二条千河

投稿作品数: 12 コメント数: 95プロフィール: 北海道の片隅で、詩人と呼ばれたり、呼ばれなかったり。でも本当は、小説を書いている時間が一番長い。

投稿作品

不毛の神

2017-11-20

口実

2017-12-25

www

2018-02-27

服喪

2018-03-11

天守閣

2018-05-22

毛蟹×一杯

2018-06-27

命名

2018-07-17

生垣

2018-08-13

蜂蜜紅茶

2018-09-29

一線

2018-10-25

コメント

こんにちは。 おくわ団子、祠、桜並木、鵜飼のいる川などの具象性が、詳細の書かれていない(ゆえに、知らない読者には実際に存在するものなのかどうかすらわからない)伝説のミステリアスな雰囲気と相まって、とても印象的な作品ですね。 一人の少女が人柱として埋められ、それが迷信とか因習とか見なされる時代になった今、こうして詩という形で掘り返すというのは(作品の外側の感想で恐縮ですが)、時を超えた浪漫があるなあと思いました。 (「おくわ」伝説)

2017-09-05

初めまして、僭越ながらコメントさせていただきます。 タイトルから最後の擬注まで、人を食ったような感じが出ていてとても面白かったです。 また見為岳夫というネーミングの陳腐さ(と思われるのを意図してのことでしょうから、あえてこう書きますが)が、メタ的に虚構の虚構性を強調していて、そのおかげで読者はこの法螺(同前)を俯瞰的に読めるのだろうと思いました。 この名前を後半まで出さずに、純真な読者をしばし惑わすという選択肢もあったのかと思いましたが、それだと多分、作品の主旨が変わってしまいますね。数行目で出てくるのが、やはり正解なのでしょう。 survofさん同様、私もかなりツボです。 対照先が正しいのかどうかわかりませんが、清水義範の短編を読んだ時のような、小気味よさを感じました。 (KIHON THE BASIC)

2017-09-05

何かを犠牲にして闘うとか、その結果として誇り以外のすべてを失って鉄格子に入るとか、 そういう激しい生に憧れるけれども、実際にそれを実践する勇気も機会も必然性もない。 せめてそういう恋人がいて、その人を想って涙するような生を願っても、「あるような気がする」程度の夢想。 生の手ごたえみたいなものに渇しながら、やはりあまりガツガツできない現代人的な欲望がクールに表現されているように思いました。 (頬)

2017-11-20

花緒さん コメントありがとうございます。 文明批判というと声高な感じがしますが、経済と効率性をバックにつけた豊穣の神に追い立てられ、ついに住む場所を失ったか弱い不毛の神をささやかながら顕彰したい気持ちで書きました。 「不毛の地など何処にもない、という不毛。」まさに仰る通りで、詩集に余白が必要であるのと同様に、一見すると何も生み出さないような空間も地球上には必要なのではないかという気がします。 (不毛の神)

2017-11-21

>m.tasakiさん コメントありがとうございます。 「不毛」について補足しますと、この言葉はもともと「作物が育たない」つまり人間にとって有用なものが得られない様子を表しますが、転じて生産性のないこと全般を指しますね。 それと同様に「不毛の地」も、作中で意味の転換があります。第1連の「不毛の地」は開墾される(作物が育つようになる)ことで駆逐されるが、第2連の「不毛の地」は観光開発される(経済効果を生み出す)ことで駆逐される、実はそこですでに「不毛」の定義が変わっているのです。 もちろん語感としては、「生命をも拒む荒涼とした土地」のイメージも理解できます。 ただ拙作では、「人間に有用か否か」という判断が前提として含まれる言葉として使っていますので、m.tasakiさんの感覚にはそぐわないところがあったかもしれません。 「生命発生以前の原始地球の神」という発想は面白いですね。人間が生み出したはずの神の概念が、実は人間が誕生する前にすでに存在し、滅びていたとしたら。想像が膨らみます。 (不毛の神)

2017-11-21

>仲程さん コメントありがとうございます。 今作はついかっちりと起承転結にしてしまったので、「転」の部分でちょっと雰囲気が変わっているのは確かですね。 今後の参考にさせていただきます! (不毛の神)

2017-11-21

>まりもさん 拙作からいろいろとイメージを膨らませていただいて、ありがとうございます。 食物連鎖的な弱肉強食から資本主義的な弱肉強食に帰着する文明という読みは、予想を超えていました。なるほど、という感じです。 不毛の神もまた弱者として豊穣の神から追われる立場ですが、それでは豊穣の神がなぜ強者なのかというと、どこまでも利益を求める人間たちが崇め奉るからで……弱肉強食の人間社会の縮図が、そのまま神の世界に投影されているということになりそうですね。 デッドスペースに「無駄」と「死」の両方がかかっているのはご賢察の通りです。無駄(余白、あるいは遊び)をどこまでも切り捨てていくことは死を軽んじるのと同様、何か大切なものを置き去りにしてしまっているのではないかという気がします。と書くと、なんだか老荘思想っぽくなってしまいますが。(豊穣の神は、墓場にも黄金の林檎の木を植えそうですね) (不毛の神)

2017-11-21

浮かれ騒ぐクリスマスのイメージと対置すると、哀しみはより美しく際立つものなのだなあと、改めて感じ入りました。 同じ浮かれた日でも、ハロウィンとかお正月ではなぜか今ひとつで、クリスマスならではですよね。 いのち、罪、ひかり、歌などなど、散りばめられたワードが詩の中で響き合っているように思いました。 ちなみに「キリストはひとり/讃美歌を絶叫している」ここが特に好きです。 全体の感傷的なムード(そこも嫌いではありません)に、スパイスを添えている感じがしました。 もっとも、クリスチャンの方はどう思われるのかわかりませんが…。 (ケーキと福音)

2017-12-25

思わず引き込まれました。 喚起される視覚・聴覚イメージが不気味で美しく、言葉で書かれているのになぜか無声映画を観ているような感覚になります。 何度も読み返したくなる詩ですが、そのうちにだんだん狂気を帯びてきそうで少々怖くもあり……。 (フィラデルフィアの夜に Ⅳ)

