B-REVIEW作品投稿掲示板


《雑談/議論/自己紹介スペース》   

花緒 
作成日時 2017-02-13
コメント日時 2018-03-02

 

作品ではありません。作品を投稿した方のみ参加できる雑談スペース。何を話しても良いです。ニーズがないようならデリートします。


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花緒 (2017-02-13):

こんにちわ。B-REVIEWに参加してくださった皆様、有難うございます。 最初は、第一回開業コンペB-REVIEW杯は全部で10人くらい参加してくれたらいいよね〜と発起人間で話していたのですが、開業から48時間で10名達成。その後も土日にも関わらず、作品投稿が相次ぎ、コメント欄も盛況で嬉しい限りです。他方、B−REVIEWは始まったばかりなので、いろいろなことが手探り状態です。運営のこと、詩作全般、自己紹介、その他諸々、こちらのスペースを使って皆様で話していただければいいなと思っています。 ちなみにB-REVIEWの掲示板はコメントが折りたたんだ形式で表示されるので、作品と、それ以外の告知とかマナーガイドラインとかが並列して表示できる仕様です。当面は、作品批評とそうでない議論を同一の場で進行していきたいと考えています。作品投稿頂いた方はぜひこちらのスペースも適宜使ってみてください。

花緒 (2017-02-13):

さて、わたくし花緒は発起人ではありますが、審査には携わりません。なので、下記は単なるわたしの雑感ですが、いまのところの印象として、B-REVIEW杯を取りに来られたなと思しき気合の入った作品と、B-REVIEW、どんな感じかなと、様子見の一作が混在している印象です。作品の完成度では、桐ヶ谷忍さん、ネット詩ならではの自由な表現でパンチ力のある作品という意味では、あおいさん、kazさん、作者の実力がはっきりと感じられる作という意味では、Migikataさん、まりもさんの作品がわたしは頭一つ抜けているかなと思っています。発起人間のチャット画面が炎上したのは、あおいさんのパンチ力抜群の作品、そしてふらんす堂から詩集を出版されているMigikataさんの登場時でしたね。引き続き、どんな作品が投稿されてくるか楽しみです。わたしも当然、投稿するので、厳しい評をつけてやって下さいまし!でわ、また。

長庚長庚 (2017-02-13):

今晩は。素朴な疑問です。 B-REVIEW杯への参加作品に、何回までとの制限はありますか?

天才詩人天才詩人 (2017-02-13):

長庚さん、breviewへようこそ。投稿作品は現在のところ一人一作までとさせていただいています。もう一作増やすかどうか、現在、発起人の間で協議中です。どうぞよろしくお願いします。

長庚長庚 (2017-02-13):

お早うございます。わざわざすみません。了解しました。

もとこもとこ (2017-02-13):

ABOUTには「月に2回を目処に、作品を投稿することができる」とあって、私は危うく2作目を投稿してしまうところでしたw 現時点で月に1作ということであれば訂正をされた方が良いと思います。

三浦果実三浦果実 (2017-02-13):

みなさんこんにちは。コメントに「魔法」が多い三浦です。 天才詩人さん、花緒さん、三浦以外にも裏方スタッフがいるのですが、シャイなもので・・もうすぐ掲示板に登場すると思います。今、裏方で話す課題のひとつに、「コメントを付けることを義務的にやりたくない」という話です。スタッフの心情としては、オープンしたばかりでもあり、即反応にて、コメントを一つでも多くしたいという気持ちがあるのですが、そうすると、なんというか、作者に気を使う「馴れ合い」のコメントになってしまわないかという、そもそもの当サイトのコンセプトから外れてしまう懸念もあります。 私、個人としては、自分の勉強の為というのもあって、全ての投稿作品に必ずコメントをするスタンスです。 投稿者の皆さんは、コメントをもらう側としてはどう思われますか?コメントを書くことについてはどうでしょう?お気軽に意見していただけると参考になります。

長庚長庚 (2017-02-13):

コメントを義務にしてしまうと、最終的には「伝えたいことの、伝えたい最適のタイミングを逃す」という悲劇に陥りかねません。と、私は思います。言葉には頃合いがあって、よいかげんまで寝かせないままに吐き出してしまうと、的を得ない発言になりかねません。なので、コメントを義務づけする必要は無いと私は思います。

桐ヶ谷忍 (2017-02-13):

批評をもらう側の場合 具体的な改善案等、示してくれるのなら、基本的にどんな批評でも頂いたら有難く感じます。 それとこれとは、という話ですが、有難いけれど、自分の書く姿勢にそぐわないものを、もし押し付けられて「こういう風に書け」と 言われたら大変な有難迷惑です。 天才詩人さんが放送で仰って下さっていましたが、作者に寄り添う批評をしていきたい、と。 私はそれを聴いて、すごく安堵しました。 実際にkaz.さんから「面白くない」とコメントを頂きましたが、誰も彼もに面白いと思われる作品なんて作るのは不可能な事ですし それはそれで良いのですが、わざわざ「面白くない」と表明することの意味が解りませんでした。 「面白くない」から作者にどうさせたいのか、どう思わせたいのか、意図が汲み取れない為、今も大変困惑しております。 「面白くない」ならスルーして頂きたいです。 褒められたら、私なんかの場合ですとほんとに嬉しくて、書いて良かったなあと思うし、もっと書きたいなって意欲がわきます。 批評する側の場合 そもそも私の場合は、自分が思った事感じた事を言葉に置換するのが非常に不得手な為、詩を書いているような具合ですので まず感想らしい感想すら浮かばない事の方が圧倒的に多いというか、むしろほぼ浮かびません。 また、もし浮かんだ感想なり批評なりが、否定的な場合、私には改善すべき提案をできる力量がありませんし、 もし批評をする事が義務付けられた場合、大変困ったことになります。 ただ、言葉を使わないでも良い、例えば既にTwitterで書きましたが、10ポイントを満点とし、この作品は○ポイントだという風には 表明出来ると思います。 どういう理由で○ポイントを付けたのか、それを書かないのは甚だ卑怯にも似た事だとは思いますが…。

まりも (2017-02-13):

まりもです。文学極道は、のぞいてはいましたが、荒んだ感じのコメント(日常生活でのうっぷん晴らしを、この場でやっているんじゃないか、的な)にどうにも抵抗があり、姉妹サイトの「うおのめ」の方を、比較的よく、利用していました。メビウスや現代詩フォーラムは、なんとなく肌が合わないような気がして、参加しませんでした。今は主に、対面の研究会や読書会に参加したり、紙媒体の同人誌などを、友人たちと出しあうというような形に移行しています。 先輩方の話を伺ったり、様子を見ていると・・・コンテストなどで絞って行く時は、選者の「ものさし」に照らしながら、まずは欠けているもの、届いていないもの、を落とし、その後、良い方向に抜けているものはプラス、良くない方向のものはマイナス、という形で評価していくことが多いように思います。 合評などの場で、落とすためではなく、お互いに向上していこう、という場合、プラスの評価が中心になりますが(その時には短所と見えていても、長所が突出していくと、野菜のアクや香料のクセみたいに、その短所こそが魅力、アクセント、となる場合もある、ので)マイナスの評価をする場合は、自分には、何がどう欠けている、足りない、と思われたのか、その判断の根拠を、具体的に表明して下さる方が多いように思います。単なる短所の指摘に終わってしまうと、もしかしたら将来、その短所がアクセントになる可能性を削いでしまったり、作者の創作意欲自体を阻害してしまうことがある、かもしれないし・・・。 問題は、自分の「ものさし」を越えているものと出会った場合。そこを、長所と観るか、短所と観るか・・・ここで、時には真反対の意見が出ることもある。(印象派の絵画を、こんなの主観的印象に過ぎない、と短所と観た人が当時は多かったけれども、実はそれこそが、作品の長所だった、というような。) 「ものさし」を越えている部分に関する「批評」に、その人の価値判断や、詩に対する考え方が現れるようにも思うけれども(場合によっては、好き嫌い、という、感性の問題に帰結したり。)この部分にマイナス評を下す場合には、他と異なる特質(実は長所)を、短所と読み誤っているかもしれない、という、自制や自省を持つことが必要なのではないか、と思っています。その判断がつかない時には(ずるい、と言われるかもしれないけれど)、他とは異なる、こんな特質がありますね、と特徴の指摘だけに留めて、他者の意見や感想、異見を聴いてみる、というような方法もアリなのかな、と思ったりします。 自分の「ものさし」を拡張し続けていくこと、様々な種類を持つ物差しを持てるようになること、それが、読みの幅を広げたり、多様性を楽しんだりすることに繋がる、と思うのですが・・・そうすると、他者には「なんでもOKって、安易じゃない?」と見られたりすることもあって、「ものさし」の範囲の取り方が、物凄く難しい。でも、それを考えることが、「自分にとって、詩とは何か」を問う事でもあるのかな、と・・・。 「私の小さなものさし」「種類の少ないものさし」を、良い意味で破壊し、更新してくれる、そんな創造的な破壊力のある作品に出合いたい、と思うし・・・価値判断の幅を広げてくれるような、そんな新鮮な魅力に出会いたいとも思います。 異世代の方の「感想」や「雑感」「印象」を聴いて、へえ、この作品から、そんなことを、感じるの!なんで、どうして?・・・と、そこが新たな読みの始まりにつながったりもすることがあるので、ひと言感想とか、単純な印象批評なども、どんどんつけていった方がいい、と思う、けれども・・・さっきも言ったように、ひと言感想でマイナス印象を表明する場合は、作者の創作意欲そのものに水を差す場合もある、でしょうから・・・なんでそう思ったのか、ある程度、作者が納得する「説明」が必要なのかな・・・。プラスコメントの場合も、ただ褒めるだけだと、「なれ合い」や相手の気分をアゲルだけに終わってしまったりするので、結果的に作者の為にならない。どう感じたか、という、ちょっとした具体性に触れた方が、作者にとってはありがたいのかな(コメントの勉強や、読みの勉強にもなるし)と思います。ややこしい批評言語を駆使して、これ、美文だけど、よくわかんない・・・みたいな「批評」も、あんまり、作者の為には、ならない、かも・・・。ながなが書いてしまいましたが、「対面の合評」を主に体験してきた者による、あくまでも個人的な、一意見、に過ぎませんので・・・。

三浦果実三浦果実 (2017-02-13):

皆さん 多数の貴重なご意見ありがとうございます。 ↑という、定型文で終わらせることは当サイトのポリシーに沿っていない。 ただ、私以外の運営者からも多様な意見がありますので、三浦個人のアイデアということできいてほしいのですが、そのアイデアのイメージは、作者側が、コメントに点数を五段階評価で付けるというイメージです。もう一度言いますが、作者側がコメント者を評価するのです。「この作品の良さは無いよ」とコメントがあったら、作者が気に入らなければ、0点を付ける。作者からのコメント返しの有無は作者の任意とし、ただし、コメントに対しては、すべてに必ず点数評価を下す。 この仕組みの意図は、現行の他サイトに対する別の方向に進みたいというのは、ありますが、「優れた批評がカルチャー全般を変えていく」という当サイトが目指すところの立証実験が目的です。個人的に言いますが、優れた批評とは、なにか、学術的・技法的なものではなく、ひと言でいえば、そのコメントを読んだ読者が、また読みたくなってしまうような、アマゾンにあるような、優れた案内評だと思っております。(この発言に対する、批評の定義についての優秀な方々からの指摘はいりません。。) このアイデア、なにか変わる気がしませんか?

花緒 (2017-02-13):

雑談板なので、わたしの独り言を垂れ流させて頂きます。 わたしが思うに、詩を書く、人に読ませる、ということは、本来、とても勇気のいる行為です。どれだけ稚拙なものに見えても、技術的に、あるいは内容的に下らなくみえる作品であっても、その作者にとっては、何らかの真面目さや真剣さが含まれているのだと思います。だからこそ、貶されると腹も立つし、傷つきます。詩を発表して、酷評を受けて、傷つくことを覚えると、傷つかなくて済むように、硬直的な構え方を取ってしまうことがあります。荒らし的な振る舞いをしてみたり、匿名ならではのシステムを利用して他者を過度に攻撃してみたり、傷つかなくて済むように、かえって、他人を傷つけるような振る舞いをしてしまうことがある。ネット詩にはまったことがある方なら、一度は、我が身に照らして、思い浮かぶことがあるのではないでしょうか。 そうして、荒らし的な好戦的な振る舞いが横行するようになると、場が荒廃して、傷つかなくて済むように、さらに荒らし的な振る舞いをしてしまう。ネガティブフィードバックサイクルのスタートです。この負の連関を断ち切るのは至難の技です。現状はマナーを重視すること、発起人に介入権限があること、をベースに、その場その場で問題に対応し、経験則を踏まえて、ルールを整備していく方針にあります。 一言罵倒コメントは禁止です。他方、納得のいく酷評ほど親切なものはないとわたしは考えますから、マナーの範囲内で、どのような踏み込んだ批評が可能なのか、ぜひ投稿者の皆様も試行錯誤頂けると嬉しく思います。わたしも試行錯誤していくつもりです。もし、合評欄の中で、困ったことがあったり、腹が立って仕方がない!みたいなことがあったら、一旦議論をストップして、ツイッターでも、この場でも、何らかの方法で発起人にご連絡ください。問題に応じて、カードの発行は、個々の発起人の責任のもと、躊躇いなく実行する方針です。投稿者の皆様が嫌な思いをする必要はありません。ウザい案件は発起人に押し付けてください。 引き続き、宜しくお願い致します。

花緒 (2017-02-13):

>もとこさん アバウトページ、更新しておきました。ご指摘有り難うございます。

三浦果実三浦果実 (2017-02-14):

皆さん、こんにちわ。掲示板に住むことにしました三浦です。 今週末、じつは出張先のホテルで時間を持てあますことになりそうなので、投稿いただきました作品のなかから自分が気に入ってしまった作品を朗読してYoutubeにアップさせていただければと考えております。朗読したい作品の投稿者様へは後ほど許可申請をさせてください。その際、もしももしも不快であれば、「そんなこと止めてくれ」と、はっきり拒否いただいても、まったくOKです。私、逆恨みしたり、急に落ち込んで姿を消したり、花緒さんに辞意を漏らしたりしませんから。 もしも、もしも、一緒に朗読をやりたい方がいらっしゃいましたら、是非、お知らせください!

百均@B-REVIEW ON/ (2017-02-16):

流石に作品関係以外のスレッドが多すぎるだろうという事で、適当に統合する事にしました。 フォーラムが本格的には始動するまでは、このスレ一本で話あいましょう。議論スレッドの内容を以下にコピペして貼っておこうと思います。 長庚 (3 時間前): 作品の削除はどうすればできますか? hyakkinn (3 時間前): 作品の削除は、今の所発起人にしかできない感じです。 hyakkinn (3 時間前): うーん、そうですね、もし作品の削除をしたいのであれば、、、他の発起人と相談してみますね。 長庚 (3 時間前): hyakkinさま、ご返信、有り難うございます。個人の事情で安易な相談をしまして、すみません。できれば削除したいのです。

右肩ヒサシ右肩ヒサシ (2017-02-16):

まりもさん、hyakkinさん、コメントがおくれてすみません。寝落ちしています。他にもコメントしたい作品がたくさんあるのにね。自分の中でハードルを上げてしまっているのかも。migikataのくせにね。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-02-16):

MIgikataさん  返信ありがとうございます。僕もなんだかんだ言って一度作品を読んでからレスを書くのに時間が掛かりましたので、ゆっくり返信して下さればと思います。僕もレスが書きたい作品あるのですが、殆ど言葉にならず出来ていません。

花緒 (2017-02-16):

当面は、作品以外の雑談スペースは、こちらで一元化させて頂くことにします。まりもさんに書いていただいた投稿はこちらの方に移動させて頂くことにしました。ルールがしっかり決まってはおらず、失礼を致しております。 なお、コメント欄が折りたためるため、雑談スペースと作品の投稿が同じ掲示板上で進行できるのは、便利だ、というご意見と、作品の投稿の場に雑談スペースがあるのが煩わしい、というご意見と二つあり、どちらを取るべきか悩ましいところです。現状、雑談専用掲示板をしっかりと作成することも検討中です。

花緒 (2017-02-16):

まりもさんの投稿をこちらに移動しました。 ↓ 54 - 比喩、とか、詩論、とか、他いろいろ まりも - 4 時間前 百均さんが「議論」スペースを作って下さった、とツイッターで見かけて・・・来てみたら、雑談スペースに統合?されていた、ようなのですが・・・作品ではないけれど、面白い話題なので(まだ、forumがうまく使えないようなので)とりあえずこちらに・・・。 天才詩人さんから頂いた議題。 >「比喩」の話なのですが・・・言葉はすべて隠喩だと思うのです。 >作者の意図で敢えて「比喩」を使うことの意味はなんなのか・・・目の前の現実や伝達内容をより鮮やかに描写し提示する方法が存在するにもかかわらず、敢えて「詩」的比喩を散りばめて、焦点をぼかすことの意味は何か。詩はその「ぼかす」こと自体が自己目的化してしまう閉塞化の危険をはらんだジャンルではないのか。 まりも:言葉は、そもそも、今、ここに無いもの/こと、を、言葉を受け取った人が、その場(自分の内面)に再現するための発明、だと思っています。 この場に無いもの/こと、を、言葉の受信者と発信者が共有している(であろう)もの/ことによって再現させる行為が、比喩、だと思っています。  つまり、言葉を用いて、一時的に共有し得る場を拓く為に、両者が共通理解を持っている何か、を用いる行為、なのではないか。そう考えると、この世の言葉は、全て、比喩であるとも、確かに言えますね。  あえて、なぜ「詩的比喩」を使うのか、という問いに関しては・・・百年前から論じられていて、まだ答えの出ていない問い、だと思う(笑)いわゆる「芸術派」と「民衆派」の論争や、「言語派」と「社会派/生活派」との闘争など・・・派に分けること自体、意味がないんですけれど。 一人一人が、自分の「詩」のスタイルを探していくのが、「口語自由詩」なのではないか、と思う、ので。  心に触れたり刻まれたりした衝撃度、風合い、質感、残存感、そうしたものの「度合」を、できるだけ短い言葉で、自分流に、ズバッと言い当てることの出来る(はずの)受信者と発信者との間でぎりぎり共有できる範囲に収まっている(はずの)言い回し、名付け、それを詩的比喩、というのではないか、と思っています。  烈しい、未だかつて経験したことのない、とてつもない衝撃を受けた・・・と説明するのと、「雷に打たれた」とひと言で言うのと・・・もちろん、雷うんぬんは、既に誰もが「なるほど~うまいこと言うなあ」というわけで、皆が使うようになって、したがってクリシェになってしまっていますが・・・まだ、誰も思いついたことのないような、新鮮で、しかも「言い当ててる!」「初めての言い回しだけど、感じ、伝わって来るなあ」と感じられるような比喩を見つけることができたら、何百行も「説明」「解説」が必要な事柄を数行で言うことができて、しかも行間に、その感じ、を蓄えることができるんじゃないか、とか・・・その人にしか辿りつけない場所への道筋や、扉の在り処を示してくれるもの、となるのではないか、とか・・・そういう期待があって、ぴったりの比喩、を探したりする。  それが、美しさ(旧来の美的感覚か、その人独自の審美眼に添ったものか、それぞれでしょうけれど)にたどり着くように言葉を彫琢していくこと、を意識的に行いたい、と思ってはいますが、それが、詩的比喩の造形に特化しすぎているのではないか、という印象を産むのでは?という気がしました。

天才詩人天才詩人 (2017-02-17):

まりもさん。なるほど。のちほどじっくりレスポンスいたします。スペースが不足していて申し訳ないです。来週くらいまでには議論のための適切な場を設置するべく動いています。

kaz. (2017-02-17):

何故か投稿できないのでテスト。

kaz. (2017-02-17):

「生まれて来ました」に、何故かコメントを投稿できません。他のところには、投稿できるようなのですが。

kaz. (2017-02-17):

コピペすると上手くいかないようですね。書き起こしが大変だ。。。

天才詩人天才詩人 (2017-02-19):

いやーまりもさん、なかなかエキサイティングな議論になってきましたね。嬉しい限りです。 「詩」とは何か、「詩」の美学とは。そして、「詩」とそうでないものを分かつ方法。というテーマで、まりもさんもおっしゃるとおり、口語自由詩は、各自が既成の方法にとらわれずやりたいように表現していけばいいと感じます。その一方で現在のネット詩をひとつのカルチャーとしてみたとき、ネット掲示板という「場」は、あるいみ美術館やギャラリーの展示空間に似ていなくもない、と思うのです。私はアートの世界で仕事をしている人間ですので、どうしても詩作品のナラティブとか技法よりも、ソリッドな「作品」としてのマテリアルな側面に注意が行ってしまいます。 それで、結論から言うと、敢えてここで「詩」を定義しろと言われたら、私は「分量として極端に多くないもの」と応えるしかないと思っています。現代美術史やコンテンポラリーアートの現状を鑑みて、美術作品(アートワーク)とは何か、という話になったとき、納得のいく定義の仕方は実はすごくシンプルで、「持ち運び可能な」、もしくは「個人が所有可能な」物体」いうことではないかと。ご存知かも知れませんが、現代美術の出自は、欧州におけるいわゆるファインアートで、彫刻と絵画がメインなのですが、両方ともかつては建築物と不可分な装飾とみなされていたものです。ところが、絵画と彫刻は18世紀に自己完結した鑑賞の対象、ポータブルで個人がコレクションの一部として所有できる「オブジェ」として独自の価値を持つようになった。 もちろんパフォーマンス、ランドアート、ビデオ・アート、概念芸術など、アートにはサブスタンスとしての作品の限界を逸脱しようとする試みがこれまでのイヤというほど行われた来たわけですが、いずれも最終的にはドキュメンテーションを経て美術館やギャラリーに置かれ、所有され、売買の対象となるほかない。そのアウトプットだけはどうしても変更できないという呪縛があるわけです。 長くなりました、で「詩」。なかでもインターネット上で投稿され読まれる「詩」とは何かという話になったとき、技術的な制約から、長すぎる文章は「展示」するのが難しく、コメントする側も、PC画面上で読んで感想を書くのは事実上難しい。流通できないわけです。話が噛み合っていなかったら申し訳ないのですが、たとえば「ネットライティング」だとか、新しいカテゴリーをつくる必要があるのかもしれません。インターネットのプラットフォームで書き、読み、批評することができる「文章」。それがいまのところ私にとっての詩の定義です。 「詩」の定義については、分量のほかに読解のプロセスとか、もうちょっと語りたいことがあるんですが、今日はこのへんで。

天才詩人天才詩人 (2017-02-19):

いま、まりもさんのレスを読み返したのですが、あまり噛み合っていなくてすみません。メタファーについては、また後日書こうと思います。

まりも (2017-02-19):

私自身、もともと美術史だったので、文学畑の方とは、少し視点がずれているところがあると思っています。音楽的な抽象性(いわゆる言語派であったり、言語遊戯や言語実験を意識的に行う傾向)の強い作品は苦手で、視聴覚映像がリアルに伝わって来る作品に引かれる、という偏向性もあります。そのような人間が、コメントを読んで考えたことを、まとめるというよりはメモするように書いてみます。 「分量として極端に多くないもの」場にあった、とても分かりやすい定義だと思いました。叙事詩など、長い「詩」だってあるだろう、という人もいるけれど・・・詩集一冊、という分量には収まるとしても、複数が投稿するネット掲示板や詩誌の作品欄には収まらない。割り当てられたスペースは平等、そこで自由に、言葉を用いた作品を展示する。本人が、これは「詩」である、と提示するものは、とりあえず「詩」である、と受容する(分量が規定内であれば。)その上で、いちおう、「日本語」の「口語」を用いる、という共通ルールを設ける。競う場合は、特に。「口語」と言っても、現在でもある程度読み解きうるもの、という意味で、文語を使う自由もあるでしょう。記号、絵文字を使う自由もあるでしょうし、外国語を用いる自由もあるだろうと思います(注記などは必要でしょうけれど) ただ、「作品」と感じるか、「作品」の下書き、草稿、草案と感じるか、という差異はあると思います。 具象画と抽象画を並べて展示することはできても、具象画としての完成度と、抽象画としての完成度に、優劣をつけることは出来ない。でも、それぞれの「ジャンル」の中での達成度同士なら、比較し得る。さらにインスタレーションのような展示になってくると、作品そのものの達成度というよりも、その場において観客に与えるインパクトの度合いや、時代性といったものが審査基準として新たに取り入れられる、ということもあるでしょう。 これは「私の詩です」と提示された「詩作品」を読む時、その人の考える「詩とは何か」が、その背後にあるはずだし、あってほしい、と思います。 人の心を癒す言葉が「詩」です、という人もいれば、響きやイメージの美しさ、心地よさ、驚きが「詩」です、という人もいる。詩想の生まれるところ、言葉の生まれる以前の未生の場との交流を可能にするものが「詩」である・・・「詩」とは何か、という批評性や内省を踏まえているものが「詩」だ・・・異界を現出させてくれるものが「詩」だ・・・つまりは、自分の思っている既知の「詩」や、こんな「詩」もあったのか、という未知の「詩」と出会う、その出会いを求める、ということが、「詩作品」を読むということなのだろうと思っています。 その「詩作品」の、完成度や達成度とは何か・・・読み手が、過去作品を読み重ねていく中で生み出されていった基準、つまり、既知の「詩作品」から生まれる基準もあれば、自分の体験や経験、知識から生み出された、まだ存在しない理想形を基準とする場合もあるでしょう。まだ存在しない、という前提は、その人の既知の詩のストックや、詩論、評論のストックに影響される場合と、まったく自由に、たとえば「オルフェウスの歌った歌」のような、漠然とした理想の場合もあるだろうと思います。 作品そのものの、その時点での「完成度」を見る場合もあるだろうし、この作品が、この方向性で将来、どのように展開するか、という予見を含めた完成度もあるだろうし・・・複数の基準の中の、この基準に照らした場合、今この時点では完成度に達している。でも、この方向性で進んで行くと、行き詰るだろう・・・という評価もあり得るだろうし・・・読み手としての自分が、いかにインパクトを受けたか、という印象批評、感想的なものから、自身の考える「詩」を背景にした、詩論的な批評もあるだろうし・・・自身の「詩」を絶対視して、それを押し付けたり、それ以外を排除するような狭量な批評でなければ、なんでもあり、なのではないかと思うのですね。 全然、まとまっていませんが、とりあえず。

天才詩人天才詩人 (2017-02-20):

ご返信有り難うございます。個人的に、まりもさんの上げておられるうちの一つ、『批評性や内省を踏まえているものが「詩」』という部分、ここが重要な気がします。ここでの会話にしても、何らかの結論にたどりつくために話すわけではなく、「詩」とは、「詩」の美学とは何かについて、トライアンドエラーを繰り返していく。こうした問いかけを際限なく続けていくことが可能である。まさにそのこと自体が「詩」が盤石たるジャンルとして成立していることの証左だと思いますので。

