Anemone coronaria - B-REVIEW
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PICK UP - REVIEW

「中央公園より」

わかりあえなくたっていい

人種、国籍、性別、年齢、人間同士のわかりあえないディスタンス、そんなことよりも、おたがいに笑っていよう、ここはみんなの公園だから——

沙一

わたしの髪は生きているのか……

心を亡くしてしまいそうなときに

ささやかなお洒落をたのしむ、それは自分が自分であることをわすれないために、ひつようだったのかもしれない——

沙一

angel coffee?……

一瞬と、永遠

幸せなコーヒーと、降りやまない雨、好きな人といるとき、あなたならどちらを選びたいですか?

沙一

食べ物と死ぬ人

目が付いているうちに読みたまえ諸君

傑作。 目が付いているうちに読みたまえ、諸君。他に言うべきことはない。

石村利勝

別れ

余りにも挑戦的、だがそれがいい

数ある一行詩の中でも、想像力/表現力がとても高い作品。最初は(え、これだけ?)と感じることだろう。しかし、これだけ?からの作中世界の広がり方は、これだけ?発言が恥ずかしくなるほど広すぎるのだ。

ふじりゅう

ママンへ

散り際にも見えるママンの後ろ姿

無駄なくそつなく、それでいて大胆にママンに語りかける。「ママンへ」あなたはこの書き出しで何を思い、連ねますか?

stereotype2085

名残の雪

美しいと思える作品だった

美しい空間を、踏む。踏むことで、汚す。踏むことで汚す、明示のされない寂しさ。本作にとって、雪を踏む行為、それだけが個の存在の証明なのだ。

ふじりゅう

例えば鳥の教え

色が付いたばかりの映画のように

情景の転調あるいは繋がりが「色彩」を基調にして、境界をあいまいにしながら広がる。

鈴木歯車

おかあさん

史上最強のタイトル回収

本文たったの6行、造作もなく読み切れ、詩人よ。 そして再度タイトルを見返し驚愕せよ、詩人よ。

name

空なんか見てんじゃないよ

淘汰

この詩はあるタイプの詩と詩人を淘汰するべく書かれている と言えば言い過ぎか。 要注目。

stereotype2085

はずしわすれた風鈴が鳴る

やさしくせつない短歌集

かたづけられない想い出、それでもめぐりくる季節——

沙一

春風に吹かれてる

だいじょうぶだあ

《なんてこたあ ないんだよ》 天国から呼びかける声が、聴こえる。

stereotype2085

永遠の反射

名作?それともただの習作?

ただの習作なのかもしれない。が、ここには作者当人も気付いていないかもしれない、天才がいる。俺の直観は当たるんだよ。人生で二回くらいは。

石村利勝

こんにちは まっさらな世界

「まっさら」の優れた表現

あなたの世界も「まっさら」ではないかな? 「まっさら」なのに、書けますか?

南雲 安晴

imagine

パンチング。

今からリーディング界隈を、ノックアウト。

stereotype2085

はっかといちご

詩における視覚要素の決定版

いわゆる視覚詩的なものは作ろうとするとパッと見の奇抜さで満足してしまい、それを行った理由に乏しくなってしまうことが往々にある。しかし「はっかといちご」はその域を超え、結晶の造形だからそこの効果を成せている。

渡辺八畳

独言少女

いつも終電に間に合う人生生きてますか

少女の独言は胸に刺さる。というか萌える。条件があって、少女は本当に少女でなくてはならず独言は本当に独言でなくてはならない。なのでこの詩は刺さるし萌える。

石村利勝

MY 9090 OF NO……

最先端ノスタルジア

なつかしみが 超えてゆく 未来という名のノスタルジイ 

真清水るる

骸骨スフィア

プラトニックな求愛の舞踏

ほろびたゆえに、もうほろびることのない、永遠の愛。それは、幸せか、囚われか——

沙一

人魚性

海、たましいの故郷

素直さゆえに、なじめない人間のせかいにたいする、異邦のかんかく——

沙一

宇宙飛行士の解剖

死因は、孤独

二重の夜に、追い詰められた、かれは、涯のない闇のなか、吊るされた——

沙一

家庭の檄文

悲運

そこには笑顔の絶えない、家庭があった。

stereotype2085

あす

ミのシャープはファ

「ミのシャープ/響かせる笹舟にのせて/送り出してみる」って、やりますねえ。ひねりが利いてて鮮やか軽やか、清新なリリシズム。これぞ令和の”もののあはれ”じゃないですか?

