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気分はもう、最後の戦争    

作成日時 2019-01-02
コメント日時 2019-01-12

教師は僕の頬に平手打ちを何度も食らわせた。野球部の練習は過酷で理不尽だったし、家庭ではもめ事があった。学校とは元から相性が悪かったし、僕の頭は不満で溢れていたから。だから。僕は大好きなミュージシャンのCDと映画を観れる機械を持って、高い高いバベルの塔にこもった。僕は世の中と戦争することを選んだ。成果至上主義、学歴社会、受験戦争、その他あらゆる人間性を締めつける価値観と仕組み、そして世界の序列と戦争することを。そう、選んだんだ。僕はひたすら音楽を聴き、本を読み、映画を観漁った。僕の感受性と人間を観察する力は、日を追って育まれ、鋭くなっていた。僕は夢見る機械。夢を量産する機械となった。あの時の僕なら、世のすべての、惨めな生活を送る人を潤すことが出来ただろう。僕は満悦し、時に現実と乖離していく自分に恐怖しながらも、満足していた。僕はいつまでも夢を見ることが出来た。 だけど、それが壊れる時が来た。 地震が起きたからだ。 バベルの塔は崩壊し、世間と戦うための根城だった暗い自室から、僕は急き立てられるように追われた。僕の脳に、これまでシャットアウトしてきた情報、世の成り立ち、社会の構造、社会生活の良識など諸々がなだれ込み、僕を苦しめる。だけどその苦痛を感じている暇もないほど、現実は、リアルは、僕を追い立てる。地震のあとの崩壊した街では死体が転がり、女たちは暴徒化したならず者たちに襲われている。そして何よりも大切なのは、大切なポイントは、そこでは戦争が起こっていたことだ。みな口々に敵方を罵っている。僕の戦争は小さくとも、それは全てで絶大な力を持っていた。だがそれを吹き飛ばすほどの巨大な戦争。平成が崩壊した年に僕と世の中の戦争は終わっていた。みなは、日本人は一体誰と戦っているのか。アジアの某国か、それとも内戦でも起こっているんだろうか。俺は今は老いさらばえているだろう父を探した。砲弾の音が響く中、僕は父を探し出す。今では髪が真っ白になってしまった父は、機関銃を手にして兵士に指示を出している。僕は父に訊く。 「あなたは、あんたは一体誰のために戦っているのか。こんなひどい戦争を誰のために」 父の顔は猟奇性に満ちている。そう。彼は狂ってしまっているのだろう。道行く無法者同然の若者をつかまえては、頭突きをくらわして気絶させる。父は酩酊した瞳で僕を見つめて答える。 「私が誰のために? 誰のためにだと? 決まっている。家族だ。砲撃!」 父の号令とともに射撃砲やロケットランチャーが遠方へ向けて発射される。戦争は「家族」という小さな枠組みを守るために各人が戦っているものらしい。そこには祖国も地方も地域もない、そんなきれいにカテゴライズされた枠組みはない。あるのは自分の血筋をただ守るためだけのずさんな戦争だ。父は今もって多分傭兵であろう兵士たちに指示を出す。その目は狂人のそれだ。僕は気狂いじみた父の手を止めて、機関銃を奪うと彼を責め立てる。 「俺がバベルの塔にこもっている間、あんたは俺に何をしてくれた? それが今さら家族のためにだと? 何を言ってる。戦争なんてすぐにやめろ。すぐに、だ」 父は柔和な笑みを浮かべて僕に手を差し出す。 「息子よ。我が愛すべき息子よ。どうして父にその矛を、牙を、そして機関銃を向ける? 私は愛すべき息子、お前のためだけに戦っている。これは狂気でも、過ちでもない」 僕は柔らかく愛情に満ちた父の顔が、忘我の人のそれであるのに気づいた。僕は機関銃を構えると、手を差し伸べる父に向けてその銃弾を撃ち鳴らした。血しぶきをあげる父。かつては健康で正気も保っていた父は命を落とし、僕は父殺しの罪を犯した。僕はフラフラとした足取りで未だ戦争の続く祖国、故郷を流浪する。最早敵方のターゲットは父亡きあと、僕だ。これ以上の酷い戦争はもう起こらないだろう。国益のためでもなく、祖国愛のためでもなく、ましてや国際倫理なんていうチープなもののためでもない。エゴと私利私欲のためだけに行われる戦争。多分敵方もカルマでまみれた自分の家族のために戦っているんだろう。気分はもう、最後の戦争だ。僕が打ち上がる弾幕でさえ見つめて恍惚に身を浸した時、その時、それは一瞬の出来事だった。敵方の銃槍が幾つも、それこそ千本にも見える勢いで僕を貫いた。僕は血反吐を吐き、倒れ伏す。槍が抜かれた体を持て余しながらも僕は立ち上がり、ひたすら前へ進む。もう行く宛てなどどこにもないのに。僕は空を仰ぎ見て、口からあふれる血を吐き出す。僕は自分の人生がふいになった事実を噛みしめながら涙を流し、機関銃を空に向かって撃ち鳴らす。倒れゆく体はゆっくりとしていて、スローモーションだ。僕はのたうち、地を這いずり、のたれ死ぬ自分を体感しながら、なぜかわけもなく空に向かって泣き叫んでいた。 僕の戦争は終わりを告げる。 ゆっくりと。 振り返るいとまもなく 余裕もなく 回想なんてすべてないがしろにして ゆっくりと 幕を降ろす。 そうして。


