B-REVIEW作品投稿掲示板


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【必読】B-REVIEW3.0企画書の公開   

渡辺八畳@祝儀敷 
作成日時 00:00:00
コメント日時 46 分前

 

お世話様です、渡辺八畳@祝儀敷です。 B-REVIEWも転換期に入っていることは皆様も感じているかと思います。次の時代でもB-REVIEWを確実に続けるため、そしてなにより詩の隆盛を成すために長い間B-REVIEWのリニューアルを構想していました。この度企画書が完成したのでユーザーの皆様にも公開したいと思います。ぜひご覧ください。特に、企画書内には方針がまだ定まっていないところもありますのでそこへの意見をいただけたら有り難いです。 https://www.breview.org/201902BREVIEW3.pdf ※3MBありますのでモバイル通信量に注意してください


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渡辺八畳@祝儀敷 (9 時間前):

>引用符は先行して >実装してみました  >作品内の引用をして  > コメントを書く際に > お使いください

まりも (8 時間前):

大賛成です。 技術的に可能ならば、「読んだよ」ボタンと、内容ごとのポイント評価ボタン、併用はとても良い案だと思います。

沙一 (46 分前):

提案された一つひとつのアイデアを、よりきめ細かく思案or具体化されていて、その労力に頭が下がります。 企画書の内容には、概ね賛成です。ただ、詰め込みすぎてサイトが重たくなりませんように。できるかぎり快適に閲覧したいものです。 運営の皆様、いつもありがとうございます。

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B=REVIEW 2019年1月投稿作品 選評   

まりも 
作成日時 00:00:00
コメント日時 1 時間前

 

