作品投稿掲示板 - B-REVIEW
お知らせ

サンプリング   

作成日時 2018-07-21
コメント日時 2018-08-07

朝霧のブランケットに包まれて 夜、際限なく流れる涙 病院の窓から見える風船 ただしく愛してくれる人のもとまで 俺は待っているぞと死神が笑う 精神の在り処をあれやこれやの方法で探し求めている死神が 昨日のわたしは死んだ 今日の私が生きるのだ 人間てのは生肉というより もぎ立てのフルーツ これはシュレーディンガーで  くらやみは決して消失ではない 永遠の子ども さようなら さようなら妹よ どらかが死んでもビラブドになるだけ 汚れない柔肌に蒼い墨を彫り込むように そこの貴方 僕を買いませんか 素敵だね この言葉 「同じことでも言い方を変えると印象が変わることがあります 同じことでも言い方を変えると印象が変わることがあります 同じことでも言い方を変えると印象が変わることがあります」 心ここにあらず 車は相当な速度で走っている 僕はもうカタルシスなんていらない 見えない向こうに手を入れ 意味のない歌を歌う 太陽が昇れば動物はまた動き出し こんな展望を待ち望んでいるよ 私が眠る時 笑顔で彼岸へ行けるように 2018年 7月21日 B reviewにて掲載 現代詩に「サンプリング」という手法を用いた当該作品は、百均氏、花緒氏、北村灰色氏、蔀県氏、四畳半学生氏、祝儀敷氏、まりも氏ら十余名から著作権侵害の申し立てがあり控訴審にて現在係争中。 著者であるstereotype2085氏は、この件について「弁護士を通じてしか一切のところコメント出来ない」としている。 なおミュージックシーンにおいては、クラフトワークのオリジナルメンバーの1人、ラルフ・ヒュッターが、クラフトワークの楽曲から2秒のドラム音源をサンプリングし女性ラッパーに提供したとして、音楽プロデューサーであるモーゼフ・ペラムを提訴するも、20年に渡る裁判の末、敗訴している。


項目全期間(2019/11/19現在)投稿後10日間
叙情性00
前衛性00
可読性00
エンタメ00
技巧00
音韻00
構成00
総合ポイント00
 平均値  中央値 
叙情性00
前衛性00
可読性00
 エンタメ00
技巧00
音韻00
構成00
総合00
閲覧指数:165.8
2019/11/19 18時37分49秒現在
※ポイントを入れるにはログインが必要です
※自作品にはポイントを入れられません。


コメント数(36)
仲程 (2018-07-21):

本件に関して部外者のコメントです。 うまいな切り貼りだなぁ と関心したり、 それぞれの方がどう思うかわかりませんが、断片になっても強いものがあるんだなぁと感心してます。 それと、自分のも入ってればいいのにと嫉妬も感じます。

stereotype2085 (2018-07-21):

仲程さん、早速のコメントありがとうございます! お気づきかと思いますが、この作品の正式なタイトルは「サンプリング」です。 タイトルを誤送信してしまったようです。 現在、運営にタイトル変更をお願いしています。しばしお待ちを。 それでは返信です。 断片になっても強いものがある。そうなんですよ。切り貼り、サンプリングという構想をまず立ち上げて作り始めたのですが、切り貼りしているうちにそれぞれの方の詩的アプローチが、心が、自分の中へ入ってくるような印象がして、とても不思議な気持ちがしました。やはり読み込むほど詩は力を持つのですね。 仲程さんの作品が入っていないのに嫉妬。すいません。何だか嬉しいです。詩の構造上、上手く当てはまるフレーズを選んでいった結果、このような形に。 詩の締め、構成。やはり切り貼りでも「僕」が出るという点で タイトルの誤送信ということを除けば笑 この作品はとても気に入っています。 ありがとうございました。

survof (2018-07-21):

面白いです。運営が許すのであれば一回限りで終わらせずにこの手法をどんどん掘り下げていってコンセプトによりエッジがかかっていくのを期待したいです。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-07-21):

いやまぁたまに間違われますが、祝儀「敷」です。畳の敷き方です。

斉藤木馬 (2018-07-21):

ミュージックシーンのくだりはバッサリ削った方が、緊張感を保ったまま駆け抜けられたように感じました。 コメント返しも弁護士に扮するくらいの徹底ぶりがあっても良かったと思います。

stereotype2085 (2018-07-22):

survofさん、コメントありがとうございます! 面白いという評価、運営が許すのであれば…というご意見、本当にありがとうございます。実はもう次回作の構想を、survofさんのコメに後押しされる形でもう作りあげてしまったんですよ! 許可が出るならば来月中旬あたりに投稿したいと思っています。ご期待ください。

stereotype2085 (2018-07-22):

すまん。渡辺君。チェックがおざなりだったようだ。次は作品自体へのコメント、感想を期待しているよ!

stereotype2085 (2018-07-22):

斎藤木馬様。stereotype2085氏より、弁護士を通して以下の返信が寄せられています。 「弁護士に徹する。残念ながら私は弁護士ではないし、stereotype2085以外の何者でもない。stereotype2085は姿を変え、形を変え、進化していく。ゆえに弁護士などという通俗的な存在にはなり得ないだろう。私は私でしかない。ミュージックシーンの下りは割愛した方が、という意見だが、私にとってルーツを明示することは義務であり、使命であり、とても大切なことだ。この詩はエディ・ヴァン・ヘイレンの音源がサンプリング利用された事件、及び作品中に用いたクラフトワークの裁判に大いにインスパイアされている。ゆえにミュージックシーンの描写は必要不可欠だった。その点を理解していただくことを期待する。閲覧とコメに関しては誠に感謝する。以上だ」 またstereotype2085氏は、木馬氏の着眼に非常に興を見出していた、とのことです。

四畳半学生 (2018-07-22):

すごく面白いですね、ビートジャックといいますか、ヒップホップの文化を彷彿とさせるような一連の詩の後に、まさにそのクラフトワークのサンプリング問題を取り上げていますね。 萩原朔太郎が詩の音楽性を模索していましたが、これはその方向とはまた違ったブラックな音楽性とでもいいましょうか、可視化されたブラックミュージックのような、不思議な感覚を覚えました。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-07-22):

