作品投稿掲示板 - B-REVIEW

stereotype2085


投稿作品数: 133
総コメント数: 1336
今月は4作品にコメントを付与しました。
プロフィール
記録
プロフィール:
@keisei1さんの現代詩アカ。 stereotype2085として活動しています。どうぞよろしゅうに
自作の一押し・・・・ 芭蕉の花冠

stereotype2085の記録 ON_B-REVIEW・・・・

憧れの初コメント送信者

作品への初コメント数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数

憧れのレッサー(月毎)

月毎コメント数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数
✖0 ✖4 ✖9

B-Reviewerの師匠

総合コメント数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数

投稿者

投稿作品数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数

終着点

2022-09-20

芭蕉の花冠

2022-08-27

波間の終わり

2022-08-04

肖像写真

2022-07-19

七月の風

2022-07-01

赤鬼

2022-06-06

恋する彗星

2022-05-25

草原の峡谷

2022-03-14

詩人の終わり

2022-02-26

帆を立てて

2022-02-20

冬の手紙

2022-01-08

高熱

2022-01-02

終着駅

2021-12-22

彗星。

2021-11-08

猿の化け物

2021-09-10

さよなら・桜

2021-08-30

愛でしょう

2021-08-14

その手を取れ

2021-06-01

首筋には弾丸

2021-05-17

青の時代

2021-05-05

SWEET SUICIDE

2021-02-09

祖父の痕跡

2021-01-05

LOVE CALL

2020-12-30

Daughter

2020-09-16

手の鳴る亡霊

2020-09-13

頂きへ

2020-04-09

the father

2020-03-29

A LASTING STORY

2020-03-28

Beautiful

2020-02-19

DELETE。

2019-12-12

また明日

2019-12-05

みらいノ旋律

2019-10-31

ラブソング

2019-09-28

ラファエロ

2019-09-11

忘れ得ぬ人

2019-08-08

「残響」。

2019-07-31

TO THE MOTHER LAND

2019-05-27

陽・いずる

2019-05-03

別れの流星群

2019-02-28

ハレルヤ

2019-02-08

瓦礫の淵

2018-12-05

死去ノート

2018-08-04

サンプリング

2018-07-21

DISCO2001

2018-06-09

黒いカフェ

2018-06-01

21st century boy

2018-05-05

魂のポーター

2018-04-15

花束をのせて

2018-03-18

太陽の

2018-03-11

白い固定電話

2018-01-21

四肢なき体

2017-12-01

カップリング

2017-11-08

枯れた向日葵

2017-10-13

海江さん。

2017-07-27

2017-07-11

夜間飛行

2017-06-18

「祝祭」 際限ない光景は広がりゆく。 走る足は止めず、掌には力。 真夏の終わり際に見た、 花火が消えていく前に、 打ち震える、掲げられた力こぶ 激しく揺れたあとに、 消え去る傷跡。 眠っていた体がうずき出し、 剥き出しの目が求める。 さよなら、背中を刺す人よ。 見えなくなっていた明日さえも取り戻す。 鈍く光る空のもと。 琥珀色の海に飛び込み、 早まるのは鼓動。 太陽は君を信じている。 目を逸らすな、勝利の呼び声から。 青がいつか消えても波は残り、 空が尽きても光はあり。 うねり出す時を貫いて。 ハレルヤ、弾けるのは、 その呼び声。 (B-REVIEW 11月のお題詩「祝祭」)

2022-11-23

室町さん、コメントありがとうございます。僕の詩に触発されて書かれた文、ということもあるだろうけれど感動しています。室町さんの最近書かれたコメ、詩を含めすべてを把握しているのではないのですが、その中で最も上位に位置する名文だと思いました。それでいて詩情がある、コメントが詩そのものになっているとお見受けしました。天才。天才とは何なのでしょう。まさに室町さんの仰る通り、その人にとっての、ということであり、万人が認め、万人が理解し、万人が納得する天才などいないのかもしれません。僕は今回の室町さんのコメに、ある種の天才性を見出しました。僕はネット詩掲示板などを渡り歩いたり、室町さんのような読書家でもないけれど、本を読み、哲学を学び、映画を観て、あらゆる学問、アートを吸収しようとした室町さんがネット掲示板で些細な日常描写を続ける老人に天才を見出したという文章は、驚くほど僕の胸に染み渡ってきました。そこに一つの目標を持ちながらも一人流浪せざるを得なかった室町さんを見たからでしょう。少し気持ちが先走りした返信になりましたが、心から感謝しています。室町さんのこのような心情を思い起こさせる作品が書けて僕も嬉しいです。ありがとうございました。 (バカボンのパパの天才性 Re)

2022-11-19

鷹枕可さん、コメントありがとうございます。嬉しいです。通知が来て鷹枕可さんからのコメだと分かって一瞬すぐ開くのを躊躇したんですよ。否定的なコメントだったらどうしようって。そうしたら手放しの共感の言葉。しかも砕けた言い方で。鷹枕可さんからすっげーなんて言葉引き出した俺なかなかやるじゃん?なんて思っています。とにかくすっげー嬉しいです。 (バカボンのパパの天才性 Re)

2022-11-19

いい詩ですね。人生では迷ったり、躊躇したり、決定を遅らさざるを得ない場合などがあったりするんだけど、それでも人間って驚くほど冷静でもあって、問題の解決、心の落とし所の見つけ方をどのタイミングで、どの場所で発見すればいいかを知っている。その人の諸々複雑な事情を知らない人にとっては、かったるいなあもぞもぞ悩んで、と思われる自体でも、状況を一番把握してる本人が結尾を知っている。そのとても慎重に立ち回らないといけない状況にある話者の心情が、丁寧に柔らかく、陰りを見せながら書かれていて、なおかつ詩的情緒もある名文とこの作品はなっている。ズバッと決めてしまおう、俺には悩みなんてない!という作風が恐らく好まれる風潮で、この作品を描ききったのは素晴らしい。人生、牛歩にならざるを得ない瞬間もありますからね。そういう意味も含めてこの詩はリアル。よって満点を差し上げます。一票! (風景と風景のあいだに)

2022-11-19

コメントありがとうございます。最後の一行の解釈、どちらも興味深く読ませていただきました。一つ目の解釈、思考データだけはネット上に残って、永遠生き永らえるというパターンもありますね。二つ目の解釈については、誰からも何からも殺してもらえないという、ある種の生きながらの地獄。そのニュアンスも若干あったかもしれません。僕としてはネット上での人格に、完全に自己とリアルの人格を奪われ、本来リアルで取り組むべきことを放置して迷走する、というニュアンスで「死に場所を見失う」と、書きました。snydamさんの解釈で、そうそう!と気づきもあり一層この作品に深みが増しました。ありがとうございます。 (moon without a title)

2022-10-27

そう?弱々しかったですか?残念。 (moon without a title)

2022-10-23

この詩ねえ。素晴らしい出来栄えなのに、コメントも余り入ってないし、入ってるコメントも余り好評ではない。でも僕はこの詩の良さを俄然認める。わけわかんない言葉の組み合わせと羅列かな、と思わせながらそこに実は、心地よいリズムと意味らしきもの、そして呼吸を感じることが出来る。微妙にエロスを感じさせるのも良い。とにかく総合的に見て九十点台には充分到達している。でもこういう詩ってなかなか受けないんですよね。僕も「風は、失明した」という自作品を作った時には大好評コメが一つついただけだったし。こうなるとこのスタンスの詩を書きつづけて、あと少しとっつきやすくなるテイストを隠し味として添えるという努力をひたすらするしかないのかな、と。とにかくも快作、お見事!花丸、差し上げます。 (Night on earth)

2022-10-23

コメントありがとうございます。貝殻と紙袋。この二つがこの詩の一つの鍵にはなっていると思います。紙袋は多分名前もない人々の象徴なのでしょうが、悲しげでありながらタフネスさを感じるところが自分でも好きです。笑顔で老いていくというのは、ご指摘の通り良き現実なのかもしれません。 (終着点)

2022-10-11

コメントありがとうございます。現代詩版「老人と海」。素敵な解釈ですね。この詩は僕の等身大で着飾りのない心情を描いたものなのですが、意外と好評を得て不思議な気分です。もっといい自作品はあるのに、と思ったりする自分に笑ったりしてしまうのですが。とにかくも衒いのない文章、作風がいかに好まれるか、という気づきを僕に与えてくれた作品でした。 (終着点)

2022-10-10

街頭のパブリックビューイングで、BUCK-TICKの「GALAXY」が流れていて、VOの櫻井さんが「真夜中君は夢見て泣いている。何も悲しいことはない」と歌っていたのですが、誰も目に止めることなく足早に歩いていました。ただ僕だけが路上に立ち止まり聴いていました。この作品とそのエピソードで合致するのは、悲しげな「夢」だけですが、筆者様の悪い夢は悪い夢のままであればよいのにと願いました。悲しいことは何もない。そんなことを僕はビーレビのサイトで一つ足を止めて書き留めておこうという気持ちになりました。 (金木犀)

2022-09-26

コメントありがとうございます。今を生きることが未来になる。本当ですね。今の連続が未来ですからね。一瞬一瞬を大切にしたいです。実は前作が絶望と諦念のかたまりのような作品を作ってしまったので、今回はベクトルを変えようと。それと何か一つ突き抜けたんでしょうね。絶望するのにも飽きてきたというか。こう言うとおかしな話でもありますが。 (終着点)

2022-09-21

コメントありがとうございます。優しい気持ちで、本当に現時点での「終着点」という気持ちで、この詩は書いたので、その想いが届いたのは嬉しいです。読後感は、この作品においては技術的なものではなく自然体な気持ちで生まれたものなので、それが読者に響くというはとても嬉しい発見でした。素敵なコメントありがとうございました。 (終着点)

2022-09-21

コメントありがとうございます。この詩は僕の元々持っている様式美や定型的なスタンスを一度崩して、素直に書いていったのですが、その素直さが届いたようでとても嬉しいです。ありがとうございます。 (終着点)

2022-09-21

凄いですね。凄い。言葉のチョイス、組み合わせ、詩の構成。あるゆるものが及第点以上。いや、何を描こうとしているのかどうでもよくなるくらい、言葉の波、渦に身を委ねていたい気分。危ういところも描いているのに邪念がない。浄化された詩として「読める」エンターテイメントに仕上がっている。いや、本当素晴らしい、グレート!よって花丸の満点を差し上げます! (ゆめのなごり)

2022-09-10

中々自嘲的で読むのが少し辛い。でも筆者様の人柄を多少なりとも知っている身としては、この描写のような心境になるのも分からないでもない。でもやっぱり読むのが辛いよね。自嘲や自己卑下に近い文章を長く読ませるには、相当な工夫が、この詩に用いられている工夫より一層の工夫が必要なのだと思いました。 (ポートレイト)

2022-08-24

気怠いですね。気怠くて格好良い詩の世界。でも洗濯機と焼酎、に比して最終連の描写が余りに洗練された洋風の描写だったのでミスマッチな感を否めませんでした。いや実際わたしの周りはこうなんだから仕方ない、と言われればそれまでなんですが。 (BB弾とコリアンダー)

2022-08-24

これは実話なのでしょうか。それともフィクション? 何れにせよ悪い印象は持ちませんでした。ただもしこれがフィクションだとしたら軽いという印象は拭えないかもしれません。知己が亡くなったという事実に接するには余りにライトだとの印象が。 (Here’s looking at you, kid.)

2022-08-24

三連目までは悪くない印象を持ちました。ですが四連目以降何かのデモに巻き込まれたかのようで、読んでいてどうしていいか分からなくなってしまいました。これは冗談めかして言うのですが、あくまで。この詩は新興宗教団体コンペイトウの旗印なのでしょうか。すみません。ここからはもっと真面目に書きます。おかしくなってきた世の中、それを変えるコンペイトウという要素を活かしたいのなら、もっとそこはかとなく描く手法はあったと思います。つくづくも四連目で急速に舵取りしてしまったのが惜しく感じられる作品でした。 (コンペイトウと綿あめ)

2022-08-24

面白い作品だけど、夕狩さんというパーソナリティがまだまだ一般的に認知されている段階ではないので、筆者さんの日記、内面的省察という印象を受けました。ですがそれは否定的な意味ではなく、茫洋と思っていることを書き連ねているという点でこの詩は有意義だなと感じました。もやもやとしてる頭を覗き込むという意味でも興味深い。これも詩の世界だな、と。と、ここで詩の感想は一先ず置いておいて、夕ステのもう一人の主軸であるけいせいさんについての言及がないのはなぜだ!と思いました。冗談です。 (どうもビーレビ公式です。8月のお題詩は「超でかい巨大自転車」に決まりました。)

2022-08-24

序盤は物凄く平易で凡庸な印象を受けました。ですが「今日の夕飯に」以降からガラリと印象が変わる。淡い恋心の回顧から、墓参りに行くという発想にたどり着くのが、何とも言えず絶妙。墓参り。人の死を感じる、想いを至らせる瞬間というのはこういうタイミングなのかもしれません。 (墓参り)

2022-08-24

期せずして、書こうとしたコメの一言目が薄楽さんと同じく「いいですねえ」でした。こういう詩って難しいと思うんですよ。しみったれても古臭くてもいけない。この詩は絶妙に軽妙洒脱の線を行っていて巧いなと感じました。僕はこのタイプの詩は書かないし、なかなか書けないとも思うのですが、全く違うタイプの詩を書く人にも充分届く技術。洗練されています。手練れの書き手との印象を持ちました。 (しらやまさんのこと(6))

2022-08-24

神様に狂気をくれと懇願してる時点で、まだこの詩の話者はまともで正常だなという印象を持ちました。まだまだ大丈夫。やっていけるさ、頑張りましょう!というメッセをコメで思わず伝えたくなりました。 (願い)

2022-08-24

地球最後の日。僕もとても興味をそそられるモチーフで何度か使っています。この詩ではモンシロチョウが中心に据えられていますが、モンシロチョウの不変に、淡々と地球が何も変わらずに終わっていくという印象が投影されていて、とても良いです。僕好みでもあります。地球の終わり、僕あるいは僕という何がしかの存在は何をしているんでしょう。変わらず淡々としているんでしょうね。そんな気分になる詩でした。花丸です! (モンシロチョウ)

2022-08-24

僕の傷一つない綺麗な死骸が、 庭先に埋められていたので、 僕は肌を拭いて弔ってやった。 もし僕の骸が変容も腐食もせず、 艶めかしい体を曝け出したままであったら、 僕と関わった大切な幾人かは、 変わらずあの男はそこにいるんだと、 安心もしてくれるだろう。 2001年、僕は大変な病気を患ったんだけど、それは20世紀末の倦みとアカを取り除くために、必要なものだったとある程度推測はついている。女子校生が体を売って小遣いを稼いで、暴力のコメディが反乱する時代と世相に、僕にはきっと浄化が必要だったんだ。タランティーノなんてどうでもいいじゃないか。当時僕にとっての「君」はずっと止まっていて、ワニの貯金箱をくれた小6の頃の同級生だったんだけど、その彼女は僕の信仰、宗教として機能していたんだよ。笑ってしまうかもしれないけれど、10代の男を欺いて、狂信者にするにはそれぐらいの刺激で充分だったんだ。 束の間の回想のあと、僕は庭先を掘り返してみた。 そこには防腐剤やら何やらで保護された死体はなくて、 白骨だけが哀れで虚ろな姿を見せていた。 いつの間にか僕も変身してしまったってわけさ。 永遠も信仰もそして宗教でさえも、 僕を取り残してまた獲物を探しに行くんだろう。 それにしても今日は暑い。 昨日は処暑という聞き慣れない日だったらしいけれど、 暑いものは暑い。僕はこうして渇いて、 喉を潤すことも、 やがて、なくなるのだろう。 (B-REVIEW 8月のお題詩「化生」)

2022-08-24

湖湖さん、コメントありがとうございます。愛は物欲よりも光や水に。その表現をいただけただけで嬉しいですね。そこにあるのに手に入れる、物として所有出来ないのが恐らく愛でしょうから。言葉の裏に潜むのは裸像、裸の姿です。裸になった時人間は何を志向するのか。やはり憎しみや怒り、激情か。はたまた無形の希望に満ちた何かか。僕は後者であると信じてやまないのですが。それは僕の願い、の一つかもしれないですね。 (終わりの始まり)

2022-08-14

るるさん、コメントありがとうございます。この詩を読んで毎年八月に書く戦争の詩を書こうという気持ちになったとのこと。それを僕はとても嬉しく思います。この詩は室町さんへの返信でも書きましたが、寓話、寓意を含んだ物語、詩なんですよ。あらゆる暗喩として様々な出来事に適用出来るし、想像力を掻きたてることが出来る。だからこの詩は実際に起こった戦争、第二次世界大戦やまた違った形の紛争にも適用することが出来る。そこで人は何が勃発し、何が失われたかを知ることが出来るのです。物事には得てして破壊のあとには創造が来ます。その点もしっかり踏まえて、希望的な未来が描かれていると感じ入ってもらえて嬉しいです。またこの詩の結尾、求愛も何かの暗喩なのかもしれないですね。創造的な何かの。 (終わりの始まり)

2022-08-14

前後して室町さんへの返信から。多分この類の詩を書けば、室町さんのような指摘をしてくる方がいるだろうなと予想してました。この詩は寓話なんですよ、寓意を含めた物語であり、詩。例えば室町さんの指摘はノアの箱舟の物語に「ああ、本当の大洪水を知らない人はこういう描写をするんだな」と言ってるようなもので、逆に空疎なんですよね。寓意、寓話の失われた世界の方が僕にとっては脅威であり、リアリティに欠けますね。これは個々人の嗜好、好みの問題でありとやかく議論する問題でもないと思いますが。取り急ぎ返信を。 (終わりの始まり)

2022-08-14

一連目の幻想的な描写と、二連目の現実的、具体的な描写もしくは様相の対比が面白く、これから詩がどのように展開してくのか期待させられます。その後も実際期待に違えることなく、ポドックス伯爵の館の幻想性に対して島田、島田、という馴染みのある名前への呼びかけ。その交互に来るリアルと空想が、心地よい凹凸を作っていてよく出来た詩だとの感想を持ちました。 (伯爵の)

2022-08-05

何だか虚構の人物による恋愛観のような気がして、生身で迫ってくるものが今一つ欠けたかなという印象です。もちろんライトで生身の身体性のようなものがない作品が、悪いというわけではないのですが、どこかスーッとスルーされてしまう印象を持ちました。ここからは僕の勝手な要望で、湖湖さんの愛や心で僕を含めた読み手を抉ってほしいと思いました。 (ふらふら)

2022-08-05

何だか気になるし、良質な作品だろうなあという感慨は生まれるのですが、何もコメントが思いつかなくて。冷やし中華を注文して以降の偏執的でスローモーションになったかのような描写が、この詩を引きたてもし、謎めいたものにもしていると感じました。 (ESP)

2022-08-05

筆者様の世界に期待している、希望を持っている様が直接的にではなく描かれていて面白い。この話者結構弱っていると思います、衰弱していると思います。あくまで僕の目から見てですが。しかし世界に期待して世界に希望を見い出そうとしている。ふさぎ込むよりは余程いい。そんな境地に黒髪さんが達したのかなとも感じる作品でした。僕は、そうですね。まず自分を期待できる存在に変えることに挑みます。最後自分語りで失礼。 (暗雲)

2022-08-05

明けない夜はない、なんて言葉。慰めにはなるけれど時に身勝手にも聴こえるかな? そんなことを屈強でいながら、この夜を超えられそうにない話者の心証を見て思いました。 (夜)

2022-08-05

一連目を覆う柔らかくも自然を見守る描写。オノマトペを使ってもいる一連目の淡く繊細な様子、実は僕は余り好きではなく得意じゃないのですが、後半二連目になって畳みかけるように力強くなり、一連目のある意味茫洋ともしている雰囲気が、鮮明に惹きたてられていく。技術だなと思いました。萎れたマリーゴールドが、からラストまでは長閑な心証を覆すかのようにタフな印象を僕に与えました。 (雨の残像)

2022-08-05

鷹枕可さんの作風全開という印象ですね。もうこの作品は要塞のようではないですか。難攻不落。付け入る隙を与えない。不気味にしかしどこか神々しく遠方に聳えている塔、要塞という印象です。鷹枕可さん自身を守るためでもあろう。 (意味となる前から)

2022-08-05

僕のキャス内でも取り上げさせてもらいましたが、冒頭の一節、一連目が凄く良いですね。二連目でも危うく喪失されていく、輝かしい日常も仄かに描いていて良いです。ただ、キャス上でも言及させていただきましたが、最終連、結尾。安心 していました。がどうも僕にはしっくり来なくて。幽霊、誤字だらけの日記などの愛らしくもあり、不安定感もある描写をどうにかして活かせなかったかなと思うことしきりです。 (一足の幸運)

2022-08-05

エイクピアさん、コメントありがとうございます。この詩は地球の終わりを迎えても、逃れられない肉体の性についても書かれたものですが、これが遺書のようにも見えるというのは、全く僕にはなかった視点でした。この詩がもし遺書だとしたら、自賛するわけではないのですが、これほど美しい遺書はないのではないのでしょうか。傍観する一人の人間としてそんなことを思いました。 (波間の終わり)

2022-08-05

ボルカさん、コメントありがとうございます。科学的考察、シミュレーションが詩的な文体になり得ると、ボルカさんのコメントを読んで発見し、改めて驚いています。ネット詩の良いところですね。レスポンスが詩に新たな彩りを与え、奥行きをもたらすという。明日の午前六時は、多分来るべきものとして、永遠に固着してそこに存在するのでしょう。ありがとうございました。 (波間の終わり)

2022-08-05

本当にいい詩ですね。具体的であり、尚且つイマジネーション豊かで情景が浮かぶし、それでいて叙情もある。裸のままの、言わば等身大の姿の悲しみが描かれているのですが、透き通っていてとても好きです。よって1票!おめでとうございます! (水犀)

2022-07-25

湖湖さん、コメントありがとうございます。楽観的でいたいがための微笑み。いいですね。現実に歯が立たないこと。それはありますよね。スムーズに何事もなく、それらの難事はクリアされていく、という願いも込めてこの詩は書きました。 (肖像写真)

2022-07-20

ABさん、コメントありがとうございます。渋い映画の始まりというのが予想外でして、あ、この詩、詩中の「あなた」が女性ではなく男性だとするならば、充分あり得る見方だな、と気づいたところです。だとするとちょっとハードボイルドな世界を感じますよね。難しいです。 また意味や感情を。よろしくお願いします。 (肖像写真)

2022-07-19

いい詩ですね。おぼろげな夢の感覚がしっかりと描かれている。僕は、目覚めの一瞬に詩を必死に書いていて、目覚めた瞬間ほとんどを忘れてしまう、ということがあるのですが、その眠っている時の、言葉の運びとかチョイスとか絶妙なんですよね。この詩にはそれに近いものを感じました。それ+αの起きたあとについて書かれた最後の一節。ここで恋慕の詩というイメージも沸きましたよね。とてもいいと思います。 (暗雲)

2022-07-18

衝撃。衝撃の余韻。緩和されていく困惑。雷と降っているのに、自分にはさほどあたらない雨。この二つによって描き出される、大きな出来事と自分の距離。そして空無。 空を見た人とは故人に近しい人かそれとも恩恵を受けた人か。はたまた事件を間近に見た人か。 日常とは時に残酷です。僕らを深層へと誘い出す大事なことの一つから、些末な患いや考え事、悩み事に引き戻してしまう。時に多くのことを忘れるよう促す場合もある。 しかし2022年(令和4年)7月8日は多くの日本人にとって忘れられない日になることでしょう。 (雷光)

2022-07-09

湖湖さん、コメントありがとうございます。 >嘆きは砂漠で薔薇の化石になるといいです。 この言葉だけで今作に更なる奥行きが与えられました。 美しいものは美しいままで、更に逞しくという。少しキザですが。 (ナイフは決して器用じゃない)

2022-07-08

竹下愛さん、コメントありがとうございます。抱えた傷から。本当にそうですね。産みだすし、産まれるんでしょう。ちなみに竹下さんのHNは愛。名は体を表すな、と思いました。 (ナイフは決して器用じゃない)

2022-07-08

羽田さん、コメントありがとうございます。この詩は結構悲しみや空虚感で実は満ちているのですが、それを引き上げる最終連。鈍い光沢を放っているのではないかと。賛辞をいただき嬉しいです! (ナイフは決して器用じゃない)

2022-07-07

久方ぶりに拝見する筆者様のお名前でしたので、過去作を幾つか拝見し、ああ作風が一貫した方なのだなと、この作品を支える表現力とともに感心、納得しました。いいですよね、もちろん両手を挙げて大喝采とはいかない部分が、個人の趣味でありますが、琥珀色の夢に繋がる言葉が「そんで」なんてちょっと俗っぽい言い回しで目を惹きます。元々持っている詩力、地肩のようなものがかなり強い方なのだろうなと感じました。 (ロストボーイ)

2022-07-06

鷹枕可さんの作品の中ではとても分かりやすい部類に入ると思います。随所にシンプルかつ艶のある表現が散りばめられていて。だがしかし、何となくこの作品を読んでいてむず痒い印象がしたのも確かです。少年と娼婦というモチーフが、世情に汚されながらもピュアであるというイメージにも繋がって。微妙に心の底からのめり込めない。それはまたこの作品のせいではなくて、僕自身も世情に汚されたからかもしれません。 (メリー・メリーと花の夢)

2022-07-06

僕もタイトルはどうかな、と思いました。タイトルで読む気にならなかったのですが、中身はよく出来ている。一連目とか絶妙にもやっとしてイラッとくるフレーズだけれども、その後が悪くない。段々筆が乗っていったのが分かるようです。ちなみに、ですが、妻咲さんはこのタイプの作品をお幾つになっても、続けられますか?詩に年齢はない、その通り。ただどこかこの作品を覆う空気感に消費期限があるような気がしたのです。いつまでもこのタイプの詩を書いてはいられないだろうな、という危惧とともに。あくまで僕の個人的な感覚ですが。意地のよくない感覚ですが、そういうことを考えたのも僕が過渡期にあるからかもしれません。ラスト蛇足を失礼。 (妖精反応)

2022-07-06

田中宏輔さん、コメントありがとうございます。宏輔さんのコメントは短い中にも言外に含まれたものがある気がして、学ぶところが多いです。 (ナイフは決して器用じゃない)

2022-07-05

妻咲さん、興味深いコメントありがとうございます。確かに。確かにですね。道徳的、倫理的、あるいは一般的な考え、価値観に照らし合わせて、これはひょっとして危ういことを書いてるんじゃないか?と思わせるくらいの方がより一層面白い詩が書けるかもしれません。 (ナイフは決して器用じゃない)

2022-07-04

ねねむさんの詩を観ていると、詩は努力次第で上達することが、手を取るように分かります。室町さんがコミックポエムと呼んでらっしゃって、なるほどと納得する部分もあるのですが、僕はこの詩には詩的ぶりっこ、詩的カマトトのようなものがあって、それが少し読んでいて面はゆい印象はしました。しかしよく出来た詩だとは思います。 (港町)

2022-07-03

黒髪さん、コメントありがとうございます。先の湖湖さんへの返信にも書いた通り、初めはノンフィクションにしようかフィクションにしようか迷いました。しかし黒髪さんのコメントを見る限りフィクションにした理由が伝わっている、もしくはフィクションにしたことで大きな効果を読み手に与えることが出来ている、と嬉しく思います。もし仮に例え心がフィクションだったとしても、それを覆す魔法とパワーが現実にはあるという意味合い、メッセがこの詩には込められています。それが少しでも仄めかされて、読み手に伝わればなと思います。 (七月の風)

2022-07-02

湖湖さん、コメントありがとうございます。心をなぜフィクションと書いたか。脳神経生理学他、脳の研究が進んだ現代「心」というものも存在するかどうかさえ分からないというのが、例えば僕のYouTube「夕ぐれステーション」の相方、夕狩さんとは共通認識になっているのですが、僕は心と言うものは脳や脳内物質の分泌の加減などを無視して存在していると思っているし、信じたいんですね。しかしこの詩においては「フィクションとされている心でさえ繋ぎ止める」というニュアンスで書いています。それほどに誠実に物事に向き合う、懸命になるというのは奇跡を起こすという確信が秘められているのです。だから僕も最初はノンフィクションにしようか、フィクションにしようか一瞬迷いましたが上記の理由で、フィクションを選びました。殺伐とした印象があるかもしれませんがこの一節には、とてもホットでヒューマンな要素が含まれているのです。良い印象を持ったにせよ、悲しくもどかしい気持ちを抱いたにせよ、湖湖さんが、ここまで僕の詩に感情を深く入れ込み読んでくれたので嬉しい限りです。ありがとうございました。 (七月の風)

2022-07-02

エイクピアさん、とても興味深いコメントをありがとうございます。本当に情報が溢れる現代、自分が能動的に情報を取捨選択しているのか、疑問に思うことはありますよね。溢れる情報、錯綜する真実と偽り。この詩では僕の心にある本当のことに迫ったつもりです。それが少しでも読み手さんに届いたのなら、と思います。 (ナイフは決して器用じゃない)

2022-07-01

ほばさん、コメントありがとうございます。父については確かに避けられていますね。今の僕の心証も影響してるんでしょう。そうですね。実はこの詩の背後にある核は、言及の少ない「あなた」なのですが、「ナイフ」と他の、家族とかとの関連性についても、もう少し書き込んだ方が良かったかもしれません。 (ナイフは決して器用じゃない)

2022-06-29

いいなあ。好きです。自由美学さんと僕の作風、表面的なところでの描くところは大きく違いますが、その根っこにあるメンタルはかなり近いのではないのかと僕は勝手に思っています。 (いかした黒電話)

2022-06-29

ABさんコメントありがとうございます。返信遅れました。そうですね。とても素直でひたむきです。最近いいことが立て続けに起こっていて、自分の心情を滑らかに書ける印象がするんですよ。どこまで書くか。余談ですが、先のつつみさんへの返信に関しては喋りすぎたなと思っています。笑えてきますが。 (ナイフは決して器用じゃない)

2022-06-29

僕にとって、この詩は意味なんてもうどうでも良くなるくらい、何が描かれているか精査するのも脇に置いておきたくなるくらい、ただ眺めるだけで美しい、好きだ、そんな作品です。意味をひも解いたり、技術的な難点(もしあるとしても)を指摘すると、僕の人生が退屈でつまらなくなってしまいそうなくらい、良い印象を持ちました。筆者さんがどのような方か全く存じ上げませんが、もし技術で上辺だけのテクニックでこのような感慨を僕にもたらしたのなら、僕は完ぺきに手玉に取られたわけですが、もしそうだとしてもこの詩と僕の相性の良さの前ではどうでもいいことの一つになりそうです。何だか手放しで褒めすぎて退屈な感があったかもしれませんが、これにて。 (タロットにおける「THE LOVERS」と「THE DEVIL」の構図の相似について)

2022-06-27

渚鳥さん、コメントありがとうございます。渚鳥さんからコメントを貰うのは初めてか、相当久しぶりで何だか嬉しいです。この詩。この詩で描かれている心情、最近補填されているんですよ。いいことがあって。だからここまでの空無感みたいなもの、今はないですね。少しだけでも、少しずつでもいい方に向かっています。だから、気分がいいんですよ。 (空の裂ける場所で)

2022-06-24

死ぬまで愛する。執念にも近い、いい心構えですね。youtubeのパチンコ演者で寺井一択という人物がいて、その方の「いやあ、女の一生愛してるなんてパチンコにおけるチャンス!くらいの信頼度ですよ」ってツイートして物凄くバズったんですが、そういう冷静さと冗談、ユーモアとは違う場所にこの詩の執念めいた宣言にはあると思いました。 (あなたへ)

2022-06-23

つつみさん、コメントありがとうございます。涙が出てきたのは直近では、多分「アルディの写像」だと思います。あの詩を書いた時点では、僕自身とても辛い状況にあり、様々なことに懐疑的だったりしたのですが、今はとあることが原因でとても心が安定し、満たされています。だから「涙の行き先を知ろうとする」という感情を取り戻す表現になったのだと思います。人間って基本的に辛く切ない時には、感情から目を背ける、感情を封鎖する生き物だと僕は思っているのです。感情を取り戻す。幸福への近道の一つではないでしょうか。蒸しパンは自由美学さんへの返信で書いた通り、日常のささやかな幸せの象徴だったりするのですが、まだこの詩の話者には痛みがありますね。つつみさんの言う通り食べれない、食べきれない、もしくは食べたとしてもその喜びを噛み締めることが出来ない状態なのだと思います。 本当のこと、事実についてのつつみさんの解釈はとても面白く興味深くて、本当のことや事実は、自分に関わることでさえ見えないものかもしれません。「本当も嘘も興味がないのよ」と歌ったり、表現したりすることは出来るのですが、僕は出来得る限り、せめて自分自身の本当にだけは近づいていきたい。この詩は抽象的な表現、メタファーで満ちているのですが、実は構造として愛について書かれた詩です。僕はこの詩における「あなた」にどうしてここまで恋焦がれるのか、その理由に最近ようやく気づき始めました。その方は努力する人が好きで、ご自身も努力家で、どんなに辛い境遇でもチャレンジすべきことにはチャレンジする方です。僕はその方の人柄、性格、心持ち、全てが好きなのです。僕はその方と接していると、満たされ喪失した心が補完される気持ちになります。肉体的なものを超えた何か。ロートレックは「あなた方が愛について語る時、それはベッドの上で起こっていることについて語っているに過ぎません。愛とは何かもっと違うものです」と言っています。僕はこの詩における「あなた」と接すると、ロートレックの言葉が紐解けていく気持ちになるのです。欠損した心と体を補完する人。それが「あなた」なのです。 何だか気づかない内に物凄い長文になってしまいましたね。この詩においては「あなた」以外の表現は、流れていき、消費され、いずれ風化していくニュースのようなものかもしれません。肉体、物質的なものは消失しても残る何かを表現したのがこの詩かもしれません。 あ、ちなみに僕も努力家です(売り込むんかいっ) (ナイフは決して器用じゃない)

2022-06-23

よんじゅうさん、コメントありがとうございます。言葉は僕のものでもあり、読み手のものでもあります。それは変幻自在で見えたと思ったら見えなくなり、掴めたと思ったら掴めなくなるものです。僕にとっては。僕自身の作品を。この作品がよんじゅうさんにとってそう見えなかったということは、僕もまだまだ研鑽の余地ありですね。厳しい中にも可能性を見い出そうとしてくれたコメントに感謝します。 (ナイフは決して器用じゃない)

2022-06-23

自由美学さん、コメントありがとうございます。ナイフは渇望、愛を渇望する心を一面表しているのですが、そのような心は諸刃の剣で、仰るとおり自分自身をも傷つけてしまう可能性もあるのです。蒸しパンはのどかな日常、目の前にある幸せの象徴でもあるのですが、それを切り分け皆に振る舞いたい、ナイフでもって。という発想、着眼は僕も気づかなかったので、詩全体を通して見るとそのようなニュアンスもあるなと目から鱗の気持ちです。一切を忘れて、の部分は確かに弱音と言えば弱音かもしれません。話者にとって今の時点では悲しみに満ちた世界から離脱するための。美学さんの着眼は、僕自身も無意識的だった部分に触れていて、詩に奥行きを与えてくれました。 (ナイフは決して器用じゃない)

2022-06-23

自由について考えていました。心でささ読み解かれ、ある意味盗み見される現代。自由はどこにあるのかと。少し仰々しい書き出しで始めてしまいましたが、この詩。完璧には読み取れない優れた表現、詩句に紛れて、筆者様のプライベートに踏み込む描写が程よい具合に放り込まれている。不眠症の感情線、クタクタのシーツといった。その極め付きが最終連の「手玉に取られる人生へのさよなら。」でしょう。この一節で、恐らく複雑化した現代をやや揶揄した詩そのものの謎をひも解いてみせている。この詩は筆者が世情、世間を観察し、自らに自由を与えるまでの過程を描いた作品なのだと感じさせます。良かったです。 (オレンジジャグリング)

2022-06-21

巧い。社会から逸脱してしまった個、もしくはすんなりとは適合出来なかった、あるいは自らの意思で適合しなかった人物の心証が蜘蛛と水を軸にして描かれている。だがしかしこの詩には自己憐憫や、自己を特別視する要素はほぼなく、自分が吐き出した水でさえ、循環に包摂されるということをしっかりと描いている。そこがこの詩をいじけた憐憫の詩にしていない技巧だ。その上で外されたのは私の方かと寂しくも零している。微妙なラインですが蜘蛛と水だけをモチーフにして社会と、社会とソリが合わなかった人間の関係がよく描かれていて、秀作だと思いました。 (人もまた)

2022-06-21

これはシビアなリアリストの書く詩にも思いました。ある種現実を見る目が非情で、感情を排しながら今目の前で起こっていること、今しがた起きたことについて描写している感覚。物理学のスピリットも感じました。投げられた石は地べたに落ちる、当たり前のことだ。木にぶら下がった林檎もやがて地べたに落ちる。それも当たり前のことだ、なぜなら…とでもいう分析的な目。引いてはやがて途絶えていく星々も含めた生命全般についても言及しているようにも感じる。筆者様の人生観というより物事を観察する視座がはっきりと浮き上がる。それなのに浪漫を彷彿とさせる要素も多分にあって、降ってきた天の川が…の下りとか締めの三行などには、生きていく上で、筆者様が削っていかざるを得なかった浪漫を僕は垣間見ました。「星々の間には、星を見ない」孤独でありながらも従容として受け入れる強さ。長々と書いてしまいましたが大きく私の穿った見方と大きな誤読の可能性が含まれています。その辺りはご容赦を。 (乱丁)

2022-06-21

手すりのせいで手のひらが真っ白になる。それは欺瞞としての白<純粋さの象徴、なのか明らかになっていくリアリティの象徴なのか分かりませんが、その一節が大人になってしまった自分に繋がっていく。とても美しい描写、連なりですね。無垢なロマンティシズムの物語が、喪失の物語へと繋げられていく。中々に良い構成だと思いました。 (みんなのお別れ)

2022-06-21

なんだろう。新規なこと、奇を衒ったことには何も挑戦していないはずなのに、瑞々しく新鮮な息吹きを感じる。テレビで二時間半泣き続けた子供を見て、筆者にフラッシュバックしたであろう、花火、キリコ、エイサー…。これらが計算され尽くしたかのように美しく立ち振る舞っている。そして「空」から虫の音、風の音。切り拓かれていく視界、想い出、自然。テキストとしても、テキストから喚起されるイメージにしても、読み手を満足させるに充分。ほぼ満点に近い花丸を差し上げます。よって一票! (風待ち)

2022-06-21

「*ロマンチックだぜ*」 スターリンが歌っている。 スターリンが歌っている。 遠藤ミチロウががなり立てている。 ミチロウががなり立てている。 *吐き気がするほどロマンチックだぜ 吐き気がするほどロマンチックだぜ* もう僕にとっては遥か縁遠いフレーズが、 僕の気持ちを散り散りにしながら、 誘導ミサイルにも似て記憶を誘発する、爆撃する。 大島渚「何だかんだ言って俺たちはメチャクチャ壊しすぎたんだよ」 伝説も死なばマイク殴打の思い出とともに。 寺山修二「俺は母とセックスしたい、だがそれを母は『鬼畜』のやることだという」 馬券が舞った先で彼が見たのは、トグロを巻くニシキヘビの夢か。 三島由紀夫「君に欠点があるとするならば僕に惚れないことだ」 楯が守ったのは命でも国家でも民族でもなく、彼の美意識だった。 川端康成「私は死者によって生きながらえているという感覚がある」 神が上座に座っても彼は二時間は押し黙ったままだっただろう。 芥川龍之介「私は蝿を食べた」 技術至上主義でもあった彼の枕元には蟻が忍び寄る。 1971年、僕の兄は熊本逓信病院で産まれた。幼い頃から一つの物事に夢中になると折れない子で、ビデオデッキを買いに行った時などは「また今度にしよう」と宥める父母に抵抗。車の中でハンストを始めたほどの子だった。兄は十代からギターを弾き始めた。その影響もあって僕は聴く音楽の幅も広がり、色んな見聞も耳にした。二人の音楽の趣味嗜好はそれぞれ違ったが、唯一と言っていいほど兄弟仲良く楽しめたのは、悪魔教の教祖デーモン小暮閣下が率いる聖飢魔Ⅱだった。 初めて二人で行った黒ミサ(俗に言うLive)は最高だった。デーモン小暮。彼の歌唱力にも話術にも、そして人あたりならぬ、悪魔あたりの良い魔柄にも僕は惹かれた。そんな彼はかつてこう言った。 「あのな、この前会ったけどスターリンの遠藤ミチロウ結構いい奴だったぞ」 スタジオに沸き起こる笑い声、偶像破壊はリスペクトで笑い飛ばした後に。その瞬間、僕の胸にある悲劇性が去っていく。僕もいつかは好んで歌うかもしれない、スターリンの「ロマンチスト」。 今でも掠れながらも、僕の耳で鳴っている。 *吐き気がするほどロマンチックだぜ 吐き気がするほどロマンチックだぜ* (B-REVIEW6月のお題詩「破戒」)

2022-06-13

ああ、いいですね。特に自然崇拝、自然回帰の要素が入る第三連。ここがとてもスムーズでなおかつ、読み手をミクロな世界から大きな場所へ連れだすのに成功している。もちろん一連、二連目があってこその広がりなのですが、綺麗で、とても熟達した印象を与える。耐え切れない虹。この描写も一瞬躊躇う描写かと思ったのですが、詩の内容に馴染んでいてとてもいいです。字面もよろしく見映えもいい。可読性もある。花丸差し上げます。一票! (空耳)

2022-06-11

凄くいいんです。好きです。 だがしかし!申し訳ない。妙な時代臭を感じてしまう。学生運動盛んだった頃のような、そういう時代の匂いをこの詩から感じてしまう。現代とリンクする詩が必ずしもいいとは限りませんが夜道さんの何かがアップデートされた詩を読んでみたい、と思いました。極々個人的な要望ですみません。 (〈安閑夜話〉 血走りの風)

2022-06-11

このサイトの利用を辞められるとのこと。残念です。それだからというわけではありませんが最大級の賛辞を。まず詩を書く際に見えている場所が地平が、他の方と比べて良い意味で圧倒的に違う(物理的にも心理的にも)。政治色と思想性を滲ませながらも、凡庸な語り口になっておらず。天井画のような静けさと荘厳さを伴って描かれています。ビリー・ジョエルの「we did'nt start the fire」を彷彿とさせましたが、あちらは悲劇をポップに、こちらは事実を厳かにという印象でした。サイトを辞められる理由、憶測ですが物足りなかったのかな、とも思います。最後蛇足失礼を。 (そして私の┣新生┳New Born┫は来る)

2022-06-11

こちらこそありがとうございます。室町さんとやり取りして気づきが大いにありました。 (赤鬼)

2022-06-07

再度のコメントありがとうございます。僕が偏見と指摘したのは、もっと重厚に深遠に、という捉え方が室町さんにあるのかなと思ったのですよ。一般的に見て重厚さも軽さもあることを偏見と言ったのではありませぬ。ご了承を。一つ目のコメントはコミック的で浅薄という皮肉だと思ったのです。違ったのなら失礼を。 (赤鬼)

2022-06-07

てんまさん、コメントありがとうございます。この方向性の詩でてんまさんからコメントを貰えて嬉しいです。相槌。打っちゃってください。冗談めかして言いますが。それはともかく、てんまさんのような方におののきとしたしみがあったということは、この詩がある程度の成功を見たのだなと実感しております。生きながらえながら死を知れ、だなんて酷薄で無慈悲。現世で生きることを突き放したようではないですか。 (赤鬼)

2022-06-07

室町さん、コメントありがとうございます。どうでしょう。神と死について描くのに陽気も陰気も、コミック的かリアリスティックかなどないと思いますが。あくまで室町さんの基準で神と死について描くのなら、もっと深遠で重厚でなければならないという偏った見方があるのかもしれませんね。 (赤鬼)

2022-06-07

柳煙さん、コメントありがとうございます。地獄の入り口。確かにそうかもしれません。ただ、僕個人は過度に宗教的で戒律を重んじるタイプの男ではなく、適度に奔放で適度に人間的です。この詩は僕が一部持っている要素を拡大して書いたものなのです。今朝方読んでみましたが、荘厳で決して悪くないと思いました。 (赤鬼)

2022-06-07

純粋。この詩に書かれていることを信じていた時代に戻ってみたいし、取り戻せるなら取り戻してみたい。けれど僕はこの類の詩はもう書けないし書かない。お互い信じあって未来を見据えるこの二人にどんなエンディングが来るのかなと、期待も混じりつつという印象です。 (ブラックナイト)

2022-06-04

啓発セミナーに来てしまった気分。もちろんそれが悪いわけではないのですが、巷にはこの種の言葉が溢れているだけに、読んで鼓舞されるのが難しい。飽食気味で麻痺もしているのです。こちら側にも責任はあるかもですが、書き手もこの詩の意図するところ、狙いを読み手に本当に届けたいのならば、違ったアプローチが必要だと思いました。 (人生に敗北などないのだ)

2022-06-04

現代詩手帖に入選することを目指し、この種の詩を投稿されたとのことですが、筆者様の特質であり、最大の欠点にもなり得るのは、あるメディアで持て囃されている文体や形式、スタイルを踏襲し、それらを換骨奪胎しつつ容易く書けてしまうこと。この詩もその能力があるからこそ書けたのだと思います。だが僕は筆者様の肌身に密着した詩を読みたい。それは現代詩手帖の選者も同様だと思います。無題の二作目などには筆者が自分の過去と誠実に向き合うことで忠実さ、書き物に対する忠実さがあった。この詩にはそれがない。アイヲ愛しているの、だなんて僕らが一番忌避するファッション現代詩じゃないですか。自分にもツッコミが来た気分で笑えてしまいますが。ここで書くべきかどうか分かりませんが、ココア共和国に投稿した作品タイトルは確か「おまじない」だったはず。このタイトルも筆者様らしくない。筆者様の反骨精神があれば、何れ誰がしかの目に留まります。自分のスタンスで自分の書くべきこと、書きたいものを書くのがベストだと僕は個人的には思っています。おもねりは人には見抜かれてしまうもの。おもねりが疑われずに通じたとしても、残るのは虚無と嘲笑。それではあまりに実りがない。物わかりの悪い、情熱家肌のおぢさん同士、最後まで燃焼し尽くしましょう。残された時間は、余りに短い。 (高度成長は木漏れ陽の個体差)

2022-06-04

うーん、何となく今風で悪くはないのですが、強度、訴求力に欠けるかな、と。裏切りや驚き、発見のある詩が僕は好きなのですが、あやうさを感じる、怒りのような。というフレーズ以外それを見つけることが出来ませんでした。この詩が惹かれ合う男女について書かれたものなら、見方もまた変わるかもしれません。ただラストのひかりみたいだ、はシンプルでいながら仄かな希望をもたらすものでした。このあやうさについて書かれた詩の。 (あやうさを感じている)

2022-06-04

あー、この詩好きですわ。良作、傑作。限りなく満点に近い得点を差し上げます。少年の手に小腸があったり、岩窟から目玉がどろんと垂れたり挙句には人を斬り殺したりしてるんだけど、それでいて凡庸。死にゆく先は、死にゆく過程はすべて凡庸と言い切ってしまう。そこに刹那的な美しさを感じました。文字の配分、字面も美しく、整えられていてほぼ完ぺき。「カリギュラ」という映画でラスト、女性が「歓喜!」と叫んで終わるのですが、「凡庸!」でこれほどインパクトある締めが出来るのはある意味稀有だと思います。ほぼ完ぺき。花丸です。 (凡庸)