2017-12-25

花緒さん コメントありがとうございます! 文化的な食と動物的な食の呪術性が反転しているという指摘、なるほどと思いました。 種明かしみたいでアレですが、動物である人間には「食べなければ生きていけない」という原初の「呪い」がかけられていて、食べるのに何かしらの口実を付加するのはそれに対抗する「呪い返し」である、という発想を起点にして作ったものなのです。 (推敲段階でそのあたりはかなりぼやかしてしまいましたが) 深く読み込んでくださり、感謝します! (口実)

2017-12-28

百均さん コメントありがとうございます! ごめんなさい、「語り手から人間を差し引く」というのがうまく飲み込めなかったのですが、共有する人がいないところに文化は成立しないというのはおそらくご指摘の通りで、 そうなると、語り手が(あるいは人々が)祈りを失ったのは、サンタクロースも馴染みの蕎麦屋も自分の前から消えていく孤独(あるいは孤食の時代)と無関係ではないかもしれません。 蛇足ながら……投稿したのはクリスマスですが、タイミング的にはどちらかというと大晦日に焦点を当てて書いたので、本当の旬はこれからです。 (口実)

2017-12-29

まりもさん コメントありがとうございます! リズムの変調は割と意識して書いたので、お気に留めていただいて嬉しいです。 「実ちる」「実たす」という読みは、一応、漢字辞典的に存在しているようです。もちろん常用外ですが。 「口実」という漢語はもともと「口の中を満たすもの」という意味で、食べ物と言葉の両方を指していたのが、日本では「言葉→言い訳」という意味に特化していったみたいですね。 語り手の個性についてはあまり深く考えていませんでしたが、確かに少々斜に構えているというか、虚無的な感じですね。 そんな人までがインスタ映えする料理写真を撮影したり(たぶん「今年もちゃんと食べたぞ!」という証拠として)、ガレットを年越し蕎麦と言い張ったりするというのは、かなり呪われている感じがします。 (口実)

2017-12-29

2匹いるというのがわからずに、最初のうちはしばらく頭をひねっていました…。 わかってしまえば、飼い猫を見つめるあたたかい眼差しがすんなりと読み取れて、ほんわかした気分になりました。 猫を飼ったことがない人間には、どんなに想像力をたくましくしても書けない作品ですね。 私事ながら昨年、前橋のネコフェスに寄稿する詩を書いた時、犬派ゆえに苦しんだことを思い出しました。 (陽だまりに猫がいて)

2018-02-03

誰かが何かを必要としなくなって(物理的もしくは心理的に)捨てる時、哀れなのは捨てられた方だと思ってしまいますが、実は捨てる側の方が悲しい存在なのではと思いました。 キズモノだろうがどうだろうが大切だったはずのモノが、いらなくなる。それを成長と呼べばポジティブですが、本当はとても大きな喪失なのかもしれません。 すみません、詩のテーマからはズレているかもしれませんが、雑感でした。 (まりちゃん)

2018-01-06

初代スーパーマリオブラザーズ世代としては、「とぃーん」ですぐにわかりました(笑) 土管とかカメとか、ほぼヒントは出揃っていると思いますが、ただひとつ「なぜキノコが出てこないのだろう? わざとなのか?」という疑問は残りました。 特定の読者を見捨てるようでアレですが、この手の作品は元となるモチーフを知らない人を想定して作ろうとすると破綻してしまうのではないでしょうか。 もっとも、元ネタを知っていても知らなくても、一篇の詩として何かしらオリジナリティを感じられるものであってほしいとは思いますが…。 正直に言うと、私にはそれを十分に感じ取ることができませんでした。 ただ、ゲームをやった時の楽しさや懐かしさを思い出して、テンションが上がったのは間違いありません。 (僕は跳んで)

2018-01-11

こんにちは。 1・2連と最終連の落差が急展開で印象的です。 自然現象を見て自分を重ねる、というのはよくある気がしますが、「自分はそんなふうにできない」と感じるのは面白いと思いました。 一つ気になったのは最終連、雪が「あたり一面を」覆い尽くすのではなく、「あたり一面に」覆い尽くすというところ。 目的語ではなく、補語なのですね。 だとすれば、隠れている目的語、雪によって一面に覆われてしまったものとは何なのか。もちろん普通に考えれば地面ですが、何だか深読みしたくなりました。 (〈 雪 〉)

2018-01-26

(補足) 別に知らなくてもいいことですが、 「白」という漢字は一説に、ヒトの頭蓋骨の形から来た象形文字なのだそうです。 (証 ――「白」字解)

2018-01-26

アラメルモさん、コメントありがとうございます。 「あの人」は誰か、というのは、正直あまり意識していませんでした。 どちらかというと人間より、人間同士の(「あの人」と「私」と「私たち」の)関係性の方に気持ちが向いていたので……。 その点は、あまり上手く手渡せていない自覚があります。 (証 ――「白」字解)

2018-01-27

たびたびすみません、肝心のことを書き忘れました。 読み手として感じていらっしゃる「もどかしさ」は、詩中の「私」の感じているそれと相通じているのではないかと思います。 (証 ――「白」字解)

2018-01-27

まりもさん、コメントありがとうございます。レスが遅くなって申し訳ありません。 なんというタイミングか、この詩の投稿後に身内に不幸があり、久しぶりにまた原初の「白」を目の当たりにする事態になっておりました。 さて、表現についても内容についても、ご賢察いただき大変嬉しいです。 「いろいろ」という言葉がある通り、視覚頼りの人間にとって、「色」は様々な要素を象徴していると思います。おっしゃる通り、愛とか想いといった人の内面的なものも、よく色で表現されますね。 そして漢字もまた、通用されている意味だけでなく、そもそもの成り立ちとか読みの響きなどによって様々なイメージを喚起します。 白という色と漢字、それぞれの重層性がうまく響き合っていたらいいなと思います。 (証 ――「白」字解)

