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清濁併せ呑む    

作成日時 2018-11-05
コメント日時 2018-11-07

賭博に興じた男の死んだ話が物笑いの種になり、薄笑いをした仲間の言い草を聞き流して我が晒すは阿呆面。千鳥足で迷い込むのは石の倒れた霊園で。ひと芝居を打って見えたのはケシを吸ったあとの幻覚でござんした。茶一杯分にも満たない値打ちの銭を追って盗人は人を殺しやして。いつ終わるとも知れぬ茶番は「一生」とかいう名前がついてありがたがられて御座候。橋の下で乞食は唾を吐いて、己が人生を悔いても悔やみきれず。そいつと一悶着のあった優男はキセルを吹かして、やけに眩しく映りござんした。 我はと言えば悪鬼を騙し騙して  三途の川を渡って見晴らし良し   世渡り上手の体で散々立ち回り    嘘をついては閻魔をごまかして   舌切り免れ指笛を吹いて御座候  文句がありて不平不満ござれば 極楽浄土のあちらへどうぞ「>」 常世に戻れば番傘さした、なが髪のおなごが微笑を浮かべて、憂さを晴らして与太話。貴族と貧民、杯を交わすと相成ったはいいが、恨みを残すは世の常か。片膝に腕をつく老猿様。どうかボロを着た物乞いに一度だけでもひれ伏してみやしませんか。清貧を極めたあげくが貧しさに溺れて飲んだくれ、群れさえしない狼が、老いさらばえてくたばりかけて、それでも突き出た目玉で世情を見おろし。 生きているんです。 生きているんですよ。 清濁併せ呑み。


項目全期間(2019/09/17現在)投稿後10日間
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2019/09/17 23時56分00秒現在
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コメント数(8)
ふじりゅう (2018-11-05):

拝見しました。これは面白い。 まず江戸っぽい雰囲気がプンプンしますが、それが明確に示された訳では無いのにそうだと確信させる、まずそこが素晴らしいですね。 それは口調が主な要因ですが、その独特な表現が臭くなく自然に溶け込んでいる。これは詩に慣れていないと塩梅が難しいと思います。この点も良い。 最も良いと思った点は、「清濁併せ」「呑み」ののみ、の部分ですね。私の感覚だと清濁併せ、持ち、と内面を表す表現に感じますが、本作では「呑み」。つまり内包されているのではなく外部の清濁を表している、この点が面白いと思いました。

stereotype2085 (2018-11-05):

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 江戸っぽい雰囲気は口調のせい。確かにその通りかもしれません。ただそれを単なるべらんめぇ口調などにはせず、流れるように流麗に描き切れたのは我ながら良かったな、と思っています。この詩はある女子校生がツイッターで僕になぜか悪態をついて去っていたところから書くきっかけが生じています。その子曰く「けいせいさん(ステレオのツイッターアカウント名)は他にも見苦しいところが多々ありますが…」らしく。そこでその子が僕へ向けてそう感じた理由を近々の呟きやキャスを振り返ってみて考えたのです。結果見えてきたのは「あぁ。僕は清濁併せ呑んでるなぁ」という理由の一つでした。その子の年令なら濁り水など無視して生きればいいかもしれませんが、僕くらいの年になると、また僕の生来の性格から見ても「濁り」も「清」も併せ呑まなければやっていけない、生きてられないということがありまして。それでタイトルと、ラストの「生きているんです」以降がまず最初に出来上がったというわけです。また清濁併せ呑む、で清濁を外部に求めているとのご指摘ですが、内部にも外部にも僕にとっては清濁は存在します。それらをまとめ含めて併せ呑む、ということですね。何れにせよ大変気に入っていただけたようで良かったです。閲覧及びコメありがとうございました。

仲程 (2018-11-05):

読み物としてとても魅力的です。 すっかり忘れてたひとつの話というか世界を思い出しました。 宮本常一が「日本残酷物語第1巻」によせているもので、土佐の橋の下に住んでいた盲目の物ごいの話の聞き取り。もちろん本作と関係ないことですが、何か、共通するエネルギーを感じます。清濁併せ呑むから、内に清濁併せ持つのか、もともと併せ持ってるのかとか、自身に問いたくなります。

