作品投稿掲示板 - B-REVIEW

三浦果実


投稿作品数: 70
総コメント数: 1336
今月は38作品にコメントを付与しました。
プロフィール
記録
プロフィール:
ガムのくつべらさん愛してます
自作の一押し・・・・ くたばれビーレビュー

三浦果実の記録 ON_B-REVIEW・・・・

ベテラン初コメント送信者

作品への初コメント数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数

ベテランレッサー(月毎)

月毎コメント数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数
✖3 ✖5 ✖5

B-Reviewerの師匠

総合コメント数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数

投稿作品数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数

生きたいね

2021-07-05

十五歳

2021-06-23

死骸の歌

2021-06-06

由縁の夏

2021-06-02

手紙

2021-05-21

2021-04-19

〰︎

2021-04-12

ぴゃあ

2021-01-06

imagine

2020-03-24

U +5854

2020-02-24

U +2287E

2020-02-24

はじめてのSEX

2019-09-21

(╹◡╹)

2019-09-08

共犯者

2019-03-18

Saul Leiter

2019-03-03

綺麗な産卵

2018-11-05

0. my world.

2018-09-01

帝王切開

2018-08-15

ろくでなし

2018-06-03

さもしいひと

2018-01-21

2018-01-01

バカモノ論

2017-12-18

赤い川

2017-12-04

波が来る前に

2017-09-29

ご指摘ありがとうございます (生きたいね)

2021-07-09

やっとすこしわかっていただけたようで、言ってみたかいがありました。 しかしこれを喧嘩としかとらえられない、あるいは表せないのは、ほんとにまだまだです。頭が悪いのではなくて、視野が狭すぎる。みえている視界が違いすぎなので、恭子さんがもうちょっとわかれるだけの素養ができたら、お相手させていただきます。 ただ、今のコメントは現時点では満足です。適当な褒め言葉で喜ぶバカでは私はありません。 (生きたいね)

2021-07-09

帆場くんはすべてわかっていて賢いから何もいうことなし。合格。 (生きたいね)

2021-07-09

お互い、やるしかないよね。 あれをな。あれ。 (生きたいね)

2021-07-09

リバースが可能な読みは時間軸を超えているからなんでしょうね。 湯煙さん、コメント感謝。 (生きたいね)

2021-07-09

べし なにかを言い切りたい感情とそうでない感情の微妙なところがあったりしますよね (生きたいね)

2021-07-09

あなたの言葉からはあなた自身の声がきこえてこない。良き作品とはなんでしょう。劣悪な作品とはなんでしょう。その優劣をあなたは本気で読んでいるのか。この場所は所詮は遊び。しかし遊びだからこその自由がある。なぜに人に気を遣わなくてはならないのか。遊びなんだから、楽しみたいでしょう。ほんとの快楽を味わいたい。あなたは上べだけの言葉しか使えない劣悪なレベルだと思う。その域を出れないのであれば黙れと言いたい。 (生きたいね)

2021-07-09

うわあ きょこちさあーん あつく ガチなしんけんになっちゃってー すみませーん どうか これからもー 不変さんや僕たちを きょこちさんの しの変化のために うまく 使ってくださーい 見守ってるようなかんじで ほんとうとやらの きょうこちさんを 暇な時はおつきあいしまーす (夜光虫)

2021-07-08

すみません、言葉が過ぎ、人格攻撃な内容を書いてしまいたした。ごめんなさい。 (夜光虫)

2021-07-08

技巧に誠実さがなければいけないと、以前に学んだことがありますが、誰に誠実かといえば自身にかと。ネット検索で調べて知ったような言葉を並べた、現代詩っちっくな作文など、最悪だと思います。社交性に長け、誰も傷つけず、自分も傷つかない、そのような人間が、 いえ、これ以上コメントを書く気にもならない。 (夜光虫)

2021-07-08

一年半ぶりの尾田さんの投稿なんで、あとからちゃんとコメントします。 (女の猫)

2021-07-08

すみません、結局、途中でケイセイさんに名前が戻ってしまってました (┣AOXO┳エーオーエックスオー┫)

2021-07-08

これはいい ケイセイさんの、あちがう、ステレオさんの文脈上での私の好みです。 つまるところケイセイさんの欠点は筆致はよいのに上滑りする内容にあったと私はみていて(三浦の好みでしかないんですが)。今回はそのギリギリをいっているんじゃないかと一読して感じました。 ただ、最終行は改行するのでなくて、続けてお終いとされた方がよかったように思うんです。作者の顔が出てしまった感が、筆致もクソも文章力ない私ですが、言ってコメント終わります。 (┣AOXO┳エーオーエックスオー┫)

2021-07-08

お久しぶりです。三浦果実です。 鷹枕可さんの作品は、私的には作家の文脈でどうしても読んでしまいます。また、私の見受ける限り、言うまでもなく私なんかよりもかなり高度な文学知識をお持ちの方であり。既に幾度か複数の方々によって鷹枕可さんの作品は論じられ、時には稀な価値を作品に見出されていらっしゃる言を目にした記憶もあります。三浦個人としては、鷹枕可さんの詩論を読んでみたくなります。ただ、そのような類いなものは書かれない、そういうポリシーの方でもあるのかな、という不躾ながらも正直な印象を書かせていただきます。 話は違いますが、文学極道時代に、参加者でいらっしゃった玄こうさんへのリスペクトを述べられていた鷹枕可さんのコメントが印象的でした。もしかしたら、三浦は玄こうさんから一番嫌悪されていたようにも自覚しております。浅はかで軽薄な私の言動に思われていたのかもしれません。でも、一方の私は、玄こうさんからの叱責の一つ一つを今でも忘れておらず、自分なりの研鑽に活かさせていただいております。 鷹枕可さん、以上、コメントです。 (思うゆえに在り)

2021-07-08

こんにちは。みうらと申します。 んー、そうですね ごめんなさい。簡単すぎかなあという感想です。 (私の世界)

2021-07-08

こんにちは。みうらと申します。 詩と歌詞について ビーレビでは幾度か 語られてきたことなんですけれども、 本作は歌詞的に読めてしまい、 散文、あるいは改行詩、テキストによる表現でゆけば、物足りなさを感じます。 もちろん、最後まで読めますし、内容もわかります。わかる、つまり簡単で、それ以上になにもありませんでした。 (再会)

2021-07-08

いい。わるくない。でも、、、、 もっとやなあ。 もっとやとおもう。 mmmさん、もっとやで。 もっと僕を連れて行ってくれきらきら (さよならサイコショッカー)

2021-07-08

韻がよくて最後まで読めて、韻が良ければ好印象ではあるんです。けれども、内容がありきたりで、つまらなかった。 (捧げられた物語)

2021-07-08

tasakiさん久しぶりな気がするんです。私の記憶だとtasakiさんの作品は構造的な魅力があった印象があり、本作もその特徴があるような感想です。 (ある夢想)

2021-07-08

なんか、めっちゃすげえ作者さんがビーレビに登場してきた感があります。前作もそうですが、言葉に身が宿っているんですが、だからなのか、内容なんてどうでもよくなるんですよね。読解とやらがいらない。なぜならば、ほぼ完全に言語にして現れている事象を私が感触として持ってしまうのだから、それをわざわざ私が言葉にする必要がない。そこに世界があり、私も同じ世界をみていますという。 (我が心は漂い)

2021-07-07

そうね 僕はね、実験トライアル以外に生き方を知らない。ホームでファボられるよりものたうち回るような罵倒されるアウエーにいつもいたいんだよね。心地よいもん。わかるでしょう?きみは。 そんな感じだよ。うん。 (生きたいね)

2021-07-07

さっき他所でこの作品の絶賛をしたんで、一言だけ。タイトルが雑。 ビーレビ投稿も写経するぐらいの姿勢でやらないとポストモダンを突破できない。 清き一票いれときます。 (白けたものたちのあはいでお前はまだ歩くのか)

2021-07-07

んー、ごめんなさい、軽すぎるかな。 軽すぎだと思う。たしかに軽い気持ちで誰かが書いた何気ないものを読みたい時ってあるし、そのなんの意味のない言葉を読んで心地いい気持ちになったりもする。 でもそういう、なんの意味もなく書かれてるなって作品って、うわあってぐらいの書かれていない意味がその背景に垣間見えたりする。本作では、その垣間見える意味が書かれてしまっていて。暗喩っぽくはあるのだけれども、その ぽさで止まっているように思えました。アイデアだけが書かれているような。 (しかし)

2021-07-07

あー、たしかにこれはわるくないかもしれない。瑞々しいってこんな感じなんだと思う。なんだろうな、人との関係って考えるほどにうんざりしちゃって深い溝みたいになる。でも実際、現実に付き合ってると、そんな溝、小さな刻みぐらいでしかないかなって。社会人なりたてとか、学校行きだしたばかりの時とか、始まりの新しい朝 。 (ささやかな刻み)

2021-07-07

最近の鈴木夜道さんのコメント、他の方でもめっちゃ読んでいて、それで爆笑しているんですけども、今回のこちらのコメントを目にするまで本作をスルーしてました(失礼ですみません) それで、読んでみて、まさに、本作は村上春樹的だと思いました。私は村上春樹主義者なので、好評の意味で言っております。 (僕がネズミになった話)

2021-07-06

はじめまして みうらと申します 生々しい人間くさいのが好きでして、本作理屈抜きに好ましく、最後まで楽しめました。 (浅草旅行にて)

2021-07-06

作家いすき文脈のコメントでごめんだけど、ぶっこわれてきた感じあっていい もっとぶっこわれてもっと前のめりにいっちゃってぶっこんでほしい そんな感じです (X)

2021-07-06

落ちる形態は内容なのかStyleなのかという。君と僕、その二つの絡みの様は、夏の夜の死がある情景だけを背景にされてるためなのか、主旋律として出ている。音楽と言語を組み合わせる一つの方法論としては味が出ている。けれども、作者の文脈、つまり作家survof氏の復帰二作目の作品がこれでよかったのだろうかと、物足りなさを言ってしまいたくなる。前回の復帰一作目ではこれは上等な現代詩だなあという印象ではあったけれども、何のために復帰されたのかという、そのテーマは隠されたまま。上等な現代詩、あるいは、方法論の新たな旅路だといったところでは、みうらは納得しない。いや、#あのね、みうらさん、この一年間煉獄でのたうち回ってたんですわ、ふふ#ぐらいの神業をみたいものだ。 ゆるさないから (トッカータ)

2021-07-05

こんにちは初めまして これからもこの速度で走り続けてほしいな 冒頭はちょっと不安定だったけれど 最後までイケてる (皆殺しの比喩)

2021-07-05

そうですね ホントは自分のことなんか語りたくもないんですけど、出ちゃいますよね。消えてなくなればいいのにっておもいながらも。 (生きたいね)

2021-07-05

こんにちは みうらと申します 作品を読むにあたってのバイアスとして作者名がありまして。Smithであり、モリッシー。モリッシーなら、なんとなくこういうプロフィール、やってそうに思うんですよね。私はジョニーマーのほうが好みなんですけど、マーは優しくないように思えるんです。 (優しい人が好き)

2021-07-05

わかる (生きたいね)

2021-07-05

おしいとおもう フレーズを作ろうと光らせようとしてしまう。詩かどうかは判別する必要なんてなくて、もう一度、詩を忘れて欲しい、なんて思った。でも悪くない。 (雨)

2021-07-05

消えてしまえばいいですよね すべて消えてしまえばいい でも消えないんですよねしゅかさん (生きたいね)

2021-07-05

なかなか出来ることではないけれども、新しいということ、新しいご自身のスタイルにこだわりとチャレンジをされる混沌さを7/1付けで発表された3作品から感得しました。来月の素顔さんの作品も、読めること、楽しみにお待ちしております。 (三千世界特急)

2021-07-04

作家井上橙子の文脈で読むと、本作はかなり飛躍された作品になっているに思いました。作家の生の息遣いが宿ってるように思うんですよね。それは手紙という仕様を取り入れられたことによる効果かと。 >(決して掘り起こさなでください) こちらの括弧書きを挿入されるところが、井上橙子氏が垣間見せるオリジナルな感性の表現に読めました。 (或る手紙)

2021-07-04

実存することわたし × 実存するわたし ◯ (詩)

2021-07-03

お示しいただいた通りですが、精密に申せば、「詩を語らずに詩人を語ることによって詩を示している作品」となります。 しかしながら、これは三浦の個人的な解釈でしかなく、且つ、作者が固有に持つ文脈で変わってしまう解釈です。通常、作中話者と作者を切り離して評されるべきところが、タイトルとその内容からすれば、「架空のわたし」ではなく実存することわたし、則ち、作者と特定して読むのが自然に思えるからです。重ねて申しあげれば、これはmokurenさんという作者像が私の解釈によって象られるわけですが、それは、他の読み手による別の作者像があって不思議ではなく、更にその別の作者像から導き出される「わたし」が詩人ではなくても不思議ではないと思います。 (詩)

2021-07-03

読み手への誠意が欠けているようにはまったく思えないですし、すみません、私のコメントがかなり下手なもので。思えないどころか、読み手への誠意という観点を含有するコメントを書いてしまっているのかと、自分でびっくりしておりまして。 おそらく、私のコメントの前置き「難しい」という言がネガティブなコメントという印象になったのでしょう。ちょっと言い方を間違えているのかもしれません。 コメントで示したかったことは、例えば、三浦果実が作家であったなら、例えば、谷川俊太郎が作家であったなら、例えば、匿名の作家であったなら、本作にある「詩と詩人の文脈」(もちろん、この命題をメタファとして読んでるのは私の勝手なものですが)は変わるということ。 (すみません、このコメント書いてしまったことにより更にわかりにくいものにしている気もしますが) 以上、コメント付記致します。 (詩)

2021-07-03

これは難しい。何が難しいかと言うと、作者の文脈、作品の連続性からの影響が強くて、作品だけを読むことが難しい。なぜにこの作品がそうなるかと、言うまでもないことだけれども、タイトルが命題だから。 詩、詩人、という命題を掲げる場合に作者が名を表していたら、読者からすれば腑に落ちやすい。なぜならば、詩と詩人は一体であるから(みうらの偏った私見)。で、本作で明らかなことは「詩について何も書いていない」ということ。「わたし」をもって表そうとされてるのは、まさに詩人であるや否やを「問う」のではなくて、この作品はただ、「置かれている」。 まったく本作には関係ないけれども、最近よくある命題についての匿名の作品。適当なイタズラ的なトリッキーな気持ちでやってる分には大丈夫だと思うのだけれども、ガチでやってたら追放されるし、かなりメンタルを病む。 それからすれば、本作には健全さを感じました。 (詩)

2021-07-03

悟られた、覚醒されたんだな、という。憎悪と慈愛を完全に同一に持っている自覚あるんで、わかりますとお伝えしたくコメントしました。 ( のうた)

2021-07-03

帆場さんのコメント、流石やなあと唸ってしまいました。他人様の作品へコメントを書くことで得られる最も有益なこと、それが帆場さんのコメントには多分にあって。 誰もがそうだと思うんですけど、正直であろうとすると思うんです。コメントで。で、それってすごくみうらにとっては難しいんですよね。なぜに難しいかというと、コメントを書くって思考の言語化なわけなんですけど、言語化するにあたって、その思考と言語化された結果における差異が極めて少ないと「思われる」文章って、かなり筆力なければ書けないように思われ。なんとなく何かを書くのではなくて、書かなくてはならない何かをどのように書いて表すのか、そういう探究力を私も身につけたく思い、思わずコメントへのコメントを書いてしまいました。 (飛べない)

2021-07-02

沈黙の余韻よりもこちらの作品かなと思いコメントしますが、二つの作品どちらもヒットするものがなかったかなあ、という一言。以前にどなた様かに、『なにも感じないのは読めていないんじゃなくてね、読んでいないんだよね』と言われたことがあるのですが、逆説的に書く側へ言及すれば、書けていないのではなくて、書いていないのだと思うのです。その、あなたしか書けないオリジナルなもの、あなただけしか味わっていない新しい朝をです。おそらくそれは、難しいことのようで、案外簡単なことなのかもしれません。 いうまでもないのですが、恐ろしくコメントが読めない第三者の方もいらっしゃるので、付記しますが、このコメント、偉そうに書いてます。 (飛べない)

2021-07-02

ぎりぎりよい。 白犬先輩のあざとい世界観がそのまんまでありながらも、洗練されてるとおもう。つまりは、いやらしい語句がちゃんとアクセントとして配置されてる。これ、いつも失敗してるのは、アクセント以上に、作者のあざとさがアリアリとしてわかりやすいあざとさな時で。 今回はぎりぎり良い。白犬先輩よかったね。 (月の恋人)

2021-07-02

少年愛って好きなんですよね。小児愛じゃなくて。そんな所爲を感じました。 (おおかむろ)

2021-07-02

これ、なんてことない内容で下手な文だなって思うんですけど(とても失礼でごめんなさい)こういうメルヘンダイブする男子って好感持てます。 (僕たちは魔法使い)

2021-07-02

この作品、いろんな意味でインパクトあると思う。タイトルと内容だけで、こんなに訴求するの、久しぶりに人間を読まされた読後感あります。 (47歳女性)

2021-07-02

あー、これなかなかいい、 って思わずコメント書かせる作品。 なんだろう、おそらく多数の人が言及されると思いますが、タイトルの引力。 シニカルさが全面に出てるステレオさんの作品は、なんか良いんですよね。 (耳元へ挿れ込むのは火照った舌の先)

2021-07-01

道と君の名前と朝焼け以外の作品って「私」か「ぼく」が必ず出ていて、出ていない先述の3作品でも、宛先であるような「君」の存在があるように思うんですよね。それが本作では、完全に消してると思うんですよね。それがいいのか悪いのか分かんないですけど。 私も詩のことよくわかんないんですよね。他人のコメントって参考にはしたいけど、従いたくはないってありますよね(笑)。 (ハオルシア・シンビフォルミス)

2021-06-30

化粧する情景の、その理由というか、その姿を覗き見てしまったような読後感があります。最終行からは、潔癖さゆえの箱庭的なもの、自閉的なイメージを覚えました。 (閉じて)

2021-06-30

何故にか、本作、私的にはヒットする。解像度が低めの方がいいことってあると思うんですよね。平易にふわあっと書いてあることによって得られる強度ってあるなって思いました。 (ハオルシア・シンビフォルミス)

2021-06-30

>それがプラスに働いたのなら幸運としか言えません。 わかります。時々ビーレビにも現れるアートや文学の文脈を前提に評を述べられるのって、その評者のマウント取りの恥ずかしいことは置いといても、視野狭窄な評はいろんなことを不運にしてしまいますよね。 返レス不用でございます。 (●●●●●● ● ●●●● ●●●●)

2021-06-30

>日本的な艶めかしさを感じます 泉鏡花的なるところを汲み取っていただけたようで 大変うれしゅうございます (由縁の夏)

2021-06-30

難易度上げてきたね! (さよなら)

2021-06-27

ヘンタイっちっくでちょっと笑えました。 (皮かむりちゃん)

2021-06-27

自己模倣に陥るのを防ぐ。沙一さんのコメントになるほどってなりました。 私はこの作品、一読してあまりよろしくない評をコメント書いて消したんですね。そのコメントがなんか違うなって気がして。たしかに本作は悪くないんですよね。悪くないとは、多数の詩書きの方々が良い評をされるように思うんです。読解をすれば、僕とあなたが鳥への同化を通した存命するための繋がりの概念が垣間見える、などとも評せる。けれども、ビーレビ的な場末の飲み屋で、お互いの作品について交わし合う空間では、自己模倣は最も指摘すべきことに思え、でも、いつまでも変わらないってのがあってもいいでしょう的な反感を発して欲しいと作者に求めていたりもする。 (夢の鳥は、)

2021-06-27

このポップさ、勉強になりますね。 (死ね、ニュートン)

2021-06-26

こんにちは三浦果実です。 果実と名乗ってる関係上、果物が出てくる作品には必ず目を通してるんです。 で、うわあこの作品は私宛てに書かれてるってほとんど頭おかしい感想を時に持つんです。この作品がまさにそれでした。 (バナナ観察)

2021-06-26

他人様の詩を書く理由とか詩を書く起因はなんぞやなんて考えるの野暮だし、こうやって言及するなんて、僕は頭おかしいのかもしれないんですけど、 この作品は工場の妖怪を書く前提で書き始められたとしか思えなくて、一読者の私からすれば「工場の妖怪」というタイトルで全容が察しがついてしまって。 (工場の妖怪)

2021-06-26

登下校って、すごく記憶に残る出来事ってありますよね。良い出来事も最悪だったことも。 (乾かない感触)

2021-06-26

なんだろう... この作品にはセックスの極意がメタファーとしてあるように読めました。 (さびしい)

2021-06-26

んん..... いい作品なんだけども mmmという世界観は詩を書いちゃいけない.書いたら詩になっちゃったでなければいけない. (ユートピア考)

2021-06-26

そうなんですよね。最初から星野源より才能あるってわかっていたんですよね。 (死骸の歌)

2021-06-26

詩人の大家の立場から御礼申し上げます。たしか、部活、同じだった記憶があります。思い出していただけたら、また一緒にゲーセン行きたい... (十五歳)

2021-06-26

詩人の大家の立場から御礼申し上げます。きみ、赤点なんだからビーレビに居残り補習90時間だから... (十五歳)

2021-06-26

詩人の大家の立場から御礼申し上げます。みんな遠足前でそわそわしていますね。 (十五歳)

2021-06-26

詩人の大家の立場から御礼申し上げます。最大の現代詩は今のところアムール貝がささやいてだと思います。 (十五歳)

2021-06-26

詩人の大家の立場から御礼申し上げます。どこまでも私の人生はラブ❤️です。 (十五歳)

2021-06-26

詩人の大家の立場から御礼申し上げます。大人にならずにステイビューティフルするにはちょっとしたコツがあります。 (十五歳)

2021-06-26

詩人の大家の立場から御礼申し上げます。歴史に残る名作の文脈を理解いただき有り難く思います。 (十五歳)

2021-06-26

詩人の大家の立場から御礼申し上げます。青春こそがラブホ前の共犯者。 (十五歳)

2021-06-26

詩人の大家の立場から御礼申し上げます。お読みいただき有り難く思います。 (十五歳)

2021-06-26

再レスしない主義なんですけど、言うとですね、作者さんの返しコメント素晴らしいです。要は私の場合は作者さん宛というより、作品へのコメントに近いです。読んだ書評をAmazonレビュー欄に書いてる感覚です。なので、作者が読者に謙るレスの必要性ないし、作者さんの自由度ある返レスは好ましく。いうまでもありませんが、私は一読者です。詩も文学もよくわかんないですー。 (君は主人公じゃなかった)

2021-06-25

過労死しちゃうようなパーティーをずっとしている人は、魔王がなんて書かないんですよね。つまりすべてが空想的、、いや、好きな言葉をどこからか持ってきて並べてるだけで魅力的な空想にさえなっていないと思います。サーカスとか、イカれたメンバーとか。散文って改行詩と違って、自然体に近い手法だとしたら、作者の地が出やすくて、経験値とどこまでリアリティある嘘が付けるのかが試されるのだと思います。 (君は主人公じゃなかった)

2021-06-25

こんばんはみうらです これいい。 内容がいい。レトリックとかないエッセイだけれども読ませてくれた満足感あります。鈴木海飛さんの独自の視点も感じる。 (通学路?)

2021-06-22

いち読者としての感想ですが、内容がすべて、タイトルで表されていて、そのままの内容だったので、つまらなかったというのが、正直な感想です。 泣いている気持ちを泣いていると表すことになんの躊躇いもなくて、素直でいいなあと思います。 しかし、一方で思うことは、私が作者で、素直でいいなどと慰みみたいなことを他人に言われたら、簡単にわかったこと言わないでくださいと返したくなります。というか、簡単に共感されるようなこと、そんなものは書く価値がないので書かないです。そんなことを作品読んで思いました。 (病める思春の心)

2021-06-21

口語調が巧く、効果がある作品におもえます。愛や幸せに触れる時、これが文語体だと教条的なものが象り、普遍なもの、ただの「普遍」になりやすく。個人の営みから発せられてこその愛や幸せは詩句として違和感がなく読め、心地よいです。 (なみ)

2021-06-21

擬音語・擬態語が効いてるのがあきらさんの作品の特徴の一つですが、今作はそれが多用されていて興味深く読みました。あきらさんのテーマの一つとして、たしか、「営み」というのがあったように記憶してますが、擬音語と営みって密接なこととしてにじみでるものだと、そう今作で気が付きました。 最終行の >ひとつ ひとり 平易でありながら、俊逸な修辞。 (分離)

2021-06-20

好きすぎて両手万歳で無条件で好評つけたい。狙ってるあざとさはあるんだけども、その鼻につく感じを覆い尽くすほどにポップさがある。ぼくは詩を朗読するとか、リーディングという言葉に違和感をずっと持っていて、詩は、語りでなければならないし、神がかった語りでなければならないって確信がある。それは演技や演出であってはならない。否、意図的であっても、それは神が登場するための舞台装置でなければならない。本作にある韻律には神の語りがある。ように思う。こちらの作者さんが初めての方であれば、とても次回作にも興味がわく。何を語っても詩になる人じゃないかと思う。 (なにかあるようでなにもない)

2021-06-13

本来、上手い作品が書ける方の作品に思えるんですが、情念が足らないと思います。私が好きな歌手で大森靖子さんがいるんですが、彼女は歌詞を組み立てる上で、街中で交わされる高校生や会社員や主婦などの言葉をリサーチされているんですが、出来上がった歌からは表層的なトレンディ感は感じられないんです。それは歌であるのだから当たり前なのかもしれませんが。 人の情念はありきたりな日常の言葉を破壊する。そう思うんです。情念によるテキストの破壊、それから残念な気持ちを自覚しながらも組み立てられた言葉は、おそらく作者さんが目指されている地平だと思います。 (資生堂パーラー小景)

2021-06-13

中原中也の件の作品を私は好いていて、そこからして、この作品悪くないと思います。おおーとはならないんですが、いいんじゃないかと思いました。 (サーカス2021東京)

2021-06-13

短文で多分の情報量を含ませること(読者の想像に委ねる手法)は、これ以上は出したくない、という切実さやルミナスラインと言われる修辞がなければ成立しない。残念ながらこちらの作品を好意的(異国の出会いが感じられますねなどと言った社交辞令)コメントを書く気にはならなかったです。 (3ユーロのコンサート)

2021-06-13

書きがおしいとおもう。 私には病棟の窓際の手すりが想像できた。 なのに、話者の弱さと強さの思想哲学的な自問が私にはどうでもいいことにしか思えず余計なものでしかない。二行目と四行目を削除して一行目と三行目だけにすれば、この作品はヒットしたと思う。弱さと強さについては、ご自身のエッセイなどで別に書かれるとよいのではなかろうか。 思い出と副作用と人形で十分に表現されていて、あとは読者が勝手に想像を作品に加えるのではないでしょうか。 (病棟)

2021-06-13

この作品の良さって一言でいうと、サービス精神100%だってことだと思うんです。どなたか言うてましたが、ビーレビに投稿されてる作品に限らず、詩作品って過剰な「私」が詰め込まれたものばかりで、読んでいてしんどいと。 この作品、●を並べ書く作者の快楽は察せても、作者の「私」はまったくないじゃないですか。だから気持ちいいんだと思うんですよね。 (●●●●●● ● ●●●● ●●●●)

2021-06-09

批評対象作品もいいなあと思いながら、こちらの批評文もすごく魅力的です。私はどちらかといえば、冷静な読解よりもその読者が感受したところから立ち上がってくるエモーショナルな批評のが好きで、本文はまさにそれでした。 杜琴乃さんの作品にコメントするの2017年から約4年ぶりかもしれません。お久しぶりです。みうらです。 (心地よい絶望)

2021-06-09

これです!これだ!これですよね わたしがリーディングの人たちに期待していた動画はこれだって感じです。 内容なんてはっきり言ってどうでもいいし、詩の語りを聴くぐらいなら音楽聴いてた方が楽しいからっていう一般ピープルみんなそう思ってるやろ論ってあるじゃないですか。私なんかでも朗読なんて誰が聴くの?って複数人から言われたし、植草さんなんかもっと言われてるとおもう。 で、私、その一般論をどうしても無視できないんです。私の場合は動画製作の裏テーマとして一般ピープルターゲットって持ってます。前置き長くなりましたが、今作は、その一般ピープル真っ正面から捉えて狙ってますよ感があって最高です。 素晴らしい。清き一票入れときます。現時点で、これ今月の大賞ですよ。 (宇宙ガール)

2021-06-09

んんー、 よわよわとつよつよ ってパワーワードみつけただけで これは⭕️ ザーザーはこの作品にとって重要な要素ではないよね。おそらく。もしかしたら、ゼーゼーでもよかったかもしれないです。 (産声)

2021-06-09

真ん中の4行詩だけでかなりイケてるとおもうんですね。現代詩的には。 四行詩前後のモノローグが、どうでしょう、、私的には物語が付加された状態に読めてしまい。モノローグって聴かれてる感読まれている感が増すほどに、モノローグから乖離されてゆくようで、私的にはですが、心地よい印象は残らないですね。それを喩えるならば、自分の詩を演技しながら発表される空間の心地悪さです。 確か、アメニモマケズはメモ書きでしかなかったと聞いたことありますが、本来モノローグってそんなものじゃないかと思うんですよね。 てきとうに走り書きしちゃったら、なんかいい感じ、まあ外にでも放り出しとくから、みんな暇だったら読んでくださいなっていうので、詩なんていいように思う。でもそれ、簡単に出来そうで出来ないすよね。 (噛み殺しっ)

2021-06-09

ABさんの作品って、私のなかではヒットする時としない時があるんですよね。で、それっておそらくは読む側の私のほうのコンディションとかおかれてる状態に依ってるんだろうなとはいつも思っていて。ABさんは淡々と作品を投稿されていて、特別に変わることがなくて。ABさんがみえているその情景、表出されてるものが私のなかでヒットするタイミングって、おそらくは私が余裕があるとき、遊びの気持ちが満載な時なんですよね。今作、ABさんのラフスケッチ的な要素が多分に含まれていて、心地よい感じがあります。 (クロッキー 1(美味しいお菓子のつくりかた))

2021-06-09

んんんー、、 Facebook的には◯ 作品としては❌ 福まるさん、でも読ませるね 最後まで読んじゃった (工場)

2021-06-09

それですよね 枯れた草花を結いたり解いて それから焼いてみるのです ぱきぱきする様子をながめては 煙になった気持ちに わたしはそのように戯れ 退屈をやり過ごすの コメントありがとうございます (死骸の歌)

2021-06-08

現代詩 という呼び名がかっこいいので 歌詞は現代詩っぽくしました プロレスと呼ばせない プロフェッショナルレスリング としたように 退屈なコ、 いや失礼しました。 コメントありがとうございます (死骸の歌)

2021-06-08

村上春樹さんは長編と短編とエッセイを一定のスパーンで出されるわけなんですが、武田地球さんの詩的な作品とエッセイ的な散文を、ほぼ一定に交互に出されてるのって、妙に気になるところ。詩的な作品を書くにあたっては、何かしらのエネルギーが充満するのが必要なのかもしれません。それはけっこう負のエネルギーの密度みたいなものがあるようにおもうんです。日常には負の粒子たちがうようよしていて、武田地球というアバターを形作るみたいなもの。形状化されたアバターが語り出す詩、みたいなもの。一方でエッセイ的な散文はその負の粒子たちの観察日記だったりする。今作はいうまでもない、観察日記だろう。ここに出てくる街や飛行機やパンやベンチやサッカーボールたちは、武田地球さんの自意識から認知された分身たちで、負の粒子たちに覆われ、形状化されている。つまり形状化とは生かされてるものたち。操作維持するパン屋さんや清掃員たちに自我はない。なぜならば無自覚だから。いうまでもなく現実の世界のその人らが自我がないのではなくて、村上春樹が書くのっぺらぼうな人物たちと同じに「物語」にしてしまえば多くのオリジナルがどこにでもある「ような」生に変えられる。死んでるみたいに。殺すわけではなくて生かされているということ。それは共感を増すことで今の時世にあっては訴求力が認められる。 時代や流れは変わる。思うに僕は、今必要な、、、いや、今、僕が欲しているのはそんな自我無しの物語を殺す別の物語だと、そう思うのです。ワクチン。 (ワクチン)

2021-06-08

やるしかないとおもうんですよね。 言葉にして 自分の頭の中にあることを さらけ出すんだから やるしかないですよね。 その、あなたがみている世界を あなたが言葉にして 世界を変えてしまえばいいじゃん っていうことなんですけどね。 (雑草)

2021-06-08

最近、私もやっとわかってきたんですが、詩って、作者が作ってるときの頭のなかの思考を、読む人は楽しまなくてはいけないんですよね。わからないですけど、たぶん。それ当たりであれば、今作はこれでいいように、おもいました。 (誰も彼もが天国へゆくらしい)

2021-06-08

歌詞を思いつかず聖書の一節を入れて讃美歌にしようとした痕跡にお気づきいただいたみたいですね。 コメントありがとうございます (死骸の歌)

2021-06-08

東京に出てきた頃 丸井には気をつけるんだぞって 言われてました コメントありがとうございます (死骸の歌)

2021-06-08

めっちゃ今回の作品はコメント考えまして、書いては破棄を繰り返しました。思うに、情景描写って難しいと思うんですよね。一読して、これはジェニファーロペスがいる空間だなあってなりましたよ。 難しいのは誰もかれもが同じ事象を同一には感得していないという。赤であっても私の赤とあなたの赤は違うという。でも一方でジェニファーロペスだよって示されたら赤色だねって分かる人には分かって、分からない人からすればちゃんと赤色って示してってなる。 mimiさんの今作は後者だなあって思ったんですね。 以前に、みうらっちは沢山書いちゃダメだよ削って書けって教えられたことあったんですが、それが指してることって読者に想像させれば、それがみうらっちが書いたこと同じだからだってことだからなんでしょうね。 (Love?)

2021-06-07

ビーレビって実験に使う場所であってもいいんじゃないかって思うんですよね。出し合った作品についてカジュアルに意見交換しあうって、大規模なyou tubeなどの空間だと難しく思うんですよね。 mimiさんもぜひ使ったことないツールでの表現。けっこう楽しいですね。 コメントありがとうございます。 (死骸の歌)

2021-06-07

おそらく、、作者本人との温度差を楽しませる作品なんだとおもう。先輩の情念、いつか昇華してほしいっす。 (deathの極み乙女)

2021-06-07

森岡賢さんが亡くなられて今月で5年経過しましたね。 コメントありがとうございます。 (死骸の歌)

2021-06-07

沙一さんのコメントいつも勉強なります。作者さんには失礼ですが、私は一読して正直、あまり引っかかってくるものがなくてコメントしないで閉じたのですが、沙一さんコメントの後段にハッとさせられ本作を読み返した次第です。おっしゃってる通り、たしかに、この詩には作者の中の他者ではなくて、作者が「書いた」他者がいます。なるほどと思いました。 (夏の夜、眠り)

2021-06-07

ビーレビ開くたびに気になって読んだり動画拝見したりして、考えたんですよね。本文は作者さんのステイトメントとして読めました。昔読んだ本への反論だというのは、旧態な文化へのアンチとして作品を書いているというメタにも読めて、興味惹かれました。で、私は、アニメーションには疎いので、なにかしらみえていない部分があるような気もしながら、動画からは可愛らしさ以上のことを感得するには至らなかったです。 タイトルには特別に意味はないという付記が逆にタイトルを強調していて、この付記がなくても、かなりタイトルはインパクトあったですよ。 何らかのコンセプトがある作品として捉えましたが、仮にコンセプトが作者さんにあったとしたら、それは知ってみたいなと、そういう気持ちにさせてくれる作品ですよね。 (国家、軍隊、部活動)

2021-06-07

文体が綺麗な心地良さで印象に残ってくるのは、おそらくは作者が持っているであろう理想とする人間性のビートがそうさせるのだと思う。強固な自覚がなければ、そんなビートは出せない。 (水)

2021-06-07

これいいですわ。 言葉の意味使わずに情緒を表してる。いや、たしかに 幸せ が持つ意味で訴求高めてるんですけど、幸せが漫画的に適当になって異化してるし、そもそも、この単発tiktokなノリが最高。 これ忘れてもいい作品なんだろうけれども、おそらく、3年経っても、掘り出してきて、こんなんありましたよねってウケる作品。◯ (産声)

2021-06-07

宮田さんの作品、久しぶりですけど、いいですよね。 (生身)

2021-06-05

おはようございます。みうらです。 動画つけた瞬間のはじまりの音、 おおおーってなって語りもいいなあってなったんですが、映像が、、、 前回の海鳥のほうが断然よくてですね、 次回も楽しみにしております。 (バスキア)

2021-06-05

mimiさんの作品って私がいつも感じるのは、自己完結しているって感じなんですね。で、私的にはそれがすごく引っかかってくるんですよね。だからなのか、こないだ存在を知ってからは投稿作品必ず読んでるんです。 その自己完結してる感っていうのが他の読者からすると、もしかしたら、抵抗感あって作品に入り込めないのかもしれないかって考えたりしました。で、今回の作品なんですが、MISIAの歌へのリスペクトてして書かれたと明記されてるので、この作品が作者さんのなかで自己完結しているのが自明なわけで、過去作品と比べると、読者側から眺めていられるというか、距離感を持って読めたりする。もちろん、MISIAの歌を好んでる人からすれば一定の共感もあるはずに思いました。 自己完結するって表現を変えますと、作品書いた後にキッパリ未練を断ち切ってんなって感じですね。はいこれでお終いありがとうって感じ。それって私だけ感じ方が変ななかなあとも思うんですよね。なぜなら、今作、テキストの表層だけをなぞれば未練が認められてるわけで。でも、断ち切りの清々しい感情を私は読んで感得します。 (キッチン)

2021-06-02

わからないけど、これでいいような、気がしました。 (橋人の唄)

2021-06-02

ラフな書きに回帰されているみたいでいい ただ、タイトルは永遠なものにしたほうがよかったように私はおもう。 (嵌め込む)

2021-06-01

すみません、冒頭の動画についての話がコメント内で回収されていないことに気がつき追記しますと、素顔さんの作品って絶対、動画とかにしたらハマるなって気がついたんですね。なぜならば、キャッチーだからです。 (C)

2021-06-01

わたし、時々、動画とかを作るじゃないですか。で、最近よくおもうのが、詩句とかをざあーっとテキストとして動画で流したりするの、過去に作っていたあれはけっこうダサかったなあって。で、こないだ素顔さんが語られていたコピーライター的なことを学ばれていた時期があったという話。これってなるほどって思われた方が多くいたと思うんです。私もそうで、素顔さんの作品を以前、巧妙に作られたニセ札だって評したことあったと思うんですが、それって詩を書こうとされてるし、みんなこれを詩だと思ってるかもしれないけど、違うと思うよって言いたかったんですね。で、コピーライターの話に戻るんですが、私はキャッチコピー的なるものって大好きなんですよね。だから、マンションポエムって揶揄として使われますけど、私的にはマンションポエム的なの大好きなんです。で、この作品って一言一言がめっちゃキャッチコピー的じゃないですか。今だと断定して言えます。これは良いですよ。不思議なものですよね。作者にはキャッチコピーの素養があったっていう情報だけで作品の見方が変わりますもん。ブランディングじゃないけども、ステイトメントって大事じゃないかと思いますよね。詩論とか大事な文章でなくてよいので、自分は何がしたい作者なのかぐらいは書ける人の作品じゃなければ読む気にはならないですよね。いや、人に読んで欲しいなら、他人の作品へのコメントなんかで自らのステイトメント示してほしいですよね。読みたくなるきっかけにはなりますよね。 (C)

2021-06-01

リビドーって書くときの注意点があるとすれば、秘しておきたいよねホントはってところをどう書かれるかだと思うんですね。 で、この作品では、そのあたりのことって、『おれは負けるわけにはいかない』ってところだと思うんですけど、それがあまりにもど真面目過ぎて、沙一さんも触れられてるんですけど、あー、作者さん人が良いなあって回収されてしまいますよね。 人造人間性がもっと必要だった気がします。 (決斗!人造人間シジーン)

2021-05-31

これ、失敗したかなあって投稿したあとに気がつきました。こんなんじゃダメですね。コメントありがとうございます。 (━━━━━━━━)

2021-05-28

これ、失敗したかなあって投稿したあとに気がつきました。こんなんじゃダメですね。コメントありがとうございます。 (━━━━━━━━)

2021-05-28

mmmさんの作品って韻律がいいとおもう。素読みでも声に出してみるとよくわかりますよね。ただ、アクセサリーとして使用してるキャタピラーやダンボールなどの名詞がリアリティあるのかってところがmmmさんの作品の大事なところだとおもう。今作はギリ、イケてる。 (手に土・口に蝿)

2021-05-28

うーん、 本当にこれでいいのかな。 井上塔子という作家はこれでいいのかな。 いいっちゃいいようにも思うのだけれども、私たちには可能性ってほんとに小さくなっちゃったのかな。あの頃を喪失感として、そんなことで今をやり過ごしていいのかな。がんじからめの真夜中に笑い飛ばしたいことばかりじゃないか。明日枯れてしまう花たちを束にしてぶん投げてしまう君の語りを、君の騙りを読んでみたいな。 (真夜中にわらう)

2021-05-28

なんだろう エロさとメンヘラ的なるものが書いていてきみの一つの快楽なのかもしれないけどもさ、それって年齢を重ねていくほどに苦しいとおもうよ。快楽よりも自己嫌悪感が優ってゆくとおもうの。 三人称で書いてみるのやってみたらどうだろう。書けないかもしれないけど。 (ぴあすすぴあへぶん)

2021-05-28

恋慕な韻律と雨降りのアクセントが効いてますよね。いつものキティってタイトルがなによりもよいですよ。ぬいぐるみやアクセサリーって3年も経てば古びてしまって当人以外からすれば、思い入れなんてわからなかったりする。でも当人が持っているであろう大事な気持ち、そういうのって、他人にはわかってほしくなかったり。そんな感じのことをタイトルから考えました。 (いつものキティ)

2021-05-27

この牛がもがいてる情景、私てきにはグッとくるものがあるんですよね。牛のもがきが不遇なこと、不器用さのメタとして読んで入ってくる。で、英文で書かれてるのが牛の内面の吐露で、自己肯定感が満載なんですよね。この部分がかっこ書きの日本語だと、その肯定感が違うメッセージになっちゃったような気がするの。なので、私的には英文にしたコントラストの付け方、大変よくできているに思いました。 (ボツにして、パソコンのフォルダに「エモい詩」というファイル名で雑に置きっぱなしにしていた詩)

2021-05-27

あ(╹◡╹) り(╹◡╹) が(╹◡╹) と(╹◡╹) う(╹◡╹) でもね すきな人はたいてい てのうちから離れて んこみたいに まほうみたく さまよっては んこみたいに またわたしを ただよごして ねむたいまま幻にきえる (手紙)

2021-05-27

もう一つ、コメントさせてもらうね。 アドバイスの通りに書き換えたら、作者の自分が思ってること、言いたいことが変わるじゃないかって言うかもしれない。作者が言いたいことなんて、あんまり気にしてはいないんだよね、実は。作品が面白くあるか、で、そこから作者さんが人としてでなく作者として、いいねされると思います。 (はさみ)

2021-05-26

福まるさんね、自分の作品を俯瞰してみなくちゃいけないと思うの。前作がちょい良かったのはね、福まるさんの俯瞰が垣間見えたから。 この作品ね、「相手」と「心」が「私」だったら、傑作だったかも。人様に読ませるってそういう感じなんだね。 (はさみ)

2021-05-26

コメント あ り が と う ご ざ い ま す この作品の前半は、 こちらの作品でのコメント返しで書いたものになります。 https://www.breview.org/keijiban/?id=3991 それが素材となっておりますので、これは人様に読んで欲しい物語としては書いておらず、自分の気持ちを抑えるために書いてしまったもので。 これを人様に読んでいただくにあたり、博愛主義者という、女子中学生のキャラクターを宛先設定しました。リアルにあったこと、そのまま書いても美しさがあるので自分的には美しい人生送れていると、自分で書いて自分で読んで自分で楽しんでおります。 (手紙)

2021-05-23

これは好きですわ。はじめまして、みうらと申します。短いなかに揺らぎが出ていると思います。 (日課)

2021-05-23

めちゃくちゃよくて、読み返しを何度もするほどではありませんが、これよいねって方が多くいそうな作品だとおもいます。 TwitterとかのSNSや詩誌や同人誌であれば、たくさんの好評がいただけそうに思うのですが、ビーレビを選ばれて投稿されたのはなぜだろうなって思うっちゃ思います。蛇足ですが。 (たいようのあかちゃん)

2021-05-23

羅列された記号には必ずメッセージがあるはずで、、いや、この世にある人口物には作られた意図が必ず含まれているわけで、文字の羅列にも必ずあるとみているんですが、要は、意図をわかりやすく書くか、わからないように書くか、なにも考えないで書くかだと思うんです。作者からリリースされた言葉の羅列がどう受け取られるか、神のみぞ知るわけですが。そんなことを読んで考えました。 (戸口に神の生誕がへばり付いて居た日)

2021-05-22

年齢は関係なくてね ライ麦さんが 他人と どうするか じゃないかなあ ↑これくらいの レスは 読める方かと 想像してます (手紙)

2021-05-22

いや ライ麦さんは 素晴らしい感受性を おもちなので ライ麦さんは よいコメントを されていて やいんじゃないかなあ (手紙)

2021-05-22

mimiさん、私、この部分大好きですよ。 >(同じ時代を共に生きてゆく、この瞬間さえ) >(手にするまで私は諦めない、タイトルの夢) >―明るい未来の為に、笑顔の灯火を私は消さない― 映画の宣伝とかの決め台詞、キャッチフレーズ的っていっちゃアレですけど、 私はそういうの大好きで、この最後の部分はキメてるって感じ。 はじめまして、みうらと申します。 (ノーマライゼーション)

2021-05-22

おぬし めっちゃ既視感ある 三浦果実て人が 子を持つ女性から こんなおぢさんと JCの関係 ホントだったら はっきりいって こわいって クレーム つけられてた 気がする パオーン (手紙)

2021-05-21

おー、岡崎京子さんの世界観がチラッとみえるって感じで最後まで読めたんですが、 これ作者がどんな人かで印象変わるとおもいますね。つまり、あやしい•いかがわしい、キワモノ作品って印象のほうが濃ゆくあって、選語のアイデアどまりという感じ。アイデアがセンスにまで到達してない感じですね。17歳があざと過ぎて余計だだ感じ。ただ、作者さんがホントの10代だたらこの作品は悪魔的な悪意が宿っていて、評価はガラリと変わって、作者さんは天才の匂いがする。 (でもわたし、かわいい)

2021-05-21

おねいちゃん こんなんが ヒットするんやったんか ほな もうすこし はやめに気がついたら おねいちゃんと 一緒になれたのになあ ざんねんやなあ 人生そんなもやで (手紙)

2021-05-21

スタイルに固執せずに違った手法を試されているなあと意欲を感じさせる作品だなあと一読しておもいました。過去の投稿作にはなかった文体じゃないかと。ただ、その意欲が、主張としての側面で裏目に出ちゃったようにも思え、冗長さを感じました。 >その肌の色 >その無邪気な >その手は 各連に置かれたこれらの語句にある「その」に冗長さをみるのです。 一読でそこまで細かく読むのか、そう問われればもちろんそんなことはなくて、作品トータルからくる、作者と作品の間にある思考が大枠として伝わってきて、で、その印象の因果をテキストで探った際に、「その」に見受けるかなあ、という程度のことですが。 この私のコメントも一筆書きで書いてるわけなんですが、指示語をたくさん無意識に使ってますよね。これが無い方がスマートで自意識が消える文章なのにねって自己主張がいつも強い私は思うわけですね。 この作品はほぼ一筆書きで書かれた感じに思え、そのラフさはいい感じに思えました。 (郵便受け)

2021-05-21

この作品はなぜによいのだろうかと考えて読んだときに、やはり音がよいなあとなりました。 単に読みやすい音ではなくて、つぶやくような音、よくよく聞いて(読んで)みないときこなくなるような。読んでよかったです。 (傘の中で飼育する)

2021-05-21

以前にシリュウさんか書かれた バスが来る文体という作品があって https://www.breview.org/keijiban/?id=660 この作品を私はかなり好きなんですよね。 で、今作と類似だということではないんだけれども、バスを待つ情景というか、バスを待つというのって、なんかいいすよね。 (もうバスが来るころだろう)

2021-05-17

擬音の使い方が相変わらず上手いですよね。ぱかり というところ。 (ほね)

2021-05-17

久しぶりにABさんの作品をちゃんと読んだんですけど(失礼) エモさが宿ってますよね。 (よっつの梯子)

2021-05-16

作品自体から発せられる醒めた(クールという意)空気感がいいですね。ただ、自己主張をもっと消したほうがいいように思いましたね。これでも好評が入るかもしれませんが、 >僕にはさっぱりわからない とか不要だと思うんですよね。 さっぱりわからないって読まされても、はああ、としか思わないし、この行に至るまでの語句がすべて、さっぱりわからないで回収されるだけなの?っていうとても安易な思考しか伝わって来なくて、それによって、衰弱とか断絶とか革命家とかといった言葉の羅列も、ああ、ちょっとした思い付きで並べただけなんだねって読んだ印象になります。 いや、そんな難しいこと考えずに作品から感じてもらうだけでいいんですけどって云われるかもしれませんが、それこそ、読者を舐めてるとしか思えないです。仮定の話ですけど。 ただ、冒頭に書いた通り、全体的に漂うクールさは好みです。 (何も知らない嘘)

2021-05-16

あ、なんか、がちゃがちゃなコメントになってすみません。2ちゃんねる云々というのは、何が言いたいかというと、作品とその環境は相互に作用があり、それを2ちゃん詩板及び文学極道、ビーレビはその端緒を現してるっていいたかったんですー。 (豆大福の日)

2021-05-14

すみません、長文コメントでありながら、追記させてください。どうしても追記したくなりまして。 2ちゃんねるから文学極道、それからのビーレビって特異な空間としての共通項があると思うんです。それはネット空間であり、詩の愛好家による小規模なコミュニティというやつです。 武田地球作品が詩誌でも十分な評価があると思われてる方々が大多数かと思います。私は逆貼りです。武田地球さんはネット詩に投稿される作品だから、というのがあるとみています。この予想を主張したいがための追記ではありません。 作品とその環境は作用があるというのは、作者が作品を創作する上でもあると思います。かなりの飛躍と非科学的なことを自覚の上で言いますが、たとえ投稿する作品という予定ではなく作った作品で、創作後にたまたま投稿した、という作品であっても作品とその環境は作用があるとみています。なので、武田地球さんがネット詩外に出される作品、それが果たして人気作品となるのか、興味が尽きないです。 長々と失礼しました。 (豆大福の日)

2021-05-14

武田地球さんの作品はなぜに人気があるのか、そんなことを今作を読んで考えました。難しい言葉選びはなく、豆大福をプリンと置き換えても、あるいはカレーに置き換えても今作は人気が出たと思うのです。実際に置き換えて読んで、そう思いました。その人気について、「武田地球という作者に惹かれている」「作品がわかりやすいからだろう」等、ネガティヴにみている意見も過去にはありました。私はそれらの指摘が意味することも理解します。おそらくは地球さんご本人もその辺りのことを確かめたく、あらゆる実験をされたと思うのです。例えば匿名投稿。例えば詩作品ではないエッセイのような散文作品の投稿。 匿名投稿によって、武田地球さんの名前が伏せられた作品であってもヒットした作品が過去に複数あったと記憶してます。その結果からすれば、武田地球という名前で人気を得ている(ちなみに人気を得ているというのは、①好評のコメント数②大賞•優良などの受賞回数③武田地球作品をツイートで紹介する人が多く見受けるなどを指します)わけではないと判明します。ではもう一つの憶測、作品がわかりやすい、親しみやすいからではないかということ。これはあると思うのです。万人受けする作品の「構造」かあると思うのです。わかりやすい、親しみやすい作品というのは他にもありますし、武田地球作品と同じくらい人気を得る作品はあります。ただ、人気作品の連続というのはあまりないように思うのです。ある人が言ってました。「武田地球さんはなぜ有名人を目指さないのか、作品がヒットするポテンシャルは最果タヒさん並みだ」と。話を戻します。先に触れた「人気がでる作品の構造」について。 冒頭で私は今作のタイトルでもある豆大福を他の食べ物に置き換えても人気作品としての変わらなさを感じると言いましたが、実際にみなさんもやっていただければわかります。武田地球が作品に宿らせるその人気作品になる要素はチャーミング(かわいいというやつ)な発想であり、必ずそれを「構造」として仕組まれている。具体的にどのような仕組みを指すのか、例を挙げるとキリがありません。このコメントを読まれていらっしゃる方々ほぼ100%詩を書かれる人だと思いますから、武田地球さんの作品をご自身で真似てみるとよいです。すると、武田地球作品が持つ構造のかわいさに気がつくでしょう。私がここまでで示したいことの肝は「豆大福やチェルノブイリやペテルギウスという言葉選びのアイデアが人気を呼んでるのではない」ということ。 で、この作品にある構造について、もう一つ最後に言いたいことがあるんです。 ビーレビ内でも、作者と作品は切り離すべき、切り離せない的な評やコメントについてのディスカッションがあるわけなんですけれども、私的には作者と作品どころか、作者と作品と読者と「作品が出されている環境」までも含めて評するべきと考えます。なぜならは、作品が在る環境は作者がリリースする場所として選ばれたからです。たまたま、作品がそこにあるわけではなくて、作品が在る環境は、作者と作品が切り離せないのと同じく、相互に作用しています。 話を戻しますが、作品が在る環境の方程式に武田地球作品を当てはめて考えてみました。客観的根拠を示すまでには至らないことですが、地球さんの作品はネット詩の環境が最もふさわしい場所なんです。地球さんの作品、ネット詩で読む時とアンソロジー本などで読む時、まったく印象が違います。詩を書こうとして書いた作品はそんなに人気出てないんじゃないかと思います。(良作ではあるけれど。) 大阪のミャンマーやペテルギウスや今作みたいに、「これかわいいよね」的に、気ままにネット詩に書かれた作品がカジュアルな人気が生まれてる背景かと思います。 言うまでもなく、彼女はネット詩が大好きなんだと思うし、ずっとそれでやって行って欲しいと私なんかは願ってますね。 先日、ネット詩とはなんぞやって話を人としました。2ちゃんねるから文学極道、そしてビーレビ。このラインは実は凄くてですね、つまり、その、面白いか面白くないかが文学や詩学や藝術性よりも(意図的に)優先される空間だってことなんですよね。 ネット詩で人気が出てもあんまし価値ないかもしれないですが、詩なんて儚いんですからいいんじゃないかと、武田地球さんに怒られても断言したいところですね。 (豆大福の日)

2021-05-14

訂正 過去の投稿作品と比べて今作は私のなかに入ってきました。 (せんべいぶとん)

2021-05-14

福まるさん、この作品は過去の投稿作品のなかで一番入ってきましたよ。方向性いいとおもう。 (せんべいぶとん)

2021-05-14

返信ありがとうございます。 再リプしない主義なんですが、なんとなく、類さんへもう一言、具体的なかつ、ツッコミどころ満載なことを言わせてください。雲に依存した、、いや、雲というモチーフを使って人生の儚さを書こうとされているように読めるんですね。私が読みたいなってなる、或いは、読んでよかったなってなる、もっと言うと、類さんご自身が納得される書きって、「雲そのものを書いてるんだけど、結果的に人生の虚しさが出てしまった」というのだと思うんですよね。雲そのものを書くなんてめっちゃ難しいですよね、私なんかにしてみたら。だって、 雲は白くてあるのかないのかわからない なんて感じで凡庸な表現になっちゃうじゃないですか(でも、自分で例を書いてみて意外とイケてる詩句だ....) 誰かが言ってましたけど、 詩人とは(照れ笑)人が見えていないことを言葉にして他人に見せれる人のことらしいですよ。自分にしか見えていない雲を、他人に見せることが出来たら、それって奇跡だし、きっと儚いでしょうね。 類さんの過去作の詩論、エモくて二度読みました。 (一日の雲)

2021-05-13

ありがとうございます てんまさま ストライク❗️ ばあわん (she ))))>< ಠ Ɛ⁍̴̆ ❕)

2021-05-13

ありがとうございます 長谷川哲士さま たいへんよくできました ?はなまるはなまるぅ (she ))))>< ಠ Ɛ⁍̴̆ ❕)

2021-05-13

初めまして。みうらと申します。 類さんの作品、詩らしくてよいのかもしれない、けれども、儚さを書くのであれば、雲で書くのであれば、雲以外で表現していては私みたいに汚れまみれな感性からすると、まったく入ってこない。雲の儚さよりも、違うものに目移りしちゃったりとか。 (一日の雲)

2021-05-13

作者の作品歴ってけっこう大事だと思うんですよ。評する上で。匿名の作品だと別ですが。やっぱ、一作品だけだと、この人なにがやりたいか判らないというのがざらにある。時々、一見であーってわかる時もあるけれども、大概は、あー、この人は暇潰しに適当に書いていてなんも魅力ないわ、あなたの暇潰しに付き合うほど時間使わねえよってなる。てんまさんの作品からは、適当な感じでありながら完成度がいつも高い。本作も、添えられてる画からもその完成度を思うし、テキトーさって言い方換えれば、作者の自己主張をスマートに感受出来るということ。 最近のてんまさんの作品、いいですよね。 (客観的な当選に於いて(2))

2021-05-13

こんばんは。初めまして。みうらと申します。だいぶん、削ぐ書き方になってきていて、推敲の意欲を感じます。 燃えろ←の連を削ろうか、迷われたんでしょうが、これが君のオリジナルなダサさであり、それが時々決まる時もあるので、なんともいえませんが、今回はキマッてない。はい。以上です。 初見でズバズバ言ってしまい、申し訳ありません。今後ともよろしくお願い申し上げます。 (ニゲラとパンオショコラ)

2021-05-12

ありがとうございます 類さま こんど ?を一緒に甘噛みでぐねゃあってにゃぁ ?‍⬛ (she ))))>< ಠ Ɛ⁍̴̆ ❕)

2021-05-12

こんばんは。前回、宵月さんの作品は普通な感じを上手く使っているという主旨のコメントをしました。言い方を換えれば、読者側を意に介さず本来あるべき(かは判りませんが)詩の書きなのかなあと、本作を読んで思いました。もう少し平たく云えば、アクロバットな書きを排除されている、と表すればよいのかもしれません。私は俳句の良さを感受する感性は開かれておらず、(詩を感受する感性もありませんが)ただ、何といいますか、私には何かが見えていない、そのような気づきが、宵月さんの作品に接するたびにあります。それはもしかしたら、宵月さんが作中に多く用いられる季語にあるのかとも。本作でいえば、向日葵という語句です。はじまりの世界とはオリジンなもの、新しく迎える朝のような気持ち。述べてきました私がもつ作者宵月観に沿っていえば、本作の4連までが無く、いきなり向日葵から始まる方が、宵月さんらしいようにみうらは思いました。 (はじまりの世界へ)

2021-05-12

こんばんは。初めまして。三浦と申します。作品のなかでいくつかの具体的な色を表している語句があります。 青白い頬、黒い髪、鮮やかな赤 これが、 深海色の頬、真夜中色の髪だったら チャーミングで、 一つだけ残る赤は 鮮やかな赤がさらに鮮烈なファクターになる、かもしれない。 語句を削いでゆく書き方をしなよとアドバイスしたりしない、ぞ。 (物語)

2021-05-12

ありがとうございます 沙一さま わるい人たちが 親指だけをくわえるの ピースサインをくださーい (she ))))>< ಠ Ɛ⁍̴̆ ❕)

2021-05-11

ありがとうございます 井上塔子さま レインダンスが 憎みきれないから ニューフェイスだね❣️ (she ))))>< ಠ Ɛ⁍̴̆ ❕)

2021-05-11

ありがとうございます POGEさま 壁にぶっちゃげた ペンキ 雨が滲んじゃった あーめん (she ))))>< ಠ Ɛ⁍̴̆ ❕)

2021-05-11

こんばんは。 他人の作品を読むとき、その作者さんとそのテキストの間にある作者さんの思考が先行して入ってきてしまいます。バイアスとは違うものです。 私は花が綺麗、空が美しい、空気が気持ちいいという表現、それが無いのです。正確に云えば、他人が発する花が綺麗という語句を目にしても、そこにあるのは「他人が花が綺麗といっている」、それ以上の何かを感得することは稀です。稀にある感得は、悪意を想像させる時です。悪意は人間性社会性の真逆にあります。私にとってはですが。私は人間性(善性)をもちろん保っている。しかし、一方で放棄したくなる本能もあります。 私は他人への想像力が欠落している特異なものかもしれません。悪意は共感を拒否する表情をしながら、泣いている。 前説が長くなり、恐縮ですが、本作にある>風が吹く 憂いの顔と、それを晴らそうとする揺らぎを感じました。その揺らぎの振り幅は、もっと大きいはずに思うのです。その揺り幅の大きさの表現が少し不足しているように思いました。 (大黒)

2021-05-11

コメントありがとうございます mimiさま おぼえています もう一度 虜になってしまいたい きゃっ (she ))))>< ಠ Ɛ⁍̴̆ ❕)

2021-05-11

既に匿名解除になってますので、身バレした時期でのリプとなりますが、コメントありがとうございます。 詩を書こうとすればするほどにウソくさくなります。さらに読み手を考え俯瞰する思考が自意識を歪に変化してゆくことを覚えるのです。いうまでもなく、これらの作用は私自身の内にある感触です。そう、感触という言葉を選び、思考を言語化し、お伝えしようとする、そのメゾット。パラドックスというやつなのでしょう。 そのパラドックスに落とし込まれない方法、、それはおそらくは譬えを書こうとすること。喩えには私の営みが必ず宿ります。営みはリアルとも言い換えることが出来る。リアルを定義する。 リアルとは、、、喩えて云えば情愛。喩えて云うならば愛撫。それこそが自意識が混沌と波に消え、いやらしくもあざとくもどうでもよくなったなにか。 (⌇)

2021-05-11

えええ? なんかエモいリプくれるから4:50もう一回聴いちゃった ハックショッッッッ よし、わかった。これからスタバ迎えに行く。 来月もニューウェブ?ばああん ハックショッッッッ (┣gUmmI dEcO cAffE mOchA ┳ぐみでこかふぇもか┫)

2021-05-10

こんばんは。みうらです。 無機質に立ち上がってゆくひとりの歩みの情景のなかにあって、ぐっと掴んでくるものがあります。 >鑑賞者がたったいま立ち去る のところと >最後に休符の絶叫がはじまる のところにそう思いました。 ぜひ、SKYPE参加させてください! (自画像のある自画像)

2021-05-10

おそらく、ryinxさんの初期衝動が安定期になってきてる気がする もっと やろうよ もっと儚い美をともに (雨に)

2021-05-10

これ、村上春樹主義者にはたまらないですよ。寓話なところ。くもざるみたいでマテリアルが素敵です。 (アリクイがクマに言った)

2021-05-10

ありがとうございます &さま もしもあなたが望むなら 地の果てまでもご一緒に わあるど ばーん (she ))))>< ಠ Ɛ⁍̴̆ ❕)

2021-05-10

こんばんはみうらです。ポエトリーリーディング動画、ゴロさんがどういうの投稿されたんだろうかと観ました。聴き取れるかどうかの微妙なところついてるなって、センスあるなって聴いて思いました。テキストをYouTubeの方で読んだんですけど、めっちゃいいですよね。投稿にテキストを載せていないところも逆に聴かせる効果になってる手法だと思いました。 (負けた!そんな日曜日はふさわしいかい?いや、そんな事は無い。)

2021-05-10

あれ、たしか、こうだたけみさんが投稿してたよね、って思い出して、アーカイブ4月分から探し出して読んで聴いて。 なんか、朗読上手くなってる。表情豊かになってるというか。 (┣gUmmI dEcO cAffE mOchA ┳ぐみでこかふぇもか┫)

2021-05-10

語句に宿ってますよね。身体が。音の感触ががっつり息づいてるというか。で、その音の韻が音楽よりではなくてね、詩情をテキストで立ち上げていて。詩情=営みもある。しかし、なんかもっと人気出てもいいのになっていうふうにも思うけれど、それってなんだろうね。藝術ベクトルで評価される作品ではあるよね。 (火傷痕)

2021-05-10

あれ、いすきさんってこんな作風だったんでしたってなって、過去作再読したら、ああ、変わってないってなって、そんなことをコメントしてしょうもなあってなるよねとか考えながら、久しぶりに投稿したら初コメがおぢさんかよってなるよねっていうその自意識を振り解き 作品読み返して、ちゃんと食事とか忘れないで、海とか景色にちゃんと感情湧いて、実家の家族とかともそれなりにちゃんとやってんだなぁって、安心しながら タイトルの付け方頑張られたなって、やっぱ、安心しましたよ。 この無作な文体ってけっこう、二十代後半男子世代にはウケるんじゃなかろうか。トレンドは変わりますよね。 (電子レンジの音が鳴らない世界で、遠くには海が見えている。)

2021-05-10

sns っていう空間とは距離を置いて他人に迷惑かけないようにしとかないといけない僕の曲者気質から来る詩との距離感というのがあるんですよね。詩を出すところなんて、Twitterでいいじゃん、詩誌でいいじゃん、同人誌でいいじゃんっていう、その空間と対峙(笑)してると思うううですよ、ビーレビっとか現フォって。で、一方で、現フォは作品保管場所的に使われてる人が多いと耳にします。 詩っぽい空間てなんでしょうね。 その、よく知らないんですけども、詩人が新しいカルチャーを先導してたって時代があって、そういうポテンシャルが詩表現にあるとすれば、作品の保管場所が消えても、ネット詩文化は失われてはいけないんでしょうね(笑) (黒髪さん?エミリー・ディキンソンかよ)

2021-05-09

すみません、作者さんの過去作品にもコメントを以前していましたね。 その、、作者名義を忘れていても印象に残るぐらい、書けるの羨ましくなります。 (エリー(オマージュver))

2021-05-08

先ほど、花火を読んだんですよね。で、作者さんの過去作品も読んでみたくなって読んだんですけど、こちらもいいなあって思ってコメントしました。オマージュということなんで、元のリスペクトされている作者さん作品、わかりませんけども、単体として読んでもわたし的にはよかったです。 (エリー(オマージュver))

2021-05-08

これ、読んでよかったです。詩の定義とか散文とかの定義とかよくわかんないですけど、久々に社交辞令0でコメントできて人に紹介したくなる作品。作者さんの年代とかわからないけれども、サリンジャー読んだ感じですってコメントしときます。ついでにいえば、初期衝動「的な」作品って、ビーレビでもよく無自覚的にもてはやされたりするけれども、これには敵わないし、こういうの読んだら、もう詩とか書けないですよね。わたしなんか。 (花火)

2021-05-08

どうも、ピッチャーです。 豆大福よりもこっちが好みですよ。詩を書こうとされてるところから出る選語よりも、なんていうかなあ、こういう、リラックスしてる語りのほうが、詩表現の高度さがなくてもあれが宿ってますよね。 (セロリカレーとナン【企画「食べる」】)

2021-04-29

こんばんは、みうらです。この企画は覗いて読んでる方からすれば気遣いすることなくコメントしてもいい感じなんで、私からすればコメント書きやすいですね。で、どなたがなかたつさんギルド参加者なのか、わかっていないので、けっこう適当に書いちゃいますけど、この作品、百均さんっぽいんですよね。ハズレかなあ。即興で詠んだ一筆書き感があるのと、未然形推量っていうのでしたか、〜だろうって語り口調が、っぽいんですよね。企画投稿作品のなかではこの作品が好みでした。 (天のはからい【企画「食べる」】)

2021-04-29

なんか、てんまさんがガチで書いてきたなあって、すげえ作品だなぁって単純に一読して思ったんですよね。短文ですが一票入れます。 (春)

2021-04-26

不変さんらしい作品の選びだなあっておもうんですよね。そもそも不変さんって突然現れたトリッキーな人なわけで、そんな不変さんがトリッキーな作品を選ぶってところに普通さを感じるんですよね。え?こんな人だったの!不変さんってていうのが読みたいですね。トリッキーな作品とかトリッキーなコメント読んでもなんか予定調和なんですよね。 不変さんの情念みたいなものが、ホントにあるんであれば、そういう感性が宿る批評文を、勝手ながら読みたいと思いました。 (『ちんちん!!(ちんちん!!)』という作品について。)

2021-04-26

個人的にステレオさんと知り合いなだけにやっぱ作品に対してはシビアに私なんかはみていて、それは作品を読んでその作中のどこがどうだとかという技巧の部分的なものではなかったりする。今作は今までとは違う飛躍を一読して感じた。それは、ここまで作中話者が持っているであろう他者との距離感を書いていらっしゃるのは今までなかったとおもう。もう少し平たく言う。「こんな風に他人に対してニヒリスティックにみてるの?」と言われそうな語り、悪意として捉えられそうな語りを排していたはずだと思うんです。それが今作では「あんたら好きにすればいいよ」的な他人への見放しが連発されている。(いうまでもなく他人への愛情のメタである)私はこの作品を好ましく思った。 なぜからば、以前にお見受けしたステレオさんが残されたコメント「地獄でのたれ死ねばいい」という覚醒した情緒があるから。それは悪意として受け取られてもいいよという潔さ、ホントのガチな言葉だ。そういう純度100%、社会性とか人間性とかをぶん投げてしまった感情的なところにしか詩などあるわけがないと、バカみたいに私は信じている。 以前から触れていることではあるけれどもステレオさんは作家としてのポテンシャルが並以上に高くあって(なんか評論家みたいで失礼)、それは読む側を相当に意識して書かれていて、それがある意味では客観的に走り過ぎての結果、「過剰なロマンチック」と受け止められる向きがあったように思うんです。(いや、これはみうらの偏見かもしれないけれども) それらの作品にも良さはあるかもしれない。でも私は、こういう作品のが好きですね。読んでよかったっす。 (死神通りゃんせ)

2021-04-24

おはようございます〰 なんか、自分の子供がこんな詩を書いていたら、コラコラとりあえずお味噌でも飲んで元気出そうよ〰っていうなあ。 それくらい、作品でも詩でもなくて、つぶやきのレベルだとおもいますよう。 (地球にひとりぼっち)

2021-04-23

これ何気なく幾度か読んでたんですが良いですよね。同類と呼んでしまうと失礼ですが、あるとおもうんですよ他の方の作品でも見かける同様なスタイル。ただこの作品、見せびらかしさが薄くていいんですよね。気分良く書いちゃったんでとりあえず玄関の外にでも掲げておきますね、みたいな。人に読まれようとするんじゃなくて自身の暇つぶしに書いた程度ですよっていうぐらい。読者との距離が心地よいです。それはmmmさんのネーミングともあわせて読んで気持ちいいものでした。 投票しました。 (いつの日かボリウッド)

2021-04-21

ニセモノ詩人という語句に微笑んでしまいました。反逆とか反骨とかが死語になったように、詩人も死語だとおもうんですよね。それにニセモノも死語だと思うんですよ。これ、何言いたいかといいますと、死語って見方は客体的じゃないですか。で、この作品の本文もタイトルも客体的だと思うんですね。死語になるってのは、本来主体的に用いられる語が流行り廃れによって受け取られ方が苦笑や皮肉な客体化する事象だと思うんです。詩とか詩人とかって語句は主体的に語られなければ、活きたものにはならないんじゃないかなあって思うんですよね。 「これは詩じゃないおぢさん」という作品にダメ出しする年配の方の滑稽さと同じくらい、面白い作品だと思いました。 (おい、お前ら、ニセモノ詩人たちよ)

2021-04-21

読みが深良い〰 大人って時計塔みたい いつか錆びて でも閉じれない もったいないから (⌇)

2021-04-20

おっととと〰 陰毛だなんてっ そんな短略的な感性では 詩は書けないぞっ (⌇)

2021-04-19

こんにちは。やってることは好みだしダメ出しするものではないと思うんですよね。ただ、選んでる語句のイージーさをただただ感じてしまうんです。こういうのってなんとなく書いちゃいました感があると台無しになると思うんですよ。や、これは読み手の感性がダメなのかもしれないんで、なんとも言えないんですが、私は読んでるとイージーさが先にきて、ヒットしなかったんです。 (ユグ)

2021-04-19

>先生が生徒の口を針と糸で縫い合わせて >口を封じてしまうという事件 福まるさん、おはようございます。 何度か今作を読み返してみたんですね。で、謎がありまして訊いてみたくなったんですが、引用したこれは事実なんでしょうか。これが何かのメタファーとしての表現だとしたら、今までの福まる作品のなかでは際立つ、優れた表現だと思います。自伝的文体にいきなりこれをぶっ込んでくるなんて、惹かれました。これを続編でも使われるのであれば、読んでみたいです。逆にこれがなければ、魅力のない作文に思えました。 (思い出{小学生時代})

2021-04-19

神奈川県立横須賀西高校2年5組の宮野真智子ちゃんがこれを書いたとしたら小林さんのコメントでは恋に落ちないよううにおもうよ (〰︎)

2021-04-19

azul2010さん、混乱させてすみません、『私も』は誤りでした。作中の『私は』のことをコメントさせていただきました。返信ありがとうございますー (良くも悪くも)

2021-04-16

こんばんは。みうらと申します。すごく諦念がある作品だとおもうんですよね。でも、『私も』に諦めきれぬ自分をみてるんだと思うんですよね。『私も』を入れたい作者さんの気持ち、わかるんですけど、作者さんの書かれた感情を読まれるのではなくて、作品を読まれるのであれば、すべての『私も』を削除してこそ、、敢えて言いますが「他人様に読んでもらう詩」だと思うんですよね。読んでそう思いました。 (良くも悪くも)

2021-04-16

こんばんは。みうらと申します。夏村木さんの作品気になって過去作品を全部読んだんですけど、まだホームラン打ってない感があるんですよね(失礼)私が一番いいなあって思ったのは、ここのことという作品でした。なんかエモいなあって思いました。でも、それでもスリーベースヒット止まりな感じでした。(失礼) オリジナルなスタイルを握っていらっしゃる、でもその確かな手応えになる作品がまだ出せてない感がとても強くありましたので、思い切ってコメントしました。 本作が私的には一番ヒットしなかったので、こちらの作品にコメントしました。 次回作期待してます! (笑むとき)

2021-04-15

はじめまして、こんばんは。みうらと申します。素朴な書き方ってあざとさがなくて、読んでいてもわるくないなあっては思うんですけど、あまりにも素朴すぎだと、なんにも残らなかったりするんですよね。フラッペがギリ引っかかってくるぐらいで、なんか不足感ありすぎじゃないかなあ、なんて思いました。ただ、ビーレビ開くたびになぜか読ませちゃう。ゆるふわが良いよねってネーミングが良い感じだからな気がしましたよ。もっとゆるふわあな作品を読んでみたいです。次回作期待。 (春のおとずれ)

2021-04-15

駄洒落感が垣間読めるわけなんですが、可読性の許容範囲を超えていて今イチじゃないかなあと思いました。なんとなくなんですが、これ、飽食問題とか、自然の摂理についてのメッセージが込められているのかなあって気がしましたが、ちょっと変化球過ぎな作品じゃないかなあ、なんて思いましたよ。次回作期待。 (玉抜かれてcorpse)

2021-04-15

き こ え る か がんがれえ (〰︎)

2021-04-12

再現できないの。渡辺くん、世界には再現できない言葉が浮いているんだね。たのしいね。 (〰︎)

2021-04-12

自転車と群青って溢れすぎちゃってますよね!るる〜って風邪薬みたくやさしいね!さんきゅー˚✧₊⁎ (〰︎)

2021-04-12

んー、これはダメだとおもうようー。確立されてるスタイルだから真似してみたくなるんだけどね、なんか薄くなっちゃったカルピスか気泡がでないビールみたいに味気なさだけが残るんだよね。でも逆にこういう風になるのかあって勉強になりましたー。 (peace dead land)

2021-04-12

コラ、白犬くん なにわかっちゃった気でいるんだい?あたしの峯岸くんは存在するだけでポエジーなんだよ?白くんには書けないんだ。だって白くんは (〰︎)

2021-04-12

女性がトラウマから解放されるささやかなショートショートですよね。もっとわがままになっていいんだよって台詞、男性が解放を促す瞬間だと思うんですけど、このチープな台詞を救済として「錯覚」するぐらい恋愛って私的なもので私的なものだから他人からすればどうでもいい救済ごっこになっちゃうわけなんですけど、ショートショートストーリーとしては表層だけのこの作品のプロット感って仕方ないんじゃなかろうかって思いました。作者さんもその表層以上の何かを表そうとはされていないような、満足感みたいなものも感じましたね。 (右耳のアメジストは眠る)

2021-04-12

宵月さんの作品ってフツーなんだと思うんですよね。誰かが書いてそう、みたいな。言い方替えるとオリジナルさが無い、みたいな。で、それでいいんだよっていうのが垣間見れたりする時、いいんですよね。芸術なんて特別でなくフツーにある美的経験でよくない?って感じのささやかな主張。 あー、これでコメント終わると、みうら、自分のブログに書いとけばいいじゃんって読解好きな方々に言われそう(たぶん宵月さんはちがう)なんで付記すると、今作誰がよんでもわかるとおり、ひらがなだし、難しい言語をまったく使ってなくて、それでいて詩的な表現になってるところを指してコメントしました。ささやかでいいんじゃないかなあ。 (はる)

2021-04-12

なにげなくビーレビ覗いて、こちらの作品読んだんですけど、これ、めっちゃええですわ。 くらげみたい、ではなくてくらげみたい「だ」ってなってるところとか、精子とか、つるたらららとか、最後のだの連打とか、キレイな女子の壊れ方っぽくて。正確にいうと漫画に出てくる急に壊れだす女子をイメージしましたよ。正気保ってたのに突然壊れだす構図ってテキストだと難しいんですよね。なんか、音楽みたいで素敵な作品だと思いました。読んでよかったです。 (くらげつつ)

2021-04-10

んー、帆場蔵人という名前だけで読ませてしまう人になったんだなあって感想ですね。一回リセットする試みだとすればマインドが変化したんだろうなあって伝わってはきたんですけどね、面白くはないなあって感じでした。 (どうでもいいことだけが、いつも残される)

2021-04-07

なんか、しぶいですよね。やっぱ作品って作者ですよね。作者がなんでこれ作ったんだろうとか、作者の人の日常ってどんな悩みがあるのかなあとか、めっちゃ考えますよね。で、それって有名なミュージシャンのライブ観てても私なんかは考えちゃうんですよね。演奏そのものを観覧する域まで連れ出してくれる人ってそんなにいなかったりしますよね。 よく生の空間にこだわる演者の方っていらっしゃるじゃないですか。私の音楽は、私の表現は、生のライブじゃないとわからないんだっていうこと。それが示してることは理解できるんですけどね、私はやっぱ屈折しちゃった見方をしちゃうので、 (いやあ、ちゃうんだよなあ。生だから下手な表現•演奏であっても観客に物理的にに響きやすいから勘違いしちゃってる人多いんだよねえ)って心のなかで思っちゃったり。ガチで良いものって動画コンテンツになっていても響いてくるんですよね。で、動画コンテンツレベルで響いてくるものはライブで観ても当然良いんですよね。 植草さん動画、その演者の人間までを想像させちゃうってのは、少なくとも私にとっては面白い。ちょっとだけね。ちょっとだけ面白い。 (満開の桜の下で)

2021-04-07

まじか。知らんかったです。私もその針金って素材の意味を知りたかったんですけど、アウトサイダーアートの背景があったなんて。限界芸術研究会というサークルを知ってるんですけど、その方々が針金を素材にしてワークショップみたいなことやられていたんですけど、針金っていろんな形になるから面白いですよね。ところで、 フィラデルフィアシリーズたまにしか読まないですけど。ナラティブな物語だったんだなあ。 (フィラデルフィアの夜に XXⅡ)