さて、「次は作品自体へのコメント、感想を期待しているよ!」なんて言われてしまったので書けば、 うーむ、ねぇ。まずこの詩をコンセプチュアルアートの類と見よう。正しい題名が「サンプリング」であるよう、この詩はビーレビの他の投稿者の作品を引用(サンプリング)した箇所と、その後にくる訴訟内容の箇所に区切られる。 サンプリングという行為に関しては田中宏輔氏が何年も前から「全行引用による自伝詩」などを行っているし(http://bungoku.jp/monthly/?name=%93c%92%86%8dG%95%e3)、他にも山田亮太『オバマ・グーグル』には「オバマ」と検索して上位100位のウェブサイトの記事を引用構成した詩や、「2010年4月22日時点に宮下公園内に存在した文字により構成した」詩が収録されている。 さらに言えば私も実は2015年2月に「小向美奈子DVDs」という、TSUTAYAの18禁コーナーにあったキャプションを引用した詩を発表している。(こんなの→https://imgur.com/a/MHwTZAh) 田中氏や山田氏の引用作品には否定的な私ですが、しかしある面では先駆的な行いをしたという点ではまぁ認めざるを得なく、そういうわけでサンプリング(引用)という行為自体には全く新規性は感じられなかった。 まぁ作者もそれだけで作品を成り立たせようとは思っておらず、だからこその後半部分だろう。 そこで問題となるのが私のHNの誤字でしてね。過失といえど画竜点睛を欠く結果となってしまっている。公文章? ニュース記事?(という設定のもの)が誤字ってダメでしょ。それだけで文章の真剣さ、フィクション内での真実性が削がれてしまう。 また流れからしてサンプリング行為自体への訴訟が行われているように見せたいのだろうけど、例えば私の詩「サバンナの光と液」(https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2001)からの引用部分だがこれが原文と異なった文面になってしまっている。 元 太陽が昇れば動物はまた動き出し サ 太陽が昇れば動物は動き出して 他の人からのも恐らく改変がされているだろう。 著作権法にて引用したものを改変してはならないと定められている。もっとも引用する際に体裁を整えるためだったり誤字を修正したりといった程度の改変は認められるが、しかし上記の私からの引用の改変はそのどちらでもないだろう。 私も二次創作に深く身を置いている故著作権などにうるさくするつもりは無く、またこの「サンプリング」にも文句を言うつもりは全く無いと公言しておくが、しかし上記の改変は私が訴えようとすれば訴えられてしまうんだよねと。そうなると「著作権侵害の申し立て」がサンプリングという行為自体へのものでなく、引用の改変への訴訟というあまりにお粗末な内容に見えてきてしまう。引用の可否ならまだ芸術論争としてハクがつくが、おまえそのやりかたはルール違反だぞじゃかっこつかない。 今見つけたが「どらかが死んでもビラブドになるだけ」は蛾兆ボルカ氏の「ビサイド」(https://www.breview.org/keijiban/?id=1979)からの引用だ。「まりも氏ら十余名」の十余名に蛾兆氏を含めたのだろうけど、これがニュース記事ならまだしも「サンプリング」のサンプリング元を提示する唯一の箇所で省略を行ってしまってはまずかろう。 さらに言えばどこが引用箇所が明確にわかるようにしないとこれまた著作権に接触するのではないだろうか。これ以上は法律に明るくない私では踏み込めないが、でも法的に不正なところはまだまだあるだろう。 そんなわけで、この詩は世界観を構築するにはかなり穴がある。サンプリングでなくオマージュ程度に収めておけばまだなんとかなったんじゃないかなと。私が咎めたいのは実際の法的にどうだかよりも、その法的な面の不備と後半部分の内容との齟齬で詩中世界が成立しなくなってしまっていることだ。 じゃあプレーンなテキストとして前半部分を読んだ(後半が存在する限りそれは無理ではあるが)場合の詩情などはどうだかという話だが、まぁそれを語るのはほかの人に譲る。 あと、杞憂だろうけど、仲程氏やsurvof氏のコメントを見るとまさかだとは思うが本当に訴訟になっているなんて思ってないよね?

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-07-22):

いま思ったけど、うーん、引用の改変はまさか音楽においてのサンプリング上改変とかけているのか 正直どこまでが天然でどこからが意図的なのかがわからない でもしかし著作権法は慣例に依るところがかなり多いし音楽での事例をそのまま文章に持ってくるのは無理があるような

stereotype2085 (2018-07-22):

渡辺君 マ・グーグル」から始まる感想ありがとう。お疲れさま。感謝するよ。さて早速だが、この詩は引用、「サンプリング」という手法を使っての斬新さや新規性を追求したものではない。加えて法的には引用を改変してはならない、とあるが音楽の世界において「サンプリング」という行為は反転、反復、省略などが多数行われているのを付記しておこう。つまり最後の「サンプリング上改変とかけているのか」は正解だ。おめでとう。だがしかし誤字脱字が2点あったのは事実で、その点は慎重さに欠けていたのを認めよう。何れにせよ、論破か何かに近い感想に時間を割いてご苦労様。睡眠時間も足りないだろう。ゆっくりとお休み。

stereotype2085 (2018-07-22):

四畳半学生さん、コメントありがとうございます! 可視化されたブラックミュージックのような不思議な感覚を覚えた。嬉しい限りです。「サンプリング」という着想は、仕事で外回りしていた時に思いついたのですが、即座にヴァン・ヘイレンのギターフレーズがサンプリングされ、ギタリストのエディが抗議したというエピソードをも思い出し、最後のクラフトワークの段へとつながりました。残念だったのは、エディのエピソードの詳しい情報がなく、クラフトワークにせざるを得なかった、という点です。人の名前、グループの名前からは当然その人の人となり、活動の内容などがイメージされるので、名前、グループ名自体に重みやポップさが印象として加わるというのが僕の考えなのですが、クラフトワークでは若干重みがあり、重力を感じるので、エディにしたかった点ですね。さてとにかくも「サンプリング」させていただいた四畳半学生さん本人に、好評をいただき、嬉しい限りです。ありがとうございました。

花緒 (2018-07-22):