項目全期間(2019/06/18現在)投稿後10日間
叙情性00
前衛性11
可読性11
エンタメ55
技巧11
音韻11
構成11
総合ポイント1010
 平均値  中央値 
叙情性00
前衛性11
可読性11
 エンタメ55
技巧11
音韻11
構成11
総合1010
閲覧指数:70.6
2019/06/18 22時56分20秒現在
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コメント数(44)
環希 帆乃未 (2019-01-02):

ステレオタイプさん。もしかしてですが、小説書かれてませんか?文章がしっかりしてるです。今月の投稿作品への感想を書けないのは私の感受性の問題です。書けない、書けてない方々、申し訳ございません。刺されて刃物が抜けた場合、鮮血がブシャーって出るのも有って、惜しいと思ってしまったけれど。心象で見ればなんて事無く受け入れて読める作品です。心象だったのなら、また違ったコメントを残します。必要なければ仰ってくださいませ。

stereotype2085 (2019-01-02):

つきみさん、コメントありがとうございます! はい。僕は小説を書いています。筆力を褒めていただいて嬉しいです。また心象で見れば、とはどういうことでしょうか。心象風景として中盤以降を見るなら、ということでしょうか。それならばこの詩の中盤以降は心象風景としてとらえてもらって結構です。よろしくです。

環希 帆乃未 (2019-01-02):

ステレオタイプさんやっぱりですかー。小説書かれている方の巧みな部分出ていますね。良いですねぇ。私は全体をイメージ、直感で捉えていました。やっぱり心象風景があったのですね。十二月のフルにも載せたので、選評には載せれませんが、載せたいですねぇ。今月フルに載せれなくて申し訳ございません。感想っぽいのを書きますね。構成力ともに筆力も備わっていると感じます。見る読む潜れる、読み手に親切な作品ですね。題名と文章が調和しているので、尚の事良いんですよね。はぁー。良い作品なんですよね。説明したら作品の回答になるんで、やめときます。読み手の自由を奪いかねないので。 求めて無かったら、捨て去ってくださいませ。心象風景のリアルさを更に引き立たせるのなら、スプラッタと戦争モノの映画もしくは、YouTubeでも見れるのは見れますので見るのお勧めします。この作品には、機関銃も刃物が刺さるシーンが出てくるので、よりリアル、ノンフィクション感が出て良いと私は思います。音(塔の倒壊も含む全体)とかも、含めてですね。もしも、加筆が冗長に成る、繋がると考えているのなら、フィクションだと思われてしまう可能性があります。文字数の兼ね合い、あらゆるバランス崩壊を起こさないかが、この作品の味噌になりますが。加筆するだけで充分にリアリティがでます。まー参考に成らなかったら、捨て去ってくださいませ。できない方には、言いませんので。できる方だと思っています(期待に満ちた目キッラキラ)

かるべまさひろ (2019-01-03):

ヒップホップの魂の一種を感じました。 わかりやすさ、をいつも感じて読んでいますが、なんだろう、いつもより少し複雑な感情を読み取った気がします。面白かったです。

オオサカダニケ (2019-01-03):

こんな長いものに目を通す人間がどれだけいる?

TO-Y (2019-01-03):

過去は澄んだ水のように私に染み込み、未来は川の源流の岩みたいに頑なだと感じました。この詩において。

stereotype2085 (2019-01-03):

オオサカダニケさんへ。感想でも批評でもない、思ったことの垂れ流しは本来スルーすべきなんだが。ダニケさん、あなたは人とコミュニケーションする能力が欠けているようだ。それも徹底的に。加えて再三の警告、イエローカードの発出、ガイドラインの意味を読み取る力にも欠けている。あらゆる点で幼稚で稚拙。ネット上においてでさえ人と意思疎通するレベルに達していない。ネットの向こうには生身の人間がいる。その人物がどういう人間かも知らないで、自分(ダニケ)の痴態ぶりを晒すのは危険なことだ。これは最後の警告になるでしょう。運営の1人としても申します。次に感想、批評に値しないコメ活動が見られたら、あなたはビーレビューを追われるでしょう。以上です。

オオサカダニケ (2019-01-03):

感想やで、そうやろ?まさか一行の詩を見て、「長いなあ」なんて‘感想’が出るわけない。よって「こんな長いものに目を通す人間がどれだけいる?」というのは貴様の駄文に対する感想である。論破できるならしてみろ。 というか、まさか我々は「20行だろうと30行だろうと全文に目を通してもらえる」なんて思いあがるべきではないですよねえ?1行で切ろうが、1文字で切ろうがいうまでもなく読者の自由ですよねえ? 客観的に考えて、貴様は今回の作品に貴様なりの思い入れがあるんだろうなあ。だからdisられてキレた。そして自分をdisる人間を「感想でも批評でもない、思ったことの垂れ流し」と決めつけてなおかつ、おれがこの詩に書きこんだこと以外、つまり過去の素行を持ち出して自分の意見に説得力を出して「俺は平等で冷静な視点をもってこいつを判断している。その上で追い出す」というスタンスをとっていますね。 一つ事実を教えてやろう。この世のすべての感想、批評は「思ったことの垂れ流し」だよ。それがおべっかでないかぎりは。超一流のプロによる、適切で精密な批評ですら、思ったことの垂れ流しだ。 反論してみろ。 俺を追い出せ。運営である貴様に媚びない男を追い出せ。大賞に貴様を推薦し、賞賛のコメントを書き込む者だけをかこっておけ。 今はストレス社会、どの国も経験したことのない閉塞感。わかるよ。我々は甘やかしてほしがってる。我々は肯定してほしがってる。 実力を磨くために、若いもんは苦労せえっ!ふんが!という時代は終わったよ。 コミュニケーション?意思疎通。?俺の意思は「こんな長いものに目を通す人間がどれだけいる?」だよ。 さあ、俺を追い出せ。素行不良でコミュニケーション障害で、貴様に真実を突きつけた俺を追い出せ。今日にでも。

