B-REVIEW作品投稿掲示板


まきびし平らげた   

クヮン・アイ・ユウ 
作成日時 2018-04-24
コメント日時 2018-05-31

 

圧倒的に忘れ去られる覚悟も勇気もないから 君は今日も寂しいんだ 悔しいんだ 悲しいんだ もっと去られろ もっと忘れられろ 誰にも覚えていてもらえないくらいに 現次元も超えて 自分で自分を忘失するくらいに 水が低いところに流れる 腹をすかした餓鬼が気づかぬうちに餓鬼になる 殴った拳の痛みを説いた親父が眠るころ、幽霊部員が密かに席だけ抜いて幽霊になった トロピカルという言葉が嫌いな青年がワイキキビーチで恋に落ちるころ、コンピューターをハンマーでかち割った男がガラスの上で眠りについた キモいって言葉をはじめに使ったギャルに孫が生まれたけれど 子どもは子育てをしなかった 今こそ使うべきときという声が聴こえたのに、もうギャルはギャルじゃなくなっていたことに気がついた 震えながらお湯につかった幸せを共有する相手がいなくなった女性が湯気とため息に隠される頃、風俗店を出た男は風邪をうつされたのかなと考えていた 金輪際って言葉を一度使ってみたかった教師はその前に休職をした 信じていたミュージシャンはドバイに移り住んで、財産をひみつ銀行にうつしたと聞いた 空き缶を蹴ったら小指が折れた日の夜眠りにつく頃、見上げた天井の染みはばあちゃんの笑顔みたいだった 愛してるという言葉が嫌いな人間がその最期にはちょっと信じられたよという漫画や映画、音楽や詩が何度も何度も懲りずに作られた この世界中のラブレターはいつか君に届くのか そのとき君は生きているのか その前に僕はふさわしいのか 宇宙スピードでスイングバイしたら君も僕ももう手を繋いだことも忘れて、一層の事はじめましてから始められないだろうか それが無理なら、せめてあなたと受精卵に入るまでだけのリレーがしたい 勝ちと負けもはっきりとした一昔前のリレーがしたい 残酷なリレーがしたい 一位の旗もとにはもちろんあなたが笑っていて、僕はもうずっとどっか遠くで笑顔なんて概念も知らない存在で、あなたの匂いだけ覚えて笑うかたちになっているんだろう こんな世界大嫌いだと叫ぶ君が 初めての日の翌朝、見送るその人の姿に愛を知る頃 どっかの国の誰かにミサイルがぶっ刺さって もう文字にするだけで涙が出そうだと考えた男が車内で都合よく出ない涙にも自分にも嫌気がさす頃 早く恋人に会いたいと もう詩なんて どうだっていいと そんな酷い言葉で締めくくって また明日には詩を書くかも知れない人生に悪戯っぽく笑って あらゆること、もの、ひとに 本当はどうかどうか、許されたかったってことは とても言えないな


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かるべまさひろ (2018-04-25):

カイロの破けた 何重にも巻き込み練られたロールキャベツの心が 意地っ張りだったと思うんだ 消えた頃にはちょうどよい毎日が十三回忌だったんだけど わりと君は恋人だったよ 眠らないダンスに貝殻が足の裏をちくちくどころじゃなくて、がしがしと突き刺してきた嘘みたいな音楽の無い時代でも、大丈夫だと思えていた 消えるより消えないで 僕の夢から、父のような、女が醒める頃、晩年移り住んだ南緯十度の逃亡先で 同じようにバスタブに観葉植物を置いていた 新宿駅南口の灯火を頑張って思い出してみても、ものすごい勢いで過ぎていく街頭広告が感動的で、遠心力を男は計算していた 僕には届かなかった 君には出会えなかった 死んだふりをする必要なんてきっとなかったんだけど 母が帰ってくるたびに倒れてみた弟を少し微笑ましくも思っていた 世界は加護で満たされている だから君は小説なんて読まない ましてや エモいって昔から言っていた女が最近は言わなくなっているのは、新しくブライダル産業に乗り出したからだった エスカレーターでつまづいた男は駅員に前職を尋ねられた やるせないなんて言葉をもうめっきり言わなくなったよねと 僕は覚えていないんだ 君が飛んでいった空の行方もそもそも知らなくて ケーキを食べている あなたが誰だかなんて僕にはさっぱりわからないんだけど、こうしてテーブル越しに同じケーキ食べながら、新しい時間を刻んでいるつもりになれるんだ 気がついたら眠っちゃっていた お湯の沸く音がけたたましく温もりになった時間 自分のかたまりを内側に自覚して もう負けそうと 一層泣いてみて 泣いたが最期、どうにも止まらないから 今日は外に出たくないというより出られないねと そうはならなくて 明日もそう

かるべまさひろ (2018-04-25):

上手く説明できないけどおもしろく読ませて頂きました。 感想が返詩になってしまい恐れ入りますが、おもしろかったです。

花緒 (2018-04-26):

ポエジーの質がわかりやすいから、きっとリーディングに合うんだろうなって思いました。

IHクッキングヒーター(2.5kW) (2018-04-29):

人間なんてみんな矛盾しているって誰かが言ってました。ただ、許される、許されないの線引きはどこにあるのか僕にはよくわからないです。

さ (2018-04-30):

めっちゃめちゃ好きです。 「水が低いところに流れる」くらいから以降の熱量のあるスピード感がたまらないです。 最後二行(「本当はどうかどうか、許されたかったってことは/とても言えないな」)の終わり方というか、それもガッときました。シビレたんだと思います。

クヮン・アイ・ユウ (2018-05-31):

かるべまさひろ様 ありがとうございます どうやら今作のコメント期限は本日までのようです 僕ののろさや諸々の理由から返詩にたいしての誠実なお返事が間に合わず申し訳ない思いです ですが、いただいた詩をこのあとしっかりと読ませていただきます ありがとうございます

クヮン・アイ・ユウ (2018-05-31):

花緒さん ありがとうございます お言葉を受けて、リーディングしたいと強く思いました ありがとうございます

クヮン・アイ・ユウ (2018-05-31):

IHクッキングヒーター(2.5kW)さま ありがとうございます 矛盾の話に絡むかはわかりませんが、許す許されるの曖昧さもまた人間の良くも悪くもいい加減さに由来するのかなと考えさせられました

クヮン・アイ・ユウ (2018-05-31):

さ様 ありがとうございます めっちゃいいとかおっしゃっていただけて、励みになります 温度が届くということの喜びをかみしめています ありがとうございます


どっこも行かんといて   

クヮン・アイ・ユウ 
作成日時 2018-04-24
コメント日時 2018-05-31

 

