作品投稿掲示板 - B-REVIEW

stereotype2085

投稿作品数: 58
コメント数: 766
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ラブソング

2019-09-28

ラファエロ

2019-09-11

忘れ得ぬ人

2019-08-08

「残響」。

2019-07-31

TO THE MOTHER LAND

2019-05-27

陽・いずる

2019-05-03

別れの流星群

2019-02-28

ハレルヤ

2019-02-08

瓦礫の淵

2018-12-05

死去ノート

2018-08-04

サンプリング

2018-07-21

DISCO2001

2018-06-09

黒いカフェ

2018-06-01

21st century boy

2018-05-05

魂のポーター

2018-04-15

花束をのせて

2018-03-18

太陽の

2018-03-11

白い固定電話

2018-01-21

四肢なき体

2017-12-01

カップリング

2017-11-08

枯れた向日葵

2017-10-13

海江さん。

2017-07-27

2017-07-11

夜間飛行

2017-06-18

まりもさん、コメントありがとうございます。返信遅れました。 まずは厚みのある掌編小説だとの感想、とても嬉しく思います。小説的描写が序盤続きますが、あえてそうした一面もあります。男の子が観察する教諭こそが、この詩に説得力を持たせるための肝だったのかもしれないからです。黒髪さんへの返信でも書きましたが、教諭はもう一人の僕、僕にとってとても大切なパーソナリティでもあります。だから教諭の執拗な描写は必要だったし、僕自身描きたかった部分でもあったのだと思います。 また僕の作品が醜いもの、美しくないものへ「否」と言う気持ちを取り戻そうとしている、というご指摘は非常に的を得ていて納得させられるものがありました。ただこの詩では醜いものなど何もない、醜く見えるものでも、世の中の一機関として美しく機能していると少年が気づく過程が描かれてもいます。 最後の床屋の主人、母親の描写は何気ない日常にこそ美しさが潜む、醜いものなど何もないと少年が期せずして、無意識的に感得したことを表すために設けられています。これは少年は教諭への質問の答えをまだ知らない、と口にしながら答えを見つけたことを暗に自覚しているのでしょう。 最後になりますが「世界が美しいのではない、見る人の心が美しいのだ」には全くもって同感です。この詩では少年も、そして少年に期待する教諭も、世界の美しさ見極めるための心、あるいは少なくとも志向性を持っているのだと思います。二人の短いやり取りに再生の兆しがある、救いがあるのでしょう。深みのある感想、ありがとうございました。 (なぜ君は世界が美しいと言えるのか)

2019-10-19

黒髪さん、コメントありがとうございます。返信遅れました。この詩の主人公は当然話者である男の子なのですが、実は教諭自体も大きな役割、比重を僕の中で占めているのです。僕は普段人生に肯定的で、いい音楽を聴いたりいい映画を観たり、親友と話をしたりするだけで充分に満足出来るし、それこそ「世界は美しい」と言えるのですが、この詩を書いていた時は教諭のような価値観、懐疑的で冷淡でさえあるような価値観が僕の中で育まれてもいたのです。だから少年と教諭は二人で一つ。どちらも僕自身なのです。前半教諭の描写が続きますが、それは教諭の存在に僕が愛着を持っているからでもあります。この詩は、やせ細り頬がこけ服装身なりにも無頓着で世捨て人のような教諭、人生を疎み、生きることで得られる喜びをすべて拒絶しているかのような教諭との和解、対話そして融合を目指して書かれています。教諭は男の子を刺激し疑い、真意を問うように仕向けますが、それは男の子への愛着ゆえ。かつての自分自身を教諭は男の子に見ているのです。教諭は「なぜ世界が美しいと言えるのか」の答えを見つけられなかった。だから男の子に期待している。この詩は教諭と男の子の、それこそ再生とアイデンティティの再発見、つまりは僕自身が再生する手がかりを見つけるための作品になっています。黒髪さんが男の子に共感し、強く揺さぶられたのはとても嬉しいです。ただ教諭も悪人ではない。喪失感を抱きつつ、悲しみを押し殺しながらその喪失感と共存している愛すべき人物なのです。その点は黒髪さんを始めとする勘のいい読者なら分かっていただけたと思います。長くなりましたが最後に黒髪さんのコメントはいつも美しいと付記して締めくくらせていただきます。ありがとうございました。 (なぜ君は世界が美しいと言えるのか)

2019-10-19

短い中にも平易な言葉遣いの中にも、凝縮されたテクニック、書き慣れているがゆえの自作詩への確信が見えるように思いました。「あなた」が母親なのか、恋人なのか、それともまた違う誰かなのかによって、読解は違ってきますが、あなたとの関係性は決して良好ではない、それも密接であるがゆえの摩擦のようなものが存在すると感じました。一節一節は詩表現として優れていて、先に書いた摩擦を露骨に表したり、泣きわめいたりするように書いてはいない。それなのに最後の「棘」で、この摩擦がいかに話者にとって大きく重いものかを読み手に感じ取らせている。扱われているテーマが沈痛であるのに、詩としては美しく心地よい。なかなかの秀作だと思いました。 (棘)

2019-10-05

少女向けの詩集。誰かの書いたfor ladiesの復刻版に載っているような、品のいい愛らしさと懐かしさがある。一つ一つ使われている言葉が慎重で、この詩世界を壊さないように、作り上げることが出来るが出来ている。言葉への充分に気遣い。個人的には、筆者さまが2019年に即した現代詩だけを書きなさいと言われて書く詩も読みたい気分でした。 (アンゼリカ)

2019-10-05

読んで意味を一節一節理解しようと努力しているところに「!」マーク。おお、とちょっと戸惑っているところに「今お前を殺そうとする」「私を殺せ」の締め。おおお、そうかと力技を見せられた印象で何かがあるのだが、あったのかどうか分からない、気づけぬまま読み終わってしまったという。作品を通して描きたい一貫したモチーフとテーマがあるのは伝わりましたが、なかなかそれが読み手に届きにくい詩作品だと思いました。私も読み込みたいと思います。 (夜景にて)

2019-10-03

カモメのジョナサンに成り得たかもしれない「タイヤ」の物語として読みました。このスペアタイヤ。場所と境遇に恵まれれば先導者として崇められたかもしれません。しかし残念ながら賛同する仲間がいなかった。共に走るタイヤ三つは主人公のスペアタイヤを敵視してしまった。結果、走る意味はついに解き明かされることなく、タイヤたちの物語は終わる。苦痛に満ちてタイヤたちは交換される。悲劇として、しかし悲しみの押し付けはない物語。 こういうといかにも大げさですが、単純に言って楽しかったです。結構長いのに最後まで引きつけたのは筆力の安定感にあると思います。技術的な面はあまり気にならなかったです。正直面白かった。そんな印象です。 (スペアタイヤ)

2019-10-03

「的」を多用したのは、何か意図があったのかよく分からないが、言葉一つ一つが単体として強すぎるものばかりで、読み手に届いていない、と思います。「的」を意識して繰り返すことで、何か遊びの要素があり、〇〇「的」なものだけで何かを表現しようとしたのなら、5、6行ほどでまとめても良いように思いました。 (ロマンス)

2019-10-03

Fantasmaさん、コメントありがとうございます。辛口な印象のFantasmaさんからすれば、かなりの好評をしていただけたようで嬉しいです。確かにこの詩はヨレヨレになりながらも本気度がかなり違ったと思います。立ち上がるための「最後の聖戦」みたいな。ここからもう一度スタートを切ろうと思っていたので、Fantasmaさんのコメを見て、それが一先ず成功している印象がしたので良かったです。ありがとうございました。 (ラブソング)

2019-10-03

前半がやや大げさな印象。だが「時間に追われる者たちは タイムセールを逃した損な人」から面白味と軽快さが増す。最後の落とし所。素直に生きればいいのにという一種のメッセージは筆者自身も書くうちにそうなれたのではないかと思わせる。重ね重ね後半が良かったと思います。 (朝)

2019-10-03

アイロニーを感じる。苦笑いが返ってくるという描写は、まさに「井の中の蛙大海を知らず」を思わせる。むずかしいことばのきょうそう、という箇所は全体として緩やかな皮肉を込めている今作においては、ちょっと鋭すぎたかなという印象。ただ最後まで何の引っ掛かりもなく、一気に読み込めました。 (コミュニティの部屋)

2019-10-03

縁、という言葉自体が重みがあって、ある種類の読み手には忌避するものがあると思うが「今躓いた石は…おでんの芋、などではあるまいな」から一気に読み手を引き込んでいく。縁という言葉も軽やかに動き出し、この詩が描き出したかったであろう、身に起こるすべては何かの繋がりがあったからこそである、というテーマをあぶり出していく。芋が登場してからの描写は筆者も筆が乗っていったのが手に取るようにわかる。この詩は、縁というやや重たげなモチーフから筆者自身が少し距離を置くことで面白みが増している。これから私はちょっと零してしまった濃いめのカルピスでさえ、何かの縁があったのだろう、と思うかもしれない。今作はそんな突き抜けた爽快さや、気持ち良さに最後は持っていけている。良い作品だと思いました。 (縁)

2019-10-03

この詩にあるその気品が野暮ったい。そんな初見の印象を覆すように「姉よ」と題された詩の中身が読み込むほどに伝わってくる。この詩の話者は姉に庇護されながら、過干渉されているのだろうか。ピアノを姉から教わり、そしてなお拘束されているのだろうか。もしそうなら本来ならば自由に弾き、楽しむための行為を、姉によって踏みにじられ、アカデミックで権威的な方向に誘導されている印象がする。「あなたが用意した…」から始まる第4段目は柔らかい描写でいながら痛切で悲痛な叫びのようでさえある。「私の手を包み込みながら盗んだ沢山のもの」という一節は、奪われた時間や楽しいと思う心、また話者自身の自由な感性などを表しているのかもしれない。これは余りに悲しげで胸に刺さる。この話者に自由を、と読み手が願いたくなるほどの描写だ。そしてラスト「可愛いそうなものが好きだというのなら、あなたにショパンは解らない」。これは話者が余力わずかで姉に投げかけた、最後の復讐、反逆のように見える。だがしかしその反逆、復讐でさえ柔らかく気品があるのは、話者自身が相当の潜在能力、持って生まれた才能のようなものがあるからだろう。この最後の一節と「割った鏡を…」はとても響きがよく、読み手の心を掴み取るのに充分だと思う。詩に普段親しまない読み手のニーズに応えているといったらいいだろうか。これは私にとっては良いことだと思える。とにかくも初見の印象を覆しながら、濃密なドラマ性に誘い込むのはさすがだと感じる。かなりの良作ではなかろうか。ただもし私の「ピアノをどうこう」という読解が間違っていたのなら失礼を。 (姉よ)

2019-10-03

いすきさん、コメントありがとうございます。この詩は結構リアルでもへとへとに疲れていた時に書いたものなので、淀みながらも済んでいるという雰囲気を出せたと思います。テーマが凄く良い、と聞いて投稿して良かったなと思う限りです。ありがとうございました。 (ラブソング)

2019-10-02

羽田さん、コメントありがとうございます。光景が見える詩って技巧もあると思うんですが、どん底にいる時半径5メートル以内にあるものを素材にして書き始めるという手段もあると思うんです。この詩はまさにそんな作品ですね。冒頭の羅列されたモノはまさに僕の座っていた半径5メートル以内にあったものばかりです。「シェルターの様な、時間が止まった部屋に。そこからエネルギーが放出され」という評はこちらも痺れます。返詩カルチャーもいいですが、書き手の胸を鷲掴みにする評というのもいいですね。まさにシェルターの様な、はそれに当てはまると思います。ありがとうございました。 (ラブソング)

2019-10-02

survofさん、コメントありがとうございます。そうなんですよ。くさいんです。腐臭一歩手前のいい匂いがこの作品からはするんです。こんな茶目っ気を出すのはともかくとして、鋭いなと思いました。僕の人格、特にネット人格は本当に「いい人」なんですよ。笑っちゃうくらい。いいお人柄なんです。作者評と作品評が一致し、人を納得させる作品にするには、僕は「悪い人」になるよりいい人のまま、それに肩を並べる作品を書くでしょう。貴重なコメ、ありがとうございました。 (ラブソング)

2019-10-02

黒髪さん、コメントありがとうございます。もう黒髪さんのコメントそのものが「詩」しているので、僕が言う事がなくなってしまうと思ってしまいました。「永遠をもたらすもの、という特質」という評を聞いて黒髪さんが僕のキャスにいらした時、「ステレオさんは話し方、話の内容、詩がすべて永遠から来ている印象がする」との趣旨のことを仰ってくださったのを思い出します。永遠をもたらすもの、とは余りに巨大で僕は並べるべくもありませんが、あの言葉はとても嬉しかったです。ありがとうございました。 (ラブソング)

2019-10-02

藤さん、コメントありがとうございます。くさいですね。たしかに。ラブソングなんてものに、ラブソングがそれでも生き残るなんてフレーズを持ってくるとくさくなるのは当たり前かなとも思います。でもこの時期僕にはこれしか書けなかったんですよ。推敲も延々と時間をかけた。笑い話ですが製作期間半月みたいな作品ですからね。でも潔さを褒めてもらったのはとても嬉しいです。ありがとうございました。「夜11時の沈黙」と「独りきり」。いいフレーズだったと思います。 (ラブソング)

2019-10-02

帆場さん、コメントありがとうございます。ブルース。生きていることに重きを置き、時に泥くさくもしぶとくも生きていくブルース。僕は少年期青年時代とブルースに縁がなかった男なのですが、ここに来てブルース的な価値観というものが、内面から湧き出てきたようです。生きていく。生きてこそ。しぶとく、汗まみれになりながらも。そんな時が来てしまったという感じもします。 作品評においてラブソングを心情や信念に置き換えた解説。読んでいる僕が熱くなってきました。実際そうですよね。この年齢まで生きると心情や信念はへし折られるくらい激しい雨風にさらされる。それでも表面的には姿を変え形を変え、信念は生き残っていく。そういうギリギリの生命観で描いた作品を評価していただきとても嬉しいです。ありがとうございました。それにホントにストレート、打たれてもいいから真っすぐ一本という思い切りがありましたね。今作は。 (ラブソング)

2019-10-02

沙一さん、コメントありがとうございます。返信遅れました。「白い固定電話」懐かしいです。あの詩は歌詞的アプローチや音楽のフィールドにいた自分がビーレビ内でなかなか居場所を見い出せなくて、改めて現代詩って今こういう方向性で書いてるの?と試しに作ったものです。今振り返ると本当に試行錯誤してますね。それより僕の人柄と道具立てによる無機質な印象が作品内において共存していて、なおかつそれが僕の作品らしさという評価はとても嬉しいです。人失ってもダメ。技巧失ってもダメですからね。物を書くとは。ありがとうございました。 (ラブソング)

2019-10-02

凄いの一言。これはお魚だったんですね。僕は初めて観た時は落下するミサイルだと思っていました。落下するミサイルにこのような言葉遊びと、結構オプティミスティックで時に神妙な言葉が乗るというのは面白くて、逆説的に見て驚異だな、と思ったのです。でもこれをお魚としてとらえるとまた意味合いが違ってくる。お魚のように泳いでスマートに海を、川を生きていく存在に「興味のない」「余裕のなさ」などの胸をズイとついてくるフレーズが乗ると、あなた方そんなに辛辣、深刻に考えなさんなよ。楽に生きな、とでも呼びかけられているような印象がしました。泳ぐ魚にこの言葉。絶妙だと思います。 (┣びそあターャジス┳スジャータあそび┫)

2019-10-01

家族。業の深い家族の物語を見ているようでした。暗く心のしこりに陥っていくようなエロティシズムでさえ感じました。しかしそのしこりがなければ人は種をつなげない。そんな悲しみを表象しているとも思いました。「貴様等の産んだ赤子を思う」がその象徴的描写で憎みながらも恨みながらも種を繋いでいく、繋いでいかざるをえない、ある種の屈辱のようなものさえ感じました。ですがラスト近辺の、父の下唇が私のに似てるとの言及が救い、赦しになっていると思います。この詩は苦しみ、のたうちながらも人生を肯定している。そのように感じました。 (回転)

2019-09-30

とても評判がいいので、このようなコメントを書くのは勇気がいる。まず謝っておきます。ごめんなさい。 一言で言って冗長。難解なフランス映画のよう。そこに何かしら意味があるのかもしれないが僕のような凡庸な人間は、読んでいる途中で眠ってしまいそう。 しかしその筆致と日常光景の偏執的な描写は素晴らしい。そしてラスト近辺の「ここに一人、そこに一人、また埋葬が始まる」。ここでようやく僕は目を覚ます。平凡と看過されがちな日常の断片を、ここまで精緻に描いた理由がここでわかる。そう。この詩は毎日、必ずどこかで誰かの魂が、肉体が死していくことを暗示、ほのめかす詩なのだ、と。この詩はある種のレクイエムなのだ、と。ここまで書いてようやく読んだ意義が理解出来ました。素晴らしい。ありがとうございます。 ですがここで蛇足。僕はsurvofさんの撮る「バックトゥーザフューチャー」も観てみたいと思う男なのです。いつか観てみたいです。survofさん版「バックトゥーザフューチャー」。この蛇足はあくまでこの詩を読み込んだゆえのユーモアですのでその点はご容赦を。 (うつつ)

2019-09-30

恵まれた境遇、生まれ、出自ゆえの悲劇がどこかユーモラスに、そして突き放すように描かれていると思いました。この素材、重々しい筆致では読み手に届かなかったでしょう。それを軽く描ききって「逸見さん」という謎の人物を放り込むことによって、ありふれた悲劇だと人々が看過するレベルにまで持っていっている。面白い、と思いました。 (逸見さんに電話)

2019-09-30

虚無の中にある、余りにおぼろげな光。それは考える。茫洋と考えることだった、と言えば大げさかもしれませんが、やはり「風に変えてしまう」より、考えることを選んだ話者は賢明だったのでしょう。明日もまた人生は続く。もし仮に手荷物もなくなり、歩く気力も最早なくなったとしても、やはり「生き続ける」ことが賢明なのだなと思い至りました。 (歩く)

2019-09-30

繰り返しの効果、そして落とし所のみで勝負した作品だと思いました。逆光に向かい立つ君、が具体的にどのような状況にある人物を指しているのか、おぼろげにしかわかりませんでしたが、何か無理をして辛い境遇をこらえている人物なのだろうなとの推察は出来ました。 詩はもちろん長ければいいものでもないし、短ければいいものでもない。ですがこの詩で表そうとするところは、もう一つ二つ、描写が必要なのではと思いました。これがスタイルであり完成形なのならば、私の評も見当違いでしょうが。そういう印象を持ちました。 (逆光に向かい立つきみは)

2019-09-30

着想の勝利。昼は平凡なビジネスパーソンであろう二人が「2時間5万円の恋」で結ばれる。金銭的なやり取りが発生していながら、その場所でしか交わせないピュアでいて背徳に満ちた恋がある。パッと見た限りでは何かの歌詞かなと思わせる体裁でしたが、中身を見ると構成と二人の対比のさせ方が上手い。リラックスして楽しめる作品だと思いました。 (赤い縄)

2019-09-30

ポップ。という言葉が今の時代どれだけ力を持つのかわからないですが、初見はポップだな、と思いました。そのポップな描写の中に「堕落」という、響き自体が強く、どこか艶めかしい単語が放り込まれている。この「堕落」という単語を軸にして回っている作品だと思いました。浮遊感のある一節、一節が「堕落」の一語で堕ちていき、過剰なエロティシズムさえ感じさせます。最後の「閉じたら大人の私の足」は秘め事を連想させ、この作品を完成へと見事導いていると思います。 技術的な面で言えばこのような技巧が凝らされた理由は、エロティックな秘め事が途切れ途切れの意識の中で行われている様が描かれていると認識すれば、とても納得が行きます。効果的だと思います。この作品には作り手として成熟しつつあるふじりゅうさんがいる。それが「ふじりゅうの肉迫」などと違い、なかなか見えなかったことで評価が難しかった一面もありました。ですが作り手ふじりゅうさんが見えれば、この作品はかなりに手練れた作者の書いた良作に入るのではないかと思いました。 (えかきうた)

2019-09-28

初めは、貴音さんの実力ならこの作品では当然終わらないのでは?とやや過小評価をしてしまったのですが、誰々が書いたなんてものを取り払うと、物凄く興味深い作品だと思いました。話者の男は寂寥とした心の持ち主だとうかがえるのですが、ラストです、重要なのはラスト。「僕の精神を注ぎ込みたい」とカラッカラに乾いた魂が言うようなことを口にしていながら「例え何も孕まなくても」と来る。何も生まれないことへの悲しみ、生への渇望。男の強い欲求、願望をこの箇所に感じました。この男、話者は望みがなくなっているようで、望みを捨てていない。むしろ求めている。そこにはやはり希望。生きることの希望。生きてみようじゃないかという、男の裏側から来る声があると思いました。僕が当初読んだ印象をいい意味で裏切った良作だと思います。 (プラスチックガール)

2019-09-28

何か、こう。核心に届きそうで届かない様がもどかしい作品だと思いました。随所に光る表現「煙草の一本も…」や赤ん坊が30㎝の距離を知って食らいつくそうとする様、そして「あ、あぁぁ…」と嘆く様などなど。そこがもっとわかりやすく活きるのなら、私にもかゆいところに手が届いたと見える作品になったと思います。でも読み返すと赤ん坊の描写は本当に良いですね。 (白い)

2019-09-28

「純粋な悪意」というラストがインパクトが強いですが、この一節がなくとも成立したのでは?と思える中身。「誰もが誰かの最後の息を吸う」なんて最高じゃないですか。つながる世界、断ち切れない縁。連鎖する生き物。そんな仏教観のようなものを感じました。しかもそれが説法めいていない。一匹の少しうらぶれた印象のねこが語っている。そうすると「純粋な悪意」もねこが最後に投げかけた自我とも取れるかもしれませんね。なかなかに良いと思います。 (ねこの毎日)

2019-09-28

淡々と人生観察から来る諦念、ため息のようなものが描かれていると感じました。だが悲しげなのにそこに悲壮感や自己憐憫がない。なぜか。それはおそらく物理法則のようなものに従っているからではないでしょうか。話者は冷たげですが、誰かに何かを無理強いしている気配がない。自分自身が地面に落下していくように周りの人間、出来事も地面に落下していく。全てが自然で殺伐としていようとも無理がない。そんな印象を受けました。僕の好きなタイプの作品の一つです。 (夜に触れる)

2019-09-28

秋が爆発、とか秋の爆心地とかとても好みです。秋とは四季の中ではひっそりとしたイメージが個人的にはあるのですが、この詩では大地を引き裂かんばかりのパワーがある。これはいいと思います。これから僕は秋に何か衝撃的な出来事があったら、自分は秋の爆心地にいるのだ、と思うかもしれません。それほど惹きつける力がありました。 (秋の爆心地)

2019-09-28

この詩に託されたコンセプト、創作意図というのはとても良いと思いました。作品自体はコンセプトが鋭すぎるために、逆転や裏切りがない「印象」を、あくまで「印象」を持ちました。この詩はもう一度読んだらそれこそ印象が変わる、という感慨を持っています。またお邪魔します。 (0と1にも満たない君との距離は余りに遠い)

2019-09-28

なぜか頭に入ってこない。なぜか。それはこの作品の筆致に隠された、激しい衝動のようなものが読む者を圧するほどのパワーを持っているからだろう。この詩にはまだ完成形を見ないがゆえに(筆者がまだまだ伸びるという点で)畏怖、恐怖を感じる。この作品はのほほんと暮らしていけたらなあと考えている人にとっては剣です。悪意なんてないのに、ただそこに存在しているだけで人、詩作に励む人を斬りかねない詩。そのような作品に感じました。内容自体にはほとんど踏み込んでいっていないのをご容赦を。 (重力をミルクに漬けて)

2019-09-28

短い中に僕と君の関係性、純粋さと隣り合わせの背徳感のようなものが描き出されていると思いました。窓辺に火を放って弱さが遠のくという描写はある種の暴力性、破壊性をも伴っていてよかったです。それでいて潔癖さのようなものは残っている。習作だと思いました。 (暗い花)

2019-09-28

「漆黒を飲む」という書き出し自体は特に驚くべきものではないのですが、「漆黒は濃い茶色」だった以降、戦いに行こうのリフレインが迫りくる。この詩の話者はひょっとしたら平和主義者かもしれない。好んで争いを選ぶ人間ではないかもしれない。しかし駆り立てる者に追われ、または駆り立てられ、戦いに行く。仕事が戦場になり得る、あるいはなるというのは羽田さんのキャリアのなせる技ではないかと思いました。 (漆黒を)

2019-09-28

これはなかなかに良いですね。序盤は少し文が固い印象がしましたが、親御さんの描写から自分が今どんな顔をしているのかに至る過程。読み応えがあり、グイと惹きつけられました。烏の舞う下を悲鳴をこらえて走ったという描写は、どれだけ話者が自分を殺して生きてきたか、そしてその自分の内面を覗きたくないかの心証が痛切に描かれていて、作品を底上げするのに完璧に成功していると思います。 (水鏡)

2019-09-28

誤解や不快感を与えたことを擁護したり〇 誤解や不快感を擁護したり× (ラファエロ)

2019-09-17

るるりらさんへ。まずはこの作品を親の導き方が間違った愛息子と表現するのをお許しください。お母さまの目の状態は公式ツイキャスなどでもお伺いしています。お母さまがるるりらさんから食器を静かに置かれただけで「暴力的だ」と口にしたというエピソードも、そしてそれに続くるるりらさんの心の動きも、耳にするだけで胸が切なくなり、痛ましい気持ちにさえなります。るるりらさんとお母さまを労わる思いで私は一杯です。私の愛息子は生まれた時(書き始め)は素晴らしかったのに、親である私の目が行き届かなかったせいで、恨みや憎しみなどの暴力性もはらみ、成人する頃(完成する頃)には人へ悪さを働き、困らせるような息子に育っていました。私はこの子を教え諭して世に出るに相応しい子にすることも出来たし、そうするべきだったのですが、何を思い違いしたのかこの愛息子にも、世の中で何か出来ることがあるのではと思いこんでしまった。そこに私の親としての大きな過ち、失態があります。愛息子は当初おぼろげに予想していた通り、やはり近づく人を傷つけ、親切を働こうとする人に悪態を口にするような子だった。そしてさらには私はそんな息子を可愛さゆえにかばってしまった。愚かだったと思います。だがしかし、世の中と折り合いがつかない息子にも、人の心がまだ残っていたのでしょうか。ふと耳にしたるるりらさんのご家族のお話を耳にするにつけ、そっとお見舞いの花でも贈るようなことをしたのでしょう。まさに二項対立ではひも解けないことを息子は期せずしてるるりらさんにしていたのです。世界がデジタルに突如として終わるなんてことなんてない、そのことを絶望と憎しみにとらわれていた息子は身をもって知っていたのかもしれません。だからこそ僅かながらでもるるりらさんのお力になれた。るるりらさんの「わたしは笑えた」「やってけそうなんです」とのお言葉を耳にして、私はようやく息子と和解し、彼をもう一度家に出迎えることが出来た。今では頭の一つでも撫でてやりたい気分です。お前はだめ息子だったが、一人の人物の心を辛うじていたわれた、救えた。だから少しだけ褒めてやりたい。親として二度と今回のようにかばってはいけないとの自戒は忘れずに。若干私の人柄に似合わず、笑ってしまうような浪花節の人情ものの話になってしまいましたが、正直そんな気持ちなのです。これ以上息子(作品)について何かを語るのは野暮というものでしょう。今ではゆっくり息子と向き合い、またこれから生まれる作品たち(子供達)をどう導けるか考えたい気分です。二項対立では収まらない世界、デジタルでは決して終わらない世界。この二つをるるりらさんに改めて気づかせていただき、この愚息にも何か出来ることがあったと本当に喜びに満ちています。心からの感謝を込めて。ありがとうございました。お母さまの状態が少しでも良くなることを願って。 追記・この返信はこの作品が、読み手へ生んだあらゆる誤解や不快感を擁護したりするものではありません。ご理解くださるようお願いします。 (ラファエロ)

2019-09-17

勝る喜びはないのではないでしょうか〇 喜びはないのでしょうか× (ラファエロ)

2019-09-16

survofさんへ。数学の世界でさえ「論理の無矛盾性は論理では証明出来ない」と証明されているのですね。確かに。論理に矛盾がないことを論理で証明することほど矛盾するものはありませんからね。しかし私たちはある程度の論理性、そしてそれによって証明してきたことで、またその証明を「信じる」ことで、繁栄の一部を手に入れているというお話、とても興味深く拝見しました。加えて人間社会でも証明出来ないことも多いが「信じる」ことにおいて人間関係を円滑に成り立たせているというご指摘もとても面白く、目を見開かせられるものがありました。今回私にもsurvofさんにも論理の落とし穴は当然あっただろうというお考えの中、「信じる」ことを選択していただいたことに今一度感謝し、頭でさえ下がる思いであります。survofさんの推察、一つの追及はビーレビ史に残る華々しいものだったと思います。掲示板上でとはいえ折角出会えた詩人、物書き同士が「信じあう」ことをチョイスしたのはこれに勝る喜びはないのでしょうか。最後になりますが、多くの示唆、そして私に閃きを導く叱咤にも感謝します。ありがとうございました。 (ラファエロ)

2019-09-16

survofさん、おはようございます!論理的に穴のあると言うのは、ある意味ロジカルな思考も必要とする物書きとして、悲しい指摘でもありますが、私を信じたいという選択肢を選んでくださったことに何より喜んでいます。 私もsurvofさんが、物書きとしての知的好奇心、探究心から一連の推理とやり取りをしていただいたと、信じて揺るぎないところです。 時折見逃せない欠点も見せてしまう私ですが、どうか今後ともよろしくお願いします。 そして最高の帰着点へ導く「推理」を書いていただいたsurvofさんへ最大級の感謝を。そして今作に貴重なアドバイス、コメントをしてくださったすべての方にありがとうを。それでは仕事開始です! (ラファエロ)

2019-09-16

survofさんへ。とても面白味のある、かつ長大な推理をまずありがとうございます。私の作品にここまでこだわってくれたことに感謝します。結論から言うと、やはりラファエロは花緒さんではないのです。申し訳ない。ここまで懇切丁寧に推理を重ねていただいたのに淡泊な返答になってしまって。今作を作っていた時の私の一連の心の流れを詳細に説明します。まず冒頭の「軌道を外れた惑星」は私の人生自体が軌道から外れていたとの印象から私自身のことに近いなと感じていました。そして天使、僕らと言ったフレーズは私にとって心地の良い響きを持つものをそれこそ感覚的に配置していきました。僕ら=守られるべき純粋な人々。天使=彼らを守るべき奉仕的な存在、として描いていきました。その中で天使というフレーズからの連想でラファエロという画家が登場したのですが、初めは形骸化した権威などの意味合いは持たせていませんでした。しかし書き進めていく内に、これは天使や僕らと対立構図を持たせた方が良さそうだとの制作意図が芽生えました。そこで初めて形骸化した権威という意味を後付けとして設けたのです。そしてここに正直に言います。書いている途中、熱がこもっていく内にラファエロが花緒さんではないかと誤解される恐れがあるなと思い始めたのも事実です。ですから私はツイッターで「炎上要素がある」と呟いたのはそのことなのです。花緒さんが(この言葉を花緒さんに使うのは失礼なのでなるべく避けたいのですが)誤解もしくは勘ぐる可能性がある、少し良くない作品だなと感じていたがゆえの呟きだったのです。花緒さんは舌鋒鋭くロジカルに、しかしある一定の方向に結論を導いていくのが技術的にとても素晴らしい方です。実際キャスでお話させていただいた際、私はあらゆる選択肢を封じられ、花緒さんの求める結論へ導かれる感覚を感じていました。ですからこのラファエロ=花緒さん説も花緒さんの痛切な論旨(実際彼は幼稚な精神性ということに四点の批評ですべて言及されています)で私が一定の結論に導かれる恐れがあった。ですから今となっては本当に失礼だったかもと思うのですが、あのような形でこれ以上のレスポンスにはお付き合いしかねます、と述べさせていただいたのです。ここに私に一定の非があったのは認めるところです。ラファエロ=花緒さん説はとても面白いものです。ここまでsurvofさんを夢中にさせたのもそのような要因によるところが大きいでしょう。そして私も実際その説が浮上することを半ば自覚的に知っていた。ですがやはりラファエロは花緒さんではない。今では花緒さんと誤解される恐れがある作品だと自覚していながら、投稿したのは本当に失敗であり、よくないことだったと大きく省みています。ここに花緒さんにも誤解させ、不快にさせてしまったであろうことに謝意を表したいと思います。これでも不十分であると仰るならラファエロが誰をモチーフにして描いたかということに言及しなければならないでしょう。根幹にあるのは私の学生時代の教師です。それにこれまで私が見聞きした権威的な人物(メディアを通して知ったり、その後の社会生活で出会った人なり)を複合的に重ねていった。その中で今現在における花緒さんと私との関係性において、花緒さんを彷彿とさせかねない描写も無意識的にてじょうが書いていた。それが事実です。以上で回答になっているでしょうか。survofさんの推理はラファエロ=花緒さん説を追求するのに最高峰の出来栄えと思っています。それに私も誠実に応えた。これ以上ラファエロ=花緒さん説について私に語るべきことはないように思います。なおこの作品が権威とその権威に打ちのめされる人々を描いた作品として、非常にテンプレートな作品になってしまったのは、今としては多くの優れた物書きさんから指摘され認めるところです。それではこれにて失礼させていただきます。 (ラファエロ)

2019-09-16

素晴らしい皮肉を込めたコメが入ったのて「炎上要素」についてもう少し詳しく話しましょう。 私は私怨というキーワードがネット上の誰かを標的にしたと誤解される恐れがある、という点をも「炎上要素」としたのです。 事実私のことではないか、と花緒さんから指摘されたわけですし。 私が予想した展開の一つが現れたわけです。 そういう要素をわかっていながら、当作をどう読んでいただけるかと公にしたのを、今ではとても後悔しています。省みることも多々です。 以後このような軽はずみな投稿は控えるでしょう。 以上で少しは謎解きが出来たしょうか。 survofさんへ。 (ラファエロ)

2019-09-15

政治家的とは、事実を覆い隠して、はぐらかすといった印象でしょうか。 実際事実を述べたのに、覆い隠したと思われるのは残念です。 これも政治家的と言われるのでしょうか。残念です。 survofさんへ。 (ラファエロ)

2019-09-15

炎上要素とは、まさに私怨をこのレベルで披露したことへの言及です。ほらお前天使なのかよ、ほらお前の敵はラファエロなのかよ。幼稚だな、稚拙だな、という点です。 survofさんへ。 (ラファエロ)

2019-09-15

花緒さんへ。今一度確認して、再発信させていただきますが「ラファエロ」は花緒さんのことではありません。これ以上話すとプライベートも絡んでしまうので、ラファエロがどういった存在、人物からイメージ、造形されたものであるかはお答えできません。このような私怨を交えた作品を「どうにかなるかなー」レベルで投稿したのは、私のミステイクであり幼稚と批判されるのも仕方ないでしょう。繰り返しますがラファエロが花緒さんでない以上、仮定での批評にはお答えしかねます。申し訳ありません。 続いてツイッターで詭弁家、悪人とかを花緒さんへ向けてエアリプを飛ばしたとのご指摘も、あれは一般論として思い描いたものを痛切に呟いたもので、花緒さんを標的としたエアリプではないのをご了承ください。 重ね重ね私怨の謎解き、種明かしが出来ない作品を投稿し、批評の遡上に乗せたのは私のミスであり、花緒さんへいらぬ疑念を抱かせたのは私の軽挙の一つでしょう。 最後に二つの疑問にお答えしますが、一つ「率直な感想が欲しい」と思ったのは、単純にどう映ったかを知りたかっただけです。しかしそれをキャス上で催促したのは運営として相応しくない行為だったとの認識は有しております。また「特定個人の私怨がベース」の作品を投稿したのは苦しみを吐露、示したいとの平凡な欲求からきたものであり、それが稚拙だとか幼稚だとか批判されるのは今ではしっかりと認識しております。 それでは以上です。これ以上のレスポンスにはお答えかねます。その理由は上記に示した通りです。 (ラファエロ)

2019-09-15

黒髪さんへ。コメントありがとうございます。いつも思うのですが、黒髪さんのコメントはそれ自体が詩的で独立した読み物としても読めるような印象がしています。だから黒髪さんからコメントを貰うのはとてもありがたく、嬉しいことだとも思っています。破滅の美学。僕にはそれがあるかもしれません。隠したり、克服したはずの視点、視座の一つなのですが時折、それが見え隠れしてしまうというのは、私の根っこにあるものの一つなのでしょう。やはり。避けられない。現実の中で救われず終わっていくという感覚。これはある種のヒロイズムだとも考えているのですが、僕はこうした感覚、感受を表現することも多いかもしれません。とにかくもこの作品にここまでの感情を抱いていただけたのは喜びに堪えません。人類同胞への視点もそこまでこの作品の意図したところを汎用して感じてくださり(実際僕が狙っていた以上の感想、感情を黒髪さんは抱いてくださった)ちょっと当惑するほど嬉しく思っています。死にも、終わりにも救いがある、というのは黒髪さんとこの作品で共有出来た感覚として、今後も胸の隅にしまって大切にしていきたいと思います。ありがとうございました。 (ラファエロ)

2019-09-15

stさんへ。好意的なコメントありがとうございます。2019年というのは平成の終わりでもあり、令和の始まりでもあるという意識が、潜在的に私の心にあったのは想像出来ます。それを世紀末ととらえて、振り返ってみると…という解釈は僕が狙っていた一部分をしっかりと把握していただき、嬉しく思います。2019年という年はなんだったんでしょうね。またどうなるのでしょう。僕にとってもプライベートでも色々なことが起こり、不思議な感慨を抱いています。一つの時代が終われば、オプティミスティックになること。それしかないと思っています。ありがとうございました。 (ラファエロ)

2019-09-15

渡辺八畳さんへ。「含有量が多い語句」という指摘は大いに納得できるところです。まだ治っていませんね。笑えてしまいますが。パクチーとカツ丼を使った例え、示唆もとても役立つものでした。ありがとうございました。 (ラファエロ)

2019-09-15

帆場蔵人さんへ。使われる単語が大きすぎて渋滞、そして書き手が書きたいことでストップしてる印象。今となっては、まったくもってその通りだと思います。まず今作においては書きたいことがあった。それをどれだけ直截に言い表さず、書き記すかが、書き手としてのテーマだった。しかしその書きたいことに執着する余り、盲目になっていたのかもしれませんね。まったくもって心に思い当たる節のある指摘ばかりです。ラファエロと天使についての詳細な記述があれば作品がもっと活き活きと、という進言はありがたい限りです。ですが私はこの路線の詩はもう書かないでしょう(私情を過度に交えたものとして)。帆場さんのアドバイスについては、驚く形であるいはひっそりと気づかない形で私の今後の詩作に反映されるでしょう。ありがとうございました。 追記・2019年の大晦日を終わりと、新たな始まりと解釈していただいたことは嬉しい限りでした。では。 (ラファエロ)

2019-09-15

返信の順番が前後するのをご容赦ください。まずは蛾兆ボルカさんへ。 【意味と言語】 「その言葉が伝える意味と無関係に、純粋に言葉として【も】読む、という姿勢です」 この指摘は大いに今となっては感得出来るところです。「ラファエロ」においては含められた意味を想像して楽しんでもらうことを企図していましたが、純粋に言葉として読めば、表現のある種のチープさと平明さが読み手を興ざめさせ、客観性のない感情の発露と捉えられかねない作品になっていたのは自覚するところです。また冒頭数行は浮いているとのご指摘。私は音楽のイントロデュースのように食いつきの良さそうなフレーズを狙って持ってくることが時折あるのですが、この作品においてはかなりの部分失敗したようです。 【詩とレトリック】 「作品「ラファエロ」の登場人物たちや事柄は、本当に隠喩なのか、という疑問を私は感じました。作者が隠喩としているので、とりあえずは隠喩として読みますが、カフカの短編がそうであるように、意味深く、しかし読みとかれぬよう巧まれた表現として、『ある特殊な意味で、隠喩』だと私は解釈します」 私は隠喩、直喩、そして詩におけるレトリックについて恥ずかしながら、ボルカさんほどの思索をしたことはありません。しかしボルカさんから頂いた思考の材料を借りるならば、「ラファエロ」は象徴と隠喩が混然一体となったため、読み手を困惑させ、読むのに乗り切れない作品になったであろうことは想像出来ます。また「ある特殊な意味で、隠喩」と解釈していただいたことは、作品の提供者としてとても助かるところであります。隠喩。詳細に規定すれば効果的に力を発揮するが、今作のようにおぼろげに「これは隠喩です」として使ってしまうと空疎な作品になることも大いに理解できます。またこの箇所の返信において、私の解釈不足があるだろうと思われますが、その点は私の情報不足。ご容赦ください。 【『ラファエロ』の解釈と感想】 私としては「僕ら」=守るべき人々。「天使」=守る存在。「ラファエロ」=天使を生み出した存在。などと規定していますが、それが伝わらなかったのは、大部分において読み手にたいしての情報不足、親切なエスコート不足であっただろうと思っています。これも感情の書きなぐりの一面が当作においてあったためですので、ご容赦ください。第一スタンザについては先述しましたように、特殊な楽曲のイントロデュースとして機能させたつもりですが、コメントを拝見する限りやはり上手く行かなかったのでしょう。 「詩を書くひとの感情の流れのラインを整理し、そのラインを乱さないように再構築したほうが良いのでは」 全くその通りかもしれません。この詩は現実で起こったことを仄めかしながら進むという作品だったのですが、その現実についての詳細な言及、種明かしがなければ、仄めかしの連続で読者にとって読みづらい、感得しづらい、そして物足りないものになったのは大いに理解出来ます。 最後になりますが、これほどの貴重な進言を、これほどの長文にて授けてくれたことに最大級の感謝を。返信に物足りないところがあるとするならば、ひとえに私の実力不足でしょう。それでは、今後ともよろしくお願いいたします。ありがとうございました。 (ラファエロ)

2019-09-15

さてお待たせしました。survofさんを先にして返信することをお許しください。まず「下手くそなオーケストラ」が何を指すのかという点について。「言葉同士の不調和」納得しました。確かにこの作品において、暗喩の衝突、不調和が多く起こっているのは自覚しているところです。そして私の多くの作品においても暗喩や表現の衝突が起こっている、という指摘も納得できるものがあります。今回は非常に込み入った事情でこの素材、特定の人物を責め立てるような作品にしてしまったため、より一層言葉同士の衝突が「下手くそなオーケストラ」のように響き、目立ってしまっただろうことは容易に想像出来ます。作品自体を音楽に例えて「下手くそだ」と指摘していると誤解してしまったのは、私のフライングであり、ミステイクでしょう。過去の私の作品たちも含めて下手くそな「音楽(作品)」だ仰っているのではないという点は極めて私を安心させました。良かったです。 次に「客観性」とはどのようなものか、という点について。「読者にどう読まれるかを意識する客観性の欠如」。それも私にはあったことでしょう。私の客観性の提示が不十分であったのも認めるところです。私は主観が大部分において差し挟まれると判断するなら、今後自作について多くを語ろうとはしないでしょう。実は昔文極で「あなたのレスポンスはオウム返しだ」と批判されたことがあり、より一層言葉を尽くして作品の解説に努めようとしたのです。私は作品についての自論を滔々と喋りたいのではなかった。ひとえに過去の反省から来るものです。それが今、作品論として機能していない可能性があるのなら、それを吟味し多くを語るのを自重することでしょう。これでみうらさんへの返礼の一つにもなると思います。 では三つめラファエロを「形骸化した思想」の象徴として扱ったのは完璧に失敗だったと思っています。私自身ラファエロの偉大さは知っていますし、私が最も尊敬するサルバドール・ダリは「近代絵画がラファエロを超えたと思うならどうかこの本なんて読まずに愚直に人生をお生きなさい」と著書の中で、画家を目指す者たちのメッセージとして書いています。そこまでラファエロの知識、功績を知りながらなぜラファエロを「形骸化した…」の象徴として選んでしまったのか。それは日本語で云う不思議な感覚によるものですが、それが安直なチョイスであり、「厨二病的」と指摘されるのなら、私は甘んじてそれを受けるでしょう。ちなみに私は厨二病という言葉が好きでもなく、大して重きを置いていません。ある分野の表現やその傾向を切り捨てるには便利かもしれません。しかし表現の幅を狭める可能性もこの言葉には宿っていると感じています。しかしこれはあくまで蛇足です。次に行きましょう。 四つめ。ラファエロが花緒氏ではない、と明言したのは想像の余地を奪ってしまったのではないか、という点も納得です。しかし花緒氏を貶めるつもりがないのはこの作品の真実の一つであり、口にはしないといけなかった。花緒氏のためにも私自身のためにも。結果このような面白味がないと読み手に解釈される作品になってしまったところは私も自覚するところです。個人的私怨、私情をテーマにしたものは、よほどの完成形を見ない限り公開してはならない、という点を今回は学びました。 さあ最後の五つめ。ラファエロを私自身の知識を無視してまで、選んだのは私の中の「不思議」が作用した結果です。しかしそれが安直な選択だと、客観性の一つである「読み手がどう感じるか」という点においてそう見えたのなら、私の「不思議」はとても弱いインスピレーションの一つだったと言えるでしょう。またインスピレ―ションとはどのようなものとお考えか、との質問に対しては引用していただいた漱石の文面にもあるように劇薬でもあり、天啓に近いものとも捉えています。しかし預言者や聖者などと呼ばれる人々が、多くの知恵と知識をたくわえた上で閃きを得ていたことは、またより絶大な力を持つ「不思議」を獲得していたことは、現在では恐らく多くの人が知るところであり、今後一層安直な選択か、高度なインスピレーションかの選別を図りたいと思います。 さてこれで私の返信は終わりです。survofさんとの対話として進めたつもりですが、納得し、満足していただけたでしょうか。私はこの返信において最大限の誠実さと冷静な客観性でもって臨みました。まだ不足があるなら、あるいはこれだけはステレオさんに伝えておきたいというメッセージがあるなら、この作品のコメ欄でもツイッターでも、またsurvofさんが時折遊びに来てくださる、ツイキャスにおいても呼びかけてください。それでは今日はこれにて。以上です。忌憚なきご意見、まことにありがとうございました。 (ラファエロ)

2019-09-14

二人の溝を埋めたい○ 二人の埋めたい× (ラファエロ)

2019-09-14

みうらさんへ。その通りですね。今みうらさんの私への置き土産。「わかってらっしゃらない」を噛み締めているところです。どのような受け取り方でもいい。我が子(作品)を雨風に晒してでも過保護は良くない。たしかにその姿勢は今後私に必要となってくることでしょう。 また白熱とのこと。私も「荒れたかな?」程度の認識で、みんな燃えて熱くなってくれているなとの気持ちは持っております。ここまでみうらさんから厳しい言葉が出たのは、私が「わかってくれる」と思ってくれたからこそ、と捉えています。非常にこの作品において、二人の間にズレが生じてしまったのは、本当に残念で悲しむべきことだと思っています。 私は自分自身を深く省み、いつかまた陽気で明るい「miuステ!」をお送りしたい、また詩人同士として、知り合った者同士として二人の埋めたいと思っています。またこの溝を作ってしまったのも恐らく私に大部分の非があるのだろうとも思っています。また陽気に話せることを願って。それでは。 (ラファエロ)

2019-09-14

survofさん、おはようございます!「プライドだけが高く」「コメントしづらく」「荒れたのはステレオさん」。耳に痛い限りです。私としては自己弁護のつもりはなく、子供(作品)がちょっと困ったことになっているので、親として少しは守ってあげたいな程度の気持ちだったのですが、そう映ったのなら過敏な親でもあったのでしょう。 「掲示板が荒れた」かという点において「荒れたかも?」程度の認識は持っております。しかしそれはsurvofさんや三浦さん、そして歯車さんのせいではなく、私を含めてみなの意思疎通がうまく出来なかったことにあると思います。何よりも私はsurvofさんの返信に丁寧に応えたはずです。ですがそれが捻じ曲げた解釈と取られたのは私の読解力にも問題があったのでしょう。しかし誠実に応えていました。そこはしっかりとご理解いただきたいです。 さて作品についての議論を続けるかという点ではイエスです。survofさんが筆の労を惜しまず書いてくださるのはとても貴重なことですからね。拝聴したいと思います。ただこれ以上の私の掲示板上での人格や人柄についての叱咤、叱責は避けるようにお願いします。子供を守る親心が悪く作用したのは、認めているところですので。 作品についてのお話なら歓迎いたします。それではお話を再開致しましょう。返信は明日以降になるかもしれません。その点はご容赦を。 またこの詩に肯定的な評価をくださってるstさん、黒髪さんへの返信は今一度お待ちください。 (ラファエロ)

2019-09-14

この場でこの作品についての私見を述べることをご容赦ください。まず昨夜のふじりゅう氏と花緒氏のコラボキャスにおいて、花緒氏が再三に渡り「ラファエロは私ではないか」と仰っていましたが、ここにしっかりと言明させていただきます。ラファエロは花緒氏のことではありません。構造的に世の中に存在してしまう権威主義者とでもいうべき存在の置き換え、言い換えであるのです。ですからその対立軸、いや被虐者としての天使も花緒氏が考えられたように私のことではありません。そこまで憐憫の情が入っているのなら私はこの作品を公開しなかったでしょう。 それと今しがた三浦氏ともDMで軽いやり取りをしましたが、私に強い怒りを抱いているとのこと。理由も明らかにされず、「分かってらっしゃらない」などと仰ったことの意味を尋ねたのですが、それにお答えいただく気配もなく、お怒りの理由も示されずこちらも残念です。この作品で一部の方を困惑させてしまったことを深く省み、今後の創作活動に活かす所存です。それでは。 (ラファエロ)

2019-09-14

寝かせましょう!私としても余りに不興を被ったので、感情的になってしまった面もあるかもしれません。その点はお詫びを。今一度survofさんの意見に目を通してみようと思います。そうすれば「全生涯に目を通す…」云々などの反駁、反発は生まれないかもしれません。ここに私がsurvofさんと意見交換をする意義を見い出せます。まず優れたお人柄であること。持論を展開するより、相手の心情を慮った対話を重視する人物であること。survofさんはそのどちらにも該当します。ですから心では「痛いところ突いてくるなあ。だがただ『そうですね』では芸がないし」となってしまうのですよ。明日「優しい気持ちで~♪」また臨もうと思います。 (ラファエロ)

2019-09-13

ですねえ。survofさんのような優れた詩書きさんに断絶感を抱かれてしまうのは非常に残念ですが、そう思われたのなら仕方ありませんね。一日日を置くとまた違った景色が見えるでしょう。冷静に、見えることもあるかもしれません。暗示は汲み取っているんですよ。充分に。その目線、伝え方に余りいい印象を抱いていないだけで。とにかくもsurvofさんのような詩人と距離が出来てしまうのは残念でなりません。まあまた明日。人間には明日がありますから。適度に熱を冷ますのもいいことでしょう。私もsurvofさんも。では良い夜、良い週末を。 (ラファエロ)

2019-09-13

三浦さんへ。分かってらっしゃらないということの根拠を何一つ示さずに、何か私が問題のある詩書き、物書きであるかのように囲い込む。survofさんのコメには丁寧に返信しましたが、三浦さん、鈴木さんのコメには「俺は分かっているが」という根拠もない、明示もされていない権威めいたものを後ろ盾にしてる気がして、真剣に返礼する気になれない。ですが三浦さんの示されたステレオさんの今後にとって、という文言は意義がある気もするので受けとめようとは思いますよ。では。 (ラファエロ)

2019-09-13

survofさんへ。非常に面倒なコメントが来たなという印象。ですがさすがsurvofさんとも思ったので丁寧な返信を。「下手くそなオーケストラ」という批評はまあ上滑りでとらえてしまえばどうでもいいことなので、いちいち拾いたくないけれど拾うならば、そういうことを言い出すと文字の世界、文章の世界ではあらゆる他人の文章が「下手くそなオーケストラ」に聴こえる可能性はありますよ。人間、他人の感情や気持ちの動きには時に不寛容だったりするものです。しかも文章には完璧な譜面と云うものがない。音楽に例えるならエディヴァンヘイレンのギターはただの騒音で音楽として聴くに値しない、と思う人もいるだろう一方で、彼の音楽は音楽史を変えたという人もいる。聴く人によって音楽の印象は変わるものです。ついでに言うと文章も。また「音楽は聴く気持ちのない人にとってはただの騒音である」との言葉もあります。以上のような条件を踏まえると、たまたまsurvofさんにとって合わなかったであろう音楽を「下手くそなオーケストラ」と紋切型で批判するのはいかがなものかと。それこそ不協和の騒音を聞かされている気分にもなります。こちらも熱を込めて書いている以上失礼を。 また客観性の欠如云々については。先のコメントにて客観性を示しているつもりですが、伝わっていないようですね。この作品には私情や私怨が深く込められた抒情詩であるがため、表層的に宇宙とか天使とかを安直に使っているのではない。齢を幾ばくか重ねた男性の心情が託されている。ですから表面的にスケールの大きな詩を書こうとして宇宙や天使が使用されているのではないということです。それが私の客観性の提示です。さてじゃあ歯車さんの作品はどうだったのかとなると、見てもいない、読みようもない中二の頃の作品と比較されても私は知りようがありませんし、またどうして私がそんな評にお付き合いしなければならないのか、理解に苦しむばかりというのが私の正直な感想です。 ラファエロの人生について深く思索し、調べた結果かとの指摘については。では逆にsurvofさんにお聞きしますが、誰か人名を使う時にあなたは、その人物の全生涯をつぶさに調べる義務があると考えておられますか。もしそうだとしたら詩を一つ書くよりも評伝を幾冊も書くことで人生が終わってしまうでしょう。私たちの人生は短いのです。ソフトバレエというバンドに「VIETNAM」という楽曲がありますが、そのタイトリングをした藤井麻輝さんは「特に意味はありません。最後楽曲が出来た時『VIETNAM』だったから『VIETNAM』にしただけで」と仰っています。私はそのような感覚、センスを尊びます。ラファエロの人生が詳細にどうだったか、そして後世においてそして現在の日本において、どのような位置づけかを事細かに定義して使うよりも、「形骸化した思想。ラファエロかな。だからラファエロだったという」という使い方です。これを思索の欠如としてsurvofさんが退けられるのなら、survofさんはインスピレーションとか、俗に「言葉が降ってくる」とかいうのを嫌い、疎み、軽蔑し、それらを一切しない詩人なのだなとの解釈に私はなりますが。繰り返しますが私たちの人生は短い。「作家は否が応にも技術を磨くべきなのだ。だからゲーテはインスピレーションを軽蔑したのだ(要約)」と仰っていた芥川龍之介さんは早めにこの世をお暇しましたからね。そういうことも含めて考えるとインスピレーションというのはあながち軽蔑出来ないと個人的には思っています。 さてお互い熱を込めて話し合ったあとで私の大好きな映画「王立宇宙軍」より、名シーンのセリフを引用してハリボテ論を締めくくりたいと思います。 シロツグ「おい、見ろよ!戦車だ!」 マティ「よく見ろ。ありゃハリボテだ」 遠方に見える宇宙ロケットを前にして。 シロツグ「ハーリボーテー♪ハリボーテー♪おぅ、超巨大なハーリボテッと!」 ハリボテの奴も意外とやるかもしれませんよ。 (ラファエロ)

2019-09-13

survofさん、コメントありがとうございます。ハリボテ感。それは思索も思想性も何もないといった意味でしょうか。確かにこの作品にはそういう一面があるかもしれませんね。なぜか。それはこの作品がノンフィクションをメタファーの渦で覆った作品であるからです。この作品はフィクションではありません。現実に則した人物、出来事を「ラファエロ」や「天使」に置き換えて、それから受けた感慨や感情を表した作品なのです。この詩には理想郷や冥府、天使と言った分かりやすい表現、言葉が出てきますが、それは暗喩だらけのこの作品の敷居を低くするためであり、読みやすくするためです。完全なフィクションを作る場合、今の私ならこのような表現は避けたでしょう。この作品はフィクションを扱っているため、詳細に種明かしをして作品自体を擁護するのが難しい作品でもあるのですが、ラストの一節、権威や形骸化した思想、権威主義といったものの象徴でもある「ラファエロ」の肖像が燃え尽きていくというのは、避けられない悲劇性と運命のようなものも表していて、なかなか劇的だったのではないでしょうか。自分ではとても気に入っています。 さてsurvofさん仰るところの「メモ帳…」というご指摘は中々に面白いなと思いました。実際私は頭のメモ帳からアイデアを引き出しているのかもしれないのですから。それは思春期や20代、最も多感だった時期に蓄えた貯蓄とでもいうべきものです。 最後に「俺ガイル」を引き合いに出しての分析。分かります。平明で分かりやすいテンプレ的な文章でも深い思索があれば、それが作品に反映され、厚みが出るという感覚。今回の作品は恐らく色々な原因が重なり、思索のあとがsurvofさんには感じられない詩になったのでしょうが、これまでもそしてこれからもより一層思索、思想性が感じられる作品を書いていきたいですね。貴重なご意見ありがとうございました。 (ラファエロ)

2019-09-13

鈴木歯車さんへ。中二の時に書いたやつによく似ている、というのは厨二病チックとのある種の揶揄でしょうが、この詩に秘められた意味を含めて考えると、似て非なるものですよ。あなたが中二の時に書いたものとは。似て非なるものです。 (ラファエロ)

2019-09-13

いやあ気持ちいいですねえ。昨夜のキャスではこちらがはばかられるほどの褒め言葉をいただいたんですが、それとは一変。ほぼ一言酷評。笑けてしまうくらい気持ちいいです。俺の作品で世界を変えるという情念。この作品にはそれがなかったかもしれませんね。あるのは個人的感情の浄化、昇華。作品として観れるものにするというアプローチ。それはそれで良いと個人的には思うのですが、みうらさんには届かなかったみたいですね。爽快感さえあります。昨日お話ししたり、幾度もディスカッションした信頼感の上に成り立つ、厳しい意見。中々良いですね。こういうこともありますよ。順風満帆で行きましょう。そして行くつもりです。 survofさんへの返信は今しばらくお待ちください。 (ラファエロ)

2019-09-13

凄くいいなあという印象。消えるべきビルの前で、五者の有様が短く簡潔に描かれているが、最後の一人は「小さく確かに手を振った」とある。ここで込み上げる詩情、抒情性は中々のものだと思う。消えるべきビル。最後の一人の前の四人のそれぞれの姿勢、あるべき姿。それらが最後を一気に引き立てるように工夫されている。良作でした。 (語るべき者の前で)

