みうら

投稿作品数: 31 コメント数: 750プロフィール: Radioじらいげん @jirai_radio はFMラジオの番組です。そのようなことに関わりながらも小説を一つだけ残せればよいかなと思いつつ。

投稿作品

赤い川

2017-12-04

バカモノ論

2017-12-18

💣

2018-01-01

ろくでなし

2018-06-03

帝王切開

2018-08-15

0. my world.

2018-09-01

綺麗な産卵

2018-11-05

コメント

survofさん。ごめんなさい。回答が遅くなりました。survofさんが登録に使用されたメールアドレスをお知らせすることは可能です。しかし、設定されたパスワードは残念ながら運営でも簡単に調べることが出来ず。もし必要であれば、私のtwitterアカウント@kajitsumiuraへDMか、もしくは、私のメール:gogo.brev@gmail.comまでお手数ですが、お知らせいただければ、登録されたメールアドレスを回答致します。survofさんの登録が間違いなくされておりましたことは確認しました。 (《雑談/議論/自己紹介スペース》)

2017-08-27

fiorinaさん ご意見有難う御座います。BーREVサイトを言論も含めたメインの場として、twitter等の外のSNSへと展開するハブ空港的なこと、よく解ります。じつは、次回工事の予定に当初、「掲示板上の全コメントが、twitter上でツィートすると、それがそのまま掲示板上のコメント欄へ表示される」という完全twitterとのリンク型の実装をエンジニアと相談しておりました。ところが、費用がとても高額な為、断念した次第でして。fiorinaさんが感じておられること、私も同様に感じておりました。「掲示板では閑古鳥が鳴いて、一方twitterでは盛んに議論がされている状態」これについて、もっと打ち明けますと、「発起人同士、キュレーター同士の作品選評の議論はtwitterのDMチャットにて白熱しているのに、twitter上の参加者が居る「表」ではまったくB-REVのBの字も出ていない、話題にもまったくされていない状態が数ヶ月続いておりました。掲示板もまた同じく淋しい状況でした。そこで、とりあえず、三浦が即実行出来ることとしてtwitterの公式アカウントにて、現在のような少し白熱感を生みだそうとしておる次第です。長々とすみません。fiorinaさんの御意見はとてもタイムリーなことで、今後更に掲示板が言論の場としても多くの方が楽しめるよう努めてまいります! (《雑談/議論/自己紹介スペース》)

2017-12-14

なつおさん 初投稿有難うございます!後ほどコメント入れさせていただきます! (《雑談/議論/自己紹介スペース》)

2017-12-14

大熊あれいさん ご参加いただきまして誠に有難う御座います!私もコメントを書き込んだり、そもそもの作品への自分の感想などを文言にまとめること自体が大変苦手です。でも、他者の作品を少し読んでみただけで、自分の作品へ活かせることがありますね。私、この一年間で体感しました。今後とも宜しくお願い申し上げます! (《雑談/議論/自己紹介スペース》)

2017-12-14

kaz.さん コメント有難う御座います。 土着な作家・・・私にとってはまったく気にもとめたことのない作家さんたちで。。いわれてみると、ちょっと興味が湧いてきました。埼玉、もしくは、出身地の福岡の土着な作家さんを探してみます。単身赴任先の大阪は・・なんとなく、やめておきます。。 湯煙さん コメント有難う御座います。 相当昔にですね、ウィスキーかなんかのCMで、ペンギンが踊っているシーンがよくテレビで流れてたんですよね。俺たちひょうきん族でも、誰か着ぐるみを着てやってたかもしれません。いづれにしましても・・・80年代初頭の、一億総中流社会とか云われてた無風な、ふわふわした時代の話ですね。。湯煙さんの絵文字だらけの作品をみてみたい・・ (殺されたポエムの子供👶たち)

2017-03-09

読者の皆さんにはイミフな固有名詞が続くと思いますが、勘弁してください。↓ 『Tangerine Dream』というタイトルをみて、既視感に襲われた。これはなんだっただろうと・・ 渡辺美里の歌?もしくは、佐野元春が「新しい航海」という曲のデモ版で呟いてたアレ?いや、そんな80年代の主流で聴いた言葉じゃない。たしか、渋谷陽一さんがロッキングオンでラジカルやらなんちゃら云っていた頃に耳にした言葉だ。なんだったけかな。。たしかね、ギタリストなんだ、神経質そうなギタリスト・・ そうだ!ロバートフリップ! キングクリムゾン! プログレ! 失礼しました。まあ、いわゆる、そういう作品ですよ。 その・・一度、パンクムーブメントによってロック(死語)が解体されたんです。で、そのパンクが敵視してたのが、プログレなわけです。(これは平たく話す三浦の持論)で、なので、元パンクスの私からしますとですね、本作『Tangerine Dream』は破壊対象です。そこで、作中のプログレ仕様言語は私がパンク言語に置き換えます。 『伏せ目がちの神様』⇒泥酔した神様 『千年前に無名の端役』⇒バッドエンドで有名になった死体役 『期待されない女神様は ディラックの海へ引きこもり バトンタッチを待っている』 ⇒権力にのさばる王様は ドーバー海峡へ放り込め ダッチワイフに手錠しろ 作者もとこ様、思わずダイブ、やっちゃいました。大変失礼しました。 (Tangerine Dream)

2017-03-08

初体験を読者の皆さんは良い思い出として持っているだろうか。僕はもう、あれから30年が過ぎた。あの、4つ年上の女子大生は、その後、立派な美術教師になられたのかな。ということを読んで思った、きらるびさん投稿2作目『まいまいつむりのまいこちゃん 』。たしかに、病院って少しエロティックな雰囲気がありますよね。不謹慎だけれども。 本作へのコメントを私は、投稿3作目『発熱の雨』を読んだ後に書いていますが、作者:きらるびさんの作品に漂うような愛はマボロシのようで、とても儚い。その愛は、仄暗い系男子が奥底に持っている消えそうで消えない炎を抱擁して、そして、ひと息で消してしまう風のようだ。 読者の皆さんは『発熱の雨』と併せて読むと更に楽しめるかもしれない。 (まいまいつむりのまいこちゃん)

2017-03-15

読者諸氏のなかで、アフリカで雷に遭遇した経験を御持ちの方はいらっしゃるでしょうか。エチオピアで体感する遠雷と、日本の家屋のなかで猫と微睡みながら耳にする遠雷は大きく違う。日本人にとって遠雷は、夏の夕立ちのように心地よいものだったりするけれども、大陸できく雷は、まさしく「雷鳴」。本作『茄子のうし』の雷の音は、遠くで飛んでいるヘリコプターの音のように眩暈なんだ。 kikunaeさん、投稿有難う御座います。 (茄子のうし)

2017-03-15

いよいよkaz.さんの投稿3作目である『濫作🌊防波堤 』。今回はフォルムをスマートに展開。その効果は読者の皆さんも「読みやすい」と感想を持たれるのではないだろうか。しかし、前2作品の奔放さがやや薄れた作品である。その変化は、「願い」のような気持ちを代わりとして、入れてこられた感がある。ん、ん、ん、私的には二作目が一推しの感か。読者の皆さんは、どうだろう。絵文字路線のkaz.氏の今後の展開に何を期待されているだろう。 私的には、英語と絵文字だけの作品をみてみたいと思う。なぜならば、絵文字は情緒的。その情緒と合理性が先に来る言語のミックスされた作品を、一度みてみたいと望む。 でも、なんとなく、kaz.氏は次回、まったく違った作品、予定調和にならないものを持ってくる気がしてしょうがない。 なんといっても、kaz.氏の作品の魅力は通りすがりの人をアッと驚かせる、落書きテロルであるからだ。 (濫作🌊防波堤)

2017-03-07

YUU_PSYCHEDELICさんの初投稿作品『雲』は、中学時代に失恋を経験したことがある方なら、たまらない作品である。 もとこさんも自身の過去に触れられていらっしゃるけれども、私は、中学時代に恋愛などしたこともなかった硬派である。 (硬派:死語)。本作『雲』を読み進めると「そうだ、そうだ、その通りだ」と頷きながら、心がパッとなる。 最終連で泣けない仄暗い系男子が、もしいたら、お前、詩書きなどお辞めなさい。以上。 (雲)

2017-03-05

田中ジョバンニさん 要望箇所修正しました。 (愛とモンゴル)

2017-03-05

田中恭平氏の早くも二作目の投稿作品『石の眼』。 読者のみなさんは、楽器を弾かれることはあるだろうか。ギターやピアノ、または、ハーブ。 ひとりぼっちでギターを弾いたりしていると、なんというか、言葉に出来ないんですが、ひとりぼっちで読書するのとは、違うと思うんですね。私は。御存知無いかもしれませんが、きのこ帝国というバンドの『春と修羅』という歌が僕は大好きで。なんか全部めんどくさくなって、午前3時にギターを弾いてるんです。その歌の内容のことなんですけどね。 田中恭平さんが本作『石の眼』で現したこと、それは、もう考えることはやめようよってことなんだと思う。 僕はこの作品で泣いた。なぜか。まあ、理由はなんとなくあるけど、それは私の過去の何かが共感したんだと思う。この作品に。ありがとう。田中恭平さん。 (石の眼)

2017-03-07

【18歳以下の方。読むの厳禁の以下コメントです】 私のペンネーム三浦果実の果実とは椎名林檎ちゃんへのリスペクトを表している、ということはまったくどーでもいいことですが、『果実の上で横たわる女』とは、禁断という名のセックスのシンボルだと思う。セックスを作品にする時、読者を問答無用で縛ってしまうような強引な文体が必要であり、更に大事なことはタイトルである。タイトルとは、キスである。男はキスでイってしまうことはないけれども、女はキスでイってしまう。ことがある。タイトル『プリン』。どうですか?読者諸氏。 (プリン)

2017-03-11

エイクピアさん。お待ちしておりました。先に花緒氏もふれております通り、エイクピアさんが、当掲示板の投稿ラッシュの口火を切られた方なのです。ずっとお待ちしておりましたよ。本作『日清戦争』、じっくり読まさせていただき、また、改めてコメントさせていただきます。 (日清戦争)

2017-03-07

詩作品とは万華鏡のように、読者によって無限にイマージュが広がる。その「読む技法」のなかでも、ズームでとらえるかワイドでとるか、というパースペクティブな要素は大きくある。と思う。本作『日清戦争』というタイトルを一見すると、読者の多くは、その思想的な言質を取りにいく、ズームな読み方に誘われてしまう。私は、詩を読む時、じつは、ワイドレンズしか使わない。 そのワイドレンズで読むと、『日清戦争』から想像する私の世界は、シルクロードなのだ。 猫と東西道と仏壇屋が私にはシルクロードにみえた。読者の皆さんはどうだろうか。 (日清戦争)

2017-03-11

ストリートスライダーズの「カメレオン」という曲を読者の皆さんは御存知だろうか。いや、ごめんなさい。知らん知らん、ですよね。その歌は、呆れたベッドルームで転げ落ちて落ち着かないカメレオンの歌でして。いや、わかっております。トカゲですよね。そうです。本作『透明な日曜日のトカゲ』で登場するのはトカゲです。でも、カメレオンもトカゲの一種だと思うんですけどね。で、じつは、わたし、若い頃、四匹、グリーンドラゴンとイグアナを飼ったことがあるんです。なんといいますか、イグアナって、女の子とやっちまってはっちゃけた後にの部屋の風景に、なんともマッチングする生き物なんですよね。わかりますかね。なんとなく、天才詩人(当サイトの一応のリーダー)は「わかる!」って云う気がしますね。。 失礼しました。 その、はっちゃけた部屋の風景、なかんずく、日曜日の朝!。そう。日曜日の朝のベッドルームにイグアナが居ると、なんというか、トリップできるんです。大麻とかマリファナとか使わなくてもですよ。(すみません!) 透明な土曜の夜が明けたら、そこにトカゲが居る。じっとして。そんな風景を思い起こす『透明な日曜日のトカゲ』。 白犬さん、初投稿有難う御座います。 (透明な日曜日のトカゲ )

2017-03-07

どうやら最近、こちらの掲示板では、『女子(らしい人も含む)の作品には魔法が宿る』説が流行しているらしい。いや、ジェンダー差別ではなく、逆に云えば、魔法が宿る作品は、全て女の子らしいのである。 そこで、初登場、二個優さんの『約束印の絆』。ほら、読者の皆さん、これです。これ。 これを『魔法が宿る』というのですよ。 (:/るーかさいと) (:/るーかさいと、まーじなる) もう、これ以上は紹介しません。解けない魔法にかかってしまってください。 二個優さん、初投稿有難う御座います。 (約束印の絆)

2017-03-07

読者の皆さんには、なんとも恥ずかしくて言えないことであるが、ホントに私は無学なのだ。 『賽子』という漢字が何を意味するのか判らない。しかし、ググって調べることはせず。。それは、なんというか、現在の私で読みたい、読んで発せられるところのエモーショナルを第一義としたいから。もっと平たく云うと、一次情報が二次情報になってしまうのですよ。せっかくの作者からの贈り物が。 しかし、『賽子』というワードは本作のなかでは大事な言葉である。それはバカな私でも判る。この読み方は作者に対しては、大変に失礼なのかもしれないけれども、御容赦いただきたい。 では、キーになる『賽子』をどう意味付けするのか。 読者の皆さんには、バカな私に御付き合いいただいて大変悪いのだが、これは、何か投げる「モノ」であることは、書かれてある通り。次に続く、 『すべて 祈られ、望まれたものにふさわしい形を与えるため』 これは一体、なんだろう。私がもし、望みを託して、祈りを託して、投げるとしたら、それは、お金だ。 しかし、いくら私がバカでも、『賽子』という漢字がお金を指すことではないことぐらいは判る。いや、でももしかしたら、お金の隠喩なのだろうか。しかし、これ以上時間を割くわけにはいかず、「お金のようなもの」と仮定して読み進めることにした。。。。 最終連まで読むと、なんだろうか、ホントに「お金のようなもの」という仮定は果たしてよかったのかと、考えてしまう。 どうやら、人と人の出会いというのも、「偶然の必然」のようなことだ、というようなメタファーが見え隠れする。しかし、まあ、お金の存在も、偶然のようで、必然のようなものが備わっているし、それで由として読み終えた。 なゆた創さん、初投稿有難う御座います。 (一擲)

2017-03-07

「筆致力」という言葉を、賢き読者の皆さんは御存知だと思うけれども、現代詩ど素人な私は、言葉を知ってはいるけれども、実感として感じる機会があまりなかった。先月、当掲示板がスタートして、その始まりの頃、migikataさんの『この世は終らないそうだ』を読んだ際に、「ああ、これが筆致力を感じるということか」と思ったりしたのだけれども、『この世は終わらないそうだ』はどちらかと云えば、ストーリ性に富んだ作品だった為、特に筆致力が印象として残ることはなかった。 今回、初登場された葛西佑也 さんの『じのぶんのおはなし』。 これこそが、筆致力を読者に実感させてくれる作品ではなかろうか。その実感とは、言葉が、生々しく、私なりに云えば、「ウソが無い」のだ。以前、誰かに教わったけれども「語り」とは「騙り」ともいうと。それに沿って云えば、たしかにウソの無い作品などあるわけがないと思う。しかし、『じのぶんのおはなし』には「ウソとは思わせない」ものを感じてしまう。筆致力とは、高度な技術力であり、「騙し力」ではないかと思う。 まさしく、鏡にむかって自分と思われる映しに「ふーあーゆー」とつぶやくこと。それは、「自分は自分である」という騙しの作業なのだ。読者の皆さんはどう思うか。 (じのぶんのおはなし)

2017-03-09

(タイトルへ「改訂版」と追記訂正いたしました) strangedays風なものが好きな読者には、たまらない作品『骨董屋』。 1970年代から80年代初頭に、大量に流れていた、いくつもの幻想的なCMを読者の皆さんは知らないでしょう。少し、イメージして欲しいんですが、パソコンもネットも無く、インドアな娯楽はテレビのみという世界。そのテレビで流れ続ける奇妙な世界。ウィスキーのCMやら、服装のCMやら、とにもかくにも、みんな変だった。きっと、CM製作者達は、奇をてらったつもりなんだろうが、かなりズレていた、と思う。ヘンテコリン。『骨董屋』というと、私は、幼き頃に眺めていた、それらの奇妙でヘンテコリンな世界を思い出す。 本作『骨董屋』読むと、読者を、私を奇妙過ぎる不思議な世界へ誘う。皆さんも是非、奇妙な世界へ行ってみよう。 でも、また、こっちの世界へ帰ってくるんだよ。。 (骨董屋 改訂版)

2017-03-09

エヴァ・グリーンという女優を読者の皆さんは御存知だろうか。本作『Heel improvisation』を読んでいると、エヴァ・グリーンが黒いボンテージで眼をギラギラさせながら迫って来る。 「おまえ」というセリフがフィットする女性というのは、無口でなければ、ならない。ベラベラおしゃべりな女性に「おまえ」と呼ばれ、約束事を言い渡されても、僕は裏切るだろう。簡単に。でも、COOL BUT FIREな女性にヒールで踏みつけられたら、僕は「はい」と素直に返事をしてしまう。 そんなことを考えながら、今夜もまた、エヴァ・グリーンが現れるのを待っています。 (Heel improvisation)

2017-03-11

もとこさんと僕が展開するロックミュージック史に、どんだけの読者がついてこれているか疑問ですが、引き続き、私も。 ブランキー・ジェット・シティの「D.I.Jのピストル」。この曲を、本作『ring』に捧げさせていただく。 十代の危うさとは、エロティックであり、ドラッグである。それを一言で表現するならば、ロックンロール。 本作のなかにある 『僕がそれをするとき 君は歌う 君の歌』 その歌とは、まさしく、肉体が精神を越える時の音、ロックンロールなんだぜ。ベイビー。 (ring)

2017-03-11

白犬さん 失礼しました、精神が肉体を越える、の誤りです(笑) (ring)

2017-03-12

『あたらしい夜のポリシー』は、椎名林檎の「ギブス」みたいに拘束はしない。 『あたらしい夜のポリシー』は、エレカシの「今宵の月のように 」くだらねえと吐き捨てられない。 それは、また深い闇にそっと踊る、SOFT BALLETの「AFTER IMAGES」 なんだと思う。 (あたらしい夜のポリシー)

2017-03-11

いやービビった。この作品は衝撃だ。その一言。 きたね。待ってましたよ。これです。まさに。この『火の子』を待ってました。 読者の皆さんは知らない人も多いかもしれないけれども、ケムリさんの再来ではないでしょうか。 十代のカリスマ。(作者が十代でなかったらごめんなさい!) その世界観は『二酸化炭素混じりのスープ』であり、『卵巣の飛散した無口なオレンジの恒星』なんだ。 ピンクパーカーさん、革命を起こしてください。是非。 (火の子)

2017-03-11

twitterでもそうですが、膨大過ぎて、どの情報を信頼してチョイスすればよいか、ネットのなかで迷子になってしまうこと、読者の皆さんもありませんか?発信者が悪意を持っているのか、はたまた、自覚無き悪意のニュースなど。どちらかと云えば、私は無防備で天然な性格なもので、一見の発信元でも信じるタチなんです。明らかに判る業者系のフォロワーへ人生相談の長文DMを送ってみたりしますしね。。でも、そんなおバカな私も、一瞬の閃きで、その情報を信じるか否か決める基準を持ってるんです。それは、発信する人の覚悟のようなものが伝わってくるかどうか。 プロテスト詩。僕は好きです。 5or6 さんの初投稿作『メルトダウン』から、その覚悟のようなものが、私には伝わってきた。 私が云う覚悟とは、主語が「私」になっているかどうか、ということ(文法の主語ではなく)。 読者の皆さん、作中の傍観的な言葉と言葉の余白に存在する、「私」をみつけることができますか? 5or6 さん、投稿有難う御座います。 (メルトダウン)

2017-03-15

意識があるのに空中へと乖離する自分、いわゆる、幽体離脱的な経験をされたことが、読者の皆さんはありますか? わたし、空をよく飛んでます。 本作『Dicotyledon』には読者を幽体離脱の疑似体験へと誘う 感覚がある。 『「』ではじまる断絶される言葉、言葉、言葉。それは、その余白に存在するもう一つの世界。 パラレルワールドはある。 ひいらぎさん、投稿有難う御座います。 (Dicotyledon)

2017-03-15

痛さがモロに伝わってくる映画と云えば、園子温監督作品。しかし、その昔、「殺し屋1」も痛かったですよ。浅野忠信さんが落とし前つけるために、自分の舌を切り落とすシーンがありましてね。タランティーノの「ホステル」もやばいかな。。 という・・痛さを文体で表現することは、かなり難しい。 しかし、本作『homecoming』のごとく、おどろおどろしさを読者にみせることは、読者側に共通言語が伴っていれば、そのイマージュを創出することが出来る。ゾンビになってしまいたい読者諸氏、どうだろう? (homecoming)

2017-03-15

海で溺れそうになった経験がある方は御存知かもしれませんが、海から陸地を眺めて、陸地の日常的な幸福感がはじめて判る、ということってありますよね。もしくは、誰もいない海で、力を抜いて浮いていると、本作『海』のような気持ちになったりする。ずっと生きていたいなあって。 それってなぜなんでしょうかね?神に抱かれた気持ちになるから?意外と人間って孤独が好きだったりするから? そんなことを想像する作品『海』。読者の皆さん、浸ってください。溺れないようにね。 黒髪さん、投稿有難う御座います。 (海)

2017-03-15

本作『6㎜×35行 』は、新種のループ詩である。ループ詩の大家である花緒氏がこのことを見抜けぬぐらい、『6㎜×35行 』は優れた構築性がある。ループさせる、それは、文法で実行することは簡単かもしれない(いや実際は難しいのでしょうが)けれども、読者の脳内でイメージをループさせるなんて離れ業は、奇跡かもしれない。それこそ、サイキックテロルである。 およそ紺にてさん、投稿有難う御座います。 (6㎜×35行)

2017-03-15

欧州の歴史とは、戦争の惨禍を経ることにより醸成された個人主義であり、それが、国家という概念の基底にあるユーロ。英国を模倣した日本における国家という概念に、脆弱さが漂うのは、その確立されない個人主義の為だと。旧東ドイツでもしも、「ゆとり教育」について説明を求められたら、本作『ダグマ 1 [南仏紀行]』を是非読んでくれと、僕は云うかもしれない。読者の皆さんは「ゆとり教育」が成そうとした目的をお判りだろうか。それは、個人主義の確立。その賛否は別として。美の感性は個人主義に依らなければならない。美的センスと批評。 尚、この作品紹介コメントは三浦の主観であり、仮定に基ずくものであり、反証に耐える知識無き、三浦が無学であることを前提とする。 fiorina さん、投稿有難う御座います。 ( ダグマ 1 [南仏紀行])

2017-03-29

渋谷という、すり鉢状の場が特別な異界をつくって云々という物語、たしか昔、田口ランディの小説であったと思う。渋谷の街を歩いているとたしかに疲れる。あれは、一体、なんだろうね。 山手線も渋谷辺りでいつも妙な電波を拾っている気がする。渋谷駅を通過する時、僕のiphoneは時々、siriが急にしゃべり出して困る。あれは、一体、なんだろうね。宮台真司先生なら、何か知っているだろうか。 『私はトカゲ』の主人公は山崎理恵さんでも、八重ちゃんでも、私でもトカゲでもない。 隠れているけれども、真の主人公は、渋谷という魔物の棲み処。 (私はトカゲ)

2017-03-24

医師の問診にウソで回答して、その医師の能力を確認する、という意地悪なことをよく、やっているのですが、一番、困るのは嘘つきな先生に出くわした時で。嘘つき者は他人の嘘を見抜けるんですよ。B-REVIEWの読者諸氏は、三浦くんって凄い嘘つき者だと、そろそろ気付けれてるかと思いますが。その嘘つき者の私、音が持つ感覚には敏感なんです。音には、物事やその人が持つ本質がよく現れてるんです。嘘をつく時、大事なことは、ばれない様に話をすることよりも、本質を見抜いて、嘘をつくかつかないかを見極めることだと、思ってるんです。本作『あの夜の街で』は、前半部で装飾語が多く展開される。そして後半部。音について。声について。 そこには、生死の本質を見出そうとする、作者の音がする。 (あの夜の街で)

2017-03-15

私は、父も母も早くに亡くしておりまして、姉貴も45で亡くなったので、肉親との別れや死についての作品には、少し特別な感情を持って読みます。川というものは、なぜだか、人の生死を想起させる。 それは、なぜだろうかと、改めて考えさせられる、本作『三途の川』。 amagasasasiteさん、投稿有難う御座います。 (三途の川)

2017-03-15

手首くんの 切られた血の色は 流れ☆のような✨ 🚀飛んだボールペン✒✒✒転がって んおっ!㊙頸💀㊙ 🏁まだ🌃みえないね🌉🌉🌉🌉 明日また☀ コンクリート返詩。失礼しました。 とととさん毎度、投稿有難う御座います。 (今日も、ちいろはめでたく赤)

2017-04-13

インダストリアル・テクノの雄、キャバレーボルテールの音。それは、僕の身体を脱力にして踊らせる。しかし、無情感を与えるものではなく。それは、なんだろうか、異次元の体感なのかもしれない。異次元の体感とは、一般的には知られていないけれども、平たく云えば、霊的なるものとの交信なのだ。「霊的なるもの」この言葉は、この言葉で読者の皆さんには不可解なものでしかないだろう。「霊的なるもの」、あるいは、トリップ。ある一つの曲だけをエンドレスループで聴き続けるという行為は、身体と脳にはよくないらしい。まあ、トリップとは、そういう体感だ。誤解無きように云っておくと、僕は、スピリチュアルなものは信じていない。霊的なるものはあると思うけれども。 『kissはチョコの味 』で現れる工場。ここでは、血の音がして筋肉が収縮する。そのことが、僅かだけれど、僕の意識をリアルワールドに執着させる。でも、深い読みを続けていると、その毛筋程の接点が切れてしまいそうだ。 (kissはチョコの味)

2017-03-24

「親愛なるパパとママ。私は今日、魂の震えるキスを知ってしまいました」 これは、Charaのソウルキスというアルバムのイントロ歌詞なのですが、これはきっと、優しい年上かなんかのボーイフレンドにキスを突然実行されてしまったガールのセリフだよなってイメージするわけですが、本作『唇の皮に色が着くよう 』で描かれるキスも無理矢理感がさく裂していて、私は、この無理矢理なキスが描かれた世界が、好きですね。いや、読者諸氏にとっては、三浦くんのキスの趣向なんてどーでも言い訳なんですが。。 しかし、親としては、娘に魂が震えるキスを知っていて欲しいですよ。うちの娘ももう、二十代半ば過ぎて、大人になっちゃったけれども。本作でも描かれる「大人になっちゃった感」って、なんだか、仄暗い系男子だけではなく、女子にも色々とあるぉねーって、考えてしまいますね。はい。 (唇の皮に色が着くよう)

2017-03-15

無条件で僕を助けてくれたのは家族でした、と、そう言い切れる僕は幸せなのかもしれない。あるいは、それは、僕自身が言い切っているから幸せなのだろう。そして、もう一つ言い切れることがあって。幼少の頃に経験した家族の幸せ事よりも、そのことの方が今は大きい。それは、めぐりあった物語が僕を救ってくれたこと。当掲示板に参加される読者諸氏の多くは、同じなんじゃないかと思う。たしか、谷川俊太郎さんが詩にはメッセージは無い、と言及されたことがあったと思う。詩には作者のメッセージなどないのかもしれないけれど、読者が勝手に想像する物語はあるんじゃないかな。その物語に感謝する。少なくとも僕は、その贈られた物語に感謝してきた。 『明日も、雨なのですか。』にメッセージ性があるとして、それを求めること、それを、僕は嫌う。なんとなく。 淋しがり屋の子供が、何気なく本屋さんで手にした本。内容は判らなかったけれど、なんだか友達みたいな気がした、というようなこと。それってさ、友達という物語を勝手に作ってるんじゃないかなって。 傘と同じ。そう、それは雨が降るかどうか判らないし、望んでるのか否かも、自分でもよく判らないけど、必要な傘なんだ。 (明日も、雨なのですか。)

2017-03-24

『2001年宇宙の旅』でキューブリック監督が現そうとした個人とシステム、人工知能と良心、それを詩作品として違うルートから表現すれば、まさしく本作『潔癖症 』になるのではないか。『時計仕掛けのオレンジ』の要素もある。それは、ロボトミーとAIの極相であり、『潔癖症』のメタファーなのだ。 タムラアスカさん、投稿有難う御座います。 (潔癖症)

2017-03-29

皆さんは「野獣死すべし」というハードボイルド映画を御存知だろうか。と、いつものスタイルでコメントを書こうとしましたが、銃・ピストルと云えば、D・I・Jのピストルなんじゃないかなと、その方向でいこうって思ったんですが、本作『開幕エンドロール』の始まりに「眩しい画面」とあるので、やはり、「野獣死すべし」の主人公伊達邦彦こと松田優作が、自身のこめかみに銃口を突き付けて「パチン」と引鉄を鳴らすシーンを紹介することにしました。本作『開幕エンドロール』に漂う薄暗い地下室の部屋の匂い。さあ、出掛けよう、銀行へ。自由を強奪するために。よーいどん。 (開幕エンドロール)

2017-04-03

何も知らないというのに気持ち悪いことをするよね 暴れてもいないというのに飲ませてくるよね 勝手に生きても大丈夫ですよと 皮肉な大きなアナウンス してたよね 皮肉皮肉皮肉 イスラムに皮肉はないよ 宗教的に 宗教的な意味で 意味がないよね 日本人 日本国には意味があるけど 日本人 意味ないし知らないし関係ないし 砂漠でも黙らない子供が 知らないコードを踏んだ 健気な足の真ん中あたり 音がしないよね 知らないうちに 未知との ばあん。 5or6 さん投稿有難う御座います。 最近、コメント欄にて返詩を書くことを始めたのですが、だんだん、返詩ではない気がしてきまして。これは、 『Without knowing anything, but not do anything, the bomb is dropped, children are blown off.』からインスピレーションを受けた、「共感詩」と、思っていただけますと、嬉しいです。 (Without knowing anything, but not do anything, the bomb is dropped, children are blown off.)

2017-04-13

人の蘇りが実現することが、そう遠からずあると、確信がある私は、人口知能にインプットするべき一つの重要なプログラムを準備しておかなければならないと、考えております。それは、自分を許すというもの。本作『Answer song』とは、そんな許しのプログラム名なのだと思う。 (Answer song)

2017-04-03

にがわらいがバランス 暴発された季節 咲かせましょうか 桜 桜 カルシウムが足りないなんて言わないで 僕は君のバター犬 春の街に泣かないで 噛ませて眠るビターチョコレート べたべた これは『春のひと』からインスパイアされた共感詩です。 投稿有難う御座いますっ。 (春のひと)

2017-04-13

雪が象徴するもの、それは、雨粒になる前に地上へ落ちてしまった物体。不完全なもの、望み通りに叶わなかったこと、その残念な心象を現す、雪。人が火葬場で焼かれ煙となって空になる。残る灰もまた、雪のようなものだ。しかし、焼かれる灰は四季を択ばない。雪は凍てつく季節のみ、生まれる。また、灰は、焼くという行為、残された者たちが死者へ向けた最後の施しでもある。「凍てつく」ことは誰かの意思でも施しでもない。 人が生まれるということ、それは、誰かの意思なのだろうか。誰かの意思が介在しているとすれば、それは、母だ。 そう想うと、僕らが生まれたのは、雪のような偶発的な巡り会わせでありながらも、それは、母にとっての必然なんだと思う。春が必ず来る季節のように、それは間違いない真実なんだ。そんなことを、本作『春を待つ』に想う。 (「春を待つ」)

2017-04-03

前世について、言及を許可されいるのは美輪明宏さんと恐山のあの女性と、そして、俺。だから、本作『ぼくたちの青色廃園 』で前世について語られている為、これを許可するか否か、みつけて読んでしまった俺がジャッジするしかない。 そうだな、まあ、いいんじゃないかな。だいたい合ってるよ。「だから、ふれてはならぬのだ、きみ以外」を三浦果実以外としていたら、この詩は4月のある晴れた朝に出会う100パーセントの女の子と同じように100パーセントだったね。 (ぼくたちの青色廃園)

2017-04-03

読者の皆さんは「プリンプリン物語」を御存知だろうか。いや、知らないとしても、私は、浅井康浩さんの初投稿作を皆さんに紹介するべく、批評を書かなければならないと、なんというか、見えない使命感に突き動かされながらコメントを書く。私が初っ端に書かなければ、天才詩人がまた、合理的な世界史実を基にした批評を展開し、その批評を読んだ一般人が本作品をスルーすることになるのではないかと危惧するので。⇦(これは半分冗談です。念の為) そこで、プリンプリン物語。この物語にはオサラムームー島という、平和と長閑を絵に描いたような共同体が出てくるのだけれど、その島民は普段から「働くより、寝ていたほうがいい♪」という鼻歌を口ずさんでいるのだ。また、プリンプリン物語には一方で、IQ1300を誇るルチ将軍という悪い奴が登場する。プリンプリン物語とはじつは、植民地化と労働についての寓話なのである。では、浅井康浩さんの本作に流れるものは何か。それは、変遷をたどることにより今を知る系譜学と世界で同時発生することが粒子レベルで解明されようとしているミーム理論を表現した壮大な植民地化と労働についての抒情詩なのである。 最後に云うまでもないけれども、三浦が無学であることが前提であり、一切の御指摘にはお応えしない。相当な勘違い野郎であるかもしれないことは、御勘弁いただきたい。 ノークレーム・ノーリターン。 (no title)

2017-04-03

日本は終戦終戦と一般的に云われるけれども、敗戦とはあまり云わない、ときいたことがる。それは、終戦と呼称することによって、震災などと同じように、戦争は人災ではなく、自然災害的なしょうがなかったものとするために。または、皆がそう思いたいと願っているから。本作『供養 』での「ハンカチ」のやり取り。偶然性という、たまたまな情景を誘いながらも、ハンカチの意味を、読者の皆さんは、どう捉えるだろうか。僕は、それについて、何も云えない。云ってしまうと、それって嘘っぽく響いてしまう。僕のようなバブル世代は、戦争について言及するってことは、そういうものなんだ。 (供養)

2017-04-03

このコメントは上の祝儀敷さん紹介のpdf版をもとに書いているのですが、縦書きが良い。縦書きから受ける感覚、それは素朴さだ。これはなぜだろうか。子供の頃の教科書による原体験があるからか。そうであれば、本作『ふぁんしーあいらんど 』は縦書き様式が適している。 内容について。 海辺の洞窟が好きだった方は思い出されると思うのですが、僕もそのひとりで、洞窟の岩が怪獣というか、魔物にみえていた。その岩を大人になって久しぶりに見に行ったりすると、こんなにも小さなものだったのかと、少し残念な気持ちにもなったりして。祝儀敷さんが、今作で意図されて使われいてると私は推測しますが、「巨獣」と「巨頭」の「巨」。そこに、子供からすると大きいけれども、大人にとっては、そんなものは存在するわけがないという、ファンタジーが現れている。 もう一度、縦書き横書きについて。 これもなぜだろうかと思うのですが、エンディングの「巨頭」文字のバラ出し。これが、縦書きと横書きで印象がまったく違う。横書きは、ふざけた遊びのような感じがあるのだけれども、これが、縦書きだと「この作品の全てはここに有り!」という主張がみえてくる。 横書きと縦書き。子供は大人になるということでしょうか。いえ違いますね。子供は大人でもあり、大人は子供でもある、ということかもしれないですね。 (ふぁんしーあいらんど)

2017-04-04

それは 超えられない線 ただそれだけのこと 超えられない君がいる だから 超えられない線 超えてしまう僕には 存在しない線 下劣で泣き虫な僕は 超えられない君に涙する 人間 魔界の酔いどれ詩人さん。人間界に来てくれてありがとう。 くだらない返詩を書いて、君を抱き締めたい欲望をみせてしまったけれども、人間なんてそんなものさ。なーんて、うそぶいてみた。投稿ありがとうございます。 (アイデンティティ)

2017-04-11

女鳥が殺された曽爾高原から僕に届いた手紙には古今和歌集の一節が書かれていたよ それをね 引きこもりの女の子に教えたんだ それがね あなたは罪深いねって云いながら 女の子がけしうはあらずって 笑ったよ 有難う速總別王 葛西さん、毎度投稿有難う御座います。インスパイアされた共感詩です。失礼しました。 (あさぼらけ)

2017-04-16

嗤っていいのでしょう。スケート靴を履いた少女が氷上をバックステップする。そのことがそもそもおかしなこと。そもそも嗤っていいのでしょう。昇天とは笑点。ダザイの人間失格。あれを読んで笑ってしまう。そのどこがおかしいのでしょう。ダザイはそれを望んでいたというのに。誰にも真似できないような演技。誰にも真似できないような曲芸。涙の秘話は無用。体を張った芸人なのだから。 これは返詩になっているでしょうか。。 毎度、投稿ありがとうございます。 (誰にも真似できないように)

2017-04-11

僕が赦す 詩を書こうとした君が好き 詩を完成させる君が嫌い 完璧な詩など嘘だよね 新しい詩なんてヴァカみたい 現代詩? 誤字で書き殴れば現代詩人が賞賛する 推敲できない人生がいいよね 返詩で失礼しました。 投稿ありがとうございます。 (詩以前)

2017-04-11

官能的な朝を迎えるために完璧な部屋を探した 『株価急落が常態化へ』という記事に眼を通す不動産屋のひとり主人がアタシの音に気付いたようで 半口のまま止まった主人の顔には彼の本質—淫行が好きそう—がみえた それはアタシだからわかってしまったのか或いはオンナに対して無防備になった一瞬が今だったのか いづれにしても主人の鼻にしまりというものがなかった 好みかどうかと判別すればアタシが好きなタイプなんだろうけど一つだけ試してみたいことがある 「肩にもたれかかるオンナに、どこから、さわることを始めるのか、教えてもらえないかな」 「それで、その、私の答えで、あの部屋の契約を?」 「そう。砂浜と水平線が並行する眺めはいい。あとはアタシとあなたの相性の問題」 「・・・私の右横に坐っていただけますか」 左へと傾き落ちてゆく永遠の始まりにアタシは意識して瞬きをした もとこさん 毎度、投稿有難う御座います。本作『Lean On』のイントロダクション詩を書いてみました。失礼しました。 (Lean On)

2017-04-17

【spring】 満月が あかく燃えてたのは 名前を教えてくれなかった残念な岸辺で 僕が夢を語っていたのに  突然降りだした鳥の群れに君はわらっていた ブルーブラックとイエローのバランスを土砂降りの鳥たちが切取って 春の気持ちを もういいよって セカイのことは もういいよって 教えてくれたね るるりらさん 投稿有難う御座います。これはるるりらさんの返詩への「共感詩」です。失礼しました。 (Here comes the spring)

2017-04-13

水面の波はなぜ起きるのか。それは、風によって。あなたとは風であり、水面とは私である。あるいは逆。風が私であり、水面があなたである。なんとなく、仏教の縁起論的なものを感じる作品ですね。 (一枚の鏡のように)

2017-04-29

小さな恋のメロディが流れ出したら メルヘンがファンタジーになる ぼくときみが共感する 核兵器戦争の開幕にあって 例の交響曲をヘリコプターでばら撒いたら 永久に予感だけがぼくたちの幸福 タムラアスカさん 投稿有難う御座います。 これは『生活残響 』からインスパイアされた共感詩です。 (生活残響)

2017-04-13

「そしてね君、僕らは何ものでもなくなる」 あなたに そう告げられてしまった僕の細胞は 透明になってしまったよ 満開の桜に目移りする 僕の薄い唇と比べるよう だからね兄さん、僕らは全てを忘れましょう 少しBLを狙って返詩を書いてしまいました。 右肩さん、毎度、投稿ありがとうございます。 (橋の春)

2017-04-13

星屑たちが思い出すキミの価値観 謝ってしまえサラリーマン! 本当の姿を隠せ 隠せ 砂漠の熱風が思い出すキミの失望 寝ぼけて遅刻の心理学者! 本当の姿を騙れ 騙れ エイリアンの憂鬱と僕は ココロのナントカがわかるのだ 黙れない星 正直な孤独のエイリアン ジョバンニさん毎度、投稿有難う御座います。 これは、『小さな星の孤独な王』に影響された 共感詩です。 失礼しました。 (小さな星の孤独な王)

2017-04-13

防波堤の脇道から戻らない君を探しにゆくと 春の一等星の スピカが咲いているよって 明るい場所でみえないからと連れだした真夜中の海辺 君を知らないで欲しいという願い 夜が明けると消えてしまうかもしれない あわくてきれいな一等星は知られないように消えてゆくんだ 捧げてしまいたい僕の気持ち sakuyaさん、初投稿有難う御座います。素晴らしい作品への僕の共感詩です。 (路肩の花)

2017-04-15

久しぶりに返詩や共感詩でなく、通常のコメントを入れさせていただきます。 と云いますのも、先に花緒さんが三浦の拙作に本質を突くコメントを入れられ、ハッとする内容だったので。 その考えさせられたことというのが、作者の意思(意図ではなく)が作品に見え隠れするとは一体、なにか。みたいなことです。ユウさんの本作『風のありか』には、特に難しい言葉は置かれておらず、読者にとって情景がイマージュされやすい内容にも仕上がっている。読者がその情景から「不条理な現実世界」を感じる、あるいは、「苦しい生活が桜によってコントラスト化されている」と感じるのは、率直な作者とのシンクロする情緒だと思う。では、そのシンクロを実現すること、あるいは、実現確率が高まる「作者の意思」が置かれた言葉とは構造とは一体何なのだろうか。 花緒氏曰くの「何か言っているようで、結局何も言おうとすらしていないという詩作態度に欺瞞」という先の三浦の拙作へのコメント。欺瞞という言葉を私なりに置き換えると、「詩作への誠実さが有りや無しや」なんだろうと思う。 ユウさんの本作に何故、別枠的なコメントを私が書こうと思ったのか。それは、ユウさんの作品にこそ、その詩作への誠実さが極端に現れていると思うからだ。その誠実さが置かれる言葉に必然性を持たせるのではないかと、詩のど素人ながらに思う。必然性の有無が、作者の意思が感じられるか否かの「言葉と構造」ということではなかろうか。詩を初めて書かれた方の作品に必然性が大きく宿るのは言うまでもないことだし。 ユウさんはライブ朗読の人であるが、人前でのリーディングとは、その、必然性が一番見極められると思う。 いかがでしょうか。皆さん。 (風のありか)

2017-04-17

花緒さん いつもコメント有難う御座います。私は決めました。この方向で、次回作を現代詩人会へ投稿します。入選しましたら、こちらの掲示板へ投稿させていただきます。落選しましたら、もちろん、掲示板に駄作はふさわしくありませんので、黄泉の国へ不法投棄してまいります。 なかたつさん 美術部の後輩の頃から 君は変わらない 蹴飛ばすことが好きな子を 待っているよね 筆の洗い方を丁寧に教えても 濁りを残したままだったのは なぜだったの その変わらないガサツさでね 計画性を考える子が通り過ぎてしまうんだ でもこうやって また来てくれたんだから 夏休みにタイランド レムチャバンで 泳ごうか いつも、多くの作品へのコメント書き、有難う御座います。 返詩(?)への返々詩boys LaVerを書かせていただきました。 塚本さん コメント有難う御座います。 なんどめの太陽であっても なんどめの月であっても 伊達や酔狂じゃなくて パワーインザワールドで 一緒に戦いましょう。 (世界構造プール)

2017-04-16

間抜け面からは金を奪えないわけだよクイーンエメラルダス ハーロックと同じ正直さと残酷さの海賊であって母性があって あんまりうまくないことってたくさんあるけれど そうじゃねよって ほら あの頃のアニメがいってくる いってくるんだ それでいいやって バンザイすれば 銀河鉄道999が 僕を夜空で待ってるんだ だからもう一度 バンザイ 塚本さん毎度、投稿有難う御座います。インスパイアされた共感詩です。 (霊安室で目が覚めた)

2017-04-17

sakuyaさん再びの投稿有難う御座います。 10代とは違う社会へのアティチュードは往々にして、孤独感からスタートする。本作の語り手は、その孤独感は違和感として表す。それは、ズレということ。そのズレを共有する者が不在であり、そもそも『護るもの求めるもの』が一致する他者などいるわけがいないという現実の認識。そのズレを現実として認識する心象風景に、本作品の「詩情」を込めたのかもしれない。 私も今だにど素人の域を出ないので、私の思い込みの話だと受けてもらえると嬉しいのですが、現代詩では、『新しい文体』を求道者のように求める方向性があります。それは、先に申し上げた、『護るもの求めるもの』が一致する他者など絶対にいるわけがないという、オリジナリティの追究なのだと思うのです。その、誰が読んでも、これは、オリジナリティがある作品だと評価されることは、私が云うまでもありませんが難しいです。実感として思います。私は。私の好きな作家で中田満帆という方がおられるのですが、この方が云われてました。「文学とはスタイルである。スタイルとは孤独になること」 念の為のお知らせなのですが、じつは、こちらの掲示板のルールとしまして、投稿作品は月2作までとなっております。ですので、次回投稿が5月にならないと出来ないこと、ご承知いただきたく宜しくお願い申し上げます。 是非、sakuyaさんも他の作品にコメントを書くことに挑戦してみるとよいかもしれません。みえなかったことが、みえてくるかもしれませんよ。 (友人へ)

2017-04-17

どんな詩を書こうとも、それは作者の自由である。どのように詩を読もうとも自由。それを場と時間が縛る。場と時間が制限を加える。特定の個人を罵る内容の作品は投稿掲示板にふさわしくない。時の権力を罵ることは問題ないかもしれない。しかし、権力側の方々には問題となるだろう。大震災が発生し、世間が大騒ぎしている時世には詩を投稿している場合じゃないだろうと、不快に思われるかもしれない。その、世間の眼を気にすることがそもそも人間として死んでると敢えて詩を投稿するものが正しかったりするかもしれない。時と場を越えて、自由に詩を書き投稿するとは、覚悟が少しいるんだ。人によっては、その覚悟を考えると眠れないかもしれない。その覚悟が伝わらなかったり、誤解を受けてしまうかもしれない。もしかしたら、時と場なんて意味がわからず投稿したら、投稿禁止になってしまったりするかもしれない。でも、覚悟したんだから、それはそれでいいじゃない。 本作『ふるさと』はシンプルで平易な言葉であり、素直に書かれた作品なのだと思う。『そう思うこともある。』『根をはやし生きている。』この置かれた二つの言葉のうち、どちらかを「そう思う。」か「生きる。」という断言とすれば、そこに覚悟という詩情が生まれないだろか。しかし、そう思うのも私の感性でしかないが、敢えて断言します。詩情が生まれます。 加藤さん、初投稿有難う御座います。 (ふるさと)

2017-04-20

B-REVIEWでは、作者の方向性に寄り添ってアドバイス的なコメントを展開しようという考えがある。 そこで、発起人である、花緒氏の作品歴をざっと辿りながら、率直なコメントを書きたいと思う。 『とぶくすり』 詩作とクスリの効果をニヒリズムでまとめた作品。 『無題』(うしくん) 思想なきフォルムにこだわった作品。 『なぞる』 ループ詩の原型フォルムが登場してるけれども、読者を誘う物語として弱い。 少し濡れた感じがおそらく、文極では評価されたのだろう。 『はげかくし』 『なぞる』で感得した濡れ性に少し笑いを加えたかったのだろう。 『夢で逢えたら・・・』 もう一回、濡れ性と笑いで勝負したかったのだろう。 『ケレケレのはなし』 これ以上笑いを入れることを懸念、濡れ性重視で出してみた的な。 『BACK TO THE ACID PLANET』 最高傑作である。ループ詩でこれを超える作品は出ない、と私は思っている。 ここには、濡れ性は無い。 『た、ど、る、』 濡れ性とループを追究しており、実は、私的には悪くないと思っていた。が、濡れ性とは思想なのである。思想は人を重力として縛る。 『CREATIVE WRITING 101A』 濡れ性のみ。『ケレケレのはなし』をもう一回的な。 『ASHIZAWAキックマシーン』 これは、『BACK TO~』のアシッド感を出したかったのだろうが、残念な結果なのである。キックマシーンという語韻に頼り過ぎている。アシッド感が出る優れた作品とは、ループする物語とセット。飽きさせない物語で、ぐいぐい読者をトリップさせる引力。思想は余計である。それこそ、『云いたいことなんて無いもんね~♪』的な物語でなければ、ならない。もう一度云っておこう。語韻に頼ってはダメだ。思想無き物語をドライブさせなければならないのだ。花緒さん。 次回作で完璧なアシッドの世界を魅せてくれることを期待する。 蛇足になるが、文極に残した作品『FORGET YOUR DREAM』。また濡れ性で評価されてしまった。残念な結果ではないか。『BACK TO THE ACID PLANET』が年間大賞を取っておかしくないと思うのだが。 (ASHIZAWAキックマシーン (B-REVIEW EDITION))

2017-04-21

複雑である必要はないと思う。技巧・クオリティ、現代詩の読者層を念頭に置かなければ、率直に自然体で書けばいいのではないかと思う。そもそも、そうではなく、皆が複雑で判りずらいと云われるけれども、自分からすれば、判りやすく書いているんです、どこまで、平易にすれば、よいのか逆に判りませんよと、そう云われる、私なんかよりも現代詩をマスターされていらっしゃる投稿者の方々がいて、もしかしたら、そんな方々がほんとんどなのかもしれない。所詮、投稿者の、詩人の信念など、理解することはできない。ただ、そこに在るのは、君と僕だ。君にシンクロする読者がいる。僕にシンクロする読者がいる。君のことに焦がれて一日中考え事をしてしまって、「ゆっくりときた道を戻ったら日が あっという間に沈んでいく」ことを知っている読者がいるかもしれない。誰がどんな風に読むかなんて、判らないよ。誰かが云ってたね。完成度ではない。感性度が大事だと。どうせ詩を書くなら、完成度を目指すよりも、たくさんの共感を得るような感性度がある作品を書きたいと思う。本作『登っていく』は感性度の高見を目指す作品だと思う。 (登っていく)

2017-04-24

本作が一番ユウさんのテーマ(勝手に三浦が推測しておることですが)である、ヒエラルキーに対する抵抗的なもの、反骨的なメッセージ性がよく出ているかと思います。 『「そんなこと何を今更」と嘲ける君にもどうかそこに居て欲しい』 ここがすごくいいですね。 ひとつだけ、云わせてもらいますと、ネット詩硬派組(これも三浦の妄想の存在かもしれません)からも評価され得る作品とする為には(別に評価されなくてもいいのですが、、)少し冗長な感がしました。私は、文学極道に今でも投稿を続けている理由のひとつは、ネット詩硬派組の感性を知りたいなということだったりします。まあ、相手にもされないんですけどね、でも、私なりの戦いなんです。本作で云わんとすることにも似た、『なぁ悔しいだろう?お前がこの詩を壊してくれよ』という気持ち。 (食べて下さい)

2017-04-28

繰腹さん毎度、投稿有難う御座います。今回のコメントでは、少し、作品への視点を変えて、拝見しました。繰腹さんの確立され過ぎた感のある独自なスタイル(三浦の勝手な感想ですが)を、更に読者層を拡げる為には、どうするべきかを思索したました。結果、少し、失敬なことで、恐縮ですが、作品をReMixしてみたくなりました。それは、作品中に在る「キラーフレーズ」が「キラーフレーズ」を殺し合っている感があったからです。おそらく、繰腹さんの作品に対して距離を置いてしまいがちな読者層からすると、中心軸となる「キラーフレーズ」を掴みきれないのではないかと、そう考えたのです。 近代的蒸気と硝煙の狭間に 歪む唇を見たか BELIAL BUDDHA BABEL 戦争を知らない子供達の 遥か頭上を飛航する BELIAL BUDDHA BABEL ニコラ・テスラの夢見た神へ 少し、スカスカな感もあり、また、短文な歌詞のようにもなります。ストレート過ぎるかもしれませんが、読者にはシンプルなイマージュが持ち上がると思うのです。短文の方がいいのではないかということではありません。「キラーフレーズ」を目立たせる為の「何か」が必要な気がするのです。今回のコメントは、自分なりに少し踏み込んで書かせていただきました。また、次回作を必ず読まさせていただきます。 (demon)

2017-04-24

るるりらさん いつも、コメント有難う御座います。上記コメントだぶっております2コメント、運営にて削除致しますのでお気にすることなく、今後とも宜しくお願い申し上げます。 (demon)

2017-05-02

なんとなく、なのですが、本作「めでたしの始まり」は、ある、特定の女子には受けるのかもしれないと、そう思えたのですが。正直に申し上げまして、二読しましても、なにか、しっくりこない。が、しかし、なにかが引っかかって。ある、特定の部類の人が読解できる作品なんじゃないかなと。 わたしのTwitter関係には、ネトストしている女子が多くいるのですが、彼女たちの視線なんです。()内の内容が。彼女たちが普段、つぶやく内容は、ありがとうとさようならの繰り返し。僕は、そういったツィートが大好きなんです。あっ、また、こーやって自分語りをコメント書くから、ネット詩の硬派な方々に嫌われちゃうんだよなあ。なかたつさん、投稿ありがとうございます。エモーショナルな本作だと思いました。 (めでたしの始まり)

2017-04-26

これは、全天候型次世代農産システムの中を覗いた話ではないでしょうか。その夢のような、ところで育ったレモンは悪魔になってはいないかと。メタ読みが下手でごめんなさい。 (小悪魔)

2017-04-26

黒髪さん コメントありがとうございます。じつは、私は今、フィクションの詩を書くことにチャレンジしておりまして。当作品が3作目になりました。10番勝負、最後の作品を現代詩人会に投稿するという目論見であります。 私、正直に言いますと、黒髪さんに読んでもらえて、嬉しいです。以前から文学極道で存知上げてましたが、なんといいますか、その、コメントする雰囲気のタイミングが合わず(笑) 私も本日は、投稿作品にガシガシコメントを入れていきたいと考えております。黒髪さん、今後ともよろしくお願いします。 (大陸的な夜の残念さについて)

2017-04-26

朝顔さん はじめまして。コメントありがとうございます。 当サイトの運営スタッフの半分以上が海外でのビジネス経験者です。私も、海外出張先で現地ローカルでの交流があります。このサイトが海外でも親しまれたらいいなあと、時々思います。またこんなこというと、妄想ウソツキヤローと、ネット詩硬派組から批判されてしまいますが、朝顔さんがおっしゃる通り、異国はとても近くなりました。当サイトが立ち上がる準備段階当時、発起人間で共通した認識としてあった、残念な気持ちがあって。それは、平たく言いますと(海外在住者発起人の作品に対する批判として)「作品は旅行記としかみれない」という物言い、または、作品に使われる日本語が、対象化手法に違和感がある、という物言い。そのような批判は、海外へあまり行く機会のなかった私がもともと抱いていた気持ちでもあったので、その指摘の意味合いは理解出来ました。海外経験を経て大きく変わった今の私の気持ちからすれば、「とにかく、海外へどんどん行けばわかる」という一言に尽きます。何を朝顔さんにお伝えしたいのか、書いていて、わからなくなってしまいましたが(笑)。 朝顔さんのコメントから、当掲示板になかった新しい風を感じます。参加いただきまして、ありがとう。 (大陸的な夜の残念さについて)

2017-04-27

まりもさん コメント有難う御座います。 大陸に移るとなんだか解放感からか、セックスに対しても気持ちが大きくなりまして、そもそも、私、根が冒険家なもので(笑)、現地の知人から「あそこは危険だから一人では行ってはダメだよ」と言われると、真夜中にホテルを抜け出して行ってしまうんです。 花緒さん コメント有難う御座います。 これは、東京から新大阪までの新幹線の移動時間に書いたのですが、書き終わって、なんだか、村上龍っチックになっちゃったなあと、村上春樹主義者な私は残念な気持ちになりました。が、私、気が付いたのです。先日、桐ヶ谷忍さんに「三浦さんはフィクションを書きなさい」とアドバイスを受けて、フィクションを書き出してわかったんですが、いくらでもストーリーが湧いてくるんですよ。意外にも。で、フィクションの方が自分のアレを投影していることが判りました。 夏生さん コメント有難う御座います。 そうなんです。特に、海外のホテルのユーテリティについては、ある程度はおおらかに開き直って、期待しないことが大事だったりしますよね。でも、シャワーのお湯が出ないからなんとかしてくれ、というようなところから、ホテルの従業員と仲良しになることも事実なんで、僕は、大雑把な生き方が好きなんですよ。 みいとかろさん コメント有難う御座います。 アジアはやはり、島と大陸で雰囲気が違いますね。あれは、なんというか、変な話ですが、島国のフィリピンとかタイランドとかですと、国民性として基本的にお人好しだと思うんです。こーいうお人好しの人達を大陸の横柄な人達がたやすく侵略したりしたんだろうなって、実感として思います。ただ、日本だけは、ちょっとそれが当てはまらないような気がするんです。。 (大陸的な夜の残念さについて)

