B-REVIEW作品投稿掲示板


記述   

緑川七十七 
作成日時 2017-12-20
コメント日時 2018-02-01

 

本当の身体ができた 引用 まま、望まぬ かたち わたし まま ママ ママ 原文 かな かな やだ 書くと 言葉が でちゃう しかし、書くことは完了したこと 書いている 書きかえている 改ページ改ページ 懺悔 そっちに 私は こっち 36.10313, 140.0849 刺した 刺している 2006-06-18T12:13+09:00 目が弾けるまでいきたいの 飛沫 加圧 図形 可変性の 紙に書いてる 書くことを仮設す かせつ/かせつ/かせつ 漢字を代入するな かんじ/かんじ いいの この先 この先 この先 に いっちゃう 愉悦が こんな 警鐘体感でも ある きもちい のぞけ いこ いこ いこ だめ いこ しの いける あ 鋭利 すべて 読者、読はいつでも終わる あなたの日々の問題に帰れる 指の運動 指先と物体との滑らかで鈍重なこすりあわせ なんてものに触れているんだろう 情報 光 光で 光 情報再現 文字だけがあり、私たちに断絶はない 改ページ改ページ プレビュー publish


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アラメルモアラメルモ (2017-12-20):

記述。タイトルをそのまま重ねて読めば面白い拵えですね。 軽快な言葉の繰り返しに妙味を感じます。でも、結局は表面的な言葉遊びだと要約できる。 もちろん否定はいたしません、言葉使いの上手い方だと思います。が、たまに振り返って読むとまた違う味わいにも読めてくる。これは遊びを超えたお遊びではないかしらん。とも思いますが。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-12-20):

うーん、アラメルモさんの感想に結構ダブりますね。 ある意味メタ的みたいな所があるのかなぁ。書くという行為や読むという行為、あるいは…それらを突き詰めて考えていくという事に対して。うーん、でも面白いですね。メタ的な物は大体微妙で終わってしまう感じがするのですが、今回は最後まで読めた。日頃考えている人でないと、多分中々厳しい物もあるのかなぁとぼんやり思いますが。それは他の方のレスを待つしかないですね。 >読者、読はいつでも終わる >あなたの日々の問題に帰れる > >指の運動 >指先と物体との滑らかで鈍重なこすりあわせ > >なんてものに触れているんだろう > >情報 >光 >光で >光 >情報再現 > >文字だけがあり、私たちに断絶はない ここは凄く光っていると思いました。普通は「断絶」しちゃう感じがするのかなぁと、僕なりの感覚で思ってしまうのですが、断絶はないと言い切ってしまうということ。そしてこの場合の私たちって誰だろう。それから、読者も「読」と切り離してしまう。ここら辺の断絶もシンプルながら、結構パンチがあるのではないかと思いました。人間から読む行為を剥奪して、行為だけをくみ取り、文字という血を通わす事によって断絶が無くなるというのか、まるで人間が悪者みたいだ。

緑川七十七 (2017-12-20):

アラメルモさん はじめまして。コメントいただきありがとうございます。 「遊びを超えたお遊び」そのように読んでくださったのですね。とても嬉しいです。

緑川七十七 (2017-12-20):

hyakkinnさん はじめまして。コメントありがとうございます。 生まれて初めて、人に見せる目的で詩を書きました。 人に見られるのがとても怖かったので、それなら人生で一番怖いことについて書いちゃおうと思いました。母との思い出です。 私は母との間の物語に関する記述が、第三者に自由に解釈されることを、今は恐れています。怖がり過ぎていて愉快だと思っています。 そのため、詩はメタ的な構造を持つ必要がある気がしました。 結果、厄介なものができあがり、私は首を傾げています。 引いてくださった箇所は、力を入れて書いたので、着目してくださって光栄です。

みうら (2017-12-20):

投稿有難う御座います。 一言コメントになりますが、本作、なんか、良いですね。正直、意味は解らないのですが、なんか、好きですこの作品。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-12-20):

はー、母の話ですか…いや、だとするとメチャクチャいいですね。上の読み方撤回しますよ…原文ママってママの事かよ! と突っ込み入れました。 雑な返レスで申し訳ないですが、ああ、いや、急に面白い作になりました。血が通い出したというか。でも目の前に堂々と出されながら、あるいは出しながら、僕は綺麗に隠されて締まった感じで。この詩に出てくる読者の気分になった感じがします。

緑川七十七 (2017-12-21):

三浦さん はじめまして。 意味わかんないですよね。それでも好きと書いていただき嬉しいです。ありがとうございます。

緑川七十七 (2017-12-21):

hyakkinnさん 最初の評は新鮮に、ありがたく読ませていただきました。 血が通う、という感想は嬉しいです。

アラメルモアラメルモ (2017-12-21):

冒頭、本当の身体ができた~ この一発目で打ち砕かれてしまう。この作品の妙味センスの佳さが一行目に集約されて読めますね。このように記述とは相反するようなシュールさを伴う感覚の入り方。詩心に長けた方でないと言葉をもってこれないと思う。

みうら (2017-12-21):

ちょっと思い出したことがありまして再びコメントさせていただきます。本作を一瞬目にした時に、 文字だけがあり、私たちに断絶はない このフレーズが焼き付いていました。で、改めて2度3度読みまして、しっくりこなかったんですが、今、ようやっと、消化出来た気がしまして。ネット上における実存とは、電子画面の向こう側に人間がいるかのような錯覚でしかないと。仮想の空間にある、いわば仮想実存。実存を仮想するという矛盾なことなわけで。仮想における詩作品は、詩自体がそもそも仮想実存なので、夢の中の夢の中の言葉になる。電子画面の向こう側にある実存とは夢の中で電子基板へプログラミングする「指と物体との滑らかで鈍重なこすりあわせ」の作業なわけで、その作業を実存と捉えなければ、電子画面の文字は存在しない。たとえそれが夢の中であっても。なので断絶はないと。そんな思索を本作を読んでしちゃいました。

緑川七十七 (2017-12-22):

アラメルモさん ご評価ありがとうございます。励まされます。 投稿したことで、自分の課題は山ほど自覚しましたが、これからも自分の詩を突き詰めていきたいと思います。 三浦さん 私は思索に耽りやすい質なので、詩をインターネットに発表し、不特定多数の方に読まれるという現象そのものから考え始めてしまいました。 それだけを詩にしたのでは、私という人間が書く必然性がないと感じ、伝達不可能性に対する恐怖や、その根源である母のことをもってきました。 いろいろな企みが成功しているかはさておき、いけるところまでいったという自信になりました。

羊羊 (2017-12-22):

初めまして。羊と申します。拝読させていただきました。 緑川さんの詩の言葉は、 断片的でありつつ繋がっていて、言葉のつぶと粒同士が繋がろうとしていて、音読してみたのですが、まるで、壊れかけたロボットが何かを伝えようとしているような退廃的で惹き込まれるリズムを感じました。 独特の言葉のリズムがあるので、 なにかそこら辺の机を気ままに叩きながら音読すると、よりいっそう単語達が活きる雰囲気が味わえそうだなと感じました。ポエトリーリーディング、楽しいですよ。

緑川七十七 (2017-12-24):

再送(なぜかお返事が表示されていませんでした) 羊さん 音読してくださったんですか! 読みづらい作品だと思います 笑 ありがとうございます。 「机を気ままに叩きながら〜」羊さんなら、この詩を一体どんなリズムで叩くのか、気になりすぎます! リーディング向きの作品が書けたら、朗読に挑戦してみようと思ってます。コメントありがとうございました!

まりも (2017-12-28):

この掲示板は現状縦書きなので・・・ スクロールしながら読んでいくわけですが、ながーく、つらなっている印象が否めず、詩形からワンパターンのイメージが生まれてしまうのではないか、という印象を持ちました。 やだ、からの二連目を、あえて横長に、一文字アケとか、スラッシュ(/)で区切りながら、勢いであふれ出す、ように並べてみて、読者の視線を揺らしてみる、とか・・・いいの、からの連も、ひと息に絞り出すようなイメージなので、ここもあえて横長に並べてみる、など・・・ 全体に(目線の動きを利用して)メリハリをつけてみると、また印象が変わるかもしれないと思いました。一案ですが。

緑川七十七 (2017-12-29):

まりもさん はじめまして。 ご指摘ありがとうございます。 詩形の工夫という、まりもさんがあげてくださった論点とは少しズレながらではありますが、コメントを拝読したことで、大きな発見と学びがあり高揚しています。 まりもさんのコメントを読み、急いでPC、タブレット環境でもB-REVIEWを閲覧しました。 今までスマホ環境からのみサイト閲覧していたので、詩の設計図を描く際の発想順として、 1)スクロールで流される文字情報群の中からいかに[発見]され、指を停止してもらえるか (※ 初投稿かつ無名である私の作品には、読み手との間に成立している確約が何ひとつないので。また、投稿後は表示順が落ちていき、2ページ以降に後退すれば、さらに1ページ当たりのスクロールスピードが上がると思われます) (※ これは、キュレーターの皆さんや、B-REVIEWとのエンゲージメントが高い方など、複数の投稿作を継続的に読み続ける動機付けがある方を除外した仮定です) ↓ 2)「視覚情報の形として、他作品との明確な差異」をもつことで、それを解決できないか ↓ 3)しかし、視覚詩を書く技量と欲望はない (視覚詩が実験的な側面をもつ表現である以上、詩についてほとんど知らない私が思い付く程度のことは、すでに実践されていると推測されます) というようにまず考えました。 この仮説には、無意識の前提として、詩をネットで読む時間というのは、読み手の可処分時間の中でも極めて私的な時間であり、 すなわちスマホで読むだろう、という先入観があったようです。 (これは貴サイトユーザー層についての無知からくる誤りでした。投稿後、文学極道というサイトの存在を含めたネット詩の流れや、幅広いユーザー層など、やっとこの場がもつコンテクストの一端を理解しはじめたばかりです) ですので、視線運動の横方向コントロールについては、スマホの横幅分=親指一本分ちょっとの目幅の中でしか想定していませんでした。 たしかに、PCやタブレット環境では、まりもさんがおっしゃる、メリハリのない感覚を覚えるものでした。しょんぼりしました。 (まりもさんがどの環境で読んでくださったのかはわかりませんが) ネットというのは、私にとって最も重要なテーマの一つなのですが、閲覧環境を変えて推敲することに自分で気がつけなかったことを悔しく感じます。 また、誤解なきよう付け加えておきますが、目立つためにこう書いた、というだけでは決してないです。 「ごく私秘的な、しかし自分の人生にとっては切実であり続けたものを、できるだけ変形させずに、生身の他者に向けて「ネットに」「書く」、ことの先に行く」という体験全体が、初心者ながらどうしてもやりたかった、個人的な実験でした。 ご指摘の引用部分の意図としては、あれは共有不可能な「私的言語」の書きかけの断片〜書きかえようとしているものの断片であり、成立しなかった部品として入れてあるので、視覚的に抑制をかけてあるのは意図的でもあります。ただ、ご指摘を受け、まだまだ改良の余地があったのだと心踊っています。 ……次はあんまり自分で説明しなくてすむように、もっと上達していこうと思います 笑 興奮してしまって長文になりましたが、ありがとうございました! コメントをきっかけに重要な発見をしました!

