渡辺八畳@祝儀敷

投稿作品数: 43 コメント数: 627プロフィール: 起きて半畳寝て一畳。漫画も描くサブカル系詩人。時々サークル「自然体同好会」にて二次創作漫画で東方とか/現代詩投稿サイトB-REVIEW 運営→@breviewofficial/2018『詩と思想』現代詩の新鋭/第1回福島県現代詩集賞受賞【原稿や作詞などのお仕事依頼は随時受付中】bot→@8jopoembot

投稿作品

妻の夫

2017-02-22

夕陽に顔面

2017-03-23

かぐやの涙

2017-05-03

氷の女王

2017-07-31

裏路地

2017-08-14

受験勉強

2017-10-03

夢覚めて

2017-10-15

2018-03-03

天と地

2018-07-02

ぱらいそ

2018-08-29

わが子

2018-09-16

ころして君

2018-10-15

遺影

2018-10-22

コメント

私のところにnoresponse@breview.main.jpからメール来ましたよ 「薔薇の夜話2018」のやつですよね ただアドレスがアドレスなので返信ができませんでした。 550 relaying denied by recipient not exist of check_relay_rcpt plugin って理由らしい。リモートサーバーが正しく設定されてないとか。結局送信オンリーってこと。文面に返信用アドレスとか載せないとですね。 あとこれ書いてて思ったのは、コメント入力欄の文字大きいですね。一列12文字しか入らない。 (《雑談/議論/自己紹介スペース》)

2018-03-02

加え、ちょっと流石にコメント増えてスクロールきついのでスペースpart2作ってほしいです (《雑談/議論/自己紹介スペース》)

2018-03-02

どうも、19日ぶりに戻って参りました渡辺八畳です。はじめに、拙作「妻の夫」に数々のコメントならび賞を贈ってくださりありがとうございます。 遅くなりましたが皆様のコメントに返信を行おうかと思います。 三浦果実さん 妻がのほほーん、という読みは驚かされました。そっかそういう読みもあるか。カマドウマはもとこさんが書かれているよう通称便所コオロギな、あんまかわいい虫ではないですね。漢字で書くと竈馬、炊事場が土間にある時代にはよくそこに現れていたようです。 福島の喜多方市でビエンナーレ(2年に1度催される芸術イベント)でヤノベケンジという美術家の作品が蔵の中に展示されたことがあったのですが (参考画像 http://blog.goo.ne.jp/kdsjag7p/e/718c232de82e4a2916aef94a2bf3977a/?img=ec39571a0db9c4330e5dfd4558668e83) その壁にカマドウマがびっしり止まっていたのは今でも覚えています。 (妻の夫)

2017-03-13

もとこさん 山上たつひこですか、気にはなっている漫画家です。いつか読んでみたいなと。あの時代の漫画家はメジャー性とアングラ性がほどよく同居していますよな。 コメント後半にある疑問ですが、書いた私にもわかりません。理由は後の私のコメントで。 澤あづささん シュールナンセンスに対しての厳しい判断基準をこの作品はクリアできたというのなら光栄です。 夫のイメージとしてはまさにコメントの通りです。女は夫が死んでも割とピンピンしていますが、男は妻が死ぬと一気にボケる弱いイキモンです。 私は蛭子能収の漫画が大好きで影響も多く受けているのですが、彼の漫画は時にギャグ漫画と紹介されるんですよね。区分で言えば本当は不条理漫画なのですが。 んで思うのは、ツッコミ(いかにボケの行動が世間常識と離れているかの説明役)が不在なギャグが不条理なのではないかと。吉田戦車や和田ラジヲ、相原コージといった漫画家はかつて不条理ギャグと呼ばれていましたし。イギリスのコントグループ「モンティ・パイソン」のネタもギャグとシュールの中間みたいなもんですし。(おすすめのネタは「哲学者サッカー」https://www.youtube.com/watch?v=N7MlY56Gj3Y) ですので、ギャグという解釈は外れてはいないと思います。 hyakkinnさん 「妻の夫」という題はその通り妻に対して従属関係な夫を表すためのものです。男ってよええなぁ。かつての島田紳助も男が女に勝てるのは腕力だけでそれ以外は負けると言っていました。 (妻の夫)

2017-03-13

Kolyaさん、天才詩人さん そのスカイプを是非とも拝聴してみたかったですね。 私はサザエさんが火曜日にもやっていた時代や黒電話が現役の時代というは全く知らないです。だからこそ未知なものある種のファンタジーなものとして主題化したくなるってのはあるかもしれませんね。度々起こる大正・昭和モダンブームも、古いものだからいいってわけでなくそれにハマる人はモダンを新しい様式として享受しようとしているわけですし。ある年代からは古びた既知でもほかの年代からすれば全くの未知であったりします。 巨大なカマドウマのイメージは自己分析すれば『涼宮ハルヒの憂鬱』からなのかなぁと考えています。ただ画的なイメージはハルヒでも、そこに纏われている雰囲気はまた別のところから。ハルヒには諸星大二郎のオマージュがあるっていうのは割と有名な話ですが、カマドウマの雰囲気はそういったオマージュ元の怪奇物由来でしょうか。諸星大二郎もジャンプに描いていたことがありますし。 実は私自身、結構オマージュ、しかも詩の方向性と全く関係ないオマージュをよくするんですよ。某詩誌の投稿欄に載った自作詩編にはネットのホモコピペネタ(http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%82%A4%E3%82%B5%E3%82%AD%E3%81%8A%E3%81%98%E3%81%95%E3%82%93)を無駄に忍び込ませていたのですが、まぁー誰も気づきませんよね。例えば久米田康治漫画のコマ端に描かれる小ネタのよう、分かる人が見ればクスッと笑ってしまう分かんない人はスルーして終わりっていう仕掛けは、詩の主題に影響を及ぼさない限りはやっていきたいなと思っています。 妻のモノトーン化は意図した方向性ですが、さらに一ひねりですか。考えてみます。 鈴木海飛さん つげ義春の漫画は『無能の人』と主要短編(小学館から出ている二冊の文庫本)は読んだことがあります。私のベストは「紅い花」ですね。 ガロは私も大好きです。以前はガロの後継誌のアックスに漫画を投稿していました。現在は投稿も購読もやめていますが。しばらくしたら詩と漫画を合わせた作品を描いてまた投稿したいなと思っています。 小林銅蟲という漫画家が小笠原鳥類の詩をコミカライズしたもの(http://www.mangaku-seika.jp/comic/detail.asp?work_id=89)はありますが、テキストと画があまり上手く合わさってはいませんね。いっそはじめにテキストのみで詩を載っけて提示してその後に文字無しで漫画を描いたらどうなるか、ってまぁそれは余談ですが。 漫画という経緯があるため自分の詩作において映像性は重視しています。映像の具現化がはじまってしまったのなら作者としてはしてやったりです。 (妻の夫)

2017-03-13

各連のイメージが絶妙なバランスで関係しあっていると思った。意味がわからなくならない手前の暗喩が一番読んでいて気持ちよい (セパレータ)

2017-03-18

上にも書かれていますが、若い詩風だなと私も感じました。 「分裂して分裂して分裂して分裂分裂分裂分裂分裂」は繊細だからこそ自壊してしまう若年者の様が出ていますが、ならばもっと徹底的にここで壊れてしまってもいいかも。んでその後はしれっともとに戻っている。 (プレパラートフレーズ)

2017-03-13

第一連の「川」の字がいい具合に間隔を持っていて升目に水が流れているようにも見える。日本のコンクリートポエムの代表である新国誠一の詩にも川と州の字を使った作品があったなと思いだした。 また四連目はそこそこ密度のある「会」の字が一文字目に並びながらも三行目だけはぽーんとそれが抜けていてこれもまた視覚的な面白さを感じた。 ただ、これは作者の意図して行ったものでは無いだろうとはわかる。であったならば他の連もそういった仕掛けが施されているはずだ。詩の内容自体は深みを見出せない、書かれている綺麗な語句の意味しか感じないが、述べたよう視覚的な面白さはそこに感じた。 文意をわざと崩して、全行に対し第一連のように「川」の字を入れても、それこそ 死んだ川母を探すけれど あ川まりに広川くて 歩き続けていると 川どっと疲川れてきて みたいな感じでやってしまっても面白いかなと勝手ながら思った。 (三途の川)

2017-03-15

花緒さん 題名は確信犯(誤用)です。 題名は罠です。普段私の詩風の作品は読まない層をこれでおびき寄せて、本文で捕食します。 ストロベリーソングオーケストラという寺山修司や江戸川乱歩的な世界観のパンクバンドがいるのですが、このバンド名は名前は可愛いけど実際(ライブ等)は怖いという「悪徳商法・詐欺まがい」な命名理由でつけられたものです。私のキスチョコもこれに近いですね。 (kissはチョコの味)

2017-03-18

まりもさん 私としてはこの詩は「ホラー路線」なんですよね。経緯は省きますが、詩という形式は恐怖を演出するには好適ではないだろうかと思ったのが始まりです。 「怪談新耳袋」というテレビドラマを知っていますか。同名の書籍を映像化したものなのですが、1話が5分の尺しかないんですよ。なので怪異の理由などはまず言及されず、怪異がただ現象としてあるだけで、それがパッとはじまり脈略無く終わる。 そこに論理性は無いんですよ。でもそれこそがホラーだと思うんですよ。正体不明だからこそ恐怖であって、むしろ結果に原因を求めるのは人間が恐怖に打ち勝つために得た武器でしかない。闇はその先が見えないからこそ恐怖の対象足りえる。 そのため、魔女はあえて肩透かしな感じにしました。盛り上がり方が綺麗な右肩上がりなのは人工的なにおいがしてしまうかなぁと。多分実際に恐怖体験に遭遇した時って、その時の現象の展開の仕方は小説とは全く違った、脈略では測れないものだと思うのですよ。だからこそそれが上手く表現されている「怪談新耳袋」は面白い。 んでもそれの結果詩の面白さが削がれてしまっているのならそれは作者の失敗ですね。ホラーは難しい。 (kissはチョコの味)

2017-03-18

葛西佑也さん ジョニー・デップが出ているほうの某チョコレート工場映画は傑作ですよね。私はそれの原作者であるロアルド・ダールと、「ちびまる子ちゃん」の作者でありエッセイがすんごいさくらももこからは、散文の方面で多大なる影響を受けています。 映画由来のチョコレート工場に対しての印象のポップさは結構な量の人々が共有しているかと思います。青い猫と書いてドラえもんのが想起されるよう、パブリックで養われたイメージは有効に活用していきたいなと思っています。 (kissはチョコの味)

2017-03-18

三浦果実さん 実際この詩は、ホラーと詩の形式は相性が良いのではという仮説の元で作られたものです。 リアルからファンタジーの世界へ通じる道の途中こそがホラーではないだろうか。恐怖は現実と幻想の両面を向いていなくてはならない。振りきれず、戻ってこられず。 (kissはチョコの味)

2017-03-24

hyakkinnさん 感想を読んで思ったことは、作為した恐怖の内容と、感情を表出させぬよう淡々とした文体が相反してしまっているのかなと。稲川淳二の階段のような有機的情緒的な恐怖も、未解決事件のwikipedia雉のような無機的機械的な恐怖も、どちらも上質な恐怖に成り得ます。ただどっちかにしないとぶれてしまうのかな。ホラー路線、正直難しいです。 (kissはチョコの味)

2017-03-30

こういうイメージが視覚的にひろがる詩は好きである。 文学極道のほうになるが、私はダーザイン氏のこのコラム(http://bungoku.jp/column.html?page=1;num=10#03)が好きでして。21世紀のこの世は視覚の時代ですよ。B-REVIEWを今まさに使用している我々の、たった今この瞬間動かしているパーソナルコンピューター、これこそが視覚の時代の仕掛け人だ。 その世において詩が台頭する方法を問えば、視覚を超えた視覚性、可視化映像化できないほどの超視覚を概念媒体である言葉で行うことと明快に回答するべきだろう。洗面台から視点を下に移した脱衣所の床で行われる冷蔵庫から海洋生物へのイメージの繋がりはまさに超視覚へと当てはまるだろう。 (雨ということで)

2017-03-18

クラウス・ノミという音楽家にこの詩と同名の作品があったなと余談だが思った。 「オフトゥン」は上でも言及されているようネットスラング的な布団の言い回しだ。だいたいにおいてこの語が出てくる文脈では布団は自己を心地よく堕落させてくる抗えない存在として書かれる。漢詩の典拠のよう、ネット空間(≒オタクの文脈)の中での事象を詩に取り込みリンクさせることで、リンク先の世界の豊熟さを詩にも取り付ける、という試みは私自身としてもやってみたいと以前より考えている。なかなか、クサくならずにそれを行うのが難しい。 しかし若者的な文章である詩(それの一番の例が最果タヒになるんだろうなぁとは思う)でそれを行うならまだしも、あまりその匂いがしないこの詩でいきなりの「オフトゥン」は正直予想だにしていなかった。全体と比べて語が浮いていると批判もできなくはないが、述べたよう純文学もネットも同等なテキストとして見るならば何らおかしいことではない。 現在の多層的に重なった文化と観念の様態に対して、どこかに重心を置くことを否定して、層ごとに同じ重量で非決定的に対応するということ。「資本論」と「窓際のトットちゃん」を同じ水準で、まったく同じ文体と言語で論ずべき(吉本隆明「重層的な非決定へ」) あとは、この特徴的な「オフトゥン」の使用が果たして詩に適切に作用しているかどうかが論点となるだろう。 (Cold Song)

2017-03-18

入れ子構造だ。絵本にこういうのありそうだなと思った。 なんかしらの効果を狙ってのものかもしれないが、最終行の >めざめはいらねえ・・・ は、それまでの絵本を想起させるパステルカラーなゆるいイメージとはいきなり相違してしまってあまり好きでない。 普通に「めざめはいらない・・・」でよかったと思う。 上の文を打ち込んで気づいたが、一般的な日本語表記に則るなら三点リーダー「…」を使うのをわざと中黒「・」を三つ並べて表記することで、文節動詞を物理的に三点リーダーよりも離すことができて、まどろみの中のゆっくりとしたテンポを演出しているんだな。 (ゆめであえたら・・・ (B-REVIEW EDITION))

2017-03-25

やはり夢の内容みたいだという印象を他の方も思ったようですね。 「ふすまをぶち抜いて長屋みたいな和室繋がる家」を軸として各場所へ、その間にある道程を無しに繋がっているところがまさに夢だ。「青空保育」という字面も。夢のなかには時々文章がでてきて割と起きてからも覚えているものだ。 (迷子のお知らせ)

2017-03-25

もとこさん 実際、作者としてもなぜ胴だけが静止しているのかの意図はあるのですが、そんなもんどうでもいいんですよ。生みの親が終生作品に鑑賞できると思うほうがおかしい。私の手から離れた時点で作品は独自に歩き去っていく。 (夕陽に顔面)

2017-03-25

花緒さん 映像性は私が詩を書く上で最も重要視している要素の一つです。メディアアートビデオ作品という評価ありがとうございます。私としても、自分では「動画詩」と読んでいる、映像性重視の詩編の第一号がこれなので特別思い入れが強いです。 (夕陽に顔面)

2017-03-25

桐ヶ谷忍さん 皆さんが作者の思いもよらなかった読解をそれぞれ行ってくださって正直驚いております。表層意識なんて思考の数%でしか無いのであるから、書いた人間である私も無意識下ではこういうことを考えていたのかもしれない。 因みにこの詩は、夜2時頃に眠いところを無理して起きている時にパッと脳に浮かんだ映像を元にして書きました。 (夕陽に顔面)

2017-03-25

なかたつさん 私もこの詩がなんなのか正直わからなくなってきました。 (夕陽に顔面)

2017-03-25

hyakkinnさん 肥大したサブカルチャーのなかで「女子高生」が持つ情報量は限りなく多いです。二次創作によって原作のキャラクターに新たな属性や設定が付加されることは現代ではままありますが、女子高生はそういった付加に一番多く晒されている存在だと思います。女子高生が出てくるだけで作品が内包する情報量が増える。そういう意味でも女子高生は強い。ただあまりに強すぎて女子高生のイメージが作品自体を呑み込んでしまうことある。劇薬ですな。 デジタルの世界って我々の住むアナログの世界とは条理が違います。アナログなものってどれだけ複雑でもその仕組みが体感的にはわかるように思います。歯車だらけの蒸気機関もなんとなくわかる。でもデジタルは、知性によって理解はできるかもしれないが身体的な理解は不可能ではないかと私は思っています。0or1は自然じゃないですよ。でもその違和感はデジタルが発展した今の時代だからこそ感じることができるし我々も利用することができる。ホラー路線の拙作「kissはチョコの味」に繋がりますが、恐怖となるものにはhyakkinnさんの言うよう得体の知れないものに外堀を埋められるのもあるかもしれません。つまり同期することのできない条理が目の前にある。デジタルも根本的には恐怖すべき存在かもしれません。追加の感想お待ちしております。 (夕陽に顔面)

2017-03-30

まりもさん 映像性を求める際に被写体がどういった動きを見せるかは非常に重要です。そのため動詞の選択も詩自体の評価を左右させます。お褒めいただきありがとうございます。 「野獣先輩」という、ネットのホモセクシャルネタでもう何年もいじられている人物がいるのですが、彼を使った作品は数多く在り、それに伴い二次的に彼につけられた設定もたくさんあります。それを揶揄して「野獣先輩情報生命体説」なんてのも唱えられています。現実世界での存在を超えてネット間で人格が育まれていく。女子高生も、人々の妄想やメディアの扱い方をハブとした思考のネットワーク内で生きる情報生命体かもしれません。 (夕陽に顔面)

2017-04-01

読みずらいなというのが第一の感想。意図的であろうが。 そのなかであっても「星々をつなぎとめ星座をかたちづくる」だけは黒地の中の白点が如く凛と際立っている。それは実際の思考のように冗長に書かれた独白文が全体を占める中、ここだけが簡易にされど強固な映像を読者に与えてくれるからだ。天体や自然の描写はここ以外にもあるが、この一文に叶うものは無い。 (X)

2017-03-30

たぁぶん北さんも既に知っているとは思いますが、題名から虚構新聞の『「10桁で終了」 円周率ついに割り切れる 』という記事を思い出した(http://kyoko-np.net/2005020901.html) 実は私は小数点以下200桁まで暗算できる。3.1415926535897932384626433832795028841971693993751058209749445923078164062862089986280348253421170679 8214808651328230664709384460955058223172535940812848111745028410270193852110555964462294895493038194 とまあこんなふうに。 円周率を暗唱できると周りからその場で言うのを求められますよね。ひとつの大道芸みたいなもんですし。 そんなね、個人的な事情があるもんですから、円周率ってだけで楽しく読めましたと報告。 (πをわりきる)

2017-03-30

あっと、細かいことですが暗算でなく暗唱でした。 (πをわりきる)

2017-03-30

破壊と再生を司るシバ神を「涵養」(無理をしないでゆっくりと養い育てることという意味だが、むしろ原義である水が地面に染み込んでいくことから、世の事象すべてが破壊と再生のサイクルにあることを明確にすること、と読み取った)することでできたのが差の無い世界。紐の端と端を結んでしまえば終わりと始まりが無くなるよう、総てが輪廻の途中である。道教を思い出すな。 それぞれのバワーズも別々の者でなく、平行に存在した同じ存在であるのかもしれない。否、バワーズ同士がバワーズでなくバワーズ以外もバワーズであって何もかもが何もかもに繋がる。その証拠が叔父に繋がった電話だろう。 当初、この詩は面白さを感じなかった。バスケやバワーズといった語句が唐突で詩にまとまりを感じなかったからだ。ありがちな分裂気味の表現かと。とりあえず感想を書こうとしたら今度は詩がするすると入ってきて上記のような読み取りとなった。 (シバ神)

2017-04-01

シンプルな詩だなってのが感想だが、 「 漆黒のダイヤ 完全な円を描き 」 の部分、ダイヤは女の眼球だろうか。沈むように真っ暗な目が、しかも完全な円。並の愛しの女だったらこんな不気味な、精気も感じない目をしていない。それがこの詩を単なる悲愛として流されてしまうのを阻止している。 (目)

2017-04-05

blueはときに白よりも純粋な様を表す語になるらしい。ステーキの焼き加減でレアよりも焼かない状態のをブルーとよぶのはそのためとか。 セカイ系のような、純度が高すぎて脆くなってしまっている恋心を感じた。活字が最後に漏斗でまとめれるようすぼまっていくのも純度を上げていくように見えて良い。ただ最後の「誕生」は、ちょっと直接的すぎてなぁ。いっそ消えてしまい真の純粋な存在になってしまうか、生まれたか生まれないかの境目も無い混沌状態になって終わった方がこの詩に合うような気がする。 (ぼくたちの青色廃園)

2017-04-05

http://pdfnovels.net/n3705dw/main.pdf この詩は本当は縦書きで読んでもらいたいので上記のpdfも開いてみてください (ふぁんしーあいらんど)

2017-04-04

三浦果実さん 認知による不可逆な変化はこの詩のテーマの一つです。 知らなかったころの情景は知ってしまってからは決して取り戻せないものです。そういった寂寥感は誰しも感じたことがあるでしょう。 ある方には「パフ」という曲を連想すると言われました。(https://www.youtube.com/watch?v=q2Q4VAlD39M) これも少年が成長し幼少の世界には戻ってこない歌です。 大きかったもの、楽しかったもの、興奮させたものはいつまでもそう在り続けてほしいものですが…… ともかく、不可逆な変化は意図通り読み取ってもらえたようで満足です。 (ふぁんしーあいらんど)

2017-04-05

まりもさん 題名詐欺は3月に投稿した「kissはチョコの味」と同じ路線ですね。 縦書きの意図はまさに、落下の感じを出したかったからです。各行が木の枝にぶらぶら垂れているように作者には見えます。それが最後には雨のよう降って落ちていきます。不安定な、いつかは崩れることが確定している活字たちです。 「ちりばり」は、確かに言われてみれば文法的にはちらばりが的確ですね。言われるまで気付かなかった。まぁでも、i音をふたつ並べたほうが語感が詩に合っているからこのままにしますわ。 (ふぁんしーあいらんど)

2017-04-05

花緒さん 巨頭や巨獣や題名には実はれっきとした由来(というよりかは元ネタ)があるんですよね。 漢詩の典拠みたいに、それを知っている人はこの詩にそれら由来の物をリンクさせて世界観を広げることが出来る、って仕掛けです。それしなくても単体で成立するようにはつくっていますが、分かる人にはお得なオマケってことで。 (ふぁんしーあいらんど)

2017-04-07

るるりらさん 感想ありがとうございます。民俗信仰のエッセンスなどは私の詩作に少なからず影響を及ぼしているのでダイダラボッチ伝説を思い出していただけたなら有難いことです。 (ふぁんしーあいらんど)

2017-04-09

hyakkinnさん タイムリーな例としては『詩と思想』2017年5月号の投稿欄に載った露古さんの一行詩「予言」の「朝、水平線に巨人が立つ」が挙げられます。人智を超えたものはすべて巨人と形容できるように思うんですよ。自然も宇宙も運命も全部。 でもおよその人々にとってはじめての「巨人」は親でしょうね。かつては遥かに大きくて見上げる存在だった。でもそれもいつのまにか背丈も並んでしまい、大きなものやそれに包まれる感覚は抱けなくなってしまった。巨人はノスタルジーに繋がるでしょう。 あと百均さんはけものフレンズ知っているので出しますけど、4月に出た公式ガイドブック1巻のたつき監督のインタビューでEDについてふれられています。 「(エンディングは不穏な雰囲気がするということについて)それももちろんあったのですが、僕の中では子どもの頃に言ったデパートの屋上のゲームセンターというか、あれって思い出すだけで、ああ、またあの時間と場所に行きたい、と思いますよね。」「エンディングの遊園地はっ荒廃したモノを表現するだけでなくて、子供の頃に言った遊園地にまた行ってみたいなというノスタルジーの象徴でもあるんです。」「遊園地=けもフレ=にぎやかだったモノ。滅びたモノというよりは、そっち側のノスタルジー、人間の良さ」「(エンディングで思い出させたいのは)見てくださっている大人の方が子供の頃に動物園や遊園地に行った時の、100%信頼を預けられていた誰か。」 遊園地や動物園がノスタルジーを感じさせる存在だってのは幼少の頃に行った場所だ(動物園は大人なってからも十分面白いし、なんならある程度知識ついてから行った方が面白いですが。先日はじめて上野動物園に入ってとても面白かった)からというのもあるでしょうが、敷地全体を以て世界を成して来場者を採り込む場所だからってのもあると思うのですよ。この空間は自分を丸々包み込んでくれるって。年を取るごとに少なくなっていく自分より大きな存在にまた出会いたいという気持ちがノスタルジーの中身の一つかもしれません。 「巨頭オ」ですがこれは「巨頭村」の村が一部消えたものだというのが通説です。そもそも実在する場所なのか、ってのは置いておくとして、「巨頭オ」という独特な語感は人間が意図して作ったものでなく偶然できた語だということになります。そういった不確実性があったからこそ生まれた言葉の面白さというのを、自作の詩中でもそれが生まれる様を再現できたりしたらそれは傑作なんだろうなと思います。 (ふぁんしーあいらんど)

2017-05-04

天の光と地の光を交互に提示して相対させるのは単純な構成ながら読んでいて心地よいなと思った。 ただ良い読感をもたらす五七調と語句々々が上手く調和していなくて調を損なわせてしまっているとも感じた。 (街星々)

2017-04-09

とりあえず文法的な指摘をすれば、一連目の最終行の すべからく機械に置き換わる日が来て だが、「すべからく」は「全部」という意味は無く「すべからく~べし」で「当然、是非とも~べきだ」という意味となる。 言葉には規範的な見方と記述的な見方ってのがあって、記述的な見方をとるのであれば現在一般で広まっている用法をその語の働き方だとすることは間違いではないが、ただまだ「すべからく」はその域には達していないように思える。細かく言うつもりはないが、一応ね、指摘はしておきます。 作品について述べれば、まず易く最後まで読める文章だと思う。その時点で評価には値する。他作品を晒すのは申し訳ないが、浅井康浩氏の「no title」は私は何度チャレンジしても最後まで読むことはできない。途中で必ず興味が削がれてしまう。割と他の方々も、詩作品を途中でやめてしまうってのありますよね? ゴールまで読者を導けない詩はまずその者の評価に上がることはできない。読ませることができるというのは立派な技術だ。そしてそれは文の長さや表現の硬さは必ずしも関係してこない。短くても集中力が切れてしまう詩もある。難しい表現だが一気に読ませてくる詩もある。 ただ、私はまず散文詩というものに対して懐疑的である。行分け詩と散文詩の明確な違いを定義しろと言われると弱るが、しかしこの作品は散文詩の域で異論は無いだろう。 散文詩って、詩である必要あるのかなぁって。なんか別ジャンルとして確立させたほうがいいんじゃないかなぁと。星新一みたいなオチを求める掌編でなく文章自体の味わいを楽しむ「味文」とかさ。 詩情を感じれば総ては詩だ、ってのもいいけど、一旦「詩」とはなんぞや、とその本質を見極めて、本質に沿った詩の展開を考えるのも必要かもしれない。我々は詩のフィールドにいるが、しかしこのフィールドの広さや形をあまりにも知らなすぎる。地球は宇宙空間に浮かぶ球体であることを知っているかどうかの差は、その世界をどう開拓していくかにも差をもたらす。とても難しいことなのはわかるが、まずは自己ー詩を知ることが欲しい。自分が何者かわかれば、他者との違いがわかれば、そしたら他領域に繰り出すこともできる。小説のテリトリーに詩を投げつけることができるかもしれない。 ま、ね、それはともかくとして、面白くは読めました。 (プレーン・ライティング)

2017-04-10

うわぁすごい。初読の感想がそれ。 古典文学を愛する塾講師だからこその作品だ。文語が持つ美しさをどう現代文の領域にもスライドして現させるかの試みが成功している。読むと文語のところはモノクロームとして見えるのだが、それは現在とは続かない世界としての過去ではなく、しかと現代と繋がる世界、されど直通ではない。別層(パラレルワールド)だが絶対座標では繋がっている、って感じかなぁ。 異層同士の結び付けが成功していることで、直線の時間軸では為し得ない広がりを持たせることができている。いやぁ、これすごい。 (あさぼらけ)

2017-04-10

こういう特殊な形式の詩は往々にして読みにくくなりがち(正直これまでビーレビに投稿されたkaz.さんの詩はそうだった)だが、この詩は読みにそういったストレスを感じることなく最後までいけた。 (誰にも真似できないように)

2017-04-11

詩の展開が面白い。はじめは厭う対象として書かれていた境界が、しかしそれはアナタを感じるために必要な指標にもなる。 水平が垂直へ変わっていくところは視覚的でわかりやすくそれ故感じやすい。 (Lean On)

2017-04-11

ちょっと今時間がないのでとりあえずのレスだけしておくが、 第一連の有無でこの詩の評価は大きく変わっていただろうね。 これがあることで酢で〆たように全体が引き締まった。 またちゃんとしたレスをするかもしれないがとりあえず。 (橋の春)

2017-04-13

特に日本国だと、星の王子様のようイマジネーションを殺さずに夢のままで生きることは難しいのだろう。 誰だって、この詩の王子様の言うことに少なからず頷いてしまうし、なんなら彼と同じ志を持っていた。 んでもさぁ、そうもいかないよね、ほんと、この形而下世界で生きていくにはさ。 「ファンタジーによる現実の超克」をあえて殺して生活を営む。誰しもに共通する哀しさだが、それ故にこの詩はフィクションで留まらず読者の内側に入り込んで、パーソナルな問題と変化して、そして刺殺してくる。 冷静に読めないな。客観視して読めない。 (小さな星の孤独な王)

2017-04-13

4月の2作目は「オホーツクの岬」を投稿すると以前私はツイートしていましてそれを読んだ方もいらっしゃるかと思いますが、諸事情あってオホーツクの投稿は5月以降に延期させていただきました。お詫び申し上げます。 (つぶれたカラオケボックス)

2017-04-13

暫く掲示板上から消えておりました。 これから返信します。 まりもさん ネタバレといいますか、むしろ場所をはじめに規定させてしまおうとしてこの題名です。 3月投稿の「夕陽に顔面」における女子高生像もそうですが、世間である一定の特殊なイメージ(パブリックイメージ)があるものは、それを漢詩の典拠のように自作詩篇にも取り込んで詩中世界の広がりを増すのに利用したいと考えています。 カラオケ、特にシダックスやコートダジュールみたいな大手企業のでなく、バブル前後に乱立し今ではほぼ死に絶えている個々の店舗型のものに対して、日本人ならなんとも言えない情念を抱くかなと(カラオケに近いものを挙げるなら、元アルペンの店舗でしょうか)。作中に言葉で語らない代わりに、パブリックイメージを上手く付与させて詩中世界を構成させたいと考えています。 ただそれって、同じパブリックイメージを抱くコミュニティ内でしか通用しないのは確かなんですよね。「つぶれたカラオケボックス」も相当コンテクストな作品になるでしょう。 (つぶれたカラオケボックス)

2017-04-19

花緒さん 廃墟のカラオケボックスで 存在しない唄を歌う この二行と、「つぶれたカラオケボックス」がどう違うのかと問われると私も明確には答えられないですね。 作者としてはあまり短詩という感覚をもっていませんでした。私のイメージですが、短詩はその長さ故に従来の詩よりも文字で語らない領域が大きい詩のことかなと。だから俳句や短歌に近いですよね。 んでも「つぶれたカラオケボックス」の場合は結構詩中の言葉で多くを示しているなと、その示している量は私の他の詩と比べても遜色無いぐらいかなと思っています。 そうなるとだからこそ、活字化された情報量の密度、「一言一句変えてはならないと思わせる緊張感」が足りないのは死活問題ですね。例えるならばこの詩の今の常態は冗長なプログラミングってところですかね。同じ働きをさせながらも、もっと圧縮することができる。うーん、難しい。 (つぶれたカラオケボックス)

2017-04-19

なかたつさん 毎度深い読み取り、作者のほうが驚いております。ありがとうございます。 最終行のトラックに関しては私の詩作品に頻出するイメージなんですよね。3月投稿の「kissはチョコの味」にも出てきます。 幼少の頃の私はなかなか寝付けない子で、布団に入りながらも何十分も目がさえたままでした。仕方なく天井を見ていると、家の横の道路を車が通り、そのライトが窓を伝って壁や天井に当たって孤を描くよう動きます。それが妙に象徴的で、現在でも利用しています。 (つぶれたカラオケボックス)

2017-04-19

もとこさん ゲンセンカン主人は名作ですね。私もつげ作品は諸短編と「無能の人」は読みましたが、ゲンセンカンは個人的トップ5に入りますね(トップ1は「紅い花」)。 盛者必衰、かつて大きく盛ったものほどその凋落の落差は大きいものです。日本の華やかなるころに二十日鼠の如く増殖して、そして廃れていった零細カラオケ屋も、かつての喧噪の影と今の儚さとの差がとても大きく、それが私を魅了します。 あと県道って象徴的ですよね。主要国道とは当然違うし、都道府道道道ともやはり違う。なんか垢抜けなくて、それが愛おしい。 (つぶれたカラオケボックス)

2017-04-19

白犬さん 他の方々も述べている「哀愁と緊張」がこの詩のキーワードなんでしょうね。 私の詩は映像ありき情景ありきなのが多いので、そこだけでも楽しんでいただけたのならなによりです。 (つぶれたカラオケボックス)

2017-04-19

「この場所にとtに」は打ち損じでしょうか (ふるさと)

2017-04-19

修正版の文をコメントに書いてもらえますか (ふるさと)

2017-04-19

なんともコメントしずらいというのが正直なところだ。 花緒さんの言うよう、平易だし故に形は整っている。いや、整っているというより崩れようがない。活字化されていることと文が孕んでいる内容とが1:1すぎて、内容を膨らませ(所謂「行間」に詩情を含ませること)ようとしての失敗が起こりようがない。 シンプルすぎるから、読み手が勝手にそこに推測を加えることもできなくはない。例えば、これは室井犀星の「ふるさとは遠きにありて」(http://tad.world.coocan.jp/poems_1/poem_02.htm)のオマージュであるとか。しかし際限ないそういった推測をすべきなのだろうか、禅問答のようなそれをすべきなのだろうかとも思う。 ハンドルネームにもあるTwitterのアカウントを見させてもらいました。ワサラー団なんですね。そして、千早Pなんですね。 カオスラウンジにも足を運ばれているようで。そういった、オタクカルチャーに近しい人物にしてはあまりに素直な詩作品だなと思いました。貶す意思は全くありませんと申しておきます。ただ、正直素直すぎて読解の面白さは感じられないです。難解にすればいいってわけではない(むしろ私は無駄に難解な作品は良しとしません)ですが、一捻り二捻りのスパイスは欲しい所です。 文学極道という実質B-REVIEWの姉妹サイトに、Jupiterから来たンゴ氏の「雪と少女」という詩(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=516;uniqid=20170203_684_9426p#20170203_684_9426p)が投稿されています。 実はこの詩は、アイマスの萩原雪歩好きの氏が、「アイマスの雪歩にケツ穴ほじほじしてほしい」(原文ママ)気持ちを詩にしたものです。 ケツ穴云々はまぁとりあえずとしても、ある種の二次創作として氏はこれを書き、そしてサイト内で月間佳作をもらいました。 媒体が何であろうと創作を行う際、その創作行動を起こさせる熱いパッションが不可欠でしょう。加藤さんはこの「ふるさと」や「連投」のような内容を、どこまで深く激しく感じて書いているのかなと気になりました。推測ですから必ずしも当たらないのを承知で書きますが、もしかして加藤さんは詩とはこういうものだという先入観の元でとりあえずきれいな語句きれいな内容で書いてみた、ということはないでしょうか。もしそうだとしたら、余程の技術を持っていない限り成功させるのは難しいかと思います。 私の提案として、例えば千早、またカオスラウンジのようなサブカルチャーの流れ、そういったものものと触れて感じた思いから詩を書くのはどうでしょう。素直な感性で書かれたものはきっと良い出来になるでしょう。そして振れ幅ができるので、その時こそ今回の詩のような方向性のものも客観的に見られて、そして上手く深く書けるようになるのではないかと思います。 (勿論個人的な提案なので必ずしも従う必要はありません) 以上、長々と書かせていただきました。 (ふるさと)

2017-04-20

こぉれは、よく書いたな(笑)ってなる作品だ。 オリコンチャートには乗れないけれど一時のネタにはなり得るタイプ。私の印象としては筋肉少女帯の「高木ブー伝説」。(尤もその曲自体は大ヒットしたが) 北氏の「πをわりきる」(http://breview.main.jp/keijiban/?id=164)に作品の性格は近いと思う。 (ASHIZAWAキックマシーン (B-REVIEW EDITION))

2017-04-23

滋養ある風だ 風をこう表現するのは新しいなと思った。光るセンテンスが一つでも含まれているだけで全体が映えてくる。 (郊外)

2017-04-25

青い昼の空と、紅い夕方の空とに繋がりを感じず、別個のものがただ並列しているように見えてそこは味気ないなと思った。その並列を貫くひこうき雲ということなのかもしれないが。 青がグラデーションによって紅へと変化していくなど、空と空との関係性を加えれば詩自体のシンプルさはそのままに味わいも増すかもしれない。 (ひこうき雲)

2017-04-26

コンセプチュアルアートって便利な言葉だよなと最近思う。なんでもないものだとしても口さえ上手けりゃアートになってしまう。 ni_ka氏は「はるのつき」の点有りと点無しをコンセプチュアルアートだとは明言していないので決定づけることはできないが、仮にこれがそうだとして、んじゃあ作品として本当に面白いの? という疑問が残る。コンセプチュアルアートに属するものだとしたって、そこに質の上下はあるのだから無条件に高評価されるなんてことは無い。コンセプチュアルアートだったとしても他者はそこに芸術性なんて感じられないほど低質なもので、だから花緒氏はコンセプチュアルアートだと思わずに削除したってこともありえるだろう。 花緒氏に削除されるまえにちらっと見ただけではあるが、点有りと点無しの関係性に軟膏のよう付けられた理論以上のものは私は感じなかった。kaz.氏の読み解きが「オートマティズム的」や「ウォーホルが試みているような」などという曖昧な言葉ばかりで構築されたものでなく、対象を明確に指し示す言葉によってそれが書かれていたらまた違かったかもしれないが、現実はそうでないことが点有り点無しの空虚さをかえって証明している。(対して白犬氏のは私的にはちょっと面白いなとは思う) 禅問答めいたものをありがたがるのはやめましょうよ。本当に本当に心に染み入っているなら別にいいけど、こういったものを評価する人は真に作品を理解してそれをしているのだろうかと疑問に思う。理解者のスタンスをとって賢ぶりたいだけじゃないだろうか。 徒然草の第二百三十六段 に「丹波に出雲といふ所あり」という小話がある。(http://roudokus.com/tsurezure/236.html) 背中合わせな狛犬に勝手に感動している上人は芸術が分かっていて、子供のいたずらだといって元に戻していった神官はもののわからぬ愚者だ、なんてことがあるだろうか。 それとは別の観点で述べれば、花緒氏の削除は仮に芸術的な視点からは愚行だったとしても管理者の視点から見たとすれば正統性のあるものだ。誤投稿と判断したから削除した、そこに何も悪いところは無い。やはりni_ka氏の投稿は常識目で見りゃあ誤投稿にしか見えない。それが意図的なものだとしたら只々管理者の手を煩わせただけになる。芸術だったら人に迷惑かけていいのか。芸術家である以前に我々は社会生物であって、それを無視した行動は決して褒められたものではないだろう。 つまりはそういう観点で述べれば、ni_ka氏の行動は芸術的視点からは○社会的視点からは×。花緒氏の行動は芸術的視点からは×、社会的視点からは○。投稿者は芸術面に終始してても良かろうと、キュレーターは場を治めなくてはいけないのでそうはいかない。花緒氏の行動は一方で間違いで一方で正しいものだとしたら、そんな集中砲火を食らうもんじゃないだろう。 あとそもそも、点有り点無しでの表現はここですべきものだったのだろうか。例え良い作品であっても発表場所を違えば正当な評価をもらえない。そりゃ当然のことだ。荒らしまがいに見られてまでB-REVIEWで発表すべき作品だったのだろうかと再考すべきだろう。 ただ、前述のようni_ka氏はコンセプチュアルアートだと明言はしていないので、はじめは単なる投稿ミスだったの(氏のツイートでも「詩を二重投稿して荒らしのようになってしまう自分ばかだなぁ」とあるし)を後から愉快犯的にコンセプチュアルアートだと匂わせているだけかもしれない。そっちのほうが迷惑だな。 点有りと点無しの関係性でない、テキスト自体へのコメントはとりあえず今はしない。 (はるのつき)

2017-04-25

追伸 漫画家の篠房六郎氏のツイートを引用する 「そもそもウォーホールとかのポップアートは、1960年代当時に今現在進行している大量生産、消費社会においては人々が求める絵画なんて、コピペ程度で充分で用が足りるぜ、って示したのが「新しかった」訳だけども、50年以上たった今となってはそんなの当然になってしまって、何の新鮮味も無い訳で」(http://twilog.org/sino6/month-1107) たとえウォーホル的なむにゃむにゃが点有り点無しにはあったとしても、そもそもウォーホル自体がもう古いよねって。 人類史から見て、ポップアート以降大きな芸術革命が起きてないし、そろそろそれが欲しい頃だ。 みんながやっている前衛はもはや前衛でない。 ではさて、次は誰が未だ何人も思いついていない芸術様式を発明するだろうか。 (はるのつき)

2017-04-25

夏生さんは実はあの銀色夏生さんだったりして、なんて邪推をハンドルネームからしています。 夢のなかでは簡単に主体と客体が入れ替わってしまいますが、この詩においても 暗い水の中にいる四角を掬いあげる人間の私―(私だろうか)人間の手によって掬いあげられる暗い水の中にいる私―母に手を引かれる私 と、手という存在を軸に私の存在が変化していきます。非現実な変化ではありますが、しかしその変化の仕方が丁寧であるので無理なく読めますね。 しかし前半に現れた「まっしろな四角」(豆腐かしらん)は思わせぶりな登場をしておきながら後からは全然詩に関わってこないのがもったいないなと感じました。 (暗いくらい水の中)

2017-04-27

題名の「恩讐」の意味を調べました。恩義とうらみ、情けとあだ。割り切れない感情ですね。 詩中主体も母親を仇とも恩とも定められない、それこそゆらゆらした関係を続けています。そこに個人としての自立は(双方共に)無く、共依存してすがりあって生きていきます。だから絶望的では無いんですよね、決して幸せではないのですが。不安定な繋がりがかえって二人の仲を強固にしている。詩中に東京オリンピックが出てきますがそれは全く二人の間には干渉してこない。共依存は閉じられた空間のんですよね。 (恩讐)

2017-05-02

最近の三浦さんの詩は題名がいいですよね。詩っぽくない題名で。ライトレス。 (アフリカの人、置き去り計画(エチオピアVer))

2017-05-02

記述的なことを言えば それは無機質のようだけど、 目的をあたえられているよう。 それを僕は、 まるで世界を統べる神のように見ている。 ここ、「よう」が集中していて音が重なり、くどさを感じますね。 (社会。)

2017-05-02

B-REVIEWの遊び方/参加規定に「投稿作品は「現代詩」に限定しない。」の条文があったので、自分の区分ではショートショートである作品を投稿してみました。 (かぐやの涙)

2017-05-03

朝顔さん 評価ありがとうございます。場面の急展開は意図的ですね。ショートショートや、あと経験ですとお笑いのコントの脚本って場面転換が難しいんですよ。文章量(制限時間)が少ないですからね。だからどれだけダイナミックにそれができるかってのが狙いでした。 (かぐやの涙)

2017-05-06

三浦果実さん 評価ありがとうございます。私も都市伝説は大好きなほうでして。実は高校生までのペンネームは都志田雪(みやこ・したゆき)でして。都を志しながら田と雪という田舎的なイメージをも内包し、さらに全部音読みにするとトシデンセツ、都市伝説。まぁでもみやこしたゆきの読み方を一発で読めなかったので現在のように変りました。 (かぐやの涙)

2017-05-06

まりもさん 私は竹取物語はとても好きでして、文語そのままでエピソードごととかでなく一冊分まるまる読んだことのある古典文学は徒然草と竹取物語だけですね、その二冊のうち一冊になるぐらいには好きです。 あの物語は様々な読みができる。藤原氏に恨みを持つものによる創作での復習とも、最古のSFとも、求婚者たちが失敗していく様から寓話とも、またまりもさんの仰るようかぐやの罪とはなんなのかという側面からの読みもできます。 広義の二次創作といいますか、先にあるもののイメージを自分の作品に引用して使うことをも二次創作としたら、世界で一番対象にされているのは「不思議の国のアリス」だと思うのですよ。あのアリスという少女のイメージはあらゆるところで二次使用されている。それに対して日本で一番は何かと問えば当然「竹取物語」だと思うのですね。それほどにあの作品は魅力的です。 (かぐやの涙)

2017-06-03

Twitterって怖いよなぁってのは、みな生活の断片をぽんぽん躊躇なく投下しているがその断片を寄せ集めて住所特定ができてしまうことだ。だれが自分のつぶやきを見ているかわからない。私だってやろうと思えばtwitterで相互フォローでもなんでもない相手の住所特定をすることができる。自分の人生がいつどこで、それこそ破局ツイートを待つ詩中主体のような相手に監視されているかもはや想定できない時代だ。 んでこの詩中主体やこの詩には特に何も主張が無い。空虚といってしまえばそうなのだが、このデータのガンジス河ごった煮なSNS隆盛の世においてその中身の無さがかえってリアルである。 (把握していない真相な新装の深層である心理)

2017-06-03

題名の元は(スーパーの)イベリコ豚 ですかね (スーパー踊り子豚野郎)

2017-05-06

この詩はLINEでなくカカオトークであることに大きく意味があるんだよね、と書こうと思ったら言いたいことはすでに作者が書いていた。 カカオトークが詩語として使われたのはおそらくこれが初なのではないだろうか。 現代詩は作者ごとの作風の幅が広いといわれはするが、その中で使われる詩語はまだまだ典型的な場合が多いような気がする。従来からの語句を詩語に使っているか、でなければ「詩語っぽくない語句」の典型を使っているかで。まだまだ詩に使われていない語句はたくさんあるように思える。 前衛をみんながやりだしたら前衛でなくなるよう、いままで使われてこなかった語句でも一気にみな使ったら新しみは無くなる。LINEだったら、おそらくもうネット詩のフィールドでは多く使われているだろう。そうでない、まだ真に手垢のついていない語句を発掘すれば、従来の語句には無かった詩情を詩作品に付与できるかもしれない。部品が持つムードが全体に影響を及ぼし得るだろう。私事だが自分も出会い系サイト名称が多く出てくる詩を推敲している。 (カカオトーク)