2021-04-07

こんばんは。みうらと申します。この作品なんか気になってビーレビ覗くたびに読んでるんですよね。で、なんかコメントするほどにうわあって感じには読んでならないんですけど、結局、覗くたびに読んでしまうんです。で、なんでだろうなあって考えてちょっとコメントしたくなったんで言いますとね、タイトルが良いんですよね。壁打ちっていいですよね。なんか、すべてを表してるんですよ。すべて。孤独さとか生きるとか。でも、読み始めるとああなんだあ老人の話かあって残念になる。でも、その残念さがさらにまたいいんだと思えてくるんですよね。壁打ちってそんなものだから。期待してやり出して残念になる。 なんかよき作品に思えたんです。 (壁打ち)

2021-04-04

返信ありがとうございます。心の内のこと理解しました。なんか、私、悪人みたいで大変失礼しました。福まるさん、これからもどうぞよろしくです。 (日本)

2021-04-03

夜道さんのこちらの作品へのコメント、書いては消して書いては消してを2回やり、結局、一言だけコメントすることにしました。この作風、いいです。にやっとしました。詩にまったく関心がなく、面白いかどうかでしかビーレビを覗きにこない私みたいな人間には最高です。 また面白いの期待しとります。 (〈安閑夜話〉 アシとヨシ)

2021-04-03

追記 田中宏輔さんの他人の作品への一言コメント、これもめっちゃ面白いです。時々、ビーレビ界隈の人間同士で田中宏輔さんの一言コメントが話題になって、みんなで楽しんでます。けっこう、宏輔さんの一言コメントのファン多いです。 (詩の日めくり 二〇一五年八月一日─三十一日)

2021-04-03

田中宏輔さん、2、3ヶ月ぶりにコメント書きたくなりました三浦です。最近はホントに詩や本を読まなくなっておりまして、ビーレビを暇な時に覗いても、あー詩かあ、ってチラ見して詩作品だとわかったら、読まない傾向にあります。しかしながら、田中宏輔さんの作品は読んでしまいます。しかもめっちゃ笑えたりできて面白いです。今作も、うんこが連発されていて、ホントにもう、、これが書ける歳のとりかたをしたくなります。勇気が湧いたりします。現代詩か、とか詩かとか、そういう判別いらんでしょうって、やっぱ書きたいこと、創造したいことを他人の目気にすることなくやったもん勝ちなこと、改めておもいました。 (詩の日めくり 二〇一五年八月一日─三十一日)

2021-04-03

こんにちは。この作品が発してる違和感って語られてる内容の浅はかさだとおもうんですよ。で、これを小学生の方が書かれている、あるいは小学生の方が書いてるっぽい修辞があれば少しは気を惹くものだったりするんですけど、物事を複眼視してる気配もなく、ある意味で狂気を感じたりします。キレてしまって無差別殺人とかする人の文にみえる。 正気を保つって自分のこり固まってしまったいら立ちやらをとりあえず置いておこうかってなれることで、悪人が上手に世の中生きてるのみてたら腹立ってきたわってのは、、小学生の感情であれば正しいんだけど大人がそういう感情出しているのに出くわしたら、気持ち悪く感じるんですよね。 で、気持ち悪く感じる私がダメじゃんってなって、そういう怪しい人には関わらないようにする。これが大人であり賢明さだと思うんです。で、長々と前置き長くなりましたが、この作品の一番の謎は、その長々と前置きしたようなこと、これをわかった上で書いていらっしゃる確信犯なのか、それとも、ガチで書いてるんですよっと。そのどちら何ですか?って福まるさんに訊ねてみたくなってコメントしました。どうでしょう?念のために申し上げれば、五十過ぎの普通に会社員としてやってきてますので、こんなコメントをすればもしかしたら不快な気持ちにさせてしまうかもしれないというリスクは承知の上で書いています。マナーって、面白い場であることとつまらない場になるかの双刃なところってありますよね。私は面白い場に賭けました。福まるさんのレス期待してお待ちしてます。 (日本)

2021-04-03

夜道さんのこのシリーズ、見方が変わりましたよ。当初は各作品を単発にみて優劣を見極めていたんですが、連続するところからみえてくる味わいがありますよね。で、それって優劣でもないし、名作か駄作かでもないんですよね。 前作のコメントで宣伝広告に堕していると書きましたが、堕しているのではなくて、広告の機能を純化されてるなあって思えてきたんです。個人的な広告ということ。宣伝広告というものは押し付けてくる嫌な感じってあるじゃないですか。それは広告する側のいやらしいさをみつけてしまうからで。でも個人的な広告っていいですよね。そもそもこの場所は投稿する掲示板なんだから、みんな広告の意図が少なからず見え隠れしちゃいますし。夜道さんのこのシリーズはこの場所にとても似合っているとも思います。作品を出す空間を考慮することって、かなり大事なことにも思います。 (〈安閑夜話〉 さようなら胃袋)

2021-03-06

そうですね、艶のつけかたがその人らしいかどうかだとおもうんですよね詩というものは。「その人らしい」って作者の何をわかるっていうのって多くの人に言い返されるかもしれませんけど、文をみたらその人の人格や人柄、あるいは姿まで見えちゃいますよね。読める人には読めていて。声も姿も隠したつもりの匿名の作品だってあなたは隠れてるつもりかもしれないけれど本性が全部見えてますよって言ってあげたくなる作品ってありますよね。で、僕はいつも思うんです。カッコつけ(艶つけ)すぎな作品とか無理して美しく書いてるなとかどっからか引っ張ってきた観念だけの言葉使ってるなとか。で、こういった掲示板とかのコミュニティだと、そういう外面だけを装ってる作者の人が、思わず悪態を晒したり思わず情緒をみせてしまったりするじゃないですか。きっとその当人にとっては不本意なそんな言葉。そんな言葉に出くわした時、それだよあなたが詩句にしなきゃいけない言葉はって教えたくなったこと何回もありますよ。でも、そういうのって読解でも批評でもなんでもないからこの場所では言えなかったりしますよね。作者さんにとってホントに必要性の高いアドバイスなんだけれども。 「詩なんて猫かぶりでいいんだよ」って叱られたことがあると、私が好きなある詩人さんが言ってらっしゃったんです。 そうだよなあ猫かぶりでいいんだよなあって、そう思ったんですよね私は。 それは書いてる人が見えてるから猫かぶりでいいって言えるんですよね。その猫かぶりした人は詩人じゃないかなあって思うんですけど、猫かぶりを無自覚にやってる人は詩人じゃなくてガチでタチの悪い人。ちゃんと物事をもっと知った方がいいのにって思っちゃったりしますよね。本作はちゃんと猫かぶりを自覚されていていいなあと思いましたよ。 ただ、ふっと思ったんですが、僕は言葉を信じていない詩人が好きですね。最近はホントに本を読まなくなってしまったんですけど、小林秀雄さんは飽きずに何回も読めていて。この人、絶対、言葉を信じてないって感じるんですよ。だから直観の批評であり、その言葉は文学なんじゃないかって思います。 素顔さんの作品からは、その不信とのジレンマが垣間見えるから良いのかなあ、なんて思います。 (私は詩です)

2021-03-04

もう、あんまりこの場所でコメントする気なかったんだけれども、あまりにも上手になってるから書いておこう。きみ、これ上手いな。匿名なのに誰が書いてるかはっきりわかる息遣いがある。ハリボテだハリボテだって言っても言ってもまたハリボテ書いてきてたけれども、この作品はハリボテじゃないよ。そもそも、きみのハリボテ感は他人によく見せようって感覚じゃなくて、自己満足感だったんだよね。しかもその自己満足の目的がさ、ちょっと見苦しい癒し、つまりは自慰行為。それが、今回はないの。自分の満足感を放り出した感じ。自慰行為にふけってたのに、急にやめてカーテン開けたら、どうしようもなくあざとさばかりの修辞野朗たちが目について、そういうやつらへの悪意を素直に書いたって感じがこの作品はする。悪意が今までのハリボテの自己満足をやめさせて抒情を書かせた感がすごくある。 今まで、大袈裟に作品を褒めたことが何回かあったけれども、今回はガチ読みを繰り返した上で言ってる。この作品は良いよ。 あー、、いや、百発百中で書いた人当たりだと思うけれども、間違えていたら、大変失礼しました。 はじめまして、みうらと申します。 (my little pandora)

2021-02-16

素晴らしい返レスですね、、、と言う始まりを書きたくなるほど、私的には筆者さんのコメントが清々しいです。 エクスペリメンツレインの世界観って今のご時世には既に古くなったようにも思えるんですよね。同じくらいに自我無しを洗練された形にされている岩倉文也さんの世界観も。岩倉文也さん好きなんですけどね。 とんちんかんなレスになってるように見せながらも筆者さんは笑ってくれるだろうと思って引き続き書くんですが、自我無しって善意も悪意もなくて、それってトランスヒューマンだからってところで、みんなうわあって盛り上がってた世界観だと思うんですよ。なんだろうか、仮想の空間に人は在るのかってところからいえば、みんなきっとアイヒマンみたいに有能なテクノクラートなんですよきっと。ただただ処理しているだけ。ただただ処理をするだけの空間。岩倉文也さんの詩もエクスペリメンツレインもアイヒマンなんですよね。私はアイヒマンが好きでも嫌いでもないし、その人道的なこととかよくわからないですよね。よく、じゃああなたが残虐なこと、同じことされたら、どういう気持ちになる?同じこといえるのか?って正義感を突かれることがあるけれども、わからないですよね。本当にわからない。 欺瞞に無自覚な人らが仮想空間にはたくさんいて、みんな1人で楽しめないでいる。 1人で楽しくやってる人のほうがまともな人が多い。まともっていうのは、さっきの岩倉文也さんの詩もエクスペリメンツレインも少年Aの絶歌も直観的にノーだっていえる人のこと。仮想空間で欺瞞に無自覚な人たちは情報の処理が他人依存だから、だいたいおかしい。おかしくてもコミュニティからは外れていないからそのおかしいままでいいという。 なので、未知についてのこととか、さっきの私のコメントもコミュニティから外れているところから発せていないって気がついたんです。なので、忘れてくださいって言いたいところが多々ある。それを気がつかせてくれた筆者さんの私への返レスは清々しかったです。 でも本作はまだまだじゃないかなって思う(ごめんなさい) これからも、まだネット詩に、あなたは書き続けてみた方がいいように思う。まだ、なんか、遭遇していない人、まだ見ぬ強豪にあなたは出会う気がしますよ。 はい、どうも。 (輾転反側させられ)

2021-02-16

可読性からみた現代詩、あるいは、理解できないことを楽しめるか、その観点からすれば楽しめない作風に思います。可読性の有無は詩作品には重要ではないとは、考えます。よく言われる例えですが、異国の不明な言語であっても楽しめる歌があるように。 理解できないことを楽しむ前提として、そこには読み続けさせてしまう愛嬌が必要です。憎たらしい不快なものに長く接したいとは誰も思わないので。 愛嬌ある現代詩とは、ジョークを取り入れることを指すのでもありません。これは説明をすることがとても難しいです。 言うなれば、「この文面からは人がみえる」ということ。物語がみえるのでも謎解きがみえるのでもなくて、よくわからないけれども書いてる人間がみえるということ。 そこからいえば、 「3回待って、」と①②③という打たれかたに人間が、うっすらとみえます。 念のため申せば、これは可読性の有無をみてるのではありません。 書いている情緒が表れている、そう言えばよいのかもしれません。 多くの人から理解されないであろう、未知のことを書くのであれば、すべての意味を捨てる覚悟が必要です。逆説的に言えば、言葉で表せない何かが確固としてあると、その自覚がなければ、受け手を理解不能なままに踊らせることは出来ないでしょう。 無作な自覚が欠落した、試し書き止まり。何を書いて何を書いてはいけないのか、そこから、冷徹に創作を苦しみとして楽しむ、そこから始めてみてはいかがでしょうか。 (輾転反側させられ)

2021-02-15

返信ありがとうございます。私自身がみえていない視点や美徳があるのだろうなあという気持ちが一方であります。特に(私からすれば)かなりシビアに普段から他人への作品評を書かれる渡辺さんも好評をコメント欄に寄せられていて、やはり私にはみえていない良さがある、あるいは何かしらのバイアスが私にはあるのかもと、再考しました。誤解されるような、ネガティブなコメントをわざわざ書くのには気が引けてました。でも、コメントしてよかったと思います。小林素顔さんの次の批評文を読んでみたいと思えるようになりましたので。 何度も発していることで恐縮ですが、自覚する詩への愛着を周囲の方々と比べてみますと度合いがかなり低い私です。ですので、興味を抱く作者はそう多くはありません。一度読んで何も感じなかった、あるいは自分なりにそうとうな労力をかけて読み、コメントしたけども、「この人はまったくわからない人なんだなあ」という人の作品など二度と読まないです。紀伊國屋書店で3000円の投資先を選ぶ時に絶対に買わない作者リストと同じで。しかし、合評する場の醍醐味は買わない作者リストの人の作品も読まないといけない、あるいは、なぜに感動しないかを述べることにあるように思うのです。おそらくその評は「感動する、感動しない」という生理学的な観点の話になっても仕方がないわけで。 なので、素顔さんからの返信が生理的な感触といいますか、推薦文にない熱量が感じれてよかったです。 (これは、感性の鈍い、文面の奥底を読めない方々のために念のために付記しますが、熱量とは返信コメントの文字数ではありません。) 黙っていても、言葉足らずな人であっても滲み出るものがあったりしますよね。僕は面倒くさがりなので、そのあたりの感覚で分かり合えなさそうな人に、合理的な言葉は尽くせないし、尽くしたくない美学があったりします。お察しかもしれませんが。 重ねて申しますが、素顔さんの次の批評文が楽しみです。 (人にやさしい曲線)

2021-02-14

みうらです。こんにちは。私は最近になって荒地派を知ることで詩とはなんぞやという命題と詩作品への批評の在り方が激変することに気づきを覚えました。吉本隆明はある所感で、四季の詩人と称して立原や中原と「戦後詩人」つまりは現代詩と近代詩のたてわけをやってるわけなんですけども、吉本の所感に思うこと、それは、「詩の定義」は詩人とはなんぞやの問いへの「答え」であるということです。 長々となりますが、これをビーレビに当てはめ、推薦文について思うところを述べさせていただきます。 最近のビーレビには、詩のビギナーが多くいる。それを優劣で区別すると、「換喩の技法を知らずとも使っているビギナー」こういう人は優れていると評してよいと思う。優れているというのは詩人であるということ。「詩とはこんなもんだろうと短文改行詩で内面及び癒しを書くビギナー」これが多い。そして、もっとタチが悪いのは後者は自身の作品は詩ではないのをわかっています、と開き直りの自己完結をして向上しない人。詩人で「あろうともしない人」であり、詩人ではないという点で劣ると断定します。後者の馴れの果てに、詩を書こうとするあまり「詩人が書いてしまった文」とは真逆にある最も見苦しい文があります。「詩を読んでくれる人たちに宛てた詩のような偽札」は詩人が書いているのか否かで分別をしなければなりません。詩の表現は形骸化し、形骸化された場から詩人は去ってゆくでしょう。 批評性無き読解だけの土壌に懸念を抱きます。詩人を問うことをしない人たち。無論、誰でも詩は書けるのです。子供が書く詩は自意識の扱いが自然だから美しい。大人が詩を書こうとすればするほどにあざとさが出ます。私が特にそのような傾向にあるので見えてしまうのです。他人の作品にも。詩人とは詩を書く人ではありません。詩人とは書いてしまったものが詩になってしまう人なのです。 クロソイド曲線推薦文には合理的に書こうとされた読解の痕跡は読み取れますが、感動の因を作品に限定された引用に依拠するあまり、深みが失われています。それは詩人を問うこと、詩を問うてはいないところに起因します。この推薦文にある普遍性のこと、それについては以下の通り真逆な読みを私はしました。 クロソイド曲線は極私的な思い出を「詩にして他者へみせる」あざとさに満ちています。極私的な思い出を癒しのままに健気にも書いてしまった、という類いのものであるならば、「国境のトンネル」は「トンネル」だけの表現になるでしょう。「ナトリウム灯」は街灯の表現だけでいいし、「55個のカーブ」は余計な装飾で、「のこりをまた一つ〜」とそっけなく続くほうが好ましく受けます。好ましいとは、あざとさ無き極私的な感情を呟く人の言葉に読めるということ。つまり詩人らしいということ。ただのトンネル、ただの街灯、大袈裟な装飾無き名詞によって組み立てられているにもかかわらず、極私的なオリジナルの感情が表出されている、これが普遍な言葉による優れた詩ではないでしょうか。くどくなりますが、これをやれる人は稀であり、詩人です。詩人を見つけようとされない人は永遠に詩を読むことはないでしょう。 「作者の意図読みは作品の可能性を狭めてしまうのでは」という疑念については、作者の意図というよりも作家性まで読まなくては、書かれた語句に限定された読みは広がらないのでは?と逆に問いを持ってしまいます。こちらの推薦文こそがまさに意図読みに満ちている読解でありますことは誰もが理解されることに思います。更にその意図こそが優れていると評した時に、辞書やGoogle検索で見つけた「透明感ありそうな語句」「皆が心打たれるであろう家族や動物や花などのモチーフ」を組み合わせて詩文を書くように、多くのビギナーが向かわれることでしょう。 作品の可能性とはその作者の次回作品への期待も含まれます。ここで指摘させていただきましたあざとさが作者の無意識であろうと意識的な推敲の結果であろうと、次回作にて是非活かしていただきたいと、そう期待するところでもあります。以上、こちらの推薦文を読んで、思いましたところを合評の場であればNGではないかなと、思い切ってコメントさせていただきました。 (人にやさしい曲線)

2021-02-14

てんまさん、コメントありがとうございます。この作品はとある他人からチェックされながら書いた作品です。自分の言葉選びのセンスを極力排除して書きました。結果、これまでに書いたことのない作風になった感覚があり今後、自分ひとりで書く作品にも活かせる感があります。 (ぴゃあ)

2021-01-06

こうだたけみさんの作品久しぶりにコメントしますが、これ読んで僕のことが書いてあるって思いました。それぐらい引き込まれてしまう快作ですね。どうも、みうらです。今年もよろしくお願いします。 (ふたごらいたー)

2021-01-06

夜道さん、おはようございます。 前回の作品「研究の体温」をみた時に、この写真のセンスは最高やなあと思ったんです。で、コメントしようか迷ってしまいました。というのも併せて書かれてある詩句がどうも不要に思え、写真が発している物語性を殺しているような逆効果になっている印象が先にきてしまったので。もしかしましたら写真と詩句によってそれぞれ単体では生まれない情景を表す意図があるとすれば成功はしていますが、私的には写真だけをもって、受け取る側へ想像は投げてしまわれた方が写真の表現として成功しているように思いました。死んでる写真であれば詩句を併せた作品は活きるのですが、生きている写真と詩句の併せは、そこにあるであろうイメージの解像度を上げ過ぎてしまい宣伝広告に堕してしまうように思いました。 (〈安閑夜話〉闌のきみ)

2021-01-04

わをんさん、コメントありがとうございます。好きの一言に多分な情報が込められており好ましく思いました。人間が読める人は一言で充分に理解しますし人間の表現を知悉した人は一言でたくさんの情報を書くことが出来ます。そのコツは衝動的であること。知識に依存する傲慢な人の長たらしいレビューよりも、この作品推しの衝動に駆られて思わず書かれたクリティカルレビューがこの場を更に面白い空間にされることを期待しております。直観と感情が理に優る。うん。 (表現すると「云う」ことは下手な表現であるという宣言である)

2021-01-03

レスをチェックしていなくて、返信遅くなりすみません。てんまさんの他の動画もけっこうみてまして、作者さんの思想を深掘りしたり。なんとなく、なんとなくですが、てんまさんがなぜに直裁な評でなくてメタファーを読みとらないと難解な印象のコメントをよく書かれていらっしゃるその背景を探索するのが楽しいです。文学極道もビーレビも第三者を意識して書かれてるコメントが好ましく思います。更に云えばそのコメントが詩や文学を趣味とされないまったくの門外漢に向けられてるコメントは読んでいて楽しくなります。言うなればそれは抽象画の鑑賞のようで。なんかよくわからないけどこの絵が好きと表現するのであれば、好きの後に続く言葉は第三者へ向けて発せられる自身が持つ好意的感情を表す評者オリジナルな喩え話ではないかと。説明がこんがらがった後に思わず出てしまう、例えばね、ということ。てんまさんのコメントにはオリジナルな譬喩があり、もちろんその普段のコメントで魅せる技巧は作品にも使われてはるのがよくわかります。コメントありがとうございます。 (表現すると「云う」ことは下手な表現であるという宣言である)

2021-01-03

これは、いい。これはいいです。ステレオさんの作風であるイッてしまい過ぎているロマンティックさ(失礼...)につつみさんがリアリティを与えてるからいいのだとおもう。動画も聴きましたがいいですね。みうらがいいというのだからホントにいいですよ(笑)聴いてる方へ伝わってくる空気感がありますよ。私の偏見ですが、朗読は技術云々よりも声質がすべてだと思ってるんです。なぜならば、朗読のプロとかそういう玄人ではない、朗読になんの興味もない人がたまたま聴いて印象に残るのは声質だけではないかと考えます。その観点からすればこの動画の声質はいい。念のために申せば、「動画の」声質がいいんです。他人に自身の声をきかせるとき、どうすれば最高によくきこえるかをよくわかってる人の朗読に思えました。余談ですが、前回のステレオさんの朗読動画もよかった。あれもステレオさんの声質の良さが「ちゃんと」活かされてました。これも念のため申せば声質がいい人がてきとうに朗読やってもダメなんですよね。 読んで聴いてよかったです。 (「My Religion」stereotype2085さんとの共作)

2021-01-02

訂正 読書→読者 (わかれ)

2020-12-28

品のない視点で恐縮ですがこちらの作品、私が想像している方が書かれていらっしゃるのであれば、すごいと思いまして、思い切って、コメントしています。その方の普段書かれています文体ではあるのですが、その方独特のフック(読書を引き込むきっかけ)が綺麗に消されているんです。で、ありながら独特のスタイルは書けています。その匿名投稿のための書き方をされていらっしゃるのであればテキストを書くことの才が秀でた方だなあと妄想をしました。もしも、人違いであれば申し訳ありません。しかしながら、良き作品だと、何度も読んでしまいました。 (わかれ)

2020-12-28

ロマンティックさが素直に書けている作品で好ましく思いました。私なんかはご存知の通り、拗らせていますので字面通りに受け取ったり、自己の感情をあるがままには書けない。おそらくは私まで歪んでいなくとも斜めから物事をみる人は多くいて、ロマンティックという思念に嫌悪される方がいらっしゃるかもしれません。それからすれば見事な反骨の表現にも本作品はなっているようにも私は思います。投票させていただきます。 (大事なことを話そうか)

2020-12-28

これは面白い!この作品ビーレビで一番爆笑しましたよ。前置きの長さがちょうどよくて、主題(主題ですよね?ちがうのかなw)がバーンときてよかったです。この作品について内輪だなんやと苦言が出るかもしれませんし、詩(笑)から離れた政治的(笑)な話をここに持ち出すな的に指摘をされる方がいらっしゃるかもしれません。けれどもビーレビってコミュニティなんですよね。一つの国(笑)だと思うんです。であれば、帰属意識が高くて当事者意識がある方がいいに決まってますよね。それは先に述べた苦言をおっしゃるかもしれない人は意識高い。けれども、コミュニティを面白くする人(見方によっては真面目にやれといわれるかもしれないが)も同じくらい意識高いと思うんです。多様性(笑)。運営やられる人もいればコメント得意な人もいれぱ、場の空気読めない人もいる。更にいえば近所の公園でルール守って遊んでんのにうるさいからって怒っちゃう爺さんみたいな人とか。たしかに、多様な人らを一つ一つバランス取ってまあまあって収めるのは大変だし誰もやりたくないけど、多様になればなるほどコミュニティは面白くなるって考えてるのは私だけか、ってこんなことを書いてるからまた叱られるんでしょうが、でも国家の根幹であるガイドラインをかいくぐって投票システムをバカにする人がいるんだったら腹が立ちますよね。なんだかんだ言ってもビーレビにすぐ遊びに戻ってしまう私なんかも帰属意識(笑)あるんで、イラっとしますよ。そのイライラをちょいすっきりさせてくれた作品でした。これ優勝。 (あなたは誰ですか?)

2020-12-27

作者の人間観がどれぐらいの読者が共感するのか、そのようなことを読んで考えました。素顔さんはわたしなんかより詩に愛着があるだろうし、博識な方だと思うのです。わたしはお察しの通り拗らせた人間観がありますので組み立てられた行間に意識が働いてしまいます。本作ではかなり皮肉な表現で人間を問うてるのだと思うのですが皮肉さの切れ味がわるい印象でした。いや、皮肉で用いていらっしゃらないのだと思うのです。レトリックとして書かれていらっしゃる。 本作に本来宿らなくてはならないのはエモーショナルさではないかと思います。受け取る側によっては残酷に思う人もいるかと思いますし、不快になられる方もいるかもしれませんが、「人間ぶっ殺す」の一言があるとして、本作がどこまでそのエモーショナルに迫れるかと。エモーショナルも含めて言葉の誤用が感じられるコメントかもしれませんが、誤解は誤解のままに。 (あんた猫なのかい)

2020-12-25

こちらの作品、とても良いよと複数人の知人から教えられ、読みました。作者さん初めての投稿だと思うのですが、もしもこの作品が初めて詩を書かれた、あるいは書いた数が少ないというのであれば素晴らしいように思います。瑞々しいと表現すればよいのかもしれませんが、それだけではないポテンシャルを感じる言語感覚です。よく若い十代の方々が辞書に載っている言葉だけを組み合わせて書かれてるのを見受けたりしますが、そのような手法で書かれた詩に読者は直感的な抵抗が生じます。もしも生じない読者がいれば、その人は騙されやすい人です。同じ言葉でも使う人によっては「嘘くさい」と判断する。同じ言葉が使われていても違いが宿るもので。それからすれば本作にはまったく嘘がない。そういう心地よさがありました。読んでよかったです。 (ツラサの象徴)

2020-12-25

すみません、後程、もう少しコメントしますが、本作、一読してよいな!と思いました。 (ツラサの象徴)

2020-12-24

投稿されてから5日の間、何度か読みましたよ。久しぶりのコメント、みうらです。今も少し時間が空いて、15分ぐらいですか、眺めてはいろんなこと考えたり。そもそも、みうらがコメントしないほうがいいだろうと思われる作品というのがあるんです。それはもちろん自分で区分けしているルールなんです。酷なことを伝えるぐらいなら、黙って読まなかったことにすればいいという、誰得なのかよくわからない無難志向の自己都合。でも、今15分ぐらい、もう20分ぐらいになりましたけど、コメントしないほうがいい作品ってなんだろうよって少しだけ、少しだけね、自分のなかでモヤったんです。で書き始めたんですが、途中でやめるかもしれません。お察しの通りけっこう繊細だったりする。詩への愛着ありません宣言して、ビーレビへも顔出すとなんやかんやとややこしいから出入り止めてました。でも、ちょうど息抜きとかにちょうどいいんですよビーレビ読むの。今月はそんな感じで読んでいて、コメント時々してるんです。じつは僕もバカなりに、毎回テーマを決めてコメント参加していて。ある時期は厳しいことを躊躇しないで書こうとか。ジョークな感じで楽しくやろうとか。今回はあんまり作品に触れないでコメントしようと決めてるんです。これ、ルール上まずかったかな。作品に触れないでコメントってなんだよ、合評じゃなくなるじゃんってなるかもしれないけれども、一応自分的にはかなり作品についてのコメントを書いてるつもりなんです。でも、なんというか、詩を読んで、その詩に書かれて「あるような」ことばかりが思い浮かぶわけじゃないと、考えたりする。相変わらずな偏った視点だけど。これで、送信ボタン押すとさすがにまずいね。でも以上が、読んで想ったことで、胸の中で鳴り拡がる言語化がむずい部分です。読んでよかった、ってよく社交辞令混じりなことを最後に書いちゃうけれども、正確にいうと読んで良いも悪いもない。縁なんてそんなものだと思う。これはコメントしないほうがいい作品だとか、そういう区分けはいやだね。願わくば。 送信押します。 (白背)

2020-12-20

歌詞がガチ過ぎだというのが個人的な感想です。タイトルぐらいのどうでもよさがガチ詩の対極になって際立つようにおもいます。 ポリシーはブレたくないとかなんとかな理由でこだわる、その姿勢だけが稀に共感とかを生んだりして。でもその共感を表されてしまうと本来あるべき作品に宿るわかってたまるかよのエモーショナルが消失するんだと思うんです。判られないままの方が断然いいと思います。偏った云い方すれば歌詞なんてどうでもいいとも思うんです。 聴いてよかったです。 (B♭→D)

2020-12-20

wao!小林素顔さま♬かきかきたぶんしない~からのお あたしたちはどろどろの沼で汚れてゆくの。たくさんは持ってない。もってないシャツがどんどん汚れてゆくの。たまらないよね。もうたくさんだこんにゃろってなるでしょう でもね、やるしかないあたしたちは一枚だけのシャツを大切にgo for it だよ。 きゃっpecoり。 (残念ながら はっぴー)

2020-12-20

こんばんは。深夜に退屈でこちらを覗いたんです。そうしたらこちらの作品あって。うわーなんだかわからないけど勢いあるなあってなって過去作品も読んだんです。過去作品もかわらず勢いあるなあってなりました。なんとなくな作者さんの人の良さが出ていたりして。人の良さって作者さんが詩とどう対峙してるかが見えたら、読めたら、わかってしまったりしますよね。丁寧に書こうとされたんだなあとか、丁寧なはずなのに雑に書いてしまったんだなあとか。詩というスタイルをご自身が想定されていてその定めた詩を書こうとされてるなあとか。それって想像ですけどね。 もしかしたらですが、詩を書こうとされない書きをされるとよいような気がしました。詩を書こうとされなかった作者さんの作品を読んでみたいなあって一読者として思ったりしました。それの方が、誰かにとっては詩だったりして。と、コメント打ってみましたが、なんだか偉そうな内容になったんで送信ボタン押すの迷いながらも押しましたー。 (祈るシャワー/追放のクジラ)

2020-12-20

ものすごくおしい感じがしました。いろんな意味でおしいと思いました。内容もスタイルもかなりいいとこまできていて。でもその止め方が諦念っぽくてよいのかもしれません。空を突き抜けそうで、みてるままで終わるような。その感情の揺らぎが作者さんの持ち味のようでいて哀愁のようでもあり、たぶん書いては破りを繰り返される方なように思いました。広島ではなくて横浜のイメージがありました。私の気のせいです。おそらく。 (あいつはジャイアンツにいったよ)

2020-12-19

きゃああ なかたつ様 きらきらぺこり。 あたしのアレが出ているんでしょうか。アレを見事に見抜かれていらっしゃるので仏様かと思いました。うん。 あたしはアレを隠しながらも、でも時々云いたくなる。泣きじゃくりながら云いたくなるんです。ほんとだよ。 だから今こそ泣かなくてはいけないんだけれども、泣けないのは、あたし と、とにもかくにもありがとうございましたpecoり (残念ながら はっぴー)

2020-12-19

まああ沙一さま!仄暗い系男子女子なんてカテゴライズ!むかつくね!(`_´)ゞ はじめ知り合ましたよ(°▽°) きらきら(╹◡╹)♡ 間のポエム(//∇//) あまかったねƪ(˘⌣˘)ʃ pecoり _| ̄|○ (残念ながら はっぴー)

2020-12-18

そうなんですよね、メタ書きってもうお笑いごとになっちゃってるように思うんです。だったらもう自家発電で自己完結してるほうが見映えがいいように思うんです。その自家発電さの滑稽でいてあーなんだかこの作品はきれいだなあって方がいいように思えた作品です。 (LAST SENCE┣┳(終わってんなお前の詩)┫)

2020-12-18

とても変態さが良い意味で出ていますよね。「青年」とされてるところが上手いもんだなあと思いました。 (言葉の妖精、もしくは頭痛)

2020-12-18

これなんだろうって気になって過去作も読んだんですが、重たいことを言いそうで言わない感じがいいですよね。バッティングセンターに入ってわざと空振りを繰り返してる感じ。ホントは打てるんだけどフルスィングして遊んでるんだよ的な。人生(笑)ってそんな感じ、みたいな世界観があっておもしろいなって思いました。 (誰か世界と手を繋ごうとしていつの間にかぶん殴ってる)

2020-12-18

恥ずかしさが出てる作品って、なかなか書けないと思う。わたしなんか、悪戯な気持ちで女子になり切って書いてみたりするけれども、やっぱ行間に滲み出ないんですよね。恥ずかしさって、思わず書いちゃったってやつだと思うんですよ。だからこちらの場所でも時々、感情的になってしまったコメントの一言とかを発見することがあるけれども、その感情が思わず入っちゃってしまった一言のほうが作品本文よりよほど詩になっていたりする。 どなたか、以前、素晴らしい投稿者だったような人かもしれないし、わからないけれども、作者さんはその思わず書いちゃったってポエジーなフレーズをたくさん書ける人のように思えるし、最果さんとかはその思わず書いちゃったってのをプロダクトにして魅せるから凄いですよね。それを思い出しました。 (ぢんせぃ)

2020-12-14

古代人が描かれた洞窟の壁画を現代人の僕が発見した、それぐらいの衝撃がある作品でした。批評とは、クリティカルレビューとは、そのような意味合いも込め心より『夢とリアル』へ捧げます。 (表現すると「云う」ことは下手な表現であるという宣言である)

2020-12-13

>詩誌や詩投稿サイトに詩を投稿する行為って、ほんとはあんまり詩的なことではないんじゃないかと思うんですね。 まさにその通りなんですよ←こういうふうに肯定する返レスをすることによって更に自己矛盾のラビリンス空間を作ってしまうわけなんですけれども、自らの表現活動に妥協を許さない気質を持つ方が私におっしゃったことがあります「本気で他人に自分の詩を読んで欲しいと考えたら僕だったらその辺りの通りへ出て行って見知らぬ人を前にして詩集を配り朗読を始める」と。一方で「ビーレビの空間は人に優しくて平和でいい」とおっしゃる人もいて。人それぞれ考え方があるわけなんですが、いずれにせよ、「imagine、これ表現になってない」「みうら、imagineこれただの思い付きでやっただけでしょ?」と浴びた酷評に「時間が経過しないと判らないことって世の中あるんだよね」と答えた私の復讐心がこの批評文にはあることを、沙一さんには白状したくなりました(笑)。あ、すみません、皆さん。 https://www.breview.org/keijiban/?id=5219 (表現すると「云う」ことは下手な表現であるという宣言である)

2020-12-13

作者の意図読みってくだらないし無意味だしって切り捨てることもよくないかなあと思うところもあったりする。作者の意図を軸にして会話するところでよく出てくる「いや、そんなつもりで書いてませんから」とかいう自作との縁が切れない作者が持つダサさの露呈。これって批評とかアカデミーな空間では生まれないチャットコミュニケーションで思わず出てしまう「作者の」ではなくて作品の本質的なダサさだと思うんです。叙情詩ではなかったとしても、作品に含有されている少なからずの感情。これはロジックよりも感情を揺さぶりがちなチャットコミュニケーションにこそある。だからレスのやり取りで意図読みを述べるのがすべて不毛であるとはならないし、優れたロジックからの批評よりも、作品と作者の本質を衝く意図読みチャットコミュニケーションの方が有意義な場合もあるような。特に沙一さんの作品には有効ではないかしらと思うのです。なぜならば、沙一さんの毎回の作品、それぞれに読み手へ向けた意図、あるいは自己の可能性を毎回面白がって書かれる連続性があるから。詩への興味が尽きないという、その意識が出まくってる作品たち。まったく作品に関係のない(いや、大いに関係することなんだけど笑)話を続けてしまって、この後、作品に触れてくると思ってるかもしれないんだけど、これで終わり。pecoり。 (空谷の跫音)

2020-12-12

産声を読んで、本作を読んで、それからちょっと気になって過去作品の酩酊と雨粒を読みました。それからもう一回、産声を読んだんですが、なんとなく、私の好みとしては本作がいいなと思いコメント書いております。酩酊と雨粒は韻が心地よかったです。今作が一番引っかかってきました。その、ルミナスラインを具体的に言えないんですが。正直言いますと、一読して引っかかってくるものがないと私はコメントするのを止めてしまう性質な読者でして、その引っかかっりにについても、詩作品として上手だとか、そういうことでもなかったりします。私的な自分の中でのコードがあったりします。極私的なものですが、そのコードを詩人と呼んでもいいようなものです。その詩人のコードを叩くなにかが、、、作者さんにはあるような。そのなにかを探して過去作品も読んでみました。今作にそのなにかが一番出ているような。 違う評をすれば、かなり際立つオリジナルが書ける作者さんのように、一読者として思った次第です。 (若狐のための)

2020-12-09

湯煙さん、コメント有難う御座います。作品より前に出るなと、よく忠告されるみうらです。今回の批評文はギリギリ出ていないかなあ、なんて思いながらもこういう返レスを書くのがいけないんだろうなあ、なんておもうんです。なので、『夢とリアル』は今年一番の動画作品ですって、一押しですって最後に書いておこうと。 (湯煙さんの推薦批評文を読んでみたいです...) (表現すると「云う」ことは下手な表現であるという宣言である)

2020-12-07

沙一さんありがとうございます!おかしいですね、匿名投稿なはずなのに、、そのとんでもキャラのみうらさま?ではないのですが 、、とにもかくにも真人間をうまくおとらえいただきましたコメント嬉しく思います~♪pecoり (覚えられなかったこと)

2020-12-06

また一つの気付きがある。すべての他者が近いのだ。カストロも箪笥の下のおばさんもバロウズもえいちゃんも最後に登場する昔の教え子も、皆が近いところにいる。居るように私には読めてしまう。それは当たり前だけれども日記というスタイルがそう読まさせるわけで。でも、遠いどこかの政治家や小説家を日記に書いたとしても、それは遠い人物でしか私には書けない。日めくりが持つ特性、それは人物が「完全に」作者田中宏輔氏の中に在る者として読ませてくること。それは作者ご自身の中にある「何か」を書き換えをする作業のように思えたりする。 低レベルなところのことでしかないけれども私も人生とやらの書き換えをする作業を書きものや、そういったことでやっている意がある。 余談だけれども、日めくりを読むにあたりビーレビの縦書きスクロール仕様は断然適していると思う。すらすらと読みやすい。 (詩の日めくり 二〇一四年十月一日─三十一日)

2020-12-05

コメントありがとうございまーす♪ [マールボロ。]の詩学がamazon入荷してましたんでポチりました〜♪ あと、田中宏輔さんが寄せられてます投稿作品へのコメントも全部チェックしてまして、どうすればこんなに短文に多様な情報量を詰め込まれて書くことができるのかと勉強になります〜♪ (覚えられなかったこと)

2020-12-05

なんとか生きてみたいです。理知をたくさんちらばめられておられますコメントありがとうございます。おそばをすすりながら、すすりながら、お散歩に出かける前にもう一度いただきましたコメントを噛み締めてみたいです。pecoり (覚えられなかったこと)

2020-12-05

距離感がぼんやりなので猫になりたくなったりなので心地良いコメントをいただけまして嬉しくほっこり冬のこたつです。あさ様のお作品もあとで読んでみます〜 pecoり (覚えられなかったこと)

2020-12-05

私はバカなんだ、私は誰よりも無知で無能なんだと、そう言い聞かせて黙る。毎月のお給料のために。毎月のお給料が貰えれば、それでいい、私は叱られ打たれ続ける。私はバカだ私はバカだと言い聞かせるうちにいつの間にか泣いている。すべてが一瞬にして変わってくれないかなという奇跡。私はバカだと言い聞かせる日記は詩に変わる。お前はバカだ、お前のバカを日記にでも書いておけと言うのなら、私が書く日記は綺麗に形作られたどんな詩句よりも純度の高い言葉だよと、そう思う。内容などどうでもいい、詩になっていなければならない、お前の言いたいことなどどうでもいい、美しい「ような」詩を読みたいというのなら、そんなもの、お前のその美しい「ような」言葉で読み合いわかりあっていればいい。そんな反骨さを思いました。読んでよかったです。 「だから何?」という読み手の問いを超え、書き手の書く意味だけの塊を投げ込んでくる内容だけの作品が稀にある。 (日記にでも書いておけ)

2020-12-04

不躾な提言をしてしまいすみません。ダメ元で書いてしまいましたがもしも、ビーレビの運営の方々から選考をすべてやってくださらないか、正式オファーが行ってしまいましたら、迷惑な話ですみません。ただ、私は個人的に、200近くある毎月の作品のなかから田中宏輔さんがどのような作品を選ばれるのか、あるいは大賞になど該当する作品は無いと判断されるのか、その選考するセンスを見てみたい気持ちが大きくあります。なぜならば、賞という既に前時代的であり、その前時代的な価値観に浸食されてきた今時のネット詩に、一石を投じることが出来るのは詩誌でもご活躍される実績とネット詩の特性を知り尽くされていらっしゃる田中宏輔さんでしか成しえないことのような、そのようにして想像してしまう気持ちがありまして。 私にはクソ面白くもない詩という形態への愛着はありませんが、そのクソ面白くもない形態の詩を面白くしてしまえる感性を持たれた詩人には興味が尽きません。文学極道にはそういった感性を持つ、言わば狂気を呼び寄せる磁場があったと思います。田中宏輔さんの選考にその磁場がまた現れてはくれまいかと夢想します。勝手ながらも。拙き批評への返信ありがとうございました。 (究極の美、詩人とは変態である)

2020-11-20

田中宏輔さん、久しぶりです。三浦です。いまだにへたくそな文ですが、推薦・批評文を書かせていただきました。読んでいただけますと嬉しく思います。 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=6494 (詩の日めくり 二〇一四年七月一日─三十一日)

2020-11-20

2がまたサイコーにいいです。 ちょっと現時点では、言語化出来なくてまどろこしいのですが、書けるならば推薦•批評文書きたい。さりげなく構図を決めてたり、猫がところどころ出てきたり、途中でカメラの向きを気にして直したりとか、いい。チャンネル登録しました。 (夢とリアル)

2020-11-19

こんにちは。これサイコーです。 今年1番印象に残った作品になると思います。やられたって思いました。私もこういう作品を作りたい。 本作を読んで観て、過去に投稿しましたimagineは未完成だったと気が付きました。ポエトリーリーディングや、朗読を、動画とされる人にぜひ観て欲しいと勧めたくなります。これこそが、ですね。 すみません、imagineのURL貼らせていただきます。 https://www.breview.org/keijiban/?id=5219 (夢とリアル)

2020-11-19

こんばんは。比喩とか詩句ってなんだろうねと時々考えるんです。明け方が近い今頃の時間に、音楽のメロディ作ったりするのが楽しい今日この頃のこんな暁前に、また僕はそんなことを考えながらこちらの作品を再び開けて読みました。リンクスさんの新作かあって、昨日ちらっとみて、わるくないねとおもいながらもコメントはいいやあってなっていたんですが、書き込みすることにしました。この作品にはリンクスさんの息遣いがある、って思った。 比喩って、その人の営みからしか出ないんだと、どこかで気がついた時があって、例えば、ということ。他人に伝えたいことがあって、なんだか言語化が頭の中で絡まってしまってもどかしくなる時、このコメントなんかもそう。博識で詩の勉学をしてる方々はしっかりかけていいね、ぼくはそんな風には書けない。でも羨ましくもない。なぜなら知識で組み立てられたコメントには、比喩がない。いや、あったとしても、その人の営みから出ている例えばの話ではないんですよね。リンクスさんのこの作品には営みから出てくる比喩があって、それを息遣いと僕は呼んでる。話はまったく逸れちゃうけれども、九月の大賞を受賞してる彼方からの手紙という作品、あれいいね。あの作品、なんでいいかというと作者の営みからしか出し得ない息遣いがあるからだよね。例えばねって他人に伝えるときのオリジナルなこと。リンクスさんの営みにあるロックンロールも、それと同じようにこの作品にあって、オリジナルな比喩だと感じました。リンクスさん、これからもオリジナルさ大事にどうぞご健筆ください。 正直にいうと、昔々に死んだ母親の妹さん、その叔母さんは熱心なクリスチャンなんだけども、その叔母さんからのめっちゃ長い聖書の譬え話が書かれた手紙が二週間前に届いていて、放置してたんですが、これから返事書くかなあって感じで、その前にこちらにコメント書いちゃいました。長々と。詩文みたいなコメントを(笑) 作品の画像も、もちろんわるくなかったです。 (きのうにさらさら)

2020-11-14

ゴロさんの作品を読んだのは、2018年10月に投稿されていた、サルビア以来です。 元からそう詩には愛着はなかったと私は最近、自身を振り返っていたりしまして、つまりその、時々、ここを覗いては気になる作品だけ、印象だけを持ってビーレビを閉じています。今頃の真夜中にまた記憶にある作品を憶い出して、また読んだりしています。 こちらの作品は心を打つ。本当は心を打つとか、共感しますとか、わかりますとかコメントしたくないのです。したくないというのは、読んで私に去来するものが、そんな言葉であらわしてることではないのになと、自分のバカさに煩わしくなる意味です。 家族というものについて私は、無念さや憎悪やらの感情が覆い被さってきて自分の親を言葉にすることができないでおります。書いてしまえば惨たらしくなり、それを削って作品にしてしまえば私自身の自己愛にうんざりな気持ちになります。 話が作品から逸れてしまいすみません。つまるところ私は書かなければならない、書きたい内容がある。しかしながらそれを言葉で組み立てる術を持つことが出来ておりません。ゴロさんにはあるように見受けます。その違いは人間性に起因してるようにも思え、私自身のしょうもない偽りまみれな残念な生き様、その結果のように思います。ただ、なんとなく、昨日の朝は久しぶりに行ってきますと妻に挨拶しました。私に詩は書けないかもしれませんが、生きていくしかないかなと、残念になりながら。 なんだか、おかしなコメントを書いてしまい、送信するの迷いましたが、押します。 (菊の花)

2020-10-16

沙一さま コメントいただけたこと 嬉しくなりました もっとよくなるよう 好きな詩を 沙一さまの詩を 読んでみたいです (#^.^#) ありがとうございました pecoり (痛い日記書いてます...彼氏募集中です!よろしくおねがいします!)

2020-10-13

こんばんははじめまして 他の人の作品を読む目的で久しぶりにこちらを覗きまして、そうしたらこちらの作品が目にとまり動画を拝見しました。思わずコメントしております。 Lyricの内容はあまりよく判りませんでした。でもLyricを叙情と定義すれば叙情としての成立はしてるんだろうなという印象です。それよりも(それよりもって失礼。ごめんなさい)動画です。動画、これ私は好みですね。若気の至り•初期衝動、雑なダサさ•意図的なノイズ、そのような両面が印象として残りました。コメントしたいなってなった理由はこの動画が初期衝動的でAudacityの画面を上手く使ってるなあという発想に、いいねの感想をお伝えしたかったので。他に投稿されていらっしゃる動画もとてもいいですね。ただ、ごめんなさいLyricの内容はメッセージ性というか、自分語り的な内容から脱皮されたものを私は好みますー。それはでも個人的な好みです。もしもこれが小学生の方が書かれているLyricであれば凄い!の一言になってます。 (変人道中、怪人猛進。)

2020-10-12

久しぶりに覗いて思わず全部読んだこの作品、とても心に残ったまま、3日たって、深夜にまた覗いた。今一度読んでみた。とても心を打つ。もしかすればふじりゅうさんはロジックに徹してこれを書かれたのかもしれない。もしそうでなかったとしても僕にはそのロジックに徹して書かれようとされる作者の後ろ姿が重なる。粘土を前にされた話者が有形と無形の間を残念さを持って反復される様が重なってくる。 以前にある詩人がいくら言葉を組立てても現実を超えることができない残念さを語られていた。それでもその残念な気持ちを抱えながらも言葉を組み立てようとすると、そう僕に教えてくれた。詩は技巧で人に読ませなければならない。詩は組み立て書かれた様による。結果、作者が唯一作品で示せるのはスタイルだろう。どうやって言葉を組み立てたのかというスタイル。 書き表される内容など大量な情報を前にすればどれもこれもが既視感覚が先にきて読めない。「だから何?」という問いをする読み手を前に、その壁を越えることは難しい。 無形を有形にしようとする詩句らしさのない言葉を用いながらもポエジーが宿らされているように読めたし、残念さを抱えた情緒あるエモい作品だと思う。思わずコメントしちゃいました。 (粘土)

2020-09-25

ふじりゅうさん、承知しました。お手を煩わせてしまいすみません。 (imagine)

2020-04-26

湯煙さん、どう回収すればよいか、わからないのでジャッジに従って黙ろうと思います。ありがとうございました。 (imagine)

2020-04-26

花緒さん承知しました。 (imagine)

2020-04-26

花緒さんコメントありがとうございます。なんか、いろいろとすみませんでした。勉強なります。 (imagine)

2020-04-25

コメントありがとうございます。 物事、どうにでも言えるわけですね。悪くも言えるし、良くも言える。ただ、私は、、これまったく関係無い話ですが、その良くも悪くも言ってる人の「人をみる」というのは大事かもしれません。人をみるというのは、けっこう難しいですね。その人が良い人にもみえるし、悪い人にもみえますよね。更にいえば、「人をみる」そのみてる人にもよって変わってきますもん。で、よくわからない時は、黙ってごめんなさい、ってとりあえず謝っておこうって、なりますよね。特にヤバそうって人、この人には関わらない方がいいよねって感じた場合は、良くも悪くもない。とにかく、ごめんなさいして身を守った方がいい、場合もありますよね。 (imagine)

2020-04-25

ごめんなさい、もう一つ付け加えます。今のあなたのコメントで、あなたが作品を読むにあたって、作者への不快感やらでバイアスがかって読んでしまう人だと認識を改めました。それ自体は別にいいんだけども、私はあなたがそういうバイアスとは無縁に詩情を読める審美眼ある人に思っていたので失望しました。余計なお世話かもしれませんが、あなたも詩に対する姿勢を見直された方がよいと思います。私もそうしますが。 (imagine)

2020-04-23

私をわかっているようでわかってない。この作品は既にトップに上がらなくなってんですよ。正直言ってあなたと不毛なやり取り(平行線という意味)になるのは私もみえているし、作品について自身で勘違いしている「ように」読まれてることも理解します。更に正直言えば、あなたが私に何を具体的に望んでいるかがよくわからない。良い詩を書いて投稿してくれという願いなのか、ここには投稿、コメントも含め参加するなということなのか。 「出直せ」をそのまんま受け取るとすれば姿勢を正している、ただそれだけなのであれば、単にそれだけコメントすればよくない?運営ずらするなとか、それ余計でしょう。いや、そういう事柄を言われることは嫌いではないけれども、私、馬鹿なんであなたが言いたいことの本意が「ビーレビに関わるなよ」ってことに受けてしまうわけ。嫌味を付けてるだけ?念のため言っておくけれども、今の運営の方々も含め、ほとんどのユーザーはみうらをバカにはしていても偉い人などあなたも含めて思ってもいないだろうし、一ユーザーとしてしか私も参加していませんけどねえ。ガムのくつべらさんも自身の錯覚か、見当違いを見直されてはいかがでしょう。 (imagine)

2020-04-23

トビラさんコメントありがとうございます。ところでトビラさん元気ですか?他の作品コメント欄で運営から注意されたこと、もしも気にされているようであれば、それはあんまし気にする必要はありません。こういった掲示板上でのやり取りで一番落ち入りやすい穴があるとすれば、自己嫌悪なんです。その自己嫌悪に敏感な人が運営やるのが一番望ましく私は個人的に思っています。今の運営の帆場さんなどはそういった一人に思います。自己嫌悪に敏感でなければ文学じゃない。そう思います。 (imagine)

2020-04-23

湯煙さん コメントありがとうございます。生のライブに敵うことが動画には無理なこと理解します。また、私は詩のプロでもありませんし、動画制作のプロでもありません。そのうち、もしかしたら、プロが製作する、それらしい動画が投稿されるかもしれませんが、それがたとえ素晴らしい最強の作品であったとしても、否定しておれの詩の方が絶対に良いと、断言するのが、詩人かと思います。たとえそれが、負け犬の遠吠えかと頭の良いエセ詩人たちに嘲笑されたとしてもです。 (imagine)

2020-04-23

コメントありがとうございます。私は初心者の衝動が好きです。また、tOiLeTさんの最近様々なところでお見受けするコメントをけっこう好きで読んでおります。 (imagine)

2020-04-23

コメントありがとうございます。藤さんの貴重なご意見感謝します。 (imagine)

2020-04-23

コメントありがとうございます。身内の盛り上がり内でしか映らないこと、多分にあります。理解します。 (imagine)

2020-04-23

ボルカさんコメントありがとうございます。 この作品がポエトリーリーディングでないことは示しております通りで、ポエトリーリーディングは自分にはやれない、負けました、だから反ポエトリーリーディングをやりますと、負けを認めた人間が反ポエトリーと名付けてやっているに過ぎないのです。つまり負け犬の遠吠えです。その負け犬に遠吠えということがボルカさんには伝わっていて安堵するのですが、なぜか上から目線にしか捉えてもらえないという。やはり表層でしか理解できないのかなと、そのような方々の感受性というか、読みの浅さを残念に思います。ボルカさんには関係無いことですが。 (imagine)

2020-04-23

黒髪さん コメントありがとうございます。渾身でやっていきたいです。議論の中にあって、私に示せるのは渾身しかないように思います。 (imagine)

2020-04-23

コメントの趣旨は、姿勢を正せという意見として受け取りました。今後の糧にします。地球さんも、もっと積極的に他の作品へもコメントしてみてはどうですか。私も見えていないところがありますが、あなたにもあることがわかるでしょう。無理には言いませんが。 (imagine)

2020-04-23

遅くなりましたが、返信をさせていただきます。 まず、その詩を書いてください、という教条主義的な押し付けが不快です。あなたの詩の定義を否定はしません。動画投稿を歓迎しているこのサイトへの否定意見があってもおかしくありません。参加する姿勢として、一つあなたにアドバイスをするとすれば、こちらのコメントをする前に、あなたの作品へあるコメントへ、コメント読みましたぐらいの返信をするべきでしょう。 (imagine)

2020-04-23

どいつもこいつもうれせえわ くたばれビーレビュー さようなら ありがとう (imagine)

2020-03-26

ガムのくつべらさん、恐縮ですが、先程の私の返信を撤回させてください。もう一度考え直し、改めて返信いたします。傲慢さがあったと反省しております。 (imagine)

2020-03-26

花緒さん、ご意見ありがとうございます。すべてのご指摘はごもっともです。ガムのくつべらさんへの私の返信は誠実でなかったことを認め、もう一度自身の投稿したこれについて考えます。 (imagine)

2020-03-26

ガムのくつべらさんコメントありがとうございます。辛辣過ぎてスルーさせていただきますが、そうとうに私を嫌われていることがわかりました。お知らせいただきありがとうございます。 (imagine)

2020-03-26

帆場さんコメントありがとうございます。時々、ポエトリーリーディングは生でなくては良さがわからないといわれます。動画では良さがわからないと。逆に云えば、動画になってしまったら伝わらない程度の表現なのかと思います。 YouTubeで発見したライブ映像に感動を覚え、ライブを観にいく。それは動画よりも生の演奏は別物のように素晴らしい体感を得ます。しかし、云うまでもなく、動画で聴いてもその演奏は良いものとして判る。そこに宿るものが紛い物でないからだと思います。少なくとも、キング牧師の演説はそうです。 と、帆場さんのコメントに合わせてナニモノカを言い当ててみました。動画観ていただきありがとうございます。 (imagine)

2020-03-25

沙一さん正にその通りです。 「もしもテキストの詩作品と、動画作品が並んであったとき、テキストの詩は動画に負けるのか、負けないと思う」と確信を持って動画投稿機能を提案しました。ただ、多くのテキスト作品は負けるでしょう。 敢えて云えば、「詩でなくて写真、詩でなくて歌、詩でなくてアニメで出来る表現」のテキスト詩の作品はみな負ける。でも、詩の表現でしか現せないもの、それが宿る作品は、動画にも優る。それがみたい。 当作品のステイトメントとの矛盾、そのままに、思わず本音を書いてしまいました。 (imagine)

2020-03-25

夢うつつさんコメントありがとうございます。あなたの審美眼、批評性は素晴らしい。 夢うつつさんがビーレビは刺激的で最高に面白いと、興味が飽きない間はこの場所はユートピアだと思います。 (imagine)

2020-03-25

ステレオさんコメントありがとうございます。失敗作、成功作を皆が繰り返しあえるのもビーレビの場の良さだと思います。とくに音楽作品については、建設的な場となっていければ私も嬉しく思います。 まったく話はそれますが、 「おれの叫びをきいてくれ」的な絶叫歌を投稿する十代の登場に期待していたりします。 (imagine)

2020-03-25

知り合いの作品はやはり、興味があるので読みます。で、時々訴えてしまいたくなる作品にでくわします。今作にそれを覚えました。石村さんこれでいいのか、と。たしかに詩であり、韻もいいし、縦書き仕様は石村さんの作風に適していてスタイルとしても抜群によいのでしょう。詩が降ってくるタイミングを大事にされているし、常にある牧歌的な感じもいい。ですが、これでいいのか、石村さんと、訴えなければならぬ使命感にかられました。受け手の私のタイミングでしかありませんが、これでいいのか、石村さん、とコメントします。 (麗日)

2020-03-25

なゆた創さんコメントありがとうございます。コメントの方が作品よりも面白いとよく言われます。じつは今回、それをヒントにしたところがあります。テキストで詩文を書こうとすればするほどに、カッコよさから離れていく。聴かせようと、詩を朗読すればするほどにカッコ悪くなる。 そんな意味合いがお察しの通りあります。 (imagine)

2020-03-25

ユウさん、返信をいろいろ考えた挙句、新井英樹氏の漫画「宮本から君へ」を出すことにしました。 ストーリーの始まりから、主人公の宮本が恋人に罵倒されるまでが善人で、感情を剥き出しに暴力によって復讐を果たした宮本が悪人であり、善人です。 すみません、これ以上は自身の作品についての自説をしないポリシーを貫きます。 (imagine)

2020-03-25

imagineを私も新作に使っていて、しかも同じ日の投稿という、imagineのその偶発さにびっくりしました。私もそうですが、地球さんも普段はあまり世間で騒がれている事件などには言及されないというか、少なくとも自身の作品に使うことは無いと思うのです。ところが、今ある世界の空気は、不気味さを持って私たちに表現をせよと、迫ってきました。 忌野清志郎のプロテストソングがいいのは、とても個人的な身体的な不快感を示しているからで、今回の作品、この作品にあるべきであろうその個人的身体的な不快感の表明が、ギリギリあると思いました。ギリギリなので、もっと個人的な不快感を入れてもいいかもしれません。 (愛とウイルス)

2020-03-25

詩を読む時、知らない言葉があらわれても、調べることなく、その空白の言葉をそのままに文脈を辿りながらまた先へと詠むのですが、その欠落は予めあった拡がるべきイメージもあわせて失ってしまう。そうであっても、「今、詠んでいる」その偶然さを大事にしたいとも思うのです。なぜならば、おそらくは作品が生まれてくることにも偶然さが必ずあって、その偶然さを詠む者が受け取る為には、そのまま詠むしかないと。 なゆた創さんの作品は、詩を知り尽くしているからこそのセオリーが良くも悪くも出ていると思うのです。 今回の作品、この作品にあるべきであろう、匿名な誰かの、この国に今ある空気を知っている誰かが発する詩としての、有効性がある。一方で先にあげた、詩の偶然さの観点からすると、偶然と偶然が重なりあった必然さが、もっと必要なように思います。抽象的なコメントですみません。 (メメント・モリ2020)

2020-03-25

ユウさんコメントありがとうございます。また、明日以降必ず返信を書きますので、少し待っていて下さい。語り合いましょう。 (imagine)

2020-03-25

鈴木夜道さんコメントありがとうございます。深みのある見解ありがとうございます。誰もが悪人で善人なはずなのに、善人だ悪人だと、わかりやすく説明し、且つ、人に優しい薄い言葉でなければ受け付けない人間ばかりであきれてしまいます。特に才能ある優秀だとされる人らが一番タチが悪い。損得勘定に長けてるだけ。愚かで無能な悪人であるほどにキング牧師になれる気がします。 (imagine)

2020-03-25

石村さんコメントありがとうございます。私は旧式に「こだわる人」が好きです。その人らは進化する世において少数派を背負うことになるからです。しかもわざわざ自らそれを選ぶという。旧式はおきざりにされればされるほどに味わい深くなって、道具は身体化される。今の御時世ややこしいのは、旧式を新式と同列にして手に出来てしまうことで、新式を拒み続けた過酷な経過時間は付随されない。屈折している私は、旧式にこだわる人間でありながらも新式を使って過酷にやりたくなるのです。変人。詩人。悪人。 (imagine)

2020-03-25

これから私も音楽動画投稿の本格化を考えているのですが、動画作品についてのコメントはどうあるべきか考えながら書き込みしております。が、しかし、詩作品へのコメントも難しいですが、動画投稿へのコメントは更に難しいですね。そこで、いくつか感じましたことを率直に申し上げますと、 •ドラムのおかずがよかった。(ソフバをしっかり踏まえられている) •ベースラインも効かせてくるところがある。 •ロイドの調教が自然体としては出来がいいと思う。 と言ったところですが、投稿される前から期待しておりました私の基準としましては、及第点に至っております。音楽動画を投稿されたこと自体に「やられた!」感がありまして、その先見性は最大評価されるべきだと絶賛いたします。 星3.5プラス先見性により星5.0満点。 (MY 9090 OF NOSTALGIA)

2020-03-23

石村さんコメントありがとうございます。思わず、私の性根の傾向を出してしまった文だったように思います。自己愛とかっこつけの間に引っかかってくる、対象作品だと思います。 (大量消費されるお洒落〜トマトの缶詰めについての詩)

2020-03-22

トビラさんコメントありがとうございます。ビーレビの代表を降りる頃に、くたばれビーレビューというタイトルの投稿をしましたが、なんであんなタイトルを付けたのか自分でもよくわからないのですが、衝動が一つあったことは間違いありません。それはこの場を去っていった人たちへの落とし前のような。 トビラさん、ぜひ今後ともビーレビを盛り立てていってください。そして失望や矛盾した感情をたくさん抱え、他者との断絶を思い知ってください。とても辛いことですが、トビラさんにはお伝えしていいように思いました。 それでも、と、止めても止めても残ってしまうことを、これからもビーレビに残していってください。これからも、よろしく。 (大量消費されるお洒落〜トマトの缶詰めについての詩)

2020-03-22

コメントありがとうございます。なんかテルミンっぽくていいですね。顔文字がテルミンだなんて寂しそうだけども、早朝バズーカみたいにみんななるんでしょうね。 (ヽ(・◇・)ノ UFO)

2020-03-15

じつはこの作品にコメントを書き込もうとするのは3度目になります。一旦書き込みしようとしては送信出来ずにおりました。それは、私の思い込みでしかありませんが、ビーレビにおけるガムのくつべらさんと私の関係性から来るプレッシャーがあるからです。それは良い意味での緊張感です。素直に感ずるところをコメントすればよいのでしょうが、そのような気軽さでもって作品と対峙する場に、私に限っていえばしたくない気持ちがあります。念の為申し上げれば気軽なコメントの付け合いがあってもよいのですが、それだけでは欠落してしまう、物足りなさがあります。 安易にコメントを書かせない、緊張感をもたらせていただいたことに感謝しております。それはガムのくつべらさんが意図してのいなかったにせよ、です。作品へのコメントに戻りますが、ガムのくつべらさんの投稿作品はすべてクオリティが高い。「韻」と「イメージの立ち上がり」と「訴求力(読者が自分宛ての詩と思わせるところの普遍性)」の3つが揃っている。ただ、一点、急所があるとすればオリジナル無きところではないかと考えます。今、ビーレビでは匿名による作品投稿が可能になっておりますが、オリジナルな息遣い(言葉遣い、レトリックとは違います)を持つ作者はたとえ名前を伏せた投稿であっても百発百中で誰が書いた作品なのか判明します。ガムのくつべらさんの作品からは、今回の作品も含め、その息遣いが私にはみえない。というか、その作者が持つ固有さをわざと消しているようにも思えるのです。抽象的な話を続けてしまい恐縮です。 >僕は >君の肩にやさしく >ふれるだろう 作品全体としての詩のクオリティの高さを示す先に申し上げた3点のうちの「訴求力」をガムのくつべらさんは「作品の構成」によって成立させています。それは引用した最後にあって初めて「僕は」という自我を明かす流れにそれをみるのです。読む者からすれば不確定から確定への急な流れによって、一瞬の解放感を味わう。それで良しとする読者も多くいると思います。今時の自我無し、空虚感満載の詩のトレンドからすれば共感を持たれるかもしれませんが、私のような屈折した人間からしますと物足りなさがあります。その作者が固有に持つスタイルが技巧としてではなくて息遣いとして宿っている作品を手にしたいと望みます。また、機会ありましたら、次回作も読みたいです。というか、私はあなたの作品は気になるので必ず読むと思います。雑なコメントですみません。 (ナナホシテントウ)

2020-03-12

一生懸命に書かれた感があってよいかとも思うし作者の人の良さが滲み出ている。最後の残念な吐露。これがなければテロル的な投稿作品として不気味な輝きが出たかもしれないが、見事な不発弾作品。言い過ぎていないと思うが、一応お詫びいたします。気分を悪くされていたら、ごめんなさい。 (だっちゅーの)

2020-03-12

過去の投稿作品からすれば削ることなく多くを語っているように、読めました。過去の投稿作品もそうなのですが、極端に削るにせよ、多分に語るにせよ、その様式が読まれ方を過剰に意識されているように思います。先に見せたい様式ありきで、それに合わせ、内容を入れていったような。だからなのか、煙の様も透明な空も、誰かの言葉に思えてしまいます。誰もが使っている詩になるような言い表し。それを「とても詩らしい雰囲気の作品ですね、良いですね」と私にはコメントできません、すみません。印象論でしかないことももちろんわかった上でコメントしております。 (正しい変化)

2020-03-11

すみません、読んで何も残らなかった作品です。ごめんなさい。ホントに気を悪くされたらごめんなさい。この作品をご自身のブログでもなく、SNSでもなく、多くの人に読ませたい気持ちで投稿されたのであれば、その意味が私には見出せませんでした。たしかにどのような作品でもウェルカムにしている場所なので、とやかく言うのはよくないかもしれませんが、「書いてある気持ち、この心境わかります!共感しました!」というコメントがたくさん欲しい、分かち合いが欲しい作品なのでしょうか。単にそうであれば失礼しました。お詫びいたします。 (片想い)

2020-03-10

批評は断定と思い込みで書くことに意味があって、石村さんのこの批評にも明らかにそれがあって好ましく読ませていただきました。述べられる内容への否定の意見もあっていいし、もちろん支持する意見もあっていい。ただ私も含め見誤ってならないのは、その批評文から「学ぶ」ことは決して「支持する、好意的に読む」ことに限らせる行為ではないということ。 石村さんのこの批評文投稿を機に、批評文が続出することを願うものです。めちゃくちゃヘタクソで論理が破綻して、でもその詩作品について書きたくてたまらなくなった、そんな批評文を望みますよね。 (物を書くということ―「独言少女」評)

2020-03-08

>あいつをくれ >宝石をくれ がすごくぐっときますね。これを叙情にせんが為に全体があって私的にはこのテキストは好きです。画像がどう効果を発揮しているか、、まあ、私はあまりこのような画像とテキストのコラボは好きじゃなくて自分でもやったことがあって失敗したかなあっという過去もあるので。 作品へのコメントではありませんが、トビラさんと作者さんとのやり取り、個人的に好ましく読ませてもらいました。「否定」というオプションが去勢された関係に私はどうしても違和感を感じてしまいます。趣向が合う者同士が好意的に評を出し合うのであれば、当掲示板のようなノーカテゴリーフルオープンな場の面白さがないと思うのです。 お二人の率直な意見の述べ合いは、その高度なコミュニケーションを成立させていると思います。 (崩れる詩)

2020-03-08

大変失礼しました。それぞれの詩があって当然でした。心からお詫び申し上げます。前回のコメントは撤回します。コメントすべきではありませんでした。 (うつらうつら)

2020-03-07

自由さがあっていいですよね。ただ、自己満足のリミットがかかっていてもったいない気がします。あなたの自由さをみせられているところでおわっていて、私までは自由にしてくれない、みたいな。いや、それでいいのだとも思いますし、人が誰かを言葉で自由にするなんて、それが出来たとして、それはきっとまやかしなんだと思います。ただ、こちらの詩を読んだ一瞬、なんか、わかりませんが、自由にしてくれそうな気がしました。 話は逸れますが、ビーレビ初期の頃から参加されてる方なのですね。初めてのコメントですが、また、作品読める機会がありましたら必ず。 (太陽にシーツかぶせて)

2020-03-07

帆場さん。あなたは素晴らしい。これ社交辞令抜きに。帆場さんって読める人だって感服した。ある意味で、今のビーレビ運営陣のなかでピカイチかもしれない。渡辺さんも読める人なんだけど、渡辺さんは技巧までは読めても精神性までは行けない人、というか、彼は敢えて行かない人なんだよね。帆場さんは精神性、、つまり作品のエッセンスまで詩をお迎えに行く人だとわかった。舐めてました。ごめんなさい。 なんか思わず本気レスレスをしてしまった。ありがとう。 (U +2287E)

2020-03-06

リーディングを前提、パホーマンスのためにあるメッセージの原稿に思えました。直裁な言葉による自己主張ですが、このテキストだけを読む限りにおいては何も残るものはありませんでした。ただただ作者に気を使ってしまいます。たとえば「ただやっていくだけさ」について、だから何?などと返しては気を悪くされるのらだろうな、とか、「馬鹿にされようがそれを淡々と繰り返していくだけさ」と言われるけれども実際に「だから何?」と突き放したらお怒りになられ淡々とはされないだろうな、という感じです。気を使って、「素晴らしい主張ですね!共感します!私も頑張ります!」と社交辞令でも言っておこうかと考えてしまいます。 何故だかお判りになられますか?匿名だからです。こんなに立派に堂々と主張されてるのに匿名で公に出された。つまり説得力が無いというか、何がしたいのか不気味過ぎて困惑してしまいます。なので、無難に既読スルーするべきなのでしょうが、あなたがおそらく持っているであろう鬱屈を私も持っている気がしたので思い切ってコメントしました。 (craftsman)

2020-03-06

日常の何気ない風景があって、そこにたまたま気が付いてそのまま何気なく書かれてあって、それがコンセプトであればそれでいいのでしょう。幸せな情景が伝わってもくる。しかし、詩•テキストでしか表現できないことなのか、甚だ疑問です。動画撮影、写真でもいいのではないでしょうか。或いは、 うつらうつら だけでもよくないでしょうか。うつらうつら以外はただの描写であって、レトリックとして何があるのか、残念ながら私には読めなかったです。 (うつらうつら)

2020-03-06

コメントありがとうございます。 ご紹介いただきました動画を拝見しました。Lの幻覚作用に類似な歪みがあって好ましく思いました。性的な衝動はいつも心に悲しみをもたらせてくれますよね。 (ばけものたちがおっぱい)

2020-03-06

とても知性を感じる作品ですが、手元に置いてまた読みたい、日常的に読んでいきたいと思う作風ではありません。そのような受け取られを目的として書かれてもいらっしゃらないとも察します。おそらくは、高尚な精神性をお持ちになられていて、私には見えていない、開かれていない感性があるのだろうな、と興味は湧きました。また、美しさを感じたかどうかでいいますと、美よりも作為的な奇妙さしか読みとれませんでした。 (病む人)

2020-03-06

コメントありがとうございます。終わらなかった世紀末がまた来るといいですよね。 (ばけものたちがおっぱい)

2020-03-06

コメントありがとうございます。事実をそのまんま書いてリアリティ出したのが失敗だったんだと思います。いつも鋭いご指摘ありがとうございます。勉強になります。 (ばけものたちがおっぱい)

2020-03-06

初読でのコメントになりますが、ややノスタルジックではありますが、清涼な感を受けました。それは、髪が濡れたままに公園にいる情景描写が上手く効いているようにおもいます。個人的なことですが、私は髪を濡れたままよく外出しますので、更に読後感が心地良くあったのだと思います。また、父性からの解放という意にこの作品を捉えていて、その意において、置かれている「航海」や「旅」といった事象が通過儀礼のメタファーに読め、作品の構造としての強度が感じれます。読んでよかったです。 (一人の親殺し)

2020-03-06

訂正 文学としてのエロさがあります。 です。失礼しました。 (液体 そしてわたし/ではなかった)

2020-03-05

初読でのコメントになりますが、この作品ヤバいですね。もちろんいい意味で。エロティックな他の投稿作品とは隔絶な感があります。圧倒的に文学としてのエロさかわあります。ヤバ過ぎだと思います。でも、そのぐらいでビーレビには丁度いいです。 (液体 そしてわたし/ではなかった)

2020-03-05

すみません、共作だとのコメントを、後から知りました。共作であるとすれば、ちょっと頓珍漢なコメントになったかもしれません。 (病院)

2020-03-05

ごめんなさい。これはみうら個人の趣向に合わないからだと思うのですが、読んで入ってくるものがなかったです。ただ、この作風を好まれる一定の人たちがいるだろうなとは思う強度はあります。なんだろうか、実存に急に方向変え過ぎているように思う。元来あった渚鳥さんの「作品全体が示す意味によって使う言葉の定義を一般から解離させる世界」が失われていて、なんというか、平たく言い表すと、「思ったことそのまんま書き出しました」という感じ。これでは読者は楽しめないだろうに思う。ただ、一定の評価は受けるであろう良作には思う。 (病院)

2020-03-05

これまた、ぜんぜんダメな駄作だと思いました。読んで何にも残りませんでした。何にも残りませんでしたので、理由は示せないです。読んで損をした気持ちです。ふじりゅうさんはやっぱ詩を書かなければいけない人だと思う。過去にも詩ではないクリエイティブライティング的なる作品を読みましたが、まったくダメでした。ところが、詩はいいです。時々。もう一つ付け足して言えば、詩でないクリエイティブライティング系の作品ならば、読んだ人から最低限読んでよかったと、Amazonの書評であれば、星一つは付けられなきゃダメだと思います。この作品だと星すら付けられないスルーされるだけに思います。以上ですが、参考になれば幸いです。 でも、クリエイティブライティングは頑固に続けて欲しいです。 (カマボコ)

2020-03-05

初読でコメントさせていただきますが、この批評文はいいですね。思わずもう一回帆場さんの作品を読みに行ってしまいました。 なんというか、その、わからんものはわからんし、言葉に出来んものは出来んという潔さと、その潔さだけで終わらせない、批評対象の作品が個人の営みにまで降りてきたんだという深みが感じられて読んでよかったです。 (ボーノ、フォルマッジョ!)