まりも (2017-12-29):

なるほど、スマホで読む方が増えてくれば、スマホの表示画面の横幅が標準仕様となる・・・・以前、別の方から、スマホでの表示が読みにくい、というご指摘もありました。数えたかぎりでは、12文字、これは、かなり少なめですよね。 技術的なことは、私にはわからないのですが、このあたりも改善の余地がありそうです。コメントありがとうございました。

緑川七十七 (2017-12-29):

まりもさん デバイスによって画面幅は変わりますが、12文字というのは、かなり可読性が下がりそうですね! こちらの環境だと、16字折り返しで表示されています。 技術的にはいろいろ解決方法はありますが…… コーディングが大変になっちゃいますからね…… キュレーターの皆さんのご尽力には頭が下がるばかりですので、ご無理ない範囲で、この場での優先度が高い事柄からご対応いただければと存じます。

グーグルグル夫グーグルグル夫 (2018-01-31):

体験から引用された、ありのままの原文を削除したり、書き換えたりせずに、そのまま改ページしたりしながら記述を重ねていき、ときに過去の記述を呼び出し、生々しくフラッシュバックしたりしながらも、それを受けとめながら、記述を重ねて行き、記述そのものは変わらないながらも、更新される記述の物語は、可変性の紙=私であり、記述の全てが、かたちづくるわたしであり、そこに断絶はなく、受け入れようという意思のようなものを感じました。的外れだったらごめんなさい。

グーグルグル夫グーグルグル夫 (2018-02-01):

いま読み直したのですが、思いっきり 書きかえている と書いてありますね。 本当にすみません。大変失礼いたしました。 現実を書き換えたい思いです。


市営のシエスタ   

渡辺八畳@祝儀敷 
作成日時 2017-12-20
コメント日時 2018-01-31

 

後ろは山 鬱蒼とした厚い葉 蒸散した水分が見えずとも充満している 公民館 置き残された陽炎は ゆらゆら ゆらめき 煎餅なサンダルは妙に温いが 入口のタイルはひえびえとしている 棒状の蛍光灯は気絶したままで 官制の惰眠には年代物の図書も動かない 職員は机に突っ伏して埃が積もる 午後の日差しは熱気強く 胸にべとべとと絡みついてくる 水蒸気 濁っている くぐもっている 気体 滞っている 重なっている 温度はゆるやかに上がっていき 比例して昼寝も続いていく 何も起きていない いつまでも起きていない 後ろは山 新陳代謝の蒸散は意図せぬうちに 葉々瀕死でもなお水分を放出している 蝉も鳴かない


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大熊あれい (2017-12-20):

公民館とありますが、個人的には図書館を思い出しました。 埃の匂いや湿度を感じる点が心地よいです。 時間を感じさせない空気…現在が、果たして年代として10年前なのか100年前なのか、それとも100年後の午後の光景なのか… すべてが止まっているような様子を、ただ後ろの山が見ている、そんな光景が広がりました、好きな詩です。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-12-21):

観察している感じが伝わってきます。大熊さんのレスと大分被ってしまうのですが、そう思いました。個人的には蝉も鳴かないというのが面白いと思いました。 後は単純に、日本にシエスタないと思うし、あるとしたら、誰も来ない田舎の公民館みたいな所だよなと思いました。多分エアコンもついてないんだろうなとか。日々の忙しさの中にある、空白の時間というよりは取り残された空間、メチャクチャ蒸し暑いんだろうなという気もするけど、多分同じくらい寒いのだと思います。その寒さが伝わってくる感じが妙にぞわぞわする。

渡辺八畳@祝儀敷 (2017-12-21):

大熊あれいさん モデルは近所の学習センター(元公民館)です。 https://www.google.co.jp/maps/@37.7496838,140.4847146,3a,75y,91.41h,90.06t/data=!3m6!1e1!3m4!1sxr7JvbNY_KHVJ6qwvJskHw!2e0!7i13312!8i6656 時間を感じさせない空気、は意識しました。 この頃の私の関心として空間を描写したいというのがありまして。空間内のオブジェクトの位置関係だけを表して、その空間内で流れている時間は排除したい。個人的にはミニマルアートを作っているような感覚でした。ただそのものの存在のみを描写したい。

渡辺八畳@祝儀敷 (2017-12-21):

hyakkinnさん シエスタはこれは単純に韻踏みたかったからですね。 モデルの公民館、実際にエアコン無いですわ。時代に取り残されたような施設です。地域の子供も年々少なくなっていますし。グラウンドや体育館ではスポーツ少年団が練習に使ったり、公民館の中でも地域のクラブ活動的なものが催されたりしていますが、それもあとどれだけ続けられるか。ほんと、少子高齢化は何もいいことが無い。インド行って感じたのは日本のすばらしさですが、そのすばらしさを潰すに匹敵する影響力があるのが少子高齢化と劣悪な労働環境でしょう。逆に言えばその二点だけでも改善できればまたトップレベルの国に返り咲くことができる。 閑話休題。エアコンの無い施設です。ちっさい図書室があります。背は焼けて、夏にそこにいると汗がじわっとにじむ。その部屋にいると時間さえも熱で垂れているように感じる。冬は実際その正反対でしょう。 福島盆地の気候が私に与えている影響は多分にあると思います。

まりも (2017-12-24):

頭韻によって引き出された響きや、体言止めで作るリズム、動詞を畳みかけていくリズムなど、リーディングを意識した作品でもあるように感じました。 濃度を増していくような水蒸気がまとわりついてくる感じ。何かのメタファーなのかとも思うのですが、それほど強い寓意や批評性は感じられない。そのままの体感を書いただけ、と言うスタイル。 でも、何かが起きそう、どんどん不快感が立ち込めて来る、充満してきている、でも、誰も反応しない、何かが起きそうなのに、何も起きない(今のところ)という切迫感を持った不穏さ、後ろに山が迫っている、という圧迫感のようなもの。 なにかが迫ってきている、と言う予感、のようなもの。 石垣りんの「雪崩のとき」に通じるものを感じました。 「挨拶」の最後、〈やすらかに 美しく 油断していた〉のような、バシッと決める一言が、最後にあるとかっこいいなあ、と思ったりもします。

渡辺八畳@祝儀敷 (2017-12-26):

Twitterと連動したら詩人のそれとはかけ離れたHNになってしまった祝儀敷です。 なんかウケるわ。 まりもさん >バシッと決める一言が、最後にあるとかっこいいなあ、と思ったりもします。 ブツっと切りたい性分であるんですよね。「kissはチョコの味」(http://breview.main.jp/keijiban/?id=136)なんかもその類のもので。不快感を読後にも残したいのだろう、ピリオドが打たれていないから詩が読み終わってからも漏れ出て読者に垂れてくる感じ。 特にこの詩に関しては「不快感」ってのがキーワードな気がします。福島の夏も不快指数MAXですし。不安やら圧迫感やら色々をまとめての不快感です。 オブジェクトだけを示してそこに纏わる意味意義は明示しない、空間の様だけを描写する、ってのがこれを書いていたころの流行りでした。そのオブジェクトの存在だけをもって感情を揺さぶれるか。揺さぶる方向は負のほうでも構わない。 「雪崩のとき」読んでみました。けっこう危うげな語句を使用していながらもそれに傾倒せず、なにか薄ら怖さを感じさせる中々スリリングな詩だと思いました。

グーグルグル夫グーグルグル夫 (2018-01-30):

「ゆらゆら ゆらめき」のひらがなの形が陽炎っぽいなと思いました。 不安になるような言葉がいくつもあって、素直に平和(?)な昼寝どきと受け取ってよいのかと不安になりました。 言葉が前後して、あとから出てくる言葉がもたらす不安感が、前の方に出てきた言葉にも響いて、あるいは人が死んでしまったのではないかと思うほどでした。 素直に受け取ると、気体のような、滲み出るような、しーーーーんという感じの動きに合わせてシーンが展開して、温度とか、べとべと絡みつくような感覚的なことも書かれていて、 本の上の方から埃が降ってくる感じとか、最初の視点に戻っていく感じとか、すごい、いいな、とおもいました。 「棒状の蛍光灯は気絶したままで」これはすごいと思いました。どういう状態か決められない。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-01-31):

グーグルグル夫さん どうもありがとうございます。この詩においては視覚で察知できるような動きは極力排除したいと思っていました。なので「気体のような、滲み出るような、しーーーーんという感じの動き」という感想は作者としてはしてやったりです。 過去作で似たものだと「kissはチョコの味」(http://breview.main.jp/keijiban/?id=136)になるかなと思います。あちらは堂々と動きますが、でも不安感とかは共通するだろうと。


少女を叩いた   

エイクピア 
作成日時 2017-12-31
コメント日時 2018-01-26

 

ノアの洪水が首に突き刺さって 不快な午前中の微睡(まどろ)みは 新人には過酷な訓練を強いる 深く腰を落として寝入って居る 二月の初めの日は テレビのスタッフのような 有り得ない梅雨期に私を落とし込む 腰に来る爆弾をさっさと掃き清めて 活動したい私は インノケンティウスに祈って 幕張のアドバルーンを打ち上げて 少女を叩いた


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花緒 (2018-01-01):

あけましておめでとうございます。今月までラストゲトーいただけたとは!作品もエイクピア節全開で嬉しく思いました。取り急ぎご挨拶まで。花緒

まりも (2018-01-01):

あけましておめでとうございます。 初詣にいき(向こう三軒、くらいの距離ですが)甘酒をいただいて帰って来ました。 ノアの洪水が首に刺さる・・・どういう情況?と、まずはここからびっくり。 咽喉に刺さる、と読み替えてみるも・・・喉にひっかかるとか、喉に詰まる、ような体感、にすり替えて読みつつ。 洪水のように訪れる睡魔にどっぷりと腰を落として・・・というイメージ。 二月がなぜ、出て来るのか。そういえば、ビーレビューが開設されたのは二月でしたね。 テレビスタッフ、幕張・・・トレンディ―、オシャレ、軽薄、そんな印象を(個人的に)持っている言葉。 〈腰に来る爆弾〉は、自制しがたい感覚で押し寄せるリビドーを、体感的に上手く捉えているように感じました。

エイクピアエイクピア (2018-01-01):

花緒@B-REVIEWさんコメントを有難う御座います。そうですね2018年と言う新しい年に身が引き締まります。ちょっとパソコンの不調など、投稿が危ぶまれたのですが何とか投稿できました。

エイクピアエイクピア (2018-01-01):

まりもさんコメントを有難う御座います。初詣と言えば私も行って来ましたが、行くのが遅かったためかちょっと閑散としているような気がしました。相当前に行ったときは沿道に人がたくさんいたような気がします。ノアの洪水はどうしても思い入れある史実?でした。どうしても使って見たくて、あまりうまく言って居ないようであれば、もう少しこの用語を深めたいと思います。リビドーですか。フロイトですね。ユングも思い浮かびますが。そうですね、二月。私的にはその開設の丁度一年前が念頭にありましたが私ごとで、あまりリズムが悪い感じがします。幕張は私的にはどうしても日本で世界卓球選手権大会が確か1991年か1992年に開催されたところと言う認識が一般的です。

5or6(ゴロちゃん。) (2018-01-02):

ノアの洪水が首に突き刺さる。 まさにDADADAな響き。 イメージの先にある感覚だけのペイントが網膜の裏側に突き刺さりました。

エイクピアエイクピア (2018-01-26):

5or6(ゴロちゃん。)さんコメントを有難う御座います。ダダですか。トリスタンツァラが思い浮かびます。感覚だけのペイントが網膜の裏に突き刺さる、と言うのはこれ自体が現代詩見たいな感じがして、感交するものがあります。ノアの洪水は思い入れの深いイメージですね。実際味噌煮込みうどんを食べに行ったら、帰りにえらい大雨にあったり、風車の自家発電で有名な温水プールに行ったら、帰りに大雨に見舞われたりと、ニュアンスは多少違いますが、ノアの大洪水を想起するのです。この詩ではもう少し大胆なイメージの発露があればよかったと自省ながら思っています。

あめりあめり (2018-01-26):

祈ったのに、そのあとに少女を叩くのか…と何か暴力的な理不尽を感じました。不快感から溢れ出る強烈なエネルギー(怒りよりも温度は低い)?