① 著作権云々に関する法的な問題ついては、専門的なことはよく知らないが、 個人的には、私はDJ・クラブカルチャーを出自にしているということもあり、グダグダ言う権利が自分にあると思えない。 もっとも、文章と音楽は同一ではないわけだが、少し古い事例だが、金井美恵子の「文章教室」という前例がある以上、問題ないようには思うのだが。 問題があるかどうか、を決めるのはそもそもサイト運営者ではない気がする。それこそ、色々議論があった上で、どう見ても、これはアウトだよね、となったり、この場での合意が形成されたり、あるいは明確にクレームが来れば、消せばいいわけだし。 運営者たるもの、著作権の知識が十分にあって、グレーな領域においても、的確に判断しなけりゃいけないのだろうか。 他の発起人の意見は知らないが、私はしばし様子見でいいかなとか思ってしまう。 議論の上、ダメそうだったら消す、ということでどうでしょう? ② 作品としては、何が面白いのか、私にはよく分からなかった。 ③ コメントのミス投稿などへの対応など、私はやりたくない。そもそも、私は多忙のため、発起人を抜ける方針なのだが。。。 タイトルミスは、一応直したけど、それもなんでミスるかね、とは思ってしまう。 渡辺氏におかれては、百均からやり方を聞いて、ボランティアとして自分でやって頂きたい。 以前、くそ忙しい最中に、ミス投稿と思われる投稿とそれに関連するいざこざについて、対応しろ、対応しろともとこ氏から対応依頼があり、さすがに今日は忙しいし、ちょっとしばらく様子を見てから明日、対応したい、と言っても許されず、みんなボランティアでやってる場でもあるわけだし、対応義務のある人と、対応依頼する権利のある人とそこまでバッチリ別れていることが当然というわけでもないだろう、明日やると言っても許さず、そこまで早急に対応する必要があると主張するなら、あなたの方でやっていただいたい、と言ったらブチギレられたことがあった。 それをネタに一本書いたこともある。なかなか気に入っている一作だ。 コメントのコピペミス対応はあなたの方でやってくれ。そう言われてフザケンなボケ!と思うなら、他人に要求する資格はない。ビーレビューに関しては、私は、金は払っても、一銭たりとももらってはない。協力してくれと言われて、協力しただけだ。どうしてどれだけ忙しい最中であっても、全部、私が世話しなければいけないのだ。みんな同じ人間ではないか。私の気持ちも分かってほしいのだ。 https://www.breview.org/keijiban/?id=408

stereotype2085 (2018-07-22):

花緒さん、お忙しい中コメント、さらにはタイトルの修正までしていただきありがとうございました。感謝します。文面の調子から察するに、現在、花緒氏は多忙であり、少し憔悴なさっているのでは? という印象を受けました。その中での対応、加えて運営の法との関わり方はどうあるべきか、B reviewの運営の状況と発起人のボランティア的関わりについてまで言及していただき、労いの言葉しか浮かびません。 さて、作品として何が面白いのかよく分からなかった、という感想は少し残念に思います。花緒さんの作風から察するに、このタイプの二段重ねの詩(創作物)はお好みかな、と勝手ながら思っていただけに。しかしながら届かなかったのなら致しかたありませんね。 最後になぜタイトルを誤送信するか、という点でありますが、enterキーを押すだけで送信されてしまったことに理由があります。僕は送信をクリックすれば、作品投稿が終わると思っていたので。何れにせよこちらの過失へしっかりと対応していただき、重ね重ね感謝します。これまでのB reviewの発起人としての活動、誠にお疲れさまでした。

花緒 (2018-07-22):

ありがとうございます。ご案内の通り、若干、疲弊しております。申し訳ありません。 追記ですが、私は、個人的な感覚としては、前述の通り、作品の二次使用に対する意識は相当低いです。二次使用されてナンボ、みたいなカルチャーの中で育ってきたので、自作が引用されていることに関しては感謝しかありませんし、もし自作が使われていなかったら、仲程さんと同じ様に、どうして私の作品を使ってくれなかったんだよ!?と思ったことでしょう。 私を含め、現、発起人一同は著作権法の専門家ではないので、問題があるかどうか、確信を持って語ることはできません。ただ一つ、重要だと思うことは、(1)問題がある、ことと、(2)問題がある可能性がある、ことは厳格に峻別をつけるべき、ということです。本作は、(2)には該当していると思います。とはいえ、厳密には、可能性の問題だけを取り上げるなら、全ての作品が、問題がある<可能性はある>わけでして、可能性がある、だけで、投稿を禁止したり、削除したりするのは乱暴に過ぎる様に思います。また、分野を問わず、サンプリングという手法が一般化しつつある中で、実験的な作品の投稿や、それにまつわる議論に対しては開かれている必要があると思います。 (1)問題がある、のだと説得的に語られないのであれば、私は削除などの介入をする必要はないと考えます。そして、もし(1)問題がある、という言説がここで述べられるのであれば、金井美恵子「文章教室」やオバマ・グーグルが発禁処分になっていないこととの関連に言及して欲しいとは思います。あるいは、自作の<盗用だ!>という様な形で、強烈なクレームが相次ぐ様なら、考えなければいけない気がしますが、そうした声がなければ、別段(1)問題がある、とは全く言えないと思います。 本作を感受するコードが自身の中にはなく、そのことは申し訳なく思いますが、個人的には、この種のチャレンジは是非、続けて頂きたいと思っています。でわ、良い休日を。

二条千河 (2018-07-22):

まずは拙作から詩句を拾っていただいて、ありがとうございます。 音楽においてサンプリングという手法があり、それにまつわる論争があり、それらをまとめて詩に持ち込んでみた、というコンセプトは理解しました。もっとも音楽にはあまりにも疎いので、その意義を語るには予備知識が足りないというのが正直なところです。 単純に詩作品として見た場合、バラバラの出自を持つ言葉をパッチワークのように(それぞれの持ち味のまま)組み合わせるのか、それとも何かひとつの不可分なものに融合させていくことを目指すのか、どちらを志向するかが分かれ目になるのかな、という気がしました。後者はより難しく、よりややこしい議論になりそうですが。 試みとして、面白かったと思います。

かるべまさひろ (2018-07-22):

全文引用でできた詩が、ありましたよね。ビーレビ大賞の詩も載ってるサイトさんで、田中宏輔さんの詩で拝読した程度なのですが。 それとは色々別物なんですが、手法の関連で引用詩のことを思い出しました。 試みと、コメント欄がおもしろく、盛り上がっていてびっくりしました。 ただサンプリングというタイトルのせいで逆にぶれている気がしました。それは音楽への話題があるからなんですが、音楽ではサンプリングが目的を持って用いられることが主ですので、サンプリングは手法の名前でしかないと思っております。サンプリングがタイトルの楽曲であれば、より一層コンセプトとかクオリティが求められるかなと思います。要はハードルが上がるんですよね。 そういう意味で、自らハードルを上げて、ちょっと越えていないのかなと思いました。 一味でもよいので、ビーレビサンプルとかなんかテーマを絡めるだけでもう少し説得力が感じられる気がします。

stereotype2085 (2018-07-22):