2020-03-05

トビラさん、SNSの件、了解です。コメントの強弱、大丈夫ですよ(笑) (妄想する人は美しい〜「レモンサワー」)

2020-03-05

初めてコメントさせていただきますが、投稿された作品の中で今作が一番好ましく思いました。私の個人としての感度より「詩のスタイル」として好ましく。それは韻が良いのと、「君」をただの君とせず、ノスタルジックな「僕」にも思えてしまうレトリックがあるからです。私はどちらかと言えば技巧やら、上手さやらを第一義として詩を読める人間ではなく印象の方を優先して味わう人間です。しかしながら、本作を読んだ時、「詩のスタイル」を想起させました。それほど、この作品は詩的なのでしょう。読んでよかったです。 (明日のための幸福な懐古)

2020-03-05

匿名制ならではの作品ですね。正直、私はこれを花緒さんが書かれたのだと初読の時に思っていました。貴音さんのその書く技量はピカイチだし、以前から申し上げています通り熱量が大きい。ただ、逆に言えば、その熱量が「空虚で自我無し現代詩トレンド」にマッチしていない側面にもなっている気がします。それをみうら個人としては好ましく思っているのですが、一方で残念な気持ちにもなります。 (John Does Jane Does Town)

2020-03-05

この作品ばダメだと思います。地球さんの作品には精神性、テーマが必ずある。今作にある精神性は過去作と比較しても在る。しかしその精神性というやつが「宿り」にまで達していない。この作品を過去作と同様にいいねをされる人たちは、詩情とマイナー調の違いを味わえていないように思う。もっと言えば私が感得している武田地球氏の作品に宿る精神性を共有することは出来ないように思う。つまり、武田地球氏の作品を「ただのマイナー調のネガティブで優しい詩」の域でしか読めてないのではないかと思う。詩情の見極めは確かに困難であり、私からすれば悟りに近い。その悟りを言葉にして伝えると誤解されるのが常だ。地球氏の作品からその、「悟り」が感得出来ないと私は納得出来ないし、いいねは絶対にしない。 (ある春)

2020-03-05

なかなか鋭い迫りですね。たしかに花は花それだけで美しい。で、その美しさをわざわざ言葉をこねくり回して書く必要があるのかと、時に私も思うことがあります。「美しい」の一言だけでいいではないかと。これは、かなり難しい命題です。しかし、私はこの命題の自分の中で答えを持っています。その答えの確証を得ています。トビラさん、こんどよろしければツイキャスで肉声で話をしましょう。差し支えなければ。テキスト以外に肉声での伝えがあった方がいいなあと思う時があったりします。今後ともよろしくお願いします。 (妄想する人は美しい〜「レモンサワー」)

2020-03-05

完璧な文などないのでしょうが、許容出来る域に達してるかどうかを自分が書いている時に見極めるには一定域に達する経験値が必要に思います。しかし、このルールをちゃぶ台返ししてしまうぶっ飛びっで書いてしまうものって時にあると思うんです。その「ガチ、本気度」が宿るものを最低限の見極めにしたいと考えます。たとえヘタクソで論理性無きものであれ、そうしたいです。逆にその宿りがない文、特に批評文はクソだと思います。 (妄想する人は美しい〜「レモンサワー」)

2020-03-05

投稿作品を読んで、作者のことを念頭に置かずに読む側から発せられる一番辛辣なコメントは、「読まなければよかった」というものがありますが、私はこちらの作品を読んでそういう残念な気持ちになりました。冗長で、読んでも何も残らなかったです。何も残らなかったのですから、どこがどうだからという何も残らなかった理由は示せません。ただ、私も人間です。ここまでコメントを書いているうちに、一生懸命に頑張って書かれる作者の姿を想像してしまいました。社交辞令にきこえるかもしれませんが、次の作品も必ず読みたいと思います。またコメントしたいと思います。ほんとに読む側の勝手な気持ちで恐縮ですが、コメントもしなければよかったとは思わせないでください。次回の作品を楽しみにしていますので。ただ、私が鈍過ぎて読めない人間なだけかもしれませんし、好みが合わなかっただけのことかもしれませんが。このコメントで不快になられたら、謝ります。失礼しました。 (ビー玉の詩)

2020-03-05

(笑)いやいや、ぜんぜん大丈夫です!ちなみに、私は他人にキレることありませんから笑、安心してください! (U +2287E)

2020-03-04

レスレスしない主義のみうらですが、せいろんさんのそのコメント優勝です。 (ハムスターになりたい)

2020-03-04

なんと言いますか、こう、ぎゅうっと、なんと云えばいいのでしょうか、この作品に相応しい私のなかに芽生えました気持ちを濃縮しようと、ぎゅうってやってます。このとらえきれない自分の気持ちをぎゅってやってるんです。昔、一晩中ずっと一緒にさまよった女子がいたんです。一晩だけの出来事だったんですけど。軽薄過ぎたんですね、私の態度が。その、なんか私へ伝えたいピュアな気持ちが彼女にはあったんだと思うんです。変な話ですけど。隣で急に両手の手のひらをぎゅっと握り出したんです。その腕震えてて。 それを思い出したんです。なぜだかわかりませんが、ハムスターになりたいってやり取りは、なんか、そういう、言ってしまうと本当に言いたいことが脱落するんですが、言っちゃうと切ないですよね。 こんなコメントを書いていて、やっぱ送信しないで消そうってことが、よくあるんです。意味不明だし、自分は何をやってんだと。でもこのコメントは送ることにしました。せいろんさん、また次回読むで。 (ハムスターになりたい)

2020-03-04

尾田和彦という名前をみつけただけで、 僕なんかは読んでしまうわけで、 そこに露わになってる尾田さんの人間っていうやつがまたちゃんと在るんで、 毎度の久しぶりの登場を楽しんでます。 作品読んで元気に笑ってます。 僕なんかは。 尾田和彦って名前だけで読ませてしまって、更にそこに 不在の主人公 なんてフレーズを一筆書きみたいに無作に置けるって、詩人だと思う。 やっぱ、その知識やレトリックとか能力というか才能とかいう前に、 何書いても俺の言葉だし詩になるからっていう詩人でありたい。勉強になりました。 (静かな底と天井)

2020-03-04

少しだけ言語が少しだけ自由になる。その道具の言語から。花みたいになれたらいいのにね。意味のない葉っぱとか。 ユウさん、あなたと僕が、君と僕だけがある自由だったら意味がなくなってしまいたい。しまわないかな。しまえばいい。わからないままにね。意味がないあなたと世界だ。意味のない私の世界だ。 アミチヤラスカテミナラ ミカスマチノウラハタム アシマラミサクチの花 (╹◡╹) (U +2287E)

2020-03-04

わかっていることとわかっていないことがたくさんあって、やらないでいいこととやらなきゃなんないことがたくさんあって、大人になるってことは発狂するくらい怖くて不気味なことなんだよね。いすきさん、洞窟に住んでる怪物を見つけてくれてありがとうだよ。トーマスソーヤはインジャンジョーに後ろから襲われたんだ。いすきさん、冒険者合格?優勝コメント?ありがとう(╹◡╹) (U +2287E)

2020-03-04

天国の扉だったのですね。トビラさん、見つけてくれてありがとう。そして君の熱量、君の大事にしている熱量を分けてくれてありがとう。凶器は言葉にしてみないとわからないし、詩はふわあっとしてふわあっと舞ってゆくまえに雨となって落ちてしまうのかもしれませんね。しれない。しれます。 (U +2287E)

2020-03-04

私には英語がわからない。でも英語の詩を私にも持つことができました。そしてこのようなコメントがいただけたこと、とても嬉しく思います。 (U +5854)

2020-03-04

その作品を実在せしめるような批評とは、私がそう思いこもうという言説を書かなくてはなりません。と、石村さんに語ることを釈迦に説法というわけではありますが、一方で文を書く上において完全なる自身を欲するのです。この乱雑で不完全な批評文は私のそれであり、また残酷ではありますが、作品は、私に「完全なる自身」をもたらすに及ばぬ不完全ではあったのでしょう。しかし、いうまでもなく完全なる自身をもたらす作品に出会うことさ極稀な偶然の連鎖にあります。私はこれからも無難な必然の作品を手に取ることはありません。きっとこれからも不完全な偶然に筆を取らされ続けます。完全なる詩に出会うには死するしかありませんから。私の批評が石村さんの心眼を狂わせるものであれば幸甚で御座います。 (無意味な詩のエクスタシー〜「私の中に出して」)

2020-02-25

> いしゅめらあああああーーーー トビラさん、久しぶりです。 私は詩はわからないことばかりです。しかし、詩人と呼ばれなくてはいけない人はわかります。私の直観に間違いがなければトビラさんは詩人です。書かなくてはならない抒情詩があるのだと思います。しかし未だその、トビラさんが書かなくてはならない完全なる抒情詩が不完全で、時にそのカケラが私の目前に迫ります。先に挙げたやつもその一つです。手先が器用で文学に精通していて頭が良くて素晴らしい詩が書けてもてはやされる人、そういう人気者が書く詩にはあまり興味ありません。とても素晴らしいのでしょうが、あまり詩人を感じることがないからです。独断で言い切りますが抒情詩ではない、抒情詩を書けない人を詩人とは、呼びたくありません。私もまだ自分の完全なる抒情詩を書けないでいますが、そんなことは棚に上げて言わせていただきます。トビラさんは抒情詩をぜひ書いてください。排他的なコメントになってしまったかもしれませんが、それが本意ではありません。簡単に言葉になど、本当は出来ない。でも書いてしまうのは業なのかもしれません。でも、そんな業みたいなものが宿っている詩を読みたいです。先に引用した言葉にはそういうのが宿っていると、はっきり私にはわかります。 (まいごこまいご)

2020-02-24

荒れ猛る波がデフォルトの海辺にあって穏やかな期間を僕たちは歩いているにすぎない。そこに散らばる嵐の後の残骸やらは名付けるとすればエンジェルダストであり、終わってしまう僕たちの永遠というやつだろう。忘れてしまった祈り方や祝祭の日の踊りは、松の繁みでほくそ笑む彼、彼女たちに教えてもらおうか。 (空と海の涯、水と砂の際)

2020-02-24

完全に静止をした水面は人工的に作れはしても自然界では極微細であれ、変化があって、それを感得し言葉に換える行為は無常を知り虚しい表現に達する。岸辺とは彼岸とも云え、そこに鳴く、否、鳴かない、鳴かないであろう空虚なカナリアの影が一幅の画のようで、言葉に還る詩は私の目前で静止する。 (影鳴く湖)

2020-02-24

なるほどー、と思える着目をみました。しかし、もう一歩踏み込むべきな感があります。なぜならば、言葉と意味は読む側の私の方へ永遠に存在していて、詩にあるであろう意味も永遠に私の中に在ります。 もう一歩の踏み込みは、詩の作品の中でありながら、じつはこの詩を読んでいるであろう「作者の中に在る他者」への入口だと思うのです。あなたの言葉で遠慮なく私を掻き乱してください。そして、私をもっとわからない世界へ連れて行ってください。これからも期待しています。ずっと。 (わかっていること)

2020-02-24

心象の情景を言葉で完璧に現そうとする、その美しさが味わえます。ただ、読みやすさゆえか、語り手が持っているであろう膠着なるものが、全体的にフラットで透過過ぎている感があります。その全体の印象とは逆に最終連の最後の2行がその膠着なる心象を表しているのですが、全体の透明さと異なっているため、短略な言葉に読めてしまいます。やや興醒めしました。でも美しい作品ですね。読んで良かったです。 (リメンバー・ミー)

2020-02-24

>君よ、私の声が聞こえるか・・・・・・ この結語がどうしても浮いて読めてしまいます。それは、外界の情景とメタファの構造の表現から「外れた」、直裁なメッセージだからというのは明らかですが、高橋氏を知る読者からすれば、敢えて「外した」とも読め、そうであるとしたら、この結語にこそ作者の情緒が宿っているとも思えてしまいます。 抒情詩へのこだわりを感じます。 (実在の声)

2019-12-07

なゆた創さん コメント有難う御座います。なにかしらの反抗があるとしたら何も成せなかったことの無意味さへのもので、もはや手におえない、わらってしまうようなものです。それでも、それでもと執着する。詩人の本番がそのような肉体から遠いところであれば、私はまだそれを書きたい気持ちになるかもしれません。 (どうでもいい沢尻エリカと寺山修司記念館までの旅路)

2019-12-07

アリハラさん 貴重なコメント有難う御座います。本作に欠落しているのは人前に晒して恥じない覚悟でしょう。しかしながら、覚悟が足りなかったと反省する気はさらさらありません。当たり前ですが、なぜならばそれは、覚悟があったかどうかなど、死ななければわからない。作品には優劣しかなく相対のなかに消費される。でも、私は私にしかわからない私の絶対があって、その吐いた言葉は、誰人にもそれを詫びる必要はなく、永久に絶対の言語として私の中にあり続けます。 (どうでもいい沢尻エリカと寺山修司記念館までの旅路)

2019-12-06

ボルカさん コメント有難う御座います。 とても昔に抱いていた隔絶感は、その他者にあるのではなくて、私は何もわかっていないんだという、自分の愚かさに帰結します。それはどうでもいいと言い切ってしまわなければ生きれなかった強がりであり、今もまだあります。それをもっと詩にしなければならないし、そうでなければ私は死ねないのかもしれません。 (どうでもいい沢尻エリカと寺山修司記念館までの旅路)

2019-12-06

沙一さん コメント有難う御座います。現実の世界を忘れて簡単に夢想できるようになってしまったら、有名人が神ではなくなりました。でも、私にとって特別な人を言葉として表すことは困難で、最初から誰にもわかってたまるかよってなります。孤独を学識の向こう側に会得するよりも、独り善がりな孤立を私は好み、そしてまた残念な気持ちになりながらも、安堵します。 (どうでもいい沢尻エリカと寺山修司記念館までの旅路)

2019-12-06

黒髪さん コメント有難う御座います。死生を想うとき、なにものかに、自然に祈れたらいいと思うのです。その対象となるほどの覚悟を示した詩を書きたいと考えます。それ以外はろくでもないことでいいのかもしれません。でも、ろくでもないなかにしか生はないので、残念になります。 (どうでもいい沢尻エリカと寺山修司記念館までの旅路)

2019-12-06

感想ありがとうございます。なかなか鋭くてグッと久しぶりになりました。 (どうでもいい沢尻エリカと寺山修司記念館までの旅路)

2019-12-05

>のっのっのっ オノマトペがフックとアクセントになっているところに目を奪われてしまいますが、この詩に文脈を与えるのは、話者の内なる言葉にあります。 >(ふん かわいいやつだ) >ーあれじゃあいつかのどこかの誰かさんだ また、オノマトペがユーモラスと併せて含有する「軽さ」を情景の広がりまでに昇華されている具体的な描写。 >傾斜はおよそ四十五度の オノマトペと文脈と情景の3つを上手く構造化されており、更に「車の窓から」という題名。 そのような創作の技巧によっての効果なのか、読めば読むほどに俯瞰視に変化するズームからワイドへの変化を感じました。 (車の窓から)

2019-12-04

深遠なところに降りていく。そのように読み入ってしまうことを味わい読むというのかもしれません。本作を幾度か読み返しました。 深遠なところに降りていくとは、具体的にみえる像を示せば、その詩を詠んでいる人の佇まいです。 一つの言葉それ自体の表記に意味は宿らない。平易であれ難易であれ使う言葉の選びは、音韻の作りを含みながら、作者固有の文脈が詩を創出します。本作にある文脈とその音韻は、丁寧な響きとその佇まいです。それは「外界のうずくまるもの」によって「私」の内面を表されている。 >布団の上でうずくまる私の、うずくまる願いのように >地球に雨が降る 「外界を書くこと」による「内なる世界」の比喩としての表現。なかでも、「布団の上で」との前置きが現実空間と眠りにみる夢の空間の中継地としての味わいを醸し出しており、そこに丁寧さをみるのです。 丁寧さを感じる私には、この詩を詠む人の佇まいが像として浮かびます。それは、うずくまる姿ではなくて、本作にある背を伸ばした人がみえます。それが丁寧さと私が言うところの効果です。 読んでよかったです。 (うずくまるもの)

2019-12-04

断言する話者からは虚しさやらを言い放ちする感情的な表されがあるのとは裏腹に全体の構造が理性的に整理された感があります。 初投稿作品のエグランティーヌにもある断言の言い放ちスタイルは良い意味での惹かれるものがありますが、やはり構造が読み手を意識され過ぎているように思えるのです。ドン引きするぐらいのめちゃくちゃな、前後の筋が通ってないぐらい可読性があるかないか判別出来にくいぐらいに攻めてよいように思えます。フリージャズみたいな。そう思いました。 (ニルヴァーナスープ)

2019-12-03

みんなが営みを持っていて、その物語にささやかな素敵さを見出せたら幸せという言葉にでもしてみようかとなる。それが誰かの物差しでは規定通りでつまらなかったとしても、というような。本作にはその物差しで線を描くような素朴さがあって好ましい。 彼女の語るうたうような声による立派な屋敷というのは、とてもささやかなものだ。だけれども彼女にしかわからないであろう手触りがある。 久しぶりにビーレビを覗いて沙一さんらしい作品だなぁって、思わず、コメント書いちゃいました。この作品のスタイルは詩ではないかもしれないけれども、ポエジーが宿っていて、なんだかそれは沙一さんによる詩人へのこだわりが為せることなのでしょう。 詩の形を書くのではなくて、詩人にこだわって作品を投稿するということ。勉強になりました。 (ゆれるポニーテール)

2019-12-02

特になんの印象も残らない作品です。初投稿の作品も同様でした。じつは初投稿作にコメントをしようとして止めました。「ああ、なんとなくわかる情景」「ああ、何が書きたい作品なのかなんとなくわかる」という程度の感想をじつは持ちましたが、しかしそれをコメントするのではなくて特別な印象はないと書く。これを隠喩だと私は思っています。「なんとなく理解した」という気持ちが事実かもしれませんが、真意ではないということ。その真意を表すのに、理解したと書かないこと。 作品に沿ってコメントすれば、「あの不思議な」「あの光が」の「あの」で表し終えているところがイージーでありコメントするに値しない作品だと判断しました。 今書いている私のコメントで説明すれば「なんとなく理解した」が「あの」に当たります。私も「なんとなく理解した」の一言でコメントを済ませれば無難に終わるのですが、人前に書き残す文字を晒すのであれば何らかの痕跡を残したい。そのような理由から「特に印象が残る作品ではない」とコメントすることにしました。 ネットで詩を読み始めて3年が経ちましたが、素晴らしい作品に出くわしたことが少ないですがありました。素晴らしい作品に出合うことを機に、私にも書けるはずだと当初は励みに思えていました。しかしこのごろはとてもとても書けないと、自分を恥じてしまいます。私には見えていなかったのです。何もわかっていなかった。その稀な作品を書く作者は私よりも優れて作家としての生き様をされています。作家としての生き様、これはプロでなくても、です。びーれびの投稿者であっても素晴らしい作品を書く作家は優れた作家としての営みがあります。言い方を代えれば拘り、です。その拘りを持つに至るまでには相応の労苦があるのは察せます。その物心のうち心の労苦、つまり孤立することを恐れない、他人の誤解を恐れない、共感する人がたとえ皆無でもいいという執念、そのような覚悟が作家としての生き様だと思うのです。覚悟から生み出される作品は稀です。稀ではありますが、ネット詩と云われる場末にもあります。この掲示板でも見つけました。コメント欄には作品論・技術論を具体的に示して書くことが賢明なのかもしれませんが、技術的なアドバイスコメントも精神論(大嫌いな言葉ですが)もいづれにせよ、このコメントを読まれて、今後の何かの教訓にされると嬉しく思います。みうらの言ってることがどうこうではなくて、泣いてしまうほどに、思考を言葉へ変換する気力すら失くすほどに、悩まれるといいかもしれません。twitter等では味わえない面白い遊びだと思います。 長々となりましたが、個人的にコメントをお求めいただきましたので率直に書かせていただきました。 (pounding )

2019-11-23

「お上手な詩なんて書かずにこのまま突き抜けることを願ってます」なんて前作でコメントしてたので、気になって今作も読みました。しかも、タイトルがいじめ2になってたんで。上の御二方のアドバイスの通りなのかもしれないんですが、私的には技巧どうこうよりも、ここにある思念が中途半端だと思うんです。思念が突き抜けていない。思念がどうこう書くコメントなんで、具体的にどこがどうとかロジック立てて言いません。読んで感受した感じを申し上げます。そのいじめには必ず悪い人間が原因としてはっきりと居ると思うんです。その悪いやつにまったく届かないんじゃないでしょうか。あらゆる合法的手段か、あるいは呪いでもって悪い人間を苦しめてごめんなさいさせるべきじゃないでしょうか。たしかにそういう危険地帯からは一旦逃げるべきです。しかし、復讐はしなければいけないと思う。絶対に復讐はしなくてはいけないですよ。それが現実的には不可能であっても呪い続けることは可能です。そいつが不幸になってる姿を私はみたいです。それが突き抜けてしまうことだと思います。誰もわからない苦しみを知っているんであれば、あなたにしかその苦しみを突き抜けられないです。誰の共感なんて求めない作品、あなたにしか突き抜けられない3つ目を読みたいと思います。私は薄っぺらい感情の博愛主義よりも、剥き出しの憎悪こそが愛だという信条なので、極端なコメントを思い切って書かせていただきました。 (いじめ2)

2019-10-19

時々掲示板を覗いていて、コメント数が伸びている作品で、気になって読みました。渡辺さんが熱心にコメント書かれていらっしゃって、先にコメント欄から読んでしまいましたが、ここまで思いっきり書かれてる作品って久しぶりに読んだ気がしました。脱字かなあって箇所も逆に心揺さぶられる要素にさえ思え、気持ちとかそういうのってこんな風に書くの大事だよなって思いました。誰かに感動したとか言わせるよりも誰かに褒め言葉を言わせるよりも、叙情詩らしい反響があっていいなあと思いました。ぜひ、次は上手い作品を書いてやろうなんて思わないで欲しいと思ってます。このまま突き抜けていっちゃってください。その衝動を失くして、クソお上手な詩とかを書くようになったら寺山修司さんが赦さないと思います。 (いじめ)

2019-10-15

ハッシエンダの跡に建ってるマンションの名前はとりあえずハッシエンダでよかったとか思いながら久しぶりにマンチェスターサウンドを聴きながら、だ。それから台風だよ!窓の外はギャラクティカファントムだ。きさまあの登場に台風はもってこいだな。もってけ泥棒、きらるび、いや、ちがうんかい?つむぎ。久しぶり。この短歌のコラージュみたいなのええやんか。時々出てくるポチ。これが大事だよな。どうでもいいようでどうでもよくないんだよな。ポチはどうでもよくないんだよな。でも未来とか、あんまし、そういうの考えたくないし、どうでもいいけど、でも未来もポチとおんなじぐらいどうでもよくない。そんな感じだね!うん。はい、で、マンチェスターサウンドっていつからマッドチェスターって呼ばれてんだ?THE1975ってカッコいいやんか!セカンドサマーオブラブは来んかったかもしれんが、THE1975があればいいってやつだな。あわっ、こんな意味不明なコメント、、まあ、きさまあは判るからええよな。まあ、わからん人たちのために、この作品はつまりセカンドサマーオブラブなんだよねって解説みたいな終わりにしておこう。きさまあもわいも終わんないんだけどさ。 (常しえのゆめの降るさと)

2019-10-12

黒髪さん、これは、どうしちゃったんですかと尋ねたくなるぐらい迫ってきましたよ。今月はもうコメント参加を控えようとしてるところだったんですが、思わず書いてます。 >硬質で不器用な >はぐれた光のような生き方をして この言葉に集約されており、作品の冒頭から結語に至るまで作者の息遣いが宿っています。 私が黒髪さんの全てをわかっちゃいなくて、それは当たり前で、いつも何故にわかってるようなことを言ってるのかと問われれば、以前から申し上げてる通りで、私は詩を書く行為において、逃げたのです。何から逃げたのかを言わなくても、逃げなかった黒髪さんはわかっていらっしゃる。つまり、だから、私も同じです。100歩譲って言えば、わかったふりでもなんでもいいから、わかっていると言い切るしかないということ。相変わらずダサいコメントになってますが、自分語り、モノローグは極めれば、どんなお上手な技巧的作品よりも優ることが証明されている作品ですよ、これは。あんまし、他人の作品を読んで泣かないですが、これは泣いた。別にこんなこと書かなくてもいいし、書かないほうがいいのでしょうが。次は詩集本作れるぐらい、傑作の連発をお願いします。 不毛だとか、言ってた人々へも祝福を。 (╹◡╹) (不毛なもの)

2019-10-07

(╹◡╹) ((╹◡╹))

2019-09-29

あのねー、って始めて、ねって字は相変わらずイビツな形だなあって気がついたよ夏野ほたるさん太陽がようようおはよう。みうらという人間は気軽に素敵だと言わせてはいけないぐらいに軽薄で警戒を強めなければならない台風13号なんだと思うとショックで詩人になってしまいそうだよ夏野ほたるさん。タイトロープから落っこちながら、笑わせてくれる、そんなピエロ。よい人間じゃなくてもいい好きな人のピエロでありたいんだ僕は。←かっけー。 ((╹◡╹))

2019-09-29

世界を箱庭にしたようで好きです。少し内向的であり、とても平易な表現が素朴過ぎて、やや稚拙に思えるアイテムが散らばるようにあって、当初は少し困惑しましたが、二度読むうちに飛出し絵本的な世界観に思え、おしゃれな印象を持ちました。とてもとても良い作品に思えます。 (みんな空から来たんだよ)

2019-09-25

×せいりして ◯成立して 失礼しました。 (流りゆる/照らしょうり)

2019-09-25

詩文の作品に詩や詩人という言葉を作品内に出すのであれば、天地がひっくりかえるぐらいの命題が示されなければならないと思うのです。本作は詩人の在りようや本質を突かれているようですが、命題が無いか、あるいは不足しているように思います。 (『詩人の書く詩と書けぬ物語、その間のジレンマよ』)

2019-09-25

モノローグを演劇風にまとめられていて、ちょっと私には抵抗感がありましたが、仮にこれがデフォルメな手法だとすれば、もっとやっちゃったほうがいいと思います。大声で叫べばいいのに、小声で大声で言うようなセリフをつぶやいてる感じです。 すみません。次回作も必ず読みたいです。 (穴)

2019-09-25

「あるいは」の響きが効果出てるように思います。もしかしましたら、作者さん的には、「あるいは」の多様によって、ひつこさを残さないか、気にされながらも、残されたのかなあという痕跡を感じましたが、良い効果が出てると思います。 (原因)

2019-09-25

良い情景描写に読めました。時間のある空間を時間の表現をされずになされているところがいいなあと思います。 (幸せという名の家)

2019-09-25

やや、ややですが、突き抜け感が足りないかなあと思いました。希望の光が薄いかなあと。黒髪さんの作品って技巧的でいきながらも、本質は感情任せなところってあると三浦は思っていて。で、なかなかその感情任せなところって私が知る限りでは黒髪作品全体として出難い。ただ、それがある時の作品ってめっちゃカタルシスあるんですよね。私の勝手なあれなんですが。ぜひぜひ、次回作期待してます。 (悲しみの祈り)

2019-09-25

ところどころ体言止めが効果を発揮してるように思えますが、多発過ぎて作品全体として静止状態の感があります。内容からすれば動的にあったほうがよいのではないかと思いました。 (夢喰いと悪夢)

2019-09-25

うちは関東にゃみりー一家所属の野良猫保護活動にちょっとだけ協力してたりしまして、猫三匹飼ってます。猫になりたい気持ちかなり強く持ってまして、本作に共感するところあります。死ぬ時は猫のようにひっそり死にたいです。 (迷子の子猫)

2019-09-25

幻想的な響きを一行空けによってもたらせているように思いました。フォルムが良い色出してるような感じですよね。 (死と乙女)

2019-09-25

韻を上手くやりなさいと、先日とある詩人からアドバイスを受けたのですが、それは作品を読んでくれる誰か、その誰かが持っている音感を意識して書くことなのか、或いは私自身が持っている話言葉としての美意識を基準に韻をつくることなのか、けっこう最近、迷っているところです。 本作にあるローカルな語句の響き、その土地で暮らし身に染み込んだ者同士であれば、読む方が持っているであろうリズムなどにこだわらず無頓着であっても、せいりしてしまう空間があるわけで。羨ましいの一言がこの作品にふさわしいかな、と思いました。私は博多出身で、東京に出て3年も持たずに博多弁を捨てました。けっこう後悔があります。失礼しました。 (流りゆる/照らしょうり)

2019-09-25

かなりラフに書かれ、しかも平易な語句をたくさん使われ、内容も特にアクロバティックなことがあるわけでもないのですが、作者の息遣いがくっきりとあります。詩を書かなければならないゾーンに必ずいらっしゃるんだろうなと。そのゾーンに入ってることが私にはけっこう難儀なことなのですが、ゾーンに入っていることが詩を書く必須条件だと持っていたりします。勉強になりました。 (パンダ)

2019-09-25

私は時々、アシッドやちょいブルージーなリズムをバックにして詩の朗読をやって動画を作ったりしてるのですが、この作品は朗読したくなる作品です。もしお許しいただけるのであれば是非朗読動画作らせてください。 参考までにこ過去の動画貼っておきます。 https://youtu.be/VEtCv-xng-U (the end has no end)

2019-09-25

今一つわからなさが。ただ、そのわからなさが幻想的な空間にも思えます、と言いますか、この作品にら何かがありますね。まったくピントがズレているかもしれませんが、とても丁寧に書こうとされたのではなかろうかと、そのような作品への作者の愛着のようなものが感じられました。 (脱獄)

2019-09-25

猿も苦痛も悲痛も快楽も嘘もエゴも閻魔大王も、その語句から想像するものは読者である私が既に持ち合わせている意味とその認識するところから、作品が連れ出してくれなかったです。それを言い換えますと、語り手が吐き出している言葉はとても理解出来ます。わかりやすかったです。 (一滴の雫をたんとください)

2019-09-25

これは残念ながらローコンテクスト、つまり言語依存が強く出過ぎているのではなかろうかと思う。 >プラスチックな女の半透明な身体 読者からすれば自分だけが読んで持ちたい唯一のイマージュを欲しながら目を走らせるのではなかろうか。そこから考察するに、プラスチックな女という限定された像がしかもご親切にその身体が半透明であると想像の指示に縛られてしまうのではなかろうか、と思う。良い作品とも悪い作品とも言えない。あなたはもっとやれる作家だと思う。 (プラスチックガール)

2019-09-24

ボルカさん、わかります。一行目は凝り過ぎて失敗する典型的な例だと投稿後に思いました。縦読みも、これがまたあざと過ぎて、みうらが作者だという先入観が必ずあることを計算すると、マイナス要素でしかないじゃないかと、これもまた投稿後に気がついていたんです。でも、読める人間はいても指摘する親切な人間はおそらくいないよね、と高を括っていました。←高を括るを上手く使えてますね。いやいや、すみません、そんなことはどうでもええわけで... ピンポイントで批評いただけて感謝です。 (はじめてのSEX)

2019-09-24

深みがあるんじゃないかなあと思いました。ただその深みが散乱していて探り入ってみようかと思いましたが、どうも二度読む気になれない。すみません。 (Note:)

2019-09-24

心情がとともわかりやすく読みやすい作品だと思いました。 (ニヒルなあなたへ)

2019-09-24

これ最高ですね。夏野ほたるさんお久しぶりです。どうしちゃったんですか!って言いたくなるくらいに天才的な作品だと思います。今年、僕は有名作家の本も含めてあんまり読んでないけれど、本年読んだ中で一番かっこいいし、最強の世界観ですよ。これ。どこがどうとかを述べたくなくなるぐらいにヤバいやつです本作は。こんな感じでコメントを終えてしまうとアレなんで、一言添えると、感情の構造化が完璧だと思う。ところどころの文法としてのミスタッチに思えそうなところまでもをレトリックとして読ませてくれる。もう一つは読み心地の良さ。ビーレビには長文系の投稿作品がよくあるけれども、ことごとく読み難い。それは、「ほらほら、こういう語句、こんな文体、かっこいいでしょ?狂ってるでしょ?」的なあざとさばかりが残る。本作にはそれが無いし、それでいて、情念が宿っている。読んでよかったです。 (重力をミルクに漬けて)

2019-09-23

×「息遣い」とれとりを使ってこそ ○「息遣い」とレトリックを使ってこそ 失礼しました。 (情緒)

2019-09-22

渡辺さんのコメントが大変興味深い内容で読んで触発されました。私からも本作品について詩文と歌について一言書かせていただきます。 心情を文字の言葉として表現する時、往々にして、一般化された言葉の意味に縛られてしまう。縛られるとは受け手が言葉に意味を見出そうとする結果、作者の心情が一般的な意味の範疇にとどまってしまう。作者が持つ心情は世界で唯一のはずです。それを世界観というのだと思うのです。ところが書き手と受け手は共通言語という共有可能な意味のなかで交信をするのですから作者の世界観は誰かの「共有済み」の既視感の中に埋もれてしまう。つまり作者が持っているであろう唯一の心情・世界観を表現するには比喩という、「喩えるならば」という固有に持っているであろう「息遣い」とれとりを使ってこそ世界観が滲むのが詩文ではないかと考えます。それに対して歌には音があり、その音によって比喩、息遣いを言葉に与えるオプションがあり、仮に詩文が平易な既視感のある語句が使われていたとしても音によって言葉の意味の縛りを解くことが出来るのだと思うのです。本作の内容に沿って評するならば、レトリックとして、その心情のオリジナルさ、つまり世界観の断片としてお見受けするのは、survofさんも挙げていらっしゃる連にあります。しかしながら、作品全体としては、語句一つ一つが持つ一般的な心情の意味内に収まってしまった感が強くあります。長々と書いてしまい失礼しました。 (情緒)

2019-09-22

時に私は、コメントを作者宛に書いていないことがある。当コメントも、これから読まれる方、あるいは既に読まれた読者宛のコメントであることを前置きしておく。マンションポエムという詩を揶揄する言葉を皆さんはご存知だろうか。真実を言い表わしているようでハリボテな表現の羅列を、都心に出現した緑溢れるユートピアなどというマンション広告のキャッチコピーになぞらえた話である。本作は際どい。愛・神さま・絶望・人類などという、まさにハリボテになってしまいがちな語句のオンパレードである。しかしながら、私は一読してマンションポエムであると断罪するには何かが違うような気がしてならなかった。言うなれば本作はマンションポエムと岩倉文也的自我捨て作風の中間ぐらいに位置されるものではないかと結論した。どなたか感性豊かな現代詩人が仰っていた。マンションポエムが好きなのだけれども、と。正直言って、じつは私も嫌いではない。言葉が上滑りしてゆくような喪失感が心地よく感じられたりもするのだ。それは岩倉文也さんの詩を読んだ時に感じるものにけっこう類似するものだったりもする。つまり、今のご時世、特に十代、二十代の方々からすれば愛やら人類やらが指し示すものは、「個々の自我など字面上は人類とイコール」なくらい無意味なため息に近いのだということなんだと思う。本作には、その無意味なため息としての愛・人類・絶望が宿っている。 (雨傘の詩)

2019-09-22

詩人とはなんぞやという定義を試みようとするとき、ランボウの如く人が見えていないものが見えそれを言語によって他者をも見させてしまう人のことであると、いう説がある。これを言い換えるとすれば詩に強度があるということ。透視能力と表すればまやかしの響きがあって、ここでは、そのように言わないでおきたい。みなさんは井上陽水のアジアの純真という歌をご存知だろうか。あの歌詞を井上陽水がアレをやりながら書いたに違いないと、そんなデマは言わないけれども、つまり私はここでそれを持ち出す。アレをやりながら書いたとしか思えないほどに、適当に並べられたような言葉の羅列のようで、「確実に百発百中で同じイメージを想起させる」ことをやってのけている。つまりこれを強度という。誤解無きように申し上げておきたいが、本作がアレをやりながら書かれているのではなかろうかと言いたいわけではないし、アレをやることと詩の強度は別物だとも思う。しかし、その際どい比喩を持ってして評したくなるほどに本作には強度がある。良い作品だと思います。 (世界に魔法をかけるには)

2019-09-22

渡辺さんのコメントには多分に学ぶものがあるなあと感心しております。言葉の意味を用いずに書きながらも受け手と共有する言葉とは、つまり受け手による批評によって作品が成立することを示しているのだと思うのです。 怪物が表現されていると、確定するのは受け手が怪物だと定めるところに在るからで作者が怪物を示しても受け手がそれを人間だと定めれば、それは人間であるという。作者が怪物を比喩として人間を示すとき、受け手は作者が表現する人間を感得せざる得ない。なぜならば比喩こそが作者が放つ固有の意味だから。 オリジナルとはそういうことなんだなあと、本作と渡辺さんのコメントに思いを馳せました。 (怪物自身)

2019-09-22

海外の人からの無理矢理翻訳DMが時々くるんですが、本作がそれと重なってしまいました。これ、かなり労力使う手作業だと思います。お疲れ様です。 (Virus)

2019-09-21

エイクピアさん お久しぶりです✨そうなんです。これは直球勝負に出ようとした瞬間に握りを変えてしまったスローカーブな抒情詩であり、みうらくん得意のラブレター?です✨ (はじめてのSEX)

2019-09-21

survofくん、こら、どうしたんだ、ライトレスコメントなんかに日和りやがって笑。大丈夫だぞ。うん。みんな、君のコメントにエクスタシィ感じてるから!✨ (はじめてのSEX)

2019-09-21

Yoshiさん 僕の韻でイっちゃってもらえて嬉しいです。詩って内容よりも韻でイっちゃえるかどうかが決まりますもんね。 (はじめてのSEX)

2019-09-21

窓辺さんのコメントに、私も猛省するところがあります。皆さんの投稿作品、それぞれに良さがあると思います。わざわざ、粗を探して指摘して不快を与える可能性があるのであれば、それはお互い避けて、参加者全員で、それぞれの投稿作品にある良さを見つけて称え合うことが大事かもしれません。 はんぺんさん、すみません、作品に関係ない話からコメントしてしまい。本作、率直な心情が表れているところが良いと思います。 (友達)

2019-09-20

みつるさん、 大変失礼しました。作品を書かれた事情をとても理解しました。ひねくれてはいらっしゃらないと思います。みつるさんの言葉に共感される方が多くいらっしゃることを願います。 (舞台「ガッコウ」)

2019-09-19

まったくピンとこない。学校を舞台にした一人芝居とその心象を書かれていらっしゃるのかもしれませんが、この程度でよいのだろうかと思いました。この程度とは、散見されるカタカナ表記のあざとさです。ステキな表現ですねと、コメントがこの後、付くかもしれませんが、私には安易にしか思えませんでした。 しかしながら、次回作も読んでみたいです。ここまでコメントしたからには。 (舞台「ガッコウ」)

2019-09-19

誰びとも傷つけないでいることは出来ないわけで、誰ひとりとして傷つけないなんて出来ないよねと、宣告されたら、そんなこと、頷くしかない。愛しているという言葉は誰かにとっては祝福で誰かにとっては残酷だ。なぜに僕らはそんな賭け事に興じてしまうのだろうね。 自分を誰よりも愛しているからだよね。つまり病的で、狂っているんだろうね。 出来はよくないかもしれないけれど、好きな作品。Smithsよ永遠に。 (水仙)

2019-09-19

元ネタがどうしようもなく駄作だから、この作品のクオリティはなんとも言いようがないのだけれども、創作意図が最高にいいよね。つまりさ、俺もさ元ネタに対して「ダメ」の一言でよかったんだけれどもさ、作者とかに気を使って「世界を変えてやるつもりで書け」ってさことを書いちゃってるわけ(笑) これさ、松岡修造でも言わねえよ、みたいな。でもさ、こういうドキツイことをコメントしとかないとさ、バカは理解しないからねえ。この作品もさ、うわあ最高!とかさ、リスペクトしちゃいまーす!みたいなさ、あの、ほら詩人Z信者みたいな気持ち悪いやつらが湧くからねえ。詩人Z当人たちには問題ないんだろうけどさ、良いも悪いも全部最高!ってしちゃうバカたちがいるからねえ。 という感じでコメントしときますよ貴音ちゃん。 (どいつもこいつもラファエロってる)

2019-09-19

あー、かくかくしかじか。トビラさん、僕はレスレスしない主義なんですが、トビラさんの返レスに思わず書いてます。 なんといいますか、詩を書いて投稿するってみっともないっちゃ、みっともないですよね。だから、その、みっともなさが上手く隠されていなきゃいけないらしい。しかも、みっともなさが完璧に隠されているとダメでチラミセ程度に残ってないといけないらしい。 トビラさんの返レス、なんか、よかったです。返事不要。では。 (間違いながらも恋を)

2019-09-18

追記:韻の良さがあることは言うまでもありません。 (光の子)

2019-09-17

すごすぎてたまらないですよ。これは。クオリティレベルの違いが明らか。 最終連の「数字に」という語句が示されるまで、冒頭からいくつかの「数量」が使われていて、それらが最終連では「数字」という語句として明示される。 >増やしつつ >平熱の >いくつもの そして >光の長さ その変化を想像する最終連までの「時間」を表す語句の置きが美しさと叙情が滲み出る効果となっているような。 そう簡単に書ける作品ではないと思いました。 (光の子)

2019-09-17

いやらしい言葉を使わずに性的な訴求力を持っている優れた作品ではないかと一読して思いました。ただ、性についてのセンシティブな問題提議の意味合いがあるようにも思いますので、このコメントが不快でありましたらお詫び致します。過去に性的露骨な表現を用いた作品がいくつかありましたが、下品なものとしか私には伝わってきませんでした。それは下品な広告と同じにしか読めない。その意味において、本作は品がありレトリックに優れているのではないでしょうか。 (violet anklet)

2019-09-16

この作品は良いです。断定でいいます。新作が投稿されると流れてくるTwitterのbreviewリアルタイム垢での作品の冒頭部分だけを読んで、速攻で本文を読みにくる場合があります。本作がそうでした。人に読まれる、興味を惹かせることに優れていると思います。 (恋愛)

2019-09-16

人生という電グルの結成前のユニットを思い出しながら石野卓球よりもジェフミルズの方が火星人が集うクラブには向いてるグルーヴがあるんだよねって欠伸さんお久しぶりです。顔文字と命というガレッジセールの人文字はどちらが好みかというと、やっぱ、その時々で違っていて、人ってずっと同じものが好みだってことが少ないなって50歳も長生きすると分かっちゃった。ああ、石野卓球は一個年上ですけど。で、ずっと変わらずに好みだってのもあって、それって僕にとってはシニカルさだったりするんです。シニカルな人間になりたくてなったわけじゃないのに、気がつくとシニカルでした、みたいな。みたいなというのは僕が想像するこれなこと↓ 皆んなが想像してるみうらくん これって、なのでなのでなので 顔文字になっちゃうのかなあと思います ネ (╹◡╹) ((╹◡╹))

2019-09-16

改めて、本作についてのコメント書かせていただきます。 過去作で「籠の外」がありましたが、その中で、「ピーコ」という呼称が「おまえ」と呼称を変化されるところに優れた書き手としてのレトリックをみると、評を入れさせていただきました。で、やはり私は読み手としてレトリックをみようと欲が出てしまい、本作にもそれを探してしまいます。(ある意味で作者にとってはめんどい読者で、すみません) 1連目にある「痛いッ」の「ッ」に、流石やなとあと、魅かれる技巧をみるのです。しかしながら、私はこのレトリックについて、もしかしたら誤解していたのかもしれません。つまり、レトリックを自覚の上に書かれていらっしゃるのでなくて、無意識に書いた結果、レトリック(と読ませてしまう)作品が出来上がるということなのかと。仮にそうであるとしましたら、腑に落ちる作者の連続性としての文脈があります。つまり、桐ヶ谷忍作品の魅力の要素である「空想のようで、なんかリアリティがある」という感覚がいたるところにあるのは、レトリックを作為的に書かれていないからということ。ただ、そうであるとしたら作品の出来栄えとしての乱高下があって仕方ないことのように思います。 (すみません、なんか好評を寄せてるのか、なんなのか、ようわからんコメントになってしまった感があります。。)また次回作楽しみにしております。 (女の家)

2019-09-16

ステレオさんのこの返信、読んでよかったです。おやすみなさい。これへの返信は不要です。 (ラファエロ)

2019-09-16

>君は指についた赤をなめ >何かを思って >一息吐く の連と >残してくれたハンカチ >赤いままの胸にあて >夜空はいつも赦してくれている の2つの連の韻と心象が他の連と比較して際立っています。 短歌としてもいいぐらいに。 他の連が少し残念に思うのは、比喩、隠喩、心情表現に安易なものを感じました。たしかに、「君でよかった」という表現は直裁でいい表現とも言えるのかもしれませんが、先に挙げた2連が際立って迫ってくる詩情があり、私にはどうしても安易というか、印象が薄く感じられました。「君がよかった」と結末は、静かに置かれたという作為的な印象になっているかと思います。 (間違いながらも恋を)

2019-09-15

渚鳥さんの作品とちゃんと向かいあったのが初めてな気がします。それぐらいに今まで表層でしか読めていなかったのかもしれない。最近の僕は感情のリミットが外れやすくなっているようで、とても情緒が不安定です。でも、詩を読んだりするのにとてもよい状態なのです。あと、本音ばかりを接する人々にぶつけてしまいそうになります。ぶつけてしまっています。利害関係にある人にさえ支障が出るほど。 詩を書きたくなる感情、それは絶対にあると思っていました。しかし、感情を持たない人もいるので、絶対ではなかった。僕は感情を持たない人もいるとわかりました。感情を持たない人は全てを技巧で書けてしまうのです。それは才能なのかもしれません。その技巧とは言葉の意味を使って書くのではなくて、その言葉に感情を与えるという行為なのだと思うのです。この言葉を使う時の感情はこんなことだろうという想像。でも、僕にはその才能がなく、ろくでもない感情を言葉にしてしまっている。だからまだ僕には書きたい詩がかけていない。この作品は傑作だとおもう。あなたは言葉に感情を与えている。とても感動した。 (宇宙の臍)

2019-09-15

ふじりゅうさん わかりました。私からはこれ以上特に申し上げることはありません。ご対応ありがとうございました。 (ラファエロ)

2019-09-15

ステレオさん以外の運営者の方々 これ以上コメントが続きますと、本作品スレッドが「荒れる」と懸念しますが、審議を要求します。 先のふじりゅうさんからの当スレッドにおける勧告を考慮しての要求です。 どこまでの内容のコメントであればガイドライン内なのかお示しいただけますと助かります。 (ラファエロ)

2019-09-15

文体がとてもスマートで上手さをとても感じました。ただ、情景のうちの場面が強すぎる感じを受けます。それは、自我を消すことへのこだわりさからくる、丁寧さ、構成を意識するあまりに作為の痕跡が残っているからではないかと思いました。具体的にその根拠を示しますと、作中に使われていらっしゃる「消す」「消えて」等の語句とともにある喪失感を表す表現の多用さです。作風として、自我を消すことへのこだわりが仮にあるとすれば、もっと削られた方がよいかと思いました。失礼しました。 (斯界)

2019-09-15

すみません、追記します。読み返して思ったんですが、作者さんは自分の言葉を持ってるように思える。それは薄っすらとみえます。使う言葉に自由さがあるという感じです。失礼しました。 (秋)

2019-09-15

一読した感想ですが、この作品はヤバいぐらいの傑作と優秀な作品の際どい線にあります。つまり、良い作品であることは間違いないと思います。 「君」と「僕」を使った作品は多くの場合、作者の中で終始してしまって、第三者である読む側からすれば、まったく感情移入出来なくて困惑することがよくあります。本作は、作者の内輪から「君」と「僕」がギリギリ飛び出しているように思える。 >ああ 死ねばいいという現代人の感性。 この一節が、冒頭からの心象の流れを急激にぶった切った感になっていて、かなりインパクトあります。そのインパクトが後半の「君」と「僕」を語り手の内にこもってしまいがちな、ベタなセンチメンタルから救い出すのに、かなり効いてるように思える。 作者の投稿一作目からの文脈でいきますと、この作品はかなり跳躍されたものではないでしょうか。ただ、すみません、なんかベタに褒めすぎなコメントになってる気がしましたので、あえて申し上げますと、タイトルはもうちょい凝ってもいいんじゃないかなと思いますが、しかしながら、素朴な感じが逆に効いてるようにも思えるっちゃ思える。。 (秋)

2019-09-15

タイトルが好みで投稿に気が付いてからずっと気になっておりました。 一読させていただきましたが、何度か読み返してから再度コメントを後日入れさせていただきます。とても気になります作品なもので。 (世界に魔法をかけるには)

2019-09-15

一筆、即興で書かれてある感じをがっちり構成として練られてることを感じた作品です。一気に読めます。 >ハハハ羽根が生えてきても、 こちらが、とても小さな技に思えますが、「ハハハ」が 中盤の中だるみをさせない最後までの弾みになっておるように思え、 >彼女おらへんかったわ >そういやなんのためにここから飛び降りて死のうとしてたんかいな >それすらスッカリ忘れてしもてるわ >そう思うとなんか恥ずかしい 彼女おらへんかったというオチは約束事のようにベタな感じがまた 大阪(関西?かな)のセンスが効いてるかと思います。 正直言いますと私が読んだことのある北さんの作品のなかで、一番印象に残る作品のように思います。最近、私のほうが、力まずに読めるようになったからなのかもしれません。 (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-15

久しぶりに黒髪作品と対峙しましたが、昨年の作品「夜」を超えて進化されてる感がめっちゃあります。一気に読ませてまらえました。 (一つ)

2019-09-15

とても興味深く読まさせていただきました。仁川路さんも言及されておりますが、最終連がかなり完成度が高いように思えました。 >だから描き砕くの >欲しがるものも失うものも >なければ生きて行ける 本作品を凝縮されてるところとして読め、ある意味では最終連だけでも本作は成立するように思えます。 (卓上遊戯)

2019-09-15

とても丁寧に書かれていらっしゃるのが伝わってくる作品だと思います。特にそれを感じるのは、1連目と4連目の、冒頭に残念な気持ちがあって、その残念な気持ちの理由を連の最後に置かれていらっしゃるところです。構成に整いがあります。 そこで、私が思うになんですが、詩文はどちらかというと、めちゃくちゃな方がいいんじゃなかろうかと、そのように思うのです。(すみません、私の好みがかなり入っていますが)なぜならば、人の心象はとても複雑な動きをするものではなかろうかと思うからです。物語・ストーリでなくて、ぐちゃぐちゃな気持ち・心というやつを自由に、ある意味で文法無視で(一人ぐらいに伝わればいい、ぐらいな)書かれると、え!って自分でもびっくりするやつが書けたり、することがあるかもしれません。失礼しました。また、次回作読みます。 (優しい人)

2019-09-15

北さん、初見じゃないけど初見ですってやつで、さしすせそ。 リライトありがとうございます。なんかですね、技巧的なところを自分で省みますと詩書き歴三年ですが、まだやっぱ詰めが甘いかなあって思ってます。最後の投稿する瞬間のやつです。その最後の見直しをする詰めが甘いかなあって思っています。根がいいかげん。それかなあ。このあと、久しぶりの北さんの新作を読みに行きます。まみむめも。 (╹◡╹) ((╹◡╹))

2019-09-14

トビラさん いまりさん こんばんは。はじめましてではないかもしれないけれど、コメントをもらえたことがとても嬉しいのではじめましてと挨拶させてください。今、駿河湾のサービスエリアに車を停めてこれを書いています。今夜は満月、いや満月じゃないかもしれませんがとにかく大きな月がずっとフロントガラスに映っていて、きれいなんで、好きな人のことをずっと考えてました。ごめんなさい。この返レスは長くなると思います。なんと言いますか、お2人への返信の内容を書かなくてはならないのに、気持ちが落ち着かないので、詩に関係ないことを書いてしまうのですが、もしよかったらお付き合いください。ぜんぜん最後まで読まなくても大丈夫です。僕は23歳で結婚して24歳の時に娘が生まれて、その娘も今年の12月で28歳、昨年結婚して独り立ちしました。僕は50歳になります。話が飛ぶのですけど、こんな感じで詩の投稿サイトの掲示板にコメントとかするの大好きです。といいますか、誰かの詩を読んでコメントをしていると好きな人のこととかを忘れられるんです。おかしいと思われるでしょうし、既婚でありながら好きな人がいることに不快かも、というのはわかっているんですが、ほんとうに僕は狂っているんだと自分でもわかっているんです。本当にわかっているから50歳の今がとても苦しいのです。自分が老いてきたことと自分が持っている感情というか、そんな気持ちがぎこちない違和感としてあってとても苦しい。ひとりの人をずっと一生涯愛し続けることが出来ない人がいるってこないだ知ったのですが、なんか少しだけ救われました。子供のまんまの自分がなんか人とちょっと違うことで今苦しんでるんだと思っていて、このまんま生かされてしまうんだったら一挙に90歳ぐらいのよぼよぼで人とかを好きになる気持ちとかがなくなってしまえばいいのにって。すみません、泣いていますが続けます。とにかく僕は詩を書いたりいつも恋をしています。青葉市子が歌ってるサーカスナイトが好きでいつも聴いてます。今も聴いてます。一生分のことを変えてしまいたいよって歌詞が、なんかもう堪えられなくなります。そんなに好き過ぎて自分の作品にも入れてしまいました。ははははははは。はい。うん。 500匹の金魚と女子中学生の話はTwitterニュースでみつけてこれも入れちゃいました。アホでばかなおっさん。なんか、そんな感じです。ここまで読んでくれていたら本当にありがとう。ってこれ送信したら消せないですね。いいんです。なんにも、全部なにもかも消せないんですもん。これからも、もしよかったら、仲良くしてください。でも、僕をめっちゃ不快に思われる人がたくさんいるみたいなんで、大丈夫です。きにしないで。 (╹◡╹) ((╹◡╹))

2019-09-14

ここが白熱でなくて、荒れてるというのなら、レッドカード覚悟で、書きます。ステレオさんが自分の作品について、多くの説明をコメント欄でさらておりますが、そこまで自説を加えなければならない作家の作品など二度と読みたくありません。潔く、作品をどのような受け取りでもいいとなぜに言えないのか。そこまでいうならば、この作品はハリボテ風とか厨二廟的にとらえないでくれと、コメント欄に書かずに、あらかじめ作品内にわかりやすく書いておいて欲しいと本気で思う。 (ラファエロ)

2019-09-14

素晴らしい力作だと思います。感動しました。 (「有名」のすすめ)

2019-09-13

すみません、コメントの内容に誤りがありました。本作品にとても感動しました。ライトレスですみません。 (えかきうた)

2019-09-13

素晴らしい作品でとても感動しました。 (今日のうに八 20190908)

2019-09-13

ステレオさん 私はレスレスをやらない主義ですが、今回は書きます。一言だけ。 ステレオさんは、何もわかっていらっしゃらない。survofさん・歯車さんへのステレオさんから御二方へのレスをも含めて、読んでそう思いました。 更に、付記します。 何もわかっていらっしゃらない という一言で、全てをわかられる人はわかるのです。しかしながら、ステレオ さんにはこの付記が必要だということなのです。ステレオさんの今後にとって大事なことかと、勝手ながら考え言います。もっと御二方のコメントを読まれ、悩まれることを願います。以上です。 (ラファエロ)

2019-09-13

黒髪さんも言及されてますが、私も己がもつレイヤー(私の日常における様々な思念による不完全なフィルターのような意)を対象となる作品の語り手のレイヤーへ重ねて読むことがほとんどです。それは詩文を深く読むための知識があったとしても、そのように読みます。知識や思想や読書量が多くとも日常の息遣いにまで落とし込まれ、滲み出るものこそが感性だと信じてるからです。知識で詩を読むことはやりたくない。 重ねたレイヤーには、合致する語句があれば不一致になる節もあります。あるいは、個々の一節や語句でなくて、作品全体にあるフレームだけが合致する作品もあります。本作には作品全体が持つ、穏やかなフレームがあるに思います。誰もが共有できる、共有したくなる穏やかさ。お日様というワードがそれを象徴してるように思うのです。あるいは、逆にお日様というワードから滲み出るイメージを毛嫌いする読者がいるかもしれません。それはそれとして読まないで流されてしまう読者がいても気にする必要はありませんが、ただ、そのような読者さえも引き留めることは可能でもあると、思うのです。それを技巧というのではないでしょうか。技巧を凝らすとはお日様に癒されたつらい経験を他者に共有させるものだと思うのです。その技巧が、すみませんが、私は本作に見出すことが出来ませんでした。次回作も是非読ませてください。 (お日様は私を見てた)

2019-09-13

読む人によっては冗長に思うのかもしれません。削ってメタファーを埋め込むことも出来たのかもしれません。不完全なモノローグではあるかもしれませんが、これを書かなければ始まらない、というような情念を感じました。人に読ませたい、もっと読んで欲しいと願うのであれば、改稿を、あるいはもっと書いていかれるとよいと思います。どこをどうすれば、よいか、技術的なところをお知りになられたいと願うのであれば、他人の投稿作品に対して、ご自身が書く作品に対峙されると同様にコメントを寄せてみるとよいかもしれません。なぜならば、ご自身の作品を俯瞰視する力が、ある程度は養われるからです。失礼しました。 (こころ どこ こどく ろこ)

2019-09-13

これはダメだと思う。投稿するならば、自分を喜ばせるより、読者を喜ばせるより、俺の作品で世界を変えてやるという情念が宿っていなければならないと思う。 (ラファエロ)

2019-09-13

愛というものが何か、何度か読み返して考えました。私は50年生きていますが、他人から愛って何だよって詰問されても明確に答えることが出来ません。ヘッセの知と愛を読んでもキリストのバイブルを読んでも実感としての理解まで到達することがありませんでした。 肉親を愛する、妻を愛する、子供を愛する、 他人を愛するということを実感したことが私にはない。 ひと昔前に流行した、愛は勝つという歌、 あるいは、愛は地球を救うというテレビ番組、 そこで使われる愛という言葉に共感を覚えることがありません。 本作を読んで、再び、使われる愛に向き合う。 産声をあげたばかりの赤子は無意識にも 何かを信じようとしている。 応えようとするに 無知は無知のまま愛と表するほかにない。 愛の意味は不明確であれ、 少なくとも無自覚ではない。 芽生えた情を呼称をするならば、 愛ではなかろうかと、残念な気持ちを抱えながら、 真偽不明のままに。 愛という言葉は難しい。 そう思いました。 (産声)

2019-09-13

一つ一つの節のおしまいのこだわりがsurvofさんらしい。survofさんらしいと言われることが嬉しいことなのか残念ながらなことなのかわかんない。けどね、そのこだわりのタッチは労力使ってると思う。なぜにそこが、場末のネット詩なのかと謎だったりもする。けれども、そのレトリックをここでずっと見つけていたい。 (うつつ)

2019-09-11

7まではかなり深い場所まで降りてって書いてんなあって思った。ロシア文学みたい。文体で無くて書いてる場所が。描いてる場所でなくて、沙一さんとその共作された方が書かれてる場所がかなり地下深く深くにあるのが伝わってきた。ある意味よ、ある意味でアラーキーのセンチメンタルな旅と同じものがある。あれは写真集なんだけど。ごめんね、いつも適当で。でも自分の中ではそう思うわけだ。かくかくしかじか。 (半分の羊)

2019-09-11

ささやかな日常を感じさせるもの、詩心を感じさせる作品だと思います。季節の変わり目にもつ情緒を表現する。その詩を書くという行為自体に美的共感を誘うものがあるのでしょう。当サイトの機能上、縦書きフォルムは叶わないのでしょうが、本作品が縦書きであれば更に情緒さが増すのではないかと思いました。横書きですと、なぜだか、一行空けに作為的なものを残してしまいます。一行空けの書きやすさ、読み手の読みやすさが感じられるとも言えるのですが、即興でな一筆書きの感じを表するのであれば、ブランクは不要にも思います。 (秋の下ごしらえ)

2019-09-11

一読してとても散漫な印象を受けました。 情景描写と心情が交じりあった表現をされてるのだろうと察しながら読んでしまいました。察しながら読まなければならないということは、読み手からすれば無意識に引き込まれていくような読みが出来ないという。難解とは違います。難解なものとは引き込まれながらも再び読み返していくような反復を求められますが、本作では、その語句の一つ一つは平易なものとして読めてしまいます。読んだ印象を違った言い方をすれば、ジャンクなもの(誰かに一度目を通され捨て去られることに意味を置く儚いものの意)とも言え、良いようにも思えます。 (ガス灯)

2019-09-11

とても悲しさがある作品だと思う。ジョセと虎と魚たちという映画があるのだけれども、それは足が不自由な女子と付き合って別れる男子の話なんだけど、女子は最後まで泣かないのね。別れても。でもさ男子が別れた後に元彼女とデートしてる時に急に泣き出すわけ。 この作品はその、最後まで泣かないでいた女子の悲しみだと思った。以上。 (ciao ちゃあみんぐ)

2019-09-11

これは良いと思う。以前から帆場さんがおっしゃってたみうらとの詩の好みの差異。本作はみうらが好くど真ん中の抒情詩だと思う。帆場という人間がどの語句にも現れているし、帆場さんのもう一つの良さである力み無きツイート詩にある諦念もこの詩にはあると思う。もしかしたら本作は帆場さんにとっては不本意なのかもしれない。でも不本意な作品が他人にとっては良いとなるなんて、そんなものだよ。 (剥き出し)

2019-09-11

少し韻が崩れてる感があるのですが、とても良い作品ではないでしょうか。不遇を表現するのに詩文である必然を強く感じました。強く感じたというのは、この作品でしかみえないイメージを受けたということです。 (不遇なまでに)

2019-09-10

一時期、当掲示板内にて一行空けの必然性について話題になっていたことがありましたが、本作は一行空けの意味・無意味ささえも思わせない完璧な活用ではないかと思います。つまり一行それぞれが完結され且つ自立していながらも作品トータルとしての共存が成立されているように思うのです。活性剤としての役割をブランクがはたしているともいえ、活性剤に含まれる毒にもなりえる組成の意味にも空行が思えてきました。私はよく詩文におけるリアリティを求める持論を述べておりますが、「沈黙の管制塔」などの語句にリアリティはありません。しかし本作にはリアリティがある。リアリティという言葉を代えていえば、「作者の息遣い」となりますが、空疎な空行にその息遣いを私は感得しました。際どいところですが、読んでよかったです。しかし、二度読み返してみたくなるほどにはなれませんでした。それはいい意味でのジャンクな作品であり、一度の消費で流されてしまってよいようにも思えました。 (flux)

2019-09-10

帆場くん、 パカ ゴホン (╹◡╹) ((╹◡╹))

2019-09-10

作家になるにはどうすればよいかというのにヤクルトの選手のバッティングフォームを示した村上春樹さん。向いてる方角がとんちんかんであるほどに、火星移住計画は現実化するのでしょうね、藤さん、らりるれろ。藤さんが示された地上最強になれるヒントがビーレビのバイブルになった日を忘れないよ↓ 「ビサイド」 蛾兆ボルカ (7/7) https://www.breview.org/keijiban/?id=1979 この作品については、コメント欄でそこそこ書いたので、改めて書くのもどうかと思うのですが、技術について。詩作について技術云々というと、どうも顔をしかめる方がいて、技術アレルギーというのがあるのかしらんと辟易してしまうのですが、身体でいうと、前腕を内転させると胸が凹むのは構造なんですね。で、身体を使ってボールを投げる時、まず前の腕の前腕部を内転させると勢いがつく。なぜなら胸が凹む=溜めができる、からです。知らないひとから見ると、なぜそうなるのかわからない。とにかく、構造と技術とは結びついていると思うんです。そんで、達者なひとはそれをこれ見よがしにやらない。さも当たり前のことのようにやってのける。だから、わからないのだけど。言葉、あるいは詩のボディと技術。この作品の良さはコメント欄を読んでくれればわかると思います。そのほかにこんなことをも考えさせられたという作品です。 技術が全てだと、僕は岩倉文也になれるコツを藤さんにいつも学んでる。うん。らりるれろ。 (╹◡╹) ((╹◡╹))

2019-09-10

意外にも技巧が優れた作品をふじりゅうさんは書けるのかと感心しました。そこで、ネット詩における痛烈ともいえる批判が浮かびます。「詩論が書けぬ者は信用出来ない」と。 現代詩を私なりに定義すれば、何でもあり、となる。白紙であっても、これは新しい詩であると言い切れてしまう。根拠無き、覚悟無き放言という言論に近い。であればこそ、詩論を皆が示すべきだと思う。少なくともステイトメントを書くべきだと思うのです。当作品についての自説を求める者ではありません。ふじりゅうさん、あなたは詩論を持っていますか?書けますか?というみうらの自らを省みないで投じる当掲示板への一石であります。無論、なんとなくに書かれた作品があって良いと思います。ステイトメントが示されることによって作品の捉えられ方に縛りが生じてしまう弊害もあるかもしれませんが、「知的遊戯」であると現代詩投稿サイトの空間を標榜するのであれば、詩論を互いに示詩合いたいと願います。私は次回の投稿作品、詩論を書きます。どうぞ、よろしければ、ふじりゅうさんも。 (えかきうた)

2019-09-10

率直にコメントしますと、惜しい感があります。読みやすく切られた改行が逆に読み手の自由さを奪っているように思えました。もしかしたら、どこで改行をするか、どこで改行すれば綺麗に読まれるか、拘られてるのかもしれませんし、詩文のセオリーに沿っている良作なのかもしれませんが、作為的な響きが極端に消されているべきではなかろうかと本作品を思うのです。 「私のことを思い出したらいい」と改行がされていなかったとすれば、「私のことを」が強調する感が薄まる。そうすれば、後に続く「でも」が不要にならないでしょうか。つまり、日常で使われるであろう自然な口語調に思えるのです。ポエムに嫌悪感が示される一般的な理由の一つとして、「偽りの心情美化」があります。そのように映ってしまう要因として創作の痕跡がありありと残っている、つまり作為的な響きになっていることだと思うのです。しかし、それを逆手にとったシニカルな作品であればそれは優れたレトリックですが、本作はシニカルさを表している作品ではないと思いましたので、勝手ながら感想を述べさせていただきました。長々と失礼しました。 (アイの缶詰)

2019-09-10

いいもの読ませていただいた気持ちになりました。自由な感じで、自分の言葉を持っていらっしゃる。ただ、本作にはとんでもない才能を感じるのですが、まだ開花する前のように思いました。次回の作品を必ず読みたくさせる魅力を受けました。なんの権威もないのに偉そうにすみません。 (殻の音)

2019-09-09

詩文における思想哲学的なものは宿らせなければならないものだと思うのです。行間から薫るものというような。特に自分語り・独白なる作品であるほどにレトリックが重要になると思います。本作の内容、伝わってくる思念はよくわかります。言葉の意味を表層的に理解することは可能です。少なくとも私は、表層の言葉を読んだだけでは、詩を読んだ気持ちにはなりません。 具体的に申し上げますと、「受けた恩」「受けた命」という語句は、共通言語としての意味は理解するのですが、それは理としてある言葉の意味です。理にならない言葉を詩では読みたいと私は願います。一般的な意味での「恩」「命」でなくて、自立した意味を読んで受け取りたいと思うのです。意味を自立させることがレトリック・技巧ではないでしょうか。長々と失礼しました。最後に念のため申し上げますが、本作は力作だと思います。力が込められていらっしゃると思いましたので、率直にコメントさせていただきました。 (命の灯が消えるまでに・・・)

2019-09-09

家なき子の安達祐実がそうであったように、るるりら、きみにはスカーレットオハラのような利己的であってほしいな。そうすれば、きみが書く詩に愛だけでなくて憎悪が宿るだろう。完全なる愛は完全なる憎悪で成立する。みつばちの死骸とはそういうものなんだ。と、火星に行ってわかったことを伝えておくよ。 (╹◡╹) ((╹◡╹))

2019-09-09

火星探査から生還することってつまり、きみにもう一度会いたかったってこと。久しぶり沙一くん。きみが興味を持ってくれたことを覚えてる↓ お給料を毎月ちゃんと貰うこと、それ以外のことは大したことではありませんでした。生きることはお給料を毎月ちゃんと貰うこと。私はよく人の話を聞いているかと忠告を受けてきました。今も変わらないのかもしれません。人の話がわからない。でもわかったふりをしなければお給料は貰えないのです。おのずと私の言葉は軽くなる。他人からの蔑みは増す。しかしお給料が毎月貰えたら、そんなことは大したことではありません。 ネット詩はとても居心地がいい。会話でありながら会話ではないもの、言葉で表現していながら言葉になっていないものを共有しようとする矛盾。私にとってお給料を毎月貰えること以外に大切なものに思えます。興味が薄れてきていますが。50になっていろんなことへの興味が薄れてきました。愛やら恋やらもどうでもいい。一つの憧れだけが残りました。画家の田中一村。50を越え奄美の島へ行ってただひたすらに絵を描き終えた人。私にはそれが出来ない。なぜならば毎月のお給料を貰うことが生きることだからです。ただ少しだけでもそれに習いたいと。 交わせる言葉が持てる意味ってすごく限られているよね。ぼくはきみをわからないしきみもぼくをわからない。でもきみだけがぼくをみつけてくれた。そんなことってあるんだね。愛なんて言うとちょっと違うんだけど。限られてしまうね。意味が。そうだよ、だから顔文字。ぼくらはずっとテレパシスト。 (╹◡╹) ((╹◡╹))

2019-09-09

あ、ごめん、水でも消えぬ声じゃない。 水でも消えぬ恋。 ((╹◡╹))

2019-09-08

火星探査機が無事に帰還したら、スプートニクの恋人が周回軌道でまだ生きていると、そんな感じでsurvofさんを遠回しににみていましたよ。覚えているよ。初恋の相手を忘れるわけないじゃないか。 きみとの、美しいのシェアはこれだったね↓ ビーレビの代表の立場にある者がこの作品にコメントしないわけにはいかない。 ビーレビ2.0が終焉を迎える。誰もが幻想した。ブランキーの世界で一番新しい国だったのかもしれない。窮地に追い込まれて打って出た戦前日本の満州国だったのかもしれない。あるいは「ガンジー」だったのだろう。ガンジーの伝説とは何かを考える。アヒンサーか、はたまた、理想的運動論か。いづれにせよ、ムーブメントだ。ある者は健全であろうと訴え、ある者はいや違うといい、無政府による完全自治の理想主義を掲げる。それらの思想・思考を言語化することをムーブメントとは言わない。評論家だ。何も変えられない役立たずなご意見番。僕たちはうんざりしていた。僕たちは何も変えられないし連帯もなければもちろん革命もなく、戦争は嫌だけど、ないんだそんなものは。と、survofさん、あなたと私は、そんなげんなり感は共有していたと思う。げんなりな大人にはもううんざりだ、せめて嘘でもいいから、なんちゃってでもいいからムーブメントになりたいと、僕たちは共有していた。あなたが提案した全員参加型の選評は現代詩の死滅とともに流され消えてゆくのかもしれないね。ムーブメントとはそういうものだし、最初から永遠なんてクソだとわかっていたよね。クソはウォシュレットの汚水の彼方に消えていくんだ。うん。 (ウォシュレット) 2018-08-13 survofさんと、美しいの共有とともに、そう、差異も同時にある。つまり、過去コメントをわざわざ持ってくる僕のあざとさを誰もわかってくれないね。うん。 でも、笑った。survofさんが笑った。 いくら嘯いてみても、堆積された傷と汚れちまった悲しみは声になるんだね。いつかsurvofさんが笑った声をきかせてね。ウォシュレットの水でも消えぬ声をきいてみたいな。 (╹◡╹) ((╹◡╹))

2019-09-08

掲示板に投稿される作品というのは、その投稿される理由を察することが難しく、読み手側の私からすれば読んでもコメントを残さずスルーしたい時がよくあります。作品を作品として読んでください、何をどう感じ、どうコメントをされても問題ありません、傷心することなど一切ありません、という保証があればよいのですが、そうでなく、作者の意思表示無き、投稿作品は時々読む私に気を使わせます。私がその作品から受ける印象を率直にコメントすることによって、作者が傷心することにならないだろうかと。そのような読まれ方、受け取られ方をされることを想像していなかったと。特に、死という言葉を前にすると困惑してしまう。本作にある死は私が認識している死と同じ意味を持つものだろうかと考えてしまうのです。日常の会話で使われる死の意味は共通言語として役割をはたしています。しかし、詩において使われる死が共通言語、一般的な意味での死であってほしくないと私は願っています。なぜならば死が一般化されることによる人間の個が失われることに嫌悪感があるからです。本作に沿って申し上げますと、一般的な意味での死以上に宿るべき作者が個として持っている死の意味を残念ながら私には見出せませんでした。語り手の情緒や感情は表層的に、一般的に伝わってきましたが、しかしながら、孤独というのであれば、一般化されない、その言葉の意味を読みたいと思いました。長々と失礼しました。 (不整脈)

2019-09-08

私だったら、本作に使われています「それ」や「こんな」、「あぁ」などの代名詞、形容動詞、副詞を使わないように心がけて書くかなあ、と思いました。これらの言葉が示す事を比喩にしてこそ詩になるのではないかと考えるからです。また、比喩を使おうとすると詩を書くのが楽しくなりました。すみません、上から目線で言ってるようで。 アドバイス募集タグが付いていたもので。 (虚空を掴む)

2019-09-08

これは、、スカスカなようで、密度を感じる作品かと思います。改行に必然を宿らせてるかと。 (ロックバンド)

2019-09-08

語り手の気持ちがとてもわかりやすいのですが、内容から察すると、語り手が持つ気持ちはわかりやすいわけないと思うのです。もっと複雑で言葉にすることが困難なことではなかろうかと思うのです。難しいことではありますが、複雑なことをもっと表現しなければならないと思います。失礼しました。 (誰が為)

2019-09-08

タイトルに気持ちが入ってるなあと思いながら読みはじめたのですが、メタ読みを誘ってくる作品でありながら、メタファーが表層的、あるいは、メタを読ませようという作為的な感が強くあって、移入するのが難しい感がありました。 (詩を書く人を目撃すること)

2019-09-08

一年ぶりの作品ですね。久しぶりな感じがとても出ていて惹かれました。フォルムが崩れてなくて上手いです。 (詩離途淋)

2019-09-05

a boyは好きになったんだけれど、今作は、ちょっと入ってこなかった。正直に言っておくよ。次回作期待。 (for you)

2019-09-05

いい感じのリズムだなあと前半は読めたのですが、革命へと続くところに少し訴求力が弱い感がありました。 (文化革命宣言)

2019-09-05

何かを書かなければならないというような強迫観念の縛りがなく、自由さあっていいと思います。自分の手が届く場所、目に入れられるエリアにこそ詩心があって、アクロバティックなことでない、ささやかな作品であっていいのだと再認識させられました。そんなことをカラスの視点に思いました。 (カラスと秋空)

2019-09-05

「いや」の使い方が上手いですね。コミカルであり、、最後までコミカルな気持ちがいいですね。 (死刑囚の窓)

2019-09-05

その、カタカナの名詞が妙に気になってしまい、良い意味でのフックになっていて惹かれるところがあります。ただ、すみません、一読目は、そのカタカナに笑いを誘ってる感があり、微笑ましく思いました。 (エグランティーヌ)

2019-09-05

なないろさんって、ある意味で不安定さが魅力でもあったりするんですが、今作はネガティブな方へふれすぎかなあっと思いました。やっぱ、朗読としての作品、リーディングを意識された作品で突っ走った方がいいんじゃなかろうかと思った次第です。でも、いいんじゃないかなあ。 (蔦)

2019-09-05

タイトルもイケてますが、自由さが最高にいいです。読む方も、なんとでも想像出来るし。渡辺さんがやるせないと言われてますが、私はけっこう爽快な気持ちになりました。 (This Is My Truth.zip)

2019-09-05

旅人というのは使われすぎてきた言葉ではありますが、旅人という表現でしか表せないこと、旅人にはそういうのがあるかと思います。読んでそんなことを考えました。 (仰ぎ見た秋)

2019-09-04

無学なもので作品への的確なコメントが書けそうになく迷いましたが、コメント入れさせていただきます。こちらの掲示板ではあまり見受けない新鮮さを文体から感じました。一つ一つの言葉がちぎれちぎれでありながらも、連続性を持って伝わってきました。それは心情を吐露すること、気持ちをなんとか言葉にして表そうとする行為はちぎれちぎれとなってしまうということ。作為的でない自然な作品として感じました。 (灯籠流し)

2019-09-04

結末を、泣いていた、とされているところに残暑の情緒があってよい響きに感じられたのと、その伏線としてセンチメンタリズムが前段にあって、読んで引き込まれた感じがありました。技巧と構成に3点入れました。 (残暑)

2019-09-04

時間の概念が無い世界観を時間の存在を語ることによって表現されていて、すげえなあって一読して思いました。前衛性に9点技巧に9点入れました。 (七色の空間)

2019-09-04

長くありながらも、韻がキープされていて、ラップ調で一気に一読出来ました。内容については特に残るものはなく、おそらくは意味を持たせない文体をコンセプトにされているように思え、であるならば成功されていると思います。エンタメに2点入れました。 (bibley days)

2019-09-03

ストレートな心情が伝わってきました。ただ、読者からすればやや自虐さが重た過ぎるかもしれません。 (露出狂の詩)

2019-09-03

とても読みやすいし平易に書かれてはあるけれども内容は深いものがあると感じました。簡単に書けるようで書けないものだと思います。リアリティーと言ってもよいのでしょうが、そう言ってしまうのは本作にふさわしくないように思うのです。叙情性に8点入れました。 (統合失調症)

2019-09-03

帆場さん、友人と思っているから敢えて言うよ。まだまだだと思う。ご自身がわかっていらっしゃるだろうし。とても精力的に書かれていることは感じたんだけれども、その域での作品の評を帆場さんは望まれて投稿されていないと思うし。権威も無いのにいつも上から目線ですまん。 (夏の階に立ち)

2019-09-03

この作品大好きです。どこがどうとかは述べません。たくさんの人に読むことを薦めたい作品です。前衛性可読性技巧構成に10点入れました。 (エトウ ユキオ)

2019-09-03

個人的にはっとさせられました。と言いますのも知り合いから「感情が絶対(的に在るもの)だと思っているでしょう?」と問い詰められたことがあり、その意味が今ひとつ消化出来ずにおりましたもので、本作を読んで改めてそれを思い出しました。エンタメ1点、可読性1点入れました。 (もしも感情が消えたら)

2019-09-03

語り手の心情が強く伝わってきました。しかしながら、その心情が芸術に至るまでの昇華をされていない、惜しい感じもあります。ただ一方で芸術やら学術的な価値がある詩などクソだとは私も思っているのですが、作品に沿って言いますと、「広すぎる世界」「地上を歩いていく意味」等の言葉は、心情的なもの、走り書き的なものが、芸術的な昇華を得ていなければ活かせない表現だと思うのです。長々と失礼しました。可読性に2点入れました。 (光)

2019-09-03

無常を感じさせるいい作品だと思います。ただ正直に申し上げまして、自我といいますか、個がみえにくい作品になってしまっているのではないかとも思うのです。木を見て誰人も同じ木として認識しているとしたら、それを詩として表現する意味は当然ながら無くて、詩を表すこと、比喩を使うこと、そこには日常の息遣いが宿ると思うのです。他者に喩えを用いて何かを伝えようとする。日々感じとっている事象の中から喩えとして適当なことを自ずと選ぶ。その日常のオリジナルな息遣いが本作からは感じとることが出来ませんでした。これは私の感性が鈍いことが要因としてあるのだとは思うのですが。上手く伝えることが出来ず、すみません。こちらには点数制度がありますので、最後にこれを用いて言いますと、本作が本来持つべきではなかろうかと思う叙情性は0でしたが、技巧に7点投じさせていただきました。 (とある湿原にて)

2019-09-03

良き詩とは神々がもごもご言葉を呟いているようなものだと以前にきいたことがあるのですが、本作にそれを感じました。叙情性に6点入れました。 (泥中)

2019-09-02

個人的に、ピルケースが刺さりました。作品に使われるアイテムは読者の個人的な事柄にヒットするとけっこう惹かれるものだと思います。 (ピルケース)

2019-09-01

力作だなあと一読して思いました。やや難解さがあるものの、メタファーが詰まっている感を受けました。 エンタメに2点入れました。 (猫が書いた詩、わたしが運ぶ詩 (おまけ付き))

2019-09-01

韻がよくてとても読みやすかったです。言葉の置き方にこだわりが感じとれました。技巧に3点入れました。 (大学生(仮))

2019-09-01

たったひとりの、その人への独白は詩文の本質的なものが表出しやすいと思うのですが、本作からはそのようなことを感じました。構成に3点入れました。 (本当のきみ)

2019-09-01

独白を主体とする作品は好みです。カーテンの開閉に心情を表されるところ、よくわかります。可読性に5点入れました。 (カーテンを開けたら)

2019-09-01

おしゃれなアイテムを置くことによってのイメージを与えるところがよい感じに思えました。可読性に5点入れました。 (holiday)

2019-09-01

セクシャルな内容を露骨に表す作品よりも、それをオブラートにされている作品の方が好きです。あなたの作品には荘厳さを感じたいので。 (走馬灯なる愛)

2019-08-05

陽向さんの作品は文学極道でも読んでいましたが、韻が心地よくて好みです。今作もそう。詩をよくわかっていらっしゃる。勉強になります。 (知丁場)

2019-08-05

これ良い作品だと思います。予定調和を裏切った流れがあると思う。そのプロットにはあざとくないふじりゅうさんらしさもあって。 (気まぐれな茜)

2019-08-05

正直にコメントしようと思う。そうぐっとくる感じはなかった。荒くて散文詩としてもよくなかったかもしれないけど、前作の方が肉薄するものがあってよかった。神さまという呼称が違うんだと思う。神さまという呼称が地球さんらしさがあってよいという人もいるかもしらないし、作風も空気感も良いとする人も多くいるだろう。でも、新しくない。新しくないとダメだと思う。いうまでもないけど、現代詩の新しいとかじゃなくて、地球さんの新しさがないとダメなんじゃないかと思う。せっかく投稿する作品なのだから。ユウさんの朗読も好評を得るものかもしれない。でも、僕には、マイナー調があざとくて、なんか違うんじゃないかと思った。次回期待して待ってます。 (きいろ)

2019-08-05

人それぞれ様々なスタンスで作品を書いて、読んでいいとは思うのだ。で、わざわざ他人様が動揺するようなコメントを残す必要もないとも思う。でも何かの拍子で思う存分にコメントをしてみたくなる。だからこそ、そこでもう一回作品とも向き合う。この作品には帆場さんのなにかがたしかに出ている。中途半端に。中途半端な自己嫌悪なモヤモヤしたものがたしかにある。中途半端に。それでもいいのかもしれない。でも違うと思う。僕は帆場さんの、帆場さんだけにしか出せない言葉があると思う。というか、帆場さん、それだよって言いたくなる詩が読みたい。もっと自分を追い込んだ方がよくないだろうか。わかんないけど。 (Blue、青、ぶるぅ、ぶるぅ ぶるるるるる……という呪縛と解放)

2019-08-05

すみません、大変失礼しました。過去にも投稿された作品があるのですね。久しぶりに観にきたもので。後で過去の投稿作品も読みたいと思います。 (sonnenstern)

2019-07-01

はじめまして。 たまたまTwitterビーレビリアルタイムアカウントで流れてるのをみつけて、久しぶりにコメント書いてるんですが、この作品読んでよかったです。私は言葉をちゃらちゃらいじってカッコイイのを気取るのとか、なにやらお上手な作品より、書いている人間がみえてくる作品が好きです。それと、そのみえる人間に引き寄せるオーラがないと読みたくならないです。もちろん、それは私の想像の範疇でしかないのですが。そういう作品はなぜだか、ちょっと目に入っただけで惹かれる。この作品もそうでした。 ゴツゴツした筆致と表すればいいのでしょうか。そう言ってしまうと、ホントに感得したものとは違ってくるのですが。また投稿されたら、読んでみたいです。 (sonnenstern)

2019-07-01

芦野夕狩さんはこんなのを書いていちゃダメだ。自己治癒なんてやってちゃダメなんだ。読んだやつらが憎悪するものを書かなくてはいけない。芦野夕狩さんこれは良いですねえなんて言わせるな。君が抱えてる残念さは誰もわかってたまるかよなものじゃないか。 (神の庭)

2019-05-09

始まった動画投稿、そして歌の表現がビーレビに登場した。これを詩の定義、暫定としての詩の定義によって、数票を投じて評する。まずは難しいことは考えずに、率直にやろうと思う。 私はエンタメに一点入れた。 叙情に入れるか、迷った。当初はエンタメと叙情に入れようとした。しかし、どうしても私の中で「詩」の叙情とはなんぞやという定義が、、動画の歌を聴きながら自問自答してしまった。はたして歌にある叙情とはなんぞや、それはテキスト詩から受ける叙情と同じなのか。 その判断を留保し、エンタメのみに点を投じるにとどめた。 歌から受ける叙情それはテキストとは、別ものなのか。わからなかった。 (┣Main Teme┳メインテーマ┫)

2019-03-18

頽廃と表すべきは空間ではなくて内面を過ぎる時間のことなのかもしれません。それを感ずるのは肌でもなく心でもなくて堆積されたもの、情念なのでしょう。情念は欲望と表裏にあって酒と女を欲する。ワインではなく、赤いワインであり、女ではなくて薄幸な女でなければならない。そうでなければ火は鬼火とはならず、火球は現れない。うらぶれる夜があるのは緩まった、堕落した先にあるのではなくて緊張の極致に縛られた天才の持病であり、際限なき苦痛が「なんどめの秋だ」と吐かせる。そのような本作への考察とボードレールが持つ背教の必然を思いました。ボードレールを根っこにした数多のロック系ミュージシャンを並べた時、それらの多くは「ファッション」でしかありません。頽廃を必然とする天才は、1人、2人だけだと思います。蛇足でした。 (火球をみた夜)

2019-03-11

一人称で「僕」を使うリアリティについてコメントを書こうと打ち始めたら、右肩さんが既にコメント欄で誰なんだろう?と自問されていることに気がつきました。こんにちは右肩さん、相変わらず文章が下手なみうらです。僕と称して書き始めることにためらいが出てきてるみうらなんですが、俺というのも自意識過剰なみうらはガサツに受けとられるのが嫌だなあってなりますし私と称するには照れがあります。本作にある「慶び」が皮肉な響き、あるいは自嘲する響きとして作品を覆っていて、「僕」がする小便の様や溝蓋を踏む様が徒労感というか、生を引きずっているように思えました。その引きずっている生の徒労感は「俺」でもなく「私」でもなく「僕」の称し方でしか発せれないことに思えるのです。そう言ったところで、右肩さんが、その通りだよみうらくんと、お答えされないだろうなあとも想像します。それは作品の後書きとして残されてる「最初から僕は詩人ではないと思います」という断りの文言から思うのです。自己言及によってしか得れない言語の感触、それはある、でもそのようなことはどうでもいいのだという、言ってもいない言葉を想像してしまいました。勝手ながら。おそらくそれはみうらが持つ希望の反映なんです。契約の解除の言が明るい解放として伝わってきました。 (新年のお慶び*)

2019-03-11

「さびしい」という主題を持ち出せば前作の幽霊の方が明らかに表現されていて、読後に残る感触が強くありましたが、なぜかその感想を書くことがためらわれました。本作ペンギンキッズでは、他者の喪失ではなくて、他者との差異、断絶を示しながらも止められない愛おしい心情がさびしさとして伝わって来る。さびしいというのは誤用かもしれません。孤高というのかもしれません。いや、孤高と表すると省かれてしまう邪悪なものがあります。それは、とても難解でありながら、惹かれるところです。 >あなたがみずうみに投げた石、その日あな >たはついに家を飛び出してきた。私は羨ま >しかった。あなたが家を抜け出せたことで >もなく、自由になれたことでもなく、あな >たのその行動に心底傷つけられたであろ >う、あなたのたった一人の身内が、見てい >るだけで寄る辺ない気持ちになるほど一人 >で立っている、南極のペンギンみたいなあ >なたをこの世に産み落とすことが出来たこ >と。あなたを産むこと、それは私があなた >に出来ない唯一のことだったから。 「私」と「あなた」と「たった一人の身内」の関係性が混乱していながらも、「私」である話者が語り残す感触が明らかで強くもある。それは綺麗でもないし汚い憎悪でもない。でも綺麗で邪悪さを孕む語りにも思えるのです。まったく頓珍漢な言ですが、この情愛の念が私はわかります。いや、なんというか、これを読んで、これだ!って思いました。 (ペンギンキッズ)

2019-03-11

動物を人間にすることが教育だという話がありますが、教育の裏目的は親になることだとも言われます。共同体に属することが前提ですが。本作に登場する人物たちがその帰属意識に乏しい姿としてあることに作品から汲み出すべくエッセンスがあるのでしょう。しかし僅かながらその意識を少女が持っていることが示される。 >おとなが怖くなりました >おとなになるのも怖くなりました >それでもわたしも歳を重ねて >いつかおとなになるのです これをそのまま受け取れば「人間社会における成長の暗示」と読める。しかし作品の結末は、帰属意識が欠落した呟きであり、そこには不在の親が表現されている。 >鏡に映る私の裸は >少女のままおとなになってしまった 蹴飛ばされ投げ飛ばされたというDVの後に続く少女の感情はなく、憎悪もない。「お母さん」「お父さん」という呼称は記号であって「親」という情がそこにはありません。 虐待をされた経験も虐待をやった経験も持たない私はTwitterなどで見受ける虐待を受けられた人が持つ憎悪に共振出来ないところがあります。もちろんニュースで目にする悲惨な事件に不快さを感じます。その共振のなさ、実感のなさは本作にある記号の意味合いと同じように思え、すれば、本作はとてもリアルに読めました。辛口で評すれば、特筆すべきレトリックを見出すことは出来ない作品でしたが、妙に引っかかってくる、奥底に問題意識を秘めた作品です。 (おとなのおもちゃ)

2019-03-08

作者の塩対応へ甘味を加える意味合いと海飛さんの孤独への言及に乗っかって再びコメントさせていただきます。 詩作品を前にしますとついつい感傷的な観点から切り込みがちです。その感傷的な観点を用いずに本作から孤独を汲み出す時、真の孤独とはなんぞや、孤独の事態、孤独の本質が見えてきます。それを例えるならば、範馬刃牙と範馬勇次郎の対比にも相通ずること。独断でいえば刃牙は最強を最愛という感情から手に入れました。片や勇次郎は苦痛というリアリティから最強を手に入れた。最強であるがゆえに両者ともに孤独であるかといえば、そうではありません。最愛を知る刃牙には愛という他者が在る。勇次郎の苦痛には他者はありません。したがって孤独とは勇次郎です。つまり何が言いたいのか、本作を突き詰めて読む時、そこに刃牙が望む勇次郎の孤独が重なります。最強を目指すとして、それは未だに孤独ではないということ。この隔たりは感情と抒情とも言えるかもしれません。 語り、失礼しました。 (隔てる)

2019-03-05

作品が持つ作者の連続性を考察するに、一つのイメージがみつかる。それは自然。自然を書く時、事象を描いて終わる作品には魅力が宿ることがない。なぜならばその事象は作者に見せてもらわなくとも既に私は知っているし自然のリアリティとは外界に在るのではなくて、感触にこそあるものだから。あきらさんの作品に通底する自然とは、作者の息遣いである。1連目の山のはざまもそうだし、特に挙げるとしたら、 >桜色のゆびさきに歯を立てて の表現に作者の息遣いが際立つ。 辛口に本作を評すれば、結末を孤独の一言に収めてしまっているところにイージーさを感じる。別に即興の安易な表現を否定はしない。しかし即興の表現にこそ息遣いが出る。孤独がそれまでに在る自然な息遣いを不自然にしてしまっている。なぜならば自然とは内なる感触である。孤独とは、あるかもしれない外界の幻想だ。次回作も楽しみです。 (隔てる)

2019-03-04

さっきソールライターの固有名詞とイメージのリプをしましたが、本作はまさにそれじゃないですか笑。 仮に松岡修造も福山雅治も知らない人が読んだ時に、一体何が生まれるのか。きっと読者によって本作から松岡修造と福山雅治のいる世界が作られるのでしょう。世界とはそういうことですよね。 世界とはイメージである。 なんちゃって。 (夜行)

2019-03-04

小林さん 早速のコメントありがとうございます。 固有名詞をタイトルに持つことは自ずとそれが発するものが付加されるのですが、ソールライターという響きからもしも彼の世界観がイメージ出来るとしたら、それはまたテレパシな話なわけですが、あり得るような気がするんです。彼の名前はおそらく生まれた時に誰かに付けられたのでしょうが、その名付け親がソールライターのその後の写真家としての人生をイメージしていた、なんてことを考えるとファンタジーですね。 世界はイメージである。 なんちゃって。 後ほど、久しぶりに小林さんの作品を読ませていただきます。 (Saul Leiter)

2019-03-03

詩情よりも物語が先にきて物語で読んでしまう。謎は物語にあってクイズに答えるしかない。文体で興味を惹かせて欲しい。好みが異なるにすぎないが、抒情詩を私は読みたい。 (女中)

2019-03-03

とても好感が持てる選評発表で、思わずコメントしております。ビーレビがスタートした当初から、三浦個人として「選評に該当する作品は0作品」とならないのか、という疑問がありました。好意的に読めば該当作品は0とはならないでしょうし、ビーレビの運営者からすると無難に選出するべきかもしれませんが、俯瞰的な視点から、1人の選者の毎月出された選出作品を並べてみた時、「選者の感性、審美眼」が不透明になる。年間に1作品しか「良い」を付けない選者に選ばれたいと思う人がいておかしくないと私は思います。該当作品は0という姿勢に好感を持ちました。 (一月分、フル選評、該当なしです。総評です。)

2019-02-05

恭平さん 久しぶりです。 これは読者としての勝手な欲でしかありませんが、恭平さんの降ってくる詩をもう一度読みたいと、待っております。 (遊び)

2019-01-13

最近の白犬作品はすげえ良いぞという噂を耳にして、久しぶりに読んだんですが、たしかに良い。何が良いかというと、白犬さんの実像を感じる。べつに実像なんて感じて欲しいと思っていないのかもしれないが、言葉だけが宙に浮いてるような張りぼてで誰でも書ける言葉が並んでいるより、たとえそんな作品が評価されていても、僕は、本作みたいな白犬さんとちゃんと繋がれる言葉が好き。 (絶滅に関するぎたぁ・のいずの一切れ或いは狼少女の恋)

2019-01-13

一言コメントになりますが、タイトルの「冬の魔物」。めちゃくちゃ素晴らしい。 (冬の魔物)

2019-01-13

この人とは繋がれないのかなあと残念に思う時、同時に繋がっている錯覚でもあるんだよねと気がつく。錯覚ではないと否定したいがために肉体のつながりを求めてしまう。肉体の繋がりを持っても本当に繋がったのだろうかと疑問を持つ。例えば、声が聴きたいと思う時に限ってスマホが反応を示さない時とか。そんなことを親しい人に求めるぐらいなら、と不特定な交じりの場において君を知った風な言葉を投げてみたりする。どちらの方が意味があるのかと考えてみると、繋がりの錯覚を世界の前提にすれば、死にたみを抱えている名前も知らない君のことを、僕は知っているよと、嘯くことの方がいいんじゃなかろうかと、私は考えていたりする。というようなことを読んで思いました。 (あまてらす)

2019-01-13

つきみさんコメントありがとうございます。魂を取り出してみると、神さまがみえたりきえたり、聴こえたりしますよね。そんな言葉を探していたりします。 (三島由紀夫が好き)

2019-01-13

沙一さんコメントありがとうございます。快楽を求めてるのか、人を好きになっているのか、わからないことってありますよね。そんな時、真顔で一緒に死んでみようかと、誘ってみるのも悪くない。そんな悪戯。 (三島由紀夫が好き)

2019-01-13

帆場さんコメントありがとうございます。自分が生で体験することをいくら言葉にしてみてもズレが埋まらない、でも、表情なんかがシンクロの残像になっている時、嬉しい気持ちになる。気がします。 (三島由紀夫が好き)

2019-01-13

オオサカダニケさん コメントありがとうございます。瞬き一つの世界の変わり目が不思議に思えると私たちは幸せなのかもしれません。 (三島由紀夫が好き)

2019-01-13

つきみさんの作品を正直に評すれば、解らないけど気になってしょうがないというもの。であれば私が投稿作品をスルーしていればよいのですが、その解らなさが気になってしょうがなくなり再読してしまう。上の推敲版も注目して読んでしまいます。でも解らない。その解らなさは何が解せないかというと、書かれてある内容ではなくて、ある種の不気味さにあります。作者がかなり重たいメッセージを込められているような気がするのだけれども、そのメッセージが解読出来ない。例えがおかしいかもしれませんが、宇宙人からの謎のメッセージを受け取った時に困惑する映画のストーリーに近い感覚です。つきみさんご本人はメッセージなど無いよと否定されるかもしれませんが。仮に私の邪推が当たりであってメッセージがあるとした場合、思うにつきみさんはメッセージを解せる人間などいないことを承知のうえで書いているのではないかと想像するのです。解読する1人がもしやいるかもしれない期待をわずかに持ちながら。いかがでしょうか。 (To all readers.)

