B-REVIEW作品投稿掲示板


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なみたま 
作成日時 2017-07-05
コメント日時 2017-09-14

 

受理された食卓で愛して、 ん、と、きみ。 切断された性器を測り いきものだったのでしょうか 無闇な、なめらかさのなかをゆく。 立体から世界へ伸びるすべてを 保つ神経を測れば 路線を正しく語る貨物列車の うしなわれた窓に反射するメタファー。


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bananamwllowbananamwllow (2017-07-06):

なみたまさん こんにちは。 四行目の「いきものだったのでしょうか」に句点、少なくとも読点が付されていないことが 極めて均衡を欠いた不穏さをもたらしていると思います。 その一点だけでも、素晴らしい「発見」の詩行だと感じました。 詩行は、「人間」という生きものが書いている以上、「生きものの記録」という側面をはらまざるを得ないと私は考えます。 同時に、書かれた詩行はテクストとしてのみ残存するという意味で、「いずれは朽ちるナマモノである」とも考えいます。 しかし、このようにネットの空間で生き延びるテクスト群は、「朽ちるナマモノ」である権利すら失われているのかもしれない。 そのような一般論を述べたい気持ちを正直、誘発されました。 しかし、上記の感想はこの詩行の強度にとても対抗できません。 まぎれもなく、新しく、同時に朽ちづらい一篇だと思います。

まりも (2017-07-06):

受理された食卓、まずこの立ち上がりから驚かされます。命を養うところ。事務的に無機的に〈受理された〉という語感・・・音の響きがすんなりと❝受理❞されていくフレーズなのに、意味が曖昧なままに先に運ばれていく。 ん、という、どこか官能的な響き、きみ、という甘やかな言葉・・・に続いて、〈切断された性器を測り〉これもまた、事務的というのか、たんたんと処理されていく作業、のような・・・生々しさをまるで感じない不思議に驚きつつ・・・しばしば性の営みにおいて、自らの意志から離れた、小さな生き物、別の生物・・・のように感受される性器(女性、男性ともに)の不思議にも触れていくような・・・行為の際にはあんなにも生き生きとしていたのに、今はまるで死体のように横たわっている、そんな性器の不思議(精気の行方、といってもよいのかもしれません)に触れていくような気がしました。 そのように読み進めていくと、冒頭の食卓は、わたし、の肉体を、きみ、に捧げる、そんなある種の宗教的な供儀としての寝台にも思われてきます。 mの音でつながれていくフレーズ。立体(肉体?個体?)から世界へとのびていく感覚・・・ 〈路線を正しく語る貨物列車の/うしなわれた窓に反射するメタファー。〉kの音が印象に残りました。 貨物列車には、何が積まれていた、のか・・・記憶や想いを、異界に運ぶ列車なのか。窓から、その内部をうかがい知ることのできない、ブラックボックスのような貨物列車。 清冽な性の余韻を感じます。

花緒 (2017-07-08):

短いですが、卓越した実力の持ち主が書かれた一作なのだということは伝わってきます。受理された食卓、とは、結婚生活の比喩でしょうか。制度に依拠することで、<なま>の体験が死んでしまうこと。文字にすることで、生の実感が失われてしまうこと。文字で切り取ることができない<生>を感じさせる一作として読ませていただきました。

なかたつ (2017-07-08):

 切断された性器はもはや用なしです。食卓できみに噛み千切られてしまったのでしょうか。  食卓は小さな世界のメタファー。そこから空間が拡がり、人を乗せることのない貨物列車が走る情景。もし貨物列車に窓があればそれこそ用なしです。その気づきが新鮮でした。  この作品が語る主題は「計測」なのでしょうか。それがおそらくタイトルにも表われているような。用なしになったものはその存在感を失い、ただ物質としてそこに存在します。物質として存在する以上は、形だけがそこにあります。その形を保つための神経をかろうじて持つという切迫感があるように思えました。

kaz. (2017-07-14):

この作品に対して、シューベルトの『未完成』を引き合いに出したいと思う。何か別の作品の途中で、書くのを一旦やめて書き置いたかのような即興性がここにはあり、そして最近フリースタイルダンジョンでラスボス般若を倒した晋平太がその楽曲CHECK YOUR MICで表現するように「即興に国境はない」。こういう詩行が越境していくように私は感じる。

bananamwllowbananamwllow (2017-09-14):

この詩文の評価に関することで、一言だけ。 この詩文の書き手は、コメント返しをしておらず、また掲示板の他の詩文へのコメントもされてはおりません。 しかし、そのことと七月の月間選評で言及されるかどうかがイレレヴァントであるなら、まったく月評にて言及されていなかったことに驚きました。 私は、七月にこの掲示板に投稿されたもののなかで、群を抜いていたと考えていたので。 ここに書くに相応しくない内容でしたら、申し訳ないです。 フォーラムにて、提起しても良かったとは思いますが、より多くの人の評価をうかがってみたく、ここでのコメントにてアゲさせてくださいませ。

花緒 (2017-09-14):

>bananamwllowさん 選考への牽制、ありがとうございます。本作、諸事情により一旦、選考対象から外すことにした作品であります。もし事情などご興味お有りでしたら、私にでもDM頂ければ説明致します。 なお、運営の陣容が限られる中で、おかげ様で投稿作数が増加傾向をたどっており、今後の状況如何によっては、レス対応レス付一切参加しない作者の作品は選考から外すなり、投稿をお断りする可能性もありますが、現段階においては、レス対応の状況と選考はirerevantです。ただし、ガイドラインで推奨させていただいているような在り方で連絡先をご教示頂いていない場合など、速やかなコミュニケーションが難しい場合、要確認事項が出てきた際、本作のように、十分な対応ができず選考対象外となってしまうことはありえます。ご容赦くださいませ。

bananamwllowbananamwllow (2017-09-14):

花緒さん こんばんは。 なるほど。事情がおありだったのですね。 その諸事情、可能な範囲でお聞かせ願いたく思います。 tetsuakifuzimoto@hotmail.com 上記宛にメールいただければ幸いです。 八月の選考等でお忙しいかと思います。 こちらはまったく急ぎではありませんので、お手隙の折りにメールにてお聞かせください。 よろしくお願いいたします。 なお、コメント付けと作品の評価の件に関してややミスリーディングな書き振りをいたしました。ひらにご容赦を。


ケーブルサラダ・フレーズドレッシング   

二個優 
作成日時 2017-07-31
コメント日時 2017-09-14

 

この度はお日柄もよく絶対値から中央値への煌めきの中、 足元の悪い排水溝のスープは塩味とまる味を加えた濃い口温度でございまして 親切設計のまあるい彼の後頭部から伸びる外ハネした襟足は冬の一流品目として現代科学における必須のサイエンス! とても自販機が温かいものでございましょう? 特に変数Xから偶蹄目キリン科キリン属に分類されるキリンの範囲で「おめでとうございます!」と頭を下げて短冊を出版社へ流しており、 ただただ品性なく速達される毛皮のミンクは砂漠を越えて超高層ビルのオフィスの中にある郵便局に投函ですよ。 だって鳴り響く7回目のベルを待って受話器をあげたら、ついには「上様で」と領収書を受け取り緑化に励むことで食卓を囲むのですから。 「ごちそうさまでした」と流浪の民がごはんを禁断化させても、どうせ2時間目からは着席してノートを取りアリアを歌います。 お客様、おわかりいただけたでしょうか?それではこちらにサインとハンコを。 いやはやしかし、まことになんと、この旅はお日柄もよく。


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まりも (2017-08-02):

この度はお日柄もよく、から始まって、この旅はお日柄もよく、と締める、枠構造。 足もとの悪い中・・・という、いわゆる定型口上の型枠だけ用いて、その中にナンセンスに言葉をはめ込んでいくセンスが絶妙と思いました。 〈塩味とまる味〉は、塩辛さとまろやかさ、その両方の喩でありつつ、その後の〈親切設計のまあるい彼の後頭部〉に繋がっていく。ひっすのさいえんす、というような音の運びや、冬のイメージが、スープ、温かい自販機、毛皮のミンク、と、関係性は寸断しながら、連想でゆるやかにまとめていくような言葉の斡旋、緑化/流浪の民、のイメージから引き出される砂漠(のような殺伐とした空間)と、〈2時間目からは着席してノートを取り〉というフレーズから、一気に学校のイメージに飛ばされるような空間の取り方。ノートを取りアリアを~が、ノートを取り・・・こんなのって、あり?と投げかけられた感もありました。 キリンのフレーズは、なんとなく「じゃがりこ」の、ギャグを連発するキャラクターの図を思い出しながら読んでいました(笑) この作品と「じゃがりこ」は関係ないかもしれないけれど。 〈お客さま〉は、いったい何を買わされる(あるいは契約させられる)のでしょう。気になる一作です。

二個優二個優 (2017-08-03):

>まりもさん いつもコメント本当にありがとうございます。 この作品は別の所で朗読用に、というか滑舌のトレーニング用に書いたものをリライトしたものです。(外郎売のような)(言葉のサラダボールのような)との想いがあったので 音の運びに言及してもらえたことは嬉しく思います。早口言葉で読み上げられると、妙な迫力があって面白かったことを思い出します。 イメージや連想のつながりだけで、一見意味が通って流れていくようで、理解はできない、言葉のケーブルが絡まっていくような読後感があればいいのですが。 じゃがりこ へ 連想をつなげてもらえて 面白く新しい発見で、懐かしく検索しちゃいました。

bananamwllowbananamwllow (2017-09-14):

二個優さん はじめまして、こんにちは。 面白い、明らかに面白いと思って拝読いたしました。 この面白みは何なのか、即座に言い当てるのは難しいですが、たとえば二連の締めである、 「とても自販機が温かいものでございましょう!」 への接続はなまなかに真似できるものではないと思われます。


又医者に   

エイクピア 
作成日時 2017-07-31
コメント日時 2017-09-14

 

彼方に蛆が居る わしの土地にマギが ふんぞり返るから マザーが拗ねる 植物が茂り始めて 悪徳の栄え 雨期を忘れて ワンワン吠えていた時期を 回顧すれば 又医者に成って仕舞う 気分をどうすることも出来なかった


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花緒 (2017-08-01):

今月も安定のラストゲトーありがとうございます。7月もおかげさまでエイクピアさんの作品で幕を閉じることができました。作品含め、トリックスター感が半端ないですね。取り急ぎレスを。

まりも (2017-08-01):

うじ、わし・・・マギ、マザー・・・音が微妙に連なっているのに、意味が見事にずれていく(ずらし、ではないですね、既に切り替え、という領域です)ところが、読みの面白さになっているように思います。この短さでキリッと締めて、成功だったのではないでしょうか。 〈植物が茂り始めて/悪徳の栄え/雨期を忘れて〉善悪といった、人間的な論理を越えて繁茂する感じ、あふれ出す感覚・・・雨期には「浮き」や「憂き」のニュアンスも含まれているのか(勝手に読者が喚起するだけかもしれませんが)「悪徳の栄え」が固有名詞でもあると同時に普通名詞(!)のようにも見えて面白い。 〈又医者に成って仕舞う〉で止めないで、〈気分をどうすることも出来なかった〉と、とぼけた調子で付け足したところで、題名に回帰する。なぜ医者になるのか、さっぱりわからないのですが(笑) 異常な状態に繁茂したもろもろを、また正常に復帰させる・・・そんな「医者」的な要素が働いているような気がしました。

エイクピアエイクピア (2017-08-31):

花緒さんコメントを有難う御座います。毎月ゆとりを持ってやろうとして居るのですが、どうしてもギリギリでやってしまいます。「トリックスター」と言えばどうしてもシェークスピアの真夏の夜の夢に出て来るパック、日本語の作品では吉四六さんなど、勉強すべき課題は多くあります。それらを詩に生かせればと思って居ます。

エイクピアエイクピア (2017-08-31):

まりもさんコメントを有難う御座います。そうですね、読んで居ても愉快な作品、それは目指すべきポイントなのかもしれません。悪徳の栄えは当然、サド侯爵が含意されてしまいますが、ここではそんなに深刻な意味は持たせませんでした。やはり詩だけに音韻的な、リズムなどを優先させたのかも知れません。和歌で言う掛詞ですね。詩でも応用できそうな気がします。それと悪徳の栄えの普通名詞性ですか。サドのイメージとは関係ないのかも知れませんが、あれほど有名な作品、普通名詞化してもおかしくないでしょうが、この詩での普通名詞化は期せずしてと言う事で、成果があったのかも知れません。

bananamwllowbananamwllow (2017-09-14):

エイクピアさん こんにちは。 まったくもって完璧なスタイルを持った詩文だと思います。 ただ、このスタイルで量産された果ての姿をみたいと思わされるもします。 「又医者に」というタイトルからして、「又」という漢字のあて方が、まったくもってキザでもなく文学臭をも放っていないところなど、明らかに稀有な書き手だと感じています。


四番目の息   

宣井 龍人 
作成日時 2017-07-14
コメント日時 2017-09-03

 

四番目の息が聞こえる。 父の息。 母の息。 私の息。 そして、聞こえる。 他には居るはずがない誰かの息が。 まだ幼かった私は、父母に挟まれ、狭い二階の一室で、毎夜訪れる暗闇と遭遇していた。 昭和三十年代の東京下町のどこにでもある街並みである。 疲れてしまって香りがしない畳や一汁一菜ともいうべき食事。 だが、前を向いていた、希望に満ち溢れていた。 未来はこの手で作るのだ、街行く誰もがそう思っていた。 そんな彼らにとって、夜は絶好の休息だ。 今日も目一杯働いた彼らは、寝床についたと同時に、死んだように眠るのだ。 もう永遠に目覚めぬかのように。 私の父母もそんななかに生きていた。 貧しくも明日への希望を持っていた日々。 そして、夜の訪れとともに、死んだように眠るのだ。 その夜、私は妙に眠ることが出来なかった。 遅くまで働き続ける父母が寝床についている時間だ。 夜のしじまが辺り一面を覆っていた。 物音一つしない静寂の世界が、私たちを支配している。 そんな静寂を破って、得体の知れない何かが、階段を駆けずり回る音がした。 当時は名前も知らなかったが、妖精たちの乱舞ではないか、私は直感した。 疲れた人たちが寝静まった夜、悪戯っ子のように駆け回るのだ。 同時に、その夜には出かけていなかった祖母が呼ぶ声もした。 妖精たちが私をからかって、祖母の真似をしているのだろう。 私は思わず聞き耳を立てた。 その時だった。 生きている証に寝息だけを立てる父母。 父の寝息。 母の寝息。 眠れない私の息。 そして。 「はぁあはぁあ……。」 かすかな荒い息が聞こえる。 誰だ、この部屋に、あと誰がいるのだ。 私は必死に父母を起こした。 だが、彼らは魔法にかかったかのように眠りこけている。 他には誰もいない、この世界に生きているのは私だけだ。 息の聞こえる方向にあるのは、家族の思い出が詰まっている桐のタンス。 ところが、桐の木目から、徐々に何かが浮き出ようとしている。 全てを射抜くような緑色の目が、少しずつ暗闇に輝きを増す。 恐怖を感じた私は、タンスを凝視せざるを得なかった。 ついには、得体の知れないからだが、絵画のように滲み出る。 さらには、たった今、命を与えられたかのように、からだの厚みを増していく。 枕元から見上げた私に見えるもの。 その醜さおぞましさに、私の心は目を逸らした。 黒頭巾と黒マントを被った小人。 背の高さは一尺程度、全身も黒色だろうか。 黒く歪んだ手足が、マントから微かに見え隠れする。 つりあがった瞳のない大きな目は、緑色に輝き、口は耳元まで裂けている。 真っ黒な顔には、眉も鼻も見えない。 裂けるように開いた黄色く輝く口。 彼は決して微笑んではいない。 微笑むという本来の感情自体を持っていない。 微笑むということに、何の意味も持ち合わせていないのだ。 耐え難い時間が流れ続けた。 おぞましい小人は、手に小さな斧を握っていた。 私を十分に観察した彼は、次の行動に移ろうとしていた。 微かに震える斧が、無表情な彼の目で緑色に染まっていく。 次の瞬間、冷たく乱反射する斧が、高々と頭上に差し上げられた。 彼の目的は明確だ。 私は恐怖のあまり、布団の奥深く潜り込み目を瞑った。 今にも振り下ろされる斧の恐怖に震えて。 高鳴る心臓の鼓動は、布団を海のように波立たせた。 それから、どれほどの時間が経っただろうか。 私は、そっと、緑色の目を持つ小人に視線を投げた。 恐ろしい彼の姿は消え、いつものように桐のタンスが待っている。 いつのまにか、未だ目覚めぬ父母の手が、私のからだを優しく包んだ。 疲れきった私は、やがて、心を開放し、静かに眠りに落ちていく。 恐怖の一夜から何十年という年月が流れた。 しかし、忘れようとしても忘れることが出来ない衝撃の一つになっている。 悩ましい私の心は、今も忘却を拒絶し続けるのだ。 その後、二度と現れなかった緑色の目を持つ黒頭巾黒マントは、いったい何者だろう。 毎日が忙しく甘えられない父母に、私が、錯乱した夢を創造したのだろうか。 今日も爽やかな風に心洗われる日々。 何事もなかったかのように時は刻まれていく。 「もうこんな時間か」、私はそっと時計を見て、めっきり年老いた髪を撫でた。


