B-REVIEW作品投稿掲示板


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秘法(第一巻)   

ishimuratoshi58 
作成日時 2018-12-08
コメント日時 2019-01-18

 

   Ⅰ 骰子蹴つて鍋に放り込む 万華鏡のアンチテーゼ 漆黒。    Ⅱ ばら瑠璃(月夜のトランプ) 「ペルシャンブルーの砂漠がですね、  象の骨を磨いてゐたのですよ。」 キャラバン隊のポスターを剥がす少女の初恋。    Ⅲ 薄荷ラッパのせいで桟橋落ちたのには困つた。 そこで 幽玄。 (宝船を解体してからこの旅を終はらせませう) ドビュッシーの蒔絵は未完成でしたが――気にしません、私。    Ⅳ (クレーの帽子)    Ⅴ 虹の線形代数。    Ⅵ 蝶がプリズムの先端でゆれてゐる午後。 アテネの路傍では哲学の授業がつづいてゐます。    Ⅶ (まだ歌つてゐますね!)  Einsatz! それからクレタ島に行つてきます。 鳩を取り返しに。    Ⅷ    Ⅸ    Ⅹ (ユピテル魔方陣でお別れします) 姉さんのリボンの裏に刺繍されてゐた秘法です。 「光あれ」と 二度と云つてはならない。


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まりも (2018-12-08):

Ⅷ 硝子壜に詰めた匣   愛は天秤秤で量り売りしています Ⅸ 瑪瑙碧のしたたり   煮え立つ言葉を切り開いて供する

ふじりゅう (2018-12-09):

拝見しました。 数字もそうですし、技術やアイデアが詰め込まれた作品です。 特に「虹の線形代数」は面白い。線形代数は普通直線(ベクトルなど)に使われるとうろ覚えしていますが、直線をいくつも繋げることによって円形にも使えます。円だろうと線だろうと、元は一つの点の集合体であり、ひいては我々も、虹も、原子という点の集合体であるということを想起させます。 古語も相まって、中世ヨーロッパのような独特の雰囲気がいい味を出しています。 空白、改行が多い作品は批判されがちですが、本作はむしろこの適度に多い改行が作品のビジュアル面での良さをうまい具合に引き出せています。

環希 帆乃未 (2018-12-09):

んー。この作品ですが。空間なんです。他者様の作品だと、線と点が著しく多いです。作品の中で一定の技術以上を持っていないと短詩でここまでの空間は作れません。ちょっとしなければいけない事してますので、後から書いていきます。

蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2018-12-09):

気持ちがいいですね。 各スタンザが独立、表記上では分断したものとしてナンバリングされてますが、カウントアップで終りが予感される十で終わってますし、タイトルが儀式を連想させるためもあり、また全体に通低する流れが感じられてひとまとまりの詩として、愉しみました。おそらく無意識レベルでの、選語のセンスが良いです。 魔術にせよ、祈祷にせよ、ひとは何かしら希求するものをポジティブに実現するために祈る。 てもこのメランコリックな調子は、そして明るい雰囲気は何でしょう。 もし二回、創造を祈り、それが実現するなら、この世は滅びるわけですが。

環希 帆乃未 (2018-12-09):

Ⅰ~Ⅹありますね。※「光あれ」と二度と云つてはならない。の部分に着目しないと、Ⅹで何かを消したと感じれません。蝋燭では無いと思っています。秘法ですが。Ⅹの陣形をご存知の方では無いと感じられるモノが少ないかもしれません。ユピテルの魔法陣が絶対的な位置付けをしています。ですが、私は生命の樹、セフィロトの樹を当てていきました。Ⅹだからです。 数字と並べられた言葉達が空間を構築していく。空間を構築していた。消えていく何か。最後にⅠに帰る。繰り返しですね。読んで残る感覚と、※「光あれ」と二度と云つてはならない。で消える感覚が残ります。構築していた≒(∞)構築していくでした。なので、圧倒的な存在感と洗練された言葉達です。浮遊と落下を味わっていて、落ちているのか登っているのか分からない感覚になります。並べられている言葉に集約された情報である知識(時代背景等)と込められたモノをどれだけ読み手が具体的に想像では無く、知性化できるか、試させられる作品かもしれないです。感嘆の吐息です。素敵です。

環希 帆乃未 (2018-12-09):

Ⅹで消えて。Ⅰ~Ⅹがまた一斉にナニカを灯す感覚ですね。そして、消される。の繰り返しです。

stereotype2085 (2018-12-10):

言葉のチョイス、そしてその感度は本当に素晴らしいと思う。ただ何を言っているのか、やりたいのか僕には一瞬分からなかった。最終節「『光あれ』と二度と云つてはならない」で辛うじて全体像が見えてきたかなという印象。ただし眺めているだけで美しい作品に違いはないので、そういう高度に抽象化された作品として読むならば、かなりクオリティなのではないかと感じました。

蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2018-12-10):

追記させて頂きます。 この詩他の場合、フレーズをフレーズ自体てはない他のイメージに置き換えたり、比喩を読者である私の役にたつ(意味のわかる)文=教訓として受けとるということより、詩文そのもので味わいたいように私は感じます。 でも、一つの感想(なのか連想なのか)のようなものとして、トランプの話をしたくなりました。 私はトランプが割合好きだった時期があります。神田のカルタ店に時々トランプを買いにいったりしました。私は何につけ、詳しい知識を記憶するのは苦手だし、トランプについてもちゃんと勉強することもない、いい加減なことなのですが、自分で勝手に各カードの性質を決め、出た位置を勝手に解釈するのです。 例えば8は戦争や派閥間の深刻ないさかい、2は正向きなら友愛。スペードであったり逆向きのクラブなら、二人の間の対立。 3は硬い結束を示す聖数。4は世界の状態を示す聖数。 と、いった具合です。 トランプは、一見上下のないカードも、マークと端っこまでの間隔などが僅かに異なり、時分なりの上下を決めることができます。 引用  Ⅱ ばら瑠璃(月夜のトランプ) 「ペルシャンブルーの砂漠がですね、   象の骨を磨いてゐたのですよ。」 キャラバン隊のポスターを剥がす少女の初恋。  例えば、この詩文は、トランプのハートの2が正位置で示されたようなもの。  そんな風にも楽しみつつ、私は読んでいます。

蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2018-12-10):

冒頭誤変換でした。 ×  この詩他の場合、フレーズを ○ この詩の場合、フレーズを 失礼しました。

蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2018-12-10):

時分→自分てした。 重ねて失礼しました。

みうら (2018-12-12):

何度か拝読したのですが、率直に申しますと私には難解でした。また、コメント欄を参考にもしたのですが、私の脳みそは更に迷宮入りした次第でして、一つ、思い切ってお訊きします。本作は読解するためには必要な何か、読む為に必要な知識があるとすれば。差し支えなければご教示いただけますと嬉しいです。いや、お答え不可でも大丈夫です。質問の理由の一つとして、「詩には前提知識が必要であるのか」ということについての石村さんのご意見を参考にしたい、というのがあります。

みうら (2018-12-12):

すみません、句読点などがおかしなまま書き込みしてしまいました。 本作を読むにあたって、持っておかなければならない知識があれば教えて下さい。 という意でして。すみません。

fiorina (2018-12-12):

自分に訪れたものは、すべて啓示と思うことにしてるんですけど、同じ感じをこの詩から受け取りました。断片であるけれど、何かしらの印象を残しているものを、手のひらにおいて、時の流れがそこに何かの反映をしていくのを、秘法としている。 すべてでありつつ、わりとそっけないような断片で、と言うところが、愛おしく・・・。

ishimuratoshi58ishimuratoshi58 (2018-12-13):

 まりもさん、ふじりゅうさん、つきみさん、蛾兆ボルカさん、stereotype2085さん、みうらさん、fiorinaさん、ご高覧有難うございます。いずれもすぐれた書き手である方々からこんなにコメントをいただいたことに、作者自身ちょっと驚いています。というのも、本作は普段私が読みたい、書きたい種類の詩ではなく、抑え切れないインスピレーションに駆られてなかば已むに已まれず「かけてしまった」作品であり、読み手はもちろん書き手本人のことさえほとんど顧慮していないシロモノですから(笑)  その上で、皆様の御評を非常に興味深く拝見しました。ことに、空白の連を補作するというまりもさんの試みには虚を突かれました。「そうきたか」と(笑)  皆様さすがに練達の書き手であるだけあって、それぞれに核心を突いた鋭いご指摘があり、結構ひやっとしましたww 具体的にどなたのどのご指摘が、とは申し上げられません。答えを明かすことになってしまいますのでね。何しろ「秘法」ですから(笑)  みうらさんからは直接のご質問がありましたので、これには別にお答えしたいと思います。

ishimuratoshi58ishimuratoshi58 (2018-12-13):

みうらさん、  拙作を何度もご高覧くださったとのこと、恐縮するとともに深く感謝申し上げます。 >読解するためには必要な何か、読む為に必要な知識 >本作を読むにあたって、持っておかなければならない知識  それは、ありません。作者は読み手に「期待」することはできても、「要求」することはできない、というのが小生のスタンスです。  以前に別の所で、自分の作品の受け手をある程度想定している、という趣旨のことをかきました。読書経験の量・質・種類、趣味嗜好、リテラシーの程度などなど、漠然としたものではありますが、仮想している読者のイメージは常に念頭に置いています。  ですが、それはあくまで仮の想定であって、実際の読者への要求ではありません。いったん作品を世に出せば、作品は読者のものであり、筆者の意図やメッセージが何であれ、読者の自由な読みを拘束することはできないという、しごく平凡な結論になります。 「詩には前提知識が必要であるのか」  難しい問いですね。あるといえばあるし、ないといえばない(笑)前提知識があることが読みを豊かにしてくれることもあれば、邪魔になる場合もあると思います。「前提知識」のレベルや範囲をどう設定するか、にもよるでしょう。端的に、まず「日本語の知識」は必要ですわな(笑)古語を知らないと読むことさえできない作品もあるでしょう。また、拙作のように衒学的な術語を使用する作品は、近・現代詩にいくつもあります。たとえば宮澤賢治の作品なんて、科学術語のオンパレードです。じゃあ、そうした術語を知っていれば賢治の詩が「わかり」、知らなければ「わからない」のか?私は、「詩っているからわかる」という人がいたら、その人は詩のことなんか何もわからない阿呆だと思いますね。  一方で、そうした個々の言葉が何を意味するのか知らなくても、やはり賢治の詩は読み手に「響き」、感動させてくれます。詩の力、ことばの力は「教養」よりも上位にある、というのが私の(いささか理想的な)信念です。詩の営みがペダンティズムに陥ることは厳に避けるべきであり、ことばの原初的な力、ものとしての実在性、存在感をいかに扱うかという工夫こそが、私たちの仕事なのではないか、と思うのです。お答えになっているでしょうか?

