ゼンメツ『飛べない』読解一例 - B-REVIEW
新規登録
ログイン
PICK UP - REVIEW

体験記『呆気ない宣告』

それはあなたの現実かもしれない。

大概のことは呆気なくドラマティックではない。そうした現実の丁寧な模写が作品に厚みを増している。

ほば

世界は自由だ━不死━

わかるということ

あなたにとっては何が、その理解が起きるピースになるだろうか?

ほば

ふたつの鐘がなるころは

鐘は明くる日に鳴る! いつでもそうだ!

運営在任中に出会った多くの作品の中のベスト。決して忘れない。

yasu.na

B-REViEWは終わった

詩を愛するすべての方へ

詩投稿サイトは終わったのか、そもそも始まっていたのか、ただひとつわかっているのは、作品をとおした交流が求められているということ——

沙一

良い

シンプルに好き

あっす

パパの日曜日

パパの日曜日

いい

明林

終着点

生きる、その先に死地はない!

美しくさわやか、そして深い意味が込められたシーン、均衡の取れた心情と思想、強い意志で最終連へと迫る引き締まった展開、我が胸にこの詩文を抱いて!

yasu.na

九月の終わりを生きる

呼び覚ます声

夏の名残の暑さが去ろうとする頃、九月の終わりになると必ずこの作品のことを思い出す。

afterglow

こっちにおいで

たれかある

たそがれに たれかある さくらのかおりがする

るる

時の名を考える

奇妙な味わい

時の名前、おもしろい発想です。黒髪ワールド炸裂です。

yamabito

声明 流木から

詩人の生きざま

言葉と詩に、導かれ救われ、時に誤りながらも、糧にしていく。 赤裸々に描写した生きざまは、素晴らしいとしか言いようがない。

羽田恭

喘息の少年の世界

酔おう。この言葉に。

正直意味は判然としない。 だが、じんわりあぶり出される情景は、良い! 言葉に酔おう!

羽田恭

魔法はある 犬ver

うまいと感じました(内容は15禁)

レスが少ない順から眺めていったんですが、埋もれてましたので掘り出しました。

yamabito

誰かがドアをノックしたから

久しぶりにビーレビ来たんだけどさ

この作品、私はとても良いと思うんだけど、まさかの無反応で勿体ない。文にスピードとパワーがある。押してくる感じが良いね。そしてコミカル。面白いってそうそう出来ないじゃん。この画面見てるおまえとか、そこんとこ足りないから読んどけ。

カオティクルConverge!!貴音さん

あなたへ

最高です^ ^ありがとうございます!

この詩は心に響きました。とても美しく清らかな作品ですね。素晴らしいと思いました。心から感謝申し上げます。これからも良い詩を書いて下さい。私も良い詩が書ける様に頑張りたいと思います。ありがとうございました。

きょこち❤️久遠恭子 霊視も出来るアーティスト

これ大好き♡

読み込むと味が出ます。素晴らしいと思います。

きょこち❤️久遠恭子 霊視も出来るアーティスト

初恋

輝き

海の中を照らしているのですね。素晴らしいと思います☆

きょこち❤️久遠恭子 霊視も出来るアーティスト

アオゾラの約束

憧れ

こんなに良い詩を書いているのに、気付かなくてごめんね。北斗七星は君だよ。いつも見守ってくれてありがとう。

きょこち❤️久遠恭子 霊視も出来るアーティスト

藤の花

紫の香り

少し歩くと川の音が大きくなる、からがこの作品の醍醐味かと思います。むせかえる藤の花の匂い。落ちた花や枝が足に絡みつく。素敵ですね。

きょこち❤️久遠恭子 霊視も出来るアーティスト

冬の手紙

居場所をありがとう。

暖かくて、心から感謝申し上げます。 この詩は誰にでも開かれています。読んでいるあなたにも、ほら、あなたにも、 そうして、私自身にも。 素晴らしいと思います。 ありがとうございます。みんなに読んでもらいたいです。

きょこち❤️久遠恭子 霊視も出来るアーティスト

犬のしっぽ

カッパは黄色いのだから

良く目立ちます。 尻尾だけ見えているという事ですが、カッパには手足を出す穴がありますよね。 フードは、普通は顔が見えなくなるのであまり被せません。 それを見て、僕はきっと嬉しかったのでしょう。健気な可愛い姿に。ありがとうございました。

きょこち❤️久遠恭子 霊視も出来るアーティスト

あなたのために

永訣の詩

あなたが出発していく 光あれ

羽田恭

十月

あなたには「十月」が足りていますか?

もし、あなたが「今年は、十月が足りてない」と お感じでしたら、それは『十月の質』が原因です。 詩の中に身を置くことで『短時間で十分な十月』を得ることができます。この十月の主成分は、百パーセント自然由

るる

だれのせいですか

どんな身体でも

どんな自分であっても愛してくれるか、抱きしめてくれるか、生きてくれるか SNSできらきらした自分だけを見せてそんな見た目や上辺で物事を判断しやすいこんな世の中だからこそ響くものがありました。例えばの例も斬新でとても魅力的です。

sorano

死んだベテルギウス

衝撃を受けました

ベテルギウス。まずそれに注目する感性もですが、詩の内容が衝撃。 猫。木。家族。犬(のようなもの)。女の子……。など、身近にあふれている極めて馴染み深いものベテルギウスというスケールの大きいものと対比されているように感じられました。

