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皇居正門の真下で   

作成日時 2019-07-06
コメント日時 2019-07-19

無情な坊主がうそぶく。 「今生の御姿なぞ、蝉の抜け殻にさえ及ばぬ代物で」 手練れの素浪人は、丸腰の男を決して斬りはしない。 立ち眩みをして試験管の向こう側に見えるは、炎天下の情欲。 遊女上がりの女は、穢れも清さも知らぬ舌を噛み 「愛してくれますか?」なんて呪詛を投げかけては哄笑。 芭蕉の写し絵は、因業を燃やし尽くす焚き火の中に放り込まれ 廃屋に捨て置かれたままの雑穀とともに炎上しておりまして。 貴族崩れの女は、清涼殿の寝所に忍び込むも叩き出されて 「愛してくれますか?」なんて呪怨を放り投げては高笑い。 琵琶法師は念仏めいて高らかに歌い上げている。 「こと切れた御神の今際の言葉は 『皇子は背信、裏切り者』」 人生は隠れみの。決して真の姿を知り得はしない。 遠く、近く、離れては寄り添い、見え隠れするは あざとい人の心と常世の無慈悲。 酩酊してフラスコのあちら側で我を覗き込むは、燃えさかる夏日の扇情。 皇族を追われた女は、甘みも苦みも知り尽くした眼差しで 「愛してくれますか?」なんて怨嗟を投げかけては狂乱。 まっことこの世の美醜は、胸を刺す非情の物語でありまして 欠けも錆びれもしない名刀を振りかざす男よ。 廃墟と女子供の屍を踏みしめてどこへ行く。


項目全期間(2019/07/20現在)投稿後10日間
叙情性30
前衛性11
可読性31
エンタメ11
技巧53
音韻00
構成00
総合ポイント136
 平均値  中央値 
叙情性10
前衛性0.30
可読性11
 エンタメ0.30
技巧1.72
音韻00
構成00
総合4.34
閲覧指数:963.5
2019/07/20 14時29分49秒現在
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コメント数(7)
るるりら (2019-07-08):

こんにちは わたしがこの詩から受けたイメージは黄泉の国で 魑魅魍魎となって 様々な霊が混然一体になろうとしたり、 一体化することを拒みながら 彷徨っている様々な霊というイメージを 得ました。 全体的に古い時代の霊ばかりなのですが、 なぜか「試験管」と「フラスコ」だけが 妙に近代的です。 そこからなぜか 私は、勝手な妄想をいだいたので、ご紹介してみます。 この詩にでてくる様々な人々よりも 実はもっとも重要な人物は、現代人であり。 その人物は試験管を片手に様々な実験を行っています。 過去の遺物からDNAを検出して、掛け合わそうとしているふとどきの現代人が この詩の中には存在しているというのが、わたしの勝手な読みです。自由な読みをしてしまいました。失礼してしまったかもしれません。そのときは、ごめんなさい。

stereotype2085 (2019-07-08):

るるりらさん、コメントありがとうございます! そうなんですよ。試験管とフラスコは意図的に現代の要素として入れたものなんです。この詩には、主に詩で読まれている世界と、実際に読み手や話者が存在している世界の二つの世界があるんです。読み手や話者は試験管やフラスコの向こう側に、無常の世界を(るるりらさんいうところの黄泉の国)を見ているのであって、その場所とリンクするように常世の無慈悲や無情を体感しているのです。だがしかし!るるりらさんの仰る過去の遺物からDNAを検出して掛け合わせようとする、ふとどきの現代人というのもかなり面白いですね。僕としては理系の男が数式通りにならない世界をかいま見て驚愕している、くらいのイメージだったのですが。この詩に更なる面白味、深みが出ました。ありがとうございます。

渡辺八畳@祝儀敷 (2019-07-09):

さまざまな設定で詩を書こうという意気込みを感じられて、それはとても良いと思います。 ステレオ氏の使用する語句はどの詩でも主張が激しく、それらが上手く組み合わされば絶大な力を発揮する。「2019年の花魁。沖縄にて」(https://www.breview.org/keijiban/?id=2286)なんかはその好例だし、今でも良作だと思う。しかし花魁と比べてしまうと、今作は及ばないなあとあう印象。なんだろう、例えるならばステレオ氏の使用語句はどれも石。それを高く積み上げるにはやはり石と石をくっつけるボンド(=主張が激しい語句と語句を繋げてくれる部分)が必要。ときたま石の微妙な凹凸がうまくかみ合わさってものすごい塔ができることもあるが、そうでない場合は積み上げられない。 潔くボンドを使うか、凹凸を見極める目を磨くか。大作ができるのは後者だが良作を量産できるのは前者。

stereotype2085 (2019-07-09):

