B-REVIEW作品投稿掲示板


🐦 パイロット・プラント   

仲程 
作成日時 2018-05-08
コメント日時 2018-06-30

 

🐦 Ever Green    ヒバリの声 天気の良い日 僕らのパイロット・プラントを 吹き抜ける風の音は あの日から変わらず ずっとあのままで 🐦 ネジ締めたろか あんちゃん大学出の新人か ゆくゆくは幹部やな まあ研修期間は「ご安全に」やな あ〜かっこ悪う そんなピチっとした作業服にするさかい ちょっと踏ん張っただけでケツ破れてまうねん まあ学校ではそんなこと勉強せえへんわな 敷地の隅の鳥居さん なんであるんかわかるかあ 大学出の連中が集まって綺麗な研究所の中で 最先端技術の開発もええけど こっちは溶けて真っ赤っ赤の鉄の側で 昼夜交代の ギリギリの作業しとんねん 「ご安全に」が挨拶になっとんのも そのためやっ     っちゅうねん それからな オッチャンらがな こないに毎日毎日真っ黒になっとるから ネクタイ締めとる連中の分まで給料出んねん せやのにあいつら なんでわしらの何倍も貰てんねんっ               っちゅうことをな   あんたらが偉あなっても ちょっとは覚えてて欲しいねん なあ工長さん      せやろ な〜ん お前 そんぐらいのボルト交換もでけへんのか 飯は喰ったんかいな 🐦 雲雀 雲の隙間から降りてくる やわらかい陽射しから 「  」 って聞こえた それが はじまりで それで おわりのようだった 結局 きみにとっては ってつぶやいた 空から あるいは心臓から 声が 声が 遠くの声が まだその声が 聞こえるうちに 両腕をひろげて こころを見せてあげなくちゃ 僕もだよ って 芝にしゃがみこんで それから 抱きしめるように 雲の隙間から降りてくる やわらかい陽射しのように そうね    って聞こえた それから 静かに抱きしめるように 🐦 40 明日からも僕は この道を行く すれ違う人の微笑みも好きで この道を行く ときおり 交差する人達の瞳も魅力的だが 僕はそこへは行けそうもない 今日も 胸が痛くなることがあった それなのに 夕餉の支度のにおいのほうが 涙が滲んでくるのはどういうわけだ さっきビワをいただいたのよ とどこからか聞こえてくる声にも 新人研修で部長が サラリーマンになると 毎日同じ日々が繰り返される と言っていたけど そんなことはないよ 今日も胸を痛めることがあったんだ 明日にはもうない命が 今日まであったんだ 抱きしめることを忘れないで 愛しいものを 抱きしめることを忘れないで 消えてしまう前に 抱きしめることを忘れないで そうして 消えてしまう前に 抱きしめられることも忘れないで 明日からも僕は この道を歩いて行く それでも同じ道ではない 今日生まれたものがある 明日生まれるものがある そして 消えるものがある 消えてしまうものがある 🐦 人生劇場 用は足したのですが ちょうどうちの部屋の若いものが廊下で 口喧嘩をはじめましたので 出るに出られません 原因は私のだらしのなさで その尻拭いを 誰がやるのかともめてるようで 出るに出られません そのうち仕事の話が痴話になって そうかこの二人はできていたのか 仕事はきちんとしているので なんの問題もないけど とても出るに出られません 大きな声もあげられない状況で 抑えた声はすっかり聞き取れてしまって そりゃたわいもないことで 湯飲みがひとつ割れる音がした 人それぞれやね  とつぶやきながらようやく よいしょと腰をあげて どんな顔して部屋に戻ればいいのかなどと 帰りに給湯室を覗くと 割れているのは私の湯飲みで ちょっとだけ救われた 🐦 にせウルトラマン まあ、まあ、まあ と 作り笑いでなだめる その中腰こそが よっぽど役に立つ 世界平和のポーズ そこから発射される光線で 僕らはみんな怪獣を辞めて 頭をポリポリと掻いてしまう いや、いや、 こちらこそ どうも、どうも で こんな日は 街の灯がまたたき始める頃には 早くお家に帰ろう と思うのだけれど 僕らのカラータイマーの単位は相対的で そんなもの付いてないのが本物だよ とつぶやきながら まだ 帰れない 守るべきものなんか出来たらなおの事 たとえ胸の辺りで光り出しても 気付かぬ振りをしながら もう 昨日の自分にさえも 戻れない 🐦 よるのひるね 夕方のラッシュに逆ろうて 工業地区行く電車に乗る 降りた駅ですれ違う人たちに ご安全に 言うて 構内に入っていく いつもの事や ほら若い連中がまたはみ出して歩いてきよる ご安全 の意味 忘れてもうたんか て いつからわしが言う側になってもうたんや ニホンはモノづくりでなんぼの国や ほんで ここはモノづくり現場や わしらは2交代やけど 昼も夜も製鋼所は寝やへん て 言うてはった先輩 明日から夜勤はのうなってしまいます なんかすんません て わしらごときが言うても せんなきことやけど 午前0時の昼ごはん 初めて食うたんは天ぷらうどんやった あれはうまかったなぁ 最後も それにしとくわ ほんで いつものよう 仮眠室にもぐりこんだはええけど あれこれせんないこと 頭ん中ぐるぐるしとって 最後のひるねはでけへんかった ひと働きしたら もうすぐ朝日が昇る おつかれさん おはようさん ご安全に おやすみなさい いう最後の朝 ネクタイのラッシュに逆ろうて ひるねでけへんかったから ふらふらや 頭よりも心までも 🐦 グッド・モーニング 笑顔は その下の無数の筋繊維と毛細血管だけじゃなく いろんなことも隠してくれているようだ 第二製鋼所もとうとう夜間休止だという朝でも 工長のおっちゃんはいつもの調子で 次の夜にはいつものように グッド・モーニングなんて言いながら 会える気がした となりの浜洲は 運河を一本はさんだだけなのに 製鋼所とはまるで気圧が違っていて 十年前に造船会社が引き払った土地に どこかの絵本の挿絵のような偽物を作り上げて 鉄錆や焼き鳥屋の匂いは もうとっくに消えてしまった 聞いた話では夕闇の頃から ロールパンの武器を手にしたヒーローの行列が 坂道をゆっくりねり歩き その後ろからゴミを捨てられないように お掃除ボーイ&ガールが踊りますとのこと そして、やたら腰の細い係員が たぶん 笑っていないのに笑顔で 僕の彼女は 運良く僕が もうスラグや油で汚れることも夜勤もない部署に移れたと 頬の色を染めて喜んだ けれども僕等は 金曜の夕方  彼女が前から行きたがっていたそのテーマパークに 引っ張られて行ってみると ロールパンの武器を手にした工長が グッド・モーニング  って笑ってた 笑顔のその下には無数の筋繊維と毛細血管があるように 🐦 パイロット・プラント    ヒバリの声 天気の良い休日 芝生に寝転がると 無造作に配置された 数基のパイロット・プラントに吹く潮風は いつも違う声を響かせた 石炭液化システムは あの頃の技術研究の星で 無駄を究極に省いた姿は美しい おそらく日本中のあちらこちらの化学工業の研究所に 同じ光景が広がっていたのかもしれない    またひとつの山がなくなりました。 ススだらけの作業制服を着続けるのを諦めたことに 理由はない 部長が本社に 行って 帰って そして パイロット・ランプをOFFにしただけで それから 僕らのパイロット・プラントを吹き抜ける風は いつでも同じ音になった    またひとつ山が消えました。 間違ってはいない 間違ってはいなかった あの沈んだ顔で山を後にする幾人もの姿に 笑顔を取り戻させるはずだった 今では オイル・ショック時代の風変わり な史料としての説明板だけが貼られ しかし そんなことではなく そんな小さなことではなく もっと大切なことのために 大切な人達とその家族と 少なくとも 間違ってはいなかった    ついに         最後の山が消えます。    ヒバリの声 天気の良い日 僕らのパイロット・プラント 無駄を究極に省いた姿は美しい 吹き抜ける風の音は あの日から 変わらず スーツの僕らが いくら歳を重ねても 忘れないように 変わらず    


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まりも (2018-05-10):

ひとつひとつの作品はとても魅力的で・・・小詩集のように読んだのですが、ひとつひとつの良さが、これだけ並ぶと、お互いに重なりあい、消しあってしまうような気がして、ちょっともったいないと思います。 違反してはいけない、というような「縛り」ではなかったと思いますが、3000字というのは、紙媒体の詩誌の見開き四ページくらいにあたる分量だと思います。 会社での困惑や、大阪弁?を軽やかに「ひょうげた」調子で取り込んだ作品群と、ひばりに象徴されるような心模様を描く作品、と、とりあえず仕分けしてみてはいかがでしょうか。

仲程仲程 (2018-05-10):

まりもさん  お読みいただきありがとうございます。  恐縮でございますが、文面量についてはやはりそうですよねと思います。今月もうひとつの拙投稿文と合わせてご容赦いただければと存じます。(進言する身ではありませんが、)であれば、一行20字、160行以内、あるいは一行40字80行以内とされてはいかがでしょうか。と、ここに書くのも、間が悪くてすみません。  消しあってるというご意見は、他者の目のほうが正しいと思いますので、そのとおりかと思います。かといって雰囲気でふたつにわけるのもできないかな と思います。やはり、一編ずつ出すのが正解なのかと思います。(まとめるという作業自体は楽しかったです。)  ありがとうございます。

仲程仲程 (2018-05-10):

小鳥の絵が、IE以外ではかわいくなくて非常に残念です。

こうだたけみ (2018-06-28):

ゴルで見たことのあるタイトルがいくつか出てきて、これ前に読んだかなあ、どうだったかなあ、なんて思いながら読みました。これ一つで、手のひらサイズの小詩集って感じですね。 「ご安全に」っていう挨拶、いいなって思いました。

仲程仲程 (2018-06-30):

こうだたけみさん お読みいただきありがとうございます。 人生劇場、にせウルトラマン、よるのひるね、グッド・モーニングがゴルでした。ずいぶん昔のことのような。 「ご安全」は現場ではふつうの挨拶です。 ネットでも使いたくなるときがあります。


瞬間の話をした子たち   

はさみ 
作成日時 2018-05-16
コメント日時 2018-06-28

 