2017-05-10

よくないなって自分でも思うのだが、こういう雰囲気の詩を私はまとめて「最果タヒっぽい」とくくってしまう。私がそうくくる個々にもちゃんと個性があるんだろうけどさ、無意識にラベリングしてしまってうーんって。 悪くはないむしろ良い目な詩だとはわかるが、私の中ではそれ系となってしまうのが残念。 でも、 布団の中であなたの体温が膨張する。 はとても良い表現だと思う。淡色な情景が目に浮かぶ。 (death)

2017-05-18

上京叶わず地元福島の大学へ進学が決まった時に「俺ら東京さ行ぐだ」は私の人生において最も影響を与えてくる曲の一つとなった。あれは決してただのコミックソングではなく、都会に憧れながらも地方性を捨て切ることはできない田舎者の悲哀をうたった曲だ。 そういった曲自体のテーマだけでなく、無いことを強調することによって情景を描く手法も私に未だに影響を及ぼし続け、むしろ矯正して意識的にやらないようにしないとついポロっと出てしまうほどに染みついている。あれも無いこれも無い、それによって在りようを描写するこの歌はすごい。(ちなみに似たような歌詞の構成の曲には電気グルーヴの「N.O.」または「無能の人」、有頂天の「BYE-BYE」がある) いままさに日本含め将来に憂う私にとってこの詩の書く内容自体はまさにどんぴしゃりであった。ほんと、んもうさ日本に固執する理由もないし東南アジアとかで暮らしたほうがいいんじゃないかって思い始めている。どうやりゃあちらで暮らせるかはわからないが。誰か私を連れてって。 ただ一つ忠告は、俺ら東京さの無ぇ無ぇ節はマジで癖になるから気をつけないね。便利すぎるのよ。 (がんじゃまんたけし)

2017-05-13

モデルとなった地 能取岬 http://imgur.com/a/gac2j http://imgur.com/a/ZyJ2S http://imgur.com/a/0lAqZ http://imgur.com/a/dSzBy キムアネップ岬 http://imgur.com/a/4FULg http://imgur.com/a/jalUX http://imgur.com/a/wNMYA (オホーツクの岬)

2017-05-17

朝顔さん 評価ありがとうございます。 この作品に対して色々と自己解説をつけたい気持ちはあるのですが、後に読む人のためにまだちょっと黙っていようかなと思います。なので感謝の意だけまず示しておきます。 この詩と関係あるかはわかりませんが、私が熱を出すと幼少のころから決まって、「おおきなもの」が現れる夢を見るんですよ。そのおおきなものの存在が自分と不和を起こして気持ち悪くなっている。そんな夢、なのかな、おおきなものを感じるというか、そうなるんですよ。それを通過すると熱が引く。 あと詩とは別にしても、写真の岬はほんとうに良い景色なのでよければ見てみてください。北海道はいいね。毎年行く人がいるのもわかる。 (オホーツクの岬)

2017-05-18

三浦果実さん 「私」が人類の祖先、かどうかは私にも計り知れませんが、この詩を書こうとした動機にオホーツク海にひろがる岬らがとても美しく巨大で、そしてそれに私が対峙したからなんですよね。自然はとてつもなく大きくて、人間が日常生活でバクテリアのことなど考えずにいるよう、人間はじめ諸生物なんぞ自然の意識外にしかないのでしょう。そんなことを思っています。 (オホーツクの岬)

2017-05-24

2017年は実生活に余裕が無くてこれへの返信も怠っていたのですが、月初めなので今はまだ色々と余裕があるのでここで思い切ってバッと返信していこうと思います。 まりもさん 自分としてもこの詩は自作でも稀に見る正統派ストレートなものができたなと思います。 この詩を書けたのは間違いなく北海道の自然のおかげです。偉大な大自然にはただただ平伏す思いが湧くばかりでした。それはもはや神の域であり、岬に居たときに私はその神に対峙する個人でした。果てしなく巨大な存在に向かう、意識の最小単位である個人とは何なのか。そういったことを考えていたように思います。オホーツク海には今度は流氷が漂っている季節にも行ってみたい。てかまた夏だとしても北海道は行きたい。バイクで走りに行ったのですが、北海道が聖地であるのも頷ける。とても良い。猿払や稚内や宗谷のほうなんてまさに地の果てだ。 ただコメント見て思うのは、どうしても原発と結び付けられてしまうんだなぁということでした。まりもさんが既知だったかどうかはわかりませんが、私は震災前から現在まで変わらず福島市民でして。はっきりと申せば、私が直接的に震災や原発を絡めて詩を書くことは今までもありませんでしたし、これからも無いでしょう。 震災詩人なんて飽和しているし私が書く必要もない、そもそも既に震災詩人の詩はだいたいどれもこれも似たり寄ったりだ。てのは結局特定思想前提の詩って帰結がその思想の表現か肯定か啓蒙ですから、そういうのは表現の巧拙の差はあれど帰結する先はいっしょだと思うのですよね。原発ですとやはりどうしても政治的なもんが絡んできますので、そういう政治主張が絡んできてしまう。また、帰結する先が似たり寄ったりという点では原発が関係してこない震災詩でも、つまりは命の大切さとか道徳的に規範的なメッセージが帰結先じゃないですか。そうでない震災詩というのを私は残念ながら読んだことが無い。 だから劇薬だと思うんですよ、震災や原発という要素って。正直言っちゃえば詩壇ってリベラルが強いってのもあって、クズな出来なのに震災をテーマにした詩だってだけで評価されちゃっている詩もあるじゃないですか。こぉんなぼくのかんがえたへいわのしを読まされて何を思えばいいんだ。書き手と読み手の間に共通する思想があってそれが共鳴しているだけじゃないのか。それじゃあ共鳴しないできない人から見たらその詩はんもうベーだ。そういう事態に陥る危険性が高いと思うんですよ。和合氏だってこれ言うの忍びないですが、震災前の作品のほうが良かったし、震災後に書いた震災絡まない詩は明らかに劣化している。「現実がシュルレアリスムを超えてしまったので以前のように作品としてシュルレアリスムを書く意味を見出せなくなった」と彼は言ってますが、そう言われたって読み手が作者のそんなパーソナルな事情を顧みて読まなきゃいけない義理もないし。 あとやっぱ実際の被災民として、震災関連の活動をしている人の中には震災を、自分らを飯の種にしているなって人がいるなと感じていたんですよね。他地域の人がこんなこと言ったら叩かれますが、でも私は当事者だし言う権利はあるでしょと思って言いますが、福島駅前で太鼓ドンドン叩いているお前ら絶対楽しんでそれやってるでしょ。反権力のヒーロー気取れて気持ちいいよね。そこで太鼓叩いて通行人の邪魔なるより目の前のブックオフで一冊でも買って地元に金落としてくれた方がなんぼも復興につながるよ。 福島大学には以前まで全学連がしきりに活動しに入り込んできました。(もう去年あたりから来ないが。飽きたのかな?)彼らと話していると学生課が来て辞めさせるよう干渉してくるんですよね。それでもたびたび全学連のメンバーと話していましたが。その会話の中で「権力に反抗するというポージングを取りたいために反原発やってるでしょ。思想がうんぬんよりも巨大な悪に立ち向かう正義の徒って感じになりたいからやっている節あるでしょ」といったことを(あくまでフレンドリーに良好な関係の間で)聞いたことがあり、あちらも「確かにそういった面を否定はできない」と返してきた。 ヒーローになりたいって気持ちはわかるけど、やはりそれのネタとして勝手に自分らを使われるのは気持ちよくない。ガチで福島を助けたいのなら、そういう話題が好きな人しか集まらない反原発ソングのコンサートひらくより果物なりなんなり福島のものを買って消費してくれた方が何倍も効果的だ。結局きもちよりカネだ。だからTOKIOは私は非常に感謝している。彼らは福島をカワイソウな被害者(そういった捉え方をしている時点で風評被害だ)としてでなく、旨いもんいっぱいの魅力ある地として応援してくれている。(福島は感謝のしるしとして彼らに農地を無料譲渡すべきだ。)人々がポジティブな印象を持って福島に触れたときはじめて風評被害は無くなった状態となる。なのである意味では私は震災は風化すべきだと考えている。福島の冠詞から「震災」の字が無くなった時こそが復興の時だ。他県民が広島風お好み焼きを食べている時、またはカープを応援している時、広島を原爆の地として見ているだろうか。 話戻れば、己の肥やしとするために活動している奴らと同じことをしてたまるかと、反反権力ですね。被災者の全員が反原発だとオモウナヨ! それ前提で絡んでくんな祭の中でいきなり呼び止めて機関紙売りつけてくるな! 買わねぇよそんなセンス無い名前の新聞なんて。思想となんだとか以前にお前らのアートデザインがキモイ。 長々々々と書きました。別に作者がどう思って書いていたとして読み方は自由ですから別に震災が影響している詩だと読み取っても全く問題はなんですよ。まりもさんはとても良いコメントをくださっていますし感謝しかありませんし、震災というキーワードを見出したまりもさんや朝顔さんら個人を揶揄する気持ちは全くありません。ただ、あくまで作者として公には震災は関係ないと表明しておきたいだけです。震災詩人なるつもりは1ミリもないってだけです。(ある意味それが私の「戦略」でもありますので。) 震災云々はとりあえずとして。マグリットは最近特に注目している画家です。彼の作品ですと私は「ゴルコンダ」が特に好きですね。あとシュルレアリストつながりではダリやキリコも良いですね。特にキリコのあの空気が固化したかのような音の聞こえてこない広場は非常に意識すべきものだと思っています。 (オホーツクの岬)

2017-06-01

るるりらさん このサイズ感は人間が全体を把握するちょうど良いサイズ感 80センチは実際に定規で測って決めたものです。小さすぎず、大きすぎず。人間工学には明るくないので科学的な根拠は無く感覚で80センチにしましたが、他者にも印象を与える大きさだったようで安心しました。 ハマナスはオホーツクに行ってはじめて注目した花でした。きれいですよね。そして美しいながらも棘がある。しかし棘も花も薔薇よりは控えめで、それ故に秘めたものがあるように思えてくる。 (オホーツクの岬)

2017-06-01

田中恭平さん いきなりなんですが、私って関西コテコテの漫才って好まないんですよ。ボケとツッコミが明確なの。分かれていないほうがいい。銀シャリよりモンティ・パイソンのほうが好き。哲学者サッカーなんか至高。(https://www.youtube.com/watch?v=N7MlY56Gj3Y) ってのは、その中に世界がある笑いが好きなんですよ。舞台上には観客側の常識の世界とは違った倫理観で動いている異世界があり、現実の我々が日常生活を別にふざけることなく営むよう、舞台上の異世界にいる彼らも彼らの常識に則った行動をする。それを異世界から見たら異世界にあたる我々の世界から見て、舞台上を異質なものだととらえて笑う。でも舞台上の世界の人たちは真面目なんですよ。対してボケツッコミの笑いは、ボケが我々の世界の常識から外れたことをするとツッコミが叩いたりなんなりしますが、それは我々の世界の常識に則った判断で行ってるんですよね。前者の例がたとえツッコミ的なものがあってもそれは舞台上の世界の倫理常識で行われているのに対し、関西的な笑いはあくまで我々の世界現実の世界を軸にして展開される。だからそこに(こちらから見れば)異質な条理というのは現れにくい。 この東西の違いは「ボケとツッコミ考 ~笑いの東西問題」というHP(http://www.eonet.ne.jp/~greenboat/boat/BokeAndTsukkomi.html)が詳しいので一読してほしい。 んでだが、私のお笑いでの嗜好がこうなので、詩に関しても当然ながらこうなのです。詩中世界は必ずしも読み手が存在する現実世界の常識に則った条理で動かなくてもよいのではと思います。それを成すには、その独自の条理が存在することを納得させるだけの筆力が必要でしょうし私が今後磨いていくべきものの一つがまさにそれでしょう。 (オホーツクの岬)

2017-06-01

夏生さん 恐怖を感じなかった、のならなによりです。というのは田中恭平さんのほうにも書きましたが、詩中世界特有の条理がそこにちゃんと働いていることになりますからね。私としても詩中の触れていく彼は恐怖感を感じていなかったと思います。身が爆ぜても触れていくことがあの世界の条理でしょうから。 (オホーツクの岬)

2017-06-01

天才詩人さん 当該作品読んでみました。「空無通信」(http://bungoku.jp/pbbs/bbs.cgi?pick=4)「蛍」(http://bungoku.jp/pbbs/bbs.cgi?pick=5) 「蛍」のコメントにあったことですが、ダーザイン氏が北海道出身なのは知っていましたが晩成生まれなのまでは知りませんでした。 手元にある「ツーリングマップル2016」で見てみたところ、晩成を走っている国道336号線に「R336は民家皆無で交通量少ない/スピードの出しすぎ注意」とありました。(余談だが、改行を/で表すのって詩の引用以外だと殆ど見ませんよね)つまりはそういう田舎なんですよね。事情あってR336は日に3往復した(その日の走行距離は523km)のですが、僅かな集落ゾーン以外は道か山でしたね。作家論ですがそういったところの出だというのは直接モチーフに使うかとは関係無しに、確実に詩作にも影響を及ぼしているでしょう。 そういえばですが、昨日とある画像→ https://twitter.com/ninten86/status/870280207856422912 を見まして。ポケットモンスタームーンのテッカグヤというポケモンと東方永夜抄というゲームの蓬莱山輝夜(ほうらいさんかぐや)というキャラクターの絵なのですが、はじめてこのテッカグヤというポケモンを見まして、あああすごいいいいいってなりました。 市川春子のデザインで、体長が9.2m。こんな美しく巨大なものが目の前に現れたらもう泣いて感動してしまう。2mにも満たない人間なんて巨大な動物や建造物や山河や宇宙に比べたらちっぽけな存在で、だからこそそれを前にして感動をするのですよ。もう俺ほんともうテッカグヤに会ってみたい。泣くわ。俺にとっての大仏像になる。 巨大な動物といえばヘラジカ(体長3m肩高2m)もいま一番に見てみたい動物です。 (オホーツクの岬)

2017-06-03

ひらがなばかりの文体から『アルジャーノンに花束を』を彷彿とさせた。内容もあたまがたりない詩中主体による語りであるし。 田舎の公立小中学校出身の人だと、学年に何人かは明らかに知的方面に障害がある奴がいたってのは共感してもらえる話かと思います。(私立だとまず入学時点で色々と厳選されているし、東京とかだと地区で生活レベルが分かれているからあまり共感されないらしい) 私の中学校もまさにそれでして。すごいよなぁといまだと思います。どれが良いか悪いかという話ではありませんが、早稲田や慶応に進学した奴と高3の3学期で中退して今は解体工やってる奴とが同じ教室で同じ授業受けて同じ給食を食っていた。クラスでなく学年まで広げると京大や東北大までいますし、また中3時点で掛け算割り算も怪しい奴もいました。 バカとかってレベルじゃないんですよ、こいつ生きていけるのか心配なレベルでして。あだ名が「モアイ」(とても濃い顔していてしかも体はでっかかった)という奴がいたのですが、まぁいじめられていましたよね。 私とモアイは小1から度々同じクラスになり、また小学校低学年のころでは背の順に並んだ時モアイが1番後ろで私が3番目という縁もあったため、中学校卒業するまで所謂腐れ縁がありました。その頃別に私は友達意識は持っていなかったんですけどね。だって「バカとかってレベルじゃない」ですから、言っちゃえば知能は元からそういうものだっていう学校の兎とかよりも低い存在ですよ。勿論もちろん勿論現在の私はそんなこと言いませんが、しかしローティーンっていうのは残酷なほどに正直なもんですから。その存在が原罪ですよ。 そんなモアイと同じ道で下校していたある日ですが、ふと彼が「じぶんはいじめられてくやしいとおもうけど、いいかえすことができない。くやしいとおもってもいじめられるしかない」みたいな内容をふと言いましてね。やり返すにも知能が必要ですから。聞かされた私が何かできることもありませんし、話を聞くだけでしたが、でも今こうやって書けるぐらいに深く現在でも記憶にも凝り続けています。 そのモアイは地元の4年制定時高校(働きながら学ぶための定時高校、ですが実際は従来の学校に行けないほどに学力が低い奴の受け皿になっているのが殆どですよ)に入って、そして卒業後はやはり地元の缶詰工場のライン工です。 そんなモアイですが、就職した年の12月に籍を入れてちゃっかり中学校の他の誰よりも早い結婚を遂げているんですけどね。私は嫁さんの顔を見たことはないのですが、目撃した人によると悪くない顔らしいです。まじかぁってなりましたよね結婚を知った時は。まさかあのモアイが一番先に結婚するとは。人の人生はどうなるかわかりませんね。 私の学区てはそういった「バカとかってレベルじゃない」奴らもいましたから、中3までのモアイを思い浮かべながらこの詩を読ませていただきました。何も持たない、思いを発信する力さえもない人達の心中というのは、言葉にできない。 あと、2016年9月に自殺した前田仁(だるま)のことを思い出しましたね。自殺配信をしたのでその時は話題になりましたが、FC2によって遺書ブログは消されるし諸々のことがあって今ではほとんど忘れ去られています。(私もTwitterに「定期的に自殺配信をした前田仁(だるま)のことを思い出しましょう」と、ブログのログのURLを貼ったツイートをしていたのですが、Twitter運営にそれがばれてツイート削除&一時的にアカウント凍結を喰らいました) なにも表現できず、楽しみも無く、悶々としたまま生きていくしかない又は死んでいく人たちの存在って何なのだろうって思ってしまいますよね。この「人たち」って、今の文脈では「バカとかってレベルじゃない」奴らを指しているでしょうが、でも結局程度問題で我々だって苦痛のまま死んでいく存在ですよ。(特に詩書いている輩なんて!) 幸せってなんなんだろうね。 前田仁さんの遺書ブログのURL貼っておきます。長いですが、読む価値はあります。 http://archive.is/9iQ24 あと、表現的なことを指摘すれば、 おかあさんおかあさんあいたかったとなくゆめをみてははれためでめがさめるのです 「はれためで」(腫れた目で)は私の感覚でだが、他の箇所に比べて文体が高い、つまりここだけ表現の精神年齢が高いような気がする。腫れた目って、うーんどうなんだろ、あまりこういった口調で語る人は使わなそうな気がする。もうすこしレベル高い人が使う表現な気がする。 でもそういったことはあまり問題にならない程度にこの詩は良い出来だと思う5点満点なら私は4点入れる。(つまり満点にはならないんだけどね。万が一満点にできたら、もうそれはアルジャーノンのように世界の文学史に残るレベルだと思う。だから私も満点の形がどんなかってはわからない) (かみさま)

2017-05-18

追伸 前田仁さんは前述のよう情報規制に近い扱いを受けているので、実際何日に自殺したかももう調べてもしっかりしたソースがでてこないぐらいなんですよ。何も成せずに苦しみばかりを味わってきた一人の男が、最後の最後に雄叫びとして吠えたブログだってすぐ消されて、ログとっとく人がいなかったら闇の中でした。 変な芸能ニュースを見るぐらいなら日本国民は皆人須く前田仁さんのブログを読むべきなんですよ、本当は。 (かみさま)

2017-05-18

度々追伸で申し訳ないが 5点満点中4点ってのは決して不十分ってことではない。満点が3点までしかない詩は世の中にたくさんある。5点満点になったら神のレベルってだけで、人間界なら十分に覇権争える力量を持っている詩だ。 (かみさま)

2017-05-18

うーん、「がんじゃまんたけし」のほうがいいな。 「ラップの歌詞の原案的なもの」とあるが、しかし音声に乗っていないテキストのみの状態だから現代詩に則った精読をして読んでしまう。 一行一行の表現はショッキングでキャッチ―だが、行ごとが繋がってイメージを創出することはできていない。ミュージックとしてリアルタイムで流れていくのなら享受できるかもしれないが、こうやって提示されると荒さが見えてしまう。 (素晴らしい嘘が欲しい)

2017-05-18

星の王子様ですね。そして私には2人または複数人で交互に語り合っているように読めた。なので筋肉少女帯の「サンフランシスコ10イヤーズ・アフター」(https://www.youtube.com/watch?v=Irp3InP2sqo)という曲が頭に浮かんだ。 前半がダルくって残念なのだが、 「あんな本、本当はなかった」 「でも、読んだ」 から加速度が増し、あとは激情していきそのままラストスパートに至る。後半はとても良いのよ。だからそこまで読ませるための丁寧な導入が欲しい。ってのは最初当たりはあまり隠喩的なものを控えた方がいいかもしれないねってこと。 んでも、一回最後まで読んだ後だとこの前半部でも良いような気がしてくる。 初読がね、なんか悪かった。なんでなんだろう。 (テクジュベリグラフィティ)

2017-05-18

梅雨は元は黴雨、カビる雨の季節と書いていたのを流石に黴はってことで同音の梅に中国の皇帝が変えたそうです。ウンチク。 (梅雨)

2017-06-01

もしかして「今朝、ロケットが打ち上がるのを見ていました。」は6/1の9時に打ち上げられた準天頂衛星「みちびき」2号機ですかね。丁度現実にもロケットのイベントがあったのでもしやと思っているのですが。 (燃焼を終えたロケットにではなく、)

2017-06-03

ナウシカの巨人兵ですかね。3連目の子猫のくだりが1,2連目の視野の範囲が広い描写から一気にパーソナルな接写に転換してそれが面白い。ただ1,2連目が凡庸な気がしてそれがこの詩のマイナスポイントになっている。 (かいじゅうの朝)

2017-06-03

「見えないものを見えるようにするために」の6連目が特に良い。馬には神聖なイメージを感じるが、詩中の馬はそれと同時に詩中主体に傷を負わせる存在でもある。その正負両方の面がある詩中の馬は運命の形容とも見ることができる。その馬に、運命に、身をなげうっていく詩中主体には鬼気迫る意志が見えた。かつて文学極道が優良作品を造本したようにB-REVIEW選集とか出すときにはこれは載せたいなと思った。この詩はページをスクロールして隠れているところを見えるようにしていくのでなく、ひと目で全体が把握できた方がいい。 (鋳型)

2017-06-03

「瓜売りが瓜売りに来て瓜売れず売り売り帰る瓜売りの声」を思い出させるしおそらくそれのオマージュだろう。また、発声練習によく使われる「ういろう売り」も思い出させた ただそういった言葉遊びとして見るのならいささか冗長すぎる (み・か・ん・賣・り・の・言)

2017-06-03

「夕日の国」というこの題、四角が多くされど線の密度は決して高くない また本文に関しても仮名と漢字の比率が丁度良いように思える そういった視覚的な面を考慮して作られたものかは分かりかねるがしかし見て心地良さがあった詩であることには変わりない (夕日の国)

2017-06-12

「深紅」とか「終焉」とか、ゴシックな感じの、ビジュアル系の歌詞のような語句が多く、そこが「サブカルっぽい」となる所以であることは確かであろう。 それら語句語句が持つイメージが既に数多の小説・漫画・アニメ・歌詞etc.で熟成されていて、既存のそれを上手く利用できれば詩作品として飛躍できるが反対に気軽く使ってしまうとその強固なイメージに呑み込まれて、結局詩作品自体が「それ系のヤツだよね」と典型例になってしまう。その沼にはまらないような語句運用が必要だなと思った。 (苺月 -血染めの夜明け-)

2017-06-13

電機灯をつけてからの表現は良いが、対称的に初めの方が典型的で相殺してしまっている (ラグ)

2017-06-13

『東方紺珠伝』Stage3 プレイ動画 https://www.youtube.com/watch?v=OTODDXGhSb4 (夢に落ちる  ~『東方紺珠伝』Stage3から~)

2017-06-15

『東方紺珠伝』Stage3 プレイ動画 https://www.youtube.com/watch?v=OTODDXGhSb4 (夢に落ちる  ~『東方紺珠伝』Stage3から~)

2017-06-15

またまた死んでいました。2017年度は心休まる暇が無い。他人の詩も読めない。詩人に必要なのは知識でも私情でもなく健康だと最近思います。快活なマッチョマンになりたいというかマッチョマンが生成しているセトロニンだけ欲しいと最近思っています。プールで泳ごうかしらん。 てなわけで、 花緒さん 空間描写は最近の自分のトレンドなんですよね。今までも視覚性は意識して書いていましたが、それまでは平面の描写だったのが奥行きもある3次元の描写をも成そうとしている段階です。ただ空間描写していると比喩は必然と少なくなってくるんですよ。やはり隠喩が詩の詩情たるもので至上な存在であると捉えている人からは芳しくないようでして。そこらへんの調整が以降の課題ではあります。 しかし空間描写でありながら、この詩では空間を規定する基準がない。天辺も底辺も何もかもがない。例えば映像作品や絵画作品だと、その世界を映す視界(=カメラやキャンバス)があって、それが基準点となってしまう。それをもせずに永遠空間を表現するのは視覚性に欠ける活字のみができることなのかなとも思います。 (夢に落ちる  ~『東方紺珠伝』Stage3から~)

2017-06-20

あとツイキャス(http://twitcasting.tv/bungoku_was/movie/380655208)で言及されたものにも返答していこうかとも思いましたが、日曜日に結局自分も出るのでここではとりあえず軽くだけ書こうかと思います。 まずなぜこういった二次創作詩を投稿したかといいますと、まぁ今までも実は二次創作詩なるものは実は投稿してたんですよね。「妻の夫」は人生という音楽グループの「おどり」という楽曲の二次創作詩(http://www.nicovideo.jp/watch/sm19531865?from=146)ですし、朗読動画にもした「ある夜の思い出」(https://www.youtube.com/watch?v=af6QT7ny_Uot=9s)は艦これの二次創作、三次創作詩でもあります。 ただいずれも元ネタを前面に提示はしていませんでした。てのは元ネタを提示しなくても一次創作として独り立ちできると判断したからで。二次創作詩ってそういう面があるんですよね。川口晴美さんがtigerbunny、そらしといろさんが刀剣乱舞で二次創作詩を書き商業詩集にも載せていますが、二次創作でありながら商業流通が可能なのは言われなければ一次創作と変わらないからなんですよね。漫画や小説での二次創作とのこの違いはなぜなのだろうか、まだちょっと自分の中で言葉がまとまっていないんですよね。 だからあえて副題にちゃんと提示して強制的に二次創作詩と自明にさせたらどうなのだろうと、そのときに元ネタを知っている人と知らない人とでは読みにどういった差がでてくるだろうかと、特に知らない人にとっても詩となる強度を持つものになるのだろうかという問いがこれにはあります。ですのでキャスで東方を知っている百均さんとほぼ知らないなかたつさんとが両方いたのはとても参考になりました。 あと泡は弾幕からでなく、ボス戦のBGM「永遠の春夢」(https://www.youtube.com/watch?v=2AhIFWkn0NA)のポンポン鳴っている音からの連想ですね。 では後はキャスで。 (夢に落ちる  ~『東方紺珠伝』Stage3から~)

2017-06-20

あまりにも素朴すぎる詩だからか、たま の「まちあわせ」という楽曲(https://youtu.be/ebzL3zWUhRM)を思い出した 「コロッケそば」という存在は庶民的なイメージとしては少し手垢がついてしまったものかもしれない。割と創作物のなかでよく使われている印象。 (コロッケそばが食べたい)

2017-06-21

自分の中ではあきら詩のなかで今作が暫定一番の作品ですね。 毛や爪って臓器や皮膚とかよりかは完全に自己ではないというか、他人としての要素を持つものに思えます。それは日々身の外へ外へと伸び逃げようとしているからか。しかしそんな彼らこそが伸びることで自己に時間経過を知らせてくる。 伸びた爪や髪の中には時間が内包されているんですよね。昨日までの自分がそこに宿っている。 ちょっと書いてて自分でも意味わかんなくなっちゃったけどそんなかんじ。 (散髪)

2017-07-03

蓮華経以降は良い感じだがそれまでが固くて残念 仏教的なものを絡めると致し方無いのかもしれないが (彗星)

2017-07-14

この詩は賢治などの引用を挟まないほうが、聊斎志異とかみたいな中国幻想古典な雰囲気を出せてそちらのほうが良いし少なくともそのほうが私の趣味であるな。 結局私はkaz.さんの近作しか知らないので過去はどうだったかは計り知れないのだが、知る範囲での作品はこれ然りどれも引用や絵文字やといったギミックが悪目立ちばかりしていてうまくいっていないように思う。ギミックばかりに気を取られてしまうし、そうなるとその他の部分との不和を感じてしまう。 (姆大陆――記憶のムー大陸――)

2017-07-18

こぉれは詩中のイメージがぐんるぐんる回っていきますな。目まぐるしい。嫌いではない。 (赤子)

2017-07-20

これはすらすらと読めた、と私もライトレスします (縁)

2017-07-18

白島さんの詩は詩人が想像する「現代詩」の概念そのままの形をしているなと思っています。それは良くも悪くもですが。 それはそれとして、宣井さんと同じよう私も冒頭二行がとても良いと思いました。小説は読者がその後の文も読みたくなるようなキャッチーな冒頭というのを意識して書かれるものですが詩だとそういう意識がとても稀薄。それは良くないと思う。その中で、この詩は良い意味で小説的なキャッチ―な冒頭だ。 (扉)

2017-07-20

まりもさん 確かこの詩を書いたきっかけは筋肉少女帯というバンドのボーカルが卒塔婆を担ぎながら歌っているライブ映像を見て、卒塔婆っていいアイコンだなと思ったからだったと記憶しています。筋少の歌は江戸川乱歩的な猟奇耽美な世界観で、そもそも自分もそういったものが好きで、それを意識して書いたものですね。妖しさを出せるかどうかが要。制作時期は文極に過去に投稿した「解体」(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=464;uniqid=20160317_290_8700p#20160317_290_8700p)と同じ頃です。推敲ノートでも隣り合っていますし、自分の中では二つで一組の作品だなと捉えています。その中でも「解体」は業の深いフェティッシュさを全面に出したのに対し、こちらは言及されているよう構成に力を入れていますね。 愛憎も、汚れも痛みも、そうした負の部分もすべて飲み込んでやる、というような、そんな迫力を持った作品 地縁かぁ、とコメント見ながら思いました。なにせ今まさに今後の人生と郷里との関係をどうしていくかの岐路に立っているものでして。 この詩にもトラックと県道が出てきますね。全国1万5千キロバイクで走って思ったのは、国道と県道はなんか雰囲気違うんですよね。地方道レベルの大きさしかない国道でも、やっぱ県道とは違う。ってのは一車線でも追い越し禁止だったりっていうことなのかもしれませんが、それとは別に県道は存在自体が暗いといいますか。 場所のモデルは実は文極投稿の「雪」(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=517;uniqid=20170126_572_9417p#20170126_572_9417p)が全く同じなんですよね。忍び歩いた斜面と斎場は500mも離れていないと思います。 だから、やはりどうしても詩作するうえで郷里の影は絶対ついて回るんですよね。自分語りをすれば、私は地元の大学で方言学やってるんですよ。なんでかって、まぁ進学は都市部にしたかったのが上手くいかなくて、ならば逃れられぬ地方性を極めてやろうと。なんんだか自傷行為に近いんですよ。逃れたい逃れたい捨て去りたいと願いながらも自分は一生それが憑いてまわると自覚していて、だからこそ憑いてくるものの性質をよりいっそう身に取り入れてやろうとしている。 室生犀星の「ふるさとは遠きにありて思ふもの/そして悲しくうたふもの/よしや/うらぶれて異土の乞食となるとても/帰るところにあるまじや」という有名な一文をここ最近よく思い浮かべます。故郷に対する彼が持つ相反する二つの感情を今はひしひしと感じてきます。 これを書いたのは2年前なので現在の私の情況等が制作時とすべて合致するということは無いのでしょうけど、しかしまりもさんのコメントを見て過去の作品にも関わらずあまりにも現在と通ずるものがあることに気づかされ作者ながら驚いております。 (卒塔婆を背負いて山をゆく)

2017-07-26

るるりらさん ぎなた読み的な箇所において非常に興味深い考察をしていただきありがとうございます。作者の予測していなかった読みが現れる可能性があることがネット詩の良さでもあるなと感じております。 (卒塔婆を背負いて山をゆく)

2017-07-29

花緒さん 卒塔婆は様々なイメージを想起させえる便利なアイテムだと感じております。 県道のイメージはカラオケボックスと共通ですね。車社会に生きておりますのでそういったものは往々に詩に頻出してきますし意識的にそれを行っている節もあります。 (卒塔婆を背負いて山をゆく)

2017-07-29

星新一は練れば長編小説にすることもできるアイディアもショートショートとして大量に消費してしまったから後世の作家が何か書こうとしても既に星新一にやられてしまっていて書けないから迷惑だ、と考える人が世に一定いるらしい。 この詩も、まだアイディア段階で発表してしまったようなものだと感じる。もっと寝られる。この詩で言及されていることは3行ぐらいに圧縮できるし、それを発端にもっと広げられる、かはわからないけれど少なくとも思うのはこの詩のようにアイディア一発勝負な詩ってはあまりよろしくないんじゃないかなと。 (悲痛)

2017-07-23

視覚詩はこのくらいにシンプルで一発ネタなほうがいいね。 (結婚)

2017-07-29

この作品は直近に発売された『詩と思想』2017年8月号の読者投稿にて佳作をいただいた作品です。 佳作は作品は掲載されない代わりに選評は載ります。また8月号には入選して作品が掲載された拙作「灰色の丘」もありますので、それや選評と合わせて今作を読んでいただければより面白いかと思います。 8月号で同じく佳作をいただいた「埋めたてて」は文学極道のほう(http://bungoku.jp/ebbs/bbs.cgi?pick=9802#20170731_705_9802p)にアップされていますのでそちらもどうぞ。 (氷の女王)

2017-08-01

蛾兆ボルカさん 詩をやるのだから詩だからのことをやりたいと私は思っております。漫画や小説や、いまは動画制作なんかも色々やってきた身として、それぞれの表現方法によって個別に利点欠点があるというのが実感です。なのでそれぞれの利点を活かすことこそがその方法を選ぶ理由になり得るでしょう。詩を書こうとして書かれた詩という評価は有難いです。 ただ、詩中のテレビはこれ完全に有線のアダルト番組として書いたものなんですよね。読み取り方は読者の自由ではありますが、ここでブレが生れるとはさすがに想定していませんでした。もう少し丁寧に説明したほうがよかったかしらん。 淫らでありながら冷めていることについて、もっと個人的な経験からくるものが伝わってくると、もつと良かったのでは、と思いました。 まぁ実際これ経験を元に書いた奴なんですけどね。どこまで話していいのかあれですが、多人数プレイのため一時間バイクを走らせて市町村またいでモーテル行ったことありまして。主催者の彼女が一人なんですけどね、主催者の方は混ざらないで見ているだけ。全員が終わってからゆっくり二人でやるとかなんとかで。 畳敷きの小上がりがあるかなり小さなモーテル、多分一般的な広さの2/3あるかどうかぐらいのところでして、その中に割かし大画面なテレビやパチンコ台が詰められているような場所でした。気のやさしそうな除染作業員の方でして、自分でゴム持っていったらベッドわきの使っていいよ、真面目だねぇ、そういうの好きだよと笑いながら言われたりして。 んでまぁいろいろやった後なんですけど、丁度この詩の構図のように、〔テレビ―主催〕―自分 (〔〕は小上がり。自分はベットの上) という並びになっているのに気が付きまして、明りはそのテレビのバックライトだけで、天上の低い昭和家屋のようなそのモーテルの中をぼやっと照らしていて、なんかそれがとても温かな光景に思えて、だからそれをネタにしてこう詩を書いたんですよ。 そもそも構図が発端ですから、個人的な経験とかそういった方面にははなから意識が向かなかったという裏話でした。 いやぁだからこの詩をビーレビに投稿するか悩んだんですよ。当初は氷を文極埋めたてをビーレビにしようと思っていまして。投稿したら絶対上記の話にはなるしそもそもイチャラブ無い代わり酒の席のネタになるような話は持っている私が語りたくなるしなんちゅうかそういうのビーレビより文極のほうが許されそうな雰囲気あるじゃないですか。んでも定石踏むのもつまらんと思いあえて氷をビーレビにしてみました。どうだったんだろう。んまぁ語っといてなんですがそんな裏話は無視してもらって構いません。 (氷の女王)

2017-08-03

Migikataさん 結構具体的かつ限定的なイメージの元これを書きました。そこらへんが輪郭の明確さに繋がっているんでしょうね。 行為の前後の「君」の捉え方が単純に図式化され これはかなり意図的に、「君」の人格が現れないようにした節があります。ドライな空気の中で映画館のような光景を流したかったのです。ただコメント読んで生々しさのある方向性も面白いかもと思いました。 (氷の女王)

2017-08-03

まりもさん 「埋めたてて」は文極見てもらえればわかりますが経緯が現実的なので政治的要素の臭さが出ないよう意識して幻想性高く寓話然としたものになるよう書きました。幻想性は薬味ですよ。 対してこちらは現実に沿うようなイメージを描こうとして書いたものです。なぜっていうのは、例えばビーレビに投稿したのだと「夕陽に顔面」は女子高生「妻の夫」は(人)妻、文極だと「脳の中で」(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=528;uniqid=20170503_417_9587p#20170503_417_9587p)は美少女、『詩と思想』2017年5月号に載った「抱きしめる」も(人)妻……なんでか私の詩に出てくる女性ってロリか熟女かしかいないんですよ。別に狙ってやっていたわけじゃないんですが気づいたらそうで。フェチレーベルかよって。だからひとつ中間的な年齢、自立した成人女性が出てくる詩を書こうってのがこの詩のコンセプトの一つでした。だから現実的な方向になったんですよね。自立した女性ですから、ロリ系のよう男性の願望を満たすがままの存在にはならないし熟女系のような「私」を無条件に肯定してくれるような存在にもならない。 まぁでも、女性を書くって難しいですわ。世界最大の謎はモアイ像でもキャトルミューティレーションでもなく異性なのかもしれません。 今月の三作ではやっぱ自分としても「灰色の丘」が随一ですね。あれは最近私がはまっているfps(完全一人称)視点での表現を実行できた作品でありますから。 (氷の女王)

2017-08-03

竜野欠伸さん その挑戦は半ば成功した、のではないかと思うのです。 半ばでも成功したのならもう大成功ですね。私もそろそろ非現実の美少女ばかりでなくリアル路線も兼ねて持ち合わせたいですし。 (氷の女王)

2017-08-03

引用符としていた記号「だいなり」が表示されていないですね。 記憶だと前は表示されていたような。 (氷の女王)

2017-08-03

これは題名がとても良いです。詩の評価の半分は題名によるものなぐらい。 全体的に見ても佳作だと思う。 (みゅーじっくはうす)

2017-08-12

一行詩というのは読むのも書くのも難しいですね。蛾兆さんと被るかもしれませんが、厳しい制限の中でまだまだ余分があるかと。 やっぱこういう詩の指標となるのは安西冬衛の「春」、「てふてふが一匹韃靼海峡を渡っていった」なのかなと。 (電灯)

2017-08-12

まりもさん 8月だと空襲やその方向の連想をされるだろうなとは薄々思いながら投稿をした節はあります。今回のこれが良く働くか悪く働くかは別として、詩の寄稿者は自作の詩を載せる場や時の条件をも考慮に入れて作品提出を調節するというのも一つの技能なのかなと思います。例えば雑誌に投稿する際にも誌によって一行当たりの文字数制限は違いますから、少ない文字数のところにあまり一行が長い詩を投稿するのはよしたほうがいい。ネット詩でも月の初めすぐや終わり間近は他の人の投稿もどっとくる傾向があり自分の投稿が流れてしまう危険性があるのでなるべく避ける。またネット詩の歴史は半ば荒らしとの闘争でもありますしそれに間違われる投稿はよし、またB-REVIEWの場合なら前衛的なのを投稿するならすぐ提出できるようアーティストステートメントを用意しておく。 場の倫理や特徴は紙にもネットにもどこにもありますからそれを考えるというのは重要なことでしょう。それらにはそぐわない作品があるのなら最終的には自分で詩誌なりサイトなりつくるという手もありますし。私もあまりに大きくてネットには投稿できない視覚詩があります。でもそれは自分の詩誌「カミノテクノ」では発表できています。 今作は去年の6月ぐらいに書き上げたものを投稿の際に再推敲したものです。やはりご指摘のよう冗長な部分があるとは自分でも感じていたんですよ。でもあれですね、行数文字数を増やすのはたやすくできますがその逆って難しいですね。詩を書き始めの頃は短詩しか書けず、詩誌投稿にはもう少しボリュームが欲しいと思い増量計画を練っていたのですが、あっという間に今度はあまりに行数が多くなりすぎてしまうようになりました。読みやすさとか考慮すると20~40行ぐらいがちょうどいいんでしょうけど。 (裏路地)

2017-08-18

前田ふむふむさん こんにちは、前田さんの名は一方的に存じております。よろしくお願いします。 何を意味しているか、というか、多分これが自分のフェティシズムなのかなと思っています。人体がバラバラになっていくの。 詩書き始めてから、なぜか自分の書くものにはそういった表現が頻出すると気づいたんですよね。例えばここに投稿したものだと3月に大賞をいただいた「夕陽に顔面」(http://breview.main.jp/keijiban/index.php?id=156)や5月投稿の「オホーツクの岬」(http://breview.main.jp/keijiban/index.php?id=327)もそうだし、文極投稿のだと「首ちょんぱロリ美人」(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=462;uniqid=20160303_061_8667p#20160303_061_8667p)がそうですね。「解体」(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=464;uniqid=20160317_290_8700p#20160317_290_8700p)もバラバラになるという意味では私のフェティシズムです。 いやぁ、でも別にポルノな感じで3次元で見たいわけじゃないんですよねそういうのを。中学生のころなんかグロ画像をイキって検索たりとかしてました(メキシコは人為的なグロ、中国は交通事故などでのグロが多いです)けどべっつに面白かったわけじゃないし、厨二病みたいなもん。 まりもさんへの返信でも書いたよう自分でも不備を感じる作品ではあるのですがそれでも投稿したのは、やっぱ結構気に入っている作品だからなんですよね。 作者の「無意味なのだという」詩の説明ではないかと思われます。 ここは少し納得はいかなかったですね。意味―理由を持った存在でなくただただ丸裸にそれのみのものという表現を意図したところであります。 ただあまりに無○○さを連呼しすぎかなと思うところはあります。 (裏路地)

2017-08-18

hyakkinnさん 道などの空間には明らかに個々に特徴を持っていると思うんですよ。例えば廃墟が町の中にあったとして、当然一般道路と隣接しているわけですが、しかし廃墟のその空間だけ何かが違う。文極に投稿した「空き地」(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=539;uniqid=20170711_967_9757p#20170711_967_9757p)なんかはその感覚をもって書いたものです。 んでその特徴ってはやはり歴史、人の営みによって与えられるものでしょう。自然による特徴のつけ方と人間による特徴のつけ方は違うなという感覚を持っています。(富士の樹海なんかは自然によるものの最もたるものでしょうが、やっぱあの鬱屈さは廃墟のそれとは違かった)それはやはり「怨念」の有無でしょうね。多分人ほど思念を現世に残そうとする生き物は他にいない。樹齢何百年とか、蟲毒とかやらない限り植物や動物の思念は残らない。 そもそも道というもの自体が凡そ人営みによって作られたわけですし。 痙攣の下りは私も好きなところです。下段揃えにしたのがよかった。 (裏路地)

2017-08-22

sonetiraさん ありがとうございます。 「痙攣」の羅列は視覚的にも面白いですよね。斜線が多くて揺れているように見える。 (裏路地)

2017-09-02

花緒さん →夕陽に顔面に近いアイデア そうですね。意識して投稿しました。私用で9月は全く投稿・コメントせずに終わる可能性があり8月が一つの区切りとなるため、原点回帰ではありませんが過去作に通ずる作品を投稿しました。 余談ですが、好きな詩ベスト5を作るとしたら私はトップかそれに近い地位に黒田喜夫の「毒虫飼育」(http://wrincle2012.blog.fc2.com/blog-entry-12.html)がきます。あれなんてなかなかに気持ち悪い。でも好きっすわ。 (裏路地)

2017-09-02

文節を基本とした行分けはよく見る形だが、割とアクセント的な効果を以ての分け方だと思う。全篇にわたってその分け方だと少しくどいかなと感じた。行の長さでのリズムの強弱があってもこの詩はいいんじゃないだろうか。 (candy)

2017-08-18

「光のように眠い」という表現はとてもよい このワンフレーズから世界観を拡げていくこともできそうなぐらいのポテンシャルを感じる ただ、これは私も言われていることだが、明喩表現が少し多い気がする (黙すること)

2017-08-14

東北周辺かなと思って読んでいたらやはり茨城でしたか。「南極の館」は山形のリナワールド? ひたちなかからはちょっと遠いか。 リチウムといっても私は電池しか連想できない。詩中の人物のよう知らないのでwikiで調べてみたところ核への使用もあるんですね。ウランばかりかと思っていた。さらに見ると躁病への医薬品という使い方もあるとか。 元素っても結構専門知識寄りなジャンルだろうし知る人と知らない人と出は結構その知識に差が出ると思う。知っている人はその知識をこの詩に付加して読めるのかなと感じた。 (リチウム)

2017-08-18

宮沢賢治を彷彿とさせるメルヘンな詩だなと思った。いま丁度これを谷山浩子というミュージシャンの曲を聴きながら書いているのだが彼女の作風にも通ずるものがある。こういうのは結構好き。 ただもう少し早く銀河の下りを持ってきたほうがいいのではないかとも思った。少し前半がダレる。 (私が鈴虫だったころ)

2017-08-18

り詩は淀みなくさらっと読めて、それが持ち味なんだろうなとは分かる。 ただ一方でもう少しフックのある箇所があってもいいんじゃないかなとも思う。詩文の調子が一定なんですよね。ちょっと憂鬱で、だけどシニカルで。テンションの上下がも少しあってもいいような気がする。 (マックシェイク飲む、いつも。)

2017-08-22

うわっ、一行目からミスってんじゃん 「視界はは固定」でなく「視界は固定」です。各自補完して読んでください (三人の女―固定された視界にて―)

2017-08-19

まりもさん この詩の元ネタというか発送源の動画がこれ(http://nicoviewer.net/sm30209119)でして、見てもらえばわかるよう詩の内容のまんま(笑)。 この詩で行いたかったことはつまりfps、完全一人称視点による詩中世界の描写と、神の視点からの絶対的座標でなくその主観からの相対座標による詩中のオブジェクトの配置なんですよ。読者は詩中主体を見下ろす存在でなく詩中主体と一体になり、さらに詩中世界の認識の仕方さえも主体と同じくなる。主体の主観的な認識がそのまま詩全体においての客観的事実となる、そういった詩を書こうとして書いたものです。(ちなみに『詩と思想』2017年8月号に掲載された「灰色の丘」も同じコンセプトで書かれたものです。あちらは主観視点をいかにスライドさせていくかを軸として考えました。) 空間自体に奥行きを定めるものは無く、オブジェクト(人間)の立ち位置によってそれがなされる映像といえば昔の番組「笑う犬」で行われていたコント「生きる」(http://nicoviewer.net/sm13197398)なんかもそうですね。 奥行きの規定ってだけならオブジェクトの性質は述べなくても確かに良いんですよね。しかしそれだと流石に味気なく、また発想源の動画を見て私はああ神々しいと思ったからこの詩を書いたのであってそれを反映させたかったのも事実です。結局無意味にただ存在しているだけで一応成立するものに対し無理にでも意味を持たせようとしたから、その言及が最後含め過剰気味になってしまったなとは執筆時点でも思ってはいました。 (三人の女―固定された視界にて―)