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花緒 (2017-07-15):

なんでしょう、ショートショートのようなストーリー展開であり、筆致でありますが、小人が斧で何をしようとしていたのか、寓意が私にはよく分からず、謎が残る一作でした。昭和30年代。オールウェイズ、三丁目の夕日、みたいな時代だったのでしょうか。貧しいが夢と希望に満ち溢れていた時代、とされているのかもしれませんが、負の部分が人々の意識から隠された形で存在していたのかもしれませんね。そんなことを思いました。

角田 寿星角田 寿星 (2017-07-16):

俺もこういうのはよく見た方なんで、懐かしく思いました。意外にいますよね、見えてた人。大抵は子どもの頃です。 俺の場合は多分、同一人物。白いふわふわした物体で、女性の人格を持ってました。 こっちの困ることばっかやってくる、悪戯モノでした。 手足を押さえつけたり、口から体内に入ろうとしたり。変な唄もよく歌ってました。 最後の方にはこっちもだいぶ慣れてきて手足も動くようになってて、そいつと取っ組み合いやってるとこを弟に見られました。 「あそこに居ただろ?」「ううん…何も?」天井を指差した俺に、弟は怪訝そうに応えました。 次に遭った時に「お前見えてないじゃん。邪魔すんなよっ」と冷たく突き放したら、プツッと消えてそれっきり。 あれから30年…まさに「もうこんな時間か」、です。 茶化すわけではないのですが、「隣で荒い息」からは父母がセクースしてんのかな、とゆうオチを想像していました。 信じ難いものが予定調和の行動をとるよりも、 信じてる者に、こっちの理解の範疇を越える、信じ難い行動をとられる方が遥かにショックはでかいと思いました。 昔は貧しかったよね。 俺も10円の駄菓子を奢ってもらうために、友だちの家来に半日なったりとか、いろいろやりました。

白島真白島真 (2017-07-17):

宣井さん、こんにちは~(^^♪ この作品は某所に私が入る以前のものなんですね。 >SFテレビ番組『トワイライト・ゾーン』的な味付けをしてみたものです とありますから、幼少期の記憶を創作という形にしたものかと思います。 私も幼少期に風邪で高熱を出したとき、天上の節穴や木目が迫ってきて、 そのまま包み込まれて消滅してしまうのではないかという恐怖体験があります。 おそらく誰にでもある体験でしょう。 ただ、宣井さんの体験はそれよりももっと怖い体験だったように思います。 それを、散文詩的に表現されたこと、素晴らしいですね。 詩はある意味、幼少に還ることも大切かと思っています。 失われた幼少期の記憶。恐怖だけでなく、樹々が生々しく新鮮に語り掛けてきたこと、 道端のあらゆるものに興味の眼を注いだこと、 雨の音、曇った窓硝子に字や絵を描いたこと、 母の匂い、父の煙草の匂い、 掘りごたつに潜った冒険譚、 初めて水中眼鏡を買ってもらって、風呂の水中を見て感激した思い出、 近所の路地でさえ、何か異世界を思わせる翳りがあったこと、 そんなこんなを思い出していました。 視るということに慣れ切って、 実は何も視えていないかも知れないわれら老年、 意識してしっかりものを視たいものです。

宣井 龍人宣井 龍人 (2017-07-18):

花緒さん、こんにちは。 本作にコメントをくださいまして深謝致します。 本作にしても、前作『お祖父ちゃん』にしても、単純な詩なのに、スカスカでお見苦しくてすみません(汗)。 思うに、花緒さんは、野球で例えれば、140キロクラスの直球やコーナーの投げ分け、変化球とのコンビネーションに見慣れていて、 逆に、私のような70キロクラスの単純な直球に面食らうのかもしれません。 しかし、コメントをいただいて気付くことも多いので、作者としてはとても有難く嬉しく思います。 有難うございました。

宣井 龍人宣井 龍人 (2017-07-18):

角田 寿星さん、こんにちは。 本作にコメントをくださいまして深謝致します。 角田さんの御覧になっていたものは、なかなかユニークですね。 格闘するところが角田さんらしいです(笑)。 ちょっと話はとびますが、昭和プロレスも大好きで、ヒーロー力道山の死は悲しかったです。 御指摘いただいた「茶化すわけでは~」の部分は、大変参考になります。 作を皆様に読んでいただくということは、そういうことなのだろうなと思います。 「昔は貧しかった~」そうですよね。 私の小学校高学年時のお小遣いは、20円だったかな? それでも駄菓子屋さんなどでは、結構色々なものが買えました。 貧しかったけど、良い時代でした。

蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2017-07-18):

今晩は。 僕は、タンスの描写のあたりまでは、これは猫かなあ、と思いながら読みました。 マントと表情が出てきたところで、ああ、コウモリでしたか!と、思いました。 斧が出てきたので初めて、仕方なく妖怪の類いとして読みまして、我ながら疑い深い読者もあったもので、どうかと思います(笑) しかし、そんなことにも、僕にはない、龍人さんの個性が出ているのかもしれません。 不意に出現して、告げる者。それは不当な、許しがたい存在ですよね。あってはならない、と感覚させる存在です。そして恐ろしい存在です。 それが龍人さんの感覚なのではないでしょうか。 異形が現れるより前に、不可視の者たちが走り回りますが、龍人さんは、それは異形の者に対してほどは怖がらない。それはもしかしたら、不可視の者たちは、何も告げないからではないだろうか。 僕なら、不可視の者たちのほうが怖いかもしれないのです。 龍人さんは、異形の者に対して、話しかけません。また、逃げたり戦ったりもしません。布団を被る。 僕なら怒鳴りつけたり、話しかけたりして、関わりを持ってしまい、結果、困ったことや恐ろしいことになってしまうのかもしれません。 何気ない作品ですが、具体的に、主人公に感情移入してみると、僕とはずいぶん違うところがあります。 そこに龍人さんの個性とか、生きかたみたいなものを、そこはかとなく感じるなあ。 龍人さんは、たぶん、生き物として正しい、生き延びる確率の高い反応をしてるような気がします。 それが作品全体に、不思議な安定感とリアリティを与えたますね。 お話的には、不可視の者が訪れてきたら、追っかけて廊下や階段を走り回る子供が主人公のほうが、たぶん面白いお話になります。異形の者がこっちを見てたら、迷わず話しかけちゃう子供のほうが、お話的には展開します。 でも、人生はそういうもんじゃないのかもしれないし、そうじゃない子供をこの作品で今読むことに、何か面白さわ感じました。

蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2017-07-18):

文があちこちして、散漫になりました。失礼しました。

宣井 龍人宣井 龍人 (2017-07-20):

白島真さん、こんにちは。 本作にコメントをくださいまして深謝致します。 そうですね、おっしゃるとおり幼少期は、今から顧みるとそれが事実なのかわからない不思議な体験をするようです。 生まれ変わりの不思議な体験を述べていた子供たちが、そのようなことを語らなくなる時期とほぼ一致するかもしれません。 読んでくださる方々が興味を持てるような視点に注意しながら、今後も時間が出来たら綴ってみようかなと思っています。 「詩はある意味」以降、具体的でわかりやすく大変参考になります。 有難うございました。

宣井 龍人宣井 龍人 (2017-07-20):

蛾兆さん、こんにちは。 本作にコメントをくださいまして深謝致します。 なかなか興味深いコメントをいただき大変参考になります。 話として面白いということはどういうことか、改めて考える貴重な機会をいただきました。 既に同趣旨のコメントを何回かしましたが、読んでくださる方々に楽しんでいただくという意識が薄いのかなと思います。 言い換えれば、その作に対するスケルトンが、しっかりしていないのかもしれません。 有難うございました。

田中修子 (2017-07-23):

なんだか、とっても面白かったのです。 疲れてしまって香りがしない畳や一汁一菜ともいうべき食事。 だが、前を向いていた、希望に満ち溢れていた。 未来はこの手で作るのだ、街行く誰もがそう思っていた。 私の中には、すごく、すごく、この時代へのあこがれがあるんですけれど、 そういった時代の中にまだ残ってた、へんなおばけ? みたいなのが、 もう、とっても不思議で、ちょっと怖くてわくわくして、とってもよかったです。

宣井 龍人宣井 龍人 (2017-09-03):

田中修子さん、こんにちは。お久しぶりです。 長い間気付かず大変失礼致しました。 (少し前に気付きましたが、新たなコメントを書くと上がるようなのでためらっていました。) 拙作に御感想をくださり感謝致します。 修子さんはこの時代にあこがれがあるということはお若いのかな? 確かに知らないこと経験できないことへの憧れってありますよね。 私は、たとえば昭和初期、中期の歌謡曲、世相等に興味があります。 楽しんで読んでいただけて光栄です。 御礼が大変遅くなり申し訳ございませんでした。 (いまさら本作を上げるようになってしまい皆様すみません。)


2017/07/25   

VIP KID 
作成日時 2017-07-31
コメント日時 2017-09-03

 

昨晩、死のうと 思ったが シャワーを浴びた後 寝てしまった。 今日は、カラオケに行った。 友達がいたことに 改めて驚きつつ へらへら笑っていることが われながら、滑稽だと思った。 ある人は椎名林檎、あるいは 東京事変を歌った。 私はいまだに 椎名林檎と東京事変を 区別できない。 恋人は、高校生のころ 東京事変か椎名林檎か いずれかの コピーバンドの ボーカルを務めていた。 以前、ふたりで 当時のDVDを見た。 動画のなかの自分に合わせ 私の隣で 小声で歌う恋人の横顔が 印象に残っている。 私は、『God knows...』と 『ぴゅあぴゅあはーと』 『白金ディスコ』を、歌った。 他にも歌った はずだが 多めに飲んだ 抗不安薬のせいもあり 意識が判然としていなかったので あまり、覚えていない。 友達からいろいろ 励まされたはずだが 今更なにを頑張ればいいんや などと、笑いながら答えた。 ただ 恋人のことを問われると それだけは、苦しく とにかく幸せになってほしい と、思いながら 何も言わず笑っていた、気がする。


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kaz. (2017-07-31):

私は東京事変などでピアニストとして活動しているH ZETT Mの大ファンなのであるが、この詩は音楽的にもさみしいし、内容的にも寂しい感じがする。そこにカタルシスがあるのではあるが。

VIP KIDVIP KID (2017-08-02):

作品タイトルは「2047/07/25」ではなく「2017/07/25」です。申し訳ありませんでした。 kaz.さま お読みくださり、ありがとうございました。ひとつお聞きしたいのですが、アニメソングは「音楽的にさみしい」のでしょうか。

花緒 (2017-08-02):

初めまして。間違いということなので、タイトルを変更しました。しかし、私としては、2047でも良かったのでは?といった感覚も覚えてはいます。本作、タイトルが示唆する通り、詩と身辺雑記・日記の中間的な領域を狙って書かれたものかと存じます。さらっと、書かれているようで、しかし、冒頭の、死のうと思ったが、シャワーを浴びたら寝てしまった旨の叙述に顕著にみられる通り、不思議なズレが随所にあり、これが、独特の読後感を生み出すことに成功しているように思います。しかし、その上でなお、身辺雑記然としすぎではいないか、という目線がありうると思います。2047年でも椎名林檎や東京事変は聞かれているかもしれない。2047年の方が、当時のDVD、という言い回しが生きるかもしれない。何かしらの虚構性も明確に打ち出した方が、作品として、立ち上がってくるものが明瞭になったのではないか、といった感想を持ちました。

kaz. (2017-08-06):

VIP KID様 アニメソングは「音楽的にさみしい」とは思いません。この作品をして音楽的なさみしさを覚えたのは、東京事変と椎名林檎が区別できないと言っていることでしょうね。恋人のコピーバンドぐらいちゃんと聞いとけよ、みたいな突っ込みを入れたくなってしまったのですよね。そこに「音楽的なさみしさ」を主観するわけなのです。親密さの中の孤独のようなものが感じられ、それがカタルシスとなって現れます。

kaz. (2017-08-06):

追伸 しばらく考えて思ったのですが、椎名林檎と東京事変が区別できないことは、むしろ語り手の音楽体験の豊饒さゆえかもしれませんね。

シリューシリュー (2017-09-03):

椎名林檎と東京事変が区別できない理由はきっといろいろあってそんなよく区別できない色々で僕達の生活はなりたっている、と思う 恋人はなんかそういう存在のいちばん大きなものでもあると思うんだよね いちばん近くていちばんわからないもの へらへら笑ってても心では笑ってないことがある この詩もそんなかんじ 文体は笑ってるけど こころはかなしんでる 浪花節だよ人生は みたいな? 日本文学っぽい


皆殺しの比喩   

百均@B-REVIEW ON/ 
作成日時 2017-07-08
コメント日時 2017-08-27

 