帆場蔵人 (2019-01-03):

バベルの塔は崩れる必然を孕んでいる。塔の中での主観的な全能感から否応なしに出ていがなければならない主体が現実と向き合うときの強い葛藤と苦悩が丁寧に描かれていると思いました。なんとなく有り得たかもしれない並行世界を読んでいるような物語を感じる確かな筆致ですね。 なぜか、わけもなく空に叫んだとき少年だった自分は死に、大人としての自分が産まれる産声のように思いました。 ただ整い過ぎていて強い感動がぼくには生まれてこなかった。どこかで物語や筆致を崩して読み手の予想を裏切ることでさらに強い余韻が生まれないかと感じました。漠然とした感想で申し訳ないです。

帆場蔵人 (2019-01-03):

ダニケ様 ぼくは短い詩が本質を貫くような作品が好きです。しかし、こんな長いものに目を通す人間がどれだけいるのか?と言われていますが、なぜ長いものが読まれないと決めてかかるのでしょう。確かに最近は読み易く自分の頭で考えなくていい読み物が持て囃されることがありますが、それだけが読み手の需要でしょうか。ステレオさんも百人が百人読んでくれるとは思われていないでしょう。短い詩、長い詩についてのご意見があるのだとしたらフォーラムで議論されてはいかがでしょうか。ダニケさんの考えをまとめて示して頂ければ、有意義な話も少しは出来るかもしれない。横合いから失礼しました。

渡辺八畳@祝儀敷 (2019-01-03):

https://www.breview.org/forum_blog/ フォーラムはこれです

かるべまさひろ (2019-01-03):

根拠のない酷評なのか、ただの感想ライトレスなのか、 明文化されていないのは、個別で判断する必要があるからです。 ただ判断をする人がたくさんいるという点で、意見は毎回分かれると思います。ビーレビが批判されるポイントの重大な部分にカードの絶対権力性があると思います。 ビーレビのドラマツルギーについて議論を深めるべきなのかとは思いますが… こちらで議論が白熱しすぎて、冷静さを書いた場合はストップさせますが、かるべ(最近オオサカダニケさんの関連の時だけ運営仕事をしてる気がする…)の判断ではまだセーフなのでお二人におまかせします。

羽田恭 (2019-01-03):

実際の戦争における一般兵は、こういうものなのかもな、と思いました。 大義名分の元、身近なもののために戦い、傷つくなと。 その身近なものが、私利私欲だったりもするわけで。 この作品では父親と戦ってしまってますが、私利私欲の面が強かったのかなと。 もう少しシンプルに、記述を少なめにしても良かったようには思いました。 その方が言いたいことが伝わりやすい気がしたので。

stereotype2085 (2019-01-03):

オオサカダニケさんへ。「こんな長いものに目を通す人間がどれだけいる?」は百歩譲って挑発抜きのライトレスだったとしよう。だが「貴様の駄文に対する感想である」はれっきとした1ユーザーへの罵倒であり、侮辱であり、ガイドラインに抵触するものだ。もしあなたにそれが出来るほどの器量があるのなら今後一層気をつけて欲しい。また「超一流のプロによる、適切で精密な批評ですら、思ったことの垂れ流しだ」については、あなたはそう思うだろう、だが私はこうだ、と思うだけで反論する手間をかけようとは思わない。ただし過去の素行を持ち出して、というのは当たっている。その通りだ。黒髪さんの作品への煽り発言、taishi ohiraさんの作品における渡辺氏への侮蔑的発言、そしてサイト自体への罵倒。それらを総合して私は、「次に感想、批評に値しないコメが見られたら」と発言させていただいている。もしダニケさんがもっと狡猾に、ダイナミックに人を揺さぶるほどの詩作活動、コメ活動をしたいのなら、言質を取られないようにすることをお勧めする。あなたの発言、言動、振る舞いはすべての人の目に晒されている。それは私への悪態に関しても同様だ。あなたは一つ失言をするたびに、一つ失態を犯すたびに信用と信頼を失っていく。これからはもっと狡く、賢く振る舞ってほしい。そうすればあなたの揺るがないルミナスラインへのこだわり、詩とはどうあるべきかの姿勢に共感する者も現れるだろう。ここで最後のイエローカードを出したいところだが、私はそんなに酷な人間ではない。あなたには失った信頼、確定しつつある悪評を覆す機会が与えられている。それがもし出来ないのならば潔く自ら立ち去るべきだろう。あなたには幸運なことにフォーラムという場が与えられている。ここを存分に使って自らの思想信条を開陳してほしい。健闘を祈っている。それではまた。

オオサカダニケ (2019-01-03):

というかなあ、俺はステレオにコメントしてるけどお前はしてへんねん。お前がイエローカードじゃ。調子ノリすぎ。お前は「おいダニケ、てめえの詩はゴミだなwww」すら言ってないねん。まじで何様やねん。てめえがルール違反じゃ

stereotype2085 (2019-01-03):

たしか先月の作品にコメしたはずだが。その際に「人物に迫るとかクソやねん。この文章結構いいからな。」とのレスがついたのでコメするだけ不毛と私は考えた。何なら今からあなたのルミナスラインを幾つも放り込んだ詩にコメ入れをしてもいいが。

オオサカダニケ (2019-01-03):