繋がれたスピーカー、俺らはフリーター、サラリーマンだらけ西口公園。悲しいからって生き抜いてこうぜ。池袋、魅せるフロウ、消え行くものを、とらえるサーチライト、単に愛情、感じたいと、不安になりながらも、光になれないブロードバンド。ライブじゃなくてもスポットライト。こんなイケてない俺ら、イルミネーションの下には、やっぱ、いる意味ねえよ、つって、ステージに上がりてえ。スゲー仕上がりてえ。いぇーいぇーいぇー。イルミネーション。イミテーション、はしない。知りてえこと知るために生きてんの。お説教よりは耳にいいですよ。だって俺らは生き字引ですよ、イきることのコツを知っている。二つの意味で。みたいな感じ。勝つな負けるな戦うな。かつ怠けるな。ただただ歌う。だって相手はなんだかわかんないもん。変わんないもん。そうこういってるうちに朝になりそう。たまんないよ。 真っ白な キャンパスを 汚してしまいたくなるのと 似たような感覚で たぶん君は 煙草を飲むようになって もう後戻りはできない ということにして 嫌われて迫害される ことを選んできて それでも誰かが現れて それでいいんだよ だけどもういいんだよ、と 言ってくれるのを 待っていたんじゃないだろうか 回転する地球、回転するターンテーブル。時計の針、に、止めどがない俺の頭に、それ以上何がある。何にもない。感じときゃいい。愛しときゃいい。大志を抱き大器を成しライミングの価値と、足と、まりそう、だしもう、何も、恥も張り飛ばしとこう。先の先の方。最後に何を思う、つったら、愛と悲哀。あの子にあえるかもバイト次第。疲れたけどうわべだけのふざけたゲームを放棄。レップするホーミー。テイクするストーリー。制服のモンキーに冥福を祈り。殺すのは俺じゃなくて奴らが勝手に死んでく。正しくあればすべて解決してく。たぶんね。 街中で好き勝手に 音楽を流して そこにないものの 話をしてた 言葉を吐き出すことを 見たことも 触ったこともない ショットガンに例えたりした 煙は上っていった 望んでいることを 成し遂げないと このまま大人になったって 奴隷になるだけだと 信じていた 満員電車の一部に なりたくなかったあの人は 結局は水族館の魚 みたいになっていて あるいは映画のスクリーン その向こうに なにがあるかという 頭で考えればわかりきったことが怖くて 僕らは確かめに いけなかったよね 別にいいよ、別にいいよ、MC、beat、決意、心臓、手首、傷も、ってるし、引導、テクニック? 実証、tell me, HIPHOP--イントロ陰と陽いつも振動。声を枯らすから水ほしいよ。 ことばにならないことばかりのこのものがたりのなかにおとがなりさらしたそのたましいとどかないならばものがなしいだからここぞとばかりにもっとやばいものをほんのちょっとばかり、想像と本当を越えたいんだよ 


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みうら (2018-05-16):

心情吐露的な作品であり、リズムをキープされていて、突き放されそうで突き放されないような親近感がありました。愚痴なようで根が反骨なようで、ニヒリズムなようでセンチメンタルなようで。横揺れのビートの空気感が漂っているなあと思いました。

はさみはさみ (2018-05-18):

三浦⌘∂admin∂⌘果実 さん ありがとうございます。 自分が見聞きして感じたことしか詩にしないぞ、という意気込みがあるせいか最近は何を書いても心情吐露的になってしまうようです。 これはほとんどの方が馴染みのない文化と思いますが、HIPHOPを志すラッパーたちが路上で音楽を流してフリースタイルラップで日常会話する、「サイファー」という集まりがあり、昨今のラップブームで私も興味を持ったので何度か参加してみた経験から、音として、特にリズムとしての言葉で、韻を踏むのを文章でも表現できないかと試してみました。 もともとHIPHOPが好きなため、書いているうちにラッパーの方々にどんどん感情移入してしまい書き終えた瞬間、私はラッパーでした。

北村灰色 (2018-05-26):

韻を踏んでいるラップパートと、何処か青さのある詩(詞)のパートの対比が良いなと思いました。私事ではありますが、最近ミクスチャーロックやエモ/スクリーモをよく聴いていて、そうした音楽が持つ青い冷たさと赤い狂熱の色彩感のコントラストがリンクしているようなきがしました。

はさみはさみ (2018-05-27):

北村灰色さん ありがとうございます。 深く埋もれていたであろうこの作を掘り出してコメントまでくださり、とても嬉しいです。 音楽を聴くのが好きなのですが、なぜかというとその音楽が訴えている感情的な音や言葉が、自分と調和したり、気分を変えたりしてくれるあの感覚が好きだからだろうなと思っています。 どうせだからまるで音楽みたいに空気が移り変わっていってほしいと思い、どことなく言葉が歌っているような空気感を目指して詩(詞)のパートを入れました。強いて言えば言葉だけで音楽をやりたかったです。 ただこれをひとつの文章として読んだときにあんまり魅力がないなと思います。いまのままだと詩としては幅が狭すぎたなと思いました。また挑戦します。

エイクピアエイクピア (2018-05-27):

最初の固まりがラッパーのこぎみよい作詩の様で好もしかったです。 次の固まりは白いキャンパス。「君」は煙草を飲むようになって。 三番目の固まりで、自己言及的に?ライミングと出て来ました。バイトのあの子など学生生活、フリーター的な生活が思い浮かびました。ターンテーブルも出て来ました。 四番目の固まり以降、まとめて論じたいですが、何か大人に対すると言うか、社会に対する反発、反骨精神も感じられますが、ショットガンに譬えたり、満員電車が出て来たり、MCとかbeat、タイトルの「子たち」の意味がおぼろげながら氷解してきたような気がしました。

はさみはさみ (2018-05-28):

エイクピアさん ありがとうございます。 サイファーに集まる若者たちはみんな俺らはHIPHOPだ、と言っていて、その実あえてカテゴライズすればほとんどの参加者が学生やフリーター、サラリーマンなど、見方を変えたら社会人の部類に入ると思います。 社会に属してはいるけれど嫌い、な人も多くてそこが反骨精神にもなるわけですが、ただHIPHOPという文化自体にも社会的な要素があってHIPHOPであれば逃げ切れるわけでもない。 それでも彼らは一瞬を掴むために音楽に乗って、身体を揺らしながら自由に言葉を吐き出しているので、ただの現実逃避とわけが違うと私は思い、社会に対する憂鬱とかネガティブな感情をひっくり返そうとしている誰かに焦点をあてて寄り添って、音楽的に詩を書いてみたかったのです。

こうだたけみ (2018-06-28):

挑戦している感じが、いいなって思いました。世阿弥が「風姿花伝」で学ぶことは真似ぶことなんて書いていますが、真似て、モノにして、はさみさん独自のものにまで昇華できたらいいですね。私も、真似ぶ姿勢を忘れないようにしようと思います。


ちくわ詩編①   

植草四郎 
作成日時 2018-05-13
コメント日時 2018-06-28

 

「とりあえず・・・」 深夜のファミレスで席に着くと おしぼりの変わりにちくわが来た 「とりあえずちくわでも揉んでおけ」 と言うことなのかな? 「キャンプにて」 寝袋と思ったらちくわだった 朝方、足がでていて寒い 「俺と犬襲撃事件」 犬に服を着せる人がいるが 俺はちくわを着せてみた すると散歩の途中 ノラ猫たちに襲われた 犬はちくわごと噛みつかれ 犬を守ろうとした俺は引っ掻かれ そのあと俺と身ぐるみ剥がされた犬は 泣きながら家に帰った 「飛び込む世界」 死を求め 体を線路上に投げたら 電車ではなく ちくわに跳ねられた いや ハマった ちくわは僕を挟んだまま さらに加速する 音を超え 光も超えた頃 僕は母の子宮から 世界に飛び込んだ時を思い出した 「愛とは」 ちくびだと思ったら ちくわだった それがどうした! きみを愛してる!


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西村卯月西村卯月 (2018-05-13):

植草さん、こんばんは。主体の人生のあらゆる場面に影を落とす、ちくわとは何だったのか―。私には呪いのようにも、何かトホホな業のようにも感じられました。描かれる各場面には特に繋がりもなく、一見ナンセンスのようでありながら、実は「それは人生のごく些細なことから重大な場面まで、あなたに影響しているのだよ」というメッセージとも受け取れます。考えすぎでしょうか? ちくわに邪魔され、自死すらままならない主体。最後には「ええい、もういい!」とちくわまで含めて愛してしまうところが好きです!

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-05-14):

稲垣足穂のショートショートや鴨沢祐仁の漫画を思わせる、すこしメルヘンのはいったナンセンスだなと ナンセンスって好きか嫌いかがはっきり分かれるジャンルだなと。それはその人がナンセンス自体を好むかどうかもだし、ナンセンスが基本的に好きな人でも作品によっては評価が全然違ってくる ってのはナンセンスって基本的に作者のいたずらなんだよね。組み合わされることのないモノまた状況にたいしそれをくっつける無邪気な行い。それに対し賛同や共にふざけられるかが評価の分かれ目になる。 同一キーワードを幾度も使うということでは岡野康弘氏のこの詩もあてはまる。(https://www.youtube.com/watch?v=z5FoQ6uVMQ4t=72s)開けばわかるが、コメント欄にて私が相当辛辣に点数をつけている。2点は私の中で最低点数。 正直植草氏のこの詩に対しての評価もこうなりかけた。そうならなかったのは上記のメルヘンさを後から感じることができたからだ。そういった+αがないと、ナンセンスの評価は芳しくなくなるね。

社町 迅 (2018-05-14):

これはシュールギャグというものでしょうか。私、これ好きです。 ちくわって、字面も形も面白いですよね。

藤 一紀 (2018-05-14):

こんばんは。いきなりですが「キャンプにて」が一番好きです。 「ちくわ」を「ちくわでないもの」にすること。「これはちくわ」だと思っていることを、もっといえば既成の概念で凝り固まっている日常の意識を壊す爽快感があります。しかも理屈っぽくなく、一息に跳躍する運動が一行のなかに感じられます。そして、次の行は現実味がある。非現実と現実がたった二行で現れていて、名人の手品を見るようです。

トレーシーローズトレーシーローズ (2018-05-14):

チクワは所与のものでありながら 既に 加工品であり 入口にも出口にも無関心で いやはやなんとも 手に余るものですね

植草四郎 (2018-05-15):

