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四肢なき体   

作成日時 2017-12-01
コメント日時 2017-12-18

開演 ダイヤの瞳と光沢の黒髪 四肢なき体で欲情に仕える女は奥深き地の奥へ 女の血の流れは愛しく 彼女の口に注ぎ込まれるのは暗澹 上海の灯がその光景を照らし 僕の心は彷徨い始める 飲み干す果実酒の その絶望の底に潜み込む僕の叫びよ 月を射貫けと憎悪まじりで口にする 唇を噛んで咽喉に流し込む酒が僕の本心を暴き出していく よろめきながら  駆け巡る情動 僕はこんな場所にいたくはなかった僕がこんなもの求めるものか僕はこんな陰惨なんて欲しくはなかった 僕はただ抜け出したかっただけだ退屈な日常退屈な日々から逃げ出したかっただけだその結果がこの有様だ 僕は膝から崩れケタケタと笑い声をあげるだけだ僕は狂ってる僕はおかしい僕は阿呆だあんな悲劇を目にしたその日に酒をあおり酔いつぶれるなんて嘔吐嘔吐だ僕の人生そのものが唾棄すべきもの反吐そのものだ 僕の流浪は止まない頭がおかしい僕は一体何が欲しくてこんな世界に迷い込んだのだろう僕は人を右から左へ動かして富を得て蓄財するだけの人間だ何の生産性もない地球のゴミだ屑だ寄生虫だ吐き気がする目眩と酩酊で今にも膝から崩れ落ちそうだ僕はこんなものを!こんな美しさが踏みにじられる場所、人に出会いたかったわけじゃない僕が求めていたのは何だ僕が心底から欲していたものはなんだ問え問え問え答えが出るなら答えてみろこのひねくれ者の能無しめ僕は空無にとらわれて虚脱し気づいたらただ顔面を覆い尽くし泣いていた どこからか幻聴メイタ神の声が聞こえる神の声は僕を連れ出すように右のこめかみにメッセージを打ち込んでくる幻聴は酔いのまわりのせいか僕の神経が破綻したせいか分からないだが淡々と僕のぶんみゃくろじっくをほうかいせさせて!くる! 「青春 それは君が 見た 光 僕が見た 希望 青春 それは 触れあいの心 触れあいが見た希望」 「この木 何の木 気になる木 見たこともない木ですから 見たこともない 花が咲くでしょう」 「みんなの東池に 考える葦が 芽吹いている 芽吹いている 芽吹いてガタッガタッガタッガタガタ」 最後は地盤が崩れ落ちる音だ その音とともに聞こえる神の声は僕の小学生の頃の校歌だ それはよく覚えている それはとても良く覚えてるい るい るい 何だ? ロレツが回らない 僕は本当にキチガイになってしまったのか? 「ラジオ体操第一よーい! まずは背伸びの運動から! チャンチャンチャンチャン♪」 「あんあんあんとっても大好き ドラえーもん」 「あー あー ああん ああん おうふ! ファック!」 長閑な幼年期の思い出 規則正しい生活の声 音 ざわめきが いつの間にか僕をかき乱し 僕の人生を踏みにじった官能の声に変わる 女性の官能の声 そして僕の耳に届くのは四肢なき体の女の声 この夜に言葉を交わした女の声だ 「私は日本から連れられてきました さらわれて 連れられて そして性の道具に 四肢をもがれて そして性の道具に」 あーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!! 僕は期せずして目頭を押さえると絶叫して叫んでいた その僕に語りかける声 それは小六の頃の友達「ざわっち」の声だ 「俺たちさ 何か意味のあることをやろうぜ 何か意味のあることを 『有意義な』って奴?」 あの時は僕らには光があった未来があった希望があった でも! こうなった! 意味のある日々を追いかけた挙句がこのザマだ 僕は気づいたら口から零していた それはざわっちに向けた幼年期の僕の深層心理だったのかもしれない 「ボクラハズットシンユウデハイラレナイダロウネ」 「ボクハコレカラモットミニククザンコクデキタナイセカイヲミニイクダロウカラ」 「それは君とて同じことだ」 それだからか! それだからか! 何だこの有様は! この体たらくは! そこには喜びも幸せも分かちあう友情もない そこにあるのは悲嘆と嗚咽 それだけだ 長い泥酔と落胆 失意のあと僕は真っ白な拘禁室に収容されていた 初めて見る白い天井 部屋の外のぼんやりとした足音 看護師らしき人の声が聞こえる そこは どうやら病院のようだ 僕の腹部に激痛が走る 慌てて抑えるとそこには 僕の右脇腹にはナイフの深い 深い 刺し傷があった 「僕は誰かに刺されたらしい」 僕は立ち上がり病室を歩く そして気づいたんだ その時 僕の悪夢が終わりを告げたのを 未来へ舞い戻る 現実へ 今現在に 僕は舞い戻る 「おはようございます! お疲れさまです!」  「はい お疲れです ありがとう」 「おやすみなさい! いい夢を!」 「ありがとう 君もいい夢を」 僕はあの日 あの時から20年の月日が経っているのを知る 僕から過去の亡霊は消え去り 遠のいていた 穏やかな日常が僕の心と体を取り巻いている 平和 平凡 普通 それこそが最も得難い財産だと今の僕は知っている 朝陽が照らす仕事場で僕は部下と話をし 言葉を交わす 「上司の過去話は面白味がありますね 僕が詩に起こしますよ」 「タイトルは?」 「タイトルは……『四肢なき体』です」 瞬間 浄化される魂 心 思い出 僕はただ一人煙草をくゆらせて 青空を臨んでいた 閉幕 赤い記憶を蹴り 心を取り戻す 映写機が映す 若き日の思い出は 遥かな草原の彼方へ 去りゆく 満たされて行く 金色の半生と光り輝く夢 救済のその先に 静けさが僕を待っている あの白い空の果てに 振り返る今 そこには職場の仲間が 僕は今 幸せを掴もうとしている


