作品投稿掲示板 - B-REVIEW

なゆた創a.k.a.NORANEKO

投稿作品数: 16
総コメント数: 50
今月は2作品にコメントを付与しました。
プロフィール:
猫から人へ。 Poet/Coffee Lover 羊谷知嘉さんのブログ『Engineerism』にて散文詩を連載中 https://t.co/8WYJG7iFgS


胡蝶の夢のようですね。池の水面を眺める自分と池の水面のなかにいる自分の鏡像とのあいだに虚実が揺らぐさまが撞着語法によって描き出されていて、短詩として仕上がってるなぁと思いました。 (池)

2020-02-19

詩とは何かというのを突き詰めてしまうと、作者がそれを詩と定義し、鑑賞者もまたそれを詩と見なせば何でも詩と言えてしまうというのはありますね。後は作者と鑑賞者それぞれの詩に対する信仰の問題になってくるという。 とはいえ、これは作者にとって「絵」であり、B-REVIEWのルール的にも問題はないというのがまた愉快ですね。私にとってもこの作品は微笑ましく愛すべき一個の「絵」です。 ありがとうございます。 (ホリデイ)

2020-02-19

ミリウェイズさんへ はじめまして。ありがとうございます。 あまりこういうタイプは書かないほうですが、こうして新しい方に読まれるのは嬉しいですね。 帆場蔵人さんへ ありがとうございます。「世界と作品のあいだ」というのはきっと、終わらない問いと答えの連続のような気がしました。 (カンガルー森のうた)

2020-01-24

個人的に「おっ」となったのでコメントさせていただきます。 端的に言って私好みです。詩において詩を語る、詩のために捧げられた詩でしょうか。 >ひとつの風景の動きが >瓶に詰められてゆるやかに >はっこう、していく 私はこの「瓶」を「言葉」と捉えました。世界のある現象のふるまいを詩文のなかに籠めると、ゆるやかに発酵/発光してゆく。詩的言語の多義的なゆらぎのさなかに起こる、ひとつの世界のとらえ直し、胸のうちに何かが広がってゆくような感覚を想起しました。 >風景は酵母となりシジョウとざわめき >月明かりが窓から注がれて神々の手が >攪拌を始めれば乳白色の神話の海になる 世界は言語を詩的に発酵させ、発光する月明かりはツクヨミか或いはアルテミスか、見えざる女神の御手は窓辺より注がれ、まるでインドの創造神話のように甘露の乳海をかき混ぜる。月明かりから乳白の海という白のイメージの推移し、それがまたどぶろくやマッコリのような濁り酒と連鎖してゆくのがいいですね。 なお、“シジョウ”の擬音語的な用法もユニークかつちゃんと擬音としてよいので面白いです。 >言葉に掬い上げられ幾層にも重なり >地となり山となり、形作られる生命の糧に >意味が火をつけて焼き上げていくのだ 発酵した詩的言語のなかの世界という生地を、意味の火が焼き、一個の明確な形を与えてゆく。これは読者による詩の解釈の場面と読みました。 >狂おしいほどの空腹を、生という空白を >埋め立てていく、追い立てていく、そのとき >生きているのだ、発光しているのだ ここの独白には作者の実感がこもっているように思いました。精神的営みにおける空白を埋める、そのために詩を貪るという感覚は、こうした場に来る人ならばある程度共感出来るのではないかと思います。 てらてらと艶めき焼きあがった詩の 三日月を齧りとる、夜がゆき朝がくる クロワッサンと三日月、詩と世界の照応。詩を介して世界を食らい、世界の夜明けとともに自らの暗い飢餓を晴らす。重層性が綺麗にキマっていますね。 かなり巧みな一品だと思います。いい仕事してますね。 (風景を食む)

2020-01-24

比喩や語彙を可能な限りシンプルにしつつ、情景描写のなかに淡くも奥行きのある詩情を立ち上げる手際がスマートでかっこいいと思いました。 舌で触れた自らの犬歯に獣のさがを見出だすところが、デミタスカップの底に残る濃い部分のように心へと沁みてゆくのが素敵でした。 (犬歯)