◆はじめに 2017年2月にサイトが立ち上がってから、最初は傍観者的参加者として、そして期待を込めた応援者として、サイトに関わって来た。一時、運営にも参加したことがある。ネットに疎い人間には、つくづく難しい世界だということも知った。 運営の方々の日々の尽力もあり、参加者同士の場慣れや思いやりの成果もあり、詩が真剣に読まれ、コメントが付き、作者との応答が生まれたりするという能動的な空間が安定的に「出現」する場となってきているように思う。 B=REVIEWが、これからどのように大きく変化していくのか。未知数であるが、楽しみでもある。ネット上でのやり取りから派生したリアルでの交流や交友、参加者が個人的に立ち上げる合評会やネットのグループトークによる合評会・・・などが、サテライト的に増えて、たくさんの「拠点」が生まれていくことを願っている。 文字だけのやりとり。対面の合評では、ノンバーバルコミュニケーションがその場の空気感を体感させてくれる。「忌憚なき」発言をした人がいても、その場の様子でフォローに入る場合も、むしろ楽しく?「観戦」する場合もある。作者が傷つかないか、ということ以上に、その場にいる人が、そのやり取りや応対を見ていてショックを受けないか、ということも、対面の合評会では「肌」で感じることができる。 リアルタイムである、ということも大きい。すぐにその場で誤解を解いたり軌道修正したり補正したりする必要性に気付くことができる。時間差が「憶測」や「疑心暗鬼」を呼びだし、修復の難しい罅を入れてしまう、ということもある。早い段階で気づき、軌道修正を図れるか、否か。 時間差が生まれるネットの投稿の場合、見えない他者を、いかに想像力を働かせて「実感」できるか、ということが大切になっていくのかもしれない。そして、その想像力を養うものもまた、詩を読み、そして書くという行為を通じてである。 ◆ひとこと選評 @桐ケ谷忍 「泥」1/1  心象を表現する比喩の力が、体感に基づいているのでリアルに追体験できる。多くの読者の共感を得るだろう。もっとも、そのリアルさを追求しようとするあまり、行為の表現に気持ちが向かい過ぎて、情景を読者に示すという客観性から遠ざかっているところもあるかもしれない。自分自身を突き放してみる、という練習のためにも、時に俯瞰的な位置から作中の登場人物を眺めてみる、という視線を想像することも有効かもしれない。 ・仮名吹「失業したロボット」1/1  資本主義経済にとって、一番儲かる商品は使い捨ての消耗品である。人が「人材」と呼ばれ、労働力として計量化され、効率の名のもとに使い捨てられるようになっていくとき、私たちは「自ら作り出したもの」に、復讐されるに相違ない。介護が「儲かる」と考えた悪徳商人が、人間の欲望に応じて殺人兵器を作り出し、その兵器を処分するために、また新たな兵器を作り出して売りつける。現代社会の縮図。 ・穴秋一「打電」1/1 未来の話なのに、打電というアナクロニズム。デジタル全盛の時代であるからこそ、「写るんです」が重宝される、という人心の不思議にも通じる志向かもしれない。最後の転換が小気味よい。 ・沙一「ナイフ」1/1 型を作り出すような言葉の選び方、象徴的なイメージや対句の多用、儀式的な情景や命令形の多用などによって、力強さや緊張感を醸し出すことに成功していると思う。他方、全体がドラマティックな緊張感を持ってしまい、中心テーマがかえって後退して見える難がある。 @galapa 「天啓から遠く」1/1  庭先に放たれた鶏の景が浮び、そこから「猿の眷属」と大げさに堅苦しく表現することによってユーモアをにじませなつつ、裸の男女の姿が見えてくるあたりの展開がユニーク。文明圏からの離脱もまた、ある種の「失楽園」なのかもしれない。 ・stereoteype2085 「気分はもう、最後の戦争」1/2 バベルの塔とは、ネット社会における個室、であるのかもしれない。仮想空間では全世界を見下ろすような位置に立つことができる。人間を規定するもの、自由を阻害するもの、社会的圧力、そうした外圧との戦いが、語り手にとっての「戦争」であるらしい。それは自らとの戦いでもあり、世界への挑戦でもある。家族のため、という大義名分を掲げての「戦争」を主張する「父」を、語り手はエゴイズムであるとして打ち殺す。父殺しのテーマと戦争の性質を問う姿勢とを重ねていく意識に惹かれた。 ☆仲程「Fuoco Intrappolato/閉じ込められた火との約束」1/2 読み心地の良さは聞き心地の良さ、でもあるのだろう、文体が自らのスタイルを持っている。自然に流れている。情熱の発露を火の鳥の羽ばたきに重ねていくのか。青春期の青臭いような情熱、あるいは義憤に近いような燃え盛る思い。その存在を忘れるな、と呼びかける歌のように感じた。 ☆帆場蔵人「冬の幻視」1/2 「蜻蛉がつぃーつぃーと」・・・音の響きからtweetと重ねてイメージした。表層的に、写真や短文が薄い一葉となって拡散されていく世界。その美しいけれどもどこか冷え冷えとした世界で、体温のある言葉を、目に、耳に、人の心に、届けることは可能か。そんな問いかけが、背後に響いている気がした。 ・所謂「ふわふわ」1/3 ふわふわ、という好意的な質感を予感させつつ、不安定な平均台を歩く景が描かれる。綱渡りをするほど、世間を「わたっていく」ことは厳しくも不安でも無いにしても、風がひとふきすれば容易に転げ落ちてしまう不安定さを持っている。擬音や擬態語がニュアンスを醸し出している反面、直情的な素直さにつながっているようにも感じられるので、擬態語が生み出す心理状態を、比喩で表すとしたら・・・というような実験を試みてほしい。 @岩垣弥生「冬の魔物」1/3 一連目の舞台設定が、詩的なレトリックに傾き過ぎているので(ほぼ一行ごとに洒落た比喩やカッコいい表現が入っている)少し肩に力が入り過ぎているというのか、軽さやきらびやかさの割には力みが見えてしまうのが残念な気もしたが、二連目から生き生きと物語が始まっていく展開に惹かれた。ワッツの「希望」という絵の少女を思い浮かべつつ。壊れた信号が「残された力」のすべてを注ぎ込んで、見つめ、守りたいもの、という切実さに、読者は自然に感化される。 @あいこ「かぶりもの」1/3 仮面、ペルソナ、と書くと固いイメージになるが、かぶりもの、と記されるだけで、ぬいぐるみのような柔らかさを想起する。単語の持つ力を改めて感じた。幸福な一面しか見せないSNS上の交友関係。仮面を脱いで、自らの気持ちに素直でいられたらいい、そんな願いを綴った作品であるように思った。 ☆かるべまさひろ「ダダミラクル」1/7 「鬼」は欲望だろうか。大人になるために、大人である、ために、自らの夢や希望、やりたいこと、したいことを抑え込んでいる間、鬼、は小さく縮んでいる。僕と君、とあるが、現実の僕と理想の僕との睦みあい、であるようにも思った。一人寝の夢の中で充たされる、はかない充足。その自閉的な世界からの独立が意味するものとは・・・。切り替えと構成が見事。 ・みうら「三島由紀夫が好き」1/8 恋人同士の微妙で誘い合いながら控えあっているような関係性を、適度な飛躍と幅を取りながら進んでいく前半と、固有名が無防備に取り出されてからあとの、乱暴に言葉を置いていくような後半の落差について考えた。身体でしかとらえられないことを得ようとする丁寧さと、体の喪失を願う虚無感が裸出する性急さとの対比か。 ・羽田恭「今日の豊穣」1/9 色彩で鮮烈に描かれていく。混沌を牛は超越しているのか。