2019-09-11

五体満足か?気ぐるいか?に並んで朝鮮人か?との問いかけがなされているので、時代設定として昭和初期から中期をイメージしました。淡々と繰り返す短い質疑から、詩中の二人が割り切っていながら、人生に相当倦んでいるのが分かる。そしてそのことを明示するかのように、ラスト「まあ……死刑囚のようなものですが」「俺も同じだ」と来る。乾いていながら、そこに絶望はない。ただ淡々と生きる意志、諦念のようなものがこの詩にはある。タイトルを含めかなりの傑作だと思う。 (死刑囚の窓)

2019-09-11

んーむ。これは中々に良いですね。自己の空無感、虚無感、死んでいるという感覚が、台所の野菜や肉と同列に扱われている。それほど自身の生き死にが粗雑に扱われているところが非常に良い。 ドライであり、深刻でありながら、殺伐としていながら読むのに苦しくない。 ラスト「新鮮に死んでいたいのだ」は私とかなり同年代であろう帆場さんの言葉としては、非常に刺さる。今作品は帆場作品の中で、筆者の暗い一面を切り取ったものとしてかなり上位の作品にあたるだろうと思う。 (剥き出し)

2019-09-11

千才森さん、初めまして。コメントありがとうございます!「『君』は世界の大きすぎる包容力に殺されてしまった」という読み方がまず嬉しいです。この詩にその解釈を加えるとより一層厚みが出ますね。圧殺力でもなく、不寛容でもなく、狂気でもなく、包容力。その一見肯定的とも取れるパワーが「君」を殺してしまったとすれば、この詩はより一層世の非情を描いた作品ともなるでしょう。「不定形の世界その物の…」という指摘もうなります。実際この作品は目に見えない何かを称揚した作品でもあるのです。「時に…」から始まる論評はまさに詩人然としていて、僕がむしろ感動しました。この作品は否定も肯定も超えた価値観の中で描かれているのです。二元論など吹き飛ぶほどの存在の称揚。素晴らしいと思いませんか。人の生き死でさえも何も否定せず肯定せずただただ讃える。これ以上の人生賛歌、いや宇宙賛歌はないと思います。少し昂ってきて大げさな文章になりましたが、そういう気持ちです。無心となって作品世界に浸れるとのこと。そうなんです。この詩は答えが示されていないのです、と返答させていただいてお返事を締めくくらせていただきます。 (君が死んだのは果たして本当に君のせいなのか)

2019-09-04

「世の底の 泥の中で」で以降、面白味がどんどん増していきますね。そして核心に迫っていく。人の形をしているか、という話者自身への問いかけが痛切で胸に響きます。それでいてこの詩におけるラストですからね。良作だと思います。惜しむらくは冒頭が詩を読んでもらうためには、少しスクウェアで食いつきがなかったところでしょうか。しかしそこを意識すれば、もっと刺激的な作品が出来上がると思います。雑感で失礼を。 (泥中)

2019-09-04

何か突き刺すものがない。いきなり否定的で失礼を。自然を悠然と描く筆致には確かな実力を感じますが、もっと読み手の心を「刺す」表現があってもいいかなとも思いました。私の勝手な要望ですがこのような主題だからこそ、驚きが欲しい!そうも思いました。 (とある湿原にて)

2019-09-04

んーむ。私にとっては仄めかしが何を指すのかが分からなくて、読解に苦しむ作品でもありました。しかしその仄めかし方が上手い。結局笑えるほどに惹きつけられたんだと思います。 (卒業生)

2019-09-04

僕が以前持ち得ていた価値観を、再度見せていただいた気がして嬉しい限りです。こういう作品も僕は書いてみたかったのかもしれません。しかし僕自身は宇宙創成や神をつなげたくないとの思いがあったのか書きませんでした。しかしこの作品のスケール感は特筆すべきものだと思います。 (七色の空間)

2019-09-04

「死にかけの蝉を蹴飛ばした…」からラストにかけてが特に美しく、素晴らしいです。命を冒涜して終わる夏だなんて解釈は、かなりのインパクトがあると思います。良作でした。 (残暑)

2019-09-04

んーむ。読み手にとってかなり敷居の高い表現、言い回しも多数見受けられますが、これぞsurvof節!と思わせる箇所が多数散見され気持ちよく読ませてもらいました。読後感がとても良いです。 「風景は作るもの。空の色もまた」や「儚いというのは美しいことだと…」の一節はsurvofさんが「ストロボ」で見せた刹那の美しさを切り取る能力の高さを改めて感じさせます。やはり僕にとってsurvofさんの作品とは「あの夏のその花火はいってみれば自傷だった。」などで表現される、刹那の耽美とでもいうべきものなのです。そこへどう至るかが毎回楽しみでもあります。次回作も期待しています。 (逃げ水)

2019-09-04

何か目立ちますね。目につきます。詩としてはもう少し表現に凝ったり、起伏に富んだりした方が良いかと思いましたが、頭にスーッと入ってきたということは、このテーマにおいてはこの書き方がベストだったということじゃないでしょうか。 (もしも感情が消えたら)

2019-09-04

このような特殊な形での短詩を手放しで褒めるのは、やや気が引けるのですが、上手いなあという印象。空白でしかない、余白でしかないと話者は綴っているが、そこに自己憐憫はなく、達観のようなものがある。嘆いて自らを憐れむ要素がない。だからこそ「生きることが」「死にゆくことも」「何も無い 何も無い」が痛切に響き、馴染んでくる。技術的には空白、余白には話者の独白の空無と、実際「何も無い」ことが表されてるのかもしれないですが、個人的には静かな音楽、訥々と響くピアノの音、あるいは切れかかったオルゴールの音のようなものを感じました。 (白き空に)

2019-08-26

いいですねぇ。画像を使った着想も中身も。iPhoneの待ち受けにしているくらげと一緒に少し詩的黙想をする。くらげの存在感と浮遊感が効いていて、残念だったことも軽く描けて、励ましの言葉にも透明感があって重くない。夏の清涼をこう示すことも出来たんだなという印象。ビーレビならではの作品だと思います。 (携帯海月)

2019-08-26

月隠緯檻さん、コメントありがとうございます!本当にタイトル素敵ですよね。笑けてしまいますが自分でもそう思います。内容にしても名前負けしないものが書けたと思います。こういう懐古的で優しい作品は、なかなか評価されづらいのかなとも一瞬思いましたが、こういう作品も僕の一部ですので高評価をいただけてとても嬉しく思います。ありがとうございました。 (忘れ得ぬ人)

2019-08-25

るるりらさん、コメントありがとうございます!映画一本作れそうな道具立てがたくさんとの評、嬉しいです。今さっと読み返してみましたが、これでもかとばかりイマジネーションを喚起する小道具が出てきますね。次はこの作品に自惚れることなく、もう少しスリムな作品も作ってみようかなとも思いました。さて!大切なのはるるりらさんの返詩ですよ!ありがとうございます。とても嬉しいです。メタフィジカなんてタイトル。本当にカッコいいですね。内容は僕がこの詩で表現したかったこと、中心にある部分。女性賛美と美化、ロマンティシズム、出逢うべき人に出逢えた歓びなどがより一層色濃く表されていると思いました。「廃墟と同意語の近代都市に きみだけを想う」などは僕の詩ではそこまで直截に表現されていませんが、更に輪郭がはっきりさせる効果があり、いいですね。「まさに『イシ』」のリフレインや「風に煽られる新聞紙 君にまとわり はがれていく」は、寂寥の中の強烈な愛募が描かれていて、僕の描きたかったことが伝わったんだと嬉しく思います。にしてもるるりらさんどんな作風でもこなせますね。素晴らしいです。驚きます。返詩をいただけてこの作品を投稿して本当に良かったと思います。ありがとうございました。 (「残響」。)

2019-08-25

貴音さん、コメントありがとうございます!SF的でサイバーチックな作品を作るのに長けているとの評価、とても嬉しいです。僕自身この作風が僕の作品の中核になるのかな、とも思っています。ミュージシャンのアルバムで言うなら主軸は「『残響』。」路線で、クッションとして物語性を高めるためにも「忘れ得ぬ人」や「君が死んだのは果たして…」がある感じですね。ビシっと決まりましたね。本当に。だがしかし科学者はうそぶく、の()を使った理由が分からないとのこと。これはですね。詩的な思索をしている、または詩を実際に作り上げている話者が、不意に自分の思考に飛び込んできた「自分のものでない考え」に詩作を中座させられて、黙想のように想い起し、それを退けたという意味合いを持っているのです。次は()を使わずにこの狙いを表現しようと思いますよ!何れにせよ絶賛に近いコメントありがとうございました。 (「残響」。)

2019-08-25

せいろんさん、コメントありがとうございます!エンドロールのように綺麗にまとまったラスト、とのこと。嬉しいです。実はこの作品はラストの締めを2、3度書き直したんですよ。それぼとこの詩は僕にとって大切なものだった。書き流しをして平凡な作品に終わらせたくなかった。とても思い入れの深い詩でもありますね。安定感があり、難しい言葉がなかったとの評価も嬉しく思います。最近の自作品は少し難解な表現が見受けられましたからね。昂揚感の中一気に書き進み、難解な語句を避けるという試みが成功したようで良かったです。この詩は自分の新しい何かが開拓される、もしくは失った何かを取り戻す契機ともなった作品ですので、楽しんでいただけてとても嬉しいです。ありがとうございました。 (君が死んだのは果たして本当に君のせいなのか)

2019-08-15

沙一さん、コメントありがとうございます!実はですね、この作品はタイトルからして反戦詩、あるいは内容からは戦争賛美の趣があると捉えられがちですが、実はどちらでもないのです。反戦詩でもなく戦争賛美でもない。戦争を肯定も否定もしていない。異様な昂揚感と深い悲しみ、その両極が存在するだけなのです。この詩では戦争をあおった者も、戦争に好んで従軍した者も、戦争を始めた者も、あるいは戦争を忌避して疎んでいるであろう話者でさえ認められているのです。現象として詩で書かれたような出来事がそこにあっただけで、否定的な意味合いはない。この詩の中核にあるのは人生賛歌なのです。すべての人間の行動原理、動機、営み。それらすべてが話者とはまた違う書き手(ステレオ)によって称揚されているのです。この詩を書いてる時僕は異常なほどの昂揚を感じていました。タイトル通りに書いて行ったら平凡な反戦の詩になるのは予め見えていたし、冒頭のアルチュール・ランボーを書いた時点で誰かを否定したり批判したりしてはいけないとも思った。負の遺産、負の歴史とのちに呼ばれるものでさえ頭ごなしに否定したくなかった。描きたかったのは生死を繰り返し、子孫を引き継いでいく人間の営みへのある種の同意なのです。だからこの詩は懐疑的な印象も持たれず、煙たがられず、詩として読み物として面白く仕上がっていると思っています。ヒロイックな描写が二点ほどありますが、そこにもヒロイズム自体を推進する意図はないのです。この作品は生命の爆発というべきものが描かれていると言った方がいいかもしれません。 また沙一さんにあげていただいた「死んだ男」ですが、「さよなら。太陽も海も信ずるに足りない」 。Mよ、地下に眠るMよ、きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。は素晴らしい描写ですね。ここまで戦争の暗澹とした部分に切りこんで、生身の死を感じる描写を入れてなおこの詩の意図したものが描き切れていたら、この詩はさらに良くなっていたでしょう。素晴らしい文章の引用ありがとうございました。 ※公式ツイキャスは見送らせてほしいとのこと。残念ですが了解しました。沙一さんの作品について沙一さんとぜひお話したかった。残念でなりません。 (君が死んだのは果たして本当に君のせいなのか)

2019-08-15

タカンタさん、返詩ありがとうございます!別離した恋人と入れ違うように街を離れる詩の主人公。それまでの七日間が描かれている。繰り返し彼女との想い出を振り返りながら、実際に二人が別れてしまったことを痛感する。それでも幸せに包まれつつ街をあとにする主人公。とてもロマンティックで、それでいて別離の物悲しさをも感じて素晴らしかったです。眠り始めた彼の心はどこへ行くのか、とても興味の尽きないところでした。一つの物語性の中に詩が収まっている点も、先のタカンタさんのコメントを思い出し、とても面白く拝読しました。ありがとうございました。 (忘れ得ぬ人)

2019-08-11

タカンタさん、再度コメントありがとうございます!返詩ですか。もちろんいいですよ!返詩をいただけるのは初めてなのでとても嬉しいです。ほぼ同様のモチーフを二人がどのように、期せずして書き分けたのかがとても興味深いです。どうか返詩をコメントとして寄せていただけたらと思います。 (忘れ得ぬ人)

2019-08-11

タカンタさんへ。るるりらさんへの作品でもお見受けしましたが、該当作品への批評、感想とは関係ないコメントを書き込むのは、おやめくださいね。これは運営からのお願いでもあります。 またタカンタさんが芸術や詩に対してとても情熱的なのはわかるのですが、批評家への批評、批判を該当作品とは無関係な形でしてしまうのは、有意義ではないし、残念ですが余り品のいい行為には思えません。 フォーラムに投稿するなり何なりして、一層議論が膨らみ、発展的になることを意図してください。またその際には個人名を挙げず一般論、あるいは純粋な芸術談義としてスレッドを立てられるのがよろしいかと。 何れにせよ、作品とは関係なく、無闇やたらと他者を批判したり、批評したりする姿勢は褒められるものではありません。以後ご留意ください。 (忘れ得ぬ人)

2019-08-11

藤一紀さん、コメントありがとうございます!やってしまいましたよ。自分でも笑えるほど久しぶりに。survofさんが「『残響』。」にてコメントをくださったように、最近の僕はサイバーパンク感や未来的な要素を多く含んだ作品を作っていたのですが、この作品ではノスタルジックで霞みゆく記憶を辿るような、良質の古典的絵画にも似た世界が描けたと思って満足しています。《走り去る馬車から、一瞬だけ顔を覗かせたその女性》は本当に印象深いですよね。一瞬の出来事なのですが、その一瞬の出来事に自分が失ったものや、自分が取り返せなくなってしまったものに気づかされる。まさに藤さんが仰るように、気づくのには「遅すぎたの」です。この一節に集約されているのは、ひとえに喪失感とある種の孤立、そして啓示にも似た気づきなのですが、人生とは本当に日常のほんの一断面からすべての謎がひも解かれるのだ、という感覚も描き出せていて、この描写、僕自身とても気に入っています。映像的にも美しいですよね。走り去る馬車から一瞬だけ、というのが。現代の孤独化(厳密に言うと孤独化していく人生)という点もこの作品では描きたかった一面でもあるので、そこにお気づきいただけて嬉しいです。またモチーフとして寂寞とした孤独な人生、生涯、余生というのは美しく、詩的でもあるので僕自身好んで用いるモチーフでもあります。幼い頃に組織、コミュニティに入り、離れ、やがて一人になり、自分の孤独に気づくというのは人生の一断片でもありますからね。最後に日常生活において見過してしまいがちな…という好評とても嬉しく思います。それこそが僕がこの詩でやりたかったことの一つでもあるのです。とにかくも頬が緩みっぱなしの評価をいただけて本当に嬉しい限りです。これは冗談めかして笑みを浮かべて言うのですが、また藤さんが悔しがるような作品を書きたいですね。ありがとうございました。 (忘れ得ぬ人)

2019-08-11

タカンタさん、コメントありがとうございます!豊穣、豪奢な表現を用いつつ、作品として陳腐にならず、クオリティの高い作品に仕上げるのは難しいとの解釈、僕もとても理解できるところです。また詩作におけるイメージは通常ならば一つがいいとのタカンタさんの私見にも納得する部分があります。ただタカンタさんが仰る通り、この作品では多種多様なイメージを散りばめましたが、それらが一つの筋(忘れ得ぬ人に「恋する二人」を連れ出して欲しいと願う)で収束するようにまとめられており、分散した印象はなかったのではないかと自負するところでもあります。全体を覆うトーンは喪失感であり、寂寥。また残されたものは二人の愛募、というロマンティシズム。それらが一貫して詩中では貫かれており、とても穏やかで美しい作品に仕上がったのではないかと思います。自分の作品で読後感が良いものが久しぶりに書けました。僕個人としてはとても満足しています。ありがとうございました。 (忘れ得ぬ人)

2019-08-11

書き手として一歩先んじているなあという印象。適度に肩の力が抜けているのに、弛緩してはいない。めんそーれなんてフレーズが不意に出てきても、「よれない」のは書き手が秀逸な証拠。ただひたすら夏の涼風を浴びているような気持ちがして、とても心地よかったです。 (八月の汽水域)

2019-08-07

茫洋として視点が定まっていないようでいて、真夏の思考、物思いを綺麗に描き出していると思いました。独特のフレーズや言葉の繋ぎがあって最後まで楽しく読めました。台湾のお守りが涼しい、という一節は読者を引きずり込むのに充分かと。 (ghost)

2019-08-07

何だか妖艶な印象がしますね。生きたがるからあついのよ、というフレーズに独特のセクシャリティを感じました。 (セミ)

2019-08-07

「きおく」を彼らと表現し、今現在の自分の立ち位置を明確にするかのような手法、描き方。悪くないと思いました。どこか優しい気持ちになれますね。ただ最後の一節。もう少し力強く何かを言い切った方が全体が引き立つのでは、と思いました。 (きおく)

2019-08-07

蝉、カラス、蛙と来て最後に人間自身に問いかけが戻る。達観した視点だったのが、様変わりしてすべての動物に情を寄せる姿は微笑ましく優しい。眠れない夜のひと時に徒然なるまま書き連ねた、想いを募らせたという筋書きにとても好感が持てました。 (夜の徒然)

2019-08-07

まず「疾風掴むことなかれ」というフレーズが良いです。タイトルにもなっていますが読者を惹きつけるに充分なインパクトを持っているかと。内容については、テーマにもなっている「人生」を駆け抜けるために「嘘と武装覚えて」、と腹をくくっているところが、逆に嘘をついていないという印象を読者に与え爽快感を与えています。惜しむらくは一節一節に字数制限を与えているのかどうか、窮屈に感じる箇所が本当に二、三点あったところ。もっと自由でいいかなとも思いました。しかしタイトルの印象通り、読んでいて悪いイメージはしませんでした。 (疾風掴むことなかれ)

2019-08-07

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます!「これぞstereotype2085作品だ!」との評、嬉しい限りです。確かにこの作品には僕が近年、特にビーレビュー運営に就任するかしないかの時期以降に育まれた手法、技術の多くが用いられています。ナポレオンやマリー・アントワネットなどの名前のアイコニック、シンボリックな使い方については既に多くの文面を割いたので、ここはオート・ウォークやムービング・ウォークを使った箇所について幾つか記述を。オート・ウォーク、ムービング・ウォークを僕は同じ意味合いで使っていますが、好きなんですよね。人々が機械的に行き交う場所で一瞬、刹那見いだせる美しさ、あるいは愛募の対象としての「君」といったものが。僕はこの作品ではオート・ウォーク等を使いましたが、古くはあるいは懐かしくは「交差点の向こう側に」といった描写が僕は好みなのです。キャッチーですよね。理由なく、理屈いらずでドラマティックです。そして同時に皆が想像しやすい。ポップなんです。原型や原点はポップでもいいと思うんですよ。そこをどう換骨奪胎するか、あるいはそのポップな表現の核となる部分を基点としてどう飛躍するかさせるか、新しい地点に到達するかさせるかが大事だと思うのです。そうすれば昔好きだったものの理由などが分かり、昔好きだったものを古いとかチープとか言って後年否定せずに済む。それが人生自体も不幸せにならずに済む方法の一つだとも思うのです。クリエイターの生きがいの一つは、表象を幾度も変えながら、原点からは決して逸れない幸せをコントロールできることだとも思うのです。ちょっとクリエイター幸せ論のようにもなってしまいましたが、創作家は次々と新しいものを取り入れざるを得ないからこそ、原点を忘れないでいたいという。古きを知る姿勢を保っていたいというそういうお話でもありました。とにかくも深みを堪能していただけたようで嬉しいです。ありがとうございました。 (「残響」。)

2019-08-03

タカンタさん、コメントありがとうございます!海外のトレンド。確かに知っていた方がいたように思います。日本という土壌、文化的風土には島国ゆえのズレ、認知の歪みのようなものも生じる可能性があるでしょうから。ただ同時に僕は日本という島国、多くの大陸的な争いから隔絶された場所、国だったからこそ育まれた価値観、可能性、感受性のようなものが日本人にはあるとも思うのです。そこから何かを、詩でも創作物でも何でも発信出来たらいいですね。みなで切磋琢磨していきたいものです。貴重なコメントありがとうございました。 (「残響」。)

2019-08-03

藤一紀さん、コメントありがとうございます!僕も大好きです。パンドラの箱の物語。「鈴なりの混沌」やこの世のありとあらゆる悪が箱から飛び出したのちに、残っていたのはただ一つ希望。素晴らしい物語だと思います。同時に人間の感情の核心をついているとも思います。しかし藤さんのコメントをお読みすればまた一つ違う解釈があるようでとても興味深いです。最後に残ったのが「希望」ではなく、もう「希望しかなかった」という解釈。これはこの詩にとても近い感覚があるように僕には感じました。外面的に見える世界と、内面的な世界の混乱、秩序の乱れの最中、「あなたを見つけて」「前へ」進む。この描写はあなたがいたから良かったという楽観的な意味合いもありますが、あなたを見つけたからこそ「もう前へ進むしかない」という悲壮な、ペシミスティックギリギリの感覚もあると僕には思います。その点藤さんのご指摘はとても的を射ている。タイムリーな物語の引用だったと思います。そして最近僕は思うんですよ。詩人はその前へ進む一歩を後押しする、希望を見い出す力を付与するのも役目の一つではないかと。詩人に使命、役割があると考えるのは半ば傲慢で、ナンセンス極まりない考え方でもあるのですが、僕が憧れ、目にしてきた詩人の詩は僕の人生においてそういう役割も担っていたと感じています。何れにせよギリシア神話を引用してのコメント感謝しきりです。ありがとうございました。 (「残響」。)

2019-08-03

沙一さん、コメントありがとうございます!ナポレオン、マリー・アントワネットなどは確かに今は故人であり、存在していませんが、実際に歴史や人々の価値観に影響を与えた人物であり、アイコンとして今でも多種多様な意味合いを持つ存在だと僕は捉えています。その点沙一さんの仰る通り、「いまなお残像として都市のかたすみに顕」れているのだと思います。僕の詩には古今東西の著名人や、名を成した人の名前が出てきますが、その多くがアイコンとして複合的な意味を託され、シンボルとして多面的に機能するように使われています。今回のマリー・アントワネット、ナポレオンなどはその代表例で、特に「千鳥足で足を踏み出すナポレオン」「娼婦紛いのマリー・アントワネット」は読み手に波動のようなインパクトを与えるという点で非常に成功し、詩に多様な彩りをもたらすのに寄与したと思っています。また沙一さんの表現を借りれば、もし「すでに終わった星の光が、地上に届」いていることを世の人々に知らせることが、詩人の役目の一つならば、僕は今作において詩人としての大きな役割を果たせたのだとも思います。「この作品自体が、もっと大きな物語の『残響』のよう」という評価は喜びにたえません。沙一さんの論評そのものが、詩的で壮大、そして美しく、このようなコメントをもらえたことに感謝しきりです。ありがとうございます。 さて!ここまでが返信ですが、ここでビーレビュー運営として大きな頼み事を一つ。実は沙一さんに次々回のビーレビ公式ツイキャスのゲスト出演を打診したいのですが、いかがでしょう。沙一さんにフォロリクをお送りしているのですが、残念ながらお返事がなく。もし公式ツイキャスゲスト出演を検討願えるのならば、@keisei1 もしくはbreview.works@gmail.com宛てにご連絡ください。こちらの掲示板での回答も可能です。ではどうぞよろしくお願いします。 (「残響」。)

2019-08-03

エイクピアさん、コメントありがとうございます!イシ。本当に印象的ですよね。彼は部族の最後の一人として生き残り、結果開拓者の村へと投降?したのですが、語学にも通じ、コミュニティにも馴染み、大層慕われたそうです。その彼が遺した言葉が「あなたはいなさい。私は行く」。敗北を粛々と動じない心で受け入れ、尚且つ人類規模の視点を持っていたであろうイシは多分、原住民の敗北は決して「死」ではないということを知っていたのでしょう。僕はこのイシのエピソードを思い出すたびに宇宙的な視野を持てるようになり、心が広まるのを感じます。もし仮に日本人が何かのきっかけで没落を余儀なくされていくとしても、僕はイシのように従容としていたいですね。もちろん最後まで抵抗し、戦いはしますが。僕が最後の一人となったのならば、悟性のようなものが僕自身にきっと芽生えることでしょう。 (「残響」。)

2019-08-01

survofさん、コメントありがとうございます!そうなんですよ。この作品には独特のサイバーパンク感があるのです。そこにキリコの絵画世界や、ナポレオンの肖像などが盛り込まれている。夜目の効く少年などは未来化された都市における、寂れた場所の「倦み」や「弊害」をも表していていいですね。僕個人としてもとても気に入っています。悲劇的な様相が全体を覆っているのですが、出会えたあなたに救いと光を求めるロマンティシズムも表現している。書きためていた作品はいくつかあり、どの作品を投稿しようか迷ったのですが、これで正解だったなと思います。 この世界観の散文とか掌編小説。笑ってしまいますが僕も読みたいです。では一先ず手前味噌ですが僕が五年ほど前に書いた短編小説「花魁の残り火」 https://ncode.syosetu.com/n7308cd/ をどうぞ。 (「残響」。)

2019-08-01

survofさん、お返事ありがとうございます!代替案の形でもご辞退とのこと。了承しました。理由については深く立ち入らない方がいいかとも思いますが、それこそ後日ふと僕から個人的にメールが飛ぶかもしれません。その時はよろしくお願いします。この詩において、survofさんとたくさんのやり取りが出来たのはとても楽しく有意義でした。ありがとうございました。 (皇居正門の真下で)

2019-07-31

エイクピアさん、コメントありがとうございます!核となる単語。ちょっと濃厚すぎる語彙を多用しすぎた印象も自分自身しましたが、そこからアウトラインを導き出せたというのは嬉しい限りです。芭蕉の写し絵なんて特にいいですね。それが雑穀とともに燃えていく。イメージとして悲劇的で悲壮であり、この詩で描きたかったことにマッチしていて、とても気に入っています。これからは、というか今後この類の作品を作る時に気をつけるべきは単語の軽量化、一つ一つのセンテンスのスリム化だと思っています。期せずしてそのベクトルへのアドバイスにもなりましたね。エイクピアさんのコメントは。ありがとうございました。 (皇居正門の真下で)

2019-07-24

黒バラさん、コメントありがとうございます!そうなんです。この詩では愛の渇望や、人々が肉欲に溺れたり、情愛に流されたりしたがゆえの、歪んだ情念的世界が繰り広げられているのです。三人の女性が出て来て、何れも狂気に触れる一歩手前でそれでも「愛してくれますか?」と問いかけていますが、これはまさに愛の欠損ですね。権力闘争や女性同士のいがみ合い、あるいは男性の非道な扱いで、彼女たちは追い詰められ、追い込まれたのでしょう。そして最後に出てくる名刀を振りかざす男も、何も信じていない、何も得られていない、何も愛せないであろう虚無の男でもあるのです。その凄絶な男女間の断絶、隔絶、もしくは社会構造のせいで生まれた歪みのようなものをこの作品では描きたかったのかもしれませんし、描きたかったのでしょう。好評をしていただきありがとうございました。 (皇居正門の真下で)

2019-07-24

藤一紀さん、コメントありがとうございます!何でしょう。完璧。読解としてほぼ完璧です。驚いています。僕の狙った通り、意図した通りの受け止め方をなさり、そして同時に分析、論評をもなさっている。藤一紀さんの読解力とイマジネーションの凄まじさに言葉を無くしています。そうなんです。フラスコと試験管は、この詩の世界観には合わないのですが、実際にはこの二つは今現在の日常に住む人間が、藤さん仰るところの血生臭く、狂騒じみた世界を見通すための道具、ファクターでもあるのです。ゆらりと揺れる試験官の向こうで、人間の無慈悲で無情な営みが繰り広げられていると考えると少しゾクゾクするものがありませんか?加えて藤さんの仰る通り、試験管とフラスコを手にしている人間はそういう世界から切り離された、隔絶された世界に住んでいる、安全な世界に住んでいる。だが根っこにある情動や闘争心、嫉妬や妬み、気狂いじみた感情をも持っている。その男が冷徹な目で一面、人間世界の真実でもある美醜を見つめている。中々にいい構図だと自分でも思っていたのですが、ここに来て多くの優れたレッサー様から賛辞や興味深いアイデアをいただき感謝しきりです。そして藤さんの見通しにただただ驚くばかりでした。ありがとうございました。 (皇居正門の真下で)

2019-07-24

survofさん、三度コメントまたお返事ありがとうございます!ツイキャス出演は難しいとのこと。しかし代替案を出してくださったので、そのアイデアで公式ツイキャス特別版を放送したいと思います。時期は8月下旬頃の放送になります。質問をメールにてお送りさせていただくので回答していただけると幸いです。質問はしばらくお待ちください。よろしくお願いいたします。 (皇居正門の真下で)

2019-07-24

survofさんへ。またツイッターはやっておられないとのこと。残念です。survofさんにはビーレビ公式ツイキャスのゲストに是非お招きしたかったのですが。もしツイキャスならばOKですとのことでしたら、@keisei1宛てにDMをいただくか breview.works@gmail.comにメールを頂けると幸いです。ゲスト出演の方も検討していただけると嬉しいです。それでは。 (皇居正門の真下で)

2019-07-23

survofさん、再度コメントありがとうございます!ポップハイブリッドマシーンとは、思わず笑みがこぼれてしまうくらいカッコイイ表現ではないですか。そういう印象を抱いてもらえたなら僕の当初の目的は達せられたなと思います。しかしやはり物足りない印象があるとのこと。またどうすればより一層引き締まるのか自分でも分からず、もどかしいとのこと。恐らくsurvofさんが解決策を閃いた時に僕はこの路線の作品でビタッと決まる作品を書くのかもしれません。最近思うんですよ。詩というのは巨大な集合的無意識であり、個々人の所有物であるだけでなく、みながある方向に向けて共作しているアート、創作物なのではないのかって。だからみな詩人はどこかでつながっている。天啓のように、口にするべきことをそれぞれが違う形で書いている。そういう印象がするのです。ロバート・フィリップはデヴィッド・シルヴィアンと共作した際に、彼の詩を見て「詩人の口から言葉が紡がれる時には、何か語られるべきことがあるのさ」と仰ったそうですが、僕の感覚もこれに近いです。ビョークの「ポスト」もジャケットアートを拝見しましたが、あーこれです、ともまた思ってしまいました。ポストほど洗練されたら、ポップハイブリッドマシーンは完璧に完成するのかもしれません。 (皇居正門の真下で)

2019-07-23

前庭に鯨が打ち上げられる、というシュールな印象のする描写からより一層遊び心の多彩な面白味のある描写に移っていく。個人的には書き慣れた詩人さんの書く小品という感覚も持ちました。その中でぐわぁんぐわぁんなどの擬音が僕としてはとても効果を発揮しているなと思いました。 (前庭で砂が踊る日に)

2019-07-23

凄まじい力作だと思います。人間の業のようなものを断罪している「印象」もしましたが、「金に 夕映え」以降の八連目が特に僕は気に入りました。好きですね。こういう荘厳な口調の話者が、その担った役割の重さゆえに、ロジックや思考が一時崩壊するという点が。最後には崩壊や破壊からの再生が匂わされていて、白い輝きに包まれるような印象を受けました。素晴らしいと思います。 (蠅)

2019-07-23

雨に打たれながら、自らの生を嘆くというのはありがちな状況、シチュエーションかもしれませんが、後半の三節でグイッと引き立っていると思います。もし話者もしくは筆者様が人生を肯定する気分になったら、どのような作品をお作りになるのか楽しみなところです。 (帰りの雨)

2019-07-23

忘れ物が何なのかとても気になるところですが、兄弟の中で僕だけ見てもらえない、という点から察すると母様が話者もしくは筆者様を見てくれない、愛してくれないということでしょうか。だとしたら話者の孤独、悲しみは深い。淡々とライトな印象で描きながら、もしそのようなモチーフの詩を描き切ったのなら、この作品は良作の部類に入ると思います。誤読をしていたら失礼を。 (忘れ物)

2019-07-23

素敵な詩ですね。物語調になったとのことですが、ギリギリのところで冗長になっておらず詩として成立していると思います。有名な二人とは織姫と彦星のことでしょうか。蟻という小さな存在だけが月の痛み、月の犠牲を知っている。何も知らない人たちは「今夜も月が綺麗ですね(あなたを愛しています)」という。美しく、和やかに情感のある詩だと思います。ただもっと詩としてスリムにすることは出来るかもしれません。この詩ではモチーフ、テーマが美しく気にならないのですが、別の題材を扱った時には気がかりな点が出るかもしれません。何れにせよ、大きな伸びしろを持った書き手さんだと思いました。 (満月の針山)

2019-07-23

帆場さん、コメントありがとうございます! ガジェット。そうですね。この作品の古めかしい要素は面白味、味わいを出すためのちょっとした小道具でもある、とも一面言えるかもしれませんし、そういう解釈も面白いなと思いました。清濁併せ呑むをしっかりと覚えていてくださり、とても嬉しいです。あちらの方が精度と完成度が高いですね。清濁の方は、「徹底」しようとしていましたから。その意味でこの作品のsurvofさんなどが仰る、ちょっとした違和感は徹底していないがためかなと、振り返ったりもしています。この作風の作品をまた見て見たいとのこと。ありがとうございます。しかしこの作風で書きたくなる心境になるのは中々ありませんので、また随分とあとになるかもしれません。その時をご期待ください。 (皇居正門の真下で)

2019-07-21

survofさん、コメントありがとうございます!まずポップな魅力に惹かれて何度も読んでいただけたとのこと。ありがとうございます。しかし何か今一つしっくりこない印象がある。この点については私の過去作「清濁併せ呑む」 https://www.breview.org/keijiban/?id=2570 のように語調や語尾を古典劇的なもので統一した方が良かったのかもとも思います。レトロフューチャーというものがあるじゃないですか。ひと昔前の人々が想像した未来観。アバウトな未来像。この作品はそれの逆バージョンでもあるのです。現代人から見た古典的世界、正確ではない古めかしい世界。だから時代設定、時代考証を正確にしていないちょっとした乱雑さがあるのです。その点からもポップな印象をsurvofさんは抱かれたのかもしれません。そういう意味ではちょっと半端な感じですが狙いはあたったのかなとも思います。椎名林檎さん「逆輸入~港湾局~」のジャケットアートを拝見しましたが、そうそうこの感じです、とも思いました。欧米人から見た、ところどころ不正確な日本像とでも言えるものをこの作品では出したかったのかもしれませんね。 (皇居正門の真下で)

2019-07-21

仲程さん、コメントありがとうございます!ちょっと目を逸らしている隙にそうそうたるメンバーからコメントをもらって舞い上がっております。これでこの作品も浮かばれます。まず雰囲気。この作品は先にも書いたようにかぶいて、古典劇のような印象を出すように努めました。でも中身は現代的な要素も交じっているというような。その点ではフラスコと試験管を混ぜたことである程度の目的は達成出来たと思います。この作品は倦んだ世界をどこかの科学者がフラスコや試験管を通じて覗き見ているという詩でもあるのです。しかしもっとフラスコと試験管で違う世界が出せたのではないか、とのこと。僕の意図、志向が伝わるような一節でも書いておけば仲程さんにも満足していただける世界観が出来たかもしれません。微妙なところを指摘していただいてありがとうございました。 (皇居正門の真下で)

2019-07-21

黒髪さん、コメントありがとうございます! 返信遅れました。優しい気持ち、肯定感、否定しない気持ちがあるとのこと。そうですね。僕はどれほど地獄の底に落ちてしまった人間でも救い出したい、情状をくみ取ってやりたいという気持ちがあるのです。それが黒髪さんの印象につながったのでしょう。現実否定する人にも届けたい気持ちは当然あります。それは強くありますね。出来れば否定的な人の気持ちを変えて差し上げたいという想いもあるのですが、それは中々出来ませんね。人は変わらないし、変えられないものでしょうから。そんな想いが次作には反映されると思います。「魔法陣グルグル」は恥ずかしながら存じ上げませんが、上質の表現とのお言葉嬉しく思います。それと今、新作詩を書いていたのですが、詩はやはり産まれるものであり、作るものではないのだなと実感しております。そういう意味でこの作品を作り得た時はこのような慈しみに満ちた心境だったのであり、それを表現したい、そして自分も救われたいという気持ちだったのでしょう。長くなりましたが、好意的なコメント、本当にありがとうございました。 (皇居正門の真下で)

2019-07-18

いいなあ。仕事で少しイヤなことがあったのですが、この作品の一節、一節が胸にストンと落ちました。腑に落ちるとはこういうことを言うんでしょうね。包容感に包まれて心地よいひと時を過ごさせていただきました。 (◯)

2019-07-09

渡辺さん、コメントありがとうございます!そうなんですよね。渡辺さんから度々指摘されていますが、私は口語ではなかなか使わないような難解な語句をつい使い、それを繋げてしまう。それが渡辺さんの「主張が激しい語句」の衝突のようなものを生んでしまう。今回はそれが如実に出たなと。そしてポイント及びコメ数にも反映されている。加えて作品の質にも。ふじりゅう氏のキャスで取り上げてもらった際、読み手がつまずく部分があったのもしっかりと認識しております。次作以降にその反省点は大いにと活かされるでしょう。話は変わりますが椎名林檎さん、彼女は小難しい語句を使ったり、話し言葉でよく使う語句を用いたりしてそのバランスがとてもいい。今作は彼女のように「かぶいて」みたいという意識と、以前から作りたかった世界観を合わせた作品ですが、やはり「衝突」という事態は免れなかった。さてそこで解決策を二つ渡辺さんから提示されていますが、どちらも例えが分かりやすく参考にしやすいものでした。私はまず難解な語句の崩し=分かりやすい言葉への入れ替えをするでしょう。石をまず軽石にしたり、別の素材に変えたりすることですね。それを渡辺さんはボンドを使ったと捉えるかもしれませんが、あくまで作品の軽量化を図ったと考えていただければ幸いです。私自身も考えていたテーマ、改善案についてとてもタイムリーなご指摘を改めてありがとうございました。 追記・「2019年の花魁。沖縄にて」。本当にいい作品ですよね。手前味噌ですが、笑えるくらい私もそう思います。 (皇居正門の真下で)

2019-07-09

るるりらさん、コメントありがとうございます! そうなんですよ。試験管とフラスコは意図的に現代の要素として入れたものなんです。この詩には、主に詩で読まれている世界と、実際に読み手や話者が存在している世界の二つの世界があるんです。読み手や話者は試験管やフラスコの向こう側に、無常の世界を(るるりらさんいうところの黄泉の国)を見ているのであって、その場所とリンクするように常世の無慈悲や無情を体感しているのです。だがしかし!るるりらさんの仰る過去の遺物からDNAを検出して掛け合わせようとする、ふとどきの現代人というのもかなり面白いですね。僕としては理系の男が数式通りにならない世界をかいま見て驚愕している、くらいのイメージだったのですが。この詩に更なる面白味、深みが出ました。ありがとうございます。 (皇居正門の真下で)

2019-07-08

切ない。日陰の涼しさを、心地よさを知ってしまったがために、表舞台=A面には姿を見せないと心を決めている様子が。「いや、俺はこれが心地いいんだって!」 と言われればそれまでですが、日の当たる場所にどっかりと腰を置いたせいろんさんの詩も見てみたい。そんな気分にさせる詩でした。 (B面を行く)

2019-07-07

愛募の対象への強い執着のようなものを感じます。「君」が死んでいたなら「嬉しく思うでしょう」から始まる冒頭から、ひたすらに対象への愛着。愛玩でもしたいような気持ちが強く描かれていて、それでいてどこか淡々としていて面白いと個人的には思いました。 (死んでいたなら)

2019-07-06

物凄くいいですね。詩的情緒のあるセンテンスをしっかりと押さえつつも、「領収書の個性」とか「七日の命の求人雑誌」とかにおいて、領収書、求人雑誌といった非常に一般的で日常的な言葉を放り込んできていて、大胆。それでいて詩情を失っていない。アイスクリームを食べたいな、から来る締めも切なげでいい。素晴らしいと思います。 (メトロ)

2019-07-06

最後の日をイメージして、どうあるべきだったか、どうありたいのかをイメージするのはとても面白く、興のあるものですが、この詩においてはシンプルに「優しく」ありたいと来る。本当に実直で明快。筆者様は多くの傷を乗り越えられたのかな?と想像力を掻きたてられました。 (今日が最後の日のように)

2019-07-06

瑞々しい。若々しい。この瑞々しさが羨ましいです。何も変わらない夏が訪れるだろう予言。そしてそれを打ち壊してよ、と自分自身にも呼びかける構図、若い。最後の「君はどうする?」は読者に呼びかけるよりも、もう一度自分に何かを言い聞かせた方が締めとして有効だった気もしますが、それでも充分です。詩の魅力は損なっていない。良かったんではないでしょうか。 (このあたりまえじゃない日々にあたりまえの祝福を)

2019-06-30

良い。「ケムリクサ」自体はちらっと観ただけでほぼ未見に近いが、このオマージュ作品?それとも二次創作に近い何か?は相当にクオリティが高い。「姉妹たち」と幾度も語りかけ、呼びかける様は黒人人権活動家が、コミュティが壊され、行き場を見失った同士(黒人さん)に「ブラザーズ&シスターズ!」と呼びかける様を彷彿とさせる。だがこの詩における「姉妹たち」は実に切なげで、パワーや怒りを感じるものではない。まるで迫害されて、行き場を見失った弱き人たちが、それでも小さな声で細々と肩を並べるといった様相だ。コントリートポエムとしての視覚的効果も良いし、渡辺氏は何かドラマ性を誘発させる媒体を通した方が、俗に言う一般受けしそうな作品が書けるのでは、と皮肉ではなく思ったくらいだ。渡辺氏の通常の詩スタイルも悪くないし、この手の作品も良い。ということで恐らくコメ一番乗り。 (姉妹たちに #5【横書きVersion】)

2019-06-30

冒頭「通勤ラッシュの駅のホームで 太った男の人がバッグに付けている 赤い札」が絶妙でした。これは大げさな表現ではないのに、この詩はこれからどんな展開をしていくのだろうと期待させました。ラスト、ビニール袋に詰めた魂がプツっと潰れるというのは何とも切なく、いたたまれないなと思いました。話者が生きることの辛さを感じているのか、息苦しさを感じているのか、良い表現でした。 (2019/06/27の詩)

2019-06-29

随所に光る表現があり、惹きつけられました。ただ「罪を贖う」とか「運命の赤い糸」とかを常套句的に使ってしまったのは惜しい印象がしました。全体を通して見ると、生きることのやるせなさと、同時に美しさを巧妙な表現で描き切った作品だと思います。良作でした。 (夜を刺繍する)

2019-06-29

とても良いですね。ふきげんな彼女について言い及んでいる作品なのですが、その膨れっ面をした彼女に話者が好感を持っているのが明らかに見て取れるし、その彼女のセクシャリティがほどよく、過剰にならずに引き出されている。降りるべき駅で降りた、のは当然だし仕方のないことだけど、話者の後悔のようなものも滲んでいて情趣がある。パフェを取られた妹さんも愛らしいし、シチュエーションと情景描写だけで、女性の魅力を引き立てたのはかなりの技術だと思います。 (ふきげんな彼女)

2019-06-29

良いですね。茫洋とした気分、精神状態を絶妙な言葉の連なりで表現し、退屈にならないようにしている。 「朝食は祖父と共に 飛んで来る矢に酔いながら 食べる」 から話者が決して恵まれていない? もしくは何らかの不遇を父と被っているのかと予想しましたが、チーターと羊に関する描写が小気味良く、この詩を暗いものにしていないと思います。 ラストの「強い草を育てたい」。その茫漠とした生活、環境、心情を打ち破る意思のようにも感じて、私は嫌いではなかったです。 (強い草)

2019-06-29

最近、肯定的な意見、感想がなかなか浮かばない中で、一読して心地よさを感じる詩でした。「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」は私も未見なのですが、電気羊を私は単なる機械化された羊として、読み解いていきました。秋穂と電気羊の対比、そして電気羊が何を感じるのかに想いを馳せる様は、詩情を喚起させるに充分で、読者としての私も月並みな表現ですが「悠遠」を感じました。筆者様のコメントにおいて「アンドロイドは…」の読解がなされており、この詩にはより一層の深みがあると思いますが、一先ずは機械化された羊と解釈して、予備知識なしでも、存分に楽しめる作品でした。いい作品でした。 (電気羊に祝福を。)

2019-06-27

いいですね。微笑ましくてつい笑ってしまう。霧と靄、そして霞の擬人化。着想もいいし、奇をてらった印象もなく、心地よかったです。 (霧と靄と霞…………キリとモヤとカスミ)

2019-06-24

平易な印象がする。もちろん難解、複雑、重層的であればいいというものではないが、盛時の渡辺氏の作風と比べると、ややイージーな出来栄えに見える。しかし私はここで辛辣な批評などしたいわけではない。渡辺氏の現在の心境及び詩の姿勢について、自分と照らし合わせつつ書き記してみたいだけだ。よって今から少し自分語りを交えて、渡辺氏の心情を推察していくのを許されたい。 私の現在におけるもっとも新しい作品「屑籠に放り投げた手紙」https://www.breview.org/keijiban/?id=3563 だがある意味拙く、成熟しておらず、平明な文体で記したせいもあり、反響も薄く、ポイントも総計3と伸びていない。帆場氏からは感傷的との批評を受け、感傷的な作品は、その感傷を普遍的なレベルにまで昇華しなければならないとの指摘も受けた。はっきり言って不評だったわけだ。だが私はこの作品に取り組む際、実際に感傷的であったし、この種の感情にとらわれていた。そこで私が取った手段、作法がその感情や生まれてくる言葉から逃げたり、それを否定したりせずに、それらを取り込んだ作品をしっかりと仕上げ、人目に晒すというものだった。そのことで次のステージに進めると思っていたからだ。加えて言うならば「屑籠…」は好評を得られないと予め分かっていたし、自分でも過不足があることを自覚していた。それなのに私は投稿することを選んだ。なぜか。人は未消化な感情や詩作品へのアプローチを放置したり、ないがしろにしたままでは決して優れた物書き、詩人になれるとは思わなかったからだ。よって私は「屑籠…」を一目につくようにした。渡辺氏の直近の作品、特に今作と「ラッキーストライク」から推察するに、渡辺氏も私と似たような感覚、感慨を今多少なりとも持っているのではないかと思える。これまでクオリティの高い作品、文芸作品として完成された、あるいは面白味のある作品を志向して、制作してきたであろう渡辺氏だが、置き去りの感情、置き去りにした表現方法、もしくは作るよりも先に廃棄したアイデア、詩作のスタイルが彼にもあったはずである。私には現在渡辺氏がそれらの唾棄した要素を未消化にせず、消化しているように思える。私には渡辺氏が上昇志向のある詩人としてではなく、一人の人間として詩作に自然体で向き合っているようにも思えるのだ。もちろん渡辺氏はここで終わる詩書きではないだろう。私が「屑籠…」を作ることによって、次のステージを志向したように、彼も新たなポジション、深みのある作風に到達するだろうし、そう期待したい。私自身も「屑籠…」を通して、自分の感情や想い出を無きものにしなかったことで、次なる次元に到達出来ると信じたいし、信じている。いささか、というよりかなり自分語りに特化した推察とコメントであったが、その点は許されたい。この作品は停滞期の作品であると見せかけて、次なる盛時を迎えるための、いわば通過儀礼のようなものであると認識して、この批評を終えたいと思う。 (やぁ! さようなら!)

2019-06-16

結構やさしい筆致で人の死、自分の死、総じて死ぬということに真向から挑んでいて好感が持てました。記号化されていない人の死、誰にとってもどんな人にとっても、どんな意味も持たない人(自分)の死とはどういうことかについて、叫ぶかのように問いかけている。この素材、もっと重厚にすることも出来たのでしょうが、そうしなかったことで却って目を引く作品になっていると思います。 (喜ぶ人も悲しむ人も)

2019-06-14

序盤が凄くいい。あいつという人物がほぼ他人にも、何にも関心を持たず、世界にも人にも期待しない、ある種の強靭なメンタルと神秘性を持っていることが綴られている。このあいつなる人物が徐々に浮彫にされて、あいつの真相、そして世の不思議とでもいうものに言及していれば、この詩はもっといい作品になったと思う。たがこの作品は「誤解しないでほしいんだけど」辺りから急にもたつき、照準が絞られず、方向性を見失う。この詩の話者が話し相手の女性に興味があるのかどうかについての言及、もしくは俺が女だとしてもあいつは選ばないなどの描写に移ってしまう。タイトルが「あいつ」であり、あいつが主人公である以上、あいつがどのような男なのかについての描写に終始して欲しかった。ただしこの詩を見る限り、筆者様の潜在能力はなかなかに高そうなので今後に期待したいと思う。 (あいつ)

2019-06-14

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! この詩の彼女とは、ズバリ職場の同僚なんですね。笑えることに。その女性に想いを寄せてはいるが、彼女には彼氏がいてそのことがネックになっている。そういうシンプルな構造がこの詩の土台にはあります。ツイキャス放送にて賛辞をたくさんいただいたので満足していますが、一点ふじりゅうさんが分からなかったという箇所。「壊れたアップルウォッチをマザー・テレサが」という一節。これは貧しい人、恵まれない人のために尽くした聖母のようなマザー・テレサでさえ、アップルウォッチという決して安くはない代物を、壊れたからと云ってたやすく捨てる。それはなんて悲劇的で憂うつなニュースなんだ、といったニュアンスが込められています。初めの三節における、ペルシャ猫、コクトー、マザー・テレサは何れもそのような印象を喚起するために使われています。これは僕が培い、育てたテクニックの一つではないかと僕自身自負し、この種の描写は大変気に入っています。最後に昔の僕の作品っぽいとのご指摘。どの作品だろう、と純粋に気になりました。 (彼女が、待っている。)

2019-06-14

中々良い。夢の中と最初から記されているが、禁じられた甘美な雰囲気が余りにも悪夢的。猿が大きなツルハシで殴った時点で夢から覚めるのでしょうが、この詩で描かれる情景がいかにタブーであるかと筆者様自体が、理性的にはきちんと捉えている様が伝わりました。あと8歳の少女というポイントが、ご存知かどうかインドで起こった陰惨な事件を想起させました。 (L.H.O.O.Q)

2019-06-11

帆場さん、コメントありがとうございます! もうイヤになっちゃいますよねえ。笑えるくらいに。この詩は実際ある二つの曲を聴きながら書いたので、より一層そういう印象になったのかもしれません。歌詞的という印象。間口が広いというのは単純にいいことだと思います。俺は(私は)文学してるぜ!ともし仮に誰かが息巻いたとしても、詩にも文芸にもまるで興味がない人に届かなかったら意味がないですからね。現代詩というジャンルが生きるか死ぬかはそこにもあると思うんですよ。ひとえに一般ピープル(これは揶揄ではなく)に直撃出来るかどうかという。いつもターゲットのご機嫌うかがいばかりしても手に入れられないとは思いますが、同時にターゲットを引き寄せる、何らかの仕掛けを凝らすのも必要だと個人的には思います。あとこれは想い出話になりますが、五年くらい前? ある現代詩の授賞式で文芸してる女の子に「ボカロの歌詞って面白いですよ。面白い」とボカロを知りたての僕は言ったんですね。あの頃よりは過剰ではなく、バランスが取れてきたと思いますが、大衆性を意識するというものは、当時から僕の中には常にあった、胸に秘めて意識していたということでしょう。 さて最後に感傷的な感がややあるというご指摘。そうなんですよ。感傷的、と俗に表現される心理的な状態にこの詩を書いた時はあったんですね。ただこの種の感情を「いや、これは感傷的でチープだ」とか言って退けていたら、きっと前へ進めないか、淀んでしまうと思うんですよ。詩作品もしくは感情が。ですから今後詩誌などに挑戦していく僕としては、この種の感情を未消化にせず、消化したのは良いことだったと思います。それと、王道的でも素敵なことは素敵じゃないですか? そんなことも思うステレオさんでした。 追記・貶してる? そんな印象はしませんでしたよ。大丈夫です。改めてありがとうございました。 (屑籠に放り投げた手紙)

2019-06-11

いいですね。特に天竺(桃源郷や西方浄土のようなところ)へ思いを馳せたあと、現実へ戻る3連目。こういう現実的な描写があるとグイと読み手は引き込まれる。地下鉄の階段を降りながら夢想するしか、常世に天竺は存在しないのか、そんなことに感情が至る詩でした。 (極楽鳥)

2019-06-11

ohiraさん、コメントありがとうございます! 空と青は 数字の8と関係。知らなかったです。神秘学的な何かでしょうか。 何れにせよ慈悲と無の象徴とは。なかなかに深みのある解釈がまた一つ出来ました。 (彼女が、待っている。)

2019-06-08

せいろんさん、コメントありがとうございます! 青の空というのは本当にいい表現ですね。僕自身その一節はとても気に入っています。言葉のポケット! その表現いいですね。いただきます(冗談です)。 ラストの美しさに言及していただき、感謝です。この詩はそれこそラストの「彼女が、待っている。」に持っていくための詩でもあったのですから、嬉しさは倍増です。ありがとうございました。 (彼女が、待っている。)

2019-06-07

これはいい! 素晴らしいです。何なんでしょう。詩の大御所さんとかの「命を削って」系のコメント、「魂をすり減らして」系の評価。無意味、ナンセンス極まりない。自分が欲してるものと、マーケットあるいは人々が求めているものが、解離しているかもしれないという自身への問いかけが一切ない。そういう方に「命は日々の生活で削っています」と返すのはまさにベストな選択の一つでしょう。恨みがましくなく、説教くさくなく、怒りも抑えられていて、最後まで心地よく読めました。 (ブラックジョーク/ホワイトノイズ)

2019-06-07

仲程さん、コメントありがとうございます! 僕は元々音楽畑の人間なので、メロディがありそうという評価は嬉しいです。だがしかし! その音楽的な詩というものを僕は克服しようとしている最中なので、テキストとしての面白みはあまりなかったのだろうか、と少し残念にも思いました。 名言の引用、≒曼荼羅、胸に残った言葉の反復など。それらは決して完全に新規な試みではないかもしれませんが、この詩を読むと「面白いことしてるじゃないか」と自分でも笑えるくらい、肯定的評価を付けたくなります。 これからは、音楽的なリズム、抑揚だけでなく、テキスト、文面、現代詩としてのインパクトを感じさせる詩をもっと書きたいですね。精進あるのみです。 (彼女が、待っている。)

2019-06-07

良いですね。読みやすいし、生と死について熟考を重ねたであろうに、それを感じさせない軽快さ。良い意味でポップに昇華していると思います。余談ですが、そしてこれはひとえに僕の身勝手ですが、筆者様の夢見る宝石より、漢字が少なく、熟語が密集していず、長さも程よく、世界に入りやすかったです。 (コスモス)

2019-06-05

諦念とか無常観とか結構ヘビーなモチーフ、テーマが扱われているのに、どこかユーモラス。それもこれも牛飼いは牛の世話、というフレーズが連呼されているからでしょう。最後の一節、文句は言えまい、は胸にズシリとくる重みがありました。 (牛飼いの話)

2019-06-05

ライトレスです。感情の不純物の残りが。どうもユートピアのあたりまで昇ったらしい、という描写が、話者にとってとても大切なことのはずなのに、どこか他人事めいていて、とても僕好みでした。 (寝るまで、寝てから。)

2019-06-05

青春期(10代から20代)の悩ましさ、苦悩をライトに描いていて好感が持てました。戦う時は一人なんて。このフレーズに世の中を見る目線を一人育んでしまい、結果孤立してしまった話者の姿を感じます。良いと思います。次回はこの価値観を超えた作品を読みたいです。 (心境境界限界)

2019-06-05

面白いですね。確かな筆致と技巧に裏付けられた遊び心とモチーフの選択センス。「アースノーマットは燃料不足」だなんて笑みがこぼれるのに、お笑いの詩にさせない筆者様の核のようなものを感じる。また読みにお邪魔すると思います。 (イージー)

2019-06-05

銀河鉄道というフレーズが使われているから、というだけでなくどことなく抑制的な価値観、悩み、煩悶、もどかしさが描かれているという点で宮沢賢治を感じる。静かに自らの運命、あるいは悲運を受け入れているようにも感じられて、静寂の美しさを覚えました。あとこれは筆者様の責任ではなく、僕個人の問題だと思いますが、丁寧に丁寧に決して明るくはないモチーフが描かれているこの作品を読むのに、笑える話ですが少し緊張してしまいました。最後のふぉーごっとんの崩壊はこの詩のモチーフ、テーマを救う遊び、工夫になっていると思います。 (K)

2019-06-05

短い中に筆者様の危うい生命感を感じることが出来ました。もっとこの路線で書き込まれた作品も読んでみたい気もしますが、この作品はこの長さでも充分だと思います。「殉教者の信仰くらいあつくてとうめい」という表現は良いですね。 (湖歩行)

2019-06-05

落ち着いて拝読することが出来ました。筆者様が詩を書きなれていることがわかるし、地球、宇宙、世界といった一見お手軽に使いがちな語句を、しっかりと面白みのある描写の中に取り込んでいる。良いと思います。ただ現在、ビーレビではトリッキーな構成や着想が盛んに用いられて、実際興味深い成果を出しています。この作品に限らず、今後の作品において構成に一工夫あれば、筆者様の限りない飛躍が期待出来るのでは、と思いました。 (点である私)

