作品投稿掲示板 - B-REVIEW

三浦果実


投稿作品数: 94
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自作の一押し・・・・ 魔法はある

三浦果実の記録 ON_B-REVIEW・・・・

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伝説の投稿者

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Planet Poem

2023-01-03

absolution

2022-12-08

oriental cabaret

2022-12-01

無題

2022-03-29

無題

2022-03-29

無題

2022-02-25

魔法はある

2022-02-03

無題

2022-01-16

無題

2022-01-12

無題

2022-01-12

結縁

2021-11-14

生きたいね

2021-07-05

十五歳

2021-06-23

死骸の歌

2021-06-06

由縁の夏

2021-06-02

手紙

2021-05-21

2021-04-19

〰︎

2021-04-12

ぴゃあ

2021-01-06

imagine

2020-03-24

U +5854

2020-02-24

U +2287E

2020-02-24

はじめてのSEX

2019-09-21

(╹◡╹)

2019-09-08

共犯者

2019-03-18

Saul Leiter

2019-03-03

綺麗な産卵

2018-11-05

0. my world.

2018-09-01

帝王切開

2018-08-15

ろくでなし

2018-06-03

さもしいひと

2018-01-21

2018-01-01

バカモノ論

2017-12-18

赤い川

2017-12-04

波が来る前に

2017-09-29

そうですね、スナイダムさんの詩らしい詩をもう一回読んでみたいですね。エッセイ的なる作品を意識して書いていらっしゃるのだと思うんですけど、詩らしい詩を読みたいです。12月の大賞ホルダー(ビーレビ大賞の受賞とかどうでもいい件ですが笑)の詩が読んでみたい。 (なんかいい)

2023-01-29

これは傑作ですよね。福まるさんが到達されたマスターピースだと思う。ただ、この域を連続して書けるか。いや、詩の場合は連発しなくてもいいのでしょうね。しょせん詩は書いて夜の海へ流してしまえばいいし、たまたまそれをみつけた人が、たまたま拾えばいい。そういう、たまたまな推薦評が、ビーレビにあるべきかもしれない。(後に批評文書くかもしれませんし、書かないかもしれない) (幻聴と言う名の病気)

2023-01-29

神風という名前が光っていると思います。歴史的にも一般的にも神風という言葉には意味が付随する。その意味を引っ剥がすところにタイトルが、本文が集約されているような。古くあった神風という言葉がネームとして2023年に新しく光っている。それは日本の今、救済にも思う。次の作品も期待してます。神風という名前を持つ人物がどう書きゆくのか、みたいな。 (大きい)

2023-01-24

これなんだろう。ほんとに微妙(笑) 上手い書き手な気がするんだけど、それにしては、上手い書き手が美とかいうかなあって違和感あったり、なんか読んでる自分宛てに言い当ててきてる普遍さがあったり。先にコメントにあるように匿名投稿の効果はある。いや、あんたさ、結局は作品じゃなくて人間を読もうとしてるだけでテキスト読めてないんじゃないの?ってツッコまれるかもしれないが、文体に際立つものがないんだとおもいますよ? (生活)

2023-01-19

室町さんへのリプの形を借りてもう少し、自説を加えておきたくなりました。ビーレビ創設当時の発起人達が掲げ、現在に至るルールマナーガイドラインについては、私は一文一句変えてはならない派です。この縛りを「簡単に」解除すればその空間のレベルは高まらない。運用によってはダブルスタンダードだという批判、だから変更せよという主張がある。それは筋が通ったことでしょう。でもね、ルールは手段でしかないということ。特例があるということでもない。人間性を追求するということ。問いを永続させ答えを一切出さないということ。 もう一つ。ビーレビは「作品以外のところでの茶番ばかり」で作品が外に置かれすぎなんだよという苦言について。現代詩手帖には現代詩手帖内にある「評価されやすい作品」がありココア共和国も同じく。ビーレビにもそれはあるでしょう。つまり作品と発表される場には相互作用が必ずあって。「人間による選評」が作品をではなくて、書く人間を変える。変える可能性がある。だから作品発表の場についてのなんやかんやは大事だし、そもそも他と違って、ネット詩は書く人間、読む人間のため、賞を取る目的でもなくて、作品そのものの高みを目指している。だから他人へのコメントも自身が受けるコメントも効能がある。作品をちゃんと語り合って!という人、あなたが単にコメントを表層でしか読めていないだけなんです。 ビーレビに参加しすぎると人間がおかしくなる。そうだよ。そのカオスに身を置きたまえ。 これは一参加者、三浦の語りです。 (Planet Poem)

2023-01-19

ビーレビが物議を醸し出し空間であって欲しいというのは同意ですね。おうおうにして同じ志向を持つ同士がコミュニティを形成しがちで、まったく合わない意見同士の人間が一つの場に「存在する」というのは貴重だと思います。その意味では「罵倒家をあえて名乗った」室町さんの存在は貴重だと正直、三浦は個人的には思っており、室町さんが存在出来るか否かがビーレビにあるべき裏テーマだと考えます。 コメントありがとうございます。 (Planet Poem)

2023-01-19

これは「真剣に」に詩を書いている人を冒涜していると思いました。三浦は「真剣に」詩を探究しているのですぐに見分けがつきました。これは「真剣に」詩を書いていない人が書く作品です。毎月、「真剣に」詩を投稿している人達に謝ってください。とくに「真剣に」詩を書いている三浦果実にごめんなさいして下さい。ビーレビでは謝罪要求はトレンドですから要求します。謝ってください。サンタクロースにも謝ってください。サンタクロースは「真剣に」プレゼントを配ってまわっているのですから。 (ドキドキ文芸部しようよ)

2023-01-18

室町さんのコメントにちょっと乗せてもらい語りたいことがあるのですが、三浦の政治的な立ち位置を訊かれれば極左、あるいは無政府主義と答えるんです。元来、三浦は左翼思想だと自認していて。それを前提にして左思想、あるいは近年のリベラル寄りの人らに懸念を持つのは、その観念的すぎること。まったく経験値が伴わない。これについては室町さんに共感するところが正直、あります。 その観念的ではないところの意味では左寄り(左でありながら純粋天皇主義でもある)内田樹さん宮台真司さんは好ましいんですよね。(ここは室町さんと違う意見ですが) 左の思想、リベラル思想というのは理想主義だと思うんです。だからこそ、最重要事項は現実をどれだけ生きているか、現実を身を持ってどれだけ知っているか。そう思うところあります。この作品も、問われるのは、じゃあ三浦果実、おまえはどうなんだと、その憎悪と表層的な言葉遣いで一体なにをしているのかという。言葉ではないところのこと。 (Planet Poem)

2023-01-18

それだったんですか!いや、鷹枕可さんのコメント、鷹枕可さんの作品の謎が解けたというか、鷹枕可さんのその開陳、思わずきけてよかったです。いや、こないだの自己を呪い書いている件の質問の答え、みうらがイマイチバカなんでよく解せていなかったんです。コルセットを嵌めて書いているときいてめっちゃ理解しましたよw いや、このやりとり、こちらの作品でのトピックにも関係していて、真の自由さって縛りの中にあるはずなんですよね。黒人鎮魂歌、ブルースってそうだし。 (人間やめた)

2023-01-17

同時に投稿された青い部屋かこちらの水底か、どちらにコメントしようか迷いましたが、こちらに。 作者のビーレビへの投稿作品はそう多くはなく、作家性の全体像を掴みきれてはいないと、そう自覚はあります。そね上で推察しますが、今回の二作品は作者の独白だと思う。しかもそれは悟達を直前にした最後の迷いと諦念に読める。コメントの書きが少し大袈裟に思うかもしれない。けれども、この二作品のうち特に本作には、「高見順の死の淵より」にあった読後感がある。 (水底)

2023-01-17

作者さんが、他人のコメントをどこまで「深く」読み取れる感性(能力ではない)をお持ちかに賭けて、こちらのコメントを書いております。人の作品へのコメントだけではありませんが、ある程度、文書を書く能力がある人は、物事について「どうにでも」書くことが可能です。無難に「素晴らしい」「簡単でいい」とも書けるし、「もう少し長く書かれた方がいいかも」等やんわり無難にコメントを書くことは可能なんです。つまり、他人の作品にコメントをする時、社交性を取るのか、人間関係よりも自分の感性から出ずる主体的発露を取るのか、無言の読者ではなくて、なにかしらの発信をするのであれば自己の表現でありたい。作品とは別個のものとしてコメントは一つの作品です。 前置きが長くなりましたが、こちらの作品、読んで損をしたと感じました。つまらない。読ませるところが少しもない。次の投稿、期待してお待ちしております。 (テンション)

2023-01-17

決めつけはよくないよねということを私はテーマとして持ってるんですよ。なので、一読して引っかかってくる今作に流れている思念はとても気になりました。先日もちらっと打ち明けましたが、作者さんは知り合って会話してみると、三浦とは意外と馴染む人やなあと思ったんです。それって人が多面体であることだからだと思うんですよね。一面だけを見てその人を決めつけてはいけないというか。それは作品もものづくりも、あるいは国家も国土もそう。ところが一方で、接している一面が真実であったりもする。その一面以外にもある面があることを「知っていながら知らないふりをして」一面だけでコミュニケーションを取る。あるいは、その一面だけを共同体が必要としてくる。僕は結果として諦めたところがあって。他人のその一面以外の見えていない面は自己の想像の内に止めることにしたんです。平たく言えば妄想するということ。それは歪んだ人格でもあるし、完全なる自己肯定の世界なんです。 yasu.naさんの意外な面が垣間見えた作品でもあるし、作家のCOREな部分が宿る作品に読めました。 (ものづくり日本)

2023-01-16

あー、その縄文の話は、三浦は初めてききましたね。なるほど。返レスの内容、うなずけるしおもしろい。ボルカさん、これぐらいカジュアルに評文書いてください(笑) (提喩と換喩ー「君の名は」と「天気の子」の違いについて)

2023-01-16

室町さんが示されますこと、わかります。たしかに。まあ、室町さんはお察しなんだと思いますが(もう少し三浦は真面目に取り組めばと、残念さもあるのかもしれませんが)みうらくんの批評文ってなんか中途半端な感じでそれを本人も自覚的にやっているからまたよくわからないものになっているという笑 批評文が読みたいなどと、大変失礼しました。 (レトリックではない)

2023-01-16

アマプラで両方とも無料で観れたので最近になって二作品を私も観ていたんですが、ボルカさんと同じく私も天気の子の方が好きだなあという感想で、三浦はなぜ天気の子の方が好きなのかなとこちらの批評を読んで考えたんです。天気の子の方が家族設定や主人公(少年の準主役の方ですね)が持つ背景が個人的には好ましさがあるんですよね。天気の子の少年は冒険者として東京に出てくる。東京という「社会」で葛藤する。ボルカさんが示された「時間」とは言い換えるならばその「社会」ではなかろうかと思うんです。あの東京で面倒みることになったやさぐれた男(フリーランスの記者でしたか?失念しました)はその社会(時間)にあって諦念を少年に最初は諭すんですよね。でも少年は諦めではなく冒険者(主体者)であることを選ぶ。そのあたりが、同じく冒険者である三浦が天気の子を好ましく思った理由です。 余談ですが、竜とそばかすの姫も最近になって観たんですが、あの主人公の女子は碇シンジ的なるモヤモヤを抱えていて、虐げられる少年(怪物)によって自らの母性が爆誕する。母性って冒険者なんだと思う。だからなのか、父性ではなく母性を三浦は持っていると、そう言われます。(自分語りで〆る (提喩と換喩ー「君の名は」と「天気の子」の違いについて)

2023-01-16

コメントありがとうございます。面白い文書を書くというのはなかなか大変ですよね。 話は別ですが、室町さんの推薦文というのもいつか読んでみたいので、 以下簡単に推薦文書きの仕組みをお知らせします。 書きたい作品を開く↓ 「作品本文」「ポイント」「コメント」の3つのボタンのうち「ポイント」ボタンを選ぶ↓ ページの下方部に「推薦文を書く」というボタンが見つかります↓ そこからは作品投稿と同じです。 (レトリックではない)

2023-01-16

コメントありがとうございます。 黒髪作品への批評文 「黒髪さん?エミリーディキンソンかよ」も是非お読みください。 https://www.breview.org/keijiban/?id=7450 (レトリックではない)

2023-01-16

そうだね、なぜに武田地球さんは時事を作品にぶっこんでくるのかと、そういいたくなるんだよね。よせばいいのにって。「戦争」をぶっこんじゃったら付随する意味が四方八方へ飛び火して火炎放射を逆に浴びるよねと。過去作品でそれを経験していながら、また今作でぶっこんでくるってことは、そうだね、褒めて上げるべきかもしれない。 あたしは過去に戦争に言及したら非難ごうごうでしたけど懲りていないしむしろ何度でも書くよと、だって誰に文句言われる言われはないよね?と。ある意味で頑固さがあっていい。さすが火炎瓶投げてる過激派。 戦争という言葉を使って成功している唯一の作品は、みうらくんときむらくんだけだね。あれは歪んでるしピカレスクだから。俺も戦争という言葉を使って失敗した作品書いたことあるけれども。 でも、時の世界に身を置いていてそこを避けてはいけない。たしかにそう。 (あおい空)

2023-01-15

黙読してもあなたを求めてしまうから文字が音になる。その音が読んでいる此方とあなたの繋がりとしか、そうとしか云い表してしまう。 (お前)

2023-01-15

自動筆述→自動記述 (人間やめた)

2023-01-15

なかなかよい方向に作風が向かっていますね。この作者の持ち味は自由さです。言葉を自由に使うってなかなか難しいんですよね。これは説明が難しい。ネット詩の過去にちょびという人がいたんですがこの方の作品をもし知ることが出来るなら調べてみると参考にならますよ。私が知る限り、あの人以上に自由な人はいなかった。ああ、いかいかさんなんかもそうだった。あの方も自由に言葉を使っていた。念のため云うと自動筆述とかシュールさとは違います。だいたい自由さを追求するとオートマティズムにいっちゃって、それって誰でも出来ちゃうんです。 (人間やめた)

2023-01-15

ほばさん、そんな簡単にいうけどさ、そんなこと難易度高いことできないから(笑) (Planet Poem)

2023-01-15

前回よりも感情表現が感じれるレビューです。さらに励まれ、視野が広がる評文を読ませていただきたく、期待してます。頑張ってください。 (ゼンメツ『いつまでもそらにいる』推し活)

2023-01-15

中高生時代の学びの思い出が蘇るほどに大変勉強になるレビューだと思いました。ありがとうございます。 (直喩と隠喩 ゼンメツ氏の「飛べない」について)

2023-01-15

コメントありがとうございます。この作品、誰かをディスっているという風にしか捉えられないからボルカさんも澤さんもあと、、(鈴木海飛も入れといてやるか)も、旧世界のネット詩の人らは残骸的に感性が死んでいる。 (Planet Poem)

2023-01-15

この作品はポテンシャル感じるという感想にとどめておきたいです。なんだろうな、たしかに自分も匿名で投稿して作家性をあんまし意識させずに読まれる反応を希望したりしてるんで、匿名投稿作品の良さはわかるんだけど、最近、今作と同類系統の短編までいかないがほぼ詩じゃない小説くずれのショートショートの投稿作品が多くて食傷気味なんですよね。だから、オリジナルさを感じない。オリジナルさがなくても作家性がわかれば、「ああなるほど、この作者の文脈からいくとこの作品わかるわ」みたいな読みにもなるんですよね。匿名じゃなきゃよかったとも思うし、初投稿者なら次の作品を読んでみたい。 すみません、ビーレビのコメントって、時にイジワルっぽいんです。 (私の屋根裏部屋を、あなたに見せられないとしたら)

2023-01-14

(笑)本気だして書いてきたらこわい妻咲さん。小さな気持ち。 (Planet Poem)

2023-01-14

どうも、てんまさん。 あのねてんまさん、つまるところはさ、芸事って自分のなかでの高みというか、まだみえていない宇宙をみたくてやってるわけじゃないですか。だとしたらさ、外部からの自作についての情報は多い方ががいいですよね。自作の良いところなんて一定のスキルに達している作者からすれば既にわかっていて。だから、悪いことみえていないことをハッキリと他者からききたいよね。それはキツいことだけど、そこがないと他人から受ける優しさもなにもかもが曖昧になってしまって、感情がわかんなくなる。そう。合理的な読解のコメントはまるで、14歳の時に味わったくだらない教科書を読んでるみたい。皮膚感覚の感情ある言葉でいきたいよね。いつまでも。 (Planet Poem)

2023-01-14

いすきさんの新作に今気がついて読んだんですが、これはいいです。 (くさなぎ)

2023-01-14

履歴からゆけば、今作、アポロンさんがある一定のところまで、邪悪のなかの純粋さを開陳されてきていて、それがこの作品の面白いところだと思いました。話は逸れますが、ビーレビではシリーズ的な作品を投稿される人はよく見かけますが、その作家のキャラクター遍歴として連続性がある人っていなかったです。次回作が楽しみです。 (ポルポトと青空)

2023-01-14

すみません、自分、ビーレビマニアなんで、すぐに気がついてみつけちゃったんです。2019年のコメットさんのが個人的には好みでした.... https://www.breview.org/keijiban/?id=4193 (夕焼けのコロットさん)

2023-01-13

これはいいですよ。やられたって感じです。一作目の投稿作品読んで一瞬引っ掻かれた感じはあったんです。でも所詮はテキストだけだったんで。作者さんには関係ない話ではあるのですが、旧世界のネット詩の空間が私は退屈になっていて。それはテキストがつまらない表現手段だとは言わない。いや、言いたくない。テキストガチ勢が目を背けたくなる僻んでしまう「スキルの段違い」な音楽作品が席巻すればいいのにという気持ち。詩人ってこれでしょ?というシノギの空気が味わいたいんですよね。 今までビーレビにはいくつかのリーディング系、音楽系の動画投稿がありましたが、私の個人的な判定ですが、このポエトリーラップナンバーワンです。実を言いますと、私は以前に反リーディングを主張する(まあ、反語表現でやったんですが)作品を投稿したことがありました。その際に観れる、聴けるだけのリーディングコンテンツをチェックしました。なんというか、これ平たく伝えたいので言いますが全部音楽に負けてたんです。そういう印象しかリーディングにはありませんでした。もっと言えば、リーディングをやるんだったらスキルをもっと磨いて音楽をやればいいのにと。今作を私はリーディングとも、テキスト作品ともキャッチしておらず、これは音楽であり、流通上のカテゴライズをすればポエトリーラップ。めっちゃ次回作が楽しみなので、参考になるかわかりませんが、私が好印象を持った動画の投稿作品を以下紹介させていただきます。(自分の作品も入れてますが...)やっぱどうせ動画であるならば、作者さんのこだわりの映像表現もみてみたいです。 https://www.breview.org/keijiban/?id=5219 https://www.breview.org/keijiban/?id=6488 https://www.breview.org/keijiban/?id=5671 https://www.breview.org/keijiban/?id=7603 (人情噺)

2023-01-13

なんてダサいお題だよ(笑) もう何というか わざとダサい方向性示してんすか笑 とおもったら 罵倒家(笑)の作品は めっちゃ韻律あって 詩になってるし Twitterで詩を書くおばさんを ネタに作品を書いてた若者が これまためっちゃ韻律ある 詩を書いてるし いやあ たしかにさ きいたことあるよ? 詩の定義 韻律とイメージなんだって! 知ってたか? 韻律とイメージなんだよ! だからさあ おれにいわせればね いや 罵倒家も若者も同じ意見やろ あのね どいつもこいつも 小説を書くな わかる? いい? はい? もう一回ね? 小説を書くな 小説を書かない 詩を書く ホフホフ (B-REVIEW 1月のお題詩「抱負」)

2023-01-12

作品が投稿回数を重ねるごとに面白い読み物になっているという(笑) いやあ、公の場で言うのが憚かれるのですが(なんでや笑)室町礼さんの作品には怖くてコメントは書かない(なんでや笑)けど、毎回楽しみにしているという人を複数人知っていて、もちろん私も楽しみにしている一人なんです。で、今作も私にLINEで「室町さんの新作おもしろいよ」って教えてきた人がいて、それで知って読んだんです。面白かったです。なにがどうとか細かい感想言わないでいいんじゃないかなと思うんですよねw文春砲じゃないですけど、週刊誌の記事以上に面白い読み物だと、思わずコメント書いてしまいました。ちなみに、作品から受ける主張についての賛否は私はわかんないです。記事が面白い。 愚者の乱筆失礼。 (アニメファンの心意気に感動)

2023-01-12

じつはじつは勝手ながらビーレビには3ヶ月間周期でロム専とアクティブユーザーとしており、現在は太陽から1番遠いところに位置しておりました。でもシンダム(あえてカタカナ読み)さん、あなたのコメントで138億年のレーザービームで回帰線です。 シンダムさん、当ててきましたね。三浦果実はパブリックエナミーであり、チャックDの血が流れてるんです。僕はね、シンダムさん、偽善というものにとてもこだわりがあるの。 こないだタモリさんが徹子の部屋で2023年は新しい戦後の始まりじゃないですかって語ってましたね。(デビューからタモリをみてる世代はこの人がビートたけしよりもブラックユーモアな芸人って認識ですよね) あるいは忌野清志郎が牛乳飲みてえって反原発を個人的な拒否反応で悪態吐いてた時ありましたよね。 あるいは漫画のブラックジャックやルパン三世が時々みせるヒューマニズムってあれはピカレスクロマンというのですよね。 ビーレビでも時に時事問題へ素朴に言及する作品があってね、「戦争」「コロナ禍」「ウクライナ ロシア」という。僕はね、作者が偽善だということを示したいんじゃないんだ。「偽善的に読まれちゃう」作風がいやだ。戦争という語句を使っちゃいけないってことではなくてね。悪態で善を示したいし、憎悪のエナジーで涙を示したいもの。ソクラテスの毒杯。 そんな高尚なことか? そうだよ。三浦果実は高尚な存在でありたい。 優秀な人は優秀になれなかった人のためにその労力を黙々と使って欲しいな。他人の作品へのコメント書き。 (Planet Poem)

2023-01-12

よんじゅうさん ABさん ハンネについての返レスありがとうございます。本作品、けっこう、サイコパスを意識して書いたつもりなんです。でも私はやっぱ本質的にお人好しで、サイコパスにはなれないんですよね。でも、なぜかサイコパスな人には敏感で、また気がついちゃったんです。ああ、この人また違う名前でいらっしゃるー、しかも、私、気が付かなかくてやり取りしてたし... いや、その邪悪そのものな方はこちらの作品のコメント欄でコメントされている方ではありませんので大丈夫です。でも名前を3つ4つ使ってでも、何かを達せられたいのかとおもうと、プラネットポエムは怖いです(笑)つまり、惑星ポエムはガチで怖いという回答をトップに上げないよう、こっそりコメント返しておきますねw ちなみに、レッドカードで表立って退場なってる人よりもサイコパスはガチで怖いすwちょっとスリルあって好きだけどwwww (Planet Poem)

2023-01-06

惜しいなあと読んで思いました。書き方をifのたらればで他人の作品に物言いすることはよくないと自覚しながらこちらのコメント書いております。ちょっとどなたが書かれてる作品か判明しないので、憶測で言いますが、作者さんは描写する表現がめっちゃ上手いように見受けるんです。ところが、「とか」の置き方が気になりました。美化するフィルターが強調されているような。いや、それってこの作品のテーマ中のテーマなことではあるんですが。「とか」の遣いが微妙かなあ。一行ごとの事象の表現、それだけで、なんかポテンシャルをとても感じました。私も本当によくわかってなくてコメント書いてるんで恐縮ですが、おそらく、作者が想定する以上に読者は「作者が書いている時の思考」が読み取れてるんじゃなかろうかと、そう思います。思考の痕跡がみえてしまうというべきか。 (バッテリー)

2023-01-06

>難しいことを並べる人って >好きじゃない >そういうやつは大抵スパゲティを >長くゆですぎる >そのまま柔らかいスパゲティに >トマトソースをかけて >やっぱりこれだねって >笑うのさ すみません、2度目のコメントになっちゃうんですけど、村上すうさんの作品、最高じゃないですか?是非みなさん読んで欲しいなあ。引用した連の表現とかめちゃくちゃよくないですか。私、もし詩集本を出したいなら村上すうさんの詩集本を出したい。この人の作品にそれなりなイラスト付けたらめっちゃ売れますよ。 あ、すみません、変なストーカーではありませんが、めっちゃ三浦のなかで推しです。 (夜を)

2023-01-05

作者の過去作品、全部読んだんです。完璧に自分の作風がありますよね。なんというか、完璧ですよ。 (常識)

2023-01-05

これ、上手いですよね。どなたの作品かわからないですけど上手いですよ。どのあたりが?って言われるとあれなんで、一つだけ挙げますと韻律が良く特に律動があります。ただ、その律動を自覚的に書いてるとしたら、あんまし良くなくて、無自覚に書いてると天才と呼ばれるのが詩のややこしいところですが。 (失敗の家族)

2023-01-05

すみません、お二方のコメント欄のやり取り、勉強になりました。いや、こういうやり取りを今後も読みたいと思うのは三浦だけではないと思いますので、コメントさせていただきました。 (知恵の実を選ばしめたリヴァイアサン)

2023-01-05

言葉に重みがある、という表現があるじゃないですか。今作に限らず、言葉に重みがある作品って有る。これは読む側の主観による天秤なのか、或いは、その作品にある含有量なのか、私は後者だと思うんです。時々湖湖作品に感じる言葉の重み。それを表現したことが三浦にはあるかと振り返ると一作品だけはあったと確信がありますが、基調として私の言葉には重みがないと自覚していて。羨ましいとも思わないのですが、とても魅力的です。 (夜の波)

2023-01-05

最近は、鷹枕可さんのコメントにばかり気が惹かれ、そのコメント群に、ああそうだよなあとか、ああなるほど!とか、ああめっちゃ良い人やんか!ってなっておりましたところ、そういえば新作を投稿されていたのを思い出した次第です。今作を一読し、二読しました。そうだったと、鷹枕可さんに質問したいと考えていた事柄を思い出しました。 以前、鷹枕可さんの作品について友人と話題にしている時、友人が私に「自分を呪っているんだ」と鷹枕可さんの作品評を語りました。自分を呪い書くという概念が正直言って私にはなかったので、そもそも自分を呪い書くという行為があるのかと、驚きました。(その後に複数人に自分を呪い書く行為を尋ねてみました。三浦、お前はそれを知らぬのかと、当たり前に有る行為だと知りました) 鷹枕可さんは自分を呪い書くということについて、どう思われますか。突然の質問ですが、この質問、ビーレビにおいても何かしら参考になることかと考えました。差し障りなければ是非、御教示ください。 (あるいは悪所)

2023-01-05

読み応えのある作品です。裏声のところ、笑えました。なんか、新年早々に相応しい。 (あえて「罵倒家」の汚名を着て)

2023-01-05

ちょうど一年前に五木さんの作品へ、生き様が云々とコメントを残した記憶がありますが、今作、自然体な言葉で書かれてあって、その感じるままの速度の感触が表現されている。心に残る作品。冬、一月らしい。 (朗々吾)

2023-01-05

ちょっと一言コメントになっちゃいますが、ユウさんの作品履歴からすると、言葉に重みが増しているなあと一読して思いました。 (花をつくる)

2023-01-05

コメント欄を読んで、コメントしたくなりましたが、ネット詩の好評トレンドって5〜6年ぐらいでは大きくは変わらないんですよね。何かこうポエジーを宿させる手法ってありますよね。なるほど、脱構築じゃないですけど、この作風が書ける類さんが今やってる作風の理由が垣間見れましたよ。ただの一発芸系の書き手さんではないんですね。 (虫籠)

2023-01-05

北川さんの投稿作品をいくつか読んできましたが、「わかりやすさ」を意図して書かれてるのではないかと。で、それはポリシーとして可読性重視、難解な言い回しはせず直裁に書かれていらっしゃるように思うのです。今作で引用すれば、 > 彼は狂気に侵されている >現実とはドンキホーテが格闘した風 >車の如きものだから 「狂気」という語句が使われればそれは中学生で人殺しをした少年Aから鬱の傾向があるだけで狂人と差別される人までイメージは広がってしまうけれども、詩や文学を読み慣れている読者ですと、「狂気」の一言で表現を片付けてしまわれているイージーな書きだし、ドンキホーテを出すところもイージーなイメージングにしか読めないだろうなあと、勝手な感想ですが。ただ、表層だけを理解するイージーな読み手をターゲットにされて書かれていらっしゃるとも思うので、なんても言えない、コメントしずらい作風だと思います。 (ドンキホーテの風車)

2023-01-05

ブルースやな。なかなかよいね。やっぱにいちゃんはこっちやろな。 (告白)

2023-01-05

ABさん、以前のお名前を忘れましたが(笑)、以前のお名前の方が作風にマッチしていた........ (Planet Poem)

2023-01-05

ぜんぜん話違いますがよんじゅうさんってちょびさんですか?違うか。 いつも0コメント作品へのコメント活動おつかれさまです! (Planet Poem)

2023-01-05

最近、玄人系の方々が参加されてきていて、一発芸系の方々が印象薄くなってますが、三浦果実は一発芸系ではないですから! (Planet Poem)

2023-01-05

なんやろなあ、いや、黒髪作品を昔から知っている読者からすれば、最近の氏の作品は怖い。鬼気迫るという言葉があるけれども、まさにそれだろう。二、三年前にあった黒髪作品極まれりだなって思っていた作品群には希望があったんですよね。それは作者にある希望としてではなくて、読む側にも希望が読めた。けれども、今は、それが薄くなった気がします。こんな感想読む側の勝手な言いがかりですが。 (暁の夢)

2023-01-05

湖湖さん、ありがとうございます。なんか、この場でいうと冗談みたいになっちゃいますけど、いつか僕をぎゅっと抱きしめてください。 (Planet Poem)

2023-01-05

先輩。また見つけちゃいましたよ。こっそり投稿しないでくださいよ。手ぐせでわかりますって。その手ぐせでセックスみたいに詩を書くのやめてください。 (ぴーす)

2023-01-04

妻咲さん、ぜんぜんダメ。なにすかしたコメントしてるんですか。ちゃんと本気に真剣に書かないと。大きな気持ちで書いてください。それと、最近、くだらないこと書かれてるとバン!されてるんですよ、ここ。わたし、みちゃったの。何作か、急に消されてるの。こわいよ? (Planet Poem)

2023-01-04

私、初めて短歌を詠んだ気持ちになりました。 (短歌「母が死んでから」)

2023-01-04

一票 (風)

2023-01-04

年明けの最新の投稿作品を読んで、震撼しましてこちらの過去作品へきました。読んでよかったです。 (虚空)

2023-01-04

ごめんなさい。孤独だなんて、気取り過ぎてしまいました。 文学とは、大嘘です!不正であり、詐欺であり、搾取であり、偽善! (Planet Poem)

2023-01-03

これは湖湖さんへじゃない追記です。ついでなんで。しっかし、ホントに他人作品へはコメントしないね(笑)。いや、特定の人物名は挙げません。俺はね、小説には騙されていいの。でもね、詩や詩人には騙されたくない。ホントに。みんな騙されて踊らされて、エセインテリアを賞賛なんかするな。一つのキャラクターに騙されて、あー最高!なんて俺は絶対に嫌だ。はい。正月だよ。お正月。 (Planet Poem)

2023-01-03

コメントありがとうございます。三浦果実です。最近の投稿は全て匿名での投稿です。おそらくは多くの方々には三浦だとバレていると思っていて。なんで匿名で投稿しているか?めんどいからです。ある一定のもてはやされ投稿者と同じですよ。他人の作品にはめんどいんでコメントしませーん、あたしの作品は詩集本にもなるくらい素晴らしいんです、あたしの批評文はバカが書いてるのと違うんです、だから読んでくださいね的な偽善者たちのめんどくさがりと同じ気持ちなんです私は。んん、ちょっと煽らせてもらいますね。なに本気になってるんですか。しょせん、フィクションじゃないですか。言葉なんて、作品なんてフィクションですよね?いや、運営に問うのが冗談であれば楽しい。 (Planet Poem)

2023-01-03

コメントありがとうございます。世代間の交流というのは現実世界でもなかなか厳しいもので、いや、世代間だけでなく考えの違うもの同士が一つの仕切り無き空間でやり取りをするというのは、多くの人が敬遠することのように思います。しかし、詩・文芸を掲げるならば、社交辞令を最上位に置くのではなくと、難易度の高い場所設定に自然となりますよね。文学とは孤独。 (Planet Poem)

2023-01-03

そうなんですよね。ライトな詩があんましよくないのではなくて、既視感ありありな語句と構成がNGなだけで、そのライトな作風でありながらも、再読まで読者を誘ってしまう(そもそも詩って再読させる魅力があるか否かが大事な要素だとおもう)。 作者村上すうさんはライトポエムというカテゴリーのポテンシャル。 (夜を)

2023-01-03

ドラマ「最高の離婚」の尾野真千子っぽくていいと思いました。あと、発狂しそうないすきさんが好きです。 (うきわ)

2023-01-03

ありがとうございます。文学闘争を続けましょう! (Planet Poem)

2023-01-03

いいのです。大丈夫です。今年も生きよう。 (Planet Poem)

2023-01-03

あなたが持つプライド、それを全て投げ出すことが出来たら、真実を表すことが可能な言葉をあなたは手にします。でも無理だろうと予見します。プライドを全て捨てることは、そう簡単ではありません。なぜならば、あなたが持つプライドを喜ばせ快楽をあなたに与える言葉にしかあなたは興味がないからです。言葉しか信じられないのでしょう。 (Planet Poem)

2023-01-03

大丈夫です。ずっとみているからね。 (Planet Poem)

2023-01-03

聖書の御言葉、偉人の名言、それを読んでしまった瞬間に奮い立つのってありますよね。逆に人から言われた言葉で一生残る傷を負うことも。一方でどうしようもない、悲惨を目の当たりにして言葉が出ないことがあります。その悲惨を背負った1人を前に言葉ではなくて、励ました経験、その経験は何事も代替え無き私の血肉になっております。永久に切れないエネルギーがあります。私は唯一無二のそのエネルギーで生きてきました。 「あなたは言葉によって起きることを知らぬ可哀想な人だ」と私におっしゃる人がいた。そうです。私は言葉の力など信じておりません。言葉以上に力を持つエナジーを私は知っています。 (Planet Poem)

2023-01-03

んんん...................... なにかがダメだとおもう(笑)私が読めていないのか、かなり疑いましたが、なにかが。 (すみません、年明けに) (世界)

2023-01-02

こちらの作品、推薦文書こうと思ったのだけれどもそうするとまたなんか違う伝わりにもなって、再コメントすることにした。この作品は面白いしカッコいいし、何度も読みたくなる詩。ホントにそうだよ。しかもね、作者名から何度も読みたくなる。寝る前に読むと翌朝がスッキリ起きれるし、猫が絡まってくる炬燵でぼうっと読んでいると電気川修みたいな歌を唄いたくなる。作品っていろんな価値基準が当てられるけれども、「何度も読んでしまうかどうか」という基準って大事じゃないかな。この作品にある言葉は私にとっては皮膚感覚。 (靴下が便利な事を知ったのは今週)

2023-01-02

言い方に語弊があるようにこちらのコメントを読まれてしまえば恐縮ですが、やっと本気で書かれてるなあと読んでおもいました。 (わたしは骨)

2023-01-02

コメント欄の好評につられて、再読しましたが、たしかに、読み応えある作品ですね。次回作が楽しみです。 (婚礼)

2022-12-30

すごく月末感があり、年の瀬らしく、また、三行フォルムがそれを後押ししていますね。 (マスクは、忘れたかもしれない)

2022-12-30

すごく好きになる作品です。もっとこの作者を知りたくなる。そんな読者にとって誘惑のある、ポテンシャルに満ちた作品。 (冬と喩)

2022-12-30

埃の「層」と表現する始まりをガラスを割ってしまったという回収でタイトル通りの構成が成立していて、事象から得る情緒の表現が詩的に感じられ、好ましく思う一方、詩を書こうとするのでなくても、詩情が滲むような、それを読んでみたいと、そう望んでしまいたくなる程に、ポテンシャルを感じます。 (大掃除中止)

2022-12-30

気取らないって、いいですよね。 (藍白)

2022-12-30

一直線の気持ち、それだけに危ういですよね。 (君に送るレンゲソウ)

2022-12-30

ここまで完璧なallegoryな作品はビーレビにはなかったと思われ、新鮮な読み心地だった。 (Ást)

2022-12-25

内容の比重として、イジメの事以上に母親と語り手の関係の方が重くなっていて且つストーリー構成が上手いと思う。ひとりの少女の内面よりもその姿がパラ画像みたくイメージとして残る読後感。 (夏の日の夕日が落ちた後で、存在よ)

2022-12-25

すみません(笑) 作品に関係ない内容のコメントってどれぐらいまで許容されるのか、いつか試してみたかったんですよね。さすがですね! (犬1:猿:1:猫8)

2022-12-25

EV車の蓄電池って一般的に想像されてる以上に長持ちするようになっているってこないだ知ったんですよ。 (犬1:猿:1:猫8)

2022-12-25

作者の前作もそうだったんですが、読者の私的には微妙なんですよね。本作もそう。いや、申し訳ない。なんか、私が読めてないというか、私の方に未開のセンスがあるんだろうなぁって考えたりするんですよね。小津安監督の映画的なるものが作品の奥底に流れてるのかなあとか読み返してみたりしたんですが、そうは思えなくて(笑)いや、でも、なんか引っかかってはきてるんです。毎回。次回作品も楽しみにしております。 (年末の雑記)

2022-12-24

読者である私にとってはモノローグの作品って語り手がどういう思考なのかよりも、語り手がなぜにそういう思考に至ったのかが書かれていないとつまらない。モノローグな作品だけではないけれども、なぜにこうなったんだろうかを読者が考える時に物語は立ち上がる。その物語の立ち上がりに作品がフィクションかノンフィクションかは関係ない。(完璧なノンフィクションなんてありえないけど)ただ、本作は文の律動をしっかり踏まえた構成になっている。それは作品の長短についても。程よい長さになっている。ただ、それだけでしかないというのが残念。でも作品に技巧が少しでも感じられると、その作者の次回作品が読みたくなる。 (死ぬのは難しい)

2022-12-24

ビーレビみたいな場所へ作品投稿したりコメントを書いたりしてる人達は自覚していて私がいう大嫌いなエセインテリアではなかったりする。私が嫌いなエセインテリアは常に安全地帯に居て、自身が賢者と言われたいがために、そう言われることのためだけに労力を使い、評論家みたいに上からの目線で、時には自身の茶坊主を使って讒言をDMなどを使ってやる。私はそういうエセインテリア達よりも賢いから、関わることをしない。けれども、室町さんは私みたいにずる賢いことをしないしから、罠にはめられる。私は今回、室町さんだけがイエローを受けたことで賢人が室町さんだとよくわかった。マナーが悪い人だけれども、良い人だね。私は申年だけれども。私もオレンジカード受刑者である。犬ではない。 (犬(いぬ)論)

2022-12-24

3度目のコメント、すみません。私の持論なんですが、作品にはその作品が発表される空間まで作品だという考えです。今作をSNSでみつけていたら、知り合いが出した同人誌を付き合いで買ってそこでみつけていたら、類さんが示そうとされていることと同じ感を私は持っていたと想像します。これはホントに個人的な感じかたでしかありませんが、ビーレビという空間は24時間テレビみたいなものには堕していなくて、発表空間が作品に含有されているとすれば、私が作品から受け取った感触は偽善ではないかなと思う一方で、この作品を無自覚に好意的に語れば語るほどに偽善的に作品をしてしまうように思いました。 コメント欄、学べる、考える機会になりました。 (大虐殺の後で)

2022-12-24

鷹枕可氏の短歌について歌誌「帆 初号」(主宰者中田満帆氏Twitterを詳しくはご参照ください)のなかで複数人が「よくわからないが良い」という趣意の感想を述べていて、私はその「わからない」としてもいいんだとハッと思った。わからないものはわからないということ、でもなんかこれ良いよねという疑い削っても残ればその感想はとても説得力がある。今作もそう(いや、今作はタイトルの叛骨さと律動の崩しが連動していて良さが判別出来る方だろう)。未だに子供みたいな短歌(いやそれいい味だと思うが)しか書けない三浦も頑張りたいと思う。 (抒情追放)

2022-12-22

再コメント、すみません。勇気がわいてくるなどと簡単な言葉で評してはいけないのでしょうが、この作品を読むと気持ちが強くなります。その気持ちを真人間になると言い換えてもいい。私は放っておくと排他性が強くなる傾向が正直あります。その排他性をこの作品を読むと黙らせてくれる。 詩の力、そう表すことが気恥ずかしいけれども、詩の力ってある。 (大虐殺の後で)

2022-12-21

こんばんは。文内に大宮のスーパータイガーのジムが出ていて、思わずコメントしております。かなり過去のことですが大阪から出てきて入門していた友人がいて一度だけ見学に行ったことがありまして。格闘家で文学好きな方、前田さんとかそうですよね。格闘技と詩(いや、これだけではないのでしょうが)ってなにか通底することがあるように思います。極めると、もしかしたら、そのもしかしたらな部分。 (素晴らしい作品ですので、推薦文を書かないわけには行きません。大林 満と申します。申し訳ございません。)

2022-12-21

三浦は本当はヒューマニズムな詩を書きたいんですよね。でも絶対に書けない。それを書くには相応の内実が伴う必要があって。なので書いても自分史までだったりします。本作が見事なのは、上滑りしない言葉の遣いにあって。それって読者側の主観、読みの感覚でしょうと云われればそう。でも、なんだろう、それこそ言語化する力がなくて(笑)。以下の引用部なんて、そう簡単に書けない。 >言葉が立ち上がる時、人々も立ち上がった 詩の力の本領を見て私は感無量だった 人らしく生きたいと願う時 詩は人の魂の首元に添えられた襟なのだと (大虐殺の後で)

2022-12-21

たしかに死ねば美しいんですよね。おそらくロックスターだけでなく自死するって一定以上の美しさがある。そういった「内容」が書いてある作品だからそれなりに美しそうな作品ではある。けれども外装(修辞)がまったく私には読み取れないし、内容についても幾度も聞いた既視感が強いです。 以下作者さんを言ってるわけではありませんが、最近、他人の作品にコメントしない投稿者が多いですね。つまり自分の作品は他人の作品と違っておもしろいと勘違いされてる人が多いのかもしれません。読まれない他人の作品と同等に自分の作品がつまらないことを自覚出来ないのかしら。 (永遠)

2022-12-21

なんでしょう、、前ぶりがとても丁寧に書かれている印象。その独白の核心部まで云わずに終えられたように読んで思いました。 (ある男の独白)

2022-12-21

これはゼンメツさんの印象になるんですけどね、ゼンメツさんは他の「書ける読める」ともてはやされるエセインテリアとはちょっと違うくて三浦にとっては好印象です。自分の「あたし書けるし読めるら皆さんとは違うんですー」的な人らとは明らかに違う。他人の作品に、しかも優劣を超えてコメントを熱心に書かれている。私はその一点でゼンメツさんの作品が、コメントがカッコいいと無条件で褒めたくなる。他人の作品、読んだとしてもコメントするなんて労力は誰もが嫌がって当たり前です。その労力はたとえ200%正しい正論の観念が書かれていようともそれ以上に美しい。そう、観念的な理屈などくそだ。どこまでいっても現実にあることには敵わないし、それを言葉に出来る人間を詩人というのだ。 (空っぽの詩)

2022-12-20

人生の先輩である室町さんへアドバイスするのは恐縮ですが、いくつか指摘をさせていただきます。 •荒川洋治さん野村喜和夫さんの名前を出されている時点で室町さんはご自身の信念に負けている。三浦は反知性、反リベラルです。エセインテリが大嫌いです。室町さんも同じ思想のはず。違いますか?反知性主義の志向上、室町さんが示せと願うことに一切回答しません。断固拒否します。 •室町さんの文は全てが長い。これはご本人が自覚されていらっしゃると思う。なので、ダメ出しになるけれども、室町さんが害悪として攻撃されているエセインテリと同じ印象です。文書は短くした方が説得力ありますし、再レスとかしない方がいいです。見苦しい。黙ってスルーすることに徹するといいと思います。 •これは蛇足ですが、室町さんはSPY×FAMILYのアーニャをご存知ですか?もし観てとても楽しんでいらっしゃるとされたらとても嬉しく思いますが、アーニャ構文というのが世間では流行っています。これをくだらないと捉えるのでなくて、まずは受け入れてみてはいかがでしょうでしょうか。優しさとはそういうことだと私は思うんです。吉本隆明の魅力、それはその思想よりも何よりもお人柄です。 (村上すうというすごい投稿者を発見した)

2022-12-20

たわしさん毎回いいとこついてきてんなあーって読んでると思えてきて、痛いぐらいに、作者像が浮き出ていていいと思います(笑)。 (予知者)

2022-12-19

すみません、僭越ながら推薦文を書かせもらいました。 (そして)

2022-12-19

澤さんどうも。お久しぶりです。この推薦文、もう何回目か、数えきれないぐらい読んでますよ。 (ゼンメツ『飛べない』読解一例)

2022-12-18

こういうふうに並べられる日本語って、なんか、恐怖だし、これを書いてる時の作者さんの思考を想像すると、なんか、怖かったあw (循環《真夜中》)

2022-12-18

幸福感を表すものって家を建てることとかセックスってあったと思うんですよね。それらは喪失した。喪失したのはそれらの事象が出てもあんまし共有出来ない。少なくともそれらをポジティブに語れないですよね。アイスが平和の象徴として出てきたけれども、それは四歳の時だったという結末はディストピアな世界。なんだろう、シェアだとか共有だとかがもてはやされる時流だけれども、対岸に内包されてる意味は私たちには優しいものにまでなってるぐらいに他者との線は交差しない。交差しないというか、線の有無さえも判別出来ない。だから、対岸は、在るというだけ、今の時代では優しい。 (対岸)

2022-12-18

一見判りやすそうで、難解なテーマが入っている随筆として読めました。まず、タイトルにあるジャンル分けの痛み、その痛みとはなんだろうと考察したとき、注目したのは以下の箇所。 >私はジャンルのことを思うと、その型は伝統として継承されるべきですが、呼吸は習慣としてその地に埋没してゆくように思うのです。 ルンバのリズムは呼吸であるとした場合に、同じ呼吸は一見同じ様に(型)みえても、マイノリティ(違う民族同士)では同一は絶対に有り得ないという残念な真実を指している(痛み)。以下は私の所感になるけれども、だからこそ「お互いが楽しむ」という共有には儀礼的なることが必要なのかもしれない。儀礼に呼称を与えること、これをジャンル分けといい、そうすることによってしか流通を生めない。文化へ昇華は出来ない。 (ジャンル分けの痛みについて)

2022-12-17

左派か右派かそれともバーン!コメンテイトおつかれさまです。時々ニュータイプが現れるので警備活動もお互い大変ですよね。そもそも、シン・エヴァのあのお終い、おいおいと、ちょっとちょっとと、。いやたしかにボイン(直観)はわかるよと、でもそれを目隠しだーれだ?(理性)はねえだろ?と。 (oriental cabaret)

2022-12-17

お読みいただきありがとうございます。比喩は冷たく軽く人間性を消して、それから人間は言葉の意味という重力から解放されるんでしょうね。重力に支配された地球人にはよくわからない話ですね。 (oriental cabaret)

2022-12-17

読んでいただけて嬉しく思います。すみません、次回作はジェネレーションテロリストというろくでもない作品を書いてしまいまして。 (oriental cabaret)

2022-12-17

誰もくれないのだから盗んでしまえと武田地球は曇り空を飛んだ。小さな水たまりだけが味方をするものぐさな生き物たちが贈り物の在処へと並行に連れられながら。紅茶色の鳴き声で笑ったり武田地球に座標が信じれない信じられないとうそぶきながら。僕は本当に笑った。次に吹いて来る風は、何故?と僕が長く考えるようにと、電柱と電線を巻き込みながらぶつかってくる前に消える。1つを数え、それから2つ目をと、探す。それらはもう発見出来ないとあきらめる。あーめん。眠りに落ちる。あーめん。真っ逆さまに。あーめん。急激に。あーめん。目醒めたら、僕はね、初めてのキスを知りました。 (B-REVIEW 12月のお題詩「ギフト」)

2022-12-17

なんだろう、、でも、推しのテーマで書けばこうなるんじゃなかろうか。わかんないけど仄暗さが少し垣間見れてその光がなんとなく、なんとなく、見え隠れするから、もしかするかもしれない。 (私にとって推しとは―)

2022-12-17

詩情や詩心(詩を書きたくなる気持ちという意で使ってます)というものは三浦はよくわからないです。これは本当にそう思っていて。ネット詩で他人の作品を読み、その感じること、言いたいことを書く。時には書いたコメントを全部消して、作品にコメントをしないこと、沈黙すること、三浦が関わらないことがその作品に相応しいとも思える経験をしたことがありました。前置きが長くなりましたが、本作には詩心が宿っていて、それは今作だけでなくて、作者の全部の作品に言えること。上手い下手は置いといて(いや、そこが大事なのかもしれませんが)ずっと書き続けてください。ビーレビで書き続けることで何にも得することはないと思いますし、詩誌で活躍する方々の方が詩学を持っていらっしゃることでしょう。でもビーレビには他にない魅力があります。文学や詩に本来あるべき孤独者を惹き寄せる磁場。言い換えれば詩心ではないでしょうか。今後とも宜しくお願い申し上げます。 (ハナミズキ)

2022-12-16

前作でけっこうガチ目のコメントが続いてたんで、今作の投稿を期待して密かに待ってたんですけど、期待を裏切ってなくてホッとしました。いや、私、今回念の為に初投稿作品を読み直したんですよね。初投稿作品はなんかこう、ただのこれポエムやなあって。というか、作品としては稚拙なものでしかなかったんです。でも現在の作風のコアなものは既にあった。つまり、かなり現在まで作品を洗練してきていて。たしかにですね、このショートショートの長さ内でかなりの情報量をぶっ込んできてるんですよね。初投稿作品に不足してるのは情報量。今作にある「イジメ」とそのトラウマ、それらが醸し出すピロートーク的なもの。書けそうで書ける技ではない、けっこうな熟練度が必要に思われます。推敲をあんまりせずに手ぐせでこれが書けているというのであれば、作者は他の文体でもかなり書ける人だと思う。 (優しさの理由)

2022-12-16

これが金城武なみに見た目がイケてる男が書いている文書だったら説得力がある。けれどもイケてる男はそもそもこういう愚痴を美化するような言葉を公で吐かない。つまりは読む人が読めば直観する虚構のハリボテ感。ところが母性本能からでる優しさある人はこれを読んでも王様が裸だとは絶対に指摘しない。それを偽善者というし、指摘をしないことを欺瞞という。で、もっと云うと、書く技能としてはそれなりに優れている。だから一面的には優れた書き物だし、賞賛されておかしくない。詩は猫被りでいいという言説もあるのだからそこからすれば正統派ともいえる。比較対象としてゼンメツ作品を挙げてみようと思う。(最近はゼンメツさんを比較対象にすることが多いな)ゼンメツ作品もパッと読みの印象でいけば同類のハリボテでウェットな儚い気分に満ちている。作者自体は可読性を重要視していらっしゃると最近知った。けれども、可読性重視とはこの作品を指すのだ。私から言わせれば。ゼンメツ作品は可読性の観点からするとかなり読みにくい。一方で本作は読みやすい。わかりやすい。これに共感など私は絶対にしない。わかりやすくカッコいい服は着ない。カッコいいと感じる「.着こなし」これがゼンメツ作品にはある。本作はただただ「カッコいい服を着ている」だけなのだ。でも、そこまで深読みすると、本作の作者はダサかっこいいとも云える。作品なんて、人なんて、どうにでも言えるんだよね。だから誰だって大賞は取れる。この作品だって大賞になってもおかしくない。そういう意味で一票。つまり優劣とは無関係に投ずる一票があるということ。 (恋する惑星が。)

2022-12-16

(笑)なんだろう、笑 なんかこう、、笑 あなたの詩集本出させてくれませんかって話になるといいですよね! (靴下が便利な事を知ったのは今週)

2022-12-15

>僕はどんな書き手も、なんなら詩壇すらその一部として在って良いのではって主張してるだけで。そもそも、詩壇に属してるひとの作品だって、そんな全員が全員上手いようには見えないんだけどなあ。 ほんとにそう。詩誌載ってる人、詩集本が出せてる人が=全部いいわけじゃないよ。ビーレビでゼンメツさんや室町さんにいいと言わす作品を投稿する方が難しい。 それぞれがルールマナー内(というよりも運営の手をわずらわせないように)楽しもうよ、と。 これわかってくれてると思うんだけど、そりゃ書ける人、読める人にはいてもらわなくちゃだよ。でも露骨にひがんでもいいでしょ、と。 内輪の盛りはそんなにマイナスなことか?恥ずかしいことか?グローバルそうな情報漁ってえ、わたしはあ、世界知ってまーすっ、詩を知ってまーすって、知ったかぶって上から目線の意見をかますやつの方が恥ずかしいとおもうよ。 (Generation Terrorists〜あんたが大賞)

2022-12-14

誰かに向かってじゃなく叫ぶ。 読める人がいなきゃ投稿しないなんていう詩人をきどるバカと書ける人がいないとビーレビ開けないなんてバカはハイエナ野郎だってみうらくんと同じこと書いとくね! (Generation Terrorists〜あんたが大賞)

2022-12-13

誰かに向かってじゃなく叫ぶ。 読める人がいなきゃ投稿しないなんていう詩人をきどるバカと書ける人がいないとビーレビ開けないなんてバカはハイエナ野郎だってみうらくんと同じこと書いとくね! (Generation Terrorists〜あんたが大賞)

2022-12-13

人間者→人気者 ね。 (Generation Terrorists〜あんたが大賞)

2022-12-13

いいとこツッコんできてくれたね。玄人のお兄さんお姉さん達がずーと言うてきて今ま言ってる。ビーレビは書ける人がいなくなったねー、こんな読めない人、批評出来ない素人の人らばっかりだからねーって。 ビーレビが5年続いて明らかになったことはさ、ビーレビを保たせてるのは書ける人じゃないんだ。ライトポエマーなんだよ?詩書きなんてグラデーションになっててさ、黒い人も白い人もいるわけなんだよね。ビーレビの主役は書ける人でも読める人でもない。そういう人らが主役なのは文極まででいいじゃん。人間者がチヤホヤされるのyoutubeでいいじゃん。せめて、ビーレビは最底辺の誰も相手にしてくれない奴らの居場所、ドリームの場であって欲しいな。 (Generation Terrorists〜あんたが大賞)

2022-12-13

読んでくれてありがと (Generation Terrorists〜あんたが大賞)

2022-12-13

>無名なる死者の死亡届けに想いを馳>せるのが、唯一の救いになる時だっ>てある。肝要なのは、僕ら自身も荒>地で死ぬべき無名なる人の一人だと>知ることだ。 だからきみは一生テロルになれないんだ。でもコメありがとう。 (Generation Terrorists〜あんたが大賞)

2022-12-13

Futurologyもいいよ (Generation Terrorists〜あんたが大賞)

2022-12-13

フェルミさんの投稿されてきた作品のなかでもこの作品が一番好きですね。なんだろう、甘ったるさが京都とうまく混じり合ってるんですよね。奈良のど田舎さを入れているのもいいですよね。 (信じる)

2022-12-12

特別、事象の説明でも内面の経過報告をされていらっしゃる作品なわけではないとおもうのですが、スマート反対をいっている文体だとおもう。人間らしいといえば人間らしい。 (国道1号線)

2022-12-12

作者像からいけば、あきら@ちゃーこ氏は薄い人というか、作品のみで出てきてた人だと思うんですよね。こういうおぢさんのコメントもウザがられてると思う。その作者の文脈からしても本作の極私的な随筆は好感の持てるものだと思われるんですよね。ゼンメツさんへのレスと作品評がごっちゃになっていて、紛らわしいですけど、ゼンメツさんの示される「作者はだいきらいだけれどもこの作品は良い」という評こそが最もネット詩らしいですよね。ゼンメツさんのお示しに同意です。煽りっぽいコメントを入れてよかったです。欺瞞で落着出来ました。イメージ戦略が大事。 (bebe)

2022-12-12

すみません、ちょっと追記したいことが。 ゼンメツさんの作品とか、敢えて武田地球さんの作品も挙げますけど、作品そのものよりもその作品を「無自覚に」好評することのコメントの存在こそがなんか嫌な感じってありますよね。もてはやされればされるほど、偽善的に欺瞞的に作品がなってゆく。 (bebe)

2022-12-11

ゼンメツさんの作品とか偽善で欺瞞じゃないですか。いや、いうまでもなく三浦果実なんて偽善だし、いや、私の場合は偽善と欺瞞そのものになりたいんですよね。つまりはですね、その偽善と欺瞞に自覚的なのか無自覚なのかが問われると思うんですよね。この作品は自覚していると思うんですよ。いや、もちろん根拠ないですよ。でも比較対象として、ゼンメツさんの作品が「無自覚」だとしたら、(めっちゃ失礼ですが >わたしはひとつ、タブーを破ることにした。 >ただ願うことがあれば、わたしは土になりたい。 自覚的にこの作品、読めるんですよね。 自分でいうのもあれですけど、三浦果実ってかなり偽善と欺瞞に満ちている人間なんで、文書読むとすぐに判るんですよ。偽善と欺瞞の真偽は。 (bebe)

2022-12-11

yamabitoさんの文脈でいくと良作だと思うんですけど、詩作品よりも小説よりになると、yamabitoさんにある詩情は薄まるなあと思いました。 (スズメバチ(私SS))

2022-12-11

ビーレビ界隈では、今、福まる作品の再評価が一つのムーブメントになっていてですね、その主旨としてはですね、「詩を書こうとする時に滲み出るあざとさが皆無であること」かと思うんですよね。で、本作を、そのムーブメントのなかで、あー、三浦は本質が読めてなかったなあと、反省して、バイアスを排除して読んだんです。ネット詩人として最大の価値を与えていい作品に思いました。 (武器商人)

2022-12-11

ポエムっちっくで、アニメ的なもので、非人でと、よく批判があるけれども、そういう昭和な感性(そういう批判をする人のタチが悪いのは自分が時代の最先端だと思い込んでいたりする。いや、わたしは違うから。)の人たち、この作品がいかに素晴らしいか知ってくださいと、言いたくなるくらいに、推し作品。良い作品って人殺しに近いと思う。 (ポプリ)

2022-12-10

音がすごくいい作品ですね。風を感じました。 (相剋)

2022-12-10

なんとなく、格闘技を感じました。 (役者の恋)

2022-12-09

推薦文出てたんで読んだんですけど、これはヤバいw今年の優勝でしょ(笑)変態だと思う(笑) (告白)

2022-12-09

おそらくですね、黒板に大きく、へいそくって書き殴るのが詩人らしい逃げ出し方だと思うんですよね。そう思いました。読んでよかったです。ノザンさん。 (閉塞)

2022-12-09

>僕はすべてが嫌になってしまう。 この終わり方が、ペパーミントと混じりあいアメリカの短篇っぽくて好ましい。 (ルゥルゥの犬)

2022-12-09

最近の湖湖作品は感情が満ちている。レトリックとしての抒情ではなくて、ただ当たり前に皆が持っているであろう抒情を書いていて、いい読み心地。 (切望は無言に溺れるのか)

2022-12-09

言葉のちからを信じ過ぎてしまっているのは詩人なのだから仕方がないとして、粕谷栄一寄りにもう一度、戻すべきに思うがいかがだろうか。 (長風呂でふやけた神話)

2022-12-09

いわゆる飛躍する表現が冴えていて読んで心地よかった。 (歌)

2022-12-08

ゼンメツさんは縦書きは嫌いなんですかと、質問を考えていたら「いつまでもそらにいる」という縦書き作品が投稿された。熱海行きの列車、でこれを書いているんだけども、新橋駅で人身事故があって列車が遅れているというアナウンスが流れたからビーレビを開いた。ビーニサンマンがいたら人身事故は起きなかったのだから、ビーニサンマンの存在は消えた。ここまで書いて、あー、そうだと一度全コピーした。そう、ビーレビのコメント欄は何かの拍子にせっかく書いた気持ちが全部消えてしまうことがあるから。アポロサンマンティーンにはなりたくないからね。僕の物語はなんだろう、なんて考えていたら、キューカスが出てきた「きみが、そらにだけみちているから」を思い出す。僕の物語は山羊よりも猿なんだよなあっぽい。 (いつまでもそらにいる)

2022-12-08

これはやられた感がかなりある。おれもこういう極個人的レビューを書きたい。ロッキング・オン社がやっていた音楽文がおしまいになった今、ビーレビでこれをやりたい。おそらくそのうちおれも書く。ちなみにこのジャケ、元ネタはルースターズだね。 (THEE MICHELLE GUN ELEPHANT―CASANOVA SNAKE感想)

2022-12-05

これはいい。境地がやはり大事なんだなあと、小手先の語句のセンスやらではないと再認識しました。良いものを読んだ気分。 (自由律俳句(煩悩サイズ令和4年))

2022-12-04

わたしにはわかる。この作風はとても偽っている。匿名投稿でもわかる。この作品は作者が本来書く様態ではない。その語句の上滑り感によって圧倒的に何かが死んでいる。と、なんとなく、コメントしてみた。 (嬋花)

2022-12-04

丁寧な言葉の運びが巧い。自身のスタイルを出していくには、これぐらい丁寧にやらなければと勉強になる。 (千円の貸し借り)

2022-12-03

何を書いても上手いと思う。この書きこなれた感触の因は一体どこにあるのだろうかと探した時、上滑りが無いことが挙げられる。詩を、散文を書こうとする時、カッコつけすぎて身の丈以上の言葉遣いとなりハリボテに堕すことがよくある。なぜだか、文面からその書いている人間の輪郭が伝わってくる。それは読者の想像の域ではあるけれども、意外とそれは作者の真実を表している。なぜならば、言語とは他人との間の俎上にあるから。リリースされた言葉は読者が授かる。作者が残せるものはそのスタイルだけでありスタイル(仕様・構図)は嘘か本当かではない。ただただ存在する事実となるのだ。 この作品テキストに関係なさそうなコメントも、三浦果実のよしなしごと、そのスタイル(実存)だけが残る。 (由無し事)

2022-12-02

そのクラブがもし27クラブだとしたら、メタファーの込め方が上手い。 (体験記『呆気ない宣告』)

2022-12-02

作品のフォルムが雨雲を意識されているのなら、やばいくらいに上手い。 (雨雲)

2022-12-02

推薦文を別の次元へと、更にこの場を「楽しくする」のではなくて、自らが「楽しもう」とされている評者。素晴らしいと思う。本来、ビーレビとは、ダメ出ししか出来ない老害感性のクソ評論家が持つ醜悪さの真逆にあって。冒険者だね。 (ゆうたじゃない人のパッション頼みの推薦文)

2022-12-02

詠むわたしたちに孤独が伝わってくる。そうでなければ短歌ではないと改めて思わせてくれる作品。 (ブルース、土、ビートニク #1)

2022-12-02

書き熟れた感までの到達がまだ程遠いようにおもえ、この内容からすれば、改行詩と同じ。つまり綴られた語句の必然性が薄い。必然性とはつまりレトリックが薄いのだと思う。面白い内容ではなくて面白いレトリックを読みたい。技巧こそがそこに在る言葉を必然とさせるのだと思う。相応の文量の作品は、読ませるだけの技がなくては、稚拙な作文に堕してしまうのではなかろうか。 (プラナリアとパパ活)

2022-12-01

人事が最後に煌けば、ハムスターでもいいんだと、そうおもえば幸せだ。 (心)

2022-12-01

無限の記念日、それでもいい。 (無限)

2022-12-01

最後にカーテンを開けて欲しいとおもった (愛に飢えている)

2022-11-30

先月、「先割れスプーン」にコメントしようとして、言いそびれてしまいました。作者さん、なんか、いい。自然体を感じるしポテンシャルが毎回の作品にみえちゃう。 (お告げの雨)

2022-11-30

はたしてtiktok的なるスタイルか、文学闘争か。閃光のハサウェイにも読める。 (謝罪案件 これは土下座詩 パクったかもしれません↓↓↓)

2022-11-30

この作風、次が読んでみたいですね。 (人生には悲劇と喜劇のバランスが大切だ)

2022-11-28

これはいいすね。 (食う)

2022-11-26

これ最高じゃないですか。 (学校とオペラ)

2022-11-25

これはいい。とにかくいい。すべてがいい。もうね、ラジオ好きな私としてはやられました。 (草野でございます)

2022-11-25

なにげなく読んだんです。で、第一印象として、何かこう読んでる自分に入ってきそうで入ってこない、でもなんか引っかかってくる、そんな感じでした。それをコメント書こうとして、作者さんがあなたで驚きました。わたしはあなたのことをとても覚えています。印象に残る投稿者さんだった。久しぶり。おかえりなさい。 (ナンセンス)

2022-11-24

いや、だからさ、コメントもおもしろいこと書こうよって思うよね。なんかさ、もういらっしゃらないみたいだけど、詩誌でレベル高いとこ狙ってんですわ、でビーレビ期待してきたけどつまんないっていうてた人いたじゃないですか。その人の投稿作品よりもコメントがおもしろかった笑。ようするにそういうことです。 (【言葉の選択よりも男女の選択!!】昭和49年生まれ。東北住み。女です。夫婦別姓断固反対!!です。なのであたしと同じ姓の人を選びました。どちらの殿方の方が【幸せ】になれるのでしょうか?殿方の写真は、申し訳ないです、片方しかないです。【幸せ】になりたい!!から聞いています。)

2022-11-17

どんだけ「おもしろい」ものを投稿するか、そうシフトしたんだと思うんですよ。ビーレビね。詩でおもしろいのもありだと思うし詩じゃなくてもおもしろければ現代詩手帖入選作品よりもいいとおもうの。「おもしろい」って笑えるって意味じゃなくてね。そんなことだいたいの人が解ることだけれど、おもしろい=笑えるって解釈してる人がいてもおかしくない。そういう解釈の差異っていうのをセンスっていうのだよね。僕は既婚者だけれどもマッチングアプリを5つ試したのね。五万円ぐらい使って。で、そのテキスト言葉の解釈の差異で発生する異性とのセンスのマッチング、これが楽しかった。あー、この子、こういうワードにはヒットしてこないのね、あー、この子は少なめの情報ワードでも気が合うなあ、みたいな。でも最終的にはエッチじゃないですか。で、この「エッチ」って言葉も解釈に差異があって。僕の場合は肉体の交わりが無くても一つの毛布で一緒に包まるだけでもよくて、そこまでエッチに入るのね。 つまりさ、プロフィールって無理解釈な部位、形而上って言葉使っちゃうけど笑、そこをどう表してるかだよね。そんな感じ。 (【言葉の選択よりも男女の選択!!】昭和49年生まれ。東北住み。女です。夫婦別姓断固反対!!です。なのであたしと同じ姓の人を選びました。どちらの殿方の方が【幸せ】になれるのでしょうか?殿方の写真は、申し訳ないです、片方しかないです。【幸せ】になりたい!!から聞いています。)

2022-11-17

これ、今夜読んだなかで一番よかったです。 (るー)

2022-11-13

なんか、こう、不発感があるんですよね。すごい表現しようとする意欲が感じられるんですけど、まだ今後、すごい作品を読ませてくれる気がしました。 (これはただの負け惜しみ)

2022-11-13

うまいな。きみ、こういうの書かせちゃうといかせてくれるよね。でも、おぢさんたちにはこういった芸風の需要そんなにないとおもうよ(笑) 毎回匿名で出されるんだけど、すぐにきみだとわかるというのもすごいw (まいりとるばぶおぢさん)

2022-11-12

これ橙色さんだったんですね。なんかすごすぎてコメントできんわと、言葉がでなかった。 (そして、草花が置かれた)

2022-11-12

この評文が言い当てているところこそがネット詩カルチャーの肝要な部分だと思った。三浦さん、あなたのコメントで詩を書かなくなった人もいるよと、福まるさん作品へのコメントに限らず、私のコメントは酷く誰かを傷心させていると、そういうことを私自身は知っている。そういった事で自制に至るかといえば、それはなくて、今後もないだろう。もちろん、ビーレビはマナーガイドラインによってそれらの誰かが傷心することなきように配慮されているし、私もそれを遵守する姿勢でいる。それなのに結果としてぼろくそになってしまうのはなぜだろう。それは余計なお世話が根本にあるのだと私は思う。ぼろくそなコメントは余計なお世話であると、それをこの評文は示していて、かつ、ネット詩文化の醍醐味を言い当てている。詩誌に載る「お上手さ」を目指すのではなくて、誰の為に書くのでも自己の為でもなくて、それぞれが作品そのものの為に書こうとすること。 確かにミラクルで、そう簡単に出来るものじゃない。 (パッションあれば誰でも出来る推薦文。出来とか知らない、作者の気持ちなんてのも知らない。)

2022-11-11

聖マリア大聖堂に幾度か足を運んで、森田童子がライブ音源を残したこの空間の、その心地よさを味わっていくうちにクリスチャンになろうかと考えました。僕に森田童子を教えてくれた若者はその頃、灯りのない場所でじっとその闇の中にいて、不安ごとに堪えていたようで、三浦さんあなたが何もかもを変えることが出来るのなら私を変えてくれと、そう求められていた。僕にはもちろんそんな力は無く。ただただ、「ぼくを見つけてくれないかなァ」を聴いたんです。この歌は好きな歌の一つになりました。鷹枕可さん、魔法などないですよね。でも人との出会いが魔法のようになることが、ありますよね。このようなコメントで失礼しました。 (追悼・森田童子へ)

2022-11-11

なんか、あれですね、ゼンメツさんの作品に共感する読者って少なくないとおもうんですよ。わたしもゼンメツさんの読んじゃったとき、あー、この、なんともやり切れない感じ、あるよね〜って思った。一方で、ゼンメツさんの作品を読むとゲームがやりたくなる。ゲームなんてハマったこと一度もないの。誰かが言ってた。地球さんだったかな。ネット詩のイケてる書き手さんはみんなゲームやってるんだって。 (アンダー・ザ・シー)

2022-11-11

いや、スコセッシのあれよりもカッコいい。でも神経質な過ぎたエネルギーの狂いがテキストだと、キメ過ぎに読めちゃうから、難しいものだね。 (┣グッドフェローズ┳気の置けないやつ┫)

2022-11-11

黒丸作品から始まる一連の作品によって文脈を手にされた感。しかも今回は予定調和というツッコミを想定されそれをかわす工夫がところどころにある。だれか、「これは詩じゃない」などといった、文脈など知らんわ的なコメントをしてほしいものだ。 話は違うが、ビーレビも長くなってくると、ビーレビが登場した背景どうとか、常連が誰で、問題人がだれかなど知らん人たちが、あんたらは内輪の盛りだとかいう批判をする。詩の門戸をビギナーに開けとか(笑)そういうつまらないことをいう常識人が定期的に現れる。ビーレビのイメージカラーはショッキングイエローであり、マリファナ文化である。本作のような、作風が楽しめる空間でずっとあってほしい。とか、言ってみたくなった。 (ゆうた!!)