渡辺さん、コメントありがとうございます!そうなんですよね。渡辺さんから度々指摘されていますが、私は口語ではなかなか使わないような難解な語句をつい使い、それを繋げてしまう。それが渡辺さんの「主張が激しい語句」の衝突のようなものを生んでしまう。今回はそれが如実に出たなと。そしてポイント及びコメ数にも反映されている。加えて作品の質にも。ふじりゅう氏のキャスで取り上げてもらった際、読み手がつまずく部分があったのもしっかりと認識しております。次作以降にその反省点は大いにと活かされるでしょう。話は変わりますが椎名林檎さん、彼女は小難しい語句を使ったり、話し言葉でよく使う語句を用いたりしてそのバランスがとてもいい。今作は彼女のように「かぶいて」みたいという意識と、以前から作りたかった世界観を合わせた作品ですが、やはり「衝突」という事態は免れなかった。さてそこで解決策を二つ渡辺さんから提示されていますが、どちらも例えが分かりやすく参考にしやすいものでした。私はまず難解な語句の崩し=分かりやすい言葉への入れ替えをするでしょう。石をまず軽石にしたり、別の素材に変えたりすることですね。それを渡辺さんはボンドを使ったと捉えるかもしれませんが、あくまで作品の軽量化を図ったと考えていただければ幸いです。私自身も考えていたテーマ、改善案についてとてもタイムリーなご指摘を改めてありがとうございました。 追記・「2019年の花魁。沖縄にて」。本当にいい作品ですよね。手前味噌ですが、笑えるくらい私もそう思います。

黒髪 (2019-07-12):

雄弁で凝縮された言葉と、独特な切れ味をもった、さらりとした味わい、とてもユニークで、 おもしろかったです。コメントに書いてあったように、「かぶいて」みたい、という、通りに、 歌舞伎の味わいがあります。たくさんの、目を引く言葉があると思いました──「舌を噛み」 「芭蕉の写し絵」「廃屋に捨て置かれたままの雑穀とともに炎上」「高笑い」。語彙を 豊かに持っておられます。あと、なぜか読者や世の中に対して、優しい気持ち、否定しない気持ちが、 肯定する気持ちが、あるように感じられました。それは、現実を否定してしまうような人へも、 届くような、意図が、あると思いました。上質の表現が必ず生むであろうところの、正の側面と、 それを裏支えする、放り出さない凧あげの糸のように作品を手引きするもの、つまり、正と支えで はったりを回避しながら、作の欲望に一人遊離していかないということが、安心と前進を、体験させるようであって、 それが記憶に残って、回り続ける感じ、衛藤ヒロユキの『魔法陣グルグル』なんかに似たものを僕は 感じました。

stereotype2085 (2019-07-18):

黒髪さん、コメントありがとうございます! 返信遅れました。優しい気持ち、肯定感、否定しない気持ちがあるとのこと。そうですね。僕はどれほど地獄の底に落ちてしまった人間でも救い出したい、情状をくみ取ってやりたいという気持ちがあるのです。それが黒髪さんの印象につながったのでしょう。現実否定する人にも届けたい気持ちは当然あります。それは強くありますね。出来れば否定的な人の気持ちを変えて差し上げたいという想いもあるのですが、それは中々出来ませんね。人は変わらないし、変えられないものでしょうから。そんな想いが次作には反映されると思います。「魔法陣グルグル」は恥ずかしながら存じ上げませんが、上質の表現とのお言葉嬉しく思います。それと今、新作詩を書いていたのですが、詩はやはり産まれるものであり、作るものではないのだなと実感しております。そういう意味でこの作品を作り得た時はこのような慈しみに満ちた心境だったのであり、それを表現したい、そして自分も救われたいという気持ちだったのでしょう。長くなりましたが、好意的なコメント、本当にありがとうございました。

仲程 (2019-07-19):

うまい雰囲気だなぁ、と思いました。 欲を言えば、試験管とフラスコでもう少し違う世界が、もう少し強く出てこないかなぁ、と感じました。好みの話ですが。

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