2019-06-05

完璧。ほぼ完璧な批評文でした。ここまで作品に寄せた想い、意図をくみ取った批評文を書いてくれるとはまさしく作者冥利につきます。葛城が音楽に情熱を寄せる、閉鎖型、内向的な芸術家タイプの人物であることも読み解いてくれているし、バンドが心理的な面で實吉の傷害事件よりも前、既に崩壊気味になっている点も抑えてくれてるし、何より彼らの故郷「THE MOTHER LAND」が彼らのバンド名である「BOY'S MIND IN THE SYMPHONY」(少年の心の交響曲)であることも読み解いてくれている。これはもうふじりゅうさんの読解に惚れ惚れするし、加えてこの作品がそこまでのドラマ性、裏設定をしっかりと読み手に伝えられる作品であったというちょっとした証でもあるので、とにかく嬉しいです。 さてここで少し冷静になって、実は違う、あるいはこうだったんだよというポイントを幾つか。まずファンの抗議を「もっともなものだった」と表した葛城はどこでその認識を得ていたか。それは解散後しばらく経ってから、それこそこのインタヴューが行われる2、3年前であったと考えて間違いないです。葛城は本当に興味のないことには関心を持てない性格、傾向の持ち主でもあるので、当時はそれこそ騒動に無関心だったのでしょう。次に「旅人」をファンと解釈するのは正解です。しかし「どんな悪口を言うかを。」は葛城の皮肉ではなく、自嘲なんですね。ファンを裏切ってしまった、最後まで期待に添える形でバンドを続けられなかった。だからそんな僕らに悪口を言うのはある意味当然かもしれないね、という。あくまでファンに悪意を向けた皮肉ではなくて、自嘲なんです。最後の三つめ。「『終演』は、そんな、バンドを狂わす『熱』への、反抗のアルバム」だったのではないかとの指摘。その解釈もとても面白いですが、実に惜しいです。実際は「終演」はバンドの終わり、弛緩したムード、ふじりゅうさん仰るところの「自らを見失った」彼ら自身を葬送するためのアルバムでもあったのです。だから放り投げた石が遠くに落ちるように、高く舞い上がったバンドの隆盛も引力に引かれるように落下し、バンド自体が終結するのを葛城が静かに受け止めた作品でもあるのです。葛城はこうなるのを、このアルバムを作らざるを得ないのを予め知っていた。このアルバムの制作は葛城にとって避けられないものだった。ちなみに裏設定では葛城はこのアルバムに収録されている曲の幾つかは、バンドの解散が決まる前に書きあげています。 そしてこのふじりゅうさんの批評文の最大の肝の一つである、小説とは「物語に」詩とは「心に」それぞれフォーカスをあてる存在だとの指摘、解釈。とても興味深く、エキサイティングだと感じました。これで僕がこの作品は詩として成立し得ると考えた理由の一端も分かる。この作品は詩的な文面で記事を構成しているstereotype2085(彼は必ずしも私と同一人物ではない)なる人物も主役の一人ですが、何よりも主役は葛城であり、葛城の心理描写、心の変遷にこそ面白味があり、フォーカスがあてられた作品であるのです。 「葛城という男の繊細な心」をもし読み手が、あるいはふじりゅうさんが既に言明しているように「虜に」なるほど描き切れたのなら、本当にこの作品を作って良かったなと思います。少し熱くなりすぎて、笑えるくらい長文になりましたが、これにて感謝の返信を締めさせていただきます。本当に素敵な批評文をありがとうございました。 (〈批評文〉空想のこころへ近づいてみるんだ(「TO THE MOTHER LAND」[stereotype2085]を読んで))

2019-05-30

批評としても読み物としても優れていると思いました。特に冒頭絵画の前での2人のやり取り。絵、もしくは何かの創作物を鑑賞して、ただただ純粋に楽しんでいる人にとっては、確かに馬が好色のシンボルだとか、作者の業績がいかなるものだったかとかの批評、分析は不要なものでしょう。しかしその点を踏まえた上で展開されるこの批評文は、大変面白いものでした。批評対象作品である「どうして なんで」は、この論評を読んで改めて向き合った作品でしたが、その当の作品「どうして なんで」よりもこの批評文にコメを寄せたくなったのは、論評として秀でているからでもありますが、やはり「どうして なんで」という謎の疑問符に集約されるのだろうし、されるのかもしれません。では。 (批評:「どうして なんで」を追いかけて)

2019-05-30

帆場さんコメントありがとうございます! 僕は音楽雑誌やミュージシャンのインタヴュー記事を読むのが多い時期もあったので、何とかその時に身に着けたスキル、素養のようなものを反映させた作品を書きたいと思っていました。この詩は思った以上に良く出来たのではと僕自身とても満足しています。詩と散文の境い目。とても興味深いテーマですね。僕も文極などでこれは詩なのかと思う衝撃と違和感の伴った作品に数多く出会いましたが、今ではそれも緩和されました。詩の定義はビーレビの紹介文に書かれているようにやはりフレキシブル(柔軟)に変化していくものなのでしょう。とにかくもそのような思索でさえ、帆場さんが些細なことと思える作品が作れて良かったです。 (TO THE MOTHER LAND)

2019-05-29

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 散文自体も詩的な要素を含む文章になっているので、歌詞を含めたこの詩は「メタ詩」と一言では片づけるには惜しいくらいの、良い出来ではなかったかと思っています。葛城の心情を掴み取れるのは、インタヴューへの回答と、歌詞、そして筆者の推測の三つですが、それらが絶妙に交じり合うこの詩は、ふじりゅうさんが仰る通りなかなかの構成だったのではないかとも。手前味噌みたいなことばかり書いてしまいましたが、以前から構想のあったこの作品を満足行く形で公表出来たのは本当に良かったです。 (TO THE MOTHER LAND)

2019-05-29

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 退廃的に希望や理想を描いているという点に着目していただいて嬉しく思います。この詩を書いている時には特に理想や希望を描くには今失意の中にいる人、落胆の最中にいる人を描かなければ面白味も説得力もないと感じていたのを思い出します。この詩においては話者でさえも「取り残された人」の一人ですからね。何れにせよ技術力の高さまで評価していただいて感謝です。 (陽・いずる)

2019-05-27

るるりらさん、コメントありがとうございます! 「MOTHER LOVE」拝聴しました。体内回帰願望や世辞に嫌気が差しているという点は「TO THE MOTHER LAND」は本当に似ていますね。だがしかしフレディの楽曲は生前彼が残した最後の曲ということもあって絶望や悲嘆、痛みに満ちています。一方「BOY'S MIND…」のヴォーカリストであり、恐らく歌詞も担当していたであろう葛城君は内向性や、彼が元から持っていたモラトリアムな要素、あるいは少年性といったものに回帰していて、歌詞の向こうにあるのは魂や肉体的な意味での死ではない。彼はもう一度蘇生するためにあくまで一時的に故郷へ帰るということを選んだという印象で、そこが違うかなとも思います。現にるるりらさんもご指摘のように彼は音楽とは違う発展的分野で活動して、もしくはしようとしているのですから。ちなみにこの「BOY'S MIND…」というグループは架空のバンドとして、小説家になろうにて5枚のアルバムを出した体裁で、全楽曲の詩を載せています。今観ると未成熟な点も多いのですが、バンドが何らかの理由で世辞を疎み、母なる場所へ帰るというコンセプトはしっかり守られており、興味深いものになっています。ちなみになろう版での「BOY'S MIND…」のラストアルバムのタイトルは「終演」ではなく、「詩人の終わり」でした。こちらのタイトルもどこか痛烈な悲劇性と開放感があって僕自身とても気に入っています。最後に詩遊園とはなかなかに素敵なフレーズではないですか、詩人が詩で遊び、悠遠の安らぎを得る場所のようで。とても気に入ってしまいました。タイプミス&変換ミスから起こるミラクル、面白味に興を見い出しました。 (TO THE MOTHER LAND)

2019-05-27

読むのに時間がかかりました。体調、詩の分量併せて鑑みて。読んだ感想を一言。「暗い」。三島由紀夫が、来日したビートルズに熱狂する若い女性を指して「どこか暗い」と表現したということですが、その「暗さ」に通じるものがこの作品にはあると思います。性的な敗北、挫折が描かれていて、尚且つその敗北を招いた当事者である「兄」が精神疾患者だとは。これ以上に苦く、暗澹とした描写、構成があるでしょうか。まるで敗戦後、性の価値観を欧米諸国に上書きされた日本という国そのものに通じるようではないですか。その点も含めてどこまで筆者様が、この性の敗北についての物語を記されたのかは分かりませんが、やはり「暗く」「陰鬱」としている感は拭えません。「神の庭」というタイトルに甘美なペシミズムを感じると評したことがありましたが、そうではなかった。甘美であるどころか、苦く、辛く、鬱蒼としている。ここで語られる神は迷妄の産物ではないかと感じました。以上が感想です。しかしこれほどの反響を呼ぶ筆者様の詩書きとして実力は、やはり無視出来ないものだと思います。 (神の庭)

2019-05-19

それではお返事を。筆者様が、当合評サイトへ積極的に関わっていないという指摘を私は一つもしておりません。ただビーレビューの歴史に興味がない、何なら関わったことを後悔しているという筆者様へ、不満足なサイトならばより一層の献身と努力でサイトを充実したものにしてみませんか?と呼びかけるのは不自然でしょうか。私は不自然だと思いませんでした。確かに筆者様は批評文も二作投稿しておられるし、積極的でしょう。当サイトの至らぬところも目につくことでしょう。ですがそれゆえに不満と無関心を表明するよりも、変えていく志向をともに持つのも有意義ではないかと思った次第です。この辺り私自身も顧みて、という文言だったので言葉不足だったのなら失礼を。また突き放した態度を取らなければ、かるべ様の作品を批評出来なかったのではないかという問いに対しては、「あら捜し」する批評ばかりが目立つという指摘をしなくとも充分に可能であったと私自身は考えております。では。 (批評:そもそもBE-REVIEWは始まってたんですか?)

2019-05-19

ビーレビューに、もしくはその歴史に愛着も関心も興味もないという方に、何かコメントするのは気が引けるけれど、少し気になる点があったのでコメントを。ビーレビューはスタートしてまだ間もない歴史の浅いサイトです。大層含蓄のある方には物足りない部分もありましょう。だがしかし哀愁亭さんはまだ投稿作四作。投稿歴も浅い方。これまでのビーレビューの批評文、コメントを総じてご覧になられたとは思えない。その割にビーレビューの批評の多くは「あら捜し」でしかないと断じておられる。少し軽率なのではないと感じました。数多の詩人が合評に加わり、切磋琢磨し、腕を磨いてきた事実への想像力が欠如しているのではないかと。この点、論評中にその種の指摘は受け付けないとも書かれているので、頑なに拒まれるならそれも構いませんが。またこの詩の合評サイト、ある種のコミュニティに加わったことに後悔さえしているという。後悔して早々に立ち去るつもりならお引き留めはしませんが、長い間ビーレビューに投稿し、現在では運営を受け持っているという点から「ビーレビューがそもそも始まっていたのか?」と懐疑的な姿勢さえ取る哀愁亭さんに呼びかけたいです。では今からでも遅くない、ともに実りある論評活動をし充実した合評サイトを作ろうではないですか、と。そんなチープな呼びかけに応える義務もつもりもない、となればそれはそれでこの点も構いませんが。やや違和感を感じる考え方が散見出来たのでコメントさせていただきました。しかし「内輪受け」の作品を評論していきながら、この論評も「内輪受け」の域を脱していないと自己評価する文面自体は、興味深く拝見させていただきました。では。 (批評:そもそもBE-REVIEWは始まってたんですか?)

2019-05-19

何か惜しい印象。思ったことを、感じたことをただ書き連ねているという感が若干拭えない。個人的な闇、鬱屈を描くにはもう少し詩として、読み物として面白くする工夫が必要かなと思いました。やや辛口で失礼を。 (疫病神)

2019-05-19

空の悲しみに気づけず、ごめんねと謝り、労わる優しさがこの詩の全てかなと思いました。ちなみに全く作品とは関係ないのですが、妙に「ごめんね」と人へ謝りまくる夢を見て、この時間帯(3時)に起きたのは秘密です。 (飛行機雲)

2019-05-19

詩書きの物思いをそのまま誠実に描写したような出来映え。まさに一瞬の素描。読者にこのやや長い思索が、本当に一瞬のうちになされたのだと思わせる表現があれば、もっと良かったかもと個人的には思いました。 (一瞬の素描)

2019-05-19

亀、庭園、パラダイス、進化という一見なんのつながりもないような言葉が、綺麗なまとまりを見せている。亀は何の比喩なのか気になるところ。それともガラパゴスのゾウガメのように亀そのものなのか。知りたいところ。 (庭園にて)

2019-05-19

短い中に詩書きとしての素質、伸び代のようなものを感じる。好きと呟く感情をこんな危ないものと描写するセンスが好きです。 (恋)

2019-05-19

2連目。などと書いてある、という意味もある。が説明的。詩としてやや機能していない感がある。その他のパートでは随所に光る表現が見られたので、この2連目がひとえに惜しい。読者が「リズムがなくなった」と感じるパートを修正すれば、筆者様の作品はもっと良くなると思う。 (オリエント迷宮殺人事件)

2019-05-19

素直でひたむき。けれど描写に驚きがない。綺麗な単語と単語をつなげ綺麗なフレーズを作ってはいる。そこに意外性がない。残念ながら飛躍が若干足りない。詩を作る素養、丁寧な文章を作る資質はあると思うので、次回以降に期待。 (憧れ)

2019-05-19

クヮンさん、コメントありがとうございます! 「持ってきちゃう」にとても感銘を受けてくれてとても嬉しいです。この表現、肺炎でまだ体調が安定してない中書いていたので、含意、それこそ「持ってきちゃう」を「持ってきた」詳細は今となっては不明ですが、僕がリズミカルな作品を書く時の手癖の一つとでも捉えていただけたらと思います。この「持ってきちゃう」には運気や勝負運、幸せなどを様々な日常の断片から自ら手繰り寄せる願掛け、まじないのような意味合いがあり、テンポよく作品に盛り込むことで全体を際立たせる、読む人を惹きつける効果を担っていると思います。また改めてこの作品を読み直しましたが、とにかく前向きにポジティブにという点を志向していて、最後の持ってっちゃうの連呼がまさに魔法めいて、魔術的に軽快に取り込まれていると自分自身感じました。伝達性の低さについては意図的ではないものの、僕が馴染んでいる一部のヒップホップ文化の簡略化して、意味不明一歩手前で粋な演出をするというところに影響されていると思います。楽しく読んでいただいて感謝です。 (陽・いずる)

2019-05-18

しょうもねえなと笑いながら読んでいました。植草さんか。しょうもねえなあ、と。ただこのREIWA杯に、限られた作品数しか投稿出来ない中、この詩を選んだ勇気は買います。 (ルージュ泥棒)

2019-05-17

失礼。お名前はジョヴァンニさんでしたね。 (がらんどうどうめぐり(ミュージックビデオ連動再投稿))

2019-05-14

黒船来航。ジョバンニさんが動画投稿をすると運営チャットで聞いて、僕自身はジョバンニさんの激烈で苛烈な、衝動に満ち溢れた独演、リーディングを期待していた。その実力とインパクトは既にツイッターにupされた、ビーレビテンでの映像などをみれば証明済みのものだったからだ。だが今回は違う。透明感のあるサウンドに任せて女性の朗読が始まったからだ。ここで僕は黒船になり得ずかと一瞬思ったが、このミュージックビデオ、想像以上に素晴らしかった。NICUで生まれた女性の悩みや反発とそしてある種の気概が、心地のいい音楽に乗せてリーディングされ、それ+αのポップサウンドとしての歌も入ってくる。さらにこの歌ところどころラップも入っているから心地よさと驚きは倍増する。動画投稿機能と画像投稿機能が搭載されて、好むと好まざるとに関わらず総合投稿サイトへと向かう可能性を大きく秘めたビーレビューに、田中ジョバンニさんのこの作品は風穴をあけた。今後このクオリティが動画投稿の基準になるのなら、他の投稿者は相当に苦い想いを味わうだろう。よって黒船来航。8分29秒。いい時間を過ごさせてもらいました。 (がらんどうどうめぐり(ミュージックビデオ連動再投稿))

2019-05-14

クヮンさんの作品は永遠の青春性、終わらない挫折感のようなもので構成されていると個人的には思っています。この作品も着弾したミサイルから、恐らく比喩としてのミツバチに言及し、諦観、悲しみ、言いようのない無力感などを描き切っていると思います。また同時に限りなく繰り返される人の傷つけあい、不寛容さのようなものにも踏み込んでいると感じました。とても読み心地が良かったです。これは追記ですが、クヮンさんが僕思うところの永遠の青春性から抜け出した時、どのような輝ける世界がクヮンさんの前に広がっているのだろうとの興味、関心も持ちました。好意的にとても期待している詩書きさんなので、今後も目を通していきたいと思います。 (詩人のひとさし)

2019-05-12

ひいらぎさん、コメントありがとうございます! インターネットネイティブ特有の冷徹さに支えられており、というご指摘ですが感得するものがありました。私は世代的にインターネットネイティブではないのですが、ネットに触れる機会は恐らく同世代より多いと思われます。その中で培われたバランス感覚、あるものを強烈に是、あるものを強烈に非とはいわない分析眼が私にもありそれが冷徹さ、ひいては作品の面白味にもつながったのでしょう。令和の連呼はある程度意識はしました。THE MAD CAPSULE MARKETSの「神歌」。ぜひとも聴いてみたいと思います。否応無く今この時代を感じさせるという感想は、時代性を意識した作者としてもとても嬉しいものでした。 (陽・いずる)

2019-05-11

竜野欠伸さん、コメントありがとうございます! ラップぽい、として。テキストとしても面白味のある作品にするのは個人的には結構難しいと思っています。この作品は所々やはり弱みはあるもののまた所々ではテキスト面での良さを際立たせるのには成功したと思っています。また返詩の方もありがとうございます。地球の裏側との連鎖がより印象深いものになりました。 (陽・いずる)

2019-05-11

今野さん、コメントありがとうございます! 実際何かしらの変化は起きていると個人的にも思います。それがもし作為的なものであれ、操作されたものであったとしても肯定的に捉えて自ら変化の波を作らなければならない、とも。変化を示すデータの一つとして婚姻に関するものをあげましたが、それは詩中でリズムを保ちつつユーモラスにも消化されて上手くいったと思っています。人々が新しい時代に何がしかの新しい息吹を感じてくれることを願って書いた詩でもあるので、今野さんのような感想を抱いてもらえたのは何より嬉しいです。 (陽・いずる)

2019-05-05

淡々としかししっかりと詩作に臨む詩人の心情が独特の表現で描かれていると感じました。タイトルにある「カテゴリーミステイク」という表現が三度出てきますが、何れも効果的に使われていると思います。「お母さんに電話をしたいのですか?」や「自殺をした言葉がたくさん…」などの印象深い描写もあり、特に「自殺をした言葉…」は詩人や物書きは内面で自殺をさせた言葉やあるいは殺してしまった言葉をたくさん持っているよなぁという感慨を受けました。とても良かったです。 (カテゴリーミステイクの革命)

2019-05-05

凄く好きです。僕好みの詩的フレーズが時に予想通りに時に予想を裏切り連なっている。そのバランスが絶妙に心地いい。「業火に突進する左利きの馬」とか「ぼくの感情のロバに足がなかった」とかは筆者様が意識したより効果を発揮しているのではないかと感じました。また、これだけでは優等生的によくまとまった詩になっていたかもしれませんが、最終カタカナ四行部分で視覚面でも楽しませ、ある種の実験性も帯びている。いい作品を読ませていただきました。 (うつせみ)

2019-05-05

tOiLeTさんコメントありがとうございます! 世界の連鎖。一節目はその連鎖を彷彿とさせる出来になっていますね。硬貨に余り価値を見い出せず、むしろカーニバルを重視する少年。その少年が硬貨を恵んでやったのが、宗教的思索と実践に身を委ねる、経済的には貧しいブッディスト。そして日本にいる話者は新元号の始まりとともに新しいアプローチで人生に臨もうとしている。連なりがあり書き出しとしてとても良く出来ているなと思います。また世界の連鎖と指摘されて気づいたのですが、全編世界が繋がっているということ意識して書いたら、もっと面白い良質で凝った内容にもなったかなと思います。上昇志向と変化、そして鼓舞ということを念頭に置いていたので、そこには僕自身気づけなかったのでしょう。文体に独自なうねりがあるのはある楽曲を聴きながら、highになって書いたのでそうなったのだと思います。伝わったのなら嬉しいです。世界が連鎖する、というのはやはりとてもいいフレーズですね。ミスチルの「僕らは連鎖する生き物だ」という歌詞を思い出しました。 (陽・いずる)

2019-05-05

仲程さん、コメントありがとうございます! 浜田省吾さん。僕は余り聴いたことがないのですが、都会的な孤独や寂しさを歌った方なのかなとの印象を受けています。そうすれば三連目から彼を連想させたとの感想もとても納得が行きます。最終連。たしかにくどくくどくしつこいくらいに「持ってっちゃう」のフレーズを繰り返しても面白かったかもしれません。仲程さんの、最終連をもう少し印象深いものに、との意見を参考にするならば僕はしつこいほど執拗にという手法を選んだことでしょう。余談ですがモーリーという日本人ミュージシャンの「彼岸の奴隷」という曲。アルバムverでは「あっちの水は甘いぞ こっちの水は辛いぞ」というフレーズがラスト延々と続きます。それで曲の長さが十分近く。とても面白い試みだったのでそこを狙っても良かったかもしれません。この詩はいわばradio edit。聴きやすさならぬ読みやすさを選んだ結果こうなったのだと思います。 (陽・いずる)

2019-05-05

せいろんさん、コメントありがとうございます! シュレディンガーの猫。THE BOOMの宮沢和史さんが、詩作のスランプへ陥った時矢野顕子さんの言葉遊びに活路を見い出したというエピソードがあります。この詩のシュレディンガーの猫は言葉遊びならぬ観念的遊び、ですね。一貫した思想、考えに基づき観念で詩句をつなげ、面白味を見い出すという。これはかなりな僕の得意分野なのでその点を楽しんでもらえて良かったです。ある欧米知識人が言った「日本人は観念論が好きだ」を逆手に取った形ですね。いえいえ、どんな形であれ感想は嬉しいものですよ。ありがとうございました。 (陽・いずる)

2019-05-04

風に倣って僕は行く、だなんて素敵なフレーズだし読み心地もとてもいい。コメント欄にある「無意識の思いやり」という筆者様の志も素晴らしい。だけどもう少し自由に、奔放に描いてもいいかなと思いました。「風に倣って」というタイトルにしてはどこか窮屈な印象を私は抱いてしまいました。それも七五調を意識したせいでしょう。次は形式に縛られない筆者様の作品を読んでみたいです。 (風に倣って)

2019-04-27

良いと思います。既に尾田さんが言及していますがこの作品には「ユーモアや処世」がある。だが同時にそれがこの作品の弱点の一つになっているのではないかとも思ってしまいました。すんなり作品世界に入って読み込んでいけるのですが、読んだその内から砂のように頭からこぼれて落ちてしまう、そんな印象を抱きました。書き手としての実力、ポテンシャルは素晴らしいと思うので、それこそ読み手を「鷲掴み」にする何か、要素が必要かなとも感じました。いささか辛い評になってしまったのも筆者様への期待ゆえ。「藤井龍平の肉迫」を今後も期待しております。 (君の名前はまぼろしになった)

2019-04-27

「金魚の素」という表現を使って、徐々に命の循環へと言及していく書き方、とても面白いと思いました。ただ最後の「¿それが何か─おそろしいことか?」に繋がる描写がなかったためにか、僕個人としては「いや、別に恐ろしいとは思ってないんだが」と一瞬感じてしまいました。ラストに繋がる伏線があればこの作品はもっと活きたと思います。 (いのちに還ろう)

2019-04-27

()書きで詩の意味合いを整えていく方法。初めはどうだろうと思いましたが、読み進めるうちに独特のユーモアも相まっているのだなと分かりとても楽しく読めました。みなさんが仰っていますが最終連が力強い。インディアンの酋長が遺した言葉とでも言いたくなるスピリチュアルな感度のある描写だと思います。 (産声)

2019-04-27

ふじりゅうさんの作品にて「『死』とか『自死』を匂わせるような作品ばかりで…」との尾田さんのコメントを目にしたので、改めてこの作品に向き合ってみました。たしかにこの作品には無から有が生まれる瞬間の書き出しがあり、生命の誕生を仄めかす描写が入っている。希望に満ちているし、自己陶酔的な「死」や「自死」とは程遠いし、それは存在しない。とても気持ちよく読めたのですが「女の影」が「砂漠の海に落ちて」以降の文面、最終節が少し私には分かりにくく感じました。冒頭の誕生の瞬間は夢で、恋人と呼ばれる女との別離が描かれた作品なのか、そしてその悲劇性をある種官能的に描いた作品なのかと読み解いてみて、その真相にとても興味をそそられました。ひも解きを求めるのはいささか無粋な気もしますが、筆者様にこの作品の奥深いところで描きたかったものを訊きたくもなりました。また他作品との差別化は筆者様の意図があるかはともかくとてもよく出来ていると思いました。 (キオク)

2019-04-27

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 「過ごせた日々に」の表現にとても感じ入ってくれたようで嬉しいです。この表現はふじりゅうさんの仰る通り「そうでなかった人々もいるだろう」という意味も少なからず含まれていますが、何よりも「無邪気に過ごせた日々が奇跡のようだ」という感嘆も入っているのです。人間どこで無邪気さが失われるか分からない、邪推や疑心暗鬼の日々にいつ陥るかも分からない。しかし無邪気に過ごせたのは本当に奇跡、夢のようだというとても甘美な追想が含まれているのです。そういう意味でこの一節はふじりゅうさんが多くを感じ取ってくれたように「深い」一節だったかもしれません。さて日傘の少女が冒頭以外出なかったのが惜しい気がしたとのこと。これは僕もなるほどなと思ったのですが、僕は日傘の少女に限定的な意味、役割を与えるのをこの作品では避けました。この日傘の少女はキリコの「形而上学的風景」に出てくる車輪を回す少女のような役割を担っているのです。僕らは何かを失ってしまったのかもしれないが、それは余りに深く遠すぎて一瞬では分からない、描写出来ない。だがその一瞬にたしかにそれは存在するというような意味が少女には託されています。だから詩中でもう一度出てくることはなかったのです。本当に瞬く間の出来事で感じる多くの思考、感情というものを少女は担っています。ですからこの作品の出だしとしては良かったのではないかと思います。そしてもう一つ。心を込めて伝えよう、はたしかにイージーに書きすぎたかもしれません。それもこの詩のアプローチの一つであるポピュラリティと文芸の両立というものからすんなりと出てきた言葉だったのでしょう。より一層の深みのある表現を目指して研磨したいと思います。 (さようなら 愛しい日々よ)

2019-04-26

せいろんさん、コメントありがとうございます! 車窓に一瞬映った少年は、かつて僕が見ていた自分自身さ。この一節は自分から少年性が失われ、純粋さが失われていく様。そしてそのことに気づき、もう一度取り戻そうという想いを表現した一節として僕もとても気に入っています。走り去る列車を見る一瞬、止まった時間の中で無限の思考がなされるという感覚が僕自身とても好きです。人間考える量、感じる量は、それに費やされる時間に比例しないとも僕は思っています。一瞬で膨大な思考をしたかと思えば、何十年かけてもそれに及ばないこともある。そういった感覚が僕はとても好きです。この一節を気に入っていただけてとても嬉しいです。 (さようなら 愛しい日々よ)

2019-04-26

帆場さん、コメントありがとうございます! 寂しい友と孤独な仲間たち、あるいは手の届かなかった夢と走り去る人々、といった一節。僕自身の心証、想い出を表してもいるのですが、実は過ぎ行く「平成」という元号、時代に向けた一節でもあったのです。そこを露骨に表しても良かった、あるいはより一層それを仄めかすパートがあっても良かったとは思いますが、この詩においては美しく、情緒的な響きの中でイメージしてもらうという選択肢を取りました。しかしそれが帆場さんのような読み手さんに届かなかったということはもっと輪郭を鮮やかに、縁取りを明確にし、具体的な描写が必要かもとも思いました。ただこの作品はごくごく一般的な読み手が文芸という敷居を跨がずにすむ作品も目指していたのでそういう結果になったのかとも思います。文芸とは何かという議論が起こりそうですが、ここではこれにて。 (さようなら 愛しい日々よ)

2019-04-26

左部さん、コメントありがとうございます! 返信遅れました。確かに「何も教えてくれなかった彼が残したのは 母への愛情のカタチ」はインパクトがあるし、とても胸に刺さる詩句だと自分でも思います。父と一定の距離を置きながらも批判もせず、ないがしろにもしない。彼には彼の人生があった、と一人の自立した人間として父を見ているようで僕自身とても気に入っています。さてしかしその清涼感や「刺さるフレーズ」があるのにも関わらず、「成長譚」としての叙情を感じられなかったとのこと。この詩は単なる成長譚ではなく、消え去る者が過ぎていく日々に、そして迎え来る日々に感謝をささげた詩でもあるのですが、そこを具体的な名詞や情景描写によって描き切れなかったのは僕も一面感じるところでもあり、より一層の研鑽が必要だなとも思っています。最後にこの詩はポピュラリティと文芸の両立をはかったものであり、それは一部では成功し一部では成し得なかった作品だったということで今後僕の作品に大きな変遷をもたらすものだろうことに言及して締めさせていただきます。 (さようなら 愛しい日々よ)

2019-04-26

何だろう。目立つ。新鮮さが、ぱっと見の鮮やかさが。ビーレビのサイト改変に伴い、詩の冒頭部分しかまずは表示されないようになって、見た目とか可読性、とっつきやすさが重要になってきたと思いますが、その課題を今作はクリアしていると思います。少なくともページを開こうと思った。内容的には2人の男女? の繋がりを描いたものでこれまたとっつきやすい。ただ一つ失敗だったのでは? と思ったのはタイトル。下手に意味をくみ取りづらい横文字を並べない方がいい、というのが僕の個人的な考えです。 (Diamond dust almighty all night)

2019-04-11

素晴らしかったです。「三叉路飛び出し 始発のターミナルで…」になぜか惹かれました。具体性がありながら詩的、煩雑でありながら清澄。絶妙のバランス感覚をこの箇所に感じました。全体としては世事に背を向けた印象がありますが、決して逃げてはいない。良いと思います。 (Home)

2019-04-11

これは素晴らしい。画像投稿の利点を最大限に活かしているし、なおかつ視覚詩としての面白み、出来映えもなかなかのものだと思う。月夜様には、これからも新しくなったビーレビの機能を活かして縦横に暴れまわってほしい。 (「頑張れ」という刄)

2019-04-07

Revさんご投稿ありがとうございます。運営のステレオです。今月投稿作品がビーレビューの規定であるひと月二作品を超えておりましたので、「Bully」と「優しくしてほしい」を削除させていただきました。以下作品の魚拓urlです。「Bully」 https://megalodon.jp/2019-0403-2127-12/https://www.breview.org:443/keijiban/?id=3222 「優しくしてほしい」https://megalodon.jp/2019-0403-2122-47/https://www.breview.org:443/keijiban/?id=3223 今後はマナーガイドラインとルールをよくお読みの上ご投稿ください。 (跳ねた先の未来)

2019-04-03

社町さん、コメントありがとうございます! うぉおおおぉお! そんなに気に入っていただけましたか! カッコいいですか! ありがとうございます! 不満なときの抵抗感をもたらすもの。そうなんです! 彼女の場合はなぜか愛媛の蛇口ばりにオレンジジュースとメロンフロートなんです! 面白いですよね。愛媛の蛇口からはオレンジジュースが流れるなんて。かなりの冗談だとしても面白いです。詩作品としても今作をしっかりと見ていただけて嬉しい限りです。超早口のリーディングは詩の世界と概念を変えると言ったら言い過ぎですし、僕も心からはそう思ってはいないですが、詩世界の新たな突破口になり得るとは言えるかもしれません。その点でも僕はボカロに好感を抱いていたのです。無機質、匿名性、誰にでもなり得る可変性、という三点においてボーカロイドは夢を叶えるツールとしてとても身近で興味深いんですよ。この点の考察はやりだしたらキリがないし、僕よりも語るに適任者がいる「かも」しれないので切り上げますが、このボカロ作品を投稿して本当に良かったと思っています。それでは! (赤道直下で朝昼 女郎蜘蛛の奴隷やっちゃってます)

2019-04-02

エイクピアさん、コメントありがとうございます! 読む煩わしさから解放。それはまさにボカロや早口のリーディングが持ち得る利点の一つではないでしょうか。動画投稿の可能性と視野を広げるためにも自作のボカロ曲を投稿しましたが、成功だったなと思います。これからのビーレビ。これからの動画投稿枠、見どころは音楽的な手練れがボカロや自作曲を次々と上げて黒船のように振る舞えるかど゜うかというところではないでしょうか。これからがまた楽しみです。 (赤道直下で朝昼 女郎蜘蛛の奴隷やっちゃってます)

2019-04-02

杜さん、コメントありがとうございます! リーディングに近い感じになりましたね。メロディの起伏も最小限だし。仰る通り生身の人間では難しい文字列を歌わせている+ボカロの利点を活かしているので、「ボカロラップ」とでも言った方がいいのでしょうか。面白い曲に仕上がっていると思います。「蛇口を流れる…」のくだりは、お分かりでしょうが「愛媛県の蛇口からはオレンジジュースが流れている」という冗談から来ています。そのくだりから、何となく納得させてしまう気怠さ、ルーズさ、そしてある種の切なさに持っていけたのはつくづく良かったなと思っています。 (赤道直下で朝昼 女郎蜘蛛の奴隷やっちゃってます)

2019-04-02

せいろんさん、コメントありがとうございます! はい。作曲も編曲も僕です。作編曲能力はまだまだ拙いですが、気に入ってもらえて嬉しいです。ビーレビューの今後の発展としてはkemuさんやそれこそハチさん(現米津さん)レベルのボカロ投稿者も投稿を始めるのがベストかと思いますが、僕も僕なりにさらっと投稿していこうと思いますよ! (赤道直下で朝昼 女郎蜘蛛の奴隷やっちゃってます)

2019-03-30

誠実。これほど渡辺氏が誠実に詩のモチーフと向き合った作品を私は知らない。過疎化した故郷と、その故郷にもう何も見つけることが出来なくなったと感じる上京者。愛郷心を持ちながらも、愛着の土地を無意識的に見放さざるを得ない話者の話し振りは中々に胸を打つ。いつもの氏の遊び心、面白味はなかったかもしれないが、それでもいいのではないか。自身の感性を「たった一人で伸びていったクレーン」と表現する氏の姿勢も好きだが、この等身大の青年の目線を感じるこの詩も悪くない。氏にはぜひとも東京で幸せになってほしい。これは暑苦しいほどのエールだ。氏の前途に幸あれ。 (進学や就職)

2019-03-28

まずタイトルが好きです。地下鉄は何時も屍体の底だ、などの光るフレーズもある。ただタイトルの食いつきが良かった分、それ以上に何か欲しいと思ったのも確かです。 (マンホール裏のペテン師)

2019-03-28

綺麗な詩ですね。月と祈り。扱いやすい素材と考える人もいるかもしれませんが、この詩は常套句に頼っただけではない何かを感じる。それは多分コメ欄に筆者さまが書きこまれたことを、ご自身が本当に思っている時書いた詩だからなのではと思う。 (月への祈り)

2019-03-28

タイトルが物凄く好きです。美しいし、胸に響く。古色蒼然とした使い回し、とかもし言われたとしても僕は支持します。内容も本当に密やかに、秘めやかに「私」の謎に迫っているようで良い。何を実際には描いているのかまでは把握しかねますが、読んでいて心地よくなる作品でした。 (花運ぶ舟)

2019-03-28

静かに胸に染み入ってくる。空気に見捨てられ、その視界に太陽も未だ姿を現していない話者の達観を感じる。 (雨)

2019-03-28

いいですね。黒髪さんの詩。素朴に生きながらも何かひたむきな「輝き」を求めるという姿勢に賛意を示したいとさえ感じます。ただ「偽偽偽偽偽善者life」が黒髪さんらしくないかな、とも一瞬思いました。軽くポップ過ぎるというか。とにかくも良い詩であるのは確かだと思います。 (ぽつんとしてる)

2019-03-28

大変可愛い。この詩の対象者は良い意味で低年齢層だとも感じたので、より平明な文体にすれば効果が増すのではとも感じました。 (アリのこうしん)

2019-03-28

いい世界観ですね。僕は好きです。「月もない夜をひた走る」だなんていいフレーズではないですか。都市から離れた人間に突如として訪れる孤独を描いていると感じました。 (夜を駆ける)

2019-03-28

シンプルですね。「太陽」がそのまま太陽を指しているのか、それとも比喩的な何かを指しているのかは分かりませんが効果的に使われていると思いました。短詩の強みも持っている作品だと思いますが、もっと長くこの詩で描こうとしている世界を読みたいとも感じました。 (無題)

2019-03-28

そうなんですね。ありがとうございます。ではaviutlを使いたいと思います。 (赤道直下で朝昼 女郎蜘蛛の奴隷やっちゃってます)

2019-03-23

了解です。次回はwindows movie makerにも料金を払ってよりしっかりとした動画を作ろうと思います。 (赤道直下で朝昼 女郎蜘蛛の奴隷やっちゃってます)

2019-03-23

taishi ohira様。運営のステレオです。他者の作品へのコメ活動が少ない割には自作品へのコメントを催促しすぎているようです。ビーレビューは基本フリーライドが禁じられています。以後ご留意のほどを。コメント活動した上で、他者から感想をもらえるような作品作りをするよう希望します。 (存在の数式および、創造主ブラフマーの秘密)

2019-03-15

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 「書かれていないこと」に想いを巡らせる配慮がなされている、との感想とても嬉しいです。確かにこの詩で描かれている情景は、一つのまとまりとしては中々つながらないかもしれないものです。しかしこの詩を書いていた時は次から次へと次のフレーズ、書くべき次のフレーズが思いついたんですね。降りてきた、とは正にこのようなことを言うのでしょう。右肩ヒサシさんにも気に入っていただいた太平燕の一節や、アイコスの一節は書き始める前にイメージとして既に浮かんでいて不思議な感じでした。さらに言えば「蝉の鳴き声」の一節。イギリスに留学した映像作家の卵が、夏をモチーフにした映像作品を課題の一つとして提出した時のエピソードがもとになっています。その日本人は夏と言えば「蝉」とシンプルに考えて、蝉の鳴き声を冒頭に入れたそうなんですが、蝉のいないイギリスでは何の音か級友が分からず「何のノイズか?」と訊かれたそうなんです。だからこの一節はそのエピソードを換骨奪胎したものなんですね。こちらもスムーズに詩中に取り込むことが出来ました。そして君が誰なのか私が誰なのかについてですが、私は先の返信で書いたように限りなく僕に近い人物です。そして君でさえも私に内在する何者かであり、ひょっとしたら「私」と同一人物かもしれません。あるいは私に強い影響を与えた人物、初恋の人かそれに匹敵する同性、もしくはこれから自分と同じ道を歩むかもしれない若者かもしれません。何れにせよ君は私に近い何者かであるのは確かです。真実と時間の切迫具合が素晴らしく、最後までドキドキ。この詩に託したスリリングさ、謎めいた何かがとても喜んでいます。ありがとうございました。 (故郷の中華街はいつも灰色)

2019-03-13

右肩ヒサシさん、コメントありがとうございます! 「白玉か何ぞと人の問ひしとき」。伊勢物語を彷彿としていただいて何だかとても嬉しいです。女に「真珠か何かかと問われた時に『露だよ』と答えて自分も死んでしまえばよかったものを」という意訳文を拝見しましたが、その喪失感と後悔、痛恨の想いとでも言うべきものがこの詩と共通しているなと思いました。女を鬼に食われて(連れ戻されて)後悔する男と、刻一刻と過ぎていく時間の中で自らの犯した過ち、失態を悔いている男。何かを飲み食いしている時でもその痛恨の念が消えない。痛々しさが胸にまで染み入ってくる感覚がとても似ている。素晴らしい一節を想い起してくれてありがとうございます。また文章の構成について指摘を受けましたが、より一層の研磨に励みたいと思います。 (故郷の中華街はいつも灰色)

2019-03-13

せいろんさん、コメントありがとうございます! 打ちひしがれるほどに手が届かない、を褒めていただいて嬉しいです。このような表現は結構僕の手癖の一貫でもあるのですが。僕としてはアイコス、トマトジュース、あんまんのくだりが以前の僕なら書かなかったかもしれない部位なので結構気に入っています。素晴らしい。ありがとうございます。 (故郷の中華街はいつも灰色)

2019-03-08

ティコの灯台さん、コメントありがとうございます! 焦燥感、喪失感というのはこの詩の大きなテーマでして、そこに気づいていただいて嬉しいです。この詩はあんまん、太平燕など日本で作られた中華風料理が多数出てくることからも分かるように、バッタモン中華街とでも言っていいような場所が舞台になっています。ですからタイトルの故郷は恐らく日本のどこかでしょう。その風変りな中華街で繰り広げられるのは、自己の喪失、アイデンティティの喪失、自分が誰かも分からなくなった男の焦燥の物語であり、疲弊の物語でもあります。この詩の話者は限りなく僕に近い誰かで、ラスト少女が見たドブネズミというのは自分を卑下して、自嘲して書いた話者、つまりは僕自身のことをさしています。そういう心境だったんですね。この詩を書いた時は。喪失感と疲弊感が半端ではなかった。詩としての体裁、完成度を重視しながらも半ば自棄的な心持ちが深層にあったのは確かです。愛の形というフレーズは僕自身、直截すぎて使うべきか悩みましたが、お金、女性、世の中と社会との関わり方、それらを総称して愛の形と使わせていただきました。ですからこの詩に出てくる愛の形は、結構卑俗で卑近、それでいて俗世間の事実を指すような物事をも示しています。最後になりますがこの詩で食べ物、飲み物が多く出てくるのはビーレビューで学んだ五感すべてを刺激する詩を実験的に作ってみたかったというのもありました。ではでは長文失礼しました。 (故郷の中華街はいつも灰色)

2019-03-08

夜行とこの作品を拝見しましたがこちらの方が好みです。それ+の小林素顔さんらしい、そこはかとないユーモアも漂っているのはこちらの作品ではと思いました。こちらに感想を載せるのは若干気が引けますが、夜行の方は大きく冒険しているものの、やはり肩に力が入りすぎている印象がしました。その点こちらの同衾は、宇宙人ひな祭りケーキ貴方と鍵になる言葉、存在が四つ出てきますが、宇宙人とのユーモラスなやり取りのあと、貴方にケーキを食べに来てほしいと誘い、「貴方の匂いを残して 宇宙から守ってください」と来る流れ。不可思議に調味されたロマンティシズムのようなものを感じました。良いと思います。 (同衾)

2019-03-06

何だか目につく。いい作品だと思いました。少しずつ壊れていく自転車のようにありたいと願ったり、この世界に在るだけじゃどうしようもなく寂しいと思ったり、何となく宮沢賢治っぽいと一瞬思いましたが、最後の「思うわけです」という翁のような語り口もこの内容ならある程度しっくりくる。良いと思います。 (自転車)

2019-03-06

仲程さんの詩の世界観は温かい。こういう詩を書かれる方が親友だったり、たまに便りをくれる友人だったりしたらどれほど心がほっこりするだろうと思う。この作品には恋についての言及があり、雪は降るが言葉はとんと降ってこないと嘆息する様から、何か恋煩いのようなものにかかっている語り手というのが浮かび上がってくるが、そういう解説がどうでも良くなるほど読んでいて心地よい。雪は消えたがことばはとんと、という締めも美しいのではないでしょうか。 (格子)

2019-03-06

これはかなりいい作品なのではないでしょうか。今しがた自分も一作書き終えたところなので、詩文に対する感度が高まっているせいもあるかもしれません。にしても抱きしめたのは「苗字しか知らない少女」だったり、点滴のように1095日送りこまれたという描写があったり、女性的な感度と冷徹な観察眼が光る。留めの「雪国の桜は3月に咲かない」。いいと思います。 (桜)

2019-03-06

了解しました。ではツイッターにて。機会があれば。 (別れの流星群)

2019-03-06

せいろんさん、今一度コメントありがとうございます! ジョーカーの一節は実は迷ったところなんですよ。でも裏か表かわからない、白か黒かわからないジョーカーが、別れの際に嘲笑うようにするしかないというのはなかなかに倒錯的で素敵なんではないでしょうか。 (別れの流星群)

2019-03-06

小林素顔さん、コメントありがとうございます! なぜ詳細な具体例、描写がなければ「別れの瞬間の気持ち良さ、健やかさ」が伝わりづらいのか分かりかねますが、ぼんやりとした抽象論、抽象的描写でも充分にそういう心地よさは伝わるものだと僕は個人的には解釈しています。絶え間ない笑顔の中、あと残された時間をどれくらいか噛み締めながら、流星群のさくらが別れの対象である君に舞い落ちる。なかなかに素敵じゃないですか。小林さんのポストポエム論をツイッターで拝見していますが、その思考の過程で表現の幅を狭めることを人に求めていないかと懸念さえしました。この詩はこれでいいんです。具体性も詳細もいらない。ひたすら心地よさの外輪へ、見る人、読む人が自らの境遇に照らし合わせて、触れる。そういう詩なんです。悪くないんじゃないでしょうか。 (別れの流星群)

2019-03-06

沙一さん、コメントありがとうございます! 僕らしいSF的な世界観ですか。僕の作風もある程度確立、定着してきたようで嬉しいです。流星群を隕石かミサイルの襲来と捉えるなら、この詩はまさに世界の破滅的様相の詩になりますね。そんな中美しく、君の横顔にさよならのさくらが舞い落ちるだなんて最高じゃないですか。新しい解釈で彩りを加えていただきありがとうございます。 (別れの流星群)

2019-03-06

せいろんさん、コメントありがとうございます! そうですね。横顔は後ろ姿を見せる直前、別れの一歩手前の瞬間であり、その解釈は間違っていないと思います。あと最も憂いが滲みやすいのが、横顔という僕の考え方もあります。この詩は職場のまだ若い先輩女性が退職するにあたって書いたもので、あの別れの瞬間の気持ち良さ、健やかさを表現しようとしています。だからこそ平易であったり、詩として聞き馴染みがあったり、凡庸にも取られかねる表現をあえて使っています。それもあの別れの美しい瞬間を形にして残しておくため。その点ではとても成功したし、満足行く出来映えになったと思います。一つ後悔したのがタイトルを「さよならの流星群」にすればよかったということ。それだけが心残りです。何れにせよ好印象を強く持っていただけたようで幸いです。ありがとうございました。 (別れの流星群)

2019-03-02

花音さんって打たれ強いというか結構タフなメンタリティを持っているのではないか、とこれまでの作品群、そして当作品を見て思いました。これだけ多種多様な作品が投稿されているビーレビューで、よく言えば純粋、悪く言えば平易でポエティックな作品を臆することなく投稿し続けている。作品の軸がブレナイ。読んだだけで花音さんの作品と分かる。続けてみれば新しい突破口が花音さんにも、読み手にも生まれるかもしれません。 (好きという名の毒を吐いて)

2019-03-01

宗教的、スピリチュアルな「気づき」の世界ですね。悪くはないのですが、何かもう一つアクセントが欲しいとも思いました。それが何かはもちろん僕がとやかく口出しすることではなく、筆者様が見つけるものでしょう。 (眠り)

2019-03-01

暗い、暗澹としている。慎重さの中に臆する気持ちも潜んでいる。前作「希望のベランダ」では平易な表現の中に、絶望に近い感情が織り込まれていたが、この作品はまだその前段階という気がする。渡ってみて欲しい。川を。その向こうにきっと開ける世界があるだろうから。 (確率が知りたい)

2019-03-01

面白いですよね。本当にエイクピアさんの詩は短い中に、テクニックと詩への含蓄が込められているような気がする。余計な表現は省いて、一見つながりのない、飛躍した表現で意味を成す。特にこの作品、観念的な場所に話者の思考があると思いきや、最後午後の紅茶がとてもうまかった、とても身近な表現で終わる。いいと思います。 (午後の紅茶)

2019-03-01

美しいし、短詩として完成の域に充分達しているかなと。ただ一つ気になったのは「あぁ、なんてこと」という感嘆詞を使わずにそのような意味合いを持つ表現を持ってこれなかったのかなということ。「あぁ、なんてこと」というフレーズは洋書の余り良くない和訳で出てきそうなフレーズな印象がしたので。内容自体は太陽とあなたを重ね合わせる印象もあり、話者にとって「あなた」がどれほど大きい存在か伝わってくる気がしました。インパクト充分だと思います。 (太陽)

2019-03-01

精一杯沈黙を生きるっていいフレーズですね。黒髪さんの半生から来る生き方のようなものが見えてきました。序盤中盤は何か児童書にでも書かれているような内容ですが、最後の沈黙を生きています、ですべての内容が底上げされている。いいと思います。 (タンポポ小景)

2019-02-21

言葉と言葉の連なり、単語と単語の連なりから起きるミラクルが素晴らしい。ただ自己韜晦の印象も若干あり、詩の全容を掴むことは出来なかった。しかし一目見て構築された美を感じるのもたしか。 (ミラージュ)

2019-02-21

まりもさん、一言コメントありがとうございます。ほぼほぼ僕の狙い、要点をとらえていただいていたので嬉しいです。 (B=REVIEW 2019年1月投稿作品 選評)

2019-02-21

あげたいあげたいあげたい だが! それでいい! (【要読】大賞作品投票のお知らせ(2019年1月B-REVIEW杯) )

2019-02-19

あげるのよ? あげてあげてあげて! いーんです! (【要読】大賞作品投票のお知らせ(2019年1月B-REVIEW杯) )

2019-02-18

黒髪さん、遅れましたが「2020.4.19 ピエロの走り書き」を優良に選んでいただきありがとうございます! この詩の近未来的要素。僕の詩の特徴の一つとしても確立しつつあるのでその点を評価していただきとても嬉しいです。僕が常々狙っている近未来観というのはいつの時代においても10年後から20年後をイメージさせる世界観であり、それでいて未来永劫訪れない世界でもあるのです。これは結構難しくセンスが必要なことだと思っているのですが、小さな頃から聴いていた音楽などで僕はそのセンスがかなり養われたようです。僕は今後も10年後、20年後を想起させるが決して訪れない世界を描くことをやめないでしょう。これは僕の武器の一つにもなるようですからね。いずれにせよ高く評価していただきとても嬉しいです。それでは長文失礼しました。 (一月作品 [フルキュレーション]投稿作103 推薦4 優良3 大賞1  黒髪による)

2019-02-18

仲程さん、コメントありがとうございます! お返事遅れました。抑えぎみな詩文で、何のために生きていくのかとの情景が目に浮かんだとのこと。嬉しいです。この詩は最近投稿した「ハレルヤ」に比べて伸びやかさがない、弾けていないという印象を持っていたのですが、今一度読んでみると深みがありますね。実は「世界最大規模のディナーショー」とか「世界最大規模のエンターテイメントショー」とかのくだりは「なろう」で完結済みの自作詩集の一つから拝借したのですが、とても小気味良く、それでいて不気味で不穏、くわえてポップなイメージを喚起させるのに成功したと自分では思っています。痛みの音が響く、響いてるの部分で魂が揺らされ、内なるところに染みて行ったとのこと。この詩は自分が想像した以上に効果的な要素をはらんでいたのかもしれません。とても嬉しいです。ありがとうございました。 (2020.4.19ピエロの走り書き )

2019-02-18

面白い。僕が得意とするジャンルの面白さではないのですが、締めの宇宙を妊娠のインパクトが強すぎる。短詩としての魅力が存分に発揮されていると思います。 (SKIN)

2019-02-17

いいですね。外見的には希望にあふれるベランダ。しかしベランダの外から「私」を見る話者は「私」がそう簡単に希望を抱いて、平和だな、今日もいい日だな、とは決して思っていない複雑な心証を見抜いている。出たしはポエティックでありながら多くの含みを持たせる構成。ネオポエムとでも形容したくなる中身でした。 (希望のベランダ)

2019-02-17

犯罪者の名前が美しい、とは! 最高の書き出しじゃないですか! だがしかし中盤から後半情報量が密になり、なおかつ意味を瞬時にはつかみかねる描写が多くなった分、惜しい作品になったかもしれません。しかし素晴らしい出来栄えなのは事実。久しぶりに即コメしたくなりました。 (眼病)

2019-02-14

タイトルが良い。ライトポップな文学でありそうなタイトル。村上龍の「イン ザ・ミソスープ」みたいな。内容は辛辣で読む内に少し気が重くなってきますね。最終節の開き直りで救われた感がありますが。この詩のタイトルの持つイメージ。もう既にモラルとか倫理などが取っ払われたイメージとは内容は少し離れていたような気がします。僕自身の期待とあくまで感覚的な視点からですが。いずれにせよ僕を大きくインスパイアしたタイトル、モチーフであったのは確かです。 (シュガー・ブルース)

2019-02-11

暗示ですね。まさに。幸福な家庭像をイメージするところから始まり、どうも違うなと思わせる中盤。そしてラストの賃貸住宅の一室での描写。これは皮肉な詩であり、シニカルな詩であり、実は「重い」。どんな現実を突きつけられても「恵まれている」から微動だにしない話者の姿勢は、抵抗しなくなった被虐者のようにも感じ取れました。面白いと思います。 (環境)

2019-02-11

一途な想いが綺麗に描かれていますね。星になる、というのは亡くなったことの比喩かと思いますが、私もお星さまになりにいく、ということは後追いでもするのかなという印象です。だとしたらかなり重い内容になると思うのですが、生も死も同一線上にあって美しい、決して悲観的なものではないという筆者、話者のスタンスがこの詩を綺麗に美しく、またある種シックなまでの純粋さを描き出していると思います。他の作品も読んでみたいとさせる内容でした。 (億千を越えて)

2019-02-11

良いですね。僕もまたバンクシ―に目を取られました。しかし、あくまで小林素顔さんのパブリックイメージから連想されにくいという意味でですが、「乱交パーティー」「ケシ」と言ったアンモラルな語句に少し違和感を感じました。コメ欄にて内的世界のモチーフで詩的飛躍を描こうと思ったとのことですが、まだ体がついていっていないのかなとの印象も抱きました。このようなモチーフを描くなら、もっと字面、視覚的にも崩壊しても良いのだがとも感じました。四行で一連を丁寧に書き起こしているのも小林さんの素直で実直な人となりがうかがえ、扱おうとしている素材の巨大さをまだ持て余しているという印象を感じました。ただこの世界観は好きなことは好きです。 (捨身飼虎)

2019-02-11

んー。何かシニカルなんだが「みんしゅしゅぎ」というタイトルからも分かるように、子供のような目線をあえて取ったデモクラシーへの批判は、かつて誰かがしたかなという印象です。書かれている内容は辛辣ですが悪くはない。これを詩として持ち上げるまでが難しい、はず。仮名吹さんは毛色の違った作品をよく投稿されるので、また次回期待したいです。 (みんしゅしゅぎ)

2019-02-11

書きだしは凄くいい。読んでみようと思う。ただ読んでいくうちに少し恥ずかしくなってくる。それは技法とか手法、表現が未熟という意味ではなくて、君への想いが切々と書かれている中盤から後半にかけてが、本当にいい意味で「青く」て純粋に気恥ずかしいなという印象を読み手に与えたのだと思う。ツイッターにあがった写真。「頭の悪そうな野郎と一緒で」は完全に主観で、それがために「君」が少し馬鹿そうになってて、というのは「君」が少し可哀想かなと思いました。だがしかしそれもどんどん君に否定的になっていって、それでも最後「多分君のことを思ってる」につながるのならばいいかなと、というのが感想です。 (後輩)

2019-02-11

素朴で朴訥として優しい。「その罪に をののきながら」。罪以外に言葉がなかったのかなとも思いました。この無常観、叶わない想い、願いを淡々と描いていく手法はとても好きです。ただ僕だったら、このモチーフもう少し洗練された書き方をしたかなという印象です。だがしかしこの素朴さゆえに持ち味が充分に引き出されているのも事実。ishimuratoshiさんには「秘法」でハードルが上がってしまっているのかもしれません。 (罪)

2019-02-11

柿原さん、コメントありがとうございます! お返事遅れました。この詩はですね。東京五輪反対の詩ではないです。そのようなディティールに富んでいることも事実ですが。この詩は政治的寓話、寓意の詩として読んでも充分なのではないかと思っています。首を斬りおとされる王とは、別にナポレオンでもロベスピエールでも皇帝ネロでも、何ならヒットラーでもよいのです。それぞれのパラレルワールドにおける独裁者、暴君、墜ちるべき人、星を思い描けばよいのです。そこからこの詩の読み取り方も見えてきましょう。以前僕は「瞑想する世界」という詩で「政治的ファンタジーの詩を書いているのか」という批判めいた指摘を受けたこともありましたが、辛辣な寓意、寓話性を持つファンタジーならそれでも特段構わないと今では思っています。だがしかし柿原さんがこの詩から多くのイメージを喚起していただけたのは事実であり、嬉しい限りです。痛みの音が「ミュンヘンオリンピック事件」を想起させるとは、予想外でしたが、それもなかなかいい風味が出ているなと思います。それではまた。 (2020.4.19ピエロの走り書き )

2019-02-08

可愛い。ほっとする。癒されるというのが第一印象。君はもったいない男だな。パンケーキに限らずと続く。話者がこんな私を捨てるなんてもったいないよと言っているようでとても愛らしく映りました。 (君が残したパンケーキ)

2019-01-30

何だこれは! 良い意味での驚きがあります。柿原君、前衛詩、実験詩にも手をつけるようになったんだね、という印象。内容的にも美学によるゲリラ戦を戦い抜いた黙字たちが、黙字による政治を行うという内容。スリリングで暗に隠れたエロティシズム、色気も感じる内容でした。良作ではないでしょうか。 (a mute)

2019-01-30

沙一さん、コメントありがとうございます! ゲームの世界に入り込んだり、現実がゲーム化する。本当に鋭いですね。この詩における戦争は寓意的であり、心象風景であり、作り物であり、カリカチュアされた幻想でもあるのです。だからゲームという表現は間違っていない。かなり近いものがあると思っています。やはり身体性がある種失われた主人公は、観念的な世界に閉じこもった主人公は、ゲームの中で幻想の中で死すべき運命にあるのでしょう。最後死に絶える主人公が生きる喜びを実感する。まさにその通りだと思います。身体性を無くし生きてきた主人公にとって吐血し、倒れ伏し、絶命することが、すべてを清算し、楽になる最高の喜び、歓喜だったのかもしれません。ありがとうございました。それではまた。またハベルの塔を褒めてもらえて嬉しいです。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-12

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 父殺しを犯した主人公こそ紛れもない狂人。その通りかもしれません。この詩の主人公は平和主義で理想主義者なのでしょう。だからこそ謂れのない戦争で、家族という小さな単位を理由にして、半ば盲目的に人殺しを続ける父を、その自身の過去のトラウマも含めて、許せないのです。だからこそ父を殺す。主人公には主人公の正義、愛があるのですが、この心象風景たる戦争の中においても、彼は一般的に見れば狂人なのです。悲しいですね。長い間閉じこもり、育んできた理想と愛が狂気につながるなんて。そういう悲劇性を帯びた、そしてそれが伝わったという点においてこの詩は成功だったのではないかと思います。強烈な皮肉になっている。シニカルな要素を含んだというのは良かったと思っています。僕の好きな曲で「シニカルスカイ」皮肉な空という歌があるのですが、期せずしてその曲の無常観とリンク出来たのではないかと思っています。では。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-12