2022-11-11

これの作者さんが異性でも同性でもお付き合いしたくなりました。読んで。 (うわ、おれ、ほんとコメントにセンスねえー。。) (亜)

2022-11-08

他の作品での明林さんのコメント読んで期待して読みにきたんだけど、詩誌かぶれの上昇志向観念系作品で苦笑いしました。読んでよかったです。 (さよならマイコー)

2022-11-05

>あの日ノートに書きつけた言葉も >今はすっかり古びて >使いすてのライターのように >心もとないあかりとなった 引用しました一連の始まりからノスタルジーがあって、 >かわらずかがやくシリウスが >ゆれる木の葉に似た心を >すこしなだめて、おだやかにした 最終連の「穏やか」(そのままですが)な心象まで素朴さ、正直さ、詩心というべきでしょうか、そういったものを感じます。一方で、「ありきたり」「既視感」というコメントが既にありますが、私もそれに同感します。ただその読者がどう受け取るかとは別に、詩を書いたその人が書いて得た良きことがあったのならば、それでよしとする自由さも詩を書く醍醐味なのかなと、そう、ありきたりと感じましたとだけ、そう短略なコメントを私に書かせなかった作品に宿る作者さんの美しさ、いや、潔さというのでしょうか。そんなものを感じましたし、匿名投稿であることが、麗しく読めてしまうレトリックになってるんじゃないでしょうか。ちょっと長文コメントになっちゃいましたが、続けますと、作品が投稿された直後に一読していたんです。正直、ありきたりかなという印象でコメント書かずに閉じたんです。で、好評ポイントが7つ付いていたんで(好評ポイントが0でも10でもまったくどうでもよいことなんですが)気になって再読した次第でした。人が書いた言葉にはその人の「何か」が絶対に出ていてですね、これについてはテキスト論者さんからは批判されがちなんですけど、私は絶対って断言しちゃうんです。詩にしようとされたそのありきたりな言葉の組み立て以上に、あなたの麗しさが出ています。 ポイントは投じません。 (秋愁)

2022-10-13

だいたいタイトルで読むかどうか決めるじゃないですか。僕は少なくともそうなんですよね。で、この作品タイトル、何回か目に入ってきてはいたんですが、どうも読む気にならずにいたんです。で、読んだんですよ。これかっこよかった。ポップだと思うんです。YouTubeのくだりとか、山田くんの入れ方とか面白かった。暇つぶしにビーレビ覗いた時に、その詩とか詩じゃないとか、そういうのも含めて、おしゃれなのを、とっても読みたいんですよね。僕はね。そう僕は。おしゃれなのって、ダサかっこいいのも含めて。 (さくらねこを100円ショップで売る方法)

2022-10-11

エラーポップアップを上手く使っていますよね。たしかに、もう、すべてがエラーメッセージみたいに、どうしようもない。情報を入手する楽しみのその先には空虚さしかなくて。 (浩瀚)

2022-10-08

>灰まみれの空 >メッキの剥がれた肉細工 語句の組み合わせ、自然で且つ目立ってますよね。書きたい内容を重視するのではなくて、誰もが見向きもしない、そう、それこそスクラップみたいな内容の物事を、自然体でありながらも目立ってしまうその、あなたの言葉の表しを、一度、読んでみたいです。 (スクラップ)

2022-10-08

ストリートって死語なんでしょうけれど、ストリートで生きてますって感じですね。でもなんだろう、一回、あなたが定型に縛られ、もがきながら絶叫するその振動を感じてみたいです。 (「真っ赤な空を見ただろうか、それチンボーっしょ、まいちゃんミホちゃん」)

2022-10-08

おそらく、詩作品として書かれたものではないと思うのですが、切実に何かを「想う」という行為が書いて著そうとする行為へと移り行くところの自我の消化作用、それを自己治癒というのでしょうけれども、その誰かの自己治癒の有り様は詩を書く行為のコアな部分なんでしょうね。 作品で表されている彼女の輪郭は魅力的なものに感じました。失礼ながらも語り手よりも彼女が魅力的に。それで良いのだと思うんです。 (凡庸な自分と、凡庸な彼女)

2022-10-08

淡々とした韻があってそれぞれの連の余韻のつくりが心地よく残りますね。この書き手さん新しい人なのかなと気になり過去作品も全部読んだんですけど、全部読んでよかったです。 (水仙)

2022-10-06

何もないという語り手の嘆きに読め、それにはあんまし共振することがなくてですね、何もないことを僕は肯定しちゃう人間なんですよね。何もないって失うものが何もないのだからとてもいいことに思うんですよね。何かを持つより何もない自分であり続ける方が詩になるかもしれないですよね。わかんないですけど。何もないことを表明するのではなくて何もないことを語句でもって表現するって難しいです。 (I have nothing to…)

2022-10-06

こちらの作品、二度読みした。一読して、うわあこれ良いなって即二度読みしたの久しぶりだった。なんか自分でも書きたくなるんですよね。これ良いなってなる作品って自分でも書きたくなる作品。読解とかじゃない。これを誰かがもしも読解して聞かせられたらやめてよって言う。わからないままでいいし、お前バカかって言われてもいい。心が洗われるっていうやつかもしれない。読んで心が洗われました。 (星をなぞる)

2022-10-05

え!ふじりゅうさん?ほんとにふじりゅうさんだよね?久しぶりです! なんか、ポエムっぽいのに、どっしりしてる感じがあって、なんか、好きよ。 (ライトコメント) (Docker)

2022-10-05

モチーフが新しい気がするし極個人的なことが書いてある。恋愛ごとの気持ちとか人生ごとの気持ちを投稿(読んでくださーいという細やかながらも察せられる行為)されても、読者としてはレスポンスに困って社交辞令書いちゃうしかない。ホントのダメなやつってそういう気を遣わせてしまう作品。優劣よりも好き嫌いよりも、お花畑コメントしか受け付けていない作品が一番ダメなやつで、話は逸れてしまったけど、この作品はそういうのの真逆で、読んで良かった。 (モンキーターン)

2022-10-04

習作か。ただ、次回期待できるなかなかな狙い目だとおもう。 (斬首)

2022-10-01

100周ぐらいポエム論争って繰り返されたけど、もはやポエムがいい。この作品でそう思った。ポエム。 (きっとキミへの想いは変わらない)

2022-10-01

確かにそうだと思わせる。記憶のあり場所は身体の外だということ。だとすれば、記憶にアクセス可能な脳と同じ性能が物質の全てに備わっているように思えてくる。 (前世の記憶などが集う場所)

2022-09-30

(作者が意図していようとなかろうと)インパクトを与えることが考えられていると、いや、そう読んで判明するだけで、いや、正確にいうとそういうふうに読まれてしまうのは書きが下手だということ。私みたいな読者は直ぐに飽きてしまう。最初だけ読めて、最後まで飛ばし読みしてしまった。文書表現だけでなく、すべてがそうだけれども、内容よりも、どう見せているか、どう読ませているかに技が出る。と、コメント書いていて、大変失礼だなと思いました。すみません。 (えらばれない)

2022-09-30

真面目さが貫かれていて、そして、少しだけ切なかった。 (自由、私もそこを出ることはない。)

2022-09-30

柔らかいアンニュイさが内容を理解されるよりも先にあってどきどきした。官能的だといってもいい。 (低空飛行)

2022-09-30

冒頭のピュアではなく潔癖だというくだりが、本人ではなくて姉の印象をよりダーティに引き立ててるのではなかろうか。また、この手の書き物って、読みながら濡れてしまうかが大事で、私の場合は、肩を小さく雨が滲ませるぐらいだった。蛇足だけれども、私も小説の類いにトライしているけれども文体が全てだと思う。これを読んで再認識した。キツイコメントになって恐縮だけれども本作はまだオリジナルな文体を持って書かれていない。私もそうだ。しかしながら、本作は筆力ある作品だと思う。 (しまい)

2022-09-30

拳は固くなればなるほどに手の内にあったものは消失するだろう。言葉まで消え失せてしまえばいいのにと思う。 (オレは怒ってるんだぜ)

2022-09-29

読んで、いまひとつしっくりしないのはなぜだろうかと考えました。好みの問題かといえばそれまでです。語句一つ一つに「カッコよく読まれたい」という顔が充満していて、それこそ美学と叫ぶその滑稽さのメタファのように読める。しかしながら、椅子という孤独感と無言の象徴を回収する表現が最終行のみに読め、先に述べたカッコよさへの過剰さがただただ饒舌な印象です。ここまで書いたのですから具体的に示します。 >いま叩きつぶした助詞の一つから >細く立ち上る硝煙の先端に >矢のような朝陽が差し込むとき >お前のその >五指を刺すつめたい痺れから >赦しを引き出す手順を思うのは >不自由さ故か 名無し故か >重力の溶解した視界には >ただ想像力のみによって敷設された >一本の鉄路がある 僭越ながら、下記の通りリライトします。 いま叩きつぶした助詞の一つから 硝煙の先端に 朝陽が差し込むとき 視界には 敷設された 一本の鉄路がある 私の偏りある志向と自覚の上で申し上げれば、これぐらい削らなくては、削ることの出来ぬ、最後にどうしても残ってしまう美学とはならないと、そう確信するところです。 (椅子 (クヮン・アイ・ユウおよび河上類による合作))

2022-09-27

上手いとはおもう。いつも作品には味があって、その、読者にフックをかけてくる引き入れは上手いとおもう。ただ、それだけなのが残念だし、いつかそうではないものを出される気がして毎回読んでしまいます。 (割愛)

2022-09-27

なんだろう、読んでいる途中、ところどころでちょっと稚拙な書き方だなあと感じながらも、とてもいいものを読んだ気になりました。何か持っている書き手さんだと思う。 (金木犀)

2022-09-27

これ、いいすね。 (magic boy magic world)

2022-09-19

異性とあった過去の残念な出来事を語り手はもう一度、再考する。そして再生している表明をする。その内面の動きは、ゆずれない哲学の表明に感じました。人生のイメージとは、これだけはゆずれないという、削っても削っても最後に残ってしまった芯なのでしょうね。 (人生のイメージ)

2022-09-09

超人を論理的に説明をするより詩的に超人が語られると、誰他人も神であると、そうしっくりいくものだと読んで思いました。 (規格外の精神力と、到達の可能性のない者)

2022-09-07

作品を読んで思い出したのは、以前、美を定義せよと問われた出来事で、美を定義すること出来ないんですよね(いや、私だけかもしれません)。糞尿を汚いという時もあれば美しいとする時もある。「ドブネズミみたいに美しくなりたい」と歌うパンクの有名な歌詞もありますし。美を美的経験としたらけっこう普遍性ある定義が思いつくんですよね。美しいと思えることって、初めてか初めての「ような」経験かなと私は思ってたりします。 衝動さがあって、ああなんかいいなと読んで思ってコメントしちゃいました。 (偏執美 (凡才による))

2022-08-28

深尾さん、この作品を読んでよかったです。真摯であること、 身を正すということ、美しく僕もありたいと、そう思いました。 (歩く)

2022-08-21

コメントありがとうございます。作品とその人間は読めていらっしゃる。 ただ、、、ありがとうございます。 (Leap of faith あるいは)

2022-08-18

これはピカレスクなんですよね。いや、デティールがちょっとダサいなあとは思ったんですけど。あー、わたしが書く作品はすべて真実です。事実ではありませんが。 (Leap of faith あるいは)

2022-08-18

久しぶりにてんまさんの作品読みましたけど、これ、なんかすごいですね。読んで言葉を失くす。何も言えない。コメント書いてるけども。 (好きだと云うこと)

2022-08-17

鋭く開いてきましたね。村上春樹さんの奥さんも陽子ですし、荒木経惟さんのセンチメンタルな旅も陽子さんですし、自分の初恋相手、陽子という名前だったんですよね。その子、宝塚音楽学校を目指していたんで、そういう話も織り混ぜようかと思ったんですが、カット。そうそう、ヴィヨンの妻的なるものはもちろん沈めてみたんですよ。太宰治、良い人っぽいですよね。いや、良い人っぽく見せるのが上手いんですよね。あの人は。男が吐く言葉なんて全部嘘なのに(爆笑) ワザ。ワザ。 (Leap of faith あるいは)

2022-08-17

そだね。満願な出来事がUの世界だと可能なんだね。でも、ベルがすずだってしのぶくんは気がついていたんだね。 そう、そういう感じでどれだけの人々が僕やいすきさんにフェイドインしてくれてるだろう、なんて、詩(笑)の娯楽の可能性を考えちゃう。もっこり。 (Leap of faith あるいは)

2022-08-17

最近の先輩の作品じゃあ、一番良かったですよ。シリアルキラー連発しながらも、めっちゃ人の良さそうな筆致。いいぞ。 (revolver)

2022-08-17

夏休み真夜中に暇で空虚さが漂うなか、なんとなあくビーレビ開いて、何気なあくコメント書きをしていたら、ああ、久しぶりに詩(笑)を書くかあってなったんですよね。なんだか善人みたいなやつを(笑)ちょこちょこって、さらさらって書いちゃったんです。あー、やだなあ。最初からバレてましたか。わたし、小林秀雄の生まれ変わりなんですけど。 (Leap of faith あるいは)

2022-08-17

詩は音楽より絶対的に難しいですよね。なんでしょうね、やっぱ詩って私には書けないですよね。最近は詩を書きたいって思わないですもん(笑) (音楽の羽を着て生きる)

2022-08-17

>僕のいるところはひとりじゃなかった 「しびれる」とタイトルがあって、引用した最終行、この二つ、かっこいいって思ったんです。でも、それ以外が冗長に読めてしまいました。短く、不足しているのではなく、上手く余白が作れていないかと、思いました。 (しびれる)

2022-08-17

グリーンスリーブスのメロディって不思議なんですよね。感傷的でもあり、現実的な困難さへ挑ませようと鼓舞する気持ちにもなりますよね。そのメロディを今作のテキストが昇華されているかというと、今一つ私には感じ得れなかった印象です。でもグリーンスリーブス的なテキストにはなっているように読めました。 (音楽の羽を着て生きる)

2022-08-17

「じゃった」としっかり日本語を書いてください。とコメントしてお終いにしようか迷いましたが、結語のインザネームボックス、これは体言止めですか?いい着地ですね。夏休みなのでいいと思います。 (せれくと)

2022-08-17

最終連はさすがだな、よく回収してきてるなと思ったんですが、全体的に、クオリティーが低い気がしました。一度、壊しにきてるんだと思いました! (ポートレイト)

2022-08-17

んー、、つまらないかな、すみません。根本的な筆力を見直しをするといいのかもしれません。文体を得てしまえばその人が何を書いても面白いんですよね。書く内容ではなく、書き方。読ませ方。上からな読み手ですみません。 (分かってる症候群)

2022-08-17

随筆と詩文の中間ぐらいを設定され書かれたのか、妙なバランスがある。その按配が良きものかどうか、なんとも言えない。習作か。 (旅する為の雑記帳 二)

2022-08-17

これは「竜とそばかすの姫」評文としては最高だと思う。よくぞこのような深遠な考察を場末の空間に発表されたと思う。私は一連のこの監督作品の上滑り感が不快で観た後、つまらなさだけが残っていた。けれども、「竜とそばかすの姫」には優れた良作映画にあるカタルシスがこの映画にはあった。もちろん、ただのディズニー映画の焼き直しやんけ?という批判があったとしてもその批判が示すところも理解出来る。けれども、ただのトラウマ乗り越えのテーマだけに終始していない「妙な深遠さ」がこの映画には宿っている気がしてならなかった。それをこの評文は言い当ててくれていると思った。主人公の声役である歌手の中村佳穂さんの声質、そしてその語口には普通さと神がかりさの両方がそなわっていて、しかもそれが万人にあるのだと、決して特別なものでないと、天才主義の否定でもあり、それは親鸞の思想に一致している。 (メタバースと二種回向)

2022-08-17

なんか、こう、失敗してる作品に一見、読めてしまうのですが、詩なんてこんなもんじゃろ?的なラフさが心地よくもある。 ブリザードのリフレインがユーミンっぽく、恋愛における情念とそれへの俯瞰が、叶わぬ恋をパロディ化しようとしていて、惨じめさが増す。そのパロディ化へラフな文体が効果を発揮しているのかもしれない。 (ふらふら)

2022-08-05

わたしも弾き語りをやってるんで、気になって聴いたんですが、声質がとても好みで、好感を持って聴きました。ただ、波のSEが少し大き過ぎかなとも思いました。 (二人の孤独)

2022-08-02

自己主張が消されている程に良いとされる詩のトレンドがあるとして、ささやかに置かれてた > わたしは >それを聞いて >永遠だと思う の箇所に、詩を書くことの初期衝動が表れていて、永遠がとてもポエジーに感じました。 (あるひとの信仰)

2022-07-31

高度成長期のマテリアルを脱してゆかなくてはそのアナロジーにやり過ごす経過観察がノスタルジアにしか読めない。金魚すくいではなくて、金魚殺しであるべきだ。 (そして、夜までの歌を)

2022-07-27

温泉、酩酊の沼、恍惚、それらの語句が古風に迫ってくるモノローグな文体。良くも悪くもそれだけに終始していて、作者の器用さだけが読後に残りました。作者の器用さとは、何かを文書化する時に、その何かが平易に判読されやすく書けるということ。「肉体の蒙昧な奴隷」は未だ味わっていないのだから、自己認識としても魑魅魍魎で、他人にとってそれは判読されにくい可読性が滅法低い文体としてあるべきに思うのです。少し読者としての高望みなコメントを書いてしまいました。 (温泉旅行)

2022-07-27

大きな事件になんとも思わないわけではありませんが、やはり私にとってはワールドカップサッカーの決勝ゴールと大差ないニュースなんですよね。作者さんがこの事件の当事者ではないという残念さが伝わってくる作品。社会的な大事件はその時代の「何か」を象徴することではあると思うんです。その「何か」を書きたいし書くのが詩人の持つべき命題であり批評眼でしょうね。じゃあ「何か」ってそもそもなんだよってなる。それはあなたご自身が味わっているご飯の不味さかもしれないし私が撃たれて死ぬ未来の日本軍の不条理かもしれない。 (殺害)

2022-07-22

ものすごくポジティブなものが埋めつくされた作品だなと思いました。午前8時の太陽って問答無用で増幅されるポジティブさ。 (約三の幻影~増幅~)

2022-07-04

自我のあり様を書かれた作品と読みました。自我は内面と向かい合えば書けるものではなくて、本作にある様に外面をどう書くかだと思う。熱帯夜における「気持ち」を書くのではなくて、話者の肉体という外面の感触も含めた外界をよく表している逸品。 (熱帯夜)

2022-07-04

バカで脳足りん(笑) ばかりで笑える 暇潰しにせよさ おまえら生きる才能も(笑) 皆無だから 何にも書かないほうがいいよ 表現(笑)とか低脳には無理よ ※これは作品です (B-REVIEW6月のお題詩「破戒」)

2022-06-24

これ、読んで最高だった。優勝ですね。この作品ぐらい、死にたい系•自分語りなぐさめて欲しい系•ポエム簡単だからポエムぐらいしかクリエイター出来ない系はニヒリズム(笑)に徹して欲しいと、そう思った。 (とても退屈なことをひとつおしえよう)

2022-06-24

相対性理論のアルバム/シフォン主義えのオマージュであって欲しかったと一読して思いました。アルバム内の「スマトラ警備隊」にあるフレーズ「共産党」ぐらいに、なんも意味なーい、って感じにご自身にある人生(笑)をなーんも意味なーいってするぐらいにやらないと、今のきな臭い世界(笑)の虚無(笑)は表せないし、シフォン主義(爆笑)にはならないと思われ。 https://www.uta-net.com/song/72999/ (シフォン主義)

2022-06-24

私は読者として、作者宛てではなくて、これから読む人、既に読まれた方、そのような第三者宛てに自分の評を率直にダイレクトにコメントを書く。もしも作者さんへの敬意が伝わらなかったらお詫びするしかないけれども、真摯にこれを書いています。 プリズム世界というタイトルで表現が終わっていると思う。プリズム世界というひと言の説明文を書いているに過ぎない。その説明文が面白く読めればまだいいけれども、私には何も残らなかった。詩を書こうとされた作品なのかもしれない。私も無論、詩を読もうとした。けれども詩情を感ずるところは何も無かった。わざわざ好意的でない内容のコメントを書き表さなくてもよいのかもしれない。読んだ痕跡すら残さずにおくほうが社交的なのかもしれない。しかしながら、私にとってはコメントを残すことが読者としての作者作品に対する最低限の敬意であり、読んだ時間を無駄にしない私のポリシーです。ぜひ、いつか、また、読ませて下さい。 (プリズム世界)

2022-06-22

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2022-06-13

ためらい、というのが明るくあることによって人はそれぞれが何かを割り切って書いたり、ささやいてみたりするんですよね。明るくではなくて、開きと呼んでもいいのかもしれない。そういうのを感じ取れました。 (ペン士、募集)

2022-06-09

そうですね、これは誰もやってないんですよね。ダーザインさんが提唱した系譜に則りネット詩には優れた書き手がいることの立証を、真っ向から突破した人、ネット詩の思想継承者のうち1人もいないんですよね。だからみうらがやるしかないのかな、なんて。これは思想運動の一環なんですよね。 (高度成長は木漏れ陽の個体差)

2022-06-04

鷹枕可さん、コメントありがとうございます。じつはまた何を思ってしまったか、私、現代詩手帖に投稿しようと決意しまして、その、こんな感じで書けば入選するのかなと、練習作として投稿させていただきました。その上で、どなた様かの、現代詩が読める玄人な方からアドバイスをいただければというのが一番の願いでしたので、鷹枕可さんからコメントいただけまして、大変に参考になりました。しかしながら、このような姿勢の投稿が、いかがなものかと、そういう風にも考えます。 鷹枕可さんの貴重なコメントを活かせるよう、本気で現代詩手帖投稿作品に取り組んで参ります。ありがとうございました。三浦果実 (高度成長は木漏れ陽の個体差)

2022-06-03

もちろん金でその作品の価値を決めつけてしまうのがすべてではない。数百万単位で買われる絵画とクオリティを比べていうことではない。けれども、本作はその一流どころの絵画と比べれば手放しで良いとは云えない。 ところが、そういった比べを覆すパラメータがある。それは誰々が描いたものだという作家ありきでみたとき。 作者沙一氏の人間というか、彼が何故に詩を書くのかという、その根源が彼のテキスト作品より、絵のほうが出ているのではなかろうか。一言で云えないことが私たちには多々ある。テキストにならぬ絵の表現がこの作品にはある。いい試み。 (放浪する音楽)

2022-06-02

可読性無き文体のなか、ところどころに読ませる語句があり、それが点灯と点滅をするみたいに読める。わからない人にはわからないし、そもそも伝達することがテキスト形式の作品に必須事項ではない。私は楽しめました。 (ヒドクサレタ/セオイカゴ)

2022-06-02

カタカナ書きが効果発揮していて望郷的なる情緒さの歪み方がきれいですね。味がある。 (花の戦略  みえない鈴)

2022-06-02

なんとなく、あー、 ざらざらの作品あったよねって2年後に思い出すか思い出さないか、そんな微妙な印象の作品。アイデアが相変わらずうまい。アイデア。 (化粧)

2022-06-01

この作品、タイトルから読んでみるとすこしエロティックさを感じた。それを狙って書いたのなら、すごい。けれども、なんとなく書けてしまったというのであれば、、それはまたそれで愉快に書いて楽しめてそう。 (膝ほどの高さの菊)

2022-06-01

面白かったです。詩や文学、面白いか面白くないか、ただそれだけ。その「面白い」というのは笑いやポピュラーさを指しているのではなくて、言うなればもっと高次元なこと。そういう意味で、読んで面白かった作品。 (知り合いのロスジェネのおっさんとの友情)

2022-06-01

>ばーか これのインパクト、いいですね。 この ばーか のための全文が背景書きに読める。文字に温度がある。現時点で今月の優勝作品。 (厨2病大好き!)

2022-06-01

この世界観はマンションポエムらしさがあってよい。言葉の意味とそれを使う意図の差、ズレ方にこそ散文の手法による煌めきがある。大嘘つきな私の表現はそれをコアとしていて、この作品には好感を持った。一票入れます。 (ブランキーブランキーブランキー)

2022-06-01

たしかに、おっしゃる通り。不健康。 これ、特にネット詩では大前提の話でした。その室町さんのお示しを踏まえるとこの作品、まったく不健全なものとして面白い。 (かなたのかなたへ)

2022-06-01

なんでしょう、一つ想うことがあるのですが、室町さんにとって今の世界情勢、そうとうに気になることなんだなあと最近の室町さんの作品を読んで想います。私なんかからすれば仕事のことやら最近楽しんでる趣味のことやらの方が世界情勢よりも常日頃、気になるんですよね。それの方が健全だと自分で意識してるところもあったりします。室町さんはプーチンとその世界情勢を知ることによって不健康になるとか、考えませんか。いや、もしかしたら、私の方が既に異常な世界に洗脳されてるかもしれませんが。 (かなたのかなたへ)

2022-06-01

最近の投稿二作品では何かを試されてるのかな、という風に見受けました。その何かを探っていらっしゃる、その何かの方がすごく気になりますね。なんだろう、外界の描写から内面へ移行されてきた感がありますね。ただ、それが読者である私からすれば、読後、カタルシスに至らない。過去作にはいくつか、私のカタルシスを掠めるのがありました。 (迷い子の哀歌)

2022-06-01

作品が発する熱量ってあると思うんです。あー思いつきの羅列だなあとか、書くことが決まっていて何度も推敲されているのがわかるとか、一筆書きだけれども情念が刹那に収まってるなとか、この選語がとかこの比喩表現がとかという技巧云々以前にその作品にある作者の作品への愛着と熱量。それをすごく感じました。そういう感得って初読どころか、作品を一瞬みた時にわかるものですよね。その一瞬がこの作品にはありました。でも、なんだろう、そもそものコンセプト(そういうものがあって書いているのならば)を推察するに、「読者が驚きを持つであろうという域」以上のものを私は感受出来なかったです。 (箱)

2022-06-01

飛ぶ夢をみたいと思ったら飛ぶ夢を確実にみることが出来た頃のことを読んで思い出しました。丁寧に書かれていて、それが最後までキープされていて好感。読者への明け透けな読み入れへのフックを作品構成にもたせていて、中間にあるブランクが効果ある使い方。 (天球の移ろい)

2022-05-11

かなり上達されたな(上から目線)と読んで思いました。長めの作品って以前にもあったし、同類におもえる作風は過去にあったと思うんです。ただ、過去作では、飛躍な手法に何かぎこちなさがあった印象。今作で確立されてる感がある。 (長編小説を破り捨てられるほど激しくなれなかった)

2022-05-11

なかなか直裁に言葉を使うことって私には難しい。やはり、自身にあるリアリティさと書いている語句に差異が生まれることを嫌うという。今作には、その差異が感じられなくて、読んで伝わってくるものがあります。ある意味、これを書ける作者が羨ましくもあります。直情であらねばならない。そう思いました。 (世間の毒溜まり)

2022-05-10

以前と作者名が変わっていらっしゃることに最近気がつきまして、お久しぶりです。物理や化学などで使われる言語って私は仕事柄、普段から交わしていたりするんですが、なかなかこれが齟齬が生まれにくくてコミュニケーションがスムーズだったりするんですよね。それらの使っている言語は定義されている意味の共有の精度が高い。本作は、その精度の高い語句が客観的に用いられながらも、私という語り手にある情という主観さが重ねられていて、心地よい読後感がありました。 (変光星)

2022-05-10

おはようございます。私も53歳になり、ほぼ人生終わった感があるんで、本作に流れてる諦念が滲みてしまいますね。で、何かこう、世の中に言いたいことあるんだけども、言ったてさあ、という気持ち。たまらない。 (といったところで)

2022-05-10

これは全体図として眺め読みするべき作品なんですよね。眺め読みすべき作品ってビーレビには多数あるんですが、そこにあるだろうメッセージよりも、言葉による印象表現に感得を求めるわけで、いくつかの作家名をアイコンとして上手く置かれている本作に不足しているのは情念だろうと思う。情念は観念では宿らない。観念ではアイコン化止まりで、その作家を配置は出来ても人物の神格化は行われない。曼陀羅にまで昇華させて欲しかった一品。 (2006年)

2022-05-03

詩作品を読解するのをやめていて、詩作品は、、いや、私の場合はネット詩として語る。ネット詩を私が読むとき、曼荼羅と対峙するのに近い。てんまさんの作品は特にそう。で、時にてんまさんは作品に画像を添える。今作もそうだけれども、この画像はいうまでもなく、曼荼羅の一部だろう。 (芝生に入るべからず Keep off the grass.)

2022-04-17

XULさん、バンしても違うアカウント作ってこれちゃうんですよね。XULさんはそこまで粘着はされなさそうなのでバンしてくれりゃいいよということなんですね。わかりました。バンしてもわざわざ新しいアカウント作ってビーレビに粘着する人ってよくわからないんです。ちなみに運営者の采配がどうとかって問題じゃないんです。先に言った通り、完全に排除できるバンのシステムがないんです。だから、モグラたたきみたいな労力を運営者に使わせたくないんですよね。 三浦は本件、用事すみました。失礼しました。 (続 グッド・バイ)

2022-04-14

XULさん、これは三浦が個人的に知りたいことで、よければ教えて欲しいのだけれども、なぜにXULさんはビーレビなんてものにこういう風な粘着をするのか、理由が知りたいんです。尋ねる理由は、ビーレビが荒らしや粘着などの愉快犯から防御するシステムがとても脆弱だからなんです。仮にXULさんにカードを与えても、別のアカウントを簡単に作れて同じ嫌がらせ行為を繰り返すことが可能だからなんです。過去にはXULさんよりもタチの悪い人がいたんですね。私はそれがどうにかならないものかと考えるんだけれども、ノーアイデアなんですね。だから、XULさんからのアドバイスが聞きたい。察していると思うのだけれども、念のために云えばXULさんが粘着してきいてることなんてどうでもいいんです。私が知りたいのは、そのどう考えてもビーレビごときのこんな掲示板でくだらないとしか思えない嫌がらせををなんでするのだろうかということなんです。単に暇つぶしならば、他に楽しいことたくさんあると思うんですよね。失礼な言いかもしれませんが、単に頭が悪い方なのかとも考えるんですが、そうでもなさそうな気もするんです。心の病なのかもしれませんが、それもちょっと違う風にも思えて。今後の参考に是非教えてください。私はビーレビ好きなんですよ。可能な限り、運営の人らが無駄に労力を割かなくてはならないことは起こらないようにしたいんです。 室町さん、作品にまったく関係のないことを展開してしまっており、申し訳なく思っております。恐縮ですが、今しばらくご堪忍いただけますと助かります。 また、運営者の方々、出しゃばっておりすみません。 XULさん、無礼を承知で尋ねております。返信ください。 (続 グッド・バイ)

2022-04-14

この作品、ビーレビ開けるたびに幾度か読んでるんです。平易過ぎるかなと、単純に思いながらも、何か引っかかってくるんですよね。タイトルも個人的に別にそう好ましいものでもない。なんだろう、書こうとして書けなかったものが痕跡として残っていて、それが気になって仕方ないのかもしれない。 (月明かりの反戦歌)

2022-04-13

笑顔ってなんだろうというのが私、優先順位低いんですが、テーマとして持ってるんですよね。笑顔について懐疑心があるんです。そういうの、読んで考えちゃいました。 (Hello Hello)

2022-04-13

これは参加者一個人としてのお願いごとでしかありませんが、ネット詩、投稿掲示板なんてしょうもない遊びの域の空間でしかないかもしれませんが、そのひと言コメント、誰も面白くは思えていないと私は感じるんです。運営の方々に労力を使わせているだけのとても感じの悪いことでしかないと思うんです。どうかおやめください。どんな理由であろうとも。 (続 グッド・バイ)

2022-04-12

蚕と伯母の関係の在り方が飛躍する表現手法で書かれてあるんですが、初投稿作を読んだ時の印象と、読者としてはどうしても比べてしまう。あの時の新鮮に感じた読後感はなんだったんだろうと。私はそう詩が好きではないので、読解をしたりとかない。印象でしかないけれども。作風や技巧や世界観の連続性以上にこの人かなりヤバい書きを毎回してくるねってところの域を読んでみたい。 (蚕に纏わる伯母の幻視)

2022-04-12

よびな作品に私コメント書いたことあったのかなあって調べてみたらあったんですよね。いや、だからなんなんって話なんですが、よびなさんの作品、面白いですよね。なんだろうこれ感がすごくあってコメントが表しづらかったりする。 読解とか原則私はしない主義なので、印象で感想を書くだけなんですけど、つまるところ今作は物語を剥いでるんだと思うんです。物語って始まりがあって終わりがある、、ストーリー性といった方がいいのでしょう。そのストーリー性を剥いでるんですよね。しかも物語の印象を残して。思想や観念を信じていない系でなければその物語の印象は残らないかもしれないんですけど。言葉なんて意味よりは感触だと思うんです。私なんか時々、あなたが使ってる言葉、意味を理解して使ってる?って言われるんですけど、意味を了解して使うより、言葉の印象で発した方が伝達の意味でも有効だと思ってるんです。なぜならば言葉を意味で使うより印象で使った方が物語として伝達するんですよね。 そんなことを読んで考えました。 (三階で懐胎)

2022-04-10

ほんとうにこの作品はいいですね。作者さんの過去作品と比較しても何かすごくいい。元々、幻想的なことを書ける人なんだけど、なんか、この作品にはリアリティがある。リアリティの幻想、、、そんなものがあるわけないのに、あるんだと読む者に思わせる。魔法があることを僕以外に書き表されていて、ショックである。(うれしい) (未完成の日)

2022-04-10

ちょうど今、ビーレビを覗いていくつかの作品を読んでコメントしていたところ、室町さんの新作が投稿されたのでタイミングよく一気読みしました。読むタイミングについてもう一つ述べれば、この土日で吉永小百合主演のキューポラのある街と青い山脈を観たんです。その古き日本の庶民が織りなす映画の会話に馴染んでいたからか、本作は違和感なく読めたんです。でも一方客観的に本作を考えてみるに、これだけ情緒さがあるというか、人間同士のアヤのある会話って今の時代ではやはり違和感ある。こんなに人と人は近くないですし、人情はもはや失ってると思うんです。いや、逆にだからこそ本作は新鮮なのかもしれないんですけど。んー、そういう意味では、この作風はビーレビには馴染みのないものだし、一石投じられていて面白いのかもしれません。 (続 グッド・バイ)

2022-04-10

一人の人生って書こうとするば、とんでもなく複雑で、しかもそれを詩文にしようとしたら、とても私には書けなくて、いつも考え込んでしまうんです。そんな私からすれば、本作を読んで想像する作中話者の人生って、書かれていないことがとんでもなく膨大にあるんだろうなって考えちゃうんですよね。それは、 > 命綱一本。 リュックには21年と少しの人生。 の一行に込められたであろう作者の情念までも、想像して考えてしまう。その重たさを読んで感じました。でもそれは、読者である私を何処へも連れて行ってはくれない。「連れて行ってくれない」という抽象的な言い方ではなく、違う言い方をすれば、作中話者の心情を想像はするけれども、読者の私にとっては、読んで何も得るまでには至らなかったということ。 そのような、読んだ感想です。 (迷子)

2022-04-10

 実体から感受してそれを言語化の後に情緒として発せられた独白の本作、生きる意味が解体されそうな今日にあって、とてもリアルに感じる。  ポストモダンやその解体の現代詩の文脈があるとして(私はよくは知らないけれども)、その文脈からでなく、作者さんが固有に持たれているであろう現代詩とはなんぞやという対峙の結果が作品に宿っていて、毎回の新作が楽しみです。 (手足ない鱗状のほそく)

2022-04-10

んー、黒髪作品としては失敗しているだろう。思ったことを書けばいいのではない。考えないで書けばいいのだけれども。 (言葉の自由)

2022-04-09

>ひきずりだされただいちょうのようにながくなった、 >そのイメージをどんよりとかためたあなたは、 このグロテスクな情はいらなかったと思う。イメージを崩しにかかっているところに作者の照れがあるようにも思うが、気のせいかもしれないし、人間らしくてよいようにも読める。 (nontitle)

2022-04-09

よい。 (未完成の日)

2022-04-09

感情の振り子に読んでいると拐われる感じがしました。言葉の詰め寄りが上手い。 (光の国)

2022-04-09

>静かなるふしぎ が惜しいと思いました。作品全体を回収すべき結語ですが、ちょっと凡庸な収めかたに読めました。 (夢遊歩行)

2022-04-06

書こうとされたいことを丁寧に書くことが大事なんじゃないかなと読んで思いました。「神は細部に宿る」という箴言がありますが、自戒も含め申し上げれば、改行や何もかも、この作品にあるべき語句を顕微鏡で検査するような、一つ一つを削っては読み返し、足してみては読み返しをしながら、何かを表現しようとするのではなくて、自身の労力を作品に捧げ尽くすことが大事なように思うのです。 (人身売買)

2022-04-06

4月になってまだ4日だけれども、この作品、今月投稿されたなかで読んで1番好きになりました。私はあまり共感という言葉を使いたくない主義の人間ですが、この作品に共感を覚えました。同じことを時に想う。 (涙)

2022-04-04

この作品のなかには書かれてはいないのだけれども、宝塚を思い出しました。歌劇団に関係する人たちが宝塚の街にはいて、なんだか愛や夢を追ってる人たちの情念が街にはあるんですよね。誰かが誰かを想う情念。 (ベルサイユ宮殿)

2022-04-04

無理する恋愛ってあるのかもしれないかな、なんて読んで思いました。私にはそんな経験はないけれども。 (愛になれない恋)

2022-04-04

やっぱ言葉を使ってなにかしらの表現をするって難しいですよね。もちろん格好いいものにしたいし。書いてる自身の格好良さはあんまりわかっていなかったりして。想像は空虚なのかとか躊躇うと、もう何も書けなくなったりしますよね。だからと言ってうんざりする現実を書きたいとは思えない。残念なことを書くしかなさそう。その残念なことが誰かにとって、そうでもないよ?という風な、佇まいであったら、少しだけ書いてよかったとなれるかな。 (土日、佇む。)

2022-04-04

初めて作者さんが持っている皮肉さを知れた。意外と寂しがり屋である。 (ひとりぽっちの春)

2022-04-04

いまの世界を正確に実感すると、うつ病になるのが当たり前で、メンタルが正常なのは逆に無理をかなりしているわけで。そういうの、無理をしないで書けば残酷にもなる。本作にはそういう残酷さがあるように読んで思いました。 (ひとはしぬ)

2022-04-04

面白い。関西弁が効いている。 (プラネタリウム葬)

2022-04-04

作品にある悲しみや喪失感、あるいは消えないその最後の一枚を、読む私の中で言語化してコメントを書くことが出来ない。おそらくは、その実体の感触は読者に委ねられているのだろう。何度か読んだけれども幻影のままに読んだ印象が残る、最後の一枚。 (最後の一枚)

2022-04-04

湖湖さんと違う方ですよ..... お察しいただいているとおもうんですが、最後は、ストーリーを破綻させてしまいました。(自分で書いていて、よくわからなくなってしまったという...,) (無題)

2022-04-02

コメントありがとうございます。すべての物語は他者との関係性のなかにしかないのかもしれないですね。若さとは、その関係のわからなさがよいのかもしれませんね。 (無題)

2022-04-02

クリストファープリースト、SF作家ですね。こんど読んでみます。いつもコメントありがとうございます。 (無題)

2022-04-02

ライトな小品としていい味がある。終わりかたもストーリーとして楽しめた。 (砂糖で出来た弾丸はないから僕らは話し合った)

2022-04-02

これ、めっちゃ桜の季節の今にあった恋慕が詰まっていますよね。これを真夜中の公園で夜桜の下で朗々と謳ってる人がいたら、ほんとうに美しいです。 (なりたい)

2022-04-01

これは読んで面白かったです。父というのは父性的倫理観と男のスケベさの間で揺れているし、もちろん奥様及び家族からすれば父性を求められるわけで。つまりカオス。そのカオスさを文法的な破綻さでもって表現されてる。可読性によらずとも、最後まで読ませてしまうのは、構造をすごく意識されて書かれているからに思いました。 (見かけ上は普遍的なおとうさんへ)

2022-04-01

最近のステレオさんの作品は新しいフェーズにあるのはすごくわかっていて、それが作品のどこにあるのか、それを言語化出来ず、コメントが書けないでいた。一つ云えることは、極個人的な詩を書く衝動があるからではなかろうかと思う。 たとえば、 > 僕は朝四時半に起きると、スクーターで>職場に向かう。 過去の作品にも「スクーター」は出ていた。けれども、今作にあるような実存としてのスクーターではなかった。また、 >清君。小学生の頃、隣のクラスと喧嘩に >なった友だちのために、奴らに立ち向か >った彼の姿は、へばりつくぬめり気のよ >うに僕の脳に焼きついている。それなの >にスミスが放った平手打ちのリアリティ >を、顎の淵を削るほどの痛みを以て知る >ことは出来ない。僕らは結局半径五メー >トルの共感範囲で生きている。 のように今時のニュースとして賛否ある話題を作品に取り入れることはポリシーとして控えられていたように思う。けれども、今作には「極個人的」な事柄として溶け込ませている。 作者さんにある詩を書きたくなる衝動が作品への実存の反映が巧くなされているのだろう。だからなのか、本来持っていらっしゃるロマンティズムの調べが絵空事ではなく唇から発せられているように読めてしまう。 (Last Mail at AM10:29)

2022-04-01

なんか、私も言い過ぎました。ごめんなさい。これからも宜しくお願いします。 (無題)

2022-04-01

センスないというアドバイスありがとう。これからもずっとビーレビに参加してくださいね。これで、嫌になってやめましたというのが、私は一番嫌だし、続ける人なのか、続けずに投げ出す感性の人なのか、あなたご自身のポリシーも試されてるから。これからもよろしく。次回作も必ず読んでコメントするからね。 (無題)

2022-04-01

あなたを失礼な人間とも思っていないし、私も失礼を書いたつもりはないよ。少なくとも、私は「私の手から一度リリースされた作品」へは何を言われようと、すべて歓迎。仮に、百歩譲って、 > 「変わり者の嘆き」 というように読まれてほしくないのならば、「私の作品を否定したり、私が不快になるような読み方は絶対にしないでください」と注意書きを作品の内に書いておきなさい。すごくダサいことだけれども。 (無題)

2022-04-01

読んではくれてなさそうなコメントだけれども、コメントありがとう。作者宛てではなく、作品への感想をしっかりと書けるように頑張ろう。敬語でもなく、褒め言葉や安易な共感も私は好きではないよ。あなたが作品を読んで感じることを存分に書いてくれることを期待しています。 (無題)

2022-04-01

詩句っておそらく、命題の譬喩なんだと思う。人それぞれ命題は違う。書きたい命題と一致をする譬喩表現への迫りの痕跡が詩句になるのだろう。本作にあるナイフの喩えがそれに当たり、弟への愛は、おそらくは言語化が難しく、ナイフを用いることでしか、なかったであろう必然さを感じました。 (愛し合っていなければ喧嘩もしたくない)

2022-04-01

言葉はダサいけど、感情を込めてるのが読めて、前作よりはこの作品の方が読んで損はなかった。 (詩の危機)

2022-04-01

変わり者の話や、生きづらさの嘆きについて、多過ぎて、どの作品にどのような営みが書かれてあって、どの作品にどういった固有の痛みや苦しみが書かれていたか思い出せない。それらは、みんな「同じように」変わり者の話者が登場して、「生きづらさ」を同じように嘆いている。私にはこの作品が、それらと「同じよう」にしか読めない。だとすれば、変わり者でも生きづらそうにも思えない。大勢の普通に生きている人々のひとつのサンプル。私はサンプルを読みたくはない。どうせ数分を費やして読むのであれば、そこに書かれてあることに、読んでよかったと思いたい。上手い下手いではなくて固有の人間がいる作品を読みたい。 (島国のかけら)

2022-04-01

 そもそもが不在である言語を口のなかで転がして不在を感じる様の表現を読んで単純に美しく思った。  男性の身体は人身においては未完成品で女性の身体が完成形だとする説を思い出した。それからすると、弟というものは全てが未完成に思え、この作品、とても悲しく思えてしまう。風はまだ吹いているのに。 (青とコーラ)

2022-04-01

>その人の幼少期も想像したい(そうこなくっちゃ) この箇所の括弧書きのセンスに驚きを覚え、わくわくしながら読んだ。けれども、この行までだった。読んで面白かったのは。あとは冗長にしか読めず、流し読みしてしまいました。すみません。 (おしゃれホリデー)

2022-04-01

一発アイデア芸的なる作品。詩が(この作品が詩として書かれたかはともかく)消費される陳列商品化してゆくのを私は好ましく思っているのだけれど、それに無自覚に踊らされてそうな作者さんをお見かけすると、少しかわいそうな気持ちになる。 (緊急事態宣言!)

2022-04-01

この作品、とても怖い。人間がもつある一つの暗い面をとても表してると思う。 (ガラガラ)

2022-04-01

 エロティックでホラーな感じ。よく書かれてるなという一読した感じです。  ただ、なんとなく、前のめりに書き過ぎているような。前のめりとは、エロティックでしょう?ホラーでしょう?ほらほらという主張を強く感じるということ。作品が作品へ引き込んでくる仕掛けられた罠が薄いような。 (一畳の和室で)

2022-04-01

 詩は上手い下手だけではない、という言葉をよく聞きますが、この言葉に含有されている「下手くてもいいじゃないですか」という歪な平等主義が私は嫌いで、この作品における主張、「詩の価値」とはこうではなかろうかと「基準」を明確に示されているところがいいと思う。 他人が下手な詩を、上手な詩を書いていようと、どうでもよいことではある。けれども他人の作品を読んで自身の価値基準を示さなければ、反知性に堕してしまう。別に、今のご時世、反知性でもよいのだろうけれども。本作の最後にある、知性と詩についてのこと、大変興味深い話である。 (詩の文法)

2022-04-01

前作あたりから加藤氏の作品の面白みがやっとわかってきたのだけれど、今作も単純に面白い。人間って正直に語ればだいたいのことを他人は面白がる。この正直というのが単なる字面通りではないのだけれど。 ガチで作品に曝け出してくる人、男だと幾人かいるけれども、女性では初めて知った。 (モルトビネガー)

2022-03-31

こんにちは。コメント嬉しいです。光は無明をこじ開けるように一線を引いて古の時間を持ち込み過古から順に失われる。解放が、忘れるものでありますよう。 (あなたは嘘をついている)

2022-03-31

おはようございます。コメントありがとう。詩も性交も無意味なものだとしたら、生きていること自体も意味を失ってしまいます。悲しくなります。感情が溢れたあと無駄ではなかったね、となれますように。 (あなたは嘘をついている)

2022-03-31

感得にて読む以外に術がない作品が時にありますが、本作が当にそうです。それは簡単に書けるものではなく、感服する他にありません。熟練すればここまで書けるのかと、学びの多い作品です。 (和太鼓楽曲(そのイメージ詩))

2022-03-30

コメントありがとうございます。小説を書くという作業、失敗したなというところも含めて、とても学べました。書きたいこと、それから最後にどうしたいのか、そういう衝動と思想が詩作品以上に大事なことだなあと、よい経験になりました。 (無題)

2022-03-30

今一つ私は読んでイメージが広がらなかったです。「白色都市」や「衛星信号」や「難破船」、「呪詛」、「懺悔」といった語句がそれぞれ持つイメージに表現が頼りすぎに読めてしまい、オリジナルさがそれ以上に発してこないような。語句選びの洗練さより、洗練された文体による創造、物語を読みたいと、そう思いました。でも丁寧に書かれてるところに好感を持って読めました。 (逸脱)

2022-03-30

古くからのビーレビユーザー同士でありながら、はじめましてですね。特に何かを目指して書いているわけではないのですが、コメントもらえると嬉しいですよね。ありがとうございます。 (無題)

2022-03-30

二十一歳って、思い出せば、そうですよね、こんな感じだった。明日がない方がいいのにって思いながらも期待は期待として寂しそうにどこかにあって。 (明日がはじまる)

2022-03-29

この作品、単純に読んで面白かったです。なんだろう、中日ドラゴンズが書かれていないのにドラゴンズがめっちゃ感じられる。 (熱狂)

2022-03-29

よんじゅうさんに初めてコメントもらえて嬉しいです。これ、無題にすれば目立たないと当初思っていたんですが、目立ちますよね。数字にすればよかったです。失敗しました。 (無題)

2022-03-29

人生ということを自己の営みのなかで触れることの写生とその表現を一行一行綴りゆくことはとても困難に思うのです。それは気持ちの吐露とすることなく、自身の信念を「読まれてしまう」ものとして平易ではなくて複雑でそう安易には共感されにくいものでありながらも、命という誰もがわかるはずの命題が宿っているということ。おそらくは、詩を書く衝動がコアに在り、その衝動が成立させてしまうもの。本作はなかなか書けるものではないと、そう読んで思いました。観念になりがちな言語化の難しさ。比喩表現のコアなところのこと。 (老猫よ)

2022-03-28

だらだらとした口語調が個人的に好みなもので、楽しめて読めた。ところどころに死生観の思想も垣間見れ、ただのつぶやきごとでないところも好ましい。でもなんだろう、ルミナスラインが不足してる、そう思った。 (無いはずの雪に)

2022-03-28

気持ちを吐露する作風としてはよいのかもしれない。 私たちは認知すら不可能に思える宇宙に在って人は誰も同じ朝を迎えることは出来ない。夕暮れが朝の人がいてもおかしくはない。灰色の敷石を明るく思えたならば、いや、明るく思えると、そう表現されたならば、きっと、俯きの重たさに味が出たように思う。朝は明るくなる兆し、夕暮れは暗くなる兆し。この自然に諦念する哀れさがもう一歩欲しかった気がする作品でした。 とりとめのない感想失礼。 (朝)

2022-03-28

あああ、海辺のカフカもそれありましたね。。。 (無題)

2022-03-28

久しぶりに詩を、声に出して読みました。声に出して読みたくなる詩だと、そう思います。 (星の星.)

2022-03-27

黒髪作品とはネット詩カルチャーらしいといえばらしいと私は思っていて。今作のようなどストレートなモノローグを黒髪文体と呼称してもいいくらいにご自身の作風を確立されてきてるようにも思う。 こちらの評文でも引用させていただいた ( https://www.breview.org/keijiban/?id=7450 )藤さんのコメントにもある通り、詩を書く上で多くの人が避けるであろう語句を使いながらも、クオリティというべきか、「刺さる」と呼ぶ方が近いかもしれない、そういう作品を連打される。今作もそのうちの一つだろう。 つまり、詩。 (ONE LEVEL AND TWO VERTICALS)

2022-03-27

これは満州のことを謳われた作品だと思う。個人的にささるところがあり、一票入れます。 (赤ちゃんの詩)

2022-03-27

鷹枕可さんも触れている通り、この作品にある技巧、表現力について何も言えないレベルの上手さがあると思う一方で、口語の調べにやや雑さを感じる。作者さんの過去作と比較した時、作品の完成度、まだ余地があるのではなかろうかと、そういう印象を覚えた。 (蜜の匂いが焼けている)

2022-03-27

幾度か読んで幾度もコメントを書くか書かまいか悩んだ。正直に読んだ感想を書くことにした。 >春の夜 という語句が幾度か出てくる。それに冗長さを感じた。しかし、 >遠くの国の >街の影が >まつげの上を揺れている >私も時も >溶けだして >またみんな、溶けだして >とけだして >はるのぶんしとふれあって >柔らかく、散弾する この箇所の表現は素晴らしい。だから、おしい。 (眠る色)

2022-03-27

こちらのサイトで時々あるディスカッションに「一行ブランク空けに意味があるかないか」というのがありますが、それを思い出しました。本作は効果を得ていると読めた。いくつかの行では、一行の内にブランクを含めていて、作為的であることが判る。一行空けが作為的であると感じ取れた場合、いわゆるメタ読みの強制さが生じてしまうわけだけれども、この作品は「スペクトル」に含有される印象としての世界線が走査するイメージをブランクに持たせてあるからいいのではなかろうかと思います。気持ちとかを一行空けの改行詩として書かれてあるのとは、少し違う印象。 スタイルはいいとしても、ただ、内容は博愛過ぎな感じがしてあまり好みではない。 (太陽のスペクトル)

2022-03-27

とても興味深い再コメントありがとうございます。正直に言いますと、私は実の姉(既に亡くなってます)とも実の娘とも性交する夢を何度もみてきました。これは、眠ってる時の夢のことですね。これを夢分析などで調べたことはありませんが、なんとなく、、、私の純愛願望が出てる気がするんですよね(笑) 失礼しました。 (無題)

2022-03-27

正直、読んで微妙な印象です。微妙というのは、表現されてることがわからなくもない、という感じなんです。そもそもこのように、あやふやな感想であればコメント書かない方がよいのかもしれませんが。でも、そもそもこの作品は、そういう微妙なことを書いているんだと思うんです。なんだろう、微妙なことをもっと「微妙なことを書いてるんですよ」と明らかに微妙なことが書かれていたらもっといいんじゃないかと思いました。 具体的には、()内に書かれてることが微妙なことでなく普通に本音が書かれててわかりやすいものなんですよね。()内こそ、微妙なことが書いてあるべきに思いました。()内を読んで興醒めというか、ああ、普通の詩文狙いかあ、という感想です。 わかりにくいかもしれないコメント失礼。 (re;)

2022-03-27

お涙頂戴なあざとさをギリギリ回避出来ていると思う。それは作者が意識しているいないに関わらず。人は動物と子供の話に弱い。 上手く、お涙頂戴を回避された書きとして、木魚のくだりがある。死に別れの湿った流れを客観的な視点として書いている。 微妙なのは、結末であるけれども、上手く着地されていると思う。 (今朝、愛猫が死んだ)

2022-03-27

姉と弟の関係というのは、もちろん、姉妹とも兄弟とも、兄と妹の関係とも違うわけですが(当たり前な笑)、これのうち、兄と妹、姉と弟の2つが、異性の関係にあるんですよね。あるいは、父と娘、母と息子の関係、つまり近親相姦ということなんですが、これをネタにした作品はたくさんあると思うんです。私は、近親相姦を聖域としない感覚が人間の原初に戻す何かがあるように思っていたりします。まだよくわからないんですけど。 (無題)

2022-03-26

愛の話は大変興味深いです。ボルカさんは察していらっしゃるかもしれませんが、私は親から愛情を受けたのか、受けなかったのか、これについて、若い頃はとても懐疑的な気持ちでした。ただ、これは私だけではなくて、親からの愛情を実感することって皆んな、なかなか難しいのだろうと理解するようになりました。私は親の愛情をかなり受けて育っていると、今は確信があります。どうしてそういう確信に至ったかと言いますと、それこそ、ネット詩なかで、他人と接するなかで、私は幸福だったと、そう思えるようになった、というのがありますね。 (無題)

2022-03-26

これは私小説なわけなんですが、推敲の時点で、ものすごく恥ずかしい気持ちが湧いてきまして、それで照れて、猫を入れたんですが、この回にきて、やはり、そういう小手先で書くのをやめようと思いまして、更に私小説にもっていきました気持ちです。コメントありがとうございます。 (無題)

2022-03-26

小説を書くことについては、私、ほんとに自分で書いて自分で読んで楽しむことを目的にしていまして、その、自分で読んで楽しめるレベルのものが書けなくて、それでネット詩に参加してみたんですよ。少しだけレベル上がってきた感じはあるんですよね。コメントありがとうございます。 (無題)

2022-03-26

久しぶりに覗きましたら、コメントたくさんいただいていてびっくりしましたー。これから続きを書かなくては。ありがとうございます。 (無題)

2022-03-26

この疾走感とドタバタ感、好感を持って最後まで読めた。この初投稿、作者の何かの始まりな気がして、次回が楽しみ。 (Performing Therapy!!)

2022-03-19

室町さんの作品群、詩作品ではもちろんないと思っていて(詩ではないという根拠を示せと言われると困る)かといって、他で知ることの出来ぬ情報が書かれている優れたレポートというわけでもないし、こんな観点あったのかという新たな視点を読者にもたらすエッセイでもないと思う。しかし、毎回読んでしまう。おそらく、室町礼というキャラクターが出来上がってきてるからだと思う。正直、微笑ましく読めてしまう。室町さんが彼の地の戦禍を悼み、裏事情的なることを暴くことを「健気に」書かれているところに、毎回読ませてしまう好感の秘訣があるように思う。ちなみにこれが有料記事だった場合、100円でも読まない。 有料記事1000円レベルの作品を私は期待している。 (プーチンの祈り)

2022-03-19

私は読者としては偏りの趣向があり、博愛的な作品へは懐疑的に読んでしまう。この作品、私にとってはぎりぎり受け入れて読めた。なぜならば、その作者が持っている固有なもの(苦痛やら他者への眼差しやら、或いは普遍的な真理とどう対峙されてるのか、みたいなこと)を読めたから。最終行にそれは現れている。ただ、この行に「依存している」感もある。なぜに、博愛的なものに懐疑的であるかといえば、個々の人間が抱えているであろう、より具体的な苦悩が普遍性という呼称のもとに欠落してしまうから。いや、詩文というものは普遍の真理を必須として在るべきにも思うから、難しい。個々にあるであろう言語による、真理へ到達せんとするもがきを私は読みたいだけなのかもしれない。 (原罪ミスティフィカシオン)

2022-03-17

ここまでゆくと、小説か随筆の方が表現としてはハマるのではないかというところでコメント迷っていたんですよ。で、最終的に私はこれを優れた抒情詩だと読みました。ただ、それを成立させているのは書かれたタイミングにあると思っていて、今後、また更に新しい発見のある作品を読みたい。自己模倣に傾かない作品、読者の美的経験は、新しいものに常にあると思うから。 (声明 流木から)

2022-03-17

オーケストラの演奏みたいに連ごとに音が鳴らされていて、それが最終連、語り手の静けさに還ってゆくようで。久しぶりに&さんの作品楽しめました。 (牛頭)

2022-03-16

この作品、読み出した当初は難解さのある現代詩かとおもっていたら、ポエジーだった。ポエジーがすごくある作品だと思う。 (はりぎをらす、はをりをやす、はがりはぬ。)

2022-03-16

なかなか、いい批評文。でも、まだ、不発じゃないかな。思い切りバッドは振ったほうがいい。 ちなみに、思い切り毎回バッド振ってくる古くから生息するネット詩おぢさんを一人紹介しておく。 https://www.breview.org/keijiban/?id=9077 この作品のコメント返しに注目。ネット詩おぢさんはコメント返しでも狙って振ってくるからね。 こわくない。こわくない。 ほら (可愛いは正義だ!)

2022-03-16

抑揚がいい。これ好き嫌いあると思うけれども私的にはたまらない。例せば、線香花火をひとりでぽつんとやってる感じ。それがただのぼんやりになってなくて、 >Artificial Intelligence なんて嘘だよ これ入れてるところに自覚さがある。 なんか、最近、かずやさんが新作投稿されるたびに、三浦がコメントしてるけれども、スートカーじゃないよ。スライダー。 (気に入っている)

2022-03-16

なんだろう、、大丈夫?っていいたくなるくらい、ビーレビという場に適したイカれかたを表していて好ましい作品。かなりヤバい。歳関係ないけど、歳をきいてみたくなる。これ四十代以上の人が書いていたら、つまらない。ふつうに頑張れば書ける気する。これガチ十代が書いていたら、おまえ大丈夫か?って心配する(笑)。まんなかの二十〜三十代の人だったら、、狙い過ぎに思うなあ。でも上手いなあ。羨ましいなあ。 (ハッピーザーメンプログラム)

2022-03-16

韻律が語句の持つ調子として作品にあるのではなくて、視覚の文字として韻律(もはや韻律ではないが)を作品に持たせてる。そんな作品、はじめて目にした。 (もう恋はうたわない)

2022-03-16

戦場において、あるいは修羅場においては良いことだけを考えろというセオリーがありますが、それを思い出しました。 (幽霊の生き永らえる本棚と)

2022-03-15

いいと思う。 気持ちとかが書いてあればあるほど、あんまりよくないだとか、僕は雑な言い方してるけれども正解にいうと、他人が読み入ってしまう気持ちの書きでなけりゃってことで、この作品、読み入ってしまった。 現実で絶望感にさいなむことたくさんあったりして、文学には希望しかないって教えてくれた人がいたけれど、そういうのを、読んで感じました。 (聖域の支配について)

2022-03-15

文体が昭和であり、内容が世紀末を過ぎた平成にある。よくは書けている。令和を。 (宙吊りのまま、どこにもいけない夜に)

2022-03-15

なんか、ねっとりしたチューイングガムみたいなスタイル、レベル高いですよね。読んだらわかりますよね。レベル高いです。 (れべるがひくいなんていわないで)

2022-03-15

私、53歳で妻が一つ上、30歳になる一人娘はもう結婚して巣立ちました。マイホーム、ローン完了済。私は45歳から単身赴任生活に入り、赴任先の地で22歳の女子大生と同棲生活、つまり、とんでもないフリーダムおぢさんです。そのおぢさんからすれば、この作品、新鮮でした。なるほどと、頷けるものがありました。で、この作品、なぜに新鮮に面白く読めるのかというと、男性でありながら、書きのスタイルが女性的だからだと思うんです。 仮に「妻」を「夫」に換え、「女王様」を「王様」に換えて読む。そうすれば、女性的な陰口文体、女性的な感情が上位に位置する筆致に溢れていることを感じれるかと思うのです。(男女差別的な物言いについては、まあ、どうでもいいですが、いちおう不快になられた方には謝るね) で、なぜ、私には新鮮かというと、私のフリーダムマインドに欠落しているものがこの作品にあることに気がついたからなんです。先に述べたフリーダム生活について、妻がこれを知っても赦してくれると、心底信じてるんです。わざわざ、こんな生活をしてるんだけど大丈夫だよね?なんて報告確認はしませんが。そういう妻へのマインドが私にはあることに気がついたんです。ちなみに、私は家族だけでなく、あかの他人へもそうなんです。三浦、あんたが大嫌いだと罵倒されても、ああ私のことが大好きなんだと信じてしまうんです。 すみません、一から十まで自慢みたいな話をしてしまって。なってしまって。 (責務を果たす男の姿)

2022-03-15

世界をみている作中話者の、内面の独白、その様式のなかでどれだけ固有なものが出せているのか、だと思う。創作が自己治癒へ向かうのか、誰かの共感への訴求なのか。或いは、その創造された詩文だけが屹立として在ってほしいためなのか、そのようなこと。砂金というタイトル、本文との重なりがいいと思う。 (砂金)

2022-03-14

鷹枕可さん、私の個人的に思うところですが、この批評文を投稿された姿勢、よくぞお書きになられたと、嬉しく思っております。鷹枕可さんを含め、ネット詩カルチャーにおける最後の砦として存在する人がおりますが、その方たちが標榜する思想はネット詩カルチャーをより強度あるものにすると私は信じていたり夢みたりしています。鷹枕可さん、どんなに不快なことがあったとしても、自己嫌悪に落ちてしまいそうになられても、ここに居つづけてください。バカにする人いるのわかっていて言いますが、カルチャー革命。 (私達はそれでも荒野を目指す)

2022-03-14

だから、私は荒野を目指している。 (私達はそれでも荒野を目指す)

2022-03-14

いうまでもなく、B-reviewでもてはやされる作品は低劣なもので、一つのコメントがつくこともなく埋もれゆく作品の方が詩。埋もれゆく作品が優秀なのではない。埋もれゆくということ、鷹枕可さんがこの作品を見つけられたように、見つけられるまで埋もれゆくものが詩なのだろう。 この批評文に追記しよう。どこかで入選さただとか、佳作の経歴があるとか、そういうことを宣う人間が書く詩文はすべて詐欺師の所業と変わらない。もちろん三浦果実が書いているものは虚像であり、三浦果実は詐欺師である。 (私達はそれでも荒野を目指す)

2022-03-14

この作品、いい感じか否かの意見、両方出てくると思うけれども、私はいいと思う。作者さんの作家性を知ってる人はこれが天然で書かれてあるのわかると思うし、表層の表現までしか読めない人、このラジカルさに気がつかれないと思う。柳煙さんのコメント、いいところ突いてる。先にこの作者の作家性を挙げたけれど、知らない人はこの作者の過去作を読むといい。小学生の作文レベル(失礼)で程度の低い評論家みたいな社会正義を主張してるの。それを知ってるだけに、この作品、極私的なところの嫌悪感を持って「私による死刑」を放ってるのがすごいラジカル。もう一度いうけれども、作者さんの無作なところから発してるのがわかるから、個人としての暴力が成立している。 福まるさんの作品、初めて投票する。 (戦争)

2022-03-13

メリーゴーランドという素材、ありきたりなようで、そうでもない。ゲロと掛け合わせてあるからだろうね。その、飛躍の手法、作者さんポテンシャル高い。 この作品読んだのは、この作者さん他にどういうの書いてるの?って思ったから。 (五億回転ターボ)

2022-03-12

走馬燈で表現するには衝動性がもっと必要か。 (「今夜、西国分寺駅で」)

2022-03-12

この作品、思考と言語がものすごく近い。思考と言語が近いってなんやろっていう抽象なコメントにしておきたいぐらい、それを表してる。 (詩の朗読は額にしわを寄せて)

2022-03-12

作者さんのその何気ない日常にあることを謳おうてみようとする狙い目がわかるっちゃわかる。今作を読んで前作をあーそうだったかと、みえてきた。けっこう難しいところをやろうとしてる。 >どうやら私の枕だね このフレーズに、表現しようという作為が現れているキメてきてるところなんだけど、わりといい。タイトルの蛍の光もギリギリ回収されてる。でも、なんだろう、これは作家像が課題としてあるんだろう。作家像を排除してゆくのがトレンドみたいなとこあるし、作家性を武器にするのは掟破りな感じもあるけど、かずやさんが狙ってるところの域にゆくには、かずやという人間が固有に持ってる営みを出すしかないんじゃないかな。おそらく、今の時点でも営みを書いてるんだと思う。けれども、かずやさん固有にある営みが、まだ埋没してるようにおもう。どうでもいいことではあるし、誰がどう書こうとフリーダムなんだけど、逆説的にフリーダムに書けていない、俺にはフリーダムに読めなかった。 (蛍の光)

2022-03-12

田中恭平という名前で読ませてしまうものあるんだから恭平さんもかなりの域にきてるネット詩カルチャーの一翼に思うよね。たしかにこの作品はふわっとしちゃっていてメモで書いた程度になっちゃってるけど、メモ書きか詩文かの際どくあるところのポエジーをテーマにされてる人だからこその失敗だよね。禁煙と同じ。また始めようか、みたいなね。 ((春))

2022-03-12

俺はね、バカじゃないんだよ。バカじゃないからいろんなことわかっているんだけど、云わないの。そうしてるとね、泣いてる子が周回する零れそうな流れ星みたいに目の前に現れてね、じっと黙って立っているの。花屋さんの前を通り過ぎようとしたらわたしを買ってくださいっていってる一輪の花みたいにね。俺は必ずそういうの、みつけてしまうの。バカだからね、その日に行かなきゃいけない仕事もぶん投げてその知らない子、助けちゃうんだよね。なぜだろうね。素敵なことだね、みうらくん。みつけてくれてありがとう。 (みうらくんときむらくん)

2022-03-11

あのね、この作品最初に読んだときにね複数人のキャバクラの女の子に読ませたんだよね。この話、こんな事件どこかで聞いたことない?って。そしたら誰も知らなかったんだよね。でも俺はさ、どこかで聞いたことある気がしてしかたなかったんだよね。そしたら、これ、ねねむさんだっていうじゃない。ああ、そうだったって思い出したの。ちょっと前にねねむさんから打ち明けられた過去の話だったよね。 これじゃん!って思うよ。これだよね。その打ち明けた時の衝動。ああ、書かなきゃって気持ちにその後なったんだろうね。自分史にある事柄を語ろうと、説明をしようとするとき、それだけで観念でしかない言葉を実感へと純化するんだろうね。純化は、譬えになって神話化するの。創造って神だけがやれることなんだね。それを無意識に為されるねねむさんは、それだけで、詩人なんだろうね。 (幼なじみのまいちゃん)

2022-03-11

なんか、自分の作品を取り上げられてるのに、コメント書くの恥ずかしくて、俺のポリシーでコメント書いちゃいけないんだとか、言いきかせたりして、ホントにおぢさんってナイーブだったりする。真昼さんのこと沢山想像した。ホントにおぢさんは妄想癖がひどくて、バカ。なんか、俺、この人、絶対相性合わないはずとか、ビーレビでこういう出会いはだいたい炎上誘引するからとか、だいたい作品とかテキストだけ読んでればそんな出会いとか絶対に有り得ないのに。真昼さんとフォーラムとかでやり取りして俺、変わったよ。ごめん、ちがう、変えなくちゃいけないところ、あるなって思った。五十過ぎてるおぢさんなんだけども、変われるかな。五十過ぎても人間変われるのかって、すごい冒険じゃなかろうか。真昼さん、ありがとう。なんか、2022年っと世界が終わるんじゃなかろうかというぐらい嬉しかった。自分の作品について書かれて。 (魔法はある?)

2022-03-11

ユウさんの作品、おれ、ホントにコメント書くとき、コメントすることも含めて、いろいろ考える。戸惑ってしまうの。これはユウさんとおれの個人的な間でのことで、ユウさんがどうこうじゃなくて、おれの中にある問題で、あなたの真摯さを前にしておれはホントに誠実にあったかというようなこと、そんなこと考えるとね、コメント書けなかったりした。けれども、この作品はそういう気持ちを超えて、俺のなかにくるものがあって、それ伝えたくてコメント書きました。いいもの読ませてもらえた。 ぜんぜん話ちがうけど、きらるびさんに会ってきたよ。とてもいい出会いだったよ。詩人か詩人じゃないか、わかんないけど、そんなことどうでもよくなって、今は、なんか、ほんとうの友人みたいに、時々メールやりとりしててね、そうだよ、この作品にあるみたいに、がんばらなきゃねってお互い言いあってね。 なんか、わかんないけど、泣いてます(笑)いちおう謝っておこう。ごめんなさい。なんの謝りかわかんないかもだけど、自分の気持ち。 (がんばらなきゃ)

2022-03-11

ギンズバーグあたりのビート詩人たちがやっていた、やろうとしていたフリーダムであろうとする運動の先にはカトリックを主とした、それらの教条と倫理からの離脱があったと思うんです。で、うろたんさんからも同類の匂いを私は感じるのです。聖書からの引用とそれらに対する親しみを発しながらも思念のコアなところには、その教条や倫理に「縛られたくない」というものを垣間見るんです。そのコアを想像するに、二項対立の思考ではなくて、教条と倫理を純化してゆく作業におもえ、ビート詩人たちも同様だったと考えるのです。(少しかいかぶり過ぎな言いになっていますが) 自己の思考を言語化する、詩にするという作業は純化する作業なのかもしれません。純化しようとすることは自動筆記とは違い、むしろ真逆で、自覚を必須とする、自覚の純化を覚悟というのでしょう。自覚と覚悟は実感から発せられ、観念である言語を力ある「喩えのテキスト」へ換えてしまう。説明の目的が伝達だとすれば、より平易に「正確に」伝達されることを願へば、説明は喩えになるのでしょう。 人間の強さを詩論的に自説すると、そのようになります。このような自身の思索を整理する機会になり、投げかけられたコメントに感謝しております。 (letter to the other side of friends)

2022-03-10

これはわるくないです。最近、エロさを追求する作品がいくつか投稿ありますが、この作品はなかなかいいところ突いてきてますよね。まず、五反田という猥雑な場を設定してきたところがよい。あと、トモくん。チャーハン。こういうディテールがエロさには大事。 (ベッドルームからおねがい)

2022-03-10

yasu.naさんの作品にコメントするのは、文学極道も含めて初めてだと思いますが、この作品、いいですね。メッセージ性がある作品は、判りやすさが時にダメにすると思うんですよ。なぜならば、何らかの気持ちを言語化され、作品にする時、そのテキストで語れない非言語な気持ちが大きくあるから。その非言語な域がこの作品から感じられ、僕はいいと思いました。 (言論の泉)

2022-03-09

いやあ、私もねねむさんと近い感想。でも、鷹枕可さんがコメントしてるところの印象もわかる。何か、方言が混じってる親しみやすさを感じる。もしかしたら、すごいことやってるようにも思う。 (おばりて)

2022-03-09

改行詩ではないところに踏み込まれた作品ですね。最近知り合いになった方でもあるので、毎回の投稿作品は気になって読んでしまいます。で、私はどうしても正直な印象を語ってしまいます。これ、言うまでもなく三浦の感想が絶対ではないです。 なんかですね、初期の投稿作品にあった良い意味での書いてしまう衝動さが失われてしまったように思うんです。書いてしまう衝動って、その衝動が選んでしまった詩句というのがみえるというか、「騙り」ではないその人の実感がある。 私が初めてコメントしたのは「小夜時雨」という作品だったですけど、本当にこの作者さんは正直な人なんだと思い、そのことを書きました。今作もおそらく、正直な気持ちを書かれているんだと思うんです。先ほど、私は「騙り」をネガティブな意味で使いましたけど、レトリックが上手い人って読者を騙しているんですよね。この作品、面白いってのは大概、上手く語って(騙る)るんですよね。だから、なんなんって話になるので、戻りますと、ねねむさんにだまくらかす人になったほうがいいなんて、そんなこと、もちろんなくて、ここに書いてあること、本当に想っていることかなって疑ってみるといいんじゃないかと思うんですよね。「君」に対する気持ちって本当は下心なかったかなとか(笑)。いや、この作品は架空の物語かもしれないですよね。でも架空の物語であればこそ、騙らなくてはいけないと思うんですよね。 いや、私はひん曲がり人間なんで、こんな感想書いてしまいますけど、素直な読者さんは、普通に心に沁みたとおっしゃると思います。 (早春賦)

2022-03-09

自分の作品を客観視することがなかなか出来ないという話題が時々ありますが、よくよくそれを考えた時、執着心というやつに突き当たるのでしょうね。うろたんさんがおっしゃる諦念はそのように思うのです。で、人格攻撃の域については、人それぞれが味わったトラウマになっていることなどへも配慮するべきに私は考えるので、何とも言えないです。まだ思索を続けている最中にいます。人格攻撃の域が先述した執着心には効果があるのかもしれませんが、別に執着心あったっていいじゃん?と言われたらそうにも思うので。 ただ、自由であろうと本当にする人って強いはずなんですよね。与えられる自由のなかにいる人は強くはならない。人間としての強弱が、書き物と関係するかといえば、関係しますよね。絶対に関係します。 (letter to the other side of friends)

2022-03-09

ビーレビ系サブカル動画というジャンルが将来出来たら、こちらの作品は初期の良作と呼ばれるかもしれない。以前よりも映像のクオリティを上げてきた気がする。 ところどころで聴き取れた音として、 「いましかない」 「腹違いの弟」 のフレーズがなぜか笑えました。こういうフレーズを挿し入れてくるところがビーレビ系サブカル動画っぽい。 個人的には摘んでる手は女性であって欲しかったかなと思うんですけど、普通の男子の手じゃーんってところもビーレビ系サブカル動画っぽくていいのかもしれません。 (敢えて彼に名前を付けるのはどうだろう)

2022-03-09

男性が勃起してしまうのは、女性がセクシーな格好をすることがそれを促進するものだと勘違いされていたりする。セクシー下着とかがそれ。バレンタインとかに初めてふたりでホテルにチェックインして、はいスカート脱いでみました→セクシー下着。←これって男子諸氏は判るとおもうのだけれども、興奮しないよね?男性からすれば、この時履いていてもらいたい下着は普段から履いてるやつ。(下着つけてこなかった!は、私の場合は◯) こちらの作品、魔法はあるのオリジナル作者からすれば、投稿された当初に当たり前に読んでいた。なぜにコメント出来なかったかというと、つまり、セクシー下着だから。セクシー下着で商店街を歩かれても、誰もやりたくならない。逆に引いてしまう。エロい書き物って難しいんだよね。 (魔法はある 犬ver)

2022-03-09

ただただ私はプラクティカルでありたいと思う。現政権の中枢に位置する人間の秘書クラスには会おうと思えば会えるだろう。三浦が特別な人間だからではなくて、やろうと思えばそれぐらいは誰にだって出来るぐらいに、この国の政治家は多様な人脈を大事にしている。今起きていることについて、大半の人間は娯楽にしか考えていなくて、おそらくは、室町さんも同意だと思う。つまり、このエッセイは室町さんにとっては少なくとも政治活動ではなくて、娯楽に限りなく近いだろう。それはそれでいいと思う。みんなが娯楽として街中でデモをやり、Twitterでけしからんキャンペーンを楽しめばいいのだ。私はプラクティカルにこだわるし、プラクティカルな行動こそが頭を使い、最も楽しいことなのだから。 この件の当事者で害を被り涙する人へ同情の言葉をかけてあげることは人間として大事なことは思うけれども。 詩に本当に力があるのか、ないのか、それにはとても興味がある。秘書を通じてでもいいから、魂を入れた戦争反対の詩を総理大臣に届けて読ませてみたい。 おそらくは、社交辞令のいいね!をしてくれるだろう。 (第一次熱核戦争への道)

2022-03-08

タイトルからして感傷的な作品かとバイアスがかかりながらも、一行目に通り魔と置かれていて予定調和の崩しがあって読み進められた。最後の「涙。」が微妙に思う。私の声読みでは字余りの韻律になる。その字余りさがあまり良い感じにはならず。「涙目」というタイトルを、物語としての無理矢理な回収に最後に置いた感が印象として強い。惜しいと思う。ただ、通り魔や片目など、面白く読ませるための織り込みに作者さんのポテンシャルを感じる。 (涙目)

2022-03-08

僕はこれを読んでよかったです。どなた様かが、作者さんの過去作を評して、少なくともこの作者は汗をかいているとおっしゃっていました。その通りだと僕はおもう。 観念的な話があるとき、僕は直観的に嫌う傾向があります。それが作品を覆っていることに気がつくと最後まで読むことができない。最後まで読んだとしても、何かわからない自分のなかにある魂みたいなものが沸々とあらわれてきて、全力でそれを否定したくなる。 この作品に汗を感じなかったら僕は否定していただろう。きっと観念的なことと作者は全力で闘ったのだろう、その痕跡が最後まで読ませる魔力にも思える。二十代前半かそれぐらいの若い書き手さんだと思うこの作者さん、私が知る限り、その世代にあって最強だと、この作品を読んで感じた。褒め過ぎかもしれないけれども、これからも新作が楽しみである。 (letter to the other side of friends)

2022-03-08

たしかに、深尾さん、これはいいですよ。以前に「三浦さん、あたしは深尾さんの作風がじつは好きなんですよね」と打ち明けてきた女子がいたが、この作品なら、私にもわかる。 (青い夜の夢)

2022-03-07

よく、難解さのある現代詩をみかける。その読解はクイズや暗号を解読するに似ていて、知的遊戯としては楽しめる。しかし、ポエジー(これの定義はほぼ出来ないに等しいけれども)を味わってみたいと思う時に、満足を得れない。難解さによっているかポエジーへよっているかの判別の鍵は可読性ではなくて、そこに識別がある程度可能な物語が置いてあるか否かにあると思う。本作、ひっそりとして不穏な象りがされた物語を多くの読者がみつけるだろう。ポエジーか否かは、判らないけれども、ブランクが多様されたフォルムに、その印象を持たれることを期待する。 (うぶ く)

2022-03-07

都市伝説的でアレだけれども、意識体というものがあるとして、人が意識体だけを身体から引っ剥がして違う容器に入れちゃうようなことが出来るようになったなら、宇宙に知性だけが在ることは証明されるように思う。本作は内容に重点を置いた散文としては興味深い内容ではあったけれども、詩文も含めた文体を、作者さんの文書スタイルを、読んでみたい。それこそビッグバンに遭遇するような。 (ミトコンドリア宇宙神話)

2022-03-07

そもそも論だけれども、人に読まれる前提の日記というものは、書けそうで書けないと思う。三浦って他人へ気を遣っていなさそうで、けっこうナイーブなところがあって、他人の名前を出して何かを語ることに躊躇いが出る。それこそ、武田地球氏の名前を使って三浦が何かを語る時は、氏に使用料金を払わなくてはいけないんじゃなかろうかと考えたりする。それくらい、日記に誰かを登場させて書くというのには、何かしらの、特別なマインドが必要なのだと思うし、それはネガティブな意味で言うているのではなくて、田中宏輔氏にあるであろう他人への優しさや配慮を超えたところにある特別な気持ち。それを愛嬌と表してもいいのかもしれない。愛嬌がある人は最強で、愛嬌は誰でも持てるものではなくて、本当に特別だし、そうでなければ他人が読む前提の日記は書けない。 詩の日めくりによく登場する大谷良太さんは、おそらく、本当に存在する人だと思う。 (詩の日めくり 二〇一七年十月一日─三十一日)

2022-03-07

よくできた作品だと思う。これは詩文や、あるいは、散文に私たちがどのような面白さを求め読むのかという命題も関係することではあると思う。作者の人柄は気持ちとなって作品に表れ、それを読んでも、なにか、メンタルセラピーにも似て、気持ちが悪く、ポエムに親しみ無き人々へ届くような気がしない。そのようなこと、どうでもよきことではあるけれども。作者の感性は、スタイルとしてその作品に表れる。私はその感性を楽しみたいし、ポエムに親しみ無き人も、その感性には共感として届けられるのではなかろうか。本作はセンスがいい。それに尽きる。作者の人柄や気持ちなど、そう簡単に共感するほど、私は簡易型な営みをしてはいない。ただ、この人、かっこいいねというカルチャーには敏感でありたい。 (やくみつるのくちびるにすべてまかせる)

2022-03-07

自然と私たちの生き死には絶対に連動していて、梅の花も風も無縁なものではない。これを詩句にすれば自明過ぎるために凡庸な作品になってしまう。だからなのだろうか、少なくとも私はそれを避けて何かしらの特異さを書く対象に求める。でも、俳句から詩への文脈を考えれば、その自明な摂理を写生してこそ、技巧がポストモダンを凌駕することだろう。それを増幅させる批評を私たちは書かなくてはと、そのような意で、作者の毎回の新作を読み、コメントにトライするものである。 (初春)

2022-03-07

だろう文法の使い手として昔、フリッパーズギターという人たちがいたんだけれども、本作にある飛躍と飛躍の表現手法と併せ、だろう文法が上手く使われていると思う。 (喘息の少年の世界)

2022-03-07

忘れられない自分史はどこかに埋めた自分宛てのタイムボックスのようにいつか開けたい願望を持ちながらも、開けないままにしておこうかと、そう思い変えするような、本作にある人間回帰は、俗に言う自分探しではなくて、閉まっておいた方がいいことは閉まっておこうよという、なんでも詩にしてしまう自分語りする弱さへの示しがある。 (私の話をしましょう)

2022-03-06

詩の話をしましょうというお声がけの言葉、観念的なところからとても離れた言葉だなあと感銘を受け、私が実感した詩の優れたところを語らせていただきましたが、筆者さんの再度の問には観念的なものしか感じることが出来ず、少し残念でした。筆者さんが詩の表現が劣ると示され、私は優れていると実感を持って示しました。これで私は満足です。有難う御座いました。どうぞ、詩の話を語り合ってください。 (詩の話をしましょう)

2022-03-06

>宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を読んで、欲を捨て、決して怒らず、いつも静かに笑っていようとする人間がどこにいますか? 私なんですよ。 ただ、そうだからと言って、普遍的なものかは判りませんが。 念のため付記しますと、筆者さんのスタイル、好意的には感じております。 (詩の話をしましょう)

2022-03-06

詩は表現手段として劣ってはいなくて、ただ読み物として面白くなくなったというだけでしょうね。いや、詩は昔から面白くはなかったのでしょう。人を涙させたり怒らせたり笑わせたりする娯楽領域の創作物ではなくて、人の生き様に影響を与える創作物。それを可能にする詩は表現手段としてまだ優れているように私は思います。 (詩の話をしましょう)

2022-03-06

今のビーレビの大賞選定システムは、完全に参加者に委ねられていて、歯痒さを時にその結果に抱きながらも、このシステムを実装された元運営のふじりゅうさんの意図を邪推すると楽しめたりするわけなんですが、つまるところ、はっしょったざっくりな私の意見になりますが、民度を上げるしかないですよね。そこに何かアプローチするとまた面白くビーレビがなるんじゃないかなと、考え始めたこちらのシリーズであったりしますね。 (2022年1月大賞作品「Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん」)

2022-03-05

こちらのシリーズはまだ続けていこうかなと思っておりまして、また来月もコメントいただけましたら嬉しく思います。 他人の作品にコミットすることについての制限、不特定多数を相手にしてる場にあっては、こちらの空間はある程度のバランスがあっていいように感じます。他の大手投稿サイトでは、「傷ついた傷つけた」の印象になるやりとりが発見されるとかなりの確率で削除されるらしいです。 (2022年1月大賞作品「Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん」)