ishimuratoshi58ishimuratoshi58 (2018-12-13):

上記の書き込み、誤植を訂正します。 「詩っているからわかる」(誤) →「知っているからわかる」(正) 失礼致しました。

みうら (2018-12-17):

石村さん 丁寧に教えていただきありがとうございます。「詩のことなんか何もわからない阿保」と言われるところに、知りたかった答えを見いだせました。そもそも言葉には定義があったとしてもその定義通りに使われていないこともあるわけで、わかったような錯覚を、、私なんかは断定して語っていたりします。私は「人それぞれに考えや思うことがあっていい」という物言いが嫌いだったりします。それはお互いを尊重する一方で個別に持っている強度が薄い、なんと言いますか、緊張感が失われた場に出す要因にもなると思うのです。ビーレビは楽しい遊戯の域であるべきな一方で個が断定を持って参加してこそ有意義な遊びの場になると思うのです。その観点からすると先に挙げさせていただきました「詩のことなんか何もわからない阿保」という言葉に共感します。わくわくしてしまいます。話は逸れますが、時々見受けられる揚げ足取りのようなネット詩上のコメント。それは阿保と言葉をかけることもためらってしまうほどに残念な人にみえます。 不躾な質問にお答えいただきましてありがとうございました。

沙一 (2019-01-18):

最近、マラルメの「骰子一擲」に興味をもっているのですが、その空白を意識した構成に、石村さんの今作に通じるものを感じました。 音楽の手段は本来文芸のものであるから奪い返す、というマラルメの発想には驚かされます。 電子上のテキストは整列されて読み易い反面、創作表現には不便だと感じることも多々あります。今作も、白紙に筆記具で書かれていたら、より一層の自由と奔放さを発揮していたのではないかと思わされました。 なんにしても、大人でも童心をくすぐられる、夢みるような言葉が鏤められた作品で、短いですが読んでいてわくわくしました。 あるいは幼い子供がもし本作を読んだら、識らないけど不思議な語感や魅惑的な印象の言葉に、さぞかし夢を膨らませるのではないかという気がしました。


カブク衣更着ストリッパー   

こうだたけみ 
作成日時 2018-12-15
コメント日時 2019-01-17

 

小さかったり大きかったりの頭がのぞく 風は強い そして湿っている タイトスカートから伸びる足がみぎ、 ひだり、みぎ、ひたりと踏み込む 前後に椅子の付いた重いママチャリ 飛ばされた帽子を拾って渡す指先 カメラは構えてもシャッターは切らない ってのがマック歌舞伎町店二階の窓から 枠や土器はムネムネするらしいね けどいつだって眠たそう 走馬灯を解体して装を纏うへ孵す ガラス張り繭タワーのキリンの不在 新宿の東を回るメリーゴーランド ねむねむなのねって頭を撫でて 「(見た感じ)大丈夫そうよ?」 だからいつまでたっても眠たいそうだ ソーダ水に沈む眠たいには青が似合う バニラアイスの山の残骸と 溶けた氷に埋もれたチェリー マゼンタ90%にイエロー40%? 本当かどうかは混ぜて確かめてみて 食品に不向きな青みがかったピンクは 手にとって結んだっていいよ 口の中で結ばれないのなら 何もかも一つひとつ丁寧に それができたらと願うのに いざやってみれば息切れて 途方にくれるのが得意だね 彼女は特徴的な何を持つか 質問には見当がつきません 記号的なもの一切を置いて 流れ着いたから、それだけ


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みうら (2018-12-27):

ひねりをまた入れてきてんなあと思いました。ドキがムネマキするというのは岡崎京子さんのマンガで私、知ったのですが、まさかこうださんの作品で出てくるとはびっくりです。本作はかなりひねりが加えられていて全体通して飛び散りまくっている感がありました。以上です。あ、あと、今年最後のゴルゴンダでお待ちしております。29日スタートです。

こうだたけみ (2019-01-17):

みうらさんコメントありがとうございます。気づくのが遅くてごめんなさい。 ゴルは、ちょくちょく覗いてはいるのですが、若干スランプ気味なので書けないでいます。 はい、ひねりです。衣更着だから脱ぎません。以上です。


砂浜の砂を理解できなかったから、   

北村灰色 
作成日時 2018-12-31
コメント日時 2019-01-16

 

砂浜の砂を理解できなかったから、あのドアは未だに開いたままだ いつかの刻まれた牡丹をひとひらひとひらひらりひらりとふらりふわりくらりゆらり__ 絶夏の色彩に唐紅の唇を切り裂いて…… 簞笥の長襦袢が(死)の水仙染めを奏で始めた時、匕首を握り締めているのは誰? 赤い靴と藍色の紙風船。分岐点に黄色の標識は無く 四階紫鏡の砕け散った痕 紙芝居の始まりはいつも白い左手首が崩れ落ちる刹那だ 葬秋の惨殺死体は瞬く間に隠匿される 左耳と手を繋ぐ赤蟻 右耳と抱擁する鉄条網 不協和音の子守唄が霜柱を揺らし、 溶けることの無い暗渠に鬼の眼が「__」を囁いた夕暮れ午前零時 そう「始めから狂っていた」 不穏な南風と誰もいない船舶、残り328/5137mlの春霞. 暗いくらいクローゼットの青一号 モノクロのイロゴト、パノラマとヒメゴト 赤2号のドライアイスが崩れゆく夕刻、罅割れた境界線を撫でるのは、 君の凍死躰が発見されたのは目眩の収まらない7月だった 瑞々しい草木が揺れる溶鉱炉 飛行機雲奔る砂場に、誰が真夜中の救命艇を差し伸べる? 硝子の牢獄に閉ざされた47の右目。執行猶予の48の左目 ――可憐な水面を切り裂く剃刀とナイフに、誰の頸動脈が終わりを悲観することができるのか 閉ざされる刹那はいつも暗闇だ、君の最期の赤いドレスが宙空に舞う美しさすら__


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オオサカダニケオオサカダニケ (2018-12-31):

春霞のml表示すこ

エイクピアエイクピア (2018-12-31):

「溶けることの無い暗渠に鬼の眼が「__」を囁いた夕暮れ午前零時」 詩を声に出して読んで居て「__」はどう読むのだろうと迷いました。

グーグルグル夫グーグルグル夫 (2019-01-01):

開いたままのドアのもどかしさは呪いとなって、花びらの崩れゆくさまを突きつけるのは死神みたいなやつしかいないといったような不穏な空気感を感じました。 四階紫鏡とか、学校の怪談的な感じがしました。 耳がズタズタに引き裂かれるような感じがして、「ーーー」みたいな表現な迫力を感じました。

北村灰色 (2019-01-16):

オオサカダニケさま コメントありがとうございます。 私の作品に用いる数字は、私自身が書いている瞬間に浮かんだモノを用いているので、そうした感覚的な部分を好いて頂けて嬉しいです。

北村灰色 (2019-01-16):

エイクピアさま コメントありがとうございます。 「__」は無言、読まない。音楽的に言えば休符みたいなものです。分かりにくくて申し訳ありませんでした。

北村灰色 (2019-01-16):

グーグルグル夫さま コメントありがとうございます。 この作品は意図的に不穏な空気感にしたので、その部分を感じとって頂けて嬉しいです。 様々なモチーフを散りばめているのですが、学校の怪談もご指摘の通り、その内の一つです。


「地下鉄は理科室みたい」   

北村灰色 
作成日時 2018-12-05
コメント日時 2019-01-15

 

狭間に藍と綿飴が揺らいでいた いつか、錆びゆくメリーゴーランドに座る君は綺麗だったけれど 1989年が翳んでしまった刹那にその眼は茜色に変容してしまった 燃えあがる空 砕け散るオブジェの記憶 すべてがワルツを踊り終えるとき 私の青昼夢もまた終幕を迎える…… そう、錆びついた秤に載せられた私の心臓を視ていた 水族館3F,音階の無い世界、 君はどうしてヘッドフォンをしたままだったのか 「私には理解できなかった」 もし、浮游するのが死骸だとしたら、此処に生者の笑みは無く ただ水槽が青1号に着色される刹那に、そっと息を止めることしか―― クリームソーダのメルトダウン テトリスのカウントダウン 虚ろな日曜日を取り戻さないと色彩が渇ききったままだ 包帯揺れる電線、真夏に死んだ十字架、真冬に笑う向日葵の歪 秋の牢獄に収監されたピストルと左耳 星月夜の情景は遠く、遙か遠く—— 「地下鉄は理科室みたい」 少女はそう嘯き、プラットフォームでフラスコを踏み砕いた 急行の悲鳴、不透明家族、不在の革靴 赦されるべきは9月の慟哭だと、早すぎたクリスマスツリーが灰燼へと帰す時 僕らの忍ばせたダガーナイフは4限目の十字架すら切り刻めるさ そして、朝焼けの靄にドレスコードを忘れた紅葉が彷徨う ウィンカーのでない車が羅列した螺旋階段 転がるコンバース、国道702号線にへばりついただけの静脈血と網膜 ほら、また林檎とブランの錯乱死体の色を視えないふりをして 貴女はアップルパイの午前を穏やかに迎えようとしている


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環希 帆乃未 (2018-12-06):

二作読ませて頂きましたが、独自のスタイルを確立されていらっしゃいますね。主に退廃的な空気が私は好みです。ですが、違った作風をお見せ頂きたい我儘さです。何故違った作風を見たいかは、違う味も欲しがりなんです。しょっぱいの食べたら甘いの食べたくなる感じですが。わたしだけかしら・・・・?