かるべさん、コメントありがとうございます。 ビーレビサンプル。とてもポップで一味出しているいいタイトルですね。僕が「サンプリング」とタイトリングしたのは、かるべさんの指摘なさったような機転が利かなかったという一面もありますが、音楽業界において「サンプリング」という手法の確立に、不穏さを感じたクリエイターが多数おり、その論争の1側面をこの作品に投影したかったからでもあります。また奇妙な言い方ですが「stereotype2085」という「僕」に近しいが「僕」ではない架空の人物が、「サンプリング」という手法は、文芸の世界に移した場合許容されるのか問題提起をした、とのニュアンスも含まれています。 ただしこの問題は、花緒さんが仰ったように「オバマ・グーグル」が発禁処分を受けていないという点から実はクリアになっていたのかもしれません。 ビーレビサンプル。本当になかなかいいタイトルですね。閲覧とコメありがとうございました。

stereotype2085 (2018-07-22):

二条さん、コメントありがとうございます。 何か一つ不可分なものに融合させていく。とても面白く、「エキサイティング」な着想だと思います。僕は僕なりに不可分なものに融合させるよう、一つの詩作品として読むに堪えうるものにするよう、詩情を喚起させるものにするよう試みたつもりですが、詩パートにおいて、一つほど構成の面で足りない部分があったかもしれません。しかし裁判報道的なパートとの組み合わせで考えると、限りなく過不足がなかったのではないかと思っています。「サンプリング」させて いただきありがとうございました。

stereotype2085 (2018-07-22):

花緒さん、今一度コメントありがとうございます。 作品の二次利用に関するお考え、二次利用するにあたってどのようなシチュエーションが考えられるか、などの問題提起と考察、本当にありがとうございます。僕も改めて二次利用ということについて一つ一つ手駒を進めるように考えることが出来ました。 この作品に「問題がある」とするならば「オバマ・グーグル」等が発禁処分を受けていないことなどに言及しなければいけない、などはさすがの卓見だなと感心し、感謝さえしました。結果この作品は「問題がある、とは全く言えない」だろうとの見解と作品への後押し。ありがとうございます。 またこの種のチャレンジは続けて欲しいとの進言、深く心に受けとめました。もし問題がなければ、第二弾も考えたいと思います。 はい! 花緒さんも良い休日をお過ごしくださいませ。

蛾兆ボルカ (2018-07-22):

以下は全て私見ですが、法的にも倫理的にも責任は取りません。参考にのみして下さい。 これは私は、ゴダール監督の映画における引用手法である「パスティーシュ」を連想しました。 パスティーシュというのは、一種のサラダです。 キュウリも美味いし、緑豆もトマトもレタスも美味しい。 でもサラダには、包丁技術、組み合わせの手際、そして何よりドレッシングがあり、キュウリそのものとは別に評価されます。素材ではなく、料理人が。そしてその味わいを確かめる(批評する)うえでは素材が。 ゴダールは、膨大な詩、批評、哲学書などからフレーズをサンプリングしますが、引用を改変したり、組み合わせたり、さらにはクレジットを(恐らくわざと)不完全にしたりと、元ネタを乱暴に扱います。その手際(の悪さ?または良さ?)を含めて、ゴダールらしさです。 そしてそうした手法を多用した彼の映画は、カンヌ国際映画祭で、かなり古い時代から昨年だかの新作まで、通ってしまってます。 まあ作者の責任でして、ゴダールも私も、この作品の適法性には無関係ですが、私はパスティーシュはいい加減に引用するケースがあります。記憶で引用し、その際間違えが起きることに、むしろ意味があると、私自身は考えるからです。 さて、作品としてですが、今ひとつインパクトが低いかなあ、と私は感じました。 もっとフレーズとフレーズの切断面を活かしたほうが良いように思います。異質さが際立つ並べ方とか。意味が変わってしまう並べ方とか。 サラダで言えば、トマトとレタスは大きく違うからこそサラダの面白さがあり、トマトの単独の味わいはときには犠牲にしても良いわけです。この詩は少し親切すぎかな、もっと乱暴でいいかな、と。 とはいえ、素敵だな、はどの言葉が素敵なのかを、うまく壊してると思いました。 また、サラダで言うところの包丁技術。すなわち切れ味。ここ切ってきたか!という感じ。引用に驚きが欲しいです。 それとドレッシング重要です。 作品全体を作品たらしめるため、自然な足し算からは出てこない、歪めて味付けるものが欲しいです。 以上、私見です。 その道に詳しくはないので、自信はありません。

蛾兆ボルカ (2018-07-22):

誤) 私はパスティーシュはいい加減に引用するケースがあります。記憶で引用し、その際間違えが起 正) 私はパスティーシュを作るときは、いい加減な引用をするケースがあります。記憶で引用し、その際間違えが起 失礼しました。

stereotype2085 (2018-07-22):

ボルカさん、コメントありがとうございます! お久しぶりです。こうしてやり取りが出来るのは、僕のある種の落ち度と、ボルカさんの詩への誠実な向き合い方がぶつかってしまった、かの「海江さん」事件以来ですね。少し話がこの詩の話題から逸れますが、この詩にボルカさんの詩から「サンプリング」するのは一つの賭けでもあったのです。ボルカさんは恐らく僕に対して良い印象を持っておられないだろうから、と。だがしかし、ボルカさんと今一度やり取りがしてみたい、との願望も込めて印象的な一節「どちらかが死んでも ビラブドになるだけ」を使わせていただきました。結果このような有意義なコメをいただき、「賭け」に出て良かったなと思っております。さて肝心の詩評ですが、ゴダールの「パスティーシュ」なる引用手法に言及されておられて、とても興味深く拝見しました。「記憶で引用をし、その際間違えが起きることに、むしろ意味がある」とのボルカさんの考えに、ボルカさんの文芸的奥行き、懐の深さを感じました。二つのパートにわかれる、この作品の詩パートが今一つインパクトが低いとの指摘も、例をあげていただいてるお陰で感得するものが大いにありました。「この詩は、親切すぎてもっと乱暴でもよい」あるいは「包丁の切れ味。引用の驚きが欲しい」というポイントは僕も読み返して、読み手が目眩を起こすほどの展開もありだったなと思っていただけに、納得するところ大いにありました。そしてドレッシング。歪める味付け。そこまでは思い至らず、面白い着想だと心に留まるものがありました。最後になりましたが、こうしてコメントをいただき、大きな賭けに出て良かったと満足、そして感謝しております。閲覧及びコメント、ありがとうございました。