奏熊ととと@所詮詩書き (2017-03-16):

こんにちは、 雑談/議論/自己紹介スペースのため 今回、議論と致しまして、1つの議題を提供しにきました。 それは「人工知能は、詩人を超えるか」について 私が議題を提供した理由は<googleの人工知能が書いた詩>もありますが、近年、人工知能の研究ではビッグデータや機械学習などを駆使し、文学に基づいた研究も進められています。 将棋の世界では電王戦のプロモーションビデオ「コンピュータがプロ棋士を負かす日は? 来るとしたらいつ?」という問いに羽生善治が「2015年」と答えました。 「では、詩の世界ではどうであろう?」というのが私が疑問を持ったのが理由です。 そもそも、<人工知能の詩を詩として認めるのか><あるいは人工知能の詩を読んで人々は感動できるのか>そのような議題を雑談の感覚でお話しできたらいいかなと思っております。 この議題について、3月に2作を上げ、時間に余裕がある方々にお聞きしたいです。 雑談も兼ねていますのでお気軽に楽しんで発言してください。

fiorina (2017-03-16):

すみません。さかのぼって自分で調べようとしていましたが、雑談の場所でとりいそぎおたずねしちゃいます。こちらでは、詩以外の文章表現も可、と思い込んでいましたが、目下は詩のみの場所でしょうか?今月私の投稿2編は、紀行文で散文ですので、もし私の勘違いでしたら、削除扱いにしていただいて、次回から詩を投稿したいと思います。

花緒 (2017-03-16):

順番は前後しますが、まずfiorinaさん。照会いただき有り難うございます。このサイトは、現代詩投稿=批評プラットフォーム B-REVIEWを名乗っておりますが、当初は、現代詩=クリエイティブライティング投稿サイト B-REVIEWというサイト名にしようという案もありました。散文、散文詩、掌握小説、分量として長すぎるものでなければ、なんでもござれでございます。fiorinaさんの作品は、当然ウェルカムで御座います。ご安心くださいませ。

花緒 (2017-03-16):

とととさん。話が合いますね。実はわたしも斯様なテーマで、投稿作を準備しております。投稿した暁には、互いにレスをつけ合いましょう。

fiorina (2017-03-16):

花緒さん。お返事ありがとうございました。安心しました。今後ともよろしくお願いいたします。

桐ヶ谷忍 (2017-03-24):

拙作「薔薇の下」で矛盾点を見つけてしまい、先日百均さんのガイドラインを拝読した直後だけに大変申し訳ないのですが 3連目の「少女の時に /切り捨て、或いは忘れ去った多くの感情を 」を「女になってから/~」に訂正して頂けないでしょうか。 お手数をおかけする事、大変申し訳ございません。

天才詩人天才詩人 (2017-03-24):

訂正しておきました。ご確認ください。 http://breview.main.jp/keijiban/?id=119

桐ヶ谷忍 (2017-03-24):

天才詩人様 確認致しました。ありがとうございます。お手数をおかけしてすみませんでした。

bananamwllowbananamwllow (2017-07-06):

こんにちは。 B-REVIEWのスタッフの皆様に、なんだかワクワクするようなプラットフォームを創設・維持されていることに関して敬意を表したく、このスレッドに書き込ませていただきました。 私自身は、ずいぶん長い間、ネットで書かれる詩から完全に切れており、 先日、Twitterから辿っているうちに、B-REVIEWの存在を知り、 特にB-REVIEWがなんであるのかも知らず、ガイドラインにのみ目を通し、投稿させていただきました。 B-REVIEWのBがいったい何に由来しているかも、 一昨日気づくような粗忽もので、なんだか浦島太郎のような気持ちですが、 今後ともよろしくお願いいたします。

まりも (2017-07-06):

bananamwllowさん、こんにちは。 私も実は、Twitterで開設のお知らせを見て、参加したのが、そもそものきっかけでした。 もちろん、複数の投稿サイトを(様々な名前で)巡っていましたし、それぞれのサイトの問題点も自分なりに感じてはいましたが・・・この場所を、どのような場所にしていきたいか(他の場所と比較したりこだわったりすることなく)参加者の皆さんが、各々、目指していく、そんな総合体のような場所になっていけばいいなあ、と、想ったりしています。よろしくお願いします。

花緒 (2017-07-06):

bananamwllowさん、初めまして。書き込み、投稿、ありがとうございます。 まだ始まって半年も経っていないサイトですが、試行錯誤しながら、短期間に変節を繰り返しながら、サイトを運営しております。もし、要望、クレームなどなど、何かございましたら、当スペースなり、あるいは、フォーラムなり、なんなりの方法で、教えて頂ければと。 ただいま、毎月の大賞作の展示スペースを設営中です。投稿いただいた作品が、本サイト内に止まらず、他メディアでも取り上げられることで、サイトの風通しをよくしていきたいと考えております。現状では、毎月の大賞作は(http://wordcrossroad.sakura.ne.jp/wp/)にて掲載いただける運びとなっております。 では、今後ともよろしくお願いします。

澤あづさ澤あづさ (2017-07-31):

B-REVIEWのキュレーション(展示)および詩作・批評の拡張に関する意見書をまとめました。詩や批評のリッチテキスト(HTML)編集に関心のあるかたに、ぜひ下記リンク先の記事をご覧いただき、調査への回答・閲覧の実験への協力を請いたく思います。 http://adzwsa.blog.fc2.com/blog-entry-41.html B-REVIEWでは「選者」の別称として「キュレーター」という語が用いられていますが、上記記事内で提案するキュレーションは「展示」のみを指し、「選考」を含めません。(選考に基づくことも提案していません。)記事では「わたしの提案する展示をおこなう者」を、選者と区別するため「編集者」と呼んでいます。 また展示対象作品を「だれが」「どのような基準で」選出するのかについても、ひとまず言及していません。企画自体の需要の有無がわかっていない状態で、要不要も不確かなその条件を検討するのは無意味だからです。 リッチテキスト編集は、最終的には「著者本人がみずから自サイトで」おこなうのが疑いなく最善です。それを支援したいというのが、この提案の目標です。 *** 提案の概要は、たとえば花緒さんの下記作品のような作品の、扱いに関するものです。 http://breview.main.jp/keijiban/?id=528 この作品のレイアウトは、スマホ・タブレットなど横幅の狭い画面では崩れます。しかし、HTMLファイルないしCSS編集の可能なブログ等でリッチテキスト(HTML)編集を施せば、そのレイアウト崩れを簡単に防止できます。「画面の横幅に合わせてレイアウトを切り替える」(これをレスポンシブデザインと言います)ことも可能です。 そこで、「必要のある投稿者が、投稿作品とともにそのリッチテキスト版を(選考の参考対象として)発表する行為」を、B-REVIEWで公的に解禁してはどうか、その環境を持たない/方法を知らない投稿者にその環境/方法を提供してはどうかというのが、記事の提案のうち最も「需要の高そうなもの」です。 わたしは「B-REVIEWの掲示板が、現代詩フォーラムのルビ機能のような、リッチテキスト編集機能を実装すること」を望みません。投稿者にとっては、ルビや太字より、レスポンシブデザインのほうがよほど重要だろうと思いますが、そのレスポンシブデザインに必要なメディアクエリが、掲示板には記述不可能だからです。最も重要な機能が外部でしか実現できないのであれば、最初から「すべて外部でやる」ことにしたほうが、混乱を招かないぶん投稿者にとっても親切だと考えます。 *** わたしがここで提案したいのは「作品の具体的な表示方法」であり、抽象的な理想や、作品のレベルがどうこうという問題ではありません。 リッチテキスト(HTML)ことにレスポンシブデザインに関心のあるかたに、意見書をご覧いただき、「事例のような編集ないし批評を受けてみたい/実践してみたいか、特にどのような機能に興味があるか」を、ぜひ教えていただきたく思います。 この提案に関心のないかたは、この提案に返答する必要がありません。「無関係な人間への無理解な横槍」とそれへの応答は、「罵倒」と同じく場を荒らす原因になりますので、冷やかしはどうぞご遠慮くださいませ。

竜野欠伸 (2017-08-01):

澤あずさ さん こんばんは。 現WEBサイト【B-Review】構築にあたっては、まだ不用意なところを目にすることがあります。 これらについては、改善が出来る点という意味で、検討テーマをブラッシュアップすることにつながるため 分かりやすい検討が、(今後の追加機能実装や場当たり的な改善などの対処に当たって)何らの理解を共有できれば、 【B-review】の将来性を決めていくことになると考えますので、具体的に改善点を場合分けをして、対応する方向をもとめていただきたいのですが。 (レスポンシブデザインとはモバイル環境での操作性にかかわることとの認識ですが、 その場合視覚詩の展示をどう取り扱うかと言う点も、なお他にも方向性検討のテーマも多分関係ある状況でしょう) 下記に網羅的に列挙してみました。 ①【B-review】による、現代詩キュレーションSNSサイトとしてのプラットフォーム機能を持つ方向性の検討について。 ・マイアカウントページを実装するかどうか ・ゲストページを実装するかどうか ・電子書籍制作支援を実装するかどうか ・オンデマンド本印刷サービス支援を実装するかどうか ・サイト内過去詩対応データベースのフィードバック機能を実装するかどうか ・現代詩ジャンル別カテゴライズ機能を実装するかどうか ・SNS設計→SNS施工→SNS運用の手順のなかで、SNS機能設計図面の検討を行うのかどうか ②【B-review】による、現代詩キュレーションWEBサイトとしてのプラットフォーム機能を持つ方向性の検討について ・現代詩キュレーションサイトでの公共性をもとめることについては、実際、公機関の協賛などをもとめるのかどうか ・現代詩キュレーションサイトでの公共性については、設計段階で必要な機能をどのように検討するのかどうか ・現代段階では、シェア、ツイートのバナーボタンの利用率は有効範囲にあり必要な機能か ・レスポンシブデザインについて、詩作品のタイトルネームが2行分に成る不適切な処理がある ・なおレスポンシブデザインについて、視覚詩の作品性が損なわれている ・なおレスポンシブデザインについて、コメント欄表示の動作環境が良好ではない ・なおレスポンシブデザイン機能の最大課題は、(モバイルでの)ゲストページでの環境とも考えられる ・作品評価レビュー機能に、検索機能を追加させるのかどうか ※①②は双方共に俯瞰して検討する課題でもあると考えます。 ※なお最低限でも設計図面公開は機能運用で必須条件とも考えます。

澤あづさ澤あづさ (2017-08-01):

竜野欠伸さんへ おそらくわたしの意見書をご覧になっていないのでしょうが、わたしの提案は(主には)「個別の作品を外部の他メディアに展示する際に、対象作品をその著者の意向に合わせて編集すること」です。 「具体的に改善点を場合分けをして、対応する方向をもとめていただきたい」と言われましても、竜野さんが列挙なさった話題はすべて、わたしの提案とまったく無関係です。 竜野さんが「だれに対してなにを根拠になにを問いたい/提案したいのか」すら、その文面からはわかりかねますが、わたしはB-REVIEWの発起人でも選者でもありませんし、発起人の計画に口出しするつもりもありません。ご了承ください。

竜野欠伸 (2017-08-01):

澤あづささん 皆さま 先ほどの言については、要領を得ていなかったので 別スレッドにて別件扱いで発言させて頂きます。前後いたしまして申し訳ありません。 さて澤さんの意見書を確認のため通読いたしましたが、 どのように捉えればアイデアとして有用かという視点で考えましたので、述べますね。 限定的な理解に留まるかもしれませんが、 展示という行為や考え方そのものに、興味深いものを感じました。 オーダーメイドという考えに留まるとしたら、少しこぢんまりするのが残念です。 展示されるポエム自身が、文章データ形式自身の差し替えで、 さらに背景描写(額縁やら装丁)の編集をすることによって、 視覚的なレトリックについても作り込むことが可能であると言うことです。 一方で、どのような用途として有用なシュチュエーションがあるか考えを申します。 ①詩によってギフト目的のポエムジャンルがあっても良いと考えます。 ②詩によっても賞などのアニバーサリー的な場面で用いられる状況を好意的に作った方が、将来にもたらすものがあると考えます。 上記のような需要を想定することが出来ますが、詩の展示が普及開拓されるには、まだ工夫が必要とも思うのです。 ①ショートメッセージのマーケットでポエムの展示方法をどのように産み出していくか(システムに付随することがシンプルと思いました) ②汎用性のある展示手段を、どのように提案していくか(そのなかで本格的にオーダーメイドの展示手段も生まれていくかもしれません) ③ポエム制作現場でも展示方法ありきの創作機会があってもよいのではないか(この場合、背景そのものが詩作のお題になります) 今後のB-reviewのシステムでプラグイン機能の展示関連のマーケットがあると 創作ムーブメントの展開がなお広がるのではと思いました。ここでようやく、先ほどの機能設計図面の話にもつながります。 よろしくお願い申し上げます。

澤あづさ澤あづさ (2017-08-01):

竜野欠伸さんへ 無愛想なレスレスに、丁寧な再レスをありがとうございます。無愛想の言い訳を申しますと、(竜野さんはこのことをご存じなかったのだろうと思うのですが、)「B-REVIEWのサイト改造は、けっこうな資金投入(発起人の自腹)を要するのだから、無理は言えない。その話はぜひ逸らしたい。」と思ったのです。 対して今回のわたしの提案は、完全無料で実験できます。財布にやさしい実験から話をはじめたいと思っています。 *** 展示というアイディアは、B-REVIEWにそもそも存在するもので、わたしの発案ではありません。わたしが提案しているのは、その展示をより高度にする「方法」です。そしてその方法の「実験」です。 需要も意義も、実験してみなければわからないと考えています。よいものを作り人目を惹くことができなければ、需要も意義も生まれるわけがない、と言ったほうが精確でしょうか。 だから、考える前に実験しませんかというのが、意見書の趣旨だったのですが。きちんと陳述できていず、誤解を招いてしまったようです。 *** 今回提案した開発は、わたしの六年来の悲願ですので、B-REVIEWに断られたら別所へ持ち込みます。ひとりでも(もともとひとりでやってたのだし)やります。それがB-REVIEWにとっても利益になるようでしたら、ためしに使ってみていただけませんかと願いに来たのでした。 そういうわけで、サイト構築や企画に関するお話は、わたし宛てではなく、発起人に宛てて提案していただきたく思います。 先述の通り、わたしはB-REVIEWの発起人でも選者でもありません。竜野さんのお話に応答する権利を持っていないのです。つまらない話で、本当に申し訳ありません。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-08-02):

澤あづささん、竜野欠伸さん、ここをご覧の皆様、おはようございます。    中々返事が出来なく、大変申し訳ありません。  色々wordに書いては消してを繰り返しておりまして、中々上手い返事が出来ないなぁと思うばかりで、このままだと時間がただ過ぎてしまうだけだと思っていますので、細かい理由などは置いておいて、少し長くなってしまいますが、僕の考えを書いておこうと思います。  僕としては、澤さんから頂いた意見書に全面的に賛同しており、是非一緒に活動してみたいと思っています。(その経緯については省かせてください。色々長くなってしまいますし、第三者からすれば、実のある話でもないのです。要は、僕は元々澤さんの批評が大好きであり、もし一緒に活動をする事が出来るのであれば、本当に嬉しいというか、前から一緒にやりたいと思っていました。)    ですから、今回、澤さんから直接掲示板の方に、非常に丁寧な形の、要点を押さえられた意見書を頂けた事、本当に有り難く思っています。それは、一発起人立場からどういう風にプレーンテキストをベースとした掲示板(それは良くも悪くも手軽であるという点)で、どういう風に提案して、他の発起人や他の投稿者にプレゼンすればいいのか、解らなかったからです。    そして、これは一個人の考えですが、とりあえずやってみたい。僕自身、リッチテキストによる創作、展示、編集…あるいはレスポンシブデザインの諸々など、またそれらに纏わる諸問題についてなど…、それら、全てにおいて何も分からない素人ですし、何も分かりませんが、だからこそ、今を逃してしまいますと、何も始められないと考えております。(これは僕自身がレスや作品を書いていてぶち当たる限界みたいな所にも掛かってきますが、これも余計なので省きます汗。話が長くなってしまい申し訳ないです)    そして、竜野欠伸さんから頂いたレスやTwitterなどを見ていると、興味のある方がいらっしゃる方が一定数おられる、という事は確かなのではないか? と思っています。そういう方達が今現在一定数おられて、やってみたいという方がいらっしゃるのであれば、やれたらなぁと思っています。まずは0円から出来る活動ですし、そこで色々やっていく内に問題も多分出てくると思うのですが、そしたらその度に対処していけたらいいと思っていますし、それがあまりにも負担になりすぎるのであれば見直していく。最悪0円なので、本当に面倒事の方が勝る事態になったらやめればよい…。というような形で、B-REVIEWとしての活動に繋げたり広げたり、投稿者や作品に何かしら還元出来る関係を築けるような物になれたらなぁとか思います。  ただ、これは僕一個人の考えです。他の発起人や、投稿者の皆さんの考えについてはまだ何も伺っておりません。この活動を曲がりなりにもB-REVIEWの名前を借りて始める形になるのであれば、多分発起人からの同意や、活動するにあたってのガイドラインの制定などの問題も起きるかもしれません。所謂、リスク面での懸念や、その他諸々の食い違いなどについて意見がある場合はここにレスして頂けたらなぁと思っています。  また竜野息吹さんから頂いたレスの内容についてですが、色々やっていきたい事も沢山あるのですが、基本的にはやっぱり資金面の問題や、そもそもの技術面での対応が出来る発起人の数が足りないとか(僕もど素人ですし)、色々実験してみたり、問題が起きた時にそれらを解決していく形で、諸々の問題の対処方法を学習していく、みたいな形でこの場は発展してきていると思っています。  要は、予想外の出来事が沢山起きている形です。 本サイトは作りとしては未熟な部分も沢山あるとおもうんですが、それでもこれだけの方が集まってくださるという奇跡が起きている。ですから、どういう方向でサイトを舵取りしていけばいいのかっていう所の塩梅はどれも紙一重だと思っていて、何をどのような手順でサイトをいじっていけば上手く発展するのかっていうのは、中々難しい所です。 そういう意味で本サイトにはある意味で方針がありません。 最終的によりよい批評、あるいは創作、又は展示空間みたいなものが醸成されればいいなと思っています。ですから、こうして澤さんから意見書を頂けた事は嬉しく思います。その活動を通じて、掲示板の方にどのようなデザインを最終的に反映させていくのがベストなのかみたいな事を考えるきっかけにもなると思いますし、投稿者側の書く意識、読者の読む意識、あるいはそれらを繋ぐ編集者、キュレーターとしての意識への刺激にもなると思います。 その上で、このサイトをどのように変化させていくのか、というのは正解はなく、実験を繰り返していく事で磨いていく事が大切かなと僕は思っています。その中でもし竜野欠伸さんのお力を借りられるというのであれば、上に頂けたような丁寧なレスを鑑みると、作品の展示に対して、また技術をお持ちであり、そこから少しでも提供して頂けるのであれば、竜野欠伸さんと一緒にやってみたいです。  ・・・という感じで、今ちょっと時間がなく、長文雑文でのアンサーになってしまった事申し訳ありません。おかしい所ありましたらツッコミよろしくお願いいたします。 また、澤さんに付きましては、大分返事が遅くなってしまい申し訳ありません。と同時に意見書の提示本当にありがとうございました。僕が一番苦手な部分を全て澤さんがしてくださり、本当は僕は頂いた意見書みたいな仕事を僕がやるべきなんだろうと思いますが、結果的にできませんでした。ちゃんとした、文章で何か物を伝えるみたいな所の技能を、まずは最初に鍛えるべきなのかもしれないですね。  

花緒 (2017-08-02):

>竜野欠伸さま 様々な提案、ありがとうございます。全て拝読いたしております。今後の工事に活かしていきたいと考えます。取り急ぎ、お礼まで。

花緒 (2017-08-02):

>澤あづさ様 貴重な提案、有難うございます。以下はB-REVIEW運営者の総意ではなく、あくまで私一個人の私見ですが、発起人としての私なりの考えを回答させて頂きます。 >投稿者は、必要があれば、投稿作品(プレーンテキスト)のリッチテキスト版を制作し、コメント欄にURLを貼るなどして発表>してよい。選考対象は掲示板上のプレーンテキストとする(アーカイブページにはプレーンテキストのみ保存される)が、展示>にはリッチテキスト版を採用する。 採用方向で考えたく存じます。基本的にはB-REVIEWの選考では、プレーンテキストをベースに行いたいと考えています。選考にかかる条件は、公平性の観点から(通常であれば)同一であるべきと考えるからです。しかしながら、リッチテキストである必然性、必要性のある表現においては、その限りでないと考えるべきでしょう。実際問題、すでに、塚本一期さんの投稿作品においては、極めて完成度の高いパンチの効いた朗読作品が投稿されたため、プレーンテキストだけでなく、動画も考慮して、推薦作に選ばれせて頂いた経験がございます。これと同様、必然性があると思われる表現については、リッチテキストのみならず、他メディアでの展開も考慮に入れるべきと考えるのが、柔軟性の観点からも望まれることのように思われます。 他方、展示においては、リッチテキストで、ということですが、現行のB-REVIEWの活動のどの部分を<展示>と呼ぶかによって、回答が変わってくるかと思いますが、これは、今後の展開や工事の進み具合如何に寄る、というのが回答になるかと存じます。

花緒 (2017-08-02):

>投稿作品のリッチテキスト版を制作し参照されたいと望む投稿者のうち、制作・アップロードの環境を持たない者には、その環>境をB-REVIEWが提供する。 次に、上記の提案ですが、リッチテキストを使用可能な環境の提供においては、現行掲示板の改造、新掲示板の提供、FC2ブログの提供、など様々な方法がありうるように思います。今後の展開を見ながら決定していきたい、というのが正直なところです。FC2ブログ提供案について、具体的イメージが未だ抱けていないので、説明賜れると嬉しいですが、上記、リッチテキストのリンク張り歓迎します、というベースでの今後の展開見ながら、必要な工事、対応を考えるのが、実際的かなという印象を受けています。対応が生ぬるいぜ!ということでしたら、追加でコメント、叱咤激励頂けると幸甚であります。以上。

澤あづさ澤あづさ (2017-08-03):

百均さんへ 好意的なご反応ありがとうございます。あの意見書に対して反応を示すというのは、なかなか難しいことであるようだと、竜野さんのお話を伺って思いました。単純に、事例のリッチテキスト編集を「おもしろい/やってみたい」と思うかどうか伺いたかったのですが、提示のしかたが悪かったようですね。 つまりやはり、さっそく実験サイトを作り、発起人の既投稿作品などを実際にリッチテキスト編集して、掲示板のプレーンテキストと見比べられるようにはからい、リッチテキストにどのような用途があってプレーンテキストとどれほど違うのか、投稿者の皆さまに「体験」していただかないことには、需要も意義もわかるわけがないと思います。 *** リッチテキストに関心のあるかたは、確かに一定数いらっしゃるでしょう。ただ、本当に需要のあるのは、記事に出した事例より、はるかに単純なことだろうと改めて思います。「スマホでは(レイアウトが崩れないように)字を小さくしたい」とか、「PCだと横幅が長すぎて読みにくいので、作品表示領域の最大横幅を狭くしたい」とか、現フォでも大人気の縦書き表示とかですね。 現代詩手帖の前衛詩特集みたいなので見るような、たとえば「文の両側にルビが振ってある」など派手なフォルムを、ぜひやりたいと思う人は、至極まれでしょう。そんなのよりもっと需要の高いスタイルが、いくらでもあるはずだが、こちらからアイディアを提示しない限り「それ(・∀・)イイネ!!」とは言っていただけないでしょう。それこそ「欲しい機能はある、が、どう説明すればよいのかわからない。」という問題があります。 *** そんなこんなで「考える前に実験」と提案したのでしたが。B-REVIEWの看板のもとでその実験をおこなうのは、「実験台」にされた作品の作者がどう思うかといった点で、難しい側面があるのかもしれないなと、いま思い当たりました。 そういう理由でB-REVIEWとして許可を出すのが難しいのでしたら、逆に「わたしが自分のイベントに百均さんを(B-REVIEWのキュレーターという肩書で)お招きする」ほうが、当然わたしにとっては圧倒的に有益なのですが、いかがでしょう? その場合には、わたしが管理するスペースに、百均さんの文責でB-REVIEWの投稿作品を「批評つきで」展示していただきたいなと思います。たとえば「作品とすぐれたレスを一緒に展示する」とかですね。わたしの真にやりたいことがヒヒョーであることは、説明するまでもないと思います。 *** なににせよ、コーディングについては、コードをコピペしながら覚えられるようにはからいますので、基礎がないことは心配なさらないでください。わたしも基礎がまったくない段階からはじめましたから、コーディングの「なにがわかりにくいか」を知っていますし、説明できると思います。百均さんのやりたいことに渾身で協力します。以上の条件でどうぞご検討ください。

澤あづさ澤あづさ (2017-08-03):