二酸化窒素

この作品は読んだことがありません。


批評対象
作品を読む

ゼンメツ『飛べない』読解一例    

<批評対象作品>
飛べない


このように伝わりと匂わせに長けた、高度に平易な散文詩は不遇だ。修辞が難しいうえに読み飛ばされやすく、どれほど洗練させても評価にはつながりにくい。その不遇に屈せずこれほどの高水準を達成した書き手に、わたしは敬服する。 本作の暗示の技術には、ほとんど非の打ち所がない。気の利いた構成、絶妙に印象的な選材、緻密な伏線と洒脱な回収、含みだらけの複雑な描写を通俗表現に収めきる技量、そのうえたっぷり残っている解釈の余地。そうした国語教育的な特長について、説明は不要であろう。以下の批評では国語の範疇を超えた、極端なまでに高度な修辞にのみ恣意的に注目する。 「この街はいつだって海沿いで、だからいつだって香る重い潮風も、もうほんとうのほんとうに当たり前のものなのだけれど。今日に限ってわたしは、不時着した惑星ではじめての外気に触れた異星人みたいに、しずかにひとりで肺を蝕まれていた。」(作品冒頭) 異化(シクロフスキー)。見慣れたあたりまえの日常を、いま初めて遭遇したかのように叙述しなおし、発見しなおす芸術的営為。習慣と経験則で練り固めた自動思考を、読者もともに脱せよと、作品が冒頭から訴えている(作者の意図はわたしの知ったことでない)。たとえば、 「わたしたちは暗く小さな部屋の、バカみたいに大きすぎるベッドのうえで (中略) お互いがお互いに、消費期限間近のすかすかのスポンジに無理やりクリームを塗っていくみたいに。唇を重ねて。重ねて。重なる。そうやって、わたしたちは何枚も覆い被さる。隙間が見えないように、震える余地もないように、でもそんなことは不可能で、けっきょく、風に揺れる街路樹の葉の擦れる音に自分たちの失敗を突きつけられる。あの音が嫌いだった。ざわざわと。」(2聯) 隙間風の吹く冷えたドライな関係という、使い古された常套句を、濃密に異化するあざやかな連想。「暗く小さな部屋の、バカみたいに大きすぎるベッド」が、箱に入ったまま売れ残ったホールケーキを惹起する。古い乾いたスポンジにクリームをひたすら塗りたくった、いかにも喉に詰まりそうなケーキが、ふたりのキスの味を象徴する。冷めたキスに隙間風が吹き、ふたりの摩擦でざわざわと起こる胸騒ぎ。もはや取り返しのつかない、おそらく最初から予想できていた破綻を、どうやらふたりは延々と糊塗し続けていた。 「とっくに別れた恋人との最後の日 (中略) ホテルバリでもカリフォルニアでもなく、ジュピター。」(1-2聯) 「好きな時間に好きなところへのワープ飛行を繰り返す異星人に憧れていたわたしも、いまや衛星みたいに安定した周回軌道をまわり続けている。」(3聯) 終わった恋への断ちがたい未練を、木星とその衛星に見立てるこれらの比喩には、上記の糊塗の内実がどっぷり匂っている。まず神話のジュピターといえば、恐妻家の浮気男だ。夫の浮気にいちいち怒り狂うことで有名な妻ジュノーとも、不倫のあげくの掠奪婚であった。常習的な不倫が依存であること、自分が掠奪しておきながら自分は掠奪されないなどと思いこむのが共依存であることを、ジュピターの神話はよく表している────この含みが、作品全体にみごとに効いている。 「好きな時間に好きなところへのワープ飛行を繰り返す異星人に憧れていたわたしも、いまや衛星みたいに安定した周回軌道をまわり続けている。」(上掲) この文章は一見、「以前は奔放に憧れていたが、いまはすっかり落ち着いた」といった意味に取れる。ところが前述のジュピターの含みを踏まえると、「当時は(不義の恋から)解放されたかったが、いまだ終わった恋に囚われている」といった、表面的な意味とはほとんど逆の意味しか取れない。 相容れないふたつの解釈をともに成立させる両価的な文章、わたしが詩に期待する最高難度の超絶技巧。続く4聯の「近づくだけで見失うものばかり」などの撞着語法も、よく噛めば深々と両義性(メルロ=ポンティ)を味わえる名文だ。とりわけ下記の、絶妙に唐突に撞着した両義的な異化は目覚ましい。 「……誰に呼びかけたわけでもないのに、すぐ横で室外機が音を立てはじめた。知らないむしの声が聴こえる。サンダルはまだそこにある。星が雲へと出たり入ったりしている。わたしはいまどうして、ここにいるのだろう。」(4聯2段) 呼びかけない限り室外機は音を立てないはずであるという、唐突にして頓痴気な前提で語り出される奇矯な情景。室外機の(当然『飛べない』)羽が、知らないむし(虫/無視)の声を聴かせるという。 なるほど羽虫というのは、室外ではいようがいまいが気にも留まらないのに、室内に入り込まれたとたん無視できなくなる存在だ。室内では執念深く殺して回っている羽虫への、その強い関心が、室外に出るなりきれいに失せてしまう。語り手にとって前述の恋が、そのように両義的な他者であるという雰囲気が、4聯2段の一言一句ことごとくに馥郁と匂っている。 メルロ=ポンティによれば「すべての他者は別の私自身である」。癒合性(自他未分化)だ。奇しくも上記の羽虫の存在感は、表面的な構造だけは自他未分化に通ずるものがあるが、ここではそんな詭弁にたわけるより、実際の自他未分化を思い知るべきだろう。 「彼がいようがいなくなろうが、わたしの生活はさほど変わらなかった。しいて挙げるならセックスができなくなったくらいで、」(3聯) 「わたしの10年来の相棒であるロケットの、普段使ってない三段変速がもう錆びちゃってたせいかもしれない。」(3聯) 「もう飛べないロケットを横に倒し、この世界のフチに跨って、目の前の空めがけてサンダルを蹴り捨てる。切り離しだけはわりと上手くいって、思いがけず遠くまで飛んだんだけど。そんなことでなんの結果も変わらないことは始めから分かっていたから。こんな夜分にはだれも通らない家の前の道路で、わたしの放る足先の、なんだか当たり前な角度と、もうどこも交わっていないサンダル。」(4聯) 年季の入った自転車に乗ることを「もう飛べないロケットを横に倒し、この世界のフチに跨って」などと極端に甘美に、絶妙に不自然なまでに唐突に換言する行為に、相応の意図がないわけはない。実際このロケットとサンダルの発射は、語り手が不義の恋を切っても切れないことや、一種の去勢不安(フロイト)に憑かれていることなどを、重層的に暗示する重要な比喩だ。その多義のひとつとして、若干破廉恥な意味合いを、感得しないほうがおかしい。これは言うまでもないとして。 語り手が自転車にまたがったまま、目の前へサンダルを蹴り捨てた、その「わたしの放る足先の、なんだか当たり前な角度」とは。その角度は、若い女性が当たり前と呼ぶには、あまりに慎ましいのでは。例のジュピター野郎のその角度に、かの女は満足できていたんだろうか、だいたいあのドチンポ野郎(荒木飛呂彦)はよくもまあ、その程度の三本目の足で不義のジュピターごっこなどを──── ────ここに至って、わたしは自分がこの語り手を、考えれば特に根拠もなく、自分と同じシス女性と思い込んでいたことに気づかされるのだ。そうジュピター野郎とセックスしていたことは、語り手を女性と想定する根拠にはならない。事実ジュピターの神話には、男色の相手がなん人も登場する。 だからといって「もう飛べないロケット」を、語り手自身の三本目の足と決め込むのも、やはり無根拠な思い込みに過ぎない。なにせこの作中には、語り手の性別を確定しうるような情報が、よくよく見ればひとつもないのだ。それを無理やり想定する必要も、よくよく考えればまったくないのだった。 にもかかわらずわたしが、語り手の性別を決定したい、語り手の性別が宙吊りのままではその立場を読解できないなどと考えるのは、おそらく自他が未分化だから。他者の身体を自身の延長物のようにしか認められていないから、自分が沿うジェンダーロールの型に他者まではめたがる。それはわたしがジェンダーに縛られ、依存していることの証左でもあろう。 「わたし。わたしは……めのまえにならぶ星座の名前をしらない。そもそも星の見分けが付かない。でもあれは小さい頃ほしかったスカートの形をしている。」(5聯) 以上の私見を踏まえて思うに、この星座はこと座。織姫の琴線だ。恋しい彦星と年一度しか会えない、逆に言えばなん度引き離されても年に一度だけは必ず会える、この語り手やジュピターの妻妾たちには妬ましいほど幸せに見えるであろう飛仙の。 以前こと座の形を栞に見立てて詩を書いたことがある。あの形はタイトな巻きスカートにも似ている。足の長い人にしか着こなせないような、女性より男性のほうが似合うかもしれないような、ただし三本足の存在感が大層気にかかりそうなシルエットだが、それにしても「小さい頃ほしかったスカート」? わたしはそんなどうでもよいものを微塵も覚えていないので、そこにこだわる語り手の心境を知りえない。前述の羽虫のごとく気に留めずにいた存在感に、いま自身を侵犯され困惑するばかりだ。 「……誰に呼びかけたわけでもないのに、すぐ横で室外機が音を立てはじめた。知らないむしの声が聴こえる。サンダルはまだそこにある。星が雲へと出たり入ったりしている。わたしはいまどうして、ここにいるのだろう。」(4聯2段、再掲) 「わたしの足にはもうサンダルがなかった。そもそもサンダルでどこまで歩けるのかしらなかった。ここからは波の音が聴こえない。室外機が静かになっていく。むしの名前には興味がない。ロケットはいまもそこで斜めのまま。」(作品末尾) かくの濃すぎる伏線の、とんでもなく洒脱なこの回収。作品末尾の、端麗だが絶妙に不自然な描写はどうやら、語り手の帰宅を異化したものだ。語り手が家に入ったので、波の音は聞こえなくなり、室外機の音も遠ざかった。そして例の羽虫のごとき、害虫への興味も(表面上は)失せたと。 前述の通り羽虫は、家内でこそ存在感を出してくるわけだが。あの害虫ジュピター野郎は逆なのだ。だって不倫相手とは、家庭の外でしか会えないのだから。と。 語り手は家に引きこもる。かつて不義の恋にたわけた街、あらゆる景色に自分の無様が透けて見えてしまう街で、恋人とまた名を呼び合う日を期待し続けるのに疲れたのかも知れない。 ロケット、語り手が再び外へ飛び出すための自転車は、駐輪され斜めのまま。顧みられずふてくされたように、主人の再搭乗を待っている。このくたびれたロケットは、語り手に切り捨てられた哀れなサンダルとはわけが違うのだ。なにせ10年来の相「棒」、あのドチンポ野郎(荒木飛呂彦)でも、去勢されたファルス(フロイト)の暴走でもなく。 ────なんという夜空の最高密度の青色(最果タヒ)。この描写だけでも本作は、100点満点中30000点だ。わたしは確信している、詩は様式がすべて、内容などはありさえすればなんでもよい。なにせ作者がなにをどう書こうが、読者は自分の読みたいようにしか読まない。この批評がそれを実証したはずだ。 だから、結局、駐輪中の相棒の自転車以外の暗示がだれのなにか、その傾斜角度は上へなん度かといった問題は、一生宙吊りのままでよい。 ※※※ この批評は筆者の自己表現であり、一切の責任を筆者が負う。この批評にある問題は、批評対象の問題ではなく、その著作者の責任でもない。


作成日時 2022-12-09
コメント日時 2023-01-04

ゼンメツ『飛べない』読解一例 ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 63
P V 数 : 3279.3
お気に入り数: 2
投票数   : 4

ゼンメツ『飛べない』読解一例 コメントセクション

コメント数(63)
鷹枕可
作品へ
(2022-12-09)

超弩級の解釈、学識に感化され、興奮を致しております。 私にとっては良い契機ですので、幾つか、長年思い煩ってきました疑問に、解釈を頂けましたならば幸いに存じます。 質問1、 希臘神話の「ゼウス」と基督教の「デウス」は同一存在ではないか、と想いますが如何思われますでしょうか。 因みに、両者に共通致しますのは家父長制であり、基督教的貞節の美徳はクソであり、大嘘だと主観的に思っております。 希臘神話+ユダヤ思想がデウス、であるという、主観。 質問2、 嘘つきで狡い人間が最も尊ばれるのは何故なのでしょうか。 人間性の本質がそこに在るからでしょうか。 質問3、 この自身の思考、推察、解釈は腐って、或は錆び付いているでしょうか。 宜しければ、ご返答を何卒お願い致したく存じます。 ビーレビ、面白くなって来ましたよ。

1
室町礼
室町礼
作品へ
(2022-12-10)

まずは長文の本格的な批評文の投稿に作者さまへ敬意を表したいと思います。 ただ、そのうえで、 なんでこんな文章を書くのかなあというのがまずは最初に浮かんだ疑問です。 批評対象作品とほぼ同じレベルで、(だから批評されたのでしょうけど)強烈に、あの、 昭和文学の臭いがもつ戯画的な側面が誇張されて伝わってきて、ほとんど、 久しぶりにあけた押し入れの中からホコリの積もったメンコやビー玉を発見したような 面妖な感動がある。 (「昭和文学の臭いがもつ戯画的な側面」というのは今の時代からみてのことであって 当時はむしろ文学やってる当事者たちにとってはもっとも真摯な部分であったのでしょう。 「異化」だの「修辞」だの「様式がすべて」だのといったもろもろのそれらしい必死な言明......) もちろん、なんでこんな(様式の)文章がいまだに書かれるのかという問いは自分の興味関心事でしかなく 投稿者のことを批判しているのではありません。 どうしてこんな文章がいまだに書かれるのかということへの一種の文明論的、社会学的なインタレストです。  作者がなにをどう書こうが、読者は自分の読みたいようにしか読まない。この批評がそれを実証したはずだ。 こんなことはまあ、いわずともあたりまえのことなので、みなさま黙って実践されていることだと思うし、また、 自分の読みたいように読めるなら実証する必要もないことは当然のことだと思うんだけど、この文章がそれを 実証しているのですか。 うーん、もひとつ、なんかよくわからないなあ。 このような感想コメントを読まれて、もしかわたしが何か皮肉をいっているように聞こえるかもしれませんが わたし個人はそういう意図はなく、ただ単に「異化」とか「様式がすべてだ」とかいったご発言に、なんとういうか いつまでそこに座ってるの? もうそことっくに燃えちゃって、焼け跡になってて、作者様は焼け跡の煙の中に座って 頭ボーボー、顔真っ黒で笑顔みせながら胸を張っているだけように見受けられるのです。 たしかに凄い。でも......なんというか、その.....もう、そこ、ぜんぜん座布団だけが残ってて、本体の汽車のほうは とっくにはるか先にいってしまっているのじゃないかという、そんなものを見たような気がして、作者さまには たいへん申し訳ないのですが、読んでいる内になんというか笑が自然にこみあげてきた次第です。 でもこういうのがいまだに主流なんでしょうね。いまどきの文学は。いまだに。うーん、困ったなあというしかありません。 愚鈍な素人の乱文乱筆、どうかひらにお許し下さい。失礼いたしました。

