作品投稿掲示板 - B-REVIEW

鷹枕可


投稿作品数: 48
総コメント数: 307
今月は31作品にコメントを付与しました。
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鷹枕可の記録 ON_B-REVIEW・・・・

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オセロー

2022-11-14

侏儒國

2022-10-31

晩夏些事

2022-08-09

once upon a time

2022-08-01

ドブンヌ

2022-06-02

貧乏節

2022-04-19

埋葬、汀にて

2022-03-18

独裁者達

2022-03-08

中華物理

2022-02-02

蜂の共喰

2022-01-05

蟻泪譚

2022-01-02

脚本の死

2021-12-13

交差法

2021-11-11

科学

2021-11-01

死刑囚

2021-10-18

金管楽

2021-09-25

旧弊

2021-09-01

2021-08-08

ラストベルト

2021-08-04

試験―α

2021-03-03

暴盗

2021-03-02

現代詩を抗う

2020-12-27

刈萱

2020-10-27

壌の華

2020-10-10

淘汰

2020-07-13

机上晩餐

2020-07-04

石の苦悩

2020-04-21

あなたへ

2019-07-28

籠地獄

2019-05-27

血と黒

2018-07-27

読解語彙力がゼロに近いもので、こうとしか書けませんが。 炒飯も杏仁豆腐も旨そうだなっ、て。 それはとてもこう、すごく、滑る、床!が! ありがとした。 (ナンセンス)

2022-11-30

/あわや沈まんとす!/ のユーモアたるや、なんでしょう。 おいしゅういただきました。 (月下)

2022-11-30

/遠かろうが近かろうが/ /いずれそうなる/ 至言だと思いました。この一文でグッと引き立ってて。 そうそう、いずれそうなるんだよなあ、と腑に落ちました次第です。 作文でゴメン。 (濡れた靴下を履かせられて)

2022-11-29

短い中にも、最後の問い、が反響する様な確りとした構造が在ると思い、レスをさせていただきました。 デジタルな環境にアナログの描写を表出せしめることの意義を噛み締めつつ。 好みでっす。 (玄明)

2022-11-29

すごいっすね(語彙力) じぶん、短詩を書けないものですから。区切り良く書き切れる方は尊敬してまいますわ。 佳いものを読ませて頂き、ありがとうございます。 (ゆくえ)

2022-11-28

やッぱりよ、何でもよかァねえよな。 文体が好みです、ありがとした。 (何でもいい)

2022-11-27

追記。 器に器、ではなくちゃんと料理になっていらっしゃる。 おいしくいただきました。 (ちゅっちゅくと)

2022-11-27

軍配。こっちに。 (ちゅっちゅくと)

2022-11-27

真摯なレスポンスを賜り、ありがとうございます。 なんだかんだ「自由詩」ですものね。 作者の領分がその都度試されるのが詩の恐ろしい所でもあり、ゾクゾクする処でもございますでしょうから。 とても勉強になりました次第です。心よりありがとうございます。 ようそろ、 自分の言葉を書かなくっちゃあ、ね。 (ゆうた!!)

2022-11-26

はい、ひとつ質問いいですか。 詩の為に詩を捧げず、誰に捧げるというのでしょうか。 読者の皆様の為、でしょうか。 それを作者が公言するのは、口ッ幅たいにも程があると思われるのですが。 それでも読者様が存在しなければ、表現は表現なのか、という問題もある訳でして。むつかしいところですが。 例えば、獄中文学などは読まれる事などを前提とはしていない訳でございますから。わけわかめ。 (ゆうた!!)

2022-11-25

やらしいなあ、釣り針しか見えないじゃん、もう。 マジに取り合ったこちらの負けです。はい、こちらからは以上。おしまい。 そんじゃ、皆さんご自由に。 (ゆうた!!)

2022-11-24

くりかえし、すまんけれどこれやっぱりウォーホルだわ。 作者様のコメントよんでおもうたけれど。 つまりね、ウォーホル(デュシャンでも良い)がやったことって、 器に料理を盛る事じゃなくて 器に器を盛ることだったんだわ。 だから如何様にも解釈可能-不可能だし、あとから作者の意図を枉げることもできたわけ。 だって料理じゃねーんだもん。 これはジョーカー、禁じ手だよ。 試しにさ、御作みたいな作品ばかり並んでる投降掲示板をそうぞうしてみ。 それって2ちゃんねるじゃん。 だからさ、虚無感からの復讐じゃなくてちゃんと詩を書いてみ。 上手い下手ぁどうでもいいからさ。もう一度マジに向き合ってみようよ。 以上、蛇足に次ぐ蛇足ホント―にしつれいしやした。 (ゆうた!!)

2022-11-24

抒情・三文銭 _   あいしている にくんでいる みちていく 盗み行く、花の声 あはやかな躑躅、金鳳花 麺麭屑の小天使たち ひよわな、 おんなにも おとこにもなれず 損なわれた、春の色佳く もう二度と、泳げない夏の海 あかく 『あかんぼう』  (やわらかなにこげが 草原 みたく ) あいさない 隣人、 (愛しなさい、死なしめるまで) 娼館の男娼、 かれて、 かれて、かれて 掠れ声 満ちていくやわらかな日差しのなかで わたしは私の永遠をうしなう * 永遠は、永遠だった (窓の外にもみつからないから) ぽつ、  ぽつ、   ぽつ、 雨の花束   黒人の、サキソフォン ぼくがわたしであって わたしがぼくであった  あのころには、もうもどれない よね  ぼくを  わたしを      引き裂いておくれ 秋の窓には    雲霞たたなづき 恋人を乞ふる 唱 のなべてに火を放つ 燎原へ  冬は初梅、   雪の花を      あなた は  燃やして 燃やして    燃やして 土塊に、兆す土筆のさみどりの、  あはやかな、音 (うまれるために     しんでいくのよ) あたりいちめん、わた のはらっぱ  わたしはぼくだ  ぼくはわたしだ    なれそめて、四季の庭から    欄干 より こえを呼んだ・呼ばれた (気のせい だね) 少しく 愚かしいけれどそれはひとつの永遠だった  敢えなくも すこし、泣いて、わらって       百草百花         百年の、こどく に 個毒は ことごとくは うしなはるを わたしは、こほしむ (B-REVIEW 11月のお題詩「祝祭」)

2022-11-23

とまれ、冗談は兎も角と致しましても。薬に頼りたくなくとも服用せざるを得ない現実があったりも致しますものですから。 つらい所ではございましょう(因みに、私はレボトミン投与されとりますが)。 (Q&A 希死念慮って?)

2022-11-22

そんなあなたにレボトミン(やめろって)。 (Q&A 希死念慮って?)

2022-11-22

なんか、みんないいひとやないの。 詩も、コメントも、このサイトも。 詩に携わる方って、なんでこんないいひとばかりなんだろ。 こちとら、ほろりときちまわぁな。ちくしょうめ。 (金木犀とアキサメゼンセン)

2022-11-22

言外の意思が素敵です(プロポーズ)。 (Yeah!)

2022-11-21

あー、ありがとう。 往生際が悪いけどさ。一つ言わせてよ。敗軍の将として。 あなたに限らないけどさ、 こう読んでください(読まないでください)、って読者に規定してくる作品、にがてなんですわ。 そんなら誰にも読ませる必要なくない?って思うのよ。 押し付けがましいのはお互い様だけどさ、誤読の可能性を開いておいてほしい、って思う訳よ。 作品って、はたして作者のモンなのかな、って一提言しとく。 そんじゃあごめんね。ありがとやした。 (ゆうた!!)

2022-11-21

襟を正さねば、と思いました次第でございます。 単刀直入に、簡潔に。潔く。 記述へ傾れ過ぎず、要点のみを伝える。 とても佳い詩であると、思いました次第です。 私には、なかなか真似が出来ません。 (君よ人たれ)

2022-11-20

オッケー! (ゆうた!!)

2022-11-20

みんな、ミニマルミュージックとかいろいろいうてはるけど。 アンディ・ウォーホルじゃん。 いや別に、安かろう悪かろう、じゃなかったった、良かれ悪しかれは別としても。 (そして発見という罠にはまるのだ、ふふふ) (ゆうた!!)

2022-11-19

すっげー分かります。 人生の恥部をあけすけに描写すんのだけが文学的芸術性なのかよって。 それは現代詩、最果さんなんかにも思うトコ。 てめえちょっといい話で感動させてみろやって、表現者ならおもうんですわ。あと歴史性ね。 (バカボンのパパの天才性 Re)

2022-11-19

春日井健、及び前田透両氏に着目して下さってありがとうございます。 春日井氏は確か末期癌で先立たれ、前田透氏は交通事故で亡くなられたと記憶を致しております。 斯く言う私も慢性腎不全の疑いがあるのですけれど。 皆様お身体はお大事に。 (追悼・森田童子へ)

2022-11-18

騙されましょう。大いに騙されましょう。でも、熱狂には気を付けてね。 (追悼・森田童子へ)

2022-11-17

構想は慎重に、行動は可及的すみやかに。 (追悼・森田童子へ)

2022-11-17

早速、 拝聴いたしました。 めちゃくたよいですね。 さながら絶叫有刺鉄線デスマッチ。 でも、矢張本歌の方が好きです。背負っているモノの大きさ、時代が違う。 (追悼・森田童子へ)

2022-11-17

僕と私、音と光。対比を孕みながらも宥和していこうと為される姿勢に、矛盾を包み込む柔かさを感受致しました。 優しい色合いの作品ですね。 拝読をさせていただきまして、何やら優しい心持になりました。 ありがとうございます。 (心と私)

2022-11-17

そうですね。 対象作品には、瑕疵を突けるつもりは毛頭ございませんが、 私自身の詩作が「漫画的」とおっしゃられる処には賛同をいたします。 コメントを賜り、ありがとうございました。 (もたざるものの、)

2022-11-17

ブレヒトの異化効果、素晴らしい。 最後の問い、したたかに頭を殴られました。 (19時の幻覚)

2022-11-16

ありがとうございます。御蔭様で、如何にか書く事ができました。 バブリング創世記の様なテンションが相応しいかと思われます。 (オセロー)

2022-11-16

お褒め下さり、心より嬉しく存じます。 戸田恵子様ではなく戸田奈津子様にすべきであったと、今反省を致して居ります。 駄目だと思い悩みましても、試みてみるものです、ね。 (オセロー)

2022-11-15

裁判長、異議あり! 諸諸の感情の全ては脳内物質という薬物であって、 理性も感情の一部であるとも考えられますが、いかがでしょうか! (どうしたらいいの)

2022-11-15

誤字・「全天開」→「全展開」 (オセロー)

2022-11-14

お返事を賜り、嬉しく存じます。 歩む事、進む事をとめてはならない、と私も思います。そのさきにただひとつの帰結しか待っていない、としても。 苦しい(、と申しましたならば失礼にあたるかも知れませんが)事情を打ち明けて下さり、心より有り難うございました。 死する為に生きるのではなく、 生きる為にこそ生きたく。存じ上げます。 (追悼・森田童子へ)

2022-11-12

端から確固たる「私」など、存在しないのかもしれません。 私も、中学生の折、いじめに遭っておりました。それが祟ってか、それ故に虐められていたのか。高校に入学するころには、精神科のお世話となっておりました。 大学を中退し、引き籠るようになりました私は、抑圧された精神と、半ば妄想と化した野心の間で、徐々に、狂って行きました。 床下から音がする、と夜中に畳を引き剥がし(幻聴ではなく、実際に鼠が引っ掛かったのですが、)統合失調症、旧名精神分裂病の診断を下されました。 それより早いもので十余年にもなりますが、クロルプロマジン最大服用量を投与されつつも、何とか生活を、静かに営んでおります。 兄弟との亀裂は深まるばかりではございますが、冷え切った家庭にあっても、何とか生かされております。 私の身の上話は、まあ、このようなものでございます。 あなたは。どうおもわれますでしょうか。 (追悼・森田童子へ)

2022-11-12

ありがとうございます。 近頃は、詩に由って何でも書けることに気が付いて仕舞い、却って詩を書くことができなくなっておりました。 何でもできることは、何もできないことと同じ。 そんな焦燥の中で、書き溜めた未発表過去作品のなかから、選び、投稿をさせて頂きました。 異様から始まった叙述が、凡庸に溶解してしまったなら、一体ぼくの個性はどこにあるのだろう、と答えを出せずにおります次第でございます。 (追悼・森田童子へ)

2022-11-12

はい。そうです。「高校教師」にて、遅れに遅れた脚光を浴びた、今で申します処のシンガーソングライターです。 かの人の歌とは、フォーク・ソングを渉猟している時に出会いました。 全共闘、基督教、戦後体制への言外の屈託、孰れを取りましても規格外の世界観を持った無二の歌手です。 気が向きましなら、淋しい部屋へ遊びに行くような心で拝聴して下さりますと嬉しく存じます。 (追悼・森田童子へ)

2022-11-12

私はyoutubeで森田童子の歌を知りました。優しくかすれた囁き声、誰をも寄せ付けないファッション。 何処かに途轍もない挫折をやりきれず、抱えている人なのだと、魂が震えました。 孤独な部屋、毎日ふらふらと死を考える一人ぼっちの粗大ごみに、かの人の傷が寄り添い、どうしようもなく敗れに敗れた心を包帯の様に包んでくれるのでした。 是非、彼女(、は余りにも似付かわしくない呼称だ)のアルバムを一度、ひらいてみてください。 傷ましい挫折を、忘れない為にも。 (追悼・森田童子へ)

2022-11-12

未だ、終わらせたくはありません。けれどもう二度と飛べないような気持でいるのです。でも、庭木を眺めてはすべての枝を切落として、眞裸になってしまったならば、 ぼくは本当にぼくの純粋を喪失して仕舞い、そしてもう喪失をして仕舞ったような心境でも、いるのでした。 飛べなくなった友達よ、さようなら、きみの庭へ、ぼくの代わりに赤い赤い檸檬の花が咲くように、祈っています。 短歌、諦めません。 (追悼・森田童子へ)

2022-11-11

私、スマートフォンを持ってないんです。 そんな、ひきこもりの私達にも気を掛けて下さるような、福まる様の真っ直ぐな言葉、とてもうれしかった。 ですからね、この作品にお礼を言わせていただきたいのです。 私達を見つけてくれて、ありがとう。こころから。 (携帯からスマホへ)

2022-11-10

罠 だ。 (飛べない)

2022-11-09

うっわ、自作が恥ずかしい……。 評文を頂きましてアザッス。 無駄に重い文体でどうなの?って悩んでたんで、認めてもらえて純粋に嬉しいっす。 本作は、思想を突き詰めた者達が向う破滅への暗い道をひたはしる悲劇を追悼させて頂きつつも。 本当の所では、思想主義も関係は無くて。この時代に真剣に居所を探して已まなかった、追い詰められた若者達への鎮魂の意志を込めてしたためさせていただきました。 願わくば、彼等が死に場所を求めながらも最後まで生きようと足掻き、藻掻いていた、そのような命の形を遺し、伝えられましたならば本懐と存じます。 って、マジかよ、恥ズカシッ。 まじめに。心よりありがとうございました。 (侏儒國)

2022-11-09

拙い駄批評に、レスポンスを賜りまして嬉しく存じます。 まあ色々と体験をしていらっしゃる……。 肉体感覚をなおざりに為されている訳ではなさらないようですから、安堵を致し、また納得も致しました。 そうですね、 ロックやパンクの精神から致しましたなら、「空が美しい」とか安穏と言ってるんじゃねえよ、という感覚もむべなるかな、と腑に落ちました次第でございます。 私自身、生来の「花鳥風月推し」でございますので。聊かばかり聞き捨てならぬ精神が奮起を致してしまいましたものですから。 何卒、ご容赦くださいませ。 どうせならば。 凌ぎ合いこそすれ、 個々人の価値観を潰し合わない様な場であり続けて欲しい、とも生温く願いつつ、筆を置かせて頂きたく存じます。 (えらばれない)

2022-10-28

詩は理性なのか、感性なのか。表現の虚実に確固たる境界が存在するのであろうか、等々と悩みつつも。 拝読をさせて頂きました。 私達現代人の嗜好がより過激な表現を希求する理由の一つと致しまして。実体験としての暴力を経験、或は直視する契機を失ったことにあるのでは、と思っております。 つまり、実態的な暴力ではなく想像上の暴力を大量に生産、消費をしているという事実。 此れが厄介でございますのは。 想像には現実的な限界が存在しないことでございまして。貪れば貪る程に――或は麻薬中毒患者の様に――、求める刺激性がエスカレートをして行くのでは、とも。 類例を論いますならば。野田秀樹史の戯曲「the bee]を髣髴と致します様な、問題意識を覚えました次第でございます。 そして復、一つ、気に掛りました事を。 例えば「青い空」という表現、修辞が退屈なのか、現実世界の「空」に感動を覚える存在主体を指して退屈であり、「感性が死んでいる」と仰っていらっしゃるのか。 此処は重要な問題であると思い、言上げをさせて頂きました次第でございます。 多分、死者の範疇に定義され得ると思われます、自身の読解力に失望しつつも。 (えらばれない)

2022-10-28

色佳く、趣き佳く。描写を為されていらっしゃいますね。 優等生的、とも申せましょうか。 過不足も無く無難に纏めていらっしゃる。殊に、清々しい程の技術技巧の披歴には只、平伏を致しますばかりでございますが。 要たる詩心に稍、含む処有り、とも。 而して、批評なるものは自身の鏡の様なものでございますから。 唯、評者たる自らの鏡に。曇りを見咎めておりますばかりのことでございましょう。 妙な例えではございますが。 齢経て猶、若々しき青年期の感受性を保つ為には並々ならぬ研鑽、努力が必需でしょうから。その労力に対し、良し悪しを陳べるのは聊かならず卑賤ではございましょう。 粗ばかりを探る、自身の悪癖に辟易しつつ。 下記は咽喉から出た嫉妬ではございますが。 出来過ぎた面相程、見分け難く似通うものもあらず、 例え、誰彼の目にも麗しく映るとも。 摸倣を衒う、此の指とは如何にも醜く、不様でもあり。 最早ルーティンと為り代った抒情は吸殻の様に優美である、と自嘲をさせていただくに留め置き、本駄批評の跋と致したくも存じ上げます。 (秋愁)

2022-10-20

ご返信を、確かに拝読をさせて頂きました。 下記は、全くの的外れな余談と致しまして。読み流して頂けますならば幸いでございます。 「石」への随想を語らせて頂きますならば、希臘はヘロドトスの著書「歴史」にて、デウカリオンの洪水説話に触れて居ります箇所がございましたと記憶を致しております。 ご承知でございましたならば無粋ではございますが。 梗概はウィキペディアに於きましても記述をされております様ですから、ご一読に成られますのも、一興でございましょう。 私自身、西洋に於きましての石造の印象の起源を、窺い知る端緒と為りました文書でございます(単純に、地質学的な理由かもしれませんが)。 長々と、蛇足の程を。どうかご寛恕くださいませ。 それでは、失礼を致します。 (好きだと云うこと)

2022-08-27

はじめまして。レスポンスを賜りまして、允にありがとうございます。 翻訳詩ばかりを読み続けました挙句、本邦の現代詩には疎い侭、今に至りました次第でございます。 浅学を恥じつつ。 (意味となる前から)

2022-08-25

返礼の程、甚だしく遅れて仕舞いまして、申し訳ございません。 ご講評を賜り、心より嬉しく存じます。 本拙作に於きましては。構成や全容を把握しない侭、即興的に記述をさせて頂きました。自動筆記とは如何にもふるびた記法ではございますが。 過去の読書、観劇の記憶、及び世相への視座に基きまして、辛うじて詩とも呼べなくはない、文章の端くれを投稿させて頂いて居ります。 無意識に潜む心像、印象等を咄嗟にも攫み、現す営為こそを詩とも致したく、精進を努めさせて頂いて居りますが、充足し得る水準には未だ程遠く、 長く短い生涯の命題と、肝に銘じて居ります次第でございます。 復、何某かの心像を汲み取って下さりましたなら。報われる心境もございます。 ありがとうございました。 (意味となる前から)

2022-08-25

寡黙に拠って、語ること。 現実、月光に翳ると 「私」を押し殺すに拠って、却って「個性」、と呼ばれる自らが、重層的に顕ち上がり。 正しく「無私の絶対的 私性」を張りつめ、削ぎ落とすことが美しい佇まい、つまり あなた という事実の、証左。 素晴らしい作品を拝読させていただきました。 心から、ありがとうございます。 (好きだと云うこと)

2022-08-18

折り返し、お返事を賜りありがとうございます。 身に余る程のご称讃を賜り、恐縮を致しております。 以下に於きましては、回答へと至ってはいないのではないか、と言う恐れもございますが。 何処まで自我を堅持するべきか、という問題、 何処までが模倣品であるべきか、という問題。この両者に付きまして、及ばずながら私見を陳べさせて頂きたく存じます。 自我の薄い人間、或は限り無く自己統一性を失った存在とは、現代では精神病、と看做されますでしょう。実際に、私は精神分裂病を罹患しております。 近代西洋的価値観から眺めましたなら、確固たる自己の尊厳、権利等を主張しなければ、彼等の堅牢な自分自身と謂う城塞は、脆くも略奪されて仕舞うのでしょう。 現実的には、彼等の都市建築を観察致しましたなら、それらは一目瞭然の事と、存じます。 人工性を鎧い、切削を施されました石材に拠る建築体、その集合が彼等の精神性を象徴致しております様に。 次に、オリジナルと模倣の問題に付きまして。 言わずもがな。言語の性質自体、模倣の産物でなければ共有の意味を附帯し得ない、という側面がございます。では、既成の言語秩序に一石を投じ得る、 新しい詩の個性とは何処に創造され得るのか。それは個々人の、奇抜且つ前例の無い一対の比喩関係、その積層の結果傾向にこそ顕ち上がるものであるとも、思われるのです。 詩言語の構造とは、繋がり様の無い程に掛離れた言葉同士を、同一化の技術、つまり比喩に拠って再構成を果す、行為であるとも、考えております。 凡庸の貉と成らぬ為には、微妙な差異に個別性、自己を求めず、今日の言語表現を広く俯瞰しつつ、再定義を致します洞察、審美眼が必需であり、 その実践としての作を呈示し続ける、不屈の意志こそが、言語表現の極北たる独自性、実の「現代詩、及び前衛短歌」に於いて普く試みられるべきであるとも、 沈思を致しつつ、 実践を致して居ります所存でございます。 以上、 拙き個人と致しまして、稍狂気染みた所見を述べさせて頂きました次第でございます。 最後迄ご閲覧を賜り、允にありがとうございました。 (辛さ )

2022-08-17

ご推薦を賜りまして、ありがとうございます。復、些かならず驚いてもおります。 と、申しますのも、私は私自身の表現が、一時でさえ模倣を超越いたしました作品、つまりオリジナルであると確信いたしました事がございませんものですから。 誰かの贋作、オマージュやパロディの集積が自身であり、その表現であり。 それらは私自身の同一性の問題とその根底を等しく致しつつも、個の一貫性をついぞ具有すること無く、分解した自我‐意識の所産であると、苦々しくも意識せざるを得ないのです。 斯様な問題意識を推察なされまして、 (盗むな、取るな。) という御言葉を頂きましたのでしょうか、等と考えて居りました次第でございます。 (辛さ )