2019-01-09

近未来な作品はステレオさん作品に多くあると思うのですが、今作はそのど真ん中な内容ではないかと思いました。政治的な意味合いでの戦争が遊びとしてあるような軽さこそがタイトルが発する引力で、政治的な意味合いでの戦争は現実ではシリアスな空気で進行するのでしょうが、巻き込まれる方からすれば、シニカルな軽さに拠り所を見出さなければやってられない。その観点からすれば、本作はとてもリアルだと思います。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-09

ボルカさん コメントありがとうございます。ご指摘のところなるほどと理解します。細かいようですが、詩は細かい言い回しに無意識に持っているものが出ていて、微妙に違ってきますこと今後の創作に活かしてまいります。 (わたしは死ねばいい)

2019-01-08

エイクピアさん コメントありがとうございます。理性と反理性の比喩表現を挙げていただきありがとうございます。 (わたしは死ねばいい)

2019-01-08

初読時に、良い作品だと思い、今コメントしようと思って再読したのです。重箱の隅をなんとやらみたいで恐縮ですが、三連目の「そんなこんなで」という言い回しがどうしても気になりまして。ここが詩情を崩しているように思えまして。(いつも素直に褒めてなくてすみません笑)でも素敵な作品だと思いました。 (小夜時雨 )

2019-01-08

わかりやすかったというか、相変わらずかるべさんの世界観がわかりにくいのですが(笑)、ただ、なんとなくなんですが、今作が入り込みやすかったです。なぜだろうかと考えた時に、おおまかなプロットがわかりやすかった感があった気がします。 (ダダミラクル)

2019-01-07

リアリズムで言及されるところのありのままを書くことに着眼を持つ作品だと思う。ありのままを書けばつまらなくなる。しかし神を現実の世界へ落とし込んで書かれた場合、一転して普遍的な面白味が作品に宿る。本作に沿っていえば、 新宿の路地裏で 浮浪者が礼拝していた 昇る太陽に向かって の連の前後に抽象的な語りを置くことによって、その普遍的な面白味を作品に宿らせるレトリックがある。しかし、本作には残念ながら訴求力が不足しているように私には思えた。それは、単語に力がない。「堕落」や「ナイフ」という単語が装飾品として置かれているに過ぎない。私が思うに、詩が真実を一見表しているようないかがわしい印象による嫌悪を一般的に持たれがちな要因は、その言葉が持つ意味をイメージとして作品に置かれている(ように読まれてしまう)からではないか、と思うのです。それは作者が意図している、していないが問われるのではなくて、言葉が持つ意味を作者自身がオリジナルとして持っているか否かが問われるのが詩人ではなかろうかと思うのです。その観点からすると、渡辺さんがご指摘されている、「すべからく」にこそ作者のオリジナルの意味を私は感じました。 ちょっと踏み込み過ぎたかなというコメントを書いてしまいましたが、沙一さんであれば大丈夫なんじゃなかろうかと勝手に判断して思うがままに感想を述べました。 (ナイフ)

2019-01-04

つきみさんの本作を以前に文学極道でお見受けしましたが、(同じ作品ではない、あるいは書き直しされた作品であれば、すみません!)、凄い作品だなあと圧倒された印象が残っております。たしか、文学極道のほうでは、いつもは辛口な方々が絶賛されていたと記憶しております。ところが、こちらのビーレビでみると、文学極道で見つけたときの印象とはまったく違う。はっきり云えば、しょぼくて荘厳な感じがまったくなくなっています。それは作品が原因でなくてビーレビ掲示板のフォーマットに問題があるのだと思います。しかしながら、逆説を用いて言えば、掲示板フォーマットに依存する程度の作品なのか、とも思ってしまいます。でも、相当量な書込みがされ、推敲に費やした労力を想像すれば、真似出来ることではないと思います。凄いなあ、大変な作業なんだろうなあと心より思います。私はやりたいとは思いませんが。 (いつまでもあいさつをしてゆく「上段スマフォ版下段パソコ版」)

2019-01-04

galapaさんの投稿作品を11月からずっと読んできて、この作品は私いいと思います。投稿作品すべてに貫かれているgalapaさん固有のものがあるように感じていましたが、前作まではぎこちなさと言っては失礼ですが、どうもgalapaさん固有のモノローグでありながら他の誰かが書いてしまえる代替えが可能な文体に感じておりました。無論、これは私の印象論ですので、スルーしていただいても大丈夫です。で、今作も一点だけ私にはぎこちなく受けてしまった箇所があります。それが「赦しなどないぞ」です。読み方によっては、この一言が作品の印象を決める一言だとも読めてしまうのですが、それ以外が語り手声として読めるけれども、この一言だけ浮いて読めてしまうのです。それは、前作までの印象と同様な浮き。しかし本作には固有の声があっていいと思います。作者の肉体が宿っていると感じました。作者の肉体が感じられるということは詩の言葉として私も共有できた嬉しさがあるということです。読んでよかったです。 (天啓から遠く)

2019-01-01

一つ一つの言葉に重たさというか、覚悟を感じるのだけれども、全体を通してみた時に皮肉な印象を持ってしまう。言い換えれば、その皮肉は読み手を笑いへと誘うサービス性にも思える。それがエンタメ的な表現にも読めるし、牛の角を挿し入れているところが哲学的なバックボーンを本作に与えている。それが効果として表れてるのか、現代詩らしい作品になっている。ただ、私個人の欲をいえば、あなたのリアリズムな作品をこの掲示板で読みたいと願っております。 (牛の角)

2018-12-30

ゾンビとは死にぞこないを指しているのだと思うのだけれど、その死にぞこないに恋愛が成立するのかという命題が隠されているように読んで思いました。ゼンメツさんが作品でみせる男女間って愛すり者同士というよりも同志みたいな感じがある。死にぞこない者同志みたいな。そんなことに本作を読んで気づいた。 (アンタなんかしなない)

2018-12-30

石村さんコメントありがとうございます。人の生死が持っている運命的なもの、神秘的なものを言葉にして表現する時、思想や宗教的なところから遠いようで、それでいて近いような、そういう表現になっているといいなあと心がけていたりします。これからも詩を書きたいと思います。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-30

返信ありがとうございます。 「現代仮名遣い導入時の経緯に対するささやかな反抗」というお言葉にしびれます。石村さんをTwitterで知った時、なにかこう偏屈さを感じました(すみません!)。それにとても私は惹かれました。私がこの掲示板上で石村さんに質問を繰り返しするのも、その叛骨の言葉をわくわくして期待するからなのだと思うのです。石村さんはご自身の投稿作品の中には絶対にその心情をダイレクトした言葉を使わない。今の投稿者の多くは自分のその、世界に対してだとか社会に対しての違和感や反抗的態度をダイレクトに作品に出してしまう。それは私も含めてです。本来の叛骨とはそうではなくて、創作の姿勢、スタイルに叛骨は宿るものだと理解しました。ありがとうございます。 (墓碑銘)

2018-12-30

巻き貝図書館。この図書館名が実在するのであれば、ごめんなさい。このネーミングは素晴らしい。素晴らしく村上春樹的なネーミングです。カオティクル氏には村上春樹の短篇集を是非読んで欲しいな。 (明亜六景)

2018-12-29

沙一さんのコメントの通り、たしかに格好いい作品ですね。書けるようでなかなか書けないものだと思います。 (A baby dreams of a dream )

2018-12-29

寓話のようでありながらも、グローバリズム・地球温暖化という現代のワードの挿しがあるので、私的には空間がレイヤーのように感じた。一つの情景ではなくて二層の空間が微妙にズレて重なっているような。それはまた、議論・会議という現代語と王様・木こりの寓話がズレた空間を誘っている。前回でも率直な質問をしましたが、今回も大変恐縮ですが、一つ質問をさせてください。石村さんがところどころに使われる古語なのですが、これは何故使われるのでしょうか。質問理由は単に素朴に思ってしまうったというのもあり、また、私の拙きレベルでもネットで少し勉強すれば使えるのではなかろうかと思うのですが、おそらく、石村さんが使われる古語とは比べるまでもない薄っぺらな文言になってしまうだろうなとは思うのですが。石村さんにとっての古語とはなんでしょうか。同類の質問が既にあって、重複する質問でしたらすみません。差支えなければ、是非、御教示いただけますと嬉しく思います。 (墓碑銘)

2018-12-29

つきみさんコメント有難う御座います。読書量の話題を御借りして申しますと、私、恥ずかしながら村上春樹しか読んだことのない、一般的には無知でおばかな領域の人間でして、他人から学ぶ言葉の全てがいつも新しい言葉なので、いつもハッとしております次第です。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-29

沙一さんコメント有難う御座います。みうららしいというシャープな本質の見抜きが沙一さんらしくて、コメントも流石だなあと勉強になります。私がシャイだということがバレてしまっているようで恥ずかしししいなあ。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-29

帆場さんコメント有難う御座います。はたしてきみとは一体だれでしょうか。わたしもわかんないんです。帆場さんは知っている気がする。だれなのか、わたしだけにこんどツイキャスで教えてください。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-29

花緒さんいつもシビアに作品をみていただきとても感謝しております。いつかまた花緒さんの傑作を。楽しみにお待ちしております。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-29

黒髪さんコメントありがとうございます。本作はかなり削りました。削ってしまうかどうかの判断を下す作業って執着を棄てる修行僧みたいだったです。英語で書いて、和文に訳すのも、それに似た判断を下す作業なのかもしれません。バッサバッサ削ってしまうと爽快ですね。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-27

柿原さんコメントありがとうございます。否定の言葉を発して肯定の気持ちを伝えることが出来たら、なんてことをいつも考えています。そういうひねくれたやつ。だぜ。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-27

ステレオさん コメントありがとうございます。「ネット詩にはたしかに良作があるけれど連続性を持った詩人は僅か」というある方からの話にハッとしました。作品が物語として続いているのではなくて、みうらの連続性を探ってたりしてます。みうらの妄想の連続なのかもしれません。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-27

返信ありがとうございます。傷口がふさがった時の作品が投稿されあら小林秀雄かと見間違う批評を必ずやりますよ。本当の本当に。本当に。 (ストップ ザ ペイン)

2018-12-27

ひねりをまた入れてきてんなあと思いました。ドキがムネマキするというのは岡崎京子さんのマンガで私、知ったのですが、まさかこうださんの作品で出てくるとはびっくりです。本作はかなりひねりが加えられていて全体通して飛び散りまくっている感がありました。以上です。あ、あと、今年最後のゴルゴンダでお待ちしております。29日スタートです。 (カブク衣更着ストリッパー)

2018-12-27

とても倒錯した話だなあと思いました。成長という名前の、しかもヒーローが後押しする。挑戦を促す。それが自死(?)のようなこと。読んでいてこんがらがりました。ライトな読み物としては〇だと思います。 (成長さん)

2018-12-27

読み始めた当初、思想の押し付けの印象があったけれど、真理を語ろうとする、あくまでも独白だと思った。語り手が発するパワーを、少し感じた。 (青春の痛みと現実性との矛盾に向けた超越性としての愛)

2018-12-27

なかなか自分の中にすっきり入れ込めない、良い意味で難解な印象があります。何度も読ませてしまうような惹きつけるものがタイトルからしてあると思いました。 (昼食代貯めて買った聖書)

2018-12-27

オオサカさんらしい頑張ってる作品だなあと一読して思いました。とても懐かしい感じもある。幼少時代の遊びのような。しかも、それが不自然でなく、幼少の作品に読めてしまう。それってけっこう難しい技な気がします。 (ニューヨーク天神駅84「小児教育」)

2018-12-27

黒髪さんからすれば、みうらと同じにするなと思われるのかもしれないのだけれども、私も抒情詩をいつも書いているつもりなのだけれども、よく自分語りと揶揄される(いや、私の場合は自虐ネタで自分語り系と自分で言っていたりしますが) 。これについてちょっと歴史の視点で述べさせてもらいたいと思うのです。で、これについての黒髪さんのご意見を訊いてみたいというのもあります。 黒髪さんの作品「夜」は突き抜けた感じがあって私的にはとても惹かれるものがあったんです。でも、本作には残念ながらその読後感がない。これはなぜだろうかと考えた時に、過去の取り扱いが気になった。「夜」にも過去の事柄と思われる内容がある。でもそれは自分史の中の過去。本作「ストップ ザ ペイン」では「世代」「絶滅」という言葉など時代の流れを語る箇所がある。私にはそれらが黒髪さんの外の出来事に読めてしまう。外界が語られていても何ら問題ではないし、評価される読み手もいらっしゃると思います。極私的な感じ方になってしまうのだけれども、外の出来事に感じるという印象をもと先鋭していうと空々しく感じてしまう。で、ここからが本題なんですが、なぜに空々しく私には感じてしまうかというと、日本語って明治の近代化の時に多くの言語が造語されたと言われてますが、私らが使っている日本語ってそもそも空々しいものなんじゃなかろうかと思うのです。言語歴史の知識を多分に持っているわけでもないし、おバカなみうらの妄想でしかないのですが。つまりその、元から空々しい言語を自己の肉体の宿らぬ用い方をすると空々しい印象になるのではなかろうかと思うのです。ある意味で、ある意味ですが、最果タヒさんも自分語りというと自分語りだと思うんです。でもなぜにそれが広く好意的な印象になって伝わるかというと、空々しい日本語を最も活かしているからだと思う。空々しい日本語をなんとか自己に繋ぎとめようとしているような。 長々となってしまいましたが、黒髪さんいかがでしょうか。もちろんスルーされても大丈夫です。 (ストップ ザ ペイン)

2018-12-27

匿名酷評を読んで、本作が統合失調症に関係する内容を含むことに気がついた。たしかに薬のキーワードを考えればそうだったのかと思うし、コメント欄での小林さん本人が認めていらっしゃるのだから間違いないのだろう。そうだとしたら匿名酷評者は鋭く本質を突いているのだろう。小林さんのお詫びは誰か特定の人宛ではないという前提でコメントしてるのだけれども、もしもお詫びが世間の皆様宛てだとしたら、そのお詫びするお気持ちはわかります。誰かが自分の作品で傷心された人がいることを想像すればお詫びしたい気持ちにもなると思う。しかし私たちが詩人であるならば、黙って詩で落とし前をつけるしかない。傷心された人がいると思うならば。 (ビューティフルマインド *)

2018-12-19

石村さん 丁寧に教えていただきありがとうございます。「詩のことなんか何もわからない阿保」と言われるところに、知りたかった答えを見いだせました。そもそも言葉には定義があったとしてもその定義通りに使われていないこともあるわけで、わかったような錯覚を、、私なんかは断定して語っていたりします。私は「人それぞれに考えや思うことがあっていい」という物言いが嫌いだったりします。それはお互いを尊重する一方で個別に持っている強度が薄い、なんと言いますか、緊張感が失われた場に出す要因にもなると思うのです。ビーレビは楽しい遊戯の域であるべきな一方で個が断定を持って参加してこそ有意義な遊びの場になると思うのです。その観点からすると先に挙げさせていただきました「詩のことなんか何もわからない阿保」という言葉に共感します。わくわくしてしまいます。話は逸れますが、時々見受けられる揚げ足取りのようなネット詩上のコメント。それは阿保と言葉をかけることもためらってしまうほどに残念な人にみえます。 不躾な質問にお答えいただきましてありがとうございました。 (秘法(第一巻))

2018-12-17

まりもさん ありがとうございます!屈折を捉えていただきありがとうございます! (【選評】2018年11月投稿作品 )

2018-12-16

とてもありがたい批評をいただき感謝します。詩とは知的遊戯であると定義すれば拙作は詩ではないのかもしれません。詩が知的遊戯という専門的な領域で埋没する、平たく言えば解る人に解ればいい言語芸術を受け取る感性の世界にあっては、作者の人物像など排除するべきファクターであるのかもしれません。鬱海さんが批評という手法によって知的領域を拙作に与えられていることに、感謝します。ありがとうございます。 (【選評】鬱海 自己を告白すること)

2018-12-16

月並みなネット詩の良作だと思う。一つのレトリックのアイデアがあってそのレトリックが器用に使われている。ネット詩にあってはそれでよいのかもしれない。誰も思いつかなそうなアイデアがその作品にあればそれでよいのかもしれない。ネット詩など毎月、毎日、ただただ陳列されては品物替えされるもの、消費されてしまうものであってよいのかもしれないし、ライトないいねをし合うことで事足りる作品があればよいのかもしれないけども、本作の あれ とは、代替えがきかないものだと思う。その あれ だけが一人歩きしていて、ライトな文体でヘビーなことを表していていいのかもしれないが、そうではないと思う。すみません。 (名前 *)

2018-12-12

すみません、句読点などがおかしなまま書き込みしてしまいました。 本作を読むにあたって、持っておかなければならない知識があれば教えて下さい。 という意でして。すみません。 (秘法(第一巻))

2018-12-12

何度か拝読したのですが、率直に申しますと私には難解でした。また、コメント欄を参考にもしたのですが、私の脳みそは更に迷宮入りした次第でして、一つ、思い切ってお訊きします。本作は読解するためには必要な何か、読む為に必要な知識があるとすれば。差し支えなければご教示いただけますと嬉しいです。いや、お答え不可でも大丈夫です。質問の理由の一つとして、「詩には前提知識が必要であるのか」ということについての石村さんのご意見を参考にしたい、というのがあります。 (秘法(第一巻))

2018-12-12

言語I.Qが高そうな作品だと思う。完璧といえば完璧なのだと思う。この世に完璧な文章なんてないのだけども。掲示板に投稿する作品としては長文の第一印象があったけども完璧さを感じる作品だから、長さに無理がなく読めてしまう。欲を言えば、再読させる魅力があって欲しいと思う。作品に個性がない。下手な文章でも個性があれば私はもう一度読む。なぜならば、わからないから。内容が理解出来ないのではなくて、私に引っかかってくるその不可解な個性、それを知りたいと願いもう一度読む。本作にはそれが無い。少なくとも私には何の引っかかっりもなかった。一年後にもう一度読むことはないと思う。いや、今、もう一度読もうとは思はない。しかしながら、完璧な作品だと思う。ネット詩でお見受けする完成度が高い作品の一つだと思う。私がそういった作品をネット詩に求めていないだけの偏向過ぎた主観な感想で恐縮だけれどもコメントさせていただきました。 (正風亭)

2018-12-12

ステレオさんは文章うめえなあと改めて本作を読んで思った。近未来的な内容も良く出来たプロットだと思う。 (瓦礫の淵)

2018-12-12

猫になりたいと常々思う。しかし猫を書けない。本作の良さは猫を書いているということ。しかも短詩として。また、詩は俺でも書けるという後押しを受ける。変に肩肘はらずに、ただありのまま、思うがままに書くということ。しかし、それをやろうとすればするほどに事実に偏るか、意味不に偏るのが私である。 (海猫)

2018-12-05

ゼンメツさんの作品についても、正直に言うとその作品が何故良いと読めてしまうのかの理由を明らかに説明することが出来ない。本作も同様。鬱海さんの前作の方が読みにくさがあったにせよ、フックとなるディテールの置き方などがあって良さがわかりやすかった。強いてその不可解な良さの理由を挙げれば、空虚な情緒がそこにあるということ。空虚な情緒という言い表わしを代えると、そこにあるのは人形劇だ。人間の交わりが書かれてあるのに、生々しいものが除去されている読後感。村上春樹作品は人間が、自我が書かれていないと評される。鬱海さんの作品、ゼンメツさんの作品から受けるものには人間さえもない。付け加えると、人間や自我などが無いということが心地よい。なぜに文学だから人間を書かなくてはならないのか。人間をリアルに書けば書くほどに人形になることは寧ろ正常に思う。谷崎潤一郎も本当はそれなんじゃないかと思う。 (とおい神話)

2018-12-05

ビューティフルマインドとタイトルに持つ詩であれば私的な語り手の思い出が私的なものとして終わっていることが惜しいように読めるが、ノスタルジックな雰囲気をタイトルが後押ししているようにも読める。つまり少々中途半さとしての読後感。改行が独自なリズムを刻んでいるだけに、レトリックな作品なのかモノローグが主としてのスタイルなのか微妙な仕上がりで終わっていると思った。 (ビューティフルマインド *)

2018-12-04

語り手が持っている絶望感が全面にあって、心情を読み解くのが容易く出来てしまう。いや、容易く出来るなどとコメントするべきではないのかと気を使ってしまうぐらいに負の言葉を出し尽くされた感がある。語り手が自己否定する言葉の真逆が願望として読める。しかも確定された願望として。私にとっての自己否定とは他者への赦しを乞うある種のメッセージで、自分を本質的には否定していない。この定義は一般的ではないと思う。しかし、本質的な自己否定など私には怖くて出来ないし、生きれない。生きることを前提とするからこそ絶望。であるならば、自己否定に希望が見出せる。本作は個人的な願望が普遍的な希望にまで昇華された作品まで到達していないと思う。それはそれでいいとも思う。希望などという物言いは陳腐過ぎる。しかし、ここまで絶望で埋め尽くす書きが出来ているのだから、陳腐にならない必然的に宿る希望を書けると思う。 (「願望」)

2018-12-04

動きのある作品にはなっている。しかし、まだ僅かな動きだと思う。作品としての仕上がりを意識されていて、強盗列車というタイトルの奇抜さだけが残るものとして終わっている。強盗列車が書かれなくてはならない必然が宿っていない。いや、宿らなくてもいいのだけど、必然が宿ってなければならないと、みうらには残念な読後感が残った。次回に期待する。 (強盗列車)

2018-12-04

花音さん コメントありがとうございます。狂気と正気の境目にある新月を迎えたら、詩が降ってくる気がします。花音さん、また投稿作品、読ませてください。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-12-03

本作を投稿するところが素晴らしいと思う。禁句、他人への不快感、差別思想、などなど、覚悟された作品はそれだけで魅力がある。最低だなと思うのはそういった覚悟の無い匿名の中傷、誹謗、差別な作品、つまり軽薄で浅はかな作品。渡辺さんにはなんだったら本名晒して対マンで話しますか?という覚悟がある。なので、この作品は素晴らしい。詩の王道路線ももちろん好きだし、たくさん読みたいと思うけれども、暗黙の了解を犯す本当に意での斬新さ、詩の残酷さ、断絶を表す作品を読みたいと思う。広告主が思わずクレームを出してしまう作品が投稿されることを期待する。 (たったひとりで伸びていったクレーンへと捧げる詩)

2018-11-29

大賞になってもおかしくない作品だと思う。難解でよくわからないけども文藝作品として良いと思わせる印象。 (贋物)

2018-11-29

るるりらさん 己が言葉にする時のそれが自分のなんなのかが解らないことによって他人とのコミュニケーションが成立しないことがあります。己の言葉が発端となって生じているであろう状況。私は黙るしかないことがよくある。テキストの言葉の黙りと肉声の言葉の黙りは違い、肉声の言葉の黙りの方が私には安堵があります。テキストの言葉の黙りには音がないけれど、肉声の言葉の黙りには空気の震えがあるので、他人と繋がっている気持ちになる。みたいな。るるりらさんに共感を持つことが時々あって。それは、その他人との交わりの不器用なところです。コメント有難う御座います。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-29

鬱海さん コメントありがとうございます。黙ることによってしか使えない言葉があるとしたら、真顔で言いますが、それは愛だと思うのです。鬱海さんの作品、そうだったと思い出した印象があります。鬱海さんの作品から私が受けたものは黙っている愛の感情だったと思います。言葉でいくら組み立てても残念な結果になる時、黙る。でも感情は止まない。黙ってしまう愛の感情を錯覚としてか、あるいは確信を持って受け取る人がいるものです。詩情も同じなのかもしれませんね。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-26

ハードボイルドを感じましたよ。あと、クッキングヒーターさんって名前がインパクトあってチェックしてるんですが、今、きてると思います。きてます。なんというか、最近、ブルージャイアントという漫画を読んだんですけど、つまり、あれです。あれがきてると思います。止むに止めない熱病みたいなのが作品に宿ってきてると思います。 (人生確率論)

2018-11-24

カオティクルさん、再三のコメントで悪いが、ビーレビ初期に私を題材にして投稿された作品があったことを思い出した。カオティクルさんが2人目である。と言いたかったのだ。ちなみにこの作品を気に入っている。すみません。。https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=28 (ビーレビの昼ドラ)

2018-11-24

まりもさんの作品は上手くなくてはいけないし、一定の水準を下回る作品は出されないのかもしれないが、感情が先走りする表現を時々目にすると私はそれに新しさを感じる。本作にある季節感の持たせ方、ひらがな表記による詩作品としての文体には技法としての巧さが読める。しかし、私的な欲を言えば、狂を感じたかった。狂とは生と死の際であり季節が移る時の歪み。仮に、谷川俊太郎の作品がそのまま、まりも名義で投稿された作品があったとして表層で対峙するのが作品だったとしても奥底で直観するのはまりもさんという人間である。少なくとも私は詩人として詩文を読みたいし、批評とは詩人が持つ直観で書かれるものをいい、合理性で作品を読み表すのは解説の域を出ないと思っていて、批評はとても勇気がいる。それをぶつけ、ぶつけられ合うところに私たちの詩があると思う。 (あなまどい)

2018-11-24

こうだたけみ論が書けずにいて悪いなと思いながらも、こうだたけみさんの投稿作品があるとホッとする。私にとってのこうだたけみ作品の魅力に明るさがある。こうだたけみさんは暗いことを書こうとされて(いそうな)作品であっても明るさだけが残るように工夫されているのだと思う。本作もそう。狂ってることを書き出しているのに「かもね」で終えることによる軽い読後感の与え。ですます調によって漫談な文体にされている二連目。こうだたけみさんはきっと、読み手の受け取りがまず先にある書き手なのだと思う。ご自身が書きたいことより読み手の受け取りを優先させること。こんなコメントをすると、ほぼ気持ち悪いみうら認定をされるだろうが、それほどまでに毎回の投稿を楽しみにしていることを伝えておきたいと思う。最近、私は久しぶりに漫画を読んでいるのだけれども、漫画ほど受け取り側を意識する表現はない。いや、コメディや漫才もあるかもしれない。とにもかくにも、こうだたけみ作品は私にとってはビックコミックスピリッツだ。 (ひきだしにテラリウム)

2018-11-24

蔀 県さんが「判然としない何物かがふらふらと動き続けているみたい」と評されているのを読んで、ああなるほど、と思った。本作にある、その表しようのないもの、神が口ごもるようなこと。 詩でしか表せないものを感じました。 (ひとひら)

2018-11-24

仮名吹さん 感情とそれを表現する組立てられた言語の乖離とはつまるところ、文章が下手なのだと思っております。しかしながら、いくら上手く書けても己の生と死が書けなかったら、私たちの営みではない。そんなところから、もう一度始まる予感があります。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-24

黒髪さん 岡潔と小林秀雄の対談本を読みました。情緒と直観。合理ではなくてビジョンを。詩とはそういう表現でありますね。それはまた確信でなければならない。根拠ではなくて。根拠は合理でしかない。ビジョンは確信から語られるということ。つまり、自分語りを一度通過しなければならない。村上春樹作品でいうところの井戸に降りることが壁抜けに通ずるように。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-23

藤さん コメント有難う御座います。藤さんの「七月分選評」を読み返しては自分の指標にする時期がありました。技法と構造はとても大きく関係していること。本作を文学極道へも投稿しました。文章がとても下手くそだというコメントを複数もらえて嬉しくもあり、文章を上手く書くことを意識せずにやると私はまったくダメなのだと再認識しております。文章は文章であり、そこに書かれたもの以外にはないということをもう一度やってみようと思います。有難う御座います。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-23

本作を読んで、私はなぜに詩本を手に取るのだろうかと考えてしまった。そこにはいろんな理由がある。賢治が持ったであろう思念に触れたい、寺山修司が持ったであろう思念に触れたいというような、作者の言葉ではなくて、いや、言葉なんだろうけども、その言語で組立てられた作者の思念に触れたいと思う時がある。正直に云えば、尾田さんの作品というのは私にとってはそのような存在だ。レトリックがどうとか、内容がどうとかではなくて、尾田さんが今思っていること、感じていることに触れたいと思うところがある。ビーレビに投稿されることは尾田さんにとっては特別なことだと勝手に思っていて、本作を読んでその特別なことを私は感じた。 「俺」という主語がいつの間にか「俺たち」に代わっているこの作品は、私への贈り物に思えた。それは勝手な解釈だ。でも尾田さんはそんな書き方が出来てしまう人だと思う。特定の人に宛てていないのに、読む者がこれは自分へ宛てた作品、いや、俺が読む必然がある詩だと、そう思わせるもの。絞首刑を前にする私を投影させる作品、という云い方をしておこう。 (絞首台)

2018-11-23

私の魂より、よりも本作のほうが私には好ましく思えた。本作にリアリティを得れる。井戸にはリアリティが必要ではなかろうかと思うので。 (井戸の底(現在より))

2018-11-23

こじんまりとしたなかに、妖精を赤と表されるところがチャームポイントになっていて悪くないと思う。 (妖精と人)

2018-11-23

みえてる世界を書こうとされていると思う。詩文を書く根源的に持つべきもの、トライアルな気持ちを感じる。平たく云えば人の生き死にについて。あるいは新しい世界を求めるような気持ち。残念な気持ちで終わらせていることに勿体なさがある読後感だった。おそらくだけれども、本作に詩文として書けなかったことのほうに惹かれるものを感じる。言い方がおかしくなったので、言い直すと、本作に書かれていない言葉の存在を大きく感じるし、それに魅力を持った。 (リコール17)

2018-11-23

作品としての魅力はとても薄い。ただ、この作品を書かなければならない心情をとても感じる。それはとても困難なテーマだと思う。 (紅葉を眺めながら)

2018-11-23

表現、暗喩がとても個性的だと思う。冒頭の始まりも惹くものがある。ただなんだろうか、これはとても極私的な感想だけれども、固有な誰かを受取り手として意識される書き方をすると拡がるような。光っている表現の向かうところの散漫さが一つの照準に合さること、作品が読まれたいと訴求するものが作品に宿る気がします。 (魔法 *)

2018-11-23

とても興味深いことを書かれていると思いました。存在と括弧についてのことが謎かけとして残る。内容をもう一歩掘り下た言及を読みたかったなという物足りなさがやや残りました。 (世界の中心で(   )を叫ぶ)

2018-11-23

ふじりゅうさん 自分をさらけ出すことは芸の無いことではありますが、上手に書くだけでは到達できないゾーンがあるとも思うのです。ふじりゅうさんが今持たれている若さとエネルギー、それらが注がれているコメントの多くに清々しさをいつも感じています。勝ち続ける頑固さに裏打ちされた謙虚さ。そんなものが私には欠落していたのかもしれません。そもそも上昇する運命より、綱渡りから落ちても助かってしまうことの方に運命を費やしてしまったようで。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-19

fiorinaさん 他者と対話することによる化学反応はJAZZ演奏に似ているかもしれません。無意識にあるものが出る。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-19

沙一さん それをよく言われます。最近見かけないですが、survofさんにもよく言われました。コメントがいいと。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-19

帆場さん 37年前、中学生だった私は夕暮れのお風呂上りにプロレス雑誌を買いに本屋さんへ行きました。何気なく棚を眺めながら歩いていたら「1973年のピンボール/村上春樹」を見つけました。プロレス雑誌を諦めて初めて小説本を買いました。それが非合理の選択というのかもしれません。非合理で現実世界は出来ている、ある一部分があるのでしょう。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-19

fiorinaさん お給料を毎月ちゃんと貰うこと、それ以外のことは大したことではありませんでした。生きることはお給料を毎月ちゃんと貰うこと。私はよく人の話を聞いているかと忠告を受けてきました。今も変わらないのかもしれません。人の話がわからない。でもわかったふりをしなければお給料は貰えないのです。おのずと私の言葉は軽くなる。他人からの蔑みは増す。しかしお給料が毎月貰えたら、そんなことは大したことではありません。 ネット詩はとても居心地がいい。会話でありながら会話ではないもの、言葉で表現していながら言葉になっていないものを共有しようとする矛盾。私にとってお給料を毎月貰えること以外に大切なものに思えます。興味が薄れてきていますが。50になっていろんなことへの興味が薄れてきました。愛やら恋やらもどうでもいい。一つの憧れだけが残りました。画家の田中一村。50を越え奄美の島へ行ってただひたすらに絵を描き終えた人。私にはそれが出来ない。なぜならば毎月のお給料を貰うことが生きることだからです。ただ少しだけでもそれに習いたいと。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-19

ishimuraさん お読みくださり有難うございます。 これは私が過去の事実を回想して書いたノンフィクションですと、コメントするべきなのかもしれないのですが、私はこれが事実に思えないのです。その違和を無くす作品を書けないものか、詩を書く動機としてずっと自認していることです。事実を書いても事実に思えないということ、私は狂人なのかもしれません。狂人でいながら人並みに生きれているのは運が良いとしか思えなかったりします。 妙な返レスをしてしまいました。これからも精進します。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-18

運営の渡辺さん等が困惑されるトピックを内包してるこの作品は予想外の展開に発展しそうで三浦個人としては、興味深い。ネット詩掲示板でこういった会話がなされる時に、運営陣も含めた不毛な議論になることを誰も望まないことは確か。マナーを重要視するビーレビでは過去にも建設的に成された掲示板上での議論が幾たびかあった。本作について言えば、表現の自由云々の議論になってもおかしくないし、皆さんがそれをどう考えられるかを知りたい。ちなみに私はishimuraさんの失望と示されたことについて言えば、失望が指すことに興味が湧いた。ishimuraさんが指す答えを知りたいのではなくて、この掲示板において参加者が失望と表明されたことに興味がある。それは正しい掲示板の在り方などというまさに不毛なトピックになりがちなことではなくて、ビーレビが変化する一つの起点になる話が皆で出来ることを望む。これはフォーラムへ移行するべきかもしれないが、敢えて掲示板の方でやってもよいのではないかと考え、再コメントした。また、カオティクルさんが、コメント欄にて返レスされてる内容が示すことについても私は理解する。擁護する意味で下記の画像を持ち出しておきたい。ビーレビでは今、ランダムに広告が表示されている。その一つをスクショにして保管したものである。卑猥な意味におけるインパクトであれば、こちらの画像にこそあると思う。投稿者が卑猥な文言を使うことと広告の卑猥画像を同一視することがおかしいことかもしれないが。 https://i.gyazo.com/7888c86062f625e3bf93ebee0379a594.png (ビーレビの昼ドラ)

2018-11-18

一読して、そもそものかるべ作品とは一体なんぞやと思い今年5月の初投稿作と前投稿作を再読した。可読性から徐々に離れたところへと向かうスタイルを出されている気がする。少なくとも、言語を用いて日頃の状態を表そうとはされていない、言語を用いて読み手との共有を得ようという目的ではないところで作品を書かれていると思う。それを私は好ましく思う。詩文は多数へ届ける表現手段ではないだろうし、本作の末にある通り、家族でさえ共有出来ない、詩とは孤独な祝福の時間である。わかるわからないではない共有を、詩を使って、私たちはやろうとしている。 (今まで飲んだ精液の味はどれも違った[甘味])

2018-11-18

巨大なSNSサイトへと変貌を遂げる今、ビーレビが留意すべきことの中にユーザーだけでなくスポンサーの視線を意識することがこれからは必要なことなのかもしれません。新たな広告主を求めて渡辺社長が東京へと足を運び歌舞伎町や兜町、あるいは代々木公園で路上リーディングを孤独に決行し、NHKの社員に黄色いビラを配ってると聞いたことがあります。電通様の接待なんちゃハンパないっすよと夜な夜な泣いているとも聞いた。それなのにカオティクルさん、貴女はなにをやっているのですか。万一、ガチなフェミニストのお偉い様が閲覧されていたら渡辺さんに申し開きが出来ない。(フェミニズムとは何か、それは在原リョウ氏に尋ねれ) とにもかくにも、この掲示板は品行方正でなくてはまずい。いいですか、この掲示板は上半身以上のことに限定されているの。上半身以上の事柄であれば宇宙の真理を書いても構わないけど。でも、まさか宇宙の真理とはペニーレインの大きさでありその深遠さは満月を比喩として出さなければわからないじゃないですか、などとフロイトの無意識論を出すなよ。結論として君に天子ちゃんステッカーを渡辺さんに発行してもらいます。 (ビーレビの昼ドラ)

2018-11-18

ボルカさん 自分に課しても何ら役立つテーマにはならないかもしれない、あるいは課したテーマを昇華さす書きが追いついていなかったと思います。ボルカさんも御察しかもしれませんが書こうとしたテーマは今、私がどうしても書かなくてはならぬものでした。固有な物語、限界藝術のような何か。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-18

かるべさん コメントありがとうございます。藝術が人生を知る方途の一つであって、全てではない。そのことをネット詩は明らかにするのかもしれません。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-18

とてもわかりやすい恋愛の情がある作品として読める。やや冗長さを感じるが、それがリアリティを持たせてあるとも言える。ただ、これは妙な評になってしまうけれども、作品をながめて見た時に昇華されずのままな世界がある。平たく言うと印象が弱い。読めばわかる作品でなくてながめて見たときに作品が発しているもの。それが詩情ではなかろうか。 話が逸れるけれども、私はこのコメントを書くにあたって手前のことは棚の最上段にしまって、自分が世界で唯一の大詩人だと思い込んで書いている。ある意味で中原中也、あるいは自分が小林秀雄になったつもりで読み、批評を述べていて。そうすると見えていなかったことが見えてきたりして、私自身の学びの場にもなっています。 (体温)

2018-11-18

発想があると思った。一つの短いミステリアスな作品としてまとまりのある作品だと思う。ただ作者には傑作を生み出す余力があると私には思っていて、過去の投稿作品も含めて、そのような観点からの魅力を感じている。余力が感じられるとは抽象的な評になってしまっているけれども、本作に沿って語れば、秘めた情景描写の核にあるレトリックがわかりやすいということ、つまり「 」という空白。レトリックがわかりやすいとは、読み手が既に知見としてあるレトリックとレイヤーとして重ねやすいということ。作者がまだ持っているであろう未遂に終わっているレトリックが誰もが想起し得ないものとして私の前に登場することを期待している。 (「 」が言えない)

2018-11-18

世界と御自身を相対化させるとき、憐憫と大欠伸と表する感情を持っている。確かに私たちにはそれがあって、一方の世界に耳を傾けると小鳥の悲鳴がある。きれいごとの表層をもって私たちは生きようとする。しかしそれは実存ではない。世界にある実存は私たちが感じるような、言葉にするように創られてはいない。子供の肌も血も骨も甘くはないように。私たちと世界は混沌としている。それはまるで洗濯機のなかで絡み合うような。世界と私たちの絡みは私の身体のつまさきまでの全てにあるということ。 そんなことを読んで思いました。世界を思う時に残念な気持ちになる。 (つまさきまで)

2018-11-18

久しぶりにコメント少ない順にソートして閲覧をしてみたら、一つもコメントが付いていない作品を見つけてしまった。で、読んだんだけど、これ面白いですよ。一定レベルの面白さ以上にはある作品だと思う。とんでもなく面白いわけではなく。そんなこと狙って書かれていなかったらごめんなさい。 まったく作品に関係のない話ですが、こちらの掲示板、とんでもなく投稿量が増えていて2週間誰も読んでいなかった、なんてことは多発すると思います。 (祝祭)

2018-11-14

黒髪さん、圧倒的に突き抜けてる。自分語りをうんざりするぐらいに否定されてきた僕らにあってずる賢い僕は逃げた。黒髪さんは真っ向から突き進まれていた。少なくとも僕はそう見ていた。レトリックやら暗喩やら新しい言語やらと比較されても内面を、自分とは一体なんなのかという問いをやめなかった。評価など他の誰かが受けておけと、ネット詩というある種ろくでもないコミュニティにおいて貫くことは難しい。少なくとも僕には勇気がない。駄文のコメントになってしまい申し訳ないが、黒髪さんという人物がそのままに表現された素晴らしい作品だと思う。魂などと言ってしまうとくさすぎるかもしれないが、それが込めた作品としか言い表せない。 (夜)

2018-11-14

一読した時、一瞬好ましい引っかかりがあった。それは私にも目が気に入っているミュージシャンが幾人かいるためだと思った。で、それだけでコメントをするのはいかがなものかと思い、一旦閉じた。二回目に読んで思った。この作品はそもそも書こうとしている題材がありそうでなさそうなもの、既視感があると一概に言い切れない作者が持つ固有な詩になっているのではなかろうかと少しハッとした。ただ少しイージーさが目立つ。気になったのは誤字ではないかと気になってしまう箇所が2点ある。次回作品も読みたいと思えた作者。読んで良かったです。 (君の目)

2018-11-14

なんだろうか。主観的な感想を述べればタイトル通りの心情が直裁な物言いとしてストレートに痛く伝わってくる。客観視でみれば、内情に閉じ過ぎていてコメントしずらい。語り手は辛いのだろうが、語り手の辛さを読ませるところまでの何かが必要なのかもしれない。辛いことが伝わってきても読者は得をしない。読んで得したと読者に言わせなければならないと思う。極論だけれども。 歌の作品であればメロディーで補えたりする。しかしテキストのみの作品であればその何かを詩文に与えることがとても難しい。でもその難しさを越えなければ、他人にとっては価値のある、無価値な詩にはならないと思う。 (愛情飢餓)

2018-11-14

なんだろうか。主観で読めば好ましい作品で客観視すればルミナスラインが不足していると思う。それは読者を意識して作品に仕込むフックがないと言えるかもしれない。でもそんなことはどうでもいい。作者側にも書いてる時の感情があるし読む側の私にも読んでいる時の感情がある。そのお互いの感情が交わることがあったりする。例えば書かれている事柄を私も体験していたり。あるいは作者の感情がとんでもなくぶっとんでいて容赦なく押し込まれてしまう時。最も好ましい詩文には押し倒されてしまう。終いには鳥肌が立つ。エクスタシーと言い換えてもいい。癒しの詩文もあるだろう。憎悪が込められている詩文もある。ろくでもない感情がたくさんあってろくでもない詩文に閉口すらしてしまう。それは仕方がないことだよとあきらめてもいる。なぜならば私の日常はろくでもないし私の感性などただのおっさんだ。でも読んでしまう。ろくでもない感情しか書かれていないとわかっていても読んでしまう。言葉など信じてはいないが、でも言葉に出来ない感情が溢れてきたら私は言葉に感謝をする。 すみません、散文のひとりがたりな感想になってしまいましたが、本作のコメントとしてふさわしいと信じ、送信ボタンを押します。読んで良かったです。 (思考の嗜好)

2018-11-12

永峰さん コメントありがとうございます。ディストピアと評していただきとても嬉しい。ディストピアはあらゆる有名作家や映像によって出し尽くされ、スタンダードな世界観にもなってしまった感があります。書こうとすれば既視感が伴ってしまう。それを回避する手法は極私的な固有の知識を駆使することではなかろうかと思い付いて書いた次第です。当掲示板にもおそらくはディストピア的なる作品が過去にもこれからも投稿されることでしょう。それらの作品が描く世界が全てパラレルに存在すれば、楽しいことに思えます。 (綺麗な産卵)

2018-11-12

ステレオさん 終末思想が魅力を存分に発揮する期間を過ぎて僕たちはモラトリアムな気分から抜ける必要に迫られた。次にぶら下げられた餌はワイヤードロジックを構築する夢の近未来で、終わらなかった世紀末を知る世代の僕らには最早、ダンスをする気分を促すトラックは鳴り終えていた。経済にコミットする権利を限定された僕たちの後の世代は近未来と化石の神話を融和させることの楽しみを見つけ新古の価値を容易く捨てた。それは聖域とされていた宗教にさえ楽しみの手法を見つけ出した。しかしながら僕たちの世代だけがやれる楽しみがある。一つだけの抜け道がある。アンケートとマーケティングの防壁の中でスポイルから外れて生き延びる手段を僕たちは知っている。詩人になれることを知っている。 (綺麗な産卵)

2018-11-12

幼な子が持つ表現の役割としての言語とは、動物性が宿る直裁な発し方ではなかろうか。自然を前にしてその森や風を表わそうとする時、大人である私には用いれる言語が無い。巧妙なレトリックが思い付けてもそれはあざとい。本作にある魅力は、その大人が不思議を語るに用いるであろうあざとさを消しているところにあるのだと思う。言うまでもなくそれは句読点を排除し韻読みを誘う作用によって動物性を語り手にもたらしている。自然が持つ神話性を表わす動物性の言語への回帰を難なくやれているところの筆力を思った。 また、話が逸れてしまいますが、ビーレビの楽しみ方の一つに「読めない、解らないでスルーしたい作品を敢えて読んで自分の言葉でコメント付けたい」というのがあります。最近、久しぶりに小林秀雄の本を読んでいるのですが、そのなかに「〜的な〜主義のという他人の言葉を借りての物言いは批評ではない」という趣旨の話がありました。私は無知無学なもので読解が難しいと思ってしまう作品がたくさんあります。自分がコメントしてしまうと作者を怒らせてしまうのではなかろうかといつも考えます。いや、現実に怒らせることがありました。また、ビーレビに本格的な批評を求められ参加された幾人かの作家の方が望まれたような批評が得られずに残念な気持ちを表され去られました。正直に申し上げますと悔しさが今もあります。そんな気持ちもあり、、何をコメントしたいのかわからなくなってしまいましたが笑、これからも当掲示板への参加を楽しんでもらえますと嬉しいです。私も現在は運営の立場ではありませんが。 (秋へと落ちていく音階のフアンタジア)

2018-11-11

「はじめに」で言及されている「きみ」について、また「地名」についてが興味深かったです。固有名詞を使うレトリック、、このレトリックと断定してしまうことによって読む方が受けるであろう詩情が削がれてしまうところのこと。これが詩作品に対しての合理的な詩論が、誰もが望まない負の作用をもたらす。作者が意図せずところで「渋谷」と云い、読者が「渋谷」をそのままに受けることをよしとすべきであれと。一方で、(私はこちらの観点を良くも悪くも用いるのですが)優れた暗喩を含有すべく優れたレトリックを作品に見出してこそ批評ではないのかということ。そこには作品を読むに用いる為の詩論の有無が問われる。 二つの両極に迷いながら私は詩を読んできました。なかたつさんが最近の選評記事において追究されていらっしゃるテーマの一つとして持たれていると私は推察しております。ハズレでありましらすみません。二項対立なのか、或いは二項はその奥底では重なっているものなのか。私の個人的な学びのテキストの一つとしてこれからもなかたつさんの選評記事を楽しみに拝見させていただきます。 (10月投稿作品選評 ―名詞が持つ働きとは何か―)

2018-11-11

掲示板をスクロールしていて、「わあ長げーなあ」と敬遠してしまうタイプの作品がある(失礼!)本作も何回か読み始めては途中で投げ出していた。そしてまた「くだらない」というタイトルが妙に引っかかる。掲示板をスクロールする毎に。で、そもそもこの作者は誰だったっけ?となる(失礼ですみません!)。で過去作をみて驚いた。私が好きな作者の1人だった。名前が記憶になくて大変に失礼だけれども、私がコメントしていた二つの作品ははっきりと記憶に残っていた。私が好きになる作者とは連続性を持っている作者であることが多い。作品と作品がその内容で連続しているのではなくて作者として、詩人として一貫性があるということ。鬱海氏の作品にはそれがある。過去作もそうであったが本作も、なんとも言いようのないダラダラ感があってしかもなぜだかそれが心地良いのだ。参考までに申し上げておくと、ホントに読み始めるまでに抵抗がある(すみません!)。だが、読み始めると妙に楽しく読めてしまうのだ。それは大量のトンネルであったりバカボンのパパであったり、それらの気の利いたディテールが散りばめられているところがいいのかもしれないし、作品全体としての魅力を言えば、、これは語弊があるかもしれないが、若い女性の個人的な日記のようなものを覗き見しているような感覚に近い。ちなみにだけれども、本作を好む読者が一体どのようなシチュエーションで本作を読み好ましい感想をしているのか、それを作者殿にとっての今後の創作のためのサンプルとして提供しておこうかと思う。と、思ったけれども、あまりにも下品なコメント過ぎると思いやめました。とにかく、本作は良いし、是非また次回作も読みたいと思った。 (くだらない)

2018-11-11

言葉が丁寧であり思念と言葉の乖離が微少に思える。その言葉から組み立てられる情景は輪郭がはっきりとしている。つまり、それは比喩だ。 >薄い繭にまもられているような夜 認知しているはずの記憶の不確実性をメタファーとして、比喩を使っている作品に読めた。レトリックで組み立てられた野良犬の様は表情がある。ただ野良犬が持つ固有の不気味なイメージを、丁寧な書き方が逆に消しているようにも思う。 (記憶の川、真昼の星 *)

2018-11-10

コックリさんを何度かやっていた子供の頃を思い出した。幼き頃は言葉の意味や漢字の読み方に夢中になっていて、その言葉による伝達やら、詩を感じたり考えることはなかった。言葉には予め付けられている印がある。その印は発する者によって付けられ受け取る者には見えない印で、印が押し付けられたり無視されたりする。魂とはそういうものかもしれないし、そもそも、その魂を言葉にすることにすら疑問に思う。幼き頃は言葉よりも前に魂を感じようとしていたのかもしれない。 (無印)

2018-11-10

この作品が私のことを書いているのかと錯覚してしまうぐらいに魅力的な人物として描かれている。いや、愛情が込められている作品に読めた。ややプロットにラフな感が残るも。 (⑧君の始まらない話)

2018-11-10

非現実な場を表す手法としての詩文。それは暗喩が効果を発揮するからだろう。本作にある暗喩とは語り合う者たちが持つ疑いが喩えとしての何かだ。ややプロットにラフさがあるけれども、そのラフさが特異な表情にもなっている感がある。作者が四月に投稿された当時、私だけでなく多数の人がとても興味を持っていたと思う。作者が書く作品には惹かれるものがある。 (酩路)

2018-11-10

性行為が個人的なもので、仕事は僕等にとっては社会的なものでしかない。仕事が個人的なものになってゆく過程が成長というのだろう。本音を言えばそれを僕等は否定したい。否定したい僕等には彼女がいて愛と平和を歌うシンガーがいる。彼女が性行為という個人的な存在から家族という社会的な存在になってくれてれば悲観的なシンガーも死ななくて済んだのかもしれない。でも僕等の希望はコンビニやパソコンやスマホに向けられていて、僕と彼女の個人的なものはスマホの中に今も変わらないままで。成長しないままで安心をする。変わらない僕等の個人なものごとにもやがて冬が訪れる。 感想を散文的にコメントしました。本作はとてもいい。読んでいてなぜだか、オザケンのアルペジオが頭の中で鳴り出しました。そうしたら左様な散文になった次第で。文学というと大袈裟で、カルチャーと呼ぶ僕等が愛着を持つもの/音楽や、小説や、この掲示板。そこで表現する作品に時代性を持たせることの重要さを本作を読んで気が付いた感があります。僕の自分語りが僕等の時代性を語る時、それはわかる人にはわかるという限定性が孕むことではあるけれども、ある特定の世代に訴求する作品があっていいと思う。 (冬風が、聞こえてくる。)

2018-11-10

時々みせる渡辺さん独特の青春が薫る作品が好き。そこにある挫折感がたまらなくいい。百均博士にも同様の挫折感があったが渡辺さんの作品には自虐する笑いが仕込まれていて本作にも多分にある。そして切ない。読んでいて切なくなるぐらいまで昇華された挫折からの笑い。今にしか書けない作品だと思う。 (ポエムでチクショー)

2018-11-10

この労力、感謝です。詩が好きでないと出来ないと思われ、その熱量に学ぶ。 (10月分 フル選評(まりも))

2018-11-09

るるりらさん ぶっちゃげ言いそうになった。あぶない。あぶない。ルミナスラインはやばいよね。結婚しているとかしていないとか関係なしにルミナスラインは飛んでいて。大賞いらない。クリプレもいらない。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-11-09

帆場さん ルミナスラインを見つけてくれて嬉しいなあ。でも大賞決定戦では投票しちゃだめ。大賞いらない。大賞いらない。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-11-09

渡辺さん この作品が人目につくとあまりよろしくなくて、ルミナスラインが目立たなければよいのにと思っていて。大賞なんてもってのほか。大賞いらない。大賞いらない。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-11-09

驚かし系と勝手にカテゴライズするけれども、驚かし系クラスタでは花緒さんのアシッドプラネットhttp://bungoku.jp/ebbs/pastlog/497.html#20160927_611_9131p がチャンピオンでアシッドを超えた作品にお目にかかったことがない。その驚かし系の観点からすれば本作はまあまあだと思うがアイデア以外には何ら驚きがない。パワーだけでいえば渡辺さんの過去作品にあったラブラプソディーhttps://www.breview.org/keijiban/?id=1768 の方が上。 (遺影)

2018-11-06

侍のプライドが表現されてる良い作品だと思います。一読目にやられたと思った。というのも、2年前に詩を書き始めたばかりの頃、誰彼かまわず、自分が書いた詩を読んでもらって教えを乞うた時期に、ある方に読んでもらおうと書いた詩が江戸時代風味な作品だったのです。これは一体なんだと、手厳しいアドバイスを受けた記憶があって、本作を読んだ当初、あの時に書きたかったイメージを思い出しました。すみません、本作の話に戻します。老いさらばえた侍(すみません、勝手に私は侍だと想像していますが、町人かもしれません)が生きるためには嘘を使う。しかしそこには覚悟がある。閻魔さえ怖れず、群れない狼の覚悟。生き様とはそういうものではないかと問う。清濁合わせ呑みとは詭弁と開き直りにある人にはきこえるかもしれないけれど、最強の魅力が滲む言葉だと思う。エレカシのドピッシャー男をBGMにして読ませていただきました。 https://youtu.be/Yi6OiklWiN0 (清濁併せ呑む )

2018-11-06

コメント有難う御座います。ブルトンあたりの手法への先祖返りとは異なる手法を使っております。手法について自説をしますと鶴見俊輔氏の著書「限界芸術論から遠い作品、つまり専門芸術の範疇とみなされたい作品を書くことをテーマとしました。そのテーマを掲げた理由として一つの仮説を立てました。専門芸術の定義と限界芸術の定義は交わる点を持つのではなかろうかと。二つの定義については省きます。交点を求めるにあたり、立証実験の手法として「固有の知識以外は使わずに書く」とのルールを課しました。得られた結果が拙作となります。もう一つ自説しますと本作を書く直前に約20年ぶりに小林秀雄氏の著作と地獄の季節を読んでおりました。と、書いて気が付きました。すみません。ブルトンあたりの範疇にランボウが含まれておりましたら、なゆた創さんのご質問にはYESと答えなければなりませんでした。失礼しました。 (綺麗な産卵)

2018-11-06

これいいな。戦ってんな。 現代詩と(笑)。 充実した今と過去をコントラストにして裸電球にメタを持たせる表現がいいよ。 なないろ作品の魅力は自然体なところ。以前は背伸びし過ぎな表現が少しあってぎこちなさに読めた。今も背伸びし過ぎな表現があるんだけど、それが自然体に読めてしまう。つまり自由だ。君は自由を手に入れたんだろうな。少し行くとまた坂道になるかもしんないけど登り切るといい景色があるよ。この作品の通り。いい作品を読ませてもらった。 (ここから見える景色も悪くないね)

2018-11-06

正直にコメントすれば私はこれを書きたい。詩とはなんぞやという命題を抱え続け2年間が過ぎた。ネット詩にある流行は理解した。少し背伸びをして書けばネット詩の流行を取り入れた作品を書けることは実感した。でも私が書きたい傑作はそんなものじゃないと最近は確信していて。大層であり大層でないこと、自分語りであり自分語りではないこと、虚構であって現実であること、そんな傑作を書きたい。本作「小さな村で見た」を読んでそんな感想を持った。 (小さな村で見た)

2018-11-05

ビーレビに参加される投稿仲間のうち、日常から発せられるところの言葉を大事に持っていらっしゃる方々の作品を私は好ましく思っていて。他方、コメントを上手く書けないもどかしい気持ちも併せて持つ。本作「かえっておいで」を2度3度と、掲示板をスクロールする度に読んでは、コメントの内容が頭の中で組み立てることが出来ないでいた。雨戸やコンピュータミシンやハンカチがある情景は記憶に埋もれてしまった私が一番幸せと実感していた幼き頃を打つ。しかしながら、それをコメントにすることに迷った。それはきっと今の私の手から離れた、いや、捨てたものだからだと思っていて。気持ち悪く取られてしまうかもしれないが結語にある「ちゃんとかえってくるように」に私の感情は動いた。とてもいい言葉だと思う。もう一つコメントしたいことがあって。先に述べた日常から発せられる詩文、それが私にとって一番苦手なもの、書けない自分がいる。しかし薄々感づいていることがあって、それは、私が書きたい目指しところの傑作とは日常にあるのだろうということ。それを詩人の白島真さんから教わりました。ごめんなさい。長々とした自分語りコメントになりましたが、最後に白島さんから教わった倉橋健一氏の言葉を紹介して終わりにします。 「切実な主題は、日常のくらしの奥にまぎれもなく沈静してある。それをねばりづよく追求し、みずからの物語をつむぎだすことこそが、詩のほんとうの夢であるだろう」倉橋健一 (かえっておいで)

2018-11-05

「つまらない自分の顔が」という語り手の卑下する気持ちの行き場のない心情は泡の様態に比喩としてある。詩が日常から発して別の日常へ伝わるとき言語がもつ汎用度を高めるものだと思う。別の日常とは他人の営み、或いは自分の別の営みだとも言え自分が別の営みとは、本作に沿って示すとすれば、みじめではない自分の顔がある日常だ。また、別の日常へと伝わる言語とは、本作に沿って示すとすれば、見えない石が飛んでくる様だと言える。しかし別の日常はどうやっても生きれない。その諦めなければならぬ気持ちは泡のようだ。 (泡)

2018-11-05

渡辺さん 酷評ありがとうございます。とても参考になります。実験はその結果検証を冷徹な姿勢で行われるべきと考えますので、次に活かせるアドバイスに感謝です。少しイージーだった感があります。詰めが甘かった。一日かけた作業で学んだ技術も含め次回に活かします。 (フルHD 音のない朗読、音のない選評)

2018-11-05

岩垣弥生さん こちらこそコメントありがとうございます。みえてしまうものをみえていない人へ伝える事の作用が詩の表現にはあると思っていて、私もさっき幻想を書いて投稿してみました。参加者同士競い合える場でもありたいですね。良い傾向として。 (フルHD 音のない朗読、音のない選評)

2018-11-05

これは面白い。投げ銭がもしあれば千円出すと思う。100のストーリーが揃ってもし本になったら、小銭以上1万未満な価値があると思います。 (短い話)

2018-11-04

二次情報、三次情報から感受して出される情緒の表現は難しいと思った。何が難しいかというと、物事は視点を変えれば視点の数だけ、物事から受ける情報には差異がある。二次情報、三次情報にも異なる視点と情報がある。差異がある情報が溢れていることは健全だといえる。逆に情報が単眼視なもの。その悪癖は、思い込みと洗脳性を孕んだ良識が害悪となるケース。それを補助し更に加速される要因に情緒がある。詩文とは情緒から創作されることが多分にあって、先に述べたケースを含有する作品になりやすい表現方法だと私は思っていて、本作はそのケースになるかならないかの際どいところにある内容だと思う。私は本作を一次情報について書かれた作品だと受けているので、メタとしてある良識が害悪になっているとは思っていない。もう一点コメントしたい。二次情報、三次情報へ示した情緒、「哀しみが無限に分散していく。」の語りが気になった。個人的なことではあるが私は二次三次の情報に対しては冷徹さのフィルターを心がけていて、情報が拡散し紋切型になってゆくのは、情緒が要因として多分にあると考えている。つまり、人の情緒が利用されてしまうこと。当事者にある哀しみが利用されること。先の一節はそれを意図されていると読んだが、やや感傷過ぎて、口説過ぎる感もある。長くなってしまったが、本作が着目し、書かれたテーマは面白い。今後、虚構の展開を更に巧みに書き込まれるとよいのではなかろうか。 (移動する発疹)

2018-11-04

仲程さん 文字のモーションについてのコメントありがとうございます。文字言語にこだわってきた詩。そうであるなら、音楽や発話など他の手法を取り入れるのでなくて、手頃になったツールによる文字表現の追求をやってみたら、それもまた新世界かなあ、なんて思っていたりします。 (フルHD 音のない朗読、音のない選評)

2018-11-04

完備さんがこの選考をどう思われるのかがとても気になっていました。 鳥肌が立つほどな詩文にでくわすことは1年に1作品あるかないか。文学のくくりで有名作家まで含めても私の場合、3年に一度ぐらいです。本当にこの作品は傑作であると思っているのかと問われると困る。鳥肌立つ震えと比較すれば、矛盾。なので、個人的な意見として自分の理想を言えば大賞も含めて、選ぶ作品数は月に0か1でよいと思っています。それぐらいに絞ると場も変わると思います。完備さんもきっと気に入ってしまう作品はそう多くはないと私は想像していて、私の中のその完備さんが、やられる選考をみてみたいと思っていたりしています。動画の件、参考になります。ありがとうございます。 (フルHD 音のない朗読、音のない選評)

2018-11-04

オオサカダニケさん コメントありがとうございます。ビーレビの参加型選評は表現手法の一つだと思っていて。選んだ作品によって選者の感性が如実に表れているようにやりたいし、そうでないと150以上ある作品を全部読むのは苦役でしかないと思っていまして。なので、オオサカダニケさんが、選んだ作品の傾向をコメントしてくれたことはとても嬉しいです。 (フルHD 音のない朗読、音のない選評)

2018-11-04

完備さんの作品にいつも思うのは、ありきたりな表現は絶対にやらないルールを自身に課すことが良い書き手の最低限の条件なんだよな、ということ。つまり完備さんが投稿される作品を読んで「ああ、こんな作品他にもたくさんあるよね」とはならない。(私が詩をあまり読んでいないのかもしれないが)。それってネット詩へ投稿を続けていると身につくことでもある。いや、なんで私の作品はダメなの?とずっと悩み続けてる私みたいな者もいるが。本作について。難解な美についての抽象表現と詩的なメタと、後半展開されるまぼろしの喉への流れはとても切ない。エモさも完備作品の魅力の一つではなかろうか。 (ill-defined)

2018-11-02

最終連が少しだけ薄い印象なんですが、この作品好きです。情景のつくりが惹きこまれる。 (誰にも知られないように)

2018-11-02

ふじりゅうさん 選評ありがとうございます。 前文に感動しました。詩文になった自分のあれを意味付けするのはユキのあれではないのかもしれません。恋とかにずぶ濡れになってしまった人、その人が自分を認めて欲しいと、自分のあれを救えるのはユキだけと、そんな気持ちがみつけたyukiのJOY。。ああ、あれってこの歌にある通りだなあって、感じたら、それはとても幸せなことで。 そんなことをふじりゅうさんの前文に思いました。詩にある、あれのこと。 (10月分 藤井のフル選評 「ネットの海の端くれで」)

2018-11-01

同時に投稿された作品、私的には第十五よりも本作第一の方が好み。神々しさが文体にあってるように思う。一行空けの詩はそのブランクに読む側が意味を見出す。意味が見出せない時、単に「詩らしさ」をイージーに表現しようとしているように思えたりする。本作にはその意味があると私は読めた。句点が効いているからだろう。 (詩 第一)

2018-11-01

うまいとしかいいようがない。ある程度の覚悟と潔さがなければ発することができない作品だと思う。そこからるるりらさんらしさが顔を出していていい。表現されている。 (よしっ)

2018-11-01

詩情とは一種のパラレルワールドを伝えてることだと思えば、「探しもの」も本作「ピアノ」も読者を誘う効力を具えた魅力ある作品だと思う。プロットがよく出来ていて、優れたプロットはプロットありきと思わせない域に達しているもので、それは自動筆記に近いと思う。 ー通りを歩いていたらピアノの音が聴こえてきたーただそれだけのコンセプトがあって、そのイメージから先はオートに走らせただけに思えてならない。それは心地よいものだ。結論も出ない、理由も述べない、文脈を示さない、全ては疑問のままに終わる。明確に示さないことに読者の私は安心感を持つ。なぜならばピアノの音は最初から謎なのだ。その謎が解けてしまったら、それは偽りの人生と同じだと思う。人生とは謎なままに終わることの方がリアル。諦めていいのだという安心。良い作品だと思います。 (ピアノ)

2018-10-30

オオサカダニケさん 一生涯で一番好きになった人を表現することはとても困難で、それは僕が頭が悪いからかもしれないんだけど、一生涯で一番好きになった人がずっと続いていくことはとても気持ちがいいことで、一生涯で一番好きになった人が居ないと詩が書けない。かもしれない。うん。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

沙一さん 一生涯で一番好きになった人が現われるたびに僕は必然を感じるのに、一生涯で一番好きになった人は何度も現われる。これは偶然なのかと残念に思う頃には大人になっているの。一生涯で一番好きになった人が小さな恋のメロディの主人公のメロディに似ているところだけはいつも同じたからやっぱり必然なのかな。うん。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

ボルカさん 一生涯で一番好きになった人と向かい合って食事をすることは絶対に避けなければならないと二十一歳の時からルールにしていて、一生涯で一番好きになった人は二十一歳の時からそれはどういうこと?と疑問を呈してくるのは今も変わらなくて、その答えは沢田研二のあの子にご用心を聴いたらわかるのにって、一生涯で一番好きになった人に今も言わないし、言わないでも理解してる一生涯で一番好きになる人は今も居て、来年ぐらいからはもう見つけなくなるかもしれない。うん。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

ステレオさん 一生涯で一番好きな人が隣を歩いていたら僕は少しだけ後ろを歩くようにするんだ。一生涯で一番好きな人が少しだけ前を歩いていたら僕は早歩きをしながら前をいくの。一生涯で一番好きな人が少しだけ後ろを歩いていたら僕は振り返って安心する。そして現実に戻ったり夢みがちなセンチなため息をついている。大していいことあるわけじゃないだろうなんて口ずさみながら。うん。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

ふじりゅうさん 一生涯で一番好きになった人、その人は今自分のそばに居て、また少し生きて一生涯で一番好きになった人を考えると、以前一生涯で一番好きだった人でなく、違う人が一生涯で一番好きな人として今自分のそばに居る。中学生の時に一生涯で一番好きだった人を今考えたらそうではなかったことを知って残念な気持ちになる。結婚する時に一生涯で一番好きな人だと思っていたのに、好きと愛してるは違うのかなあと伴侶ですら一生涯で一番好きな人じゃないことになる。そんなバカなことを考えるおじさんにだけはなるな。うん。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

短詩型の凝縮はあると思う。ただ、凝縮するには少し大き過ぎるテーマだったとも思うし、グリム童話的な残酷さを例にすると、やはり、やや不足感がある。 (ダークラビット)

2018-10-22

実存描写がいいなあと読んだ。感傷さがあって内情を語るまでの流れにやや唐突感があった。意図された急流にも読めるし衝動的な表現として受けた。 (断片)

2018-10-22

最近のカオティクル作品はアウトプット的なもので、あまり好みではない。カオティクル作品の魅力は中身をみせるところではないと思っていて、言葉など信じていないし、言葉など意味が無くていい的な表層的な言語をアザわらうもの、そんな作品を読みたい。 (羽の日)

2018-10-22

本作を読んでわかった。ステレオ作品とは一体なんだろうかと作品を読むたびに考えていた。本作でわかったこと、ステレオさんはプロットに弱いのだと思う。前作が素晴らしい傑作だったのは、テクニカルなものが優れていたから。言葉を置いてゆく作りの技巧に驚愕した。しかし、プロットが魅力としてなければならない作品の場合、魅力がガタ落ちしている。(そんないう程でもないかもしれないが)前作がよかっただけに、今作は今ひとつ。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-22

僕のギターがあるところが、本作を感傷があるものとして私は受けた。そもそも論をやるとき、往々にして理屈が先行する。その理屈がまた自虐を補完する。本作も自虐が全面にある。私には本作が不快な自虐とは映らない。なぜならば自虐を自覚しているようで、自覚していないから。自己陶酔感が強い。それはいいことだと思う。詩は自己陶酔が多分にある。かもしれない。 (『藤井龍平の肉迫』より。)

2018-10-22

すみません。二重コメントになってしまいました。 (声よ届け)

2018-10-22

ゼンメツさんが現在、何処へ向かおうとしているのかが少しわかってきた作品。月並みなな言葉ですが、人と人の関係ってこれぐらいのドライさがあった方がいいし、それの方が悲しいと思うし、そもそもが悲しい。というようなこと。 (傘泥棒)

2018-10-22

たしかに血の雨はリアルに語り手の実感として持っているのかもしれないが、現実として血の雨が降ることはない。ということは、読者はそれを想像するしかない。読者には血の雨を実感として持っている人がいるだろう。その人であれば、共感を覚えるだろう。私は想像する方の読者だ。残念ながら血の雨を想像することが出来ない。ただ作者が血の雨と表現したいエネルギーは受け取れた。でも白犬さんはそんなことを望んではいないだろう。血の雨を想像して共鳴して欲しいのではなかろうか。もしそうであれば私にはまだ伝わって来ない作品だ。 (秋の赤)