石村利勝

バナナはおやつに入りますか

たもつワールド全開

これはバナナですか いいえ詩です たもつザ・ワールドです

羽田恭

TOKYO

不良天使の幻像

広大さと、小さなもの、神聖さと、世俗的なものの、コントラストに富んだミニチュア——

沙一

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Anemone coronaria    

coronだ先でnecoroがるAnemone疲れているよつつかれているんだミンナツラーイみんなつらーいminnatsu-lieみんなつらーいミンナツラーイ見んなツライ顔してるねって、姉もね。小野妹子にあやかって妹のことをうちの妹子と呼んでます。あなたにも妹が?ではおのおの妹子がおりますね。おのおのの妹子はおのおの斧を持ちまして芋掘りに行きたいと宣っております。掘った芋埋めたいだけの芋掘り遠足は達成感を得るとともに自己肯定感を高める効果が期待できます云々。言い切らない言い逃れの余地残す言説のSiriに乗っかって今年も桜の花びらの絨毯にシーラカンスを思っているよ。Hey、今夜は雨だってさ。質問に答えるのはきみじゃない、ぼくだ。


作成日時 2019-04-15
コメント日時 2019-05-04

Anemone coronaria ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 17
P V 数 : 2126.2
お気に入り数: 0
ポイント数 : 280
#テキスト
項目全期間(2020/08/07現在)投稿後10日間
叙情性1411
前衛性2524
可読性1817
エンタメ4638
技巧1311
音韻14038
構成2421
総合ポイント280160
 平均値  中央値 
叙情性1.20
前衛性2.10
可読性1.50.5
 エンタメ3.81.5
技巧1.10
音韻11.71
構成20
総合23.35.5
閲覧指数:2126.2
2020/08/07 18時34分49秒現在
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    作品に書かれた推薦文

Anemone coronaria コメントセクション


コメント数(17)
こうだたけみ (2019-04-15):

即興ゴルコンダ(仮)、2019年4月14投稿。 お題(タイトル)はみうらのばでぃすきーさんより。 本当は別の作品で動画を作って投稿したかったのだけど、どうがんばっても4月中にはできなさそうだったので、12時間前に出来上がったばかりの本作を。 朗読はしました。 https://m.soundcloud.com/user850776306/anemone-coronaria

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るるりら (2019-04-23):

Anemone coronaria next sorena ってnaruyone 両岸からふりそそぐ桜が川面におりた先のシーラカンスは二匹だったよrairarai rairarai rairarai 雷魚の親戚みんな見てるのに気がつかないのねって、姉もね。さくらcolonyのなかで姉もね咲いていたよ。imoutomo 咲いていたよ。ああ見えて みんなつらいみんなつらいみんなつらいの かくしてんね。シーラカンスが アネモネのうえを泳いでいくよ サクラサクは達成感だしサクラチルはチルチルミチルだね。 過去や未来の国に幸福の象徴である青い鳥を探しに行くけど、結局のところ自分達に最も手近なところにアネモネは咲いてます云々。Hey、こんどは これ朗読するんだって? 質問に答えるのは きみじゃない、ぼくだ。 ***************** できごころで、真似しちゃいました。ぺこり。

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ふじりゅう (2019-04-24):

拝見しました。 私には意味は読み取れませんでしたが、リズム感が心地よいです。ローマ字と日本語の融合具合が絶妙で、なんかよくわからんけど好きだなぁ、と思える詩でした。

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こうだたけみ (2019-04-24):

るるりらさんへ 返詩めっちゃうれしいです! こんどはこれ朗読するんだって?と質問という名のリクエストをいただいたからには読まないわけにいきますまい。 https://soundcloud.com/user850776306/anemone-coronaria-next たのしかったー。 ありがとうございます!