死んでください いいからしんでください だからしんでください。 いわないでください。 何もいわないでください。 何もつたえないでください。 黙ってください。 詰まらないのでしんでください。 間もなくしんでください。 どうでもいいので死んでください。 話しかけないでください。 こっちこないで、黙って、そしてしんでください。 やめてください。 いい加減にしてください。 しんでください. しんでください.. しんでください… + (((長い髪の毛を一本、風呂上りのタオルに見つけた))) これは男だろうか女だろうか?…多分女だ。しかし、本当に女なんだろうか? いや、間違いない女だ。絶対にこの長さは女だ。いやしかし、だれだ? これは誰の髪の毛なんだ? 俺は童貞で、童貞であるから、知り合いなんかどこにもいない。だから、これは、ここにいる筈の無い誰かの髪の毛に違いなかった。どこにもいない、誰かの。人の気配をどこにも感じる事の出来ない一本の長い長い髪の毛をどれだけ触ってみても、何か分かる筈がなかった。誰かの匂いとか、そういう物が全くしなかった。という事は、きっとそうでしかなく、そうでしかないんだろうな。俺は、この部屋のどこにも、誰かや何かを隠してなんかいない。何も殺してなんかなかった。だから、この部屋には誰もいない筈だった。そんな、どこにもない筈の女という存在を、一本、一本、タオルから見つけて引き剥がす度に、何故か今まで見たことの無い筈の女の顔が、切り裂さかれるイメージが浮かび上がった。…ああ、そうだ、思い出してきたぞ、この顔は集合写真でとった、そうだそうだ、あの日、あの場所で撮った、集合写真に映った女の影。灯台のある岬で撮った学生時代の思い出の場所。自殺する人間の絶えない観光地で撮った写真の中に写りこんだ幽霊の顔だ。そうじゃないか。でも、いや、しかし、なんでそんな女の髪の毛がここにあるんだろうか …そして、ここはどこだろう。ここってどこだっけか。ここは本当に俺の部屋なんだろうか? 本当に俺の部屋? …そうだ、ここにいるのは、俺は、誰だ。そして、女は、女はどこにいる。 (答えろ「…((答えなさい「「……(((答えろってば「「「………(笑い)―――((((殺すぞ))))女よ、 お前は何処だ、どこにいる。しかし、部屋の中に女の姿はなく、いやある、いやない、いやある筈だ、どこかにいる筈なんだ、というか、そもそも女が存在する筈の無い俺の部屋に、長い髪の毛が数本、ここに存在する筈のない女の気配を宿している。この髪の毛そのものの気配のなさ、女の全ての肉体と精神を顕していた それ以上の事は何も分からなかった。分からない。そうだ分からない。本当に分からないのか? いや、分からないんだ。いや、しかし分からない筈がないんだ。…これは困った。俺の右手には、紛れもない女の髪の毛が存在している。それ以上の言い訳が思いつかなかった。…言い訳? 「訳」とはなにか? 「言い」「訳」とはなんだ? なんで、俺は今「言い訳」を考えているんだ? そんな事する必要ないし、髪の毛を隠す理由なんてどこにもないのに。なんで申し訳なんだろう。なんで涙が溢れ出してくるんだろうか。俺は床にへたりこんだ。痩せ切った両腕で鎖骨の浮き上がった上半身を包み込む。顔を埋めてフローリングの床板の線を一心に見続ける 分からない。 分からないから分からない。 しかし、それらの事は俺の中で、既に「どうでもいいことにしてしまう事」になってしまっていた。 俺は覚悟を決めた。 女の髪の毛を「君」に喩えることにした。 俺は排水口の奥底に流す事にきめた。 ―――俺は、君の髪を口に含んでいた ((((そうか、これはゆめの中の映像なんだ)))) 君がオレの手足を鋸で切っていくのを黙ってみている。俺の口を覆っているのは長いながい君の髪の毛だった。猿轡のようにして、舌に絡んでくる脂ぎった黒髪の味はガソリンの味がした。これは夢だ。そうだ、つまらない夢の続きだ。と、思うと、俺は部屋をでていた。ポケットに手を入れても、鍵はなくしたままだった。俺は階段を下りる。しかし、どこにいても腹は減るものだ。俺はおもむろに肉を食べ始めた。何の肉であるか? わからない、しかし、舌を伝う感触は正に血だった。首元に垂れてくる血の色は鼠色だった。親からの送金が減らされることになった。俺は唐突に自分の立場を思い出して、壁に強く当たった (嘘だ) 稼いだ金が、てめぇのオナニーに溶けていくなんざ悲しい。やめてくれ、どうかやめてくれ。お願いだから死んで下さい。どうか可及的速やかにしんでください。例えば、お前なんか産まなければよかった。育てなければ良かった。お前に餌なんざ与えなければよかった。お前を育てる代わりに別の子を産んで育てれば良かった (((仕方ねぇだろ! オレだって好きで生まれた訳じゃなかった。あんたらの元に生まれたくなかった。親切なんかされたくなかった。そんな俺に、一体どうしろっていうんだよ!))) そんな話を! 週に一度! 日曜日の夜に、月曜日の朝が来る前に、決まって、祈るように、やってくる、電話を、切断することができない、俺は再びかけなければいけない。やめてくれ、今にも死んでしまいそうだ。そうだ、髪を食べよう。君のような伸びた髪は俺の髪の毛だ。君の物ではない。というか「君」ですらない。俺そのものだった。匂いなんて最初からこの部屋に染み付いていただけじゃないか。長い長い髪の毛は、部屋の外からエネルギーを供給するコードの類ではなかった。他の何者の線でもなかった。一度部屋を出て鏡を見ればいいんだ。そこに何が映っているんだ。お前の顔だろうが。そこに、お前の顔が映っているだろう。落ち武者のように伸びきった髪の毛がそこに映っているはずだ しかし、俺はパソコンを開く事にきめた。 昨日、何処かで誰かが死んだ。その死の痕跡をブログでまとめていた。 そんな話を誰かが噂していた 「誰が死んだ?  「誰が死んだんだ 「あれは酷い有様だった「いや、そうじゃなくて「皆殺しだ。「立て篭った人間が人間ごと吹き飛びやがったんだ「んな話あるかよ、つーか冗談だろ?「いやマジなんだって」」」」」」」」っていう動画はつまり、動画でしかなかった。つまり嘘だ。端的に言えばウソだった。「そうか、嘘なんだ「ウソだったんだ!」」 例えば、誰かが捕まった話をしよう。例えば昨日、ダチの父親が死んだ夢を見た話をしよう。例えば、俺だけ親戚の葬式に呼ばれなかった話をしよう、例えば、服用した薬が、知らなかったとは言え違法だったことについて話そう。想像しよう。さぁ、イメージを膨らませて。想像するんだ。例えば、世界中のなにがしの、それがしの、だれがしの、何がしが、誰がしによって、例えられた比喩によって、ここに一万本の比喩が咲くんです。どうですか。すばらしいでしょう。「とても素晴らしいと思います」「確かに、それれは素晴らしいですね」そうやって、みんなつながるんだ。一つのわっかになる。俺と君は繋がる。あるいは、ゲームがアップデートされた時に消える過去のデータについて。もう二度と校合される機会のない電子的なデータについて。ああ、懐かしいな。昔の話を思い出そう。本当にあった事を、そして嘘の話をしよう。物語をしよう。それらを寝る前の子供に聴かせるとき、サンタクロースなんか本当はどこにもいない事について。例えば、そこで急に誰かが死んだ話をしよう。射精の話をしよう。一億人の精子が三度の性行為で死んでいく話を。俺がついに果てて、深い深い、曼荼羅の果て、つまり宇宙の果てにおいて、黄ばんだブリーフの底の中で、ゆりかごにそっと揺られながら、再び射精する話をしよう。その行為の果てにお前が生まれた話をしよう。嘘の話をしよう。繰り返し繰り返す嘘の話をしよう。しかし、俺は童貞だ。俺は童貞である。俺の腕の中で眠る息子だか娘だか得たいの知れない髪の毛の長さを、そういう線を束ねて薪にした一個の頭蓋をくべられた暖炉の話をしよう。眠ってしまいそうな世界がすぐ側で延延と揺らめいている話をしよう。そういう温かさが全て嘘だっていう話を「君」にしよう。しかし、君は「その嘘使い方は間違ってる!「その嘘の使い方は、私の方が知っている「いいや、うそだね。俺の方が知ってる」という会話を燃えるゴミを焼却処分する時の温度で、業火の中で、修羅の中で、煉獄の中で、嘘話の中で、マラをこすっている最中で、というつまらない重層的な夢の中で、よりもっと、正しく、静謐で繊細な形の中で火に包まれて、熱せられた頭蓋骨に罅が入り、中から新しい嘘と未来の欠片が芽を出し始める。おそらく殺されてしまうであろう「未来」と、その「死骸」。という「両極端な双子」が遺伝子が、新たに産声を上げる。最終処理場、道徳の授業で読んだ夢の島の思い出という夢の空を大量の鴉と鴎達が飛び交う。波止場で、岬の先の崖に陰影した見知らぬ人の影と太陽で、波間に攫われる右手の先端の鼠色のネイルが綺麗だった + 夜。場末のバーで、中年男が尻を振っている側で、童貞がカクテルを飲んでいると、となりに黒ずくめの格好をした男が座った。男は適当な酒を注文すると、それをぐびぐびと飲み始めた。童貞は隣の男にタバコを差し出してみようと思った。童貞がバーにきたのは、これが初めてだった。というかそもそも、ここが場末であるかどうかなんて、童貞はまるでわかっていなかった。場末の意味なんざ知らなかった。だからといって意味を調べる気は毛頭なかった。そして黒づくめの男の正体は死神だった。死神は今日初めてセックスをしたのだという + この話をするたびに君は死ぬ。もう一度殺され、そして何度も殺害されるだろう、そして何度も殴られるだろう、そしていずれ撲殺されるだろう、終わらないからおわらないのである。ゆえにリフレイン、リフレインと名付けられた、ある人がぼくに向かって言いました。「大事なことっていうのは簡単に結論付けてはいけません」と誰かがいいました。尊敬できる人の言葉っていうのは、よく覚えているもんだね。うそ、んなこたないよ。ある種のキチガイがそこにいました。僕は生まれて初めてギターを握った。初めてピアノを弾きました。鍵盤を叩きました。大声を出しました。それがはじめての歌でした。ぼくはそれに感動して鉛筆を握りました。すると何もかけませんでした。黒い●を書きました。デタラメなスケッチをしました。デタラメな丸をいくつか書いてみました。それは顔になりました。でも、それが、何になったかい? って聞かれたら、じゃぁオマエはどこに立ってるんだって、答えられるのかい? と言って答えられるのかい? って、じゃぁそしたらオマエは答えられるのかい?ってHey!!Hey!!Hey!!Fuck!!Fuck!!Fuck!!って壁に腕付いて、影絵の中で腰を振る。そうやって叫ぶ俺の舌は太すぎて、綺麗なRが巻けないんだ + 「もっとかきなさい 「マスを掻くんだ 「掻き毟らないと 「包茎を長い年月をかけ剥いていくように 「花びらを一枚一枚めくるように 「もういちど比喩を書きなさい 「それを詩文によってしたためなさい 「手紙をかきましょう 「そして誰かに向けてかくのです 「誰にだっていいのです 「あなたは、かかなければなりません 「そして書き終わったら焚書するしかありません + 死んでください。 いいから死んでください。 やめてください。 言い訳はいりません。 ききたくもありません。 難しい話はやめてください。 とてもつまらないのでやめてください。 いいから死んでください。 うんざりだから死んでください。 そんなこと、くりかえしてばかりいるから、 長い比喩になった、これを皆殺しにしてください。そう言ってぼくは店をでた。昨日の晩ホテルでぼくと話した男の顔は不在で、しかし残された黒い手はまるで黒人のように手のひらが薄くぼやけていたから、去り際に握手をした。とても力強い握手だった。その男は帽子をあげて、ホテルの入口さよならをした途端に銃で打たれて死んだ。駆けつけた少女も打たれて死んだ。それに駆けつけた母親も打たれて死んだ、父親も死んだ、皆殺しだ、フロントマンも打たれた、付近の住民もうたれた、ようやく駆けつけた救急隊員も打たれた、それにかけつけた警察官も打たれた、ホテルの二階で性行為をはたらこうとしていたカップルも打たれて窓から落ちて死んだ、僕の周りに何個か池が出来ていた。ぼくは一つ一つの水の味を確かめながら、世界中で起きる様々な出来事を眺めていた。そして、鉛筆を走らせて何か書こうと思っていた。しかし何もかけなかったので、持っていたスケッチブックを池に放り投げた。スケッチブックは鼠色に染まっていき、ぼくはその場膝を抱えて始めた。そこから顔をどれだけ見上げ直しても、誰も映らなかった。それでも待っていた。僕は待っていた。誰かを待っていたんだ。ずっとキーボードを叩いていた。ここぼくは存在していた。という、なんの意味も持たない感情が、とても愛おしいんだって、Twitterで伝えようとした。愛について話そうと思った。程なくして、街路樹は植えられるときに、邪魔な大きさ木の根を切り取られる事の意味の話を思い出した。それは、生まれたての赤ちゃんの手足を切断して、小さな箱の中に入れて生き埋めにすることと同じなんだって。という話を唐突に思い出したのは、なんで? なんで、思い出したのかわからないが、それでも僕は、今日も本を読んで、そういう話を思い出しては忘れた。本の内容よりも過去の例え話を思い出した事の方がきっと大事だった。そんな大事な事を忘れないように、詩を書き始めてもどこかで行き詰まった。気分を変える為に、小説を書き始めても、たった一行も書けなかった。そもそも書きたい比喩なんてどこにもなかった。そして、僕は学校に行く事をやめて公園に出かけた。老人たちが仲良くキャッチボールをする広場の脇に作られたベンチに寝転がって、暖かい日差しの中、分厚い本庇代わりにしながら読みはじめる。そうしてたら、木枯らしがぼくの上に、一枚の葉を降らせたとき、その葉を右手で掴んだとき、その葉脈を見つけたとき、その葉を握りつぶしたとき、喉が乾いて自販機に向かったとき、右手を開いて離したとき、バラバラになった木の葉をもう一度地面におとしたとき、その上からもう一度すりつぶしたとき、色々なそのときのこと、昨日たべた女の話を、そうして切り裂いた女の話を、童貞の話を、バーテンダーの思い出を、夢の話を、誰かの夢の話、色々な夢を観察した時の話を、そして、キミの話を、今顔に落ちてきた木の葉の話を、その木の葉を手でふるい落として、汚れたスニーカーで磨り潰した瞬間に、俺は君は僕は、もう一度、忘れてしまうのだろうか


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蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2017-07-08):

良いとこがたくさんある詩だと思いました。 例えば、 (引用) 包茎を長い年月をかけ剥いていくように 「花びらを (引用終わり) 簡単に剥けるひともいますが、剥くのに、二三年かかる家系のひともいると思います。人によってはもっとかかりマスよね。 でもそれが語られるのはとても珍しい

蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2017-07-08):

(続き) 他にも、この作品が、もしかしたら世界初かもしれない詩的てがらと言うべき表現が、いくつもありますし、推理小説的な構成も、効果的に、孤独や絶望感みたいなものを表していると思います。 しかし、何故か、(ああ、面白いなあ!)という感想に至りませんでした。 何が不足だと自分は思うんだろう、と、しばし悩んだのですが、 ここにはやはり、名探偵が欠けています。そこなんじゃないかなあ、と私は思いました。 (よせばいいのに)謎を解いてしまう怪物的阿呆。その怪物性への哀しい共感が、この作品では寸止めされていらるように思います。

塚本一期 (2017-07-08):

長いよ!長くて体力が続かなくて、流すようにしか読めなかったよ! にも関わらず、目の端っこに張り付いて離れない表現がいくつもですね、ありましたこれは本当で。 まず冒頭から死んでくださいの連発でもうそこから引っ張り込まれてしまったんだろうとおもわれるんですよね。 そもそも書きたい比喩なんてどこにもなかった。 百均くんは、どこまで実際の生活の話をしていてどこから頭の中の話をしているのかわからないけれども、私はわからないながらもその渦の中に引きずり込まれてぐるぐるとですね、してしまったようです。 面白い面白くないという観点ではなく、文章としてどうかというと、なかなかに、引力のある文章だったなと。私がハエだとすればですね、おそらくハエ取り紙のようなですね、そういう文章だったという風にですね、私には、感じ取れました。はい。なんともない愛の話が、非常に、大切なわけです。