2
武田地球
作品へ
(2022-12-10)

読解を読み、感激いたしました。 作品もすばらしく、他に言うべきことが今はあまり浮かびません。 一言だけつけたせば、読解により作品のすばらしさがさらに浮き彫りにされ、輝きを増して行く作品を前にして、憧れを通り越してくやしさをおぼえました。 すばらしい読解を読ませていただき、たくさん勉強させていただきました。ありがとうございました。

1
澤あづさ
鷹枕可さんへ
(2022-12-10)

ご高覧ありがとうございます。鷹枕可さんのツイートを見て書いた推薦文ですので、ご本人からのご言及は励みになります。推薦文にコメントなどつくまいと思っていたのが、コメントどころかポイントに票まで頂戴してしまい恐縮しておりますが、今後ビーレビがおもしろくなればわたしもうれしい。 回答1) ゼウスとデウスの語源が同じであるのは間違いないと思いますが、キリスト教といえばローマとばかり考えておりました。そして家父長制のクソさはアブラハム三宗教に限ったことではなく、世界の全男性優位社会にほぼ普遍と感じております。 ちなみに念のため付言しますと、わたしが家父長制などの男根崇拝を警戒するのは、女権拡張運動とは関係ありません。わたしと同じ難病を持つ実父が、それを苦にして保険金目当てに自殺したからです。日本に男の甲斐性とかいうふざけたジェンダーロールがなかったら、父は死なずにすんだのだと思いますと、どうもね。 回答2) まず「嘘つきで狡い人間が最も尊ばれる」という仮説の有意性を検討しませんと、この話は先に進まないように思います。つまらん回答で申し訳ありません。 回答3) 「この自身」の指示内容を理解しかねますが、自身の解釈の正しさに拘泥すること自体が不健康であるように思います。んー。これは返答に困りますね。

1
澤あづさ
室町礼さんへ
(2022-12-10)

ご笑覧ありがとうございます。本作は熱烈なアンチ先進性偏重ですが、匂いが昭和どまりでしたか。それは残念です。次作ではぜひ明治を匂わせられるよう腐心いたします。

0
澤あづさ
武田地球さんへ
(2022-12-10)

ご高覧ありがとうございます。この読解はこの作風を目指す書き手に向けて書きましたので、すぐれた書き手の参考になれば、これにまさる喜びはありません。書き手にこれをご参考いただければ、わたし好みの詩が増えるはずだからです。完全な私利私欲の活動です。以後も地球さんのご参考に足るものを目指し精進いたします。

1
ゼンメツ
作品へ
(2022-12-10)

いま僕はネット詩が楽しい。 ひとから「なんで詩を書いているの?」と聞かれたら、結局のところ「自分の書く詩が好きだから」って答えるんだと思う。めちゃくちゃ自己満足なんだ。別のことで満たされまくってたら書く気が湧いてこない。だって詩作ってほんとまあ対価が無いんだから。僕は欲望のまま作品を生み出しているのだけど、もちろん書き終えてただそれだけでは満足ができない。どうしたって他人に褒めていただきたいのだ。恥を忍んでぶっちゃけるならスーパーウルトラめたくそ褒めていただきたい。 はっきり言って、僕はいまネット詩が楽しい。最高の気分だ。自分の書いたものを褒めていただき、自分が書いたことでこうやってまた新たにめちゃくちゃ面白いものが生まれたんだという実感。リアルタイムでエネルギーが動く様を目の当たりにして、あーーきっと僕はこういう快感を得るために書いてるんだなあって強く感じる。 まだまだ詩が上手くなりたい。単純に褒めてほしいから。単純にみんなから認められたいから。単純で純粋な欲望はトルクが違う。それだけで僕を突き動かしてくれる。 本当にありがとうございました!!

4
澤あづさ
作品へ
(2022-12-11)

作者様ごきげんよう、こちらこそありがとうございます。ゼンメツさんはわたしにとってきわめて重要な批評対象ですので、新作を拝見できたのは本当に僥倖でした。作者様の心証など評者の知ったことでないとはいえ、わたしの讃辞がゼンメツさんの励みになれば、もちろんそれに越したことはありません。 ゼンメツさんのお作に託けて言いたいことは山ほどありますが、たとえば今回読解に頻用した異化です。例の文学極道、B-REVIEW創始の発端となった投稿サイトでは、多くの参加者が異化を、脱臼との区別もつかないような奇矯と誤解していたように思います。先進性を追求するあまり、なんのために異化するのかという本質を失念したような修辞に、わたしはうんざりしていました。今回の読解はその鬱憤晴らしです、作中に「筆者の自己表現」と明記しました通り。 わたしの批評は、自作を愛する作者、特にこれほど高精度の修辞を駆使する書き手には、しばしば酷評より受け容れがたい暴力になるでしょう。ですから作者様の尊厳だけは、徹底して尊重します、すなわち敬服し絶賛いたします。ゼンメツさんの長いご健筆を切に祈ります。

4
室町礼
室町礼
作品へ
(2022-12-13)

澤あづささま、ご苦労さまでした。 澤さまの熱量のこもった縦横な語り口のご批評は当投稿サイトを 活性化するうえで非常に大事なこころみであったとおもいます。 個人的には澤さまのこういった厚みのある批評は大好きなので 鷹枕可さま同様、わくわくして 多くの方々が得て勝手な奔放な感想を寄せられることを期待していたのですが、 対象作品の投稿者とそれを賛美する澤さんとのあいだで互いに褒め合うという 言葉は悪いかも知れませんが、 予定調和的なしゃんしゃんで終わってしまったのはちょっと残念な気がします。 作品の称賛者と称賛された作品の投稿者が互いに相手を称賛しあって拍手などという光景は、あたりまえすぎて あまり目にしたくはないもので ネット投稿サイトとは、しょせん素人同志が"手の込んだ"「文学ままごと」をするところで しかないのかという、まことに失礼ながら正直に吐露させていただきますとそんな感慨がちらっと頭を横切りました。 "異化"ということばがしきりに使われ、あるいはマルロポンティの思想からくる"両義性"などといった文学的見識が披露されているわけですが...... これも失礼ながらあまりにもその語り口が文豪や大学教授のそれらしくてリアルな批評に接しているという現実感がわいてきませんでした。 たとえば"異化"ということばひとつとっても、澤さまがほんとうに文学表現の側からこのことばを真摯に考えて使われているのか 不審を抱いた次第です。 もちろん"異化"などという概念は、所詮は頭でっかちな知的ひま人の、ことばのアヤにしかすぎないのですが、あえて、 仮に"異化"のようなことがあるとして、おそらくそれは修辞上のテクニックだけの問題じゃないような気がします。 表現世界において修辞上の技術の問題じゃないものがどこにあるのかと嘲笑されますでしょうが、 もしわたしが「異化」などという、ちょっと小っ恥ずかしいことばをあえて批評に使うとするなら それは修辞上のレトリックだけの問題とは考えないでしょう。 表現世界はそんな浅い狭いものじゃないという考えです。ですから、   今日に限ってわたしは、不時着した惑星ではじめての外気に触れた異星人みたいに、しずかにひとりで肺を蝕まれていた。 という作文に接してもそれが澤さまのいう   見慣れたあたりまえの日常を、いま初めて遭遇したかのように叙述しなおし、発見しなおす芸術的営為。   習慣と経験則で練り固めた自動思考を、読者もともに脱せよと、作品が冒頭から訴えている とおっしゃるところの"異化"の好例とは思えない。 そもそも澤さんが持ち出された「異化」という批評概念そのものがどうみてもイカサマでしょう。 ことばは悪いですが詐欺師のたわごとです。だれが言い出したのか知りませんが、たしかに言葉尻としては成立している。   「見慣れたあたりまえの日常を、いま初めて遭遇したかのように叙述しなおし、発見しなおす」   「習慣と経験則で練り固めた自動思考を、読者もともに脱」する。 字面だけをみると才能や天才があれば出来そうな感じがしますが、そんな芸当がほんとうにできるものでしょうか。 澤さまが好例としてあげた上記の   わたしは、不時着した惑星ではじめての外気に触れた異星人みたいに、しずかにひとりで肺を蝕まれていた。 って作文、わたしはこれ、「異化」された表現ではなく、ただの形容詞句にすぎないと思うのです。 仮に「異化」などということがあるとすればそれは   床に落ちた碁石を拾おうとしたがもう少しのところで指が届かない というような一見、あたりまえの記述になると思うのです。日々の日常であたりまえに生起する現象を たんにそのまま著述したような表現。 そういうあたりまえの表現をもってわたしなら「異化」を試みようとするでしょう。(わたしにできるわけもありませんが) また、 そういう表現にこそ、仮に、詐欺師のようなその"異化"というウソっぽい言葉に身を寄せて批評するとすれば異化が生じていると考えます。 こんなことを書くと、それはおまえさんがそう思うのならそうすればいいじゃないか、 あんたが"異化"をどう考えようと、そんなことは普遍的でもなんでもないあんた個人の趣向にすぎないと反発されるでしょう。 わたしも澤さまが"異化"などという内実のない言葉を縦横に振り回されようとそれが澤様の精神的な"物語の世界"の表出であると わかっておられるなら何の文句もないのです。ところが、澤さまが"異化と脱臼の区別もつかない人がいる"というような ことを言い始めたらそれはそのようなただの物語でしかない”異化”という架空の概念を、いつのまにか一般化したことになる。 他人は他人のかってと言いながら、まるで"異化"という概念が普遍性をもつかのように錯覚されておられることが 異化と脱臼の区別もつかない人がいるという批判にあらわれてしまった。 これはちょっとまずいような気がします。 詩は"異化"といった架空の概念やメルロンなんとかいった方々の知的なイデアの世界にあるのではない。 それとはまったく逆の、正反対のことろに生起していると考えるのですが、こういう考えもまたわたしの 私的な物語であるのかもしれません。ま、最後は読まれることによってしか詩はその身体を現わしませんので、 あまりとやかくいうつもりはありませんが、それにしても澤さまの熱のこもった投稿が、 結局は当事者同志で互いを称賛しあうという残念な結果に終わったことが心残りです。 愚鈍なシロウトの乱文乱筆失礼いたしました。 澤さまのさらなる変容と精進とご活躍を期待しております。 ご投稿、一読者として、ほんとうにありがとうございました。