夏草が撫でる鼻に泣いただけ   

クヮン・アイ・ユウ 
作成日時 2017-12-06
コメント日時 2018-01-20

 

その人は一度、真っ逆さま 霞を食っても生きられないが 悲しみひとつが執着を生むと知った地の底にて 涙すら音楽に変わるじかんを生きて 誰にも聴こえない朝に立ち上がる 丸くなり伸びなくなった背中 小さくなった分に比例して、命もいっそ、縮小されれば良かった そうもいかず、ぎゅうぎゅうに詰まったその子が絶叫するとき、心臓の在処を知った はじめの一滴が 朝靄で隠したみずうみの秘密を露わにするように その人の声は、静かに針先ほどの穴を産みつけた 夏のはじめ、恋人との時間は美しく流れ 秋いるまえ、ただその背中を見送るしかなかった その瞬間の自らの背中を いつかの今日、見上げる孤独にて それから幾つもの言葉が涙として 悲しいときの酒を覚え 夢を叶えた友だった者たちを肴に 不健康こそお似合いと 味のしない煙草にも時々、あの人の唇のにおいを見つけた ときにはないた 何度目かの真っ逆さま 霞を食っても生きられないが 悲しみも憎しみも他のどんな感情もまだ生かすのだと知るそこにて 誰にも見つからない朝に、たった一滴がみずうみを揺らす 瞬間、ひくい波はアメンボを僅かに高くする 初めての世界、目を丸くする もう居ないあの人は 今日もどこかで生きていて 最後のもじは、願いのよう かよわい波にも うすく 消えて


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みうら (2017-12-08):

投稿ありがとうございます。朝のはじまりは新鮮で、悲しい、という心象を全体から感じました。子、恋人、友、、それぞれの内側にある悲しみがこぼれる時は朝で、しかも多くない。誰も気がつかないぐらいの一滴。 最後の「消えて」が一滴にも感じれるし、「作られた儚さ」でなく、生々しい儚さを先に感じていたので、逆に「消えて」が感情移入を覚ましてしまった感があります。

アラメルモアラメルモ (2017-12-08):

個性的な文の作り手ですね。 好感はもてますが、最後の六行辺りを読むと少し緩く感じてしまいますね。弛緩的な言葉使いにもう少し洗練度が欲しいかな、と思いました。

沙一 (2017-12-08):

はじめまして。 たった一滴がみずうみを揺らす この一言に、揺れました。 それまでは、正直なところ、漫然と読んでいたのですが、この一言がまさしく一滴となって、詩全体にしずかな波紋がひろがるようでした。

まりも (2017-12-10):

〈悲しみひとつが執着を生むと知った地の底にて 涙すら音楽に変わるじかんを生きて 誰にも聴こえない朝に立ち上がる〉 〈小さくなった分に比例して、命もいっそ、縮小されれば良かった そうもいかず、ぎゅうぎゅうに詰まったその子が絶叫するとき、心臓の在処を知った〉 〈はじめの一滴が 朝靄で隠したみずうみの秘密を露わにするように その人の声は、静かに針先ほどの穴を産みつけた〉 〈それから幾つもの言葉が涙として〉 〈誰にも見つからない朝に、たった一滴がみずうみを揺らす〉 〈もう居ないあの人は 今日もどこかで生きていて〉 特にいいなあ、と思うフレーズを抜き出してみました。 声は、音楽なのかもしれない。声は、涙となってこぼれるのかもしれない。 言葉にならない思いが、声の記憶が・・・一滴に凝縮されて、心の湖にポツリ、と落ちる。 そこに生まれる波紋・・・その余韻を、味わいたいと思います。

クヮン・アイ・ユウ (2017-12-12):

三浦さん こんばんは。コメントを下さりありがとうございます。 最後の「消えて」が一滴にも感じれるし、「作られた儚さ」でなく、生々しい儚さを先に感じていたので、逆に「消えて」が感情移入を覚ましてしまった感があります。 この箇所大変勉強になりました。ありがとうございます。 どう締めるかってとても大切で難しいですよね。

クヮン・アイ・ユウ (2017-12-12):

アラメルモさま コメントをくださりまして、ありがとうございます。 最後の箇所についてのご意見ありがとうございます。 改めて読み返し、該当箇所の前後でかなり変わっているんだなと感じました。 読者さまにどのように伝わるのかという点においてこうしてうかがうことでしか知り得ないことがあり、非常にありがたい思いです。ありがとうございます。

クヮン・アイ・ユウ (2017-12-12):

沙一さま コメントをくださりましてありがとうございます。 一滴に感じていただけるものがあったとのことで大変嬉しいです。 なんにもならない変化で、でも変化で、だからどうなるのかと、そんなことを日々見つけては自問し価値を与えるのは自らなのだとそんなことを考え生きております。 ありがとうございます。

クヮン・アイ・ユウ (2017-12-12):

まりもさん いつもありがとうございます。 こんなにたくさん!と、特にいいと思っていただけた箇所が多くとても嬉しいです。ありがとうございます。 心の中で言葉が鳴るということがよくあります。詩を書いていてもよんでいてもよく鳴ります。 ありがとうございます。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-12-16):

最後の6行ですね。アラメルモさんと近いイメージを思いました。でも凄く好きです。だから余計そう思っちゃうのかもしれませんが、フロウがとてもいい、夏草が揺れるようです。 >丸くなり伸びなくなった背中 >小さくなった分に比例して、命もいっそ、縮小されれば良かった >そうもいかず、ぎゅうぎゅうに詰まったその子が絶叫するとき、心臓の在処を知った ここから読む意識が変わりました。凄くいいなぁ。あんまり物を言いたくない作品です。

クヮン・アイ・ユウ (2018-01-20):

百均さん お返事が遅くなってすみません。 自作は、やはりすべて大事ではあるのですが、本作は特に思い出深い作品です。ありがとうございます。


   

まりにゃん 
作成日時 2017-12-09
コメント日時 2018-01-16

 

雁が音 五時になり、その日は ずっと数字ばかり たとえばステンレス製の記号を象ったそれのことだが 視線がおいつかないでいた よくみかける(と彼らがおもいこんでいる) 冬の光景 古代の犀の化石標本を むこうの島まで観察にいった もちろんレプリカだったのだが、関節には 奇数が食ませてある 材質のわからない皮膚や角質のあらゆる部分を 色彩が埋めつくしている わたしはそのことを驚歎に値すると 認識した ここまでのrecitativoは おそらくウシツツキによるものである 七号棟から 落葉の浮いたプールが眺められた ほかにも蜂の巣が 植物にからみついた莨をすう鰈の卵巣のように たれさがって 馬の首や、紙の吐息など つめたい額にひらいたひかる茸 果樹園 ふるえる耳も


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花緒 (2017-12-10):

万物は数である、というピュタゴラスの言葉を思い出しました。この作品には数字がたくさん出てきますね。科学的なことはわたしにはよくわかりませんが、事物は、分子とか原子とかの連なりによって構成されているのでしょうし、その組み合わせ方はきっと数学で表うるような法則に則っているのでしょう。それは蜂の巣のような幾何学的なフォルムのものだけでなく、ふるえる耳もそうでしょうし、という感じで読みました。作者が意図するところと合致しているのかは分かりませんが。 言葉の選択が洗練されていると感じるので、何度でも読めてしまうというか、再読に耐える良さがあると思います。その一方で、なんとなく知っているものに当てはめて、かろうじて最後まで読むしかないわたしのような「読めない」読者にとっては、結局、なんとなく知っているものをこの作品を通じて確認しているに過ぎず、何か知らなかったものを読み取るといった類の読書体験には至らないということも思いました。

完備 (2017-12-10):

私はこの作品を批評する言葉を持ちません。好みかで言えば大変好みです。素晴らしいと感じましたが前述のように批評する言葉を持ちません。そもそも真に優れた作品はそう簡単には批評できないでしょうから、この作品が真に優れた作品であるかどうかはさておき、その可能性を持っているとは言えるのかもしれません。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-12-19):

言葉にならないですね。まず言葉を知らない。そこから詩の読みを始めたからかも知れませんが、 >雁が音 茶葉の一種なんだなと思う所から、文字の持つイメージと音、の広がりが広がっていきました。なんというか自分の文字に対する向き合い方の詰めの甘さみたいな物を、ガツンとやられたような感じです。まぬけな感想で申し訳ありません。ただ、僕はこの「雁が音」が「かりがね」という音で、最初に提示された事に感動しました。それが僕の無知が導き出した感慨であった事が、今そこで自分の無知が生きた事がある意味良かった。 >ここまでのrecitativoは >おそらくウシツツキによるものである   雁が音を調べ始めたのはここの連がタイミングなのですが。ウシツツキも初めて知りました。最後の連こそ本領発揮という形で、そこまで適度に揺らされてきた感覚を更に揺らされて酔ってしまったようです。自分の信じてきた見方、当たり前の光景が言葉という酒によってグニャグニャにされていく。様な感じです。陳腐な感想で申し訳ない。良い悪いではなくて、ひたすらショックでした。

まりも (2017-12-24):

アステリスク、題名のように置かれると、不思議に一番星に見えてきます。 その後にひびく「かりがね」の音と、雁がブイ字型になって空を渡っていくイメージ。 西の空は茜色に燃えていて 東の空は藍色に沈んで、ようやく一つの星が、光始める。 最初のひとつ、が現れ、その後、無数の光が暗闇に点滅を始める、 そんな宇宙の中に、私たちが住んでいる、ということ・・・ 無彩色という色彩を、モノトーンの微妙な差異の中に、 無限の色彩の諧調を見いだす、ということ。 むこうの島、を、べックリーンの「死の島」を引き寄せながら、読み重ねていました。 いつの、まにか・・・。 ウシツツキ・・・を鳥のイメージとして捉えるなら、 古代の犀(誇大の差異と、音が同じ、なのだなぁ、などと思いつつ)の背に乗っていたウシツツキを連想、するわけですが・・・ うつししき、と、空目したのです。 現識と書いたとしても・・・それは、現世(うつしよ)のうつし、ではなく、ゲンシキ、と読むのでしょうけれど。 それでも、夢の中をスライドしていくような本作を拝読しながら、ウシツツキがいつのまにか現識などと、読みたがえてしまう。その惑いを、楽しんでいる感覚がありました。 落葉の浮いたプールのわびしさ、言の葉のイメージ、蜂の巣、蝶・・・蝶の卵巣とあるけれども、私はなぜか、カマキリの卵巣(泡立ったまま固形化して、風に吹かれている、乾いたゆりかご)を連想しました・・・ 馬の首(なんとなく一角獣の白い首筋を思いつつ)紙の吐息(紙吹雪きの舞う人工空間と、神の吐息、のイメージを重ねつつ)ひかる茸、のイメージ・・・そして、果樹園。 豊かさの、そして淋しさの(死を種子として熟れていく果樹の)木立の中で、紙吹雪のように落ちていく葉を眺めながら、私たちは何を聴くのでしょうね・・・。

蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2017-12-24):

今晩は。 私は詩を書くとき、意識の流れを偽造して、そこにリズムのようなものを誂え、いわば一本の紐のような書き方をするのですが、この詩は絵のように意識を対象全体に拡散して書かれているように感じました。 時間を止めることに優れた叙述で、感情も止まって見えます。無音が耳に聞こえるような印象がありました。 とても個人的な偶然ですが、私は数千か数万匹の蛾を解剖して、その卵巣を取り出して、ある実験をしたことがあります。ですので、複雑にビーズを繋げた首飾りのような、あの卵巣を想像しましたが、それを冬の蜂の巣に喩えるのは、不思議な感覚でもありました。無音の中に、何か始まるもの、と解そうかと思いましたが、腑に落ちず、残りました。 この詩は、もしかすると、ある種の原初的な風景であり、そこへのノスタルジーを誘うのかも知らない、という気配を微かに感じましたが、どこかまだ、物足りなさも感じました。

みうら (2018-01-16):

記号とは「冬の光景」である。なぜならば「よくみかける」ものだから。これは、奇数を食ませた犀の関節を「化石標本」にみたことにより認識する。それは、よくみかける冬の光景を「色彩が埋めつくしている」気づきの驚歎。しかし、その驚歎もまた「おもいこみ」という主観なのではないか。つまり、ウシツツキの独唱。あるいは奇数食ませとはメタファーとしてのウシツツキ。 「ふるえる耳」に、冬の記号は、つめたい吐息としてきこえてくかもしれない。私の耳にも。


姉の自慰   

芦野 夕狩 
作成日時 2017-12-30
コメント日時 2018-01-11

 

朝起きて  新規公開株のリストに目を通すと 姉の甘ったるい声が聞こえてくる そういう朝がもう何度も繰り返されている 僕が眠りのなかで耳の穴から腕の生えている 素敵な生き物と素敵な会話をしている間も 姉の生活は途切れずに続いており その様子は薄壁一枚隔てたこちらにも ひそひそと秘められているのか明かされているのか よくわからない感じで伝わってくる だいたいはスマホのゲームの音とともに もうしばらく家の外へ出ていない姉は 信じられないくらい明るくネットの仲間と溶け合っている 僕が眠りから覚めるときには 彼らの冒険や試練は たくましい傭兵たちの昔語りのようになっている 姉の自慰がはじまる 新規公開株のリスト及び株式の情報には 姉の自慰についての重要な事柄は何も記されてはいない 指値をいれるとあっという間に約定して だんだんと甘ったるくなって 仕手筋に絡めとられてただひたすらにつりあがっていく 本当にそんなに簡単につりあがってしまっていいものかい? そんな問いかけに意味などないと言いたいかのように 声はうわずっていく 丁度チャートのN字曲線のもみ合いあたりで すとん、と落ち着いたら 今度はうめき声のように 低く、けれどもそれはたぶん人の生にとって一番本質的な あの、欲望の声をあげる 僕はというとすでに大概売り抜けて 新規参入者が刈り取られていくのを無表情に見ている 都内にマンションを買おうと思っている 姉の自慰の届かないところで けれども姉の自慰がどこへもたどり着かない 漂流物のように 誰もいなくなったこの部屋で響いていることを想像すると お腹のへそのゴマあたりがとてもいたくなる 宛先不明になった姉の自慰が 名も知れぬロックバンドによって 小さい箱で演奏されていることを想像する 姉の自慰はたぶん何かを伝えることも誰かを慰めることもできないけど 多分その小さな箱に集まった人たちの共通のムードとして うん、姉の自慰だよね みたいな感じになるんだろう それってやっぱり耐えられないから 僕はマンションを買うのを先延ばしにし続けている