2017-04-29

これは、フェルメールの女主人と召使いを時間軸を現代にしたシチュエーションに、虫の生体解説とその虫と戦うために柿の枝を準備する。 そんなところから、読んでみました。みいとかろさん、投稿ありがとうございます。 (黄緑色の虫)

2017-04-26

自問自答するとき、詩的な何ものかが生まれやすいと思うのですが、一体それはなんだろうかと、そんなことを考えながら読みました。それは、自浄作用というものなのでしょうか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ いなくなればいいなんて誰も思っていないよ 少なくとも情けとしてはそうだ小さく言うよ ただ気が立ってただけさ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 無責任許しがたくなること ひどい顔してみっともないな いつもここにいた私自身分身憎めはしない ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 幾つの表現が断絶されまた育てられるのか 責任はすべてのものが担っているのさ君は知っているのか ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 作品から、私が感じました「憎しみのような感情」を抜粋してみました。 自浄作用とは、「現実世界では吐き出せない呪詛を詩作のなかで吐きだしながらそれをまた飲み込む行為」と定義したとした場合、本作『答え尋ね』の語り手のその行為は「生きることと終えることとは同じように不安」という答えに着地する。 そう読解したのですがいかがでしょうか。 自浄作用とは「贖罪」であると。 (答え尋ね)

2017-04-29

モンゴル・中国北部のロシアとの国境の辺り 辺境の遊牧民の人々が野蛮と云われるような方法で鶏を料理する その食事の場所が旧日本軍が残した戦車の残骸の脇だったりすると 召集されて兵隊になった 日本人が不本意に中国人を殺す残像が毟り取られた血肉に重なる 野蛮な行為も家族の食事となれば団欒 家族がいないひとりぼっちの不本意な殺しには あたり前だが何にもない 朝顔さん 本作『聖家族団欒 』から得た共感詩を書いてみました。 (聖家族団欒)

2017-04-29

落下してゆく水の中はどんな明るさなんでしょうね。ということを考えました。 一つ、疑問が浮かびましたので、初投稿者の方で、大変恐縮ですが、思い切って書かせていただきます。 ・「さびしさ」と「暗い」は、イコールなのか? 「明るい場所の方が暗い場所より安心する、人が居るイメージがある。」それが一般的な感覚なのかもしれませんし、私が変人なのかもしれませんが、暗い場所の方が私は安心します。例えば、押入れの中とか。押入れの中に居た方が淋しくなかったりします。 さみしく 深い水の中 見上げた先は ぼんやりと 明るくて あたたかそうで どこまでも遠かった 先述の押入れの中の方が淋しくない、という感性から考えますと、水中を落下する時の感覚とは「幸福」だと思うんです。 その観点から、失敬ではありますが、下記の通り、「さみしさ」と「あたたかい」を替えてみました。 これは、人の好みのことであるかもしれませんし、当コメントで、本作『暗いくらい水の中』を批判したいわけでもありません。どちらかと云いますと私が好きな傾向の作品です。更に云いますと、実は、私も、『水中を落下する少女』に以前から興味がありました。いつか作品にしてみたいなと。夏生さん投稿有難う御座います。 あたたかく 深い水の中 見上げた先は ぼんやりと 明るくて さみしそうで どこまでも遠かった (暗いくらい水の中)

2017-04-28

初投稿有難う御座います。素晴らしい作品ですね。私の中では、4月の最高傑作だと思います。 (親愛なる灰へ)

2017-04-28

追記:「私」と「彼女の」が多用されていることについて。置かれた言葉に必然性を感じます。その多用が、本作を即興的な雰囲気にしており。良いのではないでしょうか。 (親愛なる灰へ)

2017-04-28

あきらさん、投稿ありがとうございます。当掲示板は、月に1人が2作品まで投稿可となっております。初投稿以降、今回3回の投稿がありますが、いづれか2つの投稿作を削除させていただきますので、お手数ですが、どの投稿作品を削除すればよいか、該当します投稿作品のコメント欄にてお示しいただけますと助かります。 (喰らふ)

2017-04-28

あきらさんは、今月2作品投稿となりますので、次回投稿は5月以降に可能となります。また、推奨としましては、投稿するタイミングを1週間程度あけていただくことをお願いしております。予めご了承下さいませ。 後ほど、投稿作品を読ませていただきます。 (喰らふ)

2017-04-28

夏生さん、投稿ありがとうございます。念のためのお知らせです。当掲示板は、月に1人が2作品まで投稿可となっております。今回、2作品とカウントされますので、次回投稿は5月以降に可能となります。また、推奨としましては、投稿するタイミングを1週間程度あけていただくことをお願いしております。予めご了承下さいませ。 後ほど、投稿作品を読ませていただきます。 (膜)

2017-04-28

本音と建て前論があるとして、そのポイントは、受け取る側にその判別権があるということだろう。逆にいえば、本音と建て前を発する側にしてみれば、「開き直っていい」ということになる。いくら考えたって、所詮、受け取る側の問題なのだから。ただ、防護として持っておきたい「膜」のようなもの。本音を云ってるのか、建て前を云っているのか、社交辞令なのか、本気で友達になりたいと思っているのか、あるいは、嫌われてもキミがすきだという否定語による肯定の気持ちなのか。それらが、あやふやで、仄めかしで、仄暗い感じの自分でいたいという気持ち。そんな本作『膜』ではないでしょうか。 (膜)

2017-04-29

夢の中の夢が描かれているのでしょうか。インセプション。確か、あの映画は回転するコマを夢か現実かの判断に使用していた。本作『Land Scape Goat 』は文字通り三角点が夢と現実の判別するベンチマーク。土木工事に従事した経験があるものは、よくわかると思う。まず測量はベンチマークから開始する。幻想的、神話的に思われる本作のランド・スケープ。しかし、正確な基準として三角点があることによって、夢と現実が回転する特異な世界になっている。読者の皆さんもお気づきだと思うけれども、その夢と現実、あるいは、夢の中の夢が回転する描写が一番出ているくだりが、空中庭園における落下する神話の場面。最後に、飼っていないポチによって現実の世界に戻っているところまで、完璧な構造がある作品だと思う。 紅月さん、毎度投稿有難う御座います。 (Land Scape Goat)

2017-04-30

訂正:すみません。最後の文が誤りでした。 飼っていない犬が登場することによって、更に夢なのか現実なのかを不確定にしているところが素晴らしい。 (Land Scape Goat)

2017-04-30

夜はかわいくないし きみはかわいげもない 棘を抜いてあげたいと夕暮れに ベッドの脇から引き出した 足首が両手を嫌って 平和な夜に~♪とハミングしている 雨がパランパランとビートを重ね出したころから 僕がきみが 眠らない夜が始まったんだ amagasasasiteさん、毎度投稿有難う御座います。返詩を書いてみました。 (ノイズ)

2017-04-30

一読しました。良作だと思います。もう一度読み返してコメントさせていただきます。一度トップへ上げさせていただきます。 あおのみどりさん、投稿有難う御座います。 (ジムノペディ)

2017-05-01

深く考えることなく、ふっと思いついたことを口にしても、子供であれば、誰に咎められることはない。大きな罪な言葉でもなければ、言葉について深く考えをめぐらすことがなかった。言葉で遊ぶことはしりとりぐらいなもので、言葉を置いて詩を作るという遊び、詩を書くという行為、そこまで達する子供は、ほとんどいないだろう。もし、子供が詩を書いてみようとなったならば、それは大人であるということだ。大人であることと同様な、女性であるという証はなんだろうか。それが本作『花曇り』に書かれている。 落ちた、さみだれは、雪の礫となる。その雪の礫を子供は拾うだろう。 花は言葉もなく咲く。深く考えずに口にした子供のように。 『花曇り』を読みながら、そんな思索をしました。桐ヶ谷忍さん、毎度投稿有難う御座います。 (「花曇り」)

2017-05-01

本作は田中恭平さんの本質的なアレが出ている作品だと思う。それは、タイトル『希望灯 』にも表れていて、田中恭平さんの作品に僕は、「語り手」はいないと思う。そもそも、「語り手」とは一体、何者なのかと、時々思う。批評なるものを展開する際には、自己防衛的な意味合いで、とても使い勝手がよい。「私は、語り手を批判しているのであって、作者は批判しておりません」みたいな。なんか、そーいうの嫌ですね。僕は。ああ、すみません、発起人でありながら、問題有りですね。はい。聖書も仏典も、その後の誰かの書物かもしれないが、それをキリストや仏陀の言葉だと受け取るように、その、作品がフィクションであろうとも、別にいいじゃない、作者と話をすれば。だって、ここに、中原中也が投稿したら、語り手が・・なんて批評を展開します?中原中也さん、これは、どういったメタファーでしょうか?ってコメントで訊かないか?ああ、すみません、少し横道に逸れましたが、まあ、そういうことです。田中恭平さんの作品を読むと、なんでも言っちゃっっていいじゃん!的なフリーダムな気持ちになります。 (希望灯)

2017-05-03

本作『Driver』は良い作品だと思います。 ユウさんの当掲示板への投稿作品を全て読んできて思うことがあります。予定調和的な感です。もっと平たく云えば、書かれている作品の先がおおよそ読者から先読みされてしまうということ。それは、三浦が毎回作品を読んでいるからかもしれませんが。ユウさんには是非、一度、御自身の作品をぶっ壊してみることもよいかもしれないと思うのです。ユウさんの過去作品を全て知っているわけではないので、的外れなコメントになっているかもしれませんが。 みんな、みんな本当に?この焦燥感を持たないの? いつも間に合えないこの苦しさと、何より、言葉に出来ない想いを持っているということ自体への苦しみを みんな、みんな本当に?この不安を抱かないの? 『焦燥感も苦しみも不安も抱かない人間』の側からの視点で作品を作ってみるというのはどうでしょうか。平たく云えばトランプ大統領の視点、安倍総理大臣の視点(いや、彼らなりに焦燥感があるかもしれませんが)でイマージュする。なにか、ユウさんのなかで特異変化が起きると、思うのです。三浦も最近、わけのわからない物語詩をたくさん投稿しておりますが、今まで見えていなかったことが、案外見えてきておりまして。相変わらず作品自体は下手なのですが。是非、まったく違うユウさんの作品が、一度、読んでみたい、と思って、今回は少し踏み込んだコメントをさせていただきました。 (Driver)

2017-05-03

本作『僕は愁う。』、リーディングすると、とても良いですね。B-REVIEWでは、youtubeへチャンネルを設けておりまして、投稿者の方々からの朗読動画をたくさんアップしております。中でも、掲示板上のテクストでは伝わらないこと、あるいは、掲示板の文字で読んだ印象と朗読動画を観た印象が、まったく違うことなどがありまして、投稿作品を単眼視することなく、多様な視点で作品を読むと面白いと思っております。『僕は愁う。』を読者の皆さんも是非、音読してみるとよいかもしれません。 (僕は愁う。)

2017-05-03

これは面白い。そもそも、私、サブカル寄りな感性なのもので、かつ都市伝説的な話が大好きでして。本作はどストライクでした。毎度、投稿有難う御座います。 (かぐやの涙)

2017-05-03

仕事で琵琶湖近辺の長浜へよく行く機会があるのですが、なかなか、その歴史をなぞっていく散策に気が向かず。しかしながら、本作『琵琶湖疎水扁額史會』で謳われる、 大津からの疎水のルート、でしょうか、桜の季節にはとても素晴らしい地ときいたことがあります。土地と共にある詩歌。詩歌や芸ごとが知識・学識と対峙する位置付けでなく、土地の歴史を知ることによる歓びを作品とする。そのようなことを考えました。毎度、投稿有難う御座います。 (琵琶湖疎水扁額史會)

2017-05-03

「彼と彼女」の暗喩が素晴らしい効果が。しかし、5or6さんも御指摘されてますが、タイトルが。。そうですね、好みの問題かもしれませんが、少しイージーな感があります。初投稿作の『player』のようなタイトルがキラリ的なものが欲しいという、読者からの欲としてはありますね。毎度、投稿有難う御座います。 (午前10時のあおいそら)

2017-05-03

短詩ですが、僕は、良い作品ではないかと思います。 笑ってしまうほど 暗すぎる これは、鋭いメタファーがあります。 ただ、タイトルでの、もうワンパンチを入れてあると、更に僕は気に入ったと思います。 念の為に当掲示板を御覧いただいております皆さんに申しますと、短文の作品の投稿はまったく問題ありません。 しかし、個人的には、短い言葉であればあるほど、読者との勝負感(読ませる。感じさせる。)は持っていただきたいと、思います。はい。 (無題)

2017-05-03

写実的な連から、その前段を隠喩として、ストレートなアジテーション。勉強になりました。二作目の投稿有難う御座います。 (なきむし)

2017-05-03

家族と一緒に過ごす時 リビングで一人でぼーっとテレビを観てる 居心地が良い それは私だけでしょうか その居心地の良さというのは 自分は独りではない 自分は不幸ではない という気 悲惨なテレビの向こう側の出来事 なんだったら自分の手で テレビのディスプレイを叩き壊したくなる ほら 僕には 関係無いじゃないかと 本作『Saveと私 』にインスパイアされました、共感詩を書かせていただきました。毎度、投稿有難う御座います。 (Saveと私)

2017-05-09

残念だけど受取れないよ 流れるシートに座っていれば 理性とか非理性とか 絶望とか退屈とかそんなものたちが ねえ ル・カ 朝焼けみたいに散って 花の上を踏みつぶす メールを散りばめたら ル・カ 青い空に蹴り上げて さようなら 返詩を書かせていただきました。毎度、投稿有難う御座います。   (ル・カ)

2017-05-09

率直にストレートに思うがままに詩を書く。やっぱこれですよね。なんだか勉強になりました。Back to the street。 (スーパー踊り子豚野郎)

2017-05-09

『あの海にぼくはぼくを置いてきてしまった』この台詞が好きだなあ。『うぉんと えんげいじ』はなかたつさんらしさが一番出てる作品なんじゃないでしょうか。いや、なかたつさんをよく知っているわけではないのですが、力が入っていない作品に感じられました。作者がリラックスして書かれてる作品って、とても共鳴しやすいと思うんですね。読者からの欲をいえば、「海」をタイトルに入れた方がよかった気がしますね。月並みなタイトルになりがちですが、例えば『置き去りの約束がきみの海』とか。いつも投稿有難う御座います。 (うぉんと えんげいじ)

2017-05-09

おやじ 一杯                 しばれるねえ 旦那 もうー、この箇所が最高ですね!僕は、ほとんどお酒を飲まないんです。よっぽどのことがないと、ひとりで居酒屋に呑みに行ったりしないのですが、「しばれるねえ旦那」これを云ってみたいです。アウトローな人に憧れます。高倉健は云わないかもしれませんが、ショーケンは云うような気がするんです。失礼しました。投稿有難う御座います。 ( the bird )

2017-05-09

「その人は、亡くなるためにやってきます。」の始まりで、私は一つの物語に移入した。その移入は、作品が起点ではあるが、私の想像である物語。部屋に居る私(三浦)。そこへ案内人のような人物が、亡くなるためにやってくる人の詳細を説明する。その説明は私には心地良かった。 「ささやかな日常のながれに、「緊張」という種をととのえながら落ち着いていった真昼のことかもしれない。」この一節に、仕事から解放されてリラックスしながら本作を読んでいる私が共鳴するからだと思う。あるいは、本作が、心象風景よりも物語の構造を印象付けする文体になっているからだとも思う。物語の構造を印象付けるとは、「そのような。」で終わるフェードアウトに表れている。「そのような。」とは、案内人が語る想像の物語であり、想像の物語とは「大枠の概要」であり、はっきりとしない、そのような、構造なのではないか。しかし、それは、読む者には心地良い。なぜ、心地良いかを説明することが難しいけれども。 浅井さん、投稿有難う御座います。 (no title)

2017-05-12

上記の祝儀敷さんのコメントになるほど!と唸りながらこちらのコメントを書いておりますが、スタビを思い出しました。 スタビ。。スタービーチという出会い系サイトです。出会い系サイトにおける男女のやり取りは、即興詩に近いラブレター的なるものが技能として必要とされる世界。 「君の声って ときどき 捨てられた仔犬みたいに聞こえるんだ」 この台詞をスラスラっと云える、これが、まさに典型的な出会い系サイトにおける即興詩。ライト感満載の作品が、当サイトには多く寄せられますが、本作『カカオトーク』は男女のやり取りという点で、最強かもしれません。 (カカオトーク)

2017-05-10

心象風景が描かれている、その風景は無論、蛍火の河なのだけれども、初連に立ち止まりと行き止まりとある為、その河の奥行が遮られた一読目。『懐かしい遠い空が 近づく 置き去りにしてきた約束の場所』に僕の触覚が止まった二読目。パースペクティブな風景が現れた。 『~思い切り手放した瞬間 威勢良く 水を切って』 この一節で、断絶感があった風景が一挙に広がった感があり、最後に、初恋の感覚が飛び跳ねる。初恋の感覚とは、息が詰まりそうな自身の内なるものと、叶えられない外界があることを知り、そこで発光する仄暗いもの、なのかもしれない。 平畑さん、投稿有難う御座います。 (蛍火の河)

2017-05-15

個人的な要素としての体温。その体温をコントラスト付けとして政治を置く。最終の「あなたもきっと、満開の桜をみていない。」の「あなたも」。「あなたは」ではない。語り手も満開の桜をみていないのだ。これは、「国敗れて山河あり」をメタファーとして持たれている作品なのではないでしょうか。満開の桜が観れていればまだよいけれども、満開の桜も観れないほどに国が敗れてしまうかもしれない、政治への警鐘。 こころんさん、投稿有難う御座います。 (death)

2017-05-12

本作『viciousness 』を読んで、「貴様」という言葉に目覚めまして、最近twitterで多用させていただいております。毎度投稿、有難う御座います。 (viciousness)

2017-05-12

田中恭平さん 毎度投稿有難う御座います。編集して繋げましたが、これで大丈夫でしょうか。 (水を過分に含んだように重そうに)

2017-05-10

僕はマテリアル・ボーイ 私のことを謳っていただき、有難う御座います。 (night/MATERIAL BOY)

2017-05-12

夏生の作品から感じる水の感覚と落下する感覚。私、気になります。センスがいいなあと思うんです。毎度投稿有難う御座います。 (言葉弔い)

2017-05-12

呼び捨てになってました!すみません。 (言葉弔い)

2017-05-13

「ゆりかご」というタイトル。一般的に、ゆりかごとは、愛情ある親の手で赤ちゃんを育てるために使われる保育器である。しかし、本作「ゆりかご」では赤ちゃんは登場しない。代わりに登場するのは、最終節で「自分で自分を育てる」と宣言する語り手。語り手自身の世界は布団の中にあるという始まりは、孤独感という意を汲み取れば解せるのであるが、着目すべきは、「ここなら私を消費する人もおもちゃにする人もいない」という一節。これが、本作を謎かけ式に深い意味を持たせていると思う。この一節がもし、なければ、本作は、よくありがちな、愚痴系独り語りで終わっていると思う。逆に云えば、最重要な場所。ふと思ったので、例えとして書かせてもらいますと、 「ここなら安倍総理大臣もトランプ大統領も私をおもちゃにすることは出来ない」だったらとか、 「私を消費するおもちゃにする人  そんな人でも ここなら 抱きしめられたい」ではどうかとか、 シュミレートしてみたら面白かったりする。でも、 「ここなら私を消費する人もおもちゃにする人もいない」がベストであることは云うまでもない。なぜなら、 必然性がある。この言葉には。それを読者に思わせることが出来るのは作者の情念が宿っているからだと思うのです。 なないろさん、初投稿有難う御座います。 (ゆりかご)

2017-05-12

なないろさん。 ごめんなさい。投稿者の朝顔さんが説明されてる方法で解決します。スタッフより、投稿者の方が詳しくて、恥ずかしい。失礼しました。 (ゆりかご)

2017-05-12

時と場というのは、詩の価値を決める大事な要素だと思う。書くことと発表することは違うと、或る人が云っていましたが、その通りだと思う。発表する時と場。満月が出ている夜を択ばれて、本作を投稿された。素晴らしい。 投稿有難う御座います。 (月を見て)

2017-05-12

湯煙さんの作品、時々、「おおおっ?」となる投稿がありまして、私、大好きです。というのも、プロレスファンな者で。プロレスで一番大事なことは予想を裏切ること。湯煙さんの、その、「おおおっ?」となる作品というのは、まさに予定調和を裏切る。というぐらい、なんといいますか、本作『塵』には投稿される「詩的なもの」が無い。いや、ごめんなさい。あるのかもしれませんが(笑)。『Z3』と同じく、ナレーション的な文体。私、好みです。毎度、投稿有難う御座います。 (塵)

2017-05-12

ストレートにメッセージを込めて書かれた作品なのでしょう。そのメッセージも判る人間に判ればいい、とは思われてはいないのかもしれません。本作品を読むことによって、楽しい気持ち、ハッピーな気持ちになれたら読者にとって価値はあるのかもしれません。が、俺が幸せなら、俺が満足なら、それでいい、という感じが先に伝わって来る。更に言えば、作者は、それを認識されているし、自己顕示欲との葛藤もあるのではないでしょうか。プロテスト詩に、自己顕示が出ていれば、メッセージの本質は伝わらないと思うのです。先に、作品のどこに自己顕示がみられるかを言えば、「若者」「外人」という記別です。読む側からすれば、若者や外人という呼称により、読者自身へは向けられた呼称ではないと認識する。この語り手は、どこかの若者やどこかの外人は逃げてしまったと嘆いているパフォーマンスとして認識する。そのパフォーマンスが自己顕示であり、もっと言えば、偽善に映る。テクニカルな話ではなく。私の経験則で言えば、優れたパフォーマーは、観ている私たち一人一人と目が合うのです。そのメッセージはどこかの誰かではない、俺に向けられているのだと認識する。抽象的な言い方になりますが、私個人へ向けられた作品なのだこれはと、読者が認識してこそ、プロテスト詩は成り立つと思うのです。具体的に言い換えれば、若者は「お前」でなければならない。外人は「友達」でなければ、本作品の本質としての価値がない。初投稿をいただきながら、踏み込んだ物言いで恐縮です。また、前提とした観点に間違いがありましたらご勘弁下さい。これからも、よろしくお願いします! (がんじゃまんたけし)

2017-05-12

意味を見出そうとすればするほどに、離れてゆく。そんな詩がじつは、僕は大好きです。なぜならば、対象化出来ない風景を求めているので。絵画であれば、それが、簡単に現される(いや、簡単ではないのか・・)。しかし、僕は以前、「言葉は道具である」ということを表明して、その主義を今でもとっている。以下、少し長くなるけれども、その話です。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 私は、「言葉」は他者と自らを接着するツールと捉えております。誤解無きように申し上げますが、「伝える」ツールでもなく、コミュニケーションのツールでもなく。折り合いが着かない者同士が、言葉を使い縁を保つ。敢えて言えば、落着するのであれば、虚偽の言葉も価値があり、真実やら正義やらであっても着地・成立を為さないのであれば道具としては意味がないことを信条として持っております。その道具としての言葉が、詩という藝術に仕立てられ、成れの果て、それが「悪しきネット詩」(判別の定義はともかく)ではないのかと。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 先日、ある投稿者同士の会話を聴いて、ハッとしたことがありました。それは、「詩を書くことと発表することは違う」という話。詩を書くこと自体は、他者へ伝える何か(メッセージのようなもの)が含まれているわけではないということ。発表する行為とは、発する側の手を離れた瞬間に、その言葉は受けとる側のものになるということだと思う。100%。それは、twitterのつぶやきであろうと、なんであろうと、そうなんじゃないかと思っている。でも、わかりあえない人と人を接着する道具だと僕は云いたい。だから、本作『人間の四半世紀』を僕は読むし、自分の中に入れたい。 自分語りになって申し訳ないけれど(こういったコメントが許されるのも当サイトの特筆すべきことだと勝手に思っています)、アカデミックにまみれた藝術に詩をしたくない。 受取る側の勝手な想像だけれども(あえて読解とは云わない)、病気をかかえて、ショッピングモールの奥の方の、隅っこの誰も寄らないような階段の脇で、サンダルの緒が切れて、なんだかやり切れない気持ちを抱えて足元をみたとき、きらびやかな世界から取り残されたような気持ちに一瞬なって、本作を読んだら、なんだか、涙が出てこないだろうか。僕は出てきた。まあ、僕が変人だからなのかもしれないけれども、想像力が豊だなあって、よく云われます。 みいとかろさん、毎度投稿有難う御座います。 (人間の四半世紀)

2017-05-15

塚本さんの前作とは創作された時代が違うのでしょうが、今回が静、前作が動、そんな風に読むと、また違った味が出て、いいんじゃないかとおもって 塚本さん、毎度投稿有難う御座います。 (外灯)

2017-05-16

今回のジョバンニさんは、始まりから爆走してきたなあっと思いました。最後まで息切れしていない。1970年前後の喧騒がなぜだかみえました。ジョバンニさん、毎度投稿有難う御座います。 (歓喜の歌)

2017-05-16

持ち帰った黒土からは何故という問いが聴こえてきて 持ち帰らなかった国土からは閉じられた光を君が感じているだろう なんて ささやいてみた朝に 喪失の光が粉砂糖を輝かせる まりもさん、毎度投稿有難う御座います。LOVE返詩です。 (播種)

2017-05-16

国土➡黒土でした。失敗。。 (播種)

2017-05-16

私、転校生を経験して、自意識を持って、そこからあまり良い思い出の中高時代を過ごしておらず。平たく云いますと、本心を打ち明けた友達というのが不在な時代でした。よく、傘をささないで、ずぶ濡れになりながら独りで帰ってましたね。だからなのか、『あの空の隙間に~わたしでいたいから』の連はぐっときます。そして、誰かに抱きしめてほしかったです。そんなことを思い出した次第です。 YUU_PSYCHEDELICさん投稿有難う御座います。 (涙色の夏)

2017-05-15

私は子供が嫌いなのですが、既に25歳になる独り立ちした娘がいますので、子供が嫌いだと表明出来る次第です。そんな私が本作『伸ばした手の先に(仮) 』を読みまして、感じましたのは、そうだ、僕のような子供が嫌いな大人は、子供を大事にする意識を持たなければならないよなあ、ということでした。子供が好きなのか、嫌いなのか、それを大人はまず表明しなければならないし、嫌いだという私のような大人は、子供を好きになろうとするのではなく、本作にて感得するようなもの、それを教訓として持つべきだと。ごめんなさい。感想の域を出ていないコメントで失礼しました。 冬木さん、投稿有難う御座います。 (伸ばした手の先に(仮))

2017-05-15

作品のみで、読むことが適切なのかもしれませんが、本作『さざんくろす』は右肩さんの本質的な何かを語っているようで。そう思ってしまうほどに、本作は「これはどんな人が書かれたのかなあ」と想像してしまいました。エロティックさとは、どれだけ、体感さが、感触が、受ける側の脳にインプットされるかだと思うのです。そして、その究極は、書かれた作者と一体になるということではないでしょうか。団鬼六が教師時代に教壇の脇で暇をみながら書いていたことは有名な話ですが、誰にも知られたくない隠されたものでなければならない物語であればあるほどに、LOVEですよね。なので、書かれた作者がどのような人なのか知りたい、という欲が出る読み方は正しい。(断言) 右肩さん、毎度投稿有難う御座います。僕、負けませんよ。。 (さざんくろす)

2017-05-15

何もかもうまく行かない、そんな時にみあげてみる夜空の星々。それじゃ足りなくて、歌を唄ってみたりする。それでも、足りなくて、詩を探してみたりする。そこに、本作『天文潮』があったら、救われるような気がしました。 鈴木海飛さん、投稿有難う御座います。 (天文潮)

2017-05-15

『浴室から綾を成し五線譜と棘の群れを往なして飛散する羽根を。』の一節の前に『睨んでいた。』という始まりを置くことによって、人の情を持たせた情景に、イントロが仕上げられており、その後の流れから不自然さを感じさせない。『ねぇ、触らないで。」と、再び、人の情が入り、その情が剛性を増してゆく流れ。情景描写の流れが、読んでいると、よじれてゆくようで、不思議な感覚になる。そのよじれかたが、『困らせてあげる。ふふ。』とフェイドアウトする。凶暴さと誘惑が交る踊り子のような、視線を感じながら。 ひいらぎさん、毎度投稿有難う御座います。 (Swan song)

2017-05-16

映画『2001年宇宙の旅』の始まりに出てきます立方体の物体。あれを思い出しました。そうすると、「私」が人類の祖先といわれる猿に思えてきて、不思議な気持ちになってしまったんですが、本作『オホーツクの岬』に流れる思想は、キューブリックが『2001年宇宙の旅』で表現した思想とは関係ないのかもしれない。それは、立方体の物体に触れることにより、「私」は消失する。映画の猿は、知恵を、その立方体から授かっている。 (オホーツクの岬)

2017-05-22

「三浦さんはフィクションを書いてみるといい」とアドバイスを受け、また別の尊敬する作家から「三浦さんには自分の人生を書いてほしい」とアドバイスを受けたことがあって、その二つが今、私の詩作における命題としてあります。自分が生きなかった別の自分を知るという意味で。作品を書くだけではなく、発表しなければ完結しない宿題かとも思っているのです。 それを改めて考えさせられた作品です。本作『かみさま』。鳩村さんの作品にコメントすることは初めてであり、また、他作品で三浦がやっております「読者へ向けたコメントスタイル」ではなく、作者へ向けたコメントとして今回は書かせていただきます。少し踏み込んだ内容になります。 本作『かみさま』には少しだけ、あざとさを感じ受けます。それは、全文字が、ひらがなだというところからです。この読みは、先に申し上げました、私自身の命題からみる観点です。主観です。不快でありましたら御勘弁ください。取り下げます。 「フィクションを書く」ことと、「自分の人生を書く」こと。真逆なようで一致する、自身の本質を知るという目的。それは、作品を書くだけではなく、発表しなければ完結しない。 公の場に晒してみないとわからない。晒してみた時に、自己顕示欲が毛筋ほどにもあったら、本質に一番近い虚像になると思うのです。その顕示欲の有り無しの判断も自身でジャッジするとはいえ、作品を発表する行為の後でなければ感じることは出来ない。作者の本質に近い虚像は、人にどう見られたいかという醜さが出ており、自分自身にとっては一番タチが悪いとも思う。 現代詩界隈で優秀とされる作品の多くにその虚像を感じます。それは、私だけなのかもしれません。しかし、タッチ一つの差かもしれませんが、その虚像の先にある本質が出ている作品とは、言い換えれば、その人だけにしか書けない傑作だとも思うのです。 私は、本作『かみさま』を好みます。好きな作品です。しかし、全てをひらがなにする必然性を感じることが出来ませんでした。 鳩村さん、投稿有難う御座います。これからも宜しくお願い申し上げます。 (かみさま)

2017-05-18

二度目の投稿有難う御座います。ラップは昔、キングギドラを聴いていましたが、んん、そうですね。wannさんはあえて難しい言葉を使わずに作られているような気もするのですが、もし、そうであれば、なおさらですが、オリジナルな視点でのメッセージ性が必要だと思います。確かに、パフォーマンス(身体動作)でオリジナルな感じを出しておられ、言葉にまで出される必要はないとされているのかもしれませんが。あるいは、wannさんは、言葉による他者との関係性に、重きを置かれていない感もあります。(ごめんなさい。作品から離れての踏み込んだコメントになっています) ごめんなさい。今、次の作品心臓ステーキをみつけました。私、実は、心臓ステーキのような、社会性ではない、個々のつながりについてのwannさんの作品を読んでみたかったので、興味が湧いております。が、が、 当サイトの投稿ルールが目につくところになく、大変恐縮ですが、じつは、1人につき、月に2作まで投稿可としております。心臓ステーキが3作目になってしまいましたので、削除させていただきます。是非、6月に再投稿をお待ちしております! (素晴らしい嘘が欲しい)

2017-05-23

これは花緒さんの過去作だと思う。(非公開の作品だったかな)以前読んだ記憶があるのだけれども、この作品は花緒作品のなかでもカジュアルに書かれた感がある。しかし、この作品が一番、メッセージ性を感じる。「何をやっているのだろう。不思議だ。」という話。人は、自己を他者を通して認識するという。しかし、語り手は友達という他者の近況をきけばきくほどに、自分を自覚出来ない。太ももに残っている傷だけがリアルなのだ。これは、人はなぜ自傷行為に走るのかという問題にも通ずる、自己認識とは何か?というメッセージが込められた作品ではないだろうか。 (What’s up, My friends?)

2017-05-22

読む者を突き放した感があります。黒髪さんの過去の投稿作品を読み返したのですが、ここ最近の3作品は、この突き放した感がありました。その受ける感覚とは、3人のうち2人が会話をしていて、そこに加わりたいのに入れない1人みたいな。初投稿作品『海』をもう一度読んでみました。「最初に読んだ時の印象はもっと解放感があった記憶なんだけどなあ」という気持ち。あるいは、「元々の黒髪さんのスタイルは閉塞感バリバリのスタイルだったのか」という気持ちにもなりました。もしかしたら、御自身の作品についての成熟感からなのか、新しいステージを目指されていらっしゃるとしたら、その新しい黒髪作品を読みたい気持ちです。 (人の望み)

2017-05-23

コンピューターというのは、元々は人の職業だったということ。最近知りました。本作のタイトルを『computer』とされているところに何らかの意味を見出そうとしました。先述のコンピューターの語源的なところから。一つ一つの短文はコンピュートすることを擬人化したものかなあと、思いました。繰腹作品は、可読性の有無ぎりぎりのラインを狙っているかと思うのですが、今作は少し、読めない感がありました。毎度、投稿有難う御座います。 (computer)

2017-05-22

『ワールズエンド・スーパーノヴァ 』かっこういい!と、目にして感じた次第です。関係ないのかもしれませんが、くるりの「ワールズエンド・スーパーノヴァ」。私は好きな曲です。(まったく関係性がなければ本当にごめんなさい)もし、本作がリミックス詩としてのものでありましたら、私は断然指示します。実は、私も近いうちに、ある有名な好きな曲に対しての同タイトルによる「共感詩」を作りたいなと考えておりましたので。 仲程さん、投稿有難う御座います! (ワールズエンド・スーパーノヴァ)

2017-05-22

目が黒いうちに描いておかなければならないことがあると語った漫画家は戦争を描いた その漫画家はヒューマニズムという言葉を嫌い自身の作品を人類愛と評するなといった 戦前戦中を経験した世代が語る愛と戦後生まれの僕たちの愛は違うのかもしれないよね 悲惨の意味を知らないし悲惨な現実世界よりも仮想世界が覆う時代は肉体感覚を求める そのくちびるにふれて伝わるものは生温い なんといえばいい 愛じゃないのか 白島さん、投稿有難う御座います。返詩を書かせていただきました。へたくそですが、是非、読んでください! (火の鳥)

2017-05-22

今作は一読目から音読をしました。一節ごとにきっちり読める巧さが流石だなあと思いました。最近、そもそも詩というものは声に出して読むべき藝術なのではないかと思索しておりまして。話が逸れるのですが、他の投稿サイトと当サイトの明らかな差異、それは、リーディング系の投稿者が多く参加されているということです。今まで視覚アートとしての詩作品の投稿はあったけれども、朗読を前提とする作品が多く寄せられるのは当サイトが初めてだと思います。そんななか、タムラアスカさんをはじめとするリーディング系投稿者が、「視覚による読まれを限定にした作品」とした場合に、詩作品とはどうあるべきか、というような試行錯誤をしていらっしゃるのではないかと、見受けます。タムラアスカさんの過去の投稿作からすると、今作『救いようのないバカの缶詰 』は本来のリーディング者としての立位置に戻られた作品だなあと、感じました。特に、前作『Saveと私 』と比べますと歴然です。詩情が多くの読者に伝わる作品となっているだろうかと考えた時、無論、「詩情」とはなんぞや?という規定も抽象的なことですが、あえて、読者が感得するであろう詩情を想定した時、過去作の『生活残響』にあった詩情が薄まったような感があります。極私的な感想です。もう少し、『生活残響』で受けた私の感動を説明しますと、「きみとぼくの不思議な連鎖を」や「五線譜から外れた音符として永久に残す」などの一節一節が、読者である私を抉じ開けるように入り込んでくる強さを感じました。紙一重の違いであり、私のようなど素人の感じ方なので、参考にもならないと思いますし、印象論でしかなく申し訳ないのですが、少し踏み込んだコメントを書かせていただきました。投稿有難う御座います。 (救いようのないバカの缶詰)

2017-05-22

本作に置かれている「死んでいた」「死んだ」を「生きていた」「生きた」に替えても、そのメタファーなところは変わらないように思う。それは、『いまだ生まれていなかっただけかもしれない』の一節の通り、本作のなかで「死」の意味するところは終わりではないからだろう。 り さん、念の為のお知らせですが、り さんは当月2作を投稿されておりますので、次回投稿可能は6月となります。来月の新作もお待ちしております。(投稿ルールが見える箇所に常設されておらず、ごめんなさい。それで、念の為にお知らせさせていただきました) (ラストダンス)

2017-05-23

り さんは、カジュアルな作品でいえば、田中恭平さんと双璧をなすという感がありますね。御二人のリレー詩というか、返詩合戦みたいなものを読みたい気持ちです。 毎度、投稿有難う御座います。 (新宿のシャンゼリゼでベトナムごっこをしたいだけ)

2017-05-23

花緒さん コメント有難う御座います。 果実という字はシンメトリーで御座います。 花緒さん、ああああああああああやられたっというフォルムを出してください! (日米宇宙人友の会の打合せ)

2017-05-23

とととさん!もちろん!とととさんの影響です! じつは文学極道さんのサイトに別Verを投稿してまして、他国はそちらに入っているんですーっ。コメント有難う御座います! (日米宇宙人友の会の打合せ)

2017-05-23

初投稿有難う御座います。少し、言葉多い感、語り過ぎ感を感じたのですが、素朴さと幼さが感じられる良作だと思います。これは、勝手な想像ですが、もしも、作者がまだ十代の方だったりしたら、才能満載な方だと思います。まあ、私が云っても何の価値もないのかもしれませんが。これからも当サイトを宜しくお願いします! (今日も周るよ 地球は大爆発)

2017-05-23

ごめんなさい。stereotype2085さん。念の為のお知らせです。判りにくい掲示板で申し訳ないのですが、当掲示板は月に1人当たり2作品までの投稿と限定しております。stereotype2085は当作品にて2作品となりましたので、次回投稿可能なのは6月になりますので、予め御留意の程宜しくお願い申し上げます。期待してお待ちしております! (バカボンのパパの天才性)

2017-05-23

しかし、素晴らしい作品ですね。なんだか、スカッとしました。おやすみさない! (バカボンのパパの天才性)

2017-05-23

韻が独り芝居の台詞のようで読みやすい。詩を声に出して読む。読む言葉の切り方に、呼吸を入れるタイミングを考えたりする。本作では、「身体」というワードが2回出てくる。声を発する動きは身体から外へ。眼で読むという動きは詩を中へ入れてゆく方向にある。先に挙げた「身体」を声に出して読むとき、「身体」に掛かる前後に置かれた装飾によりその表現は変わる。身体を持たぬ私、消えていく身体。この装飾を外へ向けて表現する時、内なる悲しみを表現するだろうか。あるいは、眼で読む印象をそのまま表現するべきか。それは、声に出してみないとわからなかったりする。他人が哀しく読む詩が、もしくは、自分の眼で読み入れた言葉が、声に出して発したら、笑い声になってもおかしくない。哂い・嗤いといくつもの語があるように。 決めつけられない。決めつけはよくない。だから、声に出して読んでみる。 (『渡る』)

2017-06-06

ユウさんの作品を久しぶりに読んだけれども、頑固さが出てると思う。ユウさんの作品に共通することを一言でいえば、「世界を変えたいけど、変わらない自分がいる」ということだと思う。まったく三浦くん、深すぎて解らないと思うんだけれども、これは、当たっていると思う。今作の最後も、 いや、そんな正義ではなくて、単にこの悲しみをせめて、せめて空にお空に、ゆかせたかった という終わりかた。これって何も変わっていないと思うんだ。というか、変わらないという諦めなのだろう。爆弾を投げるまでやっているのに。それは、作品の良さでもあるけれども、読者を閉じ込めて終わる。ような気がする。 (苦しさで、悲しみギュウギュウに詰めた壊れた)

2017-08-24

音読して、心地よい。これは、好みの問題ではあるけれども、私はどちらかと云えば、詩は朗読したい方なので、音読に相応しい作品の方が好き。音読して読者である私の身体を通して、再び、出てくる物語、実は、テクスト上に描かれている物語とは明らかに違うのだ。これは、朗読したことがある人なら意味不明には思わないと思う。今作「僕たちが頑張ると云うこと 」で語られる妻との距離、義母との距離、その距離は私のフィルターを通過した後には、私の妻と義母との距離になっている。物語がレイヤー化されるような。もしかしたら、そのレイヤー化された距離と物語は作者が意図する詩情とは違うかもしれない。しかし、私の自論ではあるけれども、詩情・ポエジーとは作者と読者がいて成立するものだと思っている。だから、私のフィルターを通過して出てきた妻と義母は、「僕たちが頑張ると云うこと」という詩情として、少なくとも私のなかでは成立する。 (僕たちが頑張ると云うこと)

2017-08-25

り さんの作品の魅力の一つとして、しゃべりの文体がある。簡単なようで、真似出来なかったりするセンスがとても必要な文体。このオリジナリティな文体でいくつか、投稿されていらっしゃるけれども、私が勝手ながら、しゃべりの文体が成功しているか否かの線引きをすると、今作は、成功しているともいえるし、駄作となってしまったともいえる微妙なライン上の作品ではなかろうか。り さんのしゃべりの文体の面白さは、読んでいると何の障害もなしに語り手と感情がシンクロするところである。逆にそれが読者への禍にもなる。そんな感情要りませんよと。意地悪な言い方をすれば、マクドナルド爆破とか子供ぅぽいところがあざと過ぎだろうとか。そこで、一つ今後の参考になれば幸いなのだけれども、推敲する際に何らかの拘りは持つべきだと思う。しゃべりの文体で一気に書いたとして、その先は多くの読者へ伝わるように洗練するべきではなかろうか。もう少し踏み込んでコメントさせていただくと、現代詩人会での入選作「カンボジアの果物係り」は95%のリアリズムと5%の非リアリズムで描かれている。しかし、今作「マックシェイク飲む、いつも。」は50/50である。だからだと思うけれども、「天国」という言葉が一般的に呼称される天国でしかない。判るだろうか?私の云っていることが。「カンボジアの果物係り」で出てくるアンコールワットという現実の固有名詞の方が今作の天国よりも幻想的な響きとして私にはあった。やや乱暴なコメントで失礼。 (マックシェイク飲む、いつも。)

2017-08-21

詩作品へコメントをする行為に抵抗感を持つ人は多い。と思う。当事者でなく、ある意味、傍観者であることのほうが詩作品への触れ方として、最適なのではないかと、私は、思ったりする。「この詩は良いと思う」と外へ発した瞬間に、自己にある「良いと思わないこと」を削いでいるというか。更に言えば、良いと発することによって、その詩が本来あったはずの、立ち位置を変えてしまうことにならないかと思う。北極で生まれた詩に対して「あなたはアフリカの草原に移動して下さい」というような、決めつけによる違和感を生む感じ。詩を読んだら黙って立ち去る、傍観者。デタッチメントな距離が詩を最も評価しないか?と思ったりする。 直観の人でありながら、なぜ、印象批評から一番遠い場所から始めるのか。それは、先に申し上げた、詩作品が孕む断絶の距離を自明なものとして、I さんは、詩に対して持っていらっしゃるのではなかろうか。顕微鏡で分析を加える批評とは、破壊してはならぬ、あるいは、失くしてはならぬよう、最低限の批評とする為の努力なように思う。詩を前にして、本当は黙っていたいのだ。きっと。 (I・・・に教わったこと あるいは批評について)

2017-09-03

推敲不足は置いておくとして、百均さんの最高傑作だと思う。ここ1年間の間で読んだ作品の中では。皮肉ではないよ。百均さんはグジグジしたテーマで作品を書かれるととても魅力的な作品になる。大凡、グジグジ的なセンチメンタルな内容の作品というのは、失敗すると沼になる。読むものとすれば、そんな沼には入りたくないと拒否感が先にくる。なぜだろうか百均さんの作品は沼で溺れる感でなく、雨に少し濡れたぐらい的な印象になる。具体的な文言を拾うと、 ・出来なかった ・何もなかった ・満たない ・なぜか知ってる ・しまいたかった と残念な気持ちで終わるそれぞれの一節一節。 極め付けは、「だった、」と改行してまで置いてる。 これらの言い回しの作用が独特な濡れ性を出しているのかもしれない。参考までに私の持論を云えば、失敗して沼になってしまう作品というのは、こういった残念な吐露が続くことに併せて、飛ばし過ぎな暗喩が込められたケース。今作にはそれが無い。唯一、 『机の引き出しに入った物差しで  わたしの心の長さをはかると  一ミリも満たない』 というメタファーがあるけれども、この一つだけの効果が大きい。 素晴らしい作品ではないか。いや、かもしれない。 (世界)

2017-08-21

ストレンジ・バタフライというフレーズに、固有名詞と形容詞の二つを含むためか、読んでいるとリズムカルに心地よく(読みやすさがある)。ただ、『苦しんでいるような感じで』や『センチメンタル気分で揺らめいて』などの直喩が、読みながら少し醒めてしまうと、個人的には思う。折角、魅了される世界が展開されているのに、タイトルに『蝶と私』とあるせいか、語り手が読者へ開かれていない感じを受けてしまう。ただ、作品のテーマが、ストレンジ・バタフライとは作者(語り手)が手にしたい焦がれる他者への暗喩としてのものだとすると、私のような読者は不要であるけれども。幻想的な場所へ読者である私を置き去りにして欲しかった。欲を云えばそのような感想です。 (蝶と私)

2017-08-21

なかたつさんの作品を久しぶりに読んだけれども、随分、変化されたのですね。というか、こちらが本性だったのだろうか。大賞を受賞された縁よりも、今作『星の誕生日』の方が個人的には好みに思う。 「この音はあなたに聞こえますか。」このフレーズががーーんときた。 (星の誕生日)

2017-08-24

なるほど、ノスタルジーな作品かと、一読して思った。『いつか僕らの1mmの涙が』という一節、少しだけ惹かれた。しかし、個人的な感想を云えば、作品が読者へ開かれていないような感がある。少し乱暴なコメントになるかもしれないけれども、ノスタルジーさを排除して読者へ伝える詩情を第一義としようと、仮にすれば(私の勝手な物言いで申し訳ない)下記の一連だけでよいのではないだろか。もちろん、人それぞれ、どのようなスタイルでもどのような文体でもどのようなセンスであろうとも、すべてOKではあるのだけれども。参考までに。 彼らの愛に花を贈ろうよ いつか僕らの1mmの涙が 血の川に流れ込んできらきらと光るだろう (sleeps)

2017-08-21

読んだ感想を少し散文的にコメントします。 物語の果てといえるのか 神話の果てとは 眼でみて手で触り耳で聴こえること 認識可能な科学を追究し進化させる歴史よりも 形而上なるものを追究し生活の一部として スピリチュアルなるものが在った時代は長い 生活の一部としてスマホがあるように 生活の一部として「美しい巨鳥のような銀色の機体」が 在る時代と場所があったとしてもおかしくない 人類の歴史は長いのだ 神の時代に生きていた人はいない 2017年まで辿り着いた認識可能な事象は全て物語だ 物語の果て 神話の果て (神話の果て)

2017-08-22

装飾を付けずに言葉を置く。とても新鮮に感じた。一読目には気付かなかったのだけれども、その効果というか、統一感を持たせる為か、改行を工夫されている。そのような工夫・効果が集約され、主役となるフレーズに思えたのは、「噛みしめる普遍」。この言葉に魅かれた。装飾無く置かれた言葉を読むリズムは、まさに「噛みしめる普遍」な行為だった。ただ、音読してみての感想としては、読みずらい。テキスト作品なのだから問題ではないのだけれども。可読性の有無を問えば、今作は微妙なライン上ではなかろうか。可読性の有無も問題ではないけれども、可読性がある作品を好みとする私としては、微妙。参考までに私が言う可読性とは、読者である私が一読して想い描く情景を、他人へ即、解説・説明することが可能か否か。極私的な内なるルールであり、一般的なことと少し違うかもしれない。 雑なコメントになっている感を与えてしまっていたら申し訳ない。今後とも宜しくお願いします。 (手を振る)

2017-08-22

どうも。やられたと、思いましたよ。 塚本さん、やるなあ。俺も詩が書きたくなった。この言葉が一番、この作品に相応しい感想だろう? もうひとつ言えば、俺も、塚本さんの作品みたいに、なんか、こう、素直に自分を表現して生きたくなった。 (素直な言葉)

2017-08-22

『潜り込んで、冬の道へ』を田中恭平さんはなかなか、越えられない。『#6』がかなり惹かれたけれども、『潜り込んで~』を超えることはなかった。私の田中恭平作品にみるポエジーの話である。読者である私の主観による感想なのだけれども。今作は田中恭平さんのユーモアさが全開な作品で、全面それだけかよと、思った。唯一、「難波船は行ってしまった、」が少し、ポエジーの始まりの予感があったのだけれども、その後に、続く哭きがなく残念だった。『潜り込んで~』で降ってきた詩をもう一度お願いします。 (ローリン、ローリン)

2017-08-23

花緒くん。瑞々しいが、強度が足りていないと、書いて欲しかったなあ。しかし、相変わらず切れのあるコメント有難う。 り さん。「詩論を書けないやつは信用出来ない」という言葉をB-REVIEWに持ち込もうではないか。白島さんが自らの詩論の投稿によって示してくれたことを私なりに解釈すれば、ツッコミどころが満載なスカスカな文章であっても、投稿者はみんな、書きたいこと、書こうとしていることをステートメントするべきだと思う。なんとなく詩を書いてみましたでもいいのだけれど、それじゃ、他所の掲示板と変わらないと思う。だから、「なにがしたいの?」って突っ込まれてしまうのだ。書けていないと言われるよりも、「なにがしたいの?」なんていわれることのほうが哀しいだろ。 (詩論:再び偽りに終わったとしても)

2017-08-24

sonetiraさん。コメント有難う。遠慮しないで、愚かな僕を君の詩で殺してくれ。。。 (詩論:再び偽りに終わったとしても)

2017-08-24

竜野さん コメント有難う御座います。「序論・本論・結論」!論と名付けて文章を書く際の基礎を私は知りませんでした。勉強になりました。半年後か一年後にまた書くであろう詩論へ活かしたい所存であります。 survofさん 狂気とは、自死する者が異常な状態にて直前に現すであろう言葉、そこに正常では感じることの出来ない生の充実があると考えます。しかし、ノーマルに生きる私にはその異常と正常が交りあう「ゾーン」へ突入することが難しい。そんなことは出来ないのが当たり前なのかもしれない。そこで、私は自分を追い込んでみました。ジョギングやヒルクライムで身体を苛めてみました。残念ながら、身体を苛めるだけでは得られないみたいです。「ゾーン」はもう少し、その先にあるようです。いずれにしましても、ノーマル日常生活のまま「ゾーン」へ突入することが出来ないかと、考えておる次第です。イタコかシャーマンみたいな。意味不明なレスレス失礼。 HAneda kyou さん みえてる。みえてる人ですね?kyouさん。上に、狂気についてレスレス書いたけれども、返詩の内容そのままでびっくり。 (詩論:再び偽りに終わったとしても)

2017-08-25

HAneda kyouさん 中道について。ノーマルに生きるとは、ある意味、バランスが取れるということなのかもしれません。バランスを取らなくてよい生き方、それは、真の孤独。田中一村が奄美大島の掘立小屋を晩年の創作場所としたような。 まりもさん 憑かれたように書きまくる。そうです。晩年の田中一村が呼ばれたように、死神と呼ばれる姿。 fiorina さん ありふれた日常のなかに狂気は宿っている、かもしれません。が、往々にして人はそれを観てみぬふりをする。私が詩文を書きたい気持ちになるのはもしかしたら、観てみぬふりをしたくないだけなのかもしれません。 薄氷楓さん もしかしたら、狂気を誘発するのは、怨念なのかもしれません。皆が怨念を隠しながらノーマルを装う。その怨念を放てる確実な場所は、真の孤独な場所なのかもしれません。が、人は真の孤独な場所へは、大概は向かわない。作り笑いを持って人の輪へ紛れ込む。視点を変えれば、孤高の人であることがノーマルで、作り笑いで世間に潜むことの方が狂人なのかもしれません。 まりにゃんさん kaz.さんの作品へのまりにゃんさんのコメントは拝見しておりました。一つのビジネスにも成りえる狂気。偽りの狂気を群衆に与える。ほら、格好いいだろう?この狂気、みたいな。ファッション狂気。 (詩論:再び偽りに終わったとしても)

2017-09-28

始まりから異空間がある。二連目に描かれる時間軸のねじれかた。「だってお化粧が~」のくだりから、なぜかしら、70年前後のニューシネマな意味合を感じる。たしか、ニューシネマというムーブメントは既成の倫理やら、規制そのものから自由になろうよ的なテーマだったと思うのだけれども、大凡、ニューシネマの最後は爽やかなんだけど、結局死んじゃうよね、みたいな終わり方じゃなかったかな。 そうだ海に撒こう、海に撒こう、海に撒こう こののリフレインが、ニューシネマの終わり方っぽい。そんなこと思うのは私だけかな。そうだなあ。ニューシネマって明るい未来を望んでるのに、最初からバッドエンドはわかってんだよ、という切なさなのかもしれないし、その切なさを、今作「未来の」は表現したかったのかもしれない。その視点でみると時間軸のねじれ方がよくわかるんだけど、何かもうワンパンチ足りないような気がする。 (未来の)

2017-08-25

趣味がカメラなので、私的にはとてもイメージが膨らんだ。幸せの風景を撮りたいのであれば、食事の写真を撮ることがよいのかもしれない。だけど、もしかしたら、幸せになりたい風景になるかも。撮れるか否か、正確にそこにある幸福を共有するのであれば、何を撮るかではないのだ。写真とはおそらく、しろとびや、色合いよりも構図が全てではなかろうか。何を入れて、何を捨てるか。そんなソウル・ライターの言葉を思い出した。読んで良かった。 (正方形の生活)

2017-08-25

花緒作品とは「言葉に思想なんていらんのですよ。いるんですか?いらんいらん」という一言で詩論として纏めることが可能なんだ。要は、言語による相対化、それによって得られるところの詩情なるものを敢えて否定する。それによって書かれる作品は相対化されない(思想が宿らない)言語・文章となる。更に花緒くんがあざといというか、憎々しいと思うのは、その思想無き言語を完璧なロジックで構築し、読者を「ね?思想いらんでしょ?」と挑発する。完璧なるロジックとは、一見すると、正論に読めてしまう。そうかもしれないと読者を思わせてしまうところである。そこで、今作「CREATIVE WRITING 101A (B-REVIEW EDITION) 」。読者の皆さん、この作品の結末をじっくり読むといいよ。私が言ってる通りだから。 わたしは、 いつまでも、 話そうとし続けます、 話すことがなくても、 話したいことがみつからなくても、 話すことに意味なんてなくても、 話そうとすることだけは、 自分の言葉を探すことだけは、 あきらめずに続けようと思ったんです、 いつまでもみつからなかったとしても、 許されるまで (CREATIVE WRITING 101A (B-REVIEW EDITION))

2017-08-25

あなたも帰ってくる いつかは 蝙蝠くわえて いきなりのフレーズにびびった。あまりの驚きに「蝙蝠」ってコウモリだよな?ってググってしまった。まさに変調である。恋人だか、誰だかを待っているという始まり。そして、いきなり、コウモリをくわえて帰ってくることを望むという。申し訳ないのだけれども、あまりにも、コウモリへの変調のところが魅力満開で、その後の血なまぐさい描写などに、感情移入出来ない。デビッド・リンチ映画のような、え?!なにこの展開?という驚きがあって、そのまま、コウモリをくわえて帰ってきた恋人だか、連れ人だかの世界を知りたかった(いや、もしかしたら、後半部に描かれているのは、それなのかもしれないが・・)。コウモリと一緒にキャットウーマンとジョーカーも憑いてきちゃったよ的なシュール性を全面に出したほうがよかったのではなかろうか。いや、読者の私の勝手な欲である。 (変調)