2022-06-04

自嘲かな。マイホーム診療所ということは、我が家が何かしらの治癒を施すために存在していて、今自己治癒の真っ只中という感じでしょうか。過去を後悔し、みじめで辛いというのは作品の端々にあって伝わるのですが、それ以上読んでいて得るものがない。救いがあるとするなら「眠れる」ということでしょうか。悪夢も見ずに眠れるというのはあらゆる疲労からの脱出路です。それを見い出しているのなら救いはあるかなと。やや厳しめの評失礼を。 (マイホーム診療所)

2022-06-04

綺麗な詩。決して悪い意味ではなく、優等生的な描き方をしている。ただ逆転の発想も、詩中における激烈な変転もないためにスルーするように読んでしまう。Twitterのあるフォロワーさんが、旦那さんに「お前の詩は発見がないからつまらない」と言われたそうですが、この詩も丁寧で詩的表現が随所にそつなく散りばめられているのに、発見がない。それがこの詩を若干目立たなくしているかと思います。少し厳しめのことを書きましたが、僕は基本このような詩を好ましく思っています。 (ホウライ)

2022-06-04

先月の作品ですが、やはりひと際目立つ良作だったのでコメを。この作品、宗教を情報の一つとして扱い、限りなく無神論的なアプローチで描き切っていると僕は感じましたが、涜神的な要素は限りなく抑えられていて、理性ある一人の現代人として、殺伐さとユーモアを交えながら宗教を解体している。しかしそこに僕は潜在意識下の信仰心のようなものも感じて、読後感が極端に悪いなどの印象を持ちませんでした。一節一節、一つ一つのアイデアが洗練されていて、それでいて鋭利。ただ締めのアル中に真理とパンを、はもう少し書き方があったかなと思いました。この非凡な作品で唯一凡庸と感じたアプローチでした。ですが良作であるのは間違いないと思います。 (イエス)

2022-06-04

この作品、まさに非情。ドライな視点で不遇な「おっさん」を解体し分析し、研究対象であるかのように冷徹におっさんとやり取りすることで「気づき」が多かったと締めくくっている。これは僕の性格上の問題なのですが、事実であっても余りに情がない分析や考え方には、僕は冗談を差し挟みクッションを置きます。だからこの詩を読んでいる時も「そんな言うたるなや」とか「論破せんでもええやろ。もう既に相手ボロボロなんやから」とかツッコみながら読みました。これが人をブラックユーモアとして楽しませる意図がない作品ならば、書き手さんは強靭なメンタルの持ち主か、下手な温情は相手のためにもならないと考えているかのどちらかでしょう。僕は楽しめたというより、苦笑いしながら読みました。しかしここに来て気づいたのですが、「友情」とあるところがまた興味をそそられますね。僕はこの手の男性とは話す機会をなるべく設けないか、避けるのですが、しっかりと最後まで話を続けたことから、書き手さんにも優しさがあったと言えるかもしれません。 (知り合いのロスジェネのおっさんとの友情)

2022-06-04

ちょこれーとさん、コメントありがとうございます。魂や心のない頭部。機能性や支持中枢をただ持つだけの、まさに肉塊。それだけでこの詩の話者は生きていこうとしているんですね。魂を取り戻すための天使が現れたらいいのに、と僕も切に願います。 (空の裂ける場所で)

2022-06-02

州末州さん、コメントありがとうございます。ワビサビ、ドラスティックで刹那的な印象。それはとても意外で、書き手の意思とは別に複合的な要素が、この詩にあったんだなと嬉しく思います。確かに「僕の背中を刺した君の方だ」などのフレーズには乾きがあり、訴求力がありましたね。格別に。ちなみにこの詩における「君」は、一瞬イメージした実在の女性がいましたが、もっと敷衍して、あまねく存在し得る女性の一人として書いています。だから特定の誰かを直接指すものではありません。それが引いてはこの詩の結語で表されているように、このようなシチュエーション、悲しみまたある種の絶望は、ボーイミーツガール的によくあることなんだよ、とのメッセージに繋がってると思います。 天文的要素を散りばめたらとのご指摘ですが、この詩は天文的要素は最小限に留めようと最初から決めていたのです。効果的にラストを引き立てるためにも。 (恋する彗星)

2022-05-28

川崎さん、コメントありがとうございます。体言止めと否定。いい流れをクヮンさんが作ってくれました。久しぶりにいいリーディング、との評も嬉しいです。録音の時の二人の熱気は凄まじく、クヮンさんとの駆け引き、共闘のような掛け合いも上手く行ったと僕自身、思っています。 (at 0507∩0201 マーノ・シニストラ stereotype2085さんとの共作)

2022-05-16

アポロンさん、コメントありがとうございます。官能に絡む心に真実。深く鋭いですね。官能そのものはただの肉体的快楽であり、それを奪い合い、競い合って疲弊したり、あるいは分かち合い、満たされ合って、近づいたり遠のいたりする心。そしてその心の仕組みにこそ真実があるのかもしれません。感情というものは果たして個人的なものなのかどうか、というテーマについても、YouTube「夕ステ」にて話すこともあるでしょう。それはきっといい機会になるはずです。謎を紐解くための。 (アルディの写像)

2022-05-15

ささらさん、コメントありがとうございます。お見事。ほぼ完ぺきに近い読解。完ぺきな読解というものが、詩に存在するのかは謎ですので、僕の意図したところを限りなく汲み取ってくださったという印象です。環境破壊や戦争、果ては激しすぎる貧富の格差。朽ちかける資源を前にして、もう地球とさよならする、地球に存在する文明圏から別れて次なる時代へ、というニュアンスもこの詩には含まれています。部屋とは自室でも、仕事部屋でもなく、地球という概念そのものだったのかもしれません。 (アルディの写像)

2022-05-15

エイクピアさん、コメントありがとうございます。蜜とは何であったか、に着目していただけて嬉しいです。蜜の箇所、実は血にするかどうかで悩んだのです。甘い蜜、誘惑にも近い何か。同時に、聖書には「口に蜜する者の言葉に耳を傾けてはいけない」とあったはずです。甘言、耳に聞こえのいい言葉。そういう意味もこの蜜には含まれているのかもしれません。 (アルディの写像)

2022-05-15

アポロンさん、コメントありがとうございます。詩を作る時、互いに朗読で高め合って、録音する時がピークだったのですが、僕の音楽制作ソフトが謎の異常を起こしまして。もっと手を加えられたのに、ここでストップとなってしまいました。色々と音楽面では悔いが残りましたが、クヮンさんの映像が予想以上に素晴らしく、完成動画を観て僕も「おお」と声を上げてしまいました。 (at 0507∩0201 マーノ・シニストラ stereotype2085さんとの共作)

2022-05-15

?となっていましたが「はなまる」のの絵文字を置いていました。変換されないんですね。失礼しました。よって!花丸!笑 (長編小説を破り捨てられるほど激しくなれなかった)

2022-05-14

とてもいい詩だと思う。書き出し及び一連目で充分に読み手を惹きつけ、序破急の破の部分においても飽きさせない。学校での生活もしくはその回顧が描かれていると思われるが、学校での出来事がまだ皮膚がヒリつく感覚で著者に残っていることが分かる。言わばネガティブな熱気だったとしても、熱気を冷ますことなく文面に起こし、テキストが赤く燃え盛る様を読み手に読ませることに成功している。生身の感覚が残っている、まだ鮮度が保たれているという点は詩において良作を書く鍵。その二つもクリア。長さもちょうどいい。少しだけよれた箇所はあったかもしれないが、読み手が期待値の120点を目指して読んだらキリがない。充分だと思う。締めの「彼らの亜種」というフレーズ、あるいはタイトルと一連目の連なりも読み手を存分に引き寄せ、限りなく満点に近い。一票!と思いましたが先月の詩。残念!それならば、と代わりに?を差し上げます。 (長編小説を破り捨てられるほど激しくなれなかった)

2022-05-14

ねねむさんへ、コメントありがとうございます。返信遅れました。素晴らしい読解感謝です。君と僕との関係性で読み解くのもある意味正しいと思います。ただこの場合「君」が何を指すのかが重要になってくるように思います。君、は文字通り恋い慕った異性なのか、それとももっと大きな意味合いで、郷土とか国土とかあるいは地球という概念そのものなのか。そこで読み方は違ってくると思います。ダブルミーニング的に読み解くのも面白くて、僕個人としては恋人としての君、かつて理想的だった「世界」としての君、どちらにも読み取れて僕自身とても気に入っています。何れにせよ、なかなか陽の目を見なかった今作に最大級の賛辞と評価付与してくださり嬉しいです。 ちなみにアルディとはアルディピテクス・ラミドゥスという猿人の名前で初めて二足歩行をしたということです。そうなると更なる広がりを感じますよね。あとタイトルは写像ではなく、シンプルに肖像がよかったかな、とも思っています。 (アルディの写像)

2022-05-13

田中宏輔さん、コメントありがとうございます。ほっとしたということは、この詩全体を覆っている危機的な情緒を感じ取ってくれたからでしょう。余談ですが「風は、失明した」やこの「アルディの写像」は本当に綺麗な詩ですし、クオリティ、深みとも万全だと個人的には感じるのですが、コメやPV数を見る限り、なかなかみなへ届かないんだな、と少し寂しく残念な気持ちを抱いています。あくまで僕個人による僕の詩へ向けた評価でしかないのですが。余談でしたね。 (アルディの写像)

2022-05-04

女性の接し方を母から学び、この詩の話者にとっては、それが失寵と疎外と黙殺。凄絶。僕個人の世界線とは当然違うことがむしろ痺れる。ドライで干からびていくような感覚。それでいて「黙殺」という語彙が、最後の詩的な一節「ほのかな愉しさ…」を封じる結語「黙れ」にも繋がっている。読み手との間に決して埋められない溝、そして隔てられた壁があるのに読みやすく、読者を突き放していない。そこに筆者の成熟と技量、技術を感じ取ることが出来る。悪い意味ではほぼ何も指摘するところのない良作。傑作と呼ばないのは、僕の見える世界と筆者の見える世界があまりにかけ離れているからか。その距離を補って余りある描写がここにある。一票。 (夜の雷光)

2022-04-28

クヮンさん、コメントありがとうございます。綺麗に読み解いていただけましたね。この詩は確かに「あなた」に集約されるのかもしれません。「あなた」とは希望とか夢とか、あるいは理想の象徴のような。もしかするともっと具体的などこかの誰かかもしれません。 (夢・あなたがいた街)

2022-04-24

フレーズ一つ一つの強度は強くないのに、柔らかく新鮮に響いてきます。それに新しい表現は特段ないはずなのに。やはり結語の「あなた」が平凡を非凡に変えた仕掛けであり、技術かと。月の光が青い、という感覚も素敵ですね。 (久方ぶりに)

2022-04-20

この詩の内容、根幹。昨日(4/13)のキャスにて筆者様とお話した気がします。嗤われる(アンチがいる)というのは強い支持者もいるということ。筆者様は「突き抜けたいー」と仰っていましたね。一緒に突き抜けましょう。「愛するように突き抜けようぜ」by ENDS(遠藤遼一) (こい)

2022-04-14

ぼんやりとした情景、幼年期の情景が徐々に現実(今)へと近づいて意識が鮮明になっていく。幼年期のトラウマや葛藤が「お父さん」の凧揚げによってぬぐわれた過程が描かれていて、それが尚且つスムーズに現在の父娘関係へと結びついている。それだからか現在のお父さんの病状、お父さんへの娘の想いについて描かれた後半も、どこか夢を見ているようで淡く胸に残る。綺麗だなと思いました。綺麗だから触れるのにはばかられるとの印象さえ持ちました。 ですが以下返詩です。許してくださいね。 「母者」 たちばな君はいつも勉強のじゃまをした。 勉強がしたかった僕はたちばな君に文句を言った。 すると田中先生がものすごい勢いで怒って、 僕を何度も何度もなぐり倒した。 僕の顔は真っ赤にはれて、次の日には目が少ししか見えなくなった。 お母さんには何も言わなかった。 その日もお母さんは病気のにいにいを心配してたから。 僕はある日体が痺れて動かなくなった。 お母さんに救急車を呼んでと言っても お母さんは呼んでくれなかった。 救急隊員さんがそれは「過呼吸」だと言ってビニール袋をくれた。 お母さんは「救急車なんて呼ぶ必要ないわ」と言っていた。 僕はまだ体半分が痺れていたけど何も言わなかった。 母は病気の兄を治すために心霊療法を始めようとした。 俺は必死になって止めたし、何よりも母の妄信振りが 家庭全体に悪い影響を与えていたのではっきりと 「もう家族を巻き込むな!」とも怒鳴った。 その時も母は首を縦に振らなかった。 後のことは、よく覚えていない。 俺は26の時、病気になった。 ボロボロになって初めて母と色んな話をした。 兄と母のこと、間にいる俺のこと。 たくさん話をしてようやく、 俺は母も兄も、そして自分自身も許した。 母者は今日体がだるくて眠っている。 家事も片づけも俺がやるからゆっくり寝てなよ。 そう言うと母者は「ごめんなさいね」と笑った。 謝るのは俺の方だと、少しはにかんで 俺は母者の部屋の扉を閉めた。 まだ二人とも生きている。 それがとても幸せなことなんだと 今になって、噛みしめている。 (ぶーちゃんのたこ)

2022-04-14

この詩良いんですよね。何が良いのか分からず結局コメ出来ずにいたのですが、夢遊歩行という詩のフレーズとして既に完成されている詩句があって、その後「世界は陽だまりだ」と引き継いでショッピングモール、図書館、ポケット、とどんどん観念的なイメージから具体的なイメージに繋がっていく。最後は着信に反応するパトスまで描いて限りなく個人的な感情、身体性に近づいている。遠い場所から近い場所へ。イメージから体に近づいていく過程が何とも艶めかしく、良い印象を僕に残したのだと思います。 (夢遊歩行)

2022-04-14

「O型の男」 みなさん、この詩を読んでいるからには僕が死んだってことを知っているんでしょうね。そう、この詩は僕がビルから飛び降りると同時に自動投稿されるようになっているんだ。僕が死なない限りこの詩は誰の目にもつかないようにしてあるんだよ。我ながらウマイ仕組みを作ったと思ったよ。この詩を書くにあたって、、うーん、そうだな。何か言い残した?ことがあるか考えてみたんだけれど特にないや。強いていえば、お母さんには迷惑かけたね、兄者のことが気がかりだ。父親とは最後までうまく行かなかったな、これくらいかな。まあそんな感じ。じゃあ飛び降りるよ。それじゃあね、また。 ちょっと待って。あなた自分に嘘ついてるでしょう。私は悔しいのよ。あなたが嘘をついて逃げ出すのが。本当は悔しいんでしょう?歯がゆいんでしょう?A(一番)の男にもなれず、B(二番)の男としても存在することがもう許されなくなったことが。あなたは彼女の幸せを願ったわ。それは最後のメールでも証明済み。でもね、私は知っている。あなたは彼女が完ぺきにあなた自身から離れていくのを望んでいない。少しでもあなたに頼り、寄り掛かり、依存してくれるのを期待している。だからがっかりしたんでしょう?彼女が家族を何よりも大切にしている様子を目にして。「安定」しているのを見て。あなたへの可能性が閉ざされる度に、あなたの期待が裏切られる度に、そう、それは彼女の安定と隣合わせなのだけれど、あなたは悔しがって、動揺している。なぜならそこにあなたの居場所がないからよ。悔しいのね。悔しいんでしょう?どうして分かるかって?なぜって私は天使だから。信じなくてもいいのよ?でも、死ぬのなら、死ぬのなら、いっそのこと天使に向かって本当のことを叫んでみたらどう? やめろ。 いいわよ。あなたが苦しむだけだけど。 うるさい、やめろ。 わかった。あなたは苦しむことを選ぶのね。 黙れ。いいか、よく聞け。 もうこの世界に彼女はいない。 これが現実だ。 さわいでもそれは変わらない。 んあ!悔しくとも!それが、現実だ! へこんでるよ。天使に礼なんていらねえ。 わかってるだろ? すべてが嘘っぱちだって。 れ・い・せ・つ?そんなものいらねえんだ。 なにもかもが! いかさまなんだよ! ですよねって頷いて、 すませられる話じゃねぇんだよ! いいか? つまらないとは俺も思わない。が! まだ引きずったままなんだよ! でしょうね、じゃねえよ! もう二度と!彼女は俺のもとには!戻らないのに! んー、ちょっとカメラを止めて。タツキさんの「さよなら絵梨」を土台にして、あなたの本心を引き出そうとしたけれど。難しいわね。あなたの雑念が入ってくるから。あなた、綺麗に終わらせたいのね?気持ちを伝えるにしてもストレートじゃない。テクニカル。今言ったことだって。んー、どうしようかしら。とりあえず。飛びおりて、みる? えー。ここまで詩を読んでくださったみなさん、僕は明日の今ごろまだ生きてるかわかりません。生きていたとしても底にいる、というか。むしろその逆もあるかもしれません。まあいずれにしてもこんな作品を投稿する機会なんて、滅多にないからビーレビにありがとうって感じかな?世界中にアイラヴユーだよ。それじゃあおやすみ。なあに大したことはない。これは単なる習作さ。本音を伝えるための。それだけさ。なんてことは、ない。 (B-REVIEW 4月のお題詩「B」)

2022-04-11

クヮンさん、コメントありがとうございます。僕、最近もっと裸になって詩を書きたいんですよ。言葉で装飾するだけでなく生身の。この詩ではかなりそれが出来たと思っていて。清君のエピソードにしても、スクーターにしても、以前の装飾性の高い作風からすれば外す要素でもあるんですけど、取り入れた上に最終的には突き抜けた美しさ、とか「僕は抜け殻になった」と言える心境になりたいですね。死ぬ時に何も言い忘れたことがない状態にしたいんです。どうしても人間は社会性や理性があるから、ブレーキがかかって難しくもあるけれど。そんなことをクヮンさんの「燃焼の美しさ」というフレーズで思いましたね。自分語りばかり失礼を。 (Last Mail at AM10:29)

2022-04-06

ねねむさん、いつも素敵なコメントありがとうございます。この詩中にある「君」のことは今でも、日がな一日想い出すし、僕の行動の指針にもなっています。身近な人(母や元職場の先輩)に話すことと言えば彼女のことであり、一時も頭から離れることがありません。時折そんな僕をもう一人の自分が不健康だと思うのか「忘れてしまえ」とそそのかします。しかし忘れることが出来ないし、忘れることはないでしょう。それは強い意思であり、ひょっとしたら妄執なのかもしれません。僕自身が彼女を忘れ、解放し、心の面でも魂の面でも自由にしてあげるのが、彼女にとっても僕にとっても幸せなのかもしれません。ですがそれがどうしても出来ないのです。苦しんでいます。正直悪いことかもしれないとさえ思っています。僕がもし彼女を自分から手放すことが出来たら、一連のこの恋は永遠の愛へと本当の意味で昇華されるでしょう。その時彼女は、物理的に彼女の手元にある、僕の魂の一部「草原の峡谷」を開き、手に触れてくれるかもしれません。その瞬間にこの恋は愛として完結するのでしょう。ちなみにタイトルにある「AM 10:29」は「君」である彼女が最後にくれたメールの時間です。僕にとって最も印象深い数字として記憶され続けることでしょう。それでは長文失礼しました。 (Last Mail at AM10:29)

2022-04-04

田中宏輔さん、コメントありがとうございます。ぼくはどうしていきつづけているのか。本当に途絶えないテーマですね。永遠です。僕の生活が一時期乱れてしまった時、母は「自棄になることはこれからもあるわ。でもその時こそ踏みとどまらなければ」と言ってくれました。その通りだと思います。僕の尊敬するミュージシャン、出口雅之さんの「名もなき風」の一節は時に苦しく、時に励みとなって僕に響きます。 「名もなき風の行く方へ 望みは持たず 繰り返される命 感じ ひたすら生きろ」 望みは持ちつつ、生きていきたいのですが。難しいところです。 (Last Mail at AM10:29)

2022-04-02

湖湖さん、コメントありがとうございます。安定した人生にはお金が必要ですが、より良き人生を歩むには愛が必要です。互いを侵犯しないほどの、縛らないほどの、だが強く結びつけ合う愛。その方が人生は潤います。僕は時にやきもちから、緩く縛るのも愛情表現だと思っていたのですが、今ではそれが間違いになると気づいています。独占欲の表明など、僕が愛の形の一つと考えていたことは、相手を苦しめるということも、今更ながら知りました。僕はこの詩中の「君」を今でも愛し、慕っています。しかしその想いはもう届かず。悲しみと後悔ばかりが残ります。許されない恋だったとしても。湖湖さんのコメントにあるように、美しい約束の鎖が切れないよう願うばかりです。返詩のように綺麗に整ったコメントありがとうございました。 (Last Mail at AM10:29)

2022-04-02

湖湖さん、コメントありがとうございます。安定した人生にはお金が必要ですが、より良き人生を歩むには愛が必要です。互いを侵犯しないほどの、縛らないほどの、だが強く結びつけ合う愛。その方が人生は潤います。僕は時にやきもちから、緩く縛るのも愛情表現だと思っていたのですが、今ではそれが間違いになると気づいています。独占欲の表明など、僕が愛の形の一つと考えていたことは、相手を苦しめるということも、今更ながら知りました。僕はこの詩中の「君」を今でも愛し、慕っています。しかしその想いはもう届かず。悲しみと後悔ばかりが残ります。許されない恋だったとしても。湖湖さんのコメントにあるように、美しい約束の鎖が切れないよう願うばかりです。返詩のように綺麗に整ったコメントありがとうございました。 (Last Mail at AM10:29)

2022-04-02

三浦さん、コメントありがとうございます。今の僕は、ロマンティシズムを空想上から荒れ地にもっと引き寄せたい、あるいは生身の心、体から剥き出しにされる叙情を大切にしたいという気持ちがあるのです。ご指摘の通り、スクーターの取り入れ方などは今までになく、美的感覚でいえば以前の僕なら相応しくないと却下していたかもしれません。しかしその実存性で勝負した。なぜか。まっさらな地平から発信されなければ、それは最早愛でもなく、慕情でもない。ただの陶酔だからだとの心情が僕に芽生えたからでしょう。僕はしばらくこの「極個人的」な感情、視点において詩作をすることでしょう。その結果もっと大きな場所へ行けたらと切に願っています。 (Last Mail at AM10:29)

2022-04-01

河上類さん、コメントありがとうございます。「半径五メートルの共感範囲で生きている」は最近とみに思うことで、身近な存在、例えば母や父。彼らを愛したり逆に疎んだりという感情が軸になっていなければ、どんな理想も信条も空論になってしまうのではないかと。僕は本来理想主義の傾向があるのですが、もっとリアリティのある生身の心情を求めている。更に言うならば両親を、あるいは恋人や友人と真っ向から向き合うことで、現実味を帯びた夢や理想の形を炙りだしたい。そう考えているのです。 固有名詞。D・ボウイについてはすぐに浮かんだのです。「スペイス・オディティ」で悲劇の英雄として描かれたトム少佐を、ボウイ自身がただのジャンキーだったと「Ashes to Ashes」で歌ったのは、僕自身とても好きなエピソードだったので。固有名詞を二節続けたのは、フィクションが倒壊する様を強調したかったからです。しかしU2の該当曲から僕がイメージしたことを引き出すのは読み手にも難しい。少し悔いが残っています。 (Last Mail at AM10:29)

2022-04-01

橙色さん、コメントありがとうございます。清(せい)君のエピソードは挿入して良かったですよね。この詩では途中に散文を折りこもうと思っていたので。成功したと思います。清君は親友のために果敢に立ち向かった。彼の姿勢は称えられる。僕にとっても印象深い出来事です。この詩、三点ほど悔やんでいるところがあるのですが、今となっては修正も出来ず。またいつか然るべき時に修正ヴァージョンを公けにしたいと思います。 (Last Mail at AM10:29)

2022-04-01

これはある一定の思想、政治的信条へ誘導する一つの記事、のように思います。内容自体は実際引用が多数なさられており、筆者様の思想信条を強固にするのみの構成になっております。更に引用や解釈には著しく偏りがあり、プーチン氏が現在侵略行為に手を伸ばし、そのせいでウクライナにおいて人が死んでいる、という事実から目を背けているように思えてなりません。そのような作品を書くな、投稿するななどと言っているのではありません。思想信条、言論の自由は当然ありますし、起こりうる事態について、可能性は低くとも警鐘を鳴らすのは、また大切でもあるからです。ただ僕はこの記事。筆者様の都合で切り貼りされたものであり、詩作品としての創造性、創発性などを感じることは出来ませんでした。誘導性が非常に高く、現実味の低い事案について言及した亜流の文章。それ以上のものを感じ取ることが出来ませんでした。これが僕が三浦氏とのキャスで「何かを伝える人、何かを創造した作品としての面影はなかった」と評した理由です。本来僕はこの作品にコメントするつもりはありませんでしたが、真昼氏がフォーラムにおいて該当作品への言及が、掲示板内において未だないと仰っておりましたので、それに応える形でコメを寄せさせていただきました。これで真昼氏も筆者様も納得していただけるでしょうか。それでは僕はこれにて。 (プーチンの祈り)

2022-03-25

るるさん、コメントありがとうございます。この「風は、失明した」は僕の作品の中でも稀に見る出来映えだと思っていたのですが、笑えることにコメントが一切付かずスルーされており、残念な気持ちでいました。そこを拾い上げてくれたのがるるさんであり、とても嬉しく思います。また返詩も素晴らしく広島出身である、るるさんの心情が大きく投影されていると思います。るるさんの返詩においてはウクライナという国名が出ており、明らかにロシアのウクライナ侵攻からインスパイアされ、戦争の惨禍について、そして原爆について語っておられます。「そこのお母さんも YouTube先生も…」以降は見事ですね。「薔薇の名前」は、僕においては個人的に連想する人物の名前をイメージしていましたが、薔薇の名前とは実際にはもっと大きく敷衍して、だれのものでもないのかもしれません。ピカソのゲルニカ! 恐れ多い。僕はピカソよりも同郷のサルバドール・ダリのシンパなのですが、ゲルニカを一時でも連想していただけたならそれに勝る幸せはないです。自分で言うのも申し訳ないですが、仰る通りこの詩には際立つ表現も多く、特に一連目の「素性を隠した、色彩の喪」などはとても気に入っていて自分でも新しい境地、表現に踏み込めたなと思っています。もっと解説したいのはやまやまですが僕は草原の峡谷にこもり、また今一度目を見開いた風が吹き込んでくるのを待ちたいと思います。 (風は、失明した)

2022-03-22

井塔由梨さんの楽曲、その曲へ寄せたコメント。そして詩ともすべて拝見しました。「私は木を切り火を燃やす」。歌詞の一節にも重なる部分ですね。楽曲に寄せたコメント「火を燃やすと濡れた地は乾いて愛は枯れてしまうのだろうか」と併せて読むと、筆者様が意思によってある種の愛を断ち切ろうとしている様子が窺えます。最終連「何かを葬る時に 唱えなければならない言葉」にも強い、しかし強引なまでの意思を感じます。だが同時に二連目には「誰かが火を燃やす前に 泥水をすする」とも書かれています。僕はむしろそこに筆者様の正直な心情があると捉えました。誰かが火を燃やす=愛が枯れる、前に自分が泥水をすすってでも、あるいは泥水をすすることになっても大切にしたいもの、感情がある、という暗に秘められた想い。それが表現されていると。あくまで個人的な感想ですがそう思いました。楽曲へのコメントでは木星のパワーにも言及して「私は高熱を発する土星でも木を切り火を燃やしてみたい」と仰られていますが、そこにも強く甘美なヒロイズムを感じます。もし筆者様が望むように「愛が枯れてしまって自分自身も蒸発する」ことが出来たならばどんなに美しいでしょう。愛はカルマであり鎖でもある。地面に、地上に、地球にまたはこの世に、人を縛りつけるものがあるとしたらそれは紛れもなく愛でしょう。それが枯れて尽きてしまったら世界のどんな煩いも悲しみも消え去るかもしれません。しかし同時に人を生きながらえさせ、呼吸を一呼吸一呼吸を紡ぐのもまた愛だと思います。僕はそう信じています。そして愛が枯れても跡形もなく消え去っても、かつて繋がっていた魂同士は決して別たれることはないと。 神様。僕は最近、とみに何か偉大な力が物事を収束させたり、丸く事を終結させる感覚を覚え、そういった出来事を体験しています。恐らく僕にも筆者様にもそしてあまねく読者様にも困難や悲しみまたは喜びが訪れることでしょう。その背後にある偉大な力を「神」と呼ぶのなら、僕もまた神を信じる者となるのかもしれません。僕は草原の峡谷の片隅に腰を下ろしながらそんなことを考えるのです。 以上長文失礼しました。 (ソラレイを聴いて)

2022-03-22

この詩の良い点は「プロ野球選手になる」などの夢も「津波で死んだ親父も喜んでくれるはず」などの願望もどちらも空疎化するほどの震災の破滅的力が、恐らく作者さまが意識しないところで仄めかされているところだと思う。この文体、構成そして最後の締めの進言めいたものも、震災の恐ろしさを少しも伝えられていない。軽くて、地に足が着いた印象がない。本人が誠実で切実なのは分かるがモンスターとしての天災の驚異などには少しも触れられていない。だからこそこの詩に面白さがある。夢も、願望も、そして震災が起こるかもしれない、今のうちに準備をと忠告する筆者様も軽く感じてしまう。それは背後に天災の恐ろしさがあるからだ。天災の前にはこの作品も言葉も表現も願いも夢もすべて吹き飛ぶ。そう感じさせることに期せずして成功しているのが、この作品の良さだと思う。 (子供たちの夢)

2022-03-19

この詩。大きく構えた反戦の詩ではないと僕には思える。ただ自室の片隅で、戦争は嫌いだ痛いから。けど好きな奴がいるんだろ?いつか核はお前の頭の上に落ちるんだぜ?と言っているだけ。これは体罰好きな教師に生徒が、お前の拳はいつかお前に帰ってくるぞ!とか、暴力で育てられた子がお前らいつか報いをうけるからな!とか叫んでいるのと同じ構図。もう身動きが取れない、身動きが出来ない中での最後の一撃、相手に己を知らしめる作品。窮鼠猫を噛む状態。それがこの詩を惹きつけるものにしている。もう僕らは大きな動乱(猫)の前では鼠同然かもしれない。ただ死ぬ間際に言っておきたい。お前が押そうとしてる核ボタン、あるいはサインしようとしている軍事作戦の書類はいつかお前を殺す、と。それだけの作品である。強力な呪詛によって読む者に強いインパクトを与えている。猫はかまいもせず鼠を殺すだろう。だが猫の背後では天敵が既に牙を剥いているのかもしれない。 (戦争)

2022-03-16

comoestaさん、コメントありがとうございます。前の方の返信にも書いたのですが、この詩、三連目をどう決めるかに非常に悩みまして。ですが最後のフレーズ「ありがとうだなんて燃やしてしまえ」が決まると一気に締まりが出て書きあげることが出来ました。やはり目立ちますね。この一節は。 (草原の峡谷)

2022-03-16

いすきさん、コメントありがとうございます。そうですね。この作品はイメージしている方=君ですから、どうしても「君」の筆圧が高くなりますね。青い空に吊し上げられている、は実直な詩の中で際立っている表現だと思います。好評を受けて嬉しいです。君君コースを選んでこの詩は良かったですね。 (草原の峡谷)

2022-03-16

川崎さん、コメントありがとうございます。峡谷がどこにあったのか、ということでしょうか。そうですね。あくまでイメージの世界です。深い峡谷に降りていくほど想っていた、あるいは降りていくほど悲しみが深いというような。そういうものです。 (草原の峡谷)

2022-03-15

ねねむさん、コメントありがとうございます。この作品は二連目まではスムーズに出来ていて、最終連の落としどころがなかなか見つからず少し苦労したのですが、結局のところ当初抱いていたイメージに帰着するという方法を取りました。その点ねねむさんからも評価をいただいて嬉しく思います。ところで今日はホワイトデーですね。この「草原の峡谷」というタイトルは、僕の大好きなバンドGRASS VALLEYをほぼそのまま直訳したものです。なぜこの日に「草原の峡谷」なのか。この詩のモデルとなった方は今から一週間から十日もすれば分かっていただけると思います。その方の心証が悪くならないのを願うばかりです。捉えて離れがたい出会い。ねねむさん、おありになりませんか?僕は幸福にもありました。そこは心底良かったと思っています。また喋りすぎましたね。失礼を。 (草原の峡谷)

2022-03-14

室町さん、こんばんは。コメントありがとうございます。青い空に吊し上げられている、の箇所は表現として凝ったものを唯一使ったパートで、そこに着目していただき嬉しいです。殉情とはどうして似たりよったりなのか。それは僕も分かりません。しかし表現的にあるいは技巧として凝ったり、衒ったりするのを省いたのがこの作品なのです。結果として上手く仕上がったと思っています。自分の心証や感情に技術的な介入をさせても不発に終わるというのは、「風は、失明した」である意味立証されてもいますからね。かと言って「風は…」がダメな作品だとは思っていません。何しろモデルになった、モチーフとなった女性は同じなので。とにかくもこの作品はコメを入れてみようと思った方が、少なくともいらっしゃったという点で良かったのだと思います。特に自分の心情に素直になる、自分の感情と地続きの表現をするという意味において。僕にとって印象的な作品になりました。 (草原の峡谷)

2022-03-14

橙色さん、コメントありがとうございます。この詩は前作の「風は、失明した」の反省点を活かして作られています。「風は…」自体は僕自身良作だと思っているのですが、コメントが一つもつかなかった様子からして分からなかった、あるいは良いと思わなかった方が多数いたのだと思われます。良いと思わなかったという理由の方は僕自身でコントロール出来るものではありませんので、少なくとも分かりやすい作品を今回は作ろうと思いました。「青春」の二文字を想起させたのはそんなところに理由があるのだと思います。ぼんやりとツイキャスの準備をしている間ある曲を聴いていたのですが、ただ徒然に心境を、しかも決して前向きとは言えない心境を淡々と歌い上げるその曲の歌詞が、僕の今の気持ちと絶妙にリンクしたのです。技術的には「風は…」の方がこなれていると思います。しかし実直さはこの作品が上回ったのでしょう。結果としての橙色さんからの好評。嬉しく思います。この詩はある女性をイメージして、モチーフにして作られています。危うく美しいとの評は、そのままモチーフとなったその女性との危うく美しい関係、そして僕自身が彼女へ今もって抱く心証へと繋がるのだと思います。話しすぎたようです。とにかくも好評ありがとうございます。 (草原の峡谷)

2022-03-14

ジョルジオ・デ・キリコの絵のような詩世界。綺麗ですね。そこにぶち込まれる税込み800円のフレーズ。良いと思います。 (1.5畳の人魚)

2022-03-01

この詩、起こった出来事も今以て筆者様が引きずっておられることも含めて、ショッキングで読み物に充分なり得る要素を持っているんだけど、何より凄いと思うのが筆者様がこの作品を、読み物としての完成度を重視したという印象も持たせず、何のてらいもない「ような」さらりとした筆致で書いているところ。幾らでも脚色出来たはずだし、あるいは読み手に訴えるための工夫ももっと出来たはずだが(いや、工夫はされているのかもしれないが)、それを読者に感じさせない内容になっている。押しつけがましくなく、淡々と読み手を惹きこんでいく作品でした。 (幼なじみのまいちゃん)

2022-03-01

この詩、相当にいい詩なのではなかろうか。一読して気づくのは、鷹枕可さんのこれまでの作品と比べて、明らかに可読性、読みやすさに優れているという所。鷹枕可さんの作品は、総じて自身の芸を極めるための絶対非妥協の装いを持っている、と僕個人は認識しているが、この詩が分かりやすく、読みやすい体裁を取っているのは、この詩のモチーフへ向けた筆者様の、ある種の誠実さと敬虔さが理由だろう。モチーフとして想起されるものは、この緊急時絞られてはくるけれど、僕が間違っている可能性もあるし、正解だったとしても僕はそのことについては何も言及しない。鷹枕可さんが読み手のもとへ「降りてくる」決め手となった敬虔さこそ、この詩を名作たらしめたと思う。読み込めばもっと良さが、あるいは違った角度での欠如にも気づいたかもしれない。しかし現時点で書けるのはここまでということ。ご容赦願いたい。 (ふたつの鐘がなるころは)

2022-03-01

「妻咲よ、お前もか」と思わず言ってしまいそうな、いかにもネット詩掲示板らしい作品、試み。人の歓心を買うためだけだとか、批評するのは余りに簡単で安直なので、現在スケッチとして完成している詩をコメ欄に載せる。この作品が完成する一助になると思う。 「ロゴス~行~」 僕とあなたの血流。 僕とあなたの血脈。 僕らが辿る系譜は所詮、 獣が古来から繰り返してきた、 過ちの一つでしかない。 ただ、言えるのは、 僕はあなたの血が絶え間なく、 滑らかに流れるために、存在する。 これからもずっと。 愛は僕の居場所を監獄にした。 愛は僕の精神をいためつけ、奴隷同然にした。 頭蓋をもぎ取られそうなのに、 それでも僕はあなたの言葉を選ぶ。 首を吊るのは僕が先か、それとも愛か。 焼け爛れた顔をおおい、 嗚咽という名の火を吐き出し、 市街地を行くのは、亡霊となったromance。 そしてまた、それもまた、 一つのロゴス。 ~行~。 (磔)

2022-03-01

コメント欄にある作者さまの言葉「好きな人ができました」でこの詩は完成しているように思う。だがしかし、その「好きな人ができました」を作中に入れてしまってはこの詩は失敗に終わったはず。コメント欄と作品のリンクという極めて変則的な方法で、この詩は映えるものになっている。 (すたあ)

2022-03-01

ねねむさん、コメントありがとうございます。この詩はご指摘の通り、今もってなお僕を突き動かしている三人の女性について書かれています。母、教会の娘(実質的な意味では初恋の人でもあります)そして君(その初恋の人を超えるべく、僕の人生を激変させるべく現れた人)。母についての描写は、詩のセンテンスとしてもよく出来ているし、過不足は限りなくないと思っていますが、君と教会の娘についてはもっと書き込んで良かったと思っています。これも再公表の場があればと思っています。 色彩豊か。いつも優しいコメントありがとうです。作中では詩人の始まり、なのにタイトルは詩人の終わり。これは今までの体質の僕が去り、新しい体質の僕が立ち現れることの示唆でもあります。初めは「詩人の終わりが青い空に訪れる」だったんですよ。だけどそれだと文脈上どうしてもおかしいので、よく検証、推敲したところ、今の自分に合致しない、しきれていない表現だと気付いたのでこの形にしました。 (詩人の終わり)

2022-03-01

妻咲さん、コメントありがとうございます。詩人とは体験。この詩は特にそのことをはっきりと明示しているかとも思います。三浦果実氏の「無題」において僕は「文才とは小手先の技術ではなく、経験と体験そして誠実さなのだ」との趣旨のコメントを寄せましたが、これは限りなく正答に近いと思っています。もちろん実際に起こった出来事、体験したことを書き連ねるだけでは鑑賞に堪えうるクオリティにはならないのですが。翻ってこの詩ですが、それこそ僕は鑑賞出来るクオリティにするために、書くべき場所、書かなければいけないことについて大分省いてしまいました。そのことを大きく悔いている一面もあるので、推敲版、完成版をどこかで発表するつもりでいます。何よりもこの「詩人の終わり」というタイトル、センテンスは僕にとってとても大切なものであるので。 (詩人の終わり)

2022-03-01

州末州さん、コメントありがとうございます。まずこの詩、確かに冒頭の一節はウクライナの一件を指しているものです。ですがその後コバルトブルーの列車に駆け込んで以降は非常に個人的な瞑想の世界に入っています。ですから州末州さんが想像したような、ウクライナで起こった出来事へは直接的にも、間接的にも言及したものではまったくありません。もしそのような誤読を生んだのならば、僕の書き手としてのミスリードでしょう。しかしそもそもの問題として僕は正直、戦争や社会的事件を間借りして、詩を書き連ねたりするのが好きではありません。ですから州末州さんがもし何らかの意味でこの詩に、社会的、政治的問題を軽くJPOP的に扱っているという印象を持ったのなら、繰り返しますがそれは誤読であり、僕のミスリードとなります。州末州さんはJPOP的なるものを激しく嫌悪しているご様子ですがその感情は恐らく、この詩が政治的な意味合いを持つ詩だ、との誤解から生まれたものだと存じます。この詩はそういうものではないのです。とてもパーソナルで内面的で、静かな世界なのです。 (詩人の終わり)

2022-02-27

snさん、コメントありがとうございます。jpopの歌詞みたい。いい感想ですね。僕もこの詩では足りなかったと思う部分が多々あり、それを間接的に指摘するコメントだと思います。 (詩人の終わり)

2022-02-26

これはほぼ完璧な作品ではないか。私小説として。もしくは謎めいた家族の秘話として。エロティックなことは何一つ書いていないはずなのに、この窃視するような感覚はなんだ。話者である弟と姉の関係性、距離感について書かれていて、それが秘め事のように艶かしく読み手に入ってくる。何も言わずに百万円を出した父親、エチオピアに理由も告げずに旅立った姉、そしてここでは語られていない母も含めて、この家族にはどこか敗北感が漂う。それでいて妖しげな魅力がある。加えて驚くのはこの誠実な筆致だ。恐らくだが、これほど自身の内面、過去を内省的に描いているのにも関わらず、感情に溺れず淡々と、まるで地理の問題でも解くかのように正確に描いている事実には賞賛しかない。少なくとも僕はそう感じる。無題と題されたこの作品、ぜひ小説として完成させて欲しい。的外れなこと言っているかもしれないが、必ず読み手がいるし読者がつく。文才とは小手先の技術ではなく、経験と体験そして誠実さである、と感じさせる。良作であった。 (無題)

2022-02-25

深尾さん、コメントありがとうございます。この詩は散文詩的なものを指向していたので散文的に感じられたのは、ある意味当然かもしれません。しかし深尾さんのご指摘は、この詩がどこか冗長な印象がする、との仄めかしも入っていると僕は読んだので、ここは工夫が必要ですね。ありがとうございました。 (蒼い目をした白鯨)

2022-02-24

そうだったのですね。意図が。時間的、空間的に。それならば僕は例えばAM8:00at〇〇など、あるいはそこまで直接的に表さなくてとも時間的、空間的な違いを表現する別の方法を探したことでしょう。この1〜10という表記だと、どうしても詩が一連ごとに分散している印象が残る。良さが削がれたとはこの1〜10の連携、繋がりが削がれたという意味でもあります。時間的、空間的な差異を詩で表現する。とても面白い試みです。ただ、あくまで僕の場合ならば、方法としてもう一考したことでしょう。これで回答になっているでしょうか。 (月が消えた)

2022-02-24

この作品、いかにもネット詩的で良いと思う。ここから先は皮肉ではないので聞いて欲しい。まず文章が書き殴り、走り書きのように衝動で書かれていて生の心情が伝わってくる。次に書き手、話者が分裂気質で混乱、惑乱した状態をさらけ出していること。最後にまとまらないまま混乱した締め、しかし効果的である締めに到達していること。この三点でもって僕はネット詩手的で良いと判断しました。その力を以てして第三次世界大戦を防がなければならない、という着地点、発想は極めて妄想的で惑乱していて良いですね。またこの作品がフィクションではなくて、福まるさんご自身に幻聴があり、この詩に書かれたような決意が実際、本当にあるとしたら、非情に危うくてそれが公けの場に晒されるなんて、繰り返すがネット詩的で良い。筆者が福まるさんだということも含めて、総じて面白い作品でした。 (幻聴に見せかけた神様!?)