1
澤あづさ
室町礼さんへ
(2022-12-13)

再コメありがとうございます。「結局は当事者同志で互いを称賛しあうという残念な結果」について、部分的には共感します。批評が批評されない環境が不健全であることは間違いないので。 一方「作品の称賛者と称賛された作品の投稿者が互いに相手を称賛しあって拍手などという光景は、あたりまえ」とのご意見には賛成できません。実際わたしは幾多の絶賛を、幾多の作者様から拒まれ罵られました。わたしの読解が根本的に暴力である以上、いたしかたないことです。わたしにとって作者様のご歓迎は、疑いなく僥倖です。 さてご指摘の異化その他ですが、わたし自身もシクロフスキーの例示や文学極道の一部レッサーの言論をさんざん懐疑したからいまに至ったのでして、それをどなたがどう懐疑なさるのも自由です。悪手を承知で打った手ですが、書くべきことは作品に書きました。「作者がなにをどう書こうが、読者は自分の読みたいようにしか読まない。」これ以上述べることはありません。

0
ゼンメツ
室町礼さんへ
(2022-12-13)

批評貰っても「ども、楽しく読んでいただいたようで。ありがとうございます」とか、そんなスーンてな感じの態度取っとけばいいの? 感情隠しながら慎ましく書くのが詩人? そんな事はないだろう。僕は嬉しかったら嬉しいと書く。昔は感動のあまり答え合わせみたいなレスを付けてしまうことが多かったけど、そのへんについては態度を改めた。だってレスが止まるし。 そもそも賞賛し合うことも悪いことだとは僕も思わない。ケチをつけるやつが現れてもいいし、新たな解釈をぶつけられてもいい。しかしそれがなされないのは僕だって残念だと思う。勿論、そこに関しては批評家の責任でも書き手の責任でもないわけだ。つまり室町さんが第三者を含む全員に対してコメントをつけているものだとしたら、僕もその意見に同意だってこと。もちろん言いにくい立場なんだけど。 ところで僕は元々、読解パズルの暗号文のような詩を書いていて、ただそれは、殆ど誰からも読み解かれなかった。そもそも読まれなかった。多分ぱっと見で面白くなかったのだ。もちろんその手の文体でも読まれ、評価される書き手はいるが、それはそういうセンスがあったからで、逆に僕にはそれが壊滅的に無かったってことだ。 僕は誰からも読まれずとも書き続けられるほどメンタルの強い書き手ではないので、解決策としてとにかく可読性をあげまくった。「なにも考えずに読んでも面白く、深読みできたらさらに面白い」が僕の掲げる理想だ。できるなら普段詩を読まない相手にも面白いと感じてほしいと思っている。 ちなみに可読性をあげまくったら、それはそれで読解されなくなった。それでも僕は読み解かれる日がくることを願いながら書いている。そもそも澤さんのこの読解はそんなに斜め上なのか?? 対象作を書いた僕から見ても「ここに気付き拾ってくれた!!」という喜びはあれど、「そんなこも想像してもねーわ」なんて思いはしない。そりゃ僕の意図を飛び越えていくところはある。しかし真反対とか、100億光年離れてるだとか、そんなことはない。だって僕自身がなるべく読みやすく書いているつもりなのだ。当然そこにつく読解も、読んだら納得させられるものになるじゃないか。 もう一度同じようなことを言うけれど聞いてくれ。僕ははじめから読解に耐えうる詩として書いているつもりだ。だからどれほどのものを書いていただいても後ろめたさなどはなく、胸を張って至上の喜びを伝えられる。

2
澤あづさ
ゼンメツさんへ
(2022-12-14)

なにはともあれこの大混乱のさなか、ゼンメツさんの詩論を伺えたのは僥倖でした。なにせきわめて重要な批評対象です。わたしも半年ほど前、4年ぶりにウェブに出戻ってきたんですが、出戻って真っ先にしたことのひとつが、前途有望な青年にゼンメツさんの模倣を勧めることでしたからね。ぶっちゃけこの作風の参考書を作りたい、どう考えても場違いの野望です。ゼンメツさんのご健筆を切に切に祈ります。

1
澤あづさ
作品へ
(2022-12-14)

※ひとりごと※ もう詩人の批評なんて撞着語法はやめちまって、みんな詩で語り合えばいいのに。ゼンメツさんといいあの人といい、コメントまでぜんぶ詩じゃん、これはわたしが非詩人だからわかることだ。とにかく、読解は根本的に暴力で、特に非詩人のは迷惑でもあって、わたしはこれまで幾多の絶賛を幾多の作者様に拒まれてきた。しかし読解を食らわす代わりに5票差し上げるとなれば、作者様も断るとは言わないのでは? 今回の推薦文にそういう卑屈な打算があったことも、打算があったから安心して悪手を打てたのも事実だ。認める。評者が作者様の顔色を窺っておって、批評ができるわけもない。そりゃそうだろうさ。

3
鷹枕可
室町礼さんへ
(2022-12-14)

室町様へ蛇足。 異化作用とはブレヒトの提唱した演劇用語(たぶん)。 表現が指示する処の言語の自明性を懐疑し、時には否定する行為(この把握でいいのかな)。 下記に、日本の演劇演出家、別役実氏の作詞した歌のリンクを張っておきます。 「異化」が、ふんだんに用いられています。 宜しければ、ご視聴くださいませ。 https://www.youtube.com/watch?v=AWAVcW3T4x0

1
室町礼
室町礼
作品へ
(2022-12-16)

鷹枕可さま  ご教唆ありがとうございます。 わたしはですね、あの、できれば鷹枕可さまも戦後の現代詩が落ちこんだ糞溜めのような 穴から、出来れば這い出して陽の目を見ていただきたいのですよ。 日本人の特徴かも知れませんがどんどん詩の世界に知が介入し、現代詩が、 悪しきエリート主義の道具みたいになってしまった。 それを「文学極道」というネットサイトがなんの批判もなく、エリート主義の 道具となった現代詩の性質をそのまま無批判に受け入れ、 それの小さな相似形である、詩のエリート主義のままごとサイトをつくってしまった。 「文学極道」が犯したあやまちは致命的だと思っています。 たいして読めない書けない人たちに賞なる滑稽なものを付与してなにか エリートへの仲間入りを認めたような誤解を与えてしまい、 そういう人たちがおれたちは凄いんだ、ちょっと違うんだという わけのわからない思い上がりでつながる意識集団をつくりあげてしまった。 あのサイトの大賞の詩なんて人より一ミリか二ミリテクニックが上手いだけで 詩にもなににもなっていない。また批評もまともな人から見れば噴飯ものですが 思想用語をふりまわせばエリート主義に組み入れてもらえたような錯覚を覚え 困ったことにそういう人たちがネットの投稿板を結果として睥睨して荒らしてきた。 もうそろそろこういうマンガみたいな幼いことはやめるべきだと思いますね。 ネット上の投稿詩なんてそれほど大差などありません。異化なんていう用語を ふりまわしても多くの人は腹の中で嗤っているだけです。 ほんと、もうそろそろわたしたちは世界の詩のあり方を見習って つまらない日本のエリート主義の道具としての現代詩を卒業すべきだと 思います。 いくら思想用語をふりまわしても、つまらない詩はつまらないし、 おもしろい詩はおもしろい。それだけのことじゃないでしょうか。 そろそろお気づきくださることを願っております。ま、そのお歳では いまさら考えを変えることは死に等しいほどの痛みをともないますから 無理にとはいいませんが。 では失礼します。あ、それとわざわざネットサイトまで ご教唆、ありがとうございました。

0
澤あづさ
作品へ
(2022-12-16)

※ひとりごと※ https://www.breview.org/keijiban/?id=10373 この騒ぎで拙文、いよいよトップページの「話題の作品」にまで載ったけど、いったいその原因をなんだとゼンメツさんは思ってらっしゃるんだろう。血が詩でできてるようなコメントさんざんぶっ放しておいて。 わたしはこの作品で批判されてる推薦文を、武田地球さんのほうの拙文だと思ってたな。もちろん作者様の意図はわたしの知ったことじゃなく、自分で勝手に納得した。滑稽なのは批評対象でなく推薦文だと、はっきりご指摘いただけたので、全文すっかり腑に落ちた。今後にも自分なりには活かせると思う。 ※ひとりごと2※ いま記事制作のため文学極道の某ログを読んでるけど、レス欄がまあ魍魎跋扈にしか見えない。こうはなるまいと努め続け、創造大賞まで獲っただけあり、いまだ初心は揺るがない。すなわち拙文は、わたしの嫌いな批評とは違うと確信している。それを人様にどう罵られたってどうでもいいんだよ。お互い様だし。 これでもうゼンメツさんに推薦文書く人いなくなっちゃうだろうなーとか、考えてもしかたない。批評は根本的に暴力だ、腹をくくって抱えることにする。

0
室町礼
室町礼
作品へ
(2022-12-17)