2018-10-22

ラップなリズムカルがあって良いなと思いつつも、個人がみて感じている情景、それ以上に惹き込まれなかった。また、やけっぱちさをなぞるような気持ちは察せる作品だと思う。 (声よ届け)

2018-10-22

ラップなリズムカルがあって良いなと思いつつも、個人がみて感じている情景、それ以上に惹き込まれなかった。また、やけっぱちさをなぞるような気持ちは察せる作品だと思う。 (声よ届け)

2018-10-22

とても発想が良い作品だと思って読んだ。ただ、語りが単調になってしまっている感がある。空疎な情景を文字面でしか読めない。読者の私からすれば、引き込ませるためのフックとなるキーワードか、あるいはプロットが不足しているのではなかろうかと思う。逆に言えば、固めない文体であろうとする意図があるとも読め、読者へ委ねられた詩的な要素とも言えるかもしれない。不可思議さと実存の中間を描かれようとされたとすれば、それは白で止まってしまっている感があり私的には空、ゼロの世界観まで感じたかった。すみません、少し評が辛いかもしれません。 ハンドルネームが好みです。センスを感じる。余談ですが、深夜のFMラジオ番組の制作に私は現在絡んでおりまして。 https://mobile.twitter.com/jirai_radio (白い部屋の秒針)

2018-10-17

物語にはネガティブな事象の転換を願う語り手の思念が奥底に流れていて、そこには俯瞰する視点が固定カメラのようにある。私にはネガティブな気持ちを誘う作品に対して死を探して読む悪いクセがあって。それが良くも悪くもバイアスがかかってしまう。そのような意地悪な読み手にあっても本作は生へのプラスな読後感を与えてくれた。それは何故か。 一つは希望が書かれているからだろう。しかもなんとなくな希望ではなくて誰人たりとも壊せないと思わせる堅固な希望。それが以下の引用箇所から伺えた。 >いつか巡り会うべき誰か >理想郷は >冥府にしかないから 更には「目覚めなさい」という強き呼びかけがあって、それもまた、覚悟ある希望に読める。もう一つ、挙げたい。「赤い靴」について。読者の多くも印象に残ったはず。私も少し違和感がありながらもインパクトがあって。読み返して思ったのは「赤い靴」とはその後に続く人形たちが履いていたうちのどれかの一足なのかと。焼かれても残ってしまった靴の存在が希望に読めてしまう。 これは蛇足になってしまうかもしれないけれど、本作から読んで受けた印象は三浦綾子の作品を読んだ後の、それに近かった。 (冥府へ)

2018-10-14

暴力描写や暴力をイメージさせるための言葉を意図して使われている作品ではないように僕には思える。それはぎりぎりだ。もう少し平たく言うと、切り刻みの言葉が張りぼてのようなうわっつらだけにはなっていないということ。それはなぜだろうかと考えた。で、それは本作にある怨念のようなものが執拗に男に向けられているからじゃなかろうか。切り刻みというリアリティが一見して無さそうな言葉を現実に繋ぎ止めている語り手が持つ本当に持っている怨念。それがあるように読めてしまう。 (嘘)

2018-10-12

帆場さんの作品の中でもこの作品が今までで一番好きです。 (午睡の刻)

2018-10-10

上手い。これは上手い。面白い。で、これをこうだたけみさんがやるからだろう、言葉遊びのセンスを感じる。 (「穴。」)

2018-10-10

本作にまったく関係ないのだろうけど、何回読んでもマレーネデートリッヒ が靴を脱いで砂漠をひとりで歩いていく姿が浮かんでしまう。なぜか。 (仲直りの嵐)

2018-10-10

ボルカさんの選評を読みたかったのは私だけではないと思う。ボルカさんは選評という言葉が嫌いな人だと思う。誰も信じてくれないだろうけれど三浦も選評が嫌いなんだ。本当は。だからわかる。選評が嫌いだという人は少なくない。でもビーレビには選評がある。たくさんの人たちが喜んだりなんちゃら談義をしている。じっとボルカさんはそれをみていた。嫌いなのになぜ三浦は大賞取るだのなんだのとお祭りの神輿に乗っかってやんややんや騒いだのか。みんなはそれをわかってくれたと思う。ボルカさんは最初からわかってたと思う。詩を選評する全ての仕組みを無意味にしてしまいたかったということを。 この詩が好きだということ。誰が何と言おうと私はこの詩が好きですと不器用だけど言いたい気持ち。一生のうち一回、詩が好きの気持ちを上手に説明出来ればそれで良しとしよう。 とりとめのない散文コメントになってしまいましたが、ボルカさんありがとうございます。 (選評 詩についての詩は、一生に一つ書けば良いじゃないか)

2018-10-09

ゼンメツさん!ありがとうございます!なんといいますか、コーリャさんってビーレビとかネット詩とかを象徴する若者(ちょっとこの表現は笑ってしまいますがw)のひとりだったと思っていて。で、一緒に運営やってても、あんまし簡単に声をかけられない空気があって。でもなんだろうか、ネット詩にはコーリャさんがいるという最後の砦的な存在だった。彼が不在になったことはショックな感じがあった。なぜだかゼンメツさんからも同じものを感じてた。だから、ゼンメツさんが現れたことはとても嬉しかった。できればビーレビだけでなく、文学極道も含めて、ゼンメツさんには長くネット詩にいて欲しいと思う。ありがとう。 (貴音さんの選評【9月】)

2018-10-07

作者には個人的な思い入れがあるのでマジレスしておきたいと思う。 まだ本気ではないと思う。あなたのツィートから時々発せられる一瞬にして人を言葉に引き込む磁力。それがまだ感じられない。作品のどこからそれを感じるかということを簡単に述べようか、思ったがやめた。 上から目線で見下ろしている男の正体はみうらかもしれないな。少し酷評をしてしまったが、まあ、大丈夫だろう。 (電動歯ブラシ)

2018-10-07

「スーパー踊り子豚野郎」のイメージからすると本作「サルビア」がとても重たい内容を孕んでいる印象があって何度か目にするもコメントが出来ないでいた。5or6さんの作品は気楽な気持ちで書いていらっしゃる(「スーパー踊り子豚野郎」がそうだと思われる)ものや、重たいもの(「リチウム」などに感じました)であったとしても、私が持つ印象として「あえて書いていない言葉」の存在を強く感じるのだ。本作に沿っていうと、 >差別もなくならないだろう >はなしたいだろう >はなしたくないだろう といった推量の助動詞にその、あえて黙っている言葉を感じる。そのことを違う言い方をすれば詩情ともいうし行間にある言葉というのかもしれないけれど、5or6さんの行間にあるのは言葉じゃなくて黙っている顔がある。私にはそうみえる。黙っている、あえて言わないでいる人格として迫ってくる。その印象の輪郭が本作ではとても強い。「リチウム」もとても強く感じたけど、本作のがもっとだ。先の推量の助動詞の話に戻すと、それぞれ置かれた助動詞の後に続く言葉が本作では優しい。 >差別もなくならないだろう >でもだからといって >はなさないでほしい >もっとはなしてほしい >はなしたいだろう >だけどはなさないで >もっとはなしてほしい 推量の助動詞のあとに続ける相反する願望。私には優しさとして伝わってきた。本作が表現していること(すみません、こんな大層なことではないかもしれませんが)人間には二面性があって、その善悪の二面性を孕みながら家族であるという、「諦めと諦めきれなさ」から滲む優しさだと思う。 (サルビア)

2018-10-07

大ニ廟フルスロットルなコメントを残しておきたいと思う。カオティクルさんが鋭い読み手な奴と思ったのは、「三浦さん、この作品ってもしかして岩倉文也さんに影響されました?」と訊いてきた時だった。その通りだと答えたけれど、でもカオティクルさん、きみは岩倉文也さんのシリアルエクスペリメンツレインまでは見抜けたとして、シリアルエクスペリメンツレインが大好きだった文学極道創立者ダーザイン氏まではたどり着けなかっただろう。それでもきみは鋭い方だ。表層的にしか読めない現代詩トレンド野郎らは「これってゼンメツさんへのオマージュ?」的感想止まりなんだから。確かにゼンメツさんが私の中に登場したことは間違いなくあった。しかし、ゼンメツさんが私の中にあった「ダークサイド文学極道」を呼び覚ましたことが本作を書いた大きな理由の一つであると、直木賞受賞作家ぐらいに大きなドヤ顔で述べておきたい。ダークサイド文学極道とは一体何か。そもそものあの文学極道が発する磁場はなんだろうかと幾度となく私は思索してきた。手繰り寄せたいくつもの文極の歴史の断片。その中にレインはいた。ダーザインさんがあの場所に埋め込んだものは一つのプロトコルであり、それは言うまでもなく神として在ること。神とは何か。全能であるとは一体何か。私的な答えを言うとそれは怨念を享受し続けること。すべての怒りと悲しみと憎しみを受けとめ、それを換えてしまえる存在。それが神であり、文学極道に蓄積された怨念のアーカイブである。怨念が発する磁場に引き寄せられる狂気。そしてその狂気に魅了されたみうらくん。ネット詩に関わり過ぎ疲労感に苛まされていた私に憑いてしまった正体。それに落とし前を付けることをゼンメツさんが覚醒させてくれた。落とし前に必要なこと、それはハイデッガーの存在と時間の概念、それとレイン。 あるいは、カオティクルと出会ったということ。これも最初から必然としてあったことかもしれない。0の世界とはそういうことなのです。 僕を見つけてくれてありがとう。 (貴音さんの選評【9月】)

2018-10-06

どこかで読んでくれているであろうと信じ込まなければ特定する人物宛の作品は書けないなあと、特定する人物宛に作品を書いて投稿したことが何度かある私的には実体験からくる感触を持ってるんです。で、ありながらも、その宛た人物から「その作品はどれだ?教えろ」と言われると絶対に教えられない。それって私だけなのかもしれませんが。仮に、本作、高橋涼子さんが実際にいらっしゃる人物だとして、本人がもしも読まれるとしたら「え?何これ。私宛だったら投稿したりすんなし」と思うわけで、その想定は作品を書かれる時点で作者もわかっていることで。ということは、本作が作り話だと、読者側からすれば、その想定で読む。いや、そんなことは当たり前なことなのかもしれませんが、話を戻しますと、私がなぜリアルに存在する人物宛に作品を書いて且つ公の場に出してしまうのかと言いますと、リアリティがある作品を書きたいからなんです。作り話はやはり作り話としてしか伝わらない。読者は想定以上に賢く作品を読んでいたりする。本作にはもしかしたら事実としてあった出来事が書かれているのかもしれない。例えば靴箱に入っていた恋文のことは実際にあったことなのかもしれない。しかし「作り話の中に入っている事実」より「事実を元に話を作る」のでは読者が持つ印象はまったく違うと思う。残念ながら本作を前者として読めてしまう。が、しかし熱量がある好ましい作品に思いました。次回作期待。 (初恋文)

2018-10-06

これにあるもの、これに込められているものが私にはわかった。何が込められているのかを言葉にするほどには読めていない一読しただけなんだけれども、わかった。わかった気がしただけではなく、本当にわかったと感じた。とてもとりとめもない散文だし、技巧的な何かがあるわけでもないと思う。眩しい光はたしかにあった。 (眩しい光)

2018-10-06

これいいですね。東京パックってタイトルが魅力あって、このなんとも言えない皮肉屋さんのようなメッセージ。私的にはみうらくんのTwitterみたいなセンスある皮肉に読めてしまいシンパになってしまいました。「かもしれない」。この言葉を私は大好きです。 (東京パック)

2018-10-05

投稿作品の共有が成立するかどうかは「こちらの掲示板は日本語を一般常識の範囲内で理解出来る人が参加条件」とでも掲げられていないかぎり、どのような表現があってもおかしくない。話が一旦逸れてしまうが、urlリンク表示が可能となった当掲示板にurlだけが書かれた作品が投稿された場合に、どう対処するべきだろう。じつはurlリンク表示はスパムの乱入を警戒して設立当初はその機能を見送った経緯がある。投稿された作品とはいえリンク先が常識的に考えて「愉快犯」とみなされるものであれば、個人的な意見ではあるがビーレビの場合は削除でいいと思う。しかし、自説・ステイトメントが投稿と同時に加えられていれば別だ。私が問いたいのははたして自説や補足を加えなければならない芸術作品って、なんだか萎えませんか?ということ。話を戻すと、本作には自説・補足無しでも読める。私的には。しかし「なんですかこれ?」という現代詩に馴染みのない人が素朴な疑問を持たれてもおかしくない。またまた話を逸らしてしまうけれども、私が文学極道で初めて現代詩なるものを読んだ時、「理解できない」文体、長文の「詩」に困惑したし、「こんなものは街の人々に読ませれば誰も評価しませんよ」と悪態をついたりした。でも、一つの作品だけは直感的に「これは凄い」と感じ圧倒された作品があった。田中宏輔氏の引用詩だ。私の感想でしかないけれども作品それ自体に訴求力があると思った。 ふじりゅうさんの今作にも、それに近い印象がある。私にとっては「独特なリズムというより読みづらい」という感触なのだけれども、その感触を超えて迫ってくる情があった。それはなんだろうか。わからない。しかし先ほどから言っている自説や補足などを作者へ求める必要を感じない。作品そのままで納得というか、作品として展示されていても立ち止まって読んでしまう。それを発している作品だろう。 (灰の様なこころ、灰のようなこころ)

2018-10-05

ふじりゅうさんがコメントされていらっしゃる通り、たしかにレベルの違いを読み始めた当初は私も感じた。私はロジックを読むのが苦手なもので、読んでいてもほとんど内容が身に入っては来ないんだけれども、本作の前半部にあるリズムは中身を理解せずとも読んでいて心地よくさせる。ただ、後半の三角フォルム以降が。私の個人的な感性の問題なのだし、私が他人のことをとやかく言えないのだけれども、作者の意図が垣間見えた瞬間に拒否反応を私は持ってしまう。それが後半部なんだけれども、なぜ、最後まで普通のフォルムで書いてくれなかったのか。いや、それがステレオさんらしいといえばそうなのかもしれないが。これは優良以上確定なのだろう。いや、ニューロマンサー確定。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-02

とても個人的なことをコメントとして書かせていただくことをお許しください。本作は桐ヶ谷忍さんが過去に書かれた作品で、タイトルは変わっていないのですが、もしかしたら、内容は少しリライトされていらっしゃるのかもしれません。いや、まったく同じ内容かもしれない。ただ、過去に読んだ時と今では私自身の変化もあって読後感に違いがあるのです。昔に読んだ当時のことは個人的なことも重なって今でもはっきりと覚えています。車で訪れた出張先の新潟県で季節はちょうど今ぐらいの時期でした。姉貴の病状のことを考えながら車を走らせていて、不安定な気持ちが抑えられなくなり、麦色の稲が広がる田んぼのあぜ道に車を止めて『筆舌に尽くしがたく』を読みました。その当時、桐ヶ谷忍さんの詩を読むことが楽しみの一つになっていたので。姉貴のガンは末期で、もうすぐ亡くなることを義理の兄からきいておりました。父母を早くに亡くした私にとって姉貴は親のような存在でしたが、その独善的にさえ感じてしまう私への思いやりのようなものが、若い頃から長く鬱陶しく思い、死ぬ間際であっても病室を訪れることが出来ませんでした。薄情と周囲の親類達からも言われました。11月に姉は息を引きとりましたが、亡くなる前々日に面会して一言二言、言葉を交わしました。 『筆舌に尽くしがたく』が私の心境へ変化をもたらしたかどうかは判りません。しかし、本作を新潟県の田んぼで車を止めて読んだことは一生忘れないと思います。批評でもなく、また、なんで俺はこのような個人的なことを衆前でさらさらと書いてしまうのかと、自分でも愚かしく思ったりします。 ネット詩は本として残るものでもなく、データーとして消えてしまう流体なものかもしれませんが、その詩が、誰かが誰かの気持ちや執着を動かす作用をもたらすことになる。そんな出来事があってもよいのではなかろうかと思うのです。 以前に桐ヶ谷忍さん御自身は『筆舌に尽くしがたく』の出来はあまりよくないと仰られていたことがありましたが、私にとっては傑作です。個人的な傑作。是非、『罪人レプリカ』の投稿も宜しくお願いします!そして誰が何といおうともずっとネットで詩を書き続けてください。有難う御座いました。 (筆舌に尽くしがたく)

2018-10-02

帝王切開を優良に!ありがとうございます!初めて入選を体験しました! (八月のるるり選。より一層の素直を大切にしました。ほんまどすて。)

2018-10-01

この際だから、大賞、準大賞、優良、推薦のネーミングを変更することを希望します! 大賞→GOD 準大賞→ニューロマンサー 優良→ニュータイプ 推薦→シロッコ https://twitter.com/breviewwired/status/1046682502176419840?s=21 (《ビーレビへの意見とそれへの議論を書くスペース》)

2018-10-01

メルヘンな読み物に接することがほとんどないので新鮮に読めた。ただ、各節の末尾がすべて「た」で終わっているので、読んでいるととても単調になってしまい、良い内容であっても醒めてしまう。メルヘンな内容なだけに醒めてしまうのはとても惜しいと思う。「さよならの角度」というタイトルはとてもセンスがあると思う。それに惹かれて読む気になったし、描こうとされている世界はまだ、未完成さがあるとは思うけど、箱庭のようで、その箱庭を俯瞰する視点として、タイトルが関連付けされている。だからセンスがいいと思う。この世界を書き切るには難易度高いと思いますが、完成された箱庭を読んでみたい。 (さよならの角度)

2018-09-30

性的な作品として「あまがみ」というタイトルはいいタイトル付けだと思った。団鬼六の「花と蛇」よりも直裁的でいい。内容は抽象的な表現が多様にある中で「あなたのみみたぶをあまがみしたい」という欲望に関する表現部が具体的である為、それがコントラストとして際立つけれども、タイトルに釣られて読んだ私としては、抽象的な表現が邪魔になって薄い性表現の作品という中途半端さが印象として残る。薄い性表現でない濃いい性表現では美しさとしての性が欠落することが多いにあること。しかし、「あまがみ」といタイトル付けが絶妙なだけに、もっと踏み込んでリアリズムで書いてもよかったんじゃなかろうかと思う。 (あまがみ)

2018-09-30

言葉のバイオレンスさが電子画面の中のテキストを越えて伝わって来ない感じがあります。それは「死ね」の送り先が私、三浦宛ではない安心感がまずあるからでしょう。だとすると、バイオレンスさではない「死ね」の読む側の受け取り方として、冒頭から「死ね」は語り手の内なるものに限定された鬱憤などで結末を迎えることを予想した読みになってしまうと思うのです。そして「ごめんね」が結末としてある展開は、語り手自身の心象範囲内。予定調和過ぎる構成だと思うのです。しかしながら、特に読み手を想像して読み手を意識して書く必要がそもそもありませんので予定調和であろうとも作者が満足する作品であれば、それはそれで良いと思います。しかし、殺傷ごとを書くのであれば、その殺傷が読者に必然として浮上する世界観をみせて欲しいと願います。予定調和でなく、「ごめんね」の終わりが読者である私にとっても必然だと思わせるもの。その作品全体が持つべき世界観のフックが不足していて、散りばめられた過激な言葉にフックを頼りきってしまっているのではないかと思いました。 (沸騰)

2018-09-30

フィアデルフィア.... (決戦投票のお知らせ(2018年8月B-REVIEW杯) )

2018-09-30

訂正します。3連目→6連目です。失礼しました。 (隣町の雨)

2018-09-27

なぜだか気になってしまう作品。なんだろうかと、こちらの作品スレッドに戻って読んでしまう。トビウオの様を、トビウオの現象を、感じるままに書かれている作品、ということなんだと思う。それはライトな作風であり文字数が多い作品の中ではアンチテーゼなものとして存在感がある。それは作者の意図ではなく、読み手の私の感想として。詩文の在り方として訴求してくるものを感じました。 (トビウオ)

2018-09-27

詩文としての完成度が高いと思う。外界を描写しながら自己を暗喩として表し更に世界観を読者へみせる。それは詩文の定義を真理を探究する言語だとすれば、本作の詩としての在りようの完成度は高い。しかし私には傑作には思えない。完成度が高くなればなるほどに詩は、その探究する真理が肉薄するかどうかの手触りを確かめさせる。受け取り手の読者に。それは私の感性がダメだとも言える。私には2連目と3連目の「自由」についての言及にリアリティを感じることが出来ない。一羽の鳶の様が「自由」の暗喩として最終連で描かれているけれども、その最終連になっている構成がドラマ化され過ぎていて語り手でなく、作者の意図として伝わってきてしまう。作者の意図、思念が表れていることは詩にとって害ではない。寧ろ、作者の情念が伝わってくるものを私は好みます。詩文から私が作者の情念を受け取る時の多くの場合、そこに作者が営んでいる日常の習慣を感じる時であり、そういった詩文の多くは一筆書きに近い、人それぞれの癖のような乱れを詩文にみた時にある。本作は完成された作品であって、私の評は偏頗なものかもしれませんが、読んで良かったです。初投稿ありがとうございます。次回作を楽しみにお待ちしております。 (隣町の雨)

2018-09-27

まりもさん ふじりゅうさん コメントありがとうございます。 この作品における『世界が全滅すればいい』とは何か?本作の重要なキーだと自分も認識しております。また、本作を投稿して長い時間も経過しておりますので、思い切って自説致します。ハイデッガーが存在と時間のなかでも論じた通りに「世界」とは一体何か?という問いはとんでもなく難解なものであると思います。人間があるとする世界、私があるとする世界、あるいは本作品にある世界はすべて同じ世界としてあるのか、その答えを彼女は知っています。彼女は時間の概念を持たない世界にいるのです。しかしその隣には時間の概念を持った同じ人間がいる。時間の概念を持ったおじさんがいて、時間の概念を持った元彼もいた。時間の概念を持たない彼女と時間の概念を持つ他者がはたして同じ世界にあるか。そこに筋の通らない出来事が生まれています。彼女は去年の夏のことを思い出すのです。彼女が思念した「去年の夏」とは私たちが認識している「去年の夏」とは違うのです。なぜならば彼女に時間の概念が無いから。それは時間の概念を持つ元彼が何度も繰り返し話をしたことを憶えれていない、これは元彼への愛情の薄さを表しているわけではなく、彼女に時間の概念が無い、彼女の「去年の夏」とは「去年の夏」という空間を言っているに過ぎないのです。まったく理に適うように伝わらないかもしれませんが、理の前にありのまま、あると思念してくださいとしかいいようがありませんので、これについて共感・納得を求めるものではありません。 もう一つ自説します。武器について。この作品の中における情報だけを基に推測すれば、彼女とおじさんは共通の武器を持っており、彼女はその武器を持っていることに気が付いているが、おじさんは武器を持っている認識がない、あるいはとぼけている。その共通の武器とは。答えを導き出すキーは前節にある、おじさんへの問いかけです。「判断をしようか。」しかし彼女は問いかけをしながらも一体何を判断するとも言っていない。主語が無いのです。つまり「何か」を判断しようよとおじさんに呼びかける。そして、おじさんの答えをきく前に、彼女は自ら武器を示した。判断をしようと促したのは武器を取れ、武器を持てということになります。では、武器は何か。武器は感じること、感性の暗喩です。先ほど自説しました通り、彼女に時間の概念はありません。その彼女が時間の概念がある世界で生きることは合理ではないのです。言語ではないのです。ただ感じるということ。ただ、あるとすること。ただあるのだと。その感性を持っておじさん君も戦えというメッセージを込めて拙作を書きました。私の世界を変えるものは何もないとは、感性に生きる者、合理の世界に背を向けた者が持つ決意です。最後になりますが、一つアピールさせてください。本作を基に『共犯者』というタイトルで10月7日のイベントビーレビューテンへの動画を製作・出展することにしております。そのなかで朗読をある人にお願いし、録音しました。私が知る限り、いや、私が勝手に思っているだけですが、その朗読をやってくれた人は、時間の概念で生きていない人、だと思っております。もしよろしければ、イベントでお楽しみください。長々となってしまったコメント、容赦ください。 (0. my world.)

2018-09-27

「終われない世界観」だと北村灰色作品をずっと評してきた。https://www.breview.org/keijiban/?id=771 で最近、灰色さんのツィキャス放送で初めて灰色さんの即興詩を聴いた。それはめちゃくちゃ上手かった。で、わかったんだけれども、北村灰色さんの作品に必ず憑いているもの、それは言葉を使う器用さだと思う。その器用さはテクニカルな枝葉なレベルにとどまらず文体・スタイルにまで昇華されていて。言葉を使う器用さって、作者が受け手に対して、イメージ通りにイメージを百発百中で言葉にして伝えられるということ。料理は完成していて読んでいる私はそれをそのまんまに美味しく食べてしまう。逆に言うと読者に想像の余地が無いのかもしれないし、世界を終われない強制力を持ってして読者を誘うもの、つまり読者は共犯者になっていく。なくした100項目にはたぶん、読んだ人間が書いた終われない世界が書かれている。 (99頁、なくしたのはたぶん)

2018-09-26

宮田さんの作品を読めていなかったかなと本作を読んで気がついた。投稿され出した最初からの2作品にコメントをした通りで、個人的に好きな内容になっている。ビート世代、ロックンロール的な匂い。カテゴライズしたくなくても読者として、それらを読む時、その作者のオリジナルはどこにあるのだろうかと探してしまう。本作でそのオリジナルが、それが何なのか垣間見た読後感があって。ただ現時点ではそれをコメントの言葉にすることが出来ない。しかしながら、宮田さんが投稿参加開始された当時とは当掲示板への投稿作品の数も傾向も大きく変化してきており、今、改めて、宮田さんの作品が多くの参加者に読んで欲しい気持ちがあり、今回コメントさせていただきました。 (1885年の夢)

2018-09-26

これ、めちゃくちゃ上手い。久しぶりに来た来たって感じがした。一高校生というハンドルネームがギミックならば、それもいい。いや、ギミックでなく本当の高校生でもいい。とにかく、良い。いい作品に理屈はない。 (なんだかさ)

2018-09-25

渡辺さんの作品はほっといてもコメント付くから全くコメントする気がなかったのだが、渡辺さんの返レスに「私ね、地蔵菩薩になりたい」とあったのを見つけてしまい笑ってしまいました(失礼) で、本作が持つ本質って「書かれた理由」を探らせるミステリーだと思う。カポーティの「冷血」と同じ。あれも事実の殺人者がなんちゃらよりも、創作スランプにあったカポーティの理由の方に意味がある。それは作品の本質がスキャンダラスだから。本作「殺させてくれたのに」も同じ。この作品の内容が残虐さ云々という批評は文学の世界では妥当なことではあるが、エンタメ(そもそも渡辺さんの作品は文学じゃないよ。エンタメ!)としてみれば、その訴求力の要因はスキャンダラスだということ。そこからすると、作者が創作の関係理由として地蔵菩薩になりたいと言うのだから、めちゃくちゃ確信犯だし、大した役者だ。 (殺させてくれたのに)

2018-09-24

モノローグの文体は単に思念されたことを表せばよいというわけではないと思う。他者を突き離すことがコンセプトとしてあればよいのだけれども、本作「コトノハ」に『だから私は』『貴方のコトノハ』とあることからすれば、読者を自身の独白へと感情移入されるべく「私と貴方の物語性」のレトリックが内包されている。であれば、私には、残念ながら語り手の共振が伝わってこない。コトノハがコトバではなくてコトノハという響きが持つ浮遊感以外に語り手のオリジナルの情念の訴求力が感じられない。コトノハという音の響きに依っており、コトバかあるいは言葉と用いずにコトノハとされているところに響きに頼ったイージーな創作に読めてしまいます。 初投稿、ありがとうございます。また、次回の投稿作品を楽しみにお待ちしております。 (「コトノハ」)

2018-09-24

おお!!渡辺さんはやっぱり鋭い。まったく同意です。私、2回だけリアルの合評会に参加したことある経験から言いますと、まさに渡辺さんが上げている通りで。ネット詩で毎日のように他人の作品を読んで批評トレーニングをしていることは絶大なパワーを養っていて、少なくともリアル合評会の回数より100倍ぐらいの機会を得ているし実感がある。 (【お知らせ】合評活動のすゝめ ※運営からのお願い)

2018-09-24

タイトルが少しイージーな感じがしますが、自死の重たさとシンプルな夜明けの描写がコントラストになっていてあっけらかんとした読後感を誘っていますよね。なんか良いなあと、上手いなあと思いました。タイトルに意味深なものを持たせていたら私は、読者は、もっと吸い寄せられるかもしれません。 (暁の詩)

2018-09-24

>あの切れ味だ >正しい死体とは正しく殺された身体であると >知っているあの光 >光はみずからつくる他なく >煙る舟のゆくえ この2つが良かった。自分が今書きたい表現であり、自分の下手くそさは棚に上げて、コメントすると、自己の内面を吐露することよりも外界を表現するレトリックとかにこだわられた方がいいと思います。自分語り系、放言系のスタイルは一定のレベル以上の筆力がなければコモディティ化されたネット詩のなかでは埋もれてしまう。いや、筆力あっても埋もれますが。なので、先の2箇所みたいな表現が私は好みで、良いと思います。 (麻酔)

2018-09-24

おっ!と一読した時に思いました。動きが出ていてしかも外界を見渡す視野が広くなっている黒髪さんの作品が!という驚き。で、「君」という単焦点な視線へ戻る。おそらく、おそらくな私の個人的な読みでしかありませんが、黒髪さんが今書こうとされている作品は一筆書きに近いのではないかと思え。レトリックやら文体やら、そのようなことでなくて、まずは自分が書きたいことを書こうとされてるのだろうと思うのです。そう思う時、それを前提とすれば、本作「声」はまだ書きたいところには到達していない気がするのです。すみません、勝手な私見ですが、「君」がもし特定の人として存在したとしたら、本作がその君宛の便りだとしたら、届かない。届いていない。まだシールドを張っている詩文だと思うのです。いや、私もけっこう硬目にシールドをいつも貼りますけど。なんか、黒髪さんが書く、公開ラブレターを読んでみたい。 失礼しました。 (声)

2018-09-24

言葉を連ね、崩しながらも共感に誘ってしまえる技は優しくて切ない書き手の感情が裏打ちしているからなのだろうと思う。僕にとってのゼンメツさんの魅力は憎悪を書きそうで書かない、書かれていない、というのがある。 空を表現する君に対して、空はどんなところだと訊く。それは皮肉と嫌味にも読める。でも最後には優しく僕は離陸する。憎悪をみせようとしながらも自分を抑えこんで、じゃあね、とする優しさ。これをみうらくんが大好きになって共鳴するのは知ってる人はわかると思う。ナイーブでシャイとはそういうものなんだ。本作「きみが、そらにだけみちているから」の後、5年間の変遷を知らないけれども、ゼンメツさんの先を知りたくなる一作です。 (きみが、そらにだけみちているから)

2018-09-23

前作の散歩中の心象スケッチの方がよかったかなあ。yoshiyaさんをチェックしていて、りりかるすくーるを知ったんだけど、なんだろうか、りりかるすくーるって使い古された手法なんだけど今どきさを感じるのは発散されるもの自体が新鮮だからなんだと思った。で、yoshiyaさんの前作、いくつかのよくある固有名詞が使われていたんだけど、なんだか良い感じだったのは、りりかるすくーると同じ理屈なんじゃなかろうかと思う。今作はそのよくある、使われ過ぎていてうんざりなワードがうんざりなまんまにしか伝わってこない。悪霊もメルカトルもコンビナートも破壊神もすべてがそう。2次創作まではいかないにせよ、本作の世界観(そんな大層なものじゃないかもしれないけど)はだいたい一周回ったと私なんかは思っていて。2000年以降の、世紀末になんにもなかった後の渇望される神話みたいな現実。このコメントを書いていて、あーなんだか、2次創作的なオマージュがこの作品にあるのであれば、そんなに悪くない作品かもしれないとちょっと思い直しましたが、でも、個人的には前作の方が好き。 (破壊神)

2018-09-23

「たたきわる」が昨年の秋だったと思うと時間がずいぶんと早く流れていたのかと思った。あきらさんの「たたきわる」は外界をメタファで書く意味において優れた古典的手法の詩だと思っていて、当時、日々綴られていた詩を書くことの目的をご自身は達せられたのだろうと思った。「たたきわる」で。というのも、その後の投稿作品は多分に内面にあるもの、一人称へのこだわりを持って書かれていると思う。その作者あきらさんが持つ連続性のなかで本作「定義」を読み解く時、人間が持つ根源的な孤独を書こうとされているのだろう。いうまでもないけれど孤独という物語をではない。人と人は断絶されたなかにあるということ、そのままに書こうとされていて、それこそ真理に近い。まさに人間が根源的に持つ孤独の定義。本作はまだ通過点でしかないだろう。外界を書いて達した「たたきわる」の境地はまだ先だと思う。 (定義)

2018-09-22

なんかわかんないけどこの詩好きです。風をこんな表現で書いてることが好きなんかもしれません。極私的なテーマなんかもしれないことが伺えるし大層なことを語るでもないんだけど大層なことよりも大きなことがあって、その大きなことは中学生では今はないということで、ささやかな情報だしあんまし誰にも関係なくて、という情がこちらに伝わってくるからだと思うんだけど、ゲシュタルト崩壊が切ない。でまた最後に、「彼に」って、語ってるところで切なくなりました。 みうらくん、どうしたとう?って話しばしてくれた綺麗やった中学生ん時の国語の先生ば博多弁で思いだしたばい。個人的だけど切なくていい作品と思う。夏風。漣。成分出とう。 (夏風)

2018-09-18

この選評は何回読み返しても面白いです。鈴木海飛さんって私にとってはTwitter、ツィキャスで時々触れては離れる、ミステリアスに思っていた1人だったんです。でもミステリアスてありながらもその接近して、投げかけられる言葉には愛嬌と人を楽しませてくれるユーモアがあって。今回のフル選評にはそんなことがめいいっぱい注ぎ込まれていて、読み返しては1人でたのしんでます。鈴木海飛さんのフル選評作品、一言で言うと、読者目線で読者に選評を伝えたい読者の為の選評、だと思います。素晴らしい。ありがとうございます。 (フル8月投稿作品 選評)

2018-09-16

何かがなくなった気がするんですよ。ゼンメツさんが投稿されている作品しか知らないし昔の作品を読んだことがないので、元々から持たれているスタイルかもしれないけど、何かがなくなった。もしかしたらゼンメツさんの作品って読者に依存しているところが大きいのかもしれないかとふっと思いました。でもその依存って詩作品が根源として持っているものかもしれないとも思う。 (Wheel of F F F FFFF For tune)

2018-09-13

杜琴乃さん タイトル!そうなんですよ。このタイトルにこそ私の大二廟としての力を注いだんです。お気付きだと思いますが空です。有るでもあり無しでもあるという。そこから始めようかなと思っているんですよね。違うベクトルで書いてる人クリエイトしてる人がいる、ということに気が付きまして。作品以外に情報はない、作品がすべて、作品の情報から得るところの詩を感じるという行為、はたしてそうだろうかと疑問があったりします。テレパシーはあるんじゃないかなあ。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-13

るるりらさん まさか、るるりらさんが本作に真っ向から挑まれていることにびっくりしました(失礼!)。といいますか、ほんとうにびっくりです。逆にみると、意外や意外に、読解とかロジカル的優秀性を謳う人よりも、感性的な人、ポエム的な人と思われているるるりらさんの方が優れた読み手なのかもしれない(↼敢えて言っておこうかと)。自閉症と呼称されるのは現時点でイレギュラーだからであって、未来においては、そうでないかもしれない。というか、イレギュラーな人を天才と呼んでいることがよくある。しかし、天才とか優れた作品とか(笑)、はっきり云ってどうでもいいよね、るるりらさん。そういうのを書きたかったし、そうだろう?とこの詩を捧げた人に云いたかったということかなあ。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-13

fiorinaさん 波打ち際で手塚治虫さんと語りあった時にアドルフに告ぐ的なことを書いてみたいなと思ったことがきっかけで、というのはもちろん嘘ですが、そういうのも含まれていると思います。全体主義と正義とか以外に選民思想、その肯否定は置いといて。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-13

本作の魅力は古典的な詩の原則があるからではなかろうか。ネット詩では、それを使い古された手法として切り捨てられネット詩の奔流は限りなく小説に近いもの、音楽に近いもの、漫画に近いもの、エッセイに近いものになっていて、逆に古典的な詩の手法が最新型になっている。時代は循環するもので最新型などそもそもあるはずがなく、ほとんどの詩にはオリジナルがあって1が1を生んでいるに過ぎない。0が1になる瞬間に出くわすことは100年に一度ぐらい。 古典的な手法とは何か、外を書くこと。自己の外側を、見ている触れている在るものを書くことによって自己を暗喩として出すこと。じつは私は現在それにトライしていて、本作はその目指しているところの手法が成功していて羨ましい。 (陰)

2018-09-11

紺さん リズムがあればよいのである、これを最近やっと理解しました。読むことと理解することは別物だということ、みたいですね。読む側が内包するセンシティブなこと、そこを叩こう、触れようとするレーザー光線を発している作品を書きたいものです。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-11

帆場蔵人さん それです。特定の人に宛てた作品に普遍的なものを持たせるのって難しい。 詩を書くきっかけとして、特定の人に向けて書くことがよいときいたことがあります。伝達の為の言語からはじまって自己を抉る内に宇宙に到達する、これが理想かもしれない。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-11

ちら出しする残酷性がいい。愛と資本主義に生きるアンニュイな女子が出てる。ハンドルネームも光ってますね。 (つめをかむ)

2018-09-11

なんかしらんけど、文体に親近感を感じる。作品から立ち上がる何かが個人的に好み。その何かはナルシスティックなようでニヒリズムなようで他者への優しさと背を向けてしまうシャイなもの。 (散歩中の心象スケッチ)

2018-09-11

この作品はまだ、輪郭がくっきり出ていないけど、かなり個性を秘めた才能を感じた。気のせいじゃないと思う。わかる人にはわかると思う。ぐちゃぐちゃさがあざとくない。 (もう二度と詩なんて書かない)

2018-09-11

おそらく、本作はわかる人にわかる良さがあればいい、という作品なのだろう。いや、理解しずらい人にもその熱量が伝わればいいのだろう。そのわかる人にわかればいいという情念や熱は、匿名性が渦巻く場所にあっては大事なのかもしれない。東京大学の名誉教授のおじいちゃんがこれを書いていたら凄いしキッチンで家族のいない昼間にタロットカードでオネショが治らない息子の未来を占っている専業主婦が書いていたらそれも凄いし作者がカオティクルさんだとわからなくても情念と熱が在る作品だと思う。 (カオティクルConverge!!貴音さんのLIVE!!!)

2018-09-10

あれ?この作品いいじゃんと一読して思ってコメ欄みたら渡辺さんも褒めてるし、やっぱこの作品はいいんじゃん、と思いました。日記です。人に見せる前提に書かれた日記だと思うんです。優れた散文。悪くない。やっぱ、ステレオさんって一応、エモーション持ってるのか。 (2019年の花魁。沖縄にて)

2018-09-10

カオティクル 宇宙の真理はエンタメには向かないんだ。なぜならばすべる話だからな。。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-10

ステレオさん 大地の詩を口にしてみたいものですな... (そのみひうまたはひむ)

2018-09-10

まりもさん 正義の物語。ジーザス。キリスト教圏の正義の物語が今も有効なのは、自分が嫌なことは他人も嫌なはず、という幻想がコミュニティを支配しているからかもしれません。自分が嫌なのだから他人も嫌なはずというルール。そこに生まれる憎悪のメカニズムはいつも同じ。被害者意識から発せられる正義。たしかに権力を持っている者はいる。暴力を振るうものがいる。被害者意識から発せられる正義も権力者の暴力も無自覚だからタチが悪い。ジーザスの磔刑はナルシスティックではある。しかし、彼の姿に見いだす本質は自覚をしているということかもしれません。誤解は誤解のままに、それが共同幻想に対して有効なのは自覚を覚醒させ得た時。無自覚な暴力には自覚ある無抵抗。難易度高いです。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-10

帆場蔵人さん コメント有難う御座います。いよいよ帆場蔵人さんがみうらくんマジックにはまってこられているようで、とても満足しております。あ、すみません。 私は時々、誰か宛ての捧げる詩を書きます。ある特定の人物へのもの。じつは本作もそうです。その人はホテルハルディンの人です。ホテルハルディンの人に出会ったのは二人目です。私はきっとこれからも、ホテルハルディンの人に出会うたびにホテルハルディンを思い出して、その人宛ての詩を書くのだと思います。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-04

るるりらさん おおっと、るるりらさんの魅力の一つであります返詩をだしてもらってめっちゃ嬉しいです。しかも、私の本質を突いてきている。私の本質とは犯罪者は必ず南の島へ逃亡するということなんですよ。(意味が深い。) (帝王切開)

2018-09-04

なるほど。と、一読して思いました。明確にコンセプトがあり堂々とした潔さと熱量を感じました。しかしながら、本作のコンセプト、狙いと目的がビーレビの読者が読んだ時の面白さであるならば、残念ながらかなり滑っている作品ではないかと。少なくとも私はステレオタイプさんの本質が読みたい。一体ステレオタイプさんはなぜ現代詩を書いているのかということ。そのステレオタイプさんが持たれているであろう葛藤やら憎悪やらあるいは世界を美しいとするハート、あるいは誰にも明かさないダークネス。そのステレオタイプさんのオリジナルの文脈とパーソナルを読者が知っているという前提条件をステレオタイプさんは書かれ発表されなければならないと思うのです。というか、私が1番読みたいです。そのステレオタイプさんの本質を知っていて読むと、今作はまったく違った印象になったと思います。優れた道化師は笑いで泣かせる。 カオティクルさんの作品群の中に四国お遍路をモチーフにした超絶長い作品があります。それはカオティクルさんが「誰にもわかってもらわなくてもいい」と覚悟されて書かれた。私はその作品を読んだ後に、カオティクルさんの他の賑やか系の作品がまったく違った印象に変わりました。 長くなってしまいましたが、辛い物言いになってしまったかもしれませんが、本音で書いてみました。 ( 「Zero gravity dropping」 stereotype2085 featuring 貴音&EMI)

2018-09-04

少し冗長じゃないかと思いました。情念を感じさせる内容とモチーフが光っているだけに、ちょっと残念な。モチーフが斬新なものなのでそれを活かすのであれば絞った方がいいと思うのです。読ませようというのが、先にきてしまう感じという。ちょっと辛い評でしょうか。 (標本に溺れ)

2018-09-04

少し荒さを感じました。いや、毎々なつめさんの作品はラフさが魅力的なんですが、なつめさんの作品の良さはその荒さを超えて伝わってくるエナジーだと思います。エナジーとはグダグダな日常がグダグダなまんま文体にあることだと、なつめさんの作品を断定しており、今作はそのグダグダがテクニックとしてしか感じられない。つまり荒いだけ、という。読まれる方、こう読まれたいという方が先走ってるような。漫画的な面白さが主題としてあるのかもしれませんが、漫画的な面白さの作品はビーレビにも渡辺さんや多くの人がいますが、なつめさんならではの思春期にしか書けないなあって思える作品が私には魅力です。高度なテクニカルな表現が盛り込まれた作品は大人の人たちにまかせておけばいい。はい。うん。そう思う。 (ヘイセイ思春期スイッチ)

2018-09-04

survofさん パクリます(笑)俺のことをよくわかってる(笑)人が言っていた話を自分の話のごとく無邪気にしゃべれます! ではsurvofさんの来月の大賞推挙を楽しみにお待ちしております。 (笑) (0. my world.)

2018-09-03

渡辺さん さすが。読めている。まさにこの作品は現代詩トレンドへの私の復讐です。情熱。人に褒められたいやつがいる。賞を取りたいやつがいる。最高に読めるやつにしか読めなくていいとかかっこいいナルシスがいる。みんな俺の情念の谷底に沈めてやりたい。へへ。これからもよろしくお願いします。 (0. my world.)

2018-09-03

survofさん 俺、今朝、Twitterフォロー全部解除しました。survofさんがみうらくんに持っていただろう嫌悪感はきつかったかなあ。でもその後にsurvofさんしかわかってくんねえだろうなって気持ちになれてよかったです。誤解は誤解のままに終わる。他人を傷付けませんようになんていう博愛なものはどうしても持てませんでした。なので、Twitterフォロー全部解除する。私の世界は変わらないということでよかったです。おじさんですから。ありがとう。 (0. my world.)

2018-09-03

カオティクルさん 君に褒めてもらえたことが、 現代詩クソトレンディいけすかない女子キャッキャッ系男子30代詩人たちへの復讐の証。 ありがとう。 (0. my world.)

2018-09-03

ゼンメツさん 改めて、コメントいただきましたこと、感謝申し上げます。ゼンメツさんがJKに頭カチ割られたいんだ、的なことをどっかで言われていたんです。もしかしたら私の読み違いかもしれません。でもJKを書きたかった。文学極道に初めて投稿した頃に、あんたらの作品と俺の作品を街中の女子高生に読ましたら俺の作品を取りますよって嘯きじゃなくて本当に思って言ってましたこともありJKを持って復讐してやりたかったんです。ではまた。 (0. my world.)

2018-09-03

もなかさん ご指摘の件、認識の違いがあると思います。しかしながら、もなかさんに認識の改めを求めるものではありません。当スレッドにて読まれる他の参加者の方々に情報を正確に提示しておきたいという意で、もなかさんが引用されていらっしゃいます三浦のコメントの前にありました、カオティクルさんのコメントを、こちらに載せさせていただきます。 >訂正1つ >なつめさんは優良です >推薦じゃないです こちらのカオティクルさんのコメントは訂正を求めていらっしゃると受けた次第で御座います。しかしながら、もう少し丁寧な手順が必要だったことを、もなかさんからのご指摘でわかりました。ありがとうございます。 (【必読】ルール変更などのお知らせ)

2018-09-01

ゼンメツさん すみません、花緒さんへのレスを一心に今書き終わりましたところでして、エナジーが足りない状態でして、また後ほどです!すみません!コメントありがとうございます! (0. my world.)

2018-09-01

花緒さん 早速のコメントありがとうございます。ポエムか文学か、あるいは作品の強度について。これについて花緒さんと議論したいと以前から思っておりましたトピックです。また、ビーレビに新しく参加される作品群の中に「ポエム」とカテゴライズされがちな投稿作品があり、コメントレスが有意義になればという気持ちもあり、少し長くなるかもしれませんが真っ向からレスしたいと思います。放言ネタから入った作品はポエムになりがちという指摘、たしかにそうかもしれないと頷けます。初稿からどれだけ推敲を重ねたとしても強度が得られないからポエムの域を出ないという理屈。まったくその通りの推敲作業でした。強度を求めるあまり客観的視点から作業スタンスを取りがちになる。その為、キャッチな言葉を選ぶ、あるいはネット詩ウケがよいレトリックをはめ込む。そこには上乗せしかないのです。表層の上塗り。これでは強度は生まれない。よくありがちな、ステイトメントが感じられない、なんとなく書いてみました的なポエム作品が出来上がる。まさに花緒さんの推察する通りだと、認めます。花緒さんの推察を借りての自己批判。ここまでは。逆に問いたいのは文学の範疇について。先に展開した強度という基準を持ち出せば、強弱によって文学の範疇を特定することが可能だと思う。しかし客観的な数値は当たり前だけれども無い。基準数値は無いのである。強いて持ち込める数値があるとすれば、支持する・人気を得る作品、つまり大衆化の数値。お察しかもしれないが村上春樹を取り上げる。村上春樹作品が世界中の大多数の国々でベストセラーとなっていることは文学作品としての優劣とは別に、日本文学史上最大級の価値があることは事実。これに異論を述べる者があれば、大凡、察しがつく連中である。それこそネット詩の暗黒的閉鎖社会で自己満足文学を極めてるつもりな連中。何が言いたいのか。 ビーレビが目指している文学はどちらの方向なのか、解る奴・読解出来る少数に拘る「強度」を求めるのか、あるいは多くの人気を誇る「強度」を基準とするかでまったく違った評価になるのではないかと。それこそ、ポエムだろうが放言だろうがなんだってよかろう。ゼンメツさんというネット詩界隈で今一番ホットな話題の人へのオマージュ作品で何が悪いのだろう。もっと言えば、本作品で私は大賞を取って、多くの称賛と人気を得たいのだ。あざとい、軽薄と言われようがまったく眼中にない。大衆から支持される数字としての強度を取りたい。 最近の投稿作品に見受けるポエムカテゴリーの話に戻そう。たしかに今の参加者の大半が現代詩界隈のコアな人々だから新たに参加されてこられたポエム系の人々が少数に位置していると思う。しかし、花緒さんが以前から予想されている通り、100万人規模で存在するであろう、人の目に触れないノートの片隅に詩を書いている潜在ユーザーは今少数とされるポエムの人々なのだ。これらの人が大量にビーレビに投稿される事態を想像するべきだと思う。その未来には、このような強度がなんちゃらなどといったチマチマしたコメントの応酬がされている世界なわけないだろう。そこには数値化された強度がメインになっているはず。つまり、私が以前から提唱するランキングの表示が当たり前のようにあるだろう。それこそランキングのパラメータの中に強度というエレメントがあったりするかもしれない。 かなり長いレスになってしまいましたが、当レスを詭弁・屁理屈と受け取る人がいらっしゃるかもしれませんが、是非、コメント欄を読まずに、作品自体を真っ直ぐに読まれると、嬉しく思います。 (0. my world.)

2018-09-01

カオティクルさん 誤字をこのままにしておくと混乱を招くこともあるかと考え、三浦の方で訂正しておきました。 選評について。とてもカオティクルさんらしい選になっておるかと思いました。カオティクルさんが選ぶだろうと想像する通り選ばれている作品ではないかと、特に、大賞と優良作品に感じました。また、言及されている観点が作者自身へも切り込まれている。愛着を持って。それは三浦個人としてはとても嬉しい。それは「作品批評ではない」と批判を浴びせられることもあるだろうし、批評史の文脈からすればその批判は正当なのかもしれない。しかし、その批判を10倍返しするほどの熱が本選評にはある。そもそも、アマゾンの書評をみれ、と云いたいよね。読み込んだら書いている人まで到達するのは自然ではなかろうか。別の見方をすれば、人格攻撃に毒されたネット詩掲示板における自己防衛(作者にはあんまり触れないでおきましょう的なもの)による弊害への告発の意味が含まれているとも思う。もちろん、作者への言及にセンスが必要なことは当たり前であり、不快を与えてしまった私自身の過去の自省があることも事実。あ、すみません。自己主張し過ぎですね。またこれからも宜しくです。 (貴音さんの選評、8月篇)

2018-09-01

投稿作品「遺骸」と本作、どちらが好みかというと、一読しただけではありますが、本作の方が好み。しかし、五行目までの断続的でありながらも思念は繋がって読めるのに、どうしても最終行の「愛」を持ち出されているところにイージーさがあるように思えてしまう。愛は現実世界における癒しの比喩ではあるのだろう。「それこそが」のそれが何を指すのか、曖昧にされているレトリックには私は読めない。結語に「いまいち確証が持てない」とする曖昧さが置かれているのだから、その前提として「それこそが愛」のそれとは何かを明示するほうがギミックの効果が得られると思う。もちろん、素朴なモノローグであれば、ギミックも何も不要かもしれないけれども。 (あすなろ の意味を僕は知らない。)

2018-08-31

私も本作を素直にいいとコメントします。一読目に、おおっ無地な言葉!とびっくりしました。二読目に、シンプルさの奥に何か深くて読めていないレトリックがあるんじゃなかろうかと深読みしました。そして三読目。これはそのままに、読んだままに受けるべきではなかろうかと、私の心と感性が現代詩病に冒されていてダメなんじゃなかろうかと、レトリックとかメタファーとかを探偵のように探してしまう自己嫌悪感を持ってしまいました。とりあえず、素直に、いいと、コメントしとこうと思いコメント送信しました。投稿有難う御座います。 (ゆうき)

2018-08-29

音がいいと思います。ただ、残念なのが、 >ゆったりすわってにわたしはいくよ の、「に」が打ち間違いかと思いますが、読みながら少し乱れて醒めてしまいました。 読む人によっての感覚的なことなので、音をどう表現するか(作者が意図するリズムに読者の読むリズムをどの程度一致させるか)をかなり考えられ推敲を重ねられたのではないかと思いました。その作り込みがエモーショナルに伝わってくるのだと思います。先人のアドバイスとして渡辺さんがよく言及される「他人の作品を読んでコメントする」という行為は、自作を客観視する力を養うと思うのです。本作の推敲の後こそ、客観視する力であり、その積み重ねがエモい作品として昇華されるのだろうと思います。伝えたい気持ちがエモいのではなくて書く技がエモい。すみません、誉め過ぎました。 (ぱらいそ)

2018-08-29

るるりらさん コメント有難う御座います。るるりらさんに同じような、時々私と同じようなピーターパンをみつけるときがあります(失礼!)。私は重度のピーターパンシンドロームでありたいです。詩が上手く書けるようにもなりたいです。ネット詩って、なんといいますか、、芸術、現代詩とかよくわかんないけど、歳とっても気軽に表現出来るじゃん、みたいな可能性が残ってる場でありますよね。 (帝王切開)

2018-08-29

stereotype2085さん コメント有難う御座います。本当にすみません、君子豹変してネット内にまだ居残るかもしれません(笑)。ちょっとやりたいことがみつかりまして。ステレオタイプさんの奥底にある希望とか、そういうの、ステレオタイプさんの新作でみつけてみたい所存です。 (帝王切開)

2018-08-29

声が聴こえた。ユウさんの肉体が宿った詩だと思う。一読しただけだけどいいと思った。感情の走り出しがとてもよかったんだけれども、少し息切れした感じが最後残ったけど。またタイトルが良いよね。 (Tender)

2018-08-29

追記 hitorismというハンドルネームが気に入っております。 (弾け音(ね))

2018-08-28

とてもシンプルな独白作品だと思う。吐露される世界観に共感はするのだけれども、言葉に抉られたり共鳴するまでには読めない。なぜならば、未来に絶望する人も寂しさに耐え兼ねている人も、年間の自殺者が3万人ぐらいいて一生懸命に生きることが難しい国であることを私は既に知っていて、私も時には消えてしまいたいと思う時があるから。つまり、作品を読んでいると、言葉が既視感に覆われてしまいました。もちろん、読んでいる私の勝手な感想です。でも、「パチン」の置かれ方は本作の中で活き活きした響きの効果として読めました。 モノローグな作品が大衆性を拒否しながらも普遍性を具えた芸術作品として、誰かしらが後世に伝え残ってゆくような作品、それを創作することは、かなり難易度が高いと思う。 でも、モノローグこそが詩だとも思うのです。私もモノローグ作品を書いてはいつも失敗しています。多くの酷評を受けました。なぜだか、酷評されると嬉しくなりました。なぜなら他人に理解してもらうことが難しいことを作品にして表現しようとしている自負があるからです。 すみません。結局、自分語りなコメントになってしまいました。書いた後に、初投稿の方へのコメントなのに、言葉が過ぎてしまった感を持ちましたが送信ボタンを押します。次回作も必ず読ませて下さい。楽しみに投稿をお待ちしております。 (弾け音(ね))

2018-08-28

語り手のキャラ設定が可愛い過ぎてたまらない。作者本人のまんまなキャラであれば、天賦のウィットとユーモアのセンスを感じた。ギャグではなくて。ネット詩によくある漫画的な面白さでもなくて。次回作でシリアスな作品をもし投稿されたら、それはそれでスゲエなってなる。そんなこと想像させる作品でした。 (ぼくの飼っている猫)

2018-08-28

タイトルが先にあって書かれた作品なのか後からタイトルを付けられたのか。タイトルと作品本文の間にあるもの、あるいはタイトルは本文と一通のはじまりの開きなのか、とても気になって読みました。内容は私にとっては難解で、読解する前提知識が必要なようにも思えました。読み終えた後、タイトルと本文の関係を受け入れることを保留のままに。保留にしたとはいえ、2つ、気になって頭に残ったことをコメントします。タイトルを私の中では消化出来てはおりませんが、ふと考えたことは、「11月、転落する」と終えずに幌附乳母車と続けられていること、これが鷹枕可さんが持つ感性のオリジナルさではないかと。もう一つは、冒頭の⇒です。これはすごいフック(読者を作品がキャッチする意)ではないかと。先に申し上げた通りの前提知識があれば冒頭の⇒が置かれている文脈を悟り得るのか、私には難解でも、そうではない何かがあるのではないかと、印象に残りました。 鷹枕可さん、投稿ありがとうございます。 (11月、転落する幌附乳母車)

2018-08-22

最期の反動とは見えない風であり、揺れないものが揺らす、なにかであり、その得体の知れない風はゴム製で繋がれていた安堵を飛ばしてしまった、その時を「最期」とし、風を「反動」とする隠喩だと思う。バスを待つとは、あるいはバスが来て乗ってゆく、誰かと誰か、あるいは語り手自身の「別れと旅立ち」だと最終連を違和感なく読める。以前に、ユウさんの過去作で、「ユウさんの作品は出口がない世界観だ」みたいなことをコメントした記憶がある。仲程さんがおっしゃってる、最終連が入ってこないというのにも、その世界観は類似なものかもしれない。しかし、ハイタッチという言葉が、ギリギリ出口を私には見つけられるようにしてくれた気がする。 苦悩するユウさんは詩を見つけたのだろうか。なんだか、次回作あたりで目が醒めるような一撃を喰らわしてくれそうな気がしてならない。本作で、試しの空撃ちをした感じがする。 (てのひらに優しさが開かれる)

2018-08-19

オッペケペー節が現在のラップと通じてるのは演歌の原型が街頭で始まった時事放談演説にあるから。と、また大二廟な話ですみません。本作におけるリズムの心地良さは345の韻にあって、これって裏ビートなんですよね。レゲエ、ヒップホップ。日本語を裏ビートで読ませるのって、じつは、オッペケペー節も同じなんです。という、日本語のリズムについて考えてしまった本作です。 (コンカラ様が通る)

2018-08-19

「俺の高校野球」。タイトルからして直球勝負な感があって、新鮮に読めました。とても解り易い。逆に云いますと読者へ委ねる想像の部分、余白が無いかなあとも思いました。 湯煙さんと同じく、私も野球を題材にした作品をいつか書いてみたいと思っており参考になりました。山際淳司の「スローカーブを、もう一球」みたいな勝負事の残酷さみたいな作品を書いてみたいし、読んでみたいです。 (俺の高校野球)

2018-08-18

作者黒髪さんの文脈に沿って本作を読んでいる私にとって、黒髪さんが一つの到達点に達せられた作品であるという感慨がある。ここ最近の黒髪さんの作品は独白に次ぐ独白の作品が続いていたと思うのだ。それを、「体育座り」と評するコメントを文学極道の方で見かけたこともあった。もちろん作品本位、作品のみで評はされるべきであろう。だけれども、宮沢賢治の「永訣の朝」を賢治の文脈から読ませてしまう作者・作品の関係性も否定出来ないことと思う。その観点からすると、本作には、作者が求めていた自身を肯定する答えが普遍性を持って私には迫ってきた。 >人と共に生きていたい >そのためには不器用だとか言っていてはだめだ >いやそれでもいいのだろうが 読者である私も、突き抜けたい、突き抜けて到達したい情景、詩があるのではなかろうか。極私的な気持ちが宿っていなければソウルフルでもエモーショナルでもない。肉体が宿る言葉。 (秋が訪れるだろう)

2018-08-18

こ、この作品は、前作からのスピンオフ、河原弥生先輩がまた後藤君をいじっている物語であることを、右肩ヒサシファンとしてはコメントしておかなければならない。 (探せ。)

2018-08-18

「ノックしている」を三連打すること、「ノックしている」をただ一言だけ置くことでは、大きな違いがあると思う。三連打されることによって何らかのレトリックがあるんじゃなかろうかと深読みさせ、探しているものが無いと判明すれば残念になる。「ノックしている」が一つだけ置かれていたとしたら、つまり、 死人はノックしている この一言だけの方が、レトリックの効果は増すと思う。更にいえば、エモい。大胆だし、作者の極私的な魂と覚悟を感じると思う。 (死人は)

2018-08-18

花緒さん 岩倉文也さんをさっき初めて知ったんです。あ、僕のこの作品って岩倉文也さんっぽくていいじゃんって思い直しました。2019年のユリイカ新人賞目指します。 (帝王切開)

2018-08-18

この作品が七月の裏番長として好評であることは間違いない。選評を書いた誰もが、ミャンマーを誰かが推挙するはずだと信じていた。ところが、大賞決戦にミャンマーの姿はなかった。とても残念なことだけれど、ミャンマーらしいよね、地球さん。不器用な詩人に晴れの舞台は似合わない。大阪の川のほとり。公園でぽつんと選挙演説に負けないで詩を叫んでなきゃ詩人にはなれないよね。うん。 (大阪のミャンマー)

2018-08-18

これは一体なんだろうかと一読して思ったんだけど、世間に潜む都市伝説的な感もあり好ましくもあった。タイトルからしてノンフィクションを思わせながらも物語の風味がある。PC買取ショップの対応ってどことなく、近未来な感じがする。本作にもあるような、陳列されている商品群をみると。他の小売店とは違う空気がよく出ている作品だと思った。 (じゃんぱら)

2018-08-17

まりもさんのちゃんとした詩作品よりも本作のようなイレギュラーな作品の方が好き。以前に童話作品があったけど、あれも好きだった。本作にある語り言葉、質問に対する答えみたいな語りがある。この語り方って一見、然もありなんな話し方だけれども、絶対にこんな喋り方する人なんていないしっていう違和感を感じる。なんとなく現実からズレてる感覚がするのだ。その私が好きだった童話作品にもそれがあった。それって、まりもさんのレギュラー詩作品には無い。レギュラー詩作品には、綺麗であったり怖さであったり幻想的であったりする表現が、ソツなく書かれていて。 現実とズレたような違和感がある語りの文体にあるもの。それってまりもさんご自身が、日常から得る学びみたいな事柄を寓話にしたい人だからだと思う。 (うりずん)

2018-08-17

久しぶりに白犬さんの作品を読んだんだけど、案外、悪くないという気がした(失礼!)。なんで今作が過去作に比べて良い感じに受けてるのか分析してみた。平たく言うとエロが露骨に表れてるところなんじゃないかと思う。白犬さんとは一緒に朗読練習なんかをやった仲だから言うけども、白犬さんの作品は往々にしてハリボテと評されがちだと思う。いや、そんな客観的な物言いはやめようか。僕にはハリボテに映る。表層的な言葉だ。が、しかし、それが白犬さんが求めてる言葉の手触り感、言葉の響き感、それが在ればいいということなのかもしれない。ハリボテという評をもっと踏み込んで言うと「多分に無理をして使っている言葉たち」ということ。ところが、エロは違う。エロだけは白犬さん、あなたの情緒、感情が伝わってくる。だから、この作品はちょっとだけ気に入った。ごめんなさい。中途半端な酷評になってしまった。 (Nyx)

2018-08-17

投稿された直後に一読して、気のせいだと思ってコメントはしなかった。しかし、今、もう一回読んでみて気のせいではないことが判明した。この作品はめちゃくちゃ良い。わかりやすいのになぜだか深みがある。わかりやすいのに思想・世界観がある。しかもそれが鼻につかない。いけ好かない感じが全くないのだ。平易な言葉でもって、こんなに惹きつける原因は一体なんだろうかと思ってしまう。次回作品がめちゃくちゃ読みたくて仕方がない。 (絶景)

2018-08-17

作品から受けるイメージははっきりしていて、情景描写の強度がある文体だと思いました。構造のみを表現し、中身は読者に委ねられた風にも読めました。手法的には好みです。また、過去に投稿されていらっしゃった作品とは文体を変えられており、先に述べた受け方が本作のコンセプト通りであれば完成度があるかと思いました。しかし自己投影する読みが私には第一義としてありまして、どうしても作品が他人ごとに思えてしまう。描かれている彼と彼女が読んでいる私事として入ってこない。それは当たり前といえば当たり前なことなんですが。余白の部分、構造の中にある世界観まで、移入出来なかった感が残りました。 (無題)

2018-08-17

ところどころに魅かれるフレーズが。 >いつか赤いマシュルームができあがるぞ >全然前世がわかりません >来世もわからない などなど。 見え隠れする物語を僕的には明らかに見たい気持ちになりました。僕には少しカオス感が強かったかな。でも、意図されて物語を崩しにいってるようにも思えました。前作のある夜な恐怖も、やはり物語を崩していて。言い方を代えると、フレーズとフレーズが断線していて、ノイズになって残るような。 読み進めているうちに僕には話者の滲み出る情緒がどうしても気になってしまう。例えば、前世と来世がわからないという情が掛かってるのはキリギリスとカニの様なのかなあ、という。話者が抱えているであろうバックボーンの物語。それを知りたくなる作品でした。 (幸せな時間候補探していくよ)

2018-08-17

二条千河さん う、上手い。二条さんのコメントのメタファーを理解出来る人は私と同じく、くっくっくっと笑顔になったと思います。いんじゃんじょうにはお互い気をつけなければなりません。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-16

私も今それに気が付きました。運営にて修正します。ごめんなさい。 (【要読】大賞作品投票のお知らせ(2018年7月B-REVIEW杯))

2018-08-16

大賞推挙作品から大賞作品を一作品決める投票が始まりました。私も自分で推挙した作品があります。しかし、いざ、投票する段になって、推挙作品とその選評を思い出しました。社町迅さんの「女性像/断片」を澤さんの選評文に沿って読んだ時、確かにこの作品は面白いと感じたこと。それは私の閉じていた感覚の一つが開いたんだと思うのです。それを起こさせる選評というか、批評文は凄いと思います。もちろん、その批評を引き出すのは元の詩作品です。もう一つ言うなれば、それを引き出すのは読む読者の熱量だと思います。そんなことをコメントしたくなり、書込みした次第です。今後も是非、全員参加型選評をお楽しみいただけたらビーレビが喜ぶと思います。 (【選評】澤あづさ選2018年7月分)

2018-08-16

こうだたけみさん 選評文について感じましたことをコメント書込みます。 こうだたけみさんの選評文はめっちゃ謙虚です。ビーレビに限らず、既成の選考・選評はどうしても上から目線に思えてしまいます。ビーレビの全員参加型選評が参加者個人の発露によるものであることの副産物として、そのような権威感覚がなくなってしまえばいいという願いがあります。選評文の参考にしたくなりました。読みやすくて。ありがとうございます。 (【選評】もどきのEある算数(フル))

2018-08-16

るるりらさん 選評有難うございます。るるりらさんの選評に感じましたことをコメントさせていただきます。 私が想像する、るるりらさんの詩作品、ネット詩における個々の作品とはなんぞや、そのようなるるりらさん御自身のポリシーが多分に含まれておる選評だと思いました。るるりらさんが選ばれた作品群は、他の選者とは重なることのない選出。そこには愛着から選ばれているであろう、るるりらさんのポリシーを見出すことが出来ます。いかなる批判を恐れずに各個人の主観を大いに発揮して選評して欲しい、そのような願いが私にはあります。これからも参加型選評を楽しんでいただけたら幸甚です。 (るるりらの七月選)

2018-08-16

survofさん 選評について僕が感じたことを書きます。 地球氏の2作品の投稿作品のうち、「大阪のミャンマー」が僕の一押しでした。ところが、多くの評者はsuvofさんと同じく「摂氏37℃」の方が良いというのです。僕にはそれがうまく理解出来なかった。しかしながら、当選評を読んで納得しました。たしかに、冒頭の一節のインパクトは抜群に良い。それを汲み取られたsurvofさんの感性、いや、なぜにこの作品が良いのか?という批評文の巧さがあるのだと思いました。もう一つ云えば、私も個人的には一作品選に共感します。ビーレビの選評の第一義は、読者が気に入った一つの作品への熱を表すことだと思うからです。 (7月分選評)

2018-08-16

藤一紀さん こちらの選評を読んで思いました。やっぱり上手い人、文章を書くことが元から上手い人っているよなあって。私は今日、自分は文章が下手クソであることを自覚することにしました。そんな夜にこの藤一紀さんの選評作品を読みました。もう一回、謙虚に書くことを習得しようと決意にいたりました。ありがとうございます。 (七月分選評)

2018-08-16

四畳半学生さん 自分を語るナルシズムの文体にキャッチーさを仕込む作業は技巧よりも、恥ずかしさを超越するメンタルの方が大事かもしれません。是非、これからもかっこうつけてるけどかっこう悪いかもしれない、キャッチーかもしれないけど一周回ってポエジーみたいなもの、作品投稿よろしくお願い申し上げます。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-16

羽田恭さん そうでした。自立する個としての自分語りは羽田さんが最強であることを思い出しました。また羽田さんが都合が良い時に羽田恭最強について、ツィキャスやりましょう。このコメントレスが優勝の証です。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-16

カオティクルさん 長文に渡るご指摘、ありがとうございます。今田千代さんにも読んでもらえて嬉しい。しかしながら、お察しのとおり、本作は不発です。中途半端。きっともう、アイデアと企画優先の作品は書かないと思います。私は元来、文章が下手クソなんだということを認めたいと思います。職場では、大凡、一日中メールを読んで返信する、あるいは書いて発信する業務を半日以上やっています。なので、文章には自信があって。職場で気を許している同僚に訊いたことあります。俺の文章って上手いでしょって。同僚はえっ?て驚いてました。訝しくも気のせいだと自分に言い聞かせておりました。しかし、本作を書いて投稿して自覚しました。私は文章を書くことが下手です。これからは自分が思っていることを正直に書く作品に徹しようと思っています。不器用には不器用を。 (帝王切開)

2018-08-16

帆場蔵人さん 過去に詩人のkaz.さんがハッシュタグを用いた作品を発表されており、ハッシュタグを用いたことについては二番煎じです。時々、コンセプト作品、形式詩を書いてみたくなります。出来上がった作品を自分で読んでみた時、いつも腑に落ちない違和感を持ってしまいます。でも折角書いたのだからと投稿する。投稿した後にまた読み返してみると、違和感だったものが落胆に変わって。今回はちょっと考えてしまいました。もしかして違和感は書く理由からくるのかなあと。外的な理由だと思うんです。コンセプト決めて書いたりすることって。しかも私は器用ではない。上手くコンセプトを達成する技量がないのです。なので帆場さんのご指摘にある発想だけで終わっているのではという趣旨のところは、当たっています。コメントありがとうございました。 (帝王切開)

2018-08-16

こうだたけみさん こんばんは。サウンドクラウドにこうだたけみさんのラップみたいな朗読音源があることも知っています。こんどツィキャス隊に入隊お願いします。コードネームはゴルコンダ。うん。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-15

かるべさん カタカナ書きはもちろんゼンメツさんの影響です。私、すぐ真似したくなるタチでした。です。である。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-15

すみません。18禁の記載を忘れました。 (帝王切開)

2018-08-15

fiorinaさん ご指摘、解ります。ああ、確かに論理が破綻してますね。というか、私が書いていることは最初から破綻してるんですけどね(笑)。これでは共感を得れる強度は持っていない。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-15

fiorinaさん 再びのコメント有難う御座います。おバカなみうらくんを斯様にレベル上げの希求をいただけることは、有意義な夏休みです。 人間が無知から覚醒する思考工程、あるいは人間が何故に宗教を持つのか、それらを考察すれば、「物語」が重要なファクターとしてあることに気付きます。物語は人間の思考を自由にする。現実における絶望を希望へと誘う物語。では神は物語を作るでしょうか。神は物語を作らない。神は物語を語らない。物語を作り語るのは人間自身であることはfiorinaさんも同意されることでしょう。では、詩はどうか。これについて、私は根拠も文献も示す術を持ちませんが、言い切りたいと思います。詩は人為的なものではないと私は信じているのです。詩は降りてくる。詩は聴こえてくるもの。人はこれを文字言語として表す他にない(聴こえてくるものを声にして発する刹那、詩は消えてしまう)、到達することが極めて難しい場所(御察しのことだと思いますが、具体的な場所を指しての表現ではありません)に在るもの。無いとみなされても合理的支持を受けるもの。そうであったとしても、詩は万人にあるのです。認識することが困難であったとしても。 まとめとして、私の結論を申し上げれば、詩は物語ではありません。一方で、物語に詩が在ったとしても。 fiorinaさんへ伝わりますようにと、祈りながらコメントを終わります。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-14

fiorinaさん レスレスありがとうございます。少し思い出したこともあり、そのことについて、書き残しておきたいと思い立ち、再度書き込みしております。ビーレビが掲げた「批評」。これに大きな期待を寄せられて参加された現代詩作家の方が幾人かいらっしゃいました。残念ながら、投稿いただいた作品へのコメントは批評としては認めてはいただけなかった。満足いただけなかった。それを忘することはビーレビにとっても、もったいないことかもしれません。 この一年間、私が自己批判を試みるとすれば、fiorinaさんがお察しいただいてる通り、学術の観点からの研鑽が欠落していたと思うのです。しかしながら、今後、それら研鑽を積むことが、学びの場としての堅苦しいものでなくニュートラルな空間として、ビーレビに創出されることを願っております。それはfiorinaさんのおっしゃる通りです。 (批評について・雑感 ※ )

2018-08-14

以前からよく花緒さんが作品評を書かれる時に使われる言葉で「ジャンク感」というものがあった。このフレーズは使い勝手がいい。陳列と消費が無限にループする掲示板の作品たちは投稿された時にはもう「流されて消えてもいいです」と運命を受け入れている。前文が長くなったが、本作こそジャンクと評すべきものだと思う。コモディティ化した詩文に良いも悪いも感動やらという情緒も不用だろう。url IDが一つ与えられレイヤーに埋もれてゆくだけ。作者が書いた。投稿された。私は読んだ。お終い。ノイズがなんとなく残る。言葉は残らなかった。物語ももちろん残っていない。イメージしないから。言葉が残らなければ思念は残らない。いや、思念はノイズだったような気もする。 (タイトルはボブ・ディランですが、もう掃除機とか百均はダイソーよりキャンドゥとかでいいし、どうでもいいし、かんそうだし)

2018-08-14

蔀県さんが言及する「空間」にとても興味が湧いて、再読しました。最終ニ行の「時間」と「表面」の体言止めの技巧が素晴らしいと思う。 (【7月分 感想】瞳子さんの「みどりの窓」)

2018-08-14

最終二行の体言止めが効果的に出ているのではなかろうか。蔀県さんの選評を読んで再読したんですが、空間を形として現したキーは「時間」と「表面」であり、その二つが読者である私に空間を共有させたのだと思いました。 (みどりの窓)

2018-08-14

素晴らしいです!上げ兼ねてコメントしますが、かるべさんの本作品が優勝! (※確認画面追加に伴うテスト投稿です)

2018-08-14

外在的文脈を持ち込んだ批評に嫌悪感が私にはあります。近代詩・現代詩の歴史的文脈に紐付けするキュレーションはその学術・学芸員のアカデミアの内部において、指標価値あるいは、経済的価値を生み出すことにおいては重要な意味を持つ。 ビーレビのキュレーションとは一体何か?ど素人たちのママゴトと嘲笑を買う。「ビーレビはアウェイである」という開き直り以外にこれについての裏付けを論として組み立てたい気持ちが私にはありました。しかしながら、これを成せる学も技量も持っていない。学術上の根拠を示せないとはいえ、頑張って私見を述べれば、自分史の俎上として批評は近代・現代詩の歴史的文脈においても正当性はあると、主張します。帰納的追求の結果として、近代批評に小林秀雄がもたらした手法がもしも答えとしてあれば、fiorinaさんがご紹介されている本作の主張「わがままな書き手とわがままな読み手」による真の詩と合致するものだと、大二廟のみうらくんは思うわけです。 (批評について・雑感 ※ )

2018-08-14

ゼンメツさんが隠している中身を誰も言わないし、本作にコメントが付かなかったらビーレビってやっぱリア充のハイソ(死語←いやこの死語自体が死語)やろう等の集まりかよってなっちゃう。なので、ゼンメツさんの愛に言及したいと思う。 ウンザリする観点かもしれないけれど、やっぱ肉体の恋愛なんていらなくて精神で繋がっていたいんだよね、なかなかそういう人に出会えないし、いるかもしれないけど面倒だし結局はお金とかになっちゃうよね、死ねばいいのかな、死ぬって持ち出さないと君は現れてくれないのかな、べつに女の子じゃなくてもいいわけよ、男だっていいしぽんこつだっていいから震えたいよね、精神とか詩(笑)が繋がって震えたいんだよね、ということをゼンメツさーん、僕はあなたに自己投影しているんだ。こじらせっちゃってるおっさんな僕は。 (もうなにもかも知らないし何も知らなかった)

2018-08-14

なつめさん 自分が思うがままに書きたいことを書いて自分がそれをジャッジする。他人なんかにあたしの作品の評価を委ねない。それってとても辛い孤独な作業らしいです。でも一番楽しいことみたいです。ある意味でそれは、ビーレビの場と矛盾することみたいです。なつめさんがいつか、みうらくんが言っていた詩が欺瞞だったと気がつく時、死ねばいいよといいながらも、笑ってくれると思います。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-14

まりもさん 私もかなり屈折率が高いのですがまりもさんの屈折もかなり複雑でわかりにくいと思います(失礼!)。ミルトンの失楽園にも似た服従するのであれば死を選ぶという美学、そこに相対値はありません。きっとまりもさんもご自身の奥底にはそれへの共感がある。しかし世界には相対値を詩情などと呼ぶ欺瞞に満ちた詩人だらけであることをまりもさんは一番よく知っていらっしゃる。その矛盾の中で、誤解は誤解のままにサタンを名乗るみうらくんを羨ましく思いながら共感されていたまりもさんを私は知っています。また、勘違い野郎なみうらくんを出してしまいましたね。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-14

すみません、コメント書き込み後に気が付きましたが、念のために申し上げますと、先にコメントされていますsurvofさんの内容を読んでから当コメントを書いたものでは無く、たまたま同時期に同じような印象の内容になった偶発なもので、survofさんのコメントに連携する意図は全くない私のコメントでございます。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-14

前作には良くも悪くも大きく論議されるべく著作権というトピックが内包されており、自然のうちに拡散され得る解放感があったと思います。とても好印象でした。しかしながら、今作にある嫌悪感、つまり私が直感的に持った嫌な感じについて申し上げます。それは「この作品はあまりにも内輪的ではないか」ということです。この印象はもしかしたら三浦だけが感じたことかもしれません。また、内輪話を確信犯として書かれており、判る者だけが判って楽しめればそれでいいというコンセプトがあったとしてもそれを否定するものではありません。しかしながら、前作にありましたようなビーレビを初めて覗かれた人に対しても発揮する訴求力、そのパワーが削がれた感じがすることを私は残念に思います。すみません、少し酷評になったと自覚しております。 前作と比較してのポジティブな面としましては、今作の方が熱量を感じるところです。前作にはスカスカ感があった。未完成な部分が大きくあったかと。しかしながら今作はロジカルな強度があると思いました。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-14

花緒さん。 はい。何も申し開き出来ないに決まっているじゃないですか。時と場。内容、技法よりも、スキャンダラスな仄めかし。一点優れていることを見いだすとすれば、発表したタイミング。時と場。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-14

fiorinaさん ホメロスが存在したといわれる古代ギリシャには「意識」という概念がなかったといわれております。私が信奉する内田樹氏の言葉を借りれば、その意識の代替えは神だったと。無学ながらにも私が思うに、詩は神の声としてあったのではないか、つまり詩人とは神の代理であり叙事詩とは神の声の口述筆記かと。もう一度、前提を言いますが意識の概念が無かった時代です。神の声が聞こえる詩人とは正気だったのでしょうか。現代から考察すれば正気ではなかったといえます。しかしながら、もう一つの視点が私にはあります。これは、先に亡くなられた天才ホーキング博士の考察です。言語が誕生しなかったらDNAレベルでの伝達共有がされていただろうということ。つまり、仮説として、古代ギリシャにおける意識の概念の代替えとしての神の声とは死滅する寸前の触媒としてのDNAから発するものだったのかもしれません。正気もなにも、事実上あったとも思えるのです。私には。本作に沿って申し上げれば、その言語ではないDNAレベルでのコミュニティがもしもあるとすれば、それこそが不器用な者たちによる非言語空間なのかもしれません。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-14