2017-08-25

中途半端で、ごめんなさい。共感詩です。 光と音、 消失する抱擁よ 声が痛ましく 詩を殺す 鎮めようか なれば死ねよと 兵士が、 揺さぶれば唄を 歌おうか、民衆よ 残虐であれ、 光さし、音が、 死なないような、 (光 音)

2017-08-25

始まりからの情景描写が圧巻。読み始めた当初、これは虐殺?ホロコースト?などと詮索しながら読みました。或いは、殉教者を転ばせる為の拷問か。しかし、結末としては、男女の秘密がテーマだったのかという。読者からの欲を言えば、始まりで描かれている船に、私は置き去りになりたかったです。そのまま、船の中でその女性たちと一緒に終えてもいいぐらい。ごめんなさい。私はマゾな読者なので。 (愛の名前)

2017-08-25

いや~びっくりした。これは演劇批評ですよね。詩に関係なくとも全く私は問題無いと思いますよ。というか、このようなことが起きないか待っていましたという感じです。なんといいますか、もう、なんだったら、昔のロッキング・オンみたいな、なんでも評論書いて投稿しちゃうぞ!的な掲示板になればいいのにと思います。あ、あ、すみません。これは三浦個人の意見です。とりあえず初コメントで上げさせていただきます。 (<演劇「王女メディア」>)

2017-08-25

おそらく、エレカシの宮本さんがB-REVに自らの歌を投稿しても選評には残らないかもしれない。バンプの藤原氏が投稿しても微妙な気はするけれども、選評には残らないと思う。念の為いえば、私は投稿掲示板の選評に関わったことは一度もないし、なに上から目線でジャッジしてんのと言われると、なにも返す言葉はないのだけれども。他所の掲示板も含め、ロック系作品が玉砕してきたのをたくさんみてきた。ロック系作品はどうしても、ベタな文体にならざるおえない。なぜならば、「言いたいことあるならハッキリ言えよ!」的な叫びがロックには必要だから。ある意味でだよ。ある意味で。で、北村灰色さんの『監獄ブルース 脱獄ロック 』。最強にベタなタイトルで、最強な文体。唖然とする作品である。失礼。私が素敵だなあと思うこと、もっと言えば北村灰色さんに拍手を送りたいのは、このタイミングでこのベタな作品を投稿したことにだ。ロックとはタイミングが全てといってもいい。シンニードオコーナがボブディランの記念コンサートでブーイングを浴びたみたいに、ここぞというところで、詩人やら、バンドマンやらは、言いたいことを言わなければならないのだ。ロックとは。たしか、7月の選評に北村灰色さんは入っていなかったと思う。そんなことは眼中に無いとばかりに、今作を投稿するところに、私は感動しました。ロックンロールは死なない。 (監獄ブルース 脱獄ロック)

2017-08-27

棄教、あるいは転ぶともいい、退転という呼びかたもある。遠藤周作原作映画沈黙を映画館で観てからというもの、頻繁にそれについて考える。先週はヘルマンヘッセの知と愛を読んだ。これも軽度ではあるけれでも(いや、重度かも)転びの話。黒髪さんの今作を読んだら、なんだか、また転びについて考えてしまった。私が転びについて興味が湧く理由は「自分が幸か不幸かなんて、自分で決めてる幻想でしかないんじゃないの?」という疑問があるから。転び・棄教だって、一面からみれば、敗残者で、逆な面でみれば解放を得た勝者だという。 黒髪さんの今作からの言葉でいえば、 つまるところ十分に頼ることが出来るような意思の構造 つまり、赦しだ。他者の憎悪までも抱きしめる強い強い自己依存。自分を赦すとはそーいうことではなかろうか。三浦が自分大好き人間だというのは有名な話なんだけれども、他人から向けられる憎悪なんてまったく大丈夫。だって、自分に依存してるから。 すみません。自分語りしてしまいました。 読んでよかった作品。 (嬉しい荷物)

2017-08-30

渚鳥さん 人は死まで意識する傷を負うことがある。あると思う。治癒できる場所、あるいは人を探す。救いを求めて思想や宗教に求める人もいる。芸術に求める人もいる。結果的に、治癒されなかった、されないままに生き続ける人もいる。僕は治癒されないまま、生き続ける必要があった。傷が治癒されないまま生き続けるために一つ方法を見付けた。偽り生きること。傷をみないで生きれば、とりあえずは生きれることを見付けた。歳を重ねるうちに傷を負っていることを忘れた。その年月は二十数年だったと思う。ある時、ハルディンホテルへ一緒に行かないかと、あなたが一緒に行ってくれる人なんでしょう?と問いかけてくる人に出会った。それで思い出した。ハルディンホテルを。僕は、一緒に行こうか、どうするべきか、態度を保留にした。あれから一年経って今回この作品を書いた。僕がもし、ハルディンホテルへ一緒に行っていたら、停止したと思う。着いたその先にあるハルディンホテルへ入る前に停止したんだ。きっと。僕はハルディン急行へ一緒に乗らなくてよかったと思う。自分に正直でなくても、偽りであっても、よかったと思う。結論を出さずに終わる。渚鳥さんのコメントへの返しになっていないのだけれども、なんだか、このことを書きたくなった。その後のこと、あの人はハルディンホテルへ行かずにすんだようだ。 (夏のハルディン急行)

2017-08-28

花緒さん。 コメントありがとう。次に大きくステップアップする前段階で終わってしまった感が確かにあります。もう少し掘り下げると自分のなかでの大作になった気がする。 (夏のハルディン急行)

2017-08-28

森田さん 私もレイモンド・カーヴァは大好きです。ありがとうございます。 まりもさん メタファーを他者に与える。それは私の生きざまそのものです。私の存在意義はメタファーであり、それがイデアでもあるということです。 survofさん マナーなんて、私に対しては気になさらないで下さい。なぜならば私がマナーすれすれの境界線を楽しんでいるからです。ありがとうございます。 (夏のハルディン急行)

2017-08-31

sonetiraさん この掲示板は面白いと思うよね。時々、びっくりな作品に出くわす。 シリューさん 思い出は眠れない夜行バスみたいに窮屈で朝が来れば消えてしまう。そんなものさ。 白島さん 絆創膏が万能薬の世になっても、無くならないで欲しいですね。剥がす痛みはあったほうがいいです。 (夏のハルディン急行)

2017-09-11

migikataさんのB-REVでの投稿作品のなかでは、「この世は終わらないそうだ」が一番好きだ。これを読んだ時はがーんときた。「この世は終わらないそうだ」でまざまざと視えた、少し歪んだ現実世界、みたいなもの。言い方を変えると、歪みみたいな影が作品に登場する人間たちの身にじわっじわっと寄り添っているのだ。で、今作「夢の中で何度も繰り返しながらその都度忘れてしまう「僕」の体験 」は、まさにその歪みみたいな影がかなり出ていて魅かれそうになるのだけれども、作品にある筋書きみたないものが、イマイチ私にはガーンと来なかった。カタルシスが掴めなかったというか。皆さんはどうだろうか。 ( 夢の中で何度も繰り返しながらその都度忘れてしまう「僕」の体験)

2017-08-28

なぜだろうか。とても息苦しさを感じた。一読目でコメントを書こうかと思ったのだけれども、何かしっくりこない感があり、今の時間に再び開けてみたところ、花緒さんがコメントしていた。作品へのコメントから読んで自分のコメントを書くのはあまり、やらないことなのだけれども、読んでしまった。花緒さんは、言いたいことを直裁に書きすぎとの評を残されたのだけれども、このコメントで逆のことがわかったのだ。私がしっくりこない感は、今作は言いたいことを言ってるようで、言っていない作品だということが。 せいぜいあっちの世界で生きていけ! 過去の事柄を語るなかで、最も強調されたところ。ところが、その続きが下の通り。 と言いたいところなのだが あっちが主流の世の中なんだよなあ 作品の結末には、 そうだ、おい読者の君 何か案があれば教えておくれよ 少し参考にしたいから、さ これは、ニヒリズムだろう。爽やかな青年の主張ではない。 面白い作品かどうかといえば、なんだろう、言いたいことを取消しながらも、最後は読者へ投げてしまうところが、んんん。粗い作品な感はあるけれども、私は面白かった。少なくとも、ここ最近、掲示板で読んだ作品の中では、ベスト3に入るかもしれない。でも、詩作品かと云えば微妙。ただ申し訳ないけれども、私はかなり辺境から作品を読んでいる人間で、客観的に云えば、主流な読者は喰いつかないかもしれない。失礼。 (ときどき人に話すこと)

2017-08-28

下着、余分なものがついただけ、と言ったところにジェンダーな意味合いが感じられ、その何かメタファーがあるのだろうとは思った。また、ワン、ツーのリフも、なんとなく、置かれている意味合いがわかる。で、私が思うに、「なんとなく伝わるでしょう?感覚。感じてもらえたらいい」的なところが意図されたところだとしたら、成功ではなかろうか。ただ、これも私が思うところの勝手な読者の欲なのだけれど、強欲をいえば、鳥肌を立てたいし読んだ後に、もう一回、あの言葉を読みたくなる、という気持ちになりたい。それを、もしかしたら作品の強度というのかもしれないし、作品の訴求力というのかもしれない。もちろん、私もそれをまだ書けないでいる。 具体的なコメントでなく、申し訳ない。 (拇指)

2017-08-30

ごめんなさい。一言感想になってしまうけれども私、本作品、むちゃくちゃ好きです。ドストライクです。私のために投稿されたのかと勘違いするぐらい。ああ、一言では申し訳ないので、私のストライクゾーンを示しますと、①投稿掲示板では長文を読むことはなかなかシンドイ。3分以内で一読可能なこと②可読性が高いこと③可読性が高いながらもメタファーが感じれること④三浦ルールではあるけれど詩情があること 自分語り失礼。 (いつか終わりの日に)

2017-08-30

何かしら、生贄がキーワードとしてある神話が背景としてあるのだろうかと一読した。その神話か史実としてか知識を持ち合わせずに読んだので、置かれている言葉から受けるところの情景は極私的なものになってしまうが、この作品にある夏祭りが生活する地域に潜む禍を鎮めるため、という目的があるとすれば、「贄の娘」と「快活な恋人」は、今昔の時空を超えた不思議な繋がりを感じる。その不思議なる感じが、「祠の影」であり、結末にある「あやしくふるえて光るもの」に現れ、夏祭りの賑やかな描写の影としてコントラストを与えていると思う。しかし、読者の欲を言えば、霊的なものの象徴としての娘、美少女であるとすれば、その少女・娘の表情まで描かれていた方がいい、と思う。なぜならば、幽霊を私は何度も観ている。彼、彼女らは、一般的に語られるような無表情ではなく、いつも微笑していたり、怒っていたりするから。失礼。 (「おくわ」伝説)

2017-08-30

それはデカダンスだね、なんて君はいうかもしれないけど、いや、そういうことじゃないだろう この一節がもう、私的にはツボにハマった。この問いと答えの会話を私はよくやってるような気がしたのだ。皆さんがお察しの通りで、私はイージーな感想をよく疑問形で返している。 「それって◯◯だよね?」と。で、真剣に生きている人々を怒らせてしまうのだ。いや、私だって、真剣に生きているつもりなんだけど。 本作でも、他者との美意識の差異、認識の差異が表されてるんじゃないかと思うんだけれども、このテーマは面白いですね。なんか、私もこのテーマで書きたくなった。 あ、私のこのコメントに、 いや、そういうことじゃないだろう、なんて言わないでください。 失礼しました。 (薔薇の花弁)

2017-08-31

私、四回読んだ。じつは、一読目で、あっこの文体のリズムは好みだなあと思ってコメントしようとしたんだけれども、どうもコメント内容をうまくまとめれず、読み返したという次第で。で、不本意から連想されるであろうことが書かれてあるのだよなあって感想をもったのだけれども。そこで、私も不本意で一つ浮かんだことを。 自分語りな感想なんていらないと思われたくないけれど 自分が書いて発する言葉の域が自分語りの枠からはみ出すことを望んでもいない 失礼。 (不本意)

2017-08-31

なんだか、レス欄で自説が載ってて、それはそれで読みましたよ。でもね、解説は下手クソなんだということがわかった。なんだ、コーリャさんも人間なんだなって安心した。だいたいさ、私が好きな作家とかミュージシャン達はTwitterなんかやってないわけで。語弊があるかもしれないけれども、自虐も含めて言わせてもらえば、ホンモノな人は、自説なんかしないし、内内な話なんか絶対にしないよね。で、きっとコーリャさんって、そーいう類いな人なんだよな。だからね、本作は貴重だと思う。だってこの作品は詩の書き方のハウトゥー本でしょう。しかも、優良とされる現代詩の書き方の。私は天才だから薄々わかってはいたけれども、具体的に示してもらえて、とても、勉強になったわい。うん。うん。 (バスが来る文体)

2017-09-11

読まれる人の年代によって印象が変わるのではないか。というのも野良犬が路地を徘徊してるのをしょっちゅう見かけていたのは昭和50年代ぐらいまでじゃなかっただろうか。いや、本作内では、大地、地平線と書かれてあるわけだから、町が浮かぶわけないじゃんと、ツッコまれてしまうかもしれないが、私からすると老犬ときいて思い浮かぶのは、行き場がなくいつも空腹で町をウロウロしてる犬、そして昭和の風景だ。そのイメージのまま私は一読してしまったので、読後に、「子供の午前中に目撃した、あの野良犬たち、地平線がみえるような大陸に生まれていたら、もしかしてイキイキしてたのかもしれん」と思った。少なくとも野良犬とは呼ばれていないだろう。野生の老犬だったのだろう。 (老犬)

2017-08-31

すみません。打ち間違いがありました。 子供の午前中→子供の頃 (老犬)

2017-08-31

自然体とは、ただ生きることで、それは生きること以上でも以下でもないこと。ただそれだけのことなのに僕らは意味を見いだそうとする。生きることの意味を問うては残念な気持ちになる。あるいは残念な気持ちを死に置き換えようとする。その思念は、まるで雑草のように現れる。僕らは雑草を抜く。生きることに意味など無いと僕らは雑草を抜く。抜く作業を続ける。呪文のように。繰り返す作業は自然体となりただただ生きる日常へと戻してゆく。しかし日常は果てることはない。また新しい意味を問う。雑草のように。 清々しい気持ちになる作品。清々しい表情を作品の表に持ってこられたのだろう。その清々しさを際立たせるのは表情の内奥にある闇。作品にはその闇もしっかりと書き込まれている。 (「消耗戦」)

2017-09-02

これは花緒さん、花緒さんらしい詩論だ。私は読める人間だから解るよ。 序論:基本・基礎が出来ていない者が前衛な作品を書いても無意味である。但し、社会的な評価を得ていれば、前衛だろうが、なんだろうが許される(意味がある)。なぜ社会的な評価を得ていれば、許されるのか?(作品に意味があるのか?) 本論:ここで、社会的な評価とは?基本基礎とは?という条件が明かされる。それは、「リスクを回避することが可能な崩れざる経済的(?)な個人基盤」であると。リスクを回避する安心があってこそ、思い切った表現に挑戦することが可能になるのであると開示する。また、本作品にあるメタファーとしての「詩論」を展開される。それは非言語表現と言語表現の関係性。 結論:非言語表現の基礎があってこその言語表現であると。 結論について、私が平たく言い代えてあげよう。花緒作品に通底する、「書くことに意味が無い」という残念さは情念であり、非言語表現とはまさに人間に具わる本源的な熱であってそれは、肉体的なもの、スポーティーなものである。この理を前提に文章を書きたいと。これは、まさに、花緒さんのステートメントである まる (KIHON THE BASIC)

2017-09-04

おおおっと、思った。ユウ作品の中でも、なんか、違う気がした。「シークレット」の繰り返しがリーディング者としての作風だと思わせるけれども、なんか、今回は違う気がする。まったく話しは逸れるが、この印象論で終始しても許される掲示板なところが嬉しい。そうそう、なんでもコメントして良いのだよ。整理整頓されたロジックが多くの人に伝わるわけでもないよ。詩壇(?)の優秀な人のコメントが素晴らしいとも限らないよ。いや、詩壇の優秀な人は未だ現れていないのだろうけれども。 話しを作品に戻すと、本作はヒエラルキー化した世界への反骨がテーマなんだと思うけれども、本当に言いたいこと、詩にしたいことは隠さないといけないんだよなあって、思った。なるほど。うん。うん。 (一歩前へ(未完))

2017-09-11

雨が、しずくが、KO寸前まで追い込まれたボクサーが耳にするカウント9の音には聴こえなかったけれども、「そんなこと言うなよ。」と言いたくなる気持ちは、なんとなく伝わってきた。「そんなこと言うなよ」って、もしかしたら、カウント9で立ち上がれって、そんなメッセージななかもしれないね。 そんなこと思いました。 (ふぁいと)

2017-09-11

歪なビルや信号灯が煩い都市に発生する洪水のようなまぼろしが心地よかった。だいたい、おおよそ、おそらく、世界の終わりはスローなんだろう。ゆうるり。そんなことを思った。 (漣星の映る海)

2017-09-11

私、個人的には、秘境、辺境大好き人間なので、本作を好ましく読んだのではありますが、、付き合いのある投稿者諸氏から寄せられる声を、私が代表して天才詩人にコメントとして書き記しておきたいと、そう思いました。先に申し上げておきますが、多くの投稿者は天才詩人に親しみを持っていることは間違いないようです。また、選評においては個人的な好みを排して臨んでいられることは多くの投稿者へ伝わっているようです。が、、、なかなか素朴な質問やコメントが出来ないと遠慮される投稿者も多く。。。 ①天才詩人さんは普通の詩(ふつうの詩です)は書かないのか?それとも普通の詩が書けないのか? ②本作「アメリカ論」は詩ではないのか? ③おとぎ話みたいな、完全フィクション作品は好みではないのか? ④短歌は好みではない? 大変不躾な質問コメントになってしまいましたが、お答えいただかずスルーでも大丈夫です。スルーされても、投稿者の多くはミステリアスな天才詩人ファンであり続けることでしょう。。。 (アメリカ論)

2017-09-11

駅のホームと自殺から連想してしまい、自殺サークルを思い出した。死ぬ直前なのに普段通りおしゃべりに夢中な学生さん達。死ぬ時も元気な掛け声で飛ぶ。私は自殺否定派だけど、自殺を扱った作品は、やっぱ、魅かれる。なんでだろうか。というようなことを思った。 (飛んでー完ー)

2017-09-11

家系を辿ると、50歳を前に死んでいる早死に一家。最初に母が死んで、直ぐに父が死んで、そして、姉貴が死んだ。そんな絵に描いたような破滅が始まる前、小学生の頃は絵に描いたような幸せな家族だった為なのか今でも、人を無条件で愛せるし、家族間での争いごとや憎悪を耳にしても、あまりピンとこない。ところが、ひとつだけ、自分史に照合可能な憎悪を感じた出来事がある。それは、姉貴が死ぬ間際に、母への憎悪を口にしたこと。びっくりした。なんで、俺に、今まで隠していた憎悪を告げて終わるのかと、とても痛い気持ちになった。その口にした憎悪が、本作「おかあさん。」で語られている内容に近い。 そんなことを思った。 (おかあさん。)

2017-09-11

繰る井 莎鬼さん 当サイトのガイドライン~投稿規定にある通り、一度投稿された作品の削除は受け付ておらず。(下記URL参照)消去の要望にはお応え出来ません。当掲示板から去られたい理由をお訊ねすることは控えますが、残念です。 B-REVIEWに参加いただき有難う御座いました。  ガイドライン⇒https://www.breview.org/guideline-1 (おかあさん。)

2017-09-12

survof さんのコメントに同意なんですが、私もアーバンギャルド(カテゴライズすることは失礼でしょうが)な作品をやってるkazさんを好ましく思う。で、私も含めての「現代詩界隈でちょっと遊んでます♪」的気楽なファッションポエマ―からすれば、「kazさんの作品ってエッジがあって、よく判らないけどいいよね♪」的な感想なのだ。で、おそらくは、kazさんもそのよくわかんないけどいいよね♪的な感想でOKとしてくれていると思うのだけれども、私は、一度、是非、訊いてみたい。kazさんは多くの人から共感を得たいのだろうか。メジャーを狙っているのだろうか。それとも、誰も理解出来ない作品を創作するところに的は絞られているのだろうか。これは、みんなが思う疑問ではなかろうか。 (紙の本という文化は、地球上で最も奇妙なビジネスの一つである。(未完成))

2017-09-11

前作で私は絶賛させてもらった。そして今作である。期待してました。お待ちしてました。もう、ホントにたまらない。今作も私はたまらなく好きです。これは、レイモンド・カーヴァ―を語らなければこの良さが解らないかもしれない。あるいは、村上春樹である。村上春樹。村上主義者が読むと、たまらない作品なのですよ。「リトル・ムーブメント」!あああ、もうこのタイトルだけでも素晴らし過ぎる。なんと云いますか、詩はこれですよね!これからも毎回読みますよ!みんな、この良さがわかるかなあ。ちなみに私は選評にまったく関係しない運営スタッフです。すんません。 (リトル・ムーヴメント)

2017-09-12

あまり、再レスを書かない派な私なのですが、とても気になる森田さんのレス内容であることと併せて、当掲示板における、評価される傾向について、詩の素人である自身を顧みずに一石投げてみたい気持ちもあって再びコメントさせていただきます。森田さんと私が敬愛する作家レイモンド・カーヴァーはミニマリストと評されたことがあって。ミニマリストを私なりに定義すれば、「ささやかなる語り部」であると。そう思っています。詩は大層に語ることは無用であり、むしろ、詩はささやかに語られるものであるべきではないかと。こんな大上段から私が訴えること自体、大層な語り草であり矛盾なわけですが笑。詩の技巧(この言い方も偉そうで適切ではありませんが)として、私も拘りたいことで、本作「リトル・ムーブメント」はまさに、「ささやかな語り」の文体として、優れたものではないかと思うのです。「ささやかな語り」は時流によって、ポエムと揶揄されがちかもしれません。しかし、我々は恐れなくてよいのだとも思うのです。停滞したポストモダン文学にあってレイモンド・カーヴァーが新風を吹き込んだ歴史を鑑みれば、然りであり、日本の閉鎖的な文壇にあって芥川賞直木賞も受けなかった村上春樹さんが日本文学史上、唯一のベストセラー作家になっていることも、また然りです。私も森田さんに負けない作品を書きたくなりました。また、是非とも、当掲示板に、お互い、新風を吹き込んでいきたいですね。今後とも宜しくお願い致します。 (リトル・ムーヴメント)

2017-09-12

タイトルが目を引いた。 内容は通過儀礼に対する男子特有な内証を得る話なのだと思う。あるいは、内証としての射精をメタファーとして持たせてる感もある。平たくいえば純情について、となるのかもしれない。「反復せよ」のリフレインが表意としての運動、隠喩としては性行為とも読めてしまえるように、語りの軸としてのシナリオを折り込まれた仕掛けもあるのかもしれないと、思った。 (青年空間・瞬間少年・愛撫)

2017-09-14

一読して面白いと思った。読み始めは、これは、詩だろうか、あるいは、エッセイなのか、と定まらない気持ちであったけれども、読後感として、これは詩だと、私は受けた。内証についての他者と自己の比較、あるいは、実存への迫り。観念的な語りと合理的な表し方が合致されないながも一定のリズムによる読み続けたくなる流れがある。そのことが、イメージ作りへの必要な「構造に強度を持たせること」を無用にしている。とても不思議な文体だと思った。私的には。おそらく、私は半年一年の後にでも、もう一回読みたくなっていると思うほど、本作を好きになった。また、作者m.tasaki氏の他の作品も後で読んでみたくなった。 (視点)

2017-09-14

先にタイトルを見ずに読み、秋らしい作品だなあと思っていたら秋の月時計とタイトルをみて、頷く。時と場が詩を発する背景として切り離せないものだと再認識した。時と場を背景とする作品は、そうでない作品よりは、必然的に内含されること。それは、外への出口が、読者へ予め用意されていることではなかろうか。本作の末にある「風はただただ冷たい」という心象は、語り手の内から発せられ、そして、読者が在る出口へと向かう。自然な流れだ。 (秋の月時計)

2017-09-14

先に客観的なコメントをすると、読む人によっては、ラフ過ぎると感じられるかもしれない。しかし、私は好ましく思った。極私的な考えをいえば、文法やらがおかしかったとしても、読めればいいのだ。ぶっちゃげ言えば、私は理路整然としたツッコミの隙間は一切ありませんから的なツンツンした文体より感情で無茶苦茶に書かれた、まったく意味わからんけど、なんか、言いたいことわかるよ的な文体の方が好きである。詩文であれば尚更だ。重層的なとか、強度がとか、言語解体がどうとか、前衛主義でとか、そんなもん、知らんがな。と思う。それよりも、なんかよくわからんけど、これって、かくかくしかじかなことが言いたいんじゃないの?わかるよ、うん。っといった思い込み解釈でいいと思う。話が逸れた感じですが、最後に、作品内での問いに答えて終わる。 愛されなくても、生きていけます。煙草や陽炎みたいにならなくても生きていけます。これは、私の哲学から導き出してる答えではない。本作を読んで私が思い描き、導き出した答えです。 (アイアイ愛されたい)

2017-09-13

丁寧に丁寧に、幻想空間を作られてるなあと一読して思った。二読目は音読してみたのだけれど、音読すると更に身に入ってくる感があって良かった。おとぎ話が溶けていくという感じ。 (星月夜)

2017-09-13

スピード感があって心地よかった。猥雑な描写と汗がにじむような人物たち。ヘドロというタイトルも効果ある。読んでよかった。ラフさを感じる読者がいるかもしれない。もし、ラフな感を与えることがあればそれはネット掲示板というチープな場の印象が影響してることもあるのではなかろうか。紙テキストで、縦書きだと想像して読むと、印象は変わる。そんなことも思った。 (ヘドロ)

2017-09-13

本作について、自分が感得することを表明まで、少し時間が過ぎてしまった。一読目でコメントを書こうとして、上手くまとまらず、三読して、ハァモニィベルさんの過去の投稿作品を読んで、またあらためて、本作を読み終え、少しはまともに自分の感想が書けるかなと思い立ち。 作者が可読性が高い作品を設定すれば、当然ながら、多くの読者からの共感は得やすいわけで。しかし書き始める時点、あるいは推敲作業を進めるうち、読者を意識すればするほどに、共通知識、共通言語が介在する「普通」の空間が立ち上がってしまう。何を私は言いたいのか、それは、地獄を描くことは出来ないということ。否、作者オリジナルの地獄は立ち上がらない。下手をすれば、マスメディアにインプットされた「普通」の地獄が読者の頭に浮かぶだけではなかろうか。本作では、鎖、檻、毒牙、頭蓋骨、などの一般的には死語になり果てそうな暗黒時代(これこそ死語か笑)を連想する一般的なイメージを用い、「足を噛まれた機械仕掛けの屍」といったように、読者に伝わるであろう不思議な装飾は最低限に抑えられている。また、地獄への道程をフォルムとしてみせているところも、共通知識、共通言語以外によって、本作オリジナルな「地獄への道程」を読者がイマージュしやすい作用としている。そのような、推察から、構造としてとても、面白い作品だと私は思った。 (ペルセポネの哀しみ)

2017-09-16

誤:表明まで 正:表明するまで (ペルセポネの哀しみ)

2017-09-16

競馬好きです。BOX買いしたことなかったけど、一騎手にこだわる買い方を読んで、私も一騎手を必ず入れて買うやり方をやりたくなった。競馬って、賭けた騎手との人生の共有であると思う。一瞬の共有ではあるけれども。 (園田の屋根)

2017-09-14

なんとなく、感じたのは、鉄工場で働く工員には熟練度は大事だという話かなと、思いながらも、いやいや、そんなイージーなわけないだろうと、深く読んだら、原発海外輸出問題についてかなと思った。グランドピアノからの終わり方が美しく、能力要求に応えられない人類を想像した。幻影の間で滅亡すれば、幸せ。かもしれない。 (午後)

2017-09-18

はじめましてだと思うのですが、はねひつじさんこんにちは。はねひつじさんのお名前が素敵過ぎて思わずコメントしてます。作者の名前って絶対に大事だと思う。作品がすべてという意見もあるだろうが、名前が併記される場なのだから、バッタひつじより、はねひつじの方が絶対に良いに決まってる。 近未来廃墟感、あるいは、「行った先は人類みんな死んでたよの初期の猿の惑星」をイメージしてしまった作品。人類みんな死んで五年後ぐらいの世界だと、おどろおどろしさがまだ残ってたりするだろう。骸骨がゴロゴロ転がって、みたいな。しかし、本作は150年後ぐらいじゃないかと思う。一世紀ぐらいだと、生き残った人類は「なんでこんな境界線なんてひいちまったんだよ!」的な罵り合いの議論に夢中だと思う。それから、50年ぐらい経つと、「もうしょうがないよねー」といった諦めモードと併せて、詩が立ち上がるのだと思う。 生き残った人たちは、立入禁止区域との境界線にある巨大な壁を前にして、詩を詠むのだ。 (巨大な壁の残骸)

2017-09-18

幼少の頃、転んだ勢いでオルガンの椅子で口を強打し、前歯を全部失ったことがある。その時にあめ玉が私と一緒に床に転がっていたことを憶えている。泣きながら私は、あめ玉を握っていた。そんなことを思い出した。 「あめ玉」と「剥き出しのげんこつ」、この二つの言葉が示すもの、それは、なんというか、「本能的なやり場のない気持ち」みたいなものではなかろうか。本作を読んでそう思った。その気持ちを平たくいえば癇癪ともいうのかもしれないが、少し違うようなもの。 (餌やり)

2017-09-20

「新月がようやく上がった 途端にどこか遠くから~」のところが好きだ。私は月の周期を気にするほうで、何かを始めるなら、新月と決めている。また、満月には気を付けている。正気を失いそうな場や人へは近づかないようにしている。何かそれを思い出した。 (夜に狭い部屋の中で)

2017-09-20

80年代の一億総中流社会において、アイデンティティとは買う物で決まった。家を買う、車を買う、服を買う、あるいは、映画を観る、音楽を観る、全てが己のアイデンティティであった。自己表現とは買うことだった。自己表現とは「この音楽を聴く私って素敵でしょう?」ということだったのだ。その時代の音楽を私は嫌いではない。また、自分が十代を過ごしたその時代を後悔もしていない。古き良き時代だったのかもしれない。 「シティポップで上書きしようって」という言葉にそんなことを思った。 (中央特快)

2017-09-20

「非対称な鏡の言い分」というタイトルに惹かれて読んだ。非対称な鏡からイメージするのは私の場合は、合わせ鏡の逆。背を向け合う鏡であり、それぞれの鏡が映すのは君であり、僕なのだろうか。それぞれの言い分。 正義の反義語は別の正義である、そのことを思い出した。 (非対称な鏡の言い分)

2017-09-20

返詩的な散文で、ごめんなさい。本作を読んで、フランスを舞台にした物語を以前書いたことを思い出しまして。 【サンドニ通りにあるBANZAIと日本の子供たちを結ぶエリーゼのために】 ファインダーに映る幾人もの女性。次から次へ。探し続ける規定。それは、外見ではない。なぜならそこには会話があるから。ファインダー越しに彼女たちはオディンへ語りかける。 「時間の範囲内であれば大丈夫ですよ」 「そういうつもりではないよ」 「失礼しました」 サンドニ通りでも一番明るい場所に建つオリエンタルキャバレー「BANZAI」。 昼間のオディンが「BANZAI」の地下で働いていることをルマは知らない。 肉体労働。それは文字通り汚物にまみれる仕事だ。 汚物とは形じゃないよ臭いなんだ。ヘドが出そうになる臭いだけど、僕はあれが好きなんだ。とても暖かいから。 そういうふうに説明をするとオディンが通う心療内科の医者は安堵した。 それが本心なのか偽りか、それは優先されるべきことではないと。 ルマによる身体サービスとは別にファインダーに映る世界。 それがオディンの星巡り。 ・・・・ 水曜日の夜はルマがオディンを部屋へ。ルマがドアノブを軽く押す。オディンがルマの前を横切る。異臭が後を追う。しかしルマは表情を変えることはない。それが、ルマの損得勘定だ。200ユーロ200ユーロ200ユーロ。2時間後にルマへ渡されるもの。 ・・・・ 月光がエリーゼのためにであり 人が聴こえない音があることを知っていますか。 よくわからない話はいつものこと。だから僕はわかります、わかりますと笑う。お兄さんが喜んでいる。僕はもっともっと答える。 「はい、わかります」と声に出して笑う。 部屋のライトがつく。 「誕生会のために一生懸命に練習してるって」 ママは僕をみていない。お兄さんのこともみていない。みえていない。 「エリーゼのために。むずかしいって」 知ってるよ。ママ。エリはね、努力なんだ。努力ができるの。陽子と僕はいつもスゴイスゴイってこたえてる。陽子は勉強ができる。僕は勉強はできない。エリはどちらかといえば僕と同じ。でも努力とかはやらないでいいんだ僕は。エリは理科と音楽。陽子は国語と絵。僕は星と月と野球のスコアブック。 「帰り道にエリからきいた」 そうだ。あの帰り道、おどろいたこと。陽子のこと。 ナガラ川の道。通学路。雨が降った日。 陽子と僕はね、傘ささないでいたの。靴がだんだん重くなってぐしゃぐしゃって音がするのが面白くて。でも、エリは違う子。傘をさしてた。 「雨って汚いよ」エリはそんなこと言ってた。 陽子が思い出したように言う。 「エリちゃん、空とか星とか好きだもんね」 僕は思った。陽子は知ってる。なんで知ってる?エリが星を好きになろうとしてること。エリが僕を好きなこと。 「そうじゃないよ。エリは理科が好きなんだよ」 「雲がなんでできるか話せるんだよエリは」 陽子は僕をじっとみた。じっと。でも、エリに話しかける。 「エリちゃん」「プレゼントは空とか星とかのものにするね」 「あんたは何をあげるの?」陽子は傘の先を僕に向ける。赤い傘。 雨に濡れたTシャツ。雨に濡れた髪の毛。陽子のほうが顔は濡れてる。 「わかんない。でも陽子とはぜんぜんちがうもの」 もう決めていたけど言わないんだ。陽子には言わない。 「エリはピアノの曲決まった?」僕はきいた。知っているけど。 エリが言いたいんだろって思った。 エリはにやにやしながら言う。 「エリーゼのために」 言葉をきいてしまうと音が変化します。ピアノは女の子の気持ちを表現するものです。しかし、きみは男の子です。光をみる。星をみながら月をみなさい。ピアノを言葉に変えます。それは、覚悟をしなければならないのです。わかりますか。 よくわからない話はいつものこと。だから僕はわかります、わかりますと笑う。お兄さんが喜んでいる。僕はもっともっと答える。 「はい、わかります」と声に出して笑う。 お兄さんのピアノの話。それは雨の日の朝。ママはカーテンをまだ開けていない。陽子がいつも通りにブザーを鳴らす朝。 ・・・・ 「BANZAI」での労働内容。はじまりは音楽だ。BGMに何を選ぶか。 そこでおまえのサービスの「質」が決まるんだよ。客はおまえを知りたいんだ。足の裏の臭いやら恥ずかしいことも全部だ。キレイな服やら脚のみせかた?そんなものを期待する男は来ない。ムーラン・ルージュだ。そういう心持ちの連中はムーラン・ルージュを賢い顔つきで観に行くもんだろう。 例えばだ。水曜日の常連。オディン。あれを部屋へ入れる。 さあどうだ?BGMはどうする? 「テキトウにいいますよ。わからないので」答えないと次へ進まない。それぐらいのことは予想する。賢い顔つきをしたルマ。 そうだ。「BANZAI」で働く大事な心構え。思いつきで客をワクワクさせること。オーナーのミツオがルマへ期待する。 「エリーゼのために。でどうですか?」 (【赤いコート】)

2017-09-21

白犬さんのここ最近の作品には、白犬さん個人的としての実験トライアルな要素が多分にあるかなと感じている。完備さんのコメントにもあるポエムについて。私的に、最近テーマとしてあるポエムと現代詩の差異とは一体なんぞや、ということ。現時点での私の定義は、ミニマリズムとしての言葉の削りなのか否かだと思っている。この言い方も抽象的で、感覚的な域を出ていないのだけれども。彫刻家によくいわれる所謂、元にあるものを削り出していく作業ということ。詩文であれば、言葉を削ることによって読者側に敢えて補足を促す訴求力。自分でもまったく説明出来ていないと思うのだけれども、詩文を作るうえでもっとも難しいことだと、いつも思う。削ること、あるいは言葉を置くことを判断するうえで、以前、花緒さんに酷く指摘されたことを私はルールにしている。「三浦さんが吐く言葉としてリアリティがないんだ」という指摘。 シークレットガーデンが実感として読者に迫ってくるか否かは、作者がシークレットガーデンを実感として持っているかに依るということ。 ああ、なんだか、偉そうに書きながら、自己嫌悪感が出てきた。申し訳ない。俺の作品に強烈な酷評を付けてくれ給え。 個人的には本作より前作のほうが好きだ。 (シークレットガーデンの空、機械仕掛けの天使 )

2017-09-29

時々、コメントが0の作品はないか、探る。ありました。では、私も。 神無しを のーとに抱える 子供らが 三日月にみる 浦島太郎の夢 字余り (紙芝居)

2017-09-30

生きるということは死ぬリスクを内包しているという当たり前なことを、本作を読んで思い出した。死ぬリスクは時に他者の姿をして現れたりする。死にたい、死にたいときかされるほどに、自分自身にある死ぬリスクを思い出す。だから、死なないで欲しいと他者に願うのは、自身が持つ死ぬリスクの回避であり、あるいは、死なないで欲しいのは、自身が発する言葉が持つ希望なのだろう。死なないで欲しい言葉。作者はもしかしたら、言葉よ死なないでと、誰よりも言葉に希望を持っている人なのかもしれない。そんなことを思った。 (あなたにとって死にがいとは)

2017-09-28

生きることについての自問自答だろうか。他者への気遣いと、また、他者からの気遣いに嫌気がする気持ちが汲み取れる。私にとっては、ある意味で新鮮であり、ある意味で不思議な気持ちである。おそらく、おそらくではあるが、私はネット詩界隈では間違いなく嫌悪感を抱かれている部類に居る。いや、おそらく。で、私よりも更に嫌悪感を抱かれているであろう人を何人か知っている。しかも、私なんかよりも詩歴が立派な方で。一体、私はこのコメントで何が言いたいのか。いや、そのような、反骨なる人(いや、私はただの無知なヘタレであるが)の方が私は好きだ。自らやってる行為を顧みずに自己否定は百も承知で言えば、ツィキャスやらで皆んな仲良くねっといった和を重んじるコミュニティからホンモノ純度100%の詩が生まれるわけがない。黒髪さんの作品コメントで自分語りして申し訳ないけれども、ネット詩ベテラン枠に入る黒髪さんの作品コメントとして残しておきたくなった。ホンモノの詩は断絶された場所からしか絶対に現れない。なんとなく、本作にあるメタファーは、それではないかと思った次第で。失礼。 (変わる)

2017-09-28

なんだか、笑いながら読んでしまった。失礼。素朴に当時の気持ちを詩にする。まさに詩人的な。まったく話は別だが、うちの家内は人間失格を学生時代に読んで爆笑したというのだ。あれは自虐風コメディーだと思っていたらしい。音楽は哀しく切ないものもあるが、小躍りしたくなる音楽もあるのだ。私には本作から愛と哀しみのボレロが聴こえてきた。読み手の琴線は無尽蔵にある。百均さんの想いを私が笑いとして受け取ったとして、それは、宇宙が素晴らしいという詩の証明だ。 (音楽)

2017-09-28

二面性、ペルソナ的なものを読んで思った。一言感想をコメントとするのは本作のボリュームからすれば、失敬ではあるけれども、巨大な映像を前に言葉が出ない感じだ。 (Sept Papillons)

2017-09-28

純愛主義者がストーカーと訴えられてしまう現代にあって、土砂降りの雨のなか、愛おしい相手の部屋を前にしてずぶ濡れで立っている女子や男子をリアルに実感出来る若者が今、いるのだろうかと、本作を読んで思った。自慢ではないが、私は小学生の時と高校生の時と社会に出たばかりの頃に体験したことがあって。いや、、ずぶ濡れになった経験でなく、ずぶ濡れにさせた経験である。ちなみに、それらはすべて、一言も話かけることはなく終わった。私も純愛主義者であるのだが、純愛主義者が純愛をマジマジとみせられると腹立たしいのだ。なぜだか。本作の語り手と同じように、きっと、ずぶ濡れになっていた彼女たちも自分自身に怒りを覚えているはずだ。一生涯。純愛主義者とは、そういうことだ。 (涙に溺れて)

2017-09-28

これは素晴らしい作品。と個人的に思う。先日、森田さんのリトル・ムーブメントでもコメントしたけれども、詩はささやかであることを、私は好む。ささやかであり、宇宙を感じさせるもの。また、オリジナリティについて。オリジナリティについて一般的な錯覚をこの場で指摘しておきたい。オリジナリティとはその作者の個性が満ち溢れたものと思われがちであるが、実は違う。真のオリジナリティとは「これは誰の作品だろうか?どこかで読んだ覚えがあるような」となってこそオリジナリティなのである。既視感でなく普遍性であり誰が書いたのかわからないけど知りたくなる「大衆的な匿名性」が具わっている。これが私のオリジナリティの定義である。作品を読んだら即、あ、これは三浦くんの作品だ、というのはオリジナリティとは言わない。マンネリというのだ。前説が長くなったけれども、本作「そのつぎ」はオリジナリティがあり、大層でなくミニマリズムとしての詩の世界が表現された傑作だと、私は思う。キュレーター外から敢えてプレッシャーをかけるとすれば、キュレーターは現代詩のトレンドを知る前に、ホンモノの詩情を感じとる感性がなければならない。と個人的に思う。 (そのつぎ)

2017-09-28

意外に思うかもしれないが、私は、毎回、北村灰色さんの作品を楽しみにしている。で、毎回、私は何を待っているのか。それは北村灰色さんの終わりを待っている。いや、語弊がある。少し説明をしたい。北村灰色さんの終わりとは、一言でいうと、北村灰色さんの作品(今までの投稿作に限定する)に通底することとして「終われない世界観」を視るからだ。本作でいえばタイトルにある通り。「おしまいが来ない朝」。私は終われない世界観に北村灰色さんの、なんというか、苛立ちを感じる。投稿作品すべてに。それは北村灰色さんの魅力ではある。が、極私的な読者の欲でしかないのだけれども、終わった後に何があるのかを知りたい。感じたい。不発に終わる毎度の爆弾処理工事がいつの間にやら予定調和され安全に迎える日曜日がある日突然、消失してしまうみたいに、引鉄した後に残るであろう北村灰色さんの作品に魅了されたい気持ちである。 (トースターの夢、おしまいが来ない朝)

2017-09-29

今作はユーカラさんの投稿作品の中でも一番好きかもしれないなあって、とても気に入ったので、朗読してみました。 https://youtu.be/BD6DY-dz5sQ (『もう、手は洗わない』)

2018-01-17

はじめまして。ふじみやこさん。作品にコメントさせていただきます。 まず「友人誕生」というタイトルがとても気をひきました。シンプルですが、一人称による本文の内容を後押しされているようで、マッチしてうるなあっと思いました。 「西部劇」がフックとしての効果があって、引き込まれていき、また、ノリツッコミのような文体で、読者を楽しませてくれてるようで、面白かったです。 結語の、「是非是非、よろしくお願いします。」がプレゼンのお終いみたいで、詩的でないヒネリが効いていて、私的には好みでした。また、次回作も読みたくなりました。 (友人誕生)

2017-11-08

投稿ありがとうございます。久しぶりにyuuさんの作品にコメントさせていただきます。濁りきってしまった私の感性にはとても入ってくる作品です。「手をさしのべて」「やさしい言葉」「正義が悪」そして「青春」という言葉は普段、私が好んで読む詩集や小説では目にすることのないものです。とても新鮮でした。1960年代にあった「青春」や「愛」をストレートに語るヒット曲みたいです。誰もが持っている情緒性を誘うトリガーとしての言葉。私も一回、このような作品を書いてみたいと思いました。 (あなたへ)

2017-12-08

白島さんの「大き目の作品」(すみません、荘厳とか形容すればよいのでしょうが。。。)ではいつも極寒のような厳しさを読後感として感じます。「肉体の創世記」もそうでした。例えば、今作の「宇宙の深淵」という言葉ひとつを読んでも、そこに想像するのは「極寒の厳しさ」です。それはもしかしたら、白島さんの人物像というバイアスがかかってしまっているのかもしれません。そこで、是非、私自身の向学の為、御教示いただれば嬉しいのですが、白島さんは「作品」とその「作者」については、どのようにお考えなのでしょうか。よくネット詩では「作品だけをみて読むべきであって作者の人物像は無関係」という趣旨の話を聞きますが。 (古代そして意識の地層は)

2017-12-04

白島さん 丁寧にお答えいただきましてありがとうございます。ずっとモヤモヤしていた作品と作者の関係との向き合い方・捉え方について、とても勉強になりました。勉強不足な私だけのことかもしれませんが、当掲示板に参加される皆さん、特に「詩作品の読み」について深めたい気持ちを持っていらっしゃる方々にも参考になるコメントだと思います。感謝致します。また、白島さんがもう一つ仰られています「詩を解読できることは、逆に詩のひろがりを自ら阻害してしまうので、分からないなりにその詩に酔える状態が理想」ということ。分からないことは分からないこととして理解保留のままに「感じとる」ことが最も大事なことであり、詩を読む行為に決まりごとは無いということをこれからの掲示板投稿作品と向き合う際の心掛けとして大切にさせていただきます。 白島さん、今後ともよろしくお願い申し上げます。 (古代そして意識の地層は)

2017-12-06

「故意」にいろんな意味が含まれてるのでしょう。望んだらいつでも詩がやって来てくれるとよいのに、詩は、そんな気持ちとは裏腹に、欠片のような現れ方をいつもしますよね。リズムが整っていて読んで心地よかったです。 (五感)

2017-12-01

投稿有難う御座います。投稿者名の記入漏れでしょうか。もし、そうであれば、こちらのコメント欄にて示していただければ運営の方で修正します。 (私意)

2017-11-30

これは好きな作品です。まとまりが無さそうで、一貫性がある。何もかもムダで無意味なものだけどやめられない(生きてくしかないじゃん、みたいな)それをたばこに譬えていて。やめられないんだよね、吸って捨てちゃうだけなんだけどさ、みたいな。 みどりの話が一番気に入りました。詩らしくなくていいんじゃないでしょうか。 (僕たち私たちの恋愛日記)

2017-12-01

白犬さん。久しぶりにコメントします。気持ち入った作品ですね。しかし、ちょっとだけ独りよがりな感もあって、読者を選ぶ作品なのかなあとも思いました。白犬さんが今作を書いた時と同じような気持ちの時に読んだら共感した作品。また次回作待ってます。 (fool on the moon)

2017-12-02

なないろさん。おはようございます。これいいですね。自分の気持ちが凝縮されてる感じが好きです。 今日も空は青くて白い これぐっときた。こんなにもシンプルな言葉を、前半でぐっとこさせておいて放り込んでくるなんて、上手過ぎじゃないでしょうか。投稿有難う御座います。 (喧騒)

2017-12-02

森田さん大変ご無沙汰しておりました。また、私の拙作にコメントをいただいておりながらレスをせず失礼しました。久しぶりに森田さんの作品を読まさせていただきましたが、今作は、フォルムコンセプトを第一義的にされての作品なのかと一読目に感じました。「そして少女は」と「そして僕は」の明瞭な示し方が「青空の黒」「水のように焦げる」の不自然な形容と上手くバランスを取られているようで、読みやすかったです。ただ、それが裏目に出てしまっているのか、残酷さのイメージが半減してるような感じもしました。また、次回作、読まさせていただきます。 (夢、裸体、そして残酷)

2017-12-02

はじめまして。コメントさせていただきます。所々にとても気に入ったフレーズがありました。特に、 愛も恋も知らないボタンが 小さな口を二つづつあけて 囁き合うように これ、最高にいいですよ。とても気に入っちゃいました。とても可愛らしい。小さな恋のメロディみたいで好きです。また次回作読まさせていただきます。 (東風)

2017-12-02

投稿いつもありがとうございます! とても興味深いフレーズが並べられていて、どのフレーズが一番好きかなあと、選んでしまいました。 最初は、 嘘と真実の信憑性のロジック かなと、思ったんですが、 夏と秋との依存性の中で枯れた愛 こちらのフレーズを選びました。これいいですよね。詩情があるフレーズだと思うのです。「秋と冬」であれば、「枯れた愛」の言葉に既読感が出てしまいますが、「夏と秋」とされている。なんだか、夏の終わりで閉じてしまった恋みたいで。気に入りました。今後とも宜しくお願いします! (点滴インターチェンジ)

2017-12-05

霜田さん 投稿ありがとうございます。 ・・・・・・・・ 僕らを許してくれる人が欲しかった でも僕らが人を許すしかなかった 僕らを許してくれる世界が欲しかった でも僕らが世界を許すしかなかった ・・・・・・・・ 大層な語りとしてでなく、日常にふっと思う身近な語りとして読めました。その日常感がお終いの「君の細部を弄りたがる」へ連なっていて、個人的な情念として表現されており、よくありがちな大層な語りになっておらず、私的には好ましい作品に思いました。 (細部)

2017-12-04

くつずり ゆう さん 人の生死について書きたいと、何度か試みてきました。これからもきっと、書かなければならないテーマだと思っておりまして。宮沢賢治の「永訣の朝」。私はバカモノなので自身を顧みること無く、いつか私の「永訣の朝」を書いてみたいと。 イチゴミルクさん こちらこそ、イチゴミルクさんのコメントに勉強させていただきました。拙作からあなたが読み取るその感性に。最果タヒさんの『死ぬ間際にいう言葉がそれであればいいのに。』という作品を御存知でしょうか。「赤い川」と「おねえさん」が出てきます。今作がこの作品に影響を受けて作ったわけではないのですが、先ほど、ふっと本棚から手にとって読んでみたら、「赤い川」が出てきてびっくりしました。不思議なことがあるから詩を書くことがやめられないですね。今後とも宜しくお願いします。 李沙英さん 「時」と「場」は、詩を書く大事な要素の一つだと私は思っており、満月と新月、、特に新月に書くことがよくあります。赤い月をみたあなたと、赤い月をみなかったわたしが、赤い川を挟んで、このような交流が出来るというのは不思議なものですね。寺山修司さんの詩で『てがみ』という作品がありますが、月夜の海に手紙を流す話です。なんだか、それを思い出しました。月の夜は、なんだか、怖いですね。 (赤い川)

2017-12-04

沙一さん 輪廻転生、永続的なものを込めたいという気持ちがあって書いたので、「滔々と流れていくでしょう」との言葉を頂戴して、とても嬉しく思います。宗教思想的な範疇を表現する際、なんと言いますか、、表装的なインテリっぽくないようにしたいと私は考えまして。自分を抉るというのでしょうか。自分の中にあるもので書かなければ、形而上なものは書けないと思うのです。逆説的ですが。マーク・ストランドの『殺人詩人』の結末の言葉で「ああ、永遠性の領域に入ることを切望する言葉たちよ、私を赦してくれ。」とあるのですが、永遠性を語る言葉たちを裏切れば、私自身を永遠に赦さない気がしますよね。 (赤い川)

2017-12-05

花緒さん コメントありがとうございます。以前にホイットマンが使う言葉の生々しい手触り感を通して、ホイットマンは本当に感じているのだろうという実感が伝わってくるが三浦の使う言葉からそれが伝わって来ない、という評を頂戴したことがありました。私にとって、それはハッとする指摘でした。何か、小手先で「作られたような言葉」。私がネット詩に投稿を始めてからのこの一年間は、その指摘を克服する為のチャレンジだったと言っても過言ではありません。先日、尊敬する詩人の方に無理を言って私の作品についてのアドバイスを受けました。それもまた、「自分の中から引きずり出さなければならない」と。ここでまた、このような極私的なことを平気で開陳出来るということはまだまだ悩み抜けていないのかもしれませんが、花緒さんの指摘と共に、貴重な詩作についての話ではないかと思い、明かしました。当掲示板に参加される方々にとっても教訓になるのではないかと。 話を戻せば、実感がある言葉とは何か。私はそれをフィクションとノンフィクションではないかとイージーな思索を重ねました。無論、そうではない。つまり「本当に感じているのか?」「本当にその言葉通りに思っているのか?」が問われているのかと。今作は私にとって実感としてあると、どんなに詰問されても、実感があると、言い切れる言葉で書きました。しかし、おっしゃる通りで、読んでもらいたい、という意でのバランスが今ひとつ取れておらず、少し独り善がりな感が残ってしまったかもしれません。次回作、頑張ります。 (赤い川)

2017-12-07

まりもさん コメント有難うございます。「正気も狂気も源は同じ」仰る通りだと思います。残酷さや狂気を書くということはその差異ではなくて、「同じ」だと書くことかもしれません。と思いました。 アラメルモさん コメント有難う御座います。一年間詩を書き、投稿を続けてきてよかったとアラメルモさんのコメントを読んで思いました。作品評とは離れた話で恐縮ですが、文学極道に参加した当初、酷評ばかりで「みんな、わかっていないんじゃなの?」と正直言いますと思っていました。その後、「現代詩」で良いと言われる作品を読んでも、まったく私の感性に響くことはありませんでした。ある日、吉増剛造さんの作品を読みました。すると、なぜだか、今まで良いとされる現代詩作品の「良いと言われる理由」を実感しました。なるほど、と。その良いことが理解出来る「感性」が好きかといわれれば、嫌いです(笑)。 客観的に自分の作品を読めなければならないということ。文学極道で教えてもらったことは自分の財産になりました。「書けないやつは読めない」。 (赤い川)

2017-12-10

はじめまして。投稿ありがとうございます。絵画を描いているような言葉の選び方をされてるなあと思いました。上塗りをしては、また再び磨いては消すを繰り返すような。 浮いた油のように 揺れたままで ここは素敵な比喩ですね。 (虹)

2017-12-04

カオティクルさん いつもコメント書込み有難う御座います。修正しておきました。 (渚へ)

2017-12-12

投稿ありがとうございます。食べ物で遊ぶなという父と、ずる休みを気にもしないで遊園地に連れて行く母、それぞれの親との距離感が表れているところが印象に残りました。今後ともよろしくお願いします。 (シャボン玉のゆくえ)

2017-12-05

投稿ありがとうございます。感情をコントロール出来ていなければ、なかなか集中力が必要な作業を続けることは出来ないわけで、感情をコントロールする行為が「黙々と」というタイトルとして表しており、さらに、感情が「怯え」「笑う」「逃げ」となり、そして、「願い」「祈り」と変化する。その変化をひと針の動きの表情として出ている。とっても静かな作品だなあと思いました。タイトルが「黙々と」あれば内容が沈黙と静謐なものであることは真っ当なことで、感情の動きを針を縫う表情を比喩として用いる。心理描写が上手いと感じました。しかし、逆にそれが詩のセオリー通りのようにも思えてしまいました。夏生さんのスタイルでもあるのかもしれませんが、なんといいますか、私はどちらかと言いますと、夏生さんの作品スタイルは好きです。が、しかし、上手く言えないのですが、ぶっ飛んだ夏生作品をみたい気持ちもあります。私はいつもぶっ飛び過ぎで失敗していますが、少し踏み込んだコメントを入れさせていただきました。次回作を楽しみにしております。 (黙々と)

2017-12-07

投稿ありがとうございます。朝のはじまりは新鮮で、悲しい、という心象を全体から感じました。子、恋人、友、、それぞれの内側にある悲しみがこぼれる時は朝で、しかも多くない。誰も気がつかないぐらいの一滴。 最後の「消えて」が一滴にも感じれるし、「作られた儚さ」でなく、生々しい儚さを先に感じていたので、逆に「消えて」が感情移入を覚ましてしまった感があります。 (夏草が撫でる鼻に泣いただけ)

2017-12-08

投稿ありがとうございます。声にして読んでみると、とてもリズムカルで且つ、空白が間として活きてるなあと、読んで心地よかったです。今後ともよろしくお願いします。 (世界の日本の学校の教室の一角の一角)