2022-08-16

 夢応の鯉魚(2022年、現代版) 卑屈の悲しみ、 独り餌を遣る名も無き鴉へ 単純と簡潔を言い得ては 望まぬ壜底に妥協と言う澱みを湛えて   自称詩人或は 況してや歌人等にあくがれるものではない、 健康を謳う理性どもに焼き殺されるだけだ 心は随分前に売り払って仕舞った 日記を焼くために 書いている日記を 墓碑銘の嘘を 商売と現実の間に建てて 見事 無一文に昇進確定、 えっ、つまらない? そうですか、では やわらかい抒情をお好みでいらっしゃいますなら、 下記のメニューはいかがでございますでしょうか 贋作の模倣画の摸倣画家 螺旋階段の風葬建築 機械時計に巣をなす鳶 静物a 心象の抽象擬き ああそれとも、こちらはいかが 即興、『檻』1946年所収 こちらは最も高級な稀覯品でございますが いかがなされますでしょう 誰でもが着想し 誰でもが共感し 誰でもが喝采し 誰でもが親しみ易い 所謂  普遍 を衒い 一世一代の名画と銘打たれた貧乏ペテン師の逸品でございます どうです? 面白いでしょう 面白くないですか それならこちらはいかがでしょうか 「硬い抽象」 二次元的幾何学の極北、 二十世紀至上最も実験的な作品との呼声も高い、 カシミール産の麻布でございます 奇を衒った作でございますので 小笠原鳥○氏の誉れも高い、 秀逸な騙絵でございます お買い上げに為られますか お買い上げに為られませんか こちらも興には聊かですか 詮方もございませんが、 申し上げましょう 有体に寛げて仕舞いますなら これら過程は 狂人の咽喉に飄々と嘯く 癲癇患者の痙攣から 夢遊病患者の意識へ到る迄の 靄ども から 再生可能動力と循環型環境社会を創出する、という名目に基く 社会実験の最中なのでございます、 そう、ですから、 お気付きの通り 私は画商ではなく 精神科医院の経営者なのです つまり貴方は患者なのです それもかなりの重篤な ご存じでしょう、旧名では早発性痴呆、または精神分裂病、 今ではアレと呼ばれている、つまりアレです、 あなたは統合失調型アルツハイマー、つまり不治の病に罹っているのですよ ああ、ブルブルしないで下さい なんか全身をぐんにゃり曲げてなんですか、それは土方巽ですか ああ、その、なんか凄くわかり難い身体表現をお止め下さい 落ち着いて 落ち着いて なんですかそれは 爆弾ですか 市内がまるごと吹き飛ぶという設定の、 とんでもない危険物ではないですか とんでもない とんでもない 誰か警察を 警察を呼んでください!     「」 あっ 全部夢か……、 それにしてもなんでこ (B-REVIEW 8月のお題詩「化生」)

2022-08-12

様々を、身に抓まされつつも。拝読をさせて頂きました。 先ず、確と地に足の着いた表現に思わず、呻らされました次第でございます。 そして、鑑みますなら。信頼とは築くに難く、ただ一つの過ちを前に脆くも崩れ去るものでございましょうから。 人倫の道を踏み外し続け、破戒を肯う自身のごとき者が辿り着く処とは、見るにも耐えぬ地獄絵のごとき場所なのでしょう。 畏みて、畏まりつつも。 悪徳の美を企むものとして。 (倫理 短歌七首)

2022-08-10

ご閲覧を賜り、允に嬉しく存じます。 無駄に書き慣れているのみの、小手先の技術ばかりでございまして。 詩情、うたごころは皆無であるとも存じます。 (晩夏些事)

2022-08-10

リアリズムより、一歩踏み込みになられた表現とお見受けを致しました。 口語よりも、旧仮名遣い、古語、文語の言い回しの方が詩的想念とは相性が佳いのかもしれません。 昨今のネット口語短歌とは略、日記と感情の垂れ流し、所謂 エゴ の氾濫と成り果てておりますから。 (駅 短歌七首)

2022-08-09

詩の使命とは。等と考えます契機を与えて下さりました事に感謝をさせて頂きたく存じます。 何時でも社会は透明な犠牲と黙殺に溢れており、それら隠匿され、埋葬された事実と闘うためにこそ、表現の力を振うべきであるとも。 需要と謂う、社会経済的有用性に溺れ、政治的精神に拠って凝る澱、濁り等に盲いておりました、自身の目を見開かせられました様な心境でございます。 心より有り難く存じます。 (見えるものと見えないもの)

2022-08-09

ご講評を賜り、允にありがとうございます。 畢竟、生存というあらゆる喪失のただなかにありながら、ひとはみなそれぞれの諸腕に、工まずして選び、選ばれた表現の風合を、著述し、表現を続ける外にはないのかもしれません。 例え。普遍には程遠いと致しましても。まさしく脆弱な、城塞都市の如く。 (意味となる前から)

2022-08-05

非礼とも思われますが。何卒ご容赦を。 素晴らしい水準まで、ご上達をなされましたね。一つの記念碑的作品と誇られましても、宜しいのではないでしょうか。 佳い作品を拝読させて頂き、読者冥利に尽きる心境でございます。 (暗雲)

2022-08-04

ご閲覧を賜り、心より嬉しく存じます。 例えますなら。拙作は絵画ではなく額縁であり、彫刻ではなく鏤刻細工の様なものなのかも知れぬと。思い至りました次第でございます。 罪に価する作を。いつか巧めましたならばとも願いつつ。 (意味となる前から)

2022-08-04

主旨を読み解いて下さり、安堵を致しております。 美しい抒情や、義憤、或は問題に抵触を為さない作品を提示致しましたなら佳いのでしょうが。 さこそ二束三文の、嘔吐を覚えざるを得ない、塵以下のニヒリズムを吐瀉する外に手段の無い自らを、死ねば良いな、と思いつつ認めさせて頂きました。 詩にはその作者の本性が宿り、嘘偽り、韜晦は叶わぬものと思い知らされました所存でございます。 そして、多分私は、人間と致しましては屑なのでございましょう。 彼の事件の一報を知り、嘆きも驚きもせず、満面の笑みを泛べました自身を顧みますに。 蓋し、 人間の所業とは、何時の時代に於きましても似たり寄ったりでは、と思うを止め得ぬことも復、事実でございます。 孰れに致しましても。 歴史とは、最悪の事象事件、その繰返し、であろうとも。 過去に学び、 絶望的なる未来‐像を、回避し得る人間の智慧を、今此処に、心より、頼み、信じつつ。 (once upon a time)

2022-08-02

多分、皆様に於かれましては瞭然と理解を為されていらっしゃるであろう事を、言うも野暮ではございましょうが。 3月9日 深川鼠=東京大空襲 でございましょうか。 然し、8月4日 赤熊百合 の暗示が何を示唆しているのか。 歴史勉強不足、且つ愚鈍な私には、解読の適わず(廣島と結び付けますには、稍誤差が過大とも思われますものですから)。 様々、口惜しくも在りつつ、愉しませて頂きました。 結句、婦人労働服に拠って財と名誉を築かれた、高級ブランド創始者の言葉を引用なされる等、等 全般に亙り諷刺が利いて居り、抜群のセンス、イロニーを感受致しました次第でございます。 勿論、全て誤読かも知れませんが。 (インフォメーション・アナトミー)

2022-07-30

試みと致しまして、現代詩手帖に投稿をなされると良いのでは、と。思いましたが。然し技巧なのか、天籟の才気なのか。 お返事のお言葉一つにさえ、窮する程に。実に難読であり、面白いですね。自身の凡庸への絶望を隠し得ない程に。 (ミクロ)

2022-07-24

本文を拝読させていただきますより前に、落とし所の想像が附いて仕舞いました。 「アンダルシアの犬」冒頭描写より全くその表現が進歩をしていらっしゃらない。寧ろ乏しい、とさえも。 約一世紀前の映像表現に敵わぬ詩とは、如何なものなのでしょうか。 敢えて。かなり辛辣に、忖度無く。思う処を陳べさせて頂きました。 何卒、ご容赦を。 此処の処、みなさまの表現傾向は。その水準に於いて弛み過ぎてはいらっしゃらないでしょうか。 一読者と致しまして。余り落胆を覚えさせないで頂きたく思う所存でございます。 (新生)

2022-07-24

情報と、表現、の差異を深く考える契機と為りました次第でございます。そして先入観の危険性も。 (殺害)

2022-07-23

余り、可読性等を意識なさらないほうが良いのではと。以前の御作は途轍もなく難読ではございましたが、出色の出来であったと、憶えて居ります。 勿論、当作にもその才気の片鱗が垣間見えます事は相違無いのではございますが。 読者を想定した表現を続けて居りますと、妥協に拠り表現の要を失いますでしょうから(多分)。自身の苦い経験を経て、実感致しました事を陳べさせて頂きました。以上、一意見の程を、失礼致しました。 (ミクロ)

2022-07-23

先ず、返信が遅れて仕舞いました事を、此処に陳謝させていただきたく存じます。 如何かご容赦を。 そして、要といたしまして。 本拙作に於きましては、何時もは決して現すことなきみずからの一側面を恥かしく、むず痒い思いを抱きつつも認めさせていただきました次第でございます。 種々の失敗、甘きに尽きる叙述、構成の工夫等々。振り返りましたなら疵も五万とございますけれども。 兎角、想像の及ぶ限りの挑戦を実践させていただきました。 教訓を肌身に受けつつ。僅かでも好ましい作品へと、近付けましたなら本望でございます。 青春さえも、いつかは死語となってしまうのでしょうか。 さすればそれは余りにも淋しく。一時代の夢のように果敢無い燦めきであったとも、思われるのです。 (メリー・メリーと花の夢)

2022-07-11

閲覧を賜りまして、允にありがとうございます。 今作は難読性を避けてしたためさせていただきました。趣意が幾許かでも伝わりましたなら、幸いに存じ上げます。 (メリー・メリーと花の夢)

2022-07-09

激励を賜りまして心より嬉しく存じます。 成否の程は兎も角と致しまして、挑戦を(或は失敗も厭わず)続けなければ。表現の裾野を失い、硬直をして仕舞います様な、危惧も甚だございまして。 今作の様な表現傾向に挑ませて頂きました次第でございます。 異なる主体を同一化せしめる技巧、意識作用に於きましては、粋を極めるには難航を覚悟せねばならないと、実感を致して居ります。 (メリー・メリーと花の夢)

2022-07-09

連続投稿と為って終いました様で、申し訳ございません。 pcマウスの調子が、如何やら優れない様でございまして。当補足も連続投稿と為って終いましたなら、如何か笑って看過をしてくださいませ。 (メリー・メリーと花の夢)

2022-07-07

鋭い読解を賜りまして、允にありがとうございます。 仰られます通り、今作は問答歌の形式ではなく、性別を越えた同一人物の内なるジェンダーの両価性を、中心軸と致しまして構成をさせて頂きました。 遵って、当作の表現目的に於きましては「娼婦と少年」のダイアログではなく、作中冒頭にて語らせて頂きました様に、 その象徴たる「鏡、或は孤独の主体」に拠るモノローグとして展開をさせて頂きました次第でございます。 現代口語表現の機微に附きましては、私には実に、難解でございます。言文一致の書式に熟達をしていらっしゃられる皆様の、技量、技巧性に。 つくづく感嘆を覚えております。いつかは流暢な口語詩の起稿を、成果と為せましたなら、とも。思い已まぬ心境でございます。 (メリー・メリーと花の夢)

2022-07-07

鋭い読解を賜りまして、允にありがとうございます。 仰られます通り、今作は問答歌の形式ではなく、性別を越えた同一人物の内なるジェンダーの両価性を、中心軸と致しまして構成をさせて頂きました。 遵って、当作の表現目的に於きましては「娼婦と少年」のダイアログではなく、作中冒頭にて語らせて頂きました様に、 その象徴たる「鏡、或は孤独の主体」に拠るモノローグとして展開をさせて頂きました次第でございます。 現代口語表現の機微に附きましては、私には実に、難解でございます。言文一致の書式に熟達をしていらっしゃられる皆様の、技量、技巧性に。 つくづく感嘆を覚えております。いつかは流暢な口語詩の起稿を、成果と為せましたなら、とも。思い已まぬ心境でございます。 (メリー・メリーと花の夢)

2022-07-07

ご講評を賜りまして、允にありがとうございます。 多様性の時代でございますから。ステレオタイプを演技したならば却ってロックンロールとなるのでは、という意識が在りました事は事実でございます。 作者自身、書きながらもむず痒さ、恥ずかしさを覚えましたことも相俟りまして、不完全燃焼の印象も、多々残っております。 唯、こっ恥かしくとも、冷笑、個人主義と暴力の時代へのアンチテーゼを示さねばならない、と謂う確信、覚悟もございまして。 頗る口語に苦心しつつも。停滞無く、淀まず作風を変化せしめる必要性を肌身に感じ。 既存の自己満足の記法ではなく、読者の皆様に向けて、と作を試みさせて頂きました。 挙句、周り回ってひとつでも、読者様へとギフトを贈ることの叶いましたなら、と。願いつつ。これからも鍛練をさせて頂きたく思う所存でございます。 (メリー・メリーと花の夢)

2022-07-06

何か、自分の書きたいものの一歩先を行っていらっしゃる様に感じつつ。でも何かが足らんのだよなあ、とも。 哀愁、とか、情緒の機微、とか、奥深い死生観、とか。 口語のレトリックの練度に於きましては。到底敵わないとも思えるのでございますが。 (えんたーていんめんと)

2022-07-06

アンチクリスト 刺繍の花みたいに 笑い合ってさ 綺麗に迎えたいの ジ・エンドはせめて罵詈と こんなにも穢れた おしまいの丘で 若しかしたなら、って言うから 若しかしたなら、なんて望むの そんなのぜんぶうっせえからさ 「愚か者そして詐欺師ここに眠る」って刻んでよ 淋しいからってさ 憶えたりなんかしないでよ ジ・エンド さようなら ばか あんたなんて嫌い 死んでって何度でも だから死んでって何度でもいってよ そしたらさ、それでも それでは ごきげんよう さようなら はじめまして って挨拶ばっかりでね ほんとうんざりするの くそったれ 世界 って 愛してるわ、死んじまえ って 嘘みたく笑い合えるわって 五月蠅いほどに愛を 語るの 生きてきて何も良いことなんてなかったし 生きてきて何も嫌いになんてなれなかった だからおねがい 時計より正しい愛とやらを 片っ端からぶっ壊して 普通になんかなりたくねー って ティッシュペーパーの海で笑うの くだらねー、ってね (B-REVIEW6月のお題詩「破戒」)

2022-06-25

落胆をお懐きに成られましたとの事、重く、受け止めさせて頂きます。 受けを衒うか、社会や個人の問題を提起するべきか。両者の間にていつも悩みつつ、詩作をさせて頂いております。 本作は些か慾が勝ち過ぎてしまいました様で、余り誉められたものではないと、痛感を致しております。 蛇足ではございますが。 心は若くとも、身体が追い付いて来てはくれない、という現実を。 受け入れざるを得なくなりました頃合が、三十代中盤頃にございました事を、思い返しております。 如何か、余りご自身を酷使なさらず、大切になされて下さいませ。 (ドブンヌ)

2022-06-22

ありがとうございます。 会話体に付きましては、ケラ氏の脚本、及び小津映画を参考にさせて頂きました。品性はかなり劣るものではございますが。 (ドブンヌ)

2022-06-22

何でしょうか。 詩人たるもの苛烈であらねばならず、反生活的、反生存的でなければならぬ、と言った先入観を感じました次第でございます。 荒地派の後遺症でございましょうか。現代純文学系の方々にも言える現象でしょうが、如何致しましても。 煽情的且つ過剰な嘔吐的感覚に心酔をなされていらっしゃるのでは、と心配にもなりました次第でございます。 人に兎や角言える人間ではございませんが。 下記、高田渡氏の「系図」と謂う歌へのリンクでございます。 小賢しい、とお思いになられるかもしれませんが、気が向きましたなら。お聴きになられて下さいませ。 https://www.youtube.com/watch?v=3FceGQ--Lk4 心身ともども、お大事に為されて下さいますことを。 (思春期、あの最悪な日々を切り取ったプリクラ、同級生への呪いを書いたオマエ、そしてアタシへの讃歌)

2022-06-21

ありがとうございます。 余りにも勿体無いお言葉でございます。 推敲致します毎に、自己の悪意や、矛盾、愛憎、自己陶酔などを。直視せねばならぬ苦難に、見舞われつつも。 それでも向き合わねばならないものこそを、表現と呼びたくも、思うのです。 (失われた歴史、こどもの国。)

2022-06-16

ありがとうございます。 下記、或る歌曲より一節を引用させて頂きたく存じます。 世界は狂い始めている/なのに皆/信じたいものを信じるだけ/ 影は長くなっていく/12時まであと5分 (失われた歴史、こどもの国。)

2022-06-14

ありがとうございます。 今、書かねばならないであろう事を、率直に。したためさせて頂きました次第でございます。 危うい橋を、渡り切れましたか、どうか。 (失われた歴史、こどもの国。)

2022-06-14

愉悦の為の想像や空想への退路をお断ちになられた、徹底した現実への問いかけに、その覚悟に、心底、喝采を致したく存じ上げます。 誰かが書かねばならぬことを一身にお受けになられ、自身のみならず他者の社会的責務へと真向かい、背負いになられる姿勢は、 唯一無二の珠玉でもございましょう。 遠巻きながらも、敬服の念を懐かせて頂いております。 今、詩が何を記述するべきか、その答のひとつを訓えていただきました様な心境でございます。 (2bit、6月、ツイート詩、#、)

2022-06-07

全く連結しよう筈も無い文章が繋ぎ合わされ(よく読みますと、最小要素の、つまり単語レヴェルに於ける『ずらし』が総体へ異化作用を及ぼしている様に見受けられますが)、 良い意味でございますが――、一読、翻弄の末の混迷を自らに覚えずには、いられませんでした。 何処が如何なされれば、御作の様に特殊な、言語感覚を使役なされられるのでしょうか、と。甚だしく感銘を受けつつも。 不安定と違和を込めながらも。一筋の文脈を構成なされていらっしゃる采配に。 その平衡感覚に。 只管稀有な異才を覚え。確かな力量を感受致しました次第でございます。 (高度成長は木漏れ陽の個体差)

2022-06-03

ご講評を賜り、嬉しく存じます。 いつも通りの展開、結句へ到る迄の流れに。如何とも倦んでしまったものですから。 前半、世界像を描写、構築致しました後に、後半の人物達の会話に拠って全てを台無しに、という、 何ともマゾヒスティック且つサディスティックな構成を取らせて頂きました次第でございます。 この様な時世に、事実を蔑ろにして迄「私」をやっていられるかという、僅かならぬ怒りをも、思う所もございまして。 また、不条理文学を如何に、現代の詩へ落し込むか、という命題にも興味がございましたものですから。 何とも酷い作品だと、酷さを半ば喜びつつ、認めさせて頂きました次第でございます。 最後になりましたが、着想の許などを。 劇作家として高名で在られました故・別役実氏が。ケラリーノ・サンドロヴィッチ氏との対談の中に於きまして仰っておられました言葉(朧げ)でございますが。 「不条理とはナンセンスなんだ」と言う至言より、発想の種子を覚え、実作とさせて頂きました事を、附け加えさせて頂きたく存じ上げます。 因みに、ドブンヌ を漢字では ドブン奴 と書きます。 (ドブンヌ)

2022-06-03

ご講評を賜り、允に有り難うございます。 膨らませるべき箇所を膨らませず、如何でも良い所をフォーカス致します様な、出鱈目を試みさせて頂きました次第でございます。 些かでも、滑稽が伝わりましたならば幸いでございます。 (ドブンヌ)

2022-06-03

創作か、事実談かなどはさておき。 ラベル‐記号の洪水に拠って、斯くも現実めいた内容を描写し得る事に、愕然と致しました。 極限まで要素へと換言を為され、復、再構築をなされました(とも思われる)文脈に於きましても何ら違和も覚えず、 ものごとはさもありなん、と納得を致します自身の、現実感覚を思います時。 人間の想像力とは機械的なる、それ と概して相違ない、単純なものであると。 余白と余韻の中にて、思い知らされる様な心境でございます。 (知り合いのロスジェネのおっさんとの友情)

2022-06-02

拝読させて頂きましたが。文脈の運びが凄まじく、巧みでございますね。 「私」や「自意識」を微塵も感じさせぬ、構造的な面白さ。とても凡百の叙述では敵わない水準の傑作であると、感受を致しました次第でございます。 (腐りゆく手紙)

2022-05-11

レスポンスを賜り、嬉しく存じます。 決して上手ではないですよ。上手と見えると致しましても、それは上辺だけのものでしかございませんでしょう。 奥行と申しましょうか、含蓄と申しましょうか。 人間性の深みの、表現には決して到達してはいない、お粗末振りでございます。 (薄い本、とても)

2022-05-11

若干雑感達観めかれになられましたレスポンスを賜り、嬉しく存じます。 そうですそうです。 何故此処に存在を許されているのかも分からぬ、煩悩でございます。 (薄い本、とても)

2022-05-10

一寸良いではないですか。 ハードボイルド的叙情の結実。貌は伏せても背中へ降る雨で泣いている、様な。 吃驚しましたよ。この路線に限らずとも、もっとシリアスな御作が読みたくなりました、素直に。 (といったところで)

2022-05-10

レスポンスを賜りまして、允にありがとうございます。 何、その其処まで振り切れるセンス、と。 やはり皆様の着想には敵わない、凡人なのでしょうなあ、と。実感を致しております。 捻じ繰れ曲った性根だけが、多分、取り柄なのでございましょう。 (薄い本、とても)

2022-05-10

第四聯迄は、抒情的風合いにて記述をなされておりつつ。 第五聯より転調し、やや滑稽味を附帯した、俯瞰的内観の感性で画かれていらっしゃると、お見受け致しました。 世情と良く寄り添いに成られた、平衡感覚を感受致しました次第でございます。 敢て外す、という技巧が光る逸品であるとも。受け取らせて頂きました。 (日向の悲観者)

2022-05-09

音韻、レトリックに附きましては、私等よりより深く技術的に解釈を為される方がいらっしゃられると存じますので、敢て技巧性には触れず、個人的な感覚を陳べさせて頂きたく存じます。 第一印象と致しましては。 大槻ケンヂ氏の、然る短編小説を想起致しました。 筋書と致しましては、女子高の文化祭にて人物大の着ぐるみが、放置されてあり、半不良の学生達が、着ぐるみに種々の残虐な暴力を加えて行くのですが。 綿か空洞の詰った着ぐるみ、であると思われていた それ からじくじくと血が流れはじめて――といった、様な内容であったと、記憶を致しております。 ポップカルチャー特有の空疎な暴力性、を上手く、表現為されていらっしゃる、と感じ入りました事を、今も憶えて居ります。 そして、何が論旨かと申しますと、その短編小説に近似した、或る種の匂い、精神性を御作より感受致しました次第でございまして。 ポップやサブカルチュアの著しい凋落の時代(と勝手に考えて居りますが)、に於いて、然様な表現様式が如何に生き凌ぎ、或は絶滅するのか。 とても興味深く拝読させて頂きました。 纏めますなら、オンライン上に肥大をしましたエゴたちへの皮肉、でございましょうか。 (君らしょせんヌイグルミだからサ)

2022-05-09

遅まきながら。ご講評を戴きました事に気付かず、とても返信が遅れて仕舞いまして。允に申し訳ございません。 陳謝に陳謝を重ねつつ。復、自らの愚鈍を恥じつつも、返礼をさせて頂きたく存じ上げます。 先ず、閲覧を賜り、心より嬉しく存じます。 時折、心中の悪い虫が騒ぐものですから。悪戯に作を呆けたくも、なりつつ。 申し訳もございません、ね。皆様に於かれましても。 素人芸のナンセンスに逃れなければ。もうどうしょうもございませんものですから。 病気の様なものとも。笑うて遣って下さりますと、僥倖でございます。 復、当作に於きまして。落とし所に、再考の余地ありと。学ばせて頂きました次第でございます。 レスポンスを頂きました皆様、そして例え斜め読みでも、お目を通して下さりました皆様へ。感謝の念を捧げさせて頂きたく、存じます。 允に、ありがとうございました。 (貧乏節)