皆様感想ありがとうございます。私にとって「ちくわ詩」はエンタメをやろう、ナンセンスをやろう、ユーモアやギャグをやろう、と言う意識もあるのですが、より詩の予定調和を乱したいと言うか、言葉や文章の持つ美しさや調和を認めながらそれを裏切りたい捻くれた気持ち、軽微な悪意がございます。私、この手のちくわ詩が100篇以上ございます。また機会がございましたらよろしくお願いいたします。

asakurasosoasakurasoso (2018-05-16):

ちくわの情景が浮かんで、読みながらクスッと笑ってしまいました。 「キャンプにて」の足が出ていて寒いところは特に。 とにかく読んでいて面白く、ちくわ詩をもっと読みたくなりました。 意外なものと組み合わせるのはシュルレアリスムのようで、例が正しいか心もとないですが、ロートレアモンの「解剖台上のミシンと傘の偶然の出会い」を思い出しました。

植草四郎 (2018-05-16):

感想ありがとうございます!「キャンプにて」好評でありがたいです。私は自作のちくわ詩についてシュルレアリスム的というよりマジックリアリズム的といいますか、よりフィクションなものと考えております。などと言いましたが、そこらへん詳しくないので余計なことを申しました(汗)繰り返しになりますが感想ありがとうございます。

みうら (2018-05-17):

ちくはとブラックジョークを混ぜ合わせたとてもコンパクトにまとめられた作品だと思います。でも、もしよろしければ、差支えなければ、植草さんの極個人的な悲しい気持ちなんかが表現される作品なんかも読んでみたいなあ、なんて思います。 投稿有難う御座います。

asakurasosoasakurasoso (2018-05-17):

植草様 お返事ありがとうございます。異化効果ということでシュルレアリスムが最初に思い浮かびましたが、マジックリアリズム的に書かれたということで納得しました。次回のちくわ詩、その他の詩も楽しみにしています。

二条千河 (2018-05-22):

個々で読んでも楽しいのですが、総体として見ると、画の上手い芸人のフリップ芸(あるいは大喜利の回答)のようなウィットを感じました。 100篇以上もあるというちくわ詩、もっと見てみたい気がします。 そればかりだと、ちくわ詩人と呼ばれるようになってしまうかもしれませんが…。

植草四郎 (2018-05-30):

感想ありがとうございます!私は朗読活動もしているのですが、そのなかですでに「ちくわ詩人」と呼ばれております。「ちくわ詩人」というキャラクターを利用しながら、それのみに囚われず、徐々に活動・表現の領域を広げていきたいと思っております。

こうだたけみ (2018-06-28):

おもしろかったです。 「ちくわ詩人」ってすごいな。 ますますのご活躍をお祈りしております。


極彩ロード   

タムラアスカ 
作成日時 2018-05-08
コメント日時 2018-06-28

 

8ビートと自転車 側溝と俯瞰 シンフォニーと隈取り 天国と天罰 ニアとナウ イヤホンと別世界 私は今どこにいるのだろうと爪先だけ見せてあげる 後ろ姿と包囲網 消滅と一週間 捨てたあれこれとあちこちの傷 お洒落な椅子と安楽死 ベッドと壊れた時計 寂しい手紙と賢いメール 改札口で待ち合わせと真横を暴走する霊柩車 乱雑な言語と変拍子の会話 僕らと身頃 曖昧とコーヒー 痛快とハイボール イチからヨンのステップと見初められた少女 新品のリモコンと売約済みの黙秘権 あなたのカードと私の思惑 月と出鱈目 屋上とルーズリーフ 季節と風化 散歩と片道切符 潜在意識と赤い糸 すべては死に向かうためだと気品のある生き方 バカな人と健康 仮病と丁寧な筆跡 長寿と美辞麗句 修正ペンと下り電車 君の癖とタップダンス 博打女と伊達男 博愛思想と享楽主義 夜が崩れるとどっちつかずの微笑み AtoZとギリギリで生きる 湧き上がる使命感と公園のベンチ 突き抜けた朝と特別な他人 こんなにあたたかい理不尽とこんなにつめたい手順 体の成分は偽善と保守と見紛う言い訳 気に入ったから眠れないと一瞬が鳴り止まない 簡単と擦り切れる 意味と憶測 IDと哲学 踵と掌 屈服とフォーク 眩い危機感と正しい過ち 時代の寵児と硝子細工 あなたの好きな歌とわたしのジレンマ 見て見ぬ振りをすると無感動のインターバル 密な恋と雑な愛 なんてこと無いと君の呟きが明滅する 空の涙と海の瞳 遊泳と熱帯魚の虚ろな目 一歩一歩と確実な経験 架け橋と駆け引き 反響した怠惰と酔狂な滑落 俺はあなたのものだと憎むほど好きだ タンバリンと喘ぎ 白昼夢と自制心 悪い夢と虚栄心 蠱惑と剽悍 すぐに捨てると洋々たる未来 清々しい黙認から受け取った肌触りと沈黙の合間から漂った有毒な性欲 君と僕 時と場合 コートの下とスカートの中 猫と端正 太陽と負の感情 日々と感性 わたしと惰性 真昼とアリバイ 延命措置とL字ソファ 真珠みたいな涙と予定調和 東京とおとぎ話 届かない詩と希望の安売り ガードレールの向こうとふるさと 夏の忘れものと冬の落しもの 忘れられた傘と折られた抵抗力 モノクロの果実と放物線 1番線と瞼の裏 きっとずっと 知りたいと潰して 見ていたいと潰れて 走りたいと潰えて もっともっと 気の済むまでと笑うよ もう眠ろうと笑うよ 気が収まると笑うよ 泣いてしまうと色付いた肩に 僕の唇と君の頸動脈が 触れ合うと確かに 時間の営みと愛情の交錯が わたしとあなたで作られた 別枠のルールと喜びの震え 厭世とオマージュ 束縛と俗物 瓦解する道徳と清冽な言葉 亜種とメソッド これからだと世俗的な勧善 ここを夢中で駆け抜けると君は知っている もう二度と二人が来ない場所 極彩色とけもの道


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みうら (2018-05-08):

車で1人ドライブをする。車窓を過ぎてゆく情景って、本作にあるような過ぎて消えてゆくような言葉たちだと思いました。 投稿有難う御座います。

タムラアスカタムラアスカ (2018-05-09):

三浦さん この掲示板に「一度見たら詩が消える」機能があればいいのになあと思いました うれしいコメントでした ありがとうございます

こうだたけみ (2018-06-28):

〇〇と〇〇 というフレーズが延々とつづいて、対比や並列する意味なんかを細かく考え出したらキリがなさそうだなあと途方に暮れていたのですが、最終連で「と」の使い方に変化が現れて一気に色づいたみたいになって、たしかにこれは極彩色だ上手いなあって思いました。 私の頭の中では13連目までをスムーズに読み上げることができずに途中で息切れしてしまったのだけれど、きっとタムラさんは14連目までしっかり聞き手を惹きつけるようなリーディングをされるんだろうなあと、想像しながら読みました。


分岐点   

エイクピア 
作成日時 2018-05-20
コメント日時 2018-06-28

 

ずぶの素人の銃撃を 紳士がポジティブに避ける マッサンオッサンマッサンオッサン 分岐点に立つ 最近信号機が薄っぺらなのが多いのは 液晶の普及によるものと思っていた 諏訪さんの写真が少女チックで ワロン人に会いたくなった夕暮れ 宝島は遠ざかり ルイ14世も黄昏 すきやの牛丼を食べる バラが咲くクレマチスが咲く中で ティーも飲めた 私の取る椅子は 紳士の物よりは格調高くあれかしと 分岐点で思った


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花緒 (2018-05-21):

言葉の連なりが意味やストーリーに転化しようとするや否や、その流れを断ち切る言葉を挿入。意味になりそうでならないギリギリのところをせめておられるような印象を受けます。トリックスター的な作風が見事に結実した一作のように感じました。

エイクピアエイクピア (2018-05-23):

花緒@B-REVIEWさんコメントを有難う御座います。ああ、トリックスターと言う用語は懐かしい感じがします。ファルスタッフなどの英文学の世界で、よく聞く様な気もしますが、おそらく文芸用語として、他言語でも出て来るのだと思います。そうですね、流れを断ち切るなどの点は現代詩風と言う事を心がけたのかもしれません。

かるべまさひろ (2018-05-25):

「マッサン」を朝ドラで観ていたのもあって、三行目でくすりとこぼれました。 コメントであるように、少し「現代詩風」の感が出ているのかなと思いましたが、 浮き出る(感じられる)ものは「現代詩風」ではなくて、 不思議な読後感でした。ありがとうございます。

エイクピアエイクピア (2018-05-27):

かるべまさひろさんコメントを有難う御座います。「マッサン」は熱心に見ていたわけでは無いのですが、やはりサントリー創業者鳥井信治郎に招かれた竹鶴政孝の事ですね、マッサンは。「現代詩風」と言う言葉はいろいろにとる事が出来ると思うのですが、不思議な読後感と言ってもらえると詩作した甲斐があるのかなと思いました。

渚鳥 (2018-06-07):

こんにちは 拝読しました。 唐突に『諏訪さん』や『ティー』と出てきたところで、果たして笑ってもいいのだろうか、とか、そもそも、「唐突に」と書いたもののそれは私の印象であり……、 など、答えのない感じに行き着きました。 面白かったです。

藤 一紀 (2018-06-09):

おはようございます。「ワロン人」って本当にいたのですね。知らなかった。初めて見たのでウィキで調べてしまいました。 「マッサンオッサン」という音、おもしろいです。音としてもおもしろいというか。夢追い人とも言われるマッサンと、ただのオッサン。どちらになるかを選ばなければならないとしたら、まさに分岐点だな、なんて思いながら、意味でありながら音を兼ねているところ好きです。いつだったか「テッペンコッペン」と書いているひとを見たことがあるけれど、それよりずっといい。 《宝島は遠ざかり/ルイ14世も黄昏/すき屋の牛丼を食べる》の箇所、ちょっとした哀愁を感じました。ここは一日の時間というよりは、人生としての時期と読んだら、なかなかに切ないな、と。 ルイ14世が「太陽王」と呼ばれていたのは知っていたのですが、出生のところでアレクサンドル・デュマの作品につながって、デュマといえばネルヴァルの友人じゃないか、と思って、この作品とは別のところでときめいてしまったことは言わずに起きます笑。 なんにせよ、そそられる作品です。

エイクピアエイクピア (2018-06-28):