あふれ出す、ということは、不要なものを放出することでもあるわけだが、要/不要、清濁を決めるのは人間の側であって、あふれさせ、与える側ではない。創生神話の中で、排せつ物が食べ物へと変容する不思議を歌ったものが多数あることに通じるものがあるかもしれない。糞尿もまた、植物の糧となる。 ・ふじりゅう「消火器の裏」1/10 題名がユニーク。腹蔵なく話をしよう、というような表現があるが、隠しごとなく話をしよう、というような意識を感じた。「僕はプルトニウムで人間」という、ある種、舌足らずな表現が読者を困惑?させるわけ、だが・・・人間が生み出した(呼び覚ました)人間には扱い切れない、命を死滅させる力を持つ物質。缶コーヒーを開ける、つかの間の幻想と、開けてはならぬ蓋を開けてしまった、という取り返しのつかなさ、缶コーヒーに脳を移植するというようなナンセンスを持ち込みながら、何億年の命の果ての旅路がこれか、と歎息している語り手の姿が見えるような気がする。 ・左部右人「腹痛」1/10 身に馴染まない言葉を飲み下すときの、胃腸の不調。故郷から離れて一人暮らしをしている設定の語り手が抱える孤独と、社会でさらされる飲み下しがたい言葉に痛苦を覚えている感覚とがリンクしているように思う。 ・蔀県「触る」1/14 詩を書く、あるいはイメージするとき、思考や感覚を具体的にとらえたいと願うことがある。目で触る、耳で触れる、そうした体感的なとらえ方が、論理を超えて体に響く言葉に結びつくのではないかと思う。詩を書こうとする、その日常を観察した作品と読んだ。 ・およそ紺にて「落ちるものたち」1/16 ネット空間に馴染んだ世代は、「わざわざ本を買って」ということになるのかもしれない。情報化された文字と、紙という物質を通じて伝わってくる言葉と。月のように形の変わる、落ちる言葉、感情の起伏の激しい言葉を、拾い上げた愛玩的な対象に「押しつける」というあたりに、語り手の孤独が表れているように感じた。短いながら、言葉の選択がよく吟味されている。 ・なないろ「他人の人生を笑うな」 短文を重ね、動詞を重ねて作り上げる、きびきびした文体。自分で自分を笑い飛ばすエネルギーも内蔵させつつ、「空間を埋めながら/声も出さずに」笑う、という不気味な開き直りのようなものが、肯定的に作用している。命令形だが、自身に呼びかけている叱咤激励の言葉であるようにも読める。 ・Sunao Radio「ウィリー」1/16 流れるような文体の美しさに惹かれた。猫と人が不可分に溶け合っていく。君、と僕との距離感は、意識が「僕」に向かわないことの寂しさと連動している。「ずいぶん昔」に君が猫を見つめていた折には、「君」の「猫」への憧れがあったのかもしれない。今は、「君」が猫のようになってしまって、「僕」から(人から)距離が離れてしまっている。 ☆るるりら「ゆび」1/16 人を指す、ということと、人をなじる、非難する、ということが連動している。ならば、人を指す(射す、刺す)のではなく、希望を、夢を、憧れを指す指を持ちたい、いや、自分自身に、既にその「人を刺さない指」は備わっていた、ひそかに、靴の中、靴下の下で・・・自制と自発(自己啓発)を伴う作品は、えてして教訓的になりがちだが、最後のユーモラスな終わり方なども含め、教訓ではなく発見に留まっているところで、押し付けがましさから逃れているように思う。緩やかに広がりを持つ地平への期待を想像させる、豊かさを持った作品。 ・Yuu「フィロソフィー」1/17 「アリフレマジック」・・・ありふれた生き方、普通の生き方、それが生きる「哲学」なのか。同調圧力への、柔らかな抵抗。人の量産が始まる、出荷される、というフレーズと、フレッシャーズスーツに身を包み、黙々と企業説明会に向かう若者たちの姿が重なった。 調子の良さに流れているきらいもある。 ・こうだたけみ「夜明けに蝶のとどく」1/19 題名から詩がイメージされていくところが素晴らしい。一息に語り下ろすような言葉のつなぎ方、流し方、整え方。ノイズのちりばめられた一日。蝶…ポエジーが飛来するか否か。一日の時間の過ぎる速さ、空疎さに比べて、実体のある蝶の印象。 ・agath「木の舟」1/19 うつろな小舟を人の体にたとえる、あるいは寝台、棺桶になぞらえる。その中で繰り返される陶酔の営み(生命の生産ではなく、快楽の為だけに行使される忘我)緩やかに長く流れる時間を永続性の中でとらえたいということなのかもしれないが、クライマックスをむかえないまま抱き合い続けているような冗長さも感じた。 ・kikunae「失われていく、」1/20 電線に呼びかけるという童話風の始まり。交換ノートなど学生時代を思い出させる小道具、カブトムシは子供時代の思い出だろうか。(子供時代が)既に「五年も前に、」失われた、というよりも絶滅した、そんな強さで奪い取られているように感じた。「世界は静かに特別を失って」いる。それこそが、童心(ワクワクと心が躍る、新鮮な感動に満ちた世界)の喪失、その実感なのだと思う。 ・夏生「午後の電車」1/21 一定のリズムで刻んで一句詩行。本文だけ読むと眠くなるような感覚も覚えるが、午後の電車にガタンゴトンと運ばれていく、そのリズムが醸し出す眠さでもあるのだと思う。丁寧な観察が光るが、白線が「やせ」ている、鳥は「ニセモノ」、明日の顔した(馴染まない、よそよそしい)「過去」、「酷のあるゴッタ煮」など、その感覚が必然であったのだとは思うが、寡黙であるがゆえにその必然性が今一つ伝わってこないもどかしさも感じた。 ・5or6「消息」1/25 散文というのか、記録文という文体だが、「ごめんね、と一言だけつげた」「野菜を食べなかったからだ~一番励ましたい人に辛く当たったりした」といった、実際にあったに違いないリアリティーを持った言葉が、むしろ詩語として突出してくるように感じた。 ・社町迅「ハクセキレイ」1/26 「夢去り」という古風な歌い出し、「寝具潰れている」という訥々としたリフレイン。許されざる恋の顛末だろうか。それでもなお、「あなた」の「覚悟」を放り投げてでも「あなたをやわにひさいでいる」「男の重み」は、男の悲しいさが、であるのかもしれない。 ★スミカゼイツカ「白い世界」1/26 安定したリズム、手のひらからあふれ出す水(涙の喩か)。言葉を使いこなしている感覚と、廃墟と化した心象風景を彷徨い歩く感覚。その廃墟を流してしまう、という行為は、過去との決別ともとれる。踏みしめて、かえって生を感じ取るという生きる方向への志向。すべてが白く洗われた風化した世界であるがゆえに、廃墟だが清浄さを感じさせる。自分もまた、その白い砂の一部になるということを知りつつ、生きている今を確かめようとする意識、化石となった心臓が再び拍動を繰り返すのを願うような、再生への祈り。風化したものへのオマージュと再生を祈りながら、詩的彷徨を続けようと意志する作品だと思う。 ・北村灰色「赤いドレスの少女だった君へ」1/27 色彩が鮮やか。水の中の葬列、沈黙の地下鉄、いずれも死者を運ぶ列。世界は劇場、その中で鮮やかに演じ、去っていく人影を映像として追う、カメラの冷徹な視線を感じた。 ◆推薦 @桐ケ谷忍 「泥」1/1 @galapa 「天啓から遠く」1/1  @あいこ「かぶりもの」1/3 @岩垣弥生「冬の魔物」1/3 ◆優良 ☆帆場蔵人「冬の幻視」1/2 ☆仲程「Fuoco Intrappolato/閉じ込められた火との約束」1/2 ☆るるりら「ゆび」1/16 ◆大賞 ★スミカゼイツカ「白い世界」1/26