2017-12-06

投稿ありがとうございます。 生まれてから大人になって、そして終わるまで、世界を感じるのは自らのみであり、世界を断じるのも自らであり、希望をもたらせることも他者でなく、幸せを探し続けることも他者でなく自分であり、しかし、皆、同じだと、そんなことを感じる作品でした。今後ともよろしくお願いします。 (夢と現実)

2017-12-06

投稿ありがとうございます。ひと言だけのコメントになりますが、これはブルージーですね。私、大阪好きです。 (ミシシッピ・ブルー)

2017-12-07

投稿ありがとうございます。地球の外側を周回する人口衛星から彼方の宇宙をみたり地球を眺めてるような気持ちを、地上で想像して、その気持ちを味わっているような感覚になりました。 二行目の「おかしなアタマ」というフレーズだけ浮いてる感じがしたんですが、二回目読んでみたら、語り手のキャラクターを意図せず露わにしてるようで、フックとしての効果になってんだなあと思いました。 今後ともよろしくお願いします。 (朝焼け)

2017-12-08

様式がいかに大事かがよくわかりました。今作のような、私がよく好む「ポエム的な」並べ方でなく、コーリャさんがよく使われる「短編小説的な」ワードデータテキスト的な並びのフォームであったら、今作は駄作ではなかったと思います。もちろん、コーリャさんの作品群の中ではイマイチピンとこなかったということで。とても勉強になりました。 (Stars)

2017-12-08

アラメルモさん こちらでは、はじめましてですが、文学極道ではコメントで作品へのアドバイスをいただいたり、ありがとうございました。また、当掲示板へ投稿いただきましたこと重ねて御礼申し上げます。 「夢のカリフォルニア」が頭の中で響きながら読みましたが、ママスパパスは宝くじへの皮肉のように私には感じられました。それは、ネガティブな皮肉ではなくて、ポジティブな皮肉です。「夢のカリフォルニア」が明るい調子であるように。また、『もう少し余裕があればね』の「ね」が好きです。「ね」が先程申し上げた明るい皮肉な響きになっています。 しかし、二読目は深読みをしてしまいました。「格差社会」問題をメタファーとして作品の中へ落とし込まれているような。読むたびに印象が変わってしまうのは、短くとも、多くの語れない気持ちが込められた作品だからなのではないでしょうか。 (夢をカム)

2017-12-08

投稿ありがとうございます。一読目では、ピーコという呼び名がちょっと簡単すぎる呼び名ではないかと感じましたが、二読目では逆に、語り手が愛着を持った呼び名だなあと、しっくりきました。また、そのピーコのことを不憫で憐れに語り手が言葉にするなかで、一箇所だけピーコと呼ばずに「おまえ」と語っています。 『いまは土の中に眠っているおまえ』 詩作の技巧的なことを挙げて恐縮ですが、この一箇所だけをピーコとせずに「おまえ」とされるところに作者桐ヶ谷忍さんの技巧の上手さを感じてしまいました。また、次回作も楽しみにしております。 (「籠の外」)

2017-12-08

投稿有難う御座います。 引く紐 糸 意図 愛 いと の箇所。とても注目しちゃいました。「愛」と入れている。技巧的に上手いと思いました。短いコメントで恐縮ですが、一旦トップに上げさせていただきます。 (光景)

2017-12-10

記号とは「冬の光景」である。なぜならば「よくみかける」ものだから。これは、奇数を食ませた犀の関節を「化石標本」にみたことにより認識する。それは、よくみかける冬の光景を「色彩が埋めつくしている」気づきの驚歎。しかし、その驚歎もまた「おもいこみ」という主観なのではないか。つまり、ウシツツキの独唱。あるいは奇数食ませとはメタファーとしてのウシツツキ。 「ふるえる耳」に、冬の記号は、つめたい吐息としてきこえてくかもしれない。私の耳にも。 (*)

2018-01-16

投稿有難う御座います。コメントが入っていない作品がないか下の方まで探っていましたら、ユウさんのこちらの作品が。 で、読んでみると、これは、ユウさんの作品の中では一番いい。というか好ましい。作品の出来としてがどうのこうのより、それの上を行く初期衝動、詩を書かざるえない気持ちが往っちゃってる。いい意味でいっちゃってる。しかし、それの〆として、最後の「あと35分~」から行間をとっての「ちゃんとしますから」があまりにも作為的に読めてしまう。最後のとどめはいらなかったように思います。「傘を払い~」でくそったれ的に書くのをやめてしまっていれば、詩を書こうとすると良い詩は産まれないという鶏と卵のループから抜け出た最高の作品になったのではないかと、私的には思いました。 (声だけの無名、酷い酷いにおい)

2017-12-12

いやはや、、前作の「国語の授業」を読んで、「アシッドプラネットをこえたね!おめでとう!」と言いたかったが、本人が満足するとかわいそうだったので言わなかったが、今作は、またまた凄い。映画「ウルフ・オブ・ウォールストリート」のようなことを詩でやっている。正直、やられた感がある。が、「ウルフ・オブ・ウォールストリート」みたいだと読める私の感性をコメントでみせつけて一矢報いておこうと思った次第である。 (かみさまのはなし)

2017-12-12

投稿有難う御座います。 天候の変化と、青年と島民とのやり取りがリニアに展開されていて、流れを上手く作られてるなあと一読して思いました。短いコメントで恐縮ですが、一旦トップへ上げさせていただきます。 (shima)

2017-12-10

投稿有難う御座います。 きみが隣に腰かけた時の 膝のかたちが好き このフレーズ、好きです。もしかしたら、ちょっとドラマのセリフのようだと思われがちなフレーズかもしれませんが、このフレーズまでの流れが心情を抑えた「描写」が続いてのこのフレーズなので効果があるように思うのです。もっといえば、このフレーズをもっと前面に出してもよいような感もします。そこでいえば、「きみ」と「ぼく」の語りの部分を思い切って削ってしまうと、先のフレーズの存在が増すように思います。今後とも宜しくお願い申し上げます。 (奪われる)

2017-12-10

投稿ありがとうございます。美しい詩だなあと一読して思いました。テキストとしての詩の表現、「小説でなくなぜ詩で表現するのか」を考えさせられました。それは、詩情とはなんぞやという、未だに私自身、不明なままですが、「物語」でなく「情」を書かなくてはならない、ということかとも思いました。 次回作も楽しみにしております。 (遠く、朝は)

2017-12-10

いつも投稿ありがとうございます。完備さんの作品の中でも、今作が私は一番好きかもしれません。読者によっては、平易過ぎると指摘される方がいらっしゃるかもしれませんが、平易な言葉で書くことをコンセプトとされた作品であることが理解されれば、多くの方に好まれる作品ではないでしょうか。「詩」ということについて、コマーシャルを製作し、キャッチコピーと併せて文章を採用するとしたら、まさに、本作です。今月は好みな作品が多数投稿されていますが、美しいではなく、「おしゃれ」ということで選べば、本作品が私のイチオシです。完備さんの次回作が楽しみになりました。 (literal)

2017-12-11

投稿作品が良いです。 詩よりも僕のすべてだから この言葉が本作のキーフレーズだということを参考作品を読んでよくわかりました。しかし、これは面白いものですね。私には、参考作品が失礼ながら駄作にしか読めない。しかし、「現代詩で良いとされる作品がわかる感性」を持ち出して読むと参考作品のほうが良いとされる方が多くいらっしゃるかもしれません。主観ですが、理由を申しますと、参考作品は皮肉な感がある。投稿作品は皮肉を突破して、逆説にまで至っているのではないでしょうか。具体的に言いますと「詩よりも僕のすべてだから」という言葉をさのまま言葉通りに読者は受け取らない、逆として受け取ると思うのです。対する参考作品は、皮肉止まりです。しかし皮肉を好意的に取る「現代詩的な発想」は評価を受けやすいのではないかと。あくまでも私の推測の域でしかありませんが。 参考作品が推敲前のものだとしたら、完備さんのセンスが更に凄いなあと。勉強になりました。 (literal)

2017-12-11

失礼。言葉足らずでした。「僕のすべて〜」を結語としているという意味です。 (literal)

2017-12-11

投稿有難う御座います。これは好きな作品です。描かれる男の気風が伝わってきました。「怪しい奴ら」というのが、なぜか私には1960年代のB級スパイ映画(邦画)をイメージしました。私が本作に感じるのが「古いけど、良い」というものだからかもしれません。今後とも宜しくお願い申し上げます。 (悪友)

2017-12-10

投稿有難う御座います。アラメルモさんの作品の『瑪瑙』でも感じましたが、神秘的なものを今作でも感じました。また、そこには形而上なことのみを語っておらず、「日常生活」が作品に必ず出てきます。それがいつも私は好きなところでして。ただ、今回は前半部が少し難解度が高いような気がしました。 断食の夜の灯火よ 埋もれる渇いた呪文よ この箇所が砂漠地域のイスラム圏的なものが感じられて気に入ったフレーズでした。 (ドライフラワー)

2017-12-12

投稿ありがとうございます。 雪も未だ降らぬ安達太良(あだたら)冬眠す これ気に入っちゃいました。以前、東北地域に仕事で行っていたのですが、安達太良には、まさにこの作品で感じるところがあります。これを読んだ時に安達太良を通過する時の東北道を思い出してしまい、苦笑いしてしまいました。 すみません、こんなコメントしか出来ず。。 今後とも宜しくお願いします。 (寒月とその他)

2017-12-12

投稿ありがとうございます。最後の「ごめんください」がとても爽快に思えました。 前段と後段は上手く言葉を繋がれたなあと思いました。前段の方が無理が無く繋がれてる感がありました。また中段も、構成として活きてるんじゃないかと。しかし、私には、本作の「本質的な良さ」を感じる感性がない、と思いました。私が言葉で上手く言い表わせない、私が見出せていない作品の「本質」があると思いました。それは、何と言いますか、はっきりと掴めないのですが、イメージ的には語り手が持つ他者との距離感覚みたいなものです。それは、奴隷として連れて来られた人々から生まれたソウルミュージックに感じることと近いような。抽象的なコメントになってしまいましたが、また、これからも読み直したいと思います。 (生業)

2017-12-12

投稿有難う御座います。前衛的、実験作でないkaz.さんの作品はやっぱ上手いです。他意なくそう思いました。平易でありメタファーがある。いわゆる筆力。短文コメントですが一旦トップへ上げます。 (砂)

2017-12-14

投稿有難う御座います。 襖の向こうには斜めに傾いたエデンがあって このフレーズに「おおっ」と反応しました。異界でありながらも美しさがあって。宗教画みたいな重厚さを詩作品として表現されていらっしゃるような感じでしょうか。キリストが描かれている宗教画の多くは構図として焦点はジーザスになっているらしいのですが、今作でもし、焦点があるとすれば、「エデン」ではないかと思いました。 (掌の上には太陽)

2017-12-14

投稿有難う御座います。これは、縦読みに数字を入れられていらっしゃって、面白いです。私も時々遊びでやることがあります。先にアラメルモさんも作詞家について触れられていらっしゃいますが、私が縦読みを初めて目にしたのは以下の歌詞でした。今後とも宜しくお願い申し上げます。 ステキな夜 キスをして だきしめながら よぞら飛びたい 『魔法の瞳』より(大滝詠一作曲 松本隆作詞) (それ)

2017-12-14

投稿有難う御座います。とても心騒ぐ作品だと一読して思いました。橋の下という場所の設定と『文字が逃げたがる』という語り。私は読書量がそんなに多い方ではないのですが、これはかなり独特な物語性というか、文面から匂い立つものにピュアなものを感じました。子供のような純粋さでなく、大人になっても落ち着かない心みたいなもの。「あなた」が居た場所、「あなた」の匂い、、時空超えの物語に個人的に興味を昔から持っているのですが、本作品に「時空超えの物語」をちょっと感じました。んんん、なんか読み返せば読み返すほどに、この作品は解る人には解る作品に思えてきました。2読、3読するうちに、変な言い方ですが、他の人に読まれたくないぐらいな作品に思えてきます。失礼ながら、やや推敲が不足している感もします。もっと削れるような気もします。しかし、この作品に沈められている「何か」が解ると、傑作に思えてきます。一つの大きな物語があって、その一部分を読ませられてるような。全体が判っていないだけのような。 (芝生で覆われた土手一面に、霜が降りて光っている)

2017-12-18

大熊さん トップに上がってしまうこと・・・・そうなんです。同様の御意見を多数いただいておりまして、年明けに大幅なサイト改造工事を予定しておりますが、そのなかに「表示切替」機能を持たせておりますので御期待ください! (芝生で覆われた土手一面に、霜が降りて光っている)

2017-12-20

fiorinaさん 投稿有難う御座います。BーREVIEW杯(選評)に不参加のこと承知しました。もちろん何ら問題ありません。同じようにお考えの方がもしかしたら多くいらっしゃるかもしれません。後日、掲示板投稿規定として予めの「不参加」の表明は自動承認する旨改訂し、全ユーザーへもお知らせ致します。 また、後日、作品へのコメント入れさせていただきます。 ( 楢山節考※)

2017-12-15

映画「楢山節考」での緒形拳さんがお母さんを背負っていくシーンが思い出されたのですが、あの映画を子供だった私は当時、エロティックで子供がみちゃいけない映画との印象がありました。エロティックとは生々しいという意味で。その後、大人になっても観ることがない映画ですが、まさか、当掲示板で、楢山節考について思い出されることになるとは、なんといいますか、詩の掲示板というのは、深いところで人と人を繋げてる何かがあるのかもしれないですね。フランスという異文化フィルターを通して楢山節考をイマージュする本作なんですが、楢山節考の生々しさとか人間の本性というテーマ性よりも、世界的に広まりえる、普遍的なる物語って構造的には、軽くて単純なものなのかもしれないと、本作を読んで思いました。 ( 楢山節考※)

2017-12-17

投稿有難う御座います。白犬さんの神秘性のある作品、イマジン重視の作品よりも本作のような、作者の「気持ちの感触」が浮き出ている作品の方が私は好きです。短文コメントでごめんなさい。一旦トップへ上げます。 (歌声へ(螺子と種子))

2017-12-16

投稿有難う御座います。世代間、戦前・戦中世代と私たちの大きな違いが「戦争体験」にあることはもちろんですが、共同体(国家)、あるいは社会秩序・倫理としての「父性」との距離感覚も個人差はあるにせよ、その世代ごとに覆う空気があると私は思っております。その父性の比喩が髙橋先生ではないかと感じました。 髙橋先生、 僕は、人になれましたか? という問いが、厳然として未だにある秩序・倫理への語り手の憎悪のようで、人間っぽくて好ましくもありました。なぜならば、「人」という形があるようで無い、定義付けが時代によって変化する概念、それを真摯に考えるほどに人間らしさは増すように思うからです。テキトーに秩序・倫理をかぶり、人になることをえらぶより、問い続けることのほうが人間っぽいと思います。 (高橋先生)

2017-12-16

投稿ありがとうございます。 虚しい語り手の気持ちが伝わってきます。よく伝わってくるのですが、私が感受する虚しさが語り手と同じ気持ちかどうかはわかりません。わかりませんが「虚しい」という言葉で想起する認識は同じだと思うのです。その虚しさで悲しむの怒るのか。広告も同じく。我々の共通認識を利用する。搾取といってもいいかもしれない。では、詩はどうだろうかと思うのです。詩を発表することも「虚しい」ものなのか。本作にある猫とは、暗喩的な「詩」を意味しているのかもしれません。 テーマを掘り下げて推敲を重ねると更に良い作品になるのではないかと。タイトルが少しイージーな感がありました。 (広告と猫)

2017-12-16

投稿ありがとうございます。 それを叩ききるまで 僕は このフレーズ、気持ちが入っていてすごく良いなあと思いました。 「それをたたき切るまで」でも「それを叩き切るまで」でもダメな気がしました。 それを叩ききるまで 作者のオリジナルな気持ちが入っている表現だと思うのです。 また、最後の 僕は 真っ白になる 最初の「真っ白なシグナル」とイメージが二重奏になって良いなあと思いました。しかし、タイトルにイージーさを感じるのは私だけかもしれませんが、恐縮ですが「叩ききるまで」か「越えていく朝の階段」と私であれば名付けるかもしれません。 (朝、階段で。)

2017-12-16

投稿ありがとうございます。 吸い込まれるように高い空は ずっと変わらない揺りかご 悲しみを消そう この表現いいですね。揺りかごから空をみている視点がありながら、語り手の現在の心象へ引き戻すようで。 タイトルもいい感じで。 短文コメントですが、一旦トップに上げます。 (罪を一人だけで背負って)

2017-12-17

投稿ありがとうございます。カオティクルさんの過去の投稿作品全部読んでみたんですが、凄い量の言葉を吐いていらっしゃるなあと思いました。詩を書くことと発表することは=ではないと誰かの話できいたことがありますが、カオティクルさんは書くことと発表することが同じなことなのかもしれないなあと思いました。個人的には「ヨミテニ・タクス」が一番好きです。本作も含め、「ヨミテニ・タクス」以外は、縦ノリ感があるんですが、「ヨミテニ・タクス」は横ノリな感じがありました。別に縦ノリでも横ノリでもどっちでもいいのですが、横ノリな方がテレパシーが通じ合うような気がするんです。詩のテキストって、このテレパシーが大事な気がしまして。カオティクルさんはこの話、わかるんじゃないかと思うんです。 (BABY NEAPOLITANS 2)

2017-12-19

みんなが良い良い言うので読んでみましたが、たしかに良いですね。百均博士、やったね! (らふか)

2017-12-19

カオティクルさん こんばんは!三代目魚武濱田成夫を存じ上げず今先ほどチェックしてきました!いっちゃってますね!いっちゃってる。柔術の服を着てるところがとても気に入りました。そうです。私は昭和プロレスの大ファンです。そのプロレス思想をバックボーンとしてきた私からしますと本作『バカモノ論』が世界を変えると信じて世に問うた、つもりで文学極道に投稿しましたのが、私、二作目のネット詩投稿作で、当然のようにこれで私が文学極道新人賞だと確信しておりましたところ、入選も佳作にも入らず、当時、「全員、ぶっころす」(あ、すみません)とひとり叫んでおりました。が、しかし、カオティクルさんに、なんか、気に入ってもらえてよかったです! 花緒さん 蘇らしてみました!この詩、いいですよね。是非今年のB-REV新人賞をください! survofさん こんばんは!この詩に論理的矛盾をみつけていただき有難うございます。本作の矛盾については、たしか、文学極道投稿時にも同じ御指摘がぎょうさんありましたことを思い出しました。まやかしのようで、まやかしじゃない、いや、、まやかしかもしれない、うん。みる前に飛べ!的なことを書いてみたかったんですよう~。。 ボルカさん こんばんは!この詩に真理と思想を見出そうとしていただきまして有難うございます!「詩と思想」で新人賞を狙っていきたいと力強く決意しております!もうなんだったら現代詩詩人会の理事長になってみたい!そんな気持ちです! 李沙英さん こんばんは!私の笑いはまだまだこんなもんじゃありません!いや、こんなものかもしれません!うん。そんなことより、李沙英さんの新作へコメント書きます! (バカモノ論)

2017-12-18

まりもさん 天性の才能はバカだということかもしれないですね。コメント有難う御座います! (バカモノ論)

2017-12-20

投稿ありがとうございます。 十二月の夜を。 こちらのワンフレーズが最後まで情景を引っ張っているんじゃないかと思いました。最初の掴みとしてはイージーな感じが少しあったのですが、最後まで読んでみると、本作を支配しているのは十二月の夜でした。 (the Milky Way)

2017-12-19

投稿有難う御座います。久しぶりにエロティックな作品に遭遇してドキドキします。なんといいますか、団鬼六的なエッセンスからバイオレンスを排除した、という感じでしょうか。たしか、「死んでもいい」という映画が昔あったのですが、大竹しのぶさんと永瀬正敏さんが不倫をする映画です。年上の女性と年下の男子。ふたりは雨の日に出会うのですが、 あの水をどうか僕にも 分け与えて下さい 奥さんの譫言(うわごと)が 鳴り響く雨音の中で 微動だにせず佇む僕を この連を読んで、その映画を思い出した次第です。夏に突然やってくる夕立ちのような、慈雨のような、そんな風に本作の「奥さん」がみえてきました。リズムカルな文体なので少し軽い感じに一読目は感じたのですが、よくよく読んでみますと、この男子の心情は、なんか、悲しいですね。雨は止んでしまいますもんね。導いてくれる女性なんているわけがないというか。 (花瓶)

2017-12-19

テストコメント (大賞作投票ボックスのお知らせ)

2017-12-28

投稿有難う御座います。 クリスタルの産声をフラクタルに響かせる フラクタルという言葉を使われてるのがとてもいいですね。なんか、独特なアルゴリズムを感じました。 (光速螺旋)

2017-12-20

投稿有難う御座います。 言葉のディレイ感がたまらなく心地良い作品ですね。 短文コメントですみません。一旦上にあげさせていただきます。 (「Sternsingen(星哥い)」)

2017-12-20

投稿有難う御座います。 一言コメントになりますが、本作、なんか、良いですね。正直、意味は解らないのですが、なんか、好きですこの作品。 (記述)

2017-12-20

ちょっと思い出したことがありまして再びコメントさせていただきます。本作を一瞬目にした時に、 文字だけがあり、私たちに断絶はない このフレーズが焼き付いていました。で、改めて2度3度読みまして、しっくりこなかったんですが、今、ようやっと、消化出来た気がしまして。ネット上における実存とは、電子画面の向こう側に人間がいるかのような錯覚でしかないと。仮想の空間にある、いわば仮想実存。実存を仮想するという矛盾なことなわけで。仮想における詩作品は、詩自体がそもそも仮想実存なので、夢の中の夢の中の言葉になる。電子画面の向こう側にある実存とは夢の中で電子基板へプログラミングする「指と物体との滑らかで鈍重なこすりあわせ」の作業なわけで、その作業を実存と捉えなければ、電子画面の文字は存在しない。たとえそれが夢の中であっても。なので断絶はないと。そんな思索を本作を読んでしちゃいました。 (記述)

2017-12-21

投稿有難う御座います。信号待ちしていると色んなことを考えますよね。しかし、からっぽでもいたい。本作はそんな心情を表しているのかもしれません。短文コメントですみません。一旦トップへ上げさせていただきます。今後とも宜しくお願いします! (信号待ち)

2017-12-20

投稿有難う御座います。とてもストレートで好感が持てる作品だと思います。直球ストレートを一球目に投げられて見逃してしまうぐらいど真ん中。心の熱量の限界を越えるには『叙情という言葉がその呪縛をといて』くれたらと願う。私は詩作のビギナーの域なので判らないのですが、『叙情という言葉』には呪縛があるということを考えさせられました。叙情なんて錯覚だよ、という風に個人的には思えなくもないなあと。今後とも宜しくお願いします! (限界を超えて)

2017-12-20

投稿有難う御座います。この作品は良いですね。日常から宇宙へワープする感じがフランスベストサイエンスブックザイヤーを受賞した138億年宇宙の旅みたいで。ビターチョコが終わりかけで大きくなった太陽みたいに甘そうです。 真実は甘美の中 夏になれば嘘もホントも溶けてしまうから 気にしないほうがいいのでしょう これ、最高にいいです。 (クリスマスから飛び出して)

2017-12-23

投稿ありがとうございます。 喉の奥がしんと冷たい 生きろ この流れが好印象です。「生きろ」というフレーズは受け取る読者によって様々な印象になると思います。その印象が左右される要素のうち「作者はどんな人だろうか」と想像があって。もちろんその想像は作品から想像するわけなのですが。この「生きろ」だけ、読者の想像に任せるとされてることが、心地よい作品になっているのかもしれません。あるいは、メッセージなどなく、語り手自身に言い聞かせる「生きろ」なのかもと思いました。が、しかし、これはメッセージ性があると私は思います。 (陽だまりと常、流れ)

2017-12-22

投稿ありがとうございます。これは、幸福感を持っている方だから書ける作品なように思いました。そもそもの幸福感とは何か?まあいいやと、諦めることなんだと。これは私、けっこう共感する思想です。なんといいますか、バブル世代はこの思想がけっこうあるんですよね。 (誰もが幸福してる)

2017-12-22

投稿有難う御座います。即興的でありながら、ガッチリ推敲されている感があって、やっぱ北さんは上手いなあと一読して思いました。 『渦巻く夕陽に、押し戻された木枯らしの影のように、月が泣いている。』 このフレーズ、そのまんまだとベタな感じなってしまいがちだと思うんですが、前半にある、 『月あかりが花束に影を落とすように。』 このフレーズのベタさと併せて、読む側の心を押し切られた感じで、私は持っていかれちゃいました。 (埃立つ)

2017-12-23

投稿有難う御座います。 山下達郎の『クリスマス・イブ』も真っ青なぐらい切ないですね。 誰でもいいでもなく 誰でもないあなたと 一緒に居たい それだけは譲れないもの この箇所が切な過ぎて好きです。 (ホーリー)

2017-12-23

投稿有難う御座います。 地球さんの本来ある素敵な「地球らしさ」が少し薄いような感があります。現代詩トレンドである「削ることの美しさ」「行間を読ませる詩情」を体得されたあまり、オリジナルを思い切って出す奔放さが消えてしまったような。しかし、クリスマスという時を逃さないマッチした良作だと思います。 (ケーキと福音)

2017-12-25

投稿有難う御座います。とても心情をストレートに語った作風でもありながら、海辺の描写も感じさせなあと思いました。 目に映る世界は総て恐ろしい 私は毎回の右肩さんの作品にカタルシスを求めて読んでしますのですが、今回はこのフレーズ。平易な語りなのに、なんでこんなに読み入ってしまうんでしょうか。いつも不思議です。そしていつも読後感は心地よい。 (海辺で語るべきこと)

2017-12-25

投稿有難う御座います。 李沙英さんの投稿作品を読んで思うのは、全ての作品に通じることとして「実感がある言葉」で書かれている、ということな風に私は思うのです。それは私が目指している目標でもありとても羨ましく思います。一般的な例として話をして少し失礼かもしれませんが、リーディング系の方々の作品の多くにその「実感がある言葉」を感じます。もしかしたら「音として読まれる」ことを前提とされているからなのかもしれません。本作では、「友よ、」と呼びかけが使われている。往々にして「友よ、」なる呼びかけはベタな言葉として伝わりやすい。しかし、本作の「友よ、」は私には、ホイットマンやヘミングウェイが使う言葉のような神々しい響きを感じました。それはなぜか。「ワタシ」としていることが技巧的に活きているからではないかと。「私」でもなく「あたし」でもなく「ワタシ」。これが浮いてしますような「友よ、」という呼びかける言葉を、ろくでもない日常から発する実感としての祈りのような気持ちを「友よ、」に込めることに成功していると思うのです。本作は、もしかしたら、現代詩トレンド好きな読者からのウケはよくないかもしれませんが、私はとても気に入りました。素晴らしい。 (求愛)

2017-12-25

投稿有難う御座います。 飲めないワイン 吸えないタバコ 切なさを紛らわすため 大人になるってどんなことなの? ただ我慢することなの?? こちらの連が一般的な男女の聖夜ネタと違い、なんか、光ってますね。子供たちがみる夢としての聖夜であり、大人でないことの切ない聖夜、みたいな。 (雨の聖夜)

2017-12-25

投稿有難う御座います。大熊あれいさんの前作でも個人的に感じたことなのですが、描かれている物語(もしかしたら物語など書かれていないのかもしれないのですが。なんと云いますか、、作品の底に流れている何かしらの脈みたいなものです)が私の個人的に昔から持っている「何か」を叩くのです。大熊あれいさんの作品は。それが何なのかを言葉としてお伝えすることが出来ないのですが。今作にある、その「何か」を頑張って表現してみますと、それは「異次元の出来事」。異次元という言葉から一般的に認識されるものではないのですが、一番近い言葉です。ただ、作品としての完成度はまだまだ不足しているような気がします。私も人のことは云えないのですが。へんてこりんなコメントで申し訳ないのですが、次回作も楽しみにしております。 (方眼用紙)

2017-12-28

感想として適切かどうか不安ですが、私はこの作品がとてもおかしかくて笑えました。特に、「」の台詞が面白く、「透明野郎は引っ込んでろ!」のくだりはひとりで爆笑してしまったんですが。まりもさんの狙ってる通りであれば嬉しいです。なんといいますか、まりもさんのタフさが垣間みれる作品だと思います。 (童話 月夜にくらげが光るのは(前編))

2017-12-29

投稿ありがとうございます。疑問だらけなこの世にあって、わからないままに流して生きる気持ち、みたいなものを感じました。短文コメントですが、今後ともよろしくお願い申し上げます。 (Egg Binding)

2017-12-29

ー参加者の皆さんへー コメント欄にて東川原未來さんからの問いなどに対して三浦にて連絡を取っております。どうぞ引き続き、作品へのコメントなど書込みください。 (下弦物語)

2017-12-31

東川原未來さん 渚鳥さん 作品へのコメントから外れたレスは止めてください。以降続くようであれば、両人へイエローカード発行します。 (下弦物語)

2018-01-01

東川原さん 今さっき、メールは返信した。三浦個人として事を収めさせて欲しいと他のサイト運営側へ願い出て両人へ、三浦個人として荒らさぬようお願いした。けれども、このような結果となって残念な気持ちだし、毅然とルールに則って行動出来なかった運営者として失格だとも思う。 (下弦物語)

2018-01-02

投稿有難う御座います。 とても良い感じの作品だと一読して思いました。ただ、これは私の個人的な感受でしかないのですが、結語の 破滅はいつだって 純粋なまでに黒色をしている が、 破滅はいつだって 黒色をしている と削られたほうが、とても黒色が印象として残るような気がしました。「純粋なまで」という想像は読者へ委ねるような。 (ひと)

2018-01-01

投稿有難う御座います。『抱かれると喋る女』というタイトルがとっても良いですね。逸品なタイトルだと思いました。 (抱かれると喋る女)

2018-01-14

李沙英さん Kaz.さん コメント有難う御座います。恐縮ですが、今作については、私はレス返しは控えようと考えております。酷評も、三浦個人の思想への批判も何ら問題ありません。 (💣)

2018-01-01

これは、すみません、想像として不適切かもしれませんが、もののけ姫のイメージが浮かんできて、読んでいると、自分がもののけ姫にキスをするアシタカになった気持ちになりました。また、おまえだけの傷の治し方を私なりに想像しちゃったんですが、やっぱ好きな人に傷を舐めてもらう方法がいいのかなぁって思った次第です。 (私に※)

2018-01-16

投稿ありがとうございます。映画戦メリをリアルタイムで観た人だと明らかにわかる話なんですが、戦メリは反戦映画ではまったく無く、時と場によってルールも価値も変わるけど普遍的男子の美学ってあるよね的な映画だったなあと個人的には思うところがあり、プラザ合意直前の日本が総中流社会だと浮かれていた古き良き時代へのレクイエムな面があったなあとも思い出しました。本作はそのレクイエムを詩でやっていらっしゃるように感じた次第です。 政治性について。本作ではウンザリする政治色は感じなかったので上手いなあと思いました。また、私的には大変興味深いトピックがコメント欄で展開されており、それはとても有意義な議論で、楽しく拝読させていただきました。実は以前から同様のトピックを発せられる祝儀敷さんに注目しておりました。当初、私が感じとった祝儀敷さんの批判の本質は「テーマ主義」への批判だと思っていました。戦争反対、反権力、反原発というテーマであれば、その作品のクォリティは問わないとする風潮に対するNOだと。しかし、それは私の誤認識だったことが当欄での祝儀敷さんのコメントを読んでわかりました。政治性を帯びてしまう、あるいは政治的なメッセージ性を帯びてしまうと広がりがなくなってしまわないだろうかという懸念。言わんとすることは私も理解します。が、しかし、それもまた作品の質を問う視点からみれば不要な懸念ではないかとも思うのです。私がいう作品の質とは芸術的に良質なことではなく、大衆受けする質をいうのですが。ポピュリズムではありません。大ヒットする政治的メッセージ性を帯びた詩作品というのは成立すると思うのです。しかしながら、実情は祝儀敷さんが挙げられた通り、メッセージテーマはいいが「作品としての質が最悪」なものばかりなわけで。 これについて是非、祝儀敷さんのご意見を伺いたいです。が、これ以上コメント欄で展開するのは不適切な気もしますので、Twitterで展開したいですね。いや、乗らなくても大丈夫です笑。 また、ボルカさんからも更に、政治性と詩作品についてはご意見を伺いたい気持ちです。 念の為に申し上げますが、当コメント欄でのここまでの議論展開は大変有意義なもので、運営者として感謝申し上げます。ありがとうございます。 (メリークリスマス)

2018-01-15

投稿されてから、何回か読んでいたのですが、これはやばい作品ですよね。私はマザコン気があまりなく、どちらかといえば育ての親的な存在だった姉の関係でシスコンなんですが、この作品を男性が読むと、そのマザコン気が邪魔をするんです。これ意味わからないかもしれないんですが、何と言いますか、冒頭を読んだ時に感じる「うっっ」っていう感じ。まあ、気分が悪くなるというよりも、けっこうムラムラする快感だったりするんですが、とにもかくにも、「うっっ」ってなりました。また次回作も期待してます。だんだん投稿作品に謎が深まります。 (種子)

2018-01-15

田中恭平さん、今年も宜しくお願い申し上げます。投稿有難う御座います。皿と雨が詩になるのかなあと、私も少しセンチメンタルな共鳴を覚えました。センチメンタルに果てているところに詩がふってきた2016年12月1日。今年も読んでみたいです。 (元旦)

2018-01-16

何度か読まさせていただきました。音声も聴きました。投稿有難う御座います。「作品を語ること=作者を語ること」になる、否、作者を語ることが許される稀な人だと思います塚本さんは。特に今作では、私はそのことを強く感じました。作中で語られる「君」とは遠いところの誰かでなくて、隣に居るお前のことだと、読者である私に呼びかけてくる。人類に言ってるんだよと強がりながら。人類なんてものがいないことを塚本さんは知ってるし、それがまやかしな奴らに巧く使われていることも知っている。いるのは君と私。忘れられない私と忘れないでいてくれる君。いや、僕だ。 余談だけれども、こないだ、詩界隈に関係しないミュージシャンのtwitter知人に「最近、凄い人誰かいないの?」て訊いた。 その知合いのミュージシャンは塚本さんだって答えた。塚本さんが放つものは、塚本さんが知る以上に受取ってる人がいるんだって、報告しておく。あ、また、こんな作品に関係無いことを書いてしまうおバカな管理人を御容赦ください。また、今後とも宜しくお願いします。 (スカルブレイン)

2018-01-16

朗読すると軽快に読めて内容の重たさとうまく融和して入ってきました。語り手が放つ暴力が心理的ストレス対象としての他者の存在が伝わってきました。しかしながらストレスそのものが、こっちには来なくて、何というか、防弾ガラス張りの向こう側の出来事のようで。逆にそれが他人との断絶感になっていて、ネガティブな気持ちですが、リアルに感じました。もしかしたら、魂がそのガラス張りの向こう側にあって。取り戻さなければならない対象は魂なのかと考えた次第です。ホントは考えちゃいけない作品なんじゃなかろうか。感じる作品なんじゃなかろうか、とも思ったんですが、私的には最後まで考えてしまいました。 (感染性暴力)

2018-01-16

投稿有難う御座います。平易な言葉で書かれてあるのですが、上手く呑み込めない。そういう意で私にはとても難しい作品です。何度読んでもしっくりいかないのです。一般的にネガティブに捉えられる動詞を望みとして書かれているから、なのでしょうか。今後とも宜しくお願い申し上げます。 (はじめましてお久しぶりです)

2018-01-14

投稿ありがとうございます。黙ることが大人になるに連れ、悪いことのように言われるけれども、実際には、本当に思っていることを言うと、ウンザリすることが自分に返ってくるから、黙ってしまうことになる。作品の最後にある通り、考えます。黙って生きてりゃいいのかって。 そんなこと思いました。 (死にたがりの生きたがりの)

2018-01-16

投稿有難う御座います。父性との対峙が感じられる作品ですね。なんと言いますか、ストレートさが感じられました。 (遠くで船が往く)

2018-01-14

投稿有難う御座います。 永輪の再生を待っている このフレーズがとても好きです。なんだか、辿り付く出口が存在しながらも永遠に続いてる迷路みたいで。 (背反を穿つ)

2018-01-14

怒りを自分に課すというフレーズが少しびっくりしました。自虐的ではあるのですが、作中にもある通り、純粋な感情にも思えました。なんか、黒髪さんらしい作品、というか、今作は極私的なコンセプトがある詩に思えました。 (静かな時に)

2018-01-16

投稿有難う御座います。これは面白い!私もやってみたくなりました。 (BREAKDOWN. 訳詩。)

2018-01-14

投稿有難う御座います。 ほんのすこしだ 全部じゃないや この言葉遣いが好きです。なんか、可愛らしい。 (ひとりあそび)

2018-01-14

んんん、これは素材であるプルオーバーに持っていかれちゃった感がありますね。もちろん、良い感じで持っていかれちゃいましたよ。でも、なんだろうな、個人的には、前々回の『遠く、朝は』のあの美しい詩をあと40作品ぐらい読みたいです。んんん、でも今作もかっこいいな。 (プルオーバー)

2018-01-15

不参加の件了解です! (プルオーバー)

2018-01-15

投稿ありがとうございます。「延長コードに生かされて」というフレーズが、なんか、可愛らしくて好きになりました。短文コメントですみません。一旦上げます! (星探し)

2018-01-16

投稿有難う御座います。なんか、この作品、良いですね。なんだろうか、『夜空はいつでも最高密度の青色だ』を思い出しました。最果タヒさんの原作ではなく、映画を。 今後とも宜しくお願い申し上げます。 (親しい他人)

2018-01-14

投稿有難う御座います。北村灰色さんらしいロックテイスト満載な今作だと一読して思いました。二十七歳。岐路ですね。帰路かもしれません。その道端にアイスクリーム屋さんがあると救われる、そんなこと読んで思いました。 (Ice Cream Elegy)

2018-01-14

投稿ありがとうございます。魔法がある詩は私、大好きです。魔法詩チェッカーなんですが、「魔法の症状」という表現、初めてみた気がします。なんかシールドみたいで魔法らしい表現ですね。そこから辿って作品をみつめてみたら、蒸発する私というのは魔法なのかなあって想像したら、靴のまま宙に浮く自分が見えてきて、ファンタジーな気持ちでよかったです。ストレンジな作品。良いですね。 (警笛)

2018-01-16

投稿ありがとうございます。半透明な霞みがかったなかでビーズがころころ回るように遠のく子どもたちが最後にくっきり映った円になって消えちゃうような気持ち、古くて小さな川の土手に立ち尽くしてしまうような気持ち。そんな気持ちになりました。 (撹拌)

2018-01-16

投稿ありがとうございます。ミクロな視点とところどころに哲学的な思索が込められた語り手。行間がテンポを緩くするので語り手とシンクロする感もありながら、興醒めする感もあり、微妙なテンポを感じてしまいました。独特なリズムにもなっているような。ただ語り手が多くを語り過ぎな感もあります。読者側に探究する余地が無いような。今後ともよろしくお願いします。 (白眼ヶ浦)

2018-01-16

投稿有難う御座います。カーディガンが実存から離れたところへ、読んでる私の想像のところまで持ってきてくれてる。トラウマとしての「昔の恋」なのか、この連がタームとなって、5連目で冒頭にいた「君」が再び現れ、最終連では、「君」のほうから手を握ってくる。ストーリ性があって良いなあと思いました。ただ、これは私の感覚が少し偏屈なのかもしれませんが、「駅前の景色」「その時の月」「濡れたアスファルトの上」「薄いグラス」といったアクセントとして置かれている事物がありきたりなものになってしまっている気がしました。今後とも宜しくお願いします! (カーディガン)

2018-01-16

何度か読まさせていただきました。衝動的な気持ちが「どうかどうかと」というフレーズに感じられました。衝動的な気持ちって、詩にするとき、いや、詩を書くまではいいとして、書いた詩が投稿掲示板にあるとき、ひとりよがりな作品として映りがちだと思うのです。べつにひとりよがりな作品が掲示板にあって、悪いわけでなく、べつに評されなくてもいいとも思う。もっと言えば掲示板にあって誰のコメントも付かない作品のほうが、存在感があってよかったりする。 「柳」というタイトル。一見、内容とまったく関係ないようでありながら、本作の本質を表している。 さびしいという気持ち。 誰のコメントも付かない詩がだらりと一本、道端に立っている。 そんな存在のさびしさを詩を好む人々は美しいと、うそぶく。 嘯かない衝動的な気持ちがある本作はブルーハーツのリンダリンダみたいにドブネズミの美しさがあるよ。 なないろさん。 (柳)

2018-01-20

投稿ありがとうございます。毎回、攻めのスタイルで投稿いただきまして、めっちゃ嬉しいです。とりあえず、私は45が気になりました。千円で買う岩の欠片とは一体なんだろうかと、まず思いました。その千円が高いのか安いのかわからないんですよ。まず、そこで一回妙な躓きだなあと思いつつ、読み進めましたら、その欠片を肩上にのせて身動きがとれないようにした、、これ、めっちゃ気に入ってしまいましたよ。なんと言いますか、私の想像なんですが、ここにあるメタファーは、苦行とはマゾヒと紙一重である、ということなんじゃないかなあと思いました。 (詩国お遍路(2/2))

2018-01-17

体言止めによる効果を浮遊感として私が受ける時、その感覚は心地よい。 冬の十五時は夕方 これの後に続く、電車が言葉をかき消す心象が前節の体言止めによって、際立つ。その際立ちが心地良い浮遊感の正体なのかもしれない。と思いました。 毎度投稿ありがとうございます。 (quasi-)

2018-01-18

投稿ありがとうございます。始まりの一節がとても惹くものがあり、好ましい作風でした。宇宙が砂つぶよりも小さな星々だというミクロな宇宙観も感じられる良い作品ではないかと思った次第です。 (愛してる。)

2018-01-22

アラメルモさんもおっしゃってますが、花緒さんのこの手の作品は上手い。また、どなたかおっしゃってた花緒さんの作品の良さは、ロジックだときいたことがあった。逆に受付られないなあと思う人、私なんかが最初そうだったんだが、その作品に見え隠れする冷酷な世界観みたいなものを感じるからだと思う。今作なんかがその典型なんだけれども。で、今、私がどんな感じで読んでるかというと、そういった思想やらメッセージやらを読み取ろうなんてことをやめました。ストーリー、あるいはロジックとして読む。情緒なことを捨てて読む。すると、なんか、思ってたほど悪くないと読めるし、あわせて、くだらねー読み物に思えてくる。彼がよくいうジャンクなものって、そのことなんだろうなあ。 (ニンゲンのナカマ)

2018-01-19

内容としても、文体としても美しい感があるなあと思いました。 「僕と君」の話はうんざりして読むに堪えない、という作品評を以前、他でみたことがあるのですが、私はその痛烈コメントが好きで的を射てることとして自分の教訓にもしております。本作にも云えるコメントではないかと思うのです。「僕と君」のストーリ性で読者を惹きつけ最後まで持っていくには、相応のレトリックと構造が必要なのではないかと思うのです。もう一つ指摘させていただくと、代名詞・形容動詞・比喩・直喩がイージー過ぎるのではないでしょか。 冬のうみべにて 波の<高いのを>見つめている <これだけ>荒いんだから 規則性なんてないだろうと <ここまで>来たのに <大荒れの>海にもちゃんと 押し引きがあると知った ただ、<風の強い爽やかな>青いひで <>で囲みました箇所が、ありきたりであり、冗長過ぎではないかと。結語の「そう言えばあれも、規則的だった」の「あれも」が掛かる重要な連だと思うのですが、あまりにもイージーで推敲不足を感じざるおえません。 今回、自身の力量の無さは省みず上から目線でコメントさせていただきました。次回投稿作品、楽しみにお待ちしております。 (「夢に見た」、そう言ってでも会えたことにしたかった)

2018-01-22

投稿ありがとうございます。 「語り得ぬこと」が詩情だとすれば、聞き手は沈黙する。詩情を求める聞き手だとすれば、その書物を読むことに意味がない。詩情は語られてはいないから。聞いて沈黙し、全ての冬を感じたい。 今後ともよろしくお願いします。 (語り手と聞き手のいる風景)

2018-01-21

投稿ありがとうございます。人の子であるはずなのになぜ人は神々しい場所を目指すのか、というようなことを感じました。 (人の子よ)

2018-01-21

投稿ありがとうございます。なんといいますか、固定電話についての語り、この口調、イメージしてしまったというか、思い出してしまいました。トムとジェリーの真ん中の話でよくあった、解説者の語りを。あのトムのジェリーの真ん中の話ではよく、文明を皮肉るような内容がよくあったのですが、その文明を皮肉る話には必ず、飄々とした、まさに本作の口調で説明するアナウンスが入ってました。 あれは警鐘を鳴らしてる意味はなく、たんに皮肉って笑いをとるアメリカンジョークなわけなんですが、本作「白い固定電話」には、皮肉ではない、「こんな風な固定電話、みなさんも知ってるっしょ?」的な、固定電話の存在意義を表現するためのいかにも固定電話らしい凡々な語りとして読める。良いか悪いかはわからないのですが、それも固定電話ですから、しょうがないかもしれません。 それじゃあまた。 (白い固定電話)

2018-01-21

stereotype2085さん コメントありがとうございます。最近、私は不感症になってきてまして、残酷なこと、悪いこと、不快なこと、それらが多数の方々とはズレている感じがあるんです。それは私が若くして結婚し子供を持ったので、娘との距離感にも一般的なズレを感じます。私を是非、倫理観とか国家のルールで縛って欲しいとも願う時もあります。私みたいな人間は監視されていないと無知の罪を犯してしまいそうで。でも、私が知る限りにおいて神様はいいかげんです。 失礼しました。 (さもしいひと)

2018-01-21

花緒さん コメントありがとうございます。鋭いですね。当たっております。昨年ブンゴクへ失意夏雪という名で投稿していたうちの一つが本作なんですが、いかいか氏的なものを書いてみたい、という気持ちで作った作品です。オリジナルについて振っていただいたので、ついでにちょっとコメントしておきたいことがあるのですが、私はオリジナルなものへのこだわりをまったくもっておらず、どちらかといえば、音楽界隈のように「彼の音楽は誰々の影響で誰々へのリスペクトがある」という話であったり村上春樹はフィッツジェラルドの影響を受けている話など、肯定する派で、平たく言うと、芸術家の方々がお持ちのオリジナルの追及なんて話をきいてしまいますと、ごめんなさい僕はただの遊びですと、謝ってしまうくらいな信条です。が、しかし、尊敬する詩人の方が言ってました。私も創作・投稿については同じ気持ちです。 「真摯にとか、努力してとか教条的な話をきくと吐き気がする。真面目に書かなくても面白けりゃいいんだ」 (さもしいひと)

2018-01-21

まりもさん コメント有難う御座います。ネタバレしますと本作は「私の男」という映画の1シーンをモチーフにいております。父と娘の近親相姦の話であり、エロな話です。 (さもしいひと)

2018-01-29

ボルカさん コメントありがとうございます。いや〜ボルカさんの後半のコメント、なんか、めっちゃ勉強になりました。久しぶりに、ああ、なるほどって感じで。最近、私、ちょっとテクニカルな面に逃げていた感がありまして。いや、テクニカルというほど、なんか高度なことやってないんですが笑。新たなステップアップが出来そうな気がしてきました。ありがとうございます! (さもしいひと)

2018-01-29

藤井龍平さん コメント有難う御座います。 言葉の美しさについて修行中なのですが、これは難しいですね。詩の世界は深すぎて深海で息が出来ない気持ちになりますが、言葉の美しさを求めますと、なんといいますか、太陽の位置がどこだったかわからんようになってしまいます。 (さもしいひと)

2018-02-01

投稿ありがとうございます。安坂さんの過去作も振り返りましたが、タイトルがセンスいいですね。私、タイトルが光ってる作品が好きなもので。 で、コメント欄の完備さんの指摘はめっちゃ私的には勉強になりました。私も以前、自作品に対して「あの」「その」が多いし安易に置き過ぎると指摘されたことがあって。そのことを思い出した次第です。 「人間は簡単に、夏の香りを忘れる」 としたら、まったく違う響きとして私に迫って来ました。 また、survofさんの比喩の失敗をあえてそのままに、というコメント。これは、かなり高度なレトリックだなあって、思った次第です。 有意義なコメント展開ありがとうございます。 (夏の標本づくりの失敗について)

2018-01-22

投稿ありがとうございます。対象を装飾せずにそのままを語る。浮かび出る言語ねままに。他者とその共有するかを排除された作品として読めば、孤独な寂しさを感じました。凄く難しく思うのですが、作風としては独自なものとして、私には映りました。 (プラモデル)

2018-01-31

投稿ありがとうございます。僕が家族のことを考える時、いつも、帰ろうって思うのです。それは妻でもなく娘でもない、昔に存在した家族です。私以外、みんな死にました。今の家族は残念ながらその代替えにはならないのです。20年以上家族でいるのに。あや子がずっと家族で、紗代ちゃんが失ってしまった家族だとしたら、僕はずっと紗代ちゃんを探し続けていたいです。手を合わせたくなんてならない。川の中に入っていって泣きたいです。それはナルシスティックな行為かもしれません。もしもあや子が一緒に川へ入ってきたなら、僕は一緒に入水してお父さんとお母さんと、そして、姉の元へ紗代ちゃんに連れて行ってもらいます。 素晴らしい作品をありがとうございます。 (letters)

2018-01-22

投稿ありがとうございます。これは面白すぎる。私、詩の投稿掲示板で、こんなに笑ったの初めてです。 (きみは変態)

2018-01-23

素朴な言葉の出し方。なないろさんに影響された私が明日投稿する作品は素朴に書きましたよ。ありがとうございます。 (フライングバレンタイン)

2018-01-31

毎度、投稿ありがとうございます。そうですね、投稿者それぞれのスタイルと魂があって、一年近くこの掲示板に継続して作品を発表すれば、新たな作品が新鮮に読者へみせることは難しいけれど、他人がどう受け取ろうと変わらないスタイルでいるってことも無骨で素晴らしいこと。アラメルモさんのコメントに私も同意です。自分が書く作品にまで他人に気を使うなんて、アホらしい。権威もなんもない掲示板。自分を晒している作品こそが光ってる。ちょっと勉強になりました。 (火星のホットスタウト&ホルモントマト)

2018-01-25

投稿ありがとうございます。そうですね、嗚咽って泣くのとは違うのですよね。例えば、悲しい出来事があったとして、その出来事を笑いながら普通に他人に打ち明けていたら、急に、ふっと込み上げてきてしまう。自分的には、あれは真人間になる瞬間です。私、普段からいつも適当に嘯き生きているもので。で、適当さの向こうには他人がいるんですが、真人間に戻すのも、悲しい出来事も他人と縁して、あるものなんですよね。 本作、その真人間さに戻ってしまうといいますか、自分が隠している本質が思わず出てしまう心象風景を感じました。 普段装っている表面上の自らが蒸発する。本質が汗として現れる。それは他人からすれば涙というものかもしれないが、そうではなくて、、、 と膠着する感じ。平易に書かれているようで難しい作品に思えましたが、アラメルモさんが時々出されるご自身の本質的な作品は好きです。なかなか書くことが難しいのでしょうが、是非これからもよろしくお願いしてしまいます。 (嗚咽)

2018-01-26

投稿有難う御座います。 レモンを浮かべたソーダ水 邪気のない悪戯 こちらの一節がなんだかとてもいい感じで浮き上がっていて、「おっ」という感じで惹きこまれた。 すすもう 冬の日は短い おちる影はまっすぐ 夜へとのびているのだ こちらの一節が、素朴に心情を吐露されていて良い感じに取れます。 センチメンタルな気持ちの吐露をそのまま受けて読めば、良い作品ではないでしょうか。 (感傷・冬)

2018-01-29

毎度投稿ありがとうございます。私が受けるボルカさんのすべての作品の印象を、ちょっとだけ上から目線で申しますと、「カッコつけない詩」という感じがずっとありまして。何がカッコよくて、何がカッコ悪いかというのも主観でしかないのですが、例えば、今作でも、ダンゴ虫が出てきたりするんですが、ダンゴ虫がカッコ悪いわけでなく、、いや、、ダンゴ虫はカッコ悪いと一般的に認識されている生き物だと私は思うんです。そのダンゴ虫を作品に登場させるのが、逆説的に美しさを表してるんですよね。ブルーハーツの「リンダリンダ」という歌の歌詞で「どぶネズミみたいに美しくなりたい」という素敵なフレーズがあるんですが、それを聴いた時に受ける感じと同じ気持ちになりました。それは、黄色いパンも同じで。黄色いパンは一般的には不快な物質ではないけれども、黄色いパンをみつめる視線がダンゴ虫をみつめる視線とまったく違わないんですよね。それって、美しいものとは、対象ではなくて、美しいとするこちら側にあるんだってことなんだろうなあって思うんです。それは、なんというか、私みたいに、詩作品でカッコばかり気にしている人間からすれば羨ましく、また、詩の本来あるべきものというか、自分を偽っても、見抜かれるという、私が持ってる本質的な課題を解決する鍵のようにも思いました。 (昨日私は悲しみについての詩を書いた)

2018-01-29

とととさん、久しぶりですね。なんだか、作風を変えて帰ってこられたような。しかも、私は、この作風が過去の投稿作品よりも断然良いと思います。ただ、、そうですね、、なんか、もうワンパンチが足りないような気がしてしまうんですが、ただ、過去の投稿作品より、この作風は段違いに好きですよ。なんでですかね。ですます調がとととさんらしいからですかね。それからすると、フックとしてどこかに調子の変化を与えていたら更に際立つ作風になる感じがしますね。 (恐怖について)

2018-01-29

投稿ありがとうございます。やや難解なメタファーが隠されている感がしました。それを読解出来ない私なんですが、 かくかくしかじか このフレーズが大好きです。言葉にならない言葉。かくかくしかじか。いいですよね。 (つばさ)

2018-01-29

仲程さんと同じく、最後が綺麗です。深い夜空に星々が無限大になって私も入っていけましたよ。 (『にぃぬぅふぁぶし(北極星)』)

2018-01-31

投稿ありがとうございます。めっちゃカッコいい作品ですね。歯切れよくよめてしまいました。リーディングしたくなる作品。今後ともよろしくお願いします。 (不可能性)

2018-01-31

テクノ・電子的な言葉。リズムバランスが要求されるうちに頭が踊る感じにもなりました。すると、「びょーく」が歌手のビョークに思えました。 (言葉の体操 ― 創作早口言葉)

2018-01-31

投稿ありがとうございます。意味性をなくしながらも、ビジュアル化ツールとして言語を用いる。 詩が万華鏡であることを思い出しました。 (投身自殺)

2018-01-31

投稿ありがとうございます。カジュアルな作風があって、そこから生まれる詩的なるものがあるとしたら、それはラインのチャットフォルムなんだろうなあと、思いました。で、情緒的なものが、ポエジーと誤認識され、そのうち「感情」という言葉の意味合いがポエジーに代わっていくんじゃないかと、ふと思いました。今作でいえば、 ずっとずっとダイスキだよ! の「!」がポエジーなんだと。近未来にAIから生まれる詩がビックリマークだらけになっていたら、なんか愉快なことですね。あ、いや、そういう作品って今でも時々投稿されていますね。失礼しました。 (ワタシのきもち (エルサポエム))

2018-01-31

投稿ありがとうございます。あ、面白いと一読して思いました。しかしながら、併せて冒頭の 言葉を買いに行ってきた、 が、狙ってる感といいますか、読者を引き込むようでいながら「レトリックの読解とメタ読みが必要な作品が始まるのかなあ」という醒める感もありました。 (買い物)

2018-01-31

やばい。負けた。 百均さん投稿有難う御座います。 (祖母包茎)

2018-02-01

毎度投稿有難う御座います。 デジタルユニバースと 声の大きさを競うハイネケンの広告塔が すべり台で砂を被る頃 泡の生い立ちと刃物職人の妻たちの犯す海域が 誤りで歩いて来た道が誤りであるはずだ 消し去られてしまうから 女の位置を解析しよう 砂浜の頭脳が溶けてしまうモンキー すみません、本作に影響を受けて、自分で即興でやってみたのですが、 不発に終わってしまいました。海には用事がない人種に隔離されたようです。 失礼しました。 (今も沖には未来あり)