2017-08-22

まりもさん 私は平素は着想元などは積極的に提示するタイプです。それはこれまでのコメント欄を見ていただければわかってもらえるかと思います。「オホーツクの岬」では態々画像をアップローダーにあげてそれのURLを貼りましたし。しかし今回はあえて「発想源」という曖昧な表現で最小限の提示に留めてみました。(コメント欄での提示は最初のコメントが来次第行う予定でありました)というのも以下のような記事がありまして。   「日本人は0からものを生み出せない」――日本アニメの海外進出について岡田斗司夫と山本寛が激論  http://originalnews.nico/7148 この記事に沿って言えば、私はバリバリ同人誌文化に影響を受けている人間であります。 だからか、義務というよりかは自分から積極的に提示したい。 6月投稿の「夢に落ちる  ~『東方紺珠伝』Stage3から~」(http://breview.main.jp/keijiban/?id=411)も副題で述べていなかったら二次創作の性質を持つものとみる人はまずいないでしょうし、影響に気づいたとしてもこの詩の内容だったらそれを確信にまで持っていくのはちと難しいのではと。それでも副題に書いたのは、いろいろと他の理由もありますが、その一つとしてその提示欲はありますね。どんな情報もいつどこで誰だろうとアクセスできることが理想です。だからコメントでもURLを極力提示するし。 ただそうやって提示することでの弊害というのも、この記事を読む限りはあるのでしょう。それの良し悪しは別として、批評家が表現者より一段低く見られる傾向にあるのは、そのものによって紡がれるものがそれ単体で成立する(詩などの作品)か、他のものと合わせないと決して成立し得ない(論文・批評文)かという差があるからなのではと思います。 ならば(バレない、ということも含めて)もし単体で成立させることもできるのならば、わざわざ自分から作品を低くする(二次的なものにする)こともないのでは、とも。とりあえず実験として今回このような提示方法にしてみました。 いやでも、提示したいわ私はうーん。 兎も角も、 →難しい問題だなあ これに尽きますね。 (三人の女―固定された視界にて―)

2017-09-02

シリューさん 部屋にタペストリー吊るしまくりな弟にこの詩を事前情報無しに読ませたところ、彼も「MMDみたい」と一発で分かりました。 実際わかってほしいと私も思って書いた節はあります。それはやっぱまりもさんへの返信で書いた「提示欲」だったりで。 でも文章単体の作品で3DCGを想起させることができるっていうのもなかなか高度っちゃ高度ぽくないすか? 映像表現の追求という点では前から変わりませんが、今の私は平面的な映像からさらに発展してxyz六方向な立体的な映像を表現することを追求しています。 あと運営さん、最初の行の誤字修正してくださったのですね。ありがとうございます。 (三人の女―固定された視界にて―)

2017-09-02

まず題名自体が大きな山ですね。結論を最初に提示して、本文ではそこに到る経緯を丁寧に述べる。 しかし本文自体の結は題名の言い直しでなく、経緯を含めての発展形な結論となっている。 文章の書き方としては上手な構成だ。 (好きだった人にいっそ嫌いと言ってもらいたい)

2017-08-22

→ドアノブが動くと →腰がムラムラとして 扇状的でエロティックなものをはじめに想起させるわりには、その欲情がどうこうなることなく・その後殆ど全く触れられることなく詩は続いていくはけ口の無さが良くも悪くもむずむずとする。 (ドアノブ)

2017-09-02

明確な図を描写する文章なのかなと思う一方で、 →角が立つから →君も立ちなさい などのよう慣用表現を実際の図式と絡めた言語遊戯のようにも見える。 特に後者の面から落語っぽさを感じた。 (斜になる)

2017-09-02

追記 なぜ落語っぽさかというと、言葉の上ではちゃんと成立していて映像も結べるような気がする。 しかし実際に像にしてみようとすると非常に困難を極める。完全に言葉の中でのみ表現が完結するよう作られているように感じたからだ。 特に「頭山」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%AD%E5%B1%B1)という落語を思い浮かべた。物語の筋書きはわかるのだが視覚的な表現方法でリクリエイトしようとするととても困難。アニメーションは作られている(私が実際、大昔にNHKでそれを見てこの落語を知った)が、もうシュルレアリスムなことになっている。 (斜になる)

2017-09-02

まず私もsurvof氏と同じく →6行を6連、しかもすべての行を(空白ふくめて)同じ文字数にしてしまった技術的な凄さ を感じた。少し前に私用で20字×7行の詩を書いたのだが、それにぴったしおさめるのに苦労した。 11字×6行×6連だと20字×7行より2.8倍近い文字数があるため詩作に要した労力も相当だろう。 ただ表現自体で言えば少し比喩の比重が大きいなと思う。これくらい隠喩隠喩しているものが好きな人もいるしそれが割とマジョリティだよなと思いながらも、私としてはまりもさんだったら他の作品のほうが好きである。 (奏楽)

2017-09-02

ファンタジーぽいんだけど丸々ファンタジーではなく微量に現実が混じっている、という表現が終始続くなと感じた。 そういう詩はまれに見るが、詩中で言葉の強弱がつきにくく、概して一定かつどっちつかずなテンションのまま流れていってしまう。 (一人称多数)

2017-09-02

→内藤ホライゾンというこの顔文字はかつて一世を風靡しましたが、今は人気も落ちあまり使われなくなりました。 →内藤とは皆の笑顔の為にブーンと走り続ける儚い存在でありました。僕はその儚さに心を打たれ仮の名として拝借したつもりです。 →この顔文字はインターネットにおいて抽象化される僕個人を投影したものなのです。だから投稿する詩と僕と内藤は独立した存在なのです。 なんか下手に純文学然としたものを書くよりも、内藤氏はこういったゼロ年代のインターネット事情に対しての諸々の感情をネタとして詩を書いた方がいいのができそうな気がする。考えてみればもう近過去の域だ。5ちゃんねるになったし。ホライゾンなんて何年ぶりにみたかってぐらい。せいぜいなんJ民と原住民ぐらいしか最近は見ていなかった。 劣化しないデジタルも古びてしまう、二進数へ向けての我ら三次元空間に生息する有機体からの感傷、そういうのってこれからの時代需要があるように思う。平成版三丁目の夕日。てか私がそういうの書きたい。 (僕もあなたも何のために生まれたのか)

2017-10-08

なんだろうこのモヤモヤ感、癖になるなぁ 二次性徴を暗示しているのかもしれない。そう読むと「習字カバン」といったまさに小学校小学生然とした語句、また「少女」というストレートな表現と、「体操着」「ひたい」というフェティシズムにも繋がる語句、さらに「何でも飲んで」という動詞としてまた様々な連想をさせる語句々々の組み合わせ、いやぁエロスエロス。これ好きだわ (工事中)

2017-10-03

こういう系の詩を見て最果タヒっぽいとすぐ思ってしまうのは私の悪い癖だ。 たとえば以前私がタヒっぽいと書いたのは こころん氏の「death」(http://breview.main.jp/keijiban/?id=302) こざかな氏の「無題(だいなし)」(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=503;uniqid=20161110_830_9256p#20161110_830_9256p) だ。あときらるび作品にもそんなこと書いたような気がする(きらるび氏からは「現代詩のことまったくしらないのでわからないのですがそうなのですね」的な返答をもらった)が見つからない。 これらの共通点は何であろうと考えたとき、まだ全然結論はぼんやりしたままだが、多分だが詩から漂うある程度の気だるさ・厭世観と、若い女性が話しているような文体、そして一文一文が比較的長いことなのかなと思う。 (ミルキーデザイア)

2017-10-08

音声学的に[k]は無声軟口蓋破裂音といいまして。破裂音とは呼気が鼻へ抜けないようにしつつ唇や声道も閉じ、その状態で一気に呼気を開放して出す音のことです。(他には声道を閉じはしないが狭めて出す摩擦音などがあります) 爆発の如く呼気を一気に出すわけですから存在感のある音になります。他の破裂音には[p][b][t][d][g]があります。 そういった破裂音の連続ですからこの詩もとても力強い音となっているわけですね。 (きっとカジュアル)

2017-10-03

霜田氏のいつもやっている連ごとにインデント返る表現、あれただ見づらいだけだしやめたほういいと思っていたのだが、やっぱそうだよ、やらないほうがいいですよ (童話)

2017-10-03

題名がとても良いのだが、本文がその衝撃を超えることできないまま終わってしまっているように感じる (返信全員に返信転送)

2017-10-03

うーん、まぁたしかにダリって言われればダリっぽいなとはなるが。そこからの感想が出てきづらい。 (シュール Real)

2017-10-08

「八方に光」とあるわりには「見えない前」、月の煌々とした光と暗き中をゆく兵士たちのそれぞれの情況がいまいち噛み合わずあまり読み取れなかった (行軍の名月)

2017-10-03

歌詞っぽさの由来はリフレインだろうなと思う リフレインっては詩の技法の中でも相当難しいものだと思うのは、規則的な繰り返しをしてされど毎回ごとにその一文が纏う詩情が変化または増幅していかないとただただ単調になってしまうからだ。 この詩はリフレインをやめて文字数を詰めても成立してしまうだろうし、そこらへんが弱さに感じる。 (クールなやさしさ)

2017-10-08

完備さん 恒常的な詩読みとそうでない人たちを繋げ得る可能性を持つのはホラーだ、という仮説のもと何篇か書いてきました。これはそれのうちで一番直接的にホラー表現があるものです。 とはいえ詩なので映画のよう演出すればいいわけではないので、あえてズラすといいますか、ストーリーを進めるのみでまるで小説のようになってしまわないよう詩という表現媒体だからこそできる回り道を挟んでいます。私はこういう詩作の時は、形而上に構築した空間を自分がカメラマンとなってズームインアウト煽り俯瞰を駆使し切り取る感覚で使っていますが、やはりそれだけでは良くないだろう、形而下のカメラが成し得ないような例えば四次元的なカメラ回しを形而上のカメラはしなくてはいけないのだろうと最近思います。 しかし果たして、本当に仮面をとったらその下には実体が居るのだろうか、それは私にもわかりません。 (受験勉強)

2017-10-08

もなかさん ホラーにおいてはなるべく詩中主体の存在を消したい(または極力読者と一体化させたい)という気持ちがあるんですよ。というのは詩中主体が立ちすぎてしまうと恐怖体験はその主体のものとなり、読者としては他人の経験となってしまいますから。 2ちゃんねるの伝説的な都市伝説に「きさらぎ駅」というのがあります。(http://nekonohige.minmike.com/kisaraga_eki_1rime.html) これの秀逸なところは主体(はすみさん)は過去にあった恐怖体験を物語然として書いているのではなく、レスにリアルタイムで状況を書き込んでいることであり、(そのスレにリアルタイムでいたわけでない、まとめを読む)読者もそれを追っていくことにより主体と同じ時間経過を味わえる点にあります。きさらぎ駅が他人事でなくなるんですよね。 そういったことを自分の詩でも成してみたいと思っているのですが難しい。 春日線香さんの作品を数篇読んでみました。「水鳥の夢」(http://po-m.com/forum/myframe.php?hid=8055)これはいいですね。 (受験勉強)

2017-10-09

仲程さん ホラー詩をやってきた、とはいっても実際どストレートなホラーはいままで少なかったんですよ実は。例えば文学極道に同時投稿した「疲れたときに行くオタクショップ」(http://bungoku.jp/ebbs/bbs.cgi?pick=9934#20171003_404_9934p)も一応区分としてはホラーにしているのですが、でも正直言ってどうなんだろうね、って感じです。 だからコテコテなホラー表現を一度やってみるというのがこの作品の意図の一つでもあります。 (受験勉強)

2017-10-09

survofさん 実際コメディとホラーは紙一重ですよね。それはどちらも現実に則らない(シュールであること)を目標としているからでしょう。 伊藤潤二というホラー漫画家もシュールを極めすぎて、時にギャグ漫画と形容されてしまいます。 その超現実と、理知的なものの代表としての数学を対比させたかったのですが。説明的というのも、もなかさんへのコメントで言及した主体をぼやかしたいことの反動かもしれません。 (受験勉強)

2017-10-09

花緒さん コテコテホラーという点では確実に「一種の日常詩の色彩の強いもの」を目指したということになりますね。 前衛やりたいわけではなんですよ。映像表現(最近では二次元的なそれから、三次元的な空間表現にまで及んでいますが。)をやりたいだけでして。形や色彩を見せたくて、だからそこに含まれる意味とかはさして重要でない。現象のみに興味がある。だけどそうなるとやはり説明的になってしまう。某氏に「~ような、という表現が多い」と批評されたことがあるのですが、これも隠喩にさして興味が無いからなんですよ。実像結びたいのに隠喩みたいなあやふやな表現してらんない。とはいえそうも言ってらんない感じなので、隠喩のいいとこだけはかいつまんでみようかと今は思っています。極める気は無い。 つまりは叙述も比喩もいい塩梅を探している途中っす。 (受験勉強)

2017-10-09

5or6さん →作品の内容はゾクッとはこなかったです。 これは死活問題ですわ →主人公に問いかける化け物のような目線が描かれていたらツボでした。 それは「理由のある恐怖」という区分になると思います。なぜ自分が危機的状況に陥っているかがわかる恐怖。 対して理由のない、なぜそれが起こっているのか説明のつけようがない恐怖、実は私はこっちのほうが趣味なんですよ。『遠野物語』は読むと唐突に終わるエピソードが多いですが、ああいうのがいいですねぇ。闇はその先に何が潜んでいるかわからないかわ恐怖してしまうわけでして。思議が不可だからこその不思議です。 (受験勉強)

2017-10-09

5or6さんへ追伸 拙作「kissはチョコの味」なんかは意味不明さ・ブツっと終わる感じを意識して作っています (http://breview.main.jp/keijiban/?id=136) (受験勉強)

2017-10-09

第一連、すべての行が「す」で終わっているのがまさに子供のレポート・作文ぽくて味があるし、 →何年も何年も終わり続けます 終わりがピリオドでないこの表現は秀逸だ。またこれにより後の連の仏教要素ともつながりをもてている。 でも一連目のオドロキを引きずったままその後も読んでしまうからこのオチではそれに勝てないのが惜しい。 (逆光)

2017-10-08

一連目のその流れからの →のような午後の世界に には意表を突かれたが、その後の花火のくだりがそれまでのテキストとの繋がりを感じられずバラバラだ (花火の夜(江戸川))

2017-10-08

言ってしまうとこの詩自体は特に良いとは思わないが、一方で障害者の表現が不謹慎不適切か、というといやんなことはないだろうとも思う。私はそっち側の人間です。 私なりの結論を申せば絶対的な不謹慎不適切かどうかの線引きはどだい無理な話で、そして個々人が想う線はそのもののイデオロギーに非常に左右されてしまう、のではないかなと。 私の感覚だと、明らかに障害者が不利益被るような場合でない限りは問題ない。多分一般的な線引きより相当ゆるい基準だと思う。 紅茶猫氏、もなか氏を批判し攻撃する意図は全くないと断言しておく。 ただ思うのは、ひとりでも不愉快に思う人がいたらその作品はアウトなのか(お二人がそこまでのことを言っているわけではないのは重々承知しています)、ということだ。すごく雑な言い方をすれば過度に気にしすぎな(可能性を持つ)人にどこまで付き合うべきか。 たとえば勝手に例に出してしまう大変迷惑をかけてしまうが、前田ふむふむ氏の「透明な統計表」(http://breview.main.jp/keijiban/index.php?id=716)に対し私が「はじめに死者行方不明者の数字を出すことによって彼らを主体性のある個人でなくただのワンカウントにしてしまっている。不快だ。」と言ってたらどうだろうか。当然反論はあるだろうが、「いやでも俺は被災者だし。おまえたち被災者? 違うならわかんないでしょ。わかんない人が不用意に表現しないで頂戴。」と言ってしまうとする。これ結構きついよね。いくら別の観点から私の批判に反論したところで、それ自体を覆すことはできないもん。水戸黄門の紋所のように被災者であることを提示してきたら周りも疲れてくるだろうし、しこりが残っているようでむずかゆい。ずるいわ。後から加えようのない属性の有無によって選民するのってほんとずるいしそれやられると属性を持たない人はその点においては太刀打ちできない。学閥みたいなもんだよ。卑怯だ。 不謹慎不適切かどうかの判断に享受者の境遇は絶対的な基準でないと思う。そうであるのに、ビーレビ外の諸々の場においてそれが絶対的な効力を持っているように私は感じる。 勿論! 可能な限りの配慮はすべきであろうが。理想なのはテキストの表現のみを判断材料にすることだ。ただそれはほんとうに理想論であって現実的には読者の属性がどうしても読みに干渉してきてしまう(それこそ一つの言語によって書かれているという時点で偏った属性を持っているわけだし、それが判断に鑑賞してこないはずがない)。 不謹慎不適切認定なんて軟膏のよういつでもどこにでもできてしまうから声デカイ輩にいちいち付き合っていたら何もできなくなってしまう。それが昨今のメディアの自主規制な訳であって。過繊細な人に住みやすい世界は、あらゆるを受け止める度量のある人には窮屈になる。後者はかえりみられないのだろうか。 それでも一応線引きの結論はしなくてはいけない。 その場合に現状私が一番指標になりえると思っているのが、小林よしのり『ゴーマニズム宣言 差別論スペシャル』(1995 解放出版社)のいちページ。漫画作品だが活字部分のみ引用させてもらう。 「 筒井氏(引用者註 筒井康隆氏のこと)は言う「表現の自由は際限なくどこまでも保障されるべき 講義する自由これもどこまでも保障されるべき」  そんなヘンな理屈が通用するのだろうか? 自由と自由がごっつんこじゃないか! そーじゃないんだ 表現の自由にも責任を負わねばならぬし人によっては制限もあるのだ 人権掲げて講義する側にも当然制限はあるし 講義の品質・クオリティによって決まるのだ 品質を判断するのは双方の話し合いを公開にして 第三者あるいは読者の審判を仰げばよい 作家・作品も質によって差別され 抗議団体も質によって差別されるのが当然なのだ」 今後もこういう作品が現れた場合は(フォーラムに移って)どんどんと議論すればいいと思う。多分もう来ないなんてことは絶対あり得ないし。 てなわけでいい機会なので雑に問題提起してみました。紅茶猫氏、もなか氏、ごめんなさい。いやほんと敵意は無いんで、そこは信じてください。 (OYO THE FREEDOM)

2017-10-08

→フォークリフトにのせられた →あのこのくびがぶらりとゆれた この二文が秀逸だしインパクトも絶大なのだが、他の箇所がここに完全に飲み込まれてしまっている (8月24日)

2017-10-08

コカコーラってマクドナルドと並びグローバリゼーションの最もたる象徴のひとつだと思うんですよね。 先月私がいたインドでも日本と何一つ変わらない姿でコカコーラは売られていて、しかも相当な田舎でも買えてしまう。 コカコーラという存在はいかに非日常な場所だろうとそれが現れることにより日常へと呼び戻してしまう。コカコーラを飲めばいつどこだろうと口内は郷里になってしまう。未知ゆえの飛躍を消してしまう。そういう意味ではポエジーとはかなり反対方向にある物かもしれません。 されどこの詩ではしょっぱなから「コカコーラがいちばんかっこいい」と、ポエジーと真っ向から反対するような発言をしてしまう。しかし、それに対し我々は反意を示すことはできない。実際カッコイイ。ゆらいでしまう不確定なものに対し、いつでもどこでも変わらず同じなものの安定さといったらなんてマッチョイズム溢れていることだろうか。強いのはかっこいい。それを否定する人間なんてそういるもんではない。 そのような強烈な出だしをしながらも、それ以降は熱いポエジーへの思いが綴られている。これはアツい詩だ男気に溢れている。 思えばりさんは以前「マックシェイク飲む、いつも。」(http://breview.main.jp/keijiban/?id=612)という詩も書いていましたね。 (いちにちの終わりのピカピカのポエジーのピカピカの終わりのいちにち)

2017-10-12

ネットで多く見る視覚詩はその造形だけが先行してテキストとしての要素が足りていない、仮に詩と同型の図形があったとしてそれと詩の差異が感じられない・それを詩でやる必要性が感じられないものが多いように思う。 その観点から見るとこの詩も残念ながらそれに当たってしまう。 ただこの詩の秀逸な点はスマートフォンからの閲覧を想定して書かれているということだ。私はそういった詩を初めて見た。 世のあらゆる創作物はイデア界、概念の世界にあり、詩なり音楽なりはそれを現実に投影する手段だ、と私は考えている。投影するとき、同じ対象を描いた絵でも画材が変われば最終的な形が変わるよう、現実に投影された創作物の形はそれを表す手段によって変化を余儀なくされてしまう。 同じ詩でも朗読するのと書籍に載せるのでは違ってくるよう、ネット詩もパソコンで見るかスマホで見るかで変わってくるだろう。ことビーレビにおいてはスマホで見る時の一行の文字数が著しく少なくなる(流石に18字は少ないと思います。仕様変更お願いしたいです)ため、一行当たりの文字数が多い詩はボキボキに折れて見苦しくなってしまうことも多かった。 その点を逆手にとって、この詩はむしろスマホで見てこそ真価が発揮される構成となっている。デバイスが持ち歩けるようになりいつでもどこでもネットにアクセスできる、ネットのテキストを読むことができるようになった今、デスクトップなデバイスに依らない詩というのはひとつのエポックメイキングかもしれない。 ネット詩ももはや古いかも。これからはスマホ詩かもしれない。 (魚と鳥と兎と すクロール〜TOTO-to-TO-to-TO-to すCrawl〜)

2017-10-18

「チックとタック」という昔の教科書に収録されていた童話を思い出させた。(http://www2.ucatv.ne.jp/~tp_sntik.flower/shinoi_story/shinoi_story/shinoi_story_chiba_1.htm) ファンタジーな雰囲気は全面にしっかり出ている。 ただあまりに童話然としていて、他方詩としてよむとなると文章としての深度が気になってくるのも確かである。 (ピエール)

2017-10-15

返信する前に この詩の夢のパートは私が実際に見た夢の内容をそのまま書いています。 (夢覚めて)

2017-10-18

stereotype2085さん →筆者のテロへの怒りと憎しみが投影された そこなんですよね。私は詩においては作者の主張を積極的に消したいと考えていまして。 この詩だとそう捉えられてしまうだろうなとは予測していました。ただ、観た夢がこうだったからなぁ~。夢の内容はそれで完結しているので不用意に手を加えたくないんですよ。多分無意識の中では夢の内容のそれぞれが理由あってそうなっているのでしょうから、それが崩れてしまうのは避けたい。夢を詩にしたものでネット公開した作品はこれが初めてですが、未公開の作品でも内容を著しくいじったものはありません。 私自身昨今のテロに対して積極的に思うものはありません。平和を語るのは詩でなくていいと思っています。 夢パート以外箇所は基本創作です。(この夢を観た日は本当に体が動かず、大学の2、3限を自主休校はしました)「夕焼けが赤く潰しきる」などが評価されているのはありがたいです。 (夢覚めて)

2017-10-18

ゆきひらさん んまぁ、夢パートはほぼ100%事実、現実パートもある程度は事実ですからね、リアルもなりますわ (夢覚めて)

2017-10-18

まりもさん 過去ツイートを漁ってみたところ、2016年5月20日に見た夢のようです。 (https://twitter.com/yoinoyoi/status/733466657348161536) その日は実際ダメージが大きくて行動が自由にできなかったのですが、その様もツイートしていました ↓ https://twitter.com/yoinoyoi/status/733469345297371136 https://twitter.com/yoinoyoi/status/733507826455183361 https://twitter.com/yoinoyoi/status/733509313596022784 https://twitter.com/yoinoyoi/status/733514168658055169 昔から私は夢をしょっちゅう見て、それを割と起きてからも覚えているタイプでした。それを度々夢日記として書き残していまして、散逸していますがまだ自室にあります。 夢日記の転機はやはりスマホ&Twitterの登場ですね。起きてすぐ書き残せて、そしてそれを公開できる。Twitter以降はそれまでの比でない量の夢が書き残されています。 それらをまとめていますので、よろしければご覧ください。 ↓ https://togetter.com/li/1109534 https://togetter.com/li/1109541 https://togetter.com/li/1125037 https://togetter.com/li/1162832 夢は私の感覚では「自分だけに公開された著作権フリーの映像」なんですよね。だから著作者はあくまで私でない。夢という借り物を使っての詩作は実はこれ以外にも何篇か行っているのですが、実はそれらが結構イイことになっているんですよ。今は諸事情あってまだどうイイのか言えませんが。来週には言えると思います。 自分が著作者でない故に、夢の内容を改変することに抵抗を感じてしまいます。だからこの作で例えれば私の作為なんて「その人の瞳に白目は無かった」と表現するか、「その人の瞳は黒目ばかりだった」と表現するか、映像の表し方にしかありません。 とはいえ、そんなことも言ってらんないよなとも重々思っています。んな俺の見た夢なんだから俺のもんだし責任もって整形しなくては。無意識の世界では人々は繋がっているとかそういうのは置いとけって。とはいえとはいえ、うーん…… 兎角テロは確かに生々しい、それは作者ながら思います。 (夢覚めて)

2017-10-20

いま放映されている「宝石の国」というアニメに辰砂が出てきたのでおっと思って読みました。 多分この耽美的な雰囲気はもっと熟成させることができるはずだと感じました。ちょっと小品すぎるな、もったいない。っぽさ、だけが漂っていて核心にまで至れていないような。 (辰砂、くちびるに)

2017-10-18

なかたつさんはやはりネット詩人のなかでも頭一つ抜けているなと思いますねやはり。 私も先日の選挙で母校の中学校に行ってきました。 地縁は手放しに良いものとは言えないぐらいどろりとした面があるもので、かといって断ち切ろうとすればそれなりの傷は負ってしまう。とどのつまり地縁を感じて(負って)しまったが最後良し悪しは別として呪縛のようについてまわることでしょう。 『詩と思想』2017年11月号、ビーレビのことも取り上げられている最新号でni_ka氏が「学校の校庭などにも砂が無」いぐらいに都心部の出身だと知りました。アナクロなしがらみとは正反対に乾燥しているあの作風はそういったことも関係している、そして、やりたいやりたくないは別として私にはできないものだなって思いました。選挙行った私の中学校は当然のよう砂の校庭ですし、なんなら小学校には銀杏が雄雌どちらもありました。銀杏って現存する植物で最も古代のすがたのままなものらしいです。そりゃあ他の植物は被子植物、そこまで至らずとも裸子植物なのに一種だけ未だに雌雄なんですから。陸地のシーラカンスみたいなもんですよ。でも、そんな非効率な銀杏はロックだなと思います。 地縁をそのままありのまま書くのでなく、夢であったり選挙であったりオフサイドであったり、所々フックのある要素を盛り込まれているから最後まで飽きが来なかったです。 (夢の償い)

2017-11-05

良いなぁこれ。特に翁の葬儀のくだり、木がただの視覚的なギミックでなくそれが意味を成しているのが良い。ただ後半がそうなだけに2連目がちょっとだれてしまうのが惜しい。 (背中の樹)

2017-11-03

蝶自体、または蝶から繋がって花から連想できる動詞の率が高く予定調和な気がする (蝶々)

2017-11-03

「 現代社会に響いている<悪意>という通奏低音。 相対的な強者と弱者の関係。 子供の邪気を無邪気と思い込む大人。 祝祭。 」 なんかそういった裏事情は知らずに読みたいなと思いました。 影が発生しない夜に行われる影踏み鬼。幼女の「はぁと」は何を意味するか。すべての行において靄がかかった如く条理が見えず、その不安定な状態が最後まで続きその最後も最後らしくなくプッツと途切れるのみ。 そのうす気味悪さは好きな部類であるので、これが隠喩めいたものでなくそのままの像として読みたい。 あと、引用に「だいなり」(左が開いている不等号)を使いたいのだがビーレビだとなぜかその記号は表示されないので、次のメンテナンスとかで改正してほしいっす (2017年の秋祭り)

2017-11-03

表示テスト > >> (2017年の秋祭り)

2017-11-03

半角だと出ないようですね あとダブルクォーテーション(Shift+2のやつ)やアポストロフィー(Shift+7)も表示されないですね だいなりはネット掲示板由来のローカルルールな引用符でしょうけど、ダブルクォーテーションなどは文法的には正式な引用符らしいですから表示されるようにしていただけたら便利です。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%95%E7%94%A8%E7%AC%A6 (2017年の秋祭り)

2017-11-03

砕けてからの表現はとてもいい。だけどそれまでが水増し感があるというかテキストの量に対して内容量が薄く、もっと圧縮できる気がする (peridot marmalade)

2017-11-08

リフレイン(単語もそうだし、「く」などの音も)の多用によりゆっくりじっくりと詩が進むのが心地よい (なガれ)

2017-11-03

花緒さん 「チープなテレビゲームでバグ」といえばこんなサイトがあるんですよ、って提示しようとしたらページが消えていました。ゲームのバグ画面のGIF画像を集めたサイトです。http://glitchee.tumblr.com/tagged/gaming tumblerのTheres nothing here.ページってバッグがいろいろな種類があり面白いですよね (寂しくて辛い)

2017-11-05

まりもさん 題名らしくない題名って好きなんですよ。「寂しくて辛い」はその流れでつけたものでして。 元々絵描きだった自分が活字表現にまで手を伸ばした理由というのが、自分の画風だとギャグ系の内容しかできないという事情があったからでして。文字は手書きでない限りその形に個人差が無くて内容に干渉してこないのがいいですね。せっかく活字をやっているのだから妙なこだわりをせずあらゆる方向性のをやってみたいと思っています。だから発表していないだけでキャピキャピしたものや茨木のり子・石垣りんみたいな感じのものも作ったりもしているんですよ。 なので方向転換というより方向性の増加は常にあります。突飛なものを作ったりもしますし、そうでなくてもだいたい4~6ヶ月周期でメインの作風が変わります。 まだまだ自分は作風などを固定させるべきでない、色々試せるうちに試しておこう、それができなくなってから固定化すればいいと考えています。それに、仮に将来的になにか依頼されて詩を書くようになったときにもあらゆる注文に答えられるかと。 また、どれだけ自分では変えたつもりでも他者の目からは「祝儀敷節」がどの作品にも流れているように映るだろうという自信があります。それさえあれば諸作品が分断せずに繋がるだろう。 (寂しくて辛い)

2017-11-08

『ディキトゥーヤ!トゥーヤ!トゥーヤ!』みたいなツイートをときたまするのでそこは親近感を持った。 こういう詩ってのはいかに読み手を我に返させないかなのだろうな。だってくだんないじゃん。それは書いている本人もわかっていることだろう。精読されるテキストではない。なので勢いに乗れるかどうかそれだけが詩としての命運を分ける。 (ヨミテニ・タクス)

2017-11-08

私は結構詩を途中まで読んでそこでやめてしまうことがありまして。最後まで読破するほどの価値がある詩が世にいくらあろうか。リソース割ける余裕はこちらには無いのだから良くないものならばすぐやめる。 この詩は最後まで淀むことなく読み通せたのでその時点で私の中では評価が高い。カップ麺に関連する様々な事象がよいタイミングで展開されていくので飽きさせない。カップ麺という一つのテーマでもこのように詩が作れるのだな。詩語でないと詩は作れないと言う人もいるけどそんなことはないよな。 安藤百福、そうかそのように字を開くか。大喜利みたいでおおーと思った。 (カップ麺)

2017-11-19

これは私は相当好きだ。 ホラーだよねホラー、それも作られた、理由があるホラーでなく、意味の分からなさからくるホラー。廃墟に書かれた落書きとかその類。その点においては妊婦画のホテルを連想させた。(http://www.geocities.jp/teamhaikyo/taken/celine/celine.htm)この裸婦画はだれがなんの目的で描いたのか見当がつかない。廃墟好きの間では結構有名なスポットである。 なぜ妊婦画の廃墟を彷彿とさせたかと言うと、この詩にはストーリーラインが無いからだ。物語然とした詩であったらそこには起承転結がある。そうでない詩であっても詩中主体がどう動くか変化していくかなどの流れがテキストの中にある。 対してこの詩は、1~3連目は母の独白だろうか。誰に向けて語っているのかわからず、唐突にその独白が始まっている。(対象無いままに勝手に語るその様も精神に異常をきたしている人のテキスト然としていて不気味さがある)一体なぜこれを語っているのかも読み手にはわからない。そしてそのあとの狂気じみたリフレインだ。全くもって理性的な言葉運びでない。合理性が無い。このテキストを書いた人の像が全く浮かび上がってこないのだ。世の中にいつの間にか存在を成した出所不明のテキスト。(出所不明なところからの不気味さでは、「ポケットモンスターピカチュウ」の都市伝説も彷彿とした http://ghostmap.net/urbandetail.php?urbancd=149 これを書いたであろう少年の存在が見えないまま、テキストだけが存在する) 闇を恐れるのはその先の条理が図れないからだ。意味がわからない、しかし(蔑称としての)「前衛」ではない、絶妙な具合での我々の世界との断絶が恐怖感を生む。これは上手いよ。まず「いいえ、報われることはないと思います」からはじまるのが上手い。それによって「こんな子供」の状態は断定されるのだが、なぜそのような状態なのかその理由がわからない。自閉症とかなのか、また「目がさんかく」となることから人ならぬものなのか。普通に考えたら前者だが、そう断定できないのにはこの母親らしき者の独白の、事象の周辺だけをなぞって核心は抜け落ちているような物言い方があるからだ。 ほんと、これがさ、山の中に落ちていたノートをなにげなく拾ってみたら書いてあったとしたら相当背筋が凍ると思うよ。テキストが書かれた意味が判別できないもん。理解ができないものは怖い。なんかうまく言えないけれど、ほんとすき。この詩が作者不明のままネット上にコピペされ拡散されていったら面白そう。 (国語の授業)

2017-11-21

方言には(明確な形での)敬語ってはなくて、それを使った会話というのは必然的に親しい間でのやり取りになる ただそれ故にその方言の話者でないと、自分が知らない暗号で会話されているような疎外感を感じてしまうこともあるわけだ しかしこの詩だと横文字の名前が関西弁で語られる。局地的な言語内にグローバルな事象が現れると中和されて非方言話者にも受け入れやすくなるのかな、と思った (ミシシッピ・ブルー)

2017-12-17

「些細な時間にある軽さと重み」とあるが、正直私はつらつら時系列に沿って書いたヤマ無しのエッセイにしか思えなかった。たぶんそこらのブログにこういうの転がっているよ、わざわざ読む労力を費やすことはない、って感じてしまう。 そのなかで評価できるのは >障害者の寄り合いのような >きらく庵を の箇所だ。詩中でここだけが強く照っている。(そしてその光は痛覚を刺激するものだ) 障害者差別するわけではないが、(倫理的なものは別として)障害者には陰気なイメージがついている。薬品の臭い。比較的軽めな語句が多いこの詩のなかではそれが特に際立つ。また、(ググったら同名の店が出てきたし、そうなるとそこに申し訳ねぇなぁとは思いつつも)「きらく」=「気楽」というダサめなポジティブワードをどうどう使っているところからも気だるさを誘発させる。皮肉ぽい書き方だが素直に褒めている。 いやもうこれは趣味の問題なんだろうなっては自覚しているが。私の至高の詩は黒田喜夫の「毒虫飼育」だし。「エッセイぽい」って私が書く時にはセミイコールで趣味でないの意味だ。別に現代詩の歴史を知らずに書いているわけじゃあない。ただ、私が詩に求めているものは<刺激>なんだろうなと。 (ある朝にぼくは)

2017-12-26

こういうエッセイ然とした詩にはどうしても難色を示してしまう 結局書いてあることばかりしかそういう詩にはなくて、読んでああそうねと思ってそれで終わってしまう わからんよ、実際はなんか飛躍があるのかもしれんよ、でもエッセイ然としたやつはただの書かれたことの内容伝達のためのものにしか思えない 詩読みにきてんのになぁ、って感じ、うまく言えないが (黄色くて丸いパン)

2017-12-17

漫画家の和月伸宏が逮捕された時、私も    児童ポルノに対しての論考 ※この詩はその内容から筆者が児童ポルノを所持していると判断されたため当局により非公開処置がとられました。 という詩を思いついた。先に公開しときゃよかったな。 ただなぜ公開しなかったかといえば、恐らく詩の轢死の中でこういった手法は既に行われているであろうことが予測できたからだ。 アイデア勝負系の詩はそれが怖いよね。この詩も似たようなのがネットをほじくれば出てきそうな気はする。 でも三連目とかはオリジナリティあると思う。過剰な注意書き。そして、そもそもオリジナリティってなくちゃいけないの? という問いにもぶつかる。 (作品)

2017-12-21

ポエム系な、それっぽい薫りのある語を繋げただけ系かなと思いつつも、「デポジット」なるこれまた絶妙な立ち位置の単語が出てきたのには良い意味で少し面食らった。 (「Sternsingen(星哥い)」)

2017-12-21

大熊あれいさん モデルは近所の学習センター(元公民館)です。 https://www.google.co.jp/maps/@37.7496838,140.4847146,3a,75y,91.41h,90.06t/data=!3m6!1e1!3m4!1sxr7JvbNY_KHVJ6qwvJskHw!2e0!7i13312!8i6656 時間を感じさせない空気、は意識しました。 この頃の私の関心として空間を描写したいというのがありまして。空間内のオブジェクトの位置関係だけを表して、その空間内で流れている時間は排除したい。個人的にはミニマルアートを作っているような感覚でした。ただそのものの存在のみを描写したい。 (市営のシエスタ)

2017-12-21

hyakkinnさん シエスタはこれは単純に韻踏みたかったからですね。 モデルの公民館、実際にエアコン無いですわ。時代に取り残されたような施設です。地域の子供も年々少なくなっていますし。グラウンドや体育館ではスポーツ少年団が練習に使ったり、公民館の中でも地域のクラブ活動的なものが催されたりしていますが、それもあとどれだけ続けられるか。ほんと、少子高齢化は何もいいことが無い。インド行って感じたのは日本のすばらしさですが、そのすばらしさを潰すに匹敵する影響力があるのが少子高齢化と劣悪な労働環境でしょう。逆に言えばその二点だけでも改善できればまたトップレベルの国に返り咲くことができる。 閑話休題。エアコンの無い施設です。ちっさい図書室があります。背は焼けて、夏にそこにいると汗がじわっとにじむ。その部屋にいると時間さえも熱で垂れているように感じる。冬は実際その正反対でしょう。 福島盆地の気候が私に与えている影響は多分にあると思います。 (市営のシエスタ)

2017-12-21

Twitterと連動したら詩人のそれとはかけ離れたHNになってしまった祝儀敷です。 なんかウケるわ。 まりもさん >バシッと決める一言が、最後にあるとかっこいいなあ、と思ったりもします。 ブツっと切りたい性分であるんですよね。「kissはチョコの味」(http://breview.main.jp/keijiban/?id=136)なんかもその類のもので。不快感を読後にも残したいのだろう、ピリオドが打たれていないから詩が読み終わってからも漏れ出て読者に垂れてくる感じ。 特にこの詩に関しては「不快感」ってのがキーワードな気がします。福島の夏も不快指数MAXですし。不安やら圧迫感やら色々をまとめての不快感です。 オブジェクトだけを示してそこに纏わる意味意義は明示しない、空間の様だけを描写する、ってのがこれを書いていたころの流行りでした。そのオブジェクトの存在だけをもって感情を揺さぶれるか。揺さぶる方向は負のほうでも構わない。 「雪崩のとき」読んでみました。けっこう危うげな語句を使用していながらもそれに傾倒せず、なにか薄ら怖さを感じさせる中々スリリングな詩だと思いました。 (市営のシエスタ)

2017-12-26

グーグルグル夫さん どうもありがとうございます。この詩においては視覚で察知できるような動きは極力排除したいと思っていました。なので「気体のような、滲み出るような、しーーーーんという感じの動き」という感想は作者としてはしてやったりです。 過去作で似たものだと「kissはチョコの味」(http://breview.main.jp/keijiban/?id=136)になるかなと思います。あちらは堂々と動きますが、でも不安感とかは共通するだろうと。 (市営のシエスタ)

2018-01-31

アカウント名がいいですね。喃語、あかちゃん言葉の意味。されどこの字は四角が多い。カクカクしている、柔肌とは程遠くて無機質然としている。 それにしては詩中の語は他のオラオラ口調な詩にありそうなのばかりでそれは残念だった。 (泡)

2017-12-26

方言にはビートがある、ってのが私の持論でして。そのビートってはバリバリ表に出てくるものというよりはベースギターみたいに内に秘められている感じで、だからこそ別の要因でかすれてしまうこともないし、聞く側が意識しないうちに響いている。(個人的に方言のビートはたまの「らんちう」のビートに近いと思っている http://www.nicovideo.jp/watch/sm26662661) 仲程さんは明確に方言・地方性が武器になっているね。ほうげんふだも沖縄だったし。牧歌的なだけじゃないんだよ、方言って。使い方によっては先鋭的な武器になる。左側はドゥンドゥンビート刻んでいるよね。それに対応する右側は、対してテクノのクリック音みたいな無機質さをおぼえる。サラウンドにして音声で聞くのもいいかもしれないが、いやでもこれは視覚でのほうが映えるだろうね。 だから、まぁ私が言うまでもなくそうしていくでしょうけど、仲程さんは沖縄とか方言とかは武器としてずっと保持していった方がいいかもね。私事だがこの前あるツイキャスで朗読やりまして、んで別に方言ある詩じゃなかったから普通に、でも詩中主体の独白文みたいな詩だったから少し演劇かけて朗読したんですよ。そしたら福島訛りをとても指摘されて。日常会話で訛っているならもう別にって感じなんですけど、演技中に訛りを指摘されるのはかなりショックなんですよ。演技を完全に自己制御できていないってことだし。だけどその訛り部分が高評価でして。いやぁこれは自分も朗読においては訛りを意識して効果的に使っていくべきなんかなって思いました。 方言も共通語も外国語に見えてしまう、という書きこみが上にあるが、言語学的には方言と言語の違いってはなくて慣例的に決められているだけなんですよね。だからフランス語が英語方言となっていた可能性もあるし、沖縄方言が琉球王国語として明確に日本語と違うものとなっていた可能性もある。この論でいくと現代の方言話者はバイリンガルなんですよ。日本共通語と方言の。バイリンガルって威張っちゃっていいの(笑) (かでぃなー 嘉手納)

2018-02-02

これはなにを言いたいんだろうか。 って、まずメッセージがどこにあるかを探してしまう。 詩の目的ってメッセージの伝達ではないと思う。それをやるなら普通に散文にしたほうがいい。 この詩にメッセージでない詩情なるものが無いとは言わないが、(作者自身のものかどうかにかかわらず)詩から見える政治的イデオロギーがこの詩がメッセージ伝達のものだと規定させてくる、又は錯覚させてくる。 基本的に私は震災詩も反戦詩もそういった類のものにはNOを示します。それは以上の理由からで。政治的イデオロギーは鑑賞そして創作を妨害してくる。そして鑑賞者称賛者をそのイデオロギーに合致する者に限定させてしまう。 峠三吉だって原爆の文脈以外で評価されているところを私は見たことが無い。私はそもそも峠三吉自体を良いとは思わないが、でも彼にだって詩表現の観点から賞される点がたぶんあるんだろうなとは思う。でもその点には現在は触れられない。左翼としてのイデオロギーがあまりにも彼と不可分になっているからだ。 思想を伝達したいのか、詩表現をしたいのか。そこは明確に分けるべきだと思うんですね。 (メリークリスマス)

2018-01-12

「人間においては、人生と社会の全事象が、政治と関与する。」 そもそもこれ自体が間違いかと。 この錯覚は、政治的事象が全く関係してこない事象に対し文脈無視して無理矢理「これも政治と関与する」と言っているだけか、そもそもそう錯覚する人の興味関心や趣向が政治的事象が関わってくる類のものに偏っているから起こるものだと思っています。 これは明らかに政治とは関係無いだろうというものをあげるのは全く難くありません。毎朝の排便に政治を絡められるか。また創作物に限定しても枚挙にいとまがない。例えば現在放映されているアニメ「ポプテピピック」、これで政治性を論じられるのなら是非読んでみたい。(http://nicoapple.sub.jp/so32488250 23分ご視聴勧めます) 悪魔の証明じみていますが、件の論においての反証はいくらでも出せます。蛾兆さん、ポプテピピックなんて初耳でしょう。クソアニメです。そして私は「レスボス」という語は初耳でした。 結局人間の関心の範囲なんて世界の大きさと比べれば耳糞並に小さく、またかなしいかなその耳糞の認識を持ってその人が感知する世界は構築されてしまう。政治性に浸っている人が見る世界とそうでない人が見る世界は全く違う。だから蛾兆さんの世界と私の世界はもうかなり相当とてつもなく違っていて、そもそもそう見えているのが違うのに論調が合うわけがない。 詩において政治性は十分条件でしかなく、必要条件では全くない。森羅万象が詩の主題となりうる、という点に関しては同意するが、では森羅万象が政治と関与するか、んなことあるわけない。 この十分条件―必要条件の間違いが詩が世間に取り残されていることに大きく関係していると私は感じています。全共闘時代なら通用したんだろうけど、でもいま西暦何年よ。政治の時代が終わって経済の時代となっても詩人は懐古し続けた。てかそもそも政治ってそんなに何にも優る事象か? 森羅万象が詩の主題となるならば主題の間に優劣など無いだろう。そのなかでなぜ政治性だけが優遇されるのか。もうこれは私は、詩人は政治オタクだからだってしか理由はないと思う。関係無いことには関係無いよ。あらゆるアニメに対しヱヴェンゲリヲンの影響を指摘するヱヴァオタみたいなものだ。そりゃおまえがヱヴァ好きだから何にも絡めたいだけだろー! だから私、これもうなんかいも方々で言っていることですが、雑誌に掲載された座談会の書きおこしを読むと唐突に安保法だとか震災だとか安倍政権だとか、いかにもリベラルが好みそうなワードがいきなりぶっこまれるのにすごく違和感あるんですよ。そんなに世のあらゆることに安倍政権が絡んでくるか? そんなに世のあらゆる詩に震災の影響がみられるか? (私は震災当事者ですが震災の影響は自身の詩には全くありません。震災云々と評された詩も過去にありましたが、いやあれはイサキおじさんのホモコピペを典拠した悪ふざけの何物でもないんだよ実は。どの詩とは言わないが) 杜甫に関しては、ド古典のしかも漢詩と現代詩とでは事情が異なってくるからその例を出されてもなぁとしか。 あと付け加えれば、政治性を伴うこと自体を批判はしていません。政治性は人を選ぶのでひろく鑑賞されたいならば不向きな要素だ、とことはシンプルにこれだけです。主題の間に優劣など無いならばなおさら。やりたいならやればいいけど、同好の間にしか読まれないよって。 多分ですが、蛾兆氏や岡田氏は詩作を尊い行為としてある種の神学的感覚を以て行っているのかなと思います。私は違います。詩は世のあらゆる表現手段の一つでしかありません。そして今現在世の中の表現活動の多くではいかに読者に瑕疵無く享受してもらえるか、それを意識しています。詩だけがそれを免れる理由があるだろうか。詩だけが峻別から免れる理由があるだろうか。 詩人は世の中のあらゆる行いのなかで詩作だけが特別扱いされるだろうと妄信している節があるように思える。第一、現代の理、政治もそうだけどそれと同列に消費活動も娯楽享受もなんでも、それに目を向けないでなにが「現代」詩だ。 結局言いたいのは、やっててもいいけどあるとこ留まりになるだろうね、ってことで。 てか岡田さん、画像が左に90度曲がってますよ。 (メリークリスマス)