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こうだたけみ (2019-04-24):

ふじりゅうさんへ コメントありがとうございます。 はい、意味はこれといってありません。笑。 タイトル部分が即興ゴルコンダ(仮)のお題なのですが、アネモネという花にはまったく興味がなかったために、文字列から絞り出したのが本作です。この書き方は書けない時の常套手段だったり……。 〈なんかよくわからんけど好きだなぁ〉は、〈よくわからないけどおもしろい〉に並ぶ、私にとっての最高の褒め言葉です。とてもうれしいです。

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真清水るる (2019-04-24):

こうださん 拝聴しました。こうださんの元の作品をなんどか聞いて、音声を妄想しながら書いたので、超うれしい。冒頭から、そーそー そんな感じ、イメージのとおりだ。とおもいながら聞いて「かくしてんね」で、よすぎで 爆笑しました。結語も、、、(以下略) ともかく、ありがとうございました。今日は エンドレスで本作品と私のを 聞きたおすことでしょう。

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survof (2019-04-24):

だいぶ様式が確立されていて、これはこれでとても面白いですし少しずつ磨きがかかっているようにも感じますが、違う枠組みや様式の作品も読んで見たいです。

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こうだたけみ (2019-04-24):

るるりらさんへ よろこんでいただけたようで光栄です!!! 爆笑してもらえたなんてホントうれしい。 るるりらさんの返詩を朗読させていただくににあたり、自作の音源を聴き直そうとSoundCloudにログインしたら、再生回数が少し増えていて、もしや聴いてから書いてくださったのか⁈と思いました。それならば、きっと朗読も私流にアレンジしてしまったほうがむしろよろこばれるのではないかと、好き勝手に遊ばせていただきました。いやあ、たのしかったー。 > サクラサクは達成感だしサクラチルはチルチルミチルだね。 この部分がとても好きです。マイナス要素のある「サクラチル」が一気にかわいらしさに“満ちる”ので! 合格が達成感に言い換えられているのもいいなあ、さすがだなあ。 貴重な体験をありがとうございました!

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こうだたけみ (2019-04-24):

survofさんへ コメントありがとうございます。 一つ前のコメントでやたら舞い上がってるこうだにちょっと落ち着けって言ってくれてるような冷静なコメントに感謝します(マジで落ち着け私)。 本作では、Anemone coronariaがcoronでnecoroがることだけを目的にしました。欲を出すとゴルの締切時間に間に合わないおそれがあったので。これは百均さんが言うところの「食感をたのしむ詩」です。自分で説明すると、意味とか気持ちを伝えるとかなにそれ? 言葉で遊ぶんじゃなく言葉と全力で遊びます、っていうタイプの。 ゴル仲間のさわ田マヨネさんによると、私のゴル作には4パターンくらいあるそうです。パターン化に自覚はあったので、痛いところを突かれたなあと思ったのが二年ほど前でしょうか。じつは、そこから成長できていません。違う枠組みや様式。はい、がんばります。

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田中秀敏田中秀敏(2019-04-25):

こうだたけみさんが本当に行いたいことはなんだろう。奇抜なことをすることなのだろうか。本当に求めているものはなんなのだろう。この詩は全力で楽しんでいます。

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こうだたけみ (2019-04-26):