あーそうか、あれは、ちゃうねん。あの文ゴミですた。ごめん、てか、「目的地」とかにコメしてほしかった。間が悪すぎるわ。そすね、もしよろしけりゃ、1月の詩のコメおねがす。正月行事で忙しいなら別にいいけど

羽田恭 (2019-01-03):

横から、かつここで述べるのは正しくはないのですが。 「賢者は中傷にも称賛にも動じない」 釈迦 願わくば、言動に慈しみを。 他の誰かが善くあるように、自分自身も善くあるように、そう思いつつ評価を。 たとえそれが酷評となっても。 善くあるようにと。 できる限り、中傷にも称賛にも、罵倒にも賛辞にも、何ものにも動じることなく。 自らを整えて。 それがビーレビューの精神に叶うと思いますので。

オオサカダニケ (2019-01-03):

動じるやろ。我慢するのがアカンねん。縦社会をゆるくして、皆が皆に駄々をこねる社会になればいいねん。平社員が社長に、親が子にわがまま言ったらいいねん。さすがに違うか。 ワイはめっちゃ動じるで羽田も動じたときはその感情を自覚すればいいねん。人間自体バカやから

羽田恭 (2019-01-03):

ええ、動じます。仕事では割と多いですし。 ただ、それに引きずられないように努力しています。 勘違いされがちですが、我慢しているわけでもないのです。 苦痛に反応しない、そういうやりかた、生き方があったという事です。 動じることで30年以上苦しみました。 我慢を、怒りを、妄想を、執着を自覚できず、自覚してもどうすればよいかわからず。 我慢も、何もかも動じる事だったように思います。 なので動じず、自分を整える方向へ進んでいます。 呼吸を背筋を整えて。 もっとも個人的にそうしているだけで、他の人にはそこまで勧めはしませんが。 ビーレビューは自分の方向性に近いところがあると思い、先の書き込みをしました。 人間はバカです。 でも、自らを愚かだと自覚すれば賢者であるとの釈迦の言葉を、自分は胸に刻んでおります。 なるべく皆さんには、人を善くあるようにと願いつつ評価をしてほしいと、あくまで個人的に思うだけです。

渡辺八畳@祝儀敷 (2019-01-04):

1/3にNHKで放映された「平成ネット史(仮)」でのヒャダイン氏の発言 「曲作りとかでも心がけているのは最初の1分ぐらいに飽きさせないように努力するっていう。なんでなるべくワンコーラス短めにするんですけど、YouTuberも同じ発想で、やっぱその電車の中で観るとかベッドの中で観るとかすごい短い時間で観たりとかするので、なんでそんなインスタントなものを作ってるな〜ってイメージがあるので、今の時代ぽいんだろうなっては思います」 この詩には上記のような発想が無いかなと。それがオオサカダニケ氏の「こんな長いものに目を通す人間がどれだけいる?」という感想にも繋がっていると分析する。 正直言うと今作は厨二臭がきつくて読むのが辛かった。第一連は学校や家庭になじめず自己世界に閉じこもる青少年という、「病み」傾向があるネットのクリエイターなら書きがちな設定。それを「バベルの塔」「成果至上主義」など大層な語句で書いている。厨二という形容ど真ん中だ。顔が熱くなってくる。出だしがそうなのだから作品を読ませるための掴みは非常に苦しい。実は2連目3連目以降は雰囲気が変わり良くなるとしても、掴みがひどいからそこまでたどり着けない。 それの解決策を挙げるならば。厨二臭さは冒頭だけの問題ではなかったし、この題材この書き方で臭さを取るとしたらもう丸っきり別のものにしなくてはならない。だからそれは却下として、あとは①最初にひきつける「ルミナスライン」を設けるか、②「ルミナス設定」とでもいうような特殊な設定を詩中主体に施すか、あと③題名をすごくよくするかぐらいだろう。 ①としては、詩文の厨二臭さを持ちつつも詩情も維持している作者として白犬氏の詩を参考にするといいんじゃないかなと提案できる。②だが、例えば今日はもう溢れかえっている異世界転生小説。これからただただ事故って転生して無双する作品を書いたところで見向きはされない。だからただ転生するのでなく様々な独自設定を考える必要がある。『転生したらスライムだった件』はその点で見れば最適解だと思う。③は②にも関わってくるだろう。ルミナス設定を題名に持ってくればそれだけで目を引く。今作、大友克洋の『気分はもう戦争』のもじりですよね。東京オリンピックとAKIRAで再び注目が集まっているとはいえ、いやぁ気分はもう戦争ではマイナーで苦しいかなぁと。あと大友って不幸なのは、漫画界でも珍しいほどにリアルタイムで読まないとすごさがわからない作家だってところで。大友みたいなリアリティの作画なんてもう今ざらに見ちゃうじゃん。んでリアルだから絵柄自体へのファンがつきにくい。後の作家への影響の強さは随一だが、作家としての個性の強さは蛭子能収のほうが勝る。 長々と書いたが、つまりは冒頭 からフックが弱いのでなかなか読まれずらいのではないかということだ。せめてルミナスラインは欲しいところ。 とはいえオオサカダニケ氏のルミライ至上主義には全面賛同できない点も勿論あって、それは結局ルミライはあくまでフックであって、それ単体で成り立ちにくい(または成り立たせてもある程度の質で留まってしまう)からだ。stereotype氏のようなストーリーのなかにルミライがあるのが理想。映画で例えると、ルミライはトレーラー(予告動画)。トレーラーで流れてくるシーンはすっごく魅力的なんだが、しかしそれは映画にはなれない。対称に「気分はもう、最後の戦争」は3時間の超大作だが起伏のない映画。 だから、3時間の長尺だが最後まで飽きない「七人の侍」を作らなきゃなんですよ。七人の侍は最強、トレーラーも冗長な映画も敵わない。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ひとつ思ったこと。 >この世のすべての感想、批評は「思ったことの垂れ流し」だよ。 例えば大学教育では、論を発表する場ではそれの根拠となる文献を求められる。 ネット詩での感想で毎度毎度文献を持ってくるわけにもいかないが、コメント内で「Aだと思う。それは詩のBの点がこうだからだ」ぐらいの根拠提示はあるべきでないかなと思っている。それこそが批評の技術だ。「長いなぁ」と思ったその論拠をあなたは書くべきだったんだよ。

stereotype2085 (2019-01-04):

