メメント・モリ2020 - B-REVIEW
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PICK UP - REVIEW

「中央公園より」

わかりあえなくたっていい

人種、国籍、性別、年齢、人間同士のわかりあえないディスタンス、そんなことよりも、おたがいに笑っていよう、ここはみんなの公園だから——

沙一

わたしの髪は生きているのか……

心を亡くしてしまいそうなときに

ささやかなお洒落をたのしむ、それは自分が自分であることをわすれないために、ひつようだったのかもしれない——

沙一

angel coffee?……

一瞬と、永遠

幸せなコーヒーと、降りやまない雨、好きな人といるとき、あなたならどちらを選びたいですか?

沙一

食べ物と死ぬ人

目が付いているうちに読みたまえ諸君

傑作。 目が付いているうちに読みたまえ、諸君。他に言うべきことはない。

石村利勝

別れ

余りにも挑戦的、だがそれがいい

数ある一行詩の中でも、想像力/表現力がとても高い作品。最初は(え、これだけ?)と感じることだろう。しかし、これだけ?からの作中世界の広がり方は、これだけ?発言が恥ずかしくなるほど広すぎるのだ。

ふじりゅう

ママンへ

散り際にも見えるママンの後ろ姿

無駄なくそつなく、それでいて大胆にママンに語りかける。「ママンへ」あなたはこの書き出しで何を思い、連ねますか?

stereotype2085

名残の雪

美しいと思える作品だった

美しい空間を、踏む。踏むことで、汚す。踏むことで汚す、明示のされない寂しさ。本作にとって、雪を踏む行為、それだけが個の存在の証明なのだ。

ふじりゅう

例えば鳥の教え

色が付いたばかりの映画のように

情景の転調あるいは繋がりが「色彩」を基調にして、境界をあいまいにしながら広がる。

鈴木歯車

おかあさん

史上最強のタイトル回収

本文たったの6行、造作もなく読み切れ、詩人よ。 そして再度タイトルを見返し驚愕せよ、詩人よ。

name

空なんか見てんじゃないよ

淘汰

この詩はあるタイプの詩と詩人を淘汰するべく書かれている と言えば言い過ぎか。 要注目。

stereotype2085

はずしわすれた風鈴が鳴る

やさしくせつない短歌集

かたづけられない想い出、それでもめぐりくる季節——

沙一

春風に吹かれてる

だいじょうぶだあ

《なんてこたあ ないんだよ》 天国から呼びかける声が、聴こえる。

stereotype2085

永遠の反射

名作?それともただの習作?

ただの習作なのかもしれない。が、ここには作者当人も気付いていないかもしれない、天才がいる。俺の直観は当たるんだよ。人生で二回くらいは。

石村利勝

こんにちは まっさらな世界

「まっさら」の優れた表現

あなたの世界も「まっさら」ではないかな? 「まっさら」なのに、書けますか?

南雲 安晴

imagine

パンチング。

今からリーディング界隈を、ノックアウト。

stereotype2085

はっかといちご

詩における視覚要素の決定版

いわゆる視覚詩的なものは作ろうとするとパッと見の奇抜さで満足してしまい、それを行った理由に乏しくなってしまうことが往々にある。しかし「はっかといちご」はその域を超え、結晶の造形だからそこの効果を成せている。

渡辺八畳

独言少女

いつも終電に間に合う人生生きてますか

少女の独言は胸に刺さる。というか萌える。条件があって、少女は本当に少女でなくてはならず独言は本当に独言でなくてはならない。なのでこの詩は刺さるし萌える。

石村利勝

MY 9090 OF NO……

最先端ノスタルジア

なつかしみが 超えてゆく 未来という名のノスタルジイ 

真清水るる

骸骨スフィア

プラトニックな求愛の舞踏

ほろびたゆえに、もうほろびることのない、永遠の愛。それは、幸せか、囚われか——

沙一

人魚性

海、たましいの故郷

素直さゆえに、なじめない人間のせかいにたいする、異邦のかんかく——

沙一

宇宙飛行士の解剖

死因は、孤独

二重の夜に、追い詰められた、かれは、涯のない闇のなか、吊るされた——

沙一

家庭の檄文

悲運

そこには笑顔の絶えない、家庭があった。

stereotype2085

あす

ミのシャープはファ

「ミのシャープ/響かせる笹舟にのせて/送り出してみる」って、やりますねえ。ひねりが利いてて鮮やか軽やか、清新なリリシズム。これぞ令和の”もののあはれ”じゃないですか?