2020-01-21

沙一さんへ いつもご批評いただき誠にありがとうございます。 オーストラリアの森林火災についてのニュースを観るなかで、ふと苦しくなって書いていました。これは世界との接続というよりは、ひたすら自らの慰めのために書いたものでした。 より現実に対して解像度を上げたところで書いてもよかったのですが、こういう作品を投げてみたときにどんなレスポンスが返ってくるのかという興味も湧いたので投稿したしだいです。 蛾兆ボルカさんへ お久しぶりです。NORANEKOです。 韻に関してはここ数年、日本語ラップをひたすら聴いていたせいか自然と意識するようになった気がします。さいきんラッパーのZeebraさんがHIPHOPクルーのICE BAHNの曲について解説する動画を拝見したのですが良い刺激になりました。詩人さんでも大いに参考になると思いました。 楽子さんへ ご批評、感謝致します。 この作品はおもに自分を慰めるために書いたものですが、なるべく痛みに沁み渡るあたたかさを意識しました。声高に嘆くでもなく、痛みから目を背けるでもなく、何を訴えるでもなく、ただ静かな叙情のなかにある慰めが余韻を引いて反響するようなものとなっていたらと思います。 (カンガルー森のうた)

2020-01-21

沙一さんへ 批評をくださり、ありがとうございます。 個人的に、合評の場では詩の自己解説を普通にする派なのですが、本作はTwitterで書いた二編の即興詩をレコード代わりにしてDJプレイのような形でミックスした作品になります。ある意味、同じ語彙を使いつつ(良くも悪くも)別物のオリジナルを作るような感覚で、元の作品を知らなくても単体で鑑賞出来るようにしてみました。 なので、「地下鉄」というフレーズに託したものは、Twitterのほうと今回ビーレビ用に作ったものとで微妙にニュアンスが異なり、前者のほうが作者にとっての日常のリアルと密接に繋がる語だったかもしれません。そういう意味において、本作から失われた味はたしかにありますね。 また、共感覚的表現はわりと私が抽象度の高い作品で取り入れがちな自覚はあるのですが、特定の対象を鑑賞するとき一時的かつ擬似的にそういう感覚に近付くときはあって、これを言語のなかに落とし込むならばやはりいわゆる“ゲンダイシ”的な言語感覚のほうが“しっくりくる”気がします。なにかと悪者にされがちな“ゲンダイシ”ですが、この分野の開拓した技法でなければ掬えないモノって普通に人間にあると思っていて、私の身体感覚のある部位にとってはこれが“リアル”ですね。 (始発)

2020-01-12

>切り方が不自然だと思われるのか、切ること自体が不自然なのか、どちらだと思うか教えていただけると嬉しいです。 私の見方では後者ですね。特に個々の連の孤立に託したものが無いばあい、違和感や不全感が先に立つと思います。 個人的には一連めの流れをより展開して、これで一編の作品を作るほうが良くなる気がしました。他の連のものも同様に、まだ膨らませる余地のあるものに見えます。 (あい)

2020-01-12

個々の連ごとで読むと悪くないのですが、一編全体を通してみたときに噛み合わず、流れや共鳴のようなものが生まれていないのがもったいないと思いました。 複数の要素の合わせ技で読ませるなら、文脈をスライドしながら特定の語彙で結び付いているような詩的秩序を幹としながら飛躍の枝葉を繁らせたほうがいいと思います。 (あい)

2020-01-10

すみません、 >nさんの詩はたびたびこっそり覗いていて ふと確認してみたところ、nさんの投稿作がここ数週間の二作のみと知り、びっくりしました。 別の方と混同してしまったのか、はたまた架空の記憶を幻想したのか。何はともあれ申し訳ありませんでした。 (石油、ときどき水)

2019-12-10

おそらく初めましてでしょうか。 nさんの詩はたびたびこっそり覗いていて「好きな詩だなぁ」と思っておりました。一応こっそりポイントだけ入れていたものの、何かしらコメントを残して行こうと思います。 待ち人を思う気持ちを叙景のあわいに漂わせる薫香、あるいは水彩の淡い色波が綺麗です。固有名詞によらない「雨の日に、葉の匂いを強める植物」なども利いていますね。 >交わす約束は銅板になった なぜ、ここで“銅”なのか。銅は金属として柔らかく、また熱伝導の効率が高い性質があります。ここに、詩的主体のナイーブな情緒の揺らぎを感じました。 また、銅板といえば版画に使われる素材で、描画する際には裏返した下絵をなぞってニードルで掘ると言います。ある意味、約束を胸に待ち人に焦がれる歳月がその描線を腐食し、慕情の輪郭を深め、あるひとつの理想的な未来、あるいは過去の姿を象っているのかもしれません。 静かな響きのなかに豊かな叙情のある佳作だと思いました。 (石油、ときどき水)