渚鳥さんレスを有難う御座います。そうですね、諏訪さん、ティーなどは確かに唐突感があったかもしれませんが私の中では、ある程度必然性があったものでした。楽しんで頂けたのなら幸いです。

エイクピアエイクピア (2018-06-28):

藤一紀さんレスを有難う御座います。そうですね、ワロン人は歴史的な事実、あるいは現在実在する民族的な事実からとりました。マッサンオッサンはやはり朝の連続テレビ小説の影響があるのかもしれませんが、それだけでは取り込まないですね。やはり実業家鳥居の協力者としていいと思ったからとりました。ああ、作家の。ルイ14世は政治家なので、やはり同時代と言うのか、少しでも時代がダブって来ればかかわりがあるでしょうね。彼の懐の広さを感じます。


Elegy   

R 
作成日時 2018-05-10
コメント日時 2018-06-20

 

--コタンコロカムイがチセを失って久しい、冬ではない日々に。 【一】 オンコのゆるやかな代謝を観測する 生まれ変わらない死細胞の中の 物憂さを啄む 番の雉は もうここには居ない ナナカマドの ほの甘いつぼみに鍵をかけた 明日を知らない鍵っ子は一人ミンタラをのぞみ 飴せんをかじっている 青い蛇がマンホールに乾いた オパールのきらめきを吹き飛ばし 赤毛の狐の太い尾の裏側に佇んでいた グズベリーは拗(こじ)け 実をつけず枝葉ばかりおがるようになり 大人たちが不格好なオンコを二本 根本からばさりと伐った為に 雀は自殺することを忘れてしまった 【二】 笹を摘み、 フキの、葉に沈む、白い髪、 差し出した、手、裂かれ、 た、木漏れ日、 鉈の、 音、担ぎあげた、フキに、 旗めく、蒼、 の、幻想、 にじむ、朝、 露に、 焦がす、笹舟の、積みかえる、 蒼い屋根、おかした、不可逆の、 とおく、森の、 虚(うろ)、 誇り、 ミズナラの、くずおれ、 沢に、骨肉も、 とけて、 巡る、 蒼い途、 に、 花を供えた、裸足、撫ぜる、幼生、 の、泳ぐ銀の風、処女の、 指先、緋く、濡らし、 洗われた、 笹は、 あでやかに躾けられ、 内地に、料亭に、辱しめられる、 と、 雀は、無音の朝を遺し、旅立つ、 腐った朝露、 紡ぐ、小さな、 【三】 昔の人の植えた白樺を悪くいう男が嫌いだった 例えそこがゴミの墓場であっても 見えない所に魂を植えつける 命の習性に従って地中に空を描いていた 白樺の塩基とは無縁の日常を 爪を一枚一枚剥ぐように 呪う 男はある春 腹に蒸留した傲慢をチェンソーに注ぎ 白樺を切り倒すと 広くなった空を満足そうに仰いだ その春の終わる頃 西日に追い立てられた彼は ホームセンターで真っ黒な日除けを買い 彼の妻はいつも通り そよぐカモミールに空模様を訊ねていた    * * * 雀が留守の隙に 傾いだ餌台は古傷をさすりながら 事実だけを風に書き留めている あの冬 白樺は持ち前の愚直さをもって 電線には目もくれず 硝子のてんとう虫を星空へ還そうとしていたという そんな白樺に 私はずっと憧れていたらしい 青空を透かした 雀を頬ばった 餌台ではない白樺に出会った 小さな夏のはじまりから 【四】 狼がほんとうの伝説になり、雀に見限られた街は曇りが似合う。 ここに星を見る人がいないのならば、空は低く低く、 自衛隊と街明かりを映していればいい。 【五】 死細胞を積みあげた水路に 百年前のミンタラを抱いた雪が流れていった 向こうの ナナカマドを揺すった雉は今 妻ではない女と頬を寄せ猟師の家に眠る とおく 乾いた風を黙読した 雀は死をおそれてポプラの葉に潜り うつつから解脱した背の低いオンコの 甘い肉を削いで食べた私は黒い毒を吐き捨て 明日死ぬ為に今日を生きる 昔の私が今の私の為に死んだように ゆるやかに 死細胞の中の物憂さを弄び とおく 笹舟に乗って去りゆく 処女の願いに石を投げ笑った 異邦人の血は雪融け水に混ざり 百年後のコタンを潤す アイヌモシリに埋葬された小川の冷え冷えとした 礫のすき間に生まれ変わらない螺旋は沈み 間引かれた畦道のとおく 孤雲のまぶたをふるわせる あおい 蛙の慟哭が とおく……とおく…… 【終】 雀や、すずめ、帰ってきたか。 雉や、きじきじ、まだ孵らんか。 むかし鳥を射つ弓として生きた、 死と再生を背負う常磐木、 その果肉は甘くやわらかで、 その種は致死の毒、 いつか再び死ぬ為に、 いつか再び生きる為に、 リサイクルするたび純度は落ちる。 再生とは復元ではないのだから、 死を、 愛さずにいられようか。 雀や、すずめ、どこに死ぬ。 雉や、きじきじ、どこに生きる。 ずぶ濡れのウスユキソウの亡骸を、 死にきれなかったノムラモミジに捧げた、 蒼い指先、割れた爪、 戦闘機に引っ掻かれた青硝子の、 微細な欠片がチリチリと降り注ぐ、 演習場のアリアに己が子の耳を覆った、 蛇の卵のようなキノコの物語を、 私は忘れやしないだろう。 雀や、すずめ、また明日。 雉や、きじきじ、またいつか。


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まりも (2018-05-12):

大作の組ものですね・・・ 現代版の神謡集、といった趣でしょうか。 2節の、途切れがちの吐息混じりのような流れが面白いのですが、他の節ではそれほど文体には差がないのですね・・・最後に、歌うような呼び掛けが繰り返され、連祷となっていきますが、さて。 神々の宮居を失って久しい、その喪失を単純に歌う「哀歌」ではなく、どんな状況にあっても死と再生が繰り返されてきたし、これからもそうだろうという「ことがら」を歌うことによって、その「ことがら」の実現を希求する、祷の歌であると思いました。 自衛隊の基地が挿入されるリアルが、自然界で繰り返されてきた廻りに、何らかの影響を及ぼしている/いない、そのあたりの判断が、あえて曖昧に残されているように思いますが、 >演習場のアリアに己が子の耳を覆った、 蛇の卵のようなキノコの物語を、 私は忘れやしないだろう。 語り手が世紀を越えて生き続ける神的存在の位置に置かれているようなフレーズもあり、他方、いま、引用したように、未来の地点から「既に起きてしまった出来事」を振り返る、という形で、現状を憂うようなフレーズもあり・・・畏怖の観念も自然への敬愛も(自然からの恵みも)薄れていくような「廻り」を批判的に嘆き、戦闘機が青空を(硝子を割り砕くように)飛び交うような世界ではなく、かつての平穏な世界(神々の庭、のようなイメージでしょうか)が再来しますように、という祷の歌、なのでしょう。 ゴールデンカムイとの関連については、正直なところよくわからないのですが(スマホから打っているので、評が同意反復している懸念もありますが)アイヌ語を積極的に取り込むことが、象徴性を高める効果になっているか、エキゾチシズムやムードの招来に傾いていないか、今一度、検討の必要があるように思います。

仲程仲程 (2018-05-13):

すごく好きです、とだけで、伝えたいのですが、少しだけ、感想を。 いくつかのアイヌ語はわからないまま一度読み通して、それでも胸がキュッとなりました。 意味を検索しながらもう一度読んで、具体的な景色が映えてきました。 いろいろ感じているのですが、言葉足らずですみません。 カムイの最後の砦は心(精神)なのかと思えました。

R (2018-05-14):

まりもさん、コメントありがとうございます。  集落を守っていた神は今、守るべきアイヌの集落も、シマフクロウとして暮らす為の巨木も失い、人に保護される一方、私を含め移民(和人)の子孫はそれなりに豊かに、便利に暮らしています。自衛隊、アイヌ、屯田兵。どれも地元という意味では身近です。戦闘機のアクロバットは純粋にカッコいいと思えるのですが……私には人間を批判あるいは称賛する事は出来ません。  人の生死を含め様々な事を些細なもの、時代の移り変わりは必然であると受け入れているつもりですが、変わってしまう事の寂しさ、かなしさは無くならず、自分の無力さを嘆きたい日もあります。ならばせめて、私の見聞きした今と今までを覚えておきたい。そして、出来れば誰かに知ってもらいたい。  アイヌ語について。  日本語にうまく置き換えられなかった言葉に使用しています。他の外国語のカタカナ表記と同等に扱っており、本来の書き方とは異なりますが、あくまでも日本語の詩なのでご容赦頂きたく……。  ゴールデンカムイ他北海道を舞台にした諸々の作品とは無関係ですが、エキゾチシズムを語る前に、私がケルト文化の影響も受けている事を告白すべきでしょう。また、死と再生について、例えば、タロットカードの死神の「再生」がステップアップする事も指すように、この詩もそのイメージに近いものがありますし、仏教徒なので仏教の影響も受けています。  一つ気になったのですが、「神々の庭」という言葉……カムイミンタラのカムイ=ヒグマという事は、ご存知でしたでしょうか?