沙一 (2018-12-06):

地下鉄と理科室、語感的にも似ていますが、ガラス窓に囲まれ、金属質のパイプが印象的な空間は、たしかにどことなく似ている気もします。 ゴッホの絵画にあるような(死さえも)牧歌的な風景からは遠い、都市生活者の幽鬱な溜息が漏れきこえてきそうな詩だと感じました。 ウィンカーのでない車 赤毛のケリーですね。 破綻しつつも美しい北村さんの世界観は、後期TMGEを彷彿とさせます。 終わるまえの刹那的な煌めき。

北村灰色 (2019-01-15):

環希さま コメントありがとうございます。 確かにどの作品にも退廃的な感じが漂っていて、それが自分のカラーなのかなと思います。 https://www.breview.org/keijiban/?id=1701 ネットに上げた作品だと、これなんかは全く異なる作風なので、興味があれば是非。

北村灰色 (2019-01-15):

沙一さま コメントありがとうございます。 理科室と地下鉄は、何処か閉ざされたというか、無機質な冷たさが漂っている感じが似ているような気がします。 私もTMGEはかなり好きなので、音楽も含めた表現に於いて、その質感や世界観等は影響を受けています。


セロファンの月   

ゼンメツ 
作成日時 2018-12-31
コメント日時 2019-01-14

 

つめさきを濡らすたび、すうまいずつがめくられていく、縁々へとぼくを拠せて、であってしまう。つながってしまう。たちきえてしまう。みなもに削られる月のような、うすくいびつに折り目の残るセロファンに透かされて、月型に曲がったままのひとびとが、湖岸の泥濘みへと植わっている。花弁をかぞえるように、ちかくの細い茎などを、てあたり次第ひっこ抜いている。 せかい。とつぶやいて、丁寧にかおをあらう。 遠い、 すくわれたいろみずのいろがいまだれの手にもみなぞこの泥をわすれさせていた。あなたはほうぼうへとかぜを起こしながら何処までも何処までもとそれをはこんでいて、つまづくたびにまた、はっ、と、すうまいずつをめくってしまう。


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オオサカダニケオオサカダニケ (2018-12-31):

俺にはりかいできない

エイクピアエイクピア (2018-12-31):

セロファンに透かされて見える月?でしょうか。月型に曲がったままのひとびとと言うフレーズでさらに分からなくなるのですが、その前のフレーズのみなもに削られる月など分からないながら、詩の骨格を表していると思いました。

グーグルグル夫グーグルグル夫 (2019-01-01):

広がる波紋のびょんびょんびょんといった感じを思い浮かべてああ、あのびょんびょんびょんといった感じだなと思いました。思わせぶりなひらがながまたいいなと思いました。

ゼンメツゼンメツ (2019-01-02):

>オオサカダニケ さん ありがとうございます! 「俺」のみが漢字とされていて、この詩に対するレスとしてなかなかイキだなあと思いました! >エイクピア さん ありがとうございます! たまにはこういう、みなさんからよくわかんないっていいまくられそうな詩ももいいかなと! >グーグルグル夫 ありがとうございます! そうです、その波紋です! 僕が読み返しても、終始思わせぶりな作品だなあと思います!

オオサカダニケオオサカダニケ (2019-01-14):

すごいなあ。この人の別の作品も面白かったし。前までは わからなさ に反抗してたけど、いい作品とともに語られるとその意見に説得力が出る。わからなさ。すごいでこれは


ニューヨーク天神駅84「小児教育」   

オオサカダニケ 
作成日時 2018-12-01
コメント日時 2019-01-14

 

1×1=白い双子 2×2=赤いインク 3×3=53枚のジョーカーと伏せられた1枚 4×4=紫の戦車 5×5=青いタヌキ 6×6=36 7×7=緑のカギ 8×8=茶色のドアが閉まります 9×9=ネアンデルタール人が微笑んで


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小林素顔 (2018-12-01):

拝読いたしました。 ぱっと見、ユーモラスな雰囲気の詩だとは思ったのですが、「5×5=青いタヌキ」が多くの日本人に共通のイメージをもたらす具体的なモチーフだと思われたため、そのほかの段の掛け算にも、なにか原典があるのかという気になってしまい、想像力を働かせるよりも、自分の無知を気にするような、入口の狭い詩になった印象を受けました。実際に原典があるなのだとしたら、私の無知をお許しください。もし、言葉の面白さで読者の想像力を喚起しようと思っていたのでしたら、5の段の掛け算が非常に惜しいものだと考えられます。 失礼ながら、ご意見させていただきました。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-12-05):

俺これは失敗だと思うのね。言葉のサラダボウルになりすぎている。詩でのサラダボウル現象っては形而上的表現を意識しすぎた時に起こりやすいが、これはまさにそれな気がする。 氏が常々至高としているルミナスライン・殺し文句という概念も両刃の剣だがまだそれに終始した方がこの詩のような事故は起こらないだろう。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-12-05):

コメントあざす。11月の大賞ほしいわあほんま

蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2018-12-05):

まず、何これ?と、思いました。 次に最初と最後から2001年宇宙の旅を連想し、連想しても無駄に終わりました。 それから、記憶術として、頭の中に箱みたいなのを作って、その順番が思い出せるようにしておき、そこに数字でも何でも入れてくことを連想したけど、やっはり無駄で、何だったのかなあと思いました。

沙一 (2018-12-20):

わけのわからない詩ってあるもので、本作もそう。だけど、頭の片隅にすっかり存在を占めてしまって、ときどき、あの詩はどういうことなのかなと、つい思いめぐらしてしまう。 それで、向き合ってみて、ようやく自分なりの解釈をみつけた。 まず、見てのとおりの掛算だ。だれしも小学校低学年で習うであろう、おなじみの九九だ。然し、その回答はどうだろう。あまりに定式な計算問題に対し、回答のほとんどは数字でもなく、端的なイメージを表す言葉。つまり今作は、定式や常識からの脱却を表明した、作者の前衛的な挑戦状とは読めないだろうか。だとしたら「小児教育」という題名も、アイロニカルに響く。 ただ一つ、6×6=36であるところに、一分ぐらいはまともなところも残しておこうか、といった作者の悪戯心を感じられる気がしないでもない。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-12-20):

これは無意味です

沙一 (2018-12-25):

ニケさんのことは、血気盛ん且つ気骨があっておもしろいなと感じているけど、このまま荒らしまがいのコメントをしていると出入り禁止になりかねなくて、そうなってしまうのはとても残念だから、合評マナーは守ってほしいな。 話したいことがあれば、自分のツイッターに直接メッセージとかくれたらうれしいです。

完備 (2018-12-25):

「53枚のジョーカーと伏せられた1枚」は良いフレーズですし、「6×6=36」という「正しい文」が唐突に表れるのは面白いですが、逆に言えばそれだけなので他に言及すべき点はありません。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-12-25):

完備氏 そうっすね。これはゴミです。詩ですらない。てか、現代詩フォーラムにこのあいだ3つ投稿したので、それはルミライある。今日2つ投稿して、その前の3つ。完備氏に詳しくdisってほしいんだよなあ。「ここをこうしろ」とかね。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-12-26):

てかジョーカーのくだり拾ってくれてあざぴっぴ

みうら (2018-12-27):

オオサカさんらしい頑張ってる作品だなあと一読して思いました。とても懐かしい感じもある。幼少時代の遊びのような。しかも、それが不自然でなく、幼少の作品に読めてしまう。それってけっこう難しい技な気がします。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-12-27):

いや、この詩はテキトーですね。やっぱ人のコメントなんてそのときのなんとなくの印象なんでしょうね。この詩はゴミです

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-12-27):

てか、現代詩フォーラムにルミライ投稿したからマジ読んでほしいわ。「よーし!良い詩が書けた。うふふ。」とかじゃなくて、数学やねん。確実やねん。まじで。まあでもつきみ氏からはdisられたから、あんまり良くないんかもなあ。

オオサカダニケオオサカダニケ (2019-01-14):

やめたれw


【フル】かるべまさひろの選評<2018年11月分>   

かるべまさひろ 
作成日時 2018-12-10
コメント日時 2019-01-13

 