2022-05-09

レスポンスを賜り、心より嬉しく存じます。 且つて、 国は破れ、学生運動も頓挫するとも。その後にも、私達庶民には、希望、一体感が在ったと、半ば幻想の様に、私は思っております。 これからのし上がってやる、と言う不屈の精神と、皆が貧乏なのだから、せめても小賢しい権力者や金持を風刺し、笑い飛ばしてやれ、という共同的意識が。 今の、私達は如何でしょうか。権力には諂うが賢しく、金持にも忖度するが易く。その様に社会を渡って行く、底浅き知恵ばかりを称賛した挙句、 「個性」の名の許に「皆」を失った、心も現も貧しい、孤独の無力のみが、遍在している様にも、思われます。 聊か古い価値観ですが(自身のユーモアの旧さ、貧しさも痛い程に自覚しております)、金持など決して偉くはなく、政治家議員の先生方もまた然り、とも思い。 それを声とし、それを詩歌として。 ひとつの意思を共有する不埒な群衆としての「私達」が。孤立を越え。再び繋がり合うことはできるのか。分断、階級化された現代社会へ一撃の反駁を呉れて遣ることができるのか。 その僅かな可能性、希望を賭しまして。酷く下らなく、拙い。 ばかを表明させて頂きました訳でございます。 長文と為って終いまして、允に気恥ずかしくも。 (貧乏節)

2022-04-27

赤い鏡。素晴らしい心象風景として受け取らせて頂きました。 そして「僕」ではなく「俺」とう一人称を選択なされた事に拠り、綺麗事ではない葛藤と決意が表出されていらっしゃる。 作者様の意志の迫真性が複雑性をも含み、表現を為された良作であると。感じ入りました次第でございます。 羊毛の一筋さえ残さず、連れられてゆく場所が。例え絶滅収容所への貨物車輛かも知れぬと致しましても。 返歌 闘鶏の博打 存在を罪と看做せる舌乾かばみづからを愛づる皆殺しの心 (存在)

2022-04-23

方向性を洞察してくださり、嬉しく存じます。 オチ、むつかしいですよね。 近頃は殊に、落語や漫才からは縁遠く成って仕舞いましたものですから。 (貧乏節)

2022-04-19

ご閲覧を賜り、嬉しく存じます。 何かと腹立たしさ、憤りを覚えることの多い、世の中でございますから。 それならばいっその事、無粋な悪意や下心溢れる善意、金銭への執着等、それらもろともと。自らさえも笑って仕舞うような、僅かでも趣きの有る不謹慎を、と工みましたが、 中々上手くは行かず。ユーモアの勉強を、等と、最もユーモアから掛け離れたナンセンスに躓き、悩んでおります次第でございます。 (貧乏節)

2022-04-19

ロシア‐ウクライナ、孰れかへ加担するわれわれの思慮浅さを痛烈に風刺しており、 とてもバランスの取れた作品であると感受を致しました。溝深き、イデオロギーの問題等には触れぬ事に拠って、謂わば表面的風刺に留まってはおりますが、斯様な立脚地点にて認められました作品の少なさを思い至ります時、今、われわれには斯様な毒とユーモアが必要なのではないか、と。思い至りました次第でございます。 そして、僅かではございますが、数多の紛争地帯の実際をも問う事に拠って、表面的な揶揄に留まらず、作者様の底深き、犠牲者、加担者へ向ける意思をも見受けられ、 只の悪巫山戯ではない、作品としての強度をも保障為されて居ります様にも、思われました。 なかなかの良作であると、感じ入りました次第でございます。 (四月の風は冷たくないですか)

2022-04-18

人がひとを殺す、ということは、とても悲しいことなのですよ。 感性の有り様の相違は人それぞれでございますから、評文の遣り取りでは、伝わらない感覚かもしれませんが。 実際に、 私の、亡き祖父は、シベリア抑留の過去を体験しております。俘虜になる迄、若しかしたならば、誰かを殺めた経験も。在ったのかも知れません。 普段は温厚な人柄ではございましたが、某かの契機には、異常な程、激昂を来す、ひとでもございました。 戦争とPTSD、に附きまして。ネットでも、体験記でも構いませんから、一度、お調べになられて頂きたく、思いまして、 筆を執らせて頂きました次第でございます。 殺さねば殺される状況に在って。斯く生き残るとも、生涯癒えぬ深い傷を、ひとは心に負うものでございましょうから。 (決意)

2022-04-16

わたしはあなたではない、という自明性への認識が人類を発展せしめた、とは誰でも言えることではございますが。 未だ解決を見ぬ人類同士の相剋、極端に論いますなら破局的結果と致しましての戦争、その因子が。上記の異化作用に由って齎されるのかも、等と考えております。 而して、わたしはあなたではない、という一つの発見を、私達は今更反故にすることは出来ませんでしょう。 況してや、自他の全的同一性など、現代に於いては精神病の範疇に括られてしまいますでしょうから。 肝要なのは、「わたしはあなたではないけれど、少しばかり似ていることも無くはないかもしれない」とでも言うべき、妥協への弛まぬ赦しの過程、なのかも知れません。 勿論、その結論へ至る迄には、血の滲むかの様な二元的極論、 例えますなら「同一性、相違性こそが万有万物間に立ち働く絶対の律、則である」と謂った狂的観念の順当性を自らへ徹底的に自問し、懐疑し、否定し、超越をし。 ただならぬ苦悩や煩悶、過誤や悲劇的現実直視を通過しつつ、襤褸芥の様に満身創痍となる、覚悟の上に拠って、ではございますが。 大概、「ネコ」と「わたし」や、或は「蜂」と「草花」を流れる主観的(時間は、何時でも主観に左右される、客観的概念であるならば。)存在時間感覚の差異を、 如何にして人間ごときが把握することができましょうか。 同じなのは、皆何時かは身罷り、居なくなる。それだけでございましょうから。 稍、話が逸れました。 長々と、莫迦狂人の譫言(長ぇよ)に目を通して頂き、允にありがとうございました。 (ネコに餌をやる)

2022-04-13

前半は、単純な死せる「カラス」への倦厭から成り立っておりますが。「春だというのに」とうリフレインが後半、「カラス」の生の営みへ副うように変化し、 ひとつの捻れの構造を産み、そこにそこはかとなく「面倒なカラスと言う存在」への必ずしも一面的、嫌悪的ではない複雑な機微、心模様、余韻を生み出し、 奥深き余白を表現なされていらっしゃる(具体的には「一都会人と思われる作中主体」が自然的存在の生き死にの有り様へと、自らの境遇と比えて抱く、憧れや、かなしみ、慈しみ、等)。 一言では表現し得ない、精神の様相がとても美しい余韻を残す、逸品であると。感受を致しました次第でございます。 表題を。平仮名の「からす」に致しましても、佳い塩梅となるかもと、思いました事を附け加えさせて頂きたく、存じます。 (春に無礼)

2022-04-13

「不要不急」、と言う流行病への流行語が。日常に馴染み始めました頃より、人為の衝突、不穏、威圧的な軋轢は始まっていたのかも、知れません。 そして。御作のモティーフに。 丁度、応答の数だけ「詩」が打ち上げられてゆく、当サイトのシステムとが重なって見えまして、或る種形而上的な構造をも体現していらっしゃる様に、お見受けを致しました。 佳作と、感じ入りました次第でございます。 詩は、文化は、娯楽は、藝術は。「不要不急」なのでございましょうか。 よもや、その風向き、一翼を担っていたかもしれぬ、自身の批評態度を振り返りまして。自らも既に状況に呑まれている、事実 を前に。思わず絶句を致しました。 (弾けよ風船 弾けるな風船)

2022-04-12

鋭い指摘を賜りまして、心より。有り難く存じます。 仰ります通り、各行頭の空白の配置には論理的な法則性はございません。改行も所謂「句切れ」を意図したわけでも、ございません。 つまり、意識せず、ただ赴く侭に、記述をさせて頂きました。生煮えのオートマティスム程、読み難く、煩わしいものは無い、その証明程には意義が在ったとも言えましょう。 最後までお読みくださり、ありがとうございました。 (華燭の茎_膠と絵筆)

2022-04-10

具体、名詞が四つばかり(空、ゆうぐれ、だいちょう、人)、記述されて居りますが。 それさえも抽象化が叶いましたなら、一寸、凄まじいものとなるのではないかと。飽く迄、主観ですが。夥大な才能を感受せしめる、逸品と感受を致しました。 (nontitle)

2022-04-09

読みやすさ、への意識が行き届いておられになりながらも、幻想とリアリズムの同居、洞察力、巧みな撞着語の配置など、かなり熟達を為された作品である、とお見受け致しました。 ひとつの想像力に基きになられた、世界観が確固としてあり、理知、熟考がそれを強靭にも支えていらっしゃられる。 ひらがなへの空間恐怖を払拭し得ぬ、そして単純な文法をしか使役し得ぬ、私等には。甚だ遠く記述し得ぬ、実力の差を覚え、ただ感じ入るばかりでございます。 (群衆)

2022-04-09

レスポンスを賜り、嬉しく存じます。 長く長い、狂気の一時代(漫画や、ゲーム、セルアニメーション等等のサブカルチャー産業への需要夥多時代)、が終焉を迎え、新しい、別の狂乱の時代の一幕を、存えている様な、心境で居ります。 没落と拝金主義、貧窮と富裕の断絶を、如何に争わず、生き凌ぐべきか。自身の想像力よりも高くを周る、飛礫の様な星屑の雲に、更に微細な存在として在る、この矮星「地球」の狭さを、実感しつつも。 私にとりましては、絶望的に青く深い、昼の影に窒息を覚えることも頻りでございます。 決して青空は最高密度、等ではなく。網膜にも深き残酷を湛え有り。刻一刻と死、収束へ向かう、全ての主観的事象に意味を探すなら。畢竟狂うほかにはないのかも知れず。とも。 そして 諸事象の第一起因すら、われわれの「科学」を以てしても定義し得ない現実裡に有って。紛うなき現実とは、果して孰れの脳裏に表象されるものなのでしょうか。 決して天才であろう筈も無く、凡庸よりも更に最下層の。「私、或は私達」が横溢する、正確且つ確実な社会的精神へ。 獄舎の内より喃語の如く喚く外なき、古物市の割鐘とでも、拙作を取扱って下さりましたなら、幸いでございます。 此処まで、全く返答とはなっておりませんでした事実に気付き、筆名に附きまして、返答させて頂きます。 読みは、予め定めてはおりますが、詩の如く、正しき訓は各閲覧者の皆様へ委ねたく、存じております。 それでは。ありがとうございました。 (埋葬、汀にて)

2022-04-09

ご講評を賜り、嬉しく存じます。 彼の構成の意味する所を、陳べさせて頂きますならば。 如何に壮大な主題を取扱うとも、真実らしきものとは、結局は私小説的な体験(それさえも、虚飾脚色に充ちては居りますが)に帰属するしか術無く、 人間の描写し得る現実、リアリズムとは畢竟その程度の個人的経験にしか起源を築けぬ、下らない物語にしか過ぎない。と謂った諦観を、工ませて頂きました次第でございます。 (埋葬、汀にて)

2022-04-07

ありがとうございます。 趣意は「天才=気狂い」とう一言の皮肉、反語に在ると思われますが。 健常者が障碍者へと甚だ非‐人道的な振舞いを致します事は――夙に相手が侮蔑の対象ならば――屡々あり得ることと、経験を致して居ります。 屹度、非‐健常者であることへの罰なのでございましょう。 みなさまに於かれましては。b-reviewへの破壊因子を看過し、育んでしまいました事を、心より口惜しく、後悔を致しております。 允に、申し訳ございませんでした。 そして。此れ以上は。室町様の粘着気質に拠り、此の場所を淀ましめ、穢すような浅知恵をお働かせになることをお止めになられることを。唯、願って已みません。 そして。 互みに荒らし行為、無為無益の応酬とならぬ為にも。 之以上は、室町様へのレスポンスを差し控えさせていただきたく、存じ上げます。如何か、真人間としての斟酌の程を。恃むばかりでございます。 上記、長々と。よしなしごとばかりを憚りつつも、筆を置かせて頂きたく、存じ上げます。 (華燭の茎_膠と絵筆)

2022-04-07

ご批評を賜り、心より、嬉しく存じます。 凡そ私の書き得るものは、所詮自涜の塵芥に過ぎぬ、と考えて居ります。 修辞塗れであり、核心が、目的が無い。在るのは矢張手慰みの方法のみであり、詩、にも舞踏性ではなく、目的への歩行性をお求めに為られる御方には、欠伸を催す程に、退屈極まりないものである事を。自覚しております。 詩にも起承転結が必要ならば、拙作は駄作の謗りを免れ得ませんでしょう。若し、詩さえもが物語でなければならない、ならば。 (華燭の茎_膠と絵筆)

2022-04-07

どうぞどうぞ、お気に召す侭。 (華燭の茎_膠と絵筆)

2022-04-06

趣意と致しましては。 二度と読みたくはない、との事。 それさえも私には至上の称賛でございまして。允に嬉しく存じます。 (華燭の茎_膠と絵筆)

2022-04-06

実際主義者の軽率な旗色窺いに過ぎない。 詩を書け。 つまらぬ政治性に穢れた主観の押売りではなく。 ( 『びしょ濡れアリスちゃん』を読む)

2022-04-06

タイトルの求心力に先ず、惹かれました。 遠近、重大事へのつれづれが極めて観念的に描かれて居り、幾許かの義憤をも感受致しました。 而して義に因ってかの戦禍も継続して居る、事実を考えます時、 恐らくは――義に拠って人滅ぶ、と謂った矛盾をも同時に考えて仕舞います、捻子繰れた性分でございますから。 複雑な状況への結句を、独り唾棄にてやり過ごすのみ、に収めに為られました平衡感覚を、巧みであると、甚だ感じ入りました次第でございます。 いつでも、戦争は平和とう大義名分の許に勃発するものである、と独り言ちつつ。 (壊れ行く日常の中で吾は座して死を待つのみか)

2022-04-05

レスポンスを賜り、嬉しく存じます。 コンクリート、アスファルト、割礼的去勢後の性売買と堕胎、子供等もなき銭貨ばかりの。艶笑の文化さえもなき西欧的道徳律に嵌め殺された社会環境に於きましては。 それらの凡そ及ばざる所、 草木、虫、花鳥、、空、雲、星と月の折節――必然、淘汰の残酷性をも含み――を画き、主題と致しますことは。 近代文明化された社会、時代、人間への最大級の抵抗運動であると、思っております(自然対人工、係る両観念の軋轢とう前提に於きまして)。 問題は、そこまでへと。拙作に拠って踏み込む事が出来得たか。否かでございまして。 それらが伝達なされておりませんでしたなら、当作は、失敗作の謗りを免れ得ませんでしょう。 消費的肉慾、或は人体描写は、彼等若者に残された、最後の自然‐身体感覚なのかも知れません。 その他は個人、抽象的内観のつれづれ。申し訳ございませんがそれには興味も共感も、沸きません。 復、聖書的モティーフは、それらしき蛇足に過ぎません事も付記させて頂きます。 全ての営みが経済化され、価値へと歪み果てた現代と言う局面に在りまして。気が急き、些か筆が逸れてしまいまして。允に失礼を致しました。 (華燭の茎_膠と絵筆)

2022-04-04

第一聯、終聯の完成度が素晴らしく、特筆に価すると。初聯冒頭のみを抜き書きに致しましても、短詩として成立する水準に在り。 のみならず、「またたくたびに姿を変える君は/いつか永遠に嘘になるだろう」とは何とも縹緲たる時間が想起されます事か。結句には初聯の 「花の市」が掛り、花などで癒えよう傷の、浅きを俯瞰していらっしゃられる様にも読め。暗に作者様の抱えに為られた傷の、表現の。深きを 匂わしめる傑作である、と感受致しました次第でございます。 表題からして、抜群の感性を御具えに為っていらっしゃる。生半可な才気では、此処までの作を為す事は叶いませんでしょう。刮目し、そして仰天を致しました。 (花と傷)

2022-04-02

「」に拠り、状況を客体化‐風刺なされている様に、お見受け致しました。 大袈裟にたとえますなら、星新一と筒井康隆のハイブリッドの様な。 世知辛い、毒とユーモアの絶滅危惧的状況に於いて、挑戦的な発想が殊に私達には欠けていることを、思い知らされました次第でございます。 クリーンな表現ばかりに拘泥を致しますと、汚れた澱、淀みの様なものごころを覚えてしまいますわれわれの、矛盾という性を、改めて噛み締めております。 皆様、現実と想像にもっと遊んでも良いのではないでしょうか。愉しみは、モラルの反対側に在り、詩の面白さもまた然りであると、思われますものですから。 次作に、もっとどぎつい風刺、ナンセンスを期待致して居ります。 (緊急事態宣言!)

2022-04-02

詩人の俳諧、和歌短歌等に甚く興味がございますものですから。とても愉しく拝読させて頂きました。 歌人の詩や、俳人の詩、それら躊躇の遮る壁を撤去いたしましたならば、面白い事になるかもしれませんね。 各々の感覚、焦点の相違‐相似がくきやかになりますでしょうから、本邦の詩歌傾向に変化を齎す事もよもや可能であるかも。などと。 例えば。 各分野の投稿サイトを一処に集め、競争を致しましたなら、果して孰れの表現様式が勝鬨を挙げるのでしょうか。 その様な企みがいつか実現致しましたなら、ネット詩歌媒体の自立、独立も。強ち夢ではないかも、等と焚き付けつつも。 以下、返詩を送らせて頂きます。 聊かでもお楽しみ下さりましたならば、幸いでございます。 _ 濡れた絵筆   凌霄花にも細き輪郭      ひととふ    うつくしきものをにくしむ 海岸に投身する花嫁       醒めながら    解れて燃える藤の花束 紛争を凌げる尾花    芒の銀の広陵へ       擡げたる夕星もまた兆を推しては   一生涯の総覧      金融街の街明かり   帰る時所もなく       襤褸靴を履きゐて一日を飢う 躑躅の花  刈りとられそだつことなき    修道尼      その一茎の葦          その硬き櫓を              そりかへる揺り椅子            銀杏の葉      ふみしだかれて浅き現へ       よるはての     厨子に留る   蜻蛉の尾短かれば、五彩の衰滅迄もまたかくのごと在らむか 分け隔てなく鐘をうづめ尽くしつつをり、                   家督、は (陥落前夜)

2022-04-01

渋々、レスポンスをさせて頂きます。 と申しますのも理由がございまして。 私の記憶の通りでしたならば。御作が投稿を為された時分には、親露西亜的空気がネットには漂っておりました。 それを受けてか偶然かは、判断の分かれる処と存じますが。 前者を衒って起草なされましたなら、甚だ打算的な、輪郭が浮彫りになるかとも、思われます。 私自身は。需要の為に供給される文章を、詩とは呼びたくはない、と思っております。それは、詩を志す者の態度と致しましては、 真摯なものではなく、 余りに誠実ではない。と、率直に申しますなら言わざるを得ないからでございます。 例えば 若し、週刊文春にも詩の投稿欄があったならば。さも掲載されてありそうな作風で有り、 週刊誌的感性で綴られた、偏狭なプロパガンダとスキャンダラスな惹句に溢れた、政治性、そして底浅き時流を読み、幾らでも翻る様な軽薄な精神の様相を。 それらに基づく世論誘導的な作品を。 詩と。申しますには。端に在って尚、詩を焦がれるばかものの、つまり私個人の矜持が、如何しても許さないのでございます。 気分を害されましたならば申し訳もございませんが。 ヒステリックに「名誉棄損」はた「規約違反」と、お叫びに為られましたならよろしいのではないでしょうか。 私は、屁とも思いませんから。 以上、酷評をさせていただきました(ロシア‐ソビエト文化、藝術に、心より愛着を懐く者より)。 喧嘩、両成敗。 (プーチンの祈り)

2022-03-30

技術面、表現力に附きましては、下手の私が宣うには及ばざる水準にて記述されておりますので、 申し上げたき僭越等はございません。熟達を為されていらっしゃると、只仰ぐばかりでございます。 掛詞等、細微に亙って技法を駆使していらっしゃられる。 部屋(林檎を覆うもの)とその窓、頭部(脳髄を覆うもの)とその耳のイメージの重層性等、読めば読む程に、呻らせられました。 以下は、余計事ですが。 亡父がその幼児期に於きまして、耳に蜂が(蜂飼耳じゃねえよ)這入り込んでしまいまして、左側の鼓膜を破られて仕舞い。 聴覚に難ありて。大声を挙げなければ、声の伝わらぬひとでございましたことを、偲び。思い出して居りました。 昆虫の色覚は五原色からなるそうですが、耳朶の容も彼等彼女等には、花と見紛う色にも、見えたのかもしれません。 (蜜の匂いが焼けている)

2022-03-26

勇気の必要な、お言葉でございましたでしょう。打ち明けて下さり、允に有り難く存じます。 今は言葉を尽す程に、嘘偽りを陳べて仕舞います様な心地が致しますから。 ただ、唯、黙し。感謝とさせて頂きます事を、御許しください。 重ね重ねになりますが、心より、ありがとうございました。 (独裁者達)

2022-03-24

今の処に於きまして。 戦争を取扱いに成られた詩群の中で、最も優れた作品なのでないでしょうか。 揺籃と大砲、そして懐かしさをもその音に憶え。人間の曰言い難い情緒の諸作用を、不合理であるがゆえによりリアルに描写なされていらっしゃる。 結句の暗示する所も珠玉であると、感じ入りました次第でございます。 生半可な、「戦争反対」のメッセージ、作品等を軽々と超越為されておられる筆致に、われら凡その実力の及ばざる境地を、見、 イデオロギーに染まらざる詩「表現」は斯く在るべし、と教えて下さりました様な、逸品であると、感じ入りました次第でございます。 (砲撃音)