2019-12-10

とても丁寧な散文的表現で編まれた「意味がわかると切ない話」だと思いました。 序盤の空撮視点からの遠景、とくに田園の「ユークリッド平面」が音の響きと風景のダイナミズムをうまく表していて印象的でした。そこから連を変えてヒッチハイク若い女性の独白が響いて自動車内の風景に描写が切り替わりますが、この流れがきわめて映画的で面白いなと思いました。映像がだいたい80~90年代前半あたりの邦画の雰囲気で、セリフの一つ一つが劇場の音響システムから響いてくるようにすら感じました。 描写力という意味ですぐれた作品だとおもいます。 (ゆれるポニーテール)

2019-12-09

沙一さんへ いつも拙作を拾ってくださりありがとうございます。 >作品としてはまとまりに欠けています ガチの即興フリースタイルながら、一応全体の流れはその場で作ったつもりだっただけにだいぶ悔しいですが、たしかに作中のあらゆる要素が途中で生成消滅して、何かに結ばれないまま漂っている感じにはなったかもしれません。良くも悪くもポエム。 最終連は一応着地点ということもあり、ひとつ前の連のテーマを引き継ぎつつライトヴァースのなかでも浮かない範囲での詩的表現をやや強めてみました。ほぼ感覚でやってはいますが、うまくいっていたなら嬉しいです。 (詩と信仰と読点についての即興詩)

2019-12-09

たいへん申し訳ありません。 ×核燃料棒でストラトキャスターを弾くようなジミー・ペイジ ○核燃料棒でテレキャスターを弾くようなジミー・ペイジ でした。謹んで訂正致します。 (どうでもいい沢尻エリカと寺山修司記念館までの旅路)

2019-12-07

うーん、前半と後半にそれぞれ良さはあるのですが、「なぜ合体させてしまったのか」というのが先に来ます。いちおう全体を通じてある種の生に対するあかるい虚しさのような響きはあって、それを茶化したような(それでいて目は笑っていない)語り口で呟いたあとにすこし真面目なことを言うような、ある意味みうらさんらしいクレバーなふるまいはあって、そこは純粋にキャラクター込みとして武器ではあると思います。ただ、著しく統一感を欠いているのがまず勿体ないなと感じました。 すでにアリハラさん等のレッサーが指摘してはおりますが、個人的に沢尻エリカを素材にすることじたいは有りというかむしろそういうことしてくるほうが好きなのですが、それがクリティカルにキマるというのでもなく土門拳により相殺されたあげく“生のあかるい虚しさ”の単色に帰ってゆくのが「もうちょっと攻めて欲しい」となりました。破天荒キャラであるならばいっそ核燃料棒でストラトキャスターを弾くようなジミー・ペイジをやってもいいと思います。 後半は詩文の音楽性がよく、また「死に還り」と「生き還り」を「越えられぬ河」を挟んで照応させたり「みとどけ/みとどけようか」のためらいの話法などで巧く構造と叙情を生成していて一定の完成度を持っていると思います。また、おそらくみうらさんは「そんなものつまんね」とも思っていて、それもまた大正解だと感じます。書けるうえでその先に何を産み出すのかに挑むのが、たぶん詩人の本番なんだと思いました。 (どうでもいい沢尻エリカと寺山修司記念館までの旅路)

2019-12-07

沙一さんへ お読みいただき、ありがとうございます。 たしかに、私―物語性を持たせるならば、“一度死んだ”経験をどこかに感じさせたほうがよかったかもしれません。 また、寺山修司にそのような詩の一節があることを知ることが出来てよかったです。私の生に対する違和と虚無に言葉を通す回路を与えてくれたのは萩原朔太郎ですが、寺山修司もきちんと読みたいと思いました。(映像作品はすごく好きです) (秋桜)