2018-02-01

アラメルモさん コメントありがとうございます。投稿した後に自分の作品を読むと、あ、これは失敗していると気が付くのになんで投稿する前に気が付かないんでしょうね。これを何回も経験しているのに。しかも、貴重な月2回の投稿数の一つを初日に使ってしまったという、かなり残念な気持ちですね。 しかしながら、今作で私がやりたかったことっておそらく、アラメルモさんには伝わったんじゃないかと。勝手に思っているんです。いやあ、もう一回もう一回。 (相対化する高校生の欠片)

2018-02-01

原口さん コメントありがとうございます。いやあ、ご指摘の先生の心情について。原口さんのご指摘に思わず、苦笑いしてしまいました。私が今思うに、この作品を成功させるためにはもう一人、「先生の愛情がなんでわからんとう?みうらくん!」って訴えてくる、みうらくんに想いを寄せるガールフレンドが必要という。 ばってん、ありがとうございます。先生。 (相対化する高校生の欠片)

2018-02-01

コーリャさん コメントありがとうございます!コーリャさんの愛情が感じれて嬉しいです。 ボルカさん コメントありがとうございます。この作品を書いてみようと思ったのはボルがさんの作品を読んでの影響もあったので読んでいただけて嬉しいです。ありがとうございます。 ユウさん コメントありがとうございます。その通り!人間やばい時、笑ってしまうんです。かなり大昔にヤクザの方々と話をする機会があったんですが、言ってましたよ。笑ってる人間には近寄らないことだって。 (相対化する高校生の欠片)

2018-02-03

毎度投稿有難う御座います。 今作はとてもシンプルな感があります。 『小網戸』というタイトルが情景としての効果を発揮していますね。 (小網戸)

2018-02-02

いかいかさん、レッドカードを与えます。 以下、三浦個人として代表を降りることも覚悟して書かせていただきます。私の本心を言えばレッドカードやら警告やらルールを設けて文学極道と似たような掲示板をやることはクソだと思っております。作品については別として、いかいかさんがこの掲示板についておっしゃることは概ね同意です。私もパホーマンスでコメントを書いている時もある。パホーマンスではなくて本心を書いていることもある。人間は多面性を持っていることなど当たり前で、偽りの気持ちを書いてその場を楽しい空気にさせたいのか、真摯な気持ちで相手をおもい敢えて罵倒してるのかなんてわかりはしない。なのになぜこんな仮想の場で浅い行き当たりなコミュニティで他人の言葉に一喜一憂してんのか、バカばかりだと思っております。しかもそれを監督ジャッジをするという。なんと滑稽なレベルが低い場だろうかと思っております。私は矛盾しながらもなぜこのサイトを引き継いでやっているのか。そんな矛盾だらけなことは現実世界でもっと苛烈に味わっているからです。50歳を迎える前の残りの数ヶ月で、せめて、ろくでもない、暴力ともいえない欺瞞だらけの SNSやらネット掲示板やらに、何か残せるものはないか、いや、残すではなくて、そのクソみたいなパーティーをぶっ壊してやれないかと、クソまみれなアホな誤解は黙って受けることを百も承知のうえでやることを決めたんです。このコメントもまた多くの誤解を生むことでしょう。そんな誤解は眼中にありませんが、悲しい気持ちになってしまう参加者や運営者がいることも不本意なので、この掲示板のコメントのやり取りをどうする方針、いや三浦個人がどう考えているのかを表明します。一言だけ。Twitter等と同じものに最終的にはしたいと考えてます。Twitterでは苛烈なやり取りをやっている場所もあれば、それらを遮断関与せずにやっている人らが同じ場所に居てもエンジョイすることが成立している。ブロックしたければすればいいし、犯罪をみつければ通報すればいい。この掲示板だって、いかいかさんのコメントを不快に思えば通報すればいいしブロックすればいい。そんな機能が無いからみんなが同じ場所に居られなくなる。こんなレッドカード発行というバカらしいことのように。残念です。いかいかさん、私はレッドカードというルールに従ってでもクソみたいな事を変えれるチャンスを選びます。ビーレビューに参加いただきありがとうございました。一生忘れません。 (左手の蒼穹)

2018-03-06

自分のコメントに言葉が過ぎた感があります。また、このようなやり取りが展開されたことについて、投稿者の桐ヶ谷忍さんにお詫び致します。 また、私の発言について、ペナルティを覚悟しております。それについてのご意見は、こちらのスレッドに書き込みはおやめください。Twitter公式アカウントへ、いただければ助かります。 三浦 (左手の蒼穹)

2018-03-06

恭平さん毎度投稿ありがとうございます。 Twitterで冒頭をチラ見して、おおっキテるって感じがして、読みました。 歌が聞こえますか? これですね。久しぶりに恭平さんのフレーズにやられた感がありました。 頭で歌が鳴りましたよ。 (吐息に赤が混じって終わった)

2018-02-01

Twitterで本作の冒頭が流れてきて、思わずリンククリックして読みました。美しい。美しすぎる。夏生さん、私的には夏生作品の中でナンバーワンです。優勝おめでとう祝賀会をやりたいぐらいです。あとでまた読みたいと思います。 失礼しました。 (思いの断片)

2018-02-01

またひとり、雪、払いのける風。 凍る。見失う糸の雨が、滲み落ちて。 逸れて削がれて喪失してまるで滴。 なぜか、ひとり。 置き去りの天体、丸い月。 雪がとまり、あかり、そろそろと、約束の地。 あかり、さらさらと、またひとり。 返詩、失礼しました。 (おわって、風)

2018-02-01

survofさん 言葉足らず失礼しました。一読した時に、言葉に出来ないぐらいいいなあって思ったんです。それは、言葉通りに言葉に出来なかったし、共感を表したかった気持ちが先に立ち、私も本作と同じように詩を書いてみたいと思い、なぞり書きをしてしまいました。survofさんの返レスを読んで、作品に対する不敬であり、最悪なことをしてしまったと猛省しております。ごめんなさい。自分で恥ずかしく思います。不快にさせてしまい申し訳ない。 (おわって、風)

2018-02-02

投稿有難う御座います。 結語の『あんまりだな』に牛さんの残念な気持ちが入り込んでますね。 短文コメントで、失礼します。 (あだらいっぱい)

2018-02-02

投稿ありがとうございます。実はサイトの不具合が一時発生し、登録の際に名前を設定出来ない事態が発生しておりました。申し訳ありませんが、こちらのコメント欄にて設定したい名前を記載いただければ、運営者の方で設定しますので、お手数ですがよろしくお願い申し上げます。 (雪景色)

2018-03-03

作品についてコメント致します。 少しづつ これといった理由もないように このフレーズが作品全体を静粛なものとしてイメージを誘っていると思います。とても心地よく。 (雪景色)

2018-03-03

テストコメント。 (五月とカステラ)

2018-03-22

ごめんなさい。テスト。 (五月とカステラ)

2018-03-22

仲程さん 毎度投稿ありがとうございます。なんといいますか、読むと良い笑顔になれました。 (ジミーと青い空)

2018-03-07

survofさん毎度投稿有難う御座います。 最近、詩の朗読をすることが多く、言葉のリズムとか、テキスト向けの詩と朗読向けの詩というのもあるのかなあなどと、無知なままに思索することがあります。で、本作なのですが、音読をやってみました。そうしましたら、読み続けるなかで、なんとか自分のものにしようとするといいますか、ちょっと説明が難しいのですが、極端に云いますと、置かれた読点を無視して自分のリズムで読んで意味付けをしようとする気持ちになるんです。音読後にそれを自分で何故だろうとかと考え、今コメント書きながらも考えておるのですが、やっぱ音にして発するということは他者へ「意味」を伝えたいという無意識な感覚がでるんじゃないかと考えたりしました。すみません、またへんてこりんなコメントになっているような(笑)気がしますが、読んでみて面白い感覚でした。 (はな、うてと)

2018-03-04

うたもちさん投稿ありがとうございます。リアルでありながらリアルでないような、実存でありながら実感がないような、そんな作品に思いました。「時間という歯車」「抱かれるだけ抱かれ帰ってゆく女たち」「密かに企てる犯罪」「冷え切ったスープ」置かれているキーワードのイメージは伝わってきました。それらは私が実感として持っている事物からではなくて、私が観た映画や読んだ本、あるいは聴いた歌等の過去の蓄積から出来上がった、私の中で相対化された言語の組み合わせがイメージを呼び起こすからでしょう。一般的にはこれを既読感というのかもしれません。本作では、その既読感を「傷物」という言葉にメタファーとして持たせた作品なのかもしれないと、思いました。 (傷物)

2018-03-03

いかいかさん投稿有難うございます。 以前、どなたかが、良い詩とは神が口でもごもごいっているような感じであって、いかいかさんの作品の良さとはまさにそれだという趣旨をおっしゃられておりました。それは凄く的を射てる話だなあと思った記憶が蘇りました。本作を読んで。それは文体が、読点が、用いる名詞が独特なものであることからくる効果なのかなと、私は当初思っていました。失礼ながら自分で真似をして書いてみた作品もあります。そのいかいかさんのスタイルを真似て書かれた作品(念の為申しますとその真似る気持ちにはいかいかさんの作品へのリスペクトがあります)は私が知る限りでも3~4回目にしたことがあります。それぐらい魅力的なものだと思うのです。真似して気がつくことがありました。いくら文体を真似してもいかいかさんの作品の魅力があるようには読めないのです。技量なのでしょうか。そうではない気がしました。今でもテクニカルなことではないと思っております。いかいかさんも御存知かもしれませんが私は無知で知識が乏しいのでその根拠などを示すことが出来ず、突飛な物言いしか出来ないのですが、一点だけ言いますと、テクニカルなことでないいかいかさんの作品が持つ魅力とは生死を実感として書かれていることだと思うのです。その人生やら人の愛やらという言葉をいかいかさんは嫌悪されるかもしれません。私などが軽く発する「人生」やら「愛」という言葉をいかいかさんは作品で否定・批判されているのだと思うのです。大袈裟な言葉になりますが、いかいかさんの作品にある否定・批判は読んでいる私を覚醒させる作用があるのです。それがいかいかさんの作品の魅力だと思います。すみません、気持ち悪い自分語りのようなコメントで。今後も学ばせていただけると嬉しいです。 (あまりにも、長く)

2018-03-04

祝儀敷さん、お知らせありがとうございます。今、エンジニアへ修正依頼しました。 (<雑談、議論、要望等スペース> PART2)

2018-03-04

🔵作品を月間別にしました🔵 先にお知らせしておりました、作品閲覧順について。取り急ぎ、月間別整理をしました。当月がデフォルト表示、前月までコメント可能です。順は最新コメント日時順で今までと変わらず。閲覧者の任意設定でコメント少ない順などにする機能は間に合っておりません。 🔵前々月から以前はコメント不可🔵 表題の通り、当月前月までコメント書き込み可能です。過去作にもコメントされたい方がもしかしたらいらっしゃるかもしれませんが、一つの区切りを付けた方が、毎月の詩作投稿の励みになるのではと考え、この仕組みとしました。 (<雑談、議論、要望等スペース> PART2)

2018-03-06

杜町さん ご指摘ありがとうございます。ご要望の件が利便性を高める意味合い、とても理解致します。現在、確定しております工事が完了しましたら、この件を運営側で協議します。 (<雑談、議論、要望等スペース> PART2)

2018-03-07

昨夜のニコ生会議放送を以下のURLでyoutubeにアップしております。最初の16分間ほど音質が悪いですが、その後落ち着きます。また長時間です。是非、通勤途中などに分割しておききいただけますと嬉しいです。2018年3月11日BREVIEW会議:課題と運営側の考えhttps://youtu.be/7a9AHeqCT3w (<雑談、議論、要望等スペース> PART2)

2018-03-12

カオティクルさん提言ありがとうございます! がっちり受けとらさせていただき、今後検討させていただきます! (<雑談、議論、要望等スペース> PART2)

2018-03-13

奇偶さん 御提案有難う御座います。当掲示板では詩論の投稿は問題無しで御座います。以前にも詩論の投稿はありました。http://breview.main.jp/keijiban/index.php?id=488 詩論の投稿コーナーを設けるのも一つのアイデアかもしれません。今後とも宜しくお願い申し上げます。 (<雑談、議論、要望等スペース> PART2)

2018-03-13

藤峰夫さん 掲示板運営者の三浦です。ここで藤さんのご指摘に答えることは適当ではないと考えます。しかしながら今後のサイト運営の参考にさせていただきます。また、削除の要望につきましてもお応え出来ません。ここで去られてしまうことは残念に思っております。当サイトに参加いただきましたことありがとうございました。 (天に召された)

2018-03-04

祝儀敷さんが日頃から提示するコンセプトを認識している上で本作を読むと、軽い作品として読めます。語弊があるので違う言い方をすれば読みやすい作品、現代詩を読まない人も読める。残酷な事実をそのまま書いただけなんですが、何か?みたいな感じ。わかりやすいメッセージでいいと思います。これを評価する詩壇の方がいらっしゃるとすれば、その方は反骨心のある方だなあと私的には好ましく思います。 また、映画「禁じられた遊び」が持っていた戦争批判と類似なものを感じました。これについては祝儀敷さんが日頃から表明されている政治性・メッセージ性を帯びる作品への嫌悪感を挑発しているような言い回しになってしまいますが、少なくとも本作には何かに対する批判的な要素が宿っていると思うのです。しかもポップにわかりやすく。じゃあその何かとは何か? コメント欄で祝儀敷さんが言及されている3.11について。これはとても興味深い話だと思います。手塚治虫さんが自身の作品についてヒューマニズムという言葉を連発されたら怒り出したというエピソードが示すエッセンスに似たものを感じます。それは、私が思うに、残酷な戦争、残虐な経験を実際に体験している人たち、、もっと平たく言うと戦場で不本意に人殺しをした人へ安っぽい博愛主義の話をしたら閉口してしまうような嫌悪感だと思うのです。しかもそれが人殺しを指示していた同じ人間という生き物が博愛を説いていれば、それは怒りすら過ぎてしまうのではないかと。そのような欺瞞に対しての批判が本作にはあると思うのです。 (猫)

2018-03-05

アラメルモさん コメントありがとうございます。アラメルモさんがおっしゃる客観視についてはとても貴重なことだと思います。ネット掲示板における投稿作品とは、ある意味で客観視スキルを上げることこそが最重要なことだと思います。偉そうなことは言えませんが。その客観視スキルを上げるトレーニングの一つとして他人の投稿作品をたくさん読むことだと学ばせていただきました。ビギナー投稿者の皆さんにも是非、苦手で難しいことかもしれませんが、他人の投稿作品を読みまくってコメントを書いていくことにトライしてほしいなあと、ふっと時々思ったりします。あ、すみません、偉そうな話になってしまいました。これからも書き続けます! (相対化する宗教の欠片~まがいもの~)

2018-03-04

高町トビラさん コメント有難うございます!そうなんです。この最後の結語は違和感があるはずなんです。御指摘の通りで上等だと錯覚しているから溺れているので見破れていないはずなんです。偽りの信仰心とは「見破れている(自分を客観視している)」と自分に言い聞かせているけれども実際には見破れていないことなんじゃないかなあって考えた次第でして。 (相対化する宗教の欠片~まがいもの~)

2018-03-04

まりもさん さすが、鋭いですね。この作品の語り手は一体、どういう気持ち、考え、何がしたいのか、何か怒りがあるのか、何かへ皮肉を言いたいのか、悲しいのか、正義とはなんぞやとか問いたいのか、それがよくわからないですよね。ただですね、、うーん、、三浦くんが持っているダークサイドの一部を確実に書いたなと、そんな風に思っています。それは、なんといいますか、、人殺ししたけど時効で逃げ切れた人が持つであろう、その何かです。まりもさんには絶対にわかることが永遠にないことです(笑) ああ、この返レスはちょっとギリギリやばかったです。自分をさらけ出してしまいそうでした。まあ、どうせ三浦くんの作品なんてみんなスルーしてるだろうから安心してますが。ついでにここで言っておくと、カリフという言葉を使った以前の私の作品について、、あ、すみません、やめときます。マジやばかったわ。←まったく意味不明ですみません!ようするに自分を私は簡単に出さないということです(笑) まりもさんコメントをいつもありがとうございます! (相対化する宗教の欠片~まがいもの~)

2018-03-10

祝儀敷さん コメントありがとうございます。酷い目にあう女子についての祝さんのコメントにびっくりしました。祝儀敷さんのあらゆりところでのコメントや、作品や、ツイートをストーカのごとくチェックしているんですが、あまし恋愛とか異性とかについての発言って少ないと思うんですよ。好みの女子とか。そんな意味ではこの作品が祝儀敷さんから女子についての発言をきくきっかけになってとてもよかったです。 (相対化する宗教の欠片~まがいもの~)

2018-03-10

ボルカさん コメントありがとうございます。なるほど。そうですね、私が宗教的なぐらいに大好きなのは、村上春樹さん、大滝詠一さん、ストリートスライダーズ、フリッパーズギター、岡崎京子さん、そしてみうらくん。。 残念なことに詩人の名前が一つもあがらず、しかも本は村上春樹さんしか読んだことありませーん、と公言しているという。。開き直ってしまっている三浦くんをボルカさん、これからも暖かく見守っていただけたら嬉しいです! (相対化する宗教の欠片~まがいもの~)

2018-03-10

こうだたけみさん コメント有難う御座います。左右非対称を読みました。こうだたけみさんってこんな作品も書かれているのかあって思いました。集団に対する抵抗感ってありますね。こうだたけみさんの作品では全体主義的なるものへの個人主義としてのNONが感じられました。そうです。私は村上主義者で、で、もしも村上春樹さんが作品を発表しなくなったら、自分で村上春樹さんだったら書くであろう小説を自分で書いて自分だけで読んで楽しむというのが私のじつはじつは最終目標なのです。ですので、村上春樹的だ、村上春樹さん好きでしょ?なんて言われると最高に嬉しいんですねみうらくんは。 (相対化する宗教の欠片~まがいもの~)

2018-03-21

fiorinaさん コメント有難う御座います。正義についての御指摘、なるほど。よくわかります。少し話しは逸れますが、忘れ去られてしまうこと、読まれてすぐに消えてしまうもの、詩作品ってそいうものでいいんだという意味の話が最近目に留まって思索することがあるんです。人の記憶に残らない詩が詩なんだということをなんとなく理解は出来るのですが、実感として持てないんですよね。その実感を得る為には、忘れ去られていいんだよという意思とは別に、「自分にとってこの作品だけは大事なもんなんだ」というような、気持ちが込められた作品を書くことが実感に繋がるのかなあ、なんて思ったり。 (相対化する宗教の欠片~まがいもの~)

2018-03-21

李沙英さん投稿ありがとうございます。 女子の初体験と男子の初体験は「神々しさの喪失」の一点で違いがあると思ってまして。もちろん神々しさを失うのは男子、、、いや女子だと思うんです。で、本作での少女にはもちろん神々しさの喪失など頭の中には無いと思うんですよ。いや、、、もしやなんですが、神々しさの喪失を覚悟しての行動なんですかね?なんか、そういう風にも読めますね。というのも謎の「赤い札」。これは聖骸布に付着していたジーザスの血痕の隠喩ですよね。おそらく間違いない。ですから、この男は何も語らいジーザスの譬喩であり、少女は逆指のマリアだ。と思いました。 少しテクニカルな面で率直に感じたことを言いますと、本作は構造が弱いのではないかと思います。強度が無いとも言えます。状況が浮かぶ文体ではある、しかし本作が本質として持っている深みが、なぞなぞとしてしか伝わってこない。それは奥行きを言葉で表現しようとされているからではないでしょうか。全体の展開構造にも浅深が必要なんじゃないかなあと思うのです。すみません、上から目線で書き抜きました。 (潤夫密通)

2018-03-04

高町トビラさん投稿ありがとうございます。 一読して、とても若々しくて、とてもみずみずしい気持ちに持っていかれちゃいました。 私にとっての「新しいスニーカ」は履いていたスニーカの代替品で、私にとっての「お気に入りのトートバッグ」は使い慣れたものだからで、私にとっての「まっさらなノート十冊」はうんざりする仕事の文字で埋め尽くすためのこれから使うであろうメモ書きの為のものであったりするのですが、そんな私のろくでもない日常から、気持ちをひっぺ剥がしてくれるような読み心地がありました。 でも、それがどうした このフレーズが展開するキーとなってるかなあって思いました。 (春のパルス)

2018-03-04

毎度投稿ありがとうございます。完備さんの過去作品を振り返りますとquasi-が一番好きです。阪急電車のやつ。それと比較しますと本作は失礼ながらあまりキュンとする切なさがなかったです。完備さんという作者の作風が私の中で既にあるからなのかもしれませんが。逆に完備さんという作者の文脈を前提とすれば極私的な背景がある作品として切なさが伝わってくるところもあるのですが。と、コメント書きながら思い直してもう一度読んでみたら、ひらがなで書かれたじゅうねんが、なんか、切なく読めてしまいました。 (difference)

2018-03-05

運営者の三浦です。 投稿ありがとうございます。名前の設定をしますのでお手数ですがこちらのコメント欄にて、設定されたい名前を教えていただけますと助かります。 (日々)

2018-03-05

瞳子さん 設定名お知らせありがとうございました。 日々とタイトルして昨日と今日を書く。日記でいい、日記がいいし日記以外に他にありませんもんね詩なんて。詩なんて猫かぶりでいいんだって、きいたことあります。人がみる前提の日記なんて猫かぶりだし、本作みたいに無情ですよね。書き出したら日記なんて。詩なんて。 (日々)

2018-03-08

あやめさん投稿ありがとうございます。 しなやかさと切なさが溢れておりこれぞポエジーと感動する一作品だと思います。 ご本人は不本意に思われる評かもしれませんが、本作は今の現代詩で最高に好評を得るお手本として最もふさわしい作品だと思います。今、人気を得たい作品を自分も書いてみたいと思われる参加者には是非読んで欲しいと思います。私自身は現代詩界隈でこれは最高だと評される作品を一度は書いてみたいと思っております。なぜならば、私は独りよがりな作品なんて書いてもよいが人前に出すことは最悪であるという、羞恥心があるからです。つまり、私は、本作が羨ましいです。太宰治が芥川に嫉妬したぐらいに羨ましいです。 今後ともよろしくお願いします。 (こうふく)

2018-03-05

survofさん コメント嬉しいです。コメントのすべてが。私の詩って客観視が強すぎて何かが薄まってしまうんだと最近感じていて。なんかこう、主観で書けないものかと思索してしまいます。 もっとさらけ出して書けばと言われて思い出しましたよ。そういえば文学極道に初めて投稿した時、選者さんからの雑感で、もっと自分を出した詩を書いて欲しいと。 これは命題中の命題です。これがやれた時にみえてくるもの、みてみたいって思う。 survofさん、これからも詩的交流やろうね。ありがとう。 (SΦNSかみさま断絶をください)

2018-03-07

カオティクルさん! 詩をありがとう😊天国に行って😇になってもカオティクルさんのことが大好きです。きっと。 じつは、さきほどfc2のカオティクルさんのブログを覗いていた次第でして。「僕はとてもとてもカオティクルさんに興味がありまして、差し支えなければ gogo.brev@gmail.comにご連絡をいただけないでしょうか?」とコメントを書こうかと迷ってやめたんです。もしカオティクルさんが、ヨミテニタクス3の返レスでお示しになられた可愛い画像の😇だったら以下略 カオティクルさんが当掲示板を楽しんでいらっしゃってとても嬉しいです。私もカオティクルさんになりたい。。 (SΦNSかみさま断絶をください)

2018-03-10

花緒さん コメント有難う御座います。じつはこの作品はSNSを楽しまれている特定の人へ書いた作品でした。ネット詩に投稿を始めた頃、特定の1人へ宛てた作品を書くことを創作することの理念として持っていたのですが、初心に帰って創作してみた次第で御座います。 (SΦNSかみさま断絶をください)

2018-03-23

ヘッセは「知と愛」が大好きで、自虐的な話でもあって、それって言いかた代えると「自分勝手なロマンチスト」だと思う。なるほどと思いました。しかしなあ、これはなんというか、三浦くんは自己愛パワーをロマンチストとはぐらかしながら生息してるんで、本作は自分が重なる箇所がいくつかあって。survofさんのこれは実はじゃないと思うんだけど、三浦くんはこれに近い感じがあってちょい恥ずかしいわ。というか、これで書かれてる心象がsurvofさんの実像に近いのであれば、やっぱりって言いたい (^ ^) 果物の臭いの使い方は上手いと思った。 (自分勝手なロマンチスト)

2018-03-08

みなさん、こちらのやり取りは全て好意的に私も受けてます。自分の中でシナプスが繋がる触発の場になっているかと。ありがとうございます。 ちなみに私も、survofさんのこちらの作品の方が好きなんですよね。テクニカル的にも果物の描き方とか上手いですよね。 (自分勝手なロマンチスト)

2018-03-27

カオティクルさん、毎度投稿ありがとうございます。本作、深くはまだ読めていないのですが、過去作も含め、いつも初読時に笑ってしまいます。もちろんバカにしている笑いではなくて、楽しくなる気持ちの笑いです。名前としての象徴性が無いカオティクルさんの投稿者名なのに、なぜだかカオティクルさんの姿を想像してしまいます。それだけ作品がオリジナルなものを発しているのだと思います。 (ヨミテニ・タクス3)

2018-03-07

ユーカラさん投稿ありがとう。 ぶっ飛んでますね。力業だ。 (『アラーム』)

2018-03-08

熱帯うりんさん 投稿ありがとうございます。はじめましてですが、返詩を書きました。 本作「航海日誌」を読んで、たどり着いた浜辺を想像しました。 熱帯うりんさん、これからもよろしくお願い申し上げます。 砂果てにて 愛 無明が 愚かに 落ちる 果て それ だけが ただ 美しい 文字 宿る 音の 形 (航海日誌)

2018-03-08

これは面白過ぎるわ🤣花緒さんはくだらない日本のテレビドラマなんて観てないだろうから紹介すると、「女王の教室」というドラマがあった。これはまさに本作と趣旨が同じで、情緒的なものや心情的なものを一切捨てた教師が小学生をスパルタ的に教育する物語なんだけど。いやあ、はっきり言って情的なものなんてクソなんだよ!ってことをまず認識した上で共同体のルールに全員が従う。それが出来ない奴は甘えなんだよね。君はルールに従わないことで情けをかけてもらいたいのか?甘えなさんな!みたいな教師であるべきだ。 それが社会というものです。はい。 傑作だが、キュレーターは選評外なんで、文学極道に投稿することをお勧めしたいところである まる (ROBOT TEACHER, WHAT CAN I WRITE?)

2018-03-09

自分史の総括をやることに意味があるのかといえば僕は意味があると思っており、それは人前に公にして明かすから意味を持つ。 アラメルモさん毎度投稿ありがとうございます。 「文学に希望しか持っていません。残念な気持ちを抱えながらも」と私に教えてくれた詩人がいらっしゃったのですが、まさに本作は残念な気持ちのままに他人に自分史を開示する文学。 別件ですが、本作で誤字が一部に見受けられ、運営者としまして、皆さんの投稿作品に誤字脱字をみつけるたびに改善策を考慮しております。修正回数の制限を設けた上で投稿者本人に投稿後の修正権を認めるようなことを検討しております。 今後ともアラメルモさんの投稿作品、楽しみにしております。 (他人の中にある自分---)

2018-03-09

アラメルモさん 刺激しなから←これですね。誤字を見つけてしまいますと、読む方からすれば、一瞬にせよ意識が外れますもんね。今後の書き込み機能にもご期待下さいませ。 (他人の中にある自分---)

2018-03-09

るるりらさん 修正依頼を受けてはおりませんが三浦の方で気が付きましたので、修正しておきました。原則、投稿後の修正には応じないとしておりますが、既に修正に応じたことが過去に何度かありますので反映させた次第です。今後の機能改善のなかに修正回の制限を設け投稿者の修正権限を認めることを検討しております。以上お知らせさせていただきました。 (飛ぶ)

2018-03-13

灰色さん毎度投稿ありがとうございます。もしかしたら、灰色さんの作品への私のコメントは毎回、作者のスタイルについて踏み込んだ内容になっており、灰色さんがもしや不快になられていたらと少々不安に思いながら、コメントしないで通り過ぎることも多々あったりすることを白状します。で、灰色さん、今回も、十代から私が馴染んできましたロッキングオンのスタイルでアーティストの内なるところへ踏み込ませてもらうコメントを書きたいと思います。 北村灰色さんの作品に出会ってからずっと持ち続けていることが私にはある。それはマンネリについて。作品を読む方にすれば、灰色さんの作風は、変わらない。古き良き所謂、ロックな言語と物語をキープしている。一度たりとも変えていない。少なくとも投稿作品は。それはなぜなのだろうかと。そのことがいつも読む時にある。本作で僕は結論に達した。北村灰色さんは変えるどころか、変えないようにしているのだ。 僕らは忘れてしまう 記憶も夢も何もかも 僕らは失ってしまう 色と言葉と心を 失って忘れてしまうのであるならば、変わらないと決めている灰色さんが伺える。 灰色さんは変わらないことを終わらせないようにしている。ブルースのコードが時代が変われども永遠に受け継がれていくみたいに。 以前の作品で私は、「灰色さんとは終われない世界観だ」とコメントした。それについて灰色さんはこう答えた。 『(終われない世界観)、ご指摘の通り、その感覚が自分の創作、特にネット詩に於いて表出していると思います。』 つまり、北村灰色さんこそがネット詩に一番マッチしている作者なのだと僕は結論した。 遠くのサイレンがすこしばかり近くなったような気がした。 ネット詩へ埋もれるほどに、実感から遠のく。それは、詩情を感じることが「気がした」という気のせいぐらいに薄い感覚である。 次回作も僕はきっと読むだろう。終われない世界観はやみつきなんだ。ネット詩みたいに。 (反転する蒼い朝には死体しかいない)

2018-03-13

白犬さん毎度投稿有難う御座います。白犬さんの作品は言葉の手触り感と妄想を読者が楽しめたらいいかなって感じのものだと思うのですが、本作は、なんだろうか、読者からすると割と感情移入しやすい妄想かと思いました。いっちゃってる妄想って、まったく意味不明で、なんなんだよこれ?って不快な方が先にくるものだと思うんですが、白犬さんのスタイルは言葉の手触り感を意識されているので、不快さが消されている。他人への拒否感が無い。そういう意味では今作は不発で終わっているかな、と思いました。作品が読者を拒否してこそ立ち上がる妄想が。 (sign)

2018-03-19

まりもさんの作品をいくつか朗読した経験がある身から本作を読んだ時に、読みのリズムを最低限度とし、物語性を優先された作品に仕上がっていますね。作品へ挿入される非現実的なる状態、 「ブラウン管から黒い水があふれて」 上手い展開をされるなと思いました。ただ、意地悪な言い方をすれば、こなれた感じがまりもさん作品には定着してしまっているかなあと。その意味では先日投稿されていた童話の話、あっちの方がわくわくして読み進めましたよ。で、もう一つ言いますと、私にはあの童話の方がまりもさんの本質が出ていたと思います。へんてこコメントすみません。 (写生)

2018-03-13

吉岡さん投稿ありがとうございます。こちらの掲示板に読者として参加する多くのユーザーは、自身で詩作する方が多いということもありあらゆる物語や特に詩作品による「僕と君」のことが主題としてある詩作品を読まれていらっしゃると思うのです。その中で、惹かれる作品として掲示板にあること、ある種のオリジナルな訴求力を発している作品を書くことは、僕は難易度が高いと認識しております。その観点から本作を読んだ時、「作者が書きたいことは書かれているけれども、読者に読ませることへの拘りが薄い」と僕の主観ですが思いました。もちろん、書きたいことだけを書かれた作品であっても、いいのです。むしろ投稿作品は自由であるべきです。また、読まれない作品があっていいと思います。私はどちらかていうと、コメントが付かない作品、誰もが読まない作品の方が好みです。誰もが良さを見出せない作品から自分だけが良さを知っている作品に出会えたら、私はとても嬉しいからです。初めてこちらに投稿された方だと知りながらも、思い切って作品を読んで感じたことをコメントさせていただきました。次回作品も楽しみにお待ちしてます。必ず読みます。 ちょっと不快なコメントとして思われるようでしたらすみません。先にお詫び致します。ごめんなさい。 (雨の先にいる君に向かって)

2018-03-14

こうだたけみさん コメント欄にて載せられました修正版を本作へ反映させました。原則、投稿後の修正には応じない、また、こうだたけみさんからの修正依頼があったわけではありませんが、この後の読者が困惑せぬようにということと、既に修正に応じたことが過去に何度かありますので反映させた次第です。今後の機能改善のなかに修正回の制限を設け投稿者の修正権限を認めることを検討しております。以上お知らせさせていただきました。 (踏み止まるメザシ(千葉県産))

2018-03-13

いつか「こうだたけみ論」というものを書いてみたいと思うぐらいに、気になってしょうがない書き手の一人なんですが、その作風を一言で表すと、「残念な気持ちを紛らわしたい笑う悲しみ」だと。本作はそれが一番出ている作品だと思いました。26になるうちの娘がこうだたけみさんみたいな感性と表現を持つ女の子になんでならなかったのかと残念な気持ちになりますよ。 (踏み止まるメザシ(千葉県産))

2018-03-15

沙一さん投稿ありがとうございます。 タイトルの雨の停車場が描写する先を見据えており、更に「ざあざあ」の始まりと、最終行での置かれた言葉によってフェイドアウトする情景描写。その間の展開のキーと思われる彼女の容姿なんですが、人のようで人でもないようで、気になりました。勝手ながら、私は一度読み出しますと、腑に落ちるまで繰り返して読んでしまうのです。で、私が最終的に結論したんですが、ここには彼女は居ないのかと。 不在の彼女を書くことによって浮かぶ情景。 幻を表現する、幻を幻と書かれてあってそれを読む読者視点からすれば、サファイアの〜幻視 の連が効果的にも思えますし、「本作には幻が書かれている」と明示された感もあり、ちょっと気になりました。 (雨の停車場)

2018-03-13

本作から受けたものを、女と青を用いて影響詩のような趣旨で私も書いてみました。 モニュメントがうつむく (殺戮の時代)

2018-03-14

すみません、失敗して送信してしまいました。 (殺戮の時代)

2018-03-14

モニュメントがうつむく 殺戮の道に涙すみ やがて平行線 白線なれば平和と ひいて 水を汲む 涙すぎれば青あたらしく 銅によるも 情は黄金とあらわれ 殺されない 殺されないと 道あるうちはと 女性の気持ちよ バルラハの風の中の旅人 (殺戮の時代)

2018-03-14

竜野さんひさびさの投稿ありがとうございます。今回、掲示板の仕様変更にあたって、竜野のさんがご指摘されます「文のガタつき」について、運営スタッフ全員がかなりこだわって議論しました。レスポンシブ自体をやめて、固定にしようかとの意見も出ましたが、最終的には、この仕様でいくことにしました。モバイルによって様々に一行当たりの文字数が変化するレスポンシブ仕様なわけですが、参考までに申しますと、iPhone7の標準サイズで一行当たり20文字を目安にすると、改行する時の参考になるかもしれません。文学極道も同じくレスポンシブですが、あちらですと同じ環境で一行当たり30文字と、ビーレビより長く一行を書くことが可能です。あちらの方がスペースが広々としていて書きやすいという意見もききますし、また他にもフォントを投稿者が選べるようにするなど、いろんな意味で私自身も満足はしておらず、今後も変化が続く掲示板になればと考えております。長々と失礼しました。 (Chimeraが残す羽音を聞いて)

2018-03-16

北さん投稿有難う御座います。 北さんの作品って詩情に拘っている作品と面白さに拘っている作品と大まかにわけることが出来ると勝手に思っているのですが、今回は面白さで出して来られているなあと思いました。で、今作。面白いっちゃ面白いんです。『なんか冗長ですか?』このフレーズが効いてると思うんです。が、しかし、ネット詩ベテラン勢の北さんの作品として読んだ場合に、なんといいますか、これはネット詩ビギナーが書いてるような作品やんか、って思いました。いや、もしかしたら、フレッシュさがある作品を書こうとされたのかもしれませんが、、フレッシュさ。そうか、新鮮さなのかと思い直して読み返しましたら、スシネタから始まってる。 (過密)

2018-03-19

右肩さん投稿有難う御座います。 正直言いまして、やっぱ一定のクオリティを持ってる作品を投稿されてるなあって思いました。右肩さんの過去作や詩集を読んで、右肩さんのテクニカルなところを研究してみたりすることがあるんですが、めっちゃ「読まれる、読ませる作品であること」を常に念頭において書かれているのかなあって思うのです。そう思うと、逆に、右肩さんの失敗作ってどんなんだろうかと想像します。「こんな作品は絶対に人にみせられん」というような作品。そのような作品のほうがもしかして右肩さんの本質的なるものに触れられるような気がするのです。作者としてではない右肩さんの創作する根源的なものが。いや、読者としての興味本位な気持ちですが。 おっぱいを銀座の空の下でぶらぶら揺らせるところに持っていかれる洒落たセンスの奥底を読者諸氏は覗いてみたいんじゃなかと思うんですよね。失礼しました。 (みんな)

2018-03-19

毎度投稿有難う御座います。 なるほど。祝儀敷さんの作品ってある意味で系譜学に則った作品としての面白さがあります。音楽なんかは特に系譜、文脈でセレクトして聴くというのは王道であったりします。808STATEの元ネタがYMOであったり、昔々のビートルズがドクターフィールグッドの影響があったように、石野卓球がニュー・オーダーを意識していたように。これを詩作品に持ち込み創作し、更に作品を面白いものとして発表するのって結構難易度高いんじゃないかと思ってるんですよ私。私も以前に平沢進さんのハルディンホテルをモチーフにして詩作品を書いてみたんですが、なんといいますか、やっぱテキストだけだと不足するんですよね。で、本作について。 『おこたに入ろう』『お風呂に入ろう』というフレーズが効いていると思うのです。面白さとしてもありますが、詩作品として「作品の日常化、日記化」にする効果を得ていると思うのです。しかしながら、私が先に述べた「テキストだけでは不足する」という難題はクリア出来てはいないかな、と思うのです。ある意味、これだけでは読者は面白くない。やっぱテキスト作品に音楽を付けてしまうのが手っ取り早いのかもしれません。文字言語で闘ってきた詩が死滅するかもしれませんが、詩が系譜学のなかで活きていくのであれば、文字言語で闘うことを放棄してもいいじゃないかとも思います。詩人を名乗ってラップする人がいるんですから。 (兵器少女とシティロマンス)

2018-03-19

祝儀敷さん 私が最近チェックしているネタを振っていただきありがとうございます。リーディングと朗読と文字言語の詩について。ちょうどよい機会でもありますので会話を展開させてもらえますと嬉しいです。(新フォーラムページが立ち上がり次第、出したいトピックです) 私の思うところを書かせていただきますと、以前に知った荒川洋治氏の「文字言語を選び闘ってきた詩にとって朗読は自殺行為だ」という朗読への批判に私は同意します。この批判が何を指しているのか、これは様々な汲み取り方があると思いますが、自分自身がやっている朗読放送や朗読動画については三浦個人が楽しみの一つとしてやっているに過ぎません。難解な文字言語の詩に自分のセンスで作るミュージックトラックをかぶせたり、あるいは自分でセレクトした写真や映像をミックスすることによって「詩作品を自分でミクスチャーして楽しく読んでいる」という。同類な意味ではDJとしての音楽の楽しみ方に近い。なので、DJがクラブで自分のミックスセンス、アレンジセンスを持って客を楽しませるということ。これに詩作品動画を公の場に出すことも、類似な「発する側と共有して楽しむ側」の場にするキーだと考えるところです。おそらく祝儀敷さんが作成され出そうとされている動画の意図は、私が理想とする楽しみ方に乗っていると思いました。 で、現在のリーディング界隈について。これは、少し言葉が過ぎてしまう物言いになってしまうかもしれませんが、日頃から行われているリーディング・朗読系のイベントは荒川洋治氏が批判するところの大当たりなもの、朗読が詩を死滅させるそのものだと私は思っているのです。無論、詩とリーディングはまったくの別物の表現手段であると、いうことには何ら反論するつもりはありません。しかしながら、これは微妙な違いではありますが「詩を解体する楽しみを観せる」ことと「詩をそのまんまに拡声して観せる」ことは明らかに違いがあります。しかもリーディング界隈で評価をされている作品が小噺的な物語性を重視していたりするのですから、物語の構造は壊せない、つまり作品を解体することが困難な拡声することしか用いえないものだったりします。他方、ラップ手法によるリーディング。詩を解体はなされてはいるけれども、極私的な独断ですが、ラップを用いた時点で音楽ジャンルとしての作品でしかない。では、詩を解体しながらも文字言語作品として元から具わっていた詩情なるものを楽しむこと、荒川洋治氏の批判から外れた場所を作ることは可能なのか。動画作品投稿によってこれを立証したいと考えます。 ネット詩掲示板は二次元であって、三次元ではない。このことが罵倒やらなんやらのトラブルの要因としてマイナスに働いていたと思います。しかし、今度は逆に朗読・リーディングの三次元で詩が死滅しているとすれば、我々が主戦場にしてきたこの二次元の掲示板が詩を蘇生させるかもしれません。 すみません、またまたど素人が偉そうな話をしてしまって。祝儀敷さんのリーディング動画へのコメントは読んでますよ。ネット詩掲示板で展開されるコメントをそのまんまに書き込まれていて素晴らしいと思いました。 ちなみにですが、シリュウ(コーリャ)さんが残された「バスを待つ文体」というテキストとしても素晴らしい作品。これを私が声にエフェクトかけて朗読動画にしたんですが、この動画は自己満足ですが良いなと思っています。テキストにあったポエジーを殺していない。解体しながらも。 この動画を作っていて思ったんですが、詩の動画作品によって、「物語性重視」のネット詩トレンドの傾向があると思うのですが、それが本来のポエジー重視に確変するような気がします。 (兵器少女とシティロマンス)

2018-03-22

再び動画と詩と朗読・リーディングについて。花緒さんの「音楽が付いて、いい作品になったとすれば、それは音楽の功績」という指摘について、話を拡げたいと思いまして。花緒さんの指摘はあるべき指摘で真っ当な意見です。これを解消というか、「テキスト詩の効力が主力としてある音楽、あるいは映像」を作らなければ二次元ネット詩掲示板の存在意義はないと考えます。で、テキスト詩の効力を挙げるとすれば、これもまた花緒さんのコメントにある「余白を感じさせること」だと思うのです。では、余白を埋めない声・音楽・映像をミックスさせるって何ぞや?となるのですが、これについては、受ける側(動画を観る側)が身体的な感受を可能にするもの、ではないかと考えます。視覚として読むテキスト詩はイメージを誘発する。余白を埋めるとは発する側が伝達したいイメージを音楽・映像で固定化することで、身体的な感受を求めることとは、イメージを誘発するものではなく。かなり抽象的な話になって、もどかしいのですが、イメージを求める動画でない、身体的な受け方を可能にする動画作品が可能だと私は思っていまして、これを作ってみたいなと。つまり、二次元で三次元(身体)の体感を受信者へ与えるという。じつは詩情・ポエジーって身体的な感受だと思うんです。「それって音楽ライブで体感することやん?」って突っ込みが入るかもしれませんが、それでは無いんです。動画(二次元)から得られる身体的な感受ってあると思うんですよね。上手くまとまっていないコメントになってしまったと思いながらもこのまま書込みします。失礼しました。 (兵器少女とシティロマンス)

2018-03-23

投稿有難う御座います。 オートマティズム的に書かれた作品でしょうか。私的には悪くない作品だと思いました。自己嫌悪的なものが無為に出ている作品だと思いました。無為な詩は好きです。 (逆打ち)

2018-03-19

蔀 県さん投稿ありがとうございます。木山さんの詩、初めて読みました。また、蔀 県さんが本作品で示された大好きな詩が、木山さんのこちらの詩なのかと思うと、とても違った形で「女性」が読めてきたのです。私は男子ですが、女性が羨ましいなあって思うことがあります。(いやこれをいうと男女差別な感があるかもしれませんが)女性が持つ神々しさに私はいつも惹かれます。で、本作品を読んでの感想ですが、女性は墓に入っても、その神々しさを放っているんじゃないかって思いました。なんでだろう。 (女性)

2018-03-18

毎度投稿ありがとうございます。 一読して、思うところはfiorinaさんが持つ日本とフランスってなんだろうか、fiorinaさんが作品に落とし込まれているフランスにおいての日本語ってなんだろうか、ということが読者としては思わずにはいられません。もしかしたら、それについて、私が見つけられていないだけで、fiorinaさんは既にどこかでコメントされているのかもしれませんが。これは過去作品だと思うので、更に言えば、fiorinaさんが過去に書かれていた作品をこの場で発表されるということは、やはり、fiorinaさんの何らかの意思が込められていると思うのです。いや、そんなことはなく気軽に過去作品を発表されていらっしゃるだけかもしれません。また、読者からすればそのように作品への作者の意図を探るようなコメントは適当ではないようなことも思うのです。しかしながら、作品が、一般的に売れている文芸誌にて発表され、注目されたとして、その作品についてfiorinaさんがインタビューをされたとして、先のような「この作品はフランスにおける日本語について、fiorinaさんの極私的な体験を基にして書かれていらっしゃるのですか?」という質問があったとすれば、それは不自然な流れではないと思うのです。で、あるならば、当掲示板のこちらのコメント欄にて同様な質問が作者へ向けられてもよいのかなあと考え、このコメントを書いている次第です。 私の中には、見殺しにしたのはあなたではなく時間なのだ、という思いがあった。そんな言い訳を理解する人などいない。 この一節にとても惹かれました。他人とわかりあえないというか、他人と行き違いになる体験をした時、「ああ、あの人とは相性が合わなかったな、考え方が違うからなあ」という残念な気持ちに表層的にはなる。でも、ホントは、ただの運命なんですよね。行き違いになる運命。だって意見や考え方が違う人であっても終わらない恋があったりしますもん。なんだか、この一節にある「時間」というのが、その運命を言い表しているって思った次第です。 ( アザミの歌~南仏紀行 ※)

2018-03-18

すみません、もう一つ付記します。最近よく思うことがあるのです。これはベテランのfiorinaさん(変な呼称かもしれません、すみません!)に是非、おききしたいことでもあるのですが、掲示板へ作品だけでなく、その作品の背景や意図をコメント欄に書いて開示するということ(作者の後書きみたいな)を、出すということについては、どう思われますか?この質問の意図としては、やはりわかりにくい、解読が難しい作品が多くあると思うのです。掲示板には。で、もちろん、詩の楽しみ方、詩の読み方として、後書きや解説があるなんてアホか?とんでもないよ三浦さん、という物言いがつくことも想像します。が、そもそも、投稿者の皆さんはご自身の作品を詩と定義されて投稿されていらっしゃる方だけではない傾向があると思うのです。で、あるならば、作者自身の解説などがあっても、それはそれで好意的に私は取れるものかなあと最近、思索しております。もちろん、全ての投稿者に推奨することではありませんが、新しい投稿スタイルとして、あってもいいスタイルなような、気もするんです。 ( アザミの歌~南仏紀行 ※)

2018-03-18

fiorinaさん 早速のお返事ありがとうございます。 返信を読んで改めて本作品を読み直しました。 誤用なのかもしれませんが、実存主義の追求をされているとも捉え直しました。異国フランスの体験を持つ人からすれば実存として伝わってくる物語、しかし、異国フランスを未経験な、私なんかはそうなのですが、そういった読者からすれば、実感として読めない遠い場所での出来事。 海外出張の際に体験した事として私は言葉が通じない他者との共有、共感というのは妥協点を予め持っていなければならないという、ある種の残念な気持ちがあります。いくら語ってもしょうがないじゃん、みたいな。そこで出てくる相手への誠実さという曖昧な想念。これって日本人が持つ特有の思考回路な気がします。なんというか、日本にあった特有の美しさ、景観が無駄に失われていくのは、そういったしょうがないじゃん、という残念な気持ちが奥底にあるような。 そうじゃねえだろって、強がりをいうカナリアがいたら素敵だと思います。 ( アザミの歌~南仏紀行 ※)

2018-03-19

fiorinaさん その質問はじつはけっこう、私の本質へ迫る質問なんです。fiorinaさんの質問をみてウッてなりました。言葉に詰まるというやつです。私はtwitter上でよく三浦さんは嘘つきだ、本当のことを言わない、と指摘されます。その度に私が思う私の本質を知りました。私はおぼっちゃまで苦労知らずで育てられたこともあって、社会で上手くやっていけない始まり、平たく云えば「社会的不適合者」からのスタートでした。その後の約30年を振り返れば、私はバカなのだから自分が思うこと考えることが、他人と違っていても自分を偽り続けて自分を出さないことをまず第一義として仕事も日常生活も送ってきた感があります。話を戻しますと、海外においては特にその自分を出さないことに徹する場面が多くありました。仕事上のコミュニケーションなわけですから、相手との着地点を探ることに徹するというか、ある意味で自分の考えを主張することが不要でもある(客観的な考えに徹せれる)ので楽でもありました。思うに、端的に「しょうがないじゃん」という事柄を云えば他人との言語による共感は有り得ない、という事柄に対する「しょうがないじゃん」です。これを事柄とは云わないのかもしれませんが。そして共感は有り得ないなんてことはないよと言いたいもう一人の自分が「そうじゃねえだろ」と。すみません、回答になっているとよいのですが。こんな感じです。 ( アザミの歌~南仏紀行 ※)

2018-03-19

投稿有難う御座います。かなり細かくディティールが書ききれているなあと、一読して思いました。ガサツな感を読者に与えながら、じつは細かな配慮がされていると思うのです。ガサツさを出しながら配慮を悟られずに書くって高度ですよね。例えば、  道端に、毎日何かが落ちている。たまに写真に撮りたくなるくらい面白いものもあるが、外に出ることも億劫になったので家庭にめり込み死んでみた。死んでいるとどんどんガラクタが貯まる。 この一節。この一節から更に「何かが落ちている」「死んでいるとどんどんガラクタが貯まる」「たまに写真を」のところのうち「何かが」「どんどん」「たまに」ってフレーズに私はガサツさを読んで感じるんです。でも、これらのフレーズって計算されたガサツさに読めてしまう。深読みし過ぎでしょうか。それら読ませることを前提とはしていないただの日記ですよ的にタイトルも『Rの日記より』と付けられてますが、私には読まれることを計算された日記だと思いました。思います。思ってしまった。 (Rの日記より「遺留品の取り扱いと不要品の処理に関する記述」)

2018-03-23

テスト兼ねて上げ (大賞作品投票のお知らせ。)

2018-03-22

週末です!みなさん推挙作品を読んで投票しましょう! (大賞作品投票のお知らせ。)

2018-03-23

投稿ありがとうございます。ある意味で詩的な言葉で綴られており、読みやすくて、感情移入出来るのですが、感情移入してみると自分が空っぽな気持ちになってしまうので、作品から離れたくなる冷徹さがあったりする、そんなこと思いました。 (光を)

2018-03-23

YUUYA NAKAHARAさん 初投稿有難う御座います。お示しいただきました最初に投稿された作品を削除しました。 (くつのうら・舌の味・僕らの行方)

2018-03-23

投稿ありがとうございます。読んで爽やかな気持ちになりましたよ。自由にしてくれる語り手の呼びかけ。読んで良かったです。 (宇宙人の詩)

2018-03-29

投稿ありがとうございます。スマホでスクロールしながら読みましたが、フォルムがスクロール読みにマッチしているなあと思いました。内容をスクロールが後押ししてる感じで読んで心地よかったです。 (雪の着物)

2018-03-29

投稿ありがとうございます。一読して思いました。極私的には前作より本作の方が好きです。なんといいますか、まったく的外れな感じ方かもしれませんが、本作には、海外の物語を和訳した時に発せられる空気があるかと。それは「王様」を使われていられるからかもしれません。王様って日本の歴史上では天皇とか将軍とか殿様であって王様から想起するものはヨーロッパ的なもので。 ただ、「しゅん、となっている」という表現。これは日本的な表現だと思うのです。なので、このフレーズだけが浮いていて、光っていると思いました。 ネガティブな感想を申せば、「深海魚の王様」へ感情移入するまで読み入っていけない感がありました。もしかしたら本作は、投稿され公表されている背景・文脈が必要なのかもしれません。行き場をなくしてしまった社会的な成功者、例えばワンマンな社長さんが本作を書かれている、となればまったく違った受け止められ方をするでしょう。そのような読まれ方が適当な読まれ方ではないと思いますが。逆に言えば、作品を読んだ読者に何らかの共感が生まれ、読者自身のバックボーンにシンクロするものであったとしたら、それはある種の普遍的な作品なのでしょう。そんなことを偉そうにも、考えコメントしてしまいました。 (深海魚の王様)

2018-03-27

ユウさん3月の投稿ありがとう。ユウさんを詩人と呼称していいのなら、ユウさんは人物と作品が一体とする詩人だと思います。本作から鬼気迫るものを感じる。日常で感受することを言語化している人なんだと思う。断絶を作品に出来る人、いやそうではなくて断絶を詩にしなければならない人ではないでしょうか。 詩に関わってきた2年半、誤解は誤解のままに、弁明を拒否してきたと自分なりに思っているのですが、後悔はなく。なぜなら断絶を少なからず体感出来たから。言語化出来ない気持ち。 またいつものごとく自分語りをしてしまうコメントで失礼しました。というか自分を語る以外に何を語れというのかと、思うよね。ユウさんわかるでしょう笑。 (離散したせかいに千切れるよ笑って)

2018-03-27

投稿ありがとうございます。言葉の置きのリズムが心地よかったです。内容から、現実世界を感受し言語化するうちに言語化されないことへの妥協というか、諦めというか開き直るしかないこと、そんなことを考えました。 (みえないものとみないもの)

2018-03-29

投稿有難う御座います。風呂と云うタイトルから読み始めて最後まで声に出して読んでみたんですが、とても爽やかな気持ちで読めました。読んで良かったです。 (風呂)

2018-04-01

子を身籠る、生を授かる、その体験を言語化することって神秘的なことでありながらも、肉体的で現実的なこと。これを火花とされるところが、やっぱまりもさんって上手いと思いましたよ。なんというか、詩書きの学びとしてでなくて、感性のところで面白い発見をする感じですよ。まりもさんの作品を読むのって。なんだろうか、最近「マンチェスターバイザシー」という、大きな悲しみと笑いが同居したような妙な感じの映画を観たんですけど、それに似たものをまりもさんの感性に感じるんですよね。とてもシリアスなことを真剣な眼差しで考えながら、でも笑ってるしみんなも笑えよ、みたいな。なんかコメント書きながら、これ、伝わんねーよって思いながらも消さずに書込みますが、つまり、火花って少し危険なイメージがあると思うんですよね、一般的に。その危険なものを身籠った身体の状況のなかに持ってくるって、かなりアンバランスな話な気がするんです。それを平気でやってのける、まりもさんってやっぱ、タフですよ。それを私的な言い方をすると「私も笑ってんだからみんなも笑えよ、神秘とか言わなくていいから」みたいな感想になる。このコメントで私が言いたいことの気持ち伝わりました?(笑) (火花)

2018-04-01

投稿ありがとうございます。読んで共感するところがありました。生きるうちに、いつかはヒットする幸運な時が来る、それを待っていようとする気持ち。そんな気持ちの時があったなって。思い出しました。読んで良かったです。 (標的)

2018-03-29

毎度投稿ありがとうございます。すみません、本作を一読して思わず笑ってしまったのです。その反応が本作のコンセプトに合致していればよいのですが。久村さんが微笑ましく感じました。読んで良かったです。 (私)

2018-03-29

投稿有難う御座います。同一作品が2回投稿されておりましたので一つを削除しておきました。また、念の為にお知らせしますと月に2作品までの投稿が可能です。 (春蒙に寄せて)

2018-03-29

投稿ありがとうございます。喪失感がシンプルに感じ取れました。「あなた」とは誰なんだろうかと読みながら気になります。語り手が一緒に暮らされていた人なのか。母か父か兄弟か彼か彼女か恋人か、あるいは妻か夫か、子供か。その不明なままに置かれ、読者に委ねていらっしゃるのかもしれません。本作が手紙として読者である私宛だったとすれば、訣別の気持ちと、感謝の気持ちが伝わってくるかな、など想像して読んでみました。 (探しもの)