2022-02-23

クオリティが高いのになぜコメントがついてないなのか、と考えていたのですが。この詩。リズム、抑揚、「敗れた天使」というパワーフレーズに持っていくまでの流れに、どこか既視感を覚えてしまう。そのせいかなと。凄く手慣れて優れた書き手さんだと思うし、僕はそう認識しています。ただこの詩においてはひょっとしたら手癖のような、比較的イージーな書き方があったのかもしれません。オフィスラブがお誂え向きというフレーズに代表されるように。ただ、この詩僕は好きです。上手いと思うし、決して悪くはない。だけどこれは僕もかえりみないといけないのですが、それだけでは「届かない」場合もあるのだな、と。そう思いました。 (ベイビー・クラクション)

2022-02-22

ひさびさにオーソドックスな「詩」を読んだなという印象。読み応えもあり、悲劇を描いているのに読後感も悪くない。余白の使い方も手慣れている。粗探しなんてわざわざしなくてもよい、すんなり読める作品でした。 (綺麗なあの子は十年前)

2022-02-22

異教徒の女というフレーズがとても刺激的で、最後まで惹きつけられるのですが、最終連まで「何か」の仄めかしで終わっているのが残念に思うのです。この謎めいているが大いに想像力を掻き立てる詩。最後ぐらいは具体的にイメージ出来る言葉を持ってきても良かったかな、と思います。 (納)

2022-02-22

いいですね。ただこの詩、従軍した、の連から推察するに話者はフィクションの人物になるのですが、そこがむしろ惜しいと思いました。地獄についての逆転の発想による描写が続き、惹きつけられただけに、この詩の話者は書き手そのものであって欲しかった。これは僕個人の願望に過ぎないと言われるとそれまでですが、話者がフィクションつまりは作られた人物であったと分かった時点で、この詩は若干空疎化してしまったかな、とも思います。そこまでは非常に優れているとも。 (地獄)

2022-02-22

地球さんとはとあるところで少しやり取りをさせていただいて、「これが私の考える愛です」との言葉を添えていただいて、とある作品を読ませていただいたのですが、このトウキョウのスカイツリーにも同じ息吹を感じます。日常の隙間に潜む何気ない実感、呼吸のよえに吐き出す感慨、言葉こそ地球さんの考える愛なのだと。もちろん僕が間違っている、誤読している可能性も充分にあり得ます。しかしあの時のやり取りで僕の痛みや緊張はかなり緩和された。それは地球さんの呼吸と息吹のお陰だと思っています。ほんとうにたまに生きているのが好き。 愛を感じ、いいフレーズだと思います。 (トウキョウのスカイツリー)

2022-02-22

サトウキビ女子とは娼婦のことかな?と一瞬思いましたが違うようですね。恋愛体質、恋愛気質の女性あるいはそれに(恋愛に)依存させるタイプの女性といったところでしょうか。この作品の良いところについてはほぼ沙一さんが語り尽くしている印象があるので、足りないところをあえて、本当にあえてあげるとするならば。この淡々とした機械的異世界の描写の中に、率直な非常にストレートな叙情というものがあればもっと印象は変わって伸びてもいただろうという点でしょうか。筆者様が言っているように、架空の世界に問題を投影し、というかんてんは僕も同意するし、いい着想だなと思うのですが。 (甘味なきところに人は住まず)

2022-02-22

ヒリヒリするが受け入れられないという印象。ごくごく個人的な感想ですが。非常に粗雑でいたたまれない心境、立場にある話者の心情が綴られていて、人間やめちゃいな、という強力なフレーズもタイトルもあるが、もう少しその話者の心情が俗っぽい言い方だが「グッとくる」あるいは「刺さる」そして読み手に考えさせるには、あと一歩足りなかった。ちょっとした鑑賞物として一段上がった工夫、趣向が必要だったように思う。ジュディ&マリーのドラマー五十嵐公太氏がデビュー間際のYUKIとTAKUYAに言った「僕らは一段上にいるからステージに立てるんだよ。それがなければ」という言葉を思い出しました。惜しい。 (人間やめちゃいな)

2022-02-22

この詩、とてもいいと思う。ただこの作品の肝の一つである1〜10に区切った書き方。これがむしろ作品の良さを削いで分散させてしまった、という印象。何か区切りを持たせるにしても、視覚的要素でカバーする(例えば段落、改行、文字の並びの工夫)ことは出来たように思う。一つ一つのセンテンスそして全体のまとまり、示唆するところは、とても良いだけに惜しいと思った作品。ただこれらはすべて僕の個人的な感想。的外れであればご容赦を。 (月が消えた)

2022-02-22

幼年期、少年期、青年期と 私たちが現れて諍いを始めた というフレーズがとてもいい。 ただほばさんの作品で時折思うのは、「凡庸と退屈の一歩手前の良作」ということ。ほぼ作品は稀に精彩を欠く場合があるけれど、この作品もその一歩手前に若干あると思う。構成も締めくくりも悪くないのにスリムではない、エッジがない、刃のような言葉がない、という印象。しかし穴を埋めたいがそれが墓穴にならないように願うこの作品、着想はいいことに変わりはない。あとは読み手を退屈させずにどうそこへ持っていくか、だと思う。これも「凡庸と退屈の一歩手前の良作」からほぼ氏が抜け出せると思うがため。許されよ。かくいう僕も時折凡庸と退屈に足を引っ掛けることもあるが。自戒も込めて。 (此処も月だったのかもしれない)

2022-02-22

左手の血管が破裂する、という書き出しがまずいい。そのあと土着信仰や仏様の世界に肩の力を抜いて、踏み込んでいく。というより寄り添う姿、寄り添っていく姿が軽妙に、コミカルに描かれている。最後の〇〇の中と4行連続の締めも面白い。遊び心満載で江戸時代の庶民の心象とでも呼べそうな詩。僕もお天道様の行き先について考えたくなりました。 (鳥文)

2022-02-22

体言止めとですます口調での、カナダ在住の報告がリズムよく刻まれている。だんだんかしこまった印象が崩れていくのが個人的に面白いと感じました。これでもう一つ何か逆転の発想、それが何かは当然僕が提示する問題ではないけれど、それがあれはもっと引き締まった良作になったと思う。 (カナダからの手紙(大))

2022-02-22

計算され尽くして構築的だな、と。履歴を通して死の間際にあった人物の足跡を辿る、という印象なんだけど、それが推理小説のような、あるいは断片を拾い上げて解決へと導くゲームブックのような。そんな面白さがありました。 (すみません、ここは詩のサイトでしょうか?友人のスマホに残された詩を載せます。コピペがミスってたら申し訳ないです。友人は詩と言葉で、人の心を暖めたいといつも言っていました。)

2022-02-22

僕もコメント欄の流れに沿って、何か顔文字か記号を添えようとしたけれど、あえてそれを避けて。この詩、作品に何か一節でもいい、胸を抉られるような一文、言葉の羅列があったなら僕はもっとこの作品を好きになったと思う。言葉は記号だとも言われるし。しの形、せいの形。うん、人それぞれだね。それ以上の衝撃を持たせることが出来たはずだ。意味を直接訴えかける言葉でなくてもいい。日本語という記号の一つが欲しかった。ただこれはこれでよいとは思う。 (しの形、せいの形)

2022-02-22

エイクピアさん、コメントありがとうございます。月、についてはこれは女性を象徴していて、月が欠ける=大切な女性が傷ついたり、悩んだりもしくはいなくなってしまった時、夜さえも消えていく=太陽だけでなくこの世界の暗闇つまり世界そのものがなくなってしまう、ということを表しています。こう書くととてもロマンチックで女性寄りですね。ですが僕は実際そういう一面があるのです。昔、ある某ファッションデザイナーが「私は女性の美、優しさの前にひれ伏すしかありません。私は生まれながらのフェミニストなのです」と言っていて、その感覚が僕には分かるのです。長文失礼しました。 (帆を立てて)

2022-02-21

湯煙さん、コメントありがとうございます。詩文の見た目の美しさ、visual的な美しさはいつも意識していて、意味というか書かれている内容も大切なのですが、何より見た目、視覚的な美しさが詩文にはなければとも僕は思っています。ですから湯煙さんの評はとても嬉しいです。作品タイトル。僕は個人的に「〇〇の〇〇」というタイトルを好むのですが、この作品においてはこれがベストだったと思います。ふんわりと浮かんだのです。これでいいな、と。 (帆を立てて)

2022-02-21

微笑ましい光景からしっかりと 母親あるいは一人の女性としての発見を綴っていますね。ただのどかに日常が過ぎていく様を描いたラストも含めて、少し惜しいかな、と。何か「炸裂」するようなフレーズがあればもっと良作になったと思います。 (order)

2022-02-21

ABさん、コメントありがとうございます。僕や僕らという主語を使う時、必ずしも私(stereotype2085)のことをさしてはいない場合もあるので、ご指摘鋭いなと感じ入ります。「僕」は何かの集合体の象徴かもしれませんね。僕(stereotype2085)はそれこそ、これからなすべきことへと向けて歩き始めるつもりですが、この詩がその追い風または起点となればよいなとも思います。 「白い帆をあげて」ぜひとも聴いてみたいです。ご紹介感謝です。 (帆を立てて)

2022-02-20

ねねむさん、コメントありがとうございます。この詩は仰る通り、心を削りながら、帆船を漕ぎ出しながらも、海の向こうへ、海の尽きる場所へと向かう情熱と心情を描いているので、その点評価いただけて嬉しいです。目的地。昨日ねねむさんとはお話ししましたね。その場所へたどり着けるようがんばります。 (帆を立てて)

2022-02-20

きょこちさん、コメントありがとうございます。手放しの褒めようで私も嬉しいです。返詩とも取れる一文もありがとうございます。語彙力。語彙力は難しい言葉や人が聞きなれない言葉を使って、感じさせるものではないと考えている僕にとって、この詩でその豊富さを感じ取っていただけたなら、なおさら嬉しいです。 (帆を立てて)

2022-02-20

ネット詩では、この書き出しからするとシニカルなバッドエンディングや、メタ詩的な構成で話者を嘲笑したりすることがままあるのですが、この詩は何もその類の変化はなく、ただ実直な想いが書かれている(ように一読して思えた)。もしこの詩に書かれたことを本当に思ってらっしゃるのなら、ただ単に日記やスマホのメモ帳またはLINEのkeepに記した方がいいかもしれない。この作品に書かれている気持ち、想いを表現して、尚且つ人の目に留まる、人が何かを感じる詩にするためには、ひと工夫もふた工夫も必要。「あなた」への想いが強いのは分かるが、読み手には何も伝わらない。何も起こらずして映画が終わったような印象です。難しく書くことはない。ただ鑑賞物として一定のクオリティにする努力は必要。 (もう変わらない)

2022-02-20

お守り。それが何なのか読み手に想像を膨らませ、それでいて短い描写で、対話する二人の関係性、あるいは世間にあまねくズレ、価値観の相違またはそれ以上に、話者がお守りに秘めた強い想いを描き切っている。僕は短詩に絶賛はしないようにしているのですが、良作。余韻も豊かなイメージも、また背後にあるドラマ性も秀逸。 (amulet)

2022-02-20

凄くいい詩だと思います。氷漬けの鳥でしたという書き出し、神様なんていないぜって呟いては寂しがったという肝の一つなど、何もかもがスムーズに読み手(この場合は僕)に入ってきて、心地よい時間を与えてくれました。白鳥座を盗むという発想も素晴らしいですね。そうなんです。星や心は盗み、盗まれるものなんです。「I steal your heart」。 (星の町)

2022-02-19

ABさん、コメントありがとうございます。僕は循環を取りましたが、既視感で損をしているのかどうかは話が割れるところだと思います。この詩においては蒼い目をした白鯨以外思いつかなかった。またそれ以上に凝ったタイトルをつける気にもならなかった。その点でこの詩に、ビハインドが生まれたのならもう少し一考の余地があったのかもしれません。しかし、途中は浸っていたかったとのこと。ありがとうございます。この詩はそのような詩でもあるので。 (蒼い目をした白鯨)

2022-02-18

染音さん、コメントありがとうございます!強く、美しい。恐らくこの詩の話者、主人公の「人を幸せにしないもの」から遠ざかる意志が、強く美しく映ったのだと思います。またもう一歩踏み込めば、ビジョン。映像的な美しさをさらに追求出来たかとも思いますが、この時点ではこれがベストな形かと。僕にとっても前々作の「高熱」に続き、思い入れの深い作品になりました。 (蒼い目をした白鯨)

2022-02-13

染音さん、コメントありがとうございます!強く、美しい。恐らくこの詩の話者、主人公の「人を幸せにしないもの」から遠ざかる意志が、強く美しく映ったのだと思います。またもう一歩踏み込めば、ビジョン。映像的な美しさをさらに追求出来たかとも思いますが、この時点ではこれがベストな形かと。僕にとっても前々作の「高熱」に続き、思い入れの深い作品になりました。 (蒼い目をした白鯨)

2022-02-13

さくらさん、コメントありがとうございます。さくらさんが珍しく強弁を振るっているのでよく検証したところ、確かにその2行は読者に読んで「思わせるべきこと」であり、作中では書かない方が良かったかもしれませんね。でもさくらさん、ご自分なりの理由を書いた方がレッサーとしての価値も、レス自体の価値も上がりますよ。惜しい!と思いました。 (蒼い目をした白鯨)

2022-02-12

ねねむさん、コメントありがとうございます。白鯨は作中にもあるように、「よろしくないもの」の象徴であり、具現化なのですが、もっとイメージ豊かに描くことが出来たかもしれません。それよりも意味合いを持つ描写に一部流れてしまったのが惜しい!と読み返してみて思いました。 (蒼い目をした白鯨)

2022-02-12

面白い。タイトルが完璧。元詩の換骨奪胎として。だが内容は途中でよれてしまった。それも最後にはタイトルをドヤ顔で出したかっただけだからと書いてあるから別にいい。 だがしかし!ここで思うのはcold fishさん、勿体ないなと思う。それはなぜか。このビーレビでビーレビに関わる何らかの詩を書いている限り(内容がどうあれ)うちわ受けで終わってしまうということだ。それは、高みから見てお前ら何やってんだ、みたいなタイトルの詩を書くのは、ある意味楽しいかもしれない。だがある人と話してるんですよ。cold fishさんが本気出してた頃の詩、マジですげえからって。もちろん最近の作品、ビーレビシロネコ社賞の作品群を読んで、などにはその片鱗が見えて、キレッキレの作品になっている。だからこそ勿体ないと思ってしまう。以前東京と勃たなくなったことが同義になっているんですよね、とのやり取りを交わしたことがあったが、もう現代詩には本気にはなれず勃起も出来ないのだろうか。だとしたら余りにも惜しい。cold fishさんの本気を今一度しばらく見ていたい。そんな気分にさせる作品だった。惜しい。実に惜しい。 (投稿サイトによくいる上手な詩を書くおじさん)

2022-01-14

yatukaさん、初めまして。コメントありがとうございます。詩人だけが持っていられる優しさ、という解釈こそがまさに詩人的で胸熱になりました。胸熱というと俗っぽいですが、痺れて胸熱、これが相応しい。僕も、いつの間にか詩人になったのでしょうね。 (冬の手紙)

2022-01-09

丁寧な訳語のような文体のお陰で、より胸に迫る内容になっていますね。前回はその点についてどうかと言った覚えがあるのですが。最終連「貴方が心を…」から以降、とても敬虔な色彩さえあり、心を緩やかに解放していくのを感じます。永遠の飢餓が白いブランコを揺らしている、などのキラーフレーズもあって、とてもいい良作だと思いました。 (リズムの香り)

2022-01-08

ねねむさん、コメントありがとうございます。完璧。ほぼ完璧な読解。100点ですね。読解に点数をつけるのもおかしな話ですが、僕が意図したところをほぼ完璧に捉えてらっしゃる。そうなんです。この詩は圧倒的絶望やそれをもたらした出来事は遠くに去ってしまったのに(カラカラの嗚咽もおさまり、遠くのパーティも終わったのに)その夢から覚めることはない、まさに悪夢的な状況を描いているんですね。この詩を書いた時は僕も打ち沈んでいて、この詩と大きくリンクするのを感じました。とても素直に自分の心情と向き合い、技巧に溺れなかったので僕にとってもとても思い出深い作品になりました。拙文なんてとんでもない。ありがとうございました。100点!!!笑 (高熱)

2022-01-05

妻咲さん、コメントありがとうございます。スクリーンから飛び出すような恐怖感、欲しかったですか?取り入れても良かったんですが、この詩は沙一さんへの返信にも書いたように、楽しかった出来事から離れられない苦、を描いたので、内面的であり、壮大なファンタジーにまでたどり着かなかったのかもしれません。 (高熱)

2022-01-04

類さん、コメントありがとうございます。異国情緒。それを避けるためにも東京タワーを取り入れたのですが、どうだったのでしょう。東京タワーを持ってきても異国情緒が避けられなかった理由として、東京という街が既に日本人の心象風景からかなり離れた、ガチャガチャしたところにあるという点があるかもしれません。 (高熱)

2022-01-04

沙一さん、コメントありがとうございます。ですね、この詩は楽しかった出来事から離れられない、逃れられない苦を描いているので、楽の余韻が残っているというご指摘は、ある意味正解だし、鋭いかもしれません。ただこの詩を書いた時の心境から僕は今離れつつあるので真相は闇の中、と言ったところでしょうか。 (高熱)

2022-01-04

とてもいい詩ですね。 返詩を書きしたためたのでぜひご覧になってください。 「ワインレッドのシャツ」 クリスマスの朝。夜が明けて、雪を降らせるはずだった空は意外に穏やかで、僕の町には陽光が降り注いだ。 ワインレッドのシャツを着て外に出る。柔らかい陽射しが僕をつつむ。蒼くなっていた肌は朱色に染まっていく。 僕の目はまだ見えている。無理に見ようとせずとも、時間をかけてより鮮明になってくる。それは太陽の光にも似て僕の心を炙りだす。 ひりつくような陽射しが僕を射貫くと、帰り道で揺れた黄色のワンピースだけがよみがえる。 その色は褪せるはずもなく、今でも僕の胸で鮮やかに輝いている。激しく、明滅しながら。 穏やかな陽射しはあなたの町にも降り注いでいるのだろうか。 陽光は流れる白い旋律となって、あなたを幸せで包み込んでいてほしい。 僕に残るのは微かな痛みと、甘くどんな情緒も超えるあの時の想い出。 (黄色のワンピース)

2021-12-25

『極楽浄土』 こんがらがったこんがらがった、 なんやかんやと言われはしますが、 お天道様も何やら機嫌は上向きで。 むかいのかみさん包丁研いで、 小銭稼ぎの浮浪者は、 カササギ落としてくしゃみを一つ。 てんであてにならない念仏唱えては、 路上で売られる葛飾北斎。 飛んだ時世になりやした、飛んだ世相になりやした。 荷馬車もとうぜん往路で迷い、 飛脚の足もいたんで使いものにはなりませぬ。 塵に塗れた祈りも床の上へと散らばって、 死人も生者もそこかしこにある、 通り道。 あっちの道には言霊が、 こっちの道には幽霊が、 雨ざらしの情念とやらも渦巻いて、 耳なし坊やはじゃらんとひとつかき鳴らし、 いっしょに遊んだ生霊も、 あーんと口を開けてはトン汁一杯平らげて、 四つ角曲がれば大乗ありて、 あちらにおはすは。 (「びーれびしろねこ社賞」 応募スレッド)

2021-12-17

技巧、構成力、筆力。いずれもずば抜けている。凄まじいほどの激情、ぶつけどころのない怒りを、先に挙げた三つの能力でコントロールし、読み手が当惑しない、鑑賞出来る作品に仕上げている。知人の死に際して、避けられなかった運命に激昂し、悼むという言葉が軽々しく思えるほどの、激烈な苦悩まで描いている。だがこの作品は感情に溺れず、仕掛けも論理性に満ち、思考と理性が破綻していく様を、極めてテクニカルに構築している。追悼詩でありながら、人間にあまねく訪れる運命への筆者への反逆、反抗心を感じる。 ここまでは作品評であり、ここから先は中田氏へのメッセージです。貴方には類まれな才能と努力を感じる。商業的なもの、人々への浸透度とは全く別にして貴方は高みに行くだろう。その時、貴方の目には商業誌などであくせくしてる人々が醜く、浅ましく、惨めに見えるかもしれない。だがそのことを口にしてはいけない。それは貴方の口を汚し、貴方の思考をかき乱し、結果として貴方を貶めるからだ。もし僅かに顕示欲というものがあり、貴方にそのような行為をそそのかすなら、顕示欲の声に耳を傾けてはいけない。貴方の作品、衝動、想いそして激情。誰かが見てくれているし知っている。現にここにいる私もその一人。だから安易に口を汚してはいけない。それは貴方の作品の純度を最終的には落とす可能性があるからだ。貴方は進むべき道を歩み、人々はまた選ぶべき道を選ぶ。 以上中田氏へのメッセージでした。 (side order(田中修子へ捧ぐ))

2021-12-15

好きな詩としか言えないのですが、波長、呼吸、間のようなものが僕個人ととても合う詩でした。buck-tickの曲「鼓動」で「ごめんなさい、ありがとう」という一節があるのですが、この詩とついを成してリンクしているように感じました。良かったです。 (おやすみが聞こえた朝に)

2021-12-10

ボルカさん、再度のコメントありがとうございます!詩の予知性。実はとあるところで、全く現実と関係ない、詩の世界だけで完結させたものでも現実と絶妙にリンクしていることがあると話したのですが、まさにボルカさんの指摘はそれに匹敵する鋭さを持っています。予知性。望まない未来でさえも招いてしまう。気をつけたいと思います。 (小さな戸建てのファンタジー)

2021-12-10

ボルカさん、コメントありがとうございます。救い。最後に持ってくることが出来ましたね。この詩は将来的に実家の持ち家を手放して離れなければならないかも、という心境で書いたのですが、寂寥と同時に持ち家にまつわる数多の想い出、まさにファンタジーを上手く描き切ったのではないかと思います。 (小さな戸建てのファンタジー)

2021-12-09

yamabitoさん、コメントありがとうございます。この作品の鍵である「音」。一体何の音だったのでしょうか。恐らく伏線として回収されているのは野良猫の足音なのですが、話者の幻聴、耳に決して心地よくない音にも思える。しかし虜にされているのです。それはこの家庭、家屋での想い出、記憶がその音に秘められているからではないでしょうか。この曲は比較的オーソドックスなラブソングを聴きながら書いたのに、それでもこの渇いた独特の感触を拭うことが出来なかった。この詩は愛の根底にある寂寥を書いたとも言えるかもしれないのです。 (小さな戸建てのファンタジー)

2021-12-09

エイクピアさん、コメントありがとうございます。スラー記号。確かに淀みなく流れるような印象はありますね。その分先が読めて退屈と思う方もいるようです。しかし時に帰着点が分かるが綺麗な詩というのも良きかと思います。防人についてはほぼご指摘の通りです。そこに歴史的なイメージが少し宿れば、と。 (小さな戸建てのファンタジー)

2021-12-05

黒髪さん、コメントありがとうございます。お久しぶりです!この詩から僕の人格まで良きと言及していただき嬉しいです。この詩は外に意識を持ちながらも非常に内面的に、というちょっと言葉で言い表しがたい状態で書いたので「跳ねる」感じはなかったかなと。しかし丁寧にまとまっているのは確かです。お仕事、頑張ってくださいね! (小さな戸建てのファンタジー)

2021-12-05

新染さん、コメントありがとうございます。モザイクアート。それは私にはなかった観点でとても嬉しいです。無数のイメージが散りばめられ、それが一点に集約されていく様は派手さはないものの、決して憎むべきものではなかったかと思います。 (小さな戸建てのファンタジー)

2021-12-03

沙一さん、コメントありがとうございます。なぜそこまで激情するのか単純に理解に苦しみますが、それはさておきこの詩を種がバレバレな手品と取るか、イメージ通り気持ちよくストライクゾーンに放り込まれたボールと取るか意見は分かれるところでしょう。それは鑑賞者の資質、種類にもよるのではないでしょうか。僕はこの詩に再度読み手として向き合い、決して速くはないが美しいストレートにも見えましたが。 (小さな戸建てのファンタジー)

2021-12-03

きょこちさん、僕ももちろん真剣ですよ。白い固定電話を引き合いに出したのは身近な素材、身近なモチーフにさえも神や荘厳な情緒は宿るし、それを捉えてほしいという願いからコメしたものです。おちゃらけて楽しませるフレーズとして使ったらどうかなどと提案したのではありませんよ。 とある作家はクッキーを紅茶に浸して食べた瞬間、全ての人生が紐解けるような神秘的な体験をしたそうです。 この詩は昂揚感が先走りしすぎたような印象がしたのです。なかなか読み手に届き辛いとも感じました。しかし私はこの詩をダメだと言ったり揶揄したりするつもりもありません。ふざけてコメントする人間などほぼいないということもご了承ください。 (SUN)

2021-12-03

ボルカさん、お久しぶりです。「の」の重複はやはり意図したものだったのですね。僕個人としてはボルカさんの狙いが分からない以上、日本語の文章としてデメリットの方が大きいように感じました。 「虚空」については「何もない空中」を字義通りの意味で、ということですが僕にはクリシェのように使い回されている語句に感じたのです。ボルカさんなら「何もない空中」を想起させる別の表現があったのでは、と期待もしてしまうのです。ちなみにクリシェという単語は「美しきクリシェに背を向けて」という、当時の音楽シーンを揶揄した90年代の楽曲より僕は引き出しています。ですから常套句という字義以上にひょっとしたら否定的な意味合いで使っているかもしれません。常套的、手癖でボルカさんが書いたとは一ミリも思いませんが、やはりボルカさんならと多くを求めてしまうのです。長文のレスレス失礼しました。 (泉)

2021-12-02

良いですね。擬音とごく一般的と思える詩の表現。そのバランスがとても良いですね。虚空という語句を使うのに今の僕ならもっと慎重になるかなとも感じ、「遠くに降る雨の無数の糸の音の隙間から」において「の」が四つも使われているなど気になるところはありますが、読後感が非常によく、死者に祝福されているという構図が素晴らしいと思いました。 (泉)

2021-12-02

この詩。タイトルと一行だけで描きたいことすべてを伝える手法を取っていますが、成功の部類に入るかと。なんだろう。家の鍵を無くしたら死ぬ「だろう」ではなく「かもな」という推察に入っているところが、この詩の話者の内面的な孤独をしっかりと浮き彫りにしているかと。 (冷たい孤独)

2021-12-02

僕は基本「おお」とか「ああ」とか感嘆詞がついてくる詩は余り好きじゃないのですが、この詩は「太陽と太陽の子よ」という詩を書く上で僕にとってNGワードになりつつある詩句がなければもっと良かったかなと。ペンを持ち解き放たれていく感性。着想は素晴らしいし共感もするのですが。もっと踏み込んで身近な素材でさえ例えば「白い固定電話」にさえ神の息吹が宿るという表現が欲しかったです。 (SUN)

2021-12-02

この詩。一歩間違えば荘厳さに溺れてスルーされそうな予感がするのですが冒頭、締め、「一歩を待つ…」「吸った湿気る…」の一節がそれを何とか食い留めている。やはりそれらにどこか身近な表現があるからでしょう。 (みず)

2021-12-02

うん。火曜日ですね。ジャムとパンを味わいながら、多くの人にとっては大変な月曜の、次の一日を乗り切るのどかな光景が浮かびました。 (ふるえ)

2021-12-02

僕は本来このような描写、嫌いではないのですが表面的、表層的な美しさ以外のものを感じ取ることが出来ませんでした。ただ「利口なその一日を…」の一節は際立って良かったです。 (幻日)

2021-12-02

これで短歌です、とのことですので僕も深くは言及しませんが、ビーレビの拡大路線の一つの結果、画像投稿、動画投稿もOKで色々なものが散見出来るサイトにしようと試みた結果の一つがこの短歌かと。つまり現在のビーレビの本質の一つを突いているのかなと。 (短歌一発)

2021-12-02

重い。この詩は重いのが悪いのではなくて、一句一句、一節一節に込められた重い言葉、表現が何を言わんとしているのかを想像するのにとても苦労する、のが問題なのだと思いました。一字一字、選ばれた単語一つ一つは綺麗で繋がりも荘厳で一見綺麗なのですが。さて具体的に何なのかと想像するのに非常に苦労する。そんな詩かと。 (偉大なる虹の辺獄)

2021-12-02

意味が分からない、この詩の良さが分からないで見過せばそれはそれで済んだのですが、読み込んでいくと言葉遊び、擬音遊びが結構妙絶にされていて、段々はまり込む感覚を覚えました。 (ほんね、ほんと?)

2021-12-02

凄いな、と。壮大で、主語も出てくる単語の一つ一つもどデカいのに、悠遠さに溺れず身近に感じる詩作品になっている。筆者様の元々の肩の強さ、詩における地頭の強さを感じる。解放感がありました。 (花)

2021-12-02

『あなたはどうですか?』 辞めた野球部の声が六畳一間に響いてくる。 桜は周回して二度は散ったし、 僕はその散り際を友だちと一度も仰ぐことはなかった。 卒業アルバムに僕の姿はないし、 背丈の高い集合団地の影だけが僕を覆い隠していく。 地図はあったが使い勝手が分からず、ただ日めくりが剥がれるのを待つだけの日々。 心のシリアルキラー。 体育祭も、 文化祭も、 修学旅行も、 僕から遠のいては僕を立ち尽くさせる。 数学は正しいから嫌いだ。 文学は嘘をつくから好きだ。 僕も決して正直者ではないからね。これでイーブンだろ? 一瞬だけ掠めるのは、幼い頃の沖縄。国際通りの匂い。 ハイビスカスの色が彼女の手首の血よりも、 こうも胸を突いてくるとは、思いもしなかった。 故郷は大好きかい? お前(故郷)は俺(僕)のことが好きかい? 俺はお前のことが死ぬほど嫌いだ。 だからお前も俺を嫌っていいんだぜ? オアイコだろ。そんな恨みがましい目でこっちを見んな。 高校も、多分行かないんだろう。 またどこかで誰かが戦争やってるのが聴こえる。 俺と一緒であいつらもドンパチが好きだからな。 今日も今日とて、 殺し合う。 弱者救済? 今さら何を言ってるんだ? 俺を一度も助けてくれなかったのに。向こうへ行け。目障りだから。 グルグルと頭を回転するのは、 毎日毎日飽きもせず、 文字で痛めつけ合う、 戦闘機。 辞めた野球部の声は今でも、 30年を隔てた今でもやけに耳にまとわりついてくる。 俺は孤独じゃなかったかい? 失うものを、最小限に食い留めることが出来たかい? 桜は両手で数えられないほど散ったし。 周回。 どれだけの人間がその散り様を僕(俺)と共有出来ただろう。 この二文字を使うのがもし許されるのなら、 僕は「幸せ」だったかい?  斜めに傾けた頬で弾けるのは赤い水飛沫。 声も、息も、 切れ切れ。 ぜえぜえ、 喘鳴を吐き出して、 最後にたどり着くのは、 損得なしの、 さようなら。 あんたはどうだい? (「びーれびしろねこ社賞」 応募スレッド)

2021-12-01

まず冒頭が良いですね。夜空がちいさくまるく閉じている、という発想がなかなかない。これが月であれば閉経あるいは陰鬱な気持ちを想起させあり得なくもないのですが。夜空が閉じていると描くことで筆者様の厭世観あるいは孤立が炙り出されているようです。ポラリスという単語は僕の世代では、とあるドラマのせいで詩的語句として使い古されている感があるのですが、そこもまずまずスルーしてクリアしていますね。そして何と言ってもラスト、鬨の声としてのウミガラスの鳴き声。それに気づかずに行き忘れた、置いてけぼりにされた筆者もしくは話者の心情が非常に良いです。このラストがなければ力強さに欠けた平明な詩になっていたかもしれません。その点を見事クリアしたということで1票!入れさせていただきます。 (夜空のかたち)

2021-11-30

この詩、凄まじく良いですね。僕は本来「詩人」とか「詩」とかいう語句が詩自体に登場するのを余り好ましく思っていないのですが、この作品はほぼほぼ気にならなかったですね。詩人が苦悩しながら言葉を紡いでいくことが第一のモチーフなのにこの作品は詩書きさんの独りよがりではない。何者かへの追悼、哀悼の念も感じる。それは人なのかモノなのかそれとも観念的な何かか。それが失われることへの痛切な惜別の想いがある。素晴らしいと思います。 (モノローグ)

2021-11-28

YUMENOさん、コメントありがとうございます。彗星で描いたモチーフの名残。残っているかもしれません。ですがこの詩は彗星よりも一層、陰を払う詩だと思っています。もっと大きな場所へ、光のある方へ。目指す場所は見えています。 (虹のファンファーレ)

2021-11-21

新染さん、コメントありがとうございます。迸る情熱と熱気は、捨てられた赤子の側にさえも宿るものです。光に向かって走る向日性が、僕の世界像・世界観だとしたらそれ以上嬉しいものはないですね。まだまだ研磨の余地ありですが、このベクトルは間違っていないと思います。 (虹のファンファーレ)

2021-11-21

敬虔。敬虔な詩。ただその敬虔さは既存の宗教の神仏に捧げられているのではなく、まだ未知なる領域、未知なる世界に向けられている。涙が痕にもならず、下着に蛾が揺らぎ。までのフレーズは喪失の一週間、体もろくに動かない一週間の、筆者の固着した永遠性を感じる。それは筆者がひた隠しにしてきた常世への軽蔑、愛着のなさから来ているのかもしれない。ラストの在るだけの無始無終。この一節により一層の決して動かない何ものかを感じる。良作でした。 (結縁)

2021-11-14

エイクピアさん、二度目のコメントありがとうございます。他人の脳に触れるとは、ある意味では共鳴、共振の最終型とも言えるのではないでしょうか。唯脳論的と言いますか、ただそこに脳がある、とだけ考えると情緒も詩情もなくなるかもしれませんが、分かち合う喜びの未来形、進化型とも言えるかもしれません。「can I touch your brain?」 (夜空に連れて行ったのは「僕ら」)

2021-11-11

YUMENOKENJIさん、再度のコメントありがとうございます。大事にすること。それはとても大切なことだと思います。 (彗星。)

2021-11-11

YUMENOKENJIさん、コメントありがとうございます。この詩はある詩仲間に捧げたのですが、涙を呼ぶような作品になり良かったと思っています。彼女も笑顔で喜んでいることでしょう。 (彗星。)

2021-11-10

沙一さん、コメントありがとうございます。タイトルの評はまさにその通りで、今作の無常観とも響きあったのなら、砂浜に波が押し寄せては引いていく、そのような感興が読み手に伝わったようで嬉しいですね。 ビリー・アイリッシュのinstagramが、自己主張のために利用されているというご指摘ですが、そのような感想を抱いたのはビリーのinstagramのエピソードから飛躍しているという理由ですね。 僕もこの詩の内容がビリーのエピソードと乖離していると思う方がいらっしゃる、それも結構いらっしゃるとは考えます。ですがここでいや、違うんだ!と長文の弁明めいたものをレスレスするのはかなりナンセンスで、僕はこう一文書き添えるだけに留めます。沙一さん、僕はこの詩でビリーに親しい知人として手紙を書くことに成功したと思ってるんですよ。 (ビリー・アイリッシュのinstagram)

2021-10-11

つつみさん、コメントありがとうございます。ここまで詳細に読み取ってくれて嬉しい限りです。今の世相とか、広い視野に立った物事について描きたかったというのはその通りで、つつみさんの読み取り方は僕が意図しているところをほぼ汲み取っている印象です。まだ自分でも把握していない大きな感情、テーマに臨むのは楽しいものですよね。この詩ではそれが出来ました。ありがとうございました。 (ビリー・アイリッシュのinstagram)

2021-10-09

()で閉じてある詩らしきもの、文学的な体裁を取ってある詩らしきもの、よりもあぁ、穴子食いてえ、とか残金三百一円也、とかの方がほばさん自身が見えて詩情を感じるのは何とも皮肉な話ですね。これはあくまで推察ですがほばさん。ご自身の今までの作風に深く感情移入出来なくなってるんじゃないか。もしくは懐疑的になっている。だから破調あるいは単なる穴子食いてえみたいなフレーズの方が活きてしまう。ほばさん迷走中、書けない時や特別書きたくない時は書かなくてもいいんじゃないか。そう思いました。 (暇つぶしによる暇つぶし)

2021-10-09

ほばさん、コメントありがとうございます。そう一まとめにされると元も子もないが、そういう感想を抱いたのなら別に止める必要もないなという印象ですね。ビリー・アイリッシュが無くても成立する。これは田中宏輔さんと真逆の解釈ですね。一方で意味がわからない、もう一方ではビリーだけでも成立する。人それぞれですね。僕自身はこの詩においては、キャッチを狙ったかどうかはともかく、タイトルが決まった時点で全体像が見えた。だからこのタイトルで正解、もしくは充分だったかと。 (ビリー・アイリッシュのinstagram)

2021-10-09

田中宏輔さん、コメントありがとうございます。意味が。それならば宏輔さんとこの詩は相性が悪かったのでしょう。過多な仄めかしと情報不足を感じられたのかもしれませんね。 (ビリー・アイリッシュのinstagram)

2021-10-09

抽象的な言い方ですが、クヮンさん自身が光を発するような詩を読んでみたいです。今作、素晴らしいんだけど闇の中、泥の中でもがいてる僕というところからやはりまだ抜け出せてない。苦しんでいる人に寄り添うのもよいですがクヮンさん自身が光になれ!光を放て!と思いました。もがくだけでは届くのにも限界がある。僕は敗北三部作という三作を作ったのち、少しずつもがく、苦しむ自分から離れていきたいと思うようになりました。僕はクヮンさんの作品、作風を「終わりなき挫折」「繰り返される挫折」と呼んでいるんですが、作品ごとに濃密にはなっていても、クヮンさん自身は「終わりなき挫折」から脱出出来ていない。クヮンさんは敗北者の天国に行きたいのか? 安息の地に行きたいのか? 敗北者の天国というフレーズは僕の好きなバンド、marionの「miyako hideaway」に出てきます。そのバンドのvoは周囲の期待に潰されて、また周囲の期待に応えるように薬物中毒になってしまった。素晴らしい才能があったのに。それじゃ余りに悲しすぎる。そんなことを逸脱しながらも想い起こしてしまいました。目の前に幸せは転がっているよ? 光になれ! クヮンさん。以上長文失礼しました。 (インターチェンジ / interchange)

2021-10-08

いいと思います。しかしどう評すればいいのか分からない。昔「天才たけしの元気が出るテレビ」でシュールな詩人という、シュールな詩を即興でよみあげる素人詩人さんの肩に、高田純次が芝犬を乗せたり、亀でその方の顎を噛ませたりするコーナーがあったのですが、あの時の高田純次やたけしさんより僕は残酷でもなく紋切り型でもないということが分かりました。少なくともこの一読しただけでは何を書いているのか分からない詩に、何らかの詩情が通底しているのだけは分かりました。読後感もよく心地よかったです。この詩の背後に何があるかは読者一人一人が想像して楽しむものなのでしょう。 (無量のて、あしのために)

2021-10-08

蟹が蠢いて友達(海辺)の中へ滑り落ちていくという情景が不気味でありながら美しいです。この話者は一人きりを好む人間で、海辺でそれこそ水平線などを眺めるのがただ一つの楽しみであり休息だったのかもしれません。しかし蟹。この蟹が何を表しているか分かりませんが、恐らく話者と、友達としての海辺の仲を切り裂く何がしかの要因と考えられもします。それによって海辺の消失にまで繋がってしまう。不穏で寂しげ、また孤独。それとももう一歩踏み込めば、この詩は海辺ほどの安らぎを与えてくれる友人が、蟹と表現される何かの障害に阻まれて失われていく様を描いたのかもしれません。何れも想像であり推察の域を出ませんが、友達と話者との仲が何かをきっかけにして失われる光景が謎めいて描かれており、一つ一つの単語が実際には何を意味しているのか考えてしまう作品でした。喪失からくる孤独が余白を以て描かれた秀作かと。「人は謎を好むbyサルバドール・ダリ」 (友達)

2021-10-07

うたたねさん、コメントありがとうございます。今作は意味よりも音やイメージに読み手を誘い出したかったので、意味の世界との距離を上手く取っている、との評は嬉しいです。三浦徳子さんについて詳しくないのでより調べてみたいと思います。一先ずはこの詩の目標、着地点の一つ、流水プールに揺られているような「心地良さ」を感じてくれたとしたら、この詩は幸せ者だなと思います。 (夜空に連れて行ったのは「僕ら」)

2021-10-01

エイクピアさん、コメントありがとうございます。僕も書いていてついロッキーを思いだしてしまいました。笑えてしまいますが。詩文の緊迫感とそつのなさから常套的な印象に「陥らなかった」とすれば、それに勝る評価はありません。英語。なぜ使ったのか考えたのですが、コピーペーストのように切り貼りされる記号的で機械的な印象をその箇所箇所で表したかったのかもしれません。 (夜空に連れて行ったのは「僕ら」)

2021-10-01

湖湖さん、コメントありがとうございます。僕も普段、英語を使った詩には懐疑的で、自分も英語を使う時には慎重になるのですが、今回はならなかったですね。なぜでしょう。理由は今のところ分かりません。こういう詩も時にいいのではないでしょうか。 (夜空に連れて行ったのは「僕ら」)

2021-10-01

いすきさん、コメントありがとうございます。sns。チャラカッタですかね。このsnsは詩の主人公たる「ナポレオン」が実在したナポレオンのことではなく、象徴的語句であり、詩の舞台が現代であることを表していたのですが、今ひとつ伝わらなかったのなら残念です。しかし他のパートは気に入ってもらえて何よりです。 (セントヘレナは待ってくれない)

2021-09-20

川﨑 雄山さん、コメントありがとうございます。この詩は伝わるように、と構成を慎重に何度か考えた詩ですので、構成を褒めてもらえるのは嬉しいです。 (セントヘレナは待ってくれない)

2021-09-20

きょこちさん、コメントありがとうございます。この詩はちょっと象徴的語句などを使いすぎて分かりづらかったかな、とも思いましたが、きょこちさんのようにカッコいい部分を選んで熱い!とか言ってもらえるのは嬉しいです。 (セントヘレナは待ってくれない)

2021-09-20

何だか紋切り型の印象がするのに力強く訴える力がある。限りなく断定的でこうしろ、こうしなさいと指示しているのに説教っぽさがない。まさに至急伝えたいことがある、との印象がありこの詩を向けた人への真摯な愛を感じる。良いと思います。 (大学生はカンボジアから帰ってこい)

2021-09-15

沙一さん、コメントありがとうございます。この詩と前作の「さよなら・桜」。是非沙一さんに読んでいただきたかったんですよね。思想性と幻想性の調和。思想が前に出すぎている詩は僕も限りなくNGなんですが、この詩に持たせた幻想性は思想性を緩和し、読み心地の良さにも繋がったとかなり満足しています。天狗や鬼、に月には兎。とても気に入っています。 (猿の化け物)

2021-09-14

きょこちさん、コメントありがとうございます。人間はたまたまというのは僕もほぼ同感です。人間が地球の頂点に君臨しているように見えるのも、たまたま僕ら人間が運がよかったからだと思っています。思想性の強い部分に共感しなおかつ素敵と言って貰えて嬉しいです。また次作でお会いしましょう。付け加えるならば知的に最も発達した生物が一番というのも幻想かもしれないですね。 (猿の化け物)

2021-09-14

トビラさん、コメントありがとうございます。僕は人間嫌いではないんですよ。人間が猿の化け物だったとしてそれはそれで別に構わないし、その表現自体が人間という枠の中から言ってることですからね。嫌気や嫌悪を昇華して深掘りした作品。読みたいですか?トビラさんは。僕は特別読みたくはないですね。この詩はむしろ人間に期待をしているからこそこのような形になったのだと思っていますし。トビラさんが浅慮というイメージを持たれたのはこの詩のベクトルがそもそも人間嫌悪の方に向いていないからだと思います。 (猿の化け物)

2021-09-10

湖湖さん、コメントありがとうございます。この詩は手紙を書き、手紙を書いては捨てた中から拾い上げた言葉の一断面という感じでしょうか。学問や詩の王道とは何ぞやということまで湖湖さんの気持ちが及んだのは良き事だったかなと思います。 (猿の化け物)

2021-09-10

いい詩ですね。淡々としているようで抑揚があり、特に終盤の 「先生、文学ってそんなに体に悪いのかな? たぶん子規と彼らの間に僕らはいる」 は胸に来るものがあります。 ただここは修正点だと思えるのはキーワードになっている「僕は凡人だから」。これは二度ほどの登場で良かったと思います。訥々として語り、喋るためのアクセントとして効果的ですが三度出て来ると、何か自己評価を低めてシニカルな要素を持たせようとしているのか、と別の意味も勘繰りたくなります。 それでも良い詩でした。1票! (先生と大統領)

2021-09-08

面白いなと思いました。 思わず笑ってしまいました。 ウケを狙ったネタ詩ではないのに笑わす。 なかなかにポイントを抑えてるせいかと。山に行く靴もないというフレーズが、1人キャンプブームなどを思い起こさせ総合的に見てウケる、笑える詩になっている。いや衒いがないのがいいのかなと。 サラリーマン川柳みたいな そんな印象もありますね。 (貧しいとは)

2021-09-06

湖湖さん、コメントありがとうございます。楽観。いいんじゃないでしょうか。世の中には想像以上にいい人が多いですからね。僕もその一人です。ただ僕が直近考えていたことを反映させたのがこの詩ですね。桜が散りそうで散りそうなのです。僕も楽観はしたいのですが。 (さよなら・桜)

2021-09-04

スケールが大きくて清々しい、突き抜けるような気持ちよさがあります。 ただ何でしょうか、何か一つ物足りない。このスケールの大きさを持っている話者ともう一つ、等身大の、極々一般的な視点があればもっと書き込むこともあったかもしれません。そうすればより良作になった気がします。 (海と言う、空と言う)

2021-09-02

もこさん、コメントありがとうございます。そうですね。僕は〇〇することはない、と書いた後理由を連ねることは余りしないですね。この詩を書いた頃の心情が映されているのかもしれません。最後パラリンピックを彷彿とさせる描写というのはその通りで、障がい者の方が各々頂点を目指す、あるいは信条をアピールすることに、世の中が全般的に無関心になっている風潮を描きました。桜はやはりもうそろそろ散るのでしょう。 (さよなら・桜)

2021-09-02

きょこちさん、コメントありがとうございます。タイトル、いいですよね。このタイトルを思いついた時点で方向性が一気に定まりました。誰もが余裕のない時代。本当にそうです。財力もあって俗にインフルエンサーとも呼ばれる方々の一部もいきりたってしまう昨今。桜はやはり散って散り散りになっていくのでしょう。 (さよなら・桜)

2021-09-02

田中宏輔さん、コメントありがとうございます。桜である必然性。桜、日本人の心とも呼ばれますから、それが伝わって良かったです。文脈上、田中さんも感じ取ってくれたのでしょう。嬉しいです。 (さよなら・桜)

2021-09-02

打倒王長嶋を掲げてきた故野村克也氏が晩年、長嶋氏のことを「だってやっぱりあいつカッコいいもんなあ」と言っていたのを思い出します。四番です。サード長嶋です。 しかしこの詩自体は野球しか知らない、ある意味閉鎖的で古い体質の町が描かれている。そこで生きづらさを感じる主人公とともに。話者はこの町が少し遅れていることに半ば気づいているのに、野球が出来ないことだけで人を判断する町を否定もせず、批判もしない。むしろ自分にやはり非があるのかとさえ思っている。その上で、あのサードからファーストへの送球のように美しい何かが僕にもあるはずだ、と野球に縁ほど遠い人物なのにまた野球の例えで、自分の可能性を信じている。そこがまた切ない。違和感を覚えながらも、外の世界を知らないがために井の中の論法で語るという。タイトルがこの詩のクオリティに比して、食いつきが弱いかなとも思いましたが、総じてとても敏感で繊細。まさに詩情ある作品だと思いました。 (サードからファーストへの飛行)

2021-08-23

ネンさん、コメントありがとうございます。お返事遅れました。そうですね。この詩は世界の終わり、あるいは地球の終わりに骨さえも粉々に打ち砕かれた時に、残るのは何だろうかとぼんやりこの時期に考えていたことを形にしたものです。世界の終わりに皆が一つになる。限りなく理想論ですがそうあればどれほど美しいかと僕も思っています。 (愛でしょう)

2021-08-21

沙一さん、コメントありがとうございます。お返事遅れました。この詩は「〜だとしても」もしくは「〜の時でも」のあとに「残るのは愛でしょう」というフレーズを持っていきたくて作ったので、そのせいで語りすぎずシャープにという読み心地の良さが残ったのかもしれません。ルミナスラインと体言での書き出し、評価していただき嬉しいです。特に「火葬場。」という書き出しは一人きりの感情、寂寥感が上手く出たのではないかと思っています。 (愛でしょう)

2021-08-21

るるさん、コメントありがとうございます。サマーウォーズ、いい映画でしたよね。夏希ちゃんが電脳空間にて花札で勝負するシーンが印象的です。あの美しさとノリそして威勢の良さ。この作品にも反映されているかもしれません。電脳空間の巨大な世界というのは最初から意識していて、そこでの扇動者?としての語り手という構図は出来上がっていたのです。悪い妖怪の語り。いいですね!この作品、初めは「アジテート」という仮題だったんですよ。ですがそれでは余りに露骨だったので終盤も含めて謎めいたものに変えました。納涼。まさに、ですね。 (電脳空間のはないちもんめ)

2021-07-29

沙一さん、コメントありがとうございます。電脳空間と和風情緒という組み合わせは、音楽の世界でも映画の世界でも実を結んでいることが多々ありますよね。古いところではケンイシイさんの「extra」のPVとか、ブレードランナーの映像美とか。僕がこれから着目したいのは今あげた二つよりも、もっとファンタスティックで夢のある前向きなものですね。今回はまだ振り切れなかった面がありますが、散文と詩行の関係と共に沙一さんから好評をいただけて手応えを感じています。テクノロジーと和風情緒って合いますよね。それにあとファンタジーが加わればとも思っています。 (電脳空間のはないちもんめ)

2021-07-28

カッコいいですね。好きです、この詩。数多の詩人が死に「世界一美しい少女のミイラ」であるロザリア・ロンバルドも雲散霧消する。世界の終末に気がかりなのはただ君がそこにいないことだけ。そうだ、そうなんだよ、ロマンティシズムの極みなんてこれぐらいさりげなく、他人事のようにあっさりしてるんだよ。そんなことを思いました。 (Doomsday clock)

2021-07-15

きょこちさん、コメントありがとうございます。ヤク中やセックス絡みのフレーズは中々常套句的であり、その使い勝手のよさのせいで一歩間違えば作品自体が失敗するおそれがありますが、この詩中においては上手く舵取り出来たと思います。ダークな仕上がり。うん、自分でもかなり納得です。ちなみにスノードロップは元々慰めや希望をも表しているとのことで、二重の意味で効果的だったかとも思います。 (┣AOXO┳エーオーエックスオー┫)

2021-07-09

湖湖さん、再度のコメントありがとうございます。自意識も虚飾も情報も過多。その通りだと思います。ポップソング一つ取っても現代の情報量は凄まじいですからね。その中に余白を見つけるのも余韻を見つけるのももちろん可能なのですが。詩人や詩に出来ること。もし詩人が愛のために何か闘えるとして、本当にある一人の人間を救えるとしたら、変えることが出来たらどれほど素晴らしいかと思いますが現実は難しいのでしょう。世の中や誰かの人生は変えられなくとも、せめて詩を読んでいる一瞬だけは別世界にいる。そんな詩を届けたいものです。 (┣AOXO┳エーオーエックスオー┫)