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帆場蔵人 (1 時間前):

優良への選出、ありがとうございます。継続の励みにいたします。

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友の詩   

Um Fantasma 
作成日時 2019-02-15
コメント日時 9 時間前

 

カレンダーを これから旅立つ友だちにもらって 廊下にかけた それは ラウンジの一人がけのソファに座ると 真正面にあって ふとスマホから目を離したりすると かつては真っ白な壁だったところに なにかあるなと思って いまさらのように気づく それは日本の心 富士山と題された 富士山をあらゆる構図で収めた 美しい写真のついたカレンダーで なんとなくダサいが やっぱり富士山はキレイだ 酒好きだった友だちと一緒に買った ウィスキーをロックで注いで 傾ける ふとカレンダーが目に入り それを火がつくまでみつめる 2月は28日までだったんだね そんなの当たり前のことで 富士山はキレイで 人とはお別れしなきゃいけない そんなのは当たり前のことで 強くなきゃいけない 美しくなきゃいけない 人に優しくなきゃいけない 大人だから なにもかもに 責任をもたなきゃならない 夢を見ることや いつか死ぬこと そんなのも 当たり前のこと 神さまが 僕らに足をくれたのは まだ見ぬ世界を進むため そんな当たり前の いろいろのことで 僕らはできてるのに 風が吹いて カレンダーがめくれるうちに なにもかもすっかり忘れて ほんのすこしの 忘れられないことだけを思いながら ぼくらは生きていくんだ


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沙一 (9 時間前):

とても純真な詩で、好感を抱きました。 無常に過ぎゆく月日を記したカレンダーに、不動の存在ともいえる富士山の写真、その象徴的な対比を中心に、忘れ去ってしまうものや忘れられないもの、生きることや死ぬこと、友といられること、それらに思いをめぐらせていくことに、素朴な詩心を感じられました。

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眼病   

岩垣弥生 
作成日時 2019-02-14
コメント日時 9 時間前

 

今日もまた犯罪者の名前が美しい 雪のようにくっきりと わたしたちには秘密が多すぎる 空想の森は黒い森 灯りを消してベッドに倒れこむ 闇は光の母 野いばらの瞳が見たものすべてを傷つけるわたしは 瞳に流星が降るから盲目の少年の手を引き あだし野を歩く途中 虹を見たら死んでしまうギタリストと出会う 「眼病」という名の物語はつねに破綻する それで良い 適度なストレスは生きるのに必要 快楽にかわれば麻薬と同じ 太陽になりたかった月が自傷する 眠れ 眠れ 球体関節少女 たくさんのうてなを抱いたわたしたちを 同じ朝の光が射ぬく


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stereotype2085 (2019-02-14):

犯罪者の名前が美しい、とは! 最高の書き出しじゃないですか! だがしかし中盤から後半情報量が密になり、なおかつ意味を瞬時にはつかみかねる描写が多くなった分、惜しい作品になったかもしれません。しかし素晴らしい出来栄えなのは事実。久しぶりに即コメしたくなりました。