田中秀敏さんへ コメントというか、ご質問をいただきありがとうございます。どうやらお返事が長文になりそうです。 ◎〈奇抜なことをする〉について 質問にお答えする前に、〈奇抜なことをする〉について個人的な見解を述べます。 > (こうだたけみさんが本当に行いたいことは)奇抜なことをすることなのだろうか。 田中さんは、本作を奇抜だと思ったから〈奇抜なことをする〉と書かれたのだと思いますが、私は、私の書くものはすべて(視覚詩も含めて)奇抜ではないと思っています。 なぜなら、たとえば本作で使用している手法(言葉遊びや単語解体、連想ゲームなど)や詩を書くために用いた言語(日本語、えせ英語、くだけた話し言葉)、散文形式などは、すでに誰かしらが詩作に使っているものだからです。たしかに「Anemone coronaria」という単語を解体して「coronだ」、「necoroがる」へ変換したのは私のオリジナルですが、この程度なら言葉遊びを用いるタイプの詩人(たとえば谷川俊太郎さんは子供向けに『ことばあそびうた』を書いているし、現代詩手帖などで見かける平田敏子さんも言葉遊びを用いる方ですよね。ネット詩の言葉遊びの代表格は、私の中では阿ト理恵さん!)であれば誰でも簡単に思いつくでしょう。まあ、思いついても詩に使うかどうかはその人次第だけれど。 もし私が、これまでにない新しい手法や言語などで詩を書いたのなら、胸を張って奇抜だと言えます。けれど、すでに存在している手法などを用いて(借りて)書いている以上、奇抜というのとは少し違うと思うのです。 田中さんのおっしゃる〈奇抜さ〉は、田中さんご自身や田中さんの馴染み深い詩人たちが用いない手法などを使っているがために、「田中さんには奇抜に見える」というだけのことだと思います。私にとっては、私の書く詩はどれも奇抜でもなんでもないです。つまり、奇を衒っているつもりは微塵もないです。 ◎こうだが〈本当に行いたいこと〉、〈本当に求めているもの〉はなんだろう、という問いに対して > こうだたけみさんが本当に行いたいことはなんだろう。 > 本当に求めているものはなんなのだろう。 この質問には、「本作において」(ミクロ的)と「私の詩作すべてにおいて」(マクロ的)という二通りの答えがあると思いますので、二つに分けて書いてみます。 1.本作において私が行ないたかったこと、本当に求めていたものはなにか 一番目のコメントに注釈として書きましたが、本作は、即興ゴルコンダ(仮)(以下、ゴル)という即興詩のサイトで出された「Anemone coronaria」というお題に対して書いた詩です。お題から詩を書くにはいろいろな方法があると思いますが、私の場合は、a.お題から浮かんだ情景を描く、b.お題とは関係ない身近なことを書き連ねて最後に力技でお題へつなぐ、c.お題に触発されて得た感情をぶつける、d.お題そのものをいじり倒す、などの方法をとります。本作はdタイプです(余談ですが、e.お題を何度もリフレインしてリズムを作りなんとか詩の形にする、という書き方もあるのですが、私の中ではそれは最終手段でありもっとも避けたい方法です。なぜなら、私でなくても書ける作品になる確率が高いから)。 ゴルでは、お題が出てから二十四時間以内に詩を投稿するというルールがあります。本作を書いた時の状況を説明します。 「Anemone coronaria」というお題が出されたのは4/13の13時15分。締切は二十四時間後、4/14の13時15分。私が出題に気づいたのはたぶん13日の19時頃。ところが、帰宅して晩ご飯を食べたりしているうちに忘れてしまって、お題の存在を思い出したのは寝る直前。翌14日も仕事だから睡眠時間を削ることはできないし、朝は忙しく午前中は働いているから書けないのは明白。今回は諦めるか。いや、締切は14日の13時15分だ。書けるとすれば昼休み、その一時間が勝負。 というわけで普段より前倒しでとったお昼休みの一時間、ハンバーガーをかじりながら書いたのが本作です。 私は基本的に花には興味がないので、このお題でaやcの方法はとれませんでした。お題を眺めているうちに「coron」「ne coron」というかわいらしい響きの単語が見つかったので、それを主軸に、ただだた言葉と全力で遊ぶdを選びました。目的を絞らないと締切に間に合わないので。 以上のことから、私が本作で行ないたかったのは「お題の中の単語と全力で遊ぶこと」、そして本当に求めていたのは「締切に間に合うように書き上げること」だと結論できます。 さて、これでは田中さんの質問にきちんと答えたことにならないような気がするので、やはり次に、「私の詩作すべてにおいて」はどうなのかを書きます。 2.詩作において私が行ないたいこと、本当に求めているものはなにか 生きていると、いろんなものを見聞きし体験して、それらを吸収しながら少しずつ変化していきます、抗いようもなく。ですから、ご質問に対する答えは「現時点では」という括弧付きの答えになることをお断りしておきます。 