花雄さんへ ご回答ありがとうございます。まずわたしの立場を改めて表明しますが、わたしは「B-REVIEWの掲示板がプレーンテキスト以外のデータ投稿を受け付けること」に賛成していません。 たとえば画像の投稿を受け付けて、5Kディスプレイ対応の一枚10MBもある画像を10枚も投稿する投稿者が月に10人も出た場合、B-REVIEWのサーバー代はどうなるか。それらの画像を投稿記事内に読み込ませるシステムを実装した場合、掲示板の表示速度がどれほど鈍重になるか。管理者にしか計算できない事柄ですが、「リスクが高すぎる」のは疑いないと思います。 「リッチテキストを書けるエディタ(以下これを便宜的に『HTMLエディタ』と呼びます)を掲示板に実装する」のも、わたしはひとまず賛成しません。上のレスで述べたように、「おそらく投稿者にとって最も重要な機能」であるところのメディアクエリが、インラインスタイルでは記述不可能だからです。 不完全なエディタを実装することで、結果的・実質的に、「最も需要の高い機能」を投稿禁止にしてしまったら、逆に投稿者にとって大迷惑ということになりましょう。このことには少し説明が必要でしょうか。 *** 大雑把に説明しますと、HTMLで描画の形状(これを「スタイル」と呼びます)を決定する方法には、「インラインスタイル」と「CSS」の二種があります。インラインスタイルは、記事内のコードにスタイルを直接記述するもの。CSSは、外部に記述したスタイルシートをサイトに読み込ませるものです。 この投稿掲示板は、B-REVIEWのサーバーにアップロードされたCSSの指示に従ってこのサイトを描画しています。その掲示板の個別スレッドに、HTMLエディタを実装した場合、投稿者はだれもB-REVIEWのCSSを知らないわけですから、もちろんインラインスタイルが主流になるでしょう。 そしてインラインスタイルには、「記述できないこと」や「記述できないことはないが、コードがとんでもなく煩雑で、ひとつ間違えばサイト全体を破壊しかねないほど危険で、その危険な間違いにコードが煩雑だから気づきにくいもの」があるのです。この説明で、リスクの高さを想像していただけるでしょうか。 (もっとも、WordPress.orgのブログなどでは、「管理者が用意したスタイルを、投稿者がボタン一つで記述できるようにする」ことも可能です。これを実装すれば、上記のリスクは格段に下がるでしょう。その代わり、投稿者の「このスタイルとメディアクエリをCSSに加筆してくれ」といった要望に、技術スタッフが追われることになるでしょう。人材は資金より甚大なコストだと思いますから、わたしおすすめしないということです。) *** 投稿作品にリッチテキスト版を添える行為ですが、基本的には「投稿者本人がHTMLファイルを制作し、自サーバーにアップロードし、そのURLを記事に貼る行為」を想定しています。最も記述難度の高い方法ではありますが、本人のやりたいことを完全にやり遂げる方法はこれしかありませんから、やはり最善の方法を「基本」として推奨すべきなのではないでしょうか。 記述に自信のない投稿者には、ファイルのテンプレートなり外部CSSなりを配布する。HTMLファイルのアップロード先を持っていないのであれば、B-REVIEWのサーバーを提供する。これにFC2のHPを用いてはどうかと考えていました。(FC2はブログだけでなくHPも作成できます。) FC2のブログは、その配布用のテンプレート/外部CSSを開発したり、その開発の実験も兼ねて展示・批評をおこなうための、「開発者しか入れない実験場」として利用するのが妥当と考えていました。したがって、B-REVIEWが「選者以外の者による大賞受賞作以外の展示を催さない/批評に対して高度な環境を提供しない」のであれば、ブログには用途がないということになります。 わたしが提案している「展示」の定義は、記事内の説明通り、原理的に「選考」と無関係であり、かつ「批評」とも区別されるべき行為です。たとえば「選者が大賞受賞作のためにおこなう展示」は、選考の一端(B-REVIEWの企画)と考えられますから、わたしの提案はその行為に対して意味を持ちません。このあたりも意見書の陳述がぬるくて、誤解を招いてしまったようです。

竜野欠伸 (2017-08-04):

皆さま 発起人さま こんばんは。 私は、ここでは、ひとつの★提案★をすることのみが 煩雑な処理を軽減するものと考え、お伝えしようとしているのみです。 これらによって、現代詩それ自身の価値を守り提供するインフラ提案を社会的に実現できます。 インフラ提案それ自身は、難しいものではないと考えております。 ★提案★単純に有用な設計図面案(SNSサイトもしくはWEBサイト)を作成公開することのみです。 順を追ってメリット/デメリットを述べます。 〈メリット〉 ①これらにより、プロトタイプの設計図面を作成することできます。クラウドファンディング等での展開を検討されているようですが、 プロトタイプのコンセプトなり、考案そのものは、見える形としてあればあるほど、資金調達も有利になるでしょう。 (現代段階でもWEBサイト群B-reviewが形成する設計デザインは可視化はできます/なおEXCELデータでA41~3枚で記述可能です) ②サイトデザインそのものが、デザイン著作物として受理された段階で、 公的な著作物登録(実用新案登録、特許登録などはここでは想定しません) が可能になり(意外と役所も最初は丁寧に接してくれます) 受理されれば他所のビジネスファクターとより優位な接点を持つことができます。 ③設計を起案することについては、 のちの施工についての機能拡張や機能連携や機能再設計を容易にします。 これらによっては、設計を把握することに留まらず、 無駄な施工を省くことになりリスク回避が出来ます。 ④なおメインコンテンツである現代詩のコンテンツパッケージを商品化する足掛かりともなりえます。 ・澤さんの展開する展示機能の実証実験についても、より相対的な位置づけを把握することが出来ると考えます。 ⑤機能の施工について、より網羅的に実現性をもとめることができます。 ・施工の優先順位づけ、バグの処理についても、施工の確実さをもとめることができます。 ・現段階の方向性の修正や将来の追加機能実装についても、現実レベルで検討可能です。 ・私が提案できるのは、[・内容/機能]複式記法による設計図面の記述です。 ⑥設計図面公開においては、よりユーザビリティをもとめながら現代詩の作り手のニーズにある形で機能を説明できます。 ・A4/1~3枚で説明検討可能です。 ・この分野のコンテンツの場合、より民主的な設計図面検討がユーザビリティ向上につながり、有用な施工を検討する機会をつくります。 ・何よりユーザビリティの向上はサイトへの関心を育むものと考えます。 〈デメリット〉※文化庁HP参照 ・著作物登録費用は印紙代が3000円~9000円を貼り付けて登録することになるので 幾分実費が掛かるようです。(最近、私自身他件にて同様の登録をしておりましたので、この金額です)   

百均@B-REVIEW ON/ (2017-08-07):

澤さんへ 丁寧な返信ありがとうございます。 基本的には、澤さんから頂いた提案+返信の内容で実行していくのがいいのかなぁと、数日考えて思いました。 僕自身、B-REVIEWの運営にかかわっている以上、B-REVIEWの発展の為にまずは行動すべきだと思っている一方で、B-REVIEWから離れた活動をする事に対して、常に負い目みたいな物も感じざるを得ない側面があります。その観点からして、ある意味折衷案として澤さんから返信で頂いたお話にまずは僕が応えてみて、何か還元できそうな物があれば還元するという形に持って行った方がいいのかなと思いました。(いきなり大大的にやるのではなく、もしなんらかの形でいけそうになったら、提携なりなんなりするみたいに)   僕自身、過去投稿してくださった作品に対して、未だ何もできていない現状があるので、これを機会に僕がある意味本気でレスをつけたい作品(無論基本的に褒める方針のものを)に対して時間を割くのはいいかもしれません。(許可取りなども、逆に澤さんと一緒にやるという形の方が僕としてはとりやすいですし、その点安心して取り組めるような気がいたします) ただ、正直に言ってしまうと、掲示板もそうですが、色々と抱えている物があるので、もしかしたら無事参加できるまでに、いろいろと時間がかかってしまうかもしれません。(もうちょっと器用な人間だったよかったのですが、申し訳ないです。今うっすらと脳内をよぎっているのが卒論の存在ですね。それを並行で処理しながら、もう一本できるかどうか。。。卒論の題材はB-REVIEWに投稿された作品だったらよかったのですが! ) その点、色々と長い目で見て一緒にやっていけたらいいな、と個人的には思っています。 以降、この話をするのであれば、場所移した方がええですかね。。。 もしよろしければ、澤さんのブログの方でお話しの続き出来ればと思いますが、いかがでしょうか?

百均@B-REVIEW ON/ (2017-08-07):

竜野欠伸さんへ 丁寧な提案ありがとうございます。 サイトの設計図を公開するという事ですが、個人的にはそのようにしてB-REVIEWの全貌を公開する事によって、外部にサイトの改善点を説明して信頼/技術提供/協力者/資金を得るという考え方、手軽で面白いのではないかと思いました。ある意味正直なスタイルだからですね。それから、今後現代詩投稿サイトのフォーマットを作る際のベースとして使えるようにしてしまうというのも面白いと思いました。 ただ、問題なのは個人的にサイトを曲がりなりにも運営してきて、一番つくづく思うのは人間関係の難しさです。さっきまで見ず知らずだった人間同士が、掲示板上で作品を通じて交流する。というたったこれだけの事でもいいことも大変な事もたくさんありました。 そういう意味で、クローズにやっていくこと、少数のメンツで、インフラを地道に変えていくという事も決して悪くはない手段である…とも思います。サイトそのもののインフラを急速に高めていくのであれば、提案してくださった意見っていうのはおそらく効率が非常にいい手段であると思います。一方で、その分精神が抉られるくらいの徒労が重なるのではないか・・っていうのもあります。 ようは、設計図を提示した後のフィードバックの返し方の体制みたいな所ですかね。よりオーブンな方向に向かっていくという事は、それだけ応えなければいけない事も人も増えてくる。そこをいかに捌けるかっていうのが、割と大前提にあるようが気がしています。 僕としては、そういう観点から、色々メリットデメリットあるとは思います。ですが、その点これからもし発起人側でもし何かしらのアクションを起こす場合になった時には参考になる提案をいただいたと個人的には思っています。 丁寧な提案ありがとうございます。

渚鳥 (2017-08-19):

お早うございます。 本当に私はしかたない。何度も何度も、パスワードを忘れてしまいます。 その都度、名前を変えるのもイカンと思いますので、 パスワード再発行を、希望します。 無理でしょうか(-_-;)? 今ログインしているこの渚鳥sですが、これもまたパスワードを忘れているので、スマホ端末のログを削除したら、また使えなくなってしまいます(-_-;)

渚鳥 (2017-08-21):

只今、現在のパスワードとメールアドレスの照合をしました。毎度毎度…、お騒がせして申し訳ありませんでした。

survof (2017-08-27):

すでにログイン済みのブラウザ(パスワードを保存させている)ではログインした状態で使えているのですが、他のブラウザや他の端末で新規ログインしようとするとログインできません。パスワード再発行画面でユーザー名、メールアドレス、いずれを入力しても「登録されていないユーザー名・メールアドレスです」という趣旨のエラーメッセージが表示されます。何かの不具合でしょうか?ご確認のほど宜しくお願い致します。

survof (2017-08-27):

追記: ちなみにパスワードを保存されているブラウザは一度ログアウトしてもログインできます(http://breview.main.jp/keijiban/login.html)。ただ、こちらのブラウザでも他のログインページ(http://breview.main.jp/index/login/)ですと同様の問題が発生します。他のブラウザや端末から新規ログインしようとする場合はどちらの画面でも同じエラーが表示されます。

みうら (2017-08-27):

survofさん。ごめんなさい。回答が遅くなりました。survofさんが登録に使用されたメールアドレスをお知らせすることは可能です。しかし、設定されたパスワードは残念ながら運営でも簡単に調べることが出来ず。もし必要であれば、私のtwitterアカウント@kajitsumiuraへDMか、もしくは、私のメール:gogo.brev@gmail.comまでお手数ですが、お知らせいただければ、登録されたメールアドレスを回答致します。survofさんの登録が間違いなくされておりましたことは確認しました。

survof (2017-08-27):

ご対応頂きありがとうございます。ただいまgmail宛にメール致しました。ご確認のほど宜しくお願い致します。

田中修子 (2017-08-28):

前から気になっていたんですが、三点リーダーの使い方は基本的に×2なのですが、ネットでは、詩の中でも、批評でも、あまり基本的な使い方をされている方を目にしません。こちらのサイトでも「・・・」のものが多いですね。 少なくとも私は、個人紙でない有料の紙媒体では、×2以外の使い方をしているものはあまり見たことがありません。 (もちろん例外はありまして、割としっかりした文庫で「・・・・」使いのものを見かけて、「おっ珍しいな」とか思うことはあります。) こちらで×2の使い方以外をされている方に伺いたいんですが、みなさま脱構築であるとか現代文学への揶揄であるとか、あるいはスマートフォンから見る際の利便性などを配慮されて、基本の使い方以外で使われているんでしょうか?

渚鳥 (2017-08-28):

三点リーダの基本を知らなかったのと、 あとは好みの問題もありまして、 「三点リーダ+一字分の空白」で 「 …」とか、「… 」と使うのが自分のスタイルでしたが、それでは基本を無視していたのですね。 正しくは「……」と使うのでしょうか?? 参考になりました。

塚本一期 (2017-08-31):

すみません質問なのですが、もしかすると、私の投稿した「素直な言葉」という文章は、削除されたのでしょうか?

花緒 (2017-08-31):

http://breview.main.jp/keijiban/index.php?id=635 まさか!?削除していないですよ。私は好きな作品です。コメント入れた気がします。ご確認を。

天才詩人天才詩人 (2017-08-31):

たまにですが検索ウィンドウがうまく動かないバグが出るんですね。その場合はユーザー名のアイコンをクリックして作品やコメント一覧から行くようにしてみてください。よろしくお願いします。

田中修子 (2017-09-03):

>渚鳥 sさん ちょっと参考文献と言えるものが手元にないんですが、三点リーダでググったものです。 https://www.google.co.jp/search?q=%E4%B8%89%E7%82%B9%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%80ie=utf-8oe=utf-8client=firefox-bgfe_rd=crdcr=0ei=772rWZnCJ8rd8Afuh7KIDw 手元にある本を適当に選んで5冊ほど探してみましたが、一冊漫画本でスペースが足りなかったであろうところで「・・・」使いの他は、みな「・・・」×2でした。 「・・」×2は古めの文庫などでときおり見かけた気がします。 ネットの説明でも、基本的に「・・・」×2もしくは「・・」×2ですね。 私もえらそうなことは言えませんで、もともと小説家を目指していて、雑誌の編集さんをされていた方に落ちた原稿を個人的に見せてまず指摘されたのが、 「三点リーダの基本も知らないの? 本気じゃないんだね。まずそこで落とされるのは当たり前だよね」 ということで顔から火を噴いたのといままで何やってたんだろうってので、ははは。 ゲームやカラオケ、インターネット初期の接続ごとにお金がかかる、またtwitterなどで何文字以内に収めたいとかスマホからうつのが面倒だ、というようなスペースやデータ、あるいは使用する機器の問題で「・・・」単品というのが浸透・氾濫してしまったそうですが、ちょっと真面目に文字を書きたい、という人なら少なくとも作品上では「・・・」×2の基本はおさえるのは当たり前、ということだそうです。 これは小説とかエッセイの投稿時の基本作法です。 いまちょっと萩原朔太郎と立原道造の詩集を覗いてみましたが「・・・」×2使いですのでやはり古い詩であっても×2使いは基本のようです。 細かいんですけれども、こちらのサイトで勉強をされて紙媒体に応募され、内容はいいものの三点リーダの使い方が間違いであるというだけで落選ということになれば非常にもったいないな、と思いますので、 ・キュレーターさんになにか意図的なものがあるのだろうか ・単に作法の間違いであれば改めたほうがいいのではないだろうか という質問と指摘といったところです。 ま、誤字脱字詩の私がえらそうに言うんじゃない、っていう自戒もこめて。誤字脱字それだけでも落選しますので。

天才詩人天才詩人 (2017-09-03):

田中さん皆さんこんばんは。とくに強制するわけではないんですが、新サイトのフォーラムにスレッドを立てませんか?せっかく作ったのでぜひ! 上のリンクForumから入る→フォーラムページの右上ボタンよりユーザー登録

森田拓也森田拓也 (2017-09-04):

田中修子さん 天才詩人さん こんばんは。 フォーラムに拙いですが「三点リーダの使い方さまざま」という記事を勝手に作ってしまいました。 どうもすいません。 よろしくお願いします。

天才詩人天才詩人 (2017-09-04):

トピックを立てていただきどうもありがとうございます。じゃんじゃん使ってください。 また、なるべく掲示板と同じか、当人と認識できるハンドル名にしていただくと運営側としてはとても助かります。 こんごともよろしくお願いします!

fiorina (2017-12-14):

おもうこと。 ①若い頃、詩誌の投稿欄に投稿してた頃、他の方の選に頼るのは、書き始めて数年だよ、と言われました。その後は自分ひとりで作品と立て!、と。 bれび杯は活気があって、この場所がいろいろな点で好きなので、この通りを徘徊したいと思うのですが、投稿の際にbれび杯不参加表明ができるか、そういう人たちのための第2掲示板があるといいな、とおもいます。

fiorina (2017-12-14):

②コメントをつけたり、詩を全作読んで、現代といううねりを感じだすと、(時間的に追い込まれるが、)また詩を読むのが一層面白くなり、という狂喜の循環に入る。 が、ネット詩板には時々地雷が埋まっているので、つい摘まみ読みになったりするが。 (すると、やっぱりあんまり面白くない。) 理想(詩)を胸に秘めての精神的血まみれ状態は、何年かすると勲章になる。誰もがくれなくともが、自分から自分への。

fiorina (2017-12-14):

③もったいない、と思う。 ツイッターが本ページで、bれびが出先機関になっている場合が多い。 繋がってさえいない場合も。 ここにいてbレビに関するすべてが読め、リンクしながら他の場所に広がっていく、たしか韓国のメイン空港みたいにならないとだめな気がする。

なつおなつお (2017-12-14):

はじめまして。 議論百出の中、ポツンと自己紹介させていただきます。 なつおです。 コツコツぼちぼち投稿させていただきたいと思います。 よろしくお願いします。

大熊あれい (2017-12-14):

私も、今晩はじめて投稿させていただきました。 Bレビのツイッターたまに読みますが、新参者としては恥ずかしながらあまり状況がつかめておりません。 しばらくの間は、様子を見るだけにとどめようかと思いましたが、なんとなく投稿したくなり、詩を載せてみました。 今まで、作品を投稿するということだけを漠然と考えていましたが、発言するということについて、正直ろくに考えたことがありませんでした、後者の方がより一層難しいものですね。 ふつつか者ですがよろしくお願いいたします。

みうら (2017-12-14):

fiorinaさん ご意見有難う御座います。BーREVサイトを言論も含めたメインの場として、twitter等の外のSNSへと展開するハブ空港的なこと、よく解ります。じつは、次回工事の予定に当初、「掲示板上の全コメントが、twitter上でツィートすると、それがそのまま掲示板上のコメント欄へ表示される」という完全twitterとのリンク型の実装をエンジニアと相談しておりました。ところが、費用がとても高額な為、断念した次第でして。fiorinaさんが感じておられること、私も同様に感じておりました。「掲示板では閑古鳥が鳴いて、一方twitterでは盛んに議論がされている状態」これについて、もっと打ち明けますと、「発起人同士、キュレーター同士の作品選評の議論はtwitterのDMチャットにて白熱しているのに、twitter上の参加者が居る「表」ではまったくB-REVのBの字も出ていない、話題にもまったくされていない状態が数ヶ月続いておりました。掲示板もまた同じく淋しい状況でした。そこで、とりあえず、三浦が即実行出来ることとしてtwitterの公式アカウントにて、現在のような少し白熱感を生みだそうとしておる次第です。長々とすみません。fiorinaさんの御意見はとてもタイムリーなことで、今後更に掲示板が言論の場としても多くの方が楽しめるよう努めてまいります!

みうら (2017-12-14):

なつおさん 初投稿有難うございます!後ほどコメント入れさせていただきます!

みうら (2017-12-14):

大熊あれいさん ご参加いただきまして誠に有難う御座います!私もコメントを書き込んだり、そもそもの作品への自分の感想などを文言にまとめること自体が大変苦手です。でも、他者の作品を少し読んでみただけで、自分の作品へ活かせることがありますね。私、この一年間で体感しました。今後とも宜しくお願い申し上げます!

fiorina (2017-12-15):

提案です。 毎月の投稿作品が100くらいあるとすると、10人ほどの積極的コメント用員を自薦他薦で募り、 明示してはいかがでしょうか。 コメントが素晴らしい方がたくさんいますので、すぐ集まると思います。 その中であえて割り振り、すべての作品に最低1コメントは付く状態を確保しておくことで、 キュレーターの方々が全作にコメントをつけるという過酷な状況から、 自由になっていただけるかと。 bレビュウ杯の選考も選評も、そういう心身の自由さのなかで、活き活きと楽しくやっていただきたいなと思います。 ちなみにもしこの方法が採用されれば、最低10作品の(自分の苦手とする作品も含め)コメンテーターとして、 立候補したいと思います。 なお、不採用の場合も、今月から10作以上を目安に自分の嗜好を離れて、詩のよみを試みたいと思います。 すでにそれを黙々と実践されている方々もいるようですので、老婆心でしたらごめんなさい。

夏生夏生 (2017-12-15):

いつもお世話になっております。今年はb-reviewに参加させて頂いて、とてもうれしく、有意義な年となりました。 運営、選評者皆様の尽力に感謝の気持ちでいっぱいでございます。 様々な形、提案、試みでこのサイトが成長していく様子が見えて、素晴らしいと思うと同時に、自分は投稿するだけで精一杯という情けなさを 申し訳なく思っております。 新しい選評も仕方もとても興味深く拝見しております。詩作との対峙の仕方、捉え方は書き手の数だけあると思います。 満場一致、というのは不可能に近いでしょう。それでもやってみよう、とする心意気がこのサイトにエネルギーを もたらしていると思います。(生意気言ってすみません…) これからも何卒よろしくお願い致します。

花緒 (2017-12-15):

fiorinaさん 提案有難う御座います。ただいま、ビーレビの大幅システム更改に向けた取り組みを進めています。それに合わせて、色々と体制を整備していきたいと考えています。サポートユーザーというようなシステムですよね。そのエッセンスを取り入れていきたいと思いました。有難う御座います。

花緒 (2017-12-15):

夏生さん 嬉しいお言葉有難う御座います!今後ともよろしくお願いします。

fiorina (2018-02-17):

*スタッフの方へ B-REVIEW 杯および選評がどこに書いてあるか、最初とても探しました。 (私だけかもしれませんが・・・。) ENTRANCEの目次でブログとなっているところを、 【B-REVIEW 杯】と直截的な表現にしたらと思うのですが。 選評が素晴らしいので、新しく訪れた方にも読んでほしいですし。

花緒 (2018-02-17):

有難うございます。実は今サイト大改造工事をやっておりまして、その工事の方に、おっしゃっていただいた点を反映させることができたら、と思います。今後ともよろしくお願い致します。

カオティクルConverge!!貴音さんカオティクルConverge!!貴音さん (2018-02-20):

あのぅ…もしよかったら2月の書いてみたんで、心優しい方がいたら反応欲しいです… 2作とも私のだけないと、ちょっと辛いです… 迷惑なのかなとか色々考えちゃうのです。

kaz. (2018-02-25):

すみません! 来月に投稿する予定の作品ですが、英語や中国語のピンインなどを入れた関係などもありどう頑張っても3000字を超えてしまうのですが(4000字近くありました)、ガイドラインに沿わないのを承知ですが、投稿させて頂くことはできないでしょうか。色々記号を使っている関係上、ここぐらいしか投稿先がないのです。 もちろん、ガイドラインに反していることは承知しておりますゆえ、ペナルティはなんなりと覚悟しております。どうかご検討のほどよろしくお願いします!

花緒 (2018-02-26):

その場合は二つに分けて投稿すればいいのではないでしょうか。それだとダメな理由があるのですか? 取り急ぎ。

fiorina (2018-03-02):

bレビュウで私信のやり取りはできますか? さきほど試験的に、自分から自分に私信を出したのですが、 よむことができません。 私信が届いたとき、どこに表示されますでしょうか。 お忙しい中もうしわけありませんが、よろしくお願い致します。

花緒 (2018-03-02):

私信はまだできないはずです。コメント欄を使っていただければと存じます。取り急ぎ。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-03-02):

私のところにnoresponse@breview.main.jpからメール来ましたよ 「薔薇の夜話2018」のやつですよね ただアドレスがアドレスなので返信ができませんでした。 550 relaying denied by recipient not exist of check_relay_rcpt plugin って理由らしい。リモートサーバーが正しく設定されてないとか。結局送信オンリーってこと。文面に返信用アドレスとか載せないとですね。 あとこれ書いてて思ったのは、コメント入力欄の文字大きいですね。一列12文字しか入らない。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-03-02):

加え、ちょっと流石にコメント増えてスクロールきついのでスペースpart2作ってほしいです

花緒 (2018-03-02):

了解です。ではスペースパート2を作りますので、以降、こちらのスペースは凍結致します。


<<発起人からの告知/連絡>>   

花緒 
作成日時 2017-02-20
コメント日時 2017-12-10

 

このスペースが上位に上がってきたときはコメント欄を要チェックで御座います。発起人のみ書き込めます。ご意見は雑談スペースへ。


コメント欄を表示する (22)
花緒 (2017-02-20):

B-REVIEWERの皆様、ご参加、有難うございます。2月8日の開業から未だ2週間も経過してはいないのに、この盛況ぶり。発起人一同、子供返りしたかの如く、興奮仕切りで御座います。ご参加頂いている皆様方には、厚く厚く御礼を申し上げます。 さて、B−REVIEWは目下の飛ぶ鳥を落とす勢いを踏まえ、下記の通り、2点の連絡を差し上げます。

花緒 (2017-02-20):

<1>B−REVIEW、審査やめるってよ。      はい。標題のとおり、わたしたちは、投稿作を「審査」することを放棄します。ご記憶に新しいとおり、わたしたちは投稿作を、A(優良作)、B(次点佳作)、C(凡作)、D(駄作)にランク分けし、選考を行う、などと不遜極まりないポリシーを掲げておりました。しかし、開業以降、気合の入った投稿作の数々に、わたしたちごときが「審査」するなど、如何に失礼で思い上がった行為であるか、開眼させられました。また、発起人/参加者の垣根を超えて、ともに現代詩投稿メディアを育成するという方針のもと、皆様からの力添えを頂いているB-REVIEWに、「審査」なる上から目線の概念を導入したくない、そんな風にも考えました。            もっとも、せっかく投稿していただいた皆様の労作を、「投稿しただけ」に止めるのは忍びない。わたしたちは、「審査」ではなく、「キュレーション」と言い方を変え、この場に投稿していただいた作の中から、わたしたちの手で、世に推しだしていけそうな作を選び、B−REVIEW推薦作として、HP上および関係メディアに展示する方針に変更いたしたく存じます。加えて、現段階では、推薦には及ばないが、今後もキュレーターとして推していきたい作を、B-REVIEW応援作として、HP上で公表することに致しました。なお、引き続き、「審査員」もとい「キュレーター」は、天才詩人およびコーリャの2名で担当致します。      B−REVIEW推薦作は、HP上で公表するにとどめません。現状、①発起人の三浦果実氏が運営しているBORDER-0での展示(http://border-0.org/#pagetop、←PCでご覧ください)、②投稿者kaz.氏がKindleなどで配信予定のオンライン文芸誌「ちゃかシズム」での展示、を検討しております。      また、これ以外にも、鋭意、営業活動を進めており、今後、文芸誌、ネットメディアを含め、展示場所が増える可能性も濃厚です。わたしたちのポリシーとして、ネット詩に投稿することが、なにかしら希望を感じられる営為であってほしい、B−REVIEWを、皆様の作品と世界とを繋ぐ展覧会/美術館のようなものにしていきたい、とのビジョンがあります。こうした理念のもと、審査員/投稿者という非対称の閉じた関係性の中での戯れに止まるのではなく、作品を制作するアーティストと作品を世に出すお手伝いをさせていただくキュレーターという役割分担に基づくフラットな関係性のもとで、皆様の作品ひいては現代詩/クリエティブライティングを世に知らしめる活動をいたしたく考えております。      何分、はじまったばかりの投稿メディアということもあり、基本的なポリシーすら二転三転しておりますが、状況を踏まえつつ、柔軟に展開していくのがB-REVIEWの面白みと受け取って頂けますと幸甚です。             なお、推薦作、応援作は3月中旬を目処に公表します。また、現行、天才詩人、コーリャが時折、合評欄に舞い降りて、コメントを付させて頂いておりますが、コメントのあった作品は、B−REVIEW推薦作またはB-REVIEW応援作とさせて頂く可能性が高いものとお考えください。また推薦作/応援作の括りを超えて、何がしかの特別賞などを設けさせて頂く可能性もあります。なお、キュレーターに対して、なぜこの作品を展示しないのか、あるいは、なぜこの作品を展示するのか等々、皆様の側からの突っ込み、批判、推薦、大歓迎です。それでは、引き続き、第1回B−REVIEW杯をお楽しみくださいませ。

花緒 (2017-02-20):

<2>第2回B−REVIEW杯、はじまるってよ。      第1回B-REVIEW杯、大盛況であることを踏まえ、この勢いを持続させるべく、間髪入れず、第2回B-REVIEW杯をはじめます。期間は3月1日から末日までの1ヶ月間。投稿作は1人2作まで。現状、キュレーターは天才詩人、コーリャの2名で行う予定ですが、ゲストキュレーター、追加キュレーターなどの交渉も鋭意、進める予定であり、キュレーターの顔ぶれは変わり得るものとご理解ください。こちらも第1回B-REVIEW杯と同様、推薦作/応援作というかたちで、投稿作をキュレーションしていきたいと考えております。             なお、第1回B−REVIEW杯では、一人一作とさせて頂いておりましたが、もしストックにゆとりのある方で、かつ、2月20日現在、「既に投稿を頂いている方に限りましては」、もう一作、2月中に投稿を頂いてもかまいません。第1回B-REVIEW杯、投稿作として受付けます。もっとも、ストックが十分ないのであれば、できれば3月入り後に投稿頂きたいようには思います。わたしたちは始まったばかりのネット詩メディアゆえ、2月より、3月、3月より4月、というふうに、インフラや展示環境が整備されていくはずです。焦って投稿頂く必要はないかと存じます。なお、投稿作については、投稿を平準化し、合評を活発化させる観点から、1作投稿してから1週間程度空けてから、投稿頂くことを推奨させて頂きます。また、投稿いただいた方には、積極的に合評に参加頂きますことをお願い申し上げます。それでは、引き続き、B-REVIEWをお楽しみくださいませ!ともに、新しいメディアを創り上げていきましょう!