岩垣弥生 (2019-02-15):

stereotype2085さま 読んでくださりありがとうございます。 最初の一行は書くのに多少勇気が必要だったので、褒めていただき安心しました。 ニュースを見て憤るでもなく、犯罪者の名前が「涼しげで美しいな」などと感じるわたしは何か欠けているのかもしれません。 中終盤は仰るとおりですが、意図的に韜晦して多様に解釈できるようにしたので、気に入らないなら仕方がない所もありますね。 素晴らしい出来栄えとの言葉、心から嬉しいです。 コメントくださり本当に感謝しています。

ばたあし (2019-02-15):

読みやすかったです。比喩を飲み込むことに違和感なく受け入れられました。

沙一 (9 時間前):

こんにちは。 一行目から魅力的で、心を掴まれます。 あくまで私なりの解釈ですが、 快楽にかわれば麻薬と同じ などといった表現から、冒頭の犯罪者とは、原罪を犯した者、あるいはその末裔としての人間ではないかと思いました。 眼は口ほどにものを云う、という諺もあるように、眼は、見るための器官であると同時に、見られる器官でもありますね。そう考えると、作中人物たちの「眼病」とは、うまくいかないコミュニケーションの象徴のようにも捉えられました。後半は、そのもどかしさが表れているような。 幻想的な世界観や、美しい表現は、弥生さんの持ち味だとあらためて感じられて、とても好きな詩です。

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【要読】大賞作品投票のお知らせ(2019年1月B-REVIEW杯)    

渡辺八畳@祝儀敷 
作成日時 00:00:00
コメント日時 04:33:20

 

お世話になっております、祝儀敷です。 1月B-REVIEW杯の投票が開始されました。 以下urlから投票お願いします。多重投票や投票後の変更を防ぐためGoogleアカウントのログインが必要です。 https://goo.gl/forms/4SzTkqqqroJpZ9Tz1 投票後に得票状況を見ることができます。 期限は今から10日後の2月25日23:59までです。その時点で同率一位が発生した場合は決選投票を行います。 それでは皆さまからの熱き一票をお待ちしております。


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生活   

田中恭平 
作成日時 2019-02-01
コメント日時 2019-02-15

 

幽体に近い、 この体は、声は。 朝の活力を求める、 枯葉の滴を原因として。 たかぶる、 闇夜激しく 愛しあった 夜と曙は。 ミルクの中から 熱を帯びてくる、 コップはとうに下げられてしまって、 天使の翼は本当は汚い。 あちらこちらを飛んでいるので。 というのを、 視ている目は 路傍に置かれており、 花を愛している。 花に、毎日、ラヴレターを 書くほどに。 すべての音を消して、 アールグレイティーに神経を注ぐ。 神経は弛緩していたのだが、 張りつめる。 動悸がする、 薬を服す。 飲んだ薬は天上で回収される、 それもきれいなものではない。 朝焼けがきれいだ、 旅人もきれいだ、 これを憧れというのでしょう。 どこへもいけないものになってしまって 旅は こころの中。 嗚呼、背骨より天へ逃げる諸々の感情たち。


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エイクピアエイクピア (2019-02-02):

朝のひと時、お茶をしている。飲んだ薬、天井で回収される。 「朝焼けがきれいだ、 旅人もきれいだ、 これを憧れというのでしょう。 どこへもいけないものになってしまって 旅は こころの中。」 ここがただの感慨ではなくて、詩的宣言のように思えて、屹立していると思いました。

環希 帆乃未 (2019-02-03):

言葉が繊細ですね。

まりも (2019-02-15):

独特の語りのリズムが面白かったです。 言葉を区切る、ところで、ひと段落が付くように見えて、ふっとずれる。 日常生活の中で、「天使の翼は本当は汚い。」と気づいた瞬間の微妙さ。 花にそそぐ視線、音を消して、という集中の仕方を意識する細やかさが良いと思いました。

帆場蔵人 (2019-02-15):

日常の生活のなかに確かな詩情と書き手の息遣いが寄り添い、それが自然なことであると感じられる。こんな繊細なタッチなのに、読み終えてから歩いた道を確かめるように読み返してしまう。素晴らしいと思います。

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あわよくばの   

ばたあし 
作成日時 2019-02-15
コメント日時 2019-02-15

 

変遷する落下する散り果ての路面 きっときつそうを決める脳が 人間できる人できてる人 でもない人の歩く足音が聞こえる 銀紙からこぼれる境界を教会にして 戯れた獣たちがかわいそうで かわうそみたいなかわゆさで 何を待つの何が降ってくるの だるくてもやめられないため息がガラス張りにとまどいを型どるテーブルの上 金魚鉢の金魚がぱくぱくしている 猫舌の根元から クリトリスがキリストしていて あわよくばのエサを狙っている 三毛猫ちゃんが わんさかわんさかと交わってる 電信柱の影を炙れば 傍観する烏が白線をじっとみてるだけ じっとじっと じっとみてるだけ 不憫だからもうそろそろという とまどいのストローでつつく紙コップ ずるずるとはいえしょうがないとはいえ くだらない博愛の紐を締めつけてあげたい


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ほねとわたし   

佐々本果歩 
作成日時 2019-02-15
コメント日時 2019-02-15

 