2018-02-03

百均さん、コメントありがとうございます。 漢字の由来が怖いのは、もともとは儀式のために創られた文字だからだと聞いています。日常生活に使うものではなく、生贄とか祭器とかいった呪術的なアイテムの類として成立したということでしょう。 しかし白の字源が頭蓋であるという説を聞いた時は、「雪とか雲とか、白いものはいくらでも身のまわりにあっただろうに、よりによってなぜ白骨死体で色を定義したのか」と思ったものでした(もっとも雪も雲も不定形なので、象形文字にするには不向きですが)。 それはそれとして、「面白い」は私にとって最大の誉め言葉、大変光栄です。 潔白を証明すること、それも集団(あるいは社会)に対して個人がそれを訴えること、は、不穏な時代はもちろん現代でもとても難しい。訴えられる側も、「信じてあげたい」だけでは信じるわけにはいかなくて、証を最後まで見届けるにはそれなりの覚悟が要る。そのあたりの緊張感を、物語という形でお楽しみいただけたら幸いです。 (証 ――「白」字解)

2018-02-03

「あっちいね」という呼びかけ調のタイトルと「ひとりで生きたかった」という最終行が逆説的に呼応しているのが面白い、と思いました。 ほとんど無意識に出た自分の「あっちいね」という言葉が、応える者のいない空間に空しく響く。孤独を愛していたつもりなのに、ふとした拍子に他者を求めてしまっている自分。そんな情景が、手袋とかやかんといった具体物のおかげで鮮やかに浮かび上がってきます。 まるっきり逆の状況ですが、俵万智の短歌(「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ)を思い出しました。 (あっちいね)

2018-02-03

深夜に帰宅する道で、ぽつんと明かりのともった電話ボックスを見た時の情景を思い出します。 今は利用する人も少なくなって誰も入ってきてくれない、それでも闇の中に立ち尽くして待ち続けるしかないという侘しさ。 しかし同時に、その仄明るさにいくらかの安心感を覚えながら通り過ぎる人もいるということが、この詩の救いになっているように思いました。 (テレフォンボックス)

2018-02-05

悲劇を賛美する事への抵抗感 が、無駄なく表現されているいい詩だと思いました。 個人的にかなり好みです。 ただ、削られる前の鰹節に馴染みのない世代には(実は自分もそうですが)、なかなかピンときづらいかもしれませんね。 あのミイラみたいな堅く凝縮した質感からの連想こそ、本作の肝だと思うので…。 (鰹節)

2018-03-03

>花緒さん コメントありがとうございます! おっしゃる通り、説明的ですね。薄っぺらで無味乾燥な感じになっているのはある程度、意図したものなのですが、あまり成功しているとは言えないようです。 PCからスマホへ移行するところで、もう少し何か発展的な要素が盛り込めればよかったかもしれません。 (www)

2018-03-06

>てんぷらさん コメントありがとうございます! 煽ってしまってすみません; 煽られても平然としていられる神経を持ちたいと思っているのですが、やはり焦ってしまいますね。 その感じを多少なりとも思い出していただけたなら、出してみてよかったかなと思います。 (www)

2018-03-07

既に出ている話でしたらすみません。 ルビの実装の予定はないのでしょうか? (<雑談、議論、要望等スペース> PART2)

2018-03-03

>花緒さん 早々のレスありがとうございます。 了解しました。 (<雑談、議論、要望等スペース> PART2)

2018-03-03

テーマはまったく違いますが、構造的にジェームズ・クラベルの『23分間の奇跡』を思い出しました。 清く正しく優しい完璧な新しい先生がやってきて、それまでの古臭く欠陥だらけで人間的な先生を駆逐する、子どもたちはそれを喜んで受け入れる、という図式は、駆逐される側の教育を受けてきた読み手に不気味な違和感を覚えさせますね。 知識の教授や能力の開発よりも、感化(あるいは洗脳)こそが教育の持つ最大の効果であるということからすれば、「新しい先生の方がいい」と思う感情すら作られたものかもしれない、と疑わなければなりません。 本作では新しい先生がいきなりやってくるのではなくて、子どもたちの方からロボット先生に替えてほしいと要望しているのが現代的だと思いました。自分たちが経験していなくても、メディアなどから情報を得ていて、身近にいる大人の言うことよりもそちらの方を信頼しているわけですね。 そうなると山岡先生を駆逐したのはロボット先生ではなくて子どもたちであり、子どもたちにそれを唆したメディアであり、メディアを利用してAIをプロモートしている何者かである、という、なかなか壮大な話になってきます。 そうとも知らずに(?)自分を追い出した子どもたちに絵葉書とか送っちゃう山岡先生が哀れでなりません。 (ROBOT TEACHER, WHAT CAN I WRITE?)

2018-03-11

>まりもさん す、素敵な返詩をありがとうございます! 砕ける白い欠片を踏む足裏の感触、痛みと温みを残したまま、 あの荒涼とした街がこんなに優しげな浜辺に生まれ変わるとは。 思わず唸ってしまいました。 拙作のコメント欄の中に畳まれてしまっているなんて勿体ないと思います…。 (服喪)

2018-03-12

「いつもどおり」という言葉が「あの日」と結びつくと、途端に重い意味を持ちますね。 色の失われた世界に明かりのように白く咲く桜のイメージ、その生命力を描き写す。「写生」というタイトルが、とても活きているように感じました。 私事ですが北国に住んでいると3月は桜や蜜蜂の季節には程遠く、ブラウン管(そういえば7年前は、まだアナログ放送も終わっていませんでしたね)の中の出来事もろともに、自分の生きる「いつも」とは違う位相にある世界であるかのような錯覚に襲われます。 それがなおさら、もう手の届かなくなってしまったものを想起させて、印象に残りました。 (写生)

2018-03-12

このアレゴリー、好きです。わかりやすい一方で、切実な感じも伝わってきます。 世の中はどんどん優しくなっているけれど、同時にどんどん冷たくなっている。 その一端を切り取っているように思えて、好感が持てました。 (黒塗りの幸せ)

2018-04-11

>李沙英さん コメントありがとうございます! 私はひねくれ者なので、ありがちな「幸せ」のイメージに縛られてしまうのは、実は「不幸せ」なのではないかと思ってしまいます。 でもそれを疑いなく「幸せ」だと感じている人を否定するつもりはまったくなくて、なんというか、地球上で満足に暮らしている人が「自由」な宇宙空間に出る必要はないのだろうとも思います。 私は真空の宇宙から、地球の子どもたちの幸せを祈りたいと思います^^ (手枷 ――「幸」字解)