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花緒 (2017-12-30):

面白い一作だと思いました。こちらでお目にかかれて光栄です。 姉の自慰の声、はおそらく存在してはいるのでしょうけれど、妙に生々しいですけれど、実際に聴く機会なんておそらく殆どないはずで、あくまで想像上のものにすぎないのでしょう。株の上昇という、これまたバーチャルな、しかし、実体経済に確実に影響を及ぼす、数字の動きが重ね合わされているわけですけれど、バーチャルなものに支配されている現代人の空虚さが伝わってくるようです。小さな箱に集まった人たちの共通のムード、という、何というか、暗い嗤いが伝わってくる作品ですね。作中話者もデイトレーダーみたいだし、登場人物全員がバーチャル活動に依存した空虚な生活を送っているみたいで、ネット詩、という形態と通底するものを感じました。

蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2017-12-31):

今晩は。 タイトルが秀逸だと思いました。 また、ネットの投資でしょうか(詳しくないのですみません)お仕事の進みと、お姉様の盛り上がり具合が同時に描写されていく感じがとても上手く、言葉の真摯な離れ業となっていて、濃密な詩情を感じました。 一方で、 「お腹のへそのゴマあたりがとてもいたくなる」 と、いうフレーズには、少し小技というか、わざとらしさを感じてしまいました。 その後の、「このことの作品化」を思わせる、ライブハウスでの演奏についての云々も、少し興醒めな感じがします。 この語り手の優しい耳のすまし方からすれば、感じの良い、素敵なお姉さんというか、お姉さんの素敵な自慰じゃないですか。その寂しさや虚しさも含めて。 むしろ「曲にして演奏したい」ぐらいがしっくり来るように思います。 最後の一行はまた、ふわっとして、とても良い後味の作品だと思います。

カオティクルConverge!!貴音さんカオティクルConverge!!貴音さん (2017-12-31):

はじめまして、貴音です。 ライトコメントですみません。 投稿されてからBreviewに来たときは必ず読んでいます。 最初から最後まで流れが綺麗な詩だなと感じました。 でわ、失礼いたしました。

まりも (2018-01-02):

〈耳の穴から腕の生えている/素敵な生き物〉 眠りの中でだけ会える、言葉からすると「異様」としか言いようのない、しかし〈僕〉にとっては〈素敵〉な生き物、これはいったいなんだろう。こんな不可思議な伏線が用意されているのに、どなたも、ここには言及していないですね。 耳をすませて、あらゆる気配を〈腕〉でかき集めていく行為を具体化したら、こんな生き物になるのだろうか。聴く、ということの、欲望。それは、隣室(存在するかどうかすら、不明の・・・心の中にある自分の部屋の隣で行われている、もう一人の自分の行為、であるかもしれず)に耳をすませる、ということ、見えないものに意識を注ぐということでもある。イメージとしてはヒエロニムス・ボスの描いた奇妙な生き物たちを比肩したくなるのですが・・・人間の欲望を「教化する」というタテマエを付与されて、実際には生理的欲望をむしろ喚起する為に具象化された生き物たち。 非常に魅力的な登場人物(登場動物?)なのに、ちらりと現れただけなのが、とても残念に思いました。 この耳から生えた腕、が、姉の自慰を行う指を持つ腕、であるのか・・・とも考えたけれど、うまくつながらない。 ネットゲームが喚起する生理的興奮、株のトレーディングが喚起する生理的興奮、そして、性行為が呼び起こす生理的興奮。脳内ドーパミンが分泌されるためには、他にも様々な刺激的な行為が存在する、のでしょうけれども・・・自慰は、他者とのコミュニケーションを必要としない(自分の内にこもった、自己完結する)生理的興奮ですよね。生殖の目的以外の性・・・コミュニケーションと生理的欲望の充足という二項を満たすための性行為は(ボノボやピグミーチンパンジーなど、類人猿の一部に認められているけれども)人間特有の行為だと言ってもいい。 自慰の場合は、コミュニケーションの充足の面は欠落していて、自己の欲望の充足だけが中心となる。想像力によって、見えない他者、見えない恋人の愛撫を妄想する、という仮想のコミュニケーションは存在するかもしれませんが。 ネットゲームの場合も、見えない他者がいるのかもしれませんが、見えないがゆえに、仮想の他者に限りなく近い。ソフトの中に組み込まれている、プログラミングされた「他者」との交流であるならば、これは完全な仮想の他者ということになるのでしょう。株のネットトレーディングも、見えない他者が存在している、はずだけれども・・・仮想の他者に近い存在なのではないか。数値の変化という極めて無機的な表示が、有機的に変動していくという株式市場の動きと、そのうねりに身を任せて、仮想の他者を相手に賭け事に近いような興奮を得るという行為。 指値や仕手筋といった、手や指に絡む言葉が喚起するイメージからの発想なのかもしれない、と思いました。「見えない手」が経済という生き物の肉体を愛撫したり弄んだりしている、ように、隣室という見えない場で、見えない手や指が、見えない姉の身体を快感へと導いていく。株式市場に身を揉まれる興奮とのアナロジーを生理的に捉えているようでもあり、とてもユニークな発想だと思いました。 5連目の、マンションを買おうと思っている、あたりから、また別の寓意性が現れるように思いました。少し論理的になる、ロジックが立ってくる、とも言えますね。 堅実な生活(姉の声の聞こえないマンションの一室)を購入する、その決断がなかなかつかない、と読むと、生理的興奮に導くもの、行為、から身を引き離して、一喜一憂する刺激的かつ内向的、自己完結的な暮らしから、一般的な平穏な生活へと脱したいと望みつつ、生理的な刺激を得られる場が〈小さい箱〉たとえばラジオから流れて来る音楽による、一時的な興奮、といったものに矮小化される、ということに、耐えられそうもないから、今の刺激的で内向的な生活をやめられない、という読み方をしたくなります。

芦野 夕狩芦野 夕狩 (2018-01-02):

皆さまあけましておめでとうございます もっと速やかにお返事返したいところでしたが、年末年始ということでばたばたしてしまいました。お許しください 花緒さん こちらでははじめまして。お久しぶりです。 「バーチャルなものに支配されている現代人の空虚さ」 ある種そうなのかもしれませんね、 こんな風に話してしまうのは僕が中身のことなんてこれっぽっちも考えないで詩など書いてしまうから、なんですが 人間は本来ヴァーチャルの方があってるんじゃないか、という気もします。 ほら、こうして、顔も知らない相手と、なんだか突然ねんごろな言葉や、本質的なことのように偽装された言葉を差し交すなんて とてもエキサイティングじゃないですか。 ボルカさん はじめまして(はじめましてではないんですが、説明がめんどくさいのではじめまして。 私には姉はいないのですが、というか、いたらこういうの書かないかもしれませんね。 という外野的な立場から言わせてもらうと、うん、姉の自慰、ってものすごくキュートでキャッチ―な響きですよね 「この語り手の優しい耳のすまし方からすれば、感じの良い、素敵なお姉さんというか、お姉さんの素敵な自慰じゃないですか。その寂しさや虚しさも含めて。 むしろ「曲にして演奏したい」ぐらいがしっくり来るように思います。」 と仰られるのもわかる気がします。 あんまり深くは考えてもいないんですが、 姉の自慰って100回言ったら、意味が抜け落ちて、殻になるみたいな でもそういうの許せない弟くんのやさしさみたいな、 そんな感じなのかなーと思いました(適当 これに関しては、とてもユニークで意見の分かれるところでありますね 自分の女房を他人に抱かせて興奮できるかできないかの境目がそこにあるような気もします。 貴音さん はじめまして。 この場合の「きれい」というのは皮肉と受け止めてよろしいでしょうかね? たしかに姉の指のぬめり気や、かすかに匂うアンモニアの香や指にひっそりとまとわりつく陰毛の黒さ、など書きわすれておりました これは厳しい評をいただけたと思いこれからの詩作に思いっきり生かしていきたいと思いました。 冗談です。 ありがとうございました。 まりもさん 〈耳の穴から腕の生えている/素敵な生き物〉 言われてみれば、弟くんは若干頭がおかしい これに関しては、まりもさんがのちに言及なさってる(神の見えざる手)にかかっていますね(嘘 僕にとっては自明な存在であるのですが、少し不用意と言うか、何の準備もなく読者に手渡してしまった感があります(嘘 ただこうやって、文脈に依存せずサブリミナルに配置することである種の想像力を刺激するのではないかという詩的テクニックです(嘘 すみません 作者がどこまでふざけていて、どこまで本気なのかわかりにくい詩だと思うので まりもさんのような真摯な読者を絶望させてしまわないか、というのが気がかりで気がかりで。 僕としていえることは、ちゃんと全面的に本気でふざけています、というのがやっとだということ、どうかご理解いただければと思います。 「指値や仕手筋といった、手や指に絡む言葉が喚起するイメージからの発想なのかもしれない、と思いました。」 これはほんと言われてみて、すごい解釈だと思いました。 もうこれ言われたら、「そや、そういう風に書いたんや」としか言えないくらい完璧ですね。 なので言っておきます そや、そういう風に書いたんや 5連目に関してはボルカさんに書いたものと同じになってしまうかもしれませんが、 自分の女房を他人に抱かせて興奮できるかできないか問題、みたいなことなのでしょうかね(すみませんでした 皆さま真摯なレス、まじ感謝です。 芦野

弓巠 (2018-01-07):

芦野夕狩さん、こんにちは。 非常に楽しく拝読しました。  自慰のイメージと、密室の結びつきが面白いと思いました。自慰、というものは基本的に人目を憚って行われるもので、それを知る人、見る人も自慰をしている本人しかいない、というものだと思っています。そうであるが故に、姉の自慰は密室の中でしか行われることはない。けれど、密室で行っているが故に、隣の部屋にいる弟にはその声が聞かれてしまう。そして、弟に届いているのは声だけである、そのために、弟の中では姉の自慰のイメージが膨れ上がっていく。そして、株価の変動のイメージが姉の自慰と結びついていく、という流れ。  弟が、マンションを買おうとしないのは、そうした姉の自慰のイメージが、誰にも聞かれないことによって、逆に普遍的なものになってしまうのを、恐れているから、と勘ぐりをしてみました。見えない、聞こえない、存在しないものほど、普遍的なものはないかな、と思ってしまうので。ただ、「小さな箱」で姉の自慰が演奏されるのは、密室のイメージがさらに密室のイメージに結びついているから、という読みもできると思いますね。    と、いう風に僕は初読で読みました。その上で、他の方のコメントと、芦野さんの返信を見て漠然と、作品の見え方と、作者の意図とが、どう関係してくるか、というのは結構難しい問題だなあ、と思いました。

完備 (2018-01-07):

一言コメントで恐縮ですが、タイトルが最高です。

白井草介白井草介 (2018-01-08):

芦野さん、はじめまして。「姉の自慰」、面白く読ませていただきました。部屋の壁が薄い、という強いかなしみをかんじました。自慰を聞かれてしまうのは、兄・姉(先に生まれたもの)の宿命なんでしょうかね。とくに壁が薄いとどうにもならない。この詩の、姉は部屋から出ずにインターネットのゲームの世界にいる。ひきこもりの、たぶんあまり清潔ではないかんじの姉、その自慰。それと、変な弟の株の売り買いが並行して書かれていて、とても奇妙です。しかし、ビューティフルとは言い難いですね。笑わせようとしているのでしょうか? 笑いました。いつかライブハウスのちいさな箱で「姉の自慰」を聴きたいとおもいました(本当は聞きたくないです)。

芦野 夕狩芦野 夕狩 (2018-01-09):

弓巠さん まぁ作者のコメントなんて後からいくらでも捏造できますので 中身のことはさておき 4連と5連と、あと題名で、読者をひっかけれることができたならよかったかなと思います こういうことを話してしまうのは本意ではないのですが 「「小さな箱」で姉の自慰が演奏されるのは、密室のイメージがさらに密室のイメージに結びついているから」 というご感想をうけまして 、あ、詩というのは密室を書くのと似ている、と少し思いました。 密室と言う、外から見ると何が起きてるかわからず、 人をやきもきさせ、あらぬ創造を働かせる作用が、とても詩というものに符合するのではないか、と。 関係ない話になっていたら申し訳ないのですが、 お読みいただけて大変ありがたく思いました 。どうもありがとうございます。 完備さんへ ありがとうございます。 あまり読者を信用していないので、できるだけ詩の良いところは前に前に置きたい派です(特にタイトル) お読みいただき大変ありがとうございました。 白井草介さんへ 笑っていただければ最高かなと思います、 これは、ビューティフルなものへの反抗心ではないんですが 結局短い読み物として詩を考えたときに、 笑いや、怖さや、美しさや、なんかしらの感情を思い起こさせるのが とても大事なんじゃないか、と甚く即物的に考えておりますので そういったことが白井さんのうちに実現できたということを教えていただき とてもうれしい気持ちになりました。 お読みいただきありがとうございます。 *初投稿なので勝手がわからないのですが、誤字はどうすればよろしいでしょうか。 【新規公開株のリスト及びの株式の情報には → 新規公開株のリスト及び株式の情報には】 です。訂正できないということならば、多少の誤字はあまり気にしないのですが、 もし訂正できるものならば、どうすればよろしいでしょうか?