どうしようもない寝癖頭の 初めからシャワーを浴びなおすことでしか正せないような 根っこからの問題を 子どもの頃は部分的に水で撫でることくらいしか考えられなかったから 今朝も私はシャワーを浴びて 車内の見知らぬ子のクルンと立った髪を見て思うのです 中学一年生くらいのときが一番、そういうのは痛かった 口まわりについたパン粉のようなものを 母に唾液をつけたハンカチーフで拭かれるときに 周囲をうかがっていた 一人でよう立ちもせんのに、そんなところだけは一丁前だった あれからもっと恥ずかしいことなんて掃いて捨てるほどあって そう言えばかえす波も迷子センターの母も必ず帰って来てくれたななんてことを想っている 人生の不満を誰かや何かのせいにしている間にはどこへもゆけない それでもその様にすることでしか呼吸が出来ない時間があるから しばらくすると少しずつ肺にたまる酸素の量が増えていくのを感じて、ちょうど徒歩から三輪へ、三輪から二輪へと変わったばかりの 父が支える、その指の最後の一本が背中から離れたあとの数日間みたいに 遠くが前より遠くになったときのように いつの間にかあのトンネルも橋も河原も近くになったように 僕らはあの瞬間、何か一つはき違えた そのままに歩みを進めて 天井の低いところではもちろん 高いところでも頭をぶつけることを知らされて 今ここに立っている 病気になった 病気になるだろう 病気にはならない 色々だ 大人になって好きになった言葉 色々ありました 色々ありました


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かるべまさひろ (2018-04-25):

自転車の思い出が、時間と距離がぐしゃぐしゃになる感覚を思い出させられました。

百均@B-REVIEW ON/ (2018-04-26):

うーん、なんというか、コメントしたくないくらい心にピリッときました。なんというかクヮンさんの今までの作品には感じなかったものを感じました。凄く不躾な感想であることを承知した上で。素直にそう思わされました。その内実は僕にもよくわかりませんが、わからないから読んでいるのもあるので、僕なりの宿題にしたく思います。

クヮン・アイ・ユウ (2018-05-31):

かるべまさひろ様 コメントをくださりありがとうございます これまでに何度もなぜか思い出される瞬間の記憶でした ご覧くださり、感じてくださり、嬉しいです ありがとうございます

クヮン・アイ・ユウ (2018-05-31):

百均さん ありがとうございます いつからか、大人の方がおっしゃる最期の言葉に心のどこかになぜかなにかが引っかかる感覚を持つようになりました フックというやつでしょうか ご覧くださりいつもありがとうございます


回旋塔   

ウエキ 
作成日時 2018-04-01
コメント日時 2018-05-28

 

ら に 身 を 委 ね た 少 年 の 淡 い 紅 色 が 、 三 面 鏡 の 中 を 反 転 し な が ら 拡 散 す る 。 固 く 絞 ら れ た 爪 先 が 、 今 日 も 拒 み 続 け る 夕 暮 れ よ 。 二 匹 の 蝙 蝠 が 戯 れ な が ら 電 信 柱 を す り 抜 け て 三 叉 路 の 向 こ う に 消 え て い っ た 。 左 手 の 不 器 用 な 文 字 で 書 か れ た 、 あ の 人 の 名 。 滑 ら か な 石 造 り の 音 無 橋 の 下 を 、 水 と 共 に 面 影 が 流 れ ゆ く 。 独 り ぼ っ ち の 、 独 り ぼ っ


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完備 (2018-04-04):

特異な形式なのに中身が悪い意味で普通であるせいでつまらなくなっていると思います. つまりこの特異な形式が十分には生かされていないと思うのです. 中身を形式と切り離して読んでも優れているとは感じません. ただ, 最後の締め方はやや唐突な驚きを与えてくれました. この点でだけこの特異な形式が(わずかに)活かされているとも言えるかもしれません.

るるりら (2018-04-04):

らに、身を委ねるに 感情移入できなかったので、わたしには むずかしい詩でした。

まあ (2018-04-14):

回旋塔って何か分からなかったのでグーグルで調べたのですが、公園とかにある遊具なんですね。 たぶん実物は見たことない気がします。おもしろそうなんで一回遊んでみたいです。 詩の感想です。 自分はスマホで見てるんですが、読む時に画面をスクロールする感じが回旋塔っぽくていいと思います。

花緒 (2018-04-27):

この形式をもっと極めて頂きたいなと思いました。まだガツンとは決まってない気がします。リーダビリティが低めなのが奏功していない印象。

イルイル (2018-05-28):

夕方、人が少なくなって、影で縁取られた公園と住宅街の隙間…を歩いているような気分になりました


求仙   

酔翁@5/6文フリ東京G29新刊=漢詩合 
作成日時 2018-04-30
コメント日時 2018-05-27

 

断霞残雪依山転 茅宇竹籬向水連 舒柳催花堪避世 留賓沽酒此求仙 呵筆敲詩多著述 掃庭移几愛才賢 綵箋佳句毫端玉 棋声篆影紙上烟 断霞 残雪 山に依りて転じ 茅宇 竹籬 水に向ひて連なる 柳を舒し花を催し世を避くるに堪へ 賓を留め酒を沽て此に仙を求む 筆を呵して詩を敲き多く著述し 庭を掃て几を移し才賢を愛す 綵箋 佳句 毫端の玉 棋声 篆影 紙上の烟


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酔翁@5/6文フリ東京G29新刊=漢詩合 (2018-04-30):

以前「田高節」の名で投稿しましたが、twitter界隈で最近すっかり「酔翁」の名前で通っているので改めてこちらの名義を使わせていただきました。 ということで、七言律詩です。 以前どなたかキュレーターさんの発言で現代詩以外のカルチャーについても投稿を期待したいということであったので、投稿させていただきます。 現代詩の方が漢詩をどう読まれるのか、興味を持っています。 どのようなご意見があるのか楽しみにしております。よろしくお願いします。

原口昇平原口昇平 (2018-04-30):