2018-04-19

>まりもさん コメントありがとうございます! 字解シリーズの、実は第一作目です。「幸」は「手枷」の象形文字で、そのココロは、「死罪にならずに、手枷をかけられるだけの罰で済むなんて幸いだったなあ」という意味なのだそうです。なんてネガティブな幸福感なのでしょう。 そこから「手を繋がれている罪人」(まさに十字架のキリストですね)をイメージし、その姿と現代的な意味で幸せそうな「手を繋いでいる子ども」が重なって、本作が出来上がりました。 「繋がること」と「繋がれること」は紙一重ですが、不自由になるリスクはあってもやはり、誰かと絆を結んでいる方が幸せ。それが社会性動物のサガではないかと思います。 (手枷 ――「幸」字解)

2018-04-19

>さしみさん コメントありがとうございます! あたたかい詩という感想を頂くことはまったく想定していなかったので、正直驚きました。おかげさまで、自分の中にも少しは温かい部分があるのかもしれないと、ちょっと安心しました。 ちなみに私は手ぶらで歩くのが心もとなく、荷物がない時はポケットの中に手を突っ込んで鍵などを握りしめています。…ええと、そういう寂しさの話ではない、ですよね。 (手枷 ――「幸」字解)

2018-04-19

>三浦⌘∂admin∂⌘果実さん コメントありがとうございます! いつも運営お疲れさまです。 幸せのカタチというものは十人十色ですが、同時代の多くの人に共有されるイメージというものは確かにあって、第一連で描いたような情景は(特に戦後の昭和では、まさしく)その典型でしょう。 私自身にはこのような思い出はなく、だからといって不幸せでもありませんでしたが、よそで子どもが両親と手を繋いではしゃいでいるのを見れば、やはり「幸せそうだなあ」と思います。 ただ、その手を離す時は必ず来ますね。離した後、成長した子どもは代わりに何を手にとるか……大抵ろくでもないものだったりしますが(笑) ご自身の体験と重ね合わせてお読みいただいて、とても嬉しいです。ありがとうございました。 (手枷 ――「幸」字解)

2018-04-20

>るるりらさん コメントありがとうございます! 特に失礼とは感じませんでしたよ。 本作にはちょっと誤解を招きやすいところがあって、たとえば第一連だけをさらっと読んで「両親と子どもが手を繋いで歩くような家庭って幸せだよね(≒そうじゃない家庭の人は可哀そうだよね)」みたいな無邪気な暴論を吐いているかのように勘違いして、不快に思われる方もいらっしゃるかもしれない。だとしたら、むしろ私こそ、紛らわしいものを書いたことを謝らなければいけません。 その子どもを囚人と重ね合わせているあたりで、そう単純な話でないことはおわかりいただけるかと思うのですが……冒頭で誤解されたら、そこまで読んでいただけないかもしれませんしね……。 ちなみに私、子ども時代にこうした「幸せ」(あえて括弧書き)な思い出はないのですが、シングルマザーの友人と一緒に、その娘さんを間に挟んで手を繋ぎ、公園を散歩した思い出ならあります。 るるりらさんのおっしゃる通り、「幸せ」をひとつに規定してしまうと、そこから外れる人を「不幸せ」と呼ばなければいけなくなります。だから友人の娘さんのことを、「可哀そうな子」と呼ぶ人はきっといる。でも私は、そう呼んでしまう人の方こそ(李沙英さんへのレスに書いたような意味で)不幸せなのではないかと思ってしまいます。 すみません、やや作品から離れたお話になりました。 「怖い詩」というのは、私も同感です。ただ私の感じているのは、るるりらさんのおっしゃる怖さとは、ちょっと違うかもしれないなあ、とも思います。 (手枷 ――「幸」字解)

2018-04-21

>るるりらさん あ、行き違いましたね。コメント追加、ありがとうございます。 私の字解シリーズは、漢字の成り立ちから詩を書くというマニアックなコンセプトでやっております。言葉遊びみたいなものですので、あまり種明かしをするのもどうかと思うのですが、もしも制作過程に興味がおありでしたら、まりもさんへのレスをご覧ください。 幸せという字は辛いという字に似ている、というような内容の歌詞を、中島みゆきが書いていたとかいないとか。 幸せって、やっぱり怖いですね。 (手枷 ――「幸」字解)

2018-04-21

>るるりらさん なんだかいろいろお手数をおかけしてすみません; 「元ネタを知らなくても楽しめる、知ったらさらに楽しめる、一篇で二度おいしい」ものを書きたいと常々思っているのですが、まだまだ力不足で……。もっと精進したいと思います。 (手枷 ――「幸」字解)

2018-04-22

まりもさん、ご選評ありがとうございます! 学生の時、部活の友達が「俺たちの周りにあるものは、床も机もロッカーもみんな何かの死骸だ」と嘯いていた情景をあらためて思い出しました。 現在の生は過去の数知れない死の上に成り立っていて、いずれこの自分の死を未来の生が踏み越えていく、という感覚は、あれから随分たった今でも私の詩作において最重要テーマのひとつになっているようです。 それを的確に読み取っていただきましたこと、とても嬉しく光栄に思います。 (【選評】3月投稿作品)

2018-04-20

個々で読んでも楽しいのですが、総体として見ると、画の上手い芸人のフリップ芸(あるいは大喜利の回答)のようなウィットを感じました。 100篇以上もあるというちくわ詩、もっと見てみたい気がします。 そればかりだと、ちくわ詩人と呼ばれるようになってしまうかもしれませんが…。 (ちくわ詩編①)

2018-05-22

ご講評、ありがとうございました。 気づくのが遅くなり、申し訳ありません。 日常的な風景の見え方が、何か少し変わるきっかけになったのであれば、この上ない「幸い」に存じます。 (四月選評 )

2018-05-22

カエル嫌いな人はどう思うかわかりませんが、過去にアマガエルの写真集を買ってしまった経験のある私から見ると、ああ、なんと可愛らしい詩なのだろうと。 カタカナと漢字とアルファベットで連ねられていく鳴き声が大半を占めるという、大胆な構成も面白いですね。ここまで思い切ると、なるほどお経のようで、有り難い。 そうか解脱のゲだったのか……と、なぜか納得してしまいました。 (かえる経)