2022-03-24

一言にて、正鵠を得る、ご指摘を述べて頂きまして、ありがとうございます。 私は、若年の折、ヒトラーの思想に染まっておりました。 未だにその精神を、検閲し得ず、苦しんでおります。 ヒトラーには画家としての才能が、ございませんでした。彼の絵は建築画、以外には魅力に劣るものであり、藝術にて生計を立てるには、無理があったのでございましょう。 時代は違えど。私も、一労働者としての人生に頓挫しており、詩歌のみに拠って報酬を得る(今、考えますなら、到底その様な生活は不可能であることは瞭然だったのですが)、 ひとつの無謀な野心を懐きつつ、そして、実人生に於いて、暴力、罵詈といった加虐を。自らへと加え続けた社会への。復讐、という、悪意を以て表現運動に組する様に、為りました。 斯様な意志に拠って、書かれた詩歌が人の心を打つ筈もございません。ただ、精神的不具者への差別、に苦しみ、怒り。それらを動力として、客観的にはあからさまに下手な作品を、 藝術に選ばれざる稚拙を、表現し続けて居りました。そして今も、その怒りは沸々と、払拭し得ぬ侭に、蟠って居ります。 この社会には、その人物がシステムに於いて有益か、無益か、躊躇わず峻別をする、苛酷な側面がございます。そして一度無益、有害の焼鏝を捺されて仕舞いましたなら、 何処へ行きましても完膚無きまで排除をされ、斯く淘汰の連鎖を、受け続けなければならないのでございます。実際、生き所を失った、その様な人々が少なからず存在をしております。 彼等を誰が救えるのか、システムから排斥をされ、道を違えた者を誰が救えるのか。未だその問に答えられない侭にて、苦しみ続けて居ります。 人とは、損得感情に拠って関係を結び、損益を齎す対象は忌憚なく切り捨てる、その様な存在として、在り続けている様にも、思われます。 社会‐世界より、存在を全否定された人物が至る所とは、允に悔しい事に、システムの破壊因子、そこにしか道は、存在をしないのです。 それが、現代社会の実相であり、現実でございます。炙れた者は竟には自死を択ぶか、社会への無差別攻撃に加担する外には、活路は用意されていないのでございます。 過剰にも、クリーン、ホワイトな、清潔な社会システムの、暗部とはその様に人間に品評を降し、断絶の壁を築き上げ、不要な社会構成員を隔離し、矯正の適わぬ者には処分を実行する、 その様な作用に拠って存続されるものであると、存じております。 私には、それが恰も且ての絶滅収容所の様に、見えるのでございます。 ヒトラーの実行した社会政策とは、上記の様な既存の社会システムを摸倣する事に拠り、予めその存在を暗に隠蔽していた、普く現実社会の歪みを、顕在化する、目的を有していたのではないか。 私にはそう、思われるのです。 上記が、私の独裁者への信仰告白であり、疎外、迫害を。現実に於いて体験し、経験をし続ける者の、実態、そして事実、でございます。 気分を害されました御方がいらっしゃいましたなら、心より申し訳なく、存じます。 (独裁者達)

2022-03-24

ご閲覧を賜り、嬉しく存じます。 素直に申しますと。乗りに乗って。したためさせて頂きました。 (独裁者達)

2022-03-23

鋭き解釈を賜り、嬉しく存じます。 作者個人と致しましては、どぎつい事を論い過ぎたかも、とやや後悔をしているものです。 仰られる通り、 漢字は、指示する処の対象の意味をくきやかに致しますが、ひらがなには曖昧の余地が在りましょう。 而して、詩表現には寧ろ、その曖昧が必要なのではないか、と近頃は思っております。 私達、発信者が読者様に捧げ得ることとは、精々、各詩表現内容の半ばほどなのではないか、と。 その残された半分を、読者様の想像力に預けることに拠って、ひとつの詩が始めて立ち上がるのでしょう。 ひらがなによる表現に。もっと自信をお持ちになられても佳いのでは、と存じます。 一語の意味の多層性にこそ、詩を詩たらしめる本質、が在るようにも思われるのでございますから。 (独裁者達)

2022-03-22

告白させいただきます。詩に附きまして、 私は全て、全てを間違えておりました。ここまで、言葉を愛し、心より信頼を欺かず、ただ精悍に立ち向かう。 恥にも、卑屈にも、教条的恫喝にもものともせぬ、逞しさを、詩と呼ばずして何と申しましょう。 穢れた自身の心を洗われる様な、貴さに溢れた、至高の叙事と抒情を、兼ね備えに成られた、価値などに代替するも烏滸がましい、素晴しい傑作であると、ただこころを打たれております。 これからも、無学な私や、世間、世知の駆け引きの様な、穢れに塗れた言葉を、その姿勢の清々しさに因って、表現のお力によって、導いて下さります事を、こころより、願わせて頂きたい、所存でございます、 恰も、ギルガメシュ叙事詩の様に、素朴且つ素直であることに、人間が未だ理性という魔に魅入られる以前の、原風景を見。隔世遺伝的に実感を為されました様な。、 類稀な作品であると、思いました次第でございます。本感想の跋と致しまして。最大級の讃辞を送らせていただきたく存じます。 こころより、有り難く思います。感動、などと言う範疇を超えた、読後感に只平伏をさせて頂きたく思いつつ、咄嗟の感受をつづらせていただきました。 長文となりまして、まことに失礼を致しました。 (声明 流木から)

2022-03-21

巨視から細微へと及ぶ、ご講評を賜りまして、心より嬉しく存じ上げます。 前半、「俺」の視座からの状況筆記の流れ迄、に附きましては、無意識裡に、記述をさせて頂きました。 後半、冒頭箇所の繰り返しの破綻から、結句に至るまでの流れは、意識的に、記述をさせて頂きました。 詰めの甘さが、自動的記述ともなりますと、如何致しましても露呈を致して仕舞うのでございましょう。 それが、世界‐俺と謂う、稍陳腐な、セカイ系的対立構図、思考へと堕し、 或は9辞Ⅰ2分とう、数字の表記にて全体との調和性、より逸れて仕舞いましたのでございましょう(因みに、記述中に、実際に確認を致しました時間を。そのまま拝借させて頂きました。) 何よりも、聊かでも面白く愉しみ、お読み賜り下さりましたならば、それ以上の至福は、御座いません。 孰れにせよ。結局、普く作品とは。只の想像力の自己満足、自己欺瞞に過ぎないのでしょうから。そしてそれは本作でも同じことと、存じ上げます。 真摯なご講評を賜りまして、繰り返し。有り難うございました。 (埋葬、汀にて)

2022-03-20

折り返しお返事を賜り、ありがとうございます。 必然、二元論は、単元論の相克の結果でございますから。本邦に於いて一般化をされた中庸論、つまり寂滅(無理でしょうけれども)こそを、望みたく、思っております。 理想を語らんとすれば、その綺麗事に思わず苦々しさを覚えてしまいますものですから、余り、多くは語りたくはございません。 如何ともし難い面倒な性格だと、自らを存じますが。 屹度、作品を以て語るべき事なのでございましょう。 (埋葬、汀にて)

2022-03-20

私の独断では、作品を穢してしまうかもしれませんので。 一言。 御作には自己の手で掴み取りに成られた、体験としての事実、身体感覚、たましいが込められていらっしゃると、感銘を覚えました。只、脱帽を致したき心境も頻りでございます。 (つみのない国)

2022-03-19

折り返しのお言葉を賜り、嬉しく存じます。 概ねの趣旨と致しましては。起源からの普遍的な事象、暴力の応酬を、外部からではなく、状況の坩堝より、追体験し得る事を目的と致しまして、記述する試みをさせて頂きました。 普く教条、つまり善悪の果樹「知恵」が孕む根源的な問題、つまり対立概念、対義性に拠る、我々の問題解決可能性へ、聊かでも疑問を、投じられましたならば。幸いでございます。 蛇足でございます。 或は二項対立とは、ヒトの脳が発明を遂げました、状況把握の為の単純‐簡潔化能力としての「現象の情報化」に纏わる、システム固有の深刻な問題であり、 此れは、抽象的思考‐判断の抱える一つの病理なのではないか、とも。考えて居ります。 現実に即して申しますが。 抽象、対義性の為に、具体が死を択ぶ。馬鹿馬鹿しいとは思われませんか。 (埋葬、汀にて)

2022-03-19

感想を賜りまして、ありがとうございます。 本作は小‐叙事詩への試みであり、そして全き失敗作でございます。 (埋葬、汀にて)

2022-03-19

思弁を賜り、心より嬉しく存じます。 普く人間の成せる所業とは、斯く迄も。と黙し、したためさせて頂きました。 (埋葬、汀にて)

2022-03-18

上手いのです。上手いのですが、修辞力の有余る余力に、主題が等閑となられている様な、つまり全身全霊より程遠い場所で、御遊びになられていらっしゃるに、過ぎない様な、感覚を覚えました。 (彼方という天稟)

2022-03-18

センスと選語が素敵です。 放り投げられたかのようにいなしていらっしゃられる、鐘のよしなしごとを、風景記述で引締めていらっしゃる。緩徐と緊張、弛緩と集中の妙。 作品名も、様々な推測の余地を残してお付けに為られていらっしゃるかの様。鏤められた構成の技巧を堪能させて頂きました。 次回作も、期待させていただいております。 読み易く、且つ洗練。 (プリドーン-Predawn-)

2022-03-17

いすき様の、意見に頷いております。 狭い喫茶店で、喧々諤々のばか話をいつもしている連中でありたいと、少なくとも私はそう、思います。 (詩の話をしましょう)

2022-03-17

ありがとうございます。 私の「作品表現」自体は、高慢ちき且つ、似非知識の欺瞞に満ちた、詮無いものでしかございません。 主に評に拠りまして、皆様の、屋台骨となれましたなら、幸いでございます。 目立つのは、苦手でございますから。力尽きるまでは、何とか。 (私達はそれでも荒野を目指す)

2022-03-16

どうかご心配を為されないで下さいませ。多分、皆様も。久司様の実力の在ってこそ、この拙く、悪しき批評文に、賛同を為された事と存じ上げます。 何より、久司様の誠実且つ、暖かな人柄が、文章を越え、伝わって参ります。 久司様の作品に出会えました事、そして何より、その未来への可能性の一助になれましたなら、それ以上の至福はございません。 珠玉の作品を投稿して下さりまして、心から、嬉しく思います所存でございます。 お返事を下さり、ありがとうございました。 (私達はそれでも荒野を目指す)

2022-03-16

昔、下北沢の劇場にて眺めました、毛皮族の公演チラシの様な色合いを覚えました(いいかげん)。 (ハッピーザーメンプログラム)

2022-03-16

失礼致しました。作品ではなく批評への批評。でした。 (可愛いは正義だ!)

2022-03-16

作品、返詩ともに素晴らしく、何も言うことはございません。 ただ、一寸文字から離れまして、折々の草木、花、虫を眺め、観察を為されます事を推奨させて頂きます。 都市部では難しいかもしれませんが。彼、或は彼女等は、割礼等というばかを免れ、逞しく命の丈を謳歌しておりますから。 下手致しますと、彼奴らは雌雄両性であったりもいたします。ゆめゆめ油断をなされませんように。 (ハッピーザーメンプログラム)

2022-03-16

不幸ビジネス、を取扱いました演劇を、遅蒔きながら鑑賞致しておりました。 かなりヘビィな、内容でございました。 それに連れ、抱きました感情なのでございますが かわいい、は対象への優越意識と表裏一体であり、よもや「イイネ」や「スキ」等の意思表示さえ、一種の優越感の表出なのかもしれません。 逆に、考えて見ました。 思想には、意志、思路が在り、誤りも復明文化し得る。由って誤謬を指摘致します事は容易でございましょう。 然し、「かわいい」はその思考の道筋を明瞭化し難いものある、とも存じます。何故ならその主観の、感情の問題であるからです。 私は、詩は理論に拠って構築することに、甚だしく不得手なのでございますが(そこが私の欠陥なのでしょうが)、 せめて詩は、情緒の成果であって欲しい、とも思うのでございます。 然し、前記の様に、感情、情緒は、その過程を必ずしも明文化し得る訳ではなく。 恰も黒い箱の中のあらゆる災禍の様に、破壊的に振る舞う性質をも、同時に附帯するものであると、考えるのでございます。 遠回りになりましたが。 私は、御作に於きまして、その様な思考実験の名残を感受致しました様な心地が致しましたのでございます。 つまり、推察致しますと。「誰だって嬉しい」と謂う、その根拠が明示されておりませんことに、一つの作為が仕組まれていらっしゃる様に、思えましたのでございます。 実は柳煙様は、「かわいい」の溢れました社会をかなりシニカルな視点を以て観察していらっしゃり、 咄嗟の感情で容易に豹変する今日の私達の、かなり深刻な社会的関係問題へ、ひとつの提起をなされておられるのではと、考えましたのでございます。 稍、使い古された言辞ではございますが、東浩紀氏の「動物化するポストモダン」の成れの果てへ、辛辣な知的批評を作品に拠って、行っていらっしゃる様に思われました。 長々と、無駄な独りよがり、分析を列ねて仕舞いまして、申し訳なく存じますが。其処まで詮索、深読みし得る、貴重な辣腕を以て記述された作品であると、感受致しましたものでございますから。 これからも、御作の様な水準の作品を、投稿していただきますことを、切に願いつつ。跋とさせていただきたく存じます。 (可愛いは正義だ!)

2022-03-16

総合的に見ますと、やや、凡庸的(カタカナ表記の「ココロ」など。)な表記も見受けられますが、 「自分探し」を死ぬかのように、と冷静に俯瞰する視点など、可能性を秘め夥大に秘めた、御作であると思いました次第でございます。 どうか、より一層、自身の作風を深め、拡げなさってくださいませ。 (確信なき)

2022-03-15

なぜ、哲学が人間には不可欠なのか。深く、考える契機を与えて下さる様な、力作である、と感銘を覚えました。 私自身、精神分裂病を罹患しておりますものですから、導入より、火蛾の様に。甚だしく惹かれる、心映えを懐きました。 老科学者が最後に見た物は、絶無か、それとも自らの眼球に迫り来る、包丁、錐か、等と。想像を膨らませつつ。 終夜、火の灼熱地獄、或は異端審問磔刑の只中に、滴り落ちるバラバ、バルボラ達の血と胆汁が馨る様な、狂おしい筆致であると。絶賛を以て結ばせて頂きたく、存じます。 追伸。 国内に於きまして、陳腐化をしたアール・ブリュットに代わり。 正規の美術教育を受けていない、「精神病者をも含めた」、普く一般人に亙る、美術作家達、の展覧会が開催されたとの報せを聞いております。 その運動は仏、米国が口火を切り、勃興したそうでございます。興味がございましたなら、調べて下さりますと。ややもすると、面白いやもしれません。 名前が思い出せない事が、口惜しいのでございますが。 (覚醒と狂気の間)

2022-03-14

熱量と技巧と愛想の無駄遣いが、絶妙であると感受致しました。 (爆発地図)

2022-03-14

ご返信を賜り、ありがとうございます。分析的な視点、視座も、われわれには必要となることでございましょう。如何かその折には、お力添えを頼みたく、思います所存でございます。 (私達はそれでも荒野を目指す)

2022-03-14

ご返信を賜り、嬉しく存じます。批評論や、詩作の方向に差異こそあれど、皆等しくその過程に於いて研鑽し合える様な、場所となりますことを、切に願い已みません。 (私達はそれでも荒野を目指す)

2022-03-14

力強いお言葉を賜り、嬉しく存じます。微力ながら。お力添えをさせて頂きたく思う所存でございます。 われわれに必要なのは、権威主義ではなく、多分、純粋な表現への意思と、その平等関係に基づく新風である、と存じます。 (私達はそれでも荒野を目指す)

2022-03-14

深尾様、おはようございます。 確かに、直截かもしれませんが。 私には、その実直さが好ましく映りました次第でございます。 (私達はそれでも荒野を目指す)

2022-03-14

久遠様の仰ることに、恭順致します。人は、自我を司る脳領域を破壊されますと、「自分とは水だ」と感じるそうでございます。 境界を喪失致しますと、ヒトは水と等しくなる。面白いと、思われませんか。 (可愛いあなた)

2022-03-14

真昼様へ。 確かに、サイトシステム上の問題が、種々様々な弊害を孕んである、と言うご意見。腑に落ちる事実もございます。 ご提案に附きましては、私自身も納得を致しました次第でございます。 次に。私は、詩を論述することに附きましては、消極的な立場で在りたい、と思っております。 何故かと申しますなら、腑分けの如き解釈は、作品の余白を、殺してしまう行為であると、感じ、考えております。 かと申しまして、自己流の詩論に作品を嚥下し、消化吸収してしまいますことを、独善であるとも、思っております。 詩は。作者の為でも、批評家の為でもなく。読者の為にこそ開け放たれて在るべきであるという、持論もございます。これを枉げる事は、詩作品の死活問題でもあると、考えておりますものですから。何やら蒟蒻問答の様でございまして、申し訳もございませんが。しかし、上記が偽らざる私の詩への視座であることも、事実でございますことを、最後に付記させて頂きます。詩表現には、目的は必要では無く、寧ろその流れこそが肝要であると、考えて居りますものですから。 長々と、的を得ない駄文の程を列ねて仕舞いまして、允に失礼を致しました。 (私達はそれでも荒野を目指す)

2022-03-14

室町礼様へ。 實は私は大した批評眼を持ち合わせている訳ではございません。 只、言葉に色が付いて見えるだけのものでございます。これは下心があるか、これは些か自己欺瞞的であるか、といった様に。 ですから、批評対象作品を解析し、殺害する様な営為は、なるべく避ける様に致しており。その様に評をさせていただいております。 (私達はそれでも荒野を目指す)

2022-03-14

三浦果実様へ。懐の深さに、恐れ入ります。 言葉を扱うなべての者は――多かれ少なかれ――詐欺師であると。私も含めて存じております。 (私達はそれでも荒野を目指す)

2022-03-14

久遠様は、依存をなされず、もっと高潔に生きるべきです。あなたなら、必ずできるはずです。なぜならあなたには、そのエネルギイがあるのですから。 聊か、作品へのコメントを越えた範疇の事を申し上げてしまいまして、もうしわけございませんが。 (可愛いあなた)

2022-03-14

多分、嘘偽りなく。自己の内面に只管真摯に向かい続け、恰も対象の存在しない祷りの様に紡がれる詩句のひたむきさに、ただ心打たれる様な心境を覚えまして、その背筋の正しさと、不断の自身への厳しさへと。甚だしくも、 尊敬の念を覚えました次第でございます。 素晴しい作品を拝見させていただきまして、心よりありがとうございます。 (がんばらなきゃ)

2022-03-14

一読致しまして、腹が立ったものですから。反抗的気概の在る、良い作品であると感受致しました。 冒頭より滑り出し迄、面白くなるまで稍文量を必要と致します処以外は、とても良く、書かれていらっしゃると思いました次第でございます。 追伸。評価ポイントごときで幸不幸に振り回される、人間って何なのでしょうね。 (バイオスフィア3)

2022-03-14

コンセプトは、理解出来ます。第一に反抒情と、似非日本習俗の、嘘に満ちた血の匂いと、幻想、現実の綯い交ぜ。 問題は、此の方法論の。過激な凡庸性、とも呼ぶべき、前衛的(と申しましても、手垢が見え隠れ致しますが)方向性を、自身の作風として確立し得るか、 或は一過性の実験に終わらせるか、否かに掛かっておりましょう。果たして。寺山を出し抜く世界像を獲得し得るか。期待を致しております。 (もう恋はうたわない)

2022-03-12

「さえも」はデュシャンの「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」でしょうか。 いつもの形式に加えまして。本作にはエイクピア様の感情がより強く香る様に、感ぜられました。 型あればこその型破りが、効果を奏していらっしゃる。 素晴らしく秀逸であると、思いました次第でございます。 (さえも)

2022-03-10

方言の様な、外国語の様な、喃語の様な。 この方法論で書き切るセンスと、熱量に驚嘆を致しました。 そのまろやかさ、意味と無意味のゴルゴンゾーラ。 (おばりて)

2022-03-09

ご講評、及び、とても貴重、な実体験のことづてをご教授賜り、嬉しく、否、名状し難い感情の込み上げる様な、心地が、致します。 私も、「核の冬」を教育に拠って、伝えられた世代の者でございます。 広島平和記念資料館には、修学旅行の折、足を運ばせて頂きました。 凡その同級生は、大袈裟な見世物とでも思ったのでしょう、笑いながら。其処を通り抜けてゆきましたが。 展示物、熔解した懐中時計や、襤褸襤褸の軍服、火傷、或は黒焦げの。多くの、亡骸や、生存者の方々の記録写真を目にするにつけ、何故かしら、涙が止まらなくなって仕舞い、 同級生達に甚く笑われました事を、今も鮮明に覚えております。 所詮、実際の体験を経てもいない、様な者が。広島、長崎を思わしめる作物を、果して書いても良いものであろうか。 逡巡しながらも、恐らくは偶発的に。作品と呼び得るものを仕立て拵えることの叶いましたものが、今作であると、存じます。 これは、 私と謂う作者ではなく、 亡くなられた、或は被曝しながらも生き延びられた、全ての、失われた生活と、その方々の遣る方なき、思いの丈を、写し取りたく、認めさせて頂きました、無銘の作品であると、 思っております。 稍、話は逸れますが、私の父方の祖父、祖母は、満州からの引き揚げの体験を、致しております。 祖母は、三人の幼い子供を喪い、祖父は、ソビエトに捕虜として連行され、抑留地の極寒を生き凌いで帰還を赦されました。 自宅には、今もその、三人の子供の戒名を記した、位牌がございます。 何処まで追求しようとも、当事者ではない、自身の言葉を、作品足らしめる事に附きまして、今でも足りないことばかりと、存じますが。 被曝経験の、語り部を為されてあられた方々の、物語に由ります、夥大な影響にも助けられまして、漸く作品の姿と成りました事も、付記致したく、存じます。 綺麗事ではなく。再び、核兵器や、大量殺戮兵器の使役される事の無き様に、と。私も復、願い已みません。 声を上げ、伝えて下さりまして、允に、ありがとうございました。 願わくば、これからの広島、長崎と。私達にも、真清水るる様にも。その先へと語り継がれて行く、未来が等しく在る様に。切に望みつつ、筆を一度、置かせて頂きます。 (ふたつの鐘がなるころは)

2022-03-09

ごめんなさい。 松任谷由実だけは、嘘でした(オチ、に成るかと衒いましたもので)。 実は矢野顕子か、高田渡が最も好きでございます。 cold fish様が思いの外、私の様な者にも。真摯に応答して下さりましたことに多大なる尊敬の念を払わせて頂きますと共に、 クールで、チャーミングな御方であると再認識させて頂きました次第でございます。 お薦め下さりました音楽、必ず。大切に聴かせて頂きます。 それでは、心より。ありがとうございました。 (愛、ファンタジア ―女性作家に初めて嫉妬した事―)

2022-03-08

福まる様の仰ります様に。私も、そして多分皆様も、同じ様な危惧を懐かれていらっしゃる事と、存じます。 押黙り、看過する事は、私には出来ませんでした。ロシアも、そしてウクライナも。一国家の理性、尊厳を失わず、同じ談話のテーブルに着きます事を、心より願い、已みません。 (独裁者達)

2022-03-08

ありがとうございます。 深尾様も、異なる立場に於いて、表現と奮闘していらっしゃられる様に、覗えます。 一緒に、頑張りましょう。 (ふたつの鐘がなるころは)

2022-03-07

ご称讃を賜り、ありがとうございます。 直近のプレイリストを確認致しました。 グループ魂、グループ魂、ショスタコーヴィチ、養老孟司、松任谷由実です。 (愛、ファンタジア ―女性作家に初めて嫉妬した事―)