 春、都市から離れた農村部に居を構えている知識人の暮らし。  描写はまず遠景から。霞が晴れ、ねじれた山の稜線に沿ってところどころに残った雪があらわれる。  次に中景。茅葺の家々や竹垣が、生きるものを育む川や水路のまわりに連なっている。  そしてメインである近景の生活へ。柳を伸びるに任せ、花を世話しては開かせ、俗世から離れた暮らしを寂しくないようにしている。客と交歓し、詩作し、障子を開けて庭を眺めながら読書。美しい紙片にしたためた麗しい句は、筆先から生まれ出た繊細なる玉だ。  しかし恥ずかしながら漢詩をまったく嗜んでこなかった私には、最終行が少しよくわかりません。「棋声」が将棋を打つ音、「篆影」が書体を指すのだとすると、「紙上の烟」は棋譜のことなのか、それとも戦乱の記録を指すのでしょうか。後者として読むことが許されるとすれば、この詩の語り手は、かつて政変や戦乱により隔世の暮らしを送らなければならなかった詩人たちとは異なり、いまではもっぱら記録のなかで触れるばかりだということを暗示しているように思われます。つまり今や、隔世の暮らしは、政変や戦乱を避けるために送るものではなく、もっぱら楽しむために楽しむものなのだと言っているに等しいでしょう。しかし本当にそう読んでよいのでしょうか。  もうひとつ気になるのは、本作は暮らしを描いているはずなのに、いわゆる「生活感」を持たないことです。例えば、食べているものを誰がどうやって取ってきたか、またそれを誰がどのように料理しているかが少しも見えません。少なくとも自らが田畑を耕し、炊事をしているようではありません。そこに意識があるならば、それを暗示する一字がおのずと書かれるはずでしょうが、それがここに認められない。私は、主題に照らし合わせた場合にあるべきものが書かれないことのなかに軽視の姿勢を見出すので、それを軽視してもその暮らしには何の滞りもないほど誰かに世話をされている語り手なのだなと思ってしまいます。もっと言えば、例えばしばしば、高齢者が自分よりも年上の高齢者を支えることが常態化している現在の農村部では、雑草や虫の大量発生を防ぐために休耕田を減らそうとして苦悩しているものですが、語り手はそういう努力や苦悩ともかかわりなくもっぱら自分の詩作と読書に酔いしれるだけの生活ができているようです。それは語り手が過去に生きている亡霊だからであるのか、それとも語り手が現在に生きながら現在とは関りがない生活を送っているからであるのか、はたまた書き手が何らかの意図により意識して現在との関わりを詩の語り手から排除しているからであるのか、はっきりしません。  いずれにせよ隔世というテーマを持つ詩が社会的インパクトを持つとしたら、その詩が読者に対して現在を一歩引いて捉え直す視点を提供する場合だと私は考えます。例えば、「政変や戦乱などは自然の営みに比べればささやかなことであるのに、それが生み出す悲劇たるや長らく人を荒廃させるばかりだ」といわんばかりの嘆きは、政変や戦乱をなおも続けている私たちに反省をもたらし、平和や安定への意識を育てるでしょう。しかしこの詩はどうでしょうか、上に述べたような生活の労苦や農村社会の問題などの現在の問題を反省させるでしょうか?

酔翁@5/6文フリ東京G29新刊=漢詩合 (2018-04-30):

ありがとうございます。興味深く拝見しております。 いくつか言うべきことがないわけではありませんが、まずはもう少しみなさんのお考えを伺ってから、色々のレスポンスをさせていただこうと思います。 よろしくお願いします。

酔翁@5/6文フリ東京G29新刊=漢詩合 (2018-05-01):

案外レスポンスが多いわけではありませんね。 物珍しいとすればもう少し反応があるかと思ったのですが、こんなものでしょうか。 さて原口昇平さま、レスありがとうございます。 ・「紙上の烟」について これは絵(南画)の様子と考えていただければと思います。 なおこれを「戦乱の記憶」の象徴であると仮定した場合ですが、記録は基本的には書籍ですから、筆跡も楷書になると思います。つまり烟=揺れ動くもの=記録の筆跡とするのは難があります。 ・「生活感」について これは漢詩文の約束事にかかわります。 基本的に漢詩文を作るのは士大夫もしくはそれと教養を同じくする広義の文人ということになっています。具体的には、四書五経をマスターし、漢詩文を書いて科挙に合格した(もしくは合格しうる可能性をもつ)人物であるということです(私はそれには全く及びませんが)。そして孟子に「民為本」という言葉がある通り、人々の生活を念頭に政治にかかわることは前提事項のひとつです(その質は常に問われますが)。ですから、作品内容がどのようなものであれ、現実社会から完全に切り離された漢詩というものは原則として存在しません。 その限りにおいて、  ①人生には楽しみも必要です(身を賭して何かと対決すると非常に疲れます)  ②ですので今回の作品では現実感を敢えて切ってあります(いわゆる隠逸です)  ③そういう姿勢で友達がほしいです(それが今回の詩の表題であり内容です)  ④ご期待のような作品を作ることもできます(杜甫の真似をすればよいですね) ということになります。 ・こちらからの感想 詩は「生活の労苦や農村社会の問題などの現在の問題を反省させる」べきであるという原口さんの詩観が浮かび上がってきて興味深かったです。ありがとうございました。

羽田恭 (2018-05-01):

まさか漢詩をここで読むことになるとは。 「教科書に載ってそうだ」というのが最初の感想だったのですが、色々制約があるものだったのですね。 正直知りませんでした。 意外と反応がない、との事ですが予備知識なしで歌舞伎や能を観るごとく敷居が高かったかなと。 漢詩は高校時代の古文以来全く触れてない(しかも理系でした)のためでしょうか、制約上仕方ない点はあるとしても、上から目線のように感じてしまいあまり共感を得ることができませんでした。 地に足をつけて欲しい、歩き感じる感触や痛みを覚えてほしい、そんな思いが湧いてしまいました。 漢詩には不慣れなので読み違いはあるかと思いますが。 とはいえ漢詩を投稿すること自体は面白いと思うので、個人的には漢詩を読む人間の裾野を広げるような作品を書いてほしいなと。 現代詩を読む機会はあっても漢詩を読む機会のある人は、ここでは少ないですし。 予想外の物を漢詩で詠むとよりいい反応があるかと思います。 (サブカル系統を漢詩で詠むとか)

原口昇平原口昇平 (2018-05-02):

酔翁さん、「(漢詩文にとって)人々の生活を念頭に政治にかかわることは前提事項のひとつです(略)。ですから、作品内容がどのようなものであれ、現実社会から完全に切り離された漢詩というものは原則として存在しません」とおっしゃいました。このお考えは、「選挙によって選ばれた政治家の行動は民意を常に必ず反映している」という主張に似て、規範と事実を混同しているように私には見えます。人々の生活を念頭に政治にかかわることは、漢詩文の作者の規範です。一方、個々の漢詩文が現実社会を軽んじていないかどうかということは、個々に問われるべき事実の問題です。もしも酔翁さんが規範と事実を混同しているのでないとなおもおっしゃるならば、私としては「なるほど現実社会とほとんど関係がないこの詩は漢詩ではないのだな」と受けとめるほかなくなります。 また私は「詩は『生活の労苦や農村社会の問題などの現在の問題を反省させる』べきである」とは申しておりません。「隔世」というテーマを持つ作品のなかで優れているものは一歩引いた視点を提供することで「世」への反省を促すものだ、と申しております。 もっともこの詩自体が新しい視点を提供しないわけではありません。少なくとも漢詩の読み書きがこれほどまでに下火になった現在において、古典ではなくいま書かれている漢詩を読むこと自体が新鮮であり、そのような営みを続けている方のお話を聞けること自体はめったにないチャンスです。 ただ私にあまりにも素養がないためお伺いしたいのですけれども、いま漢詩を書くということのなかに酔翁さんはどのような意義を見出しておられるのでしょうか。例えば私が読んできた詩を振り返ると、カルドゥッチは大学で西洋古典を教えながらギリシャ・ローマの韻律法や修辞に倣った詩をイタリア語で書き、決して置き換えられないものを模倣するという努力を通じてそれまでイタリア語の詩にはなかった全く新しい韻律を発明し、伝統的韻律法からの離反を自由詩の普及に先駆けて促しました。またダンヌンツィオはカルドゥッチからさらに踏み込んで、古代ギリシャの語彙をイタリア語に移植することで新しい言葉を生み出しました。翻って、明治時代の日本の翻訳者たちが豊かな漢文の教養をベースとして今日にまで受け継がれる新語を次々に生み出したことも、経緯をもって思い出されることです。そのようにして古典の教養をベースに単なる模倣ではないものを生み出し、新しい時代を築いていくということ。その営みは、この詩のなかではどのように行われているのか、よろしければこの無教養な私に教えていただけませんか?