まりも (2018-01-10):

の、を削除しました。ご確認ください。 現状、投稿者が自分で訂正は出来ないことになっています。 投稿作品に、レスがついた後に作品が改変された場合(より良い作品にするための推敲であっても)レスと作品とが食い違ったり、コメント欄での議論が噛み合わなくなったりすることを避ける、という意味合いもあろうかと思います。

芦野 夕狩芦野 夕狩 (2018-01-10):

まりもさんへ ご丁寧な対応ありがとうございました。 誤字脱字等よくやらかすので、今後こちらに投稿させていただくときは、できる限り気を付けたいと思います。 お手数おかけして済みませんでした。

アルマ@封じられた語彙力アルマ@封じられた語彙力 (2018-01-11):

ちょっとドキドキしました。盛り上がってく姉、淡々としている弟。 奇妙な光景だけど、きょうだいというのはそこらへん変に冷静だったりしますよね。

芦野 夕狩芦野 夕狩 (2018-01-11):

アルマさんへ 僕は姉さんはいないのですが、こんな姉いたら嫌だなあと思いながら書きました 笑 実際こういった姉弟がいるかはともかくとして、アルマさんの中で説得力を持ったのなら幸いですね。 ご感想頂き大変ありがたく思います。 お読みいただきどうもありがとうございました。


虚ろが新宿のユメを彷徨う   

北村灰色 
作成日時 2017-12-28
コメント日時 2018-01-11

 

青一号に浸された空 腐敗した林檎飴が浮ぶ白昼に 誰もがコンタクトレンズを探し 誰もが行方不明者のまま 自らの張り紙を探し求めている 画鋲の代りにアイスピックで突き刺された モノクロの無機質な笑顔 無惨に消失したプライバシー 365ツイート 日々を150で収斂すれば、 ――渇ききった心を潤おす零缶と48人のストリップの虚無虚無夢中無ヲニギリツブセバ白目を剥いたままの街頭ビジョンを凝視する黒目の僕らは何をみているでもなくただ腐りゆくオニギリと去ってゆく何時かの天使がダンプカーに轢き潰されるのはいつかないつかなと待ち焦がれているだけなのだとオセロを撒きながら呟く―― 青信号に変わっても尚 止まったままの靴と止まぬ呟きの群れ 黄色信号が心に灯れば 匿名のナイフが赤信号を灯す 空っぽのハンドバッグと生活 虚ろなまま殺す赤か 虚ろなまま殺される白か 僕らにはロゼワインの選択肢が無い 彷徨う毎に酔い痴れる夢 彷徨う首なしの客引き 首吊りの雨後の水溜り 汚れたまま 鬱血したままで 首を落としても動く死体 首を折っても笑う死体 神は死刑制度を諦観し 氷雨が汚と血を洗い流す 泣き濡れた街頭スピーカー狂って 永遠に繰り返される福音 硝子のような不協和音を 断線したヘッドフォン達は遮断する 拒絶されし祈りが紙屑へと変わり 僕らはダンプカーに潰されてゆく 虚ろなまま 笑顔のままで やがてコンタクトレンズも砕け散って 街は濃霧に包まれていった


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アラメルモアラメルモ (2017-12-28):

ところどころ入り交じる単語。林檎飴とかオセロやオニギリ、ロゼワイン、ヘッドフォン、コンタクトレンズ~などなどの雑貨用品と、ナイフやアイスピックまたはダンプカーなどの人殺しにも使える用具との対比。これが効いていますね。溜まりに溜まった鬱憤。一触即発と置かれた状況の緊張感を醸し出している。モノは溢れどもこころまで充たされることはない。現代社会に於ける勝ち組と負け組。そして拡大するばかりの貧富の格差。現代人、特に若い世代の人たちは、その疎外感から生じる孤独の吐き捨て場を求め悩み苦しむわけです。いつ飛び出すかもしれない切れ味の鋭い屈折したナイフ。不特定多数を狙う通り魔殺人。または無用な弱者への見返り殺人。これらが多いのも現代社会の特徴でしょう。追い詰められた怒り。この吐き捨て場が何所にも見あたらないのです。むしろほとんどの人間が病んでいると言っても過言ではありません。生活に、心情的にも余裕のある人間を除いて。その辺りが個性的によく表現されていると思いますよ。 欲を言えば、内容的にはよく見かけるメッセージ性を帯びたこころの叫びだとは思いますけれど。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-12-28):

カックイイなぁ。アラメルモさんにおいしい所全部もってかれているし、特段僕から言える事ないですね。ただ、ファンであるという事しかいえない。上手い下手ではなく「好き」で、作家性を帯びていますね。心の臓に言葉がしみてきますね。解釈を書きすぎて疲れた夜なので、イメージに唯々浸れるのか心地いいだけかもしれないのですが。一度でいいから書いてみたいなぁ。

アラメルモアラメルモ (2017-12-28):

バイオレンスな映画を撮る北野武。その手法を詩で表せばこのような作りになるのかもしれない。 普段ひょうきんな演技で見慣れた役者にまったく意表を突くような演技をさせる。つまりその個性を変換させてしまうわけですが、観るものにはその異常性が逆に身近な日常として返ってくるわけです。だからべつのシーンではその緊張感に戦慄を覚えてしまう。ひょっとしたら明日は我が身かも……などと。この詩の佳さは、対比されることによって生じる異化的なものが詩全体のなかでは同化して潜んでしまうという。その身近な日常に隠れた緊張感だと思います。

杜 琴乃 (2017-12-28):

新宿という無数の人が蠢く街と、SNSに私が時々感じる虚しさはよく似ているなぁと思いました。そこをずばりと言い当てられたようで、爽快感さえ覚えました。 青一号に浸された空 腐敗した林檎飴が浮ぶ白昼に 空という自然に、ヒトは不自然な空想を着色料で作り、林檎飴(夏祭りの夜店=夜の夢=甘くてカワイイ幻想)は白昼に腐敗して浮かんでいる。 冒頭からとても好みです。かっこいいです。どこまでも幻想の世界に浸っていたい欲求と現実の承認欲求の間でズタズタにされていくような感覚がたまらないです。

まりも (2017-12-31):

虚ろな新宿の、ではなく、虚ろが、なんですね。 鋭利な刃物で切り裂かれた都市の写真が構築的にコラージュされて、新たな都市風景を作りだしている、ような・・・ 青赤白、を黒と白の一気にあふれ出す独白が横一文字に区切り・・・青黄赤のLEDライトの世界に切り替わる。 そこからさらに赤と白の二択に移り、ロゼ・・・中間がない。 三色(三つの選択肢)のうちのどれか、かと思いきや(一色だけかぶってはいるけれど)異なる二色(二択)からの選択を迫られる。 ヴァリエーションで「二択を迫られる」イメージが繰り返されて増幅されたあと、首が落ちたり落ちそうになったり、血まみれで死んでも生きているような殺伐とした異世界に到る。リストラされることを「首になる」と言うけれども・・・そんな慣用句をリアルな映像にして実感させられるような感覚もありました。

北村灰色 (2018-01-11):

アラメルモ様 コメントありがとうございます。 確かに現実社会、無意味かつ無秩序に無軌道に付けられた弱者強者の構図に対する皮肉怒りはあると思います。寧ろ自分も含めた全ての人間に対する根源的な負の感情っていうのがこの作品にはあるので、御指摘頂いたありがちなテーマから逸脱出来なかったなとも改めて思いました。 因みに北野武映画はどれも好きですが『ソナチネ』が特に心焦がされる程に好きです。

北村灰色 (2018-01-11):

百均様 コメントありがとうございます。 仰られた上手い下手云々だと、まぁ私は超絶激烈下手な部類だした、そういうことなのでしょうが(それは楽器演奏等の他の表現も含む)、好きといって頂けるのであれば、そうした表面的な技量を越えたということになるのでしょうかね。

北村灰色 (2018-01-11):

杜 琴乃様 コメントありがとうございます。 爽快さ、確かにそれに近い感覚はありますね。SNSも新宿も舞台は違えども、それらの場所で抱く感情感覚っていうのは結構似ているなと。 それらの場所で抱く感情感覚をズタズタに切り刻みたい、蒼く或いは紅く炸裂させたいっていうのは狂おしい程にありますね。 青一号や林檎飴を象った冒頭に着目していただけたのはとても嬉しいです。

北村灰色 (2018-01-11):

まりも様 コメントありがとうございます。 虚ろが、は意図的にそうしました。新宿が虚ろなのはそりゃそうだけれど、そこを呆けた面で歩く俺らの方がよっぽど虚ろだろっていう意味等々を含めて。 色の選択肢→情景や映像の変容・心情の変化っていうのにかなり関連性があるなと思い、自分の内面的な部分にも重きを置きつつ、そうした二色ないし三色の(色)に対してもフォーカスを置いた作品でした。


大賞作投票ボックスのお知らせ   

花緒 
作成日時 2017-12-19
コメント日時 2018-01-08

 

今月から、各選者が推挙させて頂きました候補作をベースに、皆様の投票で大賞作を決定することにしました。詳細はブログにもかかれてあります。 すでに相当数の投票を頂いているのですが、ツイッター中心に拡散しているため、気づいていない方もいらっしゃるかもしれない!ということで、こちらでも投票ボックスの案内をさせていただきます。どなたでも投票可能ですので、お気軽に、清き一票を投じてくださいませ。でわ! https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSdsFm2gzdGYqyzM6Ya3F9ovcCF8TL5nvTnghTjqRpMrDVtsfA/viewform


コメント欄を表示する (44)
百均@B-REVIEW ON/ (2017-12-20):

落としちゃったのであげます。皆さん宜しくお願いします。

まりも (2017-12-20):

あげます

百均@B-REVIEW ON/ (2017-12-21):

あげます

花緒 (2017-12-22):

あげ。

まりも (2017-12-23):

ツイッター連携がうまくいかず、再登録しました・・・ とりま、あげます。皆さん、ぜひご投票を。

まりも (2017-12-23):

テスト。「ツイッター投稿有効」で、コメントを入れてみます。 大賞作品、「投票」に迷っておられる方、まだの方は、ぜひ。

齊藤貴義@サイバーメガネ (2017-12-28):

テスト

齊藤貴義@サイバーメガネ (2017-12-28):

テスト

花緒 (2017-12-28):

テストコメントです。

花緒 (2017-12-28):

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花緒 (2017-12-28):

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花緒 (2017-12-28):

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花緒 (2017-12-28):

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花緒 (2017-12-28):

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花緒 (2017-12-28):

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齊藤貴義@サイバーメガネ (2017-12-28):

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花緒 (2017-12-28):

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花緒 (2017-12-28):

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花緒 (2017-12-28):

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花緒 (2017-12-28):

testtesttest

花緒 (2017-12-28):

テストーテストー!

花緒 (2017-12-28):

テストーテストー!

