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供養
はじめまして。 出町のお千代の孫の康代です。 おお、こんな田舎までよう来てくれはった。 春ですから、靖国の桜のハンカチをもってきました。 使ってください。 これ、どうしたらいいかのう。 ハンカチなので、どうぞ使ってください。 誠吉さん、この写真に見覚えありますか。 ああ、こいっちゃん。 こいっちゃんなあ、なつかしいなあ。 私は、お千代の孫。光一郎さんの姪なんですよ。 光一郎伯父さんのこと、知りたくて、東京から来ました。 こいっちゃんなあ、非常に優秀やって評判やった。 小さいころから頭が良くてなあ。 一族の中では一番やった。 帝大出の誠吉さんが、遠くの白壁を見つめて静かに呟く。 私は誠吉さんの手を握った。 96歳とは思えないほど柔らかい手。 同い年だから、一緒に遊んだりしていたんですか。 いいや、市内ゆうても遠いし、頻繁に行き来はせえへんかった。 でもな、そういうことは聞こえてくるもんや。 わしは、四月生まれやけど、こいっちゃんは三月やったなあ。 そいで、こいっちゃんのほうが、一つ上やった。 昔はな、どうせ工場継ぐんやったら、大学なんて行かんでよろし、 はよ工場に入って仕事覚えたほうがええっちゅうことやったんや。 こいっちゃんはな、仕事はできるし、優しくてな、 なんでも一生懸命やりよったらしいわ。 ところで、これ、どうしたらいいかのう。 ハンカチなので、どうぞ使ってください。 誠吉さんだって、優秀じゃないですか。 なんも、そんなことはない。 わしは兄貴おったし暢気なもんや。 工場も継がんでいいゆうて、好きなことしておった。 大学の授業は普通にあったんですか。 そうや。 空襲ものうてなあ、普通に学校行きよった。 文学部のやつらは学徒出陣ゆうてな、出て行きよったなあ。 わしらもそろそろかと思うとったら、終わってしもた。 あの頃は、そういう時代やったんや。 いやなことは、みんな忘れてしもた。 忘れようとしてきたんや。 でもな、遠いところまで来てくれて、ありがとう。 ところで、これ、どうしたらいいかのう。 ハンカチなので、どうぞ使ってください。 生きていてくれてありがとうございます。 言いかけて飲み込んだ言葉の代わりに、 誠吉さんを抱きしめた。 勉強します。私勉強します。 それがいい。それがいい。 ところで、これ、どうしたらいいかのう。 ハンカチなので、どうぞ使ってください。 また来ます。 誠吉さん、それまでお元気で。 誠吉さんに渡したのとお揃いのハンカチで、涙をぬぐった。
供養 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 985.8
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2017-04-03
コメント日時 2017-05-01
項目 | 全期間(2024/12/13現在) | 投稿後10日間 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
日本は終戦終戦と一般的に云われるけれども、敗戦とはあまり云わない、ときいたことがる。それは、終戦と呼称することによって、震災などと同じように、戦争は人災ではなく、自然災害的なしょうがなかったものとするために。または、皆がそう思いたいと願っているから。本作『供養 』での「ハンカチ」のやり取り。偶然性という、たまたまな情景を誘いながらも、ハンカチの意味を、読者の皆さんは、どう捉えるだろうか。僕は、それについて、何も云えない。云ってしまうと、それって嘘っぽく響いてしまう。僕のようなバブル世代は、戦争について言及するってことは、そういうものなんだ。
0三浦さま、どうもありがとうございます。私もバブル世代です。日本は終戦といい敗戦とは言わない、、、なぜなら、、、、というのは、確かに私の頃の小学校の先生が、声高らかにおっしゃっていたことでした。 実は、小・中学生の頃はよく詩を書いていたのですが、この詩は、大人になってから初めて書いたものです。名前や地名は変えてありますが、ほぼ実話で、胸の奥から突き上げるものがあり、書きたい、書かなくては、と思いました。その思いを2週間温めてから、思い切って書きました。この詩自体も供養のうちの1つのつもりです。96歳のおじいさんは、今差し上げたハンカチのことは忘れて何度でも聞くのに、大昔のことは結構覚えていらっしゃるものです。