まりも (2017-07-13):

冒頭の「しんでください」の連投、誰の言葉か、何の言葉か、その勢いに呑まれつつ・・・二連目から、まるでどこかから引き連れてきてしまった(貞子のような)女の幽霊、その気配を感じ、悪夢の映像を見ているようなスリリングな感覚を覚えました。そこから〈そんな話を!~〉の連に到って、女、が母、にも思われてきて・・・別の意味で背筋にぞわっとする感覚を覚えました。 実のところ、〈そんな話を!~〉の連、〈落ち武者のように伸びきった髪の毛がそこに映っているはずだ〉でいったん止めて、これをひとつの作品、とした方が良かったのではないか。続く連は、連作のⅡ、とする、など・・・ 全体の長さや構成、読みやすさなどを考えると、そうした二部構成の方が良かったように思いました。 〈ここに一万本の比喩が咲くんです~一つのわっかになる。〉比喩、とは何か・・・この連の重量感というのか、迫力が凄い。これで一篇の詩とした方がよいのかもしれない、そんな熱量を感じます。言葉の連続して繰り出される強度にも惹かれました。 その分、〈夜。場末のバーで、~〉と、〈この話をするたびに君は死ぬ。~〉の連が、なかだるみ、の感がありました。 「もっとかきなさい からの連は、高揚感と消耗感、突上げて来る衝動に任せて書き散らかして、そのあとぐったりと果てる、そんな詩作とのアナロジー・・・勢いで書き連ねていく、若さと体力に任せた詩の書き方・・・書き上がったものを見て、〈焚書するしかありません〉というある種の自罰感情のような、書きたい衝動に振り回されている感覚・・・を想起しました。 ネット空間と現実とのはざまで、押し寄せて来る言葉、押し寄せてくる感情、押し寄せて来る「どうにもならない出来事」・・・いつまでもそれをグダグダ言ってんじゃねぇよ!・・・と突きつけられたような感覚も覚えつつ(これはまったくの、個人的な、勝手な受け止め方です)〈そこから顔をどれだけ見上げ直しても、誰も映らなかった。それでも待っていた。僕は待っていた。誰かを待っていたんだ。ずっとキーボードを叩いていた。ここぼくは存在していた。という、なんの意味も持たない感情が、とても愛おしいんだって、Twitterで伝えようとした。〉この一節を、何度も何度も、読みました。誰か、を待つのか、何か、を待つのか・・・わからないけれど・・・それを、Twitterで伝えよう、という発想は、私には無かった、その新鮮さも含めて・・・響く部分でした。 〈街路樹は植えられるときに、邪魔な大きさ木の根を切り取られる事の意味の話を思い出した。それは、生まれたての赤ちゃんの手足を切断して、小さな箱の中に入れて生き埋めにすることと同じなんだって。〉助詞が、抜けてる?と思う所が、全体に何カ所があって・・・〈大きさ木の根〉あたりも、脱字かな、という気がしないでもないですが・・・型に嵌め込まれるということ、社会に嵌め込まれる、ということ、無理やり適応させられる、ということ・・・その残酷さを思い出した、その瞬間をとらえているように思い、ここもまた、惹かれる部分です。 〈そもそも書きたい比喩なんてどこにもなかった。〉書きたい詩なんて、何処にもなかった、と言うに等しい・・・でも、詩、と言わない、あくまでも比喩。そのものをそのままに捉える他ない、そのことを記憶しようとしても、薄れてしまう、失ってしまう、忘れてしまう・・・ということの意味。 書いても語っても失われていく、大量の言葉、日々、流れていく思いの流れ・・・ 私たちは、ただ、そのほとりに茫然と立ちすくんでいるだけなのかもしれません。

泥棒泥棒 (2017-07-13):

これは 人様に読ませる必要がない 見事なやさぐれオナニー詩として読むと 実に短い。 オナニーにも前戯が必要である。 童貞よ 大志を抱け 比喩を比喩で表現して 死んでください とか言いたくなるね。 他人に 作品として 読ませるまでもない雑な文章。 ちょっとだけあるおもしろい部分が 台無し。 そう感じだよ まる

百均@B-REVIEW ON/ (2017-07-14):

 皆さんレスありがとうございます。  返事がおそくなってしまい、大変申し訳ありません。 ボルカさん レスありがとうございます。包茎を剥いていくのって、個人差あると思うんですが、銭湯とかに行くと子供はあのデカイ奴に圧倒されると思うんですよね。自分も将来ああるのか、ならないのか。みたいな感じです。という事を、本で読んだ事あんまりないかもなぁと僕も思いました。 >しかし、何故か、(ああ、面白いなあ!)という感想に至りませんでした。 > >何が不足だと自分は思うんだろう、と、しばし悩んだのですが、 >ここにはやはり、名探偵が欠けています。そこなんじゃないかなあ、と私は思いました。 > >(よせばいいのに)謎を解いてしまう怪物的阿呆。その怪物性への哀しい共感が、この作品では寸止めされていらるように思います。 ここは、まさしくその通りというか、新しい比喩を見つけるという事、それすなわち、名探偵的な仕事に近いのかなとか思ったりするのですが、ここでの語り手は、そういう物に気付く事ができない、みたいな感じで比喩を殺しにかかってしまう。レスを頂いてから考えたのですが、多分語り手はオナニーに成功できてないんですね。だからマスを書く事しかできないし、本も読むことができない。みたいなのかなぁと思いました。 ここからは僕、作者の話になってしまいますが、そう考えると、読み物としてはやっぱり弱いのかなぁという納得が生じました。 レスありがとうございました。  

百均@B-REVIEW ON/ (2017-07-14):

塚本一期さん レスありがとうございます。 >長いよ!長くて体力が続かなくて、流すようにしか読めなかったよ! >にも関わらず、目の端っこに張り付いて離れない表現がいくつもですね、ありましたこれは本当で。 >まず冒頭から死んでくださいの連発でもうそこから引っ張り込まれてしまったんだろうとおもわれるんですよね。 >そもそも書きたい比喩なんてどこにもなかった。 >百均くんは、どこまで実際の生活の話をしていてどこから頭の中の話をしているのかわからないけれども、私はわからないながらもその渦の中に引きずり込まれてぐるぐるとですね、してしまったようです。 >面白い面白くないという観点ではなく、文章としてどうかというと、なかなかに、引力のある文章だったなと。私がハエだとすればですね、おそらく>ハエ取り紙のようなですね、そういう文章だったという風にですね、私には、感じ取れました。はい。なんともない愛の話が、非常に、大切なわけです。 僕は短い物を書くのが本当に下手くそでした。短いと粗とか技術の無さとか目についちゃうし、簡単に突っぱねられてしまうと思ったからです。あとは「そもそも書きたい比喩なんてどこにもなかった。」ここもそうでした。何もない所から何か生み出した所で何がどうなるのかみたいな事を延延と探してるみたいな感じでした。 だから、長く書く事で下手な鉄砲数うちゃ当たる状態にならないか、みたいな事で自分が満足するまでとことん書いたのがコレになります。 ですから、中身の善し悪しのその前に、エネルギーみたいなものが出ていたのであれば、単純に嬉しく思います。これは過去の作品をリメイクした物になるのですが、あの時のエネルギーみたいなのは多分僕にはもう無いので、そこに魅力みたいな物を感じていただけたのであれば、これ以上に嬉しい事はありません。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-07-20):

まりもさん 丁寧なレスありがとうございます。 色々レス考えていたのですが、正直な所僕からお返し出来る事がありません。 これは皮肉でもなんでもなく、その通りとしか言いようがなく、わざわざレスして下さった事に対して僕がいちいち肯定するようなレス書くしかなく、実際に書いていたのですが、そういうの野暮だなぁとしか考えられませんでした。 僕が出来る事は、そういう意味で本当にありません。 この作品は、多分色々ちぐはぐすぎる面が確かにあるので、色々分裂させた方がいいのかもしれません。ただ、これは僕の未熟な点だとも思いますが、これ以上カットすると、僕からみた時に、なんとも脆く見えてしまうのと、まぁそういう未熟な部分を詰合せた感じが好きなのかもしれません。そういう意味で、多分これから上手く書けるようになったら、こういった作品を書く事はなくなってしまうかもしれません。 ここら辺の、例えばボルカさんからの指摘でもあった、名探偵が足りないという所や、あるいは爽快感みたいなものであったり、作りの丁寧さ、みたいな所は、多分僕が創作を続けていく先で、一番大きな壁なのかなとおもっています。僕はどうせ書くなら沢山の人に読まれたいって、やっぱりどうしても心の底で思っている事は否めないからです。 Twitterの部分は、実は前書いていた時は「ブログ」だったんですが、ここに投稿する前にTwitterっていう風に変えました。僕はフォロー/フォロワーが100~200前後ですが、それでも色々な人の呟きがドンドン流されていくみたいな感覚。昔は多分記録に残る事のなかった誰かの言葉をネットを通じて毎日百人の言葉を一斉に眺める事の出来る事の重大さと、同時に感じる一つ一つの軽さみたいなものと、それらに対峙する時の姿勢についてだとか、それは掲示板を運営するという立場に立ってから一番感じている事ですが、その間で引き裂かれる感情と、引き裂かねばならない感情みたいな物の間に立っている僕、みたいな物とか、、、そういう事引っ括めて多分僕にとってはTwitterの方が近いのかなっていう風な事かもしれないですね。SNSというメディアそのものに対する嫌悪ではなくて、そういうものを使う僕と、使われる僕と、使わざるを得ない僕と、そういう事態に疲れる僕と、それでも殺しきれないから忘れる選択肢を本能的に選んでしまう僕みたいな感じかも知れないですね。 …という感じで、回答になっているのか分かりませんが、レスを拝読させて頂いて僕なりに考えた事をレスさせて頂きました。レスありがとうございました。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-07-20):

泥棒さん なんか言いたい事あるっちゃあるけど、大体言われたとおりなのかなぁ、と思う一方で、もっと長くしろっていうのは、笑いました。多分中途半端はやめろって事ですよね。(だったら前の方がよかった的なあれかな) 良かったら、教えてくれると有難いっすね。それを軸にして長くでももっと短くでも、機会があれば書いてみるかもしれません。 あとは、、、もし良かったら、7月8月くらいまでは東京にいるので会いましょうぜ。 まぁ、なんのメリットもないかもしれないけど。

小笠潔小笠潔 (2017-08-06):

hyakkinnさま 「皆殺しの比喩」の中で、私が美しいと感じた箇所を以下に引用させていただきます。 <長い長い髪の毛は、部屋の外からエネルギーを供給するコードの類ではなかった。> <例えば、世界中のなにがしの、それがしの、だれがしの、何がしが、誰がしによって、例えられた比喩によって、ここに一万本の比喩が咲くんです。> hyakkinnさんはエネルギーに溢れた方だと感じます。溢れんばかりのエネルギーを発散して書かれた詩から、ヒトの生々しい暴力性を感じます。 冒頭の<しんでください>の連呼は、他者というよりむしろ自らに向けて発されているかのようです。苦しみに遭遇し、自ら望んで生きているのではない、と生を受けた理不尽さを嘆きます。しかし、その嘆きに呼応してくれる存在が少なからず生きていると感知します。その存在は、苦しい生に垣間見る残火のような希望です。しかし、それすら消され、ひとすじの煙が上がったとき、ヒトの暴力性が表出するのではないかと考えさせられました。 また、注意すべき点を挙げるとすると、作品の長さや量です。あまりにも延々と語られるものについては、読むもののエネルギーを消耗させてしまう恐れがあります。詩は必ずしも清流である必要はないと思います。hyakkinnさんの持つ、表現の生々しさが濁流のようであれば、読むものの目は夢中で文字を追い、流れ着いた先が濁った海であっても、疾走した後の爽快感は得られると思うのです。

竜野欠伸 (2017-08-06):

百均さん こんにちは。 このタイトルには共時性を感じる日でもあります。72年前の本日広島8月6日8時15分には世界で初めての核爆撃があった日です。黙祷いたしました。この作品のタイトルで、国家間戦争を比喩したものとした場合に、結構いろんなことが、比喩とされています。もちろんそれらは、人間の生と死をわかつものとして、です。これらは、北朝鮮などの動向を感じれば、政治的な詩でもあると思いました。命の性質を問う詩だと思います。 1たとえ命を奪う悲惨さの自覚がなくても相当に命を奪う時間を費やす。 2命を奪うことには困難さや不条理が多大に伴います。自らの未来を失う危険にも追い込む。 3命を奪うことを望んでもやはり他者の命は、他者以外の人間にもかかわり、それは、自身も無関係ではありえない。 4すべての命には背景説明は極めて困難です。原爆投下もやはり理由が諸説あり、それらは根拠や真実ですら無数になる。 5近しい伴侶として異性の死をともに痛まざるをえない。強く異性の安否を意識する。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-08-27):

返信が大変遅くなってしまい、すいません。頂いたコメントを飲み干して自分の物にしていく、事にどうしても時間がかかってしまいます。無下しているわけではなく、大切だからこそ、こうして遅れた返信になってしまう事、申し訳ないと同時に、本当に素敵なコメントをありがとうございました。と前置きに置かせていただきたく思います。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-08-27):

小笠潔さん ><しんでください>の連呼は、他者というよりむしろ自らに向けて発されているかのようです。 この頂けた一文、、、なんというか一番ビビリましたね…。 もう、、、なんというか、頂けたレス全てに、白旗としか言いようがありません。 これを書いている時に、本当に自分が大嫌いというかですね、死んでくださいといってしまう自分みたいな物の方が本当にくだらないのに、なんでこういう事書いてるんだろうかみたいな所から、常にこの作品は内側に向けて書いていた自覚があります。それを逸らす為に多分外側に向けて暴力を振るう形で、エネルギーを読み手に差し出すしか方法がなかったのかなとか色々な事を考えてしまいました。 >苦しみに遭遇し、自ら望んで生きているのではない、と生を受けた理不尽さを嘆きます。しかし、その嘆きに呼応してくれる存在が少なからず生きていると感知します。その存在は、苦しい生に垣間見る残火のような希望です。しかし、それすら消され、ひとすじの煙が上がったとき、ヒトの暴力性が表出するのではないかと考えさせられました。 正直、このような感想がいただけると思ってもなかったです。多分僕が書きたかった事、そのものを超越したような、色々な物が凝縮された感想だと思いました。 それは、悔しいとか、そういうのじゃなくて、多分こういう事しか言えない自分の未熟さに困惑してる感じですね。僕は多分これからこの頂いた一文の事、折に返しては数年間考えてまたこのレスを見返しながら考えていくと思います。本当に素敵なレスをありがとうございました。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-08-27):