ユーカラユーカラ (2017-02-21):

2月中にもう一作!! 投稿時にどれにするかかなり迷いましたので、嬉しく拝読致しました。再度お世話になるかと思いますが、よろしくお願い致します。

花緒 (2017-02-21):

>ユーカラ様 ①本スペースは情報が混ざらないように、発起人だけ書き込めることにしたいと思っておりますので、後で、コメント適宜削除させて頂きますね。ごめんなさい。 ②2月中にもう1作投稿できるのは、20日現在、既に投稿した人なので、ユーカラさんはギリ該当しない気がします。できれば、3月入り後、2作投稿頂きたいです。ごめんなさい。  

コーリャコーリャ (2017-03-01):

こんにちは、コーリャです。 第1回 B-REVIEW杯 みなさんご参加ありがとうございました! つきましては、第1回であつまった作品のキュレーションの流れを、ご挨拶を兼ねて録音したのできいていただけたら幸いです。 https://drive.google.com/open?id=0By5ApAaED3A5YzVEazNnNHF6dDA 第1回が始まったこの一ヶ月間、想像以上の賑わいで、多くのすぐれた作品や、実のある対話が実現しています。 みなさんのご参加のおかげで、これだけ豊かな場所が作られたことを、スタートアップのメンバーの1人としてたいへん嬉しく思います。 そして 第2回 B-REVIEW杯 もう始まってます! 今回も一ヶ月間、おひとり様2作品まで投稿していただけます。 傑作、待ってます。 豊かなコラボレーション、待ってます。 そしてあなたの詩が、言葉が、あなた自身の世界を突破するような瞬間、待ってます。 そういうもののためにB-REVIEWはあります。 ぜひ奮ってご参加ください :)

百均@B-REVIEW ON/ (2017-03-12):

第二回B-REVIEW杯の要項のURLはこちらになっております。投稿の関係で不安になられた方がおられましたら、ご確認頂ければ幸いです。 https://bungokureview.wordpress.com/2017/02/20/%E7%AC%AC%EF%BC%91%E5%9B%9Eb-review%E6%9D%AF%E3%80%8C%E5%AF%A9%E6%9F%BB%E3%80%8D%E6%96%B9%E9%87%9D%E3%81%A8%E7%AC%AC%EF%BC%92%E5%9B%9Eb-review%E6%9D%AF%E3%81%AE%E9%96%8B%E5%82%AC%E6%B1%BA%E5%AE%9A/ 投稿者の皆さんは ・一人二作まで投稿OK  という規約を守って頂ければ基本的にはOKです。レスを書かないと参加できないとかそういうのもありませんので、感想書くのが苦手な方や、逆に感想書くのが超得意な方大募集中です。(感想書いても意味ないじゃん、という方の為に色々考えている事もありますのでお楽しみに!)皆さんの好きなスタイルでB-REVIEWを応援して頂ければ幸いです。それでは皆さん今後共々B-REVIEWを宜しくお願いいたします。

花緒 (2017-03-20):

皆様、B-REVIEWに参加頂き有難う御座います。第1回B-REVIEWの各賞の結果を発表させて頂きます。 下記のブログをチェックして下さい。https://bungokureview.wordpress.com/ 今回のB-REVIEWの各推薦作については、世に広く訴えかけることができるよう、ネット文芸誌チャかシズムでの掲載に向けて、話を進めております。 なお、B-REVIEWでは推薦作について、チャかシズムを含め、多方面に掲載を依頼していくつもりです。B-REVIEW内外の掲載について、著作権は作者にあり、B-REVIEWおよび掲載先には、著作権は移転しないものとします。 チャかシズムに掲載頂けるようになった場合ですが、金銭の授受は一切発生せず、作者に著作権料をお支払うことが出来ませんが、ご了承ください。また、チャかシズムでの掲載作は現状、調整中ですが、今回の推薦作の作者で、かつ掲載して欲しくない、という考えの方は適宜の方法で、発起人までご連絡下さい。基本的には、「キュレーション」を標榜するB-REVIEWに投稿して下さったということは、展示活動にも合意して下さったものとみなして、展示作業を進めさせて頂きます。ご理解のほど、よろしくお願い致します。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-03-23):

皆さんおはようございます。百均です。 二月から色々掲示板の運営に携わってみて、考えた事、感謝したいこと、そういうもの含めて、皆さんにお願いしたいことを、説教になってしまっているのですが、フランクに「掲示板を利用するにあたって」的な注意書きを書いてみました。良かったらご笑覧ください。 https://bungokureview.wordpress.com/2017/03/22/%E3%81%B3%E3%83%BC%E3%82%8C%E3%81%B3%E3%82%92%E3%82%8A%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%AB%E3%81%82%E3%81%9F%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%AE%E3%81%86%E3%82%93%E3%81%AC%E3%82%93%E3%81%8B%E3%82%93/ 掲示板でトラブルが起きたり、起きそうになったら上の文章を読んでください。それでどうにもならないときは発起人に相談ください。 今の掲示板の状態が、僕は好きなので、一種の保険みたいな感じで捉えていただければ幸いです。 今後共、B-REVIEWを宜しくお願いします。 いい意味でゆるく肩の力を抜いて皆さんとこの場を運営していきましょう。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-03-26):

https://bungokureview.wordpress.com/2017/03/25/4%E6%9C%88%E3%81%AEb-review%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%EF%BC%81/ 「4月のB-REVIEWについて!」 という事で記事を一本書きました。お時間のあるときに読んで下さればと思います。具体的には以下三つの事を予定しております。 ①まりもさん、もとこさんを新しいキュレーターに! ②雑談板の開設 ③選考スキームを、各キュレーターが約10作を選び、その中から、厳正なる協議により、推薦作を選ぶ方針でやっていきます。 細かい内容に関してはURL先の記事をご覧ください。今後共B-REVIEWを宜しくお願いします!

花緒 (2017-04-07):

2月のB-REVIEW杯の推薦作の幾篇かにつきましては、先日、ご案内さしあげたように、ネット詩誌チャかシズムにて、掲載をさせていただく予定です。なお掲載作の作者は以下のとおり。もし掲載を控えてほしいといった要望が万一あれば、早めにご連絡ください。 桐ヶ谷忍、双葉月ありあ、fujisaki fujisaki、泥棒、奏熊ととと、るるりら、まりも、きらるび、migikata (敬称略) なお、本件に限らず、B-REVIEWにおいては、推薦作の他所での展示活動により、ネット詩の地位向上、読者獲得に向けた活動を進めてまいります。展示については、原則として、著作権の移動、金銭の授受は発生しません。B-REVIEWに投稿いただいた場合、展示活動に同意くださっているものとみなして、作業を進めていきますので、ご理解のほどよろしくお願い致します。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-04-08):

B-REVIEWオンライン投票制度やっております。3月4月の作品の、好きなやーつを投票できるシステムとなっております。まだまだ改善の余地が沢山あるのですが、そういうのも含めてやっていけたらと思っています。ここ使って選考もやっていく感じになるかもしれないし、ならないかもしれないのですが、色々使って下さるとありがたいです。 https://docs.google.com/spreadsheets/d/1wrG69tVWsHrGPZUYNNjw0kjPMYA5sdzoK0E9uP9etr0/edit?usp=sharing それから雑談板も仮に設置してみました。FC2の安い物を使っているので、色々見にくい仕様になっているのですが、ガンガン書き込んでくれるとありがたいです。僕としては色々アイデアを出してくれた方の企画は実現していきたいと思っています。 http://b-reviewhyakkinn.bbs.fc2.com/ それから、僕とコラボツイキャスでB-REVIEWの参加者の方とタッグを組んで何かやってみようかなと画策中です。毎週土曜日の夜にそういう感じでちょっと番組を作っていけたらいいなと思っています。ご期待下さい。 それから、掲示板のマスタールールなんかもいい加減作りたいと思っています。今の所月二回投稿や、編集回数や再駆除の限度など、明文化を避けていたのですが、目安として設置したほうがいい加減いいのかなと思っています。僕が設置した掲示板でも、もしくはここの下に沈んでるスレのどこかで、意見のある方は書いてくれるとありがたいです。色々と参考にしたく思います。 そんな感じで四月のB-REVIEWちょっとずつ動かしていきます。僕もコミュ症で中々動きがニブチンな人間ではありますが、とにかく参加者皆さんと交流しながら、掲示板を動かしていきたいと思っています。その結果として何かしらの未来が立ち上がってくるものだと信じて。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-04-14):

告知です。 B-REVIEW二月期の作品の中から、幾つか出張掲載しております。 チャかシズム Vol.2: B-REVIEW特集号 詩誌チャかシズム 矢田和啓 https://www.amazon.co.jp/dp/B06Y4R2BDG/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_Dig8ybGC65FGQ ◆巻頭詩 矢田和啓 ◆B-REVIEW作品選 桐ヶ谷忍、双葉月ありあ、fujisaki fujisaki、泥棒、奏熊ととと、るるりら、まりも、きらるび、migikata ◆鼎談 B-REVIEW発起人花緒ウキフイタ&詩人矢田和啓&裏庭文庫佐藤学 ◆私のお気に入り——音楽的断章——続編 矢田和啓 ◆あとがき ****** 作品の内容については、僕も一回読ませていただいたのですが、中々面白い物になっていると思います。掲示板に投稿された数多の作品、それに加えて沢山寄せられたレスの中からそれぞれ1:1の組み合わせてセレクトされた珠玉の作品&レスをいわばダイジェスト的に眺める事ができます。僕らがここでやってきた事の小さな縮図、もとい、僕らが目指すべき地平の片鱗、あるいは一面が矢田さんの編集によって表現されていると思っています。 掲示板の作品URLへのリンクが仕込まれているので、そこから掲示板に遡って作品を読み直す事も可能です。今からコメントを書き込んでくださっても全然OKですので、そういったきっかけなどにも繋がればいいなと思っています。 ****** 我がB-REVIEWの立ち上げ当時から皆を先導してきた花緒を交えた鼎談も必見です。B-REVIEWの裏側は結構仲良くやっていた訳ではなく、それなりにバチバチやり合いながらここまできた感じみたいなのがよくわかります。 お試し版については「チャかシズム」を発行されている、裏庭文庫さん(http://uraniwa.ciao.jp/)の方で公開されております。続きが読みたい!と思ったら購入して続きをご覧ください。250円といえばサンデー一冊よりも安いですよ~。また中庭文庫の方にも沢山面白いコンテンツがありますので、良かったら読んでみてください! 「ネット詩―文学極道とB-REVIEW―1」花緒ウキフイタ×矢田和啓 聞き手:中野学  http://uraniwa.ciao.jp/?p=166 ****** その後にある、矢田さんによる(ここではkaz.さんです!)音楽的断章、続編も読んでて面白いです。 私のお気に入り: 音楽的断章 矢田和啓 https://www.amazon.co.jp/dp/B01NB0RWXB/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_hrg8ybPF2AAZ5 この続編なのですが、そういうのを意識せず、記事単体で読んでいても面白い内容になっています。電子書籍ならではの仕組みとしてネット上に挙げられた映像作品、あるいはブログを参照しながらの読書が可能になっております。 **** そんな感じで紹介は以上となります。 見本を頂いて読み始めたら止まらなく、珍しく最後まで読んでしまいました。(僕は面白いと思った物じゃないと最後まであんまり読めないタイプです・・・当たり前か!) こんな感じで皆さんから託された作品を、こうして色々なところに掲載していきたいと思っています。 僕は、ここに投稿してくださった皆さんがこれからも書きづつけて欲しいと思っています。その為に必要な物か、読み手なのか発表する場所なのか、書き手の欲しい読みなのか、活動資金なのか、効率的であるのか、様々だと思いますが、そのアシストを展示や出張掲載など、もしくは作品を紹介していく事によって手助けしていけたらと思っています。 ですので、皆さんの優れた傑作(色々な意味で)をこれからもお待ちしています。なんだかんだいって僕らは受けた感動を返す為に動いていますから。それでは、皆さん「チャかしずむ」宜しくお願いします!

花緒 (2017-04-21):

3月分のキュレーション選考結果を公表いたします。皆様、ご参加ありがとうございます。引き続き、B-REVIEWをお楽しみくださいませ! https://bungokureview.wordpress.com/2017/04/20/%EF%BC%93%E6%9C%88%E5%88%86%E5%A4%A7%E8%B3%9E%E5%84%AA%E8%89%AF%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E6%8E%A8%E8%96%A6%E4%BD%9C%E5%93%81/

もとこもとこ (2017-04-25):

上げます。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-06-20):

B-REVIEW 2017-04 選評・前編(https://bungokureview.wordpress.com/2017/06/15/b-review%E3%80%802017-04%E3%80%80%E9%81%B8%E8%A9%95/) B-REVIEW 2017-04 選評・後編+特別編(https://bungokureview.wordpress.com/2017/06/17/b-review%E3%80%802017-04%E3%80%80%E9%81%B8%E8%A9%95%E3%83%BB%E5%BE%8C%E7%B7%A8%EF%BC%8B%E7%89%B9%E5%88%A5%E7%B7%A8/) 公開しました。是非ご一読いただければ、とおもっています。 五月の選考も佳境に入ってきています。 皆さん、よろしくお願いします。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-08-09):

皆さんこんばんわ百均です。 breview2017.06月の選評、明日の12時に公開いたしますのでチェケラ宜しくおねがいします。 7月の選考も始まっておりますのでもう少しお待ち下さい。 それでは明日をお楽しみに! 連日雨は降るわ眩しいわ暑いわで大変だと思いますが、バテないように生きていきましょう。

花緒 (2017-08-13):

一行詩の投稿が妙に増えて来たので、下記のような扱いを致したく。 冷やかしで一行詩を投稿する動きが広がらないよう、一行詩を投稿する者は、ガイドラインを読み、自身のツイッターアカウントを発起人に教え、身元が明らかになるようにしてください。また、合評欄にも積極的に参加し、この場に資するような活動をしてください。この条件が満たされなければ、投稿作は削除させて頂きます。以上。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-08-30):

皆さんこんばんわ 百均です。 7月の選評会議の模様が公開されましたので、 リンク貼ります。ご高覧頂ければ幸いです B-REVIEW 2017-07 選評・前編 https://bungokureview.wordpress.com/2017/08/30/b-review%e3%80%802017-07%e3%80%80%e9%81%b8%e8%a9%95%e3%83%bb%e5%89%8d%e7%b7%a8/ 後編は明日のお昼に公開予定です。 今度はちゃんと公開されるはずです。。。選評を待ち望んでいる皆様方には毎回僕の不手際で迷惑をかけており、本当に申し訳ないです。 感想や意見などあると思いますが、 #breview #breview選評 などのタグをつけて呟いていただけると、色々意見の共有などしやすいのかなぁと思います。 宜しくお願いいたします。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-08-30):

また、 別件ですが、 (仮)フォーラムの方に百均の感想依頼スレッドを立ち上げました。 あなたの詩を真剣に読みます(http://b-reviewhyakkinn.bbs.fc2.com/?act=replytid=12315295) 今まで真剣に読んでこなかった訳ではないですし、まぁ、今更なんやねんみたいな所はあると思いますが。簡単に言うと、ネット詩界隈から疎遠だった時に、小説の感想を書くスレッドを運営した事がありまして、そのスタイルっていうだけです。僕の原点の形っていう感じですかね。 色々思う事もあり、なんか色々抱えてしまって失敗しそうな気もするのですが、てめぇの感想もらってやんよ。みたいなスタンスでもなんでもいいので、気軽に利用して頂ければと思います。なるべく期待に応えられるようなコメントをガチで書こうと思います。

天才詩人天才詩人 (2017-09-21):

■重要■ #ビーレビ へのご参加ありがとうございます! 来10月から #breview 投稿作品を一作3000字以下に限定する案を検討しています。超過作品は前編と後編に分割する等で対応していただくことになりそうです。ひとまずご意見をお寄せください。 https://twitter.com/breview_jp/status/910838576274923520

百均@B-REVIEW ON/ (2017-12-10):

10月の選評公開になりました。宜しくお願いいたします。 「breview2017.10 選評会議 part1(大賞合議編)」 https://www.breview.org/single-post/2017/12/10/breview201710-%E9%81%B8%E8%A9%95%E4%BC%9A%E8%AD%B0-part%EF%BC%91%EF%BC%88%E5%A4%A7%E8%B3%9E%E5%90%88%E8%AD%B0%E7%B7%A8%EF%BC%89 … 「breview2017.10 選評会議 part2 個別選評(優良編)」https://www.breview.org/single-post/2017/12/10/breview201710-%E9%81%B8%E8%A9%95%E4%BC%9A%E8%AD%B0-part%EF%BC%92-%E5%80%8B%E5%88%A5%E9%81%B8%E8%A9%95%EF%BC%88%E5%84%AA%E8%89%AF%E7%B7%A8%EF%BC%89 … 「breview2017.10 選評会議 part3(推薦編)」 https://www.breview.org/single-post/2017/12/10/breview201710-%E9%81%B8%E8%A9%95%E4%BC%9A%E8%AD%B0-part%EF%BC%93%EF%BC%88%E6%8E%A8%E8%96%A6%E7%B7%A8%EF%BC%89 … 


B-REVIEW /ON   

百均@B-REVIEW ON/ 
作成日時 2017-02-15
コメント日時 2017-06-20

 

B-REVIEWの録音のまとめです。 告知、音声を使った催し、サブコンテンツなどの情報をお知らせします。


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百均@B-REVIEW ON/ (2017-02-15):

皆さんこんにちは! B-REVIEW始まってから早くも一週間経とうとしていますが、いかがお過ごしでございますでしょうか。 以前から少しずつ告知はしていたのですが、明確にはお伝えしていなかった、ラジオ放送の日程などについて、ここで告知していきたいと思います。 尚、これは個人的な野望なんですけれども、B-REVIEW上で音声によるレス付けが出来るような感じにもしていきたいと思います。 ついでに言うのであれば、詩の朗読、YouTube上にB-REVIEWチャンネルを設けたりなど、色々考えていますが、色々人員も足りていないのでここでそういう事も相談出来ればいいかなと思っています。 さらにいうと、参加者の皆さんでツイキャスなりニコ生なり、音声でレス付けていきたい方がいらしたら、ここにURLを張るなり、宣伝なりして頂いて構いません。色々な方法で色々な発信をしていけるように頑張りましょう。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-02-15):

今から掲示板を見つつ適当にコメントを考える放送します。垂れ流しみたいなもんですけどね。毎日二時間くらい出来たらいいかなと思っています。時間があったら聞いてください。録音も需要はないと思いますが公開します。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-02-16):

今日も午後10時くらいから放送します。 今回はあれかな、作品の削除とかについての簡単な連絡などしていきます。大した内容ではないので、聞きたい人はどうぞという感じです。 マナーガイドライン:運営のお知らせ的な所にも同様の内容は貼るつもりです。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-04-14):

4/15日(土)午後10時から大体一時間くらいB-REVIEWで活躍されている、なかたつさんとリアルタイムで掲示板の詩を読んでいく会をツイキャス上にて行います。乞うご期待です! 内容といたしましては、まず掲示板を開き、上にある詩からガンガン朗読しつつ、その場で作品を読んでいきます。多分お互い初見の状態でガッツリ読んでいくスタイルです。詩の読み方が分かんないという方には是非聞いてもらいたいなぁと思っています。肩の力を抜きつつ、フランクに詩を読んでいきながら、いつのまにか詩にのめり込んでいるような時間に出来たらと思っています。 また、百均の方で何人かの参加者の方に声をかけておりまして、一緒にツイキャスやらないかとかなんとか言っています。毎週土曜日or日曜日の午後10時から放送出来たらいいかなぁと思っていますので、これからの番組作りにもご期待ください。細かい告知などは、雑談掲示板の方で気軽に出来るようになったらなぁと勝手に思っていますが、まだですので、頻繁に上げないよう配慮しながらここに告知していけたらと思っています。 なんというか、コラボ放送に限ってここで告知する感じがいいかもしれないですね! 細かい告知については、雑談板が出来るまでは(仮)reviewhyakkinn.bbs.fc2.comの方に掲示していこうかなと思いますが、めんどくさくなってやらなくなるかもしれません。そこら辺のシステムのつくり方もちょっと考えていく必要がありますね。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-04-14):

http://b-reviewhyakkinn.bbs.fc2.com/  URL間違えましたこちらでございます。申し訳ございません

百均@B-REVIEW ON/ (2017-06-20):

なかたつさんとラジオで毎週土曜日、午後10時、一回、掲示板の作品をひらすら読みまくるラジオをやっています。 http://twitcasting.tv/bungoku_was/show/ ↑ 上の履歴から放送が見れます。 毎回二時間できる所まで読み込むスタイルでやっています。書いてある事を愚直にどこまでも時間の範囲内で読んでいくので、中々聴いている側も大変だとおもいますが、やっている側も毎回必死なラジオです。作品と作者に揉まれながら、それに加えてB-REVIEWの精神であるマナーという名の元、ひらすらに誠実に作品を読んでいます。 リクエストなどは雑談掲示板などからお願いします。 また演者も募集しています。 先々々週はひいらぎさん、先々週は白犬さんをお招きしてたっぷり二時間、作品と作者の話を伺いました。 出演料などは一切でませんが、出て頂けるのであれば二時間ゲストで出てくれた方の作品の話しかしないという特典がついてまいります。 ツイキャスができる環境の方で、B-REVIEWに二作品以上作品を投稿されている方で、興味がある方は雑談掲示板の方に書き込みをお願いします。 また、毎週一回程度ですが、どの作品をどの作者を取り上げてどのような話をしたのか、かけたらなとおもっています。それは、ブログや雑談板などで本来は書くべき話かと思っていたのですが、放送の中で、是非掲示板の方で毎回張り出して頂きたいというコメントが多くかり、実験的に試してみようかなとおもっています。問題が出るようでありましたら、コメントなど適宜いただければ幸いです。それを元に放送の方もブラッシュアップして参りたいとおもいます。 加えて今週は次の日曜日の午後9~10時より、今度は祝儀敷さんをお招きしてお話を伺う予定です。ご期待ください。個人的には大賞を受賞した作品や、オホーツクの詩作品、カミノテクノの話や、諸々のネットでの活動など絡めつつB-REVIEWの作品についてはなしていけたらと思っています。 実は、来月にも、余裕があれば放送に出たいと黒髪さんが放送中名乗りをあげてくださっております。個人的な話ではありますが、僕は黒髪さんの作品とはある意味ちょっとした長い付き合いであり、僕がネット詩に関わる中でなんどもお世話になった覚えがあります。一度、機会があればお話を伺ってみたい所で、手を挙げてくださり、本当に嬉しくおもっております。 私の作品を読んで欲しい、或いはこの作品を放送で撮り挙げて欲しいなどとありましたら雑談掲示板、もしくはTwitterの方にリプやDMください。


ALWAYS_RETURNING   

花緒 
作成日時 2017-02-14
コメント日時 2017-06-08

 