みうらさん、コメントありがとうございます! そうなんですよ。戦争というものは巻き込まれた側から見れば、カリカチュアしたり戯画化でもしなければやってられないものだと思っています。この詩では戦争は(話者の心象風景でもあるのですが)多分に戯画化され、簡明化され、シニカルでコミカルな要素でさえ含んでいます。気分はもう、最後の戦争。ハルマゲドン、聖書的な世界における最終戦争でさえ、軽んじられる。シニカルに見て重力を軽くする。そういう試みがこの詩ではなされているし、そのアプローチがこの詩では成功したと思っています。では、ありがとうございました。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-12

杜さん、コメントありがとうございます! 平成が終わり、新しい年号を迎える。負の遺産を含めて様々なものを清算しなければならない時期に来ていると思っています。それがこの詩においては父子の関係であり、世の中とそぐわなかった子、男の心情であるのです。この詩では部屋へと引き籠った、自分の殻に閉じこもった、それでいて闘争的な男の姿が描かれていますが、彼は挫折します。志半ばにして倒れます。それは隠れ潜んでいた間に世の中が様変わりしていたことに気がつかなかったためであり、追いつけなかったためでもあります。彼の心象風景は、戦争のように破綻して、破滅した世界のそれであります。まさに気分はもう、最後の戦争、なのです。この詩の話者は父殺しを犯し、破滅し、死を迎えることである種のカタルシスを得て人生を清算しますが、歴史はまだ続いていきます。彼が死しても世界は続いていくのです。新元号を迎え、ミクロのあるいはマクロの清算がおわったあと、どんな時代が始まるのか。それは僕も楽しみでもあります。それがこの詩における一つの希望なのではないでしょうか。それではこれにて返信を締めさせていただきます。ちなみに俺と僕の混同は単に僕のミスです。笑けてしまいますが自分でも惜しい! と思っています。残念です。それではまた。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-12

また、この詩においては色々なことがありましたが、私も反省すべき点は反省し、滋養とすべきものは滋養とし、次へと繋げたいと思います。この詩に寄せられた感想は、僕への声援、励ましも込められていたと捉えて精進していきます。みなさんに感謝します。それではまた。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-12

オオサカダニケさん、おはようございます。私がご指摘されたツイートをしたのは事実であり、間違いありません。私の意図としてはダニケさんの酷評と私が取った評価に対して、自分自身の感情にクッションを入れるつもりであったのですが、ビーレビ運営の一人としても、ツイッター利用者の一人としても軽率な発言であったことでしょう。よってここに謝罪し、当該ツイートを削除することをご約束します。自分の軽挙であり、軽はずみな言動であったことは事実です。心からお詫びいたします。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-11

またこの詩、作品において有意義な議論、話し合いをしてくれた方々に感謝です。とても胸に染み入る言葉も多数ありました。ありがとうございました。まさか渡辺君の批評のお手本、流儀を披露する場になるとは思っていませんでしたが。何だかおかしくて笑ってしまいます。ですがそれらも含めてこの詩は僕にとってとても印象深いものになりました。みなさんありがとうございました。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-04

羽田さん、コメントありがとうございます! いち一般兵の戦争とはこのようなもの。そうですね。司令塔、ブレインである国家中枢、もしくはリーダーが舵取りを間違えば、末端の一般兵とはこのようになるものだと思います。私利私欲で動き、生き、ただ敵を殲滅するためだけに戦う。大いに不毛だと思います。そういった戦争の悲惨(メッセージとしてそれほど強く入れたつもりはありませんが)を期せずして描けたのは良かったと思います。また自衛官? 自衛隊の一員? であった羽田さんからそのような感想をいただけて嬉しいです。またもう少しシンプルにまとめたら、とのこと。僕も投稿後それを思っていました。もっとスリムにそしてそれこそエッジの効いたフレーズを散りばめたらこの作品は傑作の部類に入っていたことでしょう。なろうに改稿版を投稿するかもしれません。その時は目を通してくれるとありがたいです。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-04

帆場さん、コメントありがとうございます! そうなんですよ。バベルの塔は最初から崩壊することが定められているのです。それでも話者の若い当時は駆けこまざるを得なかった。逃げ込まざるを得なかった。そこにこの詩の悲劇性があると思います。塔が崩壊して地上に今一度戻った話者に待っていたのは、年老いた父、気の狂ってしまった父と戦争。これを悲劇的と言わずして何というのでしょうか。序盤、読み手を惹きこむ工夫が若干足りなかったため、この肝である中盤から後半にまで読者を引き留められなかったという点は反省点として大いにありますが、中々濃厚なそれでいて、人間そのものを描写するのに成功している詩だと思っています。また丁寧すぎて深い感動は生まれなかったとのこと。それも気の利いたフレーズや驚きのある変化とかをもたらさなかった僕のちょっとしたミステイクでしょう。散文詩的に完成されすぎたのかもしれません。次は読み手を飽かさず離さない作品を志向しようと思いますよ! なおこの作品はなろうにて推敲版が出るかもしれません。その時をご期待ください。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-04

TO-Yさん、まるで返詩のようなコメントありがとうございます! TO-Yさんのコメで気づいたのですが、この詩は現代版浦島太郎でもあるんだなあと。バベルの塔に立てこもりクリエイティブな殻に閉じこもっていた話者が、現実に帰るとそこには悲惨な戦争しか待っていなかった。塔に潜んでいる間に時間は刻々と過ぎていて、自分は年老い現実はまるで様変わりしていた。これを浦島的だと言わずして何というでしょう。自分で言っていて笑ってしまいますが。まさに過去は澄んだ水のようであるのに、未来は川の源流の岩みたいに頑なで閉ざされている。絶望的なんですね。この詩の構成は。でも僕自身としてはそういう悲惨で悲劇的な境遇でさえ包み込み、癒し、浄化する作用のある詩を心がけました。この詩は大部分においてそれが成功していると思います。それでは閲覧及びコメントありがとうございました。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-04

かるべさん、コメントありがとうございます! ヒップホップの魂。僕がよくヒップホップを聴いているせいかな? 反骨というか反逆というか「やってやるぜ」的な気概をこの詩から得られたのかもしれません。この詩は実はある映画のワンシーンが着想のもとにもなっている作品なのですが、好んで音楽を聴く僕の嗜好が反映されていたのなら、それはそれで良かったです! 面白かったとの評も感謝です。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-04

つきみさん、あらためてコメントありがとうございます! 構成、筆力ともに褒めていただいて嬉しいです。潜れる、というのが何とも言えず書き手冥利に尽きる言葉です。また心象風景としての戦争シーンにより一層リアリティを持たせるための方法、了解しました。youtubeなどでぜひともチェックしてみようと思いますよ! それでは丁寧なそれでいてこの詩を気に入ってくださった感想に感謝します。ありがとうございました。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-04

渡辺君、コメントありがとう。これから指摘の一つずつに応対していく。まずヒャダイン氏の言葉を引用しての、いわゆる掴みに失敗しているとのことだが、そうだろうと思う。この詩は一気に書きあげたせいもあってその点は配慮が足りなかった部分もあろう。次に厨二臭が強いとの指摘だが、私は実際厨二という言葉が余り好きではない。厨二臭が強かろうが強くなかろうが、君が顔を赤らめようが赤らめまいが別にそんなことは関係ない。私は詩作ルート、詩の遍歴の中で書くべきものを書くし、厨二病の傾向があろうとなかろうと躊躇せずに書くだろう。そこに言葉の検閲、表現の検閲はない。それは君が在る言葉、既に存在する言葉として「白痴」という単語を使うのと同じことだ。なお私は君が白痴という単語を使おうが使うまいが、差別用語として言葉狩りされている言葉を使おうと使うまいが、眉をしかめたりは決してしないし、批判するものではない。君は自由だし、私も自由。だから君が顔を赤らめたとしてもどうぞご自由に、顔を赤らめておいてください、と思うだけだ。さて次に大友克洋の「気分はもう戦争」のもじりではないかとの指摘だが、その通りだ。このフレーズはタイトルを初めて目にした当初から気に入っていた。これも君がマイナーと思おうが、大友克洋より蛭子能収の方が勝ると思っていようが関係ない。戦争は常に結果として気分で起こるものだからだ。さらにこのタイトルは、大友克洋のネームバリューに依存してつけたものではないことを言明しておく。ついでに言及しておくが、君が大層こだわって、お気に入りで、影響も受けている蛭子能収の方が大友克洋より優れているという君個人の感想、思い入れをここで書くべきだろうか。私はそうは思わないし、蛭子能収が優れていると君が思っていようがいまいが、私には関係ないし、知ったことではないし、それこそどうでもいいことだ。蛭子能収が好きだ、というならツイッターか何かで呟いてみたらどうだろう。その方が自由度も増して、君にとって有意義だ。最後に「気分はもう、最後の戦争」は冗長な映画だったとのこと、起伏がなかったとのこと。そのような印象を君が抱いたのも、ひとえに序盤の失敗、ミステイクから生まれているのだと思う。これが感想へのレスだ。またルミナスラインについてはストーリーの中に散りばめられているというのが理想、というのは同意だ。それと感想、批評というのは個人の好みや、良しとする詩の理想像に依拠して書く、書かざるを得ないものだが、君の今回の感想、酷評は自分の好みが絶対という根拠のないものにかなり依存していたとは思う。だが客観的であり、冷静な批評眼に頼ったものもあるにはあった。それでは以上だ。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-04

中々良いと思う。ただルミナスラインを作ることにこだわる余り、全体が散漫になりそして分散しているような印象を受ける。無味で透明な強力な毒。とっくに黒いすすに変わったダイヤモンド。冬の木は無限なのに桜しか咲かせない四月。人のいなくなった村だけが美しくなる自然。そしてそれを好きだとは絶対に言わない話者。胸にほんのりと、時に鋭く刺さるセンテンスを多数用意したのは素直に素晴らしいと思う。あとはこの詩で使われたフレーズが一つの作品として連結するかどうかだと思う。投稿されるたびに感心しているのは付け加えておく。 (ニューヨーク天神駅「2002年金星 それとも 人類は衰退しました」)

2019-01-03

たしか先月の作品にコメしたはずだが。その際に「人物に迫るとかクソやねん。この文章結構いいからな。」とのレスがついたのでコメするだけ不毛と私は考えた。何なら今からあなたのルミナスラインを幾つも放り込んだ詩にコメ入れをしてもいいが。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-03

オオサカダニケさんへ。感想でも批評でもない、思ったことの垂れ流しは本来スルーすべきなんだが。ダニケさん、あなたは人とコミュニケーションする能力が欠けているようだ。それも徹底的に。加えて再三の警告、イエローカードの発出、ガイドラインの意味を読み取る力にも欠けている。あらゆる点で幼稚で稚拙。ネット上においてでさえ人と意思疎通するレベルに達していない。ネットの向こうには生身の人間がいる。その人物がどういう人間かも知らないで、自分(ダニケ)の痴態ぶりを晒すのは危険なことだ。これは最後の警告になるでしょう。運営の1人としても申します。次に感想、批評に値しないコメ活動が見られたら、あなたはビーレビューを追われるでしょう。以上です。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-03

オオサカダニケさんへ。「こんな長いものに目を通す人間がどれだけいる?」は百歩譲って挑発抜きのライトレスだったとしよう。だが「貴様の駄文に対する感想である」はれっきとした1ユーザーへの罵倒であり、侮辱であり、ガイドラインに抵触するものだ。もしあなたにそれが出来るほどの器量があるのなら今後一層気をつけて欲しい。また「超一流のプロによる、適切で精密な批評ですら、思ったことの垂れ流しだ」については、あなたはそう思うだろう、だが私はこうだ、と思うだけで反論する手間をかけようとは思わない。ただし過去の素行を持ち出して、というのは当たっている。その通りだ。黒髪さんの作品への煽り発言、taishi ohiraさんの作品における渡辺氏への侮蔑的発言、そしてサイト自体への罵倒。それらを総合して私は、「次に感想、批評に値しないコメが見られたら」と発言させていただいている。もしダニケさんがもっと狡猾に、ダイナミックに人を揺さぶるほどの詩作活動、コメ活動をしたいのなら、言質を取られないようにすることをお勧めする。あなたの発言、言動、振る舞いはすべての人の目に晒されている。それは私への悪態に関しても同様だ。あなたは一つ失言をするたびに、一つ失態を犯すたびに信用と信頼を失っていく。これからはもっと狡く、賢く振る舞ってほしい。そうすればあなたの揺るがないルミナスラインへのこだわり、詩とはどうあるべきかの姿勢に共感する者も現れるだろう。ここで最後のイエローカードを出したいところだが、私はそんなに酷な人間ではない。あなたには失った信頼、確定しつつある悪評を覆す機会が与えられている。それがもし出来ないのならば潔く自ら立ち去るべきだろう。あなたには幸運なことにフォーラムという場が与えられている。ここを存分に使って自らの思想信条を開陳してほしい。健闘を祈っている。それではまた。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-03

つきみさん、コメントありがとうございます! はい。僕は小説を書いています。筆力を褒めていただいて嬉しいです。また心象で見れば、とはどういうことでしょうか。心象風景として中盤以降を見るなら、ということでしょうか。それならばこの詩の中盤以降は心象風景としてとらえてもらって結構です。よろしくです。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-02

暗い。暗澹としているが、その先に希望のあることが仄めかされていて良い。法悦はどうでもよいとの趣旨の記述があり、宗教色を一蹴し、極々パーソナルな詩として完成させ、なおかつみなが関心を注げるレベルにしているのも素晴らしい。この詩は桐ヶ谷さんの詩的探訪の一貫として読みました。この先桐ヶ谷さんがどんな詩を書かれていかれるのかとても楽しみです。 (泥)

2019-01-02

こういう詩いいですよね。シンプルで。希望に満ち溢れている。ミニ藤子不二雄みたいな詩世界。オプティミスティックな未来像。とても僕は好きです。 (打電)

2019-01-02

つきみさん、あけましておめでとうございます。「瓦礫の淵」を優良作に選んでいただきありがとうございます。手前味噌ですが今振り返ってみると本当に美しい詩でしたね。「瓦礫の淵」。このような詩は中々書けないと思うので、評価していただいてとても嬉しいです。これからもコメ、詩作ともにビーレビ内、またその他の場所でも活発に活動なさるのを期待しています。 (十二月分フル選評。)

2019-01-02

狂気はもはや特権ではない。氷の憂愁は万人の胸に。などインパクトのあるフレーズが多い。宗教色に染まる一歩手前で踏みとどまっている感も凄い。僕個人としては宗教色の強い語句、表現をどれだけ使わずに、そのような感慨、効果をもたらす詩を書くかがポイントだと思っているのですが、この詩はギリギリのラインでセーフ。中々にいいと思います。 (ナイフ)

2019-01-02

いい詩だと思う。最近の三浦さんの詩は自己の消失寸前のところで書いていてとても心地よい。ただ三浦さんというビーレビ界隈で浸透したパーソナリティに少し依存している気もあり。しかしそれを巧みに利用しているのならばそれはテクニックであり、技巧であり何も責め立てられるものではない。良詩だと思う ちなみに私は死ねばいい、と来れば「どうした? 何があった。大丈夫か?」と脊髄反射で来るステレオさんでもある。タイトル違った方が良かったかも、と極々個人的には思う。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-27

何なんでしょう。この読んでいる間の幸福感。詩的思索、物思いに惹きこまれていく感覚がとても心地いい。そしてフィラデルフィアシリーズなのに悪魔的な幻想、幻覚めいた悪夢のようなものが一切ない。これは…、もしやと思ったらコメント欄に僕の名前が。やはりフィラデルフィアシリーズにテコ入れをしてくださったのですね。まるでこれまでのフィラデルフィアシリーズが伏線となり、回収されるかのような美しい出来栄え。「寒さを楽しんだ」詩人がこれまでのシリーズでの悪夢をすべて払拭したかのような印象さえ与える。個人的に「風」の「色のない色。吹き込め、吸い込め。」がとても好きです。期待に存分に応える仕上がりだったと思います。 (フィラデルフィアの夜に Ⅸ)

2018-12-26

あなたが好きですよ、と告白が冒頭にあるからまだ良いが、ここまで生きること?に否定的もしくは厭世的になってる人にその類の言葉を一度にたくさん投げられたら、僕はその人はもう会いに来なくていいかなと冗談紛れに思ってしまいました。多分愛の深さなのでしょう。愛。万能薬ですから。すべての厭世的症状の。良く効くと思います。 (メグ)

2018-12-23

祖父の面影が伸びていく。父祖の面影は異人のまま/空へと伸びる。などの直系の祖先への言及がとても良い。祖父や父の面影はいつだって謎めいている。同時にノスタルジーの彼方へ封印されるものだ。そんな僕の感慨を引き起こすほどこれらの記述は良く出来ている思う。 (泳ぐ器)

2018-12-23

これはかなり良い、というか面白味のある作品なのではないだろうか。学校や大学と言った閉鎖的でまだ小さなコミュニティで発生する狂気のようなものを感じる。実際詩中でも小林君が発狂したとの記述がある。そして同時「忘れさせて あげない」を連呼する詩の話者にも狂気めいたものを感じる。全てが閉ざさていて不穏。そのイメージを短い詩の中で喚起するのに成功している。中々に良いのではないだろうか。 (あげない。)

2018-12-23

黒髪さん、コメントありがとうございます! この詩はとても内面的なものです。内面的なもの、詩、創作物は深く表象の世界とリンクしているというのが僕の考えでして、同時にみなの内面から厳しさ、残酷さ、狡さ、あるゆる悪徳めいたものが払拭され、無くなった時に表象の外部の世界、目に見える世界からもそれらが無くなると僕は考えています。まずは内面、心が存在し、外部がその人の目の前で展開される、そういう考えです。かなり理想主義的で、抽象的ですらある考え方ですが。この詩は内部浄化、内面浄化の意味合いも込められた作品ですので、目に見える世界も同じく浄化されるように、という願いも込められているかもしれません。黒髪さんは「何も悪いことは起こらない、智慧さえ育てれば」と楽観的に考えているとのこと。とても素晴らしいと思います。では「ひとりで見る夢はただの夢、.みんなで見る夢は現実になる」。ジョン・レノンの僕の好きな言葉を引用して返信を締めさせていただきます。 (A baby dreams of a dream )

2018-12-23

つきみさんへ。単調。どこをどう解釈して単調と捉えられたのか分かりませんし、最早知りたいとも思いませんが、そう捉えられたんだなということ。 また「赤ちゃんが夢を夢見る」なら良かったとのこと。それは良かったです。自発的行動力を産み出す。詩とはそのような要素があってさらなる深みが増すものでもありますから、その点も良かったです。 (A baby dreams of a dream )

2018-12-22

つきみさん、コメントありがとうございます。随分曖昧でアバウトな感想が来ましたね。後、あれでした。では僕は返答しようがないし、返答しようとも思えませんよ。加えてつきみさんに「あれ」の真意、意味を聞きたいとも残念ながら思いません。ダイヤモンドなのかトランプのダイヤなのか分からないとのことですが、それは貴方にとってはとても重要なことだったんでしょう。僕にとってはトランプのダイヤの涙を流す、とは考えづらいし、使おうとも思いませんが。コメント入れ、論評活動に力を入れているのは評価しています。では。 ※あとbabyは赤子、赤ちゃんで正解です。 (A baby dreams of a dream )

2018-12-22

沙一さん、コメントありがとうございます! 速度感ですか。ありがとうございます! この情報量で速度感はなかなか出せないので、意識しましたしその仕上がりに個人的にもとても満足しています。ありがとうございました。 (A baby dreams of a dream )

2018-12-22

凄くいい。冒頭からドキリとさせられる内容。それでいて未亡人の秘密に徐々に迫っていき、喪われた人をないがしろ? にする彼女の姿が目に浮かぶ。一つの謎解きの詩として良く出来ているし、詩情も出ていると思う。次は素材自体が刺激的でないものをどう描くかが観てみたいです。 (呪いの指輪)

2018-12-21

最後の一連で、特に「のです」を続けたせいで全体が僧侶か何かの説教のようになってしまった感があります。そこが惜しい。内容自体は誰もが通る、描きたいであろう、過去のトラウマや傷を自然や時間が癒していく詩という印象がしましたが、もう一歩何かエモーショナルな要素、驚きがあったら良かったかなとも思いました。 (風が吹いている)

2018-12-21

タイトルと中身だけ読んで「へー」と感心していたんですけど、ふじりゅうさんの作品だったんですね。何でしょう。目に入ってくるスリムな詩、すんなりと読める詩というのは、ある程度の思考の整理と、コンセプト性がはっきりと書き手によってコントロールされた詩という印象がします。この詩はそれが出来ている。一人の友達についての仮定、トランプをたしなむ貴族達の空想? それらが頭をよぎってイメージとして過ぎ去ったあと、踏切の音で現実が通り過ぎる。いいと思います。 (踏切)

2018-12-21

神の姿を求め、ない様を神という名詞を使わずに表現出来なかったかなあと思います。その他のフレーズ、表現はとても美しいし、優れている。神の姿を求めず、でズンッと無駄に重くなってしまった感があります。 (紺碧に遊ぶ)

2018-12-21

黒髪さんの作品、ツイッターでの呟きなど拝見していて思うのは時に自己懐疑的で、自らの思考をどう言葉でコントロールするかという意図。それがこの作品ではとてもオプティミスティックにポジティブな方で作用していると思いました。とても良いと思います。メリークリスマスでこの内容。投稿するのは大きな一歩を踏み出すようなトライであったと思います。そのトライ、成功したと思います (メリークリスマス)

2018-12-21

いいですね。何が、というと字面。見た目、画面から伝わってくるオーラ(つまりは整理された思考、意図のようなもの)それら全ての良さが僕が直近観た作品の中では優れていました。コンセプチュアルである一方向に纏まっている。そんな印象を受けました。 (生活)

2018-12-21

帆場さん、コメントありがとうございます! 僕らが二十年前に感じていた近未来。そういう印象もやはり抱かれましたか。そうなんですよ。実はこの詩の着想の原点は僕が幼い頃、ゲームの企画書として作った「サクリファイス」という作品なのです。だから透明感が残りながらの20年前の近未来という印象はあったと思います。2018年やビットコインの下りは成功でしたね。入れて良かったです。全体として現在の僕が描く2018年とビットコイン、そして10代の頃思い描いた近未来という二つの要素でこの詩は成り立っています。それはこの詩に独特のアンバランスさと同時に魅力をも作り得たと思っています。演出が面白い、また今、でないと楽しめないとの感想は嬉しいです。ありがとうございました。次作をまたお待ちあれ! (瓦礫の淵)

2018-12-14

三浦さん、コメントありがとうございます! 文章にまたも褒め言葉をいただいて嬉しいです。イイね! していただいたんですがステレオさんの文章をより一層お楽しみになりたいならカクヨムにて連載中の「月曜日は終わらない~そして魔王を倒しに行く~」をどうぞ。 (瓦礫の淵)

2018-12-13

つきみさん、再度コメントありがとうございます! 批判的ではなかったんですね。近代詩の特徴があると。つきみさんからこれ以上お言葉がいただけないようなので、ググりでもして近代詩とは何かに迫りたいと思います。ではチャオです! 我がアミーゴ! (瓦礫の淵)

2018-12-13

仮名吹さん、コメントありがとうございます! 意味の領域から飛躍して独自に活動。どういった点でそう思われたのだろう、と読み返してみたんですが、この詩いいですね。笑けてしまいますがやはりと言うか当たり前ですが驚くくらい自分好みです。しかしそこで留まってもいけないので近日発表する次回作はより完成度が高く、冒険したと自負している限りであります。ご期待ください! 裏切りがあり凄いとの褒め言葉。嬉しいです。 (瓦礫の淵)

2018-12-13

ちょっと比喩から比喩へと飛び歩く印象がして分かりにくい気がしました。具体性がない。これも帆場さんの詩に期待しているからなのでしょうが、帆場さんの詩に何を期待している、と明文化しない方がいいし、今の所したくない。だからあれやこれや言わない方が帆場さんの可能性がより一層大きく開けることになりそうです。僕は現時点ではそう感じました。少なくとも帆場さんはこの詩で留まる人ではないとは思いました。 (耳鳴りの羽音 *)

2018-12-13

良いと思います。正風亭より遥かに。あちらは文章の巧みさ、素晴らしさに筆者自身が若干酔ってしまった印象があるが、こちらにはそれがない。外界の刺激をシャットアウトしたくなるほど、傷を受けてしまった話者の姿が生々しく描かれているし、具体性もあってすんなり入り込める。それでいて自傷衝動に駆られて吐き出しただけの文面でもない。詩として成立している。中々に美しく満足のいくものでした。 (Soap bubble miss space.(過去作改題作))

2018-12-13

いいですね。まだ「歌詞」という雰囲気が残っていて(それ自体は何も悪いことではない)「午前五時の呼吸困難」という印象的なフレーズが繰り返される。この詩の話者の心情、体調面での不安定さが読者に刷り込まれるのにとても効果的です。「奴」というのは某M氏を指しているのかな? と一瞬思ったけど邪推に過ぎないかもしれないので、却下して。全体としてポップで分かりやすい。ご存知ではないかもしれませんがPSYSというバンドの「七度八分のデジャーブ♪」という歌を思い出してちょっと嬉しい、極々個人的な懐古趣味に浸れました。 (こきゅう)

2018-12-13

柿原さん、詩作に自信がついたのだなと書き出しからして分かる。安定して長い期間詩作品を投稿してきたユーザーの詩のようにも感じる。ただよくあることだけど上達し、洗練されていく内に小さなコミュニティにスポイルされたり、その他の猛者たちの中に埋没したりということがあるので、初めての閃きとビーレビューというある種の居場所を見つけた喜びを忘れないでほしい、と運営の一人としても思ってやまない。内容は「仕事を辞めた途端に『息ができる』と泣いた」のためにある詩作品とでも言えるかもしれない。この一節の美しさは半端ではない。そして最後に笑い合う僕と彼女。ぜひとも幸せになって欲しいと願わずにはいられないステレオさんでもあった。 (平成最後の冬)

2018-12-13

込み入っている。込み入った悲しみを感じる。非常に道義的で同情心に満ちた悲しみ。この悲しみに同調出来るかどうかは意見の分かれるところだろうけど、少なくとも僕は気持ち良く一気に読めた。過剰な描写と文章力で一つの詩世界を構築するのもベストだが、こういうストレートなメッセージ性を秘めた詩文も悪くはない。とにかくもデスクで忙しさの余り、あるいはストレスの余り泣いているのかと思いきや、からの描写するフィールドの拡大は中々に面白味があったと思う。まぁこれを読んだ素直な感想は「あれ」ですわ。 (嗚咽 *)

2018-12-13

フィラデルフィアシリーズの特徴「シュールで悪夢的な幻想」がここでも描かれている気がします。蛇が具体的には何を表す比喩なのか、僕には見当がつきませんでしたが、悪魔的で悪夢的な何か。生産欲に憑りつかれたモンスターの象徴のようにも思えました。青年は最後地獄を作り続けるとあるが、それが蛇のようになるためとは。何か文明、人類の繰り返される過ちを見せられた想いがします。安定した筆力と素材の徹底性。素晴らしいと思います。だがしかしフィラデルフィアシリーズにテコ入れとして、何か目新しさも期待感込みで欲しいとも思いました。 (フィラデルフィアの夜に Ⅷ)

2018-12-13

自由を求めながら自由を得られない。それがために死への誘惑に脅かされている、という印象を受けました。悪くないです。ちょっとした驚きもあっていい。だがそれよりも驚きなのは筆者様が詩作品に「番号」しかつけずにタイトリングしていないところ。よほど筆者様に描きたい一貫したモチーフ、テーマがあるのでしょう、とうかがわせます。 (詩 第二十)

2018-12-13

ふざけてんのか、と笑いながら読んでしまいましたけど、やはり穴さんの作品だったのですね。今の所ビーレビ内でこのポジション(ネタなのか物事の核心を突くのか分からないポジション)を保っているのは穴さんなので、この路線で突っ走って欲しい感もありますね。 (○月×日)

2018-12-10

いいなぁ。いいですねぇ。これ。そうなんです「あれ」に名前なんてないんですよ。その「あれ」に名前を付けたり、詳しく説明して賢者したりするのが古くは呪術師であり、現代では精神医学博士だったり脳認知学者だったりするのかもしれません。詩人もあれを探して日夜書いている。僕ら詩人はものを書いてあれを探るという古典的アプローチを取っているけれど、必要とする人は今でもどこかにいるでしょう。いや、この詩を観た時の感覚はまさにあれだ、あれ。あれなんですよ。 (名前 *)

2018-12-10

愛憎。可愛さ余って憎さ百倍という所でしょうか。もっと深読みすればいい所があるのでしょうが、残念ながらこの詩に新規性を余り見い出せなかった。いつか誰かが書いたような詩。桐ヶ谷さんでなくても恐らく書ける、ひょっとして既に誰かが書いたかもしれない詩。そんな印象を持ちました。僕が桐ヶ谷さんに期待しているのは…!(長くなりそうなので略) (愛と名づける)

2018-12-10

白犬さんの詩の中で一番好きです。ひょっとして一番完成度が高いんじゃないか。安易に英単語がポンッと出てくることもなかったし、残酷だけどどこか地に足が着いて語っている。ファッション詩人になっていない(ファッション詩人なんて言葉あるのか知らないが)。そんな感想を持ちました。良作だと思います。 (風骨)

2018-12-10

シンプルだなぁというのが第一印象。続いて、言葉はさまよう/ふわり、ふわり/たださまよう、の段において、言葉の表裏で人生が、運勢が、ふわり、ふわりとさまよい、翻弄されていく様を描いていて良いなという印象に。最後に結局言葉一つで人生の大半が決められる社会なんだよなぁという感慨に至りました。良いと思います。 (合格発表)

2018-12-10

待ち合わせⅠ、Ⅱとも拝見しました。お父様がくも膜下出血で倒れた時のことが反映されているとのことですが、Ⅰの方はとても不可思議で詩としての余韻も持ち合わせており、謎めいた雰囲気も出ていて詩としても面白味のあるものに仕上がっている。Ⅱの方は印象として一作目の謎を解明するためのストーリーで、詩情という点では難しいかなと感じました。恐らくⅠだけでは筆者様がお父様と一作目が浮かばれないとの感覚を持たれたのでしょう。二作目を作りたい、そして倒れたお父様のことを書いているとの気持ちが最初からおありになったのなら一作目で、お父様が倒れた時の出来事であるという仄めかしを入れることでⅠだけで完全燃焼する作品になっていたかもしれません。何れにせよ一作目の筆致はとても素晴らしく、興味をそそるものになっていました。ちなみにⅠ、Ⅱとも僕は悪い印象は持ち合わせていません。 (待ち合わせ)

2018-12-10

言葉のチョイス、そしてその感度は本当に素晴らしいと思う。ただ何を言っているのか、やりたいのか僕には一瞬分からなかった。最終節「『光あれ』と二度と云つてはならない」で辛うじて全体像が見えてきたかなという印象。ただし眺めているだけで美しい作品に違いはないので、そういう高度に抽象化された作品として読むならば、かなりクオリティなのではないかと感じました。 (秘法(第一巻))

2018-12-10

好きですね。読んでいて居心地の良さをとても感じます。句読点を打つことは…の段は筆者様の人生、生き方への考察にもつながっているように感じましたが、ここ最近僕が考えるのは、現代詩における句読点、改行、空白、空行の使い方なんです。個人的には意味を込めてその四つを使っているつもりでも伝わらない場合もある。その証拠として他人様の作品を読んでいる時に、なぜここに空行があるのだろう、と感じてしまうことも多々あるんですね。余分で意味のない句読点の類はない方が良いとの結論に結果たどり着くのですが、この詩では意味のある使い方がされていると思いました。特に「貰い」「とき、」「私は」などの短い言葉を改行しているのは、ちょっとした思考の間合いを表現しているようでとても効果的だと思いました。 (よねぴー)

2018-12-10

ストーリーが綺麗に完成していますね。すんなり読めるし、落とし所もあって面白いのですが、詩の余韻、詩情という点では最後の「だってあんまり素敵な詩なんだもの」のみに限定されているような印象がしました。これは短編小説のアイデアとして肉付けした方が読み物としては面白くなりそうですね。しかしコメント欄にある「AIなんかに詩を渡してたまるものか」という心意気があって書いたのなら、それはそれでまた別の価値が出てくるかもしれません。 (仮想詩人)

2018-12-10

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 戦争の詩ですか。確かに最後の「軍のヘリ」は戦争をイメージさせるかもしれません。だがしかしこの詩は戦争の詩ではないのです。軍のヘリを用いたのは危機的な2010年代末期を象徴する一語として用いているのです。サイレンとか軍機。いいですよね。少年と少女というモチーフといい、その純粋さが危機に晒されるヘリやサイレンといい、僕がとても好んで使うモチーフであり、一種の暗喩でもあります。自分の純粋性が冒され、荒廃した世相に浸食されていく。そう言った点を描写するのに、凡庸句的かもしれませんがあえて用いる。いいと思います。この詩は凡庸性に陥らず、すんでのところで新規性が獲得出来たと思っています。それも少年少女パートと、2018年も終わりに近づいた…パートが絶妙に融合したからでしょう。手前味噌な返信になってしまいましたが、正直な気持ちです。ご勘弁を。ではでは閲覧及びコメントありがとうございました。 (瓦礫の淵)

2018-12-09

つきみさん、コメントありがとうございます! 近代詩的。少し批判的に近代詩的と仰られたのかな? と思いますが余り詩をカテゴライズすることには興味がないので、その点はご勘弁を。3089を妙薬ですか。とても面白いですね。ダブルミーニングという手法は僕としても好きなのでそう解釈していただいて嬉しいです。さて肝心なのは「理想の押しつけ」ではないかという点ですが、これは押しつけではないのです。そう誤解される描写になっていたとしても。「それだけが僕の望むこと」の一節は、この詩の話者がギリギリの状態で、憔悴しきって、最後の願望、望みがそれ一つだったというある種の限界を表現しています。だからこの一節は苦悩の吐露でもあるのです。美しいものを眺めて、世界と自分は何て荒廃しきってしまったんだろうという悲哀も滲んでいます。この詩の少年と少女パートは今にしか、というかいつ書けなくなるのか分からないので、綺麗にまとめ上げられて良かったと個人的には思っています。コメント及び閲覧ありがとうございました。 (瓦礫の淵)

2018-12-09

小林素顔さん、コメントありがとうございます! この詩はスタイル的に原点回帰として書いたものです。少年と少女、都市と言ったモチーフは僕が青年期から好んでいたものです。ビーレビューに投稿したり、詩を公表したりしてる内に崩していったもしくは破棄したモチーフでもあります。だがしかし素顔さんの仰る通り、魅力的な素材であるのは変わらず、特に僕にとっては変わらないので使わせていただきました。さて素顔さんにとらえていただいた「現在進行形の儚さ」ですが、それは恐らく2018年も終わりに近づいた…の下りがあるがゆえに感じられたのだと思います。このパートは現代詩投稿サイトでコメントしたり、他の方の作品を読まなかったら、+しなかった部分かもしれません。そういう意味でこの詩は原点に主軸を置きながら、変化、進歩していると言っていいでしょう。上手く行ったと思います。「事件性」も2018年、と近年の出来事として描いたからこそ生まれたものでしょう。とにかくも中々の高評価を受けて嬉しいです。ありがとうございました。 (瓦礫の淵)

2018-12-09

エズミと合う約束をしていた、まではエズミという人物に興味が沸き、とても面白い。だがそれ以降エズミさんから話が逸れていき、少し興を削がれる。また再度エズミさんへ言及するけれど、深いところまで立ち入っていない。結果エズミさんという人物、あれだけ序盤に興味をそそるセンテンスを並べたエズミさんという人物に迫り切れていないし、解剖もされていない。しっかりとエズミさんとはこういう人物だ、という驚きを秘めた結末があったならこの詩は格段に良くなっていたと思う。 (ニューヨーク天神駅75「電車で向かう」)

2018-12-06

同性愛について書かれた詩なのかな? ある女子校出身者の記憶とタイトルされているのなら。あなたが私のファム・ファタールというフレーズはいいけれど、全体として使われている語彙、口調が野暮ったい印象がしました。大正期の作品か、余り現代的でない訳の多い洋書を読んでいる感じ。ですがそれをもし狙って書いたのならいいのではないでしょうか。その雰囲気は出ています。 (ある女子校出身者の記憶)

2018-12-06

いいと思います。トリッキーな印象の作品が多い中で、これだけ素直に実直に自分の想いを描いた作品は中々ない。すんなりと内容が入ってきました。思考の飛躍も発想の飛躍もないし、読みやすいだけで一般性という点において及第点だと思います。ここに強烈なポピュラリティを持つ何かがあればと今後、更に期待させる作品でした。 (故郷)

2018-12-06

小気味良いですね。フレーズの一つ一つも魅力的だし、面白い。空白の使い方、改行。フレーズのポジショニング。全てに成功している。この詩にあと強烈な驚きがあれば、と思わせる作品でした。 (強盗列車)

2018-12-06

短い詩が、評価される上で有利になる流れが、ビーレビ内で確かにあったと思うが、この詩は本当に短い。情報量も少ない。だがしかし無くしたりした写真の画像なのから、だからもう消えてしまうのへの流れは悪くない、というかとてもいい。ただ返す返すも何か短い中でもこれはバックボーンに膨大な感情、情報が潜んでいるのではないかと思わせる何かが欲しかったです。 (現像)

2018-12-06

だけど僕は蜘蛛だったのでの締めはちょい残酷すぎて、というか酷薄すぎてどうかという印象を持ちましたが(それゆえに蝶の美しさに酔っていた読者の感情がバッサリ切られる感がある)それ以上に英和辞典から出てきた蝶の描写が美しく、イメージとしても鮮烈です。はっきりと脳内に再生することが出来ました。本当に綺麗で美しい詩だったと思います。だからこそ締めががが。蝶が英和辞典からなぜ生まれて、何処へ行き、自由になるかを描いた方が良かったかもしれません。読者としての期待感込みの感想ですが。 (琥珀色の蝶)

2018-12-06

ちょっと全体として固いですね。読み込むと詩としての繊細さ、緻密さに目が行くのですが、一読しただけではそこに気づけない。読む方も少し肩に力が入ってしまう。結果全てのフレーズが印象的であるにも関わらず、またそれゆえに相殺されていて、全体として印象の薄いものになっている。少し厳しめの評を入れてしまいましたが、帆場さんという人物が見えてくる作品を帆場さんは力まずに書けると思うので、期待感大でコメントさせていただきました。 (赫 *)

2018-12-06

かるべさんの詩の中で一番好きです。「死んだ人が多すぎる」とか「亡霊にはテロメアなんてなくて」とかキャッチーなフレーズがあるからでしょうか。常々というか、ここ最近とみに思うんですけど、詩書きさん同士の批評のしあい、感想の投げ合いがあって、これ面白いね、ここがいいねとか分析して盛り上がっても、一般の人が「何言ってるか分からない、あんまり面白くない」ではアウトだと思うんですよ。ある程度の大衆性、ポピュラリティが必要になってくる。この詩にはそれがある。全体として孤立感にも似た焦燥が感じられましたが、長い詩なのに最後まで引っ張っていくことが出来ていると思います。 (夜空)

2018-12-06

朝方、でしょうか。何気ない日常の一コマからあなたと私の関係についての分析がなされていく。そういう不思議な瞬間、あると思います。ちょっと手から落ちてしまったスプーンから想像とイメージが拡大し、膨張するという瞬間が。この詩は一見して読みづらい、掴みづらいという印象があったものの、何度か読み、全体をある程度把握すると面白味が伝わってくる。喧嘩と看病をしたあなたとの関係、そしてその亀裂。時間としては短い中に物語が凝縮されている。そして最後の締め「神話には程遠い」も二人の関係がいかに限界に近づいてきていたかを示唆していてフレーズとしても心地よかったと思います。 (とおい神話)

2018-12-06

ええー。面白いですね。ボルカさんとはツイキャスで、予知としての詩、予見としての詩を書かざるを得ない時があるとお話を伺いましたが、この詩において青い絨毯の上の猫がボルカさんにとって何を意味するのかとても興味をそそられます。ただ単に飼っている猫がそれこそ寝返りでも打ったのか、あるいは比喩的イメージとしての猫を適用せざるを得ない何かがボルカさんにあったのか、関心を持つところです。何れにせよシンプルで、壮大さから現実へと舞い戻る絶妙な詩だと思いました。 (海猫)

2018-12-06

発想と思考がAからC、CからG。あるいはGからZと飛躍して飛び飛びになっている印象がしました。思考の行程のいくつかが端折られている。もちろん詩は理論立てて、筋道を通す必要はないのですが、この詩においてはそれが心地よい。いい意味での余白と空白が時に読者に謎を与え、時に興味深さを与えている。仲程さんの前作に「一風変わった詩」との趣旨のコメントを残した記憶がありますが、この詩にも同じ感想を持ちました。詩のスタイルが一貫して確立されている。それでいて仲程さんの作品だと分かる。良いと思います。 (脂喰坊主と九人のともだち)

2018-12-06

面白いじゃないですか。少なくとも僕は好きです。ビーレビューが大喜利や小噺披露の場になっても僕は別に構わないし、何の問題もない。楽しい、面白いのなら、たくさんの投稿作品とは目線が少し斜め上になっているのだから、それだけで評価の対象になると思います。 (正義の味方)

2018-12-04

貴音さん、コメントありがとうございます! 気怠さと焦燥。確かにこの詩ではそういう雑然とした感情、煙草の煙にでも紛れて消えそうな感情にスポットがあてられています。そこで「そんな中にも小さな希望がある」。その通りなんです。この詩に潜むHOPEに気づいてもらえただけでも嬉しいです。雑然としているがゆえに忌避感を覚えた方もいらっしゃったかもしれませんが。結局この詩を月二回の投稿作のうちの一つに選んで良かったと思います。突破口になりましたからね。自分の。ではでは閲覧及びコメントありがとうございました。 (冬風が、聞こえてくる。)

2018-12-01

帆場さん、コメントありがとうございます! ふじりゅうさんへの返信でも書きましたが、映画「トレインスポッティング」の主人公レントンはヘロイン取り引きで手に入れた大金を持ち逃げして、帆場さん言う所の「色を取り戻した日常」へと回帰していくのですが、この詩においては何気ない出来事。スマホに残していた元カノの写真を見て、もう一度立ち直ろう、色を取り戻した日常へと回帰しようと主人公は無意識的に思うのです。ちょっとしたきっかけで、乱れた、気怠い自身の日常を見つめ直し、輝きを取り戻そうと志向する。それをなぜか風邪の引き始めに書き起こせたのは不思議に思うし、書いて良かったなと思います。にしても帆場さんの「色を取り戻した日常」というのはなかなかに素敵な表現ですね。 (冬風が、聞こえてくる。)

2018-11-21

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! そうなんですよ。この詩は若々しく瑞々しく正にキラキラしていた時代との対比を描き、話者がその時代へ今一度回帰するまでを描いた詩なのです。ふじりゅうさんいう所の中途半端なダメっぷりは映画「トレインスポッティング」に出てくる薬物依存の主人公レントンを期せずしてイメージさせ、あの映画のいかにもあり得そうなダメダメ感を出せたのではないかと、割と自分自身気に入っています。主人公そのものが面白いと言ってもらえたのはとても嬉しいですね。あと一つ引き合いに出すとソフトバレエの「bright my way」のpvに出てくる青年もこの詩の主人公のイメージに近いかもとも思います。よろしかったらご覧あれ。https://www.youtube.com/watch?v=Zfu9ZQpIm2I (冬風が、聞こえてくる。)

2018-11-21

形式として読みにくい、と一瞬思いましたが、こういう詩型だからというバイアスがかかりすぎというコメを見て再読。そうするとこの詩型がむしろ失われた貴女、亡き妻を思う余りの動揺、心の空白を表すのに効果的だったのではないかと思いました。人間思考が途切れ途切れになることもある。それを表現されているのでは、とも。 (あらかじめ喪われた、《角》へ。)

2018-11-21

面白い。インパクトもあるし、物的存在とは何かという部分へ哲学的に踏み込んでいる。ただ断定的な物言いが多く、詩情をもたらすという点では弱いのかもしれないと思いました。 (隣人の日記)

2018-11-21

いいなぁ。彼女との想い出から過去の記憶を辿っていく描写。その中で「完成へ進むアルバムが/懐かしいだけの宝物になった、だから」からひと段落空いての「後ろに自転車走らせる 登校時のルート」という描写。ちょっと涙腺ウルッと来てしまいました。ここから詩が一気に加速しますね。そして最後ヒューンと小石が落下するように「その 様な物も のに しか、貴方 の/温もり が 宿 ってい ないと、知っ た。」と落としどころを見つける。上手いし綺麗で、何より情趣があると思いました。半角の使い方が心に余白が生まれているのを表すのにも効果的だと思いました。〇 (体温)

2018-11-19

「数多の色を一粒一粒に宿した」という表現がとても好きです。人それぞれの色とりどりに染まる夢や希望、願いといったものが託されているようです。しかし詩自体はその雪が触れるだけで「黒く変色する」ことで一気に不穏なイメージを醸し出していく。鍵の嵌まる場所とは一体どこなのか? そこに話者が本当は帰るべきなのか、それとも追い出されたままで良いのか、と読者に問いかけたまま詩は続く。結果として追い出されたことで自由を話者が手に入れたと仄めかして作品は完結する。だがどこか暗い影を背負ったままスピーカーは鳴り続ける。最後まで鍵の嵌まる場所の具体的な言及はないように思いましたが、それが家庭的なしがらみ、家族、幼年時の記憶といったものに恐らくつながるだろうことは想像は出来る。これは何かを克服する過渡期的な作品にも見受けられました。誰一人いない道が話者にとって幸福なものなのかそうでないのかとても興味をそそるところです。葛藤が美しく感じられました。 (空襲)

2018-11-19

「序曲」と同じアプローチの詩として読みました。この作品も賛否分かれるんでしょうね。個人的には好きです。最も盛んだった頃のイギリスのミュージックシーンを「思いついたら次の日にやらないと誰かがやってる世界」と評した方がいまして。この詩はその感覚にかなり近い試みだと思います。じゅうさんが作りあげた詩のスタイル。それはじゅうさんのもの。これと同じアプローチの詩を誰かが書いても「じゅうさんがやってたね」で終わる。粗削りでも今一つ何を描きたいか分からないという方がいても、出尽くした感のあるアイデアの中で、ピンポイントを狙って書いた、作り上げた。それならば新規性の一つとして僕は評価されて良いと思うし、評価したい。ただ最後の「会いたいな」は茫洋としてて「会いたい」と言い切りの方が良かったかも、とこの詩の実験性に照らし合わせて思いました。 (>>>>>____∞)

2018-11-19

蔀 県さん、コメントありがとうございます。これまたエライ酷評が来ましたね。いちいちこの作品については反論するつもりはないので、ある程度端折りますが「のたくる龍にも似たフレア」はただの比喩ですよ。情景的な。深い意味ありません。ただ単に「今日も太陽は元気に昇ったから、仕事をしなくちゃ」というくらいの感慨を、一目見て雑然としていると分かるこの話者が感情の赴くまま、即興として口にした、というただそれだけの文言です。またいつリキュールを飲んだのか分からないとのご指摘。いちいち書かなければならないルールが絶対的に存在するのならば、僕はそうしたでしょう。ただこの詩では省略されている。それだけです。鼻触りという造語についても造語を一切詩に用いてはならないという全国現代詩評議会のような組織があって、造語が厳密に処罰されるならば僕は控えたでしょう。またところどころ頭は整理されているのに、混乱しているという描写がある、との蔀 県さん言うところの不可解さですが、蔀 県さんは整理と未整理が頭及び心に同居することはないのでしょうか。少なくとも僕は人間にはそういう状態があると思っています。ところどころ明確でところどころ不明瞭といった状態が。従ってこの詩の話者はそういう状態にあると解釈すれば納得も行きましょう。ということで一通り「明確に」説明、解説しましたが、それでも「いや、これは」と仰る、または仰りたいのならばただ単に生理的に合わなかった、の部類に入るでしょう。そこまでは僕も関知しませんし、関知しようもありませんが。何れにせよ読んでいて不快だった。ちんぷんかんぷんだったということは「明確に」伝わりました。それで良かったんじゃないでしょうか。 ※杜さんでしたね。杜琴乃さん失礼しました。 (冬風が、聞こえてくる。)

2018-11-19

fiorinaさん、了解しました。 (一作品選評 「癒ゆ」渚鳥)

2018-11-15

出ましたね!「よしっ。パートⅡ」。これはリクエストをした僕としてはコメントせざるを得ないでしょう。朝起きて、自由の女神のごときポーズを取っている話者が回想する「放置された家」の話。その家主は痴呆か、それとも何かの記憶障害かで身元を確認出来きずにいる。その人物の身元を証明するために家屋内を探索する話者。そしてついに家主が自分の叔母であることが証明出来る「保険証通帳印鑑」の発見! そして家主が叔母であることを証明されたと同時に自分自身の存在、アイデンティティも確保されて話者の心持ちは安定する。そのような暗がりを抜けたあとでの「よしっ。走れ!」。これは過去の自分の存在証明と、アイデンティティの確保が出来たからこそ辿れる道。最後まで面白く読ませていただきました。「よしっ」第一作の光を補填する影の描写で「よしっ」第一作は見事安住の地を見つけたように思います。素晴らしかったです。 (よしっ。いや、ちょっと マテ。 *)

2018-11-15

何だろう。詩歴はまだ浅いと聞いていたのに、物凄く現代詩の面白味を柿原さんは突いてくるように思う。願望としての夢と、夜見る方の夢を巧みに使い分け、過去のトラウマや心の痛みをエンターテーメント、つまりは読めるものとして完成させている。このテクニックはなかなかのものだと思う。これからもビーレビをその向上心で盛り立ててほしいと、運営の一人としても思ったステレオさんでした。 (夢だったんだね)

2018-11-15

本当に北村さんの作品は、一つ一つのフレーズが洗練されていて、尖っている。またこの情報量に身を委ねれば、相当な心地よさが得られると思う。だが逆に言えばもし北村さんの作品がもっとスリムになったらどうなるかも見てみたい。余白とか空白を用いつつ、時にエッジの効いたフレーズを持ち込む、というような。充分に北村さんの作品は、独自の味が出ているのだから、「削る」という試みをした作品も見てみたいです。 (下弦の彼岸花、蝉時雨の福音)

2018-11-13

面白い。箱を開けても箱が出てくるというのは結構なジョークとして使われると思うが、この詩においては途方もない反復のやるせなさとして描かれている。まとまっているし、良いと思う。 (箱)

2018-11-12

良いと思います。特に「十六夜」に入るまでが。中盤にあたる恐らく幻覚めいたものの描写が少し改行の仕方や長さの点で俗っぽい言い方をすれば「よれて」いる。この中盤がもっと整理されていれば、最後の病院での出来事もすんなり入ってきて、尚且つ幻覚から覚めた安心感が増したように思う。楽しく読めたことは確かだがやはり中盤の失速感が痛い。 (死線上のアリア)

2018-11-12

解説が入ると味わいが増す。だがしかしただの四行詩として読んでも、細部に閃きのある描写がなされている。僕がモチーフを知っていればより楽しめただろう。夢の隕石が水晶の馬を粉々に砕く、だなんてセンテンスとして最高じゃないですか。 (蒼い夜鳥)

2018-11-12

スペインの片田舎の情景。なぜかそんな情景を想い起こしました。この作品は洋風でエレガントなんですよね。感覚的な感想で申し訳ないが。僕個人としてはこの詩の核心には迫れなかった。それは筆者様及び作品のせいではなく、ひとえに今現在「砕けた詩世界」「生身の体を感じる詩世界」を志向している僕自身に原因があるのだと思う。筆者様が書籍の世界にいて、美しい象牙の塔にいて、僕はボロボロの現実世界にいるという印象。ヒステリイ起こしてしまった妻が…の下りはとても僕好みでした。この作品は品格と優雅さという点で多くの方に好まれると思います。 (工場午睡)

2018-11-11

うーん。静謐な空間で「君」への慕情、名残が綴られている。「物語から切り捨てられる悲しみ」が妙を胸につく。白紙のノート、白々としたノートが「私は私以上にはなれないし、それでもか、それだからか切り捨てられるんだね」という心の余白、切なさを表していて良いです。真っ新な場所での独白。綺麗ですね。 (消される続き)

2018-11-11

「透明な世界で呼吸をする/10秒という短い間にも」が特に素晴らしく、その後の人間が皆守りあっているというシチュエーションへとすんなり入っていける。中身の薄いのが欠点とコメ欄において仰っているが、この作品においてはそうではないように思う。この作品においては最終段、何か人を驚かせるフレーズを用いて、当作と同じ意味を持たせることが出来たら、欠点はオセロのように全て長所として裏返ってしまう可能性を感じました。 (シャーベット)

2018-11-11

肩の力を抜いた創作落語の出だしのような詩ですね。無知の知を表明して、さてこれから! という印象を感じました。読後感が弱いと幾人かが仰っているのは、「これから!」のあとがないから、または必要としない詩だったからではないかと、個人的には思いました。 (「聞く」)

2018-11-11

社 琴乃さん、コメントありがとうございます! 「30480517」は世界を遠巻きに見ていて実体のない魂のよう。そうなんですよ。鋭いですね。僕もハッとさせられました。「30480517」の話者は詩世界、観念的な世界に存在していて、ほとんど身体性がないのです。だから簡単に地球とも縁切り出来るし、さよならも出来る。一方この作品における話者は身体性が凄まじく、マテリアルで人間が生きていくために必要な諸々の条件、課題を抱えている。そこが社様が「地に足のついた」と思われた最大の理由でしょう。この作品は話者が最後までマテリアルな世界から抜け出せなかったら、それこそただの雑文になっていたことでしょう。しかし「冬風が胸元に吹き込んだ」以降に、こういうと大げさですが美しい詩世界へ、話者の心は移っている。そこがこの詩の見せ場であり、肝でもあります。身体性は損なわれず、地球とも縁切りせず、心の安らぎ場を見つける。そんな詩になっています。何れにせよ僕の過去作を引き合いに出しての感想、とても嬉しく思いました。ありがとうございました。 (冬風が、聞こえてくる。)

2018-11-11

三浦さん、コメントありがとうございます! 性行為は個人的なもので仕事は社会的なもの。僕ら、完全なる勝者になり得なかった、あるいはなり得ていない存在にとっては、その定義は恐らく当てはまるでしょう。性的なものと社会的なもののが地続きでつながっていて、苦も無く社会活動も色恋沙汰もこなしてしまうような人物がすなわち天才の部類に入るのでしょう。散文的な感想、とても嬉しかったです。僕らの世代の時代性は、詩作品や文芸作品に身体性を宿らせるためにも必要になるでしょう。ただしそれだけでは詩として成立しない可能性がある。だから観念的な場所における純粋な詩世界がある。この詩においては身体性を描いた序盤から中盤と、純粋な詩世界への入り口である「冬風が胸元に吹き込んだ」以降の描写がある。詩世界への扉が開きかけているところにこの詩のホープ(希望)があるのでしょう。思わず語ってしまいましたが、本作はとてもいいとの感想、本当に嬉しく思います。 (冬風が、聞こえてくる。)

2018-11-11

非常にヘヴィーな題材を用いているのに、一部かな表記にすることで、その重さを緩和している。人間は余りに辛い経験をするとその衝撃を和らげるために幼児退行化したり、知性をシャットアウトしたりすることがあるらしいが、それに似たものか。話者の心情を表現するのに、この手法(かな表記)は存分に成功している。そして話者が注目したのが蟻の群れ。働き蟻にも働かない蟻がいる。そこから敷衍して、人間の体にも時折機能しなくなる部分があるからこそ「いきていられるのですね」と来る。惜しい所が一つもないといっていい良作でありました。 (あなまどい)

2018-11-11

純粋で、結晶化された恋心を描いているようにも感じました。月日の表層、とか夜を/幾重にも破棄してなど私好みの表現が幾つもありました。この作品はこの作品で完成しているのでしょう。筆者様の違う素材を用いた詩を読んでみたいと思いました。 (初恋)

2018-11-11

気怠いですね。「アンニュイな魅力の女性」という死表現とも言えるコピーを思いついた僕をお許しを。朝の裸体は一日のうちで最もきれい、というフレーズがたまらなく好きでした。ではその日一日で体が穢れてしまうのか、想像力を書き立てる良い詩だと思います。 (みもりの日記 1)

2018-11-11

非常に読み応えがある。「神話を一度書いてみたかったからこの詩を作った」とツイッターで拝見したが、男女の性にまつわる物語が暗喩に次ぐ暗喩で隠蔽されながらも描かれているという点で、この作品はまさに神話的だろう。この暗喩に次ぐ暗喩でむしろ実像を際立たせるスタイルは「性や酒を人には分からない方法で書いているだけ」と公式キャスでコメをされた北村灰色氏の作品を彷彿とさせた。北村氏が現代社会の吹き溜まりのような場所で神話足り得る詩を絶妙に描いているのならば、この作品は三浦氏の観念的世界、時折見せる思索的、内省的姿勢の中で生まれた、また描かれた神話だと言えるだろう。とにかくも読み応えがあった。同調する人は少ないかもしれないが傑作の部類だと思う。 (綺麗な産卵)

2018-11-11

「未解決事件の…」から始まる二段目からこの詩は、急速に淀みながらも輪郭がはっきりする。荒廃した近々未来の場末での出来事でもあるかのように語り手の心情が情景描写によって描かれ、走り去る列車に語り手の喪失感が託されている。記憶という単語が四度も出てくるが、そのどれもが独特のアプローチで用いられており、既視感、繰り返しの感覚は読み手にはない。僕個人としては記憶の器たちを乗せて、電車が走って行くという描写が好きだった。 (記憶の川、真昼の星 *)

2018-11-11

これは「***」で仕切られた三つの違う作品なのでしょうか。もし一つの作品で、尚且つ「***」が演出として使われているのだったら、音楽における転調のようで、それぞれ三パートが独立して機能し、効果的だと思いました。違っていたら失礼を。 (きみのこと、ぼくの町で)

2018-11-10

詩的な言葉で丁寧に構築されているという印象。その中に出てくる「コックリさん」というフレーズが異彩を放っていて、好き。こういうサプライズも詩の中には必要だと個人的には思っています。詩的で美しい言葉+αの何かを期待してしまうのは、現行のネット詩ではひょっとしてみなさん強いのかもしれません。 (無印)