渡辺君、コメントありがとう。これから指摘の一つずつに応対していく。まずヒャダイン氏の言葉を引用しての、いわゆる掴みに失敗しているとのことだが、そうだろうと思う。この詩は一気に書きあげたせいもあってその点は配慮が足りなかった部分もあろう。次に厨二臭が強いとの指摘だが、私は実際厨二という言葉が余り好きではない。厨二臭が強かろうが強くなかろうが、君が顔を赤らめようが赤らめまいが別にそんなことは関係ない。私は詩作ルート、詩の遍歴の中で書くべきものを書くし、厨二病の傾向があろうとなかろうと躊躇せずに書くだろう。そこに言葉の検閲、表現の検閲はない。それは君が在る言葉、既に存在する言葉として「白痴」という単語を使うのと同じことだ。なお私は君が白痴という単語を使おうが使うまいが、差別用語として言葉狩りされている言葉を使おうと使うまいが、眉をしかめたりは決してしないし、批判するものではない。君は自由だし、私も自由。だから君が顔を赤らめたとしてもどうぞご自由に、顔を赤らめておいてください、と思うだけだ。さて次に大友克洋の「気分はもう戦争」のもじりではないかとの指摘だが、その通りだ。このフレーズはタイトルを初めて目にした当初から気に入っていた。これも君がマイナーと思おうが、大友克洋より蛭子能収の方が勝ると思っていようが関係ない。戦争は常に結果として気分で起こるものだからだ。さらにこのタイトルは、大友克洋のネームバリューに依存してつけたものではないことを言明しておく。ついでに言及しておくが、君が大層こだわって、お気に入りで、影響も受けている蛭子能収の方が大友克洋より優れているという君個人の感想、思い入れをここで書くべきだろうか。私はそうは思わないし、蛭子能収が優れていると君が思っていようがいまいが、私には関係ないし、知ったことではないし、それこそどうでもいいことだ。蛭子能収が好きだ、というならツイッターか何かで呟いてみたらどうだろう。その方が自由度も増して、君にとって有意義だ。最後に「気分はもう、最後の戦争」は冗長な映画だったとのこと、起伏がなかったとのこと。そのような印象を君が抱いたのも、ひとえに序盤の失敗、ミステイクから生まれているのだと思う。これが感想へのレスだ。またルミナスラインについてはストーリーの中に散りばめられているというのが理想、というのは同意だ。それと感想、批評というのは個人の好みや、良しとする詩の理想像に依拠して書く、書かざるを得ないものだが、君の今回の感想、酷評は自分の好みが絶対という根拠のないものにかなり依存していたとは思う。だが客観的であり、冷静な批評眼に頼ったものもあるにはあった。それでは以上だ。

オオサカダニケ (2019-01-04):

わた、長いことに論拠なんかないで。読者しだいやで。おれは10行ぎっしりかかれてたら長いと思う

オオサカダニケ (2019-01-04):

ステレオ氏  わた氏  詩はルミライ至上主義じゃいかんのか?小説は、ルミライ至上主義じゃダメなんやろうなあ。短編やとしても。詩はルミライを楽しむものだと思っちゃってる。

stereotype2085 (2019-01-04):

つきみさん、あらためてコメントありがとうございます! 構成、筆力ともに褒めていただいて嬉しいです。潜れる、というのが何とも言えず書き手冥利に尽きる言葉です。また心象風景としての戦争シーンにより一層リアリティを持たせるための方法、了解しました。youtubeなどでぜひともチェックしてみようと思いますよ! それでは丁寧なそれでいてこの詩を気に入ってくださった感想に感謝します。ありがとうございました。

stereotype2085 (2019-01-04):

かるべさん、コメントありがとうございます! ヒップホップの魂。僕がよくヒップホップを聴いているせいかな? 反骨というか反逆というか「やってやるぜ」的な気概をこの詩から得られたのかもしれません。この詩は実はある映画のワンシーンが着想のもとにもなっている作品なのですが、好んで音楽を聴く僕の嗜好が反映されていたのなら、それはそれで良かったです! 面白かったとの評も感謝です。

stereotype2085 (2019-01-04):

TO-Yさん、まるで返詩のようなコメントありがとうございます! TO-Yさんのコメで気づいたのですが、この詩は現代版浦島太郎でもあるんだなあと。バベルの塔に立てこもりクリエイティブな殻に閉じこもっていた話者が、現実に帰るとそこには悲惨な戦争しか待っていなかった。塔に潜んでいる間に時間は刻々と過ぎていて、自分は年老い現実はまるで様変わりしていた。これを浦島的だと言わずして何というでしょう。自分で言っていて笑ってしまいますが。まさに過去は澄んだ水のようであるのに、未来は川の源流の岩みたいに頑なで閉ざされている。絶望的なんですね。この詩の構成は。でも僕自身としてはそういう悲惨で悲劇的な境遇でさえ包み込み、癒し、浄化する作用のある詩を心がけました。この詩は大部分においてそれが成功していると思います。それでは閲覧及びコメントありがとうございました。

stereotype2085 (2019-01-04):