澤さまの、ご自分の好きな詩をみなさまに推奨したいという純粋な気持ちと そこにある熱意と熱量は決して無碍には出来ないものだったと感じています。 でも、 すこし奇矯がすぎたような気がします。 一連、ニ連では対象作品を最大級の賛辞で機関銃を乱射するごとく褒め称えた。 銃弾の一つ一つが天井知らずの褒め言葉で、しかも、次から次へと息も切らず連射されるのだから 読む方も息がつまる思いをした。 おそらくわたしだけじゃなく多くの方々はそれらの賛辞がどのように具体的な論理のことばで展開されるのか わくわくして次を待ったと想像します。 ところが、ニ連の終わりで >そうした国語教育的な特長について、説明は不要であろう。 と読者に肩すかしをくらわせている。 つまり超弩級の賛辞をしておいて、しかも、物凄いことに、それに説明は不要であると 言い放っている。 なるほど、これなら、それはいわば対象作品に対する〈愛〉であって批評ではないわけです。 「読解一例」とは銘打っているけど、これは「作品愛」の一例です。 わたしはあの人が好きです。愛しています。そのことに理由なんかないです。好きだから好きなんです。 という恋愛の当事者のよくある語りにふさわしく、 まさしく怒涛の推薦者にふさわしい激烈な表現であったことは認めるわけですが、 説明を待っていた読者のほうは椅子からずり落ちてしまうのじゃないかと心配しました。 この一連、二連と最後の肩透かしは、 第三者にはやはり、ちょっとばかり奇矯で冷静さを欠いているものに映った。 こういう書き方をする人と、果たしてこの詩について正面から冷静に議論できるのだろうか? そんなことをすぐに考えざるを得ませんでした。 澤さまご自分では気がついていないかもしれませんが、ゼンメツさまの投稿をこれまで絶賛してきた方々は別として、 この作品に熱くなれない人を説得できるだけの冷静さがあるとはとても思えませんでした。 失礼ながら御本人さまは「異化」の手応えを感じた如く絶賛しておられましたが、 たんに自分の好きかってに作品を「暗号」化しただけじゃないかと首をひねりました。 もうひとつ奇矯だったのは、鷹枕可さまとのやりとり。 あれも椅子からずり落ちそうになった。ああいうものが出てくると、まるで一幕のコントをみるような なんとも珍妙なおかしさがこみあげてきて、なんかぶち壊しじゃないのかなと危惧したのですが、 お二人ともそのおかしさにはまったく気づかれていないようでした。 その後、 三連からは正気にかえったみたいに 「.......不時着した惑星ではじめての外気に触れた異星人みたいに、しずかにひとりで肺を蝕まれていた。」 などという詩の章句をとりあげて「異化」という概念と並列されている。 惑星に不時着した経験を持つ人なんて地球上にだれもいないから、 書き手はこのイメージをマンガやアニメなどから借りてきているわけです。 だからわたしはこれは「異化」でなく、ただの形容詞句だといいました。  「暗く小さな部屋の、バカみたいに大きすぎるベッド」が、   箱に入ったまま売れ残ったホールケーキを惹起する。 これも、連れ込みホテルのベッドと部屋はだいたいこんなものですよ、どこのホテルも。 狭い部屋にベッドだけが大きくどんと居座っている。それのどこが異化か?  たんに澤さまがかってに暗号化しているだけじゃないのかと。 要するに冒頭からなんとか対象作品を持ち上げようと作品への「愛」が語られていた だけで、わたしから見ると批評の一例としては冷静さを欠いた作文のように見受けられた。 そして、またそれを絶賛する鷹枕可さまが、憎めないピエロのように現れて、失笑を誘った。 澤さまはわたしなどより数倍も頭はいいし、数百倍も知識がある方だから、 この奇矯さをもう少し制御されれば、わたしなど愚の音もいわせないものが書けるはず。 しかし、こんなことをいう資格も権利もないのですが、 人間の一番の武器は謙虚になることだと思うのです。謙虚になった人間が一番怜悧で怖い。 そういう人が批評をしたとき、わたしなどはただただ平服するだけです。   これでもうゼンメツさんに推薦文書く人いなくなっちゃうだろうなーとか、 おっしゃられていますが、 失礼ながら、そういうことを語る態度、口ぶりには賛成できません。 どうしてそこへいってしまうのか、わたしには理解できません。そういう激しい愛を すこし抑えれば、もっと多くのただの通行人の気持ちをとらえるだけの力がある方だと 期待しているのですが、謙虚ってことの怖ろしい力をまだご存知ないとすれば残念です。 素人の乱文乱筆ひらにご容赦。

0
澤あづさ
作品へ
(2022-12-17)

「これでもうゼンメツさんに推薦文書く人いなくなっちゃうだろうなー」というのは、たしかにまぬけなぼやきですね。見回せばわたしの投稿以降、推薦文自体が1本も投稿されていないのだから、被害者はゼンメツさんに限りません。そもそもわたしが来るまでゼンメツさんには推薦文が1本もついていなかったのだから、わたしの杞憂とゼンメツさんは関係ありません。せっかくあの匿名のかたからも暗にご指摘いただいたのに、克己はやはり困難です。 * 讃辞が過剰で信憑性を欠くというご指摘もごもっともです。これは長年の手癖でして、投票期間切れ間近の突貫作業だったため、修正しきれませんでした。力不足を熱量で押し切る、いかにも自信のない卑屈な話術を、なんとしても卒業したいと思っています。 もっとも本作は「詩壇で評価されていない不遇な作風の、書き手への訴求を目指す(まったく無謀な)技術論」ですので、怜悧や謙虚を気取るのは制作目的に合いません。わたしにとっては反現代詩手帖のアジビラのようなものですが、ゼンメツさんをそんな暴挙に巻き込むわけにはいきませんので、半端なところに落ち着かざるをえないという事情もありました。 ご不興の「国語教育的な特長について、説明は不要であろう」も、本作が根本的にアジビラであるがゆえの煽りです。悪手と承知で打った手で、事実悪手でした。いい加減冷めてきた。 * ついでに、国語教育的には言うまでもないことですが、鷹枕可さんは、上記のわたしの暴挙とは一切なんの関係もありません。 さらについでに、わたしはおめでたい人妻で、ゼンメツさんに(当然あの匿名のかたにも)恋愛感情などありえません。まったくもって国語教育的には言うまでもないことで、こんな言明を余儀なくされるのが、情けなくなりますけれども。 >失礼ながら、そういうことを語る態度、口ぶりには賛成できません。 そのお言葉そっくりそのままお返しいたします。

0
澤あづさ
室町礼さんへ
(2022-12-17)

通知を忘れました。上のコメは室町礼さんへの返信です。

0
トビラ
作品へ
(2022-12-17)

僕はけっこうオタクが推しへの愛でのたうち回って愛を叫んでいる姿が好きなんですよね。 もう理性も蒸発して「好きいいいい」ってゴジラが炎を吐くくらいの熱量で叫ぶ愛は素晴らしいと思ってる。 それだけ好きになってもらえるなんて、作者冥利に尽きると思うな。 もちろん、ライブの時に最前列で声をあげる人もいれば、後ろの方で腕を組んで静かに見守ってる人もいて、ただそれは、表現の仕方が違うだけで、好きな気持ちに優劣はないと思う。 僕はゼンメツさんのこの「飛べない」という作品にそこまで熱狂はできなかった、でもだからこそ、澤さんの言葉の熱量に触れて、この作品にはそういう温度もあるんだって知れる。 誰かの心を発火させた火種があるんだって。 それは自分では感じ取れなかった温度だし、取りこぼしてしまった風景でもある。 いや正直に言えば、正直にこの作品に対しての感想を言えば「そりゃ飛ぼうとしなきゃ飛べないよね」ではある。  でも「飛ぶ」ことだけが進化かと言えばそうではなくて、ペンギンだってダチョウだってキーウィだって飛ばない進化をしている。 飛ぶことこそ正義というのも思い込みなのかもしれない。 この澤さんの文章があるからこそ、自分が素通りしてしまった光も見える。 「そりゃ飛ぼうとしなきゃ飛べないよね」だけじゃなくて「何度も飛ぼうとしたけど飛べなかった」かもしれないし「前は飛べてたけど飛べなくなっちゃった」かもしれない。 それで改めて「飛べない」を読んでみて、前よりこの作品の良さがわかるようになりました、本当に。 澤さんの文章を読むことで、ゼンメツさんの作品に対しての理解度が深まりました。 水深1メートルから10メートルくらいに。 「飛べない」を読み直した感想をこちらに書いておきます。 まず冒頭の、 >この街はいつだって海沿いで、 この表現がうまい。 すごくさり気ない一文だけど、ひなびた港街のようなイメージが浮かぶ、ひなびたと言っても田舎と言うには都会だし都会と言うには田舎くらいの塩梅の港街。 この街はいつだって海沿いという少ない文章的情報量に、たくさんのイメージが詰まってる。 それに続く >だからいつだって香る重い潮風も、もうほんとうのほんとうに当たり前のものだけれど。 というところも、海沿いの街なら、それは磯の香りもするよね、いつもしててもそれは普通だよねと読み流ししてしまいそう。 でもこれは、重たい潮風で、周りがいつもしょっぱい、つまり人からの風当たりが辛いとも読める。 だからこの「飛べない」という作品はどこかの物語世界の話でもあり、このしょっぱい現実の世界の話でもあるとも読める。 それを成立させているのに口調は大事な点だと思う。 >夜空はいつだって最高密の青色だ これは最果タヒさんの詩集のタイトルだけど、そういう女性的な口語の口調。 そういう口調のかもし出す雰囲気。 例えば、学ランにリーゼントが昭和の不良を想起させるように、この口語の口調は若い女性を想起させる。 雰囲気だけで、どういう質感のものか読み手は感じ取れる。 詩は雰囲気を味わうものでもあると思う。 作中の語り手は辛い環境で昔の恋を思い出している。 その恋はきっと語り手にとってプーさんが大事に取っておいた蜂蜜くらい甘い思い出で、死にたくなるくらい辛い時に読み返す日記のようなものなんだと思う。 最後も、 >ロケットはいまもそこで斜めのまま 飛べないでいる でもあるし、 いつか飛ぶ時を待っている であるかもしれない。 ロケットは飛べてないかもしれない、飛べてないかもしれないけど、まだあり続けている。 それはまだ“飛ぶ”ことに対して思いがあるということじゃないかな。 澤さんの文章に触れてゼンメツさんの作品の良さがわかるようになりましたよ。 その上で僕が熱狂するかと言えばそれはまた別の話なんですけど、それは好みの問題もあります。 単純に、辛いって悶え苦しんで叫んでる方が好みという。

4
澤あづさ
トビラさんへ
(2022-12-17)