はじめのあいさつ  今年を振り返っています。なのであいさつとかが長めです。  かるべです。実は、今のように、  自分で現代詩と思うようなものを書くようになって  ちょうど一年です。  去年の十二月に大阪のルクアで手帳とシャーペンを衝動買いして、  時空の広場で詩を書き始めてからです。  それまでは、あえて分類するなら  クリエイティブライティングになると思われる、  確実な命題のもとに書かねばならないものを書いていました。  (初期の投稿でもある、ビーレビテンで展示させていただいた「学習」とかです)  B-REVIEWは、11月も投稿作品数が多く、  選評も読んではいるので、  実際、物量が多く、  自分のためになる・楽しいとか、なにかしら確信を持っていないと  やってられないのを理解しつつ、  単に自分が一定の楽しさのもとで、  毎月なんだかんだ取り組んできたことに、自分を撫でてやれます。  コメントを、以前のように、  数を残せていないことを、少し申し訳なく思っています。  ただ同時に、コメントが機能し続けていることを  尊敬と感謝しています。  B-REVIEWは「変わろうとしている」という  モラトリアムをぼちぼち長く過ごしています。  僕などは、それがなにということもなく、  動ける瞬間に動いて、  問題があったら動いて、  その程度で、わたなべさんやステレオさんに、  船頭はなるたけ任せてしまいたい、  そんなスタンスを表明してしまうときもあり、  些か、申し訳ないこともあります。  ただ、僕はこのゆるやかな革新に、  詩を感じています。  自分が詩を書くための、人の生に触れていられる空間を、  感じていられるので、  しばらくは厄介になります。  今は、運営に携わっていない、という立場の皆様からでも、  なにか動きたいときに、  なにかビーレビの名が助けになるときに、  ボランタリーの範囲でありますが、支えになりたいと感じます。  そんな生易しい社会ではない、と心の声が言いますが、  詩を書きたいときに/書かねばならないときに、書いて、  見せたいときに、見せて、  一抹のさびしさをつきつけられて、  それでも人を感じられるコメントに選評に、一喜一憂をして、  確実に、今年は、人生の充実が、僕には増えました。  ありがとうございます。  B-REVIEWを、つくっているのは、みなさんです。 <選評>  選ばなかったものも読んだのか、性善説で成り立っているのは、  弱点かもしれませんが、耐性でもあるかもしれません。  それより、生々しい性の話が多かったですね。うひゃ。  あと、ビーレビ杯不参加作品が増えているのも特徴でした。  しかし、僕はやはり継続して評論には向いていません。  すべてのインプットは、かるべ語のアウトプットへ行くのですから、  翻訳家を失った僕にはもはや、選評詩しか書けないのでしょう。  かるべの精液の作品にみうらさんがコメントしてくださった部分が、  かるべ語の翻案として個人的に採用なのですが、  なんか、こう、みなさん、日本語が成立していたり、  成立した日本語をうまく崩していたりと、  ちゃんと尊敬しています。  なので、僕が選ぶのは、もう、巧いものとか、  きれいな情景、深い造形ではなく、  なんこれ胸痛むやんけ、みたいなものを今月は選びました。 【大賞候補作】 小銃射撃 羽田恭 11月13日 【優良作】 かえっておいで 杜 琴乃 11月4日 ひきだしにテラリウム こうだたけみ 11月21日 【推薦作】 彼女のrの発音/魔法使いじゃないので 仲程 11月3日 アリとキリギリス ふじみやこ 11月1日 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 大賞候補 小銃射撃 羽田恭 11月13日 なんこれ胸痛むやんけ https://www.breview.org/keijiban/?id=2623 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 優良作 かえっておいで 杜 琴乃 11月4日 なんか最後の行でぐっと胸が痛む https://www.breview.org/keijiban/?id=2566 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 優良作 ひきだしにテラリウム こうだたけみ 11月21日 なんだか後半胸が痛む系の歌にしてしまいたくなる https://www.breview.org/keijiban/?id=2664 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 推薦作 彼女のrの発音/魔法使いじゃないので 仲程 11月3日 人はだれでも種類の違うこの痛みを持ってる https://www.breview.org/keijiban/?id=2563 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 推薦作 アリとキリギリス ふじみやこ 11月1日 なんだ胸痛がしてきた https://www.breview.org/keijiban/?id=2549 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ おわりのあいさつ  一番笑ったのは昼ドラでした。  賛否両論って永遠になぜかあって、  賛のなかで漂ったライフスタイルの方が、  よいのだろうという、  視点がありまして、  実にシンプルな人間模様が、外には広がっています。  僕はゲイなので、  まぁ、よく、自然と齟齬など生まれやすいのですが、  ウーマンラッシュアワーさんが言及するのもどうなのと言及したりして、  わーついにこんな時代ですか生きてるうちに、みたいに家でスマブラしながら。  こうノンケの方々から、あれ、同性って結婚できるの?みたいに訊かれるのですが、  あー自然と詳しくならざるを得なかった事柄で、  僕は家の中を埋め尽くしていたのだ。  あんまり、情報量が多い生体なので、  最近は小出しにしてるんです、と宣言をするのが渡世術です。  僕は知っているんです。  先日、相手のご実家にご挨拶にいったこと。  それを言及することが自身の切り売りとしてコンテンツ価値のあること。  日常それ自体が、違うことなど、誰でもそうなのに、  僕のなかに普遍などありえないので、  僕は普遍の詩を書けないのです。  どこまで進んでも、かるべ語を話すことしかできないことを、  人間の世界では、苦しく感じることもあるのですが、  どうやら、だれでも「自分の言葉」があると知り、  それはもう、胸を撫で下ろしましょう。  僕は変態なので、  そんじょそこらのセックス描写自体には、何も思わないくらいです。  性のことに、気がついたら詳しくならざるを得なかったのでしょう。  だから、人体よりも人間の方が好きなのだと思います。 かるべ


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羽田恭 (2018-12-11):

予想外な事に、「小銃射撃」が大賞候補に! まりもさんしか感想を書いていなかったので、外したかなと思っていたのですが。 淡々と行われること、ただそれが小銃射撃とその整備というのが、かるべさんに痛みを与えたのかもしれません。 そして今月、また予備自衛官の訓練に行ってきます。(年1回あるのです) 選んでいただき、感謝です。

かるべまさひろ (2018-12-14):

羽田恭さん コメントをありがとうございます。 コメントを残せないまま選ぶということも何回かしているかるべです。 何事もそうですが、人に影響を与えてる実感は伴わないまま、人に影響を与えてるということかもです。 ありがとうございます。

こうだたけみ (2018-12-15):

かるべさん、「ひきだしにテラリウム」を優良作に選んでいただきありがとうございます。名前あった! よかったーって思いました。 11月の投稿作はどちらもゴル作で、本作を書いた後に「ひきだしあいた」を書きました。ある意味で連作です。 ご指摘いただいた後半部分は、根腐れる→腐れているりんご→信州りんご、ストーブにかけよ→鍵かけない、まっくら森(テラリウム)→所有してはならないもの、神→手のひらを見せます(インドの神様は手のひらを見せた状態で描かれることが多い、たしか全知全能を表しているという説があったはず)というように、二行ずつで連想ゲームをしています。その連想ゲームを作品全体でやったのが、のちに書いた「ひきだしあいた」です。 悲しげにしていても、どこかしらで遊んでいないと気が済まない人間なのだと思われます。 ありがとうございました!

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-12-23):

レスの伸びてなさが証拠 11月に私を推さないのは客観的に考えて無理がある

かるべまさひろ (2018-12-23):

オオサカダニケ様 よろしければ「客観的」の部分をもう少し説明いただいてもよいですか? ガイドラインに また、十分な理由を明示しない酷評/罵倒を禁ずる。 とあります。 よろしくお願いいたします。

かるべまさひろ (2018-12-25):

オオサカダニケ様にイエローカードを発出します。 先日の注意がまだ記憶に浅いかと存じますが、ガイドラインに同意しているとは捉えられない発言が続いています。 「合評マナー」に同意する者が参加していることがこの場であると認識していますので、よろしくお願いいたします。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-12-26):

「目的地」(11月1日投稿)この詩にはルミライがあった。実際わったんも褒めてた。そしてかるべ氏が推した作品にはルミナスラインがない。よってワイを推さないことに無理があると断定する。(なお、ルミライ至上主義に基づく考え方である)

かるべまさひろ (2018-12-26):

「ルミライ至上主義に基づく考え方」だと自覚されていらっしゃるのは存じてますが、荒らしまがいのコメントや言葉で他者に主義を押し付ける態度をされるのは、ルールに反していますのでご注意ください。なお、カードがある方ですので、今後はあまり注意も致しませんので、ご留意ください。 また、「客観的」である説明になっていませんので、改めてなぜ「客観的」なのかをお応えいただければ幸いです。 また、ルミナスライン至上主義に則った故とも思えない根拠のない(そして感想と言うには乱暴な)コメントが、ここ一ヶ月でも6コメント程認めています。最後にもう一度、お気をつけくださいと確かにお伝えいたしました。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-12-26):

6個は多すぎて草

仲程仲程 (2018-12-29):

かるべさん 推薦していただきありがとうございます。なんかそうかな、とうなづくひとことです。 >だから、人体よりも人間の方が好きなのだと思います。 この一行、いい と思いました。

ふじみやこふじみやこ (2018-12-30):

かるべ様 推薦作に選んでいただきありがとうございます! もっと質を高めていきたいと思います!

杜 琴乃 (2019-01-10):

かるべさん いつも有難うございます。運営さんがいるから、支えてくれる方がいるから、様々なことが成り立っているのだと改めて感じます。 優良作に選んでいただき大変嬉しく思います。なくしものが拾われて大切に扱っていただいたような気持ちです。本当に有難うございます。

オオサカダニケオオサカダニケ (2019-01-13):

>Twitter上でのやりとりを、この場に持ち込むという行為は 季節に一回くらい悪い意味で行われています。 マジで何度でも言いますが、 かるべに限らず、Twitterを見ないのが基本という人間はいます。 TwitterでのできごとはTwitterでしてほしいのが本音です。 >・掲示板外で作品や作者を酷評・攻撃する行為は慎むこと。発覚した場合、厳格な対応をとる (^_^)

オオサカダニケオオサカダニケ (2019-01-13):

ガイドラインに「なお、運営者に対しては厳格な対応は行わないものとする」という文章を付け足してみては?