2018-01-14

詩を読んでいく際のリズムを崩しにかかってくる。「やられたぁ」とその度に思う。 人を食ったような詩。新鮮さ有り。良いと思う。 (花子はある朝突然比喩した)

2018-01-12

いつぞやの芸能人格付けチェックで初代スーパーマリオブラザーズの1-3までクリアするというお題が出たことがあります。 ご老人たちは案の定最初のクリボーにやられたりジャンプ自体が全くできなかったり。Bダッシュなんてもってのほか。たしか博多大吉はたどたどしくもクリアできていたように記憶しています。 色々異論はあったようですが私としてはついにマリオが常識の域に入る時代が来たかと肯定的にとらえました。 詩語でないと詩は成立しない、と言う詩人も世の中にはいます(実際言われて今でも根に持っている)が、私は真っ向からそれに異を唱える立場です。(ってのは言わなくてもわかってもらえるでしょうが) そもそも詩語ってなによ? 時代を遡れば文語でないと詩でなかった頃もあるわけで。さらに遡れば詩はもともと声で発する”うた”であったわけで、それを字によって表すことに否定的だった古代の人も、たぶんいたんじゃないかなぁと。 時代が変われば言葉も変わる。それは詩語であってもそうであって、由来の新しい語、詩による権威付けを未だ為されていない語、くだけた語、エトセトラエトセトラ……、それを理由にして詩でない又は詩として劣ると結論づける人ははっきり申して前時代の人だ。 むしろ未だガチガチに詩語認定されていない語、またはシチュエーションから詩情を発掘する作業こそ明日の詩を作る尊い作業ではないか。とも思う。詩情はいたるところに秘されている。既に露わになっているものを突くより探究者なら発掘せよ。 なのでこういった試みは詩の出来不出来には関わらず私は肯定的なのです。 マリオシリーズ詩とかもいいかもしれませんねぇ。 (一応申しておきますが、マリオ知らない? わからなかったエイクピアさんを責める意図は全くないです。) (僕は跳んで)

2018-01-12

雨の隠喩として真珠はすこしストレートすぎかなと ことこの詩においてはそれ以降は心情吐露な表現になるので、その心情の裏付けとなる比喩表現の箇所が甘いと成立しない (真珠)

2018-01-14

四連目で関西弁でなくなっているところはいいね。目を引く。 んで〈 雪 〉 、雪って丸っこいイメージをもつがそれを尖がったかっこで囲むってのも目を引く。 そういった点は上手い。 ただ一方でそれ以外の箇所がおざなりすぎじゃあないかなと。 (〈 雪 〉)

2018-01-31

ムーアの法則ですね。 てかもうalphaGOなんかはとっくに人智超えてるしなぁ。気象予報だってもうほとんど機械頼みでしょ、ある種の未来予想がパソコンに委ねられているのだ。 詩の世界観にならえばいつかは統一支配者のようなコンピュータが現れるってことになるが、どうなんだろう実際にはというところだ。例えば車の自動運転の研究は現在進行系だが、「歩行者を弾けば搭乗者は助かる」というシチュエーションのときにAIはどう動くべきか? またその時の責任所在はどこになるのか? という問いが業界の頭を悩ませている。んで、責任所在を仮にAIや車の制作元が請け負うことになったとしたら、営利企業としてはそんなハイリスクなものは売ってらんないとして製作中止になるだろう。 結局この詩で文章化されていることは既に詩以外で実践されていることだし、だから他のことに言い換えや例えが可能。主張の新しさは無い。 じゃあ芸術的な作品としての強度はあるかというと、結局結局その既存な思考の焼き直しなので「詩情」なるものを感じ取るまでは至れない。 じゃあどうすればよかったかと考えると、AIが実際に世に出てきてその様を、その様からの詩情を綴るってのがいいんじゃないかと思う。 日本にもAIの学会はあるのだが、特徴的なのは所属するのはもちろん科学者なのだがそれに加えSF作家もいるということだ。これはなぜっては、機構としてのAIは科学者が作るがそれを運用した際にどういった社会的影響があるかのシミュレーションを作家にやってもらうのだ。なので実際に学会から出す雑誌には小説が載っているらしい。 (まーたこういうことを言い出すが)「政治に対して詩人の感覚をもって物申す」みたいなことをやっている詩人はたくさんいるが、彼らがやっていることなんて結局は平和大事(んなもん誰でもそうよ)かアベ批判かにしか帰結しない。だったらそれやるのは2,3人でいいよ、ダブりすぎ。と思う。 そんな戦争だなんだと現実味薄いカテゴリーじゃなくて、もっと社会や未来に根ざした対象はまだたくさん残っている。それらに対しAI学会の作家のように詩人として挑むほうが現代詩としも社会としても有益ではなかろうかと常に私は思っている。 (Singularity)

2018-01-29

追記 人間と人工知能との愛を描いたものならば海野螢の『私はシズク』(原題「時計じかけのシズク」)を私は勧めます。そういったテーマを描いたものは世に数多くありますが、この作品の突出したことは元はエロ漫画(下記のURL先での電子書籍化に際して全年齢向けに調整したとか)なので人間とAIとの性愛にまで至れているところでしょう。とはいえ電子書籍化前の単行本でも全然きつくない描写なので大丈夫です。詩人が詩をもって社会に問うようにエロ漫画家はエロをもって社会に問うのでしょう。 作品もすばらしいですが、これの書評も良い。是非作品を読んでもらいたいですが、時間無かったら書評だけでも。 電子書籍 https://t.co/p7ofdeIEqp 書評 http://makaronisan.hatenablog.com/entry/20071025/1193250099 (Singularity)

2018-01-29

すもももももももものうち みたいな文章ですかねこれ 漢字になおすとどうなるかの解もほしいですわ (もぬけの穴のけもの)

2018-01-29

なんだろな、嫌いじゃないなって雑な感想は投げておきます (恐怖について)

2018-01-29

とりあえず全部読んでみました スラスラ言えた→● 何とか言えた→△ 噛んだ→× LUMINE→● となりの→△ 社主→× 天野→● 駒込→× 棚に→△ ヒッチコック→● キツツキ→× ひまつぶし→△ ドトール→● 癪に→× 今日、→× 隣の→● 坊主が→× (言葉の体操 ― 創作早口言葉)

2018-01-31

詩にのめり込み過ぎて現在人生設計が狂ってしまっているのでしばらく投稿はお休みしようと思っていたのだが、時事ネタができたのでこれは投稿する。こういうのは鮮度が命だし。 http://milfile.jp/poimis/view/35952 (ワタシのきもち (エルサポエム))

2018-01-31

爆撃先追加 http://bbs6.sekkaku.net/bbs/sae2485o/ http://kamin.mints.ne.jp/door/mts.cgi?mode=viewno=1id=hachijo http://poems.hac.or.jp/poems/view/183108 あと万が一消されたときのために魚拓もとった https://megalodon.jp/2018-0131-0230-12/milfile.jp/poimis/view/35952 https://megalodon.jp/2018-0131-0311-44/bbs6.sekkaku.net/bbs/sae2485o/ https://megalodon.jp/2018-0131-0315-18/kamin.mints.ne.jp/door/mts.cgi?mode=viewno=1id=hachijo https://megalodon.jp/2018-0131-0321-45/poems.hac.or.jp/poems/view/183108 (ワタシのきもち (エルサポエム))

2018-01-31

エイクピアさん 伯爵は意識しました。隠喩というものを説明するにあたりあの一文が一番代表的な例となるんじゃあないかと。多分異論はそんなないかと思います。なのでアイコン的に引用しました。 いわゆるポエムといわゆる現代詩の大きな違いは比喩、とくに隠喩の有無だと考えています。てかやっぱ隠喩って文章表現の中でも突出して特異な表現方法だと思うんですね。だからそれに慣れていない人にとってはノイズか、さらには不快の元にもなるんじゃないかと。 (じゃあ現代詩の読者のすべてが隠喩を求めているのかってなるとそうではではないですが)、ポエムの享受者のほぼ全くは隠喩表現を求めていないでしょうね。そうなると、詩が不快の元にもなれるんじゃないかと、そういった実験でもあります。 この詩における表現が普通の詩作行為内のものでなくそういった意図あってのものとわかってもらうためにの手術台、ミシン、コウモリ傘の引用です。 いやでもこれ書くのは意外に大変だった。ポエムの文体は普段書いていないからいざ真似しようとすると難しい。多分これでもまだ現代詩の硬さが残っている。その一方でエルサゲートならぬエルサポエムな隠喩パートもキツイ。私ってそんな隠喩やる人じゃないし。ここを書くにあたっては、私が思う一番隠喩だらけの現代詩人の本を片手に持ち参考にしながら書きました。 (ワタシのきもち (エルサポエム))

2018-01-31

三浦さん 先にこの詩の制作意図を書いてしまうとですね。 ↓ https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/389665/ (魚拓 https://megalodon.jp/2018-0128-1839-20/https://www.nishinippon.co.jp:443/nnp/national/article/389665/) 「インターネットの動画サイトで子どもにアニメを見せていたら、いきなり残酷な内容に-。子育て中の親の間で、そうした悪質な動画が問題化している。(中略)ディズニーの人気キャラクターに似たキャラが映る画面をクリックすると、10分半の動画が始まった。最初こそキャラクターが絵を描いているが、排せつ行為や木から転落して流血、女性が挑発的に誘惑する場面が出てくる。 こうした動画は「エルサゲート」と呼ばれている。有名アニメ映画「アナと雪の女王」のヒロインの名と、政治スキャンダルを呼ぶ際に使われる英語の接尾語を合わせた造語だ。」 最近話題のこの「エルサゲート」を詩でできないかっていうのがきっかけです。 いわゆるポエムといわゆる現代詩の大きな違いは比喩、とくに隠喩の有無だと考えています。文章表現のなかでも隠喩は突出して得意な表現方法でしょう。だからそれに慣れていない人やそれを求めていない人にとって隠喩はノイズか、さらには不快の元にもなり得るのではないかと。 ポエムの享受者のほぼ全員が隠喩表現を求めていないのでは。そういった層に向けて不可抗力的に隠喩を見せつけるのがこの詩。釣り動画ならぬ釣りポエム。 ァタシたちのポエムだ...ゃっぱイイょね...と思って読んでいたらガチガチな隠喩表現がだんだんと侵食してくる。「不適切なポエム読者向け詩」、エルサポエムだ。エルサゲートと違うのは広告収入が得られないところだけ。 。。。。。。。。。。。。。。。 上記のコメントでのURLはポエム系な詩の投稿サイトにこの詩を投下した先です。一部サイトでは少し工作して週間ランキングで1位に仕立て上げた。 「ネット詩爆撃プロジェクト」を意識しての「投下」「爆撃先」という表現。「ポエム爆撃プロジェクト」か。だけど別にポエムを敵対視しちゃあいないしなんなら融合したいと思う側です。んなのでポエムパートも気を抜かずこの表現方法においてベストを尽くしました。それが「詩的なるもの」が表出した所以なのならうれしいことです。 (ワタシのきもち (エルサポエム))

2018-02-02

花緒さん 1日返信が遅れるだけでそうとう後ろに流れっちまいますね。回転率がすごい。 隠喩は、まぁ正直得意ではないんですよね。隠喩隠喩しすぎて言葉のサラダボウルになってしまったら意味無いしつまらない詩になる。ぶぅぅっちゃけ、名は出しませんがエイクピアさんへの返信で書いた「私が思う一番隠喩だらけの現代詩人」の作品は私には合わない、面白いとは思えなくて。私は隠喩での飛躍でなくて実像を結ぶ系の詩人だと思っています。ダリみたいに強烈な視覚性を保ちながらもダブルミーニングを押さえている、というのが理想なんでしょうが、まだその域には達せていない。 (ワタシのきもち (エルサポエム))

2018-02-11

蛾兆ボルカさん 他サイトではむしろ題名のカッコでネタバレしてしまった、無いほうがいいって意見もありまして。隠喩に対しての態度よりも現代のネットの事象に聡いかどうかがこの詩を一発で解せるかどうかなのでしょう。他サイトの人は私基準では一般日本人よりは聡い人だと思います。聡い人と疎い人とどちらに合わせるかとなったらやはり後者になってしまう(そうでないと無理解に至ってしまう)のでしょう。入れるかどうか悩んだのですが、そういった理由で(エルサポエム)と入れたんですね。このヒントがあれば察することもできるだろう。でも実際はそのヒントを以てしても不十分であったわけでして。コンセプトを伝えられないとなるとかなり難しいことになる。 (ワタシのきもち (エルサポエム))

2018-02-14

survofさん 隠喩に対するカビ臭さ、わかりますね。多分私はポエム派な感性です。 てか結局今の現代詩の隠喩って戦後詩の延長をずっとやっているだけでしょ。戦争の反省とか言って。もぉ~いいんじゃね!? 四半世紀とっくに過ぎたし。やってた当時は先鋭的だったかもしれないけどさぁ。あれね、「ニューミュージック」の範疇にある井上陽水や中島みゆきって(現役だし今だって素晴らしいミュージシャンだけど)今は懐メロじゃん。名前にnewがあったとしても万物はいずれ古くなるのであって、過去の感覚で「新しい」ものだったものもいつかは古いものになる。感覚に惑わされちゃいけねぇよ、キミが抱いたその感覚はその時代とセットではじめて成り立つものであってじゃあ時代が変わったらどうなるかって話だ。 この詩に関しては作者自身としてはテキスト本体での面白さは無いと思っていまして。コンセプトがあってはじめて成立している。現代アートがキャプションないと駄目なのと同じなもんで。だから三浦さんの反応は意外だし、survofさんの読解も全く予想外でした。 (ワタシのきもち (エルサポエム))

2018-02-14

岡田直樹さん 「ねがい」読みましたが、同じかなぁ……まぁ、あざっす (ワタシのきもち (エルサポエム))

2018-02-14

藤一紀さん 詩―ポエムに限らず、私は従来の詩人の外からやってきた外来種としての自覚があります。そしてそれをうまいよう詩に反映させたいと。やはり一つのコミュニティしか知らない見ようとしないならば狭量になってしまうでしょう。様々な混血児を作っていくべきです。 ヒット&アウェイ、言い得て妙だなと思いました。 (ワタシのきもち (エルサポエム))

2018-02-16

Rixia_7oceansさん 互いに存在すらも認識していない者同士を意識させるだけでも、近づけることが狙いなら効果はあるでしょう。 どう返信していいかわからないと素直に白状しますが、よいコメントだと思ったのは確かです。それだけでも伝えます。 (ワタシのきもち (エルサポエム))

2018-02-16

綿みたいな雲でなくてあえて空なのか。ソラはクウであり不存在。それでもなお、空は詩中主体に強い影響を与える。 見える傷跡よりも強く訴えかけてくる見えない空。 題名の硬さだけが惜しい所だ。詩自体は良い。 (左手の蒼穹)

2018-02-02

ご指名なので参上 後でコメント書くので、とりあえずトップにあがっているうちに印つけとく (君について行く)

2018-02-10

二次創作詩で議題となるのは ①元ネタというコンテクストを知らない(または察することもできない)人が読むこともあることをどうするか ②コンテクストを介さないことを罪とするかどうか となってくると思う ①において、前述の『けもポエ!』は年末に開催されたコミックマーケット93で頒布された。この詩歌句誌の大きな特徴は「文学フリマなどの表現方法を軸とした場でなく、コミケという元ネタを軸として人が集まる場で」「いわゆる「よろず」でなく単一ジャンルによって編まれた」ものだというものだ。コミケでは3日間で3万2千のサークルが参加するため、スペースの配置は似たものが寄せられる。そして『けもポエ!』は創作文芸エリアでなく「アニメ(その他)」という、詩や文章単位でなく元ネタのけものフレンズに準拠した配置となった。これはこちらとしても狙ったものである。これによりスペースには詩歌は介さずともけもフレは介する人々が訪れてくれるようになる。コテコテに文学な人でなくアニメ準拠の人々にとってけもポエはどう映るかのほうに関心があった。 二次創作詩といえどその詩のなかにおける必要コンテクスト量には作品や作者ごとに差がある。(私は流し読みしかしていないが)アニメ「TIGER&BUNNY」の二次創作詩として有名な川口晴美『Tiger is here.』はコンテクスト量がかなり少ないように思える。また『詩と思想』2016年5月号「二次創作、そしてBL」だと北爪満喜氏は同様に少ないだろう。対してブリングル氏はそれらよりはコンテクスト量が多い。渡辺玄英氏も詩自体のコンテクスト量はそれほどでもないがカタカナの「セカイ」からセカイ系、そこからセカイ系の代表であるエヴァまで繋がらないと難しいものがあるかもしれない。 けもポエとこの詩に共通する点は、HAnedaさんは詩自体の必要コンテクスト量はそれほど多いわけではないが、コンテクストを有していないと察せないワードが入ってくるところだろう。けもポエの「君はフレンド」でいえば「つまりはどうかよろしくね」の一文からモノクロームな廃遊園地までつなげることができるし、そのビジュアルから喚起されるもの寂しさが詩に対してスパイスとなってくれる。「君について行く」でも、「廃墟に」、ああーそうくるかぁと思った。作中で廃墟だとフレンズが言及したことはない。そこをあえて書くことでフェネックの聡明さ、また自分たちの世界が捨てられたものだとわかったうえでアライさんと共に行く、この「尊さ」が心に浮かび上がるんだ。 『けもポエ!』だと、矢田和啓氏や葛西佑也氏はコンテクスト量が少ないが全体的には必要量が多い作品が集まったように思える。ちなみに拙作でいえば「いえ」「躍動する石と水と苔とととととと」「あゝ、沃野 -けも山修司-」「ぼくのともだち」の順でコンテクストが必要になる。ぼくのともだちはそもそも元がけもフレ内容の夢だしね。対していえは所謂こはんコンビ(https://dic.pixiv.net/a/%E3%81%93%E3%81%AF%E3%82%93%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%93)を介していないと凡百な詩にしか見えないかもしれない。アメビとプレーリーの関係があってはじめてああ^~ってなる詩だ。 けもポエに必要コンテクスト量が多い作品が集まったことは+であった。それはなぜかというと前述のようにコミケにおけるけもポエの読者はけもフレのコンテクストを有している者となるから、必要量が多いものほど彼らによくコミットして豊かな読解に繋がれると予測したからだ。 ただけもポエはコミケ外でも享受された。これは私が通販も行ったからだが、結果として詩歌界隈の読者のほうが多くなった。そうなるとけもフレ界隈とは違った読み解き方というのが現れるのであって。 まりもさんは実はネット詩誌『新次元』8月号の時評にて『けもポエ!』をとりあげてくれている。 (http://gshinjigen.exblog.jp/26607461/) そこから引用をする。   続いて置かれた九条しょーこの短歌連作「うたえフレンズ」より、最終二歌。     へーきへーき! きみが笑ってくれることそして漕ぎだす勇気が咲くよ     紙飛行機いっぱい飛ばす着陸の場所それぞれをミライと呼ぼう   ミライ、とカタカナで書く。ひるむことなく、真っ直ぐに書く。そこに若さと勢いを感 じる。いっぱい、は皆で作品を飛ば   す、という意味合いと共に、せいいっぱい、という思いも重ねられているだろう。ひとつの場所への帰着を願うのではなく   、むしろ各人が独立した地に降り立つこと、その希望を乗せて飛ぶ、たくさんの紙飛行機。 このミライ、というのはただ未来でなくミライさんというキャラクターにもかかっている。(https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%9F%E3%83%A9%E3%82%A4%28%E3%81%91%E3%82%82%E3%81%AE%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%BA%29) また紙飛行機というのは作中において重要な役割を担う道具である。けもフレを知る者、コンテクストを有する者ならばそれを踏まえた読解を行うであろうが、時評でもあるようにまりもさんはけもフレを知らない。そのためけもフレ界隈では凡そ行われないであろう読解となっている。詩の受け取り方に答えはないだろうが、しかしそれでも前提となる事象を踏まえずに読み取られてしまうとコンテクストを有する者から見れば少々奇異に見えてしまうのは避けられない。古典作品を当時の世界情勢や倫理観を知らずに現代の感覚で論じているのを見ているようなものだ。 完全にコンテクストを必要としないものなんてそうそうないだろう。ましてや詩なんてものは、読者それぞれが詩を読み解くというコンテクスト内にいないと成立しない代物だ。一般の詩歌においても例えば文学史を知ったうえではじめてこの表現は価値があると理解にいたるものがあるだろう。(田中宏輔氏の引用詩とかそれの類かもしれない)しかし二次創作においてはこのコンテクストの必要量が他のものに比べ格段に多い。そのためその条件を満たす読者となると限られてしまうし、不十分な読者に読まれることで方向違いな捉えられ方をされる危険性もある。しかし一方でコンテクストを十分に有する者が読めば、それこそ漢詩の典拠の例の如く、他では味わえない深い読解と幸福が可能になる。 ②については後程。 (君について行く)

2018-02-10

②コンテクストを介さないことを罪とするかどうか この副題は適切でなかったなと。「コンテクストが許される範囲はどこまでか」としたほうが良かった。 極端なことだが「(こと文章表現、物語表現において)コンテクストが全く無いものは存在できない」「全く一次創作な要素を持ち得ない作品は存在しない」「元ネタそ知る者は知らない者がどう作品を読むかを想像し得ない」というのが結論になるだろう。 すいません、日跨いじゃうと長く書けなくなってしまった。②は軽く書いていきます。 教養をどの程度まで含めるかっちゅう問題になりますよね。例えば、詩やってるなら朔太郎なり白秋なりのオマージュが出てきたら反応できてこそでしょうしそれができないっちゅうのはちょっとなぁと。逆に現代詩のフィールドから外に出たら朔太郎や白秋なんか全然常識でもなんでもない。 物事には記述的な見方と規範的な見方とができる。現象をそのままみるか現象に対し「かくあるべき」と見るか。どちらも場合によって使い分けるべきであるが、規範に関してはこれ時や場によって相当変わる。私個人の感覚だとビートルズとかキングクリムゾンとかはもはや教養の域でベスト盤ぐらいは一度聴いておくべきもんだなと思っている(つうても自分もビートルズは赤盤青盤しか聴いたことありませんが)のですが、ビートルズが低俗なものロックが邪悪なものとして扱われていた時代も確かにあったわけでして。今じゃ音楽の教科書に載るレベルだが。 明日のことなど誰もわからず今日の悪が明日の正義になることもある。シェイクスピアだってそうでしょ、取締の対象にされたんでしょ。 だからもしアニメの二次創作だという点において批判したり質の低さの由来をそこに委ねる者がいたら上記のことをぶつけられたが、幸いそういうのはいないっぽいな。 HAnedaさんが既に仰っているよう一次創作としても楽しめる二次創作というのが元ネタのファンのみで構成されるコミュニティ外で作品を発表するには重要になってくるが、まぁ難しいだおう。実際そういう作品はあって二次創作がきっかけとなって元ネタのほうへ辿り着く人というのは大勢いる。でもそれを狙って作れるかとなると難しいんだろうなぁ。知ってしまった人は知らなかった頃には戻れない。 他の打開策として「世界の同人誌化、楽屋化」ってのもあるだろう。もっと現代詩のフィールドにオタクを流入させるのだ。高齢化激しいんだからそもそもこのコンテクストを解することができる人が少ない。もっと感化させるか、外から詩へ流入させるかして全体に対する率を高くするか。んまぁ~でもほんと、現代日本の風俗に対して詩の世界って違いがありすぎるよね。良し悪しは別としても。二次創作って楽屋ネタかもしれないかれど、でも今の時代その楽屋ネタがわかるって人のほうが多かったりするしね。現代詩のフィールドにてオタク系の文脈を持ち込むことの難しさよ。そこは、それをやれる人たちが一歩ずつ広めていかなくてはいけないんだろうね。 http://originalnews.nico/7148 (君について行く)

2018-02-14

文節でないけれど、一文にできるものをかなり短い単位で行分けしている。そしてその単位を最後まで続ける。 夏生さんみたいな行分けをする人は多く、また夏生さん自身この形式な行分けの詩ばかりを書いている。 分け方が単調だと詩自体がだれてしまうな。あえて一行を長くするところなどを作って緩急をつけたほうが冴えるだろう。それはこの詩に限らず他の人にも言えることだろうが。 (可愛くない犬だった)

2018-02-14

過去作の「ゆめであえたら・・・」(http://breview.main.jp/keijiban/?id=150)みたいな作品。 氏の動物系の作品は結構イイ線いく率が高いなと思う。 (うしのはんすうし (B-REVIEW EDITION))

2018-02-14

ライトな作品なのはそうとして、むしろこの詩は濃厚な批評とかよりもそのまま快楽として享受するほうが合っているのではないか、とそう思った 明らかにこれは考える詩でなく楽しむ詩であって、そういう詩はあっていいしむしろもっと増やしたい (鰹節)

2018-03-03

智恵子っちゃ、やっぱ高村智恵子なんかなあ 詩の文脈で智恵子って出てくるとやはりそう連想してしまう しかし詩自体は直接的に高村智恵子とつながるような描写は見当たらない やはり高村智恵子ではないのか そういったモヤモヤが終始あった (智恵子)

2018-02-20

文章の崩れ具合は小笠原鳥類を連想させるね (はな、うてと)

2018-03-03

掲示板のヘッダー、「B-REVIEW」の文字のところのリンクが旧サイトのトップページになってますね。 (<雑談、議論、要望等スペース> PART2)

2018-03-04

最新のものである『詩と思想』2018年3月号の読者投稿作品、そのなかの平居兼氏の選評にて言及されていた詩です(P.184) (猫)

2018-03-03

‪訂正‬ ‪平居謙先生でした‬ ‪失礼しました‬ (猫)

2018-03-03

蛾兆ボルカさん ボルカさんは以前詩中の「私」は作者のことだと注釈をつけた詩を発表していましたね。(http://breview.main.jp/keijiban/?id=1264) なぜにわざわざそう明言してしまうのかと訝しく静観していましたが、コメントのような経緯があったんですね。 私のモノ化、ですかねぇこれ。 個人的には文極に投稿した「脳の中で」(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=528;uniqid=20170503_417_9587p#20170503_417_9587p)でアルフ・Oさんが書いた「「リョナ」をネット詩ひいては現代詩のフィールドで過不足なく描いた作品」ってのがこの作品にもしっくりくるかなとは思います。ライトな殺しだけど、小動物の惨殺をもって興奮してくださいどうぞ。別に私は黒ムツではないけどさ。でもカルおじは逮捕前から一応知ってはいた。 猫は他者でもなんでもなくオブジェクトです。 ちょっとね、ボルカさんの書かれたコメントの内容が理解できていないんですよ実は。私が稀薄、とかいうのも吉本隆明が言ってたよね、とかその程度しかいま反芻できていない。「私」の復権と言われてもそんなのあったっけってなっている。 なのでどううまく返信すればいいかが詰まっています。ただ書かれていることに納得同意はできていないので、たぶんそうなんだろうな私の考えは違うんだろうなとは記しておきます。 あとあれですね、東日本大震災が詩に影響を与えたって論は既に溢れていますが、それが世の全ての詩に対して影響を与えているとまでなるものには私は異を唱えています。 影響を受けた詩・詩人もいるでしょう。ただ一方で全く影響なんぞ受けていない人もいるわけで、その例の一つとして私がいます。3月11日にビッグボーイ南福島店で被災した、れっきとした被災者の私はぜぇんぜぇんその後の創作に影響を受けていません。非被災者ならまだしも、その身に揺れを受けた張本人がそうなのだから311の有効性には疑問がわきます。 震災が転換となったという言説は、それを言う人思う人がそういうトピックに興味を持つ人だからでしょう。逆に言えば興味のない人には転換でもなんでもない他の一事象と変わらない扱いしか受けないでしょう。だってそうじゃん、例えばいままさに盆栽界で業界を揺るがす一大事件が起こっていたとしても、詩人にはなんの影響を持たない。盆栽職人がいくら衝撃を受けていたってそれが他者も同じだとは限らない。 主観で感じる影響は客観でもそうだとは限らない。それをわからずに影響を唱えるのは、○○はエヴァのパクリといっちゃう系オタクと同じですよ。そりゃお前がエヴァオタだからだろーが。 私が言うようなことが現代詩のフィールドからは全然出てこないのは、まぁ、現代詩のフィールドには311とかに興味を持つ人で溢れかえっているからでしょうね。いわゆるリベラルというか。その率は他の界隈と比べたら非常に高いと思います。だから詩の界隈内だけなら311論も有効かもしれません。でもその外から出たら有効度合も変わってくるでしょう。私は外に出たいですネ。立ち位置として最果タヒになりたい。 震災とかもういいよほんと、飽きた。311を出されていたので書きました。 (猫)

2018-03-04

エイクピアさん 唐突ですよね。ある種の裏切り的表現です。 でも猫を実際に引きちぎろうとしても虫じゃないんだから無理でしょうね。 (猫)

2018-03-04

仲程さん 私の詩に限っていえば、詩中の物体は何かの隠喩やまして実在のものでもなく、ただのオブジェクト(物体。3DCGモデルのイメージで)です。それらの動きや位置関係を楽しんで頂ければ幸いです。 蛭子能収や駕籠真太郎の漫画が好きなんですよ。なぜって、人の死がそれが主題にならずあくまでストーリーを回すためのギミックでしかない。駕籠にいたっては人体は特別な意味を持たず、都合のいいオブジェクトとして切断縫合変形を繰り返される。 幸福であること(その状態であるということ)より、不幸が存在しない(状態というものが存在しない)世界こそが真の平和かもしれません。 人間がいたらそこに幸福と不幸が生まれます。石しかなかったら幸福も不幸もありません。 質的功利主義には私は疑問を持つ立場です。よりよい幸福を得る過程で得られる幸福以上の苦痛を受けなくてはいけなかったらそれはもはや既に不幸なのではないか。バッドトリップしない麻薬を半永久強制的に全国民へ投与する権力者が現れたら世界はビーハッピーかもね。 (猫)

2018-03-04

仲程さんへ追記 私の詩はゆくゆくはベクトルやスカラーで表せるようになるかもしれないと思っています。 詩情はそのベクトルなどの様を読み取る過程において現れる。詩文において明文する必要は無い。 (猫)

2018-03-04

Rさん gifアニメ、いいですねえ あの画像とも動画ともつかない存在好きです。アフィサイトだとそれがずらっと一列に並ぶ。しかもページがスクロールされる前、眼に映る前から永劫にgifは動き続けている。面白い存在だと思います。 (猫)

2018-03-04

ふたたび仲程さん たとえば蛭子さんの「知識人のレポート」という漫画では、自分の子供を売り歩く男性が出てきます。レポーターは倫理的にどうかと述べるのですが、こいつは売るために作った、自分のものなのだから何に使ったっていいだろうと反論する。 漫画の最終ページにて、全然売れないじゃないかこんなのもういらないと言って子供を燃やします。 子供は一切喋らず主張をしません。ただのモノとして終始あり続けます。この漫画に人間は出てこなく、あるのは人型の装置です。レポーターの言動もただの行動です。スイッチを入れられたら機械が動くことに倫理観は関係無いよう。「知識人のレポート」のなかでの現象に一切の倫理はありません。ああ~、優しい世界。これでわかってもらえれば。無理かな。 (猫)

2018-03-05

花緒さん Rさんのコメントにもありますが、蛙だったら駄目でしょうね。この詩においてはある程度高度な生命体である必要があります。 彼女、人間だと、その存在に可コミュニケーションが内包されているので、猫というあくまで対話不可な存在での場合とは色々と変わってくるかもしれません。例えばこの詩が漫画で、「彼女」とされるものがまるでダッチワイフみたいな見た目で終始表情が変わらないのならば、この詩の感覚と近いものになるかもしれません。 (猫)

2018-03-05

三浦さん 評価、まではいかないかもしれませんが、先述のよう選評内にて平居さんに言及された詩です。 この詩はまさに平居さんを狙い撃ちして投稿したものです。去年は私も何度か入選を頂いていましたが、実は選者二人のうち中村純さんからしかもらっていなかったんですよ。それもなんか悔しいものでして。 選評や選出作からみて、平居さんは詩壇の中では結構バンカラな人なんかなと分析しまして、平居さんに選ばれそうなものとしてこれを投稿したのです。言及はされたし、分析はまぁ全く的外れでは無かったのかなと。 批判的な要素が宿っている、という見解はかなり意外でしたね。何かとは何か? 知ってみたい。 (猫)

2018-03-05

るるりささん 和尚さんの連想はほかの方にも言われています。 私自身はその童謡を指摘されるまで知らなかったのですが、童謡の持つ自然な狂気・残虐性とこの詩のそれがリンクしたのかなと思っています。 昔話も原型はそうとう残酷なストーリーだってことがままありますし。そういえばマザーグースを連想させるという意見もありました。 およそ人間の根本にはモダンな倫理観では震えあがってしまうような残虐性があるのかもしれません。 思想は購入の号で間違いないのですが、言及といっても作者名と題名が書かれただけで批評や作品自体は載っていません。P.184の右下にあります。 (猫)

2018-03-08

題名はピカイチね だけど本文は読めなかった 私個人の問題だが、隠喩表現が繰り返されると読みができなくなる。実像がほしくなる。 (Mr.±0)

2018-03-07

昔立ち読みした、華倫変という漫画家の短編でこの詩に近いものがあった。あちらは金粉を塗った教祖の糞を膣に入れて、それを聞かされた母親らしか人物が泣き狂うって内容だったが。 それとリンクしたからってものそうだし、これ単体だとしても、辛いよねこの詩。フィクションでも女の子が酷い目にあうのは見てらんない。それは私個人の問題だからいいんだけどさ。非現実少女は平和な世界にいさせてあげるか、それか感情などは無い肉の物体とするかじゃないと救われない。後者は、いきなりこの詩の世界にハルマゲドンが起こってドリフターズのBGMが流れれば実現する (相対化する宗教の欠片~まがいもの~)

2018-03-10

上のに追記 いやこの詩中の少女/女性自身は辛さを思っていないかもしれない、少なくとも耐えられるぐらいのものかもしれない。 ただそれを外から感知する私には辛さが感じられてしまうし、創作物においては読者が思うそのことがそのものにとっての真実となってしまうのだ。あなかなしや。なんとかしてこの女性を幸福へ転化させらんねぇかなぁ。わからん。 (相対化する宗教の欠片~まがいもの~)

2018-03-10

辺詩も返詩の誤字……? (飛ぶ)

2018-03-10

1は夜と霧ですかね。題名からもそうだし (夜)

2018-03-10

情景がなぁ、ちょっと凡庸 短詩は制約が多いから、少ない文字数でびしっと決めなくてはならない 数行、あるいは一行一文字のなかで心が揺り動かされなくてはいけない ってなるとやっぱ「てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った」並の強度ってが短詩には求められると思うのね 散る光景だけで沁みることができるほど私はまだ達観老成してはいない。情景描写に徹するのはいいが、もっとグッとくるようなシチュエーションであってほしい 私も「桜散る」という詩を書いていますのでよかったら読んでみてください https://ncode.syosetu.com/n2854du/ (三月)

2018-03-17

「うっくん」を擬音と捉えれば女体についてのパーソナルな詩になるし、宇都宮さんや宇田さんのあだ名と捉えれば「ながれ」「のび」といった動作に他者の影響が加わりコモンな詩になるな (ときには 名もない おっぱいのように)

2018-03-14

私は一行目でおおっとなりましたが、しかし読むにつれてテンションダウンしました というのは詩の構成といいますか、詩中世界のテンションが一定だからだれてしまったのだ 起承転結とそのままやらなくてもいいが、ここが見せ場ここが導入などといった概念はもう少し意識していいかもしれない。音楽のAメロBメロサビなどの構成のほうが近いかも。サビ最初にもってきたりなど、起承転結よりも自由な構成があるし。サビなどの概念がないプログレも曲調を途中で変えたりなどして単調になるのを防いでいるし。 これと同じことを私はいぜんある人に言われて、その時は「拡散と収縮があったほうがいい」というように言われた (無題)

2018-03-17

この詩についていろいろと書いていきます。ほんとは今月は前に投稿した「猫」だけでやめとくつもりだったんだけど、年度変わる前にやれることはやってしまおうってことでこれも投稿した。 なぜいろいろ書くかって、これを書くに至った経緯がすごくごちゃごちゃしているからなんですね。 まず、もう2年前かな、「人生(ZIN-SÄY!)」という、電気グルーヴの前身バンドのCD「SUBSTANCEⅢ」を買ったんですね。もともと空手バカボンなり有頂天なりばちかぶりなりのナゴムレコードは聴いていたし、人生だってその前に1枚聴いていたので自然な流れだった。 うんまぁひっどいバンドなんですよ人生って。調べりゃいろいろ出るけど。例えばクラリネットが壊れちゃったのメロディに合わせて「金玉が右に寄っちゃった」って歌う曲があったりして、しかもその曲名が「オールナイトロング」。他にも「お尻の穴に髭生えた(ケツにね)おしりのまわりにカビ生えた(アナにね)」という歌詞の曲名が「恐怖カメレオン人間」。へへぇーってなっちゃうよね。 んで買ったSUBSTANCEⅢの中に「シティロマンス」という曲がありまして。(https://youtu.be/UVtvAa6dWeI?t=1320)聴けばわかるよう「ザブ星人偽物に化ける メトロン星人あぐらをかくぜ」と基本的にウルトラセブンに出てくる宇宙人を紹介する歌詞。角田寿星さんがいたら食いついていただろうね。で、この歌詞の中に「ルイルイしたいね ルイルイしたいね 太川陽介みたいに僕も」というのが出てくる。ただこれを買った当時流石の私も太川陽介は知らなくて、しかもブックレットには歌詞でなく「風が吹いてスカートめくれちゃってイヤーーーーン」とクッソ適当なことしか書かれていない(https://imgur.com/PuEG1I9)からなんて歌っているのかわからない。元々実は歌詞を聞き取るのが苦手なところもあって、ここを「ぬいぬいしたいね」と聞き間違えた。 DMMでやっているブラウザゲームに「艦隊これくしょん」いうのがありまして、色んな企業とコラボしているし今だと佐世保バーガーとやっているから知っている人もいると思う。戦艦や空母などが擬人化しているゲームなのですが、駆逐艦の不知火もその中で出てきまして。(https://goo.gl/KBj8ZH)彼女のことはファンの間では「ぬいぬい」と愛称で呼ばれたりもする。先ほどのルイルイの聞き間違えの「ぬいぬい」と駆逐艦不知火がここで繋がって、そこから連想が進みこの詩ができた。 なので元ネタ的には「兵器少女」は不知火ならびに艦娘のことだし、「シティロマンス」はまんま曲名を頂戴した。詩の中にも人生のシティロマンスのなごりがいっぱい残してあって、「金曜日の夜にはカックラキン大放送」という歌詞ではじまるからドリフなりパイソンズなりが出てくる。そこから笑う犬とかには行かずにチャップリンまでさかのぼるのは作者の趣味。(ちな艦これでの提督名は「八畳キートン」だった。もちろんバスター・キートンのもじり)「ぷにぷにしたいね」もご察しの通り「ルイルイしたいね」から。 作者としてはこの詩すごく気に入っているのよ。だってさぁ、80年代ニューウェーブから10年代ブラウザゲームにまで繋がったんだぜ。知っている人は知っているだろうが、私は私の生まれる以前のサブカル知識が無駄に多い。そして現代のサブカルもまぁまぁ押さえてはいる。その両極を持っていて、それを詩に盛り込める詩人なんてまぁーーー俺以外にはいないんじゃないかなって思っちゃうよね、手前味噌十年仕込みかもしれないが。自分の特性を活かせたとなるとそりゃ嬉しくなっちゃうよ。 ただその気に入りっては成り立ちにおいてであって、じゃあ詩としてはどうなんだろうね、ってなると、これもう先の愛着が強くて自分ではわからない。だから年度内に投稿してみなさんこれどうですかって聞いてみようじゃないかってことなんですよ。 是非ともご協力お願いします。 (兵器少女とシティロマンス)

2018-03-18

人生初のペンタブが昨日届きましてね、練習としてこの詩のイメージイラストを描いてみましたのでそっちもよろしく→https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=mediumillust_id=67787118 (兵器少女とシティロマンス)

2018-03-18

そうそうそう、ちなみにビーレビの開始当初に投稿した「妻の夫」(http://breview.main.jp/keijiban/index.php?id=74)って詩は人生の「おどり」(http://www.nicovideo.jp/watch/sm19531865?from=147)という曲からインスピレーションをうけて書いた詩です。これが収録されているCDが「SUBSTABCEⅤ」つって、Ⅲより先に聴いていたのがそれ。 こっちには涼宮ハルヒの憂鬱の影響が見られる。 (兵器少女とシティロマンス)

2018-03-18

三浦さん オタクかどうかの線引きは対象に対して点で語るか線で語るかだと思うんですね。つまり系譜を踏まえるかどうか。例えば私なんかは漫画に関してはウルサイほうでして、以前百均さんに対して『COM』という雑誌とそれが現代にまで及ぼしている影響についてリプしたことがあります。発端はそのときバズっていた青焼き漫画の画像なんですがね、そこから色々と繋げることができるわけですよオタクだと。 私も電気からニューオーダーをも聞くようになったタチですし系譜をなぞる楽しみってはわかるんですけど、でもそれは半ば偶発的に成立するものであってはじめから狙うようなものではないだろなとも感じます。 テキストだけの弱さはわかります。んで音楽云々のことも同意の気持ちはあります。だから動画投稿も開始しようとしているわけですよね。 でも、この詩の話題からは離れますがでも機会だし書けば、恐らく動画投稿開始して増えるのは朗読動画だと思うのですが、さて朗読したからすぐさま詩に付加価値がつくだろうかと。活字だけでない他の面での評価軸ができたら、しかしそれは活字以外の面での減点評価の由来とならないとは言いきれない。 私ね、YouTubeにあるPSJ の動画に結構コメントしているのね。会場と同じく10点満点で。んで辛辣に書くときは書いている。せっかく声に出すのだから、それをする意義というのがなければと思うんですね。声での演技といいますか。ただ音読しているだけみたいなやつはアンタなんでそれしてんの? と牛丼片手に小一時間問い詰めたい。理想は声優並みの演技力ですよね。でも当然ながら朗読詩人はほぼ声を商売にしているわけではない。やっぱどうしても読む技術が伴わない人ってはいる。違う評価軸が設けられることによってそういった活字だけの時には出てこなかったダメな面が露わになってしまうってこともでてくるんじゃないかなと。 だからね、私も来るべき動画投稿に際して一本作りかけのがある。でも朗読はしていない。私は声の技術っちゃそんなないと思っているし、第一録音環境がロクなのがない。下手にやってマイナス要因になるなら、と棒読みちゃんつって音声ソフトに読ませた音源を使っている。その代わりに動画はPV風に、所謂キネティックタイポグラフィのを作っている。まぁいつ完成するかはわからないけど。いまそれやる余裕ないし。全くのど素人よりは毛が生えた程度だが動画編集できるので、私は声でなく映像を武器にする。 (兵器少女とシティロマンス)

2018-03-22

花緒さん やっぱどうしても思うのが視覚や聴覚へダイレクトに訴えかけてくる表現方法に対しての文字の弱さ。私がTwitterのbioにて「漫画描く詩人」と、Helloしか言えないのに英語話者名乗っているようなことを書いているのは、自らの持つ手段が活字だけになってしまうのに恐れを抱いているからってのもあるんですね。武器として、精神安定として絵も持ち続けたい。 最初に書いたようこの詩には一倍愛着はあれど決して出来がいいと思っていたから発表したわけじゃないんですね。愛着あるこれを成仏させて(読まれさせて)やろうということで発表した次第です。 万が一高評価もらえるんじゃないかって期待していたところがないわけじゃないけれど。 3月1作目の「猫」が結構評判良かったので、2作目は変化球するかってなれたんですね。猫繋がりで短詩と長詩の対比にもなるし。こういうこともできるからやっぱ月2作投稿のほうがいいですね。 (兵器少女とシティロマンス)

2018-03-25

survofさん 最終兵器彼女はほかの方からも言及されました。でも実は私は未履修なんですよ。 紋切り型なのはおそらく、作品としての独自性を確立させるよりどう元ネタとの紐付けをするかに重きを置いたからでしょうね。戦闘シーンに関しては艦これです。ただ私自身あんまサブカルの諸々の中で戦闘モノに心踊るわけではないのであんまそういったものを見読みしておらず、正直言って知識不足です。その薄さが作品にも影響してしまったのかなと。 (兵器少女とシティロマンス)

2018-03-25

沼尾奎介さん 解説云々は同意ですし、文極のほうでかな全くおんなじことを言った覚えがあります。そん時私は「ブックレットに書いてある聴き方に沿わないと良さがわからない音楽ははたして良質なものか」という比喩を使いました。 この作品はもはや二次創作でしょうね。二次創作はそれを知らぬものを越えていけるかという問いになります。 (兵器少女とシティロマンス)

2018-03-25

一部表現がまだあまいかなと思わない箇所も無いわけではないが、それでも十分に面白い詩だなと思う。なんか、エモいねこれ。日本を脱出したいペンギンとその飼育員の関係なんか駆け落ちの図にも見えるし、でもボーキサイトなり少女なりといった不可思議要素が混ざって少し面白おかしくなっている。 (ヨモギちゃん?)

