薄紅色の贋作 - B-REVIEW
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書かざる言わざる、雄弁に水銀を

黙って笑ってろ、沈黙は金

これを見ているあなた、恥ずかしくはないんですか? 答えられないのですか。 なんでですか。 理由があるという訳でもないのですか? ああ、そうか。 全部、冗談だというのですね。

鳴海幸子

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田舎の夜道は暗くとも、恋は華やかで明るい——

沙一

あなたとどんぐりとハナミズ……

悪意のないホローポイント弾

ここには○○の残酷さが描かれている。 ○○が何なのかは、読めばわかる… …かもしれないし、わからないかもしれない。 感じ方は「人それぞれ」だから。

R

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黙想を貫いた彼が最後にみたものは…

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つつみ

直列つなぎ-うんこ!!(……

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青春はいつも、エロくて汗臭い。そして切ないけど優しいところもあり、美しい瞬間もあるけど、昆虫たちも僕らも命を捨てて夫婦になることを受け入れる。それが生きるということだから。個人的には、僕は飯田華子さんの紙芝居を観に行きたい。

蛾兆ボルカ

ちがう星

ピッチャーとキャッチャーみたいだね

それから時々 おなじ星

のいえられこーず

いつまでもあいさつをしてゆ……

伝説の流行語はここから始まった

「かきかきたぶんしない」は伝説になった。わからない人には永遠にミューズは来ない。

のいえられこーず

粘土

こんにゃろっというやり場のない怒れる者よ

ほの暗い系男子がたどり着いた極北のモノローグがきみにはわかるまい

のいえられこーず

菊の花

2020年10月の裏番長/裏大賞

これの良さがわかるまで詩を書くんじゃない

のいえられこーず

死んだベテルギウス

地球は退屈な諦念に埋め尽くされてる

重力に支配された地球人にはわかるまい

のいえられこーず

風吹き抜ける青

残酷なロマンティズムがきみにはわかるまい

そのまま生き地獄で野垂れ死にするといいという孤高の美

のいえられこーず

ぢんせぃ

その喪失感は夢かうつつか

ネットとリアルがボーダーレスな、デジタルネイティブ世代の感性──

沙一

潮風

潮の香りにのまれるように

不思議な気配が手招きをしている

帆場 蔵人@⚰

空の下

大自然という舞台への出奔

二人が走り出す。広大な大自然という舞台へ。

羽田恭

明るい朝の歌

明るい朝のうらには、暗い夜があった

外をみつめることが、内をみつめることにつながっている──

沙一

震え 揺れ 回る

一気に詩情が注ぎ込まれていく。 それが 震え 揺れ 回る。 詩を詠み終えても、止まらない。

羽田恭

生きるためにパイを焼く

どうしようもなく生きていくということ

ただパイを焼く。それだけなのだけれど、衒いも奇抜さもなく心にぶつかってきて揺さぶられる。

帆場 蔵人@⚰

別れ

靴の哀しみ

歩くための存在でありながら、誰かが履いてくれないと歩き出せない存在が、絶望して待機してる

蛾兆ボルカ

パパの日曜日

しがない日常に飽きてしまったすべての人へ

ごく平凡な日曜日のパパが、壮大で絢爛豪華な世界へ旅立つ——

沙一

「中央公園より」

わかりあえなくたっていい

人種、国籍、性別、年齢、人間同士のわかりあえないディスタンス、そんなことよりも、おたがいに笑っていよう、ここはみんなの公園だから——

沙一

わたしの髪は生きているのか……

心を亡くしてしまいそうなときに

ささやかなお洒落をたのしむ、それは自分が自分であることをわすれないために、ひつようだったのかもしれない——

沙一

angel coffee?……

一瞬と、永遠

幸せなコーヒーと、降りやまない雨、好きな人といるとき、あなたならどちらを選びたいですか?