私が詩を書き始めたのは小学校中学年。当時はまっていた講談社青い鳥文庫『クレヨン王国 月のたまご』の主人公が詩を書いていて、「詩を書く女の子」に憧れて始めました。そこからいかにも小学生らしい詩、恋に恋する「ポエム」、中二病っぽい詩、ビジュアル系の詩などを経て、大学一年生で今の作風ができました(その間、約十年)。 大学の文芸サークルの先輩からは最初は褒めてもらえたのですが、二年生になっても三年生になっても同じ作風でいる私に「変わらないよね」、「言葉を道具として扱っている」、「あの人やこの人の詩は読んだか? 勉強不足だ」、「言葉遊びばかりで軽い」という批判やアドバイスが届くようになりました。私としては、十年かけてたどり着いた作風だったのでしばらくそれでいきたかったのですが、アドバイスはありがたく受け止めて、いくらかの詩や小説を読んではその作風を真似たものを書いたりしました。けれどもそのうちに何が書きたいのかわからなくなって書けなくなりました。スランプは、約十年つづきました。 このままではいやだと思っていた2013年。初めてネットに詩をアップしてみました。その時に知り合ったのが前出の阿ト理恵さん。言葉“で”遊ぶのではなく言葉“と”遊ぶ彼女の詩を見て、私もこうすればよかったのかと気づかされ、「言葉“と”全力で遊ぶ」ことを詩作の目的としました。 2015年には脱スランプのために一年間、ゴルのすべてのお題に詩を書きました(百篇)。2016年は父の看病から看取りまでを体験して詩作どころでなく、2017年には自分の病気が見つかって、2018年は治療と手術とまた治療に費やして今に至ります。そんなわけで、差し当たっての目標は「お題がなくても詩が書けるようになること」あたりですかね。 ところで田中さんは、山之口貘という詩人を知っていますか? 私のもっとも好きな詩人です。 彼は沖縄出身で、実家の事業の失敗などのせいで着の身着のまま上京します。当時の東京は、求人広告に「朝鮮人・琉球人お断り」と書かれているくらいに琉球差別がありました。まともな仕事には就けず汚穢屋など人の嫌がる仕事ばかりさせられて、好きな女性に出身地を言うことさえはばかられる。死にたくなったりすることもあるけれど、彼は貧乏生活や出自に関することを、おもしろおかしく詩にしました。 貘さんは、推敲の鬼として知られる詩人です。詩集の見開き二ページに収まるくらいの分量の詩に対し、二百枚、三百枚の原稿用紙を費やしたそうです。推敲過程を見たことがないのでこれは私の勝手な想像ですが、貘さんは、ネガティブなことを削ぎ落としてユーモアにするための推敲を繰り返したのではないか、と思っています。 「詩とはなにか」という文章の中で貘さんは、「ぼくは常々、詩を求めるこころは、バランスを求めるこころであるとおもっているが、そのこころは、かゆければ掻きたくなり、いたければさすりたくなるこころのようなものだからである。」と書いています。私はこの考え方を支持します。 私は、自分のために詩を書いています。今の自分ではなくて「未来の自分のため」です。詩を書いてから数分後の自分、数時間後、数日後、数年後の未来の自分が読んで「おもしろいなあ」とか「こんなのよく書けたなあ」などと、書いたのは自分なのに思ってしまうような詩を書くことが目標です。 今の私が感じているつらさや痛みや悲しみのようなネガティブな感情を、ユーモアや言葉遊びで包んでおもしろおかしいものにしてから未来の私に手渡したい。ですから、詩で「気持ちを伝えたい」という感覚はまったくありません。むしろ、「今のネガティブな気持ちが紛れれば紛れるほどいい」のです。私はその現象を「書くことで昇華する」と呼んでいます。 話は逸れますが、私はシュールな短編アニメーションが好きです。山村浩二さんの「パクシ」やキューライスさんの「鴨が好き」、近藤聡乃さんの「電車かもしれない」など。それらのアニメーションを、見たまま、なにを意味しているかなど考えずに「なんかわからんけどおもしろいわー」と眺めているのが好きです。 私の詩も、そんなシュールな短編アニメーションのように、「なんかわからんけどおもしろいわー」とたのしんでもらえたならいいなと思っています。 結論。 詩作において私が行ないたいのは「言葉“と”全力で遊ぶこと」、本当に求めているのは「昇華」。 そして、書いたものを発表する理由は、「なんかわからんけどおもしろいわー」と言ってもらいたいから。 ◎最後に > この詩は全力で楽しんでいます。 田中さんのこのコメントは、「この詩は全力でたのしんでいるように見えます。」と捉えてもよいでしょうか? もしそうならば、私の目的の一つは達成されたということであり、とてもとてもうれしいです。 長々失礼いたしました。 もう、田中さんのためにでなく自分の考えをまとめるために書いたみたいになってますけども。これ最後まで読んでくださった方がいるなら、心より感謝申し上げます。