みうら (2017-12-28):

テストコメント

花緒 (2017-12-28):

testtesttesttest

花緒 (2017-12-28):

testcomment testcomment

花緒 (2017-12-28):

テスト

花緒 (2017-12-28):

テストコメントやでえ

花緒 (2017-12-28):

再びのテスト

三浦⌘∂admin∂⌘果実 (2017-12-28):

テスト

百均@B-REVIEW ON/ (2018-01-07):

Twitterに感想を投稿出来るかのテストです。

百均@B-REVIEW ON/ (2018-01-07):

解除すると投稿出来ません

百均@B-REVIEW ON/ (2018-01-07):

連携解除のち、再連携出来るかどうかのテストです。

齊藤貴義@サイバーメガネ (2018-01-08):

テスト

花緒 (2018-01-08):

テスト

花緒 (2018-01-08):

テスト

齊藤貴義@サイバーメガネ (2018-01-08):

テスト

花緒 (2018-01-08):

テスト

齊藤貴義@サイバーメガネ (2018-01-08):

テスト テスト テスト

齊藤貴義@サイバーメガネ (2018-01-08):

テスト テスト テスト

齊藤貴義@サイバーメガネ (2018-01-08):

この外いたずらは大分やった。大工の兼公かねこうと肴屋さかなやの角かくをつれて、茂作もさくの人参畠にんじんばたけをあらした事がある。人参の芽が出揃でそろわぬ処ところへ藁わらが一面に敷しいてあったから、その上で三人が半日相撲すもうをとりつづけに取ったら、人参がみんな踏ふみつぶされてしまった。古川ふるかわの持っている田圃たんぼの井戸いどを埋うめて尻しりを持ち込まれた事もある。太い孟宗もうそうの節を抜いて、深く埋めた中から水が湧わき出て、そこいらの稲いねにみずがかかる仕掛しかけであった。その時分はどんな仕掛か知らぬから、石や棒ぼうちぎれをぎゅうぎゅう井戸の中へ挿さし込んで、水が出なくなったのを見届けて、うちへ帰って飯を食っていたら、古川が真赤まっかになって怒鳴どなり込んで来た。たしか罰金ばっきんを出して済んだようである。  おやじはちっともおれを可愛かわいがってくれなかった。母は兄ばかり贔屓ひいきにしていた。この兄はやに色が白くって、芝居しばいの真似まねをして女形おんながたになるのが好きだった。おれを見る度にこいつはどうせ碌ろくなものにはならないと、おやじが云った。乱暴で乱暴で行く先が案じられると母が云った。なるほど碌なものにはならない。ご覧の通りの始末である。行く先が案じられたのも無理はない。ただ懲役ちょうえきに行かないで生きているばかりである。  母が病気で死ぬ二三日にさんち前台所で宙返りをしてへっついの角で肋骨あばらぼねを撲うって大いに痛かった。母が大層怒おこって、お前のようなものの顔は見たくないと云うから、親類へ泊とまりに行っていた。するととうとう死んだと云う報知しらせが来た。そう早く死ぬとは思わなかった。そんな大病なら、もう少し大人おとなしくすればよかったと思って帰って来た。そうしたら例の兄がおれを親不孝だ、おれのために、おっかさんが早く死んだんだと云った。口惜くやしかったから、兄の横っ面を張って大変叱しかられた。  母が死んでからは、おやじと兄と三人で暮くらしていた。おやじは何にもせぬ男で、人の顔さえ見れば貴様は駄目だめだ駄目だと口癖のように云っていた。何が駄目なんだか今に分らない。妙みょうなおやじがあったもんだ。兄は実業家になるとか云ってしきりに英語を勉強していた。元来女のような性分で、ずるいから、仲がよくなかった。十日に一遍いっぺんぐらいの割で喧嘩けんかをしていた。ある時将棋しょうぎをさしたら卑怯ひきょうな待駒まちごまをして、人が困ると嬉うれしそうに冷やかした。あんまり腹が立ったから、手に在った飛車を眉間みけんへ擲たたきつけてやった。眉間が割れて少々血が出た。兄がおやじに言付いつけた。おやじがおれを勘当かんどうすると言い出した。  その時はもう仕方がないと観念して先方の云う通り勘当されるつもりでいたら、十年来召し使っている清きよという下女が、泣きながらおやじに詫あやまって、ようやくおやじの怒いかりが解けた。それにもかかわらずあまりおやじを怖こわいとは思わなかった。かえってこの清と云う下女に気の毒であった。この下女はもと由緒ゆいしょのあるものだったそうだが、瓦解がかいのときに零落れいらくして、つい奉公ほうこうまでするようになったのだと聞いている。だから婆ばあさんである。この婆さんがどういう因縁いんえんか、おれを非常に可愛がってくれた。不思議なものである。母も死ぬ三日前に愛想あいそをつかした――おやじも年中持て余している――町内では乱暴者の悪太郎と爪弾つまはじきをする――このおれを無暗に珍重ちんちょうしてくれた。おれは到底とうてい人に好かれる性たちでないとあきらめていたから、他人から木の端はしのように取り扱あつかわれるのは何とも思わない、かえってこの清のようにちやほやしてくれるのを不審ふしんに考えた。清は時々台所で人の居ない時に「あなたは真まっ直すぐでよいご気性だ」と賞ほめる事が時々あった。しかしおれには清の云う意味が分からなかった。好いい気性なら清以外のものも、もう少し善くしてくれるだろうと思った。清がこんな事を云う度におれはお世辞は嫌きらいだと答えるのが常であった。すると婆さんはそれだから好いご気性ですと云っては、嬉しそうにおれの顔を眺ながめている。自分の力でおれを製造して誇ほこってるように見える。少々気味がわるかった。  母が死んでから清はいよいよおれを可愛がった。時々は小供心になぜあんなに可愛がるのかと不審に思った。つまらない、廃よせばいいのにと思った。気の毒だと思った。それでも清は可愛がる。折々は自分の小遣こづかいで金鍔きんつばや紅梅焼こうばいやきを買ってくれる。寒い夜などはひそかに蕎麦粉そばこを仕入れておいて、いつの間にか寝ねている枕元まくらもとへ蕎麦湯を持って来てくれる。時には鍋焼饂飩なべやきうどんさえ買ってくれた。ただ食い物ばかりではない。靴足袋くつたびももらった。鉛筆えんぴつも貰った、帳面も貰った。これはずっと後の事であるが金を三円ばかり貸してくれた事さえある。何も貸せと云った訳ではない。向うで部屋へ持って来てお小遣いがなくてお困りでしょう、お使いなさいと云ってくれたんだ。おれは無論入らないと云ったが、是非使えと云うから、借りておいた。実は大変嬉しかった。その三円を蝦蟇口がまぐちへ入れて、懐ふところへ入れたなり便所へ行ったら、すぽりと後架こうかの中へ落おとしてしまった。仕方がないから、のそのそ出てきて実はこれこれだと清に話したところが、清は早速竹の棒を捜さがして来て、取って上げますと云った。しばらくすると井戸端いどばたでざあざあ音がするから、出てみたら竹の先へ蝦蟇口の紐ひもを引き懸かけたのを水で洗っていた。それから口をあけて壱円札いちえんさつを改めたら茶色になって模

齊藤貴義@サイバーメガネ (2018-01-08):

この外いたずらは大分やった。大工の兼公かねこうと肴屋さかなやの角かくをつれて、茂作もさくの人参畠にんじんばたけをあらした事がある。人参の芽が出揃でそろわぬ処ところへ藁わらが一面に敷しいてあったから、その上で三人が半日相撲すもうをとりつづけに取ったら、人参がみんな踏ふみつぶされてしまった。古川ふるかわの持っている田圃たんぼの井戸いどを埋うめて尻しりを持ち込まれた事もある。太い孟宗もうそうの節を抜いて、深く埋めた中から水が湧わき出て、そこいらの稲いねにみずがかかる仕掛しかけであった。その時分はどんな仕掛か知らぬから、石や棒ぼうちぎれをぎゅうぎゅう井戸の中へ挿さし込んで、水が出なくなったのを見届けて、うちへ帰って飯を食っていたら、古川が真赤まっかになって怒鳴どなり込んで来た。たしか罰金ばっきんを出して済んだようである。  おやじはちっともおれを可愛かわいがってくれなかった。母は兄ばかり贔屓ひいきにしていた。この兄はやに色が白くって、芝居しばいの真似まねをして女形おんながたになるのが好きだった。おれを見る度にこいつはどうせ碌ろくなものにはならないと、おやじが云った。乱暴で乱暴で行く先が案じられると母が云った。なるほど碌なものにはならない。ご覧の通りの始末である。行く先が案じられたのも無理はない。ただ懲役ちょうえきに行かないで生きているばかりである。  母が病気で死ぬ二三日にさんち前台所で宙返りをしてへっついの角で肋骨あばらぼねを撲うって大いに痛かった。母が大層怒おこって、お前のようなものの顔は見たくないと云うから、親類へ泊とまりに行っていた。するととうとう死んだと云う報知しらせが来た。そう早く死ぬとは思わなかった。そんな大病なら、もう少し大人おとなしくすればよかったと思って帰って来た。そうしたら例の兄がおれを親不孝だ、おれのために、おっかさんが早く死んだんだと云った。口惜くやしかったから、兄の横っ面を張って大変叱しかられた。  母が死んでからは、おやじと兄と三人で暮くらしていた。おやじは何にもせぬ男で、人の顔さえ見れば貴様は駄目だめだ駄目だと口癖のように云っていた。何が駄目なんだか今に分らない。妙みょうなおやじがあったもんだ。兄は実業家になるとか云ってしきりに英語を勉強していた。元来女のような性分で、ずるいから、仲がよくなかった。十日に一遍いっぺんぐらいの割で喧嘩けんかをしていた。ある時将棋しょうぎをさしたら卑怯ひきょうな待駒まちごまをして、人が困ると嬉うれしそうに冷やかした。あんまり腹が立ったから、手に在った飛車を眉間みけんへ擲たたきつけてやった。眉間が割れて少々血が出た。兄がおやじに言付いつけた。おやじがおれを勘当かんどうすると言い出した。  その時はもう仕方がないと観念して先方の云う通り勘当されるつもりでいたら、十年来召し使っている清きよという下女が、泣きながらおやじに詫あやまって、ようやくおやじの怒いかりが解けた。それにもかかわらずあまりおやじを怖こわいとは思わなかった。かえってこの清と云う下女に気の毒であった。この下女はもと由緒ゆいしょのあるものだったそうだが、瓦解がかいのときに零落れいらくして、つい奉公ほうこうまでするようになったのだと聞いている。だから婆ばあさんである。この婆さんがどういう因縁いんえんか、おれを非常に可愛がってくれた。不思議なものである。母も死ぬ三日前に愛想あいそをつかした――おやじも年中持て余している――町内では乱暴者の悪太郎と爪弾つまはじきをする――このおれを無暗に珍重ちんちょうしてくれた。おれは到底とうてい人に好かれる性たちでないとあきらめていたから、他人から木の端はしのように取り扱あつかわれるのは何とも思わない、かえってこの清のようにちやほやしてくれるのを不審ふしんに考えた。清は時々台所で人の居ない時に「あなたは真まっ直すぐでよいご気性だ」と賞ほめる事が時々あった。しかしおれには清の云う意味が分からなかった。好いい気性なら清以外のものも、もう少し善くしてくれるだろうと思った。清がこんな事を云う度におれはお世辞は嫌きらいだと答えるのが常であった。すると婆さんはそれだから好いご気性ですと云っては、嬉しそうにおれの顔を眺ながめている。自分の力でおれを製造して誇ほこってるように見える。少々気味がわるかった。  母が死んでから清はいよいよおれを可愛がった。時々は小供心になぜあんなに可愛がるのかと不審に思った。つまらない、廃よせばいいのにと思った。気の毒だと思った。それでも清は可愛がる。折々は自分の小遣こづかいで金鍔きんつばや紅梅焼こうばいやきを買ってくれる。寒い夜などはひそかに蕎麦粉そばこを仕入れておいて、いつの間にか寝ねている枕元まくらもとへ蕎麦湯を持って来てくれる。時には鍋焼饂飩なべやきうどんさえ買ってくれた。ただ食い物ばかりではない。靴足袋くつたびももらった。鉛筆えんぴつも貰った、帳面も貰った。これはずっと後の事であるが金を三円ばかり貸してくれた事さえある。何も貸せと云った訳ではない。向うで部屋へ持って来てお小遣いがなくてお困りでしょう、お使いなさいと云ってくれたんだ。おれは無論入らないと云ったが、是非使えと云うから、借りておいた。実は大変嬉しかった。その三円を蝦蟇口がまぐちへ入れて、懐ふところへ入れたなり便所へ行ったら、すぽりと後架こうかの中へ落おとしてしまった。仕方がないから、のそのそ出てきて実はこれこれだと清に話したところが、清は早速竹の棒を捜さがして来て、取って上げますと云った。しばらくすると井戸端いどばたでざあざあ音がするから、出てみたら竹の先へ蝦蟇口の紐ひもを引き懸かけたのを水で洗っていた。それから口をあけて壱円札いちえんさつを改めたら茶色になって模