沙一

食べ物と死ぬ人

目が付いているうちに読みたまえ諸君

傑作。 目が付いているうちに読みたまえ、諸君。他に言うべきことはない。

石村利勝

別れ

余りにも挑戦的、だがそれがいい

数ある一行詩の中でも、想像力/表現力がとても高い作品。最初は(え、これだけ?)と感じることだろう。しかし、これだけ?からの作中世界の広がり方は、これだけ?発言が恥ずかしくなるほど広すぎるのだ。

ふじりゅう

ママンへ

散り際にも見えるママンの後ろ姿

無駄なくそつなく、それでいて大胆にママンに語りかける。「ママンへ」あなたはこの書き出しで何を思い、連ねますか?

stereotype2085

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薄紅色の贋作    

感情の昂りが でっち上げられ 四半世紀が経っていた 喉の奥から 薄紅色の雫が ボタリと落ちた 左手で雫を 拾い上げようとした 掴みそこね 火傷した 痛みの走る掌を じっと眺め 痺れる首筋に そっと触れた 少女と 手を繋いでいた 少女の 左手は私の右手を強く握った 手先は冷たい 重量は私に預けられている とても軽い 花束ほどの重さだ 少女は 身を乗り出し 笑顔で言った あなたをいつかどこかで見たことがある 少女の 爪先が 円を描いた 雫を蒸発させた 雫のあった場所に 太陽光が漏れていた 私は 言った あなたと手を繋ぎはじめてもう四半世紀は経つのよ 掌の火傷を 握り締しめた 少女を引き寄せ 強く抱いた 少女は すんなりと私の心臓に還っていった 心臓に手を当てた 一瞬の不整脈を乗り越え 平然としている そして大声で叫んでいる 一種の愛情を 成立させるために 他の三種を 謀殺せねばならない

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作成日時 2021-02-13
コメント日時 2021-02-23
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薄紅色の贋作 ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 8
P V 数 : 589.4
お気に入り数: 0
投票数   : 0
ポイント数 : 1
#現代詩 #縦書き
項目全期間(2021/03/02現在)投稿後10日間
叙情性11
前衛性00
可読性00
エンタメ00
技巧00
音韻00
構成00
総合ポイント11
 平均値  中央値 
叙情性11
前衛性00
可読性00
 エンタメ00
技巧00
音韻00
構成00
総合11
閲覧指数:589.4
2021/03/02 16時52分15秒現在
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    作品に書かれた推薦文

薄紅色の贋作 コメントセクション

コメント数(8)
福まる
福まる
作品へ
(2021-02-13)

「他の3種」ってなんでしょうか?気になります。四半世紀と恐らく「私」の年齢だと思います。「少女」は恐らく心臓そのものこれが私の想像です。どうでしょうか?

1
白川ロイヨ
福まるさんへ
(2021-02-13)

福まるさん、コメントありがとうございます。 無粋にならない程度に描写を行うってのは中々難しいと感じております。 >> 「他の3種」ってなんでしょうか?気になります。 最終連ですね。 ここの描写は最後まで悩んでいたんですがもう少し丁寧にすべきだったかも知れません。 <一種の愛情>に対して<三種>と返しているので愛情の種類です。 どういう愛情を成立させるのか、どんな三種を謀殺するのかは読者に委ねたいと考えております。 <四半世紀>と<少女>も読者に委ねたい部分です。 福まるさんにとってのご解釈はきっとそれで正しいのだと感じます。 しかし委ねるにしても全体として描写が足りないのかも知れません。 ただイジワルなだけのパズルになっているのかも知れません。 精進します。

0
真清水るる
作品へ
(2021-02-14)

はじめまして  詩を書くと、その詩が他者に どのように届いたかがきになるものですよね。わたしが この詩から受け取ったイメージを 試しに書かせていただこうと思います。間違っていたらご愛敬です。ゆるしてくださいね。 この詩は 高尚な感じがしたのです。ですが、私は あえて俗っぼいイメージで 私が受け取ったイメージを説明しますね。 わたしは。ジブリの映画「おもいでぽろぽろ」を 思い出しました。「おもいでぽろぽろ」は、人生の分岐点にいる女性が ベニバナの産地で農業体験をすることで、自分の子供時代の自分と出会い自分を振り返り 人生を好転させていく物語です。なぜか 私の場合は、この映画の主人公と 本作品の女性のイメージが重なりました。薄紅色という色味も私に映画を想起させた理由のひとつかもしれません。 本作品は25年間も、いつわりの感情がある。本当の感情がある。と、私に 訴えかけてきました。その本当の感情とは どうやら やわらかで はかなげで 純で あたたかで、愛らしい子供みたいです。 詩文の最後は、四つの愛で 終わってますね。四つの愛とは 何でしょうか?私の場合は 倫理の時間かなにかで習ったことが頭をよぎりました。古代ギリシアでは、愛が四つに分類されていたと習ったような気がするなあと、漠然と 思いました。 人は自立するときに、なにかを捨てなければいけないこともあろうと 思います。私の場合は この詩作品を 映画「おもいでほろぽろ」に古代ギリシアの愛の分類の世界観を足したモノとして読んだので、大丈夫だと感じました。 もし、私の この読みが あたらずとも遠からずであるとするならば、 ご自身や ご自身の記憶にある少女のような熱い思いの力だけに頼るのではなく、全くの他者との関わりを あたためていけぱ大丈夫だと 感じました。 選ぼうとしている愛以外の他の愛も 時間が経てば きっと 再構築がきっとできるはずだと 個人的には思いました。 もし、「おもいでぽろぽろ」を まだ 観ておられないなら 是非一度、映画を借りるなどして観てみてください。