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なゆた創a.k.a.NORANEKO (2019-04-28):

こうだたけみさんへ なるほど。たしかにひたすら言葉で遊んでいますね。「たーのしー!」感は出ているものの、「いやこれまだもっと遊べる余地あるんじゃないの?」というのが率直なところです。 とはいえタイトルの「Anemone Coronaria」は可読性に富んだいいタイトルだと思います。というわけでちょっと遊んでいきますね。 ◆◇◆◇ Coronariaを裂かれて去った永遠の赤い姉もねきっとあなたに恋してました嫉妬しそうなほどの死相に咲く白いAnemoneの花言葉を口に含んでは吐き出す私の目が赤く兎みたいでしょうHey Say を Jump! する間際Reiwa手前にみる裏切りの冷酷に狂い踊る妹の赤兎馬のSiriに乗って君も祭りにノっていいよ海老バディ性ホー、ホー、とフクロウみたいに血走ってるよ君たちの白眼に青空を溶かしてやる「期待してる気体してる擬態してる時代してる」分子異分子散文詩。呂布のようなカルマだな君の股ぐらを開く乱世に百代の過客がよぎっては消えたあの永遠じみた花冠の日々は色を変えて散り散りに枯れて君の渇れた唇に敷かれ吹かれ何処かへとうろうろと移ろうよ滲み出るよ泥沼のような涸れ川がコンクリートから液状化して足元から膝下まで救ってくれるんだそうだ京都を焼かねばならぬ。絶叫はSpotifyを流れゆくMy Favorite ThingsをJohn Coltraneのblowじみたflowで吠えて吠えて吠えて犬歯の隙間から漏れる擦音にサックスのかすれを覚え燃える燃える燃える金閣寺のように燃える紫の花言葉に喉から流れる血の赤い行く手を隠してあなたよ貴方よAnemone姉もねああなったのよ感情動脈を切り裂いて永遠の花冠が青ざめて私私私私私私色とりどりの私かつて妹なるものもアネモネのなかに咲いて咲いて割いて裂いてサイテ色とりどりの花言葉をあなたに捧げるわあなたもねサイテあげるわサイテ裂いて割いて咲いて赤、紫、白のアネモネの輪を描き三人でまたColtrane的絶叫のなかでCoronariaの花冠になるのよ。(乾いたらきっと、全部真っ黒の花びらばっかりだけどね。 ◆◇◆◇ お目汚し致しました。ありがとございます。

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tOiLeT (2019-04-29):

無意味の意味聖とは何か?などと考えながら読みました。 そういう意図はないのかも知れませんが・・・ 個人的にこの作品で一番いいなぁと思ったのは全体の長さであり、 こういう作品は「どこまでやるか、どこで止めるか」ってのは大事なのかな?などと思いつつ、どこで止めるか?で、ある種の意味性も生まれてくるのでは?などとも考えました。

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こうだたけみ (2019-05-04):

なゆた創a.k.a.NORANEKOさんへ お返事が遅くなってごめんなさい。 わざわざ読みに来ていただきありがとうございます! はい、私はこのように「たーのしー!」って遊んでおります言葉と。 るるりらさんにつづいてなゆたさんにまで返詩をいただけて幸甚です。言葉遊び詩、やっぱり書ける人は書けますよね。 「いやこれまだもっと遊べる余地あるんじゃないの?」というご意見に関しては、田中秀敏さんへの返信の1.で書いたように、締切時間に間に合わすために一時間で書いたのが原因かも、と。ただ、私は言葉遊びをするときは大体声に出して(出せない場では出しているつもりで)書くので、自分でなんとかひと息に朗読できる分量に収まることが多いです。こんな感じに(再掲)。 Anemone coronaria https://m.soundcloud.com/user850776306/anemone-coronaria Anemone coronaria next(るるりらさん作) https://soundcloud.com/user850776306/anemone-coronaria-next なゆたさんの返詩も音読してみたのですが、私とリズム感が違いすぎてどう読んでいいかわからない(汗)。呂布カルマ……? 私が唯一好きなヒップホップの人はTOKYO No.1 SOUL SETのBIKKEなので……。笑。なゆたさんご自身の朗読が聴けたらいいのになあと思いつつ、だいぶ残念な朗読を貼っておきます。ちなみに返事が遅れたのは、満足のゆく朗読が録れなかったからです。やっと噛まずに読めたー。 Anemone coronaria next next(なゆた創a.k.a.NORANEKOさん作) https://soundcloud.com/user850776306/anemone-coronaria-next-next-a 意味の強い言葉がストレートかつふんだんに使われていて新鮮でした(私は引っ張られるのであえて使わないようにしている言葉たち)。自作詩のときとはまったく異なる貴重な朗読体験ができました。ありがとうございます。 また一緒に遊びましょう〜!