四人の男が試験管の廻りをそぞろ歩き、 わたしの身体にリトマス試験紙を貼り付ける。 これは何の実験だろう、と思って、これは何の実験ですか、と尋ねると、男の一人がこう答える。      何の実験でもありません。あなたの身体にリトマス試験紙を貼り付けることが、実験であるはずがありません。実験にすらなり得ない実験であることは、わたしたちも了解しており、わたしたちはいまでも実験が可能だと、幻想を抱いているわけではない。実験でさえない実験を続けることに意味が宿ることはなく、意味のない実験を反復することに、意味が宿ることはなく、わたしたちは、何の実験にもなり得ないと確信した上で、馬鹿げた実験を続けているのです。 * 四人の男が試験管の廻りをそぞろ歩き、 わたしの身体をアルコールランプで温める。 なぜ、実験するのだろう、と思って、なぜ、実験するのですか、と尋ねると、男の一人がこう答える。      あなたを憎むからです。あなたの存在はわたしたちを脅かし、わたしたちはあなたの存在自体を憎む。わたしたちはあなたを支配したいと願い、そう願うことで、わたしたちは、あなたに支配されていることを感じ、あなたに囚われるがゆえに、せめて、わたしたちは、あなたを辱めたいと願う。あなたの存在を無化する呪詛の言葉。それを求めるわたしたちには、ついぞ得られることがない。わたしたちは、せめてもの気慰めに、馬鹿げた実験を続けているのです。 * 四人の男が試験管の廻りをそぞろ歩き、 わたしの身体に、オオカナダ藻の葉を貼り付けて、日光を照射した後、ヨウ素液を垂らす。 いつまで実験を続けるのだろうか、と思って、いつまで実験を続けるのですか、と尋ねると、男の一人がこう答える。      あなたへの欲情が続く限り。あなたの存在は謎であり続け、実験が尽きることはない。あなたへの欲情は果てることがなく、わたしたちは、満たされることのない実験を続けることしかできない。実験をやめようとする軌跡もまた、同じことの繰り返しであり、実験をやめようとする軌跡もまた、同じことの繰り返しであり、と言及することもまた、同じことの繰り返しであり、わたしたちは逃れられない実験を反復することしかできない。如何様にも変わりうる実験はただ欲情だけを呼び覚まし、あなたを欲するがゆえに、わたしたちは馬鹿げた実験を続けているのです。 * 四人の男が試験管の廻りをそぞろ歩き、 わたしの身体にナイフを突き刺す。 なぜ、わたしの身体にナイフを突き刺すのだろう、と思って、なぜ、わたしの身体にナイフを突き刺すのですか、と尋ねると、男の一人がこう答える。      あなたに還るために。あなたはわたしたちの助骨から生まれ、すぐに、わたしたちはあなたを見つけてしまう。あなたから生まれるわたしたちは、あなたの廻りをそぞろ歩き、同じところを廻り続け、あなたが尋ねるから、わたしたちは実験をしないではいられない。わたしたちはあなたに脅かされ、あなたに憎しみを抱き、あなたを欲情し、あなたに還った後、あなたから生まれるわたしたちは、あなたの廻りをそぞろ歩く。いつも退屈するあなたが問いを投げかけるから、わたしたちの一人がこう答える。


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花緒 (2017-02-14):

発起人の花緒の新作です。ギタギタに酷評/罵倒頂いてかまいません。発起人の作にはマナーへの配慮、一切不要です。

三浦果実三浦果実 (2017-02-14):

思想の宿らない言葉・意味を持たない言葉など無い。 あー、や、オー、にも意味がある。意味が見出せる。 人間が発し、人間が受け取る限りは意味がある。 人間が受け取れる限り。 受取・受信・読解が不可能になる言葉の使い方がじつは、あって。 『BACK TO THE ACID PLANET』という詩を御存知だろうか? もしも、まだ、聴いたことがなければ、「文学極道でお勉強」でググってみよう。 「『文極』と『B-REV』でお勉強」というヘンテコなブログが。 そのブログに『異次元を体感する方法』という記事が。 クリックすると、『BACK TO THE ACID PLANET』が。 『BACK TO THE ACID PLANET』は奇跡。 この詩が生まれたのは、作者の才能では、ない。 きっと、何かを使ったはず。 何かの力を借りて、書いたとしか思えない詩だ。 参考までに、その後の作品を並べ 『BACK TO THE ACID PLANET』を100点とし、 評価点を記しておく。 『た、ど、る』・・0点 『CREATIVE WRITING 101A』・・0点 『ASHIZAWA キックマシーン』・・マイナス100点(これが一番、タチが悪い!エセ『BACK TO THE ACID PLANET』だからね) 『FORGET YOUR DREAM』・・0点 そして、 今回の作品。 みんな、点数で評価しよう。 ループ詩の究極、とまではイケてないけどね。

kaz. (2017-02-14):

花緒さんは是非ともジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を読むべき。というか、多分読んでるかもしれないけど。文が途中から始まってループしていく構造を考えたのなら。ジェイムズ・ジョイスには、詩を書く人間としても学ぶものが沢山あります。

kaz. (2017-02-14):

ちなみに、ヨウ素デンプン反応は光合成の同化産物たるデンプンを検出するのに用いられる原始的な方法の一つですが、糖度によって色が変化するので糖度を計測するのに今でも用いられることがあるようです。

天才詩人天才詩人 (2017-02-14):

厳し目の言い方をすると2連目から繰り返される「あなた」への憎悪や欲情。これがレトリックのレベルで完結していて説得的なテーマとしてエンコードされていない。またはうまく立ち上がってこない。もちろんトランスやトリップ感という花緒ループ詩が目指す作風を中心課題にするのはいい。それにしてもなんだか、目が覚めるような綺麗なイメージをHTML言語で書こうとして2つか3つコードを間違えた結果、すごく地味なものになってしまった。きみは作品の出来までフェリペ氏に依頼する気なのか?そんな印象ですかね。

まりも (2017-02-14):

まず、〈ギタギタに酷評/罵倒頂いてかまいません。発起人の作にはマナーへの配慮、一切不要です。〉この言葉に疑問。 酷評や歯に衣着せぬ辛辣な評も可とすることと、「罵倒」も良し、とすることは、根本的に異なる、と思う。発起人のみに可、というのも・・・それで公平性が保てるのか?うっぷん晴らしをするために、発起人だけを狙う「会員」が現れた時、イエローカードを出せるのか。酷な言い方をするなら、自分が傷を負ってみんなを(この場を)守るぜ、という、ヒロイズムに堕す危険はないのか。 発起人にこそ、酷評を!という意識には賛成、しかし、「罵倒」はどんな場合であっても、反対、というサイトであってほしい。誰もが、自分も他人も、大切にする場であってほしい、ということです。 辛めに評するなら(自身に突きつけられる刃でもあるが)無駄が多い、と思う。 「四人の僧侶」を連想させる書き出しが面白いが、パロディーなのか、オマージュなのか、たまたまの偶然の相似なのか。 〈これは何の実験だろう、と思っ〉たから、〈これは何の実験ですか、と尋ねる〉に決まってるんだから、~と思って、なんてモタモタした散文的な表記を無駄に重ねることはない。行分けにしている意味も薄れてしまう。 〈何の実験でもありません〉から、無意味(と語り手に思われる、そのことによって理不尽さや不穏さ、不安が増す)な言葉が機械音声のように流れる。この無機的な反復情況の提示が、今の社会の(一見無意味な)ルーティンワークの連鎖の反響となっている。この言葉の「あふれだし」の部分を際立たせるためにも、語り手の言葉はバシッと短く切りつめた方がメリハリが出る、と思う。 言葉を重ねていくことで強調する効果と、(慣れによって)無意味化していく効果、わたし、やあなた、という代名詞を持ち込むことによって、なにか「意味深な場」を作りだしている、と思わせる効果(実際には、ただうるさいだけ、に陥る場合が多い)その差異を、どこまで自己検証しているか。 「あなた」がたに理不尽な行為を強いられる「わたし」もまた、「あなた」の一人に回収されていく。そういう群衆の不気味さ、個人への重圧、「わたし」もまた、群衆の一員として加害者になりうる。そういう社会的意識を語りたいという欲求と、言葉を過剰に重ねていくことによって無意味化、稀薄化していこうとする文学的欲求と、どちらに振り子を振ろうとしているのか、そのあたりが曖昧。個性をかろうじて有している語り手が「わたし」であるなら、無個性の群衆と化している「わたしたち」は、「われわれ」として別個のものとする、あるいは「わたし」が「わたしたち」へと変容していく不気味さに焦点をあてる、など、4連もバリエーションの場を用意しているのだから、もっと展開に工夫ができるのではないか。

まりも (2017-02-14):

追伸。肋骨を持ち込む最終連に重点をおけば、「あなた」と「わたし」が男と女の関係性を描いたもの、と読める。そこから冒頭に戻って、永遠に理解し得ない男と女、実験とは恋愛行為そのものの喩、と読み取れ・・・それだけ、全体が多義的に、重層的になってくるのだが・・・となると、けっこういい詩なんだよね、これ、という尻すぼまりに収まってしまう、のではあるが・・・

花緒 (2017-02-14):

>三浦果実さん 発起人同士は慣れ合わずに、というコンセプトの中、馴れ合いコメントのようにも感じますが、しかし、斯様なコメントを誘発するインパクトに乏しい作だったのかもしれません。高度な酷評、有難うございます。コメント感謝いたします。

花緒 (2017-02-14):

>kaz.さん コメント有難うございます。ジョイスーベケットのラインをどれ位、読めた上で、斯様な作品を書いているのか疑問だ。という意の評ですね。もっと勉強します。引き続き、宜しくお願いします。

花緒 (2017-02-14):

>天才詩人 リクエストに応えて、直球の酷評コメント有難う御座います。あんましインパクトがなかった、中途半端な感じ、という評と捉えました。意味のないことが分かっているのに逃れられない実験=文学的実験、という暗喩がエンコードできてなかったみたいで、力不足と反省。もうちょっと考えてみます。

花緒 (2017-02-14):

>まりもさん パート① 講評、ありがとうございます。感謝します。 まず、罵倒、についてですが、わたしも同意します。罵倒カルチャーをなんらかのかたちで残さざるを得ないのだとすれば、発起人でコントロールできるかたちにしたい、というコンセプトの試行錯誤でしたが、現状、罵倒カルチャーを求めている投稿者は見当たらず、また、斯様な罵倒カルチャーを部分的に残さずとも、皆様が積極的にコメントをつけてくださっているおかげで、合評欄は盛り上がっています。罵倒カルチャーからはしっかりと決別したいと思いました。今後も、試行錯誤しながら、小さなトライアンドエラーのサイクルを回し続けようと思っておりますので、ご意見を賜れますと、とても嬉しいです。

花緒 (2017-02-14):

>まりもさん パート② さて、次にご講評頂いた内容についてですが、 ①あえて、タルい、もたもたした書き振りである点、ご指摘の通り、奏功していないのかもしれません。このタルい重ね方を抜いて、違う推敲をしたらどうなるか、投稿作そのものは変えませんが、手元で勉強がてらやってみようと思います。言葉の連打も、どこまで奏功しているのか、と言われると、違う書き方をもっと考えてみるべきだったかと気付かされます。 ②ご指摘の通り、吉岡実から一行目はサンプリングしました。が、オマージュといえるほどの連関はないので、たしかに、中途半端だったかもしれませんね。 ③ディスコミニケーションとともに、群衆と個人との境目の曖昧さを読み取って下さって嬉しく思いました。繰り返しになりますが、丁寧に講評頂けたこと、感謝致します。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-02-25):

 こんにちは、百均です。  面白い作品だなぁとおもいました。でもその魅力を伝えるのが難しい作品でもあるなぁと。  レスを書くという事は一つの意味を貫かないと行けないので、作品全体を覆っている無意味という膜、それはディスコミニュケーションと言い換えてもいいかもしれませんが、を僕の方から打ち破らないといけないんでよね。それが凄く大変であり、それをどうにか打ち破ってレスしたいというのが僕の楽しみな訳ですよ。でも、その楽しみを達成すには少し時間が足りないので、簡単に思う事を並べていこうかなと思います。  この作品における一つ一番のキータームは「実験」だと思うんですよ。僕はここで凄く躓きました。「実験」ってなんだっけ? という素朴な疑問に上手く答えられなかった。  それで、僕なりに今考えている事を話すと「実験」っていうのは原理的に「目的」が存在しなければ発生し得ない行為だと思うんですよ。つまり「無意味」から最も離れた存在という事でしょうか。つまりこの作品っていうのは、その語の成り立ちからしてて、絶対的に「目的」を持たなくてはならない語、「実験」を用いて究極的に皮肉的な「無意味さ」を演出し、それを最終的に「生と死」もしくは「輪廻の輪」の持つ無意味さ、終わらないという事の無意味さに繋げ歌い上げた物だと思うんですよね。そこまで壮大か? と言われると、正直読み込みが足りないので、今度じっくり読み返そうと思います。

kaz. (2017-06-03):

花緒様 ふと思い出したのですが、吉岡実に『四人の僧侶』という作品がありますよね。その四人の僧侶たちのそれぞれの動きや働きと比べた時、この作品は四人という人数のポリフォニーが成立していない、そこが弱点かもしれないと思いました。ただ、同時にその点が良さにもつながっていて、それは誰が何をしているのかが謎である、謎を残したという点です。こういう読みは少し批判的すぎますかね。 kaz拝

朝顔朝顔 (2017-06-03):

この御作品はまだ読んでいませんでした。 花緒さまの中で、最もご自分に誠実に向き合われた作だなぁと思って、真剣に最後まで読了いたしました。 これは、読むに堪えた(笑)。 ただ、些かご自分に対する批評性が弱いですね。 それは、「リトマス試験紙を貼り付ける」「アルコールランプで温める」「日光を照射した後、ヨウ素液を垂らす」「ナイフを突き刺す」と言った詩句に現れておりますね・・・。 もっと、自分の四肢もプライドももぎ取られるような体験が、この筆者には必要なんじゃないかと思います。 以上、酷評でした(笑)。

夏生夏生 (2017-06-03):

こんにちは、花緒さま。御作にコメントさせて頂きます。 専門的なことはわからないので、感想になってしまうのが大変申し訳ないのですが、何卒ご了承ください。 面白い、と感じながら読み進めて。実験という興味と結果への期待をはらんだ行為が延々と繰り返される奇妙さ。 理由を尋ね、答えではくれるが、答えになっていない。浮き上がった「何故」をちぎられていくような虚しさ。 わかったような感覚と結局、何も終わらない、解決していない徒労感が残りました。

るるりら (2017-06-07):

おはようございます。 まず 率直な感想は、なんのことだか さっぱり分からなかったです。 ただ いろいろと面白かったです。読んでいる私自身がロールシャッハテストを受けているような気分になりました。 よって わたしの脳内に出現したQ&Aを書いてみます。 たとえば、 Q女の象徴であるが冒頭では性別も不明である話者が、いきなり リトマス紙試験紙を張り付けられるシーンには なにかの実験ではありません。さて、るるりらさんは なんだと思いますか? A るるりらの場合は、裸体にアジサイのように色が変化する紙を無数に貼られた絵が浮かびました。 結果が酸性であるか アルカリ性であるかをが知りたいのであれば、実験なのでしょうが 男が堪能したいのは 女の状態の変化が見たいのであろう。 Q四人の男が試験管の廻りをそぞろ歩き、 わたしという存在の身体をアルコールランプで温めます。温められたのは、どんな存在ですか? A話者の身長は人間のサイズだと思っていたが、どうやら 試験管の中に話者は収まるらしい。 女性を具象化した存在であろう。 Qでは下記の文章でいうところの 男が相手している存在とは どんな存在ですか? 一、「あなたを憎むからです。貴女の存在は私たちを脅かし、私たちは貴女の存在自体を憎む。私たちは貴女を支配したいと願い、そう願うことで、わたしたちは、あなたに支配されていることを感じ、あなたに囚われるがゆえに、せめて、わたしたちは、あなたを辱めたいと願う。」 二、四人の男が試験管の廻りをそぞろ歩き、 わたしの身体にナイフを突き刺す。 なぜ、わたしの身体にナイフを突き刺すのだろう、と思って、なぜ、わたしの身体にナイフを突き刺すのですか、と尋ねると、男の一人がこう答える。 三、あなたに還るために。あなたはわたしたちの助骨から生まれ、 A 一も二に三 登場する 男たちがどうしてだか愛してしまう存在。 あくなき好奇心をそそられる存在。つまり 女。 結論的なQ これらのことを総合して、さて この詩が るるりらにとっては 何ですか? 結論的なA 冒頭の四人は本人たちを男だと思っているようだが、るるりらの解釈だと この詩でいう四人とは男ではない。 四人の名前は アデニン, チミン,グアニン ,シトシンである。 つまり、るるりらには この詩が まるで 全然 さっぱり理解できなかったが おもしろかった。という結論に いたりましたです。てへ。 ご清聴ありがとうございました。

花緒 (2017-06-08):

>kaz.さん これ原稿用紙100枚分以上書いた長編ループ詩の一部を適当に加工した奴なのですね。今読み返すと、確かに荒いです。習作として書きすぎた気がします。おっしゃる通り4という数字の意味があまりないですね。5だろうが、3だろうが、似たようなことが書けてしまう気がします。ご指摘、感謝します。

花緒 (2017-06-08):

>夏生さん コメントありがとうございます。なにがしかのメッセージや寓意を込めた作ではないので、いかように読んでいただけても、作者としては嬉しく思います。わたしにとって、文学というものは、馬鹿げた実験のようなもの、すなわち、徒労に終わることが明白であるのに、意味がないと分かっているのに続けてしまう実験のようなもの、そして続けることに意味もない実験のようなもの、そんな位置づけで考えています。本質的に、文学というものを、わたしはリスペクトしたくないという気持ちが強いです(そんな人間が運営者ではいけませんね。ま、選考作業は中心的には一切やっていないのですが)。と言いつつ、なんだかんだと書いたり読んだり続けている訳で、何やってんのかな、、、と思いながら、続けているような向きがあります。

花緒 (2017-06-08):

>るるりらさん 有難うございます。コメントというか、感想というか、批評というか、むしろ、一種の返詩のような感じで拝読させて頂きました。そうですね、女と男の間には、突き詰めていくと、攻撃性というか、憎み合う感じというか、傷つけあう感じというか、そういうものがあるんじゃないかと、わたしは思っています。支配したいと思うけれど、支配したいと思うそのことで、支配されてもいるというか。四人の男が、男じゃない、というのは、面白い指摘と受け取りました。そのことの意味を自分なりに考えてみたく思います。


運営からの告知:マナーガイドライン   

花緒 
作成日時 2017-02-10
コメント日時 2017-05-01

 

現代詩投稿=批評プラットフォームB−REVIEWをご訪問くださいまして、有難うございます。この場は、既存のネット詩とは異質のコンセプト、ルールによって運営がなされています。下記のコメント欄の最上部に記載されているガイドラインをご一読の上、投稿をスタート頂きますことをお勧め致します


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花緒 (2017-02-10):

現在、開業キャンペーンコンペB-REVIEW杯を実施中です。表彰、選評方法などは投稿作の状況をみて適宜、決定する方針です。 ガイドラインは下記の通りです。 ① 2月末日までの期間が、B-REVIEW杯への投稿受付期間となります。 期間内に当掲示板に投稿頂いた全ての作品(発起人投稿作除く)が審査対象となります。 2月末日までは一人一作でお願い致します。 ② わたしたちは、合評欄のマナーを重視しています。 将来的には、有名詩人や有名芸術家をゲスト審査員に招いたり、あるいは、既存メディアとのコラボレーションなどを図ってみたり、わたしたちはB-REVIEWを開かれたネット詩メディアに育てていきたいという野心があります。また、これまでの既存ネット詩の罵倒カルチャーに合わなかった有望な書き手を包摂することで、ネット詩メディアを活性化させたいとの思いもあります。そのために、わたしたちは、この場が荒んだ言論空間に堕すことがないよう、マナーには厳格な対応を処する方針です。マナー違反を発見した場合、下記のような対応を取ります。  <イエローカード> 掲示板上で証跡を残して注意喚起する  <オレンジカード> マナー違反者リストに登録、公表。該当コンペでの審査取り消し。コンペ期間中の投稿権剥奪。  <レッドカード>  妨害者として掲示板、HP上で永久保存、公表の上、無期限のアクセス禁止。            場合によっては、ツイッターその他のSNSで、詩作文化の確信犯的妨害者として拡散して注意喚起。 イエローカード2枚でオレンジカード、3枚でレッドカード。発起人の天才詩人、コーリャ、花緒、百均、三浦果実は独断でカード発出します。 何をすればマナー違反となるか、難しいところですが、基本的には、オフラインで顔を突き合わせて行う合評の場では絶対にやらないようなことはこの場でもアウトとご理解ください。なお、よほどの悪質性がなければ、基本的には、カード発出の前に、注意喚起を促しますので、ご安心ください。 ③ 他の投稿作を批判する場合は、丁寧に具体的理由を書き、作者への敬意を失わないようにしてください。 作者のためになることを企図した批判でなければ、畢竟、ただの憂さ晴らしです。 なお、批判、酷評そのものが禁じられているわけではありませんので誤解無きよう。 ④ 発起人、審査員の投稿作については、はっきりと、上記マナーの基準を緩めます。苛烈な酷評、大歓迎です。 ⑤ できましたらば、投稿される方は、ツイッターやメールなどで、発起人の誰かと繋がって、ごくごく簡単に参加表明しておいて頂けると大変嬉しいです。 何かあった際など、連絡が容易になりますので。 ⑥ 発起人の百均を中心に、定期的に、ツイキャスで、掲示板の実況中継や審査の模様などを放送しております。良かったら聴いてくださいまし。 ⑦ はっきり言って、投稿者の皆様の方が、発起人達より、詩作能力が高かったり、分析力が優れていたり、評論がうまかったり、ファシリテーターとして有能だったり、いくらでも生じることかと存じます。皆様のアイデアを取り入れて、発起人/常連投稿者/新規投稿者の垣根に囚われず、フラットに運営していくことが理想です。お気付きの点あれば、いくらでもおっしゃってください。また、発起人や審査に関心のある方がいらっしゃったら、申し出て頂けると嬉しいです。場合によっては、こちらからスカウトに出向くこともあるかもしれません。まだ始まったばかりのネット詩メディアですが、ここからダイナミックに、面白いムーブメントを起こしていきたいものです。何卒、宜しくお願いいたします。

花緒 (2017-02-10):

なお、マナーや運営方法に対するご意見、苦情、リクエストはこちらでも受け付けます。必要に応じて、適宜コメント下さいまし。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-02-11):

花緒さんありがとうございます。 僕の方でもラジオなどで色々適宜、マナーについては放送していこうと思っています。質問などありましたら、ここでもラジオの方でも気軽にお尋ね下さい。投稿者とレッサーが敵同士ではなく、最終的には共闘出来る相手になるように、もしくはその相手が見つかるような場になればと個人的には思っています。それでは皆さん、引き続きよろしくお願いします。

まりも (2017-02-11):

賛同します。 作者の側にも、批評や批判に対する「耐性」を求める場合(他の参加者が、それはそういう意味ではないかもしれないよ、的なフォロー)を入れる必要がある、かもしれません。 褒め言葉はいいけれど、批判に対しては守りに入る、というのか・・・人格否定された、と見做す傾向が(一般的日本人には)多いですし・・・もちろん、批判側の言い方もあるのですが。 「賞讃」する場合に、この場において「いい人」と思われたい、というパターンから生まれる、非具体的な褒め言葉も、いわゆる「褒め殺し」につながるものだと思うし・・・「批判」する場合に、「自分はこんなに知っているんだぞ」「自分はこんなにすごいんだぞ」と思わせたいパターン(時には、そういうスタンドプレー的なものも、必要な場合はありますが)になっていないか、参加者自身が自省する(他の参加者が、その議論の推移を見ながら、フォローに入る)必要もある、と思うし・・・ より、この作品をよくするためには?とか、より、自分の作品をよくするために、この作者から何を学べるだろう、何を盗めるだろう、とか・・・そういう方向性の議論を求めておられる、そういう理解でいいでしょうか?