2022-03-05

セクハラについては個々人が持つ温度差があるので、なんとも言えないですよね。深尾さんからの苦言もそうですが、人によってはこのコメント欄がいじめの現場のように映ってしまう人もいるだろうなと。で、そういう、あらゆる人へ配慮しだすと、ものすごいディスコミュとディストピアが出来上がってしまうでしょうね。みんなそんなこと望んでいないのに。 (2022年1月大賞作品「Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん」)

2022-03-05

先月に引き続きコメントいただけて嬉しく思います。 そうですね、この作品が散文だとしたら完成度を求めるのも的外れかもしれませんが、作者が自身の思索の覚書程度に書かれてあるのだとしたら、とても魅力ある探究者の作者さんだなあと思います。 (2022年1月大賞作品「Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん」)

2022-03-05

吊るし上げにみえる件、一つの貴重なご意見として今後、再考しましょう。 (2022年1月大賞作品「Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん」)

2022-03-05

コメントありがとうございます。こちらのシリーズに最も必要な投げかくをいただきまして、ありがとうございます。いろんな回答が可能ですが、大変恐縮ですが、深尾さんにはご理解いただくことが難しいレベルな話になりますので、深尾さん、一度こちらの大賞作品のコメント欄をご覧ください。こちらの作者はハイレベルな方です。大丈夫です。 念のため付記すると、こちらのシリーズ、大賞受賞者への配慮、しておりまして。それは、2021年12月大賞作品へのシリーズ↓こちらをお読みください。 https://www.breview.org/keijiban/?id=8862 (2022年1月大賞作品「Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん」)

2022-03-04

作者が持つ連続性をみてみなくては何とも評し難いのが、特に詩作品にはありますよね。1作品だけではその作者が何を目指して書いていらっしゃる人なのか、判定出来ない。で、それについて、よく言われることとして、「あなたが作者と作品を切り離して読まれていないからだろう」という物言いがあって。作者と作品を切り離して読むのは不自然であると私は主張していたりするのですが、たとえば、以前に世間的にも騒がれた「絶歌」という元少年Aが書いた本がありましたが、これを読んだ時、「耽美的で美しい表現」に驚きました。これを例に出すのは掟破りかもしれませんが、文の表層に騙されてしまうのがテキスト論者の欠落と私はみており、元少年Aの「表層的な美しさ」に多くのテキスト論者は騙されてしまうことでしょう。というよりも、、表層しか読めぬ人は「絶歌」の駄作さよりも表面化していてわかりやすい元少年Aの「人格への言及」に終始する。(テキスト論者でありながら) まったく話が逸れてしまいましたが、この返レス、真昼さん宛てというよりも、自己主張が過ぎてしまった、おぢさんみたいで恥ずかしいです。 (2022年1月大賞作品「Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん」)

2022-03-04

(きみだったのか.........しっかし、そのコメントや破綻した人みたいなツイートをされる人と同一な人が書いてる作品とは思えず、ある意味、器用な作者さんやなあ) (Good enough)

2022-03-04

最近、新たな参加者も増えているように見受けるので、この場にて改めて紹介します。一月のビーレビ大賞作品について語り合っております。ぜひ、皆さんもこちらの作品についてコメントしてください。他人の作品を読もう、最低でも大賞作品には目を通そうというキャンペーンシリーズでもあります。 (2022年1月大賞作品「Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん」)

2022-03-04

ほんとにおっしゃる通りですっきりしないんですよね。真昼さんが一月のベスト3に選ばれた同じ作者の別の作品を出されているので、私は第4位に選ばれていりは同一作者の「俺の姉が障害者になっていた」を出しておきます。この作品タイトルは品がなさすぎる。社会的なメッセージ云々や、本文がどうこう以前にタイトルが下品過ぎ。また作者がどうこうよりも、このような下品なタイトルに平気で投票する品性無き読者がまた残念な人たちで、それは大賞作品についてもそう。この作品に投票するのは、もしかして、ビーレビお得意の高度な皮肉を示しているのかという。 (2022年1月大賞作品「Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん」)

2022-03-04

ボルカさんの再コメント以外にも真昼さんからのコメントもあり、対象作品を読み解く上で重要と思われる最期の佳境箇所を以下引用書き出ししました。 >ただ、そのおばさんたちには、毎日の料>理や洗濯の境を穿って、その窪みを彼女>たちの龕にし、それに熱烈な跪拝をする>修道女へと変身する時があることが分か>った。その時に曲げられる、老いはじめ>た背中たちの総観を想うと、うすら寒く>なり淋しい。また一方で、彼女たちの託>した瓶の中身が、流れ着いた渚の誰かに>読まれ、その人を感動させるいった、童>話的希望があるなんて、私の例からして>絶対とは言えないはずだ。この変身譚と>御伽噺のアイロニカルな結末が、おばさ>んたちをして、ちょっとありがとうござ>いますなんて、変な感謝をせざるを得な>かったんだと思う。 >好きだから書いているのですか? >   どうでしょうか。書かされている>のかも。 この「書かされている」は「書いている」よりも宗教儀式的なる意味合いにおいては、、、これは本当に微妙なんですが、上位に位置すると捉えます。つまり、神が降りてきてる姿を示してると思うんですよね。でも、宗教的儀式の捉え方によっては、「書いている」の方が能動性があるとして積極的な信仰者として高い位置にあるとも云えるという。 こちらの私のコメント、前提を言うのを忘れていましたが、この対象作品本文の佳境箇所には宗教的儀式の文脈がありますよね?で、あるとしたら、結語の「書かされているのかも」のこの放り投げは、神降りで書かされているおばさんへの皮肉だと私は捉えますね。 言うまでなくどうでもいい話なんですが。 (2022年1月大賞作品「Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん」)

2022-03-04

洒落た固有名詞、それらへの憧れやノスタルジーなどの感傷の表しは読めるけれども、作者さんの気持ちが判ったところで読者の私には読む前と読んだ後に何の変化も起きることはなかった。そうだから、本作が面白いとコメントすることは出来ない。 私はダブルZ Rを乗っていたことがあって、スリップさせて外板を割り、修理することなく買取に出した。乗った回数は通算で10回にも満たなかった。乗る前にあった快楽への欲と後に残ったスピードの恐怖はスクリュードライバーを飲む程度の酔いでしかなかった。 それを想い、くらべれば、本作にあるセンチメンタルがわからなくもなくはない。 (どうも青春の光)

2022-03-04

花鳥風月が、写生が、書けるのが羨ましくなる作品。花をみて綺麗だと素直にいい、空は綺麗だと素直にそう云える「心持ち」が優れた写生の書きを成立させるというのは錯覚だと思っていて、そのような、素直な気持ちの発露「だけ」による作品は、どこか幼稚さというものを利用している欺瞞が見え隠れしたりする。あくまでも、作為を消す技巧が優れていなくては成立しない。本作にあるフレーズの一つ一つを摘みあげて開いてみると、感傷的過ぎになるギリギリにある際な詩句に思える。それを羨ましく思ってしまうぐらいに、韻を着実に抑えていて、改行と句読点による音が、その写生の印象をよくしているように思う。意外とこれが出来そうで出来ないスタイルだと思う。作為を消す技巧とはこのこと。 (Good enough)

2022-03-03

これ、最高にいいですね。最近わたしが使ってる高評の意を表する言葉でネット詩カルチャーらしくていい、というのがあるんです。カクヨムやnoteでは、コワすぎてスルーされちゃうと思うような作品もこの空間だと面白く読ませてしまうという。詩誌寄りの「ちゃんと現代詩書こうよ、読もうよ」的な、穏やかで理知な人々らは厭するかもしれないけれども、この空間はココア共和国でもユリイカでも詩手帖でもTwitterでもない、内輪的な地下世界最強トーナメントな風だから、つまり、この作品は最強に位置していてよい。 (爆発地図)

2022-03-03

室町さんのコメント、第三者でありながら勉強になりました。ほんとは有名な小説家さんがわざわざ崩した書き方をされてコメントしていらっしゃるんじゃなかろうかと思うくらい参考になります。 深尾さん、そういうことで、私も頑張りますんでお互い、牛乳飲んでいきましょう。 (無題(小説抜粋))

2022-03-03

ほんとは他人様の作品に良いも悪いも優劣なんてものもないと思うんですよ。ただ私にはどうしても、みえてしまう。たとえば、「川をみた」とただただ書けばいいのに、「陽を浴びて美しく輝く川をみた」と書いたりする。これを以前から私は「あざとい」と、いろんな作品に対して評してきた。ほんとに美しい生き方をある種の強さを持って全うしようとしてる人は美しいことが当たり前に自分の営みに備わっているから、当たり前なことは書かない。ただ「川をみた」と書く。私にはどうしても、そのような人の欺瞞さがみえてしまって。(すみません超能力ホルダーなんで) テキストで作者の人物像は判らないという方がいらっしゃいますが、テキストにはその人が必ず宿っていますよね。きっと詩は特にそれが出るんだと思うんです。 前置きが長くなってしまいましたが、この作品からはその当たり前ではないところのことを書かれてあると、とても美しく、一読して感じた。それは表現しようとされているところのことが「テキストの詩」でしかなし得ない必然さを持っているからだと思う。 >伸び放題の雑草がからに道をゆずる >土手道を散歩する人たちが >からの流れに目もくれないのは >あまりにもからが威風堂々と流れるからだろう これなんかすごいですよね。テキスト表現でしかあり得ないと思うんです。伸び放題の雑草を映像化出来ても、土手道を散歩する人たちを映像化出来ても、威風堂々の曲を流しても、読者が受け取り想像するであろう「からが威風堂々と流れる」の様はテキストからしか生まれないと思う。 よくできました。 (からのながれ)

2022-03-02

与沢翼さんのいいねは過信してはならないというお話で思い出したのですが、今時の歯の治療現場では痛さが伴う時、患者はスマホを握るらしいです。昔の幼な子はお母さんの手を握っていたのに。ロザリオが現代ではスマホで、「いいね」はあーめんと同じなんですよね。 そうそう、こちらの対象作品の裏テーマには、他人の作品にいいねすることによる「他人幻想」の強化と自尊心の失われへの問題提議が含まれているようにも思いました。少なくとも、私の批評文にはその含みをもたせていますよね。 (安心して本音のコメント書いてくださいね、ここには嫌なこと書かれて怒りだしたり、傷ついたりする作者は不在で、私たちが授かった作品だけがあるのですからという...) (2022年1月大賞作品「Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん」)

2022-03-02

コメントと作品を併せ読んだ時、筆者さんの言葉はコメントの方が面白い。これは自説を不用と示したいわけではなくて、他者に伝達をする目的の表現(自己の内面を言語化して伝えることも含む)であれば、随筆でよいのではなかろうかと考える。改行詩を表現手段とされ、鳩を扱った表現や主語を失った街という比喩が、とても薄ら寒く感じるのは、詩をセンチメンタルな表現手段の目的化までにしか今作が成されていないからだろうと、思う。一方でそれはそれでよいのだとも思う。なぜならば他人がどういう風に何を書こうとも、それは私にとっても、海の向こうの権力者にとっても関係がないことで。ただ、ただ、詩の表現は無力だということ。その無力さを自覚された表現にこそ詩はあるのだろうと思う。 最後に付記すれば、作品と筆者の返レスを並行してコメント対象とするのは少し卑怯な感がある。けれども、己れのステイトメントも言い表すことの出来ぬ、なんとなく詩みたいなものを書いてます的な言語表現の強度が不足するものより、いいなあと私は思った。 (@shelter_ugolyok)

2022-03-02

良過ぎて何もいえない作品。稀なことがあるからネット詩カルチャーが好きになる。 ( デスマスクメタファー)

2022-03-02

んー、なんか読んでいて恥ずかしくなりました。たしかに詩といわれる表現は今作のような作風を褒めていうのでしょう。また、詩を詩として読めない私は健全なのかもしれません。でも、なんだろう、普段から酔っ払ってる人(どんな作品にもいいねコメントしか出来ない人)にあーこの作品良いねって言われるよりも、素面な人(あまりいいね言わない人)に、普段は私冷静なんですが、この作品に撃ち抜かれ気持ちが動揺してますって言われる作品を書きたいと思うところです。 (ぬくもり)

2022-03-02

あのね、妻咲さんあたりがもっとバカにはバカ、おまえ読めてねえなって人にもおまえバカってコメントしてあげなきゃいけないんじゃないかなあ。妻咲さんあたりがこんな大喜利大会をやってるんだから、おそらくみんなバカだと思ってるんだな。 というか、みんな勘違いしてるから、いうておこうか。妻咲さんって人柄良いなんて勘違いしてる人、はっきりいうておくが、この人ぐらい腹黒い人はいないよ。だまされるなよ、ココア共和国で入選したーって喜んでるのはいいけど、妻咲さんの褒め言葉とそう変わらないよ。 あ、ごめんwこの界隈の裏のこと書いてw 現代詩手帖のコネ(以下略 よりはココア共和国はいいよw (磔)

2022-03-02

内田樹さんをが好き過ぎて合気道の道場を何度か見学に行ったりとか、隣町珈琲店に出かけては内田樹さんの盟友と散歩したり銭湯に行ったことがある三浦ですが、この作品で主張してること判ります。リベラルはもう一度、理知を捨てて直情に回帰しなくてはならないと考えます。反抗的人間とは、「なんか嫌な感じ」という極個人的な直観がすべて。 (『古狸は戦争について語らない』)

2022-03-02

>それを命運などと、かたづけるな 理解しがたい不幸を経験する時、運命だと割り切ろうとする。たしかに不条理な事柄にはそれを不条理なままに受け入れざる得ない現実はある。しかし、誰かが誰かの命令で誰かを殺すということは不条理でも運命でもないということ。それをよく表現されている。 (ふたつの鐘がなるころは)

2022-03-02

AB作品らしいささやかな営みにあるささやかな言葉の表現があってよいと思う。けれども、そこに削がれたであろう相応しくない言葉の瓦礫が、もしもあるのだとしたら、その瓦礫の山を読んでみたい。 (私の家に)

2022-03-02

なんか、おしい気がする。黒髪作品にあって、こちらのタイトル、恋とあるのだから、かなり期待して読んだ。黒髪作品らしい清貧さがあるのだけれども、今一歩の踏み込みする領域が足らなかったように思う。 (恋によって)

2022-03-02

んー、ちょっと一読ではなんとも言えない気がするので、後から改めてコメントします。ただ、深尾さんの詩作品よりはこっちのほうがいいと思う。 (無題(小説抜粋))

2022-03-02

どのぐらい作者さんがビーレビに上がってる他の人の作品を読まれてるか、わからないけれども、この手の愚痴•メンヘラ系の作品はうんざりするぐらいみていて、つまらない、と思う。なにがつまらないかというと、自分が特別に辛い辛いと吐いているけれども、そこらじゅうにあなたとまったく同じ人がたくさんいて、特別なんかじゃないということ。ほんとにあなたが抱える特別な問題があるというのなら、死ぬほど考え抜いたレトリックで特別なものを読ませて欲しい。おそらくは無理だろう。なぜならば、あなたと同じような人がそこらじゅうに同じようなことを書きなぐって吐き捨ててる作品を知らないだろうから。すみません、偉そうで。 (辛くとも)

2022-03-02

ボルカさんがお示しの箇所、私は一番気になって仕方がないところでした。この作者、自分もおばさんと同じに想ってるやんって私は好ましく思ったんです。ところが作者は後に皮肉さを持ってこの作品をお終いにしている。若さといえば若さですが、この作品を皮肉にしているのがこの作品の一番イケてないところですよね。 あ、すみません、大賞作品なのに、イケていないとか、本音を言ってしまって。 (2022年1月大賞作品「Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん」)

2022-03-02

コメントありがとうございます。他人の作品なんか読まないということ、ネット詩カルチャーにある根幹なテーマですよね。違う言い方でネット詩カルチャーにはこれが存在していて「読めないやつは書けない。書けるやつは読める」ということ。つまり、ネット詩カルチャーとはある種、ゴルフに近いと思うんです。「あー、あいつのグリップ、あれは良いプレイヤーだよ」と判るやつは良いプレイヤーでもあるという。詩も同じで、まずプレイして楽しむことありきなんですよね。他人の作品を読むことが楽しみではない。私の場合は違っていて、私は小林秀雄さんの生まれ変わりなぐらいに批評眼があり、他人のしかも駄作な作品を楽しめるんです。なぜこの作品がダメなのかを考えれば考えるほどに、良作がわかってくる。駄作なんてものはないよ?って愚問がありますが、そんなことは当たり前で、駄作だという基準を自分で勝手に持っているにすぎない。ところが、人それぞれみんな違ってみんないいの思想のお花畑で白痴な人は駄作か良作かの基準を持てないから、ココア共和国の入選や佳作で一喜一憂する。自分で駄作か良作が判らないんですから、呆れますよね。ネット詩カルチャーが楽しめる人は高度な人。 すみません、固有名詞を引き合いに出してしまって。ちなみに私はココア共和国が大好きで、詩をビーレビに投稿する予定はないので、3月以降はココア共和国に投稿する予定です。 (2022年1月大賞作品「Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん」)

2022-03-02

私がもしも今、戦争をテーマにして書くならばこの作品のスタイルが一番近い。(私は書かないし書けないけれど) 今、戦争をテーマにして書く人を否定などしない。否定しても何の意味もないから。私の作品が大統領を改心させ得るに有効な言葉を編むことは出来ないし、私の作品が兵役に逆らう気になどさせることが出来ないと、自覚しているから。私が私の言葉は無力だと、そんな当たり前なことを表現したくはない。もしも書くとしたら、反原発=牛乳が飲みてえと吐いた清志郎さんではないけれども、極私的な「嫌な感じ」を、無力を承知の上で全力で表したい。私の闘争とは糞みたいな情緒の真逆にありたいし、観念的な届かぬ言葉は吐きたくない。 この作品にあるその極個人的な戦争が嫌いだということ、いいスタイルである。 (one night)

2022-03-01

部屋のなかには世の中があってその世の中に私が在るということ。灯りの明かりが、「しかし」と「どうせ」の間を、グラデーションのように強い光と小さい影。明暗はそれを歴史のようになぞるのだろう。音は、部屋の中にある世の中を楽にするはず、なのに無常な憂いへと、時の音が蠢いている。 そのように読んで感じました。 (ワンルームから、見ている)

2022-02-28

世代が違うためなのか、「スケバン刑事」を存じあげておらず申し訳ない。以前には、私もハートマークなどを多用していたのですが、とある女流詩人から、あなたはそれでも詩人ですか?と問われ、知性を疑われたような気持ちになり、絵文字をあまり使わなくなりました。絵文字でしか自己の思念を表せなくなったら、冗談のアイデアの質も白痴化してしまいますよね。と、この返レスは深尾さんへの親しみを込めた私なりの冗談なのですが、私はどうやら誰もが到達を夢見ているけれども未踏のままにある領域へ来てしまった感があります。今年に入ってからの創作の意欲は昨年とは明らかに違うこと、実感しております。深尾さんも、そうであったらなあと慈しみを込め、コメントに感謝いたします。 (無題)

2022-02-28

韻律に非ずは詩に非ずということが表されていて好ましく思いました。特別に漢字を使わなくとも、私たちは楽しめるという。 (恪)

2022-02-28

強引な口語調が読んで心地よかった。サディスティックな語りはそれだけで人間味が出るし、訴求力があると思いました。ただ、それだけじゃ、物足りなさも併せて抱きました。 (ファンアート)

2022-02-28

「赤いリップ」という、作品のなかに具体的な色を入れる表現手法は良いなあと思いました。神視点での一連目があって、そのまま神視点で編まれたほうが読み入れたかなと思います。「あなた」と特定されると、私ではないと失せてしまい。 でも、過去作も読んだのですが、なんかこの作者さん、ポテンシャル高いなあとも感じました。 (恐竜のリップ)

2022-02-28

湯煙さんらしい味のある「鳴れ」という表現ですが、今作では、「なれ」とされていたほうが、青さがあってよかったように思います。ラブソングは青さがあった方が際立つように思いました。 (ラブソングよ、永遠鳴れ。)

2022-02-28

戦争を体験している人が語る「戦争はもうたくさんだ」という言葉と我々の世代が語る戦争への嫌悪は根幹にある感情が同じだとしても、事実上度合いの差が激しく出てしまう。戦場に赴き体感からのルポによるニュースを我々は耳にする。或いは現地で悲惨な目に遭遇している家族や友人からの便りを受け取る。そこには、他者を慰る感情と併せて戦争への憎悪を想像として持つ。私は反戦主義ではあるけれども、同じくらいに自身にその思念や感情を表す時のリアリティを必ず疑う。覚悟と言い換えてもいいかもしれない。私はよく想像する。侵略者によって自分が大切にする家族が目の前で殺されることがあったら、その者を復讐で殺すだろうか、あるいはその権力の前に正気を失くした兵士を抱き締めることが出来るだろうかと。日本にある全ての戦争を放棄する法を絶対とするのであれば、私は後者でありたい。 何がいいたいコメントかというと、私は戦争について、なかなか表現にすることができない。なぜならば、覚悟を伴うものだと、それだけは自覚するから。 ただ、この作品を否定的に思うわけではなくて、とても良い作品だと思う。ただ、いろいろ考えた。 (戦争のすこしまえ)

2022-02-26

戦争を体験している人が語る「戦争はもうたくさんだ」という言葉と我々の世代が語る戦争への嫌悪は根幹にある感情が同じだとしても、事実上度合いの差が激しく出てしまう。戦場に赴き体感からのルポによるニュースを我々は耳にする。或いは現地で悲惨な目に遭遇している家族や友人からの便りを受け取る。そこには、他者を慰る感情と併せて戦争への憎悪を想像として持つ。私は反戦主義ではあるけれども、同じくらいに自身にその思念や感情を表す時のリアリティを必ず疑う。覚悟と言い換えてもいいかもしれない。私はよく想像する。侵略者によって自分が大切にする家族が目の前で殺されることがあったら、その者を復讐で殺すだろうか、あるいはその権力の前に正気を失くした兵士を抱き締めることが出来るだろうかと。日本にある全ての戦争を放棄する法を絶対とするのであれば、私は後者でありたい。 何がいいたいコメントかというと、私は戦争について、なかなか表現にすることができない。なぜならば、覚悟を伴うものだと、それだけは自覚するから。 ただ、この作品を否定的に思うわけではなくて、とても良い作品だと思う。ただ、いろいろ考えた。 (戦争のすこしまえ)

2022-02-26

コメントありがとうございます。夏目漱石も太宰治も三島由紀夫も村上春樹も同じような小説に読んでみえてしまうので、糞だとする純文学への視点、私は真逆の視点であるだけで、傍観であることは室町さんと同じなのかもしれません。 この習作シリーズですが、これを書くなかで一つ確かめてみたいことがあるんです。それは、事実として体験した事柄から出る語句は、そこにフィクションを織り混ぜたとしても一定のリアリティーがあるのではなかろうか、ということです。例えば、前回出した「ちんば」、今回のエチオピア、もちろん姉と弟についても、根幹なところの部分は実際に体験しているところから出ていて、しかしながらフィクションであるという、抽象的な云いになってしまいました。 あまり、自説を語ること、毛嫌いしていながら、少し饒舌になってしまいましたが、室町さんのコメント、私の正体的なる何かを突いてこられたと、感謝しております。 (無題)

2022-02-26

牛乳を温めて飲んでみよう。 (無題)

2022-02-25

ベンチ、チョコレート、ヒーター、アロマキャンドルを、それぞれの連への置きかたがこだわりを感じさせる。 >いけないことだとおもう の表現も上手いと思う。題名もいい。しかし、安堵な感情、不確かな感情、置き去りにされゆく感情、周囲との差異に戸惑う感情、そのような情緒性がライトバース過ぎる感じが読んで先にきてしまった。過ぎた感情を思い出して気持ちを書いても、どこか偽りになってしまうような、そのようなこと。 (四菓撰)

2022-02-25

即興で一筆書き(ひとふでがき)で書くべきテーマだったように思う。 (何処かの惑星で)

2022-02-25

コメント有難う御座います。文才無き私がもしも文芸誌へ応募するとしたら、極個人的なことをモチーフにするしか、その武器たり得ないと以前から思っていて、それは、おそらくは多くの人がそうであるように思うのです。文才よりも、自己に堆積された史実からの感情。それだけがオリジナルな想像を生む。そのようなこと。堆積されたことを業だと諦め、それを書くことに、オリジナルな文体を手にする鍵があるのかと、そう思う今日この頃です。 (無題)

2022-02-25

ピックアップレビューを読んで、こちらの作品に気がついた。これがコメント0なのはたしかに皆、読み落としていたと思う。性的な表現はアメリカンな風味になるとコマーシャル化が簡単に成立するから不思議。日本人はアメリカのカルチャーに施されていて、それらへの反抗の歴史があるかもしれないけれども、戦後からの長時間の経過はDNAまで達しているだろう。おちんちんの在り方、性交の手法、そこには、村上龍の言及を読むまでもなく、情けない日本男児的な残念な結果がある。私はアメリカ人女性と性交をしたことはないけれども、南米ラテンの女性とはあって、その経験がとてもショックなことを教えてくれた。おちんちんは、彼女たちにとって痛いものでなければならないということ。いや、これは普遍なことではない。けれども、痛くて壊されてしまうぐらいに撃ち抜かれたいと、多くの女性が潜在意識にあることを私は知っている。アメリカンでなくとも、日本人男女の間でも、優しい男よりも野蛮的で知性無き男たちに日本の女性たちが寄れてしまい、私の優しさなど、なんの武器にもならなかった痛い気持ちを極私的な恋愛経験からも示しておきたい。幾人かの乱暴者たちが踏み潰しながら私の前を過ぎていった。土星や火星やらのセンチメンタルだけが私には残された。 そんな感じにこの作品を読んで思う。 (誰かがドアをノックしたから)

2022-02-25

すげえ潜在としての表現力この作者さん持ってるって一読して思ったんです。でもこの一作では、なんとも言えない感。更に次回作品を読んでみたい。 (Call Your Name)

2022-02-24

平易に書かれてあるけれども、なにか読み辛さがある。おそらく、言葉が不足しているのか、削るところが不自然なのかもしれない。それが情景の切り取りとして上手く成立しているかというと、ぎこちない文にしか読めない。私の印象でしかありませんが。 (優しさの、欠片のない)

2022-02-24

残念ながら、私にはすべてが嘘っぽくて上滑りな印象。嘘っぽくて上滑りな「マンションポエム」(よくある分譲マンションのキャッチーなコピー)のようなポップさがあれば、それはそれで私は好みではある。けれども、本作品から私が感受するのは、話者の気持ちを表現されている言葉の上滑り。作品内にある先生が語るような評で恐縮だけれども、学校を休みたい気持ちもそるに諦念を持つことも、普通。普通なことを普通に表現しても別にそれはそれでよいのだけれども、その普通さからの逃れが本来この作品に在るべきスタイルではなかろうかと思う。つまり、内容にスタイルが負けているのだろう。スタイルを持つことは困難なことなのだろう。 室町さんも触れていらっしゃるけれども、作者さんのお名前ぐらいに際立ちのあるスタイルを示して欲しい作品だった。 (逃避の地図)

2022-02-24

全体的に、静謐で丁寧な書きで読んで心地よい。けれども、この作品に宿らなくてはならないのは、現代詩がもつポップさではなかろうか。 「夜空はいつでも最高密度の青色だ」 のようなやつ。飛躍さといってもいい。 比べてしまいわるいけれども。 (森)

2022-02-24

センチメンタルを強い人は持たなくていいですよね。現実世界で意のままに、全能感あふれる人はこの世の憂いもあまり持たないし、失ってしまっう恋暇などあるわけ、ないのかも。感傷的になる人は弱いのだよ、と父性的なことや社会のプリンシプルなことを示すような、そんなお父さんにはなりたくなかった。けれども、泣いてはいけないんだトーマスソーヤってマインドが、僕にはあってね。センチメンタルを捻じ伏せて冒険に旅立たなかったら、馬鹿にするハックルベリーフィンがいるんじゃないかなって、そう思ってしまう。真の悪意がこみあげてきたら、お前は死ねばいいと吐きだしたとしても言葉は嘘になって、感傷だけが残る。 (くたばれビーレビュー その弐)

2022-02-24

本当の悪意だけが人を感動させられる。 「先生を流産させる会」 http://www.tokkyo-net.jp/macroanalyst714613.html (くたばれビーレビュー その弐)

2022-02-24

いすきさんおしいね。 やっぱ、こちら↓の作品がなかなかよかっただけに比べて読んでしまう。 https://www.breview.org/keijiban/?id=8800 同じくらいの内容だと思うの。だけれども、こちらの作品のほうがなんとなく、飛躍の表現とかがキマッていてよかったかな。一度、いい作品書いちゃうと、読者は欲を出して読むからしかたがないよね。いつも楽しみにしてるから。 (これからどうしたらいいの)

2022-02-24

妻咲邦香作品とは器用さにあるのだと思う。どんな作風でも一定の上手さを持って書けてしまう。それを象徴している作品に読めてしまう。ポップな筆致とそれなりの現代詩らしい読解力を読者にもとめるレトリックが混在している。先にどんな作風でも書けてしまうと述べたけれども、おそらくは書けないものが一つだけある。それは憶測でしかないので、ここでは触れないけれども、その書けない一つの作風を今作にある器用さが逆説的に示していて、興味深い作品だった。 (ベイビー・クラクション)

2022-02-23

ゆきゆきて神軍を思い出した。この映画が示しているのは「個人として」の暴力の肯定である。複数の人間による1人への暴力を私は否定する。戦争も時の国主が1人で始め、それに心から賛同をする者が「1人の人間として」加勢をする戦争なら許せる。(子供ごっこみたいだが、つまり子供の純粋な暴力こそがそれだ) ところが、近年の論争ごとや、近年の炎上ごとには、その個人としての暴力がみえない。大島渚がよく胸ぐら掴んでやっていたアレのことだし、北野武がフライデー編集部に殴り込みをしたアレのこと。人の意見など差異が生じて当たり前である。互いがウィンウィンになれる着地点が話し合いで成立しないのであれば、互いに納得して鼻水垂らし、涙を流し、笑いあえるまで殴り合えばいいのだ。言葉に嘘が宿ることがあっても、身体は正直だ。 『ゆきゆきて、神軍』公式ホームページ http://docudocu.jp/shingun/ (あいちトリエンナーレ展ー芸術的抵抗と挫折ー)

2022-02-23

福まるさんが過去書かれた作品とは段違いに、こちらの作品は面白い。知らない読者のために、書いておくが、福まるさんの過去作品においては、「小学生の作文か?」とまでコメントされたことがあった。それを知る人間としては、この作品をよくぞ書かれたと思う。逆に、何かが破綻されていないか、心配があるけれども。 (幻聴に見せかけた神様!?)

2022-02-23

 コメントありがとうございます。詩論が書けぬ詩人など信用できないと、以前に耳にしたことありますが、ネット詩においては、文書すら書けない人間が詩を書いていたりする。一方で詩に精通した博学さのある人間は文書が書けて、漢字が読めても、人間そのものがつまらないから、書かれた文書はつまらい。もちろん、それはそれで存在されてよいですし、面白味の無い人間の方が問題も起こさず、よいのかもしれません。    私は、サバサバしているようで、けっこう根に持つタイプで、冗談ではなく三浦の詩を下手くそ呼ばわりした人間を一生忘れないし、いつか鉄槌を下します。  あ、室町さんにまったく関係ない話をしてしまいました。これからも室町さん、お付き合いくださると嬉しく思います。 (くたばれビーレビュー その弐)

2022-02-23

一連目以外はよかった。これは自戒も込めていうけれども、我々おぢさん達は選語のセンスを書いている時に必ず疑ったほうがいいように思う。ただ、我々おぢさん達は韻律が概ね良く書ける。2連目以後のうねりはいい。 (納)

2022-02-22

何かが、ダメだと読んで思った。何かが、これでは帆場蔵人作品をダメにしてしまうと思った。 (此処も月だったのかもしれない)

2022-02-22

 文学極道で初めて渡辺八畳作品を読んだ時、この作者は年配でかなり文学や詩に精通されていらっしゃるのだろうと、そういう印象だった。ところがそうではなくて、「好印象になる詩の書き方」を的を外すことなく緻密に研究をされていらっしゃる方だったのだ。このことについては、渡辺八畳氏ご自身があらゆるところで語られていて、最近では、詩の書き方についての詩誌『BONE』も主宰されていて、興味ある方は読まれるていい。  今作でも、その「好印象になる詩の書き方」が散見される。一つ挙げれば、 >除き残した春は >宿題だ 情景を書いた後に「青さ」の印象を与える「宿題」の語句を置くことによる飛躍の手法。上手いものだと思う。また、「公園」や「象」といった和める語句の選び、あるいは、「病を背負った大人たち」のような社会性の含みにより「痛いポエム」にならない一線を引いている。  また、新聞を用いたコラージュアートも、氏の元々にある漫画の描き手としての器用さも出ていていいと思う。  渡辺八畳氏の魅力とはもしかしたら、青さと云っていいのかもしれない。以前に同世代の書き手として百均氏の魅力を青さと評したことがあるけれども、百均氏の青さは若い時代にあるネガティブな衝動に魅力があり、渡辺八畳氏の青さとは、すべてをやり尽くしてしまいたいという欲望に満ち満ちたものとしてある。つまり、この作品を評するとき、そのスタイルを冷徹にみなければ、きっと多くの読者が『コンクリートの中の象』であるとか、そのような情や「内容」に持っていかれ、渡辺八畳作品の本質がボケてしまうように思われる。  この作品にある仕様はコラージュアートの画像にこそあるし、また、画像をテキストと併せて投稿されたスタイル(仕様)にある。作者と作品は別物では決してなく、良き意味で、ご自身の活動とそのキャラクターまでをも「作品のように」鑑賞して楽しむことの出来る、渡辺八畳作品に思う。 (Plung into concrete)

2022-02-22

ジャンクな書きのスタイルがキマッているかというと、ジャンクという洗練さには到達しておらず、雑な書きだなあという感。深尾さんは牛乳をあたためて飲もうと励ましているが、まずは業務用のキャラメルポップコーンを食べることを止め、普通のポップコーンに変えるのがいいと思う。ミュージシャンのプリンスが、ポップコーンを主食にしてファンキーであり続けたように。 (人間やめちゃいな)

2022-02-22

 この作品、よく出来た動画だと思う。発想が、どストレートではあるけれども5:55の時間のなかに無駄なカットがない。  また、ビジュアル作品には構図への拘りが有り無しかを私は気にして観るタチで、特に何気ないカットではあるけれども、運転するシーンでハンドルとトンネルの割合が良い構図になっていた。ハンドルに当たる明かりの変化が演出として活きている。  一番微妙にして撮りが難しかったであろうとと思われた演出がある。それは、水路にスマホを投げ、撮影用のカメラを手にして流れるスマホを撮りにゆくシーン。カメラマンが別にいて、これを撮影されていたら、この作品自体が違う印象になってしまったと思う。つまり、この作品にあるスタイルは「自作自演」だということ。その仕様から導き出される「ネット依存してる私は死ね」という言葉にあるエッセンスは、観る者宛てへのメッセージよりも、自己治癒にあると思う。 最後に、参考までに、私が製作した本を破り続けることをモチーフにした音楽動画と、以前に私も「わたしは死ねばいい」という作品を書いたことがあり、紹介をしておきたい。 https://youtu.be/33rP_ZICIr4 「わたしは死ねばいい」 https://www.breview.org/keijiban/?id=2803 (ネット依存してる私は死ね)

2022-02-22

上手いと思う。心と言語がかなり近い書きを想像させる。つまり、フィクションの作品のなかに書き手が存在する。あり得ないことなのに。 (トウキョウのスカイツリー)

2022-02-21

作品が投稿された直後に読んだ。その時は印象を語るには、水脈に辿り着けた感がなく、閉じた。人の生々しい「何か」が少なからず垣間見れたら、その詩は神聖になる。安易に語らせず、読まれたらそれでいいということ。 水鳥は色彩あるものから黒いものまであるという。それぞれの水鳥にとって色は無論、意識などされていない。けれども、人からその様をみれば、水鳥の在る風や湖畔や都市に自ら諍うことなくいるように思えてしまう。私たち人間も、また、そう仕方がないものなのかもしれない。 (風紋の彩なす処)

2022-02-20

先にうろたんさんが触れられているけれども、私も今作を作者の以前にあった話題作と合わせてコメントをしたい。 『●●●●●● ● ●●●● ●●●●』 https://www.breview.org/keijiban/?id=7590  この話題作には私の評として、「仕様」を評した。つまり、「作品を投稿した」というのは仕様に含まれると私は考えていて、これは最近の私の思索のテーマとしてあって、作品には「仕様」と「内容」があるということ。この仕様と内容の説明を簡単に述べる。 仕様とはスタイル(そのままの英語訳だが)である。スタイルはテキストにも当然在るし、私の主張はそのテキストにとどまらず、作品のスタイルとは、その作品を出された空間までも含まれるという考えだ。空間とは「場所」「時間」を含む。これは、「テキストだけに限定し、作者(作者像)と切り離して読んで欲しい」という主張への不自然さを私がなぜ感じてしまうのか、という理由も併せて述べたい。もう一度云う。作者のスタイル(仕様)に投稿行為は含まれている。名を伏しての投稿、つまり匿名投稿が此処ではできるシステムがあるけれども、これは、「匿名で投稿する」というスタイルなのであって、純度100%のテキスト作品だけが、在るのではない。この主張が説得力が欠けるというのであれば、云うと、多くの読者が「匿名投稿作品」に対して「誰の作品だろう?」という推理をされている。これが、作品に投稿スタイルが含まれている論拠。客観性が乏しいだろうか。乏しいとしても、このまま述べ続けたい。先に挙げた話題作品が仮に街中の架線下にあるコンクリートの壁の「空間」に無記名で書かれていたとしたら、あなたが感受することは変化しないだろうか?びーれび上でみた話題作と同じように「テキストだけ」を読むことが可能だろうか。コンクリートの壁に作者名があったら、それを作品の一部として読まないか?絶対に作品として読むに決まっていると断言はしない。けれども、私が主張する「テキストだけを読もうとする不自然さ」は理解いただけると思う。話を戻そう。  話題作品には多くのコメントが寄せられた。多くは「内容」を読もう試みた結果のコメントが多くあった。しかし、あの話題作に内容は無い。内容は読者が自由勝手に想像した結果でしかなかろう。このことで、判明することがあると私は考える。一つは作者が「読者に委ねず」作者が作者に依って作品に残せることは仕様(スタイル)のみなのである。そして、もう一つは、作品を評するとき、その作品にある「仕様」を探求せず、「内容」を読もうとされる読者は永遠に、「読者の想像」から出ることが出来ない。内容に踊らされ、内容に一喜一憂する貧しい知性に堕すだろう。「読んで共感しました。ありがとうございます」などという言葉がSNSに毒された表層的な貧しい知性であることも付記しておく。 というような私の論を今作は証明していて、更に言及するなら、作者:類氏のコメント欄での態度は「スタイル」に含まれたものとして、支持する。その態度により不快になられていらっしゃる方々のお気持ちは察するのですが、拙いながらも一生懸命に書きました私のコメント、読んで、再考いただけると幸甚です。念のために最後に。私はあの話題作にもしなかったが、この作品にも投票はもちろんしない。なぜならば、内容が無いからである。 (('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`))

2022-02-20

おしいとおもう。書く気持ちが前のめり過ぎた感があって書きたいことに追いつけなかったような。でも、それが当たっているのなら、その、作者さんが書けたであろう作品が読んでみたい。 (星の町)

2022-02-19

想像を駆り立てるあなたの言葉で書かれていて好ましく。古典で学んだものでもなく、どこかで聞いたことのあるような借り物でもなく、一生懸命な織り込もうとされた作者の主張のウザさもない。ネット詩らしさのある表現。 (もちみ)

2022-02-17

そうだね、あめんぼさん。言葉はウソばかりなんだよ。言葉で自分が抱いている感情や気持ちを正直に語る、正直に詩を書くなんて、そんなこと最初から出来ないの。言葉はウソばかりなんだから。だとすれば僕やあめんぼさんに出来ることは、ウソばかりの言葉でウソじゃないことを組み立てることなの。それが魔法なんじゃないかな。 (魔法はある)

2022-02-16

今年の冬は寒さがありますが薪を炊く日々はスチームに包まれますね。こんにちは。うまいね。コメントうまいね。言葉の操りができる人、いちにのさんでふっと息を吹けば、出来てしまうんだね。 妻咲さんとパンを一緒に食べりたい薪を炊く気持ち。 (魔法はある)

2022-02-15

すみません、私の乱筆を丁寧に解釈いただき助かります。私はコメントを作者さん宛とせず、これから読まれる読者、あるいは既に読んだ読者宛に書いていたりします。それが前提としてあります。 筆者さんの示された私のコメントについての違和感、それは、私が主張する「不自然な主義」になってしまっていることと、固有の仕様を残された上手い作品であることの両方を備えている作品だと評しておりまして。仮に匿名投稿でなかった場合に、仕様と内容の合致を私は感受したかもしれません。仕様とはそもそもなんぞや?と問われれば、仕様の領域と内容の域の区分はかなりのグレーゾーンだと思うのです。(抽象的な物言いですみません)でも、私はそのグレーゾーンこそが、作者像が出るところだとも考えていて。匿名により、グレーゾーンをそのままに「内容」に含ませるか、あるいは匿名作品を排することによってグレーゾーンを仕様として成立させるか、みたいな私の思考です。 本作はグレーゾーンを仕様として成立させてこそ、その仕様が活きた内容(つまらなくない)になったように思います。 その仕様が、この内容には必然なんですというような。 (不明瞭なスタイルのレスですみません) (Fwd:【おさ大_藤村】無理のない脱皮に関する問い合わせ)

2022-02-10

下記作品に私はコメントしておりますが、そちらのコメントで主張しました、「作者像を排除して作品のテキストだけを味わって欲しい主義は不自然である」ことのサンプルに最適なこちらの投稿作品。https://www.breview.org/keijiban/?id=8908 先に挙げた作品と投稿者が同一かどうかはあまり関係無い。作品を感受する私にとって、作品の仕様に注目がいく。この作品の「内容」ではなくて、この作品の仕様を創られた作者がまずありきだということ。内容は受け手によるところが大きい。けれども、その作品に在る仕様は、受け手よりも、作者によるところが大きい。仕様とは、つまり、スタイルである。(翻訳のまんまやん... つまり作者が固有に残せるものはスタイルだけと私は極論する。自信はない論だけれども。 煽りになってるようで恐縮だけれども、テキストの内容を受け取ってっとか、私(作者)という人物には言及しないでテキストだけを読んで感じてって主義は、不自然なのである。 と、主張をしてみたけれども自信はない。 最後に、本作の内容に触れる。つまらない。仕様は面白いが。 (Fwd:【おさ大_藤村】無理のない脱皮に関する問い合わせ)

2022-02-10

ごめんなさい。もう一つ、コメントを追加したく。同一のテキスト作品を別の人間が無記名でコピペして発表した場合に、その元作品とコピペされ発表された作品は同一か?というテーマを以前にチラッと耳にしたことがあって。それについて、私は「別物」だという意見です。(著作権云々の話はこれに含まれない) 理由は、作品にはそれが発表される空間(時を含む)も作品に含まれると思うからです。つまり、500年前に発表されたテキスト作品をコピペしてビーレビに投稿された場合、500年前の原本とビーレビに投稿されたコピペ作品は別物。更にいうと、よく作家の人物像を排除して作品のテキストだけを味わって欲しい主義の方がいらっしゃるけれども、作品を発表するという行為•実践まで、受け取り側が感受する「作品に含まれる」と思う。作品のテキストだけを感受して欲しいという作者の願いが不自然なものとして私は受け取るだろう。そのような考察をする機会にも、この作品はなった。 と主張してみたけれども、この論、あまり自信はない。 (すみません、ここは詩のサイトでしょうか?友人のスマホに残された詩を載せます。コピペがミスってたら申し訳ないです。友人は詩と言葉で、人の心を暖めたいといつも言っていました。)

2022-02-10

本作品への鷹枕可さんのコメントにレイヤーを重ねてコメントしようかと思う。レイヤーの重なりで作品と載せられたコメントを読むということ。この作品を時系列で読むのではなくて、レイヤーで読むと、投稿者の意図はコピペ行為だけが残り、鷹枕可さんのコメントを通して透過された原本は薄まる。私のコメントを更に重ねれば、きっと鷹枕可さんの批評も薄まるだろう。私のこのコメントにより、作品とコメントの循環方向がなくなり、上書きされゆく一方向に視点が向かえばいいと思う。それは時系列を剥ぎ、同一時に在るレイヤーに作品は変化するだろう。と共にフィクションよりもコメントのノンフィクションの印象が増す。けれども、それは、私が示す上書きの方向で次のコメントがはたして載せられるのか?で確定がなされることだろうけれども。 (すみません、ここは詩のサイトでしょうか?友人のスマホに残された詩を載せます。コピペがミスってたら申し訳ないです。友人は詩と言葉で、人の心を暖めたいといつも言っていました。)

2022-02-10

「詩の寺子屋」を読んだことあるのですが、いや、読んだことあるレベルではなく、実は、この本を基にして詩の学習に使おうと付箋紙貼りながらけっこう精読しました。で、そういう実践を試みたにも関わらず、私の糧になった実感はなく、今作を読んでそれを思い出しました。私は詩の書き方のノウハウには興味がないのだと思います。でも詩論には興味があって。今作は詩論に寄った随筆として読めました。また、詩を書くのが先か、詩論を書くのが先か、でいえば無論、詩を書くことが先ずありきだと、今作で「この地面に立つこと」という、それが示していること、同じことを感じました。 (自分の話をしよう)

2022-02-06

投稿されてから数回読んで、じつは一度コメント書こうとして全部消したんです。時々そういうことをやる、ネット詩しかガチ読みしてないおじさん読者な私なんですけど。深尾さんのコメント読んで概ね同感なんです。私の場合、たとえば、誰かを心配していても、直截に大丈夫か?とかいう言葉をかけないです。相手が知人程度で社交辞令で「大丈夫?」という声掛けをしても。その私のマインドが働くのか、この作品がすごく表層的にしか読めないんですよね。ただ、この作品が低劣であるとは云えないです。なぜなら、それこそ読者のマインド次第なので。幸せであってほしい人、私にも沢山いますが、その人たちの幸せを祈ることあります。でも、その人々それぞれが「固有」の難題を持っていて、もしも私がそれを詩にするとしたら、私と各々の関係にある「固有」さを持って書くと思う。それぐらい幸せとか祈りって、固有の切実なものだろうから。その固有の切実のない、ただただ「一般的な」心配する言葉が綴られていたら、怖いと思う。すみません。 (祈り)

2022-02-06

こらこら。おぢさんはすぐ印象操作するからね、信用しちゃいけないの。でも、靖子さんはそんなおぢさんを赦してくれるから! (魔法はある)

2022-02-06

こらこら。ウソじゃないんだから。これ命がけのルポだからね。文春大砲だよ。靖子さん、びーれび読んでるから! (魔法はある)

2022-02-06

投稿一作目はアングルなどが考えられていて丁寧さがあってよかったが、この作品に至っては何かを勘違いされていることがわかって残念さが強くある。それは、誰かがやっているようなフォルムを書いて、自己満足にしか読めない。あるいは、ありきたりなフォルムの手法で読者サービスのつもりなのだろうか。最後までスクロールしてみたが、まったく読めなかった。作者さんはまず、自分に才能がないことを自覚するところから始めたほうがいいと思う。第一作目の投稿で期待をしていただけに、残念。ただのアイデア勝負でSNSなどでいいねいいねされるためのもの程度。それでもよいのだけれど、私はそんなものには興味はない。 (或る日の憂)

2022-02-05

この詩、ほんとにいい。ほんとにいいと読んでおもえる詩なんて年に数えるほどしかない。それはその詩を書いた当人が、メールでもなくLINEでもなく絵でも小説でもブログでもなくて、ただただ詩を書くのでしかない、言葉を組み立てて現実を超えようとする宿りの行為だからだと思う。人生においてそう多い事ではないからだと思う。読んでよかったです。 (剖検)

2022-02-05

知らない語句は語句としてそのままに調べることなく作品を読むポリシーでおりましたが、幾度か読み返し、ゴルディアスの結び目について知りたい衝動にかられググッてみました。知ってみると今作の印象は変化し、何かこう、戦記と人の生き死にが宿るものに読めました。 生ではなく≪生み≫とされているところに能動さを感じるのと併せ、作品全体に巨神兵の一歩のような重厚さを与えているような、そんな想像をしました。 レイヤーが一つ二つではなくて、うたたねさんらしい多層レイヤーを持つ作品に読め、味わえました。 (死角へと歩む)

2022-02-05

安部公房、円城塔、的なる文体が感じられていい。その内容のよくわからなさが読み入る誘惑を発しているのは、文体に魅力があるからだろう。 (竹見一毅)

2022-02-04

コーリャさんが身体性にチラッと触れてますけど、この作品にある身体性ヤバいっすね。良い意味でね。なんというか、その感じる身体性が一つだけの感触じゃなかったりする。読んでいて、時に滑りがあったり、時にはひんやりしたり。良き作品。 (縛られる)

2022-02-04

うわあ 田中宏輔さんありがとうございます その一言コメントがビーレビユーザーの多くを救済してます! おそらく! (魔法はある)

2022-02-03

いいところを突いてきてるの流石、漫画家さんだね。靖子さんの読みはやすこじゃなくて、せいこ だよ、みんなよく間違えてるから。あと、きみの新作、読んでるよ。クラゲが海の操り人形だなんて比喩、ピュアだよね。比喩って魔法だよね。 (魔法はある)

2022-02-03

なんか、トビラさん、すみません! 私、基本的には真摯にやっているんですが、この作品の返レスは概ね冗談半分でして。再コメントありがとうございます! (魔法はある)

2022-02-03

音韻といい、フォルムといい完成度が高いように思う。ただ、私個人の現時点での感性ではそれ以上に評す言葉がない。良作なのだろうとしか言いようがない。 (湖畔/終日/入り)

2022-02-03

フォルムとしては新鮮。けれども、この1作品だけでは評することができない。作者のステイトメントがなければ私には味わえない。もしかしたら、すごい作品なのかもしれないし、アイデアだけが消費されてしまう残念なものなのかもしれない。 (1)

2022-02-03

ラクダが登場する以降の飛躍が逆効果だと思う。というのもラクダ登場以前にあるガンプレイの描写にはハードボイルドな感がある。これをリアリティと呼んでもいい。そのリアリティさをラクダ登場によって飛躍ではなくて、破綻させている。作者の執筆活動や志向を多少知っている私のアドバイスとして、散文にせよ詩にせよ、小説にせよ、あともう一歩だと思う。こじ開けなければならない扉が開いていない。それは、なんだろう、当てずっぽにきこえてしまうかもしれないが、漫談を意識されるといいように思う。それも大勢を前にするのではなくて、たった1人の人を前にして、その人を楽しませようと、一つ一つ語るように語句を積み上げれば、深尾さんはすごい作品を書くように思う。滑るかもしれないが、滑ることを恐れずに。 偉そうにすみません。 (ドッペルゲンガー)

2022-02-03

危うさ(?)を× 危うさを覆す○ (2021年12月大賞作品「平等」)

2022-02-03

こちらの受賞作品が第一作目の投稿作品であるというのが、今作を成立させている重要なファクターではなかれうかと私は思っていて。 というのも、往々にして、最初の作品には作者さんが持つ創作の全てが出ちゃうんじゃないかと。 そうであるとしたら、この作品が持つ社会的な思想の微妙な危うさ(?)を、作者が持っていたであろう「詩にしようとする初期衝動」が生々しい喪失感を生んだようにも思うのです。 (2021年12月大賞作品「平等」)

2022-02-03

詩は、、、 どなたかがいってたの。詩が書けるのは二十代までだよって。 室町さん、戦お。 (魔法はある)

2022-02-03

気になって、2018年4月の初投稿作品から全部の投稿作品を読んでみました。前作、といっても昨年の1月の作品ですが、前作がとてもいいなと思いました。作者さんの営みが出ていましたよ。で、今作なんですけど、少し観念的に寄り過ぎな感じがしました。ただ、作者さんのすべての投稿作品に云えるのですが「読者を意識して書いていない」ところが見受けられ、好感を持ちます。それを意識されていらっしゃるのかはもちろん不明ですが。自己にある何かを書こうとされていらっしゃる。もしそうであるならば、語句が持つ意味に依るのではなくて、ご自身の営みにある音韻を重要視された方がいいように思いました。改行による詩句のあり様より、言葉が持つ音韻の方が思念の再現に忠実だったりします。驚きの表現として「ああ」という感嘆が成立するように。抽象的なコメントですみません。 (フリーラジカルな恋に踊れば)

2022-02-03

これ、素晴らしい。作者の過去作と比べてもNo.1だと思う。筆力が愛も変わらずすごいけれども、今作は何よりも、脱ぎっぷりがすごいし、タイミングが最高にいかしてる。いかしてます。 (よくわからないからとりあえずキスをしている)

2022-02-03

おぢさん、大森靖子さんと一緒に戦お (魔法はある)

2022-02-03

真面目かよ。でも、ありがとね。仄暗い系男子はみんな大森靖子さんと僕が守り続けるからね。 (魔法はある)

2022-02-03

きみがいつかコメントくれるってわかっていたよ。詩人同士は恋しちゃいけない。けれども、きみの新作を読んで、それに誘惑されそうになっちゃったこと、伝えておくね。大森靖子さんの甘いを聴いて泣いちゃわないでね。 https://youtu.be/8tq2x8mGklA (魔法はある)

2022-02-03

あなたがね、こういう作品を書かなくてはいけないのにと、コメントを読んで気がついたの。致命的に残念なことにも。僕はね、体験したルポを書いた。あなたにはまだその体験がないんだ。 わかるよね、白犬先輩。大森靖子さんと一緒に戦うしかないじゃないか。 (魔法はある)

2022-02-03

トーマス.ソーヤがね、時々僕の空っぽな心のなかでカタカタと音を立てて、騒ぎ出すんだよね。うん。そんなタイミングでね、「夏の魔物」という動画をみちゃって。泣いちゃってね。戦うことを決意したの。 https://youtu.be/NQVZiBQEDqU (魔法はある)

2022-02-03

あのねねねむさん、僕は思うの。僕たちはさ、もはやキャバ嬢とだって外で会えるし、それなりに彼女たちを満足させられると思うの。僕は既婚者で娘はもう結婚してる30歳。でもね、ねねむさん、僕はね、思うの。キャバ嬢とか自分の娘とかじゃなくておじさんを救済したい。大森靖子さんと一緒に戦いたいの。 (魔法はある)

2022-02-03

コメントありがとうございます。先日、放送しておりました中でも触れさせていただきましたが、私は私の作品に対して明らかな酷評コメントがあっても、それに対して「ありがとうございます」などという社交辞令で返していた、というのがネット詩へ参加を始めた頃の姿勢でした。その姿勢を「なぜあなたは真正面から向き合って返さないのか?」と叱責を受けてやっと気が付きました。それは酷評をされたコメンテーターと向き合うのではなくて、自己の思考を言語化する、その困難な作業から逃げ、不誠実に言語と向き合っていないことへの指摘だと、そう思えたのです。天才的に自分は上手く書けると「思っている」人がいる、自由に気ままに感じるままに書きたい人もいる、けれども、それらの人の大概が自分の作品を客観視出来ていないのではと思うのです。他人の作品を読んでその受けた思念を言語化して批評文として丁寧に表そうとする時、何かのレベルが着実に上がります。詩を書くレベルではありません。詩を書くレベルをも含めた何かが上達します。実感ですが。 長々とおぢさん語りしてすみません。 (2021年12月大賞作品「平等」)

2022-02-03

作者ご本人からコメントをいただけて感謝いたします。内心ほっとしました。 作品は、作者の手からリリースされれば、作品をどう読むかは読者に委ねられる物と、そういう思想が私にはあり、その考えには完全なる正しさがあるとも一方では思っておらず。特にビーレビという限定された人(参加者)の空間である場合には、作者と読者の距離はかなり近いわけなので、作者への一定の配慮は必要にも思うのです。けれども、この場所が「批評」を標榜するのであれば、作者への配慮より、作者でも読者でもない第三者へ向けた作品批評が発せられないものかと、そういう意図で「平等」を取り上げさせていただきました。作者さんの投稿第1作目に当たる作品ですが、大賞受賞おめでとうございます。 (2021年12月大賞作品「平等」)

2022-02-03

すみません、もう一つ! この作品読み直したんですが、おじさん達がだいすきになる作品だとおもいます。 (情況論2 日本防衛論)

2022-02-03

もう一つ。前作よりはこちらの方が断然面白く読めました。リアリティより物語として読めました。 (情況論2 日本防衛論)

2022-02-03

すごく読みやすい文なので、何回か拝読しました。室町さんの口語を私はいつも心地よく読んでいます。内容について、この作中話者の年代が気になりました。これをもし二十代以下のネットネイティブ世代が語っているとすれば、かなりヤバい内容だと思いますし、これが四十代以上の方だとすれば、ああ、なるほどとなります。 今まで知れることのなかったであろう情報が90年代後半以降、ネットの出現により開示流布されていて、それはそれで驚愕する情報があったりします。けれども、その情報を若者諸氏にいうと、だいたい苦笑いします。いや、おそらく、みうらおぢさん相手だと苦笑いでお終いなのですが、その驚愕情報を真顔で語るおじさん達だとすれば、おそらく、SNSでいうところのブロックがなされるように思います。 つまり、世界を真顔で語られること自体がめんどくさい話なんですよね。 こちらの作品を読んで、そういう事を考えました。面白いっちゃ面白い作品でした。 (情況論2 日本防衛論)

2022-02-03

何か、批評性のある作品には読めるのですが、この作品にあるクオリティー、、クオリティーという基準を当てるまでもない程に、稚拙な作品ではないかと。コメントせずにおくべきにとも思いましたが、あくまでも作品についてのコメントです。ただ作品評というのは、どうにでも書け、作者さんへ気遣って「作中話者の率直な気持ちが表されていて共感しました」などと書いてもよいのですが、それこそ誠実さを欠くと思いますので、思い切ってコメントを送信します。 (よく騒ぐオトコのはなし)

2022-02-03

この作品、作者の2作品目の投稿作ですが、前作に比べ饒舌さを排除されていていいと、読んで感じました。思念というか、詩句を組み立てながらなんとか成立させようとする、けれども、成立しないそのもどかしさのようなものが出ていますよね。可読性が薄くなろうとも、その詩句を組み立てようと、詠む姿を読者に想像させる作品はいいですよね。 (檻)

2022-02-03

自分のなかで読んでヒットしたのか、何も残らなかったのか、微妙な印象です。正直、わからなかったとコメントするのも微妙に違う気がしております。ただ、なんとなく私が読み解くこの作品から滲んでるコンセプト、好感が持てます。 (Re‐Birth)

2022-02-03

モノローグの長さは適当でなければ最後まで読めない。独り言にはよっぽど興味あることでなければ親しい人間でないかぎりは聞いてる途中で距離を置くだろう。 原始人のくだりは面白く読めたけれども、「心とは」のあたりで、なんとなく、面白さを失くして、あとは流し読みになっちゃいました。すみません。 (「 。」)

2022-02-03

「喪失」の詩であると、エッセンスを汲み取られているコメント。おっしゃる通りだと思います。 まったく話を逸らしますが、批評文のなかで大賞作品は読まれていない実感があると書きましたが、大賞作品どころか、他人の作品すら読まない連中が多い。で、そういう人らの作品は共通して稚拙。他人の作品を読んで「感想文」から初めたほうがいい。昨年のイベントにたくさん応募してましたが、あの連中の大半がそれだと思いますね。他人の作品が読めない承認欲求だけの作品を書く人たち。関係ない話をすみません。(関係あるんですけどね) (2021年12月大賞作品「平等」)

2022-02-03

寓話的でありながらも、ただの寓話ではなく良品として成立させているのは、ひらがなの使い方にあるように読めました。ひらがなにすることの効果は柔和で親しみやすい印象を与えることがある一方で、併せて作者が意図的に書かれてることの示しの印象にもなる。この作品にある効果は後者の印象。とはいえ、あざとさにはなっておらず、寓話的な作品から私がよく受ける無自覚な幼稚さの、その無自覚さが排除される効果に思え、読んでよかったなという印象です。 (射手座)

2022-02-02

カネコアヤノ の一言が印象に残る。あとは、読み応えがなかった。すみません。 (断片と接点)

2022-02-02

「神様」と「天使」という言葉がそれぞれ一般的に持っているイメージに頼り過ぎていて、固有にあるはずの物語とその表現までもが一般化されて、個性がない作品にしか、読めなかったです。すみません。 (神様)

2022-02-01

これいいです。どこがいいのかを言語化できないくらいに読んでよかったです。 (牛乳配達員は牝牛を配る)

2022-02-01

もっと書けよって、ずっと読んでいたい心地よさがありました。 (お嫁さんが来る)

2022-02-01

一読してこれはいい作品だなあと思いました。詩に祈りを宿らせたいと願って書かれる、あるいは、祈りそのものでありたいということを以前にどちらかの詩人からきいたことがあります。以前に、作者さんの過去作でのコメントで視野の狭さ云々と偉そうなことを私が書いた覚えがありますが、内面を、それから外界を見渡して詩句を積み上げる時、それは祈りに近いように思え、祈りごとは時に、視野の狭き人にも見え、一方で神聖な人でもありますよね。 (雲の峰の少女)

2022-02-01

これは小説の始まりとして書きました。物語詩と呼ばれるカテゴリーがありますが、物語を書くのであれば小説でありたいと思うところです。詩的な小説でありたいですね。コメントありがとうございます。 (無題)

2022-02-01

私の場合、100匹の黒猫がいても自分が飼っている猫をみつけることは可能だと信じている、という指摘では、この作品への的外れな批評なのかもしれない。けれども、2022年に有効な告発というか、社会と詩(詩人)の在り方は誰もが不可能だと合理を持って示されたことに、わたくし事としての可能性を、夢想的ではなく説得力を持って示すものだと、思う。その説得力というか、読者を信じ込ませてしまう、呪いのようなものが、この作品には不足しているように読んで思いました。新しい秩序や倫理が世界に来る前に、全部を0にしてしまう呪い、悪意。その立ち位置が今、詩人に求められているような気がしてなりません。 水を挿すようなコメントになるようで恐縮です。 (情況論 -ウィグルのアンネ-)

2022-02-01

おそらく、たくさんの好評コメントが寄せられる作品に思います。ただ、一つのことが気になってしまいました。君と僕を表しているであろう「僕ら」「僕たち」という語句。これに引き込まれる読者もいれば、ライト過ぎて嫌悪される読者もいるのではなかろうかと。恐縮ですが私は後者でした。さまざまな読者がいて、すべての人から好まれる作品である必要はないのでしょうが、読者のためではない、we are に読めず、あざとさに寄ってしまったように、私は感じました。 (カッコーの鳴く頃には)

2022-02-01

音韻を楽しませてくれる作品ではあると思う。ただ、読み終わりの時、内容はまったく残らなかった。うっすらと、記憶に、詩をみんなで楽しもうぜというメッセージがあったようななかったような作品だったかなと、そのような程度に。 一生懸命に書かれた作品だなあと思うけれども、その一生懸命に注ぐ方向を今一度見直さることを期待したい。匿名の作者さんだけれども、あなたの作品は古くから読んでいて、やっと言い当てた気持ちです。あなたは、なんのために詩文を書くのかという命題が知りたい。 (トルネード・ケモノ)

2022-02-01

告発といいますか、プロテストといいますか、社会的メッセージというか、そのような類の作品に読めます。そのような類の作品に今まではあまり興味がなかったのですが、わたくし的な領域を排除して詩作品は成立するのかといえば、私見ですが、成立しないと考えていて、その観点からすれば私には好ましく読める作品でした。ただ、一般的に認知されている卑猥な語句を作品に含ませる場合、作者の「倫理観」よりも、作者のエロティックな表現力が求められると私は思っていて、そう読んだ時、学ぶところのない作品かなと、そう感じました。 (変態自称詩人の生き甲斐は恥辱)

2022-01-31

いすきさん、注釈ありがとうございます。おっしゃる通りのこと、私ももちろん自覚しておりまして、テキストを読む面白さは、お示しのようなところに一番あるように思います。 (無題)

2022-01-31

コメントありがとうございます。この作品は、フィクションでありながらも、私自身の姉と弟であった私自身の何かが出ていても、おかしくない作品です。トビラさんのコメントはその現実と非現実の間にあるであろう何かを、言い当てた、作品に最も関係のあるコメントに思え、レスさせていただきました。 (無題)

2022-01-31

ささやく、つぶやく、あるいは声に出さない、というモノローグの表情がある作品に読めた。 >呼吸を覚え >名を与えられた >立ち上がり そうして 「そうして」とされていることで良い感じの間が生じてると思うのですが、次の連で起伏の起の始まりとしては、「照らし出している」は、少し月並みな表現すぎるように思いました。その連にある、 >音楽 言葉 あふれ  >満たし 満たされていく の動きへ明暗をつける補助としては活きているように読めるのですが、その前の行に、「美しい」とあり、先に情があるだけに、この連の始まりの行に、作品にあるべき際立つ様相の一行があったらな、と考えました。 (For the Blessing )

2022-01-29

コメントありがとうございます。元々、小説書きが上手くなりたいという理由からネット詩に参加しだした経緯がありまして、ある程度は満足できるところにきた感があります。詩を書くって、誰でも出来ると思うんですよね。でも読み応えのある短編小説を書くのって難易度高くなりますよね。詩は韻律であり、小説は全体を通してのグルーヴであり、高い難易度とは1作品あたり5,000文字以上を書くこと。エッセイでも小説でもよいですが、それが出来る能力を持つ人が書いてる詩作品と、「短い詩しか書けない人」が書いてる詩作品、私的には時間を有意義に使いたいので、前者を優先して読みに行きますね。で、言うまでもなく世に出てる著名な詩人さんの大部分は、前者だし、稀に、純真さなどが売りの平易型の詩で人気の人がいらっしゃいますが、子供嫌いな私はそれには興味わかないんですよね。 (無題)

2022-01-29

タイトルをが煮りんごとあり、煮りんごのあり様を >りんごがぼけていた という。読んで、様々な想像を誘発してくる表しだとおもう。ぼけてみえているのはみている側に因るのか、ほんとにりんごがぼけているのか。煮りんごなのだから実体のりんごがぼけているのだろう。けれど、その後の三連目では、人体の変化のあり様がある。で、人体の変化が煮りんごの隠喩だと単に表してお終いにしていない。 >世界はやがて触れ合う >侵され合う円環は >互いを覗き込む >ただひとりは >ひとつでしかいられないことを >知るために 煮りんご→人体の変化、それから一つの連で外界のリアリティがあった後、引用した連の飛躍がすごいと思う。煮りんごの主題から外れていやしないかと、少し違和感を覚える読者がいるかもしれない。私も一読のときは少し戸惑った。けれども、コンポートという料理の手法には、この連に書かれてある円環の思想があると思う。煮りんごとはたしかに侵されあう円環。 作者の過去作品は古くから読んできたけれども、この作品からフェーズが変わったように思った。私は以前、大衆性のある作品を望んだことがあったように思うが、ポピュラーには行かないで正解だったのかと、この作者と作品に思う。 (煮りんご)

2022-01-26

再三のコメントで恐縮ですが、この覚書はとても興味を惹かれる。この作品はあくまでも投稿者ボルカさんの極個人的な考察の開陳。それを踏まえた上でもう一度言及したいことがあってコメントします。 私がもしも用いるなら「賢さ」ではなくIQにしたと思う。賢さだと人間の主観に染まりやすいからという理由からではなくて、詩人(詩でもよい)における知能の高い低いはどう考えるべきかというテーマが私にはあり。知能の高い人もいれば低い人もいる。言語IQが高い人もいれば低い人もいて、それぞれの知能から書かれる作品の優劣は一定の傾向にはあると思う。ただ多くの方々が察すると思うけれど、作品の優劣=作者の知能の高低ではない。傾向があるとしても。 詩人、あるいは優れた詩には、シャーマン的なるものが在る。シャーマン的なる人に幾人か出くわしたことがあるけれども、シャーマン的なる人は高い知能を有する人が多かった。中には知能が低いけれどもシャーマン的なる人は確かにいた。(知能が低い人によるそのシャーマン的なる表現は時に誤解されやすいし逆に偽者が多くいたりする) 見えないものが見えて、聞こえないものが聞こえて、それを語句として現し、他者に見聞させる人を詩人とするなら、まさにシャーマン的なるもの。詩人の定義、これが現時点ではいちばんしっくり来ていて、この覚書を読んで考えをまとめる機会になってよかったです。 (詩人のオーダー(詩人であることの要件としての「賢さ」についての覚書として))

2022-01-26

室町さんのコメント、かなり切り込まれてきた感があり、室町さんへのレスの姿を仮として、私が読み解く本作のエッセンスを再提示してみたい。 ↓ 詩人に賢いか愚かの基準ははまらない、その基準は猿に適していて、詩人はシャーマン(的なるもの)か非シャーマン(的なるもの)の基準が適さないか?というのが、この作品の主題ではなかろうか。 (詩人のオーダー(詩人であることの要件としての「賢さ」についての覚書として))

2022-01-24

育てられて初めて人になるというような箴言があったと思うのですが、教育が大事なのかなと、この覚書きを読んで思いました。この投稿作、いろんなご意見のコメント読んでみたいですね。 (詩人のオーダー(詩人であることの要件としての「賢さ」についての覚書として))

2022-01-24

ああ、なんか声が出せない、なんともいえないもどかしさを表現されてるのかなあって思いました。 以前に女の子とドライブしてるとき、ラブホに誘ったんですよね、軽薄に。そん時、彼女の両手が握り拳で震えだして、下向きの顔も震えていて。それを思い出しちゃいました。この作品にある、密度とか声の波の束って、あの時の彼女の口の震え。 変なコメントになってすみません。 (静止よりほんの少し速く)

2022-01-23

スマホのスクロールが活きる作品、久しぶりに楽しめました。 (冷気)

2022-01-23

この作品、よくよく2度読みした。酔っ払って書いた感じがハンパなくよく出ていていいかもしれない。私は酒を飲めないのでよくわからないけれども、一定の男子に共感される作品に思う。なんか、恋の風格なんて言葉が書いてあって切ない。そうなんだよね。救済は詩にもビーレビにもないよね。恋だよね。救済できるのは恋愛だけなんだよね。 (Kくん、悪いけど助けてくれ。きみだけが頼りなんだ。ほんとうに。)

2022-01-23

なんだろう。なにげない散文だし、特筆すべきことも見当たらない(失礼)作品だけれども、そもそもビーレビなんて上手いとか下手だとか優れてるとか劣るとか楽しませるとかいうことよりも、このなにげない作品がもっともふさわしいように思う。「ほら、あたしの作品を読んで元気出して!」とか「ほら、これイケてるでしょう?凝ってるでしょう?難しいでしょう?」とか「あたしの愛、あたしの悲しみ読んで!」とかいうのよりも、この作品に置いてある凡骨が私には最高にいい。 (龍之介と修司がいる台所)

2022-01-23

そっけない自殺、ってなにげに強烈なワードに思います。なんというか、生きてるか死んでるかという命題も人類は通過しそうな感があって、いや、それ通過したら人類滅亡してるとも思うんですが、死生の倫理と比較すれば近親相姦なんて容易く通過しちゃうように思いますよね。読んでそんなことを考えました。 余談ですが、過去に水上さんの作品へ2度読む気にならないなどとコメントしていたんですね...,... いやあ、水上さんの作風は以前からあまり変わっていないように思え、つまり私の感性がこの2、3年で開かれたんだろうに実感しております。 これからもご健筆、陰ながらエールを! (そっけない自殺、エロ漫画日和)

2022-01-23

愛の告白ごとを挿入されてる箇所、ルミナスラインをとても感じました。 余談ですが、黒丸の作品を出された後、2022年の類さんの詩論を楽しみに待ってます. (眼)

2022-01-22

エイクピアさんの作品へコメントを書くのは久しぶりな気がしますが、その独特な飛躍な作風、逆にいえば、可読性のある文体では絶対に書かれない縛りがあると思うのです。その可読性がどう省かれているかの痕跡を読んで楽しめるかどうか、そのようなことを読んで考えました。 (目覚めて)

2022-01-22

この作品はおそらく小説ではないので、神視点と一人称が混ざり合って雑に思えるという感想は当たらないかもしれないが、散文的に書いた後に適当に改行して改行詩にされたような感しかなく、過去作にあった丁寧さが消えたようで、手抜きの習作にしか読めず、何の良さも見出せない。すみません。 (Blood.)