0創作なのか実話なのか、ちょっと判断がつきませんでした。でも創作にしては細部が具体的な気がします。ただ、仮に実話を元にしているとしたら、語り手の涙の理由が説明不足であると感じました。それは光一郎という人物がどうなったのかが、あまりにもはっきりしないからです。「供養」というタイトルと誠吉というおじいさんのセリフ、そして語り手の涙からおそらく戦死したのではと思うのですが、その辺をもう少し具体的に書かないと読者に語り手の哀しみが伝わりにくいのではないでしょうか。 もしかしたら「わしらもそろそろかと思うとったら、終わってしもた。」と「あの頃は、そういう時代やったんや。」の間に、光一郎という人に何かあったのかも知れません。そこが肝心であり、ここにもう少しエピソードを入れるべきだった気がします。 >ところで、これ、どうしたらいいかのう。 >ハンカチなので、どうぞ使ってください。 この繰り返しが最初はユーモラスに、そして次第に切なく思えてきます。時の流れと、語り手の優しさが伝わってくる上手い表現だと思います。
0もとこさん、ありがとうございます。靖国のハンカチを持って行ったことを出しましたので、説明しすぎないほうがいいかなと思ってしまいました。昔は、今とは違って、勉強したい人が上の学校に行ける環境ではなかったこと、ちょっとの環境の差で運命が大きく変わってしまったことを表したかったのですが、バッチリ書くと野暮だろうなと思い、難しかったです。これからも宜しくお願いします。
0花緒さん、ありがとうございます。ぶたみみは、なんの意味もありませんが、みみたぶを逆さまから読むとぶたみみになり、なんとなく可愛くなったので、ペンネームにしました。 とてもありがたい、アドバイスをどうもありがとうございます。実を申しますと、戦死した伯父さんのことを私が知ったのは大人になってからでした。それまでまるで存在しなかったかのように扱われていた伯父さんのことを思うと悲しくて。遺骨も無くお墓もありません。初めて書いてみた詩ですが、読んでいただけて、そしてこのようにコメントいただけるのはとても嬉しいことです。これからも本を読んだり自分なりに努力していきます。今後も宜しくお願い申し上げます。
0ぶたみみさんへ 時間的制約やチャット化するリスクを避けるため同じ作品に2度コメントすることは少ないのですが、創作の意図などについて説明していただいたので補足します。 私は「光る風」や「はだしのゲン」をリアルタイムで読んでいた世代です。原爆や沖縄戦など戦争の悲惨さについて書かれた本も、けっこう読んでいました。でも男の子なので、娯楽としての戦争マンガや小説や映画やテレビにも夢中でした。そんなわけで、私の世代だと「靖国」という言葉の意味もすぐに理解できます。しかし今の若い世代はどうでしょうか。この詩に書かれたことをいちばん伝えるべきなのは、若い人たちだと思うのです。だとすれば「はだしのゲン」のようにストレートな表現をするにせよ、「この世界の片隅に」のように激しい感情を表に出さない手法をとるにせよ、「当時の状況」をもう少し分かりやすく伝える方が良いのではないでしょうか。 私の推測が正しければ、この光一郎という人は「一族でいちばん優秀で、おそらく大学にも行きたかったが、工場を継ぐ立場だったので断念した。そして誠吉という人物より1歳上だったことと、学生ではなかったために召集されて戦死した」ものと思われます。誠吉さんは光一郎さんより1つ下で、しかも大学生だったために招集が免除されていた。そして戦況が厳しくなり大学生も出陣するような状況にはなったが、ギリギリのところで終戦を迎えて生き延びることができた。もし光一郎さんが誠吉さんと同じ歳だったら、いやせめて大学に行くことができていたら、彼は今も生きていたのではないか。私は戦争というものの残酷さ、自由に学べることのありがたさというのが、「供養」という詩のテーマだと考えます。そして、この詩を最も読んでほしいのは小学生から高校生くらいまでの青少年だと思うのです。そのためには、あと少しだけ具体的な表現がある方が読みやすいのではないでしょうか。私は、こういうアプローチで戦争や社会の矛盾などについて書かれたぶたみみさんの詩を、もっと読んでみたいと思っています。
0もとこさん、どうもありがとうございます。ほぼ、そんな感じです。アドバイスありがとうございます。私は反戦活動家ではありませんので、このテーマで書くことは今後はないかもしれませんが、書きたい欲求のままに書くだけ書いて自己満足で終わることのないように気をつけます。
0千鳥ヶ淵、ではなくて、「英霊」の祀られている靖国、のハンカチ。 使ってください、と何のこだわりもなく言える世代と・・・宮城の方を向いて毎朝礼拝し、路面電車の中でも、宮城のそばを通る時には帽子を取って敬礼したり礼をしたりした、そんな世代にとっての「靖国」の意味の差は、きっと大きいと思います。 渡されたものの・・・畏れ多い、という思いがあったのかもしれない。その後、これ、何のハンカチだっけ、と問いかけた、のかもしれないけれど・・・どうしよう、もったいない、と、押し頂くような感覚で、少しおろおろしていたのかな、という気もしました。 会話主体にしているところ、無駄を省いているところ(人物説明とか一切抜きで)がとても良いと思いました。戯曲(詩劇、というのもありますが)の一節を読んでいるようです。 文科の学生から、まずは出征させられた・・・人の心を作る、育てる、そのための人文学がまず切り捨てられて、医者や工学、電気技師といった実学の者たちは、国家の為に奉仕させられた。本当は詩人になりたかったのに、父親に無理やり工学部に進学させられて、そのおかげで出征を免れた大正生まれの方が、自分は生き残ってしまった、死に損ないなんだ、と、しばしば語っていたのが心に残っています。詩を書き続けているのは、彼等に対する弔いなんだ、と。そんなことを、思い出しました。