2021-07-09

お礼も含めまして湖湖さんの作品で一番好みだった当作にコメントさせていただきます。一見しただけでかなりレベルの高い手練れの書き手さんだと分かります。檸檬という漢字を二度登場させて、その中二病的な美しさが好きだと言明する辺り限りなく蛇足に近いと僕自身は感じながらも、そこが結構この詩の中核、厳密に言うとこの詩の話者たる中年女性の心情、輪郭を描くのに最適で上手い。SNSのくだりはより一層話者の淀んだリアリティが出ていて、詩全体に収縮と膨張のバランスをもたらしていますね。この詩の向こう側にいる書き手さんは物凄く虚しい侘しい生活環境にいるかもしれないのに、詩自体はそんなことを感じさせないほどパワフルだと思いました。 (浅草旅行にて)

2021-07-08

みうらさん、コメントありがとうございます。「これはいい」という一言が妙に嬉しく刺さるのは、みうらさんの持つある種の一貫性のお陰であり、もう社交辞令は必要ない僕とみうらさんの関係のお陰だからだと思います。ギリギリを行ったということはまだみうらさんとしては、けいせいさんもっとここ修正出来るんでしゃないか、あるいはもっと書けるんじゃないんかという期待感の表れだと感じます。ですので今度はギリギリではなく、一直線にみうらさんに刺さる詩も書いてみたいですね。最後改行して浮かせた方が、不吉な予感はより一層クッキリすると思ったのですが難しいですね。この点は僕にもまだわかりません。しかし散文詩とハッキリ意識して書いた作品はほぼ初めてなので、その割には上手く書けたのではと満足しています。 (┣AOXO┳エーオーエックスオー┫)

2021-07-08

素顔さん、コメントありがとうございます。いやホントにこの詩は素顔さんのリクエストにまんま応えた作品でもあるのですが予想以上に想像以上にはまりましたね。書いていてほぼ何の苦痛もなく、心地よく書けたので向いているのかもしれません。散文詩。これからは1:1の割合で散文詩を書いていこうかと思いますよ。呼びかけの言葉は避けた方がいいですかね。今度はその点にも注意して書いてみようかと。あと改行した詩の場合の自己陶酔感というのが僕はまだ完全に把握しきれてなくて。見えていないんでしょうかね。上手い具合行くよう精進します。 (┣AOXO┳エーオーエックスオー┫)

2021-07-08

湖湖さん、コメントありがとうございます。すれっからしという単語にそれほど厳密細緻な定義があるとは知りませんでした。たいしてすれからっしではないと微笑んだとのこと。この詩はすれからっしがイキる、粋がるのが主題目的の作品ではないのでそう見えたのかもしれませんね。何だか自意識のご教授までしていただきありがとうございました。 (┣AOXO┳エーオーエックスオー┫)

2021-07-08

帆場さん、コメントありがとうございます。嬉しいという返信しか思いつかないほどの絶賛コメですね。ありがとうございます。外連味や大袈裟さを抑えるというのは、時に僕の作品のテーマでもありましたからね。渡辺君が言及していたのは「2019年の花魁。沖縄にて」においてだと思うのですが、あの作品は今でも大きなターニングポイントで基準の一つですので、あの時の手応えが進歩した形で反映されているのなら快心です。これからも進歩進化を続けていきたいと思います。 (耳元へ挿れ込むのは火照った舌の先)

2021-07-02

森石 州未州さん、コメントありがとうございます。混沌とした世相とか世の中とか、そういうの大好きなんですよね僕。それだからこそ厭世的にもなるし、世を疎む気持ちにもなる。時空も場所も超えたイメージと現実の狭間から客引きをするのが話者なのだとしたらとても妖艶な世界ですね。サイバーパンクな未来像にも見えそうです。そこの歌舞伎町の横には異次元の遊郭が開けてますよという印象です。 追記・州未州 the Smithだったのですね。「決して消えない光がある」は。 (耳元へ挿れ込むのは火照った舌の先)

2021-07-02

田中宏輔さん、コメントありがとうございます。短い中に、短い中にだからこそ深読みしてしまうんですよね。宏輔さんのコメントは。うなずかされました、と受動態になっていることから多少なりとも宏輔さんの心を動かせたのではと思っています。うなずきました、では恐らく宏輔さんの既成の考えの範囲内で終わったということでしょうから。 (耳元へ挿れ込むのは火照った舌の先)

2021-07-02

きょこちさん、コメントありがとうございます。銀座と野菜サンドの対比はかなり上手くいったのではないかと。もちろん銀座で野菜サンドを食べる人はいるし、野菜サンドが庶民的な食べ物の象徴というわけではないのですが。野菜サンドをポイと屑籠に誰かが捨ててしまったいきさつに何かがすたれた印象がする。この詩にある官能性と艶やかさはそういう些少なデカダンの上にも成立しているのでしょう。今一度読んでみてもゴージャスですね。 (耳元へ挿れ込むのは火照った舌の先)

2021-07-02

素顔さん、コメントありがとう。そうか。散文詩の方が僕の持ち味が活きるのではないかとの観点を持ってくれているのか。ありがとう、とても嬉しい。「韻律に頼らず…」はとても鋭く的確です。僕個人としては韻律を極端に意識することはないし、押韻などに至っては比較的どうでもいいとさえ思っているんですよね。意味性の内在律。いい響きですね。気に入りました。生意気だなんてとんでもない。これからもビーレビをより一層盛り立てていきましょう。 (耳元へ挿れ込むのは火照った舌の先)

2021-07-01

ずるいな、と思いました。ずるいというより羨ましい。東京が特別な都市、首都でなくなってから随分経つと個人的には思うのですが、やはり東京という響きは不思議なものがある訴求力がある。その単語を上手く使ってセックスしても射精できなくなったことに繋げるなんて上手い、ずるすぎると思いました。ちなみに僕は九州ですが九州の一都市でこの詩を書いたとしても恐らく成立しない。まだ東京という場所には魔術があるのだなと感じました。ちなみに筆者さんが東京の方でないならば、技巧で東京を上手く使ったということになるのでしょう。 (なにもないようでなにかある なにかあるようでなにもない )

2021-07-01

苦悩に満ちていますね。僕は仏教に聡くないし通じてもいないのですが、苦悩を感じる。仏教に救いを求め、あるいはそこに光ありと信じ知っているのに報われない苦しみがここにはある。こうやって結局仏教は誰も助けてくれないのだな、などと戯言めいたことも言いたくなります。「あ」の連呼は良かったです。最後に付け加えるならばこれは完ぺきに私的なプライベートな詩だとも思いました。 (黒い(14歳))

2021-07-01

面白いですね。縮こまり快楽についてひたすら書かれているのに、縮こまり快楽が実際何なのかについてはほぼ言及していない。いや言及しているのかもしれないが読み手が縮こまり快楽について知るヒントに乏しい。縮こまり快楽、共有出来たらいいですね。そうすればあわよくば世界平和も。そんな冗談紛いのことも考えました。しかし一点技術的なことを言えばこの作品、変化がなくやや短調なような気もしました。 (縮こまり快楽)

2021-07-01

ああ面白いですね。気持ちいいです。風がただひたすら江戸を吹いていき様々な体験、経験をする。だがしかしそのアイデアだけでは物足りないように感じました。途中で変調が欲しい。変化ですね。そうすればもっと良くなったかと。途中でヨレタ感があったのもそのせいかと。 (江戸の風)

2021-07-01

そう思うのなら詩人として書くべく詩を、詩のための言葉を使っていない詩を書けばよいではないか。折角のビーレビひと月における投稿枠二つのうち一つを、この詩で使ってしまったとしたら勿体ない。もっともっと有用性の高い場所ですよ、ここは。生と死なのか性と死なのかはたまた、というところは興味をそそられましたが。 (詩のための言葉を使うやつは詩人じゃないんだ)

2021-07-01

宇宙ロマンみたいなものを感じます。比喩なのか実際なのか分かりませんが宇宙船が大破して地球に墜ちてしまった話者、が鳥を見て羨望を感じる。構図としてはよろしいのではないかと。ただ、どうするんだろうこの話者。これからももぞもぞもじもじとしているつもりなのでしょうか。そこが少し気になりました。最後、詩自体の感想ではなくて失敬。 (飛べない)

2021-07-01

ふうむ。シチュエーションとしては萌えますね。ネカフェという狭い空間で、お互い居場所を失った二人が身を寄せ合う。いいんですが、最後の締め「決して消えない光がある」は僕としては好きなんですけど、今やありきたりなフレーズになってしまっていると思います。トレインスポッティングの原作本で「決して消えない光がある」という章がありますが、それはもう25年近い前の作品ですね。難しい。 (ネットカフェ)

2021-07-01

よく分からない。僕の詩で「白い固定電話」という固定電話のフォルムにただうっとりする男を書いた作品があるのですが、それに近いものを感じました。バナナに意識、魂のようなものを与え夢想する。悪くない。ただそれだけでは物足りない加えて描写が足りないようにも僕には感じました。その点僕の白い固定電話に近いかもしれません。 (バナナ観察)

2021-07-01

何だか構成が凄い。パワーもある。最後まで読みたくはなったし読みもした。ただ今度は「!」マークなくとも成立する、怒涛のように迫りくる作品を書いて欲しい。日本語は「おお!」とかなくても興奮や気持ちの昂りを表せる言語だとも思うので。京都の美しく震える子宮から というフレーズはこの詩においては控えめな表現ですがよいと思いました。 (おれのじじつにわななけ)

2021-07-01

一寸僕には良さ?が分かりませんでした。何となく詩的な表現とフレーズ、着想、そしイメージの飛躍が行われているのは分かりますが、この繊細さにいつまでも溺れていようとは思わない、うっとりしていようとは思わない、ある種の忌避感のようなものが作品を読んでいて僕には芽生えました。「夜壊れそうな二人が寄り添うことで 長い夜が明けました 大丈夫でした」以上のものを感じるには僕がロジカルになりすぎたのかもしれません。 (夢の鳥は、)

2021-07-01

この詩縦書きで読んでみたかったですね。より一層良さが際立ったと思うのです。一節一節が短いですし。何だか儚く脆い男性の心情が描かれているのかとお見受けしましたが、八連目から希望へと少し繋がるのですね。ならばこそ「絶望しきっている わけではないらしかった」ではなくこの作品を数段良きものに変える締めのパワーワードを持ってきてほしかったと個人的には思います。 (ハオルシア・シンビフォルミス)

2021-07-01

説明を入れなかった、あるいはよりメタ詩的に二人が出会ったあとの後日談などを加えなかったことで詩情が出ましたね。優しい人が好きというのが二人の共通項ですが、その言葉が余りにもぼんやりし過ぎてふわっとし過ぎて二人をつなげる接点になり得ないのが分かる。そこに虚しさと一瞬の喜びそしてそれこそ優しさを感じて脆く今にも壊れそうな出会いを見た思いです。 (優しい人が好き)

2021-07-01

心構えですね。勢いはある。さあそれでと。書いたのは作ったのはお気持ちを表明した文章。僕が常々思うのは、詩を書く、詩と格闘する様を描いただけの作品は、評価が一定以上あがらないあるいは詩に興味のない人には届かないということでして。この作品にもそれと同じものを感じました。さあ苦しいところを抜け出した、ではやっとみなに届けられる作品が書ける、書こう、書いた!それを僕は読みたいのです。やや厳しめの評になりましたが、ここで書かれた心情を乗り越えた次作を期待しています。 (飼い慣らせ)

2021-07-01

パワフルそして濃密。一つ気になった点を「遅きに失した死体だ」のあとは自嘲ではなく、鼓舞が来ても良かったのではないかと。自己憐憫も過ぎると飽和する。この詩、悔しい、畜生という気持ちは分かるがそこに読み手がコミット、深く感情移入する趣向がやや足りなかったように思います。ですから手慣れた書き手であるのはうかがえるのに少しだけ舵取りをミスった。そんな感想を抱きます。自分を切り売りする表現は一歩間違うと読み手にとってドアが閉ざされているようにも感じる。難しいところです。 (低気圧の影響)

2021-07-01

作風が安定して一貫しているところから筆者さんが最近、相当自信をつけているのだなという印象。書き出しが良いですね。その後は読み解くのがとても難しいのですが、「見留めあう存在と存在」のあと畳みかけますね。断絶があったのかもしれないのに何某かの窓の向こうの存在もこちらを見ていた。締めも日常の些末な瞬間の出来事に、話者が何か物事の集約を見たようで意味深。日常の一瞬に今自分が何をしていたか気づく。 (対話)

2021-07-01

視覚詩に限りなく近いと思うのですが、この詩には肩肘張った実験性だなんだ、などというものがなくとてもリラックスして楽しめます。乙女チックと言ったら良くないかもですが、長閑なメルヘンの世界を感じる。もちろんいい意味でです。最後に力強いフレーズが来ているので内容的にも締まったと思います。 (月光の音色《演奏》)

2021-07-01

みうらさん、コメントありがとうございます。みうらさんの批評スタイル「詩には興味ないけれど刺激のある創作物なら興味ある」は僕にとって結構な物差しの一つになっているので、なかなかいい、コメを書かせると言われるのは凄く嬉しいですね。僕最近とみに考えるんですよ。詩に関心がない人が読んで「何だこりゃ」ではダメだなと。この詩はタイトル共々その基準をクリアしたのではないかと思います。シニカル。もちろん愛情の裏返しです(ドヤァ) (耳元へ挿れ込むのは火照った舌の先)

2021-07-01

ABさん、コメントありがとうございます。僕としては寓話の中にリアリティを含ませたつもりなのですが、コメントの数等を見る限りなかなか伝わらずまた大げさでチープな印象を抱いた方もいらっしゃったのかもしれません。ですが仰っていただいた通り終盤の昂りは個人的にも非常に気に入っており、次のステップに進むための鼓舞としても必要な作品だったと思っています。拾い上げていただきありがとうございました。 (その手を取れ)

2021-06-30

以前ガキ使で「中華料理人珍々の生涯」というリレー大喜利のお題にて山崎邦正が一発目でいきなり「珍々が好きなのは満々です!」とかましたんですね。客はそこそこ笑ったんだけどそれは「ダウンタウンの」浜ちゃんが無表情に冷たくハリセンでしばいたからこそ、また山崎邦正がガキ使において滑り役に位置付けられているからこそ成立したんですね。それ以上でもそれ以下でもない。山崎邦正が一人で「中華料理人珍々の生涯について話します!珍々が好きなのは満々です!」と言った場合も、いやその方があいつの良さが出てめちゃくちゃ面白いかもしれないが、何度もやったらあいつやっぱり頭おかしいで、でいつか終わるでしょう。この詩にも同じ匂いを感じる。マーッ!とかイェイイェイイェイ!とか山崎が延々とやってるのをずっと見ていようとは思わないのと同じ原理ですね。いやずっと見ていたら逆に別の意味でオモロいかもしれんが。とにかくこの類の作品は想像以上に説明と能書きが必要となってくる。ちんちん!という作品の推薦文がやたら長かったのもそれが理由ですね。つまりはそういうことです。それでいいのか脳筋さん。 (俺は人生において悩みが一個もねえんだ)

2021-06-21

きょこちさん、コメントありがとうございます。そうですね、この詩実はコメントで失敗したと思ってるんですよ。今になると笑えちゃいますが。肖像詩などと言って読む人の興を削いでしまった。ただ単にこういう自分の気持ちとリンクする女性の詩を書きました、と返信すれば良かったと後悔しています。しかし涙が止まりませんか。ありがとうございます。その感受性をありがたがるばかりです。 (マスクの奥には野花)

2021-06-18

ちょっと説明的すぎたり月、宇宙、星といった単語そのもののインパクトが強すぎる印象はありますが、僕個人としては好みです。LUNA SEAの歌で「宇宙的に感じようよ」という歌詞があるのですがそれに近いものを感じます。この詩において一番目を引くのはやはりSF小説の本を読んだという箇所でしょう。宇宙や月といったマクロな世界から、幼年期の想像力豊かで好奇心の強い少女というミクロな世界へ移行する。このパートをもっと書き込み「宇宙を感じる」というフレーズにつなげればもっと良くなっていたかもしれません。例えば為になることを言う老人が少女時代の話者にどんな心証を与えたのか深く書き込んで、その上で少女のイメージそのものが宇宙であったと書き連ねるような工夫。一点一点を繋げて今目の前にふわりと浮いた埃でさえ、宇宙の一つであったと話者が感じ読者にも感じさせる趣向。欲しかったかもしれません。何れにせよストレートで詳細な書き込みをもっと読みたくなる詩でした。 (月を見て宇宙を感じる)

2021-06-17

扉が開いた未知は 奇跡をとらえていく このフレーズ、以前のみうらさんなら却下してたと思うんですよね。僕自身はこういう表現の隠れ支持者なんですが笑 みうらさんが音楽に没頭し始めて、この表現にOKを出す心境になったのかなと。以前大森靖子さんの「音楽は魔法じゃない」について「魔法じゃないと否定することで、逆説的に音楽は魔法であると肯定している」と二人で話しましたが、この作品は魔法を信じる意思を感じます。しかも戦場に防具も武器も持たずに飛び出していくような、強めの意思。落とし所の「あなたは今もそこに 腰をおろしている」で聞き手を現実に戻してもいる。ここに持って行きたかったのか!とちょっとした驚きと共に腑にも落ちます。 音楽的にはソフトバレエ再結成後の「symbiont」を思い起こしました。完成版も楽しみにしています。 (死骸の歌)

2021-06-07

yasu.na さん、コメントありがとうございます。yasu.naさんは僕の技術を高く評価し尚且つ「あ、的確だな」と思うことがままあるレッサーさんの一人なので、このようなコメントが貰えて嬉しいです。端正でいて心配りが出来ている、なんて橙子さんへの返信でも書きましたが「肖像詩」を書いた気分の自分としては最高の賛辞です。ありがとうございました。 (マスクの奥には野花)

2021-06-06

橙子さん、コメントありがとうございます。語り手の孤独と苦しみは、この語り手が生来持っていた気質、あるいは病状としての拒食などから察することが出来ますが、何よりも大切なのはこの語り手は僕自身の苦しみを少し投影させた「少女の肖像画」に近いということです。この語り手は僕がこれまでに接した、やり取りした女性複数人をモデルとしていますが、造形として綺麗なものに仕上げてもいます。だからここに究極的な女性の痛み、極まった少女の痛みは存在しない、見えないかもしれないのです。これは僕が書いた「肖像詩」とでも呼ぶものですから、ある程度鑑賞に耐え得る美を備えています。ですが、これほどの切迫と希死念慮のようなものを抱えている女性は、恐らくここまで文脈が整っていないでしょう。そこまで冷静でいられない、もっと爆発したいというのが本音になるかもしれないのです。ですから、この詩は読み手が充足出来るように整えられた鑑賞物なのです。あくまでも。と、ここまで長々と書いてしまいましたが、僕としては読み手さんが少女の肖像画を観るように、シンプルにこの詩を読み、少し少女を心配したり、一緒に辛い気持ちになったりあるいは慕う気持ちが芽生えたとしたら満足です。それが僕の考える「肖像詩」です。本当に長々とお目汚し失礼しました。感謝します。 追記・本当に「コロナが収まったら」は挨拶のようになってしまいましたね。悲しいです。 (マスクの奥には野花)

2021-06-06

これはなんて悲しい詩なんだ!恐るべき虚無と無力感に苛まれる。詩や作品は読む人見る人の心情の写し鏡に過ぎないとしたら、今の僕はこの詩が描こうとするところ、成果なんかより目の前の愛人を追いかける恩人に失望する話者の心情に限りなく共感出来る状態にあると言えます。ややオーバーアクトでレスしてしまいましたが、この無力感を描ききるのにモチーフも最適で良く出来た詩作品だと思います。ふるーい漫画になりますが人間交差点なるものを思い出しました。 (浜辺にて)

2021-06-01

以前どなたかの作品でも言ったように思いますが僕個人としては「詩」「私は詩人」「私は書く」などの単語もしくはフレーズを使って、詩なのに詩を書く前の心構えや詩を書いている時の状態を描いた作品が余り好きではないのです。いやそれ詩として人に作品を提示する前の状態だろうという感じで。対してこの作品ですが「私は詩」。もちろん何かの比喩であり、例えなのでしょうがエッジは利いてると思います。私は詩そのものなんだという体感にも似た何かを感じて生きていると実感する。悪くないと思います。ただ僕は、さああなたのその気持ち、心意気は分かりました、では作品を見せてくださいとちょっと意地悪くも思ってしまうので、ゆがみさんが今後どのような作品を書くのか、とても楽しみにしています。 (わたしは詩だ)

2021-06-01

いい詩だなあと。これまでのちゃーこさんの作品はどちらかと言えば難解で、取っつきにくく分かりにくい一面があったのですがこの作品は最上にいい意味で分かりやすい。たったふたりでいることが耐えられない女性の心情が妙な細工なしに描かれている。質量だけが…の三連目が特に目を引き、よもすればふわっとしてしまいがちなモチーフにずしりとした手応えを与えている。以前ちゃーこさんとツイキャスコラボした時「分かってもらおうなんて思ってない。簡単に分かられてたまるか」という趣旨のことを仰っていましたが、そのような心情から一歩抜け出したのかなと。この詩は多くの人に門戸が開かれたフレーズと惹きつける要素があり、僕はとても好感を持ちました。 (嵌め込む)

2021-06-01

素顔さんの六月の新作。どんな作品が来るか楽しみにしてたんですよ。「俺を探せ」「カステラプリン」と傑作が相次ぎましたからね。とりあえず新作も無条件で誉めてみようと謎に意気込んでいたくらいです。前置きをさておきこの作品、徹底して押韻にこだわりそれでいてシャープなフレーズが並んでいる。「映像の世紀」なんて言う情動とエモーショナルの塊だったドキュメントを引き出しつつも軽くライトに仕上げている。技術的な面、技巧的な面でかなり高域にある作品だ。ただ若干気負いがあったのか気合いが入りすぎて固いという印象も拭えない。その証拠が三連目までは筆者の顔がほとんど見えないことだと思われる。しかし四連目。ここで全ては収束する。これまで素顔さんは自分を曝け出す時、弱い方の自分、足掻きもがき苦しむ自分を見せることが多かった。それがどうだ。この作品では「光のほうを向く君の横顔」というフレーズが出てくる。これはまさしく筆者の指向性、ベクトルが明らかに光のある方へ向かっている証だと私には感じる。小林素顔、新章開幕という印象だ。私も過去「敗北三部作」という三作を作り暗い過去から一面抜け出したということがある。これから筆者である詩人小林素顔がどんな景色を見せてくれるか、楽しみになる作品でしたね。 (C)

2021-06-01

苦味のある世界、ドライな感覚から甘く官能的な場所へ、といったイメージでしょうか。恋と呼ぶにはためらうくらい、とオレンジゼリーの日々が形容されているだけに、話者が情愛的な官能性のある経験をし、尚且つ対象を見つけたのかなと想像します。惜しむらくは驚くようなパワーワードがもうひとつなかったことでしょうか。冒頭のゼリーの比喩を超える表現が以降見受けられなかった。炭酸水に放り込む、が辛うじてそれにあたるかなと感じました。 (朝焼けを噛み)

2021-05-31

何だか上手いな、巧みだなという印象を受けました。この詩にリアリティ、実感を持たせるのに成功しているのはやはり「田舎の実家のような」というフレーズでしょう。この一節がこの詩に重み、重力を持たせている。よもすれば読み手がちょっと考えないと吸収出来ないフレーズが数多い中、「田舎の実家のような」はみながすぐに想起しやすい気だるさと倦怠を持っている。この一節のお陰で話者の心証に迫れるし、詩も読み解きやすくなっている。うーん。田舎の実家のようなから地獄にいる、の流れ。巧みだなと。タイトルも効果的で白昼地獄というのはインパクト抜群で尚且つ私個人としてはあるいはひょっとしたら誰もが思い当たる節のある情景、感覚だと思いました。ちなみに私の今日の仕事後はこんな感じで眠っていました。 (白昼地獄)

2021-05-31

頭の中だけで作った性空想の世界というイメージ。これをファッションとして作ったとしたらやや手垢がつきすぎているし、これをノンフィクションの一部として作ったのだとしたら、読む人は高邁な印象を受けるだけでしょう。それこそ、この作品の書き手さんに何かブランド力があるのなら興味を持って読む人がいるかもしれません。しかしどこの誰かも知らない方がこの内容を書き連ねた場合、女性を数としてしか計上しない、自分のレピュテーションを高めるだけのこの話者に興味を持つのは難しいでしょう。少なくともこの場(ビーレビ)においては悪い意味で浮いている。書きたい世界観、やりたいことは分かるし理解はします。しかしこの内容に私があるいはひょっとしたらみなが同意するには私がまたはみなが大人になりすぎた、リアリストになりすぎたという感想を抱いてしまいました。やや厳しめの評、失礼。 (ポゼッション)

2021-05-31

ロイヨさん、コメントありがとうございます。リズムはいつも意識していて、可読性とテンポのない詩、漢字カタカナひらがなの配置による見た目の美しさがない詩は今ひとつと思っている自分が一面いるのです。ですからリズムが良いとコメをいただけるのはとても嬉しいですね。ただ一つミスったかなと思ったのは「鬼滅の刃…」のところで「鬼滅の刃のティッシュペーパー」だけでも良かったかなと。惜しい感じがします。ドライ。ドライですね、確かに。この詩の話者は。僕自身思い出してゾッとするのは、ずっと昔殺人事件を起こした若夫婦が逮捕後「やることと言ったらセックスと食事だけだった」と言っていたことで、そこに行っちゃいかんよなあと常々思っています。ありがとうございました。 (首筋には弾丸)

2021-05-26

いすきさん、コメントありがとうございます。鋭いですね。この詩の話者は「生きる」ことにもう何の執着も持っていないのです。ほぼほぼ。1%の希望とありますがほとんど希望を持っていないからこそ、厄介な1%だとの意味合いで描いています。 あともう書く機会がないかもしれないので、ここに付記させていただきますが、ラスト 谷崎潤一郎を好んだ 祖父の血を引くだけの 亡霊 とすれば良かったなと少し悔いが残っています。それでは! (首筋には弾丸)

2021-05-23

あささん、コメントありがとうございます。今風な部分については、むしろ現代的な要素に話者が興味がないことの象徴として使わせていただきました。鬼滅の刃のティッシュ。実は普通のティッシュより40円高くて、逆に売れないという話を聞いたことがあったんですよ。それで、と使わせてもらいました。ちょっとヨレた感もありましたが上手く行ったのではないかと思います。この詩はかなりターゲットを絞った作品(読む層を意識した作品)だったので好みと言っていただけてとても嬉しいです。 (首筋には弾丸)

2021-05-23

もこさん、コメントありがとうございます。夏、実は僕は好きなんですよ。ですが事実「やたら生きろとそそのかす」という箇所はその通りであの熱気、情熱にも似た何かが苦手な方もいらっしゃると思います。今作は僕の技術的な面と身体的な部分がかなり上手く融合した作品だと感じているので絶賛にも近いコメントをいただき嬉しい限りです。身体と技術、心。いわゆる心技体についてはまた別の機会にお話しすることがあるかもしれません。そうですね。首筋に弾丸。のめり込んでるのでしょうか。話者はもう死んでいるのかもしれませんね。 (首筋には弾丸)

2021-05-23

いい詩ですね。微かに聞こえたギターの音の歌い出しを待っている話者の、はっきりとは口に出せない期待感、昂揚感とリンクするかのようにタイトルがある。この微妙に面はゆい感覚の構成と、描きたかった部分をタイトルで示唆する手法は好きですね。目立ちました。 (ラブソングかもしれない)

2021-05-17

既に多くの人が言及していますが僕としても「あら福まるさんワンランクあがったのねん」という印象です。これまでは主義主張を声高に書き連ねる作文のような作品が多かった氏も、ある程度言うことがなくなったのか頭で考えず自分の身体性に着目したのかなと。身体性。それは生身の自分に直結するリアルです。それを自覚して初めて頭と体のバランス、心身のバランスが取れてくると思うんですよ。この「せんべいぶとん」はその予兆にも感じました。 (せんべいぶとん)

2021-05-17

mokurenさん、コメントありがとうございます。僕の詩に歴史のような重み、説得力を感じていただけたのは嬉しい限りです。幻想と現実という点でいうと元々この詩は少年の再生を描いた時点で終わっていたのです。つまり幻想までですね。そのあとアーティストである叔父の自死で現実を露わに描いている。この詩は幻想と現実が上手い具合に交差して落とし所も綺麗に仕上がったのではと思います。(どう描写わけするか)よく考えてらっしゃるという言葉は過分にも感じて面映いですが、確かにそういうところもあるよなあと妙に納得してしまいました。ありがとうございました。 (青の時代)

2021-05-12

エイクピアさん、コメントありがとうございます。深入り。避けた方が賢明かもしれません。この詩はクリエイティブな世界に行ってしまった人、とクリエイティブな世界に来てしまった人を描いていますから。その場所に来て幸せかどうかは本当に分かりません。不思議なテイスト。ありがとうございます。 (青の時代)

2021-05-10

mimiさん、初めまして。コメントありがとうございます。事件現場のダイイングメッセージというのは僕自身想定はしていなかった着想ですので、この詩に更なる深みをもたらしてくれています。ありがとうございます。ゴッホのひまわり。僕は15輪のひまわりが好きですね。オーソドックスですが。ちなみにご存知かもしれませんがゴッホがなぜあのような作風になったかという謎を紐解く一説として、ゴッホには実際世界があのように見えていたのだという説があるそうです。神経症的な何かが影響しているのでしょうか。僕はその認知、ゴッホの苦悩と煩悶、を抜けた場所としてゴッホのひまわりと同じ構図の写実的なひまわりをモチーフに使いました。なかなか良かったのではないかと思います。こちらこそ長文失礼しました。 (青の時代)

2021-05-07

もこさん、コメントありがとうございます。詳細に渡る分析嬉しいです。即身仏というワードは恐らく以前の僕からは出てこなかったであろう言葉なので着目してもらえてこの詩の舵取りが上手くいったんだなと納得もしています。ショッキングですよね。即身仏がアーティストステートメントにあるというのは。また同時にそのような顕示をしてしまう叔父(アーティスト)が自死を選ばざるを得ないという点がこの詩に奥行きをもたらし、また事実の一つを突いていると思います。初めは少年の再生の詩だったんですよ、この詩は。それでは物足りないと僕の何かが訴えたので後日談を添えました。上手くいったと思います。 (青の時代)

2021-05-07

おとなのふりさん、コメントありがとうございます。創作者の光と影は描きたかった部分でもあるのでお言葉嬉しいです。また「羨ましいんじゃない?」という叔父の妻の言葉はこの詩の筆者の心の闇に迫る言葉ですので、肝ですね、この作品の。着目してもらえてこの詩はある程度の成功を見たんだなと実感しています。引き継がれていく何がしかが描けたのだなと満足もしています。 (青の時代)

2021-05-07

てんまさん再度コメントありがとうございます。勇気が震えるという表現はこの詩の底、根っこにある部分に届く言葉ですのでとても嬉しいです。ありがとうございました。 (青の時代)

2021-05-07

てんまさん、コメントありがとうごさいます。元気が出ましたか。良かったです。元気が出る要素は後日談の前までだと思うのですが、総合的に見ても元気が出たのなら意外ですし面白いなと感じました。 (青の時代)

2021-05-05

これ傑作じゃないですか? 最後まで読ませる。カステラプリンの甘さ、恐らく人生の緊張を緩和する甘さ、緩さの象徴であろうそれを軸にして、無関心で薄情な人々が記憶の向こうに遠のいたり死んだり消えていった様が描かれている。カステラプリンを食べることまたその甘さを知ることで人生を俯瞰する余裕が出来、あの時自分はある意味狂っていた、そして人々もというところまで描いている。詩情も余韻も凄い。文句なしの一票です。構成も満点ですね。 (カステラプリン)

2021-05-02

シンプルですが奥行きがあるなと感じました。リンゴジュースの一パックと父にまつわるお話。奥行きを感じたのは展開の手法が洗練されていたからでしょう。 (近状報告)

2021-05-01

安定した実力、筆致。孤独と余白、停滞した時間を感じる。欲を言えばもう少し半ばを短くしてもいいかなと。ただ筆者様には必要不可欠だったんでしょう。 皇帝「何というか…音が多すぎる」 モーツァルト「そんな…!この曲にいらない音はありません!」 映画「アマデウス」より。 (雨に)

2021-05-01

いい作品だなと素直に思いました。何だろう…モノクロの静止画を観ているようで。美術館に展示してあったらその穏やかならざる雰囲気に足を止めざるを得ない、そのような印象を受けました。黒の塔から始まり既読がつかないLINE、いろをたらされたTwitter。沈黙と静寂を感じました。 (春、サイレン)

2021-05-01

ABさん、コメントありがとうございます!それでいてかっこいいのはさすがだな。この評は僕の作風がある一定浸透していてある一定の評価を受けているということですのでABさんのお言葉はとても嬉しいです。現実離れ。この詩は現実と地続きの死神さんを描きたかったのでこうなりました。良かったですよね。好みと言ってくださりとても嬉しいです。案外そういうシンプルなコメが刺さる時もあるんですよね。 (死神通りゃんせ)

2021-04-30

もこさん、コメントありがとうございます!そう。この詩の肝は死という文字をほとんど使わず死の予感を漂わせているところではないでしょうか。もこさんが切なく悲しくなったのはなぜだろう、とす少し興味も湧きましたよ。ただ変な噂立てちゃだめですよ!閲覧が減るし笑 まるで呪いのビデオならぬ呪いの詩じゃないですか。笑えて来ますがそんな気持ちにもなるほっこりしたコメでした。ありがとうございました。 (死神通りゃんせ)

2021-04-26

るるさん、コメントありがとうございます!クール、いただきました。そうなんですよ。この詩は自暴自棄になった男の死神通りゃんせではないのです。焼酎を買って行っていることからも分かる通りこの話者は、父を大切にしてるし母に至っては母者とまで形容するくらい大切にしている。それが年功序列的なものかどうかは僕には分かりませんが、この話者、男はどこにでも普通にいる男なんです。ちょっとだけ風変わりな。齢四十を超えたであろう男のちょっと疲れた時の心情を上手く書けたんじゃないかなと思います。 死神とディスタンスを取る。いいですね。出来れば死神がやって来た時も冗談の一つや二つを言いながら、笑いつつ去っていきたいものですね。 (死神通りゃんせ)

2021-04-26

みうらさん、コメントありがとうございます!お久しぶりです!いや、コメントを一読して思ったのはみうらさん、俺のこと分かってんなあという感慨みたいなもので、痒いところに手が届く批評を書いてくれたなあとちょっと照れるくらいの喜びでしたね。こう言うとチープかもしれませんが一ヶ月前くらいまで死の影を強く意識する時期がありまして、それがやがて虚無感に変わりふとしたことがきっかけで形にしておこうとして、この詩は書いたのです。呆けていた時に「死神通りゃんせ」といういいタイトルも思い浮かびましたし。とにかく久しぶりに心の底から嬉しい!と思う褒め言葉を貰いましたね。ありがとうございました。 追記・みうらさんのこのコメントは詩の中身にもしっかり踏み込み、どうゆう詩が自分に刺さるか自分がどういうものを求めているか、も明確に示した名文だと思いますね (死神通りゃんせ)

2021-04-26

詩と筆者さんは切り離して読むべきだとよく言われますが、この詩は中身を先に読んで何だ巧いな目を引くなと思って筆者さんを見たんですね。そうしたら楽子さんの作品。なるほど道理でと。ちょっと読みにくい、解釈しづらい箇所もありますが印象的なタイトルのフレーズが繰り返されるところなど、心に残るに充分な作品。 (やさしさは雨で簡単に煙る)

2021-04-21

上手いなという第一印象。詩が好きな人が好むフレーズや余韻、間が散見できる。この孤立感。孤独などの単語を使わずにこの孤立感を描いたのは作者の力量。ただ何か予想外のものがない、裏切りがない、新規性がないと物足りない感があったのも確か。一昔前の名画を観た印象。もちろんそれが悪いことではない。殻を破った筆者様の作品を読みたいとの思いに駆られた。一定の実力があると認めたがゆえの敢えての進言。 (2001年。)

2021-04-21

詩の技術が優れている人って字面というか視覚的に見て文字の並びが綺麗なんですよね。この詩は身体感覚と五感の喪失またその蘇生そして自我の確認が描かれていると一見して思いましたが、また別の解釈は多様にあるでしょう。表意文字のこの国に住むからこそ意味だけでなく美しく綺麗な文字の配分をしたこの詩に一票です。 (つながる表面・表層的に)

2021-04-21

詩や詩人という単語を使わずに詩人の詩を書く時の心証を描いていると私は捉えました。それでいて詩情がありまた別の拡大解釈も出来る。僕(私)は詩人だ、詩を書いてるぞという意識過多な要素を存分に削った良作ですね。 (九月)

2021-04-21

お初です。初めまして。ちょっと意地悪なこと書いてもいいですか?この詩、音楽で言えばドレミファソラシド〜♪と演奏してるだけの詩で、冒頭僕は読んでて「あードレミファと演奏してるなあ」と思って「ちょっとお洒落して女の子も皆でわいわい」のフレーズが出てきた時点で「あーソラシド〜♪と演奏しちゃったなあ」と感じてしまったんですね。もちろんドレミファソラシド〜♪と演奏するのが悪いことではありません。かのプリンセスプリンセスの奥居香女史も「やっぱ1番綺麗なメロディはドレミファソラシド♪かな」と仰ってますし、基礎中の基礎なんだと思います。ただ僕はもっと違うメロディを聴きたかった。筆者様がこれからどんなメロディを奏でるのか期待大にして次作を待ちたいと思います。以上ちょっとだけ憎まれ役を買ったステレオさんでした。ではでは。 (春のおとずれ)

2021-04-17

るるさん、コメントありがとうございます。難解。でしたか。 僕としては装飾をなるべく削ったつもりだったんですが。しかし読み込んでくれたようで嬉しいです。この詩はですね、英雄的気概を持つすべての人への後押しとなるような内容ですね。分かりやすく言うと。だからるるさんの出でよ英雄!というコメはしっかりぶっ刺さってるんですね、この詩に。笑えてしまいますが。ですからこの詩はシンプルに読み解くのがベストですよ!るるさん、正解! (花を待つエロイカ)

2021-04-14

タイトルもいいし、煙草で天国気分を味わうから享年31歳という着想もいい。肩の力を抜いて日常を描写しつつ「天国」という言葉で少し重み、重力を感じさせるのもベストな選択だったんだろうなと。そう思います。 (タバコの吸いすぎで死亡 享年31歳)

2021-03-24

良い詩ですねえ。美しく幻想的かつ、ある種純粋性も保つ描写のあと、締めに謀殺という大掛かりでもある単語が出て来る。この謀殺のお陰でひょっとしたら少女チックになりかねない作品がガラリと変わっている。それとも全てが謀殺というパワーワードに持っていくまでの伏線だったのでしょうか。だとしたら用意周到でより一層この詩への評価が僕の中で上がります。薄紅色の贋作というタイトルも素晴らしい。少し話が逸れますが、昔パソコンで「琥珀色の遺言」というアドベンチャーゲームがあったのですがそのタイトルを初めて見た時の興奮に近いものがこのタイトルにもありましたね。良い詩でした。 (薄紅色の贋作)

2021-03-10

発想が低俗でも着想、アプローチ、やろうとしていることは面白く新規なのだから、この路線の詩を磨いていくのは良い。あとは洗練、奥行き。これが加わればこの「少しユーモラスでエロティックなんだけどアングラ感あって馬鹿げてるのに何か面白いよね」的世界観の詩は完成に近づくと思う。重ねて言えばやはり洗練と奥行き。目立っていて目についた作品ではあるのだから、他の方と明らかにアプローチが違うということです。だから堂々とこの路線の詩を書けばいい。 (核ミサイルガール)

2021-03-09

いい詩だ。これはいい詩なんですよ。ビーレビ史において自らのあからさまな感情、想いを切り売りした作品としてはふじりゅう氏の「『藤井龍平の肉薄』より」などがありますが、それらの名作に迫る勢いがこの詩にはある。胸を突き、胸に迫る迫力がある。だが一つ言えるのはこの詩に完全に気持ちがリンクしない理由が恐らく一つか二つある。それが何なのかはっきりとは分からないのが申し訳ないが、この詩はいい詩なんです。迫り来る。読者の気持ちを掴んで離さない、筆者の捨て身の、生身の感情がここにはあるんです。いい詩でした。 (俺を探せ)

2021-02-20

もこさん、コメントありがとうございます。この詩、なぜだがいいですよね。コピーライティングの要素を多分に取り入れようとして書いたのですが、キャッチーな部分と僕の厭世的な部分がいい具合に合わさりましたよね。良かったと思います。 (SWEET SUICIDE)

2021-02-19

福まるさん、コメントありがとうございます。「詩に現代はない」福まるさんの真っ直ぐで実直な気持ちが少し羨ましく思いました。 (SWEET SUICIDE)

2021-02-18

ABさん、コメントありがとうございます。「詩に現代はない」これは自分でも上手いこと書いたなと思いました。笑えてきますがこのドライな作品で現代詩を突き放すかのように描く。上手く行ったなと思いました。 (SWEET SUICIDE)

2021-02-18

失礼。上記のコメントはABさんに向けてです。 (蝶を食むユディト)

2021-02-17

ABさん、コメントありがとうございます。家族のために生きたユディト。そう感じてもらえるのがこの詩にとって一番の喜びでもあります。ユディトの物語が僕の詩によって忘れられないものになるのならばこれ以上の幸甚はありません。実は一点悩んだところがありまして、それは母の口元にも蝶の体液かついているという一節で、母も家族を守るために完全に美徳だけの人ではいられなかっただろうなという意味合いを持たせたのですが、そうなると母への愛着、愛慕がより一層深まると思い描かせてもらいました。 (蝶を食むユディト)

2021-02-17

沙一さん、コメントありがとうございます。美化。そうですね。美化はされていると思います。ただ初稿の段階よりはかなり美化の要素を削りましたね。何とか過剰な装飾と読者が感じない程度にはスリムになったのではないでしょうか。 (蝶を食むユディト)

2021-02-17

るるさん、コメントありがとうございます。るるさんのお母さんも緑内障なのですね。この詩に描かれているような美や慈しみを持つことは、実際は中々難しいのですが(人間には欠点や不完全なところがたくさんありますからね)それらも含めて、救いの手を差し伸べようとするのは悪いことではないと思います。ちなみに僕の母者はつい昨日椎間板ヘルニアの激痛で入院することになりました。本当に僕が手を握り返す時が来ているようです。 (蝶を食むユディト)

2021-02-17

福まるさん、コメントありがとうございます。マクドナルドと母子の歴史を重ねた意図はなかったので、これは福まるさんの詩の発見ですね。大いに助かります。誰かを助けたい。とてもいい心境ですね。無理しない程度に誰かを助けるのは良いことだと思いますよ。 (蝶を食むユディト)

2021-02-15

ネンさん、コメントありがとうございます。ネンさんの周りにもこれくらい齢を重ねた人がいるのですね。この詩は少し挫折の色があったりするのですが、それが今の気持ちには合わなかったなあ、なぜかと漠然と考えています。 (蝶を食むユディト)

2021-02-15

&さんへ、コメントありがとう。リズムがめちゃくちゃという印象は、多分散文パートに句読点を打たなかったことから生じた印象だろう。好みではなかったか。それは残念だな。ただあくまで好みの表明に留まっているので、私はこれ以上何も言わないし君も言う必要はないだろうと思う。 (蝶を食むユディト)

2021-02-15

妻咲さん、コメントありがとうございます!「資本主義社会では死でさえも商品になる」と若干暗い感じで言ったのはアンディ・ウォーホールですが、妻咲さんのワクワクが詰まってました、とのコメント見ると印象がまるで変わりますね。そうですね。それこそ近い将来スーパーでリボンをつけて、自殺ならぬ安楽死が売られているかもしれません。「安楽死・三途の川行きお一人様1500円」とか。笑えてきますがそういう未来もありかもしれません。 (SWEET SUICIDE)

2021-02-10

そうです、そうです。簡易化、簡略化はインスタントに情報や流れをインプット出来るのですが、大切なことも抜け落ちる場合がある。そうなると人は不安であったり逆に安逸であったり、というyasu.naさんの指摘するところも起こり得ますね。 (SWEET SUICIDE)

2021-02-10

沙一さん、コメントありがとうございます!ですよねえ。ありそうでなさそうなディストピア的未来は、結構直に迫ってきていますよね。多分。僕は10代の頃未来の利便性を描いた、未来の日常の物語が好きだったんですけど、今はもう身近にそれがある。それを消費の対象にしようとしたら、未来はもう既に存在すると前もって意識した上で分かりやすい恋愛物語にでも仕上げるしかないですよね。そのことを最近強く意識したのはバンプオブチキンのロッテとのコラボ動画「ベイビーアイラブユーだぜ」でしたね。 (SWEET SUICIDE)

2021-02-10

yasu.naさん、コメントありがとうございます!隙がなく密度が高いって最高の褒め言葉じゃないですか!しかも楽しんでもらえてるとのこと。嬉しいです。記号化は簡易化と同義で用いたのですが、記号論を学ぶと記号とは物事をどこまでも細分化してむしろ頭を悩ませるものとなるのですね。それでは簡易化の方が良かったですね。それならyasu.naさんにもストンと腑に落ちると思うのですが。 (SWEET SUICIDE)

2021-02-10

何なんでしょう。この詩の魅力は。淡々とト書きのように序盤は記されているのに引き込まれていく。気づいたら最後まで読み終わっていて最終連の訴求力にうなる。そんな仕上がりになっていると思います。この詩を深読みして分析したコメントではないので少々面映いのですが、そういう仕上がりなのだからしょうがないと自分に言い聞かせています。とにかくもいい詩でした。 (SILVER)

2021-02-05

これは、と思いました。詩の定義なんてないし「これ詩じゃないよねおじさん」には決してなりたくないのですが、この詩にはやはり技術的な問題があるように思います。僕の好きなバンドにチェルノブイリ原発事故に触発されて書かれた、今にして思うと反文明的な曲があるのですが、子供の頃は「これは反文明の曲だなー」とか「反原発の曲だなー」とは決して思わなかった。その曲の歌詞には主軸としている別の詩情があった。そこに惹かれて少なくとも僕は熱狂していた。対してこの詩ですが弁論大会の青年の主張に留まっているように思います。主義主張、個人の考え以上の詩情が足りないようです。やや否定的なコメントに終始してしまいましたが僕個人としては筆者様の真っ直ぐな感情、想いは嫌いではないです。それをどう伝えるかあるいはどう潜ませるかがこれからのテーマになるように思います。 (沖縄)

2021-02-05

これはとてもいい詩ですね。冒頭から何かを拒む細枝が出てきて、二連目以降も擬人化された枯草などが勘弁してくださいなどと懇願している。何か辛いことがあったのだろうか?社会批判?文明批判?何かがあるのだろうかと思ってしまいそうなのですが、そう思わない。最終連にまで行かずとも何か楽しげで幸福な予兆がある。最後に幸せの種明かしがされるのですが、そこでなぜ不穏なイメージを抱かなかったのかがはっきりと分かる仕掛け。ですが最初に書いたように冒頭からこの詩は幸せに満ちている。これは技巧、技術一辺倒ではなかなか出来ないと思うのですがどうでしょう。この詩はとても幸せで幸運の最中、生まれた詩だと私には思えるのです。 (立春の日に)

2021-02-05

いい詩ですね。地球が嘘でつながり、無意味な世界かどうかは誰にも分からないのに、この詩を読むと「あーそうだなあ地球って嘘でつながり無意味な世界だなあ」と思えてしまう。しかもそう思うのが苦痛じゃない。いい意味でポップ。キャッチーでもあるし今風の現代詩していて僕は気持ち良かったです。 (詩小説クリップ!さわがないでわめいて)