田中修子 (2018-05-02):

やりとりが非常に興味深いので横から失礼します。 原口昇平さん 「なるほど現実社会とほとんど関係がないこの詩は漢詩ではないのだな」と受け取っていらっしゃるのですが、おそらく「現実感=現実社会」を敢えて切る「隠逸」という手法があると酔翁さん自身が書いていらっしゃいますので、これは「隠逸」によって書かれた漢詩なんだと思います。 酔翁さんのレスにある ②ですので今回の作品では現実感を敢えて切ってあります(いわゆる隠逸です) かと。

酔翁@5/6文フリ東京G29新刊=漢詩合 (2018-05-02):

みなさま レスありがとうございます。 なんだか私、伝統芸能の人みたいなイメージなんでしょうか笑 私自身は楽しみで漢詩を作っています。折角のご縁ですし、あまり気張らず一緒に楽しんでいただければ幸いです。 羽田恭さま ・「上から目線」「地に足を」「感触や痛み」について すでに田中修子さんがご指摘の点と関わりますが、上記私のレス中①〜③にありますように、今回はそうした点については敢えて切ってあります。ご了承ください。(下記原口さんへのレスもご覧ください)。 ・「漢詩を読む人間の裾野を広げるような作品」について 上記④で書きました通り、作ることはできます。 というより、作り方はお伝えしますからどうぞお作りください笑 ご興味ありましたらツイッターアカウントまでご連絡ください。 原口昇平さん ・「規範と事実」について 田中修子さんのご指摘の通りです。 原則としては社会と密接に関係しますが、陶淵明みたいに嫌になって辞めるというのもよくある話ですし、その陶淵明を尊ぶのは一連の伝統になっています。実は本作もそれに倣ったわけですが、まあ、身過ぎ世過ぎには古来色々あったのでしょう笑 ・「「世」への反省」ないし「いま漢詩を書くということ」について 私自身は楽しいから漢詩文を作っています(もちろん漢詩文の約束事には則ります)。したがって私が楽しいことが第一義であり、「「世」への反省」は目指していません。また何らかの革新も目指していません。 ただ結果的に反省する人もいるかもしれませんし、同じく結果的に新しいものが生まれるかもしれません。そういうことがあれば、それも面白いですね。(アカウントに見えてます通り今度皆で同人誌を出しますけれど、それもその一環になるかもしれません)。 私にとって漢詩文が楽しい理由は、書籍の中にさまざまな人々の人生と経験が詰まっているからです。色々な人間の姿を目にすることができるというのはとっても贅沢です。そして幸いに私に教えてくださる方も分かり合える方もいるのですから、これほど楽しいことはないというわけです。 田中修子さん いつもお世話になっております。 はい、ご指摘の通りです。ありがとうございます。

鈴木 海飛鈴木 海飛 (2018-05-09):

中国語で読むとこれは 転 連 仙 が韻をふんでいて 朗読すると、まさに唄い流れる詩になうのでしょうね。 中国語ができないから、そういう面から味わうことができないのが残念です。 もとい漢文のテストは勘と気分でかうかうと鳴く水鳥のようにテキトーに博打で天命を知るひとりだったのでこの文章から察することを感想にしてみます。 あっはは。不本意だと言われるかもしれませんが、最後の2行を現代翻訳していただけると、うれしいです。謎なのです。 ばばばっと、ぽややんっとチョッカンで感想を書くので、言葉の扱いが乱暴ですがご容赦ください。一筆書なもので。 隠者ってのは、時代によって姿を形を変えてどこにでもいる。 最近じゃ、名前を捨てて影で社会批判するのが隠者の流行りらしい。 だが、この絵に表れてきた隠者は健やかに隠居しているようです。 これ無為自然ってやつだな。中学のときならいました。 すこし酔狂だ。 机も自然のなかに設置してまで詩を書こうとしている。よほど無為自然がすきなんだ。 友達が来たら一緒に酒を飲んで、仙をもとめるいるのが面白い。 真面目にガリガリじゃなくて、 青空のしたで、友達と酒を飲みながら、おのずとたちのぼる仙を願い(考えを手放さないという意味での)隠居し、先人の才能溢れ、賢れた詩を愛す。 ちょとのんべんダラダラ感がある。 最後がちっともわかりやせん。お得意の直感だのみだと。 叙情詩てきな感じなのかなぁ。 絵に染み入る棋の音の影 みたいな。 すこやかで、朗らかで のんべんだらりのじい様だけど、厳格主義めいたけーがく儒教をならうより、冗談のひとつを飛ばしてくるじい様に漢文の話が聞いたい、というのは多分昔の人もおんなじことを考えたと思います。

酔翁@5/6文フリ東京G29新刊=漢詩合 (2018-05-27):

鈴木海飛さんにレスする前に、ちょっとトンだ話をしなくてはなりません。 実は漢詩にはいくつかルールがあるのですが、どういうわけか今回ルールに見落としがありました。そういうことはしないように普段気を付けているつもりなのですが、お恥ずかしい次第です(ルールの解釈次第ではこのままでも可ですが、ともあれ律詩ではありません)。 詩想については自分なりに悪くないと思いますので、当面このままとさせていただきます。よろしくお願いします。 鈴木海飛さん ながらく置きっぱなしですみません。 のんべんだらりとしたいものですね。 綵箋、佳句、毫端玉。棋声、篆影、紙上烟。 どれもそのまま並列で述べていますので、文法事項はとくにありません。 直接イメージを起こしていただければと思います。


Adam’s Apple(It’s Missing)    

miyastorage 
作成日時 2018-04-28
コメント日時 2018-05-27

 