竜野欠伸さん ずっと物を書いてる時に考える事なのですが、作品の中で暴力を振るうことについて、ずっと考えています。そのことについてもためらいを感じる一方で、では何故それを描くのかというと、やはり、暴力は常に僕らが生きている世界に存在し、それを見ない事には出来るかもしれないが、排斥する事は出来ないからだと考えています。ただ、それをリアルの世界で起こしてしまうと、それこそ戦争になってしまいます。 人を殺す実験、という言ってしまうと本当に不謹慎な事かもしれないのですが、そういう事を作品の中だからといって無邪気に殺してしまう時に脳裏を遮る感情があります。それは多分、僕が作品を書いているときの見た目には分からないのですが、本当に頭の中では疲れが生じます。本当に人を殺す事は大変だ。でも、そのそばで僕は日々当たり前のように肉を食べているという事実が頭をもたげ、その度に自分の中にある人を殺してはならないという思いだとか、なぜ自分の行き方に詰まったときに殺すという発想が出てくるのか。そして戦争についても確かに頭の中を掠めていきます。 最後の最後にホテルが出てくるのは、僕が行った事のない外国がイメージになっています。イメージとしては中東みたいな感じですが、それは、おぼろげな僕の中にあるイメージだけでふんわりと思い描きながら描いた虐殺のイメージです。でも彼ががなぜそのホテルにいて殺されるのか、そこに必然性なんかどこにもないのですよね。偶偶その土地にいてそこで生きていたからというだけなのかもしれないし、そこには何かしらの明確な因果が絡んでいるのかもしれないんですよね。そして、そのような話をなんとなく僕は遠い国の話として捉えるばかりで、うろんげに死を捉えているという事。そんな僕が死んでくださいといってしまう事みたいな事を考えたときに 1たとえ命を奪う悲惨さの自覚がなくても相当に命を奪う時間を費やす。 2命を奪うことには困難さや不条理が多大に伴います。自らの未来を失う危険にも追い込む。 3命を奪うことを望んでもやはり他者の命は、他者以外の人間にもかかわり、それは、自身も無関係ではありえない。 4すべての命には背景説明は極めて困難です。原爆投下もやはり理由が諸説あり、それらは根拠や真実ですら無数になる。 5近しい伴侶として異性の死をともに痛まざるをえない。強く異性の安否を意識する。 頂いた5つのポイントについて個別に僕が何かいうことは本当に難しいのですが、しかし、僕は自分で自分の作品を読み返したときになぜこのような記述が本作にとって必要だったのか自覚し、認識する事ができたように思います。 レスありがとうございました。


   

なかたつ 
作成日時 2017-07-17
コメント日時 2017-08-24

 

近所のコンビニで働いているずるぷかる君がどこの国から来て、何でコンビニで働くことを選んだのか考えるために、今日もそのコンビニに煙草を買いに行くけれどずるぷかる君はいなくて、新顔で中国から来たと思われる店員が働いていた。コンビニでしか会えないずるぷかる君がコンビニにいない時、君が何をしているのかを知る術はない。 母は「私はホタル族だから」と述べた。夜、ベランダで煙草を吸う人をホタル族と言うらしい。一時だけ放たれる光は母の手元から生まれたものだ。その光を頼りにする虫もまた夜になるまでどこで眠っていたというのだろうか。 パソコンの容量を空けるために様々なフォルダを開いた。気づかないうちに何層もの階層が用意されており、その奥へ奥へと辿ってゆく。その中で「兄より.txt」というファイルを見つけた。一時期だけ兄にパソコンを貸していたことがあって、ファイルは2013‎年‎12‎月‎10‎日、‏‎23:15:53に作成されていた。パソコンを貸したことへの感謝と家族への心配と、最後に、これらのことを口頭で伝えることへの照れくささが述べられていた。 そう言えば、兄を想って作った詩を乗せた同人誌を「とりあえず、これ」とか渡したことがある。「弟は兄の真似をすることしかできない」とかそんなことを書いた気がする。そうか、同人誌を渡した時の心境もまた「兄より.txt」を残した兄の心境の真似だったのかと2017年7月15日になって気づいた。この時、隣の部屋に兄はいなかった。 初めて家族の前で煙草を吸ったのは、2015年1月に沖縄へ家族旅行に行った時のことだ。煙草を吸っていることを家族に知られてはいたが、その姿は見せないようにしていた。だけど、旅行ともなればいたしかたなく、母親に薦められたものだから、なおいたしかたない。おそらくあれが最後の家族旅行となるのだろう。約15年の時を経て、沖縄に戻ったあの旅行が最後の家族旅行となるのだ。 ずるぷかる君にはわからないだろう。僕がいつも「49番を2つ」という時の震えがわからないだろう。それと同じように僕は、ずるぷかる君がどこの国から来て、何でコンビニを働くことを選んだのかがわからない。 一つだけ教えるとしたら、煙草を吸い始めたのは少女との約束を守るためだったこと。だから、僕と結婚する人にお願いしたいのは、僕の喫煙を辞めさせて欲しい。そうすれば少女との約束を破れるから、奥さんと子どもを沖縄旅行へ連れて行こうと思う。その時、右手に握られているものが何であるかを今は知る由もないのだ。 「弟より.txt」 今日、知り合いから「深夜高速」という歌があることを知らされました。サビは「生きてて良かった」が繰り返され、「そんな夜を探してる」「そんな夜はどこだ」と繋がります。これは、歌手自身が「生きてて良かった」ことを探すのですが、「生きてて良かった」のは何も「私」=「歌い手」だけではないんだと思います。僕はそんな夜をもう見つけています。だから、僕はあなたにこの歌を聞かせたいのです。どっかの歌手が歌っているのではなく、精一杯僕があなたに歌いたいと思います。「生きてて良かった」と。 作成日時:2017年‎7‎月‎17‎日、‏‎0:40:50


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5or6(ゴロちゃん。) (2017-07-17):

文学好きでは無い自分でもストレス無く読めました。 多分、ずるぷかる君のお陰でしょう。不確かな情報の中に確実な数字が刻まれているとそれが道しるべのように安心して最後までたどり着きました。生きてて良かった。

仲程仲程 (2017-07-17):

うまいなあ と思います。抑えた表現のうらで、物語がつながれてゆく。 しかも、最終の強いメッセージが違和感なく、 自分の記憶を重ねて、私にとってはちょうどいいところ、と感じます。 あと、数回読めば、違う思いでも出てきそうです。

完備 (2017-07-17):

「良い」以外に感想の述べようがありません。こういうチャラチャラした文体は好みではありませんが、そういう私の心理的なハンディキャップをものともしないほどの出来ばえだと感じました。

なかたつ (2017-07-17):

5or6さん なんていうか、限りなく身近な出来事をいかに読み物として成立させるか、と考えますが、でも、この作品に至った結果として多分どストレートに書くしかなかったんだと思います。そういう点で毎回挑戦ではありますが、ある意味読者を信頼して投げるしかないですね、生きてて良かったです。 仲程さん ありがとうございます。最終のメッセージは当初なく、その前で投稿しようと思ったのですが、それだと何かフックがないような気がして、蛇足になるかならないかと葛藤しながら付け加えてしまいました。この作品を好き勝手にお持ち帰りいただき、好きなところだけつまんでいただければと。 完備さん 「良い」以外に出ないというのは、それだけでしかない作品でもあるということで、ただ、ポジティブに捉えたいと思います。チャラチャラした文体というのがこういうものなのか、と、ただ自然に出た言葉なので、僕がチャラチャラしているということでしょう、生き方を変えなければ文体も変わらない気がします。ご感想は、誉め言葉として受け取ります、ありがとうございます。

渡辺八畳@祝儀敷 (2017-07-18):

これはすらすらと読めた、と私もライトレスします

淵木淵木 (2017-07-19):

はじめまして、すごく心に響きました。一見関係のない初めの何パラグラフか、どんどん先に読み進められたのは「ずるぷかる君」とか「ホタル族」とか、魅力的な言葉のおかげでしょうか。そしてさいごの「生きててよかった」が出てきたときの高揚感、、、。人と人の間にあるものの所感を書くことが、心惹かれる文章の秘訣という感じがします。

蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2017-07-19):

そうか、タイトルをクリックしてから、コメントを入力すればいいのか!! 今、気づきました! 世の中、僕の気づかない、他の人たちが気づいてることつて、たくさんあるんだろうなー。なんかびっくりです。 この作品ですが、とても難しいことをやっていて、気持ちがイイです。上手いなあと、思いました。 日常語では簡単だけど、詩ではなかなか書けやしない、難しいこと、例えば「お兄ちゃん、最近どう?」、みたいな大事な言葉を詩で書くには、たぶん呼び水みたいな魔力のある言葉がいるのでは無いかと思うのですが、作者はずるぷうか君を上手く掴まえました。 チャンスには前髪しかないとか。

なかたつ (2017-07-19):

祝儀敷さん すらすらと読めたのは形式的なことで、内容面では何も残らなかったのでしょうか、とちょっとした猜疑心を持ってしまいましたが、ポジティブに捉えたいと思います、ありがとうございます。 淵木さん てんでばらばらなことをつらつらと書いてても多分意味がないんだと思います。それとなく、なんとなーくつながりがあって、それを繋ぎ合わせることで、なにかしら生めればいいといつも思っています。それも僕がどう感じたかだけでなく、誰かとの場面や誰かのセリフによって感じる何かですね。 蛾兆ボルカさん 難しいことをやっているように見えましたか…、起きた出来事を単純にどストレートに並べただけですね。何かを思い出すきっかけはふとした瞬間であって、そのふとした瞬間が何であったかを後になってねつ造するにあたり、できるだけ自然にねつ造できればと思いました。記憶もねつ造だと思います。それにしても、この作品にコメントを書いていただいたのも、この作品の前髪を掴んでいただけたということですね。

花緒 (2017-07-21):

本作、錚々たるメンツからのライトレスが相次いでいるように思います。その気持ちが私にも分かります。文章の手触りがよく、何か背後から音楽が聞こえてくるような鮮烈な読後感ですが、感動の理由を語るのは簡単では無い気がします。 最初に、ずるぷかる君、が登場します。ずるぷかる君がどの国からきた人なのか、まるで分かりません。名前から推測することも難しい。アジア系か、中東欧か、何も分かりません。そして、ずるぷかる君は、不在であるわけです。本作に登場する人物たちは、作中話者の眼前にいる訳では無い。全員、不在。そんななか、コミュニケーションに関する二つの可能性が示されているように思います。一つは、ホタル属というあり方。誰かに何かを伝えてるために光っている訳では無いのでしょう。そこで生きる、ということが、結果的に、他人に何かを伝えてしまう、というありよう。もう一つは、深く深く潜っていくというあり方。自分の中を内観するかのように、パソコンを深く深く潜っていくと、他人からのメッセージに気づく、という通交のあり方。そんな二つの通交のあり方が、最後の、弟より.txtで、交わるような、そんな感動を覚えました。 うまく解読できているか分かりませんが、しかし、何か伝わるもののある作品だと感じました。

まりも (2017-07-22):

〈コンビニでしか会えないずるぷかる君がコンビニにいない時、君が何をしているのかを知る術はない。〉コンビニを二度重ねることによって生まれる、意識的に再確認しなくてはいられないような焦燥感、知るすべはない、という大仰な表現の裏に仄見える、どうしても知りたい、という切実な感覚。それを、気持を表面化する方向性ではなく、無機的な叙述的な散文体によって、沈潜させながら語っていく語り方、その心地よさが全体に響いているように思いました。 〈母は~と述べた。〉これもまた、ずいぶん畏まった、大仰な言い方。自分のことを述懐する、のか。口上を述べる、のか・・・自らをホタル族、と定義することの意味。家族の中での、かすかな疎外の感覚。母の煙草の話が、なぜ急に〈兄〉の話になるのか、と思ったら・・・煙草の火のイメージが、最後まで巧みに織り込まれているのですね・・・。 〈煙草を吸っていることを家族に知られてはいたが、その姿は見せないようにしていた。だけど、旅行ともなればいたしかたなく、母親に薦められたものだから、〉母の吸う煙草、それは、家族からは疎んじられている行為に身を染める、その誘惑に身を委ねる、ということでもあったのか・・・その母の誘惑に、語り手も誘い込まれている。 兄、は、きっと、煙草を吸う(なにかに依存しないと生きていけない)こと無しに生きていける存在なのでしょう。弟は、その兄に憧れている。兄の抱く〈家族への心配〉は、母と弟が共有している、なにかに依存しないと生きていけない(とはいっても、煙草、くらいの、ささやかな、やめようと思えば辞められるはずの、それでいて自力ではなかなかやめられない、何か)性向への〈心配〉であるようにも感じました。 〈最後の家族旅行〉や、家族の不在に象徴されるような、家族離散、あるいは家族の崩壊のイメージ。ずるぷかる君、という印象的な名前(と存在)は、自分の心のよりどころ(とまで大げさではなくとも、母の思い出やらなにやら、との連続性を喚起する)煙草を買う、という行為において、接点を持つ存在。 ずるぷかる君、がいない、見当たらない、そのことが、煙草を買わない、煙草を辞める、きかっけになるのか? 〈煙草を吸い始めたのは少女との約束を守るためだったこと。だから、僕と結婚する人にお願いしたいのは、僕の喫煙を辞めさせて欲しい。そうすれば少女との約束を破れるから、奥さんと子どもを沖縄旅行へ連れて行こうと思う。その時、右手に握られているものが何であるかを今は知る由もないのだ〉 知る術もない、という冒頭の表現と、〈知る由もない〉という終盤の表現が作りだす、ある種の枠構造。少女との約束とは何か(母の中の小女性、にまでつなげるのは、私の勝手な読み、ですが)。 結婚=家族を得る=現在の家族喪失、家族崩壊、の状況の修復。そこまで考えると、寂しさを癒すための仮の火が、夜のベランダで吸う一服の煙草、なのかな・・・その寂しさ(言葉にすると大げさだし、その程度のことは家族には伝わらないから、黙っている、でも、しんしんと感じている寂しさ)を母は感じる人で、兄はさほど感じない人で、弟は敏感に受け継いでしまっている人で・・・今は皆、バラバラで生きている、そんな家族の姿を思い浮かべました。 ささやかだけれど、家族と共に居ても(ともにいるからこそ)感じてしまう淋しさ、のようなもの・・・それを逃すなにか、を右手に持って(そのことを予感して)、自分の家族を持つことになる、であろう弟。そこまで予感できたからこそ、言葉にうまく出来ないながら、漠然と心配してくれている兄に、〈「生きてて良かった」のは何も「私」=「歌い手」だけではないんだと思います。僕はそんな夜をもう見つけています。〉ということを、弟は伝えたいのかな。そんなことを想いました。

天才詩人天才詩人 (2017-07-22):

ご投稿ありがとうございます。 家族関係といういものの忍びなさ、ほんらい至極困難だからこそその厄介さを他者の場合のそれとして追体験することでフレッシュなものとして繋ぎ直したい。 ずるぶか君はすべての人間関係がリセットされたそのさきにある、もしくはそうした関係性が未分化な場である、彼にとって異国の「コンビニでしか」出会わない存在。平たく言えば、じぶんもそうやって一人遠くに働きに出たら、兄や母の存在はどう見えるんだろなと。 ずるぶかくんの目線をギミックとすることで日常をポリフォニックに再掲示し直す、秀作として読みました。。

天才詩人天才詩人 (2017-07-22):

書き忘れましたが、終盤に将来の結婚とか夢想部分が入ってくる。手垢のついたものを、新規なものとして「繋ぎ直す」という。自分が現在巻き込まれている関係性を一旦緩めることが必須である。

天才詩人天才詩人 (2017-07-22):

そうしてこそ自身が今後主体的に「縁」というものを成立させてゆく契機ができててくる。 そんな感じですかね。

天才詩人天才詩人 (2017-07-22):

ずるぷかるくんだった。。。笑。携帯から書いてるんでそのへんはご容赦を。

夏生夏生 (2017-07-22):