R (2018-05-14):

仲程さん、コメントありがとうございます。  気に入って頂けて嬉しいです。  カムイは結構有名ですが、最近だとチセも浸透しつつあるかなぁと道民フィルターを通してみています。当初は、ミンタラ、コタン、アイヌモシリは場所を表す、とだけ察して頂ければ十分と思い注釈は付けませんでした。  アイヌ語に限らず気になる点がありましたら、お気軽にどうぞ。

るるりら (2018-05-14):

おはようございます。 アイヌの言葉は、残そうとする人々がいらっしゃって初めて、口承で伝わっていると聞いています。さぞ、単語のひとつも 大切な思いがあるのでしょう。 わたしのアイヌに対する知識は、テレビで放映されていた「アイヌ ネノ アン アイヌ」と題した番組をみたことがあるのと、一度だけ北海道旅行のときに アイヌの方々による演奏を聴いたことがあることぐらいですので、アイヌについてなにも知らないといっても過言ではありません。 この詩を拝読し、アイヌについて もっと知りたいという衝動にかられました。  たとえば、死と再生を背負う常磐木、……とは 冒頭のオンコ(イチイとも言われる植物のことでしょうね) イチイの果肉は甘くやわらかで、その種は致死の毒があるのですね。その植物も初めて知りました。 R さんにとって 自衛隊基地、アイヌ、屯田兵は 身近でらっしゃるとの事。 わたしは、東京に住んでいた頃に 米軍基地の近くに住んでいましたので 戦闘機の爆音は理解できます。わたしも戦闘機の姿をカッコいいと思ったことがあります。ですが、あの爆音だけは いただけません。≪演習場のアリアに己が子の耳を覆った、≫と書いておられるのは、とてもよく理解できます。あの爆音を【アリア】っておっしゃっているところに、衝撃を受けました。アリアとは凄いです。神表現だと思います。 それにしても、この詩は私にとって 難解でした。 私とRさんとでは、生物知識やアイヌの知識に 大きく隔たりがありすぎるのだと思います。Rさんが 既存のアイヌの伝統による知識で書かれているのか それともRさんの独特の詩的比喩表現なのかが曖昧でよく解らないことが、私には多々ありました。 ≫青空を透かした ≫雀を頬ばった ↑どういうことでしょう?雀を食べるという そのまんまの理解で良いのでしょうか? ≫雉は今 ≫妻ではない女と頬を寄せ猟師の家に眠る ↑ 雉が妻でない女と頬を寄せるとは どんな絵を頭に浮かべたら 良いのでしょうか? ≫白樺の塩基とは無縁の日常を ↑ この一文を理解するには 白樺の基本知識が必要な気がするのですが、 わたしには わからないので、どーいう事?と 首を傾げてしまいました。 わからないことばかりだという 愚直な感想で申し訳ないのですが、とても刺激をいただけました。ありがとうございます。

R (2018-05-15):

るるりらさん、コメントありがとうございます。  アイヌ語は妙に目立つようですが、最初の一行と【一】【五】だけです。詩に古語や英語その他の外国語を使う事があるように、アイヌ語もその一つとして使っただけで……例えば、詩の舞台がベトナムだったらベトナム語が、本州なら大和に云々とか書いていたかもしれません。  アイヌ語使ってやるぜ!みたいな気合いとかもありませんので、アイヌ文化の深い知識も不要です(まりもさんには意地悪な言い方をしてしまいました……申し訳ない)。それよりも、今の北海道の街と自然(人の背より高いフキとか)に触れた事があれば映像を思い浮かべるのに便利、かもしれません。私も知らない土地を描いた作品には苦戦しますので、そこはお互い様ということで。  あと、イチイを死と再生の象徴としているのはケルト文化です。念の為。  前置きが長過ぎましたが、ご質問の三か所は全て私の表現です。もちろん、そう書くに至るまでには様々な思想の影響があったでしょうが……。 ≫青空を透かした ≫雀を頬ばった 雀の群れをすっぽり隠す様です。雀が白樺に吸い込まれるように見えた事と、頬張るという言葉に幸せ感を感じるので、(白樺が)雀を頬ばった、としました。 ≫雉は今 ≫妻ではない女と頬を寄せ猟師の家に眠る 現代の猟師の家、雉の剥製を思い浮かべて頂きたく。近くには、鹿の頭やメノウの原石なんかも飾ってあるかもしれません。 ≫白樺の塩基とは無縁の日常を 「塩基」は、核酸を構成する方の塩基という意味で使いました。塩基は先天的なプログラムを担いますが、その前の行の「習性」は後天的に身に付けたもの、という比較で。白樺が「地中に空を描」くのは、白樺として生まれたから、ではなく、そこに根付いたから、ともいえます。  アリア、神表現だなんて、勿体ないお言葉ありがとうございます。うちは駐屯地から少し離れていますが、頭上を飛ぶ音や速さにはビックリしました。その音に色んな人の色んな思いが溶け込んでいるだろうと思えば、うるさいだけとは……と思えるのは、 それが日常ではないからですね。お祭り時期だったと思います。  最後に……私は北海道に生まれただけのただの和人ですが、アイヌ文化に興味を持ってくださった事、嬉しく思います。ところで、るるりらさんは、日本語を残そうという意識をもって生活していますか? テレビでご覧になったかもしれませんが……アイヌには、保存活動をしなければならなくなった背景があります。もし調べる機会がありましたら、古い歌だけでなく、広く現代にも目を向けて頂けたらと……。  以上、長々と失礼しました。

藤 一紀 (2018-06-09):

こんばんは。だいぶん前になりますが、手島圭三郎氏の版画による絵本が好きで、図書館で借りて読んだのですが……二年か三年ほど前に手に入れていながら積んだままになっていた「アイヌの碑」(萱野茂、朝日文庫)を、この作品にふれた機会にようやく読むことができました(そして、これもかなり前に読んだ川崎洋氏の詩作品「しかられた神さま」に通じる文章を見つけることもできました)。 しゃも(和人)による特に明治以降の侵略、支配のために余儀なくされた生活や奪われた(言葉を含めた)文化は痛ましく、その復興のための長い年月にわたる努力も大変なものであったことだろうと感じ入りました。 この本では、アイヌ語を話せる古老が少なくなり、著者たちがテープレコーダーで録音したのを書き起こし遺すようにする過程が書かれていましたが、そのような形で遺すことができるのはやはり有り難いことながら、日常の生活のなかで話し、また聞く風景が失われていくのは悲しいことですね。その言葉でなければ変わってしまうニュアンスや深みというものが、生活のなかで伝えられ、覚えてきた言葉にはあるから。 詩作品を皮きりに歴史や文化などを知るだけでなく、言葉についても考えさせられる良い機会になりました。ありがとうございます。

R (2018-06-20):

藤一紀さん、コメントありがとうございます。 ひとつの切っ掛けになれたようで、嬉しく思います。  私は小学校で「アイヌは差別言葉なのでアイヌの人、アイヌ民族の人と呼びましょう」と習いました。また親族が差別の響きを込めて「アイヌ」と口にする場面も見ており、アイヌ文化に興味がある、学びたい、とは言えませんでしたし、アイヌの文化や歴史に関わる本棚に近付く事も躊躇われました。  アイヌ文化の保存活動に反対するアイヌの方もいらっしゃるそうですから、こんな私(和人)がアイヌ文化の一端を扱うことで、静かに暮らしている彼等の古傷を抉り、あるいは新たに傷つけてしまうかもしれない。それが不安なので、自分を育てた様々な経験の一つ、という位置付けにしました。私にはアイヌ文化を堂々と作品のメインに据える覚悟や勇気はまだ持てそうにありません。……そもそも知識も足りていませんが。 今年は北海道命名150年だそうです。 150年は長いのか短いのか……。


マヨネーズをめぐる愛憎劇   

R 
作成日時 2018-05-20
コメント日時 2018-06-20

 

花瓶にマヨネーズが活けてあった あれは おいしいやつだ カロリーハーフじゃないから 大切そうに活けてあるのだろう そう思っていたら 女が マヨネーズの方だけを燃やせないごみ用の袋に投げ入れた 私は女をとめられなかった 否、最初からとめる気はなかった 終わりかけたマヨネーズを 数日、見て見ぬふりをしていただけ 、の私に向かって空の花瓶が恨めしそうに佇んでいる 無理もない あれは おいしいやつなんだ カロリーハーフじゃないから カラスが喜ぶに違いない それだけが救いだ


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南雲 安晴 (2018-05-20):

詩の言語的な側面から言うと、良い音、良いリズム。内容の面から言うと、奇想的で楽しく、平和な感じがして、癒される。

社町 迅 (2018-05-20):

マヨネーズの話なのにあっさりしてて面白かったです。 一つ一つの連が点のようにまとまっていて、そして”視線””思考””行動”が飛石みたいな感じでポンポンとバランスよく置かれてるようで、きれいな詩だと思います。

花緒 (2018-05-21):

素晴らしいですね。確かにあっさり読めるのですが、他方で発想に狂気が宿っているように思います。花瓶にマヨネーズという発想のキレが十二分に生かされているように思いました。

斉藤木馬 (2018-05-21):

小さな虫になったような感覚になりました。 花瓶を見上げる虫です。 虫の視点からだと「花瓶にマヨネーズが活けて」あるように見えるのかもしれないと、妙な説得力がありました。 マヨネーズに有り付ける瞬間をひたすら待ち続けていたような、いじらしさや逞しさを覚えます。

藤 一紀 (2018-05-21):

こんばんは。これは、もう最初の一行で決まっていますね。でも、その場合タイトルに悩むかもしれない。 デュシャンが便器に「泉」とタイトルをつけて驚かせたように、花瓶にマヨネーズを活けて「生け花」というタイトルはありえるし、「薔薇」といってもいい。 マヨネーズにとっては花瓶とからすとどっちがよかったのか、花瓶には新しいマヨネーズが活けられたのか。 そして空の花瓶の恨めしい佇まい。これは恐ろしい。こんな女性の立ち姿は恐ろしい。

百均@B-REVIEW ON/ (2018-05-23):

好きってあんまり詩に使いたくないんだけど、好きだなぁ。

かるべまさひろ (2018-05-25):

絵本にしたくなりました。

R (2018-05-30):

皆様コメントありがとうございます。  この、花瓶にマヨネーズ、は実話でして……私は見付けて(見守って?)書き留めただけ。  本当はもっと早く、個別に返信したかったのですが、コメントがうまくまとめられず……申し訳ないのですが、今回はお礼のみで失礼します。ありがとうございました。

るるりら (2018-05-30):

うわあ わたし この詩、大好きです。 まず、マヨネーズが 花瓶に生けてあるところが好きです。 うつくしい。(…んなはずはないか) 適正である。(マヨネーズは、口を下にして生けてほしい。) あれは おいしいやつなんだ ↑ ここ、奇跡的です。 わたしは その 美味しい奴を 何年購入してないかしら。 おいしいマヨネーズが生けてある愛憎。いいですわー。

R (2018-06-03):

るるりらさん、コメントありがとうございます。 気に入って頂けて嬉しいです。

エイクピアエイクピア (2018-06-04):

カロリーハーフと言うとキューピーの福山雅治氏がCMをやっている、あれだろうかと思ったのですが、何か他にもありそうです。花瓶にマヨネーズが活けてあること自体衝撃的な事ですが、創作生け花ではあるのかもしれません。そうかと思うと分別ごみに基いた詩内容が出て来る。最後らへんはカラスが食べるの食べないのの話題もありました。

R (2018-06-20):