And what is your name? (それで、あなたの名は?) Butch. (ブッチ) Butch. What does it mean? (ブッチ。どんな意味が?) Im an American, our names dont mean shit. (アメリカ人の名前に意味なんてねえよ) * 板橋区板橋で1時間に107ミリの猛烈な読点が降り… * 冷蔵庫で なにか腐っている 私は扉をひらき 直線的な ベエルシェバの荒野を 横切る郵便飛行機と 挨拶を交わす * レッスン1 靴下はまめに替えること * overdoes. * 意味を 便箋の縁が 見る間に 変色し あなたは 泡を吹いて倒れた * 読点が、激しく屋根を、窓を、地面を打ちつけはじめた。途端に青林檎の 酸味が口中にひろがり、 * 建国のくだりで いつまでもつかえている 抱卵性の 若い潮たち * 意味は止んだ 無意味もまた止んだ 私は靴下から 順番に脱ぎ 脱ぎ捨てていき そのまま 暗い部屋に 途切れがちの パロールとなって 永遠に とどまる (それは? 薄い果皮の下の  あなたや あなたの  果肉 * あなたの * 眩いほど傷んでいる 鉄に 象られた 希望のうちで * Keep the lights off. (灯り、つけないでよ) Butch flicks the switch back, making the room dark again. (ブッチはスイッチを消し、再び部屋を暗くする) Is that better, sugar pop? (これがいいかい、シュガー・ポップ?) Oui. (ええ) ※冒頭および最後の英語センテンス群は、映画「パルプ・フィクション」のセリフを引用


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enokizenokiz (2018-04-28):

上品でシュールで素敵です。好きです。

みうら (2018-04-29):

投稿有難う御座います。なるほど、パルプ・フィクションからの引用とあって少し合点がいきました。フォルムと展開の手法にタランティーノ的なるものを感じました。これを朗読動画などにすると、テキストで味わえない違った面白い楽しみが生まれるかなっと思いました。

miyastoragemiyastorage (2018-04-29):

enokizさん ありがとうございます。 三浦さん パルプ・フィクションの本編シーンをコラージュした映像作品とか、面白いかもしれませんね。そうなると、この作品がコラージュに押し負けるでしょうけど。

さ (2018-04-30):

なぜかわからんですけど、己が中学生だったときのことを呼んで回想しました。

5or6(ゴロちゃん。) (2018-05-27):

パルプフィクションの引用ならやっぱりファッキンな二人の何気ない会話があれば世界観が引き締まったような気がしました。短い詩の断片が伏線のようにつながっているかな?と思いましたが引力が少し弱かったように感じました。

miyastoragemiyastorage (2018-05-27):

さ さん そうですか。なぜでしょうね。 5or6(ゴロちゃん。)さん ファッキンなふたりがカップル強盗なのか、ギャングのふたりなのか。そこは大事な問題な気がします。個人的にはフット・マッサージの話はぜひ引用したいとこです。


ある日、公園にて   

北村灰色 
作成日時 2018-04-21
コメント日時 2018-05-26

 

砂場に誰かの足首が転がっていた 失くしたボールの代りが見つかったと ママ達が無機質に笑う 花壇に誰かの人差し指が紛れていても 転がる頭部に蜜蜂が群がっていても 誰も気にはしない 横たわる蒼白の肌 紅色の鼻 向日葵色の花 葡萄色の造花 ベンチで仮死状態の老人達は いつかの海を夢視ているけれど 寄り添う二人の距離はあまりに遠く 彼らはテトラポット上で、喧騒と肉塊に浸された公園に溺れることを選んだ この世界に二人だけのような そんな顔をして 或る彼は何かの書類に没頭している 蟻の群れが彼の右目を 蠅の群れが彼の左目を喰い尽くしても 彼はスーツを乱すことは無い 彼の身体がリクルートを越えたフォーマルへと変異した時、葬列に並ぶのは僕か君かワタシかアナタか。 早すぎた埋葬を誰が救うのか? 唐突に消えた彼に行き場所はあるのか? そんな他愛も無い疑問も、ほら、空っぽの乳母車に放り込まれたラベンダー香の匂いを嗅げば、処女の季節なんて記憶の彼方だって、血塗れのベンチで君はうそぶく。 マルボロの残骸 空っぽのワインボトル 或る少女は桜だけを見ていると呟く 友人が滑り台の輪廻に耽溺しても 無邪気な噴水に劇薬が混入されても ブランコに包丁が突き刺さっても 春が老衰しても夏が狂っても秋が変死しても冬が腐乱してもずっと、ずっと 「桜の木の下には何が埋まっているの?」 「チョコレート、ココア、カカオ、ミルク、クランベリー、ストロベリー、動脈血」 そう答えると、彼女は添加物が無いのねと、幽かな笑みを浮かべた。溺れたまま、呼吸困難のまま、水の中のリボルバーが斬弾数1の水底で、それでも君は笑みを浮かべて。 公園から視えるこの世界は美しいと 朝焼けに沈黙するこの世界は美しいと 出血多量に悶える夕暮れは美しいと 君はそう言っていた気がするけれど 私は何も鳴らないイヤホンで 鼓膜を惨殺することに耽っていた


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はさみはさみ (2018-04-21):

 こんばんは。初めまして。  私は他の方の作品を批評するようなことができる立場でもなく、ただ思ったことを書くだけしかできないので有意義になるか分かりませんが、精一杯感じたことを書かせて頂きます。(とても長くなりました。ごめんなさい)  砂場の足首のような人間のパーツや、ママ達のような完全な人間が、たくさん出てきますが、映像としてはどれも中にきちんと赤い液体を含んでいる/いたような感じがしました。  赤い液体というのは、なんだか血じゃなくても、腐ったり傷んだりして黒ずんだ上、虫がたかりそうな赤い液体なら、成立しそうに思えたからです……。(後で言及しますがママ達の中にはクランベリージュースか何かが流れていそうです。もう戻ってこられない、別の生き物に成り果ててる感じがしました。でももともとは普通の人間だったんじゃないかなーなどと想像しました)  後でひっくり返されますが映像としてはグロテスクだし、蜂や蝿の描写も不快です。  この公園の世界の住人はなんにもしません。見てるだけというか見てすらないです。立ってたり座ってたりのポーズはとっていて、表情もありますが、中身はみんなおんなじ恍惚と虚無のミックスシェイクです。  私が介護職だからか「ベンチで仮死状態の老人達は/いつかの海を夢視ているけれど」の行のあたりがなんとなく、心に刺さったのですが、ママ達もスーツの彼も桜を見てる彼女も、みんなゾンビか妖精か、とにかく人間じゃない何かみたいです。ゾンビは本人の意思とか関係なく何かに衝き動かされて生きてる人間を襲いますが、同じくらい衝動的に死に続けてるみたいな感じがします。でもゾンビはゾンビの摂理に従っているだけです。あとこの公園ではむしろその摂理こそ自然なのだから、妖精と言ってもいいかなと思いました。  この公園には何故か血なまぐさいもので溢れているのに、香りは甘ったるいものばっかりです。それが最後の仕掛けを助けてるんじゃないかなと思いました。(私の中では仕掛けだと思ったんです)  その仕掛けというのは、最後までハッキリとした色合いで飛び込んできた情景が、「公園から視えるこの世界は美しいと/朝焼けに沈黙するこの世界は美しいと/出血多量に悶える夕暮れは美しいと」の三行で、突然ファンタジーのような陽光と、スモーキーなフィルターを伴うようになってしまうことです。私はここでガラッと見え方が変わりました。  季節が変わっても変わらなくても、そもそもぐずぐずに終わってしまってもいい、死骸のユートピア。  そして唯一内面を見せてくれていた語り手も、最後には他の人物と同じように「何も鳴らないイヤホンで」耳を塞いでいたわけで、つまるところ、実はゾンビみたいな他の人物にも語られない内面があるのだろうなと、想像が膨らみます。    ということは、ここに来る前、この人たちはやっぱり人間だったんだろうなと思うんです。  多分この公園に時間らしい時間はないと思います。永遠にこういう光景が続く感じがします。  でもこの世界にやってきたいろんな人間は、いったい何処からやってきたのでしょう。    天国って意外とこんな感じなのかな、なんて思いました。人間を辞めた上で、生前遂げられなかった何かの思いを何らかの方法で殺し続ける怒りの肉塊になってすべてを忘れて眠り続けるみたいなことが永遠に出来たら、それはそれで悪魔的な魅力を感じませんか……?笑  私はそういう詩だと受け止めてみました。