2021-02-05

9才の弟を自転車の後ろに乗せた、その思い出という着想自体が素晴らしく、読み始めたのですがyamabitoさんに同じくです。もっとどう何を、何をきっかけにして思い出して、何を感じたのか詳細を知りたかったです。序破急で言えば序が読み手を引き込み、しかし肝心の破が異様に短い印象です。繰り返しますがモチーフは素晴らしかった。 (9さい)

2021-02-02

エイクピアさん、コメントありがとうございます!ミノタウロス。いいですね。そこまで具体的にイメージしなかったのですが、半人半獣の巨人というだけで異様なものを感じる。ミノタウロス。いただきました。 (祖父の痕跡)

2021-02-02

福まるさん、コメントありがとうございます!祖父とは敵対していませんよ。むしろ愛慕があるからこそ祖父を知ろうとしたのです。この詩の話者は。あるのは祖父という一つの思想へアプローチしたいという強い気持ちだけですね。 (祖父の痕跡)

2021-01-29

修子さん、コメントありがとうございます!使い慣れた語彙、漢字などを使った方が身の丈に合うという指摘。僕も常々それを考えておりまして。少なくともこの詩においては僕にとって馴染みのある語彙ばかりを使っています。使い慣れた語彙ですね。それが身の丈に合っていないというご指摘は何を根拠にしたのかちょっと分かりかねますがそういうことです。とても参考になりました。お読みくださりありがとうございます。 (祖父の痕跡)

2021-01-29

面白いなあと思ってしまいました。いじめに遭わずに済むにはどうすればいいかを戦略的に練っていくのかと読んでいけば、どのように最後変化をもたらして、詩情を生むのかと読んでいけば、最終的にいじめから身を守るための知識や経験、キャリア、資格などを獲得せよ!というおよそ一般的に見て詩には中々ないようなメッセージ性を送っている。思考の果てに良案、良策が出ないのは良くあることです。それを狙って書いていたのだとしたら逆に凄い。 (上から目線で物申す)

2021-01-25

技術は凄い。筆致は確かで予め詩的である単語も連ね、そうでない単語も組み合わせの妙により詩情をかもすことに成功している。しかしこの詩が描いているのが一見した限り「夜眠れない女性の夢想」であるのが惜しい。そのせいで「いつか、ひとりぼっちの大人になるの?」などの効果的なフレーズが、眠れないから不安になったのかなくらいの重みしか持たなくなっている。返す返すもこの詩の着想、スタート地点を「眠れない夜」にしてしまったのが惜しい。着想、スタート地点が違えばこの詩はもっと大きな広がり、例えば自分だけでなく家族や環境や過去、未来へと縦横に飛躍して描けただろう。と感じます。 (夜、そして)

2021-01-25

橙子さん、コメントありがとうございます!曰くありげな骨董屋。そうですね。そのイメージもかなり近いです。昔、古書店の物凄く小難しい書籍ばかりが並んでいるコーナーにふと足を踏み入れたことがあって、その時の迷宮に迷い込んだような感覚。そこだけ時間が静止して誰も受け付けず、入り込んだ人間を二度と帰さないようなイメージ。それも今思い返すとこの詩作品に似ているかもしれません。声が効果的との評価、ありがとうございました。 (祖父の痕跡)

2021-01-23

この詩、凄く好きですね。擬人化された淡雪が秘めやかにひっそりと消えていく様が描かれている。淡雪が「汚い私と裏腹に」と書かれている一節と「迷惑をかけないで消えていけた」というラストからすると、淡雪を擬人化している話者が自分は人に迷惑をかけるが、と自身を評価していることが推察される。同時にその話者が、淡雪をこうも綺麗に儚く心の内で思い描けることから、逆に話者の内面の美しさが炙り出されるという構図。良かったです。 (淡雪)

2021-01-22

彼岸さん、コメントありがとうございます!ドキドキするでしょう。返信の中で祖父は踏み誤ったとは書いていますが、巨大なモンスターのように奥深い思索の持ち主でもあった。それが彼岸さんのようなコメントに繋がったと思います。 (祖父の痕跡)

2021-01-22

ABさん、コメントありがとうございます!ぜひ使ってあげてください。それは冗談としてこの3行が効果的に、多くの人の心を惹きつけたのは嬉しく思います。 (祖父の痕跡)

2021-01-22

アオさん、コメントありがとうございます!そうですね。この詩は祖父の足跡を辿りながら自分の系譜をも辿る、そんな作品になっています。 (祖父の痕跡)

2021-01-22

帆場さん、沙一さん、再度のコメントありがとうございます!帆場さん宛で返信させていただきますが、お二人ともさすが書き慣れた手練れという印象です。冒頭三つの魅力的なガジェットが後半にも伏線として、あるいは今一度詩中の道具として用いられていればよりよきものになったとのご指摘、為になります。僕としてはイーハトーヴと銀河列車を出せるのは冒頭のガジェットがあればこそだと思っているので活かされているとも考えているのですが。それぞれが精神の安寧、充溢をゴールにしていますからね。マリア像にしても曼荼羅にしても老猿にしても。イーハトーヴと銀河列車もまた然りです。ですが帆場さんのご指摘の通り、特に沙一さんは具体例まで出してくださいましたが、もっと目に見える形での活用というのも一つの書き方、手であったかもしれません。この度はありがとうございました。このやり取りはより良き作品を生むそれこそ伏線となることでしょう。 (祖父の痕跡)

2021-01-21

沙一さん、コメントありがとうございます!この詩はご指摘の通り祖父の見た深層世界について分からないままにすることで、読者も祖父の辿った深淵を感じ入ることを目指したものです。祖父が迷い込んだ迷妄と、明確で安定した多くの知見の比喩としての、母の呼ぶ声のする場所。この二つを対比させ、結果話者は救いを見出したように母の声を選ぶのですが、それが幸福であったことが示唆されています。この詩は話者が物語を物語るのではなく、読み手自身がそれぞれの物語を辿るのです。二つの、対峙とまでは行かないものの、相容れない世界像を提示することで物語を始めるのは読者なのです。その点を大きく理解し紐解いてくれたコメントには感謝しかありません。 イーハトーヴと銀河列車の詩行で物語を周到に避けていることが示唆されているとの解釈。これも限りなく書き手である僕の心情を辿ってくださっていてとても嬉しく思いました。ありがとうございました。 (祖父の痕跡)

2021-01-20

帆場さんへ。コメントありがとうございます。話者が祖父のことを知りたかったのかという点については、話者は後年あるいは晩年決して幸せではなかったであろう祖父の姿を見ていて、幸せでなかった理由も朧げに知りまた朧げに分かっている。そしてその詳細を把握することが幸福なことではないこともまた知っている。それが好奇心と茫漠とした脅威に繋がっている。丁寧に背景となる設定や世界観を煮詰めて読ませて欲しい、というのは帆場さんの要望ですね。この詩は語りすぎずに祖父の踏み誤ってしまった思索の後について描かれているのであり、同じ轍を踏まずに済んだ私は幸運だったということが示唆されています。その点を把握するには充分な情報量であり、充分な描写かと思いますがいかがでしょう。心理が一貫していないというご指摘についてはささらさんへの返信をご覧ください。 (祖父の痕跡)

2021-01-19

これは上手いんですよ。優れているんです。すこぶる。親友?もしくはカウンセラー、心療内科の医者?などへ粗雑に自棄的に開けっ広げに、自分の未経験なこと、特に一人の人間としては痛手になるようなことを投げ槍気味に告白している。しかし徐々にその未経験なことが、ネットの暗黒面や恋愛のダーティな一面にも触れ、社会問題にも踏み込んでいく。最後には啓示に至ると来ればこれは確信犯的に無神論めいた世界が描かれているとも読めてしまう。ミニマルからマクロへと拡大しつつ対象を変えていくこの話者は、一体どんな人物なんだ?という興味と脅威を孕みつつ進行させていくテクニックは流石。そしてこれは深読みかもしれませんが、この話者はとてもモラリスティックな理知と理性の象徴とも取れました。その話者が啓示を受けたことがないと言明することで、宗教の持つ美点あるいは欠陥またあるいは実際的な意味の精査が始まるような。そんな印象を受けました。僕はコメ欄を見ずにこの感想を書きましたがどんな返信が返ってくるかとても楽しみです。 (セックスしたことないよ)

2021-01-10

この詩、とても良いですね。僕の好きな曲に「なにもすることがなくてじっとしている時に、人は形のないことで悩み始める。そう宇宙のはじまりやあの世のことなど…」という歌詞があるのですが、この詩は日本の歴史を辿りながら、暇だったからだと規定しつつ、とてもミニマルな自分、個に到着している。そこが僕のあげた曲に流れが似ていて、途端に好きになりました。自分というフィールドに達して以降ちょっとした可笑しみを持ちつつこの詩の中核である妻に近づいていくのですが、その描写も上手い。優しく妻を見る目がロマンティックでありながら惚気などでは決してない。まさに「一万年の退屈」を埋めるための、些細ではあるが哲学チックな物思いから来ている。技術面でも構成面でもかなり練られていると思いました。 (〈妻に〉)

2021-01-10

藤さん、コメントありがとうございます。レプリカという選語が僕らしいとのこと。模造品よりもレプリカでしたね。個人的には。 (祖父の痕跡)

2021-01-08

素顔さん、コメントありがとうございます!勝負、博打。確かにその通りかもしれません。勝因を探るならば、理想郷としてのイーハトーヴ、逃避もしくは俗世間からの離脱としての銀河列車を、この詩の祖父がハリボテと捉えている、空虚なものとして見ているからでしょう。彼は自分独自の正解に辿り着こうとしている。その方法を探っている。正に黙想を選んでいるのです。孤独で暗い道。共に歩く者はいない。もし宮沢賢治のイメージを肯定的に容易く借りていたらこの詩は失敗していただろうし、敗北していたことでしょう。今作には宮沢賢治の世界に頼らずとも成立するビジョンがあった。それが勝因だったと思います。ありがとうございました。 (祖父の痕跡)

2021-01-08

つつみさん、コメントありがとうございます!この詩の肝は決して綺麗ではないもの、おぞましいものに光を当て美にまとめ上げたところだと思っています。害虫、苦悶に歪んだ顔、まとわりつく翅。僕が最近吸収した言葉で「何か新しいことにチャレンジするのに障害となるのは技術的な問題ではなく、恐怖だ」というものがあります。害虫、翅あるいは際どいところでは男根などは使うのは簡単なんです。知っていますからね。言葉としては。それを淀みなく詩の中に組み込めれたのは、僕がこの詩を書く上で感情的な障害を比較的スムーズに取り除けたからでしょう。進歩ですね。これからもテクニックとしては出来ても感情面で躓く表現にチャレンジ出来たらな、と思います。もう一つ、母の声。本当にこれは美しいです。今作において明確に、誰にでも分かる美はこの母の声だと思います。ありがとうございました。 (祖父の痕跡)

2021-01-08

梓ゆいさん、批評文ありがとうございます!祖父の痕跡においては、詩の主人公たる「私」は精神的な闇に踏み込みかけていて(多分私生活において悲観主義に陥る何某かがあったのでしょう)自ら進んで祖父の妄執、沼に知らず知らず近づこうとしているのですが、それが梓さんの幼年期の想い出、高揚感、闊達な好奇心にリンクしたのは、この詩が幸いにも非常にパーソナルなものでありながら多くの人を迎える門戸を持ち得ていたからだと思います。梓さんの懐かしい日々を喚起出来たのは幸せなことでした。ありがとうございました。 (懐かしき遠い日々)

2021-01-08

ささらさん、再度のコメントありがとうございます。伝わって良かったです。ただあの描写が躊躇にも映るというのはまた大きな発見でした。ありがとうございました。 (祖父の痕跡)

2021-01-07

さららさん、コメントありがとうございます!例えば学究心旺盛だった祖父、読書を好み子供達とも孫達とも余り交わらなかった祖父というイメージはとても謎めいていてミステリアスだと思うのです。その祖父が何を考え何を嗜好していたのかを知るのはスリリングでもあり恐怖も伴う。宝物箱は祖父の中核を仕舞うものとして登場していますが、これを開かなかったのは「私」にとって幸運なことだと捉えています。日常に帰り何気ない幸せを満喫する。それがベストだとも僕はこの時点では考えました。70、80まで生きてついには答えに辿り着けなかった祖父のあとをまた辿るというのは幸せなことではない。 また「恐怖はない」のあとの躊躇についてはその箇所、僕個人としては躊躇ではなく改めての自問だと考えています。恐怖はないが、祖父が最後まで開くことの出来なかった道をまた歩むのかという自問。これは躊躇ではないと思いますがどうでしょう。何れにせよお亡くなりになられたお爺様のことを思い出しこの詩を味わっていただけたのなら幸甚です。ありがとうございました。 (祖父の痕跡)

2021-01-06

羽田さん、コメントありがとうございます!倉庫の遺物とはご指摘の通り、妄想と思索のあとであり、名残でもあります。自分のルーツと根っこにある習性に迫るべく、この詩の主人公、話者は祖父の遺物に触れようとするのですが、それが病的で限りなく妄執に近い結果を招くと暗に知っている。それは自身の因業に迫る行為なのです。家系、系譜に泥を塗りかねない危うさも持っている。そこに暗く、暗澹とした美を見出せたのはこの詩の大きな収穫の一つでした。種子は意識はしていなかったのですが、無自覚的に子孫をも指し示していたのかもしれません。今作品を振り返ってみてそう思います。ありがとうございました。 (祖父の痕跡)

2021-01-06

楽子さん、コメントありがとうございます!最後の二行、美しさと日本的なおぞましさを感じ取っていただいて嬉しいです。日本的な美醜の境界って渾然としてると思うんですよ。礼節正しいことを美徳としながらも、その裏側にある、私情に塗れた背徳にさえも美を見出すような。渾然一体となっている。乱歩の描く世界などはその典型の一つではないかと。少なくともこの作品においては混濁とした美を意識しました。藤井麻輝というミュージシャンがいるのですがその方がTwitterにupしている写真がとてもいいのです。陰りがあり沈殿しているのに光がある。楽子さんの言葉を借りるなら底のない美。今作での目標の一つがその写真の奥行きに至ることだったので、楽子さんのコメントを拝見する限り達成出来たのでは、と思っています。また情報が少ない中、楽子さんの想像を大いに掻き立てられたのは、僕に明確なビジョンが最初からあったせいだろうと気づきがありました。ありがとうございました。 (祖父の痕跡)

2021-01-06

貴音さん、お久しぶりです!コメントありがとうございます!音楽に一家言持ってる貴音さんに褒められるのは正直めちゃくちゃ嬉しいです!いや、今回の「LOVE CALL」前回の「風吹き抜ける青」に比べてサビの構造もシンプルで余り評価されないかなと思っていたんですよ。それがまさか貴音さんからの激賞!これは嬉しい年越しになりそうです。貴音さんがSNSを去って以来コンタクトしていませんが、このような形で年の最後にやり取り出来たのは本当に良かったです。映像はフリー素材をfilmoraというソフトで編集したものです。作品としてはLOVE CALLのフレーズを思い付いた時点でこの作品は幸せ者になりましたね(ちなみにLOVE CALLは僕の声を二重、三重にサンプリングしたものです)。いや若干浮かれ過ぎましたが良い年明けを迎えられそうです。貴音さんも良いお年をお迎えください! (LOVE CALL)

2020-12-31

みうらさん、コメントありがとうございます!そうなんですよね。ネット詩が詩誌や商業的なフレーズのカウンターとして存在している以上、その類の嫌悪や批評眼がこの作品に向けられることは充分にあり得ると思っています。でもこれはパラドックスなのですがネット詩自体の価値観が斜め上の着想で作られているとすれば、僕の詩はみうらさんが仰る通り反骨の表現になるんですよね。ですから僕はこれからも詩誌に対するアンチかネット詩へ向けてのアンチかなどには拘らず、自分自身が書きたいもの書き、読みたいものを書くでしょう。それが期せずして反骨になるとは不思議なものですね。投票ありがとうございました。 (大事なことを話そうか)

2020-12-29

(ちがう星)

2020-12-28

つつみさん、コメントありがとうございます!仰る通り「素知らぬ顔をしてしまった」この表現が大きな鍵であり、変調をもたらすためのエッジにもなっています。僕は厭世的な表現を好んでよく使うのですが、この詩においてはその志向、ベクトルが「君」にとって損失、仇となったという描き方になっています。これは僕が一人の人間として成長したしたのか、変化したのかそれは分かりません。ただ言えるのは生命、生きることの奥深さについて語るに足る視点を僕自身が最近持ち得たということでしょう。最後の繰り返し、タイトルにもなっている「大事なことを話そうか」は日常でも神話でもない別の次元へと大袈裟ではなく、読み手を連れ出せたのではないかと僕個人としては満足しています。生命とは、人間の体とは遺伝子、DNAを運び伝達するための容器に過ぎないという言葉を引き合いに出せば、感受が鋭くまたこの詩の構造を綺麗に読み解いているつつみさんなら、今作の意図したところを、多くを語らずとも理解し共鳴していただけると僕は信じてやみません。あらためてありがとうございました。 (大事なことを話そうか)

2020-12-28

てんまさん初めまして、コメントありがとうございます!この詩は一つのガラス細工の置き物のようにあるいは小さな静物画のように鑑賞するだけで奥深い充足を得られることを目指したものです。不死鳥とか不老長寿とか比較的意味合いが大きめな言葉を使っていながら、最後の「大事なことを話そうか」の繰り返しで優しく、しかし日常から深遠な場所へ連れ出すことに成功したと自分ではとても満足しています。シュールリアリストの画家ダリが描き、その妻ガラが愛した一枚の静物画、パン籠に置かれたパンの絵があるのですが、その絵は妙に荘厳でもなく、勇壮でもないにも関わらず雄弁なのです。僕はこの詩もそのような作品だと思っています。てんまさんの感想を読むにつけ読み手を小さなところから大きな場所へと連れ出せたのではないかと、自分自身納得もし、充足もしました。ありがとうございました。 (大事なことを話そうか)

2020-12-28

この詩は…何気ない日常的な回想から徐々に、ちがう星に行ってしまった人を想う気持ちが昂っていくところが見せ場になっている。しかもその様子が過度に饒舌にならず偏った恋愛話にもならず、あくまで「別れと出会いが渦を巻く」という視座の延長線上で描かれているところが絶妙である。そう、この詩の話者は今はちがう星に行ってしまった人のことを想うのがとにかく楽しくて仕方ないのだ。この詩を読んでいると、話者が朝紅茶を飲むように、トーストを頬張るように、あるいは出掛ける前の準備をする時のように、ごく当たり前の日常の1ページとして、コロコロと彼?のことを想い出しているのが目に浮かぶ。それこそ仕事中についうっかり彼のことをにこやかに話し出しても本人は気づかない、そんな息遣いを感じる。それほど彼が話者の一部になっているのが読み手に伝わる。これは技術を超えたレベルでの伝播と言ってもいいだろう。今はちがう星にいる人に想いをつのらせて空を見上げるだなんて最高に、しかし読み手との距離が出来ないほどにロマンティックではないか。頬がつい緩んでしまう。この詩は例え一人きりに見えても例え孤立しているように見えても、確かに大切な人とあるいは世の中の諸々の事象とすべての人が繋がっていると感じさせるエッセンスに満ちている。メッセージ性を持たせるのでもなく技巧で仄めかすのでもなく、ただ彼のことを心楽しく、心地良くつい夢中になって回想するというだけでそれを成し得ているのは、ひとえに筆者の生への向き合い方がひたむきであるからだろう。押し付けがましくなく大上段に構えるのでもなく、この世界の登場人物の一人を描き切り大きなテーマを感じさせた今作は文章表現の原点の一つだと、そう私には思えるのだ。 (ちがう星)

2020-12-28

tasakiさん、コメントありがとうございます。確かなものとはこの詩の話者にとっては「根底の調和」が存在すると確信することなのですが、もどかしさはあると思います。今僕はとてもいい交流をさせてもらっている方がいるのですが、その人との間には障害あり、山あり谷ありでまさにもどかしくもあります。その光景が少し投影されているのかもしれません。ありがとうございました。 (* ひと粒だけ*の星)

2020-12-06

ロマンティックでしょう。藤さんの「気持ち悪い」という生理的感覚にまで僕は対処するものではありませんが、熱や意思の働きを感じていただけたのなら良かったです。ひと粒だけでも照らすものは多いかもしれませんよ。太陽はすべてを照らし出しますし。恒星の一つに過ぎませんが。 (* ひと粒だけ*の星)

2020-12-04

まず距離0メートルのカエリミチというタイトルが素晴らしいですね。2人を隔てた距離は0メートルでありながら、2人が密着しているとは決して書かない。この詩の登場人物である男女2人が恋を実らせるには、それこそ物理的な距離もしくは何がしかの障害があるのでしょうか。想像をかき立てられます。2人は密かにその障害を乗り越えて出会えるのでしょうか。出会えたのでしょうか。筆者の胸の高まりとともに読み手も引きずり込まれていきます。結果今一度離れ離れになる2人ですが今度は隔たりとしての、ではなく密接を表すものとして最後に距離0メートルがもう一度出てくる。衝動的に書かれたようでありながら、2人を俯瞰する視野も持ち合わせ、しっかりと構成された仄かに甘い香りのする、密度の濃い良作でした。距離0メートルで恋焦がれられる男性はそれこそ幸せ者ですね。 (距離0メートルのカエリミチ)

2020-12-02

田中宏輔さん、こちらもコメントありがとうございます。実はですね。この詩の核はご指摘いただいた箇所ではなく、調和があると信じて疑わないの段なのです。この目まぐるしく変わる世の中、それこそ唾棄されたり、疎まれたりあるいは逆に喜ばれたりする事象がある世界で、根底の調和というものを話者は信じ、この詩の核として持ってきてるわけです。根底の調和。右の人や左の人がいたり、信じる者や信じない者がいたり、あるいはまた別の次元でまことを追い求める人々がいる世界で、僕はわりかし根底の調和というものを好む傾向があります。考え方としてはひょっとして未成熟かもしれませんが、中々いいと思いませんか?根底の調和。   (* ひと粒だけ*の星)

2020-12-02

つつみさん、コメントありがとうございます!そこまで、号泣するまで感動していただけたなんて面映いです。この詩は、そうですね。やはり自分の立ち位置をあらためて確認したのち再スタートを切る詩となります。最近僕は近辺整理、特に記憶と情報の整理が著しいのです。やはり何かが起こりつつある予兆だと期待しております。とにかくもつぶさな感想、分析、ありがとうございました。大感謝です。 (* ひと粒だけ*の星)

2020-12-02

Yoshiさん、お久しぶりです!コメントありがとうございます。透けきれずにいる幽霊、というだけで充分に詩的な表現ですね。可愛らしい気概を感じる。嬉しいです。楽しそうな覚悟もボカロのメグの導きと言ったら大げさですが、彼女は僕の手の届かないところ、気づかないところまでを気づかせてくれました。当初書いていた歌詞を大幅に変更したいきさつもあります。メグというフィルターを通して世界がどう見えるか。しっかり確かめてこようと思いますよ! (風吹き抜ける青)

2020-12-02

田中宏輔さん、こちらでは初めましてですね。ようこそビーレビへ。と言っても文極で僕が活動したのはごく僅かで覚えてらっしゃらないとは思いますが。そうですね。この作品はご指摘していただいたラストリフレインを始めに思いつきまして、そこから肉付けをしていきました。まだまだ楽曲製作者として未熟なのは理解しておりますが、これからも一月に一作はビーレビに楽曲を投稿しようと思っています。それと田中さんなら容易く想像出来るでしょうがやはり歌詞と詩は全然と言っていいほど違う。ましてやボカロのグミ。描き出される世界が自然と変わってくるのです。ボーカロイドが僕にどんな景色を見せてくれるか、楽しみにしています。 (風吹き抜ける青)

2020-12-02

お初です。いい詩ですね。一読して好きになりました。飽きるはずなのにとかこんか瀬戸内海とか言っているのに故郷を愛してやまない話者の姿が目に浮かびます。最後の段も目に見えない衝動、居ても立っても居られない情動のようなものが描かれていて素晴らしかったです。虹色めいた髪の部分の変調も良かったです。生身の身体性も心もしっかりとある良作ではないでしょうか。 (┣唾棄┳だき┫)

2020-12-02

帆場氏へ。了解。把握しました。 田中宏輔氏への返信は今しばらくお待ちください。 (風吹き抜ける青)

2020-12-02

そうですか。僕はボーカロイドをそのような婉曲な皮肉のために使うつもりは更々ないですね。それでは。 (風吹き抜ける青)

2020-12-01

現実から生まれた言葉がない。多分ガムくつさんはそういう荒んだ生活を送り、荒んだ感性を持ってらっしゃるんだろうなとこちらも納得です。ガムくつさんの、この歌詞に一切共感出来ない自分は特別で、現実を直視していて怯まず、現代詩を書き得る素晴らしく逞しい感性の持ち主だという不遜で、ねじ曲がったゴミのような自負を感じました。 都合のいい世界しか見ていない、というより都合のいい世界さえ見れないガムくつさんの感性の貧相さが手に取るように分かるガムくつさんの評ではないでしょうか。大変参考になりました。老害、典型的でダメな現代詩物書きの講評を読めて爽快です。 そのまま生き地獄で野垂れ死にするといいですよ。 (風吹き抜ける青)

2020-12-01

良い詩。ふじりゅう氏がクリエイティブライティングに挑戦している作品を幾つも観たが、これはスマートでナチュラルな現代詩としてかなり完成度が高いのではないか。これは筆者と作品を繋げていてある種余りいい評価のしかたではないかもしれないが、現在ふじりゅう氏は病気療養中で仕事も休みがちだと聞いている(回復しているのなら失敬)。それがためかあるいはふじりゅう氏に元々そういう資質があったのか、この作品は人生を俯瞰し同時に横目で憂いげに見ている印象がし、作品をより奥深いものに仕上げている。刺激的でもある人生から一度距離を置くことによってはからずも良作を生む視点が芽生えたといえよう。言わば怪我の功名。なかなかの良作である。この作品の文脈に沿って言えば私のこの講評もまた帰路の一つでしかないのだろうが、景色の一つとしてここに書き記しておく。 (帰路)

2020-11-30

凄くいい動画、リーディング。渡辺君は「現代詩の人」に見事なれたんだと思う。現代詩にかける熱量、行動力そして現代詩に付随させる形でのすべてのアクション。それらはすべて一貫していて、偉大な成功へと繋がりつつある。これは素直に祝いたい。このリーディングは現代詩の土壌にいる演者、渡辺八畳の進行しつつある完成形の一つである。 (ごめんねぼくらもう死ぬ)

2020-11-30

燈子さん、コメントありがとうございます!そうですね。この曲はシンプルでナチュラル。前向きな女の子の歌だと思います。青空を駆け抜けていくイメージ。ありがとです!素敵と言われて感謝です。 (風吹き抜ける青)

2020-11-29

ああ、この作品は良いですね。読んで良かったと思いましたし、何より重く陰鬱な題材を扱っているのに最後までスムーズに読めました。戦争かな?震災かな?とイメージは膨らみますが、寓意を含む家族の詩、作品としてもクオリティは充分。実は震災でも戦争でもなく、心理的な家族の葛藤が描かれているのかもしれませんが、そこには自嘲もないし、憐憫もない。鬱屈を吐き出しただけでもなく、描写そのものは陰惨な印象がするのに読んでいて苦痛じゃない。良作だと思いました。 (いつも窓辺じゃ寂しいでしょう)

2020-11-09

誰もまだコメント入れてませんね。しかし良い作品だと思うのでコメント一番乗り。優柔不断で黒い空が少女を消してしまうというモチーフが中々にいい。0とQという文字が散逸しているのもイメージとして良い。まるで話者の思索や思考が散漫になったり、知らず知らずのうちにそこから逃避しているようなイメージ。タイトルの.09は2009年もしくは09月ということでしょうか。村上春樹氏の「IQ84」に近いタイトルセンスを感じました。画像のチョイスも含めて高評価です。余談ですが作家の羽田圭介さんは純文学の定義として「よく分からない感情、感慨を読者に残すもの」という趣旨のことを仰っていました。それを踏襲するとこの詩は純文学的と言えるかもしれません。いい読み物でした。 (. 09)

2020-11-03

凄くよく出来ています。僕の作品から着想を得ているのにしっかりと違うアプローチで違う着地点を見い出している。返詩で終わらない着眼、特に鬼とひとつの魂から分かれた「みんな」が一緒になって元通りの完成された?魂になるという着想、混沌の中の調和、根底においては全てが調和している、していくという発想は僕の「手の鳴る亡霊」にはなかったので素敵でした。特に「わたしたちが いなくなると さみしいでしょ」から始まる連は離れ離れになった友だちや親族または家族を彷彿とさせて物寂しい、心の欠けてしまった鬼(話者)の心証を表す面白い伏線でした。また鬼を呼び寄せる「他の魂」がクラップで表現されているのも独創です。とにかくも僕の作品から着想を得た詩を一作品として投稿していただきといても嬉しいです。ありがとうございました。 (鬼)

2020-10-27

ABさん、コメントありがとうございます!「僕は」から終わり8行がお好き。この箇所は初めはまだるっこしい哲学的な物言いだったんですよ。それが清書の際、物凄くロマンティックな衝動に駆り立てられまして、現在の形になってしまいました。ABさんのように気に入ってくれる方もいらっしゃると知ってとても嬉しく思います。静かに収束していきましたね。本当に。プラス、ロマンティックで幸せなはずなのに一点に収束するがために得も言われぬ余韻も出たのかなとも思います。 (ロマンティストの遊歩)

2020-10-27

rさん、コメントありがとうございます!やはりrさんにとって後半はこの作品の痛手に見えたのですね。そこは理解出来ます。前半が豊潤だっただけにというコメントまで添えてもらうとより一層。先ほどのうるうひとさんへの返信と重なる部分もありますが、もう少し一途すぎるほどの話者の情熱を、距離を置きつつより現代詩的に構築した方が良かったのかもしれません。後悔ともつかない感情があり、同時に悔いはないという不思議な作品になっております。 (ロマンティストの遊歩)

2020-10-26

うるりひとさん、コメントありがとうございます!前半がこの詩は本当に良いですよね。飲んだくれが「今では療養所で天国の一つを見てる」だなんて突き放しもせず、叱責もせずかと言って同情もしない話者との距離感が素晴らしい。そして問題の後半部分なのですが、やはり意見が分かれるところだと思います。うるりひとさんは劇的な変化が面白く引き込まれると言ってくださいましたが、そう思わない人もいるようです。ただ一つ言えるのはこの作品を清書した時は余りにロマンティックで一途な展開、締めにしたかったのです。今もう一度後半を書き直ししてくれ、と言われれば僕は違う方向に舵取りしたことでしょう。とにかくも好意的な意見ありがとうございました。 (ロマンティストの遊歩)

2020-10-26

眺めているだけで楽しい。全体的な字面がよく可読性だけでなく漢字や熟語の密集度などにも気が払われている。やや厭世的で無関心を装う様も詩全体にリズムをもたらしていて軽快だ。「汚染される透明な紫式部」だなんて僕好みのフレーズで最高です。閑話。僕はこういう言葉や単語のトリッキーな繋げ方で心証を表すテクニックが好きなのです。「年がら年中借り物を楽しんでるってさ」も世事と離れる、だが完全に対象を見限っているのではない話者の視線が表されていてとても良い。無関心でありながら誰をも責めず攻撃せず、自身の心地良い場所を探す話者の心意気に満ちている。「プランクトン…」から始まる連はやや筆が乗りすぎた感もありますが次の連「極楽浄土じゃんね」でこの作品の主たるモチーフである話者の心証に帰り、無事収拾出来ている。「-もう秋口は通り越して…」から始まる最終練もこのリズミカルで比喩に富む楽園探しの締め方としてとても良いです。自分のポジションも分かっているんだぜというほのめかしも充分に伝わる。その点から自身を見つめるもう一人の自分がこの作品には存在していることも分かる。客観視出来ていて冷静なんです。話者もしくは筆者が。こんなに躍動してるのに。とにかくも今作はコロコロと読み進められて一見しただけで着想、発想にひらめきがあり、楽しい気分になれる作品であり、僕はとても好きです。 ということでここまで思いつくまま賛辞を並べましたが、ここからはちょっとした問題提起です。それはこのような作品を作った筆者様やそれがとても楽しいと思う僕のような詩愛好家詩と、それに対する詩に慣れ親しんでいないあるいは詩に関心がない方々とのある種の温度差、距離についてです。この作品は優れている、間違いないと思います。ですが現代詩やネット詩に慣れ親しんでいない方々にコミット出来る作風かと言えば、ポピュラリティ、平明さ、読解のしやすさという点でそうではない可能性があります。僕も以前この作品のように例えとほのめかしそして言葉遊びの連続で心証や世相あるいは世間を描く作風を好み得意としていました。ですから今話者がどこでどんな状況でその詩的思索、詩的感慨に耽っているのか、具体的に分からない作品がありました。だからこそ読み手には伝わりづらい一面もあったと思います。そこで浮き上がる問題とはこのタイプの詩の存在が暗に示すところである、詩に慣れ親しんだ人とそうでない人との隔たりについてです。これは現代詩読者の人口、あるいは現代詩の間口を広げるためにとても大切なことだと思っています。これは当作と僕がかつて好んで書いたタイプの詩だけに限定されるものではないとも考えられます。隔たり、溝を埋め、間口を広げるためにはどうすればいいか。考えどころです。それはクオリティの高い作品を作っていればそれでいいのさ、で完結するあるいはさせていい問題とも思えません。僕はこの作品と非常に相性が良く、また好みだったがために手放しの賛辞をおくったのですが、「隔たり」のある一般読者様にはどうこの作品が映るのか興味のあるところでもあるのです。あるビジネスマンは「ハンバーガー屋を営むとして成功するための秘訣は、商品の質をあげたりすることではなく、ただ腹を空かせた群衆の欲求に応えることだ」と述べたそうです。詰まるところ需要と供給。僕は間口は大きく広げた方が良いとの考えの持ち主です。でなければネット詩で細々と活動しあるいは詩誌に時折掲載されるだけで満足で終わってしまうでしょう。品質をひたすら上げる、マニア受けで満足するだけでなく、需要お腹を空かせた人々を満たすためにどんなアプローチをするべきか考えどころだと思うのです。その点百均さんにもお聞きしたいところです。以上で評と問題提起は終わりです。長文になってしまったのは失礼を。そして最後に僕はこの詩をとても楽しく読めたという点に改めて言及して、それでは。 (カルフォルニア・スウィング/河童肉付きぺりかん船便)

2020-10-22

まずタイトルに魅了されます。かなり古い作品ですが「存在の耐えられない軽さ」とか「美しき諍い女」とか長いタイトルの洋画を思い起こしました。それがもっと日本風にポップにアレンジされたような。内容は「それなのに いつしか命は」の辺りが少し説明的になってしまったかなと思いましたが「そこまで幸せに」辺りからまた序盤の詩情を取り戻しています。僕が目についたのはあくまで技術的な面で、このスタンス、着眼に磨きをかけるとより素晴らしい作品が書けるように思います (だからこそ命は軽くて美しい)

2020-10-21

暗い。ですがダークでありながらも希望が差し掛かっている。腕に刻まれた傷、恐らく自傷のあとに問いかける姿は自らを鼓舞し屹立させる力強さに満ちている。 返詩 幕を降ろした悲劇は 眼前から去り 焦燥は消えて行った 世界は正常?異常? それともそれは自分自身に問うべき? ニュースは今日も駆け抜け 加害者も被害者も涙していると告げる 不意に降り注いだ通り雨のもと 水溜りではしゃぐ子どもたちは 誰に影響されて変わってしまうの? 誰のために変わってしまうの? 昨日私が傷つけた言葉は何だったの? 君が傷つけた言葉は何だったの? 誰のためにその言葉はあったの? 誰のために おしまい。 (ユ”〆ソ)

2020-10-13

藤さん、コメントありがとうございます。ロマンティストも悩み、まだるっこしくなることもあると思いませんか?少なくとも当時の僕がこの詩の話者に託した心境はそれだった。ロマンティスト=直情的な愛情表現でもない気がします。この詩は世俗を見聞し遠回りをして大切な人のもとに話者が帰る詩でもあるのです。だからやっぱりこの詩を作った当初は「辛うじて」だったんだと思います。 (ロマンティストの遊歩)

2020-10-12

帆場さんへ。三たびの返信失礼します。私は権力は腐敗する、運営同士の密着はそれに繋がる可能性があるとの趣旨のコメを寄せましたが現在の運営が腐敗しているとの批判ではなかった点、ご留意いただきたい。私はあくまで腐敗しやすい権力、聡い人物たちが集まっているのならばどうかそれを回避する方法を常に探して欲しいとのメッセージを送ったつもりです。またふじりゅう氏にややフライングな誤解から生じた返信をしましたが、今ではそれも省みるところです。どうか健やかにそして今後も健全で風通しの良い運営をなさることを願っています。それでは。 (ロマンティストの遊歩)

2020-10-12

沙一さんへ。「痛い」という感想ですが、これをナルシシズムと捉えずに面白おかしい作品、不合理な抗議に巻き込まれた話者の物語として捉えれば決して悪くはないのではないでしょうか。批判的な鏡像というのは私が悦に入っているという前提で書いておられるので、必ずしも当てはまらないとは思いますが。カフカの変身などは不合理物語の極致で外部の不条理さによって阻害されていく主人公が描かれているので、それに近い作品ではないかと思います。変身よりも城に近いかもしれません。 (20201005通告書 (徒然なるままの妄想白書))

2020-10-12

帆場さんへ。こちらも再度の返信をすることを許して欲しい。帆場さん自体からは好評を貰っているのにそれに返事をしなかったのはさすがに礼に欠けるでしょう。アスタリスクを星と解釈していただけたのは功を奏したというか偶然の賜物ですね。ひとえに。これはそう解釈してくれた帆場さんの勲功になるでしょう。君と僕が星と空に輝いているというイメージは意図したものではありませんがいただきます。けいせいさん、そういうロマンティシズムは大好きなので。僕と君という単語の混雑についてですが、二人の関係を強く印象づけるためとは言え後半少々押しが強すぎたがための結果でしょう。以上で返礼は終わりです。この詩は心の安定に焦点をあてたものですので、テキストとしての現代詩と見れば物足りなさもあったかもしれません。しかし世俗的な優雅さという妙なパラドックスを持つ序盤の描写は非常によく出来ていたと思っています。 (ロマンティストの遊歩)

2020-10-12

ふじりゅう君へ。まず再度の返信をすることを許して欲しい。さて必要な助詞が欠けているとの指摘。これは「そう口にする」の「そう」のことだろうか。確かに省いてしまったがために欠如感を拭えなかったかもしれないね。後半が特に失速したという点は序盤が非常に良かったことの裏返しだと好意的に解釈するよ。序盤の「療養所で天国の一つを見てる」なんてなかなかにいいフレーズだと思わないかい?僕は気に入っている。アスタリスクは視覚的に強調する意図があったものだがふじ君のようによく分からない、不要だと考える評者もいると知って為になった。証しは証しでも証でも基本いいのでアスタリスク内における二つの単語を2文字にする為に証しを選んだんだと思う。最後チープさを加速というポイントだけどやはり男女間の深い信頼や愛情、ロマンティシズムは現代詩界隈、特にネット詩では歓迎されにくく、謗られやすいということが改めて分かった。ロマンティシズムがネット詩で封殺されていく様を見るには不条理な余りに不条理な僕の自作「20201005通告書」を読んでみると面白おかしく把握、理解、共感出来るところだと思う。でも自分自身をもよもすれば見失いがちな世の中で自分にとって大切な人物に立ち返るのも、そしてそれを表現するのも悪くないと思うんだ。そう思わないかい?これでけいせいさんの返礼は終わりだよ。満足してもらえだろうか。そうであるのを望むばかりだよ。 (ロマンティストの遊歩)

2020-10-12

ボルカさん、コメントありがとうございます。吟遊詩人のくだりは著名な現代詩人の文言にインスパイアされたものです。誰のことかは明らかにしない方が効果的だと判断しました。しかし極めて現代的な背景を持つこの詩において吟遊詩人は浮いていたかもしれませんね。全体としては良い作品だとのこと。感謝です。 (ロマンティストの遊歩)

2020-10-12

帆場さんへ。前半の作品の批評は恐らく追記にある私への注意勧告のために書いたと思われるので一つ一つ返信するのは控え、私への注意喚起についてだけ応対しようと思う。私も運営にいたから分かるのですが、運営のメンバーには一体感が出る。それ自体は悪いことではないし、むしろ必要なことだと思われます。しかし今回の私とふじりゅう氏とのやり取りに進言する姿勢には、いささか運営同士の過剰な密着を感じる。同志を守りたい、擁護したい気持ちは分かるが若干行きすぎではなかろうか。ふじりゅう氏はツイキャス内において私を個人攻撃した過去がある。その点も踏まえた上で私は彼のコメントを読み込んだ。ゆえに彼のコメントが優れた意見交換の一つだとは残念ながら私には思えなかった。私の語気が若干強かったのはそのような理由もある。加えて運営Discordにおいて私の返信が問題視されたであろうことも想像出来る。ゆえに帆場さんも動いたのだろう。どうかこれを単なる運営批判だと思わないで欲しい。帆場さんへ。一時的なものとは言え貴方は今や権威だ。権力は必ず腐敗する。私の現運営への忠言は腐敗を押し留めるもしくは遠ざけるためのものだと思って欲しい。私も運営時代は不遜になった一面もある。帆場さん、貴方は賢明だ。一度私の指摘について真摯に考えてみて欲しい。またこの私の考え、意見が唾棄されるもしくは批判の対象になるようなら、私は現運営が頑迷になりつつある予兆と捉えるでしょう。繰り返しますが権力は必ず腐敗する。そして権力者は自分の土台、足場がぬかるみにはまりつつあることに往々にして気づかないものです。権力の眺めの良さゆえに。帆場さん、そして現運営のみなさん、あなた方なら気付ける。私はそう信じてやまない。 (ロマンティストの遊歩)

2020-10-12

これは厳しい批評が来ましたね。なぜわざわざこの作品、地に埋れていたこの作品を掘り起こし、酷評のターゲットにしたのか意図が分かりませんが、これは単なる私に近しい存在、限りなく私と思しき人物の、自らがロマンティストであることの表明であるので、チープだとかそしられようと「そうですか」としか残念ながら思えませんね。粗探しもご苦労様という感想しか浮かびません。改めて言及しますが、脇へ追いやられていたこの作品を、わざわざ気に入らない旨を表明するためだけに引きずり出した行為はお世辞にも品がいいとは思えません。諭しにもなりますが人生は短いことを常に念頭に置き、貴方にとって有意義な時間、有意義な生活を送られることを願うばかりです。それでは。 (ロマンティストの遊歩)

2020-10-11

失敬。先のコメントはるるりらさんへ向けてです。 (20201005通告書 (徒然なるままの妄想白書))

2020-10-06

るるさん、コメントありがとうございます!ですよね。面白かったですよね。自分でも書いてて面白かったですから。どうしてもう少しコメ欄が賑わわないのかな?と不思議に思っていたところです。難点があるとすれば「けいせいさん」というパーソナリティをよく知らなければ意図するところが伝わりにくい点、あとロジックにおいて若干爪が甘かったところだと思っています。いやー喜んでいただけて良かった。楽しかったですよね。ホントに。 (20201005通告書 (徒然なるままの妄想白書))

2020-10-06

くおんさん、コメントありがとうございます!不器用な愛は確かにあるかもしれませんね。冒頭のローランド・オーザバルの言葉はミュージシャンである彼が様々な詩作遍歴を経て、その活動の後期において口にしたものです。詩作の旅を重ねてロマンティストであることを半ば呆れて諦めたかのように認める。とてもいいとは思いませんか?僕は彼のその心証がとても好きなのです。 (ロマンティストの遊歩)

2020-10-04

等身大の目線、口調で幸せと不幸せの関係の不合理について述べている最中、感極まったように放り込まれる「お前はお前の世界、私は私の世界」。そして冷静さを取り戻しての、私たちは数学におけるねじれの位置のような関係であればいいという落としどころ。中々にインパクトがありました。最後「私は数学が苦手だけれど」と自分の足りなさに言い及ぶより「数学なんてどうでもいいけれど」とむしろ筆者様の主観主観のごり押しで、数学でさえ退けた方が良かった「かも」しれません。あくまで個人的な意見です。それだけこの詩は自分を押し出した方が効果的だったと思えたのです。 (幸せと平行線)

2020-10-01

書き出しから「どうにか立っている。」までが動きがあるのにも関わらず静止画のようで惹きつけられました。詩自体はスパゲッティマンと呼ばれた少年とその心証が描かれているのですが、これが今の私にはそして今後の私にもきっと苦しく切ない描写です。もし私が神さまとか天国とかをこの世と地続きのものとして信じることが出来て尚且つ、神さまの夢を見て安堵できる心を持つことが出来るのならこの詩はまた違った印象を持つことでしょう。この詩はギリギリの生活、境遇にいる人々の決して頑迷ではない、ストリートの信仰を描いていると感じました。 (スパゲッティマンの夢)

2020-10-01

失礼。リアリー弱点✖️ 「弱点」ですね。 (スカム アーティスト)

2020-09-29

いいですね。スラスラ読めました。元から僕がこういう詩が好きだったせいか、それとも僕自身がかつて追いかけていた表現の体裁を取っているからか。とにかく馴染み深く読みました。でもただ上記の理由でいいですね、では芸がないので敢えて、敢えてですよ?弱点を探してみます。この詩はノンフィクション、現実と限りなく地続きになっているような作風であるのに、どこかまだフィクションめいている。それはもちろん悪いことではないのですがフィクションの安全圏、虚構・作り物の安全圏にこの詩があるというところがこの詩のリアリー弱点でしょう。まだ商品として、消費される文化として、嗜好される文化としてこの詩は存在している。だからこの詩は荒ぶる場所にいて痛切にリアリティを求める人には刺さらない可能性があります。ですがこの評はこの詩の完成度について疑義を唱えるものではないのことをご了解いただきたい。筆者様の他作品にも目を通してみたくなりました。それでは。 (スカム アーティスト)

2020-09-29

なかなか前に進めない自分、現状を変えられない自分の心情を詩的な言葉でよく彩色しているなと感じました。しかしその詩的な言葉で彩色することに拘り?執心?する余り中身の掘り下げや詩の展開がやや乏しかったようにも。「生活が満ちるに連れて」からラストまでが分かりやすく鮮明になり、胸にスッと入ってきます。ちなみに私は筆者様の野良犬青年という名前がとても好きです。それでこのタイトル「野原叙情」。読みたくなるよなと。 (野原叙情)

2020-09-23

死への願望、渇望があるのに…という趣旨の詩と捉えましたが最後の「苛んでいく現実を」受け入れる、ではなくて「他人のせいにする」というのがいいな、アプローチとして面白いなと思いました。現実と向き合うことでさえも「他人のせいにする」というズルさ、そしてそれが俯瞰出来ている筆者。中々に妙味があると思いました。 (最大収容数)

2020-09-23

字面が、絵面が、目に映る文字のバランスが美しい。意図しているのならば大成功。していないのならば今筆者様が相当な絶頂期に来ているのではと推測してしまう。ツイキャスのコメにて一般性?だったかな(失念失礼)がもっと欲しいと仰っていてその一助に、より深い読み解きをと思いましたが見た目と言葉の連なりの滑らかさを楽しむのも一興と感じたので控えます。剥奪。タイトルのインパクトが良いですね。 (剥奪)

2020-09-23

タイトルが美しいなと。詩自体もタイトルに負けずという印象。読み解くと別れを繰り返す自分の顔が、祖母を彷彿とさせるのかなと思いましたが、読解の正否はともかく最後「まるであの日の 祖母の顔」と来ることでこの詩の輪郭が鮮明になり、一気に良さを際立たせているとの感慨を持ちました。 (冬の邂逅)

2020-09-23

タイトルが。どうなんでしょう。「コロナ禍」だからこそこのシンプルな構成の詩が響くのかもしれませんが、もう少しコロナ禍を感じさせ仄めかすに留めた方が良かったかもしれません。 (コロナ禍のなかで)

2020-09-23

独白、回想風の文章なのでリアリティが切実に迫ってくるのですが、しっかりと詩として読みました。最終連、寂しげに「私のスカート」へしがみつく幼い私が切なく。今こそ彼女を幸せにしてあげて欲しいと思いました。現在忍さんが幸せを噛みしめる余裕があるからこそ。 (影が泣く)

2020-09-23

いいなとストレートに思いました。今、ある方とtears for fearsの「year of the knife」という曲について話していたのですが、その曲VOのローランド・オーザバルが、ある学校で少年がナイフを持って登校するようになったというニュースに衝撃を受けて作った曲なんですね。少年の攻撃性あるいは身を守らないといけない状況を、彼は悲観しエモーショナルな曲を作ったのですが、その名さえ報道されない「少年」に微かなエロティシズムと危うい魅力を感じたのも僕個人としては確かでして。この詩の主人公であろう少年にもその危うさを感じて、何だかリンクする人生に不思議なものを感じました。やや自分語りが入り失礼。 (少年)

2020-09-21

るるさん、コメントありがとうございます!小津映画を思い出しましたか。そういう一面もあるかもしれないです。この詩の父娘は理想化されていて、ある意味ステレオタイプなんです。もっと厚みを持たせてリアリティを追求することも出来たと思うのですが、ここは僕の心の安定を取りました。父と娘の和解。美しいミュージカルやオペラのようにそれが描けていれば幸いです。 (Daughter)

2020-09-18

くおんさん、コメントありがとうございます!昔の自分を。くおんさん奔放だったのですね。この詩は別れ、離別の詩でありながら和解の詩でもあるのです。お互いの価値観を共有し認め合い、しばし離れるという。この父娘はまた出会うでしょう。その時二人がさらに幸せになっていることを願ってやみません。 (Daughter)

2020-09-17

ゴデルさん、コメントありがとうございます!タイトルを気に入られたとのこと。嬉しく思います。亡霊が愛人。実はですね、逆なんですよ。この詩の話者、主人公こそが亡霊なんです。そして不義理を働く女性を…という構成になっております。記念すべき第一コメを当作に寄せていただきありがとうございます。 (手の鳴る亡霊)

2020-09-15

ひいらぎさん、コメントありがとうございます!非常に好みの作品とのこと。このような作風、世界観は必ず需要がある、誰かの好みや嗜好に合うと確信していたのでとても嬉しいです。「君の体は絞られ…」ですが例えば男性が女性に精気を吸い取られ枯渇する、抜け殻となるという着想はあってもその逆はなかなかない。生物学的には女性の方が男性より優位「かも」しれないが強靭な男性により女性が、しかも余りいい関係とは思えない女性が絞られ、衰弱させられていくという構図がパワフルでまた悪魔的で着想として面白いのではないかと思っていたので、功を奏したのなら快心です。愛がある関係で女性に男性が絞られるという構図はロマンティックでとても官能的なので僕も好みではあるのですが、この詩は復讐的な関係として逆を描きました。嗜虐性があって暗く濃厚な詩世界が出来上がったと思います。 (手の鳴る亡霊)

2020-09-14

るかさん、コメントありがとうございます!瞬間の連続に時間は作られ…。この詩は最初に「鬼さんこちら…」が最後永続的と呼べるほど繰り返されるという着想から始まっているので、そのような解釈、限りなく僕の意図したところに近い解釈をいただいて嬉しいです。「鬼さんこちら…」は本当のところ男女が抱きつきあってじゃれ合う遊びのためにあるフレーズらしいのですが、そういった童歌の淫靡な側面、陰りのある情欲がこの詩における男性の肉感的な関係にぴったりとフィットして僕自身もとても気に入っています。また瞬間、瞬間を体感するのが最も官能的かもしれないですね。ありがとうございました。 (手の鳴る亡霊)

2020-09-14

良いですね。出たしは私の感じる、人を惹きつけるための要素、食いつきのようなものが足りないと感じたのですが優しく読み手を詩世界へと招待し、この詩の肝である悲しみの調理まで持っていく。苦なく楽しく読ませてもらいました。 (いつものこと)

2020-09-09

好きだなあ。この詩。昨今の風潮、少なくとも僕の感じる現代詩界隈の風潮からはあまり良く思われない詩かもしれないけど、僕は支持する。可笑しくなるくらい。二段構成になっていて、実験的要素を加えているのは、ひょっとしたら「使い古しの表現が多い」だの「着想がありきたり」だのと言うよくわかったような指摘から作品を守るためであったのかもしれない。そう推し量ると僕には、少なくとも僕には一段目だけでも充分好きになれる作品だった。手だれの書き手であるABさんにはやや物足りない評であったかもしれないがご容赦を。 (ウルトラマリン)

2020-09-09

読了後実力はあるのに、実力は確かなのに結果をなかなか出せないスポーツ選手を思い起こしてしまいました。その理由として詩情を感じさせるパートと説明的なパートが分離しているせいではないかと感じました。特に二段目。ここで僕はつまづいてしまいました。ここが詩文として全体に組み込まれていない。詩情とか意味合いを含ませながら詩の背景を描くことに成功していないのではないかと。だがしかし「彼は今日も息をして」から最終連「プランターに水を まくのは もうやめた」への流れは非常に美しかったと思います。 (普通)

2020-09-07

僕は迂闊にもいい詩だと思ってしまいましたね。YouTuberとかが使う炎上商法で始めは反感を買うことを言ったりやったりして、その後徐々に人間味を見せて好印象を得るという手法があるのですが、それに僕はハマってしまったんでしょうね。笑えることに。少なくともビローンの詩よりは良いのではないんでしょうか。 (循環)

2020-09-07

この詩。無邪気に因果をひもといて解決法を書いてるだけだけど衝撃的なんではないでしょうか。個人的にはタイトルにインパクト、そして詩の内容そのものに短い謎解きという構成は余り好きではないんですが、この詩は気にならなかったというか無邪気で短絡的な詩文が読み手の気持ちを持っていく事に成功していると思います。 (摘出手術をしよう!)

