お知らせ

人の子よ   

作成日時 2018-01-21
コメント日時 2018-02-13

苔生した石段は 僕をあの所縁の地へと運ぶ 見上げる先の山門に佇むのは 人か?鬼か?幻か? 一段昇り、二段昇り、足音は静寂に飲まれ 印象に反響してお前の面影が舞い降りる あゝ、友よ、同胞よ 僕らは比翼の鳥ではなかった 束縛と盲目を切り裂き共に 舞い上がった空の下で明暗は別たれ 解放の歓びもその生命も空の青さすら 分かち合えぬ孤独を証明したのだ 鬼が嗤う嘲笑う そいつは美しい幻じゃないか 自分の行けぬ高みへ飛翔する翼を妬み お前は自ら翼を折ったのだ その通りだ、嫉妬に爛れた醜悪な子 僕の陰の魂よ つまりは人だ!鬼もいない!幻も存在しない! 愛憎も嫉妬も血肉に変えて 友と時を過ごした所縁の地へ あの山門を潜ろう その先の空はただ青く 天地の狭間を這いずる人の子がいる


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2019/06/18 00時06分28秒現在
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コメント数(4)
みうら? (2018-01-21):

投稿ありがとうございます。人の子であるはずなのになぜ人は神々しい場所を目指すのか、というようなことを感じました。

帆場蔵人 (2018-01-22):

三浦さま コメントありがとうございます。確かにそのような意味も含めています。 実はこれ最初に書いたモノからすると半分ぐらいになっています。神々しい世界、自然…へ向かうその中での無常観を描くはずが改めて見ると必要な部分を欠落させたかもしれません。

百均@B-REVIEW ON/ (2018-02-11):

丁度ダーリンインザフランキスというロボットアニメを見ているのですが、その中に比翼連理と、人の子と鬼の子の話が出て来ます。だから似ているというよりは、多分その作品の中で人と鬼はパイロットになるのですけれども、その背景として鬼の子は人と相容れないみたいな感じで始まるんですが、その作品が形作られた背景としては、本作がおそらく作られるにあたって参考にされたであろう何かなのかなと思いました。 つまり僕はこの作品読めてなくて、一週間くらい考えたのですが、この作品の内実の部分まで触れられないと思いました。それだけ知識がなかったし、その知識を付けるまでの体力が無かったと言えばそれまでなのですが。スタイルとし古い言い回しが使われている所から、多分人里から離れた場所、それは言葉の広がりから考えれば分かる事ですが、古い言葉の残っている地域というのは外界からある程度遮断されなくてはならない訳ですから、その点本作の語り手は多分結構山の深い所にいるのか、あるいは単純に昔に生きているのか、もしくは時代や現実の場所を考慮しないのであれば、そのようなスタイルを必要とする場所で本作は語られる必要があったという事なのかなと思います。 中々難しいと思ったのは、僕が何で君がなんなのかみたいな感じです。秋山ジョージのアシュラのイメージなんかを当てはめて読んで行けば分かるような気もするのですが、語りが全体的に内側に閉じていて、語り手が聞き手に対して何か話しているというよりは語り手のつぶやいている様を僕が見ているみたいな感じがします。 人と鬼と、幻の解釈の部分が多分僕が一番気になっていて分かっていない事だなぁと思っています。そこに比翼連理が混ざってくるという所でも分かっていない。そこら辺調べてがっつり読む気力がなく、中途半端なコメントしてしまっていいのか考えましたが、もう少し他の方のコメント読みたい作品かなぁとも思ったのであげの意味も込めてレスします。

帆場蔵人 (2018-02-13):

百均様 コメントありがとうございます。ダーリンインザフランキスは僕も先日、初めて観ました。確かにその中で比翼連理、人ならざるものとのダブルが登場しましたね。全くの不意打ちで自身の詩とのシンクロを感じました。 舞台となるのは山門とあるように寺社へと向かう長い石段、おっしゃるように山あいの地域を基にしています。人気の無さが過去を想起するための舞台装置のように機能しています。そうでないと立ち出でない深い記憶。 語り手が比翼の鳥の片割れ、だと思っていた存在への回想なわけです。 比翼の鳥として飛躍をぶち壊したのは何故か… 本来的に孤独な個と比翼連理は突き詰めると意味的に相反するのではないか?疑問からのスタートでした。 [僕がなんで君がなんなのか] これはかなり核心に近く入り込むところで敢えてボカシています。 語りが内側に閉じているご指摘の通りですね。訣別と決意がテーマとしか言えないですね。 ある意味で内向き過ぎたのかもしれないですね。 モチーフや背景とした物は漢詩などを含めて無数にありどれがどう、とかけない辺りが情け無いです… 言葉の使い方が古いのは意識したものです。 申し訳ない、ちょっと自分でも説明が難しい詩なのです。 深い考察をしようとされるほど気にしていただき嬉しく思います。

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