ゼンメツさん ゲンダイシボーイがワイヤードロジックのレイヤーの片隅で壁打ちを!素晴らしいです。なんてJKっちっくなんだろうか!ゼンメツさん、最後はアンフェアです。フェアなものなんて世界には一つもない。アンフェアにはアンフェアを。ゲンダイシにはゲンダイシを。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-13

ビーレビの代表の立場にある者がこの作品にコメントしないわけにはいかない。 ビーレビ2.0が終焉を迎える。誰もが幻想した。ブランキーの世界で一番新しい国だったのかもしれない。窮地に追い込まれて打って出た戦前日本の満州国だったのかもしれない。あるいは「ガンジー」だったのだろう。ガンジーの伝説とは何かを考える。アヒンサーか、はたまた、理想的運動論か。いづれにせよ、ムーブメントだ。ある者は健全であろうと訴え、ある者はいや違うといい、無政府による完全自治の理想主義を掲げる。それらの思想・思考を言語化することをムーブメントとは言わない。評論家だ。何も変えられない役立たずなご意見番。僕たちはうんざりしていた。僕たちは何も変えられないし連帯もなければもちろん革命もなく、戦争は嫌だけど、ないんだそんなものは。と、survofさん、あなたと私は、そんなげんなり感は共有していたと思う。げんなりな大人にはもううんざりだ、せめて嘘でもいいから、なんちゃってでもいいからムーブメントになりたいと、僕たちは共有していた。あなたが提案した全員参加型の選評は現代詩の死滅とともに流され消えてゆくのかもしれないね。ムーブメントとはそういうものだし、最初から永遠なんてクソだとわかっていたよね。クソはウォシュレットの汚水の彼方に消えていくんだ。うん。 (ウォシュレット)

2018-08-13

なつめさん 世界がはっきりと見えているうちに最果ての更に先にあるてっぺんにいっちゃってください。そして眺めの良きことを有名になっても掲示板に投稿して教えてくださいね。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-13

帆場蔵人さんの「詩としてはぼくは何か不足を感じるのですが、」に乗っかってコメントさせてもらいますが(失礼!)、本作に詩情を見いだす読みが可能か否か?という命題を拒否するというメタファーこそが、本作が醸し出すニヒリズムの正体だと思うのです。蝉に戒名などもちろん不用。しかし人間だって不用でしょ?的なメタファーが示すところのこと。それは性善説の否定にもつながる。情を他者に求める時、無意識のうちに他者とは善なる者と錯覚をする。食後のアイスバーで供養されるなんて不義理な話があるわけがないと。ある種の残酷性。詩情満載な場所に立つべき塔婆に情けはない。言語は最初から死んでいて、詩としての言語は塔婆のように思い込みによる思い出集めと妄想でしかない。 そう。アタリという偶発性に妄想するのはいつも愚かな人間たちだ。 (戒名)

2018-08-13

こおん この音にたどり着いた至福は残音を宇宙空間で真空パックされ、いないいないばあされるまで地球には戻れそうにない。 (季節)

2018-08-13

ゼンメツさん あなたが想像している以上に私はあなたのことが気になってわくわくしています。もちろん文学極道の方でのあなたの作品もあなたが付けているレスも全部。Twitterもみてます。その文体と作品のエッセンスをすくい出す感性がたまらないです。カオティクルさん以上に私はあなたのファンだし、きっと、ビーレビの参加者の多くがあなたに注目しています。なので、なので、もしも気が向いたらゼンメツさんの選評をみせてください。ゼンメツさんはもう気がつかれてると思いますが、ビーレビのフェアネスは最強です。ぽんこつですが。なので批判も大歓迎です。文学極道のアカデミアンボクシングによる自己満足は得られないかもしれませんが。ゼンメツさんのムーブメントがみたいです。あ、すみません、ネトスト体質なもので。 これからもよろしくです。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-13

杜琴乃さんの作品に出てくる子供たちは子供らしく正直に思える。少なくとも嘘つきな子供じゃない。僕は嘘つきで悪賢い子供だったので大人になって自分の子供が出来ても子供嫌いなまま現在に至るから世界はいつも僕よりも大人だ。 本作にある美術館や片田舎の住宅街や、そしてトマトは残酷な世界だ。そんな残酷さを大人である杜琴乃さんも私もいつか子供たちにみせてあげなくてはいけない。トマトが落ちるまえに生きていることを教えてあげなきゃいけない。そんなことを考えてしまう作品だ。 (自転車を押す坂道にて)

2018-08-10

‪尾田さんがビーレビに初投稿された。以前ツィキャスで尾田さんは恋愛の作品しかなくて、しかもあんまり良いと思わないって言ったんだけど、この向日葵という作品は好きになった。男子の語りというか吐露系の作品は好き。尾田さんの語りの言葉は強くて、ちょっと悲しい。悲しいというか憂いというのだろうか。女子だったらこれを妖艶さというのかもしれない。尾田さんが使う人間という言葉はセクシーだ。ちょっと硬く受け取る読者がいるかもしれないが、愛やら恋やらを通り越してきた僕みたいなおじさんには柔らかく思える。まるでそれは、人間やら世界やらを考え過ぎて涙で濡れて柔らかくなってしまったあそこみたいに。 (向日葵)

2018-08-10

極私的な気持ちを吐露されている作品だからなのか、読む場とタイミングによって受け取る感触が変わる。仕事の合間の一読は、うわあ重たいなぁっと、正直、受け入れることに困ってしまった。今、再び読んだ。コメントしたくなった。昨夜7時前に寝落ちして、この深夜の時間帯に起きて開いたら「死と夢想」があった。負の情念がじっと動かないでまとわりつく。私は今のところ死にたい気持ちはないのだけれど、語り手がいるであろう深夜の幻の闇を共有することは不快ではない。むしろ暴風雨は心地よかったりする。 「だからもうそんな幻にすがるのは辞めるの」という言葉が清々しい。 (死と夢想)

2018-08-10

杜琴乃さん コメントありがとうございます。作品ではなく作者本位で読んでしまうことを変えることなく現在に至っております。この読み方は下品で知性も何も無い最低な読み方だと思うところもあります。何度かそれを変えてみよう、作品本位で読んでコメントすることを心がけてみましたが、残念ながら、いつも他人の作品に自分を投影して自分語り、挙げ句には作品評から離れた内容になってしまう。ロッキングオンという投稿型ロック批評雑誌の影響だと思います。作品本位でアカデミックなうんちくと商売本位の褒め殺し雑誌が横行していた当時、既成なメディアにカウンタースタンスで立ち上がった雑誌。そこには、アーティストの本質を突いているエキサイトな評の場が素人の投稿によって成立していました。アーティストからすればウザいことだと思います。しかしロッキングオンはアーティストをレコード会社、出版会社から解放しリスナーの手に明け渡した功績を残したと、私は思います。まったく私は勘違い野郎ですが、無名な人々がまやかしのステイタスから解放されることを願います。すみません、大層なことを嘯いてしまいました。 杜琴乃さん、ありがとうございます。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-08

fiorinaさん! なんだか、楽しそうなイベントありがとうございます!私、ホントに文学も詩も何もかも無学な人間ですが、是非参加させて下さい。ワクワクします。ありがとうございます! (【弓庭夜話】第一回のおさそい)

2018-08-08

カオティクル。 もうええわ。自分が一番わかっとるわ!。。有難う! (くたばれビーレビュー)

2018-08-07

右肩さん 楽屋的な話になってしまいますが、ビーレビューに一番労力と熱量を注いだのは花緒さんでした。発起人全員がそう云うと思います。彼はとても合理主義者な面が強いと私は常々思っています。そんな彼が無償で何の利も生じないビーレビューに心血を注がせてしまったことは、やはり目にみえないマグマがこの場所にはあったのかもしれません。そして、彼は如何なることにも一切ブレることなく、このコミュニティのルールに徹した。マグマのままに。ムーブメントを起こせる者は天才ではなく、右肩さんがおっしゃられる通り、虚しい場に無尽のエネルギー、マグマだと思います。越境者たちは彼の磁場によって着てしまったのだと思うのです。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-07

るびくん。再び有難う。くたばれSNSだな。あ、いや、いいんだ。また、ええ作品をここに流しにこいな。夕闇の海辺みたいに。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-07

fiorinaさん コメント有難う御座います。 彼等はとどまらなかったからこそ彼等なのだと思うのです。とどまっていたら彼等ではなかった。とどまるはずがない彼等がこの場所にやってきたことが私は嬉しかったのかもしれません。なんとも自分の気持ちをお伝えすることが難しいのですが、何といいますか、詩が遍くあるということは善悪を超越して如何なる人物にも詩はあるということで、それをオリジナルと云い、彼等に、僕はその真のオリジナルであれと、教えられたのかもしれません。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-07

stereotype2085さん 重力さん コメント有難う御座います! (くたばれビーレビュー)

2018-08-06

文体やレトリックやそのような事柄は置いておいて、書かれてあることのメッセージに肯定感があっていいなあと。先日、とあるツイキャス放送で最果タヒさんの魅力って何だろうねって会話があって。僕が思うに最果タヒさんの魅力って肯定感だ。僕が大大大好きな大森靖子さんも最果タヒさんと同じく肯定感のメッセージがあるよ。最果タヒさんと大森靖子さんは共著もあるぐらいに仲良しだったりするんです。関係ない話だけど。詩にメッセージとかなんとかが嫌いな人も多いと思うし、ほんとは哀しいことをこらえながら書いて、もうええわって気持ちで投稿してるんだから余計で下品な読みをするんじゃないよ、きもって思われたりするかも、だけど、コメントが一つも付いていないんじゃ、フルーツパフェのひとつも喉に通らないんじゃないだろうか、うん。とダーウィン博士に代わってこの進化小論を褒めてあげたいと思った。そして、もしも将来、こうだたけみ論の本論を書くのであれば、そのメインはこのメッセージ性をとりあげなければならない。かもしれない。いやちがう。かもしれない。 (進化の過程¥崩壊)

2018-08-06

>私を悪の組織にスカウトした人は この一節が何度読んでも気になってしょうがない作品ですね。かなりフックとして効果出てる一節だと思います。 (大人の楽園)

2018-08-06

読むと落ち着いた気持ちになりました。フォルムの整えが「作者の意図」となって邪魔になると初読で感じたのですが、幼少の頃にみていた幸福な家族の記憶が覆うってくるものがあって、読んでよかったです。 追伸:重力というHN、私個人の好みとして、いいなあって思います。 (Sounds a bit like Goodbye)

2018-08-06

杜琴乃さん ご拝聴いただきましてありがとうございます。ビーレビ存続を望まれる参加者の多くの声に対して、私はそれを無視するような作品「くたばれビーレビュー」を投稿したり、「安泰なサイトを望まないし、むしろそれは醜い」というような煽り発言をしました。それは確信犯な部分もあり、自分自身でもよくわからない本能的な発露なことであったりします。普通に家庭を持ち普通にサラリーマンとして過ごしている私は現実世界では、おそらくやらないことです。むしろ付和雷同の無難な発言でやり過ごすことでしょう。話が逸れますが、当サイトに「くたばれビーレビュー!」とばかりに唾棄し去って行かれた才能ある若者たちがいます。私は彼らが大好きです。彼らに共通するネットの世界にあっても自身に正直であろうとする、その不器用さが大好きです。非礼で悪質でコミュニティから排除されて当然な彼らです。代表である私が彼らを支持するという矛盾。悲しかったです。 その負い目みたいなもの、その負い目は現実世界での私自身が持っているものでもあります。「元来、社会不適合な人間だった三浦が、たまたま運良く生きれている」ということに対する負い目。 せめて、ネットの世界では、その負い目を払ってしまいたい、そのような気持ちが湧き上がってくるのです。現実世界で、のっぺりと貼り付いてしまった嘘つきな皮膚はなかなか剥がれません。詩を書いてみたらわかりました。自分が書きたいことは、こんなんじゃないと。 ビーレビは良くも悪くもムーブメントだと思います。そのムーブメントの風は、なぜだか、私のその嘘つきの皮膚を一新してくれます。それは、まさに杜琴乃さんがおっしゃっている詩作品を書きたくなる気持ちと同じものかもしれません。 長々と失礼しました。 (●重要なお知らせです●)

2018-08-06

蔀 県さん 御拝聴いただきまして有難う御座いました。私はとてもテキストが苦手で、人と人のすれ違いや、争いごとになりやすいテキストでの往復がどちらかと云えば、向いていないと思っておりまして。ツイキャスなどによる肉声でのコミュニケーションの方が凄くスムーズな気持ちをいつも得てまして。なので、本当は詩作品について、作者と読者が語り合う空間も肉声のほうがいいんじゃないかなって思っていたりします。 (●重要なお知らせです●)

2018-08-06

本作は、イベント「つぎ言語」で発刊されました小冊子へ寄書きしました内容を一部改編したものです。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-05

詩でしか言えないことって、やっぱ、他人とのコミュニケーション的なところから滲み出てくる感情の揺らぎ的なるものって大きいかもなあ、と読んで思いました。ホントは所属意識すら不要なんだけどなあ、みたいな。 >わたしは、うなずいて向き合うのですが、 >今、なんて言ったらいいのか、どのくらい黙ったらいいのか、どうまばたきしたらいいのか、 この状態、とても共感しました。 (詩でしか言えない)

2018-08-04

彫刻とは原材の生木のなかに既に在るものを彫出すこと、というようなことが云われますが、本作を読んでそれを思い出しました。その作業は宗教的な集中がいると思うんです。平たく云うと、絶対ぶれない精神、みたいな。そんなことを思いました。 (僧の跡)

2018-08-04

本作の最大の謎は「なぜこの人たちが選ばれたか?」という共通項の謎だと思うのですが、それぞれの残した言葉が詩的というようなことかなあ、なんて考えました。 (死去ノート)

2018-08-04

追伸:「サンプリング」でのコメント欄を楽しくわくわくしながら拝読しました。私が常日頃から優秀な若者だなあと憧れている祝儀敷さんと長文に渡りコメントを往復されていらっしゃることはとても羨ましかったです。もしも、stereotype2085さんと祝儀敷さんが当サイトの運営になったら、ビーレビがサブカルの世界で一世を風靡するだろうと勝手に夢想しております。ちなみにですが、花緒さんと私が文学極道で出会った初めての時、かなり、やり合いました。今でも花緒さんが大嫌いです。いや、嘘です。 (●重要なお知らせです●)

2018-08-04

stereotype2085さん 運営への参加検討有難う御座います。stereotype2085さんが運営に回ることに不満を持つ方がいらっしゃっても気になさらずに是非参加いただけると嬉しく思います。stereotype2085さんは嫌われ者ではないでしょうが、私は、嫌われ者が大好きです。極私的な願望を申し上げれば、当サイトが、ネット詩を含む詩界隈から大きく嫌悪される存在になればいいぐらいにも思っております。常に、サイトの存続が危ぶまれるような、そんな場所であって欲しいとも、思っていたりします。安泰な場所は現代詩フォーラムで充分ですよね。 放送への参加、有難う御座います。楽しみにお待ちしております。 (●重要なお知らせです●)

2018-08-04

言葉が情景を表すためにあるとしたら感情は言葉に宿り、物語を排除する。なぜならば、物語はロジックで組立てられてロジックのなかで他者とシェアされるものだから感情はあなたと私の空間にあっては錯覚でしかない。言い換えれば幻想。目を閉じて、そして開ける。葬列が私にみえる。逝く人々は私の肉親であったり友情の残骸を靴音に忍ばせるあなたかもしれない。かもしれないだけで、それは屈折であり、やはり言い換えれば幻想。選別を持ち出せば、それが有限であることを知る。そうであるならば、行き着く先のT字路。言い換えると、それは断絶。 閉塞感の漂う心象風景が心地良かったですよ。読んで良かった。 (T)

2018-08-04

日記調がピュアさを伝えてる。読んでよかったですよ。ぐだぐだ感こそが詩。誰も読まなくても。自分が読んでジャッジする。誰かのジャッジは受けない。私のぐだぐだとあなたのぐだぐだがシンクロする。断絶のシンクロ。 (まとめのにがてなこどもみたいな、こどもっぽい、こと。)

2018-08-04

ポエトリースラムジャパンの舞台でリーディングを聴いている気持ちになる作品ですね。語りかけてきてる。言葉が。 (イライラ)

2018-08-04

星空の下のディスタンスとでもいいましょうか、スピッツの僕のギターに自分大好きな感性が研ぎ澄まされているよう。夜明け前にギターを持つ人は午前3時に笑っている。 (笑うギター)

2018-08-04

おつかれさまです。るびくん。。っておい。詩に魅了されてキャッキャッ愉快にしてたわけじゃなく詩とはなんぞや?というスリルとサスペンスがたまらなかった俺をおまえは詩人じゃないと罵倒した2017年の八月。きさまあ、見破りやがって。が、しかし、泣いたのはきさまあ、だった。泣いていたのはきさまあ、だった。トーマスソーヤは賢いけど泣き虫だ。トーマスソーヤに憧れている俺は泣かないんだ。でも頭はいいぞ。ろくでなしな俺はけっきょくどうだ?はっきり言ってやれ。俺は詩人だ。俺は詩人なんだよ。いけすかない詩人が大嫌いだけど。もう一回言ってやれ。いけすかない詩人が大嫌いだ。きさまあ、るび、おめー詩人になるなよ。芸人でいいじゃないか。明石家さんまさん。俺はタモリさんが好きだけど。きさまあ、不器用で自由なハックルベリーフィン。私の風の又三郎。 (●重要なお知らせです●)

2018-08-03

かるべさん、ありがとうございます!後ほど、Twitterフォローさせていただきまして、一度、会話にてご相談させていただけましたら、嬉しいです。本当にありがとうございます。挙手いただきましたことに感謝申し上げます。 (●重要なお知らせです●)

2018-08-03

私は合羽を雨の日にも着ることがなく、それは、合羽を着ると不快な感じになって、それが耐えられなかったりします。その不快な感じとその葛藤が本作から感じられて、とても親近感を覚えました。雨の日の外と部屋の空間の心地よさの違いを上手く表現されているなあとも思いました。 投稿有難う御座います。 (二日連続で雨)

2018-05-17

たしかに、自己の死を目前にするとして、自身を裁く他者が現れる時、表層的でない、内なるところに蓄積されたところを開示する気持ちになると思うのです。そんな情景が本作には表現されているのかなと思いました。 投稿有難う御座います。 (懺悔)

2018-05-17

一読してKKKを想像しました。彼らの正義は誰かにとっては正義ではなくて、独善的であったりすると思います。しかし、独善的であっても、その正義が己自身に向けられていれば、その暴力と併せて、自浄作用ともなるのかな、なんて読んで思いました。灰色さん自身の自浄的な作品だと思いました。 投稿有難う御座います。 (吹き矢とジョークと皆殺しの仮面)

2018-05-17

ちくはとブラックジョークを混ぜ合わせたとてもコンパクトにまとめられた作品だと思います。でも、もしよろしければ、差支えなければ、植草さんの極個人的な悲しい気持ちなんかが表現される作品なんかも読んでみたいなあ、なんて思います。 投稿有難う御座います。 (ちくわ詩編①)

2018-05-17

本作が投稿されてから、何度かチラ読みしながら、気になっておりました。僕が彼との距離感を測るような空気感があって、その空気はアルゴリズムような法則が不透明な気持ちのようなもの。 >もしかしたらもしかするかもしれないよ。 このフレーズは僕が彼に対する未恋のようで、不透明な気持ちが増す感じでぐっときました。 かるべまさひろさん、当掲示板への参加有難う御座います。 (おかえり)

2018-05-16

『テレッ』のスリップ感がとても好ましかったです。投稿有難う御座います。 (歩幅の成り立ちについて)

2018-05-16

心情吐露的な作品であり、リズムをキープされていて、突き放されそうで突き放されないような親近感がありました。愚痴なようで根が反骨なようで、ニヒリズムなようでセンチメンタルなようで。横揺れのビートの空気感が漂っているなあと思いました。 (瞬間の話をした子たち)

2018-05-16

斉藤さんコメント有難う御座います!御察しの通り、私は断絶な人間です!今後とも宜しくお願い申し上げます。 (軽薄な自我か記憶無き散文か)

2018-05-16

上手い。やっぱ即興力が高いような気がします。こうだたけみさんは。即興ゴルゴンダで鍛えられてるのかもしれません。私も初参戦してみましたよ。 投稿有難う御座います。 (名づく)

2018-05-16

毎度投稿有難う御座います。Queenのボヘミアンラプソディはオペラに対するパロディだと思っているのですが、本作もパロディ色が出ていて面白かったです。祝儀敷さんってやっぱパロディをやらせると上手いと思う。また、なんといいますか、最近の祝さんの日常の鬱憤みたいなものがさく裂していて、それが倒錯な昇華となり本作を詩にしている気がしました。 (ラブ・ラプソディ 【後編】)

2018-05-16

最近は雨の日が続く5月ですが、そんな今の妙な気候にマッチする作品だなあという印象です。カタツムリはどこに生息するんだったかなあ、なんて考えなければいけないぐらい、大人になって目にしていないんですが、本作にある、「終止符」のように不明な生き物だよなあって思い出しました。カタツムリにとって終止符とは、「ピリオドは行方不明のまま」だなあって、思い出したんです。 投稿ありがとうございます。 (おやすみ、カタツムリ)

2018-05-08

カオティクルさん、イルカって君らしいなって思ったよ。 また会おうな!なんて言わねーよっ。また投稿しよう。うん。 投稿ありがとう! (バイバイコレクションB-SIDE)

2018-05-08

ノストラダムスの世紀末に終わりがなかったこと。それはどこかの誰かのことでなくて、自分自身の身近なことの終わり、それが起きなかったことが残念でもあり、自分のなかの何かが消えた感じ、本作を読んで、そのなんだかわからないんだけど失くしたということを思い出しました。1999年の夏のことを。 投稿有難う御座います。 (1999年7の月の唄)

2018-05-08

車で1人ドライブをする。車窓を過ぎてゆく情景って、本作にあるような過ぎて消えてゆくような言葉たちだと思いました。 投稿有難う御座います。 (極彩ロード)

2018-05-08

ボルカさん コメント有難う御座います!私自身の生活環境が今、大きく変わる時でもありまして、少しセンチメンタルになっているところなんかありまして(本当に笑)。でもやっぱ私はシャイなんだと思うんです。いや、もしかしたら人とちゃんと付き合うということが欠落しているというか、わからないといいますか。だからなのか、時々、みうらくんは間違っているし、ツッコミどころが満載なんだけど、まあいいじゃないかって、ボルカさんが言ってくれることが、自分を、赦せているところがあるんですよね。(本当です笑)自分のにある穴、欠落を、まあいいよなって赦せるんです。有難う御座います。 (軽薄な自我か記憶無き散文か)

2018-05-08

未開の地へ出てゆく時、心持ちよりも具体的なこと(大木切る方法や途切れた道の繋ぎ方)が大事だったりして、その具体的なことのほうが次に続く他の者へは利があるんだよなあって、本作を読んで思いました。 >そんな風に自分を肯定したいのさ。 この言葉、こんな心持ちって、好きです。 毎度投稿有難う御座います。 (次の日と次の人のために)

2018-05-08

毎度投稿ありがとうございます。得体の知れぬ異界な情景を李沙英さんの作品を読んでいつも感じているのですが、本作を読んで、おっ、またキテるなあと思いながら読みました。その通底するものは家族だったり表層的な人間関係だったりすると思うのです。で、今回は漱石の「吾輩は猫である」的にアロワナ視点で描いてる。これは神視点でありながら神ではなくただのアロワナだょー的なところが面白味を生むところだと思うんです。たとえば、子のわざとらしい笑顔は奥方とおんなじだと断定するところなんかは、神視点だけども断定する心情はとても人間らしい。で、奥方が居なくなった後にしんみりとして不思議な異界展開するところ面白いと思いました。 (旋回)

2018-05-02

毎度投稿ありがとうございます。暴力を使った作品を一度は書いてみたいと思っていましたので、とても興味深く拝読しました。短文でありながらも難解に書かれてある文体は、墓石に刻まれる死者からのメッセージにも読めました。暴力は生々しく、鎮めるものは、ただ母ひとりであるというメッセージが。 (花の山)

2018-05-02

投稿有難う御座います。一般的な祠についてとちょっと違う私の認識かもしれませんが、先祖を敬うこと、自身のルーツを大切にすることによる自浄作用というのを本作を読んで考えました。おそらく本作での語り手は祠の中の私、つまり死後に居る自己だと思われ、礼拝対象が自己投影となっている少し読解が難しい構造ではあると思いますが、その難解なところを柔和な口語体で纏められている感が読みやすく心地よく思えました。しかしながら、読者によっては、構造が難解と受けられるか、あるいは、神秘的と受け取られるかもしれません。 (巡礼)

2018-04-29

投稿有難う御座います。多数の投稿者がいらっしゃって、いろんな作品の印象が錯綜してしまって、最近では必ず投稿者の方の過去作品を確認してコメントしております。昨年12月に『the Milky Way 』を投稿された日下ゆうみさん。『the Milky Way』は印象に残る作品でした。 イージーな感じ(解りやすいという意味でこのように評してました)でありながらも、芯が太い感覚を読後感として受けておりました。で、今作では、解り易さよりも難解さが前面に来るなあという一読目の感想でした。しかし、3連目がスッと入って来る。 >同じようにぼくらがニヒリズムを取り上げるときに、 >だが、ニヒリズムのどこをつまめば >それを取り上げることが出来ただろうか? >ぼくらは未だにニヒリズムを掴み損なっていて >だから浸そうとしていたブルースは、そのニヒリズムの >液体の精神の底へと沈んでいってしまっただろう この連は前段の太陽についての語りの対比としてニヒリズムを語っていると思われるのですが、この3連目だけで独立した1作品となるぐらいに完成された詩情が含まれたものに読めて、とても魅了されました。魅了とは何度も読み返したくなったという意です。 私はブルースという言葉が好きです。好きなミュージシャンが語るブルースという言葉、好きな歌詞で使われるブルースという言葉、そういったものには出会ったことがありますが、詩作品で使われているブルースで、これほど魅力を発しているものに出会ったのは初めてです。ブルースの音階、コードは解りやすい。そこに込める魂の芯がなければ、他者へ響かせることが困難なものではないかと思うのです。日下さんが詩作の感性として持たれる、その魂を込めること、たとえそれが平易な言葉の展開であったとしても。それがとても表現されている3連目だと思いました。しかしながら、全体としての難解さが、ごめんなさい、私には冗長な感じに受けてしまいました。次回作も読みたくなりましたし、過去作品ももう一回読み返してみたくなりました。それほどに、今作には磁場が出ていると思いました。読んで良かったです。 (参照点)

2018-04-29

投稿有難う御座います。なるほど、パルプ・フィクションからの引用とあって少し合点がいきました。フォルムと展開の手法にタランティーノ的なるものを感じました。これを朗読動画などにすると、テキストで味わえない違った面白い楽しみが生まれるかなっと思いました。 (Adam’s Apple(It’s Missing) )

2018-04-29

投稿有難う御座います。まずタイトルがとても魅力あります。『~・~』が注目ですね。ソレってなんだろうなって考察しました。言葉とか言語でしょうか。コミュニケーションツールとしての言語なのかなあって思いました。清々しさが文体としてあって読んで心地良かったです。 (自滅原理~・~無の原理)

2018-04-29

かるべさん テレポーテーション!まさに狙っていました。これはフリンジです。パラレルワールド! (恋という138億年のビートが詩になって)

2018-04-29

たまごさん 好意的に読んでいただきまして感謝です。世界観。絶賛拡大中です! (恋という138億年のビートが詩になって)

2018-04-29

ボルカさん 2連目と3連目の入替を。。たしかにその通りです。俯瞰し過ぎて1周周り過ぎました。 (恋という138億年のビートが詩になって)

2018-04-29

花緒さん オリジナリティ。。わかります。いつも鋭く突いていただき感謝です。勉強になります。 (恋という138億年のビートが詩になって)

2018-04-29

まりもさん 3連目の甘さ。。わかります。もっといっちゃえばよかったのにいっちゃえないところがねえ。優しい人だからですかね。根が。 (恋という138億年のビートが詩になって)

2018-04-29

投稿ありがとうございます。先に花緒さんが、コメントされている「これはなんだろう」という困惑な読後感がじつは和田も一読してありました。で、もう一回読んでみて、この作品の本質、私個人が汲み取るべきことはなんだろうかって、考察したんです。90年前後の1番成熟きにあったロックミュージックを聴いてきた世代の私からすると、ギターとスパンコールは馴染みやすく感情移入します。ただ平成が30年経った現在にあっては、かき鳴らされるギターの音はシューゲイザーでなければいけない(いや、なくてもいい笑)スパンコールは地味な普段着でなければならない(いや、そうでなくてもよい!)というような本作とトレンド作品との対比が、どうしても頭をよぎる。しかしながら、本作が醸し出す空気は極私的な心象なんだと思った。 かすれ声で歌われる歌詞、これの元は日本語ではなくて、外国語のような気がしました。それほどに、構造にはとても切ないメタファーがある。しかし、文節自体は至ってシンプル。それが、共感する読者を狭めているような感じはあるけれども、共鳴する人には、とても深い哀愁を与えてしまう歌詞になっているのではないでしょうか。私には亡くなられたシーナロケッツのシーナさんを思い出させました。古いんですけどね、とても極私的な思い入れのあった人でして。 (スパンコールのひざ当て、の話。)

2018-04-24

すみません、間違えました。 ストレス→ストレート (線)

2018-04-24

あきらさん、久しぶりの投稿ありがとうございます。作風が激変したんじゃないかと、念のため過去の投稿作品を読み返してみたんです。難しく複雑な感が増したんじゃなかろうか、良く言えば深化してるのかなあと思いました。例えば過去作の『情けない人』では、「あゝ、雨は嫌いだ」と、語り手の心情表現が明らかにストレスであり、それが負の感情表現であっても直球ストレートの大胆さがあって読む方としては心地よく、あきらさんの作品の魅力の大きな部分を占めていたように思う。一方新作では、語り手の心情が難解に表現されている。私を「点」と表現し込められているメタファーはとても重たい。重たく懐に入ってくるシュートボールみたいに。 結語のつぶやきが、イージーなようでいて、過去作から読んできた私のような読者にとっては、安堵感を与えてくれていて、あっ深い泥沼にハマっていくのは避けようとされているんだって思った。 (線)

2018-04-24

ニューカラーと呼ばれる写真家達のうち日常や平凡な街角の風景の切り取り。ショアなど。彼らの写真は何の意味も無さそうなそこいらにある街の一瞬の事象を捉えていて、且つ、色調により「何か」を表現している。本作『安心感』と『城』という作品には、それらの写真と同じものを感じて、それが心地いいんだと思う。もっと言えば、それは前後の時間や文脈を想像させるところ。読者に委ねられた、想像させることが心地よい作品だと思う。他人からすれば自らの日常は想像されなければ、他者に意味は無い。想像されることにより、自身がつまらないとする日常が他人にとってはカラフルとなって意味を持つことが起きてしまう。 (安心感)

2018-04-24

投稿ありがとうございます。おっと発見してしまいました。イーロンマスクの火星移住計画。これは、かなり危険です。身の危険。私も既にエージェントからマークされています。まさか、ビーレビの投稿作品に出て来るとは。コーヒーも気をつけないと。普段からブラックで飲まれているなら、すぐに気付かれると思いますが、甘さが増していたりしたら、それは、フリンジ的な事件の始まりだと思います。パラレルです。ピン (流星群)

2018-04-21

毎度投稿ありがとうございます。本作で気を引いたのは、結末の故郷についてのところ。この一節が持つ哲学的なメッセージ。先日の対談放送で訊いてなかったなあと思い出したことがあるのですが、黒髪さんは詩作品にメッセージ性はあるべきだとお考えでしょうか。このメッセージ性についてのトピックは一概に断定するべきでないことを含めているかなとも、私は思っていたりします。メッセージ性とは隠喩ともメタファーとも言い換えが可能です。で、先に挙げました本作の結末の一節。この中にある「故郷」。ここでの文脈でいけば、「故郷」の箇所には名詞は入らないと思うのです。いや、その後に「と思う」と付けられていらっしゃるので文法は破綻していない。私が思うに、「安心」あるいは「安堵」という語を含まれてる隠喩としての「故郷と思う」なのかなあと、思った次第でして、上手い表現だと思いました。それこそ、詩に込めた共感を欲するメッセージだとも思いました。 (笹竹)

2018-04-21

投稿ありがとうございます。本作がメッセージ性を重視したという意図であれば成功していると思います。意味がわかります。世の中には矛盾があるということ。私が思うに、多くの人々はその矛盾を承知していて、私も承知している1人です。本作を読む。なるほどと頷けます。しかし、私を何処へも連れて行ってはくれない。いや、作品が私を連れて行く義理は無いのですが、矛盾だらけな現実の世界にあって、詩や詩人や、極端に言うと街角にある落書きが、矛盾の事実の中に潜む矛盾の真実の意味を持って宇宙の果てに連れて行ってくれることを期待しちゃったり、しています。 (意味を無くす)

2018-04-21

削除対象とはなりません。せっかくの投稿作品ですので。次回、投稿する時からルール内でやっていただければ、何ら問題ありませんので、これからも是非、ご参加いただき、当掲示板を楽しんでいただけたら嬉しいです。 (is this crap?)

2018-04-20

投稿有難う御座います。運営の三浦と申します。初投稿者の方へ投稿意欲を削ぐようなことは極力せずにおこうと思っておりますが、ルールはルールですので、指摘させていただきますと、投稿作品には文字数制限があり、3,000字以内となっております。(下記規定参照)選評投稿作品につきましてはこの限度を解除しておりますが、通常の作品はルール内で、御留意の程、宜しくお願い申し上げます。しかしながら、当サイト内にて判りやすい場所へ投稿ルールの表示がされていない(新規投稿者は掲示板を御覧になられ規定を参照せす、即投稿されておると察するところもあります)ことも自覚しております。サイト改善に努めて参りますので、今後とも宜しくお願い申し上げます。 https://www.breview.org/guideline-1 ■作品の投稿は各自1ヶ月あたり2回までとする。合評を促進するため、初回の投稿を終えたら次回投稿まで1週間程度のブランクを入れることが望ましい。 ■作品は一作当たり3000字以内とする。 ■原則として、一度投稿された作品の削除および修正依頼は受け付けない。 ■荒らし冷やかしまたは操作ミス等によって投稿されたと判断できる作品は、通告なく削除される場合がある。 ■作品は手元に必ず自分用のコピーを保管すること。 (is this crap?)

2018-04-20

投稿ありがとうございます。タイトルがHOMEとあって、よそ者を渡り鳥の情景描写として表されており、皮肉な感が一読してありました。私は外れ者だ、嫌われ者だと常日頃から発信しているので、よく自分を卑下している、自虐的だと諭されます。それはきっと皮肉屋としての印象が残ってしまうからなのかもしれません。私自身は自由人として孤高(笑)なつもりでありアウェイで戦っているつもりなんです。その胸のうちは本作で描かれていらっしゃる望郷の哀しみ。 読んで良かったです。 (HOME)

2018-04-19

投稿ありがとうございます。家族=幸福というものが戦後の昭和にはあったと思うのです。少なくとも私は小学校ぐらいまでは実感としてありました。自分史の中でそれは懐かしい記憶となりそして、喪失感として今はあります。本作をよんで、その懐かさに触れた気分になり、また喪失感としての負の作用で済ませてはならない、現在進行形としての願望を私のなかから呼び起こすものとして読めました。本作で書かれていらっしゃるところの父母は私の亡くなった両親でもあり、愛するものと欲望の間で葛藤する自分の今の日常における心象でもある。 読んで良かったです。 (手枷 ――「幸」字解)

2018-04-19

以前の作品、午前8時15分について、僕は酷評した記憶がある。きっと地球さんは残念に思いながら、いつか復讐してやれと決意していたのだろう。本作は、その午前8時15分の完成形だと思う。素晴らしい。この作品のおかげでカンボジアの果物係は、世間の注目から逃げて行ける。 (わたしは春虫)

2018-04-19

地球さんが持つ神さまは美味しい食べ物のように思える。例えばパン。本作では、神さまがあの子の喩えになっている。美味しい食べ物ではないけれど、好ましい人だ。僕たちは悪意や憎悪やらに日常的にでくわす。人が発する愚痴、悪口。それらを食べてあげたいけれど食べたら吐いてしまうから食べないでいる。かわりに神さまにごめんなさいをして美味しいパンを食べる。そんな気持ちの本作。 自分が呪詛を吐きそうになってしまったら、神さまを探す。そうだあの子を身代わりにしよう。神さまの代わりに、みうらぁ。 (春呼)

2018-04-19

るるりらさん、毎度投稿ありがとうございます。深夜に連続して投稿作品を読んできて、午前1時26分に本作を読んでほっこりしております。るるりらさんの作品に流れてる、読むと安心する気持ち、それは素敵な作風であり持続するのがとても難しいものな気がします。るーしーが深夜に居てくれて、僕は安心して眠りにつくことが出来る。 (今日も るーしーを探しに行く)

2018-04-19

投稿ありがとうございます。アスカさんの作品のうち、日常を吐露する系の作品が個人的には好みです。なぜかといえば、残念な気持ちに止める表しはとても私にはリアルだからです。死にたい、なんて言わない、なぜなら死ぬわけないんだから、というところのこと。尾崎豊を追い詰めたのは尾崎豊が描く苦悩を信じ込んだファンだった、尾崎豊はただのやんちゃで歌が好きな少年だっただけなのに、みたいな感じと同じように、アスカさんが描く日常には、じつはじつはとても批判性があると思っています。ああ、すみません、これについては、また後日、対談放送で語りたます! 本作にも、その批判性があります。『ポケットの中で中指を立てて〜』のくだりです。アスカさんご自身は思想性を否定されるでしょうが、思想無き言語は絶対にありえません。あ、いや、あるかもしれません。というようなことについて、回答は放送の時にでも。楽しみにお待ちしております。最後に、僕は梅田のジュンク堂書店が紀伊国屋書店より好きだとお伝えしてみたり。 (梅田)

2018-04-19

正直にコメントすると、カオティクルさんの本作のような普通な感じの作風の方がハラハラドキドキしますよ。私からすればこちらの方がハードでなくともラジカルに感じた。カウボーイジャンキーズの音みたいに静かだけど掻き乱してくる感じと同じで。 あ、いや、いつも正直なコメントしてました。冒頭に書いた正直という言葉は嘘です。クセで言ってしまいました。 (あなたの生まれた日にね…)

2018-04-19

まりもさん なるほど。まりもさんが時々発せられる素朴な想像にドキがムネまきしました。 (なにも知らない)

2018-04-19

投稿ありがとうございます。一読して、フォルムへのこだわりを感じる作品でした。少しずつ逸れていくような配列にセンスの良さがあるなあって。 (跡形も)

2018-04-19

投稿ありがとうございます。僕の語りが今まで読んだことがあまりない文体に私には思え新鮮でした。なんだろうか、含みがあるようで無為な感じ。直喩な言い回しなようで、そうでない感じ。そんなミラクルな気分で読んでたら突然現れる会話の展開。 不思議でした。良い意味で特異なものを感じました。 (うそのはなし)

2018-04-19

投稿ありがとうございます。 『白と黒のアーガイル』『マーブル』と云ったフレーズによる表しにフックがあって、それらが情景へ誘いますね。読んだ気持ちはポップだったです。 (たこつぼ)

2018-04-19

藤さん選評ありがとうございます!一点だけごめんなさい。じつは、選評投稿の締切日を毎月15日に設定しておりまして、こちらの選評投稿が17日になっていることに気がついた次第です。しかし、せっかくの投稿を無駄にしたくありません。今回は初の試みでもあり、実験的な意味合いが大きく、こちらの選評作品を有効とさせていただきます。来月も選評作品をお待ちしております。1日から15日までの期間にてよろしくお願い申し上げます。 (【選評】「夜」)

2018-04-19

投稿ありがとうございます。読書の時間を夕暮れ時のアンニュイな気分が邪魔をする、そんな心象を、美しいとは無価値であるという一言に集約された思想性が覆う作風。この感じは好きです。 (黄金時間)

2018-04-19

すみません!取り急ぎの私の判断でurlをコピーして載せました。中身をそっくりコピペするのは、なかたつさんが記事としてご自身のブログに書かれていらっしゃることへ失礼に当たると咄嗟に判断した次第でして。 また、キュレーターをお引き受けいただく際の約束事として、降板する事態になった時にその理由については一切言及しないと規定しておりまして。 (【選評】なかたつ氏ー3月投稿作品)

2018-04-16

投稿有難うございます。初投稿作品というのは、その後に投稿される作品と違い、作者の思い入れのようなことを感じることがよくあるのですが、本作を植草さんが初投稿作品に選ばれたことを考察してしまいました。クオリティ云々より先に、これ面白いよね、思わず笑ってしまう、という一読しての感想なのですが、そのシンプルでいてちょっとだけ笑ってしまう作風、これへの拘りを持たれた方が植草さんなんだろうなって思ったわけです。この拘りはけっこう、頑固な感じもします。それぐらいネタと云いますか、作品の狙いどころと云いますか、とても明らかでストレートだと思うのです。しかも、「詩?いやいや、そういうカテゴリーじゃなくていいから、面白いって伝わってくれたらいいから」的な反骨心も感じれました。ちょっと深読みし過ぎでしょうか。でも、人生やらなんやらで悩ましい時間を過ごすぐらいなら、ただチンチン擦れよって、そーいう反骨なメッセージではなかろうかって思いました。詩なんて大層に考えなくていいんだ、チンチン擦るみたいに、ただ書いて投稿すればいい。その通りかもしれない。いや、違うかもしれない。まあ、チンチン擦ってみるか。 (悪魔と校長先生)

2018-04-16

投稿有難う御座います。 産まれると決めてきたときからほんとは覚悟なんかできてるさ。 この一節がとても気に留まりました。結末の、死についての観点とも絡んでくると思うのですが、転生的なる思想が含まれている作品かなあと思いました。DNAについての考察とも読めるような。読んで興味深かったです。 (厭世観からの分離。)

2018-04-14

夏生さん毎度投稿有難う御座います。突然吹いたり穏やかになったりする春の嵐の不安定な事象となぜだか安心する気持ち良さの二つが同時に在る心象風景。魂とはそういうことなのかもしれないって、感じる作品でした。魂って言葉、いいですよね。なんといいますか、心とか気持ちとかって、あやふやなものだけど、魂っていうと、触れたり目に視えたりするものに思えてきます。 (風)

2018-04-14

投稿有難う御座います。正直に感想を申しますと、驚いてしまいまして。読み始めた当初、春の季節と心象風景が心地良く感じられる作品だなあと読んでおりました。ところが、最後の結末を読んで、びっくりして止まって、読み終わりました。ごめんなさい。コメントを書くことが難しい作品だと思いました。 (無題)

2018-04-14

季節を感じさせますね。 確信犯の赤信号 最近、直喩・隠喩についての話題が私の周囲にありまして、本作を読んでるうちにも、その観点から読んでしまったんですが、引用したフレーズから私が感じたのは、春の終わり、初夏の気配です。それを言葉として自説すれば、季節は曖昧に過ぎ、変化するようでいて、必ず変わってしまうもの。それを『確信犯の赤信号』と表現されているのは妙味です。読んで良かったです。 (春風との散歩)

2018-04-14

なげーなって思ってスルーしようとしたんですが、花緒さんが久しぶりに手厳しいコメントされているのを発見してしまい、なんだ?なんだ?と興味が湧いて読んでしまいました。『階段を上ると沢山の人達が僕のもうやってきた。』こちらの一節が明らかに書き間違えてるなって気が付きましたが、内容からすれば、この間違いが逆にリアルになっちゃっていて。本作にある「今時の日本的異邦人(カミュ)」的なものって大量にいるんじゃないのかって、この作品を読んで思いましたよ。闇が深いなあ。百均さんが抱えてるものも。 (きこえる)

2018-04-14

投稿ありがとうございます。運営の三浦です。間違えて2つ投稿されたみたいですので、もう一つは削除しておきます。 (春風との散歩)

2018-04-14

試しにPCからeを打ってみました。3行打ってみましたが残念な結果です。今後の参考にします。 eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee ↑念の為にPCから40字で改行してみました。 (Dreams)

2018-04-12

投稿有難う御座います。 eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee (Dreams)

2018-04-12

投稿有難うございます。箱庭的な癒しの情景が感じられて、初夏ッチックな空気を発しているところが好ましく読めました。何かまだまだ、温存していらっしゃる世界観が作者にはあるような。本作はそんな世界観の前触れ的な断片にも思えました。 (オリエンテーション)

2018-04-08

投稿ありがとうございます。春の季節をここまでラブって書かれた作品を、読んだことがないです。素晴らしい。読んでいて、なんだか気恥ずかしくなるくらい、なんというか、書いたラブレターを朝学校へ行く途中道端で落としてしまって、友達みんなに読まれてしまったような気持ちになるくらい、ピュアな詩ではないでしょうか。読んでよかったです。 (いつまでも春)

2018-04-08

投稿有難う御座います。 ホントに読み方がなってなくて、まったく別件的な印象のコメントで恐縮ですが、ばきまるさんの名前がとても興味深く、私的にはなぜだか、スピッツの『とげまる』というアルバムが頭から離れず、本作を読めば読むほどに、アルバム『とげまる』のなかの『新月』という曲が頭のなかで鳴りやまなくて。 (春の夢)

2018-04-08

毎度どうも投稿有難う御座います。私も仲程さんと同じく後半の5行がキラッとひかって受けたんですが、何度か読み返してみますと前半の破綻さが効果を発揮しておるかなと、そう読めてしまう、妙に訴求力がある作品だと思います。 (written)

2018-04-08

投稿有難う御座います。ほんまにこの作品パッと読んで好きになりました。これ、マジで良いです。なんだろうか、いや、これぞ読んでみりゃわかるよとしか言いようがないですよね。音読で。また、当掲示板に新しい風を吹かせてくれそうな予感が大大大大大です。 (春の音)

2018-04-08

投稿有難う御座います。『ぼやき』とタイトルにあるので、マイナス思考な作品かとバイアスがかかりながら読んでしまったのですが、ひたむきさがストレートに伝わってきまして爽やかな気持ちになりました。 (ぼやき)

2018-04-08

投稿有難う御座います。とてもダークでウィラードな気持ちになる作品で、個人的には好きな感触の作風です。が、しかし、ビーレビ公式選評では、残念ながらダークネス・荒廃的世界観な傾向を持つ作風があまり好評を得ていない感があります。当掲示板へ新しい風を入れて欲しいなあと期待しております。 (夢見る宝石)

2018-04-08

これは自分本位に徹した選評で、他の選評と違ったカラーが出ており、私的には好感を持ちました。で、対象にされている作品がまた良い。じつは私、個人的に斉藤木馬さんの作品がなぜ毎月の公式選評に入らないのだろうか?と疑問を持っておりました。正直言いますが。で、左様な気持ちからすれば、杜町さんのこちらの選評、よくぞやってくれた感があります。様々な作品が選ばれるべき。 (選評)

2018-04-08

投稿ありがとうございます。読みやすい文章だなあと一読して思いました。自分で稼いだお金で買うものって自分が必要なものが優先される。結果、エゴイスティックな買い物がされがちだと思うんですが、少し後ろめたさがあったりもする。そんなところが情景として表れてる本作かなあと思いました。 (腕枕にさよなら)

2018-04-07

いやはや、これは凄い。世界初の試みは歴史に残りますね。また、対象作品を読むにあたって、これほど判りやすい解説はないですね。びっくりしました。原口さんの衝撃的な選評を超えました。もうこれを超える驚愕的な選評投稿作品は出ないですよ。きっと。 (【選評】峰 ひろ樹「彼の島」【動画】)

2018-04-07

取り急ぎのコメントです。形式としてやられたっ!後で観ます! (【選評】峰 ひろ樹「彼の島」【動画】)

2018-04-07

原口さん 選評ありがとうございます。一読して、やられたっという感があります。「該当無し」大丈夫です。むしろ、嬉しいです。 既存の詩界隈にある固定されてしまった感がある選評の概念がぶっ壊れてしまって欲しいというのが、三浦個人の裏テーマとしてあります。 感謝致します。これからも三浦を見捨てないでください! (選評)

2018-04-05

るるりらさん コメントありがとうございます。また、普段から多くの投稿作品へコメントを寄せていただき、感謝申し上げます。 じつはじつは、この作品は、釈明せよ、みうらくん君は悪人だ、君は世間様に裁かれなさい、というようなことに対峙した頃、黙りますと決意した時に書きました。いろんな迷いと虚しさやらをそのまま書いた感があります。るるりらさん、これからもビーレビ掲示板で一緒に楽しめたら嬉しいです。 (なにも知らない)

2018-04-05

花緒さん コメントありがとうございます。これは難解なるものを書いてみたかった、という気持ちが30%ぐらい含まれた作品でございます。 (なにも知らない)

2018-04-05

投稿ありがとうございます。私は現代詩を読むことが苦手で、読解や批評などできるレベルではまったくないのですが、立場上努力して、無理してやっているところがあります。正直に言いますと。すみません、いきなり自分語りしてしまいました。で、私、投稿者の方の文脈を意識的に辿って読んでコメントしていたりします。当サイトの選評を担当されているキュレーターの方のなかには、「作者名を一切みないようにしている」とされるぐらいに作品自体から感じ取ることに拘りを持たれていらっしゃる人もおり、きっと、その読み方が詩の正当な読み方なんだと思うところもあります。文脈を辿る読み方を簡単に申しますと、音楽を選び聴くことに似ています。好きなアーティストが新譜を出せば聴くような。なので、前作との比較やら、今回はどんな背景で作られたのかなあとか、そんなことを考えながら、わくわくしながら、聴くような。映画も同じで、好きな監督の新作を観に行く時もやはり、その作品に込められている監督が持つ何かを発見したい気持ち、わくわくする気持ち。そのような気持ちで、投稿作品を読んで楽しんでます。すみません、また自分語りなコメントになってしまいまして。そこで、さしみさんの投稿作品を読み直しました。私的には、投稿二作目の『きよらかなもの』が一番好きです。さしみさんの感情の強さみたいなものが伝わってきましたんで。今作『夢みる踊り子』はもちろん、『きよらかなもの』とは書かれたコンセプトが違うのでしょう。とても物語性に拘られた作品だと思います。ただ、「悲しい曲」「楽しい曲」「エトワールの踊り」「ロマンチックな気分」「くるくる優雅に」など、読む方からすれば、既視感が先にイメージとしてきてしまう装飾、形容詞として受けてしまいました。もう少し踏み込んでいえば、オリジナルなもの、さしみさんのものが今ひとつ私には読めなかったです。 もちろん、私も他人の作品へ言えたことではないのですが。しかしながら、真夜中に真っ暗な部屋でひとりぼっちで踊ることが僕は大好きなので、本作の奥の奥の底に流れているセンチメンタルな気持ちは共感するところがありました。 (夢みる踊り子)

2018-04-04

一読して、やられた!という感がありました。これぞビーレビで今求められている「批評」ではないかと。個人的に今、「アウトサイダー」とは何ぞや、ということを思索しているのですが、それにも通じる観点が本作選評作品にあるように思いました。それはラジカルでなくてもよい、普通に感じたことを表して、何か?的なアンチテーゼ。しかも、こうだたけみさんの対象作品にも一番マッチした観点でもあると思いました。読んで良かったです。余談ですが、この【選評】作品に、投稿者の詩観、詩論が皆さん出ており、とてもいいなあと思っております。 (【選評】 ちょうどいいところ)

2018-04-01

竜野さんらしい対象作品にある思想的なるものを深化させる批評だと思いました。「真実の体積」から受けるところの論考、「ありがとう」とは物理的な体積を持ち歴史的な堆積でもあるという言及は興味深く読まさせていただきました。 (【選評】少し硬質な感謝を運ぶ詩文「真実の体積」から)

2018-04-01

この選評を一読して、やられた!という感がかなりありました。対象作品を更に拡大鏡で観るような。私も次回の選評作品に活かしたいと思いました。 (選評)

2018-04-01

作品にある本質を上手く汲み取っているタイトルではないかと思いました。「存在のモード」「進化」。そこからの観点で『➑くんESCAPE DAYS』を読んだ時に、言語化されない(上手く飲み込めない)シナプスが繋がりました。また、kaz.さんが追求される前衛的なるもの、その理由が少し見えた気がしました。ある種、小林秀雄的な批評(対象作品を批評するところに評者自身が自己の探求も含有するような)とも読めました。 (選評【人間は存在のモードに合わせて進化しなくてはならない】)

2018-04-01

いきなりの展開で意味不明な参加者の方などいらっしゃれば、ごめんなさい。twitterをやられていない方々、すみません、選評投稿の意図や背景など、また、不明なことや、あるいはBREVIEWの今後についてや、様々な議論をtwitter上でやっております。twitterの議論などへ参加することは無くてもまったく大丈夫ですが、もしよろしければ、情報のチェックなどに一度、御覧くださいませ。ビーレビtwitter公式アカウント➾https://twitter.com/breviewofficial (全員参加キュレーション制のお知らせ)

2018-04-01

投稿有難う御座います。風呂と云うタイトルから読み始めて最後まで声に出して読んでみたんですが、とても爽やかな気持ちで読めました。読んで良かったです。 (風呂)

2018-04-01

子を身籠る、生を授かる、その体験を言語化することって神秘的なことでありながらも、肉体的で現実的なこと。これを火花とされるところが、やっぱまりもさんって上手いと思いましたよ。なんというか、詩書きの学びとしてでなくて、感性のところで面白い発見をする感じですよ。まりもさんの作品を読むのって。なんだろうか、最近「マンチェスターバイザシー」という、大きな悲しみと笑いが同居したような妙な感じの映画を観たんですけど、それに似たものをまりもさんの感性に感じるんですよね。とてもシリアスなことを真剣な眼差しで考えながら、でも笑ってるしみんなも笑えよ、みたいな。なんかコメント書きながら、これ、伝わんねーよって思いながらも消さずに書込みますが、つまり、火花って少し危険なイメージがあると思うんですよね、一般的に。その危険なものを身籠った身体の状況のなかに持ってくるって、かなりアンバランスな話な気がするんです。それを平気でやってのける、まりもさんってやっぱ、タフですよ。それを私的な言い方をすると「私も笑ってんだからみんなも笑えよ、神秘とか言わなくていいから」みたいな感想になる。このコメントで私が言いたいことの気持ち伝わりました?(笑) (火花)

2018-04-01

投稿有難う御座います。シンプルな、神についての語り。タイトルに対しての結語「ろくな結果にならない」が神に対する皮肉と空虚な気持ちが表れているなあと思いました。なんだろうか、「支配」の概念を表そうとされている気もしました。また、若さゆえの浅さとか、将来への野心とか。偉くなっても究極は神でしょ?なりたくねーわ、的なもの。ある種の反骨性とも取れて、好ましく読めました。 (おぉ、神よ)

2018-04-01

投稿有難う御座います。私は嘘つきだと普段から公言している人間なので、本作をとても興味深く読まさせていただきました。一読して、コメントしようかどうか迷ったのですが、先の竜野さんのコメントに救われた気持ちもあってコメントさせていただいております。 (以下引用) ■嘘について  現実逃避は、当面にこそ利益があれども、長期的には不合理である。  虚言は、社会の部分においてこそ利益があれども、全体最適性を抑制する。  愚かな人ほど、自らの日常における処世術に、普遍的な価値を見る。  賢い人ほど、妥協を強いられるにしろ、全体最適と部分最適の矛盾を知っている。  ゆえに、愚かな人は、嘘が蔑まれるべきことを知らない。  一方で、賢い人は、嘘が蔑まれるべきことを知っている。  愚かな人にとって、嘘をついてでも利益を求めることは、自然なことであって恥じるに値しない。  賢い人にとって、嘘をついてでも利益を求めることは、紳士協定に違反する恥辱である。  愚かな人々にとっては、賢い人々が嘘を憎むことがわかりにくい。  賢い人々にとっては、愚かな人が嘘を許されると思っていることがわかりにくい。 (以上『IQが20違うと話が通じない?』鈴木美脳https://ncode.syosetu.com/n4257eh/ の引用) 嘘をつかない、嘘は蔑まれるべきものだと覚悟して生きる時、人が崇高な生き様をすることに繋がると。そのことを再認識させられた本作でした。しかし、私は弱く、なかなかこれを実践することが出来ないのです。 時々、その、崇高な生き様をされていらっしゃる方に出くわしますが、私は黙ってしまうことしか出来ない。残念ながら。いつも。 (認知的不協和)

2018-04-01

mioo_mpさん もうひとつ、ご案内致します。当サイトは有志で運営しており、常時掲示板をチェックしている体制には残念ながらなっておりませんので、運営からのレスポンスが遅くなることがよくあります。そこで、参加者の方々と連絡・お知らせをスムーズにする目的でtwitterを活用しております。フォローは強制ではありません。参考までにtwitter公式アカウントをご案内致します。@breviewofficial (円)

2018-03-30

mioo_mpさん 投稿ありがとうございます。運営の三浦と申します。当掲示板はレスポンシブと云われる閲覧環境に合せて表示(改行など)が変わります。ですので、PCプラウザで書き込まれた作品が、そのままスマホでの表示と一致とはならない仕様です。 (円)

2018-03-30

久しぶりの投稿有難う御座います。ネット詩には、詩書きを楽しまれる女子が多くあって、なかでもタムラアスカさんは楽しまれている作風として魅力ある作品を展開されていらっしゃる1人だと思います。そこで本作。その詩を書く行為を楽しまれる魅力が出まくっていることを強く感じました。きっとそれは、作者が御自身にとっての新しい試みをされてることが要因としてあるかと。ラップ調を意識されたと思われる英単語の用い方、あるいは、ルーティンな日常を変えることが出来るのは音楽である、という思想性を思い切り全面に出すことへの拘り。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「日々を持て余す心変わりというルーティンに、白いスニーカーが汚れるのをドキュメンタリーへフィルムアップして、生活ゴミを味のある風景へと移動させる 馴れ合いから得た知識はシーズンごとに取り替えて出会い直し、清々しさを更新する イヤホンの音楽でいつも見ている景色が変わる 晴れか雨か雪かでいつも見ている景色が変わる 心は最強のろくでなしだから毎日が最高値なのだ 心変わりと妥協がシンクロして弾け飛んだガラクタを拾い集めると裏切りが出来上がる わたしは絶対、きみより先に探し出すのだ 最強のろくでなしは心変わりを繰り返す日々まさに今だという確たる証明を」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 前半部の動きと韻を意識された文体から、引用部中盤への展開。音楽こそが日常を変えるという、これこそが作者の思想表明であり、詩を書く楽しさの表明であり、読者からすれば共感するところです。 本作品以外を知る私からすると、今作の前段階として、タムラアスカさんの迷いと思索と決意表明が表れていた作品を、違う観点から読者が本作品を読んでいただきたく上で、挙げさせていただきます。それが『幸せの話』という作品。 ・・・・・・・・・・ ぼくはとても幸せに毎日を暮らしている つらいことやムカつくことも人並みにあるが おいしいごはんを食べて好きな人とハグをしたら 一瞬で消え去ってしまう程度のもの 体も心も健康 大きな事故や病気をしたことがない ぼくの毎日には愛がある おいしいごはんと好きな人が いつもぼくの毎日に愛をくれる ぼくはこの幸せを愛している 毎日感じるこの幸せを愛している この幸せを死ぬまで繰り返すことが ぼくの残りの人生でやるべきことだ ぼくは毎日とても幸せに生きている そんなぼくが書く詩はきみの心に響かない (タムラアスカの「妄想多面体」/詩「幸せの話」から引用) https://ameblo.jp/daydreamer1025/entry-12354943578.html ・・・・・・・・・・・・・・・ そこにある日常は絵に描いたような不幸は無い、私の日常には大層な出来事など無い、ただ幸せであり、それで何が悪いのか、詩を書く理由として幸せな日常であってはならないのか、そのテーゼを掲げた作品であり、タムラアスカさんの決意表明であった作品だと思うのです。この『幸せの話』をもっと具体化したもの、詩作品として表したのが、本作であると私は受け取っております。傑作ではないでしょうか。詩書きを止めてしまいそうな気持ちになっているネット詩女子に読んで欲しい作品です。 (sodAXXXX)

2018-03-30

投稿ありがとうございます。読んで爽やかな気持ちになりましたよ。自由にしてくれる語り手の呼びかけ。読んで良かったです。 (宇宙人の詩)

2018-03-29

投稿ありがとうございます。スマホでスクロールしながら読みましたが、フォルムがスクロール読みにマッチしているなあと思いました。内容をスクロールが後押ししてる感じで読んで心地よかったです。 (雪の着物)

2018-03-29

毎度投稿ありがとうございます。すみません、本作を一読して思わず笑ってしまったのです。その反応が本作のコンセプトに合致していればよいのですが。久村さんが微笑ましく感じました。読んで良かったです。 (私)

2018-03-29

投稿ありがとうございます。読んで共感するところがありました。生きるうちに、いつかはヒットする幸運な時が来る、それを待っていようとする気持ち。そんな気持ちの時があったなって。思い出しました。読んで良かったです。 (標的)

2018-03-29

投稿ありがとうございます。言葉の置きのリズムが心地よかったです。内容から、現実世界を感受し言語化するうちに言語化されないことへの妥協というか、諦めというか開き直るしかないこと、そんなことを考えました。 (みえないものとみないもの)

2018-03-29

投稿ありがとうございます。喪失感がシンプルに感じ取れました。「あなた」とは誰なんだろうかと読みながら気になります。語り手が一緒に暮らされていた人なのか。母か父か兄弟か彼か彼女か恋人か、あるいは妻か夫か、子供か。その不明なままに置かれ、読者に委ねていらっしゃるのかもしれません。本作が手紙として読者である私宛だったとすれば、訣別の気持ちと、感謝の気持ちが伝わってくるかな、など想像して読んでみました。 (探しもの)

2018-03-29

投稿有難う御座います。同一作品が2回投稿されておりましたので一つを削除しておきました。また、念の為にお知らせしますと月に2作品までの投稿が可能です。 (春蒙に寄せて)

2018-03-29

ユウさん3月の投稿ありがとう。ユウさんを詩人と呼称していいのなら、ユウさんは人物と作品が一体とする詩人だと思います。本作から鬼気迫るものを感じる。日常で感受することを言語化している人なんだと思う。断絶を作品に出来る人、いやそうではなくて断絶を詩にしなければならない人ではないでしょうか。 詩に関わってきた2年半、誤解は誤解のままに、弁明を拒否してきたと自分なりに思っているのですが、後悔はなく。なぜなら断絶を少なからず体感出来たから。言語化出来ない気持ち。 またいつものごとく自分語りをしてしまうコメントで失礼しました。というか自分を語る以外に何を語れというのかと、思うよね。ユウさんわかるでしょう笑。 (離散したせかいに千切れるよ笑って)

2018-03-27

投稿ありがとうございます。一読して思いました。極私的には前作より本作の方が好きです。なんといいますか、まったく的外れな感じ方かもしれませんが、本作には、海外の物語を和訳した時に発せられる空気があるかと。それは「王様」を使われていられるからかもしれません。王様って日本の歴史上では天皇とか将軍とか殿様であって王様から想起するものはヨーロッパ的なもので。 ただ、「しゅん、となっている」という表現。これは日本的な表現だと思うのです。なので、このフレーズだけが浮いていて、光っていると思いました。 ネガティブな感想を申せば、「深海魚の王様」へ感情移入するまで読み入っていけない感がありました。もしかしたら本作は、投稿され公表されている背景・文脈が必要なのかもしれません。行き場をなくしてしまった社会的な成功者、例えばワンマンな社長さんが本作を書かれている、となればまったく違った受け止められ方をするでしょう。そのような読まれ方が適当な読まれ方ではないと思いますが。逆に言えば、作品を読んだ読者に何らかの共感が生まれ、読者自身のバックボーンにシンクロするものであったとしたら、それはある種の普遍的な作品なのでしょう。そんなことを偉そうにも、考えコメントしてしまいました。 (深海魚の王様)

2018-03-27

みなさん、こちらのやり取りは全て好意的に私も受けてます。自分の中でシナプスが繋がる触発の場になっているかと。ありがとうございます。 ちなみに私も、survofさんのこちらの作品の方が好きなんですよね。テクニカル的にも果物の描き方とか上手いですよね。 (自分勝手なロマンチスト)

2018-03-27

投稿有難う御座います。かなり細かくディティールが書ききれているなあと、一読して思いました。ガサツな感を読者に与えながら、じつは細かな配慮がされていると思うのです。ガサツさを出しながら配慮を悟られずに書くって高度ですよね。例えば、  道端に、毎日何かが落ちている。たまに写真に撮りたくなるくらい面白いものもあるが、外に出ることも億劫になったので家庭にめり込み死んでみた。死んでいるとどんどんガラクタが貯まる。 この一節。この一節から更に「何かが落ちている」「死んでいるとどんどんガラクタが貯まる」「たまに写真を」のところのうち「何かが」「どんどん」「たまに」ってフレーズに私はガサツさを読んで感じるんです。でも、これらのフレーズって計算されたガサツさに読めてしまう。深読みし過ぎでしょうか。それら読ませることを前提とはしていないただの日記ですよ的にタイトルも『Rの日記より』と付けられてますが、私には読まれることを計算された日記だと思いました。思います。思ってしまった。 (Rの日記より「遺留品の取り扱いと不要品の処理に関する記述」)

2018-03-23

週末です!みなさん推挙作品を読んで投票しましょう! (大賞作品投票のお知らせ。)

2018-03-23

再び動画と詩と朗読・リーディングについて。花緒さんの「音楽が付いて、いい作品になったとすれば、それは音楽の功績」という指摘について、話を拡げたいと思いまして。花緒さんの指摘はあるべき指摘で真っ当な意見です。これを解消というか、「テキスト詩の効力が主力としてある音楽、あるいは映像」を作らなければ二次元ネット詩掲示板の存在意義はないと考えます。で、テキスト詩の効力を挙げるとすれば、これもまた花緒さんのコメントにある「余白を感じさせること」だと思うのです。では、余白を埋めない声・音楽・映像をミックスさせるって何ぞや?となるのですが、これについては、受ける側(動画を観る側)が身体的な感受を可能にするもの、ではないかと考えます。視覚として読むテキスト詩はイメージを誘発する。余白を埋めるとは発する側が伝達したいイメージを音楽・映像で固定化することで、身体的な感受を求めることとは、イメージを誘発するものではなく。かなり抽象的な話になって、もどかしいのですが、イメージを求める動画でない、身体的な受け方を可能にする動画作品が可能だと私は思っていまして、これを作ってみたいなと。つまり、二次元で三次元(身体)の体感を受信者へ与えるという。じつは詩情・ポエジーって身体的な感受だと思うんです。「それって音楽ライブで体感することやん?」って突っ込みが入るかもしれませんが、それでは無いんです。動画(二次元)から得られる身体的な感受ってあると思うんですよね。上手くまとまっていないコメントになってしまったと思いながらもこのまま書込みします。失礼しました。 (兵器少女とシティロマンス)

2018-03-23

花緒さん コメント有難う御座います。じつはこの作品はSNSを楽しまれている特定の人へ書いた作品でした。ネット詩に投稿を始めた頃、特定の1人へ宛てた作品を書くことを創作することの理念として持っていたのですが、初心に帰って創作してみた次第で御座います。 (SΦNSかみさま断絶をください)

2018-03-23

YUUYA NAKAHARAさん 初投稿有難う御座います。お示しいただきました最初に投稿された作品を削除しました。 (くつのうら・舌の味・僕らの行方)

2018-03-23

投稿ありがとうございます。ある意味で詩的な言葉で綴られており、読みやすくて、感情移入出来るのですが、感情移入してみると自分が空っぽな気持ちになってしまうので、作品から離れたくなる冷徹さがあったりする、そんなこと思いました。 (光を)

2018-03-23

ごめんなさい。テスト。 (五月とカステラ)

2018-03-22

テスト兼ねて上げ (大賞作品投票のお知らせ。)

2018-03-22

テストコメント。 (五月とカステラ)

2018-03-22

祝儀敷さん 私が最近チェックしているネタを振っていただきありがとうございます。リーディングと朗読と文字言語の詩について。ちょうどよい機会でもありますので会話を展開させてもらえますと嬉しいです。(新フォーラムページが立ち上がり次第、出したいトピックです) 私の思うところを書かせていただきますと、以前に知った荒川洋治氏の「文字言語を選び闘ってきた詩にとって朗読は自殺行為だ」という朗読への批判に私は同意します。この批判が何を指しているのか、これは様々な汲み取り方があると思いますが、自分自身がやっている朗読放送や朗読動画については三浦個人が楽しみの一つとしてやっているに過ぎません。難解な文字言語の詩に自分のセンスで作るミュージックトラックをかぶせたり、あるいは自分でセレクトした写真や映像をミックスすることによって「詩作品を自分でミクスチャーして楽しく読んでいる」という。同類な意味ではDJとしての音楽の楽しみ方に近い。なので、DJがクラブで自分のミックスセンス、アレンジセンスを持って客を楽しませるということ。これに詩作品動画を公の場に出すことも、類似な「発する側と共有して楽しむ側」の場にするキーだと考えるところです。おそらく祝儀敷さんが作成され出そうとされている動画の意図は、私が理想とする楽しみ方に乗っていると思いました。 で、現在のリーディング界隈について。これは、少し言葉が過ぎてしまう物言いになってしまうかもしれませんが、日頃から行われているリーディング・朗読系のイベントは荒川洋治氏が批判するところの大当たりなもの、朗読が詩を死滅させるそのものだと私は思っているのです。無論、詩とリーディングはまったくの別物の表現手段であると、いうことには何ら反論するつもりはありません。しかしながら、これは微妙な違いではありますが「詩を解体する楽しみを観せる」ことと「詩をそのまんまに拡声して観せる」ことは明らかに違いがあります。しかもリーディング界隈で評価をされている作品が小噺的な物語性を重視していたりするのですから、物語の構造は壊せない、つまり作品を解体することが困難な拡声することしか用いえないものだったりします。他方、ラップ手法によるリーディング。詩を解体はなされてはいるけれども、極私的な独断ですが、ラップを用いた時点で音楽ジャンルとしての作品でしかない。では、詩を解体しながらも文字言語作品として元から具わっていた詩情なるものを楽しむこと、荒川洋治氏の批判から外れた場所を作ることは可能なのか。動画作品投稿によってこれを立証したいと考えます。 ネット詩掲示板は二次元であって、三次元ではない。このことが罵倒やらなんやらのトラブルの要因としてマイナスに働いていたと思います。しかし、今度は逆に朗読・リーディングの三次元で詩が死滅しているとすれば、我々が主戦場にしてきたこの二次元の掲示板が詩を蘇生させるかもしれません。 すみません、またまたど素人が偉そうな話をしてしまって。祝儀敷さんのリーディング動画へのコメントは読んでますよ。ネット詩掲示板で展開されるコメントをそのまんまに書き込まれていて素晴らしいと思いました。 ちなみにですが、シリュウ(コーリャ)さんが残された「バスを待つ文体」というテキストとしても素晴らしい作品。これを私が声にエフェクトかけて朗読動画にしたんですが、この動画は自己満足ですが良いなと思っています。テキストにあったポエジーを殺していない。解体しながらも。 この動画を作っていて思ったんですが、詩の動画作品によって、「物語性重視」のネット詩トレンドの傾向があると思うのですが、それが本来のポエジー重視に確変するような気がします。 (兵器少女とシティロマンス)

2018-03-22

fiorinaさん コメント有難う御座います。正義についての御指摘、なるほど。よくわかります。少し話しは逸れますが、忘れ去られてしまうこと、読まれてすぐに消えてしまうもの、詩作品ってそいうものでいいんだという意味の話が最近目に留まって思索することがあるんです。人の記憶に残らない詩が詩なんだということをなんとなく理解は出来るのですが、実感として持てないんですよね。その実感を得る為には、忘れ去られていいんだよという意思とは別に、「自分にとってこの作品だけは大事なもんなんだ」というような、気持ちが込められた作品を書くことが実感に繋がるのかなあ、なんて思ったり。 (相対化する宗教の欠片~まがいもの~)

2018-03-21

こうだたけみさん コメント有難う御座います。左右非対称を読みました。こうだたけみさんってこんな作品も書かれているのかあって思いました。集団に対する抵抗感ってありますね。こうだたけみさんの作品では全体主義的なるものへの個人主義としてのNONが感じられました。そうです。私は村上主義者で、で、もしも村上春樹さんが作品を発表しなくなったら、自分で村上春樹さんだったら書くであろう小説を自分で書いて自分だけで読んで楽しむというのが私のじつはじつは最終目標なのです。ですので、村上春樹的だ、村上春樹さん好きでしょ?なんて言われると最高に嬉しいんですねみうらくんは。 (相対化する宗教の欠片~まがいもの~)

2018-03-21

fiorinaさん その質問はじつはけっこう、私の本質へ迫る質問なんです。fiorinaさんの質問をみてウッてなりました。言葉に詰まるというやつです。私はtwitter上でよく三浦さんは嘘つきだ、本当のことを言わない、と指摘されます。その度に私が思う私の本質を知りました。私はおぼっちゃまで苦労知らずで育てられたこともあって、社会で上手くやっていけない始まり、平たく云えば「社会的不適合者」からのスタートでした。その後の約30年を振り返れば、私はバカなのだから自分が思うこと考えることが、他人と違っていても自分を偽り続けて自分を出さないことをまず第一義として仕事も日常生活も送ってきた感があります。話を戻しますと、海外においては特にその自分を出さないことに徹する場面が多くありました。仕事上のコミュニケーションなわけですから、相手との着地点を探ることに徹するというか、ある意味で自分の考えを主張することが不要でもある(客観的な考えに徹せれる)ので楽でもありました。思うに、端的に「しょうがないじゃん」という事柄を云えば他人との言語による共感は有り得ない、という事柄に対する「しょうがないじゃん」です。これを事柄とは云わないのかもしれませんが。そして共感は有り得ないなんてことはないよと言いたいもう一人の自分が「そうじゃねえだろ」と。すみません、回答になっているとよいのですが。こんな感じです。 ( アザミの歌~南仏紀行 ※)

2018-03-19

白犬さん毎度投稿有難う御座います。白犬さんの作品は言葉の手触り感と妄想を読者が楽しめたらいいかなって感じのものだと思うのですが、本作は、なんだろうか、読者からすると割と感情移入しやすい妄想かと思いました。いっちゃってる妄想って、まったく意味不明で、なんなんだよこれ?って不快な方が先にくるものだと思うんですが、白犬さんのスタイルは言葉の手触り感を意識されているので、不快さが消されている。他人への拒否感が無い。そういう意味では今作は不発で終わっているかな、と思いました。作品が読者を拒否してこそ立ち上がる妄想が。 (sign)

2018-03-19

右肩さん投稿有難う御座います。 正直言いまして、やっぱ一定のクオリティを持ってる作品を投稿されてるなあって思いました。右肩さんの過去作や詩集を読んで、右肩さんのテクニカルなところを研究してみたりすることがあるんですが、めっちゃ「読まれる、読ませる作品であること」を常に念頭において書かれているのかなあって思うのです。そう思うと、逆に、右肩さんの失敗作ってどんなんだろうかと想像します。「こんな作品は絶対に人にみせられん」というような作品。そのような作品のほうがもしかして右肩さんの本質的なるものに触れられるような気がするのです。作者としてではない右肩さんの創作する根源的なものが。いや、読者としての興味本位な気持ちですが。 おっぱいを銀座の空の下でぶらぶら揺らせるところに持っていかれる洒落たセンスの奥底を読者諸氏は覗いてみたいんじゃなかと思うんですよね。失礼しました。 (みんな)

2018-03-19

毎度投稿有難う御座います。 なるほど。祝儀敷さんの作品ってある意味で系譜学に則った作品としての面白さがあります。音楽なんかは特に系譜、文脈でセレクトして聴くというのは王道であったりします。808STATEの元ネタがYMOであったり、昔々のビートルズがドクターフィールグッドの影響があったように、石野卓球がニュー・オーダーを意識していたように。これを詩作品に持ち込み創作し、更に作品を面白いものとして発表するのって結構難易度高いんじゃないかと思ってるんですよ私。私も以前に平沢進さんのハルディンホテルをモチーフにして詩作品を書いてみたんですが、なんといいますか、やっぱテキストだけだと不足するんですよね。で、本作について。 『おこたに入ろう』『お風呂に入ろう』というフレーズが効いていると思うのです。面白さとしてもありますが、詩作品として「作品の日常化、日記化」にする効果を得ていると思うのです。しかしながら、私が先に述べた「テキストだけでは不足する」という難題はクリア出来てはいないかな、と思うのです。ある意味、これだけでは読者は面白くない。やっぱテキスト作品に音楽を付けてしまうのが手っ取り早いのかもしれません。文字言語で闘ってきた詩が死滅するかもしれませんが、詩が系譜学のなかで活きていくのであれば、文字言語で闘うことを放棄してもいいじゃないかとも思います。詩人を名乗ってラップする人がいるんですから。 (兵器少女とシティロマンス)

2018-03-19

北さん投稿有難う御座います。 北さんの作品って詩情に拘っている作品と面白さに拘っている作品と大まかにわけることが出来ると勝手に思っているのですが、今回は面白さで出して来られているなあと思いました。で、今作。面白いっちゃ面白いんです。『なんか冗長ですか?』このフレーズが効いてると思うんです。が、しかし、ネット詩ベテラン勢の北さんの作品として読んだ場合に、なんといいますか、これはネット詩ビギナーが書いてるような作品やんか、って思いました。いや、もしかしたら、フレッシュさがある作品を書こうとされたのかもしれませんが、、フレッシュさ。そうか、新鮮さなのかと思い直して読み返しましたら、スシネタから始まってる。 (過密)

2018-03-19

投稿有難う御座います。 オートマティズム的に書かれた作品でしょうか。私的には悪くない作品だと思いました。自己嫌悪的なものが無為に出ている作品だと思いました。無為な詩は好きです。 (逆打ち)

2018-03-19

fiorinaさん 早速のお返事ありがとうございます。 返信を読んで改めて本作品を読み直しました。 誤用なのかもしれませんが、実存主義の追求をされているとも捉え直しました。異国フランスの体験を持つ人からすれば実存として伝わってくる物語、しかし、異国フランスを未経験な、私なんかはそうなのですが、そういった読者からすれば、実感として読めない遠い場所での出来事。 海外出張の際に体験した事として私は言葉が通じない他者との共有、共感というのは妥協点を予め持っていなければならないという、ある種の残念な気持ちがあります。いくら語ってもしょうがないじゃん、みたいな。そこで出てくる相手への誠実さという曖昧な想念。これって日本人が持つ特有の思考回路な気がします。なんというか、日本にあった特有の美しさ、景観が無駄に失われていくのは、そういったしょうがないじゃん、という残念な気持ちが奥底にあるような。 そうじゃねえだろって、強がりをいうカナリアがいたら素敵だと思います。 ( アザミの歌~南仏紀行 ※)

2018-03-19

蔀 県さん投稿ありがとうございます。木山さんの詩、初めて読みました。また、蔀 県さんが本作品で示された大好きな詩が、木山さんのこちらの詩なのかと思うと、とても違った形で「女性」が読めてきたのです。私は男子ですが、女性が羨ましいなあって思うことがあります。(いやこれをいうと男女差別な感があるかもしれませんが)女性が持つ神々しさに私はいつも惹かれます。で、本作品を読んでの感想ですが、女性は墓に入っても、その神々しさを放っているんじゃないかって思いました。なんでだろう。 (女性)

2018-03-18

すみません、もう一つ付記します。最近よく思うことがあるのです。これはベテランのfiorinaさん(変な呼称かもしれません、すみません!)に是非、おききしたいことでもあるのですが、掲示板へ作品だけでなく、その作品の背景や意図をコメント欄に書いて開示するということ(作者の後書きみたいな)を、出すということについては、どう思われますか?この質問の意図としては、やはりわかりにくい、解読が難しい作品が多くあると思うのです。掲示板には。で、もちろん、詩の楽しみ方、詩の読み方として、後書きや解説があるなんてアホか?とんでもないよ三浦さん、という物言いがつくことも想像します。が、そもそも、投稿者の皆さんはご自身の作品を詩と定義されて投稿されていらっしゃる方だけではない傾向があると思うのです。で、あるならば、作者自身の解説などがあっても、それはそれで好意的に私は取れるものかなあと最近、思索しております。もちろん、全ての投稿者に推奨することではありませんが、新しい投稿スタイルとして、あってもいいスタイルなような、気もするんです。 ( アザミの歌~南仏紀行 ※)