2018-11-10

優しい詩ですね。最近は日常ばっかり書いていて、とのコメを拝見しましたが、いいんですそれで。いいんです。となぜか川平慈英のようなフレーズが思い浮かびました。現実逃避から自己肯定へと、筆者様の段落が移ったのかもしれません。自分語りを少々。最近僕もようやくそんな気分になってきました。また違ってくるのかもしれませんが。とにかくも詩の内容自体は「帰ってこなかったもの」が何かは具体的には書かれていないように感じましたが、その「帰ってこなかったもの」の愛おしさと大切さが切々と伝わって参りました。良作だと思います。 (かえっておいで)

2018-11-10

柿原さん、コメントありがとうございます。言いたさげですか。言いたいのかもしれませんね。実際暗に作中で言っているも同然ですし。ですがこの詩の肝はそこではないのです。肝は回復する、蘇生する一つの肉体と精神とでもいうべきもの。そういったものです。 (冬風が、聞こえてくる。)

2018-11-10

旧仮名使いが初めは正直もどかしく感じるのですが、最後の「がらんとして高い。秋空。」という一節で収束させている。もう一作よりこちらが馴染みやすかった。これが最終節まで旧仮名を用いたフレーズが来ていたら、印象はだいぶ違っていたと思う。 (小さな村で見た)

2018-11-10

句読点が一切なく、一気に読ませるというある種の試みに今一つ意味を見い出せなかった。だがコメ欄において筆者様のご意見を拝見し、なるほどと納得した。映画「アマデウス」で「何というか…音数が多い(陛下)」「そんな! 不必要な音は一つもありません!(モーツァルト)」というやり取りがあるのですが、そういう域にご自身、筆者様が到達しているのかもしれません。 (秋へと落ちていく音階のフアンタジア)

2018-11-10

まりもさん、一言選評ありがとうございます。「僕は」で止めた方が良かったとの理由。いつかお聞きしたく存じます。 (10月分 フル選評(まりも))

2018-11-10

ボルカさん。「君、だり?」。ダリならばちょっとしたユーモアも添えてそう応えてくれるかもしれません。とにかくも素晴らしい作品でした。 渚鳥さん。やはり夢にお父様が出なくなったということは「癒ゆ」に何かしら霊的なパワーが宿っていたのでしょう。 ふじりゅうさん。惜しい! 「遺影」がなければ恐らく大賞候補でした。まぁしかし僕の「夢の跡…」もあと一歩だったってことでイーブンイーブンでしょう。 渡辺さん。実はその会話が記憶にないのは正解です。なぜなら端折っているから。正確には「影響受けたのは? オーケン? 筋肉少女帯?(ステレオ)」「分かりますっかね(祝儀敷さん悔しい表情)」「悔しいの?」「そうっすね(祝儀敷)」でした。とにもかくにも冷静な分析眼に基づいた、新しい詩作という点では今渡辺さんは一つ前出ている感がありますね。 るるりらさん。開店祝いにお花を届けるような。たしかに。そう仰られて納得の一作でした。 (【選評】201810XXの乱。ステレオが行く!「見せてみよ。己が勝負魂」)

2018-11-10

ちょっと読むのに一苦労するな、という詩。読み解いてくれるファン、あるいは熱心な詩の愛好家なら含意をひも解いてくれるだろうけど、という出来栄え。最終節付近にしてようやく、この作品で筆者様のやりたかったことが何となく見えてくる。それまでは少々取っつきづらいという印象です。もっと砕けた表現で詩を普段読まない方にも、街中ですれ違った人にも伝わる作品を筆者様が志向して書かれたらどうなるのかという期待が強いです。 (塩の都)

2018-11-10

「赤銅色の祖母」ってどんなものだろうと考えてみて、人生に疲れ切って倦んで赤銅色に錆びついてしまった老婦人を思い浮かべましたが、この謎めいたフレーズで短い作品に彩りがついていますね。「濡らすくらい、を続けて」との表現も「トビウオ」を思わせる表現で好感を持ちました。 (けらく)

2018-11-10

ふじりゅうさん、遅まきながら「夢の跡の別れ道」を優良に選んでいただきありがとうございます。ツイッターの方でもやり取りしましたが、「ひょっとして大賞候補?」と思っていただけに少し悔しく残念な想いもします。しかし三浦さんの「コーヒーを飲もうか。」も優れていたのは事実。明日のツイキャス放送に備えて、悔しさを噛みしめつつ、コーヒーを飲もうか。そんな気分です。ありがとうございました。 (10月分 藤井のフル選評 「ネットの海の端くれで」)

2018-11-10

いいね。いい。詩で使い古されていない語句を使って「新・現代詩」とでも云うものを模索、実験的に試みているという印象が依然としてする。いや、ひょっとして渡辺さんは模索なんかは終わって、その実践の場に移っているのかもしれない。なぜ小梅太夫の「チクショー」なのか。基本彼はあんまり面白くない。だがその彼の面白味のなさをネット上でコウ・メダユー氏などが遥かな知的高みから分析して面白く加工する動きが出ているのは私も知っていて、楽しんでいる。多分渡辺さんもそのムーブメントから着想を得たのだろうと思う。ひと月二作という制限された投稿数の中で、その一作に「チクショー」を持ってくるとは。天晴れであった。もといチクショー!! (ポエムでチクショー)

2018-11-10

オオサカダニケ様、度々失礼します。運営のステレオです。現状、一作品だけの「選評」はフルキュレーション扱いにならず、このままではオオサカダニケ様の「選評」はワンポイントキュレーション扱いになってしまい、ご指名の作品は「推薦」となります。今一度岩垣弥生様の「三日月に」を大賞候補に推していただくには、フル選評を書いていただき、優良三作推薦四作を目処にあげていただきたく存じます。その旨ご理解のほどを。よろしくお願い致します。 (オオサカダニケ 10月 選評 大賞のみ)

2018-11-07

帆場さん、コメントありがとうございます! 着流しの素浪人ですか。着流し。僕の好きなファクターです。素浪人。まさにどこにも属さない気概を感じる作品かもしれませんね。それこそ僕も齢を結構重ねたので、このような心境を持つに至りました。この詩を自分自身読んでいると落ち着くんですよ。大きな自己肯定感がある。自分の現状を認め、過大評価も過小評価もしないフラットな姿勢で読める。それでいてみなさんに侍とか着流しの素浪人とか中々に恰好のいいイメージを抱いていただいて嬉しい限りです。この詩にはこうなりたいとか、こう見られたいとかいう願望がほとんどというか一切ない。僕の等身大の姿なんです。そんな詩を描き切れて尚且つ負担にもならない。僕自身この詩には大変満足しています。閲覧及びコメントありがとうございました。 (清濁併せ呑む )

2018-11-07

三浦さん、コメントありがとうございます! 侍のプライドが表現されている作品。そう言っていただいて嬉しいです。僕としては三浦さんの言葉を借りれば、町人、もしくは名もなき市井の人々の一人(しかも何か一芸を持つ)というニュアンスで書いたのですが、侍が持つほどの矜持を感じていただけたのなら幸いです。いいですよね。侍。それこそ時に嘘も使わなくてはならず、閻魔をも欺く。相応の覚悟を必要とし、死も死後の世界も恐れぬ気概を持たなければならない。まさしく生き様とはそういうものかもしれません。清濁併せ呑むは最強の魅力が滲む言葉。ありがとうございます。エレカシのドピッシャー男。宮本浩二さんの掠れた声が胸を突く。閲覧及びコメントありがとうございました。 (清濁併せ呑む )

2018-11-07

仲程さん、コメントありがとうございます! 読み物としてとても魅力的とのこと。嬉しいです。土佐の橋の下に住んでいた盲目の物乞い。いいですよね。その「日本残酷物語」における物乞いの描写、扱いはどのようなものか存じ上げませんが、社会的弱者への日本古来の目線って時折凄く格好いいんですよね。柳の下で鈴を鳴らして物乞いをする盲目の詩人、とか聾唖の剣士とか。日本人は何か身体的欠損を持つ人に特殊な感性、能力があると見る傾向があるような気がします。それとも世界的に見てもそうなのか。この辺りあえて健常者と障がい者という言葉を使いますが、障がい者には健常者には見えない世界が見えていると考える風潮があるし、また実際そうなのかもしれませんね。清濁を取り込み併せ持つのか、元々内在しているのか。本当に興味深いテーマですよね。僕の場合は多分両方だと思います。人間は悪も善も区別がつかない状態で生まれてくると思っているので。また強烈なエネルギーを感じ取っていただけたようで、歓喜です! 閲覧及びコメントありがとうございました。 (清濁併せ呑む )

2018-11-07

いいですね。静謐な世界観と俗的なものの見方が同居している。「ところで今日は稲の収穫日」から大きく舵を取ると見せかけて、最後まで貫き通すアイロニー。最終節の「全く馬鹿馬鹿しいものしかありゃしません」がすんなり入ってきました。読後感も爽快です。 (無題)

2018-11-05

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 江戸っぽい雰囲気は口調のせい。確かにその通りかもしれません。ただそれを単なるべらんめぇ口調などにはせず、流れるように流麗に描き切れたのは我ながら良かったな、と思っています。この詩はある女子校生がツイッターで僕になぜか悪態をついて去っていたところから書くきっかけが生じています。その子曰く「けいせいさん(ステレオのツイッターアカウント名)は他にも見苦しいところが多々ありますが…」らしく。そこでその子が僕へ向けてそう感じた理由を近々の呟きやキャスを振り返ってみて考えたのです。結果見えてきたのは「あぁ。僕は清濁併せ呑んでるなぁ」という理由の一つでした。その子の年令なら濁り水など無視して生きればいいかもしれませんが、僕くらいの年になると、また僕の生来の性格から見ても「濁り」も「清」も併せ呑まなければやっていけない、生きてられないということがありまして。それでタイトルと、ラストの「生きているんです」以降がまず最初に出来上がったというわけです。また清濁併せ呑む、で清濁を外部に求めているとのご指摘ですが、内部にも外部にも僕にとっては清濁は存在します。それらをまとめ含めて併せ呑む、ということですね。何れにせよ大変気に入っていただけたようで良かったです。閲覧及びコメありがとうございました。 (清濁併せ呑む )

2018-11-05

小説を書かれている唯代さんの苦悩、自身を追い詰めるほど良作を描きたいとの煩悶が切実に描かれていると思いました。ここまで率直、実直に物書きへ向き合う姿をシンプルに描いた作品も珍しい。何か(その何かは僕には分かりませんが)+αが欲しいと思ったのも正直なところですが、この作品はこの作品で完成していると思います。 (血)

2018-11-04

面白い。必殺掌返し!立場逆転の様相。「アリとキリギリス」という恐らく誰もが知っているであろう寓話をモチーフにして、現代社会で起こり得そうな状況を描いている。そして尚且つ人間のさがのようなものも。軽妙な語り口で最後まで飽きずに、笑みをもって読ませていただきました。 (アリとキリギリス)

2018-11-04

序盤がとても素晴らしかったです。ただ「聖地を訪ね歩く/巡礼者のようだ」以降が少し大げさな気がして、上手く乗っていけませんでした。身近な生活の一ページが描かれた段から、何段も上にある聖書の一節によじ登ろうとしているような印象がしました。徐々に一段ずつ登っていけば、つまり詩の描写にもう少しクッションがあれば、後半もすんなり入っていけたかもしれません。やや辛辣なコメント失礼を。 (女神)

2018-11-04

いいですね。心臓を握ってもらいたいとか、目玉を食してもらいたいとかの一種の願望が恋なのか愛なのかと自らに問う。被虐的猟奇性、相手への偏執的な執着をも感じる。しかし最終節においては「心臓が腐るならば 捧げた目玉も幻想だ」と自分自身を突き放している。僕個人としては偏執的な愛情をもっと深く、エグク描いて欲しかった。そして話者様がその愛情ゆえに崩壊する様でさえ見たかった気もしますが、この締めは締めで良いと思います。 (心臓の怠惰)

2018-11-04

特殊な詩、特殊な試みの詩として読みました。だがしかし料理のレシピにでさえ詩情をもたらすことに成功しているのはなぜでしょう。それはおそらくこの詩中に出てくる「彼女」の得も言われぬあどけなさに理由があると思います。rを上手く発音出来ない彼女に話者がやはり心惹かれているのが初めから分かり、尚且つ読者もその彼女の不器用さに最初から惹きこまれていく。だからこそオリーブ油だけの時もある料理のレシピが妙に可愛らしく、愛おしくも見えてしまう。そして最後「魔法使いじゃないので」で始まる告白が、静かな日常風景を愛情で以て描写したかのように、読者の胸に刺さってしまう。奇妙な構成の詩なのに、やはり「これは詩だ」と思わせる技巧。中々のものだと思います。 (彼女のrの発音/魔法使いじゃないので)

2018-11-04

三浦さんの中々に素晴らしい論評に便乗して、しかし賛辞を。確かにこの作品においては二次情報、三次情報の扱い方が単線的でこの詩の「目的」のために利用されている印象がする。三浦氏の指摘する通り、プライベートで生きていく上においては、二次、三次情報は「冷徹さ」や「看過」といったフィルターを通して見る姿勢が必要になってくると思う。だがこの作品の狙いは別にあり、注目すべきは、むしろ二次情報、三次情報を単眼的にしか見られないほど、話者が人生に、暮らしに、世界に倦んでいるという点である。だから「哀しみが無限に分散していく。」は亡くなった友人にではなく、もちろん轢いてしまった運転手にでもなく、ましてやトラックの運転手にでもない、世界の諸々の事象に倦んだ自分自身の引き裂かれる「気持ち」に向けられたと個人的には解釈した。そう読み解くとこの詩は世界や社会へ向けた、ちょっとした倦怠、気怠さ、物憂い気持ちを描き切っていてなかなかの良作なのではないかと思う。読み違えは大いにあるかもしれないが、自作である「地球にさよならを」に通じるものも感じてすんなりと読めました。 (移動する発疹)

2018-11-04

オオサカダニケ様、夜分に失礼します。運営のステレオです。オオサカダニケ様の論評活動、作品ともに優れている点が多く、括目しておりましたが、貴音様の選評への煽り発言、また完備様の作品への挑発的言動など、若干見過せないコメも見られます。今一度マナーガイド及び、その中の合評マナーに目を通していただきたく存じます。次回煽り、挑発あるいは荒らしとみなされるコメが散見出来た場合、イエローカード発出の可能性もあります。ぜひともご留意くださいませ。 (13月の眠り姫)

2018-11-03

凄い覚悟、決意の詩。「よしっ」というタイトルで「走れ!」だけ。さぁいよいよ新しい人生を始めるぞ、という意気込みを感じる。清々しい。今度は「よしっ」から「走れ!」に至るまでの詳細を描いた「よしっ!パート2」を読んでみたいです。 (よしっ)

2018-11-01

うーん。良いですね。「病める鳥は毒を好む」という描写から、今は亡き父の生き方、言葉の連関性の真相に柔らかいながらも迫っていく。そして最後、いつでも前向きだった父の影響、父への愛募から解き放たれるかのように「もう歩かなくてもいいのだった」と来る。精神的解放の詩だと読みました。 (癒ゆ)

2018-10-31

何だか素朴な孤独感と、その孤独を決して疎んではいない様が描かれているように感じます。分かりやすい情景と表現で、そこはかとなく前述のような感慨を読み手に抱かせるのは中々の技巧だと思います。 (不法投棄)

2018-10-31

運営のステレオです。9月期にも同タイトルの作品、改行部だけ違うと思われる作品を投稿しておられますが、これは推敲版ということでよろしいでしょうか。出来ればその意図をコメント欄にて示していただきたく存じます。 (ピンナップガール)

2018-10-31

全体として人としての焦燥感、急く感じがある。それはゼンメツさん、個人のものであるのかこの詩のみに託されたものであるのか分からないが、得も言われぬ「焦燥感」がこの詩を味わい深くしている。ラストの「月は見えないけれど、湖面にはちいさな波が立っている。」ようやく落ち着く場、着地点を見つけた、という印象です。 (傘泥棒)

2018-10-30

ご投稿ありがとうございます。運営のステレオです。とても綺麗な語彙、表現が並んでいますね。ツイッターのプロフを拝見したところ、歌詞をフリーで書く活動をしているとのこと。主に「現代詩」とカテゴライズされている「詩」はもっと大きな飛躍、冒険をテキストのみで試みてもいます。特にB-reveiwにおいては。これから筆者様が、現代詩という場所に踏み込んだ時、どういう表現をなさるのかとても期待しています。 (blue Reflection)

2018-10-30

スルーしよう、スルーしようと努力したのですが、やっぱり目立ちますね。■で一つ、一つ詩を区切っているのかもしれませんが、繋がりのある連作として僕は読みました。最終節の「今日も正常」は詩全体をまとめるのにベストだったと思います。このアプローチでもし最初からコンセプトを立てて、連作として詩の一つ一つをあげていたら、もっと違う詩が選ばれ且つ流れも考慮されて、一層高い評価になっていたことでしょう。視覚詩的効果を狙った詩作品としても結果僕は見ました。 (生活に関する連作)

2018-10-30

かなり捨て置けない詩ですね。風船は、手元から離れていく時間、モノ、友人、恋人などとにかく大切な「何か」の暗喩であるかと解釈しましたが、その風船が手元から離れていく過程の描写がとても切なく、情緒があります。必死に命懸けでごめんなさいと謝る。それは失った、手放した全ての大切なものと人々へ向けられているようでとても美しく感じました。 (風船)

2018-10-30

「最低」というタイトルが覚悟を秘めていて、とても良い。内容の方は人間の存在そのものが、人間の本質そのものがどのように「最低」なのか踏み込めてないような気がするし、踏み込むつもりもなかったのかもしれないという印象。「最低」というタイトルの衝撃を上回る描写が欲しかった。 (最低)

2018-10-28

アイロニーが効いていて、詩作を幾度も重ねたであろう筆者様の洗練も感じる。だが+αを求めてしまうのは私の贅沢だろうか。すんなり読めるし、言葉のチョイスも良い。良い作品なのですが。 (俗物賛歌)

2018-10-28

美しいし綺麗に纏まっているし、ささやかなロマンティシズムとも言うべき抒情があって、尚且つ小さなメッセージも詩全体を損なわない程度に込められている。だがレスポンスが今一つ少ないですね。なぜでしょう。ひょっとしたら綺麗に纏まりすぎているのかもしれません。筆者様のある種の詩のスタンスを解体しても、この抒情を保てるかがポイントになるのでしょう。 (ワンセコンドメモリーズ)

2018-10-28

いい詩ですね。週末にキスをされる少女の喜びと官能美が、「3秒だけ彼女を恒星にする」などの独特の天体的要素を組み込んだ筆致で描かれている。大きな視座から、小さな身近な視座への展開はとても上手く、美しいと感じました。 (成長としての墜落)

2018-10-26

うーん。何とも言えず良いですね。自作品の感想への返信を書いてひと休憩していたところなのですが、その疲れも吹き飛び、身も心も浄化される感覚がこの詩にはあります。ある種のパワーですね。素晴らしいです。 (まなざし)

2018-10-26

貴音さん、コメントありがとうございます! こんなものを書くと良いとのこと、ありがとうございます。前々作の「花魁」あたりから僕自身模索べき方向性というものが定まってきた感じがするので、その後押しをしていただけて嬉しいです。冒険しているとの評も嬉しく思います。「洗脳、搾取、虎の巻」は貴音さんがキャスにいらっしゃった時に流したいと思います。昨日も準備していたんですよ! 何れにせよ短い中に最大限の評価をしていただきありがとうございました。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-26

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 厳密に言うとこの詩において「君」は死んではいないのですが、話者にとって手の届かない存在になってしまった、失われてしまったという点では「死んでいる」と言ってもいいかもしれません。「君」が話者から心理的に失われたことで、彼の視点は冷静に淡々とこの世界の物憂うべき、小さな出来事に移っていきます。そこで話者は物事をスルーしながらもやはり悲嘆し、地球にさよならをする心情に落ち着きます。これは先の返信でも書いているのですが、肉体的な離別なのか、心理的で一時的な離別なのかは僕にも分かりません。ですが彼は地球の諸々の価値観とは決別するのです。この辺り僕自身とても詩的情緒を感じていて、気に入っています。またフローすることの大切さという点では同意です。ただこの詩の話者は物事をフローしていながらも地球と決別する。蓄積ですね。個人的なものか、世界を俯瞰したゆえにかはこれも分かりませんが、蓄積により離別の決断をする。そんな詩になっています。「別れ道」に次いでこの詩にも深いコメントをくださり感謝の極みです。ありがとうございました。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-26

じゅうさん、コメントありがとうございます! 「時間に置いていかれて」というのはこの詩に出てくる人々を表すのにかなり適切なのではないかと存じます。彼ら、彼女たちは時代の変化にある種乗り遅れ、あるいは適応出来ずに迷いながら生きている類の人々でもあるのです。彼らの救いはこの詩の話者のような、どこかの誰かが自分の人生にスポットをあててくれることであり、知ってもらうことでもあるのです。どんな些細なことであれ。 何かが足りない欠損感。おそらく心理面で補えるものでしょう。それは分断された社会、世間が今一度一つに収束し、助け合い、補い合う世界からもたらされるのかもしれません。それらは本当に「永遠の謎、疑問」とも言えますね。閲覧及び評価ありがとうございました。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-26

かるべさん、コメントありがとうございます! 「30480517」はお察しの通り3048年5月17日での出来事、という意味です。加えて整理番号「30480517」で処理された案件、という意味も持つダブルミーニングになっています。未来でも現代と同じように、非常に身近な悲しむべきことは起こり得る、散見出来るだろうとの想いからもこの詩は書きました。社会の些事が詳細に記録される現代から、1000年以上も経てば、「ああ、やっぱり世界は変わらないのか」と嘆息する人々はいるだろうし、またその人々に逃げ道を与えたいとの想いもこの詩には投影されています。何れにせよ、想像を膨らませられたという点だけにおいてもこの詩は成功しているのではないか、とのこと。閲覧及び評価、ありがとうございました。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-26

オオサカダニケさん、コメントありがとうございます! 定点カメラを思わせる視点で書いているという趣旨のコメ。とても鋭く、的確で嬉しく思います。この作品はまさに世界のあちらこちらに、話者が定点カメラを設置したかのように、心の感度とアンテナを張り巡らせて拾い上げた小さなトピックの数々で構成されています。普段私たちの心へ知らず知らずの内に入り込む情報と情景を、この話者は他人事と認識しつつ、気負いなく、フラットな心情でくみ取り、ですが自身の境遇に照らし合わせることの可能な出来事として処理しています。その人物が「地球にさよなら」をする。何とも物悲しく、虚無的で、無辜な印象すらする展開だと思います。また「灰色の呼吸をして」はまさに白でも黒でもない話者の心情を表しており、産業被害を受けた体の異変とでも言うべきものも表しています。この一節、とても気に入られたとのこと。嬉しく思います。ありがとうございました。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-26

社町 迅さん、コメントありがとうございます! 誰もが諦める行動を選んでいて。そうですね。この作品は世の矛盾や不条理を受け入れて、諦念を抱いている人物たちにスポットをあてることで、ある種の美しさを描き出しているのかもしれません。夢も希望もないテーマ。話者が「地球にさよなら」をして向かった場所に、それこそ「夢や希望」が潜んでいるのかもと思います。話者の向かった先。それは世界の諸々の価値観と縁切りをした場所でもあるのですが、それが別世界なのか、別宇宙なのか、別の惑星なのか、はたまた死後の世界か、それとも精神的な次のステージを指すのか、それは僕にも知り得ません。話者のみが知るところなのでしょう。閲覧ありがとうございました。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-25

クヮンさん、コメントありがとうございます! 赤子が「飽きた」ように見えたのは、ご指摘の通り話者がそう感じただけなのかもしれません。これから人生がスタートする赤子が何かに「飽きた」ように見えるなんて、それこそ話者の悲劇ですよね。痛みや未練や涙、花への喜びを無くしてしまったこと等々。そのことに話者は気づいていて、尚且つ悲しみを知っているというご指摘。中々に鋭いですね。この話者、男性は諸々の価値観とさよならしようとしている、もしくはさよならをするのですが、それがどれほど悲しみに満ちたものであるか「知っている」のです。だからこの男性、話者はひょっとしたらこれもクヮンさんのご指摘の通り、一時的に意識が地球からかい離し、別離しただけで、気力が満ちればまた地球に戻ってくるかもしれないのです。そこに希望があるとすればまた希望があるのかもしれません。的確で興味深い感想、ありがとうございました。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-25

柿原さん、コメントありがとうございます! 戦争をしても平和を感じられないのに、更なる平和を求めて戦争をする。とても鋭い指摘だと思います。この作品は近々未来において、その時点においてもまだなお、今現在の日本と変わらぬ、疲れ、倦怠、倦むところが存在するのを描写しており、そのような世界から離脱する、まさに何の未練もなく離脱する話者を描いています。恐らく彼の心情の一つとして「争うことが好きな世界」にさよならを、というメッセージがあったと思います。閲覧ありがとうございました。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-24

とても良いです。ユキという女性との関係性を、詩的な物思いによって徐々に描写していく。最後は素朴な情感に戻り、詩的探訪からも抜け出し、「コーヒーを飲もうか。」というとても日常的な描写で読み手も、筆者も現実に帰る。この落ち着き、落としどころ、とても好きです。良作だと思います。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

「あっちこっちに向かう生」とか「この場所は/ひどい世界さえも遠い」とか随所に僕好みの表現があって面白く読ませていただきました。意味のない日々の意味について人々が語っている様相のあとの、「具体が…」以降が物凄く抽象的になって、読み手が止まってしまった感があります。この無慈悲で無常で、虚無感すら漂わせる世界、筆者様がそう思われる世界を、最後まで分かりやすく描写して欲しかったという想いがあります。ただこれは個人的な願望かもしれません。 (期限)

2018-10-24

いいですね。とても楽な気持ちで読めました。欲しいものに「『信じられる』神様」が来る。既存の宗教を疑ってかかる、宗教リテラシーのようなものを感じました。全体としてはポップですね。 (断片)

2018-10-24

パワーを感じる。日本語も適切で、一通り詩的な作品を作ってきたであろ筆者様が、作品、作風、日本語までも解体して作った作品という印象です。ピカソのキュビズムのような感もある。それでいて最後の「ハッピーエンドに向けて響き渡れ!!」熟練ではなく、強烈な若さを感じる。とても好印象を持ちました。良かったです。 (序曲)

2018-10-24

展開、構成ともに素晴らしいです。三人のミチコについて書かれた記号論? 認知科学的考察が読み物としてパーフェクトな域で面白く、りなについて書かれた後半へと流れていく。後半部も短いながらも美しく、安定した抒情を覚えます。以前ボルカさんの作品の一つをコントロールの精度をひたすから磨くことに懸命、賢明なピッチャーのようだと例えたことがありましたが、この作品は高速スライダーも剛速球も駆使している作品ですね。素晴らしいの一言です。最終連「残り香の消えゆくときに残されて/一抹の煙のような気配漂い/地下水の匂いがしている」は、関係がおそらく終わりを告げただろうりなという人物との、錆びた、どことなく虚無感の漂う余韻を残していて良いです。 (雑談と「ままならぬ恋の詩」)

2018-10-24

まさに「肉薄」。良いと思います。赤裸々に内面を吐露し、恥も外聞もなくのたくるように「卑下」にも似た自己分析が続く。疾走感と迫り来るものはなかなかのものです。ただ一つ失速したかな、と思ったのはコメント書きについて言及したところ、あの箇所だけはコメントを入れてもらった人にも波及するので別の描き方、もっと筆者様の内面をエグク、エグク無残にも解体する方法はなかったかなと思います。着想はとにかくも素晴らしいです。筆者様の「勝負魂」とでも言うべきものが見えました。競い合う作品がなければ優良以上確定でしょう。これだけ覚悟の入った作品は中々珍しいので一気に読み進めてしまいました。画家ダリの伝記を出版当時、批評家たちが評した言葉「ピンクのスポットライトを浴びて展開されるストリップショー」を思い出しました。 (『藤井龍平の肉迫』より。)

2018-10-23

みうらさん、コメントありがとうございます。何の権限で、どの立ち位置から「ステレオ作品」なるものをカテゴライズしたのか分からないが、勝手に「ステレオ作品」とカテゴライズした上、「プロットに弱い」などという負のレッテルを貼られてはこちらもいい迷惑である。「花魁」「別れ道」と二作連続で好評を得たことで私の作品へのハードルが上がったのは私自身も分かっている。だが例えるならば「花魁」と「別れ道」はスケールの大きな教会の壁画で、この作品は籠の上の果物を描いた静物画だ。みうらさんの評は「壁画は良かったのに次は静物画を描いてきたから今ひとつ」と言っているのと同じレベルの批評にしか見えない。氏の批評に「今一つ」と思ったのはこちらの方である。加えてみうら氏は「別れ道」のコメント欄において「三角フォルム以降をなぜ普通のフォルムにしてもらえなかったのか(要約)」と感想をこぼしてもいる。しかし今作においては「(三角フォルムのような)テクニカルなものに優れていた前作と比べて今一つ」と、暗にテクニカルな要素をも含んでほしかったと仄めかす趣旨のコメントを残している。こうもあからさまな二重基準の批評を書かれては、こちらは理解に苦しむばかりである。ただ、みうら氏が私へ更なる飛躍と進歩を期待して、あえて辛辣なコメを投げたと言えば納得も出来よう。私はただ次回も良作を志すだけである。では。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-22

死期がいよいよ近づいた妻と、その妻を最期まで看病する夫の詩。かと思いましたが、どうやらそれだけではないようですね。羽の生えた赤子とは天使か何か、妻の魂にも似たものでしょうか。その天使を解放してやる。独特の宗教観も感じました。コメ欄の方も拝見しましたが、夫のように最期まで妻を思いやりたい、妻のように最期に感謝を言いたい、とのこと。その心情が最後の「羽の生えた赤子」という霊的な存在によって綺麗に、そして一味違う角度から昇華されていると思います。筆者の想い、詩情をもたらす人生観が伝わってくる作品でした。 (羽の日)

2018-10-22

素晴らしい。冒険しているなという印象。ネットに拡散された遺影を毎日のように誰かが目にするであろう構図を作り上げ、しかもその作りあげかたが詳細で、ある種リアリティを以って書かれています。ネット時代の落とし子のような渡辺さんだからこそ、この着想にも至ったのでしょう。不気味でありながら、自分の遺影が物笑いの種にされたり、時には憎しみの対象にもなりながら、誰かが遺影を目にする。この時代に強烈な爪痕、足跡を残すために最も出来なさそうで出来そうな手段。素晴らしい。また、肝心なのは最終連でもあり、ここで一気に詩情を喚起するのに成功していると思います。それこそ情報と手段の羅列のあとに来る、最終節「私の微笑が…」はとても効果的でありました。 (遺影)

2018-10-22

渡辺さん、遅ればせながら「2019年の花魁。沖縄にて」を優良に選んでいただきありがとうございます! 「トビウオ」が投稿されるまでは大賞候補だったとのこと。とても嬉しいです。残念で悔しい想いもしますが、渡辺さんの論理崩壊してまでの「ここすき」を獲得出来て感謝の極みです。動画を拝見している間、頬が緩みっぱなしでした。また「ありがとうございます、stereoさん」のお言葉であと一か月はゆうに楽しく暮らしていけます。ありがとうございました。 (【選評】渡辺八畳@祝儀敷の9月フル・キュレーション【動画】)

2018-10-20

かるべさん、おはようございます。このたびは「『Zero gravity dropping』 stereotype2085 featuring 貴音&EMI」を優良に推していただきありがとうございます! この作品は貴音さんの協力があってこそ成立した作品ですが、評が芳しくなく、残念な想いもしていた作品ですので、選んでいただけてとても嬉しいです。貴音さんの顔を立てることにもなり良かったと思います。また架空の人物EMIも埋葬されず、浮かばれるでしょう! ありがとうございました。 (【フル】かるべまさひろの選評<2018年9月分>)

2018-10-20

fiorineさん、おはようございます。運営のステレオです。今回の件について、運営チャット欄にて話し合いをした結果、今回は特例にて準大賞に推された作品を優良として扱い、またこちらの方は申し訳ないのですが、推薦の価値を維持するという面において、推薦作品を五作品に絞っていただくという結論に達しました。折角フル選評をしていただいたのに申し訳ないのですが、また折角のフル選評をしていただけたからこそ、fiorinaさんの意向をくみ取り、運営の方針も加味していただいて、コメ欄にて今一度大賞一作、優良五作、推薦五作と分けて書き記していただけたらと存じます。フル選評に参加してくださったのは感謝の極みです。それでは、よろしくお願いします。 (<選評フル>  大賞は「薄明」)

2018-10-16

「この恋の主人公は/あの子より私の方が絶対面白い。」この一節のためにあるような詩にも感じました。主観と客観が入り交じり、それでいて尚且つ自分自身を主人公として推す。面白いと思いました。 (主人公)

2018-10-14

初めは平仮名を使うことで生まれる効果を狙っただけの詩なのかな、と思いましたが違いました。上手いですね。年を経るごとに書き方も文章も語彙も変化していって第一連の無邪気さや長閑さがなくなる。当然社会人や大人としては、中盤以降の文章、書き方が優れている、ということになるのでしょうが、失われていくものも多い。技術的にも構成的にも良く練られていると思いました。 (歩み)

2018-10-14

良詩ですね。自然は何も変わらないのに、人工物はどこか変化している。一瞬災害があったための人工物の変化かと思いましたが、人工物は時を経るごとに着実に変わりゆくものですから、違うのかもしれません。ちょっとした危機感めいたものもあって僕は好きです。 (マンションからの風景)

2018-10-14

「聞きなれた歌が/懐かしい歌に変わるころ」に言いようもなく、変わりたい、変化したいとの「書き手と君」の焦燥、急く気持ちが描かれている。だがしかし「更新に対して/俺のダッシュは遅すぎる」がためか、最終連では、変わりたい気持ちや焦燥から脱線するような描写がなされている。これは変化しようにも上手くいかない世を嘆いたためか、その点を絶妙に描いたのか。捉え方の分かれる詩だと思います。全体としては結局、最終連のある種の「崩壊」が僕は好きでした。 (秋思)

2018-10-14

「冥府へ」というタイトルは僕好みで、尚且つ「生産終了した/型落ちのウォークマンでは/もうあなたを救えない」などの世界観崩しの表現も随所にあって面白い。ただ「少女たちよ 目覚めなさい/目覚めなさい」というメッセージ性の強い箇所で書き手の熱量が異様に上がってしまったかな、との印象も持ちました。落差のある表現が筆者様の持ち味ならば、そこを極めて欲しいとも個人的には思ったりしました。 (冥府へ)

2018-10-14

好きな詩の世界観なのですが、タイトル、内容ともに若干固い印象を受けました。幻楼灯さんが表現を崩し、ある意味解体した時、どのような表現をなさるのか楽しみです。「明日は何処だ?」のラストは僕好みでした。 (近代自然様式から)

2018-10-14

聖俗あわせ持つ詩という印象を受けました。一連目は静謐な描写の中に「覚悟」という、一語だけで印象深い語彙が使われており、どんな詩が始まるのか、と期待させます。二連目で、三連目で詩の書き手の「生活」についての描写があり、これが生々しくも、「エグイ」。最終連において、覚醒でもするかのように生きることの素晴らしさ、生への得も言われぬ愛着が書かれている。クヮンさんは「tender」でもそのような印象を持ちましたが、俗っぽい描写を使っても最終的には、詩情を喚起するテクニックに熟達しておられる印象を受けました。 (街のひ、果てるひかりに)

2018-10-14

プールの塩素の匂いで「夏」を彷彿とさせ、「しばらく忘れていた/色と声」と来る。最終連の「全くすっかり秋だというのに/全く今やすっかり秋だというのに」に夏のへの愛募、名残を滲ませて、同時に秋をも筆者が楽しんでいるが伝わる。四季がくっきりと分かれるジャパン。生まれて良かったと思わせる詩です。 (庭の葉が赤く色づく頃に)

2018-10-14

綺麗にまとまりましたね。小話の一つとして読みました。イカこそが娘の真の姿。イカは幸せだったんでしょうね。王子の傍で暮らせて。加えて王子も「娘」を傍にすることが出来たのだからハッピーエンドでしょう。 (本当は怖いおとぎ話)

2018-10-14

は行が全てぱぴぷぺぽになっている。一瞬読みにくくもあるのですが、大変な可笑しみをもって読ませていただきました。それもすべて書かれている内容自体の熟成度が高いからでしょう。これを即興で仕上げたとのこと。技術の高さを感じます。「はい。僕が穴番です」と勢いに乗って思わず挙手してしまいそうな詩だと思いました。ビーレビ展、お疲れ様でした。 (「穴。」)

2018-10-10

いい詩ですね。牛の世話をするお仕事をしていらっしゃるのは存じ上げていましたが、ビーレビ展の華やかさと「今日やるべき仕事」を淡々とこなす、あるいは様々な思いが錯綜しながらも「向き合うべきことに向き合う」潔さと力強さの対比が、たくましく、それでいて、少し物憂げにも描かれている。物憂いかどうかは筆者様にとっては微妙かもしれませんが。最後「『見えない向こう』そのごとく/何かが産まれますように」で遠方での賑わいだ出来事と、近場、自分のごく身近な労務がしっかりと繋がっている、いや、繋がっていてほしい、との願いが込められていて、どんな境遇に置かれている人も背中を後押しされるのではないか、との感慨を持ちました。 (かの地~B-REVIEW TENに寄せて)

2018-10-10

いいですねぇ。買ったのが「ビッグイシュー」というところが、詩の書き手でさえいつ辛い境遇に陥るか分からない、という所を仄めかせていて好きです。「私も面白くないなら明日にでも/ゴミ箱行き」にその心証が託されているように感じました。「捨てるゴミ拾うゴミ」というタイトルは「捨てる神あれば拾う神あり」を彷彿とさせましたが、その真逆のアプローチのタイトルで良いと思います。また椎名林檎とリンゴスターの関係について、詩の書き手さんが余り興味がないかのような「印象」で書かれているのも上手いな、と思いました。読み物としても詩作品としても、ちょっとしたメッセージが込められている作品としても良品だと思います。 (捨てるゴミ拾うゴミ)

2018-10-10

比較的ポップな筆致で描かれた「あの人のいない世界」とタイトル「埋葬」の大きな距離感がこの詩をさらに良くしていると思います。「さよならとこんにちはの/間にある言葉を探せば/またねと手を振り棺を壊し」などの連で出てくる「棺」が、まるで「あの人のいない世界」は自分自身が埋葬されているかのような印象だ、との筆者の想いが託されているような印象を受けました。 (埋葬)

2018-10-09

等身大の貴音さんが表現されていると思いました。いつも詩神を名乗ったり、時にパフォーマンスとして激しい言葉を使ったり、という貴音さんとは全く違う、と言っていいほどの等身大の貴音さんが。そこには体があり心があり、人のことも気にしたりする貴音さんがいて、とても好印象で、また一つ貴音さんの新たな一面を見せてもらったな、との感慨を得ました。「何だか損したような気持ち」になった一日の最後に、かつて仲違いをしたであろう、親友から着信が入ったことを仄めかせて終わる。これも人生の不思議を表しているようでとても良いと思いました。 (仲直りの嵐)

2018-10-09

まず「まあ落ち着け」に笑ってしまいました。こういう境遇に陥った男性が、真っ先に自分に言い聞かせなければならないことはこれでしょう。詩作品は三択をいつも迫る「彼女という人間」の謎に迫っていく。とても興味深い展開です。ですが、シャワールームに行って以降がちょっと僕には読み取りづらかったです。最後、彼女が不意に現れたのか、それとも「彼女という人間」が自分の中の妄想だと気づく流れだったのか。何れにしても、個人的な贅沢かもしれませんが「彼女という人間」の本質に迫り、その姿を謎解きする、というところへ行って欲しかったです。謎解きされているのかな? だとしたら失礼を。 (コこロさん)

2018-10-09

良いですね。一つ一つの文字の間に並んだ等間隔の空白が、視覚的効果ととも、この詩における「私」の心の余白、心に開いてしまった穴等を表していてとても読みやすく印象的でした。水に還る偽り、という冒頭の表現からして巧みで、重力に逆らえずに流れる川の水のように、「嘘」は自分のもとに還るという印象をも受けました。全編を通して、かつて思い描いた自分と、現在の自分とのギャップ、差異に苦しむ「私」について描かれているように受け取りましたが、それが押しつけにならず、また卑屈にもならず、胸に残るものになっていたと思います。 (水の泡)

2018-10-09

大変面白く読ませていただきました。目を抉るという猟奇的で自傷性に満ちた描写から始まり、醜いものを嫌う詩の書き手の心情が描かれていく。三分の一程度読んだところで、「いや醜いのは、醜さを嫌うこの方の内面にあるのでは…」との感慨が浮かび、その読者(stereo)の気持ちを裏切ることなく、気持ちのいい限りで「私こそが、もしや/罪人ではないのか」との最終連に入っていく。小説の良し悪しを決める一つの要素として、極々一般的に「読者が期待した通りに、痒いところに手が届くように描かれている作品は良品」というものがあるのですが、この詩にはその良品の基準が見事に当てはまると思いました。特別美しい語句を! 表現を! と躍起になっているのではないのに、全編を通して美しいです。 (罪人レプリカ)

2018-10-08

「ゲロ」というタイトルに象徴されているのか、デッサンが完璧にならずに「慌てて飛び出した」詩の書き手の、鬱屈した気持ちが吐き出されています。僕個人としては「いっそブルータスがカエサルを裏切ったように自分の人生を裏切ってやろうか」などのフレーズはD・ボウイの「世界を売った男」などを彷彿とさせ、メリハリをつけるための要素として好印象を持ちましたが、この長い独白で、一種の停滞を感じる瞬間も、読み手(stereo)にあったのは否めず、もう少しスリムにラストまで持っていてくことは出来なかったかな、と思いました。 (ゲロ)

2018-10-08

安定した実力。詩書きとして一切動じない確立されたスタンスを感じます。例えですが、みなが様々な変化球を編み出したり、投法に工夫を凝らす中、ひたすらコントロールを磨いている懸命な投手のようです。さて内容ですがオルガンが息を引き取ったのち、少年と少女の出逢いと邂逅が描かれているように感じました。恐らくその後の描写から、「母が微笑み」との一節もあることですし、少年と少女の仲は上手く行ったのでしょう。そして新しい生命の息吹を仄めかせながら、みなの楽しみや喜びに寄与したオルガンが蘇生しない事実を哀切をもって描いている。「永久に蘇生しない/オルガンはもう蘇生しない」とのラストも余情が深く、とても印象的でした。良作だと思います。 (オルガンの死)

2018-10-08

実際には「モスラ」とは一体何なんでしょう。可笑しみをもって推察しながら読ませていただきました。飛躍も脱線もいい意味で少なく、結果テルがムー大陸に上陸して、モスラの運命は行方知れずとなる。モスラは単に虫か何かの比喩かとは思いますが、ドタバタドタバタしたあげくに退治、もしくは行方不明になったのなら良いではありませんか。おおらかな気持ちで読めました。 (モスラの運命)

2018-10-08

電動歯ブラシについての短い心理的攻防が、詳細に偏執的なまでに描かれていてとても面白いと思いました。電動歯ブラシより重要なモノは「頭上からこちらを見下ろしている男の正体」とのこと。一つのツールからこうも人間洞察、観察に至ったのはアプローチとして素直に良いと感じました。 (電動歯ブラシ)

2018-10-07

運営のステレオです。初投稿ありがとうございます。詩の中身については若干描きたいことが分散している「印象」がしました。老いかけた「あなた」が誰であるのか気になるところですが、詩の読み手の四面楚歌な気持ち、袋小路に陥った感情が所々にない交ぜになっており、「あなた」の謎に迫り切れていない、との感慨を持ちました。しかし一つ一つの表現には光るものがあり、今後どう変化していくかとても期待しております。 (風景)

2018-10-07

全編を通じて「膨らむぶよぶよの胎児」「殺してやりたいシンでしまえ」など不穏なイメージが付きまとう表現が散見出来、詩の読み手の少し混乱し、憔悴した、それでいて悪徳に身をそやす様が描かれています。一段目と最終段に同じフレーズを使うのは賛否の分かれるところでしょうが、僕個人としてはこの猟奇性のあるカオティックな詩を収束させる方法として決して悪くはないと思いました。次作も期待しております。 (アパートメント悪意)

2018-10-07

花緒さん、おはようございます。まず建設的、発展的であるならば「上から目線で」などと前置きすることなく、新運営への意見、アドバイス、叱咤激励を「B-review」を発足させた人物の一人として、先達として、提出してくださるのは歓迎する旨を書かせていただきます。早速ですが、花緒さんのご意見の中核にある、新運営は権威を標榜して、原則を反故にしていくやり方をしている、というご指摘。これは僕個人としては権威を標榜したつもりもありませんし、原則を反故にしていたつもりもありません。しかし注意深く物事を決定すべき段において、またはアイデアについて、「まずはやってみましょうか」という実験的姿勢で賛意を示してしまったことは事実で、それが前述の権威を~、または原則を~のイメージに繋がったのならば、素直に謝意を表したいと思います。3000字200行制限ルールにおいても、優良降格ルールにおいても、新運営がスタートして間もない時期の決定事項であり、僕としてはまだまだ手探りの段階であったのを斟酌していただけたら幸いだと思います。実際新運営も硬直化したり、権威的になったりせず、3000字200行制限については限りなく撤廃に近い回答を出しましたし、代替案として折り畳み表示の実装というアイデアに踏み切りました。この優良降格ルールについても、みなさんのご意見を大いに参考にした上でベストな解決案を見い出すでしょう。それまではしばしのお待ちを。また旧運営化のポリシーを後生大事に守って欲しいわけではない、とのご指南もありがたく拝聴します。同時に旧運営化のポリシーは習うべき点はあったとしても、批判すべき点はほぼないと言って等しく、大いに参考にしたいと思います。最後になりますが、「SEOをあげて、広告収入を稼いで、ネット詩の歴史を更新して欲しい」との激励、エール、ありがたくいただき、この文章で以て花緒さんへの回答としたいと思います。ご意見ありがとうございました。 (《ビーレビへの意見とそれへの議論を書くスペース》)

2018-10-07

詩の読み手の話し相手への呆れ言葉で全編が構成されていて、朝焼け、夕焼け、胸焼け/みなみな、美しいものなのですよ。で痛烈、痛切な皮肉へと転じ、ラストはおととい来やがれ、と話し相手をあしらって終わる。読み物としても悪くないし、面白い。何より構成、着想勝負の詩で、そこに妙味を感じました。 ( アップルパイ屋の独り言)

2018-10-07

平仮名表記と、一件不自然に見える改行、空白の使い方にこの作品の肝、あるいは巧みさを感じました。「灰のようなこころ」がどのようなものかを全編通して書かれていると捉えましたが、ロジックの崩壊、心の靄にも似たものを表現するのに成功していると思います。最後「それ だけが全て君との夢 はおわ りだよ」だけが妙に理性的であり、理知的でこの詩が生まれるに至った経緯が描かれているのかと想像しました。良作だと思います。 (灰の様なこころ、灰のようなこころ)

2018-10-07

台風の来る、夕暮れ。における何気ない日常の描写から、筆者が「考え残した」あるいは「置き忘れた」感慨、想いを立ち止まって、振り返るというような印象を受けました。一瞬にして読み手に訴えることの出来る「短い詩」の利点を最大限活かしていると思います。もちろん技術あってのことですが。「いや、嫌、いや。」の出だしも含みがあり良いですね。 (訪れ)

2018-10-07

個人的には「ぶらっくぼっくす」と銘打たれた箇所以降が、とても僕好みです。昨日や今日の幸せをおざなりにして、明日の幸せを求める。その結果が、「辿り着けない帰る/場所が少しずつ増えていく。」であり、捨て鉢のタンポポがバイバイと揺れる様かと。これらの描写は、詩情を喚起するのにとても効果的で、失われたもの、失われいくものへの愛着、慕情を描き切っていると思いました。素敵です。 (街の潮目)

2018-10-06

ブレーキの音が届いたことから、筆者様独特の思索世界へと入っていくのですが、これがなかなかに興味をそそる。こういう角度で物事を見るのか、と発見もあったりします。そういうある種の脱線へと物事が移ったのち、ラストに現実へと帰る。「薄水色の車が停止線を踏んだのを見た」で筆者様独特の思考から抜け出し、読み手も我へと帰る。実に面白いアプローチの詩だと感じました。 (一人合点)

2018-10-06

「手のかげをかさね、かさね」という表現の出だしに少し読み取りにくさを感じたりもしたのですが、「影の、手かさねて なかで /体温も 亡くしたものも/かつて人がうちゅうとよんだ/何かになっていく」から急速に読み手の心をとらえていくと感じました。「かげの夜の またその影」からラストにかけては、初めは読み取りづらいものであった「手の影」が、実際は何を意味するのかと興味をそそる仕上がりになっていたと思います。個人的には無常観、土から土へと還るかのような諦念、達観のようなものが示されているように感じます。それが一点謎めいたこの詩を興味深いものにしていると思います。 (いくえ)

2018-10-06

いつまでも僕自身でさえ明文化出来ていない「なつめさんらしさ」というものを期待するのも野暮なのですが、「えびせん」や「▼」になつめさんらしい遊び心が散見出来るような気がしました。一転、明らかに書き具合の違うのが冒頭の「青」であり、これは筆者様に芽生えた、技巧主義的な詩作品への関心から生まれたものなのかと、興味をとてもそそられました。もし筆者様により高いレベルを求めるなら、今の時点では「青」は頭に心と体がついていっていないとの印象を持ちました。俗に言う心技体が一体化した次のステージの「なつめ」さんも拝見したいです。失礼のあるコメかもしれませんが期待ゆえということで。 (アソート Ⅰ)

2018-10-06

いいと思います。夜を内包した君、だなんて素敵な表現ですね。ライトレスで失礼を。 (きもちわるくってきもちいい)

2018-10-06

ロマンティックですね。孤独の描写の中に、しっかりと君との「別れ」が描かれているようにも感じました。好きな世界観なのですが、プラスαの何かが欲しいとの思いも持ちました。それはこのような詩世界を作る場合の、僕自身への要求、要望なのかもしれません。では。 (秋の夜長)

2018-10-06

まず「ROUTE b」というタイトルが洒落ているな、と。中身はどんな困難、災難があろうとひたすら歩む、という印象の詩だと思いました。僕の好きな歌から「buoy」の「燃える太陽のもと 今日も成すべき仕事がある」というフレーズと、「名もなき風」の「繰り返される命感じ ひたすら生きろ」というフレーズの二つを想い起しました。中々辛く過酷ですがやはり人生(ROUTE)とはそういう一面があるのかもしれませんね。 (ROUTE b)

2018-10-06

台風の中心には/きっと美女が一人いて。中々にいいフレーズですね。時速70キロで別れた彼女。これは筆者様が意図したものかどうか分かりませんが、少し可笑しみを以てニヤリとさせれてしまいました。 (一番静かな風の歌)

2018-10-06

何度も読みに来ているのですが、今一つベストなコメが思い浮かばず、今に至っております。「喜怒哀楽の四字の中に更に収められた喜怒哀楽 」に筆者の想いが詰め込まれ、「薄皮一枚をも含んだ内側で行われている哀しい生死の為に」という印象的なフレーズから「あなたを、愛している」とのラストになだれ込む。これほど誠実な愛の告白、独白は中々ないように思います。今の時点ではこのコメがベストです。では。 (筆舌に尽くしがたく)

2018-10-06

収穫の喜び、食事を欠かさず摂れることへの感謝の気持ちを感じます。それを披露出来るクオリティで作られたことに筆者さんの技術の高さがうかがえます。白米一粒の重みを擬人化されたような「新米一粒」から語られているようにも思いました。 (豊作)

2018-10-06

視覚的効果だけではない良さをこの詩からは感じます。視覚的演出の部分は「翼」をイメージさせました。そして添えられている三節。特に「一粒の涙の中にも」から始まる最終節は、切実でまさに祈りにも似た姿を連想させます。綺麗な詩です。ありがとうございました。 (虹よ)

2018-10-06

良いですね。何が良いか。それはひとえにこの詩から切々と伝わる柿原さんの誠実さでしょう。そして学生時代は決して恵まれなかったと言っておられた柿原さんの自責の念。そこへ繋がる健気さとでもいうもの。読み物としてはとてもストレートでシンプル。面はゆく感じたりもしますが、しっかり最後まで読ませていただきました。柿原さんならではのいい読み物かと思います。 (初恋文)

2018-10-06

この「陰文」というタイトルと内容の融合のしかたが絶妙に素晴らしいです。最後、甲と乙によって交わされる会話が人生の一断片、人間の本性に関わる一断片を切り取っている印象がして、作品としてとても良いと思いました。 (陰文)

2018-10-06

君にとってはもう/要らないものばかり/かもしれない。が、抱きしめたもの(共にした想い出だろうもの)全部送りたいとの描写に得も言われぬ切なさと愛情、そして一種の冷たさとやるせなさを感じます。良作だと思います。 (東京パック)

2018-10-06

素晴らしいですね。短い中にメールの相手への想いが凝縮されている。加えて明日は晴れるだろうかとの締め。自分の気持ちを天気となぞらえるのはひょっとしてありがちかもしれませんが、この詩においては上手くまとめられていると思います。 (帰路)

2018-10-06

サルビア。この詩の中身はツイッターで前もって拝見しておりました。「はなしてほしい/はなさないで/はなしてほしい」という矛盾するリフレインが筆者の葛藤が描かれていて良いです。「互いに口を閉ざしたまま/サルビアを見つめている/見つめている」とのラストも切なくも物悲しく、しかしどこか一筋の希望を見い出すようで好印象でした。 (サルビア)

2018-10-06

素晴らしいユーモアのセンスですね。宗教的な描写から、日常的である意味些末な出来事への言及に変わる。すべての人に愛と平和。こういう小さな部分から人の幸せや喜びは始まるのでしょう。 (餃子/お風呂)

2018-10-06

この改行のテクニック。重みのある題材にしっかりと読み手を集中させ、また同時に読み手の気持ちを重くもさせないものとしてとても素晴らしいと思いました。「三途の川の川にたたずむ一人の老婆」が誰なのかとても気になります。実際はすべてに該当し、また誰でもないのでしょうね。この一連がとても僕好みでした。 (黄昏時)

2018-10-06

シンプルですが、悪くないと思います。ただ技術的にまだまだ大きな伸びしろがあると思えたので、今後の花音さんの作品に期待したいと思います。 (「向き合い」)

2018-10-06

いいですね。「幼い頃から耳を澄ましていた」との静かな書き出しから、徐々にスケールが大きく、またロマンティシズムを感じさせるほどの書き手の昂揚へと移り、それが読み手にもしっかりと伝わってきました。そして最終連はまた静かな描写でまとまって終わる。とても余情を感じさせて良いです。 (未来へ)

2018-10-06

季節が過ぎ去ることへの寂寥感を描きながら、突然「私が私でなくなる」との描写。僕は季節が移り変わることで、過ぎ行く季節とともにあった「私」の想い出も消えてなくなる、との意味合いでとらえて、なかなかに良いと思いました。「いよいよ冬が来る」との最終連。「私が私でなくな」ったあとの過酷な時代を生き抜くとの意思を感じて好印象です。 (季)

2018-10-06

水母の夢想。いいですね。短い中にも生命の儚さ、死ぬ時くらいは喜びも痛みも分かちあって逝きましょうとのある種の哲学が染み渡っていて、胸に響きました。「誰も見たことがないが/誰もが目撃する/全ては液化し海へと成ったのだから」も印象深く、インパクトがあって良いです。この第三連で言わんとしていること自体は、誰もが思いつくことかもしれませんが、独創的な描写で読み手を惹きこむに充分だと思います。 (水母)

2018-10-06

梨の描写、梨への愛着から「秋に出逢い秋に別れた」恋人たちへと言及する流れ。とても意外性があって良いです。一瞬梨への想いを執拗に描く実験的な作品かと思いましたが違いましたね。上手くまとまっていると思います。 (梨)

2018-10-06

帆場蔵人さん、コメントありがとうございます! 「自分の言葉を御して、構成もただただ上手い!」との感想。本当にありがとうございます! 嬉しいです。リフレインが感傷的な気持ちの香りを放っている、とのこと。僕もこの繰り返し、リフレインは、自分自身の胸に感傷とともに別れを刻み込む表現として、とても上手く行ったと満足しています。「別れの情景の後に/他人同士に、という流れが印象的」。これはひょっとして、人はどれほど親密になって、懇意になったとしても、悲しいことに最終的には分かり合えない、知り合えない部分もある「他人同士」なのではないかとの、僕の個人的な感慨が反映されているのかもしれません。それがドライで悲しみを切り離したかのような世界観にもつながったのではないかと思います。いずれにせよ「素晴らしい」とのお言葉。感謝しかありません。ありがとうございました。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-04

澤さん、おはようございます。運営のステレオです。準大賞順位付け、10位以下優良降格には、私も運営チャット欄にて賛意を示しておりました。それは候補が乱立した場合、「単純に」候補が多すぎるのはいかがなものかという議論から発展したものです。ですが今となっては僕は優良降格ルールについては、まさしく「選者と筆者に恥をかかせる」という理由においても考え直した方がいい、との立場になっております。準大賞の順位付けまではそれこそ「ゲームに過ぎない大賞投票」の延長として許容されるし、許される範囲でしょう。しかし降格ルールはフルキュレーションをしてまで選評をしていただいた方に、また選ばれた筆者に、大変失礼にあたるという考えまで、個人的には深化しております。また澤さんの「多様性を保つ」という一面からも、議論すべき点は多く、この優良降格ルールは撤廃、もしくは先送りしても良いとの考えです。この点運営でも議論が煮詰まっておらず、投稿者、ユーザーのみなさまに大変ご心配をおかけしております。澤さん他降格ルールに反対の皆さまの意見を鑑みて、今一度運営にて議論を行い、もっとも適切な着地点を見い出したいと思います。意見の提出、誠にありがとうございました。 (《ビーレビへの意見とそれへの議論を書くスペース》)

2018-10-04

ゴロちゃんさん、コメントありがとうございます! タイトルがダサいとのこと。ゴロちゃんさんのタイトルを僕がどう思うか、ゴロちゃんさんが僕のタイトルをどう思うかはひとえにセンスの問題ですので、ある意味どうでもいいとして、内容は綺麗にまとまっていたとのこと。ありがとうございます。加えて無駄毛処理がどうこうという批評もゴロちゃんさんのセンスかとは思いますが、僕には余りセンスのある批評コメには思えませんでした。これもひとえに好み、センスの問題ですね。この程度で行き違いがないように願うばかりです。それでは失礼を。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

沙一さん、コメントありがとうございます! カップヌードルソングの比喩は独創的で目を引かれるとの感想、嬉しいです。僕もとても気に入っています。さて「特徴的な詩形に沿って消えゆくように終わった方が、余情がより後を曳くのではないか」とのご指摘ですが、「特徴的な詩形」パートは、この詩の主人公が別れを惜しみながらも、悲しみながらも、それでも別れなければならない、という事実を自分に言い聞かせる黙想パートでもあるのです。だからそれだけでは完成形とならない。黙想から目覚めるための「。。。」。そしてその後の現実に、我に帰っての描写が必要となるわけです。しかしその最終連でさえも、「語り手の意思が力強く表現されていると感じ」、必ずしも悪い印象は抱いていないとのこと。嬉しく思います。ありがとうございました。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

あ。書き忘れましたが、三浦さん、ニューロマンサー確定ありがとうございます。思わず笑って脱力しちゃうじゃないですか。その名称。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

柿原さん、コメントありがとうございます! 「『。。。』は傘から落ちた水滴であると同時に二人の関係性の終止符を打っているっていう意味」。その解釈もいいですね。ただこの「。。。」は二人の別れと決別が決定的になったあとの、心の空白、止まってしまったかのような時間を表しています。充分に効果的だったと僕自身満足しています。見当違いだったらゴメンナサイだなんて謝る必要は何一つないですよ。色々な見解、見方が出来るのが詩の面白さ、醍醐味でもありますから。これからもコメ活動に積極的に従事されるよう、運営の一人として期待しております。また前向きな詩でよいとの感想。嬉しく思います。ありがとうございました。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

小杉匠さん、コメントありがとうございます! 「パーフェクト!」これに勝る褒め言葉はありません。歓喜で満ち溢れております。「あら探し」をしてなおそのような感慨を抱いていただいたというのは、僕自身、詩書きの一人として最高の喜びだと思います。本当にありがとうございました。こんな感想をいただけて感謝しかありません。ありがとうございました。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

三浦果実さん、コメントありがとうございます! 前半部分はとても心地よく読まれたとのこと。感謝です。さて問題の三角フォルム以降ですが、これは書いている途中に、親友との想い出と時間が消失していく、悲しいながらも、切ないながらも失われていく過程を描き切る手法として、突然降ってわいたものです。ですから「どうだ? 効果的だろう?」などとそれこそ俗っぽい言い方ですが、ドヤ顔で用いた手法ではありません。僕はこの三角フォルムパートは読み込むほどに、この作品のもう一人の主人公である「君」との別れを惜しみ、悲しみを押し殺していく表現として、自分自身胸に迫るものがあり、成功したと自負に近い感慨を抱いています。素敵ではありませんか? 最後「涙と/雨」と来て、締まり、「。。。」と表現することで、胸に残った空白と、全てが消失する様を描き切ったというのは。何れにせよ、三角フォルムパートへの拒否反応は、三浦さんご自身の好みによるかもしれないとの言及もあり、全体として良い印象を抱かれたようなので良かったです。ありがとうございました。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

仮名吹さん、コメントありがとうございます! この詩では文法的にも語法的にも他国語が翻訳された文章をイメージして書いています。それと句読点の用い方から「日本語の通常の用法から意図的に少しずれさせた表現が多用されており」との、仮名吹さんの捉え方に至ったのだと思います。本当は「、」で表現すべきところ。「。」を本来なら使ってはならない箇所にも、この詩では変則的に、余韻と時間的な間を持たせるために使わせていただきました。しかしそれが「基本の練習をしっかりこなしてきた完成された選手」との感想にも「逆説的に」つながり本当に嬉しく思います。ありがとうございました。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 正直レベルの違いを感じます、とのご意見。打ち震えるほど喜びを感じております。さて一つずつ返信していきますが、まずこれは後にコメントされた貴音さんにも、伝えなければならないのですが、「故郷では震災を思わせる」は「君」にではなく、半身の男性の「バランスの崩れる姿勢」にかかっている倒置法です。ですから「君」にかかっているのは「色気のある男だった」のみになります。その点ご了承のほどを。 また、別れを描いているのに悲しみや切なさを感じない、との感想。「そこが〈冷たさ〉を感じる最大の原因であり、この詩の世界観の素晴らしい所だと感じます」との感慨。これは田無いなるさんへの返信でも書いたように、「前へ前へと進まなければならない」がために「悲しみを封殺」する、私の現状から来ております。ですから、この詩には表現しがたいほどの悲しみ、切なさが隠されているのです。喧嘩別れとか別れる友人を踏み台にする意図はなかったと付記しておきます。この詩は押し殺した悲しみで満ちているのです。未来だけしか見ていないという印象も、私が過去を振り切り、友人と決別してでも新たなステージに立たなければならないとの思いから来ています。最後になりますが、「テレビがブラックアウトして」や「カップヌードルソングのように」の下り、お気に召していただけたようで、嬉しいです。カップヌードルソングは、インスタントに量産される商業歌の比喩ですが、この箇所の表現は僕も大変気に入っております。ありがとうございました。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

田無いなるさん、コメントありがとうございます! 別離。大人になることの詩との解釈。正解です。実はプライベートで大変お世話になった方との別れが近づいておりまして、その方との想い出と時間が消失して失われていく、とのニュアンスを含めて描きました。その方と共有した時間がモチーフになっております。「雨」「涙」との言葉が、ドライな中にも印象的とのこと。嬉しく思います。抑制して、悲しみを押し殺して描いた作品でもあるので、意図が伝わり手応えを今一度感じております。またリフレインは、自分自身に「前に進まなければならない」と言い聞かせる狙いもありました。その点も伝わり良かったです。ありがとうございました。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

貴音さん、コメントありがとうございます! 「震災を思わせる」との表現に忌避感を抱かれたようですが、僕も熊本大震災を経験しております。遺体がそこかしこに置かれているような状況こそ目にはしていませんが、「震災を思わせる」というフレーズを使うある種の権利に似たものも僕にはあると思っています。またふじりゅうさんへの返信にも書きましたが、「震災を思わせる」は半身の男性の「バランスの崩れる姿勢」にかかっています。ですから「震災を思わせる」は、半身まひになり激烈な人生を送ってきた「君」の壮絶な内面、怒りにも似た慟哭。それと失望、絶望を乗り越えた彼の心情を一瞬で描き切る表現として、充分に適切だったと思っています。彼は一度は「死んだ」のです。また「足元に転がった石を拾い上げて」においては、今後の僕の人生の指針になるものとして、「足元の石」を用いました。これから何の役に立つかも分からない、価値があるかも分からない、しかし無限の可能性を秘めているかもしれない「石」。これを拾い上げて不確定性と未知に満ちた世界へ、未来へ歩みを進める気概を込めて描き切ったつもりです。また最後になりましたが「離れる」や「消失」にまつわる単語が多いとのご指摘。これは多分に感度の問題だと思います。僕自身としては、繰り返し繰り返し、その類のフレーズを使うことで、別れを自分自身に言い聞かせて前に進まなければならない、との気概を表せたと思っています。「幻想的な内容の詩で幻想とか夢幻、幻惑とかがポンポン出て来る」とは効果的にも意味合いにしても大きく違うと言及しておきます。それではありがとうございました。改めて読まれるなら、その時はこの返信に留意して読まれるとまた違った印象になるかと思います。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

設定からしてシュールなのにこの脱線していく形、仕舞には本題でさえ忘れてしまう詩中の人物。「群馬には海がありません」というある種のファンタジーの否定。筋道だった物語が一向に進まない「現実的」な出来事の連続に思わず笑ってしまいました。いい作品だと思います。 (恥ーのとべる石)

2018-10-01

仮名吹さんの作品にはこう言っては語弊があるかもしれないが、落語のような落ち着きと安定感がある。筆者の自我が安定していて、詩作をすることによって自らのアイデンティティの模索や、自己主張をしないで済むような印象をも。今作も仮名吹さん自体からは切り離された小話として僕はとらえて、大変面白く読ませてもらいました。「あと一年だけ待ってくれ」だなんて切ないし、可笑しい。これからも詩のフィールドで市井の人々の悲喜劇を描き切ってほしいです。 (飛び歩く現代詩の実験室)

2018-10-01

不思議。ですがどこか魅力的。短い中にこれだけ世の不思議とか、ある種の迷妄や、それとは真逆の知性を描いているのは、やはり素晴らしいなと。 (壺中天)

2018-09-29

この詩にコメントしてなかったですね。這いずるように迫ってくる筆者の信念が読み手を徐々に蝕む、浸食するような印象がありました。「世界が全滅すればいい」と書いていながら「私の世界を変えるものなんて何もない」と来る。この一種狂気めいてさえいる信念。岩のごとき揺るぎなき信念が、この詩の肝だと思いました。 (0. my world.)