渡辺八畳@祝儀敷 (2019-01-13):

関係ないコメ欄に書くなっちゅーの オレンジカードについての告知をメールでやってやろうと思ってたのにさ、んな態度なら皆に見られるここに書くわ ガイドラインにもあるがオレンジカード発行者は一定期間の投稿が禁止される。オオサカダニケ氏は1月は既に2作投稿しているため、適応は2月から。一応期間は1ヶ月とは考えているが、態度によっては伸びることもあるでしょう。 運営内ではレッドカードにすべきという意見もあったんだよね。つうことは今回のオレンジってのもギリギリレッドは免れたってだけで依然危ない状態なのは変わらない。レッドまであと僅かだし、このコメ欄に書いたことによって一歩近づきました。 出禁なんてだしたくないってのはマジの本音だから、ほんとさ自分の置かれた状況をちゃんと理解して。

渡辺八畳@祝儀敷 (2019-01-13):

てかさぁ、ニケ名義でtwitterやってねぇくせにstereo氏のしかも別名義のアカ覗くようなセコいことやってんじゃねえよ 抗議ならアカ作ってtwitterでやれ。てか今からアカ作って俺に連絡入れろ

オオサカダニケオオサカダニケ (2019-01-13):

何回もアカウント作ろうとしたけど無理。前作った奴が凍結されたし、同じアドレスで作れない感じになってる。 春にスマホ買うから、そん時にフォローするわ。SNSの別アカでイキって叩くほうがキモいかなあと思ってしまう。運営者みたいなプロと違って俺は無名素人インキャやからダサいし、立場が圧倒的に弱いけどな。 あとはフォーラム来てくれ。 レッドでいいで。心に響くナイーブな詩じゃなくても読む人を面白がらせられる詩が書けると確信してる。

オオサカダニケオオサカダニケ (2019-01-13):

従順 というタイトルのやつやで


【選評】2018年11月投稿作品    

まりも 
作成日時 2018-12-15
コメント日時 2019-01-10

 

◆はじめに 投稿数が前月に続いて160を超えた。詩を読み慣れた人であれば、一日に100程度(もちろん、丸一日を使っての話だ)読むことは可能かもしれないが、数日に渡って全作品を読み続け、その上で「選考」することを、一般の投稿者、サイト参加者に要求するのは難しくなってきているかもしれない。 @前半、後半と二期性にする(運営の事務が煩雑になるので、物理的に難しいか?) @過去に推薦作以上になった作品を優先的に読むことができる(この場合、新規投稿者を優先的に読む人がいないと、取りこぼしが生じる) @既読作品にチェックを入れられるような機能があれば(非公開でもよい)50以上読んだ人に、自動的に「フル選評を行う権利」が付与される(するかしないかは、その人の自由)というような方法はどうか、などなど・・・。(システムやパソコンに不案内な素人の発言なので、適当に読み流してください。運営に直接「提案」する形を取らない、フォーラムに投稿しない、のは、そんな案もあるな、程度に読んでほしいから、です。)様々な人が、様々な重なり方で50(あるいは80とか、100とか、その時の設定で)の作品を読むことになり、全体で皆の作品が読まれることになるだろう。(読んでもらいたい選者に「当たる」かどうかは、その時の運、というようなことにもなるが、人間の心理として、返信をくれた人の作品は、一般的に読みたくなるもの、であるから、相互に作品を読みあう、という流れを促進できるのではないか、という期待もある。) ・・・自分の投稿作品を先ほど確認したら、返信レスを入れた後にもコメントが来ていた。フェイスブックやツイッターのようにコメント通知を選択できるようになっていると、返信に気づくのが遅れるということもなくなる、かもしれないが・・・(それはそれで煩雑かもしれない・・・)現状、こまめに自分の作品を(投稿した以上、責任をもって)見に行くのが最善作なのだろう(選評を書き終えたら、返信します・・・) ◆ひとこと選評(今月は、アーカイブの下方、新規登録者から読んだ。過去に「大賞候補」「優良」「推薦」などに選んだ人は、今まで以上に優れた作品だと思ったものを除いて、一言選評の方に入れている。) ・桐ケ谷忍 「空襲」11/17 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2648 日常的に、精神的に襲ってくる不安、押し寄せてくるもの、その感覚を、美へと転換して客観視しているところがよい。 ・るるりら 「よしっ。いや、ちょっと マテ。」11/15 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2634 ユーモアで乗り切る、そのようにしてしか自分を鼓舞できないことがある。共感することと同情は違う。真に他者のためを思って、その傍らに寄り添うことの意味を考えさせる。 ・渡辺八畳 「たったひとりで伸びていったクレーンへと捧げる詩」11/27 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2694 コメント欄も含め、面白く読んだ。語り手がクレーンを見守る「両親」に呼びかける意図を、どう読むか。クレーンという機械(高層ビルを建造する文明の象徴)を作り上げた人間社会、その寓喩だと読むと、「神」をも恐れぬ人間への警喩とも読めるだろう。「バベルの塔」の現代版である。人間が、自ら作り上げたものに支配されてしまう社会。そんな人間社会を白痴、痴愚の文明と風刺する詩とも読める。※多義的にそう読めるということであって、作者が(顕在意識で)そう意図していたかどうかは不明。 ・みうら 「たとえ偽りに終わったとしても」11/17 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2651 自己語りという古典的な手法を用いて、自己欺瞞を語るというスタイルを偽装し、SNSの表層性、希薄さを捕えようとしている誠実さという屈折に惹かれる。 ・黒髪 「芽吹く」11/26 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2689 内面に芽吹くものを真摯に見つめる視点と、その視点を小気味よい「黒髪節」に乗せて語る語り口が魅力。(かつて、我が歌は「浅茅がもとの虫の音」と歌った詩人が居た。)こんな生き方もいいじゃないか、と、生きづらさを抱えている人に直截に伝えるメッセージソングになっているが、そうした需要も「詩」には求められているのかもしれない。 ・羽田恭 「小銃射撃」11/13 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2623 実際の経験を生かした、体感に迫る語り口、息遣いというべきか。有事への危機感も背後に抱えている。自らの文体を有するということは、画家が画風を見出すにも匹敵する大事だと考える。 ・あきら@ちゃーこ 「箱庭」11/9 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2596 水の上をゆく視線の先に、自らの感覚器官を拡大している感性。人間という有限、有形のものを超える想像力を操れる作者である。想像力は、たとえば月の裏側に「手」をのばして、その石を拾う感覚を「体感」させる。過去の経験の蓄積や知識、感覚の相互作用によって起きる、想像力の神秘。 ・夏生 「泡」11/5 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2575 コップの中の泡、という具象的なイメージという、誰もが思い描きやすい、広い間口を用意したうえで、自らの内面で浮沈するものへと喩の領域を広げていく。内観にとどまっているところから、もう一歩先に、広い場所に出てほしいとも思う作者である。 ・仲程 「あいわず」11/12 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2617 自らの文体を既に有している作者だといっていいだろう。本作では、あえて古歌の一節を呼び出して、音の響きを楽しむとともに、そこから醸し出す余韻や風情も含めて、重層性を持たせている試みに惹かれた。 ・stereotype2085 「清濁併せ呑む」11/5 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2570 中国の古潭を範とした逸話(胡蝶の夢、など)のような、凝縮度の高い作品。(芥川の「杜子春」や「鼻」「蜘蛛の糸」もこの系列か。)語りの面白さ、流れや勢いの良さで凝縮しているところに魅力を感じた。舌先三寸で、時に人を騙しながら生き延びてきた男のしたたかさ。翻って見れば、誠実を旨として生きているはずの人たちも、思わぬところでより大きな詐欺や賭博に加担しているかもしれない。 ・北村灰色 「太陽の縊死体、白昼に揺れる網膜」11/25 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2686 太陽を目撃者として、酔っぱらったゴルファー(会社のお偉いさんなど)が無抵抗のキャディを打ち殺した惨劇の場面を想像した。後半の飛躍のスピードに目くらまされた感があるが、地獄への意識的な降下を想定しているように読めて面白い。 ・ふじみやこ 「アリとキリギリス」11/1 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2549 自身の言葉、いわゆる語り口調で綴られた楽しさ、面白さ。「蟻とキリギリス」は、ある意味で普遍化された寓話だが、それを意図的に現代になぞらえた具体性を買いたい。 ・ミナト螢 「シャーベット」11/1 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2541 自身の内観、内的体験を、外的体験で表象している。心臓というワードの象徴性に頼り過ぎているところが惜しいが(インパクトのある語は、頻度を減らして、肝心なところに置く方が効果が高いように思う)間口が広く、奥行きの深い、なじみやすい作品だと思う。 ・鬱海 「ばいぶる(短歌)」11/3 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2555 あえて「短歌」とジャンルを限定する必要はないのではないか?短歌の連作のような方法を取り込み、詩行の飛躍の幅を広げようとする作品に、最近、よく出会うようになった。聖書というテーマに真っ向から取り組む意識は、歌人よりも詩人に多い資質だと思う。 ・こうだたけみ 「ひきだしあいた」11/21 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2665 言葉が言葉を産みながら(呼び出しながら)あふれ出していく、まずはそのリズム感というのか、音韻に惹かれる。短いフレーズで切り替えを入れていく呼吸、引き出しを開けるという具体的なイメージと、子ども時代の記憶の引き出しを開けるという二重性。 ・杜琴乃 「かえっておいで」11/4 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2566 難しい作品だった。実体験であるなら、あえて伏せているものの大きさを考える。今年、頻発した災害被災者に寄り添い、共感していく作品であるなら・・・優しさに惹かれつつも、少し甘さに流れているのではないか、という感もある。祈りの作品。 ・帆場蔵人 「きみのこと、ぼくの町で」11/9 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2597 直接的には、地下に埋設された電線、不要となった電信柱を歌っているように見える。しかし、不要人員として切られ、使い捨てられていく労働者への想いが、背後に潜んでいるように感じられてならない。そうした、厚みのある擬人化だと思う。 ・佐木ノ本 「ささやかな日常の重石」11/14 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2633 日常の何気ない風景に目を止め、そこから意識の飛躍、日常からの離脱を試みる詩作の姿勢に魅力を感じる。あふれ出す過去の記憶が、抽象的なままでとどまっているのが惜しい。 ・社町迅 「寒露」11/1 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2540 叙景を自らの文体で描き出そうと腐心している。その苦心が引き締まった文体を作り出すことに効果を出しているように思う。 ・岩垣弥生 「死線上のアリア」11/3 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2557 ファンタジックな世界を自在に飛び回るような自由度に惹かれる作者。G線上の~を死線に重ねるのは、パロディーとしてはあくどい気もするが、どうだろう。鬼灯(盆飾り?)、少女、音楽に暗示される、一瞬落ち込んだ死後の世界の幻影。 ・agath 「秋の唄」11/17 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2650 「新鮮なコーンドビーフのような秋の一日」この描写の濃度に驚く。水彩画の世界から、一気に油彩、それもナイフペインティングのような濃厚さへの移行。 ・かるべまさひろ11/11「分解」https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2606 ナジム、を、西アジア圏の人名のように錯覚しながら読み始め、二連目で「馴染む」と読み替えた。他者と私、の二人の世界であるような錯覚をまといながら、小説の中の世界へと読者を引き込む。現実界に生きる人と、想像の世界、異界に生きる人が重なり、現れ、自分と馴染み同化し、自己がいつのまにか「歴史」という物語の中へ分解されていく。 ・南雲安晴 「符号」11/26 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2692 「詩」が、あるいは「言葉」がやってくる瞬間をどうとらえるか、ということを、文字の形態や、意味を理解できない言語の音声からとらえようとしている試みに共感した。 ・蛭子子 「秋日」11/29 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2698 秋の光景の「写実」なのだろうが、自身の表現世界に強引に引き寄せて描写することで、文体や質感を作っているところに魅力を覚えた。 ・༺❦柿原 凛☂༻ 「世界の中心で( )を叫ぶ」11/23 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2678 カッコという記号とその機能をフルに使って、観念を感覚に引き寄せるところが面白い。ナンセンスな論理だけを際立たせるか、論理をもっと明確に打ち出すか。方向性が曖昧。 ・唯代終 「血」11/1 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2546 血を吐くほどの苦悩・・・というクリシェを、換骨奪胎して自分の体感に引き寄せている感覚があった。 ・田無いなる 「けらく」11/10 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2603 「赤銅色の祖母」「唇を濡らすくらい、を続けて」観察力の鋭さと新鮮さが光る。短詩への挑戦も好ましく読んだ。 ・HIROKI 「ヒトリヨガリ」11/10 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2600 カタカナの混用が、心理的な抑圧による発話の凸凹を表現しようとしている感があり、意欲を買いたい。1、2連がいささか自己洞察(観察)的。3、4連に魅力を感じた。 ・taishi ohira 「渇愛」11/16 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2644 率直な表現と吉田一穂的なロマンティシズムへの渇望と口話的な語り口とが混在している感あり。表現の力みがうまく作用する方向にこなれていけばよいのではないかと思う。 ・仁川路 朱鳥| 「心臓の怠惰」11/3 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2556 前段の直接的、体感的な掴みから、観念の世界への飛躍が面白いが、「頭では理解できる のに心と体が」と自解しているところが少しもったいない。後半も不要か。 ・ishimuratoshi58 11/5「小さな村で見た」https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2576 コメント欄にも記したが、永遠の夏とは、永遠の幼年期もしくは青年期・・・つまりは人生の黄金期とされる時期への希求でもある。現れ、立ち去り続ける永遠とは、死者たちの住まう場所でもあるだろう。 ・alice1017 「どうしようもなく死にたくなるんだ」11/15 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2635 素直すぎるほどのリフレインの多用だが、それが逆に切実な感情を「うた」として突き放すことに効果をあげていると思う。切り替えるタイミングにセンスがある。 ・大覚11〻3号 「無傷神話にしていいよ」11/13 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2627 近未来の戦場で、特殊兵器が爆発したのちの灰に振り込められていく若い二人・・・という刹那的、終末的な世界を連想。夢想力に期待したい。 ・つきこ 「このごろ」11/19 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2657 自分の中から、わけもわからずあふれ出してくるような、そんな衝動性を素直に記しているところに惹かれた。 ・月美11/22「井戸の底から(私の魂より)https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2673 自身の内部をのぞき込む、というテーマは古来繰り返されてきているが、その体感を自分自身のものとして、実感を持って経験しようとしている姿勢がよい。 ◆大賞候補 ★尾田和彦11/21「絞首台」https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2662 題名のインパクトでひきつけ、動物園という寓喩の中に手早く読者を取り込んでいく無駄を省いた進行。時事を取り込んで流れを日常に引き戻し、臨場感と共に緊張を緩ませてから、再び監獄の場面に読者を放り込む。「牛がなく」を、牛が無く、と最初読んだ。鳴く、啼く、そして泣く。(原発後の、牛のいなくなった放牧地を連想したりもした。)会話が挿入され、檻が社会体制や精神世界の喩であることを知らされる。出荷される牛のように、人間が家畜、もしくはロボットとさせられる世界。虐殺される「幼さ」とは、自由な想像力を(檻に閉じ込められることなく)発揮できる、幼年期の夢想世界のような広がりとして読みたい。 ◆優良 ☆つきみ11/25「いちごみるく色のマフラー」https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2687 大賞候補として推したいと思う一方で、長さを前に躊躇した。他サイトへの転載の可能性も持つということは、先方の受け入れ枠(具体的な長さはわからない)を考慮する必要があるだろう。 そういう物理的な側面も含め、もう少し刈り込んで圧縮することもできるのではないかと思いつつ、白い霧の中に波のように寄せてくるエピソードの扱い、狂の母の側に(母から見た世界に)寄り添おうとしてある種の混乱を生きようとする語り手の揺らぎが印象に残った。兄たちを白鳥に代えられてしまい、その魔法を解いて人間に戻すために、指から血を流しながらイラクサを衣に編む少女の物語を連想。 ☆芦野夕狩 「工場午睡」11/11 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2607 なめらかな語り、あえて時空をデフォルメして強調しているのに、わざとらしさが感じられない、自然な仕立て。人生の秋、夫婦関係のきしみ、それらを「工場」という比喩に重ねていくところなど。後半の畳みかけていく切迫感が良い。 ☆ふじりゅう 「体温」11/16 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2642 「いつやらか」「さすりとしたり」など、地域で用いられる言葉なのだろうか、さりげなく表れる独自の息遣いに惹かれる。語り手と女性との記憶なのか、女性自身が抱え持つ記憶に思いを馳せているのか。時空を断裂させながら、コラージュして滑らかにつないでいる・・・ズボンの目立たない継ぎ接ぎのように。 ◆推薦 ☆豆塚エリ11/17「つまさきまで」https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2649 「雪のポタージュ」という、甘さと優しさ、冷たさを暖かさで反転させるイロニーから始まるが、内容は重く切実。「きれいごと」や「~ない」のリフレインが歌の軽さを呼び込む。猫の手のひらという“やわらかい、ここちよいもの”で“絞めころされたっていい”というイロニーも面白いが、殺す、はより鮮烈に描く方がよいのではないか。漢字の使用の吟味、すぐ後に「~のか」と重ねて歌の調子に引き戻したりする甘さなどが課題か。 ☆蔀県 「贋物」11/25 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2688 詩を読む、ということが、日常に沁み込んでいる感があって、それをさらに文章化していこう(客観的に外に出して見つめなおそう)とする姿勢、読み方の姿勢に惹かれた。 ☆向日葵11/21「リコール17」https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2669 人類愛、という大きなもの、絵に描いた餅と、傍観者という切実。「伝統なんて~」を枠に入れ込んでいく追い込み方、最後の諧謔を持たせた解放、言葉を叩きつけるようでいて、コントロールしている節度に好感を持った。 ☆rura 11/5「十億年」https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2577 直に素朴に恋愛の絶頂を描いているのかと思いきや、「わたしには命がない」に立ち止まる。語り手は、既に死者であるのか。十億年というデフォルマシオンが、実感となって迫ってくる。


