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絞首台   

作成日時 2018-11-21
コメント日時 2018-11-24

朝起きると、俺は動物園の檻の中におり、一枚の生ハムが目の前におかれていた。 ポットからエスプレッソを注ぐ。 テレビではゴーン容疑者逮捕のニュースが映っていて、天気がとてもよかった。 毛布を引き寄せると猫がすりよってきて、俺の胸の中におさまった。 「362番」 と看守が呼ぶ声がする。 俺は立ち上がり、景色の中に立った。 牛がなく。 田園の風景。 檻のつくる虚構と現実。 絶望の眠りから時間を起こす。 時計はまた動き出した。 空に突き刺さったまま、チクタクチクタクチクタク。 そういえば君はまた、精神病院に入院したそうだね。 その場所に安息はあるのかね? 若い体に永遠をまとい、朝焼けのきれいな空気のなかで君を抱いていた。 ゆうべ。 その牛はロボット病にかかっちまってね。 立ち上がるとブルブル震え。 近々出荷する予定さ。 死んでしまえば、一銭にもならんからね。 金と病。 似たようなもんさ。 俺たちの中に同居する希望と絶望。 今日を生きるものは、生きなければならなかったものだ。 全ては歴史となり、記憶は変化する。 この世界に人間のようなものは似合わない。 そういう話? のんのん。 俺たちの中にあった、幼さというものは、やがて虐殺され、地上を去る日が来る。 悲鳴とはそういうものだ。 殺されるものの、最後の意地だ。 君を思い出す時間を減らすのは、忘れていくためだが、それは悲しいことではない。 本当の悲しみはもっと他にある。 「362番、早くしろ!」 おっと、呼ばれているね。 ちょっと絞首台まで行ってくる。 話はそれからだ。


項目全期間(2020/01/23現在)投稿後10日間
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2020/01/23 21時28分40秒現在
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コメント数(4)
ふじりゅう (2018-11-21):

拝見しました。 絞首台、の後であれば、話など出来ようはずがない。そんな非現実性から、むしろ男の物悲しさと言いますか、非常な世の中で生き抜いた背中の偉大さ、のようなものがみえた気がします。吸引力のある作品だと感じました。

尾田 和彦 (2018-11-21):

ふじりゅうさん、こんばんわ。 うーん。詩人とは何があっても生き抜く知恵を持った人間のことだ、そういいたい気がします。 そうすると、その言葉はドキュメンタリーであり「実務」に裏打ちされた「証言」なんだ。 詩が韻律や比喩から自由になって現わされるようになった時から、それは運命づけられた。 そういいたい気がします。ふじりゅうさん、どうもありがとうございます。

みうら? (2018-11-23):

本作を読んで、私はなぜに詩本を手に取るのだろうかと考えてしまった。そこにはいろんな理由がある。賢治が持ったであろう思念に触れたい、寺山修司が持ったであろう思念に触れたいというような、作者の言葉ではなくて、いや、言葉なんだろうけども、その言語で組立てられた作者の思念に触れたいと思う時がある。正直に云えば、尾田さんの作品というのは私にとってはそのような存在だ。レトリックがどうとか、内容がどうとかではなくて、尾田さんが今思っていること、感じていることに触れたいと思うところがある。ビーレビに投稿されることは尾田さんにとっては特別なことだと勝手に思っていて、本作を読んでその特別なことを私は感じた。 「俺」という主語がいつの間にか「俺たち」に代わっているこの作品は、私への贈り物に思えた。それは勝手な解釈だ。でも尾田さんはそんな書き方が出来てしまう人だと思う。特定の人に宛てていないのに、読む者がこれは自分へ宛てた作品、いや、俺が読む必然がある詩だと、そう思わせるもの。絞首刑を前にする私を投影させる作品、という云い方をしておこう。

尾田 和彦 (2018-11-24):

そういわれると、ですね。やっぱり。みうらさんのような方がいるからまだ書いている、自分が書きたいから書いているわけじゃなく。「書かされる」力があるから、まだ、書いている、そういう気がします。ありがたいです。ただ一方で、しばらくアウトプットしていないと、自分の中で「水位」が高まって溢れてくる。どうしてもこれだけは言わせてくれ、「大切な事だと思うんだ。」という「もの」がでてくる。そういう時、即時的に表現できる手法の一つが、詩であったりカメラであったりすると思うんです。自分の感性が誰かの役に立つのなら、磨いておきたい。それはやっぱり、反面、自分を救うものであったりする。若い頃、自分を救う方法として詩を書くことはとても大きな比重で自分の中にあった。でもオッサンになって色々な「武器」を持つようになると「詩」というものが遠景へと退いていく。だけれども、ぼくの詩を読んで、誰かがまだ何かを感じてくれている間は、詩は永遠に自分の一部であり続けるのかもしれない。そういうことを思いました。そういう意味においても、ビーレビに投稿することは特別な意味があります。みうらさん、どうもありがとうございます。

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