2018-05-22

卵で出産する、という着想は何年か前から詩にしたいと思っていて、でもなかなか形にならずにいました。 本作はその着想が、痛みと病み、「やさしいままでいたい」という願いと絡み合って、とてもよく生かされていると思います。 卵生-鳥-さえずり-饒舌な語り、のイメージの連なりも絶妙ですね。 (さえずり)

2018-06-01

初出:「文芸思潮」第22号 (投稿末尾に入れ忘れました) (天守閣)

2018-05-22

>まりもさん コメントありがとうございます! 投稿にあたって多少修正しましたが、これは10年ぐらい前に書いたもので、その当時はこういう小説っぽい語りが好きだったようです(今も好きですが)。 誰かを殺すことで、別の誰かに殺される可能性に気づく、 その「誰か」とは過去の自分であり、未来の自分である。 青年期の通過儀礼とは、なるほど的確なとらえ方だと嬉しくなりました。 ただ「君」が殺すのは他者ではなく「君自身」であり、だとすれば撃てと命じたのもやはり「君自身」なのではないかと、個人的には思います。 (天守閣)

2018-05-26

>かるべまさひろさん コメントありがとうございます! きれいな詩とのご感想、大変嬉しく思います。 人称を「君」にするか「私」にするか「彼」にするか迷って、最終的に「君」にしたのですが、成功しているかどうか。 でもおかげさまで、少し自信が持てました。感謝いたします。 (天守閣)

2018-05-26

>藤一紀さん コメントありがとうございます! リアリティということで言うと、実はこの城のモデルは松山城です。実際にいくつもの門をくぐり、狭間をのぞいてみて、「あ、さっきあそこ通ったな」「戦国時代だったら、自分、とっくに殺されてるな」と実感したのが出発点となっています。 自分に殺される夢は、寝覚めが悪いですね。もしも続きがあるとしたら、殺した方の自分が、代わりにその先を生きていくのでしょうか。。 (天守閣)

2018-05-28

>植草四郎さん コメントありがとうございます! 本来なら一本道なので迷路にはならない(迷いようがない)はずなのですが、時間が歪んだせいで脱出不能な迷宮になってしまったようです。。 でも攻めているつもりでいたら、いつの間にか攻められていたって、割とよくあることかもしれません。 お楽しみいただけたなら幸いです。 (天守閣)

2018-05-31

ご講評ありがとうございます! 3月の「服喪」とは別角度ですが、過去の屍の上に成立している現在の生、そして現在の死を越えていく(しかない)未来の生、への個人的な関心が10年前から変わっていない(成長していない?)ことを示す作品でした。 その葛藤を読み取っていただけて嬉しく思います。 (BREVIEW5月選評)

2018-06-16

ご講評ありがとうございます! 本作は、とある賞の選考委員から「内容的に詩ではない」という有り難いお言葉を返され一敗地にまみれた(いや、入選はしましたが)トラウマ的作品でした。弾倉に残っていた最後の一発、藤一紀さんの胸に届いてよかったです。 (選評五月分)

2018-06-16

掲示板上でコメントがなかなか付かなかったのは、無視されていたわけではなくて、「一定期間後、ちゃんと出されるというステートメント」を待ってしまったせいではないかと思います。かく言う私も、待ってしまいました。 チャレンジングな詩であるのは確かだと思うのですが、「何だこれ?」という不可解さはまったくなく、コンセプトが一目瞭然ですね。それを物足りないという人もいるかもしれませんが、個人的には、好ましく思います。 何より、ここまでのバリエーションを並べ上げた執念に感銘を受けました。読んでいる間は「おいおいまだあるのか(苦笑)」という感じでしたが、読み終えた後には不思議な爽快感。書き切った時、さぞ気持ちよかっただろうな……と、なんとなく思いました。 (同じことを繰り返すただそれだけ。)

2018-06-27

ちくわ詩人さん! 待っていました。 今回、一番好きなのは「怖い話」ですね。リアルに怖いです。 あと、「鬼」と「女神」のオチがほぼ同じなのがメタ的に笑えました。 (ちくわ詩編②)

2018-06-27

>エイクピアさん コメントありがとうございます! 意図したわけではありませんが、甲殻類(強硬な被食者)と人間(柔弱な捕食者)との対比が、前半と後半の詩表現の硬度に表れていたかもしれませんね。 何を食べているシーンなのかについては……明示していますよ(笑) タイトルもお見逃しなく! 生物として数える時は「1匹」なのに、食材として商品になると「1杯」と数えられる、あれです。 (毛蟹×一杯)

2018-06-30

>まりもさん コメントありがとうございます! 毛蟹の毛(というか棘)の役割は、はっきりとはわかっていないようです。ハリネズミのように防御しているのだろう、というのが大方の推測ですが、砂を纏いやすくして水底で身を隠すためだという説も見かけました。 個人的には子どものころ、毛蟹の棘が痛くて食べるのが大変だったという印象が強く、本作では防御説を採用しています。 子どものころと言えば、小学生の時にテレビで「エビやカニには痛覚がない」というのを聞いてびっくりしました。近年この説は覆されて、何らかの苦痛(人間の痛みとは違う感覚かもしれない)は存在すると言われるようになりましたが。 もしも髪の毛に感覚があったら……鋭敏な人とそうでない人の差がはっきり出そうですね。私は固い髪質なので、鈍感かもしれません。 (毛蟹×一杯)

2018-07-13

>5or6(ゴロちゃん。)さん コメント(&フォローも)ありがとうございます! 蟹を前にすれば、詩人すら言葉を失う。まして毛蟹は、蟹の中でも身を取り出しにくく、一心不乱にカニスプーンで掻き出さなくてはいけませんから、御託を並べる余裕はないはず。そこをあえて言葉にしたのは、目の前にあったのが本物の毛蟹ではなく、毛蟹の写真だけだったからかもしれません。 (毛蟹×一杯)

2018-07-16

>藤一紀さん こんにちは。コメントありがとうございます! ご感想を拝見してから改めて読み返してみると、実は詩の中に描かれているのは、茹でて殻を噛み割るところまででした。 実際に食べ始めたら、思考が停止したものと思われます。 (毛蟹×一杯)