エイクピアさん、コメントありがとうございます。 そういや、コレステロール0なんてのもありますね。瓶入りとか、油や卵に拘ったヤツとか……食べ比べてみたいけれど、結局いつも同じチューブを手に取ってしまいます。 余談ですが、私はカラスが好きです。


イマラチオ   

今田千代(イマラチオ) 
作成日時 2018-05-26
コメント日時 2018-06-19

 

【肉体教育】 娘はきっとこの先、セックスをして子供産むのだと思う。 だからお父さんが、恋人とのセックスで痛くならない様に 入浴してる時にチンコを挿入して、訓練させようと決めた。 赤ん坊のお前ならどうせ分かんないだろうから 今の内に肉体教育しとこうと思う。 後、きっと可愛い子だから色んな無茶をさせられるだろうし セックスの回数も多くなると思う。 ただ、淫らになって欲しくは無いんだ。 愛情に溢れ、互いの心を言葉じゃなくて身体で確かめ合う そんな意味の強い物であって欲しいんだ。 だから今の内にクリトリスをチョッキンして ライターで焼き焼きしましょうねー。 悪いスケベさんにならない様に。 【アップ症】 ダウン症が俺等を指さしてこう言った。 「アップ症だ!ははは!アップ症だ!」 俺等はこいつらよりも頭が良いから 色んな事を経験しなきゃいけないし その事で喜怒哀楽が多い気がする。 いや、少ないのかも知れない。 それに似たような顔をしていない。 こいつ等よりも区別の付く顔をしている。 だけど、似たような表情をしてる。 不満で皺が出来てしまっている。 それに比べて、こいつ等は皺が無い。 ストレスの無い丸い顔をしてる。 近年、高齢の出産とかが原因で こいつ等が幅を利かせている。 俺等は必死に血液検査をして未然に防ぐ。 なんだろうなぁ…世代交代なのかも知れない。 俺等は古い人間なんだろうね。 追いやられるのが困るから。 人らしいこいつ等を人でなしと呼んで 自分の命のランクを上に持って来てるだけなのかも知れないね。 そう考えながらも俺はぶん殴った。 【蝶人類】 引きこもりってのは蝶々なんだよって教育 きっとただ飯を食って幼虫のまま人生の大半を過ごし 家族に守られながら苦労せず蛹になり それから社会に向かって蝶々となり羽ばたくのだと思う 羽ばたくのは親が死んだ頃なんだろうな、多分 でも、社会に目を向けていないと羽ばたけないのさ 実際の幼虫は常に何処かで空の事を意識している だから蝶々になれるんだ お前は四角い部屋で、頭の中での社会のイメージしか出来ていない 蝶々は蛹の時にこの身体をじゃ駄目だと幼虫の頃の経験を重ねて あの立派な羽と身体を作るのに 良い訳ばかり、逃げてばかり、楽ばかりしてたから 何とかなるって誤魔化して来たから 奇形になった姿形で、死への羽ばたきしか出来ないでいる もっと早くから動いていれば良かったな 飯だけじゃなくて、自ら外に飛び込んで 知識や経験を食っておけばそれなりだったのにな どうしよも無いなお前 手遅れだよ、手遅れだよ その拙い羽で羽ばたくなんて出来るわけないだろ 支えられないくらいにだらしない身体をして 育たたなかったそのメンタルで 重力やプレッシャーの重圧に耐えられると思ってんの そんなに優しくないんだけど 蟻にでも食われてろ 【老後施設を焼く】 治安が悪いからと禁止だらけになった公園で 何をしたら良いのだろう 遊具は危ないからもう何処にも無い ボールで遊んでもいけないなら ゲームをするしか無い 樹影まで歩いて 自転車は禁止されている ゲームをしてだべっていると 悲しい目をした老人がいる 僕達を憐れみ そして、呆れた表情をしている 近頃の子供は外に出てもゲームばかり そんな感情を漏らされてるのが堪らなく嫌で 何時の間にか友達の家に集まるようになった 老人は不平不満を漏らさないで欲しい 道徳で一応教わったお年寄りに優しくが出来ないじゃないか 漏らすのはおむつの中だけにして欲しい あんまり言うと汚れたおむつを口に突っ込んで 猿ぐつわでもしてあげたくなる そうやって何も出来ず 殆ど利用しない公園は 利用出来る建物になる 老人ホームになる 向こうの公園はデイサービスだってさ 結局、僕達の遊び場は何処にも無い なぁ、誰でも良いから社会貢献でもしながら遊ぼう この先増える老人達を何も出来なくなる老いから救う仕事 施設を焼いて回ろう 火葬してあげるんだ 灰と共に魂は天国に昇るんだ 殺されてるんだから天国に昇ろうだろきっと 家族はきっと悲しむだろうけど この僕達を責めるだろう 許さないと涙して 同じ目に合わせてやりたいと言うだろうけど 心のどっかでは安心してると思うよ だって預けるくらいだもの 大切なら預けないでずっと居るよ それをしてないんだもの 数年後には安心してるだろうね おい、そんなにさぁ大切な家族なら 今直ぐ死んで会いにでも言ったらと思うね 生きる事をきっと望んでるだぁ 死んでる奴は何処までも死だぞ 僕等がどんなに関節技をキメたり 罵声を浴びせたり その反対に愛情を注いだって 死って状態は変わらないんだぞ そんなのが望んでる訳ねぇだろ 都合良くスピリチュアルに走んな 何、死んだ後の余生を何十年も生きようとしてんだ 大切で掛け替えの無い家族なんだろ じゃあさっさと死んで会いにでも逝けや 【女の子って思い込んでるオカマ】 生まれた時に、脳のミスって言い訳をして 女の子だと思って生きているオカマが居る 自分は女だと思い込んでるので肉体に違和感 精通してからの射精人生を苦痛だったとホラを吹く だから俺はSNSで仲良くなる 同じ病気で悩んでる者として接近する 髪を伸ばしたり、鬘を装着して 女装までして、メラニー法まで取得して お金が無いから今出来る努力で 女になろうとしてるオカマにリアルで会いに行く そしてベロベロに酔っぱらうまで飲ませたら ホテルに連れ込んでセックスする 朦朧な意識と、男として生きて来なかったせいで 鍛えられていない腕力では俺に敵う訳が無く チンチンがどうして勃起しているか説明をしてもらう 低音の声で泣きながら抵抗するが俺は殴り付ける 立派なチンコはあるけれど 見て見ぬふりをしていたからチンカスまみれ 俺はそれを丁寧に拭き取り、そいつの口と鼻に入れる まずは俺がオカマ野郎のケツに挿入する ドライオーガズムを何度も繰り返させる 男としての喜びを感じさせる 途中でゲロして詰まらせ掛ける 俺はそれを口付けして吸い上げ 身体に吹きかける 糞と血の付いたままのチンコを洗わず 射精したから萎れているけど 気にせずに今度は俺がチンコを入れてもらう 上下運動でチンコがペチンペチンとしなる 俺がまたイキそうになる前に オカマ野郎が射精する 何日もずっと溜め込んで来た黄ばんだ精子を 大量に俺のけつ穴に流し込む もう一回それがやって来る 今度は新しい精子が時速60で射精される 俺の中に温かい精液が流れ込む 排泄した精液は新旧混じり合ってクリーム色だ 俺はこれを毎日繰り返してる そうやって性に悩んでる奴を救ってる


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渡辺八畳@祝儀敷 (2018-05-27):

‪アイコン見て納得した。あああなたそういう系ねわかったよ。グロリズム宣言はいい本だ。氏賀掘骨早見と豪華スターが揃っている。オイスターあたりもいたらよかったけどね。‬ ‪あなたなら狂気太郎(http://madtaro.net)気にいると思う。もう知ってそうだけど。「お父さん」「青少年倫理道徳復興委員会」あとショートショートのがおすすめ。‬ ‪作品も一番最初以外は前のよりはうんといい感じ。こういう既に特定文脈が付随している語句や表現(例 下ネタ、宗教要素、政治要素。例えば「イニシエーション」という語句を今日においてオウム真理教の文脈にとらわれずに使用するのは難しい)を使う際に気をつけなければならないのはその文脈に作品が飲み込まれないようにするってこと。例えば『現代詩手帖』2018年5月号の深沢レナ「ヒトラーの抜け殻」あれはとても悪い例だ。近現代史においてヒトラーがもつ文脈の悪さは他に並ぶものがないほどで中傷の常套句と化している。「わたしなりに右傾化していく今の社会について一つの視点を提示したつもりです」と作者はツイートしていたが、結局やっていることは詩がヒトラーが持つ文脈に加担する一つになっただけだ。なんの創造性も無い。ヒトラーのある意味の威厳を借りているだけだ。あなたはその語句を使えればいいのか、それともそれらを使って何かを新たに表現したいのか。それを忘れてはならない。‬ ‪今作、とりあえずそれに陥っていないようで安心だ。内容の一つ一つは過激だがただそれを提示するだけではなく妙なユーモアもある。【蝶人類】の比喩とか、【女の子って思い込んでるオカマ】のクリーム色とか。【アップ症】は特にいいね。最後にちゃんと殴るの。【老後施設を焼く】の思想は障害者が老人になっているだけで植松聖のと違いがないが後半の語りが饒舌でよろしい。最初の【肉体教育】だけは単なる倒錯鬼畜ペドになってしまっているのが惜しい。この父親の思いの気持ち悪さがもっと出ていた方がよかった。‬ ‪あとはもっと自作他作ともにコメントをしてほしいね。それやればまた違ってくると思うよ。‬ ‪今作で割と私はあなたを気に入ったので頑張ってほしい。‬

湯煙 (2018-05-27):

駕籠真太郎や山田花子を知らなくても詠ませてしまう筆圧の強い作品と思いました。前作から気になっていましたが、過去にどこかで目にしたようなないような。わかりませんが。

今田千代(イマラチオ)今田千代(イマラチオ) (2018-05-27):

俺が一体、どういう系なんだ?他に何が居るんだ? 俺のアイコンは、俺の詩にあってそうだから拾って来ただけなんだ。申し訳ない。 …冗談だよ。少しは分かるよ。君のツイッターも見たよ、それに合わせた事も言える。 ばりざをかいゆっくりにしてください!おねがいじばず!ばりさはぎんばっじさんでじだ! 肉体教育はそうだね。ディルドスクワットとか、膣圧重量挙げとか その辺も挿入するべきだった。肉体教師の変態教育であるべきだったとおもう。 アドバイスをありがとう。 コメントはそうだな、今は俺の所だけで精一杯だ。 俺がここに飽きるまでに飽きないでもらえたらと思う。 その辺も、少し調べてた事があるから分かるよ。 似てると言われるのは初めてだ。 俺はあなたを知らないが、あなたは俺を知ってるのか? 一応、俺は紹介でここに来ている。

花緒 (2018-06-09):

アップ症までものすごく惹きつけられたし、期待感高まりまくりだったのですが、そのあと、息が続いていない、、、!急に蝶人類から急にリーダビリティが落ちる。最初のテンションとリーダビリティが最後まで続いたら、大賞に推したかった、、、!