2018-09-29

改行、空行、そしてそこに描かれている中身にユーモアのセンスを感じ取ることが出来ました。 「途端に非難を轟々されるので、やっぱり嘘です 嘘ですって。 ところ で」 なんて笑わざるを得ないではないですか。しかし中盤から後半にかけては詩の解析、詩とは何かということについて暗に言及されているような気がして、緊張感が高まっていくのを感じました。 (甘噛みは妄想の産物として)

2018-09-29

中々いいですね。僕の考える詩のイメージとはだいぶかけ離れているのですが、最早「良心」だけで形成されつつある「私」が多大な悲劇性を持ちつつ描かれている。ラストの「地に 落ちる音は 良心の音だ」との連も、「私」が人間としては最早空っぽにされてしまったというようなインパクトがあり、痛切。「私」にとって、この世はかくも渡りづらいのか。そんな感慨を得ました。 (私は良心)

2018-09-29

メルヘンチックでありながら、少女の芯の強さがこの詩に強度を与えている。少女は目覚めない夢に墜ちていった、とあるがこれは少女の死を暗示しているのだろうと解釈しました。ゴンドラに残ったのは、今は亡き少女の鉄の意思だけ。そう読み取ると、最後の一節「虹の飛沫をあげながら」もどこか不穏で不気味な印象すら漂わせると思いました。よかったです。 (さよならの角度)

2018-09-29

survofさん、タムラアスカさん、蔀 県さん、羽田恭さん、ゼンメツさん、そしてまりもさん、僕の選評にコメントを残してくれてありがとうございました! 残念ながら大賞に推薦した花緒氏の「ネット詩人の墓」は、大賞とはなりませんでしたが、初めてのフルキュレーションによる選評、楽しかったです。これからも上記6名のご活躍を、そして名前を挙げさせていただいた詩人さんの活躍を祈願しております! (8月分の選考。stereotype2085がタイを取りスーツを捨てた。《選評》)

2018-09-29

目に留まりますよね。この詩は。技巧的な部分では、渡辺さんが存分に解析なさっていたので、僕自身「そうか」と納得しましたが、詩情という点においてはトビウオを、古い言葉ですが「企業戦士」や「名もなき市井の人々」といったものに照らし合わせて、描かれている印象がしました。きしゅっきしゅっきしゅっきしゅっ。何だか悲しげです。 (トビウオ)

2018-09-29

出だしからして良いです。なぜ8月29日なのか謎ですが、夏もいよいよ終わるという日において、肌で自然との一体化のようなものを感じている。「肉体の輪郭さえ曖昧にされて」秋の始まりを知る。良いと思います。ただ「わたしの実存」の実存という言葉だけが気になりました。もっと詩情を喚起するに適した言葉がなかったのか。ここだけ固く「浮いて」いるように感じました。 (秋)

2018-09-29

いいですねぇ。彼女との想い出、彼女が即興で口ずさんだ詩などはとても平明なのですが、その後世の中へ出るにつれて、社会の厳しさを知り、歩きづらさを知る描写が終盤に入る。社会や世界は一面無垢ではないからこそ、彼女の純粋さが一層際立ち、浮かび上がる。良いと思いました。 (氷菓)

2018-09-29

一見して読み取りづらい詩でしたが「僕らは打ち上がる幽霊」という一節がとても好きでした。この一節によって現世からかい離する感覚、世俗的な世界から離れていく心情が描かれている、と個人的には思いました。「愚鈍と揶揄することで護ったつもり」も意味深で中々に良いですね。 (ヒール)

2018-09-29

「窓辺の特等席」で「貴方のコトノハを待つ」というシチュエーションは良いと思いました。 (「コトノハ」)

2018-09-29

何もかも丁寧ですね。描かれている中身も内容も、字数の揃え方も。その辺り偏執的一歩手前の律儀さのようなものを感じるのですが、この詩で描かれている世界観というか、世界像。一冊の詩集で例えるなら、世の矛盾や世の不公平さへの怒り、あるいは喜びや幸せ、悲しみといったものを全て描き切って、最後の一編として載せるようなものだと思うのです。その辺りまだまだ筆者さん自身にも内在していると思うので、筆者さんの内面性を存分に拝見してから読みたかったです。詩の完成度として別に、本当に悪くはないと思います。 (日々)

2018-09-29

何か書き足りない部分があるんでしょう! 「奴」が誰なのかというのがこの詩の最大の謎だと思うのですが、読み手を惹きこむ面白味を充分に持っていると思います。ただそれが最後まで持続しない。途切れ途切れの印象がする。だから冒頭の「何か書き足りない部分があるんでしょう」になります。感想としては。 (空き缶)

2018-09-26

柿原君らしくない詩だなと、一瞬思いましたが、柿原君の私的エピソードを幾つか伝え聞いている身としては、こんな暗黒面があってもおかしくないな、とも思いました。こういう憎悪や怨恨吐き出し系の詩は基本、僕は余り好きではないのですが、パーソナリティを知っている分、納得も出来ました。詩の面白味の一つでもありますからね。詩から「人」を読み取る、というのは。 (沸騰)

2018-09-26

いいんですよねぇ。みなさん褒めてらっしゃるんで、今さら言う必要はないんですけど。この諦念、傍観主義とでも言うべきものが、一人の高校生の目線から離れることなく描かれている。いいと思います。 (なんだかさ)

2018-09-26

「止まることなく行軍は続く 友達たちは荷と銃にも重くのしかかる」という節が何とも言えず胸に切なく迫ります。「友達たち」という無邪気で、純粋な印象さえする言葉と、「行軍」や「荷と銃」というある種「大人の世界」の言葉が融合するところがたまらなく好きです。 (友達)

2018-09-26

短い中に、みんながみんな幼い頃に抱いたであろう感慨が描かれている。向日葵氏の境遇と重なったものであるかまでは分からないが、痛切にシンプルに時に残酷に響く。良いです。 (母よ)

2018-09-26

社町 迅さん。 久しぶりに来たこの場でグサグサに刺されたとのこと。良い意味での刺激を社町さんに与えられたのなら良かったです。そう! そうなんですよ! いい作品に巡り会い、詩界隈のいい人と巡り会う。それがネット詩掲示板の醍醐味ではないでしょうか。今後行動で示されていくとのこと。社町さんの活発な合評活動を期待しております! (【お知らせ】合評活動のすゝめ ※運営からのお願い)

2018-09-25

帆場蔵人さん。 そうなんです。まずは書いてみないと始まらないんですよね。やはりフリーライドとして認識されるのは面白くないですからね。でも帆場さんのこと。精進が身を結ぶと確信しております。 (【お知らせ】合評活動のすゝめ ※運営からのお願い)

2018-09-25

タキザワマジコさん。 そうなんですよ。感想を書くというのは脳に新たな刺激を与えるのです。別アプローチで詩に向き合ういい機会かもしれませんよ! 盛大なお喋りへの参加、是非ともお待ちしております。 (【お知らせ】合評活動のすゝめ ※運営からのお願い)

2018-09-25

「珈琲を飲んでも眠い日」のおぼろな雑感といったものが描かれていますね。ただその内容が尋常じゃない。正しい死体とは何か、食べれる死体とは何かへの言及があり、筆者の猟奇性に似たものの奥に潜む真意をうかがい知りたくなりました。テンポも非常によく、苦も無く読ませるというのはテクニックの一つとして優れているとも思いました。 (麻酔)

2018-09-24

「わたし」のアイデンティティ、また「わたし」がどのような存在であるかが、「あなた」との距離をはかりながら、全編を通して描かれていますが、非常に興味深く読みました。特に最終段「ポンデリング」を引き合いに出して描写なさるところ。「言いにくいんだけど、あなたが思ってる『わたし』とは『わたし』は少しだけ違うの」と言っているようで、他人の自分への認識のズレを修正したいというこの気持ち、分かるなと思いました。 (禅)

2018-09-24

もしこう言って良ければ、短い語句の中に、孤独や悲嘆、落胆と向き合う筆者の姿が見えました。ここから詩世界をもう少し拡大された作品も拝見したかったという思いもありました。 (暁の詩)

2018-09-24

素朴な印象がして、「僕」の心情がすんなりと入ってくる。これまで拝見したゼンメツさんの作品とは異なり、喜びや悲しみがシンプルに言い表されており、技巧で隠されていない「ナマ」のゼンメツさんを見た思いがしました。朝方から心地よかったです。 (きみが、そらにだけみちているから)

2018-09-24

じゅうさん、コメントありがとうございます! そうなんですよ。人の不幸を対岸の火事として見ながら素知らぬフリをして生きている、というのはこの情報が溢れ、情報のスピードが異様に早く、タイムラグなしで伝わる時代においては往々にしてあるし、処世術の一つとしても人が取り得る態度だとも思うんです。何しろ一見、平穏無事に生きている人でも、仕事や家族、人との付き合い、ライフワークなどで手が空かないところはままあるわけですから。悲しいことに処世術の一つでもあるんですよね。素知らぬフリというのは。しかしやはりそれらの不幸が頭の片隅に残っているのも事実で、じゅうさんの言葉を借りれば「どこかで見て見ぬふりをしている自分を知っている」わけで、自分を苛む感情が芽生えるのもあり得る。まさに官能に溺れている自分を「発見」することによって、怖くなって逃げ出すのも心情としても起こり得るだろうと。その強い自己嫌悪にも似た何かに苛まれながらも、最後はやはり「生にしがみつき」「生きていたいです。」と来る。人間の一部本質的な部分にも迫れたのではないかな、と思います。カタカナ表記も遠くに、希薄に聞こえてくるのを表現するのも上手いとの評価、これは意図した部分でもあったので、とても嬉しいです。ありがとございました。 (2019年の花魁。沖縄にて)

2018-09-20

仮名吹さん、コメントありがとうございます! 実は最終行、まず思いついたのは「ホント、死にたいです。」だったんですよ。厭世的になって官能に溺れる詩の主人公が自分に倦み、呆れ、そういう心境になるだろうとの感覚が僕に芽生えたので。しかしそれは締めくくりとしてあんまりだろうと思い考察した結果、やはり「死にたいです」の言葉の裏にある真意は「生きていたいです。」という、生への執着だろう、と気づき変えました。結果としてとてもインパクトがあり印象深いものになりましたね。憔悴し、うなだれながらも「生きていたい」。これは多くの人が共鳴、共感するところだろうと思います。心の奥に突き刺さるところが絶妙とのお言葉、べた褒めじゃないですか。本当に嬉しいです。ありがとうございました。 (2019年の花魁。沖縄にて)

2018-09-20

ルール変更について。運営のステレオです。まず私が3000字200行制限について、渡辺氏とかるべ氏が率先して話を進めていたがために、特に200行制限において「感覚的」に賛意を示したこと。これは失態であったでしょう。今現在の私は、3000字制限は元運営においても既定であり、またリーダビリティの維持という点でも、限度ギリギリで良いとしても、200行制限については、花緒氏の「投稿の自由度を狭める」という観点にも基づき、鷹揚な姿勢を取っても良いのではないかとの立場です。その一つの抜け道、打開策として現在運営の話し合いで出ているのが、3000字、200行を超える作品は折り畳み方式で表示するというアイデアです。これならば表現の幅も狭めることもなく、リーダビリティも維持出来る。折衷案として決して悪くはないと存じています。またこのルール改変で投稿者に混乱と意思の不統一を招いたことを運営の一人として詫びるとともに、今一度議論とアイデアの練り直しがなされていることをご容赦願いたく存じます。それでは失礼を。今後もB reviewをよろしくお願いいたします。 (【必読】ルール変更などのお知らせ)

2018-09-18

謎めいた死体の描写が面白く、グイグイと読み手を惹きつけて、死にゆく者が新しい命に何かを託す様まで持っていく。この「フィラデルフィア」シリーズにおいて、毎回高いレベルで描写をなさってるのを見るにつけ、羽田さんの築きあげた土台の盤石さを感じます。 (フィラデルフィアの夜に Ⅶ)

2018-09-14

春夏秋冬への短い言及があり、平明な言葉での自己否定、分析がある。背後には仏教的価値観があり、最終節では「牛の世話をする」と日常に戻る。最後まで面白く読ませていただきました。 (自分語り)

2018-09-14

「何かかなしみのようなものを吸って海は満ちるのだ」と「町内放送は反響し多数派の様相を呈する」の評価の別れ方で筆者様の、これからの方向性、伸びしろがどこにあるか見えてくる気がします。深みのある一節を分かりやすい言葉で書く。この一点になろうかと思います。「町内放送は…」の方は難しく書かれているものの含意はほとんどないような印象を受けましたから。第一連と最終連。寂寥感と、焦燥にも似たものが短い中にも漂っていると思いました。 (堤防にて)

2018-09-14

「自分の機嫌の取り方を忘れてしまった」というのが、とても良いですね。非常に良い。僕もなぜ人の気持ちをケアしたりするのは簡単に出来るのに、自分の機嫌を取らないのかと思うことがままあります。自分の機嫌の取り方を思い出したら、大げさな言い方ですが「心の再生」につながるのかもしれませんね。最後の懇願も、自分のある程度の非を認めつつという印象だったのですんなり入ってきました。 (藁は掴めない)

2018-09-14

雑多な想いの記述の中に「ヤマザキモーニングスター」とか「ダイソー」とか「パルコ」、そして「テトリスの電子音」などが差し挟まれるのが面白いと思いました。逆に言うとこの詩の中で読み手との接点がそういうところしかないのかな、とも。肯定的な感想がなかなか浮かばずご容赦を。ゼンメツさん作品のハードルが上がってしまっているのかもしれません。 (Wheel of F F F FFFF For tune)

2018-09-14

カッコいい。たしかにカッコいいんですが、一部自己陶酔で終わっている気がします。詩とは自己陶酔の一つだ! とお考えならそれまでですが。最終節の「君を さいせい」は緊張感の中に最後緩和が来て良いと思いました。 (再生)

2018-09-14

「あなた」だけが知っている「わたし」。いつからか「わたし」だった「わたし」が最後まで分からず仕舞いでした。読み手がこの詩で語られている「わたし」に興味を持つには少し書き込みが足らないかな、とも。これはシンプルに「あなた」と「わたし」の関係を描いた恋の詩なのかな、とも思いましたが。少し否定的ですがご容赦を。 (定義)

2018-09-14

三浦さんコメントありがとうございます! でしょう! いいでしょう。この作品。書いた内から手応えがあったので、ストックしてた詩よりもこちらの方を選んで投稿させていただきました。「やっぱ、ステレオさんって一応、エモーション持ってるのか。」って。持ってますよ。一応。ってか一応ってなんですか。一応って。笑けてくるじゃないですか。この作品は僕のエモーショナルな部分が特にいい方向に作用しましたね。自分でもとても満足しています。優れた散文との評も嬉しく思います。ありがとうございました。 (2019年の花魁。沖縄にて)

2018-09-12

ヤエさん、コメントありがとうございます! 現代社会の闇、とか現代社会の抱える問題を扱っているのに、嫌な感覚がなく、染み入るように受け取れたとの感想、嬉しく思います。僕は自分で言うのもおかしな話なのですが、それらの問題を作品に取り込みながらも、厭世的に、傍観者的態度で描くのが得意で、何より「好き」なんです。普段情報として入ってくるそれらに、そこそこの関心は持ちますが、それを表層、皮のようなものとして扱い、その時々の核心に迫っていく、という描写を好んでします。その手法が特に上手くいったこの作品の、コメントをくださった四名の評価が高く、僕のスタンス、技法の一つは間違ってなかったなと少し得心しています。「社会背景をバックボーンとしていても、描き方によっては、悲しみ、面白さ、虚しさ、美しさと色々な面を見せることができる」との評価。僕の試み、狙いをしっかり把握してくださって、ヤエさんの心にヒットしたんだな、と思うとひたすら嬉しいです。「ホント、生きていたいです。」はやはり効果的でしたね。初めは真逆の表現だったのですが、真意をくみ取るならこちらの言葉だろうと思い選びました。「本音を響かせる閉じ方は共感を誘い…」とのこと。これもしっかりとした技術の一つとして取り入れようと思います。ありがとうございました。 (2019年の花魁。沖縄にて)

2018-09-12

まりもさん、今作にもコメントをつけていただいてありがとうございます! 名前を折りこんでいるところなどが「ほかの土地に足を踏み入れる時、その地を統べる神様への挨拶(ということは、畏れと敬意)に代えて、その神様の名前や、関わる物の名前などを折り込む」という興味深い事柄を交えて褒めていただき嬉しいです。星空、綺麗ですよね。まさに貴音さんらしいと思います。なおこの作品を投稿することは、貴音さんから事前に承諾を得ており、ビーレビューに投稿することを前提にして共作しました。貴音さんも詩の世界観に添って作っていただき、僕としても貴音さんを引きたてる一節を端々に入れて、お互いが気持ちよくなれる詩になったのではないかと思っています。 ( 「Zero gravity dropping」 stereotype2085 featuring 貴音&EMI)

2018-09-10

まりもさん、コメントありがとうございます! 元々この作品の時代設定は、例によって2085年であり、「近未来SF的な要素を感じる」というご指摘は、まさに僕も納得、まりもさんも大正解なのです。ですから「花魁」は「機械仕掛けのダッチワイフ」のような存在、仮想空間の存在にもなり得たのですが、実はこの詩においては私情を排し、感情を退け、人間味でさえ商品化され、広告化された、この時代の人間の娼婦という位置づけです。「生身の人間ではあるだろう。だがしかし感情抑制を受けた娼婦が『花魁』、つまりは『高級娼婦』になるかもしれない」、との僕の考えも含まれています。「子孫を浴びては…」の部分は暗喩も含めてその通りです。ただこの国の子孫は根絶やしになっていない。まだ希望があるとのニュアンスもそこには含意されています。まりもさんが背景に感じた物語性、とても好きです。実は僕は仮想空間の花魁を描いた「花魁の残り火」という短編を書いているのですが、その作品のバックボーンがまりもさんの感じられた物語性に近いものを持っています。ですからこの作品にも物語性は充分に潜んでいると思います。 最後に要約させていただきますが、①全体の構成②現在と将来の接合具合③虚無的な世界を明るい文体で書くそのバランス。以上の三点がうまくつかみ取れない印象がしたとのこと。①については非常にバランスが取れていて見て美しい、展開や文面も美しいと自負しているのですが、まりもさんがそう感じられたのならばまだまだ精進の余地ありかもしれません。②については先にも書きましたが、元々の時代設定が2085年であったため、読み手を納得させる、スムーズに引き込む書き漏れがあったといえばあったかもしれません。これも伸びしろの一つですね。最後の③虚無的な世界を明るい文体、ライトな筆致で書くというのはミスマッチ感が出ていて、いくら世界が荒廃しようと人は笑うし、お腹もすくし、泣きもするという僕のスタンスが投影されていて、むしろ良かったのではないかと僕は感じています。荒廃した近未来があっても普通に泣き笑い、お腹も空く、というの実は私たちが今現在体験しているのかもしれませんよ。では長文になりましたが締めくくらせていただきます。子細に渡る読み取り、ありがとうございました! (2019年の花魁。沖縄にて)

2018-09-10

否定的な文言、表現がインパクトを以て描かれており、三浦さんの人となりに多少なりとも触れた身としては、意外な路線だなと思いました。これは三浦さん向けの、三浦さん限定の詩評となりますが、ソフトバレエの「JAIL OF FREEDOM」の「お前の欲しがる理想の世界は この世のどこにもありはしない 」を思い出しました。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-09

「この人」というのは家人のことでしょうか。だとしたら夫婦間? の冷え切った関係、距離感が短い中に描かれていて、読み手がちょっとした衝撃を受けるのに充分だと思います。何か非があるところを探そうとも思いましたが、なかったです。 (家)

2018-09-09

僕は好きですねぇ。この世界観。描写の一つ一つが繊細で、リアルと作り話のギリギリの境界線にあるような内容。特筆すべき、奇をてらった、凝った表現は一見してないのですが、全体としては詩として浮き立つものがしっかりとあると思います。 (There s no free love)

2018-09-09

僕もこれはインストゥルメンタルとの共演で、リーディングとして聞きたいとの思いを持ちました。そこで白犬さんがどのような表現をなさるのか期待感があります。テキストだけで読ませるのは、やはり若干弱いとの印象も受けました。これはあくまで僕の考えですが、英単語が頻繁に出てくる詩は浮薄な印象がどうしても付きまとってしまうのです。もしその効果を狙っているのだったら話は別ですが。長々と書いてしまいましたが、この詩の中身が志向しているベクトルはとても僕好みです。 (call me xxxxxxx)

2018-09-09

僕はこの詩から喚起される「心の余白」「寂しさ」、恐らく何らかの別れについて書かれた当作にかなりの詩情を覚えることが出来ました。三連目についての言及がありますが、厭世的になっている筆者の心情を表すものとして、「大根芝居をする…」よりはひょっとして他の表現があったかもしれません。何かに辛辣な評を加えるとそれだけが詩の中で突然浮き立つ印象がするので。全体としては僕は心地よく読みました。 (ワンピース)

2018-09-09

「おまけで賞」に選んでくださって嬉しいです! るるりらさんの「冷や奴」から引用させていただいた「ほんまどすて」は絶妙の面白味があって使い心地が良く、「サンプリング(REFRAIN)」に軽妙なユーモアを交えることが出来ました。ありがとうございます。内輪ウケ。最早今となっては僕の中で笑い話ですが、その批評とのやり取りもいい思い出です。 (八月のるるり選。より一層の素直を大切にしました。ほんまどすて。)

2018-09-09

雨。ランドセルを背負って登校する小学生の列。この二つのファクターからこれほどの詩情を喚起する筆者にかなりの実力を感じる。天気図の朝顔などは、雨、ランドセルから類推に類推を経て抱いたイメージだろうがとても心地よく、面白い表現だ。最後の「風はヒュウヒュウと囃し立てる」まで、読み取るのが一見では難しい詩なのに、一気に読ませている。 (嵐の前の)

2018-09-09

これは悪夢めいていますね。一読しただけでは首のない男が何を表象しているのか分かりませんでしたが、最後に首の代わりになる人々が、極々近しい人物ばかりであるとの記述があり、首のない男の私怨、怨恨めいたもの、現世への恨み? がゆえの未練のようなものが見えてきました。筆者の熟達ぶりは言うまでもなく凄まじく、この奇妙な怪奇譚を「読ませる」大きな助けになっていると思います。 (首を選ぶ ※)

2018-09-09

何か詩の核心には迫らずに、筆者の核心には迫らずに、体裁の良い表現で終わってしまっている感があります。技術的には書きなれた印象がするので、詩と筆者の核心に迫る鋭い描写があれば、進化する可能性は存分にありです。 (アイデンティティ)

2018-09-09

甘い詩ですね。ですが筆者が忘れたくない「某氏」への愛着以外、残念ながら詩情が感じられませんでした。表現方法が変われば大きく進歩するかとも思います。シンプルな恋の詩もビーレビューでは大歓迎ですので。 (迷子)

2018-09-09

僕も「太陽の下では カビ臭いニオイのする」の出だしは冒頭としては最高の部類に入ると思いました。ですがその後低速になった感が。ただ改行の使い方が上手く、「あなたとの距離感」の微妙さ、もどかしさが良く出ていますね。 (陰)

2018-09-09

斜め上から物事を見て、斜に構えて、自分に不遇を被らせる環境を嘲笑でもするかのようなニュアンス。またそこから生まれる逆点化現象、面白いです。 (斜め)

2018-09-09

僕の若干の読解力のなさを棚にあげて申し訳ないが、冒頭の三連と長文パートの因果関係が明らかには書かれておらず、すんなりと頭に入って来なかった。しかし長文パートでは皮肉と嘲笑が絶妙に入り交じっていて独特の面白味を以て読むことが出来た。この詩はまた再度読みに来たくなるタイプの詩だろう。その時をまたお待ちあれ。 ( マフィンが美味しいと評判のレストランでマクガフィンの重要性を語る亡霊マルチーズ )

2018-09-09

「まぁそうやって…」とかの部分は、何かぼんやりと考えた雑感のような印象がするのに、詩の中に効果的に組み込まれていてとても良いと思いました。最後の「お気に入りのスカートはいて天神に行こうよ、なんだかオムライスが食べたい、そんな気分。」。これこそ三浦さんの期待している十代ならではの「グダグダなエナジーがまんまある」というものではないかと。僕も彼の意見に同意で、原石のまま輝きを放つことがなつめさんには出来ると思うのです。こういうと表現は余り良くないですが、「雑感の垂れ流し」が絵になるのは、本当に短い期間だと思うので、その辺りを究めて欲しいです。長々と失礼しました。 (わたし。)

2018-09-09

藤一紀さん、おはようございます。この詩を作るきっかけは、ある方のwikipediaにおける死の記述でして、死でさえも単純な情報として処理されることに、「今の時代」を感じたことからこの詩はスタートしています。単に情報化された、著名人の死の間際の描写のあとに、恐らく本当に、私たちにとって大切な人の死の記述を情愛を以て書くことで、この作品は詩作品として昇華されたのではないかと思います。また「名をとどめない人々にも生きられた確かな生がある、と親しみをもって感じることができます」とのコメはこの詩への賛辞も多少は含むと解釈しました。藤さんのご意見を見て、改めてこの詩の狙い、意図したものが僕の中で浮き上がってくる印象がありました。ありがとうございました。 (死去ノート)

2018-09-08

渡辺さん、コメントありがとうございます。元来辛口というか、辛辣な批評を入れることも厭わない渡辺さんに褒められて、笑えることに若干舞い上がっております。少しずつ喜びを噛みしめて、一つ一つの分析、ご批評に言葉を返していきたいと思います。 「語句語句がちょうどいい間隔を保って存在している。そうなんだよ、テキストのすべてが光っている必要はないしむしろそれは良くない、適所適所で的確に光ってこそだ」とのお言葉ありがたく頂戴いたします。そうなんですよ。この詩を作っている時、自分の元来の作風から離れていく感覚、離れようとする志向があって、同時に「現代詩ってこういうことね」という手応えのようなものもあり、その部分をお褒めいただいて、その手応えが今確信に変わりました。これは今後の作品、作風に大いに影響するでしょう。ありがとうございます。幾つもの詩のストックがあったので、その日に作った今作を投稿して「良かったのかな」と思ったりもしましたが、「手応え」を優先して良かったと思います。 「カタカナで綴られる愛の言葉もエモさはくすぐるし、それらの最後に『ホント、生きていたいです。』とひらがなが入ってくるのが演出としても上手い」とのこと。演出めいたことは適度に僕は大好きな方なんですが、その点にも賛辞を受けてとても嬉しく思います。渡辺さんからの賛辞を受けて、また手応えが確信に変わったこともあって、この作品は今後僕の詩の作風をある程度方向づけるものになるでしょう。ありがとうございました。 (2019年の花魁。沖縄にて)

2018-09-07

透明感。唯代さんの年代でしか表現できない透明感があります。もしくは唯代さんが長い執筆活動を経て培った感性で描く透明感のようなものが。「宇宙」という強大なものを作り上げたのが、「ちょっとした出来心だった」というのもいいですね。ただ最後が今一つ読み取りづらかったです。手を伸ばし笑う君がこちらを見ているのか、僕が君を見つめているのか。どっちだったのでしょう。それともそれ以上の意味があったのか。的外れな指摘だったらご容赦を。 (星)

2018-09-06

かるべさん、三度コメントありがとうございます! 「批判的な意味合い」では「歌詞的」だとは捉えなかったとのこと。また声を出して笑って読まれたとの感想を聞き、とても嬉しく思います。僕の意識した「歌詞」という枠組みからも外れているとのコメントもいただけて感謝です。さて僕は三浦さんへの返信コメにかなりの労力を費やし、疲れてしまったのでお休みしたいと思います。かるべさんとのやり取りで「歌詞的かどうか」という点について話し合えたのはとても有意義でした。では。 ( 「Zero gravity dropping」 stereotype2085 featuring 貴音&EMI)

2018-09-05

三浦さんの感想は僕へのリクエストだとあえて好意的に解釈しました。そうですね。ビーレビ読者の需要という点では応えきれなかった面もあるかもしれませんね。それは、シンプルにコメントの量、当作に反応した人の数にも表れているのでしょう。ただ、僕はこの作品を「stereo」「EMI」パートにおいては、エンターテイメント性で保護して書きました。特にEMIパートは完璧に「技術で構築された10代の女性像」であり、機械的な印象すらするでしょう。そこに面白味を感じるか、つまらないと一蹴するかは読み手の自由であり、僕にはそれを拘束する権限はありません。僕としては最終連で「EMI」が「現代詩へ関心を示した」と付記することにより、EMIの多面性について言及したつもりであり、EMIのある種のポピュラリティにでさえカバーを入れたつもりです。エンターテイメント性に隠ぺいされた内面をうかがい知るのも、また一つ面白味がある「かも」しれませんよ。この作品は美しく、肯定的な一面だけ巧妙にスポットがあたるような仕様にもなっているのです。また胸元を抉るような暗い、内面の吐露もあっても良いですが、技巧主義的な娯楽作品も今後の、いや今現在のビーレビに一つや二つあっても良いのではないでしょうか。最後になりますが、僕へのリクエストに応える作品は、期せずして既に半ば出来上がっており、近々公開となるでしょう。その時をお待ちあれ。それでは長々と失礼しました。 ( 「Zero gravity dropping」 stereotype2085 featuring 貴音&EMI)

2018-09-04

「歌詞的」というものへの僕の認識はとてもシンプルです。始まり(Aメロ)があり、繋ぎ(Bメロ)があり、その最後を締める高揚(サビ)があるということです。それが繰り返されるものがすなわち僕の中で歌詞的なものです。「なぜ音楽を意識した形式なのに、「歌詞的」でないというステートメントになるのか」という質問については。まず僕が音楽を意識したかどうかはともかく、(かるべさんが音楽を意識してしまった、のはEMIパートにおける「メロディ」という表現も大きく影響しているかと思います)僕は自作へ時折向けられる「歌詞的だ」という批評に、やや食傷気味なのです。だからこそ僕は音楽的なリズムを持ったこの作品を「歌詞的だ」という評価から回避させたかった。ですから先のコメでの発言にもつながったわけです。ですがそれでももし批判的な意味合いで「歌詞的」との印象を持たれたのなら、僕にはまだ伸びしろがあると捉えるべきだし、僕は一層上向きたいとの意欲を持った方がいいでしょう。これで回答になっているでしょうか。なっていたら良いのですが。 ( 「Zero gravity dropping」 stereotype2085 featuring 貴音&EMI)

2018-09-04

「サビ」。「サビ」とは何のことでしょうか。「反復される盛り上がり」とでも解釈すればいいのでしょうか。私はこの作品においては、歌詞的な要素を多分に省くことを念頭においておりました。一種の「反復される盛り上がり」に近いもの、かるべさんの仰る「サビ」に近いものはEMIパートにおいて用意されておりますが、それも過剰にならないよう、適度に隠ぺいしたつもりです。ですから「冒頭の楽節とは違う盛り上がり(サビ)」に欠けるという印象を抱いたのかもしれません。この作品においては、歌詞的ではない、三者三様(ステレオ、貴音、EMI)の繋がりを重視しました。その点では当作は成功していると確信しています。かるべさん、ライトレスでしたが、この作品にコメがついたのは一重に嬉しく思います。それでは。 ( 「Zero gravity dropping」 stereotype2085 featuring 貴音&EMI)

2018-09-04

まず明確にしておきたいのは、この「サンプリング」二部作において、何がしかの名誉あるいは勲功が発生するのならば、それは私にではなく引用元全ての作者様に帰属するという点です。そもそも引用という手段で作品を構成することに、私は特別な拘りを持つものではなく、そのアイデア自体に何か特殊な権利めいたものが、私に寄与するとも考えておりません。だからこそ「裁判に発展した」との後述の展開を設けたのです。作品内において私のスタンスの一つは明示していたと存じます。また引用をしての作品の再構成は、対話と組み込みの苦心があってこそ成立しうるとの趣旨のご意見、全うなものだと存じます。ただ対話と組み込みの苦心の跡が見られないとの根拠がどこにあるのか、私には分かりかねますし、一たび引用作業(サンプリング)を始めたら、その作品と筆者様の意図に溶け込んでいく感覚が私にはあり、個人的にはとても楽しく、面白味を感じた行程でした。私はこの作品においては、これ以上弁明するつもりは更々なく、全ての引用元の作者様に感謝するとともに、この作品についてのお話は終了させていただきたいと思います。藤一紀様、貴重なコメント、ありがとうございました。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-09-04

反抗的、反逆的、ニヒリズム、諦念と言った誰もが通る道が素材にされているものの、随所に目を引く表現があり、「あー、こういうの読むのもう疲れるなー」と思いがちな年齢層の人も楽しめる中身になっていたと思います。この世界観を分かりやすく、検閲を加えて、一般受けするように書こうとしたのが欅坂だったりするのかな、と音楽畑の僕は思いました。 (ヘイセイ思春期スイッチ)

2018-09-03

何だか正直この詩の狙い、描かんとすることが、最初は把握出来なかったのですが、場末感、日常に潜む退廃が淡々と描かれてていて(しかも描かれる対象と同目線で)味わいが分かってきました。ゴロちゃんさんのことを詳しく知っているわけではもちろんないのですが、ゴロちゃんさんの等身大の姿が描かれているような印象を受けました。 (角質)

2018-09-03

労働と浮かばれない人生が悲しくも描かれている。美しい表現で時折、作中で描かれているだろう「実態」がコーティングされているのは、試みとしても面白いと思いました。 (泥の月)

2018-09-03

シュールで高熱を出した時に見る夢のような面白味がありましたね。どこへ行っても賢治。左に行っても右に行っても賢治。少女の顔ですら賢治に似ているというのはまさに「うなされる夢」です。それがより詳細にはっきり視覚化出来るほどに描かれている。最終連の「また新しい宇宙が流れでている」に多世界宇宙という科学の観念を思い起こしました。また同時に詩書きの新しい世界が生まれることの比喩かも、とも感じました。 (銀河鉄道バステト号の夜)

2018-09-03

星獣とはスター性とかテレビに出ていたことによる、特権めいたものをさすのでしょうか。だとしたら地方のリア充を自認する女の子との立場の逆転現象が面白いし、星獣をコントロール出来なくなった人間には、それが脅威ですね。地方都市の淡々とした描写から、華やかなりし時代を経た男が恐れるべきものが描かれているようで良いと思いました。 (紅い影)

2018-09-03

「よけいなこと」は、すべて物理的な物事だったんですね。そりゃ知らないおばさんのお尻に顔を突っ込んだら怒られますがなー、とユルイツッコミを笑いながら入れたくなるような詩でした。 (よけいなことに)

2018-09-02

いやー、良いですねぇ。蝉の死骸が地面に転がっていることは儘あり、僕も何かを「感じる」のですが、それを拾って観察していくという行動に移し、諸々の考察、感慨へと移す描写。素晴らしいです。最後まで飽きさせずに読ませて、更に最終連の「彼の絵を描いて 土の上に捨てよう」が、筆者の「致しかたないし、ある意味当たり前だが、悼む気持ちがある」との心情が出ていて、心に空白と強い余韻を残していただけました。 (蝉の死骸)

2018-09-02

一瞬「説明的な文章だな」と思いましたが、読み込む内に、思索的な読み手に潜む「詩情」のようなものを感じ取ることが出来ました。最後の「幸せを幸せと感じられないのは」…からの「他人事のように思う。」までの流れ、そして「写真の私はいつでも笑っている。」の締めくくりに、恐らく桐ケ谷さんがこの詩において堪えて、抑制していたであろう詩的情趣が一気に溢れ出ている感じがしました。効果的だったと思います。 (自明と理外)

2018-09-02

面白いです! カルガモしく触らないで! が最高でしたが、先にゼンメツさんに言われてしまいましたね。「ここが良かったです!」とか競って言いたくなるようなそんな詩でした。 (どうぶつ図鑑)

2018-09-02

構築的でしっかり計算されている詩なんだろうな、と感じました。ただ正直初めはコメントしづらい詩だなと思ったのも確かで、そこでコメ欄を拝見してかなり意図的に「≒」が使われていると知りました。僕は時折結構シンプルになるので、「幾つもの詩に支えられながら…」の返信に「おー」と素直に感動してしまいました。詩作品自体からは脱線してしまいましたが、これからどんな詩の「投擲」をなさるのか楽しみにしています。 (ハロー!)

2018-08-31

諦念にも似た人生観を披露したあと「軸のないカラダになってしまった」と二度繰り返される。そう言えば僕も人生、試行錯誤している内にそう感じた時期もあったと振り返されました。デヴィッド・ボウイか誰かの曲、失念してしまいましたが「僕は年老いた」と繰り返される曲があるのですが、思い出しました。 (Tender)

2018-08-31

何これ!? という印象。あくまで良い意味で。自分が見たことのない、触れたことのない詩で、僕とは全く違うフィールド、違う道筋をとおって、地球さんは詩書きになられたんだろうなぁと感じます。とにかく新鮮。瑞々しい。何か表現の一つ一つが今が全盛なんじゃないか、とも思えます。詩の分析に走らず、「驚き」だけを書き連ねましたが、それだけ心地よかったです。 (未必の故意)

2018-08-31

迷い込んだ森の中で出会ったロジックの崩壊したような少女。と話しているような印象を受けました。短いレスで失礼を。最終連はたしかに優れていると思いました。 (ぜつぼうのあじ)

2018-08-30

何度か読んだので、孤独感、寂寥感、寂寞と言ったものは伝わりました。最後の締め、自分自身を生き埋めにするという流れは、淡泊で粗雑でよいですね。 (浮遊するガントレット)

2018-08-30

色々な意味で新しい息吹をB reviewに吹かせくれる。そんな期待感を持たせる詩でした。ご投稿ありがとうございます。 (ゆうき)

2018-08-30

こういう実力と技術に裏打ちされた短い詩。ある種の「実績」にも支えられた詩を僕もいつか書いてみたいなと思いました。絵に例えるなら、本当に上手い人は「林檎一個」の静物画で高い技能を示せるのですから。この詩はそれにあたるかと。 (猫にまたたび)

2018-08-29

ジョセフ・キャンベルという宗教学者が、日本のお寺を訪問した際、「徐々に視界が開け、私のエゴは小さくなりました」との感慨を得た話があります。この詩はそのような境地で描いたものに、私は見えました。魚、人、風、木の葉。一つ一つの自然への描写において、境目、境界といったものがキーワードになっており、とても面白く拝見しました。では短いレス、失礼を。 (刻下の想い)

2018-08-29

コメント欄にて「たまらず投稿した」との趣旨の記載がありますが、本当に故人を葬送する詩として、そしてさくらももこさんを追悼する詩として相応しく、素晴らしいな、と感じました。少女的でシンプルな情景と描写が続く中、竜が火を吹き、うずまく炎が空をきる。その対比がまさにまる子的な世界ではないですか。このコメント欄にて失礼しますが、稀有なイメージの世界を持ったさくらももこさんに僕も哀悼を。謹んでご冥福をお祈りします。 (ぱらいそ)

2018-08-29

この作品、本当に素晴らしいですね。季節、瞑想、ミラーハウスという一同にはなかなか集まらなさそうな単語が、しっかりと詩情持ち合わせて、一つの場所に集っている。我が世の秋が来るのです、との最終節にハッとしてタイトルを今一度確認したのですが、「瞑想」だったのかと。瞑想をしつつ、季節の移り変わりに身を委ね、感じていく。素晴らしい世界観です。字面、見た目もとても美しく、視覚的にも言葉が厳選された詩なのだろうな、と感じました。 (瞑想)

2018-08-29

「詩を作る上で」の誤りでした。訂正させて修正させていただきます。また「失礼な物言い」に聞こえたのならご容赦を。これは灰色さんが詩を書く際に「自分の世界」に完全に没入し、周囲の雑音をシャットアウト出来る能力が、人と比しても大きくあるのではないか、との褒め言葉、賛辞です。不快に感じられたのなら、言葉不足だったようです。あらためてご容赦を。またご覧になったかもしれませんが、ツイッターにて灰色氏の名前を持ち出したリプのやり取りをしたのは運営の一人として軽率だったようです。失礼しました。なおこのレスには返信の手間は取らせません。それでは。 (水羊羹を誤読して、彼の躍動或いは記憶)

2018-08-28

これは…。詩の神様なる人物は相当複雑な心証の持ち主ですが、全体を通しての独白。既に「感動」という言葉が出ているので、別の表現を使えば「胸に迫り来る」ものがあります。詩の神様の詩への向き合い方から告解まですべてが、特別表現として「美しい」ものではないのにも関わらず、美しいです。「胸に迫る」。この言葉で充分だと思います。長文の詩であるのにも関わらず一気に読ませるものがありました。この詩についてこれ以上語るのは無粋というものでしょう。作品中においてすべてが語られています。こういうとおかしな話ですが、みなさんに読んでいただきたい。そう思う詩でした。それでは失礼を。 (ネット詩人の墓)

2018-08-27

実は面白いと思いながら、全体をなかなか読み取れずコメントを躊躇っていたのですが、「神の死骸から造られた 放射能も大気圏もまったく平気」など随所に目を引く表現があり、人形じゃない人形が最後「フリムケバスグウシロニ」いるという描写はゾクリとさせて良いと思いました。ホラー的締めくくりと言っては弱い表現ですが、この締めくくりのお陰で人形じゃない人形の全容を読み取るべく、詩をさかのぼる契機が生まれていると思います。 (Coppelia)

2018-08-25

短いレスです。状況的には同情したいのですが、「自殺したいなー」の連呼に、会社へ行くことを忌避し、ためらうルーズな男を歌った「いかんともしがたい男」というユニコーン(奥田民生在籍)の曲を思い出しました。その曲「大したことはないけれどー 体ー 動かなくてー」と何度も来るのです。あの曲の面白味と、どこか刺さる印象が重なりました。では。 (東京女子医大入院中だから遊びに来て)

2018-08-25

パチンコ屋というワード。使いたくなるけど、使うのに躊躇するワードですよね。この詩は適度に詩情をもよおすべく、ベストな形で使われていて、パチンコ屋という単語を使うことでの効果を最大限引き出すのに成功していると思います。パチンコ屋。僕も昔は大好きで離れられなかったこともあるのですが、あのどうしようもない欲望と扇情の吹き溜まり、「転落を待ち望む」人々のたまり場という印象。使いこなすのに成功すれば、大きな意味を含められると思います。少なくともこの詩においては溶け込んでいる。数々の拝金主義世界への幻滅のあと、「吹き荒ぶ野の磔で 最期の逢瀬を見つめ合い 無花果が百合のように花ひらく」と来るのはとても美しく、またまさに「官能的」であると感じました。 (希望永遠)

2018-08-25

非常に良い。非常に良いと思いました。「どんなところが?」と訊かれれば、自分でも笑ってしまうくらい中々言葉が出てこないのですか、「読んでいるだけで満足する」とでも表現すればいいでしょうか。注釈をも含めて、作者の思考に溶け込んでいく感覚、作者の脳内に入り込む感覚。それがとても心地よく、まさに「非常に良い」と思いました。 (晴れた日の唄(および唄に関するメモ))

2018-08-25

三角詩の頂点における「月の変化に気付いてしまった」から、この詩のドラマ性は詩中の二人の仲が壊れていく描写に変わっていく。シンプルですが、僕はかなり好きです。月が何を暗喩しているのかここでは限定したくないし、僕もイメージにゆだねたいのですが、やはり「月」という言葉の詩的効果はとても大きいですね。「成長」と「成長したら一旦そこからおりなければならない」とのニュアンスの唯代さんの詩とはまた一味違い、ロマンティックで好印象を得ました。 (月)

2018-08-23

冒頭から中盤にかけて愛について、または愛から派生する諸々の行為について否定的でありながら、それは綿々と受け継がれてきた人々の営為との観点からか、「愛がくだらないとは思わない」と書かれている。そしてその葛藤から「今僕はどこへ行くべきか」「無我よ お前は何かを見るか」と来る。シンプルですが良いと思います。短いレスですが。 (鉄塔)

2018-08-23

「昔」と「今」を対比させて、不思議がいつの間にか解明されたり、科学的に反証されてしまうことを、とても詩情あふれる筆致で描き切っています。初めは冒頭が素晴らしいな、と思っていたのですが、随所に目を引く、惹きつけられる表現が散りばめられており、最後まで一気読みしてしまいました。しかもこれほど特有な単語と単語のつながりが数多い作品を、意味がしっかりと入ってくるという形で。素晴らしいですね。「不思議は勝手に絶好して来た」とか「龍の汗が蒸発した湿気の中で」などの表現が特に好きです。全体として十代前半から後半の男の子の語り口のように柔らかく、時にそっけないのですが、奥に潜められた意味合いは十代のそれではないように感じました。 (怪郷)

2018-08-23

凄い展開。チンピラが絡んできてるような序盤からの大きな切り替え。笑っていいんでしょうか。この作品は。とりあえず僕は声をあげて笑ってしまいました。詩の試みとしても、肩の力を抜いて描かれているという意味でも(筆者はもちろん相応の計算をして書いているのでしょう)、面白いと思います。「だから今日の彼氏はとてもご機嫌でした ぎこちないおててで触れられたい」との締めも思わずニヤリとさせられました。朝方から笑顔。ありがとうです。では。 (初体験.by.のぞみ.)