み う ら (2018-11-06):

侍のプライドが表現されてる良い作品だと思います。一読目にやられたと思った。というのも、2年前に詩を書き始めたばかりの頃、誰彼かまわず、自分が書いた詩を読んでもらって教えを乞うた時期に、ある方に読んでもらおうと書いた詩が江戸時代風味な作品だったのです。これは一体なんだと、手厳しいアドバイスを受けた記憶があって、本作を読んだ当初、あの時に書きたかったイメージを思い出しました。すみません、本作の話に戻します。老いさらばえた侍(すみません、勝手に私は侍だと想像していますが、町人かもしれません)が生きるためには嘘を使う。しかしそこには覚悟がある。閻魔さえ怖れず、群れない狼の覚悟。生き様とはそういうものではないかと問う。清濁合わせ呑みとは詭弁と開き直りにある人にはきこえるかもしれないけれど、最強の魅力が滲む言葉だと思う。エレカシのドピッシャー男をBGMにして読ませていただきました。 https://youtu.be/Yi6OiklWiN0

帆場蔵人 (2018-11-06):

着流しの素浪人(違うかもしれませんが)が頭に浮かんできて、その齢を重ねたからこそ出てくる空気や生き様が気持ちよく読めました。

stereotype2085 (2018-11-07):

仲程さん、コメントありがとうございます! 読み物としてとても魅力的とのこと。嬉しいです。土佐の橋の下に住んでいた盲目の物乞い。いいですよね。その「日本残酷物語」における物乞いの描写、扱いはどのようなものか存じ上げませんが、社会的弱者への日本古来の目線って時折凄く格好いいんですよね。柳の下で鈴を鳴らして物乞いをする盲目の詩人、とか聾唖の剣士とか。日本人は何か身体的欠損を持つ人に特殊な感性、能力があると見る傾向があるような気がします。それとも世界的に見てもそうなのか。この辺りあえて健常者と障がい者という言葉を使いますが、障がい者には健常者には見えない世界が見えていると考える風潮があるし、また実際そうなのかもしれませんね。清濁を取り込み併せ持つのか、元々内在しているのか。本当に興味深いテーマですよね。僕の場合は多分両方だと思います。人間は悪も善も区別がつかない状態で生まれてくると思っているので。また強烈なエネルギーを感じ取っていただけたようで、歓喜です! 閲覧及びコメントありがとうございました。

stereotype2085 (2018-11-07):

三浦さん、コメントありがとうございます! 侍のプライドが表現されている作品。そう言っていただいて嬉しいです。僕としては三浦さんの言葉を借りれば、町人、もしくは名もなき市井の人々の一人(しかも何か一芸を持つ)というニュアンスで書いたのですが、侍が持つほどの矜持を感じていただけたのなら幸いです。いいですよね。侍。それこそ時に嘘も使わなくてはならず、閻魔をも欺く。相応の覚悟を必要とし、死も死後の世界も恐れぬ気概を持たなければならない。まさしく生き様とはそういうものかもしれません。清濁併せ呑むは最強の魅力が滲む言葉。ありがとうございます。エレカシのドピッシャー男。宮本浩二さんの掠れた声が胸を突く。閲覧及びコメントありがとうございました。

stereotype2085 (2018-11-07):

帆場さん、コメントありがとうございます! 着流しの素浪人ですか。着流し。僕の好きなファクターです。素浪人。まさにどこにも属さない気概を感じる作品かもしれませんね。それこそ僕も齢を結構重ねたので、このような心境を持つに至りました。この詩を自分自身読んでいると落ち着くんですよ。大きな自己肯定感がある。自分の現状を認め、過大評価も過小評価もしないフラットな姿勢で読める。それでいてみなさんに侍とか着流しの素浪人とか中々に恰好のいいイメージを抱いていただいて嬉しい限りです。この詩にはこうなりたいとか、こう見られたいとかいう願望がほとんどというか一切ない。僕の等身大の姿なんです。そんな詩を描き切れて尚且つ負担にもならない。僕自身この詩には大変満足しています。閲覧及びコメントありがとうございました。

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