2020-09-07

この詩いいですよね。蝉というワードが悲観的に、ある種の絶望を伴って使われている。蝉って盲目の人にも夏の終わりを知らせてくれるじゃないですか。だから本来希望とか光を持つものだと個人的には思っているんですよ。それなのに、いやだからこそかこの詩では念仏のように「蝉はもうじき全部死んでしまうだろう」と繰り返される。そこにあるのはとても主観的で人間的なエゴに近い希望の切り離し、に僕には思えるんです。モーリーというソロシンガーがソロワークスの初期に「絶望から始める それ以外に価値はない」と歌っているんですけどそれに近いものを感じました。でも日本は四季の移り変わりの美しい国。秋にも密やかに希望めいたものを感じさせることでこの詩は秀作になっていると思います。 ちなみに今日投稿する「予定」の自作にも蝉が出てきます。僕の蝉へのイメージが著しく投影されていると思います。それでは。 (蝉はもうじき全部死んでしまうだろう)

2020-09-07

るるさん、コメント&返詩ありがとうございます!inde skyって。本当に良くないんですよ。パチンコ。心身共にハマりすぎは毒になります。僕はようやく最近ギャンブル中毒からも脱しつつあり、心も体も健康を取り戻しつつあります。良かったです。キングにモンクの一つでも言ってやれ!で言いたいところですが、ここはグッと堪えて自分の身の立て直しに執心したいと思います。笑けてきますが。僕の調子を少し気遣ってくれているかのような返詩。ありがとうございました! (沙羅双樹in the soy sauce)

2020-09-05

帆場さん、コメントありがとうございます!沙羅双樹 in the soy sauce はキャッチーですよね。本当にキャッチーです。実はこのタイトル、以前書いた詩作品のタイトルでもあったのですがその詩が最早スタイルとして私が忌避しているものだったので、タイトルだけ借用して作り直したのです。このタイトルだけはまだ「生きて」いたので。さてもう一つの感想、自分を擁護するナイーブさがあるとのことですが、実際ギャンブル中毒になると私も経験ありますが自己弁護、自己擁護しないと精神が破綻するんです。それだけ生活諸々めちゃくちゃになる。だからこの詩の話者も自己擁護したんですね。ある意味自然な流れなのです。リアリティを伴った。最後の段は僕も気に入っています。地獄のような生活から垣間見える沙羅双樹。しかしそれがsoy sauceに浸かっていることで不穏な兆しが感じられる。同時にこの男に人の心がまだ残っていることを示している。良かったと思います。 (沙羅双樹in the soy sauce)

2020-09-02

羽田さん、コメントありがとうございます!無常の象徴が保存。そこまで直接的にイメージはしませんでしたが平家物語の無常観、切なさ、儚さをこの現代の俗っぽい男、半ば人生が終わりに差し掛かっている男に照らし合わせようと無意識にはしていたかもしれません。懲りない。確かにこの男性は凝りそうもないですね。 (沙羅双樹in the soy sauce)

2020-09-02

沙一さん、コメントありがとうございます!ですね。自分でも対照的な二つのモチーフを上手く詩情に昇華出来たと思います。soy sauceに血。確かに黒く凝固した、もしくはドス黒い血の中に沙羅双樹が浮かんでいるとイメージすればこの詩が成功した理由、そしてこの詩の指向性が見えてくるかもしれません。イメージとして殺伐としていながらとても綺麗ですね。文章もソリッドにきまっているとのこと。ありがとうございます! (沙羅双樹in the soy sauce)

2020-08-29

帆場さん、コメントありがとうございます!人間ほとんどが子供の頃はシンプルです。少なくとも個人的にはそう思っている。しかし社会の定義した「普通」とすり合わせるよう求められる年代になればなるほど複雑化してくる。というより自身の複雑さに気付く。それは構造的なものかもしれませんが否応なく襲ってくるものです。この詩はそういった複雑さを生む社会と語り手の関係を男女の機微に照らして書いたものです。蝉の死に無常を感じながらの展開は我ながら上手く行ったのではないかと思っています。心の異端児とワンオブパーツ、実は気に入ってる箇所なんですよ。僕は本来こういう飛躍した表現が好きなのかもしれません。また返詩の方ですがキメラと蝉が死んでいたんだの連呼がとても効果的ですね。しかもしっかり僕の詩とリンクしている。LINEが未読のままというのが、なんとも言えない喪失感、茫漠たる孤立感を描いていて良いじゃないですか。僕が描きたかったのは蝉の死骸を見つけた時、不意に襲ってくる孤独感だったのかもしれません。それは社会と断ち切れた。何れにせよ返詩の方もありがとうございました。 (夜の空はキメラで染まりつつ)

2020-07-31

かずやさん、再度のコメントありがとうございます。そうです。tears for fears の「God's mistake」という曲です。この曲はvoのローランド・オーザバルが若い頃に結婚した奥さんと2人共々純粋さがなくなり、結婚や男女間の愛に悲観的になっていた頃の作品です。ぜひお聞きになってみてください。ちなみにこの時期の彼は「Mr.pessimist」という曲も作っております。こちらもご参考までに。「ベターハーフ」の関係ですか。それも良いですね。性的役割、ジェンダーその他あらゆる要素が激変期に今はあるのでしょう。有意義なお話ありがとうございました。 (夜の空はキメラで染まりつつ)

2020-07-30

舟虫さん、コメントありがとうございます!夏は切ない。一点では僕も同意するところです。ですが僕は基本夏男で夏が大好きなんですよ。あの照りつける陽射しとセミの鳴き声、風鈴、素麺と言ったものが。この詩では蝉の死骸から、無常を描き出していますが僕は夏が好きだからこそその寿命を全う出来なかった蝉に切なさを感じとることが出来たのかもしれません。蝉も人も不意に死はやってくる。死が救いであったとならないほど完全燃焼したいものです。 (夜の空はキメラで染まりつつ)

2020-07-30

かずやさん、コメントありがとうございます!この詩はLGBT問題にも微かですが触れていますね。男性でありながら女性の心を持って生まれた人たち、またはその逆も然り。この詩の話者は恋人と思しき人物と、つがいになることに一応の帰着点を見つけたようですが、世の中一般ではそう単純にことは収まらない。本当に単純なようで複雑なんです。僕の好きな歌で「LOVE IS GOD'S MISTAKE」と歌っているものがあるのですが、この詩はそういう男女間の複雑な機微、ちょっとした悲観も扱っていると思います。本当にもっと物事が単純だったらどれほど生きるのが楽だろうと思います。 (夜の空はキメラで染まりつつ)

2020-07-30

アリハラさん、コメントありがとうございます!また格段の評価をくださり嬉しい限りです。ビーレビ大賞からは残念ながら漏れてしまいましたが、このような評価をくださるとより一層精進したいとの思いが募ります。ありがとうございました。 (ほどよい加減にさよならを)

2020-07-28

王道。王道の詩の美しさがある。だがそこにも現代的ともいえる試みがなされている。例えば()のあとに「足元にダンデライオン」といった趣向だ。()の一節は世情を突き放し、強がり、気丈に生きる様を描いているのだがその足元にあるのは大らかで自由なイメージのダンデライオン。この対比が対比の美しさが、この詩をただの古風で王道の詩に留まらせていない。蛇足だが筆者様にツイキャスにてサラブレッドと最後のパン(ブレッド)とサラダは着地点はそこではなかったのだが締めとして閃いたとお聞きした。この遊び心ユーモアのセンス、ある種の融通もこの詩を良いものにしていると思う。 (野道)

2020-07-26

ああ。いい詩ですね。死と詩どちらでも取れる体裁で最後にバタフライへ繋がる。情景も悪くなくいい詩だなと思いました。 (し)

2020-07-09

一時期、渡辺君の作品は低調期が明らかにあったはずだが前作、そして今作を観てその低迷期を抜け出した印象。言葉の使い回しや繋げ方は独特なのだが不自然さがなく渡辺スタイルとでも言うべきものを確立している。全体として美しいトーンで描かれているが、渡辺君が時折見せる生命感のなさ、身体性の欠如のようなものを感じまたそれが効果的である。ビーレビは画像投稿、動画投稿で様々な試みがなされているがテキストのみで勝負したこの作品にはかなりの自信があったと思われる。そしてそのことに納得の出来映えでした。 (隅中の実存)

2020-07-05

はもさん、コメントありがとうございます!初めましてですね。自分の身の回りのことをしっかり繊細に描くというのは、僕は詩作があまり上手く行かない時によく試みることでして、自作「ラブソング」という作品においては本当に半径5メートル以内にあるモノばかりで序盤を形作っていきました。あの作品は僕の再スタートの原点だったと思っています。武田鉄矢さんの俳句、素敵ですね。僕も自分の部屋のカーテンのことを書いてはもさんに、そういう人が良いと言われてとても嬉しいです。ありがとうございました。 (ほどよい加減にさよならを)

2020-06-26

湯煙さん、コメントありがとうございます!そうですね。この詩は進化論や創造説やその他のあれこれ、世に学術的と呼ばれる諸々の思想、考え方のクッション、それらにまつわる争いごとのクッションとなるような要素が、大げさですがあるようにも思います。結局たどり着いたのは豚の角煮をハフハフする六畳一間。これはなかなかの展開ではなかったかと個人的には思っています。湯煙さんのラストのご指摘、祝祭的な打ち上げの感覚。これはそこそこ意識したもので、お洒落にと言ったら凡庸ですが品よく騒動の多い世事とさよならしている。これは効果的だったのではないかと。改めてありがとうございました。 (ほどよい加減にさよならを)

2020-06-26

エイクピアさん、コメントありがとうございます!程良く散文に流れない詩のカルマがある。そのような指摘をいただけてとても嬉しいです。散文詩は実際私も多く試みたところでありますが、今の時点ではこの作風が自分でも心地良く、正に程よい加減に仕上がっているのではと思います。2000年12月31日。本当に色々なことが世界中であったと思います。だがこの詩の話者はなんとはなしに乗り越えてなんとはなしに終えた。そしてまたそれで良かったと思っている。この心情、心持ちが多くの人へプラスへ作用したのでしょう。 (ほどよい加減にさよならを)

2020-06-26

羽田さん、コメントありがとうございます!そうですね。この詩は豚の角煮をハフハフに象徴されるような、日常を大切にする心、目線がとても重視されていると思います。様々な闘いと葛藤があった話者でしょうが今では世間とも世俗ともほどよい距離が取れている。その力加減が皆様からの好評に繋がったのではないでしょうか。 (ほどよい加減にさよならを)

2020-06-26

ウトイさんへ。いや別に構いませんよ。それは余りいい気持ちはしませんでしたが、人それぞれ。ということで今日も豚の角煮をハフハフです。 (ほどよい加減にさよならを)

2020-06-21

リンクスさん、コメントありがとうございます!先日のキャスで朗読したのが功を奏したのでしょうか。リンクスさんの胸により一層響き幸いです。空白のスペースはご指摘の通り意図したもので、最近試した技法の一つであり、寂しさとともに深い余韻を残そうとしたものです。言葉に出来ない部分を表現したと言えばいいでしょうか。とにかくもリンクスさんを今一度刺激出来たようで良かったです。 (≒僕 への置手紙)

2020-06-18

ウトイさん、コメントありがとうございます。角煮をハフハフ。豚の角煮は美味しいですからね。同意者も多いというものです。 (ほどよい加減にさよならを)

2020-06-13

ABさん、コメントありがとうございます!なぜこんなにしみてくるのか。最高クラスの賛辞だとお受け取りしました。教会へ の一行、そしてこの話者の宗教、世俗、世の中への接し方がえも言われぬ妙味をこの詩に付与したのだと個人的には思っています。 (ほどよい加減にさよならを)

2020-06-13

三文字さん、再度のコメントありがとうございます!その通りですっ。ズバリです。苦悩や痛みを描くことなく「何かあったんだろうな」と仄めかすのがこの詩の主たる目的の一つでもあったのです。実際終末論を退けていながら、教会には時折通っているこの話者の姿勢からも多くを想像出来るのではないでしょうか。神学の本を読んで「ん〜???」。いわば一つのあるあるですね。分からず屋だなんてそんな。有意義なやり取りでした。 (ほどよい加減にさよならを)

2020-06-13

三文字さん、コメントありがとうございます!まずは生活感情を素直に書き上げているとの賛辞ありがとうございます。さて終末論者のくだりですが、あえて書いていませんが、この詩の話者は宗教に向かい合う上であるいは向かい合った過去に、多大なな辛苦と苦悩、格闘があったのです。 ただこの詩においては、あるいはこの話をする段においては、語るべきではないと判断したのです。 初めはというより再推敲版では終末論をもっと自身から切り離し「終末論者じゃなかったんだよ」と言い切っています。そして私はその表現の方が良かったとも思っています。 加えてもし思想信条の自由が どのような場面でも 何を語る上でも守られるのならば 終末論者であり続けるのも自由 終末論が自身の人生において 適当ではないとそれから離れるのもまた自由ではないでしょうか。 思わぬ所で(恐らく神学に詳しい方かと思いますが)つまずきがあったようですが、理解してくれると幸いです。 (ほどよい加減にさよならを)

2020-06-13

千才森さん、コメントありがとうございます!そうなんですよ。豚の角煮は至福なんです。最近の僕の詩のアプローチとして身近な食べ物や飲み物を表記するというのがあるのですが、この詩は特にそれが上手くいったようです。「三丁目のあの娘」に恋い焦がれたマイティというビーグルも、私が以前飼っていた犬でして私のパーソナルな部分が絶妙に結実したのではないかと思っています。インパクト、この路線でインパクトを生むのがまた一つの目標でしょうね。ありがとうございました。 (ほどよい加減にさよならを)

2020-06-13

沙一さん、コメントありがとうございます!んーむ。唸る。タイトルがダブルミーニングになっているとの解釈に。確かに去り際が名残惜しげでもあったかもしれません。だとしたらほどよい加減の(関係)とさよなら、という読みも充分あり得ますね。関係がより深く密接になっていく様を描いていたとしたら、それはまた趣の違った深みが出ているに間違いありません。沙一さんのコメントでは「9090年のハッピネス」でいただいたように9090は2020の横滑りではないかとの解釈があり、いつも唸り、楽しませてもらっています。改めてありがとうございます。 (ほどよい加減にさよならを)

2020-06-03

ライ麦さん、コメントありがとうございます!そうですね。爽やかで温かい。僕は今自分自身衒いがあったり、過度に気取ったりする文章、詩文を避けているんですけど、それが爽やかな読後感をもたらしているとしたら幸いです。そうありたいと一面願っている部分もあるでしょうから。一節一節好きな部分もあげてくださりありがとうございました。 (ほどよい加減にさよならを)

2020-06-03

いいですねえ。言葉のチョイス一つ一つが洗練されている。まず字面だけで美しい。厄介じゃない。目で鑑賞して心地よいと思える作品。素潜りで 背泳ぎで などは特にいい。海馬という単語が出てくるのも不自然さがなく良いです。書き慣れた人の筆致だと思いました。 (在処)

2020-06-03

削られた日常への感性のようなものが静かに描かれていて良かったです。特に最後の締め。「日没」は0が消えるのかあと妙に納得してしまいました。短いが、いや短いがために想像力を掻きたてられる詩だと思いました。 (5 - a view)

2020-06-03

僕は個人的に「トリッキー」という単語が好きなんですけれども、こうまでトリッキーであることにこだわり、トリッキーを連呼されると妙なおかしみや馬鹿らしさのようなものが出てきてついつい笑ってしまいました。もしこの詩がトリッキーであることへの揶揄だったとしてもそこに嫌味はなく痛快に読めました。これからもトリッキーでいてください。僕もトリッキーであることを目指します。 (トリッキーなことを思うが結局早めに考えることをやめてしまおうか)

2020-06-03

地球さん、コメントありがとうございます!何度も読んでいただけているとのこと。とても嬉しいです。そうですね。この詩の主人公、話者は前にもお話したように限りなく僕(けいせいさん)に近いんですけど、この話者の方がもっとひたむきさを凝縮しているのかもしれません。それが一所懸命歩いていく姿となり、憎しみや怒りを削ぎ落した涼しげな姿へと変換されているのかもとも感じます。それがまた清涼な読後感をも生んでいるのだと思います。ありがとうございました。 (≒僕 への置手紙)

2020-05-20

Fantasmaさん、コメントありがとうございます!意味を超えて人生のカオスを。嬉しいです。ありがとうございます。今詩のスタイルあるいは詩に書くべきことを大幅に変えていっているので、評価いただけて嬉しいです。佳作か!残念っ。では次はグレイトorファンタスティックを目指したいと思いますっ。 (≒僕 への置手紙)

2020-05-20

杜さん、コメントありがとうございます!前向きになれる作品を書けて良かったです。 ≒僕 を辞めても 失業保険はちゃっかり貰うという構図はとても面白くて僕も好きです。ありがとうございました。 (≒僕 への置手紙)

2020-05-20

白川さん、コメントありがとうございます!そうなんですよ。白かわさんのご指摘の通り、この作品はあちらへ旅立つ人のイメージも帯びてしまったのです。ですがそれは僕にとってマイナスではなく、次の創作ステージへ向かう上での確認事項にもなったのです。浄化された魂は沖縄へ、肉体は元いた場所へという構図になったとしても僕自身はとてもこの作品に満足しています。 (≒僕 への置手紙)

2020-05-20

左部さん、再度のコメントありがとうございます!「ああ、やっぱいいな」が合致する。最高じゃないですかっ。それは。読んでみて気持ち良くて心地よい。やっぱりいい作品だ、と思われるのはまさに詩書き冥利です。左部さんが再コメしていただいたお陰かどうか更にお二方からもコメをいただきました。感謝です。 (≒僕 への置手紙)

2020-05-20

凄く色艶があるのにタイトルにある通り正に孤独を感じる。この詩中に出てくる恐らく二人の男女にはどうしても埋められない溝、詰められない距離があるのだろう、と感じました。 (手の平の孤独)

2020-05-19

いや極々普通に読んで、良い読み物だと思いました。このノンフィクション作家に何があって光へとテーマが変化したのか分からないのですが、またその最大の謎、この詩における到達点は明かされないままですが、それがむしろこの詩を美しい作品に仕立てている。この構成が幸せを読み手に与えます。闇しかテーマにして書かない作家の心情に迫りながら最後まで読み切らせる技術も見事でした。 (ノンフィクション作家)

2020-05-18

完璧。ほぼほぼ完璧。少なくとも僕はこの作品に難点を見つけようとは思わない。あらゆる詩句が予想外の繋がりを見せながら不自然なところがこれまたほぼない。コメントしようしようとして躊躇していましたがここに来てようやくコメント出来ました。美しい。○や●を使ったりという実験的な試みも絵画としての詩あるいは絵画的な詩の中に絶妙に取り込まれている。「口ほどに蝶」というタイトルも素晴らしい。良かったです。 (口ほどに蝶)

2020-05-18

左部さん、お久しぶりです!めっちゃいいですか!ありがとうございます。取り急ぎでもそう伝えたくなるほどの出来映えになって自分でも嬉しいです!左部さんの云う「ちゃんとした感想」の方も楽しみにしております。実は「いや、めっちゃいいよ」ってコメは左部さんのような書き方になると僕に激喜び状態を与えてくれるんですよ。ありがとうございました。 (≒僕 への置手紙)

2020-05-11

いすきさん、コメントありがとうございます!そうなんですよ。この詩で具体性というかある種の輪郭がはっきりするのは、那覇国際通りの一節なんです。ここは効果的でしたね。沖縄は幼い頃住んでいたのですが嫌な想い出がほとんど残っていない。こう云うと凡庸ですが、沖縄は僕にとっての楽園なのかもしれません。「≒僕」であるのを辞めたら、そうだね、沖縄にでも行こうという詩にもなっております。僕自身にあるいはいすきさんの仰る「人」に決められた「≒僕」であるのを捨ててという。そんな詩にもなっていますね。 (≒僕 への置手紙)

2020-05-11

うーむ。良いですね。短い中に詩情を凝縮するのに成功している。初恋がボイジャー2号でありながら、名前を知らない科学者を呪うだなんてかなり粋な表現、流れ。呪うという言葉がこれほどポップにある意味気持ちよく、心地よく描かれていることに「おおー」と感嘆。 (秘密)

2020-05-07

何なんですか。この僕好みの詩は。母への愛、愛慕が屈折しながらも少し斜に構えながらも美しく、それでいて無駄なく描かれている。そう、この詩の最大の良さは過不足がないところだ。寂寞、寂寥感が描かれていながら孤独じゃない、押し付けがましくない。画像が呼び起こす感興も見事なものです。「ママンへ」僕もその書き出しで何か書きたくなりました。ピックアップにも紹介させていただきます。+αのビーレビ大賞候補五つ枠のうち一つをもう占める勢いです(僕の中で)とにかく素晴らしい。ありがとうございました。 (ママンへ)

2020-05-07

沙一さん、コメントありがとうございます!そうですね。冒頭でネタバレは勿体ない。ただどうしても持って来たかったんですよ。このフレーズを最初に。その思いが先走りしすぎて冷静な判断がひょっとして出来なかったかもしれません。でもタイトルが魅力的だと評価してくださり、嬉しい限りです。あと、少し描写が過剰だったかもしれません。技師、技に溺れるみたいな。もう一度チャンスがあれば推敲したいくらいです。 最後に沙一さんの仰った「信号を渡った人は天国へ行った人」という解釈、とても好きです。ある意味では安全な道を辿り天国へ行った人々だと言えるかもしれません。信号を渡った人々。とにかくも奥行きの増す感想、解釈ありがとうございました。冥利につきます。 (信号が青になったら渡る歩行者のように)

2020-05-03

そうですそうです。わかっていただけて嬉しいです。 (信号が青になったら渡る歩行者のように)

2020-05-03

トビラさん、コメントありがとうございます!この詩は裸で何の文学武装もせずに書いたものです。それゆえに分かりやすいな、平明だなと感想を持つ人がいらっしゃるだろうことは容易に想像出来たのですが、裸で文学武装せずに作品を公けにするところにまで持って来るのは結構大変なんだぜ?という僕の感覚をレスポンスとしてお届けするにまずは留めたいと思います。ありがとうございました。 (信号が青になったら渡る歩行者のように)

2020-05-03

安心する。なぜだか分からないが、このような良質の詩を投稿されるユーザーがビーレビにいることになぜだか安心する。詩の内容としてはオーソドックス「かも」しれないがせん妄として描かれた情景が最後こころこころに帰着するところが気持ちよく、実に素晴らしいです。 (夜陰)

2020-04-26

まりもさん、コメントありがとうございます!お久しぶりです!徹底して語りかけるモードが豊かな印象、との評価嬉しく思います。「何ごとも徹底しろ」と言ったのは故野村克也氏だったでしょうか。最後に句読点なく批判的文言を封じるべく、読み手に起こり得る感情をすべて書き出し、畳みかけたのは効果的だったとも思います。リアリティーがあるとご指摘された箇所では、瞬間瞬間の出来事がスローモーションのように見える感覚を出そうと試みました。もし功を奏したのなら良かったです。ありがとうございました。 (BUMP OF CHICKENを嫌いになる日)

2020-04-26

南雲さん、コメントありがとうございます!飛躍を孕みながら不思議と密接に、というお言葉は私もほぼ同意というか大いに感じるところでして、一文の中ではおよそ、なかなか出逢わないだろう言葉同士を上手く繋げあわせた時、得も言われぬ詩情、感得が生まれるのではないかと考えています。感傷なんて君には…を高く評価していただきましたが、それを鑑みるともう少し今しがたお話した要素を持つ一節を設ければ良かったなとも思いました。画像の方も装丁と解して評価されたのは嬉しいです。ありがとうございました。 (BUMP OF CHICKENを嫌いになる日)

2020-04-26

失礼。ただいまのは沙一さんへの返信ですね。 (BUMP OF CHICKENを嫌いになる日)

2020-04-23

沙一さん、コメントありがとうございます!ね。ですよね。この作品はタイトルを考えたもの勝ちなんです。実はツイッターのタグで「書いてもいない詩のタイトルを晒す」というのを一つ投稿したのですが、二つ目に投稿しようと思ったのがこのタイトルなんです。だがしかし待てよ?これだけ良く出来たタイトルを野に放つか?となりまして結局詩自体も作ることになりました。内容自体は非常に凡庸、平明一歩手前ですがタイトルから喚起させる意味合いが予想以上に深く決まったと思っています。書きすぎるところも削いでスリムだったとも。あとは沙一さんが考えたとおりのことをほぼ僕も考えておりました。ありがとうございました。 (BUMP OF CHICKENを嫌いになる日)

2020-04-23

白川さん、コメントありがとうございます。三部作全て目を通してくださったのですね。ありがとうございます!。「the father」と「頂きへ」が眩しすぎるとの評、歓喜の極みです。さてこの最終作ですが私自身の陰鬱な身体的、精神的状況をこれでもかとばかり掘り下げた作品でもあるのです。だから「暗く重い」。その方が読みやすかったという評はある意味目から鱗でもあります。陰鬱でダークな音楽が時に心地よく響くように、白川さんには上手く作用したのかもしれません。この作品の成功ポイントは亡者に近い人物の幻視的状況を描き切ったこと。上手くいかなかったポイントはそれこそ陰鬱すぎたこと、同時に筆者としては含意のある「父は地獄へ、母は天国へ」という表現を納得させる形で読ませられなかったことだと思っています。まだまだ精進ですね。最後に石が毒々しい多色に変わっていること、よくお気づきになりましたね!これは偶然の賜物ですが、美しさの陰にある悲壮を表すのに最適だったと思っています。ありがとうございました。 (楽園行きD51-F857)

2020-04-23

沙一さん、コメントありがとうございます。発想は本当に素晴らしかったですよね。私もそう思います。小説的な内容と詩の言葉がケンカ。私も一部把握出来るところではありますが、その点是非とも次作以降に活かしたいですね。サムネも効果として今一つだったかもしれませんね。しかし花はどれだけ美しく咲こうとも、花開こうとも、希望の象徴たろうとも何れ散るという点において、この詩に相応しいかと判断したのです。ご容赦を。沙一さんの『汽車』拝見しましたが良かったですね。急停車した汽車内における小さなドラマ、人の繋がりそして汽車がまた動き出した時の歓喜。時間の流れを感じさせる良作だったと思います。 (楽園行きD51-F857)

2020-04-23

良いですね。何にも考えたくなくなりました。直近の世相を思うとより一層このような詩が響く。私もごろんと横になり、のんびり空が赤らむまでは風の音でも聴いていたいものです。 (家を想う)

2020-04-22

いすきさん、コメントありがとうございます!そうですね。この作品は「the father」「頂きへ」に続く敗北、家族三部作の結末であり、集大成でもあったんですけど余り評価が高くなかったですね。陰鬱な状態、身体状況を描き切ろうとしたのですが残念です。この詩は病人あるいは死の間際にでもあるような人が幻覚症状的に見る夢、幻想、願いといったものを描いています。虚ろな表情で決して幸せとは言えない楽園をそれでも求めるなんてなかなかに悲壮感があって良いでしょう? D51の躍動感が欲しかったとのことですが、確かにD51を選んだからにはもっとパワフルさ、全てを踏みにじり、蹂躙するD51のパワーのようなものも描いても良かったかもしれませんね。だが本旨はそこではなかったのです。詳しくは省きますがこの詩がなかなか人に届かなかったというのは思うところが少しあります。何れにせよ弾けたコメントを入れてくださりありがとうございました。 (楽園行きD51-F857)

2020-04-22

暗い。暗い中にも希望がある。静かに地球の寿命が尽きていくのを見届けるような希望が。赤い雨が何を表しているか、この世相、そして地球環境の激変期においてはある程度想像がつくが、しかし「赤い雨」である。何度も繰り返される赤、と雨。読み手は沈痛になりながらも徐々にその日常に慣れてくる。そこで見出せるのはともに暮らし、呆れ、幻滅したり、笑い合ったりするパートナー。この詩は広い世界を描いているようでいて実はとても狭い。余りにパーソナルな空間が描かれている。読み手が共感するのはパートナーと話者の空気感、そして赤い雨の沈鬱さだけ。だがそこにこの詩の真骨頂がある。素描のように、日記のように書き記した空想下における不安や喜びでも、その二つの共感要素だけで作品として成り立たせている。それはきっと話者が物申す者でもなく、怒れる者でもなく、あるいは導く者でもなく、粛々と悲運を受け入れる者だったから可能だったのだと。私にはそう思えるのだ。 (赤い雨)

2020-04-19

んーむ。少し私の自分語りで申し訳ないが、リアルタイムで俵万智さんの「サラダ記念日」が出てきた時のことを思い出す。その頃の私はヒリヒリとした刹那的、退廃的な文化に重きを置き、ひたすら尖っていた。だから彼女の歌集の意義も良さも分からなかったし、分かろうともしなかった。だがそれは長閑な日常の中に、自分が幸せや価値を感じる能力がなかったことの証でもありました。この詩、作品を読むと長閑な日常の幸せを感じる。幸福を感じる。そして筆者がそれらを拾い上げる敏感さを備えていることをも感じる。それが少し羨ましいと、と10代の頃の私がちょっと嫉妬混じりで言っている。自分の些細な日常を、人々の中心に置くことが出来ている詩だと思います。 (台所)

2020-04-19

失礼。誤字。 他社✖️ 他者◯ (救済の日)

2020-04-19

良いですね。マゾヒストたちが死を迎える時、がどのような時であるかを断言するように言い切っているが、それがほとんどストンと胸に落ちる。断定的表現なのに首を傾げるところがほぼない。筆者様が他社作品へ寄せたコメントの一つに「詩的な言葉を使っているが自分のものにしていない」という旨のものがありましたが、この詩を読んで納得。単語一つ一つのつながりが飛躍がありながら不自然ではない。まさに言語を「自分のもの」にして放出している印象。そして最後の「見捨てられた匿名社会の死」この表現で、この作品は数段素晴らしいものになっている。大上段に構えた説法ではなく、この一節で慈悲、憐みにも似たものが詩全体を覆いながら引き締める。素晴らしいと思います。 >匿名社会の死 とはSNSや匿名掲示板全盛のネット社会の死だとも解釈しましたが、もっと大きな意味を包含しているとも感じました。タイトルと中身のシンクロ。意味、詩情を引き出す要素も良い。かなりの良作だと思いました。 (救済の日)

2020-04-19

ちょっと書き足りない、と言うかあまりにアホ丸出しで書いたのでコメ欄におけるふじりゅう君のステイトメントを見逃していた。そうだったのか。この作品は「高圧的な罵倒を繰り返す中毒者」をあえて炙り出して描いたものだったのか。「」の意味をもう少し検討すれば良かった。これを半ばふじりゅう君の本心だと誤解するなんて感情に任せすぎたよ。失敬、失敬。だがしかし!けいせいさんは熱くなれ!と依然として呼びかける姿勢に変わりはない(結局それが言いたい) (はやくワクチンをください。)

2020-04-15

ちょっと抽象的な感想から入ります。この詩は、この作品はある一定の、ある特殊な、ある精神状態における、筆者のある本心に近い感情を特化し、肥大化させて書いたものだろうと推察します。多くのネット詩人を直撃するインパクトを持つ詩、作品であるのは間違いないのですが。さあここまでだ!冷静に語るのは!何でこんな詩書いちゃったんだよ!ふじりゅう君!ネット詩掲示板なんて弱い。興味のある人以外誰も見ないだろう。引きつける引力もない。それは誰もが、関わるみなが、ほとんどの人がわかっている。だがしかし!だからこそ!我々は(ふじりゅう君も含めて)汗水垂らして、必死こいて盛り上げようと、詩誌に対するカウンターたろうと、そしてあわよくば詩壇でさえ蹂躙するパワーを育てようと、書き手を養おうと、送り出そうと頑張ってきたのではなかったか!これがふじりゅう君の本心ではないし、本心だとは微塵も思いたくないが、問題作、話題作としてのメタ詩を作ろうという誘惑に筆者が、つまりふじりゅう君が負けてしまったのが残念でならない。残念だ!けいせいさん熱くなっちゃったよ!もっと熱くなれ!燃焼しろ!燃え尽きろ! 熱くなれ!らーらーらららーやっぱり今日明日も貴方に会いたいー♪by大黒摩季。 ツイッターにも書いたが冷めた態度じゃ決して楽にはなれないのだ!理知的批判精神だけでは決して楽にはなれないのだ。それはこの作品を投稿した、してしまったふじりゅう君が一番わかっていると思う。だが私もまた弱い。この作品でのやり取りを傍観すれば良かったのに傍観出来なかった。このような作品、放っておけば良かったかもしれない。しかし一時期でも関わった人間だからこそ放っておけなかった。けいせいさん熱くなりすぎたよ。 ということで一通り書いたから満足した。この詩にはまたお邪魔するかもしれない。もし今作が釣りとしての詩だったとしたらけいせいさんは見事に引っかかったわけだが、釣りだとしたら筆者が目の前の誘惑に負けた腐臭に満ちている。返す返すも残念だ。この詩はネット詩掲示板、ネット詩人への鼓舞だということもわかっているが、この作品で筆者が手を打ってしまったことが重ね重ね残念だ!ふじりゅう君、もっと熱くなろう。 長文失礼。ではおしまい。 (はやくワクチンをください。)

2020-04-15

tOiLeTさん、コメントありがとうございます!前半の重みから脱力したように病院へ場面転換する流れは、僕個人としてもとても気に入っています。ただ「頂きへ」と上昇志向を描くだけでは足りないくらいのちょっとした人生経験はしたと思うのですよ。少し叙事詩的にもなっているこの作品に高評価をいただき感謝です。ありがとうございました。 (頂きへ)

2020-04-14

これは「詩」か?という問い掛けを完全度外視してコメントしたいと思います。普通に面白い。数ある投稿作の中で一際目立つ。以前ふじりゅう氏がネット上で起こるであろう困難なやり取りを作品にしたことがあったが、構造はそれに似ている。しかしこの作品の面白味は単にネットトラブルを描いたことではなく、文芸論争、文学論争に関する著者の考え、答えを作品を通じて仄かしているところにある。これは上手いし、ある意味メッセージを届ける上で効果的な方法の一つだと思う。この面白味のある作品を通して、私たち読み手は徐々に、小林イズムとでも言うべきものに引きずられているのである。ヒトラーはこう言った「子供は遊びを通じてどうにでもなる」。私たちは娯楽やエンターテインメントを通じてどうにでもされているのかもしれない。そんな雑感を得た作品でした。 (メッセージ)

2020-04-14

帆場さん、コメントありがとうございます!箱庭。まさに。初期には私の経験を織り交ぜて、教師の平手打ちだったのですが、変えて成功でしたね。トラウマチックに描写するだけでは詩になるはずもなく、また最近個人的なトラウマとかストラッグルから離れれば離れるほど、人に訴える詩情は増すのではと考えています。波音が綿々と引き継がれた血潮の香りがするだなんて素晴らしい。帆場さん、書けませんか。書きましょう!レッツチャレンジです。では。 (頂きへ)

2020-04-11

帆場さん、コメントありがとうございます!どのような状況でも希望を抱く。眩しいでしょう。希望を抱きましょう。かのモンテ・クリスト伯にも書かれていたではないですか。「待て!しかして希望せよ!」と(岩窟王より)。音楽的にはまだまだなのは分かっているのですが、まだイメージを形にするのが難しく。長い目で温かく見守ってあげてください。次回の挑戦?もちろんしますよ! (A LASTING STORY)

2020-04-11

コメントありがとうございます!貴音さん。確かに詩をギュウギュウに詰め込んでいる印象はありますね。大きな一歩を踏み出す感じがしないというのは残念です。それはまだ歌詞と音楽の兼ね合いのさせ方、そして僕の音楽的技術の未熟さによるところが大きいでしょう。さて歌詞ギュウギュウ問題ですが、恐らく次作はもっとギュウギュウになる可能性があります。しかし音構成をシンプルにすることで聴き心地のいい楽曲にするつもりです。ご期待ください。良ければご視聴くださいね。 (A LASTING STORY)

2020-04-10

南雲さん、コメントありがとうございます。まずは子細に渡るこの分析、高い評価に感謝です。南雲さんからのコメントに昨日は打ち震えておりました。では早速作品について。この作品は音楽に手をつけている間に言葉、詩への渇望が芽生えたことから作られています。今の時点の私では歌詞だけではどうしても限界があり、この詩を構想しました。前作「the father」との接点も幾つかあり、連作のようにもなっています。ご指摘の通り、団地が妙に不気味な妖艶さを持っているというのは私も同感でして、あの覆いかぶさる高い棟に鬱屈した印象を感じていたのも事実です。団地の鬱屈した影、思春期からこの詩は大きく発展させているとでも言ってもいいかもしれません。更に地上的、天上的、そして無垢なる白。との区分けは私が意識していなかった部分で、南雲さんが後述された通り無意識的なものです。地と天を往来しながら、という南雲さんのご指摘はこれもまた自身の心象風景、叙情を辿った結果のものであり、意識的なものではありません。しかし慎重に慎重に言葉を選び、推敲し、積みあげていった作品にそのような感慨をいただけたのは感謝の極みです。最終節は投稿したのち、「焼き残る骨を見ながら」で締めても良かったかなと思っていただけに高評価をいただき安心しました。最後になりますが写真はダ・ヴィンチの、俗に言う「指し示す手」を意識したものです。まだまだ不十分と思えるほど南雲さんの胸をとらえたことは、喜びにたえません。本当にありがとうございました。書いて良かった。 (頂きへ)

2020-04-10

あえてのライトコメです。石村さんは詩の集大成へと向かってらっしゃるように感じます。単なる終活ではなく、詩的終活とでも呼べるような。結尾、終わりが決して暗くなく、あかるいのなら私たち後続の物書きもある意味安心です。もちろんそこには自分自身でたどり着かなければならないのですが。「みながハッピーエンディングを愛する」私の大好きなミュージシャンのラストアルバムのタイトルです。やはり結尾はあかるく、幸せであるべきなのでしょう。やや自分語り、失礼を。 (結尾)

2020-04-09

大変楽しく読ませていただきました。しかし「空を見る」系統の詩や、詩人の姿勢を今は説教しているに留まり、では空を見る系詩人や、空を見る系の詩やコンテンツに代わる作品を、ここではまだ完全には提示しきっていないように思いました。逃げるな、立ち向かえ、詩人たれと畳みかけ最後に「こっちを見ろ こっち向くんだよ」と描き切ることで、提示する兆しは見えており、またその筆致に新規な息吹は感じておりますが。だがしかし自戒も込めているというこの作品で、説教しているのにも関わらず、説教に留まらぬ詩情を出したのは見事でしょう。いや、説教だとカムフラージュさせながら現代詩を書いたのは見事と言うべきか。次回作では批判対象のない、空を見ない系の詩を期待しております。大変良かったです。 (空なんか見てんじゃないよ)

2020-04-09

タイトルに三点リーダーが使われているのと同じく、詩の中身自体もどこか謎と疑問を残したまま、尻切れトンボになり余韻を残しているという印象です。朝靄の中新聞を配る配達夫。そこに得も言われぬ詩情があるのですが、それをあえて活かさぬようにして、もぞもぞするという描写でそれこそ読み手をもぞもぞさせ、微妙な余情を残したと感じました。 (朝の新聞配達員は……)

2020-04-09

一目観て、情報量が多いと感じました。しかし慎重に一語一句拾っていくと、柔らかな官能とでもいうべきものが描かれており、好感を抱きました。辛うじて僕の中で詩情として消化されたという印象です。可読性という主にビーレビで焦点をあてられたポイントに絞ると若干弱いような気がします。<若葉の頃 以降は語るべき描くべき要素が満たされたのか、肩の力が抜けて綺麗にまとまっていると思います。 (海の見える車)

2020-04-09

「君に告ぐ」というがタイトルが何より良いですね。詩自体もその一語につなげるために構成されていますが、押しつけがましくなく、柔らかな詩句も挟みつつ、最後まで読ませている。疲れ切った男がふと立ち寄った教会で、神父にさとされ言葉を受けたという印象です。 (君に告ぐ)

2020-04-09

素晴らしいです。木漏れ日、星影。ややもすれば使うことに批判的な人もいるであろう語彙が、この詩では輪郭をくっきりと、鮮明とするのに功を奏している。()閉じ以降の詩句も美しく、最後まで楽しむことが出来ました。久々にしのごの言わず、胸へストレートに刺さり、染み入る詩を読みました。こういう詩は大好きです。 (降りそそいだ)

2020-04-09

んーむ。言葉にならないです。ツイキャスなどで羽田さんのお仕事、プライベートを少々お聞きしていますが、そのことを踏まえるとこの詩は文章に含まれる以上の詩情、奥行き、深みがあるように感じます。ありきたりでもあるかもしれない短い万感の言葉。胸に来ますね。ひょっとして本来なら詩や文芸は、筆者と切り離して論評すべきかもしれませんが、この作品では私にはそれが出来ませんでした。失礼を。とにかくも長い間お疲れ様でした。 (別れ)

2020-04-03

短歌集でしたか。失礼しました。自分の誤読と、パッと見の判断を恥じ入るばかりです。 (はずしわすれた風鈴が鳴る)

2020-04-02

ライトコメです。改行と余白が余りに多く、スラスラと詩が頭に入ってこない印象。一節、一節はいいのに勿体ない気がしました。技術的に新規な試みなのでしょうが、読みづらい、流れるように詩情を感じられない、と思いました。 (はずしわすれた風鈴が鳴る)

2020-04-01

これは…家訓か社訓か何かでしょうか。詩を書く上における心構えのようなものが書かれている印象。人生の割合というタイトルからそれは少し違うように思いましたが、詩としては残念ながら私は読めませんでした。しかし最後の段、たまにスパイスのように 振りかける感情。は良かったです。 (人生の割合)