石村利勝

バナナはおやつに入りますか

たもつワールド全開

これはバナナですか いいえ詩です たもつザ・ワールドです

羽田恭

TOKYO

不良天使の幻像

広大さと、小さなもの、神聖さと、世俗的なものの、コントラストに富んだミニチュア——

沙一

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メメント・モリ2020    

改札前にて考える人 Suica入りの財布を躊躇い 返す踵。徒歩でも余裕と 鼻にあたる針金を潰す 通りすがる、自転車の子らに竦む身 太陽が眩くってカミュの肖像 漂う後頭部、午前7時 車道を渡り、ワニを偲び 桜を写メる。セリフパロは 野暮だと画像だけ送ると 友の憂鬱が文字にこぼれて 指で掬える分だけ汲んで 生きる理由を補充する信号前 植込みに消える鼠を目で追い メメント・モリの髑髏の舞いが 「よくね?」って囁いてくる 赤がさっと青ざめ歩く ひよこのいない横断歩道 喉の痛みに生唾を飲み 身震いしてる桜の下 シキの訪れに怯えている

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作成日時 2020-03-25
コメント日時 2020-03-29

メメント・モリ2020 ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 15
P V 数 : 1231.7
お気に入り数: 0
ポイント数 : 5
#現代詩 #縦書き
項目全期間(2020/08/07現在)投稿後10日間
叙情性11
前衛性00
可読性11
エンタメ11
技巧11
音韻11
構成00
総合ポイント55
 平均値  中央値 
叙情性11
前衛性00
可読性11
 エンタメ11
技巧11
音韻11
構成00
総合55
閲覧指数:1231.7
2020/08/07 18時41分43秒現在
※ポイントを入れるにはログインが必要です
※自作品にはポイントを入れられません。

    作品に書かれた推薦文

メメント・モリ2020 コメントセクション


コメント数(15)
みうら (2020-03-25):作品へのコメント

詩を読む時、知らない言葉があらわれても、調べることなく、その空白の言葉をそのままに文脈を辿りながらまた先へと詠むのですが、その欠落は予めあった拡がるべきイメージもあわせて失ってしまう。そうであっても、「今、詠んでいる」その偶然さを大事にしたいとも思うのです。なぜならば、おそらくは作品が生まれてくることにも偶然さが必ずあって、その偶然さを詠む者が受け取る為には、そのまま詠むしかないと。 なゆた創さんの作品は、詩を知り尽くしているからこそのセオリーが良くも悪くも出ていると思うのです。 今回の作品、この作品にあるべきであろう、匿名な誰かの、この国に今ある空気を知っている誰かが発する詩としての、有効性がある。一方で先にあげた、詩の偶然さの観点からすると、偶然と偶然が重なりあった必然さが、もっと必要なように思います。抽象的なコメントですみません。

0
沙一 (2020-03-25):作品へのコメント

桜散る交差点にて鰐偲ぶ 2020にみる此性。タイムラインに更新されたもののあはれ。死期 - 四季、永劫回帰する春、の、スナップ写真。

0
なゆた創a.k.a.NORANEKO (2020-03-25):作品へのコメント

みうらさんへ 批評、まことに感謝致します。 言わんとすること、伝わります。「語が閉じている」という欠点についてはせの通りですね。 あえて安っぽく、現代詩的な抽象性を良くも悪くも下げたところでの古いレトリック運用のなかで、生活詩的な私性と時事性を絡めて共感に振ったポエム寄りの詩に落とし込んでみたのですが、その上で「語の開かれ」を犠牲にしたのは事実です。悩みどころですね。 今後も色んな球種を試しながら「ウケつつ文学やれるライン」みたいなのを模索していきたい所存です。ありがとうございます。

0
なゆた創a.k.a.NORANEKO (2020-03-25):作品へのコメント

沙一さんへ 桜のフレーバーが鼻腔に広がりますね。素敵な一句をありがとうございます。

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帆場 蔵人@⚰ (2020-03-27):作品へのコメント