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༺❦柿原 凛☂༻ (2018-12-15):

選評お疲れ様でした。 個人的には、ひとこと選評にいれていただき、ありがとうございました。勉強になります!

鬱海鬱海 (2018-12-15):

ひとこと選評に入れていただき感謝です。まりもさんの選評やコメントで視野が拓けていくことが本当に多いので、いつかその成果を発表出来るようになりたいと思っています。今月も選評お疲れ様でした。

帆場蔵人 (2018-12-15):

大量の作品に目を通された上に、拙作にひとこと選評までいれていただきありがとうございます。

岩垣弥生 (2018-12-15):

ひとこと選評ありがとうございます。 冒頭の鬼灯の意味を読みとっていただき良かったです。コメントは今後に生かしていきます。膨大な数の作品のなか選評お疲れ様でした。

環希 帆乃未 (2018-12-15):

まりもさん、選評お疲れ様です。初参加でありながら、優良作に選出戴き誠に有難いです。まりもさんありがとうございます。読み手の意識を考えて長文を書きますが、活字天国さんでなければ、受け付けないと思っていましたので、優良作に選ばれた事。本当に驚いています。いちごみるく色のマフラーは、母の事を想って書いた作品で、作中の「あなた」は読み手全てに投げかけている言葉です。「○○白鳥」の様に扱って頂けた事は、とても光栄であると同時に「」の作品が素晴らしすぎて私は、もっともっとこの作品を大事に扱って推敲します。ですが、日を開けなければ離れて見れない事も有るので、今は眠らせている作品です。私の作品は、文学極道さんとビーレビさんの所で出しています。ですが、新作は色々、私が思う事も有り遅筆な為、ぽんぽんと出せません。なので、既出作品である事は許されないのなら、片方には出せないですね。ガイドラインが変われば、出せなくなるかもしれません。 まりもさん選評お疲れ様でしたとありがとうございます。優良作選出ありがとうございます。

こうだたけみ (2018-12-15):

まりもさん、ひとこと選評ありがとうございます。励みになります。二重性への言及がうれしいです。 タイトルは即興ゴルコンダ(仮)のお題でした。出題者によると「ひきだしあいた」はサンリオのキャラクターなのだそうです。そういや昔マロンクリームとかボードビルデュオとか好きだったよな〜と子供の頃を思い出すまま書き綴りました。キャラクターたちのようなかわいさの要素は、今はもうないけれど。 今回も大容量の選評に圧倒されました。前回も書きましたが、全員に目を配ってくださっているのがよくわかって、これはなかなかできないことだよなあすごいなあと思っております。 ありがとうございました。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-12-15):

ワイ忘れてるやん

ミナト螢 (2018-12-16):

まりも様 大変な選評お疲れ様でした。また、コメントを下さり感謝しています。勢い任せではなく、もっともっと作品を吟味して書いていきたいです。

仁川路 朱鳥|次回1/31 (2018-12-16):

選評お疲れ様です。ひとこと選評の方、勉強になりました。

みうら (2018-12-16):

まりもさん ありがとうございます!屈折を捉えていただきありがとうございます!