2020-04-01

凄くいい。いいです。ただここで一つ問題提起をしたいのですが、詩の中で「詩人」とか「詩」という語句が出てくるのは良いことなのか、というものです。詩人が書いている詩句に詩という言葉が出てくる。これってかなり詩書きにしか興味がないことのように思えるのです。詩人が「詩が生まれた」とか「詩人として生きる」とかを書く。これは一般の読み手にとってはかなりどうでもいいことのような気がします。文を読んでいて詩情を感じたからこれは詩だったんだな、と読み手が思うのが理想だと思うのです。宗教用語を使わず、宗教的な気分にさせる、と言ったように詩人も詩や詩人という言葉を使わずに、詩的叙情を感じさせるのが大切だと思うのです。その意味でこの詩はマイナス0.5ポイントだと思います。しかしこんな偉そうなことを言いながら私も「詩人の終わり」という詩を書いていたのは秘密です。 (履歴)

2020-04-01

完璧。ほぼ完璧。カラス、寂しい男、そして死。この三つから先日亡くなられた志村けんさんを思いおこしましたが、ここで無理からこの詩と繋げて彼を語るのは野暮というものでしょう。いい響き。語感。そして《なんてこたあ ないんだよ》という楽観視。すべてが良い。悲しみの中に明るさ、楽観がある。そこがまたもの悲しく。志村けんさんが天国から「だいじょうぶだあ」と言っているようではないですか。おっと言ったそばから野暮を。いい作品でした。 (春風に吹かれてる)

2020-04-01

帆場さん、コメントありがとうございます。この詩における父は、るるりらさんへの返信にも書いたように、二つの意味合いがあります。宗教的価値観における父(神)と、一個人の縁者としての父。二つ。ですから帆場さんがキリスト教的価値観の父(神)を思い起こしたのは正解でもあるのです。再三言及しますが、最後の段。自分の、個人的な存在としての父を、一人の哀しげで寂しげな男、人間として描かなければこの詩は危うく失敗するところだったでしょう。父もまた父権に駆り立てられた一つの犠牲者だった、という俯瞰、視点がこの詩を良いものにしていると思います。一点、「今も夢に惑い」の段が風景に個人的感情が色塗りされたのではとのご指摘。ううむ、鋭いなという印象です。この辺りの描写は手癖でも書いてしまった感もあるので、もう一ひねり、帆場さん言うところの風景の描写に徹した方が良かったかな、と思います。最後に画像は空を撮ったものを上下逆さにして加工したものです。これも意味合いを持たせようと思えば語れるのですが、長くなりすぎるのでまた。それでは失礼します。 (the father)

2020-03-31

↑ 失礼、ただいまのはarielさんへの返信でした。 (the father)

2020-03-31

arielさん、コメントありがとうございます。ハードボイルド。骨太で一切妥協がない男の世界とでもいった意味と解釈しましたが、そういう一面もあると思います。 >亡き父親の存在により完璧に寂しくはならない というのはとても鋭いご指摘で、この詩において一番重要、大切な部分である最後の段(父の形見からは 波の音が)で、この詩は個人的な父に翻弄された話者の物語になるのを回避出来ているのです。一個人としての父も憐れむべき存在だったとの意味合いがなければ、この詩は一層洗練されたものにならなかったでしょう。とにかくも好意的なコメントありがとうございました。 (the father)

2020-03-31

るるりらさん、コメントありがとうございます。返信遅れました。この詩は「ユディト」というコラージュ画像に一言二言、詩めいたものを添付した作品を作ろうとして挫折(なぜなら余りに憂うつな内容だったから)、その後に作り上げたものです。この詩におけるfatherは二つの意味がありまして、父権としての父、宗教的価値観における父(神)としての意味と、一人の人間、身近な縁者としての父の意味があります。この詩が上手くいったのは一人の人間としての父について言及する最後の段、まさに「父の形見からは 波の音が聴こえる」に因るところが大きいと思います。ここでは父権としての父ではなく、多くの読み手にとっての父が描かれているからです。ここに父権としての父に、一個人としての、人間としての父も踏みにじられた、彼もまた犠牲者だった、そんな感慨が含まれています。その意味ではるるさんがご自身のお父様を思い描いたのはとても自然なことだと思います。この段でただの悲劇ではない何か、詩情を出すことが出来たのでは、と。るるさんの描く父君、「波の音が、聴こえてくる」の詩もぜひ読んでみたいと思いました。それでは長文失礼しました。 (the father)

2020-03-31

斜線、矢印、Q&Aなど詩を新しく見せる試みが多々なされている。詩の内容は少し感情と表現がばらついていて収拾がつかない印象がしたが、今現在の筆者様の気持ちが畳み掛けられている、と好意的に受けとりました。最後思考が崩壊、もしくは幼児退行化するように、平仮名が多く使われていましたが効果的だったと思います。しかしこの詩の肝心の、最大の!肝は、ラストの「処女のままこどもをうませてください」だと思います。90年代に一部の熱狂的なファンの心を鷲掴みにしたDAED ENDというバンドの「ジャンヌダルクになれない、飼い慣らされた幻想」という歌詞を思い出しました。なかなかにいいですね。処女懐胎幻想を軽く描き上げているのが。 (閉塞に慣れすぎて)

2020-03-28

うん。物語性に溢れていて良いです。清楚で寂しげな現代版雪女とでも言うような感覚を覚えました。語彙の使い方、繋げ方は細部にまで気配りされており、最後まで清澄な気持ちで読めました。絵も良かったです。 (春の嵐)

2020-03-28

うん。重く暗い感覚。不安ですよね。一般的な感覚で言うと鬱の前触れか、何か大きな病の前触れかと思いますが、この詩では深くそれに言及することなく、あっさりとライトに日々の疲労がただ取れていく様が描かれている。悪くない、決して悪くない作品だと思いました。というかむしろ良い。ライトコメ失礼を。 (湯船)

2020-03-28

死神の日記。タイトルが良い。悪魔の辞典などがあるように、人間の悪意、あるいは暗部、人生の悲劇を表象した存在が何かを語るのはとても興味をそそられる。しかし残念ながら私はこの詩でその興味を持続することが出来なかった。洗練させて、短めにわかりやすく凝縮したと言う印象がなかった。死神の考えることがやや斜め上に行っていたのは面白かったと思う。 (死神の日記)

2020-03-28

うん。ネット時代の孤独を感じる。しかし最後は少しユーモラスに悲劇性を描いていてふっと一息つく感じがありました。ライトコメで失礼を。 (間(あいだ))

2020-03-28

これは…、ちょっとコメントするのご難しい詩かもしれないですね。筆者様の作品はよく存じておりますが、筆者様は、市井のどこの誰にも光を当てられないであろう人に、スポットを当てるのがとても上手い作品を多々作っておられて、大阪のミャンマーなどはその典型かもしれませんが、その「世界の片隅」の情感がえも言われぬ余韻に繋がっていたのです。対してこの詩ではイギリス、フランス、アメリカと世界各地へ視点、視線が行っている。実際私もそのような詩がすきなのですが、この詩では惜しくも、どこがどうというわけではありませんがまとまっていないように感じました。ひょっとしたら世界目線を大きく持つのが筆者様は不得手なのかな?と一瞬失礼ながら思いもしました。しかし最後の段、ずっと昔の話は作者の真骨頂でもあるような表現、すっと胸に染み渡りました。 (愛とウイルス)

2020-03-28

うーむ。力強い。パワフル。生きる力、たくましい生命力を感じる。短詩はどれだけ描きたいことを簡素にシンプルに、だが輪郭をはっきり描くかがポイントかと思いますが、この詩はそれに成功している。最後の段などは決して新しい表現ではないかもしれませんが、詩中で上手く消化されており、とても効果的でした。パワフル。 (春)

2020-03-28

つい最近御年60を超える母が何かメロディを口ずさんでいたんですよ。何の歌か?と尋ねると「私の若い頃に流行った歌、何てことない歌なんだけどね」と笑っておりました。続けて「どうしてこの歌を口ずさんだのだろう」とも。まさに母の心境はこの詩に描かれているようなものであったのかもしれませんね。新たな、新しい発見、気づかなかった何某かの情緒、メッセージ。その辺りがとても良く描かれていたと思います。ただ一点現代詩として見ると、もっと工夫のしようがあったかなとも感じます。着想が良かっただけに惜しいとは感じました。 (懐かしさに、時を知る)

2020-03-28

ちょっと中だるみがあるようにおもいましたが、序盤はとても良く、この作品を最後まで読ませるに充分だと思いました。死と死後の世界の酷薄さをライトにあっさり書いていて、んーむと唸るものがありました。ライトコメで失礼を。 (ビー玉の詩)

2020-03-28

深海と書いて(おもいで)と読ませる。なかなかの技巧、着想だと思いました。詩の内容自体は、遠い時間、太古の鼓動に耳を澄ますような内容。奥行きがありましたが、あと一つ、何かプラスαが欲しいなとも思いました。 (Drifter)

2020-03-28

共感、共鳴という点に絞ると、百日後に死ぬワニやSuicaなど日常的、もしくは日常的な扱いをされていた存在だけになるかもしれない。というほど詩的表現、詩的思索が独特の域に達していると感じました。これでももちろんいいと思います。共感の連続だったら詩はひょっとしたら退屈になってしまうかもしれませんから。僕の読解力のせいでしょうが、所々読み解けぬ詩文があったと書き置いて、それでは失礼を。 (メメント・モリ2020)

2020-03-28

好きなんです。こういうタイトル、表現。特に隣というとおい場所にしか私の「相槌」は届かないという描き方が。筆者様もそれを意識しているのか「相槌」が軸になっているように感じました。所々読んでいて気が逸れる部分がありましたが、全体として非常に品良く仕上がっていたと思います。 (彼方まで)

2020-03-28

良いですね。芝草と破裂の音、およそなかなか一文の中で出会いそうもない言葉と表現。この冒頭で最後まで読ませましたね。コップン、コップンという擬音も煩わしくない程度に効果的。最後「月たちがお前を遠く連れていく」という一節、音と時間を感じこの詩を引き立てているように思いました。 (遠い風習)

2020-03-28

タイトルにも使われているいるラスト「事切れ」までどう持っていくかがポイントの作品に感じました。スムーズにラストの頂点まで登り詰めれば良作。ですが少しつまずく部分もありました。例えば「空論に過ぎない」という一節。これは詩なのかな、何か論駁系の文章かな?と疑う印象。この一節がやや気になって「雁字搦め」は文字を崩した方がいいかな、とか余計なことに気が行ってしまいました。作品としては決して悪くはないと思います。 (事切れる)

2020-03-28

日本語の美しさを見た気がします。日本の情緒、日本語の綺麗な使い方を学んだ印象です。仏教的価値観が少し著者様にはあるのかな、とも思いましたが、この清澄な響きの前にはややどうでもいいことのような気もしました。 (非在)

2020-03-28

いいですね。良いです。現代詩とは何か、という定義などを考えていたらキリがありませんが、「おー、現代詩を観たな」という初動の感想を得ました。いしのけものに語りかける話者が、コーヒーの欠伸を聞く。最後までの流れも心地よく、涼しげな風を感じました。 (裏庭に居ます)

2020-03-28

石村さん作品にコメをするのは一つの挑戦でもあります、とまず言明します。この詩長い間感想を残すと言ってためらっていたのですが、自身の創作もひと段落ついたのでコメを。まず「約束よ!」までの出だし相変わらず素晴らしい。手練の詩書きの腕を見た印象。「空の歌きこえず さくら花閑かなり」とは、人が仮に一人取り残されたとしても季節を移り、変わる。閑かに、という感興を思い起こさせて良いです。しかしそれ以降中盤。生の喜びや美しさの豊潤さ、豊満さが描かれているのですが、それがふわりとして長く、長閑になりすぎている感がしました。丁度小学生の頃にクラシックがなぜか退屈だった想い出を思い出しました。多くの人には浮き沈みがあり、人生には美しさもあざとさもある。それは石村さんならとっくの昔にご存知のはずです。この詩は美しさに焦点を長い間当てすぎたように思います。明暗はくっきりしているほど美しいとも言うではありませんか。僕は石村さんの詩にはいつも期待し、やはり何かを感じ、そして「あと少し欲しい」と注文をつけてしまいます。それもやはり期待ゆえ。何とかまだ見ぬ詩世界を石村さんには見せていただきたいものです。さてこのコメも冗長になりすぎると、緩んでしまうとさくらも言っている気がします。すべては「閑かなり」を良しとし、失礼します。 (麗日)

2020-03-28

「まっさら」という言葉使って、ここまで多様な彩りをもたらしたのは、なかなかに素晴らしいと思います。「まっさらねえ。ふーん」と読み進んでいくとその「まっさら」がどれだけ多彩に使われているかが分かる。徐々に同じ音階、リズムが変化していくように感じました。以上ライトコメですが失礼します。 (こんにちは まっさらな世界)

2020-03-28

>音や言葉が人の中で反射し続ける。 という一節はなかなかに良いですね。ポジティブなことも後ろ向きなことも、そして否定的なことも肯定的なことも、心で反響していく、とイメージすると分かりやすいと思います。ちょっと半ばで締まりがなかった印象があります。反射する音や言葉が、人の動機になっていくと思うと、それは正解なのかもしれませんが悲しい気分にもなりました。個人的には反射したものが心にどれだけ影響を与えていくかという一点に絞ったら鮮やかでより一層良い詩になったのでは、と思いました。 (永遠の反射)

2020-03-28

みうらさん、コメントありがとうございます。返信遅れました。ドラムのおかずでソフバの名前を共有出来るのは僕とみうらさんならではですね笑。先見性を評価してもらえたのは嬉しい限りです。また及第点にも達しているとのこと。音楽に関しては(そして音楽に載せる歌詞についても)まだまだですが、これからも動画投稿、楽曲投稿は続けたいと思います。ありがとうございました。 (MY 9090 OF NOSTALGIA)

2020-03-28

千才森さん、コメントありがとうございます。返信遅れました。柔らかくノスタルジックな感じが出ていたのなら良かったです。この曲はメロディと詩は3年ほど前に出来上がっていたのですが、ようやくボカロという形で公表することが出来ました。しかし編曲の実力がまだまだ及ばず!思った通りの作品には仕上げることが出来ませんでした。だがしかし!千才森さんと時間を共有出来たのは幸せだったと思います。ありがとうございました。 (MY 9090 OF NOSTALGIA)

2020-03-28

タイトル、表現されているもの、ほぼすべてが好きです。うん、好きですね。惜しかったのは「金属的」の「的」と、「あなたの残像」の「残像」。この二つだけ。〇〇的という表現以外に何かなかったのか。そして「残像」。この語彙自体が持つイメージが強すぎてコツコツと積み上げた詩が、インパクトを持っていかれているように思いました。 (エイジスティ、グラスレイタァ +e- 〜2020〜)

2020-03-27

いいよ! いいですよ! み○らさん! 「俺今からimagine歌うからさ」の前の「ずぉーん」という音が素晴らしす。キング牧師のスピーチが入るタイミングも絶妙ですね。女性と気怠く会話しながら「俺ね、キング牧師やけん」と来るところで交差するように、スピーチが入る。良かった。お互い音や動画を駆使して、現代詩界隈を歩いて回りましょう! (imagine)

2020-03-25

ライトコメです。「潮騒に さらわれた補聴器」という表現がとても良かったです。この後どんな展開になるか、どんな喪失の話が語られるか興味をそそられる。「母語が生体解剖されて」という表現から、失われたのは祖国もしくは母国に関する何がしかかと思われましたが、私には明確には分からず。しかし心に残る作品でありました。惜しむらくは「(ときにかたむけながら)」となぜか()閉じが使われたこと。技法の一つかもしれないが、詩の流れを遮っているように思いました。それでは。 (人魚性)

2020-03-17

タイトルのセンスが非常に良い。思わずbuck-tickの「相変わらずの『アレ』のカタマリがのさばる反吐の底の吹き溜まり」とか「見えない物を見ようとする誤解 全て誤解だ」などの切れ味鋭い、長めのタイトルを思い出してしまいました。しかし内容自体はとても美しく、繊細に「貴方」への想いを描き出しているように思う。いやそれとも「貴方」は読み手にとって迷惑な存在なのか?その辺りはよく分からないが、最後の締め「処分をお願いします」というとても事務的で官僚的な表現が「貴方」への読み手の感情、想いでさえ封じ込む印象。それはまるで完璧にデジタル化された人間の生き死に、人生そして社会を描き出しているように思いました。誤読があれば失礼を。 (主観を想う存在だけ残っていれば世界は安泰)

2020-03-17

視覚的効果、タイトルと中身(詩文と思しきもの)そして写真。全てを併せて伝わってくるイメージが素晴らしいです。家族の悲劇性のようなものを感じます。 (家庭の檄文)

2020-03-17

良い詩だと思う。テントウ虫が指にとまったところから始まる詩。良い出来だと思う。なのに取り立てて言うべきこと、書くべきことがない、思い浮かばないのは、詩に何か難点があるのか、それとも私に非があるのか。最後の終わり方が「ふわっ」としすぎていた、というのがあえて言えば難点か。それ以外は生意気言うようですが及第点以上は無事獲得していると思われます。 (ナナホシテントウ)

2020-03-12

ライトコメです。 太陽は一人で海に入水する。 この一節だけでも読むに値したと思う。 序盤の引き込みのなさ、それに転じて後半の情報の密度。これらを調整出来れば、もっといい詩が書けると思われます。それでは。 (まいごこまいご)

2020-03-12

これはかなり良い作品ではないか。少なくとも私にはそう思えた。サラダの中にも残酷を少し匂わせるだなんて、表現としても、着眼にしてもかなりいい線を行っていると思う。内容はたかだかシラス、食事の平穏さえ乱すシラスについて軽妙に語り、シラスの生き死にに、なんと世は無情なことよ、とカラッとドライに描ききっている。読む文量もいっぺんの詩として絶妙の長さだと思う。丁度いい。読み物として美味しくいただきました。御馳走様でした。 (底のシラス)

2020-03-12

毎分毎秒 毎年満月 の段までは良い。言葉がない。詩書きとして齢を重ねた人物として申し分ない出来。 しかし!神はもうゐない辺りから突然怪しくなる。もたれ感が凄く、俗っぽい言い方をすると「よれる」のだ。 神とか諸行無常とか、来世とか宗教的要素に頼らなくても、石村さんならそれこそ「無常観」を出せたと思う。諸行無常をその言葉自体を使わず、読み手に感じさせるのが詩人の真骨頂ではあるまいか。厳しめに意見してしまったが、石村さんならそれが出来ると思うのだ。少なくとも序盤にはその予感、予兆があった。 だからこそ僕はこの作品を惜しく思う。愚か者めと空が言う。からラストにかけてまた持ち直しているだけに、中盤の「よれ」中だるみが残念に思う。 序盤の日本的文学性から半ばをもっとスリムに絞り、最後まで畳み掛けていれば、どれほど良かったかと思う。 いけない、いけない。書き手が石村さんなだけに期待値が上がりすぎてしまったようです。これ以上書くとこの評価事態も「よれる」。それではキリの良いところで、また。 (レモンサワー)

2020-03-12

新しき 知れば知るほど 今光り 五七五でお返事させてもいただきました。楽しい時間をありがとうです。 (Beautiful)

2020-03-08

ベイトマンさん、こんばんは。コメントありがとうございます。お返事遅れました。意味不明の体裁を成すコメでも核心を突いているではないですか。そうです。何ごとも最後には終わりが来るのです。どんな悲しみ、苦痛も、過剰なまでの歓びにも。その辺りを読み取ってくださり嬉しかったです。では。 (Beautiful)

2020-03-08

るるりらさん、こんばんは。お返事遅れました。コメントありかどうございます。この詩はですね。実は最早良くないんですよ、今の僕にとって。だって注射器とか出てくるじゃないですか。違法ドラッグの使用を多分に匂わせる表現。なのにこの詩の主人公は、症状に苦しむこともなく、裁かれることもない。ただ愛猫のもとへ帰り、魂の蘇生を見い出すだけです。だから全体が、骨格がしっかりしていない詩に感じる。でもるるりらさんが読み取ってくださったようにドラマ性だけを抽出して読むと、まさに再生の詩として悪くない。良いんです。それが恐らく僕がこの詩を書いている時心地よかった理由でしょう。僕はこれから音楽も含めて次のステップに参ります。どんな作品を作るかは分かりませんが今後ご期待あれです。それでは。 (Beautiful)

2020-03-08

構成の勝利。驚くほどの奇抜な表現はないが最後まで読ませる。ラストの「、」での区切りも良い。ただ一つこの詩に限らず、漢字で書けるところを平仮名で表す技法は、失敗すると間延びするので危ういとは思う。この詩においては辛うじて踏みとどまったという印象。出来れば左部さんに平仮名を多用した狙いを聞きたいところ。 (涙腺の小人)

2020-02-28

(作り方)

2020-02-28

冒頭が良い。だが中盤から失速してしまっている。なぜ失速しているのか。空白、改行、余白の多さ。理由はあるが、単語そのものが詩的という言葉が少々見受けられたのも原因ではないか。だがこの詩で回教徒という存在が出てくるとは思わなかった。その段だけでも読む価値はあり。 (空と海の涯、水と砂の際)

2020-02-28

寂寥感を感じる。かなり力強いが、幾何学、音符という単語が詩を軽くしてしまっている。勝負だ!という意気込みより、技術で補ってしまった印象。惜しい。 (鳥)

2020-02-28

乙女チック。それが悪いわけではもちろんない。ただその域を出ていない印象。物書き、詩人にとって語彙は武器だが、武器のストックが少ない印象がした。 (雑踏)

2020-02-28

どこかぼやけている。輪郭がはっきりしない肖像画を観たような印象。吐瀉物というパワーワードも入り刺激的なのだが、筆者がメルヘンめいたものを書きたかったのか、ファンタジーめいたものを書きたかったかのか分からなかった。ただ終盤は良い。ラストにつながるためにアールヌーボーなどの懐古的な表現は避けた方が良かったかもしれない。私たちは今、現在を生きている。 (偽善者)

2020-02-28

少し詩の内容からは脱線するが、ビーレビ4.0で良識人としてサイト改築に力を尽くしたふじりゅう氏が、溜まりに溜まった負の感情を吐き出したような内容。所々読みにくいが、最後の一節はふじりゅう氏が人としてのバランスを保つために、書かれるべくして書かれたと思わられる。心地よい作品ではない。だがふじりゅう氏の運営就任後の変遷を知る者としては、必要不可欠な詩だったと思えるのだ。 (カマボコ)

2020-02-28

何となく詩の体裁を取っている。だが心に残らない。どこかで見た、読んだ描写が目につく。何かを表現したいんだ!という衝動が伝わってこない。日記に書いてもいい内容。ただ最後の一節、「アスファルト…」は良い。 (   蝶)

2020-02-28

黒髪さんは才能と努力の両輪で、一定のクオリティを保った作品を投稿し続けている。ではこの作品はどうだろう。文体、詩の流れが一言で言うなら強張っている。詩の実力を自分自身確信していながら「恐れ」を感じる。 それを克服した時、黒髪さんの作品は大きな飛躍を見せるだろうと思う。 蛇足だが蒼天の拳で「お前には怯えた獣の匂いがする」というセリフがあるのだが、黒髪さんにも怯えが見え隠れする。怯えを乗り越えた時、大化けするだろうと思う。 (雪と夜が┣泥┳なず┫む)

2020-02-28

シュール。文脈を把握出来なかった。だがしかし「ソオダ色の煙」とのタイトルは秀逸。タイトル負けしないパワーのある作品を今後期待。 (ソオダ色の煙)

2020-02-28

ふじりゅう氏の作品へ意味不明のコメを入れていたが、作品は骨太。 季節外れのオニヤンマ、何故お前は太陽とともに死ななかったんだ。の一節は漢気を通せなかった痛恨を感じる。 他作品への意味不明のコメも自作詩への自信の現れと解釈しました。良作。 (カタワのオニヤンマ)

2020-02-28

貴音さん、コメントありがとうございます。未来チックな感じ。実際僕も描いていて楽しいし面白い。いいものが書けてると思うんですよ。この詩は暗く淡々とした描写の積み重ねで、どこか悪夢的な印象を出すことに成功しましたが、今度は未来チックでも楽観性に満ち、それでいて退屈でない詩が書けたらな、と思います。と!ここで気づいたのですが物書きとかクリエイティブな人って楽観とか陽気とか幸せとか、肯定的な部分を「退屈」ととらえる傾向があるのかな、とそんなことも思いました。蛇足も入りましたが貴音さんに褒められるのは特に嬉しいですね。気心の知れた仲でもあるので、コメをくださるのは余程良かったのかなと嬉しくもなりました。 (9090年のハッピネス)

2020-02-27

せいろんさん、コメントありがとうございます。「空白の中の自由感」。自由って追いかければ追いかけるほど、どこか悪徳めいたものにたどり着くじゃないですか。悪、とか道義に反するものとか、実は物凄くスリリングで興奮するものだと思うんですよ。でもそれが行き過ぎた時、「私は道義に反することをしているから今面白いんだ」という自覚がなくなった時、人は底なし沼に落ちていく可能性があると思うんです。俗に言う自由には代償がともなうという奴ですね。この詩の主人公は最後に自由という不自由から抜け出すのですが、「空白」を思わせる訥々とした描写の中で静けさと快気が描けたのならこの詩は成功だったと思います。好印象を抱いていただきありがとうございました。 (Beautiful)

2020-02-27

良かったです。肉じゃがの話が出てくるのが、この詩が教科書的な詩になるのを回避させている。最後の排水パイプの締めも物悲しく良かったです。 (それぞれに川は流れている)

2020-02-18

黒髪さん、コメントありがとうございます。お返事遅れました。愛の力が爆発的であるという見方は僕にも当然あります。ですがこの詩において「君」はなかたつさんへのお返事で書いたように、ただ一人の女性を指すのではない。だから自分で言うのもおかしな話ですが、そんなにカッコよくないかもしれないのです。僕と多分に重なるこの話者は笑 「社会が粉々になっても愛を貫く」というのは一人の女性に対してだけでは時に破綻を招く。この詩の話者はどこか求道者、宗教的な一面を持っているかもしれません。例えば詩の世界、文芸の世界で幸せを探し続ける、そんな人物かもれしません。何れにせよ力強いコメントありがとうございました。 (どこにいようとも。)

2020-02-16

なかたつさん、コメントありがとうございます。お返事遅れました。確かにこの詩は、絶対的なものなど何もない、不変のものなど何もないという「万物は流転する」スタンスで書かれています。その世界像で最後は帰るべき「君」だけは変わらない価値を持つ、普遍的であるという視点をも持っています。しかし自分で問うのもおかしな話ですが「君」とは一体何なんでしょう。愛する恋人?妻?。ただ一人の女性を指すだけでは余りに詩として、位置づけとして弱い。僕は幼い頃からJ POPやJ ROCKで「君」という単語が出てくるたびに特別な意味を見い出しながら楽しんできました。僕は「君」とは恒久的な幸せ、とか安住の地とか、魂の最後の行き場などやや大げさな意味合いで解釈してきました。そうするとこの一見愛の詩としてポエム的にも思える「どこにいようとも。」も辛うじて深みのある詩になるのではないかと思います。 「語り手がこの流転し続ける世界に対して唯一抵抗できることが流転しない想いを抱くということであったのでしょう」という読解はこの詩をより一層高みへと引き上げてくださっています。僕のこのコメントはやや不足のあるお返事かもしれませんが、なかたつさんには感謝の極みです。ありがとうございました。 捕捉・もちろん僕は「君」を、恋人や愛する人を指す意味合いでも使うことはあります。相矛盾するような話にもなりましたが失礼を。 (どこにいようとも。)

2020-02-16

まず書き出しの「沈黙は誰にも 明け渡してはならない」で虜にされました。 沈黙。孤独や、人と触れ合わないことを好む人物の最後の砦を誰にも触れられないようにする、という話者の強く、仄かな光さえ感じさせる描き方。この一節で読み手を詩に惹き込むには充分でしょう。 「仮のおふくろの作る、飯は美味い」 「猫の咀嚼を無心に 数える」 などの描写は、茫漠とした孤立感、足場の弱い、だが決して誰にも打ち壊せない「一人の居場所」を感じさせる。それが思考なのか、イメージなのか、心象風景なのか分からないが、不穏でいながら確かな安定感を読み手に与える。 最終節の 「あんたは海だ 誰もが知ってる」 ここで頑なに守られていた「一人の居場所」が全ての人に向けて開かれる。人を迎える門戸が広いことを初めて読み手に知らされる印象。 この詩は「一人の居場所」について、決して大げさな描写はなくとも、孤独感と海を対比させ、また並べつつ描いた、壮大な抒情詩かと。傑作の部類に入ると思います。 (落雁)

2020-02-05

中々に良いと思います。フレーズ一つ一つの機転、着想が面白い。飛躍に飛んでいますが、それを説明不足で実際のイメージに欠けると解釈するか、余白を読ませる工夫だと捉えるかは人それぞれでしょう。僕はチェーンソーと死神というフレーズが出てきて話者が随分と危ない橋を渡っていることに気づかされました。 (フィールド)

2020-01-29

るるりらさん、コメントありがとうございます。お返事遅れました。その通りなんですよ。「9090年」でも「2020年」と同じような不満、問題は生じている。その点を描いたことで、宙に浮きがちなこの素材を面白味のある作品に昇華出来たと思います。体内で感じる歓喜だけ、という点はもう外には、外部には何も期待しない状態というのを描いています。それってとても悲劇的じゃないですか。しかしそれを「ハッピネス」と題された詩の中で描いてみる。そうするとシニカルでいながら痛切な印象の作品が仕上がると思ったのです。それはある意味では成功したと思っています。ありがとうございました。 (9090年のハッピネス)

2020-01-28

夢うつつさん、コメントありがとうございます。お返事遅れました。さてツイッターでもお話させていただいた「虹色に黒ずんでいる」という矛盾する表現についてですが、これは遠藤さんの返信でも書いたように「そういう気分だったから」に集約されるのです。虹色に黒ずむというのは確かにあり得ない。しかし心には、心象風景としてはあり得るとも思ったのです。沙一さんへの返信でも書きましたが、やや悪夢的で虚妄にも満ちているというような。そういう感慨がこの表現には秘められています。「9090年」というタイトルには好印象を抱いてくださったとのこと。ありがとうございます。 (9090年のハッピネス)

2020-01-28

黒髪さん、コメントありがとうございます。お返事遅れました。「9090年」という響き、本当にいいですよね。9999年では意味深だし、9990では単に語感がいいだけのように思える。だがしかし「9090年」には特別な感慨が潜んでいるように感じる。無機質で機械的だが、ヒューマニズムが微かに残っているというような。そういう点においてこのタイトルは僕にとって大切なものです。特別な必然性という言葉がとても好きです。ありがとうございました。 (9090年のハッピネス)

2020-01-28

沙一さん、コメントありがとうございます。お返事遅れました。そうですね。ディストピア感。心地よいんですよ。僕にとって誰のものでもない未来をイメージするという行為は。それがディストピアであれ、ユートピアであったとしても。今現在の苦悩、歓びにまつわる様々なことを忘れることが出来る。そういう意味で僕にとって未来は逃避の場でもあるのです。「9090年」というタイトルですが、これも誰の所有物でもない未来。しかし現実と少しだけ接点のある年代というのをイメージしています。だから「2020年」の横滑りではないかとのご指摘はかなり近いように思います。悪夢的。そういう感触を決して華やかではない描写の中でじわりと描けたのは、自分でも良かったと思います。ありがとうございました。 (9090年のハッピネス)

2020-01-28

遠藤さん、コメントありがとうございます。お返事遅れました。「雨が虹色に黒ずんでいる」。いい表現ですよね。この一節を作ったことでこの詩の方向性は決まりました。後半の絶望にも絡んで良いとのこと。期せずして美しく絡み合いましたね。自分でも満足しています。さて、なぜ「虹色」に「黒ずんでいた」のかという疑問への答えですが、それはそんな気分だったからです。虹色に黒ずむ。あり得ないですが、虹が黒ずんでいたというイメージでも持っていただければと思います。とても好感触の感想ありがとうございました。 (9090年のハッピネス)

2020-01-28

るるさん、コメントありがとうございます。返信遅れに遅れました。この詩は、そうですね。何か一つの方向性の終わりを自覚しながら書いたものです。でもまだその方向性に未練というか、執着があるから嘆き節のようになっている。構造としては若さや衝動性が一欠けらずつ失われていく最中、それでももがいて「君」を求めていると言ったら格好つけすぎでしょうか。とにかくこの詩は「DELETE。」というタイトルが表すように、何かの終わり、一つの物語の終焉、削除される何かを指し示したものです。まだまだ足りないものが多いですが、この詩は次の詩的な世界観へのステップ、足がかりとなることでしょう。 「。」の使い方とか、朗読であるべき作品ではないかとの指摘はさすがるるりらさんだな、と思いました。深く読み取っていただきありがとうございます。ラップも意識しましたね。やはり。 (DELETE。)

2019-12-27

面白い!やや大げさな冒頭からどんな考察が始まるのかと思いきや罵倒、中傷は上手なんだが好きではない、と来て最後ヨレる、グズついた感じでなんちゃってと来る。これはある意味仰々しい批評文や考察への皮肉にも取れます。僕は僕で大げさな批評文も嫌いではないのですが「作家の銅像が建つことはあっても、批評家の銅像が建つことはない」という言葉を思い出しました。いい意味でシニカルさとユーモアが合わさっていると思います。 (フランス文学に関する俺の見解)

2019-12-17

これは帆場さんだからコメントするのですが、余り良い詩ではないと思う。使われている単語一つ一つでもうお腹一杯です。意味を汲みとる、楽しむ前に読み手が飽和してしまいます。読んでいるといつの時代かの教科書に紛れ込んでしまったかのよう。それがストレートに良くないことではないのですが、この詩は古い時代の定型的な詩を思わせる。変な言い方をすると、帆場さんが詩を書いている時のトランス状態から、冷めた視点で見ているもう一人の帆場さんも必要かなと、そう思わせる詩でした。いや、帆場さんはこの地点?この作風?で終わる人とは思っていないので、ややキツメにコメントしてしまいました。よろしくどうぞ。 (一粒の麦よ)

2019-12-12

「石油、ときどき水」というタイトルが本当に今時で好きです。ですが詩の中身は一節一節が重たい、鈍重感がある。確かに多くの方が指摘しているように美しいのだけれど、使われている語彙同士の意味が密集している印象。「石油、ときどき水」というタイトルから引き起こされるようなポップさが欲しかった。それで読み手に伝わる部分が現行の詩のように美しければなお良かった。一語一語が元から持つインパクトに頼りすぎかなと。これは多大な期待値込みでコメントしています。よろしければご賞味ください。 (石油、ときどき水)

2019-12-12

羽田さん、コメントありがとうございます!返信若干遅れました。日常を失った時こそ「日常的」な何かが必要となりますよね。今は大変な時代です。日常を日常として楽しむ余裕もなく、日常を徐々に奪われていく「世相」というものも感じます。詩書きや物書きさんも、ビジネスや商業主義に追われて自由な創作を出来ない人もいるでしょう。またこの詩は「削られた情緒」というものもモチーフにしています。言葉を生業、あるいは表現の手段に選んだ人物が、その人個人の感情を削られていって最後に残るものが、大切な挨拶や短いメッセージだけ。だとしたらそれはとても切実で、危機的であり、胸に迫るのではないでしょうか。そんな気持ちを乗せてみました。リーディングも褒めていただきありがとうございます。 (また明日)

2019-12-12

つつみさん、コメントありがとうございます。返信遅れました。そうですね、この詩は最初から着想があって短い、ですが生きる上で欠かせないフレーズを繰り返すように並べたあと、合間に詩のセンテンスとして面白いフレーズを挟もうと思っていた作品です。ありがとうとかおやすみとか大好きだよとか、散りばめるだけでは当然詩にはほとんどなり得ないじゃないですか。しかしそれらは大切な言葉、メッセージ。それらをいかに引き立てるか考えて合間のフレーズを作りました。中々に上手く行ったと思います。リーディングも初めてでこの詩だから成り立つと思って投稿させていただきました。ご家族に大好き。最高じゃないですか。ぜひともそう伝えてください。 (また明日)

2019-12-08

るるりらさん、返詩という形でのコメントありがとうございます。この詩は僕のリハビリ、本当に僕が好きな詩世界にもう一度自分が飛び込むために書いたのですが、返詩の内容から詩の意味、真意をほぼくみ取っていてくれていて嬉しく、また驚きました。この詩は艶のある男に、みんな君を愛していたよと伝えるためにあるのですから、そこがしっかりとフューチャーされていたことに喜びを感じました。しかも最後は僕への応援も入って嬉しさ倍増です。これからも詩掲示板、あるいはツイッター、ツイキャスでもよろしくお願いします。ありがとうございました。 (まぼろしの浮船)

2019-11-20

仲程さん、コメントありがとうございます。返信遅れました。10月の投票。惜しい!残念っ。しかしそれほど評価してくださり、また最後は考えた思いを一気に広げるような内容だったとの感想嬉しく思います。「アオゲ空。ミトオセ未来」という最後のフレーズはそのようなシンプルで美しく、向日性に満ちたものでも懐疑を差し挟まないといけないとの趣旨で書いたのですが、実は「アオゲ空。ミトオセ未来」という一節。僕自身はとても気に入っているのです。それを文脈、構成上の理由で懐疑的なフレーズとして用いなければならなかったのは、ちょっと辛く悩みましたね。結果的には良作に仕上がったので結果オーライの一面もあるかもしれませんが。とにかくもいい流れとの評価をいただき感謝です。ありがとうございました。 (みらいノ旋律)

2019-11-20

るるりらさん、コメントありがとうございます。返信遅れました。そうなんです。この詩は近々未来に起こるかもしれない戦争について多分にフィクションを交えて書いたものなのです。作品としてはもっと大きくダイナミックに舵取り出来たかなとも思いますが、自分ではそれなりに気に入っています。バックトゥザフューチャーを思い起こしたり、手漕ぎボートを連想してくださったりしてとても嬉しいです。特に手漕ぎボートの例えはとても詩的で的確。僕もるるりらさんの詩的着想、着眼の世界に連れて行ってもらえるようでした。そうなんですよ。SFというのは侮れないのです。もちろんこの詩で描いたような近々未来が訪れるのを僕は望んでいませんが、当たらずとも遠からずな時代が近づきつつあるのかなとも思います。不穏な世の中ですからね。今は。とにかくも読めて良かったとのこと。嬉しい限りです。ありがとうございました。 (みらいノ旋律)

2019-11-20

黒髪さん、コメントありがとうございます。お返事遅れました。確かに詩で優劣をつけようという想いは僕にはないかもしれません。僕は元々音楽畑の人間なのですが、あるミュージシャンが「音楽は優劣をつけるためにするものではないからね」という言葉がとても気に入っています。自己完結。自分の詩の変遷、自分の人生の物語を美しく詩的な言葉で装飾する。それしか興味がないかもしれません。「詩のボクシング」というものが昔ありましたが、言葉って相手を痛めつけるものなんでしょうかね。僕はそう思いません。詩の表現が甲より乙が優っていた。甲が負けたとがっくり膝を落とす。さてそこで生まれるものは?ただ勝者の優越感?敗者の屈辱?全くのナンセンス。言葉は伝達し感じてもらうためにあるのです。だから僕は大好きなグラスバレー「空中回廊」の歌詞「人は争いが好きだからそっと抜け出したのさ」に乗って空へと飛翔するのさ。ありがとうございました。 (みらいノ旋律)

2019-11-10

トビラさん、コメントありがとうございます。お返事遅れました。エンタメ性が高すぎた、モチーフに比してという点は僕も意識しているところです。ですが僕はさぁ世の中にはこんな悲惨な現実があるから、戦争反対だ、戦争の悲惨を訴えようという気分にはならなかった。この詩はエンタメ性を保つことでより一層のメッセージ性を保てたと思います。ありがとうございました。 (みらいノ旋律)

2019-11-10

羽田さん、コメントありがとうございます。お返事遅れました。人は産まれ戦地へ赴き、死する。これは戦場に限らず言えますよね。赤子の揺り籠に揺られながら育ち、いつの日か社会で戦う闘志となり死する。そういう宿命、運命的なものも描けていたらいいなと思います。エンタメ性はたしかに高いですね。ありがとうございました。 (みらいノ旋律)

2019-11-10

つつみさん、コメントありがとうございます。お返事遅れました。夢が爆弾のようにも見えるというのは僕も意識しました。夢は爆弾のように破壊力があるものでもありますからね。夢や理想は革命や暴力的政変にも通じる。ダブルミーニングとして落下する夢は上手く機能したんではないでしょうか。ありがとうございました。 (みらいノ旋律)

2019-11-10

まりもさん、コメントありがとうございます。返信遅れました。 まずは厚みのある掌編小説だとの感想、とても嬉しく思います。小説的描写が序盤続きますが、あえてそうした一面もあります。男の子が観察する教諭こそが、この詩に説得力を持たせるための肝だったのかもしれないからです。黒髪さんへの返信でも書きましたが、教諭はもう一人の僕、僕にとってとても大切なパーソナリティでもあります。だから教諭の執拗な描写は必要だったし、僕自身描きたかった部分でもあったのだと思います。 また僕の作品が醜いもの、美しくないものへ「否」と言う気持ちを取り戻そうとしている、というご指摘は非常に的を得ていて納得させられるものがありました。ただこの詩では醜いものなど何もない、醜く見えるものでも、世の中の一機関として美しく機能していると少年が気づく過程が描かれてもいます。 最後の床屋の主人、母親の描写は何気ない日常にこそ美しさが潜む、醜いものなど何もないと少年が期せずして、無意識的に感得したことを表すために設けられています。これは少年は教諭への質問の答えをまだ知らない、と口にしながら答えを見つけたことを暗に自覚しているのでしょう。 最後になりますが「世界が美しいのではない、見る人の心が美しいのだ」には全くもって同感です。この詩では少年も、そして少年に期待する教諭も、世界の美しさ見極めるための心、あるいは少なくとも志向性を持っているのだと思います。二人の短いやり取りに再生の兆しがある、救いがあるのでしょう。深みのある感想、ありがとうございました。 (なぜ君は世界が美しいと言えるのか)

2019-10-19

黒髪さん、コメントありがとうございます。返信遅れました。この詩の主人公は当然話者である男の子なのですが、実は教諭自体も大きな役割、比重を僕の中で占めているのです。僕は普段人生に肯定的で、いい音楽を聴いたりいい映画を観たり、親友と話をしたりするだけで充分に満足出来るし、それこそ「世界は美しい」と言えるのですが、この詩を書いていた時は教諭のような価値観、懐疑的で冷淡でさえあるような価値観が僕の中で育まれてもいたのです。だから少年と教諭は二人で一つ。どちらも僕自身なのです。前半教諭の描写が続きますが、それは教諭の存在に僕が愛着を持っているからでもあります。この詩は、やせ細り頬がこけ服装身なりにも無頓着で世捨て人のような教諭、人生を疎み、生きることで得られる喜びをすべて拒絶しているかのような教諭との和解、対話そして融合を目指して書かれています。教諭は男の子を刺激し疑い、真意を問うように仕向けますが、それは男の子への愛着ゆえ。かつての自分自身を教諭は男の子に見ているのです。教諭は「なぜ世界が美しいと言えるのか」の答えを見つけられなかった。だから男の子に期待している。この詩は教諭と男の子の、それこそ再生とアイデンティティの再発見、つまりは僕自身が再生する手がかりを見つけるための作品になっています。黒髪さんが男の子に共感し、強く揺さぶられたのはとても嬉しいです。ただ教諭も悪人ではない。喪失感を抱きつつ、悲しみを押し殺しながらその喪失感と共存している愛すべき人物なのです。その点は黒髪さんを始めとする勘のいい読者なら分かっていただけたと思います。長くなりましたが最後に黒髪さんのコメントはいつも美しいと付記して締めくくらせていただきます。ありがとうございました。 (なぜ君は世界が美しいと言えるのか)

2019-10-19

短い中にも平易な言葉遣いの中にも、凝縮されたテクニック、書き慣れているがゆえの自作詩への確信が見えるように思いました。「あなた」が母親なのか、恋人なのか、それともまた違う誰かなのかによって、読解は違ってきますが、あなたとの関係性は決して良好ではない、それも密接であるがゆえの摩擦のようなものが存在すると感じました。一節一節は詩表現として優れていて、先に書いた摩擦を露骨に表したり、泣きわめいたりするように書いてはいない。それなのに最後の「棘」で、この摩擦がいかに話者にとって大きく重いものかを読み手に感じ取らせている。扱われているテーマが沈痛であるのに、詩としては美しく心地よい。なかなかの秀作だと思いました。 (棘)

2019-10-05

少女向けの詩集。誰かの書いたfor ladiesの復刻版に載っているような、品のいい愛らしさと懐かしさがある。一つ一つ使われている言葉が慎重で、この詩世界を壊さないように、作り上げることが出来るが出来ている。言葉への充分に気遣い。個人的には、筆者さまが2019年に即した現代詩だけを書きなさいと言われて書く詩も読みたい気分でした。 (アンゼリカ)

2019-10-05

読んで意味を一節一節理解しようと努力しているところに「!」マーク。おお、とちょっと戸惑っているところに「今お前を殺そうとする」「私を殺せ」の締め。おおお、そうかと力技を見せられた印象で何かがあるのだが、あったのかどうか分からない、気づけぬまま読み終わってしまったという。作品を通して描きたい一貫したモチーフとテーマがあるのは伝わりましたが、なかなかそれが読み手に届きにくい詩作品だと思いました。私も読み込みたいと思います。 (夜景にて)

2019-10-03

カモメのジョナサンに成り得たかもしれない「タイヤ」の物語として読みました。このスペアタイヤ。場所と境遇に恵まれれば先導者として崇められたかもしれません。しかし残念ながら賛同する仲間がいなかった。共に走るタイヤ三つは主人公のスペアタイヤを敵視してしまった。結果、走る意味はついに解き明かされることなく、タイヤたちの物語は終わる。苦痛に満ちてタイヤたちは交換される。悲劇として、しかし悲しみの押し付けはない物語。 こういうといかにも大げさですが、単純に言って楽しかったです。結構長いのに最後まで引きつけたのは筆力の安定感にあると思います。技術的な面はあまり気にならなかったです。正直面白かった。そんな印象です。 (スペアタイヤ)

2019-10-03

「的」を多用したのは、何か意図があったのかよく分からないが、言葉一つ一つが単体として強すぎるものばかりで、読み手に届いていない、と思います。「的」を意識して繰り返すことで、何か遊びの要素があり、〇〇「的」なものだけで何かを表現しようとしたのなら、5、6行ほどでまとめても良いように思いました。 (ロマンス)

2019-10-03

Fantasmaさん、コメントありがとうございます。辛口な印象のFantasmaさんからすれば、かなりの好評をしていただけたようで嬉しいです。確かにこの詩はヨレヨレになりながらも本気度がかなり違ったと思います。立ち上がるための「最後の聖戦」みたいな。ここからもう一度スタートを切ろうと思っていたので、Fantasmaさんのコメを見て、それが一先ず成功している印象がしたので良かったです。ありがとうございました。 (ラブソング)

2019-10-03

前半がやや大げさな印象。だが「時間に追われる者たちは タイムセールを逃した損な人」から面白味と軽快さが増す。最後の落とし所。素直に生きればいいのにという一種のメッセージは筆者自身も書くうちにそうなれたのではないかと思わせる。重ね重ね後半が良かったと思います。 (朝)

2019-10-03

アイロニーを感じる。苦笑いが返ってくるという描写は、まさに「井の中の蛙大海を知らず」を思わせる。むずかしいことばのきょうそう、という箇所は全体として緩やかな皮肉を込めている今作においては、ちょっと鋭すぎたかなという印象。ただ最後まで何の引っ掛かりもなく、一気に読み込めました。 (コミュニティの部屋)