2022-03-07

人はそれを老化と呼ぶんだぜ。 それはともあれ。 確かに、ノートルダムに落とされた重爆撃機の爆弾の様なものの、狂気と反倫理性には、したたかに惹かれるものがございます。 しかし凡その非‐道徳律は、私達の様な凡庸な一市民には、劇薬に過ぎるのである、それも事実でございましょう。 方や、退屈で似たり寄ったりの表現、と謂うものもございますが、それらの意義も、認めなくてはならないのではないでしょうか。 天才や秀才は、一握りしかおられません。然しそれらは、われわれの様な凡人の礎の許に、傑出をした表現として存在する、それも実像でございましょう。 上記を踏まえ、考えます時。 どの様に拙く、陳腐で退屈な、遍在的な詩であっても、矢張り私は、貴いものであると思えて仕方ないのでございます。 なぜならそれ、或はそれらは。永続ではなく。喪われてゆく性質のものであるからです。 私事ですが。、しょーもない精神病患者でございまして。読書が出来ぬ状態が続いております。由って。より良い嗅覚に則り読書を為される方を羨ましく、思うも頻りなのでございますが。 出来得ることと致しまして。略音楽、美術のみのインプットに拠って、如何なる創作が可能か、模索しております途中でございます。 下記は、どうしょうも無い、復讐、否、返詩です。 敢えて、先日の口車に乗らせて頂きました。 軽蔑して下さりますと幸いです。 「「「エリザベートよ、君で爆発しろ!!」」」皇太后陛下猊下バージョン1,1β 酷い唱を歌いながら(歌いながら) 明日に暮れてゆく(ゆくの?) 心はあえなく(物理的にキカイダーとか無理なんです改造人間なんですトゥルッとして汚い!) 宛も無い手紙を出した(出した) 今日が 今日になってゆくかなしみよ(現場は苦手です) つましい夕暮れの町を去って 極度に破壊された抒情にも(本歌取りですわ、なんかの) 市内放送にも 事勿れの美質を添えて ちょっぴり泣いちゃったりもするんだぜ四十歳独身でも お前に働く職場は無いて そんなんあんまりちゃいます市長はん そんなん そんなん あんまりちゃいます議長はん せやかて 日向灘ブロードウェイまでがっつり延焼でっせ ほんま御殿もええかげんえぶりがっこですわ なんや 明夫はんの女房かて 不倫してはるやないのいうてたころがほんになつかしいわ でいつまでおられはるん道子はん、 此の、処女航海も、座礁に、 次ぐ座礁!! 大人ですん 大人ですん 忍び寄る死の手先ですん ほうれい線も気にしますん うわっ 凄い 滑る 山、! 毒にも薬にもならんかていうてはりましたんやわ あんた あんた なんやせせこましい 未来派かてそらスレイプニルやで (愛、ファンタジア ―女性作家に初めて嫉妬した事―)

2022-03-06

われわれの抒情は、もうどこを探してもかえらないのでしょうね。 残虐な理性と、並々と湛えられた悪意に拠って。 論陣に拠って。 作者様が、勝鬨を挙げたいのならば、挙げれば宜しいかとも、存じます。 此処は、詩の投稿、批評サイトです。 畢竟、投稿を為された作品は、普く「詩」と謂うカテゴリに収まるもの、詩への批評に収まるものとして諒解される、と謂う、遵守さるべきルールがございます。 由って、作者様の論を。私は謂わばポオのユリイカの様に、一つの詩として。解釈致しておりました。 然し、それをあなた自身の舌鋒は、紛うこと無く全否定なされました。 謂わば 障子屋に、棺桶を注文為されるかの様に。 この場所に愛着をお抱きに成られている方方の心痛は。推して思うに、有余るものであると、存じます。 私から、作者様にお願い致します。 私は、取るに足らぬ、下手の詩書きでございます。されども、私は。 担えるだけの罰、如何なる咎でも背負いましょう。軟弱であると嘲られても、構いません。 皆様から唾棄されると致しましても。それを受け入れる覚悟で、申し上げさせていただきます。 如何か、他所で遣って下さい。 (詩の話をしましょう)

2022-03-06

こんばんは。絶賛ダダ滑り中の者でございます。 大分(おおいたじゃねえよ)、それなりにコミュニュケーションを取られるお方の様ですので、気になりました部分を掻い摘んで。 詩と謂う手段が効率的でなければならない理由とは何か。 現代病です、ね。作者様の仰る理屈に照らし合わせますなら、演劇やコンサート、ライブや展覧会、ともすれば映画さえも非効率的であるとも解釈出来得るとおもわれますが。 然しそれでも、コロナ禍の只中に有って足を運ぶ、お客様も居られます。それも充分に。 詩には読者が、需要が無い、と謂った趣旨の反論の向きもございましょうが。 このコメント欄の活況ぶりを見れば瞭然でございましょう。 一定数の読者は、図らずも存在をするのでございます。 効率、役立つ、をもう少し掘り下げさせて頂きます。 言えば御仕舞いなのですが。 煎じ詰めましたなら、表現も、人間そのものも非効率であるとは言い切れませんでしょうか。 人生を効率的に送られたいならば、人生を終える事が最も効率的ではないでしょうか。 だってそうでしょう。 孰れ死ぬ事が明確であると申しますのに、眠り、覚め、食べ、排泄し、訳の分からぬ社会に放り出され、一体何の役に立つかも分からぬ労働に終始し、それらを繰り返すのですから。 不条理でしょう。 全く以て。 だから私は申し上げたいのです。 一番効率的なのは、直ちに命を絶つ事である、と。 でもそうなさらないでしょう、皆様は。突然その様な事を宣われましても、冗談じゃない、俺がなぜ死ななければならんのか、とお思いに成られる事と存じます。 人間や、生物(なまものじゃねえよ)の存在、それが役立たぬ最たるものであり、ともすれば己の住環境までも破壊して仕舞う。話が逸れましたが。 不合理でしょう。 何より不思議と思いました事を、問わせて頂きたいのですが、 主語「誰の為に」人間は効率的でなければならないと洞察していらっしゃられるのかな、と。その様な、大前提に於ける疑問が湧きましたものですから。 よもや、コンピュータや、論理的正統性、社会の為とは仰られないとは思いますが。 遅蒔きながら。 重箱の隅を突かせていただきました。 (詩の話をしましょう)

2022-03-06

太平洋戦争とか、重いっすよ。しかもこのご時世に。 正直、荷が勝ち過ぎてつらいっすよ。 だけど、自分が書かなきゃ皆忘れっちゃう様な気がするんで、捨てられないんすよ。 自分、本当はグループ魂とか好きなんで、馬鹿やりたくてしかないんすけども。 鍼灸院じゃ四十肩ですねって言われて。いやちょっと早くね?って感じたんすけども。 あんた大体54、5歳で死ぬよ、って夢枕に細木数子が立っていうもんっすから、 もう魘されっぱなしでどうしょうもねえな、なんて。 いやあ、人生って短えなあ、って風呂場じゃ毎日立ち眩みまくってますわ。 いやあ、書きてえこと書きてえなあ、ほんとそうなんすけどね。 (まだ、JPOPを聴いて、皮膚を剝がしている、)

2022-03-05

年寄(なのか?)の戯け言でございますが。 近頃、斯様な傾向のお方を耳目にする機会が、心なしか以前より増えた様な心持が致します。 理論、理屈と、優越感に塗れた、悪意。 知恵と情緒に序列を見ていらっしゃられる。理性と感情を善悪‐優劣等の対義的概念と為されていらっしゃる様な。印象を受けました。 敢えて断言致しますが。知恵は感情の一種です。 殊更、とりわけ悪知恵は、御身を破滅せしめ兼ねません事を、「理解」為されます必要が在るかとも。狂人の実経験として。述べさせて頂きます。 と、言った所感を覚えました。全く詩を語っては居りませんが。 そんな処でございます。 色々と。 釣られながら。 (詩の話をしましょう)

2022-03-05

そうですね。私の知る限りに於きましては。 彼等の肩書は自称リベラリストであり、悪の枢軸であり、カルト教祖であり、ポピュリストであり、 合衆国アメリカの歴代大統領であり、凍死したホームレス生活者の襤褸襤褸の革靴であり。 そのやんごとなき御尊顔は屡々、天国や刑務所、精神病院に在らせられます。それらを指して人は絶滅収容所「地球」と呼びます。 (ふたつの鐘がなるころは)

2022-03-04

とても興味深い問いを賜り、嬉しく存じます。 藝術は、兵器なのか。 例えば、ラヴェルの「ボレロ」は武器足りうるのか。 私は、彼の穏やかな抒情が好きでございます。彼の音楽の底流には、繊細で情感に溢れた格調が流れている、と、私には感ぜられます。余り、武器には向いてはいない、と言えるでしょう。 では、ペンデレツキの音楽は如何でしょうか、私には、彼の激甚な憤懣や恐怖が感ぜられ、その音楽もとても好みでございます。主観ではございますが、彼の音楽は武器足り得る、とも感ぜられます。 詩、創作の話に戻しましょう。 われわれには、揺るがせない、生来の傾向というものがございます。 情緒に優しく訴える、様な、つまり共感の方向へ向ってしか創作を成立し得ない方もいらっしゃれば、 私の様に。暗く蟠った情念を、コールタールとして塗り潰す、方法しか、創作として成立させ得ない方も、いらっしゃいます。 そして、その両方を意識的に使役、駆使し得る、方も居られます。 私事で恐縮ではございますが、私は、幾つかの投稿サイトにて、事実上の出入禁止を言い渡されて居ります。 原因は、自身の創作態度にございまして、簡潔に申して仕舞いますなら、「緩やか且つ、生温い共感等を、藝術とは認めない」と言う、創作への意志、批判姿勢が仇となり、 著しく。集団の調和を乱す者として、事実上の追放を必定、決定されました次第でございます。 その様な経緯を。実体験として抱える者の発言として傾聴して頂きたいのでございますが。 理想としての藝術を追求すれば孤独となる、而してその経験経緯に則れば、孤独は自分自身を以て唯一の武器たらしめる事をも翻って証明している、とも言い得るものとも、存じます。 個々人の差異こそあれ、斯様な原則に基づき導出し得る結論と致しましては。 絶対的なる孤独、苦々しき特異点である事に由って、人は。精神と謂う、実在の虚構の畔に、一つの重力と斥力を具有し、想像という揚力さえも復、その諸腕に孕み得る、と謂った処でございましょうか。 理解も共感も頂く事は叶わないでしょうが、表現とは。形而上に於ける、或る固有の意義への殺害、暴力である、と、私は考えて居りますことも、附け加えさせて頂きます。 勿論、穏やかな、夢と戯る様な、もの淋しさをも掴みたくも存じますが。 (ふたつの鐘がなるころは)

2022-03-04

ええ、そりゃあね、羨ましい。 なぜかって自身の詩を愉しいと思ったことなんてひとときもないからね。 なら書くなよ。って。 ありがとさん。 (まだ、JPOPを聴いて、皮膚を剝がしている、)

2022-03-03

実は、大した想像、飛躍や、現実を。端から書かれようとはしてはいらっしゃられない。 廿日鼠達の徒競走に概して何か意味は在るのかな、とお尋ねになられるが如きセンスの問題を、落第生である私は腹を括って哂っているのですが。 手遊びに過多な称賛を寄せるのは、無粋の極み。とも。由って、私は御作を言葉の上滑り、自慰としか把握できませんでした。 自作も含めて。 結局はそんな物でしかないのでしょう。個々人の想像力の限界への代価とは。 現代詩詩壇サロンの筆頭として。吉増剛造は潔く早く死ねばいいのに、等と思う、その心向きを共有し、暗黙裡の了解を期待することは、凡そが野暮でございましょうから。 結局は、今日の表現の所在とは。平衡感覚と、政治と。週刊誌的なえげつない、下劣な惹句でしかないのかもしれません。 分裂気質に則って。作品への概観、印象を述べさせて頂きました。 (まだ、JPOPを聴いて、皮膚を剝がしている、)

2022-03-03

ご批評を賜り、心より嬉しく存じます。 何時も、自身でも明文化の覚束無い、記述の必然性、意図を。巧みに洞察をして下さり、その観察-読解力の鋭さを。尊敬をさせて頂いて居ります。 (ふたつの鐘がなるころは)

2022-03-02

閲覧を賜りまして、心より、在り難く存じます。 所詮実体験ではないと言われましたならば、その通りなのでございますが。 われわれから、われわれより若く、幼い世代へと、戦争と謂うものの実際を、孰れの様にことづてとして遺し得るか。その結果と、過程の只中に有りまして、本作は、甚く難産でございました。 而して今、そしてもう一日、あと一日へ。溢れ出る凡ゆる災禍の中にも、唯一つ遺された希望として伝えなければならない、記憶が在りますならば。かの年、かの日の現実を、と思い乍ら、 記述させて頂きました次第でございます。 叙情、叙事とは、斯くも難航を窮めるものかと。悩み抜きつつ、悩み已まない侭で、居ります。 なぜ、人は人を殺め、略奪されれば略奪の応酬を是とするのか。凡そ答えなき問いを、直視しつつ。 (ふたつの鐘がなるころは)

2022-03-01

再びのレスポンスを賜りまして、ありがたく存じます。 以下。纏りの無い、話しですが。些か御目を通して下さりましたなら、幸いでございます。 確とは憶えておりませんが。 「ロシア的なるものの精神は、ロシア人にしか分からない」と言う文言を聞き覚えております。 ロシア美術のモティーフには、屡々悪魔と謂う主題が登場致しますが、それは彼等が自分自身を、謂わば聖霊的な、浄化、美化されたものではなく、 堕落した、醜いものとして投影し已まない、精神構造を有している、証明とも呼び得るものでしょう。 此れは人間存在の深刻な、残酷性、知性では統御の叶わぬ「善=悪」とも成り得る様な矛盾、衝動性を抱え乍ら、暴力的である程に本質的である、存在の実相を、暴く行為であり。 鬱屈たる、精神の深刻性を髣髴とさせる、傾向を象徴している、存在の、如何ともし難い現実を、表現していると、私には感ぜられました。 そして、私は。悪魔的なるもの、デュオニュシオス的な精神に甚だしく惹かれる、性質の、人間なのでございます。 人間が平和であるためには、此の、精神の。内的葛藤と常に直面し、対話や、時には対峙をしながらも。個々、集団の内面に於いて、妥協をして行く様な。苦い道程を進まねばならないのでしょう。 恐らくは、その苦々しい葛藤こそが、人間の尊厳を尊厳足らしめる、唯一の過程なのでございましょう。 (風紋の彩なす処)

2022-03-01

無理に、悪ぶらなくても佳いかと。 あなたは如何やら、嘘偽りではなく。ひたむきに、心温かい御方の様ですから。 その様な天籟を具えておられるお方ならば、それを長所とし、素直の方向に才能を費やしに成られたならば、より素晴しい作品を創造し得るでしょうから。 今更何処の口が、とお思いになられる事と存じますが、捻くれた此の性根が。批判を過去に於いて口に致しました事を、思い出しましたもので。 一筆の謝罪を、どうかお許しくださいませ。 如何か、あなたも、あなたの作品も。心健やかであって下さります事を、切に願い已みません。 (嗚咽)

2022-02-28

ご閲覧を頂きまして、ありがとうございます。 色々と、骨身を削る様な現状の只中におりまして(それは皆様も同じではございましょうが)。酷い手傷を蒙りながらも、皆様の、抒情を諦めない姿勢に甚く感銘を受けております。 脆いものの内部からしか産まれ得ぬ、逞しい意志を矜持とし、作品と成す。然様な心向きをご教授いただきましたかの様な、晴がましい心境を覚えております。 未だ未だ稚拙な、作品ではございますが。某かの詩的心象、イマージュを感受なされて下さりましたならば。僥倖と存じます。 蛇足。 何が起ころうとも、ロシア近現代芸術への敬愛を自己検閲したりなどは、致しません。 われわれには必ず和解への道があり、そこへ続く標識こそを探すべきである、と考えておりますから。 (風紋の彩なす処)

2022-02-28

レスポンスを賜り、嬉しく存じます。 実は、エイクピア様の、博識とウィットに富んだ作風を、何時も愉しみにしております。 無精なものですから、つい批評を後回しに致しました侭で。不義理を、働いて仕舞いまして。申訳なく、思っております。 ありがとうございました。 (風紋の彩なす処)

2022-02-21

嬉しく存じます。 何より、本作の抱える重要な問題を指摘して下さりました事を。 当拙作が今一つ精彩に欠けおりますのは、表現の振れ幅――想像と肉体、そして能動と受動、主観と客観が、或る幻想性‐美意識の達成の為に省略されている、事であると存じます。 謂わば、落差の所産である、生々しい肉声が、記述の欄外に押し遣られている事に起因する、問題とも呼び得ましょう。 それでは、何故、肉声的記述が放逐されているのか。此れは、単純に申しますならば、話者である私の、余に脆弱な意識を曝け出すことを躊躇しているからでもございましょう。 そして、現実は想像を厭い、想像は現実を厭う、と言う、両者の性質も一因となっております様に。思われます。 可もなく不可も無く、無難な表現に終始して居ります内は、成長‐発展は望めない、と肝に銘じつつ、その欠点を幾許かでも克服致したく、存じ上げます次第でございます。 ありがとうございました。 (風紋の彩なす処)

2022-02-21

この際ですから。寒気の走る様な。内輪受けは終りに致しませんか。 世間等関係無く。 御作に付きまして、私自身は何の発見も、目新しさも、堅実さも。智慧の閃きも、情緒の機微も。哲学的思索も、人間性への根源的な問いも、そして作者様の作品への真摯な姿勢も。 何一つ、感じ得ず。嘘偽りなく申しますなら、凡作、としか受取れませんでした。 諂いの言辞ならば、幾らでもございましょう。 而して類様は、果たしてそれで満足なされるのでしょうか。所詮日曜詩人、の領域に甘んじ乍ら。それで充足なされるならば、それはそれで幸福で御方ではございましょうが。 褒められれば嬉しく、貶されれば不愉快。共感だけを数珠の様に繋ぎ、異物を排除し。 詩とは、詩へ向う態度とは。斯様に表層的な、恰も生きながらも腐敗した死骸、の様な気概、様相で宜しいと、お考えになられていらっしゃるのでしょうか。 ご返答、復はご教授を賜われましたなら、幸いに存じます。 (('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`))

2022-02-19

とても愉しく、拝読させて頂きました。 もっと、ナンセンスの方向へ舵を切っても面白くなられるのでは、とも。 (カナダからの手紙(大))

2022-02-19

割と。 軽率な御方なのです、ね。 些か吃驚致しました。 コメント欄を淀ませて仕舞いまして、申し訳ございません。 皆様に於かれましては。このコメントを如何か、ご容赦くださいますことを。心から願い已みません。 (('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`))

2022-02-19

既に、 実験され尽くしたであろう形式を、堂々と実践する行為の、意義が私には理解できない。 今更、やがては誰もが世界中で15分は有名人になれる時代が来る、と言った男の、 キャンベルスープ罐的なるモノへの風刺表現に、弛緩したリスペクトを捧げる様な、創作態度への。浅はかな薄ら寒さを覚えるのは、誤りだろうか。 (('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`)人('A`))

2022-02-15

写実主義(リアリズム)の再提起。 とても面白く、拝読させて頂きました。 或は、歴史は繰返すものならば。 詩壇と謂うアカデミズムと対峙し得る、創造力を、此のメディアは未だ具有しているのでしょうか。 簡素化と抽象化、この両側面(要約致しますならデフォルメ、)に突出を呈す(と思われます)、本邦の美への観念は、孰れへ向ってゆくのだろうか、とも。 現代の世相を考えさせられる、秀逸な作品である、そう感受を致しました。 ジャーナリズムと言う媒体、その虚構への煽動性に肉迫し得るものは、最早個個人に託された、現実直視、洞察力のみであるならば。 われわれはわれわれの詩を、ゲリラ的な創作運動に拠ってしか、保障、担保することは叶わないのかも知れません、ね。 言わなければいい蛇足ですが。 斯様に陳腐な感想に拠って、場を白けさせてしまっております事を、只管に申訳なく思いつつ、謝罪をさせて頂きます。 (私のお姫様たちへ)

2022-02-14

前置き。 近年、都市人の破壊願望の表出傾向には目覚ましいものがある。 これは、高度にシステム化された社会秩序が、人間を意識の方向へ牽引し、無意識を排斥して行くプロセス、過程に拠って、引き起こされた状態であり、 例えばフロイトに於けるリビドー‐デストルドーの様な、人間の元来具有する精神活動が、抑圧された容で表現された結果であるといえるだろう。 問題がある、と言う前提で解釈するならば、これは、意識の容に沿って機能化された、つまり、脳髄的理解に拠って構築された、制御可能な都市景観に依存する、 一つの機械的精神論の様な、効率優先性に特化した、現代人の抱える(夙に青少年期の)宿痾であり、 別の角度より把握するならば。当作は、狩猟時代に於いては必需であった攻撃性が(自己破壊という形式を取って)、現代文明の隙間より漏れ出でる、現象と場、その瞬間にわれわれが立ち会っている、事実の証左なのである。 以下、個人的つっこみ。 傷は小さければ治りますが、毀れた患部は治りません。 完全はありません。人間が肉体であるかぎり。 「あなた」はいません。果して「私」もいるかどうか。怪しい処です。 構成も結びも秀逸ですが、些か出来過ぎています。言い換えれば類型的、です。 結び、作品へ。 面白く拝読させて頂きました。総合的には。現代都市生活者の感情と理性の齟齬をこれでもかと匂わせる、逸品であると、感じ入りました次第でございます。 (flow)

2022-02-12

論は不得手なのですが。 先ず、詩とは何か、を定義致しましょう。 小説に倣いますならフィクションの文学(歴史、時代小説、幻想、ファンタジー小説、推理、ミステリ小説、sf小説、恋愛小説、等)が先ず、娯楽、大衆小説としてカテゴライズできましょう。 方やノンフィクションの文学(口述筆記、ルポルタージュ、記録小説、私小説、等)がございましょう。峻別を為し難い、問題ではございますが。 純文学と謂う表現手段は、心理に於けるノンフィクションに基くフィクション、と申せましょう。 現代詩が至上として居りますものは、上記の様に純文学的な作品であり、つまり現実的視座に裏打ちされたフィクションの性質を具有する、作品であると、仮定を致しましょう。 御作は、現代詩として投稿を為されていらっしゃるので、ノンフィクション的なフィクション(現実的虚構)として把握を致します。 次に、虚実の実に寄せて、創作を為された意図に付きまして、考えたく存じます。 自殺した友人、そして投稿をなされた匿名作者。作品と構成の主導権を具有しておりますのは、匿名作者様であることは、言わずもがな、明瞭としておりましょう。 「自殺した友人」のオンラインに於ける移動順序を時系列に沿って並べていらっしゃる、謂わば、此れは、疑似的なノンフィクションの構成法と申せましょう。 此処に、匿名投稿者様に拠り意図をなされた虚偽の現実性が、謂わば騙りの技巧として、表出をされております。 では、何故疑似現実を構成して迄、匿名作者様が表現を成されたかった、御作の意図が何処に有るのか。 これは明瞭として居ります。 それは「自殺した友人」の「詩」です。 各自参照を為さって下さりましたなら分ります通り、それが、陳腐な、至る所に溢れております「純文学から脱落したポエム」であることが、お分りになられることと存じます。 真摯に、時に愚直に表現と向き合われた(のでしょう)、痕跡としての「自殺した友人」の「詩」が、水準としては実に稚拙であり、純文学、現代詩的価値に遠く及ばぬ、凡作である、という限界が明確な操作、作為の許に示されており、 何と申しましょうか、此処に匿名投稿者様の、実に残酷な、捻子繰れ曲った現実への洞察、観察力が、鬼気迫る表現として垣間見えるのでございます。 優れた悪意、とでも申しましたなら良いのでしょうか、実に規制の際、境界を攻めていらっしゃる、昨今の殺伐に相応しい詩であると、感受を致しました次第でございます。 他の御方の、解釈も是非、聞きたくも存じます。 (すみません、ここは詩のサイトでしょうか?友人のスマホに残された詩を載せます。コピペがミスってたら申し訳ないです。友人は詩と言葉で、人の心を暖めたいといつも言っていました。)