今田千代(イマラチオ)今田千代(イマラチオ) (2018-06-19):

申し訳ない 仕方ない事なんだこれは だってアップ症なんだから俺は


イマラチオ   

今田千代(イマラチオ) 
作成日時 2018-05-19
コメント日時 2018-06-19

 

【老人と車】 右も左は勿論、自分が何処からやって来て これから何処へ向かうのかも分からない老人達が居る それなのに車の乗り方は分かってたりする 捜索願いを出されてる間は不思議と捕まらず 通学途中の小学生を沢山轢き殺して 大好きな電柱にぶつかってようやく見つけられる そして、決まってお前らは生きている これからの未来をぶっ潰してお前らは 何をしたのかも分からないで生きてしまっている 後、数年で死ぬ奴に殺されるなんて 被害者家族のやり場の無い怒りは何処に向けられるんだろうな やっぱりそいつを殺させろ どうせ、自分が何なのかも分かんないんだ 生きてる意味なんてもうないんだから殺そう 車に乗れる元気な認知の老人達を集めて 寝たきりの老人達を敷き詰めて処理する施設を作ろう 意識なんてもう無いんだから気にすんな 轢かれて、激突して死んでいく様を社会見学させよう 無駄のない社会は無駄な奴に任せて綺麗にしよう 調子外れのワルツは嫌な調子外れのアルツハイマーは 拘束してヘッドホンで空襲の音でも聴かせてよう 僕達の未来が明るくなる為に必要な事なんだ 【リアクション芸人】 箱の中身は何だろうな?で回転す刃が設置されている リアクション芸人が麻薬を打たれ、ふわふわした状態で手を突っ込む ガリゴリと削れる音とボックスが赤く染まるのを視聴者は見る ヤバいよヤバいよと僕らは見ている 何処までも箱の中に入って行くから芸人は身を全て投げ入れる ガリゴリガリゴリと骨を砕いて筋と内臓を千切る音を聴いている カットしないでね!カットしないでね!と叫んでる ミンチになった芸人を調理する、それはとてもアツアツだ 口にした瞬間それを吐き出す、気持ち悪いからじゃなくて熱いからだ 次は当ててみよう!と縛られた芸人が麻薬を打たれる 聴いて来た頃に箱に手を突っ込んでもらう 押すな押すなよ!絶対に押すなよ!なんて振るから 芸人仲間が彼を持ち上げ箱に押し込む 世界中のブレイクダンサーが嫉妬するくらいのスピンをする 血のスプリンクラーを浴びてアンチエイジングだと叫びたい そうやって繰り返してみたけれど誰も箱の中身を当てられなかった 【女の忍者】 女の忍者がマンコを開いてムササビの様に空を舞う 俺はそれに釣り針を引っ掛けたい 凧揚げを昔からしてみたかったんだ だけど女の忍者は岸壁にぶつかり木にぶら下がってる 俺は崖の上に立ちただ見ている 再び飛ぶかを見ている 石も投げつけないし、手も差し伸べない 痛みに耐える事が人として美しいんだと 教科書では教えてくれなかったマザー・テレサの教えに従い 俺はただ見ている事にした 彼女は握力が無くなり手を離し真っ逆様に落ちる もう駄目かと思ったけど子宮頚を引っ張り子宮を取出し パラシュートの様にして女の忍者は着地した 俺は使えなくなった子宮を今月の給料で買い 頭から被ったり、それを着て寝たり 水枕にして昼寝したり、膨らませて遊んでる そうやってる内に俺は子宮の虜だ もうマンコ見ていると子宮の使い道を考えてしまっている 口が寂しい時にずっとガムの代わりに咬んでいたい ベルトの代わりに卵巣を通して巻きたい 君の割れ目に閉まっているマンコを俺に頂戴 【電車男】 ゲイが立派なペニスを仲間のケツに挿入する 向こうから仲間がやって来て同じことを繰り返す 連なるケツ、連結した連けつ チンチン電車はガタンゴトンと腰を振りながら走る 前立腺を擦られてまともに走れやしないけれど 【性と死】 刃の仕込んだ膣だからってどうしたんだ? 俺は更に食い込ませて強くお前の本能を突く 処女膜破った時もそうだったろ? 忘れたのか?セックスは痛いもんなんだよ! 血と精液が絡んだセックスは 俺を桃色のエイリアンに替える お前の地球(子宮)を侵略する 君がそれで滅んだって大丈夫さ 射精で君は蘇生するんだ 何度だって生かされて 何度だって逝かされる 興奮した俺はお前の首を強く締める お前は俺の手首を強く握る するとどんどん俺の手先に力が入って来る そうやってると絞られた絵の具みたいに ぶりぶりぶぅううと放屁を伴う脱糞をする 魂の抜ける音だ 緊張と恐怖がリラックスに弛緩する そしたら直ぐに心臓マッサージをする ドラマでよく目にする主人公の真似をして 戻ってこい…戻ってこい…と真剣に思いながらする 息を吹き返した時に僕は過ぎに熱い口付けをする 怯える女の性と死を弄ぶのは楽しい 腸の中が綺麗になっちゃうくらいに首を絞って 肋骨が粉々になるまで心臓マッサージを繰り返してあげる 【目】 その瞳を剃刀で斬り 零れた宇宙は俺を飲み込んで監視する そして強姦する時の引力で 俺を一番眩しい星に連れ込んでくれ そこで熱した鉄パイプを 俺の肛門に差し込んで操縦してくれ! 敷き詰められた脳ミソから想像が花を咲かせてる 俺に喰わせろ そして口も塞いでくれ 俺はそのまま想像を孕みたい 行き場の無い想像は俺を蝕むか 溢れ出そうとして身体を叩くのを感じたい お母さんの気持ちになりたい 俺の向けられなかった母性を使ってあげたいんだ 風船や捕虜が手足を縛られ正座され 頭を撃ちぬかれる瞬間ってのはどんなんだろうね 俺はそれを体の中心から感じたい 頭からじゃなくて中心から その時に生まれる想像を見てみたい 無理に閉じ込めてたから 変形した関節をしてるだろうね 【心臓】 心臓を取り出しあって 互いの身体に埋め込もう 俺のドキドキしてんだろ? お前は何にドキドキしてんだ? その胸よりも柔らかい触り心地 指の隙間から漏れるくらいに 握りしめたくなっちゃうね でももっと大事な事がある それは繋がる事 管を取り替えて 君の血を内側から感じる事 流れてくる君の体温 ああ…ドキドキが止まらない もう、嘘つけない! 【音】 自分の首を刎ねる時の音は 束ねた新聞紙を鋏で切った時の音だって知ったら もう俺は新聞屋さんを大事して生きようと決めた 廃品回収の新聞紙も勝手に自主回収 毎日、自分の首を刎ねる音を聞いている なんか聴いてる度に首の後ろがゾクゾクする 心臓の破裂音は紙パックを潰した音だと聴いてから 俺は紙パックのジュースを買って飲んでは膨らませ 勢い良く両手で叩く 弧の破裂音を聴いてる時、俺の心臓は勘違いして止まってる だんだん癖になる そうやってる内に止まってる時間が長くなって来てる だれか教えてくれ 骨が皮膚を突き破る時の音を今探しているんだ 【つぶやき】 今日も猫、三匹殺した 天皇を亀甲縛り、愛子ちゃんヒマワリ学級へ 俺が溶けるまで舐め回してくれ 君の眼を貫いた傘を開く 老人の皺を鑢で削る 誰かこんな俺を救って


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渡辺八畳@祝儀敷 (2018-05-20):

意図的なのかもしれないけど、行為のことならイマラチオでなくイラマチオじゃね? 摩羅とかけているのか?

社町 迅 (2018-05-20):

個人の願望と作品を作ろうとする意思が混ざってるような印象を受けました。 【心臓】【音】が好きです

かるべまさひろ (2018-05-25):

こんな詩って二十四時間必要だなって思いました。 「俺」が救われたらいいな、と願いました。

今田千代(イマラチオ)今田千代(イマラチオ) (2018-05-27):

俺はここで、静かにしないと追放されると教わっている。 少しばかり短いが、返事をする。 そう、敢えてのマラだ。イラマチオは響きが悪い。 マラが陰茎の隠語なんだからイマラチオで良いと思う。 間違っても伝わればそれで良いって意思がそうしてるのかもな。 俺がやりたい?やると捕まっちゃうからやりたくないんだ。 ただ、そうだな。老人を燃料に動く霊柩車があっても良いのかも知れない。 ここには書いてないけどもな。エコで良いと思う。 本当の意味で、火の車、火車。 俺もだが、知らない誰かも救われたらと思うよ。 でもなぁ、俺に被害が届かない所で滅茶苦茶になればとも思うよ。

花緒 (2018-06-09):

静かにしてなくても大丈夫ですよ。 作家性があって、優れていると思いました。取り急ぎ。

今田千代(イマラチオ)今田千代(イマラチオ) (2018-06-19):

ありがとう 俺は作家か そうなれたら嬉しい もう少し様子を見てから 騒ぐよ


旋回   

李沙英 
作成日時 2018-05-02
コメント日時 2018-06-17

 