2018-03-29

久しぶりの投稿有難う御座います。ネット詩には、詩書きを楽しまれる女子が多くあって、なかでもタムラアスカさんは楽しまれている作風として魅力ある作品を展開されていらっしゃる1人だと思います。そこで本作。その詩を書く行為を楽しまれる魅力が出まくっていることを強く感じました。きっとそれは、作者が御自身にとっての新しい試みをされてることが要因としてあるかと。ラップ調を意識されたと思われる英単語の用い方、あるいは、ルーティンな日常を変えることが出来るのは音楽である、という思想性を思い切り全面に出すことへの拘り。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「日々を持て余す心変わりというルーティンに、白いスニーカーが汚れるのをドキュメンタリーへフィルムアップして、生活ゴミを味のある風景へと移動させる 馴れ合いから得た知識はシーズンごとに取り替えて出会い直し、清々しさを更新する イヤホンの音楽でいつも見ている景色が変わる 晴れか雨か雪かでいつも見ている景色が変わる 心は最強のろくでなしだから毎日が最高値なのだ 心変わりと妥協がシンクロして弾け飛んだガラクタを拾い集めると裏切りが出来上がる わたしは絶対、きみより先に探し出すのだ 最強のろくでなしは心変わりを繰り返す日々まさに今だという確たる証明を」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 前半部の動きと韻を意識された文体から、引用部中盤への展開。音楽こそが日常を変えるという、これこそが作者の思想表明であり、詩を書く楽しさの表明であり、読者からすれば共感するところです。 本作品以外を知る私からすると、今作の前段階として、タムラアスカさんの迷いと思索と決意表明が表れていた作品を、違う観点から読者が本作品を読んでいただきたく上で、挙げさせていただきます。それが『幸せの話』という作品。 ・・・・・・・・・・ ぼくはとても幸せに毎日を暮らしている つらいことやムカつくことも人並みにあるが おいしいごはんを食べて好きな人とハグをしたら 一瞬で消え去ってしまう程度のもの 体も心も健康 大きな事故や病気をしたことがない ぼくの毎日には愛がある おいしいごはんと好きな人が いつもぼくの毎日に愛をくれる ぼくはこの幸せを愛している 毎日感じるこの幸せを愛している この幸せを死ぬまで繰り返すことが ぼくの残りの人生でやるべきことだ ぼくは毎日とても幸せに生きている そんなぼくが書く詩はきみの心に響かない (タムラアスカの「妄想多面体」/詩「幸せの話」から引用) https://ameblo.jp/daydreamer1025/entry-12354943578.html ・・・・・・・・・・・・・・・ そこにある日常は絵に描いたような不幸は無い、私の日常には大層な出来事など無い、ただ幸せであり、それで何が悪いのか、詩を書く理由として幸せな日常であってはならないのか、そのテーゼを掲げた作品であり、タムラアスカさんの決意表明であった作品だと思うのです。この『幸せの話』をもっと具体化したもの、詩作品として表したのが、本作であると私は受け取っております。傑作ではないでしょうか。詩書きを止めてしまいそうな気持ちになっているネット詩女子に読んで欲しい作品です。 (sodAXXXX)

2018-03-30

mioo_mpさん 投稿ありがとうございます。運営の三浦と申します。当掲示板はレスポンシブと云われる閲覧環境に合せて表示(改行など)が変わります。ですので、PCプラウザで書き込まれた作品が、そのままスマホでの表示と一致とはならない仕様です。 (円)

2018-03-30

mioo_mpさん もうひとつ、ご案内致します。当サイトは有志で運営しており、常時掲示板をチェックしている体制には残念ながらなっておりませんので、運営からのレスポンスが遅くなることがよくあります。そこで、参加者の方々と連絡・お知らせをスムーズにする目的でtwitterを活用しております。フォローは強制ではありません。参考までにtwitter公式アカウントをご案内致します。@breviewofficial (円)

2018-03-30

投稿有難う御座います。私は嘘つきだと普段から公言している人間なので、本作をとても興味深く読まさせていただきました。一読して、コメントしようかどうか迷ったのですが、先の竜野さんのコメントに救われた気持ちもあってコメントさせていただいております。 (以下引用) ■嘘について  現実逃避は、当面にこそ利益があれども、長期的には不合理である。  虚言は、社会の部分においてこそ利益があれども、全体最適性を抑制する。  愚かな人ほど、自らの日常における処世術に、普遍的な価値を見る。  賢い人ほど、妥協を強いられるにしろ、全体最適と部分最適の矛盾を知っている。  ゆえに、愚かな人は、嘘が蔑まれるべきことを知らない。  一方で、賢い人は、嘘が蔑まれるべきことを知っている。  愚かな人にとって、嘘をついてでも利益を求めることは、自然なことであって恥じるに値しない。  賢い人にとって、嘘をついてでも利益を求めることは、紳士協定に違反する恥辱である。  愚かな人々にとっては、賢い人々が嘘を憎むことがわかりにくい。  賢い人々にとっては、愚かな人が嘘を許されると思っていることがわかりにくい。 (以上『IQが20違うと話が通じない?』鈴木美脳https://ncode.syosetu.com/n4257eh/ の引用) 嘘をつかない、嘘は蔑まれるべきものだと覚悟して生きる時、人が崇高な生き様をすることに繋がると。そのことを再認識させられた本作でした。しかし、私は弱く、なかなかこれを実践することが出来ないのです。 時々、その、崇高な生き様をされていらっしゃる方に出くわしますが、私は黙ってしまうことしか出来ない。残念ながら。いつも。 (認知的不協和)

2018-04-01

投稿有難う御座います。シンプルな、神についての語り。タイトルに対しての結語「ろくな結果にならない」が神に対する皮肉と空虚な気持ちが表れているなあと思いました。なんだろうか、「支配」の概念を表そうとされている気もしました。また、若さゆえの浅さとか、将来への野心とか。偉くなっても究極は神でしょ?なりたくねーわ、的なもの。ある種の反骨性とも取れて、好ましく読めました。 (おぉ、神よ)

2018-04-01

いきなりの展開で意味不明な参加者の方などいらっしゃれば、ごめんなさい。twitterをやられていない方々、すみません、選評投稿の意図や背景など、また、不明なことや、あるいはBREVIEWの今後についてや、様々な議論をtwitter上でやっております。twitterの議論などへ参加することは無くてもまったく大丈夫ですが、もしよろしければ、情報のチェックなどに一度、御覧くださいませ。ビーレビtwitter公式アカウント➾https://twitter.com/breviewofficial (全員参加キュレーション制のお知らせ)

2018-04-01

この選評を一読して、やられた!という感がかなりありました。対象作品を更に拡大鏡で観るような。私も次回の選評作品に活かしたいと思いました。 (選評)

2018-04-01

作品にある本質を上手く汲み取っているタイトルではないかと思いました。「存在のモード」「進化」。そこからの観点で『➑くんESCAPE DAYS』を読んだ時に、言語化されない(上手く飲み込めない)シナプスが繋がりました。また、kaz.さんが追求される前衛的なるもの、その理由が少し見えた気がしました。ある種、小林秀雄的な批評(対象作品を批評するところに評者自身が自己の探求も含有するような)とも読めました。 (選評【人間は存在のモードに合わせて進化しなくてはならない】)

2018-04-01

竜野さんらしい対象作品にある思想的なるものを深化させる批評だと思いました。「真実の体積」から受けるところの論考、「ありがとう」とは物理的な体積を持ち歴史的な堆積でもあるという言及は興味深く読まさせていただきました。 (【選評】少し硬質な感謝を運ぶ詩文「真実の体積」から)

2018-04-01

一読して、やられた!という感がありました。これぞビーレビで今求められている「批評」ではないかと。個人的に今、「アウトサイダー」とは何ぞや、ということを思索しているのですが、それにも通じる観点が本作選評作品にあるように思いました。それはラジカルでなくてもよい、普通に感じたことを表して、何か?的なアンチテーゼ。しかも、こうだたけみさんの対象作品にも一番マッチした観点でもあると思いました。読んで良かったです。余談ですが、この【選評】作品に、投稿者の詩観、詩論が皆さん出ており、とてもいいなあと思っております。 (【選評】 ちょうどいいところ)

2018-04-01

なげーなって思ってスルーしようとしたんですが、花緒さんが久しぶりに手厳しいコメントされているのを発見してしまい、なんだ?なんだ?と興味が湧いて読んでしまいました。『階段を上ると沢山の人達が僕のもうやってきた。』こちらの一節が明らかに書き間違えてるなって気が付きましたが、内容からすれば、この間違いが逆にリアルになっちゃっていて。本作にある「今時の日本的異邦人(カミュ)」的なものって大量にいるんじゃないのかって、この作品を読んで思いましたよ。闇が深いなあ。百均さんが抱えてるものも。 (きこえる)

2018-04-14

投稿有難うございます。箱庭的な癒しの情景が感じられて、初夏ッチックな空気を発しているところが好ましく読めました。何かまだまだ、温存していらっしゃる世界観が作者にはあるような。本作はそんな世界観の前触れ的な断片にも思えました。 (オリエンテーション)

2018-04-08

投稿ありがとうございます。春の季節をここまでラブって書かれた作品を、読んだことがないです。素晴らしい。読んでいて、なんだか気恥ずかしくなるくらい、なんというか、書いたラブレターを朝学校へ行く途中道端で落としてしまって、友達みんなに読まれてしまったような気持ちになるくらい、ピュアな詩ではないでしょうか。読んでよかったです。 (いつまでも春)

2018-04-08

毎度どうも投稿有難う御座います。私も仲程さんと同じく後半の5行がキラッとひかって受けたんですが、何度か読み返してみますと前半の破綻さが効果を発揮しておるかなと、そう読めてしまう、妙に訴求力がある作品だと思います。 (written)

2018-04-08

投稿ありがとうございます。私は現代詩を読むことが苦手で、読解や批評などできるレベルではまったくないのですが、立場上努力して、無理してやっているところがあります。正直に言いますと。すみません、いきなり自分語りしてしまいました。で、私、投稿者の方の文脈を意識的に辿って読んでコメントしていたりします。当サイトの選評を担当されているキュレーターの方のなかには、「作者名を一切みないようにしている」とされるぐらいに作品自体から感じ取ることに拘りを持たれていらっしゃる人もおり、きっと、その読み方が詩の正当な読み方なんだと思うところもあります。文脈を辿る読み方を簡単に申しますと、音楽を選び聴くことに似ています。好きなアーティストが新譜を出せば聴くような。なので、前作との比較やら、今回はどんな背景で作られたのかなあとか、そんなことを考えながら、わくわくしながら、聴くような。映画も同じで、好きな監督の新作を観に行く時もやはり、その作品に込められている監督が持つ何かを発見したい気持ち、わくわくする気持ち。そのような気持ちで、投稿作品を読んで楽しんでます。すみません、また自分語りなコメントになってしまいまして。そこで、さしみさんの投稿作品を読み直しました。私的には、投稿二作目の『きよらかなもの』が一番好きです。さしみさんの感情の強さみたいなものが伝わってきましたんで。今作『夢みる踊り子』はもちろん、『きよらかなもの』とは書かれたコンセプトが違うのでしょう。とても物語性に拘られた作品だと思います。ただ、「悲しい曲」「楽しい曲」「エトワールの踊り」「ロマンチックな気分」「くるくる優雅に」など、読む方からすれば、既視感が先にイメージとしてきてしまう装飾、形容詞として受けてしまいました。もう少し踏み込んでいえば、オリジナルなもの、さしみさんのものが今ひとつ私には読めなかったです。 もちろん、私も他人の作品へ言えたことではないのですが。しかしながら、真夜中に真っ暗な部屋でひとりぼっちで踊ることが僕は大好きなので、本作の奥の奥の底に流れているセンチメンタルな気持ちは共感するところがありました。 (夢みる踊り子)

2018-04-04

花緒さん コメントありがとうございます。これは難解なるものを書いてみたかった、という気持ちが30%ぐらい含まれた作品でございます。 (なにも知らない)

2018-04-05

るるりらさん コメントありがとうございます。また、普段から多くの投稿作品へコメントを寄せていただき、感謝申し上げます。 じつはじつは、この作品は、釈明せよ、みうらくん君は悪人だ、君は世間様に裁かれなさい、というようなことに対峙した頃、黙りますと決意した時に書きました。いろんな迷いと虚しさやらをそのまま書いた感があります。るるりらさん、これからもビーレビ掲示板で一緒に楽しめたら嬉しいです。 (なにも知らない)

2018-04-05

まりもさん なるほど。まりもさんが時々発せられる素朴な想像にドキがムネまきしました。 (なにも知らない)

2018-04-19

ニューカラーと呼ばれる写真家達のうち日常や平凡な街角の風景の切り取り。ショアなど。彼らの写真は何の意味も無さそうなそこいらにある街の一瞬の事象を捉えていて、且つ、色調により「何か」を表現している。本作『安心感』と『城』という作品には、それらの写真と同じものを感じて、それが心地いいんだと思う。もっと言えば、それは前後の時間や文脈を想像させるところ。読者に委ねられた、想像させることが心地よい作品だと思う。他人からすれば自らの日常は想像されなければ、他者に意味は無い。想像されることにより、自身がつまらないとする日常が他人にとってはカラフルとなって意味を持つことが起きてしまう。 (安心感)

2018-04-24

投稿有難う御座います。 ホントに読み方がなってなくて、まったく別件的な印象のコメントで恐縮ですが、ばきまるさんの名前がとても興味深く、私的にはなぜだか、スピッツの『とげまる』というアルバムが頭から離れず、本作を読めば読むほどに、アルバム『とげまる』のなかの『新月』という曲が頭のなかで鳴りやまなくて。 (春の夢)

2018-04-08

原口さん 選評ありがとうございます。一読して、やられたっという感があります。「該当無し」大丈夫です。むしろ、嬉しいです。 既存の詩界隈にある固定されてしまった感がある選評の概念がぶっ壊れてしまって欲しいというのが、三浦個人の裏テーマとしてあります。 感謝致します。これからも三浦を見捨てないでください! (選評)

2018-04-05

投稿有難う御座います。ほんまにこの作品パッと読んで好きになりました。これ、マジで良いです。なんだろうか、いや、これぞ読んでみりゃわかるよとしか言いようがないですよね。音読で。また、当掲示板に新しい風を吹かせてくれそうな予感が大大大大大です。 (春の音)

2018-04-08

投稿ありがとうございます。おっと発見してしまいました。イーロンマスクの火星移住計画。これは、かなり危険です。身の危険。私も既にエージェントからマークされています。まさか、ビーレビの投稿作品に出て来るとは。コーヒーも気をつけないと。普段からブラックで飲まれているなら、すぐに気付かれると思いますが、甘さが増していたりしたら、それは、フリンジ的な事件の始まりだと思います。パラレルです。ピン📌ときたと思いますが、つまり、あなたの部屋に敷かれたカーペットの隅っこにコーヒーをこぼしたようなシミがみえてきます。すると、それがいつの間にやら、あちら側への入り口として現れるわけです。くれぐれもなんとやら。くわばら。くわばらとかいうやつです。 失礼しました。これは、返詩のつもりです。 (流星群)

2018-04-21

投稿有難う御座います。『ぼやき』とタイトルにあるので、マイナス思考な作品かとバイアスがかかりながら読んでしまったのですが、ひたむきさがストレートに伝わってきまして爽やかな気持ちになりました。 (ぼやき)

2018-04-08

取り急ぎのコメントです。形式としてやられたっ!後で観ます! (【選評】峰 ひろ樹「彼の島」【動画】)

2018-04-07

いやはや、これは凄い。世界初の試みは歴史に残りますね。また、対象作品を読むにあたって、これほど判りやすい解説はないですね。びっくりしました。原口さんの衝撃的な選評を超えました。もうこれを超える驚愕的な選評投稿作品は出ないですよ。きっと。 (【選評】峰 ひろ樹「彼の島」【動画】)

2018-04-07

投稿ありがとうございます。読みやすい文章だなあと一読して思いました。自分で稼いだお金で買うものって自分が必要なものが優先される。結果、エゴイスティックな買い物がされがちだと思うんですが、少し後ろめたさがあったりもする。そんなところが情景として表れてる本作かなあと思いました。 (腕枕にさよなら)

2018-04-07

投稿有難う御座います。とてもダークでウィラードな気持ちになる作品で、個人的には好きな感触の作風です。が、しかし、ビーレビ公式選評では、残念ながらダークネス・荒廃的世界観な傾向を持つ作風があまり好評を得ていない感があります。当掲示板へ新しい風を入れて欲しいなあと期待しております。 (夢見る宝石)

2018-04-08

これは自分本位に徹した選評で、他の選評と違ったカラーが出ており、私的には好感を持ちました。で、対象にされている作品がまた良い。じつは私、個人的に斉藤木馬さんの作品がなぜ毎月の公式選評に入らないのだろうか?と疑問を持っておりました。正直言いますが。で、左様な気持ちからすれば、杜町さんのこちらの選評、よくぞやってくれた感があります。様々な作品が選ばれるべき。 (選評)

2018-04-08

投稿ありがとうございます。一読して、フォルムへのこだわりを感じる作品でした。少しずつ逸れていくような配列にセンスの良さがあるなあって。 (跡形も)

2018-04-19

投稿ありがとうございます。アスカさんの作品のうち、日常を吐露する系の作品が個人的には好みです。なぜかといえば、残念な気持ちに止める表しはとても私にはリアルだからです。死にたい、なんて言わない、なぜなら死ぬわけないんだから、というところのこと。尾崎豊を追い詰めたのは尾崎豊が描く苦悩を信じ込んだファンだった、尾崎豊はただのやんちゃで歌が好きな少年だっただけなのに、みたいな感じと同じように、アスカさんが描く日常には、じつはじつはとても批判性があると思っています。ああ、すみません、これについては、また後日、対談放送で語りたます! 本作にも、その批判性があります。『ポケットの中で中指を立てて〜』のくだりです。アスカさんご自身は思想性を否定されるでしょうが、思想無き言語は絶対にありえません。あ、いや、あるかもしれません。というようなことについて、回答は放送の時にでも。楽しみにお待ちしております。最後に、僕は梅田のジュンク堂書店が紀伊国屋書店より好きだとお伝えしてみたり。 (梅田)

2018-04-19

投稿有難う御座います。 eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee (Dreams)

2018-04-12

試しにPCからeを打ってみました。3行打ってみましたが残念な結果です。今後の参考にします。 eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee ↑念の為にPCから40字で改行してみました。 (Dreams)

2018-04-12

投稿ありがとうございます。家族=幸福というものが戦後の昭和にはあったと思うのです。少なくとも私は小学校ぐらいまでは実感としてありました。自分史の中でそれは懐かしい記憶となりそして、喪失感として今はあります。本作をよんで、その懐かさに触れた気分になり、また喪失感としての負の作用で済ませてはならない、現在進行形としての願望を私のなかから呼び起こすものとして読めました。本作で書かれていらっしゃるところの父母は私の亡くなった両親でもあり、愛するものと欲望の間で葛藤する自分の今の日常における心象でもある。 読んで良かったです。 (手枷 ――「幸」字解)

2018-04-19

投稿有難う御座います。 産まれると決めてきたときからほんとは覚悟なんかできてるさ。 この一節がとても気に留まりました。結末の、死についての観点とも絡んでくると思うのですが、転生的なる思想が含まれている作品かなあと思いました。DNAについての考察とも読めるような。読んで興味深かったです。 (厭世観からの分離。)

2018-04-14

るるりらさん、毎度投稿ありがとうございます。深夜に連続して投稿作品を読んできて、午前1時26分に本作を読んでほっこりしております。るるりらさんの作品に流れてる、読むと安心する気持ち、それは素敵な作風であり持続するのがとても難しいものな気がします。るーしーが深夜に居てくれて、僕は安心して眠りにつくことが出来る。 (今日も るーしーを探しに行く)

2018-04-19

夏生さん毎度投稿有難う御座います。突然吹いたり穏やかになったりする春の嵐の不安定な事象となぜだか安心する気持ち良さの二つが同時に在る心象風景。魂とはそういうことなのかもしれないって、感じる作品でした。魂って言葉、いいですよね。なんといいますか、心とか気持ちとかって、あやふやなものだけど、魂っていうと、触れたり目に視えたりするものに思えてきます。 (風)

2018-04-14

投稿有難う御座います。正直に感想を申しますと、驚いてしまいまして。読み始めた当初、春の季節と心象風景が心地良く感じられる作品だなあと読んでおりました。ところが、最後の結末を読んで、びっくりして止まって、読み終わりました。ごめんなさい。コメントを書くことが難しい作品だと思いました。 (無題)

2018-04-14

投稿ありがとうございます。運営の三浦です。間違えて2つ投稿されたみたいですので、もう一つは削除しておきます。 (春風との散歩)

2018-04-14

季節を感じさせますね。 確信犯の赤信号 最近、直喩・隠喩についての話題が私の周囲にありまして、本作を読んでるうちにも、その観点から読んでしまったんですが、引用したフレーズから私が感じたのは、春の終わり、初夏の気配です。それを言葉として自説すれば、季節は曖昧に過ぎ、変化するようでいて、必ず変わってしまうもの。それを『確信犯の赤信号』と表現されているのは妙味です。読んで良かったです。 (春風との散歩)

2018-04-14

投稿ありがとうございます。僕の語りが今まで読んだことがあまりない文体に私には思え新鮮でした。なんだろうか、含みがあるようで無為な感じ。直喩な言い回しなようで、そうでない感じ。そんなミラクルな気分で読んでたら突然現れる会話の展開。 不思議でした。良い意味で特異なものを感じました。 (うそのはなし)

2018-04-19

投稿ありがとうございます。 『白と黒のアーガイル』『マーブル』と云ったフレーズによる表しにフックがあって、それらが情景へ誘いますね。読んだ気持ちはポップだったです。 (たこつぼ)

2018-04-19

投稿有難うございます。初投稿作品というのは、その後に投稿される作品と違い、作者の思い入れのようなことを感じることがよくあるのですが、本作を植草さんが初投稿作品に選ばれたことを考察してしまいました。クオリティ云々より先に、これ面白いよね、思わず笑ってしまう、という一読しての感想なのですが、そのシンプルでいてちょっとだけ笑ってしまう作風、これへの拘りを持たれた方が植草さんなんだろうなって思ったわけです。この拘りはけっこう、頑固な感じもします。それぐらいネタと云いますか、作品の狙いどころと云いますか、とても明らかでストレートだと思うのです。しかも、「詩?いやいや、そういうカテゴリーじゃなくていいから、面白いって伝わってくれたらいいから」的な反骨心も感じれました。ちょっと深読みし過ぎでしょうか。でも、人生やらなんやらで悩ましい時間を過ごすぐらいなら、ただチンチン擦れよって、そーいう反骨なメッセージではなかろうかって思いました。詩なんて大層に考えなくていいんだ、チンチン擦るみたいに、ただ書いて投稿すればいい。その通りかもしれない。いや、違うかもしれない。まあ、チンチン擦ってみるか。 (悪魔と校長先生)

2018-04-16

すみません!取り急ぎの私の判断でurlをコピーして載せました。中身をそっくりコピペするのは、なかたつさんが記事としてご自身のブログに書かれていらっしゃることへ失礼に当たると咄嗟に判断した次第でして。 また、キュレーターをお引き受けいただく際の約束事として、降板する事態になった時にその理由については一切言及しないと規定しておりまして。 (【選評】なかたつ氏ー3月投稿作品)

2018-04-16

投稿ありがとうございます。タイトルがHOMEとあって、よそ者を渡り鳥の情景描写として表されており、皮肉な感が一読してありました。私は外れ者だ、嫌われ者だと常日頃から発信しているので、よく自分を卑下している、自虐的だと諭されます。それはきっと皮肉屋としての印象が残ってしまうからなのかもしれません。私自身は自由人として孤高(笑)なつもりでありアウェイで戦っているつもりなんです。その胸のうちは本作で描かれていらっしゃる望郷の哀しみ。 読んで良かったです。 (HOME)

2018-04-19

藤さん選評ありがとうございます!一点だけごめんなさい。じつは、選評投稿の締切日を毎月15日に設定しておりまして、こちらの選評投稿が17日になっていることに気がついた次第です。しかし、せっかくの投稿を無駄にしたくありません。今回は初の試みでもあり、実験的な意味合いが大きく、こちらの選評作品を有効とさせていただきます。来月も選評作品をお待ちしております。1日から15日までの期間にてよろしくお願い申し上げます。 (【選評】「夜」)

2018-04-19

以前の作品、午前8時15分について、僕は酷評した記憶がある。きっと地球さんは残念に思いながら、いつか復讐してやれと決意していたのだろう。本作は、その午前8時15分の完成形だと思う。素晴らしい。この作品のおかげでカンボジアの果物係は、世間の注目から逃げて行ける。 (わたしは春虫)

2018-04-19

地球さんが持つ神さまは美味しい食べ物のように思える。例えばパン。本作では、神さまがあの子の喩えになっている。美味しい食べ物ではないけれど、好ましい人だ。僕たちは悪意や憎悪やらに日常的にでくわす。人が発する愚痴、悪口。それらを食べてあげたいけれど食べたら吐いてしまうから食べないでいる。かわりに神さまにごめんなさいをして美味しいパンを食べる。そんな気持ちの本作。 自分が呪詛を吐きそうになってしまったら、神さまを探す。そうだあの子を身代わりにしよう。神さまの代わりに、みうらぁ。 (春呼)

2018-04-19

投稿ありがとうございます。読書の時間を夕暮れ時のアンニュイな気分が邪魔をする、そんな心象を、美しいとは無価値であるという一言に集約された思想性が覆う作風。この感じは好きです。 (黄金時間)

2018-04-19

正直にコメントすると、カオティクルさんの本作のような普通な感じの作風の方がハラハラドキドキしますよ。私からすればこちらの方がハードでなくともラジカルに感じた。カウボーイジャンキーズの音みたいに静かだけど掻き乱してくる感じと同じで。 あ、いや、いつも正直なコメントしてました。冒頭に書いた正直という言葉は嘘です。クセで言ってしまいました。 (あなたの生まれた日にね…)

2018-04-19

投稿有難う御座います。運営の三浦と申します。初投稿者の方へ投稿意欲を削ぐようなことは極力せずにおこうと思っておりますが、ルールはルールですので、指摘させていただきますと、投稿作品には文字数制限があり、3,000字以内となっております。(下記規定参照)選評投稿作品につきましてはこの限度を解除しておりますが、通常の作品はルール内で、御留意の程、宜しくお願い申し上げます。しかしながら、当サイト内にて判りやすい場所へ投稿ルールの表示がされていない(新規投稿者は掲示板を御覧になられ規定を参照せす、即投稿されておると察するところもあります)ことも自覚しております。サイト改善に努めて参りますので、今後とも宜しくお願い申し上げます。 https://www.breview.org/guideline-1 ■作品の投稿は各自1ヶ月あたり2回までとする。合評を促進するため、初回の投稿を終えたら次回投稿まで1週間程度のブランクを入れることが望ましい。 ■作品は一作当たり3000字以内とする。 ■原則として、一度投稿された作品の削除および修正依頼は受け付けない。 ■荒らし冷やかしまたは操作ミス等によって投稿されたと判断できる作品は、通告なく削除される場合がある。 ■作品は手元に必ず自分用のコピーを保管すること。 (is this crap?)

2018-04-20

削除対象とはなりません。せっかくの投稿作品ですので。次回、投稿する時からルール内でやっていただければ、何ら問題ありませんので、これからも是非、ご参加いただき、当掲示板を楽しんでいただけたら嬉しいです。 (is this crap?)

2018-04-20

毎度投稿ありがとうございます。本作で気を引いたのは、結末の故郷についてのところ。この一節が持つ哲学的なメッセージ。先日の対談放送で訊いてなかったなあと思い出したことがあるのですが、黒髪さんは詩作品にメッセージ性はあるべきだとお考えでしょうか。このメッセージ性についてのトピックは一概に断定するべきでないことを含めているかなとも、私は思っていたりします。メッセージ性とは隠喩ともメタファーとも言い換えが可能です。で、先に挙げました本作の結末の一節。この中にある「故郷」。ここでの文脈でいけば、「故郷」の箇所には名詞は入らないと思うのです。いや、その後に「と思う」と付けられていらっしゃるので文法は破綻していない。私が思うに、「安心」あるいは「安堵」という語を含まれてる隠喩としての「故郷と思う」なのかなあと、思った次第でして、上手い表現だと思いました。それこそ、詩に込めた共感を欲するメッセージだとも思いました。 (笹竹)

2018-04-21

投稿ありがとうございます。本作がメッセージ性を重視したという意図であれば成功していると思います。意味がわかります。世の中には矛盾があるということ。私が思うに、多くの人々はその矛盾を承知していて、私も承知している1人です。本作を読む。なるほどと頷けます。しかし、私を何処へも連れて行ってはくれない。いや、作品が私を連れて行く義理は無いのですが、矛盾だらけな現実の世界にあって、詩や詩人や、極端に言うと街角にある落書きが、矛盾の事実の中に潜む矛盾の真実の意味を持って宇宙の果てに連れて行ってくれることを期待しちゃったり、しています。 (意味を無くす)

2018-04-21

まりもさん 3連目の甘さ。。わかります。もっといっちゃえばよかったのにいっちゃえないところがねえ。優しい人だからですかね。根が。 (恋という138億年のビートが詩になって)

2018-04-29

花緒さん オリジナリティ。。わかります。いつも鋭く突いていただき感謝です。勉強になります。 (恋という138億年のビートが詩になって)

2018-04-29

ボルカさん 2連目と3連目の入替を。。たしかにその通りです。俯瞰し過ぎて1周周り過ぎました。 (恋という138億年のビートが詩になって)

2018-04-29

たまごさん 好意的に読んでいただきまして感謝です。世界観。絶賛拡大中です! (恋という138億年のビートが詩になって)

2018-04-29

かるべさん テレポーテーション!まさに狙っていました。これはフリンジです。パラレルワールド! (恋という138億年のビートが詩になって)

2018-04-29

あきらさん、久しぶりの投稿ありがとうございます。作風が激変したんじゃないかと、念のため過去の投稿作品を読み返してみたんです。難しく複雑な感が増したんじゃなかろうか、良く言えば深化してるのかなあと思いました。例えば過去作の『情けない人』では、「あゝ、雨は嫌いだ」と、語り手の心情表現が明らかにストレスであり、それが負の感情表現であっても直球ストレートの大胆さがあって読む方としては心地よく、あきらさんの作品の魅力の大きな部分を占めていたように思う。一方新作では、語り手の心情が難解に表現されている。私を「点」と表現し込められているメタファーはとても重たい。重たく懐に入ってくるシュートボールみたいに。 結語のつぶやきが、イージーなようでいて、過去作から読んできた私のような読者にとっては、安堵感を与えてくれていて、あっ深い泥沼にハマっていくのは避けようとされているんだって思った。 (線)

2018-04-24

すみません、間違えました。 ストレス→ストレート (線)

2018-04-24

投稿ありがとうございます。先に花緒さんが、コメントされている「これはなんだろう」という困惑な読後感がじつは和田も一読してありました。で、もう一回読んでみて、この作品の本質、私個人が汲み取るべきことはなんだろうかって、考察したんです。90年前後の1番成熟きにあったロックミュージックを聴いてきた世代の私からすると、ギターとスパンコールは馴染みやすく感情移入します。ただ平成が30年経った現在にあっては、かき鳴らされるギターの音はシューゲイザーでなければいけない(いや、なくてもいい笑)スパンコールは地味な普段着でなければならない(いや、そうでなくてもよい!)というような本作とトレンド作品との対比が、どうしても頭をよぎる。しかしながら、本作が醸し出す空気は極私的な心象なんだと思った。 かすれ声で歌われる歌詞、これの元は日本語ではなくて、外国語のような気がしました。それほどに、構造にはとても切ないメタファーがある。しかし、文節自体は至ってシンプル。それが、共感する読者を狭めているような感じはあるけれども、共鳴する人には、とても深い哀愁を与えてしまう歌詞になっているのではないでしょうか。私には亡くなられたシーナロケッツのシーナさんを思い出させました。古いんですけどね、とても極私的な思い入れのあった人でして。 (スパンコールのひざ当て、の話。)

2018-04-24

投稿有難う御座います。一般的な祠についてとちょっと違う私の認識かもしれませんが、先祖を敬うこと、自身のルーツを大切にすることによる自浄作用というのを本作を読んで考えました。おそらく本作での語り手は祠の中の私、つまり死後に居る自己だと思われ、礼拝対象が自己投影となっている少し読解が難しい構造ではあると思いますが、その難解なところを柔和な口語体で纏められている感が読みやすく心地よく思えました。しかしながら、読者によっては、構造が難解と受けられるか、あるいは、神秘的と受け取られるかもしれません。 (巡礼)

2018-04-29

投稿有難う御座います。多数の投稿者がいらっしゃって、いろんな作品の印象が錯綜してしまって、最近では必ず投稿者の方の過去作品を確認してコメントしております。昨年12月に『the Milky Way 』を投稿された日下ゆうみさん。『the Milky Way』は印象に残る作品でした。 イージーな感じ(解りやすいという意味でこのように評してました)でありながらも、芯が太い感覚を読後感として受けておりました。で、今作では、解り易さよりも難解さが前面に来るなあという一読目の感想でした。しかし、3連目がスッと入って来る。 >同じようにぼくらがニヒリズムを取り上げるときに、 >だが、ニヒリズムのどこをつまめば >それを取り上げることが出来ただろうか? >ぼくらは未だにニヒリズムを掴み損なっていて >だから浸そうとしていたブルースは、そのニヒリズムの >液体の精神の底へと沈んでいってしまっただろう この連は前段の太陽についての語りの対比としてニヒリズムを語っていると思われるのですが、この3連目だけで独立した1作品となるぐらいに完成された詩情が含まれたものに読めて、とても魅了されました。魅了とは何度も読み返したくなったという意です。 私はブルースという言葉が好きです。好きなミュージシャンが語るブルースという言葉、好きな歌詞で使われるブルースという言葉、そういったものには出会ったことがありますが、詩作品で使われているブルースで、これほど魅力を発しているものに出会ったのは初めてです。ブルースの音階、コードは解りやすい。そこに込める魂の芯がなければ、他者へ響かせることが困難なものではないかと思うのです。日下さんが詩作の感性として持たれる、その魂を込めること、たとえそれが平易な言葉の展開であったとしても。それがとても表現されている3連目だと思いました。しかしながら、全体としての難解さが、ごめんなさい、私には冗長な感じに受けてしまいました。次回作も読みたくなりましたし、過去作品ももう一回読み返してみたくなりました。それほどに、今作には磁場が出ていると思いました。読んで良かったです。 (参照点)

2018-04-29

投稿有難う御座います。なるほど、パルプ・フィクションからの引用とあって少し合点がいきました。フォルムと展開の手法にタランティーノ的なるものを感じました。これを朗読動画などにすると、テキストで味わえない違った面白い楽しみが生まれるかなっと思いました。 (Adam’s Apple(It’s Missing) )

2018-04-29

投稿有難う御座います。まずタイトルがとても魅力あります。『~・~』が注目ですね。ソレってなんだろうなって考察しました。言葉とか言語でしょうか。コミュニケーションツールとしての言語なのかなあって思いました。清々しさが文体としてあって読んで心地良かったです。 (自滅原理~・~無の原理)

2018-04-29

毎度投稿ありがとうございます。暴力を使った作品を一度は書いてみたいと思っていましたので、とても興味深く拝読しました。短文でありながらも難解に書かれてある文体は、墓石に刻まれる死者からのメッセージにも読めました。暴力は生々しく、鎮めるものは、ただ母ひとりであるというメッセージが。 (花の山)

2018-05-02

毎度投稿ありがとうございます。得体の知れぬ異界な情景を李沙英さんの作品を読んでいつも感じているのですが、本作を読んで、おっ、またキテるなあと思いながら読みました。その通底するものは家族だったり表層的な人間関係だったりすると思うのです。で、今回は漱石の「吾輩は猫である」的にアロワナ視点で描いてる。これは神視点でありながら神ではなくただのアロワナだょー的なところが面白味を生むところだと思うんです。たとえば、子のわざとらしい笑顔は奥方とおんなじだと断定するところなんかは、神視点だけども断定する心情はとても人間らしい。で、奥方が居なくなった後にしんみりとして不思議な異界展開するところ面白いと思いました。 (旋回)

2018-05-02

最近は雨の日が続く5月ですが、そんな今の妙な気候にマッチする作品だなあという印象です。カタツムリはどこに生息するんだったかなあ、なんて考えなければいけないぐらい、大人になって目にしていないんですが、本作にある、「終止符」のように不明な生き物だよなあって思い出しました。カタツムリにとって終止符とは、「ピリオドは行方不明のまま」だなあって、思い出したんです。 投稿ありがとうございます。 (おやすみ、カタツムリ)

2018-05-08

ボルカさん コメント有難う御座います!私自身の生活環境が今、大きく変わる時でもありまして、少しセンチメンタルになっているところなんかありまして(本当に笑)。でもやっぱ私はシャイなんだと思うんです。いや、もしかしたら人とちゃんと付き合うということが欠落しているというか、わからないといいますか。だからなのか、時々、みうらくんは間違っているし、ツッコミどころが満載なんだけど、まあいいじゃないかって、ボルカさんが言ってくれることが、自分を、赦せているところがあるんですよね。(本当です笑)自分のにある穴、欠落を、まあいいよなって赦せるんです。有難う御座います。 (軽薄な自我か記憶無き散文か)

2018-05-08

斉藤さんコメント有難う御座います!御察しの通り、私は断絶な人間です!今後とも宜しくお願い申し上げます。 (軽薄な自我か記憶無き散文か)

2018-05-16

カオティクルさん、イルカって君らしいなって思ったよ。 また会おうな!なんて言わねーよっ。また投稿しよう。うん。 投稿ありがとう! (バイバイコレクションB-SIDE)

2018-05-08

ノストラダムスの世紀末に終わりがなかったこと。それはどこかの誰かのことでなくて、自分自身の身近なことの終わり、それが起きなかったことが残念でもあり、自分のなかの何かが消えた感じ、本作を読んで、そのなんだかわからないんだけど失くしたということを思い出しました。1999年の夏のことを。 投稿有難う御座います。 (1999年7の月の唄)

2018-05-08

車で1人ドライブをする。車窓を過ぎてゆく情景って、本作にあるような過ぎて消えてゆくような言葉たちだと思いました。 投稿有難う御座います。 (極彩ロード)

2018-05-08

未開の地へ出てゆく時、心持ちよりも具体的なこと(大木切る方法や途切れた道の繋ぎ方)が大事だったりして、その具体的なことのほうが次に続く他の者へは利があるんだよなあって、本作を読んで思いました。 >そんな風に自分を肯定したいのさ。 この言葉、こんな心持ちって、好きです。 毎度投稿有難う御座います。 (次の日と次の人のために)

2018-05-08

ちくはとブラックジョークを混ぜ合わせたとてもコンパクトにまとめられた作品だと思います。でも、もしよろしければ、差支えなければ、植草さんの極個人的な悲しい気持ちなんかが表現される作品なんかも読んでみたいなあ、なんて思います。 投稿有難う御座います。 (ちくわ詩編①)

2018-05-17

たしかに、自己の死を目前にするとして、自身を裁く他者が現れる時、表層的でない、内なるところに蓄積されたところを開示する気持ちになると思うのです。そんな情景が本作には表現されているのかなと思いました。 投稿有難う御座います。 (懺悔)

2018-05-17

本作が投稿されてから、何度かチラ読みしながら、気になっておりました。僕が彼との距離感を測るような空気感があって、その空気はアルゴリズムような法則が不透明な気持ちのようなもの。 >もしかしたらもしかするかもしれないよ。 このフレーズは僕が彼に対する未恋のようで、不透明な気持ちが増す感じでぐっときました。 かるべまさひろさん、当掲示板への参加有難う御座います。 (おかえり)

2018-05-16

毎度投稿有難う御座います。Queenのボヘミアンラプソディはオペラに対するパロディだと思っているのですが、本作もパロディ色が出ていて面白かったです。祝儀敷さんってやっぱパロディをやらせると上手いと思う。また、なんといいますか、最近の祝さんの日常の鬱憤みたいなものがさく裂していて、それが倒錯な昇華となり本作を詩にしている気がしました。 (ラブ・ラプソディ 【後編】)

2018-05-16

私は合羽を雨の日にも着ることがなく、それは、合羽を着ると不快な感じになって、それが耐えられなかったりします。その不快な感じとその葛藤が本作から感じられて、とても親近感を覚えました。雨の日の外と部屋の空間の心地よさの違いを上手く表現されているなあとも思いました。 投稿有難う御座います。 (二日連続で雨)

2018-05-17

『テレッ』のスリップ感がとても好ましかったです。投稿有難う御座います。 (歩幅の成り立ちについて)

2018-05-16

上手い。やっぱ即興力が高いような気がします。こうだたけみさんは。即興ゴルゴンダで鍛えられてるのかもしれません。私も初参戦してみましたよ。 投稿有難う御座います。 (名づく)

2018-05-16

一読してKKKを想像しました。彼らの正義は誰かにとっては正義ではなくて、独善的であったりすると思います。しかし、独善的であっても、その正義が己自身に向けられていれば、その暴力と併せて、自浄作用ともなるのかな、なんて読んで思いました。灰色さん自身の自浄的な作品だと思いました。 投稿有難う御座います。 (吹き矢とジョークと皆殺しの仮面)

2018-05-17

心情吐露的な作品であり、リズムをキープされていて、突き放されそうで突き放されないような親近感がありました。愚痴なようで根が反骨なようで、ニヒリズムなようでセンチメンタルなようで。横揺れのビートの空気感が漂っているなあと思いました。 (瞬間の話をした子たち)

2018-05-16

最終二行の体言止めが効果的に出ているのではなかろうか。蔀県さんの選評を読んで再読したんですが、空間を形として現したキーは「時間」と「表面」であり、その二つが読者である私に空間を共有させたのだと思いました。 (みどりの窓)

2018-08-14

この作品が七月の裏番長として好評であることは間違いない。選評を書いた誰もが、ミャンマーを誰かが推挙するはずだと信じていた。ところが、大賞決戦にミャンマーの姿はなかった。とても残念なことだけれど、ミャンマーらしいよね、地球さん。不器用な詩人に晴れの舞台は似合わない。大阪の川のほとり。公園でぽつんと選挙演説に負けないで詩を叫んでなきゃ詩人にはなれないよね。うん。 (大阪のミャンマー)

2018-08-18

>私を悪の組織にスカウトした人は この一節が何度読んでも気になってしょうがない作品ですね。かなりフックとして効果出てる一節だと思います。 (大人の楽園)

2018-08-06

日記調がピュアさを伝えてる。読んでよかったですよ。ぐだぐだ感こそが詩。誰も読まなくても。自分が読んでジャッジする。誰かのジャッジは受けない。私のぐだぐだとあなたのぐだぐだがシンクロする。断絶のシンクロ。 (まとめのにがてなこどもみたいな、こどもっぽい、こと。)

2018-08-04

言葉が情景を表すためにあるとしたら感情は言葉に宿り、物語を排除する。なぜならば、物語はロジックで組立てられてロジックのなかで他者とシェアされるものだから感情はあなたと私の空間にあっては錯覚でしかない。言い換えれば幻想。目を閉じて、そして開ける。葬列が私にみえる。逝く人々は私の肉親であったり友情の残骸を靴音に忍ばせるあなたかもしれない。かもしれないだけで、それは屈折であり、やはり言い換えれば幻想。選別を持ち出せば、それが有限であることを知る。そうであるならば、行き着く先のT字路。言い換えると、それは断絶。 閉塞感の漂う心象風景が心地良かったですよ。読んで良かった。 (T)

2018-08-04

かるべさん、ありがとうございます!後ほど、Twitterフォローさせていただきまして、一度、会話にてご相談させていただけましたら、嬉しいです。本当にありがとうございます。挙手いただきましたことに感謝申し上げます。 (●重要なお知らせです●)

2018-08-03

おつかれさまです。るびくん。。っておい。詩に魅了されてキャッキャッ愉快にしてたわけじゃなく詩とはなんぞや?というスリルとサスペンスがたまらなかった俺をおまえは詩人じゃないと罵倒した2017年の八月。きさまあ、見破りやがって。が、しかし、泣いたのはきさまあ、だった。泣いていたのはきさまあ、だった。トーマスソーヤは賢いけど泣き虫だ。トーマスソーヤに憧れている俺は泣かないんだ。でも頭はいいぞ。ろくでなしな俺はけっきょくどうだ?はっきり言ってやれ。俺は詩人だ。俺は詩人なんだよ。いけすかない詩人が大嫌いだけど。もう一回言ってやれ。いけすかない詩人が大嫌いだ。きさまあ、るび、おめー詩人になるなよ。芸人でいいじゃないか。明石家さんまさん。俺はタモリさんが好きだけど。きさまあ、不器用で自由なハックルベリーフィン。私の風の又三郎。 (●重要なお知らせです●)

2018-08-03

stereotype2085さん 運営への参加検討有難う御座います。stereotype2085さんが運営に回ることに不満を持つ方がいらっしゃっても気になさらずに是非参加いただけると嬉しく思います。stereotype2085さんは嫌われ者ではないでしょうが、私は、嫌われ者が大好きです。極私的な願望を申し上げれば、当サイトが、ネット詩を含む詩界隈から大きく嫌悪される存在になればいいぐらいにも思っております。常に、サイトの存続が危ぶまれるような、そんな場所であって欲しいとも、思っていたりします。安泰な場所は現代詩フォーラムで充分ですよね。 放送への参加、有難う御座います。楽しみにお待ちしております。 (●重要なお知らせです●)

2018-08-04

追伸:「サンプリング」でのコメント欄を楽しくわくわくしながら拝読しました。私が常日頃から優秀な若者だなあと憧れている祝儀敷さんと長文に渡りコメントを往復されていらっしゃることはとても羨ましかったです。もしも、stereotype2085さんと祝儀敷さんが当サイトの運営になったら、ビーレビがサブカルの世界で一世を風靡するだろうと勝手に夢想しております。ちなみにですが、花緒さんと私が文学極道で出会った初めての時、かなり、やり合いました。今でも花緒さんが大嫌いです。いや、嘘です。 (●重要なお知らせです●)

2018-08-04

蔀 県さん 御拝聴いただきまして有難う御座いました。私はとてもテキストが苦手で、人と人のすれ違いや、争いごとになりやすいテキストでの往復がどちらかと云えば、向いていないと思っておりまして。ツイキャスなどによる肉声でのコミュニケーションの方が凄くスムーズな気持ちをいつも得てまして。なので、本当は詩作品について、作者と読者が語り合う空間も肉声のほうがいいんじゃないかなって思っていたりします。 (●重要なお知らせです●)

2018-08-06

杜琴乃さん ご拝聴いただきましてありがとうございます。ビーレビ存続を望まれる参加者の多くの声に対して、私はそれを無視するような作品「くたばれビーレビュー」を投稿したり、「安泰なサイトを望まないし、むしろそれは醜い」というような煽り発言をしました。それは確信犯な部分もあり、自分自身でもよくわからない本能的な発露なことであったりします。普通に家庭を持ち普通にサラリーマンとして過ごしている私は現実世界では、おそらくやらないことです。むしろ付和雷同の無難な発言でやり過ごすことでしょう。話が逸れますが、当サイトに「くたばれビーレビュー!」とばかりに唾棄し去って行かれた才能ある若者たちがいます。私は彼らが大好きです。彼らに共通するネットの世界にあっても自身に正直であろうとする、その不器用さが大好きです。非礼で悪質でコミュニティから排除されて当然な彼らです。代表である私が彼らを支持するという矛盾。悲しかったです。 その負い目みたいなもの、その負い目は現実世界での私自身が持っているものでもあります。「元来、社会不適合な人間だった三浦が、たまたま運良く生きれている」ということに対する負い目。 せめて、ネットの世界では、その負い目を払ってしまいたい、そのような気持ちが湧き上がってくるのです。現実世界で、のっぺりと貼り付いてしまった嘘つきな皮膚はなかなか剥がれません。詩を書いてみたらわかりました。自分が書きたいことは、こんなんじゃないと。 ビーレビは良くも悪くもムーブメントだと思います。そのムーブメントの風は、なぜだか、私のその嘘つきの皮膚を一新してくれます。それは、まさに杜琴乃さんがおっしゃっている詩作品を書きたくなる気持ちと同じものかもしれません。 長々と失礼しました。 (●重要なお知らせです●)

2018-08-06

ポエトリースラムジャパンの舞台でリーディングを聴いている気持ちになる作品ですね。語りかけてきてる。言葉が。 (イライラ)

2018-08-04

星空の下のディスタンスとでもいいましょうか、スピッツの僕のギターに自分大好きな感性が研ぎ澄まされているよう。夜明け前にギターを持つ人は午前3時に笑っている。 (笑うギター)

2018-08-04

彫刻とは原材の生木のなかに既に在るものを彫出すこと、というようなことが云われますが、本作を読んでそれを思い出しました。その作業は宗教的な集中がいると思うんです。平たく云うと、絶対ぶれない精神、みたいな。そんなことを思いました。 (僧の跡)

2018-08-04

詩でしか言えないことって、やっぱ、他人とのコミュニケーション的なところから滲み出てくる感情の揺らぎ的なるものって大きいかもなあ、と読んで思いました。ホントは所属意識すら不要なんだけどなあ、みたいな。 >わたしは、うなずいて向き合うのですが、 >今、なんて言ったらいいのか、どのくらい黙ったらいいのか、どうまばたきしたらいいのか、 この状態、とても共感しました。 (詩でしか言えない)

2018-08-04

本作の最大の謎は「なぜこの人たちが選ばれたか?」という共通項の謎だと思うのですが、それぞれの残した言葉が詩的というようなことかなあ、なんて考えました。 (死去ノート)

2018-08-04

ビーレビの代表の立場にある者がこの作品にコメントしないわけにはいかない。 ビーレビ2.0が終焉を迎える。誰もが幻想した。ブランキーの世界で一番新しい国だったのかもしれない。窮地に追い込まれて打って出た戦前日本の満州国だったのかもしれない。あるいは「ガンジー」だったのだろう。ガンジーの伝説とは何かを考える。アヒンサーか、はたまた、理想的運動論か。いづれにせよ、ムーブメントだ。ある者は健全であろうと訴え、ある者はいや違うといい、無政府による完全自治の理想主義を掲げる。それらの思想・思考を言語化することをムーブメントとは言わない。評論家だ。何も変えられない役立たずなご意見番。僕たちはうんざりしていた。僕たちは何も変えられないし連帯もなければもちろん革命もなく、戦争は嫌だけど、ないんだそんなものは。と、survofさん、あなたと私は、そんなげんなり感は共有していたと思う。げんなりな大人にはもううんざりだ、せめて嘘でもいいから、なんちゃってでもいいからムーブメントになりたいと、僕たちは共有していた。あなたが提案した全員参加型の選評は現代詩の死滅とともに流され消えてゆくのかもしれないね。ムーブメントとはそういうものだし、最初から永遠なんてクソだとわかっていたよね。クソはウォシュレットの汚水の彼方に消えていくんだ。うん。 (ウォシュレット)

2018-08-13

文体やレトリックやそのような事柄は置いておいて、書かれてあることのメッセージに肯定感があっていいなあと。先日、とあるツイキャス放送で最果タヒさんの魅力って何だろうねって会話があって。僕が思うに最果タヒさんの魅力って肯定感だ。僕が大大大好きな大森靖子さんも最果タヒさんと同じく肯定感のメッセージがあるよ。最果タヒさんと大森靖子さんは共著もあるぐらいに仲良しだったりするんです。関係ない話だけど。詩にメッセージとかなんとかが嫌いな人も多いと思うし、ほんとは哀しいことをこらえながら書いて、もうええわって気持ちで投稿してるんだから余計で下品な読みをするんじゃないよ、きもって思われたりするかも、だけど、コメントが一つも付いていないんじゃ、フルーツパフェのひとつも喉に通らないんじゃないだろうか、うん。とダーウィン博士に代わってこの進化小論を褒めてあげたいと思った。そして、もしも将来、こうだたけみ論の本論を書くのであれば、そのメインはこのメッセージ性をとりあげなければならない。かもしれない。いやちがう。かもしれない。 (進化の過程¥崩壊)

2018-08-06

杜琴乃さんの作品に出てくる子供たちは子供らしく正直に思える。少なくとも嘘つきな子供じゃない。僕は嘘つきで悪賢い子供だったので大人になって自分の子供が出来ても子供嫌いなまま現在に至るから世界はいつも僕よりも大人だ。 本作にある美術館や片田舎の住宅街や、そしてトマトは残酷な世界だ。そんな残酷さを大人である杜琴乃さんも私もいつか子供たちにみせてあげなくてはいけない。トマトが落ちるまえに生きていることを教えてあげなきゃいけない。そんなことを考えてしまう作品だ。 (自転車を押す坂道にて)

2018-08-10

本作は、イベント「つぎ言語」で発刊されました小冊子へ寄書きしました内容を一部改編したものです。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-05

stereotype2085さん 重力さん コメント有難う御座います! (くたばれビーレビュー)

2018-08-06

fiorinaさん コメント有難う御座います。 彼等はとどまらなかったからこそ彼等なのだと思うのです。とどまっていたら彼等ではなかった。とどまるはずがない彼等がこの場所にやってきたことが私は嬉しかったのかもしれません。なんとも自分の気持ちをお伝えすることが難しいのですが、何といいますか、詩が遍くあるということは善悪を超越して如何なる人物にも詩はあるということで、それをオリジナルと云い、彼等に、僕はその真のオリジナルであれと、教えられたのかもしれません。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-07

るびくん。再び有難う。くたばれSNSだな。あ、いや、いいんだ。また、ええ作品をここに流しにこいな。夕闇の海辺みたいに。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-07

右肩さん 楽屋的な話になってしまいますが、ビーレビューに一番労力と熱量を注いだのは花緒さんでした。発起人全員がそう云うと思います。彼はとても合理主義者な面が強いと私は常々思っています。そんな彼が無償で何の利も生じないビーレビューに心血を注がせてしまったことは、やはり目にみえないマグマがこの場所にはあったのかもしれません。そして、彼は如何なることにも一切ブレることなく、このコミュニティのルールに徹した。マグマのままに。ムーブメントを起こせる者は天才ではなく、右肩さんがおっしゃられる通り、虚しい場に無尽のエネルギー、マグマだと思います。越境者たちは彼の磁場によって着てしまったのだと思うのです。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-07

カオティクル。 もうええわ。自分が一番わかっとるわ!。。有難う! (くたばれビーレビュー)

2018-08-07

杜琴乃さん コメントありがとうございます。作品ではなく作者本位で読んでしまうことを変えることなく現在に至っております。この読み方は下品で知性も何も無い最低な読み方だと思うところもあります。何度かそれを変えてみよう、作品本位で読んでコメントすることを心がけてみましたが、残念ながら、いつも他人の作品に自分を投影して自分語り、挙げ句には作品評から離れた内容になってしまう。ロッキングオンという投稿型ロック批評雑誌の影響だと思います。作品本位でアカデミックなうんちくと商売本位の褒め殺し雑誌が横行していた当時、既成なメディアにカウンタースタンスで立ち上がった雑誌。そこには、アーティストの本質を突いているエキサイトな評の場が素人の投稿によって成立していました。アーティストからすればウザいことだと思います。しかしロッキングオンはアーティストをレコード会社、出版会社から解放しリスナーの手に明け渡した功績を残したと、私は思います。まったく私は勘違い野郎ですが、無名な人々がまやかしのステイタスから解放されることを願います。すみません、大層なことを嘯いてしまいました。 杜琴乃さん、ありがとうございます。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-08

fiorinaさん ホメロスが存在したといわれる古代ギリシャには「意識」という概念がなかったといわれております。私が信奉する内田樹氏の言葉を借りれば、その意識の代替えは神だったと。無学ながらにも私が思うに、詩は神の声としてあったのではないか、つまり詩人とは神の代理であり叙事詩とは神の声の口述筆記かと。もう一度、前提を言いますが意識の概念が無かった時代です。神の声が聞こえる詩人とは正気だったのでしょうか。現代から考察すれば正気ではなかったといえます。しかしながら、もう一つの視点が私にはあります。これは、先に亡くなられた天才ホーキング博士の考察です。言語が誕生しなかったらDNAレベルでの伝達共有がされていただろうということ。つまり、仮説として、古代ギリシャにおける意識の概念の代替えとしての神の声とは死滅する寸前の触媒としてのDNAから発するものだったのかもしれません。正気もなにも、事実上あったとも思えるのです。私には。本作に沿って申し上げれば、その言語ではないDNAレベルでのコミュニティがもしもあるとすれば、それこそが不器用な者たちによる非言語空間なのかもしれません。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-14

花緒さん。 はい。何も申し開き出来ないに決まっているじゃないですか。時と場。内容、技法よりも、スキャンダラスな仄めかし。一点優れていることを見いだすとすれば、発表したタイミング。時と場。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-14