・ほねは ももいろの おなかのふちの やさしい ばしょを もとめて ・わたし まいにち かつおぶしみたいに すこしずつうすくけずられて あるいている  うすく ゆらめいて あすふぁると はいいろ  やさしい おんがく に よりかかりながら いっぽうてきに すきすきっていう ・ほねは 待つ スーパーのまえの駐輪場のそばで。 おむかえの綺麗なお神輿みたいなのが  きらきら きらきら しながら 来てくれるのをまってる ・ほねは 待つ スーパーのまえの駐輪場のそばで そらの奥からすこしのきらめきが見えたら  せのびして ぼくはここだよって、無言で目をかがやかせる ・ほねは 待つ てんごくへ 行きたくて。 あっちに帰りたくて。 ・わたし まいにち すりごま みたいに ちっちゃい、えいようとおいしさ  さりげない ちいさいちいさい すられたごまになって 家から家へぴんぽんを押す  こんな暮らしは かなしいよ ほねよ わたしを連れて行ってくださいと連れて行かないでと  まぜまぜになる ・ほねは ねむる あたたかいねどこを じぶんで用意して  きちんとあしをそろえて ほねは ねむる えいえんのねむりが おとずれるまで ・スーパーのちんれつだな、背がたかいちんれつだな。 こつこつと足音を鳴らして  オフィスレディがおとずれる ハイヒールせのび、 高級な湯葉を買う  わたしは まいにち かつおぶしみたいに ひらひらゆれて けずりたてのかおりをふりまきながら  シャンプーリンス かわかして 叶ったらいいなの希望を すこし内緒でむねに抱えて  だれにもひみつで あるいてる ・ほねは きょうも まってる 銭湯の とびらのまえで  きれいな目をして。


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かるべまさひろ (2019-02-15):

めちゃくちゃ見たことある名の方から投稿だと思っていたら、文学フリマとみつばち古書でした。投稿ありがとうございます。 8連目がいささか推敲されていない印象(多分、要素が多いのですがそれらが飛躍ではなく、他作品でも見られるような女詩的なつながりに感じたからです。)ですが、全体的に僕は好きな詩です。 ほね がなんなのか とてもわくわくして考えが膨らみます。 ありがとうございます。

佐々本果歩 (2019-02-15):

かるべまさひろ様 初めまして。初投稿だったので、コメント頂けて嬉しいです。ありがとうございます。 文学フリマとみつばち古書で接点があったのですね。嬉しいです。 8連目は確かに自分でもわざと乱雑にした感じがありましたがそのままにしました。 読んでくださり本当にありがとうございます。

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ishimuratoshi58 
作成日時 2019-02-01
コメント日時 2019-02-15

 

いいんだ 花は さかなくてもいいんだ いいんだ 麥の穂は みのらなくてもいいんだ いいんだ うたは うたはれなくても 笛は ふかれなくても 絵は えがかれなくても 木は 彫られなくても なみだは こぼれなくても 空をふるはせ ひびくものらよ どうして うまれてくるのか その罪に をののきながら


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エイクピアエイクピア (2019-02-02):

否定性に貫かれた内容は、慈愛に満ちた「いいんだ」と読むことも出来ます。「さかなくても」「みのらなくても」「うたはれなくても」等々。リラックス。そんなコンセプトでは無いのかもしれませんが、ふとそんなヴォキャブラリーが思い浮かびました。

環希 帆乃未 (2019-02-03):

優しい詩です。

ふじりゅう (2019-02-04):

~しなくてもいい、という言葉が優しく、惹かれました。

fiorina (2019-02-11):

他の習慣、教えでは肯定的にたとえば「愛」として讃えられるものが、 すべて執着にすぎないと、むかし初めて聞いたときと同じ驚きが、この作品にありました。 でも、詩は驚きをこえ、魂の震えに変わりました。最終3連のすばらしさ!    *** 「咲き」「実り」「うたわれ」「えがかれ」etc・・・ いずれも命の歓びそのもののはずですが、 「花は さかなくてもいいんだ」 「麥の穂は みのらなくてもいいんだ」 となぜか作者は語り出す。 田村隆一の「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」(「帰途」)を想起させる屈折したひびきに、 この作品を書かねばならなかったおもいが隠されているのかも知れません。 いいんだ いいんだ とたたみかけながら、それでも 「罪にをののきながら うまれてくる」 後から後からどうしようもなく生まれてくるものたちへの不思議と慈しみ。 究極の歓びを生み出す源には罪があり、 生まれたその子どももまた罪の子としてふるえている。 この詩の新鮮さは、人間の存在そのものを罪と言っているのではなく、 行為を罪と表現していることです。 (少しニュアンスがずれそうでこわいのですが、) 私は以前から、詩(生まれた言葉は)は、そのものが傷だと感じていましたが (だから些細な酷評?もあれほど痛い・・) 詩作の中で作者が 「罪にをののきながら うまれてくる」 と書かずにいられなかったことが、読者をして身動きできないような静謐に取り残すようでした。

fiorina (2019-02-11):

