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裏路地   

作成日時 2017-08-14
コメント日時 2017-09-02

平屋立ち並ぶ町のひと角 なめ薄いトタン材の屋根と屋根 それを囲むコンクリートブロックな塀と塀の間 大道路の脇で自然に伸びたかのような 何があるでもない 陽も陰もない 一本の短い道路 その上から下からひしめくひしめく体の群れ 頭の高さから腰下が生え下りていて 脛の高さから腰上が生え上っている これの胴体に首はない 水面から浮きでるように 音もなく 水面から沈みゆくように ただ存在する アスファルトと空中にはそれぞれの胴体を同心円とした 幾重もの波紋が止まらず広がり続け 地も空中も揺れぼやけている いったい何の特徴もない 十歩ほどで渡りきれる短い道路の中に 無動作無気力に群生して垂れる体の群れ 爽やかな風が時たま通り過ぎて 腕や脚を揺らしはする その光景は雑貨屋のすだれみたいだ しかし体が自ら動くことはない 大空は青々と晴れ渡っているのに 胴体は直立 生気はなく 海月の脚 血流さえ流れていないのかもしれない 肉塊の存在がその空間だけを圧迫している 黒照りのアスファルトは強温(つよぬる)くて その粒は固く敷き詰められている ただただ平凡な小さな道に プログラムバグのよう上から下から 触手の如く 何本も何本も何十本も 密林みたく 生え伸びた意味なしの者ども あいだ数メートルだけのほころび 伸び垂れる虚無 平らに張られた無垢の石 足底と首の断面とのわずかな隙間 そこをかいくぐって渡ってしまおうか 正常なる道路と道路の間に発生した 条理陥没の一部分 真から真 正常から正常へと 無理にでもまたぎ渡ってしまおうか 数メートルの異常に挑んでしまおうか もし、 その中で、 ほんの少しでも、 生え伸びた意図なしの体の群々の、 その一つにでも、 触ってしまったら、 後戻りできない痙攣が突如発生! 高く晴れた大空と 叩き詰められたアスファルト地面の その間で上り下り伸び垂れた腰下腰上意思なしの肉々が 細かく激しく一斉に痙攣して痙攣して痙攣して 振動はバイブレーションの如く轟き唸り 澄みきった青空にもけたたましく突き響く 波紋は衝撃波として周囲一帯を侵略し 近隣住宅を呑み込んで密に広がっていく 痙攣痙攣痙攣痙攣痙攣 痙攣痙攣痙攣痙攣痙攣  ただただ震え続ける   生え伸びた無意味


項目全期間(2019/09/16現在)投稿後10日間
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閲覧指数:94.8
2019/09/16 05時36分15秒現在
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コメント数(10)
まりも (2017-08-17):