かるべまさひろ (2018-04-25):

途中で差し込まれる意識が好きなのですが、さじ加減かもしれませんが、もっと意識に触れたくなってしまいました。 熟語はつい強い印象を感じるのですが、踏み込むのをためらっているような、 (それは「私」が詩の中でためらっているからなのもあるのですが) 世界観を淡くさせている印象にもなりました。 添加物のない死のモチーフはすごくハッとさせられたので、 もう少し神の視点から近付いて欲しくなりました。強い世界観が奥の方に感じられました。

北村灰色 (2018-05-26):

はさみさん コメントありがとうございます。 そうですね、この作品の下書きを書いたのは白昼の公園という、人が生き生きとしており(或いはフリをしている)、尚且つ人間の臭いが漂っているような環境でした。 そうした空間に相反する死や虚無というその場に於いてはフィクションな情景を、人間観察をしながらの現実とミックスして書くことに腐心した作品ではあります。 人/人ならざる者の境目や現実/非現実の境界線は酷く曖昧だと常に思っていて、その線上にいながらも、どちらかといえば非現実や死に近い場所を描いたのですが、はさみさんの仰って下さった(死骸のユートピア)という言葉のような作品になったような気はします。

北村灰色 (2018-05-26):

かるべまさひろさん コメントありがとうございます。 確かに意識の深い部分にはいっていないというか、浮遊している・表層を漂っている感じがするなと読み返して改めて思いました。 もっと神の視点から奥へ入り込めれば(それは私の根本的なパーソナリティの変化も要するかもしれませんが)、また良い方向へとアップデートした作品になったかもしれません。


いち   

あきぼう 
作成日時 2018-04-23
コメント日時 2018-05-24

 

いちにいさんと数えてみても それ以上のキャパがない 余裕など全くない それほど何も望んでなどはなく 泣く泣くいちだけを拾い集めてる ひとつずつひとつだけ ふたつみっつと増えなくてもいいんだ どうせすぐに忘れてしまうんだ 1.2.3で手品みたいに消えてしまうんだろ? いちにいさんと数えてみても どうせすぐに忘れてしまうんだ ひたとつずつひとつだけ 余裕など全くない 今しがた 手品師に騙されたことも 忘れてしまうんだ それほど何も望んでなどはなく 泣く泣く いちだけを拾い集めている


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花緒 (2018-04-23):

>ひたとつずつひとつだけ 誤字ではないだろうか。ひとつずつひとつだけ、の方が自然であるように感じる。 まとまりがとてもよく、作品としてしっかり成立しているけれど、 他方で、いちだけを拾い集めている、が象徴しているものがイマイチ分かりにくいというか、シンボリズムにパンチ力が宿っていないように感じる。

enokizenokiz (2018-04-23):

綺麗なまとまりのある作品だと思いました。難しい批評は出来ませんが、好きな詩です。

ふじりゅう (2018-04-23):

拝見しました。 何ヶ月ぶりかで詩に触れましたが、いい詩だと思います。詩というものに対しての哲学は人それぞれで、語るものが明確な詩もあれば明確でない詩両方が存在しますが、この作品が伝えるものがあるとするならば「ひとつ」というものの重要性だと感じます。天才が凡人に叶わないという一般論と同じく、自分も凡人であるが故にひとつの事象に対してひとつしか集められない、その歯がゆさを表現しているのかと考えました。

まりも (2018-04-23):

二行目、三行めの「~ない」の重なりが印象に残りますね。四行めは少し説明的で、読むスピードが鈍る印象もあるので、三行めから五行めに飛ぶ、というような形で少し推敲してみるのも良いかもしれません。 大事なことは、重ねて言う。でも、重ねすぎると、少しくどくなったり、進行がモタモタした感じになる・・・そのバランスを、何度も口ずさみながら、似たような部分は一方を省略する、伝えたいのに「色が薄いなあ」という部分は、言い換えながら重ねていく。そんな感じで、楽しみながら推敲してみると、もっとインパクトが増すと思います。

あきぼうあきぼう (2018-04-23):

皆様、初投稿にコメント頂きありがとうございます。 私事ですが詩作して投稿するのは十数年のブランクがあります。 ですがある日突然、人見に触れる場で言葉を紡ぎたい衝動に駆られて ここに来ました。 推敲して誤字脱字のチェックは基本ですが いてもたっても居られないパンクロックの初期衝動のように 今回は投稿フォームに直接、即興詩という形をとらせてもらいました。 ギターをアンプに差し込んで いちにいさんと掻き鳴らす詩だと思って頂けたら幸いです。 惜しむらくは誤字! お目汚しは勘弁してください(笑)

あきぼうあきぼう (2018-04-23):

続けて失礼します。 多分、衝動的に動かなかったら 私はめんどくさがって このまま一生 詩に対して心と言葉と口を閉ざしていたかな? と思います。 訂正や推察やアドバイスの言葉 ありがとうございます。

かるべまさひろ (2018-04-25):

すごく音楽が聴こえました。

あきぼうあきぼう (2018-05-24):

かるべ様。 まぁ、改めて見ると ただの文字の羅列なんですが そこに音楽を感じてくださったのなら 嬉しく思います。 言葉の表現やまとまりなんかより そこが大事な要素でしたので。 ありがとうございます。


ひこうき   

峰 ひろ樹 
作成日時 2018-04-26
コメント日時 2018-05-18

 