2022-02-10

藝術とは何か。 西洋近代美術に絞って考えますならば、論理、物理学的機能の、骨格‐構造の模倣であり、生産性、機能美の対極に位置を置く、無為の営為への審美眼である、と、思って居ります。 では、言語藝術としての詩とは何か、と。有態に申してしまいますなら、実際性や政治性、道具的価値性を持たない、意識の機微や、日々日常の心情、或は超越的な美への奉仕であると、 私は考えて居ります。 政治性を詩に落とし込みますと、プロパガンダ詩やアジテート詩と謂った、実を穿つには非常に困難な表現となると、思われます。 御作を分類致しますなら、上記、プロパガンダ、アジテート詩であると、申せましょう。 以下、雑感めいて、些か脱線も致しますが、何卒、ご容赦を。 アジテート詩、その暴力に附帯する詩的美質について。 私達は多分、暗黙裡に淘汰し合う、宿業を負って存在し、価値等と言うくだらない、競争に駆り立てられて、踊らされているひとつの駒に過ぎないのでしょう。 堂々と悪罵が美化される、背景には西欧的思想の戒律への反駁が、関係の陰を落している様にも、思われます。 そして知識も智慧も持ち合わせて居りません、私の様な向上心(何処が上かは階級社会の示す通りでございますが)もなき下手、は侮蔑の標的と在って然るべきなのでしょう。 私は、機知が嫌いです。インテリゲンツァの、資産、知性に劣る対象者への非‐道徳的な加虐性が、鼻持ちならぬ程の、悪臭と感ぜられます。 しかし、詩と言う自由な領域(本当に?)へ、モラルを問うのも愚かしい事であると、重々承知も致して居ります。 (計算された)清潔且つ純粋な、洗練されたスタイルに、称賛が集まるばかリの現象社会と申しますものも、甚だしく不気味な事であるとも。 その様な理由に拠って、御作を、詩ではなく主張に過ぎないとは、分類出来ない、心境なのでございます。 端折って、余計事を。 結論を申しますなら、若しも、優越的な技巧に基づく詩が、愚劣な技巧を放逐し、階級的固定を保障して終ったのならば。 所詮民衆詩運動の一角に過ぎない、b-reviewの魅力とも言える、玉石混交の気紛れ、に生ずる、未発見の才能の萌芽、その後の経験、成長を潰し兼ねないのではないか、と思いました次第でございます。 汚いからこそ綺麗なものこそを表現するべきなのではないか、と。 杞憂である事を願いつつも。 (情況論2 日本防衛論)

2022-02-03

よりにもよって なぜこんなことを なんでそんなときに なんで なんで なんで / ありがとうございます。 (中華物理)

2022-02-02

生き長らえる、という事は、畢竟数多の命を頂いている、その事に気づけるのは、人間だけ(或は外の、も?)、なのかもしれません、ね。 環境、循環系の只中に有って、死す/死なしめるの構造から脱却する方途は、皆無なのでございましょう。 この邦の観念は(仏教の影響か)、どこか万象に憐れみや、寂寥を懐いている、様にも感ぜられます。それは近代化以前には、けものの肉を最小限しか狩らなかった様に。 それも近頃では、薄らいで仕舞って。金銭価値に踊らされ、残酷趣味を謳歌する、浅ましき、見下げ果てた風紀を佳しとする方向へ、傾れている様に、思われまして、実に哀しいものでございますが。 動物、或は植物を含めて、自らが且つてそれらであったという視野を含め描かれになられた作品は、現代科学的視点や人間理性の驕りのなかでは、余り描かれなくなったモティーフと存じますので。 とても好ましい意味として、珍しい、と感じ入りました次第でございます。 全てが寂滅に向かうただなかに産まれ、生きて猶、行き凌ぐ、ということ。 衣が風に棚引く様に。 (いつ?どこで?きみはなんのために)

2022-01-24

下らなく、態々下手を演ずることで、作者の技量との落差を生じせしめ、それが誇張された文体の喜劇的な面白さに繋がっていらっしゃる。 ところで、何時まで余裕綽々を謳歌しつづけるつもりですか。 各々が。実力の限界、その上限を超越、拡張する必要か、義務があると思うのですが、ね。 誰にも云える事ですが。 ヒエラルキーの停滞は、長期的には価値あるものを逃してしまう、かも。 つまり、ポピュラーではなく、コアであること。 読者の為ではなく、作者の為でもない作品を、読んでみたいのです。詩の為の詩を。 その様なものを書けば、絶唱の代償に、咽喉を傷めるかもしれませんが。 それでもリスクを冒すべき、意義の話をしているのです。 (宴〜うたげ〜)

2022-01-19

ご閲覧を賜り、嬉しく存じます。 一期一会、という言葉を憶え、思い出しております。 比喩でも暗示でもなく、現実に。今、書き込んでおります、このパソコンは、停止をしそうな状態に在りまして、辛うじて動作を致しております。 私は、スマートフォンも持っておりませんから。この場、この時に、てんま様の言葉と触れ合えますことは、実に恵まれた、僥倖である、と思えるのです。 つまり 社会と言うシステムにも、偶然という御目溢しが在り、 その恩恵に、助けられ、支えられている、と自然にも、思われるのです。 それも外部という、優しさがあるからこそであり、 社会も、他者も、捨てたものではない、と、改めて思わせて下さった、この機会に、感謝の念も一入なのでございます。 心から、ありがとうございます。 (蜂の共喰)

2022-01-12

確固とした批評を、拝読させて頂き、嬉しく存じます。 死の概念、難しいものでございますね。肉体の死は勿論、社会的な死や精神の死、医学的死や思想、想像の死。 科学技術の発展に伴い、隠蔽された普遍の帰結としての死が、コロナ禍の後押しを受け顕在化しているのかも知れません。 勝手な偏見ではございますが。 現代詩は毒であり、劇薬であり、皆殺しであると、思っております。たしかにそれらは人間や、その生存の意味、或は優先されるべきは個人か全体か、と言った、 極限の問題を取扱うに適した表現手段であると。 然し殺すか殺されるか、その様な判断基準や、一か八か、の精神では。到底読者と作者間に、育まれるものは何もないのでは、と無駄にも、憂いております。 無駄や隙間、余白にこそ心愉しいものを見付けた様な心境でもございますが。 (蜂の共喰)

2022-01-11

閲覧を賜り、心より嬉しく存じます。 確か、風姿花伝にも書かれておりました、と記憶をいたしておりますが。 狂女、怨霊を演じ、立居振る舞いを為すは最も難しいことである、と。拙作に於きましても余り上手くは振舞えませんでしたが。 下記は、持論でございます。 人の作り為した物語とは、事象そのものを完全に客体化出来ぬ、精神の綾、事情に拠って象られる物でございますから。 凡そがフィクションであるとも言えましょう、然し言語と行為を合致せしめんとする、人間論理、つまり合理性という観点から眺めますなら、全てがノンフィクションとも呼び得るとも。 その匙加減は畢竟、読者‐作者間の信頼関係、感受性の傾向に委ねられるものであるとも、言えましょう。 聊か直截に提起致しますなら、完全なフィクション、完全なノンフィクションと呼ぶべきものは存在せず、 作品とは脚色や、現実社会の影響の波間に漂う物の名残の如く在るものとも申せましょう。 しかしその目的は、鎮魂であり、慰めでなければならないのでしょう。 何者もがより刺激を求め、極端に走る世相に在る、と存じます。然し、日本人は余り、その様な表現には向いていないのでは、とも。 心の機微や趣深さ、慎ましさやいじらしさ、折節の花の色に感じ入るような心向きを、いつもどこかでは、忘れたくはないものです、ね。 (蜂の共喰)

2022-01-11

レスポンスを賜り、嬉しく存じます。 そうですね。孤独に耐え得るならば。其方の方が、とても好い、選択であると思われます。 (蜂の共喰)

2022-01-11

随分と狭量な批評であるなあと、感受を致しました。 小説についての小説(筒井康隆の実験小説等) 美術についての美術(デュシャンの知的遊戯等)。 数え上げれば枚挙に暇もございませんが。彼等は確かに一流の傑作、と讃え得る作品を遺していらっしゃる。だからこそメタ認知に基づいた、作品を創出なされたのでございましょう。 話は変りますが、私自身の拙作は、詩に価するものではない、と思っております。ならば何故投稿を続けるのか、という命題に突き当たる訳でございますが。 たとえ、芥子粒程の不出来であっても。 詩を求め已まない、孤独という意志が確かに、私や貴方や彼等や彼女等に、筆を執らせるということ。 それらは略、自らの命の丈を発したいという、平等な尊厳の許のささやかな声で在り、私達を繋ぐ命綱、つまりは縁の為せる所である、と言いたくもございまして (その様な一種の綺麗事に纏めて終うのは、些か乱暴ではございますけれども)。 若し、厳然として詩にも優劣があり、価値の貴賤が在る、と致しましたならば、その尺度は何に拠って測られて然るべきなのか。 既読者数、評価数、被‐批評数、そういったものでございましょうか。そして肝要なものと致しましては、表現の場に在って、 上手下手(これも煎じ詰めれば、読者の皆様の主観、多数決に妥結されるものでございますが)、に拠って峻別されるべき、命題への制限が、果して適切な、制限なのか。 これは、誰の耳目口舌を以てしても決着を附け難い、問いなのでは、と思われるのです。 何故なら、私達一人一人の価値観は、必ずしも合致する訳ではないのだから、と申し上げさせて頂きたいのでございます。 長々と、雑駁を述べさせて頂き、允に申し訳もございませんが。 詩が書けない人間より、詩人と称される御方へ、幾許かの物憂い心持が、届けられましたなら幸いでございます。 (詩作についての詩はやめたほうがいい)

2022-01-10

ありがとう、ございます。 (蜂の共喰)

2022-01-06

レスポンスを賜り、ありがとうございます。 私にとって詩とは苦役である、という事が詳らかに分かりました。 喩えではございますが。生殺与奪の場に在っていかに上手く立ち回れるか。それを舞踏と呼ぶならば、わたしは落第生であることも、また。 また、機会がございましたなら。 それでは、いつか。 (蜂の共喰)

2022-01-06

タイトルが「なろう系小説」の様で。 些かの落差に驚きましたが。 それもまたいいのでは、と思いました次第でございます。 (俺の姉が障害者になっていた)

2022-01-05

正しくあればあろうとする程に、狂ってゆく時計。 言葉の妙を憶えました。 何故ならば、正確性への指向とは個人の病でありながら、且つ社会、集合体の病でもあるからです。 (あなたとキリンとパノラマ屋敷)

2022-01-05

ふと、思いまして。 乾きが、濡れてあることよりも、優れているのは如何してなのでしょうか。と。 白が、黒より、 論理が、感情より、 1が、0より、 有が、無より、 成功が、失敗より、 勝利が、敗北より、 繁栄が、衰亡より、 等々、 自明の理に問い、立ち止り、考えては。 われわれは善悪相剋の価値論を疑いもなく受容し、 論理機関、つまりコンピュータの思考の枠に囚われているのかも、と空恐ろしくも発想を致して仕舞いまして。 在るも無しも、均しく心侘しく把握をし、儚んだ私達の過去の原風景、前提を。 更でも生き凌ぐ様な姿勢を、比いも無く作とし、時には遊びたくも存じ、述懐をさせて頂きました次第でございます。 (吐けてくる)

2022-01-03

酔っ払ってるから、おかしなこと(ぽえむ、)書いちゃうけどゆるしてね。 わたしたちは知っている、この物語が何処へもつづいていかないことを この道が竟には断たれていることを 皆似たようなものだと、あなたは笑うでしょう、あの家もその町も、たとえばそのこどもたちも、 泥だらけになって、擦りむいて、淀みもなく笑いあって、 打たれて泣いて、叱られて、怒られて、かなしくて、寂しかった それでもその小さな傷の一つ一つが思い出だから だからあなたにいてほしい (鈴木 海兎君と喧嘩するために書いていてうんざりして破棄した作品)

2021-12-31

不可視の原稿用紙に副って書かれた、白紙の上の黒い文字群。白を希求すればする毎に黒くなってゆく(文字に拠って)、 その存在が食した「枯れた花」は、もしや。黒く傷んでいたのかもしれません。 突き放すかの様な終行が、実に白眉であると。 (白)

2021-12-23

なんともはや。 批評の俎上に乗るにも及ばぬ、粗雑な駄作を投稿して仕舞いまして、允に申し訳ございません。 さぞ、評に窮をなされたことでございましょう。 ただ、若しも拙作を以てして。誰もが思い悩む生涯の意味、等を目に見遣る契機となさってくださいましたなら、幸いでございます。 (花粉の雪降るころ)

2021-12-23

心と言葉が一致し、調和を呈していらっしゃる、と思いました。 この両者に距離がございますと、如何してもわざとらしさを感じてしまうものですが。技巧か、自然体か。孰れに致しましても、素晴しい才気であると思われます。 他者「あなた」との関わりを主軸に、記述をなされていることも美点と言えましょう。詩人、そしてその作品は自己酩酊に溺れがちであると、屡々思われるものですから。 よろしければ。もう少し、大きな画も拝読させて頂きたいと、期待の念も尽きません(然し、くれぐれも無理はなさらないでくださいます様に)。 (別れ)

2021-12-21

とても佳い、と思いました。 私憤を懐くのは簡単なことでございます。然れども。 御作は声無き誰かの為に、他者の為に(おそらくは)、憤り、社会や制度といった枠組み、構造に対して疑問を呈していらっしゃる。中々できることではございませんよ。 その心映えを、これからも大切になさってくださいます事を、心より願い已みません。 (平等)

2021-12-15

コメントを賜りまして、允に嬉しく存じます。 何時も投稿をさせて頂きました後には激しい後悔を覚え、呻吟を致します。一体斯様な駄文を曲りなりにも詩と称して良いものなのかどうか、と。 それでも投稿せざるを得ないのは、一つの依存症の症候なのかもしれませんけれども。 今は、閲覧をなさって下さり、幾許かの間、足を止めて下さりました事への有難さを、心より、噛み締めております。 (脚本の死)

2021-12-15

ご指摘を賜り、允に嬉しく存じます。 人間が嫌いであるという事実、略、人間と接点の無い生活。それらが作品世界に影響を及ぼしているのでしょう(観念的な世界‐存在、その抽象的感覚には常に心惹かれるものですが)。 私や僕、俺や自分と、個我を呼称する、この人間と言う存在は。他の動物と如何に違うのか、実に理解が腑に落ちぬ「私」が居りまして。洗面台の鏡等に一匹の猿を見ることも屡々でございます。 (脚本の死)

2021-12-15

撞着 鏡像を連ねて 馥郁たる斃死の方途を差す、雛罌粟の花殻 程良く調味された香草に縁取られた一切の現実よ 現在を惜しむ 銑鉄の膚より影像より離れて 糾明の浅慮に灼き附いた市街跡地に棲む 有棘の植物卵よ 工場排水は極彩の天蓋にそそぐ 露悪趣味を責め立てる平均、 実に平均的な臣民であれ 固執創造の偶然すらも忌避に捉え、 枷鎖に繋がれ 枷鎖を哂う、 砂塵に在り乍ら 彼等は屡々海峡の停泊船等を記す、 普く収穫は その様な序列に基き執刀を肯う 果実を滴る卵黄の 涙液を 酸蝕の石礎へ湛えて 猶昏き昼の磨硝子 待合室に渇いた暗喩の鉢植を置く 分裂と偏執が同一の症候を喚起せしめるのは何故か 普く死とは生存の目的に 相違無く 人体‐環境 循環系の細微に亙る永続への 不可能性は明瞭であると謂うに 水際は、はつかに揺らぎ 砂に棄てられた 乳母車の、 老朽化に開かれた廃工場の、 誕生日時や 繁栄は何処へ続いていき、途絶えたのかを 尚更知るべき由縁等無く、 喉頭に拠り紡がれるならば、死を誤ることばなど、と (「びーれびしろねこ社賞」 応募スレッド)

2021-12-13

寧ろ、科学、合理性を免れた民間伝承や、たとえば希臘人の想像の所産である、種々の架空混成動物や、土着の神話的モチーフと謂った物を嫌悪なさっているのだと思っておりましたが。 私が私である事の自明性が喪われた、現代に有っては。「私」を命題とした一般社会の構成員的な弁明がもてはやされる風潮もむべなるかな、とも(大概はつまらないですけれど)。 蛇足、ですが。 ネット詩を渉猟致しますと、自称現代詩がよりポエムに接近し、ポエムがより現代詩性を附帯している様な。その様な感覚を受けるのも、屹度視力が耄碌を来しているからなのでしょう。 所詮、睡眠薬の副作用と思われる、ナチュラルハイな精神状態が溢した馬鹿話でございますから。そっと捨て置き、読み流して頂けますと幸いです。 屹度老害である何様な目線より。 (おちんちんの皮の中に住んでいるよ)

2021-12-06

問題は、現実にその当事者が実在していたにも関らず、作者様の想像に由って、物言得ぬ侭、亡くなられた当事者の声を代弁なされた処に在るのかもしれません。 たとえば。御作を、若しホームレスの方々に読んでいただけたならば。御作の価値が明瞭となるかもしれません、ね。 寝食の心配も在らず、生活に窮してもいらっしゃらない(憶測ですが)目線に拠って画かれた、外圧的矯正としての「人間らしさ」、 悍ましく、只管に(失礼ですが)不気味な、或る品格へと方向づけられた作為が垣間見え、私には、受け容れられませんでした。 叶うならば、社会規律の価値観に捕らわれない、美談‐理想像へと上書きをされていらっしゃらない、「人間」を拝読させて頂きたく、存じます。 詩の担うべき仕事と、意味について。立ち止る契機をいただきました事に、感謝を述べさせていただきたくもあるのですが。 (20201116)

2021-12-05

人工調律 抒情の翳、 華という疑問符を経巡る鱗翅類の舞踏より  窒息する肺腑に 開く多翼果種の幹に     逃亡を遂げた幽霊   葦小舟から流され、    臍帯の痕を蓼の花が軋む 望遠鏡より蒼穹を跨ぐ群像       尖鋭と退廃の咽喉が全く等しい構造を呈す     オクターブの群蝶である事実が、    何物をも意味しない時      展覧会は機関、船舶への暴風雨を抱え           非在の鏡へと滴る         存在の不均衡な事情      つまり他者を生きる自己の             一見        無矛盾にも把握されるがごとき、相貌、或は靴底は      形而下の比いなき現象体を白痴とも蔑み          微粒子の結実、        架空とも表現し得る、骨格が    終極に遺伝された機序が     人工の概念に因ってしか在り得ない、精神など、を   洞察下に置く、その衰滅を宣告する迄、     それ迄は、        想像の俘虜達に 投壜と婚姻の倣いを    教授する、偶像曰く  孤絶は記述にあり、群衆はその紙片である、と 貧窮を、死までの糊口を凌ぐためには、鳥はその想像よりも高く飛ばなければならない (「びーれびしろねこ社賞」 応募スレッド)

2021-12-04

去って終った者には声すらも届かない。 しかし、届かなくとも言葉にせざるを得ない、ものを書くものの因果は。只管に重いものでもございましょう、宿痾の様に。 理由無き苛酷、誰しもが逃れられない生存の帰結としての。死とは当事者のみの問題ではなく、遺された者達の生涯への問いなのだとも、言えましょう。 黙して悼み、宿痾としての詩を、いつか去って仕舞う迄は。 (終わりのビート)

2021-12-03

巨視と微視が普く詩行に技巧的に工まれており、筆力の高さが窺い知れます。 ただ、何かが足りないと申しますならば、自己の詩作の可能性の限界へ挑戦する様な、熱量が感じられない処でございましょうか。 筆者が諦めていらっしゃられていては、読者も従うことしか叶いませんでしょうから。 何より、結句へ到る道筋が些か等閑に思えました。 (ルッキズムの蔓延した世界で)

2021-12-03

熱く、醒めて、若くて。 ハングリー精神と、端々に綴られた挿句の差異に確かな効果が表現されており、 緩急の振れ幅に由る、読者の反応を予め予測し、構成をなされた(と感受を致しました)、自己及び他者の抒情への批評眼が、巧く機能していらっしゃる。 何より挑戦的であって、「仲良しクラブ」の範疇を越え、自身の詩、個性を貫いていらっしゃられる姿勢に、只、頭が下がる心境を覚えております。 得点や評価、既読者数などは如何でも良く、如何に自身の望む表現に近付いて行くか。 畢竟、詩表現とは己との舞踏にほかならない(そこに評価も伴うならば一寸は嬉しいですけれども)ならば、確固たる異質、個性を打ち出したほうが、 結果としては愉しいのではないでしょうか。 孤独こそが作品を鍛え抜くとも、思われるものの独り言つのを、何卒ご容赦くださいませ。 (僥倖SKY)

2021-11-28

ふと、思ったものです。よもやこれは私が求め已まなかった「21世紀、現代に於ける『ダダ』」の萌芽なのではないか、と。 さながらその文脈は美しい檸檬型の時限装置であり、事物間より顕在するデペイズマンを統辞する尺度の、それ即ち美、破壊に基かれた 完全たる混沌のなかに築かれた秩序である、とも。 (花に嵐)

2021-11-23

繊細なイマージュが、音数律の骨格に拠って顕ち上がる。旧くも新しくも在る、不思議な秀作であると感受を致しました。 (蒼と微睡む)

2021-11-17

拙作に有り余る程のお褒めの言葉を賜り、心より嬉しく存じます。 何処までを伝えるべきか、何処まで自身の感覚を信頼するべきか、いつも躊躇い、記述をさせていただいております。 もはや現代の詩に於きまして、美的表現を優先する姿勢は些か旧く、価値の劣るものなのかもしれません。 而して、やはり美を伴わない表現、と謂った選択を考える事は、私には、出来ないものですから。 背中を押して下さり、ありがとうございます。 (交差法)

2021-11-17

拝読させて頂きました。 読者に、或る一定の感情を及ぼす技術、復は才能に。感服を致しました次第でございます。 巧みな詩とは、人心を平穏より揺るがしめ、逸脱せしめる性質のものである、と。思い到りましたものですから。 常識を覆す姿勢こそが表現としての詩文、の重要な使命であるとも。実感を新たに致しました所存でございます。 次回作にも、期待をしております。 ( 良い題名が思いつきません)

2021-11-06

ご指摘を賜り、心よりありがたく存じます。 初稿の段階では題名を「カルト」と仮称しておりましたが、捻りが足りなくも思えまして。今作の題名に落ち着きました次第でございます。 焦点を何所に合せるか。題名だけでも中々、難しいものでございますね。 (科学)

2021-11-06

語りの柔和。それを個性として昇華なされておられ、見事と。 ともすれば甘く傾いて仕舞う要素を孕み乍らも、充分に読ませる力を具有なさっていらっしゃられる。 >その灰色の海は嘆きのベッドであり この一節が、殊に秀逸であると感受を致しました。 (綿棒 詩とはなにか)

2021-11-05

残酷とユーモアと脅迫と理知と(あと、乾いた抒情、と)。 立ち読みは決してするまい、そして詩句のリフレインだけは決してするまい、と。小憎たらしくも思い、愉しませて頂きました。 (詩の日めくり 二〇一六年十三月一日─三十一日)

2021-11-01

率直に申しますなら、とても好ましい作風であると。甚だしくも感じ入りました次第でございます。 心象の詞華集の様で有るとも。 (実験06)

2021-11-01

抽象に偏らず、現象現実を良く観察なされていらっしゃる。華々しくは無くとも。基礎を疎かになさらないその写実的姿勢に甚だしく好感を覚えました。 (雨上がりの駅から)

2021-10-25

確りと。現代口語的話体に寄せても崩れない「詩文学の血と骨」を、作品に於いて透徹なされていらっしゃる事を、心嬉しく、思いました次第でございます。 (話す言葉)