映像喚起力の、ずば抜けて強い作者だと思ってはいましたが、この映像の迫力はまた、すごいですね・・・ 冒頭三行の、細かく刻んでいくような、舌をせわしく叩くように使わないと生み出されない音の流れの生み出す切迫感と臨場感。リアルに立ち上がる裏路地の風情。8月の投稿、ということも含め・・・ 〈ひしめくひしめく体の群れ〉は、空襲の死者と重ねてしまうのでは、ありますが・・・ 〈アスファルトと空中にはそれぞれの胴体を同心円とした 幾重もの波紋が止まらず広がり続け 地も空中も揺れぼやけている〉 こうした微細な部分にふれていく丁寧な描写が、非現実の風景を、なまなましくリアルに現前させる。 実際にその映像を「観た」あるいは「体感」したかどうか、幻視したかどうか、ということよりも、 その時の場と空間を文字によって作り上げる。その膂力によって、語り手と同じ場所、同じ時間に立つことになる読者が、そこから先、何を感じ、何を考えるのか・・・語り手の過剰な共感の強制がない。突き放すように、場を描いているだけ、そのことによって、読者は自身で感じ、考えることを強いられる。共感の強制がない自由と、その場に立ったことに依って自ら感じねばならない自由。自由詩の「自由」にも通じるものが、そこにはありますね。 二連目もとても丁寧で実感があるのですが、もう少し詩行を絞れるのではないか。なぜ、そう考えるかと言うと、三連目の冒頭のインパクトが、二連目の長さによって弱まってしまうように思われるから。どうでしょうか。 それから、三連目の「もし」という仮定、必要なのか?と考えてしまいました。 痙攣、という言葉そのものの持つ質感と衝撃。実際に降れてしまった、その後のこと、を書いている、と言ってもいい。その臨場感に、「もし」は必要なのか?という問です。 震災後の夜の四つ辻で、無数の死者に出会ったひとの話を聞いた(読んだ)ことがありますが・・・その時は、分断されたり寸断されたりしている死者ではなく、普段の姿の人であった、ようです。 御巣鷹山で救助に当たった自衛隊員の方が、その後、悪夢のゆえの不眠で体調を崩された、と聞きました。 枝から垂れ下がった腕が、助けを求めるように迫って来る、のだそうです。 〈ただただ震え続ける   生え伸びた無意味〉 白い、青ざめた胴体、手足のみが揺れ続ける、海の底のような裏路地。 なにかを見てしまった人の、その後。透き通りながら、白く濁って、そこに「在る」実在に対して、語り手の肉体は存在しているのか。語り手もまた頭部をもぎ取られ、体を二つにちぎられて浮遊する者に、なるのではないか。声を上げることすら奪われ、断末魔の痙攣をすら、それと意識することなく〈ただただ震え続ける/生え伸びた無意味〉となる、のではないのか。 そんなことを、考えさせられました。迫力のある作品であるがゆえに、描写が過剰に重ねられていないか・・・あともう少しだけ、絞った方が、より凝縮度が高まるのではないか(読者に息をつかせる余白のようなもの、かな・・・)という私の主観が、果たして妥当であるのかどうか、これは本人が吟味していくほか、ないのではありますが。

前田ふむふむ (2017-08-18):

こんにちは。このサイトに参加させて頂きました。よろしくお願いします。 自分の勉強だと思い、少しずつ感想を書いていこうと思っています。 個人的な稚拙な感想にすぎませんが、お許しを。 とても、斬新な、衝撃的な内容で、 それが、何を意味しているのか、 戦争のことなのか、震災や航空事故等の災害のことなのか、 世の中の世相の風刺を身体を使った比喩なのか、 でも、作者は、よく説明できないことを書いている。 つまり、説明できないようなことだからこそ、 書き綴るという意味では、まさに詩しかできない詩の神髄であると思いました。 後半は,触れると痙攣が出てきて、やや、意外な滑稽さで、 詩の流れを、裏切っているのが、とても、面白く、(いや深刻なことかもしれませんが)、 新鮮でさえあります。 テキストは、若々しく粗削りだけれど、其処がいいし、ぐいぐい読ませるのも、魅力的です。 ただ、中ほどの「意味なしの者ども」最後の「無意味」は、何かに怒りを伴う「無意味」と思う意見。 つまり、作者の「無意味なのだという」詩の説明ではないかと思われます。(勿論、詩の構成・内容で、説明も必要な場合もたくさんありますが)そして、やや投げやり感もあり、 このような謎のような詩では、なるべく避けたほうが良いと思いました。 できれば、最後は、拙い例ですが、「生え伸びた無意味」ではなく「生え伸びたものたち」とかで、静かに終われば、さらに詩に深みが出たのでは、思いました。 でも、迫力のあるとても良い詩だと思いました。

渡辺八畳@祝儀敷 (2017-08-18):