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こうだたけみ (2019-05-04):

tOiLeTさんへ はじめまして。 コメントありがとうございます。 私が自作の言葉遊び詩に対して「意味はありません」と言うときは、ふた通りのパターンがあると思い至ったので書いてみます。 (1)ただただ言葉と戯れているだけの、ノリで書いている言葉遊び詩 =たのしんでいるだけで本当に意味はない (2)極めて個人的なマイナスの体験や感情を遊びによっておもしろおかしく昇華するために書いている言葉遊び詩 =本人と同じ体験をしていなければなんのことやらさっぱりわからない比喩表現や言い換えばかりのため、読み手には意味が読み取れない(親しい友人等にはわかる場合もある)。つまり、読み取れる意味はない (1)も(2)も、言葉遊び一つひとつの成り立ち(本作ならタイトルのAnemoneが姉もねにかかることで妹が出てきて小野妹子から芋掘りにまでかかる、とか)は説明できるし読み取れるはずなので、詩を成り立たせているパーツにはそれぞれ意味があります。 けれども(1)は、詩全体に通底する意味や作者の言いたいことなどはありません。また、(2)は書かれた体験や感情が書いた本人すらわからなくなるくらいに昇華されているのが理想形であり、書くという行為自体に意味を置いています。そのため、できあがった詩には意味がなくてもかまいませんし、読者には(1)と同じただの言葉遊び詩だと思ってもらえたほうが成功だと言えます。 そして、私は読者の手に渡った時点で作品はその読者のものになる(著作権以外)と思っているので、作者である私の想定していない意味を読み取っていただくのは大歓迎です。 > 個人的にこの作品で一番いいなぁと思ったのは全体の長さであり、 こういう作品は「どこまでやるか、どこで止めるか」ってのは大事なのかな?などと思いつつ、どこで止めるか?で、ある種の意味性も生まれてくるのでは?などとも考えました。 人それぞれ、読みやすい分量ってありますよね。なゆたさんへの返信にも書きましたが、私は言葉遊び詩を書くとき声に出して整えることが多いので、ひと息に朗読できる長さに収まることが多いです。もっと短くてもいいくらい。肺活量を鍛えれば長いものが書けるようになるのかもしれないけれど。 どこで止めるか、落とし所は悩みます。この詩ではそんなに悩まなかったのは、(1)タイプの言葉遊び詩だからですかね。ドツボにはまると締切に間に合わないです(ゴル遅刻常習者)。

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なゆた創a.k.a.NORANEKO (2019-05-04):

こうだたけみさんへ あー、朗読が前提のデザインなんですね。こうださん作の朗読のフロウを聴いてなんだか納得した部分がありますね。 わりと私が書いたやつは目で読みながら内言で響かせたときに加速とドライブが活きる設計なんで、朗読は骨が折れたろうと思います。しかも即興書き流しだったんでほぼわたしのその場の自由連想でした。結構言葉遊びのなかに色んな文脈を生成消滅させるのが性癖なんで、好みはたしかに分かれるかもです。 ポエトリーリーディングを前提としたこうださんと、テクストとして読むからこそ得られる快楽を優先した私という対比も見えてきて、なるほどこの差異は面白いなあと思いました。一応個人的にはテクストで酔わせてなんぼな立場ですが、朗読向けに設計したものも考慮に入れてみようと思います。 また新しい詩の遊び方が見つかりました。ありがとうございます。

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こうだたけみ (2019-05-04):

なゆたさんへ はい、私の朗読は聴かずに「Anemone coronaria」というタイトルから一気に書いたんだろうなと思っておりました。やはり! でも返詩をいただいたからには読まずにいられませんでした。時間かかったけどたのしかった! 事後報告でごめんなさい。 なゆたさんがフロウとおっしゃるのは妙な節回しのことだと思うのですが、あれじつは、歌ものCMの影響なんです。ポリンキーとかドンタコスとかバザールでござーるとかのCMが大好きで。笑。ぜんぶ佐藤雅彦さんが作ってるって後で知って、佐藤さんすげえって思いましたけども。 私はずいぶん昔に高校演劇をやっていたので、ポエトリーリーディングというよりかは台詞として詩を考えている節があります。自作なのをいいことに、自分が発音しづらい単語はどんどん差し替えていくので自作はサクッと朗読できるのですが、人さまのはむずかしいですねえ。 > 私私私私私私色とりどりの私 この部分がどうしても読めなくて、勝手に「私色」と「とりどりの私」に分解してしまいました。 なゆたさんの朗読向けの詩も読んでみたいです。 お付き合いいただきありがとうございました。また、ぜひ!

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