花緒 (2017-02-11):

まりもさん、コメント、ありがとうございます。どういう方向性の議論を求めているか、現段階で確たるイメージがあるわけではありません。他方、どういう方向性になってほしくないか、については明確なイメージがあります。作品批評とは関係のない人格攻撃、お互いに傷つけあいストレスを与え合うことで成立する煽り的な盛り上がり、暴言罵倒の連投により気に入らない作者を追い出す行為の横行、などです。また、合評欄が馴れ合いに堕して、退屈なものになってほしくないという思いもあります。どのような運営スキームを導入すれば、実りのある言論空間を導出できるのか、試行錯誤を続けていく方針です。提案などあれば、ウェルカムです。

まりも (2017-02-11):

花緒さま ありがとうございます。明晰な運営スタイル、素晴らしいと思います。今後、どのような場に発展していくのか、とても楽しみです。

天才詩人天才詩人 (2017-02-12):

まりもさん、コメントいただきどうもありがとうございます。B-REVIEWは花緒氏のコメントにあるようにマナーを重視しながら、かつ馴れ合いのお友達サークルではなく、ときに厳格ささも含むような批評をやっていきたい。つまり「馴れ合い」と「場の荒廃」という、ありがちな2つの落とし穴のあいだの細い通路をなんとか上手く突破しようという、なかなか微妙なこころみだと認識しています。 以下は個人的な見解で、発起人諸氏にはすでに提案したのですが、B-REVIEW発起人は野球やサッカー、スポーツ全般の審判のようなものだと考えていただいてよいと思います。つまりわたしたちはできるだけ公正を尽くしつつ、場(ゲーム)の進行をモデレートしていく。発起人と投稿者の対話や異議申し立ての場は、コンスタントに設けていくとして、それでもわれわれが最終的に下した判断には、文句を言わず従ってもらう。 花緒氏が最初に言い、いろんな場でさんざん繰り返してきたことなんですが、現在メジャーなネット詩のサイトができた当時の2000年代初頭と今では、インターネット上での匿名コミュニケーションの質自体が変化していると思うんです。2チャンネルのようなリアルな社会での会話と「対極」にある匿名の「落書き」という見方はすでに廃れ、今ではソーシャルメディアの、現実社会全般のやりとりに近く、かつそれを補完するようなスタンスが常識として確立しつつある。 この意味で、B-REVIEWは蛸壺と化してしまったネット詩のコミュニケーションを2017年時点のインターネットの標準的なリテラシーに照らし更新していきたい。単純に言ってしまえばそれだけなんです。 今後もよろしくお願いいたします。

まりも (2017-02-12):

天才詩人さま 「審判」や「コーディネーター」がいる場での真剣勝負、のような試み、大きな期待感を持って「観戦」し、また、「参戦」したい、と思っています。 何度も紙媒体でも試みられたにも関わらず、どうも上手くいかなかった、廃れてしまった、ということの理由は、どこにあったのか、ということも考えていきたい問題です。 俳句の句会のような場では、匿名であるがゆえに公平に「点数をつけあう」という、「遊び」であると同時に真剣勝負(人によっては、それこそが人生、というほどの濃度の「遊び」)が可能である・・・ネットの準匿名の場での可能性と、通じ合うものがある。批評や批判の形態の可能性を試す場ともなりそうですね。どうぞよろしくお願いします。

花緒 (2017-02-12):

天才詩人の言うとおり、B-REVIEWはイマに即したリテラシーを導入し、「馴れ合い」と「場の荒廃」という、ありがちな2つの落とし穴のあいだの狭い隘路を上手く突破しようというプロジェクトです。そのために重要なことは、発起人がマナーの細々なことに口を酸っぱくし続けることではなく、より本質的には、この場が展開し続けるか否か、ということでしょう。メディアとして停滞すれば、必ず、馴れ合いないしは場の荒廃が生じてきます。現状、発起人メンバーで様々な勧誘、営業活動を行っていますが、この場に作品を投稿することが、希望を感じさせる何某かであり続ける必要があります。自己増殖するからこそのメディアです。増殖しなくなった時点で、遅かれ早かれ停滞は生じてきます。マナーが守られなければ停滞する、も真なりですが、その逆の、停滞すればマナーが守られなくなる、も真なりであることを自家薬籠中の物とする必要があるかと存じます。

天才詩人天才詩人 (2017-02-13):

まりもさん、再びありがとうございます。breviewでは現代詩を念頭に置きつつもジャンルを問わず広く「書く」という行為、そして発起人のあいだではすでに他のアート系ジャンル・メディアへの展開も視野にはいりつつあります。そこで活動の核となるのがおそらく、まりもさんのおっしゃる「批評」ということではないかと思います。俳句や詩、写真、インスタレーション、建築、ミックスドメディア、日常の風景。クリエイティブな作品を作ることやその事象についてとにかく「語る」こと。そしてそれを通じて他者と繋がっていくという意味。この点に関する理解を広める。ここにこそジャンルのバリアを突破する契機があるように感じております。

天才詩人天才詩人 (2017-02-13):

「この場に作品を投稿することが、希望を感じさせる何某かであり続ける必要があります」まさにそこですね。無闇やたらにグローバル経済の標準とかイノベーションのスピードにくっついて行く必要はないでしょうか、つねにそれらの状況と発起人・投稿者のビジョンを突き合わせていく。ここが重要だと思います。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-02-13):

まりもさん 色々返事がおそくなってしまいすいません。色々考えていたら、大分時間が経ってしまいました。 他の発起人の皆さんが答えて下さったように、各々の持つ考えというのは、結果的に言うとこの通りバラバラです。勿論その根底にある部分というのは一致していると思うのですが、僕たちがこれから目指していく、過程、志向性諸々は一つではなく、あらゆる可能性を試しては失敗していく事の連続だと思います。 その中で、今現在僕が考えている可能性としては、「自分の作品をよくするために、この作者から何を学べるだろう、何を盗めるだろう」と思えるような相手を、作者でもレッサーでも、見つけられたらいいんじゃないかなと思っています。すくなくとも僕自身は、全部の作品を全てを平等に愛する事も、それらを高める事も出来ない存在だと思っていますが、その中から応援する事の出来る作品っていうのは、多分あると思うんですよね。そういう作品だったら僕は自分の事を特権化せずにその作品とそれを書いている人と向き合って一緒に考えてあげられるだろうし、アドバイスも出来るだろうと思っています。勿論相性の問題なので、ずれる事、勘違いする事、うまくマッチングがいかない時などあるとおもいます。 その相手を見つける為の手段も手順も確かな物がある訳じゃないとおもいます。今の所はこうして作品を通してしか、その人と関わる事ができませんから、お互いの間に信頼関係をどうやって築いていくのかというのもまだまだ問題があるでしょう(あんまり気軽に連絡が取れるのも問題があるでしょうし) そこらへんの、可能性を僕はここで試してみたいとおもっています。詩を書く人や読む人が、今どういう気持ちでここに関わり、何を書こうとして、何を伝えようとして、何が伝えられて、伝えられないのか、その気がどこまであり、ないのか、という事ですね。それが最終的に作品と批評に、引いては読者に、もしくは未来の詩書きに受け継がれていく流れが醸成される事、それを追求出来たらと思っています。拙い返事ではありますが、こんな感じでしょうでしょうか。 まりもさんに限らず、皆さんが思っている事など、上の雑談スペースなどでも気軽にお聞かせ願えればと思っています。

花緒 (2017-02-15):

B-REVIEW、盛況で嬉しく思います。ありがとうございます。照会があったので、書いておきますが、B-REVIEWは作品を投稿せず、批評/レスだけする人(レス専)も歓迎しています。ただし、できれば、ツイッターなどで発起人の誰かと繋がっておいて頂けると助かります。身元のしれないレス専の方には、マナーガイドラインの適用がやや厳しめになるかもしれません。もっとも、現況の合評欄の状況をみると、別段、心配はしていないのですが。 もし、なにかあればご気軽に。それでは、引き続き宜しくお願いいたします。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-02-15):

僕からの報告です。 コメントの仕様などについて、ちょっと気をつけてなどの案内です。 今の所、何もしないでB-REVIEWを見ていると勝手にログインが切れてしまう仕様になっているっぽいです。ですから、 コメント欄でコメントをずっと書いていて、そのまま「送信」ボタンを押したら、「ログインが切れてます」が画面に表示され、沢山書いたコメントが消えてしまう仕様になっております。僕はそれで一回大ポカをやりました。 ですから、参加者の皆さんには、メモ帳、各種ワープロソフトに保存した上でコメントの投稿をお願いします。 これからそういうバグも治していく予定ですので、何か不都合が起きた時にはここなどに報告頂ければ幸いです。間違っても全然構いませんのでお願いします。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-02-16):

「運営からの告知:マナーガイドライン」となっているんですが、それ+運営に何かお願いする場にもしていきたいかなと思います。 理由は単純で、なるべく作品以外のスレッドを纏めていきたいからです。後々案内を出しますが、投稿規定に書かれていない事についての質問や、なにかしらの要請についてもここで説明していく感じになると思います。そんな感じで宜しくお願いします。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-02-16):

皆さんこんばんわ百均です 今回は作品の削除関係に対する簡単な告知です ・作品の削除要請はOK とします ・ただし次のコンペが始まるまでは再投稿✖ ・レスのログは発起人側で控えます(レスも立派な著作の一つという考えから) ・次からのコンペでは投稿規定に削除関連の事について明記します 以上です。投稿規定を読んでも分からない所がありましたら、質問など気軽にして頂ければと思います。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-02-16):

長庚さんへ という訳で、作品の方は削除してOKと発起人の中で合意が取れましたので、もし他に質問や、削除の取りやめなどありませんでしたら、17日の午後10時に作品の方を削除させていただきます。 それでは失礼いたします。

天才詩人天才詩人 (2017-02-21):

「ネット詩における酷評と罵倒について:B-REVIEWのスタンス」10分程度の音源です。もしお時間があればご参考までに。 https://bungokureview.wordpress.com/2017/02/20/%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E8%A9%A9%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E9%85%B7%E8%A9%95%E3%81%A8%E7%BD%B5%E5%80%92%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%EF%BC%9Ab-review%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%82%BF/

もとこもとこ (2017-02-22):

すみません「フラワー・オブ・ロマンス」のコメ欄で、私の書き込みがなぜか二重投稿になっていました。お手数ですが、重複分の削除をお願いいたします。

天才詩人天才詩人 (2017-02-23):

対応しておきました。ご確認ください。

もとこもとこ (2017-02-23):

はい、削除されております。お手数をおかけしました。

花緒 (2017-02-25):

第1回B-REVIEW杯の受付期間も残り僅かとなりました。3月1日から、間髪入れず、第2回B-REVIEW杯が始まります。現状、投稿作の質、量ともに素晴らしく、合評欄も盛り上がっており、私たちが最も気にしているマナーの面でも良好な状態が続いています。発起人一同、感謝を申し上げます。 皆様に追加のお願いなのですが、ぜひ、投稿された方は、合評欄に参加するようにしてくださいませ。他の方の作品にコメントつけたり、自作についたコメントに返事したり。合評欄の参加は義務ではありませんが、せっかく合評欄の雰囲気がとてもよいので、たくさんの方に参加していただきたいです。作品だけ投下して、あとは沈黙を守るという投げ捨ては、禁止ではありませんが、ぜひ、参加してね、とは思います。それでは、引き続きB-REVIEWをよろしくお願いいたします。

きらるびきらるび (2017-02-25):

お世話になります、きらるびです。このたび、精神の不調により、しばらくネットから離れようと考えているところなのです。TumblrやTwitterなどのアカウントはすでに削除済みでありますので、申し訳ございませんが、B-REVIEWさまに投稿いたしました、わたしの作品も削除していただけますでしょうか。また、会員の退会もできましたなら、よろしくお願い申しあげます。もうすこし、元気になります……みなさま、コメント等、ありがとうございました😊

きらるびきらるび (2017-02-25):

追記。わたしの精神は、激しい鬱とわずかな躁が短時間で繰り返しているようで、どうも、情緒不安定で、ごめんなさい。上のコメントですが、無視していただければ、さいわいです。なぜなら、いま、すこしこころが軽くなっていまして、書きものができるまで……回復いたしました。いただいたコメントも、あとで返そうとおもいます。とても貴重な体験ですので、わたしも積極的に、いろいろな方のえがいた詩にふれ、コメントを残そうとおもいます。このような機会は滅多にないことでしょう。ありがとうごさいます。これからも、よろしくお願いいたしますね。るび

花緒 (2017-02-26):

きらるびさん。ありがとうございます。せっかく投稿いただいたものですし、わたしも削除するのは惜しいと思っていました。もとこさんとか、Migikataさんとか、力のある書き手がきらるびさんの作品を激賞されています。わたしは消したくなかったから、消さないでいいということでうれしい。わたしに言えることはそう多くないけれど、ケセラセラです。こちらこそ、今後とも宜しくお願いします。

きらるびきらるび (2017-02-26):

花緒さん。うれしいです。すこし、勇気がわいてきました。わたしは極度のひきこもり体質でして、すぐにくじけてしまいそうになります。その度に、詩に支えてもらっているのですが、そのことさえ、時に忘れて、きえようとする。いつだって詩はわたしにやさしいものです。やさしすぎて、あまえているのかもしれません。創作にも、ひとにも。ようやく、わすれていた気持ちに気づくことができそうです。ありがとうございます。

花緒 (2017-03-15):

残念なお知らせがあります。私の独断で中田満帆さんにレッドカードを発出しました。事由は以下のとおり。 ①他の投稿者の作品欄において、発起人の制止にも関わらず、複数回、罵倒コメントの連投を行ったこと。 ②月2回までという投稿回数の制限を破って、個人名を名指しに批判する作を投稿したこと(同作は削除済み)。 以上です。出禁になるための散文、というタイトルの作を投稿された後、②の事象が起こったため、確信犯的な荒らし行為とみなし、問答無用でレッドカードを発出させて頂きました。つまらない結果ですが、以降、B-REVIEWとしては、同投稿者とのあらゆる交流を謝絶致します。 B-REVIEWは、マナーを重視し、多くの書き手が楽しめる投稿スペースの提供を企図しております。この度、中田満帆さんに、応援頂けなかったこと、楽しんで頂けなかったことを、残念に思います。発起人一同、今回の件から学び、より良いサイト運営が出来るよう、精進したいと思います。 まだ始まったばかりのサイトですので、色々と至らない点が山積しているかとは思います。なにか、運営面でご不満がおありなら、荒らし行為ではなく、発起人に直接連絡なり、お叱りなり頂けると嬉しく思います。

もとこもとこ (2017-03-16):

中田満帆さんの件に関して。問題となった部分が削除されているため客観的な判断ができないのですが、オレンジカードではダメだったのでしょうか? 同氏のツイートを読むと、彼にも色々と言いたいことがあるようです。オレンジカードで一時的な書き込み禁止措置にした上で、話し合うという選択肢はなかったのでしょうか? また、今後のこともありますのでオレンジカードに関しては「期限付きのアクセス禁止」という条項を付け加えることを提案します。今回の件に関しても前述の内容であれば、いきなりレッドカードという事態にはならずに済んだのではないでしょうか。

花緒 (2017-03-16):

もとこさん、ご意見頂戴いたしまして、有り難うございます。確かにオレンジカードに止めるという手もありました。もっとも、ツイッターなど、コンタクトを取る方法はありながらも、「出禁になるための散文」という投稿があり、それから、さほど間をおかず、迷惑行為としか感受できない投稿があったということを鑑み、また短期間に注意措置を掲示板内および掲示板外で複数回繰り返していることもあり、段階的に罰則措置を高めていくというやり方では、むしろ、互いにとってストレスを高めるだけに終わる可能性が高いと考え、上記のような判断になりました。また、削除した作には、発起人以外の方の実名が書き込まれていたこともあり、今後エスカレートした場合も考え、経過措置を取ることは不適切と判断しました。 発起人に対しては、どのような苛烈な批判であっても、マナー違反とは捉えませんし、事実、発起人に対する批判行為を問題視したことはないはずです。いくらでも批判はできるし、通交の方法はあるにも関わらず、一般投稿者を巻き込むかたちで、明確な荒らし行為があった場合、基本的には、寛容な措置は取らないつもりでおります。もっとも、もとこさんの指摘も、十分理解できます。オレンジカードに関しては、基本的に「期限付きのアクセス禁止」という意味合いを明確に持たせ、次回以降、レッドカードにまでは至らないように善処したいと思います。

もとこもとこ (2017-03-16):

了解しました。私としては、オレンジカードの段階で「問題となった投稿の削除」と「期限付きのアクセス禁止」まで出来るようにすべきだと思います。正直、中田さんに関しては、いずれこうなるかも知れないとは思っていました。今さらではありますが、最初から投稿者としてではなく詩や小説や絵画を介した外部協力者となってもらうべきだったかも知れません。私個人は、B-REVIEWが彼とのリンクを切ってしまったことはとても残念なことであり、大きな損失だと思っています。 B-REVIEWを運営管理している方々の精神的、肉体的、経済的負担は大変なものだと思いますが、これからも若い皆さんの才能が花開き、拡散発展していく場となることを期待しております。

天才詩人天才詩人 (2017-04-29):

BREVIEWの遊び方・参加規定β版が完成しました。ぜひご一読ください。ご意見疑問等は発起人の誰かまで。ビーレビを盛り上げていきましょう! http://breview.main.jp/index/guideline/

花緒 (2017-05-01):

4月は86作の投稿を頂きました。気合の入った投稿の数々、ありがとうございます。ただいまから、5月のB-REVIEW杯を開始したします。上記、参加規定をご一読の上、投稿をお願いいたします。でわ、5月もよろしくお願いいたします!


月を慰労する   

エウクピア 
作成日時 2017-02-09
コメント日時 2017-03-23

 

ニーナ姫が 四重奏楽団を率いる 泉州堺のウナコーワ クック船長の火芸が 二度寝を邪魔する 二度寝をしたら 右手かな?右手に 右手を右手にか 涎でべたべたにして 月を慰労する事に 意志を感じた


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花緒 (2017-02-10):

投稿ありがとうございます。 軽めの短詩と読みましたが、ニーナ姫、月、四重奏楽団、という、サブカル臭溢れるメルヘンチックなワードの中で、泉州堺のウナコーワ、右手に右手を右手にか、という異質なワードにより、ちょっと不思議な印象が残りました。この1作だけでは何とも言い難いですが、センスのある方なのかも、とも思いました。

三浦果実三浦果実 (2017-02-10):

映画『ペーパームーン』の主人公のお父さんアディは詐欺師だったけれど優しい人だった。きっとニーナ姫も賢くて優しさをもった姫なのだろう。なぜならば、四重奏楽団を率いるのだから。 優しさだけでは、偽善っぽさになってしまう。『ペーパームーン』のアディが詐欺師であったように、悪人顔も必要なのだ。涎というエロであり、二度寝する怠惰。そんなクック船長も、月の為に働いているのだ。 エウクピアさんの作風はもしかしたらもっと多彩な気がする。次回作に期待しております。

kaz. (2017-02-10):

表現は悪くないが、あまり笑えない。

kaz. (2017-02-10):

と言った理由を説明しますね。まず、「月を慰労する事に/意志を感じた」の表現自体が、私にはフィットするわけです。満月のときって🌕けっこう性犯罪率が高いという話を聞いたことがあります。ただ、月に意識はないので、月自身がこの作品に示唆的に見られるような「ちょっとエッチな感じ」に対して、罪悪感を持つことは多分ない。むしろ、月の側からすれば、もっと掻き立ててやろうと思っているかもしれない。 そういう詩的な想像力をもっと活かすべきだと言いたい。この詩は笑い🤣の方向とシリアスな、現代詩的な方向の両方にベクトルが向いていて、どっちかはっきりさせろと言いたいわけです。

エイクピアエイクピア (2017-03-11):

花緒さんレスを有難う御座います。そうですね、自分でも軽い、実態を上滑りするような感覚的な詩作をしたと思いました。サブカル的でもありますね。メルヘン的な要素も結構意識的に選択していると思いますね。ただ消耗感、喪失感もあるので、精神的な体力が続くかどうかがが不安です。

エイクピアエイクピア (2017-03-11):

三浦果実さんレスを有難う御座います。「ペーパームーン」ですか。調べてみたいと思います。ニーナ姫は虚構的な要素が強いかもしれません。四重奏団はほんのちょっとT.S.エリオットを意識したのかもしれません。ジェームズクックを強く意識しました、クック船長は。これから理解を深めていきたい人です。次回も投稿したいと思います。

エイクピアエイクピア (2017-03-11):

kaz.さんレスを有難う御座います。虚構ですが、ドラゴンボールの孫悟空も、大猿に変身したのが、確か満月の夜でしたね。性犯罪率が高いと言うのは、あまり知りませんが、納得ができる様な気がします。そうですね、月の側に立って、と言うのも重要なのかもしれません。笑いとシリアス、両方のベクトルですか。それと「現代詩」ですね。真剣に考えて行きたい方向性だと思いました。

5or6(ゴロちゃん。) (2017-03-12):

初めまして。 サブカルを混ぜながらイメージを繋げる手法は時代に翻弄されがちですが、今回の作品は首の皮一枚のギリギリのせめぎ合いが緊張感を高めているように感じました。 後は如何に現代詩を小馬鹿にしているのを隠喩で包み込むか、そんな風に思ったりしました。

エイクピアエイクピア (2017-03-23):

5or6さんレスを有難う御座います。そうですね、サブカルですね。ニーナ姫などは該当アニメが無いような気がするのですが、クック船長はジェームズクックですね。首の皮一枚のぎりぎりのせめぎ合いですか。詩的緊張が高められているのなら望外な様な気がします。現代詩を小馬鹿ですか。それを隠喩で包む。難しい課題かもしれませんが、心の片隅に置いておくと良結果を齎すのかも知れません。


妻の夫   

渡辺八畳@祝儀敷 
作成日時 2017-02-22
コメント日時 2017-03-13

 

妻は歩道を歩いている 妻はお茶を飲んでいる 妻はポスターを見ている 妻は児童公園で休んでいる 巨大な虫がいる 全長3メーターもあるようなカマドウマだ ふすま挟んで居間にいる 触角をときたま動かしている 妻はスーパーでピーマンを買っている 妻は駅前でインタビューを受けている 妻は公民館でママさんバレーをしている 妻は小学校で懇談会に出席している カマドウマはなにも食べない 畳のイグサでも食めばいいのに そのでかい図体じゃ居間は窮屈だろう 天井スレスレで、跳ねもできない 妻は鼻歌を奏でながら自転車に乗って病院の中を通り抜けている 妻は新聞屋で温泉招待券をもらい店内のガラス戸に貼りついている 妻は軽自動車のシフトレバーをいじっている間にビルの上へ昇っている 妻はお隣の奥さんと井戸端会議をしながら桃の缶詰に指で穴を開けている 居間のカマドウマは虫だ 目ん玉は真っ黒くて部屋を反射している 意思というものはそこにはない かさこそと少しだけ動く あまりかわいいものではない 物音こそたてるが カマドウマが鳴くことはない 私はふすま挟んで寝室にいる ふとんが二枚敷かれたままだ 一つは妻の、もう一つは自分の 私は敷ぶとんの上にあぐらをかいている 掛けぶとんはちゃんと足元のほうに折り 上に座って羽毛をつぶさないようにしている 妻のほうは掛けぶとんが広げられている 中に誰も寝ていないので平らだ 掛けぶとんのカバーは緑の市松模様 なんとも古臭いデザイン サザエさんにでもでてきそうだ 私はふとんの上に黒電話を乗せ 妻の連絡を待っている シーツの上の黒電話は カマドウマの目のよう部屋を反射している 私がひしゃげて写っている ひとりじゃ食パンも焼けない カマドウマが足をこすり合わせた 下品な音が寝室にも伝わってきた 妻は牛乳配達に挨拶しようとして天地が正反対になってしまっている 妻は横断歩道の白線にぶら下がって懸垂をして運動不足を解消している 妻はクリーニング屋の店内で洗われたスーツ達に巻かれ団子になっている 妻は銀行の受付で整理券を発行したまま週刊誌に頭をすげ変えられている カマドウマといっしょに妻を待っている 黒電話はケーブルが部屋の外に伸びたまま一回も鳴らない 長時間のあぐらで足もしびれてきた カマドウマの触角が先祖の写真にさわる 写真がすこし傾く だけど先祖の顔はまったく変わらない 私は妻を待っている 電話は鳴らない ひとりじゃお茶も湧かせない ふとんの上で待ち続けるしかない カマドウマがまた足をこすり合わせている 妻はまだ帰らない


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三浦果実三浦果実 (2017-02-22):

『妻の夫』。すごく訳アリなタイトルかとワクワクしながら読まさせていただきました、単身赴任生活者の三浦果実です。カマドウマという巨大な虫(?)の場面と妻が外でのほほーんとされてるシーンが交互に現れ、ポールバーホーベンとデビッドリンチ監督を足して、伊丹十三で割ったようなイマージュを覚えました。カマドウマとは、実際に存在する生き物なのでしょうか。ごめんなさい。私は、判らない言葉をみつけても、基本、ググらないで読む派なもので。 祝儀敷さん、投稿有難う御座います。

もとこもとこ (2017-02-22):

カマドウマは私の世代では、便所コオロギと呼んでいました。あのルックスでピョンピョン跳ねるから、まあ良い気持ちはしなかったです。部屋一杯の大きさのカマドウマ。まるで山上たつひこの初期短編に出てきそうな、不気味であり同時にユーモラスな光景です。 私は最初、「実はカマドウマが語り手自身だった」というオチかなと思いながら読み進めていたのですが、実際にはそうではなかったようです。ならば、このカマドウマは一体何者なのか。いやいや、それ以前に最初はまともだった奥さんの様子がどんどんおかしくなっているぞ? そもそも、この語り手は家にいながらどうして奥さんの行動を把握しているんだ? 巨大なカマドウマも奥さんの存在自体も、すべては語り手の妄想の産物なのではないのか? そんなことを考えながら、私は奥さんの作ってくれたペペロンチーニを食べるのでありました。

澤あづさ澤あづさ (2017-02-22):

わたしはシュールやナンセンスについて、「語り手のキャラや構成の意義が不明瞭であれば、なにをおもしろがればよいのかわからない。」と思うタイプです。そういうわたしにもこの作品は、笑えるという意味でも興味深いという意味でも、とてもおもしろく感じられました。 ひとりではパンも焼けずお茶も沸かせず虫も殺せない男の甲斐性なしぶり、恐ろしいカマドウマ────あれはゴキブリ以上に恐ろしい虫だと思います────に動転したあまり思考がどんどんあさっての方向へすっ飛んでいく感じが、圧倒的な構成力で描写されていると思います。「よくわからんがたぶん、無口で仏頂面で『おーいお茶』しか言わないような典型的な日本の旦那が、本気で虫を恐れるとこうなるんであろう。」と、思わず納得しました。 * ひとまず単純に「カマドウマを見て動転したあまり、わけのわからない思念が走馬灯のように、語り手の脳裏を駆け巡っている」と思って拝読し、どれほどカマドウマを恐れたらこんな思念が脳裏を駆け巡るのかと思って笑ったのですが。ともすれば、この状況全体が独身男性の妄想であって、妻は(体長3メートルのカマドウマ同様に)実在しないのかもしれません。 隣の部屋に恐ろしい虫がいるというのに戦いもせず、女が片付けてくれるのを寝室に隠れて待っているような男が、恋愛結婚できたというのも(既婚の女の立場からすると)不思議な話です。もちろん結婚後、多くの夫は家事をしないので、カマドウマでもゴキブリでも、戦うのは妻である場合が多いのですが。 そのように、人生に密着したさまざまな事柄を想像させられる意味でも、これは秀逸なギャグだと思った次第です。作者様にとって「ギャグ」という解釈が不本意であれば、示唆を明瞭にするなんらかの努力が必要だろうと思います。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-03-03):

「妻の夫 」このタイトルがいいですね。ちょっと変な感を想起させてきます。感覚を持っている奴こそが上手くこの作品を楽しめるのかなぁと思いました。(この作品は単品では上手く感覚がつかめず、レス読んでから結構なるほどと思ったのですが、それはなぜかというと、僕の父親は家で仕事してるので家事とか虫を殺したりだとか普段からやってるんですよね。僕もまだ大学生なので、あんまり感覚がないっていう感じなのです)   妻の夫という事はつまり妻がいなければ夫は成立しないという事ですね。夫というのは所詮、滅茶苦茶動き回り飛び回る妻=カマドウマ以下の存在であるということ。でしょうか。そして夫は妻に逆らえないっていう感じなのかなぁと思いました。この作品読んでると、家の両親の事をなんとなく思い出します。やっぱり一番主導権握ってるのは母親だし、母親が消えると親父はどうなるんだろうなとか、思いました。例え家事をちょっとでもやる親父にしろ、なんにせよ夫婦ってなんなんだろうなとぼんやり思いました。大人の皆さんにちょっと感想を伺いたい。

コーリャコーリャ (2017-03-03):

妻は出掛けている。私は家にいる。ひとつの襖をへだてて、全身が3mくらいあるカマドウマが居間にいる。触覚をカサコソ動かしている。 その間。妻は歩道を歩いている。妻はお茶を飲んでいる。妻は、ポスターをながめたり、児童公園で休み、スーパーでピーマンを買い、駅前でインタビューをうけ、自転車に乗って病院を通り抜け、桃の缶詰に指で穴を空けながらお隣の奥さんと世間話をし、牛乳配達に挨拶をしようとして天地を正反対にし、銀行の整理券を発行しながら雑誌と頭をすげ替えられている。 その間、私たちは待っている。カマドウマはかさそこと音をたてるが、それいがいは静かに、その黒い瞳で部屋を無感情に見つめている。ひとつは妻のため、もうひとつは私のために伸べられた布団に、黒電話を置いて、私は座っている。黒電話は黒い瞳で部屋を無表情に見つめている。カサコソ、下品な音がきこえる。あぐらでいたら足もしびれてきたし、ひとりではパンも焼けない。お茶も沸かせない。電話もならない。カサコソ。カマドウマの触覚が、祖先の写真を動かす。そして、妻は、公民館でバレーをしている、小学校で懇談会に参加している、横断歩道の白線にぶら下がり運動している、軽自動車のシフトレバーをいじってるうちにビルの上に運ばれる。 私は妻のほうの布団を見る。サザエさんにでてくるような市松模様の掛け布団がのべられている。カマドウマが音を立てる。私は座っている。妻は帰ってこない。私たちは妻を待っている。