まりもさん 8月だと空襲やその方向の連想をされるだろうなとは薄々思いながら投稿をした節はあります。今回のこれが良く働くか悪く働くかは別として、詩の寄稿者は自作の詩を載せる場や時の条件をも考慮に入れて作品提出を調節するというのも一つの技能なのかなと思います。例えば雑誌に投稿する際にも誌によって一行当たりの文字数制限は違いますから、少ない文字数のところにあまり一行が長い詩を投稿するのはよしたほうがいい。ネット詩でも月の初めすぐや終わり間近は他の人の投稿もどっとくる傾向があり自分の投稿が流れてしまう危険性があるのでなるべく避ける。またネット詩の歴史は半ば荒らしとの闘争でもありますしそれに間違われる投稿はよし、またB-REVIEWの場合なら前衛的なのを投稿するならすぐ提出できるようアーティストステートメントを用意しておく。 場の倫理や特徴は紙にもネットにもどこにもありますからそれを考えるというのは重要なことでしょう。それらにはそぐわない作品があるのなら最終的には自分で詩誌なりサイトなりつくるという手もありますし。私もあまりに大きくてネットには投稿できない視覚詩があります。でもそれは自分の詩誌「カミノテクノ」では発表できています。 今作は去年の6月ぐらいに書き上げたものを投稿の際に再推敲したものです。やはりご指摘のよう冗長な部分があるとは自分でも感じていたんですよ。でもあれですね、行数文字数を増やすのはたやすくできますがその逆って難しいですね。詩を書き始めの頃は短詩しか書けず、詩誌投稿にはもう少しボリュームが欲しいと思い増量計画を練っていたのですが、あっという間に今度はあまりに行数が多くなりすぎてしまうようになりました。読みやすさとか考慮すると20~40行ぐらいがちょうどいいんでしょうけど。

渡辺八畳@祝儀敷 (2017-08-18):

前田ふむふむさん こんにちは、前田さんの名は一方的に存じております。よろしくお願いします。 何を意味しているか、というか、多分これが自分のフェティシズムなのかなと思っています。人体がバラバラになっていくの。 詩書き始めてから、なぜか自分の書くものにはそういった表現が頻出すると気づいたんですよね。例えばここに投稿したものだと3月に大賞をいただいた「夕陽に顔面」(http://breview.main.jp/keijiban/index.php?id=156)や5月投稿の「オホーツクの岬」(http://breview.main.jp/keijiban/index.php?id=327)もそうだし、文極投稿のだと「首ちょんぱロリ美人」(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=462;uniqid=20160303_061_8667p#20160303_061_8667p)がそうですね。「解体」(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=464;uniqid=20160317_290_8700p#20160317_290_8700p)もバラバラになるという意味では私のフェティシズムです。 いやぁ、でも別にポルノな感じで3次元で見たいわけじゃないんですよねそういうのを。中学生のころなんかグロ画像をイキって検索たりとかしてました(メキシコは人為的なグロ、中国は交通事故などでのグロが多いです)けどべっつに面白かったわけじゃないし、厨二病みたいなもん。 まりもさんへの返信でも書いたよう自分でも不備を感じる作品ではあるのですがそれでも投稿したのは、やっぱ結構気に入っている作品だからなんですよね。 作者の「無意味なのだという」詩の説明ではないかと思われます。 ここは少し納得はいかなかったですね。意味―理由を持った存在でなくただただ丸裸にそれのみのものという表現を意図したところであります。 ただあまりに無○○さを連呼しすぎかなと思うところはあります。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-08-20):