今しも あの勇敢で 白く しなやかな ひこうきが 一機 あなたの 頭上の 見えないところ 雲海の上を 航行している 耳を澄ましてみると あちらのほうから こちらのほうへ エンジンの音を 転がしている それはぐんぐんと飛んでいく わたしたちの頭上の みえないところで 今しも 孤独に ただ一機だけ それは自由に 飛んでいくのだ


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ふじりゅう (2018-04-27):

拝見しました。 いいですね。ほのぼのとした言葉で綴りながら、ひこうきというものの孤独を表しています。それも、「みえないところで」飛んでいる様が、風景画のように浮かんでくる詩です。

花緒 (2018-04-29):

悪くないし、ちゃんとまとまっているけれど、なんとなく既視感を覚える。

峰 ひろ樹峰 ひろ樹 (2018-05-18):

感想ありがとうございます。ぜひ参考にさせていただきます。


Dreams   

岩垣弥生 
作成日時 2018-04-12
コメント日時 2018-05-16

 

朝焼けをみくびった 瞳に ふるえた文字が映る   あなたと愛を交わした   見習い天使は 崖から   落ちて 死にました    R.I.P そうか 死んだか あの脆弱な翼では飛べやしない 不思議な声で唄う 天使であった 共に唄った旋律(メロディー)を口ずさむ かつては連星(スピカ)だった二人 唄とともに双眸から熱いものがこみあげる わたしが殺したようなものだ 変わってゆく自分が嫌いで 変わらない天使(かのじょ)を遠ざけた みくびった朝焼けは 孤独の 炎色反応 大気圏内で燃え尽きる 届かない 祈り 小綺麗な体育館にわたしはいる 胸に「光盛」と名の入った体操服を着て(何と読むかは分からぬ) 館内では無数の影が走り回り バスケットボールをしているらしい音だけが聞こえる 不可視のゲームに参加できず 茫然と立ち尽くしていると 嘲りの声がする 「異母兄妹で作った子ぉやから」 反響する悪意 充満する敵意 散らばっていた影が一ヶ所に集い 巨大な闇と化して口角を上げる わたしは拳を固め 闇を睨む 握りしめたのは 闇を こわす 闇 わたしは わたしの兵隊を探さなければならない 屋上でのサボタージュ 貯水タンクにもたれて 鞄から取り出したのは青いリンゴ 「未来の庭」と名付けた屋上で リンゴは地球にすりかわる 掌(てのひら)の地球をかじりながら 下界を見下ろす 背の低い町は絵本のような青空に侵食され 消毒されたつもりだから呑気なものだ わたしはこの町を捨てる 否 この町がわたしを捨てるのだ この町は わたしの本質に一片の興味もないのだから ミスタイプの奇跡で神様が病んで 黒い雨が降ったらヤだな 掌の地軸をなか空へ放り投げる くるり くらり 惑う 星よ 春の微風 物語の始まりと終わりを吹き抜け わたしは看護学校錬金科を卒業した パラケルススの誓い 結んで 卒業制作のホムンクルスは 「三日月工場」で透明な存在にされたのち 廃棄されるらしい 大量生産できる命は安値(やす)い スーパーに行けば一目瞭然 だが あの子の目に宿った光には 正体も続編もあった その章は永遠に閉じられたのだ 歩道橋の階段をかけ下りる 登る少年とすれ違うと ラムネの香りがして 不意に泣きたくなる 胸に咲いた感傷用の花 これもきっと安値い 針槐 マメ科ハリエンジュ属の落葉高木 別名ニセアカシア コピーした作り笑いとモザイクのかかった本音 都会で生きる術を身につけたわたしは 月に一度は植物園に足を運び 針槐の木の下から空を見上げる 奇数羽状複葉 丸みを帯びた葉の隙間から見る青空はどこかやさしく こゝろを浄化する ましてやこの季節は 甘い香のする白い花弁 絶え間なく降り注ぎ わたしは 恍惚のなか腕を広げ 呪文のように唱える 雪 雪 告解の雪 右手(めて)を清めよ 左手(ゆんで)を清めよ 記憶を 存在を 穢れた血を        キよめて きヨめて     きよメて きよめテ    きヨメテ キよメテ     キヨめテ キヨメて アゝ ワタシノ兵隊ハ 蜃気楼 ノヨウ 二 現レ 少女 メイタ 微笑 ミ 浮カベ さーべる ヲ 抜キ ワタシ ノ 眼球 ヲ 抉 ッタ 動脈 静脈 濁った朝(あした) 粘膜 網膜 微かな痛み  (この痛みはやがて羽化して 悲哀の蝶になるだろう) わたしはベッドで目を醒ました カーテンの隙間からもれる光は 夢の傷痕 癒える間もなく傷は増え こゝろはかさぶただらけだ いつしか敵となった時を一瞥し 階下のキッチンへ向かう 慣れた手つきでコーヒーを淹れる (甘く 甘く) リビングで新聞を開くと 小さな紙切れ ヒラヒラ 舞い落ちる 拾って読むと    あなたと愛を交わした    見習い天使は 崖から    落ちて 死にました     R.I.P 気づけば 部屋は 義眼だらけだ まだ夢のなか フカク (フカク) 本当のわたし 沈んで しずんで シズンデeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee


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岩垣弥生 (2018-04-12):

すみません。 異母兄妹=きょうだい とお読み下さい。 あと最後、「シズンデ」のデのあとにeを3行ほど並べたかったのですが、改行されて出来ませんでした。(スマホだからかな?横書きだからかな?)

みうら (2018-04-12):

投稿有難う御座います。 eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee

みうら (2018-04-12):

試しにPCからeを打ってみました。3行打ってみましたが残念な結果です。今後の参考にします。 eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee ↑念の為にPCから40字で改行してみました。

岩垣弥生 (2018-04-12):

三浦様  試してくださりありがとうございました。

IHクッキングヒーター(2.5kW) (2018-04-13):

他の作品と何が違うのか自分でもわからないのですが、この詩の世界にぐっと入り込んで、体に重さを感じました。良い作品だと思います。 しかし、錬金科が看護学校にあるというのが面白いですね。ホムンクルスに看護の手伝いをしてもらうのでしょうか。

まりも (2018-05-06):