2018-03-22

一(文字)に十の意味がある、から梵字を想像しました。祖父母の家に誰かが書いた梵字の書が飾られているのだが、それはいくつかの字がくっついて一つの字になっている。なので一文字だがそれ一つで文章ぐらいの意味があるとか。 そんなことを思い返したという俗な感想です。 (ひとつ)

2018-03-22

カタカナばかりの詩となると可読性は低くなるというのは作者もわかっているとは思う。 無論だからやって悪いということはないが、特殊な表記方法を使うならそれによる弊害をも超える効果が無いと意味がないだろう。 正直言うとこの詩は最初少し読んであとは読めなかった。その読めたところだけでもひらくと、カタカナだけの文章だが中身は割と普通、ってのも語弊あるかもしれないが少し詩を知っている人が想像しそうな感じの文章なのね。なにってまぁ隠喩が多い。 現代詩の要は隠喩だっていう人はいるしまぁそういう一面もあるだろなとは自分も思うのだが、ただそもそも従来の隠喩だらけな詩にあまり価値を見出せない私がさらにカタカナのみで書かれた詩となると読破自体が困難になる。そういった読者が出てくるって可能性は考えてこういうのはやらなくちゃいけないんだろなと思う。 ちなみに、ひらがなばかりの詩でビーレビに投稿されたものではこれが最高傑作だと思っている http://breview.main.jp/keijiban/?id=329 これは最後まで一気に読めた (SHELTER)

2018-03-22

短詩は難しいねって話になるよね 私が思う詩の定義は「表記された意味の量をx、そこに含まれている意味(情感)をyとしたとき、xyであること」、そしてxとyの差が大きければ大きいほど良い詩だ。 (詩壇の認識を絶対視するつもりはないし、ここまで詩の読者を減らした要因の一つは詩壇のその依然旧態な態度にあるのではと思う身だが)詩壇のなかで所謂ポエム、相田みつをなりきむなり最近だとサザエbotなりの評価が低いどころか見向きもされないのは、値が限りなくx=yだからではないかと思っている。書かれていることとメッセージが対応しすぎて飛躍もなんもないのだ。 この詩に対してもそんな気がする。もしかすると書かれている内容こそすごいかもしれない。でもすごくても、これは詩でなくメッセージでしかないかもしれない。詩というラベルを貼る必要性を感じない。xがどれだけ高かろうとyの値がそれを越さなければ難しい。 (街灯)

2018-03-22

「そして 君はどこかで銃の音を聞いたようだが 」 この一行があって本当によかった そこ以外も完成度が高く情感があっていいのだが、それらだけだったらあまりにプレーンすぎて評価に悩んでいたと思う 銃の一行があることによって予定調和が崩されて絶妙にアクセントと成っている アクセントがあともう一行プラスであってもよかったかもなって思わないわけではないが、でも十分佳作だ (彼の島)

2018-03-24

そうね、やさしい詩ね。優しいし、易しい。 バリバリな現代詩を求めて漁っている人からすると物足りないかもしれないが、でもまあそういうのとは別のリーグとしてこういうのもあっていいんじゃないのっては思う。民衆詩派みたいな感じっていうか。 小学校低学年の教科書に載ってそう。 (ワルツざか)

2018-04-01

「城」よりこちらのほうがいい 黄色のモフモフという存在の違和感 それが解決されぬまま唐突に終わる こういうのが詩、とくに短詩においての醍醐味だと思う (安心感)

2018-04-05

名古屋城とかですかね 風景描写で終わってしまっている、短詩としては失敗例だなという印象 (城)

2018-04-05

端々の表現が絶妙だなと感じる (このとき僕は英雄だった) ッピングシャワー色の髪色の女共 今日はお前たちを許そう! の二つは特にフックが強い (知らない街中で)

2018-04-05

漢詩を書き下したような印象 なので下手では決してないが、パンチは弱い 悪い意味で古典的。つまり予定調和 (春の夢)

2018-04-05

まりもさん このアイデア自体はかのビーレビグラフから得たものです。あれは毎月手入力しているのですが、昨今は投稿数が増えて入力途中でどこまで入れたかわからなくなることもしばしば。なので最近はEdgeのノート機能使って、アーカイブ画面へ直にチェックを入れながら入力をしていました。そこから詩作品へ書き込むことを思いつきまして。 アナログの時代があって、デジタルの時代があった。そしてその先にくるのは相反する者同士が融合する時代だと思います。紙にテクノロジーが宿る時代。私自身、大学の文学の授業ではレジュメに結構書き込みながら読み取りを行っていました。今回の動画でもそれに近い感じで行えて非常にやりやすかったです。特に今回の詩は構造を的確に説明する必要があったので、説明と同時進行で当該箇所に図式を描ける今回のやり方は活字オンリーよりストレートに 説明することができた。 Edgeでなくても、詩が映った画面をスクリーンショットなりなんなりして画像にして、それをお絵かきソフトにて書きこんでいくのでもこれは可能です。動画でも言っているよう専売特許にする気はないのでどんどん真似されてほしいです。 (【選評】峰 ひろ樹「彼の島」【動画】)

2018-04-07

三浦さん 言わずもがな現代詩はマイナーなジャンルですが、だからこそ未踏はまだいっぱい残っている。 それが効果あることかどうかは別として、今までとちょっと違うことをやればすぐに「○○をやった初めての詩人」になれる。その面では詩はある種のフロンティアであるのに、みなさん意外と同じことしかやらない印象。例えば私と百均さんで出した『けもポエ!』はほぼ確実にコミックマーケットで頒布された初の詩誌だが、極論言えば参加料払ってコピ本でもいいから一冊作ればすぐに達成できる。むしろなぜ今までコミケでやる人がいなかったのかが不思議です。みんなみんなポエケットか文フリ、あとなんか文学系のだけだ。 今まであんま文学と動画はシンクロしてこなかった(あっても音声を聞かせるための動画)印象。もっとね、文学とか現代詩とか、それらの既存の範疇を超えたものを取り込んでいきましょう。まりもさんのレスに書いたよう発想自体はビーレビグラフを更新していたからですが、そっから実際に動画作るに至れたのはやはり曲がりなりにも私が動画制作をやってたからなんでしょうね。最新の『詩と思想』に私が書いた「詩人は詩ばっかり読んでちゃあいけない」ってのも、まぁこういうことなのですよ。 ふと思ったことですが、IN言語やつぎ言語のPV、あれは割といい。誰作ってるんですかね。地球さん? 白犬さん? ユウさん? あのPVの制作者が詩関連の動画作ったらイイのができると思う。 (【選評】峰 ひろ樹「彼の島」【動画】)

2018-04-08

花緒さん 学生時代を思い返してください。授業がクッソ下手な先生もいれば、逆にとても上手な先生もいたでしょう。後者の授業というのは凡庸なコメディ以上に面白くそれ自体が一つの講談、コンテンツ足り得ていた。 〈現代詩の授業〉という評価ありがとうございます。ただ私としてはあれはまだ方法を見せただけで中身自体は突貫なんですね。同じこと繰り返してるし、たどたどしいし、声裏返ってるし。もっとちゃんと段取りを事前に決めて、台本もいくらか作っとく。動画編集ももっとエフェクトなりなんなり効かせればもっと完成度の高いものができる。そうなれば批評動画も一つの独立したコンテンツにできるのでは、と今回漠然に思いました。「わかる」「納得できる」って快感だと思うんですよ。よくできた批評動画は納得の度合いも高い。なので楽しく観れるし何度でも観てしまう。 上手くいけば批評系YouTuberもアリかも。 (【選評】峰 ひろ樹「彼の島」【動画】)

2018-04-08

こうだたけみさん ありがとうございます。 批評動画がコンテンツ足り得るものになるよう励みたいです。 (【選評】峰 ひろ樹「彼の島」【動画】)

2018-04-08

1行目の「氷」と4行目の「ため息」が表現の方向性としては被っているようにかんじるが、まぁでも全体的にまとまった佳作だなと思う。 私は最終行は「る」のままでいいと思います。時制をすべて現在完了形or現在進行形に揃えることによって表現に動作を付与できているし、特に「忘れる」という状態動詞を過去形という静止した表現にするのでなく「る」であることによって現在において、行動でなく「状態」であるのにそれが行われているというダイナミックさが生まれます。 (この道の先)

2018-05-14

割とエモみがありそうな雰囲気はするんだけど、詩情は言葉の表面的意味の上で滑っていくだけにも見える印象 (それは闇から光へのコントラスト。)

2018-05-11

ちょっと雰囲気が古いな。四畳半フォークよりもも少し昔な。あがた森魚が歌ってそう(赤色エレジーとかそこらへん)だけど、それよりは洗練されていない そっか、古さは七五調だからか。やっぱそこは日本人のDNAで耳さわりは良く感じるし、書くのも気持ちいいよね。私もそれっぽいことはやった。でもリズム優先になり使う言葉にブレーキがかかってしまうって欠点もある。 (二十歳の娘)

2018-05-11

稲垣足穂のショートショートや鴨沢祐仁の漫画を思わせる、すこしメルヘンのはいったナンセンスだなと ナンセンスって好きか嫌いかがはっきり分かれるジャンルだなと。それはその人がナンセンス自体を好むかどうかもだし、ナンセンスが基本的に好きな人でも作品によっては評価が全然違ってくる ってのはナンセンスって基本的に作者のいたずらなんだよね。組み合わされることのないモノまた状況にたいしそれをくっつける無邪気な行い。それに対し賛同や共にふざけられるかが評価の分かれ目になる。 同一キーワードを幾度も使うということでは岡野康弘氏のこの詩もあてはまる。(https://www.youtube.com/watch?v=z5FoQ6uVMQ4t=72s)開けばわかるが、コメント欄にて私が相当辛辣に点数をつけている。2点は私の中で最低点数。 正直植草氏のこの詩に対しての評価もこうなりかけた。そうならなかったのは上記のメルヘンさを後から感じることができたからだ。そういった+αがないと、ナンセンスの評価は芳しくなくなるね。 (ちくわ詩編①)

2018-05-14

HNの奇抜さの割には教訓臭い内容でけっこうがっかりなのが正直なところです。 たとえば「326」とか「きむ」とか元祖を取り出せば「相田みつを」、どちらかといえばそちらの系譜の詩なのでしょう。 それらと所謂現代詩の境界は使用する語というよりは、詩の存在意義がストレートに読者へ教えを説くものかどうかって点にあるのかなって思います。 色々と言えてしまいますが、一番簡略に申せば「詩に対して私は教訓を求めていない」って返答になるのかなと。なのでメッセージ性より詩がエンターテインメントとしての刺激があるかどうかが私の場合の評価軸になります。上記の326とかはそれが皆無に等しいので私は好きません。 この詩に関しては「その自己否定を、反転にして」という表現は面白いなと思いますが、やはり全体を漂う訓示性に対し相性の悪さを感じてしまいます。 対象読者でないって言われたらそれまででしょうが。 面白い記事を見つけたのでよければ一読を http://blogos.com/article/78370/ (その手の葛藤に意味はある)

2018-05-14

後編 ↓ http://breview.main.jp/keijiban/index.php?id=1769 コメントは後編のほうにしてください そちらのほうに前編と後編を繋げて表示した画像もあります (ラブ・ラプソディ 【前編】)

2018-05-14

うわっ、1行当たりの文字数上限ミスったか (ラブ・ラプソディ 【後編】)

2018-05-14

前編 ↓ http://breview.main.jp/keijiban/index.php 環境依存文字(💗のこと)が全角1マスより大きいということに気づかなかったミスで表示がひどいことになってしまいました。 Wordのスクショを繋げた画像を提示しておきます。 ↓ https://imgur.com/a/sCRNBwU (ラブ・ラプソディ 【後編】)

2018-05-14

前編のURL間違っていた→http://breview.main.jp/keijiban/index.php?id=1768 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ この「ラブ・ラプソディ」ですが、オリジナルVersion、B-REVIEW Version、文学極道Version、の3種理があります。 オリジナルVersionは上記のWordのスクショです。 B-REVIEWは1投稿につき上限3000字という制限があるため前編と後編に分け、また後編の最終行を削除して文字数を調整しています。 B-REVIEWではハートが色付きになるためオリジナルVersionよりさらに理想に近かったのですが、見てもらえればわかるよう、環境依存文字のハートが全角1マスより大きいということに気づかなかったミスで表示がひどいことになってしまいました。 文学極道Versionはこちらです→http://bungoku.jp/ebbs/bbs.cgi?pick=10445#20180514_322_10445p 文学極道の場合環境依存文字が殆ど使えず、例えばハートは「💗」、バックスラッシュ(斜め線)は「╲」と文字化けしてしまうので、それぞれ☆とヽ(踊り字。バナナ → バナヽのようカタカナを2字重ねる時に使用する)で代用しています。 結果として、それぞれがそれぞれに長所と短所を持つ形となってしまいましたが、媒体による詩の変化としてそれも一興にしてくれればなと願います。 (ラブ・ラプソディ 【後編】)

2018-05-14

細かいけど訂正 『例えばハートは「#128151;」、バックスラッシュ(斜め線)は「#9586;」と文字化けしてしまうので、』 (ラブ・ラプソディ 【後編】)

2018-05-14

オリジナルVersionの画像に一部不要な線が混じっていたため訂正版を再掲 ↓ https://imgur.com/a/azYoS0q ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 藤一紀さん この詩はQUEENの名曲「ボヘミアン・ラプソディ」(https://www.youtube.com/watch?v=fJ9rUzIMcZQ)に影響を受けて書いたものです。 この曲を私は最近初めてちゃんと聞きまして、そして大きな衝撃を受けました。 ラプソディは「狂詩曲」と訳され、Wikipediaをそのまま引用すれば「自由奔放な形式で民族的または叙事的な内容を表現した楽曲。異なる曲調をメドレーのようにつなげたり、既成のメロディを引用したりすることが多い」のが特徴です。ボヘミアン・ラプソディも一曲のなかでアカペラ→バラード→オペラ→ハードロック→バラードと曲調が変わっていきます。 詩でこういったラプソディ形式のもの、一作品のなかで形式やテンションが目まぐるしく変わるものって私は知らないなと思って書いたのがこれです。 なので各ブロックがそれぞれに特徴を持つよう気を配って書きました。 冒頭のは筋肉少女帯の「これでいいのだ」(https://www.youtube.com/watch?v=z7rBqU7st_E)という曲を念頭に置いて書いていましたね。 (ラブ・ラプソディ 【後編】)

2018-05-14

三浦さん パロディに必要不可欠なのは元ネタへのリスペクトです。替え歌で有名な嘉門達夫は必ず歌手は作詞作曲家のところへ出向いて直接許可をもらってからネタにしているそうです。パロディはその内に必ず笑いを内包していますが、そもそも笑いというのが真面目にやらなければ成立しないものです。ふざけた内容でもふざけてそれを行ったら絶対に面白くならない。カラオケで嘉門達夫を歌うとしてもふざけて歌ってはいけない。 「最近の祝さんの日常の鬱憤みたいなものがさく裂していて」 見透かされているなとタジタジです。通り魔をやるかわりに詩の中の人々の人生を翻弄して鬱憤晴らしをします。 (ラブ・ラプソディ 【後編】)

2018-05-18

花緒さん 遅ればせながら。選評(http://breview.main.jp/keijiban/index.php?id=1895)でとりあげられていたから読み返してみたら気づいた感じです。 掲示板のデザインが変わって、まだすこしオリジナルの体裁とは異なってしまっているがでも前のようひどい表示にはならなくなりましたね。 「AI<生身の人間、という価値観が前提条件」とは書きたくなかったわけですが、そう見えてしまったというなら作品側の不備でしょう。その価値観ならば詩中主体は悩まないわけでして。 (ラブ・ラプソディ 【後編】)

2018-06-15

ちな、朗読動画これです https://www.youtube.com/watch?v=gP7z616ZaScfeature=youtu.be 諸事情あって文学極道Version(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=578;uniqid=20180514_322_10445p#20180514_322_10445p)で作ったからこっちに貼ってなかったです (ラブ・ラプソディ 【後編】)

2018-06-15

意図的なのかもしれないけど、行為のことならイマラチオでなくイラマチオじゃね? 摩羅とかけているのか? (イマラチオ)

2018-05-20

断定しないで言葉が転がっていく構成は面白かったが、最後二行がなんか道徳めいててイヤ 別に詩で良いこと感動することを言わなくてもいい。そういうのは居酒屋のトイレの貼り紙に任せておけばいい。 (空)

2018-05-27

父母のくだりいらないんじゃない? これらだけ妙に現実的だし、書き方もやさしい家族〜ってなだけに思える。 それ以降はフィクションの人物だし彼らの存在についてまでの言及に至れているのに、前半がぬるくて良くない。後3連はほんといいのに。特にドラえもんが茜に染まっているなんてエモい。全部フィクションの人物で揃えた方がよかった。 (象の玉乗り)

2018-05-27

こういう「いい趣味」な風景を書く詩人って割といるが、風景描写で終わってしまっていることが多いように感じる。その趣味のよさを提示するに留まって、ではそれを使って何を表現するかという要まで至れていない。性癖発表なんだよね。 これが漫画系同人誌なら性癖発表でも一定のフォロワーと評価が得られるけど、かなしいかな文章表現ではそういった需要っては漫画よりは無い。やっぱどうしてもハイカルチャーの範疇になってしまうんだろうね。 (お気に入りの孤独)

2018-05-27

‪アイコン見て納得した。あああなたそういう系ねわかったよ。グロリズム宣言はいい本だ。氏賀掘骨早見と豪華スターが揃っている。オイスターあたりもいたらよかったけどね。‬ ‪あなたなら狂気太郎(http://madtaro.net)気にいると思う。もう知ってそうだけど。「お父さん」「青少年倫理道徳復興委員会」あとショートショートのがおすすめ。‬ ‪作品も一番最初以外は前のよりはうんといい感じ。こういう既に特定文脈が付随している語句や表現(例 下ネタ、宗教要素、政治要素。例えば「イニシエーション」という語句を今日においてオウム真理教の文脈にとらわれずに使用するのは難しい)を使う際に気をつけなければならないのはその文脈に作品が飲み込まれないようにするってこと。例えば『現代詩手帖』2018年5月号の深沢レナ「ヒトラーの抜け殻」あれはとても悪い例だ。近現代史においてヒトラーがもつ文脈の悪さは他に並ぶものがないほどで中傷の常套句と化している。「わたしなりに右傾化していく今の社会について一つの視点を提示したつもりです」と作者はツイートしていたが、結局やっていることは詩がヒトラーが持つ文脈に加担する一つになっただけだ。なんの創造性も無い。ヒトラーのある意味の威厳を借りているだけだ。あなたはその語句を使えればいいのか、それともそれらを使って何かを新たに表現したいのか。それを忘れてはならない。‬ ‪今作、とりあえずそれに陥っていないようで安心だ。内容の一つ一つは過激だがただそれを提示するだけではなく妙なユーモアもある。【蝶人類】の比喩とか、【女の子って思い込んでるオカマ】のクリーム色とか。【アップ症】は特にいいね。最後にちゃんと殴るの。【老後施設を焼く】の思想は障害者が老人になっているだけで植松聖のと違いがないが後半の語りが饒舌でよろしい。最初の【肉体教育】だけは単なる倒錯鬼畜ペドになってしまっているのが惜しい。この父親の思いの気持ち悪さがもっと出ていた方がよかった。‬ ‪あとはもっと自作他作ともにコメントをしてほしいね。それやればまた違ってくると思うよ。‬ ‪今作で割と私はあなたを気に入ったので頑張ってほしい。‬ (イマラチオ)

2018-05-27

「おかげで全身、 埃まみれじゃないか。」 の締めはいいが、 「腸と血液タンクを引き連れた渦巻く背骨」 だけこの詩の文量では冗長だな (脱皮)

2018-05-27

読んでパッと思ったのは、「概念がうねっている」 (ANEMONE)

2018-06-16

シチュエーションはいいけど、言葉が説明的すぎるというか このシチュを表すならば徹底的に言葉数を少なくしたほうがいい。いっそ短歌にしたほうが映えるかも (一瞬のきらめき)

2018-06-04

標語じゃんこれ。誰もが思うことを誰もが書ける言葉で表しても道徳の教科書にしかならない。誰もが書けるしそもそも既に世の中にある言葉だったら、わざわざ佐木ノ本さんが新しく書く必要なくない? (ぼやく)

2018-06-16

クセになる文体だなと。言葉と意味が付かず離れずでいい塩梅 (狂バイオジカル)

2018-06-16

神聖かまってちゃんというバンドの「ちりとり」という曲を彷彿とさせました https://youtu.be/QloE_73lhts 愛いね、いいね 詩中主体は不安定だけど不幸ではない 私基準では優良は確実 (Cake)

2018-06-08

選評ありがとうございます。 件のくだりですが、あそこが一番普段の詩作のトーンに近い部位でしてね。てか半ばセルフオマージュ(https://ncode.syosetu.com/n7632dt/)でもある。 他の箇所が独特であるが故に、ここを本腰入れてしまうと一箇所だけこなれていて浮いてしまうかなと危惧しまして、あえてデチューンした次第です。 (【フル】かるべまさひろの選評<2018年5月分> )

2018-06-16

目につくたびに立ち止まってしまうんだよなぁこの詩 第1連が強い、良い (グルーオン)

2018-06-16

‪ビーレビがはじまったばっかのころに、まんま「お星さま」「虚ろ」と同じような構成、つまり本文は全く同じで題名だけ異なる詩を連投するということをした人がいるんですよね。‬ ‪http://breview.main.jp/keijiban/?id=238‬ ‪片方のほうは削除されたけど、でも残ったのを見るだけでも当時荒れたのがわかると思う。‬ ‪とりあえずね、この作品でも同じように荒れる危険性があるよと忠告しておく。前例のようならないように投稿者も読者もしかるべき対応をしなくては。‬ ‪他掲示板でもこういった、従来の詩とは違ったことをやる人ってはいる。その時に私が毎度取っている行動は作者にこれを書いた意図、つまりコンセプトを問うということだ。‬ ‪詩の読み方にはいくつかある。テキストを独立した作品として鑑賞する、または社会規範などと並べて論じたりメッセージを捉えたりする、コンクリートポエムとして視覚にて味わう……そのなかにコンセプチュアルアートとして読むというのもある。テキストでなく詩作の行い自体に意味を付随させてそれこそを作品とすることだ。‬ ‪ここで関わってくるのは、それをネット詩掲示板に発表したということだ。結論を先に申せば、本質は実存に影響を受けるので、ネット詩掲示板という場で実存を得た以上コンセプトを開示しなくてはならないという本質が必ずついて回る。‬ ‪解説すれば、詩の発表方法には様々がある。詩誌に投稿する、同人誌を作る、自分のブログに載せる、朗読する……詩に関わらずだが、作品を世に発表する場合には何かの媒体に依らなくてはならない。これには詩誌とかのメディアだけでなく、活字なり音声なりの手段も含まれている。その際に作品は媒体の特性の影響を免れることはできない。赤い絵の具を使う以上赤以外の色を出すことはできないように。‬ ‪ネット詩掲示板という媒体の特性は、作品と直にコメント欄が繋がっていることだ。詩誌などにはない大きな特性だ。発表された作品はただちに公の中で批評に晒されることになるし、そして投稿者はそれに応じる義務が生じる。‬ ‪この作品を論じるにはコンセプトを問うことを回避するのはできないだろう。当然論点に上がるはずだ。その時に作者はそれに応じ、なぜこれを書いたのかを開示しなくてはならない。コメント欄は創作の場ではない、作者もメタになって議論する側にならなくてはならない。それに応じない場合、往々にして不毛なコメントの応酬が続くことになる。‬ ‪ネット詩掲示板の本質は詩の鑑賞でなく議論にあると思う。時に純粋な鑑賞を阻害してしまうとしても議論のためならそれを優先させなくてはならない。そういう媒体だから。‬ ‪なので私はまず作者さんにコンセプトを問います。それを元に議論が繰り広げられていくでしょう。答えてくれたらいいけれど、でも二つの作品が誤投稿でなく別個のだってちゃんと明記している人だから応じてくれるだろうと思っています。‬ (虚ろ)

2018-06-07

風景のスケッチに留まってしまってそこからの拡張があんまり感じられなかったなぁ (すりぬける、今ここ)

2018-06-09

もう既に述べられているが、《装備品:素手》はほんとルミナスライン でもそれ以外の、特に詩の設定っての? 進む道間違えたしもう戻れないってのは流石に凡庸すぎかなと。ひねりがない、多分誰でも思いつく 最近のビーレビはライトバースな作品が増えてまあそれは一つの方向性としていいんだけど、ライトな書き方なあまりに内容も軽薄なのが増えてしまっているような気がする。なんちゅうか、成熟された思考が無い。いいこちゃん的な道徳標語か、中学生が初めて考えた設定みたいなのか。軽い文体で良い内容のもあるにはあるけどさそりゃ。私はね、もっとこう、詩に刺激が欲しいんだよ。悪い意味で既視感あるようじゃ満足しないのよ。 (脱獄)

2018-06-16

題名は良いね でも本文は主張の強い単語で飽和している感覚 結果どれも引き立たない (4F38頁、裸足の季節)

2018-06-16

いやー、キツくねこれ流石に 苛烈な現実の割には詩文からはその重さが伝わってこない。おばけって比喩使ってるからってユーモア感じるわけでもないし。中島みゆきの「ファイト!」並みの真剣さが欲しいところ。 就労困難になった人は共感は示すだろう。ぶっちゃけ私も、就労意志はあるのに企業が雇ってくれなくて「はたらけない」状態にいまあるからなんかしら思うものはなくはなかったけど、じゃあ共感して、それでどうするのと。別に詩で共依存のセラピーやりたいとは思わない。共感を目的とした詩ってつまり326だとかきむだとかなんか知らん文字付き画像とか、つまり蔑称としのポエムなものの仕事であってんでそういったものに私は価値は感じない。 痛烈に書きすぎているかもしれないけれど、ポエムでなく詩を思いやるのなら「共感」はせいぜいエッセンスとして設けるだけでそれを軸にして書いては欲しくないな。 (はたらけない。)

2018-06-16

「面白くないぞ!というたった一言を、よもやこんなにも手厚い文字数で頂くとは。」 批判的内容を短文や単語でやることはしないよ。なぜマイナスなのかの根拠が添えてないと説得力を持たないからね。腹は立ってないがつまらんとは思った、けどコメントを書くならば一通り読まなくてはじゃん。 すべて自然な行いであって皮肉でやったところなんて無い。 私のコメントに対し同意するでも反証するでもいいけど、皮肉(ではないのだが)を皮肉で返すのでなく、なんかしらのちゃんとしたレスポンスが欲しい。共感云々について、私はそれだけだと詩の読解に広がりが生まれないと思うのだが、ではあなたはどう思うの? (はたらけない。)

2018-06-16

「すれちがいに笑みを残し その光景で幸せを感じた」 をはじめ、あまりにも表現が直接的すぎな箇所がかなりあるように思える 比喩主義者ではないが、喜怒哀楽をその言葉のまま書いてしまうと詩は大抵陳腐になってしまうような (今夜家に帰ったらエアコンをつけよう)

2018-06-16

色をはじめ、五感を意識した詩だなと。感性云々ではなく技術的な詩だ。実践としては良いと思う。 (薪)

2018-06-16

「それに 飽きて」 「そこへ 落ちていく」 ここは改行する意味を感じられない。手癖めいているし、普通に一文にして流してしまったほうがいい (楽園)

2018-06-16

ただ、下手な詩ではないなこれ。 なんかどうしても言語化できないけれど、なんかモヤモヤした何かは感じ取れる。 (楽園)

2018-06-16

選評どうもです。 「読み手を意識していると読める作品」とありますが、これは私が詩作において常に意識しているものであります。 詩人はよく「自分の思ったままに書けばいい」とか「他人を意識してはいけない」とか言いがちですが、はっきり言って逃げだと私は思っています。それが通じるのは全く作品を発表しない場合だけで、どこかに出した時点でそれはもう他者の評価を求めることとなるわけであって。なのにそんなことほざくのはつまりは見てもらいたいけど比較されての厳しい競争には混ざりたくないという甘ちゃんなわけでして。第一自己表現つうけど、ありのままのあなたは他人が見ても面白いものだと本気で思ってるんですか? と つまらない事実なら面白いフィクションがいいです。そう思っていつも書いていますが、こと「ラブ・ラプソディ」に関してはその文字配置も含めていかにエンターテイメント性を詩に付随させるかに重きを置いています。その意味ではたしかに「戦略的」でしょう。幾らかは上手くいったようなので満足です。ラプソディ形式はまたやりたい。 (選評五月分)

2018-06-16

最初3行の瞬発力はピカイチだったがそれ以降はこういう系の典型になってしまっているのが残念 (between the man and man)

2018-06-18

『文体練習』という、同一の内容をあらゆる文体で表したという本がある。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E4%BD%93%E7%B7%B4%E7%BF%92) またアンサイクロペディアにはそれをパロディ化したページがある(http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E6%96%87%E4%BD%93%E7%B7%B4%E7%BF%92) さらに最近では『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』という本も出ている しかしそれらは文体の違いであって、この詩のように表記の違いではない(『カップ焼きそば』では北園克衛の例があったりはするが) その点ではこの詩はそれらとは差異を作れているが、しかし逆に言えばそれだけでもある。もう既にどこかでやられてもいそうだし。 文体練習ならぬ表記練習以上の意味があればいいが、私はそれは見出せなかった。 (同じことを繰り返すただそれだけ。)

2018-06-25

イマラチオ氏やっぱすんごく好きなんだけどさぁ、だからこそ期待をかけてしまうんだよね。 今のようなショートショート集でなく一本の大作を見てみたい。たぶん知ってそうだけど根本敬って漫画家がいて、氏の作品に「タケオの世界」や「ミクロの精子圏」といった通称精子三部作がある。漁船に乗っていた親父が水爆実験と同時に射精したらそれが突然変異して意思を持った巨大精子と化したり、遠近法を利用して精子のなかに入り込みそこでテーマパークを設立したりと、活字化するとほんっとうに御下劣だし反道徳的なんだよ。でもただ下品でなく、業の深いこれらの物語はどんどん風呂敷を広げていきながらも最後はちゃんと畳めていて、読後はさながら大河SFかってぐらいに雄大で秀逸な物語なのね。 そういったのを期待してしまう。小品もいいけど、カルマに塗れながらもその先のモノを掴みとるような、そんなの。もし本当にそんなのが書けたらもうこれは文学史に残る事件になる。 だから、5月B-REVIEW杯は私は投票を棄権しているんだよね。あのラインナップならイマラチオ氏がトップだが、しかしここで氏に獲ってほしくない。もっと獲るべきときがきっとくるはず。 (イマラチオ)

2018-06-25

ボーイミーツガールな、ジュナイブルな雰囲気ねやはり 強引に例えるなら、オリジナルキャラの設定だけは詳細でそれらでのストーリーは無いような状態だが、でもその設定が秀逸でそれだけでファンを獲得できているって状態 異形の美少女と野暮ったい少年みたいな図が見えてくる (未完)

2018-06-25

私が思う詩の定義は「言葉が本来持つ情報(=語義)をx、詩文が持つ情緒諸々すべてを含めた情報をyとして、その量がx<yである」で、xとyの差が大きければ大きいほど良い詩だ。 どうやってyを増やしていくかだが、これは言葉が持つ意味の細かな部分まで気を配れるかだと思う。「青」という言葉には「blue」という意味がある。これだけならx=~1 y=1で詩にならないが、「青」には清々しさや清純さといった表層部分(シニフィアン)にはあらわれていない意味が隠されている。そのように言葉の形とその意味は必ずしも1:1ではなく本当は1:1.2だったり1:1.5だったりするし、そしてyの値はその人がどれだけ小数点以下の意味つまり深層の意味まで気づけるかによって変わってくる。 その小数点以下を繋げていきyの値を増やしていくのが詩だと思っている。 一般的に短詩が難しいと言われているのはそもそものxの値が少ないので、そこから豊潤なyの値を導き出すには極小さな意味までも見落とさずに使用しなくてはいけないからだと私は考えている。 1行や2行だけの短詩もあるなかで、この詩は3行も使いながら言葉の意味を無駄にしすぎているなと思う。これらの言葉から導き出されるyはかなり少ない。短詩はxの値が少ないからそもそもの意味の伝達も放棄してひたすらにyを追い求めなければならない。 作者はとりあえず短詩はやめてせめて10行はある詩を書いた方がいいかもしれないね。まずそれで小数点以下の見つけ方を知ってから短詩に挑んだほうがいい。 (潔癖)

2018-06-25

大学でプログラミングを専攻している弟にこの詩を読ませて返ってきた反応を要約すると ・おそらくjava scriptのコード(「java」とは別物) ・ループ(while)で使う変数(you == living)が定義されていないからコードを実行できない ・whileの前にyou==livingを作ってそれが何を意味するのかを先に提示しておかないと変数として使えない とのこと。私含め言語ド素人の人の参考になればと。 つまりこれは生きている限りtxtが繰り返される、というプログラムを表したかった詩ってことでいいのでしょうか? (life.js)

2018-06-25

シニカルを狙ったんだろうなって箇所が飽和していて読みづらいなというのがまずの感想。 んで、この詩ではトランプ大統領が書かれているよねと。 ヒットラーに並んで今日ではトランプは創作者殺しだと私は思っている。 およそこの二者というのは良いようには書かれない。それはもう悪の象徴としてのパブリックドメインだ。いつの時代もピエロが愚者の象徴で寅さんが風来坊の象徴のように、ヒットラーやトランプはいつも悪の象徴として描かれる。 しかしピエロや寅さんと違うのは、ヒットラーやトランプが使われる時は往々にしてその使用者の個人的な感情、その殆どは否定的なもの、が強く絡んでくるからだ。 結果ヒットラーやトランプを創作物で使ってしまうとその創作物の制作意図に意識的無意識的に限らずそれらへの否定・皮肉・中傷などがくっついてしまう。 はじめからヒットラーを否定する為にそれを作ったなら勝手にやってりゃいいけど、もしそうでない場合は損害だ。表現のために使ったものに表現自体が呑み込まれてしまう。 この詩についてもそう。湯煙氏がトランプに対しどう思っているかなんて私が知るところではないが、しかしそれでもこの作者はアンチトランプなのかなって見えてきてしまうし、一度そう思うとそちらに着眼がいってしまう。反トランプの人は喜ぶし、迎トランプの人は怒る。それは創作物や作者が望む反応ではないだろう。 今の人類にヒットラーやトランプは早すぎる。ヒットラーを使って自然の美しさを表現したりトランプを使って高校生の淡い恋愛を表現できる人物が現れるまで使用を禁止されるべきだ。 『詩と思想』2018年5月号に掲載された深沢レナ氏の「ヒトラーの抜け殻」という詩に対しても同じようなことを私は言及しているので一読を。 https://twitter.com/yoinoyoi/status/994488874901487618 (トランプ大統領が誕生した)

2018-06-25

冒頭とか特に黒田喜夫の「燃えるキリン」を連想させるよね (燃える馬)

2018-06-25

主のコメ見て馬の骨かぁ~ってなってから読みました 水筒にココア入れるってのが意外で、ここがいろいろとキーになりそう (金星)

2018-06-25

えぇ……この詩難しい 推理小説みたいにいろんな仕掛けが隠されていそうな匂いはする (今日も、どこかで。)

2018-06-27

設定はいいが無駄が多い印象。「最初は何が起きているのか分からなかった」なんかは省いてもいいし。 (しめやかに)

2018-07-02

リフレインちょっとくどいな、と思ったけどそういえば題名は「フラクタル」なわけで、延々クローンし続けるそれを頭に提示したことによってこのくどさにも意義が付されたように思える。 (フラクタル)

2018-07-02

花緒さん ここ数か月でビーレビの主要層が大きく変わったってのは私に限らず思っている人はいるかと思います。具体的に言えばゴリゴリな現代詩が占める領域は減って、良し悪しどちらにしてもライトなものが多くなった。ならば私も今の主要層が良いと思えるようなものを提示できればなと思ってこれを引っ張ってきました。もともとボーイ・ミーツ・ガールの名作として有名な『イリヤの空、UFOの夏』というライトノベルがインスピレーション元にあるので、甘めな雰囲気の詩が増えてきた今のビーレビにも合致するかなぁなんても。甘い詩ってのも書かないわけじゃないんですよ。ただやっぱどうしても公開するタイミングがつかめなくて。 詩論は結局手段ですからね、最終的な目的である「良い詩を作る」「詩を読んでもらう」を遂行するにあたり使うかどうかはまた別の話です。冗長な部分があるのは存じています。ただどう推敲してもこれ以上短くできなかった。 (天と地)

2018-07-03

岩垣弥生さん ジュナイブルな感じを目指しました。筒井康隆なんか理想ですよね。『虚航船団』みたいなガチSFも書ければ『時をかける少女』みたいな青春ものも書ける。詩で食えるようになるのが私の目標でもあるので、そうなると詩の発注を受けてそれに沿ったものを書けるようにならないと。色々なものを器用に書けるようになりたい。 ただ「ガツンとくるエンターテイメント性は薄い」となると芳しくないですね。作者としてはむしろエモさたっぷりにしたつもりだったので。 (天と地)

2018-07-05

まりもさん それは私が男性だからかもしれませんが、女性というものにはその存在に神秘を内包しているようにも思えるんですよね。 過去作の「三人の女」(https://www.breview.org/keijiban/?id=623)なんかはそれが如実に表れている。 そうなるとやっぱ美しく描きたくなりますよね。 他方じゃあ汚れる対象現実にまみれる対象となるとそれは男性に担わせようとなるわけでして。 しかしそればかりじゃ紋切り型なので美少年などが出てくる詩をも書きたいと思ってはいるんですよね、しかしなかなか書けない。いわゆる男の娘モノでは女性神のように男らを虜にする美少年が出てきたりもしますが、じゃあ彼らと女性との違いはなんなのか、単に染色体の違いだけだったらわざわざ詩にて主題にするほどでもなくなる。その解を出すのは難しい。 >>(ジュナイブル、になっているけれど、ジュブナイル、ですよね?) 十年近く間違えていました。 過去作の「ワタシのきもち (エルサポエム)」(https://www.breview.org/keijiban/?id=1275)では意図的にブログ文体的なものを書きましたが、いざ書こうとすると非常に難しい。 最近、殺陣の擬音がすべて「キンキンキンキンキン!」ないわゆる「なろう小説」が出版されたということで話題になっています。これに限らずなろう小説はたびたびネタにされますが、それを意図的に書こうとすると意外難しいのかもなとも思います。 荒地派みたいな文体を今でもやっているような詩人ほどではないが、私も現代詩にちと浸りすぎたかなと。漫画みたいに絵柄に左右されないということで文章表現に移った私ですが、その先で文体に縛られてしまったら面白くない。やはり筒井康隆が理想。 (天と地)

2018-07-25

蔀県さん 詩が上がっているのにコメントが無いなとは見ていました。バグですかね。ビーレビのコメント修正画面をみてみても件のコメント跡らしきものは残っていませんでした。 ― 私も蔀県さんの詩には殆どコメントしてきませんでしたね。 今見返してみると「燃える馬」(https://www.breview.org/keijiban/?id=1929)に一行だけ書いたのみでした。「女性」(https://www.breview.org/keijiban/?id=1506)に関しては自分もこのような詩を書いているとコメントしようとしてやめた記憶があります。「霊山」という詩でして、いずれここにも投稿すると思うのでそのとき読んでみてください。 私じつは元々漫画描き、いまでもたまには描いているんですけどね。活字表現になぜ移ったかというと当時の私の絵柄がおよそ汎用性が無くてストーリーが絵柄に合ったものしか書けなかったからなんですよ。漫☆画太郎とかに影響を受けたすんげく暑苦しい画風でして。今は画材変えたりして相当是正されましたが。(https://twitter.com/yoinoyoi/status/854729564991270914 これ見ると変化がわかりやすいかなと) 生原稿読ませるならまだしも活字表現ならそれを表す記号のクセってはありませんから、漫画と違って幅広くやれるんじゃないかと思ったわけです。経緯がこうであるため、活字表現に関しては私は可能な限り様々な作風を試してみたいなと思っています。プロデュースという点からはよくないことですが、私はまだ自分の作風というものを固定する気はありません。まだね、まだまだいろいろと試す時期だ。 (天と地)

2018-07-26

誤字なのかもしれないけど「垂んとする。」がなんかいいかんじ。たんとする。 (on A bed)

2018-07-05

これ1連目無い方がいいんじゃね? 唐突に始まって唐突に終わった方がエモい気がする (夏に靡くスカーフ)

2018-07-11

雰囲気詩とでも名付けられるね 対象を直に描写することはせずその外縁のみをなぞっていく (ナツ)

2018-07-11

かるべまさひろさん 擬音に関してはこれを書くにあたって全く意識の外でした。無難なものとして特に考えず「とくとく」と。情景が超常的なのでそれの描写に意識を注いでいました。 他の人もそうかもしれないが詩作において使ってしまう表現・語句というのはどうしても出てくるじゃないですか。一時期私は崩れるとか壊れる描写が多く、それに依らない新しい境地を開拓できないかと考えてたどり着いたのが「きれい」「美しい」でした。この詩はそれの一番はじめです。 (サバンナの光と液)

2018-07-19

まりもさん もうこの詩はひたすらに映像が先行して、それをどう言語でアウトプットするかに尽きる詩でした。 既存の言葉でアウトプットが上手くいかないならDIYの精神で造語していきます。「赤若い」ですが、『詩と思想』2018年4月号の新鋭特集で載った私の詩「天邪鬼と帰る」では「赤冷めていく町」という造語が出てきます。赤は使いやすいんですよね。赤方偏移の伸びるイメージ。 造語で言えば「裏路地」(https://www.breview.org/keijiban/?id=602)には「黒照りのアスファルトは強温(つよぬる)くて」というのが出てきますが、私の中であれが一番うまくいった造語ですね。ルビふらないと読みが不安なのだけが欠点だが。 (サバンナの光と液)

2018-07-25

KURA_HITOさん サバンナの夕暮れはたぶんいいかんじに涼しいんだろうななんて思って書きましたね (サバンナの光と液)

2018-07-26

起きて半畳寝て一畳渡辺八畳@祝儀敷です すでに言及されていることだが 「暑い 暑い 暑い 19の夏 平成最後の夏 平成生まれの僕は平成の最後に大人になれませんでした」 この行ならびに状態はエモい。まさに今この時代に活きているエモさであり、「現代」詩であるならばやっぱこういった事象を取り扱わなければなと思わされる。 ただそのスタートダッシュなエモさで終わってしまっている。原因はリフレインの多用だろう。繰り返す語句の持つ力に頼りきってしまっている。 かつて19(ジューク)という音楽グループがいたが、彼らは「大人でも子供でもないはざまな年齢」だからということでその名前をつけた(諸説あり)。そのままで物語性があるこの状態を材料に使ってさらに詩情を生み出してほしかったなと思わずにいられない。 (永遠の子ども)

2018-07-19

シューベルトの魔王を彷彿とさせる ただ結局世界観の説明だけにとどまっているように見える (魔笛)

2018-07-19

なんか辛い。ってのはハイハイ辛いですね〜にならずしっかりと辛さを与えてくる力をもった詩だということになる (ままごと)

2018-07-21

題名はとてもいいけど、この詩の良さがすべてその題名だけに集まってしまっている印象 (カップラーメン150個分の)

2018-07-19

最初と最後の行以外はそれっぽい語をくっつけただけに見えるな そう愛イコールの答えを羅列されてもどう反応すればいいのかと。つまり愛は崇高ですってことなわけだが、「愛は崇高」って意味を語だけ変えて書くのでなく、語の連なりから愛の崇高さを感じさせるのが詩ってもんじゃないかなと 結局標語なんだよねこれ (愛)

2018-07-21

いやまぁたまに間違われますが、祝儀「敷」です。畳の敷き方です。 (サンプリング)

2018-07-21

さて、「次は作品自体へのコメント、感想を期待しているよ!」なんて言われてしまったので書けば、 うーむ、ねぇ。まずこの詩をコンセプチュアルアートの類と見よう。正しい題名が「サンプリング」であるよう、この詩はビーレビの他の投稿者の作品を引用(サンプリング)した箇所と、その後にくる訴訟内容の箇所に区切られる。 サンプリングという行為に関しては田中宏輔氏が何年も前から「全行引用による自伝詩」などを行っているし(http://bungoku.jp/monthly/?name=%93c%92%86%8dG%95%e3)、他にも山田亮太『オバマ・グーグル』には「オバマ」と検索して上位100位のウェブサイトの記事を引用構成した詩や、「2010年4月22日時点に宮下公園内に存在した文字により構成した」詩が収録されている。 さらに言えば私も実は2015年2月に「小向美奈子DVDs」という、TSUTAYAの18禁コーナーにあったキャプションを引用した詩を発表している。(こんなの→https://imgur.com/a/MHwTZAh) 田中氏や山田氏の引用作品には否定的な私ですが、しかしある面では先駆的な行いをしたという点ではまぁ認めざるを得なく、そういうわけでサンプリング(引用)という行為自体には全く新規性は感じられなかった。 まぁ作者もそれだけで作品を成り立たせようとは思っておらず、だからこその後半部分だろう。 そこで問題となるのが私のHNの誤字でしてね。過失といえど画竜点睛を欠く結果となってしまっている。公文章? ニュース記事?(という設定のもの)が誤字ってダメでしょ。それだけで文章の真剣さ、フィクション内での真実性が削がれてしまう。 また流れからしてサンプリング行為自体への訴訟が行われているように見せたいのだろうけど、例えば私の詩「サバンナの光と液」(https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2001)からの引用部分だがこれが原文と異なった文面になってしまっている。 元 太陽が昇れば動物はまた動き出し サ 太陽が昇れば動物は動き出して 他の人からのも恐らく改変がされているだろう。 著作権法にて引用したものを改変してはならないと定められている。もっとも引用する際に体裁を整えるためだったり誤字を修正したりといった程度の改変は認められるが、しかし上記の私からの引用の改変はそのどちらでもないだろう。 私も二次創作に深く身を置いている故著作権などにうるさくするつもりは無く、またこの「サンプリング」にも文句を言うつもりは全く無いと公言しておくが、しかし上記の改変は私が訴えようとすれば訴えられてしまうんだよねと。そうなると「著作権侵害の申し立て」がサンプリングという行為自体へのものでなく、引用の改変への訴訟というあまりにお粗末な内容に見えてきてしまう。引用の可否ならまだ芸術論争としてハクがつくが、おまえそのやりかたはルール違反だぞじゃかっこつかない。 今見つけたが「どらかが死んでもビラブドになるだけ」は蛾兆ボルカ氏の「ビサイド」(https://www.breview.org/keijiban/?id=1979)からの引用だ。「まりも氏ら十余名」の十余名に蛾兆氏を含めたのだろうけど、これがニュース記事ならまだしも「サンプリング」のサンプリング元を提示する唯一の箇所で省略を行ってしまってはまずかろう。 さらに言えばどこが引用箇所が明確にわかるようにしないとこれまた著作権に接触するのではないだろうか。これ以上は法律に明るくない私では踏み込めないが、でも法的に不正なところはまだまだあるだろう。 そんなわけで、この詩は世界観を構築するにはかなり穴がある。サンプリングでなくオマージュ程度に収めておけばまだなんとかなったんじゃないかなと。私が咎めたいのは実際の法的にどうだかよりも、その法的な面の不備と後半部分の内容との齟齬で詩中世界が成立しなくなってしまっていることだ。 じゃあプレーンなテキストとして前半部分を読んだ(後半が存在する限りそれは無理ではあるが)場合の詩情などはどうだかという話だが、まぁそれを語るのはほかの人に譲る。 あと、杞憂だろうけど、仲程氏やsurvof氏のコメントを見るとまさかだとは思うが本当に訴訟になっているなんて思ってないよね? (サンプリング)