詩人ってほんと偉大ですよ、ご本人は血が詩でできてるからご存知ないのだろうけど、トビラさんのコメントで完全に毒気が抜けました。ありがとうございますありがとうございます。おかげでやっと、やっとこなんのための推薦文であったか思い出しました。つまり批評対象が読まれてほしい、投稿日の自分のツイートにもそう書いてあった。それだけでよかったんだわたしだって最初は。 ちなみにこの推薦文、最初はこれの倍くらい褒め言葉が入ってたんですよ。これでも熱量を半分まで削り落としたのです、推し活のより格ゲーとかのが近いと思うのですけど。読解は発見のたびやばいほどの快楽に脳を支配されるので、こんだけ発見の多い詩に興奮するのはどうしようもない、興奮できなければ読解はできないって知られてほしい。つまりやっぱり、頭をよく見せかけるために熱量を削るといった無駄な努力は、もうしないことにします。 それにしても推薦文の利点には、現行ログで批評対象にコメントできる期間が増えることもあるのですね。こうしてトビラさんが感想を書き込んでくださったので気づきました。詩人の詩の感想を拝見できるのは、本当にありがたいことです。自分の読解に憑かれるとほかの可能性は見えなくなるし、詩人の感性はわたしには、しばしば天外天の産物ですので。たとえば、 >でもこれは、重たい潮風で、周りがいつもしょっぱい、つまり人からの風当たりが辛いとも読める。 >その恋はきっと語り手にとってプーさんが大事に取っておいた蜂蜜くらい甘い思い出で、死にたくなるくらい辛い時に読み返す日記のようなものなんだと思う。 こんなのぜんぜん気づかなかったしなーーーーーー そうですね、その思い出が甘いことは間違いないと思うし、語り手はそれにすがっているからこそ生きていられるのかも知れません。この詩はそうやって多角的に読めるのが最大の魅力ですので、わたしが気づかなかったことを教えていただけると助かります。 >単純に、辛いって悶え苦しんで叫んでる方が好み この視点もこの詩を批評するうえで欠かせないものですので、教えていただけてありがたく思います。この語り手がなぜ、悶え苦しんで叫ばないのか、本音を隠して匂わせることにどんな意義があるのか説明するのは、おそろしく難しいのです。その難題から逃げているのは、この批評の大きな欠点ですね。いつかは語り尽くせるようがんばります。

1
室町礼
室町礼
作品へ
(2022-12-17)

なるほどね、なるほど、みなさんの仰ることはよくわかります。 たぶんそうなんでしょう。でも、やっぱり世界認識とか世界観が貧弱で 幼稚だったらいくら異化で装ってみても、あるいはタヒさんのように ずば抜けた感性で詩を書いても、それはただそれだけのもので、 何重にもこころの襞や経験や感性の積み重ねを持つ大人の鑑賞に耐えるものにはなりません。 でもそういう大人はまずここへは姿をあらわすことはないでしょうから、 この評価でいいのだと思います。これまでどおりずっとこれでやっていかれたらいいと 思いますね。それではみなさま、お疲れでした。御機嫌よう。

0
澤あづさ
室町礼さんへ
(2022-12-17)

長々モラハラお疲れさまでした室町さん。わたしいちおう心理学部卒ですので、あなたの所業がどういうことだか存じてますよ。ごきげんよう。

0
ゼンメツ
作品へ
(2022-12-17)

これはぜんぜん関係ない話なので、もちろんトップに移動させないボタンにチェックを入れましたことをはじめに断っておきます。 私話になりますが、僕は今なし崩し的に自営業の店主をやらされています。しかし基本的に金勘定がへたすぎるので、ついに一週間ほど前、支払いができなくてクレカが止まりました。そして昨日そのクレカで支払ってたケータイが止まりました。てなわけで現在、Wi-Fiが届く範囲までが僕の無敵のテリトリーです。ちなみにそのWi-Fiもわりと調子がガタガタしているため、なんだかそこそこ止まりの無敵感です。 そうそう、僕は以前、文学極道というサイトで書いていたんですけど、思い返せばレスのやりとりの半分くらいは一輪車さん(室町さん)とのものだった気がしています。いや、まあ、半分はさすがに言い過ぎかもしれません。 こんなことを言ってしまうのはどうかと思うんですけど、一輪車さんに何を言われたところで腹が立つことはありません。というか一輪車さんがいなかったらゼンメツの存在感もかなり薄れていたはずで、感謝までしています。歴代大賞者の中でも代表の平川さんにあそこまで憎まれながら受賞したのは、もうどうやったってゼンメツという投稿者をスルーすることが不可能だったからだろうなって。あとは平川さん以外の選者は僕を大分推してくれたんじゃないかな。こんなのなにもかもが想像でしかありませんけど。 次の引き落とし日、20何日だか忘れましたけど、多分そこまでにお金が用意できなかったらネットが止まるので、たぶんここへの書き込みもできなくなります。まあまあ頑張って働いてますけど、いい大人のくせして生きていくことに危機感があんまないので、「精神的に未熟で幼稚」なのはきっと本当のことなのでしょう。ただ自分としては、欠けているものを描くのが好きなので、このへんは仕方がないと思っています。とにかく、件の支払いに間に合わなかった場合、僕のほうこそしばらくの間「御機嫌よう」なわけですが。はじめに断っておきますけど、決していやんなってやめたとかじゃないので。 ps.泥棒さんが現在どうされているのか知っている方がおりましたら、教えていただけませんか?

2
三浦果実
作品へ
(2022-12-18)

澤さんどうも。お久しぶりです。この推薦文、もう何回目か、数えきれないぐらい読んでますよ。

1
室町礼
室町礼
作品へ
(2022-12-18)

素晴らしい才能をもつ、非常に熱心な詩の研究者、批評家である ネット界の巨人ともいえる澤さまのおっしゃるとおりだと思います。 愚鈍な素人であるわたしめへ 今後ともご指導、ご教唆ほほどよろしくお願い申し上げます。 ではこれにて。

0
室町礼
室町礼
作品へ
(2022-12-18)

思い返せばレスのやりとりの半分くらいは一輪車さん(室町さん)とのものだった気がしています。 ゼンメツさま、 これは違います。まったくの誤解というより誹謗ではないでしょうか。 根拠のない思いつきでのこういう決めつけはやめていただきたいとおもいます。 わたしはなにか底意をもってコメントや感想をしたことなどありません。 いつも真面目にコメントしております。

0
室町礼
室町礼
ゼンメツさんへ
(2022-12-18)

ゼンメツさま、こんにちわ。   ただ自分としては、欠けているものを描くのが好きなので、 ゼンメツさま、 欠けているものを描いておられたのなら指摘などしません。 というより欠けているものが本人にわからないから欠けているのでは? わかるのならそれはもうちゃんと見えていることになります。 欠けているものは他人からしか指摘されえないものです。それを拒否したり あるいはそれがわからない方からの肯定的な賛辞だけを受け止めていれば いつまでたっても何も変わらないのではと憂慮するのです。 それと感想やコメントはみなが同じじゃないから意味があるのだと思います。 右から左まで同じであるほうがおかしい。澤さまのように、 否定的な感想やコメントをするからモラハラだと根拠もなく指摘することこそ わたしはモラハラだと思うのです。 わたしはゼンメツさま個人には何の個人的感情もありません。作品と作品の後ろにいる 作者さまだけをみて正直な感想をしたためているのです。それが否定的であったとしても 正直な感想を述べる機会や場だけは守ってもらわないと、今後いっさい正直な感想やコメントはできないことに なります。そういうの、もうやめようではありませんか? 自分たちの意にそわないコメントや感想を 非難したり、だれかの名前を持ち出して同一人物であると誹謗する、 それこそ幼児のようなわがままの世界になりかねません。どうか大人としてのふるまいを 澤さまともどもお願い申し上げます。

0
室町礼
室町礼
澤あづささんへ
(2022-12-18)

>長々モラハラお疲れさまでした室町さん。わたしいちおう心理学部卒ですので、あなたの所業がどういうことだか存じてますよ。ごきげんよう。 澤さま。 「モラハラ」などという過激な言葉はそれを受けた相手も精神的なショック(外傷)を 受けかねないものですから、心理学の専門家ならなをのこと、よほどの根拠と必要がなければ そんなことばを不用意に相手に投げかけないものです。 そんな行為はその心理学者自身がモラハラを平然と行ったことになりかねません。 澤さまが素人で、素人の感じとしてモラハラでは?とおっしゃったのならまだ許せますが、 心理学の専門家と名乗り、その上で根拠を示さずに平然と「モラハラ」という言葉を わたしに投げかけたことについて、なるほどと会得いくものがありました。 わたしは澤さんの批評なるものの、そういう側面にいつも眉をひそめていたのだなと。 澤さんご自身はまだご自分がどんなことをなさったからちっとも自覚されていないでしょうけど わたしは澤さんのそういうところが大人として未熟であり、そういう未熟な精神をみずから批判的に対象化しないで 知識が先行するような批評について「謙虚」ということを指摘させていただいたのですが、 やはり、なかなか真意は伝わらないものですね。 とはいえ、ほんとうにわたしが「モラハラ」をやったというのでしたら、ぜひ、ご教唆をお願いします。 これはたいへんな問題だと思いますので。

0
ゼンメツ
室町礼さんへ
(2022-12-18)

>わたしはなにか底意をもってコメントや感想をしたことなどありません。 僕はあなたのレスを好意的に見ていると何度も宣言しているのですが、底意の指摘なんていつしたんでしょう? >自分たちの意にそわないコメントや感想を非難したり、だれかの名前を持ち出して同一人物であると誹謗する、 どっからどう見ても本人でしょ。本人だって言ってるだけでべつに誹謗なんてしてないですが。というか非難もしてないし、否定的コメントも大歓迎だって昔から今までずっと言ってきてますけど。これが本当に被害妄想なのかなんなのか僕にはちょっとわかんないですけど、真意どころか常に表明している意思すら伝わらないのは大変にびっくりですね。

0
室町礼
室町礼
作品へ
(2022-12-18)

本人でないといってるのに本人といいつのるのでしたら それは誹謗で、嫌がらせですよ。 「どうみても」が根拠になるのなら、ゼンメツさんはそれでいいのですか? 「どうみても」あなたの詩はダメだといわれて反発されているのじゃないですか? いや反発してないよといっても「どうみても」反発してますよなどといわれて ゼンメツさん、否定してるじゃないですか。もう、そういうのやめましょうよ。

0
室町礼
室町礼
ゼンメツさんへ
(2022-12-18)

ゼンメツさんへの返信を作品にしてしまいました。 ご容赦。上記のコメントがゼンメツさまへの返信です。 わたしは一輪車さまではない。これは断言しておきます。 「どうみても」などという根拠での つまらない、いやがらせはやめて下さい。

0
ゼンメツ
室町礼さんへ
(2022-12-18)