豊かな物語性を感じさせる作品ですね。 くり返されるなぞの書きつけ   「あなたと愛を交わした    見習い天使は 崖から    落ちて 死にました     R.I.P」 まるで一心同体であるような少年少女、あるいは、少女どうしをイメージしつつ・・・一人の肉体の中に二人の人格がいる、そういったドッペルゲンガー的な双子、のイメージもありました。 辛い現実(社会的な非難、学校と言う場での疎外)のゆえに、片方を死ぬがままに任せてしまった語り手。肉体、裸眼を思わせる瞳で始まり、義眼で終わる(現実、真実を見ない、という拒否の表現と取りたい)展開、異界的なエピソードの挿入など、構成に工夫が凝らされた、物語性、寓話性の強い作品だと思いました。 現実世界ではあり得ない看護学科(ハリーポッターが入学した魔法学校のような)場所に、むしろ逃避して、現実界のもう一人の「わたし」を見捨てた語り手、と読むことも出来そうです。 「わたしの兵隊」とは、何者か。辛い現実世界を見せないようにするための、自己抑制のための威力か。真実を知るために、片方の目を失う、というようなエピソードがしばしば神話に描かれますが、ここでは両目を失う設定ですね。 とするなら、現実を薄れさせ、人を幻想の中に閉じ込める、夢をもたらす存在が、兵士、ということになるのか・・・ もう少し散文的要素を増やして、物語的な展開を強調しても良いかもしれない、という読後感もありました。

岩垣弥生 (2018-05-16):

IHクッキングヒーター様 まずはレスが1カ月以上も遅れて申し訳ない。 この詩の世界をのぞいてくださり、何かを感じてもらえてとても嬉しいです。 ホムンクルスの作り方は澁澤龍彦のエッセイで読みました。(たしか童貞の精液と処女の経水と水銀etc. を馬の体温で温める、とか・・・絶対できないですよね)でもできたら面白いと思います。 好意的な感想本当にありがとうございました。

岩垣弥生 (2018-05-16):

まりも様 まずはレスが遅れてすみません。 この作品は空想的な短編小説(ショートショート)を6連の詩という形式で詩表現をまじえつつ物語ってみよう、というコンセプトで書きはじめました。 すぐに読み終えられる作品ですが、いろんなギミックが仕込まれており、多様な解釈ができるようになっています。 一例は「わたしの兵隊」で、これは「わたしの夢を終わらせる装置、というのはフェイクで、耐えがたい現実からわたしの心を守るための装置である(だから目を抉るときも少女のように微笑むのだ)」という解釈もできますし、「夢から醒めようとしていた語り手を、再び夢の中に閉じ込めた黒幕で、彼を倒さないかぎり現実には帰れない」という解釈も成り立つし、他にも色々な可能性が考えられます。(天使=兵隊説もあるかも) 他にも多様な解釈ができるワードがいっぱい隠れているので、それぞれの感性でこの物語を読みといてくだされば、それに勝る幸せはありません。 大賞候補にしていただいたのは望外の喜びです。(全然コメントないと思っていたので正直驚きました) これを励みに精進したいと思います。 本当にありがとうございました。

岩垣弥生 (2018-05-16):

ご指摘のとおり厳密には一貫した物語ではないですね。 「この作品を」と訂正します。 すみません。


夢みる踊り子   

さしみ 
作成日時 2018-04-04
コメント日時 2018-05-16

 

真夜中にひとり踊るのが好き 皆が寝静まった時にそっと窓を開けて 月の光を部屋に入れる これが私のスポットライト 青かったら悲しい曲で 金色だったら楽しい曲 真昼だったらへんてこな踊りかもしれないけど 真夜中だったらエトワールの踊り 頭からつま先までロマンチックな気分に浸して くるくる優雅に踊ります 衣装はね オーガンジーのふわふわスカート サテンのつるつるリボン そしてたっぷりのレースがついてるの 選ばれた人しか見れない不思議な衣装なのよ お客様は森の木たち 上手だったら ざわざわ喝采 しんとしてる時は 感動してるの 今夜も踊るよ 真夜中の魔法が解ける時までね


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みうら (2018-04-04):

投稿ありがとうございます。私は現代詩を読むことが苦手で、読解や批評などできるレベルではまったくないのですが、立場上努力して、無理してやっているところがあります。正直に言いますと。すみません、いきなり自分語りしてしまいました。で、私、投稿者の方の文脈を意識的に辿って読んでコメントしていたりします。当サイトの選評を担当されているキュレーターの方のなかには、「作者名を一切みないようにしている」とされるぐらいに作品自体から感じ取ることに拘りを持たれていらっしゃる人もおり、きっと、その読み方が詩の正当な読み方なんだと思うところもあります。文脈を辿る読み方を簡単に申しますと、音楽を選び聴くことに似ています。好きなアーティストが新譜を出せば聴くような。なので、前作との比較やら、今回はどんな背景で作られたのかなあとか、そんなことを考えながら、わくわくしながら、聴くような。映画も同じで、好きな監督の新作を観に行く時もやはり、その作品に込められている監督が持つ何かを発見したい気持ち、わくわくする気持ち。そのような気持ちで、投稿作品を読んで楽しんでます。すみません、また自分語りなコメントになってしまいまして。そこで、さしみさんの投稿作品を読み直しました。私的には、投稿二作目の『きよらかなもの』が一番好きです。さしみさんの感情の強さみたいなものが伝わってきましたんで。今作『夢みる踊り子』はもちろん、『きよらかなもの』とは書かれたコンセプトが違うのでしょう。とても物語性に拘られた作品だと思います。ただ、「悲しい曲」「楽しい曲」「エトワールの踊り」「ロマンチックな気分」「くるくる優雅に」など、読む方からすれば、既視感が先にイメージとしてきてしまう装飾、形容詞として受けてしまいました。もう少し踏み込んでいえば、オリジナルなもの、さしみさんのものが今ひとつ私には読めなかったです。 もちろん、私も他人の作品へ言えたことではないのですが。しかしながら、真夜中に真っ暗な部屋でひとりぼっちで踊ることが僕は大好きなので、本作の奥の奥の底に流れているセンチメンタルな気持ちは共感するところがありました。

さしみさしみ (2018-04-04):

コメントありがとうございます。立場上仕方なく、とおっしゃっていつつも、他の作品まで読んで下さりありがとうございます。私も同じ作者の作品は読む派ですから、おっしゃること、わかります。第二作品、お褒め頂き嬉しいです。この作品は、私が一番よく踊っていた(今も時々踊ります)、まだ小さい女の子だった頃になりきって書いたものですが、今思うと少し表現が幼稚、というよりやはりおっしゃっていられたように既視感があって、オリジナリティが無かったですね。もっと今の自分にできる表現を盛り込めば良かったと思います。あと、センチメンタルな何かを感じ取っていただけたこと、とても嬉しく思います。

るるりら (2018-05-16):

投稿されてから ずいぶん時間が経ってからのレスで失礼しています。 この詩のおかげで たのしい気持ちになったことをお伝えさせていただいておきたくて、きました。 わたしはこの詩を読んだ夜。実際に夜中に ひとりで踊りました。 結構 辛い思いでいたのです。エトワール、オーガンジー この二つの言葉を使って私自身が詩を書いたことがあるせいで、踊れたのだと思います。 もちろん エトワール、オーガンジーとは 関係のない パジャマ姿でしたが、 辛いことを脱却するきっかけをいただけたので 感謝しています。ありがとうございました。


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