蛾兆ボルカ (2018-07-23):

stereotype2085さん ご丁寧な返信ありがとうございます。 私は、あなたを不快に思ったことは記憶していないので、海江さんのコメントを確認しました。 詩の作成方法や理解の方法は、人それぞれなので、私は私なりの考えもあり、それを述べることをあまり躊躇いませんが、他者の方法について感情的にどうこうはありません。 読み直すと確かにキツイ言葉遣いになっていて、申し訳なく思います。すみませんでした。 また、贋作詩人チャタトンについては、説明が不十分でした。 贋作は、現代では認められた一つの方法です。チャタトンは早すぎたために、また年齢に見合わない才能がありすぎたために迫害されました。 私はチャタトンの伝記を確か昨年読んだのですが、その伝記作者もチャタトンに対する特別に深い愛によりそれを編んでおり、英国の著名な詩人たちも、多くの賛辞をチャタトンに捧げています。 私自身は自分の得意な方法とするところではありませんが、否定はしていません。

stereotype2085 (2018-07-23):

ボルカさんへ。 いえいえ、謝罪だなんてとんでもないです。そうなんですね。僕を不快に思ったことはない。良かったです。贋作詩人チャタトンは今では大きな賛辞を受けている。そしてまた贋作自体も近年では手法として認められている。そのようなエピソードを耳にし、「海江さん」の一件以来のボルカさんとのやり取りを合わせると、何か贋作詩人チャタトンについて不思議な共感、共鳴のようなものを感じることが出来ました。ありがとうございます。また手法としての贋作は、ボルカさんが得意とする分野ではないとのご意見もまた、今後ボルカさんの詩を拝見する上で大いに参考になることでしょう。二度に渡るコメントありがとうございました。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-07-24):

百均氏からコメントや投稿作の修正方法を教えていただきました。 今後は各キュレーターのほかに私も修正作業にあたりますので、参加者の皆さまはよろしくお願いします。 修正希望の場合はコメント欄にその旨を書く他にキュレーター等へ直接連絡を入れるという方法があるかと思います。私の場合はTwitterアカウント(https://twitter.com/yoinoyoi @yoinoyoi)へリプなりDMなりを送っていただくのが一番反応が早くなるかと思います。 Twitterをやってない人向けにメールアドレスも提示しておきます(w.hachijo@gmail.com)が、反応の速さの順は Twitter>ビーレビコメント欄>>>メール かと思います。 修正の際のスタンスですが、投稿規定にもあるよう、「原則として、一度投稿された作品の削除および修正依頼は受け付けない」方向でいきます。私の場合コメントに関してもこれを適応しようと思っております。つまり修正は明らかな誤字脱字までとし、内容の改変を伴うものについては受けません。 まぁでも、コメント欄での漢字一文字違い程度なら修正依頼ではなくその後に修正版のコメント投稿したりなどで各々対処してほしいですね。それは以前から変わらずに。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ということで、行動タイプの私ですから自らミス対応をしました。 後にこれを見る人の為に書くと、メモ帳で書いたのをコピペして投稿した私のコメントが範囲ミスで「マ・グーグル』には「オバマ」と検索して~」以降の文しか最初は投稿されなかった。その後にマ・グーグル』以前の文を投稿したが、今回の修正では切れてしまった前半部分を最初のコメントに付けて、そして後のコメントを削除しました。 修正は管理画面みたいなところでやるのだが、当然ながら諸々の個人情報も見ようとしたら見れてしまうわけであって。そうなるとじゃあ昨日今日参加した人にいきなりその管理画面での修正権限を与えられるかと言ったら難しいものがでてくる。自然に権限を持つ人と持たない人とで違いが出てきてしまう。 文学極道のよう編集キーを設定できてそれをやってなかった故に修正できないのは自己責任という場ならいざ知らず、いちおう権限者は修正を行えるって場ならそこへ依頼が集まるのはしょうがないことではないかなと。ノブレス・オブリージュじゃありませんが権限を持つ者は相応の責任も負わなくてはならない。それはビーレビでの権限に社会的地位が付随してくるかどうかは関係なく、実質として持つ者/持たざる者で分かれてしまうからだ。当人は嫌と言っても持ってしまっている限りそこに責任とそれに対する要求はどうしても発生してきてしまうだろう。理想はどうであれ実質では同じ人間ではないのだ。 花緒氏のコメントは開始以来1年以上続けてきた運営作業の疲れ+実生活での疲れからくるものだろうし、特に運営での苦労は想像に難くない。ただ、特にコメント修正依頼からくる苦労はけっして理不尽からくるものではないとも思うわけでして。難しいね両天秤。 私としては「お疲れさまです、しっかり休んでください」と労をねぎらうばかりである。 今後全くの修正依頼をも受け付けなくなるか、逆に文学極道のようなシステムにして編集権限を公開するようになるか、そういった変化があるかはわからない。でももしこのコメント修正が私が思う以上に権限者への負担が大きいというならばそれの是正として変化させるのも道かなと思う。編集キーなどを設けなかったのは無責任に書きなぐって後に消す荒らしを発生させないためだったかなと記憶していますが、いまはその頃からも事情は変わってきていますし。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-07-24):