なかたつ様、御作にコメントさせて頂きます。 作品の冒頭の「ずるぷかる君」と「僕」の話になるかと思いきや、「兄」の話になり。 煙草から母親の姿が浮かび、家族を心配する「兄」が浮かび。 痛みやかなしみを綴るのではなく、素直に思ったこと、感じたことが丁寧に綴られて 最後に兄の真似をしていた「弟」からの脱皮が見えた気がしました。 「縁」というタイトルから逃れられないもの、大切にしたいもの、という思いと葛藤を感じました。

なかたつ (2017-07-22):

花緒さん いやいや、発見をいただきました。人物が不在であるということ。それは導かれるべくしての結果なのです。というのも、僕は、「ということ」という作品でも書いただけでなく、身の回りの人たちも総じて、自分と一緒にいる時間より、むしろ、自分といない時間もどこかで生きていることを想像するのが好きなのです。ということは、必ず不在である時に相手を想うことが僕の詩、僕の生の根源にあるということに気づかされました。 そこに合わせて、ホタル族の話は単に1~2日前に母から偶々聞いた話を用いたのですが、「結果的に、他人に何かを伝えてしまう」というのがなるほどで、僕にとってのずるぷかる君がそうなんですね。 そして、深く深く潜ると気付く他者のメッセージというのは、言われて自画自賛、偶然の産物ではありますが、こういった手法はあまり用いられていないのではないでしょうか。 この2つについては、僕自身が僕の作品への気づきを得られました、ありがとうございます。

なかたつ (2017-07-22):

まりもさん 作品を拡げた読みがしっくりくるような、こないような感じです。 「兄、は、きっと、煙草を吸う(なにかに依存しないと生きていけない)こと無しに生きていける存在なのでしょう。弟は、その兄に憧れている。」 きっと、弟は兄に憧れていますが、その辺の描写は全くなく、ましてや兄が煙草を吸うかどうかの描写も全くありません。おそらく、ここに描かれている兄弟は兄は弟に、弟は兄に依存しているのではないでしょうか。それもお互い遠回りの意思表示でしか通じ合っていないのですが、煙草を吸うことがこの作品において何かへの依存の象徴として使われているわけではなく、我ながら意味のわからない「煙草を吸い始めたのは少女との約束を守るためだったこと」に使われているように思えます。家族の前で吸う必要がなかったのは、それが少女との約束を守るためであったからだったと述べるのはずるいでしょうか。 「ずるぷかる君、がいない、見当たらない、そのことが、煙草を買わない、煙草を辞める、きかっけになるのか?」 なので、上記のことで、ずるぷかる君が見当たらなくても、少女との約束が煙草を吸う吸わないに影響を与えたのだと書いてあるとおりだと思っています。その約束=過去によって導かれた、現在にいるのがずるぷかる君でしょうか。 (語り手の)過去=約束→(語り手の)現在=ずるぷかる君→(ずるぷかる君の)過去を想うことができる。つまり、少女との約束は煙草を吸う目的であり、それが同時にずるぷかる君に会う手段でもあって、ずるぷかる君に見当たらなくても、少女との約束が破られない限りは煙草を吸う気がします。 「生きてて良かった」の解釈については、「僕はあなたにこの歌を聞かせたいのです。どっかの歌手が歌っているのではなく、精一杯僕があなたに歌いたいと思います。「生きてて良かった」と。」の通りですね。自分で言うのもあれですが、この「生きてて良かった」の主語が弟なのか、兄なのかによって全然意味合いが違うんだと思います。そこを隠してしまったので、皆様にお委ねした次第です。

なかたつ (2017-07-23):

天才詩人さん 「ずるぶかくんの目線をギミックとすることで日常をポリフォニックに再掲示し直す、秀作として読みました。。」 「手垢のついたものを、新規なものとして「繋ぎ直す」という。自分が現在巻き込まれている関係性を一旦緩めることが必須である。」 という二つの部分は、僕の読みがあまいのか、矛盾しているように思えました。 多分、ずるぷかる君の目線は語り手が推測するしかなくて、語り手が見たずるぷかる君が全てであって、読み手も語り手でさえ、きっとずるぷかる君の目線に立てないのです。ただ、想うことはできることが提示されています。 「繋ぎ直し」というのは、適格だと思いました。一見無関係に思えるばらばらの出来事を一人の主体によって結びなおす。無論、一人の主体が経験したことを改めて並べているだけなのですが、それでも、「繋ぎ直す」という作業によって、多層が多層でありながらもその僅かな重なりが見えてくる瞬間が僕にとっては快感ですね。 方法論として意識しているわけではないのですが、西脇の言う「超現実主義詩論」に通じるものがあるでしょうか。

なかたつ (2017-07-23):

夏生さん 様々に入れ替わる登場人物に読者が置いてけぼりにならないかと心配ではありました。 兄の真似をするしかできないとは、多分何かに書いただけであって、作中では兄の真似をする行為は全く描かれていないので、「脱皮」したわけではなく、今になって気づいたのですが、「弟より.txt」というものを書いてしまうこと自体、兄が「兄より.txt」を残した行為の真似であるので、実は脱皮できていないんじゃないかと気づいてしまいました。

天才詩人天才詩人 (2017-07-25):

機会があればここで議論しましょう、ということで直近のツイートを貼ります。 B-REVIEW‏ @breview_jp 9 hHace 9 horas Más うーむ花緒さんの評は面白いんだけど、敢えて「不在」という言い方をしなくても、作品中に他者がフルに現前しないこと=作者のモノローグである、というごく初歩的な説明で済むはずだよな、という疑念もある。 #breview

天才詩人天才詩人 (2017-07-25):

この作品でまりもさんにも喧嘩(笑)を売るとすれば、けっきょく文芸批評って全部読まなくちゃいけないのか?という恒常的な疑問なんですね。 #BREVIEW どんなに長大な小説も論文も、作者の表現したいポイントのようなもの、これは結局唯一点だと思う。それをスパっと抜いて提示すればよく。全編読むのは基本としても全文を咀嚼=吟味する必要はないと。木を見て森を見ずになる危険? #BREVIEW やっぱ出身国金持ちか否か問わず「外国」人という存在自体がまぶしく見える瞬間ってあるんと思うんです。彼(女)は酸化したニコチンのような家族関係や交友の網目に絡めとられ(未だ)色あせていない。卸したてのポロシャツにくるまれているような清潔な感じがある。(うっ詩人だ俺)#BREVIEW

天才詩人天才詩人 (2017-07-25):

総括的にわたしの読みを言うと、けっきょく異化作用の話だと思うんですね。その役割をずるぶかるくんが担っている。但しこの作品はもっと複雑で、たんに異国の情景を挿入するとかあざとい方法じゃなく、作者もそれがまだ何か気づいていない。だけど、気になる、という感じなんですよね。旅の効果、住み慣れた土地を離れるというのはそういうことなんだけど、ここでは作者が旅をするよりは、作者の日常に「旅」を経てそこにいる人物が埋め込まれている。そこで上のツイートで触れた「洗いたてのポロシャツの新鮮な感じ、というのにつながっていくわけです。

田中修子 (2017-07-26):

ちょっとけなしている感じで書いちゃいますが、けなしていないです! とっても不思議な感じで、 スマホから読むとすらすら入ってきてすごいなぁ! って思ったんですが、大きめのパソコンからみたら内容が薄いように思って、でもまたスマホから読むとすらすらしていい感じです。紙にプリントアウトしたらどうなんだろう。 画面によってだいぶ印象が変わるお話で、これはなんなんだろうと。 個人的に、どの機械で書かれたのか興味あります。スマホ? パソコン? おもしろいな~

花緒 (2017-07-30):

天才詩人がなんどもツイッターで本作を取り上げ、私やまりもさんに異論を唱え、盛り上げようとしていらっしゃるようなので、ちょっとおつきあいをさせて頂きます。が、この場で、天才詩人と議論するには、ちょっと交通整理が必要であるように思います。まず、大前提として、読解の的確さを戦わせたいのか、批評を戦わせたいのかよく分からない。本作ですが、一行一行は読みやすく、読んで何か感じさせる作品ですが、絶妙に読めない作品たり得ている。であるがゆえに、読解の多様性も、批評の多様性も、許容する作品になっているわけですが、読解として語るのか、批評として語るのか、峻別が付いていないと、議論が噛み合うと思えない。 で、まず読解として語るならば、作者も示唆している通り、ずるぷかる君を起点として、すなわち、他者性の強い第三者を交えることによって、関係を繋ぎ直す可能性を描いた作品とは思えない。確かに、ずるぷかる君は、他者性への意識を喚起させる存在として描かれていると思うのですが、異化作用、とまで言えるほどの存在感を示す文言は見当たりません。他者性の強い人間が本来いるべき場所にいない、という冒頭の導入及び、他人と理解しあえないことを語る中盤の叙述に使われてはいるが、異化作用、とまで読めるのかどうか。 ーー なお、ずるぷかる君は、のっけから<いない>わけだし、兄も母も目の前にいないし、少女、はきっと過去の人だろうから、テーマとまでは言わないにしても、<不在>が全文を貫いていると読むことはなんら不自然ではないような。 で、批評として語るならば、ですが、優れた作品であることを前提として語るならば、互いに理解し得ないものを抱えることの痛みが、どれだけの強度を持って描かれているのか、疑問が残るということではないかと思っています。下記のパートですね。「49番を2つ」という時の震え、が、(理由や内容は分からないにしても)まさしく<震え>として、リアリティを持って読者に感受され得るのかというところではないでしょうか。私は、少女、という詩語が二連打されていること、一つだけ教えるならば、と、教えようと思えばできのかよ、もったいつけてんのかよ、というツッコミが入りうる書きぶりに、<震え>が、リアルな<震え>ではなく、やや感傷に堕してはいないか、という、意地悪な目線を惹起する余地が残っているような印象を受けます。 >ずるぷかる君にはわからないだろう。僕がいつも「49番を2つ」という時の震えがわからないだろう。それと同じように僕は、ずるぷかる君がどこの国から来て、何でコンビニを働くことを選んだのかがわからない。 一つだけ教えるとしたら、煙草を吸い始めたのは少女との約束を守るためだったこと。だから、僕と結婚する人にお願いしたいのは、僕の喫煙を辞めさせて欲しい。そうすれば少女との約束を破れるから、奥さんと子どもを沖縄旅行へ連れて行こうと思う。その時、右手に握られているものが何であるかを今は知る由もないのだ。 本作は、かなり気になったのでなんども読みました。すでにレス数も多く、たくさんの方の印象に残る作品であったのでしょう。ごちゃごちゃ書きましたが、色々書きたくなる力のある作品であることに異論を挟みたいとは一切思いません。斯様な発起人間での議論が、作者やこの場の参加者に不快の念を及ぼすものでないことを祈ります。

天才詩人天才詩人 (2017-07-31):

花緒さん、挑発にのっていただき感謝します。笑 (引用)そして、ずるぷかる君は、不在であるわけです。本作に登場する人物たちは、作中話者の眼前にいる訳では無い。全員、不在。 わたしが問題だと思えるのはただ一点、花緒さんの「不在」という言葉の使い方なんですね。この作品のキーワードは「不在」だ、と言ってしまえばいかにもそれらしく(批評っぽく)聞こえる。冒頭部分で作者がコンビニに行くがずるぷかるくんはいない、作者はずるぷかるくんについて語るわけですがそもそのその指示対象がほんとう存在するのかさえあやふやである。この文脈で不在という語り方をするのなら相当に面白い。でも母も兄も不在としてしまうと後半の展開に依拠して、花緒さんの「不在論」の豊穣さをダメにしてしまうんじゃないか、という懸念があるわけです。 かんたんにいえば、「不在」という言葉を、たんに「作品中に語り手以外の人間が現前しない」という意味で使うならば、「この作品は作者のモノローグである」、といえば済む話で、わざわざ「不在」に言及しなくてもよいわけです。モノローグを基調とする詩作品は数多あり、当該作に限ったことではありません。他者への参照はあってもメインの語りは人間関係に逡巡する「自分」にはじまり、自分に回帰し、自分で完結する。 この作品はまとまりを欠いていて、それが豊かさになっている。ずるぷかるくんの話かと思えば母が出てて、次の兄の話、将来の結婚相手の夢想。まったくまとまりがない。で何がこのまとまりのなさを束ねているかといえば、作者が自分をとりまく人々に対してうまく言いたいことが表現できない。関係性を器用にこなせないという「葛藤」なわけです。作者の逡巡がメインシャフトとなって、ばらばらなナラティブをまとめている。 で、なぜずるぷかるくんが出てくるのか。ずるぷかるくんは作者の反転画像であり、単一のローカリティにおける家族とか関係性を超越した存在として読めるのではないか。わたしが以下のツイートで表現した内容です (引用)やっぱ出身国金持ちか否か問わず「外国」人という存在自体がまぶしく見える瞬間ってあるんと思うんです。彼(女)は酸化したニコチンのような家族関係や交友の網目に絡めとられ(未だ)色あせていない。卸したてのポロシャツにくるまれているような清潔な感じがある。(うっ詩人だ俺)#BREVIEW

まりも (2017-07-31):

天才詩人&花緒の議論に割って入る、ということではないのですが・・・「不在」という言葉に、つきまとうニュアンスを、お二人が共有しているのかどうか、ということには、疑問が残りました。 不在という語に、喪失感、空虚感、失望感を感じているのか、いないのか。花緒さんは事実としての不在、に言及していて、いわば、状況説明の言葉。天才詩人さんは、「不在」という言葉が喚起する詩的感興が、この作品には強く感じられない、だから、これはモノローグとどこが違う?という疑問を発しているのではないかと思いました。 不在である、という情況があるけれども、そのことに語り手は渇望したり苦悩したりしていない。むしろ、その不在である空間に、想起の力を用いて「いま、ここにいない人」「その人がいた時の時空」を呼び出している。次々に、内的空間に呼び出されては、また消え去っていく想念。それはいったい、何なのだろう、と、静かに見つめているような印象を受けます。追憶として、無理に追いかけたり、もう得られないものを切望したりする衝動性を感じない。今、自分が居るところから、その想念が訪れて来る過去のある時点に飛んでいきたい、居てもたってもいられない、でもできない・・・というような焦燥感を感じない。自分の中に訪れて来る想念を吟味しながら、語り手は偶然のように出会うもの、訪れるものを、待っている感覚がある。その安定感というのか、慌てないで待っている静けさというのか・・・その動じない語り手のスタンスのようなものが、落ち着いた語り口、それでいてオムニバスのようにどんどんスライドしていく語りを生み出しているように思います。 なかたつさんへ。 「作品を拡げた読みがしっくりくるような、こないような感じです。」ありがとうございます。何といえばいいのか・・・作品の意図するところを読み解こうとか、語り手の心情を推しはかろうとか、そういう感覚ではない所で読んでいる、というのか・・・作者が意識しているかいないかには関わらず、なぜ、これほどに「煙草」にこだわるのか、というところに興味が向いています。 さりげない小道具のように扱われていて・・・でも、全篇に網のように覆いかぶさっている。 〈煙草を吸い始めたのは少女との約束を守るためだった〉〈僕と結婚する人にお願いしたいのは、僕の喫煙を辞めさせて欲しい。そうすれば少女との約束を破れるから〉〈右手に握られているものが何であるかを今は知る由もない〉自分が吸いたくて吸っている、という自発的意思という雰囲気ではないのに、自分ではやめられない。少女との約束を守っている間は、沖縄に行けない、その約束を自らに確認させるために、この主人公は煙草を吸っているのだろうか・・・結婚によって、無理に(他律的に)破る約束とは、なんだろう。結婚後に、煙草の代わりに右手に握るもの、とは、なんだろう。結婚によって、新たな約束をする、ということ、なのだろうか・・・〈母〉の煙草を、作者が「気に留めて」書き込んだのは、なぜだろう。〈兄〉は吸うのか吸わないのかわからないけれど、約束を守るために吸う、というような行為からは逃れることができている人なんだろうな、などなど・・・。 作者が意識している以上に、煙草(とそのイメージ)は、作品全体に、大きな影響を及ぼしているという気がして・・・煙草、約束、守る、破る、そういう情況に主人公を導く小道具としての機能・・・が気になっています。