2018-03-18

毎度投稿ありがとうございます。 一読して、思うところはfiorinaさんが持つ日本とフランスってなんだろうか、fiorinaさんが作品に落とし込まれているフランスにおいての日本語ってなんだろうか、ということが読者としては思わずにはいられません。もしかしたら、それについて、私が見つけられていないだけで、fiorinaさんは既にどこかでコメントされているのかもしれませんが。これは過去作品だと思うので、更に言えば、fiorinaさんが過去に書かれていた作品をこの場で発表されるということは、やはり、fiorinaさんの何らかの意思が込められていると思うのです。いや、そんなことはなく気軽に過去作品を発表されていらっしゃるだけかもしれません。また、読者からすればそのように作品への作者の意図を探るようなコメントは適当ではないようなことも思うのです。しかしながら、作品が、一般的に売れている文芸誌にて発表され、注目されたとして、その作品についてfiorinaさんがインタビューをされたとして、先のような「この作品はフランスにおける日本語について、fiorinaさんの極私的な体験を基にして書かれていらっしゃるのですか?」という質問があったとすれば、それは不自然な流れではないと思うのです。で、あるならば、当掲示板のこちらのコメント欄にて同様な質問が作者へ向けられてもよいのかなあと考え、このコメントを書いている次第です。 私の中には、見殺しにしたのはあなたではなく時間なのだ、という思いがあった。そんな言い訳を理解する人などいない。 この一節にとても惹かれました。他人とわかりあえないというか、他人と行き違いになる体験をした時、「ああ、あの人とは相性が合わなかったな、考え方が違うからなあ」という残念な気持ちに表層的にはなる。でも、ホントは、ただの運命なんですよね。行き違いになる運命。だって意見や考え方が違う人であっても終わらない恋があったりしますもん。なんだか、この一節にある「時間」というのが、その運命を言い表しているって思った次第です。 ( アザミの歌~南仏紀行 ※)

2018-03-18

竜野さんひさびさの投稿ありがとうございます。今回、掲示板の仕様変更にあたって、竜野のさんがご指摘されます「文のガタつき」について、運営スタッフ全員がかなりこだわって議論しました。レスポンシブ自体をやめて、固定にしようかとの意見も出ましたが、最終的には、この仕様でいくことにしました。モバイルによって様々に一行当たりの文字数が変化するレスポンシブ仕様なわけですが、参考までに申しますと、iPhone7の標準サイズで一行当たり20文字を目安にすると、改行する時の参考になるかもしれません。文学極道も同じくレスポンシブですが、あちらですと同じ環境で一行当たり30文字と、ビーレビより長く一行を書くことが可能です。あちらの方がスペースが広々としていて書きやすいという意見もききますし、また他にもフォントを投稿者が選べるようにするなど、いろんな意味で私自身も満足はしておらず、今後も変化が続く掲示板になればと考えております。長々と失礼しました。 (Chimeraが残す羽音を聞いて)

2018-03-16

いつか「こうだたけみ論」というものを書いてみたいと思うぐらいに、気になってしょうがない書き手の一人なんですが、その作風を一言で表すと、「残念な気持ちを紛らわしたい笑う悲しみ」だと。本作はそれが一番出ている作品だと思いました。26になるうちの娘がこうだたけみさんみたいな感性と表現を持つ女の子になんでならなかったのかと残念な気持ちになりますよ。 (踏み止まるメザシ(千葉県産))

2018-03-15

モニュメントがうつむく 殺戮の道に涙すみ やがて平行線 白線なれば平和と ひいて 水を汲む 涙すぎれば青あたらしく 銅によるも 情は黄金とあらわれ 殺されない 殺されないと 道あるうちはと 女性の気持ちよ バルラハの風の中の旅人 (殺戮の時代)

2018-03-14

すみません、失敗して送信してしまいました。 (殺戮の時代)

2018-03-14

本作から受けたものを、女と青を用いて影響詩のような趣旨で私も書いてみました。 モニュメントがうつむく (殺戮の時代)

2018-03-14

吉岡さん投稿ありがとうございます。こちらの掲示板に読者として参加する多くのユーザーは、自身で詩作する方が多いということもありあらゆる物語や特に詩作品による「僕と君」のことが主題としてある詩作品を読まれていらっしゃると思うのです。その中で、惹かれる作品として掲示板にあること、ある種のオリジナルな訴求力を発している作品を書くことは、僕は難易度が高いと認識しております。その観点から本作を読んだ時、「作者が書きたいことは書かれているけれども、読者に読ませることへの拘りが薄い」と僕の主観ですが思いました。もちろん、書きたいことだけを書かれた作品であっても、いいのです。むしろ投稿作品は自由であるべきです。また、読まれない作品があっていいと思います。私はどちらかていうと、コメントが付かない作品、誰もが読まない作品の方が好みです。誰もが良さを見出せない作品から自分だけが良さを知っている作品に出会えたら、私はとても嬉しいからです。初めてこちらに投稿された方だと知りながらも、思い切って作品を読んで感じたことをコメントさせていただきました。次回作品も楽しみにお待ちしてます。必ず読みます。 ちょっと不快なコメントとして思われるようでしたらすみません。先にお詫び致します。ごめんなさい。 (雨の先にいる君に向かって)

2018-03-14

灰色さん毎度投稿ありがとうございます。もしかしたら、灰色さんの作品への私のコメントは毎回、作者のスタイルについて踏み込んだ内容になっており、灰色さんがもしや不快になられていたらと少々不安に思いながら、コメントしないで通り過ぎることも多々あったりすることを白状します。で、灰色さん、今回も、十代から私が馴染んできましたロッキングオンのスタイルでアーティストの内なるところへ踏み込ませてもらうコメントを書きたいと思います。 北村灰色さんの作品に出会ってからずっと持ち続けていることが私にはある。それはマンネリについて。作品を読む方にすれば、灰色さんの作風は、変わらない。古き良き所謂、ロックな言語と物語をキープしている。一度たりとも変えていない。少なくとも投稿作品は。それはなぜなのだろうかと。そのことがいつも読む時にある。本作で僕は結論に達した。北村灰色さんは変えるどころか、変えないようにしているのだ。 僕らは忘れてしまう 記憶も夢も何もかも 僕らは失ってしまう 色と言葉と心を 失って忘れてしまうのであるならば、変わらないと決めている灰色さんが伺える。 灰色さんは変わらないことを終わらせないようにしている。ブルースのコードが時代が変われども永遠に受け継がれていくみたいに。 以前の作品で私は、「灰色さんとは終われない世界観だ」とコメントした。それについて灰色さんはこう答えた。 『(終われない世界観)、ご指摘の通り、その感覚が自分の創作、特にネット詩に於いて表出していると思います。』 つまり、北村灰色さんこそがネット詩に一番マッチしている作者なのだと僕は結論した。 遠くのサイレンがすこしばかり近くなったような気がした。 ネット詩へ埋もれるほどに、実感から遠のく。それは、詩情を感じることが「気がした」という気のせいぐらいに薄い感覚である。 次回作も僕はきっと読むだろう。終われない世界観はやみつきなんだ。ネット詩みたいに。 (反転する蒼い朝には死体しかいない)

2018-03-13

沙一さん投稿ありがとうございます。 タイトルの雨の停車場が描写する先を見据えており、更に「ざあざあ」の始まりと、最終行での置かれた言葉によってフェイドアウトする情景描写。その間の展開のキーと思われる彼女の容姿なんですが、人のようで人でもないようで、気になりました。勝手ながら、私は一度読み出しますと、腑に落ちるまで繰り返して読んでしまうのです。で、私が最終的に結論したんですが、ここには彼女は居ないのかと。 不在の彼女を書くことによって浮かぶ情景。 幻を表現する、幻を幻と書かれてあってそれを読む読者視点からすれば、サファイアの〜幻視 の連が効果的にも思えますし、「本作には幻が書かれている」と明示された感もあり、ちょっと気になりました。 (雨の停車場)

2018-03-13

るるりらさん 修正依頼を受けてはおりませんが三浦の方で気が付きましたので、修正しておきました。原則、投稿後の修正には応じないとしておりますが、既に修正に応じたことが過去に何度かありますので反映させた次第です。今後の機能改善のなかに修正回の制限を設け投稿者の修正権限を認めることを検討しております。以上お知らせさせていただきました。 (飛ぶ)

2018-03-13

こうだたけみさん コメント欄にて載せられました修正版を本作へ反映させました。原則、投稿後の修正には応じない、また、こうだたけみさんからの修正依頼があったわけではありませんが、この後の読者が困惑せぬようにということと、既に修正に応じたことが過去に何度かありますので反映させた次第です。今後の機能改善のなかに修正回の制限を設け投稿者の修正権限を認めることを検討しております。以上お知らせさせていただきました。 (踏み止まるメザシ(千葉県産))

2018-03-13

奇偶さん 御提案有難う御座います。当掲示板では詩論の投稿は問題無しで御座います。以前にも詩論の投稿はありました。http://breview.main.jp/keijiban/index.php?id=488 詩論の投稿コーナーを設けるのも一つのアイデアかもしれません。今後とも宜しくお願い申し上げます。 (<雑談、議論、要望等スペース> PART2)

2018-03-13

まりもさんの作品をいくつか朗読した経験がある身から本作を読んだ時に、読みのリズムを最低限度とし、物語性を優先された作品に仕上がっていますね。作品へ挿入される非現実的なる状態、 「ブラウン管から黒い水があふれて」 上手い展開をされるなと思いました。ただ、意地悪な言い方をすれば、こなれた感じがまりもさん作品には定着してしまっているかなあと。その意味では先日投稿されていた童話の話、あっちの方がわくわくして読み進めましたよ。で、もう一つ言いますと、私にはあの童話の方がまりもさんの本質が出ていたと思います。へんてこコメントすみません。 (写生)

2018-03-13

カオティクルさん提言ありがとうございます! がっちり受けとらさせていただき、今後検討させていただきます! (<雑談、議論、要望等スペース> PART2)

2018-03-13

昨夜のニコ生会議放送を以下のURLでyoutubeにアップしております。最初の16分間ほど音質が悪いですが、その後落ち着きます。また長時間です。是非、通勤途中などに分割しておききいただけますと嬉しいです。2018年3月11日BREVIEW会議:課題と運営側の考えhttps://youtu.be/7a9AHeqCT3w (<雑談、議論、要望等スペース> PART2)

2018-03-12

ボルカさん コメントありがとうございます。なるほど。そうですね、私が宗教的なぐらいに大好きなのは、村上春樹さん、大滝詠一さん、ストリートスライダーズ、フリッパーズギター、岡崎京子さん、そしてみうらくん。。 残念なことに詩人の名前が一つもあがらず、しかも本は村上春樹さんしか読んだことありませーん、と公言しているという。。開き直ってしまっている三浦くんをボルカさん、これからも暖かく見守っていただけたら嬉しいです! (相対化する宗教の欠片~まがいもの~)

2018-03-10

祝儀敷さん コメントありがとうございます。酷い目にあう女子についての祝さんのコメントにびっくりしました。祝儀敷さんのあらゆりところでのコメントや、作品や、ツイートをストーカのごとくチェックしているんですが、あまし恋愛とか異性とかについての発言って少ないと思うんですよ。好みの女子とか。そんな意味ではこの作品が祝儀敷さんから女子についての発言をきくきっかけになってとてもよかったです。 (相対化する宗教の欠片~まがいもの~)

2018-03-10

カオティクルさん! 詩をありがとう (SΦNSかみさま断絶をください)

2018-03-10

まりもさん さすが、鋭いですね。この作品の語り手は一体、どういう気持ち、考え、何がしたいのか、何か怒りがあるのか、何かへ皮肉を言いたいのか、悲しいのか、正義とはなんぞやとか問いたいのか、それがよくわからないですよね。ただですね、、うーん、、三浦くんが持っているダークサイドの一部を確実に書いたなと、そんな風に思っています。それは、なんといいますか、、人殺ししたけど時効で逃げ切れた人が持つであろう、その何かです。まりもさんには絶対にわかることが永遠にないことです(笑) ああ、この返レスはちょっとギリギリやばかったです。自分をさらけ出してしまいそうでした。まあ、どうせ三浦くんの作品なんてみんなスルーしてるだろうから安心してますが。ついでにここで言っておくと、カリフという言葉を使った以前の私の作品について、、あ、すみません、やめときます。マジやばかったわ。←まったく意味不明ですみません!ようするに自分を私は簡単に出さないということです(笑) まりもさんコメントをいつもありがとうございます! (相対化する宗教の欠片~まがいもの~)

2018-03-10

アラメルモさん 刺激しなから←これですね。誤字を見つけてしまいますと、読む方からすれば、一瞬にせよ意識が外れますもんね。今後の書き込み機能にもご期待下さいませ。 (他人の中にある自分---)

2018-03-09

これは面白過ぎるわ (ROBOT TEACHER, WHAT CAN I WRITE?)

2018-03-09

自分史の総括をやることに意味があるのかといえば僕は意味があると思っており、それは人前に公にして明かすから意味を持つ。 アラメルモさん毎度投稿ありがとうございます。 「文学に希望しか持っていません。残念な気持ちを抱えながらも」と私に教えてくれた詩人がいらっしゃったのですが、まさに本作は残念な気持ちのままに他人に自分史を開示する文学。 別件ですが、本作で誤字が一部に見受けられ、運営者としまして、皆さんの投稿作品に誤字脱字をみつけるたびに改善策を考慮しております。修正回数の制限を設けた上で投稿者本人に投稿後の修正権を認めるようなことを検討しております。 今後ともアラメルモさんの投稿作品、楽しみにしております。 (他人の中にある自分---)

2018-03-09

ヘッセは「知と愛」が大好きで、自虐的な話でもあって、それって言いかた代えると「自分勝手なロマンチスト」だと思う。なるほどと思いました。しかしなあ、これはなんというか、三浦くんは自己愛パワーをロマンチストとはぐらかしながら生息してるんで、本作は自分が重なる箇所がいくつかあって。survofさんのこれは実はじゃないと思うんだけど、三浦くんはこれに近い感じがあってちょい恥ずかしいわ。というか、これで書かれてる心象がsurvofさんの実像に近いのであれば、やっぱりって言いたい (^ ^) 果物の臭いの使い方は上手いと思った。 (自分勝手なロマンチスト)

2018-03-08

瞳子さん 設定名お知らせありがとうございました。 日々とタイトルして昨日と今日を書く。日記でいい、日記がいいし日記以外に他にありませんもんね詩なんて。詩なんて猫かぶりでいいんだって、きいたことあります。人がみる前提の日記なんて猫かぶりだし、本作みたいに無情ですよね。書き出したら日記なんて。詩なんて。 (日々)

2018-03-08

ユーカラさん投稿ありがとう。 ぶっ飛んでますね。力業だ。 (『アラーム』)

2018-03-08

熱帯うりんさん 投稿ありがとうございます。はじめましてですが、返詩を書きました。 本作「航海日誌」を読んで、たどり着いた浜辺を想像しました。 熱帯うりんさん、これからもよろしくお願い申し上げます。 砂果てにて 愛 無明が 愚かに 落ちる 果て それ だけが ただ 美しい 文字 宿る 音の 形 (航海日誌)

2018-03-08

カオティクルさん、毎度投稿ありがとうございます。本作、深くはまだ読めていないのですが、過去作も含め、いつも初読時に笑ってしまいます。もちろんバカにしている笑いではなくて、楽しくなる気持ちの笑いです。名前としての象徴性が無いカオティクルさんの投稿者名なのに、なぜだかカオティクルさんの姿を想像してしまいます。それだけ作品がオリジナルなものを発しているのだと思います。 (ヨミテニ・タクス3)

2018-03-07

杜町さん ご指摘ありがとうございます。ご要望の件が利便性を高める意味合い、とても理解致します。現在、確定しております工事が完了しましたら、この件を運営側で協議します。 (<雑談、議論、要望等スペース> PART2)

2018-03-07

survofさん コメント嬉しいです。コメントのすべてが。私の詩って客観視が強すぎて何かが薄まってしまうんだと最近感じていて。なんかこう、主観で書けないものかと思索してしまいます。 もっとさらけ出して書けばと言われて思い出しましたよ。そういえば文学極道に初めて投稿した時、選者さんからの雑感で、もっと自分を出した詩を書いて欲しいと。 これは命題中の命題です。これがやれた時にみえてくるもの、みてみたいって思う。 survofさん、これからも詩的交流やろうね。ありがとう。 (SΦNSかみさま断絶をください)

2018-03-07

仲程さん 毎度投稿ありがとうございます。なんといいますか、読むと良い笑顔になれました。 (ジミーと青い空)

2018-03-07

自分のコメントに言葉が過ぎた感があります。また、このようなやり取りが展開されたことについて、投稿者の桐ヶ谷忍さんにお詫び致します。 また、私の発言について、ペナルティを覚悟しております。それについてのご意見は、こちらのスレッドに書き込みはおやめください。Twitter公式アカウントへ、いただければ助かります。 三浦 (左手の蒼穹)

2018-03-06

いかいかさん、レッドカードを与えます。 以下、三浦個人として代表を降りることも覚悟して書かせていただきます。私の本心を言えばレッドカードやら警告やらルールを設けて文学極道と似たような掲示板をやることはクソだと思っております。作品については別として、いかいかさんがこの掲示板についておっしゃることは概ね同意です。私もパホーマンスでコメントを書いている時もある。パホーマンスではなくて本心を書いていることもある。人間は多面性を持っていることなど当たり前で、偽りの気持ちを書いてその場を楽しい空気にさせたいのか、真摯な気持ちで相手をおもい敢えて罵倒してるのかなんてわかりはしない。なのになぜこんな仮想の場で浅い行き当たりなコミュニティで他人の言葉に一喜一憂してんのか、バカばかりだと思っております。しかもそれを監督ジャッジをするという。なんと滑稽なレベルが低い場だろうかと思っております。私は矛盾しながらもなぜこのサイトを引き継いでやっているのか。そんな矛盾だらけなことは現実世界でもっと苛烈に味わっているからです。50歳を迎える前の残りの数ヶ月で、せめて、ろくでもない、暴力ともいえない欺瞞だらけの SNSやらネット掲示板やらに、何か残せるものはないか、いや、残すではなくて、そのクソみたいなパーティーをぶっ壊してやれないかと、クソまみれなアホな誤解は黙って受けることを百も承知のうえでやることを決めたんです。このコメントもまた多くの誤解を生むことでしょう。そんな誤解は眼中にありませんが、悲しい気持ちになってしまう参加者や運営者がいることも不本意なので、この掲示板のコメントのやり取りをどうする方針、いや三浦個人がどう考えているのかを表明します。一言だけ。Twitter等と同じものに最終的にはしたいと考えてます。Twitterでは苛烈なやり取りをやっている場所もあれば、それらを遮断関与せずにやっている人らが同じ場所に居てもエンジョイすることが成立している。ブロックしたければすればいいし、犯罪をみつければ通報すればいい。この掲示板だって、いかいかさんのコメントを不快に思えば通報すればいいしブロックすればいい。そんな機能が無いからみんなが同じ場所に居られなくなる。こんなレッドカード発行というバカらしいことのように。残念です。いかいかさん、私はレッドカードというルールに従ってでもクソみたいな事を変えれるチャンスを選びます。ビーレビューに参加いただきありがとうございました。一生忘れません。 (左手の蒼穹)

2018-03-06

あやめさん投稿ありがとうございます。 しなやかさと切なさが溢れておりこれぞポエジーと感動する一作品だと思います。 ご本人は不本意に思われる評かもしれませんが、本作は今の現代詩で最高に好評を得るお手本として最もふさわしい作品だと思います。今、人気を得たい作品を自分も書いてみたいと思われる参加者には是非読んで欲しいと思います。私自身は現代詩界隈でこれは最高だと評される作品を一度は書いてみたいと思っております。なぜならば、私は独りよがりな作品なんて書いてもよいが人前に出すことは最悪であるという、羞恥心があるからです。つまり、私は、本作が羨ましいです。太宰治が芥川に嫉妬したぐらいに羨ましいです。 今後ともよろしくお願いします。 (こうふく)

2018-03-05

毎度投稿ありがとうございます。完備さんの過去作品を振り返りますとquasi-が一番好きです。阪急電車のやつ。それと比較しますと本作は失礼ながらあまりキュンとする切なさがなかったです。完備さんという作者の作風が私の中で既にあるからなのかもしれませんが。逆に完備さんという作者の文脈を前提とすれば極私的な背景がある作品として切なさが伝わってくるところもあるのですが。と、コメント書きながら思い直してもう一度読んでみたら、ひらがなで書かれたじゅうねんが、なんか、切なく読めてしまいました。 (difference)

2018-03-05

祝儀敷さんが日頃から提示するコンセプトを認識している上で本作を読むと、軽い作品として読めます。語弊があるので違う言い方をすれば読みやすい作品、現代詩を読まない人も読める。残酷な事実をそのまま書いただけなんですが、何か?みたいな感じ。わかりやすいメッセージでいいと思います。これを評価する詩壇の方がいらっしゃるとすれば、その方は反骨心のある方だなあと私的には好ましく思います。 また、映画「禁じられた遊び」が持っていた戦争批判と類似なものを感じました。これについては祝儀敷さんが日頃から表明されている政治性・メッセージ性を帯びる作品への嫌悪感を挑発しているような言い回しになってしまいますが、少なくとも本作には何かに対する批判的な要素が宿っていると思うのです。しかもポップにわかりやすく。じゃあその何かとは何か? コメント欄で祝儀敷さんが言及されている3.11について。これはとても興味深い話だと思います。手塚治虫さんが自身の作品についてヒューマニズムという言葉を連発されたら怒り出したというエピソードが示すエッセンスに似たものを感じます。それは、私が思うに、残酷な戦争、残虐な経験を実際に体験している人たち、、もっと平たく言うと戦場で不本意に人殺しをした人へ安っぽい博愛主義の話をしたら閉口してしまうような嫌悪感だと思うのです。しかもそれが人殺しを指示していた同じ人間という生き物が博愛を説いていれば、それは怒りすら過ぎてしまうのではないかと。そのような欺瞞に対しての批判が本作にはあると思うのです。 (猫)

2018-03-05

運営者の三浦です。 投稿ありがとうございます。名前の設定をしますのでお手数ですがこちらのコメント欄にて、設定されたい名前を教えていただけますと助かります。 (日々)

2018-03-05

いかいかさん投稿有難うございます。 以前、どなたかが、良い詩とは神が口でもごもごいっているような感じであって、いかいかさんの作品の良さとはまさにそれだという趣旨をおっしゃられておりました。それは凄く的を射てる話だなあと思った記憶が蘇りました。本作を読んで。それは文体が、読点が、用いる名詞が独特なものであることからくる効果なのかなと、私は当初思っていました。失礼ながら自分で真似をして書いてみた作品もあります。そのいかいかさんのスタイルを真似て書かれた作品(念の為申しますとその真似る気持ちにはいかいかさんの作品へのリスペクトがあります)は私が知る限りでも3~4回目にしたことがあります。それぐらい魅力的なものだと思うのです。真似して気がつくことがありました。いくら文体を真似してもいかいかさんの作品の魅力があるようには読めないのです。技量なのでしょうか。そうではない気がしました。今でもテクニカルなことではないと思っております。いかいかさんも御存知かもしれませんが私は無知で知識が乏しいのでその根拠などを示すことが出来ず、突飛な物言いしか出来ないのですが、一点だけ言いますと、テクニカルなことでないいかいかさんの作品が持つ魅力とは生死を実感として書かれていることだと思うのです。その人生やら人の愛やらという言葉をいかいかさんは嫌悪されるかもしれません。私などが軽く発する「人生」やら「愛」という言葉をいかいかさんは作品で否定・批判されているのだと思うのです。大袈裟な言葉になりますが、いかいかさんの作品にある否定・批判は読んでいる私を覚醒させる作用があるのです。それがいかいかさんの作品の魅力だと思います。すみません、気持ち悪い自分語りのようなコメントで。今後も学ばせていただけると嬉しいです。 (あまりにも、長く)

2018-03-04

祝儀敷さん、お知らせありがとうございます。今、エンジニアへ修正依頼しました。 (<雑談、議論、要望等スペース> PART2)

2018-03-04

李沙英さん投稿ありがとうございます。 女子の初体験と男子の初体験は「神々しさの喪失」の一点で違いがあると思ってまして。もちろん神々しさを失うのは男子、、、いや女子だと思うんです。で、本作での少女にはもちろん神々しさの喪失など頭の中には無いと思うんですよ。いや、、、もしやなんですが、神々しさの喪失を覚悟しての行動なんですかね?なんか、そういう風にも読めますね。というのも謎の「赤い札」。これは聖骸布に付着していたジーザスの血痕の隠喩ですよね。おそらく間違いない。ですから、この男は何も語らいジーザスの譬喩であり、少女は逆指のマリアだ。と思いました。 少しテクニカルな面で率直に感じたことを言いますと、本作は構造が弱いのではないかと思います。強度が無いとも言えます。状況が浮かぶ文体ではある、しかし本作が本質として持っている深みが、なぞなぞとしてしか伝わってこない。それは奥行きを言葉で表現しようとされているからではないでしょうか。全体の展開構造にも浅深が必要なんじゃないかなあと思うのです。すみません、上から目線で書き抜きました。 (潤夫密通)

2018-03-04

高町トビラさん投稿ありがとうございます。 一読して、とても若々しくて、とてもみずみずしい気持ちに持っていかれちゃいました。 私にとっての「新しいスニーカ」は履いていたスニーカの代替品で、私にとっての「お気に入りのトートバッグ」は使い慣れたものだからで、私にとっての「まっさらなノート十冊」はうんざりする仕事の文字で埋め尽くすためのこれから使うであろうメモ書きの為のものであったりするのですが、そんな私のろくでもない日常から、気持ちをひっぺ剥がしてくれるような読み心地がありました。 でも、それがどうした このフレーズが展開するキーとなってるかなあって思いました。 (春のパルス)

2018-03-04

高町トビラさん コメント有難うございます!そうなんです。この最後の結語は違和感があるはずなんです。御指摘の通りで上等だと錯覚しているから溺れているので見破れていないはずなんです。偽りの信仰心とは「見破れている(自分を客観視している)」と自分に言い聞かせているけれども実際には見破れていないことなんじゃないかなあって考えた次第でして。 (相対化する宗教の欠片~まがいもの~)

2018-03-04

アラメルモさん コメントありがとうございます。アラメルモさんがおっしゃる客観視についてはとても貴重なことだと思います。ネット掲示板における投稿作品とは、ある意味で客観視スキルを上げることこそが最重要なことだと思います。偉そうなことは言えませんが。その客観視スキルを上げるトレーニングの一つとして他人の投稿作品をたくさん読むことだと学ばせていただきました。ビギナー投稿者の皆さんにも是非、苦手で難しいことかもしれませんが、他人の投稿作品を読みまくってコメントを書いていくことにトライしてほしいなあと、ふっと時々思ったりします。あ、すみません、偉そうな話になってしまいました。これからも書き続けます! (相対化する宗教の欠片~まがいもの~)

2018-03-04

survofさん毎度投稿有難う御座います。 最近、詩の朗読をすることが多く、言葉のリズムとか、テキスト向けの詩と朗読向けの詩というのもあるのかなあなどと、無知なままに思索することがあります。で、本作なのですが、音読をやってみました。そうしましたら、読み続けるなかで、なんとか自分のものにしようとするといいますか、ちょっと説明が難しいのですが、極端に云いますと、置かれた読点を無視して自分のリズムで読んで意味付けをしようとする気持ちになるんです。音読後にそれを自分で何故だろうとかと考え、今コメント書きながらも考えておるのですが、やっぱ音にして発するということは他者へ「意味」を伝えたいという無意識な感覚がでるんじゃないかと考えたりしました。すみません、またへんてこりんなコメントになっているような(笑)気がしますが、読んでみて面白い感覚でした。 (はな、うてと)

2018-03-04

藤峰夫さん 掲示板運営者の三浦です。ここで藤さんのご指摘に答えることは適当ではないと考えます。しかしながら今後のサイト運営の参考にさせていただきます。また、削除の要望につきましてもお応え出来ません。ここで去られてしまうことは残念に思っております。当サイトに参加いただきましたことありがとうございました。 (天に召された)

2018-03-04

作品についてコメント致します。 少しづつ これといった理由もないように このフレーズが作品全体を静粛なものとしてイメージを誘っていると思います。とても心地よく。 (雪景色)

2018-03-03

投稿ありがとうございます。実はサイトの不具合が一時発生し、登録の際に名前を設定出来ない事態が発生しておりました。申し訳ありませんが、こちらのコメント欄にて設定したい名前を記載いただければ、運営者の方で設定しますので、お手数ですがよろしくお願い申し上げます。 (雪景色)

2018-03-03

うたもちさん投稿ありがとうございます。リアルでありながらリアルでないような、実存でありながら実感がないような、そんな作品に思いました。「時間という歯車」「抱かれるだけ抱かれ帰ってゆく女たち」「密かに企てる犯罪」「冷え切ったスープ」置かれているキーワードのイメージは伝わってきました。それらは私が実感として持っている事物からではなくて、私が観た映画や読んだ本、あるいは聴いた歌等の過去の蓄積から出来上がった、私の中で相対化された言語の組み合わせがイメージを呼び起こすからでしょう。一般的にはこれを既読感というのかもしれません。本作では、その既読感を「傷物」という言葉にメタファーとして持たせた作品なのかもしれないと、思いました。 (傷物)

2018-03-03

コーリャさん コメントありがとうございます!コーリャさんの愛情が感じれて嬉しいです。 ボルカさん コメントありがとうございます。この作品を書いてみようと思ったのはボルがさんの作品を読んでの影響もあったので読んでいただけて嬉しいです。ありがとうございます。 ユウさん コメントありがとうございます。その通り!人間やばい時、笑ってしまうんです。かなり大昔にヤクザの方々と話をする機会があったんですが、言ってましたよ。笑ってる人間には近寄らないことだって。 (相対化する高校生の欠片)

2018-02-03

survofさん 言葉足らず失礼しました。一読した時に、言葉に出来ないぐらいいいなあって思ったんです。それは、言葉通りに言葉に出来なかったし、共感を表したかった気持ちが先に立ち、私も本作と同じように詩を書いてみたいと思い、なぞり書きをしてしまいました。survofさんの返レスを読んで、作品に対する不敬であり、最悪なことをしてしまったと猛省しております。ごめんなさい。自分で恥ずかしく思います。不快にさせてしまい申し訳ない。 (おわって、風)

2018-02-02

投稿有難う御座います。 結語の『あんまりだな』に牛さんの残念な気持ちが入り込んでますね。 短文コメントで、失礼します。 (あだらいっぱい)

2018-02-02

毎度投稿有難う御座います。 今作はとてもシンプルな感があります。 『小網戸』というタイトルが情景としての効果を発揮していますね。 (小網戸)

2018-02-02

またひとり、雪、払いのける風。 凍る。見失う糸の雨が、滲み落ちて。 逸れて削がれて喪失してまるで滴。 なぜか、ひとり。 置き去りの天体、丸い月。 雪がとまり、あかり、そろそろと、約束の地。 あかり、さらさらと、またひとり。 返詩、失礼しました。 (おわって、風)

2018-02-01

恭平さん毎度投稿ありがとうございます。 Twitterで冒頭をチラ見して、おおっキテるって感じがして、読みました。 歌が聞こえますか? これですね。久しぶりに恭平さんのフレーズにやられた感がありました。 頭で歌が鳴りましたよ。 (吐息に赤が混じって終わった)

2018-02-01

Twitterで本作の冒頭が流れてきて、思わずリンククリックして読みました。美しい。美しすぎる。夏生さん、私的には夏生作品の中でナンバーワンです。優勝おめでとう祝賀会をやりたいぐらいです。あとでまた読みたいと思います。 失礼しました。 (思いの断片)

2018-02-01

原口さん コメントありがとうございます。いやあ、ご指摘の先生の心情について。原口さんのご指摘に思わず、苦笑いしてしまいました。私が今思うに、この作品を成功させるためにはもう一人、「先生の愛情がなんでわからんとう?みうらくん!」って訴えてくる、みうらくんに想いを寄せるガールフレンドが必要という。 ばってん、ありがとうございます。先生。 (相対化する高校生の欠片)

2018-02-01

アラメルモさん コメントありがとうございます。投稿した後に自分の作品を読むと、あ、これは失敗していると気が付くのになんで投稿する前に気が付かないんでしょうね。これを何回も経験しているのに。しかも、貴重な月2回の投稿数の一つを初日に使ってしまったという、かなり残念な気持ちですね。 しかしながら、今作で私がやりたかったことっておそらく、アラメルモさんには伝わったんじゃないかと。勝手に思っているんです。いやあ、もう一回もう一回。 (相対化する高校生の欠片)

2018-02-01

やばい。負けた。 百均さん投稿有難う御座います。 (祖母包茎)

2018-02-01

藤井龍平さん コメント有難う御座います。 言葉の美しさについて修行中なのですが、これは難しいですね。詩の世界は深すぎて深海で息が出来ない気持ちになりますが、言葉の美しさを求めますと、なんといいますか、太陽の位置がどこだったかわからんようになってしまいます。 (さもしいひと)

2018-02-01

毎度投稿有難う御座います。 デジタルユニバースと 声の大きさを競うハイネケンの広告塔が すべり台で砂を被る頃 泡の生い立ちと刃物職人の妻たちの犯す海域が 誤りで歩いて来た道が誤りであるはずだ 消し去られてしまうから 女の位置を解析しよう 砂浜の頭脳が溶けてしまうモンキー すみません、本作に影響を受けて、自分で即興でやってみたのですが、 不発に終わってしまいました。海には用事がない人種に隔離されたようです。 失礼しました。 (今も沖には未来あり)

2018-02-01

投稿ありがとうございます。あ、面白いと一読して思いました。しかしながら、併せて冒頭の 言葉を買いに行ってきた、 が、狙ってる感といいますか、読者を引き込むようでいながら「レトリックの読解とメタ読みが必要な作品が始まるのかなあ」という醒める感もありました。 (買い物)

2018-01-31

投稿ありがとうございます。カジュアルな作風があって、そこから生まれる詩的なるものがあるとしたら、それはラインのチャットフォルムなんだろうなあと、思いました。で、情緒的なものが、ポエジーと誤認識され、そのうち「感情」という言葉の意味合いがポエジーに代わっていくんじゃないかと、ふと思いました。今作でいえば、 ずっとずっとダイスキだよ! の「!」がポエジーなんだと。近未来にAIから生まれる詩がビックリマークだらけになっていたら、なんか愉快なことですね。あ、いや、そういう作品って今でも時々投稿されていますね。失礼しました。 (ワタシのきもち (エルサポエム))

2018-01-31

投稿ありがとうございます。意味性をなくしながらも、ビジュアル化ツールとして言語を用いる。 詩が万華鏡であることを思い出しました。 (投身自殺)

2018-01-31

投稿ありがとうございます。対象を装飾せずにそのままを語る。浮かび出る言語ねままに。他者とその共有するかを排除された作品として読めば、孤独な寂しさを感じました。凄く難しく思うのですが、作風としては独自なものとして、私には映りました。 (プラモデル)

2018-01-31

素朴な言葉の出し方。なないろさんに影響された私が明日投稿する作品は素朴に書きましたよ。ありがとうございます。 (フライングバレンタイン)

2018-01-31

仲程さんと同じく、最後が綺麗です。深い夜空に星々が無限大になって私も入っていけましたよ。 (『にぃぬぅふぁぶし(北極星)』)

2018-01-31

テクノ・電子的な言葉。リズムバランスが要求されるうちに頭が踊る感じにもなりました。すると、「びょーく」が歌手のビョークに思えました。 (言葉の体操 ― 創作早口言葉)

2018-01-31

投稿ありがとうございます。めっちゃカッコいい作品ですね。歯切れよくよめてしまいました。リーディングしたくなる作品。今後ともよろしくお願いします。 (不可能性)

2018-01-31

投稿ありがとうございます。やや難解なメタファーが隠されている感がしました。それを読解出来ない私なんですが、 かくかくしかじか このフレーズが大好きです。言葉にならない言葉。かくかくしかじか。いいですよね。 (つばさ)

2018-01-29

とととさん、久しぶりですね。なんだか、作風を変えて帰ってこられたような。しかも、私は、この作風が過去の投稿作品よりも断然良いと思います。ただ、、そうですね、、なんか、もうワンパンチが足りないような気がしてしまうんですが、ただ、過去の投稿作品より、この作風は段違いに好きですよ。なんでですかね。ですます調がとととさんらしいからですかね。それからすると、フックとしてどこかに調子の変化を与えていたら更に際立つ作風になる感じがしますね。 (恐怖について)

2018-01-29

毎度投稿ありがとうございます。私が受けるボルカさんのすべての作品の印象を、ちょっとだけ上から目線で申しますと、「カッコつけない詩」という感じがずっとありまして。何がカッコよくて、何がカッコ悪いかというのも主観でしかないのですが、例えば、今作でも、ダンゴ虫が出てきたりするんですが、ダンゴ虫がカッコ悪いわけでなく、、いや、、ダンゴ虫はカッコ悪いと一般的に認識されている生き物だと私は思うんです。そのダンゴ虫を作品に登場させるのが、逆説的に美しさを表してるんですよね。ブルーハーツの「リンダリンダ」という歌の歌詞で「どぶネズミみたいに美しくなりたい」という素敵なフレーズがあるんですが、それを聴いた時に受ける感じと同じ気持ちになりました。それは、黄色いパンも同じで。黄色いパンは一般的には不快な物質ではないけれども、黄色いパンをみつめる視線がダンゴ虫をみつめる視線とまったく違わないんですよね。それって、美しいものとは、対象ではなくて、美しいとするこちら側にあるんだってことなんだろうなあって思うんです。それは、なんというか、私みたいに、詩作品でカッコばかり気にしている人間からすれば羨ましく、また、詩の本来あるべきものというか、自分を偽っても、見抜かれるという、私が持ってる本質的な課題を解決する鍵のようにも思いました。 (昨日私は悲しみについての詩を書いた)

2018-01-29

ボルカさん コメントありがとうございます。いや〜ボルカさんの後半のコメント、なんか、めっちゃ勉強になりました。久しぶりに、ああ、なるほどって感じで。最近、私、ちょっとテクニカルな面に逃げていた感がありまして。いや、テクニカルというほど、なんか高度なことやってないんですが笑。新たなステップアップが出来そうな気がしてきました。ありがとうございます! (さもしいひと)

2018-01-29

投稿有難う御座います。 レモンを浮かべたソーダ水 邪気のない悪戯 こちらの一節がなんだかとてもいい感じで浮き上がっていて、「おっ」という感じで惹きこまれた。 すすもう 冬の日は短い おちる影はまっすぐ 夜へとのびているのだ こちらの一節が、素朴に心情を吐露されていて良い感じに取れます。 センチメンタルな気持ちの吐露をそのまま受けて読めば、良い作品ではないでしょうか。 (感傷・冬)

2018-01-29

まりもさん コメント有難う御座います。ネタバレしますと本作は「私の男」という映画の1シーンをモチーフにいております。父と娘の近親相姦の話であり、エロな話です。 (さもしいひと)

2018-01-29

投稿ありがとうございます。そうですね、嗚咽って泣くのとは違うのですよね。例えば、悲しい出来事があったとして、その出来事を笑いながら普通に他人に打ち明けていたら、急に、ふっと込み上げてきてしまう。自分的には、あれは真人間になる瞬間です。私、普段からいつも適当に嘯き生きているもので。で、適当さの向こうには他人がいるんですが、真人間に戻すのも、悲しい出来事も他人と縁して、あるものなんですよね。 本作、その真人間さに戻ってしまうといいますか、自分が隠している本質が思わず出てしまう心象風景を感じました。 普段装っている表面上の自らが蒸発する。本質が汗として現れる。それは他人からすれば涙というものかもしれないが、そうではなくて、、、 と膠着する感じ。平易に書かれているようで難しい作品に思えましたが、アラメルモさんが時々出されるご自身の本質的な作品は好きです。なかなか書くことが難しいのでしょうが、是非これからもよろしくお願いしてしまいます。 (嗚咽)

2018-01-26

毎度、投稿ありがとうございます。そうですね、投稿者それぞれのスタイルと魂があって、一年近くこの掲示板に継続して作品を発表すれば、新たな作品が新鮮に読者へみせることは難しいけれど、他人がどう受け取ろうと変わらないスタイルでいるってことも無骨で素晴らしいこと。アラメルモさんのコメントに私も同意です。自分が書く作品にまで他人に気を使うなんて、アホらしい。権威もなんもない掲示板。自分を晒している作品こそが光ってる。ちょっと勉強になりました。 (火星のホットスタウト&ホルモントマト)

2018-01-25

投稿ありがとうございます。これは面白すぎる。私、詩の投稿掲示板で、こんなに笑ったの初めてです。 (きみは変態)

2018-01-23

投稿ありがとうございます。僕が家族のことを考える時、いつも、帰ろうって思うのです。それは妻でもなく娘でもない、昔に存在した家族です。私以外、みんな死にました。今の家族は残念ながらその代替えにはならないのです。20年以上家族でいるのに。あや子がずっと家族で、紗代ちゃんが失ってしまった家族だとしたら、僕はずっと紗代ちゃんを探し続けていたいです。手を合わせたくなんてならない。川の中に入っていって泣きたいです。それはナルシスティックな行為かもしれません。もしもあや子が一緒に川へ入ってきたなら、僕は一緒に入水してお父さんとお母さんと、そして、姉の元へ紗代ちゃんに連れて行ってもらいます。 素晴らしい作品をありがとうございます。 (letters)

2018-01-22

投稿ありがとうございます。始まりの一節がとても惹くものがあり、好ましい作風でした。宇宙が砂つぶよりも小さな星々だというミクロな宇宙観も感じられる良い作品ではないかと思った次第です。 (愛してる。)

2018-01-22

内容としても、文体としても美しい感があるなあと思いました。 「僕と君」の話はうんざりして読むに堪えない、という作品評を以前、他でみたことがあるのですが、私はその痛烈コメントが好きで的を射てることとして自分の教訓にもしております。本作にも云えるコメントではないかと思うのです。「僕と君」のストーリ性で読者を惹きつけ最後まで持っていくには、相応のレトリックと構造が必要なのではないかと思うのです。もう一つ指摘させていただくと、代名詞・形容動詞・比喩・直喩がイージー過ぎるのではないでしょか。 冬のうみべにて 波の<高いのを>見つめている <これだけ>荒いんだから 規則性なんてないだろうと <ここまで>来たのに <大荒れの>海にもちゃんと 押し引きがあると知った ただ、<風の強い爽やかな>青いひで <>で囲みました箇所が、ありきたりであり、冗長過ぎではないかと。結語の「そう言えばあれも、規則的だった」の「あれも」が掛かる重要な連だと思うのですが、あまりにもイージーで推敲不足を感じざるおえません。 今回、自身の力量の無さは省みず上から目線でコメントさせていただきました。次回投稿作品、楽しみにお待ちしております。 (「夢に見た」、そう言ってでも会えたことにしたかった)

2018-01-22

投稿ありがとうございます。安坂さんの過去作も振り返りましたが、タイトルがセンスいいですね。私、タイトルが光ってる作品が好きなもので。 で、コメント欄の完備さんの指摘はめっちゃ私的には勉強になりました。私も以前、自作品に対して「あの」「その」が多いし安易に置き過ぎると指摘されたことがあって。そのことを思い出した次第です。 「人間は簡単に、夏の香りを忘れる」 としたら、まったく違う響きとして私に迫って来ました。 また、survofさんの比喩の失敗をあえてそのままに、というコメント。これは、かなり高度なレトリックだなあって、思った次第です。 有意義なコメント展開ありがとうございます。 (夏の標本づくりの失敗について)

2018-01-22

花緒さん コメントありがとうございます。鋭いですね。当たっております。昨年ブンゴクへ失意夏雪という名で投稿していたうちの一つが本作なんですが、いかいか氏的なものを書いてみたい、という気持ちで作った作品です。オリジナルについて振っていただいたので、ついでにちょっとコメントしておきたいことがあるのですが、私はオリジナルなものへのこだわりをまったくもっておらず、どちらかといえば、音楽界隈のように「彼の音楽は誰々の影響で誰々へのリスペクトがある」という話であったり村上春樹はフィッツジェラルドの影響を受けている話など、肯定する派で、平たく言うと、芸術家の方々がお持ちのオリジナルの追及なんて話をきいてしまいますと、ごめんなさい僕はただの遊びですと、謝ってしまうくらいな信条です。が、しかし、尊敬する詩人の方が言ってました。私も創作・投稿については同じ気持ちです。 「真摯にとか、努力してとか教条的な話をきくと吐き気がする。真面目に書かなくても面白けりゃいいんだ」 (さもしいひと)

2018-01-21

stereotype2085さん コメントありがとうございます。最近、私は不感症になってきてまして、残酷なこと、悪いこと、不快なこと、それらが多数の方々とはズレている感じがあるんです。それは私が若くして結婚し子供を持ったので、娘との距離感にも一般的なズレを感じます。私を是非、倫理観とか国家のルールで縛って欲しいとも願う時もあります。私みたいな人間は監視されていないと無知の罪を犯してしまいそうで。でも、私が知る限りにおいて神様はいいかげんです。 失礼しました。 (さもしいひと)

2018-01-21

投稿ありがとうございます。なんといいますか、固定電話についての語り、この口調、イメージしてしまったというか、思い出してしまいました。トムとジェリーの真ん中の話でよくあった、解説者の語りを。あのトムのジェリーの真ん中の話ではよく、文明を皮肉るような内容がよくあったのですが、その文明を皮肉る話には必ず、飄々とした、まさに本作の口調で説明するアナウンスが入ってました。 あれは警鐘を鳴らしてる意味はなく、たんに皮肉って笑いをとるアメリカンジョークなわけなんですが、本作「白い固定電話」には、皮肉ではない、「こんな風な固定電話、みなさんも知ってるっしょ?」的な、固定電話の存在意義を表現するためのいかにも固定電話らしい凡々な語りとして読める。良いか悪いかはわからないのですが、それも固定電話ですから、しょうがないかもしれません。 それじゃあまた。 (白い固定電話)

2018-01-21

投稿ありがとうございます。人の子であるはずなのになぜ人は神々しい場所を目指すのか、というようなことを感じました。 (人の子よ)

2018-01-21

投稿ありがとうございます。 「語り得ぬこと」が詩情だとすれば、聞き手は沈黙する。詩情を求める聞き手だとすれば、その書物を読むことに意味がない。詩情は語られてはいないから。聞いて沈黙し、全ての冬を感じたい。 今後ともよろしくお願いします。 (語り手と聞き手のいる風景)

2018-01-21

何度か読まさせていただきました。衝動的な気持ちが「どうかどうかと」というフレーズに感じられました。衝動的な気持ちって、詩にするとき、いや、詩を書くまではいいとして、書いた詩が投稿掲示板にあるとき、ひとりよがりな作品として映りがちだと思うのです。べつにひとりよがりな作品が掲示板にあって、悪いわけでなく、べつに評されなくてもいいとも思う。もっと言えば掲示板にあって誰のコメントも付かない作品のほうが、存在感があってよかったりする。 「柳」というタイトル。一見、内容とまったく関係ないようでありながら、本作の本質を表している。 さびしいという気持ち。 誰のコメントも付かない詩がだらりと一本、道端に立っている。 そんな存在のさびしさを詩を好む人々は美しいと、うそぶく。 嘯かない衝動的な気持ちがある本作はブルーハーツのリンダリンダみたいにドブネズミの美しさがあるよ。 なないろさん。 (柳)

2018-01-20

アラメルモさんもおっしゃってますが、花緒さんのこの手の作品は上手い。また、どなたかおっしゃってた花緒さんの作品の良さは、ロジックだときいたことがあった。逆に受付られないなあと思う人、私なんかが最初そうだったんだが、その作品に見え隠れする冷酷な世界観みたいなものを感じるからだと思う。今作なんかがその典型なんだけれども。で、今、私がどんな感じで読んでるかというと、そういった思想やらメッセージやらを読み取ろうなんてことをやめました。ストーリー、あるいはロジックとして読む。情緒なことを捨てて読む。すると、なんか、思ってたほど悪くないと読めるし、あわせて、くだらねー読み物に思えてくる。彼がよくいうジャンクなものって、そのことなんだろうなあ。 (ニンゲンのナカマ)

2018-01-19

体言止めによる効果を浮遊感として私が受ける時、その感覚は心地よい。 冬の十五時は夕方 これの後に続く、電車が言葉をかき消す心象が前節の体言止めによって、際立つ。その際立ちが心地良い浮遊感の正体なのかもしれない。と思いました。 毎度投稿ありがとうございます。 (quasi-)

2018-01-18

今作はユーカラさんの投稿作品の中でも一番好きかもしれないなあって、とても気に入ったので、朗読してみました。 https://youtu.be/BD6DY-dz5sQ (『もう、手は洗わない』)

2018-01-17

投稿ありがとうございます。毎回、攻めのスタイルで投稿いただきまして、めっちゃ嬉しいです。とりあえず、私は45が気になりました。千円で買う岩の欠片とは一体なんだろうかと、まず思いました。その千円が高いのか安いのかわからないんですよ。まず、そこで一回妙な躓きだなあと思いつつ、読み進めましたら、その欠片を肩上にのせて身動きがとれないようにした、、これ、めっちゃ気に入ってしまいましたよ。なんと言いますか、私の想像なんですが、ここにあるメタファーは、苦行とはマゾヒと紙一重である、ということなんじゃないかなあと思いました。 (詩国お遍路(2/2))

2018-01-17

投稿ありがとうございます。「延長コードに生かされて」というフレーズが、なんか、可愛らしくて好きになりました。短文コメントですみません。一旦上げます! (星探し)

2018-01-16

投稿ありがとうございます。黙ることが大人になるに連れ、悪いことのように言われるけれども、実際には、本当に思っていることを言うと、ウンザリすることが自分に返ってくるから、黙ってしまうことになる。作品の最後にある通り、考えます。黙って生きてりゃいいのかって。 そんなこと思いました。 (死にたがりの生きたがりの)

2018-01-16

怒りを自分に課すというフレーズが少しびっくりしました。自虐的ではあるのですが、作中にもある通り、純粋な感情にも思えました。なんか、黒髪さんらしい作品、というか、今作は極私的なコンセプトがある詩に思えました。 (静かな時に)

2018-01-16

投稿ありがとうございます。魔法がある詩は私、大好きです。魔法詩チェッカーなんですが、「魔法の症状」という表現、初めてみた気がします。なんかシールドみたいで魔法らしい表現ですね。そこから辿って作品をみつめてみたら、蒸発する私というのは魔法なのかなあって想像したら、靴のまま宙に浮く自分が見えてきて、ファンタジーな気持ちでよかったです。ストレンジな作品。良いですね。 (警笛)

2018-01-16

朗読すると軽快に読めて内容の重たさとうまく融和して入ってきました。語り手が放つ暴力が心理的ストレス対象としての他者の存在が伝わってきました。しかしながらストレスそのものが、こっちには来なくて、何というか、防弾ガラス張りの向こう側の出来事のようで。逆にそれが他人との断絶感になっていて、ネガティブな気持ちですが、リアルに感じました。もしかしたら、魂がそのガラス張りの向こう側にあって。取り戻さなければならない対象は魂なのかと考えた次第です。ホントは考えちゃいけない作品なんじゃなかろうか。感じる作品なんじゃなかろうか、とも思ったんですが、私的には最後まで考えてしまいました。 (感染性暴力)

2018-01-16

投稿有難う御座います。カーディガンが実存から離れたところへ、読んでる私の想像のところまで持ってきてくれてる。トラウマとしての「昔の恋」なのか、この連がタームとなって、5連目で冒頭にいた「君」が再び現れ、最終連では、「君」のほうから手を握ってくる。ストーリ性があって良いなあと思いました。ただ、これは私の感覚が少し偏屈なのかもしれませんが、「駅前の景色」「その時の月」「濡れたアスファルトの上」「薄いグラス」といったアクセントとして置かれている事物がありきたりなものになってしまっている気がしました。今後とも宜しくお願いします! (カーディガン)

2018-01-16

田中恭平さん、今年も宜しくお願い申し上げます。投稿有難う御座います。皿と雨が詩になるのかなあと、私も少しセンチメンタルな共鳴を覚えました。センチメンタルに果てているところに詩がふってきた2016年12月1日。今年も読んでみたいです。 (元旦)

2018-01-16

何度か読まさせていただきました。音声も聴きました。投稿有難う御座います。「作品を語ること=作者を語ること」になる、否、作者を語ることが許される稀な人だと思います塚本さんは。特に今作では、私はそのことを強く感じました。作中で語られる「君」とは遠いところの誰かでなくて、隣に居るお前のことだと、読者である私に呼びかけてくる。人類に言ってるんだよと強がりながら。人類なんてものがいないことを塚本さんは知ってるし、それがまやかしな奴らに巧く使われていることも知っている。いるのは君と私。忘れられない私と忘れないでいてくれる君。いや、僕だ。 余談だけれども、こないだ、詩界隈に関係しないミュージシャンのtwitter知人に「最近、凄い人誰かいないの?」て訊いた。 その知合いのミュージシャンは塚本さんだって答えた。塚本さんが放つものは、塚本さんが知る以上に受取ってる人がいるんだって、報告しておく。あ、また、こんな作品に関係無いことを書いてしまうおバカな管理人を御容赦ください。また、今後とも宜しくお願いします。 (スカルブレイン)

2018-01-16

記号とは「冬の光景」である。なぜならば「よくみかける」ものだから。これは、奇数を食ませた犀の関節を「化石標本」にみたことにより認識する。それは、よくみかける冬の光景を「色彩が埋めつくしている」気づきの驚歎。しかし、その驚歎もまた「おもいこみ」という主観なのではないか。つまり、ウシツツキの独唱。あるいは奇数食ませとはメタファーとしてのウシツツキ。 「ふるえる耳」に、冬の記号は、つめたい吐息としてきこえてくかもしれない。私の耳にも。 (*)

2018-01-16

これは、すみません、想像として不適切かもしれませんが、もののけ姫のイメージが浮かんできて、読んでいると、自分がもののけ姫にキスをするアシタカになった気持ちになりました。また、おまえだけの傷の治し方を私なりに想像しちゃったんですが、やっぱ好きな人に傷を舐めてもらう方法がいいのかなぁって思った次第です。 (私に※)

2018-01-16

投稿ありがとうございます。ミクロな視点とところどころに哲学的な思索が込められた語り手。行間がテンポを緩くするので語り手とシンクロする感もありながら、興醒めする感もあり、微妙なテンポを感じてしまいました。独特なリズムにもなっているような。ただ語り手が多くを語り過ぎな感もあります。読者側に探究する余地が無いような。今後ともよろしくお願いします。 (白眼ヶ浦)

2018-01-16

投稿ありがとうございます。半透明な霞みがかったなかでビーズがころころ回るように遠のく子どもたちが最後にくっきり映った円になって消えちゃうような気持ち、古くて小さな川の土手に立ち尽くしてしまうような気持ち。そんな気持ちになりました。 (撹拌)

2018-01-16

投稿されてから、何回か読んでいたのですが、これはやばい作品ですよね。私はマザコン気があまりなく、どちらかといえば育ての親的な存在だった姉の関係でシスコンなんですが、この作品を男性が読むと、そのマザコン気が邪魔をするんです。これ意味わからないかもしれないんですが、何と言いますか、冒頭を読んだ時に感じる「うっっ」っていう感じ。まあ、気分が悪くなるというよりも、けっこうムラムラする快感だったりするんですが、とにもかくにも、「うっっ」ってなりました。また次回作も期待してます。だんだん投稿作品に謎が深まります。 (種子)

2018-01-15

不参加の件了解です! (プルオーバー)

2018-01-15

んんん、これは素材であるプルオーバーに持っていかれちゃった感がありますね。もちろん、良い感じで持っていかれちゃいましたよ。でも、なんだろうな、個人的には、前々回の『遠く、朝は』のあの美しい詩をあと40作品ぐらい読みたいです。んんん、でも今作もかっこいいな。 (プルオーバー)

2018-01-15

投稿ありがとうございます。映画戦メリをリアルタイムで観た人だと明らかにわかる話なんですが、戦メリは反戦映画ではまったく無く、時と場によってルールも価値も変わるけど普遍的男子の美学ってあるよね的な映画だったなあと個人的には思うところがあり、プラザ合意直前の日本が総中流社会だと浮かれていた古き良き時代へのレクイエムな面があったなあとも思い出しました。本作はそのレクイエムを詩でやっていらっしゃるように感じた次第です。 政治性について。本作ではウンザリする政治色は感じなかったので上手いなあと思いました。また、私的には大変興味深いトピックがコメント欄で展開されており、それはとても有意義な議論で、楽しく拝読させていただきました。実は以前から同様のトピックを発せられる祝儀敷さんに注目しておりました。当初、私が感じとった祝儀敷さんの批判の本質は「テーマ主義」への批判だと思っていました。戦争反対、反権力、反原発というテーマであれば、その作品のクォリティは問わないとする風潮に対するNOだと。しかし、それは私の誤認識だったことが当欄での祝儀敷さんのコメントを読んでわかりました。政治性を帯びてしまう、あるいは政治的なメッセージ性を帯びてしまうと広がりがなくなってしまわないだろうかという懸念。言わんとすることは私も理解します。が、しかし、それもまた作品の質を問う視点からみれば不要な懸念ではないかとも思うのです。私がいう作品の質とは芸術的に良質なことではなく、大衆受けする質をいうのですが。ポピュリズムではありません。大ヒットする政治的メッセージ性を帯びた詩作品というのは成立すると思うのです。しかしながら、実情は祝儀敷さんが挙げられた通り、メッセージテーマはいいが「作品としての質が最悪」なものばかりなわけで。 これについて是非、祝儀敷さんのご意見を伺いたいです。が、これ以上コメント欄で展開するのは不適切な気もしますので、Twitterで展開したいですね。いや、乗らなくても大丈夫です笑。 また、ボルカさんからも更に、政治性と詩作品についてはご意見を伺いたい気持ちです。 念の為に申し上げますが、当コメント欄でのここまでの議論展開は大変有意義なもので、運営者として感謝申し上げます。ありがとうございます。 (メリークリスマス)

2018-01-15

投稿有難う御座います。これは面白い!私もやってみたくなりました。 (BREAKDOWN. 訳詩。)

2018-01-14

投稿有難う御座います。父性との対峙が感じられる作品ですね。なんと言いますか、ストレートさが感じられました。 (遠くで船が往く)

2018-01-14

投稿有難う御座います。 ほんのすこしだ 全部じゃないや この言葉遣いが好きです。なんか、可愛らしい。 (ひとりあそび)

2018-01-14

投稿有難う御座います。『抱かれると喋る女』というタイトルがとっても良いですね。逸品なタイトルだと思いました。 (抱かれると喋る女)

2018-01-14

投稿有難う御座います。なんか、この作品、良いですね。なんだろうか、『夜空はいつでも最高密度の青色だ』を思い出しました。最果タヒさんの原作ではなく、映画を。 今後とも宜しくお願い申し上げます。 (親しい他人)

2018-01-14

投稿有難う御座います。北村灰色さんらしいロックテイスト満載な今作だと一読して思いました。二十七歳。岐路ですね。帰路かもしれません。その道端にアイスクリーム屋さんがあると救われる、そんなこと読んで思いました。 (Ice Cream Elegy)

2018-01-14

投稿有難う御座います。 永輪の再生を待っている このフレーズがとても好きです。なんだか、辿り付く出口が存在しながらも永遠に続いてる迷路みたいで。 (背反を穿つ)

2018-01-14

投稿有難う御座います。平易な言葉で書かれてあるのですが、上手く呑み込めない。そういう意で私にはとても難しい作品です。何度読んでもしっくりいかないのです。一般的にネガティブに捉えられる動詞を望みとして書かれているから、なのでしょうか。今後とも宜しくお願い申し上げます。 (はじめましてお久しぶりです)

2018-01-14

東川原さん 今さっき、メールは返信した。三浦個人として事を収めさせて欲しいと他のサイト運営側へ願い出て両人へ、三浦個人として荒らさぬようお願いした。けれども、このような結果となって残念な気持ちだし、毅然とルールに則って行動出来なかった運営者として失格だとも思う。 (下弦物語)

2018-01-02

李沙英さん Kaz.さん コメント有難う御座います。恐縮ですが、今作については、私はレス返しは控えようと考えております。酷評も、三浦個人の思想への批判も何ら問題ありません。 ()

2018-01-01

東川原未來さん 渚鳥さん 作品へのコメントから外れたレスは止めてください。以降続くようであれば、両人へイエローカード発行します。 (下弦物語)

2018-01-01

投稿有難う御座います。 とても良い感じの作品だと一読して思いました。ただ、これは私の個人的な感受でしかないのですが、結語の 破滅はいつだって 純粋なまでに黒色をしている が、 破滅はいつだって 黒色をしている と削られたほうが、とても黒色が印象として残るような気がしました。「純粋なまで」という想像は読者へ委ねるような。 (ひと)

2018-01-01

ー参加者の皆さんへー コメント欄にて東川原未來さんからの問いなどに対して三浦にて連絡を取っております。どうぞ引き続き、作品へのコメントなど書込みください。 (下弦物語)

2017-12-31

投稿ありがとうございます。疑問だらけなこの世にあって、わからないままに流して生きる気持ち、みたいなものを感じました。短文コメントですが、今後ともよろしくお願い申し上げます。 (Egg Binding)

2017-12-29

感想として適切かどうか不安ですが、私はこの作品がとてもおかしかくて笑えました。特に、「」の台詞が面白く、「透明野郎は引っ込んでろ!」のくだりはひとりで爆笑してしまったんですが。まりもさんの狙ってる通りであれば嬉しいです。なんといいますか、まりもさんのタフさが垣間みれる作品だと思います。 (童話 月夜にくらげが光るのは(前編))

2017-12-29

投稿有難う御座います。大熊あれいさんの前作でも個人的に感じたことなのですが、描かれている物語(もしかしたら物語など書かれていないのかもしれないのですが。なんと云いますか、、作品の底に流れている何かしらの脈みたいなものです)が私の個人的に昔から持っている「何か」を叩くのです。大熊あれいさんの作品は。それが何なのかを言葉としてお伝えすることが出来ないのですが。今作にある、その「何か」を頑張って表現してみますと、それは「異次元の出来事」。異次元という言葉から一般的に認識されるものではないのですが、一番近い言葉です。ただ、作品としての完成度はまだまだ不足しているような気がします。私も人のことは云えないのですが。へんてこりんなコメントで申し訳ないのですが、次回作も楽しみにしております。 (方眼用紙)

2017-12-28

テストコメント (大賞作投票ボックスのお知らせ)

2017-12-28

投稿有難う御座います。とても心情をストレートに語った作風でもありながら、海辺の描写も感じさせなあと思いました。 目に映る世界は総て恐ろしい 私は毎回の右肩さんの作品にカタルシスを求めて読んでしますのですが、今回はこのフレーズ。平易な語りなのに、なんでこんなに読み入ってしまうんでしょうか。いつも不思議です。そしていつも読後感は心地よい。 (海辺で語るべきこと)

2017-12-25

投稿有難う御座います。 地球さんの本来ある素敵な「地球らしさ」が少し薄いような感があります。現代詩トレンドである「削ることの美しさ」「行間を読ませる詩情」を体得されたあまり、オリジナルを思い切って出す奔放さが消えてしまったような。しかし、クリスマスという時を逃さないマッチした良作だと思います。 (ケーキと福音)

2017-12-25

投稿有難う御座います。 李沙英さんの投稿作品を読んで思うのは、全ての作品に通じることとして「実感がある言葉」で書かれている、ということな風に私は思うのです。それは私が目指している目標でもありとても羨ましく思います。一般的な例として話をして少し失礼かもしれませんが、リーディング系の方々の作品の多くにその「実感がある言葉」を感じます。もしかしたら「音として読まれる」ことを前提とされているからなのかもしれません。本作では、「友よ、」と呼びかけが使われている。往々にして「友よ、」なる呼びかけはベタな言葉として伝わりやすい。しかし、本作の「友よ、」は私には、ホイットマンやヘミングウェイが使う言葉のような神々しい響きを感じました。それはなぜか。「ワタシ」としていることが技巧的に活きているからではないかと。「私」でもなく「あたし」でもなく「ワタシ」。これが浮いてしますような「友よ、」という呼びかける言葉を、ろくでもない日常から発する実感としての祈りのような気持ちを「友よ、」に込めることに成功していると思うのです。本作は、もしかしたら、現代詩トレンド好きな読者からのウケはよくないかもしれませんが、私はとても気に入りました。素晴らしい。 (求愛)

2017-12-25

投稿有難う御座います。 飲めないワイン 吸えないタバコ 切なさを紛らわすため 大人になるってどんなことなの? ただ我慢することなの?? こちらの連が一般的な男女の聖夜ネタと違い、なんか、光ってますね。子供たちがみる夢としての聖夜であり、大人でないことの切ない聖夜、みたいな。 (雨の聖夜)

2017-12-25

投稿有難う御座います。即興的でありながら、ガッチリ推敲されている感があって、やっぱ北さんは上手いなあと一読して思いました。 『渦巻く夕陽に、押し戻された木枯らしの影のように、月が泣いている。』 このフレーズ、そのまんまだとベタな感じなってしまいがちだと思うんですが、前半にある、 『月あかりが花束に影を落とすように。』 このフレーズのベタさと併せて、読む側の心を押し切られた感じで、私は持っていかれちゃいました。 (埃立つ)

2017-12-23

投稿有難う御座います。 山下達郎の『クリスマス・イブ』も真っ青なぐらい切ないですね。 誰でもいいでもなく 誰でもないあなたと 一緒に居たい それだけは譲れないもの この箇所が切な過ぎて好きです。 (ホーリー)

2017-12-23

投稿有難う御座います。この作品は良いですね。日常から宇宙へワープする感じがフランスベストサイエンスブックザイヤーを受賞した138億年宇宙の旅みたいで。ビターチョコが終わりかけで大きくなった太陽みたいに甘そうです。 真実は甘美の中 夏になれば嘘もホントも溶けてしまうから 気にしないほうがいいのでしょう これ、最高にいいです。 (クリスマスから飛び出して)

2017-12-23

投稿ありがとうございます。 喉の奥がしんと冷たい 生きろ この流れが好印象です。「生きろ」というフレーズは受け取る読者によって様々な印象になると思います。その印象が左右される要素のうち「作者はどんな人だろうか」と想像があって。もちろんその想像は作品から想像するわけなのですが。この「生きろ」だけ、読者の想像に任せるとされてることが、心地よい作品になっているのかもしれません。あるいは、メッセージなどなく、語り手自身に言い聞かせる「生きろ」なのかもと思いました。が、しかし、これはメッセージ性があると私は思います。 (陽だまりと常、流れ)

2017-12-22

投稿ありがとうございます。これは、幸福感を持っている方だから書ける作品なように思いました。そもそもの幸福感とは何か?まあいいやと、諦めることなんだと。これは私、けっこう共感する思想です。なんといいますか、バブル世代はこの思想がけっこうあるんですよね。 (誰もが幸福してる)

2017-12-22

ちょっと思い出したことがありまして再びコメントさせていただきます。本作を一瞬目にした時に、 文字だけがあり、私たちに断絶はない このフレーズが焼き付いていました。で、改めて2度3度読みまして、しっくりこなかったんですが、今、ようやっと、消化出来た気がしまして。ネット上における実存とは、電子画面の向こう側に人間がいるかのような錯覚でしかないと。仮想の空間にある、いわば仮想実存。実存を仮想するという矛盾なことなわけで。仮想における詩作品は、詩自体がそもそも仮想実存なので、夢の中の夢の中の言葉になる。電子画面の向こう側にある実存とは夢の中で電子基板へプログラミングする「指と物体との滑らかで鈍重なこすりあわせ」の作業なわけで、その作業を実存と捉えなければ、電子画面の文字は存在しない。たとえそれが夢の中であっても。なので断絶はないと。そんな思索を本作を読んでしちゃいました。 (記述)

2017-12-21

投稿有難う御座います。 一言コメントになりますが、本作、なんか、良いですね。正直、意味は解らないのですが、なんか、好きですこの作品。 (記述)

2017-12-20

投稿有難う御座います。 言葉のディレイ感がたまらなく心地良い作品ですね。 短文コメントですみません。一旦上にあげさせていただきます。 (「Sternsingen(星哥い)」)

2017-12-20

投稿有難う御座います。 クリスタルの産声をフラクタルに響かせる フラクタルという言葉を使われてるのがとてもいいですね。なんか、独特なアルゴリズムを感じました。 (光速螺旋)

2017-12-20

投稿有難う御座います。信号待ちしていると色んなことを考えますよね。しかし、からっぽでもいたい。本作はそんな心情を表しているのかもしれません。短文コメントですみません。一旦トップへ上げさせていただきます。今後とも宜しくお願いします! (信号待ち)

2017-12-20

まりもさん 天性の才能はバカだということかもしれないですね。コメント有難う御座います! (バカモノ論)

2017-12-20

大熊さん トップに上がってしまうこと・・・・そうなんです。同様の御意見を多数いただいておりまして、年明けに大幅なサイト改造工事を予定しておりますが、そのなかに「表示切替」機能を持たせておりますので御期待ください! (芝生で覆われた土手一面に、霜が降りて光っている)

2017-12-20

投稿有難う御座います。とてもストレートで好感が持てる作品だと思います。直球ストレートを一球目に投げられて見逃してしまうぐらいど真ん中。心の熱量の限界を越えるには『叙情という言葉がその呪縛をといて』くれたらと願う。私は詩作のビギナーの域なので判らないのですが、『叙情という言葉』には呪縛があるということを考えさせられました。叙情なんて錯覚だよ、という風に個人的には思えなくもないなあと。今後とも宜しくお願いします! (限界を超えて)

2017-12-20

投稿ありがとうございます。カオティクルさんの過去の投稿作品全部読んでみたんですが、凄い量の言葉を吐いていらっしゃるなあと思いました。詩を書くことと発表することは=ではないと誰かの話できいたことがありますが、カオティクルさんは書くことと発表することが同じなことなのかもしれないなあと思いました。個人的には「ヨミテニ・タクス」が一番好きです。本作も含め、「ヨミテニ・タクス」以外は、縦ノリ感があるんですが、「ヨミテニ・タクス」は横ノリな感じがありました。別に縦ノリでも横ノリでもどっちでもいいのですが、横ノリな方がテレパシーが通じ合うような気がするんです。詩のテキストって、このテレパシーが大事な気がしまして。カオティクルさんはこの話、わかるんじゃないかと思うんです。 (BABY NEAPOLITANS 2)

2017-12-19

みんなが良い良い言うので読んでみましたが、たしかに良いですね。百均博士、やったね! (らふか)

2017-12-19

投稿ありがとうございます。 十二月の夜を。 こちらのワンフレーズが最後まで情景を引っ張っているんじゃないかと思いました。最初の掴みとしてはイージーな感じが少しあったのですが、最後まで読んでみると、本作を支配しているのは十二月の夜でした。 (the Milky Way)

2017-12-19

投稿有難う御座います。久しぶりにエロティックな作品に遭遇してドキドキします。なんといいますか、団鬼六的なエッセンスからバイオレンスを排除した、という感じでしょうか。たしか、「死んでもいい」という映画が昔あったのですが、大竹しのぶさんと永瀬正敏さんが不倫をする映画です。年上の女性と年下の男子。ふたりは雨の日に出会うのですが、 あの水をどうか僕にも 分け与えて下さい 奥さんの譫言(うわごと)が 鳴り響く雨音の中で 微動だにせず佇む僕を この連を読んで、その映画を思い出した次第です。夏に突然やってくる夕立ちのような、慈雨のような、そんな風に本作の「奥さん」がみえてきました。リズムカルな文体なので少し軽い感じに一読目は感じたのですが、よくよく読んでみますと、この男子の心情は、なんか、悲しいですね。雨は止んでしまいますもんね。導いてくれる女性なんているわけがないというか。 (花瓶)

2017-12-19

カオティクルさん こんばんは!三代目魚武濱田成夫を存じ上げず今先ほどチェックしてきました!いっちゃってますね!いっちゃってる。柔術の服を着てるところがとても気に入りました。そうです。私は昭和プロレスの大ファンです。そのプロレス思想をバックボーンとしてきた私からしますと本作『バカモノ論』が世界を変えると信じて世に問うた、つもりで文学極道に投稿しましたのが、私、二作目のネット詩投稿作で、当然のようにこれで私が文学極道新人賞だと確信しておりましたところ、入選も佳作にも入らず、当時、「全員、ぶっころす」(あ、すみません)とひとり叫んでおりました。が、しかし、カオティクルさんに、なんか、気に入ってもらえてよかったです! 花緒さん 蘇らしてみました!この詩、いいですよね。是非今年のB-REV新人賞をください! survofさん こんばんは!この詩に論理的矛盾をみつけていただき有難うございます。本作の矛盾については、たしか、文学極道投稿時にも同じ御指摘がぎょうさんありましたことを思い出しました。まやかしのようで、まやかしじゃない、いや、、まやかしかもしれない、うん。みる前に飛べ!的なことを書いてみたかったんですよう~。。 ボルカさん こんばんは!この詩に真理と思想を見出そうとしていただきまして有難うございます!「詩と思想」で新人賞を狙っていきたいと力強く決意しております!もうなんだったら現代詩詩人会の理事長になってみたい!そんな気持ちです! 李沙英さん こんばんは!私の笑いはまだまだこんなもんじゃありません!いや、こんなものかもしれません!うん。そんなことより、李沙英さんの新作へコメント書きます! (バカモノ論)

2017-12-18

投稿有難う御座います。とても心騒ぐ作品だと一読して思いました。橋の下という場所の設定と『文字が逃げたがる』という語り。私は読書量がそんなに多い方ではないのですが、これはかなり独特な物語性というか、文面から匂い立つものにピュアなものを感じました。子供のような純粋さでなく、大人になっても落ち着かない心みたいなもの。「あなた」が居た場所、「あなた」の匂い、、時空超えの物語に個人的に興味を昔から持っているのですが、本作品に「時空超えの物語」をちょっと感じました。んんん、なんか読み返せば読み返すほどに、この作品は解る人には解る作品に思えてきました。2読、3読するうちに、変な言い方ですが、他の人に読まれたくないぐらいな作品に思えてきます。失礼ながら、やや推敲が不足している感もします。もっと削れるような気もします。しかし、この作品に沈められている「何か」が解ると、傑作に思えてきます。一つの大きな物語があって、その一部分を読ませられてるような。全体が判っていないだけのような。 (芝生で覆われた土手一面に、霜が降りて光っている)

2017-12-18

映画「楢山節考」での緒形拳さんがお母さんを背負っていくシーンが思い出されたのですが、あの映画を子供だった私は当時、エロティックで子供がみちゃいけない映画との印象がありました。エロティックとは生々しいという意味で。その後、大人になっても観ることがない映画ですが、まさか、当掲示板で、楢山節考について思い出されることになるとは、なんといいますか、詩の掲示板というのは、深いところで人と人を繋げてる何かがあるのかもしれないですね。フランスという異文化フィルターを通して楢山節考をイマージュする本作なんですが、楢山節考の生々しさとか人間の本性というテーマ性よりも、世界的に広まりえる、普遍的なる物語って構造的には、軽くて単純なものなのかもしれないと、本作を読んで思いました。 ( 楢山節考※)

2017-12-17

投稿ありがとうございます。 吸い込まれるように高い空は ずっと変わらない揺りかご 悲しみを消そう この表現いいですね。揺りかごから空をみている視点がありながら、語り手の現在の心象へ引き戻すようで。 タイトルもいい感じで。 短文コメントですが、一旦トップに上げます。 (罪を一人だけで背負って)

2017-12-17

投稿ありがとうございます。 それを叩ききるまで 僕は このフレーズ、気持ちが入っていてすごく良いなあと思いました。 「それをたたき切るまで」でも「それを叩き切るまで」でもダメな気がしました。 それを叩ききるまで 作者のオリジナルな気持ちが入っている表現だと思うのです。 また、最後の 僕は 真っ白になる 最初の「真っ白なシグナル」とイメージが二重奏になって良いなあと思いました。しかし、タイトルにイージーさを感じるのは私だけかもしれませんが、恐縮ですが「叩ききるまで」か「越えていく朝の階段」と私であれば名付けるかもしれません。 (朝、階段で。)

2017-12-16

投稿ありがとうございます。 虚しい語り手の気持ちが伝わってきます。よく伝わってくるのですが、私が感受する虚しさが語り手と同じ気持ちかどうかはわかりません。わかりませんが「虚しい」という言葉で想起する認識は同じだと思うのです。その虚しさで悲しむの怒るのか。広告も同じく。我々の共通認識を利用する。搾取といってもいいかもしれない。では、詩はどうだろうかと思うのです。詩を発表することも「虚しい」ものなのか。本作にある猫とは、暗喩的な「詩」を意味しているのかもしれません。 テーマを掘り下げて推敲を重ねると更に良い作品になるのではないかと。タイトルが少しイージーな感がありました。 (広告と猫)

2017-12-16

投稿有難う御座います。白犬さんの神秘性のある作品、イマジン重視の作品よりも本作のような、作者の「気持ちの感触」が浮き出ている作品の方が私は好きです。短文コメントでごめんなさい。一旦トップへ上げます。 (歌声へ(螺子と種子))

2017-12-16

投稿有難う御座います。世代間、戦前・戦中世代と私たちの大きな違いが「戦争体験」にあることはもちろんですが、共同体(国家)、あるいは社会秩序・倫理としての「父性」との距離感覚も個人差はあるにせよ、その世代ごとに覆う空気があると私は思っております。その父性の比喩が髙橋先生ではないかと感じました。 髙橋先生、 僕は、人になれましたか? という問いが、厳然として未だにある秩序・倫理への語り手の憎悪のようで、人間っぽくて好ましくもありました。なぜならば、「人」という形があるようで無い、定義付けが時代によって変化する概念、それを真摯に考えるほどに人間らしさは増すように思うからです。テキトーに秩序・倫理をかぶり、人になることをえらぶより、問い続けることのほうが人間っぽいと思います。 (高橋先生)

2017-12-16

fiorinaさん 投稿有難う御座います。BーREVIEW杯(選評)に不参加のこと承知しました。もちろん何ら問題ありません。同じようにお考えの方がもしかしたら多くいらっしゃるかもしれません。後日、掲示板投稿規定として予めの「不参加」の表明は自動承認する旨改訂し、全ユーザーへもお知らせ致します。 また、後日、作品へのコメント入れさせていただきます。 ( 楢山節考※)

2017-12-15

投稿有難う御座います。これは、縦読みに数字を入れられていらっしゃって、面白いです。私も時々遊びでやることがあります。先にアラメルモさんも作詞家について触れられていらっしゃいますが、私が縦読みを初めて目にしたのは以下の歌詞でした。今後とも宜しくお願い申し上げます。 ステキな夜 キスをして だきしめながら よぞら飛びたい 『魔法の瞳』より(大滝詠一作曲 松本隆作詞) (それ)

2017-12-14

大熊あれいさん ご参加いただきまして誠に有難う御座います!私もコメントを書き込んだり、そもそもの作品への自分の感想などを文言にまとめること自体が大変苦手です。でも、他者の作品を少し読んでみただけで、自分の作品へ活かせることがありますね。私、この一年間で体感しました。今後とも宜しくお願い申し上げます! (《雑談/議論/自己紹介スペース》)

2017-12-14

なつおさん 初投稿有難うございます!後ほどコメント入れさせていただきます! (《雑談/議論/自己紹介スペース》)