stereotype2085さん いやぁねぇ、そういう反応がくるだろうから当初私は作品へのコメントをしぶったんですよ。 文学極道でもそうですが、stereoさんは批判的なコメントくるとそれに同調も反論もせず、ただただ皮肉でしか返さないじゃないですか。わざわざURL貼ったりはしませんけど、傍から見てても気持ちいいものじゃないしまして自分への返信でそれやられると萎える。荒らしならいざ知らずこちらも誠意をもって批判的なことを書いたのに、画面の向こうでカッカ怒っているのが丸見えなのに冷静をきどった皮肉しか返ってこないのは徒労。少なくとも私はネット詩の荒しみたいなただただ罵倒するような書き方でなくなぜそう思うのかを添えて書いているつもりだし、罵倒的な意味合いを持つ単語も可能な限り使用していないはずだ。だからその批判の論への返信、対話を望んでいるのだ。お前の論は間違っているでも確かにそうですねでもいいけどさ。 他の投稿者の作品でも今回のような対応されたが、やはりその時も私は同じ事を言っている。 https://www.breview.org/keijiban/?id=1891 とはいえstereoさんの傾向は知っていたので無駄に刺激することもないだろうと思い、名前の誤字指摘にとどめたのだ。これを知っていながら見過ごすのは流石にできない。 私のそのコメントに対しては誤字を謝罪して、あとはせいぜいその場で修正依頼をする程度がやるべきことだと思うが、実際には「次は作品自体へのコメント、感想を期待しているよ!」とまで書かれてしまって。 このサイトではトップクラスの頻度と文量で私はいままでコメントを書いてきたと自負している。それは個人個人の行いだから強要ができるものではないが、しかしネット詩掲示板というものを利用する以上それは責任でもあると思うわけで、それを怠って投稿ばかりしている人にはやはりあまり良い印象は抱かない。stereoさんは自作品へのコメントへの返信は行うが他者の作品へのコメント書きは投稿の割にはかなり少ないなと前々より思っていました。そういった人に「次は作品自体へのコメント、感想を期待しているよ!」と言われるのは「ちゃんと作品に対してコメントしなくちゃいけませんよ(笑)」と嫌味言われている気分になってしまう。まして自分の名前が間違われているという報告への返信にだ。非がこちらに少しでもあるだろうか。一言多いというかなんというか。 結局私も花緒氏のようなにかと疲労しているのかもしれないが、そういう態度なら私も遠慮する必要はないだろうと思いその後にまたコメントを書いたわけである。それでもあくまで理論立ててだ。個人的な感情は一旦わきにおいてあくまで客観的に書いたつもりである。 それに対しても予想通り皮肉しか返ってこないわけであって。感謝しろとは言わないが、私だっていたずらに「論破か何かに近い感想」を書いたつもりはない。本当になじりたいだけだったらんな文量書かない。少しでも作者に寄与したいと思うからであって、それに皮肉しか返ってこないのはほんと萎える。 あと、一応申しておけばサンプリングでは反転、反復、省略などが多数行われていることは私だって知っている。批評コメント書く際に私が思い浮かべていたのは電気グルーヴの「Joe」(https://www.youtube.com/watch?v=tbxALjZebC4)という曲だ。この曲では様々な音源からサンプリングを行っていて、その中にはクラフトワークの「The Robots」も含まれている。 そんなわけで、今の状態に限っていえばこの作品「など」に対する私の印象は非常に悪いわけでして。その状態をふまえたうえでもう少し語る。 現状の著作権法は親告罪だ。『文章教室』や『オバマ・グーグル』が違法となっていない理由はつまり元の文章の権利者が訴えていないからだ。勿論親告してもすぐに訴訟が受理されるかどうかは別だろうが、『オバマ・グーグル』などが訴えられていないのは権利者が容認(積極的な容認からわざわざ訴えるまでもないという消極的なものまで)しているか知らないかのどちらかだ。 日本の二次創作もその殆どが権利元の事実上の容認によって成り立っている。それはつまり権利元からは二次創作についてあえて触れないという対応でだ。グレーゾーンってことにしときましょうというわけで。なので権利元が動けば二次創作も訴えられるわけであって、実際にその例もある。(ドラえもん最終話同人誌問題など) 既に申しているが、私は著作権法のグレーゾーンで成立している二次創作に関わっている身分ゆえ本作でのサンプリング行為を実際に咎めることはしない。削除なんて望んではいない。 なので以降は仮定の話、シミュレーションとして読んでほしい。 『オバマ・グーグル』が発禁になっていないからといって「サンプリング」においても問題がクリアされるなんてことは無い。つまり問題があるかないかではなく、問題にすることができるのだ。少なくとも私にはその権利がある。それは引用されたこと自体にだけでなく、引用の改変への訴えでもだ。そうなった場合、前のコメントで書いた「「著作権侵害の申し立て」がサンプリングという行為自体へのものでなく、引用の改変への訴訟というあまりにお粗末な内容」への詩中世界の改変が可能になってしまう。 詩中世界と現実の世界は必ずしもリンクせずそれぞれに独立し得るという反論もあるだろう。しかしこの詩に限っては現実の氏名や法制度を使用してしまっているあまりに現実世界での変化が詩中世界にも波及してしまう。作品としての質が詩単体で保持することができないのだ。 それでも可能な限り質を保とうとするならばstereo氏は現実世界での対処をする必要があった。それは関係者が訴訟に動かないようにする根回しであり、具体的には作品を公開する前に関係者から承諾を得たり関係者の心証を悪くしないなどである。 その心証に関してstereo氏は私には失敗しているわけです。stereoさん、7/22の朝7時頃に明らかに私を中傷するツイートをしましたよね。「朝方。詩。」から始まるやつ。ツイートして10分前後で消してたし流石にまずいと思ったのかもしれませんが。魚拓は間に合いませんでしたがスクリーンショットは取れています。一度文章化されたものはいつどこでだれが読んでいるかなんてわからないし、況やそれが保存されているかどうかをや。文面公開はとりあえずしませんが、しかしスクショを削除はしませんよ。 仮定の話だと先ほど書いたが、実質問題私がそれを覆さないなんて保障があるわけではない。この詩を貶め得る外的要因として私は依然存在している。そういった状況にありながら最初の誤字訂正コメントへの返信、次のコメントへの返信、そして件のツイートをするのは、自作品の品質管理という面から見ればいささか杜撰ではないかなと。 そういったことからも「この詩は世界観を構築するにはかなり穴がある」と私は判断できる。 それについてどう思うかを、今度は皮肉無しで聞きたい。

stereotype2085 (2018-07-24):