2018-07-22

いま思ったけど、うーん、引用の改変はまさか音楽においてのサンプリング上改変とかけているのか 正直どこまでが天然でどこからが意図的なのかがわからない でもしかし著作権法は慣例に依るところがかなり多いし音楽での事例をそのまま文章に持ってくるのは無理があるような (サンプリング)

2018-07-22

百均氏からコメントや投稿作の修正方法を教えていただきました。 今後は各キュレーターのほかに私も修正作業にあたりますので、参加者の皆さまはよろしくお願いします。 修正希望の場合はコメント欄にその旨を書く他にキュレーター等へ直接連絡を入れるという方法があるかと思います。私の場合はTwitterアカウント(https://twitter.com/yoinoyoi @yoinoyoi)へリプなりDMなりを送っていただくのが一番反応が早くなるかと思います。 Twitterをやってない人向けにメールアドレスも提示しておきます(w.hachijo@gmail.com)が、反応の速さの順は Twitter>ビーレビコメント欄>>>メール かと思います。 修正の際のスタンスですが、投稿規定にもあるよう、「原則として、一度投稿された作品の削除および修正依頼は受け付けない」方向でいきます。私の場合コメントに関してもこれを適応しようと思っております。つまり修正は明らかな誤字脱字までとし、内容の改変を伴うものについては受けません。 まぁでも、コメント欄での漢字一文字違い程度なら修正依頼ではなくその後に修正版のコメント投稿したりなどで各々対処してほしいですね。それは以前から変わらずに。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ということで、行動タイプの私ですから自らミス対応をしました。 後にこれを見る人の為に書くと、メモ帳で書いたのをコピペして投稿した私のコメントが範囲ミスで「マ・グーグル』には「オバマ」と検索して~」以降の文しか最初は投稿されなかった。その後にマ・グーグル』以前の文を投稿したが、今回の修正では切れてしまった前半部分を最初のコメントに付けて、そして後のコメントを削除しました。 修正は管理画面みたいなところでやるのだが、当然ながら諸々の個人情報も見ようとしたら見れてしまうわけであって。そうなるとじゃあ昨日今日参加した人にいきなりその管理画面での修正権限を与えられるかと言ったら難しいものがでてくる。自然に権限を持つ人と持たない人とで違いが出てきてしまう。 文学極道のよう編集キーを設定できてそれをやってなかった故に修正できないのは自己責任という場ならいざ知らず、いちおう権限者は修正を行えるって場ならそこへ依頼が集まるのはしょうがないことではないかなと。ノブレス・オブリージュじゃありませんが権限を持つ者は相応の責任も負わなくてはならない。それはビーレビでの権限に社会的地位が付随してくるかどうかは関係なく、実質として持つ者/持たざる者で分かれてしまうからだ。当人は嫌と言っても持ってしまっている限りそこに責任とそれに対する要求はどうしても発生してきてしまうだろう。理想はどうであれ実質では同じ人間ではないのだ。 花緒氏のコメントは開始以来1年以上続けてきた運営作業の疲れ+実生活での疲れからくるものだろうし、特に運営での苦労は想像に難くない。ただ、特にコメント修正依頼からくる苦労はけっして理不尽からくるものではないとも思うわけでして。難しいね両天秤。 私としては「お疲れさまです、しっかり休んでください」と労をねぎらうばかりである。 今後全くの修正依頼をも受け付けなくなるか、逆に文学極道のようなシステムにして編集権限を公開するようになるか、そういった変化があるかはわからない。でももしこのコメント修正が私が思う以上に権限者への負担が大きいというならばそれの是正として変化させるのも道かなと思う。編集キーなどを設けなかったのは無責任に書きなぐって後に消す荒らしを発生させないためだったかなと記憶していますが、いまはその頃からも事情は変わってきていますし。 (サンプリング)

2018-07-24

stereotype2085さん いやぁねぇ、そういう反応がくるだろうから当初私は作品へのコメントをしぶったんですよ。 文学極道でもそうですが、stereoさんは批判的なコメントくるとそれに同調も反論もせず、ただただ皮肉でしか返さないじゃないですか。わざわざURL貼ったりはしませんけど、傍から見てても気持ちいいものじゃないしまして自分への返信でそれやられると萎える。荒らしならいざ知らずこちらも誠意をもって批判的なことを書いたのに、画面の向こうでカッカ怒っているのが丸見えなのに冷静をきどった皮肉しか返ってこないのは徒労。少なくとも私はネット詩の荒しみたいなただただ罵倒するような書き方でなくなぜそう思うのかを添えて書いているつもりだし、罵倒的な意味合いを持つ単語も可能な限り使用していないはずだ。だからその批判の論への返信、対話を望んでいるのだ。お前の論は間違っているでも確かにそうですねでもいいけどさ。 他の投稿者の作品でも今回のような対応されたが、やはりその時も私は同じ事を言っている。 https://www.breview.org/keijiban/?id=1891 とはいえstereoさんの傾向は知っていたので無駄に刺激することもないだろうと思い、名前の誤字指摘にとどめたのだ。これを知っていながら見過ごすのは流石にできない。 私のそのコメントに対しては誤字を謝罪して、あとはせいぜいその場で修正依頼をする程度がやるべきことだと思うが、実際には「次は作品自体へのコメント、感想を期待しているよ!」とまで書かれてしまって。 このサイトではトップクラスの頻度と文量で私はいままでコメントを書いてきたと自負している。それは個人個人の行いだから強要ができるものではないが、しかしネット詩掲示板というものを利用する以上それは責任でもあると思うわけで、それを怠って投稿ばかりしている人にはやはりあまり良い印象は抱かない。stereoさんは自作品へのコメントへの返信は行うが他者の作品へのコメント書きは投稿の割にはかなり少ないなと前々より思っていました。そういった人に「次は作品自体へのコメント、感想を期待しているよ!」と言われるのは「ちゃんと作品に対してコメントしなくちゃいけませんよ(笑)」と嫌味言われている気分になってしまう。まして自分の名前が間違われているという報告への返信にだ。非がこちらに少しでもあるだろうか。一言多いというかなんというか。 結局私も花緒氏のようなにかと疲労しているのかもしれないが、そういう態度なら私も遠慮する必要はないだろうと思いその後にまたコメントを書いたわけである。それでもあくまで理論立ててだ。個人的な感情は一旦わきにおいてあくまで客観的に書いたつもりである。 それに対しても予想通り皮肉しか返ってこないわけであって。感謝しろとは言わないが、私だっていたずらに「論破か何かに近い感想」を書いたつもりはない。本当になじりたいだけだったらんな文量書かない。少しでも作者に寄与したいと思うからであって、それに皮肉しか返ってこないのはほんと萎える。 あと、一応申しておけばサンプリングでは反転、反復、省略などが多数行われていることは私だって知っている。批評コメント書く際に私が思い浮かべていたのは電気グルーヴの「Joe」(https://www.youtube.com/watch?v=tbxALjZebC4)という曲だ。この曲では様々な音源からサンプリングを行っていて、その中にはクラフトワークの「The Robots」も含まれている。 そんなわけで、今の状態に限っていえばこの作品「など」に対する私の印象は非常に悪いわけでして。その状態をふまえたうえでもう少し語る。 現状の著作権法は親告罪だ。『文章教室』や『オバマ・グーグル』が違法となっていない理由はつまり元の文章の権利者が訴えていないからだ。勿論親告してもすぐに訴訟が受理されるかどうかは別だろうが、『オバマ・グーグル』などが訴えられていないのは権利者が容認(積極的な容認からわざわざ訴えるまでもないという消極的なものまで)しているか知らないかのどちらかだ。 日本の二次創作もその殆どが権利元の事実上の容認によって成り立っている。それはつまり権利元からは二次創作についてあえて触れないという対応でだ。グレーゾーンってことにしときましょうというわけで。なので権利元が動けば二次創作も訴えられるわけであって、実際にその例もある。(ドラえもん最終話同人誌問題など) 既に申しているが、私は著作権法のグレーゾーンで成立している二次創作に関わっている身分ゆえ本作でのサンプリング行為を実際に咎めることはしない。削除なんて望んではいない。 なので以降は仮定の話、シミュレーションとして読んでほしい。 『オバマ・グーグル』が発禁になっていないからといって「サンプリング」においても問題がクリアされるなんてことは無い。つまり問題があるかないかではなく、問題にすることができるのだ。少なくとも私にはその権利がある。それは引用されたこと自体にだけでなく、引用の改変への訴えでもだ。そうなった場合、前のコメントで書いた「「著作権侵害の申し立て」がサンプリングという行為自体へのものでなく、引用の改変への訴訟というあまりにお粗末な内容」への詩中世界の改変が可能になってしまう。 詩中世界と現実の世界は必ずしもリンクせずそれぞれに独立し得るという反論もあるだろう。しかしこの詩に限っては現実の氏名や法制度を使用してしまっているあまりに現実世界での変化が詩中世界にも波及してしまう。作品としての質が詩単体で保持することができないのだ。 それでも可能な限り質を保とうとするならばstereo氏は現実世界での対処をする必要があった。それは関係者が訴訟に動かないようにする根回しであり、具体的には作品を公開する前に関係者から承諾を得たり関係者の心証を悪くしないなどである。 その心証に関してstereo氏は私には失敗しているわけです。stereoさん、7/22の朝7時頃に明らかに私を中傷するツイートをしましたよね。「朝方。詩。」から始まるやつ。ツイートして10分前後で消してたし流石にまずいと思ったのかもしれませんが。魚拓は間に合いませんでしたがスクリーンショットは取れています。一度文章化されたものはいつどこでだれが読んでいるかなんてわからないし、況やそれが保存されているかどうかをや。文面公開はとりあえずしませんが、しかしスクショを削除はしませんよ。 仮定の話だと先ほど書いたが、実質問題私がそれを覆さないなんて保障があるわけではない。この詩を貶め得る外的要因として私は依然存在している。そういった状況にありながら最初の誤字訂正コメントへの返信、次のコメントへの返信、そして件のツイートをするのは、自作品の品質管理という面から見ればいささか杜撰ではないかなと。 そういったことからも「この詩は世界観を構築するにはかなり穴がある」と私は判断できる。 それについてどう思うかを、今度は皮肉無しで聞きたい。 (サンプリング)

2018-07-24

シュルレアリスムのようなそうじゃないような不思議な感触 洗濯機の擬音はああ確かにぐるぐるどころじゃねぇなぁと思わせるには充分なぐらいに合っている 「不思議な頭のかたちだね  ポストから全身を垣間見せるしゅんかんに」 で最大風速が大きすぎて後の表現がそれに追いついていない印象もある (すいと)

2018-07-24

この詩の評価に大きく左右してくるのは「どっぉぉぉん、どぉぉぉん」「どん!どん!どん!」などの擬音をどう捉えるかだろう。 それぞれ微妙に差異をつけているが、私としてはこの詩において擬音が効果的にあるとは思えなかった。 ところで、最近は『無職の英雄~別にスキルなんか要らなかったんだが~』というライトノベルが話題である。いわゆる「なろう小説」の類だが、実はこの小説  キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!  むっ、さすがは〈剣技・中級〉スキルだ。  巻き毛や小太りとは、剣速も重さも比べ物にならない。  キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!  赤髪が跳び退って間合いを取った。 と、殺陣描写の擬音がすべて「キンキン」なのだ。話題といっても物議のほうの話題であり、「あんなの書籍化しちゃうのってラノベどんどん衰退させる」「地に伏したアース・スター出版」「娯楽が滅ぶ一歩」とまで言われる始末である。(https://togetter.com/li/1249950) その一方でこういった肯定的な分析もある。   キンキンキンキン文章のラノベの件からわかるのは作家の文章力云々ではなく、現在の中高生ラノベ読者が「キンキンキンキン」と書かれてさえいれば金属音の激しく鳴り響く剣戟を頭の中で想像することができるハイコンテクスト状態をデフォで備えているというところじゃないですかね。文化の進歩ですよ。   (https://twitter.com/samiyahajime/status/1021666422890450944) 80年代後半~90年代の著名なライトノベル作家としてあかほりさとるがいるが、彼の作風は『「チュドオオオオオオオン」「ドガガガガガガガッ」などの漫画的な擬音表現の多用』、『時に「ページの下半分を切り取ってメモ帳に使える」と揶揄される程の改行の多さ』であり、やはり一般的な小説の文法とは言い難い。しかしあかほりさとるがライトノベル並びにオタク文化の一時代を築いたのも事実であり無能作家では決してない。あかほりはその作風の理由を「中学や高校の1クラスの中で、本を読むのは5人ぐらい。その5人のパイを取り合うより、残り35人が本を読むように取り込んだほうが、取り合いにもならず利益が出せる」からとしている。 「天体観測」に戻ろう。 詩表現としてどうだとかなんだとか、私なら言おうとすれば言えてしまうわけである。このサイト随一の辛口キャラになりかけているなとは他人に指摘されるまでもなく自覚しているところであって。(この詩がってことじゃなくて、みんなビミョーな詩にも甘くない?) ただその批評はこの詩にあったものなのかという疑問が出てくる。文学理論めいたものをこの詩は欲しているのか。「詩」とは表現方法であって決して内容区分ではないはずだ。「どっぉぉぉん、どぉぉぉん」という擬音が私が想定しない需要を得ているとしたらその立場その視点に立ってはじめて批評が意味を成す。パンクロックに対しクラシックの立場で物言いをしたところでウザいだけのようにだ。私も他サイトで「詩が漫画的だ、詩の形式でしか表せないものを書いてこその詩だ」という批判を言われ「それは私とあなたで詩の範疇が違うからだ」と反論している。(http://bungoku.jp/ebbs/pastlog/578.html#20180521_583_10445r)これと同じかもしれない。 この詩の感想ではないかもしれないが、そんなことをこの詩から思った。 参考 https://ameblo.jp/frigid-damsel/entry-12392346034.html(2018/7/26 閲覧) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%82%E3%81%8B%E3%81%BB%E3%82%8A%E3%81%95%E3%81%A8%E3%82%8B(2018/7/26 閲覧) (天体観測)

2018-07-26

入眠を()で表すのは新しいなと思った 二つ指摘するとすれば、「スクリーンには」から字間で眠気を示し始めているのに「------------------------------」が長すぎてそれ以前とそれ以降に分断されてしまっている。せっかくの導入がもったいない。「---- -------- ------ ------ --」みたいな感じで隙間作ったほうがよかったかも。もう一つは、結局入眠までの過程をさまざまな書き方で表現するというギミックに特化してしまっていて、平文が詩としての強度がない。 (AM 3:00)

2018-07-29

エモさの片鱗は見えるがそれをキャッチするには私にはちと抽象すぎた (ただ、ありがとうね)

2018-07-30

澤あづささん 事務的な事柄の手続きもそろそろ完了しつつあり、順次サイトデザインの改変等に移っていくかと思います。サイトの見にくさは重々承知しております。たとえば澤氏のコメントはビーレビの細いコメント画面では全文読むのは辛く、メモ帳にコピペしてそれを読んでいました。 これから大きく変えていきたいなと思っています。そこで、運営に参画せずともサイトデザインに関しては是非澤さんがアドバイザーに立ってほしいなと個人的には思っています。というのは改変案は諸々あるにしてもそれがプログラムをどう書けば成せるかは運営者の誰もが疎いんですね。構築する際はプロのSEに頼むとしても、アイデアそのまま伝えるか一度プログラムへの翻訳をしてから伝えるかでは違うと思います。プログラムでなにができるかの感覚は澤さんが最も持っているでしょう。 ゲームプランナーの宮本茂氏が「ピクミン」というゲームを作る際に「ピクミン(使い魔みたいなもの)はそれぞれ自由に動くようにする」と言うが「そんな難しいことさせるのは無理です」とエンジニアに返されてしまった。しかし少し考えたあとに「マップ上に格子状のとても細かいルートを張り巡らせピクミンはプレイヤーの命令が最も良い形で遂行できるようにそのルール上を移動していく」と言い直したところ「それならできます」となった。っている逸話があります。宮本茂がやったような翻訳を是非澤さんにやってもらいたいなと。 (今月のおしらせ(おもにキュレーションに関して)※必読)

2018-08-09

そうですね、15日の23:59までが期限です (今月のおしらせ(おもにキュレーションに関して)※必読)

2018-08-15

比喩過多な印象 比喩(隠喩)こそが現代詩の要という人もいれば比喩はあくまで手段であり目的でないという人もいる。私は後者なので比喩をもって表される実像が欲しくなる (神像と虚像)

2018-08-16

半角スペースで行頭を少しずらすのってアリだなと学びました (虹色のかけら)

2018-08-12

いやぁ、まいっちゃうなぁ。小品だがしっかりと世界ができてしまっている。 最終連に「のように」をつけず隠喩としたほうがいいかなっては思うけど、それでも一連目のミクロな視点からの二連目での超マクロ視点への移行が成功している。 (季節)

2018-08-26

実際の私なら「文学論争に仲いいもわるいもねぇよバカ」っていうでしょうね。 既に言及されている「内輪ネタ」という指摘を私が繰り返す必要も無かろう。ただ一つ記しておきたいのはこの詩に寄せられた内輪ネタという指摘を、去年5月の文学極道に投稿された宏田 中輔(黒崎水華氏)の「埋葬の陽」という詩において私も全く同じ内容でしていたということだ。 http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=529;uniqid=20170510_666_9610p#20170510_666_9610p 文極内では高い評価を得られているが、私は今でもこの詩は駄作だと思っている。 内輪ネタを見せつけられるは、その内輪に入れなかった者はぐれた者からしたら疎外感の暴力です。 既に作られた内輪ネタの作品を、じゃあ内輪ネタ方法が一つある。「世界のコミケ化」「世界の楽屋化」だ。 http://originalnews.nico/7148 上記url先を読んでほしいが、引用すれば。 「 もしくは世界を楽屋化する、それが吉本のお笑い戦略だよね。芸人の楽屋話しの延長を客に見せるようにしていけば、この世界が楽屋になる。もし、楽屋つまり同人誌文化を伝えたいなら、この世界を同人コミケ化しないと無理です。 」 すべてが内輪になれば、そこまででなくても内輪が十分に公共性を持つ域にまで達せれば内輪は無くなる。たとえば萩原朔太郎と江戸川乱歩の交流なんては個人間の極私的なトピックスであるが、それが内輪の内容とは見られないのは彼らの交流が公共性を持ち得るほどに社会に対しても大きな存在だからである。 まとめればこの詩は内輪ネタであり、内輪ネタは評価が著しく低くなる。だが「サンプリング(REFRAIN)」が扱う内容が十分に公共性のあるものとなれれば内輪から脱することができる。なにって、ビーレビでの出来事が詩や文学の文脈の中で確かな存在感を持つなれば、その時はじめてこの詩は内輪から脱せるのです。もしこの詩を昇華させたいならば、ビーレビ自体を発展させるしかないのです。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-17

この詩の「渡辺八畳/祝儀敷」という人物が私と同名なだけの全く違う人物なら事は変わってくるが、しかしこれまでの文脈をみるにそうではないだろう。ならば現実の私の思考パターンを詩中に適応させることは間違いではないはず。 「極々内々において和解することを決断する」 とあることから 「非常に、私的に、細密に渡辺君と相応の文学論争が行われた」 と推測できるとstereo氏は仰っている。しかし和解云々はあくまで「ビーレビ存続のために訴訟を終結させる」ことを表しているだけで、詩自体の文学性の論争を終結させることには直ちには繋がらない。 私の思考パターンをみるに功利的立場から訴訟をとりやめることはする可能性はある。しかしそれはあくまでビーレビ存続のためであり、それが阻害されない限りは私は文学論争をやめないだろう。訴訟しなくても論争はできる。 また私の思考パターンから、「こういうところあるんだよな。ステレオさんって」なんてのを公に書くのはとてもこっぱずかしくてできない。カリオストロの城でのルパンと銭形のよう、状況打破のためには組むがすべてに全面賛同するわけじゃないぞ事が終われば逮捕するからなという意味で「文学論争に仲いいもわるいもねぇよバカ」と言う可能性は大いにある。あくまで表向きにはファイティングポーズを取り続けるだろう。 「また渡辺君の架空のセリフは、雨降って地固まったあとの、詩情を喚起する意図を持ったものであったのをここに付記する。今作は論評、分析へ過度に重きを置いたものではなく、何よりも詩作品であるのをここに明示しておく。」これも重々承知しているし現実の思考パターンと異なっているからといって訂正を求めるなんてこともしない。ただパラレルワールドとはいえ私が使われているのだから一言申す権利はあるだろうってことだ。 正直言って上記の諸々なんて問題でも何でもないし、より重要なのはこの詩を成立させるための不可欠要因としてのビーレビの盛況だ。それを行える立場にいるのは(私もだが)stereo氏に他ならない。詩を昇華させるためにも是非運営に励んでほしい、ということである。これ明かすと余韻も何も無くなるが、ぶっちゃけエールだ。 話題代わり、 「最悪ビーレビがぽしゃっても文極が残るからいいとの思いから大胆に改革出来る」を問題視しているようだが、そんなに悪いことだろうか。現状維持は文極に任せてビーレビは発展の方向へ進むという前向きな意味で捉えるべきだろう。いや言いたいのはそういうことでなく発言に気をつけろってことなのはわかる。ごく最近も文極のほうで私は某氏らとひと悶着あった。はっきり言ってあちら側のいちゃもんだと思っているし、それは問題視してきた私のコメントを文極スタッフは削除する必要なしとジャッジしたことからも証明される。しかし、まぁあまり詳しくは書けないのだが、その件について匿名でリアル攻撃されてしまって。まさか文学論争で匿名苦情とかそんな卑怯極まりないプライドの欠片も無い行為をしてくるなんて思ってもいなかったから、苦情されたことより詩人でそういうのやってくる輩がいるってのにショックだった。 私が責任ある立場になってしまったことは確かだ。例え自分に非が無く完全にとばっちりだとしても、私に降りかかった火の粉がビーレビにも波及してしまうことは避けなければならない。申し訳ないが旧運営ではそれがなかなかできていなく、故に一時期大量に利用者が減ってしまったこともあった。同じ轍を踏むことは無いよう努めなくてはならない。そこは深く思う。 とはいえ、文脈で読めば「バカ」が単なる中傷でないことはわかるのに言葉狩りの如く問題視してくるような、そんな文化衰退を招く姿勢に対し戦う意志は占めることを私はやめないぞ。無知は罪ではないが無知が故に人を殴るのは罪だ。 あと、 渡辺君が、B reviewの運営者であるがために、B reviewの批評、コメ欄における規約、ポリシー、ある種の矜持を守る立場に立った とあるが、私は正直ビーレビのコメント欄は不十分だと思っている立場だ。ここに関しては文極寄りである。罵倒の場にするつもりは毛頭無いが、褒め合いばかりが目に付くのも気持ち悪い。このスタンスに関しては運営交代ツイキャスでも言及していただろう。ネットであるという観点からも批評であるという観点からも、ある種辛口な言葉に対し直ちに頭を沸騰させるのではなく、スルーしたり真意だけを濾し取ったり意趣返しをしたりできるような力が必要であると思っている。オールドタイプなインターネットマンであることは自覚している。 ビーレビを弱者の避難所にするつもりは無い。注釈しておけばこれは、弱者を追い出すつもりは無いが特別に保護するつもりもないという意味である。 もし私のこれらの言動に対し不安をおぼえる者がいるのなら、是非運営に入って自らが思うビーレビ像を打ち出してほしい。 私も書きものに戻る。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-17

エモさの欠片は感じる。ユートピアなディストピアである世界を描いたこの詩の題名が「絶景」というのもいい。それよりも一番に詩的なのは「tttttkj」というハンドルネームだ。いい、とてもいい。 (絶景)

2018-08-17

大変失礼いたしました。田中恭平さんを追加し修正いたしました。 (【要読】大賞作品投票のお知らせ(2018年7月B-REVIEW杯))

2018-08-16

survofさん 規定を投票途中から変えることはできませんので今月はこのまま続行しますが、来月以降諸々検討してみます。 (【要読】大賞作品投票のお知らせ(2018年7月B-REVIEW杯))

2018-08-20

音として聴くべき音頭を活字で読むことにどれほどの意味と効果があるかなと疑問に思ってしまう この詩に限らず、音韻に依った詩というのはテキストとしての強度には欠ける物が多い。文字と音声を両立できている作品というのが現れてほしい (コンカラ様が通る)

2018-08-26

オタク系の方が詩にも参画してくれることを実は非常に喜ばしく思っています、ということで祝儀敷ですはじめまして。 この詩のような変形型の詩ってはまれにありますよね。寺山修司はハート形の詩を書きましたし、twitterで「#三角詩」と検索するとこの詩のようなものがたくさん出てきます。 行分け詩や散文詩のような通常の形式とは異なることをするというのは、なぜあえて特異なそれを選んだかという根拠が必要になります。一応この詩も階段の昇降が詩文の内容とリンクはしていますが、ただそういう詩は過去既に作られてきたわけでして。後に生まれた者の辛さですよね。花緒さんのとはおそらく別の意味で、特異な詩形をいまこの時代にやる根拠としての+αを求めてしまいます。 (段)

2018-08-19

1連目がかなり良かった分、二連目三連目がちょっとありがちな雰囲気で残念だった。 下手に人生訓めいた内容に走るのでなくシュルレアリスムな描写に徹したほうが私の趣味である。 (あの子のアンブレラ)

2018-08-26

形容が難しいな。既視感はあるものの、じゃあ全然オリジナリティがないかと言えばそうではなく、しかしどこが独特かつまて問われると詰まる。 ひらがなオンリーなのに漢語が多いのが気になった。 (それがいいのかわるいのか)

2018-08-26

私がたびたび提示している自己流の詩の定義は「言葉が本来持つ情報(=語義)をx、詩文が持つ情緒諸々すべてを含めた情報をyとして、その量がx<yである」で、xとyの差が大きければ大きいほど良い詩である。 コテコテの現代詩とは異なるものを指す言葉として「ポエム」があるが、この言葉が差す意味は二通りあると思っている。一つを上述の私の定義をもって説明するならば「xとyの差が少ない詩」であり、もう一つは前者の詩が扱いがちな恋愛や耽美など淡い気持ちを主題に添えた詩のこと。後者はxとyの量は関係ないのでたとえ差が大きく良質な詩であっても「ポエム」と言われてしまうことがある。その代表例が最果タヒだと思っている。 この詩は残念ながら前者だ。x以上のyは感じられない。行きたくて行けない場所を脳のなかで訪れようとするその過程を一人称視点で描写すればyは増加したかもしれない。 でもこの詩が前者だからと言って作風を恥じる必要は無い。後者のポエムを目指せばいいし、目指してほしい。 ようこそB-REVIEWへ。新しい詩人は積極的に歓迎します。ここを存分に活用してください。 ひとつ、先人としてアドバイスすれば、やはり他者の作品を多く読みそのぶんだけコメント擦る人のほうが実力が上がりやすい。私見だがその傾向は確かにあると思う。 (行きたくて、行けなくて)

2018-08-26

twitter連携をするとtwitterでの名前がビーレビでも表示されますので、橋下哲也にしたいならば連携でそれをすることができます。とりあえず取り急ぎ (行きたくて、行けなくて)

2018-08-26

適度なユーモアだなと。「よけいなこと」はすこしあざといが、こちらはユーモアが自然。 面白い詩ってはなかなか無いからその意味では貴重だと思う。 ユーモアある人はどんなコメントをするだろうかって気になるところでもある。 「穴秋ー」は「アナーキー」でしょうか。「あなあき はじめ」って読みだったらそれも面白いしセンスある。 (ぼくの飼っている猫)

2018-08-28

詩のなかでニアリーイコールみたのこれが初めてかもしれない これはあとでちゃんと読み込みたい詩だな。たぶん構成がすごそう てなわけではじめまして左部右人さん。巨大新人が現れたかもしれませんねこれは 詩の実力がある人はコメントも面白いの法則を私は信じていますので是非是非合評にも励んでみてください (ハロー!)

2018-08-29

さくらももこ先生が描く一枚絵や映画「わたしの好きな歌」などからインスピレーションを受けて書いた詩です。 8月はビーレビに投稿しないつもりだったんですけど、ちょっとね、こらえられないなぁってなりまして。 (ぱらいそ)

2018-08-29

返信が滞っている間にたくさんの人からコメントが来ていました。皆さんありがとうございます。 ちなみにいま「だいすき」という、ちびまる子ちゃんの映画のED聴きながら書いています。 (http://www.nicovideo.jp/watch/sm28207112) stereotype2085さん 追悼って個人のためでなく残された人のためにするものですね。それをいま実感しています。 これを投稿してさくら先生の魂が浮かばれるなんてことはあり得ないわけですが、しかし創作者が創作者に対してできる唯一の恩返しは彼女の影響を受けて自らもまた創作をし、それを別の人へ伝えることで鎖を繋げることなのでしょう。 うしうたさとなり(橋本哲也)さん 今はまだ特定の作風を持たず様々なものに手を出そうと決めております。 「抱きしめる」(http://wordcrossroad.sakura.ne.jp/wp/?p=5141)や「寂しくて辛い」(https://www.breview.org/keijiban/?id=919)のイメージで私をとらえていた人は今作も違和感はあまり無いでしょうが、一方で「裏路地」(https://www.breview.org/keijiban/?id=602)や「夕陽に顔面」(https://www.breview.org/keijiban/?id=602)のイメージだと今作とのギャップに驚くでしょう。たぶんうしうたさんは後者のイメージだったのかなと。(公開作の数的にも後者が多いですし) 三浦さん 誤字指摘ありがとうございます。修正しました。 これの初稿を書いたのが2015年3月14日、今の形になったのが2017年10月6日です。途中空白時間はあったもののかなり長い時間推敲段階にあった詩です。 せっかくだから初稿段階のもここに載せてみましょうか。最初は題名も違っていました。 「薄明り 水の上」 ゴンドラに乗って私は行くよ ゆらりゆられて私は行くよ 赤いお花を手に抱いて 目をつむれば感じる波音 ゴンドラに乗って私は行くよ 流れのままに私は行くよ にぎやかな港町を 遠目に微か感じながら 瑠璃色の竜が火を吐いて 空の星達に明かりを灯す 魚は水の中をゆっくりおよぎ 空気は身体を通り抜けていく 空気は身体を通り抜けていく 夢のままに私は行くよ ゴンドラに乗って私は行くよ 杜琴乃さん これを書いたことは当然さくら先生はご存命だったのですが、いまこうして読むと執筆時には無かった寂しさを作者の私でも感じてしまいます。 エッセイはほんとおすすめです。私は10~12歳のころ母の蔵書にあった『もものかんづめ』を読んで衝撃を受けました。それまで文章といえば教科書か学校図書館にあるもの知らなかったので、文章でこんなに爆笑できるものを書いてもいいのかと目からうろこでした。 ちょうどその頃の私はブックオフのヘビーユーザーだったので市内駆け巡って彼女のエッセイの殆どを手に入れました。彼女のエッセイは私が文章を書く際のスタンス、そして人格そのものにも強く影響を及ぼしています。 半分冗談半分本気で思うのは、未来の渡辺八畳研究家は大変だろうなってことでして。私は同人のノリなので今作然り影響元をやすやすと開示してしまいます。私を研究するならばその提示されたものも探って渡辺八畳の源流を調べなくてはいけません。しかしその源流がシューティングゲームだネットの怪談だってところからジャコメッテに小笠原鳥類まで四方八方ですから。私をとことん研究するなら究極的にはゲームをプレイしなくてはならない。 エイクピアさん 私も映画は未視聴です。なんたってDVD化してないわけですからね。漫画は持っています(はさまっているブックオフのレシートを見たら2014年7月2日購入でした)。さきほど読み返したのですがやっぱり笑ってしまいました。 私は尊敬している人物を聞かれた時はチャップリンと答えることにしています。理由は笑いとペーソスを絶妙に両立しているからなのですが、これはさくら先生にも当てはまることだなと思います。特に『わたしの好きなうた』はそれが顕著です。チャップリンと並びさくら先生も私が目指すべき存在でしょう。 帆場蔵人さん ヘタウマ漫画家に分類されがちなさくら先生ですが、しかし本質はしっかりメルヘンな少女漫画家なんです。そういった一面があるからこそあのシュールギャグが映えていたわけでもありまして。もしほんとうにエッセイを読むならば最初は無難に『もものかんづめ』『たいのおかしら』『さるのこしかけ』の初期三部作(いずれもミリオンセラー)、その次は幼少期をテーマにした『あのころ』『まる子だった』『ももこの話』がいいでしょう。 (ぱらいそ)

2018-08-31

まりもさん コメント書いたのに反映されてないし。 まりもさんはコメント内の肯定的な部分と否定的な部分の割合がちょうどよくてそれは理想だと思います。 >ひねりまくった「現代詩」へのアンチテーゼという面も持つ やはり材料がさくらももこという素朴なファンタジーなので、それを活かすにはこういった形かなと思いました。 題名は「わたしの好きな歌」の劇中歌である細野晴臣の「はらいそ」(http://www.nicovideo.jp/watch/sm2268659)から拝借をしました。題名はそれに到るまで結構悩んでいたのですが、「はらいそ」を持ってきたらイイ感じになりまして。(「ぱらいそ」なのはあくまでこれは「はらいそ」からの着想ではなくさくらももこ全体からのものってことの表れ) (ぱらいそ)

2018-09-02

御二方へ はじめに、これは新運営の完全なる総意ではなくあくまで私個人の主観が多く入った文章であることを断り申し上げます。 明らかに視認できるものでなくても、あらゆるものにはデザインが施されています。このデザインとは「対象がどのように機能する/させられるかを規定させるもの」という意味になります。万象の神以外はあらゆるを兼ね備えた存在にはなれないので、意識的無意識的関わらずにデザインをして取捨選択を迫られるのです。 他掲示板に比べビーレビは詩のリーダビリティが盛んに唱えられてきました。リーダビリティを成す為に旧運営が実際に行ったことこそありませんでしたが、場がその方向へと向くならばコメント欄でひとこと唱えられるだけでも十分にデザインとして機能します。(デザインとは作成する者がだけでなく使用する者からもできるのです) 新運営が行った掲示板の変更に文字サイズの縮小とスクロールボタンがありますが、どちらもストレスフリーに詩を読むためのものであり、リーダビリティの向上をコンセプトにしたデザイン変更と言えるでしょう。コメント欄で言及されていたリーダビリティがソフト面(詩文)に対してのものならば新運営のはハード面(詩を掲載する媒体としての掲示板)に対してのリーダビリティ向上です。 新運営がこれまでそしてこれから行う改変をシンプルに説明するならばこの「リーダビリティの向上」となります。スペース含む3000字と200行規定はそれへ大きく舵を切ったデザイン変更です。媒体のデザインはそれを依り代とするもののデザインにも影響を与え、そして業界全体への影響に波及します。ビーレビは「詩」というものそのもののリーダビリティ向上を成すために動いていくでしょう。 勿論この規定変更を永劫変えないというつもりはありません。しかし異論があるとすれば①リーダビリティという方向は合っているのか ②このデザイン変更で得るものの量と失うものの量の差は適切か の二方面からのものになるでしょう。この①②について今一度皆様に考えていただけたらと思います。私個人で言えば特にスペースに関してはかなり悩みましたし、正直なところそれは未だ続いております(特に②の観点から)。 これはまだ運営間では話されておらず全く私だけの考えですが。通常の掲示板に加え視覚詩などに特化した掲示板を別に設けるのも良いのではないかと。例えば画像での詩のアップロードを可能にしたりとか。それならば北園克衛みたいなことだってできるようになる。 結局スペースだなんだと細かなところを是正したところで、それが通るなら環境依存文字の絵柄をどうにかしろとか文字に色を付けさせろとかボーダーラインの意見はどこまでも言えてしまいます。やはりどこかでデザインを以て切り捨てるしかなくなるわけでして。広範囲をカバーするボーダーラインを定めるということはできますが、それはしかし万能ではなくむしろ極端に尖った仕様なのです(ボーダーラインが低い掲示板は逆に使いづらいはず)。通常の掲示板をそうすることはできないですから、ならば代わりに特区として自由掲示板を作ればいいのでは、と思っています。 先にやることがたくさんあるので実装するとしてもかなり先になるでしょうが。 -------------------------------- 「約束」の件に関しましては、新運営からはここで言及することは避けさせていただきます。 運営間に持ちかえって検討します。 あと一点。 >過去、こちらの場ではキュレーションの方向性に合わなければ出ていっても構わない、むしろ追い出す(ああ、キャスだと「あなた邪魔です」「ブンゴクに帰れ」でしたっけ?)というスタンスでやっていらっしゃったと認識しています。 一応私はビーレビが正式スタ―トした2017年2月からほぼ途切れることなくこの場にいますが、そのようなスタンスを、少なくとも運営が明文化して行ったことはないはずです。 (【必読】ルール変更などのお知らせ)

2018-09-01

もなかさん 三浦氏の件です。 「退任のご挨拶」(https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2080)にも書かれているよう、花緒、百均、三浦果実の旧運営3名は「10月までに」発起人の任を降りることになっております。 新運営としては現段階、私含めstereotype2085氏とかるべまさひろ氏の3人がその任を引き継ぐ予定であります。就任してまだ丸1か月も経っておらず運営方法でわからないことも多いため、8月9月は移行期間として旧運営が新運営に教えながらとなっております。 件の三浦氏の行動は移行期間のサポートとして氏が行ったことであります。カオティクル氏の誤字はその後に選評を投稿する他者へも誤認を招かねないものであり早急に対応する必要がありました。 まとめますと、三浦氏はまだ運営に参画している故編集権限もあり、また事前承諾無しでの修正もサイト運営上必要なことでしたので、この件の氏の行動には正当性があると新運営陣は判断を下しました。そのためもなかさんの要求のうち「信頼できる運営以外の方の編集権を剥奪して頂きたい」は申し訳ありませんが受けることができません。ご了承ください。前述のよう旧運営は10月中にはその任を降りる予定でありますので、それまでは新旧運営陣が共に運営をさせていただきます。 しかしもなかさんに不安を抱かせてしまったことは事実であります。今後このように不幸なすれ違いが再発しないよう新運営陣で注意深く対応を行っていきます。 「約束」のB-REVIEW杯への不参加変更ですが、それは可能です。編集しますので後程確認お願いします。 (【必読】ルール変更などのお知らせ)

2018-09-01

花緒さん 花緒さんの諸作品は勿論読んできましたし、その行いが無価値とは思っていません。 しかし個々人の事情とメディア(媒体)が抱える事情は必ずしも一致しないものです。その事情も例えば雑誌なら、紙上で動画を流すことはできないという物質的なものから新人作家に100ページを割くことはできないという経営的なもの(こちらは「デザイン」に近い)まで様々ですが、兎角世に完全なメディアはありませんので表現はメディアの事情に合わせるしかない。メディアは自覚的無自覚的関わらず表現に制限を課しています。そしてそのメディアに依る以上、表現はメディアの事情に合わせなくてはいけない。 メディアである以上制限は避けられないのですね。それが今回たまたま花緒さんだったのでこの問題が大きくなったってのはありますが、でもビーレビはこれまでも絶対制限をして無意識的に表現ならびに作者を排除してきました。 たとえば元々の3000字規定ができたとき、 「《雑談/議論/自己紹介スペース》」(https://www.breview.org/keijiban/?id=44) kaz.(2018-02-25): すみません! 来月に投稿する予定の作品ですが、英語や中国語のピンインなどを入れた関係などもありどう頑張っても3000字を超えてしまうのですが(4000字近くありました)、ガイドラインに沿わないのを承知ですが、投稿させて頂くことはできないでしょうか。色々記号を使っている関係上、ここぐらいしか投稿先がないのです。 もちろん、ガイドラインに反していることは承知しておりますゆえ、ペナルティはなんなりと覚悟しております。どうかご検討のほどよろしくお願いします! という書きこみがありましたが、 花緒 元メンバー(2018-02-26): その場合は二つに分けて投稿すればいいのではないでしょうか。それだとダメな理由があるのですか? 取り急ぎ。 と返しています。 kaz.さんは結局ピンインなどを含む詩をビーレビには投稿していません。前編後編にわけるのは納得できなかったのかもしれない。これを作者の排除と見ることもできるわけでして。 スペース込み3000字&200行以内の規定がなかったころのビーレビは自由だったかといったら全くそんなことは無いのです。元の3000字規定がなかった頃だって文字の色は変えられないフォントは選べないと、(それを問題視する人がいるかどうかは別にして)不都合はいくらでもあったのです。 私はネット詩というメディアそしてビーレビというメディアが持つ欠点利点を見据え、より欠点を是正し利点を伸ばすために今回の新ルールを設定しました。 ビーレビは今後もっと利用者が増えるでしょう。その時に長すぎる詩は掲示板上のスペースを圧迫し、それは掲示板利用を快適に行えなくしてしまう恐れもあります。移動ボタンはついたもののそれはあくまで補助的なものです。スマホでの閲覧だと過度にスタイルが崩れてしまう詩も同様です。今日のビーレビはスマホでの閲覧が6~7割あり、それで閲覧できない詩というのはスマホ利用者には不都合でしょう。 おそらく今回の新ルールは投稿者より閲覧者に依った設定です。私の言うデザインはつまり閲覧する際に瑕疵が無いということでしょう。 創作者なら自分のやりたい表現をやれたらそこで満足し終わるのでなく、自分の作品が他者にどう享受されるところの最期まで気を配ってほしいです。中身が良くても長すぎて大きすぎる作品は果たして適切に享受してもらえるか。「読めば良さがわかる」と作者は言うでしょうが、その読むに至るまで本当に読者は付き合ってくれるだろうか。読者のリソースも限定的です。創作者ならば媒体や読者の事情を踏まえた上でそれでも良い作品を作ってほしい。 あと、 「スペースを多用した、自由なフォルムの作品群」 これをネット詩ならではとは私は思いません。 むしろフォントサイズや文字の配置が掲示板の事情で制限されてしまうネット詩は「自由なフォルム」という点では紙媒体より不都合でしょう。スペースに関しても紙媒体ではできないネット詩というのは私は見たことがありません。(横書きができないや一行当たりの文字数制限があるなどは雑誌など個々のメディアの事情であり紙媒体に普遍的なものではないです。紙媒体でも同人誌ならばいくらでも自由にできます) (【必読】ルール変更などのお知らせ)

2018-09-03

円光かな? ってのが初読の感想 三浦氏の作品ではクオリティ高いほうっては同感。でもなんか既存基準に迎合してしまっているなっても思わなくはない。新地開発ではないね。それをしようって思っていないのはわかるけど。 しかしこの詩とは関係ないかもしれないが、ビーレビが巨大になって井戸端会議みたいな雰囲気が無くなることに不安を感じている人がいるだろう。その流れに反する動きだってまぁできなくは無いが、しかしそれって既存の詩の幾万もがやってきた道だろう。少数者が生きられる場は貴重だが、詩に限っては「少数者が生きられる場」がマジョリティなのだ。むしろ必死になって数字を取りに行こうとする者のほうが少数派で虐げられる方であって。「少数派」はカッコとっても少数派なのかって「少数派」に言いたい(それは現代詩に限らずだが)。 詩書きは真の意味で少数派になることを恐れているんだよ。んなナメたことぬかしてねぇで血だらけになってもてめぇの作品を世に認めさせろや、それもできえねぇ軟弱なもんしか書いてねぇのか。嫌っつうなら一生そこで貧相な草食ってろ。 なんて、今日ツイキャスあったから書きます。 (0. my world.)

2018-09-03

途中途中よさげな表現はあるものの、特に前半の文節を単位として改行した部分が冗長で残念。 (角質)

2018-09-03

うーむ、改行を多用する意味や効果を見出せなかったといったほうが正しいだろうか。 意味無く改行をしてリーダビリティを低下させるなら無難なところ(文単位とか)で改行にしたり散文詩にしたほうがいい。特殊な行いをするにはそれをわざわざするための理由が必要、という考えでいます。 (角質)

2018-09-03

これは難しいぞ。どうしよう。 とりあえず最終連が良い。 (紅い影)

2018-09-03

深い考察ができる詩ではないが、それを求めている詩ではないのも確か かわいらしいね、ってぐらいの感想でいいし、それこそが求められている感想だろう (ひみたいに)

2018-09-03

これはなぁ、ありがちだなぁ。こういう本面の詩としてはだいたい思いつくものだし、私も書いたことがある(音楽のジャンルをネタにして書いた) ちとこの作者の作品としては残念なほうかと。もっと爆発力を求めてしまう (どうぶつ図鑑)

2018-09-03

創作物に対して行われる宣伝への皮肉だろうか いまいち独立した作品としては良さを感じられなかった (発展途上のセールスロボット2018.9.1)

2018-09-03

【○U○ &((i))】はちんちん亭的な趣があってよかった chinとかみさくらなんこつとかセリフ回しが特徴的なエロ漫画家の書く詩っても読んでみたいね それ以外はリズムに乗れねぇなぁって感じ (カオティクルConverge!!貴音さんのLIVE!!!)