2018-08-22

この作品、前作より飛躍していると思います。柿原さんのモチーフとして、一つのスタイルとして、詩情を喚起する一つの方法として、ガマンや忍耐のあとに見られるその後の喜び、あるいはそれそのものが素晴らしい経験だ、とのスタンスがあると見受けますが、何かいい意味で愚直な印象があり、詩中の人物のあと押しをしたくなります。ただ僕は未熟で粗削りながら、「たった一度の勝利」を描き、それでも「振り」続ける筆者を投影した前作の方が、伸びしろがあったかなと思いました。では。 (みかん風呂)

2018-08-22

「谷にある祟りで デートが出来なかった  素手でゴシゴシ洗うこの手で 石器が撒けるのか」との一連の流れでもうこの詩の虜になってしまいました。祟りでデートが出来ないんですよ! 何て斬新なんでしょう。面白味があるじゃないですか。筆者の意図とは違うかもしれませんが、そこはかとないユーモアを感じました。最後世捨て人のようなスタンスを取りながら「トモダチが軸となって 風が吹き渡ってくれればいい」という締め。ほぼほぼ完璧な仕上がりを目にした気分です。朝からありがとうございました。 (移調された詩)

2018-08-22

かな表記にすることで、星座や自然の風景へシンプルに感じる詩情や、一種のロマンティシズムを、少しカムフラージュしながら浮き立たせたい、という試みの詩なら大きく成功しているかと思います。読み込めば、読み込むほど大好きになりそうな詩。僕の好きな世界観です。またこの詩を閲覧しにお邪魔するかもしれません。では。 (約束)

2018-08-22

難解。最初の矢印と、その後の難解な漢字表記を多用したパートとの対比が面白いですが、詩情という点では僕には微妙に感じられました。とここまで書いていい点がドンドンと思いついてきました。藤井麻輝さんというミュージシャンがノイズ音楽とアンビエントミュージックを融合したインストゥルメンタルを幾つか作っているのですが、それが全体主義国家に支配される人民をたぶんにイメージさせて、10代、20代の僕にはとても斬新な試みとして聞こえたのを思い出しました。この詩の深い意味はなかなかくみ取れませんが、実験的な詩として、前述の音楽に近いとの印象を抱きました。またクセになって読みに来るかもしれません。では失礼を。 (11月、転落する幌附乳母車)

2018-08-22

原爆についての言及がありますが、今作はそのようなメッセージ性を伴う作品として捉えてもよろしいでしょうか。ならばこの作品は過度に道徳的、倫理的メッセージにかたよらない、まさに日常の描写の中にモチーフとして原爆を取り込むに留めた(まさに原爆が投下された日も、何でもない「日常」が瞬く間に壊された日でもあったですから)とても優れた小品だと思います。最終連の詩情あふれる描写と、タイトルのどこか仄かなユーモア(と、とらえていいのかどうか)が物悲しくも、切なく、哀感を伴います。また、タイトルがこの作品を読むにあたって、読者をリラックスさせることにも成功していると思います。 (ラ・ラ・ラ族)

2018-08-21

四畳半学生さん、コメントありがとうございます! 「語り手の死で完結することの意味をstereotypeさんと重ねて深読みするのも楽しかった」とのこと、嬉しく思います。最早筆者である「僕」ですらない、架空の人物と化したstereotype2085なる人物を晩年に至るまで、死に至るまで描き切るというアイデアは当初からあったので、そう評価をいただいて嬉しいです。実はこの後半部分、後日談パートは、悲劇バージョンもあったのですが、B review存続の危機に合わせてこのような形に変更しました。だがそれゆえに「内輪ウケ」すぎるとの批評もいただき、もし僕が当初の予定通り悲劇バージョンを載せていたらどうなっていたか、との思いもあります。前半のインパクトや超現実感はたしかに強くありましたね。「サンプリング」手法を使うにあたって、多くの方から意見、考え等をいただいていたので、冒険は充分に出来たと思います。「前作を知っているからこそ面白く読めたのかもしれない」との意見はやはり出て来て当然だと思います。前作の流れを汲む形で作り上げたのは間違いないですからね。ただ、単なる「内輪ウケ」を狙ったものではないことは前述のコメにも書いた通りです。では最後になりますが、こういう特殊なアイデアに依拠した作品は、外部に強く訴えかける要素を、それだからこそ必要とするとの感慨を得たとして、感想の返信にさせていただきます。追記・引用への鷹揚な姿勢、誠にありがとうございます。   (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-20

何気ない日常から感じた「雑感」とでもいうべきものを、序盤はしっかりとした面白味のある詩に仕上げていて、読んでいて「楽しいな」と普通に思いました。中盤から後半にかけては「日常」から離れていき、アリューさんの詩世界へ引き込んでいる。そして最後には「現実」「日常」に戻り、「幸せな時間はまだありそうだから 候補で良いから、探して生きていくよ」と締まる。どこか夏に吹き込んできた一陣の涼風という印象で、とても心地よかったです。 (幸せな時間候補探していくよ)

2018-08-19

僕は一時期フランス映画を集中的に観ていたのですが、この詩で描かれる男女間の間合い、空気感は文芸的フランス映画のそれに近いかな、と思いました。記憶があやふやでタイトル名等は具体的にあげませんが。一読した限り、この男女は密接な関係にあるはずなのに、不穏な空気が全体を覆い、不安感がそこはかとなく漂っている。詩は余白を読むものであると知ってはいても、もっと詳細を見たいと思う詩でした。この男女。気になります。 (無題)

2018-08-19

あくまで独立独歩の人、唯我独尊の北村灰色氏ここにあり。という詩ですね。「頭ぱっぱっぱば♪ぱをぽに書きそうに」の下りは、灰色さんがこの頃、時折崩してみせるスタイルの一つかなと思いました。あと「盆休」という単語をストレートに使ったり。短いレス失礼を。 (813819)

2018-08-19

音読させていただきました。「泥みに浮かれ澄みわたる お国訛りと手水石 宵に子ひとり雨宿り まつ毛に揺るぐ提灯火」のあと、僕は思わず「YO! YO! YO! YO!」とヒップホップ風に続けてしまいました。このような光景。僕は経験していないのに、見ていないのに懐かしい。とても不思議な感覚がしました。一面日本人の原風景なのでしょうね (コンカラ様が通る)

2018-08-19

序盤の「昨日のこと全く覚えていません」から「 あふん、あふんっていってたじゃん」付近までの流れ、あくまで冗談ですかイラッとさせられてしまいました。こう、ロジックが崩壊しかかってる人間の「私、ためらいなくあなたを刺しますから。」という攻撃性は極々一般的な(現代詩などには多分関わらない)人々をイラッとさせるのに充分だと思います(褒め言葉)。最後「もうだめだ」と考えるのをやめるかのような一節がありますが、右肩さんのツイッターを拝見して僕が思うのは、右肩さんは「またどうでもいいものを書いてしまった」なというものです(賛辞)。最後に「南から大風が吹いて、落葉樹の若葉の音 耳元の羽音、頭の奥でモーターの回る音 貨幣価値が落ちて砕け散る音」との音に焦点をあてた連はとても僕好みだと書いて締めさせていただきます。 (探せ。)

2018-08-19

「太陽への勝利」との一節が特別目を引きました。ただ単に暑さに勝って夏を乗り越えただけなのか、それとも多分に暗喩的なものを含むのか、気になります。「ビールは飲まずともいい だってもっとするべきことがある」。太陽への勝利に酔わず、祝杯などあげている暇などない。四季折々の変化に気を配り、「僕は秋の美しいところを鑑賞する」ことに備えるとの流れ、詩情にあふれています。ただ一つ贅沢。「鑑賞する」というほかに表現が、黒髪さんならあったのではと、多分に僕の趣味を含めたワガママに近い贅沢を記しておしまいにしたい思います。 (秋が訪れるだろう)

2018-08-19

サイコーキオン、ニュースサイトサイコーなどと、自作「サンプリング(REFRAIN)」にお借りして、タイトルまで詩の一節として拝借したのに、気に入ってるフレーズはあるのに、この詩をどう読んでいいか分からない自分がいました。こう言うと笑ってしまいますが「すみません」。この詩はコンビニの女の子と行為に及びたくて、及びたくて仕方ない男性の、真夏における妄想ということでいいでしょうか。それならば夏のエロ妄想は、こんな感じだよな、と一面思いました。この垂れ流し感、支離滅裂になる感覚。これは十代、二十代の男性のエロ妄想にいかにもありそうだな、と。しかし最後は現実に戻り、まるでプラトニックラブのように、男性に対して自分の手も震える。面白い、と思いました。 (もうなにもかも知らないし何も知らなかった)

2018-08-19

唯代終さん、初投稿ありがとうございます。運営のstereoです。ツイッターでもお話させていただきましたが、視覚的効果を伴う「段」の表現。また一度登ったら、降りなくてはならないとの感慨、そしてある種の事実に、とてもいい感触を得ました。平易な表現の中に筆者の想いが詰められていて、僕としてはとても好印象を抱いています。これ以上書くと身びいきにも取られかねないので失礼します。またコメント欄でもB REVIEWを盛り立ててくれれば、と願うばかりです。 (段)

2018-08-19

柿原さん、初投稿ありがとうございます! 運営のstereoです。初投稿ということで柿原さんの若さが瑞々しく表れていますね。「一回だけの勝ち試合」という侘しさを全体の流れの中で、詩情を以て引き立てることが出来たら、もっと良作になるかもと感じました。それとももし狙いが反復して「振り」を続けるところにあるのなら、また違った工夫が出来るかもしれません。コメントにも積極的に参加してB reviewを盛り立ててください。 (俺の高校野球)

2018-08-18

詩は今も刻一刻と誰かに向けて迫っている。そのことを「死がノックしている」との表現。上手い。出来るならばその扉を開けるのはなるべく先でありたいものですね。この内容でタイトルが「死人が」。また良いですね。 (死人は)

2018-08-18

良いですね。神視点でありながら、「私の千倍幸せな人もいる」という一節から、神の目から見たものではない。すべてがすんなりと入ってきて、「やっぱり生きるのは悪くないな」との感興に至りました。ありがとうございます。 (絶景)

2018-08-18

詩の内容自体もそうですが、コメント欄の「2019年ユリイカ新人賞を目指します」に思わず笑ってしまいました。現在運営の引き継ぎにあたっていて、9月下旬に運営から退く、ということも決まっていい意味で三浦さんの肩の力が抜けているのかもしれません。三浦さんと詩の距離感はこれくらいがちょうどいいんじゃないか? と冗談交じりに思ってしまいました。 (帝王切開)

2018-08-18

一連、二連目のしつこいほどの描写のあと、三連、四連目での畳みかけるような展開と締め、純粋に面白いと思いました。これは着想勝負の作品で僕が抱いたようなシンプルな感想を期待していたのなら、今作は大いに成功していると思います。もっと深読みも出来そうですが、僕はこの辺りで。 (じゃんぱら)

2018-08-18

タイトルからしてもう目と心を惹きつけるに充分だと思いました。そして一連目の詩情を喚起するおばあちゃんとの関係性。もっと語りたくもなりますが、この辺りで。 (てのひらに優しさが開かれる)

2018-08-18

「眼の奥ではぢりりと黒焦げトースト」。暑さを表す表現としてなかなかのインパクトです。恐らく温暖化の進む地球について書かれたのだと思いますが(違っていたら謝々)中々に良いと思います。 (堕ちる星)

2018-08-18

もう「いい」としかいいようがない。手塚治虫氏の作品で、水槽へ煙草の吸殻が投げ込まれたがために死んだ「金魚」と、環境が破壊された未来世界で孤独に死んでいく「男女」を重ね合わせた「空気の底」という作品があるのですが、それを思い出しました。 (朱肉の空)

2018-08-18

「三角形のスプーン」が何を象徴しているのか一読しては分からず、実は今も分かっていないのですが、この「三角形のスプーン」に惹きこまれる形で、「三角形のスプーン」にそれこそ「出会いたい」がために何度も読み返してしまいました。「老いた糸杉は燃えあがるがよい」や「電子レンジははやく走れないので ハンマーで壊すしかない」など同じ詩中ではなかなか出逢わないであろう表現がいい意味で目につきました。 (三角形のスプーン)

2018-08-18

ゼンメツさん、それともう一つ。今月のお題! などと銘打ち「サンプリング」を皆さん、もしくは僕が挑戦して、続けてみたらどうかとのアイデア。とても楽しく素晴らしいと思います。ですが僕の一つの詩から発展したアイデアを、僕自身が推進することは難しい、というかはばかられます。僕としてはやりたい気持ちもありますが、みなさんが「飽いて」来られる可能性もあるので、避けた方がいいかなとも思います。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-18

さぁ、花緒さんお待たせしました! 返信です。まず単線的に見える、というご指摘ですが具体的には、どの箇所を、どのようにして、結果そう感じられたのか若干分かりかねるので、ご教授していただきたいな、との思いもありますが、花緒さんのお手を煩わせることもないので、自分でしっかりとチェックしたいと思います。さて、次にここが重要なのですが、「前作『サンプリング』以降の文が荒いことを、断片的つなぎ、として肯定しようとしているところが気になります」とのご指摘。僕は、全作の詩パート以降の文が荒いこと肯定しようとして、「断片的つなぎ」との表現を用いたのではありません。これは、前作のコメ欄において「引用文の改変の方が法的に問題がある」との議論において、僕が「音楽の世界においては省略、反復、反転などが行われている」という趣旨のコメントを残したところから端を発しています。このコメントを書いた時点で、「断片的つなぎ」という手法は次作において使おうと思っていたので、決して花緒さんが仰るような、自分の非を肯定しようとして使った技法ではなかったことをここに書き記しておきます。またアイデアに依拠した作品は、「どこかで、やはり技術とか実力と言われる何がしかを見せないと、多分、目の肥えた読者は納得しないと思う」とのご指摘、もっともだと思います。詩パートにおいてかなり大胆な着想で構成して、詩作品としても面白いものが出来上がったと僕個人としては、思ってはいるので(実際、前作のように一節を丸ごと使い、詩パートを作り上げはしなかった)その点をある程度はクリア出来たのではないかと、思っていましたが、花緒さんが、サンプリング手法を使った詩パートは所詮、借り物は借り物と考えられるのなら、それはそれで個人の趣向ですから仕方ないのかなとも思います。最後に「かなり注目しているので」というご評価に関しましてはとてもありがたく、それゆえの「手加減抜きのコメント」は、僕の性格上、大歓迎とは行きませんが、ドンドンこれからも「手加減抜きのコメント」でよろしいかと思います。それでは最後になりましたが、閲覧とコメ誠にありがとうございました。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-18

エイクピアさん、コメントありがとうございます! 僕が意識して投稿詩全作に目を通していなかった時代でも、エイクピアさんの作品と名前は「浮き立つ」ものを感じていたので、コメントをいただけてとても嬉しく思います。エイクピアさんの詩からも引用を、と思っていたのですが、エイクピアさんに八月分の投稿がなく、断念せざるを得ませんでした。また後半部分は、長いけれども「興味も持続させて読むことが出来た」とのこと。とても嬉しく思います。実はここで明かしますが後半部分は元は悲劇要素を取り入れたものだったのです。ですがB review解体にあたってこのような形に変更しました。悲劇要素パターンも決して嫌いではなかったので、誰かに見せたいなという願望はあります。こう書くと笑えますが。とにかくも閲覧とコメ誠にありがとうございました。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-18

ゼンメツさん、コメントありがとうございます! 「使ってもらえるだけで自分が肯定されている」とのことですが、ゼンメツさんの作風、及び作品は、投稿数がまだ少ないのにも関わらず他投稿者からの大きく受け入れられているじゃないですか。ドンドン自己肯定をなさって良いかと思いますよ! またゼンメツさんから引用させていただいた三か所は、どれもピタリと当てはまった爽快感のようなものを 感じました。特に「きみのしおり」からの「5インチちょっとで途切れてる」はキャッチーで、ある種「おセンチ」な使い方が出来、詩パートの後半部分が一気に引き締まった、との感慨を持っています。またタイトルそのものをつかわせていただいた「もうなにもかも知らないし何も知らなかった 」は「し」の部分を一か所「詩」と置き換えて使わせてもらいましたが、遊び心満載の一節になったのではないかと、僕自身満足し、とても感謝しています。ありがとうございました。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-18

こうだたけみさん、コメントありがとうございます! たけみさんの「君は(気化熱だ)きっといなくなる」「かえって可笑しい」は、一節そのものがとても僕好みで優れていると思っていたので、使わせていただいてピリッと引き締まるものを感じました。特に()をはぶかせていただいた「君は気化熱だ…」は、今作中にある「君と僕」の関係が壊れていく描写において、一種のユーモアと高いセンスを以て使用することが出来ました。ここに感謝を。サンプリング。僕も二作作らせていただきましたが、たしかに難しい。ただ二作目にあたる(REFRAIN)の方は、壊れ方、最後の終息のしかたにおいても上手くいったのではないかと、とても気に入っています。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-18

二度繰り返される「残酷になっても、良い?」という趣旨の一節。そして「あたしに舐めて欲しいの?」というフレーズ。暑い日が続き、少しエロティックな要素も欲しい時期、徐々に胸に迫るものを感じました。「ビールは犬のおしっこ」。この手の表現は実は僕は余り好きではないのですが、今作品中においては、粗暴で退廃を感じさせて良いと思いました。 (Nyx)

2018-08-18

このライトなタッチと、ダリのアイコンの対比が、僕個人としては面白いと思いました。詩自体の感想からはそれますが。四畳半学生さんのフィールドはどうなっているのかと、思わず興味をそそられました。余談で、手前みそですが「僕らの季節は」というフレーズを「サンプリング(REFRAIN)」において使わせていただきました。四畳半学生さんの詩から引用したいなぁと思っていたところ、完成間近にこの詩が投稿されて、ピタリと決まったのを覚えています。 (どうするの?)

2018-08-18

 この時間帯に目が覚めて、渡辺君の「実際の私なら『文学論争に仲がいいもわるいもねぇよバカ』と言うでしょうね」との架空の出来事内における、架空の私へ向けた強烈な悪態が目についたので、順不同で渡辺君から返信する。作中において、このサンプリング裁判での文学論争が終結するにあたり、「極々内々において和解することを決断する」とあるが、そこで非常に、私的に、細密に渡辺君と相応の文学論争が行われただろうことは想像に難くない。私が、文学論争を避けたり、そこから逃げたりする意図をもって、渡辺君と和解後のB review話に持っていたのではないことは、文脈上ある程度理解出来るし、把握する能力のある人間なら把握出来るだろうとの見解を示しておく。また渡辺君の架空のセリフは、雨降って地固まったあとの、詩情を喚起する意図を持ったものであったのをここに付記する。今作は論評、分析へ過度に重きを置いたものではなく、何よりも詩作品であるのをここに明示しておく。  さて、今作は内輪ネタであり、その種の作品は評価が低くなる、との指摘だが、内輪ネタが公共性を持ち得た時、初めて作品としての価値が高まり、品位も保たれるだろうとの見解に大いに納得する。またこの作品がそれほどの公共性を持ち得るにはB reviewが相応に発展し、大きくならなければならないとの視座も、今作への批評として充分だと思うし、B reviewの発展に協力するのも私はやぶさかではない。ただ、現在渡辺君は、運営において中々に大きなイニシアティブを取っている。その立場にあるならば、またその立場にあるからこそ、今作を内輪ネタ以上に昇華させるか、させないかに関わらず、ツイッター上において「最悪ビーレビがぽしゃっても文極が残るからいいとの思いから大胆に改革出来る」との趣旨のツイートはするべきではなかったと思う。最早渡辺君は、B reviewにおいて責任ある立場なのだ。その点は注意喚起しておく。もう一つ「内輪ネタはそれに加われなかった者にとっては『疎外感の暴力』」との趣旨の表現も、実に渡辺君らしいと書いておく。「疎外感を与える」との見解自体には否定的な感慨は持っていない。さぁ最後になるが、再度言及する。渡辺君が、B reviewの運営者であるがために、B reviewの批評、コメ欄における規約、ポリシー、ある種の矜持を守る立場に立った今、架空の私へ向けたものとは言え「バカ」という言葉をわざわざ使う必要があったのか、という点も注意喚起しておくし、問題提起としても示しておく。渡辺君はB reviewの運営者だからこそ、渡辺君のコメントのスタンス、姿勢は今後熟考の余地ありだとも指摘しておく。それでは。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-17

渡辺君、再度コメントありがとう。いっそのこと「中傷」であろうがあるまいが、特定の人物に向けられた「バカ」という言葉の破壊力、無粋さ等について議論しても構わないが、余りに不毛だし、本筋からもそれるので破棄しておく。私が問題視しているのは、B reviewという、フリーダムな詩掲示板と違って、ある種の理想と信条に則り、差別化をはかるべく作られた「サイト」において、評論、コメの中で「バカ」という言葉を、暗に筆者へ向けて、遠まわしにでも、運営者たる人物が投げかけるのはどうであうか、という点であった。しかしこの問題ももう比較的どうでもいいので論ずるのをまた破棄する。ただし私は、「バカ」という単語を言葉狩りするなどというつもりは更々なく、あくまでも前述した理由において不適切ではないかと言いたかっただけだ。渡辺君が望むなら、他の場所で誰々は「バカ」なり「アホ」なり「間抜け」なり何なりと思うがままに使うといい。渡辺君は何度も言うが「自由」なのだから。また渡辺君の思考パターンから「こういうところがあるんだよな…」というのは「こっぱずしくて言えない」し、それがために一言もの申したくなったというのは、別にそれこそ「自由」だし、私は構わないし、渡辺君の権利だから、発言していいだろう。何ならツイッターで放言を含めて、私にリプを飛ばしても構わない。私も私なりの流儀で応えるだろうから。あくまで今論じているのはB reviewという場においての話なのだ。訴訟しなくて論争は出来るとのことだが、それもまた渡辺君がファイティングポーズを取り続けるのは自由だし、構わないが、それに対しても、不毛あるいは発展的でないと私がとらえた場合、私は私なりの流儀で応えるだろう。また「詩を昇華させるためにも是非運営に励んでほしい」「ぶっちゃけエールだ」との言葉はありがたくいただいておく。最後にB reviewを罵倒の場にするつもりはないが、弱者を「特別に保護するつもりもない」という渡辺君のスタンスだが、私も保護したり、B reviewを駆け込み寺にするつもりはない。ただ思い出して欲しい。発起人の花緒氏が「ネット掲示板において寝込むほど追いやられた人を救済するために」B reviewを立ち上げたことを。そして二度とそのようなことがあってはならない、というスタンスでB reviewをスタートさせたことを。花緒氏のスタンスが全てであり、B review全体を拘束するものではないが、この理想と信条は私個人としては守るべき価値が充分にあると思っている。あと文極において、渡辺君いうところの「ショック」なことが起こったのは三浦氏から聞いている。それには労わりの心情を私個人としては持っている。以上だ。それでは私は仕事の準備を始める。  コメントの返信が遅れている、こうだたけみさん、ゼンメツさん、花緒さん、エイクピアさんには誠に申し訳ないですが、しばらく返信をお待ちください。仕事に区切りがつき次第返信させていただくので。それでは。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-17

あと、なつめさん。「欲張り」を発揮してくれてありがとうございます。とても嬉しかったです。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-16

貴音さん、コメントありがとうございます! 前回より混ぜ込み度が強く、こっちの方が好きとの感想、嬉しいです。まりもさんへの返信にも書きましたが、貴音さんの「私は調理」という意見を参考にして、「調理」にも果敢に挑戦してみました。次はオールタイムで。これはなつめさんにもお返事したいのですが、「サンプリング」はこれで完結です。二番煎じにならないためにも、ここで「サンプリング」(少なくとも他の投稿者から引用した)手法を使った作品はおしまいにしたいと思います。これだけのコメと感想をいただき感謝しています。 架空事件の部分、貴音さんが見てみたい、やってみたい以上の出来だとの感想。とても嬉しく思います。三浦さんとツイッターでやり取りしましたが、まさに乾坤一擲の部分だったので。また外に持っていくのも面白いという感想。実は僕も少しだけですが同じ感覚を持っていまして、手前みそですが、単なる内輪ウケに終わらない要素を「サンプリング(REFRAIN)」は、たぶんに持っていたという印象はします。まさに「ビーレビとはどんなところか」という興味をもそそる内容になっていたのでは、という思いもします。では長文失礼を。閲覧とコメありがとうございました。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-16

紅茶猫さん、コメントありがとうございます! そうなんです。この作品で人によって大いに見方が変わっているのは、やはり後半部分においてなんです。外にとてもじゃないが持っていけない「内輪ウケ」と取るか、B reviewが外へ向けて、再生する意思を見せた、一つの「内情話」と取るかは、わかれるところだと思います。前半と後半のつながりに課題。それを聞きたいところですが、お手を煩わせるわけにも行かず! とにかくも大変面白い試みとの言葉をいただいて嬉しいです。改めて「ありがとう」です。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-15

なつめさん、コメントありがとうございます! 賛否両論ありますが私は好きです、とのこと。とてもとても嬉しいです。いや実は、先日の三浦さんとのコラボキャスで、「最近注目してる詩書きさんは?」との僕の質問に、三浦さんはたしか真っ先になつめさんの名前をあげられたんですよね。それで僕から切り出し「こう言うと凡庸ですが『未来』を見ていますよね」「そう! 未来を見てるよね」と二人で盛り上がったんです。そんな「未来を見てる」なつめさんからコメをもらえて、かつて「未来を見て」「未来を見続けて」大人になった僕の作品が、どう映るかワクワクしながら感想を読ませていただきました。憧憬と尊敬がまざった畏怖のようなものを感じていただけたとのこと。僕もロジカルな面で外堀をしっかりと埋めつつ書いたつもりですが、そんな感想をいただき、「いやいや、畏怖なんてものは!」とちょっと恐縮してしまいました。なつめさんからは是が非にでも引用させていただこうと思っていたので、使ってもらえて嬉しいと思ってもらえてただ一言「ありがとうございます」ですよ! 追記・「お菓子でよくつられます」に思わず笑ってしまいました。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-15

survofさん、たびたびありがとうございます! 作者の姿勢とかスタンスの問題ではなかったのですね。運営者が「サンプリング」を手法として使う以上、必然的に、不可抗力的に、一投稿者の投稿とは違う意味合いが発生する、ということだったんですね。またそれに作者が自覚的かどうか、というポイントがあったのですね。そうですか。その自覚が今作からは伝わってきませんでしたか。残念ですし、再度悔しい思いをしています。僕なりに新運営者としての意識、仄かな自覚をもって取り組んだ作品ではあるのですが。泥仕合。とんなでもない! survofさんからはまだまだ、この点について聞きたいところはあり、とても参考になりました。しかしsurvofさんがそう思われるなら、ここで一旦お開きという方がよいかもしれません。ではでは貴重なご意見、ありがとうございました。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-15

二条さん、前作に引き続きコメントありがとうございます! 前作から前半部、後半部ともに発展してるとの言葉、嬉しく思います。二条さんのからお借りした「打ち上げ花火」は、ポピュラリティのあるパートを最初に持って来たかったので、とても助かりました。「生まれて・く・る銀河へ 打ち上げ花火が」なんてちょっと普通にB reviewへ投稿する作品においては使いづらい表現ですが、僕は実は好きなんですよね。こういう表現。とにかくも二条さんは後半部分も好印象でとらえていただけたようで嬉しいです。引用への寛大な姿勢も、ここにまとめて感謝します。では失礼を。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-14

「ワンダフル!」!!! まりもさん、コメントありがとうございます! 前半部分においてはほぼ手放しの賛辞。感謝の極みです。(自分に都合よく、都合のいい部分だけを抜き出す、みたいなやり方ではなく)との感想ですが、あ。今回は本当にそうなっていたなぁ、と思います。前作は今思うと、都合のいい部分だけを抜き出した感が若干ですが、ありましたからね。これも一重にコメント勢のみなさんのアドバイス、アイデアによるところが大きいと思います。貴音さんは「もっと大胆な『調理』を!」と暗に言ってくださり、またボルカさんからは「ここを『取る』か! みたいな驚きが欲しい」との趣旨のアドバイスをいただき、それが大きく反映されたと思います。サンプリング詩パートについてこれ以上ない褒め言葉をいただき、言葉に出来ない喜びを感じています。さて後半部分については、「宇宙電波をサンプリングする」などのちょっと今の僕では考えつかなかったアイデアを提示していただき、嬉しいとともに驚きさえ感じています。「宇宙電波をサンプリング」。ちょっとどういう作品になるか分かりませんが、一度別の場にて挑戦したい気持ちにもなりますね。パロディー(多分後半部分を指していると解釈しますが)とは、上手い具合につかず離れずだったりから面白いのかな、とのお考えについては、少なくとも僕はこの作品でまりもさんからコメントをいただくまではそう思っていました。しかし最後の「架空の顛末を語った面白い話」を聞き、まりもさんが仰るように、フィクション、パロディ部分でも「とことんリアルっぽいけど、とことんウソ」というほどの冒険をしてもいい、良かったかなととの感慨も得るに至りました。もし今後このような架空の話を、虚実ないまぜにして書く機会があったら、ぜひチャレンジ及びトライをしてみたいと思いますよ! では長文失礼しました。ここに改めて閲覧とコメ、引用に対する鷹揚な姿勢に感謝いたします。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-14

さぁ、三浦さんコメントありがとうございます! さて問題の「この作品は余りに内輪的」ではないかとのご指摘ですが、survofさんから、同様のコメントをいただいているので回答させていただきます。まずこの作品は「コメディ」としての内輪ネタを目指したものではないこと、また本来、後半部分はB review解体の危機が表に出る前に大部分完成しており、解体の話が出るにあたり、大幅に加筆修正したことをここに書いておきます。ではなぜ「内輪的」とも言える内容に大きく舵取りしたのかですが、それはやはり旧B reviewと新B reviewを、こういうと大げさですが、華やかに「祝福」したかったとの思いからです。また作品中にあるように旧運営陣への「感謝とはなむけ」を表したかったからです。僕個人としてはサンプリング詩部分において、「くたばれビーレビュー」をラストに持っていきたかったとの意向は最初からありました。だがそれを作品の締めくくりに持ってくるのは、余りに悲しく、三浦さんのシニカルなB review応援詩と重なるだけで終わってしまうという危惧から、このような形にしたと記しておきます。中々いいじゃないですか。旧運営者が「くたばれビーレビュー」とシニカルで、逆説的にはビーレビューを後押しする詩を書き、新運営陣が解体の危機を乗り越えて、まさに「若草色」のように「青く」、まだまだ「未熟」ながらも再スタートを図ること示唆する詩を書くなんて。ある種返詩的ではないかとも感じます。だから今作は決して内輪「ネタ」ではなく、新生B reviewの船出を祝福した作品とも言えるかもしれません。だがここまで話しても「いや、この作品は内輪ネタだ。外部には持ってけねぇよ」と三浦さんが感じられるならば、それまでと言えばそれまでかもしれません。これで一つの説明、釈明になっているでしょうか。もしまだ不足でしたらコメントを再度寄せていただけたら、と思います。最後になりますが、熱量があり、ロジカルな強度があるとの褒め言葉でいいのでしょうか、褒め言葉、ありがとうございます。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-14

survofさん、コメントありがとうございます。まず「サンプリング」行為に関する鋭い切り込みと考察が欲しかった、もの足りないとの感想、とても悔しく残念に面います。僕としては裁判過程の「詭弁とも捉えられかねない見方」と「音楽業界においても~」以降のstereotype側の弁護団の主張に、独自の切り込みと主張を交えたつもりですが、survofさんが物足りないというのなら、物足りなかったのかもしれません。ただこの作品は3000字ギリギリであり、これ以上拡張出来なかった、という点も斟酌していただけたらな、と思います。「内輪ネタ」というご指摘については僕も考えがありますので、同様の指摘をなされた三浦さんへの返信にて、ご回答させていただきます。またこれはとても肝心なことですが、「運営陣としての鋭い自覚や自己批評が足りない」とのことですが、これは後日談における、最早僕ではなく、この作品内においては、架空の人物と化したstereotype氏の「サイの角だって所詮誰かのコピーでしょ?」や、渡辺氏と内々において和解したのちの「ケンカするほど仲がいいって言うでしょ?」とのセリフから抱いた印象だと推測しますが、この二か所の表現は「架空の人物」stereotype氏のやや困った性格、鷹揚すぎるほどの鷹揚さを、遊び心も交えて表現したものです。その点は作品中においても「困り顔で迎えられ」などの描写で表せていると思います。後半部分は虚実ないまぜになった、フィクション、ドラマであり、決してすべてがB review運営に携わるstereotype2085の本心ではないとご理解いただきたいです。また、もしsurvofさんが「まだここが運営陣として足りない!」と思う点がございましたら、教えていただきたく存じます。では長文失礼しました。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-14

ヤエさん、コメントありがとうございます! この返信を、作中のフィクションである「感謝の手紙」の「手紙」に変えさせていただきたいと思います。まず自分の一節を見つけて「ヤッター!」とのことですが、とても嬉しいです。このサンプリング二部完結編において、作品の一部を引用、改変されることが不快でなく、なおかつ嫌悪のようなものも感じず、喜んでくれる方が一人でもいることにひたすら歓喜です。単純に面白く、B reveiw近史総評のようとの評価もいただき、感謝です。さて問題の後半部分、多分にフィクション、ドラマ性をを含む「サンプリング」後の後日談ですが、若干長すぎて作品自体を食うほどのインパクトはいらなかったとのご指摘。実は僕もこんなに長くするつもりはなかったんです。前作「サンプリング第一弾」のコメ欄において折角展開された議論がある以上、それらを反映した「裁判経過」というのはぜひとも載せたかったところであり、コメ欄での議論から僕なりに考えた「サンプリング」行為への解釈も入れたかったことから、このような長さとインパクトを持つことになりました。最後のstereotype2085が2085年に死去するというのは、現実で実際に起きうる「不可思議」さをも表現していて、なかなかに良かったと思っています。前回程度の方がピリっと締まる、というご意見も納得です。ですがここは僕のストーリーテーラーとしての能力が期せずして、思わず発揮されてしまったと好意的に解釈していただけたら、と思います。さて最後になりますが、ヤエさんからの引用部分「君と僕が終わりになって」はとても早い段階で、引用が決まり、尚且つ、詩句の入れ替え、簡略をさせていただいたことに、ここで謝意を表します。作品内同様、「鷹揚」な姿勢を取っていただきとても嬉しく存じます。では長文失礼しました。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-14

survofさん再度コメントありがとうございます! 一投稿者と運営者ではサンプリング行為、もしくはその手法を使った作品への姿勢が違って然るべきだというところですね。分かりました。たしかに僕は運営者として駆け出しですし、運営者としての認識が甘く、運営者半分、一投稿者半分というスタンスで書いてしまったかもしれません。両方の立場を経験してる僕だからこそ、「サンプリング」二作に大きな差異をつけることが出来たとの指摘、僕自身考えるところがあり、もう少し考えれば良かったな、という思いはあります。ただ僕が「俺は運営者だ」と思われかねないスタンスで書けなかったという事情、まだ運営者としての名前が浸透していない境遇もご理解いただければ嬉しいです。また僕の性格上いきなり畏まって、居丈高なスタンスで書けなかったという点も。とにかくもsurvofさんの指摘は、僕に「運営者としての自覚」や「運営者だからこそ出来る、またはしなくてはならない表現、言及」があるとの意識を授けくれました。感謝いたします。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-14

貴音さん、まずは僕の名前をあげてくださり、ありがとうございます! しかも「サンプリング」ではなく「カンポ」の方を! カンポはコメ欄にも書きましたが、僕が長く愛してきたキャラクターで、初めて「カンポ・フォーエバー」の原型を見たのは10年以上前だったように思います。こういうと冗談になりますが、彼が陽の目を見るまで苦節10年。カンポも長かったことでしょう。恐らく彼は笑みこそ浮かべてはいないものの、胸の内で喜んでいることでしょう。さて貴音さんも架空のキャラ、人物を胸の中で温めているというお話、とても興味深く拝見しました。架空の人物はあげていただいただけでも五名を超える。創作の幅の広さを感じます。まさに「神よりも母よりも容易く魅力的な人を創造してしま」いましたね。僕もネットにおいて「けいせいさん」「ステレオタイプさん」と二つの名前を使いこなしていますが、名前が変わるごとに、何か別人格が自分に宿る気持ちがするんですよね。その点、貴音さんは分かってくださると思います。最後になりますが、「ほんとに書く詩がいちいち面白いなぁ~もう」は最高の褒め言葉です。この言葉に勝る褒め言葉はなかなかないでしょう。ありがとうございました。 (貴音さんの選評【7月】)

2018-08-13

く、悔しいです! fiorinaさん。ぜひとも参加したいのですが、明日は仕事で早く。序盤だけならチャットで参加出来るかも、しれません! (【弓庭夜話】第一回のおさそい)

2018-08-13

読んで一言「おめでとう!」と言ってしまいそうになりましたが、そういう詩ではない。蝉の短い寿命と夏によく食べるアイス(大量消費されるであろう)対比が絶妙で、蝉の孤独感とわびしさのようなものが出ていますね。この蝉の墓標をたてた人物が子供なのか大人なのか、女性なのか男性なのかも気になるところですが、少なくとも墓標を立てた人物の蝉への哀悼、そして短い生命というものへ向けた一種の敬意のようなものも情景とともに浮かんできました。深読みしすぎているようでしたら失礼を。 (戒名)

2018-08-13

いい詩です。ふけの考察から「吹けば飛ぶこの生」への転換。聖俗あわせ持つ詩といったら大げさでしょうが、そんな感慨を得ました。 ([])

2018-08-13

(ラップ)と書いてある箇所が、テキストだけ見て、「ラップぽいな! いや、まるでラップだ!」と思わせることに成功したら、この詩はもっと良くなると感じました。短いレス失礼しました。 ((BLACK AND WHITE) (大切な一つの命))

2018-08-13

リズムがあって、歌にすればこの詩はより一層引き立つだろうな、と思いました。ヲォヲォヲォは本当に歌っている感じなのでしょうか。もしそうでないのなら、また違った読み方も、つくりかたも出来るという印象を持ちました。 (虹色のかけら)

2018-08-13

永遠にはヒヨコじゃないの、が妙に浮き立ち、作品の中で独り歩きさえしていると思いました。タイトル、良いですね。 (進化の過程¥崩壊)

2018-08-13

いいなぁ。冷や奴の擬人化。「わて かるくこわれかけどす」。和む。それでいて最後に「大切なのは水のこころどす」と来て、我に帰る。これは人間にも言えるよぁと。水の流れのように逆らわず、かと言って流されるままでもない、そんな姿勢で生きていけたらと感じました。とりあえず冷や奴が食べたくなりました。夏の涼風と風鈴が似合いそうな詩ですね。 (冷や奴と申します)

2018-08-13

もうタイトルの「うほうほ」だけで思考が崩壊です。内容の方も期待を裏切らず「うほうほ」しており、言語や思考の崩壊を感じさせてとても良いと思いました。「ウォシュレット」第二弾ということですが、第一弾とはいい意味で、「逆」を行ったなと感じます。 (うほうほ)

2018-08-13

この一見、漫然とした思考が書き記されているかのような詩が、最後の「とうとつに、物語を台無しにするキス」によって、ドラマ性を帯びていく様がとても心地よくありました。彼女がシチューに使った数行などの、一連の流れの中で一目見ただけでは「何だろうか?」と思う表現でさえも、意味とドラマ性を持っていく。そんな印象を抱きました。 (きみのしおり)

2018-08-13

まずタイトルが良い。使用済みのオンナ、とかラヴにピースを挿入させろよ、とか言葉を犯す、とか刺激的で危うい表現が並ぶ。ただこのタイトルならもっと煽情的でタブー視されるような表現に踏み込んでほしかったなとも、贅沢にも、生意気にも! 思ったstereoでした。 (現代詩とは近親の相姦そのものです)

2018-08-13

「手のひらに食い込んだ爪は 無言を埋めても」と最後の「蛇行に投影」がとても印象深いです。この詩にもし二連目、三連目があったらどんな詩になっていたのか、まるで続きを読みたくなるような作品でした。 (T)

2018-08-13

何か良いですね。一連目の文芸的な書き方、と二連目の「悪の組織にスカウト」というある種、俗っぽい書き方の対比が読んでいて面白いなと感じました。ちょっとこれは怒られるかもしれませんが、「ゲゲゲの鬼太郎」の主題歌と、それを聖飢魔Ⅱがカバーした「G・G・G」を思い出しました。 (大人の楽園)

2018-08-13

有象無象を蹴散らし、という書き出しがシティロック、シティポップあたりに、よもすれば傾いたかもしれないこの詩を完璧に救い出していると思います。この書き出しこそが、読み手を詩の一節一節を味わおうという気分にさせていると思います。 (mind night blue)

2018-08-13

心が安らぎます。一枚の綺麗な静物画、ガラス細工の置物を見ているような。この詩に深読みはむしろ無粋なのではないか、とも感じました。 (Sounds a bit like Goodbye)

2018-08-13

地球の匂いがする、という冒頭と、ラストのなぜってそれは美味しいポテトだから、の落差が凄まじく面白く読ませてもらいました。ミクロとマクロの世界っていうんでしょうか。そのどちらにもスポットをあてて展開していく詩。好きです。 (ポテトのポテトたる所以)

2018-08-13

「くたびれた太陽」という、ある種の太陽の擬人化が個人的にとても好きです。「極彩色の血」という表現も「誰かが思いつくかもしれないが」、この詩においてはそれに埋没せずに良い効果を出していると思います。雨が降り出す最終列は、何か読み手も置き去りにされた感覚もあり、面白いと感じました。 (カナリア)

2018-08-13

橙色の夕陽。その橙色に僕はまた足を止める。じんわりと染み入ってきます。「僕たちは思い起こすたびに別のものになっていく」という悲哀も相まって。序盤、中盤は軽いタッチで書かれた君と僕のお話という印象ですが、最後の追い込みで全てを際立たせることが出来ていると思います。 (橙色)

2018-08-13

シンプル過ぎるほどシンプルなのに、口では言い表せない「威力」がある。それも一重に「頭蓋に」と「いないいないばあ」というなかなか出会いそうにない表現の「結婚」によるものだと思う。朝がけからありがとうございました。 (季節)

2018-08-13

この詩にも「大人になりたくないが、子供でもいたくない」というなつめさんの心情が出ていると思います。ただ、先にコメントさせていただいた作品と違って、この詩には反抗と反発、抵抗がある。ある種アナーキーな印象すらある。この現実の薄汚く見える部分をモラトリアムに拒絶する姿勢。ひょっとしたらなつめさんは「今」しか書けないかもしれないので、ドンドン書いて欲しいです。 (かきなぐり、上等。)

2018-08-12

△の端に立ち、という表現がとても好きです。白でも黒でもなく、それでいて危うい感じがして。シンプルですが悪くないと思います。 (△(サンカク))

2018-08-12

まさに「イライラ」の対処法、処方箋として読みました。「イライラ」がある時にキャッチボール(コミュニケーション)はたしかに危険ですもんね。最後の一節、しっくり来ました。 (イライラ)

2018-08-12

なかたつさんの「詩のつくりかた」を思い出しました。なかたつさんの作品と違い、とても具体的で直截な表現が使われていますね。「詩のつくりかた」は(僕は何をいいたかったのだろうか これがまさに詩のつくりかた)で締めくくられ、独特の妙味を出しているのですが、一方この詩は「夜明けに向かって言葉が共鳴する」と来て、とても力強く感じました。 (笑うギター)

2018-08-12

夏生さんは女性だと思って書くのですが(もし違っていたら大謝罪です!)、夏生さんの詩は夏生さんのセクシャリティが自然と出ていて、とても面白く感じます。いやだったはずの足の大きさが、家族の一言でいい印象に変わる。とても良いと思います。 (足がでっかくなった)

2018-08-12

まさに思春期から抜け出しかけた若い人の「思考」。まとまりのつかない「想い」「気持ち」という印象です。ですが、最後まで飽きさせずに読ませてるんですよね。これはなつめさんの独特の才能なのか何なのか。このある種のマジックがなつめさんから、もし失われる時が来るのなら、その時どんな詩をなつめさんが書かれるのかとても楽しみです。 (まとめのにがてなこどもみたいな、こどもっぽい、こと。)

2018-08-12

「ある夜の恐怖(幼少期の記憶)」というタイトルがインパクトがあってとても好きです。幼少期にはよく分からない恐怖、トラウマにも似た感覚を誰もが抱くものですからね。内容の方ですが最後に「愛する二人の衝突だった」とくることで、ダリの「セックスアピールの亡霊」という絵を思い出しました。短いレスですみません。 (ある夜の恐怖(幼少期の記憶))

2018-08-12

「立ち尽くす街灯」と次々と移り変わっていく時間と季節、そして光景。それが「わたし」の孤独感とたくましさを良く表していますね。「無停電電源供給機」が魂だとの発想も面白い! と感じました。 (我が労働歌)

2018-08-12

まず「革命的レム睡眠」というタイトルがとても僕好みでした。「レム睡眠」が「革命的」ですよ。なかなかないですよ、こんな表現。肝心の中身ですがタイトルが決してオフザケなどでつけられたものでないのがよく分かります。「革命のプロローグは規則正しく眠ること」。実際に僕もタムラさんとアプローチは違うかもしれませんが、そう考えるところは大いにあるので。最終段の「正気であることから発生する狂気を」という描写がとても印象に残っています。 (革命的レム睡眠)

2018-08-12

「いやな思いの判例集」が堆く積まれているのに、最後はその「いやな思いの判例集」が力強く灯台となり、海の暗がりを照らす、という展開は「底」に落ちたあとの「希望」を感じさせ、とても僕好みでした。 (灯台)

2018-08-12

一連目の最後「毎年三度後悔している」が、その後の展開に読み手を惹きつける要因にもなっており、実に謎解きの始まりという感じがしてとても良かったです。その後の詩情にあふれる描写から、「三度後悔している」の謎が徐々に解き明かされる印象がして、面白味を感じました。「僕の魂も その竹ざおの先に ぶらさがっているのかもしれない」から「ひとつぐらいは 誰かの竹ざおに ぶらさがったままでもいいのに」の流れが、「虫送り」の最中? のぼんやりとした「夢想」をとてもよく表していると思います。 (しらやまさんのこと 夏)

2018-08-12

「わたしは〇〇であった」の繰り返しで「わたし」が浮き彫りにされていく手法。とても良いと感じました。「フロイトはフロイトであることをやめた」など印象的なフレーズも多く、綺麗に最終連につながっていると思います。 (八月の檻)

2018-08-12

少年期の夢の喪失感。でしょうか。とても胸を締め付けられる想いがしました。 (Dream and Real)

2018-08-12

「」の使い方が巧みで、一連一連を際立たせるのに成功していると思います。僕は特に最終連の「水滴に 閉じ込めてある星空を そっと 手で押す 『Garden garden』」が好みでした。 (Gaden garden)

2018-08-12

いい詩ですね。とてもシンプルに。死という幻想から離れていくのは、一人の人間の再生を思い起こさせてとても良いと思いました。 (死と夢想)

2018-08-12

蛇口から落ちる水の音が「閉め忘れた蛇口からの怨念 放置しながら眠る罪悪」と表現されているところに新鮮さを感じました。この表現は都市生活、特に一人暮らしの方の心証をとてもうまく表していると思います。また難解な語彙から離れたミナトさんの作品はこのようなものでもあるのか、と興味深く拝見しました。 (不明)

2018-08-12

あの男(多分父さんであろう男)を愛する私が、父さんが溺愛する標本化された蝶を解き放つ夢を思い描いた、という詩でよろしいでしょうか。だとしたらあの男を愛する私、蝶を溺愛する父さん(あの男)、のすれ違いが憂いげに悲しくも描かれていて、一言「真夏の白昼夢」のような印象を抱きました。最後の「現実」がやはり捕らわれた身のままの蝶を描いていて、とても物悲しく感じました。 (標本に溺れ)

2018-08-12

何ものにも揺るがない灰色さんの作風、スタンスを改めて提示する作品だと思いました。灰色さんが、詩を作る上では、孤高というと大げさかもしれませんが、周囲や人の興味に関心がないとの印象も受けました。「Marlboro轢き殺された午前16時」など随所に僕好みの表現がありました。ちなみに8月11日分の三浦さんとのコラボキャスにおいて、三浦さんが「灰色さんの詩は永遠に終わらない、終わり間際の世界観」とのニュアンスの言葉を付記しておきます。僕も同意です。 (水羊羹を誤読して、彼の躍動或いは記憶)

2018-08-12

言葉の重み、絢爛さが目につく作品だな、と。この熟語、漢字の絢爛さを崩したら、つまり平明な筆致で描いたら、きなこ餅さんは、どういった作品を今後書かれるのかな、と思いました。 (神像と虚像)

2018-08-11

この作品にメロディーが乗り、楽曲になっていたら、とても刺激的な音楽になっていたと思います。発起人の三浦さんともお話をさせていただいたのですが、「歌詞的な作品は現代詩のネット掲示板では評価されづらい」という一面があると思います。これは歌詞的な作品を多数作ってきた僕も実感するところです。ということで長く書いてきましたが、はっきり言います。僕はこの詩の世界観は好きです。 (再び)

2018-08-11

気楽で面白味のある作品の割には「売人」という悲劇性を持つタイトルがとても興味をそそります。これらを総合してミナトさんの作風なんだろうなと思いました。 (売人)

2018-08-11

猥雑な出来事、猥雑になりかねない思考を「今、頭上で欅並木の葉が」から始まる最終連、そして「それだ それだ」という確信めいた言葉で、一気に現代詩にまで昇華している。僕の好みかと言えば難しいですが「鳴いている熊蝉。姿は見えない」の段は、序盤、中盤の思考があったからこそ際立ち、また美しく見えるのではと思いました。 (立ってから座っていた自分を振り返る)

2018-08-11

読みながら笑ってしまいました。「多肉植物のようなプックリした先端」。僕の中でしばらく流行りそうです。ラストのエロモイ詩選手権にも笑ってしまいました。現在運営関係、仕事でちょっと忙しいのですが、疲れを吹っ飛ばすに充分だと思いました。ありがとうございます。 (セダムとイヴ)

2018-08-11

花緒さん、コメントありがとうございます! サンプリングの発展形。たしかに最終連を除いては、作家性を見い出すのは難しかったかもしれません。しかしこの詩のコンセプトが「ノートに書かれた人の死」である以上、「死の間際」の描写が一面味も素っ気もなく、創造性に乏しく感じられるのは意図したものなのです。最終連が強くないとの印象も、名だたる著名人の最後に来る人物の死は、穏やかで誰にでもあり得る、起こり得るエピソードで以て締めくくろうとの僕の意識から、芽生えたのかもしれません。身近な人物にまで劇的な要素を持ち込んで、強い印象の最終連にするのは、僕にははばかられたので。ダリの妻ガラが晩年に最も愛したダリの絵は、ダリ後期の凄まじい傑作群ではなく、籠に入ったパンを描いた小さな静物画だったそうです。僕も最終連は、籠に入ったパンを目指しました。読み物として興味を引くことには成功。ありがとうございます。 (死去ノート)

2018-08-11

「戦争」を「妊娠する」という発想が何より斬新で、この詩を最後まで読ませる要因になっていると思います。スタンダールは「小説に政治を持ち込むのは、観劇中に銃を発砲するようなものだ」と書いていますが、この「戦争を妊娠する」というフレーズはまさに観劇中の発砲かと。 (向日葵)

2018-08-10

「雨中遊泳」。タイトルからして気になっていました。「笑わない子供たち」or「わたし」が「もっと大きな何かを諦め始めている」というのはとても不穏で一面気味が悪い情景ではあるのですが、独特の情感を出すことに成功していると思います。ちなみに今しがた、雑草が刃物になって目を切り裂き、失明するという不穏な夢を見たstereoです。今作にコメをつけるきっかけになったのかもしれません。 (雨中遊泳)

2018-08-10

貴音さん、コメントありがとうございます! この詩はお分かりの通り、「人の死」に詩情を感じたところからスタートしています。タイトルを「死去ノート」にして、雑記帳にメモされるかのように「人の死」書き記したのは、どのようなもの(文、表現)であれ「人の死」は、心動かすものがあるとの思いからです。貴音さんの仰る通り、「死」は「詩」でもあるかもしれないのです。「私達は死(詩)に向かい、死(詩)という状態になろうとしている」だなんて最高だと思いますよ。少し今作から離れますが、やはり「サンプリング」の返信でも書いたように、貴音さんは僕にとって「面白い人だなー!」という印象です。「言葉の寺」の門戸はすぐそばで開いていそうですね。駆けこまなきゃ。では長々と失礼しました。 (死去ノート)

2018-08-08

右肩さん、コメントありがとうございます。「普通」というと、一人一人の死の間際の描写が、でしょうか。もしそうならば、それは意識したものなんですよ。人の死が単なる情報として扱われ、雑記帳にメモとしてかき記されるような感覚。そこは目指したのです。だから死去「ノート」なんですよ。「図鑑」では決してない。ケレン味はある種必要なかったのです。「死者」の人生が苛烈であればあるほど。  加えて「死者」には、人生が波乱に富んだ方々を選びました(死に際も含めて)。転じて最後のユアガールフレンドは、多分にロマンティシズムで彩色されているものの、至って「身近な」印象がする。誰にでも入り込めるような余地を持っている。これは前述の名だたる「死者」たちとは対比を成し、非常に効果的で、美しく、静かな締めくくりとして成功したのでは、と思っています。   (死去ノート)

2018-08-07

貴音さん、初コメありがとうございます! いや、たしかコメこそ寄せたことはありませんが、実は僕、貴音さんのファンだったんですよ。「面白い詩を書く人だなー」と。貴音さんも、「サンプリング詩」を。そうだったんですね。今片方を拝見しましたが、本当に貴音さんらしく、突っ走ってますね! 僕は素材を活かし、貴音さんは調理を。面白い、それでいて一点、的を射た例えですね。「サンプリング」次作は、もっと冒険的に「調理」にも挑戦しますよ!   (サンプリング)

2018-08-07

琴乃さん、コメントありがとうございます! 探偵か記者になった気分。そんな感想をいただけて歓喜しています。無意識に彼らの共通点を探す、そして最後のユアガールフレンドで締めるのがロマンティックで好き、との感想に「ああ、琴乃さん、僕がこの詩で意図したところ、狙ったところをほぼ完璧に把握して、楽しんでくださったのだなぁ」と、詩書き冥利に尽きる想いです。最高のコメント、ありがとうございました。歴史に残る人物のあと、最後が「わたしの恋人」というのは本当にいいですよね。自分でもとても気に入っています。   (死去ノート)

2018-08-07

仲程さん、コメントありがとうございます! 何度か通り過ぎた。通り過ぎますよね。それは。この一文が来たのは笑って納得です。良く出来ているとの感想、嬉しく思います。ちょうどいいとこで感じられる。その「ちょうどいいとこ」をもっと詳しく知りたかった! と思う贅沢なstereoです。 (死去ノート)

2018-08-07

まりもさん、コメントありがとうございます! 月の掲示板の色合いが分かるという作品になれば、というご指摘、とても面白く感じました。中々手放しで褒めるという印象にはなっていないので、もちろん残念には思いますが、致し方ない面もあり。「サンプリング」の次回作も構想中です。ほんのわずかでも期待していただけたら、と思います。 (サンプリング)

2018-08-05

「きみはやさしい子 きみはいい子」というフレーズに残酷なまでの拘束力を感じました。しかし読み進めての最後の一節「きみは穢れていない きみは美しい きみはいい子」には開放的な救いを感じました。良作だと思います。けれどもこの場を去るとの意向。残念に思います。 (ふたりぼっちの禁断の惑星)

2018-08-05

タイトルからして三浦さんらしいと思いました。それでいて「詩とは何か」について真摯に向き合った内容。惑乱しつつ読ませていただきました。立つ鳥跡を濁さずならぬ、立つ鳥跡を濁しまくりと言ったら御幣があるかもしれませんが、これが三浦さん一流の礼法であり、別れの言葉なのかなと。あと「サンプリング」のコメ欄について言及と、今後への期待。とても嬉しく拝見させていただきました。ありがとうございました。 (くたばれビーレビュー)

2018-08-05

「死を落札していく」はさすがにまずいかな、とコメント欄で拝見しましたが、僕はこの表現は好きです。死が商品化されてオークションにでもかけられるように落札していく流れ。今の時代に合っていて、悪くないと思います。「少女」「火炎瓶」「花束」などの言葉が乱雑に? 不規則に並んでいるのもロジックの崩壊を感じさせて良いと思いました。ですがここは湯煙さんが「一工夫したかった」と思っている部分。詩とは本当に分からないものですね (a)

2018-08-05

この「良く出来ているであろう」「完成度が高いのであろう」作品を一読、二読しただけでは把握しきれなかった自分を悔しく思います。きっと一見しただけでは分からない深みが隠されているのだろうと勘ぐってしまいますが、「空を見上げたあなた」が僕らを見守っていたことにも気づかなかった、との流れはわかりやすくもあり、とても好きです。 (こころ はんぶん/ブルーノ/そらの)

2018-08-05

一読して何か「薄気味悪い」印象を受けたのですが、コメの返信で「円空が元ネタで狂気じみた印象が出せた」とあり、それならばこの詩は大成功しているのではないかと思いました。何度も出てくる「仏様」という言葉、それが信仰心から来るのか、蒙昧から来るのか分かりませんが、狂気じみた点は充分に出ていると思います。 (僧の跡)

2018-08-05

今は季節が夏のせいか、暑さのせいで正気や理性を失いそうになります。その感覚、もっとシンプルに言うと頭がうだるようにボーッとする感覚がとてもよく出ていると思います。その上トマトの描写と、それが暗示しているであろう不穏なもの。ペダルを漕ぎだして我に帰るラストは、なかなかに読み手を安心させるに充分だと思いました。 (自転車を押す坂道にて)

2018-08-05

読んでいてなかなかに辛い。この詩の読み手(桐ケ谷さん本人かどうかはわかりませんが)はとても息苦しい思いをして生きてらっしゃるのかなと拝見しました。しかし詩自体は苦しみや生きづらさの押しつけにはなっておらず、面白味のあるテンポで読ませていると思います。 (キメラの後ろ姿)

2018-08-05

ひょっとしてネット現代詩の流れに乗っていないと捉える方がいらっしゃるかもしれませんが、僕は大好きです。「砂糖菓子の散弾銃」「果てしない夜の装いに いつか世界は死ぬだろう」など光る表現が目についたのでコメントさせていただきました。とてもよくまとまっていると思います。 (果てしない夜の装いに)

2018-08-05

余分すぎるかと思うほどの「余白」と「間」が、「汗の滴る季節」を良く表している、と思いました。 (白い目)

2018-08-05

とても面白かったです。今の所、8月投稿分では個人的に一番です。ノンフィクションを交えたフィクションか、フィクションを交えたノンフィクションか分からないまま、虚実ないまぜの世界、文章に惹き込まれて行く感覚がありました。評論的でありながら詩作品として成功しているし、「現代詩は死んだのだ」というフレーズも、もし仮にそれに常套句的な一面があったとしても、インパクトがあって好きです。次回作、期待しています。余談ですが、ちなみに僕も「サンプリング」の次回作を構想中です。 (ウォシュレット)

2018-08-05

三浦さん、コメントありがとうございます! 「なぜ?」という共通項の謎ですが、これは一重に僕の感覚的なところによります。その生涯が劇的であり、波乱に満ち、なおかつ「ポップアート」の素材になり得る人々が無意識に選ばれたとも個人的には思っています。ポップアートの開祖、アンディ・ウォーホールは「資本主義社会では『死』でさえも商品になる」と述べていてます。実は僕はこの言葉が余り好きではないのですが、今作を作る上で、「『死』を商品に進んで取り込むのは良くないが、敬意やオマージュを込めて何がしかの作品に、投影することは悪くはない」との感慨にようやく至りました。加えてこの作品のヒントは、ツイッターのフォロワーさんが、彼の平成を象徴する故人をあげて「平成が過ぎ去っていく」と呟いたところから来ています。その故人の今際を調べて、「これは面白いな」と。そして僕にとって著名な方々を列挙するアイデアを得ました。最後の「ユアガールフレンド」は、なるべく穏やかにしんみりと亡くなる身近な人、という点で選びました。少しベタというか定型的なロマンティシズムにも傾きましたが、これは意識したものです。それでは長文失礼しました。閲覧ありがとうございました。追記・残した言葉が詩的という点もありますが、詩的な言葉を僕が意識して選んだというところはあるかもしれません。 (死去ノート)

2018-08-04

花緒さん、お疲れさまでした。B reviewはある種のマナーと品位をもって運営、あるいはコメのやり取りがされる場だと思っていたので、やはりそういう「場」を目指した、花緒様、三浦様、百均様の功績を大きかったと思います。ご苦労様でした。そしてありがとうございました。花緒さんに限っては詩界隈から離れることはないとの文面を拝見してとても嬉しく思います。気苦労も多かったでしょう。これから海外出張が多くなる、という仕事も含めて公私ともに幸が多くあるように、と願うばかりです。それではまたいつかお会いしましょう。 (退任のご挨拶)

2018-08-04

まずはこれまでB reviewを引っ張っていただいた三浦様、花緒様、百均様の三名に最大級の感謝と労いの言葉を。お疲れさまでした。ゆっくり休養なさってください。B reviewという現代詩サイトがなければ、僕は現代詩の潮流(特にネットにおける)などを把握出来なかったことでしょう。B reviewというある種の洗練された品位あるサイトがなければ、僕は「サンプリング」などの実験的作品に挑むこともなかったでしょう。改めて運営者であった三名とB reviewに感謝の意を。さて本題ですが、僕自身、運営に携わりたいという思いはありますが、僕のコメントの頻度等を考慮すると、僕が運営に回ることに不満を持つ方もいらっしゃると思います。お話を一度させていただいてという思いもありますが、それも早計な印象がし、まずはアカウント名「keisei1」にて三浦様アカウントのキャスへお邪魔することだけを決めたいと思います。そこでどのような意見が出て、交換がなされるかを見て、僕も判断するつもりです。最後になりますが、運営に携われた御三方。ありがとうございました。そして本当にお疲れさまでした。 (●重要なお知らせです●)

2018-08-04

 一目見て、タイトルからして気になった、お気に入りになった作品なのですが、みなさん好感触のコメントばかりで僕も嬉しいです。「エラーメール」というタイトルから来る空白、余白がとても良く、その内容と相まって夏の一点、一瞬、止まった時間といったものを描き出すのに成功している、と思いました。夏の燃えるような暑さに感じられる喪失感。蝉の鳴き声が罪もないのに、不穏なイメージを出していて、詩的ですが「夏の言葉なき永遠」のようなもの感じさせました。 (エラーメール)