2
あん
作品へ
(2021-02-14)

ヒリヒリとして並ぶ言葉達が、身体性を持って痛みのエネルギーとともに伝わってきます。 左半身がヒリヒリピリピリしてきました。

1
白川ロイヨ
真清水るるさんへ
(2021-02-14)

真清水さん、精読ありがとうございます。 そしてご解釈ありがとうございます。 かなり作品製作時の想いを汲んでくださっていると感じます。 また、作品の先を見つめていただけてとても嬉しいです。 きっと再構築が出来る、そうかも知れません。 その言葉が「私」にとって残酷に刺さらないことを祈りたいです。

0
白川ロイヨ
あんさんへ
(2021-02-14)

あんさん、コメント有り難うございます。 そのご感想は一番嬉しい言葉です。 その身体性こそが私の重大なテーマであり続けています。

0
なかたつ
作品へ
(2021-02-23)

 僕が作品を読む際、書き手がどこに筆圧を濃くしているのかということを何となく予測しながら読みます。それはいいとかわるいとかではなく、勝手ながら読んでしまう作者の隙のようなものであって、そこをキーと仮に設定したうえで全体を読みほどいていきます。このことに則って読むと、この作品内でのその筆圧は最初の三行に濃く出ているのではないかと。言わば、感情の昂りのでっち上げを抱え続けているということ。「でっち上げ」と「贋作」が重なるものであり、また、タイトルは「薄紅色の贋作」なのですが、作品内では「薄紅色の雫」となっています。つまり、これらを繋げると、「薄紅色の贋作」というのは、感情の昂りがでっち上げられた結果、薄紅色の雫という色と形をまとって表出されているということになります。  作品内で起きている現象を取り上げて、何が起きているのかを読んでみます。  「火傷した」  これは薄紅色の雫を拾いそこねた時に起こったことです。その後、少女が出てきて、少女の左手と私の右手は握り合うのですが、この握り合うことの意義というのは、支え合うという一般的なイメージが喚起されながらも、握り合うことによって、この火傷した掌を隠してくれることでもあるなあと。  「少女の/爪先が/円を描いた/雫を蒸発させた」  これは、火傷するほどのものである「薄紅色の雫」を少女が消してくれる存在であるということです。この作品内における少女の役割は、手を握って火傷を覆い隠してくれる存在であると同時に、雫をも消してくれるという役割を担っています。  「そして大声で叫んでいる」  これは誰が叫んでいるのかと考えると、「私の心臓に還っていった」少女なのかなあと。少し前では、少女は「笑顔で」いたりするのですが、むしろこの少女そのものが実は「感情の昂り」としての偶像でもあったかもしれないと。これは勝手な読み違えだったら申し訳ないのですが、「そして大声で叫んでいる」の一行は、もう一字分だけ下に置かれる一行だったのではないかと邪推しております。  「一種の愛情を/成立させるために/他の三種を/謀殺せねばならない」  これは適したたとえ話ではないかもしれませんが、豚が豚肉になるまでには、実に大量の飼料を必要とするわけであって、その飼料だけでも多くの人の食を提供できるかもしれないのですが、そうした目に見えない犠牲によって、もしかしたら数は少なくなった形として提供されているのかもしれないと。だから、目に見える「愛情」とか、単なる綺麗ごとでは済まされないかもしれなくて、その裏にある犠牲、そこに至るまでの過程があるかもしれないということを思わされました。

1
百均
作品へ
(2021-02-23)