2018-09-03

文字数完全に3000字越してますねぇ。誤用の意味での確信犯でしょ(笑) この行為を新ルールに対してのアジテーションと見るかどうか(笑) (ヨミテニ・タクス4)

2018-09-03

最終連がいいし、ここを書くための詩なのだろう そこに行きつくまでに脱落者を出さないようにするのがこの詩における課題だろう (蝉の死骸)

2018-09-03

イマドキな香りはするが、最後まで読み進めさせる勢いはなかった (ヘイセイ思春期スイッチ)

2018-09-03

どぶ鼠という比喩が典型的で微妙だが、月のくだりはいいかんじ (泥の月)

2018-09-03

なつめさんへの返信に合わせて全体へ なつめさんが言及している「過去作」とは文学極道にこれまで投稿してきた作品のことで、「非現実の人たちに」シリーズとしています。 「首ちょんぱロリ美人」(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=462;uniqid=20160303_061_8667p#20160303_061_8667p) 「脳の中で」(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=528;uniqid=20170503_417_9587p#20170503_417_9587p) 「疲れたときに行くオタクショップ」(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=551;uniqid=20171003_404_9934p#20171003_404_9934p) 「ありがとう」(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=554;uniqid=20171023_770_9973p#20171023_770_9973p) ネットに公開しているものはどれも表現が過激で、こういったものはビーレビの利用者層からは賛同を得られないだろうと判断しこちらでの投稿を自粛してきました。 しかし私も新運営となりビーレビを規定していく、つまりビーレビではこういう詩が求められるよって指し示す立場になったわけでして。まだ文字数などハード面の規定だけだし、詩の内容つまりソフト面を規定するつもりは毛頭無いですが、しかしハードの意向はソフトにも自ずと影響を与えると思います。精神だって肉体の玩具なのですから。 明文化された規定が加わることへの抵抗は当然あるでしょう。しかしそれを成そうとする私自身が、ハード面の変更によってソフト面も変わってくるとしてもいくらでも良い詩は出せるんだよって示してやろうと思い今作の投稿を決めました。 この詩自体は「なんか詩書けねぇなぁ」って時に脳内の女の子たちを嬲って書いたものです。 たぶん私はサディズム側の人間です。実際の人間に暴力振るうなんてことはしませんが、でも加虐を行いたい欲求ってはどうしてもあって。それがごくたまにネット詩掲示板に出てしまいます。他人を叩き責めることに快感を覚えてしまう。 それに対しけっこう罪悪感を覚えています。私ね、地蔵菩薩になりたいんです。あらゆるものに慈悲を向けて苦しみから救いたい。なのに私は目の前の人間に対してさえ攻撃を行ってしまうのです。地蔵なんてそんな無理だ。夢語ってんじゃねぇよ。 脳内の少女たちはそんな私のサディズムを文句言わずに受け止めてくれるんですよ。彼女たちの方こそ菩薩ですよ。私は彼女たちに救われているんですよ。そのおかげで私は詩を書けたわけです。今度は私が彼女たちを救わなければ。それは私が創作物によって私の脳内のイメージを彼女たちが救われる像に造り替えなくてはならない。(「疲れたときに行くオタクショップ」のコメントのぽぽちゃんのくだりも近い理論です) それの過程が「非現実の人たちに」です。未だ成功していません。彼女たちに甘えて殺してばっかです。彼女たちがいつまで私を許してくれるかもわからないので一刻も早く救いを与えなくては。否、どこまでも彼女たちは私に身を捧げてくれるでしょう。なぜならば彼女たちは私の脳内のイメージであって私が作ったものだからです。私が思うとおりに彼女たちは動いていきます。それが申し訳ない。彼女たちの自由意思は無いのだろうか。助けてくれ。申し訳ないと思いながらも私は加虐をやめられないしそれをどこまでも彼女たちは受け入れてしまう。喜びも悲しみも無い。ただ加虐的なイメージが形而上でどこまでも続いていく。 なんてネタで書いています。 ↑ ↓ って書かないと自分も持たねぇ。 ↑ ↓ って書くことで世界観を守ろうとしている (殺させてくれたのに)

2018-09-03

帆場蔵人さん この詩がもっかい上がってくるとは思いませんでした。 主観と客観は明確に分けられるのだろうかという疑問を私は持っています。他者の目を借りて世界を見ることができない以上、主観でしか世界を見ることはできないのでは。我々が普段思う客観など帰納の末に推測した幻影でしかない。 是非シリーズ他作品も読んでもらいたいです。一応順番にurlを並べたので上から読んでいってください。 (殺させてくれたのに)

2018-09-07

ふたたび帆場蔵人さん オタクショップよりホラーに徹した詩って一応あるっちゃあるんですよ。「受験勉強」(https://www.breview.org/keijiban/?id=808)とか。ただ現在明確にホラ―って銘打って詩を書いていないのは、テーマにするまでもなく私の詩にはホラー要素が絡んでくるのと意外とホラー詩って難しいねって結論に至ったからで。ホラーなストーリーじゃダメなんですよ。むしろ風景でホラーを為さなきゃ。それむずい。 他方「非現実の人たちに」シリーズは自分としてはホラーでなく、むしろ純愛として書いている節があります。互いの血で薬指に輪を描くような感じ。 (殺させてくれたのに)

2018-09-09

まりもさん 最初三行は「脳の中で」にて頻繁に挟まれる「脳の中で。」と同じです。虚構の世界でもさらに虚構にしてあげないと書き手の私がもたない。 と言いながらも詩にて惨殺するのを楽しんでいる節もあって。そこの矛盾だなぁ。 明大のは知ってはいましたが未だ行ったこと無いです。やっぱなぁ、そういう文化と触れ合う機会の差ってのが都会と地方の違いだわ。行ってみたい。明大には米沢嘉博記念図書館もあるし。 (殺させてくれたのに)

2018-09-09

カオティクル氏を仲介にしてイマラチオ氏に私の諸作品がどう読んでもらえるか頼んでいたんですね。それの返答が上記です。御二方ありがとうございます。 「感情を理性でよく考えて表現している。/またはしてしまっている。」ってのは多分そうだろうなと思います。イマラチオ氏の返答を見るにああこの人は真性なんだなと察しまして。まだ作品だけなら芸風としてやっている可能性もあったわけですが、コメントから垣間見える作者の像はこの人にしてこの作品だと言わざるを得ない形かなと。 私も書きはするわけだからそういった傾向が全く無いわけではないだろうが、しかしイマラチオ氏と比較したらフリでやっているだけだろう。「君はそんな事なさそうで良いな。」そうなんですよ。それが創作において良いか悪いかはまた違ってくるが。草間彌生だって統合失調症は彼女に大きな苦しみを与えつつも偉大なる創作力を与えてくれている。じゃあ逆に彼女が罹患していなかったらどうなっていたのかと。統失持ちを是とするかどうか。 十中八九私はイマラチオ氏の段階には行かないし、行けない。それは強さなのか弱さなのかはわからない。 (殺させてくれたのに)

2018-09-13

羽田恭さん 地蔵になんてなれねぇって苦しんでいるようで、そんな中途半端な存在である自分が可愛いこのままでいいと思ってしまっている部分もありまして。悪い方面での自己肯定。ダメなままでいいんだよと。堕落するタイプです。 「非現実の人たちに」シリーズのバッドエンドは自己の欲望のはけ口としてつくられた脳内存在たちに対し詩中主体は「自分の作ったものなのだからこの暴力行為をも喜んでいるということのできるし、自分がそれを信じさえすればそれが真実になる」と一切のエゴを肯定してしまう結末です。まだそれを書くに至ってはいませんし、書いたとしてもまるでギャルゲーのように別のエンディングを求めて時間を遡らせるでしょう。しかし今はこのバッドエンド以外のゴールが見えません。エンドはエンドだし一応脳内存在の少女たちも救われる(と詩中主体が本心で思うようになる)からいいのだろうか。想像の産物とはいえそこまでエゴのままに成り立たせて良いのだろうか。彼女たちを救いたいと心から願っていた初期の詩中主体は何処に行った。 このシリーズ終わる気がしません。 (殺させてくれたのに)

2018-09-16

鈴木海飛さん 現在私は飲食店アルバイトをしていてもう3年半以上経つのですが、最初の頃は「客を接客で殺す」という気持ちでやっていました。なにかと古い店なので教育体制もなってなく見て覚えろの世界だったのでストレスマッハ。その気持ちを接客へぶつければいくらかは上手くやれるでしょうと。ある程度は効果ありました。 今はもうベテランなので体が勝手に動くし鼻歌まじりでスラスラ動けますけどね。 (殺させてくれたのに)

2018-09-26

三浦さん 実際これを書く際にはごめんなさいごめんなさいと苦しんでいたのですけど、その状態を俯瞰して見ていてあまつさえネタにして使えるなと思案している自分もいまして。人間に勝るコンテンツはありませんよ。 地蔵なりたいっては本心でして、Twitterでもときたま深夜につぶやきますが、それがネタとして見られるってのも重々自覚しています。 >そもそも渡辺さんの作品は文学じゃないよ。エンタメ! その通りでございます。他の皆さんも私や私の詩を芸術でなくコンテンツとして消費しちゃってください。 (殺させてくれたのに)

2018-09-26

社町迅さん 状況説明という意味なら実録映像に文章が敵うことはできないでしょう。見ていないけど、バッキーのAVなんてやばいらしいじゃないですか。 しかし文章なら予算など関係なしにやりたい放題です。 ウクライナ21とか、最近は都市伝説の存在であったスナッフフィルムがネットでただで見れてしまいます。でもそういうの見ても結局殺し方のバリエーションは多くないわけでして。まぁそりゃねぇコストとか色々ありますから。本数だってほんの僅かですし。動物相手の方が様々な殺しを見られます。いま調べたところ、世界最古のアニマル・スナッフフィルムは1903年の像のものらしいです(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%8A%E3%83%83%E3%83%95%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%A0) 「倒れた背中を石で削って、華奢な背骨を露わに」する映像なんて今後も出てこないでしょう。てか石でそんな削れんのかって疑問もありますし。詩ならそれを表すことができてしまうのです。 (殺させてくれたのに)

2018-09-26

最終連だけ良い (銀河鉄道バステト号の夜)

2018-09-03

湯煙さん、帆場蔵人さん 動画内でも言及していましたが、動画での選評はhttps://www.breview.org/keijiban/?id=1607に続き二回目です 今回biimシステムを取り入れてみたのは純粋に動画投稿者たるもの一度は有名なこのシステムを使ってみたいと思ったからです。やってみて思ったのは、あまり選評とbiimシステムは合わないなと。 動画選評の長所は音声解説と共に詩へ書き込みをできることです。なので行や連ごとの構造がどうなっているかを示したい詩だと効果的です。峰ひろ樹さんの詩はその点動画選評にぴったしでした。biimシステムでも詩への書き込み動画は流せますが、ただ全画面でないぶん小さくて見にくくなります。 本動画は  ① textで台本をつくる  ② ゆっくり(音声ソフト)に台本を読ませる  ③ ゆっくりの台本朗読に合わせながら詩に書き込み(今回はキャプチャした画像を画像編集ソフトに読み込ませた)、その画面を録画する ④ ③の結果できた朗読音声&詩への書き込みの動画をbiimシステムの枠に収め、字幕を入力する(この際音声の長さと字幕を表示させる長さを合わせなくてはならない) という手順で作りました。ゆっくりムービーメーカーというソフトを入れれば字幕の長さと音声の長さが最初から合わさるので上記よりは楽になりましが、しかしそれでも結構面倒です。しゃべる口調のまま台本作んなきゃだし、先に作った音声に合わせて詩に書き込みしなきゃだから余裕無いし。 やってみた結果としては峰ひろ樹さんでやったような地声動画のほうが楽だし、たぶん選評としても見やすいのかなと思いました(ほかの人から見たらどうですかね?) なんで自分は動画選評やってるかって、やはり選評をもっとポップにしたいからでして。どんどん真似されてほしい。御二方、どうですか? Aviutlという無料のソフト(アンド、windows10標準装備のキャプチャ機能か、Bandicamというこれまた無料のキャプチャソフト)で私はやっています。それで充分です。選評程度の動画なら低スペックパソコンでも十分編集できるし。 (【選評】左部右人「ハロー!」【動画】)

2018-09-12

左部右人さん 名前合っていたようでよかったです。 左部さんも動画選評どうすかやってみませんか? (【選評】左部右人「ハロー!」【動画】)

2018-09-12

著者名の修正致しました (推薦 、、、につながってるんだよ)

2018-09-06

そうですね、改行は不要かと。 こういう一行ごとに改行する人ってはまれにいますが、やっぱハッタリなんだよねこれ。一文一文が金言のように見えるじゃん。どんないい詩だってその中には構成があってサビを際立たせるためのサブ的位置にある文が存在する。すべてが金言な詩なんて無いし、すべて金言だったらそれは金言ではない。こういう一々改行を挟む詩形は詩中の構成を無くしてしまう。 まずはやはり普通に行分けで書いていくべきかなとこの作者に対しては思う。 (懺悔)

2018-09-06

リフレインしないほうがこの詩はいいかもしれない。 手製プラネタリウムなんてはそこからイメージをどんどん膨らませ得る材料だから想像の彼方まで進んでしまうか、それか描きたいことだけぱっと書いてすぐ終わらせる短詩にするか。どちらかのほうがさまになると思う。 (星)

2018-09-06

うーむ、「橙色」のほうが良かったなって印象 今作は明文化こそしていないものの伝えんとするメッセージが先にあってそれに沿った詩文でしかないって読めてしまう。実際どうだかはわからないけれど、でも一度そう読んでしまうともう印象は変わらない。メッセージ系の詩の弱さってはそのメッセージより先に詩が行かないってことだ。その弱さをこの詩は孕んでしまっている。 (ワンピース)

2018-09-07

これはだいぶ良い作品だ。stereo氏は従来メタルの歌詞のような語句を多用する作風だが、主張の激しいそれらが衝突して語句ごとの持ち味を打ち消してしまっていることも多かった。 今作はそれが無い。語句語句がちょうどいい間隔を保って存在している。そうなんだよ、テキストのすべてが光っている必要はないしむしろそれは良くない、適所適所で的確に光ってこそだ。 カタカナで綴られる愛の言葉もエモさはくすぐるし、それらの最後に「ホント、生きていたいです。」とひらがなが入ってくるのが演出としても上手い。 (2019年の花魁。沖縄にて)

2018-09-07

こういう暴力行為を綴る詩は私も書いてきたし、そういったのを描くときの心境はまさに「ごめんね」なので共感はすごくした (沸騰)

2018-09-07

題名の斜めってはそう絡んでくるのかっている上手さはあるが、それが序盤で明かされてしまいしかも以降の詩文からはそのタネ以上の面白さが見いだせないからいまひとつに感じた。 (斜め)

2018-09-09

怪談にありそうな感じという初読の印象。 だから下手すると既視感ばかりになってしまいそうだが、5連目のひな人形のエピソードがそこに加わることでこれを詩たらしめているなって思う。和的なホラーですね。 (首を選ぶ ※)

2018-09-09

詩中主体にとって「もう嫌い忘れたい二度と会いたくない」や「まだ好きだよ忘れたくない一緒にいたい」っていう感情は、たぶん言葉に表す以上に強いんだと思う。でも言葉にしてしまうとその文字が表現し得る範囲に留まってしまう。だからバグ技みたいに、言葉と言葉を不正に繋げることで言葉が表し得る以上の感情を表す、ってのが詩だと思う。 それができるように励んでほしい。 (迷子)

2018-09-09

これも私が苦手とする、概念だけを連ねて詩から像が結ばれない詩だなぁ。 トレンドをみればこういうのが評価されるってのもわかる。他の人の読みに期待したいし、あと電子猫さんの批評も読みたい。 (アイデンティティ)

2018-09-09

「 太陽の下では カビ臭いニオイのする 」 ここは上手いなぁと思ったが、逆にここ以外は印象に残りにくい。というのはルミナスライン(光る行)が無いんだよね。太陽以降平坦に続いていく。詩中での展開ってのが欲しい。 (陰)

2018-09-09

「自分の機嫌は自分でとる」っては前にイッテQでみやぞんが言っていました。 これはそれを成せない詩中主体の状態を表した詩でありましょう。しかしそれを「沼の底に何かを求めている」など軽い比喩を混ぜる以外にはストレートに書きすぎているなと。これを読んで思考が拡がるわけでもなく、せいぜい共感をするしかないなと。状態をいかに豊かに書くかこそが詩だと思っております。 (藁は掴めない)

2018-09-26

「町内放送は反響し多数派の様相を呈する」 の「多数派」という表現がひっかかる、あまり合っているとは思わないが、しかしそれ以外はハイレベル 最初と最後でのリフレインも効果を成している (堤防にて)

2018-09-13

「僕は、どこかでやさしいものを、捜しているようです。」 この一文を見るに、普段私がネットに上げている作風だとあまりかるべさんとは合わないだろうなと思う。 優良に選んでもらった「ぱらいそ」はその点いくとネット上の私からしたらある種異質な作品であり、だからこそ選んでもらえたのかなと。 やっぱ色々な作風試してみるもんですね。ありがとうございました。 (【フル】かるべまさひろの選評<2018年8月分>)

2018-09-13

意外にも中央揃えの詩を見るのこれがはじめてかも (自分語り)

2018-09-15

申し訳ないが褒められないなぁ。 文学性がどうだって読む詩ではないのは確かだ。ではユーモアを尺度として読むべきなのだが、それを以てもあまり面白くない。なんか、読んでいて恥ずかしくなる。厨二病の亜種って感じ。 なぜ恥ずかしいかを分析すれば ①語り手である義父の口調が滑っている。RPGの魔王風にしたいのだろうが今日だと典型的な魔王口調はむしろお寒いギャグにしかならない。 ②稚拙な感動要素。「こういうの感動するよね」ってテンプレートそのまま見せられている感じ。詩中の人々に少しでも感情移入できていればそれでも感動を得られるが、①のように語り口がそれを阻害している。 見たところaryu氏は他者の作品に全くコメントをつけていない。というのは他者の作品を読んでいないということだろう。 まず他の作品を読んで理解し、それらとの相対座標にて自分の現在位置を測るしか自己を知る方法は無い。自分が今どこにいるかを知らないまま次の地点へ行くこともできない。まずは読みだと思います。そのためにビーレビを活用してください。 (SENTO)

2018-09-15

第一連はハッとさせられるが、それ以降には出始めと並ぶほどの驚きが無い。もう一つぐらい途中にルミナスラインがあればとても良い詩だった。 (茨の道)

2018-09-26

杯不参加表明している作品なので推薦はできませんが、当選評はアーカイブ内の「選評」欄に収録させていただきます なお、たとえまりも氏が不参加表明していなかったとしてもワンポイント・キュレーションにて大賞に推薦することはできず、強制的に月間キュレーション推薦作品への推薦になります。大賞への推薦を行いたい場合はフル・キュレーションを行ってください。今一度、選評のルールの確認お願いします。 (大賞推薦作「息を継ぐ ※」 まりもさん)

2018-09-16

先に申せば、これはファミコンのゲームソフト「MOTHER」並びにそのファンアート(https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=mediumillust_id=33403382)を下敷きにした詩です。 私の詩の中では極最初期、それこそ最初の5篇のうちに入ってるんじゃないかってぐらい前のものでして。なぜそれを今になって投稿したかっていうと、ただ「MOTHER2」のRTA動画を観終わったからってだけなんですね。MOTHERは環境的に未プレイで実況動画しか観たことないけれど、MOTHER2はwiiUのバーチャルコンソールでプレイしました。受験終わって大学入学するまでの期間だったな。MOTHER2は名作だしかなり影響を受けました。エイトメロディーズもポリアンナも名曲。敵のキャラデザとかもすごい。ストーリーも良い。Undertaleもこの詩を投稿する前日に買って、NルートとPルートはクリアしたし。 MOTHERのテレビCMがとても好きなのでよかったらそれも観てください。 https://www.youtube.com/watch?v=KfEMNRzLYdU (わが子)

2018-09-22

るるりらさん、帆場蔵人さん、仲程さん、仮名吹さん 元ネタはMOTHERだったわけですが、各々様々な受け取り方をしてくれたようでなによりです。これこそ元ネタがあれど抽象度が高くなる二次創作「詩」の醍醐味です。 落語っぽいものではラーメンズの「新噺」ってのが好きです。お笑い同好会だったからコントの脚本を書いたりもしてたのですが、かなり参考にしました。 https://www.youtube.com/watch?v=8ucKWs-fViw (わが子)

2018-09-22

かるべさん wiiUでいつのまにか3も配信されてたんですね。私が2やってた時は無かった。やりましょうやりましょう。 二次創作詩って漫画みたいにキャラの姿を見ることができるわけでも、小説みたいにキャラの行動を見ることができるわけでもありません。だからこそキャラ像は薄くなりがちで抽象度が高くなる。なので二次創作でも音楽アレンジに近いと思っています。 (わが子)

2018-09-24

かげ 詩に対しての様々なアプローチをこのサイトが提供できたなら本望です (【要読】大賞作品投票のお知らせ(2018年8月B-REVIEW杯) )

2018-09-18

てげ 30分切りました 駆け込み投票カモン! (【要読】大賞作品投票のお知らせ(2018年8月B-REVIEW杯) )

2018-09-25

ロマンチシズムですね。純粋なタイプの詩人なら素直に受け入れられるのでしょうが、ふざけた人間である私ではちと恥ずかしさを覚えてしまう。 (郷愁)

2018-09-24

るるりらさん 要望承りました。後ほど修正致します。 なお各要望ですがコメント欄ではなく、twitterのbreview公式アカウントにメッセージを送るのが確実に伝わります。B-REVIEW REAL TIMEのほうではないので注意してください。REAL TIMEのほうは完全に無人運用のbotなのでほぼ気づきません。 (あまがみ)

2018-09-17

読んだことないけれど、My詩集っている休刊した雑誌にはこういった詩がたくさん載っていたんだろうなって思っている。 こういう模範的な、世界名作劇場みたいな詩を読むたび思うのだが、これの作者はマジでこんな去勢された世界観が良いの!? って。詩の巧拙よりそっちが気になる。私なんて下品な人間だから晴耕雨読なスローライフに価値はほとんど抱かない。晴れても寝坊して雨ならゲーセン行くわ。だからそういった内容の詩を書こうとも思わない。いやホント巧拙どうでなく模範生活に価値を感じているのかってが気になる。おれが現代詩のフィールドで異端なだけか? (日々)

2018-09-26

「CとOと2」このフレーズは私には書けないなと思った。 二酸化炭素のことだろうが、CO2の2は「Oが二つ」の意味であり、Oに依存する概念でしかない。化学に則るならばここは「CとOが2つ」になるわけだが、Oの従属的存在でしかないはずの2をこの詩では助詞「と」でCとOと並列させることにより2をそれらと同等の存在として成り立たせる。概念が実体と並んでいる。映像化が不可だ。詩的表現っては凝った比喩のことではなくむしろこういうもののことを指すべきだ。 (リュウセンケイ)

2018-09-24

構成がジェットコースターのように目まぐるしく変わるが、しかし無理は無いのでちゃんと読める (甘噛みは妄想の産物として)

2018-09-26

ヒロイン殺しときゃ感動するでしょって丸わかりなギャルゲー並みに脈約無く薬飲んだなぁって。それに到るまでのエピソードもまさに男にとって都合のいい女像って感じ。 その女像でもウハウハ萌えて消費できるようなら一定の需要が出てくるけど、結局やっぱエピソードが嘘くさい(ノンフィクションを書けということでなく、詩中世界において彼女がそれらの行動を行う道理が見えてこなく、つまり彼女の人間性が薄い)から冷めてします。 (Happy Colors)

2018-09-26

「他人と同じところをちぎりちぎり」までの描写は好き。 読み手にイメージさせる像のカメラワークをどう制御するかっては私も取り組んできたし、この詩の前半はそれに果敢に挑んでそしてある程度成功している。 ただ以降はポンデリングの箇所以外はそのカメラワークがぬるくなるし、「最期に残ったものが/わたし?/アイデンティティー?」の独白はちと臭い。そこが残念。 (禅)

2018-09-26

確実に言えることは ①最初から批評が得意な人はいない ②誰しも最初は批評より詩作のほうが楽 ③批評は繰り返し行っていけばより上手により楽にかけるようになる ④批評は苦手だからと言って全くトライしない人は詩も伸びない 私は割と真剣にリアルでの合評しかやらない人よりネット詩人のほうが批評が上手いと思っている。その根拠はシンプルに機会の差だ。面と向かって行ったほうが云々なんてのは精神論でしかない。月一でしかやらない人より毎日やっている人のほうが上手くなるのは道理だ。ビーレビに参加している人はその機会に恵まれているのだ。是非活用してほしい。詩だってそうだろ、自分は下手だからと言って書かない人が上手くなるわけない。批評だって同じだ。稚拙だろうが見当違いだろうが気にせずトライして鍛錬を積んでほしい。そうやって伸びようとしている人を笑う参加者がいたら、その人はサイトポリシーに反している。 (【お知らせ】合評活動のすゝめ ※運営からのお願い)

2018-09-24

現在新しいフォーラムを実装途中でありまして、公開されたら弓庭夜話もそちらで行なっていただきたいと思っております。ログ掲載などもフォーラムなら都合よく行えるのではないかと。 それでも不十分な場合にはまたご相談ください。 (【お知らせ】合評活動のすゝめ ※運営からのお願い)

2018-09-24

なので、とりあえず今はコメント欄で我慢していただきたいです。 (【お知らせ】合評活動のすゝめ ※運営からのお願い)

2018-09-24

一応いままで黙認していたので月一のは継続してもらって構いません フォーラム公開次第そちらに移ってくださいね (【お知らせ】合評活動のすゝめ ※運営からのお願い)

2018-09-24

あんまりね、詩以外の投稿が増えてしまうとそれは問題なのですよね。 弓庭夜話はビーレビ参加者のすべてに関係あるものではないわけでして。私としては夜話の告知自体も特例として見ていました。フォーラムが現状機能してないからしょうがないかなと。 あくまで作品投稿掲示板ですから。 (【お知らせ】合評活動のすゝめ ※運営からのお願い)

2018-09-25

はっきりと規定してしまうのもやだなぁと思うので、「節度を持って使用してください」と返答します (【お知らせ】合評活動のすゝめ ※運営からのお願い)

2018-09-25

いにしえの児童文学っぽい。 (さよならの角度)

2018-09-26

システム上の理由からです。 決戦投票のフォームは大賞候補のものを流用(決戦の二作品以外の選択肢を削除)しています。そのためフォーム内部では大賞候補時のデータが残っているため、投票修正を禁止する設定が決戦投票時にも作動しているのです。 (決戦投票のお知らせ(2018年8月B-REVIEW杯) )

2018-09-26

大賞候補フォームを継続して使用した前例に倣いました。 後日、フォーラムの代わりとして意見陳述用スペースの投稿を掲示板上に行いますので、そこのコメント欄にて議論を行っていただけたらと思います。 (決戦投票のお知らせ(2018年8月B-REVIEW杯) )

2018-09-26

追記 ルール明記はありません。 3000字の件もですが、最近発生している問題は既存ルールにて明文化されていない細かな部分をどう扱うかというところから来ていると思っています。文字にないことは共有が難しいので、様々な機会の中で暗黙のうちに行われていた箇所を明文化していければなと思います。 (決戦投票のお知らせ(2018年8月B-REVIEW杯) )

2018-09-26

追記2 私としては前例に倣ったのに加え、新規の人に限定することによって対象者に強く投票を促すことになり、それを機に以降の投票にも参加してもらえるようになるのではという狙いもありました。現時点で5名の新規投票者がいるので目論見は全く外れていたということにはならないでしょう。 (決戦投票のお知らせ(2018年8月B-REVIEW杯) )

2018-09-26

落ち着いて返信できるタイミングを探っていたら遅くなってしまいました。 ゆっくり返信していきましょう。 ①前例に関して んー、これは私の認識違いだったのかなぁ。前回の投票時は投票後に経過を見れて、さらにその後に投票先入れ替えができる設定でした。なので私は延長となった時には同率1位のどちらかに票入れ替えをして大賞決定に付与しました。 なので主観だと決戦投票だったのですが、明確に旧運営が決戦投票とは確かに言ってはいない。ならば謝罪が妥当でしょう。失礼しました。 ②フォーラム・意見陳述用スペースに関して 地球さんに関しましては2回目の書き込みが決戦投票および体表候補に投票済みの方は投票できないことの是非を問う内容だったのでご意見があるのかと判断していました。実際は見解を確認したかっただけということでしたが、この件に限らずご意見がある際には気兼ねなく提案してくださいね。 意見陳述用スペースは以前あった「《雑談/議論/自己紹介スペース》 」(https://www.breview.org/keijiban/?id=44)のようなものです。 10月頭に作ろうと思っております。スペースを作る理由としましては ⒈現行のフォーラム(https://www.breview.org/forum/)は利便性が低く、現在新しいものへ移行している途中で使用ができないため ⒉意見陳述用スペースを公に設定することで過去の書き込みが散逸することを防ぎ、後々に参照をしやすくするため です。特に⒉が大きい理由でありまして。例えば運営個人のTwitterへDMでの意見陳述ですと、時間が経つにつれログが流れ最悪消えてしまうこともあります。原文がどうだったかを参照したいときにそれだと困るわけでして。また意見陳述用スペースでない場所に書かれたものも、後にどこにその意見が書かれたか探す際に意見と書かれた場所を紐付けるものが無いため見つけるのに苦労するでしょう。 10月に作る(この点、地球さんの返信に「後日」でなく「10月に」と書くべきでしたね)理由は今のシステムだと9月投稿のものは10/15までしか掲示板に表示されずあとは書き込めなくなってしまうからです。 一刻も早い新フォーラム開設が求められますが、それまでの暫定対応としてのスペースです。しかし掲示板に表示されるのですから「隔離した空間」とはならないでしょう。作る理由も決して傲慢なものでなく上記のような事情があってのものです。 ③余計なことかもしれませんが…… 「私からの批判文には答えず」これに対しては「こちらも理由を明示し返答をしています。それを無視と勝手に判断されてしまってはどうしようもないです。私の返答で納得できない故に無視されていると思われているのでしょう。」と私は書きました。(https://twitter.com/yoinoyoi/status/1041242690845700096 のツリー参照) で、このやりとりもビーレビ上でなくTwitterで行われたものです。たまたまやりとりからまださほど時間が経っていなかったのでやりとりのログを提示できましたが、これが1年後2年後だったらログを探してくるのにも一苦労でしょう。そういったことがあるために、やはり意見陳述用スペースなどそれ専用のログ保管場所を作るべきなのです。 なんちゅうか、花緒氏の物言いは非常に刺々しいなと感じます。そこまで辛辣な語彙を使用しなくては伝達できない内容でしょうか。返信が遅くなった理由として、深夜の状態で返信すると私も売り言葉に買い言葉となってしまう恐れがあったので日中おちついて書けるまで待ったからでもあります。買い言葉したら不用意にビーレビがまた荒れてしまうでしょう。そうなったら花緒氏が厭忌した「荒廃しがちなネット詩掲示板」そのものです。 (決戦投票のお知らせ(2018年8月B-REVIEW杯) )

2018-09-29

投票今日までです! (決戦投票のお知らせ(2018年8月B-REVIEW杯) )

2018-09-30

んー、そろそろ私もキャパの限界なのであとはほんとに返答しませんよ (決戦投票のお知らせ(2018年8月B-REVIEW杯) )

2018-09-30

キャパって暴言への残りHPってことね (決戦投票のお知らせ(2018年8月B-REVIEW杯) )

2018-09-30

まだ続けますかぁ…… 私の返答は上記のTwitterログに書いたこと以上のものはもうありません。 いやほんと、私が繊細なタイプの詩人だったらとっくにいっぱいいっぱいになってしまい、寝込んだり鬱状態になったりしてしまうほどに追い詰めようとしていますよ。 花緒氏にも自分なりの正義に則っているのでしょうが、それを妄信し、棍棒のように使って相手を一方的に殴る真似していたらそれこそ山田太郎じゃないか。これあんま言いたくなかったけれど。 (決戦投票のお知らせ(2018年8月B-REVIEW杯) )

2018-09-30

本日締め切りです まだ投票されていない方は是非とも一票を! (決戦投票のお知らせ(2018年8月B-REVIEW杯) )

2018-09-30

ライカはまぁソ連の犬だしそれを印象強くするためにキリル文字で表記するのでもいいかもしれないが、「Hard Bind」と「Discount Bento」はよっぽど英語に達者でないと一見で意味はわからないんじゃないかなと。 それぞれググってみたが、「Hard Bind」はハードカバーのバインダー、「Discount Bento」はディスカウント、おつとめ品の弁当の意味で合っているだろうか?  (ヒール)

2018-09-29

一件シンプルな詩だが、しかし無視はできない。 たとえば 「トビウオが一匹 二匹  三匹 たくさん の」 と 「トビウオが  一匹 二匹 三匹 たくさん」 の改行の違い。 前者はトビウオと1や2といった少ない数字とを同行にすることで、ひとつひとつ丁寧にトビウオの存在を指す効果がある。 後者は1,2,3、and moreとすることで前者で指した対象が非常に多い数いることを印象付けている。 この構成により、実数としては3までしか表していないのに「たくさん」という表現がほんとうにたくさんの数字を示すことができている。 ほかにも「胸鰭」と、この詩としては異例に硬い熟語。詩の中間行にある故に視覚的にも魚の中間にあるヒレを連想させ、またここから詩の展開が変わってくるといるメルクマールの効果も出ている。 ほかにもあるが挙げていたらキリがない。 特に一つ目の特徴である改行の妙を私は評価したい。行分けを行う意味とは何か、を考えることは詩の古くからの課題である。これがなかなかに難題で、巷では(もちろんビーレビでも)句読点代わりに漫然と改行をしているだけの詩も多い。昨今の現代詩は昔より散文詩が増えた印象があるが、これも課題に対しての「そもそも改行する意味なんてないんじゃね?」というひとつの回答だと私は思っている。 この詩に関してはその課題に対し実に優秀かつ真正面から回答を示しているなと感じる。 いやぁ、すごいよこの詩は。 (トビウオ)

2018-09-28

死という一つの帰結が詩の全体を覆うテーマにありながら、蜂だけはゴールのない∞を辿り続ける。示唆的だなと思った。 (蜂蜜紅茶)

2018-10-02

意見陳述用スペースはこちら https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2370 (【必読】月初めのお知らせ【ルール変更など】)

2018-10-01

三浦果実さん 変えるとしてもその名称は趣味ですぎでしょぃぅぅ しかし、実は私「推薦」は変えたいなと密か思っていた。というのは、選評で選ぶことの「推薦」と賞としての「推薦」が被って、文によってはわかりにくくなってしまうから。 需要が無さそうだから提案もしなかったが、もし他にも名称を変えたいって人が出てくるなら検討もやぶさかではない (《ビーレビへの意見とそれへの議論を書くスペース》)

2018-10-02

花緒さん アナリティクスによると今でも34%のユーザーは検索でビーレビに到っているようです。 Googleで検索してみたところ、 「現代詩」    2ページ(1ページ目に日本現代詩人会と現代詩フォーラム) 「詩」      10ページ以降 「現代詩 投稿」 1ページ(ビーレビの上に詩人会、下に文学極道。2ページ目に現フォ) 「詩 投稿」   1ページ(ビーレビの上に詩人会、下にメビウスリング) 「現代詩 サイト」1ページ(ビーレビの上に面白いぞ現代詩、詩人会、現フォ、下に文極。) 「詩 サイト」  1ページ(トップに出てくるNAVERは情報が古いためビーレビが紹介されていない) 文学極道のカウンターサイトとしてはじまったビーレビだが、今ではその相手を出し抜いている。 しかし現代詩投稿サイトとして競合相手となる日本現代詩人会と現代詩フォーラムは検索結果によってはまだビーレビより上に表示されてしまう。「現代詩」で1ページ目に表示されるようにすることもそうだが、競合する2サイトよりも上になる位置になることも目指さなくてはだろう。 新運営ではかるべまさひろ氏がネット関係に強く、現在進行形で活躍していることは花緒氏に限らず周知のことだろう。ただ逆に言えばかるべ氏以外にサイト整備をできる者が新運営もいない。今は折りたたみ機能やフォーラムの設置など内部インフラに集中して取り組んでもらっているところである。それらが終わらないことにはSEOなどに本格的に手を付けることもできないだろう。それにフォーラムなどを終わらせたとしても他にやらなくてはいけない内部インフラはまだ沢山残っている。 彼は優秀だが、しかし人一人ができる量には限度がある。ビーレビのユーザーのなかにネットやサイト関係に聡い方がいたら是非とも協力してほしい。これまでも何度かアナウンスはしていたが依然として必要な状態である。技術面だけの参与でサイト管理などには加わらないという形でも全く構わない。誰かどうかよろしくお願いします。 (《ビーレビへの意見とそれへの議論を書くスペース》)

2018-10-02

澤さん まずはコメントありがとうございます。こうやって公の場にて意見交換できるのは運営とユーザー双方にとって良いことでしょう。 先に意見を受けての私の提案を要約しておけば ⒈優良降格でなく「大賞推薦作品(仮)」のような位を新設して、推薦作は少なくともそこへ収まるようにする。 ⒉「11作品目以降はコメント人数が少ない順に『大賞推薦作品(仮)』に位が決定され投票対象にはならない」とする。 ⒊大賞推薦の選評を集めたページまたは投稿を設け、投票前に一読してもらう。 ⒋大賞に選ばれた作品の選評も他の選評とは別枠にして表彰する。 そしてそれに到った私の意見は ⒈完全可視化された選考のなかで上位を狙えるこの制度は作者の励みにもなるだろうし、制度が機能するための制限は設けたほうが励みになっている作者を守ることにもつながる。 ⒉「選者と筆者に恥をかかせる」という懸念が意見の根幹にあるようだが、一度二度落ちたからと極度に落ち込むのでなく次はもっとうまくやろうと繋げてほしい。過度に保護することはその機会を奪うことにもなりかねない。また個人的感覚として落選したからといって「恥をかいた」とまで到るとは思わないし、投票を行っている時点で「恥をかいた」と思ってしまうような状態を作ってしまうことは避けられない。 ⒊自作品の上位入賞を得よう/自推薦作品を上位入賞させようという向上心を詩人にも持ち、それを成す為に行動してほしい。それも表現行為の一つである。 という感じです。 ~~~~~~~~~~~~~~~~ つまり澤氏の意見は「優良降格、順位表示制度を撤廃」ということでしょう。具体的な行動案は書かれておらずあくまで現行制度への批判なので、実際は違う(対案がある)のかもしれませんが、とりあえずこうだとして話を進めます。 私のスタンスは「投票制度が瓦解しない程度の緩和策は賛成。つまりは投票制度を維持するためには制限を設けることもある」というものです。なので順位制度や優良降格の緩和・撤廃はアリだろうが、投票対象作数は制限を設けるべきだと。 投票可能作数は今の10が限界で、むしろそれでもかなり多いとも思っております。運営が「得票が特定の一作に集中するよう、場の思想が統制されるべきだ」と考えているという推測は「酷いなぁそんなに非人道的に描かなくてもいいんじゃないのその描かれ方でいらぬバッシングを受けそうだよ(笑)」とは内心思っているものの、「この投票数でここまで割れるのは良くない」とは正直私は思っております。50票や100票の投票数があるなかで僅差になるなら「候補作が粒ぞろい」とも見れますが、30票前後の投票数での僅差は私も有意差だとは思えません。投票数に見合った対象作数に調整するべきだなと。勝負は時の運とは言いますが、排除できるブレは除いていくべきでしょう。 私が投票制度に拘る理由は「完全可視化された選考のなかで上位を狙えるこの制度は作者の励みにもなるだろうし、制度が機能するための制限は設けたほうが励みになっている作者を守ることにもつながる」からです。 おそらく私と澤氏で全員キュレーター制や投票制度に対して期待している部分が違うからこういった意見の違いが出ているのだろうと推測します。ネット詩の他サイト含めあらゆる詩の公募は選考者がクローズドな場で作品を選考し、一方的に結果を告知します。このことの問題は選考者一人の趣向が選考自体へ及ぼす影響が大きく、そしてそれが選考者が変わらない限り続くことにあると思います。つまりは個人に気に入られればそのままパブリックな評価に直結してしまう。 それの是正は全員キュレーター制がある時点で解消されています。あらゆる人が大賞推薦を行える時点で多様性は達成されている。以降につく上下差はフェアな場でついたものです。それまでも無くすことはできない。それは悪しき平等主義であり、上で述べたレースを励みにしている人の気持ちを削いでしまいます。 「以降につく上下差」として私は個々人の趣向に依らない「コメント人数」を設けました。どこかで線は引かないといけないし、その線引きがなるだけフェアな観点から行われたものなら許容されるべきだろう。たとえば投票数が3040しかないなかで20作30作も対象が並ぶレースは正しいのだろうかと。 そもそも優良降格とか関係無しに選考制度を設けている時点で優劣はついているのであり、自作は優良や推薦に選ばれなかった、そんなのを投稿してしまって恥ずかしいと感じてしまう人が発生してしまう/既に発生している可能性は否定できない。一人も恥をかかせたくなかったらそれこそ位付けを完全撤廃しなくてはならない。平等に投稿作を扱うって方針はMY DEARで行わてれいるしそれをビーレビが追従することもないだろう。結局ここからは恥をかくここまでは恥をかかないという線引きは恣意的なものです。 ~~~~~~~~~~~~~~~~ 生まじめな選者なるものが「好きな作品より投票者うけしそうな作品を選ばなければならない」となるのは自己責任でしょう。てか一体何のための全員キュレーター制なのか。そんな忖度しねぇで自分の好きを堂々と推せよ、てか自分の好きを周りにも納得させるように行動しろよ、ってがわたしの本心です。 8月頭に新旧運営を交えて行われたツイキャスで私は「(ビーレビの)マナーのいい掲示板という特徴にはあまり価値を感じていない」という趣旨の発言をしました。今更注釈すればこれは「掲示板が荒れてもいい」ということでなく、人様に暴言吐かないとかはウリにするようなもんでなくあって当然のことでありそれは守るが、そういった一般常識ライン以上の加護はしないという意味である。実名あげれば今のビーレビに一輪車氏が来て文極のような行動をしたら私は粛々とオレンジ・イエロー・レッドカードを発行し出禁にするだろう。それは当然の行いだ。 「一般常識ライン以上の加護はしない」というスタンスは選評にも持っていて、一定以上の権利を得るには相応の義務を負わなくてはいけない、それはいやなら権利は受けられないと思っております。私のこの返信だってそうでしょう。澤氏に反対意見出すのって私すごく怖いんですよ。わかるでしょ、指摘鋭い人に自分の意見を言うのってさ。スキがあったら絶対そこを叩かれる。しかしそれが嫌なら完全同意を決め込むしかない。私は自分の意見があるのだから、叩かれる覚悟をするのは当然の義務です。 賞レースなんだから、フェアに戦った結果負けることをはあるしそれに対し負荷を感じることはあるでしょう。でもそれを取り除くことは正義なのか。ビーレビに投稿したら推薦されて落ちる可能性もあるし(それを避けたいなら杯不参加表明することです。今後それをチェックボタン式で行えるようにする案も出ています)、自推薦作品が落ちることもある。それにいちいち「恥をかいた」と思ってたら、それちょっと流石に弱すぎない? と。詩を書くような人たちがやはりどうしても繊細だってのは分かっていますが、それに過度に配慮するのは正しいとは思えない。「ただただ純粋」であることは美徳では無い。逆風に耐える力を持ち、なおもまっすぐでいられることこそが賞賛されるべき姿です。その程度の強さは詩人だとしても持ってほしい。 ただ、そういった義務を追わずとも「自分の好き」を表明できたらそれはそれで素晴らしいなと思います。義務を負うフル・キュレーションよりは表明による成果の度合いは少なくせざるを得ませんが、しかし「ここすき」へのアプローチの仕方は様々な段階があってしかるべきでしょう。権利を得たい者は義務を負うべきだと思う一方で権利は別にいらないって人には義務は負わせるべきでない。ワンポイント・キュレーションはそれを果たしていると思いますが、もっと軽い、Twitterの「いいね」程度のもあっていいかなと考えています。 ~~~~~~~~~~~~~~~~ 自分の好きは最後まで通してほしい。それこそが正直さであり美しさだ。なので 「推挙作が多くの投稿者に支持されるよう活動」したり「自作に投票」することは他者へ過度な迷惑をかける(また実名あげれば、lalita氏みたいに自作品を執拗に自コメントで上げる)ようでなければ許容されるべきだと思っております。 しかしその「活動」を自由勝手にやらせていたらトラブルが起こる危険性もあるでしょう。○○はしてはいけないと規定したところでそれをかいくぐった行動が必ず出てきます。「活動」の代わりになる場として「大賞推薦の選評を集めたページまたは投稿を設け」ることを提案します。これまでの選評はいまいち選ばれた人以外は読んでいないなという印象がありました。アピールの場としてこれを設ければ投票の際に読まれるようになるでしょう。その場でさ、「投票者うけしそうな作品を選ばなければならない」なんて思ってないで、力づくでも自分の好きな作品の良い所を他者にもわからせるんだよ。てめぇの好きは他人の好きと並んだら霞んじまうのかよ。てめぇの好きはそんなもんなのかよ、なぁ! って私はハッパをかけましょう。 んでそれを成せるほどの良い選評は表彰されるべきです。大賞選出に一助した選評は他の選評とは分けて「優良選評(仮)」などの位置に置かれたら良いのではないでしょうか。 ~~~~~~~~~~~~~~~~ しかし、「選評投稿数が10作(降格を恐れるなら5作)を超えた時点で、投稿を断念する」という事態が起こってしまうのは避けたい。この点は澤氏の意見の中で私が最も納得する箇所です。ならばセーフティーネットとして「大賞推薦作品(仮)」の親切です。投票対象にはならずとも優良よりは上位な位には落ち着けば「恥をかく」ことも避けられるし、せっかく表明した「自分の好き」が過度に無碍にされることもないんじゃあないかなと。しかしこれも感覚の問題ではありますが。 ~~~~~~~~~~~~~~~~ てかこれは皆さんに聞きたいのですが、自作や自推薦作が降格したら本当に「恥をかいた」と思うんですか? 私は別にそんなことは思わない、自分の力足らずだって思うでしょう。これはちょっと聞きたい。 ~~~~~~~~~~~~~~~~ 私の意見及び対案は以上です。 こういった場を設けたのは澤氏と私だけの閉じられた意見交流でなく、第三者がそこへ参入することを望むからです。あなたはこの件どう思いますか? 是非とも書いてください。 (《ビーレビへの意見とそれへの議論を書くスペース》)

2018-10-05

かるべさん フォーラムは ①詩やそれ以外のトピックの議論 ②イベント告知、刊行告知 ③その他 に使用されるだろうと見ています。今あるフォーラムの前のバージョンでは①②③どちらもありました。今のフォーラムにもその内容がコピペされてはいます。 ①は詩集を売れるものにするにはどうすればいいか、②は私が立てた『けもポエ!』の告知、③は確か桐ケ谷忍さんが立てた自分の好きな歌詞を書いていくスペース、などが例です。 ビーレビに関する議論はここのよう投稿掲示板にあってもいいかもしれませんが、①②③は掲示板で行う内容ではないだろうと思います。そういった投稿の受け皿としてフォーラムはあってしかるべきかなと。 ちなみに、文学極道の投稿掲示板にあるブログ更新告知みたいな、フォーラムが更新(新スレ設立や新コメント)されたときにそれが表示される機能はビーレビの投稿掲示板につけられますか? (《ビーレビへの意見とそれへの議論を書くスペース》)

2018-10-05

でもなぁ、「ビーレビ運営に関する議論」って板に各話題・意見のスレッドを立てる方式にすればログが相当整理されるのは確かなんだよなぁ…… (《ビーレビへの意見とそれへの議論を書くスペース》)