帆場さん、コメントありがとうございます! そうなんですよ。バベルの塔は最初から崩壊することが定められているのです。それでも話者の若い当時は駆けこまざるを得なかった。逃げ込まざるを得なかった。そこにこの詩の悲劇性があると思います。塔が崩壊して地上に今一度戻った話者に待っていたのは、年老いた父、気の狂ってしまった父と戦争。これを悲劇的と言わずして何というのでしょうか。序盤、読み手を惹きこむ工夫が若干足りなかったため、この肝である中盤から後半にまで読者を引き留められなかったという点は反省点として大いにありますが、中々濃厚なそれでいて、人間そのものを描写するのに成功している詩だと思っています。また丁寧すぎて深い感動は生まれなかったとのこと。それも気の利いたフレーズや驚きのある変化とかをもたらさなかった僕のちょっとしたミステイクでしょう。散文詩的に完成されすぎたのかもしれません。次は読み手を飽かさず離さない作品を志向しようと思いますよ! なおこの作品はなろうにて推敲版が出るかもしれません。その時をご期待ください。

stereotype2085 (2019-01-04):

羽田さん、コメントありがとうございます! いち一般兵の戦争とはこのようなもの。そうですね。司令塔、ブレインである国家中枢、もしくはリーダーが舵取りを間違えば、末端の一般兵とはこのようになるものだと思います。私利私欲で動き、生き、ただ敵を殲滅するためだけに戦う。大いに不毛だと思います。そういった戦争の悲惨(メッセージとしてそれほど強く入れたつもりはありませんが)を期せずして描けたのは良かったと思います。また自衛官? 自衛隊の一員? であった羽田さんからそのような感想をいただけて嬉しいです。またもう少しシンプルにまとめたら、とのこと。僕も投稿後それを思っていました。もっとスリムにそしてそれこそエッジの効いたフレーズを散りばめたらこの作品は傑作の部類に入っていたことでしょう。なろうに改稿版を投稿するかもしれません。その時は目を通してくれるとありがたいです。

stereotype2085 (2019-01-04):

またこの詩、作品において有意義な議論、話し合いをしてくれた方々に感謝です。とても胸に染み入る言葉も多数ありました。ありがとうございました。まさか渡辺君の批評のお手本、流儀を披露する場になるとは思っていませんでしたが。何だかおかしくて笑ってしまいます。ですがそれらも含めてこの詩は僕にとってとても印象深いものになりました。みなさんありがとうございました。

杜 琴乃 (2019-01-09):

平成の終わりまでもうすぐですね。次の元号は何になるでしょうか。テレビでもこの30年の平成を振り返る番組なども目にします。大きな災害もありました。たった30年のあいだに。 現代の父と子の複雑で独特な関係性が垣間見えました。ひとりの人間が成長していくということ、そこにあるのは一度きりの人生であり、一つの命をかけて生きていくことは戦争であるのかもしれない。出世する人がいれば職を失う人がいて、その人にも家庭があり貧しい暮らしを強いられる人もいる。 改めて新元号はどんなだろうか?どんな時代がくるのだろうか? そんなことを漠然と思わせる作品でした。 ひとつ、とても気になったことがあります。「僕」と「俺」が混在している点です。セリフ部分が「俺」であるのはその人の内と外の差を表現しているようにも思えたのですが、 > 俺は今は老いさらばえているだろう父を探した。砲弾の音が響く中、僕は父を探し出す。 この部分にどうしても違和感を感じてしまいました。私としてはここは僕で統一した方が良いと思えたのでとても惜しく感じました。

みうら? (2019-01-09):

近未来な作品はステレオさん作品に多くあると思うのですが、今作はそのど真ん中な内容ではないかと思いました。政治的な意味合いでの戦争が遊びとしてあるような軽さこそがタイトルが発する引力で、政治的な意味合いでの戦争は現実ではシリアスな空気で進行するのでしょうが、巻き込まれる方からすれば、シニカルな軽さに拠り所を見出さなければやってられない。その観点からすれば、本作はとてもリアルだと思います。

オオサカダニケ (2019-01-10):

先日twitterで、「ダニケ君がことの重大さ(イエローカード)の意味を分かっていないようなので、説教ぶちかましてきた笑」というツイートをなさいましたね?twitterというツールの規模を考えればあまりに軽率な発言であると判断して、悪いですが一応弁護士に相談させてもらいました。 (もちろん私のビーレビ内での発言も先生にお見せしました。) >SNS上で一個人を見下して蔑む(説教ぶちかましてきた笑)内容のツイート があったということは事実です。もちろん画面も保存させて頂いています。説教というのは目上の人間が目下の人間にするものです。いつ私はあなたより格下の人間になったのですか?これはまぎれもなく、管理人であることを優位と誤解して個人を公然と侮辱した犯罪です。 忠告させていただきます。1月13日午前0時までに、当該ツイートの削除とオオサカダニケ本人に対する正式な謝罪がなければ警察に連絡を取らせて頂く段取りになっています。

渡辺八畳@祝儀敷 (2019-01-11):