0まりもさん、コメントありがとうございます。上の方のコメントにも書きましたが、この話は実話です。まりもさんのコメントを拝読して、涙が出ました。涙もろいんです。伯父さんのことを思うと、いつでも涙が出るようになりました。誠吉さんも、忘れようとして忘れられたことと、忘れようとしても忘れられないことがあったのだろうと思いました。大人になって、初めて、このことを何とか書き留めてどこかで誰かに見ていただきたいという思いに駆られました。初めて書いた詩です。思いきってここに書かせていただいてよかったです。あの時の誠吉さんの本当の気持ちはわからないけれども、もしかしたら、こうだったのかも、ああだったのかもと、皆様に可能性のヒントをいただきました。ありがたいことです。詩を書きたい欲求に駆られたことは、これが初めてですので、実は、「多分これが最初で最後になるのかな」と思いながら投稿しました。でも、今は、皆様の詩やコメントを拝読し、普段から自分の感情を含め、色々なことに敏感になるように努力していけば、また、書きたいって思うことがあるかもしれないと思うようになりました。ありがとうございます。
0ぶたみみさんというペンネームに惹かれて思わずレスしちゃいました。 レスレスも本文の続きみたいに面白くて、もしかするとこれ続編なんじゃないかしらとか変なところで面白がってしまって、場違いなレスになりそうです。気をつけます。 初めて挑戦された詩とは思えない完成度です。本当に驚いてしまいました。 時代小説みたいなしっとり感があります。 何かおっきなテーマがもしかしたらあるかもしれないと思うのですが、ただ楽しく読もうと気を取り直し読ませて頂きました。 ハンカチの場面が何度も繰り返されているので、ここは肝になっているのかなと思いましたが、リズム感、もしくは別れの意なのかなとか平凡なことしか思いつきませんでした。 たぶん世代が近いと思うのですが、ぶたみみさんの年令を感じさせないバタバタバタバタしたところが、詩にも表れていてとても可愛らしいです。 私も少し詩を書くのですが、ぶたみみさんのように努力を怠らずにこれからも精進してまいりたいと思います。 気が向いたら、次回作是非是非楽しみにしております。
0とても面白く読ませていただきました。一気に読み通せる作品で、とても好感がもてます。さくさくと進んでいくの心地よく、癖になる作風に感じました。次回作がとても楽しみでございます。
0紅茶猫さん、ありがとうございます。 年齢が年齢ですので、これが最初で最後になるのかなと、思っていました。誠吉さんの中に、お会いしたことのない伯父さまを探し求め、誠吉さんの言葉を半分伯父さまの言葉のように聞いておりました。生きていてくれてありがとうございますと、言いそうになって、それが非常に失礼なことだと思いとどまったり、ドタバタでした。ハンカチのシーンは、実際に、そういうやり取りが何度もあったんです。私自身もそれが印象的でしたので、そのまま書きました。 また、書きたいと思います。誠吉さんと約束したように、勉強します。ありがとうございました。
0葛西さん、ありがとうございます。コメント頂けて大変嬉しく思います。と申しますのは、葛西さんの書かれた詩も、お祖母さまの詩で、大変気にいっているからです。ただ、私の文章力では、どのようにコメントを差し上げたらいいのか思案しているところです。これからもよろしくお願いします。
0なかたつさんと一緒に本作を読んだんですけど、ここに描かれている事柄の裏にある背景みたいなものを感じ取れると、一気に詩の世界が広がっていく感じがして、個人的には初読と再読の間で評価が逆転した作品で、それはこの作品の持つ雰囲気みたいなものを保つために削がれた情報みたいなものをどう解凍していくかという事なのかなとおもうのですが、 >はじめまして。 >出町のお千代の孫の康代です。 この一言とか、多分ここの言い方の意図を探って何かしらの答えがでた時の納得感が、結構ハンパなかったなぁ、、、答えの内実については、ちょっと忘れちゃったのですけれども。 謳われている情感を多分表面的に受け取るのは簡単な作、でもってその中身を味わうにはちょっとだけ能動的に読む必要がある、そこが評価の分かれ目かもしれないと思ったりします。多分連続テレビ小説の真ん中をくりぬいたらこういう話になるんじゃないかなとか思ったりするんですよね。
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