白川さん こんにちは。 正直ぴんと来ない所も結構あるし、そこらへんは真清水るるさんの感想や、なかたつさんの感想で代弁されている所もあるのかなと思うので、僕なりに読んで思ったところを書いて行きますね。 まずは、少女が出てくるのは、行ってしまえば二連目の所からで、最初の連については全く出てこないんですよね。って所を考えると、一連目の内容で描かれているのが、偽物と断定されて落されていく感情だとしたら、それを拾い上げる存在が少女なのかなって所ですね。 少女って色々なところに出てくる話だなと思っていて、少女をこの場合象徴的に読むのか、たとえば時間の経過から読んでいくと私と少女の年齢の離れから読んでいくと、少女は私の好きだった人の娘みたいな感じで読めるともいえるし、過ぎ去った過去の自分とも言えますね。この場合は少女性みたいな話になってくるので、ややこしいですが。少女性みたいな事を考えるだけで、多分色々な事が語れるので、ここでは取り合えず読める範囲で読んでいきますね。 >感情の昂りが > でっち上げられ > 四半世紀が経っていた 感情の昂ぶりがでっちあげられるって言い方なんですが、タイトルの贋作に比べてちょっと下品というか、突き放すような言い方をしてるなと思います。それから、感情の名前って沢山あると思うんですよ、喜怒哀楽とか、愛憎や好悪でもなんでもいいんですけど、ここでは感情そのものに対してでっち上げている訳ではなくて、その昂ぶり方に対してでっちあげでているみたいな書き方をしていますね。ここは始まり方として、ただ投げやりになっている訳じゃないなと思うので面白いです。感情をコントロールしているような操作をしている話者と、そのコントロールの仕方自体を自分ででっち上げと嘲っている様子がこの三行で見えてくるっていうんですかね。そのまま25年経ったという訳ではなくて、4半世紀たったという表現にしているのは、これは個人的な感覚ですが、人間の一生を100年としたときに、その4分の1自分の感情の昂ぶり方に対して嘘を付いてきたのだなと思われます。言ってしまえば、時間の長さのイメージ付けをここでしているのかなと思う訳です。25年経ったという事は、この話者の年齢を考えた時、多分大学を出て社会に出た人間であるとするのであれば、仕事をし始めて数年は確実に経っているなと思います。また、昂ぶり方をでっち上げ始めてから4半世紀であるので、本当は多分30歳くらい過ぎているのかなと思うと、人物像が見えてきます。 話者のイメージというのは虚像です。そのイメージは書かれている内容から全てが浮かび上がる訳ではありません。ですが、この三行があれば、ある程度想像が付くのですよね。そう考えると、この三行は仕事をしていますし、ここで提示されたイメージを共有出来る人にとっては、とてもいい始まりだなと思います。 >喉の奥から > 薄紅色の雫が > ボタリと落ちた >左手で雫を > 拾い上げようとした > 掴みそこね > 火傷した >痛みの走る掌を > じっと眺め > 痺れる首筋に > そっと触れた 「薄紅色の雫」とは何かというのは、正直あんまりピンと来ていないです。ただ、ここまで読んできて思うのは、雫というのはエッセンスだと思います。先ほどの読みから連想して思いつくのは、感情の昂ぶりの正体というか、でっち上げてきたものの結晶が喉の奥にため込んできたものが、薄紅色の雫となって、排出されたという事でしょうかね。これはでっちあげという言葉のニュアンスからの想像になりますが、でっち上げるっていう事は、でっち上げている意識がある訳で、その言葉の持つニュアンスから、おそらく話者がその意識を抱えているという事はあまり喜ばしくない事なんだと思うんですね。なので、薄紅色の雫として排出するのですが、それは自分が意図して抑えてきた本当の感情の昂ぶりであって、なぜ抑えてきたのかというとそれに触れてしまうと火傷をしてしまうからです。 痛みというのは、痛みを感じる事で、細胞が壊死している状態から身体を反射的にその状況下から突き放そうとする神経の反応だと思います。言ってしまえば、痛みを感じなければ人間は火事のなかで苦しんで死なないともいえる訳です。窒息して死ぬことは苦しいかもしれませんが、例えばナイフで刺されて死ぬとき、その死にゆく時に痛みを感じなければ多分いつの間にか意識が薄れて行って出血多量で死ぬと思います。 なので、排出されたこの雫は、話者にとって火傷を起こす象徴であって、それは体内にあった感情の昂ぶりを起こすトリガーとなるエッセンスであるという事を思いました。