羽田恭 (2018-12-18):

ひとこと選評ありがとうございます! >自らの文体を有するということは、画家が画風を見出すにも匹敵する大事だと考える。 そして自分への結構な評価まで。 感謝です。

桐ヶ谷忍 (2018-12-20):

まりもさん、ひとこと選評くださりありがとうございます。 最近なぜか「美」というお言葉を頂くことが増えて首を傾げております。醜さを描くことが私の詩だと思い込んでいたので、照れくさく嬉しいです。

rurarura (2018-12-23):

推薦ありがとうございます。 個人的にはひとこと選評の杜 琴乃さんの「かえっておいで」が好きです。言葉選びには人間性が出ると思います。 とても、とても、優しい言葉。「おかえり」って言葉が大好きです。

ふじみやこふじみやこ (2018-12-30):

まりも様 ひとこと選評ありがとうございました! 励みになります、ありがとうございます!

杜 琴乃 (2019-01-10):

まりもさんいつも有難うございます。本当に励みになります。 「かえっておいで」は力まずに書いてみようと思って書きました。なので甘いと思われる部分は大いにあると思います。加減が難しいですね。自分にしっくりくる塩梅をこれからも探っていこうと思います。 (ruraさんも本当に有難うございます。)


わたしは死ねばいい   

みうら 
作成日時 2018-12-27
コメント日時 2019-01-08

 

味気ない朝よ街中の愛が 好きにすればいい 無自覚なれば獣 自覚すれば人間たち 冬終えの岸辺 おもうのは きみを 愛している 未練無ければ 死ねばいい


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stereotype2085 (2018-12-27):

いい詩だと思う。最近の三浦さんの詩は自己の消失寸前のところで書いていてとても心地よい。ただ三浦さんというビーレビ界隈で浸透したパーソナリティに少し依存している気もあり。しかしそれを巧みに利用しているのならばそれはテクニックであり、技巧であり何も責め立てられるものではない。良詩だと思う ちなみに私は死ねばいい、と来れば「どうした? 何があった。大丈夫か?」と脊髄反射で来るステレオさんでもある。タイトル違った方が良かったかも、と極々個人的には思う。

༺❦柿原 凛☂༻ (2018-12-27):

「わたしは死ねばいい」というより「わたしは死んでもいい」って感じの詩ですね。または「わたし以外は死ねばいい」って感じでもある。そんな感じがしました。

黒髪 (2018-12-27):

題名が結果的に反語になっているでしょう。未練があるということは、なにくそと生きる、 涙を流しながら生きる、そういうことになっているのではないでしょうか。未練は、たくさん つくると、爆発してしまいそうになったりしますが、みうらさんは、川に小石でも投げる ような、叙情で、しんみりとしている。と、ここで、死ねばいいという言葉の意味が、 感得されます。つまり、自虐を孤独に行うことが、子ども時代の思い出などとともにでしょうか、 自分の死というものを受け入れるための、情感的場面の一つになっているということです。 追慕の気持ちを、最小限の言葉で表した情景とともに、さわやかな読後感を生んでいると思います。 英語に翻訳しても、面白い感じの詩として感じられるんじゃないかと思います。それはつまり、 日本を体得しているからに他ならない、という逆説的な理由で、そういう堅実さと 俳句的穏やかさに、とてもいいものを感じました。村上春樹の『風の歌を聴け』は、まず 英語で全部を書いて、それを日本語に翻訳してできた、という成り立ちがあるらしいです。

みうら (2018-12-27):

ステレオさん コメントありがとうございます。「ネット詩にはたしかに良作があるけれど連続性を持った詩人は僅か」というある方からの話にハッとしました。作品が物語として続いているのではなくて、みうらの連続性を探ってたりしてます。みうらの妄想の連続なのかもしれません。

みうら (2018-12-27):

柿原さんコメントありがとうございます。否定の言葉を発して肯定の気持ちを伝えることが出来たら、なんてことをいつも考えています。そういうひねくれたやつ。だぜ。

みうら (2018-12-27):

黒髪さんコメントありがとうございます。本作はかなり削りました。削ってしまうかどうかの判断を下す作業って執着を棄てる修行僧みたいだったです。英語で書いて、和文に訳すのも、それに似た判断を下す作業なのかもしれません。バッサバッサ削ってしまうと爽快ですね。

花緒 (2018-12-28):

私は嫌いではない。詩情が込められているように感じる。 音があまり整っていない気がするのが惜しいようにも思うのだが。

花緒 (2018-12-28):

連投失礼。何度か読み返したが、かなりの良作ですね。好きな一作です。

帆場蔵人 (2018-12-28):

短いなかに凝縮されたものを感じました。リズムが崩れた感はありますが、あえて崩すことで短い詩を印象付けようとしたようにも思います。それからこの詩のきみはだれなんだろうか。そんな疑問はくだらないのかもしれないが、自分がこの詩を読み上げたときに思う人がきみなのだろうと勝手に納得して、良い詩だなぁ、と勝手に思っております。

沙一 (2018-12-28):

どこか舌足らずな文に感じて、それが詩らしさにつながっているような。発語本能に任せて衝動的に書いたようにもみえるし、つくっているようにみえなくもないところに、みうらさんらしさを覚えます。 どちらにせよ、つよく愛するあまりにそのまま死んでしまいたい、想いを永遠にしたいという気持ちは、わかる気がします。

環希 帆乃未 (2018-12-28):

潔いですね。未練なければ~そう感じました。構成として一切の無駄が無いのに、新しさを感じるのは、私の読書量が足らないせいでしょう。

みうら (2018-12-29):

花緒さんいつもシビアに作品をみていただきとても感謝しております。いつかまた花緒さんの傑作を。楽しみにお待ちしております。

みうら (2018-12-29):

帆場さんコメント有難う御座います。はたしてきみとは一体だれでしょうか。わたしもわかんないんです。帆場さんは知っている気がする。だれなのか、わたしだけにこんどツイキャスで教えてください。

みうら (2018-12-29):

沙一さんコメント有難う御座います。みうららしいというシャープな本質の見抜きが沙一さんらしくて、コメントも流石だなあと勉強になります。私がシャイだということがバレてしまっているようで恥ずかしししいなあ。

みうら (2018-12-29):

つきみさんコメント有難う御座います。読書量の話題を御借りして申しますと、私、恥ずかしながら村上春樹しか読んだことのない、一般的には無知でおばかな領域の人間でして、他人から学ぶ言葉の全てがいつも新しい言葉なので、いつもハッとしております次第です。

ishimuratoshi58ishimuratoshi58 (2018-12-29):

 それが作者自身のものであるかないかに関係なく、一人の人間の独特な声調が読み手に明瞭に感じられ、心惹かれます。この語り口で四十行、五十行続いていてもただ気持ち良く耳を傾けていられそうにも思いますし、これで終わりかという気分にもなりますが、「はい、これで終わりですよ」という素っ気なさも語り手の声調に含まれるものと感じられ、不満はありません。死というモチーフが「軽み」に達している、余韻深い詩情を味わいました。

みうら (2018-12-30):

石村さんコメントありがとうございます。人の生死が持っている運命的なもの、神秘的なものを言葉にして表現する時、思想や宗教的なところから遠いようで、それでいて近いような、そういう表現になっているといいなあと心がけていたりします。これからも詩を書きたいと思います。

エイクピアエイクピア (2018-12-31):

私は死ねばいいと言うのは心理的にショッキングなフレーズですが、無自覚なれば獣、自覚すれば人間たちと言うフレーズから、踏みとどまって居ると言う印象を持ちました。

環希 帆乃未 (2018-12-31):

みうらさんは、私が名前を出すのもおこがましい「~しか読んだことのない、一般的には無知でおばかな領域の人間」と仰いますが、一冊の詩集しか読まない方がいらっしゃいます。人生を通して沢山本を読む事を否定しませんが、~しか。で良いじゃないですか。人生のバイブルは人それぞれですよ。

蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2019-01-03):

イイね(^^) 一つだけ、無自覚なれば、を無自覚ならば、の方が良いのではないかという躊躇いが残る。 そこ、踏み切れない/踏み切らない のがこの作者のアジと思っておきますが、気合の入った詩人なら「無自覚ならば」にすると思う。言葉に頼らない、ということであります。

みうら (2019-01-08):

エイクピアさん コメントありがとうございます。理性と反理性の比喩表現を挙げていただきありがとうございます。

みうら (2019-01-08):

ボルカさん コメントありがとうございます。ご指摘のところなるほどと理解します。細かいようですが、詩は細かい言い回しに無意識に持っているものが出ていて、微妙に違ってきますこと今後の創作に活かしてまいります。


墓碑銘   

ishimuratoshi58 
作成日時 2018-12-18
コメント日時 2019-01-06

 