 古い道にはやはりそれだけの歴史があると思う。そして、歴史があるという事は、そこで色々な事件があり、文字通り人が死んでいたり、もしくは怪我しているという事でもあると思います。そしてこの場合の歴史というのは、人類史に残る程でもない程度の死の積み重ねみたいな物の気配という事が言えるのかなと思います。  電脳コイルっていうアニメがあるのですが、その雰囲気に似ています。そのアニメにはイリーガルという黒い影みたいな存在があって、そいつらは基本的に古い道や空間に出来るデータの割れ目みたいな所にいるのですが(詳しい事はあんまり覚えていない)そいつらは確か元々は電脳世界に生まれた電脳ペットたちなんですね。それらが何かしらの影響を受けてバグになってしまった結果、電脳世界の表に出る事が出来なくなってしまった存在になりはててしまう。みたいな、そんな感じだったような気がします。  だからパクリだとかそういう訳ではなく、裏路地という時の裏っていうニュアンスは例えば「裏S区」みたいな怖い話にの接頭語にもあるように、そこには消す事の出来なかった怨念に近い何かしらの残滓、というニュアンスがついてまわるように思う。そこに路地という狭い道、或いは空間が接ぎ木されることによって、多分広い道では薄れてしまう思いが自然と凝縮されていくようにも思います。また路地というのは区画整理がされていない印象も持ちますから、そういう所から曲がりくねっていう所から生じる歪みや、車が通れなさそうな感じからの人気の無さのニュアンスなんかもうかがえる。そこに本作の場合は適格な映像表現に適した言葉の使いかた、物事の情報提示あるいは開示の仕方がなされていると思います。  ここにはある意味明確な意味はない、でも、そこに何がいる気配があるし、ここには何がいて、それらが近隣の空間を覆っているのだという事は感じる。電脳コイルではそれは「霧」で表現され、そこにはイリーガルが生息している。そいつらは人や電脳ペットの情報を食べる訳ですね。 >痙攣痙攣痙攣痙攣痙攣 >痙攣痙攣痙攣痙攣痙攣 > ただただ震え続ける >  生え伸びた無意味 ここなど最高だと思います。祝さんの作品では今の所一番すきかもしれない。

渡辺八畳@祝儀敷 (2017-08-22):

hyakkinnさん 道などの空間には明らかに個々に特徴を持っていると思うんですよ。例えば廃墟が町の中にあったとして、当然一般道路と隣接しているわけですが、しかし廃墟のその空間だけ何かが違う。文極に投稿した「空き地」(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=539;uniqid=20170711_967_9757p#20170711_967_9757p)なんかはその感覚をもって書いたものです。 んでその特徴ってはやはり歴史、人の営みによって与えられるものでしょう。自然による特徴のつけ方と人間による特徴のつけ方は違うなという感覚を持っています。(富士の樹海なんかは自然によるものの最もたるものでしょうが、やっぱあの鬱屈さは廃墟のそれとは違かった)それはやはり「怨念」の有無でしょうね。多分人ほど思念を現世に残そうとする生き物は他にいない。樹齢何百年とか、蟲毒とかやらない限り植物や動物の思念は残らない。 そもそも道というもの自体が凡そ人営みによって作られたわけですし。 痙攣の下りは私も好きなところです。下段揃えにしたのがよかった。

sonetira (2017-08-23):

一連から「好きだ」と思いました。 一行一行に詰められた言葉が緊張感を与え、更に無駄がない。 最後の「痙攣」の効果がすさまじいです。

花緒 (2017-09-02):

大賞受賞作、夕陽に顔面に近いアイデアだけれど、大賞作がおしゃれな前衛ビデオフィルムのようだったけれど、本作は、クリスカニンガムの映像表現にあい通じるものを感じる。ものすごく気持ち悪い。当然、激賞の言葉と受け取って頂きたい。

渡辺八畳@祝儀敷 (2017-09-02):

sonetiraさん ありがとうございます。 「痙攣」の羅列は視覚的にも面白いですよね。斜線が多くて揺れているように見える。

渡辺八畳@祝儀敷 (2017-09-02):

花緒さん →夕陽に顔面に近いアイデア そうですね。意識して投稿しました。私用で9月は全く投稿・コメントせずに終わる可能性があり8月が一つの区切りとなるため、原点回帰ではありませんが過去作に通ずる作品を投稿しました。 余談ですが、好きな詩ベスト5を作るとしたら私はトップかそれに近い地位に黒田喜夫の「毒虫飼育」(http://wrincle2012.blog.fc2.com/blog-entry-12.html)がきます。あれなんてなかなかに気持ち悪い。でも好きっすわ。

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