項目全期間(2019/09/18現在)投稿後10日間
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2019/09/18 00時16分28秒現在
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コメント数(6)
まりも (2017-12-06):

〈長い泥酔と落胆 失意のあと僕は真っ白な拘禁室に収容されていた〉 この前半の‟混乱”が、苛まれていた悪夢、ということになるのでしょうけれども・・・ 冒頭のエロティックで暴力的な(被虐的な)女体のイメージは、劉邦の妻、呂雉が側室の戚夫人への暴虐を想起しました。 戚夫人が被った悲惨や苦悩と、現実社会で語り手の〈僕〉が被った悲惨とがオーバーラップされている、ということになるのでしょうけれども・・・若干、勢いで詰め込み過ぎたのでは?という印象も受けました。 幻聴や幻覚のイメージを、乱雑さを保ちながら、ある程度取捨選択して、しかもインパクトのある描写にしていくには、どうすればいいのか・・・私自身の課題としても、考えてみたいと思います。推敲の仕方の問題、と言えばよいかもしれません。

stereotype2085 (2017-12-07):

まりもさん、コメントありがとうございます。実はこの詩は、職場の上役の過去話をもとにしたもので、実話の要素が数多く入っています。僕の作品の中では最高傑作の部類に入ると、ある意味ワクワクしながら投稿したのですが、反響が芳しくありませんね。小学生時代の友だちへ向けた深層心理の言葉がカタカナに崩壊する、幻聴に誰もが知るフレーズを用い、新鮮化をはかる、そして現在へ戻っての朝への挨拶など新しい試みをいくつか投入したのですが、盛り込みすぎたかもしれません。取捨選択し、インパクトを保つ。たしかにこの詩が完成形に近づくためには必要なアプローチかもしれません。閲覧とコメ、本当にありがとうございました。

ふじりゅう (2017-12-07):

拝見致しました。 流れるように読んでいきました。この詩に取り巻くものは残虐性だと、最初は感じます。しかし、その根底にあるものは「人間」というものだと感じました。ただただ人間の有り様を、あえて捻じ曲げて表現しているようにも思われます。 その作風は引き込まれる何かを感じました。中盤の心の巡りを表した部分では、句読点をしれないことによって感情が複雑に絡んだ様子を表しています。割とありふれた表現方法ではありますが、この部分はうまく纏まっていると思いました。 隠喩、思想、感情、そして唐突に現実へと切り替わる流れも、はっとさせられました。終わり方は安堵するような終わり方だと思いました。 ただ、同じくやはり少し長いような気もしました。前半後半の流れで文を推敲し、文をピタッとまとめさせればもっとよいのかもしれません。

stereotype2085 (2017-12-12):

ふじりゅうさん。コメントありがとうございます。返信遅れてすみません。残虐性がありながら根底にあるものは「人間」。まさしくこの詩で描きたかったのはそれで、職場の上役との対話で「人間悪にも善にも振り切れてはならない」というものがありまして、ニュートラルな状態こそ、幸せの一つなんだなとの思いで書きました。ニュートラルな状態に幸せを見つけ出すのも「人間」の一つの在り方ではないでしょうか。長さに関しましては、たしかに留意した方がよさそうですね。この点、修正して再度どこかで見られるようにしたいです。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-12-17):

過剰であり、劇的ですね。という事を思いました。溢れて溢れて溢れて、その先に題名という「名前」を手に入れるという事によって立ち位置を手に入れるみたいな感じです。 詩に出来ると安心しますよね。だから幸福になると同時に、このような詩は書けなくなるのかなと思いました。

stereotype2085 (2017-12-18):

hyakkinn様。コメントありがとうございます。仰る通りです。「幸福になると同時にこのような詩は書けなくなる」。この作品は凄絶な体験、過剰な幸福及び刺激を求めたがための地獄をみたからこそ、「帰結」出来る作品であり、幸せになれば書けるタイプの作品ではありません。だがしかし! かのゲーテは「天才とは青春を何度も体験出来る人間のことである」と仰っています。我々にも青春期特有の冒険、無茶、危険を味わう覚悟が出来ていれば、この種の詩を、形を変えて、また描くことが出来るかとも思いました。 最後に「名前を手に入れて立ち位置…」とのお言葉。名前がなければ、混濁としたこの経験は収束しないとの想いが託されています。閲覧及びコメント、誠にありがとうございました。

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