天才詩人天才詩人 (2017-08-01):

まりもさん (引用)不在という語に、喪失感、空虚感、失望感を感じているのか、いないのか。花緒さんは事実としての不在、に言及していて、いわば、状況説明の言葉。天才詩人さんは、「不在」という言葉が喚起する詩的感興が、この作品には強く感じられない、だから、これはモノローグとどこが違う?という疑問を発しているのではないかと思いました。 まあ、そうなんですかね。(笑)「不在」は喚起力の強いワードであり、クリシェでもある。状況説明に使うのには過剰に文学的だし、批評という文脈で「不在」という言葉がビシッとあてはまる状況って本当にあるのか疑わしいな、と。別の言い方をすれば「不在」という言葉に落としてしまうとこの作品の強度がアピールしにくくなるんじゃないかという疑問があるわけです。これはキュレーションという言葉と同じで、オーガナイズすることや企画することとどう違うんだよ、という。ここをはっきりさせるまでは安易に使いたくないし、使っていない、という感じですかね。

なかたつ (2017-08-01):

花緒さん、天才詩人さん、まりもさん コメントいただきありがとうございます。 僕が予期しない方向にまで話が発展していったような気もします。 天才詩人さんの 「この作品はまとまりを欠いていて、それが豊かさになっている。ずるぷかるくんの話かと思えば母が出てて、次の兄の話、将来の結婚相手の夢想。まったくまとまりがない。で何がこのまとまりのなさを束ねているかといえば、作者が自分をとりまく人々に対してうまく言いたいことが表現できない。関係性を器用にこなせないという「葛藤」なわけです。作者の逡巡がメインシャフトとなって、ばらばらなナラティブをまとめている。」 ということ、これはポイントだと思います。 まとまりがない、というより、器用にこなせない、というよりも、これがむしろ日常であると僕は考えています。 仕事をしていても、日常で生活していても、自分が見聞きするものというのは、元来まとまりがないものばかりではないでしょうか。 それを自分の興味によって掬いたいものだけ掬うことで、記憶に残りますが、いかにその記憶に残せるか、自分の興味、何でもないことに目を向けられるかが、大事だと僕は信じています。 だからこそ、日常で拾い集めた何でもないことを繋ぎ合わせて、それとなく作品に仕上げます。 器用にこなせないのではなく、そうした何でもないことを人よりも多く集めて、明確なテーマとして一義的に落とし込むのではなく、そうした日常を作者(author)という権威(authority)によって、わざとそれっぽく仕上げたにすぎません。 その日常に興味を持つ読者もいれば、何も感じない読者がいることを承知で、僕は読者に投げかけています。 どこかひっかかればいいと、なにか想像がふくらんだり、なにか感じてくれることがあればいいと。 ただ、それではただの日記にすぎませんから、無意識的にそれが結びついたのは、まりもさんの言う「煙草」のおかげでしょうか。 僕が花緒さんのコメントで気に入ったのが、「不在」と「結果的に何かを伝えてしまっている」ということです。 僕が書く上で「不在」がしっくり来ただけであり、読む上でしっくりくるかは別問題だったのでしょう。 ただ、僕は「不在」を書きたいのでしょう、前作「ということ」で書いた最終連の引退後の様子があるように、自分たちが見聞きした世界のその後や共時的に何をしているか、そういったことが気になるのです。 ごくありふれた感情で言うならば、「好きな人は今頃何をしているんだろうか」ということ。 この作品で言えば、働いていない時のずるぷかる君が何をしているのか、「兄より.txt」を書いた時の兄は何を思っていたのか、これらは語り手が見ていない世界を思うということ。 つまり、「不在」であることは自明であるかもしれませんが、「不在」を思うことを作品にする、それが今までの僕の作品でも言えることであったので、それを指摘した花緒さんのコメントにしっくり来たのです。 蛇足かもしれませんが、作品の読みというのも作者や他の読者にとって、言わば「不在」です。 それをコメントという形で表明することによって、作品の読みは存在できるわけであって、それをわざわざ書かなくてもいいというわけではなく、書くことによってこそ意味があると言えるのではないでしょうか。 他に感じた人もいるかもしれませんが、花緒さんが最初に書いてしまった以上は、この作品に「不在」が適用できるかどうかという不在していた問題を提起した花緒さんのコメントが結果的によかったのではないでしょうか。

なかたつ (2017-08-01):

田中修子さん 僕はWord(一行40字、横書き)で作品を書いてから、それをコピペしているだけです。 本音を言えば、縦書きの方が読みやすいですし、このサイトのレイアウト上、一行がもっと短い文字数であると嬉しかったりしますが、投稿先によって、そのWordの設定も縦書きにしたり、横書きにしたり、一行あたりの字数も変えています。 場に合わせて変えています。 だから、ここのレイアウトが変わったり、投稿先によって、僕の書く作品も全く異なると思います。 レイアウトによって作品が縛られるのです。

黒髪 (2017-08-06):

良い作品だということを、読後十分くらい後で、認めてしまいました。家族や恋人の関係について、かなりストレートな 心情表現の言葉で綴られていくので、結構うらやましいというのが一番正確な読後感です。僕は時代に乗り遅れて、恋人も持ったことがない人間なので、まだおっきい子供みたいなものなのです。でも、現代では、恋人を持ったことがない人が半数くらいいるという話であり、別に倒錯的な価値というものも、ほぼないだろうと思います。 穏やかな詩だと思います。夜の雰囲気が強いです。レイアウトは、確かにもっと狭い方が、 良いだろうと思いました。 印象深く、自分を振り返っててしまうような詩だと思いました。

なかたつ (2017-08-12):

黒髪さん ありがとうございます。 作中の少女は恋人ではなく、あくまでも約束をしたという関係を持った少女でしかありません。 僕の他の作品でもたまにあるのですが、「自分を振り返ってしまうような」というのが、書いた自分でも不思議です。 あまりにも個人的な作品ばかり書いていながら、読者に何かを喚起させる、その理由はわかりませんが、それでもそういう結果をもたらすことができたのならば、僕も書いたかいがあったと思えます。

蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2017-08-12):

だいぶ前のことになりますが、レス中、ずるぷかる君の名前を間違えてしまい、大変失礼しました。

地(🌐)球 (2017-08-19):

日常に於いての「もののあわれ」(折に触れ、目に見、耳に聞くものごとに触発されて生ずる、 しみじみとした情趣や、無常観的な哀愁)を 現代的かつ日常的なテクスチャの中で巧みに表現されているように感じました。 そのため嫌味の無い文章になっていて、非常に読みやすく沁みやすい詩の構造になっているように見えました。 ずるぷかる君という言葉や家族描写などに目が行きがちですが、 作者の物語を歌っているわけではなく、むしろ淡々と等身大のありのままの姿で 万事にもののあわれを歌う姿。つよく寂し気でありながら 最後の一連で希望を提示したところで、ぶわーっと大きな広がりを感じます。 深夜高速はわたしもすきな歌です。 途中までは無音で流れていたこの詩が、遠くから見ていたような少し色の薄い詩の風景に 最後の連を読んでいると「生きててよかった」が流れ始めました。 そのとき、胸がぎゅっと締め付けられる思いがしながらも、静かに内側に溜まっていた感情が外に開放されていくような、空を仰ぐような気持ちを感じました。 月間BREVIEW大賞が発表されたので読みに来ました。おめでとうございます。 まじめに感想を書いてみましたが、ぜんぜん違ったらごめんなさい。

なかたつ (2017-08-23):

りさん ありがとうございます。 想いを伝えるために詩はあるのか、それに、その想いは誰に伝えたいのか。 いや、その前に、自分は誰かの想いをきちんと受け取れているのか、そんなことを考えました。 コメントも出尽くした感があるので、正直に言ってしまいますと、最後の 「生きてて良かった」と。 という終わり方はお気づきかもしれませんが、主語がありません。 僕自身、生きてて良かったのは当たり前であって、それ以上に、この作品には書かれていないいろいろなことを経た上で、「あなた=兄が生きてて良かった」と伝えたかったんですね。

survof (2017-08-24):

「ずるぷかる君」というネーミングあまりに秀逸で、このネーミングがなければあるいは最後まで読めなかったかもしれないな、と思いました。こればかりは、なかたつさんの意図もあるのでどうにもならないことなんだと思いますが、最後にもう一度「ずるぷかる君」に会いたかった気がします。個人的には「ずるぷかる君」ということばの響きとその響きが喚起する豊富なイメージ、それから「23:15:53」を口に出して読んだ時に自分が感んじた語呂のよさ、がこの作品で特に気に入ったポイントでした。

なかたつ (2017-08-24):

survofさん そのネーミングに関しては、僕が名付けたわけではなく、そのお母さんかもしくは先祖様です。 ずるぷかる君に会いたいという気持ちですが、いつでも会えるわけでも、僕を待っているわけでもないので、偶然出会うしかありません。いずれも偶然の産物です。 語呂はあまり意識せず、本当にそのまんま書きました。これもまた偶然の産物です。


Cocco/少女、の祈り   

なかたつ 
作成日時 2017-07-30
コメント日時 2017-08-23

 

(to Cocco and a girl) 音がしとしとと空間を満たして 聴衆の頭を濡らす したたり落ちる、しずく (わたしの歌を聞いて欲しい、から、この白い花束を手向ける) 一つとなった聴衆が ばらばらになり始めて 歌姫が声高に、祈る (祈りというのは、パターンから構成されている。主への呼びかけ、感謝、報告、願い、締めである。これを覚えておけば祈りができるんだよ) 「天におられるわたしたちの父よ 「御名が聖とされますように 「御国が来ますように 「御心が天の行われるとおり (…) 「わたしたちの罪をおゆるしください 「わたしたちも人をゆるします (…) (口語のダメなところは、この部分なんだよ。なんだよ、人をゆるしますって。どの立場で言っているんだよ (…) 「これらのことを主イエス・キリストの御名によってお願いいたします (お願いいたします 「アーメン」 「悲しみはいらない、やさしい歌だけでいい、あなたに降り注ぐ全てが、正しいやさしいになれ」(Cocco「ジュゴンの見える丘」より) ばらばらになった聴衆から現れた少女 の心に届いた祈り 歌姫は まるで水をかき分けるように 両手を広げ、体を揺らす 彼女の羽根が (拒食症と自傷行為の痕が見える)体から はえてきて (ああ、そうか  雨が強くなってきた  その理由が  わかった) 祈りが羽根の力で天に昇り 雨がざあざあと泣き始めた すると 少女の目が濁ってきたのは そこに雲がはえたからだ 目からしたたり落ちる あめ あ、め 歌姫の祈りを聴き終えた人々は 「強く儚い者たち」となって 次のステージへと歩みを進めるが 少女が濡らした地に 足がつかない ああ、ぼくは 「焼け野が原」にいるのか 「抱いて、ちゃんと抱いて、この体に残るように、強い力で、もう泣かないでいいように」(Cocco「焼け野が原」より) (歌姫の祈りが、少女の祈りと重なって、少女の目から、雨が降った、のか (地に足がつかないから、立ち止まって、祈る、 この焼け野が原に、いつか、きっといつか、めぐみ、というものが、はえますように、その前に、今日ここで、雨に濡れたことを、感謝しています、だから、お願いです、この焼け野が原にめぐみをください、したたりおちたしずくを、拾い集めますから、めぐみを、ください、この祈りを、御名によってお願いいたします、アーメン) 歌姫が歌い始める前に ステージで手向けられた白い花束は きっと したたりおちたしずくを 拾い集めて 育てた ひとつひとつの花の集まりだ (どれだけのしずくを集めれば、花を咲かすのだろうか 少女の祈りが何であったのか わからない いつか、叶うのだろうか (きみが祈りを叶えたいのならば、いままでしたたりおちたしずくを、拾い集めればいい、しずくが足りなければ、ぼくのしずくを貸そうと思う、だから、ぼくのしずくが足りない時は、きみのしずくを貸して欲しい、祈りが叶えば、もうしずくはいらないんだ) (もう、泣かないでいいように)


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VIP KIDVIP KID (2017-08-02):

「(もう、泣かないでいいように)」という最終行が、響いたか響かなかったかで言えば、それほど響きませんでした。そもそも冗長な作品に思われ、読んでいる途中ですでにやや気持ちが醒めてしまってもいました。しかしそれは、Coccoという歌手のことを、私が知らないからかもしれません。また、これは私の全く主観的な感情でしかありませんが、今作のように希望を描こうとする作品のことが私は好きですので、好感度の高い作品ではありました。

花緒 (2017-08-02):

キリスト教、イスラム教を信仰する者の割合も少ない訳で、日本には、超越的な存在に向かって祈る、というカルチャーが、普及しているとは思われませんね。日本にも、祈り、祈祷、といった概念はありますが、しかし、平均的宗教観の日本人における祈りと、西洋における祈りは多分、ニュアンスが違うのでしょう。日本において、祈る、ことの可能性について、CoccoというJPOPのアーチストをサンプリングしながら編まれたものとして読みました。私には、本作が、成功した作品なのかよく分からないけれど、祈り、というものの、あやふやさが、浮かび上がっているように感じました。

田中修子 (2017-08-04):

おぅ! なつかしいですね~。 曲を知っている人にとっては、自然に彼女の歌声が重なる作品ですから、面白く読めるんでしょうね。 「知っている人」「知らない人」でぜんぜん読み方が違うっていうの、実感しました。

なかたつ (2017-08-04):

VIP KIDさん 冗長的と言えばそうかもしれません。ただ、これらのことを表現するためにおそらく結論はなく、生まれたままに書き上げました。 Coccoという、どうしても固有名詞の持つ引力にひかれてしまうのは計算違いでした。 希望というのは、語り手にとってなのか、少女にとってなのか、Coccoにとってなのかで印象が随分と違うように思われます。 花緒さん Coccoの歌を聴いた時、どうしても祈るということを考えざるを得なかったのです。 それを何とか表現したく、また僕自身がかつて祈る人として熱心であったことを盛り込んでみました。 田中修子さん 僕としては、知らない人にも楽しんでいただけるようにしたつもりでしたが、それでも、知っている人だとどうしてもより楽しんでいただけると思います、ありがとうございます。

黒髪 (2017-08-12):

この詩を読んで、時間感覚について考えました。僕は、良い詩の鑑賞法は、時間をどう色づけるかということによる ものだと思っていますが、なかたつさんのこの詩は、時間を良い具合に染めてくれました。結局のところ、 メッセージを押し付けないコントロールがある点で、なかなかないような詩ですし、破たんしないように丁寧に作って おられるようで、鑑賞が美しくできました。 >人をゆるしますって。どの立場で言っているんだよ ここが、少し強い意見だと思いますが、愛憎なんだと考えると、ここを強く感じた語り手が、Coccoの立場に立って、 彼女を大切にしているような気がしました。 >雨が強くなってきた >その理由が >わかった) 自然と神と歌姫と祈りとある少女。 この詩には、地上楽園を見出そうとする切実な思いが感じられます。 全体に、構成がうまく、静謐が最後には感じるようになっていると思います。それはきっと、読者が祈りを思う ようになってほしいな、少なくとも、祈りの心だけは誰かが救いださなければならないな、というような、 控えめな語り手の世界が、静かな声だが確かな存在感として、現れていると思いました。