2019-12-07

つつみさんへ お読みいただき、ありがとうございます。 お供え物を食べる死者の独白という読み方を与えてくださったことに感謝します。なるほど、そうとも読めるのかと思いました。 (秋桜)

2019-12-06

コーノ@基本的に眠い人 さんへ お読みいただき、ありがとうございます。正直、何度か“最果タヒさんに似ている”とのご指摘を受けたことがあるものの、未だに自分のなかのタヒさん成分がよくわからず不思議に思っています。 これからもがんばります。 (秋桜)

2019-12-06

全体の構成力が良いなと思いました。淡々としながらも鍛えられた描写力で描き出される「県境」の車道の風景、それを車内から眺める「私」。 >あの草は私だ、あちらの草の塊も私 >あちこちに私のようなものが点在していた この、場所に自己の記憶……その磁場のようなもの……が存在するというのは、きわめてリアルかつ詩的な感覚ですね。 >草のように刈られ、再び発芽し、生きているだけだが死んではいない この痛覚、あるいは痛みをはるかに通りすぎた虚無の醒めた地点の独白を込めた比喩のなかに、今作の叙情がストレートに表れていると思いました。 (県境)

2019-12-02

yamabitoさんへ ご感想、ありがとうございます。 (秋桜)

2019-12-02

エイクピアさんへ ご批評、ありがとうございます。 「後を濁す白鳥の歌」については、「白鳥の歌」と「立つ鳥跡を濁さず」を掛けた洒落として書いたものです。詩的韜晦とまで言えるほど凝ったレトリックではないかなぁと個人的には思います。 秋桜の句を気に入っていただけたなら何よりです。 (秋桜)

2019-12-02

こうださんの詩としてはたぶん初めて私が素直に気に入った作品になりました。 暮らしのなかから切り取ってきた映像をひとつひとつ羅列しながら、羅列の行間に漂う叙情に語りを託すような手つきですね。 >ブロワーの扱いがめっきり上達した清掃員の肩の位置。 この着眼点好きです。よく見てるなこれってなりました。 あと、「耳の付け根に三日月」はアトピー持ちとしてリアルに感じられました。私は四季を問わず三日月から血が滲んでいましたが。 起承転結というか、全体の構成として内容が散漫という弱点はたしかにあって、一個の作品としての成立としては脆いのは確かだと思いますが、この系での進化はちょっと見たいです。 (Goldfish scooping)

2019-12-01

帆場蔵人さんへ なるほど、と思いました。基本的に意味の曖昧さを意図的に作る癖がついていたのでその逆をやってみたのですが、オチをキメすぎてもいけない場合があるというのは目からコンタクトレンズでした。ありがとうございます。 (それは解釈違いです。)

2019-11-25

沙一さんへ 批評ありがとうございます。 今回の作品は本当に「何も言うことがない」ときに書いたもので、その“無”がテクストに反映出来ていたならば、そこに一定の意義はあったのかもしれません。 (ほろー(むおん、おん、)

2019-11-25

近代的言葉遊びを発明されたそのときの熱狂のままタイムカプセル開封したようなワイワイでにぎわってますね、技巧的にもよろしいですね。 (ザクロ祭り)

2019-11-23

おっさんたちのブルージー、平面的軽薄さのなかのリアル。 (またとないほどに)

2019-11-23

携帯端末がまだ存在しなかった時代のはかないつながりとわかれのような奥ゆかしさを感じました。 (コバルトブルーの湖)

2019-11-23

はじめまして。 うーん、ラップのリリックとしても詩としても煮え切らない感じがします。有り体に言うとサムい。というかフレーズだけそれっぽいの持ってきてるけどちゃんとHIP-HOP聴いてるのかなという疑問が湧いてしまうレベルですね。 とりあえずどちらかでもいいんでもっと質の高いものに触れてひたすら量を書きこなすのが大事だと思います。私はHIP-HOPはにわかですけどTHA BLUE HERBのILL-BOSTINOや志人あたりのリリックは単体でもレベル高いなと思いますね。あなたの本作のスタイルを踏まえるとBUDDHA BRANDが『人間発電所』で見せたナンセンスさであるとか漢a.k.a.GAMIやその周辺のラッパーのリアルなアングラを醸してるタイプが参照先としていいかもしれません。有名どころばっかりで申し訳ありません。 (躍りの中で)