2021-10-20

仰られました通りです。カインとアベルを読み、掬い取って下さり、心より嬉しく存じます。 脱線致しますが。 然る有名な現代詩人が仰いました。「美と表現し得る事物には現代詩は無い」と。而して、私は臍が曲っているものですから、忽ち疑問符が泛ぶのを止め得ませんでした。 もうその様な時代では無いのではないか、と。喩えば。蚤の美、骨の美しさ、皆殺しの美、重爆撃機の美しさ、等々。 万物は美しく、そして醜く有るが侭に在り、或は全く存在をしない、その孰れにも主観的事実は含まれて居り、それらを如何に組織するのか、 然様にしか言語芸術としての詩の可能性は発露され得ないのではないか、と。 たとえば既存価値への反抗、復は従順、前衛か後衛か、と謂った議論には何ら意味も無く。唯有るべくして在る主観の絶え間ない払拭と拡張に拠ってのみ、 絶対的不可能としての客観視‐詩を各々が追求して行く外に、果して現在の詩的営為の意義はあるのだろうか。等と思いました次第でございます。 何か纏りの無い文面と成って仕舞いまして申し訳ございません。 (死刑囚)

2021-10-19

読み解きたい、と仰って下さりました事、允に至福の極みでございます。 言う迄もございませんが、彼の音楽家の作品を挙げますなら「無言歌」も出色の代表作集でございますね。 蛇足ではございますが。母方の祖父の若かりし頃、自己流の奏法(辛うじて演奏として成立する、程の水準ではございましょうが) に拠ってヴァイオリンを嗜んで居り、夙にメンデルスゾーンを好み、演奏をして居りましたそうです。 (死刑囚)

2021-10-19

ありがとうございます。ご期待に応えられる様に、これからも研鑽をさせて頂きたく存じます。 (とは言え、近頃は随分寡作に成って仕舞いましたが。) (金管楽)

2021-10-01

御目を通して下さり、允に嬉しく存じます。 所詮、自分の作物は。個人趣味的な世界像を現出せしめんとする、虚無の遊戯に過ぎないのかも知れません。 綺語への飽くなき憧憬が、文体面に於ける単純機構を支えることに拠って、如何にか「詩」に近似した構造を呈しているのでしょう。 (金管楽)

2021-10-01

とても、 巧いですね。 鍵括弧の内へ閉じ込められて終いそう、な。 開かれた侭に雲散霧消して行くかのごとき、結句の有耶無耶に於きましても上質な旨味を、感受致しました。 (喉の声)

2021-09-30

ご講評を賜りまして、心より嬉しく存じます。 作者自身にしか読めない詩、それは自己満足にしか過ぎないのかもしれませんが。些かでも某かが伝わりましたなら。 因みに、題名は最后につける事が殆どでございます。 (金管楽)

2021-09-30

ご講評を賜り、允に嬉しく存じます。 語彙に隔たりが在り、復造語癖もあるものですから、随分、読み難い作物となって仕舞いました。 (因みに蛾蘭とは、胡蝶蘭を指して命名させて頂きました。中華に於きましては蝶に喩えられる此の植物は、欧州では蛾に喩えられるのだそうです。) 可読性と個人的趣味の間に、いつも葛藤を覚えております。不出来な作品ではございますが、些かでも愉しんで頂けましたならば幸いでございます。 (金管楽)

2021-09-27

これまでは、その抒情性が特筆すべき核心であり、復、枷となっていらっしゃられた。 されども 見事、 抒情殺しを完遂なされた筆致は誰にも模倣の敵わない、特有の作家性を獲得なされた様に、思われます。 >>この一連について微分方程式を用いて答えることがどうしてもできない 今、これを記述し得るのは、多分貴方だけです。 (the daydreaming in a young town )

2021-09-18

ご高覧を賜り、允に嬉しく存じます。 呂律も怪しい駄文ではございますが。 表記の揺れは、現代人にも近代人にもなれぬ、私自身のアイデンティティの様なものです。 教養の拙さを披露して仕舞い、申し訳無く思っております。 旧仮名遣いを浸透せしめるには――つまり延命を施すならば――最も単純な方法がございます。 表記の揺れを是とし、効果とし、文法学者へと詩人らしい、放埓を披露することでございます。 なぜ美術技法には新旧のコラージュがあり、私達詩人(?)にはないのだろう、とう疑問を、提起出来ましたならば幸いに存じます。 (旧弊)

2021-09-05

典型的シュルレアリスムの文体です、ね。 一聯の後半から失速している、と感受を致しました。 最後の一行を形而上、メタに据える為だけの詩文、と解釈を致しました。 (然し時代とともに山積してゆく前衛の徒花を、現在という地平を。物憂くも思わずにはいられません。) (謝罪文 罵倒してごめんなさい)

2021-08-26

おひさしぶりでございます。 ご批評を賜り、嬉しく存じます。 端末の故障に拠りお返事が遅れましたこと、何卒ご容赦下さいませ。 臓物的、でございますか。思い至りますに、自身が外面に於ける観察眼ではなく内観的な側面、態度の表現を好む傾向があるからなのかもしれません。 今作は、素直に申しますなら、柔かく記述をし過ぎて終い、今一つ納得の行く作品ではございませんでした。 近頃は中々、自分に納得のゆく作品を記述する事の叶わず、長いスランプに懊悩しております。鍛練しなければならないと自らに言い聞かせつつ。 (鐘)

2021-08-17

拾って下さりまして、心より有りがたく存じます。 大概な理念しか示せず、允に恥ずかしいばかりでございますが。 目先の損得の感情でしか、行動を起さない、或る国民国家へのアンチテーゼとして。起稿をさせていただきました。 (ラストベルト)

2021-08-12

折返し、お返事を賜りまして嬉しく存じます。 基礎中の基礎しか思い浮かばず、允に申し訳ないのでございますが(哲学書は好きです、難読ですが。) ニーチェ、フッサール、ハイデガー、それと哲学始祖としてのプラトン、辺りでしょうか。 若い頃は、ウィトゲンシュタインに憧憬を懐いて居りました。如何やら永遠の未読に畢りそうではございますが。 浅学に過ぎまして、允に申し訳ございません。 然し、自分の考え、着想‐妄執に拘泥する癖は消えない様でございます。 (ラストベルト)

2021-08-12

折返し、お返事を下さりまして、心より嬉しく存じます。 少々遠回りになりますが、一想念を陳べさせて頂きます。 私は、個人の自由意志というものは虚構であると、感受致して居ります。 拡大を致しますなら、国家の自由意志も復、然り。 現実世界、現実社会とは、個人の行動に拠り、状況が変化して行くのではなく、状況に拠り、個人が変化して行くのであると。 日本人、中国人、米国人であるという事は、一見、異なって見えますが、それは、置かれた状況が異なるからであり、 決して個人的個性、国家的個性と言うものは、状況を決定する能力を具えてはいないのではないか、と。 上記の様な思弁は、シェイクスピアの作劇法より学んだ事でございます。 人間とは、分け隔てなく差別する生物であり、復、混沌より秩序を、混成より純粋を好む傾向が、在る様にも思われます(ナチズムも言わずもがな、)。 人間には、国家には、多分、複数の差異を混淆するセンスが決定的に欠けている、と思われるのです。 ノイジーマイノリティは排除されなければならない、その理念が崩壊する時、はじめて人は、国家は融和の方向へ、つまり、平和へと至るのではないか、 と思われるのです。長々と、作品に関係の無い、雑駁を書き連ねて終い、允に申し訳ございません。 些かでも斟酌を賜り、興じて頂けましたならば、僥倖でございます。 (鐘)

2021-08-12

ご閲覧を賜り、心より嬉しく存じます。 祈りとは静かな瞋りに他ならないならば、という前提にて、記述をさせて頂きました。 蛇足ではございますが、 今、中国と言う国家を見る時、私は嘗ての大日本帝国を見る様な心地が致します。 勝ったからか敗けたからか、積極的防衛か消極的攻撃か、正しいからか誤っていたからか、それは誰にも分らない、事と存じます。 何故ならば、歴史の梗概とは畢竟、国家の衰亡を以てして、締め括られるものであるからです、それは、個人の死と同じく。 象徴天皇制という、延命処置に拠って辛うじて生き長らえている、私達が。歴史が。 唯一つ、尊厳の有る人間として出来得る事とは、一切の暴力を放棄し、それを使役しない事でありましょう。 さはされど、八月と謂う狂おしい季節に、三島の死へと耳を傾ける時、危うい自分を灼き附く程に、感じます事も頻りなのでございます。 現代史は戦前へと向かっているのでしょうか。未だ蝉の鳴きやまぬ、酷暑にて。 (鐘)

2021-08-10

最後まで失速することもなく、張詰めた文体に鏤められた理数学、英語の綺羅。現代詩の先鋭に触れた心地が致しました。 (共犯者)

2021-08-08

さすが、ご慧眼でございますね。 本拙作は、作、寺山修司史、朗読者、昭和精吾氏、に拠る、一連のアジテート詩の影響を甚だしく受け、創作致しました。 youtubeでは、「人力飛行機の為の演説草案」を代表と致しまして、「国家論」「アメリカよ」等が視聴可能の様でございます。 私が、ポエトリーリーディングを諦めた理由も、そこにございます。是非一度、ご視聴をなさってみてくださいませ。 (ラストベルト)

2021-08-05

ご閲覧を賜り、允に嬉しく存じます。 「俺」と言う人称の扱い難さに、随分と苦労を致しました。 私も勉強不足の身でございますから、意識をして読解して行かなければならないと、自らに言い聞かせつつ。精進をさせて頂きます。 (ラストベルト)

2021-08-05

無駄無く、巧みです。然しその技巧が却って足枷になっている様にも、思われます。 書き尽せる事とは、実は非常に不自由な事なのかもしれません。 屁にもならぬ感想で、允に申し訳もございませんが。 一つの構図を呈示して下さる、筆力に感服を致しました。 (戦後詩君、君と切腹するね、ポエムちゃんはメンヘラだ、現代詩君は童貞だった)

2021-08-04

昔語りの話調に紛れ込んだ「水爆-原子爆弾」。 その齟齬から一挙に日本民族の起源心象史へと往還してゆくかのような筆致に、固唾を飲み、驚嘆を致しました。 「ぼおぼおと燃えている」のは空襲の町でしょうか。 「おに」と「おじいさん」が双児であること(出雲と大和の様に)、 共食いの果に、 「おに」は一切のシニフィエを剥奪された「アラバマ」へと赴く様に語られ、そしてそこが「既に海である事」(海という比喩も、絶妙です。) と結ばれて終る。 まるで野田秀樹史の「赤鬼」や「パンドラの鐘」、「桜の森の満開の下」に繋がる様な問題意識、寓意が込められていらっしゃる様で、 只、興奮し、腰が抜けました。 (*上記の解釈は、一個人としての精神錯乱者の感想です。) 素晴しく上質な作品を披露して下さりまして、心より、感嘆の念を覚える事も頻りでございます。 (アラバマ物語)

2021-07-31

お久し振りでございます。コメントを賜り、心より嬉しく存じます。 物質世界と時間の意味、存在意識や精神と謂ったものの関りを――自明では無いものとして――、 自己流に考え、言語に拠って構成をする営為も復、詩の一側面、と私は呼びたく存じます。 それを或は誤謬の果の譫言とも言い得なくはございませんけれども。論理学も学ばぬ浅はかな素人考えを、一呈示させて頂いております。 文学極道時代の栄枯盛衰も、今となりましては懐かしい心地が致します。 私は、屹度玄こう様に厭われていたのでしょう。知らぬ境地を教えて下さりましたのも、不勉強な私への慈善的な忠告であったのかも知れません。 箍を外したくても外せない人々、枠に収まることの出来ない人々のアジールであった、かの場所を、継承する様な運動が興らず、 私自身も復、主体的に運動を興せなかった事を、不甲斐無く噛締めるばかりでございます。 (思うゆえに在り)

2021-07-31

コメントを頂きました事に。今日迄気付きませんでした。遅過ぎる返信でございますが、何卒ご容赦を下さいませ。 気障な詩句ばかりを択ぶ事、甚だ恥入るばかりでございます。胡散臭き名辞に拠ってのみ詩的強度を保つ、悪癖を隠し遂せず。 未だ鍛練が必要な、空隙ばかりの拙作ではございますが、僅かでも愉しみ下さりましたなら、心より嬉しく存じます。 (思うゆえに在り)

2021-07-31

聊かでもお楽しみになられて下さいましたなら、心より嬉しく存じます。 文体やモティーフが二十世紀から変化しておらず、今、この時代に現代詩を標榜して良いものかどうか、何時も悩んでおります。 (思うゆえに在り)

2021-06-19

宣教師等の遺骸の一部が、聖遺物として扱われております事は、 初耳でございました。ご教授を賜りまして嬉しく存じます。 歴史的重要人物に纏わる遺品とは、文明化を遂げた人類の、トーテムの名残なのかも知れませんね。 (思うゆえに在り)

2021-06-19

文字‐書言葉という、純粋記号的な世界像が孕む或る脅威を感受させて頂きました。 寧ろ肉体にしか存在の意味は無く、意味そのものが仮想‐バーチャルの所産でしかない、と私などは思うものですから。 然し、書言葉が及ぼす存在‐現象への前提的疑問が、無駄無く簡潔に纏められていらっしゃる。 暫し立ち止まらざるを得ない御作であると思うばかりでございます。 (老化)

2021-06-18

ご講評を賜りまして、心より嬉しく存じます。 「私」という存在の自明性に、楔を打ち込みたく存じまして。蒟蒻問答の様な拙作を記述をさせて頂きました。 屈従は、やはり甘いのでしょう。巷間、近頃は奴隷商の精神を具有なされる感情的な奴隷が増えました様にも思われますが(自己批判を込めて)。 そして後半はやや失速気味の様にも思われます。研鑽の必要有り、とも。 (思うゆえに在り)

2021-06-18

好悪で批評をしてはならないのでしょうが、凄まじく好みです。 終聯のアクロバティックな叙述には、思わず舌を巻いた次第でございます。 (おちこちに御血のしたたる染みのあと)

2021-06-16

泊瀬様へ。 称讃を賜り、嬉しく存じます。 (試験―α)

2021-03-08

福まる様へ。悪文を褒めて下さり、嬉しく存じます。 色彩は崇高に、人物は不品行に。落差のみに生じる文体美を試行し、したためさせて頂きました。 (試験―α)

2021-03-06

ライ麦様へ。コメントを賜り嬉しく存じます。 ライ麦様は、凡そ文学の為し得る処の真髄を理解していらっしゃらないのだと、お見受けを致しました。 (試験―α)

2021-03-06

ダダに必要だったのはダダと謂う方法論ではなくて、ツァラと謂う花の香気であったのと同じ様に。 その花の片鱗が垣間見られる御作であると覚えました。些か熟し切ってはおりますが。 アスピリンを折られて。屹度ツァラも歓んでいることでございましょう。 追伸,ハンナ・へヒも忘れるな。 (ダダダダダダダダダダダダダダダダダダイズム)

2021-03-02

恰も筋肉少女帯の歌詞の様、と思いました次第でございます。 (だめ電波模倣犯)

2021-03-02

超絶技巧、ですね。 此処まで自在闊達な筆致を拝読させて頂けますことに、感謝の念を覚える事も頻りでございます。 非の打ち所もない美文、しかも淡々と。 (私たちもあなたたちも、彼ら彼女らも、みな眼鏡を探す)

2021-03-02

福まる様へ。拙作にレスポンスを賜り、嬉しく存じます。 時間の事を。考えておりますと。汲めども尽きぬ不思議が、興趣を伴って。さこそ、時間を忘れてしまうものです。 実は時間とは、その存在を何れにも有しないのではないか、等々。 昔から、夙に突飛な宇宙論が好きでございました。 万物が流転をするものならば、事象の中心といった物は存在しないのではないか、 或は総ての事象が或る特異点から発展をしたものならば、全てが事象の中心の一部なのでは、とも。 中心も辺縁も無い地平、それが形而的空間としての宇宙‐像なのかも知れません。 一部が全体を含む、と言う事。 (実像の閾、形而下の輪転)

2021-01-28

田中修子様へ。お目をかけてくださり、心より、嬉しく存じます。 特に高邁な思想、などはございませんから。ただ愉しんで頂けましたなら、僥倖でございます。 (実像の閾、形而下の輪転)

2021-01-26

類様へ。ご講評を賜り嬉しく存じます。 私には、教養はございません。有るのは教養への飽くなき憧憬ばかり、でございます。 そして、その様な拙作を読んで下さります方が、いらっしゃるという事の、掛け替えのない幸いを深く、噛み締めております。 (実像の閾、形而下の輪転)

2021-01-26

とても良く、簡潔に纏め練られた作品であると存じます。 「桜のように」とう結句には、些かそこのみが具象物であるが為に、意図をなされてか、浮いた様な感触を覚えました。 そこがフックになるか、とも存じますけれども。好悪の分かれる所でございましょう。 (触中毒)

2021-01-17

語彙が非常に潤沢であり、また、丁度良い圧縮率であると。 無理なく読める水準を、確りと把握していらっしゃられる。 不敵であり、細部にも気の行き届いた良作であると、主観視をさせて頂きました。 副葬品、轆轤首、八重歯等等。 なかなか詩作には聞かない言葉を以て見事にも昇華なされた詩行に、甚だしくも心酔を致しました。 (結紮)

2021-01-17

凄まじく上手い、としか。 置かれた詩文も、余白も。総てが詩となっていらっしゃられます。 かなり熟達なされた方と御見受けいたします。そうでなければ才気の、それはそらおそろしい程でございます。 (帰り道)

2020-12-27

修辞基礎を踏まえてよりの。 現代社会の包括する問題意識を抉り出す、筆致に、到底敵わない、と。憧れにも似た感情を懐きました。 流暢な語り口は、既に完成の域に達している、とも(朗読に耐え得る水準に在ると思われます)。 「犬」とは言及するならば私ではないのか、と読者自身が自を疑う様に、絶対的優位者である筈の読者の安全圏を侵犯する、構造を付帯し。 謂わば現代前衛表現の領域に於いての前提条件である、予定調和的関係への懐疑-解体に基く、 シニフィエの液化-混淆、或は蒸発が読了と共に訪れる、かの如く。 巧みな忌々しさを、堪能させて頂きました。 (People playing with dogs)

2020-10-10

終行、『うみなり』は海鳴と海為りの掛詞でございましょうか。 落陽ではなく「洛陽」である言辞の、企図を測りつつ。 咀嚼を致しましたなら、中々に強かな絡繰が施されている事を、目に革めては、独り言つ次第でございます。 空目ではないことを祈りつつ。 (羽衣)

2020-10-09

かずやさんへ。 褒めてくださってありがとうございます。 多分、詩という表現は、行間のみ ではなくて、一行の詩文のつながりのなかにも、折りたたまれた余白が隠されており、 それがほんとうの意味での、詩的な言い表しになるのかも知れない、と思い、いたりました。 (少女像―こどもの頃)

2020-08-07

最後になります。 私は――、自作品を通読なさって下さられた読者の皆様方を、侮蔑したことは。一度たりとてございません。これは明瞭と言い切れます。 舜舜様も、そうではございませんか。 読者の皆様と、観衆の皆様の差異は。一見無関係にも思える観衆の皆様が若し、舜舜様の熱心な読者でもあったならば。 その境界線を、割り切れましょうか。 私には、割り切れません。 面倒臭いと思われましたならば、ご返信は不要でございます。 度々の非礼の程を心より、お詫びさせて頂きます。 わたし観察するもの、蔑みも仰ぎ見もせず、ただ見る者であることを。願わくば。 (「中央公園より」)

2020-07-13

しつこくて、申し訳ございません。 何か違和感がございまして。 些か、茫漠たる疑問符に浮びました事などを。 多分、当御作はバンクシーの諷刺絵画に似ているのではないかと。 具体的に申しますなら、バンクシーが大衆に迎え入れられ、周知する処の現代美術家と為り得たのは、 その皮肉‐諷刺が万人の理解を容易に受けられる様に、(わかりやすさ)と(過激性)に徹し、衒うことに於いて奏功を呈し、今に到って在る、 その様相を想起、聯想致しましたものですから。 しかしそこに一つの問題がございます。バンクシーは、或は舜舜氏は、その観衆を如何なる感情を懐き、観察をしていたのか、と言う問題でございます。 私は、そこに浅はかな――他人の目を以て諷刺する――観衆へのただならぬ侮蔑意識が存在している様に、思われるのです。 それはよもや、純粋な悪意でもあるのではないか。群衆への醒め切った冷笑でもあるのではないか。 そう思いますと、身も凍る様な心持ち(屹度妄想でございましょう)が致しましたものでございますから。こうして管を巻いている次第でございます。 以上、蛇足でございます。甚だしく失礼な表現もあるかと存じます。合評マナーに抵触する、箇所も幾多、あるかも知れません。 それらを覚悟の上で記述をさせて頂きました。 どうか、読み飛しつつ笑って遣って下さりましたなら幸いでございます。 (「中央公園より」)

2020-07-08

ありがとうございます。 本当に、お久し振りでございます。 自分には詩と呼び得るものは書けない、とやさぐれては、抛り出して仕舞いたくなることも屡ではございますが。 私如きの作物に、激励の程をお送りくださるお方が在らせられる限りは、半ば自分を弁えつつも、諦め切っては為らない、 とも思うのでございます。 そして願わくば――羽蟻の不屈の意志を以て。 (机上晩餐)

2020-07-04

初読の衝撃と、爽やかな侮蔑。 人間は読む様にしか読まれない為に、平等を喚く者(私も)の抑圧された差別営為が浮彫りになる仕掛。 感性が若いのは佳いこととも。 (「中央公園より」)

2020-07-04

いすき様へ。 事物は略、五感で構成されております。 撓む、と謂えば  青年の群に少女らまじりゆき烈風のなかの撓める硝子 塚本邦雄 等々。 (石の苦悩)

2020-04-23

Um Fantasma様へ。 オンライン辞書台頭以前、辞典を紐解く習慣に、独り苦役と愉悦を覚えて居りました。悪癖ですが。 (石の苦悩)

2020-04-22

野良犬少年様へ。 私の詩は、何物をも意図をしません。 そして、疾うに滅びた物であると、自覚をしております。 (石の苦悩)

2020-04-21

カリカチュアに終始しており、猿の悪意を剥き出したかのような筆致には、薄ら寒い精神の貧困すら垣間見える。 そこに甚大なる共感の念と、感嘆を禁じ得ない。 冒頭の恣意的な文脈破壊に始まり、只管好戦的な威嚇、挑発は、挫折を知らぬかのように。若く、現代的な美質を崇拝し、謳歌している。 (豚男爵)

2020-04-21

佳く練られた野心作であると思われます。書き慣れていらっしゃられる御方なのでは、と推測を致します。 各詩型が違和感も無く融和なされていらっしゃられる。そして何よりも本邦に根差す土着的な原風景へと通底なされた筆致(しかも現代性を意識しつつ)、 表現を、可能とする筆力をそなえておられますことに、心深くより、感心を致しました。 必然的に、次回作をも期待せずには居られません。別傾向の御作にも、期待を寄せつつ。また、拝読をさせて頂けます様に、心より願っております。 (詩型(自由詩・短歌・俳句)融合作品 「花野」)

2020-04-21

表現主義への回帰、として拝読をさせて頂きました。 丁寧な叙景、そして自然物への心情仮託。 人工‐人知に傾くも甚だしき、現代という現実的事象のなかに於いては稀有な手法であると、皆様も思われる通りでございましょう。 御作の様な、現代詩の桎梏、範疇に収まらない作品を真摯に批評し、可能とする場所が更に必要であるとも、切実にも思えてなりません。 蛇足。 個人的願望と致しましては――完全に個人的な希望なのでございますが――、 物語性を超克し、 自然的美観にも自然たる所以の残酷、異物性を匂わしめる様な、陰鬱な視線を包含し、撚り、綯う事の叶いますならば、 抒情の奥行が更に深化‐内在化をされるかもしれません。 陰影と光線を同時に含む、明暗法的であるがゆえの緊迫性、正気と狂気の葛藤のような、冷徹なる苦悩、のようなものを、と。 (あなたの水の眼)