2018-07-28

花緒さん、実に三度目の、そしてとても有意義なコメントをありがとうございます。まずそのことについて謝意を。 さて本題ですが、実は私はサンプリングという音楽的手法について、余り肯定的ではありません。音楽の世界において、エディ・ヴァン・ヘイレンがサンプリング先の楽曲を批判したというエピソードを聞いた時には、俄然エディを支持しましたし、「他人の楽曲から借用したタイプの」サンプリングを使ったヒップホップなどの音楽には高い評価を与えていませんでした。これはとあるテレビ番組でのエピソードですが、クリエイターを名乗るDJが「音楽作りなんて簡単さ。まず好きなレコードを用意するだろ? そして好きなパートをチョイスし、切り取る。あとはそれを反復させてまずはリズムパターンの完成だ」と話していた時には、これはこの人の創作物ではないし、とてもじゃないが「面白い」との評価をくだせないと思ったのを今でも鮮明に覚えています。 このような作品を作った割に、僕は著作権問題についての深い考察、もしくはこの種の作品が許容、看過されるにはいかなる心遣いが必要か、といった部分について不足があったのは認めるところであり、コメ欄において多くの指摘と考察をしてくださった、花緒さん、そして祝儀敷さんには深く感謝しています。この場を借りて、改めて「ありがとう」の言葉を。「サンプリング・次回作」はお二人の指摘、考察、または寄せられた多くのコメント、そして僕なりの著作権についての考えが反映されたものになるだろうことを明記させていただきます。 さて前後しますが、サンプリングを多用した音楽について僕が余り肯定的ではない、との話の続き。その考えはこの作品「サンプリング」に大きく誇張、カリカチュアされた上で反映されています。それは、多くの著作者から著作権侵害で訴えられている、という段においてです。この段は、コメ欄で見た分には、「法的に問題がある、削除要請を」と仰った方がいらっしゃらなかったことからも分かるように、多分に大げさなフィクションです。この一段を作ったのは、サンプリング音楽への一種の忌避感を表明したかったというものがあります。だからこそ最後のクラフトワークの描写も書き添えたのです。クラフトワーク、20年に渡る訴訟の末敗訴。これは、僕にとってはより有意義な作品が生み出されることを妨げ、コピー、模倣品に近い何かが商業ベースにあふれることを意味し、許容する、悲劇的な事件、判例だとも考えたので、この最終段には不穏な悲しむべき余韻をつけたつもりです。その僕の立場、見解が明らかになっていない、ということからか、花緒さんにとっては「あんまり、強い作品になりきれていない」との評価に至ったのではないか、とも考えています。何れにしてもこの「サンプリング」は、コメ欄の意義あるやり取りも含めて、私が成長、飛躍する上で大きなターニングポイントになった作品であることに間違いはなく、コメントを寄せてくれたすべての方々に感謝します。この作品はコメ欄での論議、やり取りも含めて一つの作品として完成したのではないかと思っています。加えて、そのお陰で次回作への光を見い出せたのも書き添えておきます。今一度この作品で借用させていただいた筆者様、コメをくださった方々に感謝を。ありがとうございました。 (サンプリング)

2018-07-25

なお、渡辺君の感情を害したらしい、「次は作品自体への感想、コメントを期待しているよ!」だが、皮肉でも嫌味でも何でもなかったことをここに追記しておく。 (サンプリング)

2018-07-24

渡辺君、とても誠意ある返信ありがとう。今度は本当に心から感謝する。さて本題に入る前に言い添えておきたいのは、渡辺君の論調、批判あるいは批評が、もし仮に筋道立っていると自分で思っていたとしても、とても挑戦的、挑発的に見えるという点だ。渡辺君はネット耐性が非常に備わっているせいか、何も感じないのかもしれないが、文の向こうには、文のやり取りの向こう側には、生身の人間がいる、ということを忘れない方がいいように思う。 例えばだか、渡辺君は見ず知らずの路上詩人に「天然か意図的なものか分からない」などという言葉を投げかけるのか。恐らくしないだろう。他にも僕の詩に対してではないが、「結局標語なんだよね。これ」など、とても相手がいるということを考えていないような文言も目立つ。そもそもここはネットマナーについて語る場ではないだろうから、ネットマナーなどどうでもいいというならそれはそれで構わない。ただ多くの人の心証を悪くしている恐れがあることを書き添えておく。同時に「マ・グーグルから始まる…」の私の返信は、「渡辺君」も私同様感情が高ぶったがゆえに渡辺君がミスしたであろうことを想定して書いたものだ。手法として良くなかったと思う。その点は反省している。さて本題だが、根回しや、借用した作品の筆者への配慮。これは渡辺君に関しては、ほぼほぼ失敗したと私も思っている。これは私の失態であり、ミスだ。謝罪したいと思う。自作品の管理という点で杜撰だったという点も、この種の実験的作品においては、そうだっただろうと認めざるを得ない。重ねて謝罪する。ただB reviewという現代詩サイトをいい意味で盛り上げていきたい、というのは今後運営に回る渡辺君にしても、私にしても同じことだ。渡辺君は一点煽情的な書き方、私はそれこそ渡辺君言うところの「カッとして皮肉で返す」というのは双方控えた方がいいように思う。もちろんこれは進言であって拘束力はない。渡辺君は自由だ。私については改めたいと思う。これが渡辺君の誠意ある批評へ向けた、誠意ある返信だ。これには皮肉は一片も含まれていないことを付け加えておく。数多くの指摘、そしてコメントありがとう。 (サンプリング)

2018-07-24

ボルカさんへ。 いえいえ、謝罪だなんてとんでもないです。そうなんですね。僕を不快に思ったことはない。良かったです。贋作詩人チャタトンは今では大きな賛辞を受けている。そしてまた贋作自体も近年では手法として認められている。そのようなエピソードを耳にし、「海江さん」の一件以来のボルカさんとのやり取りを合わせると、何か贋作詩人チャタトンについて不思議な共感、共鳴のようなものを感じることが出来ました。ありがとうございます。また手法としての贋作は、ボルカさんが得意とする分野ではないとのご意見もまた、今後ボルカさんの詩を拝見する上で大いに参考になることでしょう。二度に渡るコメントありがとうございました。 (サンプリング)

2018-07-23

ボルカさん、コメントありがとうございます! お久しぶりです。こうしてやり取りが出来るのは、僕のある種の落ち度と、ボルカさんの詩への誠実な向き合い方がぶつかってしまった、かの「海江さん」事件以来ですね。少し話がこの詩の話題から逸れますが、この詩にボルカさんの詩から「サンプリング」するのは一つの賭けでもあったのです。ボルカさんは恐らく僕に対して良い印象を持っておられないだろうから、と。だがしかし、ボルカさんと今一度やり取りがしてみたい、との願望も込めて印象的な一節「どちらかが死んでも ビラブドになるだけ」を使わせていただきました。結果このような有意義なコメをいただき、「賭け」に出て良かったなと思っております。さて肝心の詩評ですが、ゴダールの「パスティーシュ」なる引用手法に言及されておられて、とても興味深く拝見しました。「記憶で引用をし、その際間違えが起きることに、むしろ意味がある」とのボルカさんの考えに、ボルカさんの文芸的奥行き、懐の深さを感じました。二つのパートにわかれる、この作品の詩パートが今一つインパクトが低いとの指摘も、例をあげていただいてるお陰で感得するものが大いにありました。「この詩は、親切すぎてもっと乱暴でもよい」あるいは「包丁の切れ味。引用の驚きが欲しい」というポイントは僕も読み返して、読み手が目眩を起こすほどの展開もありだったなと思っていただけに、納得するところ大いにありました。そしてドレッシング。歪める味付け。そこまでは思い至らず、面白い着想だと心に留まるものがありました。最後になりましたが、こうしてコメントをいただき、大きな賭けに出て良かったと満足、そして感謝しております。閲覧及びコメント、ありがとうございました。 (サンプリング)

2018-07-22

花緒さん、今一度コメントありがとうございます。 作品の二次利用に関するお考え、二次利用するにあたってどのようなシチュエーションが考えられるか、などの問題提起と考察、本当にありがとうございます。僕も改めて二次利用ということについて一つ一つ手駒を進めるように考えることが出来ました。 この作品に「問題がある」とするならば「オバマ・グーグル」等が発禁処分を受けていないことなどに言及しなければいけない、などはさすがの卓見だなと感心し、感謝さえしました。結果この作品は「問題がある、とは全く言えない」だろうとの見解と作品への後押し。ありがとうございます。 またこの種のチャレンジは続けて欲しいとの進言、深く心に受けとめました。もし問題がなければ、第二弾も考えたいと思います。 はい! 花緒さんも良い休日をお過ごしくださいませ。 (サンプリング)

2018-07-22

二条さん、コメントありがとうございます。 何か一つ不可分なものに融合させていく。とても面白く、「エキサイティング」な着想だと思います。僕は僕なりに不可分なものに融合させるよう、一つの詩作品として読むに堪えうるものにするよう、詩情を喚起させるものにするよう試みたつもりですが、詩パートにおいて、一つほど構成の面で足りない部分があったかもしれません。しかし裁判報道的なパートとの組み合わせで考えると、限りなく過不足がなかったのではないかと思っています。「サンプリング」させて いただきありがとうございました。 (サンプリング)

2018-07-22

かるべさん、コメントありがとうございます。 ビーレビサンプル。とてもポップで一味出しているいいタイトルですね。僕が「サンプリング」とタイトリングしたのは、かるべさんの指摘なさったような機転が利かなかったという一面もありますが、音楽業界において「サンプリング」という手法の確立に、不穏さを感じたクリエイターが多数おり、その論争の1側面をこの作品に投影したかったからでもあります。また奇妙な言い方ですが「stereotype2085」という「僕」に近しいが「僕」ではない架空の人物が、「サンプリング」という手法は、文芸の世界に移した場合許容されるのか問題提起をした、とのニュアンスも含まれています。 ただしこの問題は、花緒さんが仰ったように「オバマ・グーグル」が発禁処分を受けていないという点から実はクリアになっていたのかもしれません。 ビーレビサンプル。本当になかなかいいタイトルですね。閲覧とコメありがとうございました。 (サンプリング)

2018-07-22

花緒さん、お忙しい中コメント、さらにはタイトルの修正までしていただきありがとうございました。感謝します。文面の調子から察するに、現在、花緒氏は多忙であり、少し憔悴なさっているのでは? という印象を受けました。その中での対応、加えて運営の法との関わり方はどうあるべきか、B reviewの運営の状況と発起人のボランティア的関わりについてまで言及していただき、労いの言葉しか浮かびません。 さて、作品として何が面白いのかよく分からなかった、という感想は少し残念に思います。花緒さんの作風から察するに、このタイプの二段重ねの詩(創作物)はお好みかな、と勝手ながら思っていただけに。しかしながら届かなかったのなら致しかたありませんね。 最後になぜタイトルを誤送信するか、という点でありますが、enterキーを押すだけで送信されてしまったことに理由があります。僕は送信をクリックすれば、作品投稿が終わると思っていたので。何れにせよこちらの過失へしっかりと対応していただき、重ね重ね感謝します。これまでのB reviewの発起人としての活動、誠にお疲れさまでした。 (サンプリング)

2018-07-22

四畳半学生さん、コメントありがとうございます! 可視化されたブラックミュージックのような不思議な感覚を覚えた。嬉しい限りです。「サンプリング」という着想は、仕事で外回りしていた時に思いついたのですが、即座にヴァン・ヘイレンのギターフレーズがサンプリングされ、ギタリストのエディが抗議したというエピソードをも思い出し、最後のクラフトワークの段へとつながりました。残念だったのは、エディのエピソードの詳しい情報がなく、クラフトワークにせざるを得なかった、という点です。人の名前、グループの名前からは当然その人の人となり、活動の内容などがイメージされるので、名前、グループ名自体に重みやポップさが印象として加わるというのが僕の考えなのですが、クラフトワークでは若干重みがあり、重力を感じるので、エディにしたかった点ですね。さてとにかくも「サンプリング」させていただいた四畳半学生さん本人に、好評をいただき、嬉しい限りです。ありがとうございました。 (サンプリング)

2018-07-22

渡辺君 マ・グーグル」から始まる感想ありがとう。お疲れさま。感謝するよ。さて早速だが、この詩は引用、「サンプリング」という手法を使っての斬新さや新規性を追求したものではない。加えて法的には引用を改変してはならない、とあるが音楽の世界において「サンプリング」という行為は反転、反復、省略などが多数行われているのを付記しておこう。つまり最後の「サンプリング上改変とかけているのか」は正解だ。おめでとう。だがしかし誤字脱字が2点あったのは事実で、その点は慎重さに欠けていたのを認めよう。何れにせよ、論破か何かに近い感想に時間を割いてご苦労様。睡眠時間も足りないだろう。ゆっくりとお休み。 (サンプリング)

2018-07-22

斎藤木馬様。stereotype2085氏より、弁護士を通して以下の返信が寄せられています。 「弁護士に徹する。残念ながら私は弁護士ではないし、stereotype2085以外の何者でもない。stereotype2085は姿を変え、形を変え、進化していく。ゆえに弁護士などという通俗的な存在にはなり得ないだろう。私は私でしかない。ミュージックシーンの下りは割愛した方が、という意見だが、私にとってルーツを明示することは義務であり、使命であり、とても大切なことだ。この詩はエディ・ヴァン・ヘイレンの音源がサンプリング利用された事件、及び作品中に用いたクラフトワークの裁判に大いにインスパイアされている。ゆえにミュージックシーンの描写は必要不可欠だった。その点を理解していただくことを期待する。閲覧とコメに関しては誠に感謝する。以上だ」 またstereotype2085氏は、木馬氏の着眼に非常に興を見出していた、とのことです。 (サンプリング)

2018-07-22

すまん。渡辺君。チェックがおざなりだったようだ。次は作品自体へのコメント、感想を期待しているよ! (サンプリング)

2018-07-22

survofさん、コメントありがとうございます! 面白いという評価、運営が許すのであれば…というご意見、本当にありがとうございます。実はもう次回作の構想を、survofさんのコメに後押しされる形でもう作りあげてしまったんですよ! 許可が出るならば来月中旬あたりに投稿したいと思っています。ご期待ください。 (サンプリング)

2018-07-22

仲程さん、早速のコメントありがとうございます! お気づきかと思いますが、この作品の正式なタイトルは「サンプリング」です。 タイトルを誤送信してしまったようです。 現在、運営にタイトル変更をお願いしています。しばしお待ちを。 それでは返信です。 断片になっても強いものがある。そうなんですよ。切り貼り、サンプリングという構想をまず立ち上げて作り始めたのですが、切り貼りしているうちにそれぞれの方の詩的アプローチが、心が、自分の中へ入ってくるような印象がして、とても不思議な気持ちがしました。やはり読み込むほど詩は力を持つのですね。 仲程さんの作品が入っていないのに嫉妬。すいません。何だか嬉しいです。詩の構造上、上手く当てはまるフレーズを選んでいった結果、このような形に。 詩の締め、構成。やはり切り貼りでも「僕」が出るという点で タイトルの誤送信ということを除けば笑 この作品はとても気に入っています。 ありがとうございました。 (サンプリング)

2018-07-21

こずAさん、コメントありがとうございます! 「リズム感が必要になる、ゆえに主語を一つにして述語を羅列したり。」 これは日本語詩でありながら、「英語で書かれた詩を日本語訳したかのような文体」という「試み」をしているんですね。 だから「彼は」「彼は」と僕は連呼させたし、「主語を一つにして述語を羅列」ということもしませんでした。 前半の構成を練る必要があると感じられた理由も、恐らくこずAさん自身が「スムーズに読めなかった」ということにあるかもしれません。 一度この詩をハリウッド映画の宣伝風に、音読なさってみると面白いかもしれません。 ダスティン・カンポの起こした奇跡について語られる序盤。 ダスティン・カンポの謎めいた内面について語られる中盤。 ダスティン・カンポの仄めかす希望について語られる終盤。 そして最後に語られる、衰退した未来社会のイメージ。 疾走し、最後に光が一瞬失われるような感覚。 ドンドン盛り上がっていき、最後ハッと現実に戻されること請け合いですので、いかがでしょう。 音読。効果的ですよ。「読めない」ものも「見えない」ものも「見えてくる」かもしれませんよ。 (カンポ・フォーエバー)

2018-07-14

花緒さん、コメントありがとうございます! 残念ながら、恥ずかしながら! 口惜しいほどに! わたくしはギンズバーグの「吠える」なるものを存じ上げません。「吠える」の熱量を下回っている分、というご指摘ですが、僕は逆の印象を抱いています。「coming soon 2088 8.17」で終えておけば、熱量が下がることはなかったのです。最後の締めは少しネット現代詩の流れを意識したというか、面白味を狙ったヲチだったのですね。これが成功したか否かかはのちのちの人が判断してくれるでしょう(ただし「のちのちの人」が読んでくれることが条件)。でもカッコいいと思いませんか? 笑わない、感情を見せない、恐怖心さえないかのような謎の人物、が「愛の人」だなんて。ダスティン・カンポという人物はわたくしが長年温めてきたキャラクターでもあるのです。「彼」の本懐だったかどうかはわかりませんが、こうしてみなさんの前に公開出来て良かったと思います。では長文失礼しました。 (カンポ・フォーエバー)

2018-07-12

まりもさん、コメントありがとうございます!  「隣人の様子よりも国際的な問題が身近に感じられる、しかしその身近さはまやかし」 僕の狙ったところの一つをしっかり把握していただき嬉しく思います。かなり昔の外国人作家さんに、「戦争に巻き込まれたと思ったら、コメディアンの生み出す笑い声に包まれる。靴職人の美芸に見惚れていたと思ったら、プロレスラーの雄叫びに驚かされる。そう。これは何を隠そうテレビのリモコンの仕業だったのだ(要約・改編)」という著述があるのですが、この詩で描きたかったものの一つが、さらに情報の切り替えが加速したネット社会であり、「実体感」の喪失でもあります。そんな時代に「等身大の日常」を感じられるのは、コーヒーであったり、好きな人からの返信であったりする。この詩は、遠い異国の問題を身近に感じながらも、些細なことにも光をあてる、という仕様になっているのです。瞬時に流れていく日常で、実体感が薄れていく危うさを感じる。まさにその通りだとも思います。閲覧とコメ、まことにありがとうございました。 (黒いカフェ)

2018-06-22

かるべさん、コメントありがとうございます! 「ディストピア感が迫ってきた」とのこと。嬉しいです。この詩で描かれるのは、幾つもの日常がつなぎ合わさった「ディストピア」なのですが、 この情報飽和社会に等身大の自分を見い出した時、その「ディストピア」が崩壊する、という仕組みになっております。閲覧のほどまことにありがとうございました。 そうです。カフェ+エデンです。 (黒いカフェ)

2018-06-22

かるべさん。コメントありがとうございます。 そうなんですよ。この詩で描かれている情景、「DISCO2001」という場所自体は 「DISCO」という言葉も含めて、80年代後期に近いのです。 そこをなぜ「2001」にしたかというと、21世紀の始まり、「2001」という響きは、どこか今でも未来的な印象がある。そのイメージを僕はこの詩で描かれている情景に託したかった。だからこれは歴史的な考証を抜きにしたタイトルなのです。その試みが成功したか否かはともかく、とにもかくにも読んでいただきありがとうございました。 (DISCO2001)

2018-06-11

「自殺」をモチーフにした作品に飽きが来た、というか食傷気味だな、というか死なないんだったら「自殺、自殺」書くんじゃないよ、と暴論めいたことさえ考えながら読んでいました。「不快児童は今日は居ないようだった」とか「梅雨入りした摩周湖にも雨が降る」から、「キングは~の成功を知らない」のくだりとかは、世捨て人のような気質、何ごとにも無関心な雰囲気が出ていて、良いと思いました。最後「シルヴィアプラスみたいな」とありますが、なぜ「シルヴィアプラス」でなければならなかったのか、僕にはよくわかりませんでした。やや荒っぽい感想失礼しました。 (自殺)

2018-06-08

んー。重い、と思いました。「片翅のだけの蝶」とか、「〇〇が軋んだ夏の終わり」とか、素材として表現的には綺麗なのに、全体が重い。これはテーマそのものではなく、僕は「腹の中がゆらんと震えた」という描写に一因があると思いました。腹の中が「ゆらんと」。何となく分かりますが、非常に病的で、重力を感じる表現。それをもし狙ってらっしゃるのだったら成功ですね。重みを感じさせることを意図していないのだったら、別の表現が相応しいかとも、身勝手ながら思いました。 (翅いちまい)

2018-06-08

百均さん、百均さん。おしっことかうんちが連呼されるところに、何の意味があるのか知らないが、 妙に印象には残りましたね。それも一重にこれほど勿体ぶって「そして今、何も始まらない」というラストのお陰ではないでしょうか。もっと読み込めば、違った感想が出てくるかもしれませんが、今度はうんちとかおしっこが封印された作品をお願いします。 (ANEMONE)

2018-06-08

未来の「わたし」からのメッセージによって、好き放題に暮らす最高の幸せと、家族とともに死ねない最大の不幸を享受して、ワクワクドキドキの世界へ僕の心は行っていたのですが、ラストで「あー、僕はどこへも行かないのか―」と究極の絶望を味わってしまいました。このおちょくられる感じ、かなりイラッとしますね。でも花緒さんご自身も自己分析なさっているように、「根性曲がってる感じ」は絶妙に出ていて良いと思います。 (Escape Room)

2018-06-08

まず初めの5行が頭に入ってこず挫折。 ラストから順に初めへと読んでいき、人工知能の悲哀を描いたものだとようやくにして把握。 そうやって最初から読んでいくと、一節、一節がSF映画の設定のように緻密で、悲哀を帯びたラストへと向かっていく。 「人間のように涙を流せる高性能」から始まるラスト3行の美しさは際立ち、秀逸。映画「ブレードランナー」の「暗黒の中に沈む、タンホイザーゲートのオーロラ。それらもすべて想い出とともに消えていく」とのレプリカントのセリフを思い出しました。これは冗談ですが、今度は僕が挫折しない書き出しでお願いします。 (高性能の涙)

2018-06-08

エイクピアさんがあげておられる4行+ラスト1行が、僕としては逆に好みでした。 それだけはいつくばって「探す君」とは、筆者さんにとってどれほど大切な存在か、と思いました。ただ「『からっ風』が吹いたくらいで自殺したらあかんで笑」で冗談紛いに思ったのもたしかです。魅力あるラストへ向けて、この詩の持つ自傷志向に、どれだけ読者を飽きさせないか、長し読み させないかがポイントになるかな、と偉そうにも思ってしまいました。 (狂バイオジカル)

2018-06-08

綺麗な詩ですね。奥田民生さんのいるバンド、ユニコーンの「自転車泥棒」という曲を思い出しました。「三叉路を横切って 燕が飛んでいく」。これだけで「綺麗」じゃないですか。浮かぶ情景が。イメージが。 (すりぬける、今ここ)

2018-06-08

面白くて興味をひくけど、この詩のアプローチに「同意出来ない」と思いました。これは完全に好みの問題で、生理的な問題かもしれません。この詩が持っている主題、メッセージについて扱った、杜さんの詩が他にあれば拝読させていただきたいと思います。 (シゼンのメカニズム)

2018-06-08

良かったです。この詩を読んだ時、あれこれ邪推せずにすむ綺麗な詩だと思いました。疲れるんですよね。あれこれ推測しながら読む詩が掲示板に並んでいると。その中でこの詩は飛び抜けて、「疲れずにすむ美しい詩」だと思いました。以上この詩で一息ついたstereoさんが感想をお届けしました。 (月)

2018-06-08

好きです。リラックスして読めるし、疲れない。ネット詩で凝りに凝ったものを見てると、こういうタイプの詩に少しほっとするところはあります。思想はないとのことなので、より一層それが、読み手のリラックスにつながったのかな、と思います。 (AM3:00)

2018-06-03

「メンヘラが言うようなこと」との最後の皮肉めいた一節で、むしろ全体がぼやけたかな、と生意気にも思ってしまいました。「メンヘラが言うようなこと」を使わずに、メンヘラ的なものへアイロニーをぶつけることも出来たかな、と。序盤から中盤。「全部ヨブ記に書いてあるよ」というフレーズ。好きです。 (fractal)

2018-06-03

綺麗にまとまっていて字面も見ていて心地よい。 僕がシンプルにやりたい詩と同じベクトルを持ってらっしゃるのかな、と思いました。 ですが、あれですね。花緒さんに指摘されていますが、「歌詞っぽい」とは言われてますね。僕もよく言われるんですよ。「歌詞っぽい」笑 (青春)

2018-06-03

僕の一番嫌いなタイプの 「僕(私)はキリスト教徒ではないので」とか 「僕(私)は日本人なので」とかいう前置きのついたコメントが入りそうな詩だな、と思いました。 自分の過ちを悔いて、心の平穏を願うという流れは、 シンプルですけど悪くないと思うので、佐倉さんのもっと違ったタイプの詩も読んでみたいな、と思いました。 (罪と十字架)

2018-06-03

悪くないと思います。 ただ冒頭の「義務的な会話」。 「義務的」という言葉以外になかったのかな、とも思います。 この一節だけ詩の世界ではないような、そんな印象がしました。 (一瞬のきらめき)

2018-06-03

良いと思います。 置かれた状況は、自嘲とか自虐を繰り返したくなるものなのに 「バカと 云ってやったんだ」だけで表現していて、しつこくない。 最後に「バカ」と口にしてしまった自分のやるせなさ、ある種の自己嫌悪が 「ろくでなし」の連呼で表されていて、後味も悪くない。 モチーフは境遇的に見て、辛いものなのに、あっさりとしていて読みやすい。 ご馳走さまでした。 (ろくでなし)

2018-06-03

かるべさん。 コメントありがとうございます。 小劇場での長台詞のような熱。 ありがとうございます。嬉しいです。 ですが、この詩は僕がかなり病んでいた時期に書かれた詩でもあるので、 何だか読んでいて自分が可哀想だなぁ笑 と思いました。 (21st century boy)

2018-05-28

かるべさん。 コメントありがとうございます。 世界観のあるV系。V系は余り好きではないのですが 広義においては、僕の好きな音楽ユニット、ソフトバレエとかも V系に入ると言われるのでそういう印象がしたのかもしれません。 以後より一層の向上を目指します。 (不死なるバビロン)

2018-05-28

まりもさん、コメントありがとうございます! 個人的にはこういう弱者を憐みながら労わる 人生の哀しみを描き出すという詩は好きなのですが 「聖書」の代わりに「古事記」を出してしまったことで軸がぶれてしまったようですね。 コンセプトの整理。以後気をつけます。 (魂のポーター)

2018-05-05

エイクピアさん、コメントありがとうございます! まず犬の死骸がミンチのようになっている様を、実際ご覧になったことがあるということで、その衝撃は深かったのではないかとお察しします。 次に詩の構成が冒頭の文言で見えてくる、という感想。 実はこれは、ある知り合いの詩書きへ送ったメッセージでもあるのです。 あるいは、その詩書きが信奉しているバックボーン、文化的背景へのメッセージと言うべきか。 そのバックボーンが非常に人間味、人間性からかい離した印象がする、という個人的な危惧からもこの詩は出来ています。僕は少なくともそういう価値観から逃れたい、離れたい。自由になりたいという気持ちはあります。その結果が最後の「あの娘へ会いに行く」から「さようなら」へと繋がる流れとなるのです。この詩は投稿しようかどうか迷いましたが、このような感想をいただけて結果的には良かったのではないかと思います。 閲覧ありがとうございました! (花束をのせて)

2018-03-19

miyastorageさん、コメントありがとうございます! 「あの娘」が提供するのは「肉欲」や「冷笑」「悪態」とは無縁の価値観。 その通りです。こう書くととても平凡ですが、「あの娘」に求めるもの、もしくは「あの 娘」から与えられるものは、プラトニックで、精神的な、心理的な充足に近いものです。 冒頭の「愛のないセックス」や「童貞の戯れ言」などの文言は、この話し手である「僕」がそこそこ荒廃した価値観の持ち主であったことの名残です。 「あの娘」のもとへ帰ることで、「表」に還れる。少なくともそのような物語性を、この詩は持っています。 最後の「あの娘」の価値も不確定な要素を持つ、というご指摘。に対しては、話し手の「僕」もそして僕自身も、表に必ず還ると信じてやまないところがあります。未消化な印象がしたのならば、残念な限りです。 何れにしても閲覧と、とても有意義なコメントをありがとうございました! (花束をのせて)

2018-03-19

まりもさん、コメントありがとうございます! 「太陽の」と連呼する行頭のインパクトが強靭。ありがとうございます。これはそれを当然ある程度意識しつつ連呼させた上、出来上がった時、自分でも「インパクトあるなぁ」と思っていたので、そう賛辞をいただけてとても嬉しいです。 次に「トランク」の持つ意味合いについてですが、まず最初に「投げ捨てた」トランクには、身体性があった時代、ネット空間に身を浸していない時代に貯めた、思い出や情報、身体的記憶が入っていたと解釈して間違いないです。続いて二度目に出てくるトランクにはネット上、サイバー空間で培った価値や、積みあげた情報、経験、記憶等が入っています。ですがこれらは時に身体性を持つのが難しいがゆえに、身体性のある現実世界では、仮初めのものとして消え失せる可能性があります。その点の危惧も含めて描きました。 そして太陽の光が届く世界が生者の世界で、届かない領域は死者の空間。とても面白く、興味深い解釈をしてくれてとても嬉しいです。僕は死者と生者とまで強力な差別化を「身体性のある世界」と「それがないサイバー空間」という二つの場所にしなかったのですが、「身体性のない世界」はやはりいつか脆く崩れ落ちる、という感覚を抱いて描いたのはたしかです。 まりもさんのお陰でこの詩の輪郭がより明確になりましたね。 最後に、投稿日が3.11だったことについて。これは僕も熊本大震災を経験しているのですが、3.11の未曾有の災害の前では、人間は余りに非力だった。それこそ小さなサイバー空間で手に入れた力や、また身体性も同様小さきものとして扱われた。「身体性のある世界」と「それが失われた世界」双方とも、無力だった、まさに「神も仏もない」悲惨に見舞われたあの日と投稿が重なったのは偶然ではないかもしれません。過度に震災を意識したものではなかったものの、投稿する日が3.11であるということは無意識化に大きくあり、顕在意識下にも「今日は3.11」かという想いがありました。 長文失礼しました。くわえて日の目をなかなか見なかったこの作品に、光をあてるだけでなく、新たな命でさえ注入したとさえ思えるまりもさんに感謝です。 (太陽の)

2018-03-17

僕が1コメ。 僕はこのセンス好きですよ。 面白いじゃないですか。 意図的に狙って「面白いだろう?」と居丈高にかまえるのと ただ単に読んで「面白い」と感じさせるのは違いますからね。 この詩は後者だと思われます。 偶然とは何と不思議なものか。 いささか平々凡々な言葉で、感想を締めたいと思います (誰かに愛されたいならば)

2018-02-17

Rさん 再度コメントありがとうございます! ピリ辛すら食べられないので からいのは泣く程ツラい。そうなのですね。Rさん。 刺激は良も悪もほどほどにした方がいいのかもしれませんね。 日本語難しい。まさに、です。 (脳内モルヒネ依存症)

2018-02-17

クッキングヒーターさん コメントありがとうございます。ですね。なかなかそういう境地にはたどり着けない生き物です。人間は。 ですが! ただ! クッキングヒーターさんの「誰かに愛されたいならば」を拝見しましたが! 笑ってしまいましたよ。僕は。かなりおかしみ、面白味のある作品だと思いました。いいですね! ああいう「笑える詩」と言うのも。人生とは実はそういう「笑えるもの」なのかもしれません。 (リア王は嘘つき)

2018-02-17

百均様 コメントありがとうございます。長らくこのコメを放置していたのは理由がありまして。どう返していいのかわからない、というのが正直なところでした。 語り手に軽い断絶を感じる。というのは、実はですね。この詩は前半部分は比較的どうでもいいのです。詩にメッセージ性はいらない、という考えをユーモラスに、ギャグにしてみようと思いまして、この前半部分が出来上がりました。だから固定電話についての描写が凡々なのは当たり前なのです。固定電話を鑑賞する様を、さらに一つの鑑賞物(詩)に仕上げようとしただけなのだから、凡々になるのも致しかたなし。この詩において大切なのは最後のメッセージなのです。柔らかく、人あたりよく、聞き手、読み手を労わり、あなたも大切な人を大切にしてね、と仄めかしている。この美しさがこの詩の肝であり、全体のコンセプトを支えるものです。この詩の構成、コンセプト、面白味を少しでも分かっていただけるなら幸いです。 閲覧とコメ、まことにありがとうございました。長文失礼しました。 (白い固定電話)

2018-02-17

Rさん コメントありがとうございます。ラップを彷彿とさせる。その通りです。この詩はラップをたぶんに意識しています。ただラップにするなら、言葉づかいや、チョイスを大部分変えるでしょう。テキストとしてなるべく強い選択をしたのでこの形になりました。 マスカレード(仮面舞踏会)はつらい。まさにそうなんです。が! 実はマスタードはからいと書こうとして間違ったのはここだけの秘密です。 期せずしてできた「仮面舞踏会はつらい」というフレーズも、この詩にピタリとはまってまさに災い転じて福となす、だなと思っております。 (脳内モルヒネ依存症)

2018-02-17

三浦さんコメントありがとうございます。 固定電話らしい凡々な語りとして読める。その通りです。この詩において大切なのは、「だがちょっと待って」以降のパートであり、その切り替えの美しさと面白味でもあるので。トムとジェリーのナレーションについて僕は残念ながら覚えていません。あの作品において文明批判がシニカルに入っていたとは。とても面白そうですね。今度機会があれば、観てみたいと思います。閲覧ありがとうございました。 (白い固定電話)

2018-01-27

沙一さん、コメントありがとうございます。返信遅れました。 対比に可笑しみがあると言っていただけて嬉しいです。この詩はある種のユーモアを交えながら書いたので、そのような感想をいただけて、届く人には届いたんだな、と思っています。「大切な人は友人や家族の類」ではない。その通りです。この詩は「だがちょっと待って」以降のパートのために仕上がったような作品ですので、大切な人は「恋人」と考えて間違いなさそうです。何か一つのことに熱中し、夢中になる余り、大切なことを忘れてしまわないで、というメッセージがこの詩には込められてもいます。綺麗だと思いませんか? 恋人からの電話で話を打ち切り、聞き手の体を気遣うなんて。とてもいい締めくくりだったと思います。閲覧ありがとうございました。 (白い固定電話)

2018-01-27

詩の世界における 「言葉狩り」「表現狩り」について考えていました。この「言葉狩り」「表現狩り」が進めば、詩書きは「ありがとう」とか「おやすみ」、あるいは「どうかお元気で」とかしか言わない、あるいは言わずに済む時が来るのではないかとおぼろに考えていました。 そこへすっと入って来たこの詩。 「指し込む夕暮れの 神さまが……」というくだりが、削りに削った「言葉の跡」を感じさせてとても好きでした。拙作「白い固定電話」もそのような思考が反映されたものです。どうか詩書きたちが「ありがとう」とか「おやすみ」しか言わない時が来ないように。「ものわかりのよい神さま」にお願いして。それでは長文失礼しました。 (さもしいひと)

2018-01-21

夏生さん。初めてコメント致します。とてもシンプルで僕好みだったのでコメントさせていただきました。原石のまま放り出して、惹きこんでいく感覚。繰り返しますが、僕好みです。特に「記憶は都合に合わせて色を変え音を変え」というフレーズを見て、僕の大好きなデイト・オブ・バースという音楽ユニットの「記憶はいつもその色を 思い出すたび変えていく」という詩の一節をも思い出し、なぜかとても嬉しかったです。僕の趣味嗜好だけをお喋りするコメント、ご容赦を。 (白々しく輝く)

2017-12-19

hyakkinn様。コメントありがとうございます。そうなんです。結構東洋的なのです。というよりむしろ東洋的で古風になりがちな要素をいかに、現代風にアレンジするか、という点にこの作品は力が入れられているのです。極道の文脈は実は僕も持っていないんですよ! 和風エンターテイメントの文脈は持っているかもしれません。そこに花緒さんも着目していただいた「エデン」。そして「カインとアベル」といった要素が絡み、作品としての一つの完成形を見たのではないかと、とても満足しています。閲覧とコメ、誠にありがとうございました。 (掌の上には太陽)

2017-12-19

まりもさん。コメントありがとうございます。要所を抑えうまく遊んでいるとのコメ、とても嬉しいです。ありがとうございます。この詩は元々あった土台に、旧約の要素を取り入れて作られています。まず念頭にあった言葉は、「我はカイン」という非常に我の強い響き。これを活かすことから始まりました。結果「我はカイン」というフレーズこそ用いられませんでしたが、カインとアベルの宗教的な物語を上手く取り入れることが出来たのでは、と思っています。 「死んでもらいます」という、まさに「和」を彷彿とさせるセリフから、アルレッキーノへ飛び、まりもさん感じられるところの二ノ・ロータへと移り、最後屏風で美しく「和」に帰る流れ、をしっかりと把握していただけたのは快心であり、とても嬉しく思います。 最後に「太陽と聞いて『太陽がいっぱい』を思い出す」。いいではないですか。僕は「太陽」と言えば「太陽を盗んだ男」を思い出します。何れもインパクトのある作品ですね。これは後付けですが、カインの掌の上に太陽が浮かぶという構図は、天地創造をイメージさせ、カルマに満ちた歴史の始まり、との印象も与えることが出来たのではないかなと、とても気に入っています。 (掌の上には太陽)

2017-12-19

hyakkinn様。コメントありがとうございます。仰る通りです。「幸福になると同時にこのような詩は書けなくなる」。この作品は凄絶な体験、過剰な幸福及び刺激を求めたがための地獄をみたからこそ、「帰結」出来る作品であり、幸せになれば書けるタイプの作品ではありません。だがしかし! かのゲーテは「天才とは青春を何度も体験出来る人間のことである」と仰っています。我々にも青春期特有の冒険、無茶、危険を味わう覚悟が出来ていれば、この種の詩を、形を変えて、また描くことが出来るかとも思いました。 最後に「名前を手に入れて立ち位置…」とのお言葉。名前がなければ、混濁としたこの経験は収束しないとの想いが託されています。閲覧及びコメント、誠にありがとうございました。 (四肢なき体)

2017-12-18

三浦果実様、コメントありがとうございます。この詩は元々「掌の上には惑星」というタイトルで文面も違ったのですが、元の和風情緒の中に旧約聖書の要素を取り入れれれば、より一層深くなるのではないかと、書き直したものです。まずカインが頭に浮かびました。弟殺しのカイン。そうすれば自然に弟アベルも出てくる。そこまできて、果実様が「おおっ」と反応してくださった、「襖の向こうには斜めに傾いたエデン…」が完成したのです。 僕自身「畳の上には『死んでいただきます』の文字、襖の向こうにはエデン」という構図は、カインが人類初めての殺人者だとの聖書上の記述とあわせて考えると、カインとアベルの兄弟が(特にカイン)がエデンから遠く隔絶されている様を描き出すことに成功したのではないかと、とても気に入っています。 宗教画のような重厚さ。僕は元々宗教画の持つ壮大さに憧れていたので、そう思っていただきとても嬉しいです。 最後に「焦点をあるとすれば『エデン』ではないか」とのコメントですが、この詩での焦点はむしろカイン。人類初めての殺人者であるカイン。彼にこの詩は焦点があてられています。そのおぞましさ、恐怖、壮絶さ、残虐性、そして彼の官能性と絶望というものにスポットがあてられているのです。エデンはどこか遠くにある愛募の楽園とでも言うべき位置づけ、甘い官能の場所、とでも言う位置づけです。しかし「エデン」がそれほどこの詩の中で際立っていたのなら、今後の創作に大いに役立ちます。とても貴重なご指摘でした。ありがとうございます。 (掌の上には太陽)

2017-12-15

ふじりゅうさん。コメントありがとうございます。返信遅れてすみません。残虐性がありながら根底にあるものは「人間」。まさしくこの詩で描きたかったのはそれで、職場の上役との対話で「人間悪にも善にも振り切れてはならない」というものがありまして、ニュートラルな状態こそ、幸せの一つなんだなとの思いで書きました。ニュートラルな状態に幸せを見つけ出すのも「人間」の一つの在り方ではないでしょうか。長さに関しましては、たしかに留意した方がよさそうですね。この点、修正して再度どこかで見られるようにしたいです。 (四肢なき体)

2017-12-12

まりもさん、コメントありがとうございます。実はこの詩は、職場の上役の過去話をもとにしたもので、実話の要素が数多く入っています。僕の作品の中では最高傑作の部類に入ると、ある意味ワクワクしながら投稿したのですが、反響が芳しくありませんね。小学生時代の友だちへ向けた深層心理の言葉がカタカナに崩壊する、幻聴に誰もが知るフレーズを用い、新鮮化をはかる、そして現在へ戻っての朝への挨拶など新しい試みをいくつか投入したのですが、盛り込みすぎたかもしれません。取捨選択し、インパクトを保つ。たしかにこの詩が完成形に近づくためには必要なアプローチかもしれません。閲覧とコメ、本当にありがとうございました。 (四肢なき体)

2017-12-07

まりもさん、再度コメントありがとうございます。「新たなシンタックスはエモーションや音楽性…」。僕はその視点に大いに同意します。意味から解放された言葉たちを統合し得る新たな価値観は、よもすれば軽視されがちな「エモーション」や「音楽性」、「巨大なコンセプト」なのかもしれません。それに加えてそうであってほしい、という個人的な願望もあります。言葉を意味から解放したのち、さらにもし「エモーション」や「音楽性」も否定されたり、忌避されたりするのなら、もうそこに物書きの役割はないのではないのかとさえ僕は思います。ちょっと力が入ってしまいました。 (カップリング)

2017-11-12

まりもさん。コメントありがとうございます。「物語性を持つ楽曲のようだ」という感想をいただけてとても嬉しいです。この作品は構成で魅せることに成功している、とも思っていたので。 まりもさんの仰る通り、「カップリング」というタイトルはCD、レコードのいわゆる、古い言い方で言えばB面を意識したものなのですが、実はこのタイトルには現在の現代詩の潮流へのちょっとしたアイロニーめいたものも入っているのです。昔ミュージシャンがカップリングやB面の楽曲で試みていたアプローチは、実験的であったり、アイデアの断片の投影であったり、かなり偏った個人的趣味嗜好の反映であったりもしたのですが、現代詩の流れや特にネット詩の流れが実験的であり、先鋭的であり、一般の方がスーッと入っていける状況になく、それ(CDのカップリング的な一面)に似ているな、との僕の思いからこの作品は制作にとりかかっていたのです。 シングル的な作品(万人受けする、あるいは分かりやすい)詩が軽視される状況にちょっとした警鐘を鳴らすと言えば大げさですが、危惧を覚えたがゆえに作った作品でもあります。ですからこの詩における「シングル」パートでは、まりもさんが指摘された通り、響きや見栄えは良いが、常套句的言い回しや抽象的な言い回しも意識して使っています。もし今一度ご覧になられるならお気づきだと思いますが、「シングル」パートではひたすら「美しい」表現と感情にスポットをあてているのです。これは「カップリング」パートの陰惨な描写とは対を成しています。この対比は構成の妙も手伝って成功したのではないか、とも思います。 最後になりますが「物凄い迫力で読まされた」という感想がいただけて歓びが炸裂したのをお伝えしておきます。この詩は意味が分からない、独りよがり、凡庸、との感想が寄せられる可能性もあった詩でしたので。それでは長文失礼しました。読んでいただきありがとうございました。 (カップリング)

2017-11-12

まりもさん。コメントありがとうございます。「正義というのも厄介」。これもまた仰る通りで、「過剰な善も不気味だが、過剰な悪徳も得にはならない」という、とてもシンプルで明快な話を職場の上役とつい先日したばかりです。何ごとも行き過ぎは良くなく、ニュートラルな状態が良いとの結論をも、短い2時間半ほどの対話で得られました。古人の中には「中庸の美徳」を説いた方も数多くおられますが、これは現代にも大いに通じる考えだと個人的には思います。 「時代の本流から~」の文体の勢いは意識したものでもあるので、賛辞をいただけてとても嬉しいです。 今、作品を距離を置いて読んでみると、「お昼の放送でも~」のくだりは、どこか機械化された神の声にも似ていて、不気味で不穏。それでいながら的を射ているという印象がして、冷たく、乾いていて、とても好きです。 (半身の体の雨降りの午後)

2017-11-09

霜田さん。初めまして。何てシンプルなんでしょうか。でも人はやっぱり心の奥底で幸せなことか、それとも悲しいことにか陽を前にして立ち「偉い」と思うのでしょう。 (夕陽)

2017-11-07

花緒さん。コメントありがとうございます。「フォルムにパンチがある」。 これはBreviewなどで鍛えられました。詩の一節一節、表現の一つ一つが洗練されていればいい。それだけでもないという気持ちが反映された作品でもあります。でも単純に「面白い」という意見、感想をいただけたのは本当に嬉しく思います。最後のまとめ、「君」の言葉。「多様化の時代。お昼の放送では……」のくだりは最後畳みかける印象がして自分でも気に入っています。社会批判の要素も色濃いこの作品を「楽しんで」いただけたというのは、僕の大きな成果です。感謝します。 (半身の体の雨降りの午後)

2017-11-06

tasaki様。コメントありがとうございます。「弱者と強者の関係性について思慮が浅く、そのような問題が起こる」。 実はですね。この一節は、話をした先輩の意見が強く反映されたものでもあります。僕も以前は例えば「フェミニストの過剰防衛」や俗に「障がい者」と呼ばれる人たちの「社会への過剰な反駁」などに違和感を覚えていた時期があります。しかし時が経つにつれてその思いは弱まり、むしろ無くすようにも心がけもしました。そこへ先輩の剥き出しの意見が耳に入ってきて、形にせざるを得なかった、というわけです。 「詩そのものについてのコメではなく」。 いえいえです。何か読み手の反応を喚起できる作品が出来たのなら、それに勝る喜びはありません。では失礼を。 (半身の体の雨降りの午後)

2017-11-06

今一度失礼します。視覚詩的なものに初めて挑戦しましたが、スマホでは文字が読み取れないことが分かりました。もし興味のある方はパソコンで閲覧していたたぎたく存じます。自作へのコメを幾度も失礼しましたm(__)m (半身の体の雨降りの午後)

2017-11-05

この詩に出てくる「私」は僕の親友であり、先輩です。ですから途中の彼の思索は僕とすべて合致するものではありません。 それと「孤立」の「孤」と「無邪気だった」の「っ」が離れていますが、これは無意識的にか意図的にか、「私」の孤立感と欠損する思いを表したものになりました。では失礼を。 (半身の体の雨降りの午後)

2017-11-05

これは、ラストが素晴らしいですね。花緒さん。最後は視覚詩的アプローチで、「自由表現を楽しむに足る奔放さなどない」と視覚詩的アプローチを許容出来るかと、読み手を試してもいる。これはあくまで個人的な好みの問題ですが、僕は視覚詩というのが余り好きではないのです。この詩のラストで、初めて僕に視覚詩が「刺さり」ました。コメ欄にて障碍者の扱い方、描き方について賛否が散見出来ますが、僕はその点には言及しないようにしますね。ただ配慮や気遣いが裏目に出る場合もある。僕も「海江さん」という自作で賛否が出たので。にしても寄せられたコメの数々も読みごたえがある。それだけでもこの詩をあげた価値が皆々様にあったのではないか、とも思います。 (OYO THE FREEDOM)

2017-10-22

花緒さん。コメントありがとうございます。音感が非常に良いとのお言葉ありがとうございます。深みとテキストとしての印象の弱さは、詩の主人公である男の「何も考えてない」との心境を書きあらわしたせいでもあるかと思います。意味、テキストとしての強さを求めると弱いかもしれませんが、サっと読んで、詩の主人公とともに「すべてがどうでもいい」心境にたどり着くと、中々に面白味があると思います。以上投稿後少し時間が経っていたので、自分の詩を客観視もしたステレオさんの返信でした。 (人生のための劇薬)

2017-10-22

まりもさん。 コメントありがとうございます。「腫瘍」という単語が出てきたので、身体的病をやはりイメージさせてしまいましたが、この詩の主人公が病み、荒廃しているのは、むしろ「心」の方です。冒頭の一節は直接的な表現ではなく、心が病んでいることの比喩としてとらえていただくとありがたいです。枯れていく向日葵、個室、といったものも全てその男の内面、心証を表したものです。ですがまりもさんの感想は、病んでいるのが心だろうが身体だろうが、通じるものが多く、自分がいなくなったあとの未来に一票を投じる、という行為の大切さを感じます。この男もやがて希望を見い出すでしょう。その過渡期の描写と言えば、それもまた面白いかもしれません。 (枯れた向日葵)

2017-10-20

「過去を集める男がいた」という冒頭の一節が素晴らしく、最後まで一気に読み上げてしまいました。生きる術を忘れた「男」に対比して、生きる術を知っているはずの「野良犬」が「墓をほじくりそれを晒し者にし」、「薄笑い」を浮かべていることに、どちらの立場になろうとも救いがなく、荒廃が待っているのか、というある種の無常観を感じました。詩全体を覆う一つのディストピア感が、こう言ってよければとても僕好みです。締めの「やがて魂も消え果てた」。恐らくアラメルモさんも「魂」という単語を使うべきか一瞬考えたと思いますが、僕は浮かんだら「魂」は躊躇なく使います。絶望、落胆、悲嘆のある場所には、ある、ないはともかく「魂」という概念、言葉が必要だとも思うのです。以上長文大変失礼しました。 (蒐集家)

2017-10-20

「異層の世」という表現がとにかく素晴らしいし、主観を挟めば僕好みです。この表現によってその後に続く破滅的で、悲壮感のある描写、筆者のテロへの怒りと憎しみが投影された「悪夢」(それだけではないのも充分伝わります)への描写に読み手を惹きこんでいきます。そして最後の一節に出てくる「無音の教室」が平和に見える僕らの母国とそうでない国との対比を表し、表現としてもとても好きです。 「夕焼けが赤く潰しきる」。まさに無常観を強く表していて、締めくくりとしてベストでしょう。 祝儀敷さんの技術、描く対象の幅広さは、初めて会った頃より格段に向上していて、目を見張ります。凄まじい勢いで成長しているのが手に取るように分かります。この難しい素材を「分かりやすく」、ある種「平明」に、描くことが出来たのもその証拠の一つだと僕は思います。 長くなりましたが、最後に(それだけではない)のそれだけではないのは何かについて。それは祝儀敷さんの日常、祝儀敷さんの感覚で言えば、忌々しく延々と続く日常への激情、どうしようもない怒り、無力感も投影されていると、僕は個人的には捉えました。朝から読みやすく、それでいて刺激的な作品をありがとうございました。 (夢覚めて)

2017-10-15

「ノンフィクションにフィクション、もしくは『仮定』」。の誤りでした。 (海江さん。)

2017-07-29

蛾兆ボルカさん。 「贋作」ですか。これは痛烈なご批判をいただきました。人を欺く意図などなくとも、フィクションにノンフィクション、もしくは「仮定」の要素を混ぜた理由でそう仰るのですね。それはまた「詩に嘘を書くということは想像できない」ボルカさんだからでしょう。残念です。ですが同時にボルカさんの心や審美眼を、期せずして、悪戯に左右してしまったのは紛れもなく事実。機会詩ととらえさせてしまったのは僕の落ち度になるでしょう。今後一層の配慮をしたいと思います。 では。 (海江さん。)

2017-07-29

るるりらさん。 コメントありがとうございます。これは「海江さん」なる人物の死を「想定」して書いたものではなく、海江さんを「失ってしまったら」という痛切な気持ちを、その時僕らに残るであろう「想い」を既に書き記しておきたい、忘れる前に。という動機から書かれています。彼の生死をいたずらにもてあそぶ意味合いが一切ないものであるのをご了承いただきたい。加えて「海江さん」の良さを純化して、今彼が生きているうちにしっかりと知っておきたい、という感情が書く動機の一つであり、彼との時間をより大切にしたいという気持ちもあるのです。しかしるるりらさんのような感想を抱かれる方もいらっしゃるのを、心に留めておきたいと思います。 (海江さん。)

2017-07-28

念のため注記しておきますが、この海江さんのモデルは現在もご存命中です。今月亡くなられたある方の死がこの作品を書く、間接的な動機、きっかけともなっており、この詩は、もし海江さんが亡くなられたら、その喪失感を形にしようと常々思っていたアイデアを形にしております。よってこの作品は厳密には機会詩ではありません。しかしモデルの方への愛着は変わらぬものであり、彼が死した場合もなお鮮烈に「残るもの」「残すもの」があるとの感情は偽らざるものです。まず真っ先に明記しておくべきでした。私のコメに不備があったことに謝意を表します。 (海江さん。)

2017-07-28

蛾兆ボルカさん。 賛辞、または勿体ないほどのお言葉をありがとうございます。「何万年もかけて育ったクリスタルのように美しい」。これは純度の高い人生を歩んでこられたモデルの人物の人となりによるところが大きいと思います。機会詩についてのお考え、考察、そしてそこから繋がる僕へのお褒めの言葉。涙がかれても声だけで泣きつづけた人がいる、などの逸話を何度も読み返し、ボルカさんの「詩でも書くしかないよなぁ」との想いに同意しつつ、嬉しく感じました。ありがとうございます。 吉野弘氏の持論は、強力で求心力もあり、もっともだと思われます。この作品においては僕は、言葉を作りませんでした。天使、天国という言葉を用いたのは、「海江さん」なる人物の死の前では、素朴な民間信仰にも似た感慨が芽生え、言葉への考察も、使う単語への慎重さも吹き飛ぶというニュアンスを含めたかったがためです。「海江さん」を失ったあとでは、詩人の、言葉への敏感ささえ無力であるかもしれない。そんな余白、余韻を作るために、天使、天国という言葉を用いました。「天使という言葉の運命のひとつだ」とのボルカさんの印象深いコメントを、心に留めおきつつ、返信を締めたいと思います。ありがとうございました。 (海江さん。)

2017-07-28

花緒さん。 コメントありがとうございます。まず「この作品に力が宿っているから」「書きすぎていない感じが優れている」等の賛辞に感謝します。これも一重にモデルとなった人物の力強さ、そしてある種の魅力によるところも大きいと思います。では「弱い人間の死を題材にすることがイージーではないかとのツッコミも当然あり得る」とのご指南ですが、実は私は、この「海江さん」なる人物のモデルとなった方を「弱い人間」とは微塵も捉えていないのです。モデルの人物は、この詩の序盤に描かれたビハインドとも取れる要素を覆すほどのエネルギーに満ちており、誰にも負けない芯を持っておられます。それこそ私にとっては彼のビハインドなど「関係ない」のです。私はこの詩で「海江さん」なる人物の死してなお「残る部分」をあぶり出し、描きたかったのです。ただ花緒さんのご指南にあるように「紋切型ではないか」との解釈も充分にあり得るという点を心に留めておきたいと思います。ありがとうございました。 (海江さん。)

2017-07-28

竜野欠伸さん。 今一度コメントありがとうございます。フレームワークやらフィールドワークが隠れていると、考えた方が現実味がある。なるほど。いつか遠くない内にこれらのモチーフを詩に。楽しみにしていますね。問題意識としてのきっかけを。いえいえです。 (海江さん。)

2017-07-27

竜野欠伸さん。 コメントありがとうございます。肯定的に捉えるとして。の文面、感想、つまりは反応こそ僕が求めていたものであります。僕は海江さんのヒューマンな側面にひたすらスポットをあてたかったのです。 一方否定的に捉えるとして。の文面は、少し悲しくもありました。軽薄に見えなくもない。残念です。海江さんへの愛着と愛情を淡々と書き記すことで奥行きが出るとも考えていたので。 最後になりますが、この海江さんなる人物。「障がいを持った人物」としては描いてはいないのです。そう捉えられたとしたらまた一つ残念でなりません。海江さんは、障がい云々の前に一人の愛すべき人間であるということを書きたかった。伝わらなかったとしたら、僕の実力不足です。残念でなりません。 (海江さん。)

2017-07-27

まりもさん、コメントありがとうございます。 「『僕』が自分の感性に素直であり続けたから、なのでしょう」。その通りです。加えてこの詩に出てくる「僕」は、多分に自分自身が投影されているものの、僕そのものではないのです。だからこそ「彼の方」、「僕の方」と双方距離を置く表現を使ったのです。「僕」でありながら「僕自身」ではない。「彼」も「彼のモデル」そのものではない。この詩では、そういう少し倒錯した表現方法が使われています。ノンフィクションに近い空想詩ともいえるかもしれません。まりもさんのコメントで気づくところ多々ありました。ありがとうございます。 (愛)

2017-07-23

角田さん、コメントありがとうございます! 元ネタは、実はザイエローモンキーの吉井和哉さんなんです。吉井和哉さんがイギリスのとても有名な楽曲をカバーしたことから、この詩は始まっています。吉井さんなら「リスキー」がかなり大切なキーワードになることがお分かりいただけると思います。 エルトン・ジョンさんでそのような歌があるのですね。調べて早速聴いてみます! (愛)

2017-07-16

まりもさん。 コメントありがとうございます。一つ一つの指摘がとても参考になりました。「さえ」の連呼は僕の気づかなかったミスです。この詩は僕の心のケアのために書いた詩でもあるので、思う所数多くあったと思います。この詩については「そっとしておいてください」という部分も少しあり笑 物足りなくもあったでしょう。筆者の癒しのため、であったととらえていただけると少し助かります。読者と並走する詩。気をつけて書いてみますね。 (夜間飛行)

2017-07-02

蛾兆ボルカ さん。 ご拝読ありがとうございます。ボルカさんは天才美少年に萌を感じる質なのですね。僕も描写する対象として、とても興味があり、好きです。天才美少年。「デカルト少年に感じる萌要素」。そこまで感じてもらえてとても嬉しいです。今度は内面に踏み込んでみると、より面白くなるかもしれません。チャレンジしてみます。 (内省モラトリアム)

2017-07-02

まりもさん。 コメントありがとうございます。「内省モラトリアム、そのものの中に入り込んで…」 本当ですね。「内省モラトリアム」の要素を持つ青年の内側を描写したらまったく違う詩になっていたでしょう。深みも出たし、まりもさんの仰る「もどかしさ」も避けられたかもしれません。「どんな風景が…」。そこを描けば、ポップスではなく、ある意味クラシカルな作品になっていたことでしょう。ありがとうございました。 (内省モラトリアム)

2017-07-02

造形する手つき以上のものは感じられなかった。残念です。たしかにこの詩は「内省モラトリアム」という言葉を使いたいがために作ったようなものなので致し方ないかもしれません。自分でも手慣れた調子でインスタントに作ったものでもあるので。精進します! (内省モラトリアム)

2017-06-23

三浦果実様。そうなんですね。一月につき二作品まで。了解しました。素晴らしかったですか! ありがとうございます! スカッとなされてとても嬉しいです。それではおやすみなさいませ。 (バカボンのパパの天才性)

2017-05-23

朝顔さん。  ありがとうございます! 最高でしたか! 嬉しいです。  これはこのサイトとこのサイトに載っている詩の傾向を見てみて  自分自身の詩の型へのアンチテーゼとして書いたものです。朝顔さんに初めて褒められました。ありがとうございます。 (バカボンのパパの天才性)

2017-05-23

三浦果実様。ありがとうございます。幼さと素朴さ。そうなんですね。当方相当年を経ているのですが。 語り過ぎとか、歌詞のような詩、というのは現代詩ではむしろマイナス評価になるらしい! ということをこのサイトで知りました。 またこの詩のアンチでもある、またまた語り過ぎな「バカボンのパパの天才性」という詩も今しがた投稿しましたので、そちらもよろしくお願いします。 (今日も周るよ 地球は大爆発)

2017-05-23