渡辺君、とても誠意ある返信ありがとう。今度は本当に心から感謝する。さて本題に入る前に言い添えておきたいのは、渡辺君の論調、批判あるいは批評が、もし仮に筋道立っていると自分で思っていたとしても、とても挑戦的、挑発的に見えるという点だ。渡辺君はネット耐性が非常に備わっているせいか、何も感じないのかもしれないが、文の向こうには、文のやり取りの向こう側には、生身の人間がいる、ということを忘れない方がいいように思う。 例えばだか、渡辺君は見ず知らずの路上詩人に「天然か意図的なものか分からない」などという言葉を投げかけるのか。恐らくしないだろう。他にも僕の詩に対してではないが、「結局標語なんだよね。これ」など、とても相手がいるということを考えていないような文言も目立つ。そもそもここはネットマナーについて語る場ではないだろうから、ネットマナーなどどうでもいいというならそれはそれで構わない。ただ多くの人の心証を悪くしている恐れがあることを書き添えておく。同時に「マ・グーグルから始まる…」の私の返信は、「渡辺君」も私同様感情が高ぶったがゆえに渡辺君がミスしたであろうことを想定して書いたものだ。手法として良くなかったと思う。その点は反省している。さて本題だが、根回しや、借用した作品の筆者への配慮。これは渡辺君に関しては、ほぼほぼ失敗したと私も思っている。これは私の失態であり、ミスだ。謝罪したいと思う。自作品の管理という点で杜撰だったという点も、この種の実験的作品においては、そうだっただろうと認めざるを得ない。重ねて謝罪する。ただB reviewという現代詩サイトをいい意味で盛り上げていきたい、というのは今後運営に回る渡辺君にしても、私にしても同じことだ。渡辺君は一点煽情的な書き方、私はそれこそ渡辺君言うところの「カッとして皮肉で返す」というのは双方控えた方がいいように思う。もちろんこれは進言であって拘束力はない。渡辺君は自由だ。私については改めたいと思う。これが渡辺君の誠意ある批評へ向けた、誠意ある返信だ。これには皮肉は一片も含まれていないことを付け加えておく。数多くの指摘、そしてコメントありがとう。

stereotype2085 (2018-07-24):

なお、渡辺君の感情を害したらしい、「次は作品自体への感想、コメントを期待しているよ!」だが、皮肉でも嫌味でも何でもなかったことをここに追記しておく。

花緒 (2018-07-25):

祝儀敷さん、ボランティア引き受けてくれて、有難うございます。 今後、インフラをいじる為に工事が必要になった場合は、工事に必要な代金の出資や、プログラマーを雇用するための手続きなど、尽力させて頂きます。 本作に関しては、私は一読した時点で、ああ、これは、「法的に問題がある可能性がある」いや「法的には問題がないはず」という不毛な論議に発展しかねないタイプの奴だなと思いました。しかし、結果的に誰一人として、法的に問題がある可能性がある、云々を根幹に据えて、批判を展開した人がいないことを嬉しく思っています。 なお、祝儀敷さんの批判は、私には、もっともなものに感じます。サンプリングというコンセプトである以上、本作は批判を惹起して当然の作品だと思いますが、であるがゆえに、荒い、と思われかねない瑕疵を残したのはよくなかったとは思います。stereotype2085さんもそこは同意しておられると思います。 私は、本作品に見られた様なチャレンジは評価したいと思っていますが、本作自体はあんまり強い作品になりきれてないと考えています。次回作を考えていらっしゃる様なので、今後の展開に期待したいと思っています。 著作権ってそもそも何なのでしょうね。私たちは著作権法の専門家ではないはずなので、判例を紐解きつつ細則をごちゃごちゃと議論することは不毛だとは思います。とはいえ、著作権法という法律が持つべき法の精神を考え、その法の精神に照らして、サンプリングという行為の是非について議論することは、文学談義や批評の範疇だとは思います。 例えば、私は、自作の一節を引用されたところで、自作に対する自分の権利が犯されたとは感じません。自作の一節が改変されていたり、あるいは、自作を揶揄する目的で使われていたところで、自作に対する自分の権利が犯されたとは感じません。ただ、丸ごとパクって、どこかに投稿されていたりなんかすると、権利が侵害されている様に感じる気がします。これは法的な問題というよりは、自身の良識に照らし合わせた感情論かもしれません。 訴える人がいないから発禁処分になっていないだけだ、という意見は、割と真理を突いている気もしますが、敷衍すると、厳密にはアウトだが取り締まられてないだけ、という意味に取れます。が、法の精神に照らし合わせて、なぜアウトなのか、は、疑問として残る気がします。そうした問題に、本作は多分、十分切り込めてないと思います。本作が表現したいことはそうした法的問題の根幹に対する議論とはズレるのかもしれませんが、最終練の締め方を考えると、やはり、法の精神の問題に厳しく切り込んだ要素を感じさせないと、作品として物足りないという印象になりかねません。 私個人としては、著作権から生じうる経済的便益の侵害、あるいは、引用であることを意図して隠した盗用、ということがなければ、著作権法違反とは言えない、と考えています。その観点からいくと、引用元を十分に明かしていなくとも、改変した部分があったとしても、本作はサンプリングだと明示しているので、著作権法違反ではないと思います。が、私の考えは、自作に対する作者の権利、というものを極めて皮相にとらえたもので、文学的にちっとも面白くありません。作者と作品の関係をどう捉えるか、作者と作品の関係についてもし公的に尊重されるべきポイントがあるとすれば、それは何なのか、深く掘り下げていくことができるテーマであるはずです。 熱くなったり、感情的になったりするくらいでないと議論は面白くないですが、感情に振り回されても議論は面白くなくなりますね。ビーレビューが、良い議論がたくさん生まれる場になればと思っています。私のレスが、それこそ疲れてんのか?という印象を惹起するほどに、色々、不味かった点について、改めて、謝罪しておきたいです。でわ。

stereotype2085 (2018-07-25):