2019-08-26

藤一紀さんへ 拙作をお読みくださりありがとうございます。たしかに、今作はこの世界の一角に日常を生きることの空気感をテクストのなかに漂わせることが目的のひとつでした。不快さや閉塞感、自己陶酔に感傷といったものを含めて叙情のなかに溶かし込むことが詩のなかにある種のリアルを籠めることだという感覚は昔からありますね。 (生ぬるい生活)

2019-08-25

yamabitoさんへ 率直なご意見、ありがとうございます。固有名詞についての指摘について、少し意識的になって書いてみようと思います。 ジミーさんへ お褒めいただき恐縮です。私は実際の滅びというものを美しいとは思いませんが、時折そういったものを漠然と甘やかに捉えている自分を見つけて苦笑することはあります。そういった愚かさを含めてこの作品には書きました。 沙一さんへ 私の意図したところを拾ってくださり感謝です。二連めの“しき”の解釈を興味深く受け取りました。 (生ぬるい生活)

2019-08-25

梅雨の時期を描いた日常の詩として、音韻の楽しさと生活のあいだに漂う叙情がうまく合わさった作品だと思いました。 さらさらと乾いた笹の葉と土砂降りの雨の湿り気とが対比され、そのふたつの気候を揺れ動き、サラサラしたりくしゃくしゃしたりする私の心のような髪の毛。日常のぼんやりとした不満や不安やを抱えつつもふんわりとした気休めのポジティブで乗り切ろうと行きつ戻りつする、等身大の人間がいるなあと思いました。 ありがとうございます。 (そんな気はさらさらないってつぶやく口のなかでだけ)

2019-06-15

こうだたけみさんへ あー、朗読が前提のデザインなんですね。こうださん作の朗読のフロウを聴いてなんだか納得した部分がありますね。 わりと私が書いたやつは目で読みながら内言で響かせたときに加速とドライブが活きる設計なんで、朗読は骨が折れたろうと思います。しかも即興書き流しだったんでほぼわたしのその場の自由連想でした。結構言葉遊びのなかに色んな文脈を生成消滅させるのが性癖なんで、好みはたしかに分かれるかもです。 ポエトリーリーディングを前提としたこうださんと、テクストとして読むからこそ得られる快楽を優先した私という対比も見えてきて、なるほどこの差異は面白いなあと思いました。一応個人的にはテクストで酔わせてなんぼな立場ですが、朗読向けに設計したものも考慮に入れてみようと思います。 また新しい詩の遊び方が見つかりました。ありがとうございます。 (Anemone coronaria)

2019-05-04

tOiLeTさんへ はじめまして。この作品はかなり自分の言語の身体性に乗せて書いたものなのですが、この「一文がやたら長いくせにやけに読める感」には一応配慮してます。もちろん散文詩に限っても全然普通の書法は出来るんですが、素の持ち味を活かすならこのスタイルかなーと。自分自身で好きかはともかく。 「人によって印象が変わる」との指摘には意外な想いがしました。かなり自分の濃度が高い書法だけに、かなりリズムや流れが読み手のそれを食わないだろうかという懸念があったので、ここにも多様性が生まれる余地があるなら嬉しいなと感じたしだいです。 ありがとうございます。 (朝、大聖堂の素描を持って。)