齊藤貴義@サイバーメガネ (2018-01-08):

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齊藤貴義@サイバーメガネ (2018-01-08):

この外いたずらは大分やった。大工の兼公かねこうと肴屋さかなやの角かくをつれて、茂作もさくの人参畠にんじんばたけをあらした事がある。人参の芽が出揃でそろわぬ処ところへ藁わらが一面に敷しいてあったから、その上で三人が半日相撲すもうをとりつづけに取ったら、人参がみんな踏ふみつぶされてしまった。古川ふるかわの持っている田圃たんぼの井戸いどを埋うめて尻しりを持ち込まれた事もある。太い孟宗もうそうの節を抜いて、深く埋めた中から水が湧わき出て、そこいらの稲いねにみずがかかる仕掛しかけであった。その時分はどんな仕掛か知らぬから、石や棒ぼうちぎれをぎゅうぎゅう井戸の中へ挿さし込んで、水が出なくなったのを見届けて、うちへ帰って飯を食っていたら、古川が真赤まっかになって怒鳴どなり込んで来た。たしか罰金ばっきんを出して済んだようである。  おやじはちっともおれを可愛かわいがってくれなかった。母は兄ばかり贔屓ひいきにしていた。この兄はやに色が白くって、芝居しばいの真似まねをして女形おんながたになるのが好きだった。おれを見る度にこいつはどうせ碌ろくなものにはならないと、おやじが云った。乱暴で乱暴で行く先が案じられると母が云った。なるほど碌なものにはならない。ご覧の通りの始末である。行く先が案じられたのも無理はない。ただ懲役ちょうえきに行かないで生きているばかりである。  母が病気で死ぬ二三日にさんち前台所で宙返りをしてへっついの角で肋骨あばらぼねを撲うって大いに痛かった。母が大層怒おこって、お前のようなものの顔は見たくないと云うから、親類へ泊とまりに行っていた。するととうとう死んだと云う報知しらせが来た。そう早く死ぬとは思わなかった。そんな大病なら、もう少し大人おとなしくすればよかったと思って帰って来た。そうしたら例の兄がおれを親不孝だ、おれのために、おっかさんが早く死んだんだと云った。口惜くやしかったから、兄の横っ面を張って大変叱しかられた。  母が死んでからは、おやじと兄と三人で暮くらしていた。おやじは何にもせぬ男で、人の顔さえ見れば貴様は駄目だめだ駄目だと口癖のように云っていた。何が駄目なんだか今に分らない。妙みょうなおやじがあったもんだ。兄は実業家になるとか云ってしきりに英語を勉強していた。元来女のような性分で、ずるいから、仲がよくなかった。十日に一遍いっぺんぐらいの割で喧嘩けんかをしていた。ある時将棋しょうぎをさしたら卑怯ひきょうな待駒まちごまをして、人が困ると嬉うれしそうに冷やかした。あんまり腹が立ったから、手に在った飛車を眉間みけんへ擲たたきつけてやった。眉間が割れて少々血が出た。兄がおやじに言付いつけた。おやじがおれを勘当かんどうすると言い出した。  その時はもう仕方がないと観念して先方の云う通り勘当されるつもりでいたら、十年来召し使っている清きよという下女が、泣きながらおやじに詫あやまって、ようやくおやじの怒いかりが解けた。それにもかかわらずあまりおやじを怖こわいとは思わなかった。かえってこの清と云う下女に気の毒であった。この下女はもと由緒ゆいしょのあるものだったそうだが、瓦解がかいのときに零落れいらくして、つい奉公ほうこうまでするようになったのだと聞いている。だから婆ばあさんである。この婆さんがどういう因縁いんえんか、おれを非常に可愛がってくれた。不思議なものである。母も死ぬ三日前に愛想あいそをつかした――おやじも年中持て余している――町内では乱暴者の悪太郎と爪弾つまはじきをする――このおれを無暗に珍重ちんちょうしてくれた。おれは到底とうてい人に好かれる性たちでないとあきらめていたから、他人から木の端はしのように取り扱あつかわれるのは何とも思わない、かえってこの清のようにちやほやしてくれるのを不審ふしんに考えた。清は時々台所で人の居ない時に「あなたは真まっ直すぐでよいご気性だ」と賞ほめる事が時々あった。しかしおれには清の云う意味が分からなかった。好いい気性なら清以外のものも、もう少し善くしてくれるだろうと思った。清がこんな事を云う度におれはお世辞は嫌きらいだと答えるのが常であった。すると婆さんはそれだから好いご気性ですと云っては、嬉しそうにおれの顔を眺ながめている。自分の力でおれを製造して誇ほこってるように見える。少々気味がわるかった。  母が死んでから清はいよいよおれを可愛がった。時々は小供心になぜあんなに可愛がるのかと不審に思った。つまらない、廃よせばいいのにと思った。気の毒だと思った。それでも清は可愛がる。折々は自分の小遣こづかいで金鍔きんつばや紅梅焼こうばいやきを買ってくれる。寒い夜などはひそかに蕎麦粉そばこを仕入れておいて、いつの間にか寝ねている枕元まくらもとへ蕎麦湯を持って来てくれる。時には鍋焼饂飩なべやきうどんさえ買ってくれた。ただ食い物ばかりではない。靴足袋くつたびももらった。鉛筆えんぴつも貰った、帳面も貰った。これはずっと後の事であるが金を三円ばかり貸してくれた事さえある。何も貸せと云った訳ではない。向うで部屋へ持って来てお小遣いがなくてお困りでしょう、お使いなさいと云ってくれたんだ。おれは無論入らないと云ったが、是非使えと云うから、借りておいた。実は大変嬉しかった。その三円を蝦蟇口がまぐちへ入れて、懐ふところへ入れたなり便所へ行ったら、すぽりと後架こうかの中へ落おとしてしまった。仕方がないから、のそのそ出てきて実はこれこれだと清に話したところが、清は早速竹の棒を捜さがして来て、取って上げますと云った。しばらくすると井戸端いどばたでざあざあ音がするから、出てみたら竹の先へ蝦蟇口の紐ひもを引き懸かけたのを水で洗っていた。それから口をあけて壱円札いちえんさつを改めたら茶色になって模

齊藤貴義@サイバーメガネ (2018-01-08):

この外いたずらは大分やった。大工の兼公かねこうと肴屋さかなやの角かくをつれて、茂作もさくの人参畠にんじんばたけをあらした事がある。人参の芽が出揃でそろわぬ処ところへ藁わらが一面に敷しいてあったから、その上で三人が半日相撲すもうをとりつづけに取ったら、人参がみんな踏ふみつぶされてしまった。古川ふるかわの持っている田圃たんぼの井戸いどを埋うめて尻しりを持ち込まれた事もある。太い孟宗もうそうの節を抜いて、深く埋めた中から水が湧わき出て、そこいらの稲いねにみずがかかる仕掛しかけであった。その時分はどんな仕掛か知らぬから、石や棒ぼうちぎれをぎゅうぎゅう井戸の中へ挿さし込んで、水が出なくなったのを見届けて、うちへ帰って飯を食っていたら、古川が真赤まっかになって怒鳴どなり込んで来た。たしか罰金ばっきんを出して済んだようである。  おやじはちっともおれを可愛かわいがってくれなかった。母は兄ばかり贔屓ひいきにしていた。この兄はやに色が白くって、芝居しばいの真似まねをして女形おんながたになるのが好きだった。おれを見る度にこいつはどうせ碌ろくなものにはならないと、おやじが云った。乱暴で乱暴で行く先が案じられると母が云った。なるほど碌なものにはならない。ご覧の通りの始末である。行く先が案じられたのも無理はない。ただ懲役ちょうえきに行かないで生きているばかりである。  母が病気で死ぬ二三日にさんち前台所で宙返りをしてへっついの角で肋骨あばらぼねを撲うって大いに痛かった。母が大層怒おこって、お前のようなものの顔は見たくないと云うから、親類へ泊とまりに行っていた。するととうとう死んだと云う報知しらせが来た。そう早く死ぬとは思わなかった。そんな大病なら、もう少し大人おとなしくすればよかったと思って帰って来た。そうしたら例の兄がおれを親不孝だ、おれのために、おっかさんが早く死んだんだと云った。口惜くやしかったから、兄の横っ面を張って大変叱しかられた。  母が死んでからは、おやじと兄と三人で暮くらしていた。おやじは何にもせぬ男で、人の顔さえ見れば貴様は駄目だめだ駄目だと口癖のように云っていた。何が駄目なんだか今に分らない。妙みょうなおやじがあったもんだ。兄は実業家になるとか云ってしきりに英語を勉強していた。元来女のような性分で、ずるいから、仲がよくなかった。十日に一遍いっぺんぐらいの割で喧嘩けんかをしていた。ある時将棋しょうぎをさしたら卑怯ひきょうな待駒まちごまをして、人が困ると嬉うれしそうに冷やかした。あんまり腹が立ったから、手に在った飛車を眉間みけんへ擲たたきつけてやった。眉間が割れて少々血が出た。兄がおやじに言付いつけた。おやじがおれを勘当かんどうすると言い出した。  その時はもう仕方がないと観念して先方の云う通り勘当されるつもりでいたら、十年来召し使っている清きよという下女が、泣きながらおやじに詫あやまって、ようやくおやじの怒いかりが解けた。それにもかかわらずあまりおやじを怖こわいとは思わなかった。かえってこの清と云う下女に気の毒であった。この下女はもと由緒ゆいしょのあるものだったそうだが、瓦解がかいのときに零落れいらくして、つい奉公ほうこうまでするようになったのだと聞いている。だから婆ばあさんである。この婆さんがどういう因縁いんえんか、おれを非常に可愛がってくれた。不思議なものである。母も死ぬ三日前に愛想あいそをつかした――おやじも年中持て余している――町内では乱暴者の悪太郎と爪弾つまはじきをする――このおれを無暗に珍重ちんちょうしてくれた。おれは到底とうてい人に好かれる性たちでないとあきらめていたから、他人から木の端はしのように取り扱あつかわれるのは何とも思わない、かえってこの清のようにちやほやしてくれるのを不審ふしんに考えた。清は時々台所で人の居ない時に「あなたは真まっ直すぐでよいご気性だ」と賞ほめる事が時々あった。しかしおれには清の云う意味が分からなかった。好いい気性なら清以外のものも、もう少し善くしてくれるだろうと思った。清がこんな事を云う度におれはお世辞は嫌きらいだと答えるのが常であった。すると婆さんはそれだから好いご気性ですと云っては、嬉しそうにおれの顔を眺ながめている。自分の力でおれを製造して誇ほこってるように見える。少々気味がわるかった。  母が死んでから清はいよいよおれを可愛がった。時々は小供心になぜあんなに可愛がるのかと不審に思った。つまらない、廃よせばいいのにと思った。気の毒だと思った。それでも清は可愛がる。折々は自分の小遣こづかいで金鍔きんつばや紅梅焼こうばいやきを買ってくれる。寒い夜などはひそかに蕎麦粉そばこを仕入れておいて、いつの間にか寝ねている枕元まくらもとへ蕎麦湯を持って来てくれる。時には鍋焼饂飩なべやきうどんさえ買ってくれた。ただ食い物ばかりではない。靴足袋くつたびももらった。鉛筆えんぴつも貰った、帳面も貰った。これはずっと後の事であるが金を三円ばかり貸してくれた事さえある。何も貸せと云った訳ではない。向うで部屋へ持って来てお小遣いがなくてお困りでしょう、お使いなさいと云ってくれたんだ。おれは無論入らないと云ったが、是非使えと云うから、借りておいた。実は大変嬉しかった。その三円を蝦蟇口がまぐちへ入れて、懐ふところへ入れたなり便所へ行ったら、すぽりと後架こうかの中へ落おとしてしまった。仕方がないから、のそのそ出てきて実はこれこれだと清に話したところが、清は早速竹の棒を捜さがして来て、取って上げますと云った。しばらくすると井戸端いどばたでざあざあ音がするから、出てみたら竹の先へ蝦蟇口の紐ひもを引き懸かけたのを水で洗っていた。それから口をあけて壱円札いちえんさつを改めたら茶色になって模