2018-07-17

藤一紀さん同様、私も初読で面白いと思い、落ち着いたらコメントを書こうと思い、そしてまもなく2週間になります。 私見ですが、花緒さんの作品を味わうには概してメタフィクショナルな視点が(強いて単純化して言えば、作中話者の言葉を疑う視点が)不可欠で、「この詩句が好きでした」とかでは済まないという印象があります。 本作も虚構が入れ子状に重なっていき、それが尽きない世界を示唆していて、不条理劇を観ているような感じがします。若い頃に観た鴻上尚史脚本の舞台で、精神を病んだ3人の登場人物が互いの妄想をひたすら否定し合い、最後まで現実が明かされず、3人とも「ですが私はとても幸せです」と言って終わる芝居がありました。それを思い出したせいかもしれませんが、本作は形式的には散文に近い詩なのに、小説よりもむしろ演劇に近い虚構性を感じました。舞台なら、人間の役者がしれっと猫役を演じられますし、キャラっぽい口調も似合いそうです。 (どら猫セラピー)

2018-07-17

ご注目いただきありがとうございます。 コメント欄では想像力の溢れるご感想を頂戴して、よい刺激になりました。 (6月分選評)

2018-07-17

ご推薦、大変びっくりしました。生まれ育った地域では家庭で毛蟹を茹でて食べるって割と普通だったのですが、そうでない地域の方にはあまりピンとこないのかなあと思っていたので。 >「食べる者も食べられる対象のような、そんな幻想的な雰囲気」 投稿した時には忘れていましたが、エイクピアさんのコメントで、執筆当時の意識がよみがえってきました。食べられる側の毛蟹と食べる側のヒトを、同じ俎上に並べようという意図が確かにあった気がします。外骨格と内骨格。殻の内側の身と、骨の外側の肉。だからこそ、精一杯の供養。 思い出させてくださって、ありがとうございます。 (大賞推薦作)

2018-07-16

>かるべまさひろさん コメントありがとうございます! ご指摘はごもっともで、三連目はやや甘いなと自分でも感じるところです。 拙作は全般的に、詩を読み慣れている方には今ひとつ表現的な面白みが足りないのではないか……と思いつつ投稿していますが、いくらかでもお楽しみいただけているなら嬉しい限りです。 (命名)

2018-07-19

>杜 琴乃さん コメントありがとうございます! 日本でもおそらく戸籍法が成立する前は、名前を変えるのは特に珍しいことでもなく、人と名前の関係はもっと緩やかだったのではないかと思います。でも今は、よほどのことがない限り一生背負っていかなければならないものになってしまっていて、(そこに愛情があろうがなかろうが)「押し付け」にならざるを得ませんね。 その部分をご理解いただけたのが、とてもうれしかったです。実はこの詩をアップする少し前に、とても純粋で善良な友人から、「名前は親からの最高のプレゼントだから、誇りを持って名乗らなければならない」的な発言を聞いて、ちょっと疎外感を覚えていたもので…。 最終行の「出生届」は冒頭の「命名儀礼」と対をなすものとして、始めから着地点として決め打ちして書いたためか、無くても伝わるとは考えてもみませんでした。ご意見、感謝いたします。 (命名)

2018-07-29

緊迫感があってよくまとまっていて、そのまま掌編小説として成立するのではないかと思いました。 ただ詩としては、視点がごく真っ当なところに安定している感じで(おそらく、狂気の母/正気の娘という関係が安定していること、さらに父親という第三者がその証人になってくれていることなどから)、もう少し何か不安要素があるといいかなあという気もします。自分もいずれ狂気に走るのではないかという恐れ、とか。人形と自分との境界が一瞬、曖昧になる、とか。いや、これは好みの問題ですが。 でも好きな作品です。「ままごと」というタイトル、効いているなと思いました。 (ままごと)

2018-07-23

こんばんは。 ちくわも面白かったけれど、イカもいいですね。 今後、どんな文を読んでも「と思ったらイカだった」を期待してしまいそうです。 音の類似性からの「健康診断」と、形から連想される「甲子園」、どちらもオチが効いていて好きです。 (イカす詩編①)

2018-07-19

こんにちは。 心理描写のお手本になりそうだな、と思いました。たとえば小説を書く時に、「彼は心ここにあらずといった様子だった」と言わずに、こういう書き方で表現できるといいなあ、と。もっとも煙草というアイテム自体、なかなか使いづらくなってきていますが…。 (心ここにあらずな詩)

2018-07-22

まずは拙作から詩句を拾っていただいて、ありがとうございます。 音楽においてサンプリングという手法があり、それにまつわる論争があり、それらをまとめて詩に持ち込んでみた、というコンセプトは理解しました。もっとも音楽にはあまりにも疎いので、その意義を語るには予備知識が足りないというのが正直なところです。 単純に詩作品として見た場合、バラバラの出自を持つ言葉をパッチワークのように(それぞれの持ち味のまま)組み合わせるのか、それとも何かひとつの不可分なものに融合させていくことを目指すのか、どちらを志向するかが分かれ目になるのかな、という気がしました。後者はより難しく、よりややこしい議論になりそうですが。 試みとして、面白かったと思います。 (サンプリング)

2018-07-22

寒くて静かな光景が詩になるのは、なんとなくイメージしやすいのですが、暑さも詩になるというのが意外な盲点でした。 私の住んでいる町では、子どもたちが外に出るのを禁じられるような暑さにはなじみがないのですが、関東に住んでいた子ども時代を(特に、光化学スモッグの夏を)思い出しました。 (エラーメール)

2018-07-28

まりもさんも触れていらっしゃいますが、大阪、ミャンマー、淀川、といった固有名詞がとても活きていて、これは札幌では成立しないなと思いました。 「生真面目」だけど「ちょっとあれ」な詩人が住むのにふさわしい猥雑な街、「今」だけを生きるような暮らし。ちょっとした異世界というか、ショートフィルムを見るような感覚になりました。 (大阪のミャンマー)