2019-08-21

ふじりゅう様へ。お返事の程、遅くなりまして允に申訳ございません。 ご称讃を賜りまして、心より嬉しく存じます。 身勝手な論ではございますが。 詩とは、理解は出来なくとも善いものなのではないでしょうか。 私自身、自己の詩擬きを理解出来得ているか、と問われれば口を濁す外には無いようにも思われます。 理性の条理とは論理を学とするものならば、 詩とは感情の条理とでも呼ぶべき某かを命題とする物であるのでは、等と仮想を膨らませているのでございます。 (球壜燈、単性磁極に拠る分節《わたしのピラマティスティーテ》)

2019-08-20

yamabito様へ。 辺境迄、ようこそおいでくださりました。 訳の分からぬシロモノにレスを賜りました、あなたの優しさに心より、感謝を致します。 私は文学極道でも落目なものでございますから、どうぞレスに於きましても遠慮などをなさらないでくださいますことを、切に願い已みません。 るるりら様へ。 斯様に無価値な代物にレスを賜り、尚且つ読解まで記述をしていただきまして、允、幸甚の至りでございます。 返礼と致しまして、自註、読解を致しましたものを下記に記させて頂きます。 しかし、作品を如何受けとめ、読解をして頂くか、は言うまでも無く、読者様の自由でございます。 下記は飽く迄、自作の一読者たる私の、読解の一例に過ぎません。それを念頭に置かれまして、閲覧して頂けましたならば幸いでございます。 __ 「夭き」母性‐「夭」は若死の象意、つまり既にして死せる母の意。 父性(クロノス・ゼウス)‐支配、征服欲の象徴としての子殺し、或はカニバリズムを継承する者としての男系、血脈。 幼時の虐待を「叱責と遊園」から「地球像の端整」が「濁る」ことに拠り暗示し、 「斥動」は斥力つまり斥ける力の意、斯くして成長をした「少女ユディト」は高らかに宣言する、魔術的解剖のこころみに蝶の死体に書かれた手簡を、と。 「娶らざれば~恩寵の断首」迄は殺害に拠り隠蔽されたホロフェルネスの説明‐描写、 結句、銀杏の実はその堅い殻を腐敗するまで埋葬ならず「隧」葬に費やし(「隧は墓孔、或は墓孔までの道の意) その隧の上を歩く群衆、壕に累々と降り積もる花は、結果として自らの屍(喩えて腐敗した銀杏の実)を踏んでいる、といった、処でございましょうか。 やや、力尽きましたので、以下、断片的な説明を。 「死の市街」は毒瓦斯に拠り無人となった市街、等を想像し、 『積貌学』は造語、ナチスドイツ時代の頭蓋‐観相学的人格特徴統計実験などを思い浮べつつしたためさせていただきました。 「楕円邸」は旧前衛建築をイメージ、 「綺羅を誇る~アポロンが完膚」迄は少々、説明致しますのが厄介なのでございますが、 背景には字義の通り、ナチスの優生学的思想を展開しつつ、 その象徴としてのアポロン、そしてヒュアキントス(土着神話の奔放象徴、つまり「自由」)の死の理由を劣性遺伝の結果として驕る(円盤はその神話に由来し)、 酷薄にして冷淡な寵児、そして新たな支配者としてのアポロン、と言う印象を以て、したためさせて頂きました。 「機械天文時計」はアンティキティラ島の歯車より着想を得、「關」はかんぬきの別字、 「人為」つまり人工の、「日蝕」の只中の「地球」を花の部位の名称「葯」に見立てさせて頂きました。 最終行、「翼果」は楓や冬楡の種子の呼称なのでございますが、 それが緋色の繊毛を纏った種でございましたなら、尚更麗しいのではないか、と想像をした産物、つまり造語でございます。 __ 以上、 雑把に説明をさせて頂きましたが、自身でも説明に甚だしく苦慮を憶え、 且つ説明不十分である様な創物を理解し得る御方がいらっしゃるとは、露程にも思えませんので。 次作はなるべく可読性の高いモノを投稿させていただきたく存じ上げる次第でございます。 若し、宜しければ。 (球壜燈、単性磁極に拠る分節《わたしのピラマティスティーテ》)

2019-08-11

せいろんさまへ。 褒めて頂きまして、心より嬉しく存じます。 それと、 何時ぞやは、突き放した様なレスポンスを送ってしまって、ごめんなさいね。 (あなたへ)

2019-08-04

藤 一紀さまへ。 お褒め賜りまして、嬉しく存じます。 一度放たれた言葉は、放たれたままの容を取り、返って来るものであると、心して詩作に挑みつづけたく思う所存でございます。 (あなたへ)

2019-08-02

聊か、焦点の合わぬ、雑感などと読み流してくださいませ。 普く愛とは、独善的なものなのではないでしょうか。 そして、反撥する精神も復、独善的なものであることに何等変わりはない、とわたしは思います。 自己満足でございましょう、誰かがあなたを心配致していらっしゃると致しましても。 しかし、私達には他者の重責を――独善であるとしても――、共に担い得る、両腕がございます。 その両腕は、いつか誰かを抱きかかえることもできるかも知れない。そう、思えるのです。 あなたも、親になれるのです。その時、あなたはみどりごを「私有物」として扱うのでしょうか。 願わくば、 「この子を産んで良かった」という言葉の、代わりとなるものの一つとしてない恩寵に満ちた独善が、あなたにもわかる日が訪れます事を。 (アンコールメモリー)

2019-08-02

田中修子さまへ。 身に余るおことばを賜りまして、心より嬉しく存じます。 全くお返事として成立をしていないような駄文をつづらせて頂きますが、今しか書き遂せないこととして、つかの間、傾聴を頂けますなら、嬉しく存じます。 以下、自らへの内省として、書かせて頂きます。 sns、ネットには、今という概念しか存在を致しません。過去、長期的展望といったものはインスタントな承認欲求を前に、無意味です。 情報の洪水のなかで、あらゆる直感的即断を要求され、人々はより煽情的に、不安定にならざるを得ない、それが今、という時代の趨勢なのでございましょう。 その様な環境の只中に於いて、熟考や、自己懐疑は捨て置かれるべきものと為って仕舞った様な印象を受けます。 漠然とした共通言語のコロニーを生成し、価値観の異差、に拠って否応なしに分断を科された「わたし」が辿り着く処とは、 外‐集合的な価値観へのヘイトスピーチであり、貌さえ知らぬ誰かへの、憎悪、そして徹底的な排斥でもあるでしょう。 若さとは往々にして、過激な思想や偏狭な暴力に惹き寄せられるものでもございます。 その点に於いて、――最早若くはない私は――未成熟な侭成長をしてしまった欠陥品なのでしょう。 至極簡単な事ですが、受け容れない者は受け容れられない、ものなのでしょう。 私は何時何処に於いても――受け容れられない、鬱屈や憎しみを抱えて、生きて来たものでございます。そして私は、他者や善意を信じない、人間と為って仕舞いました。 私は、鬼畜なのです。 本作「あなたへ」も普段の私ならば、下らない駄作として廃棄処分をしていたことでございましょう。 私に於いて共感は、敵なのです。 時処を溯りますが、私は、学生時代に於いて、排斥と暴力、つまり深刻な「いじめ」を受け続けておりました。 抵抗行為は、彼等と私を同じくする、醜い精神を発露する様な、悪への肯定と感ぜられ、それを自ら禁じておりました。 弁当箱に唾を落とされれば、粛々とそれを食し、シャープペンシルにて腕に夥しい刺突の穴を開けられれば、血の滲む侭それを任せ擱き、 逐一所作を嘲笑われつつ、教師にも見放され、言葉は悉く――同窓の彼等は一丸となり――無視を受け続けました。 殴打等の記憶は、曖昧にて、思い出すことは叶いません。 その時より、私の価値観は固定され、他者とはその様に振る舞う者である、と確信をして生きてきたのでございます。 短詩は、その頃より作り始めておりました。 内容は愚にも附かぬものではございましたが、生きる縁でございました。 決定的な、共感態度への否定、の契機となりましたものは、嘗ての親友より浴びせられた悪罵、でございました。 そして、私は、壊れました。 如何にか底辺高校を卒業し、私立大学への進学を果した頃には、自棄に陥り、碌に通学もしないままに退学届を提出することと、為りました。 それより引籠り続けまして、略今までの実人生の過半を、他者と会話する事も無く、過ごして参りました。 被害妄想が出現し、家族への悪罵を吐き、自室の壁を金槌を以て叩き、 何処かに盗聴器が仕掛けられているのではないかと、自室の畳を総て引き剥がす、等々、異常行動を来しました後、家族に連れられ精神科の門扉を叩きました所、 下された病名は、破瓜型統合失調症、でございました。 以上が、今に至るまでの私の履歴、でございます。 私は、救いの手を、知りません。 長々と、作品と関係の無いレスポンスをしてしまいまして、允に、申し訳ございません。 (あなたへ)

2019-08-02

せいろん様へ。 あ、私、精神分裂病な者でございますから。 些か、否、甚だしく常軌より逸脱をした、産業廃棄物の様な狂人でございます、従って、聊か失礼な読解と為って仕舞いますやも知れませんが、何卒ご容赦下さいませ。 要約致しますなら。 地雷である「私」の頭はおかしく、従ってそれを起因とする「私」の危険物的性向、それを根拠とした「私」の自殺幇助への依願、をお認めに為られた、 信仰告白の様な作品である、と申せば。宜しいでしょうか。 構わないのではないでしょうか。若し、真摯な――内省の果てに御作を世に送り出したのでございますなら。 精神病院か瓦斯室に、除去されるのは。社会機構の螺子一本にすら成れない わたし なのでございましょうから。 飽く迄、詩とは虚実を舞踏する人間の実象(それは畢竟狂気の領域を含み、 寧ろ瞭然と展開を迫るべきでもあり)へと冷徹な観察眼を常に張り廻らしめ、復、間断なき理性を要求する、一つの営為であり。 言葉に拠る美を追求して已まない、理由‐目的無き淋しき一人遊び、なのでございましょうから。 お大事に。 (私という地雷)

2019-08-01

きみ、が惹句として機能を果します様に、一旦、現実的条理性から自己を、きみ、を客体視(絶対的客観などは存在しないのでしょうが)なされてみるのも一つの方法であるかとも存じます。 きみ、を個的意味より離岸せしめ、公用的な意味を孕む、一般存在としてふたたび把握し、ひとつの視線標識とし、それをあなただけの視野に拠って、今一度違う角度、座標より記述を試みる、 その様な過程に拠って、始めて独創性、個性を表現し得る作品と為り得る、のではないでしょうか。 出鱈目に下手な私如きの進言、僭越かとも存じます。何卒、ご容赦くださりますことを。 (月と、きみと)

2019-08-01

田中修子さまへ。 知恵の乏しい、私のような者に、恐れ多いおことばを賜りまして、允に嬉しく存じます。 いっその事、と思う日々も、朽ち木より降る枯葉の様に、切株の傷痕の様に、淡々と過ぎて行くものでございます。 あなたがいと高くご成長を遂げてあられますことを、心より安堵と――目映く繁れる樹を見上げますように、嬉しく思っております。 あなたの誠実な、真摯な創作への姿勢に、ただ、心をうたれております。 これからもご健勝であられますことを、遠くより、群衆の一粒として、願い已みません。 (蠅)

2019-07-28

田中修子様へ。御作、拝読をさせて頂きました。 一言で片づけてしまいますなら、到底私如きが異論を唱えるのも烏滸がましい、筆舌に尽くしがたい絶品である、のは瞭然なのでございますが。 私達のなかに於きまして、 自衛隊の方々とそのお家族を除いてではございますが――自ら出征し、或は出征して行く血縁者を見送ったことの有る方がいらっしゃいますでしょうか。 当然、私はこの国に人と産れてより、戦争を現実に体験した経験はございません。 多くの方は、その起点に於いて平等であると思われます。 戦争写真とは――血の抜かれた肉の様に――意図的構図化を施された、現実の加工品である、と私は考えております。 そして広義に於いて芸術とは、普遍的人間性を超克し、 そのありのままの嗜虐心や殺戮の歓喜、毒に満ちた微笑や純然たる生存競争を、突き放しつつ――躊躇わず刻む、その様な行為でもある、と認識を致しております。 然し、其れだけなのでしょうか。われわれが残しうる人間性とは。 例えば、クレーの着色硝子の様に美しい視線や、カンディンスキーの線と線に拠る音楽的調和の様に、 純粋に美しく遺留された作品群は、今を生きる私達の胸にも曇なき感銘を呼び覚まし、已みません。 前段とは矛盾をして仕舞いますが――、 私達は、凡ゆる情報を歪像として、受容する事しか適わない存在なのではないかと、つまり超越的客観視、と言う物は幻像であり、 畢竟、私達は主観という獄舎より見える物をしか感得しえないのではないか、と思われるのでございます。  総てが美しい訳ではない、人間の本質を追及し、暴き出しても猶揺るがなき詩情を全うする姿勢には只管感服を致します事も頻りなのでございますが、 「語るべき平和も戦争も持たない あなたの持つのはただのビラでありただのプラカードでしかない あなたのなかにはなにもない」 と言う詩句に附きまして、 正直に申しますなら、虚を突かれた様に、私は怒りを覚えてしまったのでございます。つまり、図星だったのでしょう。私に限りますならば。 然し、身を擲ち、真摯に戦争を悲しみ、そを克服せんとする方々がいらっしゃるのも事実でございます。 少なくとも、此のネット媒体と言う仮想空間に於ける安全圏からではなく、 現実に行動を起こし、何某かを守らんとする、 時の趨勢、その嵐にも屈する事無く立ち向かい続けておられる方々の意志を「ビラであり、プラカードでしかない」と断罪をなされる権利は、 私達の誰一人とて持ち得ないのではないでしょうか。 作品批評より掛離れて仕舞いました様にて、允に申し訳ございません。 モンスタークレーマーの様に、重箱の隅を咎めんとする、私の愚かしさを、どうか笑い飛ばして遣ってくださいませ。 (蠅)

2019-07-27

圧巻、でございました。まるで一篇の短編小説を拝読させて戴いた様な。 強靭な筆致に思わず、畏敬の念を懐く事、頻りでございます。 喩えて 黄金に燃え立つ雄雄しきミモザ、熟麦の様な顎髭、総身 聳え立つ山嶺を踏破する、四肢――その偶蹄、嵯峨の膚を削るかのごとくに―― 嵐――そして復も嵐、而して難攻を物とも為さず、孰れより到り、孰れへ去るのか 轟々たる濫海の如く、嵐そのものかの如く貴き その名 カプリコーン 思わず、便乗を致して仕舞いまして、申訳もなく。 質実剛健、且つ気品有る、確かな描写力に感服致しました。 (黄金の山羊)

2019-06-06

エルクさんへ。 私の様な傲岸極まりない人間の、頑迷を真摯に受け止めて下さりまして、允に慚愧の念に堪えない次第でございます。 書くべきか、否か逡巡を致しましたが、敢て自己検閲に拠り封殺するべき、叛社会的な言挙げをさせて頂きました。 手綱に抗う放埓な、私とは酷く醜い怪物ではないのかと、懐疑を払拭しえない事も甚だしく。猛省を致します事も頻りでございます。 >籠を巡って とんでもない! エルクさんの仰る様な見識の方が、ずっと素敵でありましょう。 (籠地獄)

2019-06-04

エルクさんへ。 申し訳ございません。些か気分が動転を致して居りまして。 取り止めの無い返信となって仕舞うであろう事を、ご容赦下さい。 私の様に――、実社会との関係性が希薄である、所謂、「引き篭り」に係る事件が、社会問題として浮揚を来し、 ソーシャルメディアに於きましても紛糾を極めている様でございます。 以上を踏まえて敢て、主張をさせて頂きたく存じます。 平均的存在への犯罪、冒涜としての詩、及び詩人達は今や飼い慣らされ――屹度、汎社会的秩序と親密に為り過ぎたのでしょう。 何時からでしょう、規範的存在としての桂冠‐鶏冠を戴き、ヘルメスの悪を白く塗潰し、偶像の貌を銭貨と掛け替え始めましたのは。 不文律、その禁忌への限り無い接近、或は禁忌そのものを記述する、破滅への橋梁に關(かんぬき)を掛け、悪霊を嘔吐し、 徹底的慈善の許へ跪きながら――硫黄の華を誹る様に――教育を施されて仕舞いましたのは。 舌禍以外の何物でもない、斯様に不健康な精神を吐瀉するゆえに、私は愚かなのでしょう。 痛い病人と、哂って遣って下さいませ。 以上、蛇足。 私は、出自を明かしますなら。辺鄙な田舎に戸籍を置いていた者でございますから。 寺山の「フィクションとしての故郷のエスキス」を、 虚言故の永続‐普遍を、憧れを伴って――悪い夢の様に――心象へと受容し、復拒絶して、今に帰るのでございます。 復、坂口安吾訳のツァラ詩選が存在致します事を先程知りまして、未読を愧じつつ。是非拝読を致したく、貧窮のなかにて。その手筈を模索しております。 そして 籠とは籠の内の存在に、他者の所有物である標を附与する装置、と、私は感受を致しました。 (籠地獄)

2019-06-03

エルクさんへ。批評を賜りまして、允に嬉しく存じます。 喪われた近代、 現代に於いての限り無い緯糸――つまり同時性の広がりと、記憶喪失の様な経糸――個の歴史の断絶のただなかに有り、 些かの問題意識、危惧を覚えつつ。本拙作を認めさせて頂きました次第でございます。 付け加えますなら、寺山修二の影響も甚だしく、文体に散見し得るかと存じます。 籠の内に籠の外に際限無く籠が在り、誰も籠から遁れられなく。私達もまた、何物かの籠なのかも知れません。云々。 (籠地獄)

2019-05-31

タイトルにて、損をしていると思いまして。 個人的感覚ではございますが。 而して 内容の技巧性、独自性には眼を瞠るモノがございますから、 是非ともこの路線や外の路線にて突き抜けて戴きたいと。申し上げる次第でございます。 (親父は暴走する列車に乗って)

2019-05-27

昨今に於いてはsns、等の。其処彼処に見受けられる‘優等生的表現、及び主題’への一諷刺として、拝読させて頂きました。 (手紙)

2019-05-22

藤 一紀さんへ。 お褒めに与り嬉しく存じます。 自分でも書きながら訳が分からなく成り掛けることも屡でございますが、 御陰様で、朦朧とした心像を苦心しつつも現象体へと仮構をさせて頂いております。 ウラジミール・タトリン氏は、wikipediaで調べるならばいかなる人物であったかは、一目瞭然でございますが。 彼の脳髄から現出された建築構想、機械美術、 それらデザインの片鱗に触発なされることも一興かと存じます。 現実世界に於ける存在としての人物記述は、私を現実へ繋ぎ留めるザイルの様なものでございましょう。 (11月、転落する幌附乳母車)

2018-08-23

エイクピアさん、三浦⌘∂admin∂⌘果実さん、もなかさん、stereotype2085さんへ。 ご高覧を賜り、允に嬉しく存じます。 以下、個別に返信をさせていただきます。 エイクピアさんへ。 冒頭、矢印は謂わばタイポグラフィの出来損ないと申しましょうか。 ネットのフォーマットの中では、字組、配置に限界がございますので。 三浦⌘∂admin∂⌘果実さんへ。 本作は、マレーヴィチを代表としたシュプレマティズムに始る、 ロシアアヴァンギャルドへの葬送曲として起草をさせていただきました。 ソビエトと言う極寒の表現制限時代を向える迄に、幾度もの民衆蜂起が有った訳でございますが、 題名はその中程、十月革命より類想を致しました。 はてさて、何故、乳母車が登場するのか。 或は帝政ロシアの嫡子が、虐殺された血族の希望が睡っていた、乳母車なのかも知れません。 或は民衆の自由が葬られた、否、自ら葬った自由なのかも知れません。 もなかさんへ。 お褒め賜り、復、重要な指摘を賜り、允に嬉しく存じます。 最終聯、 私のなかの帝政時代への、復、喪われた共産主義黎明期への憧憬が首を擡げて、詩情を阻害してしまったのでしょう。 そう、些か話が脱線致しますが、 曰く代表作とも謂われるショスタコーヴィチの第五交響曲第四楽章「革命」より、 私は第四交響曲を本作の構想契機として推挙致したく。個人的な嗜好ではございますが。 件の交響曲は、第一楽章から一気呵成に盛り上がり、最終楽章は死絶したかの様な頽廃―静謐に終ってゆくのです。 まるでソビエトと言う理想された国家機構の、終焉を予期し、黙視する様に。 夥多、彼の影響を受けて構成させていただきましたが、 成果としては今一、精彩を欠く創物と成り果てて終った感覚も有り、それが今後の課題でもございましょう。 stereotype2085さんへ。 本作、記法からして伸びやかな詩情とは対極に存在を致しておりますが、 私は到底抒情にそぐわない、 危険思想に肉薄することでしか表現し得ない命題――それはヒトラーやレーニンと言う象徴で在る事も有り、 叛基督教的で在る事も有り、叛現代国家で在る事も復、然りでございますが――、 それら洗脳美学、殲滅美術とでも呼称するべき、一連の煽動に拠るプロパガンダの結実を、 美しい悪として寵愛致したく思う、私が、確かにそれらの存在を赦しているのです。 如何なる誤謬であるとしても、 その誤謬の本質を洞察するには、本質の渦中に自らを投じなければならない、とも。今は思われるのです。 (11月、転落する幌附乳母車)

2018-08-22

簡潔な表現。そしてリフレインが奏功を醸し、最適に機能をしていらっしゃられる。 メメント・モリも死語の様なものではございますけれども、 肉体―精神の死、その陰画でもある生きて在ること、絶無に帰趨するべき万有、死の奇跡。 それらに肉薄する為の、主題が佳く伝わってきます。 「コンコン」は昏々でしょう、か。 (死人は)

2018-08-18

湯煙さん、ご拝読を賜り允に嬉しゅうございます。 種明かしを致しますと。現在、ショスタコーヴィチにハマっておりまして。 ショスタコーヴィチと申しますならば、 国家という社会機構、その検閲に深く懊悩をした人物として想像に難くないでしょう。 黒はナチスドイツ、 血は赤、 赤と言えば共産主義国家機関、ソビエトの旗章、という至極簡単な種でございまして。 それが今に何故繋がるのかは、謎ですが。 あらゆる表現統制の窒息しそうな苦苦しさ、を起稿させていただいた次第でございます。 (血と黒)

2018-07-29

スラップスティックな実験詩として、復、何より表現が明朗であることがとても好ましい御作である、と。 社会事象をグルグル腕に捲いて、急行電車をゼイゼイと追い抜いて行く様な。 それでいてコンセプトも揺るがないのですから、相当、熟達をしていらっしゃるんだろうな、と。 何を怪訝な顔をしていらっしゃる。 気の利いた面白いことは、なにひとつ申しませんよ。文化人や芸能人じゃ在るまいし。 ああ、でも筒井康隆的ではございますね。 (K)

2018-07-28

共犯者

2021-08-08

駅 短歌七首

2022-08-01

2022-11-06

何でもいい

2022-11-27

月蝕

2022-11-19

玄明

2022-11-29

ナンセンス

2022-11-24