どうしやうもなくて 笛を吹いてくらしてゐた王様が 楡の木かげで 息をひきとつた 家来たちが宮廷で グローバリズムと地球温暖化について ながながと議論してゐる間に 行方不明となつてから 十年後のことだつた 会議は今もつづいてをり 解決を見るけはひもなく 十年すぎても家来たちは 王様が行方不明であることに 気付いてゐないのであつた 森のきこりの息子がひとり 楡の根元に穴をほり 王様のなきがらと 笛をうづめた それから小刀をとりだして 楡の木の幹に 「ぼくのともだち」 と彫りつけて 目をつぶり 手をあはせた


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環希 帆乃未 (2018-12-19):

王様という始まりから、目をつぶり手をあはせた。という終わり。異文化混合詩であるけれど。殆どの構成が悲しみ。ですが、最終三連で優しさが際立っていますね。続きがあるなら見たいですね。

ishimuratoshi58ishimuratoshi58 (2018-12-26):

つきみ様、 ご高覧有難うございます。 >続きがあるなら見たい  この作品世界では、この後人間の世界は終わっており、ゆえに詩もない世界なので、続きはありません(笑)  どうということもない筆のすさびみたいな作ですが前回投稿の「秘法」より作者自身は遥かに気に入り、満足しています。「秘法」には思いがけず多くの方の感想を頂きましたがこちらは殆どなし。親友の文藝批評家からも「生で厳しい」との評を貰いました。そういうものですね。

環希 帆乃未 (2018-12-28):

感想です。 >どうしやうもなくて >笛を吹いてくらしてゐた王様が >楡の木かげで >息をひきとつた 終わりから始まる物語。ここまでだと何の事だか分かりません。それは起承転結で転を持ってきているからだと感じます。ですが、読者を引っ張る力が本当に無かったのだろうか?そう思えるのは、話の持ち運び方が綺麗過ぎるからです。良くも悪くも洗練された言葉である事が、裏目に出る事もあるんだなと感じております。 >家来たちが宮廷で >グローバリズムと地球温暖化について >ながながと議論してゐる間に >行方不明となつてから >十年後のことだつた 起承転結では承の部分がここだと感じました。理由は要らないので。事実だけが語っているので、何も言う事が有りません。 >会議は今もつづいてをり >解決を見るけはひもなく >十年すぎても家来たちは >王様が行方不明であることに >気付いてゐないのであつた 起か結の部分だと感じました。過ぎてもという部分が違和感を感じさせます。なので起か結が混ざっています。 >森のきこりの息子がひとり >楡の根元に穴をほり >王様のなきがらと >笛をうづめた >それから小刀をとりだして >楡の木の幹に >「ぼくのともだち」 >と彫りつけて >目をつぶり >手をあはせた 結が二個重なってしまっていますね。ですが話としては纏まりが無くなってしまっています。前部で結が出ているのが一つの理由です。なので重なって見える事で良い意味で作用していません。 構成を練り直せば起承転結を意識すればもっと良く成ると感じました。起承転結の順番がどうでも良いですし、起承転結が全てではありませんが。物語としての順番が違和感を残せていません。それは石村さんが書き手として優れている為だと言えます。すんなり読めますからです。ですが、見るだけで終わらせてしまうのですか?読ませるだけですか?潜らせるのですか?と私は問いたくなりました。書けない人には「厳しく」言わないのが私の知ってる批評家です。たぶん、以上。

みうら (2018-12-29):

寓話のようでありながらも、グローバリズム・地球温暖化という現代のワードの挿しがあるので、私的には空間がレイヤーのように感じた。一つの情景ではなくて二層の空間が微妙にズレて重なっているような。それはまた、議論・会議という現代語と王様・木こりの寓話がズレた空間を誘っている。前回でも率直な質問をしましたが、今回も大変恐縮ですが、一つ質問をさせてください。石村さんがところどころに使われる古語なのですが、これは何故使われるのでしょうか。質問理由は単に素朴に思ってしまうったというのもあり、また、私の拙きレベルでもネットで少し勉強すれば使えるのではなかろうかと思うのですが、おそらく、石村さんが使われる古語とは比べるまでもない薄っぺらな文言になってしまうだろうなとは思うのですが。石村さんにとっての古語とはなんでしょうか。同類の質問が既にあって、重複する質問でしたらすみません。差支えなければ、是非、御教示いただけますと嬉しく思います。

ishimuratoshi58ishimuratoshi58 (2018-12-30):

つきみ様 再度の御評並びに懇切なご助言有難うございます。ま、精進しますわ。

ishimuratoshi58ishimuratoshi58 (2018-12-30):

みうら様、 ご高覧有難うございます。ご質問ですが、「古語」というのは旧仮名遣い(正仮名遣ひ)のことと受け取って、お答えします。  何故使うか、というのは、一言で云うなら「その方が好きだから」で、それに尽きます。折角なので?もう少し付言すれば、詩を書く上での仕事道具でもあり、素材でもある言葉は、自分に馴染み、親しみがあり、落ち着くものを使いたいという理由によります。ギタリストがアンプを選ぶのにトランジスタではなく真空管を選ぶ、珈琲を入れるのにペーパーフィルターではなくネルを選ぶ、というのとさほど変わりません。  もちろん、日常の用を足すのには、用が足りればそれでよいので小生も現代仮名遣いを使います。正仮名を使えればその方が気分は良いのですが、無用の困惑を招いて面倒でもあり、却って居心地の良くないことになるので使用しません。詩をかく際にはそうした「用」から解放されて自由に言葉を用いることができるので、正仮名を使います。詩をかく時にまで馴染めない、親しめない言葉を我慢する理由はないからです。  もうひとつ、言葉というのは伝統に連なり、連続する持続の中で変容していくものだと思いますが、人々の間で用いられていく中で様相を変える「自然」を、制度によって人為的に改変してしまった、現代仮名遣い導入時の経緯に対するささやかな反抗でもあります。詩人なら言葉を大切に思うのが当然ですから、我々が日々用いている言葉を言葉にしてきた伝統を大切にしないわけには行きません。正仮名遣いを使うのは、それが使用されてきた言葉の伝統に自身を結び付けるよすがのようなものです。  とはいえ、現代仮名遣いが使用されるようになって七十年、人々がこれに馴染み、慣れ親しんで新しい伝統がつくられていることも事実であり、それに応じた言葉、詩がつくられていて、それを楽しむ人々がいるというのを否定する積りも拒絶する積りもありません。ただ、私自身のかく詩はそこに属するものではない、というだけの話です。私としては唾棄すべきこの時代と文化にもう十分に譲歩しているのですから、こういう言葉が現代において棲息する場所くらい許してもらいたいものだ(笑)と思います。ご質問へのお答えになっていれば幸いです。

みうら (2018-12-30):

返信ありがとうございます。 「現代仮名遣い導入時の経緯に対するささやかな反抗」というお言葉にしびれます。石村さんをTwitterで知った時、なにかこう偏屈さを感じました(すみません!)。それにとても私は惹かれました。私がこの掲示板上で石村さんに質問を繰り返しするのも、その叛骨の言葉をわくわくして期待するからなのだと思うのです。石村さんはご自身の投稿作品の中には絶対にその心情をダイレクトした言葉を使わない。今の投稿者の多くは自分のその、世界に対してだとか社会に対しての違和感や反抗的態度をダイレクトに作品に出してしまう。それは私も含めてです。本来の叛骨とはそうではなくて、創作の姿勢、スタイルに叛骨は宿るものだと理解しました。ありがとうございます。

エイクピアエイクピア (2018-12-31):

大人のための童話のような、そんな詩だと思いました。地球温暖化は極めて現代的な話題ですが、王様の行方不明と言う事実と王様の亡骸を埋める森の木こりの息子が印象的でした。

ishimuratoshi58ishimuratoshi58 (2019-01-01):

エイクピア様  ご高覧有難うございます。  大人のための、という意識はないのですが、童話の世界が作品の中に入り込んでしまうことがよくあります。特にファンタジーや神話の類が好きなわけでもないのに、どうしてなのだろうなと自分でもよく不思議に思います。言葉を探っているうちに自然とそうなりますので、幼少時に童話や少年少女文學から得た豊かな経験が自分の言葉の世界の核心にあるのかもしれませんね。

仲程仲程 (2019-01-03):

前を受けての四連の情景はとてもいいなぁと思いました。 そもそも浮かぶ情景は読者それぞれ違うものですが、そういう文を書きたいと思います。  みうらさんへのレスを拝読して、以前、拙文「あいわず」へのコメントを思い出しました。石村さんほどに真摯な思いではないのが申し訳ないですが、その時は、とある方々に対して語法の正しさよりもまず心でしょう、という批判的な気持ちから書いたもので、、と、すみません、関係ない話で。

ishimuratoshi58ishimuratoshi58 (2019-01-06):

仲程様、ご高覧有難うございます。  読み手に情景が浮かぶというのはそこでは言葉が曲がりなりにも有効に働いたということでしょうから、どうやら詩にはなっていたようですね、安堵致しました(笑)  語法、文法というのは後付け、後追いですわな。当たり前の話ですが。言葉を有効に働かせる、言葉を生かす、という無数の例があって、そこに法則性を見出す、或は整理するというのが文法・語法であって、文法・語法が言葉の用い方を規定するわけではない。無数の言葉の海の中に、まだ見出されていない、あるいは見失われている有効な言葉の働かせ方はいくらでもあり、それを掬い上げるのも詩人の仕事のうちだと思います。「とある方々」を具体的には存じ上げませんが(笑)現に生きた言葉の働きを感じることができず、(後追いの索引体系に過ぎない)文法・語法上の適否の判断しかできない方というのは、ときどきいますわな(「文字通り君」と私は読んでいますが)。そういう方々は言葉に触れるという営みにおいて、そもそも不感症、不能者なのです。なのに詩に関わっていたりする。世にも不思議なことですなあ。


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