訂正です。   誤「うたわれ」→正「うたはれ」

stereotype2085 (2019-02-11):

素朴で朴訥として優しい。「その罪に をののきながら」。罪以外に言葉がなかったのかなとも思いました。この無常観、叶わない想い、願いを淡々と描いていく手法はとても好きです。ただ僕だったら、このモチーフもう少し洗練された書き方をしたかなという印象です。だがしかしこの素朴さゆえに持ち味が充分に引き出されているのも事実。ishimuratoshiさんには「秘法」でハードルが上がってしまっているのかもしれません。

環希 帆乃未 (2019-02-11):

「すべてのすすめ」 証明を果たすことではなく 証明を果たされるのでもなく 証明を果たしていくのでもなく ただ あるという それだけでいいの ありたいようにあれ 証明を求めるでもなく 証明を求められるのでもなく 証明を求めていくのでもなく あるがままをあるがままに すべてへすすめ 「石村さんの言葉を借りずに、ツイートで書いてみました。罪という言葉が、前向きに進むの、良いと思います。ですが、優しい詩っていうのには、私には変わらないんですね。私には慈しみではなかったです。なので、私の感受性のセンサーのせいです」

らどみらどみ (2019-02-11):

環希 帆乃未さんのログからやって来ました。 参加しても大丈夫ですか?

渡辺八畳@祝儀敷 (2019-02-11):

運営の渡辺八畳です。参加者が増えるのは単純に嬉しいので気軽にどうぞどうぞ

らどみらどみ (2019-02-14):

はじめまして、運営の渡辺さん。 もちっと、ひっそりな場所かと思って、環希さんのログからジャンプしてきたのですが、いきなり運営さんの返答で驚きました。(頭越しですみませんね、環希さん)。全くわからないので、空気読んでいない率高めかもしれないので、気軽にどうぞどうぞと言われても、後で、ギャフンがいやなので、運営さん、逆参加条件の質問させてください。うざくてすみません。 作品を読むとみんなハイレベルですね(基準はネット詩)。 質問1 私は詩をかけません。それでも参加は大丈夫ですか? 質問2 ネット詩参加歴は25年以上前ですが、実際の参加は短いです。悪さをして出たタイプではなくて、つまらないとアクセスしなくなるタイプです。何が言いたいかというと、人間感情は強いかもしれませんが、ネット人間関係はゼロに等しいです(例外はいます)。それでも参加大丈夫ですか? 質問3 基本は、読み専門です。それでも参加大丈夫ですか? 質問4 自分では中道と思っていますが、側から見たら、結構、好き嫌いを主張しているようです。それでも参加大丈夫ですか? 質問5 歳とってます、それでも参加大丈夫ですか? 質問6 現実の生活を優先して生きてますが、それでも参加大丈夫ですか? 質問7 感動した作品には、コメントしてしまうかもしれません、それでも参加大丈夫ですか? 質問8 詩は書いたことありませんが、詩みたいなものをアップしてしまうことが、勢い余って、もしかすると、ないかも、あるかもしれませんが、それでも参加大丈夫ですか? 質問9 偉そうにアップして結果色々と、迷惑をかけるかもしれません、その時は直ぐに指摘されましたら、削除しますが、それでも参加大丈夫ですか? 質問10 古いタイプの人間なのでネット詩をバカにしていると言えば、何処かでバカにしてしまっているかもしれませんが、可能性も感じている、厄介者のおじさんですが、それでも参加大丈夫ですか? 質問11 最後に、もしかすると、他の方々と違って、極めて違って、連詩返詩と、コメントの違いを分かっていて、違うそんなことは作品に盛り込んでいないなんて嘘をついても、その人達の何作品か読めばネット詩孵卵期時代の25年前から繰り返しやってきた子供の嘘の言い訳を聞いている程度の繰り返しをみてるだけの、ばればれで、平均的な射程距離の長いライフル銃言葉を使うというゲーム感覚のつまらない言葉遊びではなくて、垂直稼働してしまう人生と肉体を掛けた(否定されても、時間や空間が味方なら良いと、[貴方]と同じように)言葉に偏ってしまう自分をマジで辟易しているところなのですが、それでも参加大丈夫ですか? 本当に 長々とすみません、 空気読めないタイプなので、不参加でも全然大丈夫です。

鈴木歯車 (2019-02-14):

そのままでもいいという優しさを感じました。

渡辺八畳@祝儀敷 (2019-02-14):