   

イチゴミルク 
作成日時 2017-12-04
コメント日時 2018-01-08

 

青い空に べたべた色を塗り重ねて その透き通った 鏡のような姿を 見えなくしてしまった 今さら いくら磨き 払い落とそうとも 浮いた油のように 揺れたままで すくっては 放ち すくっては 放ちて 今はただ 必死になって せせらぐ小川で あの空を洗っている


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みうら (2017-12-04):

はじめまして。投稿ありがとうございます。絵画を描いているような言葉の選び方をされてるなあと思いました。上塗りをしては、また再び磨いては消すを繰り返すような。 浮いた油のように 揺れたままで ここは素敵な比喩ですね。

イチゴミルクイチゴミルク (2017-12-04):

はじめまして。コメントありがとうございます。 絵画のようにと感想をいただき、目指しているところと同じだったもので、とても嬉しかったです。 単純な比喩ですが、評価いただけて嬉しいです。 ある想いから、それぞれちがう3つの虹が浮かんできました。うまく形にできてよかったです

花緒 (2017-12-04):

3連など、ちょっと言葉足らずな感じのする叙述が面白いと思った。ベタベタ、と、すくっては、すくっては、が重なって、身体性が伝わってくる。

イチゴミルクイチゴミルク (2017-12-05):

花緒様はじめまして。 もともと長い詩がかけなくて短いものが多いのですが、こだわりすぎる面もあるのかな、短すぎるセンテンスも時々あったりします。 身体性は、、そうですね、、気持ちと行動がともなっていたと思うので、、そうなったのだと思います もう少し言葉に厚みを増すことができればと、コメントにとても勉強になりました、ありがとうございます

百均@B-REVIEW ON/ (2017-12-21):

シンプルなのですが、力強いですね。まず、やっている事が分かります。虹が空に色を付けるのではなく、空に色を付ける事が「虹」なのだという、、、逆転の発想というのか。 > 今はただ >必死になって >せせらぐ小川で >あの空を洗っている ここが本当に面白い。空を洗う口実として虹を持ち出してきている。それから視点を川に持ってきている。すると、「油」の意味も強くなるし、空に色を付けるから、川に色を付けるという風に淀みなく場所を転化させていく事によって意味も生まれてくる感じがします。例えば川が汚れているから環境汚染のイメージでもいいし、心象風景のイメージに持ってきてもいい、一度色が付いてしまった者は中々透明な物に戻らないという抽象性を獲得する事に成功している。

イチゴミルクイチゴミルク (2018-01-05):

百均様はじめまして。 月初ごろの投稿だったため時間が経ちコメントに気づかず年明けのお返事になり申し訳ありません。 これほどまでの感想と評価をいただきとても嬉しいです。 普段持っている気持ちや行っていることが、いつもついつい他のものや現象に置き換わるだけなので 自分の詩はほんとに単純なものが多くて、すぐにやっている事がわかってしまいます ただ逆転の発想や抽象性はそこから出てくるのかなと思っていて そして、そうなることで自然と無限の解釈へと届けられてゆく姿がそこに在るのかもしれないですね。 苦労する部分は、詩になってゆく過程でそれらがきちんと繋がらないことが多い、ということなのですが 今回はそれらがきちんと繋げられることができたのかな、と、短文でしたけれど自分でもとても満足できました。 出てきた油のイメージは、虹としての印象の強かった、アスファルトに浮いている膜を引用しました。 ただそのままでは前後のつながりはなく、とりあえず気持ちを記すスタンプと致しました。 せせらぐ小川で空を洗ったのは、 庭先に撒かれるホースから出るシャワーをイメージして描いてみました。 川そのものが油膜で汚れてしまう副産物までをも産んでいただき、素敵な感性でやりとりができたのかなと、嬉しい気持ちで溢れています。

眠莉眠莉 (2018-01-06):

私には、童話的な世界が見えました。優しい色鉛筆で彩られた絵がそばにあるみたいでした。 ほんのりと、柔らかな感じがしました。

蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2018-01-06):

今日は。 昨日私は、仕事で車を運転していたのですが、運転しながら聞いていた「子ども電話相談室」で、 「にじは、だれがかくんですか?」 と、いう質問がありました。質問したのは未就学児だったかな。 回答は聞き漏らしましたが、回答者の先生は大学の理系の先生などですが、「別に誰も書いてないけど」、などと答えるわけにいかなかったでしょうし、子どもの感じかたや世界観って油断できないなあ、と思いました。 この詩も油断できません。 これは、子どもの感性にまで通じるような、幅広い、自由な発想をどんどん続けて、そこから生まれて来た詩なのかなあ、と思いました。 素敵な詩だと思います。勉強になりました。

イチゴミルクイチゴミルク (2018-01-08):

眠莉さん はじめまして。コメントありがとうございます。 素敵な世界をイメージしてくださったことにとても感激しています。 童話作品には詩作を初めて以後ほとんど接したことはなかったのですが 新しい扉を自分に開かせてくれるかもしれない感想をいただきとても嬉しいです。 思わず自分も、クレヨンでお絵かきをしている小さな子供の姿をイメージすることができました。

イチゴミルクイチゴミルク (2018-01-08):

蛾兆ボルカさん はじめまして。ご感想ありがとうございます イメージが深くなってゆくと、もうそこではすでに大人でも子供でもなくなっていることが多いです。 「にじを、かいてくれたひと」は時を追って、さまざまな応えになってゆくのだろう、と。 ただ感情だけはわかっていて。 詩作においてはそれらを常に意識して、子どものころの思いやイメージも大切にしたいなって思っています。 あらためて自分と客観的に向き合えたことにとても感謝しています。


   

mojibake 
作成日時 2017-12-24
コメント日時 2018-01-04

 

僕は神様と連想ゲームがしたい僕は食べ物と話をしたい僕は空虚と待ち合わせをしたい僕は疲労感と語り合いたい僕は虚無を3つ注文したい僕は不在とつつき合いたい僕はつまようじを拾いたい僕は永遠と仲たがいをしたい僕はのどぼとけに僕は色をしたしめ僕は横になり僕は息をとがらせ僕はくちを僕はハサミ僕は天狗に僕はなって僕は橋を壊して僕は手をつなぎ僕は足を戻して僕は首を僕はもたげず僕はまっすぐ僕は前を僕は向き僕はここを僕は去僕り僕た僕い僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕


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蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2017-12-24):

今日は。 「僕」とはシモベを意味し、「君」と対をなしてへりくだることを語源として響かせつつ、今は「坊や」的な素直さの雰囲気をまとって、フランクに自分を指すコトバだ、と私は感じております。 それは本当です。 ところで、僕(シモベ)の由来ですが、古代に主人が奴隷を躾けるとき、言葉を交すと主人の穢れとなりますので、黙ったまま棒で殴って教えました。奴隷は物覚えが悪いので、かなりの力を込めてなぐりましたので、そのたび、奴隷の身が、ボクっと鈍い響きをあげました。撲殺するとか、ボクなんとかという語に残っていますが、これが「ボク」の由来です。嘘ですが(^^) 今、思いついたことなので、もしかしたら、偶然、本当にそうかもしれません。 それはとにかく、このように沢山読むと、「僕」の音がボクであることに、なんか不穏が漂いますね。 「僕」が異化されてる、とも言えるかと思いました。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-12-28):

普通の文章だったら、間違いなく「僕」を弾くと思います。日本語は、主語をある程度弾いても色々修正が効く側面があるからです。つまり、この作品の僕っていうのは本来の日常の会話などにおいては不要な訳ですよね。でも、ここではそういう普段は切り捨てられる「主張」が浮き彫りになっていて、だから強く感じてしまう。適当な文化論から引っ張ってきた様な物言いで申し訳ないのですが、日本人は主張が苦手だと言ったときに。多分主語をわざわざ付けて話す事がない。みたいな所から考えていっても面白いかもしれません。 僕の連呼は、僕にとっては省略に見えました。きっとその間には様々な願望が描かれているに違いありません。しかし本作は、そんな内容などどうでもよくて、「僕」の方に目をむけています。 「僕僕僕」の間に挟まれた言葉を浮き彫りにした時、例えば「公園のトイレをもっときれいにしてほしい」と言った時、「公園のトイレがきれいになれば、みんなもっと気軽に使いやすくなる」という意識の方が先行すると思うんですが、「私が使いたいので、公園のトイレをもっときれにしてほしい」となると、「私が公園のトイレを使いたい時にきれいであって欲しい」みたいな気持ちが先行スル感じがするというのかっていう所ですよね。主語を出さないと、自分の中にある主張が隠れてしまって、述語の果たす役割の方に目が行ってしまいがちなのですが、そこで主語だけを抜き出してみると。願いの発信源が途端に自分になってしまうという感じです。ここら辺が日常の中で隠されている感じが面白い。 簡単に言ってしまえば「あたなの為に」として発した言葉が「自分だったこうする」みたいな願望を形だけ反転させた言葉になってしまう感じですかね。この言葉は気を使っているようで、実は発話者の方がその場をコントロールしようとしている、という事に過ぎないという感じです。

mojibakemojibake (2017-12-30):

蛾兆ボルカ様 こんにちは。コメントをありがとうございます。 「僕」を音として捉える発想は、自分にはなかったか、もしくは明確には意識していなかったため、大変興味深く読ませていただきました。 異化の効果が少しでも生まれていたら、それは自分としては嬉しいことです。 沢山読んで下さってありがとうございます。 最後にただ僕僕と羅列するより、(目的がなんであれ)もう少し効果的かつ発展的な方法があったかもしれないと、今少し思いました。 僕という語、ボクという音から想像を広げ、自分の詩につなげてくださり、ありがとうございました。 少しずれるかもしれませんが、語の読みと音との間にあるはざまを、詩のテーマにしてみても面白いかもしれない、ということを付け加えてお礼にかえたいと思います。 百均様 こんにちは。コメントありがとうございます。 まず、冒頭の主張のお話ですが、「だから強く感じてしまう」は、この詩全体について、というより、自作の傾向としてあるので、それを指摘された気がして有難く感じました。詩は何かの主張で(も)あると根拠なく考えている所が自分にはあり、それをもう少し揺るがしてみるべきかもしれないと感じました。 省略、というのは、作者の意図としてはその通りでして、ひねりがなくて申し訳ない位です。 述語と主語の用い方・省き方による効果の違いのお話は、とてもわかりやすく、勉強になりました。詩の世界でもこのお話が重要でない訳はないと思いますので、これから詩を読み書きする際に意識して行けたらいいなと思います。 最後に若干無理があると知りつつ「僕」の「願望」を述べさせていただくと、願望の主語としてだけでなく、存在(?)や身体(?)、風景の中にいる僕、など、様々な在り方をこの語から引き出せるような作詞の仕方ができたかな、と思いました。 色々な意味で雑な「僕」だったな、僕は凹まなければいけない、と、、あ、、、今後の投稿に生かしたいと思います。 ありがとうございました!

紅茶猫紅茶猫 (2017-12-30):

とても面白いですね。 結局僕を占めているのは僕僕僕僕僕であり、私なら私私私私私。 「僕はまっすぐ前を向きここを去りたい」消え入りそうな言葉を呑み込んで、その間も 僕がどんどん増えていって、僕の大行進が始まる感じを連想してしまいました。

mojibakemojibake (2018-01-04):

紅茶猫様 コメントありがとうございます。楽しんでいただけて光栄です! 私バージョンは思いつかなかったのですが、「僕」と並置すると単独の場合と比べて違って聴こえて面白いなあと感じました。ちょっとやってみたいです。 言葉が消え入り、大行進が始まる、、詩的ですね。 そこまで動的にイメージしてくださってとても嬉しいです。 ありがとうございました!

まあ (2018-01-04):

後半の「僕」の羅列が与える視覚的な圧迫感がおもしろいと思いました。 その圧迫感が、前半を読んでいる時も心理に作用してくるので、意図的な省略との相乗効果が感じられました。

mojibakemojibake (2018-01-04):

奇偶様 いただいたコメントの明晰さと簡潔さ、分析力にほぼ感激してしまいました。 テキストの「視覚的な圧迫感」というのは初耳で、自分にとっては非常に可能性と広がりのある詩の捉え方だと感じました(詩の世界に疎いので、もし常識的な教養のようなものだとしたら恐縮の至りですが)。 奇偶様の分析の手法がどのようなバックグラウンドに由来するのかとても興味深いです。 ありがとうございました!


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