天才詩人天才詩人 (2017-03-05):

祝儀敷さん、B-REVIEWへようこそ。きのうスカイプでコーリャさんとこの作品について話したのですが、文章も上手だし、読みやすい。しかし、この形式をとる必然性を強く感じないという問題があります。わたしもサザエさんがポピュラーだったころとか、実家に黒電話があった時代というのはなんとなく覚えていたりするんですが、2017年の現在から見ると、そうした背景自体がすでに主題化できる面白さをはらんでいると思うんです 先日、とある事情で「東京ラブストーリー」のエピソードをいくつか見たのですが、話は織田裕二が羽田についてカード式公衆電話の列にならぶとこで幕を開ける。ネットも携帯もない時代、カノジョと待ち合わせするのも一度約束したら、フレキシブルに変更したりキャンセルしたりというのが効かない。作品中で妻の連絡を待ちながら、黒電話のつややかな表面に自分の顔がゆがんで映る様相を興味深げに眺める場面がありますが、そうした時代固有の日常というか間合いみたいなもの。それを汲み取れただけでこの作品を読む面白みは十分あったという気がします。 しかし巨大な「カマドウマ」の導入。これはそのユーモア自体がどこか昔の少年ジャンプのようなロークオリティーな印刷物で見たような色あせたものであり、新鮮な驚きがあるとは思えない。また、このユーモアを主題化すべく、「妻」は人物というよりはひとつ記号として引用されているという印象を持ちます。「妻」ではじまるフレーズの連投がモノトーンなコマ送り以上のものになっておらず。たがいに交通を欠いた並行現象を持ち込むことで世界をナンセンスな総体として見出すシュルレアリスト的な手法も、もうひとひねり必要に思えます。

鈴木 海飛 (2017-03-10):

私につげ義春を読んだ経験があるからか分かりませんが、 便所の中でうじ虫のように過ごすつげ義春が記憶の思考の補助線としてあったからこそ。 この詩にとりつかれてしまったのかもしれません。 私はこの作品を読み初め、目が拒否していました。 それは、つげ義春を読み初める前までのものと同じものかもしれません。 どちらも読めば読むほど、映像の具現化がはじまる。 いつのまにか、私が座敷の中に漂う空気となってカマドウマと主人をみているのです。 それくらい映像が流れ込んできた。映像だけでなく、文章にあるカマドウマの足のとげに逃げられないように捕まえられてしまった。 今、やっとこさカマドウマから逃げてきた私が誰かにこの詩を話すとしたら、 カマドウマの目がね。じぃっとこちらをみているような気がするんです。 逃げたら頭からかじられてしまうような恐ろしさがあるんです。 緻密な線画のなかで、主人は偉くぶっきらぼうに描いてあるのに、カマドウマはリアル。 エログロ風味も匂わせる。これは詩版「ガロ」かもしれない。 そんな風に何かに当てはめるのは良くないと思っておりますが、脳みその足りない私からの、ガロファンからの最大級の賛辞として受け取っていただけたら幸いと存じます。

渡辺八畳@祝儀敷 (2017-03-13):

どうも、19日ぶりに戻って参りました渡辺八畳です。はじめに、拙作「妻の夫」に数々のコメントならび賞を贈ってくださりありがとうございます。 遅くなりましたが皆様のコメントに返信を行おうかと思います。 三浦果実さん 妻がのほほーん、という読みは驚かされました。そっかそういう読みもあるか。カマドウマはもとこさんが書かれているよう通称便所コオロギな、あんまかわいい虫ではないですね。漢字で書くと竈馬、炊事場が土間にある時代にはよくそこに現れていたようです。 福島の喜多方市でビエンナーレ(2年に1度催される芸術イベント)でヤノベケンジという美術家の作品が蔵の中に展示されたことがあったのですが (参考画像 http://blog.goo.ne.jp/kdsjag7p/e/718c232de82e4a2916aef94a2bf3977a/?img=ec39571a0db9c4330e5dfd4558668e83) その壁にカマドウマがびっしり止まっていたのは今でも覚えています。

渡辺八畳@祝儀敷 (2017-03-13):

もとこさん 山上たつひこですか、気にはなっている漫画家です。いつか読んでみたいなと。あの時代の漫画家はメジャー性とアングラ性がほどよく同居していますよな。 コメント後半にある疑問ですが、書いた私にもわかりません。理由は後の私のコメントで。 澤あづささん シュールナンセンスに対しての厳しい判断基準をこの作品はクリアできたというのなら光栄です。 夫のイメージとしてはまさにコメントの通りです。女は夫が死んでも割とピンピンしていますが、男は妻が死ぬと一気にボケる弱いイキモンです。 私は蛭子能収の漫画が大好きで影響も多く受けているのですが、彼の漫画は時にギャグ漫画と紹介されるんですよね。区分で言えば本当は不条理漫画なのですが。 んで思うのは、ツッコミ(いかにボケの行動が世間常識と離れているかの説明役)が不在なギャグが不条理なのではないかと。吉田戦車や和田ラジヲ、相原コージといった漫画家はかつて不条理ギャグと呼ばれていましたし。イギリスのコントグループ「モンティ・パイソン」のネタもギャグとシュールの中間みたいなもんですし。(おすすめのネタは「哲学者サッカー」https://www.youtube.com/watch?v=N7MlY56Gj3Y) ですので、ギャグという解釈は外れてはいないと思います。 hyakkinnさん 「妻の夫」という題はその通り妻に対して従属関係な夫を表すためのものです。男ってよええなぁ。かつての島田紳助も男が女に勝てるのは腕力だけでそれ以外は負けると言っていました。

渡辺八畳@祝儀敷 (2017-03-13):

Kolyaさん、天才詩人さん そのスカイプを是非とも拝聴してみたかったですね。 私はサザエさんが火曜日にもやっていた時代や黒電話が現役の時代というは全く知らないです。だからこそ未知なものある種のファンタジーなものとして主題化したくなるってのはあるかもしれませんね。度々起こる大正・昭和モダンブームも、古いものだからいいってわけでなくそれにハマる人はモダンを新しい様式として享受しようとしているわけですし。ある年代からは古びた既知でもほかの年代からすれば全くの未知であったりします。 巨大なカマドウマのイメージは自己分析すれば『涼宮ハルヒの憂鬱』からなのかなぁと考えています。ただ画的なイメージはハルヒでも、そこに纏われている雰囲気はまた別のところから。ハルヒには諸星大二郎のオマージュがあるっていうのは割と有名な話ですが、カマドウマの雰囲気はそういったオマージュ元の怪奇物由来でしょうか。諸星大二郎もジャンプに描いていたことがありますし。 実は私自身、結構オマージュ、しかも詩の方向性と全く関係ないオマージュをよくするんですよ。某詩誌の投稿欄に載った自作詩編にはネットのホモコピペネタ(http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%82%A4%E3%82%B5%E3%82%AD%E3%81%8A%E3%81%98%E3%81%95%E3%82%93)を無駄に忍び込ませていたのですが、まぁー誰も気づきませんよね。例えば久米田康治漫画のコマ端に描かれる小ネタのよう、分かる人が見ればクスッと笑ってしまう分かんない人はスルーして終わりっていう仕掛けは、詩の主題に影響を及ぼさない限りはやっていきたいなと思っています。 妻のモノトーン化は意図した方向性ですが、さらに一ひねりですか。考えてみます。 鈴木海飛さん つげ義春の漫画は『無能の人』と主要短編(小学館から出ている二冊の文庫本)は読んだことがあります。私のベストは「紅い花」ですね。 ガロは私も大好きです。以前はガロの後継誌のアックスに漫画を投稿していました。現在は投稿も購読もやめていますが。しばらくしたら詩と漫画を合わせた作品を描いてまた投稿したいなと思っています。 小林銅蟲という漫画家が小笠原鳥類の詩をコミカライズしたもの(http://www.mangaku-seika.jp/comic/detail.asp?work_id=89)はありますが、テキストと画があまり上手く合わさってはいませんね。いっそはじめにテキストのみで詩を載っけて提示してその後に文字無しで漫画を描いたらどうなるか、ってまぁそれは余談ですが。 漫画という経緯があるため自分の詩作において映像性は重視しています。映像の具現化がはじまってしまったのなら作者としてはしてやったりです。


「弔い人形」   

桐ヶ谷忍 
作成日時 2017-02-09
コメント日時 2017-03-12

 

なるべく私に似た人形を探す わずかな共通点でも、あれば良い 髪の長さや笑顔の醜さ 眼のうつろな度合い ひとつでも似ているところがあるならば、それで良い わりと容易く見つけられるものだ 私が 人形に似ているせいなのかもしれない 贈り物用として包装してもらう たまに、のし紙をお付けしましょうかと問われると 哂い出しそうになる衝動を抑えて 要らないと断る のしなど貼って何と書けと言うのだ 銀色に蝶結びされたリボンを解き 私は私に似た人形を抱き上げる 薄っぺらな笑顔に微笑み返す お前に 私の名をやろう 私と同じように髪の毛を切りそろえ 赤すぎる唇を白い絵の具で薄め せめて頬紅を差してやり 死化粧を終えてようやく ハサミを振り下ろす 胸を中心に何度も 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も突き刺す 私はねえ 死にはしないと約束してしまったの 私と、あの人に約束してしまったの だからお前 私の代わりに死んでおくれよ 何がどうあろうと生きねばならない私に代わって 死んでおくれよ ざんばらになった黒髪を整えてやり 元通り包装箱に納め 仕上げに真っ赤な絵の具をぶちまける それからようよう 私はむせび泣く 泣きながら菊の花びらを一枚ずつちぎり 私の名を持つ人形に振りまく ごめんねえ かわいそうなことをしてしまったねえ かわいそうに かわいそうに そして なんと、うらやましい リボンはかけずに 裏の庭に深く、深く埋める さびしがらなくとも良いよ お前に似た、同じ名の人形が そこかしこで眠っているから


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塚本一期 (2017-02-09):

私も同じように自分を何度も殺す衝動に駆られる。 これは容易に想像できました。 容易に想像しやすいというか、容易に想像できるように作者が導いてくれたものなんだろうと考えます。 たくさんの孤独の分だけ眠っているとおもわれるたくさんの人形。 最初に読んだときは、自分の感性と似てると感じましたが、作者の方が妖しく美しい世界を創り出すことに長けているように感じられました。 和の持つ妖美さを感じるんですよね。

花緒 (2017-02-09):

投稿有難うございます。気合の入った作品を有難う御座います。 作品として仕上がっていると思う。いわゆるメンヘラポエムというかジャパニーズホラーというか、作風そのものはダークとしか言いようがなく、好き嫌いは分かれるだろうが、気持ちいいくらいに徹底的にやりきっているので、十分読める。何度も、の連打により、強調されるサイコ感。なんと、うらやましい、で一旦、緩めてから、オチでぞっとさせる構成の妙。作品として仕上がっており、端から、もっとここをこうした方が、というような安直なアドバイスをさせる余地が無い、瑕疵の無い作品だ。 と褒めちぎるのも作者の望むところではない可能性があるので、あえて指摘しておくと、作品として仕上がり過ぎている、ということが本作の瑕疵と言えるかもしれない。たとえば、作中話者は、なぜ、「あの人」と約束したのだろう、なぜ、約束するような人がいるのに、自殺衝動を抱えて生きているのだろう。ここらあたりを書き始めると、おそらく作品としても纏りを欠いていくというか、本作の範疇を大きく逸脱していくのだろうが、ある意味では、肝心なことを捨象することによって、成立している作品とも言える。 と、作品コンセプトとははっきりズレる方向性からしかツッコミを入れられない、完成度の高い作品と読んだ。普段、詩を読まない人からも読まれうるリーダビリティの高い作品だし、何よりインパクト抜群だ。

天才詩人天才詩人 (2017-02-09):

タイトルとざっと読んだ印象はichigo、花緒氏の言うように「和の妖艶」「ジャパニーズホラー」なのですが、詳細に読むとあんがいそうでもなくて、ハイブリッドかつポストモダンな日本の日常環境がトレースされていて、そこに「貞子的」なステレオタイプに回収されない、作者個人の世界との対峙が構築されていて興味を感じました。 たしか戦時中にアメリカ合衆国が日本との関係悪化を懸念して幼稚園や小学校の女児向けに青い眼の人形を配布したことがあったんですが、その青い眼の人形をおぶって小さな女の子があどけなくままごとをする。作品本題からちょっと外れますが、「銀色に蝶結びされたリボンを解き 私は私に似た人形を抱き上げる」のくだりを読むと、人形というのはこんなふうに政治社会的にねじれたテーマだとも言える。 >私が 人形に似ているせいなのかもしれない 花緒氏に同意。とても完成度の高い作品だと思います。

もとこもとこ (2017-02-09):

テーマは斬新なものではないけれど、それだけにきちんと仕上げるのは難しい。その点、この詩は最終連でシリアルキラーの遺体遺棄現場のような庭の様子が、容易に視覚化されるほど巧みな表現で感心しました。

まりも (2017-02-10):

自分で自分を埋葬して、そこから(ひそかな)再生を図る、感じなのかな、と思いました。 たんたんと始まって、ガーッと盛り上がって、静かに締める。音楽的な構成が、さりげないけれど巧みだな、と。 代わりに死んで、と願い、かわいそうに、とうそぶいて、うらやましい、と「死んでしまえる」幸福を羨望して・・・ その「羨望」ごと、埋葬するのでしょうね。詩の世界で行う、死を眠りとする就寝儀式のような。

kaz. (2017-02-10):

もっと感性を磨いた方がいい、という感想に終始する。より芸術的に、ね。

天才詩人天才詩人 (2017-02-10):

Kazくん。ここでは作品内容に触れない/具体性を欠いたコメントは一切禁止だ。改善が見られない場合、ゴチャゴチャたてついたときは容赦なくイエローカードを切るからそのつもりで。

kaz. (2017-02-10):

天才詩人さんへ。はーい、真面目にやりますよ。ただ、あなたがお手本を見せるべきだとは思いますけどね。 作品内容に触れないことが問題だと言われたので、作品内容にできるだけ触れてみますね。テクストに実際に触れるという経験をあまりしたことがないので、この作品をコンテクストに即して読むと、自分に似た人形を探してそれにハサミで何度も突き刺すという、それこそ「薄っぺらな笑顔」みたいな表現が鼻につくわけです。これに限らず、どの表現を取っても面白味がない。そして物語としても面白くない。だから、私は先のように言ったわけです。

kaz. (2017-02-10):

そして、これをジャパニーズホラーだのハイブリッドだの言ってるのは、少し時代錯誤のように思うわけです。むしろこの詩の中で強烈な核となっているのは、 「さびしがらなくとも良いよ お前に似た、同じ名の人形が そこかしこで眠っているから」 この一節は、私にとってはすごく強い言葉です。それは一つには「お前に似た」というのの指す「お前」、要するにYouは、私たち詩人のことを指しているのかもしれない。この箇所を、お前に似たやつはいくらでもいる、というざっくばらんな解釈でもって通しても構わないでしょうね。そしてこの一節で「お前」はYouを誘致し、ひぐらしのなく頃にを想起させる。天才詩人さんがジャパニーズホラーと言ったのは、この辺りのことでしょうか。

花緒 (2017-02-10):

>kaz.氏 参加してくれて有難う。他の作へも含め、先ほどからのコメントのつけ方をみると、必要以上に攻撃的。まりも氏への作品コメントなどもそうだが、変な突っ掛かり方をしているに過ぎない。貴兄が文学極道で投稿している時と同等かそれ以上に攻撃的で、「コメントで攻撃し合う場である、批判し合う場である」という前提で、レスをつけているとしか感受できない。わたしたちは文学極道とは異なるリテラシーで運営される場を醸成していきたいと考えている。作品を批判するときこそ、丁寧に書いてほしいし、作者への礼を失わない在り方で批判してほしい。どこまで許容して、どこまで許容しないのか、難しい問題だが、現状のやり方は、わたし的にはアウト。わたしたちのスタンスを明確化する意味で、わたしの権限でイエローカードを出します。次、何かあるなら、投稿権限を制限せざるをえない。貴兄のように、力があって、やる気のある投稿者をなるべく大勢、包摂したいので、協力してほしい。

kaz. (2017-02-10):

花緒さん うーん、文極の感覚が抜けきらないようですね。そんなに丁寧に反論されたら、大人しくカードを受け取るしかないですよ。もう少し優しく書いてみます。どうもありがとう。

kaz. (2017-02-10):

よく読んだらジャパニーズホラーと言ったのは花緒さんでした。失礼しました。

桐ヶ谷忍 (2017-02-10):

Ichigo Tsukamoto様 コメント頂きありがとうございます。 自己紹介の掲示板でも書きましたが、私は考えて書ける人間ではないので、何か意思をもって 和の持つ妖美さを感じるんですよね。 と仰って頂けるのは望外に嬉しく思います。 Ichigo様と私が似たような感性をお持ちとの事。 どういうものを書かれるのだろうと、早く読んでみたいと思っております。

桐ヶ谷忍 (2017-02-10):

花緒様 コメント頂きありがとうございます。 事前に予告していた通り、某社のコンクールで入賞したものを持ってくるというセコイ真似をしてしまいました。 入賞はしたけど、賞状とメダルだけで、選者の選評はもらえませんでした。 だから他人様の目から見てこの詩のどこが良いのか分からなくて、今回このような形でお褒めの言葉を頂き、 嬉しく思っております。 コメント後半でご指摘頂いた通り、この詩には花緒様の疑問ももっともな事を書いておりません。 仰る通り、肝心な事を捨てました。必要ないからです。徹底的に「私」視点で話を進めるためには 余計な事と思ったからです。そこまで書いてしまったら小説かショートショートになってしまうので 敢えて読み手の方の想像力に助けてもらおうと思いました。 人の何倍か分からないけれど打たれ弱い私のトピックでの訓告をして頂いた事にも感謝いたします。

桐ヶ谷忍 (2017-02-10):

天才詩人様 コメント頂きありがとうございます。 作者個人の世界との対峙が構築されていて興味を感じました。 言われてみれば、確かに思い当る節があります。 詩を書くという行為は、書き終えた後の自己分析を促す面が私にはあり、それだけ普段自分の思った事感じた事が 分からないのです。 だからご指摘頂いて初めて気が付きました。 また、人形の持つテーマも興味深く拝読させて頂きました。 どうもありがとうございます。

桐ヶ谷忍 (2017-02-10):

もとこ様 コメント頂きありがとうございます。 私は他人様の詩をあまり読まないので、そうかこれ斬新なテーマじゃなかったんだ、ってちょっとしょんぼりしましたが それでも読むに堪えうる程度には書けていると認められたようで安堵しました。

桐ヶ谷忍 (2017-02-10):

まりも様 コメント頂きありがとうございます。 音楽的な構成、などと評されたのは初めてですが嬉しかったです。 また、天才詩人様へのコメントとも少し被りますが、書いた後に自己分析した結果とまりも様が汲み取って頂けたところが 私と一致していて、喜びを隠せません。そう、そういうことを書きたかったんだな私は、って。 どうもありがとうございます。

桐ヶ谷忍 (2017-02-10):

kaz.様 コメント頂きありがとうございます。 不運な事に、私は自分の感性がどうやったら磨かれるのか分かりません。 かといって他人様に聞いてもそれが自分に当てはまるとも思えないので、分からないままです。 ただ、芸術的な方より大衆的な感性を磨きたいと思っております。 面白くない。そういう感想を持たれる方がいてもなんとも思いません。 ちょうど他の方に話した内容そのままなんですけど、10人の読み手がいて10人とも諸手を挙げて、これは面白いなんて 異常ですし、あり得ない事ですから。 kaz.様が代表して「面白くない」と言って下さったのだと受け止めます。 ただ、表現力、これが私の悩みどころです。 仰る通り、私には詩的な表現力が決定的に欠けている自覚があります。 私たち詩人のことを指しているのかもしれない 基本的にどういう解釈で読まれようとOKなんですが、私は詩書きに向けた詩が大嫌いです。 これだけは譲れないので、すみません。 詩書き同士にしか分からない所で盛り上がっているさまを見ると気持ち悪いと思ってしまうのです。 どんだけ自分を特別な人間だと勘違いしてるのだろうと邪推してしまうのです。 ですから「詩人のことを指す」という事は、私の書く詩にはひとつもありませんし、これからもありません。 せっかくして頂いた解釈を否定してしまい、申し訳ありません。

kaz. (2017-02-10):

Umm...詩書き同士でしかわからないところで盛り上がっているとは、私は思いませんよ。本当に面白いのであれば、詩人という枠組みを超えて、幅広い世界で盛り上がると思います。私の言い方が悪かったようで申し訳ないです。

桐ヶ谷忍 (2017-02-10):

kaz.様 すみません、私も考え不足だったようです。 「要するにYouは、私たち詩人のことを指しているのかもしれない。(略)そしてこの一節で「お前」はYouを誘致し。」というコメントが 詩書きが詩書きを誘致し、詩書き同士寄り集まって盛り上がっている様を仰られているのかと思ってしまいました。 確かに本当に面白ければ、仰る通り幅広く盛り上がれるでしょうね。 こちらの落ち度なのに謝らせてしまい、申し訳ありませんでした。

三浦果実三浦果実 (2017-02-11):

今回の投稿作品『弔い人形』は昔から桐ヶ谷忍作品に親しんできた読者の私からすると、衝撃度数は98%である。参考までに申し上げると(そもそも私のコメントなどウザがられてるかもしれないが笑)度数100%の作品を私は二つ知っている。というのも、桐ヶ谷忍さんのコアなところである「正気と狂気の境界に立つ者のみが知る生の実感」が『弔い人形』は2%マイナスなのだ。その「生の実感」とは、私流に言うと、桐ヶ谷忍さんが物語依存から脱却した時の「ゾーン」。そして、その「ゾーン」に入ることは稀なことで、残念ながら『弔い人形』は突入していない。おそらく、桐ヶ谷忍さん御自身もお気づきなのだと思う。未だ彼女には降りてきていないのだ。超越した時の彼女の新作が読みたい。心の底からそう思う。危険なことだけれども。

双葉月ありあ双葉月ありあ (2017-02-12):

この作品の本質がそこであるかどうかはともかくとして、人形に死化粧を施すシーン、美しいんだよなあ。読んでいてドキドキする。

桐ヶ谷忍 (2017-02-12):

三浦果実様 お尋ねしたいのですが、その二作とはなにを指しているのでしょう。 ご返答を頂いてから、コメント返しをしたいと思います。

三浦果実三浦果実 (2017-02-12):

桐ヶ谷忍さん 『自殺未遂』と筆舌に尽くし難く、です。誤った回答をしてはならないと、念の為、確認したのですが、『自殺未遂』は確認出来ましたが、筆舌に尽くし難くは・・・現時点では未確認です。ごめんなさい、筆舌に尽くし難くは、もしかしたら、私の夢の中で読んだのであって現実には存在しない作品かもしれません。

三浦果実三浦果実 (2017-02-12):

付記:回答しました作品はなぜ超越していると云えるのか。言葉と文節のどこがどうということは、私自身も説明出来ないのですが、桐ヶ谷忍さんの情念が、はっきりと伝わって来た、そのようなことです。

桐ヶ谷忍 (2017-02-12):

三浦果実様 ご返答頂きありがとうございます。「筆舌に尽くしがたく」とい詩もあります。 コメント返しは後ほどさせて頂きます。

桐ヶ谷忍 (2017-02-12):

三浦果実様 改めて、コメント頂きありがとうございます。 また、古い作品を覚えていてくださってありがとうございます。 ただ、私の中では、三浦様が挙げて頂いた二作は自己評価の低いものだし、およそまともな精神状態で書いたものではないので そういうものと比べられ、求められてしまうのはキツイものがありますねぇ…。 ともかくも、この詩では情念がはっきりとは伝わらなかったという事で、精進します。

桐ヶ谷忍 (2017-02-12):

双葉月ありあ様 コメント頂きありがとうございます。 全く思いもよらなかった箇所をお褒め頂き、こちらもドキドキしました。 細部に渡ってお読みいただきありがとうございます。

まりも (2017-02-13):

桐ヶ谷忍さんへ 雑談コーナーを読んで、気になったので来てみました。 「面白くない」と言われたら、確かにムッとしますよね。あんた一人のために書いてんじゃない、と言いたくなる。 なぜ、面白くないんですか、と、ストレートに聴く権利もある、と思います、作者には。でも、非建設的な、感情的な応酬になったら、いやだな・・・と、放置してしまうかもしれない(内心、ムッとしつつ。) でも、もし・・・展開が予想内に収まってしまう、そこが惜しい、もっと面白くできるはず・・・というコメントだったら、どうでしょう? 花緒さんの評の通り、とても完成度の高い作品だと思います。クラシック音楽でいう、コーダが、きちんと収まっている。安心して読める。でも、意外性というのか、予想外の展開を求める人にとっては、もの足りないかもしれない・・・。 語り手の「私」が、もう一人の「私」を、埋葬する、わけですが・・・もう一人の「私」は、最後まで「物」として、身代わりのままでいる。もう一人の「私」の感情を解放してあげることができたら・・・と、思いました。 かといって、人形に血が通っていたり、突然手をつかみに来たり・・・涙を流したりしたら、それこそ安っぽいホラーになってしまう。一年後に、この場所に来てみたら、不思議な花が咲いていて・・・とか、埋める時に人形がふっと重くなり、その瞬間、自分の中に刺さっていた棘が、すうっと溶けるような気がした、というような、事後の体感、内観があったり・・・人形たちが反乱を企てたり・・・というような、自由な展開があると、また、別の面白さが出るかもしれない、と思いました。埋めた時、なぜか懐かしい匂いがして、気持ちが安らいだ、とか・・・その場に木が芽吹いて、私にはわからない、でも、心地よい葉擦れの歌を歌っている、などなど(もちろん、これはあくまで提案であって、いや、バシッと決めたいのだ、そうした方が書き手の気持がしっくりくるのだ、ということであれば、一番、そのようにするのが良いのだと思います。) 人形(として、「私」のかたしろ、になっている物の声)が、何かの形で(人間の声、でなくても)聞こえて来ると、風がもっと通うのにな、と思いました。私は、感情の強度が足りない、といつも言われる方なので・・・桐ケ谷さんのように、感情をぶわっと溢れさせるような、そんな書き方ができる人、スゴイと思います。

コーリャコーリャ (2017-02-14):