なかたつ (2017-08-12):

黒髪さん さっそくありがとうございます。 自分で自分の作品を見返すいいきっかけになりました。 全体として、的を射ているように思いました。 一つ一つの出来事は点として、偶然の出来事として記憶に残るものですが、それらの点はきっと歴史や過去をはらんでいて、点と点が時間的にも空間的にも結びつくようなことを意識して書いています。 ついでに、祈りとは、自らの何かが変わることへの願いもありますが、この作品ではきっと、自己犠牲、と言ったら言い過ぎですが、誰かの何かが変わることを願っているのでしょう。

渚鳥 (2017-08-16):

雨がざあざあと泣き始めた すると 少女の目が濁ってきたのは そこに雲がはえたからだ 「目」の中に雲がはえた、というのには、 今までの詩にはなかった、ひと味違う表現力を感じました。 雲が「映えた」なら、ありきたりかもしれませんが、 雲が「生えた」のほうだとしたら、 大きな瞳の中に、さあーっと空をはしる雲が映った、という意味で、 ここに至るまで 偶像的に描かれてきた少女が ここで一旦、生身の人間として再帰・呼吸しますから、 他人事として流れていた映像に、1ヶ所、 命を感じる部分でした。

なかたつ (2017-08-23):

渚鳥sさん 「はえた」がひらがななのは、もちろんわざとです。 どちらでもとっていただけるようにと。 僕がそれを現実のものとして、見ていたかはさておき、少女が雨の中泣いているのを見て、即座に、こういった映像・言葉が頭に浮かびました。


きれいな爪をしているから,いまはまだだいじょうぶ   

kikunae 
作成日時 2017-07-19
コメント日時 2017-08-21

 

吐いたあとの顔は のっぺりと半透明に青白くて 死んでいるみたいに生きているから フィクションみたいで うつくしい、と感じるだって 揺れる視界で 鏡だけは本当のことを映している と、信じたくなる午前二時 眠れないままに眠らない夜の理由は 昨日見た陳腐に怖いテレビのせいだとか 不意打ちに目に飛び込んでくる不幸の手紙とか それと、 塾の帰りに見た人食い熊のサイト 生きたまま頭から食べられるなんて  想像できないから たんたんと連なる文字が怖い たすけて、やめて、って 叫んでも熊には通じないしね そんなの 想像できないから じわじわと広がる想像が怖い こわい、の わたしは わたしの想像に 呑みこまれて眠れない ビビットレッドのマニキュアを塗ると どこまでが切っていい爪で どこからが切ると赤い血が出る爪なのか 見分けがつかないから困ってしまう の、でもね おかげで爪はきれいなまま 人工的で毒々しくも健康的だ から、 だいじょうぶ いまはまだ、爪はきれいだし 眠れない夜にも 鏡をのぞいてみればそこには ヨーグルト味のげぼを吐いて も、きちんと想像できる現実を 死んでいるみたいに生きているわたしが そこにいる そこにたしかにいる から、いまはまだだいじょうぶ


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完備 (2017-07-22):

自分の感じていることを丁寧に言語化しようとする態度が感じられて好印象です。想像でしかないのですが、作者は本当に十代の高校生なのではないかと思わされました。主題そのものは「不安のなかで生きていく主体」というありふれたものですが、そういうありふれた主題を丁寧に書いていくことを私は肯定したいと考えています。特別良い作品とも感じませんが、書き続けてほしいと思いました。

まりも (2017-07-23):

言葉の連なりが、静かに歌うような感じで、綺麗な流れになっているな、と思いました。 〈感じるだって〉ここは、通常なら〈感じる、だって〉とか、〈感じる/だって〉と読点や空白、改行などを入れるところだろうな、と思ったのですが・・・一息に言い切ろうとするリズムの尊重なのか、あるいは、〈青白くて〉〈みたいで〉〈視界で〉といった語尾と脚韻を踏ませるような、そんな口ずさむ感じの心地よさを求めているのか・・・いずれにせよ、こうした細かな整え方が、全体に音の響きの心地よさを与えているのかな、と思いました。 なんども繰り返して吐いてしまう、それは実際に吐く、という行為であると共に、いやな物とか言葉とか、様々なものを吐露する苦しみでもあろうと思います。生きながら死んでいる、のではなく、死んでいるように生きている・・・その自分を、客観的に見つめ直す視点から描かれている。自分、から少し離れたところから自分を見つめることができる。そこに、詩を創作する主体、自身の喜びも苦悩も、客観化できる(突き放して視ることのできる)主体が生まれようとしている。 赤く塗った爪、どこまで切りつめて行けば、血が出るのか・・・という、ちょっとドキドキ、ハラハラするような感覚も含めて・・・自分自身をどこまで突き詰めて行ったら、血が出るのだろう、そんな、自分自身を観察してみよう、というような視点も感じました。 なにか不穏なものに飲み込まれてしまいそう、という〈わたし〉を、外から眺めることができる、そんな〈わたし〉が居て、言葉を投げ出すのではなく、丁寧に響きや行替えなどを整えて行こうとする意識を働かせることができる。 そんな〈わたし〉が 〈そこにいる そこにたしかにいる から、いまはまだだいじょうぶ〉 私もそう、思います。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-07-24):

 僕が好きな作風っていうよりは、あんまり見過ごせない作風であると、失礼かもしれませんがそう思いました。    単純に、僕も書いてある事と同じ思いになり、こういう書き方を、よく作品の中でする事があるのです。それはパクリとかそういう事を言ってるのではなくて、単純に僕が書いている事よりも上手いと思ってしまいました。僕はそういう意味で、本作の書き方が好きだし、同時に上手いので憎たらしさを感じます。特に改行によって後付けを巧みに植え付けていくところ。完備さんもコメントされていると思いますが、そこに丁寧さを感じます。  僕が、kikunaeさんの作品を幾つか読んできてみて、今一番思うのはとにかく作品が丁寧である事。その丁寧さが、僕の中に綺麗な解釈を生み出させてくる事です。表現の華みたいなところになると、僕は上手く説明をつけられないのですが、それ以上に読み手にとって優しい表現である所に好感を持ちます。こういう事をいうと、上から物を申しているようになってしまうのですが、感じた事を正直に言えばこのようなレスになってしまいます。とても捻れた言い方になってしまって申し訳ないのですが、僕が本作や本作以外の作品を読んで感じる魅力をちょっと広げてかかかせて頂きました。

kikunaekikunae (2017-08-21):

いつも丁寧な読解とコメントありがとうございます。 完備さん 特別な作品になれるように、独特で頭に残るような一文を詩の中に作れるように今後意識したいです。 まりもさん 他の方に、だいじょうぶじゃないとつたわりました、と言われたことがあったので、読む人によって大丈夫・大丈夫じゃないの伝わり方が違っておもしろい発見となりました。 百均さん 丁寧な読解と解説ありがとうございます。今持っている自分の良さを教えてもらえてとても勉強になります。丁寧なだけでは足りないので、丁寧の中に破綻した文章やずらした文章とかもっと印象に残るような文章も織り交ぜていけるようにしていきたいと目標がたちました。 ここ一カ月ほどばたばたと忙しく、返信がだいぶ遅くなりすいません。


おわらない   

クヮン・アイ・ユウ 
作成日時 2017-07-13
コメント日時 2017-08-19

 

たましいを静かに泣く人だった 彼に妻や子、重力や鎖、あるいは他の何もなかったことについて思っている かるいかるい外郭に、びっしりと米粒一粒分まで隙間なく埋められていた 「裸足でいいよ。」と笑顔で話す彼のくるぶしが、波を受けるのを見ていた ひとつふたつ、みっつよっつ 波を数えていても、彼の笑顔の眩しさだってわかった もう居ない夏だった 「君の夏の詩が好きだよ。始まる前から終わりを思うところが。」 彼の手からペーパーが、 いちまいにまい、さんまいよんまい 捨てていても、愛だって信じられた もう居ない夏だった 私はあの季節、確かな重力を貰って、しつこくも四季を繰り返している いつまでも執着せず、味のないガムは捨てて、買いに行くことだって覚えた 都会は夏にまみれていてうるさいくらいだった けれどここはやっぱりあの夏だった 来て良かったな こどもたちのくるぶしが なみをうけるのをみていた ひとつふたつ、みっつよっつ いつつむっつ、ななつやっつ ここのつとお あれ、この先どうなっていくんだっけ もう居ない夏にも、それが彼のだってわかった


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地(🌐)球 (2017-07-13):

こんばんわ。 情景が綺麗に浮かぶ、丁寧な詩だと思いました。 海、夏の風景が浮かび、それから音や心の声がとてもよく聞こえました。 描写の技術力が高いので、詩に圧があるなあ、入り込めるなあと思いました。 思い出の場所、思い出の人、切ない感情のシーンの切り取り方が本当に巧みでおもわずハッとします。 繰り返し、繰り返し、この過去の情景に向き合っているんだろうなあ、と、とても切なくなりました。 少し横道なのですが、 これは少しでも体験や経験に基づくものなのでしょうか、あるいは全て想像されたものなのでしょうか? わたしは最近、自分の体験を詩として昇華させてしまうと、その先どこに行く着くのかを考え込むことがあるので、 この詩がどういった詩かはわからないのですが、とても気になってしまいました。 コメント慣れていないので失礼だったらごめんなさい。

黒髪 (2017-07-13):

美しく穏やかな詩ですね。一つの確かな真実を書いてあると思います。僕自身では、昔の夏を思い出すのは何故 なのだろうか、と思いました。郷愁の時といった感じを思います。

クヮン・アイ・ユウ (2017-07-14):

りさん こんばんは。コメントを下さりありがとうございます。 うまく言えませんが、りさんの最近の作品を楽しく読ませていただいた者としては、今回の詩にコメントをいただけたことをとても喜んでおります(うまく伝えられないのですが)。 ありがとうございます。 褒めてくださり、ありがとうございます。とても嬉しいです。 ご質問の件、実は正確にはどちらにも当てはまらないと言えるのかも知れないと考えています。しかしながら一方でも当てはまるのかも知れないななどというよくわからないお答えになってしまいます。 この詩を書いた時、朝電車に乗っていたのですが、不思議なもので、今振り返れば自分の心のふかくと何かこう対話したような感覚が残っています。 私に彼氏はいませんでしたが、なぜか彼とのことを思い出してそのことを季節に絡めて書きたくなったんです。 私のこれまでのあらゆる実体験がピースとなって今回の非現実を形成しているのかも知れないとも思っています。 うまく言えないのですが、何よりもお伝えさせていただきたいことは、なぜか自分の知りもしないはずの世界のことを本当のこととして対話するという尊い体験をしたということになります。 本当に、うまくお伝えできずすみません。 手前味噌ですが、それでも確かに、この詩をとてもとても愛おしく思っています。 ありがとうございます。

クヮン・アイ・ユウ (2017-07-14):

黒髪さま コメントをくださり、ありがとうございます。また褒めていただきとても嬉しいです。ありがとうございます。 夏は私にとってなんでしょう。世界がエネルギーに沸き立つ最中の微かで確かな痛みというものかも知れません。 そういう深層心理の解釈がこの詩につながったのかも知れないなと思っています。 人との関わり、その痛み。そしてそれが確かにつなぐもの。 当初そんなことまでは考えられませんでしたが、そういうポエジーとの出逢いだったのかも知れないと考えております。 ありがとうございました。

shun kitaokashun kitaoka (2017-07-14):

ご苦労様です。 味のないガムを捨て買いに行く、どこか寂しいですよね。妻や子の次に重力と鎖というのが、物理的と精神的の束縛を感じました。結婚している身だからかもしれませんが…。 感傷を隠そうとしている、骨や月夜の浜辺を想起しました。 簡単な感想で申し訳ありませんが、とても好きです。 ありがとうございました。

まりも (2017-07-17):

〈たましいを静かに泣く人だった〉この冒頭の一行が、とても印象に残ります。 あなたの魂の苦しみを、なのか、自分の魂の痛みを、なのか・・・という意味の広がりとともに、たましい、の「し」が「静かに」の「し」に繋がっていく。 〈他の何もなかったことについて思っている〉この、翻訳文体のような形も面白い。今、そのことを思っている、ということを強めたかったのだろう、と感じました。 〈かるいかるい外郭に、びっしりと米粒一粒分まで隙間なく埋められていた〉この一行も鮮烈ですね。彼、の外郭(外殻?)を、びっしりと覆いつくすもの、その不気味さ。それでいて、硬質の甲冑のようなものではなく、かるい、かるい、もの・・・こわれないシャボン玉、というものがあって・・・買ってみたら、セメダインのようなものを膨らませて、薄い樹脂の膜を作る、そんな「シャボン玉」だったのですが・・・そんなふわっと透明で、壊れやすくて、でも、その人を隙間なく覆っている膜のようなものを連想しました。 〈私はあの季節、確かな重力を貰って、〉この一行も、とてもいいですね。彼はもう居ない。でも、ふわふわとして消えてしまうような自分から、確かな重さを持って、この地上にいることができるようになった語り手。その体験を得た夏、その夏をいつでも思い出させてくれる彼、その出会いが、くるぶしを洗う波によって繰り返し回想される・・・ 〈もう居ない夏にも、それが彼のだってわかった〉なんとなく舌足らずな感じの終わり方、のような気がして・・・そこに若さが出るのかな、と思いつつ・・・だからといって、彼のくれた夏、とか、彼の居た夏、とかでは、あまりにも陳腐だし・・・いっそ、もう居ない夏、それは彼だ、というような感じで言い切ってしまってもいいのかな、とか・・・こどもたちのくるぶしに、彼のくるぶしを見ているのであれば、そこをもっと押し出してもいいのかな、とか・・・もう居ない夏、彼のくるぶし、とか、なにかこう・・・ゴチャゴチャ書きましたが、適当にスルーして下さい。

クヮン・アイ・ユウ (2017-08-02):

まりもさま いつもお世話になっております。 コメントをくださりありがとうございます。 深くまで読んでくださり、そしてそのことをお伝えいただいたことに感謝しております。エネルギーをここまで割いてもらえるということはとても幸せなことだなと感じております。現に私はこうしてお返事をさせていただくまでになかなかエネルギーがたまらず苦しんでおりました。並べて書かせていただいていいようなことではないのかも知れませんが。。 消えてしまいそうなその人をつなぐものとは何なのでしょうか。 例えば「早く家庭を持て」という言葉がありますよね。もちろん使われ方も様々ですが、ひとつには現実に繋ぐための鎖、あるいはポジティブな意味での絆、糸とも言えるのかも知れません。 こういったものを持つこと、結果的に持ったこと、色々ありますが人はそのことについて幸か不幸かを考えてしまう生き物なのでしょうか。 すみません。ごちゃごちゃと書いてしまっております。 結果的に生き続けられていること、そして生きていれば辛いけど、いいことがたまにある。それだけは本当かも知れないなと思っております。 ありがとうございました。

クヮン・アイ・ユウ (2017-08-19):

shun kitaokaさま お返事が遅くなりましてすみません コメントをくださり、好きと言ってくださり、ありがとうございます とても嬉しいです 生きていると「どこか寂しい」ことをやむを得ず繰り返していくということがありますよね。


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