2022-01-22

おっしゃる通りですね。コメントに共感するのは、この作品、匿名投稿なのが不快な要因になっていて、理知的な筆者からのコメントも匿名だからまったく説得力がない。 コソコソとにやつきながら揶揄する作品を書く姿には気持ち悪さしかない。小説に騙されてもいいけど、詩には騙されたくないですよね。 (Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん)

2022-01-22

すみません、これは批判の意味でなく、何かの参考になればと思い、再レスします。私も詩についてビギナーに近いです。なぜに判で押したようなコメントをこちらの作品だけでなく、他人様の作品につけるよう心がけているかといいますと、批評眼を持たなければ自分の作品を伸ばすことは難しいと考えるからです。たしかに、楽しみが第一義でありますし、感覚で書かれ素晴らしい作品を連発される投稿者さんもいらっしゃいます。私には詩を書く才能も学もありませんので、拙くとも批評性を持って他人様の作品を読み、それが自分の筆力にも少なからず反映されていると実感しております。すみません、このコメント、書きながら余計なことかと思いながらも。 (息災)

2022-01-22

タイトルが真面目系なものだったら本文が輝いていたかもしれないと思った。 > 人生にはそんな日があってもいいとは思わないかい? >マグロ漁船に抱かれながら が、メッセージ性を帯びた輝きにならないのは、タイトルのわざとらしさと相殺され、埋没してしまっているからかと思う。タイトルに作者のスタイルが出る。 (それやったら乳ボーロです。)

2022-01-21

わるくないとおもう。丁寧なモノローグが書かれていて。 (臍の緒にからまって)

2022-01-21

この作品はポエトリーリーディングだとおもった。 (生活保護)

2022-01-21

いいと思う。以前から上手い書き手の作者さんだなあと学ぶところの多い方だけれども、どんな切り口(主題)でも書けてしまう。その要素はいわゆる強いフレーズを作れてしまうことにあるのかと思う。前作にもあったけれども、 今作はもちろん、 > おばさん、と書いたら >おばさん、と響いた にそれをみる。この二行のフレーズ、並列にせず、一行目にはブランクを入れている。この効果は、「この言は意識して云ってます」と読み手に補足として伝わる。印象論でしかないけれども、もしも並列であった場合、詩句に寄り過ぎて自分語りな感が強まる。ポエミーではなく、ささやき感を成立させている。 (涙ぐむ28の夜)

2022-01-20

いいと思う。以前から上手い書き手の作者さんだなあと学ぶところの多い方だけれども、どんな切り口(主題)でも書けてしまう。その要素はいわゆる強いフレーズを作れてしまうことにあるのかと思う。前作にもあったけれども、 今作はもちろん、 > おばさん、と書いたら >おばさん、と響いた にそれをみる。この二行のフレーズ、並列にせず、一行目にはブランクを入れている。この効果は、「この言は意識して云ってます」と読み手に補足として伝わる。印象論でしかないけれども、もしも並列であった場合、詩句に寄り過ぎて自分語りな感が強まる。ポエミーではなく、ささやき感を成立させている。 (涙ぐむ28の夜)

2022-01-20

平易な口語によって書かれてありながらも余韻を与えていてよいと思う。自分語り系作品がうんざり感を読む人に与えてしまいがちな要因は、作品のテキトーさにある。この作品は丁寧。 もう一つ食傷気味なうんざりさせられる作品群として、選語のセンスだけでテキトーに書かれてるアイデア一発勝負なやつ。 この作品は切り口が、アングルが考えられている。 自分の意見を語るコメントですみません。 (日傘のしらべ)

2022-01-20

最近の帆場さんの作品のなかで一番良い作品に読んで思えた。近代詩的なるものとは、選語とその情景描写に依るのだと思うのだけれど、鹿や蛙や野っ原というのはまさに近代詩的だと思う。帆場さんの迷走とはつまりそういった近代詩的なる鹿や蛙や野っ原を個人的にも好きなんだから近代詩的になりますが、なにか?と、開き直れない、割り切れないところからくる、独自の近代詩の開き方の探究をされてのことに思う。この作品にその開きの萌がみえる。 その探究心に大きく影響をおよぼす三浦果実も大したものだとも思う。 (いつ?どこで?きみはなんのために)

2022-01-20

平易な表現でありながら、いや、平易だからこそ読んで催眠術にかけられる感がある。頭がくらっとするような、眼底に鈍痛を覚えるような不思議さがある。韻律にその要因があるようなないような。何故だか朝起きて何度か読み返してしまう。 (リフレイン)

2022-01-20

先にコメントされている室町さんと同じく私も過去作品を読み直しました。今作、情緒なるもの、感情の表現を完全に省き、描写だけを書かれていて、その志向には好感を持って読めました。ただ、繰り返し読まれるまでの驚く程の描写には至っておらず、中途半端な感が残ります。あるいは驚きなどではなくて、フラットなままの筆致にこだわるとすれば、詳細さと長さが不足しているように思います。偉そうにすみません。 (寒暁)

2022-01-19

個人的におもうところを意見しますと、「傷つけてごめんなさい」というコメントの方がこちらの作者さんは不快に思われますよ。傷つけたとか傷ついたといった交流を低劣なレベルに私は思うし、そういう低劣なレベルで作品を書く人ではなくて、むしろ、この作品は傷ついたとか傷つけられたという類いの人らへの皮肉がある作品と私には読め、これを人を蔑める作品と読んでしまう人には苦笑いしかないでしょう。 と、こういったテキストの読み能力が残念な人、他人とのコミュ能力が低い方にテキストでアドバイスをするなど、不毛なんですが、言ってみました。この作品に宿る本質的なものにも関係するように思うので。この作品のタイトル、「美しい女性」とせず、おばさんとしている。そう呼称しなければならない作者固有の息遣いがあります。しかし、それを不快に思われる人が不快感を表明してもいいと思うのです。むしろ、作者からすれば、この作品は読んで不快でしたと、そうストレートにコメントされることを喜ぶはずです。なぜならばこの作者、感性のレベルが低くくないからです。 念のために申し上げれば、私はあなたを嫌いでも好きでもありません。ただ、どのようなレスをされるのか、あるいはされないのかには、少しだけ興味あります。レベルが低いままか、少しは理解されるのか、みたいな感じです。 偉そうに上からな目線の意見ですみません。 (Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん)

2022-01-19

幻想的やら妖精といった物語を今どきの時流にマッチさせた書きはとても秀でたものに読める。作者の過去作は以前から好んで読んでいて、余談だけれども、しろねこ社賞を受賞するにふさわしいポテンシャルとドリームを備えた、作品、作者だったと個人的に思う。 (public poet)

2022-01-19

いすきさんさすがですね。 お察しの通りで、私は元来タイトルにはこだわりを持つたちで、無題を毛嫌いする傾向にありました。しかし、詩は本来、書いた後に海にでも流して消してしまえばいいという、そういう偏頗な三浦思想からすれば詩のタイトルに無題はもっとも適しているように思います。 (無題)

2022-01-18

久しぶりですね。 誰かしらがコメントされると想定していたのですが古い映画で「ディアハンター」という映画があって、ベトナム戦争に徴兵された若者たちの映画なんです。この映画を三浦なりに描写した、というのが投稿作品にはあります。 無題としているのも訳があり、今後しばらくの間、習作の投稿を続けようと考えております。人様に読んでもらうにあたって、未完成なものを投稿するなんていかがなものかとも思いますが、ビーレビは投稿スタイルに自由度がありますので、思い切ってやってみることにしました。コメント、ありがとうございます。 (無題)

2022-01-17

よく書けていると思うし韻律や選語のセンスは一定以上のレベルだと思う。でもこういった(まとめた雑ないいかたで申し訳ない)作品はもう食傷気味なくらい読まされていて、2度読み返しをする気にはならない。ただ念のためにいうけれども、自分よがりで一行以上読む気にならないありきたりな「君と僕の物語」的な域ではない。このスタイルどいくなら、つまり、洗練さがまだまだかと思う。 偉そうにすみません。 (赤信号)

2022-01-17

読んで好感のもてるスタイル。しかしそれが詩文に昇華されているかというとそうではないと思う。小説ならいいのかもしれない。詩は頭で考え書いている感がすぐにわかると私の場合は無理で最後まで読めない。この人、生き様がこのスタイルなのかと、そうならなければ私は読まない。 偉そうにすみません。 (吸い刺しの唇)

2022-01-17

描写の書きにこだわってやってる感が今はありますね。まだまだなんですけど。 コメントありがとうございます。 (無題)

2022-01-16

未だに到達出来ない高みへと未だに懲りず励んでおります。原点回帰も、どうせやるならもう一度、全否定を。 コメントありがとうございます。 (無題)

2022-01-15

本気度があっていい。けれどもトレンドに寄り過ぎ。トレンドな文体をなぞればそれなりにいいねされるだろう。けれどもそれは虚しいし一年後に読み返されることはない。一年後にも三年後にもあの作品をもう一度読みたくなったとされる作品は、作者の業が宿っていなければならない。なぜならば、書いてしまう業こそが詩人の所為。この作品には作者の好みや選語の個性はあっても業がない。惜しい。毛筋ほどの差だけれども、その差のしのぎが詩を書くということ。偉そうだけれども、私は大学も出ていないし文学の知識もない。あるのは誰も経験していない生死。そう断言してしまうんだ。こんな他人様な作品のコメントで。 (shooting star)

2022-01-15

よくぞこの批評(三浦は批評文のつもり)にコメントを寄せられたと感謝します。 また、多々発しておきたいことも湧いてきたので、cold fishさんへのレスを書く前に少し別の話をしたい。 ビーレビはTwitterでも現代詩フォーラムでもあるいはyou tubeでも、カクヨムでも小説家になろうでもない、固有なものとして何があるかといえば、リアル世界に同一化しない最後の砦だと、少し大袈裟だけれども三浦は思っていて。更にもっと大層な話をすれば、リアル世界では成立しない完全なる自治が成立可能な実験する類の裏テーマが潜む空間ではいかと考えるのです。ルールによる参加者縛りではなくルールはあくまでもツールであって裁定は時の運営者に委ねられるという手法は、学級会での「先生、誰々さんが規則に従っていません」的なレベルから「まあまあ、運営に迷惑なんだからちゃんとやろうよ」的な本来求めるべき楽しい空間形成がされてきたのが、現運営の現時点での最大の成果だと思う。 (この話題、まったく関係なくない?って方がもしいらっしゃるのであれば申し上げておきます。これは元の風の又三郎に係っている話) けっこう自由度のあったTwitterでさえ、近年は摘発化という類のリアル世界への同一が侵食していて、ビーレビは、そうであって欲しくないと願う。 もう一つ。 よくビーレビは内輪話ばかりだという批判がある。でも、ガキの使いも8時だよ全員集合も、それ以外にも素敵な内輪ノリのコンテンツは沢山あって、内輪ノリ自体は良い。問題は大いなる内輪ノリかどうかということ。「私もこの輪のなかに加わりたい!」という訴求力があるのかどうか、それが大事だと思っていてcold fishさんが時にみせるプレイはその類の魅力ある「大いなる内輪ノリ」ではなかろうかと。 そもそも、当批評文作品投稿のシステムは内輪ノリをどう魅力的にするかというものが本質的にある。そういう観点からすれば、cold fishさんからの「批評文に対する更に批評」のコメントは最高にビーレビに適した良いコメントだと私は思います。 cold fishさんのコメントへのレスとしては、なるほどと、頷けるものだと思うcold fishさんのこの醒めた視線に各々がどう対峙するかで、ネット詩が文化として定着するのか、低脳な人たちの繋がりツールに堕すのかの分水嶺だと思う。 もう一つ最後に言いたい。以前から文極やビーレビのやり取りを指して「若いころはそういう議論みたいなことやってましたよ、なんか大人になってもそういうのやってるのみれと恥ずかしくなっちゃうんですよね」という人がいて。そういう人らをエセインテリと私は呼ぶし、あなたには文学ではなくて知識に被れていた方がいいと、言いたくなる。 ビーレビは拗れた人たちによる拗れた場所でずっとあってほしいし、そうでなければ死滅して欲しい。 長々と失礼しました。退屈な出張中なもので。 (物語をノンフィクションと断言できる人)

2022-01-15

ミシシッピアカミミガメが取ってつけたような後付けにしか読めず、つまらない。やはり、アイデアだけの前作だったかと読んで時間を無駄にしたと、少しだけ後悔しました。 (ミシシッピアカミミガメを川に逃がすII)

2022-01-15

フィクション•ノンフィクションのテーマが幼稚だというような指摘が個人的にありまして、改めて言及したい機会があればと思うところもあり再コメント感謝いたします。 非「ノンフィクション」という呼称、言い当てているように感じます。けっして二項対立ではない、グラデーションのようなもの。 話が逸れてしまうかもしれませんが、テキスト論(その作品にあるテキストに限定して批評するの意)を三浦は嫌う節があります。それの理由として「作品に必ず宿るであろう作者が持つ固有のグラデーション」を評すことに相応しくないと考えるからです。いや、もしかしたらテキスト論とはそもそも、グラデーションという類いの「客観視に耐えれぬこと」を排除する手法で用いられているのかもしれません。 批評対象作品である「わたしの風の又三郎」は作者固有のグラデーションにこそ魅力の源があるように思うのです。もちろんそれは読み手の私の想像の域を出るものではありませんが、作品と読者である私の間にある空間は「行間(を読む)」でもあるのかと考えます。 (物語をノンフィクションと断言できる人)

2022-01-15

>友よ 恋人よ という、詩句として凡庸になりがちな語句を用いながらも駄作にはなっていないとおもう。しかしながら、自己治癒な感がどうしても良い印象には読めない。この作品にあるべき作者固有の情緒(抒情)にまで純化出来ていないように思う。 (眤月)

2022-01-14

本年もよろしくお願い申し上げます。 過去の投稿作品からすれば湖湖さん初の失敗作に読めてしまいました。一定のレベル以上を出されてくる人だと思っていたので。すみません。 (新年あけましておめでとうございます)

2022-01-14

これはこれで良いとは思うのです。 「サーカス2021東京」と「アラバマ物語」はたしか伏せ名での作品投稿だったと思うのですが、特に「アラバマ物語」は一定の「詩が読める」玄人な読み手からも好評だったように思うのです。なにが言いたいのかというと、妻咲邦香という投稿者(作家)像は良くも悪くも、作品に強く出ているように思います。あるいは、妻咲さんご自身はそれを、実はけっこう意識されているのじゃないかなどと邪推します。お分かりいただいておるかと思うのですが、これは批判的な意味ではありません。投稿のスタンスが作品に影響する部分って、けっこう大きく占めるものなように思いましたもので。 (ゲレンデの歌)

2022-01-14

三浦が書くからメルヘンが許されるのか、あるいは三浦がメルヘンを書く意外性、いずれにせよ、白痴と純粋無垢と、それについての無自覚なものへの嫌悪が私にはあります。しかしながら元来、三浦はメルヘンを好んで書いていた。ネット詩ではそれを嘲笑された。一方で作家像が和み系の女性が書くメルヘンがもてはやされていたりする。それへの意趣返しです。 少し長く語ってしまいました。 (無題)

2022-01-14

出張で何度か東南アジアを訪れましたが島々の国の人々は争い事を好まないDNAが具わってるように感じます。支配のシステムにおかれれば従順になる傾向にあるのかもしれません。狩猟はやったことはありませんが、土佐犬による闘犬の大会を観たことがあります。島々の人々がピュアなのか、土佐犬がピュアなのか、わかりません。私には支配しようとする人や闘犬を嗜む人の方が純度が高いようにも思います。誰がバカなのか純粋なのかわかりませんので、きっと私には反戦詩は書けないのではないかと、そのように思います。 (無題)

2022-01-13

残念ながら私には、凡庸な表現の域を出ていないようにしか読めません。ごめんなさい。 ( 詩は、見えない、)

2022-01-13

自己肯定感による思考の開け方、私は信じているので、なるほどと読んで思いました。 (思考相転移論私論)

2022-01-13

やっぱ、上手くなったようにおもう。あるいは、私が読めていなかっただけなのかもしれない。 黒髪さん、久しぶりです。 (新しい時間)

2022-01-13

作者がみている外界の様までしか残念ながら私には読めない。読む私をどこかしらかに連れ出してはくれない。あるいは、作者がみている情景にささやかな安堵を覚えるかと云えば、少しある。作者らしいといえば、らしい作品。 深尾さん、久しぶりです。 (記憶の街)

2022-01-13

柔らかな文体が滲み出ていてよいと思う。タイトルの「だっぺよ」が気になる。味がありそうで、照れ隠しのようでもあり、なんとも言えない。 (娘の花飾りだっぺよ)

2022-01-13

タイトルが効いているとおもう。他の作品でも書いているコメントだけれども、ラフさと勢いで雑に本文が即興的に書かれたとしても、タイトルでまとまりをつけてくる作品は印象がいい。 (聖菩薩マリアンヌ)

2022-01-13

最終行がとても気になる。 今月読んだなかで一番いいなと思い何度か読み返した。当初、最終行が浮いているようにみえたけれども、作者らしいといえばらしい。感情の起伏を持って言葉にリアリティを与えているのかもしれない。 (音楽と共に生きた国)

2022-01-13

センスある言葉選びかといえばセンスあるのかもしれない。けれども勢いで、一時的な思いつきで書かれている域は出ていないように思う。私には。洗練さが不足しているように思いました。すみません。 (わかりやすくカオス)

2022-01-13

うまい構成だなとおもう。ミシシッピで回収されるストーリーもよいとおもう。ただ一読の消費で流されてしまう程度のアイデアで、もったいないなと思う。 (ミシシッピアカミミガメを川に逃がす)

2022-01-13

短歌の要素が薄っすらとあるような印象です。改行と全体のフォルムのこだわりが不完全な消化にすこしおもえました。 (息災)

2022-01-13

お褒めいただきありがとうございます! (無題)

2022-01-13

「学校に間に合わない」というタイトル付けに俊逸をみます。散乱するらくがきの様な本文をうまくまとめられた表題で、そのタイトルが背景のように空間を象られて在るからか、意味を求めず音韻だけを楽しみながら読めました。 作者さんの他の作品も過去に幾度か読んできたのですが、「技巧が上手い」という評しかたよりも、読者へのおもてなしを丁寧にされる方だなあと、今作を読み解くなかでそのような評の表しにたどり着いた感もあります。 (学校に間に合わない)

2022-01-13

変態、わたし変態なんですよね。コメント、ありがとうございます! (無題)

2022-01-12

近年、「事実が基になっている」と前提的に示す映画が増えていますが、映画になっている時点でフィクション。ドキュメンタリー映画がかなりな演出と編集にまみれてることも周知されてますが、そうですね。でも、文学は全部ノンフィクションなんだと、そういう妄想を抱く拗れたおぢさんでありたいな、なんて思ってしまうんですよね。 (物語をノンフィクションと断言できる人)

2022-01-11

てんまさん、久しぶりですね。 純粋さ、ピュアさってなんでしょうね。自分に正直にとか、自分のありのままを出せばそれが純粋なのでしょうかね。知能が低い人、白痴な人はそれだけで純粋なのでしょうかね。てんまさんならば、分かり切ったそんなことを最近考えました。私たちはひとりっきりでもいい。劣悪なバカに付き合って時間を無駄にするぐらいならば、むしろひとりっきりがいい。そうでなければ高度なロマンチックを語れないですよね。この作品の作者にそんなことをみる。退屈しのぎをこの作者から感じたこと、一度もなかったですね。 すみません、ついでに。てんまさんの新作読みました。でもなんとなく、コメントをすること、ためらいました。ひとりっきりの人に相応しく。 (物語をノンフィクションと断言できる人)

2022-01-11

百均さんは、どう考えても破綻してる人、拗らせてる人には思えないのですが、このような作品を読むとお腹のなか破綻してる別の生物が暴れてしまうんだなあって、思います。 (玻璃)

2022-01-11

いや、前作と今作の違いを報告します。 前作の、れでぃごーは◯。今作のことよろは×。この差は大きいです。 (びりびりびり)

2022-01-11

成長が止まったと思う。 再生産していい味が出る書き手とそうでない作家がいると思うのです。白犬先輩は後者。作者の美意識が固いものとして当初からあり、その固定化された美意識に確率変動が起きたと最近の作品に私はみていたんです。解放される過程が楽しめた。ところが今作には予定調和しかない。直近の前作と今作にそんなに違いある?と言われりかもしれませんが、あります。言わないけど。白犬先輩、もう一回、奈落の底に墜ちて、それからまた這い上がりましょう。 (びりびりびり)

2022-01-11

優れた批評は無学であれ博識さが滲み出すものであれ、有意義な時間を与えるものか否かだと思うのです。不特定多数の他人と関わりを持つことがSNSなどにより軽薄で無難なルール通りの自動機化された空間にあっては有意義よりも快適さが優先されみんな白痴化する。批評はその真逆に位置していて、イージーには解せない、イージーには共有化されない。けれども係る時間は無駄ではなくて、他人同士が互いに思考し合うとは、或いは文学とはそういうことなのでしょうね。 谷川俊太郎さん、、、、 話は逸れますが、過去作品を批評作品として掘り出すことによって、当事者(作者)が不在の空間で作品についてディスカッションされることは、なかなか面白いかもしれませんね。 (物語をノンフィクションと断言できる人)

2022-01-11

「繋がり」を書くのではなくて、どのような夜と朝を書き、どのような善と悪を書き、どのような理性と本能を書くかではなかろうかと思う。それらが書かれた詩文を読んだ時、具体的には書かれていない「繋がり」という主題を読み手は受け取るのだと思う。主張は秘められてあった方が、賢き私は深く読もうとする。言葉そのままの意味で感動する人を読者想定する域を脱していくべきフェーズに作者は在るとおもう。 (体)

2022-01-11

鋭く突かれてる観点で好感をもつコメントです。夜の海を用いることによる、ありがちなポエムの印象に堕すことを、この作者は知悉した上で用いているように私には思えるのです。なぜならば「よる」とされているから。これを洗練さというのでしょう。更に言うなれば、自分語り、モノローグ的なる作品はその我の主張とメンヘラ的な主題だけが印象に残り読み手からすれば食傷気味になりがちです。ところがこの作品はそうではない。作品のコメント欄にあるようテクニカルな洗練さがあります。この作者を個人的には「芸達者」とみていて、仮にドブ板を用いらせればそれなりに読ませる作品が書けてしまうのではなかろうかと、そのような筆力を感じます。 コメントありがとうございます。 (物語をノンフィクションと断言できる人)

2022-01-11

詩は断絶を表現するには最も適した手法ではなかろうかと私は探究するのですが、その観点からすれば、本作から私が読み解く死との距離感は特定の人々に安堵を与えるものに思えます。死の概念はどこまで語ろうとも定義を導き出すことは叶わず、ただただ社会やら世界やらとの距離を知るに止まる。 本作には作者が持つバックボーンが、過去作品より直裁に書かれていて、興味深い印象になった作品です。 (蜂の共喰)

2022-01-11

ちょっと過大に褒めすぎました。皮肉さが作品全体を覆うっていて、その印象からすれば、このテーマを書かれるには、あなたの経験が追いついていないように思われ、小賢しい頭で書いてる感が先にきます。 追伸 (きみはだれだよ....) (Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん)

2022-01-10

この批評文の主旨は、「おいおい、ちゃんと読めてるか?他人の意見や作品に安易に影響される人多くないか?」という詩書き読みビギナーへのアドバイスだと思う。その観点からすれば、なるほどと頷ける内容ではなかろうか。批判的な文脈に、私には読めない。これも文を読めるか、読めないかが、試されている。(浅深の意) 私は深く読めてしまうため、先に述べた通りに読める。 (詩作についての詩はやめたほうがいい)

2022-01-10

この作品、おばさんが芸事に覚醒しそこに内包される聖なるものを表現されていて、私は良いと思う。俗なるもののなかにこそ聖なるものは宿るのよ的な、アンチスーパーマン主義、またそのテーマを補足するところからも「おばさん」という呼称から不快さを感じない。 この作品を人を蔑めてるなどといった浅い読みの人、ご自身の思考回路を少し疑われた方がよい。この世には優劣、強者弱者、浅深は真理としてある。それを有耶無耶にしてみんな仲良く褒め合うのは反知性。そんなことを思った。 (Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん)

2022-01-10

先輩、ありがとうございます! (栗と栗鼠)

2022-01-02

これ笑ってしまうんですよね。そういう感想を言っていいのかわからないですけど、これ、私的にはめっちゃ笑えるんですよね。最初、なんかそれなりなコメント書こうとして、やめたりして、でも、ビーレビ開くたびにまたあけちゃってまた笑って。 (〈安閑夜話〉 運転手からの電話)

2021-12-28

「花に嵐」から中田満帆さんの作風が変わったとみていて、その進化が確かなものとして続いている本作。来年に新たな詩集本が出される予定だという。楽しみである。 (side order(田中修子へ捧ぐ))

2021-12-27

中田満帆さんはこの作品からか、作風が変わったとみていて、言い表しする術が私は下手だから語れない。感じるのは、創作の軌跡のなかにあって傑作を連発する期に入られたように思う。鬼気迫る。 (花に嵐)

2021-12-27

cold fishさんのこの作風が読めたのはラッキーな気がします。適当に書いて良いもの書けなきゃなって改めて思いました。 (びーれびしろねこ社賞の作品群を読んで)

2021-12-27

文体に純粋さを感じました。書かれてある内容からではなくて文体からそれを感じました。おそらくは作者さんの営みが出ているからでしょう。同じ言葉を遣っていても滲み出てしまう息遣いがある。ない作品もある。私はその滲み出るものを読みたい。読んでよかったと思いました。 (白)

2021-12-24

内容だけなのが惜しい。拘られた技巧を読み取れず、申し訳ない。もしかしたらわかりやすく、可読性を重視して書かれたのかもしれない。内容だけで詩になるにはかなりレベルが高くいるのではないかと思います。 (極月 中二の頃)

2021-11-21

断片的に一つ一つ欠片のように置かれた様式、全体に軌跡の一線がある。それを私は「肯定する意思」ではないかと読む。 はっきりとそれが表れているのは >君だ。 >君自身なんだよ とても印象に残る。 読み手が、文脈をぎりぎり想像可能なまでに意図して削ってるように読める一つ一つの断片化とその構成。この様式で多数の作品が書けるとしたら、少し羨ましい。 使われている方言が博多弁っぽく読めました。私も博多弁を使用した作品を過去に2作書いたことがあり、それも興味を惹きました。博多弁、粋な使い方だと思います。 (コイル状に巻かれたループの先に)

2021-11-19

惜しいと思う。表現したかったこと、書き方としてやりたかったことの痕跡はある。中途半端に終えてしまった感がある。タイトルと終いの「生きて」が同一なところに技巧を感じるのだけれどもイージーな技巧に感じてしまう。大喜利大会のような驚かせの文字表現がやりたかったことには到底思えない。であれば、もっと。 (生きて)

2021-11-19

相対化される、相対化する、その立ち位置で他人も風も雲も、そして私もある。「生活に努力の陰もない他人」「悔しさを育てる風」「はぐれているだけの雲」という修飾の語句が相対化の表現として効いている作品だと思う。なによりも冒頭にある、 「快晴の心を持つ私」とある。 修飾の内容によってもちろん行間から発するものは変わる。しかし、修飾の表現形式を一定のルールとしてバランスを一切崩されていないところに、作者の筆力、作品の強度を感じ、好印象な散文詩。ただ、独りよがりな感と言っていいのだろうか。視野の狭さを感じ、そこに広がりが出てくれば、すごく興味深い作者さんに私のなかでなってゆくような、気がします。私の興味などどうでもよいことなんですけど。 (♪~(・ε・ ) )

2021-11-19

関西弁口調のみならず、筆致というのか、丁寧に書かれてる。「おてんとさん」の後、「おひさん」とされてるように、同じ言葉を繰り返し使用するダサさを残していない。好印象な作品。 (早起き)

2021-11-18

当初、言葉にハリボテ感がありあまりよくないという内容のコメントを書いて送信する直前でやめたんです。こういうこと、よくやるんです。それが昨日のことで、今もう一度読みなおしたんですが、作者さんの素直さが作品に宿っているように感じ方、変わったんです。 それは何故だろうかと考えてみました。 >彼の人生を語りはじめたに違いない という一行、それから、次の最終連にあるポジティブさがこの作品の感じ方の変わるキーがあると、そう思うのです。 一連、二連で表されているところのハリボテになりがちな現代詩っぽいメタ書きを最後に上手く回収する役目になっているし、且つ、「人生」というダサい印象になってしまいがちな語句を「この文脈で出ないよね?」的な飛躍として絶妙なんだと読めました。その技巧の探究と形とされた詩文に、作者さんの素直さがありありとあるように思うのです。 (出発出発出発)

2021-11-18

かっこいい。いかしてる。言葉にリアリティがありますよ。過去作も読んでみたくなりましたよ。 (全て)

2021-11-17

オリジナルの文体を手にしている。やったね、白犬先輩。 先輩の作品、はじめて投票する。 (僥倖SKY)

2021-11-16

うん。 あなたのツイート愛おしくいつもみてるよ。 (? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?)

2021-11-16

>私のような者の顔を見たら気分を害される >でしょう 「でしょう」の改行による作品冒頭のイントロデュースとしての効果が出てる。 >遅くまで仕事をして帰る人達の足音を聞いています、あの人達がすこやかであることを >祈ります 三連目のこの改行も作品全体のリズムの造りに効いている。 >そんな日は、そんな日は私は顔を >上げるのです 四連・五連目には(おそらく)あえて改行の技巧を入れず、六連目に引用部の改行を入れられ、これを更に上げている効果が結末の「上げるのです」と同一にされている。すごく、効果のある改行の使い方であり、且つささやかな感じ、技巧の誠実さを感じます。技巧と全体の構造(四連目に作中話者の内面の大きな振幅さを集中させられているあたり)にも丁寧なものを感じました。詩文は内容よりも技巧であり、作者の内面は技巧に現れ、内容への共感よりも技巧への共感を読者が持ってこそ、文字言語による表現作品の楽しみ方ではなかろうかと、そういった個人的な気持ちもあり、技巧へのコメントとさせていただきました。タイトルも2021ではなくて、2020という過去にされているところも、「今の気持ち」的な軽薄さを消されていて。 (20201116)

2021-11-16

私の本質を突くコメントに感服いたします。少し驚きを覚えます。百均さんの直観に。 自己の本質など、もちろん仮説の域を出ることはありませんが、私の本質は瀬戸内寂聴氏と重なるところがあります。これももちろん私の思い込みの含有量はかなり高い。瀬戸内寂聴の書は一回も開いたこともありませんが、彼女の相をみれば、みえてしまうのです。その重なってしまうもの、百均さんが指し示した批評、三浦果実の本質とは何か。 勿体ぶる物言いで恐縮ですが、明かせません。明かせないのです。 しかしながら、一点だけ申せば、流通する「結縁」の意味も、定められた百日草の花言葉も、書き終わった後に知りました。書いている時の私の思念に、それらの言語の意味はなかったという事実を自説を嫌う私ですが、打ち明けます。 私がいう本質とは言い換えれば、「業」、でしょうか。 (結縁)

2021-11-16

>お道化るわけにもいかないし というフレーズは恭平さんの作風らしいなと思うとともに、未だ止めれぬ、恭平さんの業をポジティブに感じました。 (お道化るわけにもいかないし、歩く)

2021-11-16

この語り、即興なように読まさせてしまう。壇上からのスピーチ感がはんぱねえって思いました。 作品評から逸れますが、格が低いなんてことをネット詩は言われちゃいますが、こんな場末の物書き遊戯の方が、レベル高いっすけど我々に何か?みたいなの標榜したいっすよね。 私もすげえの書いてやりたくなる作品でした。 (先生)

2021-11-16

残念ながら惜しいなと、読んで思いました。せっかくのラブリーなのに、ただただわがままな気持ちだけがウザすぎて重たくて、純愛が致命的に欠落している。 (思い出)

2021-11-16

コメントありがとうございます。秋には人を穏やかにさせる空気感がありますが、どこかしら、失意の雨が降る季節なようにもおもえます。降り止んだ後に、馴染ませてしまうものは、もしかしたら、諦念なのか、或いは、覚悟なのか。 (結縁)

2021-11-16

コメントありがとうございます。蛾は夜に飛ぶ習性があります。夜の空気には、もしかしたら飛んでもよい赦しのようなものがあるのかも、しれません。コメントいただけましたこと、重ねて御礼申し上げます。 (結縁)

2021-11-16

コメントありがとうございます。らしくない言葉遣いと私の息遣いは成立します。なぜならば言語に意味が付随するのは絶対ではないからです。伝わるか否かは言葉の意味によってではない。表現者の人柄でも気持ちによってでもない。縁としか言いようがなく、またその縁には意味の担保はなく、つまりは空なるもの、虚ろなるもの、すべては幻。禅。 (結縁)

2021-11-15

タイトルといい、やっぱセンスいいんでしょうね。わるくないんですよね。 以前に夏村木さんの作風ってホームランじゃないスリーベース止まりだって失礼なコメントしましたが、今作を読んでそれって狙ってるんだって改めました(笑)わざとホームランにならないように寸止めしてる味を出されてるんですね。 ちなみに、ビーレビ開いた時は、夏村木さんのお名前発見しただけで、気になって読んでます。 (秋冬恒例)

2021-11-15

残念ながら、思いつきで書かれてる感じだけの読後感以上に読み解けず。申し訳ない。 (皮肉り)

2021-11-15

なんともいえない味がある作品で読んでよかったです。ちなみにタイトルに興味湧いて読んだんですけど、題付けうまい。 (これこれであーしてこーなりました)

2021-11-15

余白のあざとさを見抜かれる眼力に感服です。中途半端でなくスクロールが一周するまでやればよかったように思います。 (結縁)

2021-11-14

百均さんの作風、最大の武器は「青さ」だと思っているんです。それが全面に出ていて好感。問題は、50才過ぎてもその「青さ」がキープ出来るか、それに尽きると思います。そこに注力すれば、おのずと気狂いな作品を残せてゆけることでしょう。 (●○)

2021-11-14

私は学が無く、どう言葉にしてお伝えすればよいのか自信がありませんが、前作も今作も言葉の表現としての強度ある情緒を読んで覚えます。「涙溢れる」という語句があるとき、往々にして感ずるあざとさや上滑り感の印象。ところがこの作品にはそれがありません。その情緒の表現に「騙り」が見当たらない。抒情詩の必須条件を持たれていらっしゃる作者さんだなあと勉強になりました。真摯さがあると表してもいいのかもしれません。 騙りでない情緒、それを成立させているのは作品の構造にあるようにも読めました。二連までの描写に余計な自己主張がないから、なのかもしれません。 (小夜時雨)

2021-11-14

コメントありがとうございます。善人になりたいと、そう願うほどに共同体から離れてゆく。絶対的善人があるとすれば悪人の化身。その善悪は生死に相通じ、そのようなことを書く機会になりました。 (結縁)

2021-11-14

よい。この道を極めなさい。 (夏至祭は終わった)

2021-11-14

軽快さのあるテキスト、それから何よりも画像が素晴らしい。 (歯車と心)

2021-11-14

着想はよい。しかしながらその書き方ではたどり着く場所に言葉が、不在のままではなかろうか。 (逆さまの都市)

2021-11-14

わるくはない作品ではあるかもしれない。突風に煽られなおも倒れない柱が不足しているのではなかろうか。 (エウリピアデスにも思い出せない)

2021-11-14

方向性はよい。特に「俺」の主語へのこだわりは忘れないでいてほしい。 冗長だと気がついたら思い切り削るの心がけは忘れてはならない。 書き終えた最後に天空を仰げれる人であればまだ書いてゆける。 (火)

2021-10-21

よい。詩を考えて書いてはならない。頭を空にして言葉に向かい、虚空にささやけば人は、自然に詩心が湧いてくる。 (丘の上の墓碑)

2021-10-21

構造と文体にこだわり、それを壊して書けばいいというものではない。書いた前後を読ませなければ、嵐のあとの雲と、そのこじ開けた扉の跡にあるはずの思念と言葉は、浮かび上がらない。 (暇つぶしによる暇つぶし)

2021-10-21

おはようって言葉も挨拶の意味じゃなかったりするじゃないすか。昨夜は言い過ぎてごめんねの気持ちだったり。この作品でいうところの相手の言葉ってそういうことすよね。相手の言葉は自分の言葉なの。でもそれについては黙っていなくちゃいけないんだね。どういう意味なの?なんでおはようなの?って問い詰められても、絵文字で返すようにね。 (╹◡╹) (話す言葉)

2021-10-21

ご指摘ありがとうございます (生きたいね)

2021-07-09

やっとすこしわかっていただけたようで、言ってみたかいがありました。 しかしこれを喧嘩としかとらえられない、あるいは表せないのは、ほんとにまだまだです。頭が悪いのではなくて、視野が狭すぎる。みえている視界が違いすぎなので、恭子さんがもうちょっとわかれるだけの素養ができたら、お相手させていただきます。 ただ、今のコメントは現時点では満足です。適当な褒め言葉で喜ぶバカでは私はありません。 (生きたいね)

2021-07-09

帆場くんはすべてわかっていて賢いから何もいうことなし。合格。 (生きたいね)

2021-07-09

お互い、やるしかないよね。 あれをな。あれ。 (生きたいね)

2021-07-09

リバースが可能な読みは時間軸を超えているからなんでしょうね。 湯煙さん、コメント感謝。 (生きたいね)

2021-07-09

べし なにかを言い切りたい感情とそうでない感情の微妙なところがあったりしますよね (生きたいね)

2021-07-09

あなたの言葉からはあなた自身の声がきこえてこない。良き作品とはなんでしょう。劣悪な作品とはなんでしょう。その優劣をあなたは本気で読んでいるのか。この場所は所詮は遊び。しかし遊びだからこその自由がある。なぜに人に気を遣わなくてはならないのか。遊びなんだから、楽しみたいでしょう。ほんとの快楽を味わいたい。あなたは上べだけの言葉しか使えない劣悪なレベルだと思う。その域を出れないのであれば黙れと言いたい。 (生きたいね)

2021-07-09

博愛主義が腐臭に堕す時、それが迫害されずにいいねいいねともてはやされること。本来、誰かが誰かを解るなんてことはなくて共感などまやかしでしかない。平和、宇宙などまやかしだ。その欺瞞を問わずして、その欺瞞に無自覚に、さも他人をわかったように、誰かの詩をわかったようにのたまってしまう、その原罪のようなもの。 結語として、置かれた、たたかい の一言と、それを、だろうな とされているところに、原初の罪とその罪を抱擁するマリアの慈愛が本作には宿っている。けれども、もたらす感情が薄い。まだ苦痛が足りないのだと思う。まだひとりよがりでナルシスティックの域を出ていないのだと思う。まだ、人間を捨て切れていない。 (うまく言えないけれどわたし、あなたとはなしがしたかった)

2021-07-09

うわあ きょこちさあーん あつく ガチなしんけんになっちゃってー すみませーん どうか これからもー 不変さんや僕たちを きょこちさんの しの変化のために うまく 使ってくださーい 見守ってるようなかんじで ほんとうとやらの きょうこちさんを 暇な時はおつきあいしまーす (夜光虫)

2021-07-08

すみません、言葉が過ぎ、人格攻撃な内容を書いてしまいたした。ごめんなさい。 (夜光虫)

2021-07-08

技巧に誠実さがなければいけないと、以前に学んだことがありますが、誰に誠実かといえば自身にかと。ネット検索で調べて知ったような言葉を並べた、現代詩っちっくな作文など、最悪だと思います。社交性に長け、誰も傷つけず、自分も傷つかない、そのような人間が、 いえ、これ以上コメントを書く気にもならない。 (夜光虫)

2021-07-08

一年半ぶりの尾田さんの投稿なんで、あとからちゃんとコメントします。 (女の猫)

2021-07-08

すみません、結局、途中でケイセイさんに名前が戻ってしまってました (┣AOXO┳エーオーエックスオー┫)

2021-07-08

これはいい ケイセイさんの、あちがう、ステレオさんの文脈上での私の好みです。 つまるところケイセイさんの欠点は筆致はよいのに上滑りする内容にあったと私はみていて(三浦の好みでしかないんですが)。今回はそのギリギリをいっているんじゃないかと一読して感じました。 ただ、最終行は改行するのでなくて、続けてお終いとされた方がよかったように思うんです。作者の顔が出てしまった感が、筆致もクソも文章力ない私ですが、言ってコメント終わります。 (┣AOXO┳エーオーエックスオー┫)

2021-07-08

お久しぶりです。三浦果実です。 鷹枕可さんの作品は、私的には作家の文脈でどうしても読んでしまいます。また、私の見受ける限り、言うまでもなく私なんかよりもかなり高度な文学知識をお持ちの方であり。既に幾度か複数の方々によって鷹枕可さんの作品は論じられ、時には稀な価値を作品に見出されていらっしゃる言を目にした記憶もあります。三浦個人としては、鷹枕可さんの詩論を読んでみたくなります。ただ、そのような類いなものは書かれない、そういうポリシーの方でもあるのかな、という不躾ながらも正直な印象を書かせていただきます。 話は違いますが、文学極道時代に、参加者でいらっしゃった玄こうさんへのリスペクトを述べられていた鷹枕可さんのコメントが印象的でした。もしかしたら、三浦は玄こうさんから一番嫌悪されていたようにも自覚しております。浅はかで軽薄な私の言動に思われていたのかもしれません。でも、一方の私は、玄こうさんからの叱責の一つ一つを今でも忘れておらず、自分なりの研鑽に活かさせていただいております。 鷹枕可さん、以上、コメントです。 (思うゆえに在り)

2021-07-08

こんにちは。みうらと申します。 一読しましたが、すみません、わかりやすかったです。 (あいしあっているのに)

2021-07-08

こんにちは。みうらと申します。 んー、そうですね ごめんなさい。簡単すぎかなあという感想です。 (私の世界)

2021-07-08

こんにちは。みうらと申します。 詩と歌詞について ビーレビでは幾度か 語られてきたことなんですけれども、 本作は歌詞的に読めてしまい、 散文、あるいは改行詩、テキストによる表現でゆけば、物足りなさを感じます。 もちろん、最後まで読めますし、内容もわかります。わかる、つまり簡単で、それ以上になにもありませんでした。 (再会)

2021-07-08

いい。わるくない。でも、、、、 もっとやなあ。 もっとやとおもう。 mmmさん、もっとやで。 もっと僕を連れて行ってくれきらきら (さよならサイコショッカー)

2021-07-08

韻がよくて最後まで読めて、韻が良ければ好印象ではあるんです。けれども、内容がありきたりで、つまらなかった。 (捧げられた物語)

2021-07-08

tasakiさん久しぶりな気がするんです。私の記憶だとtasakiさんの作品は構造的な魅力があった印象があり、本作もその特徴があるような感想です。 (ある夢想)

2021-07-08

これ微妙にセンスよくみれて、ただ、もっと、ビーレビのゲーム感覚な空間を、スクロールを、といった効果を狙って長くした方がインパクトあったように思います。 (The APPARATUS)

2021-07-08

残酷な真実と博愛主義とか、ismをカジュアルにしていて、それはWikipedia的なものへの皮肉なのかとも読め、ただ、その皮肉さも含めた観念やらの無効を示す太陽。解釈を拒否した圧倒的な実存。なかなか面白かったです。 (太陽)

2021-07-08

なんか、めっちゃすげえ作者さんがビーレビに登場してきた感があります。前作もそうですが、言葉に身が宿っているんですが、だからなのか、内容なんてどうでもよくなるんですよね。読解とやらがいらない。なぜならば、ほぼ完全に言語にして現れている事象を私が感触として持ってしまうのだから、それをわざわざ私が言葉にする必要がない。そこに世界があり、私も同じ世界をみていますという。 (我が心は漂い)

2021-07-07

そうね 僕はね、実験トライアル以外に生き方を知らない。ホームでファボられるよりものたうち回るような罵倒されるアウエーにいつもいたいんだよね。心地よいもん。わかるでしょう?きみは。 そんな感じだよ。うん。 (生きたいね)

2021-07-07

さっき他所でこの作品の絶賛をしたんで、一言だけ。タイトルが雑。 ビーレビ投稿も写経するぐらいの姿勢でやらないとポストモダンを突破できない。 清き一票いれときます。 (白けたものたちのあはいでお前はまだ歩くのか)

2021-07-07

んー、ごめんなさい、軽すぎるかな。 軽すぎだと思う。たしかに軽い気持ちで誰かが書いた何気ないものを読みたい時ってあるし、そのなんの意味のない言葉を読んで心地いい気持ちになったりもする。 でもそういう、なんの意味もなく書かれてるなって作品って、うわあってぐらいの書かれていない意味がその背景に垣間見えたりする。本作では、その垣間見える意味が書かれてしまっていて。暗喩っぽくはあるのだけれども、その ぽさで止まっているように思えました。アイデアだけが書かれているような。 (しかし)

2021-07-07

あー、たしかにこれはわるくないかもしれない。瑞々しいってこんな感じなんだと思う。なんだろうな、人との関係って考えるほどにうんざりしちゃって深い溝みたいになる。でも実際、現実に付き合ってると、そんな溝、小さな刻みぐらいでしかないかなって。社会人なりたてとか、学校行きだしたばかりの時とか、始まりの新しい朝 。 (ささやかな刻み)

2021-07-07

最近の鈴木夜道さんのコメント、他の方でもめっちゃ読んでいて、それで爆笑しているんですけども、今回のこちらのコメントを目にするまで本作をスルーしてました(失礼ですみません) それで、読んでみて、まさに、本作は村上春樹的だと思いました。私は村上春樹主義者なので、好評の意味で言っております。 (僕がネズミになった話)

2021-07-06

はじめまして みうらと申します 生々しい人間くさいのが好きでして、本作理屈抜きに好ましく、最後まで楽しめました。 (浅草旅行にて)

2021-07-06

作家いすき文脈のコメントでごめんだけど、ぶっこわれてきた感じあっていい もっとぶっこわれてもっと前のめりにいっちゃってぶっこんでほしい そんな感じです (X)

2021-07-06

落ちる形態は内容なのかStyleなのかという。君と僕、その二つの絡みの様は、夏の夜の死がある情景だけを背景にされてるためなのか、主旋律として出ている。音楽と言語を組み合わせる一つの方法論としては味が出ている。けれども、作者の文脈、つまり作家survof氏の復帰二作目の作品がこれでよかったのだろうかと、物足りなさを言ってしまいたくなる。前回の復帰一作目ではこれは上等な現代詩だなあという印象ではあったけれども、何のために復帰されたのかという、そのテーマは隠されたまま。上等な現代詩、あるいは、方法論の新たな旅路だといったところでは、みうらは納得しない。いや、#あのね、みうらさん、この一年間煉獄でのたうち回ってたんですわ、ふふ#ぐらいの神業をみたいものだ。 ゆるさないから (トッカータ)

2021-07-05

こんにちは初めまして これからもこの速度で走り続けてほしいな 冒頭はちょっと不安定だったけれど 最後までイケてる (皆殺しの比喩)

2021-07-05

そうですね ホントは自分のことなんか語りたくもないんですけど、出ちゃいますよね。消えてなくなればいいのにっておもいながらも。 (生きたいね)

2021-07-05

こんにちは みうらと申します 作品を読むにあたってのバイアスとして作者名がありまして。Smithであり、モリッシー。モリッシーなら、なんとなくこういうプロフィール、やってそうに思うんですよね。私はジョニーマーのほうが好みなんですけど、マーは優しくないように思えるんです。 (優しい人が好き)

2021-07-05

わかる (生きたいね)

2021-07-05

おしいとおもう フレーズを作ろうと光らせようとしてしまう。詩かどうかは判別する必要なんてなくて、もう一度、詩を忘れて欲しい、なんて思った。でも悪くない。 (雨)

2021-07-05

消えてしまえばいいですよね すべて消えてしまえばいい でも消えないんですよねしゅかさん (生きたいね)

2021-07-05

なかなか出来ることではないけれども、新しいということ、新しいご自身のスタイルにこだわりとチャレンジをされる混沌さを7/1付けで発表された3作品から感得しました。来月の素顔さんの作品も、読めること、楽しみにお待ちしております。 (三千世界特急)

2021-07-04

作家井上橙子の文脈で読むと、本作はかなり飛躍された作品になっているに思いました。作家の生の息遣いが宿ってるように思うんですよね。それは手紙という仕様を取り入れられたことによる効果かと。 >(決して掘り起こさなでください) こちらの括弧書きを挿入されるところが、井上橙子氏が垣間見せるオリジナルな感性の表現に読めました。 (或る手紙)

2021-07-04

>ぶらりぶらり熟れすぎた果実みたいな >男が脇を抜けていきます 俊逸な表現だと思います。ここで、鯛でも鮪でもなく、果実とされているところに、「飛躍」を感じさせますし、呪詛ではなくて言祝ぎとお呪い(良い意味での呪詛でない意)の味と青写真があるように思うのです。 (ことほぎとまじない)

2021-07-03

実存することわたし × 実存するわたし ◯ (詩)

2021-07-03

お示しいただいた通りですが、精密に申せば、「詩を語らずに詩人を語ることによって詩を示している作品」となります。 しかしながら、これは三浦の個人的な解釈でしかなく、且つ、作者が固有に持つ文脈で変わってしまう解釈です。通常、作中話者と作者を切り離して評されるべきところが、タイトルとその内容からすれば、「架空のわたし」ではなく実存することわたし、則ち、作者と特定して読むのが自然に思えるからです。重ねて申しあげれば、これはmokurenさんという作者像が私の解釈によって象られるわけですが、それは、他の読み手による別の作者像があって不思議ではなく、更にその別の作者像から導き出される「わたし」が詩人ではなくても不思議ではないと思います。 (詩)

2021-07-03

読み手への誠意が欠けているようにはまったく思えないですし、すみません、私のコメントがかなり下手なもので。思えないどころか、読み手への誠意という観点を含有するコメントを書いてしまっているのかと、自分でびっくりしておりまして。 おそらく、私のコメントの前置き「難しい」という言がネガティブなコメントという印象になったのでしょう。ちょっと言い方を間違えているのかもしれません。 コメントで示したかったことは、例えば、三浦果実が作家であったなら、例えば、谷川俊太郎が作家であったなら、例えば、匿名の作家であったなら、本作にある「詩と詩人の文脈」(もちろん、この命題をメタファとして読んでるのは私の勝手なものですが)は変わるということ。 (すみません、このコメント書いてしまったことにより更にわかりにくいものにしている気もしますが) 以上、コメント付記致します。 (詩)

2021-07-03

これは難しい。何が難しいかと言うと、作者の文脈、作品の連続性からの影響が強くて、作品だけを読むことが難しい。なぜにこの作品がそうなるかと、言うまでもないことだけれども、タイトルが命題だから。 詩、詩人、という命題を掲げる場合に作者が名を表していたら、読者からすれば腑に落ちやすい。なぜならば、詩と詩人は一体であるから(みうらの偏った私見)。で、本作で明らかなことは「詩について何も書いていない」ということ。「わたし」をもって表そうとされてるのは、まさに詩人であるや否やを「問う」のではなくて、この作品はただ、「置かれている」。 まったく本作には関係ないけれども、最近よくある命題についての匿名の作品。適当なイタズラ的なトリッキーな気持ちでやってる分には大丈夫だと思うのだけれども、ガチでやってたら追放されるし、かなりメンタルを病む。 それからすれば、本作には健全さを感じました。 (詩)

2021-07-03

かなり言語化に迷いがある作品。思考の言語化に迷わない人というのがいて、そういう人たちってバカなのか、或いは100%自覚して生きてる人で、いずれにせよ、迷いで時間を費やすより、彼、彼女を傷つけても、自己嫌悪に落ちることがあっても、バカにされても、自覚的なこと、つまり行動を取るべきだと思う。でなければ、ずっと何かのふりをしながら、偽りのままに人生を終えてしまうでしょう。 (飼い慣らせ)

2021-07-03

この話者が女の子で、本棚とかを倒しながらこんな独白を目の前でぶちまけられたら、ハグして一緒に泣いちゃいたくなる気持ちになった読後感。わりと好きです。 (この眼球を割れ!)

2021-07-03

悟られた、覚醒されたんだな、という。憎悪と慈愛を完全に同一に持っている自覚あるんで、わかりますとお伝えしたくコメントしました。 ( のうた)

2021-07-03

帆場さんのコメント、流石やなあと唸ってしまいました。他人様の作品へコメントを書くことで得られる最も有益なこと、それが帆場さんのコメントには多分にあって。 誰もがそうだと思うんですけど、正直であろうとすると思うんです。コメントで。で、それってすごくみうらにとっては難しいんですよね。なぜに難しいかというと、コメントを書くって思考の言語化なわけなんですけど、言語化するにあたって、その思考と言語化された結果における差異が極めて少ないと「思われる」文章って、かなり筆力なければ書けないように思われ。なんとなく何かを書くのではなくて、書かなくてはならない何かをどのように書いて表すのか、そういう探究力を私も身につけたく思い、思わずコメントへのコメントを書いてしまいました。 (飛べない)

2021-07-02

沈黙の余韻よりもこちらの作品かなと思いコメントしますが、二つの作品どちらもヒットするものがなかったかなあ、という一言。以前にどなた様かに、『なにも感じないのは読めていないんじゃなくてね、読んでいないんだよね』と言われたことがあるのですが、逆説的に書く側へ言及すれば、書けていないのではなくて、書いていないのだと思うのです。その、あなたしか書けないオリジナルなもの、あなただけしか味わっていない新しい朝をです。おそらくそれは、難しいことのようで、案外簡単なことなのかもしれません。 いうまでもないのですが、恐ろしくコメントが読めない第三者の方もいらっしゃるので、付記しますが、このコメント、偉そうに書いてます。 (飛べない)

2021-07-02

ぎりぎりよい。 白犬先輩のあざとい世界観がそのまんまでありながらも、洗練されてるとおもう。つまりは、いやらしい語句がちゃんとアクセントとして配置されてる。これ、いつも失敗してるのは、アクセント以上に、作者のあざとさがアリアリとしてわかりやすいあざとさな時で。 今回はぎりぎり良い。白犬先輩よかったね。 (月の恋人)

2021-07-02

少年愛って好きなんですよね。小児愛じゃなくて。そんな所爲を感じました。 (おおかむろ)

2021-07-02

これ、なんてことない内容で下手な文だなって思うんですけど(とても失礼でごめんなさい)こういうメルヘンダイブする男子って好感持てます。 (僕たちは魔法使い)

2021-07-02

この作品、いろんな意味でインパクトあると思う。タイトルと内容だけで、こんなに訴求するの、久しぶりに人間を読まされた読後感あります。 (47歳女性)

2021-07-02

あー、これなかなかいい、 って思わずコメント書かせる作品。 なんだろう、おそらく多数の人が言及されると思いますが、タイトルの引力。 シニカルさが全面に出てるステレオさんの作品は、なんか良いんですよね。 (耳元へ挿れ込むのは火照った舌の先)

2021-07-01

道と君の名前と朝焼け以外の作品って「私」か「ぼく」が必ず出ていて、出ていない先述の3作品でも、宛先であるような「君」の存在があるように思うんですよね。それが本作では、完全に消してると思うんですよね。それがいいのか悪いのか分かんないですけど。 私も詩のことよくわかんないんですよね。他人のコメントって参考にはしたいけど、従いたくはないってありますよね(笑)。 (ハオルシア・シンビフォルミス)

2021-06-30

化粧する情景の、その理由というか、その姿を覗き見てしまったような読後感があります。最終行からは、潔癖さゆえの箱庭的なもの、自閉的なイメージを覚えました。 (閉じて)

2021-06-30

何故にか、本作、私的にはヒットする。解像度が低めの方がいいことってあると思うんですよね。平易にふわあっと書いてあることによって得られる強度ってあるなって思いました。 (ハオルシア・シンビフォルミス)

2021-06-30

>それがプラスに働いたのなら幸運としか言えません。 わかります。時々ビーレビにも現れるアートや文学の文脈を前提に評を述べられるのって、その評者のマウント取りの恥ずかしいことは置いといても、視野狭窄な評はいろんなことを不運にしてしまいますよね。 返レス不用でございます。 (●●●●●● ● ●●●● ●●●●)

2021-06-30

>日本的な艶めかしさを感じます 泉鏡花的なるところを汲み取っていただけたようで 大変うれしゅうございます (由縁の夏)

2021-06-30

難易度上げてきたね! (さよなら)

2021-06-27

ヘンタイっちっくでちょっと笑えました。 (皮かむりちゃん)

2021-06-27

自己模倣に陥るのを防ぐ。沙一さんのコメントになるほどってなりました。 私はこの作品、一読してあまりよろしくない評をコメント書いて消したんですね。そのコメントがなんか違うなって気がして。たしかに本作は悪くないんですよね。悪くないとは、多数の詩書きの方々が良い評をされるように思うんです。読解をすれば、僕とあなたが鳥への同化を通した存命するための繋がりの概念が垣間見える、などとも評せる。けれども、ビーレビ的な場末の飲み屋で、お互いの作品について交わし合う空間では、自己模倣は最も指摘すべきことに思え、でも、いつまでも変わらないってのがあってもいいでしょう的な反感を発して欲しいと作者に求めていたりもする。 (夢の鳥は、)

2021-06-27

このポップさ、勉強になりますね。 (死ね、ニュートン)

2021-06-26

こんにちは三浦果実です。 果実と名乗ってる関係上、果物が出てくる作品には必ず目を通してるんです。 で、うわあこの作品は私宛てに書かれてるってほとんど頭おかしい感想を時に持つんです。この作品がまさにそれでした。 (バナナ観察)

2021-06-26

他人様の詩を書く理由とか詩を書く起因はなんぞやなんて考えるの野暮だし、こうやって言及するなんて、僕は頭おかしいのかもしれないんですけど、 この作品は工場の妖怪を書く前提で書き始められたとしか思えなくて、一読者の私からすれば「工場の妖怪」というタイトルで全容が察しがついてしまって。 (工場の妖怪)

2021-06-26

登下校って、すごく記憶に残る出来事ってありますよね。良い出来事も最悪だったことも。 (乾かない感触)

2021-06-26

なんだろう... この作品にはセックスの極意がメタファーとしてあるように読めました。 (さびしい)

2021-06-26

んん..... いい作品なんだけども mmmという世界観は詩を書いちゃいけない.書いたら詩になっちゃったでなければいけない. (ユートピア考)

2021-06-26

そうなんですよね。最初から星野源より才能あるってわかっていたんですよね。 (死骸の歌)

2021-06-26

詩人の大家の立場から御礼申し上げます。たしか、部活、同じだった記憶があります。思い出していただけたら、また一緒にゲーセン行きたい... (十五歳)

2021-06-26

詩人の大家の立場から御礼申し上げます。きみ、赤点なんだからビーレビに居残り補習90時間だから... (十五歳)

2021-06-26

詩人の大家の立場から御礼申し上げます。みんな遠足前でそわそわしていますね。 (十五歳)

2021-06-26

詩人の大家の立場から御礼申し上げます。最大の現代詩は今のところアムール貝がささやいてだと思います。 (十五歳)

2021-06-26

詩人の大家の立場から御礼申し上げます。どこまでも私の人生はラブ❤️です。 (十五歳)

2021-06-26

詩人の大家の立場から御礼申し上げます。大人にならずにステイビューティフルするにはちょっとしたコツがあります。 (十五歳)

2021-06-26

詩人の大家の立場から御礼申し上げます。歴史に残る名作の文脈を理解いただき有り難く思います。 (十五歳)

2021-06-26

詩人の大家の立場から御礼申し上げます。青春こそがラブホ前の共犯者。 (十五歳)

2021-06-26

詩人の大家の立場から御礼申し上げます。お読みいただき有り難く思います。 (十五歳)

2021-06-26

再レスしない主義なんですけど、言うとですね、作者さんの返しコメント素晴らしいです。要は私の場合は作者さん宛というより、作品へのコメントに近いです。読んだ書評をAmazonレビュー欄に書いてる感覚です。なので、作者が読者に謙るレスの必要性ないし、作者さんの自由度ある返レスは好ましく。いうまでもありませんが、私は一読者です。詩も文学もよくわかんないですー。 (君は主人公じゃなかった)

2021-06-25

過労死しちゃうようなパーティーをずっとしている人は、魔王がなんて書かないんですよね。つまりすべてが空想的、、いや、好きな言葉をどこからか持ってきて並べてるだけで魅力的な空想にさえなっていないと思います。サーカスとか、イカれたメンバーとか。散文って改行詩と違って、自然体に近い手法だとしたら、作者の地が出やすくて、経験値とどこまでリアリティある嘘が付けるのかが試されるのだと思います。 (君は主人公じゃなかった)

2021-06-25

こんばんはみうらです これいい。 内容がいい。レトリックとかないエッセイだけれども読ませてくれた満足感あります。鈴木海飛さんの独自の視点も感じる。 (通学路?)

2021-06-22

いち読者としての感想ですが、内容がすべて、タイトルで表されていて、そのままの内容だったので、つまらなかったというのが、正直な感想です。 泣いている気持ちを泣いていると表すことになんの躊躇いもなくて、素直でいいなあと思います。 しかし、一方で思うことは、私が作者で、素直でいいなどと慰みみたいなことを他人に言われたら、簡単にわかったこと言わないでくださいと返したくなります。というか、簡単に共感されるようなこと、そんなものは書く価値がないので書かないです。そんなことを作品読んで思いました。 (病める思春の心)

2021-06-21

口語調が巧く、効果がある作品におもえます。愛や幸せに触れる時、これが文語体だと教条的なものが象り、普遍なもの、ただの「普遍」になりやすく。個人の営みから発せられてこその愛や幸せは詩句として違和感がなく読め、心地よいです。 (なみ)

2021-06-21

擬音語・擬態語が効いてるのがあきらさんの作品の特徴の一つですが、今作はそれが多用されていて興味深く読みました。あきらさんのテーマの一つとして、たしか、「営み」というのがあったように記憶してますが、擬音語と営みって密接なこととしてにじみでるものだと、そう今作で気が付きました。 最終行の >ひとつ ひとり 平易でありながら、俊逸な修辞。 (分離)

2021-06-20

好きすぎて両手万歳で無条件で好評つけたい。狙ってるあざとさはあるんだけども、その鼻につく感じを覆い尽くすほどにポップさがある。ぼくは詩を朗読するとか、リーディングという言葉に違和感をずっと持っていて、詩は、語りでなければならないし、神がかった語りでなければならないって確信がある。それは演技や演出であってはならない。否、意図的であっても、それは神が登場するための舞台装置でなければならない。本作にある韻律には神の語りがある。ように思う。こちらの作者さんが初めての方であれば、とても次回作にも興味がわく。何を語っても詩になる人じゃないかと思う。 (なにかあるようでなにもない)

2021-06-13

本来、上手い作品が書ける方の作品に思えるんですが、情念が足らないと思います。私が好きな歌手で大森靖子さんがいるんですが、彼女は歌詞を組み立てる上で、街中で交わされる高校生や会社員や主婦などの言葉をリサーチされているんですが、出来上がった歌からは表層的なトレンディ感は感じられないんです。それは歌であるのだから当たり前なのかもしれませんが。 人の情念はありきたりな日常の言葉を破壊する。そう思うんです。情念によるテキストの破壊、それから残念な気持ちを自覚しながらも組み立てられた言葉は、おそらく作者さんが目指されている地平だと思います。 (資生堂パーラー小景)

2021-06-13

中原中也の件の作品を私は好いていて、そこからして、この作品悪くないと思います。おおーとはならないんですが、いいんじゃないかと思いました。 (サーカス2021東京)

2021-06-13

短文で多分の情報量を含ませること(読者の想像に委ねる手法)は、これ以上は出したくない、という切実さやルミナスラインと言われる修辞がなければ成立しない。残念ながらこちらの作品を好意的(異国の出会いが感じられますねなどと言った社交辞令)コメントを書く気にはならなかったです。 (3ユーロのコンサート)

2021-06-13

書きがおしいとおもう。 私には病棟の窓際の手すりが想像できた。 なのに、話者の弱さと強さの思想哲学的な自問が私にはどうでもいいことにしか思えず余計なものでしかない。二行目と四行目を削除して一行目と三行目だけにすれば、この作品はヒットしたと思う。弱さと強さについては、ご自身のエッセイなどで別に書かれるとよいのではなかろうか。 思い出と副作用と人形で十分に表現されていて、あとは読者が勝手に想像を作品に加えるのではないでしょうか。 (病棟)

2021-06-13

この作品の良さって一言でいうと、サービス精神100%だってことだと思うんです。どなたか言うてましたが、ビーレビに投稿されてる作品に限らず、詩作品って過剰な「私」が詰め込まれたものばかりで、読んでいてしんどいと。 この作品、●を並べ書く作者の快楽は察せても、作者の「私」はまったくないじゃないですか。だから気持ちいいんだと思うんですよね。 (●●●●●● ● ●●●● ●●●●)

2021-06-09

批評対象作品もいいなあと思いながら、こちらの批評文もすごく魅力的です。私はどちらかといえば、冷静な読解よりもその読者が感受したところから立ち上がってくるエモーショナルな批評のが好きで、本文はまさにそれでした。 杜琴乃さんの作品にコメントするの2017年から約4年ぶりかもしれません。お久しぶりです。みうらです。 (心地よい絶望)

2021-06-09

これです!これだ!これですよね わたしがリーディングの人たちに期待していた動画はこれだって感じです。 内容なんてはっきり言ってどうでもいいし、詩の語りを聴くぐらいなら音楽聴いてた方が楽しいからっていう一般ピープルみんなそう思ってるやろ論ってあるじゃないですか。私なんかでも朗読なんて誰が聴くの?って複数人から言われたし、植草さんなんかもっと言われてるとおもう。 で、私、その一般論をどうしても無視できないんです。私の場合は動画製作の裏テーマとして一般ピープルターゲットって持ってます。前置き長くなりましたが、今作は、その一般ピープル真っ正面から捉えて狙ってますよ感があって最高です。 素晴らしい。清き一票入れときます。現時点で、これ今月の大賞ですよ。 (宇宙ガール)

2021-06-09

んんー、 よわよわとつよつよ ってパワーワードみつけただけで これは⭕️ ザーザーはこの作品にとって重要な要素ではないよね。おそらく。もしかしたら、ゼーゼーでもよかったかもしれないです。 (産声)

2021-06-09

真ん中の4行詩だけでかなりイケてるとおもうんですね。現代詩的には。 四行詩前後のモノローグが、どうでしょう、、私的には物語が付加された状態に読めてしまい。モノローグって聴かれてる感読まれている感が増すほどに、モノローグから乖離されてゆくようで、私的にはですが、心地よい印象は残らないですね。それを喩えるならば、自分の詩を演技しながら発表される空間の心地悪さです。 確か、アメニモマケズはメモ書きでしかなかったと聞いたことありますが、本来モノローグってそんなものじゃないかと思うんですよね。 てきとうに走り書きしちゃったら、なんかいい感じ、まあ外にでも放り出しとくから、みんな暇だったら読んでくださいなっていうので、詩なんていいように思う。でもそれ、簡単に出来そうで出来ないすよね。 (噛み殺しっ)

2021-06-09

ABさんの作品って、私のなかではヒットする時としない時があるんですよね。で、それっておそらくは読む側の私のほうのコンディションとかおかれてる状態に依ってるんだろうなとはいつも思っていて。ABさんは淡々と作品を投稿されていて、特別に変わることがなくて。ABさんがみえているその情景、表出されてるものが私のなかでヒットするタイミングって、おそらくは私が余裕があるとき、遊びの気持ちが満載な時なんですよね。今作、ABさんのラフスケッチ的な要素が多分に含まれていて、心地よい感じがあります。 (クロッキー 1(美味しいお菓子のつくりかた))

2021-06-09

んんんー、、 Facebook的には◯ 作品としては❌ 福まるさん、でも読ませるね 最後まで読んじゃった (工場)

2021-06-09

それですよね 枯れた草花を結いたり解いて それから焼いてみるのです ぱきぱきする様子をながめては 煙になった気持ちに わたしはそのように戯れ 退屈をやり過ごすの コメントありがとうございます (死骸の歌)

2021-06-08

現代詩 という呼び名がかっこいいので 歌詞は現代詩っぽくしました プロレスと呼ばせない プロフェッショナルレスリング としたように 退屈なコ、 いや失礼しました。 コメントありがとうございます (死骸の歌)

2021-06-08

村上春樹さんは長編と短編とエッセイを一定のスパーンで出されるわけなんですが、武田地球さんの詩的な作品とエッセイ的な散文を、ほぼ一定に交互に出されてるのって、妙に気になるところ。詩的な作品を書くにあたっては、何かしらのエネルギーが充満するのが必要なのかもしれません。それはけっこう負のエネルギーの密度みたいなものがあるようにおもうんです。日常には負の粒子たちがうようよしていて、武田地球というアバターを形作るみたいなもの。形状化されたアバターが語り出す詩、みたいなもの。一方でエッセイ的な散文はその負の粒子たちの観察日記だったりする。今作はいうまでもない、観察日記だろう。ここに出てくる街や飛行機やパンやベンチやサッカーボールたちは、武田地球さんの自意識から認知された分身たちで、負の粒子たちに覆われ、形状化されている。つまり形状化とは生かされてるものたち。操作維持するパン屋さんや清掃員たちに自我はない。なぜならば無自覚だから。いうまでもなく現実の世界のその人らが自我がないのではなくて、村上春樹が書くのっぺらぼうな人物たちと同じに「物語」にしてしまえば多くのオリジナルがどこにでもある「ような」生に変えられる。死んでるみたいに。殺すわけではなくて生かされているということ。それは共感を増すことで今の時世にあっては訴求力が認められる。 時代や流れは変わる。思うに僕は、今必要な、、、いや、今、僕が欲しているのはそんな自我無しの物語を殺す別の物語だと、そう思うのです。ワクチン。 (ワクチン)

2021-06-08

やるしかないとおもうんですよね。 言葉にして 自分の頭の中にあることを さらけ出すんだから やるしかないですよね。 その、あなたがみている世界を あなたが言葉にして 世界を変えてしまえばいいじゃん っていうことなんですけどね。 (雑草)

2021-06-08

最近、私もやっとわかってきたんですが、詩って、作者が作ってるときの頭のなかの思考を、読む人は楽しまなくてはいけないんですよね。わからないですけど、たぶん。それ当たりであれば、今作はこれでいいように、おもいました。 (誰も彼もが天国へゆくらしい)

2021-06-08

歌詞を思いつかず聖書の一節を入れて讃美歌にしようとした痕跡にお気づきいただいたみたいですね。 コメントありがとうございます (死骸の歌)

2021-06-08

東京に出てきた頃 丸井には気をつけるんだぞって 言われてました コメントありがとうございます (死骸の歌)

2021-06-08

めっちゃ今回の作品はコメント考えまして、書いては破棄を繰り返しました。思うに、情景描写って難しいと思うんですよね。一読して、これはジェニファーロペスがいる空間だなあってなりましたよ。 難しいのは誰もかれもが同じ事象を同一には感得していないという。赤であっても私の赤とあなたの赤は違うという。でも一方でジェニファーロペスだよって示されたら赤色だねって分かる人には分かって、分からない人からすればちゃんと赤色って示してってなる。 mimiさんの今作は後者だなあって思ったんですね。 以前に、みうらっちは沢山書いちゃダメだよ削って書けって教えられたことあったんですが、それが指してることって読者に想像させれば、それがみうらっちが書いたこと同じだからだってことだからなんでしょうね。 (Love?)

2021-06-07

ビーレビって実験に使う場所であってもいいんじゃないかって思うんですよね。出し合った作品についてカジュアルに意見交換しあうって、大規模なyou tubeなどの空間だと難しく思うんですよね。 mimiさんもぜひ使ったことないツールでの表現。けっこう楽しいですね。 コメントありがとうございます。 (死骸の歌)

2021-06-07

おそらく、、作者本人との温度差を楽しませる作品なんだとおもう。先輩の情念、いつか昇華してほしいっす。 (deathの極み乙女)

2021-06-07

森岡賢さんが亡くなられて今月で5年経過しましたね。 コメントありがとうございます。 (死骸の歌)

2021-06-07

沙一さんのコメントいつも勉強なります。作者さんには失礼ですが、私は一読して正直、あまり引っかかってくるものがなくてコメントしないで閉じたのですが、沙一さんコメントの後段にハッとさせられ本作を読み返した次第です。おっしゃってる通り、たしかに、この詩には作者の中の他者ではなくて、作者が「書いた」他者がいます。なるほどと思いました。 (夏の夜、眠り)

2021-06-07

ビーレビ開くたびに気になって読んだり動画拝見したりして、考えたんですよね。本文は作者さんのステイトメントとして読めました。昔読んだ本への反論だというのは、旧態な文化へのアンチとして作品を書いているというメタにも読めて、興味惹かれました。で、私は、アニメーションには疎いので、なにかしらみえていない部分があるような気もしながら、動画からは可愛らしさ以上のことを感得するには至らなかったです。 タイトルには特別に意味はないという付記が逆にタイトルを強調していて、この付記がなくても、かなりタイトルはインパクトあったですよ。 何らかのコンセプトがある作品として捉えましたが、仮にコンセプトが作者さんにあったとしたら、それは知ってみたいなと、そういう気持ちにさせてくれる作品ですよね。 (国家、軍隊、部活動)

2021-06-07

文体が綺麗な心地良さで印象に残ってくるのは、おそらくは作者が持っているであろう理想とする人間性のビートがそうさせるのだと思う。強固な自覚がなければ、そんなビートは出せない。 (水)

2021-06-07

これいいですわ。 言葉の意味使わずに情緒を表してる。いや、たしかに 幸せ が持つ意味で訴求高めてるんですけど、幸せが漫画的に適当になって異化してるし、そもそも、この単発tiktokなノリが最高。 これ忘れてもいい作品なんだろうけれども、おそらく、3年経っても、掘り出してきて、こんなんありましたよねってウケる作品。◯ (産声)

2021-06-07

宮田さんの作品、久しぶりですけど、いいですよね。 (生身)

2021-06-05

おはようございます。みうらです。 動画つけた瞬間のはじまりの音、 おおおーってなって語りもいいなあってなったんですが、映像が、、、 前回の海鳥のほうが断然よくてですね、 次回も楽しみにしております。 (バスキア)

2021-06-05

mimiさんの作品って私がいつも感じるのは、自己完結しているって感じなんですね。で、私的にはそれがすごく引っかかってくるんですよね。だからなのか、こないだ存在を知ってからは投稿作品必ず読んでるんです。 その自己完結してる感っていうのが他の読者からすると、もしかしたら、抵抗感あって作品に入り込めないのかもしれないかって考えたりしました。で、今回の作品なんですが、MISIAの歌へのリスペクトてして書かれたと明記されてるので、この作品が作者さんのなかで自己完結しているのが自明なわけで、過去作品と比べると、読者側から眺めていられるというか、距離感を持って読めたりする。もちろん、MISIAの歌を好んでる人からすれば一定の共感もあるはずに思いました。 自己完結するって表現を変えますと、作品書いた後にキッパリ未練を断ち切ってんなって感じですね。はいこれでお終いありがとうって感じ。それって私だけ感じ方が変ななかなあとも思うんですよね。なぜなら、今作、テキストの表層だけをなぞれば未練が認められてるわけで。でも、断ち切りの清々しい感情を私は読んで感得します。 (キッチン)

2021-06-02

わからないけど、これでいいような、気がしました。 (橋人の唄)

2021-06-02

ラフな書きに回帰されているみたいでいい ただ、タイトルは永遠なものにしたほうがよかったように私はおもう。 (嵌め込む)

2021-06-01

すみません、冒頭の動画についての話がコメント内で回収されていないことに気がつき追記しますと、素顔さんの作品って絶対、動画とかにしたらハマるなって気がついたんですね。なぜならば、キャッチーだからです。 (C)

2021-06-01

わたし、時々、動画とかを作るじゃないですか。で、最近よくおもうのが、詩句とかをざあーっとテキストとして動画で流したりするの、過去に作っていたあれはけっこうダサかったなあって。で、こないだ素顔さんが語られていたコピーライター的なことを学ばれていた時期があったという話。これってなるほどって思われた方が多くいたと思うんです。私もそうで、素顔さんの作品を以前、巧妙に作られたニセ札だって評したことあったと思うんですが、それって詩を書こうとされてるし、みんなこれを詩だと思ってるかもしれないけど、違うと思うよって言いたかったんですね。で、コピーライターの話に戻るんですが、私はキャッチコピー的なるものって大好きなんですよね。だから、マンションポエムって揶揄として使われますけど、私的にはマンションポエム的なの大好きなんです。で、この作品って一言一言がめっちゃキャッチコピー的じゃないですか。今だと断定して言えます。これは良いですよ。不思議なものですよね。作者にはキャッチコピーの素養があったっていう情報だけで作品の見方が変わりますもん。ブランディングじゃないけども、ステイトメントって大事じゃないかと思いますよね。詩論とか大事な文章でなくてよいので、自分は何がしたい作者なのかぐらいは書ける人の作品じゃなければ読む気にはならないですよね。いや、人に読んで欲しいなら、他人の作品へのコメントなんかで自らのステイトメント示してほしいですよね。読みたくなるきっかけにはなりますよね。 (C)

2021-06-01

リビドーって書くときの注意点があるとすれば、秘しておきたいよねホントはってところをどう書かれるかだと思うんですね。 で、この作品では、そのあたりのことって、『おれは負けるわけにはいかない』ってところだと思うんですけど、それがあまりにもど真面目過ぎて、沙一さんも触れられてるんですけど、あー、作者さん人が良いなあって回収されてしまいますよね。 人造人間性がもっと必要だった気がします。 (決斗!人造人間シジーン)

2021-05-31

これ、失敗したかなあって投稿したあとに気がつきました。こんなんじゃダメですね。コメントありがとうございます。 (━━━━━━━━)

2021-05-28

これ、失敗したかなあって投稿したあとに気がつきました。こんなんじゃダメですね。コメントありがとうございます。 (━━━━━━━━)

2021-05-28

mmmさんの作品って韻律がいいとおもう。素読みでも声に出してみるとよくわかりますよね。ただ、アクセサリーとして使用してるキャタピラーやダンボールなどの名詞がリアリティあるのかってところがmmmさんの作品の大事なところだとおもう。今作はギリ、イケてる。 (手に土・口に蝿)

2021-05-28

うーん、 本当にこれでいいのかな。 井上塔子という作家はこれでいいのかな。 いいっちゃいいようにも思うのだけれども、私たちには可能性ってほんとに小さくなっちゃったのかな。あの頃を喪失感として、そんなことで今をやり過ごしていいのかな。がんじからめの真夜中に笑い飛ばしたいことばかりじゃないか。明日枯れてしまう花たちを束にしてぶん投げてしまう君の語りを、君の騙りを読んでみたいな。 (真夜中にわらう)

2021-05-28

なんだろう エロさとメンヘラ的なるものが書いていてきみの一つの快楽なのかもしれないけどもさ、それって年齢を重ねていくほどに苦しいとおもうよ。快楽よりも自己嫌悪感が優ってゆくとおもうの。 三人称で書いてみるのやってみたらどうだろう。書けないかもしれないけど。 (ぴあすすぴあへぶん)

2021-05-28

恋慕な韻律と雨降りのアクセントが効いてますよね。いつものキティってタイトルがなによりもよいですよ。ぬいぐるみやアクセサリーって3年も経てば古びてしまって当人以外からすれば、思い入れなんてわからなかったりする。でも当人が持っているであろう大事な気持ち、そういうのって、他人にはわかってほしくなかったり。そんな感じのことをタイトルから考えました。 (いつものキティ)

2021-05-27

この牛がもがいてる情景、私てきにはグッとくるものがあるんですよね。牛のもがきが不遇なこと、不器用さのメタとして読んで入ってくる。で、英文で書かれてるのが牛の内面の吐露で、自己肯定感が満載なんですよね。この部分がかっこ書きの日本語だと、その肯定感が違うメッセージになっちゃったような気がするの。なので、私的には英文にしたコントラストの付け方、大変よくできているに思いました。 (ボツにして、パソコンのフォルダに「エモい詩」というファイル名で雑に置きっぱなしにしていた詩)

2021-05-27

あ(╹◡╹) り(╹◡╹) が(╹◡╹) と(╹◡╹) う(╹◡╹) でもね すきな人はたいてい てのうちから離れて んこみたいに まほうみたく さまよっては んこみたいに またわたしを ただよごして ねむたいまま幻にきえる (手紙)

2021-05-27

もう一つ、コメントさせてもらうね。 アドバイスの通りに書き換えたら、作者の自分が思ってること、言いたいことが変わるじゃないかって言うかもしれない。作者が言いたいことなんて、あんまり気にしてはいないんだよね、実は。作品が面白くあるか、で、そこから作者さんが人としてでなく作者として、いいねされると思います。 (はさみ)

2021-05-26

福まるさんね、自分の作品を俯瞰してみなくちゃいけないと思うの。前作がちょい良かったのはね、福まるさんの俯瞰が垣間見えたから。 この作品ね、「相手」と「心」が「私」だったら、傑作だったかも。人様に読ませるってそういう感じなんだね。 (はさみ)

2021-05-26

コメント あ り が と う ご ざ い ま す この作品の前半は、 こちらの作品でのコメント返しで書いたものになります。 https://www.breview.org/keijiban/?id=3991 それが素材となっておりますので、これは人様に読んで欲しい物語としては書いておらず、自分の気持ちを抑えるために書いてしまったもので。 これを人様に読んでいただくにあたり、博愛主義者という、女子中学生のキャラクターを宛先設定しました。リアルにあったこと、そのまま書いても美しさがあるので自分的には美しい人生送れていると、自分で書いて自分で読んで自分で楽しんでおります。 (手紙)

2021-05-23

これは好きですわ。はじめまして、みうらと申します。短いなかに揺らぎが出ていると思います。 (日課)

2021-05-23

めちゃくちゃよくて、読み返しを何度もするほどではありませんが、これよいねって方が多くいそうな作品だとおもいます。 TwitterとかのSNSや詩誌や同人誌であれば、たくさんの好評がいただけそうに思うのですが、ビーレビを選ばれて投稿されたのはなぜだろうなって思うっちゃ思います。蛇足ですが。 (たいようのあかちゃん)

2021-05-23

羅列された記号には必ずメッセージがあるはずで、、いや、この世にある人口物には作られた意図が必ず含まれているわけで、文字の羅列にも必ずあるとみているんですが、要は、意図をわかりやすく書くか、わからないように書くか、なにも考えないで書くかだと思うんです。作者からリリースされた言葉の羅列がどう受け取られるか、神のみぞ知るわけですが。そんなことを読んで考えました。 (戸口に神の生誕がへばり付いて居た日)

2021-05-22

年齢は関係なくてね ライ麦さんが 他人と どうするか じゃないかなあ ↑これくらいの レスは 読める方かと 想像してます (手紙)

2021-05-22

いや ライ麦さんは 素晴らしい感受性を おもちなので ライ麦さんは よいコメントを されていて やいんじゃないかなあ (手紙)

2021-05-22

mimiさん、私、この部分大好きですよ。 >(同じ時代を共に生きてゆく、この瞬間さえ) >(手にするまで私は諦めない、タイトルの夢) >―明るい未来の為に、笑顔の灯火を私は消さない― 映画の宣伝とかの決め台詞、キャッチフレーズ的っていっちゃアレですけど、 私はそういうの大好きで、この最後の部分はキメてるって感じ。 はじめまして、みうらと申します。 (ノーマライゼーション)

2021-05-22

おぬし めっちゃ既視感ある 三浦果実て人が 子を持つ女性から こんなおぢさんと JCの関係 ホントだったら はっきりいって こわいって クレーム つけられてた 気がする パオーン (手紙)