生きる、ということは、死ねないということ。それは約束だ。約束だが、私は深い穴で眠りたい。だから人形を買う。人形はどれも姿形が違う。なるべく私に似ているものを選ぶ。似ているといっても、どこか似ているものであればいい。 人形は微笑んでいる。私も微笑む。人形に私の名前をつける。髪の毛はそっくりにカットする。死化粧をしてから、ハサミを持って何度も胸の辺りに突き刺す!何度も。何度も。 私は死ねないから、人形を殺す。箱に戻して、赤の絵の具をぶちまける。そして、謝る。かわいそうにと言って涙をながす。うらやましい。と涙をながす。そして深い穴をまた掘り、たくさんの同じものと同じように埋める。

桐ヶ谷忍 (2017-02-17):

まりも様 2度もコメント頂きありがとうございます。 えーと…ムッとはしませんが(する場合もありますが)、困惑してしまいますねぇ。 それに今回に限って言えば、何もかも面白くないという趣旨のコメントを頂いたので それはもう相性が悪かったと諦めるより他にないと思いました。 とはいえ、もし今後反論したいコメントを頂くことがあったら、遠慮なくさせてもらうつもりです。 さて、まりもさんの、この詩に付加するアイディア、非常に面白かったです! なるほどそういう展開もあり得たか、と唸りました。 ご提案下さったアイディアを一つ一つ考えてみましたが、例えば一番面白いと思ったのは 「埋める時に人形がふっと重くなり…」なんですが、重くならないという結論しか出ませんでした。 なにしろ詩の中の「私」はまた明日も自分に似た人形を探しに行くでしょうから。 というか、ああこの女まだまだ同じこと繰り返すぞ、って読み取れるように書いたつもりなのですが そこが伝わらなかったのは私の明らかに力量不足です。 頂いたアイディアは面白いのに、私にはこれがもう完成型として終わってしまっているので 書き直しようがなくて、大変残念です。 ただ、もう一度、これで本当に完成として良かったのかとか、いちから書き直して別の作品になるかもとか 自問する機会を与えて頂いた事に深くお礼申し上げます。 ありがとうございました。

桐ヶ谷忍 (2017-02-17):

Kolya様 コメント頂きありがとうございます。 要約して頂いて、これは自分でもする事なんですが、書き終えてから数日から数か月、あるいはそれ以上経って 読み返すと、たったそれだけのことを書くためにこれだけの文量を必要としたのか、と後になって落ち込むことが しばしばありますが、他人様からこうやって要約して頂いたものを拝読したのは初めてです。 私のモットーとして中学生でも読める詩を書きたい、というのがあるので、必然的に読み手の読解力を試すような 詩はあまり書いた事がないし、さほど書きたいとも思ってません。 Kolya様の要約は、実に簡潔で、しかも私が押さえてほしいところを、きっちり拾い上げてくださって 嬉しく思います。 ありがとうございました。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-02-24):

こんにちは、百均です。 「人形」を見つめる眼差しが凄く切ないと思いました。人形と私の関係性がこの作品は的確な筆致で静かに描かれていて好きです。物であり人ではない「人形」と人でありながら少しずれている「私」の関係性を「外見」によって最初は繋げようとします。次に、名前を付ける事によって「人形」と「私」の関係を接近させようとする。でも、人形は物であるから、人である私にはなれないんですよね。 それは人形には生死を持ちようがないという事。それから心、感情も同じで、人形は私のように何かを思う事は出来ないという事。どれだけ外見が私に似ていたとしても人形は私になれないし、私は人形になれないという事。つまり「似ている」という所から「同じ」という所には立てないという事。 この作品では、人形は殺されないんです。ただはさみで刺されるだけ。感情を覚えるのは私だけなんです。人形は私に感情を向けてくれる事はありません。それは「似ている」という表現が持つ私と人形の間にある埋められない大きな溝があるからです。物は物だし、人は人なんです。そういう意味において、人形と私は友達になりようがないという事です。それは人形のように命を持たずにすんだり、感情を持たないようになりたくてもなれないという事。人間である以上それを捨てる事は出来ないという事です。 この作品といい意味で真逆の歌を最近見つけたのでそれを紹介して終わろうかなと思います。 amazarashi 「命にふさわしい」https://www.youtube.com/watch?v=HEf7p_7MjkM 人形には生き死にがありません。ならば、生死を、感情を、与えたら彼らは命を、生きるという事をどう捉えるのだろうか、という作品は結構出てくると思うんですよ。それは人間の持つ命の大切さを伝える為には、人の形を模した何かを通して伝えるが一番早いからだと思うんです。でもこの作品は、命や感情のない、人形に自分もなりたいという心(これが切ない)を描こうとしている。だから人間側から描いてるし、だからそこに必然性を感じるのかな、と僕は思ったので、なんだろうな、逆もいいなと思ったのです。

桐ヶ谷忍 (2017-02-24):

百均様 まずは何日にもわたり悩ませ、このようなコメントを頂けた事に感謝します。 私の詩作品と、百均様のコメント作品、正直負けた…と思いました。 詩作品以上に深い考察をして下さり、有り難いやら恐れ多いやらなのに 悔しい気持ちもあります。 百均様の考察にあたうかどうか分かりませんが、改めて私も考えてみました。 私は記憶にある限り、誰からも人形を贈られた事がありません。 両親は子供の遊び道具に金を使うなんて無駄だとしか考えていなかったようで、人形は勿論、ぬいぐるみも、親元にいた時は手にした事がありません。 だからでしょうか。人形というものに憧れと、そしてそれは望んでも手に入らないという憎しみのような相克する感情があったのだと思います。 結婚した今も、未だに人形というものを手にしておりません。 いまさら人形を欲しがる歳でもないし。 何度か書いた事がありますが、私は考えて詩を書く事が出来ません。 日々言葉にならないものを蓄積していき、ある時突然、その言葉に出来なかったものが、情景や幾つかのキイワードとしての少しの言葉の連なりが降ってきます。 私がこの詩を書いた当時、狂人から、やっと少しマトモな思考が出来る程度に回復した時でした。 ある程度のマトモな思考の末は、死にたい、それだけでした。けれど死ねない。 たぶんその時、友達が一人もいなかった幼少期に切実に欲しかった「友達代わり」としての人形が、どういう経路を辿ったのか分かりませんが、「身代わり」にすり替わって、この詩が出来たのだと思います。 …どうも、自分で書いた詩なのに、やはり明瞭に分かりません。 「思う」と推察できる程度で、実際のところ、私は人形というものにどんな感情を抱いてこの詩になったのか不透明です。 「命にふさわしい」観ました。 私はホラーとかグロテスクなものが大の苦手で、目を逸らし逸らし観ましたが、歌詞とは裏腹に、MVの人形が破壊されるのを観て、すごく怖かったし、おぞましかったし、哀れを通り越してショックでした。 なのに、この詩に相通じるものがあるみたいで、己の残忍さを突き付けられたような気持ちになりました。 (それにしても素晴らしい歌詞ですね) ショックでしたが歌の紹介と、深い考察に、改めてお礼申し上げます。 ありがとうございました。

右肩ヒサシ右肩ヒサシ (2017-02-24):

桐ヶ谷忍さん、こんにちは。 僕は他人というのはみんな自分の似姿の人形だと思っています。毎日毎日、自分以外の人たちが凄まじい数で亡くなっていきます。他人が死んで自分が生きている、ということが既に自分の身代わりのような気がします。無関心や鈍感というナイフで、僕らは日々刻々と誰かの「掛け替えのない死」を踏みにじり切り刻んでいるとも言えます。そして僕自身もいつかそういう他人の似姿となって、一方であまりにも重い自分の死を引き受けていくのですね。恐ろしいことだけれど、当たり前のことでもあり、僕たちは宗教とは別の次元で自分なりの祈りと謝罪を何処かに持っているはずです。 覚悟を決めて生き切る。そういう不条理をきちんと受け止めきれば、総ての人形が微笑みかけてくれるかも知れない。せめてそんな夢想をしてみます。

クヮン・アイ・ユウ (2017-02-24):

桐ヶ谷忍 様 はじめまして。私はクヮン・アイ・ユウと申します。作品を読ませていただきました。拙いコメントですが書かせていただければと思います。 本作からは、作中の「私」の自己嫌悪が読み取れました。「共通点」からも「薄っぺらな笑顔」という言葉からも、そして何より刺す行為から。 ある時期に、自分や誰かと不本意な約束を交わした。その時から、生きながら死んでいる自分で居るということにも気がついている。そしてその事実が、ますます嫌悪感を強めているのではないか、そう思われました。 では果たして、本作は「私」の絶望が描かれた詩なのだろうかと考えました。 最終的に、私はこう考えました。 そこかしこで眠っている人形たちに名前をつけるとしたら、「生きたい」ではないかと。 すみません。かなり自由に書かせていただきました。読ませていただき、ありがとうございました。

桐ヶ谷忍 (2017-02-25):

Migikata様 コメント頂きありがとうございます。 頂いたコメントと少しずれるかもしれませんが、昔、自分以外の人間は本当に「生きて」いるのだろうかという恐怖を詩に書いた事があります。 例えば長い間、悪意を向けられる対象として生きてきた事や、例えば新宿の雑踏を歩いていても誰ともぶつからずスッと通り過ぎていく人々、 彼らは私を「消す」為にプログラムされたヒトガタ、彼らは本当に私と同じ人間なのかと、病気がひどい時に病的な妄想をしました。 「生きて」いる人間が本当に生きているのか怯えていた経験があります。 逆説のようですが、死んだ人間にこそ私は「生」を強く感じました。死んだのだから「生きて」いたのだろう、と。 生きている人間には感じられない命の重みが、死んだ事によって感じられる。 私は時々、鬱状態になるとテレビが見られなくなります。ニュースが伝える人の死が恐ろしくて泣き出してしまうからです。 なのに自分の死については全く重みが感じられません。ただ、私には感じられないけれど、私の死の重みを懇々と諭してくれる伴侶がいます。 自分に限って言えば死は解放だと思っていますが、伴侶の命がある限りは生きていよう、と思っています。 Migikataさんの仰る「覚悟を決めて生き切る」は私には大変な苦痛ですが、仰られている意味とは真逆の意味で覚悟を決めています。 申し訳ありません、嚙み合わないレスをしてしまいまして。 Migikataさんのコメントが非常に面白くて、いらぬ話をしてしまいました。そしてそのように考えて生きられる人間になれたらと願いました。 どうもありがとうございました。

桐ヶ谷忍 (2017-02-25):

クヮン・アイ・ユウ様 コメント頂きありがとうございます。 仰る通りです。うんうん頷きながら拝読させて頂きました。 この詩から深く丁寧に掬い取ってくれて嬉しく思いました。 ただ、そうですね、 「そこかしこで眠っている人形たちに名前をつけるとしたら、「生きたい」ではないかと。」 Migikata様へのレスと被ってしまうのですが、敢えて言うなら「生きたい」というより「生きなければならない」かなあ、と思ったのですが でも今一度考え込んでいたのですが、いや、やはり「生きたい」なのか? と。 すくなくとも、この詩の話者は「生きるために」人形を身代わりにしているのですから、やはり「生きたい」という事なのではないのかと 考え直しました。 示唆に富んだコメントありがとうございました。

なかたつ (2017-03-12):

 人形に感情はありません。だから、「わずかな共通点でも、あれば良い」「私に似た人形を探す」を探す作業は私の見た目を元に探すしかないのです。それでも、この私は「私と同じように髪の毛を切りそろえ」て、人形をより私へと近付ける作業をします。そこまでして、私に似せる必要性はどこにあるのでしょうか、そんな疑問が湧きます。  そして、もう一つ湧き立つ疑問として、どうして私は人形をめった刺しにして、私自身を傷つけることができないのでしょうか。それは、「死にはしないと約束してしまったの/私と、あの人に約束してしまったの」という約束があるからです。それがどんな約束であるのか、あの人は一体誰であるのか、それは私のみ知るものですが、ただわかるのは、その約束が私にとって到底破りえない約束であり、無残な姿になった人形を見て「なんと、うらやましい」と抱く感情から、その約束に対して後悔していることがわかります。  最後の連は、果たして誰の声によるものでしょうか。私でしょうか、それとも、人形が私に対して語りかけているのでしょうか。「お前に似た、同じ名の人形が」というのは、私が人形に対して語りかけているだけでなく、人形が私にかけて語りかけても成立するものです。だからこそ、この作品に対して「ホラー」という批評が成り立つのではないでしょうか。  同じような人形を何度も買って、何度も繰り返されるこの作業は、私の「約束に対する後悔」という無意識的な感情がそう動かしているわけですが、それでも、私を傷つけずに人形に執着するあたりが、私の冷静さというものが垣間見えるように思えます。そう思うと、勝手に位置付けたものではありますが、「約束に対する後悔」が昇華され、そこに目的はなく、「人形を傷つけること」そのものが私にとっての目的化(惰性化、習慣化された行為)されているようにも思えます。私は私を傷つけることができず、いくら人形を私に近づけようとも人形を傷つけることしかできない。約束を破ってしまいたいなら、人形を私に近づけるのではなく、私が少しでも人形に近づくことによって、ようやく私は私でなくなり、私が人形になることによって、この私が繰り返される行為から脱却できるのだと思います。

桐ヶ谷忍 (2017-03-12):

なかたつ様 コメント頂きありがとうございます。 すみません、私は自作を解説する事が不得手に加えて、一定の年齢の人が読めば誰でも簡単に読める詩を書く、というのをモットーにしている為 こんなに細かく解析して下さって、嬉しさと同時に驚きがありました。 なるほど、そんな読み方も出来るんだって。 ちょっと考え込んでみたのですが、私には自傷行為を繰り返していた時期がありました。 でもそれを泣きつかれて禁止されてしまいました。次にまた自傷行為をしたらどうするかという、私には受け入れ難い半ば脅し付きでの禁止でした。 自分に向けてはいけない行為の代替品として私は薬をたっぷり服用していましたが、この詩の語り手はどうなのかな。 なかたつ様の仰る通り、語り手が人形のように心をなくすかもしれないし、或いは時間が経てば人形を代替品にしなくても良い日が来るかもしれないし。 すみません、本当に解説が出来なくて…。 でもとても驚きに満ちた面白い解釈をして頂けた事に感謝します。 ありがとうございました。


午前五時の群青   

樹咲サキ 
作成日時 2017-02-11
コメント日時 2017-03-12

 

夜を侵す目映さに 君を見失う午前五時 立ち尽くす僕の影に 群青は消えた 闇の中踊る街 僕の眠る場所が無い 部屋の片隅 褪せた写真が 燻んだ心を慰めた 放り投げた感傷が 星屑となって落ちてくる 楽園を追い出された二人は どこに行けばいいの 貴方となら死ねる 君は嗤うけど 波打ち際 弱い僕は 必死にもがいてる 夜を侵す目映さに 君を見失う午前五時 二人の間流れる調べは 絆を絶つ冒涜の歌か 空を仰ぐ瞳の中に 最後の明星が見える 立ち尽くす僕の影に 群青は消えた


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三浦果実三浦果実 (2017-02-11):

真夜中に眠ることの出来ない人びとは午前3時になると、詩を詠んでみたくなる。これは、定説です。しかし、午前5時の定説を私は知らない。 もしかしたら、当作品「午前五時の群青」で語られる消失感が覆う世界なのかもしれない。一読した印象としては、感情が全体を支配しており、真夜中に読むとまた受ける印象が変化するかも。少し、読者からの欲を言えば、真昼に読んでいても暗闇に連れ込むような、街を急変させる雪雲のような、強引な作者の意図が薄いかなと、私の主観ですが、そんな気がしました。なんか、でも、いい。是非、今後とも。

花緒 (2017-02-11):

わかりやすく読めます。午前5時、という切り口、気に入りました。朝でも夜でもないという宙ぶらりんな心情でしょうか。夜なのに夜でない白夜のようなイメージでしょうか。朝が来ないという絶望でしょうか。本作とはあんまし関係ないのかもしれませんが、夜を忘れなさい、というタイトルのエレクトロニカ(www.youtube.com/watch?v=bcev0OyESGc)を思い出しました。夜更かしなクリエーターが夜でもなければ昼でもない感覚を描いた楽曲。午前5時という隠喩をもう一段、深いものにできると、さらに優れた作品になる気がします。

もとこもとこ (2017-02-12):

あくまでも個人の感想なんですが、この詩は第二連からスタートしても良かったのではないでしょうか。そして最終連の「二人の間〜最後の明星が見える」までを第三連として、第一連を最終連にする構成が私にはしっくりくるのです。 ちなみに今の季節なら午前五時は闇の中ですが、谷山浩子の「てんぷら★さんらいず」では新宿駅のホームに赤い朝陽が散らばる時刻であります。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-03-02):

この作品のいい所は群青がちゃんと消えた所。それを僕が綺麗だなと思えた所。それだけだと思うし、そこにポエジーがあると思いました。真ん中二つの連は、そういう意味で情景としては、僕には弱く見えるけど、そういう所を覆すくらい群青が綺麗。ストレートで心に響きました。心動かされた。

なかたつ (2017-03-12):

 「午前五時」について皆様もご意見を寄せておりますが、この時間に対する意味合いはこの詩の中で表されているので、説明してしまうとその意味合いが色褪せてしまうことがあることを承知で、僕なりに読み解きます。  この詩における「午前五時」は、夜と朝の狭間です。夜でも朝でもなく、「立ち尽くす僕の影に/群青は消えた」時間でしかありません。夜の時間帯は、日の光がなく、僕に影はできませんが、朝、日が昇ると僕の影が現れると同時に、「闇の中躍る街」が照らされて、その闇は消え行きます。つまり、街は闇の中で踊っていたと同時に、闇は街の中を覆っており、現れゆく僕の影にその闇が集約されるように消えてゆく、その瞬間が午前五時なのでしょう。  僕の影も街を覆う闇も僕の意思で動かせるものではありません。午前五時以前は、ひたすら闇に覆われているわけですが、その闇を照らすものが唯一「星屑」なのでしょう。ただ、その星屑は闇を振り払うほどの力はなく、また、僕にとっては決してよいものではありません。闇が僕の意思で動かせるものではないと同時に、それを振り払うためにも僕の意思とは関係なく訪れる午前五時を待つことで、その闇=群青が消えたのでしょう。  また、この僕は闇を振り払う希望を見捨ててはいません。「空を仰ぐ瞳の中に/最後の明星が見える」のですから、おそらく僕を照らすことによって、僕の影が現れ、群青が消える。僕の影があるということは、同時に、僕を照らす何かがあるということ。  必死にもがきながらも何かを諦めきれないでいる僕。確かに必死にもがいているのですが、時には僕の意思とは関係ないものに希望を託すことで、状況は好転するのかもしれないですね、そんなことを感じさせられました。


未来の私   

右肩ヒサシ 
作成日時 2017-02-23
コメント日時 2017-03-11

 

緩んだ私の奥の むず痒いところ 死の国は今日も 濁った古い池のかたち 音もなく その水面に 映り続けているところ 河骨の花の、照らす黄色い死に際に 死臭の綾なす道よ 丸い葉と曲がった茎と か細く太い道の辻を 黒ずんで痩せた小さな鯉が行く 右へ行けば左、左は前で前から上へ 下から回り斜めに抜ける 花の実体、葉の鏡像 死んでしまった私が今や 甘くつぶやく泡の ぴんくの泡の もうどうなってもいい泡に 囲まれて動かなくなる ぴくりとも 動けなくなる 中身のない思い出が 口を閉じて語らないまま繁茂し 葉脈を分岐させながら ひたすらに裸の背中をなで下ろす 気持ちいい 気持ちいいけど気持ちいい そういう 匂い、うろんな幸せの水を すいっと抜ける釘のような形の 魚影が もう少しだけ未来の私 死の国の死の国な私


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もとこもとこ (2017-02-23):

人は誰でも最後に死ぬ。筆者は自らの未来に訪れる死について考える。彼にとって死の国は濁った古池のイメージだ。密生した河骨の迷路を泳ぐ小さな鯉。筆者は鯉であり、繁殖する河骨であり、濁った古池でもある。死の国で死の国と同化することにより、死の向こう側へ突き抜けてしまったかのような「私」は、実に静かで穏やかである。 最初に読んだ時はまずつげ義春の「沼」、それからジャックスの「からっぽの世界」を連想しました。後者は海が舞台ですが、私の中では非常に近いイメージだと思えました。試しに聴きながら再読してみましたが、つげ義春風に言えば「あなたすてきよ。いいかんじよ」でありました。

右肩ヒサシ右肩ヒサシ (2017-02-24):

もとこさん、コメントありがとうございます。 そう、その通りなんですけど。「あなたすてきよ。いいかんじよ」は「海辺の叙景」ですね?森田童子の「雨のクロール」ってのもありましたね! 書いたときには思いもよりませんでしたが、そういわれてみればこの系列の末端に連なっているような気もしないではありません。

三浦果実三浦果実 (2017-02-24):

黄泉の国が描かれてあり、懐かしい気持ちになりました。migikataさんもご存知な通り、右も左もわからなくなってしまいがち。ただ、migikataさんも、もしかしたらお持ちだったかもしれませんが、探査用のかなり精度が良いMSUを私は実装されてたもので。助かりました。 『気持ちいいけど気持ちいい』そうだ。まさにこの言葉の通り!こんど、バビル二世と食事をする機会があったら、この表現をお借りしたいと思います。とても気に入ったんです。 失礼しました。 migikataさん.二回目の投稿ありがとうございます😊

右肩ヒサシ右肩ヒサシ (2017-02-24):

三浦さん、コメントありがとうございます。 黄泉の国の昏い快楽とはそういうものなんですよ。自分が何を考えているか、まるでわからないのです。池の中のポセイドンもそう言っています。ロプロスは空を飛び、ロデムは変身地を駆けるのです。三つの僕っていうとナウイけど、桃太郎とどう違うのか?選ぶところはない、ってヤツですね。 人間はしょせん最期は1人で鬼の征伐に行き、未だ帰ったものはいないわけです。

花緒 (2017-02-25):

Migikataさんの散文詩以外の形式のものを初めて読ませていただきましたが、感銘を受けました。黄泉の国という古めかしい話を書いていらっしゃるようで、ものすごいポップセンスを感じます。リフレインしながら、少しずつ変わりながら、渦巻きを描くように進んでいく書き方と内容がマッチしていると思いました。

クヮン・アイ・ユウ (2017-02-25):

Migikata様 はじめまして。作品を読ませていただきました。拙いコメントではありますが、書かせていただきたいと思います。 葉や茎に対してですら、生々しいにおいを感じる詩であると思いました。 >>「右へ行けば左、左は前で前から上へ 下から回り斜めに抜ける」 この箇所から、現実と非現実を区別する自らの機能に混乱を感じたのですが、それすらどこかで心地が良いから大変不思議です。 >>「気持ちいいけど気持ちいい」 この箇所についても、ある種の倒錯性に似たようなものがうかがえて、大変面白く読ませていただきました。 読ませて下さり、ありがとうございました。

右肩ヒサシ右肩ヒサシ (2017-02-26):

花緒さん、コメントありがとうございます。 実は行わけのものもたくさん書いています。宜しかったら文極でご覧下さい。 行分けにするとリフレインが多くなりますね。好きなんです、単純な音楽性。リズム音痴なので音楽といえば反復と変奏だ、という実に単純な思い込みがあるのかもしれません。 文中では「死の国」なのですが、日本神話に描かれる黄泉の国も気に入っています。暗くて臭いだけで、何もない汚れた世界。いいじゃないですか、それで。

右肩ヒサシ右肩ヒサシ (2017-02-26):

クヮン・アイ・ユウさん、コメントありがとうございます。 「生々しいにおいを感じる」と書いて頂いたこと。嬉しかったです。 実際にあるお寺で見た池が、この作品の発想の元になっています。 「目の前のもの」自体というのは言葉よりも魅力的ですね。ものがものの強度を保ったまま言葉の中に入り込んでくるような作品を書いてみたいと思っています。 「気持ちいいけど、気持ちいい」これは諦観というものです。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-03-04):

>魚影が >もう少しだけ未来の私 >死の国の死の国な私  この作品はレス書くのはちょっと難しい。だってそういう詩だからです。誘惑の詩だから。締めの三行これが本当にえげつないと思うんですよね。色々ゆるいイメージを誘っておきながら、最後未来と死を並列で並べて去っていく釘みたいな形の魚影が「気持ちいいけど気持ちいい/そういう/匂い、うろんな幸せの水を」を刺していくっていう締め方。これは怖い。文字通り釘を刺された。でも刺してくれなかったら危なかった。  多分死の国に誘われたんですよね、僕はそれを最後に引き戻されたんですよ。 >死の国は今日も >濁った古い池のかたち  この詩って本当に難しい。「死」という言葉がちゃんと色々な所に挿入されてると思うんですよ。しかも「濁った池」って言ってる訳じゃないですか、でもこの作品に描かれた池の周りの様子を見ていると、なんだか気持ちいいなと思っている「私」がいる。それは死の国なのにか、死の国だからなのか。気持ちいいから気持ちいいっていうのは論理とか理性の放棄なんですよね。つまり「死」という極楽浄土のイメージの混濁、死の国という非論理の持つ魅力、というものがトランス状態の最中で色々右肩さんに書き換えられていくような感じで、洗脳感された感が凄くあった。タイトルが「未来の私」というのも結構怖い。  そういう意味で僕はこの作品に操作されたんだなと思って、いや怖かった。

右肩ヒサシ右肩ヒサシ (2017-03-05):

hyakkinnさん、コメントありがとうございます。 おっしゃるとおり、「死の国」というのは、死んだものの主観で見た同じ目前の世界のことです。死んだものの主観というものは論理的に存在しませんから、脱自我という虚構が投影されるということになります。言い換えればそれは限りなく甘美な幻想です。でも投影される世界には必ず我々の存在から独立した実在という核があり、必ず主観を裏切ることになります。 この作品は「未来に滅ぶ肉体」と等価の「客体」が語る主体なき未来と 、「主体なき」と語り得る主体の欺瞞を告発することからなります。 と言ってみたけど、本当かな?精神的なポルノと、その自省と言っても同じかも知れませんね。

まりも (2017-03-09):

私の奥の、むずがゆいところ、という「もぞもぞ」した感覚と、湿潤な感じ、閉ざされた水、のイメージ・・・が結びついて、子宮口、その奥の羊水、実際の肉体というよりは、宇宙の肉体の持つ子宮・・・そんな感覚がありました。 暗い池に浮かぶコウホネの花のイメージと、文字が喚起するイメージが、うまく合致していると思います。

右肩ヒサシ右肩ヒサシ (2017-03-11):

まりもさん、コメントありがとうございます。 返信遅くなり申し訳ありません。 宇宙、ここでないところ。感知不可能だけれども実在するところ。考えているのとは全く別の何かで、考えたら考えるそばからことごとく否定されなければならない。そういう何処かについて考えることは愚かなことです。その愚かさを、愛しさと読み換えるための手段として辛うじて言語は有効かな、と思っています。 知性と技術から入って単純無知無能な凄みに抜けられたらいいな、と思ってやっています。


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