だから、感情の昂ぶりをでっち上げてきたのですね。この思いを持っていると、火傷してしまうからです。そして、その火傷が出来てしまうと、過去の自分の失敗が想起され、精神的な痛みが襲ってきます。 >痺れる首筋に > そっと触れた という訳で、ここはトラウマを思い出して心の神経がしびれる描写ですね。という訳で、痛みの描写が二段階書かれているのもとてもいいです。 という訳で、ここまで読んできて、僕はあまり破綻を感じませんし、内部に流れるストーリーを感じます。提示されている情報自体は少し隠喩的というか、あえて描いていない所と、描かない事によって浮かび上がらせようとするイメージがあって、その味わいを楽しませるための導線は引かれている印象です。もちろん、明示的に書いていない所というのはあるし、精読する事によって見えてくる箇所は滅茶苦茶あるので、読みがいのある作品だと思います。 という訳で、次に少女がでてきて、 >少女の > 左手は私の右手を強く握った ここにつながる訳ですね。これは自分で触れようとしたら火傷してしまった左手を使って火傷していない私の右手を使うという細かい所ですが、とても意味のある描写に繋げています。 >左手で雫を > 拾い上げようとした > 掴みそこね > 火傷した 後、これはかなり重要ですが、シーンの切り替えとして、いきなり少女の左手が「私」の右手を繋ぐという描写を書かずに、 >少女と > 手を繋いでいた この一行を入れている意味ですね。 この一行がシーンの転換を意味しているとも言えるけれど、この作品は言葉数が少ないです。 その中で敢えてこの二行が入る意味って、話者にとって「少女」と「手を繋いでいた」という過去にあった出来事かもしれないですが、この出来事がとても大きかった事を意味していると思います。手をつなぐという何気ない一文にこそ意味があります。そこから全てが始まったという事がとにかく大事。だからここでも象徴的な動作として、手と手をつなぐ事が、おそらくですが、火傷をしていない右手と、少女の左手が結ぶ事に大きな意味合いが生まれてくるわけですね。 >左手は私の右手を強く握った 更に言ってしまえば、この握り方も重要です。手の握り方って感情が出るんですよね。正に感情の昂ぶり方ってここに表現されます。人間が出ると言ってもいい。手を握る時、本当に触りたくない相手だったら指先だけで済ませるだろうし、手汗が多い人だったらその手汗をふき取って遠慮がちに済ませるだろうし、身体的な接触をしたいだけなら両手を使って包み込むように手をつなぎますよね。 また、この関係性を更にみていくと「私」は少女の手を強く握り返している訳ではありません。少女が一方的に強く握っているという事が分かります。 > 手先は冷たい > 重量は私に預けられている > とても軽い > 花束ほどの重さだ ここの描写はピンときていない所が結構あります。が、読める範囲で読んでいきましょうか。まず、花束ほどの重さというのを真正直に捉えると、人間の重さではないですよね。それくらい軽いという意味合いで、花束程の重さと花束を持ってきたのを単純なセンスとして捉える事もできますが、ここも象徴的に読んでいくならば、花束を渡すのは手を握る事に近い感情の発露の提示になりますよね。自分にとって好きな人や応援している人にたいして、門出の祝いや感謝を伝える時に人は花束を渡します。つまり、他者に対して自分がその他者に対してどういう感情を持って今まで接してきて、その人が提示している人生の成果に対してどういう感情を持っているのかを代弁する道具であると。(逆に言ってしまえば道具である以上、花束を渡せばそれで簡単に祝福を表現できてしまうという事にもなるので、もらった花束をゴミ箱に捨てるという事も出来てしまう訳ですが) 手先の冷たさは火傷と比較して読む事ができます。重力が預けられているという描写は次につながりますが、これって信頼性の描写だと思いますね。手をつなぐ事を許しており、そのつないでいる状態を相手はつないだ私に対して許しているし、重量を預けています。 この預けられた重さというのは、花束程に軽いという事は、花束の大きさにもよりますが、多分そこまで大きくはない花束なのかなと思います。そして、預けられているという自覚がある事もちょっと怖い描写ではある訳ですよね。言ってしまえば、少女から好意的に預けられた花束を私は捨てる事もできる、その手を流れるように離して地に打ち付ける事も出来る訳です。 >少女は > 身を乗り出し > 笑顔で言った > あなたをいつかどこかで見たことがある >少女の > 爪先が > 円を描いた > 雫を蒸発させた >雫のあった場所に > 太陽光が漏れていた ここの描写の中々で、かなり難しいですね。少女の動きにフォーカスを当てるところから始めていきましょうか。少女は身を乗り出して、私に対して言う訳ですね。「あなたをいつかどこかで見たことがある」だから手をつないできたのかともいえるけど、そういう訳じゃないかもしれない。つまり、いつかどこかで見たことがあると言ったのは手を繋いでからなので、手をつないだ理由はこれが理由じゃない。つないだ後に、少女が私のことを見てそう思った可能性もあります。というかそっちの可能性を僕は思いましたね。って所で、その言葉がトリガーになって、少女のつま先が円(縁)を描いて雫を蒸発させたともいえる。ただ、ここは難しい所で、この蒸発させたのはあくまで少女側の話なんですよね。ここに私の意志はありません。蒸発させたであり、蒸発させられたなのです。また、蒸発させたという描写と、円=太陽のイメージに繋げていく描写でもあるので、無駄が一つもありません。また、この暖かいイメージは最初の火傷のイメージにもつながっています。太陽の光は虫眼鏡みたいに光を集約させると火を放つほどの熱量を帯びますが、手先が震えているようなこの詩の場面においては、どちらかというと夏のような暑さを持つ光ではなく、冬の景色を溶かしていく柔らかな光であるようなニュアンスの方が強いですね。また、「雫のあった場所に太陽光が漏れていた」なので、これは沈むが落ちた場所のみに光が当たっている訳なので、この場面を説明するのであればこのようになるでしょうか。 ➀少女が空いている手(左手)のつま先を使って、雫が落ちていた場所を空中で円切り取るように描く ②円を描いた場所に太陽光が差し、そのしずくが瞬く間に蒸発してしまうほどの熱量を持った光が降り注ぎ、薄紅色の雫蒸発してしまう ③私はその蒸発する様子を光が漏れていた場面を象徴的に切り取ったという所から、この作中世界は空が曇天のようなもので覆われていて、  その空間に穴を空けるようにして光が降りそそぎ、雫があった場所のみにスポットライトのように太陽光が降りそそいだ光景を印象的に目に焼き付けられてしまう >私は > 言った > あなたと手を繋ぎはじめてもう四半世紀は経つのよ > 掌の火傷を > 握り締しめた > 少女を引き寄せ > 強く抱いた >少女は > すんなりと私の心臓に還っていった >心臓に手を当てた > 一瞬の不整脈を乗り越え > 平然としている > そして大声で叫んでいる >一種の愛情を > 成立させるために > 他の三種を > 謀殺せねばならない この最終連なんですが、今まで「私」という言葉を最初カッコで語っていたように、私ってここで初めて出てくるんですよね。 という事と、「あなたと手を繋ぎはじめてもう四半世紀は経つのよ」ここの描写が少女の意味に対して触れる重要なセンテンスになっているなという訳でネタバレの連になるのかなと思います。 まず、私の発言の「経つのよ」から、私は女である事が示唆されます。もちろんジェンダーレスな観点から断定する事はできませんが、ここでは少女との関係性が重要なので、単純に少女と話者の関係を男女や、ロリコン大好きおじさんみたいな物に落とさないという意味で非常に重要です。それから、4半世紀落としてきた感情の昂ぶり方のでっち上げという要素を考えていきます。「薄紅色の雫」というのは体内から吐き出されたものです。その重さは「ぼとん」というオノマトペが付いている事からも、少女と比例して重たいものであることがうかがえます。また、4半世紀かけてでっちあげてきたという枕の先に落とされたものであることや、雫というものが熱を帯びているものであり、火傷を引き起こす。私にとって痛み(肉体的にも精神的にも)を引き起こすものである事を踏まえていきましょう。 少女を手をつなぎ始めてきて経った4半世紀の末に、私は少女の手を離そうとしたのではないでしょうか。 少女は太陽をいつでも呼び起こす存在であり、また、恐ろしい事に、それを薄紅色の雫に込めて体外に吐き出したとしても、 少女はその檻を自分で溶かす事が出来てしまいます。 また、私の心臓に還っていったという描写から察せられるのは、 この「少女」というのは私がでっちあげてきた「感情の昂ぶり方」のでっち上げる前の象徴なんでしょうね。 