とりあえず取り急ぎ私が対応を。stereo氏の発言に関してはこれから事実確認をします。 オオサカダニケさんはどこの法律事務所のどの弁護士に相談したのか、そして件のツイートを見せての弁護士の反応、加えて相談の際にstereo氏が行ったとされるツイートを誘引したオオサカダニケ氏の行動まで弁護士に見せたのかどうか、そして最後に謝罪が無い場合にとこの警察署へ連絡を入れる予定なのかを教えていただければと思います。

stereotype2085 (2019-01-11):

オオサカダニケさん、おはようございます。私がご指摘されたツイートをしたのは事実であり、間違いありません。私の意図としてはダニケさんの酷評と私が取った評価に対して、自分自身の感情にクッションを入れるつもりであったのですが、ビーレビ運営の一人としても、ツイッター利用者の一人としても軽率な発言であったことでしょう。よってここに謝罪し、当該ツイートを削除することをご約束します。自分の軽挙であり、軽はずみな言動であったことは事実です。心からお詫びいたします。

オオサカダニケ (2019-01-11):

正式な謝罪として受理します。 私からもstereotype2085氏に対する本サイトにおける度を過ぎた発言を謝罪いたします。本当に申し訳ございませんでした。もちろん先日仰った警告カードを与えて下さって構いません。または、除名して下さって構いません。利用者に対する処分は運営の方々に一任されています。

ふじりゅう (2019-01-11):

拝見しました。 戦争をテーマに、ある意味子供のような目線、純真な目で見た戦中に生きる父の姿を、生々しく捉えることに成功していると感じます。 何故戦争をするのか。この答えは一般的には、互いの(国の)利権の為、また宗教のすれ違い及び考え、意見のすれ違いにより起こるもの、概ねこの二点に分けられるように思います。しかし国家という視点から見た戦争がそうであっても、現場の兵士の主張はまた違うものです。 作中の父は、それを家族の為、と答えました。成程家族を守る為に、また家族を養う為に、戦地に赴く。それは一つの理由としてあると理解できますが、ある意味純真な目で見た主人公の思いは、家族(つまり自身も含める)を守る為に、人殺しをする父親の背中。それが狂気に映ったとしても、不思議では無いのかもしれません。 しかし最終的には、父殺しをした主人公こそ紛れもなく狂人であり、気分はもう、最後の戦争、と、戦中に身を置いていく(それがリアルな戦争でなかったとしても、戦争という概念へ自身を投じていく)という強烈な皮肉となっています。

沙一 (2019-01-11):

僕のひきこもりをバベルの塔に喩えるあたり、詩的な掴みがあると思いました。 固定観念的(ステレオタイプ)な戦争の情景描写は、つくりもののように感じられて、ひきこもりの僕がゲームの世界に入り込んでしまったような、或いはこの現実世界がそもそもゲーム化しつつある(している)のだと考えれば、現実をシニカルに投影した作品であると読める気もします。 最後、主人公は戦いに敗れて死に瀕し、生身の体から血を流して、ひきこもっていたときよりはずっと〈生きている〉ことを実感し、泣き叫んでいたのではないかと思いました。

かるべまさひろ (2019-01-11):

運営の仕事として失礼します。 長めになるので、冒頭に要約を箇条書します。 ・オオサカダニケ様にイエローカードを1枚発出します。 ・この作品についての感想や批評の範疇を超えるコメントはこれ以降明確に禁止します。 ・みなさん、ガイドラインは守って利用してくださいね。 〜〜〜〜〜 要点を挙げます。 ・stereotype2085氏がTwitterで  「侮辱」するようなつぶやきをした。 ※かるべは自分宛ての通知が来たときしかTwitterを見ないので知りません。 ・オオサカダニケ氏が上記コメントにて  「謝罪がなければ警察に連絡を取」ると記載。 ・stereotype2085氏が上記コメントにて謝罪。 ・オオサカダニケ氏が謝罪を受理。同氏も謝罪コメント。 〜〜〜〜〜 かるべまさひろの考えを記します。 法的な議論と道義的な議論があります。 <法的な議論> ・くだんのツイートが名誉毀損や侮蔑にあたるか ・「謝罪がなければ警察に連絡」のコメントが脅迫行為にあたるか <道義的な議論> ・この場でこの議論をおこなう必然性はあったのか ・互いの謝罪により完結した話にかるべが行動を取る必然性があるのか ーーーーー ・くだんのツイートが名誉毀損や侮蔑にあたるか →基本的に個人を同定できない名誉毀損は認められません。  ただし、判例も平成十五年の地方裁判所のものですし、  一方でペンネームでの活動同様に、  ハンドルネームでの活動もまた社会的な活動の一であるという  見方もあります。  ここで、かるべにとって大事なのは、  【法的な犯罪としては論拠が明確でない】ということです。 ・「謝罪がなければ警察に連絡」のコメントが脅迫行為にあたるか →上記を元に法的手段をちらつかせて謝罪を要求するには、  行き過ぎていると言わざるを得ません。  せめて法的手段をちらつかせなければ脅迫行為とは縁遠かったのですが、  こちらの行為は脅迫行為に近しいものと捉えられます。  stereotype2085氏も同様に個人を同定できるとは  言い難い面がありますが、  こちらの行為については実生活への影響が考えられるものと言えます。  そのため、こちらはいささか厳しく捉えざるを得ません。 ・この場でこの議論をおこなう必然性はあったのか →オオサカダニケ氏はTwitterアカウントを持っていないようですが、  stereotype2085氏のつぶやきを自ら確認に行き、  こちらに話題を持ち込みました。  これについて、かるべの意見は、  【Twitterでやれ】です。  アカウントを持たないことは個人の自由なので擁護しようかも考えたのですが、  最低でもフォーラムなどでして欲しかったです。 ※かるべはTwitterなんて疲れるものあえて見に行ったりしません。 ・互いの謝罪により完結した話にかるべが行動を取る必然性があるのか →謝罪も済んでこのままスルーすることも視野に入れていましたが、  それでは、再びこのような案件が起きたとき、  また謝罪で解決して、また起きて解決して、、、  と繰り返すことについて考えました。  その時、運営のかるべとしては、  やはりビーレビューが平和な合評マナーの上で続くために、  看過してはならないと考え、  この一回の「脅迫行為に近しい」行為については取り締まらざるを得ません。  そのためオオサカダニケ氏にイエローカードを発出します。 ーーーーー オオサカダニケ様は今回のイエローカードで 累計2枚となり、「オレンジカード」の状態となります。 詳しくはガイドラインを御覧ください。 かるべとしては、 ビーレビューに参加している(ガイドラインに沿って活動している) 方々は、匿名だとしても一個人だと思って見ています。 (傷つきやすくて、生きにくい考え方だとは思いますが。) Twitter上でのやりとりを、この場に持ち込むという行為は 季節に一回くらい悪い意味で行われています。 マジで何度でも言いますが、 かるべに限らず、Twitterを見ないのが基本という人間はいます。 TwitterでのできごとはTwitterでしてほしいのが本音です。 また、みなさんも匿名の奥には 一個人がいることを思ってほしいです。 かるべはお風呂に入ってきます。 引き続きビーレビューをよろしくおねがいします。