2018-10-05

前後しますが先に蛾兆さんのから。 (てかまだ蛾兆さんのしかまともに読めてない。) 私意以外にも「推薦」に違和感を覚えている方はいたようで安心です。 今後各位がどうなるかはまだわかりませんが、従来の推薦相当の位の名前を変更することは視野に入れてもいいかもしれませんね。そこらへんみなさんはどうですか。ただ一方で私は「優良」という名前に違和感を覚えたことはありませんでした。ってのは私の違和感ってはつまり行為の推薦と名称の推薦が被っていたことに由来するだけで、名称が持つ意味までは頓着しいないのです。 ガイドラインは新設したフォーラムのものへ変わりました。いかがでしょうか? 名称変更ですが、これは慎重にいきたいなと。サイトのシステムを一新してほぼ旧版と同じ箇所が無くなったとかでない限りはやらなくてもいいんじゃないかなと。逆に言えばそれぐらいのリニューアルがあったなら新しくするのも手。ただそれはそうとう激しい道。 もちろんそこまでのリニューアルしても看板は据え置きだっていいわけで。つまりはあまり乗り気ではない。「B-REVIEW」という名称で困るのはtwitterでのハッシュタグが#breviewとハイフンを除いた形にせざるを得ないという点と、アルファベットだから表記される際にブレがでてきてサーチがちと面倒(B-REVIEW/breview/ビーレビ/ビーレビュー/びーれび etc.)ってぐらい。それの是正のために一応検索でも引っかかり始めた名称を捨てるってのは苦しいかなぁ。 (《ビーレビへの意見とそれへの議論を書くスペース》)

2018-10-06

サイト名に「詩」を入れたらどうだという意見だが、私としてはむしろ入れたくない。いつぞやのMiuラジ(ツイキャス)で語ったことだが、動画投稿を視野に入れている理由の一つに「詩」がカバーする領域を拡大することで今までは現代詩と無縁だったジャンルも巻き込もうしているからだ。その時に看板に「詩」があったら他ジャンルの者は遠慮してしまいそう。 こういう理由とかもさ、ツイキャスで話しっぱなしでなく活字化して企画書にでもしなくちゃいけないってはわかっているけど、残存気力的に今の私には行うのが苦しい。嗚呼。 (《ビーレビへの意見とそれへの議論を書くスペース》)

2018-10-06

てかフォーラムできたのだからそちらに移らなくてはか。嗚呼々。 (《ビーレビへの意見とそれへの議論を書くスペース》)

2018-10-06

順位制、降格制の話がひと段落ついてキリよくなったらフォーラムに移りましょう。 新たに話題がある方はこちらでなくフォーラムに書き込みお願いします。 とりあえず取り急ぎ。 (《ビーレビへの意見とそれへの議論を書くスペース》)

2018-10-07

遅ればせながら。個々人へ返信をするには量が多すぎるのでまとめての回答とさせていただきます。 順位制や降格制はポリシーや思想に基づいてのものと言うよりは、キュレーションや投票と言った仕組みを如何に今後も破綻させずに維持するかという管理的立場からの提案でありました。なのでまりもさんの「ビーレビューがどちらの方向に向かうことを望んでおられますか」という問いに答えるようなものは二制度の提案の中には無い(強いて言えば「ビーレビを破綻させずに維持したい」ぐらいで)のでして。 そういった無思想によって出された二制度、皆様がビーレビに思っていること期待していることと言った思想とは相反してしまったのが今回のことなのかなと個人的には思っております。 前述のよう二制度の提案に私の思想は無く、ただ仕組み維持のためのものなので、それの試行によってさらに混乱が生まれるならば無理に推し進める確固たる理由はありません。 二制度の施行は撤回という方向性で行かせていただきますがいかがでしょうか。 特に大賞候補数の問題は遠からずまた浮上(しかも今より切羽詰まった状態にて)すると私個人は思っております。しかし先手打つという行為自体が時期尚早なようですし、再浮上したその時にまた考えましょう。 (《ビーレビへの意見とそれへの議論を書くスペース》)

2018-10-11

フォーラムが実装されましたので以降はこちらに書き込んでください。 https://www.breview.org/forum_blog/forums/topic/space/ (《ビーレビへの意見とそれへの議論を書くスペース》)

2018-10-11

スバルってのが絶妙だね。 九州とか西のほうではスバル車ってぜんぜん売れないが東北だと4割いったりもする。雪降る地域だとやっぱ四駆が必要になるから。 群馬も降る地域は降るらしい。スバル車が活躍する場面もあるのだろう。この家族は群馬でもそういった雪降る地方に住んでいるとも読み取れるし。 ともかくスバルってことで世界観が少し広げられている。 (恥ーのとべる石)

2018-10-02

いっきに2作投稿してしまうのはもったいないなぁ 同作者の詩が二つあったら片方でいいかってならないとも限らない 先月は10~15日あたりが投稿が少なかった。その時期にPV数も少ないってことは無く、ただ投稿が少ない。ならばその時期に1作投じれば目に付きやすくなるんじゃないかなと (餃子/お風呂)

2018-10-02

巨女性癖をくすぐりはするが、擬人法が一発ネタで終わってしまっているなという印象 (一番静かな風の歌)

2018-10-02

客観的な情景説明が羅列される中でいきなり「私が私でなくなる」と一人称視点が出てくるから面食らう 風景写真のモンタージュ※1の中にいきなり話者の顔ドアップで語りが入るような、そんな違和感 それを是とするか非とするかだなと ※1 映画用語で、視点の異なる複数のカットを組み合わせて用いる技法のこと。犯人の顔写真ではない。 (季)

2018-10-02

このタイプの詩人は茨木のり子や石垣りんを読んで参考にしたほうがいいのかもな 是非読んでみてください (「向き合い」)

2018-10-02

叙述トリックみたいな詩かなと思ったがそうでもないのか? 正直よくわからなかった ( アップルパイ屋の独り言)

2018-10-02

水母を「水上機母艦」の略だと思って読み始めたので、最初の連はえらく儚いなぁと感心してしまった。みなで軍艦になって死ぬときには溶けるんだぜ。 ちゃんと海月のことだと気づきて読み直した。 海月は死ぬと沈んで、いつのまにか水に溶けて無くなってしまう、ってはタモリ倶楽部で学んでいた。その行程は小さいものだが、それを詩ならではのスケールの大きさで描いているなと感じた。 (水母)

2018-10-05

「堤防にて」が三角詩だって指摘は確かになぁと思った (貴音さんの選評【9月】)

2018-10-05

装飾が多い口語調の散文詩、っては10年代詩の特徴とも言えるだろう。その中で他と差異をつけるにはつまり「装飾」のところの妙技が必要になる。割とそれができている気がする。「紅藤」って一般名詞なのかもしれないけれど、少し硬い印象を持つこれがあることで詩が引き締まっている。 (帰路)

2018-10-06

台風というのはあくまで表面的な現象であって、子供はその奥に秘められた何かもっと根源的な「恐怖」を嫌がっているようにも見える シューベルトの「魔王」なんかも彷彿とさせる あと個人的に「子ども」でなくちゃんと「子供」としているのもポイント高い。「子ども」っておい熟語の構成ガン無視じゃねぇかって。 (訪れ)

2018-10-14

ビーレビでこの類の詩はウケないだろうなと思っていたが意外にも優良までいただけてありがたい (選評 詩についての詩は、一生に一つ書けば良いじゃないか)

2018-10-14

ちくわとかイカとかというオブジェクトと詩文との不和を狙ったこのネタはそろそろ食傷気味 (本当は怖いおとぎ話)

2018-10-14

一連目が良くないが対称的に二連目はかなり良い 踏まれるとはつまり死ぬことだから生にあるものが踏まれたことないのは道理。しかしそれを疑問に思い、しかもそれを思うのが港にわらわらと居て取って代えるにとても易いフナムシだってのが印象的。 (舟のあしなが)

2018-10-14

ゴスロリ少女が書きそうな詩だなというのが初読の印象。なんての、血とか王国とかってそれ系の語句が字としての意味を保ったまま在るというか。 ただ四連目 「 わたしたちの町に 赤い靴が落ちている リコールセンターで 何千体もの人形が裸にされ 燃やされていく 」 ってのは良かった。というより「リコールセンター」がか。詩語ぽくない語が詩にでてくるのすこ。 (冥府へ)

2018-10-14

タキザワマジコさん 長い動画でしたが視聴していただきありがとうございます。語りたいことをぶちまけるのと、エンタメとして一定時間に収めることはなかなか両立しがたい。 (【選評】渡辺八畳@祝儀敷の9月フル・キュレーション【動画】)

2018-10-14

田無いなる これはいつも言っていることなのですが、是非ほかの方にも動画選評をやっていただきたい真似してもらいたいと思っております。 書き手が意識していたかどうかっては実際そんなに意味は無いんですよね。重要なのは対象となる詩がそう読めるかどうか、そう読める要素を持っているかどうか。 (【選評】渡辺八畳@祝儀敷の9月フル・キュレーション【動画】)

2018-10-14

仮名吹さん 意図通りの選評だったなら安心です、よかったです。 (【選評】渡辺八畳@祝儀敷の9月フル・キュレーション【動画】)

2018-10-14

ふじりゅうさん 「汚点を汚点としてド真ん中のストレートを投げる」ということに関して私は詩人間では相当得意であるほうだと思っています。 (ころして君)

2018-10-17

貴音さん 「今月は落ち着いてるような詩が多」いということなので、それらと異にするものを投げつけてみました。はい。ストックがいっぱいあるとね、こういうのにも対応できるんですよ。 (ころして君)

2018-10-17

じゅうさん 最初一行目はそうですね、音だけを目的とした箇所です。作者としてはYMOの「Multipliese」(https://www.youtube.com/watch?v=o9n9W2dG_08)の「タッタッタタ タッタッタタ タタッター タタッタッタッター」という冒頭と同じイメージで捉えています。さぁこれから本編が始まるぞというジングル。 (ころして君)

2018-10-19

音を文字で表すときに漢字を使うかひらがなを使うかカタカナを使うかEnglishを使うかroma-jiを使うかエトセトラエトセトラと選択肢がたくさんあるのは日本語話者の特徴でしょう。「ひらく」こともそういった言語だからこそ行われるのであり、それの効果によく着眼した選評だと思った (【ワンポイントキュレーション】からだをひらくと口から火花が出た話)

2018-10-15

すいません、現行のキュレーションルールでは大賞1作優良3作推薦4作を目処にとありまして準大賞をキュレーション時点から定めるのは想定してないんですよね。 間違えてならコメントにて訂正版を書いてほしい(のちほどそれをもとに運営が編集します)のですが、確信犯的に行われたのならその理由・ステートメントを提示してもらいたいです。 (<選評フル>  大賞は「薄明」)

2018-10-15

とりあえず「薄明」はそのまま大賞候補として扱わせていただきます (<選評フル>  大賞は「薄明」)

2018-10-15

ギリギリのなかでどれを選ぶかという悩みはキュレーションを書く皆さんが抱きながらも乗り越えてきたものでしょうし、推薦作を多数選出はまだしもキュレーション時点での準大賞を認めてしまうと、悩みの末に大賞に推され、されど入賞はできなかった作品たちが落ち着く地位の意味が無くなってしまうのではと個人的には思います。とりあえず、ここでの決定は避けて運営チャットに持ち帰ります。 (<選評フル>  大賞は「薄明」)

2018-10-16

大賞候補に関しては一作なので、そうですね従来のキュレーションと同じように扱わせていただきます。 (<選評フル>  大賞は「薄明」)

2018-10-16

いま気づきました。「上記の全作品について、各コメント欄に近日中に感想を書かせていただきます。」と書かれていますが、9/15以前に投稿された作品は10/16以降コメントできなくなります。 (<選評フル>  大賞は「薄明」)

2018-10-16

そういったシステム面はかるべさんに任せていて私は何日の何時までと深くはわからないのですが、まだ書けるのならば今日中にお願いします。 まぁただやはりこういったことが起こるので、キュレーション発表時に選評文も公表してもらいたいなと私は思っております。最悪、ブログとかのURL貼っておいてそっちで更新していくとか。 (<選評フル>  大賞は「薄明」)

2018-10-16

選評差し替えました ねんのため旧版のログ ↓ https://archive.li/zvgsf#selection-561.18-603.50 (<選評フル>  大賞は「薄明」)

2018-10-16

私としては「SENTO」はかなり評価が低い作品だったので、それを賞しさらに評したものを読むと自分が持ち得ない視点を感じられていい (推薦作品「SENTO」aryuアリュー)

2018-10-17

各大賞候補作の選評をまとめてみました。投票の参考にしてください。(並びは候補作の投稿順) 「0. my world.」   https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2395 「ストロボ」  https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2396 「唯一の友達」  https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2436 「薄明」  https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2453 「定義」  https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2435 「声」  https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2414 「トビウオ」  https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2427  https://youtu.be/TkCy9WCckQM?t=2539 (動画注意) (【要読】大賞作品投票のお知らせ(2018年9月B-REVIEW杯) )

2018-10-16

大賞候補作へのurlは投票フォームにあります (【要読】大賞作品投票のお知らせ(2018年9月B-REVIEW杯) )

2018-10-16

ああーこれ、☆の右半分の形しているのか (星にはなれないよ)

2018-10-17

大賞候補作だからしっかり読んでみた。 視覚詩(コンクリートポエム)の名手として海外にて有名な新国誠一にたいし寺山修司は「視覚詩は見てそれで終わるので謎解きのような要素がなくつまらない」と否定的な評価を下している。 しかしそれに対しての反論もある。『新国誠一 works 1952-1977』には図として詩を捉えながらも一眼見ただけでは読み取れない、深く読解しないと辿り着けない内容が視覚詩にもあると実例を交えて記されている。 ☆が右半分だけであるこの詩に対してもただのデザインとしてそのフォルムを見るのか、フォルムがそうであることの理由を探ろうとするのか、どのスタンスをとるかによって評価が変わるだろう。 大賞は「星にはなれないよ」か私の「遺影」かそれとも別のものなのか、勝負じゃーーー!!! (星にはなれないよ)

2018-11-06

論文、本じゃなくてネットに転がってたpdfだったわ https://nagoya.repo.nii.ac.jp/index.php?action=repository_action_common_downloaditem_id=19146item_no=1attribute_id=17file_no=1page_id=28block_id=27 (星にはなれないよ)

2018-11-06

fiorinaさん、杯不参加のときは題名に※を入れ、コメントなどに「※B-REVIEW杯不参加」と書いてもらえると助かります。 ってのはアーカイブ編集の際に題名に印がないと見落とす可能性が高いのでして。 今後投降時点で不参加を選べる機能は実装したいと思っておりますが、例のごとくプログラマー不足でして。 ※の件は次回以降ご協力お願いします。 (まなざし)

2018-10-17

今回は気づけたのでこのままで大丈夫です (まなざし)

2018-10-17

なかなかコメントしづらい詩だな。 これひらがなじゃないほうがいいんじゃないかな。 (仮死)

2018-10-19

意図的な作風なんだろうけど、一文一文が長くてまず読みにくいなぁという感想。あまり人のこと言えた立場じゃないが。 (♡♥♡)

2018-10-19

いちいち行間にスペースいれてるタイプの詩かなと心配していたら最後の三行でそうではなかったとわかり安心した。 行間スペースは飛び道具であり要所で使うから効果があるのであって、すべてにわたって使用したら読む方にしたら無駄に掲示板上のスペースとってるだけの邪魔な詩になってしまう。 この飛び道具ってはエクスクラメーションマークも同じであって、その点いくとこの詩はやりすぎている。!での強調が薄まってる。すべてフォルテッシモで演奏しているようなもんで、そりゃもうただのうるさい曲じゃあないか。 怒りの感情を表すにしても緩急つけたほうが最終的な感じられ方は強くなるだろう。 (片輪の春)

2018-10-19

題名見た時点でああってわかっちゃったよね、そりゃあねぇ。 個人的に二次創作詩は推進しているのでどんどんやってほしい。 (隙間妖怪の一念)

2018-10-21

大賞候補なので読んでみた。 1連目、「個別であると確信する根拠もないわけであり、むしろこの人たちは同一の1人のミチコの3つの活動であるとも考えられるし、同一の1人に関する3つの情報なのではあるまいか、とも考えることが可能である。」という論は非常に面白い発想だ。思考実験にも発展させられそうだし、SF小説のネタにもできそう。発想の勝利である。 ただ私には1連目のその発想内容だけにしか関心がいかず、以降の連、とくに最期の詩とその発想とがうまく繋がらなかった。詩中主体にとって「りな」は「実在より実在するときもあり、場合によっては実在を伴う必要がないほど実在する」存在なのだろうが、私にとっては結局人物の情報以上の意味を持ち得なかった。実はそれこそも狙いだったとしたら上手いもんだが。 さぁどの作品が大賞に選出されるか、勝負じゃーー!! (雑談と「ままならぬ恋の詩」)

2018-11-06

stereotype2085さん どうもです。 前々より「詩人突然変異種」「詩壇の異邦人」と自称しているのですが、理由のひとつが「ネット時代の落とし子」ってところですね。詩人ってテクノロジーとかに弱いのばっかじゃないですか。いや私だって全然全然ですけど、パイソンつったら言語でなく哲学者サッカーのほうですけど、でも上位1割には入ってそうな感覚。それか入っているように行動するのが私ぐらいだけか。 情報生命体という概念がありますが、正直なところ結構それに憧れています。「記憶の中にあり続ける限りその人は生き続ける」って類の言葉がありますけど、それを何万人規模でやれるわけじゃないですか。意図的に自撮りを流布させたいって欲求。 (遺影)

2018-10-23

柿原凜さん 野獣先輩のことは詩のモチーフにこそしていませんが当然頭には浮かんでいました。当たり前だよなぁ? ちなみに野獣先輩BBとかを私も作っています。 ↓ https://www.nicovideo.jp/user/21298719/video (遺影)

2018-10-23

貴音さん ありがとナス! (遺影)

2018-10-23

社町 迅さん 詩中の単語を扱えるような文脈(生活体系とか、自身がカバーする領域とかって意味で)にいる詩人はいると思うんですよ。ただその文脈を詩に活用しようとしないだけで。 この詩の意図の一つはいわゆる「詩語」に含まれないであろう単語を如何に多く使えるかでした。現代詩は自由っていう割にはそこで使われる語は一定範囲を逸脱しないのばかりだなって印象がありました。 (遺影)

2018-10-23

帆場蔵人さん あざあっす。実は昔某出会い系で知り合ったバツイチなりたての40代と夜中3時に駅で会うことになりましてね。11月下旬か12月だったと思います。駅の出入り口なのに相手は待ち合わせ場所に辿り着けないと言い出し、なんとかして来させようと説明を続けていたら無料ポイント分はすぐなくなりました。近くのコンビニで3000円チャージして会話を続けましたが、結局彼女は訪れませんでした。翌日風邪ひきました。 そういった経験が件の行には反映されています。 (遺影)

2018-10-23

るるりらさん なんかるるりらさん個人の政治思想とかが絡んでそうな感想ですね。 別に詩中主体=作者ではありません。 (遺影)

2018-10-23

かるべまさひろさん 社町さんへのレスでも書いた通り「いわゆる『詩語』に含まれないであろう単語を如何に多く使えるか」がこの詩の目的の一つでもあります。なので人物像が浮かんでくるようなサイト選択よりは、どれだけ多くのサイト名を詩の中に組み込めるかを考えていました。 「いわゆる浅いネット批判」と書かれていますが、私としてはこの詩のようなことが理論上可能なネット空間にけっこう肯定的であります。俺も情報生命体になって永遠の命が欲しい。単なる著名人として残ることとこの詩の違いは、後者は生前には無かった様々な意味が後々からつけられるというところですね。死してもなお成長する。 (遺影)

2018-10-23

ログみつかったから追記 この詩を書くすこし前、去年の5月下旬ですね、そのときに詩人の榎本櫻湖氏に自作を読んでもらう機会がありまして。「夕陽に顔面」とか5篇を提示したのですが、「ラノベっぽい」「歌詞っぽい」「詩は技術も重要なので、『おもい』だけじゃ、だめ」「日本語が流暢ではない」など、ああ本格派詩人様()ですねって反応をされたのですが、その時に「あとはそもそもネタですね、詩の題材にはおおよそならないものを用いている。女子高生がどうした、とかいうのはあれは完全に少年漫画です。」と言われまして。 はぁぁぁぁぁ!!???????????? なんでてめぇに題材を規定されなきゃいけねぇぇんじゃあ??????? おめぇの書くのはいっつもいっつも「難解な現代詩」なパブリックイメージまんまな選語と書きぶりだからって自分の外にある詩情シチュを否定してんじゃねぇぇぇっぇっぇよヴァアアアカ!!!! あらゆるものから詩情を捉えそれを詩として定着させられるほうが正義だろ糞糞糞が!!!!!!!!!!! ほんとこの件にはムカつきましてね、以降「詩っぽくない」ものを詩にすることが加速しました。 (遺影)

2018-10-23

ふじりゅうさん 多くの詩人(特に詩誌系)が戦後詩で止まっているような印象を抱いています。結局あれは戦後という反戦思想がなんにでも適応できて時代だからこそのものであって、70年が経った今日において「戦争を翼賛させてしまったことの反省」をもとに行われた言語派活動を継続させる理由はない。いつまで反省をやってんだ、次に繋げなきゃ反省も意味無いだろう。 SNS時代になって人々の顕示欲ってよりいっそう刺激されるようになったと思うんですね。たとえば私はお笑いもやっててコント演じたりするんですけど、20人30人ぐらいの会場への入りでも嬉しい。しかしそれがTwitterで30ふぁぼだったとすると、いやもっと100とかほしいって思ってしまうでしょうね。それは物理的条件が解消され容易く人々の目に映れるようになったから。壁がとっぱられたなら際限なく突き進みたい。詩中主体もそういった考えの持ち主でしょう。 (遺影)

2018-11-01

藤一紀さん 上にも書きましたが、詩語ってのがファッキンなんですよ。なんでも詩情にまみれさせるのが詩人だろ、なに手垢まみれたのを今更使って詩人名乗ってんだと。 この詩を書くときは大喜利でしたね。あらゆるネットのサービスをいかにこの詩に取り込めるかのアイデア勝負。 (遺影)

2018-11-01

ヤエさん 今回そうですねリフレインは意図して多めにしていました。詩中主体がゆっくり語りかけてきているようにしたかったので。 (遺影)

2018-11-02

オオサカダニケさん ルミナスラインはこの詩にはありませんね。非常に重要な要素ではありますが、必須ではないと思っているので。光る一文が無くとも詩の構成が面白かったらそれでも合格だろうと。むしろ私はルミナスライン勝負よりは構成で攻めている詩のほうが多いかなと。機会あれば過去作読んでみてください。「オホーツクの岬」とか「裏路地」とかあたり。 正直に言うと2行目以降の意味がわかりませんでした。ただ一つ言えるのは、私は試作においては一つの方法論に固執することなく様々なテーマや構成などを試しているということです。 (遺影)

2018-11-02

さきにオオサカダニケさん おかあさん革命は遠く去りました 黒田喜夫「毒虫飼育」 夢破れて山河あり。私さっさと山河になりたい。生きて必死で幸福探す人を下品って言い捨てて、一番下品な山河になりたい。 最果タヒ「やぶれかぶれ」 私にとってこの二つは志向 とはいえ、詩文から一部を取り出すことにさほど意味があるとは思わない。ルミナスラインも、その前後の構成があってはじめて成立するものだ。 (遺影)

2018-11-08

みうらさん 「アイデア以外には何ら驚きがない」ってのは見越し入道が見越されたのに等しい。ハッタリなんだよね確かに。それはもう述べていることではあるが。 (遺影)

2018-11-08

みたびオオサカダニケさん いかなる状況下においても光る一文を作れたらそりゃ一番でしょうがね、でも現実問題そんな国宝級のものなんてそうそうそうそう作れるものではない。ならばその一文が光る状況下にいられるよう詩の構成を考えたほうがいいんじゃないかという立場です。やみくもにルミナスラインを作ろうとするよりかはその一文がルミナスラインとなれるよう操作する力のほうが重要だし有用だ。 金言集にまとめられた言葉はそれが初めて発せられた時以上の輝きを持つことはできない。ドラえもんの有名な話で目はなぜ前についているかというものがあります。 https://doramatome.net/archives/1822 いくらルミナスラインだとしてもなんのお膳立てもせずに発するのでは相手に感動を与えられずのび太になってしまいます。 オオサカダニケさんはここに嵌ってしまいそうだなと危惧しています。ルミナスラインだけが詩じゃないんですよ。サビを盛り上げるには適切なAメロBメロが必要。ちょうど映画がやっているフレディマーキュリーの名曲「ボヘミアンラプソディー」を聞いてみてください。あの曲のロック部分だけを取り出したところで曲を最初から聞いた時以上の興奮を得られることはできないでしょう。静かなバラードや重厚なオペラを通過して初めて盛り上がれるのです。 (遺影)

2018-11-11

花緒さん 私自身がシナリオなどを作った時にこの詩を流用することはありえます。(作品ロンダリングと呼んでいます)とはいえこういうアイデアは小説とかではすでに出ているような気がする。しかし詩では初めてなはずだ。 距離が富を生みます。イエズス会の宣教師は大名などにさまざまな舶来品を売りましたが、品物自体は母国では決して高価なものではなかったようです。それでも東洋のこの国なら高く売れる。詩で未だ行われていないことを他のものから引っ張ってくるだけでも価値は生まれると思っています。 (遺影)

2018-11-11

大賞候補なので読んでみた。 これは同じく大賞候補である私の「遺影」とは正反対の詩だ。というのは「詩語」(既存の詩作品の中で使われ続けたことによって詩文のなかで使用されるとき自動的に詩情が付与される語)を大量に使用しているからだ。「花」だし「朔月」(朔太郎を連想しない詩人はいないだろう)だし「星々」だし、「十二の弦」って表現もまさに詩文って感じ。そもそもコーヒーってのが詩人好みそうだよね。それらがもうほんと優等生みたく的確丁寧に配置されている。カッチカチに詩だ。詩の生産ロットから出てきた、まさにこれこそ正統派元祖家元の「詩」って感じ。 これ、肯定的に言えば既存の需要に合致しているということだ。はずれが無いんだよ、誰にでも勧められる。昔ながらの醤油ラーメン。なんだかんだいってベーシックは強い。 さて、「コーヒーを飲もうか。」が大賞になるか「遺影」がなるかそれとも別のものが勝ち獲るか、勝負じゃーーー!!! (コーヒーを飲もうか。)

2018-11-06

SF・天体的要素と詩文の短さから、ネット詩の偉人であるダーザイン氏の「〜(´ー`)〜」(https://po-m.com/forum/showdoc.php?did=11313)を連想させた。「〜(´ー`)〜」は氏の作品の中でも最も私が好きなものです。 「体系」って語が気になるけどね、もっとしっくりくるのがありそうな気はするけど、でもいいねこれ。画になるし画が美しい。 (成長としての墜落)

2018-10-23

最後まで読むとおおってなる。1、2連目のたるい童謡的展開をどう乗り越えさせるかだ。最初がね、ああそういう感じね、良識派おばさん()が書きそうなやつね、って思わせてしまうから。 (一線)

2018-10-25

これは詩というよりメッセージだなぁ。 詩の定義ってのは明確には無い以上どんなものも詩と呼べてしまうが、しかしだ。 私がたびたび提示している自分の詩の定義は「言葉が本来持つ情報(=語義)をx、詩文が持つ情緒諸々すべてを含めた情報をyとして、その量がx<yである」で、xとyの差が大きければ大きいほど良い詩だ。 この詩はx≒yになっている。=でもいいぐらいだ。 伝えたいこと(メッセージ、イメージなどなんでも)があるが従来の言葉の運用ではどうしても間に合わない時、バグ技のように言葉を行使して通常ありえないyの値を出した時に文章は詩になると思う。 c0zy4muzikさん(すごいHNですね)が持つ「伝えたいこと」はxの値じゃ全然表し足りないでしょ? そうだと信じたい。だからバグ技が必要で、それを知る場所がここB-REVIEWです。 まずはほかの人にコメントしてみてください。他者の作品を読んでその感想批評を言語化するというのは相当な訓練になります。そこで得た成果は必ず自作品に返ってきます。 (エール)

2018-10-27

ユーザー名変更ですが ①Twitter連携をする ②運営者に頼んで変えてもらう の2種類の手段があります。 ①をおすすめします。ってのは②はまだやったことないので成功するかもわからないのと、Twitter連携すれば自作にコメントが来た時に通知が来るなどの機能を使用することができます。アイコン画像もTwitterでのものにできます。(バグまみれですが) (エール)

2018-10-27

訂正願い受理しました (ill-defined)

2018-10-29

大賞候補のライバルなので読んでみた 改行の仕方が独特だなという印象。文の途中で切れているというか。それが如実なのは「待つつもりだ」と「見つめて」という動詞が行頭にきている箇所だろう。漫然と書いていたら普通に行末へ配置してしまう。散文とは違った感覚で改行されていることにより黙読のリズムも変化を強いられる。プログレのようだ詩の音楽性というのはこういう所作に宿るのだろう。 しかしその改行も4連目では一般的な感覚のもの(主語と述語が離れていない)になっていて、これが効果的。複雑なことが繰り返された後にストレートな表現がくると人はハッとさせられる。森林を掻い潜った先に見つけた泉のようだ。すーっと文章が入ってきて神聖な心持ちになる。 さぁ、大賞となるのは私の「遺書」か「ill-defined」か、はたまた別のものか。勝負じゃー! (ill-defined)

2018-11-06

123123さん、はじめまして。 当作「123123」は同一の作品が3作も投稿されているため、後2作は誤投稿と判断して削除させていただきます。ご了承ください。 (123123123)

2018-10-29

「貢己」はだれかの名前、「君」の名前だろうか? ググっても出てこない。 (恋の魔法)

2018-10-29

「blue Reflection」青反射、この語はきれいだなと思う。 その割には詩全体としては白や透明のイメージばかりで溢れてて、青を連想させるものは無い。語として「蒼」が出てきてもそれがイメージを膨らませるには至れていない。やはりそれは勿体ないなと。もっと色のイメージを盛り込んでほしい。 そんなわけで、投稿ありがとうございます。詩も詞も書くことと同じぐらいに他者のを読んで、そして批評をしていくことでライティング力がついていきます。このサイトはそれが可能な場です。どんどん書いて読んで批評してってください、ビーレビを活用してください。 (blue Reflection)

2018-10-29

すごく平凡な内容に陥る危険性がある主題だが、「皮膚」と「錆びた」というこの牧歌的な世界観にしては浮く語句があることでそれを免れている印象 (不法投棄)

2018-11-02

はじめまして、運営の渡辺八畳です。 HIROKIさんは「濁」で今月の投稿3作目です。 B-REVIEWでは現在詩の投稿は月2作までとなっています。詳しくはガイドラインを参照してください。 そのため「濁」は削除させていただきました。ご了承ください。 なお「濁」を11月分として再投稿することは可能です。 (「寂花の雫」)

2018-11-01

先月投稿した「成長としての堕落」と同じ言い回しのところが多数見られる 作者によるremix的なものだろうか (13月の眠り姫)

2018-11-01

少なくともリミックスだったら禁止はされてませんね。 ただあんまり似通ったものを何回も投稿したら荒らしと判断されることもあるでしょう。前衛的なことをやるにしても常識的な範囲でってことです。 (13月の眠り姫)

2018-11-02

批評はプロレスじゃなきゃね。派手な技やるにしても相手がちゃんと怪我せずに受けられるようにしなきゃ。 完備氏や貴音氏はうまくプロレスやれるほうだろうからまだあんま心配無いけど、今のオオサカダニケさんの技のかけ方は相手を間違えると怪我させかねない怖さがある。傷をつけ合うbattleでなくて、たくさんの人を楽しませられるshowでいきましょうや。そこんところよろしく。 (13月の眠り姫)

2018-11-03

元気なのはいいこと。詩人は去勢されたみたいなのばっかだからさ。 でもヒールやるにしても常に正気を保ってもらわないと。 個々人の思想ってあるよそりゃ。俺でいったら反戦反原発詩絶対殺すマンだから。でも己の思想と相反する人っては絶対現れるし、そういうのに対し完全ノックアウトさせようとするのでなく、どう魅せられる技をかけられるかのほうがキモだよ。敵をも魅了する技=批評を身につけなきゃ。 決定的な処分はしたくないってのは運営に共通している思いだから。怪我させない技のかけ方を習得してほしい、マジで。頼みます。 (13月の眠り姫)

2018-11-03

ビーレビが画像投稿とかができて、タイポグラフィに凝った作品を出せる場だったらこの題にこの本文でも魅せることもできただろう。 完全に意味伝達としての役割しか持たない掲示板上での文字を使ってこれをやってもなぁ、衝撃はほとんどない。結局この詩に内容としての面白さは無くて、この場にこういったもの出しちゃうんだっていう大喜利。初見でおぉ〜ってなれなかったらもうアウト。ただただ文字を打ち込むのでなく、貪欲に衝撃を獲得していく工夫がほしかった。 たとえば「走」を  ╋     ━╋━  ┣ /┻━ みたいな感じでAAでやったりしてたらまだ違ったかもしれない。 (よしっ)

2018-11-02

いままでのユーモアのある作風から見れば今回のは劣るなぁ。読後感が弱い。 (「聞く」)

2018-11-02

確実にこのサイトで最多の優良獲得者です、ありがとうございます。 (10月分 藤井のフル選評 「ネットの海の端くれで」)

2018-11-02

4行目が惜しいなぁ。予想の範疇に収まってしまった。 それまでがかなり良かったので残念。 (目的地)

2018-11-02

割とマジで芸人目指そうかなと思わなくは無い状態の私にはキリギリスにざわつく。 とはいえキリギリスもMステ出れたからよかったもんでそうでなきゃアリより悲惨だったりもする。 (アリとキリギリス)

2018-11-02

やったぜ。 (貴音さんの選評【10月】)

2018-11-02

ビーレビで短歌も展開されてほしいって実は思ってるんですよ。現代詩投稿サイトだからあんま大きくそれは言えないが、「詩」の定義が曖昧な以上短歌も詩でいいでしょって論法で。短歌界隈は現代詩界隈より人口多いからさ、こっちきてくんねぇかなって。 鬱海さんは詩も投稿されているから完全な歌人ってわけじゃないんだろうけど、でもこの投稿が短歌をもビーレビが受け入れる一筋になったらなって思わずにいられない。 短歌本体だが、キリスト教的意匠があんまりしっくりこなかった。 (ばいぶる (短歌))

2018-11-03

実は大賞レースに出場するのはこれが初めてである。(2017年2月に大賞とったときはまだ固定のキュレーターが選んでいた) ついにこの舞台へ立つのかと武者震いする。 「遺影」は相当好みが分かれる詩であろう。例えるならば匂いが強烈な豚骨ラーメン。しかしだからこそ強烈に刺さる人も出てくるわけで、それがstereo氏であったのだ。 オーケンの話をしたことははっきり思い出せるが、私が悔しいと言ったってのは全然思い出すことができない。もうそんな月日が経ってしまったのか。その3年は成長の時間であったかどうかを確かめるためにも大賞レースの結果がどうなるか気になるところである。 (【選評】201810XXの乱。ステレオが行く!「見せてみよ。己が勝負魂」)

2018-11-06

ついに私以外に動画選評を投稿してくれる人が現れたかと嬉しく思う。その一方でこの動画では見るのは苦痛だなと正直感じた。 まず、既に言及されているが文字が遅い。字幕は発話の速度と同じ長さがよいと以前どこかで聞いた。タイピング風の演出自体はいいが、表示速度をもタイプと同じにしてしまうとこの長文では飽きがくる。短文または短時間の表示ならタイプ演出でもいいだろうが。 あとやっぱ無音はキツイ。軽くBGMでも入っていたらよかった。文章もも合成ソフトに読ませていたらよかった。 要は、無音長文低速では動画の特性を活かせていない。次回に期待したい。 (フルHD 音のない朗読、音のない選評)

2018-11-05

題名がとてもいいな、って点でまりもさんと、読むのが苦しいな、って点でstereoさんと同じ感想 (塩の都)

2018-11-11

マス目とMassをかけているのだろうか 今日の詩中主体は大衆からはぐれてしまっていて、大勢の中のアノニマスであったころを懐かしんでいる (不在着信)

2018-11-08

すいません、次回からでいいので選評には題名に「選評」と入れてもらえますか。「選」だけだと見落とす可能性があり、(Ctrl+fの検索で「選評」と入れてしまったら引っかからない)アーカイブ編集のときにトラブルが起きかねないので。詳しくはガイドラインをご参照ください。よろしくお願いします。 (十月のるるりら選)

2018-11-06

こういう形式ってネット詩やってたら既にどっかで見たことあるなってなってしまう。 だから既視感との差異を探ろうとするのだが、それを成すために読もうとしてもこういう形式だから円滑にいかない。 そんな正直な感想。 (あらかじめ喪われた、《角》へ。)

2018-11-06

1連目は私がよくやっていた映像性重視の表現ぽいな、なんて不遜なことを思ったり。 その映像性のまま最後までいってもらったほうが私としては好みだった。「幼い頃に見た景色がこちらを見ている//ここから見える景色も悪くないね」と格言めいた結を入れてしまったことによってこの詩にメッセージ性が付与され、んでそのメッセージ内容は特に興味を持たせるものではないので、端的に言えばマイナス要素になっている。 (ここから見える景色も悪くないね)

2018-11-08

読みづれぇって感想が真っ先&全面に出てくる 可読性が低い。それは意図的なものだろうが、しかし演出だとしても苦痛を伴う読書は脱落者を生む。 (秋へと落ちていく音階のフアンタジア)

2018-11-08

この詩の意図がよくわからない。 なんちゅか、核心に至らない言葉しかないし、語句と語句との相乗効果も発生していない。 (プライヴェートな【 接 触 】)

2018-11-08

2017年12月に自作1つだけ投稿してあとはまったくだった人に、過去と現在を十分に比較できるとは思えないなぁ。現代詩手帖のノリなるものを志向しているのなら手帖投稿欄にでも送りなさんな。ちょっと否定的なコメントを入れられたからって場までも憎んでいるように見える。ビーレビは袈裟じゃないですよ。貴殿がもし「本当に力のある詩人」「有能な書き手」ならば良作を投稿し続けて評価を集め、さらに他者への批評をもって自らが良しとする方向性を広めることさえもできるだろう。それをせずにぶーたら文句言って屁ひっかけて逃げる貴殿からは少なくとも「情熱」は感じられない。情けねぇなぁ、自称だけの実力者は。そんなもん古びたラジカセでもなれるよ。天才とは存在でなく行動によって成るものだぞ。 ひとつアドバイスをすれば、貴殿のコメントにはやたらに「」が多い。その言葉に特殊な意味が含有されていることを示したいために使用しているのだろう。欧米でいうところのエアクォーツだ。しかし正直言って効果を成せていない。というのは「」でくくった語に全く表記上の意味以上のものがないからだ。明らかに失敗しているのは「一昨日」「自浄作用」「駄目」、一昨日に11/6以上の意味があるとは全く思えないし、自浄作用も駄目もこの駄文の中では表記上の意味以上のものがあるとは思えない。「希望」「発見」は貴殿がその語に対し独自の意味を付け加えた上で使用しているんだろうなとはわかる。しかしそれはもったいぶって「」なんて強調してしまわないといけないものだろうか。「」の多用は文を曖昧にさせる。ここでの「希望」「発見」というものが何を示しているのかちゃんと言語化すべきだろう。貴殿の定義する「希望」と一般的な希望とにはずれがあり貴殿以外は貴殿独自の用法を知らないのだから。 要は「」を多用すると馬鹿に見えるからやめとけって話。 コメントを見る限り貴殿もそこそこにネット詩歴があるようだ。少なくとも私よりある。評価も得られず長々とネットの海を漂流し続けても詮無い。ここでない別の場、己が「正当に評価される」場へ貴殿が辿り着けることを願おう。 (プライヴェートな【 接 触 】)

2018-11-09

今月「遺影」は様々な人が選出してくれていてとてもありがたく思っています (【選評】10月 フル・キュレーション(田無))

2018-11-10

あれですね、題名に「」いらないんじゃない? 何かの文中に題名があるわけじゃないのだから (「ヒトリヨガリ」)

2018-11-10

エンタの神様に出演しました https://www.youtube.com/watch?v=7lX4m0zABwAfeature=youtu.be (ポエムでチクショー)

2018-11-10

ポエチクのクロニクルを記していきましょう。 コウメ太夫に注目し始めたのは彼がTwitter(https://twitter.com/dayukoume)で活動しているのを知ってからです。 見てもらえばわかりますが、「#まいにちチクショー」として毎日ネタをツイートしています。継続は力なり、でありまして、しょうもないネタを毎日毎日やっているものだからだんだん話題になってくる。stereotypeさんが書いているよう、いつしかまいチクのリプ内にコミュニティが発生するにまで至った。ネタを哲学的に分析するコウ・メダユー氏やネタをいらすとやで再現する人などなど。 私もそれにのっかって、「#みんなでチクショー」(※1)といってまいチク同人をやったり、「#まいチクポエム」といって(※2)まいチクのネタを元に詩を書いたりってのをやりました。そういった活動もといおふざけをやっている中で「有名な詩歌をまいチクに魔改造してみようか」と考え到りました。最初はまったくのネタ行為だったのですが、いくつか作ってみると思った以上にしっくりくる。高村光太郎「道程」のネタなんてコウメ太夫が実際にやってそうな不条理だし、谷川俊太郎「かっぱ」はこのネタ(※3)を連想させる言葉遊び。 このしっくり感が私にとってはかなり衝撃でして(なにせ最初はおふざけでしたから)、これは詩語や詩文というものがなんなのかという問いにも繋がるのではと思い投稿を決心した。有名な詩がほとんど形を変えずともギャグになっちゃうんだよ。どうしてそれが成立してしまうのだろうか。いまの結論としては、詩語や詩文が詩として成立するにはそれが詩であるとする文脈、文構造が必要なのではないだろうかと。詩情は語に非ず、構成に宿る。であるからこそ、語を詩の文脈から外しチクショー構文に組み入れるとたちまちギャグへ変貌してします。 「遺影」(※4)などでオオサカダニケさんと話しているルミナスライン論にもこれは繋がるだろう。光る一文はそれが詩の中、特にその位置にある文は詩文の構造により「ルミナスラインである」とされる位置にあってこそルミナスラインと成り得るのである。文脈や構造無くして完全なるルミナスラインとは成り立たない。 ※1 https://twitter.com/search?q=%23%E3%81%BF%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%A7%E3%83%81%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BCsrc=typd ※2 https://twitter.com/search?q=%EF%BC%83%E3%81%BE%E3%81%84%E3%83%81%E3%82%AF%E3%83%9D%E3%82%A8%E3%83%A0src=typd ※3 https://twitter.com/dayukoume/status/836142769634590720 ※4 https://www.breview.org/keijiban/?id=2482 (ポエムでチクショー)

2018-11-12

返コメしてなかった。 6でなしさん このチクショー構文は意外と詩に合うなっては作って思いました。 仲程さん 割といい感じに作れたなと動画に関しては思っています。一部分だけのモザイクってのを今回初めて試してみたが成功したし。 じゅうさん 「現代」詩ですからね、枯れたものを後生大事にするよりかはナウなものを扱っていきたい。ネット詩だとそれでかなり好評得ますが、でも紙媒体だとね、そうもいかなかったりはします。 岩垣弥生さん 基本的コウメ日記はシュルレアリスムですからね、やっぱ氏との親和性はあります。 (ポエムでチクショー)

1 時間前

HNはイイね (無傷神話にしていいよ)

2018-11-14

なかなか難しいぞこれは。 いわゆるポエムな雰囲気を纏いながら、夢というものの考察を踏まえての詩構成があり、覚めた後の行動も示唆的。 (夢だったんだね)

2018-11-15

alice1017さんこんばんは。運営の渡辺八畳@祝儀敷です。 アリスさんが投稿された「Tree」は11月の投稿三作目です。B-REVIEWでは月の詩作品投稿は二作までとなっております(詳しくはガイドラインをご参照ください)。そのため該当作品は削除対応させていただきました。ご了承ください。 なお12月以降に「Tree」を再投稿することは可能です。 念のため魚拓。 http://archive.is/QfzDC 見たところアリスさんは他者の作品へのコメント書きはおろか自作品に寄せられたコメントへの返信もしていないようですね。B-REVIEWでは合評をサイト理念の軸に持っています。是非ともアリスさんにも参加していただきたいと思っております。11月はもう作品投稿はできないわけですから、これを機にトライしてみることをオススメします。 コメントを書くことの利点はこちらを読んでもらうとわかりやすいかと思います。 https://www.breview.org/keijiban/?id=2346 (どうしようもなく死にたくなるんだ)

2018-11-16

やっぱこの作者は約物の使い方が上手いなと思う一方で、通常のテキスト部分はこの詩に関しては弱い。なんての、予想を超えてこなかった。 (無題)

2018-11-18

エイクピアさんありがとうございます 「遺影」は多くの人からご支持をいただいておりますが、作者としてはネットに近しい人たちに合致することができたマーケティングの勝利だと思っています。 (推薦作)

2018-11-18

見えています。投票した人は運営でなくても個別の見れませんでしたっけ? 覚えていない。 (【要読】大賞作品投票のお知らせ(2018年10月B-REVIEW杯) )

2018-11-19

見えなかったのですね。ならばそれが仕様だと思います。 詩人にゃ学校も〜 (【要読】大賞作品投票のお知らせ(2018年10月B-REVIEW杯) )

2018-11-20

どうもです。 次回からは題名に「※」や「杯不参加」など目印を入れてもらえると助かります。 というのはアーカイブ編集の際に題名からすぐ不参加作品とわかるようにする為です。基本本文は開かずに編集をするので、今回のようコメントにしか不参加の目印がないと抜けてしまう可能性が高いからです。よろしくお願いします。 (余呉)

2018-11-18

「この掲示板は上半身以上のことに限定されているの。」 つまりフェラチオやイマラチオもといイラマチオ推奨ってことですね (ビーレビの昼ドラ)

2018-11-18

フェラチオイラマチオ推奨と書いたが、思えばフェラチオでも挿入でも男性にとってすれば下半身に変わりなかった。なぜこんな間違いをしたか。性行為にはさまざまな性技があるが、結局ペニスを女性のどこでどうするかの違いであってそもそも男性にとって上半身下半身の違いはないのだ。オール下半身、オール巨チン。もちろんペッティングという行為はあるが、射精を促す行為かどうかという点で違いが出てくる。 そういった、無意識のうちに男性からの視点でコメントを書いていた。皮肉にもこの詩がそれを気づかせてくれた。 (ビーレビの昼ドラ)

2018-11-18

でもあれだ、文章のチンピク度がまだまだ足んねーぞ! 爛れた淫猥エッッッッッ!!!!!を期待していたのに (ビーレビの昼ドラ)

2018-11-18

メンヘラのコスプレ詩と解釈 (障害者)

2018-11-19

ちょうどいいシュルレアリスム (ムーンチャイルド)

2018-11-20

すっごいシンプルすぎるんだけど、でも飾りが一切ない言葉のほうが沁みることもあるってのは確かなんだよなぁ (お星様)

2018-11-21

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