まりもさん 私もかなり屈折率が高いのですがまりもさんの屈折もかなり複雑でわかりにくいと思います(失礼!)。ミルトンの失楽園にも似た服従するのであれば死を選ぶという美学、そこに相対値はありません。きっとまりもさんもご自身の奥底にはそれへの共感がある。しかし世界には相対値を詩情などと呼ぶ欺瞞に満ちた詩人だらけであることをまりもさんは一番よく知っていらっしゃる。その矛盾の中で、誤解は誤解のままにサタンを名乗るみうらくんを羨ましく思いながら共感されていたまりもさんを私は知っています。また、勘違い野郎なみうらくんを出してしまいましたね。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-14

なつめさん 自分が思うがままに書きたいことを書いて自分がそれをジャッジする。他人なんかにあたしの作品の評価を委ねない。それってとても辛い孤独な作業らしいです。でも一番楽しいことみたいです。ある意味でそれは、ビーレビの場と矛盾することみたいです。なつめさんがいつか、みうらくんが言っていた詩が欺瞞だったと気がつく時、死ねばいいよといいながらも、笑ってくれると思います。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-14

fiorinaさん 再びのコメント有難う御座います。おバカなみうらくんを斯様にレベル上げの希求をいただけることは、有意義な夏休みです。 人間が無知から覚醒する思考工程、あるいは人間が何故に宗教を持つのか、それらを考察すれば、「物語」が重要なファクターとしてあることに気付きます。物語は人間の思考を自由にする。現実における絶望を希望へと誘う物語。では神は物語を作るでしょうか。神は物語を作らない。神は物語を語らない。物語を作り語るのは人間自身であることはfiorinaさんも同意されることでしょう。では、詩はどうか。これについて、私は根拠も文献も示す術を持ちませんが、言い切りたいと思います。詩は人為的なものではないと私は信じているのです。詩は降りてくる。詩は聴こえてくるもの。人はこれを文字言語として表す他にない(聴こえてくるものを声にして発する刹那、詩は消えてしまう)、到達することが極めて難しい場所(御察しのことだと思いますが、具体的な場所を指しての表現ではありません)に在るもの。無いとみなされても合理的支持を受けるもの。そうであったとしても、詩は万人にあるのです。認識することが困難であったとしても。 まとめとして、私の結論を申し上げれば、詩は物語ではありません。一方で、物語に詩が在ったとしても。 fiorinaさんへ伝わりますようにと、祈りながらコメントを終わります。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-14

fiorinaさん ご指摘、解ります。ああ、確かに論理が破綻してますね。というか、私が書いていることは最初から破綻してるんですけどね(笑)。これでは共感を得れる強度は持っていない。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-15

読むと落ち着いた気持ちになりました。フォルムの整えが「作者の意図」となって邪魔になると初読で感じたのですが、幼少の頃にみていた幸福な家族の記憶が覆うってくるものがあって、読んでよかったです。 追伸:重力というHN、私個人の好みとして、いいなあって思います。 (Sounds a bit like Goodbye)

2018-08-06

以前からよく花緒さんが作品評を書かれる時に使われる言葉で「ジャンク感」というものがあった。このフレーズは使い勝手がいい。陳列と消費が無限にループする掲示板の作品たちは投稿された時にはもう「流されて消えてもいいです」と運命を受け入れている。前文が長くなったが、本作こそジャンクと評すべきものだと思う。コモディティ化した詩文に良いも悪いも感動やらという情緒も不用だろう。url IDが一つ与えられレイヤーに埋もれてゆくだけ。作者が書いた。投稿された。私は読んだ。お終い。ノイズがなんとなく残る。言葉は残らなかった。物語ももちろん残っていない。イメージしないから。言葉が残らなければ思念は残らない。いや、思念はノイズだったような気もする。 (タイトルはボブ・ディランですが、もう掃除機とか百均はダイソーよりキャンドゥとかでいいし、どうでもいいし、かんそうだし)

2018-08-14

少し冗長じゃないかと思いました。情念を感じさせる内容とモチーフが光っているだけに、ちょっと残念な。モチーフが斬新なものなのでそれを活かすのであれば絞った方がいいと思うのです。読ませようというのが、先にきてしまう感じという。ちょっと辛い評でしょうか。 (標本に溺れ)

2018-09-04

fiorinaさん! なんだか、楽しそうなイベントありがとうございます!私、ホントに文学も詩も何もかも無学な人間ですが、是非参加させて下さい。ワクワクします。ありがとうございます! (【弓庭夜話】第一回のおさそい)

2018-08-08

まりもさんのちゃんとした詩作品よりも本作のようなイレギュラーな作品の方が好き。以前に童話作品があったけど、あれも好きだった。本作にある語り言葉、質問に対する答えみたいな語りがある。この語り方って一見、然もありなんな話し方だけれども、絶対にこんな喋り方する人なんていないしっていう違和感を感じる。なんとなく現実からズレてる感覚がするのだ。その私が好きだった童話作品にもそれがあった。それって、まりもさんのレギュラー詩作品には無い。レギュラー詩作品には、綺麗であったり怖さであったり幻想的であったりする表現が、ソツなく書かれていて。 現実とズレたような違和感がある語りの文体にあるもの。それってまりもさんご自身が、日常から得る学びみたいな事柄を寓話にしたい人だからだと思う。 (うりずん)

2018-08-17

極私的な気持ちを吐露されている作品だからなのか、読む場とタイミングによって受け取る感触が変わる。仕事の合間の一読は、うわあ重たいなぁっと、正直、受け入れることに困ってしまった。今、再び読んだ。コメントしたくなった。昨夜7時前に寝落ちして、この深夜の時間帯に起きて開いたら「死と夢想」があった。負の情念がじっと動かないでまとわりつく。私は今のところ死にたい気持ちはないのだけれど、語り手がいるであろう深夜の幻の闇を共有することは不快ではない。むしろ暴風雨は心地よかったりする。 「だからもうそんな幻にすがるのは辞めるの」という言葉が清々しい。 (死と夢想)

2018-08-10

‪尾田さんがビーレビに初投稿された。以前ツィキャスで尾田さんは恋愛の作品しかなくて、しかもあんまり良いと思わないって言ったんだけど、この向日葵という作品は好きになった。男子の語りというか吐露系の作品は好き。尾田さんの語りの言葉は強くて、ちょっと悲しい。悲しいというか憂いというのだろうか。女子だったらこれを妖艶さというのかもしれない。尾田さんが使う人間という言葉はセクシーだ。ちょっと硬く受け取る読者がいるかもしれないが、愛やら恋やらを通り越してきた僕みたいなおじさんには柔らかく思える。まるでそれは、人間やら世界やらを考え過ぎて涙で濡れて柔らかくなってしまったあそこみたいに。 (向日葵)

2018-08-10

外在的文脈を持ち込んだ批評に嫌悪感が私にはあります。近代詩・現代詩の歴史的文脈に紐付けするキュレーションはその学術・学芸員のアカデミアの内部において、指標価値あるいは、経済的価値を生み出すことにおいては重要な意味を持つ。 ビーレビのキュレーションとは一体何か?ど素人たちのママゴトと嘲笑を買う。「ビーレビはアウェイである」という開き直り以外にこれについての裏付けを論として組み立てたい気持ちが私にはありました。しかしながら、これを成せる学も技量も持っていない。学術上の根拠を示せないとはいえ、頑張って私見を述べれば、自分史の俎上として批評は近代・現代詩の歴史的文脈においても正当性はあると、主張します。帰納的追求の結果として、近代批評に小林秀雄がもたらした手法がもしも答えとしてあれば、fiorinaさんがご紹介されている本作の主張「わがままな書き手とわがままな読み手」による真の詩と合致するものだと、大二廟のみうらくんは思うわけです。 (批評について・雑感 ※ )

2018-08-14

fiorinaさん レスレスありがとうございます。少し思い出したこともあり、そのことについて、書き残しておきたいと思い立ち、再度書き込みしております。ビーレビが掲げた「批評」。これに大きな期待を寄せられて参加された現代詩作家の方が幾人かいらっしゃいました。残念ながら、投稿いただいた作品へのコメントは批評としては認めてはいただけなかった。満足いただけなかった。それを忘することはビーレビにとっても、もったいないことかもしれません。 この一年間、私が自己批判を試みるとすれば、fiorinaさんがお察しいただいてる通り、学術の観点からの研鑽が欠落していたと思うのです。しかしながら、今後、それら研鑽を積むことが、学びの場としての堅苦しいものでなくニュートラルな空間として、ビーレビに創出されることを願っております。それはfiorinaさんのおっしゃる通りです。 (批評について・雑感 ※ )

2018-08-14

大賞推挙作品から大賞作品を一作品決める投票が始まりました。私も自分で推挙した作品があります。しかし、いざ、投票する段になって、推挙作品とその選評を思い出しました。社町迅さんの「女性像/断片」を澤さんの選評文に沿って読んだ時、確かにこの作品は面白いと感じたこと。それは私の閉じていた感覚の一つが開いたんだと思うのです。それを起こさせる選評というか、批評文は凄いと思います。もちろん、その批評を引き出すのは元の詩作品です。もう一つ言うなれば、それを引き出すのは読む読者の熱量だと思います。そんなことをコメントしたくなり、書込みした次第です。今後も是非、全員参加型選評をお楽しみいただけたらビーレビが喜ぶと思います。 (【選評】澤あづさ選2018年7月分)

2018-08-16

蔀県さんが言及する「空間」にとても興味が湧いて、再読しました。最終ニ行の「時間」と「表面」の体言止めの技巧が素晴らしいと思う。 (【7月分 感想】瞳子さんの「みどりの窓」)

2018-08-14

こおん この音にたどり着いた至福は残音を宇宙空間で真空パックされ、いないいないばあされるまで地球には戻れそうにない。 (季節)

2018-08-13

ゼンメツさん あなたが想像している以上に私はあなたのことが気になってわくわくしています。もちろん文学極道の方でのあなたの作品もあなたが付けているレスも全部。Twitterもみてます。その文体と作品のエッセンスをすくい出す感性がたまらないです。カオティクルさん以上に私はあなたのファンだし、きっと、ビーレビの参加者の多くがあなたに注目しています。なので、なので、もしも気が向いたらゼンメツさんの選評をみせてください。ゼンメツさんはもう気がつかれてると思いますが、ビーレビのフェアネスは最強です。ぽんこつですが。なので批判も大歓迎です。文学極道のアカデミアンボクシングによる自己満足は得られないかもしれませんが。ゼンメツさんのムーブメントがみたいです。あ、すみません、ネトスト体質なもので。 これからもよろしくです。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-13

なつめさん 世界がはっきりと見えているうちに最果ての更に先にあるてっぺんにいっちゃってください。そして眺めの良きことを有名になっても掲示板に投稿して教えてくださいね。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-13

ゼンメツさん ゲンダイシボーイがワイヤードロジックのレイヤーの片隅で壁打ちを!素晴らしいです。なんてJKっちっくなんだろうか!ゼンメツさん、最後はアンフェアです。フェアなものなんて世界には一つもない。アンフェアにはアンフェアを。ゲンダイシにはゲンダイシを。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-13

かるべさん カタカナ書きはもちろんゼンメツさんの影響です。私、すぐ真似したくなるタチでした。です。である。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-15

こうだたけみさん こんばんは。サウンドクラウドにこうだたけみさんのラップみたいな朗読音源があることも知っています。こんどツィキャス隊に入隊お願いします。コードネームはゴルコンダ。うん。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-15

羽田恭さん そうでした。自立する個としての自分語りは羽田さんが最強であることを思い出しました。また羽田さんが都合が良い時に羽田恭最強について、ツィキャスやりましょう。このコメントレスが優勝の証です。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-16

四畳半学生さん 自分を語るナルシズムの文体にキャッチーさを仕込む作業は技巧よりも、恥ずかしさを超越するメンタルの方が大事かもしれません。是非、これからもかっこうつけてるけどかっこう悪いかもしれない、キャッチーかもしれないけど一周回ってポエジーみたいなもの、作品投稿よろしくお願い申し上げます。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-16

二条千河さん う、上手い。二条さんのコメントのメタファーを理解出来る人は私と同じく、くっくっくっと笑顔になったと思います。いんじゃんじょうにはお互い気をつけなければなりません。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-16

帆場蔵人さんの「詩としてはぼくは何か不足を感じるのですが、」に乗っかってコメントさせてもらいますが(失礼!)、本作に詩情を見いだす読みが可能か否か?という命題を拒否するというメタファーこそが、本作が醸し出すニヒリズムの正体だと思うのです。蝉に戒名などもちろん不用。しかし人間だって不用でしょ?的なメタファーが示すところのこと。それは性善説の否定にもつながる。情を他者に求める時、無意識のうちに他者とは善なる者と錯覚をする。食後のアイスバーで供養されるなんて不義理な話があるわけがないと。ある種の残酷性。詩情満載な場所に立つべき塔婆に情けはない。言語は最初から死んでいて、詩としての言語は塔婆のように思い込みによる思い出集めと妄想でしかない。 そう。アタリという偶発性に妄想するのはいつも愚かな人間たちだ。 (戒名)

2018-08-13

ゼンメツさんが隠している中身を誰も言わないし、本作にコメントが付かなかったらビーレビってやっぱリア充のハイソ(死語←いやこの死語自体が死語)やろう等の集まりかよってなっちゃう。なので、ゼンメツさんの愛に言及したいと思う。 ウンザリする観点かもしれないけれど、やっぱ肉体の恋愛なんていらなくて精神で繋がっていたいんだよね、なかなかそういう人に出会えないし、いるかもしれないけど面倒だし結局はお金とかになっちゃうよね、死ねばいいのかな、死ぬって持ち出さないと君は現れてくれないのかな、べつに女の子じゃなくてもいいわけよ、男だっていいしぽんこつだっていいから震えたいよね、精神とか詩(笑)が繋がって震えたいんだよね、ということをゼンメツさーん、僕はあなたに自己投影しているんだ。こじらせっちゃってるおっさんな僕は。 (もうなにもかも知らないし何も知らなかった)

2018-08-14

作品から受けるイメージははっきりしていて、情景描写の強度がある文体だと思いました。構造のみを表現し、中身は読者に委ねられた風にも読めました。手法的には好みです。また、過去に投稿されていらっしゃった作品とは文体を変えられており、先に述べた受け方が本作のコンセプト通りであれば完成度があるかと思いました。しかし自己投影する読みが私には第一義としてありまして、どうしても作品が他人ごとに思えてしまう。描かれている彼と彼女が読んでいる私事として入ってこない。それは当たり前といえば当たり前なことなんですが。余白の部分、構造の中にある世界観まで、移入出来なかった感が残りました。 (無題)

2018-08-17

前作には良くも悪くも大きく論議されるべく著作権というトピックが内包されており、自然のうちに拡散され得る解放感があったと思います。とても好印象でした。しかしながら、今作にある嫌悪感、つまり私が直感的に持った嫌な感じについて申し上げます。それは「この作品はあまりにも内輪的ではないか」ということです。この印象はもしかしたら三浦だけが感じたことかもしれません。また、内輪話を確信犯として書かれており、判る者だけが判って楽しめればそれでいいというコンセプトがあったとしてもそれを否定するものではありません。しかしながら、前作にありましたようなビーレビを初めて覗かれた人に対しても発揮する訴求力、そのパワーが削がれた感じがすることを私は残念に思います。すみません、少し酷評になったと自覚しております。 前作と比較してのポジティブな面としましては、今作の方が熱量を感じるところです。前作にはスカスカ感があった。未完成な部分が大きくあったかと。しかしながら今作はロジカルな強度があると思いました。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-14

すみません、コメント書き込み後に気が付きましたが、念のために申し上げますと、先にコメントされていますsurvofさんの内容を読んでから当コメントを書いたものでは無く、たまたま同時期に同じような印象の内容になった偶発なもので、survofさんのコメントに連携する意図は全くない私のコメントでございます。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-14

素晴らしいです!上げ兼ねてコメントしますが、かるべさんの本作品が優勝! (※確認画面追加に伴うテスト投稿です)

2018-08-14

るるりらさん 選評有難うございます。るるりらさんの選評に感じましたことをコメントさせていただきます。 私が想像する、るるりらさんの詩作品、ネット詩における個々の作品とはなんぞや、そのようなるるりらさん御自身のポリシーが多分に含まれておる選評だと思いました。るるりらさんが選ばれた作品群は、他の選者とは重なることのない選出。そこには愛着から選ばれているであろう、るるりらさんのポリシーを見出すことが出来ます。いかなる批判を恐れずに各個人の主観を大いに発揮して選評して欲しい、そのような願いが私にはあります。これからも参加型選評を楽しんでいただけたら幸甚です。 (るるりらの七月選)

2018-08-16

すみません。18禁の記載を忘れました。 (帝王切開)

2018-08-15

帆場蔵人さん 過去に詩人のkaz.さんがハッシュタグを用いた作品を発表されており、ハッシュタグを用いたことについては二番煎じです。時々、コンセプト作品、形式詩を書いてみたくなります。出来上がった作品を自分で読んでみた時、いつも腑に落ちない違和感を持ってしまいます。でも折角書いたのだからと投稿する。投稿した後にまた読み返してみると、違和感だったものが落胆に変わって。今回はちょっと考えてしまいました。もしかして違和感は書く理由からくるのかなあと。外的な理由だと思うんです。コンセプト決めて書いたりすることって。しかも私は器用ではない。上手くコンセプトを達成する技量がないのです。なので帆場さんのご指摘にある発想だけで終わっているのではという趣旨のところは、当たっています。コメントありがとうございました。 (帝王切開)

2018-08-16

カオティクルさん 長文に渡るご指摘、ありがとうございます。今田千代さんにも読んでもらえて嬉しい。しかしながら、お察しのとおり、本作は不発です。中途半端。きっともう、アイデアと企画優先の作品は書かないと思います。私は元来、文章が下手クソなんだということを認めたいと思います。職場では、大凡、一日中メールを読んで返信する、あるいは書いて発信する業務を半日以上やっています。なので、文章には自信があって。職場で気を許している同僚に訊いたことあります。俺の文章って上手いでしょって。同僚はえっ?て驚いてました。訝しくも気のせいだと自分に言い聞かせておりました。しかし、本作を書いて投稿して自覚しました。私は文章を書くことが下手です。これからは自分が思っていることを正直に書く作品に徹しようと思っています。不器用には不器用を。 (帝王切開)

2018-08-16

花緒さん 岩倉文也さんをさっき初めて知ったんです。あ、僕のこの作品って岩倉文也さんっぽくていいじゃんって思い直しました。2019年のユリイカ新人賞目指します。 (帝王切開)

2018-08-18

stereotype2085さん コメント有難う御座います。本当にすみません、君子豹変してネット内にまだ居残るかもしれません(笑)。ちょっとやりたいことがみつかりまして。ステレオタイプさんの奥底にある希望とか、そういうの、ステレオタイプさんの新作でみつけてみたい所存です。 (帝王切開)

2018-08-29

るるりらさん コメント有難う御座います。るるりらさんに同じような、時々私と同じようなピーターパンをみつけるときがあります(失礼!)。私は重度のピーターパンシンドロームでありたいです。詩が上手く書けるようにもなりたいです。ネット詩って、なんといいますか、、芸術、現代詩とかよくわかんないけど、歳とっても気軽に表現出来るじゃん、みたいな可能性が残ってる場でありますよね。 (帝王切開)

2018-08-29

るるりらさん おおっと、るるりらさんの魅力の一つであります返詩をだしてもらってめっちゃ嬉しいです。しかも、私の本質を突いてきている。私の本質とは犯罪者は必ず南の島へ逃亡するということなんですよ。(意味が深い。) (帝王切開)

2018-09-04

久しぶりに白犬さんの作品を読んだんだけど、案外、悪くないという気がした(失礼!)。なんで今作が過去作に比べて良い感じに受けてるのか分析してみた。平たく言うとエロが露骨に表れてるところなんじゃないかと思う。白犬さんとは一緒に朗読練習なんかをやった仲だから言うけども、白犬さんの作品は往々にしてハリボテと評されがちだと思う。いや、そんな客観的な物言いはやめようか。僕にはハリボテに映る。表層的な言葉だ。が、しかし、それが白犬さんが求めてる言葉の手触り感、言葉の響き感、それが在ればいいということなのかもしれない。ハリボテという評をもっと踏み込んで言うと「多分に無理をして使っている言葉たち」ということ。ところが、エロは違う。エロだけは白犬さん、あなたの情緒、感情が伝わってくる。だから、この作品はちょっとだけ気に入った。ごめんなさい。中途半端な酷評になってしまった。 (Nyx)

2018-08-17

survofさん 選評について僕が感じたことを書きます。 地球氏の2作品の投稿作品のうち、「大阪のミャンマー」が僕の一押しでした。ところが、多くの評者はsuvofさんと同じく「摂氏37℃」の方が良いというのです。僕にはそれがうまく理解出来なかった。しかしながら、当選評を読んで納得しました。たしかに、冒頭の一節のインパクトは抜群に良い。それを汲み取られたsurvofさんの感性、いや、なぜにこの作品が良いのか?という批評文の巧さがあるのだと思いました。もう一つ云えば、私も個人的には一作品選に共感します。ビーレビの選評の第一義は、読者が気に入った一つの作品への熱を表すことだと思うからです。 (7月分選評)

2018-08-16

これは一体なんだろうかと一読して思ったんだけど、世間に潜む都市伝説的な感もあり好ましくもあった。タイトルからしてノンフィクションを思わせながらも物語の風味がある。PC買取ショップの対応ってどことなく、近未来な感じがする。本作にもあるような、陳列されている商品群をみると。他の小売店とは違う空気がよく出ている作品だと思った。 (じゃんぱら)

2018-08-17

投稿された直後に一読して、気のせいだと思ってコメントはしなかった。しかし、今、もう一回読んでみて気のせいではないことが判明した。この作品はめちゃくちゃ良い。わかりやすいのになぜだか深みがある。わかりやすいのに思想・世界観がある。しかもそれが鼻につかない。いけ好かない感じが全くないのだ。平易な言葉でもって、こんなに惹きつける原因は一体なんだろうかと思ってしまう。次回作品がめちゃくちゃ読みたくて仕方がない。 (絶景)

2018-08-17

藤一紀さん こちらの選評を読んで思いました。やっぱり上手い人、文章を書くことが元から上手い人っているよなあって。私は今日、自分は文章が下手クソであることを自覚することにしました。そんな夜にこの藤一紀さんの選評作品を読みました。もう一回、謙虚に書くことを習得しようと決意にいたりました。ありがとうございます。 (七月分選評)

2018-08-16

こうだたけみさん 選評文について感じましたことをコメント書込みます。 こうだたけみさんの選評文はめっちゃ謙虚です。ビーレビに限らず、既成の選考・選評はどうしても上から目線に思えてしまいます。ビーレビの全員参加型選評が参加者個人の発露によるものであることの副産物として、そのような権威感覚がなくなってしまえばいいという願いがあります。選評文の参考にしたくなりました。読みやすくて。ありがとうございます。 (【選評】もどきのEある算数(フル))

2018-08-16

私も今それに気が付きました。運営にて修正します。ごめんなさい。 (【要読】大賞作品投票のお知らせ(2018年7月B-REVIEW杯))

2018-08-16

ところどころに魅かれるフレーズが。 >いつか赤いマシュルームができあがるぞ >全然前世がわかりません >来世もわからない などなど。 見え隠れする物語を僕的には明らかに見たい気持ちになりました。僕には少しカオス感が強かったかな。でも、意図されて物語を崩しにいってるようにも思えました。前作のある夜な恐怖も、やはり物語を崩していて。言い方を代えると、フレーズとフレーズが断線していて、ノイズになって残るような。 読み進めているうちに僕には話者の滲み出る情緒がどうしても気になってしまう。例えば、前世と来世がわからないという情が掛かってるのはキリギリスとカニの様なのかなあ、という。話者が抱えているであろうバックボーンの物語。それを知りたくなる作品でした。 (幸せな時間候補探していくよ)

2018-08-17

「ノックしている」を三連打すること、「ノックしている」をただ一言だけ置くことでは、大きな違いがあると思う。三連打されることによって何らかのレトリックがあるんじゃなかろうかと深読みさせ、探しているものが無いと判明すれば残念になる。「ノックしている」が一つだけ置かれていたとしたら、つまり、 死人はノックしている この一言だけの方が、レトリックの効果は増すと思う。更にいえば、エモい。大胆だし、作者の極私的な魂と覚悟を感じると思う。 (死人は)

2018-08-18

最期の反動とは見えない風であり、揺れないものが揺らす、なにかであり、その得体の知れない風はゴム製で繋がれていた安堵を飛ばしてしまった、その時を「最期」とし、風を「反動」とする隠喩だと思う。バスを待つとは、あるいはバスが来て乗ってゆく、誰かと誰か、あるいは語り手自身の「別れと旅立ち」だと最終連を違和感なく読める。以前に、ユウさんの過去作で、「ユウさんの作品は出口がない世界観だ」みたいなことをコメントした記憶がある。仲程さんがおっしゃってる、最終連が入ってこないというのにも、その世界観は類似なものかもしれない。しかし、ハイタッチという言葉が、ギリギリ出口を私には見つけられるようにしてくれた気がする。 苦悩するユウさんは詩を見つけたのだろうか。なんだか、次回作あたりで目が醒めるような一撃を喰らわしてくれそうな気がしてならない。本作で、試しの空撃ちをした感じがする。 (てのひらに優しさが開かれる)

2018-08-19

こ、この作品は、前作からのスピンオフ、河原弥生先輩がまた後藤君をいじっている物語であることを、右肩ヒサシファンとしてはコメントしておかなければならない。 (探せ。)

2018-08-18

作者黒髪さんの文脈に沿って本作を読んでいる私にとって、黒髪さんが一つの到達点に達せられた作品であるという感慨がある。ここ最近の黒髪さんの作品は独白に次ぐ独白の作品が続いていたと思うのだ。それを、「体育座り」と評するコメントを文学極道の方で見かけたこともあった。もちろん作品本位、作品のみで評はされるべきであろう。だけれども、宮沢賢治の「永訣の朝」を賢治の文脈から読ませてしまう作者・作品の関係性も否定出来ないことと思う。その観点からすると、本作には、作者が求めていた自身を肯定する答えが普遍性を持って私には迫ってきた。 >人と共に生きていたい >そのためには不器用だとか言っていてはだめだ >いやそれでもいいのだろうが 読者である私も、突き抜けたい、突き抜けて到達したい情景、詩があるのではなかろうか。極私的な気持ちが宿っていなければソウルフルでもエモーショナルでもない。肉体が宿る言葉。 (秋が訪れるだろう)

2018-08-18

「俺の高校野球」。タイトルからして直球勝負な感があって、新鮮に読めました。とても解り易い。逆に云いますと読者へ委ねる想像の部分、余白が無いかなあとも思いました。 湯煙さんと同じく、私も野球を題材にした作品をいつか書いてみたいと思っており参考になりました。山際淳司の「スローカーブを、もう一球」みたいな勝負事の残酷さみたいな作品を書いてみたいし、読んでみたいです。 (俺の高校野球)

2018-08-18

オッペケペー節が現在のラップと通じてるのは演歌の原型が街頭で始まった時事放談演説にあるから。と、また大二廟な話ですみません。本作におけるリズムの心地良さは345の韻にあって、これって裏ビートなんですよね。レゲエ、ヒップホップ。日本語を裏ビートで読ませるのって、じつは、オッペケペー節も同じなんです。という、日本語のリズムについて考えてしまった本作です。 (コンカラ様が通る)

2018-08-19

タイトルが先にあって書かれた作品なのか後からタイトルを付けられたのか。タイトルと作品本文の間にあるもの、あるいはタイトルは本文と一通のはじまりの開きなのか、とても気になって読みました。内容は私にとっては難解で、読解する前提知識が必要なようにも思えました。読み終えた後、タイトルと本文の関係を受け入れることを保留のままに。保留にしたとはいえ、2つ、気になって頭に残ったことをコメントします。タイトルを私の中では消化出来てはおりませんが、ふと考えたことは、「11月、転落する」と終えずに幌附乳母車と続けられていること、これが鷹枕可さんが持つ感性のオリジナルさではないかと。もう一つは、冒頭の⇒です。これはすごいフック(読者を作品がキャッチする意)ではないかと。先に申し上げた通りの前提知識があれば冒頭の⇒が置かれている文脈を悟り得るのか、私には難解でも、そうではない何かがあるのではないかと、印象に残りました。 鷹枕可さん、投稿ありがとうございます。 (11月、転落する幌附乳母車)

2018-08-22

語り手のキャラ設定が可愛い過ぎてたまらない。作者本人のまんまなキャラであれば、天賦のウィットとユーモアのセンスを感じた。ギャグではなくて。ネット詩によくある漫画的な面白さでもなくて。次回作でシリアスな作品をもし投稿されたら、それはそれでスゲエなってなる。そんなこと想像させる作品でした。 (ぼくの飼っている猫)

2018-08-28

とてもシンプルな独白作品だと思う。吐露される世界観に共感はするのだけれども、言葉に抉られたり共鳴するまでには読めない。なぜならば、未来に絶望する人も寂しさに耐え兼ねている人も、年間の自殺者が3万人ぐらいいて一生懸命に生きることが難しい国であることを私は既に知っていて、私も時には消えてしまいたいと思う時があるから。つまり、作品を読んでいると、言葉が既視感に覆われてしまいました。もちろん、読んでいる私の勝手な感想です。でも、「パチン」の置かれ方は本作の中で活き活きした響きの効果として読めました。 モノローグな作品が大衆性を拒否しながらも普遍性を具えた芸術作品として、誰かしらが後世に伝え残ってゆくような作品、それを創作することは、かなり難易度が高いと思う。 でも、モノローグこそが詩だとも思うのです。私もモノローグ作品を書いてはいつも失敗しています。多くの酷評を受けました。なぜだか、酷評されると嬉しくなりました。なぜなら他人に理解してもらうことが難しいことを作品にして表現しようとしている自負があるからです。 すみません。結局、自分語りなコメントになってしまいました。書いた後に、初投稿の方へのコメントなのに、言葉が過ぎてしまった感を持ちましたが送信ボタンを押します。次回作も必ず読ませて下さい。楽しみに投稿をお待ちしております。 (弾け音(ね))

2018-08-28

追記 hitorismというハンドルネームが気に入っております。 (弾け音(ね))

2018-08-28

音がいいと思います。ただ、残念なのが、 >ゆったりすわってにわたしはいくよ の、「に」が打ち間違いかと思いますが、読みながら少し乱れて醒めてしまいました。 読む人によっての感覚的なことなので、音をどう表現するか(作者が意図するリズムに読者の読むリズムをどの程度一致させるか)をかなり考えられ推敲を重ねられたのではないかと思いました。その作り込みがエモーショナルに伝わってくるのだと思います。先人のアドバイスとして渡辺さんがよく言及される「他人の作品を読んでコメントする」という行為は、自作を客観視する力を養うと思うのです。本作の推敲の後こそ、客観視する力であり、その積み重ねがエモい作品として昇華されるのだろうと思います。伝えたい気持ちがエモいのではなくて書く技がエモい。すみません、誉め過ぎました。 (ぱらいそ)

2018-08-29

私も本作を素直にいいとコメントします。一読目に、おおっ無地な言葉!とびっくりしました。二読目に、シンプルさの奥に何か深くて読めていないレトリックがあるんじゃなかろうかと深読みしました。そして三読目。これはそのままに、読んだままに受けるべきではなかろうかと、私の心と感性が現代詩病に冒されていてダメなんじゃなかろうかと、レトリックとかメタファーとかを探偵のように探してしまう自己嫌悪感を持ってしまいました。とりあえず、素直に、いいと、コメントしとこうと思いコメント送信しました。投稿有難う御座います。 (ゆうき)

2018-08-29

声が聴こえた。ユウさんの肉体が宿った詩だと思う。一読しただけだけどいいと思った。感情の走り出しがとてもよかったんだけれども、少し息切れした感じが最後残ったけど。またタイトルが良いよね。 (Tender)

2018-08-29

投稿作品「遺骸」と本作、どちらが好みかというと、一読しただけではありますが、本作の方が好み。しかし、五行目までの断続的でありながらも思念は繋がって読めるのに、どうしても最終行の「愛」を持ち出されているところにイージーさがあるように思えてしまう。愛は現実世界における癒しの比喩ではあるのだろう。「それこそが」のそれが何を指すのか、曖昧にされているレトリックには私は読めない。結語に「いまいち確証が持てない」とする曖昧さが置かれているのだから、その前提として「それこそが愛」のそれとは何かを明示するほうがギミックの効果が得られると思う。もちろん、素朴なモノローグであれば、ギミックも何も不要かもしれないけれども。 (あすなろ の意味を僕は知らない。)

2018-08-31

もなかさん ご指摘の件、認識の違いがあると思います。しかしながら、もなかさんに認識の改めを求めるものではありません。当スレッドにて読まれる他の参加者の方々に情報を正確に提示しておきたいという意で、もなかさんが引用されていらっしゃいます三浦のコメントの前にありました、カオティクルさんのコメントを、こちらに載せさせていただきます。 >訂正1つ >なつめさんは優良です >推薦じゃないです こちらのカオティクルさんのコメントは訂正を求めていらっしゃると受けた次第で御座います。しかしながら、もう少し丁寧な手順が必要だったことを、もなかさんからのご指摘でわかりました。ありがとうございます。 (【必読】ルール変更などのお知らせ)

2018-09-01

カオティクルさん 誤字をこのままにしておくと混乱を招くこともあるかと考え、三浦の方で訂正しておきました。 選評について。とてもカオティクルさんらしい選になっておるかと思いました。カオティクルさんが選ぶだろうと想像する通り選ばれている作品ではないかと、特に、大賞と優良作品に感じました。また、言及されている観点が作者自身へも切り込まれている。愛着を持って。それは三浦個人としてはとても嬉しい。それは「作品批評ではない」と批判を浴びせられることもあるだろうし、批評史の文脈からすればその批判は正当なのかもしれない。しかし、その批判を10倍返しするほどの熱が本選評にはある。そもそも、アマゾンの書評をみれ、と云いたいよね。読み込んだら書いている人まで到達するのは自然ではなかろうか。別の見方をすれば、人格攻撃に毒されたネット詩掲示板における自己防衛(作者にはあんまり触れないでおきましょう的なもの)による弊害への告発の意味が含まれているとも思う。もちろん、作者への言及にセンスが必要なことは当たり前であり、不快を与えてしまった私自身の過去の自省があることも事実。あ、すみません。自己主張し過ぎですね。またこれからも宜しくです。 (貴音さんの選評、8月篇)

2018-09-01

花緒さん 早速のコメントありがとうございます。ポエムか文学か、あるいは作品の強度について。これについて花緒さんと議論したいと以前から思っておりましたトピックです。また、ビーレビに新しく参加される作品群の中に「ポエム」とカテゴライズされがちな投稿作品があり、コメントレスが有意義になればという気持ちもあり、少し長くなるかもしれませんが真っ向からレスしたいと思います。放言ネタから入った作品はポエムになりがちという指摘、たしかにそうかもしれないと頷けます。初稿からどれだけ推敲を重ねたとしても強度が得られないからポエムの域を出ないという理屈。まったくその通りの推敲作業でした。強度を求めるあまり客観的視点から作業スタンスを取りがちになる。その為、キャッチな言葉を選ぶ、あるいはネット詩ウケがよいレトリックをはめ込む。そこには上乗せしかないのです。表層の上塗り。これでは強度は生まれない。よくありがちな、ステイトメントが感じられない、なんとなく書いてみました的なポエム作品が出来上がる。まさに花緒さんの推察する通りだと、認めます。花緒さんの推察を借りての自己批判。ここまでは。逆に問いたいのは文学の範疇について。先に展開した強度という基準を持ち出せば、強弱によって文学の範疇を特定することが可能だと思う。しかし客観的な数値は当たり前だけれども無い。基準数値は無いのである。強いて持ち込める数値があるとすれば、支持する・人気を得る作品、つまり大衆化の数値。お察しかもしれないが村上春樹を取り上げる。村上春樹作品が世界中の大多数の国々でベストセラーとなっていることは文学作品としての優劣とは別に、日本文学史上最大級の価値があることは事実。これに異論を述べる者があれば、大凡、察しがつく連中である。それこそネット詩の暗黒的閉鎖社会で自己満足文学を極めてるつもりな連中。何が言いたいのか。 ビーレビが目指している文学はどちらの方向なのか、解る奴・読解出来る少数に拘る「強度」を求めるのか、あるいは多くの人気を誇る「強度」を基準とするかでまったく違った評価になるのではないかと。それこそ、ポエムだろうが放言だろうがなんだってよかろう。ゼンメツさんというネット詩界隈で今一番ホットな話題の人へのオマージュ作品で何が悪いのだろう。もっと言えば、本作品で私は大賞を取って、多くの称賛と人気を得たいのだ。あざとい、軽薄と言われようがまったく眼中にない。大衆から支持される数字としての強度を取りたい。 最近の投稿作品に見受けるポエムカテゴリーの話に戻そう。たしかに今の参加者の大半が現代詩界隈のコアな人々だから新たに参加されてこられたポエム系の人々が少数に位置していると思う。しかし、花緒さんが以前から予想されている通り、100万人規模で存在するであろう、人の目に触れないノートの片隅に詩を書いている潜在ユーザーは今少数とされるポエムの人々なのだ。これらの人が大量にビーレビに投稿される事態を想像するべきだと思う。その未来には、このような強度がなんちゃらなどといったチマチマしたコメントの応酬がされている世界なわけないだろう。そこには数値化された強度がメインになっているはず。つまり、私が以前から提唱するランキングの表示が当たり前のようにあるだろう。それこそランキングのパラメータの中に強度というエレメントがあったりするかもしれない。 かなり長いレスになってしまいましたが、当レスを詭弁・屁理屈と受け取る人がいらっしゃるかもしれませんが、是非、コメント欄を読まずに、作品自体を真っ直ぐに読まれると、嬉しく思います。 (0. my world.)

2018-09-01

ゼンメツさん すみません、花緒さんへのレスを一心に今書き終わりましたところでして、エナジーが足りない状態でして、また後ほどです!すみません!コメントありがとうございます! (0. my world.)

2018-09-01

ゼンメツさん 改めて、コメントいただきましたこと、感謝申し上げます。ゼンメツさんがJKに頭カチ割られたいんだ、的なことをどっかで言われていたんです。もしかしたら私の読み違いかもしれません。でもJKを書きたかった。文学極道に初めて投稿した頃に、あんたらの作品と俺の作品を街中の女子高生に読ましたら俺の作品を取りますよって嘯きじゃなくて本当に思って言ってましたこともありJKを持って復讐してやりたかったんです。ではまた。 (0. my world.)

2018-09-03

カオティクルさん 君に褒めてもらえたことが、 現代詩クソトレンディいけすかない女子キャッキャッ系男子30代詩人たちへの復讐の証。 ありがとう。 (0. my world.)

2018-09-03

survofさん 俺、今朝、Twitterフォロー全部解除しました。survofさんがみうらくんに持っていただろう嫌悪感はきつかったかなあ。でもその後にsurvofさんしかわかってくんねえだろうなって気持ちになれてよかったです。誤解は誤解のままに終わる。他人を傷付けませんようになんていう博愛なものはどうしても持てませんでした。なので、Twitterフォロー全部解除する。私の世界は変わらないということでよかったです。おじさんですから。ありがとう。 (0. my world.)

2018-09-03

渡辺さん さすが。読めている。まさにこの作品は現代詩トレンドへの私の復讐です。情熱。人に褒められたいやつがいる。賞を取りたいやつがいる。最高に読めるやつにしか読めなくていいとかかっこいいナルシスがいる。みんな俺の情念の谷底に沈めてやりたい。へへ。これからもよろしくお願いします。 (0. my world.)

2018-09-03

survofさん パクリます(笑)俺のことをよくわかってる(笑)人が言っていた話を自分の話のごとく無邪気にしゃべれます! ではsurvofさんの来月の大賞推挙を楽しみにお待ちしております。 (笑) (0. my world.)

2018-09-03

まりもさん ふじりゅうさん コメントありがとうございます。 この作品における『世界が全滅すればいい』とは何か?本作の重要なキーだと自分も認識しております。また、本作を投稿して長い時間も経過しておりますので、思い切って自説致します。ハイデッガーが存在と時間のなかでも論じた通りに「世界」とは一体何か?という問いはとんでもなく難解なものであると思います。人間があるとする世界、私があるとする世界、あるいは本作品にある世界はすべて同じ世界としてあるのか、その答えを彼女は知っています。彼女は時間の概念を持たない世界にいるのです。しかしその隣には時間の概念を持った同じ人間がいる。時間の概念を持ったおじさんがいて、時間の概念を持った元彼もいた。時間の概念を持たない彼女と時間の概念を持つ他者がはたして同じ世界にあるか。そこに筋の通らない出来事が生まれています。彼女は去年の夏のことを思い出すのです。彼女が思念した「去年の夏」とは私たちが認識している「去年の夏」とは違うのです。なぜならば彼女に時間の概念が無いから。それは時間の概念を持つ元彼が何度も繰り返し話をしたことを憶えれていない、これは元彼への愛情の薄さを表しているわけではなく、彼女に時間の概念が無い、彼女の「去年の夏」とは「去年の夏」という空間を言っているに過ぎないのです。まったく理に適うように伝わらないかもしれませんが、理の前にありのまま、あると思念してくださいとしかいいようがありませんので、これについて共感・納得を求めるものではありません。 もう一つ自説します。武器について。この作品の中における情報だけを基に推測すれば、彼女とおじさんは共通の武器を持っており、彼女はその武器を持っていることに気が付いているが、おじさんは武器を持っている認識がない、あるいはとぼけている。その共通の武器とは。答えを導き出すキーは前節にある、おじさんへの問いかけです。「判断をしようか。」しかし彼女は問いかけをしながらも一体何を判断するとも言っていない。主語が無いのです。つまり「何か」を判断しようよとおじさんに呼びかける。そして、おじさんの答えをきく前に、彼女は自ら武器を示した。判断をしようと促したのは武器を取れ、武器を持てということになります。では、武器は何か。武器は感じること、感性の暗喩です。先ほど自説しました通り、彼女に時間の概念はありません。その彼女が時間の概念がある世界で生きることは合理ではないのです。言語ではないのです。ただ感じるということ。ただ、あるとすること。ただあるのだと。その感性を持っておじさん君も戦えというメッセージを込めて拙作を書きました。私の世界を変えるものは何もないとは、感性に生きる者、合理の世界に背を向けた者が持つ決意です。最後になりますが、一つアピールさせてください。本作を基に『共犯者』というタイトルで10月7日のイベントビーレビューテンへの動画を製作・出展することにしております。そのなかで朗読をある人にお願いし、録音しました。私が知る限り、いや、私が勝手に思っているだけですが、その朗読をやってくれた人は、時間の概念で生きていない人、だと思っております。もしよろしければ、イベントでお楽しみください。長々となってしまったコメント、容赦ください。 (0. my world.)

2018-09-27

おそらく、本作はわかる人にわかる良さがあればいい、という作品なのだろう。いや、理解しずらい人にもその熱量が伝わればいいのだろう。そのわかる人にわかればいいという情念や熱は、匿名性が渦巻く場所にあっては大事なのかもしれない。東京大学の名誉教授のおじいちゃんがこれを書いていたら凄いしキッチンで家族のいない昼間にタロットカードでオネショが治らない息子の未来を占っている専業主婦が書いていたらそれも凄いし作者がカオティクルさんだとわからなくても情念と熱が在る作品だと思う。 (カオティクルConverge!!貴音さんのLIVE!!!)

2018-09-10

少し荒さを感じました。いや、毎々なつめさんの作品はラフさが魅力的なんですが、なつめさんの作品の良さはその荒さを超えて伝わってくるエナジーだと思います。エナジーとはグダグダな日常がグダグダなまんま文体にあることだと、なつめさんの作品を断定しており、今作はそのグダグダがテクニックとしてしか感じられない。つまり荒いだけ、という。読まれる方、こう読まれたいという方が先走ってるような。漫画的な面白さが主題としてあるのかもしれませんが、漫画的な面白さの作品はビーレビにも渡辺さんや多くの人がいますが、なつめさんならではの思春期にしか書けないなあって思える作品が私には魅力です。高度なテクニカルな表現が盛り込まれた作品は大人の人たちにまかせておけばいい。はい。うん。そう思う。 (ヘイセイ思春期スイッチ)

2018-09-04

渡辺さんの作品はほっといてもコメント付くから全くコメントする気がなかったのだが、渡辺さんの返レスに「私ね、地蔵菩薩になりたい」とあったのを見つけてしまい笑ってしまいました(失礼) で、本作が持つ本質って「書かれた理由」を探らせるミステリーだと思う。カポーティの「冷血」と同じ。あれも事実の殺人者がなんちゃらよりも、創作スランプにあったカポーティの理由の方に意味がある。それは作品の本質がスキャンダラスだから。本作「殺させてくれたのに」も同じ。この作品の内容が残虐さ云々という批評は文学の世界では妥当なことではあるが、エンタメ(そもそも渡辺さんの作品は文学じゃないよ。エンタメ!)としてみれば、その訴求力の要因はスキャンダラスだということ。そこからすると、作者が創作の関係理由として地蔵菩薩になりたいと言うのだから、めちゃくちゃ確信犯だし、大した役者だ。 (殺させてくれたのに)

2018-09-24

帆場蔵人さん コメント有難う御座います。いよいよ帆場蔵人さんがみうらくんマジックにはまってこられているようで、とても満足しております。あ、すみません。 私は時々、誰か宛ての捧げる詩を書きます。ある特定の人物へのもの。じつは本作もそうです。その人はホテルハルディンの人です。ホテルハルディンの人に出会ったのは二人目です。私はきっとこれからも、ホテルハルディンの人に出会うたびにホテルハルディンを思い出して、その人宛ての詩を書くのだと思います。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-04

まりもさん 正義の物語。ジーザス。キリスト教圏の正義の物語が今も有効なのは、自分が嫌なことは他人も嫌なはず、という幻想がコミュニティを支配しているからかもしれません。自分が嫌なのだから他人も嫌なはずというルール。そこに生まれる憎悪のメカニズムはいつも同じ。被害者意識から発せられる正義。たしかに権力を持っている者はいる。暴力を振るうものがいる。被害者意識から発せられる正義も権力者の暴力も無自覚だからタチが悪い。ジーザスの磔刑はナルシスティックではある。しかし、彼の姿に見いだす本質は自覚をしているということかもしれません。誤解は誤解のままに、それが共同幻想に対して有効なのは自覚を覚醒させ得た時。無自覚な暴力には自覚ある無抵抗。難易度高いです。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-10

ステレオさん 大地の詩を口にしてみたいものですな... (そのみひうまたはひむ)

2018-09-10

カオティクル 宇宙の真理はエンタメには向かないんだ。なぜならばすべる話だからな。。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-10

帆場蔵人さん それです。特定の人に宛てた作品に普遍的なものを持たせるのって難しい。 詩を書くきっかけとして、特定の人に向けて書くことがよいときいたことがあります。伝達の為の言語からはじまって自己を抉る内に宇宙に到達する、これが理想かもしれない。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-11

紺さん リズムがあればよいのである、これを最近やっと理解しました。読むことと理解することは別物だということ、みたいですね。読む側が内包するセンシティブなこと、そこを叩こう、触れようとするレーザー光線を発している作品を書きたいものです。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-11

fiorinaさん 波打ち際で手塚治虫さんと語りあった時にアドルフに告ぐ的なことを書いてみたいなと思ったことがきっかけで、というのはもちろん嘘ですが、そういうのも含まれていると思います。全体主義と正義とか以外に選民思想、その肯否定は置いといて。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-13

るるりらさん まさか、るるりらさんが本作に真っ向から挑まれていることにびっくりしました(失礼!)。といいますか、ほんとうにびっくりです。逆にみると、意外や意外に、読解とかロジカル的優秀性を謳う人よりも、感性的な人、ポエム的な人と思われているるるりらさんの方が優れた読み手なのかもしれない(↼敢えて言っておこうかと)。自閉症と呼称されるのは現時点でイレギュラーだからであって、未来においては、そうでないかもしれない。というか、イレギュラーな人を天才と呼んでいることがよくある。しかし、天才とか優れた作品とか(笑)、はっきり云ってどうでもいいよね、るるりらさん。そういうのを書きたかったし、そうだろう?とこの詩を捧げた人に云いたかったということかなあ。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-13

杜琴乃さん タイトル!そうなんですよ。このタイトルにこそ私の大二廟としての力を注いだんです。お気付きだと思いますが空です。有るでもあり無しでもあるという。そこから始めようかなと思っているんですよね。違うベクトルで書いてる人クリエイトしてる人がいる、ということに気が付きまして。作品以外に情報はない、作品がすべて、作品の情報から得るところの詩を感じるという行為、はたしてそうだろうかと疑問があったりします。テレパシーはあるんじゃないかなあ。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-13

なるほど。と、一読して思いました。明確にコンセプトがあり堂々とした潔さと熱量を感じました。しかしながら、本作のコンセプト、狙いと目的がビーレビの読者が読んだ時の面白さであるならば、残念ながらかなり滑っている作品ではないかと。少なくとも私はステレオタイプさんの本質が読みたい。一体ステレオタイプさんはなぜ現代詩を書いているのかということ。そのステレオタイプさんが持たれているであろう葛藤やら憎悪やらあるいは世界を美しいとするハート、あるいは誰にも明かさないダークネス。そのステレオタイプさんのオリジナルの文脈とパーソナルを読者が知っているという前提条件をステレオタイプさんは書かれ発表されなければならないと思うのです。というか、私が1番読みたいです。そのステレオタイプさんの本質を知っていて読むと、今作はまったく違った印象になったと思います。優れた道化師は笑いで泣かせる。 カオティクルさんの作品群の中に四国お遍路をモチーフにした超絶長い作品があります。それはカオティクルさんが「誰にもわかってもらわなくてもいい」と覚悟されて書かれた。私はその作品を読んだ後に、カオティクルさんの他の賑やか系の作品がまったく違った印象に変わりました。 長くなってしまいましたが、辛い物言いになってしまったかもしれませんが、本音で書いてみました。 ( 「Zero gravity dropping」 stereotype2085 featuring 貴音&EMI)

2018-09-04

帝王切開を優良に!ありがとうございます!初めて入選を体験しました! (八月のるるり選。より一層の素直を大切にしました。ほんまどすて。)

2018-10-01

なんかしらんけど、文体に親近感を感じる。作品から立ち上がる何かが個人的に好み。その何かはナルシスティックなようでニヒリズムなようで他者への優しさと背を向けてしまうシャイなもの。 (散歩中の心象スケッチ)

2018-09-11

あれ?この作品いいじゃんと一読して思ってコメ欄みたら渡辺さんも褒めてるし、やっぱこの作品はいいんじゃん、と思いました。日記です。人に見せる前提に書かれた日記だと思うんです。優れた散文。悪くない。やっぱ、ステレオさんって一応、エモーション持ってるのか。 (2019年の花魁。沖縄にて)

2018-09-10

「終われない世界観」だと北村灰色作品をずっと評してきた。https://www.breview.org/keijiban/?id=771 で最近、灰色さんのツィキャス放送で初めて灰色さんの即興詩を聴いた。それはめちゃくちゃ上手かった。で、わかったんだけれども、北村灰色さんの作品に必ず憑いているもの、それは言葉を使う器用さだと思う。その器用さはテクニカルな枝葉なレベルにとどまらず文体・スタイルにまで昇華されていて。言葉を使う器用さって、作者が受け手に対して、イメージ通りにイメージを百発百中で言葉にして伝えられるということ。料理は完成していて読んでいる私はそれをそのまんまに美味しく食べてしまう。逆に言うと読者に想像の余地が無いのかもしれないし、世界を終われない強制力を持ってして読者を誘うもの、つまり読者は共犯者になっていく。なくした100項目にはたぶん、読んだ人間が書いた終われない世界が書かれている。 (99頁、なくしたのはたぶん)

2018-09-26

言葉のバイオレンスさが電子画面の中のテキストを越えて伝わって来ない感じがあります。それは「死ね」の送り先が私、三浦宛ではない安心感がまずあるからでしょう。だとすると、バイオレンスさではない「死ね」の読む側の受け取り方として、冒頭から「死ね」は語り手の内なるものに限定された鬱憤などで結末を迎えることを予想した読みになってしまうと思うのです。そして「ごめんね」が結末としてある展開は、語り手自身の心象範囲内。予定調和過ぎる構成だと思うのです。しかしながら、特に読み手を想像して読み手を意識して書く必要がそもそもありませんので予定調和であろうとも作者が満足する作品であれば、それはそれで良いと思います。しかし、殺傷ごとを書くのであれば、その殺傷が読者に必然として浮上する世界観をみせて欲しいと願います。予定調和でなく、「ごめんね」の終わりが読者である私にとっても必然だと思わせるもの。その作品全体が持つべき世界観のフックが不足していて、散りばめられた過激な言葉にフックを頼りきってしまっているのではないかと思いました。 (沸騰)

2018-09-30

本作の魅力は古典的な詩の原則があるからではなかろうか。ネット詩では、それを使い古された手法として切り捨てられネット詩の奔流は限りなく小説に近いもの、音楽に近いもの、漫画に近いもの、エッセイに近いものになっていて、逆に古典的な詩の手法が最新型になっている。時代は循環するもので最新型などそもそもあるはずがなく、ほとんどの詩にはオリジナルがあって1が1を生んでいるに過ぎない。0が1になる瞬間に出くわすことは100年に一度ぐらい。 古典的な手法とは何か、外を書くこと。自己の外側を、見ている触れている在るものを書くことによって自己を暗喩として出すこと。じつは私は現在それにトライしていて、本作はその目指しているところの手法が成功していて羨ましい。 (陰)

2018-09-11

ちら出しする残酷性がいい。愛と資本主義に生きるアンニュイな女子が出てる。ハンドルネームも光ってますね。 (つめをかむ)

2018-09-11

この作品はまだ、輪郭がくっきり出ていないけど、かなり個性を秘めた才能を感じた。気のせいじゃないと思う。わかる人にはわかると思う。ぐちゃぐちゃさがあざとくない。 (もう二度と詩なんて書かない)

2018-09-11

何かがなくなった気がするんですよ。ゼンメツさんが投稿されている作品しか知らないし昔の作品を読んだことがないので、元々から持たれているスタイルかもしれないけど、何かがなくなった。もしかしたらゼンメツさんの作品って読者に依存しているところが大きいのかもしれないかとふっと思いました。でもその依存って詩作品が根源として持っているものかもしれないとも思う。 (Wheel of F F F FFFF For tune)

2018-09-13

「たたきわる」が昨年の秋だったと思うと時間がずいぶんと早く流れていたのかと思った。あきらさんの「たたきわる」は外界をメタファで書く意味において優れた古典的手法の詩だと思っていて、当時、日々綴られていた詩を書くことの目的をご自身は達せられたのだろうと思った。「たたきわる」で。というのも、その後の投稿作品は多分に内面にあるもの、一人称へのこだわりを持って書かれていると思う。その作者あきらさんが持つ連続性のなかで本作「定義」を読み解く時、人間が持つ根源的な孤独を書こうとされているのだろう。いうまでもないけれど孤独という物語をではない。人と人は断絶されたなかにあるということ、そのままに書こうとされていて、それこそ真理に近い。まさに人間が根源的に持つ孤独の定義。本作はまだ通過点でしかないだろう。外界を書いて達した「たたきわる」の境地はまだ先だと思う。 (定義)

2018-09-22

この選評は何回読み返しても面白いです。鈴木海飛さんって私にとってはTwitter、ツィキャスで時々触れては離れる、ミステリアスに思っていた1人だったんです。でもミステリアスてありながらもその接近して、投げかけられる言葉には愛嬌と人を楽しませてくれるユーモアがあって。今回のフル選評にはそんなことがめいいっぱい注ぎ込まれていて、読み返しては1人でたのしんでます。鈴木海飛さんのフル選評作品、一言で言うと、読者目線で読者に選評を伝えたい読者の為の選評、だと思います。素晴らしい。ありがとうございます。 (フル8月投稿作品 選評)

2018-09-16

性的な作品として「あまがみ」というタイトルはいいタイトル付けだと思った。団鬼六の「花と蛇」よりも直裁的でいい。内容は抽象的な表現が多様にある中で「あなたのみみたぶをあまがみしたい」という欲望に関する表現部が具体的である為、それがコントラストとして際立つけれども、タイトルに釣られて読んだ私としては、抽象的な表現が邪魔になって薄い性表現の作品という中途半端さが印象として残る。薄い性表現でない濃いい性表現では美しさとしての性が欠落することが多いにあること。しかし、「あまがみ」といタイトル付けが絶妙なだけに、もっと踏み込んでリアリズムで書いてもよかったんじゃなかろうかと思う。 (あまがみ)