奥方が主人を毛嫌いしていることは、この家にきてすぐに分かった ここの主人がアロワナのワタシを持ち込み 二階の和室に置かれた草臥れた水槽に入れられる様子を遠巻きに伺う奥方の横顔に陰りを見た 主人の側で手伝いながら燥ぐ子ら、当の主人も悦に入っている しかし子らの目にもやはやり母親と同様に光がない 案の定、主人が不在になれば見ようともしない 部屋には四台の水槽が四隅に置かれその中にはワタシ同様にアロワナが飼われている そしてアロワナ達は気泡を立てながらそれぞれを伺っている ここの主人は出かけるといってもすぐに帰ってくる 長時間留守にすることなど滅多にない 朝暗がりから起き出しワタシや他のアロワナたちを眺める エサは一日一回、生きたカエルが放り込まれる 主人が割りばしでカエルをつまみ、それに促されるように大きく口を開けると その中に放り込まれる 数日に一回、主人はエサのカエルをワタシが元いたペットショップに買いに行く 外出するといえばそのくらいだ とくに働いてる様子はない 昼間はほとんどの時間、我々を眺めているか隣の寝室で布団に包まりテレビを見ているか そしてまま寝てしまっているかだ 奥方は主人と我々のことを嫌っているから、あまり寄りたがらない 夫婦は度々喧嘩をしていた そして主人と違いほとんどの時間、勤めに出ているので家にはいなかった 子らも昼間は学校に塾に忙しい それでも休日には父と一緒に水替えの手伝いをする そんな時は父を喜ばせようと張りきってよく働き キラキラした目で水槽を眺めるのだが いや、あのわざとらしい笑顔の奥にあるのものは母親とそう変わりない 主人は水替えこそ子らに手伝わせるが他の事は全く関わらせなかった もちろんエサやりもエサの買い付けも主人ひとりで行う 特に奥方に我らの一切を関わらせないのには「毒でも盛られるのでは」という疑念があるかららしい そのことで夕べも奥方とずいぶん言い争いになっていた ある日、一匹が死んだ 数日前からエサの食べが悪く泳ぎも弱弱しかった、そういえばウロコも変色していた 主人は奥方を責めていた 潔白を訴える奥方、別室で声を潜める子ら 主人はしばらく半狂乱になっていたが、また元のように我らを無言で眺めていた 亡骸は奥方への「見せしめ」と、数日水槽の中で放置されていた 水槽の中で縦に浮かぶ魚を、もう世話の必要もなくなったからか 主人の方も見ようともしなかった まるで死体がそこには無いかのように やっと水槽から引き上げられた亡骸は向かいの用水路に捨てられた やがてそこに生息するメダカやらザリガニらが食ってしまうのだろうと思った 水槽の水が抜かれ、子供らに手伝わせ階段から運び表に出され 綺麗に洗われてから また元いた位置に置かれた 数日、水もない空っぽの状態で置かれたのち 再び水が張られ酸素が送り込まれ 新たなアロワナがやってきた わざとらしくはしゃぐ子らと新しいアロワナを悦に入った顔で眺める主人 陰った横顔の奥方 またそうしてるうちに別の魚が死んだ 前と同じ繰り返し ある日、奥方が子らを残しいなくなった 四方を我らに囲まれた部屋の中央で半狂乱になる主人 子らはもう我らにも父である主人にも近づかなくなった そうして主人は諦めたのか静かになり また水槽を眺め出した 数日後、主人が留守の間に子らが何か真剣に話し合っていた そしてそれっきり子らが2階に上がってくることはなくなった 部屋の中央でポツンと佇む主人 ただ水槽の我らを見続ける 顔の奥に陰りを見た、奥方や子らにもあったあの陰だ そのまま主人は床にも就かず眠り込んでしまった しばらくすると主人の体から陰が立ち登った 影はやがて人の形となり真っ黒ではあるが奥方と子らになった 眠り込んでいる主人の側で丁寧に掃除する奥方の陰と その間を縫うように遊ぶ子ら ひととおり片付くと陰のまま我らを眺め、子らも同じように水槽のアロワナ達を眺めて回り そして元の主人の体の中に消えていった 主人はまだ眠り込んでいる 我らは主人を囲み水の中を旋回した。


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みうら (2018-05-02):

毎度投稿ありがとうございます。得体の知れぬ異界な情景を李沙英さんの作品を読んでいつも感じているのですが、本作を読んで、おっ、またキテるなあと思いながら読みました。その通底するものは家族だったり表層的な人間関係だったりすると思うのです。で、今回は漱石の「吾輩は猫である」的にアロワナ視点で描いてる。これは神視点でありながら神ではなくただのアロワナだょー的なところが面白味を生むところだと思うんです。たとえば、子のわざとらしい笑顔は奥方とおんなじだと断定するところなんかは、神視点だけども断定する心情はとても人間らしい。で、奥方が居なくなった後にしんみりとして不思議な異界展開するところ面白いと思いました。

miyastoragemiyastorage (2018-05-03):

「奥方」というのは貴人への敬称らしい。なので、「ほとんどの時間、勤めに出ている」女性の二人称として用いるのは少し奇妙な感じがする。あるいは、この二人称によってアロワナの立ち位置が端的に示されているのだろうか。 ペットを飼う、という行為には主客転倒するところがあると思う。例えば人間と犬だったら前者が主人なのが建前。後者は前者の庇護なしでは生きられないし、また庇護するがゆえに、前者は後者の生殺与奪さえも自由にできるような部分がある。しかし実際には、人はその行動を飼い犬によって制限されるし(遊びに出てものんびりできない、旅行に行けない、etc)、また進んで彼(女)の犠牲になることも厭わなくなるであろうあたり、ペットが王のように君臨するカリカチュアを思わせる。 ここでアロワナは王として君臨している訳ではなさそうだ。ただ家族の崩壊過程の語り手を勤めている。「吾輩は〜」のようであると言われればそんな気もする。個人的には、あの話で覚えているのは、最後に猫が井戸に落ちて溺れ死に、しかしなぜか法悦境に至るところ。アロワナは代替可能な存在として描かれている。死んだら捨てられて、新しいものといれかわるだけ。またアロワナの心情はひとつも描かれていないあたり、作品の在り方がそれを代替しているのかな、と思う。確信はない。 代替可能と書いて思ったのは、例え嫌悪によって繋がる間柄だとしても、家族に代替は効かないということ。この家族が崩壊に至る機序には、この父親、母親、子供達と彼らの演ずる役割が必要だったのであって、結果はともあれ、お互いの存在は「代替不能」であったはずだと思う。最後に現れる妻と子供の影は、主人の体から立ち登るあたり、代替不能なものを損失したという認識の擬人化のようなものだろうか。 失って初めて分かる、のような概念は珍しくないし、実際に体験してみるのが何より理解の早道なんだろう。立ち上がった影の、極めて日常的な所作が、主人にとっての家族の価値を担保しているように感じられる。

静かな視界静かな視界 (2018-05-03):

 面白く読ませていただきました。 ただ、家族の不和がテーマであるのなら、その因があるはずだと思うのですが、それについて、あまり記載がないと思いました。

仲程仲程 (2018-05-03):

うまいなあ、と堪能しました。 最後のエピソードの前までの引っ張りかたと、その終わり方、いいです。

李沙英 (2018-05-04):

三浦果実様 コメント下さりありがとうございます 先に、こちらは私の身の上をに基づいて書きましたものです アロワナはうちのペットのアロワナの「ぎょぴちゃん」 私は個人的にそう呼んでまたがアロワナの内のどれがぎょぴちゃんかというと数いましたので特定はできませが、まあ総称で 奥方は私、主人は前の夫で子らは娘息子ということになります 9年前、いよいよ夫婦が崩壊を迎えようとする最中、私は夫の留守でいない時なんかにぎょぴちゃんの水槽側を掃除しながらよく無言でぎょぴちゃんらと語り合っていました それが何かはよく思い出せませんが これからの家族のこと そしていつかは「ぎょぴちゃんの事を書くから」と 遠い国からはるばる我が家にやってきて小さな水槽の中で絶えた一匹一匹 光を失った人間家族を見届けるぎょぴちゃんはペットだけど 家族を見守る侍従みたいな存在でもありました 主人に世話されてましたが。

李沙英 (2018-05-04):

miyastorage様 コメント下さりありがとうございます 奥方という呼び方にしては確かに貧乏臭いというか所帯じみてますね 当のモデルが私ですから尚更です ぎょぴちゃん(アロワナの名前)の目がいつも一点でこんな環境にありながらもやはり生き物 生気を帯びていまして 家族を静かに見ている様が侍従っぽかったと とはいえ裕福でもなく ぎょぴちゃん自身も世話してもらわないと生きられないのでおかしいですが。

李沙英 (2018-05-04):

静かな視界様 コメント下さりありがとうございます 私の身の上につきまして書きました 言い訳です(ごめんなさい) だいぶ私情が出そうになります とかく作品に個人的私情を出すのはイカンのですが 身の上につきまして(ごめんなさい) 夫婦破綻の原因書き出したらキリがないどころか私情もへったくれも文学そっちのけになります 情けないことに 感情が先走らないようにいかに文学的に表現するか 最大の目標です。

李沙英 (2018-05-04):

仲程様 コメント下さりありがとうございます シメの部分、最初主人が死ぬというオチにしてましたが これでは私の願望だけになってしまう 実際にお父さん(主人)死んでないし 考えに考えぬいて 実際に水槽の回りを掃除機かけてたかこと よく子供達が遊んでた事を書きました。

まりも (2018-06-04):

部屋の四隅に置かれた水槽、というのが、妙に気になりますね。 古墳の四隅に、守り神として描かれた玄武や青龍の絵・・・悪霊が古墳に入り込むのを守る、と同時に、生霊となって墓から現れ、現世の人に災いをもたらさないように、という、結界の意味もあった、と聞いたことがあります。 そんな、守り神的な(自らを封印するための)アロワナであったような気がしました。 若干、長いので中だるみ感があるのが、残念。 萩原朔太郎の作品に、水槽の中にいたタコが、どうも居なくなったらしいのに、まだ気配だけ(魂だけ?)存在している、ような、なんとも不気味な作品があるのですが・・・ご存知かもしれませんが、あのインパクトは、参考になると思います。

李沙英 (2018-06-17):

すいません!! せっかくコメント頂きましたのにこんなに遅くなってしまい申し訳ございません!! この四隅に置かれた 水槽につきましてですが事実に基づいて書きましたので そのまま用いました 置いたのは元の夫で(登場人物でいう主人)この四隅に置く理由はとくには聞いてませんでしたのでなんとも言えませんが そういわれてみればそういう捉え方もありますね しかし「真ん中のスペースが空く」くらいの意味合いでしょう多分 中だるみにつきましては否めません表現力の乏しさにあります 萩原朔太郎作にそのようなものがありますか そのタコ、本作の奥方(モデルは私になります)に似てます 気になりますね調べてみます。 ありがとうございました。


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