2019-05-01

こうだたけみさんへ なるほど。たしかにひたすら言葉で遊んでいますね。「たーのしー!」感は出ているものの、「いやこれまだもっと遊べる余地あるんじゃないの?」というのが率直なところです。 とはいえタイトルの「Anemone Coronaria」は可読性に富んだいいタイトルだと思います。というわけでちょっと遊んでいきますね。 ◆◇◆◇ Coronariaを裂かれて去った永遠の赤い姉もねきっとあなたに恋してました嫉妬しそうなほどの死相に咲く白いAnemoneの花言葉を口に含んでは吐き出す私の目が赤く兎みたいでしょうHey Say を Jump! する間際Reiwa手前にみる裏切りの冷酷に狂い踊る妹の赤兎馬のSiriに乗って君も祭りにノっていいよ海老バディ性ホー、ホー、とフクロウみたいに血走ってるよ君たちの白眼に青空を溶かしてやる「期待してる気体してる擬態してる時代してる」分子異分子散文詩。呂布のようなカルマだな君の股ぐらを開く乱世に百代の過客がよぎっては消えたあの永遠じみた花冠の日々は色を変えて散り散りに枯れて君の渇れた唇に敷かれ吹かれ何処かへとうろうろと移ろうよ滲み出るよ泥沼のような涸れ川がコンクリートから液状化して足元から膝下まで救ってくれるんだそうだ京都を焼かねばならぬ。絶叫はSpotifyを流れゆくMy Favorite ThingsをJohn Coltraneのblowじみたflowで吠えて吠えて吠えて犬歯の隙間から漏れる擦音にサックスのかすれを覚え燃える燃える燃える金閣寺のように燃える紫の花言葉に喉から流れる血の赤い行く手を隠してあなたよ貴方よAnemone姉もねああなったのよ感情動脈を切り裂いて永遠の花冠が青ざめて私私私私私私色とりどりの私かつて妹なるものもアネモネのなかに咲いて咲いて割いて裂いてサイテ色とりどりの花言葉をあなたに捧げるわあなたもねサイテあげるわサイテ裂いて割いて咲いて赤、紫、白のアネモネの輪を描き三人でまたColtrane的絶叫のなかでCoronariaの花冠になるのよ。(乾いたらきっと、全部真っ黒の花びらばっかりだけどね。 ◆◇◆◇ お目汚し致しました。ありがとございます。 (Anemone coronaria)

2019-04-28

そういう立場の差異はどうしても出てきますよね。それが詩の多様性を生み出すものでもあると思うので、違いそのものは尊ぶべきものかもしれません。 ありがとございます。 (朝、大聖堂の素描を持って。)

2019-04-28

こうだたけみさんへ コメントありがとうございます。 こういう散文詩がいちばん素の言語感覚でやりやすいんですが、一応現代詩っぽい書法を身に付けるためさいきんまで封印してました。ただ、言葉遊びのための言葉遊びというか、「たーのしー!」というような詩はどのみち書けないというか、自分自身ただの言葉遊びだとあんまり楽しめないクチです。今回はわりとダウナーなだるさと厭世感のようなものに結び付くような言葉の流れを意識しました。過剰な長さがそれだと思います。 一応、根底にあるのはまあまあシリアスなものなんで、そこは伝わったのかなと思いました。お読みいただき、ありがとございます。 (朝、大聖堂の素描を持って。)

2019-04-27

批評というよりはライトレスなんですが、ひたすらカッコいいフレーズとイメージをキメることを追究した、ある一つの系としてカッチリ出来上がってるなーという印象です。どこか都市伝説的なホラー感を纏いつつ、歪んだエレクトリック・ギターのサウンドが残響しているような感覚。意味はどこにも結ばれないのに世界だけが立ち現れる、一種のかくり世じみた心地よさがありますね。面白かったです。 (形而上の色鬼と有刺鉄線の因果律)

2019-04-23

寸評ながら雑感を。 美文によるフレーズの快楽を極力抑制しながら詩文全体の構成で面白く読ませているところが良いと思いました。 詩人さんでこの方を参考にされる方がいらっしゃるなら、とくに構成力に着目して読むとかなり得るところのある作品だと思います。 ありがとうございます。 (砂場均し)

2019-04-19

仲程さんへ コメントありがとうございます。 今回はかなりスピード重視で、情報を凝縮する手法で書きおろしたので、たしかにかなり読むうえで体力の要る作品にはなってしまったかもしれません。 一応、個々の連、行、フレーズに、再読しても味わえる要素はガッツリ詰め込みました。色々想像して楽しんでいただけたら嬉しいなー……などと思っています。ありがとうございます。 (ノートルダム大聖堂への葬送歌)