2021-05-21

おー、岡崎京子さんの世界観がチラッとみえるって感じで最後まで読めたんですが、 これ作者がどんな人かで印象変わるとおもいますね。つまり、あやしい•いかがわしい、キワモノ作品って印象のほうが濃ゆくあって、選語のアイデアどまりという感じ。アイデアがセンスにまで到達してない感じですね。17歳があざと過ぎて余計だだ感じ。ただ、作者さんがホントの10代だたらこの作品は悪魔的な悪意が宿っていて、評価はガラリと変わって、作者さんは天才の匂いがする。 (でもわたし、かわいい)

2021-05-21

おねいちゃん こんなんが ヒットするんやったんか ほな もうすこし はやめに気がついたら おねいちゃんと 一緒になれたのになあ ざんねんやなあ 人生そんなもやで (手紙)

2021-05-21

スタイルに固執せずに違った手法を試されているなあと意欲を感じさせる作品だなあと一読しておもいました。過去の投稿作にはなかった文体じゃないかと。ただ、その意欲が、主張としての側面で裏目に出ちゃったようにも思え、冗長さを感じました。 >その肌の色 >その無邪気な >その手は 各連に置かれたこれらの語句にある「その」に冗長さをみるのです。 一読でそこまで細かく読むのか、そう問われればもちろんそんなことはなくて、作品トータルからくる、作者と作品の間にある思考が大枠として伝わってきて、で、その印象の因果をテキストで探った際に、「その」に見受けるかなあ、という程度のことですが。 この私のコメントも一筆書きで書いてるわけなんですが、指示語をたくさん無意識に使ってますよね。これが無い方がスマートで自意識が消える文章なのにねって自己主張がいつも強い私は思うわけですね。 この作品はほぼ一筆書きで書かれた感じに思え、そのラフさはいい感じに思えました。 (郵便受け)

2021-05-21

この作品はなぜによいのだろうかと考えて読んだときに、やはり音がよいなあとなりました。 単に読みやすい音ではなくて、つぶやくような音、よくよく聞いて(読んで)みないときこなくなるような。読んでよかったです。 (傘の中で飼育する)

2021-05-21

以前にシリュウさんか書かれた バスが来る文体という作品があって https://www.breview.org/keijiban/?id=660 この作品を私はかなり好きなんですよね。 で、今作と類似だということではないんだけれども、バスを待つ情景というか、バスを待つというのって、なんかいいすよね。 (もうバスが来るころだろう)

2021-05-17

擬音の使い方が相変わらず上手いですよね。ぱかり というところ。 (ほね)

2021-05-17

久しぶりにABさんの作品をちゃんと読んだんですけど(失礼) エモさが宿ってますよね。 (よっつの梯子)

2021-05-16

作品自体から発せられる醒めた(クールという意)空気感がいいですね。ただ、自己主張をもっと消したほうがいいように思いましたね。これでも好評が入るかもしれませんが、 >僕にはさっぱりわからない とか不要だと思うんですよね。 さっぱりわからないって読まされても、はああ、としか思わないし、この行に至るまでの語句がすべて、さっぱりわからないで回収されるだけなの?っていうとても安易な思考しか伝わって来なくて、それによって、衰弱とか断絶とか革命家とかといった言葉の羅列も、ああ、ちょっとした思い付きで並べただけなんだねって読んだ印象になります。 いや、そんな難しいこと考えずに作品から感じてもらうだけでいいんですけどって云われるかもしれませんが、それこそ、読者を舐めてるとしか思えないです。仮定の話ですけど。 ただ、冒頭に書いた通り、全体的に漂うクールさは好みです。 (何も知らない嘘)

2021-05-16

あ、なんか、がちゃがちゃなコメントになってすみません。2ちゃんねる云々というのは、何が言いたいかというと、作品とその環境は相互に作用があり、それを2ちゃん詩板及び文学極道、ビーレビはその端緒を現してるっていいたかったんですー。 (豆大福の日)

2021-05-14

すみません、長文コメントでありながら、追記させてください。どうしても追記したくなりまして。 2ちゃんねるから文学極道、それからのビーレビって特異な空間としての共通項があると思うんです。それはネット空間であり、詩の愛好家による小規模なコミュニティというやつです。 武田地球作品が詩誌でも十分な評価があると思われてる方々が大多数かと思います。私は逆貼りです。武田地球さんはネット詩に投稿される作品だから、というのがあるとみています。この予想を主張したいがための追記ではありません。 作品とその環境は作用があるというのは、作者が作品を創作する上でもあると思います。かなりの飛躍と非科学的なことを自覚の上で言いますが、たとえ投稿する作品という予定ではなく作った作品で、創作後にたまたま投稿した、という作品であっても作品とその環境は作用があるとみています。なので、武田地球さんがネット詩外に出される作品、それが果たして人気作品となるのか、興味が尽きないです。 長々と失礼しました。 (豆大福の日)

2021-05-14

武田地球さんの作品はなぜに人気があるのか、そんなことを今作を読んで考えました。難しい言葉選びはなく、豆大福をプリンと置き換えても、あるいはカレーに置き換えても今作は人気が出たと思うのです。実際に置き換えて読んで、そう思いました。その人気について、「武田地球という作者に惹かれている」「作品がわかりやすいからだろう」等、ネガティヴにみている意見も過去にはありました。私はそれらの指摘が意味することも理解します。おそらくは地球さんご本人もその辺りのことを確かめたく、あらゆる実験をされたと思うのです。例えば匿名投稿。例えば詩作品ではないエッセイのような散文作品の投稿。 匿名投稿によって、武田地球さんの名前が伏せられた作品であってもヒットした作品が過去に複数あったと記憶してます。その結果からすれば、武田地球という名前で人気を得ている(ちなみに人気を得ているというのは、①好評のコメント数②大賞•優良などの受賞回数③武田地球作品をツイートで紹介する人が多く見受けるなどを指します)わけではないと判明します。ではもう一つの憶測、作品がわかりやすい、親しみやすいからではないかということ。これはあると思うのです。万人受けする作品の「構造」かあると思うのです。わかりやすい、親しみやすい作品というのは他にもありますし、武田地球作品と同じくらい人気を得る作品はあります。ただ、人気作品の連続というのはあまりないように思うのです。ある人が言ってました。「武田地球さんはなぜ有名人を目指さないのか、作品がヒットするポテンシャルは最果タヒさん並みだ」と。話を戻します。先に触れた「人気がでる作品の構造」について。 冒頭で私は今作のタイトルでもある豆大福を他の食べ物に置き換えても人気作品としての変わらなさを感じると言いましたが、実際にみなさんもやっていただければわかります。武田地球が作品に宿らせるその人気作品になる要素はチャーミング(かわいいというやつ)な発想であり、必ずそれを「構造」として仕組まれている。具体的にどのような仕組みを指すのか、例を挙げるとキリがありません。このコメントを読まれていらっしゃる方々ほぼ100%詩を書かれる人だと思いますから、武田地球さんの作品をご自身で真似てみるとよいです。すると、武田地球作品が持つ構造のかわいさに気がつくでしょう。私がここまでで示したいことの肝は「豆大福やチェルノブイリやペテルギウスという言葉選びのアイデアが人気を呼んでるのではない」ということ。 で、この作品にある構造について、もう一つ最後に言いたいことがあるんです。 ビーレビ内でも、作者と作品は切り離すべき、切り離せない的な評やコメントについてのディスカッションがあるわけなんですけれども、私的には作者と作品どころか、作者と作品と読者と「作品が出されている環境」までも含めて評するべきと考えます。なぜならは、作品が在る環境は作者がリリースする場所として選ばれたからです。たまたま、作品がそこにあるわけではなくて、作品が在る環境は、作者と作品が切り離せないのと同じく、相互に作用しています。 話を戻しますが、作品が在る環境の方程式に武田地球作品を当てはめて考えてみました。客観的根拠を示すまでには至らないことですが、地球さんの作品はネット詩の環境が最もふさわしい場所なんです。地球さんの作品、ネット詩で読む時とアンソロジー本などで読む時、まったく印象が違います。詩を書こうとして書いた作品はそんなに人気出てないんじゃないかと思います。(良作ではあるけれど。) 大阪のミャンマーやペテルギウスや今作みたいに、「これかわいいよね」的に、気ままにネット詩に書かれた作品がカジュアルな人気が生まれてる背景かと思います。 言うまでもなく、彼女はネット詩が大好きなんだと思うし、ずっとそれでやって行って欲しいと私なんかは願ってますね。 先日、ネット詩とはなんぞやって話を人としました。2ちゃんねるから文学極道、そしてビーレビ。このラインは実は凄くてですね、つまり、その、面白いか面白くないかが文学や詩学や藝術性よりも(意図的に)優先される空間だってことなんですよね。 ネット詩で人気が出てもあんまし価値ないかもしれないですが、詩なんて儚いんですからいいんじゃないかと、武田地球さんに怒られても断言したいところですね。 (豆大福の日)

2021-05-14

訂正 過去の投稿作品と比べて今作は私のなかに入ってきました。 (せんべいぶとん)

2021-05-14

福まるさん、この作品は過去の投稿作品のなかで一番入ってきましたよ。方向性いいとおもう。 (せんべいぶとん)

2021-05-14

返信ありがとうございます。 再リプしない主義なんですが、なんとなく、類さんへもう一言、具体的なかつ、ツッコミどころ満載なことを言わせてください。雲に依存した、、いや、雲というモチーフを使って人生の儚さを書こうとされているように読めるんですね。私が読みたいなってなる、或いは、読んでよかったなってなる、もっと言うと、類さんご自身が納得される書きって、「雲そのものを書いてるんだけど、結果的に人生の虚しさが出てしまった」というのだと思うんですよね。雲そのものを書くなんてめっちゃ難しいですよね、私なんかにしてみたら。だって、 雲は白くてあるのかないのかわからない なんて感じで凡庸な表現になっちゃうじゃないですか(でも、自分で例を書いてみて意外とイケてる詩句だ....) 誰かが言ってましたけど、 詩人とは(照れ笑)人が見えていないことを言葉にして他人に見せれる人のことらしいですよ。自分にしか見えていない雲を、他人に見せることが出来たら、それって奇跡だし、きっと儚いでしょうね。 類さんの過去作の詩論、エモくて二度読みました。 (一日の雲)

2021-05-13

ありがとうございます てんまさま ストライク❗️ ばあわん (she ))))>< ಠ Ɛ⁍̴̆ ❕)

2021-05-13

ありがとうございます 長谷川哲士さま たいへんよくできました ?はなまるはなまるぅ (she ))))>< ಠ Ɛ⁍̴̆ ❕)

2021-05-13

初めまして。みうらと申します。 類さんの作品、詩らしくてよいのかもしれない、けれども、儚さを書くのであれば、雲で書くのであれば、雲以外で表現していては私みたいに汚れまみれな感性からすると、まったく入ってこない。雲の儚さよりも、違うものに目移りしちゃったりとか。 (一日の雲)

2021-05-13

作者の作品歴ってけっこう大事だと思うんですよ。評する上で。匿名の作品だと別ですが。やっぱ、一作品だけだと、この人なにがやりたいか判らないというのがざらにある。時々、一見であーってわかる時もあるけれども、大概は、あー、この人は暇潰しに適当に書いていてなんも魅力ないわ、あなたの暇潰しに付き合うほど時間使わねえよってなる。てんまさんの作品からは、適当な感じでありながら完成度がいつも高い。本作も、添えられてる画からもその完成度を思うし、テキトーさって言い方換えれば、作者の自己主張をスマートに感受出来るということ。 最近のてんまさんの作品、いいですよね。 (客観的な当選に於いて(2))

2021-05-13

こんばんは。初めまして。みうらと申します。だいぶん、削ぐ書き方になってきていて、推敲の意欲を感じます。 燃えろ←の連を削ろうか、迷われたんでしょうが、これが君のオリジナルなダサさであり、それが時々決まる時もあるので、なんともいえませんが、今回はキマッてない。はい。以上です。 初見でズバズバ言ってしまい、申し訳ありません。今後ともよろしくお願い申し上げます。 (ニゲラとパンオショコラ)

2021-05-12

ありがとうございます 類さま こんど ?を一緒に甘噛みでぐねゃあってにゃぁ ?‍⬛ (she ))))>< ಠ Ɛ⁍̴̆ ❕)

2021-05-12

こんばんは。前回、宵月さんの作品は普通な感じを上手く使っているという主旨のコメントをしました。言い方を換えれば、読者側を意に介さず本来あるべき(かは判りませんが)詩の書きなのかなあと、本作を読んで思いました。もう少し平たく云えば、アクロバットな書きを排除されている、と表すればよいのかもしれません。私は俳句の良さを感受する感性は開かれておらず、(詩を感受する感性もありませんが)ただ、何といいますか、私には何かが見えていない、そのような気づきが、宵月さんの作品に接するたびにあります。それはもしかしたら、宵月さんが作中に多く用いられる季語にあるのかとも。本作でいえば、向日葵という語句です。はじまりの世界とはオリジンなもの、新しく迎える朝のような気持ち。述べてきました私がもつ作者宵月観に沿っていえば、本作の4連までが無く、いきなり向日葵から始まる方が、宵月さんらしいようにみうらは思いました。 (はじまりの世界へ)

2021-05-12

こんばんは。初めまして。三浦と申します。作品のなかでいくつかの具体的な色を表している語句があります。 青白い頬、黒い髪、鮮やかな赤 これが、 深海色の頬、真夜中色の髪だったら チャーミングで、 一つだけ残る赤は 鮮やかな赤がさらに鮮烈なファクターになる、かもしれない。 語句を削いでゆく書き方をしなよとアドバイスしたりしない、ぞ。 (物語)

2021-05-12

ありがとうございます 沙一さま わるい人たちが 親指だけをくわえるの ピースサインをくださーい (she ))))>< ಠ Ɛ⁍̴̆ ❕)

2021-05-11

ありがとうございます 井上塔子さま レインダンスが 憎みきれないから ニューフェイスだね❣️ (she ))))>< ಠ Ɛ⁍̴̆ ❕)

2021-05-11

ありがとうございます POGEさま 壁にぶっちゃげた ペンキ 雨が滲んじゃった あーめん (she ))))>< ಠ Ɛ⁍̴̆ ❕)

2021-05-11

こんばんは。 他人の作品を読むとき、その作者さんとそのテキストの間にある作者さんの思考が先行して入ってきてしまいます。バイアスとは違うものです。 私は花が綺麗、空が美しい、空気が気持ちいいという表現、それが無いのです。正確に云えば、他人が発する花が綺麗という語句を目にしても、そこにあるのは「他人が花が綺麗といっている」、それ以上の何かを感得することは稀です。稀にある感得は、悪意を想像させる時です。悪意は人間性社会性の真逆にあります。私にとってはですが。私は人間性(善性)をもちろん保っている。しかし、一方で放棄したくなる本能もあります。 私は他人への想像力が欠落している特異なものかもしれません。悪意は共感を拒否する表情をしながら、泣いている。 前説が長くなり、恐縮ですが、本作にある>風が吹く 憂いの顔と、それを晴らそうとする揺らぎを感じました。その揺らぎの振り幅は、もっと大きいはずに思うのです。その揺り幅の大きさの表現が少し不足しているように思いました。 (大黒)

2021-05-11

コメントありがとうございます mimiさま おぼえています もう一度 虜になってしまいたい きゃっ (she ))))>< ಠ Ɛ⁍̴̆ ❕)

2021-05-11

既に匿名解除になってますので、身バレした時期でのリプとなりますが、コメントありがとうございます。 詩を書こうとすればするほどにウソくさくなります。さらに読み手を考え俯瞰する思考が自意識を歪に変化してゆくことを覚えるのです。いうまでもなく、これらの作用は私自身の内にある感触です。そう、感触という言葉を選び、思考を言語化し、お伝えしようとする、そのメゾット。パラドックスというやつなのでしょう。 そのパラドックスに落とし込まれない方法、、それはおそらくは譬えを書こうとすること。喩えには私の営みが必ず宿ります。営みはリアルとも言い換えることが出来る。リアルを定義する。 リアルとは、、、喩えて云えば情愛。喩えて云うならば愛撫。それこそが自意識が混沌と波に消え、いやらしくもあざとくもどうでもよくなったなにか。 (⌇)

2021-05-11

えええ? なんかエモいリプくれるから4:50もう一回聴いちゃった ハックショッッッッ よし、わかった。これからスタバ迎えに行く。 来月もニューウェブ?ばああん ハックショッッッッ (┣gUmmI dEcO cAffE mOchA ┳ぐみでこかふぇもか┫)

2021-05-10

こんばんは。みうらです。 無機質に立ち上がってゆくひとりの歩みの情景のなかにあって、ぐっと掴んでくるものがあります。 >鑑賞者がたったいま立ち去る のところと >最後に休符の絶叫がはじまる のところにそう思いました。 ぜひ、SKYPE参加させてください! (自画像のある自画像)

2021-05-10

おそらく、ryinxさんの初期衝動が安定期になってきてる気がする もっと やろうよ もっと儚い美をともに (雨に)

2021-05-10

これ、村上春樹主義者にはたまらないですよ。寓話なところ。くもざるみたいでマテリアルが素敵です。 (アリクイがクマに言った)

2021-05-10

ありがとうございます &さま もしもあなたが望むなら 地の果てまでもご一緒に わあるど ばーん (she ))))>< ಠ Ɛ⁍̴̆ ❕)

2021-05-10

こんばんはみうらです。ポエトリーリーディング動画、ゴロさんがどういうの投稿されたんだろうかと観ました。聴き取れるかどうかの微妙なところついてるなって、センスあるなって聴いて思いました。テキストをYouTubeの方で読んだんですけど、めっちゃいいですよね。投稿にテキストを載せていないところも逆に聴かせる効果になってる手法だと思いました。 (負けた!そんな日曜日はふさわしいかい?いや、そんな事は無い。)

2021-05-10

あれ、たしか、こうだたけみさんが投稿してたよね、って思い出して、アーカイブ4月分から探し出して読んで聴いて。 なんか、朗読上手くなってる。表情豊かになってるというか。 (┣gUmmI dEcO cAffE mOchA ┳ぐみでこかふぇもか┫)

2021-05-10

語句に宿ってますよね。身体が。音の感触ががっつり息づいてるというか。で、その音の韻が音楽よりではなくてね、詩情をテキストで立ち上げていて。詩情=営みもある。しかし、なんかもっと人気出てもいいのになっていうふうにも思うけれど、それってなんだろうね。藝術ベクトルで評価される作品ではあるよね。 (火傷痕)

2021-05-10

あれ、いすきさんってこんな作風だったんでしたってなって、過去作再読したら、ああ、変わってないってなって、そんなことをコメントしてしょうもなあってなるよねとか考えながら、久しぶりに投稿したら初コメがおぢさんかよってなるよねっていうその自意識を振り解き 作品読み返して、ちゃんと食事とか忘れないで、海とか景色にちゃんと感情湧いて、実家の家族とかともそれなりにちゃんとやってんだなぁって、安心しながら タイトルの付け方頑張られたなって、やっぱ、安心しましたよ。 この無作な文体ってけっこう、二十代後半男子世代にはウケるんじゃなかろうか。トレンドは変わりますよね。 (電子レンジの音が鳴らない世界で、遠くには海が見えている。)

2021-05-10

sns っていう空間とは距離を置いて他人に迷惑かけないようにしとかないといけない僕の曲者気質から来る詩との距離感というのがあるんですよね。詩を出すところなんて、Twitterでいいじゃん、詩誌でいいじゃん、同人誌でいいじゃんっていう、その空間と対峙(笑)してると思うううですよ、ビーレビっとか現フォって。で、一方で、現フォは作品保管場所的に使われてる人が多いと耳にします。 詩っぽい空間てなんでしょうね。 その、よく知らないんですけども、詩人が新しいカルチャーを先導してたって時代があって、そういうポテンシャルが詩表現にあるとすれば、作品の保管場所が消えても、ネット詩文化は失われてはいけないんでしょうね(笑) (黒髪さん?エミリー・ディキンソンかよ)

2021-05-09

すみません、作者さんの過去作品にもコメントを以前していましたね。 その、、作者名義を忘れていても印象に残るぐらい、書けるの羨ましくなります。 (エリー(オマージュver))

2021-05-08

先ほど、花火を読んだんですよね。で、作者さんの過去作品も読んでみたくなって読んだんですけど、こちらもいいなあって思ってコメントしました。オマージュということなんで、元のリスペクトされている作者さん作品、わかりませんけども、単体として読んでもわたし的にはよかったです。 (エリー(オマージュver))

2021-05-08

これ、読んでよかったです。詩の定義とか散文とかの定義とかよくわかんないですけど、久々に社交辞令0でコメントできて人に紹介したくなる作品。作者さんの年代とかわからないけれども、サリンジャー読んだ感じですってコメントしときます。ついでにいえば、初期衝動「的な」作品って、ビーレビでもよく無自覚的にもてはやされたりするけれども、これには敵わないし、こういうの読んだら、もう詩とか書けないですよね。わたしなんか。 (花火)

2021-05-08

どうも、ピッチャーです。 豆大福よりもこっちが好みですよ。詩を書こうとされてるところから出る選語よりも、なんていうかなあ、こういう、リラックスしてる語りのほうが、詩表現の高度さがなくてもあれが宿ってますよね。 (セロリカレーとナン【企画「食べる」】)

2021-04-29

こんばんは、みうらです。この企画は覗いて読んでる方からすれば気遣いすることなくコメントしてもいい感じなんで、私からすればコメント書きやすいですね。で、どなたがなかたつさんギルド参加者なのか、わかっていないので、けっこう適当に書いちゃいますけど、この作品、百均さんっぽいんですよね。ハズレかなあ。即興で詠んだ一筆書き感があるのと、未然形推量っていうのでしたか、〜だろうって語り口調が、っぽいんですよね。企画投稿作品のなかではこの作品が好みでした。 (天のはからい【企画「食べる」】)

2021-04-29

なんか、てんまさんがガチで書いてきたなあって、すげえ作品だなぁって単純に一読して思ったんですよね。短文ですが一票入れます。 (春)

2021-04-26

不変さんらしい作品の選びだなあっておもうんですよね。そもそも不変さんって突然現れたトリッキーな人なわけで、そんな不変さんがトリッキーな作品を選ぶってところに普通さを感じるんですよね。え?こんな人だったの!不変さんってていうのが読みたいですね。トリッキーな作品とかトリッキーなコメント読んでもなんか予定調和なんですよね。 不変さんの情念みたいなものが、ホントにあるんであれば、そういう感性が宿る批評文を、勝手ながら読みたいと思いました。 (『ちんちん!!(ちんちん!!)』という作品について。)

2021-04-26

個人的にステレオさんと知り合いなだけにやっぱ作品に対してはシビアに私なんかはみていて、それは作品を読んでその作中のどこがどうだとかという技巧の部分的なものではなかったりする。今作は今までとは違う飛躍を一読して感じた。それは、ここまで作中話者が持っているであろう他者との距離感を書いていらっしゃるのは今までなかったとおもう。もう少し平たく言う。「こんな風に他人に対してニヒリスティックにみてるの?」と言われそうな語り、悪意として捉えられそうな語りを排していたはずだと思うんです。それが今作では「あんたら好きにすればいいよ」的な他人への見放しが連発されている。(いうまでもなく他人への愛情のメタである)私はこの作品を好ましく思った。 なぜからば、以前にお見受けしたステレオさんが残されたコメント「地獄でのたれ死ねばいい」という覚醒した情緒があるから。それは悪意として受け取られてもいいよという潔さ、ホントのガチな言葉だ。そういう純度100%、社会性とか人間性とかをぶん投げてしまった感情的なところにしか詩などあるわけがないと、バカみたいに私は信じている。 以前から触れていることではあるけれどもステレオさんは作家としてのポテンシャルが並以上に高くあって(なんか評論家みたいで失礼)、それは読む側を相当に意識して書かれていて、それがある意味では客観的に走り過ぎての結果、「過剰なロマンチック」と受け止められる向きがあったように思うんです。(いや、これはみうらの偏見かもしれないけれども) それらの作品にも良さはあるかもしれない。でも私は、こういう作品のが好きですね。読んでよかったっす。 (死神通りゃんせ)

2021-04-24

おはようございます〰 なんか、自分の子供がこんな詩を書いていたら、コラコラとりあえずお味噌でも飲んで元気出そうよ〰っていうなあ。 それくらい、作品でも詩でもなくて、つぶやきのレベルだとおもいますよう。 (地球にひとりぼっち)

2021-04-23

これ何気なく幾度か読んでたんですが良いですよね。同類と呼んでしまうと失礼ですが、あるとおもうんですよ他の方の作品でも見かける同様なスタイル。ただこの作品、見せびらかしさが薄くていいんですよね。気分良く書いちゃったんでとりあえず玄関の外にでも掲げておきますね、みたいな。人に読まれようとするんじゃなくて自身の暇つぶしに書いた程度ですよっていうぐらい。読者との距離が心地よいです。それはmmmさんのネーミングともあわせて読んで気持ちいいものでした。 投票しました。 (いつの日かボリウッド)

2021-04-21

ニセモノ詩人という語句に微笑んでしまいました。反逆とか反骨とかが死語になったように、詩人も死語だとおもうんですよね。それにニセモノも死語だと思うんですよ。これ、何言いたいかといいますと、死語って見方は客体的じゃないですか。で、この作品の本文もタイトルも客体的だと思うんですね。死語になるってのは、本来主体的に用いられる語が流行り廃れによって受け取られ方が苦笑や皮肉な客体化する事象だと思うんです。詩とか詩人とかって語句は主体的に語られなければ、活きたものにはならないんじゃないかなあって思うんですよね。 「これは詩じゃないおぢさん」という作品にダメ出しする年配の方の滑稽さと同じくらい、面白い作品だと思いました。 (おい、お前ら、ニセモノ詩人たちよ)

2021-04-21

読みが深良い〰 大人って時計塔みたい いつか錆びて でも閉じれない もったいないから (⌇)

2021-04-20

おっととと〰 陰毛だなんてっ そんな短略的な感性では 詩は書けないぞっ (⌇)

2021-04-19

こんにちは。やってることは好みだしダメ出しするものではないと思うんですよね。ただ、選んでる語句のイージーさをただただ感じてしまうんです。こういうのってなんとなく書いちゃいました感があると台無しになると思うんですよ。や、これは読み手の感性がダメなのかもしれないんで、なんとも言えないんですが、私は読んでるとイージーさが先にきて、ヒットしなかったんです。 (ユグ)

2021-04-19

>先生が生徒の口を針と糸で縫い合わせて >口を封じてしまうという事件 福まるさん、おはようございます。 何度か今作を読み返してみたんですね。で、謎がありまして訊いてみたくなったんですが、引用したこれは事実なんでしょうか。これが何かのメタファーとしての表現だとしたら、今までの福まる作品のなかでは際立つ、優れた表現だと思います。自伝的文体にいきなりこれをぶっ込んでくるなんて、惹かれました。これを続編でも使われるのであれば、読んでみたいです。逆にこれがなければ、魅力のない作文に思えました。 (思い出{小学生時代})

2021-04-19

神奈川県立横須賀西高校2年5組の宮野真智子ちゃんがこれを書いたとしたら小林さんのコメントでは恋に落ちないよううにおもうよ (〰︎)

2021-04-19

azul2010さん、混乱させてすみません、『私も』は誤りでした。作中の『私は』のことをコメントさせていただきました。返信ありがとうございますー (良くも悪くも)

2021-04-16

こんばんは。みうらと申します。すごく諦念がある作品だとおもうんですよね。でも、『私も』に諦めきれぬ自分をみてるんだと思うんですよね。『私も』を入れたい作者さんの気持ち、わかるんですけど、作者さんの書かれた感情を読まれるのではなくて、作品を読まれるのであれば、すべての『私も』を削除してこそ、、敢えて言いますが「他人様に読んでもらう詩」だと思うんですよね。読んでそう思いました。 (良くも悪くも)

2021-04-16

こんばんは。みうらと申します。夏村木さんの作品気になって過去作品を全部読んだんですけど、まだホームラン打ってない感があるんですよね(失礼)私が一番いいなあって思ったのは、ここのことという作品でした。なんかエモいなあって思いました。でも、それでもスリーベースヒット止まりな感じでした。(失礼) オリジナルなスタイルを握っていらっしゃる、でもその確かな手応えになる作品がまだ出せてない感がとても強くありましたので、思い切ってコメントしました。 本作が私的には一番ヒットしなかったので、こちらの作品にコメントしました。 次回作期待してます! (笑むとき)

2021-04-15

はじめまして、こんばんは。みうらと申します。素朴な書き方ってあざとさがなくて、読んでいてもわるくないなあっては思うんですけど、あまりにも素朴すぎだと、なんにも残らなかったりするんですよね。フラッペがギリ引っかかってくるぐらいで、なんか不足感ありすぎじゃないかなあ、なんて思いました。ただ、ビーレビ開くたびになぜか読ませちゃう。ゆるふわが良いよねってネーミングが良い感じだからな気がしましたよ。もっとゆるふわあな作品を読んでみたいです。次回作期待。 (春のおとずれ)

2021-04-15

駄洒落感が垣間読めるわけなんですが、可読性の許容範囲を超えていて今イチじゃないかなあと思いました。なんとなくなんですが、これ、飽食問題とか、自然の摂理についてのメッセージが込められているのかなあって気がしましたが、ちょっと変化球過ぎな作品じゃないかなあ、なんて思いましたよ。次回作期待。 (玉抜かれてcorpse)

2021-04-15

き こ え る か がんがれえ (〰︎)

2021-04-12

再現できないの。渡辺くん、世界には再現できない言葉が浮いているんだね。たのしいね。 (〰︎)

2021-04-12

自転車と群青って溢れすぎちゃってますよね!るる〜って風邪薬みたくやさしいね!さんきゅー˚✧₊⁎ (〰︎)

2021-04-12

んー、これはダメだとおもうようー。確立されてるスタイルだから真似してみたくなるんだけどね、なんか薄くなっちゃったカルピスか気泡がでないビールみたいに味気なさだけが残るんだよね。でも逆にこういう風になるのかあって勉強になりましたー。 (peace dead land)

2021-04-12

コラ、白犬くん なにわかっちゃった気でいるんだい?あたしの峯岸くんは存在するだけでポエジーなんだよ?白くんには書けないんだ。だって白くんは (〰︎)

2021-04-12

女性がトラウマから解放されるささやかなショートショートですよね。もっとわがままになっていいんだよって台詞、男性が解放を促す瞬間だと思うんですけど、このチープな台詞を救済として「錯覚」するぐらい恋愛って私的なもので私的なものだから他人からすればどうでもいい救済ごっこになっちゃうわけなんですけど、ショートショートストーリーとしては表層だけのこの作品のプロット感って仕方ないんじゃなかろうかって思いました。作者さんもその表層以上の何かを表そうとはされていないような、満足感みたいなものも感じましたね。 (右耳のアメジストは眠る)

2021-04-12

宵月さんの作品ってフツーなんだと思うんですよね。誰かが書いてそう、みたいな。言い方替えるとオリジナルさが無い、みたいな。で、それでいいんだよっていうのが垣間見れたりする時、いいんですよね。芸術なんて特別でなくフツーにある美的経験でよくない?って感じのささやかな主張。 あー、これでコメント終わると、みうら、自分のブログに書いとけばいいじゃんって読解好きな方々に言われそう(たぶん宵月さんはちがう)なんで付記すると、今作誰がよんでもわかるとおり、ひらがなだし、難しい言語をまったく使ってなくて、それでいて詩的な表現になってるところを指してコメントしました。ささやかでいいんじゃないかなあ。 (はる)

2021-04-12

なにげなくビーレビ覗いて、こちらの作品読んだんですけど、これ、めっちゃええですわ。 くらげみたい、ではなくてくらげみたい「だ」ってなってるところとか、精子とか、つるたらららとか、最後のだの連打とか、キレイな女子の壊れ方っぽくて。正確にいうと漫画に出てくる急に壊れだす女子をイメージしましたよ。正気保ってたのに突然壊れだす構図ってテキストだと難しいんですよね。なんか、音楽みたいで素敵な作品だと思いました。読んでよかったです。 (くらげつつ)

2021-04-10

んー、帆場蔵人という名前だけで読ませてしまう人になったんだなあって感想ですね。一回リセットする試みだとすればマインドが変化したんだろうなあって伝わってはきたんですけどね、面白くはないなあって感じでした。 (どうでもいいことだけが、いつも残される)

2021-04-07

なんか、しぶいですよね。やっぱ作品って作者ですよね。作者がなんでこれ作ったんだろうとか、作者の人の日常ってどんな悩みがあるのかなあとか、めっちゃ考えますよね。で、それって有名なミュージシャンのライブ観てても私なんかは考えちゃうんですよね。演奏そのものを観覧する域まで連れ出してくれる人ってそんなにいなかったりしますよね。 よく生の空間にこだわる演者の方っていらっしゃるじゃないですか。私の音楽は、私の表現は、生のライブじゃないとわからないんだっていうこと。それが示してることは理解できるんですけどね、私はやっぱ屈折しちゃった見方をしちゃうので、 (いやあ、ちゃうんだよなあ。生だから下手な表現•演奏であっても観客に物理的にに響きやすいから勘違いしちゃってる人多いんだよねえ)って心のなかで思っちゃったり。ガチで良いものって動画コンテンツになっていても響いてくるんですよね。で、動画コンテンツレベルで響いてくるものはライブで観ても当然良いんですよね。 植草さん動画、その演者の人間までを想像させちゃうってのは、少なくとも私にとっては面白い。ちょっとだけね。ちょっとだけ面白い。 (満開の桜の下で)

2021-04-07

まじか。知らんかったです。私もその針金って素材の意味を知りたかったんですけど、アウトサイダーアートの背景があったなんて。限界芸術研究会というサークルを知ってるんですけど、その方々が針金を素材にしてワークショップみたいなことやられていたんですけど、針金っていろんな形になるから面白いですよね。ところで、 フィラデルフィアシリーズたまにしか読まないですけど。ナラティブな物語だったんだなあ。 (フィラデルフィアの夜に XXⅡ)

2021-04-07

こんばんは。みうらと申します。この作品なんか気になってビーレビ覗くたびに読んでるんですよね。で、なんかコメントするほどにうわあって感じには読んでならないんですけど、結局、覗くたびに読んでしまうんです。で、なんでだろうなあって考えてちょっとコメントしたくなったんで言いますとね、タイトルが良いんですよね。壁打ちっていいですよね。なんか、すべてを表してるんですよ。すべて。孤独さとか生きるとか。でも、読み始めるとああなんだあ老人の話かあって残念になる。でも、その残念さがさらにまたいいんだと思えてくるんですよね。壁打ちってそんなものだから。期待してやり出して残念になる。 なんかよき作品に思えたんです。 (壁打ち)

2021-04-04

返信ありがとうございます。心の内のこと理解しました。なんか、私、悪人みたいで大変失礼しました。福まるさん、これからもどうぞよろしくです。 (日本)

2021-04-03

夜道さんのこちらの作品へのコメント、書いては消して書いては消してを2回やり、結局、一言だけコメントすることにしました。この作風、いいです。にやっとしました。詩にまったく関心がなく、面白いかどうかでしかビーレビを覗きにこない私みたいな人間には最高です。 また面白いの期待しとります。 (〈安閑夜話〉 アシとヨシ)

2021-04-03

追記 田中宏輔さんの他人の作品への一言コメント、これもめっちゃ面白いです。時々、ビーレビ界隈の人間同士で田中宏輔さんの一言コメントが話題になって、みんなで楽しんでます。けっこう、宏輔さんの一言コメントのファン多いです。 (詩の日めくり 二〇一五年八月一日─三十一日)

2021-04-03

田中宏輔さん、2、3ヶ月ぶりにコメント書きたくなりました三浦です。最近はホントに詩や本を読まなくなっておりまして、ビーレビを暇な時に覗いても、あー詩かあ、ってチラ見して詩作品だとわかったら、読まない傾向にあります。しかしながら、田中宏輔さんの作品は読んでしまいます。しかもめっちゃ笑えたりできて面白いです。今作も、うんこが連発されていて、ホントにもう、、これが書ける歳のとりかたをしたくなります。勇気が湧いたりします。現代詩か、とか詩かとか、そういう判別いらんでしょうって、やっぱ書きたいこと、創造したいことを他人の目気にすることなくやったもん勝ちなこと、改めておもいました。 (詩の日めくり 二〇一五年八月一日─三十一日)

2021-04-03

こんにちは。この作品が発してる違和感って語られてる内容の浅はかさだとおもうんですよ。で、これを小学生の方が書かれている、あるいは小学生の方が書いてるっぽい修辞があれば少しは気を惹くものだったりするんですけど、物事を複眼視してる気配もなく、ある意味で狂気を感じたりします。キレてしまって無差別殺人とかする人の文にみえる。 正気を保つって自分のこり固まってしまったいら立ちやらをとりあえず置いておこうかってなれることで、悪人が上手に世の中生きてるのみてたら腹立ってきたわってのは、、小学生の感情であれば正しいんだけど大人がそういう感情出しているのに出くわしたら、気持ち悪く感じるんですよね。 で、気持ち悪く感じる私がダメじゃんってなって、そういう怪しい人には関わらないようにする。これが大人であり賢明さだと思うんです。で、長々と前置き長くなりましたが、この作品の一番の謎は、その長々と前置きしたようなこと、これをわかった上で書いていらっしゃる確信犯なのか、それとも、ガチで書いてるんですよっと。そのどちら何ですか?って福まるさんに訊ねてみたくなってコメントしました。どうでしょう?念のために申し上げれば、五十過ぎの普通に会社員としてやってきてますので、こんなコメントをすればもしかしたら不快な気持ちにさせてしまうかもしれないというリスクは承知の上で書いています。マナーって、面白い場であることとつまらない場になるかの双刃なところってありますよね。私は面白い場に賭けました。福まるさんのレス期待してお待ちしてます。 (日本)

2021-04-03

夜道さんのこのシリーズ、見方が変わりましたよ。当初は各作品を単発にみて優劣を見極めていたんですが、連続するところからみえてくる味わいがありますよね。で、それって優劣でもないし、名作か駄作かでもないんですよね。 前作のコメントで宣伝広告に堕していると書きましたが、堕しているのではなくて、広告の機能を純化されてるなあって思えてきたんです。個人的な広告ということ。宣伝広告というものは押し付けてくる嫌な感じってあるじゃないですか。それは広告する側のいやらしいさをみつけてしまうからで。でも個人的な広告っていいですよね。そもそもこの場所は投稿する掲示板なんだから、みんな広告の意図が少なからず見え隠れしちゃいますし。夜道さんのこのシリーズはこの場所にとても似合っているとも思います。作品を出す空間を考慮することって、かなり大事なことにも思います。 (〈安閑夜話〉 さようなら胃袋)

2021-03-06

そうですね、艶のつけかたがその人らしいかどうかだとおもうんですよね詩というものは。「その人らしい」って作者の何をわかるっていうのって多くの人に言い返されるかもしれませんけど、文をみたらその人の人格や人柄、あるいは姿まで見えちゃいますよね。読める人には読めていて。声も姿も隠したつもりの匿名の作品だってあなたは隠れてるつもりかもしれないけれど本性が全部見えてますよって言ってあげたくなる作品ってありますよね。で、僕はいつも思うんです。カッコつけ(艶つけ)すぎな作品とか無理して美しく書いてるなとかどっからか引っ張ってきた観念だけの言葉使ってるなとか。で、こういった掲示板とかのコミュニティだと、そういう外面だけを装ってる作者の人が、思わず悪態を晒したり思わず情緒をみせてしまったりするじゃないですか。きっとその当人にとっては不本意なそんな言葉。そんな言葉に出くわした時、それだよあなたが詩句にしなきゃいけない言葉はって教えたくなったこと何回もありますよ。でも、そういうのって読解でも批評でもなんでもないからこの場所では言えなかったりしますよね。作者さんにとってホントに必要性の高いアドバイスなんだけれども。 「詩なんて猫かぶりでいいんだよ」って叱られたことがあると、私が好きなある詩人さんが言ってらっしゃったんです。 そうだよなあ猫かぶりでいいんだよなあって、そう思ったんですよね私は。 それは書いてる人が見えてるから猫かぶりでいいって言えるんですよね。その猫かぶりした人は詩人じゃないかなあって思うんですけど、猫かぶりを無自覚にやってる人は詩人じゃなくてガチでタチの悪い人。ちゃんと物事をもっと知った方がいいのにって思っちゃったりしますよね。本作はちゃんと猫かぶりを自覚されていていいなあと思いましたよ。 ただ、ふっと思ったんですが、僕は言葉を信じていない詩人が好きですね。最近はホントに本を読まなくなってしまったんですけど、小林秀雄さんは飽きずに何回も読めていて。この人、絶対、言葉を信じてないって感じるんですよ。だから直観の批評であり、その言葉は文学なんじゃないかって思います。 素顔さんの作品からは、その不信とのジレンマが垣間見えるから良いのかなあ、なんて思います。 (私は詩です)

2021-03-04

もう、あんまりこの場所でコメントする気なかったんだけれども、あまりにも上手になってるから書いておこう。きみ、これ上手いな。匿名なのに誰が書いてるかはっきりわかる息遣いがある。ハリボテだハリボテだって言っても言ってもまたハリボテ書いてきてたけれども、この作品はハリボテじゃないよ。そもそも、きみのハリボテ感は他人によく見せようって感覚じゃなくて、自己満足感だったんだよね。しかもその自己満足の目的がさ、ちょっと見苦しい癒し、つまりは自慰行為。それが、今回はないの。自分の満足感を放り出した感じ。自慰行為にふけってたのに、急にやめてカーテン開けたら、どうしようもなくあざとさばかりの修辞野朗たちが目について、そういうやつらへの悪意を素直に書いたって感じがこの作品はする。悪意が今までのハリボテの自己満足をやめさせて抒情を書かせた感がすごくある。 今まで、大袈裟に作品を褒めたことが何回かあったけれども、今回はガチ読みを繰り返した上で言ってる。この作品は良いよ。 あー、、いや、百発百中で書いた人当たりだと思うけれども、間違えていたら、大変失礼しました。 はじめまして、みうらと申します。 (my little pandora)

2021-02-16

素晴らしい返レスですね、、、と言う始まりを書きたくなるほど、私的には筆者さんのコメントが清々しいです。 エクスペリメンツレインの世界観って今のご時世には既に古くなったようにも思えるんですよね。同じくらいに自我無しを洗練された形にされている岩倉文也さんの世界観も。岩倉文也さん好きなんですけどね。 とんちんかんなレスになってるように見せながらも筆者さんは笑ってくれるだろうと思って引き続き書くんですが、自我無しって善意も悪意もなくて、それってトランスヒューマンだからってところで、みんなうわあって盛り上がってた世界観だと思うんですよ。なんだろうか、仮想の空間に人は在るのかってところからいえば、みんなきっとアイヒマンみたいに有能なテクノクラートなんですよきっと。ただただ処理しているだけ。ただただ処理をするだけの空間。岩倉文也さんの詩もエクスペリメンツレインもアイヒマンなんですよね。私はアイヒマンが好きでも嫌いでもないし、その人道的なこととかよくわからないですよね。よく、じゃああなたが残虐なこと、同じことされたら、どういう気持ちになる?同じこといえるのか?って正義感を突かれることがあるけれども、わからないですよね。本当にわからない。 欺瞞に無自覚な人らが仮想空間にはたくさんいて、みんな1人で楽しめないでいる。 1人で楽しくやってる人のほうがまともな人が多い。まともっていうのは、さっきの岩倉文也さんの詩もエクスペリメンツレインも少年Aの絶歌も直観的にノーだっていえる人のこと。仮想空間で欺瞞に無自覚な人たちは情報の処理が他人依存だから、だいたいおかしい。おかしくてもコミュニティからは外れていないからそのおかしいままでいいという。 なので、未知についてのこととか、さっきの私のコメントもコミュニティから外れているところから発せていないって気がついたんです。なので、忘れてくださいって言いたいところが多々ある。それを気がつかせてくれた筆者さんの私への返レスは清々しかったです。 でも本作はまだまだじゃないかなって思う(ごめんなさい) これからも、まだネット詩に、あなたは書き続けてみた方がいいように思う。まだ、なんか、遭遇していない人、まだ見ぬ強豪にあなたは出会う気がしますよ。 はい、どうも。 (輾転反側させられ)

2021-02-16

可読性からみた現代詩、あるいは、理解できないことを楽しめるか、その観点からすれば楽しめない作風に思います。可読性の有無は詩作品には重要ではないとは、考えます。よく言われる例えですが、異国の不明な言語であっても楽しめる歌があるように。 理解できないことを楽しむ前提として、そこには読み続けさせてしまう愛嬌が必要です。憎たらしい不快なものに長く接したいとは誰も思わないので。 愛嬌ある現代詩とは、ジョークを取り入れることを指すのでもありません。これは説明をすることがとても難しいです。 言うなれば、「この文面からは人がみえる」ということ。物語がみえるのでも謎解きがみえるのでもなくて、よくわからないけれども書いてる人間がみえるということ。 そこからいえば、 「3回待って、」と①②③という打たれかたに人間が、うっすらとみえます。 念のため申せば、これは可読性の有無をみてるのではありません。 書いている情緒が表れている、そう言えばよいのかもしれません。 多くの人から理解されないであろう、未知のことを書くのであれば、すべての意味を捨てる覚悟が必要です。逆説的に言えば、言葉で表せない何かが確固としてあると、その自覚がなければ、受け手を理解不能なままに踊らせることは出来ないでしょう。 無作な自覚が欠落した、試し書き止まり。何を書いて何を書いてはいけないのか、そこから、冷徹に創作を苦しみとして楽しむ、そこから始めてみてはいかがでしょうか。 (輾転反側させられ)

2021-02-15

返信ありがとうございます。私自身がみえていない視点や美徳があるのだろうなあという気持ちが一方であります。特に(私からすれば)かなりシビアに普段から他人への作品評を書かれる渡辺さんも好評をコメント欄に寄せられていて、やはり私にはみえていない良さがある、あるいは何かしらのバイアスが私にはあるのかもと、再考しました。誤解されるような、ネガティブなコメントをわざわざ書くのには気が引けてました。でも、コメントしてよかったと思います。小林素顔さんの次の批評文を読んでみたいと思えるようになりましたので。 何度も発していることで恐縮ですが、自覚する詩への愛着を周囲の方々と比べてみますと度合いがかなり低い私です。ですので、興味を抱く作者はそう多くはありません。一度読んで何も感じなかった、あるいは自分なりにそうとうな労力をかけて読み、コメントしたけども、「この人はまったくわからない人なんだなあ」という人の作品など二度と読まないです。紀伊國屋書店で3000円の投資先を選ぶ時に絶対に買わない作者リストと同じで。しかし、合評する場の醍醐味は買わない作者リストの人の作品も読まないといけない、あるいは、なぜに感動しないかを述べることにあるように思うのです。おそらくその評は「感動する、感動しない」という生理学的な観点の話になっても仕方がないわけで。 なので、素顔さんからの返信が生理的な感触といいますか、推薦文にない熱量が感じれてよかったです。 (これは、感性の鈍い、文面の奥底を読めない方々のために念のために付記しますが、熱量とは返信コメントの文字数ではありません。) 黙っていても、言葉足らずな人であっても滲み出るものがあったりしますよね。僕は面倒くさがりなので、そのあたりの感覚で分かり合えなさそうな人に、合理的な言葉は尽くせないし、尽くしたくない美学があったりします。お察しかもしれませんが。 重ねて申しますが、素顔さんの次の批評文が楽しみです。 (人にやさしい曲線)

2021-02-14

みうらです。こんにちは。私は最近になって荒地派を知ることで詩とはなんぞやという命題と詩作品への批評の在り方が激変することに気づきを覚えました。吉本隆明はある所感で、四季の詩人と称して立原や中原と「戦後詩人」つまりは現代詩と近代詩のたてわけをやってるわけなんですけども、吉本の所感に思うこと、それは、「詩の定義」は詩人とはなんぞやの問いへの「答え」であるということです。 長々となりますが、これをビーレビに当てはめ、推薦文について思うところを述べさせていただきます。 最近のビーレビには、詩のビギナーが多くいる。それを優劣で区別すると、「換喩の技法を知らずとも使っているビギナー」こういう人は優れていると評してよいと思う。優れているというのは詩人であるということ。「詩とはこんなもんだろうと短文改行詩で内面及び癒しを書くビギナー」これが多い。そして、もっとタチが悪いのは後者は自身の作品は詩ではないのをわかっています、と開き直りの自己完結をして向上しない人。詩人で「あろうともしない人」であり、詩人ではないという点で劣ると断定します。後者の馴れの果てに、詩を書こうとするあまり「詩人が書いてしまった文」とは真逆にある最も見苦しい文があります。「詩を読んでくれる人たちに宛てた詩のような偽札」は詩人が書いているのか否かで分別をしなければなりません。詩の表現は形骸化し、形骸化された場から詩人は去ってゆくでしょう。 批評性無き読解だけの土壌に懸念を抱きます。詩人を問うことをしない人たち。無論、誰でも詩は書けるのです。子供が書く詩は自意識の扱いが自然だから美しい。大人が詩を書こうとすればするほどにあざとさが出ます。私が特にそのような傾向にあるので見えてしまうのです。他人の作品にも。詩人とは詩を書く人ではありません。詩人とは書いてしまったものが詩になってしまう人なのです。 クロソイド曲線推薦文には合理的に書こうとされた読解の痕跡は読み取れますが、感動の因を作品に限定された引用に依拠するあまり、深みが失われています。それは詩人を問うこと、詩を問うてはいないところに起因します。この推薦文にある普遍性のこと、それについては以下の通り真逆な読みを私はしました。 クロソイド曲線は極私的な思い出を「詩にして他者へみせる」あざとさに満ちています。極私的な思い出を癒しのままに健気にも書いてしまった、という類いのものであるならば、「国境のトンネル」は「トンネル」だけの表現になるでしょう。「ナトリウム灯」は街灯の表現だけでいいし、「55個のカーブ」は余計な装飾で、「のこりをまた一つ〜」とそっけなく続くほうが好ましく受けます。好ましいとは、あざとさ無き極私的な感情を呟く人の言葉に読めるということ。つまり詩人らしいということ。ただのトンネル、ただの街灯、大袈裟な装飾無き名詞によって組み立てられているにもかかわらず、極私的なオリジナルの感情が表出されている、これが普遍な言葉による優れた詩ではないでしょうか。くどくなりますが、これをやれる人は稀であり、詩人です。詩人を見つけようとされない人は永遠に詩を読むことはないでしょう。 「作者の意図読みは作品の可能性を狭めてしまうのでは」という疑念については、作者の意図というよりも作家性まで読まなくては、書かれた語句に限定された読みは広がらないのでは?と逆に問いを持ってしまいます。こちらの推薦文こそがまさに意図読みに満ちている読解でありますことは誰もが理解されることに思います。更にその意図こそが優れていると評した時に、辞書やGoogle検索で見つけた「透明感ありそうな語句」「皆が心打たれるであろう家族や動物や花などのモチーフ」を組み合わせて詩文を書くように、多くのビギナーが向かわれることでしょう。 作品の可能性とはその作者の次回作品への期待も含まれます。ここで指摘させていただきましたあざとさが作者の無意識であろうと意識的な推敲の結果であろうと、次回作にて是非活かしていただきたいと、そう期待するところでもあります。以上、こちらの推薦文を読んで、思いましたところを合評の場であればNGではないかなと、思い切ってコメントさせていただきました。 (人にやさしい曲線)

2021-02-14

てんまさん、コメントありがとうございます。この作品はとある他人からチェックされながら書いた作品です。自分の言葉選びのセンスを極力排除して書きました。結果、これまでに書いたことのない作風になった感覚があり今後、自分ひとりで書く作品にも活かせる感があります。 (ぴゃあ)

2021-01-06

こうだたけみさんの作品久しぶりにコメントしますが、これ読んで僕のことが書いてあるって思いました。それぐらい引き込まれてしまう快作ですね。どうも、みうらです。今年もよろしくお願いします。 (ふたごらいたー)

2021-01-06

夜道さん、おはようございます。 前回の作品「研究の体温」をみた時に、この写真のセンスは最高やなあと思ったんです。で、コメントしようか迷ってしまいました。というのも併せて書かれてある詩句がどうも不要に思え、写真が発している物語性を殺しているような逆効果になっている印象が先にきてしまったので。もしかしましたら写真と詩句によってそれぞれ単体では生まれない情景を表す意図があるとすれば成功はしていますが、私的には写真だけをもって、受け取る側へ想像は投げてしまわれた方が写真の表現として成功しているように思いました。死んでる写真であれば詩句を併せた作品は活きるのですが、生きている写真と詩句の併せは、そこにあるであろうイメージの解像度を上げ過ぎてしまい宣伝広告に堕してしまうように思いました。 (〈安閑夜話〉闌のきみ)

2021-01-04

わをんさん、コメントありがとうございます。好きの一言に多分な情報が込められており好ましく思いました。人間が読める人は一言で充分に理解しますし人間の表現を知悉した人は一言でたくさんの情報を書くことが出来ます。そのコツは衝動的であること。知識に依存する傲慢な人の長たらしいレビューよりも、この作品推しの衝動に駆られて思わず書かれたクリティカルレビューがこの場を更に面白い空間にされることを期待しております。直観と感情が理に優る。うん。 (表現すると「云う」ことは下手な表現であるという宣言である)

2021-01-03

レスをチェックしていなくて、返信遅くなりすみません。てんまさんの他の動画もけっこうみてまして、作者さんの思想を深掘りしたり。なんとなく、なんとなくですが、てんまさんがなぜに直裁な評でなくてメタファーを読みとらないと難解な印象のコメントをよく書かれていらっしゃるその背景を探索するのが楽しいです。文学極道もビーレビも第三者を意識して書かれてるコメントが好ましく思います。更に云えばそのコメントが詩や文学を趣味とされないまったくの門外漢に向けられてるコメントは読んでいて楽しくなります。言うなればそれは抽象画の鑑賞のようで。なんかよくわからないけどこの絵が好きと表現するのであれば、好きの後に続く言葉は第三者へ向けて発せられる自身が持つ好意的感情を表す評者オリジナルな喩え話ではないかと。説明がこんがらがった後に思わず出てしまう、例えばね、ということ。てんまさんのコメントにはオリジナルな譬喩があり、もちろんその普段のコメントで魅せる技巧は作品にも使われてはるのがよくわかります。コメントありがとうございます。 (表現すると「云う」ことは下手な表現であるという宣言である)

2021-01-03

これは、いい。これはいいです。ステレオさんの作風であるイッてしまい過ぎているロマンティックさ(失礼...)につつみさんがリアリティを与えてるからいいのだとおもう。動画も聴きましたがいいですね。みうらがいいというのだからホントにいいですよ(笑)聴いてる方へ伝わってくる空気感がありますよ。私の偏見ですが、朗読は技術云々よりも声質がすべてだと思ってるんです。なぜならば、朗読のプロとかそういう玄人ではない、朗読になんの興味もない人がたまたま聴いて印象に残るのは声質だけではないかと考えます。その観点からすればこの動画の声質はいい。念のために申せば、「動画の」声質がいいんです。他人に自身の声をきかせるとき、どうすれば最高によくきこえるかをよくわかってる人の朗読に思えました。余談ですが、前回のステレオさんの朗読動画もよかった。あれもステレオさんの声質の良さが「ちゃんと」活かされてました。これも念のため申せば声質がいい人がてきとうに朗読やってもダメなんですよね。 読んで聴いてよかったです。 (「My Religion」stereotype2085さんとの共作)

2021-01-02

訂正 読書→読者 (わかれ)

2020-12-28

品のない視点で恐縮ですがこちらの作品、私が想像している方が書かれていらっしゃるのであれば、すごいと思いまして、思い切って、コメントしています。その方の普段書かれています文体ではあるのですが、その方独特のフック(読書を引き込むきっかけ)が綺麗に消されているんです。で、ありながら独特のスタイルは書けています。その匿名投稿のための書き方をされていらっしゃるのであればテキストを書くことの才が秀でた方だなあと妄想をしました。もしも、人違いであれば申し訳ありません。しかしながら、良き作品だと、何度も読んでしまいました。 (わかれ)

2020-12-28

ロマンティックさが素直に書けている作品で好ましく思いました。私なんかはご存知の通り、拗らせていますので字面通りに受け取ったり、自己の感情をあるがままには書けない。おそらくは私まで歪んでいなくとも斜めから物事をみる人は多くいて、ロマンティックという思念に嫌悪される方がいらっしゃるかもしれません。それからすれば見事な反骨の表現にも本作品はなっているようにも私は思います。投票させていただきます。 (大事なことを話そうか)

2020-12-28

これは面白い!この作品ビーレビで一番爆笑しましたよ。前置きの長さがちょうどよくて、主題(主題ですよね?ちがうのかなw)がバーンときてよかったです。この作品について内輪だなんやと苦言が出るかもしれませんし、詩(笑)から離れた政治的(笑)な話をここに持ち出すな的に指摘をされる方がいらっしゃるかもしれません。けれどもビーレビってコミュニティなんですよね。一つの国(笑)だと思うんです。であれば、帰属意識が高くて当事者意識がある方がいいに決まってますよね。それは先に述べた苦言をおっしゃるかもしれない人は意識高い。けれども、コミュニティを面白くする人(見方によっては真面目にやれといわれるかもしれないが)も同じくらい意識高いと思うんです。多様性(笑)。運営やられる人もいればコメント得意な人もいれぱ、場の空気読めない人もいる。更にいえば近所の公園でルール守って遊んでんのにうるさいからって怒っちゃう爺さんみたいな人とか。たしかに、多様な人らを一つ一つバランス取ってまあまあって収めるのは大変だし誰もやりたくないけど、多様になればなるほどコミュニティは面白くなるって考えてるのは私だけか、ってこんなことを書いてるからまた叱られるんでしょうが、でも国家の根幹であるガイドラインをかいくぐって投票システムをバカにする人がいるんだったら腹が立ちますよね。なんだかんだ言ってもビーレビにすぐ遊びに戻ってしまう私なんかも帰属意識(笑)あるんで、イラっとしますよ。そのイライラをちょいすっきりさせてくれた作品でした。これ優勝。 (あなたは誰ですか?)

2020-12-27

作者の人間観がどれぐらいの読者が共感するのか、そのようなことを読んで考えました。素顔さんはわたしなんかより詩に愛着があるだろうし、博識な方だと思うのです。わたしはお察しの通り拗らせた人間観がありますので組み立てられた行間に意識が働いてしまいます。本作ではかなり皮肉な表現で人間を問うてるのだと思うのですが皮肉さの切れ味がわるい印象でした。いや、皮肉で用いていらっしゃらないのだと思うのです。レトリックとして書かれていらっしゃる。 本作に本来宿らなくてはならないのはエモーショナルさではないかと思います。受け取る側によっては残酷に思う人もいるかと思いますし、不快になられる方もいるかもしれませんが、「人間ぶっ殺す」の一言があるとして、本作がどこまでそのエモーショナルに迫れるかと。エモーショナルも含めて言葉の誤用が感じられるコメントかもしれませんが、誤解は誤解のままに。 (あんた猫なのかい)

2020-12-25

こちらの作品、とても良いよと複数人の知人から教えられ、読みました。作者さん初めての投稿だと思うのですが、もしもこの作品が初めて詩を書かれた、あるいは書いた数が少ないというのであれば素晴らしいように思います。瑞々しいと表現すればよいのかもしれませんが、それだけではないポテンシャルを感じる言語感覚です。よく若い十代の方々が辞書に載っている言葉だけを組み合わせて書かれてるのを見受けたりしますが、そのような手法で書かれた詩に読者は直感的な抵抗が生じます。もしも生じない読者がいれば、その人は騙されやすい人です。同じ言葉でも使う人によっては「嘘くさい」と判断する。同じ言葉が使われていても違いが宿るもので。それからすれば本作にはまったく嘘がない。そういう心地よさがありました。読んでよかったです。 (ツラサの象徴)

2020-12-25

すみません、後程、もう少しコメントしますが、本作、一読してよいな!と思いました。 (ツラサの象徴)

2020-12-24

投稿されてから5日の間、何度か読みましたよ。久しぶりのコメント、みうらです。今も少し時間が空いて、15分ぐらいですか、眺めてはいろんなこと考えたり。そもそも、みうらがコメントしないほうがいいだろうと思われる作品というのがあるんです。それはもちろん自分で区分けしているルールなんです。酷なことを伝えるぐらいなら、黙って読まなかったことにすればいいという、誰得なのかよくわからない無難志向の自己都合。でも、今15分ぐらい、もう20分ぐらいになりましたけど、コメントしないほうがいい作品ってなんだろうよって少しだけ、少しだけね、自分のなかでモヤったんです。で書き始めたんですが、途中でやめるかもしれません。お察しの通りけっこう繊細だったりする。詩への愛着ありません宣言して、ビーレビへも顔出すとなんやかんやとややこしいから出入り止めてました。でも、ちょうど息抜きとかにちょうどいいんですよビーレビ読むの。今月はそんな感じで読んでいて、コメント時々してるんです。じつは僕もバカなりに、毎回テーマを決めてコメント参加していて。ある時期は厳しいことを躊躇しないで書こうとか。ジョークな感じで楽しくやろうとか。今回はあんまり作品に触れないでコメントしようと決めてるんです。これ、ルール上まずかったかな。作品に触れないでコメントってなんだよ、合評じゃなくなるじゃんってなるかもしれないけれども、一応自分的にはかなり作品についてのコメントを書いてるつもりなんです。でも、なんというか、詩を読んで、その詩に書かれて「あるような」ことばかりが思い浮かぶわけじゃないと、考えたりする。相変わらずな偏った視点だけど。これで、送信ボタン押すとさすがにまずいね。でも以上が、読んで想ったことで、胸の中で鳴り拡がる言語化がむずい部分です。読んでよかった、ってよく社交辞令混じりなことを最後に書いちゃうけれども、正確にいうと読んで良いも悪いもない。縁なんてそんなものだと思う。これはコメントしないほうがいい作品だとか、そういう区分けはいやだね。願わくば。 送信押します。 (白背)

2020-12-20

歌詞がガチ過ぎだというのが個人的な感想です。タイトルぐらいのどうでもよさがガチ詩の対極になって際立つようにおもいます。 ポリシーはブレたくないとかなんとかな理由でこだわる、その姿勢だけが稀に共感とかを生んだりして。でもその共感を表されてしまうと本来あるべき作品に宿るわかってたまるかよのエモーショナルが消失するんだと思うんです。判られないままの方が断然いいと思います。偏った云い方すれば歌詞なんてどうでもいいとも思うんです。 聴いてよかったです。 (B♭→D)

2020-12-20

wao!小林素顔さま♬かきかきたぶんしない~からのお あたしたちはどろどろの沼で汚れてゆくの。たくさんは持ってない。もってないシャツがどんどん汚れてゆくの。たまらないよね。もうたくさんだこんにゃろってなるでしょう でもね、やるしかないあたしたちは一枚だけのシャツを大切にgo for it だよ。 きゃっpecoり。 (残念ながら はっぴー)

2020-12-20

こんばんは。深夜に退屈でこちらを覗いたんです。そうしたらこちらの作品あって。うわーなんだかわからないけど勢いあるなあってなって過去作品も読んだんです。過去作品もかわらず勢いあるなあってなりました。なんとなくな作者さんの人の良さが出ていたりして。人の良さって作者さんが詩とどう対峙してるかが見えたら、読めたら、わかってしまったりしますよね。丁寧に書こうとされたんだなあとか、丁寧なはずなのに雑に書いてしまったんだなあとか。詩というスタイルをご自身が想定されていてその定めた詩を書こうとされてるなあとか。それって想像ですけどね。 もしかしたらですが、詩を書こうとされない書きをされるとよいような気がしました。詩を書こうとされなかった作者さんの作品を読んでみたいなあって一読者として思ったりしました。それの方が、誰かにとっては詩だったりして。と、コメント打ってみましたが、なんだか偉そうな内容になったんで送信ボタン押すの迷いながらも押しましたー。 (祈るシャワー/追放のクジラ)

2020-12-20

ものすごくおしい感じがしました。いろんな意味でおしいと思いました。内容もスタイルもかなりいいとこまできていて。でもその止め方が諦念っぽくてよいのかもしれません。空を突き抜けそうで、みてるままで終わるような。その感情の揺らぎが作者さんの持ち味のようでいて哀愁のようでもあり、たぶん書いては破りを繰り返される方なように思いました。広島ではなくて横浜のイメージがありました。私の気のせいです。おそらく。 (あいつはジャイアンツにいったよ)

2020-12-19

きゃああ なかたつ様 きらきらぺこり。 あたしのアレが出ているんでしょうか。アレを見事に見抜かれていらっしゃるので仏様かと思いました。うん。 あたしはアレを隠しながらも、でも時々云いたくなる。泣きじゃくりながら云いたくなるんです。ほんとだよ。 だから今こそ泣かなくてはいけないんだけれども、泣けないのは、あたし と、とにもかくにもありがとうございましたpecoり (残念ながら はっぴー)

2020-12-19

まああ沙一さま!仄暗い系男子女子なんてカテゴライズ!むかつくね!(`_´)ゞ はじめ知り合ましたよ(°▽°) きらきら(╹◡╹)♡ 間のポエム(//∇//) あまかったねƪ(˘⌣˘)ʃ pecoり _| ̄|○ (残念ながら はっぴー)

2020-12-18

そうなんですよね、メタ書きってもうお笑いごとになっちゃってるように思うんです。だったらもう自家発電で自己完結してるほうが見映えがいいように思うんです。その自家発電さの滑稽でいてあーなんだかこの作品はきれいだなあって方がいいように思えた作品です。 (LAST SENCE┣┳(終わってんなお前の詩)┫)

2020-12-18

とても変態さが良い意味で出ていますよね。「青年」とされてるところが上手いもんだなあと思いました。 (言葉の妖精、もしくは頭痛)

2020-12-18

これなんだろうって気になって過去作も読んだんですが、重たいことを言いそうで言わない感じがいいですよね。バッティングセンターに入ってわざと空振りを繰り返してる感じ。ホントは打てるんだけどフルスィングして遊んでるんだよ的な。人生(笑)ってそんな感じ、みたいな世界観があっておもしろいなって思いました。 (誰か世界と手を繋ごうとしていつの間にかぶん殴ってる)

2020-12-18

恥ずかしさが出てる作品って、なかなか書けないと思う。わたしなんか、悪戯な気持ちで女子になり切って書いてみたりするけれども、やっぱ行間に滲み出ないんですよね。恥ずかしさって、思わず書いちゃったってやつだと思うんですよ。だからこちらの場所でも時々、感情的になってしまったコメントの一言とかを発見することがあるけれども、その感情が思わず入っちゃってしまった一言のほうが作品本文よりよほど詩になっていたりする。 どなたか、以前、素晴らしい投稿者だったような人かもしれないし、わからないけれども、作者さんはその思わず書いちゃったってポエジーなフレーズをたくさん書ける人のように思えるし、最果さんとかはその思わず書いちゃったってのをプロダクトにして魅せるから凄いですよね。それを思い出しました。 (ぢんせぃ)

2020-12-14

古代人が描かれた洞窟の壁画を現代人の僕が発見した、それぐらいの衝撃がある作品でした。批評とは、クリティカルレビューとは、そのような意味合いも込め心より『夢とリアル』へ捧げます。 (表現すると「云う」ことは下手な表現であるという宣言である)

2020-12-13

>詩誌や詩投稿サイトに詩を投稿する行為って、ほんとはあんまり詩的なことではないんじゃないかと思うんですね。 まさにその通りなんですよ←こういうふうに肯定する返レスをすることによって更に自己矛盾のラビリンス空間を作ってしまうわけなんですけれども、自らの表現活動に妥協を許さない気質を持つ方が私におっしゃったことがあります「本気で他人に自分の詩を読んで欲しいと考えたら僕だったらその辺りの通りへ出て行って見知らぬ人を前にして詩集を配り朗読を始める」と。一方で「ビーレビの空間は人に優しくて平和でいい」とおっしゃる人もいて。人それぞれ考え方があるわけなんですが、いずれにせよ、「imagine、これ表現になってない」「みうら、imagineこれただの思い付きでやっただけでしょ?」と浴びた酷評に「時間が経過しないと判らないことって世の中あるんだよね」と答えた私の復讐心がこの批評文にはあることを、沙一さんには白状したくなりました(笑)。あ、すみません、皆さん。 https://www.breview.org/keijiban/?id=5219 (表現すると「云う」ことは下手な表現であるという宣言である)

2020-12-13

作者の意図読みってくだらないし無意味だしって切り捨てることもよくないかなあと思うところもあったりする。作者の意図を軸にして会話するところでよく出てくる「いや、そんなつもりで書いてませんから」とかいう自作との縁が切れない作者が持つダサさの露呈。これって批評とかアカデミーな空間では生まれないチャットコミュニケーションで思わず出てしまう「作者の」ではなくて作品の本質的なダサさだと思うんです。叙情詩ではなかったとしても、作品に含有されている少なからずの感情。これはロジックよりも感情を揺さぶりがちなチャットコミュニケーションにこそある。だからレスのやり取りで意図読みを述べるのがすべて不毛であるとはならないし、優れたロジックからの批評よりも、作品と作者の本質を衝く意図読みチャットコミュニケーションの方が有意義な場合もあるような。特に沙一さんの作品には有効ではないかしらと思うのです。なぜならば、沙一さんの毎回の作品、それぞれに読み手へ向けた意図、あるいは自己の可能性を毎回面白がって書かれる連続性があるから。詩への興味が尽きないという、その意識が出まくってる作品たち。まったく作品に関係のない(いや、大いに関係することなんだけど笑)話を続けてしまって、この後、作品に触れてくると思ってるかもしれないんだけど、これで終わり。pecoり。 (空谷の跫音)

2020-12-12

産声を読んで、本作を読んで、それからちょっと気になって過去作品の酩酊と雨粒を読みました。それからもう一回、産声を読んだんですが、なんとなく、私の好みとしては本作がいいなと思いコメント書いております。酩酊と雨粒は韻が心地よかったです。今作が一番引っかかってきました。その、ルミナスラインを具体的に言えないんですが。正直言いますと、一読して引っかかってくるものがないと私はコメントするのを止めてしまう性質な読者でして、その引っかかっりにについても、詩作品として上手だとか、そういうことでもなかったりします。私的な自分の中でのコードがあったりします。極私的なものですが、そのコードを詩人と呼んでもいいようなものです。その詩人のコードを叩くなにかが、、、作者さんにはあるような。そのなにかを探して過去作品も読んでみました。今作にそのなにかが一番出ているような。 違う評をすれば、かなり際立つオリジナルが書ける作者さんのように、一読者として思った次第です。 (若狐のための)

2020-12-09

湯煙さん、コメント有難う御座います。作品より前に出るなと、よく忠告されるみうらです。今回の批評文はギリギリ出ていないかなあ、なんて思いながらもこういう返レスを書くのがいけないんだろうなあ、なんておもうんです。なので、『夢とリアル』は今年一番の動画作品ですって、一押しですって最後に書いておこうと。 (湯煙さんの推薦批評文を読んでみたいです...) (表現すると「云う」ことは下手な表現であるという宣言である)

2020-12-07

沙一さんありがとうございます!おかしいですね、匿名投稿なはずなのに、、そのとんでもキャラのみうらさま?ではないのですが 、、とにもかくにも真人間をうまくおとらえいただきましたコメント嬉しく思います~♪pecoり (覚えられなかったこと)

2020-12-06

また一つの気付きがある。すべての他者が近いのだ。カストロも箪笥の下のおばさんもバロウズもえいちゃんも最後に登場する昔の教え子も、皆が近いところにいる。居るように私には読めてしまう。それは当たり前だけれども日記というスタイルがそう読まさせるわけで。でも、遠いどこかの政治家や小説家を日記に書いたとしても、それは遠い人物でしか私には書けない。日めくりが持つ特性、それは人物が「完全に」作者田中宏輔氏の中に在る者として読ませてくること。それは作者ご自身の中にある「何か」を書き換えをする作業のように思えたりする。 低レベルなところのことでしかないけれども私も人生とやらの書き換えをする作業を書きものや、そういったことでやっている意がある。 余談だけれども、日めくりを読むにあたりビーレビの縦書きスクロール仕様は断然適していると思う。すらすらと読みやすい。 (詩の日めくり 二〇一四年十月一日─三十一日)

2020-12-05

コメントありがとうございまーす♪ [マールボロ。]の詩学がamazon入荷してましたんでポチりました〜♪ あと、田中宏輔さんが寄せられてます投稿作品へのコメントも全部チェックしてまして、どうすればこんなに短文に多様な情報量を詰め込まれて書くことができるのかと勉強になります〜♪ (覚えられなかったこと)

2020-12-05

なんとか生きてみたいです。理知をたくさんちらばめられておられますコメントありがとうございます。おそばをすすりながら、すすりながら、お散歩に出かける前にもう一度いただきましたコメントを噛み締めてみたいです。pecoり (覚えられなかったこと)

2020-12-05

距離感がぼんやりなので猫になりたくなったりなので心地良いコメントをいただけまして嬉しくほっこり冬のこたつです。あさ様のお作品もあとで読んでみます〜 pecoり (覚えられなかったこと)

2020-12-05

私はバカなんだ、私は誰よりも無知で無能なんだと、そう言い聞かせて黙る。毎月のお給料のために。毎月のお給料が貰えれば、それでいい、私は叱られ打たれ続ける。私はバカだ私はバカだと言い聞かせるうちにいつの間にか泣いている。すべてが一瞬にして変わってくれないかなという奇跡。私はバカだと言い聞かせる日記は詩に変わる。お前はバカだ、お前のバカを日記にでも書いておけと言うのなら、私が書く日記は綺麗に形作られたどんな詩句よりも純度の高い言葉だよと、そう思う。内容などどうでもいい、詩になっていなければならない、お前の言いたいことなどどうでもいい、美しい「ような」詩を読みたいというのなら、そんなもの、お前のその美しい「ような」言葉で読み合いわかりあっていればいい。そんな反骨さを思いました。読んでよかったです。 「だから何?」という読み手の問いを超え、書き手の書く意味だけの塊を投げ込んでくる内容だけの作品が稀にある。 (日記にでも書いておけ)

2020-12-04

不躾な提言をしてしまいすみません。ダメ元で書いてしまいましたがもしも、ビーレビの運営の方々から選考をすべてやってくださらないか、正式オファーが行ってしまいましたら、迷惑な話ですみません。ただ、私は個人的に、200近くある毎月の作品のなかから田中宏輔さんがどのような作品を選ばれるのか、あるいは大賞になど該当する作品は無いと判断されるのか、その選考するセンスを見てみたい気持ちが大きくあります。なぜならば、賞という既に前時代的であり、その前時代的な価値観に浸食されてきた今時のネット詩に、一石を投じることが出来るのは詩誌でもご活躍される実績とネット詩の特性を知り尽くされていらっしゃる田中宏輔さんでしか成しえないことのような、そのようにして想像してしまう気持ちがありまして。 私にはクソ面白くもない詩という形態への愛着はありませんが、そのクソ面白くもない形態の詩を面白くしてしまえる感性を持たれた詩人には興味が尽きません。文学極道にはそういった感性を持つ、言わば狂気を呼び寄せる磁場があったと思います。田中宏輔さんの選考にその磁場がまた現れてはくれまいかと夢想します。勝手ながらも。拙き批評への返信ありがとうございました。 (究極の美、詩人とは変態である)

2020-11-20

田中宏輔さん、久しぶりです。三浦です。いまだにへたくそな文ですが、推薦・批評文を書かせていただきました。読んでいただけますと嬉しく思います。 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=6494 (詩の日めくり 二〇一四年七月一日─三十一日)

2020-11-20

2がまたサイコーにいいです。 ちょっと現時点では、言語化出来なくてまどろこしいのですが、書けるならば推薦•批評文書きたい。さりげなく構図を決めてたり、猫がところどころ出てきたり、途中でカメラの向きを気にして直したりとか、いい。チャンネル登録しました。 (夢とリアル)

2020-11-19

こんにちは。これサイコーです。 今年1番印象に残った作品になると思います。やられたって思いました。私もこういう作品を作りたい。 本作を読んで観て、過去に投稿しましたimagineは未完成だったと気が付きました。ポエトリーリーディングや、朗読を、動画とされる人にぜひ観て欲しいと勧めたくなります。これこそが、ですね。 すみません、imagineのURL貼らせていただきます。 https://www.breview.org/keijiban/?id=5219 (夢とリアル)

2020-11-19

こんばんは。比喩とか詩句ってなんだろうねと時々考えるんです。明け方が近い今頃の時間に、音楽のメロディ作ったりするのが楽しい今日この頃のこんな暁前に、また僕はそんなことを考えながらこちらの作品を再び開けて読みました。リンクスさんの新作かあって、昨日ちらっとみて、わるくないねとおもいながらもコメントはいいやあってなっていたんですが、書き込みすることにしました。この作品にはリンクスさんの息遣いがある、って思った。 比喩って、その人の営みからしか出ないんだと、どこかで気がついた時があって、例えば、ということ。他人に伝えたいことがあって、なんだか言語化が頭の中で絡まってしまってもどかしくなる時、このコメントなんかもそう。博識で詩の勉学をしてる方々はしっかりかけていいね、ぼくはそんな風には書けない。でも羨ましくもない。なぜなら知識で組み立てられたコメントには、比喩がない。いや、あったとしても、その人の営みから出ている例えばの話ではないんですよね。リンクスさんのこの作品には営みから出てくる比喩があって、それを息遣いと僕は呼んでる。話はまったく逸れちゃうけれども、九月の大賞を受賞してる彼方からの手紙という作品、あれいいね。あの作品、なんでいいかというと作者の営みからしか出し得ない息遣いがあるからだよね。例えばねって他人に伝えるときのオリジナルなこと。リンクスさんの営みにあるロックンロールも、それと同じようにこの作品にあって、オリジナルな比喩だと感じました。リンクスさん、これからもオリジナルさ大事にどうぞご健筆ください。 正直にいうと、昔々に死んだ母親の妹さん、その叔母さんは熱心なクリスチャンなんだけども、その叔母さんからのめっちゃ長い聖書の譬え話が書かれた手紙が二週間前に届いていて、放置してたんですが、これから返事書くかなあって感じで、その前にこちらにコメント書いちゃいました。長々と。詩文みたいなコメントを(笑) 作品の画像も、もちろんわるくなかったです。 (きのうにさらさら)

2020-11-14

ゴロさんの作品を読んだのは、2018年10月に投稿されていた、サルビア以来です。 元からそう詩には愛着はなかったと私は最近、自身を振り返っていたりしまして、つまりその、時々、ここを覗いては気になる作品だけ、印象だけを持ってビーレビを閉じています。今頃の真夜中にまた記憶にある作品を憶い出して、また読んだりしています。 こちらの作品は心を打つ。本当は心を打つとか、共感しますとか、わかりますとかコメントしたくないのです。したくないというのは、読んで私に去来するものが、そんな言葉であらわしてることではないのになと、自分のバカさに煩わしくなる意味です。 家族というものについて私は、無念さや憎悪やらの感情が覆い被さってきて自分の親を言葉にすることができないでおります。書いてしまえば惨たらしくなり、それを削って作品にしてしまえば私自身の自己愛にうんざりな気持ちになります。 話が作品から逸れてしまいすみません。つまるところ私は書かなければならない、書きたい内容がある。しかしながらそれを言葉で組み立てる術を持つことが出来ておりません。ゴロさんにはあるように見受けます。その違いは人間性に起因してるようにも思え、私自身のしょうもない偽りまみれな残念な生き様、その結果のように思います。ただ、なんとなく、昨日の朝は久しぶりに行ってきますと妻に挨拶しました。私に詩は書けないかもしれませんが、生きていくしかないかなと、残念になりながら。 なんだか、おかしなコメントを書いてしまい、送信するの迷いましたが、押します。 (菊の花)

2020-10-16

沙一さま コメントいただけたこと 嬉しくなりました もっとよくなるよう 好きな詩を 沙一さまの詩を 読んでみたいです (#^.^#) ありがとうございました pecoり (痛い日記書いてます...彼氏募集中です!よろしくおねがいします!)