2018-09-30

なんかわかんないけどこの詩好きです。風をこんな表現で書いてることが好きなんかもしれません。極私的なテーマなんかもしれないことが伺えるし大層なことを語るでもないんだけど大層なことよりも大きなことがあって、その大きなことは中学生では今はないということで、ささやかな情報だしあんまし誰にも関係なくて、という情がこちらに伝わってくるからだと思うんだけど、ゲシュタルト崩壊が切ない。でまた最後に、「彼に」って、語ってるところで切なくなりました。 みうらくん、どうしたとう?って話しばしてくれた綺麗やった中学生ん時の国語の先生ば博多弁で思いだしたばい。個人的だけど切なくていい作品と思う。夏風。漣。成分出とう。 (夏風)

2018-09-18

>あの切れ味だ >正しい死体とは正しく殺された身体であると >知っているあの光 >光はみずからつくる他なく >煙る舟のゆくえ この2つが良かった。自分が今書きたい表現であり、自分の下手くそさは棚に上げて、コメントすると、自己の内面を吐露することよりも外界を表現するレトリックとかにこだわられた方がいいと思います。自分語り系、放言系のスタイルは一定のレベル以上の筆力がなければコモディティ化されたネット詩のなかでは埋もれてしまう。いや、筆力あっても埋もれますが。なので、先の2箇所みたいな表現が私は好みで、良いと思います。 (麻酔)

2018-09-24

前作の散歩中の心象スケッチの方がよかったかなあ。yoshiyaさんをチェックしていて、りりかるすくーるを知ったんだけど、なんだろうか、りりかるすくーるって使い古された手法なんだけど今どきさを感じるのは発散されるもの自体が新鮮だからなんだと思った。で、yoshiyaさんの前作、いくつかのよくある固有名詞が使われていたんだけど、なんだか良い感じだったのは、りりかるすくーると同じ理屈なんじゃなかろうかと思う。今作はそのよくある、使われ過ぎていてうんざりなワードがうんざりなまんまにしか伝わってこない。悪霊もメルカトルもコンビナートも破壊神もすべてがそう。2次創作まではいかないにせよ、本作の世界観(そんな大層なものじゃないかもしれないけど)はだいたい一周回ったと私なんかは思っていて。2000年以降の、世紀末になんにもなかった後の渇望される神話みたいな現実。このコメントを書いていて、あーなんだか、2次創作的なオマージュがこの作品にあるのであれば、そんなに悪くない作品かもしれないとちょっと思い直しましたが、でも、個人的には前作の方が好き。 (破壊神)

2018-09-23

言葉を連ね、崩しながらも共感に誘ってしまえる技は優しくて切ない書き手の感情が裏打ちしているからなのだろうと思う。僕にとってのゼンメツさんの魅力は憎悪を書きそうで書かない、書かれていない、というのがある。 空を表現する君に対して、空はどんなところだと訊く。それは皮肉と嫌味にも読める。でも最後には優しく僕は離陸する。憎悪をみせようとしながらも自分を抑えこんで、じゃあね、とする優しさ。これをみうらくんが大好きになって共鳴するのは知ってる人はわかると思う。ナイーブでシャイとはそういうものなんだ。本作「きみが、そらにだけみちているから」の後、5年間の変遷を知らないけれども、ゼンメツさんの先を知りたくなる一作です。 (きみが、そらにだけみちているから)

2018-09-23

タイトルが少しイージーな感じがしますが、自死の重たさとシンプルな夜明けの描写がコントラストになっていてあっけらかんとした読後感を誘っていますよね。なんか良いなあと、上手いなあと思いました。タイトルに意味深なものを持たせていたら私は、読者は、もっと吸い寄せられるかもしれません。 (暁の詩)

2018-09-24

モノローグの文体は単に思念されたことを表せばよいというわけではないと思う。他者を突き離すことがコンセプトとしてあればよいのだけれども、本作「コトノハ」に『だから私は』『貴方のコトノハ』とあることからすれば、読者を自身の独白へと感情移入されるべく「私と貴方の物語性」のレトリックが内包されている。であれば、私には、残念ながら語り手の共振が伝わってこない。コトノハがコトバではなくてコトノハという響きが持つ浮遊感以外に語り手のオリジナルの情念の訴求力が感じられない。コトノハという音の響きに依っており、コトバかあるいは言葉と用いずにコトノハとされているところに響きに頼ったイージーな創作に読めてしまいます。 初投稿、ありがとうございます。また、次回の投稿作品を楽しみにお待ちしております。 (「コトノハ」)

2018-09-24

おお!!渡辺さんはやっぱり鋭い。まったく同意です。私、2回だけリアルの合評会に参加したことある経験から言いますと、まさに渡辺さんが上げている通りで。ネット詩で毎日のように他人の作品を読んで批評トレーニングをしていることは絶大なパワーを養っていて、少なくともリアル合評会の回数より100倍ぐらいの機会を得ているし実感がある。 (【お知らせ】合評活動のすゝめ ※運営からのお願い)

2018-09-24

おっ!と一読した時に思いました。動きが出ていてしかも外界を見渡す視野が広くなっている黒髪さんの作品が!という驚き。で、「君」という単焦点な視線へ戻る。おそらく、おそらくな私の個人的な読みでしかありませんが、黒髪さんが今書こうとされている作品は一筆書きに近いのではないかと思え。レトリックやら文体やら、そのようなことでなくて、まずは自分が書きたいことを書こうとされてるのだろうと思うのです。そう思う時、それを前提とすれば、本作「声」はまだ書きたいところには到達していない気がするのです。すみません、勝手な私見ですが、「君」がもし特定の人として存在したとしたら、本作がその君宛の便りだとしたら、届かない。届いていない。まだシールドを張っている詩文だと思うのです。いや、私もけっこう硬目にシールドをいつも貼りますけど。なんか、黒髪さんが書く、公開ラブレターを読んでみたい。 失礼しました。 (声)

2018-09-24

詩文としての完成度が高いと思う。外界を描写しながら自己を暗喩として表し更に世界観を読者へみせる。それは詩文の定義を真理を探究する言語だとすれば、本作の詩としての在りようの完成度は高い。しかし私には傑作には思えない。完成度が高くなればなるほどに詩は、その探究する真理が肉薄するかどうかの手触りを確かめさせる。受け取り手の読者に。それは私の感性がダメだとも言える。私には2連目と3連目の「自由」についての言及にリアリティを感じることが出来ない。一羽の鳶の様が「自由」の暗喩として最終連で描かれているけれども、その最終連になっている構成がドラマ化され過ぎていて語り手でなく、作者の意図として伝わってきてしまう。作者の意図、思念が表れていることは詩にとって害ではない。寧ろ、作者の情念が伝わってくるものを私は好みます。詩文から私が作者の情念を受け取る時の多くの場合、そこに作者が営んでいる日常の習慣を感じる時であり、そういった詩文の多くは一筆書きに近い、人それぞれの癖のような乱れを詩文にみた時にある。本作は完成された作品であって、私の評は偏頗なものかもしれませんが、読んで良かったです。初投稿ありがとうございます。次回作を楽しみにお待ちしております。 (隣町の雨)

2018-09-27

訂正します。3連目→6連目です。失礼しました。 (隣町の雨)

2018-09-27

これ、めちゃくちゃ上手い。久しぶりに来た来たって感じがした。一高校生というハンドルネームがギミックならば、それもいい。いや、ギミックでなく本当の高校生でもいい。とにかく、良い。いい作品に理屈はない。 (なんだかさ)

2018-09-25

メルヘンな読み物に接することがほとんどないので新鮮に読めた。ただ、各節の末尾がすべて「た」で終わっているので、読んでいるととても単調になってしまい、良い内容であっても醒めてしまう。メルヘンな内容なだけに醒めてしまうのはとても惜しいと思う。「さよならの角度」というタイトルはとてもセンスがあると思う。それに惹かれて読む気になったし、描こうとされている世界はまだ、未完成さがあるとは思うけど、箱庭のようで、その箱庭を俯瞰する視点として、タイトルが関連付けされている。だからセンスがいいと思う。この世界を書き切るには難易度高いと思いますが、完成された箱庭を読んでみたい。 (さよならの角度)

2018-09-30

フィアデルフィア.... (決戦投票のお知らせ(2018年8月B-REVIEW杯) )

2018-09-30

宮田さんの作品を読めていなかったかなと本作を読んで気がついた。投稿され出した最初からの2作品にコメントをした通りで、個人的に好きな内容になっている。ビート世代、ロックンロール的な匂い。カテゴライズしたくなくても読者として、それらを読む時、その作者のオリジナルはどこにあるのだろうかと探してしまう。本作でそのオリジナルが、それが何なのか垣間見た読後感があって。ただ現時点ではそれをコメントの言葉にすることが出来ない。しかしながら、宮田さんが投稿参加開始された当時とは当掲示板への投稿作品の数も傾向も大きく変化してきており、今、改めて、宮田さんの作品が多くの参加者に読んで欲しい気持ちがあり、今回コメントさせていただきました。 (1885年の夢)

2018-09-26

なぜだか気になってしまう作品。なんだろうかと、こちらの作品スレッドに戻って読んでしまう。トビウオの様を、トビウオの現象を、感じるままに書かれている作品、ということなんだと思う。それはライトな作風であり文字数が多い作品の中ではアンチテーゼなものとして存在感がある。それは作者の意図ではなく、読み手の私の感想として。詩文の在り方として訴求してくるものを感じました。 (トビウオ)

2018-09-27

この際だから、大賞、準大賞、優良、推薦のネーミングを変更することを希望します! 大賞→GOD 準大賞→ニューロマンサー 優良→ニュータイプ 推薦→シロッコ https://twitter.com/breviewwired/status/1046682502176419840?s=21 (《ビーレビへの意見とそれへの議論を書くスペース》)

2018-10-01

ふじりゅうさんがコメントされていらっしゃる通り、たしかにレベルの違いを読み始めた当初は私も感じた。私はロジックを読むのが苦手なもので、読んでいてもほとんど内容が身に入っては来ないんだけれども、本作の前半部にあるリズムは中身を理解せずとも読んでいて心地よくさせる。ただ、後半の三角フォルム以降が。私の個人的な感性の問題なのだし、私が他人のことをとやかく言えないのだけれども、作者の意図が垣間見えた瞬間に拒否反応を私は持ってしまう。それが後半部なんだけれども、なぜ、最後まで普通のフォルムで書いてくれなかったのか。いや、それがステレオさんらしいといえばそうなのかもしれないが。これは優良以上確定なのだろう。いや、ニューロマンサー確定。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-02

とても個人的なことをコメントとして書かせていただくことをお許しください。本作は桐ヶ谷忍さんが過去に書かれた作品で、タイトルは変わっていないのですが、もしかしたら、内容は少しリライトされていらっしゃるのかもしれません。いや、まったく同じ内容かもしれない。ただ、過去に読んだ時と今では私自身の変化もあって読後感に違いがあるのです。昔に読んだ当時のことは個人的なことも重なって今でもはっきりと覚えています。車で訪れた出張先の新潟県で季節はちょうど今ぐらいの時期でした。姉貴の病状のことを考えながら車を走らせていて、不安定な気持ちが抑えられなくなり、麦色の稲が広がる田んぼのあぜ道に車を止めて『筆舌に尽くしがたく』を読みました。その当時、桐ヶ谷忍さんの詩を読むことが楽しみの一つになっていたので。姉貴のガンは末期で、もうすぐ亡くなることを義理の兄からきいておりました。父母を早くに亡くした私にとって姉貴は親のような存在でしたが、その独善的にさえ感じてしまう私への思いやりのようなものが、若い頃から長く鬱陶しく思い、死ぬ間際であっても病室を訪れることが出来ませんでした。薄情と周囲の親類達からも言われました。11月に姉は息を引きとりましたが、亡くなる前々日に面会して一言二言、言葉を交わしました。 『筆舌に尽くしがたく』が私の心境へ変化をもたらしたかどうかは判りません。しかし、本作を新潟県の田んぼで車を止めて読んだことは一生忘れないと思います。批評でもなく、また、なんで俺はこのような個人的なことを衆前でさらさらと書いてしまうのかと、自分でも愚かしく思ったりします。 ネット詩は本として残るものでもなく、データーとして消えてしまう流体なものかもしれませんが、その詩が、誰かが誰かの気持ちや執着を動かす作用をもたらすことになる。そんな出来事があってもよいのではなかろうかと思うのです。 以前に桐ヶ谷忍さん御自身は『筆舌に尽くしがたく』の出来はあまりよくないと仰られていたことがありましたが、私にとっては傑作です。個人的な傑作。是非、『罪人レプリカ』の投稿も宜しくお願いします!そして誰が何といおうともずっとネットで詩を書き続けてください。有難う御座いました。 (筆舌に尽くしがたく)

2018-10-02

投稿作品の共有が成立するかどうかは「こちらの掲示板は日本語を一般常識の範囲内で理解出来る人が参加条件」とでも掲げられていないかぎり、どのような表現があってもおかしくない。話が一旦逸れてしまうが、urlリンク表示が可能となった当掲示板にurlだけが書かれた作品が投稿された場合に、どう対処するべきだろう。じつはurlリンク表示はスパムの乱入を警戒して設立当初はその機能を見送った経緯がある。投稿された作品とはいえリンク先が常識的に考えて「愉快犯」とみなされるものであれば、個人的な意見ではあるがビーレビの場合は削除でいいと思う。しかし、自説・ステイトメントが投稿と同時に加えられていれば別だ。私が問いたいのははたして自説や補足を加えなければならない芸術作品って、なんだか萎えませんか?ということ。話を戻すと、本作には自説・補足無しでも読める。私的には。しかし「なんですかこれ?」という現代詩に馴染みのない人が素朴な疑問を持たれてもおかしくない。またまた話を逸らしてしまうけれども、私が文学極道で初めて現代詩なるものを読んだ時、「理解できない」文体、長文の「詩」に困惑したし、「こんなものは街の人々に読ませれば誰も評価しませんよ」と悪態をついたりした。でも、一つの作品だけは直感的に「これは凄い」と感じ圧倒された作品があった。田中宏輔氏の引用詩だ。私の感想でしかないけれども作品それ自体に訴求力があると思った。 ふじりゅうさんの今作にも、それに近い印象がある。私にとっては「独特なリズムというより読みづらい」という感触なのだけれども、その感触を超えて迫ってくる情があった。それはなんだろうか。わからない。しかし先ほどから言っている自説や補足などを作者へ求める必要を感じない。作品そのままで納得というか、作品として展示されていても立ち止まって読んでしまう。それを発している作品だろう。 (灰の様なこころ、灰のようなこころ)

2018-10-05

「スーパー踊り子豚野郎」のイメージからすると本作「サルビア」がとても重たい内容を孕んでいる印象があって何度か目にするもコメントが出来ないでいた。5or6さんの作品は気楽な気持ちで書いていらっしゃる(「スーパー踊り子豚野郎」がそうだと思われる)ものや、重たいもの(「リチウム」などに感じました)であったとしても、私が持つ印象として「あえて書いていない言葉」の存在を強く感じるのだ。本作に沿っていうと、 >差別もなくならないだろう >はなしたいだろう >はなしたくないだろう といった推量の助動詞にその、あえて黙っている言葉を感じる。そのことを違う言い方をすれば詩情ともいうし行間にある言葉というのかもしれないけれど、5or6さんの行間にあるのは言葉じゃなくて黙っている顔がある。私にはそうみえる。黙っている、あえて言わないでいる人格として迫ってくる。その印象の輪郭が本作ではとても強い。「リチウム」もとても強く感じたけど、本作のがもっとだ。先の推量の助動詞の話に戻すと、それぞれ置かれた助動詞の後に続く言葉が本作では優しい。 >差別もなくならないだろう >でもだからといって >はなさないでほしい >もっとはなしてほしい >はなしたいだろう >だけどはなさないで >もっとはなしてほしい 推量の助動詞のあとに続ける相反する願望。私には優しさとして伝わってきた。本作が表現していること(すみません、こんな大層なことではないかもしれませんが)人間には二面性があって、その善悪の二面性を孕みながら家族であるという、「諦めと諦めきれなさ」から滲む優しさだと思う。 (サルビア)

2018-10-07

これいいですね。東京パックってタイトルが魅力あって、このなんとも言えない皮肉屋さんのようなメッセージ。私的にはみうらくんのTwitterみたいなセンスある皮肉に読めてしまいシンパになってしまいました。「かもしれない」。この言葉を私は大好きです。 (東京パック)

2018-10-05

大ニ廟フルスロットルなコメントを残しておきたいと思う。カオティクルさんが鋭い読み手な奴と思ったのは、「三浦さん、この作品ってもしかして岩倉文也さんに影響されました?」と訊いてきた時だった。その通りだと答えたけれど、でもカオティクルさん、きみは岩倉文也さんのシリアルエクスペリメンツレインまでは見抜けたとして、シリアルエクスペリメンツレインが大好きだった文学極道創立者ダーザイン氏まではたどり着けなかっただろう。それでもきみは鋭い方だ。表層的にしか読めない現代詩トレンド野郎らは「これってゼンメツさんへのオマージュ?」的感想止まりなんだから。確かにゼンメツさんが私の中に登場したことは間違いなくあった。しかし、ゼンメツさんが私の中にあった「ダークサイド文学極道」を呼び覚ましたことが本作を書いた大きな理由の一つであると、直木賞受賞作家ぐらいに大きなドヤ顔で述べておきたい。ダークサイド文学極道とは一体何か。そもそものあの文学極道が発する磁場はなんだろうかと幾度となく私は思索してきた。手繰り寄せたいくつもの文極の歴史の断片。その中にレインはいた。ダーザインさんがあの場所に埋め込んだものは一つのプロトコルであり、それは言うまでもなく神として在ること。神とは何か。全能であるとは一体何か。私的な答えを言うとそれは怨念を享受し続けること。すべての怒りと悲しみと憎しみを受けとめ、それを換えてしまえる存在。それが神であり、文学極道に蓄積された怨念のアーカイブである。怨念が発する磁場に引き寄せられる狂気。そしてその狂気に魅了されたみうらくん。ネット詩に関わり過ぎ疲労感に苛まされていた私に憑いてしまった正体。それに落とし前を付けることをゼンメツさんが覚醒させてくれた。落とし前に必要なこと、それはハイデッガーの存在と時間の概念、それとレイン。 あるいは、カオティクルと出会ったということ。これも最初から必然としてあったことかもしれない。0の世界とはそういうことなのです。 僕を見つけてくれてありがとう。 (貴音さんの選評【9月】)

2018-10-06

ゼンメツさん!ありがとうございます!なんといいますか、コーリャさんってビーレビとかネット詩とかを象徴する若者(ちょっとこの表現は笑ってしまいますがw)のひとりだったと思っていて。で、一緒に運営やってても、あんまし簡単に声をかけられない空気があって。でもなんだろうか、ネット詩にはコーリャさんがいるという最後の砦的な存在だった。彼が不在になったことはショックな感じがあった。なぜだかゼンメツさんからも同じものを感じてた。だから、ゼンメツさんが現れたことはとても嬉しかった。できればビーレビだけでなく、文学極道も含めて、ゼンメツさんには長くネット詩にいて欲しいと思う。ありがとう。 (貴音さんの選評【9月】)

2018-10-07

どこかで読んでくれているであろうと信じ込まなければ特定する人物宛の作品は書けないなあと、特定する人物宛に作品を書いて投稿したことが何度かある私的には実体験からくる感触を持ってるんです。で、ありながらも、その宛た人物から「その作品はどれだ?教えろ」と言われると絶対に教えられない。それって私だけなのかもしれませんが。仮に、本作、高橋涼子さんが実際にいらっしゃる人物だとして、本人がもしも読まれるとしたら「え?何これ。私宛だったら投稿したりすんなし」と思うわけで、その想定は作品を書かれる時点で作者もわかっていることで。ということは、本作が作り話だと、読者側からすれば、その想定で読む。いや、そんなことは当たり前なことなのかもしれませんが、話を戻しますと、私がなぜリアルに存在する人物宛に作品を書いて且つ公の場に出してしまうのかと言いますと、リアリティがある作品を書きたいからなんです。作り話はやはり作り話としてしか伝わらない。読者は想定以上に賢く作品を読んでいたりする。本作にはもしかしたら事実としてあった出来事が書かれているのかもしれない。例えば靴箱に入っていた恋文のことは実際にあったことなのかもしれない。しかし「作り話の中に入っている事実」より「事実を元に話を作る」のでは読者が持つ印象はまったく違うと思う。残念ながら本作を前者として読めてしまう。が、しかし熱量がある好ましい作品に思いました。次回作期待。 (初恋文)

2018-10-06

これにあるもの、これに込められているものが私にはわかった。何が込められているのかを言葉にするほどには読めていない一読しただけなんだけれども、わかった。わかった気がしただけではなく、本当にわかったと感じた。とてもとりとめもない散文だし、技巧的な何かがあるわけでもないと思う。眩しい光はたしかにあった。 (眩しい光)

2018-10-06

作者には個人的な思い入れがあるのでマジレスしておきたいと思う。 まだ本気ではないと思う。あなたのツィートから時々発せられる一瞬にして人を言葉に引き込む磁力。それがまだ感じられない。作品のどこからそれを感じるかということを簡単に述べようか、思ったがやめた。 上から目線で見下ろしている男の正体はみうらかもしれないな。少し酷評をしてしまったが、まあ、大丈夫だろう。 (電動歯ブラシ)

2018-10-07

詩情とは一種のパラレルワールドを伝えてることだと思えば、「探しもの」も本作「ピアノ」も読者を誘う効力を具えた魅力ある作品だと思う。プロットがよく出来ていて、優れたプロットはプロットありきと思わせない域に達しているもので、それは自動筆記に近いと思う。 ー通りを歩いていたらピアノの音が聴こえてきたーただそれだけのコンセプトがあって、そのイメージから先はオートに走らせただけに思えてならない。それは心地よいものだ。結論も出ない、理由も述べない、文脈を示さない、全ては疑問のままに終わる。明確に示さないことに読者の私は安心感を持つ。なぜならばピアノの音は最初から謎なのだ。その謎が解けてしまったら、それは偽りの人生と同じだと思う。人生とは謎なままに終わることの方がリアル。諦めていいのだという安心。良い作品だと思います。 (ピアノ)

2018-10-30

本作にまったく関係ないのだろうけど、何回読んでもマレーネデートリッヒ が靴を脱いで砂漠をひとりで歩いていく姿が浮かんでしまう。なぜか。 (仲直りの嵐)

2018-10-10

ボルカさんの選評を読みたかったのは私だけではないと思う。ボルカさんは選評という言葉が嫌いな人だと思う。誰も信じてくれないだろうけれど三浦も選評が嫌いなんだ。本当は。だからわかる。選評が嫌いだという人は少なくない。でもビーレビには選評がある。たくさんの人たちが喜んだりなんちゃら談義をしている。じっとボルカさんはそれをみていた。嫌いなのになぜ三浦は大賞取るだのなんだのとお祭りの神輿に乗っかってやんややんや騒いだのか。みんなはそれをわかってくれたと思う。ボルカさんは最初からわかってたと思う。詩を選評する全ての仕組みを無意味にしてしまいたかったということを。 この詩が好きだということ。誰が何と言おうと私はこの詩が好きですと不器用だけど言いたい気持ち。一生のうち一回、詩が好きの気持ちを上手に説明出来ればそれで良しとしよう。 とりとめのない散文コメントになってしまいましたが、ボルカさんありがとうございます。 (選評 詩についての詩は、一生に一つ書けば良いじゃないか)

2018-10-09

帆場さんの作品の中でもこの作品が今までで一番好きです。 (午睡の刻)

2018-10-10

上手い。これは上手い。面白い。で、これをこうだたけみさんがやるからだろう、言葉遊びのセンスを感じる。 (「穴。」)

2018-10-10

暴力描写や暴力をイメージさせるための言葉を意図して使われている作品ではないように僕には思える。それはぎりぎりだ。もう少し平たく言うと、切り刻みの言葉が張りぼてのようなうわっつらだけにはなっていないということ。それはなぜだろうかと考えた。で、それは本作にある怨念のようなものが執拗に男に向けられているからじゃなかろうか。切り刻みというリアリティが一見して無さそうな言葉を現実に繋ぎ止めている語り手が持つ本当に持っている怨念。それがあるように読めてしまう。 (嘘)

2018-10-12

たしかに血の雨はリアルに語り手の実感として持っているのかもしれないが、現実として血の雨が降ることはない。ということは、読者はそれを想像するしかない。読者には血の雨を実感として持っている人がいるだろう。その人であれば、共感を覚えるだろう。私は想像する方の読者だ。残念ながら血の雨を想像することが出来ない。ただ作者が血の雨と表現したいエネルギーは受け取れた。でも白犬さんはそんなことを望んではいないだろう。血の雨を想像して共鳴して欲しいのではなかろうか。もしそうであれば私にはまだ伝わって来ない作品だ。 (秋の赤)

2018-10-22

物語にはネガティブな事象の転換を願う語り手の思念が奥底に流れていて、そこには俯瞰する視点が固定カメラのようにある。私にはネガティブな気持ちを誘う作品に対して死を探して読む悪いクセがあって。それが良くも悪くもバイアスがかかってしまう。そのような意地悪な読み手にあっても本作は生へのプラスな読後感を与えてくれた。それは何故か。 一つは希望が書かれているからだろう。しかもなんとなくな希望ではなくて誰人たりとも壊せないと思わせる堅固な希望。それが以下の引用箇所から伺えた。 >いつか巡り会うべき誰か >理想郷は >冥府にしかないから 更には「目覚めなさい」という強き呼びかけがあって、それもまた、覚悟ある希望に読める。もう一つ、挙げたい。「赤い靴」について。読者の多くも印象に残ったはず。私も少し違和感がありながらもインパクトがあって。読み返して思ったのは「赤い靴」とはその後に続く人形たちが履いていたうちのどれかの一足なのかと。焼かれても残ってしまった靴の存在が希望に読めてしまう。 これは蛇足になってしまうかもしれないけれど、本作から読んで受けた印象は三浦綾子の作品を読んだ後の、それに近かった。 (冥府へ)

2018-10-14

とても発想が良い作品だと思って読んだ。ただ、語りが単調になってしまっている感がある。空疎な情景を文字面でしか読めない。読者の私からすれば、引き込ませるためのフックとなるキーワードか、あるいはプロットが不足しているのではなかろうかと思う。逆に言えば、固めない文体であろうとする意図があるとも読め、読者へ委ねられた詩的な要素とも言えるかもしれない。不可思議さと実存の中間を描かれようとされたとすれば、それは白で止まってしまっている感があり私的には空、ゼロの世界観まで感じたかった。すみません、少し評が辛いかもしれません。 ハンドルネームが好みです。センスを感じる。余談ですが、深夜のFMラジオ番組の制作に私は現在絡んでおりまして。 https://mobile.twitter.com/jirai_radio (白い部屋の秒針)

2018-10-17

最近のカオティクル作品はアウトプット的なもので、あまり好みではない。カオティクル作品の魅力は中身をみせるところではないと思っていて、言葉など信じていないし、言葉など意味が無くていい的な表層的な言語をアザわらうもの、そんな作品を読みたい。 (羽の日)

2018-10-22

ゼンメツさんが現在、何処へ向かおうとしているのかが少しわかってきた作品。月並みなな言葉ですが、人と人の関係ってこれぐらいのドライさがあった方がいいし、それの方が悲しいと思うし、そもそもが悲しい。というようなこと。 (傘泥棒)

2018-10-22

短詩型の凝縮はあると思う。ただ、凝縮するには少し大き過ぎるテーマだったとも思うし、グリム童話的な残酷さを例にすると、やはり、やや不足感がある。 (ダークラビット)

2018-10-22

ラップなリズムカルがあって良いなと思いつつも、個人がみて感じている情景、それ以上に惹き込まれなかった。また、やけっぱちさをなぞるような気持ちは察せる作品だと思う。 (声よ届け)

2018-10-22

ラップなリズムカルがあって良いなと思いつつも、個人がみて感じている情景、それ以上に惹き込まれなかった。また、やけっぱちさをなぞるような気持ちは察せる作品だと思う。 (声よ届け)

2018-10-22

すみません。二重コメントになってしまいました。 (声よ届け)

2018-10-22

僕のギターがあるところが、本作を感傷があるものとして私は受けた。そもそも論をやるとき、往々にして理屈が先行する。その理屈がまた自虐を補完する。本作も自虐が全面にある。私には本作が不快な自虐とは映らない。なぜならば自虐を自覚しているようで、自覚していないから。自己陶酔感が強い。それはいいことだと思う。詩は自己陶酔が多分にある。かもしれない。 (『藤井龍平の肉迫』より。)

2018-10-22

驚かし系と勝手にカテゴライズするけれども、驚かし系クラスタでは花緒さんのアシッドプラネットhttp://bungoku.jp/ebbs/pastlog/497.html#20160927_611_9131p がチャンピオンでアシッドを超えた作品にお目にかかったことがない。その驚かし系の観点からすれば本作はまあまあだと思うがアイデア以外には何ら驚きがない。パワーだけでいえば渡辺さんの過去作品にあったラブラプソディーhttps://www.breview.org/keijiban/?id=1768 の方が上。 (遺影)

2018-11-06

本作を読んでわかった。ステレオ作品とは一体なんだろうかと作品を読むたびに考えていた。本作でわかったこと、ステレオさんはプロットに弱いのだと思う。前作が素晴らしい傑作だったのは、テクニカルなものが優れていたから。言葉を置いてゆく作りの技巧に驚愕した。しかし、プロットが魅力としてなければならない作品の場合、魅力がガタ落ちしている。(そんないう程でもないかもしれないが)前作がよかっただけに、今作は今ひとつ。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-22

実存描写がいいなあと読んだ。感傷さがあって内情を語るまでの流れにやや唐突感があった。意図された急流にも読めるし衝動的な表現として受けた。 (断片)

2018-10-22

ふじりゅうさん 一生涯で一番好きになった人、その人は今自分のそばに居て、また少し生きて一生涯で一番好きになった人を考えると、以前一生涯で一番好きだった人でなく、違う人が一生涯で一番好きな人として今自分のそばに居る。中学生の時に一生涯で一番好きだった人を今考えたらそうではなかったことを知って残念な気持ちになる。結婚する時に一生涯で一番好きな人だと思っていたのに、好きと愛してるは違うのかなあと伴侶ですら一生涯で一番好きな人じゃないことになる。そんなバカなことを考えるおじさんにだけはなるな。うん。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

ステレオさん 一生涯で一番好きな人が隣を歩いていたら僕は少しだけ後ろを歩くようにするんだ。一生涯で一番好きな人が少しだけ前を歩いていたら僕は早歩きをしながら前をいくの。一生涯で一番好きな人が少しだけ後ろを歩いていたら僕は振り返って安心する。そして現実に戻ったり夢みがちなセンチなため息をついている。大していいことあるわけじゃないだろうなんて口ずさみながら。うん。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

ボルカさん 一生涯で一番好きになった人と向かい合って食事をすることは絶対に避けなければならないと二十一歳の時からルールにしていて、一生涯で一番好きになった人は二十一歳の時からそれはどういうこと?と疑問を呈してくるのは今も変わらなくて、その答えは沢田研二のあの子にご用心を聴いたらわかるのにって、一生涯で一番好きになった人に今も言わないし、言わないでも理解してる一生涯で一番好きになる人は今も居て、来年ぐらいからはもう見つけなくなるかもしれない。うん。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

沙一さん 一生涯で一番好きになった人が現われるたびに僕は必然を感じるのに、一生涯で一番好きになった人は何度も現われる。これは偶然なのかと残念に思う頃には大人になっているの。一生涯で一番好きになった人が小さな恋のメロディの主人公のメロディに似ているところだけはいつも同じたからやっぱり必然なのかな。うん。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

オオサカダニケさん 一生涯で一番好きになった人を表現することはとても困難で、それは僕が頭が悪いからかもしれないんだけど、一生涯で一番好きになった人がずっと続いていくことはとても気持ちがいいことで、一生涯で一番好きになった人が居ないと詩が書けない。かもしれない。うん。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

渡辺さん この作品が人目につくとあまりよろしくなくて、ルミナスラインが目立たなければよいのにと思っていて。大賞なんてもってのほか。大賞いらない。大賞いらない。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-11-09

帆場さん ルミナスラインを見つけてくれて嬉しいなあ。でも大賞決定戦では投票しちゃだめ。大賞いらない。大賞いらない。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-11-09

るるりらさん ぶっちゃげ言いそうになった。あぶない。あぶない。ルミナスラインはやばいよね。結婚しているとかしていないとか関係なしにルミナスラインは飛んでいて。大賞いらない。クリプレもいらない。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-11-09

完備さんの作品にいつも思うのは、ありきたりな表現は絶対にやらないルールを自身に課すことが良い書き手の最低限の条件なんだよな、ということ。つまり完備さんが投稿される作品を読んで「ああ、こんな作品他にもたくさんあるよね」とはならない。(私が詩をあまり読んでいないのかもしれないが)。それってネット詩へ投稿を続けていると身につくことでもある。いや、なんで私の作品はダメなの?とずっと悩み続けてる私みたいな者もいるが。本作について。難解な美についての抽象表現と詩的なメタと、後半展開されるまぼろしの喉への流れはとても切ない。エモさも完備作品の魅力の一つではなかろうか。 (ill-defined)

2018-11-02

最終連が少しだけ薄い印象なんですが、この作品好きです。情景のつくりが惹きこまれる。 (誰にも知られないように)

2018-11-02

同時に投稿された作品、私的には第十五よりも本作第一の方が好み。神々しさが文体にあってるように思う。一行空けの詩はそのブランクに読む側が意味を見出す。意味が見出せない時、単に「詩らしさ」をイージーに表現しようとしているように思えたりする。本作にはその意味があると私は読めた。句点が効いているからだろう。 (詩 第一)

2018-11-01

久しぶりにコメント少ない順にソートして閲覧をしてみたら、一つもコメントが付いていない作品を見つけてしまった。で、読んだんだけど、これ面白いですよ。一定レベルの面白さ以上にはある作品だと思う。とんでもなく面白いわけではなく。そんなこと狙って書かれていなかったらごめんなさい。 まったく作品に関係のない話ですが、こちらの掲示板、とんでもなく投稿量が増えていて2週間誰も読んでいなかった、なんてことは多発すると思います。 (祝祭)

2018-11-14

うまいとしかいいようがない。ある程度の覚悟と潔さがなければ発することができない作品だと思う。そこからるるりらさんらしさが顔を出していていい。表現されている。 (よしっ)

2018-11-01

ふじりゅうさん 選評ありがとうございます。 前文に感動しました。詩文になった自分のあれを意味付けするのはユキのあれではないのかもしれません。恋とかにずぶ濡れになってしまった人、その人が自分を認めて欲しいと、自分のあれを救えるのはユキだけと、そんな気持ちがみつけたyukiのJOY。。ああ、あれってこの歌にある通りだなあって、感じたら、それはとても幸せなことで。 そんなことをふじりゅうさんの前文に思いました。詩にある、あれのこと。 (10月分 藤井のフル選評 「ネットの海の端くれで」)

2018-11-01

これは面白い。投げ銭がもしあれば千円出すと思う。100のストーリーが揃ってもし本になったら、小銭以上1万未満な価値があると思います。 (短い話)

2018-11-04

オオサカダニケさん コメントありがとうございます。ビーレビの参加型選評は表現手法の一つだと思っていて。選んだ作品によって選者の感性が如実に表れているようにやりたいし、そうでないと150以上ある作品を全部読むのは苦役でしかないと思っていまして。なので、オオサカダニケさんが、選んだ作品の傾向をコメントしてくれたことはとても嬉しいです。 (フルHD 音のない朗読、音のない選評)

2018-11-04

完備さんがこの選考をどう思われるのかがとても気になっていました。 鳥肌が立つほどな詩文にでくわすことは1年に1作品あるかないか。文学のくくりで有名作家まで含めても私の場合、3年に一度ぐらいです。本当にこの作品は傑作であると思っているのかと問われると困る。鳥肌立つ震えと比較すれば、矛盾。なので、個人的な意見として自分の理想を言えば大賞も含めて、選ぶ作品数は月に0か1でよいと思っています。それぐらいに絞ると場も変わると思います。完備さんもきっと気に入ってしまう作品はそう多くはないと私は想像していて、私の中のその完備さんが、やられる選考をみてみたいと思っていたりしています。動画の件、参考になります。ありがとうございます。 (フルHD 音のない朗読、音のない選評)

2018-11-04

仲程さん 文字のモーションについてのコメントありがとうございます。文字言語にこだわってきた詩。そうであるなら、音楽や発話など他の手法を取り入れるのでなくて、手頃になったツールによる文字表現の追求をやってみたら、それもまた新世界かなあ、なんて思っていたりします。 (フルHD 音のない朗読、音のない選評)

2018-11-04

岩垣弥生さん こちらこそコメントありがとうございます。みえてしまうものをみえていない人へ伝える事の作用が詩の表現にはあると思っていて、私もさっき幻想を書いて投稿してみました。参加者同士競い合える場でもありたいですね。良い傾向として。 (フルHD 音のない朗読、音のない選評)

2018-11-05

渡辺さん 酷評ありがとうございます。とても参考になります。実験はその結果検証を冷徹な姿勢で行われるべきと考えますので、次に活かせるアドバイスに感謝です。少しイージーだった感があります。詰めが甘かった。一日かけた作業で学んだ技術も含め次回に活かします。 (フルHD 音のない朗読、音のない選評)

2018-11-05

二次情報、三次情報から感受して出される情緒の表現は難しいと思った。何が難しいかというと、物事は視点を変えれば視点の数だけ、物事から受ける情報には差異がある。二次情報、三次情報にも異なる視点と情報がある。差異がある情報が溢れていることは健全だといえる。逆に情報が単眼視なもの。その悪癖は、思い込みと洗脳性を孕んだ良識が害悪となるケース。それを補助し更に加速される要因に情緒がある。詩文とは情緒から創作されることが多分にあって、先に述べたケースを含有する作品になりやすい表現方法だと私は思っていて、本作はそのケースになるかならないかの際どいところにある内容だと思う。私は本作を一次情報について書かれた作品だと受けているので、メタとしてある良識が害悪になっているとは思っていない。もう一点コメントしたい。二次情報、三次情報へ示した情緒、「哀しみが無限に分散していく。」の語りが気になった。個人的なことではあるが私は二次三次の情報に対しては冷徹さのフィルターを心がけていて、情報が拡散し紋切型になってゆくのは、情緒が要因として多分にあると考えている。つまり、人の情緒が利用されてしまうこと。当事者にある哀しみが利用されること。先の一節はそれを意図されていると読んだが、やや感傷過ぎて、口説過ぎる感もある。長くなってしまったが、本作が着目し、書かれたテーマは面白い。今後、虚構の展開を更に巧みに書き込まれるとよいのではなかろうか。 (移動する発疹)

2018-11-04

ビーレビに参加される投稿仲間のうち、日常から発せられるところの言葉を大事に持っていらっしゃる方々の作品を私は好ましく思っていて。他方、コメントを上手く書けないもどかしい気持ちも併せて持つ。本作「かえっておいで」を2度3度と、掲示板をスクロールする度に読んでは、コメントの内容が頭の中で組み立てることが出来ないでいた。雨戸やコンピュータミシンやハンカチがある情景は記憶に埋もれてしまった私が一番幸せと実感していた幼き頃を打つ。しかしながら、それをコメントにすることに迷った。それはきっと今の私の手から離れた、いや、捨てたものだからだと思っていて。気持ち悪く取られてしまうかもしれないが結語にある「ちゃんとかえってくるように」に私の感情は動いた。とてもいい言葉だと思う。もう一つコメントしたいことがあって。先に述べた日常から発せられる詩文、それが私にとって一番苦手なもの、書けない自分がいる。しかし薄々感づいていることがあって、それは、私が書きたい目指しところの傑作とは日常にあるのだろうということ。それを詩人の白島真さんから教わりました。ごめんなさい。長々とした自分語りコメントになりましたが、最後に白島さんから教わった倉橋健一氏の言葉を紹介して終わりにします。 「切実な主題は、日常のくらしの奥にまぎれもなく沈静してある。それをねばりづよく追求し、みずからの物語をつむぎだすことこそが、詩のほんとうの夢であるだろう」倉橋健一 (かえっておいで)

2018-11-05

侍のプライドが表現されてる良い作品だと思います。一読目にやられたと思った。というのも、2年前に詩を書き始めたばかりの頃、誰彼かまわず、自分が書いた詩を読んでもらって教えを乞うた時期に、ある方に読んでもらおうと書いた詩が江戸時代風味な作品だったのです。これは一体なんだと、手厳しいアドバイスを受けた記憶があって、本作を読んだ当初、あの時に書きたかったイメージを思い出しました。すみません、本作の話に戻します。老いさらばえた侍(すみません、勝手に私は侍だと想像していますが、町人かもしれません)が生きるためには嘘を使う。しかしそこには覚悟がある。閻魔さえ怖れず、群れない狼の覚悟。生き様とはそういうものではないかと問う。清濁合わせ呑みとは詭弁と開き直りにある人にはきこえるかもしれないけれど、最強の魅力が滲む言葉だと思う。エレカシのドピッシャー男をBGMにして読ませていただきました。 https://youtu.be/Yi6OiklWiN0 (清濁併せ呑む )

2018-11-06

コメント有難う御座います。ブルトンあたりの手法への先祖返りとは異なる手法を使っております。手法について自説をしますと鶴見俊輔氏の著書「限界芸術論から遠い作品、つまり専門芸術の範疇とみなされたい作品を書くことをテーマとしました。そのテーマを掲げた理由として一つの仮説を立てました。専門芸術の定義と限界芸術の定義は交わる点を持つのではなかろうかと。二つの定義については省きます。交点を求めるにあたり、立証実験の手法として「固有の知識以外は使わずに書く」とのルールを課しました。得られた結果が拙作となります。もう一つ自説しますと本作を書く直前に約20年ぶりに小林秀雄氏の著作と地獄の季節を読んでおりました。と、書いて気が付きました。すみません。ブルトンあたりの範疇にランボウが含まれておりましたら、なゆた創さんのご質問にはYESと答えなければなりませんでした。失礼しました。 (綺麗な産卵)

2018-11-06

ステレオさん 終末思想が魅力を存分に発揮する期間を過ぎて僕たちはモラトリアムな気分から抜ける必要に迫られた。次にぶら下げられた餌はワイヤードロジックを構築する夢の近未来で、終わらなかった世紀末を知る世代の僕らには最早、ダンスをする気分を促すトラックは鳴り終えていた。経済にコミットする権利を限定された僕たちの後の世代は近未来と化石の神話を融和させることの楽しみを見つけ新古の価値を容易く捨てた。それは聖域とされていた宗教にさえ楽しみの手法を見つけ出した。しかしながら僕たちの世代だけがやれる楽しみがある。一つだけの抜け道がある。アンケートとマーケティングの防壁の中でスポイルから外れて生き延びる手段を僕たちは知っている。詩人になれることを知っている。 (綺麗な産卵)

2018-11-12

永峰さん コメントありがとうございます。ディストピアと評していただきとても嬉しい。ディストピアはあらゆる有名作家や映像によって出し尽くされ、スタンダードな世界観にもなってしまった感があります。書こうとすれば既視感が伴ってしまう。それを回避する手法は極私的な固有の知識を駆使することではなかろうかと思い付いて書いた次第です。当掲示板にもおそらくはディストピア的なる作品が過去にもこれからも投稿されることでしょう。それらの作品が描く世界が全てパラレルに存在すれば、楽しいことに思えます。 (綺麗な産卵)

2018-11-12

「つまらない自分の顔が」という語り手の卑下する気持ちの行き場のない心情は泡の様態に比喩としてある。詩が日常から発して別の日常へ伝わるとき言語がもつ汎用度を高めるものだと思う。別の日常とは他人の営み、或いは自分の別の営みだとも言え自分が別の営みとは、本作に沿って示すとすれば、みじめではない自分の顔がある日常だ。また、別の日常へと伝わる言語とは、本作に沿って示すとすれば、見えない石が飛んでくる様だと言える。しかし別の日常はどうやっても生きれない。その諦めなければならぬ気持ちは泡のようだ。 (泡)

2018-11-05

正直にコメントすれば私はこれを書きたい。詩とはなんぞやという命題を抱え続け2年間が過ぎた。ネット詩にある流行は理解した。少し背伸びをして書けばネット詩の流行を取り入れた作品を書けることは実感した。でも私が書きたい傑作はそんなものじゃないと最近は確信していて。大層であり大層でないこと、自分語りであり自分語りではないこと、虚構であって現実であること、そんな傑作を書きたい。本作「小さな村で見た」を読んでそんな感想を持った。 (小さな村で見た)

2018-11-05

これいいな。戦ってんな。 現代詩と(笑)。 充実した今と過去をコントラストにして裸電球にメタを持たせる表現がいいよ。 なないろ作品の魅力は自然体なところ。以前は背伸びし過ぎな表現が少しあってぎこちなさに読めた。今も背伸びし過ぎな表現があるんだけど、それが自然体に読めてしまう。つまり自由だ。君は自由を手に入れたんだろうな。少し行くとまた坂道になるかもしんないけど登り切るといい景色があるよ。この作品の通り。いい作品を読ませてもらった。 (ここから見える景色も悪くないね)

2018-11-06

幼な子が持つ表現の役割としての言語とは、動物性が宿る直裁な発し方ではなかろうか。自然を前にしてその森や風を表わそうとする時、大人である私には用いれる言語が無い。巧妙なレトリックが思い付けてもそれはあざとい。本作にある魅力は、その大人が不思議を語るに用いるであろうあざとさを消しているところにあるのだと思う。言うまでもなくそれは句読点を排除し韻読みを誘う作用によって動物性を語り手にもたらしている。自然が持つ神話性を表わす動物性の言語への回帰を難なくやれているところの筆力を思った。 また、話が逸れてしまいますが、ビーレビの楽しみ方の一つに「読めない、解らないでスルーしたい作品を敢えて読んで自分の言葉でコメント付けたい」というのがあります。最近、久しぶりに小林秀雄の本を読んでいるのですが、そのなかに「〜的な〜主義のという他人の言葉を借りての物言いは批評ではない」という趣旨の話がありました。私は無知無学なもので読解が難しいと思ってしまう作品がたくさんあります。自分がコメントしてしまうと作者を怒らせてしまうのではなかろうかといつも考えます。いや、現実に怒らせることがありました。また、ビーレビに本格的な批評を求められ参加された幾人かの作家の方が望まれたような批評が得られずに残念な気持ちを表され去られました。正直に申し上げますと悔しさが今もあります。そんな気持ちもあり、、何をコメントしたいのかわからなくなってしまいましたが笑、これからも当掲示板への参加を楽しんでもらえますと嬉しいです。私も現在は運営の立場ではありませんが。 (秋へと落ちていく音階のフアンタジア)

2018-11-11

言葉が丁寧であり思念と言葉の乖離が微少に思える。その言葉から組み立てられる情景は輪郭がはっきりとしている。つまり、それは比喩だ。 >薄い繭にまもられているような夜 認知しているはずの記憶の不確実性をメタファーとして、比喩を使っている作品に読めた。レトリックで組み立てられた野良犬の様は表情がある。ただ野良犬が持つ固有の不気味なイメージを、丁寧な書き方が逆に消しているようにも思う。 (記憶の川、真昼の星)

2018-11-10

非現実な場を表す手法としての詩文。それは暗喩が効果を発揮するからだろう。本作にある暗喩とは語り合う者たちが持つ疑いが喩えとしての何かだ。ややプロットにラフさがあるけれども、そのラフさが特異な表情にもなっている感がある。作者が四月に投稿された当時、私だけでなく多数の人がとても興味を持っていたと思う。作者が書く作品には惹かれるものがある。 (酩路)

2018-11-10

この作品が私のことを書いているのかと錯覚してしまうぐらいに魅力的な人物として描かれている。いや、愛情が込められている作品に読めた。ややプロットにラフな感が残るも。 (⑧君の始まらない話)

2018-11-10

コックリさんを何度かやっていた子供の頃を思い出した。幼き頃は言葉の意味や漢字の読み方に夢中になっていて、その言葉による伝達やら、詩を感じたり考えることはなかった。言葉には予め付けられている印がある。その印は発する者によって付けられ受け取る者には見えない印で、印が押し付けられたり無視されたりする。魂とはそういうものかもしれないし、そもそも、その魂を言葉にすることにすら疑問に思う。幼き頃は言葉よりも前に魂を感じようとしていたのかもしれない。 (無印)

2018-11-10

この労力、感謝です。詩が好きでないと出来ないと思われ、その熱量に学ぶ。 (10月分 フル選評(まりも))

2018-11-09

時々みせる渡辺さん独特の青春が薫る作品が好き。そこにある挫折感がたまらなくいい。百均博士にも同様の挫折感があったが渡辺さんの作品には自虐する笑いが仕込まれていて本作にも多分にある。そして切ない。読んでいて切なくなるぐらいまで昇華された挫折からの笑い。今にしか書けない作品だと思う。 (ポエムでチクショー)

2018-11-10

性行為が個人的なもので、仕事は僕等にとっては社会的なものでしかない。仕事が個人的なものになってゆく過程が成長というのだろう。本音を言えばそれを僕等は否定したい。否定したい僕等には彼女がいて愛と平和を歌うシンガーがいる。彼女が性行為という個人的な存在から家族という社会的な存在になってくれてれば悲観的なシンガーも死ななくて済んだのかもしれない。でも僕等の希望はコンビニやパソコンやスマホに向けられていて、僕と彼女の個人的なものはスマホの中に今も変わらないままで。成長しないままで安心をする。変わらない僕等の個人なものごとにもやがて冬が訪れる。 感想を散文的にコメントしました。本作はとてもいい。読んでいてなぜだか、オザケンのアルペジオが頭の中で鳴り出しました。そうしたら左様な散文になった次第で。文学というと大袈裟で、カルチャーと呼ぶ僕等が愛着を持つもの/音楽や、小説や、この掲示板。そこで表現する作品に時代性を持たせることの重要さを本作を読んで気が付いた感があります。僕の自分語りが僕等の時代性を語る時、それはわかる人にはわかるという限定性が孕むことではあるけれども、ある特定の世代に訴求する作品があっていいと思う。 (冬風が、聞こえてくる。)

2018-11-10

「はじめに」で言及されている「きみ」について、また「地名」についてが興味深かったです。固有名詞を使うレトリック、、このレトリックと断定してしまうことによって読む方が受けるであろう詩情が削がれてしまうところのこと。これが詩作品に対しての合理的な詩論が、誰もが望まない負の作用をもたらす。作者が意図せずところで「渋谷」と云い、読者が「渋谷」をそのままに受けることをよしとすべきであれと。一方で、(私はこちらの観点を良くも悪くも用いるのですが)優れた暗喩を含有すべく優れたレトリックを作品に見出してこそ批評ではないのかということ。そこには作品を読むに用いる為の詩論の有無が問われる。 二つの両極に迷いながら私は詩を読んできました。なかたつさんが最近の選評記事において追究されていらっしゃるテーマの一つとして持たれていると私は推察しております。ハズレでありましらすみません。二項対立なのか、或いは二項はその奥底では重なっているものなのか。私の個人的な学びのテキストの一つとしてこれからもなかたつさんの選評記事を楽しみに拝見させていただきます。 (10月投稿作品選評 ―名詞が持つ働きとは何か―)

2018-11-11

掲示板をスクロールしていて、「わあ長げーなあ」と敬遠してしまうタイプの作品がある(失礼!)本作も何回か読み始めては途中で投げ出していた。そしてまた「くだらない」というタイトルが妙に引っかかる。掲示板をスクロールする毎に。で、そもそもこの作者は誰だったっけ?となる(失礼ですみません!)。で過去作をみて驚いた。私が好きな作者の1人だった。名前が記憶になくて大変に失礼だけれども、私がコメントしていた二つの作品ははっきりと記憶に残っていた。私が好きになる作者とは連続性を持っている作者であることが多い。作品と作品がその内容で連続しているのではなくて作者として、詩人として一貫性があるということ。鬱海氏の作品にはそれがある。過去作もそうであったが本作も、なんとも言いようのないダラダラ感があってしかもなぜだかそれが心地良いのだ。参考までに申し上げておくと、ホントに読み始めるまでに抵抗がある(すみません!)。だが、読み始めると妙に楽しく読めてしまうのだ。それは大量のトンネルであったりバカボンのパパであったり、それらの気の利いたディテールが散りばめられているところがいいのかもしれないし、作品全体としての魅力を言えば、、これは語弊があるかもしれないが、若い女性の個人的な日記のようなものを覗き見しているような感覚に近い。ちなみにだけれども、本作を好む読者が一体どのようなシチュエーションで本作を読み好ましい感想をしているのか、それを作者殿にとっての今後の創作のためのサンプルとして提供しておこうかと思う。と、思ったけれども、あまりにも下品なコメント過ぎると思いやめました。とにかく、本作は良いし、是非また次回作も読みたいと思った。 (くだらない)

2018-11-11

なんだろうか。主観で読めば好ましい作品で客観視すればルミナスラインが不足していると思う。それは読者を意識して作品に仕込むフックがないと言えるかもしれない。でもそんなことはどうでもいい。作者側にも書いてる時の感情があるし読む側の私にも読んでいる時の感情がある。そのお互いの感情が交わることがあったりする。例えば書かれている事柄を私も体験していたり。あるいは作者の感情がとんでもなくぶっとんでいて容赦なく押し込まれてしまう時。最も好ましい詩文には押し倒されてしまう。終いには鳥肌が立つ。エクスタシーと言い換えてもいい。癒しの詩文もあるだろう。憎悪が込められている詩文もある。ろくでもない感情がたくさんあってろくでもない詩文に閉口すらしてしまう。それは仕方がないことだよとあきらめてもいる。なぜならば私の日常はろくでもないし私の感性などただのおっさんだ。でも読んでしまう。ろくでもない感情しか書かれていないとわかっていても読んでしまう。言葉など信じてはいないが、でも言葉に出来ない感情が溢れてきたら私は言葉に感謝をする。 すみません、散文のひとりがたりな感想になってしまいましたが、本作のコメントとしてふさわしいと信じ、送信ボタンを押します。読んで良かったです。 (思考の嗜好)

2018-11-12

一読した時、一瞬好ましい引っかかりがあった。それは私にも目が気に入っているミュージシャンが幾人かいるためだと思った。で、それだけでコメントをするのはいかがなものかと思い、一旦閉じた。二回目に読んで思った。この作品はそもそも書こうとしている題材がありそうでなさそうなもの、既視感があると一概に言い切れない作者が持つ固有な詩になっているのではなかろうかと少しハッとした。ただ少しイージーさが目立つ。気になったのは誤字ではないかと気になってしまう箇所が2点ある。次回作品も読みたいと思えた作者。読んで良かったです。 (君の目)

2018-11-14

なんだろうか。主観的な感想を述べればタイトル通りの心情が直裁な物言いとしてストレートに痛く伝わってくる。客観視でみれば、内情に閉じ過ぎていてコメントしずらい。語り手は辛いのだろうが、語り手の辛さを読ませるところまでの何かが必要なのかもしれない。辛いことが伝わってきても読者は得をしない。読んで得したと読者に言わせなければならないと思う。極論だけれども。 歌の作品であればメロディーで補えたりする。しかしテキストのみの作品であればその何かを詩文に与えることがとても難しい。でもその難しさを越えなければ、他人にとっては価値のある、無価値な詩にはならないと思う。 (愛情飢餓)

2018-11-14

黒髪さん、圧倒的に突き抜けてる。自分語りをうんざりするぐらいに否定されてきた僕らにあってずる賢い僕は逃げた。黒髪さんは真っ向から突き進まれていた。少なくとも僕はそう見ていた。レトリックやら暗喩やら新しい言語やらと比較されても内面を、自分とは一体なんなのかという問いをやめなかった。評価など他の誰かが受けておけと、ネット詩というある種ろくでもないコミュニティにおいて貫くことは難しい。少なくとも僕には勇気がない。駄文のコメントになってしまい申し訳ないが、黒髪さんという人物がそのままに表現された素晴らしい作品だと思う。魂などと言ってしまうとくさすぎるかもしれないが、それが込めた作品としか言い表せない。 (夜)

2018-11-14

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