生きている限り死を思うのは必然なようでいて、大抵の人が日常に流されて考える暇などないだろう。そもそも日常のあれこれさへ我々は考えるまでもなく習慣や何かに促されて反射的に動いていないだろうか。今の日本や世界を包んでいる惑乱した空気のなか、今作はそれを踏まえて書かれたのだろう。 非常に手慣れた筆さばきであると感じるのだがワニやシキは少々、狙いすぎな感がある。そこで僕は醒めてしまった。 でも、このワニの情報ですらタイムラインに流されて我々はまた死を想うことから遠ざかったように錯覚して生きていくのかもしれない。 だから、誰かが何処かでメメント・モリと呟くのだろう。それでも時勢に引かれ過ぎるとこれを詩でやらなくても誰かが呟くのではないかと思わなくもない。雑文、失礼しました。

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沙一 (2020-03-27):作品へのコメント

本作に対して私は、帆場さんとは真逆の発想で、タイムラインに流されてしまうからこそ、作品に昇華する意義があったと思うんですね。数年後、この詩をよみかえしたら、どのような深い感慨があるだろう。そこに、2020年春の此性(ヘクシアティ)を感じたわけです。 追伸 ツイッターで、なゆたさん自身による本作の解説を読み、よく作り込まれているなとあらためて実感しました。

0
帆場 蔵人@⚰ (2020-03-27):作品へのコメント

少し書き方が悪く一部本位が伝わらなかったようなので追補します。タイムラインに流されるからこそ意義がある、という沙一氏の意見を僕は否定しません。ちょっと作品への否定的?なコメントのなかで文脈が錯綜したのは僕の拙い文章のせいでしょう。 >でも、このワニの情報ですらタイム>ラインに流されて我々はまた死を想>うことから遠ざかったように錯覚し>て生きていくのかもしれない。 >だから、誰かが何処かでメメント・>モリと呟くのだろう。 僕は単にワニやコロナウイルスと言った時勢に引かれた作品は多分、他に幾らでも書かれるだろうし、それは詩である必然はないと言ったのです。タイムラインに流れ去っていくもので、もっと切実に自分が取り上げなければ、消えてしまう誰も見つけないかもしれない、というようなものを題材にすることの方にそう言ったものを詩にする方が僕は意義を感じます。 ただそれは他者がそれを題材に詩を書くことを否定しません。あくまで私なら選ばないというだけです。

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沙一 (2020-03-27):帆場 蔵人@⚰さんへの返信

帆場さんの熱意が、私は好きです。選考掲示板の勢いも、拍車をかけているのかもしれません。 テキストから逸れたことを語るのは些か抵抗があるのですが、私はフォローしているなゆたさんのツイートを日々見ていて、あのワニの漫画に対する想い入れの深さを感じていたんですね。時勢に影響されているとか、他の誰かがやるだろうなどといった打算めいたことはほんとうは関係なく、作者にとって感動したことや、想い入れのあるものは、詩にしてあたりまえであると考えます。それに理念よりも情熱にしたがって書かれた詩のほうが、私は好きです。また、作者のことは別としても、書かざるを得なかった、なにかしら表現に衝き動かしているであろうものを、この詩からは感じられました。

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なゆた創a.k.a.NORANEKO (2020-03-27):作品へのコメント

帆場蔵人さんへ 批評、まことに感謝致します。 個人的に、ベッタベタな素材でも、要はそれをどう調理するかでオリジナルとなりうるか否かは変わると思ってます。たぶん、私がやった比喩の運用によるワニ、コロナウィルス、カミュ、メメント・モリの髑髏の結びつけ方は今日びあんまりやる人いないんじゃないかと思います。 ワニやシキに冷めるというのも本来もっと純粋に詩的なもののほうが好みの身としては理解は出来ます。ただ、個人的にサブカルを代入するなら変に綺麗にするよりは、いっそ露骨に俗っぽく前面に出したうえで料理したほうが絶対いいよなとも思いました。何より、たぶん今書かないと私もうワニを詩に書くことないだろうなというのもあり、一発ぐらいこういうのありじゃね? という勢いでやりました。すみません。 個人的に、いわゆる詩が詩である必然に近づくほどB―REVIEW的な親しみやすさからは乖離してゆかざるを得ないので、ここではいかに「親しみやすさを生み出す不純物をうまく使うか」の鍛練の場としている節はあります。 ただ、帆場さんのおっしゃる「まだ誰も取り上げてないネタ」こそ大事にすべきというのは尤もな話で、ちょっと俗っぽさが突き抜けすぎたのかもしれないなと思いました。またひとつ、狙いのピントを補正するための有益な視点をいただきました。ありがとうございます。 また、沙一さんにもご苦労をおかけしてしまい申し訳ありません。あたたかいお言葉が沁みます。 とはいえ、元々このような批評的なやりとりじたいは慣れているので大丈夫です。何より帆場さんのように真摯な批判は個人的にとても嬉しいものなので。 いつも本当に、ありがとうございます。