>「どうみても」あなたの詩はダメだといわれて反発されているのじゃないですか? >いや反発してないよといっても「どうみても」反発してますよなどといわれて >ゼンメツさん、否定してるじゃないですか。もう、そういうのやめましょうよ。 ごめんなさい。正直なに言ってるのかさっぱりわかんないです。 >わたしは一輪車さまではない。これは断言しておきます。 まあ僕には知る由もない事情があるんでしょうしそこについてはこれ以上口にするのはやめますね。ごめんなさい。

0
室町礼
室町礼
ゼンメツさんへ
(2022-12-18)

ゼンメツさま。 ほんとうにもう勘弁してください。 本人が否定しているのに「事情があるのでしょう」って これ以上口にするのはやめるといいながら、 「ほんとうはこいつは一輪車だけど」とデマを流しているのとかわらないですよ。 わたしが一輪車さまである明確な証拠を示してください。 あるいは被害妄想を匂わせてみたりしていますが、被害妄想なんかないですよ。 あなたがわたしをかってに一輪車さまだと決めつけ、それを根拠にわたしの感想を 無視していることはご自分がおっしゃっているじゃないですか。 被害妄想があるとすればどちらでしょうか。 「どうみても」などという言葉を根拠に人を誹謗してもらいたくないだけです。

0
ゼンメツ
室町礼さんへ
(2022-12-18)

なんで今更になって突然否定し始めたのかは解りませんし、話の本筋から外れているので聞く気もないですが、デマだったらデマで僕の信頼度が下がるだけですよ。そもそもそんなところ突いて反撃しても、「室町さん」の名義で僕のほうがはるかに散々誤解されかねないことそこら中で言い散らかされていますし、実被害の度合いがはるかに違いますね。そもそも僕自身は「一輪車さん」「室町さん」どちらに対しても悪いことは何も言ってませんし。違ったなら違ったで、あなた自身はなんの名誉も犯されていません。でも別人なんでしょ? だったら本当にすみません。 「被害妄想」という言葉は僕が否定的意見を受け入れていないかのような「デマ」をぶつけられたので、それに対して使ったまでです。 >それを根拠にわたしの感想を >無視していることはご自分がおっしゃっているじゃないですか。 おっしゃっているって、笑います。おっしゃってないです。それどころか毎回毎回めちゃくちゃ真正面から対話してますよ。だからそういうのを被害妄想って言うんですよ。

0
澤あづさ
ゼンメツさんへ
(2022-12-18)

いやいやいやいや文極のお話を詳しく伺わないことには帰れないので、ぜひ入金をなんとかなさってください。今月無理だったとしても、ご再訪を執念深くお待ちします。 それにしてもゼンメツさん、ほんとレスの調子と訴求力だけは文極の初代創造大将に似てるよね。それ以外はなにひとつ感動的なまでに似ても似つかない、初代大将とゼンメツさんの違いを熱弁するだけで、反初期文極最高のアジビラが完成しそうなほど。とにかく入金後のご再訪をお待ちします。

0
澤あづさ
三浦果実さんへ
(2022-12-18)

三浦さんお久しぶりです。もちろんご精読いただけてると思ってましたが、急にどうなさったんです。わたしが文極での屈辱を思い出して泣いてるとか、ゆえにサイトを爆破されるとか心配になったの?

0
澤あづさ
室町礼さんへ
(2022-12-18)

>正直な感想を述べる機会や場だけは守ってもらわないと、 だったらあなたが手本として、わたしの正直な感想を受け容れてみせたら? 以降、ハラスメントと対人論法・論調批判には返信しません。甚だしい中傷や流言には、気が向いたら「おめでとうございます」とだけ返信します。ごきげんよう。

0
黒髪
作品へ
(2022-12-20)

非常に良い読解で着目すべき論述がたくさんありました。ケーキとか素晴らしい内容です。一つの精神(ゼンメツさん)が極点まで言い尽くされようとしています。だがそこまでです。精神でもって再構築されねばならない。夢を見て、見た夢をもっともっと僕に話して(見せて)くれ。次作「詩」期待しています。室町さん、異化であるとか両義性であるとか国語であるとか、理論の使用はこの批評の眼目ではない。室町さんの発言、感想はレベルは高いのに方向が良くない。理論という澤さんのコンプレックスに着目することは一つの論点だが、上手くできるものだろうか。澤さんの見た夢(と現実)こそが貴重なのだ。澤さんとゼンメツさんは夢を共有している。その内実を詳述することが読解だ。この読解によって、確かに不遇を応援している。その目的に対する誠実さこそが澤さんの固有である。

6
武田地球
作品へ
(2022-12-20)

ゼンメツさんの作品、澤さんの読解はもちろん素晴らしく、 また澤さんの読解に対しての皆さまのコメントも大変素晴らしいと思います。 特にトビラさん、くろかみさんのコメントがわたしの心を打ちました。

3
鷹枕可
ゼンメツさんへ
(2022-12-20)

何かダラダラと管を巻ける日々もそう長くは続かないのだろうなあ、と感傷に浸っております。 泥棒さん、今何をしていらっしゃるんでしょうね。すっぱり詩を辞めても、人知れず孤独に詩を続けていても、名を改めてどこかで活躍していらっしゃっても。 あのおしゃれ泥棒スタイルは健在であって欲しいと切に、願望を懐いております。 あの日、文極閉鎖、凍結の日。12月の選評と、サイトが存続しておりましたならば2020年年間賞受賞者は誰であったのか、と。未だに気掛かりでもあり、復、こそばゆい記憶として時折反芻を致しております。 皆散り散りになってしまいましたけれども、あの集団でのいざこざ、本当に愉しかった。 現実の記憶とは縁の薄い、私の様な者にとりましては、にぎやかにも華やいでいた日々の記憶として、けして忘れることはないでしょう。 突然ですが。 何か、節目の様な心地が致しましたものですから、昔語りなどをさせて頂きました。 関係者以外には何が何やら判らぬレスポンスに成って仕舞いまして、允に申し訳ございません。 私からは、以上でございます。

2
澤あづさ
黒髪さんへ
(2022-12-20)

ご高覧ありがとうございます、ご参考に足りましたら幸甚です。特にご指摘のケーキのところの連想、わたしが「列挙」と呼んでいる技術は、わたしが思うにはゼンメツさんの最たる美点ですので、ご注目いただけたことをありがたく思います。 https://www.breview.org/keijiban/?id=2010 列挙の見所はこちらのほうが深甚なので、ぜひご参照ください。コメ欄に拙評もございます。 >だがそこまでです。精神でもって再構築されねばならない。夢を見て、見た夢をもっともっと僕に話して(見せて)くれ。次作「詩」期待しています。 この読解は技術論ですので、たしかに「この詩」を語るうえでは避けられない事柄を恣意的に避けています。そこまで言及していたら技術論が成立しませんので、技術以上のことはトビラさんのご感想のように、ほかのかたに語っていただきたいというのが筆者の本音です。贅沢を真っ正直に申せば「お返詩」がほしい、ビーレビでは解禁されているはずなので。 断言します。みなさまがお持ちの詩才と、この読解を成す能力は両立しません。 だからわたしは読解に専心します。詩を書かない者は詩を語れないという圧力への抵抗も兼ねて。 * 以下、くろかみさんのご発言に便乗し、ご閲覧のみなさまに向けて室町礼さんに言及します。 >この読解によって、確かに不遇を応援している。その目的に対する誠実さこそが澤さんの固有である。 誠実か否かはさておきお察しの通り、批評には目的があります。作中に明記した通り、あくまで評者の自己表現であって、作品ないし作者への奉仕ではありません。ましてや訴求対象でない読者様のお気持ちなど、知ったことでありません。 その意嚮を無視して室町礼さんよろしく「おれさまの読みたいものを書かないから、おまえは未熟で傲慢」などと強弁されても、拒否するしかありません。拒否も表現のひとつで、自由です。 >理論という澤さんのコンプレックスに着目することは一つの論点だが、上手くできるものだろうか。 批評に理論を用いることが権威付けであるとか劣等感であるとか、わたしには理解も受容もできません。それは邪推に基づく人格攻撃、いわれのない暴力です。室町礼さんに限らず、みなさまにこの場ではご遠慮いただきたいところです。 罵倒ごっこは馴れ合いです。罵倒を甘受しなければならないという思い込みは、暴力のエスカレーションを助長する愚行です。病的な遊びは文学極道とともに終わるべき、B-REVIEWはその先へ進むべきと考えます。わたしにぶつけたい憤懣をお持ちのかたは、ぜひ詩なり推薦文なりにしたためてくださいませ。

2
澤あづさ
武田地球さんへ
(2022-12-20)

再コメありがとうございます。投稿サイトのコメ欄はいろんな側面から刺戟的であるに越したことはないとわたしも思います。

1
黒髪
澤あづささんへ
(2022-12-20)

確かに邪推でありました、申し訳ありません。ウィトゲンシュタイン先生も仰っているように、独りよがりほど永遠に有害なものは無いので、自省します。その他にも自分勝手なことが多々あり恥ずかしいばかりです。

1
澤あづさ
黒髪さんへ
(2022-12-20)

くろかみさんへの反論ではなかったのですが、まぎらわしくてごめんなさい。謙虚なかたを拝見すると、自分の暴力が恥ずかしくなります。一進一退で克己を目指すしかなさそうです。 独りよがりは有害ですが、独りよがりでない自己表現というのが、いったい可能なのでしょうか。表現は根本的に暴力だと思っております。最終的には、抱えるしかないのでしょうね。

1
黒髪
澤あづささんへ
(2022-12-20)

そうですか、了解しました。余計なお気を使わさせてしまいすみません。 独りよがりでない自己表現はない、表現は暴力、同意します。ウィトゲンシュタイン先生が仰っていたのは、ベートーベンなど、その音楽はまったくの真理で人生をあるがままに見て高めたまったくの宗教であり、宗教的な詩などではなく、苦しんでいる者を本当の痛みにおいて慰められるというのです。なんという理想の高さ!ネットでその域に達しそうな人に一人だけ心当たりがあるのですが(文極関係者です)、僕には過ぎた縁かもしれません。いや、むろんすべての人に扉は開かれてあります。 せっかくですので、シラーの詩によるベートーベン「歓喜の歌」の動画をご紹介させてください。 https://youtu.be/DhNwMdkxFQY 丹生谷貴志『〈真理〉への勇気』という本もついでにおすすめします。