2020-10-13

こんばんははじめまして 他の人の作品を読む目的で久しぶりにこちらを覗きまして、そうしたらこちらの作品が目にとまり動画を拝見しました。思わずコメントしております。 Lyricの内容はあまりよく判りませんでした。でもLyricを叙情と定義すれば叙情としての成立はしてるんだろうなという印象です。それよりも(それよりもって失礼。ごめんなさい)動画です。動画、これ私は好みですね。若気の至り•初期衝動、雑なダサさ•意図的なノイズ、そのような両面が印象として残りました。コメントしたいなってなった理由はこの動画が初期衝動的でAudacityの画面を上手く使ってるなあという発想に、いいねの感想をお伝えしたかったので。他に投稿されていらっしゃる動画もとてもいいですね。ただ、ごめんなさいLyricの内容はメッセージ性というか、自分語り的な内容から脱皮されたものを私は好みますー。それはでも個人的な好みです。もしもこれが小学生の方が書かれているLyricであれば凄い!の一言になってます。 (変人道中、怪人猛進。)

2020-10-12

久しぶりに覗いて思わず全部読んだこの作品、とても心に残ったまま、3日たって、深夜にまた覗いた。今一度読んでみた。とても心を打つ。もしかすればふじりゅうさんはロジックに徹してこれを書かれたのかもしれない。もしそうでなかったとしても僕にはそのロジックに徹して書かれようとされる作者の後ろ姿が重なる。粘土を前にされた話者が有形と無形の間を残念さを持って反復される様が重なってくる。 以前にある詩人がいくら言葉を組立てても現実を超えることができない残念さを語られていた。それでもその残念な気持ちを抱えながらも言葉を組み立てようとすると、そう僕に教えてくれた。詩は技巧で人に読ませなければならない。詩は組み立て書かれた様による。結果、作者が唯一作品で示せるのはスタイルだろう。どうやって言葉を組み立てたのかというスタイル。 書き表される内容など大量な情報を前にすればどれもこれもが既視感覚が先にきて読めない。「だから何?」という問いをする読み手を前に、その壁を越えることは難しい。 無形を有形にしようとする詩句らしさのない言葉を用いながらもポエジーが宿らされているように読めたし、残念さを抱えた情緒あるエモい作品だと思う。思わずコメントしちゃいました。 (粘土)

2020-09-25

ふじりゅうさん、承知しました。お手を煩わせてしまいすみません。 (imagine)

2020-04-26

湯煙さん、どう回収すればよいか、わからないのでジャッジに従って黙ろうと思います。ありがとうございました。 (imagine)

2020-04-26

花緒さん承知しました。 (imagine)

2020-04-26

花緒さんコメントありがとうございます。なんか、いろいろとすみませんでした。勉強なります。 (imagine)

2020-04-25

コメントありがとうございます。 物事、どうにでも言えるわけですね。悪くも言えるし、良くも言える。ただ、私は、、これまったく関係無い話ですが、その良くも悪くも言ってる人の「人をみる」というのは大事かもしれません。人をみるというのは、けっこう難しいですね。その人が良い人にもみえるし、悪い人にもみえますよね。更にいえば、「人をみる」そのみてる人にもよって変わってきますもん。で、よくわからない時は、黙ってごめんなさい、ってとりあえず謝っておこうって、なりますよね。特にヤバそうって人、この人には関わらない方がいいよねって感じた場合は、良くも悪くもない。とにかく、ごめんなさいして身を守った方がいい、場合もありますよね。 (imagine)

2020-04-25

ごめんなさい、もう一つ付け加えます。今のあなたのコメントで、あなたが作品を読むにあたって、作者への不快感やらでバイアスがかって読んでしまう人だと認識を改めました。それ自体は別にいいんだけども、私はあなたがそういうバイアスとは無縁に詩情を読める審美眼ある人に思っていたので失望しました。余計なお世話かもしれませんが、あなたも詩に対する姿勢を見直された方がよいと思います。私もそうしますが。 (imagine)

2020-04-23

私をわかっているようでわかってない。この作品は既にトップに上がらなくなってんですよ。正直言ってあなたと不毛なやり取り(平行線という意味)になるのは私もみえているし、作品について自身で勘違いしている「ように」読まれてることも理解します。更に正直言えば、あなたが私に何を具体的に望んでいるかがよくわからない。良い詩を書いて投稿してくれという願いなのか、ここには投稿、コメントも含め参加するなということなのか。 「出直せ」をそのまんま受け取るとすれば姿勢を正している、ただそれだけなのであれば、単にそれだけコメントすればよくない?運営ずらするなとか、それ余計でしょう。いや、そういう事柄を言われることは嫌いではないけれども、私、馬鹿なんであなたが言いたいことの本意が「ビーレビに関わるなよ」ってことに受けてしまうわけ。嫌味を付けてるだけ?念のため言っておくけれども、今の運営の方々も含め、ほとんどのユーザーはみうらをバカにはしていても偉い人などあなたも含めて思ってもいないだろうし、一ユーザーとしてしか私も参加していませんけどねえ。ガムのくつべらさんも自身の錯覚か、見当違いを見直されてはいかがでしょう。 (imagine)

2020-04-23

トビラさんコメントありがとうございます。ところでトビラさん元気ですか?他の作品コメント欄で運営から注意されたこと、もしも気にされているようであれば、それはあんまし気にする必要はありません。こういった掲示板上でのやり取りで一番落ち入りやすい穴があるとすれば、自己嫌悪なんです。その自己嫌悪に敏感な人が運営やるのが一番望ましく私は個人的に思っています。今の運営の帆場さんなどはそういった一人に思います。自己嫌悪に敏感でなければ文学じゃない。そう思います。 (imagine)

2020-04-23

湯煙さん コメントありがとうございます。生のライブに敵うことが動画には無理なこと理解します。また、私は詩のプロでもありませんし、動画制作のプロでもありません。そのうち、もしかしたら、プロが製作する、それらしい動画が投稿されるかもしれませんが、それがたとえ素晴らしい最強の作品であったとしても、否定しておれの詩の方が絶対に良いと、断言するのが、詩人かと思います。たとえそれが、負け犬の遠吠えかと頭の良いエセ詩人たちに嘲笑されたとしてもです。 (imagine)

2020-04-23

コメントありがとうございます。私は初心者の衝動が好きです。また、tOiLeTさんの最近様々なところでお見受けするコメントをけっこう好きで読んでおります。 (imagine)

2020-04-23

コメントありがとうございます。藤さんの貴重なご意見感謝します。 (imagine)

2020-04-23

コメントありがとうございます。身内の盛り上がり内でしか映らないこと、多分にあります。理解します。 (imagine)

2020-04-23

ボルカさんコメントありがとうございます。 この作品がポエトリーリーディングでないことは示しております通りで、ポエトリーリーディングは自分にはやれない、負けました、だから反ポエトリーリーディングをやりますと、負けを認めた人間が反ポエトリーと名付けてやっているに過ぎないのです。つまり負け犬の遠吠えです。その負け犬に遠吠えということがボルカさんには伝わっていて安堵するのですが、なぜか上から目線にしか捉えてもらえないという。やはり表層でしか理解できないのかなと、そのような方々の感受性というか、読みの浅さを残念に思います。ボルカさんには関係無いことですが。 (imagine)

2020-04-23

黒髪さん コメントありがとうございます。渾身でやっていきたいです。議論の中にあって、私に示せるのは渾身しかないように思います。 (imagine)

2020-04-23

コメントの趣旨は、姿勢を正せという意見として受け取りました。今後の糧にします。地球さんも、もっと積極的に他の作品へもコメントしてみてはどうですか。私も見えていないところがありますが、あなたにもあることがわかるでしょう。無理には言いませんが。 (imagine)

2020-04-23

遅くなりましたが、返信をさせていただきます。 まず、その詩を書いてください、という教条主義的な押し付けが不快です。あなたの詩の定義を否定はしません。動画投稿を歓迎しているこのサイトへの否定意見があってもおかしくありません。参加する姿勢として、一つあなたにアドバイスをするとすれば、こちらのコメントをする前に、あなたの作品へあるコメントへ、コメント読みましたぐらいの返信をするべきでしょう。 (imagine)

2020-04-23

どいつもこいつもうれせえわ くたばれビーレビュー さようなら ありがとう (imagine)

2020-03-26

ガムのくつべらさん、恐縮ですが、先程の私の返信を撤回させてください。もう一度考え直し、改めて返信いたします。傲慢さがあったと反省しております。 (imagine)

2020-03-26

花緒さん、ご意見ありがとうございます。すべてのご指摘はごもっともです。ガムのくつべらさんへの私の返信は誠実でなかったことを認め、もう一度自身の投稿したこれについて考えます。 (imagine)

2020-03-26

ガムのくつべらさんコメントありがとうございます。辛辣過ぎてスルーさせていただきますが、そうとうに私を嫌われていることがわかりました。お知らせいただきありがとうございます。 (imagine)

2020-03-26

帆場さんコメントありがとうございます。時々、ポエトリーリーディングは生でなくては良さがわからないといわれます。動画では良さがわからないと。逆に云えば、動画になってしまったら伝わらない程度の表現なのかと思います。 YouTubeで発見したライブ映像に感動を覚え、ライブを観にいく。それは動画よりも生の演奏は別物のように素晴らしい体感を得ます。しかし、云うまでもなく、動画で聴いてもその演奏は良いものとして判る。そこに宿るものが紛い物でないからだと思います。少なくとも、キング牧師の演説はそうです。 と、帆場さんのコメントに合わせてナニモノカを言い当ててみました。動画観ていただきありがとうございます。 (imagine)

2020-03-25

沙一さん正にその通りです。 「もしもテキストの詩作品と、動画作品が並んであったとき、テキストの詩は動画に負けるのか、負けないと思う」と確信を持って動画投稿機能を提案しました。ただ、多くのテキスト作品は負けるでしょう。 敢えて云えば、「詩でなくて写真、詩でなくて歌、詩でなくてアニメで出来る表現」のテキスト詩の作品はみな負ける。でも、詩の表現でしか現せないもの、それが宿る作品は、動画にも優る。それがみたい。 当作品のステイトメントとの矛盾、そのままに、思わず本音を書いてしまいました。 (imagine)

2020-03-25

夢うつつさんコメントありがとうございます。あなたの審美眼、批評性は素晴らしい。 夢うつつさんがビーレビは刺激的で最高に面白いと、興味が飽きない間はこの場所はユートピアだと思います。 (imagine)

2020-03-25

ステレオさんコメントありがとうございます。失敗作、成功作を皆が繰り返しあえるのもビーレビの場の良さだと思います。とくに音楽作品については、建設的な場となっていければ私も嬉しく思います。 まったく話はそれますが、 「おれの叫びをきいてくれ」的な絶叫歌を投稿する十代の登場に期待していたりします。 (imagine)

2020-03-25

知り合いの作品はやはり、興味があるので読みます。で、時々訴えてしまいたくなる作品にでくわします。今作にそれを覚えました。石村さんこれでいいのか、と。たしかに詩であり、韻もいいし、縦書き仕様は石村さんの作風に適していてスタイルとしても抜群によいのでしょう。詩が降ってくるタイミングを大事にされているし、常にある牧歌的な感じもいい。ですが、これでいいのか、石村さんと、訴えなければならぬ使命感にかられました。受け手の私のタイミングでしかありませんが、これでいいのか、石村さん、とコメントします。 (麗日)

2020-03-25

なゆた創さんコメントありがとうございます。コメントの方が作品よりも面白いとよく言われます。じつは今回、それをヒントにしたところがあります。テキストで詩文を書こうとすればするほどに、カッコよさから離れていく。聴かせようと、詩を朗読すればするほどにカッコ悪くなる。 そんな意味合いがお察しの通りあります。 (imagine)

2020-03-25

ユウさん、返信をいろいろ考えた挙句、新井英樹氏の漫画「宮本から君へ」を出すことにしました。 ストーリーの始まりから、主人公の宮本が恋人に罵倒されるまでが善人で、感情を剥き出しに暴力によって復讐を果たした宮本が悪人であり、善人です。 すみません、これ以上は自身の作品についての自説をしないポリシーを貫きます。 (imagine)

2020-03-25

imagineを私も新作に使っていて、しかも同じ日の投稿という、imagineのその偶発さにびっくりしました。私もそうですが、地球さんも普段はあまり世間で騒がれている事件などには言及されないというか、少なくとも自身の作品に使うことは無いと思うのです。ところが、今ある世界の空気は、不気味さを持って私たちに表現をせよと、迫ってきました。 忌野清志郎のプロテストソングがいいのは、とても個人的な身体的な不快感を示しているからで、今回の作品、この作品にあるべきであろうその個人的身体的な不快感の表明が、ギリギリあると思いました。ギリギリなので、もっと個人的な不快感を入れてもいいかもしれません。 (愛とウイルス)

2020-03-25

詩を読む時、知らない言葉があらわれても、調べることなく、その空白の言葉をそのままに文脈を辿りながらまた先へと詠むのですが、その欠落は予めあった拡がるべきイメージもあわせて失ってしまう。そうであっても、「今、詠んでいる」その偶然さを大事にしたいとも思うのです。なぜならば、おそらくは作品が生まれてくることにも偶然さが必ずあって、その偶然さを詠む者が受け取る為には、そのまま詠むしかないと。 なゆた創さんの作品は、詩を知り尽くしているからこそのセオリーが良くも悪くも出ていると思うのです。 今回の作品、この作品にあるべきであろう、匿名な誰かの、この国に今ある空気を知っている誰かが発する詩としての、有効性がある。一方で先にあげた、詩の偶然さの観点からすると、偶然と偶然が重なりあった必然さが、もっと必要なように思います。抽象的なコメントですみません。 (メメント・モリ2020)

2020-03-25

ユウさんコメントありがとうございます。また、明日以降必ず返信を書きますので、少し待っていて下さい。語り合いましょう。 (imagine)

2020-03-25

鈴木夜道さんコメントありがとうございます。深みのある見解ありがとうございます。誰もが悪人で善人なはずなのに、善人だ悪人だと、わかりやすく説明し、且つ、人に優しい薄い言葉でなければ受け付けない人間ばかりであきれてしまいます。特に才能ある優秀だとされる人らが一番タチが悪い。損得勘定に長けてるだけ。愚かで無能な悪人であるほどにキング牧師になれる気がします。 (imagine)

2020-03-25

石村さんコメントありがとうございます。私は旧式に「こだわる人」が好きです。その人らは進化する世において少数派を背負うことになるからです。しかもわざわざ自らそれを選ぶという。旧式はおきざりにされればされるほどに味わい深くなって、道具は身体化される。今の御時世ややこしいのは、旧式を新式と同列にして手に出来てしまうことで、新式を拒み続けた過酷な経過時間は付随されない。屈折している私は、旧式にこだわる人間でありながらも新式を使って過酷にやりたくなるのです。変人。詩人。悪人。 (imagine)

2020-03-25

これから私も音楽動画投稿の本格化を考えているのですが、動画作品についてのコメントはどうあるべきか考えながら書き込みしております。が、しかし、詩作品へのコメントも難しいですが、動画投稿へのコメントは更に難しいですね。そこで、いくつか感じましたことを率直に申し上げますと、 •ドラムのおかずがよかった。(ソフバをしっかり踏まえられている) •ベースラインも効かせてくるところがある。 •ロイドの調教が自然体としては出来がいいと思う。 と言ったところですが、投稿される前から期待しておりました私の基準としましては、及第点に至っております。音楽動画を投稿されたこと自体に「やられた!」感がありまして、その先見性は最大評価されるべきだと絶賛いたします。 星3.5プラス先見性により星5.0満点。 (MY 9090 OF NOSTALGIA)

2020-03-23

石村さんコメントありがとうございます。思わず、私の性根の傾向を出してしまった文だったように思います。自己愛とかっこつけの間に引っかかってくる、対象作品だと思います。 (大量消費されるお洒落〜トマトの缶詰めについての詩)

2020-03-22

トビラさんコメントありがとうございます。ビーレビの代表を降りる頃に、くたばれビーレビューというタイトルの投稿をしましたが、なんであんなタイトルを付けたのか自分でもよくわからないのですが、衝動が一つあったことは間違いありません。それはこの場を去っていった人たちへの落とし前のような。 トビラさん、ぜひ今後ともビーレビを盛り立てていってください。そして失望や矛盾した感情をたくさん抱え、他者との断絶を思い知ってください。とても辛いことですが、トビラさんにはお伝えしていいように思いました。 それでも、と、止めても止めても残ってしまうことを、これからもビーレビに残していってください。これからも、よろしく。 (大量消費されるお洒落〜トマトの缶詰めについての詩)

2020-03-22

コメントありがとうございます。なんかテルミンっぽくていいですね。顔文字がテルミンだなんて寂しそうだけども、早朝バズーカみたいにみんななるんでしょうね。 (ヽ(・◇・)ノ UFO)

2020-03-15

じつはこの作品にコメントを書き込もうとするのは3度目になります。一旦書き込みしようとしては送信出来ずにおりました。それは、私の思い込みでしかありませんが、ビーレビにおけるガムのくつべらさんと私の関係性から来るプレッシャーがあるからです。それは良い意味での緊張感です。素直に感ずるところをコメントすればよいのでしょうが、そのような気軽さでもって作品と対峙する場に、私に限っていえばしたくない気持ちがあります。念の為申し上げれば気軽なコメントの付け合いがあってもよいのですが、それだけでは欠落してしまう、物足りなさがあります。 安易にコメントを書かせない、緊張感をもたらせていただいたことに感謝しております。それはガムのくつべらさんが意図してのいなかったにせよ、です。作品へのコメントに戻りますが、ガムのくつべらさんの投稿作品はすべてクオリティが高い。「韻」と「イメージの立ち上がり」と「訴求力(読者が自分宛ての詩と思わせるところの普遍性)」の3つが揃っている。ただ、一点、急所があるとすればオリジナル無きところではないかと考えます。今、ビーレビでは匿名による作品投稿が可能になっておりますが、オリジナルな息遣い(言葉遣い、レトリックとは違います)を持つ作者はたとえ名前を伏せた投稿であっても百発百中で誰が書いた作品なのか判明します。ガムのくつべらさんの作品からは、今回の作品も含め、その息遣いが私にはみえない。というか、その作者が持つ固有さをわざと消しているようにも思えるのです。抽象的な話を続けてしまい恐縮です。 >僕は >君の肩にやさしく >ふれるだろう 作品全体としての詩のクオリティの高さを示す先に申し上げた3点のうちの「訴求力」をガムのくつべらさんは「作品の構成」によって成立させています。それは引用した最後にあって初めて「僕は」という自我を明かす流れにそれをみるのです。読む者からすれば不確定から確定への急な流れによって、一瞬の解放感を味わう。それで良しとする読者も多くいると思います。今時の自我無し、空虚感満載の詩のトレンドからすれば共感を持たれるかもしれませんが、私のような屈折した人間からしますと物足りなさがあります。その作者が固有に持つスタイルが技巧としてではなくて息遣いとして宿っている作品を手にしたいと望みます。また、機会ありましたら、次回作も読みたいです。というか、私はあなたの作品は気になるので必ず読むと思います。雑なコメントですみません。 (ナナホシテントウ)

2020-03-12

一生懸命に書かれた感があってよいかとも思うし作者の人の良さが滲み出ている。最後の残念な吐露。これがなければテロル的な投稿作品として不気味な輝きが出たかもしれないが、見事な不発弾作品。言い過ぎていないと思うが、一応お詫びいたします。気分を悪くされていたら、ごめんなさい。 (だっちゅーの)

2020-03-12

過去の投稿作品からすれば削ることなく多くを語っているように、読めました。過去の投稿作品もそうなのですが、極端に削るにせよ、多分に語るにせよ、その様式が読まれ方を過剰に意識されているように思います。先に見せたい様式ありきで、それに合わせ、内容を入れていったような。だからなのか、煙の様も透明な空も、誰かの言葉に思えてしまいます。誰もが使っている詩になるような言い表し。それを「とても詩らしい雰囲気の作品ですね、良いですね」と私にはコメントできません、すみません。印象論でしかないことももちろんわかった上でコメントしております。 (正しい変化)

2020-03-11

すみません、読んで何も残らなかった作品です。ごめんなさい。ホントに気を悪くされたらごめんなさい。この作品をご自身のブログでもなく、SNSでもなく、多くの人に読ませたい気持ちで投稿されたのであれば、その意味が私には見出せませんでした。たしかにどのような作品でもウェルカムにしている場所なので、とやかく言うのはよくないかもしれませんが、「書いてある気持ち、この心境わかります!共感しました!」というコメントがたくさん欲しい、分かち合いが欲しい作品なのでしょうか。単にそうであれば失礼しました。お詫びいたします。 (片想い)

2020-03-10

批評は断定と思い込みで書くことに意味があって、石村さんのこの批評にも明らかにそれがあって好ましく読ませていただきました。述べられる内容への否定の意見もあっていいし、もちろん支持する意見もあっていい。ただ私も含め見誤ってならないのは、その批評文から「学ぶ」ことは決して「支持する、好意的に読む」ことに限らせる行為ではないということ。 石村さんのこの批評文投稿を機に、批評文が続出することを願うものです。めちゃくちゃヘタクソで論理が破綻して、でもその詩作品について書きたくてたまらなくなった、そんな批評文を望みますよね。 (物を書くということ―「独言少女」評)

2020-03-08

>あいつをくれ >宝石をくれ がすごくぐっときますね。これを叙情にせんが為に全体があって私的にはこのテキストは好きです。画像がどう効果を発揮しているか、、まあ、私はあまりこのような画像とテキストのコラボは好きじゃなくて自分でもやったことがあって失敗したかなあっという過去もあるので。 作品へのコメントではありませんが、トビラさんと作者さんとのやり取り、個人的に好ましく読ませてもらいました。「否定」というオプションが去勢された関係に私はどうしても違和感を感じてしまいます。趣向が合う者同士が好意的に評を出し合うのであれば、当掲示板のようなノーカテゴリーフルオープンな場の面白さがないと思うのです。 お二人の率直な意見の述べ合いは、その高度なコミュニケーションを成立させていると思います。 (崩れる詩)

2020-03-08

大変失礼しました。それぞれの詩があって当然でした。心からお詫び申し上げます。前回のコメントは撤回します。コメントすべきではありませんでした。 (うつらうつら)

2020-03-07

自由さがあっていいですよね。ただ、自己満足のリミットがかかっていてもったいない気がします。あなたの自由さをみせられているところでおわっていて、私までは自由にしてくれない、みたいな。いや、それでいいのだとも思いますし、人が誰かを言葉で自由にするなんて、それが出来たとして、それはきっとまやかしなんだと思います。ただ、こちらの詩を読んだ一瞬、なんか、わかりませんが、自由にしてくれそうな気がしました。 話は逸れますが、ビーレビ初期の頃から参加されてる方なのですね。初めてのコメントですが、また、作品読める機会がありましたら必ず。 (太陽にシーツかぶせて)

2020-03-07

帆場さん。あなたは素晴らしい。これ社交辞令抜きに。帆場さんって読める人だって感服した。ある意味で、今のビーレビ運営陣のなかでピカイチかもしれない。渡辺さんも読める人なんだけど、渡辺さんは技巧までは読めても精神性までは行けない人、というか、彼は敢えて行かない人なんだよね。帆場さんは精神性、、つまり作品のエッセンスまで詩をお迎えに行く人だとわかった。舐めてました。ごめんなさい。 なんか思わず本気レスレスをしてしまった。ありがとう。 (U +2287E)

2020-03-06

リーディングを前提、パホーマンスのためにあるメッセージの原稿に思えました。直裁な言葉による自己主張ですが、このテキストだけを読む限りにおいては何も残るものはありませんでした。ただただ作者に気を使ってしまいます。たとえば「ただやっていくだけさ」について、だから何?などと返しては気を悪くされるのらだろうな、とか、「馬鹿にされようがそれを淡々と繰り返していくだけさ」と言われるけれども実際に「だから何?」と突き放したらお怒りになられ淡々とはされないだろうな、という感じです。気を使って、「素晴らしい主張ですね!共感します!私も頑張ります!」と社交辞令でも言っておこうかと考えてしまいます。 何故だかお判りになられますか?匿名だからです。こんなに立派に堂々と主張されてるのに匿名で公に出された。つまり説得力が無いというか、何がしたいのか不気味過ぎて困惑してしまいます。なので、無難に既読スルーするべきなのでしょうが、あなたがおそらく持っているであろう鬱屈を私も持っている気がしたので思い切ってコメントしました。 (craftsman)

2020-03-06

日常の何気ない風景があって、そこにたまたま気が付いてそのまま何気なく書かれてあって、それがコンセプトであればそれでいいのでしょう。幸せな情景が伝わってもくる。しかし、詩•テキストでしか表現できないことなのか、甚だ疑問です。動画撮影、写真でもいいのではないでしょうか。或いは、 うつらうつら だけでもよくないでしょうか。うつらうつら以外はただの描写であって、レトリックとして何があるのか、残念ながら私には読めなかったです。 (うつらうつら)

2020-03-06

コメントありがとうございます。 ご紹介いただきました動画を拝見しました。Lの幻覚作用に類似な歪みがあって好ましく思いました。性的な衝動はいつも心に悲しみをもたらせてくれますよね。 (ばけものたちがおっぱい)

2020-03-06

とても知性を感じる作品ですが、手元に置いてまた読みたい、日常的に読んでいきたいと思う作風ではありません。そのような受け取られを目的として書かれてもいらっしゃらないとも察します。おそらくは、高尚な精神性をお持ちになられていて、私には見えていない、開かれていない感性があるのだろうな、と興味は湧きました。また、美しさを感じたかどうかでいいますと、美よりも作為的な奇妙さしか読みとれませんでした。 (病む人)

2020-03-06

コメントありがとうございます。終わらなかった世紀末がまた来るといいですよね。 (ばけものたちがおっぱい)

2020-03-06

コメントありがとうございます。事実をそのまんま書いてリアリティ出したのが失敗だったんだと思います。いつも鋭いご指摘ありがとうございます。勉強になります。 (ばけものたちがおっぱい)

2020-03-06

初読でのコメントになりますが、ややノスタルジックではありますが、清涼な感を受けました。それは、髪が濡れたままに公園にいる情景描写が上手く効いているようにおもいます。個人的なことですが、私は髪を濡れたままよく外出しますので、更に読後感が心地良くあったのだと思います。また、父性からの解放という意にこの作品を捉えていて、その意において、置かれている「航海」や「旅」といった事象が通過儀礼のメタファーに読め、作品の構造としての強度が感じれます。読んでよかったです。 (一人の親殺し)

2020-03-06

訂正 文学としてのエロさがあります。 です。失礼しました。 (液体 そしてわたし/ではなかった)

2020-03-05

初読でのコメントになりますが、この作品ヤバいですね。もちろんいい意味で。エロティックな他の投稿作品とは隔絶な感があります。圧倒的に文学としてのエロさかわあります。ヤバ過ぎだと思います。でも、そのぐらいでビーレビには丁度いいです。 (液体 そしてわたし/ではなかった)

2020-03-05

すみません、共作だとのコメントを、後から知りました。共作であるとすれば、ちょっと頓珍漢なコメントになったかもしれません。 (病院)

2020-03-05

ごめんなさい。これはみうら個人の趣向に合わないからだと思うのですが、読んで入ってくるものがなかったです。ただ、この作風を好まれる一定の人たちがいるだろうなとは思う強度はあります。なんだろうか、実存に急に方向変え過ぎているように思う。元来あった渚鳥さんの「作品全体が示す意味によって使う言葉の定義を一般から解離させる世界」が失われていて、なんというか、平たく言い表すと、「思ったことそのまんま書き出しました」という感じ。これでは読者は楽しめないだろうに思う。ただ、一定の評価は受けるであろう良作には思う。 (病院)

2020-03-05

これまた、ぜんぜんダメな駄作だと思いました。読んで何にも残りませんでした。何にも残りませんでしたので、理由は示せないです。読んで損をした気持ちです。ふじりゅうさんはやっぱ詩を書かなければいけない人だと思う。過去にも詩ではないクリエイティブライティング的なる作品を読みましたが、まったくダメでした。ところが、詩はいいです。時々。もう一つ付け足して言えば、詩でないクリエイティブライティング系の作品ならば、読んだ人から最低限読んでよかったと、Amazonの書評であれば、星一つは付けられなきゃダメだと思います。この作品だと星すら付けられないスルーされるだけに思います。以上ですが、参考になれば幸いです。 でも、クリエイティブライティングは頑固に続けて欲しいです。 (カマボコ)

2020-03-05

初読でコメントさせていただきますが、この批評文はいいですね。思わずもう一回帆場さんの作品を読みに行ってしまいました。 なんというか、その、わからんものはわからんし、言葉に出来んものは出来んという潔さと、その潔さだけで終わらせない、批評対象の作品が個人の営みにまで降りてきたんだという深みが感じられて読んでよかったです。 (ボーノ、フォルマッジョ!)

2020-03-05

トビラさん、SNSの件、了解です。コメントの強弱、大丈夫ですよ(笑) (妄想する人は美しい〜「レモンサワー」)

2020-03-05

初めてコメントさせていただきますが、投稿された作品の中で今作が一番好ましく思いました。私の個人としての感度より「詩のスタイル」として好ましく。それは韻が良いのと、「君」をただの君とせず、ノスタルジックな「僕」にも思えてしまうレトリックがあるからです。私はどちらかと言えば技巧やら、上手さやらを第一義として詩を読める人間ではなく印象の方を優先して味わう人間です。しかしながら、本作を読んだ時、「詩のスタイル」を想起させました。それほど、この作品は詩的なのでしょう。読んでよかったです。 (明日のための幸福な懐古)

2020-03-05

匿名制ならではの作品ですね。正直、私はこれを花緒さんが書かれたのだと初読の時に思っていました。貴音さんのその書く技量はピカイチだし、以前から申し上げています通り熱量が大きい。ただ、逆に言えば、その熱量が「空虚で自我無し現代詩トレンド」にマッチしていない側面にもなっている気がします。それをみうら個人としては好ましく思っているのですが、一方で残念な気持ちにもなります。 (John Does Jane Does Town)

2020-03-05

この作品ばダメだと思います。地球さんの作品には精神性、テーマが必ずある。今作にある精神性は過去作と比較しても在る。しかしその精神性というやつが「宿り」にまで達していない。この作品を過去作と同様にいいねをされる人たちは、詩情とマイナー調の違いを味わえていないように思う。もっと言えば私が感得している武田地球氏の作品に宿る精神性を共有することは出来ないように思う。つまり、武田地球氏の作品を「ただのマイナー調のネガティブで優しい詩」の域でしか読めてないのではないかと思う。詩情の見極めは確かに困難であり、私からすれば悟りに近い。その悟りを言葉にして伝えると誤解されるのが常だ。地球氏の作品からその、「悟り」が感得出来ないと私は納得出来ないし、いいねは絶対にしない。 (ある春)

2020-03-05

なかなか鋭い迫りですね。たしかに花は花それだけで美しい。で、その美しさをわざわざ言葉をこねくり回して書く必要があるのかと、時に私も思うことがあります。「美しい」の一言だけでいいではないかと。これは、かなり難しい命題です。しかし、私はこの命題の自分の中で答えを持っています。その答えの確証を得ています。トビラさん、こんどよろしければツイキャスで肉声で話をしましょう。差し支えなければ。テキスト以外に肉声での伝えがあった方がいいなあと思う時があったりします。今後ともよろしくお願いします。 (妄想する人は美しい〜「レモンサワー」)

2020-03-05

完璧な文などないのでしょうが、許容出来る域に達してるかどうかを自分が書いている時に見極めるには一定域に達する経験値が必要に思います。しかし、このルールをちゃぶ台返ししてしまうぶっ飛びっで書いてしまうものって時にあると思うんです。その「ガチ、本気度」が宿るものを最低限の見極めにしたいと考えます。たとえヘタクソで論理性無きものであれ、そうしたいです。逆にその宿りがない文、特に批評文はクソだと思います。 (妄想する人は美しい〜「レモンサワー」)

2020-03-05

投稿作品を読んで、作者のことを念頭に置かずに読む側から発せられる一番辛辣なコメントは、「読まなければよかった」というものがありますが、私はこちらの作品を読んでそういう残念な気持ちになりました。冗長で、読んでも何も残らなかったです。何も残らなかったのですから、どこがどうだからという何も残らなかった理由は示せません。ただ、私も人間です。ここまでコメントを書いているうちに、一生懸命に頑張って書かれる作者の姿を想像してしまいました。社交辞令にきこえるかもしれませんが、次の作品も必ず読みたいと思います。またコメントしたいと思います。ほんとに読む側の勝手な気持ちで恐縮ですが、コメントもしなければよかったとは思わせないでください。次回の作品を楽しみにしていますので。ただ、私が鈍過ぎて読めない人間なだけかもしれませんし、好みが合わなかっただけのことかもしれませんが。このコメントで不快になられたら、謝ります。失礼しました。 (ビー玉の詩)

2020-03-05

(笑)いやいや、ぜんぜん大丈夫です!ちなみに、私は他人にキレることありませんから笑、安心してください! (U +2287E)

2020-03-04

レスレスしない主義のみうらですが、せいろんさんのそのコメント優勝です。 (ハムスターになりたい)

2020-03-04

なんと言いますか、こう、ぎゅうっと、なんと云えばいいのでしょうか、この作品に相応しい私のなかに芽生えました気持ちを濃縮しようと、ぎゅうってやってます。このとらえきれない自分の気持ちをぎゅってやってるんです。昔、一晩中ずっと一緒にさまよった女子がいたんです。一晩だけの出来事だったんですけど。軽薄過ぎたんですね、私の態度が。その、なんか私へ伝えたいピュアな気持ちが彼女にはあったんだと思うんです。変な話ですけど。隣で急に両手の手のひらをぎゅっと握り出したんです。その腕震えてて。 それを思い出したんです。なぜだかわかりませんが、ハムスターになりたいってやり取りは、なんか、そういう、言ってしまうと本当に言いたいことが脱落するんですが、言っちゃうと切ないですよね。 こんなコメントを書いていて、やっぱ送信しないで消そうってことが、よくあるんです。意味不明だし、自分は何をやってんだと。でもこのコメントは送ることにしました。せいろんさん、また次回読むで。 (ハムスターになりたい)

2020-03-04

尾田和彦という名前をみつけただけで、 僕なんかは読んでしまうわけで、 そこに露わになってる尾田さんの人間っていうやつがまたちゃんと在るんで、 毎度の久しぶりの登場を楽しんでます。 作品読んで元気に笑ってます。 僕なんかは。 尾田和彦って名前だけで読ませてしまって、更にそこに 不在の主人公 なんてフレーズを一筆書きみたいに無作に置けるって、詩人だと思う。 やっぱ、その知識やレトリックとか能力というか才能とかいう前に、 何書いても俺の言葉だし詩になるからっていう詩人でありたい。勉強になりました。 (静かな底と天井)

2020-03-04

少しだけ言語が少しだけ自由になる。その道具の言語から。花みたいになれたらいいのにね。意味のない葉っぱとか。 ユウさん、あなたと僕が、君と僕だけがある自由だったら意味がなくなってしまいたい。しまわないかな。しまえばいい。わからないままにね。意味がないあなたと世界だ。意味のない私の世界だ。 アミチヤラスカテミナラ ミカスマチノウラハタム アシマラミサクチの花 (╹◡╹) (U +2287E)

2020-03-04

わかっていることとわかっていないことがたくさんあって、やらないでいいこととやらなきゃなんないことがたくさんあって、大人になるってことは発狂するくらい怖くて不気味なことなんだよね。いすきさん、洞窟に住んでる怪物を見つけてくれてありがとうだよ。トーマスソーヤはインジャンジョーに後ろから襲われたんだ。いすきさん、冒険者合格?優勝コメント?ありがとう(╹◡╹) (U +2287E)

2020-03-04

天国の扉だったのですね。トビラさん、見つけてくれてありがとう。そして君の熱量、君の大事にしている熱量を分けてくれてありがとう。凶器は言葉にしてみないとわからないし、詩はふわあっとしてふわあっと舞ってゆくまえに雨となって落ちてしまうのかもしれませんね。しれない。しれます。 (U +2287E)

2020-03-04

私には英語がわからない。でも英語の詩を私にも持つことができました。そしてこのようなコメントがいただけたこと、とても嬉しく思います。 (U +5854)

2020-03-04

その作品を実在せしめるような批評とは、私がそう思いこもうという言説を書かなくてはなりません。と、石村さんに語ることを釈迦に説法というわけではありますが、一方で文を書く上において完全なる自身を欲するのです。この乱雑で不完全な批評文は私のそれであり、また残酷ではありますが、作品は、私に「完全なる自身」をもたらすに及ばぬ不完全ではあったのでしょう。しかし、いうまでもなく完全なる自身をもたらす作品に出会うことさ極稀な偶然の連鎖にあります。私はこれからも無難な必然の作品を手に取ることはありません。きっとこれからも不完全な偶然に筆を取らされ続けます。完全なる詩に出会うには死するしかありませんから。私の批評が石村さんの心眼を狂わせるものであれば幸甚で御座います。 (無意味な詩のエクスタシー〜「私の中に出して」)

2020-02-25

> いしゅめらあああああーーーー トビラさん、久しぶりです。 私は詩はわからないことばかりです。しかし、詩人と呼ばれなくてはいけない人はわかります。私の直観に間違いがなければトビラさんは詩人です。書かなくてはならない抒情詩があるのだと思います。しかし未だその、トビラさんが書かなくてはならない完全なる抒情詩が不完全で、時にそのカケラが私の目前に迫ります。先に挙げたやつもその一つです。手先が器用で文学に精通していて頭が良くて素晴らしい詩が書けてもてはやされる人、そういう人気者が書く詩にはあまり興味ありません。とても素晴らしいのでしょうが、あまり詩人を感じることがないからです。独断で言い切りますが抒情詩ではない、抒情詩を書けない人を詩人とは、呼びたくありません。私もまだ自分の完全なる抒情詩を書けないでいますが、そんなことは棚に上げて言わせていただきます。トビラさんは抒情詩をぜひ書いてください。排他的なコメントになってしまったかもしれませんが、それが本意ではありません。簡単に言葉になど、本当は出来ない。でも書いてしまうのは業なのかもしれません。でも、そんな業みたいなものが宿っている詩を読みたいです。先に引用した言葉にはそういうのが宿っていると、はっきり私にはわかります。 (まいごこまいご)

2020-02-24

荒れ猛る波がデフォルトの海辺にあって穏やかな期間を僕たちは歩いているにすぎない。そこに散らばる嵐の後の残骸やらは名付けるとすればエンジェルダストであり、終わってしまう僕たちの永遠というやつだろう。忘れてしまった祈り方や祝祭の日の踊りは、松の繁みでほくそ笑む彼、彼女たちに教えてもらおうか。 (空と海の涯、水と砂の際)

2020-02-24

完全に静止をした水面は人工的に作れはしても自然界では極微細であれ、変化があって、それを感得し言葉に換える行為は無常を知り虚しい表現に達する。岸辺とは彼岸とも云え、そこに鳴く、否、鳴かない、鳴かないであろう空虚なカナリアの影が一幅の画のようで、言葉に還る詩は私の目前で静止する。 (影鳴く湖)

2020-02-24

なるほどー、と思える着目をみました。しかし、もう一歩踏み込むべきな感があります。なぜならば、言葉と意味は読む側の私の方へ永遠に存在していて、詩にあるであろう意味も永遠に私の中に在ります。 もう一歩の踏み込みは、詩の作品の中でありながら、じつはこの詩を読んでいるであろう「作者の中に在る他者」への入口だと思うのです。あなたの言葉で遠慮なく私を掻き乱してください。そして、私をもっとわからない世界へ連れて行ってください。これからも期待しています。ずっと。 (わかっていること)

2020-02-24

心象の情景を言葉で完璧に現そうとする、その美しさが味わえます。ただ、読みやすさゆえか、語り手が持っているであろう膠着なるものが、全体的にフラットで透過過ぎている感があります。その全体の印象とは逆に最終連の最後の2行がその膠着なる心象を表しているのですが、全体の透明さと異なっているため、短略な言葉に読めてしまいます。やや興醒めしました。でも美しい作品ですね。読んで良かったです。 (リメンバー・ミー)

2020-02-24

>君よ、私の声が聞こえるか・・・・・・ この結語がどうしても浮いて読めてしまいます。それは、外界の情景とメタファの構造の表現から「外れた」、直裁なメッセージだからというのは明らかですが、高橋氏を知る読者からすれば、敢えて「外した」とも読め、そうであるとしたら、この結語にこそ作者の情緒が宿っているとも思えてしまいます。 抒情詩へのこだわりを感じます。 (実在の声)

2019-12-07

なゆた創さん コメント有難う御座います。なにかしらの反抗があるとしたら何も成せなかったことの無意味さへのもので、もはや手におえない、わらってしまうようなものです。それでも、それでもと執着する。詩人の本番がそのような肉体から遠いところであれば、私はまだそれを書きたい気持ちになるかもしれません。 (どうでもいい沢尻エリカと寺山修司記念館までの旅路)

2019-12-07

アリハラさん 貴重なコメント有難う御座います。本作に欠落しているのは人前に晒して恥じない覚悟でしょう。しかしながら、覚悟が足りなかったと反省する気はさらさらありません。当たり前ですが、なぜならばそれは、覚悟があったかどうかなど、死ななければわからない。作品には優劣しかなく相対のなかに消費される。でも、私は私にしかわからない私の絶対があって、その吐いた言葉は、誰人にもそれを詫びる必要はなく、永久に絶対の言語として私の中にあり続けます。 (どうでもいい沢尻エリカと寺山修司記念館までの旅路)

2019-12-06

ボルカさん コメント有難う御座います。 とても昔に抱いていた隔絶感は、その他者にあるのではなくて、私は何もわかっていないんだという、自分の愚かさに帰結します。それはどうでもいいと言い切ってしまわなければ生きれなかった強がりであり、今もまだあります。それをもっと詩にしなければならないし、そうでなければ私は死ねないのかもしれません。 (どうでもいい沢尻エリカと寺山修司記念館までの旅路)

2019-12-06

沙一さん コメント有難う御座います。現実の世界を忘れて簡単に夢想できるようになってしまったら、有名人が神ではなくなりました。でも、私にとって特別な人を言葉として表すことは困難で、最初から誰にもわかってたまるかよってなります。孤独を学識の向こう側に会得するよりも、独り善がりな孤立を私は好み、そしてまた残念な気持ちになりながらも、安堵します。 (どうでもいい沢尻エリカと寺山修司記念館までの旅路)

2019-12-06

黒髪さん コメント有難う御座います。死生を想うとき、なにものかに、自然に祈れたらいいと思うのです。その対象となるほどの覚悟を示した詩を書きたいと考えます。それ以外はろくでもないことでいいのかもしれません。でも、ろくでもないなかにしか生はないので、残念になります。 (どうでもいい沢尻エリカと寺山修司記念館までの旅路)

2019-12-06

感想ありがとうございます。なかなか鋭くてグッと久しぶりになりました。 (どうでもいい沢尻エリカと寺山修司記念館までの旅路)

2019-12-05

>のっのっのっ オノマトペがフックとアクセントになっているところに目を奪われてしまいますが、この詩に文脈を与えるのは、話者の内なる言葉にあります。 >(ふん かわいいやつだ) >ーあれじゃあいつかのどこかの誰かさんだ また、オノマトペがユーモラスと併せて含有する「軽さ」を情景の広がりまでに昇華されている具体的な描写。 >傾斜はおよそ四十五度の オノマトペと文脈と情景の3つを上手く構造化されており、更に「車の窓から」という題名。 そのような創作の技巧によっての効果なのか、読めば読むほどに俯瞰視に変化するズームからワイドへの変化を感じました。 (車の窓から)

2019-12-04

深遠なところに降りていく。そのように読み入ってしまうことを味わい読むというのかもしれません。本作を幾度か読み返しました。 深遠なところに降りていくとは、具体的にみえる像を示せば、その詩を詠んでいる人の佇まいです。 一つの言葉それ自体の表記に意味は宿らない。平易であれ難易であれ使う言葉の選びは、音韻の作りを含みながら、作者固有の文脈が詩を創出します。本作にある文脈とその音韻は、丁寧な響きとその佇まいです。それは「外界のうずくまるもの」によって「私」の内面を表されている。 >布団の上でうずくまる私の、うずくまる願いのように >地球に雨が降る 「外界を書くこと」による「内なる世界」の比喩としての表現。なかでも、「布団の上で」との前置きが現実空間と眠りにみる夢の空間の中継地としての味わいを醸し出しており、そこに丁寧さをみるのです。 丁寧さを感じる私には、この詩を詠む人の佇まいが像として浮かびます。それは、うずくまる姿ではなくて、本作にある背を伸ばした人がみえます。それが丁寧さと私が言うところの効果です。 読んでよかったです。 (うずくまるもの)

2019-12-04

断言する話者からは虚しさやらを言い放ちする感情的な表されがあるのとは裏腹に全体の構造が理性的に整理された感があります。 初投稿作品のエグランティーヌにもある断言の言い放ちスタイルは良い意味での惹かれるものがありますが、やはり構造が読み手を意識され過ぎているように思えるのです。ドン引きするぐらいのめちゃくちゃな、前後の筋が通ってないぐらい可読性があるかないか判別出来にくいぐらいに攻めてよいように思えます。フリージャズみたいな。そう思いました。 (ニルヴァーナスープ)

2019-12-03

みんなが営みを持っていて、その物語にささやかな素敵さを見出せたら幸せという言葉にでもしてみようかとなる。それが誰かの物差しでは規定通りでつまらなかったとしても、というような。本作にはその物差しで線を描くような素朴さがあって好ましい。 彼女の語るうたうような声による立派な屋敷というのは、とてもささやかなものだ。だけれども彼女にしかわからないであろう手触りがある。 久しぶりにビーレビを覗いて沙一さんらしい作品だなぁって、思わず、コメント書いちゃいました。この作品のスタイルは詩ではないかもしれないけれども、ポエジーが宿っていて、なんだかそれは沙一さんによる詩人へのこだわりが為せることなのでしょう。 詩の形を書くのではなくて、詩人にこだわって作品を投稿するということ。勉強になりました。 (ゆれるポニーテール)

2019-12-02

特になんの印象も残らない作品です。初投稿の作品も同様でした。じつは初投稿作にコメントをしようとして止めました。「ああ、なんとなくわかる情景」「ああ、何が書きたい作品なのかなんとなくわかる」という程度の感想をじつは持ちましたが、しかしそれをコメントするのではなくて特別な印象はないと書く。これを隠喩だと私は思っています。「なんとなく理解した」という気持ちが事実かもしれませんが、真意ではないということ。その真意を表すのに、理解したと書かないこと。 作品に沿ってコメントすれば、「あの不思議な」「あの光が」の「あの」で表し終えているところがイージーでありコメントするに値しない作品だと判断しました。 今書いている私のコメントで説明すれば「なんとなく理解した」が「あの」に当たります。私も「なんとなく理解した」の一言でコメントを済ませれば無難に終わるのですが、人前に書き残す文字を晒すのであれば何らかの痕跡を残したい。そのような理由から「特に印象が残る作品ではない」とコメントすることにしました。 ネットで詩を読み始めて3年が経ちましたが、素晴らしい作品に出くわしたことが少ないですがありました。素晴らしい作品に出合うことを機に、私にも書けるはずだと当初は励みに思えていました。しかしこのごろはとてもとても書けないと、自分を恥じてしまいます。私には見えていなかったのです。何もわかっていなかった。その稀な作品を書く作者は私よりも優れて作家としての生き様をされています。作家としての生き様、これはプロでなくても、です。びーれびの投稿者であっても素晴らしい作品を書く作家は優れた作家としての営みがあります。言い方を代えれば拘り、です。その拘りを持つに至るまでには相応の労苦があるのは察せます。その物心のうち心の労苦、つまり孤立することを恐れない、他人の誤解を恐れない、共感する人がたとえ皆無でもいいという執念、そのような覚悟が作家としての生き様だと思うのです。覚悟から生み出される作品は稀です。稀ではありますが、ネット詩と云われる場末にもあります。この掲示板でも見つけました。コメント欄には作品論・技術論を具体的に示して書くことが賢明なのかもしれませんが、技術的なアドバイスコメントも精神論(大嫌いな言葉ですが)もいづれにせよ、このコメントを読まれて、今後の何かの教訓にされると嬉しく思います。みうらの言ってることがどうこうではなくて、泣いてしまうほどに、思考を言葉へ変換する気力すら失くすほどに、悩まれるといいかもしれません。twitter等では味わえない面白い遊びだと思います。 長々となりましたが、個人的にコメントをお求めいただきましたので率直に書かせていただきました。 (pounding )

2019-11-23

「お上手な詩なんて書かずにこのまま突き抜けることを願ってます」なんて前作でコメントしてたので、気になって今作も読みました。しかも、タイトルがいじめ2になってたんで。上の御二方のアドバイスの通りなのかもしれないんですが、私的には技巧どうこうよりも、ここにある思念が中途半端だと思うんです。思念が突き抜けていない。思念がどうこう書くコメントなんで、具体的にどこがどうとかロジック立てて言いません。読んで感受した感じを申し上げます。そのいじめには必ず悪い人間が原因としてはっきりと居ると思うんです。その悪いやつにまったく届かないんじゃないでしょうか。あらゆる合法的手段か、あるいは呪いでもって悪い人間を苦しめてごめんなさいさせるべきじゃないでしょうか。たしかにそういう危険地帯からは一旦逃げるべきです。しかし、復讐はしなければいけないと思う。絶対に復讐はしなくてはいけないですよ。それが現実的には不可能であっても呪い続けることは可能です。そいつが不幸になってる姿を私はみたいです。それが突き抜けてしまうことだと思います。誰もわからない苦しみを知っているんであれば、あなたにしかその苦しみを突き抜けられないです。誰の共感なんて求めない作品、あなたにしか突き抜けられない3つ目を読みたいと思います。私は薄っぺらい感情の博愛主義よりも、剥き出しの憎悪こそが愛だという信条なので、極端なコメントを思い切って書かせていただきました。 (いじめ2)

2019-10-19

時々掲示板を覗いていて、コメント数が伸びている作品で、気になって読みました。渡辺さんが熱心にコメント書かれていらっしゃって、先にコメント欄から読んでしまいましたが、ここまで思いっきり書かれてる作品って久しぶりに読んだ気がしました。脱字かなあって箇所も逆に心揺さぶられる要素にさえ思え、気持ちとかそういうのってこんな風に書くの大事だよなって思いました。誰かに感動したとか言わせるよりも誰かに褒め言葉を言わせるよりも、叙情詩らしい反響があっていいなあと思いました。ぜひ、次は上手い作品を書いてやろうなんて思わないで欲しいと思ってます。このまま突き抜けていっちゃってください。その衝動を失くして、クソお上手な詩とかを書くようになったら寺山修司さんが赦さないと思います。 (いじめ)

2019-10-15

ハッシエンダの跡に建ってるマンションの名前はとりあえずハッシエンダでよかったとか思いながら久しぶりにマンチェスターサウンドを聴きながら、だ。それから台風だよ!窓の外はギャラクティカファントムだ。きさまあの登場に台風はもってこいだな。もってけ泥棒、きらるび、いや、ちがうんかい?つむぎ。久しぶり。この短歌のコラージュみたいなのええやんか。時々出てくるポチ。これが大事だよな。どうでもいいようでどうでもよくないんだよな。ポチはどうでもよくないんだよな。でも未来とか、あんまし、そういうの考えたくないし、どうでもいいけど、でも未来もポチとおんなじぐらいどうでもよくない。そんな感じだね!うん。はい、で、マンチェスターサウンドっていつからマッドチェスターって呼ばれてんだ?THE1975ってカッコいいやんか!セカンドサマーオブラブは来んかったかもしれんが、THE1975があればいいってやつだな。あわっ、こんな意味不明なコメント、、まあ、きさまあは判るからええよな。まあ、わからん人たちのために、この作品はつまりセカンドサマーオブラブなんだよねって解説みたいな終わりにしておこう。きさまあもわいも終わんないんだけどさ。 (常しえのゆめの降るさと)

2019-10-12

黒髪さん、これは、どうしちゃったんですかと尋ねたくなるぐらい迫ってきましたよ。今月はもうコメント参加を控えようとしてるところだったんですが、思わず書いてます。 >硬質で不器用な >はぐれた光のような生き方をして この言葉に集約されており、作品の冒頭から結語に至るまで作者の息遣いが宿っています。 私が黒髪さんの全てをわかっちゃいなくて、それは当たり前で、いつも何故にわかってるようなことを言ってるのかと問われれば、以前から申し上げてる通りで、私は詩を書く行為において、逃げたのです。何から逃げたのかを言わなくても、逃げなかった黒髪さんはわかっていらっしゃる。つまり、だから、私も同じです。100歩譲って言えば、わかったふりでもなんでもいいから、わかっていると言い切るしかないということ。相変わらずダサいコメントになってますが、自分語り、モノローグは極めれば、どんなお上手な技巧的作品よりも優ることが証明されている作品ですよ、これは。あんまし、他人の作品を読んで泣かないですが、これは泣いた。別にこんなこと書かなくてもいいし、書かないほうがいいのでしょうが。次は詩集本作れるぐらい、傑作の連発をお願いします。 不毛だとか、言ってた人々へも祝福を。 (╹◡╹) (不毛なもの)

2019-10-07

(╹◡╹) ((╹◡╹))

2019-09-29

あのねー、って始めて、ねって字は相変わらずイビツな形だなあって気がついたよ夏野ほたるさん太陽がようようおはよう。みうらという人間は気軽に素敵だと言わせてはいけないぐらいに軽薄で警戒を強めなければならない台風13号なんだと思うとショックで詩人になってしまいそうだよ夏野ほたるさん。タイトロープから落っこちながら、笑わせてくれる、そんなピエロ。よい人間じゃなくてもいい好きな人のピエロでありたいんだ僕は。←かっけー。 ((╹◡╹))

2019-09-29

世界を箱庭にしたようで好きです。少し内向的であり、とても平易な表現が素朴過ぎて、やや稚拙に思えるアイテムが散らばるようにあって、当初は少し困惑しましたが、二度読むうちに飛出し絵本的な世界観に思え、おしゃれな印象を持ちました。とてもとても良い作品に思えます。 (みんな空から来たんだよ)

2019-09-25

×せいりして ◯成立して 失礼しました。 (流りゆる/照らしょうり)

2019-09-25

詩文の作品に詩や詩人という言葉を作品内に出すのであれば、天地がひっくりかえるぐらいの命題が示されなければならないと思うのです。本作は詩人の在りようや本質を突かれているようですが、命題が無いか、あるいは不足しているように思います。 (『詩人の書く詩と書けぬ物語、その間のジレンマよ』)

2019-09-25

モノローグを演劇風にまとめられていて、ちょっと私には抵抗感がありましたが、仮にこれがデフォルメな手法だとすれば、もっとやっちゃったほうがいいと思います。大声で叫べばいいのに、小声で大声で言うようなセリフをつぶやいてる感じです。 すみません。次回作も必ず読みたいです。 (穴)

2019-09-25

「あるいは」の響きが効果出てるように思います。もしかしましたら、作者さん的には、「あるいは」の多様によって、ひつこさを残さないか、気にされながらも、残されたのかなあという痕跡を感じましたが、良い効果が出てると思います。 (原因)

2019-09-25

良い情景描写に読めました。時間のある空間を時間の表現をされずになされているところがいいなあと思います。 (幸せという名の家)

2019-09-25

やや、ややですが、突き抜け感が足りないかなあと思いました。希望の光が薄いかなあと。黒髪さんの作品って技巧的でいきながらも、本質は感情任せなところってあると三浦は思っていて。で、なかなかその感情任せなところって私が知る限りでは黒髪作品全体として出難い。ただ、それがある時の作品ってめっちゃカタルシスあるんですよね。私の勝手なあれなんですが。ぜひぜひ、次回作期待してます。 (悲しみの祈り)

2019-09-25

ところどころ体言止めが効果を発揮してるように思えますが、多発過ぎて作品全体として静止状態の感があります。内容からすれば動的にあったほうがよいのではないかと思いました。 (夢喰いと悪夢)

2019-09-25

うちは関東にゃみりー一家所属の野良猫保護活動にちょっとだけ協力してたりしまして、猫三匹飼ってます。猫になりたい気持ちかなり強く持ってまして、本作に共感するところあります。死ぬ時は猫のようにひっそり死にたいです。 (迷子の子猫)

2019-09-25

幻想的な響きを一行空けによってもたらせているように思いました。フォルムが良い色出してるような感じですよね。 (死と乙女)

2019-09-25

韻を上手くやりなさいと、先日とある詩人からアドバイスを受けたのですが、それは作品を読んでくれる誰か、その誰かが持っている音感を意識して書くことなのか、或いは私自身が持っている話言葉としての美意識を基準に韻をつくることなのか、けっこう最近、迷っているところです。 本作にあるローカルな語句の響き、その土地で暮らし身に染み込んだ者同士であれば、読む方が持っているであろうリズムなどにこだわらず無頓着であっても、せいりしてしまう空間があるわけで。羨ましいの一言がこの作品にふさわしいかな、と思いました。私は博多出身で、東京に出て3年も持たずに博多弁を捨てました。けっこう後悔があります。失礼しました。 (流りゆる/照らしょうり)

2019-09-25

かなりラフに書かれ、しかも平易な語句をたくさん使われ、内容も特にアクロバティックなことがあるわけでもないのですが、作者の息遣いがくっきりとあります。詩を書かなければならないゾーンに必ずいらっしゃるんだろうなと。そのゾーンに入ってることが私にはけっこう難儀なことなのですが、ゾーンに入っていることが詩を書く必須条件だと持っていたりします。勉強になりました。 (パンダ)

2019-09-25

私は時々、アシッドやちょいブルージーなリズムをバックにして詩の朗読をやって動画を作ったりしてるのですが、この作品は朗読したくなる作品です。もしお許しいただけるのであれば是非朗読動画作らせてください。 参考までにこ過去の動画貼っておきます。 https://youtu.be/VEtCv-xng-U (the end has no end)

2019-09-25

今一つわからなさが。ただ、そのわからなさが幻想的な空間にも思えます、と言いますか、この作品にら何かがありますね。まったくピントがズレているかもしれませんが、とても丁寧に書こうとされたのではなかろうかと、そのような作品への作者の愛着のようなものが感じられました。 (脱獄)

2019-09-25

猿も苦痛も悲痛も快楽も嘘もエゴも閻魔大王も、その語句から想像するものは読者である私が既に持ち合わせている意味とその認識するところから、作品が連れ出してくれなかったです。それを言い換えますと、語り手が吐き出している言葉はとても理解出来ます。わかりやすかったです。 (一滴の雫をたんとください)

2019-09-25

これは残念ながらローコンテクスト、つまり言語依存が強く出過ぎているのではなかろうかと思う。 >プラスチックな女の半透明な身体 読者からすれば自分だけが読んで持ちたい唯一のイマージュを欲しながら目を走らせるのではなかろうか。そこから考察するに、プラスチックな女という限定された像がしかもご親切にその身体が半透明であると想像の指示に縛られてしまうのではなかろうか、と思う。良い作品とも悪い作品とも言えない。あなたはもっとやれる作家だと思う。 (プラスチックガール)

2019-09-24

ボルカさん、わかります。一行目は凝り過ぎて失敗する典型的な例だと投稿後に思いました。縦読みも、これがまたあざと過ぎて、みうらが作者だという先入観が必ずあることを計算すると、マイナス要素でしかないじゃないかと、これもまた投稿後に気がついていたんです。でも、読める人間はいても指摘する親切な人間はおそらくいないよね、と高を括っていました。←高を括るを上手く使えてますね。いやいや、すみません、そんなことはどうでもええわけで... ピンポイントで批評いただけて感謝です。 (はじめてのSEX)

2019-09-24

深みがあるんじゃないかなあと思いました。ただその深みが散乱していて探り入ってみようかと思いましたが、どうも二度読む気になれない。すみません。 (Note:)

2019-09-24

心情がとともわかりやすく読みやすい作品だと思いました。 (ニヒルなあなたへ)

2019-09-24

これ最高ですね。夏野ほたるさんお久しぶりです。どうしちゃったんですか!って言いたくなるくらいに天才的な作品だと思います。今年、僕は有名作家の本も含めてあんまり読んでないけれど、本年読んだ中で一番かっこいいし、最強の世界観ですよ。これ。どこがどうとかを述べたくなくなるぐらいにヤバいやつです本作は。こんな感じでコメントを終えてしまうとアレなんで、一言添えると、感情の構造化が完璧だと思う。ところどころの文法としてのミスタッチに思えそうなところまでもをレトリックとして読ませてくれる。もう一つは読み心地の良さ。ビーレビには長文系の投稿作品がよくあるけれども、ことごとく読み難い。それは、「ほらほら、こういう語句、こんな文体、かっこいいでしょ?狂ってるでしょ?」的なあざとさばかりが残る。本作にはそれが無いし、それでいて、情念が宿っている。読んでよかったです。 (重力をミルクに漬けて)

2019-09-23

×「息遣い」とれとりを使ってこそ ○「息遣い」とレトリックを使ってこそ 失礼しました。 (情緒)

2019-09-22

渡辺さんのコメントが大変興味深い内容で読んで触発されました。私からも本作品について詩文と歌について一言書かせていただきます。 心情を文字の言葉として表現する時、往々にして、一般化された言葉の意味に縛られてしまう。縛られるとは受け手が言葉に意味を見出そうとする結果、作者の心情が一般的な意味の範疇にとどまってしまう。作者が持つ心情は世界で唯一のはずです。それを世界観というのだと思うのです。ところが書き手と受け手は共通言語という共有可能な意味のなかで交信をするのですから作者の世界観は誰かの「共有済み」の既視感の中に埋もれてしまう。つまり作者が持っているであろう唯一の心情・世界観を表現するには比喩という、「喩えるならば」という固有に持っているであろう「息遣い」とれとりを使ってこそ世界観が滲むのが詩文ではないかと考えます。それに対して歌には音があり、その音によって比喩、息遣いを言葉に与えるオプションがあり、仮に詩文が平易な既視感のある語句が使われていたとしても音によって言葉の意味の縛りを解くことが出来るのだと思うのです。本作の内容に沿って評するならば、レトリックとして、その心情のオリジナルさ、つまり世界観の断片としてお見受けするのは、survofさんも挙げていらっしゃる連にあります。しかしながら、作品全体としては、語句一つ一つが持つ一般的な心情の意味内に収まってしまった感が強くあります。長々と書いてしまい失礼しました。 (情緒)

2019-09-22

時に私は、コメントを作者宛に書いていないことがある。当コメントも、これから読まれる方、あるいは既に読まれた読者宛のコメントであることを前置きしておく。マンションポエムという詩を揶揄する言葉を皆さんはご存知だろうか。真実を言い表わしているようでハリボテな表現の羅列を、都心に出現した緑溢れるユートピアなどというマンション広告のキャッチコピーになぞらえた話である。本作は際どい。愛・神さま・絶望・人類などという、まさにハリボテになってしまいがちな語句のオンパレードである。しかしながら、私は一読してマンションポエムであると断罪するには何かが違うような気がしてならなかった。言うなれば本作はマンションポエムと岩倉文也的自我捨て作風の中間ぐらいに位置されるものではないかと結論した。どなたか感性豊かな現代詩人が仰っていた。マンションポエムが好きなのだけれども、と。正直言って、じつは私も嫌いではない。言葉が上滑りしてゆくような喪失感が心地よく感じられたりもするのだ。それは岩倉文也さんの詩を読んだ時に感じるものにけっこう類似するものだったりもする。つまり、今のご時世、特に十代、二十代の方々からすれば愛やら人類やらが指し示すものは、「個々の自我など字面上は人類とイコール」なくらい無意味なため息に近いのだということなんだと思う。本作には、その無意味なため息としての愛・人類・絶望が宿っている。 (雨傘の詩)

2019-09-22

詩人とはなんぞやという定義を試みようとするとき、ランボウの如く人が見えていないものが見えそれを言語によって他者をも見させてしまう人のことであると、いう説がある。これを言い換えるとすれば詩に強度があるということ。透視能力と表すればまやかしの響きがあって、ここでは、そのように言わないでおきたい。みなさんは井上陽水のアジアの純真という歌をご存知だろうか。あの歌詞を井上陽水がアレをやりながら書いたに違いないと、そんなデマは言わないけれども、つまり私はここでそれを持ち出す。アレをやりながら書いたとしか思えないほどに、適当に並べられたような言葉の羅列のようで、「確実に百発百中で同じイメージを想起させる」ことをやってのけている。つまりこれを強度という。誤解無きように申し上げておきたいが、本作がアレをやりながら書かれているのではなかろうかと言いたいわけではないし、アレをやることと詩の強度は別物だとも思う。しかし、その際どい比喩を持ってして評したくなるほどに本作には強度がある。良い作品だと思います。 (世界に魔法をかけるには)

2019-09-22

渡辺さんのコメントには多分に学ぶものがあるなあと感心しております。言葉の意味を用いずに書きながらも受け手と共有する言葉とは、つまり受け手による批評によって作品が成立することを示しているのだと思うのです。 怪物が表現されていると、確定するのは受け手が怪物だと定めるところに在るからで作者が怪物を示しても受け手がそれを人間だと定めれば、それは人間であるという。作者が怪物を比喩として人間を示すとき、受け手は作者が表現する人間を感得せざる得ない。なぜならば比喩こそが作者が放つ固有の意味だから。 オリジナルとはそういうことなんだなあと、本作と渡辺さんのコメントに思いを馳せました。 (怪物自身)

2019-09-22

海外の人からの無理矢理翻訳DMが時々くるんですが、本作がそれと重なってしまいました。これ、かなり労力使う手作業だと思います。お疲れ様です。 (Virus)

2019-09-21

エイクピアさん お久しぶりです✨そうなんです。これは直球勝負に出ようとした瞬間に握りを変えてしまったスローカーブな抒情詩であり、みうらくん得意のラブレター?です✨ (はじめてのSEX)

2019-09-21

survofくん、こら、どうしたんだ、ライトレスコメントなんかに日和りやがって笑。大丈夫だぞ。うん。みんな、君のコメントにエクスタシィ感じてるから!✨ (はじめてのSEX)

2019-09-21

Yoshiさん 僕の韻でイっちゃってもらえて嬉しいです。詩って内容よりも韻でイっちゃえるかどうかが決まりますもんね。 (はじめてのSEX)

2019-09-21

窓辺さんのコメントに、私も猛省するところがあります。皆さんの投稿作品、それぞれに良さがあると思います。わざわざ、粗を探して指摘して不快を与える可能性があるのであれば、それはお互い避けて、参加者全員で、それぞれの投稿作品にある良さを見つけて称え合うことが大事かもしれません。 はんぺんさん、すみません、作品に関係ない話からコメントしてしまい。本作、率直な心情が表れているところが良いと思います。 (友達)

2019-09-20

みつるさん、 大変失礼しました。作品を書かれた事情をとても理解しました。ひねくれてはいらっしゃらないと思います。みつるさんの言葉に共感される方が多くいらっしゃることを願います。 (舞台「ガッコウ」)

2019-09-19

まったくピンとこない。学校を舞台にした一人芝居とその心象を書かれていらっしゃるのかもしれませんが、この程度でよいのだろうかと思いました。この程度とは、散見されるカタカナ表記のあざとさです。ステキな表現ですねと、コメントがこの後、付くかもしれませんが、私には安易にしか思えませんでした。 しかしながら、次回作も読んでみたいです。ここまでコメントしたからには。 (舞台「ガッコウ」)

2019-09-19

誰びとも傷つけないでいることは出来ないわけで、誰ひとりとして傷つけないなんて出来ないよねと、宣告されたら、そんなこと、頷くしかない。愛しているという言葉は誰かにとっては祝福で誰かにとっては残酷だ。なぜに僕らはそんな賭け事に興じてしまうのだろうね。 自分を誰よりも愛しているからだよね。つまり病的で、狂っているんだろうね。 出来はよくないかもしれないけれど、好きな作品。Smithsよ永遠に。 (水仙)

2019-09-19

元ネタがどうしようもなく駄作だから、この作品のクオリティはなんとも言いようがないのだけれども、創作意図が最高にいいよね。つまりさ、俺もさ元ネタに対して「ダメ」の一言でよかったんだけれどもさ、作者とかに気を使って「世界を変えてやるつもりで書け」ってさことを書いちゃってるわけ(笑) これさ、松岡修造でも言わねえよ、みたいな。でもさ、こういうドキツイことをコメントしとかないとさ、バカは理解しないからねえ。この作品もさ、うわあ最高!とかさ、リスペクトしちゃいまーす!みたいなさ、あの、ほら詩人Z信者みたいな気持ち悪いやつらが湧くからねえ。詩人Z当人たちには問題ないんだろうけどさ、良いも悪いも全部最高!ってしちゃうバカたちがいるからねえ。 という感じでコメントしときますよ貴音ちゃん。 (どいつもこいつもラファエロってる)

2019-09-19

あー、かくかくしかじか。トビラさん、僕はレスレスしない主義なんですが、トビラさんの返レスに思わず書いてます。 なんといいますか、詩を書いて投稿するってみっともないっちゃ、みっともないですよね。だから、その、みっともなさが上手く隠されていなきゃいけないらしい。しかも、みっともなさが完璧に隠されているとダメでチラミセ程度に残ってないといけないらしい。 トビラさんの返レス、なんか、よかったです。返事不要。では。 (間違いながらも恋を)

2019-09-18

追記:韻の良さがあることは言うまでもありません。 (光の子)

2019-09-17

すごすぎてたまらないですよ。これは。クオリティレベルの違いが明らか。 最終連の「数字に」という語句が示されるまで、冒頭からいくつかの「数量」が使われていて、それらが最終連では「数字」という語句として明示される。 >増やしつつ >平熱の >いくつもの そして >光の長さ その変化を想像する最終連までの「時間」を表す語句の置きが美しさと叙情が滲み出る効果となっているような。 そう簡単に書ける作品ではないと思いました。 (光の子)

2019-09-17

いやらしい言葉を使わずに性的な訴求力を持っている優れた作品ではないかと一読して思いました。ただ、性についてのセンシティブな問題提議の意味合いがあるようにも思いますので、このコメントが不快でありましたらお詫び致します。過去に性的露骨な表現を用いた作品がいくつかありましたが、下品なものとしか私には伝わってきませんでした。それは下品な広告と同じにしか読めない。その意味において、本作は品がありレトリックに優れているのではないでしょうか。 (violet anklet)

2019-09-16

この作品は良いです。断定でいいます。新作が投稿されると流れてくるTwitterのbreviewリアルタイム垢での作品の冒頭部分だけを読んで、速攻で本文を読みにくる場合があります。本作がそうでした。人に読まれる、興味を惹かせることに優れていると思います。 (恋愛)

2019-09-16

人生という電グルの結成前のユニットを思い出しながら石野卓球よりもジェフミルズの方が火星人が集うクラブには向いてるグルーヴがあるんだよねって欠伸さんお久しぶりです。顔文字と命というガレッジセールの人文字はどちらが好みかというと、やっぱ、その時々で違っていて、人ってずっと同じものが好みだってことが少ないなって50歳も長生きすると分かっちゃった。ああ、石野卓球は一個年上ですけど。で、ずっと変わらずに好みだってのもあって、それって僕にとってはシニカルさだったりするんです。シニカルな人間になりたくてなったわけじゃないのに、気がつくとシニカルでした、みたいな。みたいなというのは僕が想像するこれなこと↓ 皆んなが想像してるみうらくん これって、なのでなのでなので 顔文字になっちゃうのかなあと思います ネ (╹◡╹) ((╹◡╹))

2019-09-16

改めて、本作についてのコメント書かせていただきます。 過去作で「籠の外」がありましたが、その中で、「ピーコ」という呼称が「おまえ」と呼称を変化されるところに優れた書き手としてのレトリックをみると、評を入れさせていただきました。で、やはり私は読み手としてレトリックをみようと欲が出てしまい、本作にもそれを探してしまいます。(ある意味で作者にとってはめんどい読者で、すみません) 1連目にある「痛いッ」の「ッ」に、流石やなとあと、魅かれる技巧をみるのです。しかしながら、私はこのレトリックについて、もしかしたら誤解していたのかもしれません。つまり、レトリックを自覚の上に書かれていらっしゃるのでなくて、無意識に書いた結果、レトリック(と読ませてしまう)作品が出来上がるということなのかと。仮にそうであるとしましたら、腑に落ちる作者の連続性としての文脈があります。つまり、桐ヶ谷忍作品の魅力の要素である「空想のようで、なんかリアリティがある」という感覚がいたるところにあるのは、レトリックを作為的に書かれていないからということ。ただ、そうであるとしたら作品の出来栄えとしての乱高下があって仕方ないことのように思います。 (すみません、なんか好評を寄せてるのか、なんなのか、ようわからんコメントになってしまった感があります。。)また次回作楽しみにしております。 (女の家)

2019-09-16

ステレオさんのこの返信、読んでよかったです。おやすみなさい。これへの返信は不要です。 (ラファエロ)

2019-09-16

>君は指についた赤をなめ >何かを思って >一息吐く の連と >残してくれたハンカチ >赤いままの胸にあて >夜空はいつも赦してくれている の2つの連の韻と心象が他の連と比較して際立っています。 短歌としてもいいぐらいに。 他の連が少し残念に思うのは、比喩、隠喩、心情表現に安易なものを感じました。たしかに、「君でよかった」という表現は直裁でいい表現とも言えるのかもしれませんが、先に挙げた2連が際立って迫ってくる詩情があり、私にはどうしても安易というか、印象が薄く感じられました。「君がよかった」と結末は、静かに置かれたという作為的な印象になっているかと思います。 (間違いながらも恋を)

2019-09-15

渚鳥さんの作品とちゃんと向かいあったのが初めてな気がします。それぐらいに今まで表層でしか読めていなかったのかもしれない。最近の僕は感情のリミットが外れやすくなっているようで、とても情緒が不安定です。でも、詩を読んだりするのにとてもよい状態なのです。あと、本音ばかりを接する人々にぶつけてしまいそうになります。ぶつけてしまっています。利害関係にある人にさえ支障が出るほど。 詩を書きたくなる感情、それは絶対にあると思っていました。しかし、感情を持たない人もいるので、絶対ではなかった。僕は感情を持たない人もいるとわかりました。感情を持たない人は全てを技巧で書けてしまうのです。それは才能なのかもしれません。その技巧とは言葉の意味を使って書くのではなくて、その言葉に感情を与えるという行為なのだと思うのです。この言葉を使う時の感情はこんなことだろうという想像。でも、僕にはその才能がなく、ろくでもない感情を言葉にしてしまっている。だからまだ僕には書きたい詩がかけていない。この作品は傑作だとおもう。あなたは言葉に感情を与えている。とても感動した。 (宇宙の臍)

2019-09-15

ふじりゅうさん わかりました。私からはこれ以上特に申し上げることはありません。ご対応ありがとうございました。 (ラファエロ)

2019-09-15

ステレオさん以外の運営者の方々 これ以上コメントが続きますと、本作品スレッドが「荒れる」と懸念しますが、審議を要求します。 先のふじりゅうさんからの当スレッドにおける勧告を考慮しての要求です。 どこまでの内容のコメントであればガイドライン内なのかお示しいただけますと助かります。 (ラファエロ)

2019-09-15

文体がとてもスマートで上手さをとても感じました。ただ、情景のうちの場面が強すぎる感じを受けます。それは、自我を消すことへのこだわりさからくる、丁寧さ、構成を意識するあまりに作為の痕跡が残っているからではないかと思いました。具体的にその根拠を示しますと、作中に使われていらっしゃる「消す」「消えて」等の語句とともにある喪失感を表す表現の多用さです。作風として、自我を消すことへのこだわりが仮にあるとすれば、もっと削られた方がよいかと思いました。失礼しました。 (斯界)

2019-09-15

すみません、追記します。読み返して思ったんですが、作者さんは自分の言葉を持ってるように思える。それは薄っすらとみえます。使う言葉に自由さがあるという感じです。失礼しました。 (秋)