花緒さん、実に三度目の、そしてとても有意義なコメントをありがとうございます。まずそのことについて謝意を。 さて本題ですが、実は私はサンプリングという音楽的手法について、余り肯定的ではありません。音楽の世界において、エディ・ヴァン・ヘイレンがサンプリング先の楽曲を批判したというエピソードを聞いた時には、俄然エディを支持しましたし、「他人の楽曲から借用したタイプの」サンプリングを使ったヒップホップなどの音楽には高い評価を与えていませんでした。これはとあるテレビ番組でのエピソードですが、クリエイターを名乗るDJが「音楽作りなんて簡単さ。まず好きなレコードを用意するだろ? そして好きなパートをチョイスし、切り取る。あとはそれを反復させてまずはリズムパターンの完成だ」と話していた時には、これはこの人の創作物ではないし、とてもじゃないが「面白い」との評価をくだせないと思ったのを今でも鮮明に覚えています。 このような作品を作った割に、僕は著作権問題についての深い考察、もしくはこの種の作品が許容、看過されるにはいかなる心遣いが必要か、といった部分について不足があったのは認めるところであり、コメ欄において多くの指摘と考察をしてくださった、花緒さん、そして祝儀敷さんには深く感謝しています。この場を借りて、改めて「ありがとう」の言葉を。「サンプリング・次回作」はお二人の指摘、考察、または寄せられた多くのコメント、そして僕なりの著作権についての考えが反映されたものになるだろうことを明記させていただきます。 さて前後しますが、サンプリングを多用した音楽について僕が余り肯定的ではない、との話の続き。その考えはこの作品「サンプリング」に大きく誇張、カリカチュアされた上で反映されています。それは、多くの著作者から著作権侵害で訴えられている、という段においてです。この段は、コメ欄で見た分には、「法的に問題がある、削除要請を」と仰った方がいらっしゃらなかったことからも分かるように、多分に大げさなフィクションです。この一段を作ったのは、サンプリング音楽への一種の忌避感を表明したかったというものがあります。だからこそ最後のクラフトワークの描写も書き添えたのです。クラフトワーク、20年に渡る訴訟の末敗訴。これは、僕にとってはより有意義な作品が生み出されることを妨げ、コピー、模倣品に近い何かが商業ベースにあふれることを意味し、許容する、悲劇的な事件、判例だとも考えたので、この最終段には不穏な悲しむべき余韻をつけたつもりです。その僕の立場、見解が明らかになっていない、ということからか、花緒さんにとっては「あんまり、強い作品になりきれていない」との評価に至ったのではないか、とも考えています。何れにしてもこの「サンプリング」は、コメ欄の意義あるやり取りも含めて、私が成長、飛躍する上で大きなターニングポイントになった作品であることに間違いはなく、コメントを寄せてくれたすべての方々に感謝します。この作品はコメ欄での論議、やり取りも含めて一つの作品として完成したのではないかと思っています。加えて、そのお陰で次回作への光を見い出せたのも書き添えておきます。今一度この作品で借用させていただいた筆者様、コメをくださった方々に感謝を。ありがとうございました。

まりも (2018-08-03):

なかなかコメント欄が活発になっている、ようですが・・・ 渡辺さんと同様、誤字脱字程度の間違いであれば、私も修正に参加できます。 でも、コメント欄に書き込まれているものだと、読むまでにかなりタイムラグが出来てしまうので、 ツイッターのDMでご連絡してもらえれば、賛助可能です。 大幅な自主改変が可能、ということになると、既にレスがついたものに関して、内容を大幅に改変することによって、本文とレスに食い違いが生じる・・・(その場合、レッサーが一方的に見当違いの批判を投じている、という「見た目」になってしまうことによって、レッサーと投稿者との間にトラブルが生じる・・・という例を、なんどか見かけているので、自分で編集できる、という機能は、投稿した後、24時間以内、とか・・・なにか、そういう機能があればよいのかな、と思ったりもしました。) 花緒さんには、その尽力に頭が下がる、という表現しか出来ないのですが・・・花緒さんが書き込んでいる件に関しては、一方は「超多忙なのに、それを知ってか知らずか、やれやれ、と言いつのられて不愉快」だし、他方は「自分があまり出しゃばって色々行ってもいかんしなあ・・・自分の立場としては、報告する、までに留めた方がよいだろうなあ・・・でも、こう言ってきている人がいるんだし、やってあげた方がよいだろうなあ、伝えておこう」という遠慮が、うまく噛み合わなかった、という気がしています。お互いの状況が見えない、という中で、ボランティアを続けることの難しさだと思います。 ながながと(作品と関係ないことまで書いてしまいましたが)作品評としては、たとえば、その月の掲示板の色合いというのか、雰囲気というのか、そういうことが全体の流れの中でわかる、というようなサンプリングになっていると、その月の投稿掲示板の色合いを写生しました、という、ひとつの作品となるのではないか、という気がします。 自分の持って行きたい方向に、たまたま目についた詩句を拾っていく、そこからインスパイアされたアイディアを改変しつつ盛りこんでいく、というやり方だと・・・たしかに、最後のオマージュというのか、「おことわり」の書き方が難しいですよね。 あえて、ネットでしばしば起こっている訴訟問題、あるいは訴訟するぞ、と脅す問題のパロディー的な要素を盛り込んでいるところが、面白いとも思いますが・・・双方向性の強いネット掲示板では、作品内容よりも、その手法とか問題があるかないか、という議論に流れてしまうような気もしました。

stereotype2085 (2018-08-05):

まりもさん、コメントありがとうございます! 月の掲示板の色合いが分かるという作品になれば、というご指摘、とても面白く感じました。中々手放しで褒めるという印象にはなっていないので、もちろん残念には思いますが、致し方ない面もあり。「サンプリング」の次回作も構想中です。ほんのわずかでも期待していただけたら、と思います。

カオティクルConverge!!貴音さん (2018-08-06):

どうも貴音です。おはようございます。 私もビーレビでキュレイターさんの詩を混ぜて書いた詩があります。 【curato fishbowling 2017-2】【curato fishbowling 2017-3】ってのです。 私の場合だと自分色の強い物になってしまっています。 どうせやるなら原型を留めない位にと思って、ガツガツやってしまいました。 まるで何日も煮込み過ぎたカレーです でもステレオタイプさんの詩は一個一個の形がハッキリと残されており 素材の良さがしっかりと出ているように思われました サンプリング詩って面白いですよね。 同じ作品を読んでも、書く人によって使える部分、惹かれる部分が違うから あくまで例えですけどステレオタイプさんが使う詩の素材で勝負だとしたら 私は自分の色(調理)で勝負するタイプの料理人なんでしょうかね そんな事を考えさせられる詩でした

stereotype2085 (2018-08-07):

貴音さん、初コメありがとうございます! いや、たしかコメこそ寄せたことはありませんが、実は僕、貴音さんのファンだったんですよ。「面白い詩を書く人だなー」と。貴音さんも、「サンプリング詩」を。そうだったんですね。今片方を拝見しましたが、本当に貴音さんらしく、突っ走ってますね! 僕は素材を活かし、貴音さんは調理を。面白い、それでいて一点、的を射た例えですね。「サンプリング」次作は、もっと冒険的に「調理」にも挑戦しますよ!  

投稿作品数: 1