2018-07-27

まず「飛び上がり」、それから「奈落の底へ行く」ところにマリオ感が出ているなぁと感じました。 ゲームならではの反復性、現実世界の「楽しみ」のために供される虚構世界の「苦しみ」、あたりがテーマなのかと思いますが、第三連の呼びかけの意図が若干、消化不良かなという感じがしました。自分の読解力(もしくはゲームそのものへの造詣)が乏しいだけかもしれません。 最後の「コントローラー」という単語は、ゲームの話だと気づかせるためのヒントでしょうか。個人的には、「コントロール(制御する)」という意味が、他の詩句とどこかで共鳴するような作りになっていると、さらに面白いかなと思いました。 読んでいて楽しかったです。 (友よ)

2018-07-29

うりずん。初めて聞いても、いかにも沖縄っぽい響きですね。「潤い初め」という時季をわざわざ名指す言葉がある、という事実が、南の島の風土とそこに生きる人の季節感を如実に表しているように思います。北国育ちには、正直、実感が湧かないのですが…。 しかし本作では、視覚(黄金の光、みどり、赤土、白い手…)や聴覚(会話)だけでなく、嗅覚(朽葉、樟脳)も味覚(百年古酒)も触覚(温感、湿り気)もフル稼働してその季節を体感し、言葉に変えているので、自分も追体験しているような気持ちになれます。最後には、蝶の微かな羽ばたきの音まで聞こえたような。 「エッセイと詩の境界、小説と詩の境界」、よく考えます。歩行と舞踏の譬えはよく引き合いに出されますけれども、リズミカルな歩行もあり、目的地を目指して進む舞踏もあり。読みようによってどちらにも取れる、というのは、大きな魅力だと思います。 (うりずん)

2018-08-19

「冷や奴」という料理名を芸妓(?)の芸名に見立てる遊び心と、後半のちょっと意味深なフレーズの取り合わせが粋ですね。 「うそなんてついてません」で一旦、京ことばが消えるのは狙いでしょうか。嘘じゃないとわざわざ断るということはおそらく嘘、でもそれを言うならそもそもその存在自体が(京ことばも白塗りも芸名も)虚構みたいなもの。そんなことが示唆されているようで面白いな、と思いました。深読みのしすぎかもしれませんが。 (冷や奴と申します)

2018-08-10

ご注目いただきありがとうございます! 詩の中に「思想」が見えるのは、好き嫌いが分かれるところかもしれませんが、好印象を持っていただけてうれしいです。 (B=REVIEW 2018年7月投稿作品 選評)

2018-08-16

第一次選考(?)通過に驚いています。ありがとうございます! 何というかもっとこう「自由なけものみたいに走ろうぜ」的な雰囲気を出さないとセンサーに引っ掛からないものだと思っていました。選出される作品ではなく、選出する基準のほうが自由なけものみたいで、とても面白く拝読しました。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-16

当たったことがないので、というかそもそも当たり付きのアイスを食べないのでわかりませんが、アタリと書いてあったらお店に持っていけばもう1本もらえるとか、そういう仕組みだったかと思います。 その権利を行使せずに墓標にしてしまうというのは、アタリの棒がまとっているポジティブな要素(おかわりアイス1本分程度の好運)を死者に捧げる行為になるのかなと。 蝉もアイスも供養も夏らしくて、戒名という着眼点が効いていて、そしてちょっとノスタルジックな詩だという印象を受けました。 (戒名)

2018-08-13

コメントありがとうございます! >帆場蔵人さん 怪談っぽく終わらせるなら、四連より後は蛇足かもしれませんね。でもしっくり来たと言っていただけて、うれしいです! >まりもさん 「うまい」と言われることは滅多にないので、ちょっとテンションが上がりました。ありがとうございます❗ (生垣)

2018-08-14

すみません、「なまじろい」がひらがなで「青白い」が漢字なのはわざとですが、 「からめとられる」が1ヶ所だけ漢字なのはうっかりミスです。。。 (初出時は漢字でしたが、今回の投稿でひらがなに改めた、つもりでした) 深読みしたくなるタイプの皆さん、どうぞお目こぼしください。 (生垣)

2018-08-14

前半も後半も、前作から発展しているなあと思いました。 特に前半は、個々の詩句が前よりもお互いに溶け合っている印象を受けます。少なくとも自分の詩句に関しては、(単語だからかもしれませんが)必然性を持ってそこに嵌まりこんでいる感じで、思わず見逃しそうになりました。 あと後半で前作への言及があるのですが、それもまるで虚構の一部として読めてしまうというか、前作の流れに寄りかかりすぎていない感じがしてよかったです。いや、本当に初見の人がどう感じたかはわかりませんが。 (サンプリング(REFRAIN))

2018-08-14

確認画面うれしいです! 今月、実装されてから投稿すればよかった…そうしたらアップする前にあの誤字に気づけたかもしれないのに(いえ、単なる注意不足です)。 (※確認画面追加に伴うテスト投稿です)

2018-08-14

オイディプス王、随分前に蜷川幸雄演出の公演を映像で観たように思うのですが、白石加代子の語りで観てみたいと思いました。 >己自身について知らず、未来を知らない。 >業、宿命を負って生まれ、苦痛とともに死にゆかねばならない エディプス・コンプレックスという言葉は、本当はこういう事象に対して抱く感情を指すべきだったのかもしれないなと。雑感ですが。 (ソポクレス『オイディプス王』 ※)

2018-08-16

URLありがとうございます! 試聴したら買いたくなりました。貴作拝読した上で買うなら、やはりCDよりもDVDでしょうね。 音楽劇はあまり得意な方ではないのですが、ストラヴィンスキーの「兵士の物語」は生で観て割と面白いと思った記憶があるので、期待できそうです。 (ソポクレス『オイディプス王』 ※)

2018-08-16

ご推薦ありがとうございます! 名付けという行為に何かしらの引っ掛かりを覚えてしまうのは、それが言葉の機能の根幹に関わるものだからなのか…と、ご講評を拝見して思いました。 余談ですが、他の方の作品に対するご選評も、毎回楽しみに拝読しています。お忙しい中、お疲れさまでした。 (七月分選評)