それらをでっちあげ、対外に射出するためにますは少女という概念にして切り離そうとした。その後、雫という言ってしまえば血を固めて吐き出す程の苦しみを背負って体外に吐き出す事に成功した。 その吐き出したものは、自分が火傷を負ってしまうものというものであって、トラウマを呼び起こすものであるから、多分私は本当に切り離したいし、客観的に見て切り離すべきものだったんだろうと思います。 が、そこまでやったとしても少女は私と手を繋ごうとするし、吐き出したものを一方的に蒸発させてなかった事のようにしてしまうし、火傷を太陽の光に変えて、 まるで花束を渡してくるかように、私の心に帰ってこようとする。そこに多分悪意はなくて、行ってしまえば無垢に、当然であるかのように。その態度を私は火傷を負いながらも切り離す事はできなくて、迎え入れてしまう。 強く引き寄せ(自分の意志で)抱いてしまいます。 「そしたらすんなり還ってきた」つまり、あれだけ我慢して外に出そうとしたのに戻ってくるのは一瞬なんですよね。 分かりやすい例で例えるなら禁煙に失敗するような「ものです。 から、平然としているけど、大声で叫んでしまう。 >一種の愛情を > 成立させるために > 他の三種を > 謀殺せねばならない この三種については、分かりません。 ただ、少女の振る舞いが自分の捨て去りたかった自分の感情の高ぶらせ方であるという事を考えるならば、少女の行動から見ていきましょう。 ➀誰でも構わず好意を示して近づいてしまう ②見覚えのある存在に対しては無遠慮に無垢に接してしまう。そこに疑いはない ③相手が抱いている感情を一方的に無効かし、なかったことにしてしまう ④一度抱かれた相手には心をすんなりと許してしまう ぐらいでしょうか。 という所で「愛情」という部分を考えていく訳ですが、ここはどうだろうなぁ。愛情というのは感情が昂る一つの場面だと思っていて、例えば勘違いで人を好きになるみたいな側面を考えていくと、誰にも構わず自分の愛情表現を他者に対して提示してしまう少女の振る舞いというのは、多分少女自体はそこまで愛情をもってそういう行動をしている訳ではない(無垢なのでそこまで考えていない)が受ける相手は、そこまでの行為をしてくれる相手に対して、勘違いをしてしまうのかなとか勝手に思いました。誰にでもやさしいというのは、誰か一人特定の人にやさしいではないのですが、やさしさを受けた相手にとってはやさしさを向けてくれた人だけが優しくて、優しくしている人はみんなにやさしいという、関係性の矛盾がある訳ですね。という訳で、ここから更に「愛情」について4種類あるのかなという所を考えていくわけですが、すいません。そこはあんまりピンとこなかったですね。 1つの愛情を成立させるために切り捨てられる愛情ってなんだろうと思ったときに、一種は慈悲とか慈愛なのかと思いました。他の3種は自愛とか、になるのかな? ここら辺はもうちょっと読んでいかないと分からないかなと思いました。 まずは全体的な話の流れを話者と少女の目線から整理していくとこういう読み方が出来て、その関係性がつかめてきてからようやく愛情の話にフォーカス出来るなって感じなので、多分この作品は何度も読まないとだめなのと、読むうえでテーマを絞って読まないとダメですね。 みたいな事を思いました。 最初は少女ってなんだろな見たいな感じで正直とっつきにくかったです。 タイトルの意味もよく分かりませんでした。 ただ、こうして読んでいくと破綻はないし、 凄く練られた作品だなと思います。 細部まできっちり作りこまれていて、隙がないです。 という意味で、多分読まれにくい作品だし、書かれている事に目を向けてくれる読者は多分そうはいないかなと感覚的に思いました。 ですが、安易な表現に逃げずに、描こうとしているテーマがあって、そのテーマへの向き合い方、描写一つ一つの精度を取ってみても、個人的には高度だなと思いました。 勿論、ここまで書いた内容は別に棄却されても構わなくて、的外れな見解や推察も多分に入っているとはおもうのですが、そこら辺も踏まえて本作を読み返して思うのは、きっちり表現してますねって事で、十分な気合を感じます。 一応酷評ギルドなので酷評書こうとしましたが、 これはこれでいいんじゃないのかなと僕は思うので、単純に褒めて終わろうと思います。 ありがとうございました。

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