stereotype2085 (2019-01-12):

杜さん、コメントありがとうございます! 平成が終わり、新しい年号を迎える。負の遺産を含めて様々なものを清算しなければならない時期に来ていると思っています。それがこの詩においては父子の関係であり、世の中とそぐわなかった子、男の心情であるのです。この詩では部屋へと引き籠った、自分の殻に閉じこもった、それでいて闘争的な男の姿が描かれていますが、彼は挫折します。志半ばにして倒れます。それは隠れ潜んでいた間に世の中が様変わりしていたことに気がつかなかったためであり、追いつけなかったためでもあります。彼の心象風景は、戦争のように破綻して、破滅した世界のそれであります。まさに気分はもう、最後の戦争、なのです。この詩の話者は父殺しを犯し、破滅し、死を迎えることである種のカタルシスを得て人生を清算しますが、歴史はまだ続いていきます。彼が死しても世界は続いていくのです。新元号を迎え、ミクロのあるいはマクロの清算がおわったあと、どんな時代が始まるのか。それは僕も楽しみでもあります。それがこの詩における一つの希望なのではないでしょうか。それではこれにて返信を締めさせていただきます。ちなみに俺と僕の混同は単に僕のミスです。笑けてしまいますが自分でも惜しい! と思っています。残念です。それではまた。

stereotype2085 (2019-01-12):

みうらさん、コメントありがとうございます! そうなんですよ。戦争というものは巻き込まれた側から見れば、カリカチュアしたり戯画化でもしなければやってられないものだと思っています。この詩では戦争は(話者の心象風景でもあるのですが)多分に戯画化され、簡明化され、シニカルでコミカルな要素でさえ含んでいます。気分はもう、最後の戦争。ハルマゲドン、聖書的な世界における最終戦争でさえ、軽んじられる。シニカルに見て重力を軽くする。そういう試みがこの詩ではなされているし、そのアプローチがこの詩では成功したと思っています。では、ありがとうございました。

stereotype2085 (2019-01-12):

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 父殺しを犯した主人公こそ紛れもない狂人。その通りかもしれません。この詩の主人公は平和主義で理想主義者なのでしょう。だからこそ謂れのない戦争で、家族という小さな単位を理由にして、半ば盲目的に人殺しを続ける父を、その自身の過去のトラウマも含めて、許せないのです。だからこそ父を殺す。主人公には主人公の正義、愛があるのですが、この心象風景たる戦争の中においても、彼は一般的に見れば狂人なのです。悲しいですね。長い間閉じこもり、育んできた理想と愛が狂気につながるなんて。そういう悲劇性を帯びた、そしてそれが伝わったという点においてこの詩は成功だったのではないかと思います。強烈な皮肉になっている。シニカルな要素を含んだというのは良かったと思っています。僕の好きな曲で「シニカルスカイ」皮肉な空という歌があるのですが、期せずしてその曲の無常観とリンク出来たのではないかと思っています。では。

stereotype2085 (2019-01-12):

沙一さん、コメントありがとうございます! ゲームの世界に入り込んだり、現実がゲーム化する。本当に鋭いですね。この詩における戦争は寓意的であり、心象風景であり、作り物であり、カリカチュアされた幻想でもあるのです。だからゲームという表現は間違っていない。かなり近いものがあると思っています。やはり身体性がある種失われた主人公は、観念的な世界に閉じこもった主人公は、ゲームの中で幻想の中で死すべき運命にあるのでしょう。最後死に絶える主人公が生きる喜びを実感する。まさにその通りだと思います。身体性を無くし生きてきた主人公にとって吐血し、倒れ伏し、絶命することが、すべてを清算し、楽になる最高の喜び、歓喜だったのかもしれません。ありがとうございました。それではまた。またハベルの塔を褒めてもらえて嬉しいです。

stereotype2085 (2019-01-12):

また、この詩においては色々なことがありましたが、私も反省すべき点は反省し、滋養とすべきものは滋養とし、次へと繋げたいと思います。この詩に寄せられた感想は、僕への声援、励ましも込められていたと捉えて精進していきます。みなさんに感謝します。それではまた。

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