2017-12-14

fiorinaさん ご意見有難う御座います。BーREVサイトを言論も含めたメインの場として、twitter等の外のSNSへと展開するハブ空港的なこと、よく解ります。じつは、次回工事の予定に当初、「掲示板上の全コメントが、twitter上でツィートすると、それがそのまま掲示板上のコメント欄へ表示される」という完全twitterとのリンク型の実装をエンジニアと相談しておりました。ところが、費用がとても高額な為、断念した次第でして。fiorinaさんが感じておられること、私も同様に感じておりました。「掲示板では閑古鳥が鳴いて、一方twitterでは盛んに議論がされている状態」これについて、もっと打ち明けますと、「発起人同士、キュレーター同士の作品選評の議論はtwitterのDMチャットにて白熱しているのに、twitter上の参加者が居る「表」ではまったくB-REVのBの字も出ていない、話題にもまったくされていない状態が数ヶ月続いておりました。掲示板もまた同じく淋しい状況でした。そこで、とりあえず、三浦が即実行出来ることとしてtwitterの公式アカウントにて、現在のような少し白熱感を生みだそうとしておる次第です。長々とすみません。fiorinaさんの御意見はとてもタイムリーなことで、今後更に掲示板が言論の場としても多くの方が楽しめるよう努めてまいります! (《雑談/議論/自己紹介スペース》)

2017-12-14

投稿有難う御座います。前衛的、実験作でないkaz.さんの作品はやっぱ上手いです。他意なくそう思いました。平易でありメタファーがある。いわゆる筆力。短文コメントですが一旦トップへ上げます。 (砂)

2017-12-14

投稿有難う御座います。 襖の向こうには斜めに傾いたエデンがあって このフレーズに「おおっ」と反応しました。異界でありながらも美しさがあって。宗教画みたいな重厚さを詩作品として表現されていらっしゃるような感じでしょうか。キリストが描かれている宗教画の多くは構図として焦点はジーザスになっているらしいのですが、今作でもし、焦点があるとすれば、「エデン」ではないかと思いました。 (掌の上には太陽)

2017-12-14

投稿有難う御座います。コメントが入っていない作品がないか下の方まで探っていましたら、ユウさんのこちらの作品が。 で、読んでみると、これは、ユウさんの作品の中では一番いい。というか好ましい。作品の出来としてがどうのこうのより、それの上を行く初期衝動、詩を書かざるえない気持ちが往っちゃってる。いい意味でいっちゃってる。しかし、それの〆として、最後の「あと35分~」から行間をとっての「ちゃんとしますから」があまりにも作為的に読めてしまう。最後のとどめはいらなかったように思います。「傘を払い~」でくそったれ的に書くのをやめてしまっていれば、詩を書こうとすると良い詩は産まれないという鶏と卵のループから抜け出た最高の作品になったのではないかと、私的には思いました。 (声だけの無名、酷い酷いにおい)

2017-12-12

カオティクルさん いつもコメント書込み有難う御座います。修正しておきました。 (渚へ)

2017-12-12

いやはや、、前作の「国語の授業」を読んで、「アシッドプラネットをこえたね!おめでとう!」と言いたかったが、本人が満足するとかわいそうだったので言わなかったが、今作は、またまた凄い。映画「ウルフ・オブ・ウォールストリート」のようなことを詩でやっている。正直、やられた感がある。が、「ウルフ・オブ・ウォールストリート」みたいだと読める私の感性をコメントでみせつけて一矢報いておこうと思った次第である。 (かみさまのはなし)

2017-12-12

投稿ありがとうございます。 雪も未だ降らぬ安達太良(あだたら)冬眠す これ気に入っちゃいました。以前、東北地域に仕事で行っていたのですが、安達太良には、まさにこの作品で感じるところがあります。これを読んだ時に安達太良を通過する時の東北道を思い出してしまい、苦笑いしてしまいました。 すみません、こんなコメントしか出来ず。。 今後とも宜しくお願いします。 (寒月とその他)

2017-12-12

投稿ありがとうございます。最後の「ごめんください」がとても爽快に思えました。 前段と後段は上手く言葉を繋がれたなあと思いました。前段の方が無理が無く繋がれてる感がありました。また中段も、構成として活きてるんじゃないかと。しかし、私には、本作の「本質的な良さ」を感じる感性がない、と思いました。私が言葉で上手く言い表わせない、私が見出せていない作品の「本質」があると思いました。それは、何と言いますか、はっきりと掴めないのですが、イメージ的には語り手が持つ他者との距離感覚みたいなものです。それは、奴隷として連れて来られた人々から生まれたソウルミュージックに感じることと近いような。抽象的なコメントになってしまいましたが、また、これからも読み直したいと思います。 (生業)

2017-12-12

投稿有難う御座います。アラメルモさんの作品の『瑪瑙』でも感じましたが、神秘的なものを今作でも感じました。また、そこには形而上なことのみを語っておらず、「日常生活」が作品に必ず出てきます。それがいつも私は好きなところでして。ただ、今回は前半部が少し難解度が高いような気がしました。 断食の夜の灯火よ 埋もれる渇いた呪文よ この箇所が砂漠地域のイスラム圏的なものが感じられて気に入ったフレーズでした。 (ドライフラワー)

2017-12-12

失礼。言葉足らずでした。「僕のすべて〜」を結語としているという意味です。 (literal)

2017-12-11

投稿作品が良いです。 詩よりも僕のすべてだから この言葉が本作のキーフレーズだということを参考作品を読んでよくわかりました。しかし、これは面白いものですね。私には、参考作品が失礼ながら駄作にしか読めない。しかし、「現代詩で良いとされる作品がわかる感性」を持ち出して読むと参考作品のほうが良いとされる方が多くいらっしゃるかもしれません。主観ですが、理由を申しますと、参考作品は皮肉な感がある。投稿作品は皮肉を突破して、逆説にまで至っているのではないでしょうか。具体的に言いますと「詩よりも僕のすべてだから」という言葉をさのまま言葉通りに読者は受け取らない、逆として受け取ると思うのです。対する参考作品は、皮肉止まりです。しかし皮肉を好意的に取る「現代詩的な発想」は評価を受けやすいのではないかと。あくまでも私の推測の域でしかありませんが。 参考作品が推敲前のものだとしたら、完備さんのセンスが更に凄いなあと。勉強になりました。 (literal)

2017-12-11

いつも投稿ありがとうございます。完備さんの作品の中でも、今作が私は一番好きかもしれません。読者によっては、平易過ぎると指摘される方がいらっしゃるかもしれませんが、平易な言葉で書くことをコンセプトとされた作品であることが理解されれば、多くの方に好まれる作品ではないでしょうか。「詩」ということについて、コマーシャルを製作し、キャッチコピーと併せて文章を採用するとしたら、まさに、本作です。今月は好みな作品が多数投稿されていますが、美しいではなく、「おしゃれ」ということで選べば、本作品が私のイチオシです。完備さんの次回作が楽しみになりました。 (literal)

2017-12-11

投稿ありがとうございます。美しい詩だなあと一読して思いました。テキストとしての詩の表現、「小説でなくなぜ詩で表現するのか」を考えさせられました。それは、詩情とはなんぞやという、未だに私自身、不明なままですが、「物語」でなく「情」を書かなくてはならない、ということかとも思いました。 次回作も楽しみにしております。 (遠く、朝は)

2017-12-10

投稿有難う御座います。 天候の変化と、青年と島民とのやり取りがリニアに展開されていて、流れを上手く作られてるなあと一読して思いました。短いコメントで恐縮ですが、一旦トップへ上げさせていただきます。 (shima)

2017-12-10

投稿有難う御座います。 引く紐 糸 意図 愛 いと の箇所。とても注目しちゃいました。「愛」と入れている。技巧的に上手いと思いました。短いコメントで恐縮ですが、一旦トップに上げさせていただきます。 (光景)

2017-12-10

投稿有難う御座います。 きみが隣に腰かけた時の 膝のかたちが好き このフレーズ、好きです。もしかしたら、ちょっとドラマのセリフのようだと思われがちなフレーズかもしれませんが、このフレーズまでの流れが心情を抑えた「描写」が続いてのこのフレーズなので効果があるように思うのです。もっといえば、このフレーズをもっと前面に出してもよいような感もします。そこでいえば、「きみ」と「ぼく」の語りの部分を思い切って削ってしまうと、先のフレーズの存在が増すように思います。今後とも宜しくお願い申し上げます。 (奪われる)

2017-12-10

投稿有難う御座います。これは好きな作品です。描かれる男の気風が伝わってきました。「怪しい奴ら」というのが、なぜか私には1960年代のB級スパイ映画(邦画)をイメージしました。私が本作に感じるのが「古いけど、良い」というものだからかもしれません。今後とも宜しくお願い申し上げます。 (悪友)

2017-12-10

まりもさん コメント有難うございます。「正気も狂気も源は同じ」仰る通りだと思います。残酷さや狂気を書くということはその差異ではなくて、「同じ」だと書くことかもしれません。と思いました。 アラメルモさん コメント有難う御座います。一年間詩を書き、投稿を続けてきてよかったとアラメルモさんのコメントを読んで思いました。作品評とは離れた話で恐縮ですが、文学極道に参加した当初、酷評ばかりで「みんな、わかっていないんじゃなの?」と正直言いますと思っていました。その後、「現代詩」で良いと言われる作品を読んでも、まったく私の感性に響くことはありませんでした。ある日、吉増剛造さんの作品を読みました。すると、なぜだか、今まで良いとされる現代詩作品の「良いと言われる理由」を実感しました。なるほど、と。その良いことが理解出来る「感性」が好きかといわれれば、嫌いです(笑)。 客観的に自分の作品を読めなければならないということ。文学極道で教えてもらったことは自分の財産になりました。「書けないやつは読めない」。 (赤い川)

2017-12-10

アラメルモさん こちらでは、はじめましてですが、文学極道ではコメントで作品へのアドバイスをいただいたり、ありがとうございました。また、当掲示板へ投稿いただきましたこと重ねて御礼申し上げます。 「夢のカリフォルニア」が頭の中で響きながら読みましたが、ママスパパスは宝くじへの皮肉のように私には感じられました。それは、ネガティブな皮肉ではなくて、ポジティブな皮肉です。「夢のカリフォルニア」が明るい調子であるように。また、『もう少し余裕があればね』の「ね」が好きです。「ね」が先程申し上げた明るい皮肉な響きになっています。 しかし、二読目は深読みをしてしまいました。「格差社会」問題をメタファーとして作品の中へ落とし込まれているような。読むたびに印象が変わってしまうのは、短くとも、多くの語れない気持ちが込められた作品だからなのではないでしょうか。 (夢をカム)

2017-12-08

投稿ありがとうございます。一読目では、ピーコという呼び名がちょっと簡単すぎる呼び名ではないかと感じましたが、二読目では逆に、語り手が愛着を持った呼び名だなあと、しっくりきました。また、そのピーコのことを不憫で憐れに語り手が言葉にするなかで、一箇所だけピーコと呼ばずに「おまえ」と語っています。 『いまは土の中に眠っているおまえ』 詩作の技巧的なことを挙げて恐縮ですが、この一箇所だけをピーコとせずに「おまえ」とされるところに作者桐ヶ谷忍さんの技巧の上手さを感じてしまいました。また、次回作も楽しみにしております。 (「籠の外」)

2017-12-08

様式がいかに大事かがよくわかりました。今作のような、私がよく好む「ポエム的な」並べ方でなく、コーリャさんがよく使われる「短編小説的な」ワードデータテキスト的な並びのフォームであったら、今作は駄作ではなかったと思います。もちろん、コーリャさんの作品群の中ではイマイチピンとこなかったということで。とても勉強になりました。 (Stars)

2017-12-08

投稿ありがとうございます。久しぶりにyuuさんの作品にコメントさせていただきます。濁りきってしまった私の感性にはとても入ってくる作品です。「手をさしのべて」「やさしい言葉」「正義が悪」そして「青春」という言葉は普段、私が好んで読む詩集や小説では目にすることのないものです。とても新鮮でした。1960年代にあった「青春」や「愛」をストレートに語るヒット曲みたいです。誰もが持っている情緒性を誘うトリガーとしての言葉。私も一回、このような作品を書いてみたいと思いました。 (あなたへ)

2017-12-08

投稿ありがとうございます。朝のはじまりは新鮮で、悲しい、という心象を全体から感じました。子、恋人、友、、それぞれの内側にある悲しみがこぼれる時は朝で、しかも多くない。誰も気がつかないぐらいの一滴。 最後の「消えて」が一滴にも感じれるし、「作られた儚さ」でなく、生々しい儚さを先に感じていたので、逆に「消えて」が感情移入を覚ましてしまった感があります。 (夏草が撫でる鼻に泣いただけ)

2017-12-08

投稿ありがとうございます。地球の外側を周回する人口衛星から彼方の宇宙をみたり地球を眺めてるような気持ちを、地上で想像して、その気持ちを味わっているような感覚になりました。 二行目の「おかしなアタマ」というフレーズだけ浮いてる感じがしたんですが、二回目読んでみたら、語り手のキャラクターを意図せず露わにしてるようで、フックとしての効果になってんだなあと思いました。 今後ともよろしくお願いします。 (朝焼け)

2017-12-08

投稿ありがとうございます。ひと言だけのコメントになりますが、これはブルージーですね。私、大阪好きです。 (ミシシッピ・ブルー)

2017-12-07

投稿ありがとうございます。感情をコントロール出来ていなければ、なかなか集中力が必要な作業を続けることは出来ないわけで、感情をコントロールする行為が「黙々と」というタイトルとして表しており、さらに、感情が「怯え」「笑う」「逃げ」となり、そして、「願い」「祈り」と変化する。その変化をひと針の動きの表情として出ている。とっても静かな作品だなあと思いました。タイトルが「黙々と」あれば内容が沈黙と静謐なものであることは真っ当なことで、感情の動きを針を縫う表情を比喩として用いる。心理描写が上手いと感じました。しかし、逆にそれが詩のセオリー通りのようにも思えてしまいました。夏生さんのスタイルでもあるのかもしれませんが、なんといいますか、私はどちらかと言いますと、夏生さんの作品スタイルは好きです。が、しかし、上手く言えないのですが、ぶっ飛んだ夏生作品をみたい気持ちもあります。私はいつもぶっ飛び過ぎで失敗していますが、少し踏み込んだコメントを入れさせていただきました。次回作を楽しみにしております。 (黙々と)

2017-12-07

花緒さん コメントありがとうございます。以前にホイットマンが使う言葉の生々しい手触り感を通して、ホイットマンは本当に感じているのだろうという実感が伝わってくるが三浦の使う言葉からそれが伝わって来ない、という評を頂戴したことがありました。私にとって、それはハッとする指摘でした。何か、小手先で「作られたような言葉」。私がネット詩に投稿を始めてからのこの一年間は、その指摘を克服する為のチャレンジだったと言っても過言ではありません。先日、尊敬する詩人の方に無理を言って私の作品についてのアドバイスを受けました。それもまた、「自分の中から引きずり出さなければならない」と。ここでまた、このような極私的なことを平気で開陳出来るということはまだまだ悩み抜けていないのかもしれませんが、花緒さんの指摘と共に、貴重な詩作についての話ではないかと思い、明かしました。当掲示板に参加される方々にとっても教訓になるのではないかと。 話を戻せば、実感がある言葉とは何か。私はそれをフィクションとノンフィクションではないかとイージーな思索を重ねました。無論、そうではない。つまり「本当に感じているのか?」「本当にその言葉通りに思っているのか?」が問われているのかと。今作は私にとって実感としてあると、どんなに詰問されても、実感があると、言い切れる言葉で書きました。しかし、おっしゃる通りで、読んでもらいたい、という意でのバランスが今ひとつ取れておらず、少し独り善がりな感が残ってしまったかもしれません。次回作、頑張ります。 (赤い川)

2017-12-07

投稿ありがとうございます。声にして読んでみると、とてもリズムカルで且つ、空白が間として活きてるなあと、読んで心地よかったです。今後ともよろしくお願いします。 (世界の日本の学校の教室の一角の一角)

2017-12-06

投稿ありがとうございます。 生まれてから大人になって、そして終わるまで、世界を感じるのは自らのみであり、世界を断じるのも自らであり、希望をもたらせることも他者でなく、幸せを探し続けることも他者でなく自分であり、しかし、皆、同じだと、そんなことを感じる作品でした。今後ともよろしくお願いします。 (夢と現実)

2017-12-06

白島さん 丁寧にお答えいただきましてありがとうございます。ずっとモヤモヤしていた作品と作者の関係との向き合い方・捉え方について、とても勉強になりました。勉強不足な私だけのことかもしれませんが、当掲示板に参加される皆さん、特に「詩作品の読み」について深めたい気持ちを持っていらっしゃる方々にも参考になるコメントだと思います。感謝致します。また、白島さんがもう一つ仰られています「詩を解読できることは、逆に詩のひろがりを自ら阻害してしまうので、分からないなりにその詩に酔える状態が理想」ということ。分からないことは分からないこととして理解保留のままに「感じとる」ことが最も大事なことであり、詩を読む行為に決まりごとは無いということをこれからの掲示板投稿作品と向き合う際の心掛けとして大切にさせていただきます。 白島さん、今後ともよろしくお願い申し上げます。 (古代そして意識の地層は)

2017-12-06

投稿ありがとうございます。食べ物で遊ぶなという父と、ずる休みを気にもしないで遊園地に連れて行く母、それぞれの親との距離感が表れているところが印象に残りました。今後ともよろしくお願いします。 (シャボン玉のゆくえ)

2017-12-05

投稿いつもありがとうございます! とても興味深いフレーズが並べられていて、どのフレーズが一番好きかなあと、選んでしまいました。 最初は、 嘘と真実の信憑性のロジック かなと、思ったんですが、 夏と秋との依存性の中で枯れた愛 こちらのフレーズを選びました。これいいですよね。詩情があるフレーズだと思うのです。「秋と冬」であれば、「枯れた愛」の言葉に既読感が出てしまいますが、「夏と秋」とされている。なんだか、夏の終わりで閉じてしまった恋みたいで。気に入りました。今後とも宜しくお願いします! (点滴インターチェンジ)

2017-12-05

沙一さん 輪廻転生、永続的なものを込めたいという気持ちがあって書いたので、「滔々と流れていくでしょう」との言葉を頂戴して、とても嬉しく思います。宗教思想的な範疇を表現する際、なんと言いますか、、表装的なインテリっぽくないようにしたいと私は考えまして。自分を抉るというのでしょうか。自分の中にあるもので書かなければ、形而上なものは書けないと思うのです。逆説的ですが。マーク・ストランドの『殺人詩人』の結末の言葉で「ああ、永遠性の領域に入ることを切望する言葉たちよ、私を赦してくれ。」とあるのですが、永遠性を語る言葉たちを裏切れば、私自身を永遠に赦さない気がしますよね。 (赤い川)

2017-12-05

白島さんの「大き目の作品」(すみません、荘厳とか形容すればよいのでしょうが。。。)ではいつも極寒のような厳しさを読後感として感じます。「肉体の創世記」もそうでした。例えば、今作の「宇宙の深淵」という言葉ひとつを読んでも、そこに想像するのは「極寒の厳しさ」です。それはもしかしたら、白島さんの人物像というバイアスがかかってしまっているのかもしれません。そこで、是非、私自身の向学の為、御教示いただれば嬉しいのですが、白島さんは「作品」とその「作者」については、どのようにお考えなのでしょうか。よくネット詩では「作品だけをみて読むべきであって作者の人物像は無関係」という趣旨の話を聞きますが。 (古代そして意識の地層は)

2017-12-04

くつずり ゆう さん 人の生死について書きたいと、何度か試みてきました。これからもきっと、書かなければならないテーマだと思っておりまして。宮沢賢治の「永訣の朝」。私はバカモノなので自身を顧みること無く、いつか私の「永訣の朝」を書いてみたいと。 イチゴミルクさん こちらこそ、イチゴミルクさんのコメントに勉強させていただきました。拙作からあなたが読み取るその感性に。最果タヒさんの『死ぬ間際にいう言葉がそれであればいいのに。』という作品を御存知でしょうか。「赤い川」と「おねえさん」が出てきます。今作がこの作品に影響を受けて作ったわけではないのですが、先ほど、ふっと本棚から手にとって読んでみたら、「赤い川」が出てきてびっくりしました。不思議なことがあるから詩を書くことがやめられないですね。今後とも宜しくお願いします。 李沙英さん 「時」と「場」は、詩を書く大事な要素の一つだと私は思っており、満月と新月、、特に新月に書くことがよくあります。赤い月をみたあなたと、赤い月をみなかったわたしが、赤い川を挟んで、このような交流が出来るというのは不思議なものですね。寺山修司さんの詩で『てがみ』という作品がありますが、月夜の海に手紙を流す話です。なんだか、それを思い出しました。月の夜は、なんだか、怖いですね。 (赤い川)

2017-12-04

はじめまして。投稿ありがとうございます。絵画を描いているような言葉の選び方をされてるなあと思いました。上塗りをしては、また再び磨いては消すを繰り返すような。 浮いた油のように 揺れたままで ここは素敵な比喩ですね。 (虹)

2017-12-04

霜田さん 投稿ありがとうございます。 ・・・・・・・・ 僕らを許してくれる人が欲しかった でも僕らが人を許すしかなかった 僕らを許してくれる世界が欲しかった でも僕らが世界を許すしかなかった ・・・・・・・・ 大層な語りとしてでなく、日常にふっと思う身近な語りとして読めました。その日常感がお終いの「君の細部を弄りたがる」へ連なっていて、個人的な情念として表現されており、よくありがちな大層な語りになっておらず、私的には好ましい作品に思いました。 (細部)

2017-12-04

なないろさん。おはようございます。これいいですね。自分の気持ちが凝縮されてる感じが好きです。 今日も空は青くて白い これぐっときた。こんなにもシンプルな言葉を、前半でぐっとこさせておいて放り込んでくるなんて、上手過ぎじゃないでしょうか。投稿有難う御座います。 (喧騒)

2017-12-02

はじめまして。コメントさせていただきます。所々にとても気に入ったフレーズがありました。特に、 愛も恋も知らないボタンが 小さな口を二つづつあけて 囁き合うように これ、最高にいいですよ。とても気に入っちゃいました。とても可愛らしい。小さな恋のメロディみたいで好きです。また次回作読まさせていただきます。 (東風)

2017-12-02

白犬さん。久しぶりにコメントします。気持ち入った作品ですね。しかし、ちょっとだけ独りよがりな感もあって、読者を選ぶ作品なのかなあとも思いました。白犬さんが今作を書いた時と同じような気持ちの時に読んだら共感した作品。また次回作待ってます。 (fool on the moon)

2017-12-02

森田さん大変ご無沙汰しておりました。また、私の拙作にコメントをいただいておりながらレスをせず失礼しました。久しぶりに森田さんの作品を読まさせていただきましたが、今作は、フォルムコンセプトを第一義的にされての作品なのかと一読目に感じました。「そして少女は」と「そして僕は」の明瞭な示し方が「青空の黒」「水のように焦げる」の不自然な形容と上手くバランスを取られているようで、読みやすかったです。ただ、それが裏目に出てしまっているのか、残酷さのイメージが半減してるような感じもしました。また、次回作、読まさせていただきます。 (夢、裸体、そして残酷)

2017-12-02

「故意」にいろんな意味が含まれてるのでしょう。望んだらいつでも詩がやって来てくれるとよいのに、詩は、そんな気持ちとは裏腹に、欠片のような現れ方をいつもしますよね。リズムが整っていて読んで心地よかったです。 (五感)

2017-12-01

これは好きな作品です。まとまりが無さそうで、一貫性がある。何もかもムダで無意味なものだけどやめられない(生きてくしかないじゃん、みたいな)それをたばこに譬えていて。やめられないんだよね、吸って捨てちゃうだけなんだけどさ、みたいな。 みどりの話が一番気に入りました。詩らしくなくていいんじゃないでしょうか。 (僕たち私たちの恋愛日記)

2017-12-01

投稿有難う御座います。投稿者名の記入漏れでしょうか。もし、そうであれば、こちらのコメント欄にて示していただければ運営の方で修正します。 (私意)

2017-11-30

はじめまして。ふじみやこさん。作品にコメントさせていただきます。 まず「友人誕生」というタイトルがとても気をひきました。シンプルですが、一人称による本文の内容を後押しされているようで、マッチしてうるなあっと思いました。 「西部劇」がフックとしての効果があって、引き込まれていき、また、ノリツッコミのような文体で、読者を楽しませてくれてるようで、面白かったです。 結語の、「是非是非、よろしくお願いします。」がプレゼンのお終いみたいで、詩的でないヒネリが効いていて、私的には好みでした。また、次回作も読みたくなりました。 (友人誕生)

2017-11-08

時々、コメントが0の作品はないか、探る。ありました。では、私も。 神無しを のーとに抱える 子供らが 三日月にみる 浦島太郎の夢 字余り (紙芝居)

2017-09-30

意外に思うかもしれないが、私は、毎回、北村灰色さんの作品を楽しみにしている。で、毎回、私は何を待っているのか。それは北村灰色さんの終わりを待っている。いや、語弊がある。少し説明をしたい。北村灰色さんの終わりとは、一言でいうと、北村灰色さんの作品(今までの投稿作に限定する)に通底することとして「終われない世界観」を視るからだ。本作でいえばタイトルにある通り。「おしまいが来ない朝」。私は終われない世界観に北村灰色さんの、なんというか、苛立ちを感じる。投稿作品すべてに。それは北村灰色さんの魅力ではある。が、極私的な読者の欲でしかないのだけれども、終わった後に何があるのかを知りたい。感じたい。不発に終わる毎度の爆弾処理工事がいつの間にやら予定調和され安全に迎える日曜日がある日突然、消失してしまうみたいに、引鉄した後に残るであろう北村灰色さんの作品に魅了されたい気持ちである。 (トースターの夢、おしまいが来ない朝)

2017-09-29

白犬さんのここ最近の作品には、白犬さん個人的としての実験トライアルな要素が多分にあるかなと感じている。完備さんのコメントにもあるポエムについて。私的に、最近テーマとしてあるポエムと現代詩の差異とは一体なんぞや、ということ。現時点での私の定義は、ミニマリズムとしての言葉の削りなのか否かだと思っている。この言い方も抽象的で、感覚的な域を出ていないのだけれども。彫刻家によくいわれる所謂、元にあるものを削り出していく作業ということ。詩文であれば、言葉を削ることによって読者側に敢えて補足を促す訴求力。自分でもまったく説明出来ていないと思うのだけれども、詩文を作るうえでもっとも難しいことだと、いつも思う。削ること、あるいは言葉を置くことを判断するうえで、以前、花緒さんに酷く指摘されたことを私はルールにしている。「三浦さんが吐く言葉としてリアリティがないんだ」という指摘。 シークレットガーデンが実感として読者に迫ってくるか否かは、作者がシークレットガーデンを実感として持っているかに依るということ。 ああ、なんだか、偉そうに書きながら、自己嫌悪感が出てきた。申し訳ない。俺の作品に強烈な酷評を付けてくれ給え。 個人的には本作より前作のほうが好きだ。 (シークレットガーデンの空、機械仕掛けの天使 )

2017-09-29

これは素晴らしい作品。と個人的に思う。先日、森田さんのリトル・ムーブメントでもコメントしたけれども、詩はささやかであることを、私は好む。ささやかであり、宇宙を感じさせるもの。また、オリジナリティについて。オリジナリティについて一般的な錯覚をこの場で指摘しておきたい。オリジナリティとはその作者の個性が満ち溢れたものと思われがちであるが、実は違う。真のオリジナリティとは「これは誰の作品だろうか?どこかで読んだ覚えがあるような」となってこそオリジナリティなのである。既視感でなく普遍性であり誰が書いたのかわからないけど知りたくなる「大衆的な匿名性」が具わっている。これが私のオリジナリティの定義である。作品を読んだら即、あ、これは三浦くんの作品だ、というのはオリジナリティとは言わない。マンネリというのだ。前説が長くなったけれども、本作「そのつぎ」はオリジナリティがあり、大層でなくミニマリズムとしての詩の世界が表現された傑作だと、私は思う。キュレーター外から敢えてプレッシャーをかけるとすれば、キュレーターは現代詩のトレンドを知る前に、ホンモノの詩情を感じとる感性がなければならない。と個人的に思う。 (そのつぎ)

2017-09-28

なんだか、笑いながら読んでしまった。失礼。素朴に当時の気持ちを詩にする。まさに詩人的な。まったく話は別だが、うちの家内は人間失格を学生時代に読んで爆笑したというのだ。あれは自虐風コメディーだと思っていたらしい。音楽は哀しく切ないものもあるが、小躍りしたくなる音楽もあるのだ。私には本作から愛と哀しみのボレロが聴こえてきた。読み手の琴線は無尽蔵にある。百均さんの想いを私が笑いとして受け取ったとして、それは、宇宙が素晴らしいという詩の証明だ。 (音楽)

2017-09-28

生きることについての自問自答だろうか。他者への気遣いと、また、他者からの気遣いに嫌気がする気持ちが汲み取れる。私にとっては、ある意味で新鮮であり、ある意味で不思議な気持ちである。おそらく、おそらくではあるが、私はネット詩界隈では間違いなく嫌悪感を抱かれている部類に居る。いや、おそらく。で、私よりも更に嫌悪感を抱かれているであろう人を何人か知っている。しかも、私なんかよりも詩歴が立派な方で。一体、私はこのコメントで何が言いたいのか。いや、そのような、反骨なる人(いや、私はただの無知なヘタレであるが)の方が私は好きだ。自らやってる行為を顧みずに自己否定は百も承知で言えば、ツィキャスやらで皆んな仲良くねっといった和を重んじるコミュニティからホンモノ純度100%の詩が生まれるわけがない。黒髪さんの作品コメントで自分語りして申し訳ないけれども、ネット詩ベテラン枠に入る黒髪さんの作品コメントとして残しておきたくなった。ホンモノの詩は断絶された場所からしか絶対に現れない。なんとなく、本作にあるメタファーは、それではないかと思った次第で。失礼。 (変わる)

2017-09-28

生きるということは死ぬリスクを内包しているという当たり前なことを、本作を読んで思い出した。死ぬリスクは時に他者の姿をして現れたりする。死にたい、死にたいときかされるほどに、自分自身にある死ぬリスクを思い出す。だから、死なないで欲しいと他者に願うのは、自身が持つ死ぬリスクの回避であり、あるいは、死なないで欲しいのは、自身が発する言葉が持つ希望なのだろう。死なないで欲しい言葉。作者はもしかしたら、言葉よ死なないでと、誰よりも言葉に希望を持っている人なのかもしれない。そんなことを思った。 (あなたにとって死にがいとは)

2017-09-28

純愛主義者がストーカーと訴えられてしまう現代にあって、土砂降りの雨のなか、愛おしい相手の部屋を前にしてずぶ濡れで立っている女子や男子をリアルに実感出来る若者が今、いるのだろうかと、本作を読んで思った。自慢ではないが、私は小学生の時と高校生の時と社会に出たばかりの頃に体験したことがあって。いや、、ずぶ濡れになった経験でなく、ずぶ濡れにさせた経験である。ちなみに、それらはすべて、一言も話かけることはなく終わった。私も純愛主義者であるのだが、純愛主義者が純愛をマジマジとみせられると腹立たしいのだ。なぜだか。本作の語り手と同じように、きっと、ずぶ濡れになっていた彼女たちも自分自身に怒りを覚えているはずだ。一生涯。純愛主義者とは、そういうことだ。 (涙に溺れて)

2017-09-28

二面性、ペルソナ的なものを読んで思った。一言感想をコメントとするのは本作のボリュームからすれば、失敬ではあるけれども、巨大な映像を前に言葉が出ない感じだ。 (Sept Papillons)

2017-09-28

HAneda kyouさん 中道について。ノーマルに生きるとは、ある意味、バランスが取れるということなのかもしれません。バランスを取らなくてよい生き方、それは、真の孤独。田中一村が奄美大島の掘立小屋を晩年の創作場所としたような。 まりもさん 憑かれたように書きまくる。そうです。晩年の田中一村が呼ばれたように、死神と呼ばれる姿。 fiorina さん ありふれた日常のなかに狂気は宿っている、かもしれません。が、往々にして人はそれを観てみぬふりをする。私が詩文を書きたい気持ちになるのはもしかしたら、観てみぬふりをしたくないだけなのかもしれません。 薄氷楓さん もしかしたら、狂気を誘発するのは、怨念なのかもしれません。皆が怨念を隠しながらノーマルを装う。その怨念を放てる確実な場所は、真の孤独な場所なのかもしれません。が、人は真の孤独な場所へは、大概は向かわない。作り笑いを持って人の輪へ紛れ込む。視点を変えれば、孤高の人であることがノーマルで、作り笑いで世間に潜むことの方が狂人なのかもしれません。 まりにゃんさん kaz.さんの作品へのまりにゃんさんのコメントは拝見しておりました。一つのビジネスにも成りえる狂気。偽りの狂気を群衆に与える。ほら、格好いいだろう?この狂気、みたいな。ファッション狂気。 (詩論:再び偽りに終わったとしても)

2017-09-28

返詩的な散文で、ごめんなさい。本作を読んで、フランスを舞台にした物語を以前書いたことを思い出しまして。 【サンドニ通りにあるBANZAIと日本の子供たちを結ぶエリーゼのために】 ファインダーに映る幾人もの女性。次から次へ。探し続ける規定。それは、外見ではない。なぜならそこには会話があるから。ファインダー越しに彼女たちはオディンへ語りかける。 「時間の範囲内であれば大丈夫ですよ」 「そういうつもりではないよ」 「失礼しました」 サンドニ通りでも一番明るい場所に建つオリエンタルキャバレー「BANZAI」。 昼間のオディンが「BANZAI」の地下で働いていることをルマは知らない。 肉体労働。それは文字通り汚物にまみれる仕事だ。 汚物とは形じゃないよ臭いなんだ。ヘドが出そうになる臭いだけど、僕はあれが好きなんだ。とても暖かいから。 そういうふうに説明をするとオディンが通う心療内科の医者は安堵した。 それが本心なのか偽りか、それは優先されるべきことではないと。 ルマによる身体サービスとは別にファインダーに映る世界。 それがオディンの星巡り。 ・・・・ 水曜日の夜はルマがオディンを部屋へ。ルマがドアノブを軽く押す。オディンがルマの前を横切る。異臭が後を追う。しかしルマは表情を変えることはない。それが、ルマの損得勘定だ。200ユーロ200ユーロ200ユーロ。2時間後にルマへ渡されるもの。 ・・・・ 月光がエリーゼのためにであり 人が聴こえない音があることを知っていますか。 よくわからない話はいつものこと。だから僕はわかります、わかりますと笑う。お兄さんが喜んでいる。僕はもっともっと答える。 「はい、わかります」と声に出して笑う。 部屋のライトがつく。 「誕生会のために一生懸命に練習してるって」 ママは僕をみていない。お兄さんのこともみていない。みえていない。 「エリーゼのために。むずかしいって」 知ってるよ。ママ。エリはね、努力なんだ。努力ができるの。陽子と僕はいつもスゴイスゴイってこたえてる。陽子は勉強ができる。僕は勉強はできない。エリはどちらかといえば僕と同じ。でも努力とかはやらないでいいんだ僕は。エリは理科と音楽。陽子は国語と絵。僕は星と月と野球のスコアブック。 「帰り道にエリからきいた」 そうだ。あの帰り道、おどろいたこと。陽子のこと。 ナガラ川の道。通学路。雨が降った日。 陽子と僕はね、傘ささないでいたの。靴がだんだん重くなってぐしゃぐしゃって音がするのが面白くて。でも、エリは違う子。傘をさしてた。 「雨って汚いよ」エリはそんなこと言ってた。 陽子が思い出したように言う。 「エリちゃん、空とか星とか好きだもんね」 僕は思った。陽子は知ってる。なんで知ってる?エリが星を好きになろうとしてること。エリが僕を好きなこと。 「そうじゃないよ。エリは理科が好きなんだよ」 「雲がなんでできるか話せるんだよエリは」 陽子は僕をじっとみた。じっと。でも、エリに話しかける。 「エリちゃん」「プレゼントは空とか星とかのものにするね」 「あんたは何をあげるの?」陽子は傘の先を僕に向ける。赤い傘。 雨に濡れたTシャツ。雨に濡れた髪の毛。陽子のほうが顔は濡れてる。 「わかんない。でも陽子とはぜんぜんちがうもの」 もう決めていたけど言わないんだ。陽子には言わない。 「エリはピアノの曲決まった?」僕はきいた。知っているけど。 エリが言いたいんだろって思った。 エリはにやにやしながら言う。 「エリーゼのために」 言葉をきいてしまうと音が変化します。ピアノは女の子の気持ちを表現するものです。しかし、きみは男の子です。光をみる。星をみながら月をみなさい。ピアノを言葉に変えます。それは、覚悟をしなければならないのです。わかりますか。 よくわからない話はいつものこと。だから僕はわかります、わかりますと笑う。お兄さんが喜んでいる。僕はもっともっと答える。 「はい、わかります」と声に出して笑う。 お兄さんのピアノの話。それは雨の日の朝。ママはカーテンをまだ開けていない。陽子がいつも通りにブザーを鳴らす朝。 ・・・・ 「BANZAI」での労働内容。はじまりは音楽だ。BGMに何を選ぶか。 そこでおまえのサービスの「質」が決まるんだよ。客はおまえを知りたいんだ。足の裏の臭いやら恥ずかしいことも全部だ。キレイな服やら脚のみせかた?そんなものを期待する男は来ない。ムーラン・ルージュだ。そういう心持ちの連中はムーラン・ルージュを賢い顔つきで観に行くもんだろう。 例えばだ。水曜日の常連。オディン。あれを部屋へ入れる。 さあどうだ?BGMはどうする? 「テキトウにいいますよ。わからないので」答えないと次へ進まない。それぐらいのことは予想する。賢い顔つきをしたルマ。 そうだ。「BANZAI」で働く大事な心構え。思いつきで客をワクワクさせること。オーナーのミツオがルマへ期待する。 「エリーゼのために。でどうですか?」 (【赤いコート】)

2017-09-21

幼少の頃、転んだ勢いでオルガンの椅子で口を強打し、前歯を全部失ったことがある。その時にあめ玉が私と一緒に床に転がっていたことを憶えている。泣きながら私は、あめ玉を握っていた。そんなことを思い出した。 「あめ玉」と「剥き出しのげんこつ」、この二つの言葉が示すもの、それは、なんというか、「本能的なやり場のない気持ち」みたいなものではなかろうか。本作を読んでそう思った。その気持ちを平たくいえば癇癪ともいうのかもしれないが、少し違うようなもの。 (餌やり)

2017-09-20

「新月がようやく上がった 途端にどこか遠くから~」のところが好きだ。私は月の周期を気にするほうで、何かを始めるなら、新月と決めている。また、満月には気を付けている。正気を失いそうな場や人へは近づかないようにしている。何かそれを思い出した。 (夜に狭い部屋の中で)

2017-09-20

80年代の一億総中流社会において、アイデンティティとは買う物で決まった。家を買う、車を買う、服を買う、あるいは、映画を観る、音楽を観る、全てが己のアイデンティティであった。自己表現とは買うことだった。自己表現とは「この音楽を聴く私って素敵でしょう?」ということだったのだ。その時代の音楽を私は嫌いではない。また、自分が十代を過ごしたその時代を後悔もしていない。古き良き時代だったのかもしれない。 「シティポップで上書きしようって」という言葉にそんなことを思った。 (中央特快)

2017-09-20

「非対称な鏡の言い分」というタイトルに惹かれて読んだ。非対称な鏡からイメージするのは私の場合は、合わせ鏡の逆。背を向け合う鏡であり、それぞれの鏡が映すのは君であり、僕なのだろうか。それぞれの言い分。 正義の反義語は別の正義である、そのことを思い出した。 (非対称な鏡の言い分)

2017-09-20

なんとなく、感じたのは、鉄工場で働く工員には熟練度は大事だという話かなと、思いながらも、いやいや、そんなイージーなわけないだろうと、深く読んだら、原発海外輸出問題についてかなと思った。グランドピアノからの終わり方が美しく、能力要求に応えられない人類を想像した。幻影の間で滅亡すれば、幸せ。かもしれない。 (午後)

2017-09-18

はじめましてだと思うのですが、はねひつじさんこんにちは。はねひつじさんのお名前が素敵過ぎて思わずコメントしてます。作者の名前って絶対に大事だと思う。作品がすべてという意見もあるだろうが、名前が併記される場なのだから、バッタひつじより、はねひつじの方が絶対に良いに決まってる。 近未来廃墟感、あるいは、「行った先は人類みんな死んでたよの初期の猿の惑星」をイメージしてしまった作品。人類みんな死んで五年後ぐらいの世界だと、おどろおどろしさがまだ残ってたりするだろう。骸骨がゴロゴロ転がって、みたいな。しかし、本作は150年後ぐらいじゃないかと思う。一世紀ぐらいだと、生き残った人類は「なんでこんな境界線なんてひいちまったんだよ!」的な罵り合いの議論に夢中だと思う。それから、50年ぐらい経つと、「もうしょうがないよねー」といった諦めモードと併せて、詩が立ち上がるのだと思う。 生き残った人たちは、立入禁止区域との境界線にある巨大な壁を前にして、詩を詠むのだ。 (巨大な壁の残骸)

2017-09-18

誤:表明まで 正:表明するまで (ペルセポネの哀しみ)

2017-09-16

本作について、自分が感得することを表明まで、少し時間が過ぎてしまった。一読目でコメントを書こうとして、上手くまとまらず、三読して、ハァモニィベルさんの過去の投稿作品を読んで、またあらためて、本作を読み終え、少しはまともに自分の感想が書けるかなと思い立ち。 作者が可読性が高い作品を設定すれば、当然ながら、多くの読者からの共感は得やすいわけで。しかし書き始める時点、あるいは推敲作業を進めるうち、読者を意識すればするほどに、共通知識、共通言語が介在する「普通」の空間が立ち上がってしまう。何を私は言いたいのか、それは、地獄を描くことは出来ないということ。否、作者オリジナルの地獄は立ち上がらない。下手をすれば、マスメディアにインプットされた「普通」の地獄が読者の頭に浮かぶだけではなかろうか。本作では、鎖、檻、毒牙、頭蓋骨、などの一般的には死語になり果てそうな暗黒時代(これこそ死語か笑)を連想する一般的なイメージを用い、「足を噛まれた機械仕掛けの屍」といったように、読者に伝わるであろう不思議な装飾は最低限に抑えられている。また、地獄への道程をフォルムとしてみせているところも、共通知識、共通言語以外によって、本作オリジナルな「地獄への道程」を読者がイマージュしやすい作用としている。そのような、推察から、構造としてとても、面白い作品だと私は思った。 (ペルセポネの哀しみ)

2017-09-16

競馬好きです。BOX買いしたことなかったけど、一騎手にこだわる買い方を読んで、私も一騎手を必ず入れて買うやり方をやりたくなった。競馬って、賭けた騎手との人生の共有であると思う。一瞬の共有ではあるけれども。 (園田の屋根)

2017-09-14

タイトルが目を引いた。 内容は通過儀礼に対する男子特有な内証を得る話なのだと思う。あるいは、内証としての射精をメタファーとして持たせてる感もある。平たくいえば純情について、となるのかもしれない。「反復せよ」のリフレインが表意としての運動、隠喩としては性行為とも読めてしまえるように、語りの軸としてのシナリオを折り込まれた仕掛けもあるのかもしれないと、思った。 (青年空間・瞬間少年・愛撫)

2017-09-14

一読して面白いと思った。読み始めは、これは、詩だろうか、あるいは、エッセイなのか、と定まらない気持ちであったけれども、読後感として、これは詩だと、私は受けた。内証についての他者と自己の比較、あるいは、実存への迫り。観念的な語りと合理的な表し方が合致されないながも一定のリズムによる読み続けたくなる流れがある。そのことが、イメージ作りへの必要な「構造に強度を持たせること」を無用にしている。とても不思議な文体だと思った。私的には。おそらく、私は半年一年の後にでも、もう一回読みたくなっていると思うほど、本作を好きになった。また、作者m.tasaki氏の他の作品も後で読んでみたくなった。 (視点)

2017-09-14

先にタイトルを見ずに読み、秋らしい作品だなあと思っていたら秋の月時計とタイトルをみて、頷く。時と場が詩を発する背景として切り離せないものだと再認識した。時と場を背景とする作品は、そうでない作品よりは、必然的に内含されること。それは、外への出口が、読者へ予め用意されていることではなかろうか。本作の末にある「風はただただ冷たい」という心象は、語り手の内から発せられ、そして、読者が在る出口へと向かう。自然な流れだ。 (秋の月時計)

2017-09-14

先に客観的なコメントをすると、読む人によっては、ラフ過ぎると感じられるかもしれない。しかし、私は好ましく思った。極私的な考えをいえば、文法やらがおかしかったとしても、読めればいいのだ。ぶっちゃげ言えば、私は理路整然としたツッコミの隙間は一切ありませんから的なツンツンした文体より感情で無茶苦茶に書かれた、まったく意味わからんけど、なんか、言いたいことわかるよ的な文体の方が好きである。詩文であれば尚更だ。重層的なとか、強度がとか、言語解体がどうとか、前衛主義でとか、そんなもん、知らんがな。と思う。それよりも、なんかよくわからんけど、これって、かくかくしかじかなことが言いたいんじゃないの?わかるよ、うん。っといった思い込み解釈でいいと思う。話が逸れた感じですが、最後に、作品内での問いに答えて終わる。 愛されなくても、生きていけます。煙草や陽炎みたいにならなくても生きていけます。これは、私の哲学から導き出してる答えではない。本作を読んで私が思い描き、導き出した答えです。 (アイアイ愛されたい)

2017-09-13

丁寧に丁寧に、幻想空間を作られてるなあと一読して思った。二読目は音読してみたのだけれど、音読すると更に身に入ってくる感があって良かった。おとぎ話が溶けていくという感じ。 (星月夜)

2017-09-13

スピード感があって心地よかった。猥雑な描写と汗がにじむような人物たち。ヘドロというタイトルも効果ある。読んでよかった。ラフさを感じる読者がいるかもしれない。もし、ラフな感を与えることがあればそれはネット掲示板というチープな場の印象が影響してることもあるのではなかろうか。紙テキストで、縦書きだと想像して読むと、印象は変わる。そんなことも思った。 (ヘドロ)

2017-09-13

あまり、再レスを書かない派な私なのですが、とても気になる森田さんのレス内容であることと併せて、当掲示板における、評価される傾向について、詩の素人である自身を顧みずに一石投げてみたい気持ちもあって再びコメントさせていただきます。森田さんと私が敬愛する作家レイモンド・カーヴァーはミニマリストと評されたことがあって。ミニマリストを私なりに定義すれば、「ささやかなる語り部」であると。そう思っています。詩は大層に語ることは無用であり、むしろ、詩はささやかに語られるものであるべきではないかと。こんな大上段から私が訴えること自体、大層な語り草であり矛盾なわけですが笑。詩の技巧(この言い方も偉そうで適切ではありませんが)として、私も拘りたいことで、本作「リトル・ムーブメント」はまさに、「ささやかな語り」の文体として、優れたものではないかと思うのです。「ささやかな語り」は時流によって、ポエムと揶揄されがちかもしれません。しかし、我々は恐れなくてよいのだとも思うのです。停滞したポストモダン文学にあってレイモンド・カーヴァーが新風を吹き込んだ歴史を鑑みれば、然りであり、日本の閉鎖的な文壇にあって芥川賞直木賞も受けなかった村上春樹さんが日本文学史上、唯一のベストセラー作家になっていることも、また然りです。私も森田さんに負けない作品を書きたくなりました。また、是非とも、当掲示板に、お互い、新風を吹き込んでいきたいですね。今後とも宜しくお願い致します。 (リトル・ムーヴメント)

2017-09-12

前作で私は絶賛させてもらった。そして今作である。期待してました。お待ちしてました。もう、ホントにたまらない。今作も私はたまらなく好きです。これは、レイモンド・カーヴァ―を語らなければこの良さが解らないかもしれない。あるいは、村上春樹である。村上春樹。村上主義者が読むと、たまらない作品なのですよ。「リトル・ムーブメント」!あああ、もうこのタイトルだけでも素晴らし過ぎる。なんと云いますか、詩はこれですよね!これからも毎回読みますよ!みんな、この良さがわかるかなあ。ちなみに私は選評にまったく関係しない運営スタッフです。すんません。 (リトル・ムーヴメント)

2017-09-12

繰る井 莎鬼さん 当サイトのガイドライン~投稿規定にある通り、一度投稿された作品の削除は受け付ておらず。(下記URL参照)消去の要望にはお応え出来ません。当掲示板から去られたい理由をお訊ねすることは控えますが、残念です。 B-REVIEWに参加いただき有難う御座いました。  ガイドライン⇒https://www.breview.org/guideline-1 (おかあさん。)

2017-09-12

なんだか、レス欄で自説が載ってて、それはそれで読みましたよ。でもね、解説は下手クソなんだということがわかった。なんだ、コーリャさんも人間なんだなって安心した。だいたいさ、私が好きな作家とかミュージシャン達はTwitterなんかやってないわけで。語弊があるかもしれないけれども、自虐も含めて言わせてもらえば、ホンモノな人は、自説なんかしないし、内内な話なんか絶対にしないよね。で、きっとコーリャさんって、そーいう類いな人なんだよな。だからね、本作は貴重だと思う。だってこの作品は詩の書き方のハウトゥー本でしょう。しかも、優良とされる現代詩の書き方の。私は天才だから薄々わかってはいたけれども、具体的に示してもらえて、とても、勉強になったわい。うん。うん。 (バスが来る文体)

2017-09-11

私、個人的には、秘境、辺境大好き人間なので、本作を好ましく読んだのではありますが、、付き合いのある投稿者諸氏から寄せられる声を、私が代表して天才詩人にコメントとして書き記しておきたいと、そう思いました。先に申し上げておきますが、多くの投稿者は天才詩人に親しみを持っていることは間違いないようです。また、選評においては個人的な好みを排して臨んでいられることは多くの投稿者へ伝わっているようです。が、、、なかなか素朴な質問やコメントが出来ないと遠慮される投稿者も多く。。。 ①天才詩人さんは普通の詩(ふつうの詩です)は書かないのか?それとも普通の詩が書けないのか? ②本作「アメリカ論」は詩ではないのか? ③おとぎ話みたいな、完全フィクション作品は好みではないのか? ④短歌は好みではない? 大変不躾な質問コメントになってしまいましたが、お答えいただかずスルーでも大丈夫です。スルーされても、投稿者の多くはミステリアスな天才詩人ファンであり続けることでしょう。。。 (アメリカ論)

2017-09-11

おおおっと、思った。ユウ作品の中でも、なんか、違う気がした。「シークレット」の繰り返しがリーディング者としての作風だと思わせるけれども、なんか、今回は違う気がする。まったく話しは逸れるが、この印象論で終始しても許される掲示板なところが嬉しい。そうそう、なんでもコメントして良いのだよ。整理整頓されたロジックが多くの人に伝わるわけでもないよ。詩壇(?)の優秀な人のコメントが素晴らしいとも限らないよ。いや、詩壇の優秀な人は未だ現れていないのだろうけれども。 話しを作品に戻すと、本作はヒエラルキー化した世界への反骨がテーマなんだと思うけれども、本当に言いたいこと、詩にしたいことは隠さないといけないんだよなあって、思った。なるほど。うん。うん。 (一歩前へ(未完))

2017-09-11

家系を辿ると、50歳を前に死んでいる早死に一家。最初に母が死んで、直ぐに父が死んで、そして、姉貴が死んだ。そんな絵に描いたような破滅が始まる前、小学生の頃は絵に描いたような幸せな家族だった為なのか今でも、人を無条件で愛せるし、家族間での争いごとや憎悪を耳にしても、あまりピンとこない。ところが、ひとつだけ、自分史に照合可能な憎悪を感じた出来事がある。それは、姉貴が死ぬ間際に、母への憎悪を口にしたこと。びっくりした。なんで、俺に、今まで隠していた憎悪を告げて終わるのかと、とても痛い気持ちになった。その口にした憎悪が、本作「おかあさん。」で語られている内容に近い。 そんなことを思った。 (おかあさん。)

2017-09-11

survof さんのコメントに同意なんですが、私もアーバンギャルド(カテゴライズすることは失礼でしょうが)な作品をやってるkazさんを好ましく思う。で、私も含めての「現代詩界隈でちょっと遊んでます♪」的気楽なファッションポエマ―からすれば、「kazさんの作品ってエッジがあって、よく判らないけどいいよね♪」的な感想なのだ。で、おそらくは、kazさんもそのよくわかんないけどいいよね♪的な感想でOKとしてくれていると思うのだけれども、私は、一度、是非、訊いてみたい。kazさんは多くの人から共感を得たいのだろうか。メジャーを狙っているのだろうか。それとも、誰も理解出来ない作品を創作するところに的は絞られているのだろうか。これは、みんなが思う疑問ではなかろうか。 (紙の本という文化は、地球上で最も奇妙なビジネスの一つである。(未完成))

2017-09-11

駅のホームと自殺から連想してしまい、自殺サークルを思い出した。死ぬ直前なのに普段通りおしゃべりに夢中な学生さん達。死ぬ時も元気な掛け声で飛ぶ。私は自殺否定派だけど、自殺を扱った作品は、やっぱ、魅かれる。なんでだろうか。というようなことを思った。 (飛んでー完ー)

2017-09-11

雨が、しずくが、KO寸前まで追い込まれたボクサーが耳にするカウント9の音には聴こえなかったけれども、「そんなこと言うなよ。」と言いたくなる気持ちは、なんとなく伝わってきた。「そんなこと言うなよ」って、もしかしたら、カウント9で立ち上がれって、そんなメッセージななかもしれないね。 そんなこと思いました。 (ふぁいと)

2017-09-11

歪なビルや信号灯が煩い都市に発生する洪水のようなまぼろしが心地よかった。だいたい、おおよそ、おそらく、世界の終わりはスローなんだろう。ゆうるり。そんなことを思った。 (漣星の映る海)

2017-09-11

sonetiraさん この掲示板は面白いと思うよね。時々、びっくりな作品に出くわす。 シリューさん 思い出は眠れない夜行バスみたいに窮屈で朝が来れば消えてしまう。そんなものさ。 白島さん 絆創膏が万能薬の世になっても、無くならないで欲しいですね。剥がす痛みはあったほうがいいです。 (夏のハルディン急行)

2017-09-11

これは花緒さん、花緒さんらしい詩論だ。私は読める人間だから解るよ。 序論:基本・基礎が出来ていない者が前衛な作品を書いても無意味である。但し、社会的な評価を得ていれば、前衛だろうが、なんだろうが許される(意味がある)。なぜ社会的な評価を得ていれば、許されるのか?(作品に意味があるのか?) 本論:ここで、社会的な評価とは?基本基礎とは?という条件が明かされる。それは、「リスクを回避することが可能な崩れざる経済的(?)な個人基盤」であると。リスクを回避する安心があってこそ、思い切った表現に挑戦することが可能になるのであると開示する。また、本作品にあるメタファーとしての「詩論」を展開される。それは非言語表現と言語表現の関係性。 結論:非言語表現の基礎があってこその言語表現であると。 結論について、私が平たく言い代えてあげよう。花緒作品に通底する、「書くことに意味が無い」という残念さは情念であり、非言語表現とはまさに人間に具わる本源的な熱であってそれは、肉体的なもの、スポーティーなものである。この理を前提に文章を書きたいと。これは、まさに、花緒さんのステートメントである まる (KIHON THE BASIC)

2017-09-04

詩作品へコメントをする行為に抵抗感を持つ人は多い。と思う。当事者でなく、ある意味、傍観者であることのほうが詩作品への触れ方として、最適なのではないかと、私は、思ったりする。「この詩は良いと思う」と外へ発した瞬間に、自己にある「良いと思わないこと」を削いでいるというか。更に言えば、良いと発することによって、その詩が本来あったはずの、立ち位置を変えてしまうことにならないかと思う。北極で生まれた詩に対して「あなたはアフリカの草原に移動して下さい」というような、決めつけによる違和感を生む感じ。詩を読んだら黙って立ち去る、傍観者。デタッチメントな距離が詩を最も評価しないか?と思ったりする。 直観の人でありながら、なぜ、印象批評から一番遠い場所から始めるのか。それは、先に申し上げた、詩作品が孕む断絶の距離を自明なものとして、I さんは、詩に対して持っていらっしゃるのではなかろうか。顕微鏡で分析を加える批評とは、破壊してはならぬ、あるいは、失くしてはならぬよう、最低限の批評とする為の努力なように思う。詩を前にして、本当は黙っていたいのだ。きっと。 (I・・・に教わったこと あるいは批評について)

2017-09-03

自然体とは、ただ生きることで、それは生きること以上でも以下でもないこと。ただそれだけのことなのに僕らは意味を見いだそうとする。生きることの意味を問うては残念な気持ちになる。あるいは残念な気持ちを死に置き換えようとする。その思念は、まるで雑草のように現れる。僕らは雑草を抜く。生きることに意味など無いと僕らは雑草を抜く。抜く作業を続ける。呪文のように。繰り返す作業は自然体となりただただ生きる日常へと戻してゆく。しかし日常は果てることはない。また新しい意味を問う。雑草のように。 清々しい気持ちになる作品。清々しい表情を作品の表に持ってこられたのだろう。その清々しさを際立たせるのは表情の内奥にある闇。作品にはその闇もしっかりと書き込まれている。 (「消耗戦」)

2017-09-02

森田さん 私もレイモンド・カーヴァは大好きです。ありがとうございます。 まりもさん メタファーを他者に与える。それは私の生きざまそのものです。私の存在意義はメタファーであり、それがイデアでもあるということです。 survofさん マナーなんて、私に対しては気になさらないで下さい。なぜならば私がマナーすれすれの境界線を楽しんでいるからです。ありがとうございます。 (夏のハルディン急行)

2017-08-31

それはデカダンスだね、なんて君はいうかもしれないけど、いや、そういうことじゃないだろう この一節がもう、私的にはツボにハマった。この問いと答えの会話を私はよくやってるような気がしたのだ。皆さんがお察しの通りで、私はイージーな感想をよく疑問形で返している。 「それって◯◯だよね?」と。で、真剣に生きている人々を怒らせてしまうのだ。いや、私だって、真剣に生きているつもりなんだけど。 本作でも、他者との美意識の差異、認識の差異が表されてるんじゃないかと思うんだけれども、このテーマは面白いですね。なんか、私もこのテーマで書きたくなった。 あ、私のこのコメントに、 いや、そういうことじゃないだろう、なんて言わないでください。 失礼しました。 (薔薇の花弁)

2017-08-31

私、四回読んだ。じつは、一読目で、あっこの文体のリズムは好みだなあと思ってコメントしようとしたんだけれども、どうもコメント内容をうまくまとめれず、読み返したという次第で。で、不本意から連想されるであろうことが書かれてあるのだよなあって感想をもったのだけれども。そこで、私も不本意で一つ浮かんだことを。 自分語りな感想なんていらないと思われたくないけれど 自分が書いて発する言葉の域が自分語りの枠からはみ出すことを望んでもいない 失礼。 (不本意)

2017-08-31

すみません。打ち間違いがありました。 子供の午前中→子供の頃 (老犬)

2017-08-31

読まれる人の年代によって印象が変わるのではないか。というのも野良犬が路地を徘徊してるのをしょっちゅう見かけていたのは昭和50年代ぐらいまでじゃなかっただろうか。いや、本作内では、大地、地平線と書かれてあるわけだから、町が浮かぶわけないじゃんと、ツッコまれてしまうかもしれないが、私からすると老犬ときいて思い浮かぶのは、行き場がなくいつも空腹で町をウロウロしてる犬、そして昭和の風景だ。そのイメージのまま私は一読してしまったので、読後に、「子供の午前中に目撃した、あの野良犬たち、地平線がみえるような大陸に生まれていたら、もしかしてイキイキしてたのかもしれん」と思った。少なくとも野良犬とは呼ばれていないだろう。野生の老犬だったのだろう。 (老犬)

2017-08-31

何かしら、生贄がキーワードとしてある神話が背景としてあるのだろうかと一読した。その神話か史実としてか知識を持ち合わせずに読んだので、置かれている言葉から受けるところの情景は極私的なものになってしまうが、この作品にある夏祭りが生活する地域に潜む禍を鎮めるため、という目的があるとすれば、「贄の娘」と「快活な恋人」は、今昔の時空を超えた不思議な繋がりを感じる。その不思議なる感じが、「祠の影」であり、結末にある「あやしくふるえて光るもの」に現れ、夏祭りの賑やかな描写の影としてコントラストを与えていると思う。しかし、読者の欲を言えば、霊的なものの象徴としての娘、美少女であるとすれば、その少女・娘の表情まで描かれていた方がいい、と思う。なぜならば、幽霊を私は何度も観ている。彼、彼女らは、一般的に語られるような無表情ではなく、いつも微笑していたり、怒っていたりするから。失礼。 (「おくわ」伝説)

2017-08-30

下着、余分なものがついただけ、と言ったところにジェンダーな意味合いが感じられ、その何かメタファーがあるのだろうとは思った。また、ワン、ツーのリフも、なんとなく、置かれている意味合いがわかる。で、私が思うに、「なんとなく伝わるでしょう?感覚。感じてもらえたらいい」的なところが意図されたところだとしたら、成功ではなかろうか。ただ、これも私が思うところの勝手な読者の欲なのだけれど、強欲をいえば、鳥肌を立てたいし読んだ後に、もう一回、あの言葉を読みたくなる、という気持ちになりたい。それを、もしかしたら作品の強度というのかもしれないし、作品の訴求力というのかもしれない。もちろん、私もそれをまだ書けないでいる。 具体的なコメントでなく、申し訳ない。 (拇指)

2017-08-30

ごめんなさい。一言感想になってしまうけれども私、本作品、むちゃくちゃ好きです。ドストライクです。私のために投稿されたのかと勘違いするぐらい。ああ、一言では申し訳ないので、私のストライクゾーンを示しますと、①投稿掲示板では長文を読むことはなかなかシンドイ。3分以内で一読可能なこと②可読性が高いこと③可読性が高いながらもメタファーが感じれること④三浦ルールではあるけれど詩情があること 自分語り失礼。 (いつか終わりの日に)

2017-08-30

棄教、あるいは転ぶともいい、退転という呼びかたもある。遠藤周作原作映画沈黙を映画館で観てからというもの、頻繁にそれについて考える。先週はヘルマンヘッセの知と愛を読んだ。これも軽度ではあるけれでも(いや、重度かも)転びの話。黒髪さんの今作を読んだら、なんだか、また転びについて考えてしまった。私が転びについて興味が湧く理由は「自分が幸か不幸かなんて、自分で決めてる幻想でしかないんじゃないの?」という疑問があるから。転び・棄教だって、一面からみれば、敗残者で、逆な面でみれば解放を得た勝者だという。 黒髪さんの今作からの言葉でいえば、 つまるところ十分に頼ることが出来るような意思の構造 つまり、赦しだ。他者の憎悪までも抱きしめる強い強い自己依存。自分を赦すとはそーいうことではなかろうか。三浦が自分大好き人間だというのは有名な話なんだけれども、他人から向けられる憎悪なんてまったく大丈夫。だって、自分に依存してるから。 すみません。自分語りしてしまいました。 読んでよかった作品。 (嬉しい荷物)

2017-08-30

migikataさんのB-REVでの投稿作品のなかでは、「この世は終わらないそうだ」が一番好きだ。これを読んだ時はがーんときた。「この世は終わらないそうだ」でまざまざと視えた、少し歪んだ現実世界、みたいなもの。言い方を変えると、歪みみたいな影が作品に登場する人間たちの身にじわっじわっと寄り添っているのだ。で、今作「夢の中で何度も繰り返しながらその都度忘れてしまう「僕」の体験 」は、まさにその歪みみたいな影がかなり出ていて魅かれそうになるのだけれども、作品にある筋書きみたないものが、イマイチ私にはガーンと来なかった。カタルシスが掴めなかったというか。皆さんはどうだろうか。 ( 夢の中で何度も繰り返しながらその都度忘れてしまう「僕」の体験)

2017-08-28

なぜだろうか。とても息苦しさを感じた。一読目でコメントを書こうかと思ったのだけれども、何かしっくりこない感があり、今の時間に再び開けてみたところ、花緒さんがコメントしていた。作品へのコメントから読んで自分のコメントを書くのはあまり、やらないことなのだけれども、読んでしまった。花緒さんは、言いたいことを直裁に書きすぎとの評を残されたのだけれども、このコメントで逆のことがわかったのだ。私がしっくりこない感は、今作は言いたいことを言ってるようで、言っていない作品だということが。 せいぜいあっちの世界で生きていけ! 過去の事柄を語るなかで、最も強調されたところ。ところが、その続きが下の通り。 と言いたいところなのだが あっちが主流の世の中なんだよなあ 作品の結末には、 そうだ、おい読者の君 何か案があれば教えておくれよ 少し参考にしたいから、さ これは、ニヒリズムだろう。爽やかな青年の主張ではない。 面白い作品かどうかといえば、なんだろう、言いたいことを取消しながらも、最後は読者へ投げてしまうところが、んんん。粗い作品な感はあるけれども、私は面白かった。少なくとも、ここ最近、掲示板で読んだ作品の中では、ベスト3に入るかもしれない。でも、詩作品かと云えば微妙。ただ申し訳ないけれども、私はかなり辺境から作品を読んでいる人間で、客観的に云えば、主流な読者は喰いつかないかもしれない。失礼。 (ときどき人に話すこと)

2017-08-28

花緒さん。 コメントありがとう。次に大きくステップアップする前段階で終わってしまった感が確かにあります。もう少し掘り下げると自分のなかでの大作になった気がする。 (夏のハルディン急行)

2017-08-28

渚鳥さん 人は死まで意識する傷を負うことがある。あると思う。治癒できる場所、あるいは人を探す。救いを求めて思想や宗教に求める人もいる。芸術に求める人もいる。結果的に、治癒されなかった、されないままに生き続ける人もいる。僕は治癒されないまま、生き続ける必要があった。傷が治癒されないまま生き続けるために一つ方法を見付けた。偽り生きること。傷をみないで生きれば、とりあえずは生きれることを見付けた。歳を重ねるうちに傷を負っていることを忘れた。その年月は二十数年だったと思う。ある時、ハルディンホテルへ一緒に行かないかと、あなたが一緒に行ってくれる人なんでしょう?と問いかけてくる人に出会った。それで思い出した。ハルディンホテルを。僕は、一緒に行こうか、どうするべきか、態度を保留にした。あれから一年経って今回この作品を書いた。僕がもし、ハルディンホテルへ一緒に行っていたら、停止したと思う。着いたその先にあるハルディンホテルへ入る前に停止したんだ。きっと。僕はハルディン急行へ一緒に乗らなくてよかったと思う。自分に正直でなくても、偽りであっても、よかったと思う。結論を出さずに終わる。渚鳥さんのコメントへの返しになっていないのだけれども、なんだか、このことを書きたくなった。その後のこと、あの人はハルディンホテルへ行かずにすんだようだ。 (夏のハルディン急行)

2017-08-28

survofさん。ごめんなさい。回答が遅くなりました。survofさんが登録に使用されたメールアドレスをお知らせすることは可能です。しかし、設定されたパスワードは残念ながら運営でも簡単に調べることが出来ず。もし必要であれば、私のtwitterアカウント@kajitsumiuraへDMか、もしくは、私のメール:gogo.brev@gmail.comまでお手数ですが、お知らせいただければ、登録されたメールアドレスを回答致します。survofさんの登録が間違いなくされておりましたことは確認しました。 (《雑談/議論/自己紹介スペース》)

2017-08-27

おそらく、エレカシの宮本さんがB-REVに自らの歌を投稿しても選評には残らないかもしれない。バンプの藤原氏が投稿しても微妙な気はするけれども、選評には残らないと思う。念の為いえば、私は投稿掲示板の選評に関わったことは一度もないし、なに上から目線でジャッジしてんのと言われると、なにも返す言葉はないのだけれども。他所の掲示板も含め、ロック系作品が玉砕してきたのをたくさんみてきた。ロック系作品はどうしても、ベタな文体にならざるおえない。なぜならば、「言いたいことあるならハッキリ言えよ!」的な叫びがロックには必要だから。ある意味でだよ。ある意味で。で、北村灰色さんの『監獄ブルース 脱獄ロック 』。最強にベタなタイトルで、最強な文体。唖然とする作品である。失礼。私が素敵だなあと思うこと、もっと言えば北村灰色さんに拍手を送りたいのは、このタイミングでこのベタな作品を投稿したことにだ。ロックとはタイミングが全てといってもいい。シンニードオコーナがボブディランの記念コンサートでブーイングを浴びたみたいに、ここぞというところで、詩人やら、バンドマンやらは、言いたいことを言わなければならないのだ。ロックとは。たしか、7月の選評に北村灰色さんは入っていなかったと思う。そんなことは眼中に無いとばかりに、今作を投稿するところに、私は感動しました。ロックンロールは死なない。 (監獄ブルース 脱獄ロック)

2017-08-27

趣味がカメラなので、私的にはとてもイメージが膨らんだ。幸せの風景を撮りたいのであれば、食事の写真を撮ることがよいのかもしれない。だけど、もしかしたら、幸せになりたい風景になるかも。撮れるか否か、正確にそこにある幸福を共有するのであれば、何を撮るかではないのだ。写真とはおそらく、しろとびや、色合いよりも構図が全てではなかろうか。何を入れて、何を捨てるか。そんなソウル・ライターの言葉を思い出した。読んで良かった。 (正方形の生活)

2017-08-25

あなたも帰ってくる いつかは 蝙蝠くわえて いきなりのフレーズにびびった。あまりの驚きに「蝙蝠」ってコウモリだよな?ってググってしまった。まさに変調である。恋人だか、誰だかを待っているという始まり。そして、いきなり、コウモリをくわえて帰ってくることを望むという。申し訳ないのだけれども、あまりにも、コウモリへの変調のところが魅力満開で、その後の血なまぐさい描写などに、感情移入出来ない。デビッド・リンチ映画のような、え?!なにこの展開?という驚きがあって、そのまま、コウモリをくわえて帰ってきた恋人だか、連れ人だかの世界を知りたかった(いや、もしかしたら、後半部に描かれているのは、それなのかもしれないが・・)。コウモリと一緒にキャットウーマンとジョーカーも憑いてきちゃったよ的なシュール性を全面に出したほうがよかったのではなかろうか。いや、読者の私の勝手な欲である。 (変調)

2017-08-25

花緒作品とは「言葉に思想なんていらんのですよ。いるんですか?いらんいらん」という一言で詩論として纏めることが可能なんだ。要は、言語による相対化、それによって得られるところの詩情なるものを敢えて否定する。それによって書かれる作品は相対化されない(思想が宿らない)言語・文章となる。更に花緒くんがあざといというか、憎々しいと思うのは、その思想無き言語を完璧なロジックで構築し、読者を「ね?思想いらんでしょ?」と挑発する。完璧なるロジックとは、一見すると、正論に読めてしまう。そうかもしれないと読者を思わせてしまうところである。そこで、今作「CREATIVE WRITING 101A (B-REVIEW EDITION) 」。読者の皆さん、この作品の結末をじっくり読むといいよ。私が言ってる通りだから。 わたしは、 いつまでも、 話そうとし続けます、 話すことがなくても、 話したいことがみつからなくても、 話すことに意味なんてなくても、 話そうとすることだけは、 自分の言葉を探すことだけは、 あきらめずに続けようと思ったんです、 いつまでもみつからなかったとしても、 許されるまで (CREATIVE WRITING 101A (B-REVIEW EDITION))

2017-08-25

始まりからの情景描写が圧巻。読み始めた当初、これは虐殺?ホロコースト?などと詮索しながら読みました。或いは、殉教者を転ばせる為の拷問か。しかし、結末としては、男女の秘密がテーマだったのかという。読者からの欲を言えば、始まりで描かれている船に、私は置き去りになりたかったです。そのまま、船の中でその女性たちと一緒に終えてもいいぐらい。ごめんなさい。私はマゾな読者なので。 (愛の名前)

2017-08-25

いや~びっくりした。これは演劇批評ですよね。詩に関係なくとも全く私は問題無いと思いますよ。というか、このようなことが起きないか待っていましたという感じです。なんといいますか、もう、なんだったら、昔のロッキング・オンみたいな、なんでも評論書いて投稿しちゃうぞ!的な掲示板になればいいのにと思います。あ、あ、すみません。これは三浦個人の意見です。とりあえず初コメントで上げさせていただきます。 (<演劇「王女メディア」>)

2017-08-25

始まりから異空間がある。二連目に描かれる時間軸のねじれかた。「だってお化粧が~」のくだりから、なぜかしら、70年前後のニューシネマな意味合を感じる。たしか、ニューシネマというムーブメントは既成の倫理やら、規制そのものから自由になろうよ的なテーマだったと思うのだけれども、大凡、ニューシネマの最後は爽やかなんだけど、結局死んじゃうよね、みたいな終わり方じゃなかったかな。 そうだ海に撒こう、海に撒こう、海に撒こう こののリフレインが、ニューシネマの終わり方っぽい。そんなこと思うのは私だけかな。そうだなあ。ニューシネマって明るい未来を望んでるのに、最初からバッドエンドはわかってんだよ、という切なさなのかもしれないし、その切なさを、今作「未来の」は表現したかったのかもしれない。その視点でみると時間軸のねじれ方がよくわかるんだけど、何かもうワンパンチ足りないような気がする。 (未来の)

2017-08-25

中途半端で、ごめんなさい。共感詩です。 光と音、 消失する抱擁よ 声が痛ましく 詩を殺す 鎮めようか なれば死ねよと 兵士が、 揺さぶれば唄を 歌おうか、民衆よ 残虐であれ、 光さし、音が、 死なないような、 (光 音)

2017-08-25

竜野さん コメント有難う御座います。「序論・本論・結論」!論と名付けて文章を書く際の基礎を私は知りませんでした。勉強になりました。半年後か一年後にまた書くであろう詩論へ活かしたい所存であります。 survofさん 狂気とは、自死する者が異常な状態にて直前に現すであろう言葉、そこに正常では感じることの出来ない生の充実があると考えます。しかし、ノーマルに生きる私にはその異常と正常が交りあう「ゾーン」へ突入することが難しい。そんなことは出来ないのが当たり前なのかもしれない。そこで、私は自分を追い込んでみました。ジョギングやヒルクライムで身体を苛めてみました。残念ながら、身体を苛めるだけでは得られないみたいです。「ゾーン」はもう少し、その先にあるようです。いずれにしましても、ノーマル日常生活のまま「ゾーン」へ突入することが出来ないかと、考えておる次第です。イタコかシャーマンみたいな。意味不明なレスレス失礼。 HAneda kyou さん みえてる。みえてる人ですね?kyouさん。上に、狂気についてレスレス書いたけれども、返詩の内容そのままでびっくり。 (詩論:再び偽りに終わったとしても)

2017-08-25

音読して、心地よい。これは、好みの問題ではあるけれども、私はどちらかと云えば、詩は朗読したい方なので、音読に相応しい作品の方が好き。音読して読者である私の身体を通して、再び、出てくる物語、実は、テクスト上に描かれている物語とは明らかに違うのだ。これは、朗読したことがある人なら意味不明には思わないと思う。今作「僕たちが頑張ると云うこと 」で語られる妻との距離、義母との距離、その距離は私のフィルターを通過した後には、私の妻と義母との距離になっている。物語がレイヤー化されるような。もしかしたら、そのレイヤー化された距離と物語は作者が意図する詩情とは違うかもしれない。しかし、私の自論ではあるけれども、詩情・ポエジーとは作者と読者がいて成立するものだと思っている。だから、私のフィルターを通過して出てきた妻と義母は、「僕たちが頑張ると云うこと」という詩情として、少なくとも私のなかでは成立する。 (僕たちが頑張ると云うこと)

2017-08-25

ユウさんの作品を久しぶりに読んだけれども、頑固さが出てると思う。ユウさんの作品に共通することを一言でいえば、「世界を変えたいけど、変わらない自分がいる」ということだと思う。まったく三浦くん、深すぎて解らないと思うんだけれども、これは、当たっていると思う。今作の最後も、 いや、そんな正義ではなくて、単にこの悲しみをせめて、せめて空にお空に、ゆかせたかった という終わりかた。これって何も変わっていないと思うんだ。というか、変わらないという諦めなのだろう。爆弾を投げるまでやっているのに。それは、作品の良さでもあるけれども、読者を閉じ込めて終わる。ような気がする。 (苦しさで、悲しみギュウギュウに詰めた壊れた)

2017-08-24

なかたつさんの作品を久しぶりに読んだけれども、随分、変化されたのですね。というか、こちらが本性だったのだろうか。大賞を受賞された縁よりも、今作『星の誕生日』の方が個人的には好みに思う。 「この音はあなたに聞こえますか。」このフレーズががーーんときた。 (星の誕生日)

2017-08-24

sonetiraさん。コメント有難う。遠慮しないで、愚かな僕を君の詩で殺してくれ。。。 (詩論:再び偽りに終わったとしても)

2017-08-24

花緒くん。瑞々しいが、強度が足りていないと、書いて欲しかったなあ。しかし、相変わらず切れのあるコメント有難う。 り さん。「詩論を書けないやつは信用出来ない」という言葉をB-REVIEWに持ち込もうではないか。白島さんが自らの詩論の投稿によって示してくれたことを私なりに解釈すれば、ツッコミどころが満載なスカスカな文章であっても、投稿者はみんな、書きたいこと、書こうとしていることをステートメントするべきだと思う。なんとなく詩を書いてみましたでもいいのだけれど、それじゃ、他所の掲示板と変わらないと思う。だから、「なにがしたいの?」って突っ込まれてしまうのだ。書けていないと言われるよりも、「なにがしたいの?」なんていわれることのほうが哀しいだろ。 (詩論:再び偽りに終わったとしても)

2017-08-24

『潜り込んで、冬の道へ』を田中恭平さんはなかなか、越えられない。『#6』がかなり惹かれたけれども、『潜り込んで~』を超えることはなかった。私の田中恭平作品にみるポエジーの話である。読者である私の主観による感想なのだけれども。今作は田中恭平さんのユーモアさが全開な作品で、全面それだけかよと、思った。唯一、「難波船は行ってしまった、」が少し、ポエジーの始まりの予感があったのだけれども、その後に、続く哭きがなく残念だった。『潜り込んで~』で降ってきた詩をもう一度お願いします。 (ローリン、ローリン)

2017-08-23

どうも。やられたと、思いましたよ。 塚本さん、やるなあ。俺も詩が書きたくなった。この言葉が一番、この作品に相応しい感想だろう? もうひとつ言えば、俺も、塚本さんの作品みたいに、なんか、こう、素直に自分を表現して生きたくなった。 (素直な言葉)

2017-08-22

読んだ感想を少し散文的にコメントします。 物語の果てといえるのか 神話の果てとは 眼でみて手で触り耳で聴こえること 認識可能な科学を追究し進化させる歴史よりも 形而上なるものを追究し生活の一部として スピリチュアルなるものが在った時代は長い 生活の一部としてスマホがあるように 生活の一部として「美しい巨鳥のような銀色の機体」が 在る時代と場所があったとしてもおかしくない 人類の歴史は長いのだ 神の時代に生きていた人はいない 2017年まで辿り着いた認識可能な事象は全て物語だ 物語の果て 神話の果て (神話の果て)

2017-08-22

装飾を付けずに言葉を置く。とても新鮮に感じた。一読目には気付かなかったのだけれども、その効果というか、統一感を持たせる為か、改行を工夫されている。そのような工夫・効果が集約され、主役となるフレーズに思えたのは、「噛みしめる普遍」。この言葉に魅かれた。装飾無く置かれた言葉を読むリズムは、まさに「噛みしめる普遍」な行為だった。ただ、音読してみての感想としては、読みずらい。テキスト作品なのだから問題ではないのだけれども。可読性の有無を問えば、今作は微妙なライン上ではなかろうか。可読性の有無も問題ではないけれども、可読性がある作品を好みとする私としては、微妙。参考までに私が言う可読性とは、読者である私が一読して想い描く情景を、他人へ即、解説・説明することが可能か否か。極私的な内なるルールであり、一般的なことと少し違うかもしれない。 雑なコメントになっている感を与えてしまっていたら申し訳ない。今後とも宜しくお願いします。 (手を振る)

2017-08-22

推敲不足は置いておくとして、百均さんの最高傑作だと思う。ここ1年間の間で読んだ作品の中では。皮肉ではないよ