1
室町礼
室町礼
作品へ
(2022-12-21)

みなさまのコメントお聞きしましたが、 なんかクリスマスか忘年会の宴会の席でお仲間さんたちの雑談を聞いているようで 怜悧で冷静な批評的態度の方は残念ながら一人もおられなかったことが ほんとうに残念です。失礼ながらみなさんいつものメンバーとしか思えませんでした。 わたしはそういう見慣れた聞き慣れた方々の一方的な応援雑話はもう結構なんです。 ほんとうに冷静な方の辛辣な、的を得たわたしへの批判をお聞きしたかったのです。 わたしはこうみえてもわからず屋じゃないですよ? 心に響く、あるいは論理的にまとを得た批判ならどれほどきつくても受け入れるし 相手を尊敬します。それだけは、だれにもまけないわたしの美点です。じぶんでいうのも なんですが。 あなたがたの少ない美点も承知していますが、それはあまりにも小さな美点であって 大きくかつ包括的な詩についての観点からいえば、やはりあまりにも狭い。内輪のなかで 今後ともそうやって褒め合い、批判する人を笑い飛ばして一方的に「処罰は望みません」などと もうなにか相手を罪人のように決めつけているという自信をもちつづけてください。 いえ、もう、何もいいません。ご自由にどうぞ。しかし、今後とも、あなたがたが投稿者のどなたかへ 批評などされたときは間違っていると思ったときは正直におだやかに指摘させていただいきます。 うろんな素人の乱文乱筆失礼いたしました。

0
室町礼
室町礼
黒髪さんへ
(2022-12-21)

くろかみさま >独りよがりでない自己表現はない、表現は暴力、同意します。 暴力はいけないでしょ。 冗談ではなく、表現だろうと何だろうと暴力を肯定してどうするのでしょう。 いや、これはそうじゃなくて高尚な文学的姿勢や表現の本質のことを言ってるんだと おっしゃるかもしれませんが、失礼ながらおそらく実際には何も考えてないでしょ。笑 表現の暴力を肯定するならことは重大だから他人の理論をもってくるのじゃなく じぶんが実際のリアルな人生や人間とのあいだに生じた軋轢などのリアルな体験とそれに もとづく思考の結果として論理的に説明して下さい。できますか? あまり無茶なことをいうものじゃないですよ。わたしは暴力反対ですね。 でも、いや、あんたのコメントも暴力だよというかもしれませんね。 だったら徹底的にわたしの暴力を論理的に暴いて非難すべきですよ。 あなたがたのお話を聞いていてあまりにもいい加減に上滑りしていく言葉の 羅列にちょっとあっけにとられました。 どうしてそうもイデア的に軽々と「表現は暴力」などと平気でいえるのか。 わたしには理解の外ですね。こんなことでいいのですかね。

0
室町礼
室町礼
作品へ
(2022-12-21)

失礼、 三浦さまに文が長いとたしなめられましたので それはその通りだと反省し、上記のコメントを一言でいいますね。 くろかみさま あなたの言葉はいつもイデア的に軽々と滑りすぎている。 この一行だけで十分でした。 失礼致しました。わたしはいつも理解していただけるかどうか 疑わしくなって言葉をつらねるくせがありますが、 わかる人なら一行で全部を知ると信じるべきだと三浦様から 教わったような気がしてきましたので、今後はできるだけ 短く書くように致します。 この一行でわかっていただけないのならあきらめます。

0
澤あづさ
室町礼さんへ
(2022-12-21)

https://www.breview.org/forum_blog/archives/2541 このスレをツイッターで晒しちゃったのは、正直かわいそうなことしたと思う。まさかこんな展開になるとは思わなかったからな、あなたわたしが思ってたほど人望ないのね。まあその論理も品性もないむき出しの悪意と揺るぎない自信に、こっそり憧れてる人も多いと思うよ。ここまでアレな発言にうっかり同調したら自分もアレと思われるって、みなさん怖気づいてるだけよ。元気だして? 迷惑を宣言した相手に粘着するこの恥知らずな態度、どう考えてもマナー違反だけど、宣言通り処罰は望まない。わたしなんかのせいであなたを手放すはめになったら、運営が大弱りだろうからな。あなたでなく運営のためです、念のため。 その嗜虐癖が一生治らないことは知ってるし、ウェブでわたしひとりに粘着していじめ抜くぶんにはかまわないよ。あなたがわたしへの逆恨みで、わたしを褒めてくださった人にまで粘着するようになったら、さすがに運営も動かざるを得なくなるだろうから、そこだけは気をつけてね?

0
澤あづさ
三浦果実さんへ
(2022-12-21)

おいかじっちゃん。あなたゼンメツさんのコメ欄で、作品の感想も述べずわたしの陰口ぶっ叩いてくれてたけど、上の粘着予告をどう思うんだ? この状況でかわいそうなびびりのわたしが、ほかの人へのコメントなどできるわけねーだろ。 https://www.breview.org/keijiban/?id=10398 でもエセインテリアのご指摘ありがとう。そうだったわたしエセインテリ嫌いなんだったって、おかげさまで思い出したわ。異化はぎっちり反エセインテリきめたつもりなので精読してほしいけど、両義性はたしかにエセインテリなので反省する。

0
B-REVIEW
作品へ
(2022-12-21)

お世話になっております。運営の沙一です。 澤あづさ氏および室町礼氏に対し、議論の即刻停止を求めます。 以降、本コメント欄において議論が続いた場合、両者にカード発行が検討されます。 よろしくお願いいたします。

1
澤あづさ
B-REVIEWさんへ
(2022-12-21)

承知しました。例のスレをツイッターにさらした時点でアク禁は覚悟のうえですので、わたしへのカードはいま発行してくださってかまいません。今後、室町礼氏が貴サイトで、わたし以外のかたを不当に恫喝しないよう切に祈ります。

2
ゼンメツ
B-REVIEWさんへ
(2022-12-21)

これはつまりビーレビ運営は少しでも言い分に解釈の揺らぎが生じるものに関しては。客観的なジャッジはできない、もしくはしない、するべきでない。という運営方針であり、今回は単純に双方がお互いに相手からの被害を訴えたので、双方に対して議論の停止を求めた。という解釈でよろしいのですかね? この場合当事者間で議論は行えませんが第三者に関してはどうなりますか? また >本コメント欄において議論が続いた場合 とのことですが、これは他スレッドにて二者の議論が続いた場合に関しても明記したほうが分かりやすいんじゃないかな、と思います。

2
武田地球
澤あづささんへ
(2022-12-21)

澤さんのTwitterを拝見してきましたが、カードが出される内容とは思えません。 比較して済ませる内容ではないですが、Twitterやツイキャスで自由奔放に発言される方もたくさんいますし、ビーレビ内のこととTwitter内のことは別という見解も運営から出ております。 なので「晒した」などという言い方をしなくてもよいのでは、それが理由にカードなんてとんでもないと、わたしは思います。 澤さんの読解やこのスレッドにて、大切なことをたくさん勉強させて頂いています。 澤さんの読解が読めたこと、とても幸運におもいます。また読みたいです。 ありがとうございました。

2
室町礼
室町礼
B-REVIEWさんへ
(2022-12-21)

運営さまへ。 こういうことがあるからフォーラムでの説明を求めたのです。 澤さまがフォーラムでの説明を拒否し、 ここでいつまでも議論がつづき、あげく、くろかみさまから非難されたので わたしなりの反論をしただけで、くろかみさまから説明を求められればいつでも丁寧に なぜイデアだけが上滑りする議論であるか細かく教えて差し上げる用意はありました。 しかし、運営さまの判断は正しいとおもいます。 フォーラムでやるべきことだとわたしもおもいます。申し訳ありませんでした。

0
武田地球
B-REVIEWさんへ
(2022-12-21)

おつかれ様です。 スレッドの行く末が気になっておりましたので、一旦場を落ち着かせてくれましたことに対しては、まずありがとうございましたとお伝えしたいです。 その上で要望があるのですが、ユーザーに議論停止を促す際は、その理由をお知らせ頂きたいです。 運営をボランティアでやられているのは承知していますが、 権限を行使する以上、権限を行使する際にはやはり説明が必要だと思います。(その点フォーラムの方はわかりました) 今回なぜお二人に対して議論停止を出したかの理由が、わたしにはわかりかねましたので、要望致しました。 お忙しい中恐縮です。ビーレビという場が自治を為すためにも必要なことと考えますので、ご検討ください。

2
B-REVIEW
ゼンメツさんへ
(2022-12-21)

マナーガイドライン&ルールの合評マナーに「作者が不快感を示したり荒れる可能性がある場合は議論を即時中止すること。議論中止を運営者が指示することもある。」とあります。 マナーガイドライン&ルール https://www.breview.org/forum_blog/guideline_and_rules 当事者同士の話し合いによって議論が収束されるなら、運営は介入しなくても済みます。現に話し合いの中で収束させようという気配が見受けられました。しかし、これ以上お互いが自分の主張を繰り広げるばかりで、歩み寄る姿勢がなければ、不毛な応酬が続くことが予見されます。よって議論の即時中止を求めます。 また、第三者や他スレッドに関しては、問題が発生次第対応いたします。

5
B-REVIEW
武田地球さんへ
(2022-12-21)

運営も社会人ですから動ける時間が限られていることをご了承ください。緊急性が高いと判断した上での対応です。

5
ゼンメツ
B-REVIEWさんへ
(2022-12-21)

ありがとうございます。ということを第三者に向けて分かりやすくオープンにするために質問しただけです。個人的に腑に落ちないとか、そういう含みは特にないです。対応お疲れ様でした。

2
藤 一紀
作品へ
(2023-01-04)

澤さん、ありがとうございます。こちらの批評を書いて下さっていたので、三度になりますが、蛾兆さんの批評と合わせて読むことができました。

1
澤あづさ
作品へ
(2023-01-04)

ご高覧ありがとうございます。藤さんも蛾兆さんも、わたしの憧れの評者です。拙評がお二方のご参考に足りた栄誉を胸に精進いたします。

1
澤あづさ
藤 一紀さんへ
(2023-01-04)

通知を忘れました。上記は藤さんへの返信です。

1

B-REVIEWに参加しよう!

新規登録
ログイン

作品をSNSで紹介しよう→

投稿作品数: 3