2019-04-17

めちゃくちゃ巧いのになぜポイント低いのこれ…………。ちょっと私一人が入れるポイントとしてはやりすぎかもしれませんが底上げということで。 「飲んでもよい水なのだろうか」という、かなり可読性高いフレーズを冒頭に置きつつ、美しさのなかにやわらかな不穏をひと欠片、終わりまで尾を引く波紋を投げかけてるのがまずキマってますね。 >花を摘むのが >私のしごと >花を摘むのが >私のしごと この反復するフレーズ、使い方によっては陳腐で寒くなるはずなのに、また“しごと”を安直に“仕事”にするだけで台無しになるのに、うまく機能しているんですよね。一連めからの二連目の >夢が夜霧に濡らされて >私に指が生える頃 が、“花を摘む”ことを“私のしごと”とする独白に、複雑な色彩と陰影をもたらしていて、それはある種の“いのちのやりとり”にも通じる、生々しいものにも接続しうる気配があります。 最終二連の落としどころも、渓間をぬって朝の窓辺の庭につく舟という、妥当な着地だと思います。 強いて言えば、こういう系統の作品が決して珍しくないのと、詩文の量の少なさや“わかりにくさ”でポイントを落としているのかもしれませんが…………いやいやいや過小評価でしょう。そもそもめちゃくちゃ“可読性”高いし。これは小品ゆえに美しい。野辺に咲く花にも見事なものがあるように。 様々な解釈をしても、ただ言葉の旋律を堪能してもよい、良質な作品だと思うので、いろんな方に読んで欲しいですね。ありがとうございます。 (花運ぶ舟)

2019-04-17

梓ゆいさんへ ……えー、先に謝りたいのですが、ポイントの入れ方がうまくわからず、叙情性に15ポイントほど入れてしまいました。ごめんなさい(?) ただ、叙情に特化した作品であることは確かです。とくに二連の、空に浮かぶ二つの雲をイルカの親子に例える箇所は個人的に胸を打つものでした。 ただ、その箇所を除くと全体的に淡白で、導入の一連はともかく三連めの八ヶ岳で父と過ごした思い出については、もっと二連目の現在と絡めつつ膨らませて展開したらよかったのではないかと思います。 以上、一読しての雑感でした。ありがとうございます。 (春の日差し)

2019-04-17

沙一さんへ エリオットはとくに好き詩人の一人なので、よく読み返します。もちろん、“残酷な四月”と”紫油のなかで高騰する茉莉花“は『荒地』冒頭のパロディです。仕掛けた文脈にはちょっと工夫していますが。 ユゴーは恥ずかしながらきちんと読めていないのですが、『ノートルダム・ド・パリ』の哀しい結末の持つ叙情性は、大聖堂について書くうえでは参照すべきであろうと判断しました。 正直、私は今までノートルダム大聖堂にきちんと興味や関心を抱けていたわけではありませんが、事件から関連して色んな情報を取り入れて詩化する過程で、この火災が単なる歴史的建築物の損失ではなく、フランスという国家の現在に対し、きわめてシリアスに象徴的な事件だったのだと知った次第です。私自身が作品によって視点を養われた感があります。ありがとうございます。 (ノートルダム大聖堂への葬送歌)

2019-04-16

渡辺八畳さんへ まさか、氏からお褒めいただけるとは思いませんでした。無論、手放しでの賞賛ではなく、このネット詩の強みである「即時性」に対するものであることは理解していますが、それだけでも大いにやった価値がありました。ありがとうございます。 あと、B-REVIEW Ver.3.0のビジョンを描くだけでなく実現してみせた取り組みの功績は素直に尊敬しています。見事です。 (ノートルダム大聖堂への葬送歌)

2019-04-16

作品全体を通して、世界を素手で捉え直すための丁寧な手つきが見えて、こういう系統の作品としてはよいと思います。 とくに一連の ”利き手でないほうの手の呼び名が 日本語にないことに驚く” という、素手で世界を捉え直す手つきは、「誰もがはっとする感覚」を提示していて、おそらく小林さんが志向するこの詩のテーマを最も直接的に実現した言葉のふるまい方だと思います。 以降の連も、乳房を揉むうえでの丁寧な描写や”ぐたひ“、”名もなき物“といった抽象的存在を、概念ではなく直接的に触れようとする手探り感は一貫していて面白いのですが、徐々に観念的な叙述が顔を覗かせ、一連で見せた鮮やかさからは一段曇りのある感じがします。あと、 “私の揉みたい物たちも 貴方の肌を揉んだなら しっかりこの指に残るかもしれない” という下ネタでウケを取りつつお茶を濁すオチは、おそらく小林さんが目指す大衆志向としては間違っていないものの、やはりテーマから考えると精彩を欠く印象があります。 大まかに読んだうえでの雑感でした。ありがとうございます。 (揉む)