2019-09-15

一読した感想ですが、この作品はヤバいぐらいの傑作と優秀な作品の際どい線にあります。つまり、良い作品であることは間違いないと思います。 「君」と「僕」を使った作品は多くの場合、作者の中で終始してしまって、第三者である読む側からすれば、まったく感情移入出来なくて困惑することがよくあります。本作は、作者の内輪から「君」と「僕」がギリギリ飛び出しているように思える。 >ああ 死ねばいいという現代人の感性。 この一節が、冒頭からの心象の流れを急激にぶった切った感になっていて、かなりインパクトあります。そのインパクトが後半の「君」と「僕」を語り手の内にこもってしまいがちな、ベタなセンチメンタルから救い出すのに、かなり効いてるように思える。 作者の投稿一作目からの文脈でいきますと、この作品はかなり跳躍されたものではないでしょうか。ただ、すみません、なんかベタに褒めすぎなコメントになってる気がしましたので、あえて申し上げますと、タイトルはもうちょい凝ってもいいんじゃないかなと思いますが、しかしながら、素朴な感じが逆に効いてるようにも思えるっちゃ思える。。 (秋)

2019-09-15

タイトルが好みで投稿に気が付いてからずっと気になっておりました。 一読させていただきましたが、何度か読み返してから再度コメントを後日入れさせていただきます。とても気になります作品なもので。 (世界に魔法をかけるには)

2019-09-15

一筆、即興で書かれてある感じをがっちり構成として練られてることを感じた作品です。一気に読めます。 >ハハハ羽根が生えてきても、 こちらが、とても小さな技に思えますが、「ハハハ」が 中盤の中だるみをさせない最後までの弾みになっておるように思え、 >彼女おらへんかったわ >そういやなんのためにここから飛び降りて死のうとしてたんかいな >それすらスッカリ忘れてしもてるわ >そう思うとなんか恥ずかしい 彼女おらへんかったというオチは約束事のようにベタな感じがまた 大阪(関西?かな)のセンスが効いてるかと思います。 正直言いますと私が読んだことのある北さんの作品のなかで、一番印象に残る作品のように思います。最近、私のほうが、力まずに読めるようになったからなのかもしれません。 (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-15

久しぶりに黒髪作品と対峙しましたが、昨年の作品「夜」を超えて進化されてる感がめっちゃあります。一気に読ませてまらえました。 (一つ)

2019-09-15

とても興味深く読まさせていただきました。仁川路さんも言及されておりますが、最終連がかなり完成度が高いように思えました。 >だから描き砕くの >欲しがるものも失うものも >なければ生きて行ける 本作品を凝縮されてるところとして読め、ある意味では最終連だけでも本作は成立するように思えます。 (卓上遊戯)

2019-09-15

とても丁寧に書かれていらっしゃるのが伝わってくる作品だと思います。特にそれを感じるのは、1連目と4連目の、冒頭に残念な気持ちがあって、その残念な気持ちの理由を連の最後に置かれていらっしゃるところです。構成に整いがあります。 そこで、私が思うになんですが、詩文はどちらかというと、めちゃくちゃな方がいいんじゃなかろうかと、そのように思うのです。(すみません、私の好みがかなり入っていますが)なぜならば、人の心象はとても複雑な動きをするものではなかろうかと思うからです。物語・ストーリでなくて、ぐちゃぐちゃな気持ち・心というやつを自由に、ある意味で文法無視で(一人ぐらいに伝わればいい、ぐらいな)書かれると、え!って自分でもびっくりするやつが書けたり、することがあるかもしれません。失礼しました。また、次回作読みます。 (優しい人)

2019-09-15

北さん、初見じゃないけど初見ですってやつで、さしすせそ。 リライトありがとうございます。なんかですね、技巧的なところを自分で省みますと詩書き歴三年ですが、まだやっぱ詰めが甘いかなあって思ってます。最後の投稿する瞬間のやつです。その最後の見直しをする詰めが甘いかなあって思っています。根がいいかげん。それかなあ。このあと、久しぶりの北さんの新作を読みに行きます。まみむめも。 (╹◡╹) ((╹◡╹))

2019-09-14

トビラさん いまりさん こんばんは。はじめましてではないかもしれないけれど、コメントをもらえたことがとても嬉しいのではじめましてと挨拶させてください。今、駿河湾のサービスエリアに車を停めてこれを書いています。今夜は満月、いや満月じゃないかもしれませんがとにかく大きな月がずっとフロントガラスに映っていて、きれいなんで、好きな人のことをずっと考えてました。ごめんなさい。この返レスは長くなると思います。なんと言いますか、お2人への返信の内容を書かなくてはならないのに、気持ちが落ち着かないので、詩に関係ないことを書いてしまうのですが、もしよかったらお付き合いください。ぜんぜん最後まで読まなくても大丈夫です。僕は23歳で結婚して24歳の時に娘が生まれて、その娘も今年の12月で28歳、昨年結婚して独り立ちしました。僕は50歳になります。話が飛ぶのですけど、こんな感じで詩の投稿サイトの掲示板にコメントとかするの大好きです。といいますか、誰かの詩を読んでコメントをしていると好きな人のこととかを忘れられるんです。おかしいと思われるでしょうし、既婚でありながら好きな人がいることに不快かも、というのはわかっているんですが、ほんとうに僕は狂っているんだと自分でもわかっているんです。本当にわかっているから50歳の今がとても苦しいのです。自分が老いてきたことと自分が持っている感情というか、そんな気持ちがぎこちない違和感としてあってとても苦しい。ひとりの人をずっと一生涯愛し続けることが出来ない人がいるってこないだ知ったのですが、なんか少しだけ救われました。子供のまんまの自分がなんか人とちょっと違うことで今苦しんでるんだと思っていて、このまんま生かされてしまうんだったら一挙に90歳ぐらいのよぼよぼで人とかを好きになる気持ちとかがなくなってしまえばいいのにって。すみません、泣いていますが続けます。とにかく僕は詩を書いたりいつも恋をしています。青葉市子が歌ってるサーカスナイトが好きでいつも聴いてます。今も聴いてます。一生分のことを変えてしまいたいよって歌詞が、なんかもう堪えられなくなります。そんなに好き過ぎて自分の作品にも入れてしまいました。ははははははは。はい。うん。 500匹の金魚と女子中学生の話はTwitterニュースでみつけてこれも入れちゃいました。アホでばかなおっさん。なんか、そんな感じです。ここまで読んでくれていたら本当にありがとう。ってこれ送信したら消せないですね。いいんです。なんにも、全部なにもかも消せないんですもん。これからも、もしよかったら、仲良くしてください。でも、僕をめっちゃ不快に思われる人がたくさんいるみたいなんで、大丈夫です。きにしないで。 (╹◡╹) ((╹◡╹))

2019-09-14

ここが白熱でなくて、荒れてるというのなら、レッドカード覚悟で、書きます。ステレオさんが自分の作品について、多くの説明をコメント欄でさらておりますが、そこまで自説を加えなければならない作家の作品など二度と読みたくありません。潔く、作品をどのような受け取りでもいいとなぜに言えないのか。そこまでいうならば、この作品はハリボテ風とか厨二廟的にとらえないでくれと、コメント欄に書かずに、あらかじめ作品内にわかりやすく書いておいて欲しいと本気で思う。 (ラファエロ)

2019-09-14

素晴らしい力作だと思います。感動しました。 (「有名」のすすめ)

2019-09-13

すみません、コメントの内容に誤りがありました。本作品にとても感動しました。ライトレスですみません。 (えかきうた)

2019-09-13

素晴らしい作品でとても感動しました。 (今日のうに八 20190908)

2019-09-13

ステレオさん 私はレスレスをやらない主義ですが、今回は書きます。一言だけ。 ステレオさんは、何もわかっていらっしゃらない。survofさん・歯車さんへのステレオさんから御二方へのレスをも含めて、読んでそう思いました。 更に、付記します。 何もわかっていらっしゃらない という一言で、全てをわかられる人はわかるのです。しかしながら、ステレオ さんにはこの付記が必要だということなのです。ステレオさんの今後にとって大事なことかと、勝手ながら考え言います。もっと御二方のコメントを読まれ、悩まれることを願います。以上です。 (ラファエロ)

2019-09-13

黒髪さんも言及されてますが、私も己がもつレイヤー(私の日常における様々な思念による不完全なフィルターのような意)を対象となる作品の語り手のレイヤーへ重ねて読むことがほとんどです。それは詩文を深く読むための知識があったとしても、そのように読みます。知識や思想や読書量が多くとも日常の息遣いにまで落とし込まれ、滲み出るものこそが感性だと信じてるからです。知識で詩を読むことはやりたくない。 重ねたレイヤーには、合致する語句があれば不一致になる節もあります。あるいは、個々の一節や語句でなくて、作品全体にあるフレームだけが合致する作品もあります。本作には作品全体が持つ、穏やかなフレームがあるに思います。誰もが共有できる、共有したくなる穏やかさ。お日様というワードがそれを象徴してるように思うのです。あるいは、逆にお日様というワードから滲み出るイメージを毛嫌いする読者がいるかもしれません。それはそれとして読まないで流されてしまう読者がいても気にする必要はありませんが、ただ、そのような読者さえも引き留めることは可能でもあると、思うのです。それを技巧というのではないでしょうか。技巧を凝らすとはお日様に癒されたつらい経験を他者に共有させるものだと思うのです。その技巧が、すみませんが、私は本作に見出すことが出来ませんでした。次回作も是非読ませてください。 (お日様は私を見てた)

2019-09-13

読む人によっては冗長に思うのかもしれません。削ってメタファーを埋め込むことも出来たのかもしれません。不完全なモノローグではあるかもしれませんが、これを書かなければ始まらない、というような情念を感じました。人に読ませたい、もっと読んで欲しいと願うのであれば、改稿を、あるいはもっと書いていかれるとよいと思います。どこをどうすれば、よいか、技術的なところをお知りになられたいと願うのであれば、他人の投稿作品に対して、ご自身が書く作品に対峙されると同様にコメントを寄せてみるとよいかもしれません。なぜならば、ご自身の作品を俯瞰視する力が、ある程度は養われるからです。失礼しました。 (こころ どこ こどく ろこ)

2019-09-13

これはダメだと思う。投稿するならば、自分を喜ばせるより、読者を喜ばせるより、俺の作品で世界を変えてやるという情念が宿っていなければならないと思う。 (ラファエロ)

2019-09-13

愛というものが何か、何度か読み返して考えました。私は50年生きていますが、他人から愛って何だよって詰問されても明確に答えることが出来ません。ヘッセの知と愛を読んでもキリストのバイブルを読んでも実感としての理解まで到達することがありませんでした。 肉親を愛する、妻を愛する、子供を愛する、 他人を愛するということを実感したことが私にはない。 ひと昔前に流行した、愛は勝つという歌、 あるいは、愛は地球を救うというテレビ番組、 そこで使われる愛という言葉に共感を覚えることがありません。 本作を読んで、再び、使われる愛に向き合う。 産声をあげたばかりの赤子は無意識にも 何かを信じようとしている。 応えようとするに 無知は無知のまま愛と表するほかにない。 愛の意味は不明確であれ、 少なくとも無自覚ではない。 芽生えた情を呼称をするならば、 愛ではなかろうかと、残念な気持ちを抱えながら、 真偽不明のままに。 愛という言葉は難しい。 そう思いました。 (産声)

2019-09-13

一つ一つの節のおしまいのこだわりがsurvofさんらしい。survofさんらしいと言われることが嬉しいことなのか残念ながらなことなのかわかんない。けどね、そのこだわりのタッチは労力使ってると思う。なぜにそこが、場末のネット詩なのかと謎だったりもする。けれども、そのレトリックをここでずっと見つけていたい。 (うつつ)

2019-09-11

7まではかなり深い場所まで降りてって書いてんなあって思った。ロシア文学みたい。文体で無くて書いてる場所が。描いてる場所でなくて、沙一さんとその共作された方が書かれてる場所がかなり地下深く深くにあるのが伝わってきた。ある意味よ、ある意味でアラーキーのセンチメンタルな旅と同じものがある。あれは写真集なんだけど。ごめんね、いつも適当で。でも自分の中ではそう思うわけだ。かくかくしかじか。 (半分の羊)

2019-09-11

ささやかな日常を感じさせるもの、詩心を感じさせる作品だと思います。季節の変わり目にもつ情緒を表現する。その詩を書くという行為自体に美的共感を誘うものがあるのでしょう。当サイトの機能上、縦書きフォルムは叶わないのでしょうが、本作品が縦書きであれば更に情緒さが増すのではないかと思いました。横書きですと、なぜだか、一行空けに作為的なものを残してしまいます。一行空けの書きやすさ、読み手の読みやすさが感じられるとも言えるのですが、即興でな一筆書きの感じを表するのであれば、ブランクは不要にも思います。 (秋の下ごしらえ)

2019-09-11

一読してとても散漫な印象を受けました。 情景描写と心情が交じりあった表現をされてるのだろうと察しながら読んでしまいました。察しながら読まなければならないということは、読み手からすれば無意識に引き込まれていくような読みが出来ないという。難解とは違います。難解なものとは引き込まれながらも再び読み返していくような反復を求められますが、本作では、その語句の一つ一つは平易なものとして読めてしまいます。読んだ印象を違った言い方をすれば、ジャンクなもの(誰かに一度目を通され捨て去られることに意味を置く儚いものの意)とも言え、良いようにも思えます。 (ガス灯)

2019-09-11

とても悲しさがある作品だと思う。ジョセと虎と魚たちという映画があるのだけれども、それは足が不自由な女子と付き合って別れる男子の話なんだけど、女子は最後まで泣かないのね。別れても。でもさ男子が別れた後に元彼女とデートしてる時に急に泣き出すわけ。 この作品はその、最後まで泣かないでいた女子の悲しみだと思った。以上。 (ciao ちゃあみんぐ)

2019-09-11

これは良いと思う。以前から帆場さんがおっしゃってたみうらとの詩の好みの差異。本作はみうらが好くど真ん中の抒情詩だと思う。帆場という人間がどの語句にも現れているし、帆場さんのもう一つの良さである力み無きツイート詩にある諦念もこの詩にはあると思う。もしかしたら本作は帆場さんにとっては不本意なのかもしれない。でも不本意な作品が他人にとっては良いとなるなんて、そんなものだよ。 (剥き出し)

2019-09-11

少し韻が崩れてる感があるのですが、とても良い作品ではないでしょうか。不遇を表現するのに詩文である必然を強く感じました。強く感じたというのは、この作品でしかみえないイメージを受けたということです。 (不遇なまでに)

2019-09-10

一時期、当掲示板内にて一行空けの必然性について話題になっていたことがありましたが、本作は一行空けの意味・無意味ささえも思わせない完璧な活用ではないかと思います。つまり一行それぞれが完結され且つ自立していながらも作品トータルとしての共存が成立されているように思うのです。活性剤としての役割をブランクがはたしているともいえ、活性剤に含まれる毒にもなりえる組成の意味にも空行が思えてきました。私はよく詩文におけるリアリティを求める持論を述べておりますが、「沈黙の管制塔」などの語句にリアリティはありません。しかし本作にはリアリティがある。リアリティという言葉を代えていえば、「作者の息遣い」となりますが、空疎な空行にその息遣いを私は感得しました。際どいところですが、読んでよかったです。しかし、二度読み返してみたくなるほどにはなれませんでした。それはいい意味でのジャンクな作品であり、一度の消費で流されてしまってよいようにも思えました。 (flux)

2019-09-10

帆場くん、 パカ ゴホン (╹◡╹) ((╹◡╹))

2019-09-10

作家になるにはどうすればよいかというのにヤクルトの選手のバッティングフォームを示した村上春樹さん。向いてる方角がとんちんかんであるほどに、火星移住計画は現実化するのでしょうね、藤さん、らりるれろ。藤さんが示された地上最強になれるヒントがビーレビのバイブルになった日を忘れないよ↓ 「ビサイド」 蛾兆ボルカ (7/7) https://www.breview.org/keijiban/?id=1979 この作品については、コメント欄でそこそこ書いたので、改めて書くのもどうかと思うのですが、技術について。詩作について技術云々というと、どうも顔をしかめる方がいて、技術アレルギーというのがあるのかしらんと辟易してしまうのですが、身体でいうと、前腕を内転させると胸が凹むのは構造なんですね。で、身体を使ってボールを投げる時、まず前の腕の前腕部を内転させると勢いがつく。なぜなら胸が凹む=溜めができる、からです。知らないひとから見ると、なぜそうなるのかわからない。とにかく、構造と技術とは結びついていると思うんです。そんで、達者なひとはそれをこれ見よがしにやらない。さも当たり前のことのようにやってのける。だから、わからないのだけど。言葉、あるいは詩のボディと技術。この作品の良さはコメント欄を読んでくれればわかると思います。そのほかにこんなことをも考えさせられたという作品です。 技術が全てだと、僕は岩倉文也になれるコツを藤さんにいつも学んでる。うん。らりるれろ。 (╹◡╹) ((╹◡╹))

2019-09-10

意外にも技巧が優れた作品をふじりゅうさんは書けるのかと感心しました。そこで、ネット詩における痛烈ともいえる批判が浮かびます。「詩論が書けぬ者は信用出来ない」と。 現代詩を私なりに定義すれば、何でもあり、となる。白紙であっても、これは新しい詩であると言い切れてしまう。根拠無き、覚悟無き放言という言論に近い。であればこそ、詩論を皆が示すべきだと思う。少なくともステイトメントを書くべきだと思うのです。当作品についての自説を求める者ではありません。ふじりゅうさん、あなたは詩論を持っていますか?書けますか?というみうらの自らを省みないで投じる当掲示板への一石であります。無論、なんとなくに書かれた作品があって良いと思います。ステイトメントが示されることによって作品の捉えられ方に縛りが生じてしまう弊害もあるかもしれませんが、「知的遊戯」であると現代詩投稿サイトの空間を標榜するのであれば、詩論を互いに示詩合いたいと願います。私は次回の投稿作品、詩論を書きます。どうぞ、よろしければ、ふじりゅうさんも。 (えかきうた)

2019-09-10

率直にコメントしますと、惜しい感があります。読みやすく切られた改行が逆に読み手の自由さを奪っているように思えました。もしかしたら、どこで改行をするか、どこで改行すれば綺麗に読まれるか、拘られてるのかもしれませんし、詩文のセオリーに沿っている良作なのかもしれませんが、作為的な響きが極端に消されているべきではなかろうかと本作品を思うのです。 「私のことを思い出したらいい」と改行がされていなかったとすれば、「私のことを」が強調する感が薄まる。そうすれば、後に続く「でも」が不要にならないでしょうか。つまり、日常で使われるであろう自然な口語調に思えるのです。ポエムに嫌悪感が示される一般的な理由の一つとして、「偽りの心情美化」があります。そのように映ってしまう要因として創作の痕跡がありありと残っている、つまり作為的な響きになっていることだと思うのです。しかし、それを逆手にとったシニカルな作品であればそれは優れたレトリックですが、本作はシニカルさを表している作品ではないと思いましたので、勝手ながら感想を述べさせていただきました。長々と失礼しました。 (アイの缶詰)

2019-09-10

いいもの読ませていただいた気持ちになりました。自由な感じで、自分の言葉を持っていらっしゃる。ただ、本作にはとんでもない才能を感じるのですが、まだ開花する前のように思いました。次回の作品を必ず読みたくさせる魅力を受けました。なんの権威もないのに偉そうにすみません。 (殻の音)

2019-09-09

詩文における思想哲学的なものは宿らせなければならないものだと思うのです。行間から薫るものというような。特に自分語り・独白なる作品であるほどにレトリックが重要になると思います。本作の内容、伝わってくる思念はよくわかります。言葉の意味を表層的に理解することは可能です。少なくとも私は、表層の言葉を読んだだけでは、詩を読んだ気持ちにはなりません。 具体的に申し上げますと、「受けた恩」「受けた命」という語句は、共通言語としての意味は理解するのですが、それは理としてある言葉の意味です。理にならない言葉を詩では読みたいと私は願います。一般的な意味での「恩」「命」でなくて、自立した意味を読んで受け取りたいと思うのです。意味を自立させることがレトリック・技巧ではないでしょうか。長々と失礼しました。最後に念のため申し上げますが、本作は力作だと思います。力が込められていらっしゃると思いましたので、率直にコメントさせていただきました。 (命の灯が消えるまでに・・・)

2019-09-09

家なき子の安達祐実がそうであったように、るるりら、きみにはスカーレットオハラのような利己的であってほしいな。そうすれば、きみが書く詩に愛だけでなくて憎悪が宿るだろう。完全なる愛は完全なる憎悪で成立する。みつばちの死骸とはそういうものなんだ。と、火星に行ってわかったことを伝えておくよ。 (╹◡╹) ((╹◡╹))

2019-09-09

火星探査から生還することってつまり、きみにもう一度会いたかったってこと。久しぶり沙一くん。きみが興味を持ってくれたことを覚えてる↓ お給料を毎月ちゃんと貰うこと、それ以外のことは大したことではありませんでした。生きることはお給料を毎月ちゃんと貰うこと。私はよく人の話を聞いているかと忠告を受けてきました。今も変わらないのかもしれません。人の話がわからない。でもわかったふりをしなければお給料は貰えないのです。おのずと私の言葉は軽くなる。他人からの蔑みは増す。しかしお給料が毎月貰えたら、そんなことは大したことではありません。 ネット詩はとても居心地がいい。会話でありながら会話ではないもの、言葉で表現していながら言葉になっていないものを共有しようとする矛盾。私にとってお給料を毎月貰えること以外に大切なものに思えます。興味が薄れてきていますが。50になっていろんなことへの興味が薄れてきました。愛やら恋やらもどうでもいい。一つの憧れだけが残りました。画家の田中一村。50を越え奄美の島へ行ってただひたすらに絵を描き終えた人。私にはそれが出来ない。なぜならば毎月のお給料を貰うことが生きることだからです。ただ少しだけでもそれに習いたいと。 交わせる言葉が持てる意味ってすごく限られているよね。ぼくはきみをわからないしきみもぼくをわからない。でもきみだけがぼくをみつけてくれた。そんなことってあるんだね。愛なんて言うとちょっと違うんだけど。限られてしまうね。意味が。そうだよ、だから顔文字。ぼくらはずっとテレパシスト。 (╹◡╹) ((╹◡╹))

2019-09-09

あ、ごめん、水でも消えぬ声じゃない。 水でも消えぬ恋。 ((╹◡╹))

2019-09-08

火星探査機が無事に帰還したら、スプートニクの恋人が周回軌道でまだ生きていると、そんな感じでsurvofさんを遠回しににみていましたよ。覚えているよ。初恋の相手を忘れるわけないじゃないか。 きみとの、美しいのシェアはこれだったね↓ ビーレビの代表の立場にある者がこの作品にコメントしないわけにはいかない。 ビーレビ2.0が終焉を迎える。誰もが幻想した。ブランキーの世界で一番新しい国だったのかもしれない。窮地に追い込まれて打って出た戦前日本の満州国だったのかもしれない。あるいは「ガンジー」だったのだろう。ガンジーの伝説とは何かを考える。アヒンサーか、はたまた、理想的運動論か。いづれにせよ、ムーブメントだ。ある者は健全であろうと訴え、ある者はいや違うといい、無政府による完全自治の理想主義を掲げる。それらの思想・思考を言語化することをムーブメントとは言わない。評論家だ。何も変えられない役立たずなご意見番。僕たちはうんざりしていた。僕たちは何も変えられないし連帯もなければもちろん革命もなく、戦争は嫌だけど、ないんだそんなものは。と、survofさん、あなたと私は、そんなげんなり感は共有していたと思う。げんなりな大人にはもううんざりだ、せめて嘘でもいいから、なんちゃってでもいいからムーブメントになりたいと、僕たちは共有していた。あなたが提案した全員参加型の選評は現代詩の死滅とともに流され消えてゆくのかもしれないね。ムーブメントとはそういうものだし、最初から永遠なんてクソだとわかっていたよね。クソはウォシュレットの汚水の彼方に消えていくんだ。うん。 (ウォシュレット) 2018-08-13 survofさんと、美しいの共有とともに、そう、差異も同時にある。つまり、過去コメントをわざわざ持ってくる僕のあざとさを誰もわかってくれないね。うん。 でも、笑った。survofさんが笑った。 いくら嘯いてみても、堆積された傷と汚れちまった悲しみは声になるんだね。いつかsurvofさんが笑った声をきかせてね。ウォシュレットの水でも消えぬ声をきいてみたいな。 (╹◡╹) ((╹◡╹))

2019-09-08

掲示板に投稿される作品というのは、その投稿される理由を察することが難しく、読み手側の私からすれば読んでもコメントを残さずスルーしたい時がよくあります。作品を作品として読んでください、何をどう感じ、どうコメントをされても問題ありません、傷心することなど一切ありません、という保証があればよいのですが、そうでなく、作者の意思表示無き、投稿作品は時々読む私に気を使わせます。私がその作品から受ける印象を率直にコメントすることによって、作者が傷心することにならないだろうかと。そのような読まれ方、受け取られ方をされることを想像していなかったと。特に、死という言葉を前にすると困惑してしまう。本作にある死は私が認識している死と同じ意味を持つものだろうかと考えてしまうのです。日常の会話で使われる死の意味は共通言語として役割をはたしています。しかし、詩において使われる死が共通言語、一般的な意味での死であってほしくないと私は願っています。なぜならば死が一般化されることによる人間の個が失われることに嫌悪感があるからです。本作に沿って申し上げますと、一般的な意味での死以上に宿るべき作者が個として持っている死の意味を残念ながら私には見出せませんでした。語り手の情緒や感情は表層的に、一般的に伝わってきましたが、しかしながら、孤独というのであれば、一般化されない、その言葉の意味を読みたいと思いました。長々と失礼しました。 (不整脈)

2019-09-08

私だったら、本作に使われています「それ」や「こんな」、「あぁ」などの代名詞、形容動詞、副詞を使わないように心がけて書くかなあ、と思いました。これらの言葉が示す事を比喩にしてこそ詩になるのではないかと考えるからです。また、比喩を使おうとすると詩を書くのが楽しくなりました。すみません、上から目線で言ってるようで。 アドバイス募集タグが付いていたもので。 (虚空を掴む)

2019-09-08

これは、、スカスカなようで、密度を感じる作品かと思います。改行に必然を宿らせてるかと。 (ロックバンド)

2019-09-08

語り手の気持ちがとてもわかりやすいのですが、内容から察すると、語り手が持つ気持ちはわかりやすいわけないと思うのです。もっと複雑で言葉にすることが困難なことではなかろうかと思うのです。難しいことではありますが、複雑なことをもっと表現しなければならないと思います。失礼しました。 (誰が為)

2019-09-08

タイトルに気持ちが入ってるなあと思いながら読みはじめたのですが、メタ読みを誘ってくる作品でありながら、メタファーが表層的、あるいは、メタを読ませようという作為的な感が強くあって、移入するのが難しい感がありました。 (詩を書く人を目撃すること)

2019-09-08

一年ぶりの作品ですね。久しぶりな感じがとても出ていて惹かれました。フォルムが崩れてなくて上手いです。 (詩離途淋)

2019-09-05

a boyは好きになったんだけれど、今作は、ちょっと入ってこなかった。正直に言っておくよ。次回作期待。 (for you)

2019-09-05

いい感じのリズムだなあと前半は読めたのですが、革命へと続くところに少し訴求力が弱い感がありました。 (文化革命宣言)

2019-09-05

何かを書かなければならないというような強迫観念の縛りがなく、自由さあっていいと思います。自分の手が届く場所、目に入れられるエリアにこそ詩心があって、アクロバティックなことでない、ささやかな作品であっていいのだと再認識させられました。そんなことをカラスの視点に思いました。 (カラスと秋空)

2019-09-05

「いや」の使い方が上手いですね。コミカルであり、、最後までコミカルな気持ちがいいですね。 (死刑囚の窓)

2019-09-05

その、カタカナの名詞が妙に気になってしまい、良い意味でのフックになっていて惹かれるところがあります。ただ、すみません、一読目は、そのカタカナに笑いを誘ってる感があり、微笑ましく思いました。 (エグランティーヌ)

2019-09-05

なないろさんって、ある意味で不安定さが魅力でもあったりするんですが、今作はネガティブな方へふれすぎかなあっと思いました。やっぱ、朗読としての作品、リーディングを意識された作品で突っ走った方がいいんじゃなかろうかと思った次第です。でも、いいんじゃないかなあ。 (蔦)

2019-09-05

タイトルもイケてますが、自由さが最高にいいです。読む方も、なんとでも想像出来るし。渡辺さんがやるせないと言われてますが、私はけっこう爽快な気持ちになりました。 (This Is My Truth.zip)

2019-09-05

旅人というのは使われすぎてきた言葉ではありますが、旅人という表現でしか表せないこと、旅人にはそういうのがあるかと思います。読んでそんなことを考えました。 (仰ぎ見た秋)

2019-09-04

無学なもので作品への的確なコメントが書けそうになく迷いましたが、コメント入れさせていただきます。こちらの掲示板ではあまり見受けない新鮮さを文体から感じました。一つ一つの言葉がちぎれちぎれでありながらも、連続性を持って伝わってきました。それは心情を吐露すること、気持ちをなんとか言葉にして表そうとする行為はちぎれちぎれとなってしまうということ。作為的でない自然な作品として感じました。 (灯籠流し)

2019-09-04

結末を、泣いていた、とされているところに残暑の情緒があってよい響きに感じられたのと、その伏線としてセンチメンタリズムが前段にあって、読んで引き込まれた感じがありました。技巧と構成に3点入れました。 (残暑)

2019-09-04

時間の概念が無い世界観を時間の存在を語ることによって表現されていて、すげえなあって一読して思いました。前衛性に9点技巧に9点入れました。 (七色の空間)

2019-09-04

長くありながらも、韻がキープされていて、ラップ調で一気に一読出来ました。内容については特に残るものはなく、おそらくは意味を持たせない文体をコンセプトにされているように思え、であるならば成功されていると思います。エンタメに2点入れました。 (bibley days)

2019-09-03

ストレートな心情が伝わってきました。ただ、読者からすればやや自虐さが重た過ぎるかもしれません。 (露出狂の詩)

2019-09-03

とても読みやすいし平易に書かれてはあるけれども内容は深いものがあると感じました。簡単に書けるようで書けないものだと思います。リアリティーと言ってもよいのでしょうが、そう言ってしまうのは本作にふさわしくないように思うのです。叙情性に8点入れました。 (統合失調症)

2019-09-03

帆場さん、友人と思っているから敢えて言うよ。まだまだだと思う。ご自身がわかっていらっしゃるだろうし。とても精力的に書かれていることは感じたんだけれども、その域での作品の評を帆場さんは望まれて投稿されていないと思うし。権威も無いのにいつも上から目線ですまん。 (夏の階に立ち)

2019-09-03

この作品大好きです。どこがどうとかは述べません。たくさんの人に読むことを薦めたい作品です。前衛性可読性技巧構成に10点入れました。 (エトウ ユキオ)

2019-09-03

個人的にはっとさせられました。と言いますのも知り合いから「感情が絶対(的に在るもの)だと思っているでしょう?」と問い詰められたことがあり、その意味が今ひとつ消化出来ずにおりましたもので、本作を読んで改めてそれを思い出しました。エンタメ1点、可読性1点入れました。 (もしも感情が消えたら)

2019-09-03

語り手の心情が強く伝わってきました。しかしながら、その心情が芸術に至るまでの昇華をされていない、惜しい感じもあります。ただ一方で芸術やら学術的な価値がある詩などクソだとは私も思っているのですが、作品に沿って言いますと、「広すぎる世界」「地上を歩いていく意味」等の言葉は、心情的なもの、走り書き的なものが、芸術的な昇華を得ていなければ活かせない表現だと思うのです。長々と失礼しました。可読性に2点入れました。 (光)

2019-09-03

無常を感じさせるいい作品だと思います。ただ正直に申し上げまして、自我といいますか、個がみえにくい作品になってしまっているのではないかとも思うのです。木を見て誰人も同じ木として認識しているとしたら、それを詩として表現する意味は当然ながら無くて、詩を表すこと、比喩を使うこと、そこには日常の息遣いが宿ると思うのです。他者に喩えを用いて何かを伝えようとする。日々感じとっている事象の中から喩えとして適当なことを自ずと選ぶ。その日常のオリジナルな息遣いが本作からは感じとることが出来ませんでした。これは私の感性が鈍いことが要因としてあるのだとは思うのですが。上手く伝えることが出来ず、すみません。こちらには点数制度がありますので、最後にこれを用いて言いますと、本作が本来持つべきではなかろうかと思う叙情性は0でしたが、技巧に7点投じさせていただきました。 (とある湿原にて)

2019-09-03

良き詩とは神々がもごもご言葉を呟いているようなものだと以前にきいたことがあるのですが、本作にそれを感じました。叙情性に6点入れました。 (泥中)

2019-09-02

個人的に、ピルケースが刺さりました。作品に使われるアイテムは読者の個人的な事柄にヒットするとけっこう惹かれるものだと思います。 (ピルケース)

2019-09-01

力作だなあと一読して思いました。やや難解さがあるものの、メタファーが詰まっている感を受けました。 エンタメに2点入れました。 (猫が書いた詩、わたしが運ぶ詩 (おまけ付き))

2019-09-01

韻がよくてとても読みやすかったです。言葉の置き方にこだわりが感じとれました。技巧に3点入れました。 (大学生(仮))

2019-09-01

たったひとりの、その人への独白は詩文の本質的なものが表出しやすいと思うのですが、本作からはそのようなことを感じました。構成に3点入れました。 (本当のきみ)

2019-09-01

独白を主体とする作品は好みです。カーテンの開閉に心情を表されるところ、よくわかります。可読性に5点入れました。 (カーテンを開けたら)

2019-09-01

おしゃれなアイテムを置くことによってのイメージを与えるところがよい感じに思えました。可読性に5点入れました。 (holiday)

2019-09-01

セクシャルな内容を露骨に表す作品よりも、それをオブラートにされている作品の方が好きです。あなたの作品には荘厳さを感じたいので。 (走馬灯なる愛)

2019-08-05

陽向さんの作品は文学極道でも読んでいましたが、韻が心地よくて好みです。今作もそう。詩をよくわかっていらっしゃる。勉強になります。 (知丁場)

2019-08-05

これ良い作品だと思います。予定調和を裏切った流れがあると思う。そのプロットにはあざとくないふじりゅうさんらしさもあって。 (気まぐれな茜)

2019-08-05

正直にコメントしようと思う。そうぐっとくる感じはなかった。荒くて散文詩としてもよくなかったかもしれないけど、前作の方が肉薄するものがあってよかった。神さまという呼称が違うんだと思う。神さまという呼称が地球さんらしさがあってよいという人もいるかもしらないし、作風も空気感も良いとする人も多くいるだろう。でも、新しくない。新しくないとダメだと思う。いうまでもないけど、現代詩の新しいとかじゃなくて、地球さんの新しさがないとダメなんじゃないかと思う。せっかく投稿する作品なのだから。ユウさんの朗読も好評を得るものかもしれない。でも、僕には、マイナー調があざとくて、なんか違うんじゃないかと思った。次回期待して待ってます。 (きいろ)

2019-08-05

人それぞれ様々なスタンスで作品を書いて、読んでいいとは思うのだ。で、わざわざ他人様が動揺するようなコメントを残す必要もないとも思う。でも何かの拍子で思う存分にコメントをしてみたくなる。だからこそ、そこでもう一回作品とも向き合う。この作品には帆場さんのなにかがたしかに出ている。中途半端に。中途半端な自己嫌悪なモヤモヤしたものがたしかにある。中途半端に。それでもいいのかもしれない。でも違うと思う。僕は帆場さんの、帆場さんだけにしか出せない言葉があると思う。というか、帆場さん、それだよって言いたくなる詩が読みたい。もっと自分を追い込んだ方がよくないだろうか。わかんないけど。 (Blue、青、ぶるぅ、ぶるぅ ぶるるるるる……という呪縛と解放)

2019-08-05

すみません、大変失礼しました。過去にも投稿された作品があるのですね。久しぶりに観にきたもので。後で過去の投稿作品も読みたいと思います。 (sonnenstern)

2019-07-01

はじめまして。 たまたまTwitterビーレビリアルタイムアカウントで流れてるのをみつけて、久しぶりにコメント書いてるんですが、この作品読んでよかったです。私は言葉をちゃらちゃらいじってカッコイイのを気取るのとか、なにやらお上手な作品より、書いている人間がみえてくる作品が好きです。それと、そのみえる人間に引き寄せるオーラがないと読みたくならないです。もちろん、それは私の想像の範疇でしかないのですが。そういう作品はなぜだか、ちょっと目に入っただけで惹かれる。この作品もそうでした。 ゴツゴツした筆致と表すればいいのでしょうか。そう言ってしまうと、ホントに感得したものとは違ってくるのですが。また投稿されたら、読んでみたいです。 (sonnenstern)

2019-07-01

芦野夕狩さんはこんなのを書いていちゃダメだ。自己治癒なんてやってちゃダメなんだ。読んだやつらが憎悪するものを書かなくてはいけない。芦野夕狩さんこれは良いですねえなんて言わせるな。君が抱えてる残念さは誰もわかってたまるかよなものじゃないか。 (神の庭)

2019-05-09

始まった動画投稿、そして歌の表現がビーレビに登場した。これを詩の定義、暫定としての詩の定義によって、数票を投じて評する。まずは難しいことは考えずに、率直にやろうと思う。 私はエンタメに一点入れた。 叙情に入れるか、迷った。当初はエンタメと叙情に入れようとした。しかし、どうしても私の中で「詩」の叙情とはなんぞやという定義が、、動画の歌を聴きながら自問自答してしまった。はたして歌にある叙情とはなんぞや、それはテキスト詩から受ける叙情と同じなのか。 その判断を留保し、エンタメのみに点を投じるにとどめた。 歌から受ける叙情それはテキストとは、別ものなのか。わからなかった。 (┣Main Teme┳メインテーマ┫)

2019-03-18

頽廃と表すべきは空間ではなくて内面を過ぎる時間のことなのかもしれません。それを感ずるのは肌でもなく心でもなくて堆積されたもの、情念なのでしょう。情念は欲望と表裏にあって酒と女を欲する。ワインではなく、赤いワインであり、女ではなくて薄幸な女でなければならない。そうでなければ火は鬼火とはならず、火球は現れない。うらぶれる夜があるのは緩まった、堕落した先にあるのではなくて緊張の極致に縛られた天才の持病であり、際限なき苦痛が「なんどめの秋だ」と吐かせる。そのような本作への考察とボードレールが持つ背教の必然を思いました。ボードレールを根っこにした数多のロック系ミュージシャンを並べた時、それらの多くは「ファッション」でしかありません。頽廃を必然とする天才は、1人、2人だけだと思います。蛇足でした。 (火球をみた夜)

2019-03-11

一人称で「僕」を使うリアリティについてコメントを書こうと打ち始めたら、右肩さんが既にコメント欄で誰なんだろう?と自問されていることに気がつきました。こんにちは右肩さん、相変わらず文章が下手なみうらです。僕と称して書き始めることにためらいが出てきてるみうらなんですが、俺というのも自意識過剰なみうらはガサツに受けとられるのが嫌だなあってなりますし私と称するには照れがあります。本作にある「慶び」が皮肉な響き、あるいは自嘲する響きとして作品を覆っていて、「僕」がする小便の様や溝蓋を踏む様が徒労感というか、生を引きずっているように思えました。その引きずっている生の徒労感は「俺」でもなく「私」でもなく「僕」の称し方でしか発せれないことに思えるのです。そう言ったところで、右肩さんが、その通りだよみうらくんと、お答えされないだろうなあとも想像します。それは作品の後書きとして残されてる「最初から僕は詩人ではないと思います」という断りの文言から思うのです。自己言及によってしか得れない言語の感触、それはある、でもそのようなことはどうでもいいのだという、言ってもいない言葉を想像してしまいました。勝手ながら。おそらくそれはみうらが持つ希望の反映なんです。契約の解除の言が明るい解放として伝わってきました。 (新年のお慶び*)

2019-03-11

「さびしい」という主題を持ち出せば前作の幽霊の方が明らかに表現されていて、読後に残る感触が強くありましたが、なぜかその感想を書くことがためらわれました。本作ペンギンキッズでは、他者の喪失ではなくて、他者との差異、断絶を示しながらも止められない愛おしい心情がさびしさとして伝わって来る。さびしいというのは誤用かもしれません。孤高というのかもしれません。いや、孤高と表すると省かれてしまう邪悪なものがあります。それは、とても難解でありながら、惹かれるところです。 >あなたがみずうみに投げた石、その日あな >たはついに家を飛び出してきた。私は羨ま >しかった。あなたが家を抜け出せたことで >もなく、自由になれたことでもなく、あな >たのその行動に心底傷つけられたであろ >う、あなたのたった一人の身内が、見てい >るだけで寄る辺ない気持ちになるほど一人 >で立っている、南極のペンギンみたいなあ >なたをこの世に産み落とすことが出来たこ >と。あなたを産むこと、それは私があなた >に出来ない唯一のことだったから。 「私」と「あなた」と「たった一人の身内」の関係性が混乱していながらも、「私」である話者が語り残す感触が明らかで強くもある。それは綺麗でもないし汚い憎悪でもない。でも綺麗で邪悪さを孕む語りにも思えるのです。まったく頓珍漢な言ですが、この情愛の念が私はわかります。いや、なんというか、これを読んで、これだ!って思いました。 (ペンギンキッズ)

2019-03-11

動物を人間にすることが教育だという話がありますが、教育の裏目的は親になることだとも言われます。共同体に属することが前提ですが。本作に登場する人物たちがその帰属意識に乏しい姿としてあることに作品から汲み出すべくエッセンスがあるのでしょう。しかし僅かながらその意識を少女が持っていることが示される。 >おとなが怖くなりました >おとなになるのも怖くなりました >それでもわたしも歳を重ねて >いつかおとなになるのです これをそのまま受け取れば「人間社会における成長の暗示」と読める。しかし作品の結末は、帰属意識が欠落した呟きであり、そこには不在の親が表現されている。 >鏡に映る私の裸は >少女のままおとなになってしまった 蹴飛ばされ投げ飛ばされたというDVの後に続く少女の感情はなく、憎悪もない。「お母さん」「お父さん」という呼称は記号であって「親」という情がそこにはありません。 虐待をされた経験も虐待をやった経験も持たない私はTwitterなどで見受ける虐待を受けられた人が持つ憎悪に共振出来ないところがあります。もちろんニュースで目にする悲惨な事件に不快さを感じます。その共振のなさ、実感のなさは本作にある記号の意味合いと同じように思え、すれば、本作はとてもリアルに読めました。辛口で評すれば、特筆すべきレトリックを見出すことは出来ない作品でしたが、妙に引っかかってくる、奥底に問題意識を秘めた作品です。 (おとなのおもちゃ)

2019-03-08

作者の塩対応へ甘味を加える意味合いと海飛さんの孤独への言及に乗っかって再びコメントさせていただきます。 詩作品を前にしますとついつい感傷的な観点から切り込みがちです。その感傷的な観点を用いずに本作から孤独を汲み出す時、真の孤独とはなんぞや、孤独の事態、孤独の本質が見えてきます。それを例えるならば、範馬刃牙と範馬勇次郎の対比にも相通ずること。独断でいえば刃牙は最強を最愛という感情から手に入れました。片や勇次郎は苦痛というリアリティから最強を手に入れた。最強であるがゆえに両者ともに孤独であるかといえば、そうではありません。最愛を知る刃牙には愛という他者が在る。勇次郎の苦痛には他者はありません。したがって孤独とは勇次郎です。つまり何が言いたいのか、本作を突き詰めて読む時、そこに刃牙が望む勇次郎の孤独が重なります。最強を目指すとして、それは未だに孤独ではないということ。この隔たりは感情と抒情とも言えるかもしれません。 語り、失礼しました。 (隔てる)

2019-03-05

作品が持つ作者の連続性を考察するに、一つのイメージがみつかる。それは自然。自然を書く時、事象を描いて終わる作品には魅力が宿ることがない。なぜならばその事象は作者に見せてもらわなくとも既に私は知っているし自然のリアリティとは外界に在るのではなくて、感触にこそあるものだから。あきらさんの作品に通底する自然とは、作者の息遣いである。1連目の山のはざまもそうだし、特に挙げるとしたら、 >桜色のゆびさきに歯を立てて の表現に作者の息遣いが際立つ。 辛口に本作を評すれば、結末を孤独の一言に収めてしまっているところにイージーさを感じる。別に即興の安易な表現を否定はしない。しかし即興の表現にこそ息遣いが出る。孤独がそれまでに在る自然な息遣いを不自然にしてしまっている。なぜならば自然とは内なる感触である。孤独とは、あるかもしれない外界の幻想だ。次回作も楽しみです。 (隔てる)

2019-03-04

さっきソールライターの固有名詞とイメージのリプをしましたが、本作はまさにそれじゃないですか笑。 仮に松岡修造も福山雅治も知らない人が読んだ時に、一体何が生まれるのか。きっと読者によって本作から松岡修造と福山雅治のいる世界が作られるのでしょう。世界とはそういうことですよね。 世界とはイメージである。 なんちゃって。 (夜行)

2019-03-04

小林さん 早速のコメントありがとうございます。 固有名詞をタイトルに持つことは自ずとそれが発するものが付加されるのですが、ソールライターという響きからもしも彼の世界観がイメージ出来るとしたら、それはまたテレパシな話なわけですが、あり得るような気がするんです。彼の名前はおそらく生まれた時に誰かに付けられたのでしょうが、その名付け親がソールライターのその後の写真家としての人生をイメージしていた、なんてことを考えるとファンタジーですね。 世界はイメージである。 なんちゃって。 後ほど、久しぶりに小林さんの作品を読ませていただきます。 (Saul Leiter)

2019-03-03

詩情よりも物語が先にきて物語で読んでしまう。謎は物語にあってクイズに答えるしかない。文体で興味を惹かせて欲しい。好みが異なるにすぎないが、抒情詩を私は読みたい。 (女中)

2019-03-03

とても好感が持てる選評発表で、思わずコメントしております。ビーレビがスタートした当初から、三浦個人として「選評に該当する作品は0作品」とならないのか、という疑問がありました。好意的に読めば該当作品は0とはならないでしょうし、ビーレビの運営者からすると無難に選出するべきかもしれませんが、俯瞰的な視点から、1人の選者の毎月出された選出作品を並べてみた時、「選者の感性、審美眼」が不透明になる。年間に1作品しか「良い」を付けない選者に選ばれたいと思う人がいておかしくないと私は思います。該当作品は0という姿勢に好感を持ちました。 (一月分、フル選評、該当なしです。総評です。)

2019-02-05

恭平さん 久しぶりです。 これは読者としての勝手な欲でしかありませんが、恭平さんの降ってくる詩をもう一度読みたいと、待っております。 (遊び)

2019-01-13

最近の白犬作品はすげえ良いぞという噂を耳にして、久しぶりに読んだんですが、たしかに良い。何が良いかというと、白犬さんの実像を感じる。べつに実像なんて感じて欲しいと思っていないのかもしれないが、言葉だけが宙に浮いてるような張りぼてで誰でも書ける言葉が並んでいるより、たとえそんな作品が評価されていても、僕は、本作みたいな白犬さんとちゃんと繋がれる言葉が好き。 (絶滅に関するぎたぁ・のいずの一切れ或いは狼少女の恋)

2019-01-13

一言コメントになりますが、タイトルの「冬の魔物」。めちゃくちゃ素晴らしい。 (冬の魔物)

2019-01-13

この人とは繋がれないのかなあと残念に思う時、同時に繋がっている錯覚でもあるんだよねと気がつく。錯覚ではないと否定したいがために肉体のつながりを求めてしまう。肉体の繋がりを持っても本当に繋がったのだろうかと疑問を持つ。例えば、声が聴きたいと思う時に限ってスマホが反応を示さない時とか。そんなことを親しい人に求めるぐらいなら、と不特定な交じりの場において君を知った風な言葉を投げてみたりする。どちらの方が意味があるのかと考えてみると、繋がりの錯覚を世界の前提にすれば、死にたみを抱えている名前も知らない君のことを、僕は知っているよと、嘯くことの方がいいんじゃなかろうかと、私は考えていたりする。というようなことを読んで思いました。 (あまてらす)

2019-01-13

つきみさんコメントありがとうございます。魂を取り出してみると、神さまがみえたりきえたり、聴こえたりしますよね。そんな言葉を探していたりします。 (三島由紀夫が好き)

2019-01-13

沙一さんコメントありがとうございます。快楽を求めてるのか、人を好きになっているのか、わからないことってありますよね。そんな時、真顔で一緒に死んでみようかと、誘ってみるのも悪くない。そんな悪戯。 (三島由紀夫が好き)

2019-01-13

帆場さんコメントありがとうございます。自分が生で体験することをいくら言葉にしてみてもズレが埋まらない、でも、表情なんかがシンクロの残像になっている時、嬉しい気持ちになる。気がします。 (三島由紀夫が好き)

2019-01-13

オオサカダニケさん コメントありがとうございます。瞬き一つの世界の変わり目が不思議に思えると私たちは幸せなのかもしれません。 (三島由紀夫が好き)

2019-01-13

つきみさんの作品を正直に評すれば、解らないけど気になってしょうがないというもの。であれば私が投稿作品をスルーしていればよいのですが、その解らなさが気になってしょうがなくなり再読してしまう。上の推敲版も注目して読んでしまいます。でも解らない。その解らなさは何が解せないかというと、書かれてある内容ではなくて、ある種の不気味さにあります。作者がかなり重たいメッセージを込められているような気がするのだけれども、そのメッセージが解読出来ない。例えがおかしいかもしれませんが、宇宙人からの謎のメッセージを受け取った時に困惑する映画のストーリーに近い感覚です。つきみさんご本人はメッセージなど無いよと否定されるかもしれませんが。仮に私の邪推が当たりであってメッセージがあるとした場合、思うにつきみさんはメッセージを解せる人間などいないことを承知のうえで書いているのではないかと想像するのです。解読する1人がもしやいるかもしれない期待をわずかに持ちながら。いかがでしょうか。 (To all readers.)

2019-01-09

近未来な作品はステレオさん作品に多くあると思うのですが、今作はそのど真ん中な内容ではないかと思いました。政治的な意味合いでの戦争が遊びとしてあるような軽さこそがタイトルが発する引力で、政治的な意味合いでの戦争は現実ではシリアスな空気で進行するのでしょうが、巻き込まれる方からすれば、シニカルな軽さに拠り所を見出さなければやってられない。その観点からすれば、本作はとてもリアルだと思います。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-09

ボルカさん コメントありがとうございます。ご指摘のところなるほどと理解します。細かいようですが、詩は細かい言い回しに無意識に持っているものが出ていて、微妙に違ってきますこと今後の創作に活かしてまいります。 (わたしは死ねばいい)

2019-01-08

エイクピアさん コメントありがとうございます。理性と反理性の比喩表現を挙げていただきありがとうございます。 (わたしは死ねばいい)

2019-01-08

初読時に、良い作品だと思い、今コメントしようと思って再読したのです。重箱の隅をなんとやらみたいで恐縮ですが、三連目の「そんなこんなで」という言い回しがどうしても気になりまして。ここが詩情を崩しているように思えまして。(いつも素直に褒めてなくてすみません笑)でも素敵な作品だと思いました。 (小夜時雨 )

2019-01-08

わかりやすかったというか、相変わらずかるべさんの世界観がわかりにくいのですが(笑)、ただ、なんとなくなんですが、今作が入り込みやすかったです。なぜだろうかと考えた時に、おおまかなプロットがわかりやすかった感があった気がします。 (ダダミラクル)

2019-01-07

リアリズムで言及されるところのありのままを書くことに着眼を持つ作品だと思う。ありのままを書けばつまらなくなる。しかし神を現実の世界へ落とし込んで書かれた場合、一転して普遍的な面白味が作品に宿る。本作に沿っていえば、 新宿の路地裏で 浮浪者が礼拝していた 昇る太陽に向かって の連の前後に抽象的な語りを置くことによって、その普遍的な面白味を作品に宿らせるレトリックがある。しかし、本作には残念ながら訴求力が不足しているように私には思えた。それは、単語に力がない。「堕落」や「ナイフ」という単語が装飾品として置かれているに過ぎない。私が思うに、詩が真実を一見表しているようないかがわしい印象による嫌悪を一般的に持たれがちな要因は、その言葉が持つ意味をイメージとして作品に置かれている(ように読まれてしまう)からではないか、と思うのです。それは作者が意図している、していないが問われるのではなくて、言葉が持つ意味を作者自身がオリジナルとして持っているか否かが問われるのが詩人ではなかろうかと思うのです。その観点からすると、渡辺さんがご指摘されている、「すべからく」にこそ作者のオリジナルの意味を私は感じました。 ちょっと踏み込み過ぎたかなというコメントを書いてしまいましたが、沙一さんであれば大丈夫なんじゃなかろうかと勝手に判断して思うがままに感想を述べました。 (ナイフ)

2019-01-04

つきみさんの本作を以前に文学極道でお見受けしましたが、(同じ作品ではない、あるいは書き直しされた作品であれば、すみません!)、凄い作品だなあと圧倒された印象が残っております。たしか、文学極道のほうでは、いつもは辛口な方々が絶賛されていたと記憶しております。ところが、こちらのビーレビでみると、文学極道で見つけたときの印象とはまったく違う。はっきり云えば、しょぼくて荘厳な感じがまったくなくなっています。それは作品が原因でなくてビーレビ掲示板のフォーマットに問題があるのだと思います。しかしながら、逆説を用いて言えば、掲示板フォーマットに依存する程度の作品なのか、とも思ってしまいます。でも、相当量な書込みがされ、推敲に費やした労力を想像すれば、真似出来ることではないと思います。凄いなあ、大変な作業なんだろうなあと心より思います。私はやりたいとは思いませんが。 (いつまでもあいさつをしてゆく「上段スマフォ版下段パソコ版」)

2019-01-04

galapaさんの投稿作品を11月からずっと読んできて、この作品は私いいと思います。投稿作品すべてに貫かれているgalapaさん固有のものがあるように感じていましたが、前作まではぎこちなさと言っては失礼ですが、どうもgalapaさん固有のモノローグでありながら他の誰かが書いてしまえる代替えが可能な文体に感じておりました。無論、これは私の印象論ですので、スルーしていただいても大丈夫です。で、今作も一点だけ私にはぎこちなく受けてしまった箇所があります。それが「赦しなどないぞ」です。読み方によっては、この一言が作品の印象を決める一言だとも読めてしまうのですが、それ以外が語り手声として読めるけれども、この一言だけ浮いて読めてしまうのです。それは、前作までの印象と同様な浮き。しかし本作には固有の声があっていいと思います。作者の肉体が宿っていると感じました。作者の肉体が感じられるということは詩の言葉として私も共有できた嬉しさがあるということです。読んでよかったです。 (天啓から遠く)

2019-01-01

一つ一つの言葉に重たさというか、覚悟を感じるのだけれども、全体を通してみた時に皮肉な印象を持ってしまう。言い換えれば、その皮肉は読み手を笑いへと誘うサービス性にも思える。それがエンタメ的な表現にも読めるし、牛の角を挿し入れているところが哲学的なバックボーンを本作に与えている。それが効果として表れてるのか、現代詩らしい作品になっている。ただ、私個人の欲をいえば、あなたのリアリズムな作品をこの掲示板で読みたいと願っております。 (牛の角)

2018-12-30

ゾンビとは死にぞこないを指しているのだと思うのだけれど、その死にぞこないに恋愛が成立するのかという命題が隠されているように読んで思いました。ゼンメツさんが作品でみせる男女間って愛すり者同士というよりも同志みたいな感じがある。死にぞこない者同志みたいな。そんなことに本作を読んで気づいた。 (アンタなんかしなない)

2018-12-30

石村さんコメントありがとうございます。人の生死が持っている運命的なもの、神秘的なものを言葉にして表現する時、思想や宗教的なところから遠いようで、それでいて近いような、そういう表現になっているといいなあと心がけていたりします。これからも詩を書きたいと思います。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-30

返信ありがとうございます。 「現代仮名遣い導入時の経緯に対するささやかな反抗」というお言葉にしびれます。石村さんをTwitterで知った時、なにかこう偏屈さを感じました(すみません!)。それにとても私は惹かれました。私がこの掲示板上で石村さんに質問を繰り返しするのも、その叛骨の言葉をわくわくして期待するからなのだと思うのです。石村さんはご自身の投稿作品の中には絶対にその心情をダイレクトした言葉を使わない。今の投稿者の多くは自分のその、世界に対してだとか社会に対しての違和感や反抗的態度をダイレクトに作品に出してしまう。それは私も含めてです。本来の叛骨とはそうではなくて、創作の姿勢、スタイルに叛骨は宿るものだと理解しました。ありがとうございます。 (墓碑銘)

2018-12-30

巻き貝図書館。この図書館名が実在するのであれば、ごめんなさい。このネーミングは素晴らしい。素晴らしく村上春樹的なネーミングです。カオティクル氏には村上春樹の短篇集を是非読んで欲しいな。 (明亜六景)

2018-12-29

沙一さんのコメントの通り、たしかに格好いい作品ですね。書けるようでなかなか書けないものだと思います。 (A baby dreams of a dream )

2018-12-29

寓話のようでありながらも、グローバリズム・地球温暖化という現代のワードの挿しがあるので、私的には空間がレイヤーのように感じた。一つの情景ではなくて二層の空間が微妙にズレて重なっているような。それはまた、議論・会議という現代語と王様・木こりの寓話がズレた空間を誘っている。前回でも率直な質問をしましたが、今回も大変恐縮ですが、一つ質問をさせてください。石村さんがところどころに使われる古語なのですが、これは何故使われるのでしょうか。質問理由は単に素朴に思ってしまうったというのもあり、また、私の拙きレベルでもネットで少し勉強すれば使えるのではなかろうかと思うのですが、おそらく、石村さんが使われる古語とは比べるまでもない薄っぺらな文言になってしまうだろうなとは思うのですが。石村さんにとっての古語とはなんでしょうか。同類の質問が既にあって、重複する質問でしたらすみません。差支えなければ、是非、御教示いただけますと嬉しく思います。 (墓碑銘)

2018-12-29

つきみさんコメント有難う御座います。読書量の話題を御借りして申しますと、私、恥ずかしながら村上春樹しか読んだことのない、一般的には無知でおばかな領域の人間でして、他人から学ぶ言葉の全てがいつも新しい言葉なので、いつもハッとしております次第です。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-29

沙一さんコメント有難う御座います。みうららしいというシャープな本質の見抜きが沙一さんらしくて、コメントも流石だなあと勉強になります。私がシャイだということがバレてしまっているようで恥ずかしししいなあ。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-29

帆場さんコメント有難う御座います。はたしてきみとは一体だれでしょうか。わたしもわかんないんです。帆場さんは知っている気がする。だれなのか、わたしだけにこんどツイキャスで教えてください。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-29

花緒さんいつもシビアに作品をみていただきとても感謝しております。いつかまた花緒さんの傑作を。楽しみにお待ちしております。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-29

黒髪さんコメントありがとうございます。本作はかなり削りました。削ってしまうかどうかの判断を下す作業って執着を棄てる修行僧みたいだったです。英語で書いて、和文に訳すのも、それに似た判断を下す作業なのかもしれません。バッサバッサ削ってしまうと爽快ですね。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-27

柿原さんコメントありがとうございます。否定の言葉を発して肯定の気持ちを伝えることが出来たら、なんてことをいつも考えています。そういうひねくれたやつ。だぜ。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-27

ステレオさん コメントありがとうございます。「ネット詩にはたしかに良作があるけれど連続性を持った詩人は僅か」というある方からの話にハッとしました。作品が物語として続いているのではなくて、みうらの連続性を探ってたりしてます。みうらの妄想の連続なのかもしれません。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-27

返信ありがとうございます。傷口がふさがった時の作品が投稿されあら小林秀雄かと見間違う批評を必ずやりますよ。本当の本当に。本当に。 (ストップ ザ ペイン)

2018-12-27

ひねりをまた入れてきてんなあと思いました。ドキがムネマキするというのは岡崎京子さんのマンガで私、知ったのですが、まさかこうださんの作品で出てくるとはびっくりです。本作はかなりひねりが加えられていて全体通して飛び散りまくっている感がありました。以上です。あ、あと、今年最後のゴルゴンダでお待ちしております。29日スタートです。 (カブク衣更着ストリッパー)

2018-12-27

とても倒錯した話だなあと思いました。成長という名前の、しかもヒーローが後押しする。挑戦を促す。それが自死(?)のようなこと。読んでいてこんがらがりました。ライトな読み物としては〇だと思います。 (成長さん)

2018-12-27

読み始めた当初、思想の押し付けの印象があったけれど、真理を語ろうとする、あくまでも独白だと思った。語り手が発するパワーを、少し感じた。 (青春の痛みと現実性との矛盾に向けた超越性としての愛)

2018-12-27

なかなか自分の中にすっきり入れ込めない、良い意味で難解な印象があります。何度も読ませてしまうような惹きつけるものがタイトルからしてあると思いました。 (昼食代貯めて買った聖書)

2018-12-27

オオサカさんらしい頑張ってる作品だなあと一読して思いました。とても懐かしい感じもある。幼少時代の遊びのような。しかも、それが不自然でなく、幼少の作品に読めてしまう。それってけっこう難しい技な気がします。 (ニューヨーク天神駅84「小児教育」)

2018-12-27

黒髪さんからすれば、みうらと同じにするなと思われるのかもしれないのだけれども、私も抒情詩をいつも書いているつもりなのだけれども、よく自分語りと揶揄される(いや、私の場合は自虐ネタで自分語り系と自分で言っていたりしますが) 。これについてちょっと歴史の視点で述べさせてもらいたいと思うのです。で、これについての黒髪さんのご意見を訊いてみたいというのもあります。 黒髪さんの作品「夜」は突き抜けた感じがあって私的にはとても惹かれるものがあったんです。でも、本作には残念ながらその読後感がない。これはなぜだろうかと考えた時に、過去の取り扱いが気になった。「夜」にも過去の事柄と思われる内容がある。でもそれは自分史の中の過去。本作「ストップ ザ ペイン」では「世代」「絶滅」という言葉など時代の流れを語る箇所がある。私にはそれらが黒髪さんの外の出来事に読めてしまう。外界が語られていても何ら問題ではないし、評価される読み手もいらっしゃると思います。極私的な感じ方になってしまうのだけれども、外の出来事に感じるという印象をもと先鋭していうと空々しく感じてしまう。で、ここからが本題なんですが、なぜに空々しく私には感じてしまうかというと、日本語って明治の近代化の時に多くの言語が造語されたと言われてますが、私らが使っている日本語ってそもそも空々しいものなんじゃなかろうかと思うのです。言語歴史の知識を多分に持っているわけでもないし、おバカなみうらの妄想でしかないのですが。つまりその、元から空々しい言語を自己の肉体の宿らぬ用い方をすると空々しい印象になるのではなかろうかと思うのです。ある意味で、ある意味ですが、最果タヒさんも自分語りというと自分語りだと思うんです。でもなぜにそれが広く好意的な印象になって伝わるかというと、空々しい日本語を最も活かしているからだと思う。空々しい日本語をなんとか自己に繋ぎとめようとしているような。 長々となってしまいましたが、黒髪さんいかがでしょうか。もちろんスルーされても大丈夫です。 (ストップ ザ ペイン)

2018-12-27

匿名酷評を読んで、本作が統合失調症に関係する内容を含むことに気がついた。たしかに薬のキーワードを考えればそうだったのかと思うし、コメント欄での小林さん本人が認めていらっしゃるのだから間違いないのだろう。そうだとしたら匿名酷評者は鋭く本質を突いているのだろう。小林さんのお詫びは誰か特定の人宛ではないという前提でコメントしてるのだけれども、もしもお詫びが世間の皆様宛てだとしたら、そのお詫びするお気持ちはわかります。誰かが自分の作品で傷心された人がいることを想像すればお詫びしたい気持ちにもなると思う。しかし私たちが詩人であるならば、黙って詩で落とし前をつけるしかない。傷心された人がいると思うならば。 (ビューティフルマインド *)

2018-12-19

石村さん 丁寧に教えていただきありがとうございます。「詩のことなんか何もわからない阿保」と言われるところに、知りたかった答えを見いだせました。そもそも言葉には定義があったとしてもその定義通りに使われていないこともあるわけで、わかったような錯覚を、、私なんかは断定して語っていたりします。私は「人それぞれに考えや思うことがあっていい」という物言いが嫌いだったりします。それはお互いを尊重する一方で個別に持っている強度が薄い、なんと言いますか、緊張感が失われた場に出す要因にもなると思うのです。ビーレビは楽しい遊戯の域であるべきな一方で個が断定を持って参加してこそ有意義な遊びの場になると思うのです。その観点からすると先に挙げさせていただきました「詩のことなんか何もわからない阿保」という言葉に共感します。わくわくしてしまいます。話は逸れますが、時々見受けられる揚げ足取りのようなネット詩上のコメント。それは阿保と言葉をかけることもためらってしまうほどに残念な人にみえます。 不躾な質問にお答えいただきましてありがとうございました。 (秘法(第一巻))

2018-12-17

まりもさん ありがとうございます!屈折を捉えていただきありがとうございます! (【選評】2018年11月投稿作品 )

2018-12-16

とてもありがたい批評をいただき感謝します。詩とは知的遊戯であると定義すれば拙作は詩ではないのかもしれません。詩が知的遊戯という専門的な領域で埋没する、平たく言えば解る人に解ればいい言語芸術を受け取る感性の世界にあっては、作者の人物像など排除するべきファクターであるのかもしれません。鬱海さんが批評という手法によって知的領域を拙作に与えられていることに、感謝します。ありがとうございます。 (【選評】鬱海 自己を告白すること)

2018-12-16

月並みなネット詩の良作だと思う。一つのレトリックのアイデアがあってそのレトリックが器用に使われている。ネット詩にあってはそれでよいのかもしれない。誰も思いつかなそうなアイデアがその作品にあればそれでよいのかもしれない。ネット詩など毎月、毎日、ただただ陳列されては品物替えされるもの、消費されてしまうものであってよいのかもしれないし、ライトないいねをし合うことで事足りる作品があればよいのかもしれないけども、本作の あれ とは、代替えがきかないものだと思う。その あれ だけが一人歩きしていて、ライトな文体でヘビーなことを表していていいのかもしれないが、そうではないと思う。すみません。 (名前 *)

2018-12-12

すみません、句読点などがおかしなまま書き込みしてしまいました。 本作を読むにあたって、持っておかなければならない知識があれば教えて下さい。 という意でして。すみません。 (秘法(第一巻))

2018-12-12

何度か拝読したのですが、率直に申しますと私には難解でした。また、コメント欄を参考にもしたのですが、私の脳みそは更に迷宮入りした次第でして、一つ、思い切ってお訊きします。本作は読解するためには必要な何か、読む為に必要な知識があるとすれば。差し支えなければご教示いただけますと嬉しいです。いや、お答え不可でも大丈夫です。質問の理由の一つとして、「詩には前提知識が必要であるのか」ということについての石村さんのご意見を参考にしたい、というのがあります。 (秘法(第一巻))

2018-12-12

言語I.Qが高そうな作品だと思う。完璧といえば完璧なのだと思う。この世に完璧な文章なんてないのだけども。掲示板に投稿する作品としては長文の第一印象があったけども完璧さを感じる作品だから、長さに無理がなく読めてしまう。欲を言えば、再読させる魅力があって欲しいと思う。作品に個性がない。下手な文章でも個性があれば私はもう一度読む。なぜならば、わからないから。内容が理解出来ないのではなくて、私に引っかかってくるその不可解な個性、それを知りたいと願いもう一度読む。本作にはそれが無い。少なくとも私には何の引っかかっりもなかった。一年後にもう一度読むことはないと思う。いや、今、もう一度読もうとは思はない。しかしながら、完璧な作品だと思う。ネット詩でお見受けする完成度が高い作品の一つだと思う。私がそういった作品をネット詩に求めていないだけの偏向過ぎた主観な感想で恐縮だけれどもコメントさせていただきました。 (正風亭)

2018-12-12

ステレオさんは文章うめえなあと改めて本作を読んで思った。近未来的な内容も良く出来たプロットだと思う。 (瓦礫の淵)

2018-12-12

猫になりたいと常々思う。しかし猫を書けない。本作の良さは猫を書いているということ。しかも短詩として。また、詩は俺でも書けるという後押しを受ける。変に肩肘はらずに、ただありのまま、思うがままに書くということ。しかし、それをやろうとすればするほどに事実に偏るか、意味不に偏るのが私である。 (海猫)

2018-12-05

ゼンメツさんの作品についても、正直に言うとその作品が何故良いと読めてしまうのかの理由を明らかに説明することが出来ない。本作も同様。鬱海さんの前作の方が読みにくさがあったにせよ、フックとなるディテールの置き方などがあって良さがわかりやすかった。強いてその不可解な良さの理由を挙げれば、空虚な情緒がそこにあるということ。空虚な情緒という言い表わしを代えると、そこにあるのは人形劇だ。人間の交わりが書かれてあるのに、生々しいものが除去されている読後感。村上春樹作品は人間が、自我が書かれていないと評される。鬱海さんの作品、ゼンメツさんの作品から受けるものには人間さえもない。付け加えると、人間や自我などが無いということが心地よい。なぜに文学だから人間を書かなくてはならないのか。人間をリアルに書けば書くほどに人形になることは寧ろ正常に思う。谷崎潤一郎も本当はそれなんじゃないかと思う。 (とおい神話)

2018-12-05

ビューティフルマインドとタイトルに持つ詩であれば私的な語り手の思い出が私的なものとして終わっていることが惜しいように読めるが、ノスタルジックな雰囲気をタイトルが後押ししているようにも読める。つまり少々中途半さとしての読後感。改行が独自なリズムを刻んでいるだけに、レトリックな作品なのかモノローグが主としてのスタイルなのか微妙な仕上がりで終わっていると思った。 (ビューティフルマインド *)

2018-12-04

語り手が持っている絶望感が全面にあって、心情を読み解くのが容易く出来てしまう。いや、容易く出来るなどとコメントするべきではないのかと気を使ってしまうぐらいに負の言葉を出し尽くされた感がある。語り手が自己否定する言葉の真逆が願望として読める。しかも確定された願望として。私にとっての自己否定とは他者への赦しを乞うある種のメッセージで、自分を本質的には否定していない。この定義は一般的ではないと思う。しかし、本質的な自己否定など私には怖くて出来ないし、生きれない。生きることを前提とするからこそ絶望。であるならば、自己否定に希望が見出せる。本作は個人的な願望が普遍的な希望にまで昇華された作品まで到達していないと思う。それはそれでいいとも思う。希望などという物言いは陳腐過ぎる。しかし、ここまで絶望で埋め尽くす書きが出来ているのだから、陳腐にならない必然的に宿る希望を書けると思う。 (「願望」)

2018-12-04

動きのある作品にはなっている。しかし、まだ僅かな動きだと思う。作品としての仕上がりを意識されていて、強盗列車というタイトルの奇抜さだけが残るものとして終わっている。強盗列車が書かれなくてはならない必然が宿っていない。いや、宿らなくてもいいのだけど、必然が宿ってなければならないと、みうらには残念な読後感が残った。次回に期待する。 (強盗列車)

2018-12-04

花音さん コメントありがとうございます。狂気と正気の境目にある新月を迎えたら、詩が降ってくる気がします。花音さん、また投稿作品、読ませてください。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-12-03

本作を投稿するところが素晴らしいと思う。禁句、他人への不快感、差別思想、などなど、覚悟された作品はそれだけで魅力がある。最低だなと思うのはそういった覚悟の無い匿名の中傷、誹謗、差別な作品、つまり軽薄で浅はかな作品。渡辺さんにはなんだったら本名晒して対マンで話しますか?という覚悟がある。なので、この作品は素晴らしい。詩の王道路線ももちろん好きだし、たくさん読みたいと思うけれども、暗黙の了解を犯す本当に意での斬新さ、詩の残酷さ、断絶を表す作品を読みたいと思う。広告主が思わずクレームを出してしまう作品が投稿されることを期待する。 (たったひとりで伸びていったクレーンへと捧げる詩)

2018-11-29

大賞になってもおかしくない作品だと思う。難解でよくわからないけども文藝作品として良いと思わせる印象。 (贋物)

2018-11-29

るるりらさん 己が言葉にする時のそれが自分のなんなのかが解らないことによって他人とのコミュニケーションが成立しないことがあります。己の言葉が発端となって生じているであろう状況。私は黙るしかないことがよくある。テキストの言葉の黙りと肉声の言葉の黙りは違い、肉声の言葉の黙りの方が私には安堵があります。テキストの言葉の黙りには音がないけれど、肉声の言葉の黙りには空気の震えがあるので、他人と繋がっている気持ちになる。みたいな。るるりらさんに共感を持つことが時々あって。それは、その他人との交わりの不器用なところです。コメント有難う御座います。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-29

鬱海さん コメントありがとうございます。黙ることによってしか使えない言葉があるとしたら、真顔で言いますが、それは愛だと思うのです。鬱海さんの作品、そうだったと思い出した印象があります。鬱海さんの作品から私が受けたものは黙っている愛の感情だったと思います。言葉でいくら組み立てても残念な結果になる時、黙る。でも感情は止まない。黙ってしまう愛の感情を錯覚としてか、あるいは確信を持って受け取る人がいるものです。詩情も同じなのかもしれませんね。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-26

ハードボイルドを感じましたよ。あと、クッキングヒーターさんって名前がインパクトあってチェックしてるんですが、今、きてると思います。きてます。なんというか、最近、ブルージャイアントという漫画を読んだんですけど、つまり、あれです。あれがきてると思います。止むに止めない熱病みたいなのが作品に宿ってきてると思います。 (人生確率論)

2018-11-24

カオティクルさん、再三のコメントで悪いが、ビーレビ初期に私を題材にして投稿された作品があったことを思い出した。カオティクルさんが2人目である。と言いたかったのだ。ちなみにこの作品を気に入っている。すみません。。https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=28 (ビーレビの昼ドラ)

2018-11-24

まりもさんの作品は上手くなくてはいけないし、一定の水準を下回る作品は出されないのかもしれないが、感情が先走りする表現を時々目にすると私はそれに新しさを感じる。本作にある季節感の持たせ方、ひらがな表記による詩作品としての文体には技法としての巧さが読める。しかし、私的な欲を言えば、狂を感じたかった。狂とは生と死の際であり季節が移る時の歪み。仮に、谷川俊太郎の作品がそのまま、まりも名義で投稿された作品があったとして表層で対峙するのが作品だったとしても奥底で直観するのはまりもさんという人間である。少なくとも私は詩人として詩文を読みたいし、批評とは詩人が持つ直観で書かれるものをいい、合理性で作品を読み表すのは解説の域を出ないと思っていて、批評はとても勇気がいる。それをぶつけ、ぶつけられ合うところに私たちの詩があると思う。 (あなまどい)

2018-11-24

こうだたけみ論が書けずにいて悪いなと思いながらも、こうだたけみさんの投稿作品があるとホッとする。私にとってのこうだたけみ作品の魅力に明るさがある。こうだたけみさんは暗いことを書こうとされて(いそうな)作品であっても明るさだけが残るように工夫されているのだと思う。本作もそう。狂ってることを書き出しているのに「かもね」で終えることによる軽い読後感の与え。ですます調によって漫談な文体にされている二連目。こうだたけみさんはきっと、読み手の受け取りがまず先にある書き手なのだと思う。ご自身が書きたいことより読み手の受け取りを優先させること。こんなコメントをすると、ほぼ気持ち悪いみうら認定をされるだろうが、それほどまでに毎回の投稿を楽しみにしていることを伝えておきたいと思う。最近、私は久しぶりに漫画を読んでいるのだけれども、漫画ほど受け取り側を意識する表現はない。いや、コメディや漫才もあるかもしれない。とにもかくにも、こうだたけみ作品は私にとってはビックコミックスピリッツだ。 (ひきだしにテラリウム)

2018-11-24

蔀 県さんが「判然としない何物かがふらふらと動き続けているみたい」と評されているのを読んで、ああなるほど、と思った。本作にある、その表しようのないもの、神が口ごもるようなこと。 詩でしか表せないものを感じました。 (ひとひら)

2018-11-24

仮名吹さん 感情とそれを表現する組立てられた言語の乖離とはつまるところ、文章が下手なのだと思っております。しかしながら、いくら上手く書けても己の生と死が書けなかったら、私たちの営みではない。そんなところから、もう一度始まる予感があります。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-24

黒髪さん 岡潔と小林秀雄の対談本を読みました。情緒と直観。合理ではなくてビジョンを。詩とはそういう表現でありますね。それはまた確信でなければならない。根拠ではなくて。根拠は合理でしかない。ビジョンは確信から語られるということ。つまり、自分語りを一度通過しなければならない。村上春樹作品でいうところの井戸に降りることが壁抜けに通ずるように。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-23

藤さん コメント有難う御座います。藤さんの「七月分選評」を読み返しては自分の指標にする時期がありました。技法と構造はとても大きく関係していること。本作を文学極道へも投稿しました。文章がとても下手くそだというコメントを複数もらえて嬉しくもあり、文章を上手く書くことを意識せずにやると私はまったくダメなのだと再認識しております。文章は文章であり、そこに書かれたもの以外にはないということをもう一度やってみようと思います。有難う御座います。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-23

本作を読んで、私はなぜに詩本を手に取るのだろうかと考えてしまった。そこにはいろんな理由がある。賢治が持ったであろう思念に触れたい、寺山修司が持ったであろう思念に触れたいというような、作者の言葉ではなくて、いや、言葉なんだろうけども、その言語で組立てられた作者の思念に触れたいと思う時がある。正直に云えば、尾田さんの作品というのは私にとってはそのような存在だ。レトリックがどうとか、内容がどうとかではなくて、尾田さんが今思っていること、感じていることに触れたいと思うところがある。ビーレビに投稿されることは尾田さんにとっては特別なことだと勝手に思っていて、本作を読んでその特別なことを私は感じた。 「俺」という主語がいつの間にか「俺たち」に代わっているこの作品は、私への贈り物に思えた。それは勝手な解釈だ。でも尾田さんはそんな書き方が出来てしまう人だと思う。特定の人に宛てていないのに、読む者がこれは自分へ宛てた作品、いや、俺が読む必然がある詩だと、そう思わせるもの。絞首刑を前にする私を投影させる作品、という云い方をしておこう。 (絞首台)