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帆場 蔵人@⚰ (2020-03-28):沙一さんへの返信

丁寧なコメントありがとうございます。確かに二月からの選考の熱は少なからずあります。 作品からこちらも離れてしまうので返信を悩みました。しかし、どうしても気になりましたので返信します。沙一さんはなゆた氏のTwitter上での事柄を挙げられましたが、それと今作を結びつけて考えるべきでしょうか。もちろん人間である以上、そういった事を一切無視して発言はできないでしょう。 しかし、それを根拠に詩と私のコメントを評されても知らない私としては戸惑うばかりです。 沙一さんほど詩歴もなく見識もないものですが、そういった事を安易に詩のコメントに持ち込んでいいのだろうか、という疑問を感じた次第です。思い入れを持ち込まれるのは構わないですが、それは時に判断を誤らせる事もあるのではないでしょうか。 なゆた氏の作品に直接関連しない事ですのでご返信はご無用です。なゆたさん申し訳ありません。

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なゆた創a.k.a.NORANEKO (2020-03-28):作品へのコメント

帆場さんと沙一さんのやりとりを見てて、この「コメント欄で作者を置き去りにしたMCバトルが展開する」なんとも言えない感じすごく懐かしくていいなと思いましたまる。有意義なやりとりになったなら何よりです。 沙一さんの善意には感謝なのですが、基本的にこういうやりとりは作者と評者の一対一であることが望ましいと思いますので、よほど目に余る状況以外は控えていただけると助かります。私も妙な義侠心めいたエモーションでやらかしたこと何度もあるので他人のこと言えませんけども。よろしくお願い致します。 こちらも返信は不要です。作品はまだ色んな人に読んでいただきたいので一応上げておきますね。

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stereotype2085 (2020-03-28):作品へのコメント

共感、共鳴という点に絞ると、百日後に死ぬワニやSuicaなど日常的、もしくは日常的な扱いをされていた存在だけになるかもしれない。というほど詩的表現、詩的思索が独特の域に達していると感じました。これでももちろんいいと思います。共感の連続だったら詩はひょっとしたら退屈になってしまうかもしれませんから。僕の読解力のせいでしょうが、所々読み解けぬ詩文があったと書き置いて、それでは失礼を。

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なゆた創a.k.a.NORANEKO (2020-03-29):作品へのコメント

stereotype2085さんへ ありがとうございます。個人的に、あえて前景化したワニの裏手にある、「電車に乗るのをためらい、徒歩を選ぶ」「マスクの鼻部分の針金を曲げる」「横切る子供たちに一抹の不安を覚える」「喉の痛みに怯える」といった部分こそ重要でした。おそらく、この部分が詩行として生きるのは、コロナ騒動が終わり、昔の事件になったあとになると思います。ここに2020年にしかないリアルを刻んでおきました。 比喩や文脈のスライドといった技巧やワニやカミュなどの派手なモチーフによるエンタメ性だけなら虚しいのも確かなことで、その奥にどんな内実を孕ませるかが勝負だと思っています。

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藤 一紀 (2020-03-29):作品へのコメント

おはようございます。音の流れがとても気持ちいいです。もうそれだけで突っ走って、意味なんかは放り出すくらい突き抜けてもいいんじゃないかと私なんかは思うクチなのですが、内容が掴めるようにというか、読み手に優しいという感じがあって、走っている音が意味に引っ張られて言葉が窮屈になっているように思いました。

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なゆた創a.k.a.NORANEKO (2020-03-30):作品へのコメント

藤一紀さんへ 批評、ありがとうございます。 意味が強すぎると邪魔になるというのは分かります。音楽的快楽と意味的なメッセージ性の兼ね合いというのは難しいというか、メッセージ的な語彙を無化しながら溶かしこむような方向性があるいは一つの最適解のような気がします。少々、素材の足し算と引き算について考えてみます。ありがとうございます。

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