2019-04-16

叙情的な筆の運び、言葉の旋律の奏で方は好きです。とくに1.の、透明感のある水色を湛えた流れは文字通り出色だと思います。 ただ、それ以降の連が全体的にバラバラで、展開というよりは散在に近い置かれ方をしているのが残念です。2.以降の個々の連にもそれぞれ面白い試みはあるのですが、全体で噛み合って機能していない印象を受けました。 単純な好き嫌いでいうと私は好きです。素敵な詩心をお持ちですね。ありがとうございます。 (旅人の石)

2019-04-16

stereotype2085さんへ 丁寧にお読みいただき、ありがとうございます。私側が意図した主題に関してはあなたのお読み下さったところでおおよそ合っております。これを励みにより精進致します。 オオサカダニケさんへ 批評ありがとうございます。この作品は前回の反省から「ビーレビではもう少し素直に書くべきか」と降りてきたフレーズとそこから汲んだ主題性とのリアルタイムでの対話で書いた作品なので、ただ「それっぽい」自動筆記まがいでこうはならないと思います。 あと、最後に渡辺さんの尻馬に乗ってしまった時点で「ああ、この人は主体的に作品を読むことが出来ない人なんだな」と思いました。反骨の詩人を演じているようで、結局は誰かの支えなしには暴れられない臆病な人なんですね。あなたの作品の読みごたえのない理由がよくわかりました。あと「合ってるやん?」に関しては「よく読め渡辺さんと論点ズレてるぞ」と申し上げておきます。 最後に、私からあなたにイントラクションを授けます。「カラテなき破天荒キャラは実際サムイ」。 これが少し前のネット詩界隈なら今頃あなたは方々から殺されてます。そもそもカラテが足りない。 渡辺八畳さんへ ようやくまともな批評をありがとうございます。あまり評価しない作品には露骨に雑なコメントになるあたり、この人キュレーターの自覚あるのかなと思ってましたが安心しました。文極に比べてピースフルな方向のはずだったビーレビを半端に殺伐とさせるのは何がしたいのか、そもそも自身の破天荒キャラに酔う以外に何も考えてないのかなと思ってましたごめんなさい。 正直、今のビーレビのシーンを掴みかねていて、自分の手札のどれをどう使うべきかを模索しています。うまく此処にハマる感じを試行錯誤する所存です。精進します。 かるべまさひろさんへ 優しい方ですね。その人間性は嫌いじゃないです。出来れば作品も読んで欲しいです。 帆場蔵人さんへ 批評ありがとうございます。今回は淀みなく読みやすい流れ、リズムに乗って叙情と主題がすっと入る感じになればいいなと思っていたので、そのようにおっしゃって頂けて嬉しいです。 精進致します。 (泳ぐ器)

2018-12-26

というより、こう言う詩型だからというバイアスかかりすぎじゃないですか。別に散文的な叙情詩としてリライトしてもいいですけど。需要と傾向には合わせますよ。 (あらかじめ喪われた、《角》へ。)

2018-11-06

アンドレ・ブルトンとかそのくらいの手法への先祖帰りですか? (綺麗な産卵)

2018-11-06

単純にここのカラーはわかりませんが、私は私の詩を書くだけです。 (あらかじめ喪われた、《角》へ。)

2018-11-06

5or6さん、感想ありがとうございます。リズム感を褒めていただいたこと、たいへん嬉しくもあり、畏れ多くもあります。 作者自身にとって、この詩の内容はきわめて個人的なものですが、いみじくも5or6さんのコメントに仕込まれた錯綜性のように、特定の意味に結ばれず開かれるよう意識しました。意味に結ばれないからこそ、読み手の経験や記憶や感情と新しく結び付けるような詩であってくれたらと思っています。 (無能)

2017-07-18