2018-11-23

私の魂より、よりも本作のほうが私には好ましく思えた。本作にリアリティを得れる。井戸にはリアリティが必要ではなかろうかと思うので。 (井戸の底(現在より))

2018-11-23

こじんまりとしたなかに、妖精を赤と表されるところがチャームポイントになっていて悪くないと思う。 (妖精と人)

2018-11-23

みえてる世界を書こうとされていると思う。詩文を書く根源的に持つべきもの、トライアルな気持ちを感じる。平たく云えば人の生き死にについて。あるいは新しい世界を求めるような気持ち。残念な気持ちで終わらせていることに勿体なさがある読後感だった。おそらくだけれども、本作に詩文として書けなかったことのほうに惹かれるものを感じる。言い方がおかしくなったので、言い直すと、本作に書かれていない言葉の存在を大きく感じるし、それに魅力を持った。 (リコール17)

2018-11-23

作品としての魅力はとても薄い。ただ、この作品を書かなければならない心情をとても感じる。それはとても困難なテーマだと思う。 (紅葉を眺めながら)

2018-11-23

表現、暗喩がとても個性的だと思う。冒頭の始まりも惹くものがある。ただなんだろうか、これはとても極私的な感想だけれども、固有な誰かを受取り手として意識される書き方をすると拡がるような。光っている表現の向かうところの散漫さが一つの照準に合さること、作品が読まれたいと訴求するものが作品に宿る気がします。 (魔法 *)

2018-11-23

とても興味深いことを書かれていると思いました。存在と括弧についてのことが謎かけとして残る。内容をもう一歩掘り下た言及を読みたかったなという物足りなさがやや残りました。 (世界の中心で(   )を叫ぶ)

2018-11-23

ふじりゅうさん 自分をさらけ出すことは芸の無いことではありますが、上手に書くだけでは到達できないゾーンがあるとも思うのです。ふじりゅうさんが今持たれている若さとエネルギー、それらが注がれているコメントの多くに清々しさをいつも感じています。勝ち続ける頑固さに裏打ちされた謙虚さ。そんなものが私には欠落していたのかもしれません。そもそも上昇する運命より、綱渡りから落ちても助かってしまうことの方に運命を費やしてしまったようで。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-19

fiorinaさん 他者と対話することによる化学反応はJAZZ演奏に似ているかもしれません。無意識にあるものが出る。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-19

沙一さん それをよく言われます。最近見かけないですが、survofさんにもよく言われました。コメントがいいと。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-19

帆場さん 37年前、中学生だった私は夕暮れのお風呂上りにプロレス雑誌を買いに本屋さんへ行きました。何気なく棚を眺めながら歩いていたら「1973年のピンボール/村上春樹」を見つけました。プロレス雑誌を諦めて初めて小説本を買いました。それが非合理の選択というのかもしれません。非合理で現実世界は出来ている、ある一部分があるのでしょう。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-19

fiorinaさん お給料を毎月ちゃんと貰うこと、それ以外のことは大したことではありませんでした。生きることはお給料を毎月ちゃんと貰うこと。私はよく人の話を聞いているかと忠告を受けてきました。今も変わらないのかもしれません。人の話がわからない。でもわかったふりをしなければお給料は貰えないのです。おのずと私の言葉は軽くなる。他人からの蔑みは増す。しかしお給料が毎月貰えたら、そんなことは大したことではありません。 ネット詩はとても居心地がいい。会話でありながら会話ではないもの、言葉で表現していながら言葉になっていないものを共有しようとする矛盾。私にとってお給料を毎月貰えること以外に大切なものに思えます。興味が薄れてきていますが。50になっていろんなことへの興味が薄れてきました。愛やら恋やらもどうでもいい。一つの憧れだけが残りました。画家の田中一村。50を越え奄美の島へ行ってただひたすらに絵を描き終えた人。私にはそれが出来ない。なぜならば毎月のお給料を貰うことが生きることだからです。ただ少しだけでもそれに習いたいと。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-19

ishimuraさん お読みくださり有難うございます。 これは私が過去の事実を回想して書いたノンフィクションですと、コメントするべきなのかもしれないのですが、私はこれが事実に思えないのです。その違和を無くす作品を書けないものか、詩を書く動機としてずっと自認していることです。事実を書いても事実に思えないということ、私は狂人なのかもしれません。狂人でいながら人並みに生きれているのは運が良いとしか思えなかったりします。 妙な返レスをしてしまいました。これからも精進します。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-18

運営の渡辺さん等が困惑されるトピックを内包してるこの作品は予想外の展開に発展しそうで三浦個人としては、興味深い。ネット詩掲示板でこういった会話がなされる時に、運営陣も含めた不毛な議論になることを誰も望まないことは確か。マナーを重要視するビーレビでは過去にも建設的に成された掲示板上での議論が幾たびかあった。本作について言えば、表現の自由云々の議論になってもおかしくないし、皆さんがそれをどう考えられるかを知りたい。ちなみに私はishimuraさんの失望と示されたことについて言えば、失望が指すことに興味が湧いた。ishimuraさんが指す答えを知りたいのではなくて、この掲示板において参加者が失望と表明されたことに興味がある。それは正しい掲示板の在り方などというまさに不毛なトピックになりがちなことではなくて、ビーレビが変化する一つの起点になる話が皆で出来ることを望む。これはフォーラムへ移行するべきかもしれないが、敢えて掲示板の方でやってもよいのではないかと考え、再コメントした。また、カオティクルさんが、コメント欄にて返レスされてる内容が示すことについても私は理解する。擁護する意味で下記の画像を持ち出しておきたい。ビーレビでは今、ランダムに広告が表示されている。その一つをスクショにして保管したものである。卑猥な意味におけるインパクトであれば、こちらの画像にこそあると思う。投稿者が卑猥な文言を使うことと広告の卑猥画像を同一視することがおかしいことかもしれないが。 https://i.gyazo.com/7888c86062f625e3bf93ebee0379a594.png (ビーレビの昼ドラ)

2018-11-18

一読して、そもそものかるべ作品とは一体なんぞやと思い今年5月の初投稿作と前投稿作を再読した。可読性から徐々に離れたところへと向かうスタイルを出されている気がする。少なくとも、言語を用いて日頃の状態を表そうとはされていない、言語を用いて読み手との共有を得ようという目的ではないところで作品を書かれていると思う。それを私は好ましく思う。詩文は多数へ届ける表現手段ではないだろうし、本作の末にある通り、家族でさえ共有出来ない、詩とは孤独な祝福の時間である。わかるわからないではない共有を、詩を使って、私たちはやろうとしている。 (今まで飲んだ精液の味はどれも違った[甘味])

2018-11-18

巨大なSNSサイトへと変貌を遂げる今、ビーレビが留意すべきことの中にユーザーだけでなくスポンサーの視線を意識することがこれからは必要なことなのかもしれません。新たな広告主を求めて渡辺社長が東京へと足を運び歌舞伎町や兜町、あるいは代々木公園で路上リーディングを孤独に決行し、NHKの社員に黄色いビラを配ってると聞いたことがあります。電通様の接待なんちゃハンパないっすよと夜な夜な泣いているとも聞いた。それなのにカオティクルさん、貴女はなにをやっているのですか。万一、ガチなフェミニストのお偉い様が閲覧されていたら渡辺さんに申し開きが出来ない。(フェミニズムとは何か、それは在原リョウ氏に尋ねれ) とにもかくにも、この掲示板は品行方正でなくてはまずい。いいですか、この掲示板は上半身以上のことに限定されているの。上半身以上の事柄であれば宇宙の真理を書いても構わないけど。でも、まさか宇宙の真理とはペニーレインの大きさでありその深遠さは満月を比喩として出さなければわからないじゃないですか、などとフロイトの無意識論を出すなよ。結論として君に天子ちゃんステッカーを渡辺さんに発行してもらいます。 (ビーレビの昼ドラ)

2018-11-18

ボルカさん 自分に課しても何ら役立つテーマにはならないかもしれない、あるいは課したテーマを昇華さす書きが追いついていなかったと思います。ボルカさんも御察しかもしれませんが書こうとしたテーマは今、私がどうしても書かなくてはならぬものでした。固有な物語、限界藝術のような何か。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-18

かるべさん コメントありがとうございます。藝術が人生を知る方途の一つであって、全てではない。そのことをネット詩は明らかにするのかもしれません。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-18

とてもわかりやすい恋愛の情がある作品として読める。やや冗長さを感じるが、それがリアリティを持たせてあるとも言える。ただ、これは妙な評になってしまうけれども、作品をながめて見た時に昇華されずのままな世界がある。平たく言うと印象が弱い。読めばわかる作品でなくてながめて見たときに作品が発しているもの。それが詩情ではなかろうか。 話が逸れるけれども、私はこのコメントを書くにあたって手前のことは棚の最上段にしまって、自分が世界で唯一の大詩人だと思い込んで書いている。ある意味で中原中也、あるいは自分が小林秀雄になったつもりで読み、批評を述べていて。そうすると見えていなかったことが見えてきたりして、私自身の学びの場にもなっています。 (体温)

2018-11-18

発想があると思った。一つの短いミステリアスな作品としてまとまりのある作品だと思う。ただ作者には傑作を生み出す余力があると私には思っていて、過去の投稿作品も含めて、そのような観点からの魅力を感じている。余力が感じられるとは抽象的な評になってしまっているけれども、本作に沿って語れば、秘めた情景描写の核にあるレトリックがわかりやすいということ、つまり「 」という空白。レトリックがわかりやすいとは、読み手が既に知見としてあるレトリックとレイヤーとして重ねやすいということ。作者がまだ持っているであろう未遂に終わっているレトリックが誰もが想起し得ないものとして私の前に登場することを期待している。 (「 」が言えない)

2018-11-18

世界と御自身を相対化させるとき、憐憫と大欠伸と表する感情を持っている。確かに私たちにはそれがあって、一方の世界に耳を傾けると小鳥の悲鳴がある。きれいごとの表層をもって私たちは生きようとする。しかしそれは実存ではない。世界にある実存は私たちが感じるような、言葉にするように創られてはいない。子供の肌も血も骨も甘くはないように。私たちと世界は混沌としている。それはまるで洗濯機のなかで絡み合うような。世界と私たちの絡みは私の身体のつまさきまでの全てにあるということ。 そんなことを読んで思いました。世界を思う時に残念な気持ちになる。 (つまさきまで)

2018-11-18

久しぶりにコメント少ない順にソートして閲覧をしてみたら、一つもコメントが付いていない作品を見つけてしまった。で、読んだんだけど、これ面白いですよ。一定レベルの面白さ以上にはある作品だと思う。とんでもなく面白いわけではなく。そんなこと狙って書かれていなかったらごめんなさい。 まったく作品に関係のない話ですが、こちらの掲示板、とんでもなく投稿量が増えていて2週間誰も読んでいなかった、なんてことは多発すると思います。 (祝祭)

2018-11-14

黒髪さん、圧倒的に突き抜けてる。自分語りをうんざりするぐらいに否定されてきた僕らにあってずる賢い僕は逃げた。黒髪さんは真っ向から突き進まれていた。少なくとも僕はそう見ていた。レトリックやら暗喩やら新しい言語やらと比較されても内面を、自分とは一体なんなのかという問いをやめなかった。評価など他の誰かが受けておけと、ネット詩というある種ろくでもないコミュニティにおいて貫くことは難しい。少なくとも僕には勇気がない。駄文のコメントになってしまい申し訳ないが、黒髪さんという人物がそのままに表現された素晴らしい作品だと思う。魂などと言ってしまうとくさすぎるかもしれないが、それが込めた作品としか言い表せない。 (夜)

2018-11-14

一読した時、一瞬好ましい引っかかりがあった。それは私にも目が気に入っているミュージシャンが幾人かいるためだと思った。で、それだけでコメントをするのはいかがなものかと思い、一旦閉じた。二回目に読んで思った。この作品はそもそも書こうとしている題材がありそうでなさそうなもの、既視感があると一概に言い切れない作者が持つ固有な詩になっているのではなかろうかと少しハッとした。ただ少しイージーさが目立つ。気になったのは誤字ではないかと気になってしまう箇所が2点ある。次回作品も読みたいと思えた作者。読んで良かったです。 (君の目)

2018-11-14

なんだろうか。主観的な感想を述べればタイトル通りの心情が直裁な物言いとしてストレートに痛く伝わってくる。客観視でみれば、内情に閉じ過ぎていてコメントしずらい。語り手は辛いのだろうが、語り手の辛さを読ませるところまでの何かが必要なのかもしれない。辛いことが伝わってきても読者は得をしない。読んで得したと読者に言わせなければならないと思う。極論だけれども。 歌の作品であればメロディーで補えたりする。しかしテキストのみの作品であればその何かを詩文に与えることがとても難しい。でもその難しさを越えなければ、他人にとっては価値のある、無価値な詩にはならないと思う。 (愛情飢餓)

2018-11-14

なんだろうか。主観で読めば好ましい作品で客観視すればルミナスラインが不足していると思う。それは読者を意識して作品に仕込むフックがないと言えるかもしれない。でもそんなことはどうでもいい。作者側にも書いてる時の感情があるし読む側の私にも読んでいる時の感情がある。そのお互いの感情が交わることがあったりする。例えば書かれている事柄を私も体験していたり。あるいは作者の感情がとんでもなくぶっとんでいて容赦なく押し込まれてしまう時。最も好ましい詩文には押し倒されてしまう。終いには鳥肌が立つ。エクスタシーと言い換えてもいい。癒しの詩文もあるだろう。憎悪が込められている詩文もある。ろくでもない感情がたくさんあってろくでもない詩文に閉口すらしてしまう。それは仕方がないことだよとあきらめてもいる。なぜならば私の日常はろくでもないし私の感性などただのおっさんだ。でも読んでしまう。ろくでもない感情しか書かれていないとわかっていても読んでしまう。言葉など信じてはいないが、でも言葉に出来ない感情が溢れてきたら私は言葉に感謝をする。 すみません、散文のひとりがたりな感想になってしまいましたが、本作のコメントとしてふさわしいと信じ、送信ボタンを押します。読んで良かったです。 (思考の嗜好)

2018-11-12

永峰さん コメントありがとうございます。ディストピアと評していただきとても嬉しい。ディストピアはあらゆる有名作家や映像によって出し尽くされ、スタンダードな世界観にもなってしまった感があります。書こうとすれば既視感が伴ってしまう。それを回避する手法は極私的な固有の知識を駆使することではなかろうかと思い付いて書いた次第です。当掲示板にもおそらくはディストピア的なる作品が過去にもこれからも投稿されることでしょう。それらの作品が描く世界が全てパラレルに存在すれば、楽しいことに思えます。 (綺麗な産卵)

2018-11-12

ステレオさん 終末思想が魅力を存分に発揮する期間を過ぎて僕たちはモラトリアムな気分から抜ける必要に迫られた。次にぶら下げられた餌はワイヤードロジックを構築する夢の近未来で、終わらなかった世紀末を知る世代の僕らには最早、ダンスをする気分を促すトラックは鳴り終えていた。経済にコミットする権利を限定された僕たちの後の世代は近未来と化石の神話を融和させることの楽しみを見つけ新古の価値を容易く捨てた。それは聖域とされていた宗教にさえ楽しみの手法を見つけ出した。しかしながら僕たちの世代だけがやれる楽しみがある。一つだけの抜け道がある。アンケートとマーケティングの防壁の中でスポイルから外れて生き延びる手段を僕たちは知っている。詩人になれることを知っている。 (綺麗な産卵)

2018-11-12

幼な子が持つ表現の役割としての言語とは、動物性が宿る直裁な発し方ではなかろうか。自然を前にしてその森や風を表わそうとする時、大人である私には用いれる言語が無い。巧妙なレトリックが思い付けてもそれはあざとい。本作にある魅力は、その大人が不思議を語るに用いるであろうあざとさを消しているところにあるのだと思う。言うまでもなくそれは句読点を排除し韻読みを誘う作用によって動物性を語り手にもたらしている。自然が持つ神話性を表わす動物性の言語への回帰を難なくやれているところの筆力を思った。 また、話が逸れてしまいますが、ビーレビの楽しみ方の一つに「読めない、解らないでスルーしたい作品を敢えて読んで自分の言葉でコメント付けたい」というのがあります。最近、久しぶりに小林秀雄の本を読んでいるのですが、そのなかに「〜的な〜主義のという他人の言葉を借りての物言いは批評ではない」という趣旨の話がありました。私は無知無学なもので読解が難しいと思ってしまう作品がたくさんあります。自分がコメントしてしまうと作者を怒らせてしまうのではなかろうかといつも考えます。いや、現実に怒らせることがありました。また、ビーレビに本格的な批評を求められ参加された幾人かの作家の方が望まれたような批評が得られずに残念な気持ちを表され去られました。正直に申し上げますと悔しさが今もあります。そんな気持ちもあり、、何をコメントしたいのかわからなくなってしまいましたが笑、これからも当掲示板への参加を楽しんでもらえますと嬉しいです。私も現在は運営の立場ではありませんが。 (秋へと落ちていく音階のフアンタジア)

2018-11-11

「はじめに」で言及されている「きみ」について、また「地名」についてが興味深かったです。固有名詞を使うレトリック、、このレトリックと断定してしまうことによって読む方が受けるであろう詩情が削がれてしまうところのこと。これが詩作品に対しての合理的な詩論が、誰もが望まない負の作用をもたらす。作者が意図せずところで「渋谷」と云い、読者が「渋谷」をそのままに受けることをよしとすべきであれと。一方で、(私はこちらの観点を良くも悪くも用いるのですが)優れた暗喩を含有すべく優れたレトリックを作品に見出してこそ批評ではないのかということ。そこには作品を読むに用いる為の詩論の有無が問われる。 二つの両極に迷いながら私は詩を読んできました。なかたつさんが最近の選評記事において追究されていらっしゃるテーマの一つとして持たれていると私は推察しております。ハズレでありましらすみません。二項対立なのか、或いは二項はその奥底では重なっているものなのか。私の個人的な学びのテキストの一つとしてこれからもなかたつさんの選評記事を楽しみに拝見させていただきます。 (10月投稿作品選評 ―名詞が持つ働きとは何か―)

2018-11-11

掲示板をスクロールしていて、「わあ長げーなあ」と敬遠してしまうタイプの作品がある(失礼!)本作も何回か読み始めては途中で投げ出していた。そしてまた「くだらない」というタイトルが妙に引っかかる。掲示板をスクロールする毎に。で、そもそもこの作者は誰だったっけ?となる(失礼ですみません!)。で過去作をみて驚いた。私が好きな作者の1人だった。名前が記憶になくて大変に失礼だけれども、私がコメントしていた二つの作品ははっきりと記憶に残っていた。私が好きになる作者とは連続性を持っている作者であることが多い。作品と作品がその内容で連続しているのではなくて作者として、詩人として一貫性があるということ。鬱海氏の作品にはそれがある。過去作もそうであったが本作も、なんとも言いようのないダラダラ感があってしかもなぜだかそれが心地良いのだ。参考までに申し上げておくと、ホントに読み始めるまでに抵抗がある(すみません!)。だが、読み始めると妙に楽しく読めてしまうのだ。それは大量のトンネルであったりバカボンのパパであったり、それらの気の利いたディテールが散りばめられているところがいいのかもしれないし、作品全体としての魅力を言えば、、これは語弊があるかもしれないが、若い女性の個人的な日記のようなものを覗き見しているような感覚に近い。ちなみにだけれども、本作を好む読者が一体どのようなシチュエーションで本作を読み好ましい感想をしているのか、それを作者殿にとっての今後の創作のためのサンプルとして提供しておこうかと思う。と、思ったけれども、あまりにも下品なコメント過ぎると思いやめました。とにかく、本作は良いし、是非また次回作も読みたいと思った。 (くだらない)

2018-11-11

言葉が丁寧であり思念と言葉の乖離が微少に思える。その言葉から組み立てられる情景は輪郭がはっきりとしている。つまり、それは比喩だ。 >薄い繭にまもられているような夜 認知しているはずの記憶の不確実性をメタファーとして、比喩を使っている作品に読めた。レトリックで組み立てられた野良犬の様は表情がある。ただ野良犬が持つ固有の不気味なイメージを、丁寧な書き方が逆に消しているようにも思う。 (記憶の川、真昼の星 *)

2018-11-10

コックリさんを何度かやっていた子供の頃を思い出した。幼き頃は言葉の意味や漢字の読み方に夢中になっていて、その言葉による伝達やら、詩を感じたり考えることはなかった。言葉には予め付けられている印がある。その印は発する者によって付けられ受け取る者には見えない印で、印が押し付けられたり無視されたりする。魂とはそういうものかもしれないし、そもそも、その魂を言葉にすることにすら疑問に思う。幼き頃は言葉よりも前に魂を感じようとしていたのかもしれない。 (無印)

2018-11-10

この作品が私のことを書いているのかと錯覚してしまうぐらいに魅力的な人物として描かれている。いや、愛情が込められている作品に読めた。ややプロットにラフな感が残るも。 (⑧君の始まらない話)

2018-11-10

非現実な場を表す手法としての詩文。それは暗喩が効果を発揮するからだろう。本作にある暗喩とは語り合う者たちが持つ疑いが喩えとしての何かだ。ややプロットにラフさがあるけれども、そのラフさが特異な表情にもなっている感がある。作者が四月に投稿された当時、私だけでなく多数の人がとても興味を持っていたと思う。作者が書く作品には惹かれるものがある。 (酩路)

2018-11-10

性行為が個人的なもので、仕事は僕等にとっては社会的なものでしかない。仕事が個人的なものになってゆく過程が成長というのだろう。本音を言えばそれを僕等は否定したい。否定したい僕等には彼女がいて愛と平和を歌うシンガーがいる。彼女が性行為という個人的な存在から家族という社会的な存在になってくれてれば悲観的なシンガーも死ななくて済んだのかもしれない。でも僕等の希望はコンビニやパソコンやスマホに向けられていて、僕と彼女の個人的なものはスマホの中に今も変わらないままで。成長しないままで安心をする。変わらない僕等の個人なものごとにもやがて冬が訪れる。 感想を散文的にコメントしました。本作はとてもいい。読んでいてなぜだか、オザケンのアルペジオが頭の中で鳴り出しました。そうしたら左様な散文になった次第で。文学というと大袈裟で、カルチャーと呼ぶ僕等が愛着を持つもの/音楽や、小説や、この掲示板。そこで表現する作品に時代性を持たせることの重要さを本作を読んで気が付いた感があります。僕の自分語りが僕等の時代性を語る時、それはわかる人にはわかるという限定性が孕むことではあるけれども、ある特定の世代に訴求する作品があっていいと思う。 (冬風が、聞こえてくる。)

2018-11-10

時々みせる渡辺さん独特の青春が薫る作品が好き。そこにある挫折感がたまらなくいい。百均博士にも同様の挫折感があったが渡辺さんの作品には自虐する笑いが仕込まれていて本作にも多分にある。そして切ない。読んでいて切なくなるぐらいまで昇華された挫折からの笑い。今にしか書けない作品だと思う。 (ポエムでチクショー)

2018-11-10

この労力、感謝です。詩が好きでないと出来ないと思われ、その熱量に学ぶ。 (10月分 フル選評(まりも))

2018-11-09

るるりらさん ぶっちゃげ言いそうになった。あぶない。あぶない。ルミナスラインはやばいよね。結婚しているとかしていないとか関係なしにルミナスラインは飛んでいて。大賞いらない。クリプレもいらない。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-11-09

帆場さん ルミナスラインを見つけてくれて嬉しいなあ。でも大賞決定戦では投票しちゃだめ。大賞いらない。大賞いらない。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-11-09

渡辺さん この作品が人目につくとあまりよろしくなくて、ルミナスラインが目立たなければよいのにと思っていて。大賞なんてもってのほか。大賞いらない。大賞いらない。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-11-09

驚かし系と勝手にカテゴライズするけれども、驚かし系クラスタでは花緒さんのアシッドプラネットhttp://bungoku.jp/ebbs/pastlog/497.html#20160927_611_9131p がチャンピオンでアシッドを超えた作品にお目にかかったことがない。その驚かし系の観点からすれば本作はまあまあだと思うがアイデア以外には何ら驚きがない。パワーだけでいえば渡辺さんの過去作品にあったラブラプソディーhttps://www.breview.org/keijiban/?id=1768 の方が上。 (遺影)

2018-11-06

侍のプライドが表現されてる良い作品だと思います。一読目にやられたと思った。というのも、2年前に詩を書き始めたばかりの頃、誰彼かまわず、自分が書いた詩を読んでもらって教えを乞うた時期に、ある方に読んでもらおうと書いた詩が江戸時代風味な作品だったのです。これは一体なんだと、手厳しいアドバイスを受けた記憶があって、本作を読んだ当初、あの時に書きたかったイメージを思い出しました。すみません、本作の話に戻します。老いさらばえた侍(すみません、勝手に私は侍だと想像していますが、町人かもしれません)が生きるためには嘘を使う。しかしそこには覚悟がある。閻魔さえ怖れず、群れない狼の覚悟。生き様とはそういうものではないかと問う。清濁合わせ呑みとは詭弁と開き直りにある人にはきこえるかもしれないけれど、最強の魅力が滲む言葉だと思う。エレカシのドピッシャー男をBGMにして読ませていただきました。 https://youtu.be/Yi6OiklWiN0 (清濁併せ呑む )

2018-11-06

コメント有難う御座います。ブルトンあたりの手法への先祖返りとは異なる手法を使っております。手法について自説をしますと鶴見俊輔氏の著書「限界芸術論から遠い作品、つまり専門芸術の範疇とみなされたい作品を書くことをテーマとしました。そのテーマを掲げた理由として一つの仮説を立てました。専門芸術の定義と限界芸術の定義は交わる点を持つのではなかろうかと。二つの定義については省きます。交点を求めるにあたり、立証実験の手法として「固有の知識以外は使わずに書く」とのルールを課しました。得られた結果が拙作となります。もう一つ自説しますと本作を書く直前に約20年ぶりに小林秀雄氏の著作と地獄の季節を読んでおりました。と、書いて気が付きました。すみません。ブルトンあたりの範疇にランボウが含まれておりましたら、なゆた創さんのご質問にはYESと答えなければなりませんでした。失礼しました。 (綺麗な産卵)

2018-11-06

これいいな。戦ってんな。 現代詩と(笑)。 充実した今と過去をコントラストにして裸電球にメタを持たせる表現がいいよ。 なないろ作品の魅力は自然体なところ。以前は背伸びし過ぎな表現が少しあってぎこちなさに読めた。今も背伸びし過ぎな表現があるんだけど、それが自然体に読めてしまう。つまり自由だ。君は自由を手に入れたんだろうな。少し行くとまた坂道になるかもしんないけど登り切るといい景色があるよ。この作品の通り。いい作品を読ませてもらった。 (ここから見える景色も悪くないね)

2018-11-06

正直にコメントすれば私はこれを書きたい。詩とはなんぞやという命題を抱え続け2年間が過ぎた。ネット詩にある流行は理解した。少し背伸びをして書けばネット詩の流行を取り入れた作品を書けることは実感した。でも私が書きたい傑作はそんなものじゃないと最近は確信していて。大層であり大層でないこと、自分語りであり自分語りではないこと、虚構であって現実であること、そんな傑作を書きたい。本作「小さな村で見た」を読んでそんな感想を持った。 (小さな村で見た)

2018-11-05

ビーレビに参加される投稿仲間のうち、日常から発せられるところの言葉を大事に持っていらっしゃる方々の作品を私は好ましく思っていて。他方、コメントを上手く書けないもどかしい気持ちも併せて持つ。本作「かえっておいで」を2度3度と、掲示板をスクロールする度に読んでは、コメントの内容が頭の中で組み立てることが出来ないでいた。雨戸やコンピュータミシンやハンカチがある情景は記憶に埋もれてしまった私が一番幸せと実感していた幼き頃を打つ。しかしながら、それをコメントにすることに迷った。それはきっと今の私の手から離れた、いや、捨てたものだからだと思っていて。気持ち悪く取られてしまうかもしれないが結語にある「ちゃんとかえってくるように」に私の感情は動いた。とてもいい言葉だと思う。もう一つコメントしたいことがあって。先に述べた日常から発せられる詩文、それが私にとって一番苦手なもの、書けない自分がいる。しかし薄々感づいていることがあって、それは、私が書きたい目指しところの傑作とは日常にあるのだろうということ。それを詩人の白島真さんから教わりました。ごめんなさい。長々とした自分語りコメントになりましたが、最後に白島さんから教わった倉橋健一氏の言葉を紹介して終わりにします。 「切実な主題は、日常のくらしの奥にまぎれもなく沈静してある。それをねばりづよく追求し、みずからの物語をつむぎだすことこそが、詩のほんとうの夢であるだろう」倉橋健一 (かえっておいで)

2018-11-05

「つまらない自分の顔が」という語り手の卑下する気持ちの行き場のない心情は泡の様態に比喩としてある。詩が日常から発して別の日常へ伝わるとき言語がもつ汎用度を高めるものだと思う。別の日常とは他人の営み、或いは自分の別の営みだとも言え自分が別の営みとは、本作に沿って示すとすれば、みじめではない自分の顔がある日常だ。また、別の日常へと伝わる言語とは、本作に沿って示すとすれば、見えない石が飛んでくる様だと言える。しかし別の日常はどうやっても生きれない。その諦めなければならぬ気持ちは泡のようだ。 (泡)

2018-11-05

渡辺さん 酷評ありがとうございます。とても参考になります。実験はその結果検証を冷徹な姿勢で行われるべきと考えますので、次に活かせるアドバイスに感謝です。少しイージーだった感があります。詰めが甘かった。一日かけた作業で学んだ技術も含め次回に活かします。 (フルHD 音のない朗読、音のない選評)

2018-11-05

岩垣弥生さん こちらこそコメントありがとうございます。みえてしまうものをみえていない人へ伝える事の作用が詩の表現にはあると思っていて、私もさっき幻想を書いて投稿してみました。参加者同士競い合える場でもありたいですね。良い傾向として。 (フルHD 音のない朗読、音のない選評)

2018-11-05

これは面白い。投げ銭がもしあれば千円出すと思う。100のストーリーが揃ってもし本になったら、小銭以上1万未満な価値があると思います。 (短い話)

2018-11-04

二次情報、三次情報から感受して出される情緒の表現は難しいと思った。何が難しいかというと、物事は視点を変えれば視点の数だけ、物事から受ける情報には差異がある。二次情報、三次情報にも異なる視点と情報がある。差異がある情報が溢れていることは健全だといえる。逆に情報が単眼視なもの。その悪癖は、思い込みと洗脳性を孕んだ良識が害悪となるケース。それを補助し更に加速される要因に情緒がある。詩文とは情緒から創作されることが多分にあって、先に述べたケースを含有する作品になりやすい表現方法だと私は思っていて、本作はそのケースになるかならないかの際どいところにある内容だと思う。私は本作を一次情報について書かれた作品だと受けているので、メタとしてある良識が害悪になっているとは思っていない。もう一点コメントしたい。二次情報、三次情報へ示した情緒、「哀しみが無限に分散していく。」の語りが気になった。個人的なことではあるが私は二次三次の情報に対しては冷徹さのフィルターを心がけていて、情報が拡散し紋切型になってゆくのは、情緒が要因として多分にあると考えている。つまり、人の情緒が利用されてしまうこと。当事者にある哀しみが利用されること。先の一節はそれを意図されていると読んだが、やや感傷過ぎて、口説過ぎる感もある。長くなってしまったが、本作が着目し、書かれたテーマは面白い。今後、虚構の展開を更に巧みに書き込まれるとよいのではなかろうか。 (移動する発疹)

2018-11-04

仲程さん 文字のモーションについてのコメントありがとうございます。文字言語にこだわってきた詩。そうであるなら、音楽や発話など他の手法を取り入れるのでなくて、手頃になったツールによる文字表現の追求をやってみたら、それもまた新世界かなあ、なんて思っていたりします。 (フルHD 音のない朗読、音のない選評)

2018-11-04

完備さんがこの選考をどう思われるのかがとても気になっていました。 鳥肌が立つほどな詩文にでくわすことは1年に1作品あるかないか。文学のくくりで有名作家まで含めても私の場合、3年に一度ぐらいです。本当にこの作品は傑作であると思っているのかと問われると困る。鳥肌立つ震えと比較すれば、矛盾。なので、個人的な意見として自分の理想を言えば大賞も含めて、選ぶ作品数は月に0か1でよいと思っています。それぐらいに絞ると場も変わると思います。完備さんもきっと気に入ってしまう作品はそう多くはないと私は想像していて、私の中のその完備さんが、やられる選考をみてみたいと思っていたりしています。動画の件、参考になります。ありがとうございます。 (フルHD 音のない朗読、音のない選評)

2018-11-04

オオサカダニケさん コメントありがとうございます。ビーレビの参加型選評は表現手法の一つだと思っていて。選んだ作品によって選者の感性が如実に表れているようにやりたいし、そうでないと150以上ある作品を全部読むのは苦役でしかないと思っていまして。なので、オオサカダニケさんが、選んだ作品の傾向をコメントしてくれたことはとても嬉しいです。 (フルHD 音のない朗読、音のない選評)

2018-11-04

完備さんの作品にいつも思うのは、ありきたりな表現は絶対にやらないルールを自身に課すことが良い書き手の最低限の条件なんだよな、ということ。つまり完備さんが投稿される作品を読んで「ああ、こんな作品他にもたくさんあるよね」とはならない。(私が詩をあまり読んでいないのかもしれないが)。それってネット詩へ投稿を続けていると身につくことでもある。いや、なんで私の作品はダメなの?とずっと悩み続けてる私みたいな者もいるが。本作について。難解な美についての抽象表現と詩的なメタと、後半展開されるまぼろしの喉への流れはとても切ない。エモさも完備作品の魅力の一つではなかろうか。 (ill-defined)

2018-11-02

最終連が少しだけ薄い印象なんですが、この作品好きです。情景のつくりが惹きこまれる。 (誰にも知られないように)

2018-11-02

ふじりゅうさん 選評ありがとうございます。 前文に感動しました。詩文になった自分のあれを意味付けするのはユキのあれではないのかもしれません。恋とかにずぶ濡れになってしまった人、その人が自分を認めて欲しいと、自分のあれを救えるのはユキだけと、そんな気持ちがみつけたyukiのJOY。。ああ、あれってこの歌にある通りだなあって、感じたら、それはとても幸せなことで。 そんなことをふじりゅうさんの前文に思いました。詩にある、あれのこと。 (10月分 藤井のフル選評 「ネットの海の端くれで」)

2018-11-01

同時に投稿された作品、私的には第十五よりも本作第一の方が好み。神々しさが文体にあってるように思う。一行空けの詩はそのブランクに読む側が意味を見出す。意味が見出せない時、単に「詩らしさ」をイージーに表現しようとしているように思えたりする。本作にはその意味があると私は読めた。句点が効いているからだろう。 (詩 第一)

2018-11-01

うまいとしかいいようがない。ある程度の覚悟と潔さがなければ発することができない作品だと思う。そこからるるりらさんらしさが顔を出していていい。表現されている。 (よしっ)

2018-11-01

詩情とは一種のパラレルワールドを伝えてることだと思えば、「探しもの」も本作「ピアノ」も読者を誘う効力を具えた魅力ある作品だと思う。プロットがよく出来ていて、優れたプロットはプロットありきと思わせない域に達しているもので、それは自動筆記に近いと思う。 ー通りを歩いていたらピアノの音が聴こえてきたーただそれだけのコンセプトがあって、そのイメージから先はオートに走らせただけに思えてならない。それは心地よいものだ。結論も出ない、理由も述べない、文脈を示さない、全ては疑問のままに終わる。明確に示さないことに読者の私は安心感を持つ。なぜならばピアノの音は最初から謎なのだ。その謎が解けてしまったら、それは偽りの人生と同じだと思う。人生とは謎なままに終わることの方がリアル。諦めていいのだという安心。良い作品だと思います。 (ピアノ)

2018-10-30

オオサカダニケさん 一生涯で一番好きになった人を表現することはとても困難で、それは僕が頭が悪いからかもしれないんだけど、一生涯で一番好きになった人がずっと続いていくことはとても気持ちがいいことで、一生涯で一番好きになった人が居ないと詩が書けない。かもしれない。うん。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

沙一さん 一生涯で一番好きになった人が現われるたびに僕は必然を感じるのに、一生涯で一番好きになった人は何度も現われる。これは偶然なのかと残念に思う頃には大人になっているの。一生涯で一番好きになった人が小さな恋のメロディの主人公のメロディに似ているところだけはいつも同じたからやっぱり必然なのかな。うん。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

ボルカさん 一生涯で一番好きになった人と向かい合って食事をすることは絶対に避けなければならないと二十一歳の時からルールにしていて、一生涯で一番好きになった人は二十一歳の時からそれはどういうこと?と疑問を呈してくるのは今も変わらなくて、その答えは沢田研二のあの子にご用心を聴いたらわかるのにって、一生涯で一番好きになった人に今も言わないし、言わないでも理解してる一生涯で一番好きになる人は今も居て、来年ぐらいからはもう見つけなくなるかもしれない。うん。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

ステレオさん 一生涯で一番好きな人が隣を歩いていたら僕は少しだけ後ろを歩くようにするんだ。一生涯で一番好きな人が少しだけ前を歩いていたら僕は早歩きをしながら前をいくの。一生涯で一番好きな人が少しだけ後ろを歩いていたら僕は振り返って安心する。そして現実に戻ったり夢みがちなセンチなため息をついている。大していいことあるわけじゃないだろうなんて口ずさみながら。うん。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

ふじりゅうさん 一生涯で一番好きになった人、その人は今自分のそばに居て、また少し生きて一生涯で一番好きになった人を考えると、以前一生涯で一番好きだった人でなく、違う人が一生涯で一番好きな人として今自分のそばに居る。中学生の時に一生涯で一番好きだった人を今考えたらそうではなかったことを知って残念な気持ちになる。結婚する時に一生涯で一番好きな人だと思っていたのに、好きと愛してるは違うのかなあと伴侶ですら一生涯で一番好きな人じゃないことになる。そんなバカなことを考えるおじさんにだけはなるな。うん。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

短詩型の凝縮はあると思う。ただ、凝縮するには少し大き過ぎるテーマだったとも思うし、グリム童話的な残酷さを例にすると、やはり、やや不足感がある。 (ダークラビット)

2018-10-22

実存描写がいいなあと読んだ。感傷さがあって内情を語るまでの流れにやや唐突感があった。意図された急流にも読めるし衝動的な表現として受けた。 (断片)

2018-10-22

最近のカオティクル作品はアウトプット的なもので、あまり好みではない。カオティクル作品の魅力は中身をみせるところではないと思っていて、言葉など信じていないし、言葉など意味が無くていい的な表層的な言語をアザわらうもの、そんな作品を読みたい。 (羽の日)

2018-10-22

本作を読んでわかった。ステレオ作品とは一体なんだろうかと作品を読むたびに考えていた。本作でわかったこと、ステレオさんはプロットに弱いのだと思う。前作が素晴らしい傑作だったのは、テクニカルなものが優れていたから。言葉を置いてゆく作りの技巧に驚愕した。しかし、プロットが魅力としてなければならない作品の場合、魅力がガタ落ちしている。(そんないう程でもないかもしれないが)前作がよかっただけに、今作は今ひとつ。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-22

僕のギターがあるところが、本作を感傷があるものとして私は受けた。そもそも論をやるとき、往々にして理屈が先行する。その理屈がまた自虐を補完する。本作も自虐が全面にある。私には本作が不快な自虐とは映らない。なぜならば自虐を自覚しているようで、自覚していないから。自己陶酔感が強い。それはいいことだと思う。詩は自己陶酔が多分にある。かもしれない。 (『藤井龍平の肉迫』より。)

2018-10-22

すみません。二重コメントになってしまいました。 (声よ届け)

2018-10-22

ゼンメツさんが現在、何処へ向かおうとしているのかが少しわかってきた作品。月並みなな言葉ですが、人と人の関係ってこれぐらいのドライさがあった方がいいし、それの方が悲しいと思うし、そもそもが悲しい。というようなこと。 (傘泥棒)

2018-10-22

たしかに血の雨はリアルに語り手の実感として持っているのかもしれないが、現実として血の雨が降ることはない。ということは、読者はそれを想像するしかない。読者には血の雨を実感として持っている人がいるだろう。その人であれば、共感を覚えるだろう。私は想像する方の読者だ。残念ながら血の雨を想像することが出来ない。ただ作者が血の雨と表現したいエネルギーは受け取れた。でも白犬さんはそんなことを望んではいないだろう。血の雨を想像して共鳴して欲しいのではなかろうか。もしそうであれば私にはまだ伝わって来ない作品だ。 (秋の赤)

2018-10-22

ラップなリズムカルがあって良いなと思いつつも、個人がみて感じている情景、それ以上に惹き込まれなかった。また、やけっぱちさをなぞるような気持ちは察せる作品だと思う。 (声よ届け)

2018-10-22

ラップなリズムカルがあって良いなと思いつつも、個人がみて感じている情景、それ以上に惹き込まれなかった。また、やけっぱちさをなぞるような気持ちは察せる作品だと思う。 (声よ届け)

2018-10-22

とても発想が良い作品だと思って読んだ。ただ、語りが単調になってしまっている感がある。空疎な情景を文字面でしか読めない。読者の私からすれば、引き込ませるためのフックとなるキーワードか、あるいはプロットが不足しているのではなかろうかと思う。逆に言えば、固めない文体であろうとする意図があるとも読め、読者へ委ねられた詩的な要素とも言えるかもしれない。不可思議さと実存の中間を描かれようとされたとすれば、それは白で止まってしまっている感があり私的には空、ゼロの世界観まで感じたかった。すみません、少し評が辛いかもしれません。 ハンドルネームが好みです。センスを感じる。余談ですが、深夜のFMラジオ番組の制作に私は現在絡んでおりまして。 https://mobile.twitter.com/jirai_radio (白い部屋の秒針)

2018-10-17

物語にはネガティブな事象の転換を願う語り手の思念が奥底に流れていて、そこには俯瞰する視点が固定カメラのようにある。私にはネガティブな気持ちを誘う作品に対して死を探して読む悪いクセがあって。それが良くも悪くもバイアスがかかってしまう。そのような意地悪な読み手にあっても本作は生へのプラスな読後感を与えてくれた。それは何故か。 一つは希望が書かれているからだろう。しかもなんとなくな希望ではなくて誰人たりとも壊せないと思わせる堅固な希望。それが以下の引用箇所から伺えた。 >いつか巡り会うべき誰か >理想郷は >冥府にしかないから 更には「目覚めなさい」という強き呼びかけがあって、それもまた、覚悟ある希望に読める。もう一つ、挙げたい。「赤い靴」について。読者の多くも印象に残ったはず。私も少し違和感がありながらもインパクトがあって。読み返して思ったのは「赤い靴」とはその後に続く人形たちが履いていたうちのどれかの一足なのかと。焼かれても残ってしまった靴の存在が希望に読めてしまう。 これは蛇足になってしまうかもしれないけれど、本作から読んで受けた印象は三浦綾子の作品を読んだ後の、それに近かった。 (冥府へ)

2018-10-14

暴力描写や暴力をイメージさせるための言葉を意図して使われている作品ではないように僕には思える。それはぎりぎりだ。もう少し平たく言うと、切り刻みの言葉が張りぼてのようなうわっつらだけにはなっていないということ。それはなぜだろうかと考えた。で、それは本作にある怨念のようなものが執拗に男に向けられているからじゃなかろうか。切り刻みというリアリティが一見して無さそうな言葉を現実に繋ぎ止めている語り手が持つ本当に持っている怨念。それがあるように読めてしまう。 (嘘)

2018-10-12

帆場さんの作品の中でもこの作品が今までで一番好きです。 (午睡の刻)

2018-10-10

上手い。これは上手い。面白い。で、これをこうだたけみさんがやるからだろう、言葉遊びのセンスを感じる。 (「穴。」)

2018-10-10

本作にまったく関係ないのだろうけど、何回読んでもマレーネデートリッヒ が靴を脱いで砂漠をひとりで歩いていく姿が浮かんでしまう。なぜか。 (仲直りの嵐)

2018-10-10

ボルカさんの選評を読みたかったのは私だけではないと思う。ボルカさんは選評という言葉が嫌いな人だと思う。誰も信じてくれないだろうけれど三浦も選評が嫌いなんだ。本当は。だからわかる。選評が嫌いだという人は少なくない。でもビーレビには選評がある。たくさんの人たちが喜んだりなんちゃら談義をしている。じっとボルカさんはそれをみていた。嫌いなのになぜ三浦は大賞取るだのなんだのとお祭りの神輿に乗っかってやんややんや騒いだのか。みんなはそれをわかってくれたと思う。ボルカさんは最初からわかってたと思う。詩を選評する全ての仕組みを無意味にしてしまいたかったということを。 この詩が好きだということ。誰が何と言おうと私はこの詩が好きですと不器用だけど言いたい気持ち。一生のうち一回、詩が好きの気持ちを上手に説明出来ればそれで良しとしよう。 とりとめのない散文コメントになってしまいましたが、ボルカさんありがとうございます。 (選評 詩についての詩は、一生に一つ書けば良いじゃないか)

2018-10-09

ゼンメツさん!ありがとうございます!なんといいますか、コーリャさんってビーレビとかネット詩とかを象徴する若者(ちょっとこの表現は笑ってしまいますがw)のひとりだったと思っていて。で、一緒に運営やってても、あんまし簡単に声をかけられない空気があって。でもなんだろうか、ネット詩にはコーリャさんがいるという最後の砦的な存在だった。彼が不在になったことはショックな感じがあった。なぜだかゼンメツさんからも同じものを感じてた。だから、ゼンメツさんが現れたことはとても嬉しかった。できればビーレビだけでなく、文学極道も含めて、ゼンメツさんには長くネット詩にいて欲しいと思う。ありがとう。 (貴音さんの選評【9月】)

2018-10-07

作者には個人的な思い入れがあるのでマジレスしておきたいと思う。 まだ本気ではないと思う。あなたのツィートから時々発せられる一瞬にして人を言葉に引き込む磁力。それがまだ感じられない。作品のどこからそれを感じるかということを簡単に述べようか、思ったがやめた。 上から目線で見下ろしている男の正体はみうらかもしれないな。少し酷評をしてしまったが、まあ、大丈夫だろう。 (電動歯ブラシ)

2018-10-07

「スーパー踊り子豚野郎」のイメージからすると本作「サルビア」がとても重たい内容を孕んでいる印象があって何度か目にするもコメントが出来ないでいた。5or6さんの作品は気楽な気持ちで書いていらっしゃる(「スーパー踊り子豚野郎」がそうだと思われる)ものや、重たいもの(「リチウム」などに感じました)であったとしても、私が持つ印象として「あえて書いていない言葉」の存在を強く感じるのだ。本作に沿っていうと、 >差別もなくならないだろう >はなしたいだろう >はなしたくないだろう といった推量の助動詞にその、あえて黙っている言葉を感じる。そのことを違う言い方をすれば詩情ともいうし行間にある言葉というのかもしれないけれど、5or6さんの行間にあるのは言葉じゃなくて黙っている顔がある。私にはそうみえる。黙っている、あえて言わないでいる人格として迫ってくる。その印象の輪郭が本作ではとても強い。「リチウム」もとても強く感じたけど、本作のがもっとだ。先の推量の助動詞の話に戻すと、それぞれ置かれた助動詞の後に続く言葉が本作では優しい。 >差別もなくならないだろう >でもだからといって >はなさないでほしい >もっとはなしてほしい >はなしたいだろう >だけどはなさないで >もっとはなしてほしい 推量の助動詞のあとに続ける相反する願望。私には優しさとして伝わってきた。本作が表現していること(すみません、こんな大層なことではないかもしれませんが)人間には二面性があって、その善悪の二面性を孕みながら家族であるという、「諦めと諦めきれなさ」から滲む優しさだと思う。 (サルビア)

2018-10-07

大ニ廟フルスロットルなコメントを残しておきたいと思う。カオティクルさんが鋭い読み手な奴と思ったのは、「三浦さん、この作品ってもしかして岩倉文也さんに影響されました?」と訊いてきた時だった。その通りだと答えたけれど、でもカオティクルさん、きみは岩倉文也さんのシリアルエクスペリメンツレインまでは見抜けたとして、シリアルエクスペリメンツレインが大好きだった文学極道創立者ダーザイン氏まではたどり着けなかっただろう。それでもきみは鋭い方だ。表層的にしか読めない現代詩トレンド野郎らは「これってゼンメツさんへのオマージュ?」的感想止まりなんだから。確かにゼンメツさんが私の中に登場したことは間違いなくあった。しかし、ゼンメツさんが私の中にあった「ダークサイド文学極道」を呼び覚ましたことが本作を書いた大きな理由の一つであると、直木賞受賞作家ぐらいに大きなドヤ顔で述べておきたい。ダークサイド文学極道とは一体何か。そもそものあの文学極道が発する磁場はなんだろうかと幾度となく私は思索してきた。手繰り寄せたいくつもの文極の歴史の断片。その中にレインはいた。ダーザインさんがあの場所に埋め込んだものは一つのプロトコルであり、それは言うまでもなく神として在ること。神とは何か。全能であるとは一体何か。私的な答えを言うとそれは怨念を享受し続けること。すべての怒りと悲しみと憎しみを受けとめ、それを換えてしまえる存在。それが神であり、文学極道に蓄積された怨念のアーカイブである。怨念が発する磁場に引き寄せられる狂気。そしてその狂気に魅了されたみうらくん。ネット詩に関わり過ぎ疲労感に苛まされていた私に憑いてしまった正体。それに落とし前を付けることをゼンメツさんが覚醒させてくれた。落とし前に必要なこと、それはハイデッガーの存在と時間の概念、それとレイン。 あるいは、カオティクルと出会ったということ。これも最初から必然としてあったことかもしれない。0の世界とはそういうことなのです。 僕を見つけてくれてありがとう。 (貴音さんの選評【9月】)

2018-10-06

どこかで読んでくれているであろうと信じ込まなければ特定する人物宛の作品は書けないなあと、特定する人物宛に作品を書いて投稿したことが何度かある私的には実体験からくる感触を持ってるんです。で、ありながらも、その宛た人物から「その作品はどれだ?教えろ」と言われると絶対に教えられない。それって私だけなのかもしれませんが。仮に、本作、高橋涼子さんが実際にいらっしゃる人物だとして、本人がもしも読まれるとしたら「え?何これ。私宛だったら投稿したりすんなし」と思うわけで、その想定は作品を書かれる時点で作者もわかっていることで。ということは、本作が作り話だと、読者側からすれば、その想定で読む。いや、そんなことは当たり前なことなのかもしれませんが、話を戻しますと、私がなぜリアルに存在する人物宛に作品を書いて且つ公の場に出してしまうのかと言いますと、リアリティがある作品を書きたいからなんです。作り話はやはり作り話としてしか伝わらない。読者は想定以上に賢く作品を読んでいたりする。本作にはもしかしたら事実としてあった出来事が書かれているのかもしれない。例えば靴箱に入っていた恋文のことは実際にあったことなのかもしれない。しかし「作り話の中に入っている事実」より「事実を元に話を作る」のでは読者が持つ印象はまったく違うと思う。残念ながら本作を前者として読めてしまう。が、しかし熱量がある好ましい作品に思いました。次回作期待。 (初恋文)

2018-10-06

これにあるもの、これに込められているものが私にはわかった。何が込められているのかを言葉にするほどには読めていない一読しただけなんだけれども、わかった。わかった気がしただけではなく、本当にわかったと感じた。とてもとりとめもない散文だし、技巧的な何かがあるわけでもないと思う。眩しい光はたしかにあった。 (眩しい光)

2018-10-06

これいいですね。東京パックってタイトルが魅力あって、このなんとも言えない皮肉屋さんのようなメッセージ。私的にはみうらくんのTwitterみたいなセンスある皮肉に読めてしまいシンパになってしまいました。「かもしれない」。この言葉を私は大好きです。 (東京パック)

2018-10-05

投稿作品の共有が成立するかどうかは「こちらの掲示板は日本語を一般常識の範囲内で理解出来る人が参加条件」とでも掲げられていないかぎり、どのような表現があってもおかしくない。話が一旦逸れてしまうが、urlリンク表示が可能となった当掲示板にurlだけが書かれた作品が投稿された場合に、どう対処するべきだろう。じつはurlリンク表示はスパムの乱入を警戒して設立当初はその機能を見送った経緯がある。投稿された作品とはいえリンク先が常識的に考えて「愉快犯」とみなされるものであれば、個人的な意見ではあるがビーレビの場合は削除でいいと思う。しかし、自説・ステイトメントが投稿と同時に加えられていれば別だ。私が問いたいのははたして自説や補足を加えなければならない芸術作品って、なんだか萎えませんか?ということ。話を戻すと、本作には自説・補足無しでも読める。私的には。しかし「なんですかこれ?」という現代詩に馴染みのない人が素朴な疑問を持たれてもおかしくない。またまた話を逸らしてしまうけれども、私が文学極道で初めて現代詩なるものを読んだ時、「理解できない」文体、長文の「詩」に困惑したし、「こんなものは街の人々に読ませれば誰も評価しませんよ」と悪態をついたりした。でも、一つの作品だけは直感的に「これは凄い」と感じ圧倒された作品があった。田中宏輔氏の引用詩だ。私の感想でしかないけれども作品それ自体に訴求力があると思った。 ふじりゅうさんの今作にも、それに近い印象がある。私にとっては「独特なリズムというより読みづらい」という感触なのだけれども、その感触を超えて迫ってくる情があった。それはなんだろうか。わからない。しかし先ほどから言っている自説や補足などを作者へ求める必要を感じない。作品そのままで納得というか、作品として展示されていても立ち止まって読んでしまう。それを発している作品だろう。 (灰の様なこころ、灰のようなこころ)

2018-10-05

ふじりゅうさんがコメントされていらっしゃる通り、たしかにレベルの違いを読み始めた当初は私も感じた。私はロジックを読むのが苦手なもので、読んでいてもほとんど内容が身に入っては来ないんだけれども、本作の前半部にあるリズムは中身を理解せずとも読んでいて心地よくさせる。ただ、後半の三角フォルム以降が。私の個人的な感性の問題なのだし、私が他人のことをとやかく言えないのだけれども、作者の意図が垣間見えた瞬間に拒否反応を私は持ってしまう。それが後半部なんだけれども、なぜ、最後まで普通のフォルムで書いてくれなかったのか。いや、それがステレオさんらしいといえばそうなのかもしれないが。これは優良以上確定なのだろう。いや、ニューロマンサー確定。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-02

とても個人的なことをコメントとして書かせていただくことをお許しください。本作は桐ヶ谷忍さんが過去に書かれた作品で、タイトルは変わっていないのですが、もしかしたら、内容は少しリライトされていらっしゃるのかもしれません。いや、まったく同じ内容かもしれない。ただ、過去に読んだ時と今では私自身の変化もあって読後感に違いがあるのです。昔に読んだ当時のことは個人的なことも重なって今でもはっきりと覚えています。車で訪れた出張先の新潟県で季節はちょうど今ぐらいの時期でした。姉貴の病状のことを考えながら車を走らせていて、不安定な気持ちが抑えられなくなり、麦色の稲が広がる田んぼのあぜ道に車を止めて『筆舌に尽くしがたく』を読みました。その当時、桐ヶ谷忍さんの詩を読むことが楽しみの一つになっていたので。姉貴のガンは末期で、もうすぐ亡くなることを義理の兄からきいておりました。父母を早くに亡くした私にとって姉貴は親のような存在でしたが、その独善的にさえ感じてしまう私への思いやりのようなものが、若い頃から長く鬱陶しく思い、死ぬ間際であっても病室を訪れることが出来ませんでした。薄情と周囲の親類達からも言われました。11月に姉は息を引きとりましたが、亡くなる前々日に面会して一言二言、言葉を交わしました。 『筆舌に尽くしがたく』が私の心境へ変化をもたらしたかどうかは判りません。しかし、本作を新潟県の田んぼで車を止めて読んだことは一生忘れないと思います。批評でもなく、また、なんで俺はこのような個人的なことを衆前でさらさらと書いてしまうのかと、自分でも愚かしく思ったりします。 ネット詩は本として残るものでもなく、データーとして消えてしまう流体なものかもしれませんが、その詩が、誰かが誰かの気持ちや執着を動かす作用をもたらすことになる。そんな出来事があってもよいのではなかろうかと思うのです。 以前に桐ヶ谷忍さん御自身は『筆舌に尽くしがたく』の出来はあまりよくないと仰られていたことがありましたが、私にとっては傑作です。個人的な傑作。是非、『罪人レプリカ』の投稿も宜しくお願いします!そして誰が何といおうともずっとネットで詩を書き続けてください。有難う御座いました。 (筆舌に尽くしがたく)

2018-10-02

帝王切開を優良に!ありがとうございます!初めて入選を体験しました! (八月のるるり選。より一層の素直を大切にしました。ほんまどすて。)

2018-10-01

この際だから、大賞、準大賞、優良、推薦のネーミングを変更することを希望します! 大賞→GOD 準大賞→ニューロマンサー 優良→ニュータイプ 推薦→シロッコ https://twitter.com/breviewwired/status/1046682502176419840?s=21 (《ビーレビへの意見とそれへの議論を書くスペース》)

2018-10-01

メルヘンな読み物に接することがほとんどないので新鮮に読めた。ただ、各節の末尾がすべて「た」で終わっているので、読んでいるととても単調になってしまい、良い内容であっても醒めてしまう。メルヘンな内容なだけに醒めてしまうのはとても惜しいと思う。「さよならの角度」というタイトルはとてもセンスがあると思う。それに惹かれて読む気になったし、描こうとされている世界はまだ、未完成さがあるとは思うけど、箱庭のようで、その箱庭を俯瞰する視点として、タイトルが関連付けされている。だからセンスがいいと思う。この世界を書き切るには難易度高いと思いますが、完成された箱庭を読んでみたい。 (さよならの角度)

2018-09-30

性的な作品として「あまがみ」というタイトルはいいタイトル付けだと思った。団鬼六の「花と蛇」よりも直裁的でいい。内容は抽象的な表現が多様にある中で「あなたのみみたぶをあまがみしたい」という欲望に関する表現部が具体的である為、それがコントラストとして際立つけれども、タイトルに釣られて読んだ私としては、抽象的な表現が邪魔になって薄い性表現の作品という中途半端さが印象として残る。薄い性表現でない濃いい性表現では美しさとしての性が欠落することが多いにあること。しかし、「あまがみ」といタイトル付けが絶妙なだけに、もっと踏み込んでリアリズムで書いてもよかったんじゃなかろうかと思う。 (あまがみ)

2018-09-30

言葉のバイオレンスさが電子画面の中のテキストを越えて伝わって来ない感じがあります。それは「死ね」の送り先が私、三浦宛ではない安心感がまずあるからでしょう。だとすると、バイオレンスさではない「死ね」の読む側の受け取り方として、冒頭から「死ね」は語り手の内なるものに限定された鬱憤などで結末を迎えることを予想した読みになってしまうと思うのです。そして「ごめんね」が結末としてある展開は、語り手自身の心象範囲内。予定調和過ぎる構成だと思うのです。しかしながら、特に読み手を想像して読み手を意識して書く必要がそもそもありませんので予定調和であろうとも作者が満足する作品であれば、それはそれで良いと思います。しかし、殺傷ごとを書くのであれば、その殺傷が読者に必然として浮上する世界観をみせて欲しいと願います。予定調和でなく、「ごめんね」の終わりが読者である私にとっても必然だと思わせるもの。その作品全体が持つべき世界観のフックが不足していて、散りばめられた過激な言葉にフックを頼りきってしまっているのではないかと思いました。 (沸騰)

2018-09-30

フィアデルフィア.... (決戦投票のお知らせ(2018年8月B-REVIEW杯) )

2018-09-30

訂正します。3連目→6連目です。失礼しました。 (隣町の雨)

2018-09-27

なぜだか気になってしまう作品。なんだろうかと、こちらの作品スレッドに戻って読んでしまう。トビウオの様を、トビウオの現象を、感じるままに書かれている作品、ということなんだと思う。それはライトな作風であり文字数が多い作品の中ではアンチテーゼなものとして存在感がある。それは作者の意図ではなく、読み手の私の感想として。詩文の在り方として訴求してくるものを感じました。 (トビウオ)

2018-09-27

詩文としての完成度が高いと思う。外界を描写しながら自己を暗喩として表し更に世界観を読者へみせる。それは詩文の定義を真理を探究する言語だとすれば、本作の詩としての在りようの完成度は高い。しかし私には傑作には思えない。完成度が高くなればなるほどに詩は、その探究する真理が肉薄するかどうかの手触りを確かめさせる。受け取り手の読者に。それは私の感性がダメだとも言える。私には2連目と3連目の「自由」についての言及にリアリティを感じることが出来ない。一羽の鳶の様が「自由」の暗喩として最終連で描かれているけれども、その最終連になっている構成がドラマ化され過ぎていて語り手でなく、作者の意図として伝わってきてしまう。作者の意図、思念が表れていることは詩にとって害ではない。寧ろ、作者の情念が伝わってくるものを私は好みます。詩文から私が作者の情念を受け取る時の多くの場合、そこに作者が営んでいる日常の習慣を感じる時であり、そういった詩文の多くは一筆書きに近い、人それぞれの癖のような乱れを詩文にみた時にある。本作は完成された作品であって、私の評は偏頗なものかもしれませんが、読んで良かったです。初投稿ありがとうございます。次回作を楽しみにお待ちしております。 (隣町の雨)

2018-09-27

まりもさん ふじりゅうさん コメントありがとうございます。 この作品における『世界が全滅すればいい』とは何か?本作の重要なキーだと自分も認識しております。また、本作を投稿して長い時間も経過しておりますので、思い切って自説致します。ハイデッガーが存在と時間のなかでも論じた通りに「世界」とは一体何か?という問いはとんでもなく難解なものであると思います。人間があるとする世界、私があるとする世界、あるいは本作品にある世界はすべて同じ世界としてあるのか、その答えを彼女は知っています。彼女は時間の概念を持たない世界にいるのです。しかしその隣には時間の概念を持った同じ人間がいる。時間の概念を持ったおじさんがいて、時間の概念を持った元彼もいた。時間の概念を持たない彼女と時間の概念を持つ他者がはたして同じ世界にあるか。そこに筋の通らない出来事が生まれています。彼女は去年の夏のことを思い出すのです。彼女が思念した「去年の夏」とは私たちが認識している「去年の夏」とは違うのです。なぜならば彼女に時間の概念が無いから。それは時間の概念を持つ元彼が何度も繰り返し話をしたことを憶えれていない、これは元彼への愛情の薄さを表しているわけではなく、彼女に時間の概念が無い、彼女の「去年の夏」とは「去年の夏」という空間を言っているに過ぎないのです。まったく理に適うように伝わらないかもしれませんが、理の前にありのまま、あると思念してくださいとしかいいようがありませんので、これについて共感・納得を求めるものではありません。 もう一つ自説します。武器について。この作品の中における情報だけを基に推測すれば、彼女とおじさんは共通の武器を持っており、彼女はその武器を持っていることに気が付いているが、おじさんは武器を持っている認識がない、あるいはとぼけている。その共通の武器とは。答えを導き出すキーは前節にある、おじさんへの問いかけです。「判断をしようか。」しかし彼女は問いかけをしながらも一体何を判断するとも言っていない。主語が無いのです。つまり「何か」を判断しようよとおじさんに呼びかける。そして、おじさんの答えをきく前に、彼女は自ら武器を示した。判断をしようと促したのは武器を取れ、武器を持てということになります。では、武器は何か。武器は感じること、感性の暗喩です。先ほど自説しました通り、彼女に時間の概念はありません。その彼女が時間の概念がある世界で生きることは合理ではないのです。言語ではないのです。ただ感じるということ。ただ、あるとすること。ただあるのだと。その感性を持っておじさん君も戦えというメッセージを込めて拙作を書きました。私の世界を変えるものは何もないとは、感性に生きる者、合理の世界に背を向けた者が持つ決意です。最後になりますが、一つアピールさせてください。本作を基に『共犯者』というタイトルで10月7日のイベントビーレビューテンへの動画を製作・出展することにしております。そのなかで朗読をある人にお願いし、録音しました。私が知る限り、いや、私が勝手に思っているだけですが、その朗読をやってくれた人は、時間の概念で生きていない人、だと思っております。もしよろしければ、イベントでお楽しみください。長々となってしまったコメント、容赦ください。 (0. my world.)

2018-09-27

「終われない世界観」だと北村灰色作品をずっと評してきた。https://www.breview.org/keijiban/?id=771 で最近、灰色さんのツィキャス放送で初めて灰色さんの即興詩を聴いた。それはめちゃくちゃ上手かった。で、わかったんだけれども、北村灰色さんの作品に必ず憑いているもの、それは言葉を使う器用さだと思う。その器用さはテクニカルな枝葉なレベルにとどまらず文体・スタイルにまで昇華されていて。言葉を使う器用さって、作者が受け手に対して、イメージ通りにイメージを百発百中で言葉にして伝えられるということ。料理は完成していて読んでいる私はそれをそのまんまに美味しく食べてしまう。逆に言うと読者に想像の余地が無いのかもしれないし、世界を終われない強制力を持ってして読者を誘うもの、つまり読者は共犯者になっていく。なくした100項目にはたぶん、読んだ人間が書いた終われない世界が書かれている。 (99頁、なくしたのはたぶん)

2018-09-26

宮田さんの作品を読めていなかったかなと本作を読んで気がついた。投稿され出した最初からの2作品にコメントをした通りで、個人的に好きな内容になっている。ビート世代、ロックンロール的な匂い。カテゴライズしたくなくても読者として、それらを読む時、その作者のオリジナルはどこにあるのだろうかと探してしまう。本作でそのオリジナルが、それが何なのか垣間見た読後感があって。ただ現時点ではそれをコメントの言葉にすることが出来ない。しかしながら、宮田さんが投稿参加開始された当時とは当掲示板への投稿作品の数も傾向も大きく変化してきており、今、改めて、宮田さんの作品が多くの参加者に読んで欲しい気持ちがあり、今回コメントさせていただきました。 (1885年の夢)

2018-09-26

これ、めちゃくちゃ上手い。久しぶりに来た来たって感じがした。一高校生というハンドルネームがギミックならば、それもいい。いや、ギミックでなく本当の高校生でもいい。とにかく、良い。いい作品に理屈はない。 (なんだかさ)

2018-09-25

渡辺さんの作品はほっといてもコメント付くから全くコメントする気がなかったのだが、渡辺さんの返レスに「私ね、地蔵菩薩になりたい」とあったのを見つけてしまい笑ってしまいました(失礼) で、本作が持つ本質って「書かれた理由」を探らせるミステリーだと思う。カポーティの「冷血」と同じ。あれも事実の殺人者がなんちゃらよりも、創作スランプにあったカポーティの理由の方に意味がある。それは作品の本質がスキャンダラスだから。本作「殺させてくれたのに」も同じ。この作品の内容が残虐さ云々という批評は文学の世界では妥当なことではあるが、エンタメ(そもそも渡辺さんの作品は文学じゃないよ。エンタメ!)としてみれば、その訴求力の要因はスキャンダラスだということ。そこからすると、作者が創作の関係理由として地蔵菩薩になりたいと言うのだから、めちゃくちゃ確信犯だし、大した役者だ。 (殺させてくれたのに)

2018-09-24

モノローグの文体は単に思念されたことを表せばよいというわけではないと思う。他者を突き離すことがコンセプトとしてあればよいのだけれども、本作「コトノハ」に『だから私は』『貴方のコトノハ』とあることからすれば、読者を自身の独白へと感情移入されるべく「私と貴方の物語性」のレトリックが内包されている。であれば、私には、残念ながら語り手の共振が伝わってこない。コトノハがコトバではなくてコトノハという響きが持つ浮遊感以外に語り手のオリジナルの情念の訴求力が感じられない。コトノハという音の響きに依っており、コトバかあるいは言葉と用いずにコトノハとされているところに響きに頼ったイージーな創作に読めてしまいます。 初投稿、ありがとうございます。また、次回の投稿作品を楽しみにお待ちしております。 (「コトノハ」)

2018-09-24

おお!!渡辺さんはやっぱり鋭い。まったく同意です。私、2回だけリアルの合評会に参加したことある経験から言いますと、まさに渡辺さんが上げている通りで。ネット詩で毎日のように他人の作品を読んで批評トレーニングをしていることは絶大なパワーを養っていて、少なくともリアル合評会の回数より100倍ぐらいの機会を得ているし実感がある。 (【お知らせ】合評活動のすゝめ ※運営からのお願い)

2018-09-24

タイトルが少しイージーな感じがしますが、自死の重たさとシンプルな夜明けの描写がコントラストになっていてあっけらかんとした読後感を誘っていますよね。なんか良いなあと、上手いなあと思いました。タイトルに意味深なものを持たせていたら私は、読者は、もっと吸い寄せられるかもしれません。 (暁の詩)

2018-09-24

>あの切れ味だ >正しい死体とは正しく殺された身体であると >知っているあの光 >光はみずからつくる他なく >煙る舟のゆくえ この2つが良かった。自分が今書きたい表現であり、自分の下手くそさは棚に上げて、コメントすると、自己の内面を吐露することよりも外界を表現するレトリックとかにこだわられた方がいいと思います。自分語り系、放言系のスタイルは一定のレベル以上の筆力がなければコモディティ化されたネット詩のなかでは埋もれてしまう。いや、筆力あっても埋もれますが。なので、先の2箇所みたいな表現が私は好みで、良いと思います。 (麻酔)

2018-09-24

おっ!と一読した時に思いました。動きが出ていてしかも外界を見渡す視野が広くなっている黒髪さんの作品が!という驚き。で、「君」という単焦点な視線へ戻る。おそらく、おそらくな私の個人的な読みでしかありませんが、黒髪さんが今書こうとされている作品は一筆書きに近いのではないかと思え。レトリックやら文体やら、そのようなことでなくて、まずは自分が書きたいことを書こうとされてるのだろうと思うのです。そう思う時、それを前提とすれば、本作「声」はまだ書きたいところには到達していない気がするのです。すみません、勝手な私見ですが、「君」がもし特定の人として存在したとしたら、本作がその君宛の便りだとしたら、届かない。届いていない。まだシールドを張っている詩文だと思うのです。いや、私もけっこう硬目にシールドをいつも貼りますけど。なんか、黒髪さんが書く、公開ラブレターを読んでみたい。 失礼しました。 (声)

2018-09-24

言葉を連ね、崩しながらも共感に誘ってしまえる技は優しくて切ない書き手の感情が裏打ちしているからなのだろうと思う。僕にとってのゼンメツさんの魅力は憎悪を書きそうで書かない、書かれていない、というのがある。 空を表現する君に対して、空はどんなところだと訊く。それは皮肉と嫌味にも読める。でも最後には優しく僕は離陸する。憎悪をみせようとしながらも自分を抑えこんで、じゃあね、とする優しさ。これをみうらくんが大好きになって共鳴するのは知ってる人はわかると思う。ナイーブでシャイとはそういうものなんだ。本作「きみが、そらにだけみちているから」の後、5年間の変遷を知らないけれども、ゼンメツさんの先を知りたくなる一作です。 (きみが、そらにだけみちているから)

2018-09-23

前作の散歩中の心象スケッチの方がよかったかなあ。yoshiyaさんをチェックしていて、りりかるすくーるを知ったんだけど、なんだろうか、りりかるすくーるって使い古された手法なんだけど今どきさを感じるのは発散されるもの自体が新鮮だからなんだと思った。で、yoshiyaさんの前作、いくつかのよくある固有名詞が使われていたんだけど、なんだか良い感じだったのは、りりかるすくーると同じ理屈なんじゃなかろうかと思う。今作はそのよくある、使われ過ぎていてうんざりなワードがうんざりなまんまにしか伝わってこない。悪霊もメルカトルもコンビナートも破壊神もすべてがそう。2次創作まではいかないにせよ、本作の世界観(そんな大層なものじゃないかもしれないけど)はだいたい一周回ったと私なんかは思っていて。2000年以降の、世紀末になんにもなかった後の渇望される神話みたいな現実。このコメントを書いていて、あーなんだか、2次創作的なオマージュがこの作品にあるのであれば、そんなに悪くない作品かもしれないとちょっと思い直しましたが、でも、個人的には前作の方が好き。 (破壊神)

2018-09-23

「たたきわる」が昨年の秋だったと思うと時間がずいぶんと早く流れていたのかと思った。あきらさんの「たたきわる」は外界をメタファで書く意味において優れた古典的手法の詩だと思っていて、当時、日々綴られていた詩を書くことの目的をご自身は達せられたのだろうと思った。「たたきわる」で。というのも、その後の投稿作品は多分に内面にあるもの、一人称へのこだわりを持って書かれていると思う。その作者あきらさんが持つ連続性のなかで本作「定義」を読み解く時、人間が持つ根源的な孤独を書こうとされているのだろう。いうまでもないけれど孤独という物語をではない。人と人は断絶されたなかにあるということ、そのままに書こうとされていて、それこそ真理に近い。まさに人間が根源的に持つ孤独の定義。本作はまだ通過点でしかないだろう。外界を書いて達した「たたきわる」の境地はまだ先だと思う。 (定義)

2018-09-22

なんかわかんないけどこの詩好きです。風をこんな表現で書いてることが好きなんかもしれません。極私的なテーマなんかもしれないことが伺えるし大層なことを語るでもないんだけど大層なことよりも大きなことがあって、その大きなことは中学生では今はないということで、ささやかな情報だしあんまし誰にも関係なくて、という情がこちらに伝わってくるからだと思うんだけど、ゲシュタルト崩壊が切ない。でまた最後に、「彼に」って、語ってるところで切なくなりました。 みうらくん、どうしたとう?って話しばしてくれた綺麗やった中学生ん時の国語の先生ば博多弁で思いだしたばい。個人的だけど切なくていい作品と思う。夏風。漣。成分出とう。 (夏風)

2018-09-18

この選評は何回読み返しても面白いです。鈴木海飛さんって私にとってはTwitter、ツィキャスで時々触れては離れる、ミステリアスに思っていた1人だったんです。でもミステリアスてありながらもその接近して、投げかけられる言葉には愛嬌と人を楽しませてくれるユーモアがあって。今回のフル選評にはそんなことがめいいっぱい注ぎ込まれていて、読み返しては1人でたのしんでます。鈴木海飛さんのフル選評作品、一言で言うと、読者目線で読者に選評を伝えたい読者の為の選評、だと思います。素晴らしい。ありがとうございます。 (フル8月投稿作品 選評)

2018-09-16

何かがなくなった気がするんですよ。ゼンメツさんが投稿されている作品しか知らないし昔の作品を読んだことがないので、元々から持たれているスタイルかもしれないけど、何かがなくなった。もしかしたらゼンメツさんの作品って読者に依存しているところが大きいのかもしれないかとふっと思いました。でもその依存って詩作品が根源として持っているものかもしれないとも思う。 (Wheel of F F F FFFF For tune)

2018-09-13

杜琴乃さん タイトル!そうなんですよ。このタイトルにこそ私の大二廟としての力を注いだんです。お気付きだと思いますが空です。有るでもあり無しでもあるという。そこから始めようかなと思っているんですよね。違うベクトルで書いてる人クリエイトしてる人がいる、ということに気が付きまして。作品以外に情報はない、作品がすべて、作品の情報から得るところの詩を感じるという行為、はたしてそうだろうかと疑問があったりします。テレパシーはあるんじゃないかなあ。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-13

るるりらさん まさか、るるりらさんが本作に真っ向から挑まれていることにびっくりしました(失礼!)。といいますか、ほんとうにびっくりです。逆にみると、意外や意外に、読解とかロジカル的優秀性を謳う人よりも、感性的な人、ポエム的な人と思われているるるりらさんの方が優れた読み手なのかもしれない(↼敢えて言っておこうかと)。自閉症と呼称されるのは現時点でイレギュラーだからであって、未来においては、そうでないかもしれない。というか、イレギュラーな人を天才と呼んでいることがよくある。しかし、天才とか優れた作品とか(笑)、はっきり云ってどうでもいいよね、るるりらさん。そういうのを書きたかったし、そうだろう?とこの詩を捧げた人に云いたかったということかなあ。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-13

fiorinaさん 波打ち際で手塚治虫さんと語りあった時にアドルフに告ぐ的なことを書いてみたいなと思ったことがきっかけで、というのはもちろん嘘ですが、そういうのも含まれていると思います。全体主義と正義とか以外に選民思想、その肯否定は置いといて。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-13

本作の魅力は古典的な詩の原則があるからではなかろうか。ネット詩では、それを使い古された手法として切り捨てられネット詩の奔流は限りなく小説に近いもの、音楽に近いもの、漫画に近いもの、エッセイに近いものになっていて、逆に古典的な詩の手法が最新型になっている。時代は循環するもので最新型などそもそもあるはずがなく、ほとんどの詩にはオリジナルがあって1が1を生んでいるに過ぎない。0が1になる瞬間に出くわすことは100年に一度ぐらい。 古典的な手法とは何か、外を書くこと。自己の外側を、見ている触れている在るものを書くことによって自己を暗喩として出すこと。じつは私は現在それにトライしていて、本作はその目指しているところの手法が成功していて羨ましい。 (陰)

2018-09-11

紺さん リズムがあればよいのである、これを最近やっと理解しました。読むことと理解することは別物だということ、みたいですね。読む側が内包するセンシティブなこと、そこを叩こう、触れようとするレーザー光線を発している作品を書きたいものです。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-11

帆場蔵人さん それです。特定の人に宛てた作品に普遍的なものを持たせるのって難しい。 詩を書くきっかけとして、特定の人に向けて書くことがよいときいたことがあります。伝達の為の言語からはじまって自己を抉る内に宇宙に到達する、これが理想かもしれない。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-1