らどみさん たしかにうざいなぁ(笑) ガイドラインは読まれましたでしょうか。参加資格はガイドラインに準じます。なので「逆参加条件の質問」なるものに返答するまでもありません。 ビーレビに参加するかどうかはユーザー個人の自由意思です。ただし上述のようガイドラインに従うことが条件であって、それを遵守できない方はアクセス禁止処分が下されます。正直に申しまして、らどみさんはそれができない方だろうなという印象を現在抱いております。そもそも長々と「逆参加条件の質問」ものを書く時点でガイドラインを読んでいないのは明確だし、それを書くということは「罪」の作者であるishimuratoshi58氏への配慮が全くできていないということです。謝るのは環希氏にじゃあありませんよ。 いわゆる「変な人」を積極的に排除こそはしませんが、優先的に保護をするつもりもありません。場への適応を少しでもしようとせず「~ですが大丈夫ですか?」と保身ばかり考えている人は、たとえビーレビに参加してもやがて煙たがられる存在になるでしょう。 要は「参加したいならすればいいけど、オススメはしない」です。らどみさんがビーレビに参加してもあまりよい結果にならないと私は思います。25年前のパソコン通信時代とは違って、現代はさまざまネット詩サイトが存在します。ビーレビ以外のそういったサイトに行かれてみてはどうでしょうか? 以降この件について「罪」のコメント欄では返答をしませんし、上記のやり取りも一定期間後に削除します。追加で質問があればビーレビのフォーラムかTwitter(ビーレビ公式アカウント)にお願いします。フォーラムの使い方がわからないなどという質問にも答えません。それさえ使えないレベルの情報弱者ならそもそもビーレビを使い続けるのは困難でしょうし。 ishimuratoshi58さん、「罪」のコメント欄を汚してしまい申し訳ありませんでした。

まりも (2019-02-15):

生まれてくる、ということは、とうぜん、場を占める、ということで・・・それを罪と「自覚」することと、原罪(宗教的な)との差異について、しばし考えました。罪、という名付は、作者による発見である、わけですが・・・罪、という言葉の重さと釣り合うのか、どうか、ということ、ですね。 存在の神秘への慄き、いわば、畏怖が、本作のテーマなのではないか。と思う、のだけれど。 何かの意図のために、効果や効率のために、「加工」されなくてもよいではないか(ありのままで、どうして認められないのか)という悲しみ、を歌う作品であるならば・・・そのままで存在しようとすること、が、許されない、ということ・・・が、罪、と称される、ということへの疑義であるとして・・・やっぱり、題名のインパクトと、内容が、どうもずれているような印象を受けるのですが、どうでしょう。 それを、罪、

ishimuratoshi58ishimuratoshi58 (2019-02-15):

 貧しい作にコメントを寄せて下さった皆様、有難うございます。  自作自解にならないように述べたいのですが、小生がこの作品で捉えようとしたものは非常に重大なテーマです。それが理屈でなく、詩そのままで直に伝わるようにかくのが作者たる私の務めですが、頂いた皆様のご感想から判断する限り、その務めは果たし切れなかったようです。これは作者の「罪」でしょう。痛恨の至りです。  本作をかいた前後に創作力の「枯れ」を自覚したので現在は充電期に入っています。枯れた声で歌えない歌に立ち向かってしまった愚かさを今更ながらに口惜しく思いますが、枯れた声なりの叫び方にも何かしら存在価値はあるでしょう。いずれにせよ生まれてしまったこの作はその「罪」を背負いながら在り続け、理解や誤解、無理解という「罰」を負うことになるのです。  いずれまた同じテーマに立ち向かうことになる機会があるか、力及ばぬままくたばるのかはわかりませんが、生き続け、かき続けなくてはならない。その念願があるばかりです。  

ishimuratoshi58ishimuratoshi58 (2019-02-15):

渡辺八畳@祝儀敷様、ご配慮有難うございます。 お手数ですが、このコメントも一定期間を経たら同様に削除して頂ければと存じます。 ですが、お心遣いへのお礼だけはお伝えしたいと思いました。ご寛恕の程を。

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SirAsaku 
作成日時 2019-02-15
コメント日時 2019-02-15

 

暮れゆく庭の草陰に 肺患いの小人が一人 粉白粉と頬紅の 滲んだ顔で立って居る 其の喘鳴は雨粒の 砕けるようにしのしのと 軒先辺りと地獄との 合間を幽かに這って居た 彼が一体、何であるのか 如何して病んで居るのかと カップの底の珈琲の 染みを見乍ら考える まるで間引きの白桃や 蟻に喰われた花蟷螂の 憐れで可笑しい其の姿 如何して病んで居るのかと 小人が私に笑いかける 私は其れに気付かないで居る うつつの夢は滔々と 蛇口から一滴が落ちるように 薄闇の方へ流れゆく 老いたる猫は膝の上で 細く寝息を立て始め 私は擬態し街を想う


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渡辺八畳@祝儀敷 (2019-02-15):

テンポが悪いなという印象。それはどの行も3、4文節で改行されていてリズムが悪く、さらに空行がやけに多いからだ。改行や空行で読み進める流れが止まるし、その休符が単調かつ過多だから。あえて長く続かせる行を作るなどして起伏をもたせたい。 あと意図的にやっているのだろうけど、漢字が多すぎる。「其の」や「居る」などはひらがなに開いたほうがいい。演出なのはわかるが、上述のテンポの悪さを助長させてしまっている。

SirAsakuSirAsaku (2019-02-15):

渡辺八畳様 明確なお言葉でご指摘を下さいまして 心より感謝申し上げます。 ここしばらく、ずっと一人で モヤモヤしていたのですが お言葉を頂いた事で 自分が今、何で行き詰まっていて 何を課題とすべきなのかにようやく 確信を持つことが出来ました。 貴重な場を有難うございます。

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