2018-08-16

描かれている個々のシーンの切り取り方がとても魅力的だと思いました。だからこそ「野球の魅力に取り憑かれ」はあえて言わずに、描写だけでも伝えられるのではないかなと。 自分も七五調で書いたことがありますし、個人的に形式のキマッた詩は好きな方なのですが、一方でこういうリズムは諸刃の剣というか。書く側も読む側も、語呂のよさに引っ張られてしまいがちになるような気がします。 せっかく若さや躍動を感じさせる題材なので、リズムの枠に嵌めるよりも、そこからはみ出していくような勢いがあるとさらにいいかも……。もちろん、いろいろな制約に縛られながら、あくまで行儀よく小気味よく振る舞う様子も、ある意味、高校球児っぽくて好感は持てますが。 (俺の高校野球)

2018-08-19

「ぬめるので目が覚めた」という書き出しが印象的で、思わずTwitterから見に来ました。 寝室をさまよい歩く男に首を選んで与える、という行為が暗示するものを考えると興味深かったです。 ダークですが幻想的で、全体としては恐ろしい感じはしませんでしたが、ひな人形のくだりはぞっとします。個人的な感覚かもしれませんが、男の首よりも、ひな人形の「彼女」のほうが怖い。 この3行を境に、考えていた「私」が主体的に動き出す感じ。最後まで緊張感があって読みごたえがありました。 (首を選ぶ ※)

2018-09-08

>渡辺八畳@祝儀敷さん コメントありがとうございます! ゴールが同時にスタートであるような∞、死からまた始まる町。示唆を拾っていただけて嬉しいです。 (蜂蜜紅茶)

2018-10-02

>帆場蔵人さん 魂の残り香を拾い集めた結果が、蜂蜜の芳香になるのですね。幻想的な読みをありがとうございます! (蜂蜜紅茶)

2018-10-14

>藤 一紀さん さすが鋭いですね。実は本来もっと普通に(短いスパンで)行分けしていたものを、「あれ、これもしかして散文詩にできるのでは?」と思ってつなげてみたものの、慣れていないせいかしっくりこなくて途中段階(句点で改行)でやめたという曰くつきの作品なのでした。 音(蜂、8)と形(8、∞)と意味(蜂蜜の永遠性)の連環は、書いているうちに気づきました。ちょっとしたアハ体験でした。 (蜂蜜紅茶)

2018-10-16

ジレンマ、という言葉を使わずに、そのもどかしさがひしひしと伝わる作品だと思います。 はっきりとした答えが出せずにいる人間たちの間に、鮮やかなサルビアの輪郭だけがくっきりと浮き立っていて、とても活きているという印象を受けました。 (サルビア)

2018-10-07

拙作「蜂蜜紅茶」にたくさんの文字数を割いていただきまして、大変光栄です! 作者自身よりも、作品を精密にご理解いただいているように感じました。 殊に冒頭の「もちろんそれはただの比喩」についての分析があまりにも鮮やかで、自分が書いた時にそこまで意識できていたかどうかはともかく、まさしくそうに違いないと激しく納得しました。 選評って素晴らしいですね。 >「死者の町」の話であるにも関わらず、どこをとっても連関があり、詩行自体が死んでいない。 >何でもなく読み進めることができるのだが、こうした作品こそ書くのが難しいだろう。 とても嬉しいです。ありがとうございました。 (9月投稿作品選評―記憶にまつわるお話たち―)

2018-10-06

人の住んでいるところはどこでもそれなりに悪意に満ちているのでしょうが、アパートメントという場所を切り取ったのがポイントだと思いました。薄っぺらい壁を通して悪意が伝播し、自分の中の悪魔を目覚めさせる、荒涼とした住空間を想像しました。これが高層マンションだったり、一軒家の並ぶ住宅街だったりすると、悪意の表出ももっと違うものになるのだろうなあと。 ただ全体として、リアルに迫ってくるというよりはどこかイメージっぽい、桐野夏生の小説の舞台になりそうな(限定的ですみません)設定だなという印象もあります。最終連の「キサマ」など、凶暴性を強調する言葉により、本来は恐ろしいはずの悪意が戯画化され、滑稽なものになっているような感じがしました。 (アパートメント悪意)

2018-10-07

まさかのハッピーエンド(?)ですね。 家臣たちがどのようにして持ち主の判定をしたのか、想像して楽しみました。 (本当は怖いおとぎ話)

2018-10-10

「個性を大事に」という音声的なリフレインと、その間に進行する視覚的な描写が交互に現れる構成はいいなと思うのですが、ふじりゅうさんもコメントされている通り、結論を言いすぎかなという気がしました。 何しろテーマが普遍的(個性重視って30年前から叫ばれているし…)なので、1行目でおおよそ言いたいことが分かってしまうんですよね。「私は今日も周りに呑まれる」というジレンマや「潰しているのはアンタ達」という非難がましい気持ちも。そのあたりは、匂わせるぐらいで十分なのでは、と思います。 (個性)

2018-10-23

子どもが登校するのを見守る母親、という画を、田舎に引っ越してきてから見かけるようになりました。 なぜわざわざ外に出て見送るのか理解できずにいましたが(自分は見送ったことも見送られたこともないもので)、貴作を読んで、ああ、こういう光景が見えるのか……となんとなくわかった気になりました。 まなざしという平仮名のタイトルが、読み終えてから染みてきます。 (まなざし)

2018-10-20

我が子が死んだという事実を否応なく突き付けてくる蠅、人情としては憎んでしまいそうなところなのに、死を教えその亡骸を送ってくれる存在としてとらえる、その視点に惹かれました。 仏教的な世界観ですが、それを意識しなくても、十分に響くものがあるように思います。 (蠅)

2018-10-20

>オオサカダニケさん コメントありがとうございます! この作品は「壁を超えて」というテーマを与えられて、書き下ろしたものでした。それに合わせようとして、理が勝ちすぎたかも……。ともあれ、景色まできちんと読み取っていただき、感謝いたします。 >渡辺八畳@祝儀敷さん コメントありがとうございます! 一か所でもおおっと思っていただけたなら、重畳です。 (一線)

2018-10-26

推薦作にご選出ありがとうございます! 上手いと言っていただけて、励みになりました。 (10月分 フル選評(まりも))

2018-11-09

© B-REVIEW 2018