2019-10-03

縁、という言葉自体が重みがあって、ある種類の読み手には忌避するものがあると思うが「今躓いた石は…おでんの芋、などではあるまいな」から一気に読み手を引き込んでいく。縁という言葉も軽やかに動き出し、この詩が描き出したかったであろう、身に起こるすべては何かの繋がりがあったからこそである、というテーマをあぶり出していく。芋が登場してからの描写は筆者も筆が乗っていったのが手に取るようにわかる。この詩は、縁というやや重たげなモチーフから筆者自身が少し距離を置くことで面白みが増している。これから私はちょっと零してしまった濃いめのカルピスでさえ、何かの縁があったのだろう、と思うかもしれない。今作はそんな突き抜けた爽快さや、気持ち良さに最後は持っていけている。良い作品だと思いました。 (縁)

2019-10-03

この詩にあるその気品が野暮ったい。そんな初見の印象を覆すように「姉よ」と題された詩の中身が読み込むほどに伝わってくる。この詩の話者は姉に庇護されながら、過干渉されているのだろうか。ピアノを姉から教わり、そしてなお拘束されているのだろうか。もしそうなら本来ならば自由に弾き、楽しむための行為を、姉によって踏みにじられ、アカデミックで権威的な方向に誘導されている印象がする。「あなたが用意した…」から始まる第4段目は柔らかい描写でいながら痛切で悲痛な叫びのようでさえある。「私の手を包み込みながら盗んだ沢山のもの」という一節は、奪われた時間や楽しいと思う心、また話者自身の自由な感性などを表しているのかもしれない。これは余りに悲しげで胸に刺さる。この話者に自由を、と読み手が願いたくなるほどの描写だ。そしてラスト「可愛いそうなものが好きだというのなら、あなたにショパンは解らない」。これは話者が余力わずかで姉に投げかけた、最後の復讐、反逆のように見える。だがしかしその反逆、復讐でさえ柔らかく気品があるのは、話者自身が相当の潜在能力、持って生まれた才能のようなものがあるからだろう。この最後の一節と「割った鏡を…」はとても響きがよく、読み手の心を掴み取るのに充分だと思う。詩に普段親しまない読み手のニーズに応えているといったらいいだろうか。これは私にとっては良いことだと思える。とにかくも初見の印象を覆しながら、濃密なドラマ性に誘い込むのはさすがだと感じる。かなりの良作ではなかろうか。ただもし私の「ピアノをどうこう」という読解が間違っていたのなら失礼を。 (姉よ)

2019-10-03

いすきさん、コメントありがとうございます。この詩は結構リアルでもへとへとに疲れていた時に書いたものなので、淀みながらも済んでいるという雰囲気を出せたと思います。テーマが凄く良い、と聞いて投稿して良かったなと思う限りです。ありがとうございました。 (ラブソング)

2019-10-02

羽田さん、コメントありがとうございます。光景が見える詩って技巧もあると思うんですが、どん底にいる時半径5メートル以内にあるものを素材にして書き始めるという手段もあると思うんです。この詩はまさにそんな作品ですね。冒頭の羅列されたモノはまさに僕の座っていた半径5メートル以内にあったものばかりです。「シェルターの様な、時間が止まった部屋に。そこからエネルギーが放出され」という評はこちらも痺れます。返詩カルチャーもいいですが、書き手の胸を鷲掴みにする評というのもいいですね。まさにシェルターの様な、はそれに当てはまると思います。ありがとうございました。 (ラブソング)

2019-10-02

survofさん、コメントありがとうございます。そうなんですよ。くさいんです。腐臭一歩手前のいい匂いがこの作品からはするんです。こんな茶目っ気を出すのはともかくとして、鋭いなと思いました。僕の人格、特にネット人格は本当に「いい人」なんですよ。笑っちゃうくらい。いいお人柄なんです。作者評と作品評が一致し、人を納得させる作品にするには、僕は「悪い人」になるよりいい人のまま、それに肩を並べる作品を書くでしょう。貴重なコメ、ありがとうございました。 (ラブソング)

2019-10-02

黒髪さん、コメントありがとうございます。もう黒髪さんのコメントそのものが「詩」しているので、僕が言う事がなくなってしまうと思ってしまいました。「永遠をもたらすもの、という特質」という評を聞いて黒髪さんが僕のキャスにいらした時、「ステレオさんは話し方、話の内容、詩がすべて永遠から来ている印象がする」との趣旨のことを仰ってくださったのを思い出します。永遠をもたらすもの、とは余りに巨大で僕は並べるべくもありませんが、あの言葉はとても嬉しかったです。ありがとうございました。 (ラブソング)

2019-10-02

藤さん、コメントありがとうございます。くさいですね。たしかに。ラブソングなんてものに、ラブソングがそれでも生き残るなんてフレーズを持ってくるとくさくなるのは当たり前かなとも思います。でもこの時期僕にはこれしか書けなかったんですよ。推敲も延々と時間をかけた。笑い話ですが製作期間半月みたいな作品ですからね。でも潔さを褒めてもらったのはとても嬉しいです。ありがとうございました。「夜11時の沈黙」と「独りきり」。いいフレーズだったと思います。 (ラブソング)

2019-10-02

帆場さん、コメントありがとうございます。ブルース。生きていることに重きを置き、時に泥くさくもしぶとくも生きていくブルース。僕は少年期青年時代とブルースに縁がなかった男なのですが、ここに来てブルース的な価値観というものが、内面から湧き出てきたようです。生きていく。生きてこそ。しぶとく、汗まみれになりながらも。そんな時が来てしまったという感じもします。 作品評においてラブソングを心情や信念に置き換えた解説。読んでいる僕が熱くなってきました。実際そうですよね。この年齢まで生きると心情や信念はへし折られるくらい激しい雨風にさらされる。それでも表面的には姿を変え形を変え、信念は生き残っていく。そういうギリギリの生命観で描いた作品を評価していただきとても嬉しいです。ありがとうございました。それにホントにストレート、打たれてもいいから真っすぐ一本という思い切りがありましたね。今作は。 (ラブソング)

2019-10-02

沙一さん、コメントありがとうございます。返信遅れました。「白い固定電話」懐かしいです。あの詩は歌詞的アプローチや音楽のフィールドにいた自分がビーレビ内でなかなか居場所を見い出せなくて、改めて現代詩って今こういう方向性で書いてるの?と試しに作ったものです。今振り返ると本当に試行錯誤してますね。それより僕の人柄と道具立てによる無機質な印象が作品内において共存していて、なおかつそれが僕の作品らしさという評価はとても嬉しいです。人失ってもダメ。技巧失ってもダメですからね。物を書くとは。ありがとうございました。 (ラブソング)

2019-10-02

凄いの一言。これはお魚だったんですね。僕は初めて観た時は落下するミサイルだと思っていました。落下するミサイルにこのような言葉遊びと、結構オプティミスティックで時に神妙な言葉が乗るというのは面白くて、逆説的に見て驚異だな、と思ったのです。でもこれをお魚としてとらえるとまた意味合いが違ってくる。お魚のように泳いでスマートに海を、川を生きていく存在に「興味のない」「余裕のなさ」などの胸をズイとついてくるフレーズが乗ると、あなた方そんなに辛辣、深刻に考えなさんなよ。楽に生きな、とでも呼びかけられているような印象がしました。泳ぐ魚にこの言葉。絶妙だと思います。 (┣びそあターャジス┳スジャータあそび┫)

2019-10-01

家族。業の深い家族の物語を見ているようでした。暗く心のしこりに陥っていくようなエロティシズムでさえ感じました。しかしそのしこりがなければ人は種をつなげない。そんな悲しみを表象しているとも思いました。「貴様等の産んだ赤子を思う」がその象徴的描写で憎みながらも恨みながらも種を繋いでいく、繋いでいかざるをえない、ある種の屈辱のようなものさえ感じました。ですがラスト近辺の、父の下唇が私のに似てるとの言及が救い、赦しになっていると思います。この詩は苦しみ、のたうちながらも人生を肯定している。そのように感じました。 (回転)

2019-09-30

とても評判がいいので、このようなコメントを書くのは勇気がいる。まず謝っておきます。ごめんなさい。 一言で言って冗長。難解なフランス映画のよう。そこに何かしら意味があるのかもしれないが僕のような凡庸な人間は、読んでいる途中で眠ってしまいそう。 しかしその筆致と日常光景の偏執的な描写は素晴らしい。そしてラスト近辺の「ここに一人、そこに一人、また埋葬が始まる」。ここでようやく僕は目を覚ます。平凡と看過されがちな日常の断片を、ここまで精緻に描いた理由がここでわかる。そう。この詩は毎日、必ずどこかで誰かの魂が、肉体が死していくことを暗示、ほのめかす詩なのだ、と。この詩はある種のレクイエムなのだ、と。ここまで書いてようやく読んだ意義が理解出来ました。素晴らしい。ありがとうございます。 ですがここで蛇足。僕はsurvofさんの撮る「バックトゥーザフューチャー」も観てみたいと思う男なのです。いつか観てみたいです。survofさん版「バックトゥーザフューチャー」。この蛇足はあくまでこの詩を読み込んだゆえのユーモアですのでその点はご容赦を。 (うつつ)

2019-09-30

恵まれた境遇、生まれ、出自ゆえの悲劇がどこかユーモラスに、そして突き放すように描かれていると思いました。この素材、重々しい筆致では読み手に届かなかったでしょう。それを軽く描ききって「逸見さん」という謎の人物を放り込むことによって、ありふれた悲劇だと人々が看過するレベルにまで持っていっている。面白い、と思いました。 (逸見さんに電話)

2019-09-30

虚無の中にある、余りにおぼろげな光。それは考える。茫洋と考えることだった、と言えば大げさかもしれませんが、やはり「風に変えてしまう」より、考えることを選んだ話者は賢明だったのでしょう。明日もまた人生は続く。もし仮に手荷物もなくなり、歩く気力も最早なくなったとしても、やはり「生き続ける」ことが賢明なのだなと思い至りました。 (歩く)

2019-09-30

繰り返しの効果、そして落とし所のみで勝負した作品だと思いました。逆光に向かい立つ君、が具体的にどのような状況にある人物を指しているのか、おぼろげにしかわかりませんでしたが、何か無理をして辛い境遇をこらえている人物なのだろうなとの推察は出来ました。 詩はもちろん長ければいいものでもないし、短ければいいものでもない。ですがこの詩で表そうとするところは、もう一つ二つ、描写が必要なのではと思いました。これがスタイルであり完成形なのならば、私の評も見当違いでしょうが。そういう印象を持ちました。 (逆光に向かい立つきみは)

2019-09-30

着想の勝利。昼は平凡なビジネスパーソンであろう二人が「2時間5万円の恋」で結ばれる。金銭的なやり取りが発生していながら、その場所でしか交わせないピュアでいて背徳に満ちた恋がある。パッと見た限りでは何かの歌詞かなと思わせる体裁でしたが、中身を見ると構成と二人の対比のさせ方が上手い。リラックスして楽しめる作品だと思いました。 (赤い縄)

2019-09-30

ポップ。という言葉が今の時代どれだけ力を持つのかわからないですが、初見はポップだな、と思いました。そのポップな描写の中に「堕落」という、響き自体が強く、どこか艶めかしい単語が放り込まれている。この「堕落」という単語を軸にして回っている作品だと思いました。浮遊感のある一節、一節が「堕落」の一語で堕ちていき、過剰なエロティシズムさえ感じさせます。最後の「閉じたら大人の私の足」は秘め事を連想させ、この作品を完成へと見事導いていると思います。 技術的な面で言えばこのような技巧が凝らされた理由は、エロティックな秘め事が途切れ途切れの意識の中で行われている様が描かれていると認識すれば、とても納得が行きます。効果的だと思います。この作品には作り手として成熟しつつあるふじりゅうさんがいる。それが「ふじりゅうの肉迫」などと違い、なかなか見えなかったことで評価が難しかった一面もありました。ですが作り手ふじりゅうさんが見えれば、この作品はかなりに手練れた作者の書いた良作に入るのではないかと思いました。 (えかきうた)

2019-09-28

初めは、貴音さんの実力ならこの作品では当然終わらないのでは?とやや過小評価をしてしまったのですが、誰々が書いたなんてものを取り払うと、物凄く興味深い作品だと思いました。話者の男は寂寥とした心の持ち主だとうかがえるのですが、ラストです、重要なのはラスト。「僕の精神を注ぎ込みたい」とカラッカラに乾いた魂が言うようなことを口にしていながら「例え何も孕まなくても」と来る。何も生まれないことへの悲しみ、生への渇望。男の強い欲求、願望をこの箇所に感じました。この男、話者は望みがなくなっているようで、望みを捨てていない。むしろ求めている。そこにはやはり希望。生きることの希望。生きてみようじゃないかという、男の裏側から来る声があると思いました。僕が当初読んだ印象をいい意味で裏切った良作だと思います。 (プラスチックガール)

2019-09-28

何か、こう。核心に届きそうで届かない様がもどかしい作品だと思いました。随所に光る表現「煙草の一本も…」や赤ん坊が30㎝の距離を知って食らいつくそうとする様、そして「あ、あぁぁ…」と嘆く様などなど。そこがもっとわかりやすく活きるのなら、私にもかゆいところに手が届いたと見える作品になったと思います。でも読み返すと赤ん坊の描写は本当に良いですね。 (白い)

2019-09-28

「純粋な悪意」というラストがインパクトが強いですが、この一節がなくとも成立したのでは?と思える中身。「誰もが誰かの最後の息を吸う」なんて最高じゃないですか。つながる世界、断ち切れない縁。連鎖する生き物。そんな仏教観のようなものを感じました。しかもそれが説法めいていない。一匹の少しうらぶれた印象のねこが語っている。そうすると「純粋な悪意」もねこが最後に投げかけた自我とも取れるかもしれませんね。なかなかに良いと思います。 (ねこの毎日)

2019-09-28

淡々と人生観察から来る諦念、ため息のようなものが描かれていると感じました。だが悲しげなのにそこに悲壮感や自己憐憫がない。なぜか。それはおそらく物理法則のようなものに従っているからではないでしょうか。話者は冷たげですが、誰かに何かを無理強いしている気配がない。自分自身が地面に落下していくように周りの人間、出来事も地面に落下していく。全てが自然で殺伐としていようとも無理がない。そんな印象を受けました。僕の好きなタイプの作品の一つです。 (夜に触れる)

2019-09-28

秋が爆発、とか秋の爆心地とかとても好みです。秋とは四季の中ではひっそりとしたイメージが個人的にはあるのですが、この詩では大地を引き裂かんばかりのパワーがある。これはいいと思います。これから僕は秋に何か衝撃的な出来事があったら、自分は秋の爆心地にいるのだ、と思うかもしれません。それほど惹きつける力がありました。 (秋の爆心地)

2019-09-28

この詩に託されたコンセプト、創作意図というのはとても良いと思いました。作品自体はコンセプトが鋭すぎるために、逆転や裏切りがない「印象」を、あくまで「印象」を持ちました。この詩はもう一度読んだらそれこそ印象が変わる、という感慨を持っています。またお邪魔します。 (0と1にも満たない君との距離は余りに遠い)

2019-09-28

なぜか頭に入ってこない。なぜか。それはこの作品の筆致に隠された、激しい衝動のようなものが読む者を圧するほどのパワーを持っているからだろう。この詩にはまだ完成形を見ないがゆえに(筆者がまだまだ伸びるという点で)畏怖、恐怖を感じる。この作品はのほほんと暮らしていけたらなあと考えている人にとっては剣です。悪意なんてないのに、ただそこに存在しているだけで人、詩作に励む人を斬りかねない詩。そのような作品に感じました。内容自体にはほとんど踏み込んでいっていないのをご容赦を。 (重力をミルクに漬けて)

2019-09-28

短い中に僕と君の関係性、純粋さと隣り合わせの背徳感のようなものが描き出されていると思いました。窓辺に火を放って弱さが遠のくという描写はある種の暴力性、破壊性をも伴っていてよかったです。それでいて潔癖さのようなものは残っている。習作だと思いました。 (暗い花)

2019-09-28

「漆黒を飲む」という書き出し自体は特に驚くべきものではないのですが、「漆黒は濃い茶色」だった以降、戦いに行こうのリフレインが迫りくる。この詩の話者はひょっとしたら平和主義者かもしれない。好んで争いを選ぶ人間ではないかもしれない。しかし駆り立てる者に追われ、または駆り立てられ、戦いに行く。仕事が戦場になり得る、あるいはなるというのは羽田さんのキャリアのなせる技ではないかと思いました。 (漆黒を)

2019-09-28

これはなかなかに良いですね。序盤は少し文が固い印象がしましたが、親御さんの描写から自分が今どんな顔をしているのかに至る過程。読み応えがあり、グイと惹きつけられました。烏の舞う下を悲鳴をこらえて走ったという描写は、どれだけ話者が自分を殺して生きてきたか、そしてその自分の内面を覗きたくないかの心証が痛切に描かれていて、作品を底上げするのに完璧に成功していると思います。 (水鏡)

2019-09-28

誤解や不快感を与えたことを擁護したり〇 誤解や不快感を擁護したり× (ラファエロ)

2019-09-17

るるりらさんへ。まずはこの作品を親の導き方が間違った愛息子と表現するのをお許しください。お母さまの目の状態は公式ツイキャスなどでもお伺いしています。お母さまがるるりらさんから食器を静かに置かれただけで「暴力的だ」と口にしたというエピソードも、そしてそれに続くるるりらさんの心の動きも、耳にするだけで胸が切なくなり、痛ましい気持ちにさえなります。るるりらさんとお母さまを労わる思いで私は一杯です。私の愛息子は生まれた時(書き始め)は素晴らしかったのに、親である私の目が行き届かなかったせいで、恨みや憎しみなどの暴力性もはらみ、成人する頃(完成する頃)には人へ悪さを働き、困らせるような息子に育っていました。私はこの子を教え諭して世に出るに相応しい子にすることも出来たし、そうするべきだったのですが、何を思い違いしたのかこの愛息子にも、世の中で何か出来ることがあるのではと思いこんでしまった。そこに私の親としての大きな過ち、失態があります。愛息子は当初おぼろげに予想していた通り、やはり近づく人を傷つけ、親切を働こうとする人に悪態を口にするような子だった。そしてさらには私はそんな息子を可愛さゆえにかばってしまった。愚かだったと思います。だがしかし、世の中と折り合いがつかない息子にも、人の心がまだ残っていたのでしょうか。ふと耳にしたるるりらさんのご家族のお話を耳にするにつけ、そっとお見舞いの花でも贈るようなことをしたのでしょう。まさに二項対立ではひも解けないことを息子は期せずしてるるりらさんにしていたのです。世界がデジタルに突如として終わるなんてことなんてない、そのことを絶望と憎しみにとらわれていた息子は身をもって知っていたのかもしれません。だからこそ僅かながらでもるるりらさんのお力になれた。るるりらさんの「わたしは笑えた」「やってけそうなんです」とのお言葉を耳にして、私はようやく息子と和解し、彼をもう一度家に出迎えることが出来た。今では頭の一つでも撫でてやりたい気分です。お前はだめ息子だったが、一人の人物の心を辛うじていたわれた、救えた。だから少しだけ褒めてやりたい。親として二度と今回のようにかばってはいけないとの自戒は忘れずに。若干私の人柄に似合わず、笑ってしまうような浪花節の人情ものの話になってしまいましたが、正直そんな気持ちなのです。これ以上息子(作品)について何かを語るのは野暮というものでしょう。今ではゆっくり息子と向き合い、またこれから生まれる作品たち(子供達)をどう導けるか考えたい気分です。二項対立では収まらない世界、デジタルでは決して終わらない世界。この二つをるるりらさんに改めて気づかせていただき、この愚息にも何か出来ることがあったと本当に喜びに満ちています。心からの感謝を込めて。ありがとうございました。お母さまの状態が少しでも良くなることを願って。 追記・この返信はこの作品が、読み手へ生んだあらゆる誤解や不快感を擁護したりするものではありません。ご理解くださるようお願いします。 (ラファエロ)

2019-09-17

勝る喜びはないのではないでしょうか〇 喜びはないのでしょうか× (ラファエロ)

2019-09-16

survofさんへ。数学の世界でさえ「論理の無矛盾性は論理では証明出来ない」と証明されているのですね。確かに。論理に矛盾がないことを論理で証明することほど矛盾するものはありませんからね。しかし私たちはある程度の論理性、そしてそれによって証明してきたことで、またその証明を「信じる」ことで、繁栄の一部を手に入れているというお話、とても興味深く拝見しました。加えて人間社会でも証明出来ないことも多いが「信じる」ことにおいて人間関係を円滑に成り立たせているというご指摘もとても面白く、目を見開かせられるものがありました。今回私にもsurvofさんにも論理の落とし穴は当然あっただろうというお考えの中、「信じる」ことを選択していただいたことに今一度感謝し、頭でさえ下がる思いであります。survofさんの推察、一つの追及はビーレビ史に残る華々しいものだったと思います。掲示板上でとはいえ折角出会えた詩人、物書き同士が「信じあう」ことをチョイスしたのはこれに勝る喜びはないのでしょうか。最後になりますが、多くの示唆、そして私に閃きを導く叱咤にも感謝します。ありがとうございました。 (ラファエロ)

2019-09-16

survofさん、おはようございます!論理的に穴のあると言うのは、ある意味ロジカルな思考も必要とする物書きとして、悲しい指摘でもありますが、私を信じたいという選択肢を選んでくださったことに何より喜んでいます。 私もsurvofさんが、物書きとしての知的好奇心、探究心から一連の推理とやり取りをしていただいたと、信じて揺るぎないところです。 時折見逃せない欠点も見せてしまう私ですが、どうか今後ともよろしくお願いします。 そして最高の帰着点へ導く「推理」を書いていただいたsurvofさんへ最大級の感謝を。そして今作に貴重なアドバイス、コメントをしてくださったすべての方にありがとうを。それでは仕事開始です! (ラファエロ)

2019-09-16

survofさんへ。とても面白味のある、かつ長大な推理をまずありがとうございます。私の作品にここまでこだわってくれたことに感謝します。結論から言うと、やはりラファエロは花緒さんではないのです。申し訳ない。ここまで懇切丁寧に推理を重ねていただいたのに淡泊な返答になってしまって。今作を作っていた時の私の一連の心の流れを詳細に説明します。まず冒頭の「軌道を外れた惑星」は私の人生自体が軌道から外れていたとの印象から私自身のことに近いなと感じていました。そして天使、僕らと言ったフレーズは私にとって心地の良い響きを持つものをそれこそ感覚的に配置していきました。僕ら=守られるべき純粋な人々。天使=彼らを守るべき奉仕的な存在、として描いていきました。その中で天使というフレーズからの連想でラファエロという画家が登場したのですが、初めは形骸化した権威などの意味合いは持たせていませんでした。しかし書き進めていく内に、これは天使や僕らと対立構図を持たせた方が良さそうだとの制作意図が芽生えました。そこで初めて形骸化した権威という意味を後付けとして設けたのです。そしてここに正直に言います。書いている途中、熱がこもっていく内にラファエロが花緒さんではないかと誤解される恐れがあるなと思い始めたのも事実です。ですから私はツイッターで「炎上要素がある」と呟いたのはそのことなのです。花緒さんが(この言葉を花緒さんに使うのは失礼なのでなるべく避けたいのですが)誤解もしくは勘ぐる可能性がある、少し良くない作品だなと感じていたがゆえの呟きだったのです。花緒さんは舌鋒鋭くロジカルに、しかしある一定の方向に結論を導いていくのが技術的にとても素晴らしい方です。実際キャスでお話させていただいた際、私はあらゆる選択肢を封じられ、花緒さんの求める結論へ導かれる感覚を感じていました。ですからこのラファエロ=花緒さん説も花緒さんの痛切な論旨(実際彼は幼稚な精神性ということに四点の批評ですべて言及されています)で私が一定の結論に導かれる恐れがあった。ですから今となっては本当に失礼だったかもと思うのですが、あのような形でこれ以上のレスポンスにはお付き合いしかねます、と述べさせていただいたのです。ここに私に一定の非があったのは認めるところです。ラファエロ=花緒さん説はとても面白いものです。ここまでsurvofさんを夢中にさせたのもそのような要因によるところが大きいでしょう。そして私も実際その説が浮上することを半ば自覚的に知っていた。ですがやはりラファエロは花緒さんではない。今では花緒さんと誤解される恐れがある作品だと自覚していながら、投稿したのは本当に失敗であり、よくないことだったと大きく省みています。ここに花緒さんにも誤解させ、不快にさせてしまったであろうことに謝意を表したいと思います。これでも不十分であると仰るならラファエロが誰をモチーフにして描いたかということに言及しなければならないでしょう。根幹にあるのは私の学生時代の教師です。それにこれまで私が見聞きした権威的な人物(メディアを通して知ったり、その後の社会生活で出会った人なり)を複合的に重ねていった。その中で今現在における花緒さんと私との関係性において、花緒さんを彷彿とさせかねない描写も無意識的にてじょうが書いていた。それが事実です。以上で回答になっているでしょうか。survofさんの推理はラファエロ=花緒さん説を追求するのに最高峰の出来栄えと思っています。それに私も誠実に応えた。これ以上ラファエロ=花緒さん説について私に語るべきことはないように思います。なおこの作品が権威とその権威に打ちのめされる人々を描いた作品として、非常にテンプレートな作品になってしまったのは、今としては多くの優れた物書きさんから指摘され認めるところです。それではこれにて失礼させていただきます。 (ラファエロ)

2019-09-16

素晴らしい皮肉を込めたコメが入ったのて「炎上要素」についてもう少し詳しく話しましょう。 私は私怨というキーワードがネット上の誰かを標的にしたと誤解される恐れがある、という点をも「炎上要素」としたのです。 事実私のことではないか、と花緒さんから指摘されたわけですし。 私が予想した展開の一つが現れたわけです。 そういう要素をわかっていながら、当作をどう読んでいただけるかと公にしたのを、今ではとても後悔しています。省みることも多々です。 以後このような軽はずみな投稿は控えるでしょう。 以上で少しは謎解きが出来たしょうか。 survofさんへ。 (ラファエロ)

2019-09-15

政治家的とは、事実を覆い隠して、はぐらかすといった印象でしょうか。 実際事実を述べたのに、覆い隠したと思われるのは残念です。 これも政治家的と言われるのでしょうか。残念です。 survofさんへ。 (ラファエロ)

2019-09-15

炎上要素とは、まさに私怨をこのレベルで披露したことへの言及です。ほらお前天使なのかよ、ほらお前の敵はラファエロなのかよ。幼稚だな、稚拙だな、という点です。 survofさんへ。 (ラファエロ)

2019-09-15

花緒さんへ。今一度確認して、再発信させていただきますが「ラファエロ」は花緒さんのことではありません。これ以上話すとプライベートも絡んでしまうので、ラファエロがどういった存在、人物からイメージ、造形されたものであるかはお答えできません。このような私怨を交えた作品を「どうにかなるかなー」レベルで投稿したのは、私のミステイクであり幼稚と批判されるのも仕方ないでしょう。繰り返しますがラファエロが花緒さんでない以上、仮定での批評にはお答えしかねます。申し訳ありません。 続いてツイッターで詭弁家、悪人とかを花緒さんへ向けてエアリプを飛ばしたとのご指摘も、あれは一般論として思い描いたものを痛切に呟いたもので、花緒さんを標的としたエアリプではないのをご了承ください。 重ね重ね私怨の謎解き、種明かしが出来ない作品を投稿し、批評の遡上に乗せたのは私のミスであり、花緒さんへいらぬ疑念を抱かせたのは私の軽挙の一つでしょう。 最後に二つの疑問にお答えしますが、一つ「率直な感想が欲しい」と思ったのは、単純にどう映ったかを知りたかっただけです。しかしそれをキャス上で催促したのは運営として相応しくない行為だったとの認識は有しております。また「特定個人の私怨がベース」の作品を投稿したのは苦しみを吐露、示したいとの平凡な欲求からきたものであり、それが稚拙だとか幼稚だとか批判されるのは今ではしっかりと認識しております。 それでは以上です。これ以上のレスポンスにはお答えかねます。その理由は上記に示した通りです。 (ラファエロ)

2019-09-15

黒髪さんへ。コメントありがとうございます。いつも思うのですが、黒髪さんのコメントはそれ自体が詩的で独立した読み物としても読めるような印象がしています。だから黒髪さんからコメントを貰うのはとてもありがたく、嬉しいことだとも思っています。破滅の美学。僕にはそれがあるかもしれません。隠したり、克服したはずの視点、視座の一つなのですが時折、それが見え隠れしてしまうというのは、私の根っこにあるものの一つなのでしょう。やはり。避けられない。現実の中で救われず終わっていくという感覚。これはある種のヒロイズムだとも考えているのですが、僕はこうした感覚、感受を表現することも多いかもしれません。とにかくもこの作品にここまでの感情を抱いていただけたのは喜びに堪えません。人類同胞への視点もそこまでこの作品の意図したところを汎用して感じてくださり(実際僕が狙っていた以上の感想、感情を黒髪さんは抱いてくださった)ちょっと当惑するほど嬉しく思っています。死にも、終わりにも救いがある、というのは黒髪さんとこの作品で共有出来た感覚として、今後も胸の隅にしまって大切にしていきたいと思います。ありがとうございました。 (ラファエロ)

2019-09-15

stさんへ。好意的なコメントありがとうございます。2019年というのは平成の終わりでもあり、令和の始まりでもあるという意識が、潜在的に私の心にあったのは想像出来ます。それを世紀末ととらえて、振り返ってみると…という解釈は僕が狙っていた一部分をしっかりと把握していただき、嬉しく思います。2019年という年はなんだったんでしょうね。またどうなるのでしょう。僕にとってもプライベートでも色々なことが起こり、不思議な感慨を抱いています。一つの時代が終われば、オプティミスティックになること。それしかないと思っています。ありがとうございました。 (ラファエロ)

2019-09-15

渡辺八畳さんへ。「含有量が多い語句」という指摘は大いに納得できるところです。まだ治っていませんね。笑えてしまいますが。パクチーとカツ丼を使った例え、示唆もとても役立つものでした。ありがとうございました。 (ラファエロ)

2019-09-15

帆場蔵人さんへ。使われる単語が大きすぎて渋滞、そして書き手が書きたいことでストップしてる印象。今となっては、まったくもってその通りだと思います。まず今作においては書きたいことがあった。それをどれだけ直截に言い表さず、書き記すかが、書き手としてのテーマだった。しかしその書きたいことに執着する余り、盲目になっていたのかもしれませんね。まったくもって心に思い当たる節のある指摘ばかりです。ラファエロと天使についての詳細な記述があれば作品がもっと活き活きと、という進言はありがたい限りです。ですが私はこの路線の詩はもう書かないでしょう(私情を過度に交えたものとして)。帆場さんのアドバイスについては、驚く形であるいはひっそりと気づかない形で私の今後の詩作に反映されるでしょう。ありがとうございました。 追記・2019年の大晦日を終わりと、新たな始まりと解釈していただいたことは嬉しい限りでした。では。 (ラファエロ)

2019-09-15

返信の順番が前後するのをご容赦ください。まずは蛾兆ボルカさんへ。 【意味と言語】 「その言葉が伝える意味と無関係に、純粋に言葉として【も】読む、という姿勢です」 この指摘は大いに今となっては感得出来るところです。「ラファエロ」においては含められた意味を想像して楽しんでもらうことを企図していましたが、純粋に言葉として読めば、表現のある種のチープさと平明さが読み手を興ざめさせ、客観性のない感情の発露と捉えられかねない作品になっていたのは自覚するところです。また冒頭数行は浮いているとのご指摘。私は音楽のイントロデュースのように食いつきの良さそうなフレーズを狙って持ってくることが時折あるのですが、この作品においてはかなりの部分失敗したようです。 【詩とレトリック】 「作品「ラファエロ」の登場人物たちや事柄は、本当に隠喩なのか、という疑問を私は感じました。作者が隠喩としているので、とりあえずは隠喩として読みますが、カフカの短編がそうであるように、意味深く、しかし読みとかれぬよう巧まれた表現として、『ある特殊な意味で、隠喩』だと私は解釈します」 私は隠喩、直喩、そして詩におけるレトリックについて恥ずかしながら、ボルカさんほどの思索をしたことはありません。しかしボルカさんから頂いた思考の材料を借りるならば、「ラファエロ」は象徴と隠喩が混然一体となったため、読み手を困惑させ、読むのに乗り切れない作品になったであろうことは想像出来ます。また「ある特殊な意味で、隠喩」と解釈していただいたことは、作品の提供者としてとても助かるところであります。隠喩。詳細に規定すれば効果的に力を発揮するが、今作のようにおぼろげに「これは隠喩です」として使ってしまうと空疎な作品になることも大いに理解できます。またこの箇所の返信において、私の解釈不足があるだろうと思われますが、その点は私の情報不足。ご容赦ください。 【『ラファエロ』の解釈と感想】 私としては「僕ら」=守るべき人々。「天使」=守る存在。「ラファエロ」=天使を生み出した存在。などと規定していますが、それが伝わらなかったのは、大部分において読み手にたいしての情報不足、親切なエスコート不足であっただろうと思っています。これも感情の書きなぐりの一面が当作においてあったためですので、ご容赦ください。第一スタンザについては先述しましたように、特殊な楽曲のイントロデュースとして機能させたつもりですが、コメントを拝見する限りやはり上手く行かなかったのでしょう。 「詩を書くひとの感情の流れのラインを整理し、そのラインを乱さないように再構築したほうが良いのでは」 全くその通りかもしれません。この詩は現実で起こったことを仄めかしながら進むという作品だったのですが、その現実についての詳細な言及、種明かしがなければ、仄めかしの連続で読者にとって読みづらい、感得しづらい、そして物足りないものになったのは大いに理解出来ます。 最後になりますが、これほどの貴重な進言を、これほどの長文にて授けてくれたことに最大級の感謝を。返信に物足りないところがあるとするならば、ひとえに私の実力不足でしょう。それでは、今後ともよろしくお願いいたします。ありがとうございました。 (ラファエロ)

2019-09-15

さてお待たせしました。survofさんを先にして返信することをお許しください。まず「下手くそなオーケストラ」が何を指すのかという点について。「言葉同士の不調和」納得しました。確かにこの作品において、暗喩の衝突、不調和が多く起こっているのは自覚しているところです。そして私の多くの作品においても暗喩や表現の衝突が起こっている、という指摘も納得できるものがあります。今回は非常に込み入った事情でこの素材、特定の人物を責め立てるような作品にしてしまったため、より一層言葉同士の衝突が「下手くそなオーケストラ」のように響き、目立ってしまっただろうことは容易に想像出来ます。作品自体を音楽に例えて「下手くそだ」と指摘していると誤解してしまったのは、私のフライングであり、ミステイクでしょう。過去の私の作品たちも含めて下手くそな「音楽(作品)」だ仰っているのではないという点は極めて私を安心させました。良かったです。 次に「客観性」とはどのようなものか、という点について。「読者にどう読まれるかを意識する客観性の欠如」。それも私にはあったことでしょう。私の客観性の提示が不十分であったのも認めるところです。私は主観が大部分において差し挟まれると判断するなら、今後自作について多くを語ろうとはしないでしょう。実は昔文極で「あなたのレスポンスはオウム返しだ」と批判されたことがあり、より一層言葉を尽くして作品の解説に努めようとしたのです。私は作品についての自論を滔々と喋りたいのではなかった。ひとえに過去の反省から来るものです。それが今、作品論として機能していない可能性があるのなら、それを吟味し多くを語るのを自重することでしょう。これでみうらさんへの返礼の一つにもなると思います。 では三つめラファエロを「形骸化した思想」の象徴として扱ったのは完璧に失敗だったと思っています。私自身ラファエロの偉大さは知っていますし、私が最も尊敬するサルバドール・ダリは「近代絵画がラファエロを超えたと思うならどうかこの本なんて読まずに愚直に人生をお生きなさい」と著書の中で、画家を目指す者たちのメッセージとして書いています。そこまでラファエロの知識、功績を知りながらなぜラファエロを「形骸化した…」の象徴として選んでしまったのか。それは日本語で云う不思議な感覚によるものですが、それが安直なチョイスであり、「厨二病的」と指摘されるのなら、私は甘んじてそれを受けるでしょう。ちなみに私は厨二病という言葉が好きでもなく、大して重きを置いていません。ある分野の表現やその傾向を切り捨てるには便利かもしれません。しかし表現の幅を狭める可能性もこの言葉には宿っていると感じています。しかしこれはあくまで蛇足です。次に行きましょう。 四つめ。ラファエロが花緒氏ではない、と明言したのは想像の余地を奪ってしまったのではないか、という点も納得です。しかし花緒氏を貶めるつもりがないのはこの作品の真実の一つであり、口にはしないといけなかった。花緒氏のためにも私自身のためにも。結果このような面白味がないと読み手に解釈される作品になってしまったところは私も自覚するところです。個人的私怨、私情をテーマにしたものは、よほどの完成形を見ない限り公開してはならない、という点を今回は学びました。 さあ最後の五つめ。ラファエロを私自身の知識を無視してまで、選んだのは私の中の「不思議」が作用した結果です。しかしそれが安直な選択だと、客観性の一つである「読み手がどう感じるか」という点においてそう見えたのなら、私の「不思議」はとても弱いインスピレーションの一つだったと言えるでしょう。またインスピレ―ションとはどのようなものとお考えか、との質問に対しては引用していただいた漱石の文面にもあるように劇薬でもあり、天啓に近いものとも捉えています。しかし預言者や聖者などと呼ばれる人々が、多くの知恵と知識をたくわえた上で閃きを得ていたことは、またより絶大な力を持つ「不思議」を獲得していたことは、現在では恐らく多くの人が知るところであり、今後一層安直な選択か、高度なインスピレーションかの選別を図りたいと思います。 さてこれで私の返信は終わりです。survofさんとの対話として進めたつもりですが、納得し、満足していただけたでしょうか。私はこの返信において最大限の誠実さと冷静な客観性でもって臨みました。まだ不足があるなら、あるいはこれだけはステレオさんに伝えておきたいというメッセージがあるなら、この作品のコメ欄でもツイッターでも、またsurvofさんが時折遊びに来てくださる、ツイキャスにおいても呼びかけてください。それでは今日はこれにて。以上です。忌憚なきご意見、まことにありがとうございました。 (ラファエロ)

2019-09-14

二人の溝を埋めたい○ 二人の埋めたい× (ラファエロ)

2019-09-14

みうらさんへ。その通りですね。今みうらさんの私への置き土産。「わかってらっしゃらない」を噛み締めているところです。どのような受け取り方でもいい。我が子(作品)を雨風に晒してでも過保護は良くない。たしかにその姿勢は今後私に必要となってくることでしょう。 また白熱とのこと。私も「荒れたかな?」程度の認識で、みんな燃えて熱くなってくれているなとの気持ちは持っております。ここまでみうらさんから厳しい言葉が出たのは、私が「わかってくれる」と思ってくれたからこそ、と捉えています。非常にこの作品において、二人の間にズレが生じてしまったのは、本当に残念で悲しむべきことだと思っています。 私は自分自身を深く省み、いつかまた陽気で明るい「miuステ!」をお送りしたい、また詩人同士として、知り合った者同士として二人の埋めたいと思っています。またこの溝を作ってしまったのも恐らく私に大部分の非があるのだろうとも思っています。また陽気に話せることを願って。それでは。 (ラファエロ)

2019-09-14

survofさん、おはようございます!「プライドだけが高く」「コメントしづらく」「荒れたのはステレオさん」。耳に痛い限りです。私としては自己弁護のつもりはなく、子供(作品)がちょっと困ったことになっているので、親として少しは守ってあげたいな程度の気持ちだったのですが、そう映ったのなら過敏な親でもあったのでしょう。 「掲示板が荒れた」かという点において「荒れたかも?」程度の認識は持っております。しかしそれはsurvofさんや三浦さん、そして歯車さんのせいではなく、私を含めてみなの意思疎通がうまく出来なかったことにあると思います。何よりも私はsurvofさんの返信に丁寧に応えたはずです。ですがそれが捻じ曲げた解釈と取られたのは私の読解力にも問題があったのでしょう。しかし誠実に応えていました。そこはしっかりとご理解いただきたいです。 さて作品についての議論を続けるかという点ではイエスです。survofさんが筆の労を惜しまず書いてくださるのはとても貴重なことですからね。拝聴したいと思います。ただこれ以上の私の掲示板上での人格や人柄についての叱咤、叱責は避けるようにお願いします。子供を守る親心が悪く作用したのは、認めているところですので。 作品についてのお話なら歓迎いたします。それではお話を再開致しましょう。返信は明日以降になるかもしれません。その点はご容赦を。 またこの詩に肯定的な評価をくださってるstさん、黒髪さんへの返信は今一度お待ちください。 (ラファエロ)

2019-09-14

この場でこの作品についての私見を述べることをご容赦ください。まず昨夜のふじりゅう氏と花緒氏のコラボキャスにおいて、花緒氏が再三に渡り「ラファエロは私ではないか」と仰っていましたが、ここにしっかりと言明させていただきます。ラファエロは花緒氏のことではありません。構造的に世の中に存在してしまう権威主義者とでもいうべき存在の置き換え、言い換えであるのです。ですからその対立軸、いや被虐者としての天使も花緒氏が考えられたように私のことではありません。そこまで憐憫の情が入っているのなら私はこの作品を公開しなかったでしょう。 それと今しがた三浦氏ともDMで軽いやり取りをしましたが、私に強い怒りを抱いているとのこと。理由も明らかにされず、「分かってらっしゃらない」などと仰ったことの意味を尋ねたのですが、それにお答えいただく気配もなく、お怒りの理由も示されずこちらも残念です。この作品で一部の方を困惑させてしまったことを深く省み、今後の創作活動に活かす所存です。それでは。 (ラファエロ)

2019-09-14

寝かせましょう!私としても余りに不興を被ったので、感情的になってしまった面もあるかもしれません。その点はお詫びを。今一度survofさんの意見に目を通してみようと思います。そうすれば「全生涯に目を通す…」云々などの反駁、反発は生まれないかもしれません。ここに私がsurvofさんと意見交換をする意義を見い出せます。まず優れたお人柄であること。持論を展開するより、相手の心情を慮った対話を重視する人物であること。survofさんはそのどちらにも該当します。ですから心では「痛いところ突いてくるなあ。だがただ『そうですね』では芸がないし」となってしまうのですよ。明日「優しい気持ちで~♪」また臨もうと思います。 (ラファエロ)

2019-09-13

ですねえ。survofさんのような優れた詩書きさんに断絶感を抱かれてしまうのは非常に残念ですが、そう思われたのなら仕方ありませんね。一日日を置くとまた違った景色が見えるでしょう。冷静に、見えることもあるかもしれません。暗示は汲み取っているんですよ。充分に。その目線、伝え方に余りいい印象を抱いていないだけで。とにかくもsurvofさんのような詩人と距離が出来てしまうのは残念でなりません。まあまた明日。人間には明日がありますから。適度に熱を冷ますのもいいことでしょう。私もsurvofさんも。では良い夜、良い週末を。 (ラファエロ)

2019-09-13

三浦さんへ。分かってらっしゃらないということの根拠を何一つ示さずに、何か私が問題のある詩書き、物書きであるかのように囲い込む。survofさんのコメには丁寧に返信しましたが、三浦さん、鈴木さんのコメには「俺は分かっているが」という根拠もない、明示もされていない権威めいたものを後ろ盾にしてる気がして、真剣に返礼する気になれない。ですが三浦さんの示されたステレオさんの今後にとって、という文言は意義がある気もするので受けとめようとは思いますよ。では。 (ラファエロ)

2019-09-13

survofさんへ。非常に面倒なコメントが来たなという印象。ですがさすがsurvofさんとも思ったので丁寧な返信を。「下手くそなオーケストラ」という批評はまあ上滑りでとらえてしまえばどうでもいいことなので、いちいち拾いたくないけれど拾うならば、そういうことを言い出すと文字の世界、文章の世界ではあらゆる他人の文章が「下手くそなオーケストラ」に聴こえる可能性はありますよ。人間、他人の感情や気持ちの動きには時に不寛容だったりするものです。しかも文章には完璧な譜面と云うものがない。音楽に例えるならエディヴァンヘイレンのギターはただの騒音で音楽として聴くに値しない、と思う人もいるだろう一方で、彼の音楽は音楽史を変えたという人もいる。聴く人によって音楽の印象は変わるものです。ついでに言うと文章も。また「音楽は聴く気持ちのない人にとってはただの騒音である」との言葉もあります。以上のような条件を踏まえると、たまたまsurvofさんにとって合わなかったであろう音楽を「下手くそなオーケストラ」と紋切型で批判するのはいかがなものかと。それこそ不協和の騒音を聞かされている気分にもなります。こちらも熱を込めて書いている以上失礼を。 また客観性の欠如云々については。先のコメントにて客観性を示しているつもりですが、伝わっていないようですね。この作品には私情や私怨が深く込められた抒情詩であるがため、表層的に宇宙とか天使とかを安直に使っているのではない。齢を幾ばくか重ねた男性の心情が託されている。ですから表面的にスケールの大きな詩を書こうとして宇宙や天使が使用されているのではないということです。それが私の客観性の提示です。さてじゃあ歯車さんの作品はどうだったのかとなると、見てもいない、読みようもない中二の頃の作品と比較されても私は知りようがありませんし、またどうして私がそんな評にお付き合いしなければならないのか、理解に苦しむばかりというのが私の正直な感想です。 ラファエロの人生について深く思索し、調べた結果かとの指摘については。では逆にsurvofさんにお聞きしますが、誰か人名を使う時にあなたは、その人物の全生涯をつぶさに調べる義務があると考えておられますか。もしそうだとしたら詩を一つ書くよりも評伝を幾冊も書くことで人生が終わってしまうでしょう。私たちの人生は短いのです。ソフトバレエというバンドに「VIETNAM」という楽曲がありますが、そのタイトリングをした藤井麻輝さんは「特に意味はありません。最後楽曲が出来た時『VIETNAM』だったから『VIETNAM』にしただけで」と仰っています。私はそのような感覚、センスを尊びます。ラファエロの人生が詳細にどうだったか、そして後世においてそして現在の日本において、どのような位置づけかを事細かに定義して使うよりも、「形骸化した思想。ラファエロかな。だからラファエロだったという」という使い方です。これを思索の欠如としてsurvofさんが退けられるのなら、survofさんはインスピレーションとか、俗に「言葉が降ってくる」とかいうのを嫌い、疎み、軽蔑し、それらを一切しない詩人なのだなとの解釈に私はなりますが。繰り返しますが私たちの人生は短い。「作家は否が応にも技術を磨くべきなのだ。だからゲーテはインスピレーションを軽蔑したのだ(要約)」と仰っていた芥川龍之介さんは早めにこの世をお暇しましたからね。そういうことも含めて考えるとインスピレーションというのはあながち軽蔑出来ないと個人的には思っています。 さてお互い熱を込めて話し合ったあとで私の大好きな映画「王立宇宙軍」より、名シーンのセリフを引用してハリボテ論を締めくくりたいと思います。 シロツグ「おい、見ろよ!戦車だ!」 マティ「よく見ろ。ありゃハリボテだ」 遠方に見える宇宙ロケットを前にして。 シロツグ「ハーリボーテー♪ハリボーテー♪おぅ、超巨大なハーリボテッと!」 ハリボテの奴も意外とやるかもしれませんよ。 (ラファエロ)

2019-09-13

survofさん、コメントありがとうございます。ハリボテ感。それは思索も思想性も何もないといった意味でしょうか。確かにこの作品にはそういう一面があるかもしれませんね。なぜか。それはこの作品がノンフィクションをメタファーの渦で覆った作品であるからです。この作品はフィクションではありません。現実に則した人物、出来事を「ラファエロ」や「天使」に置き換えて、それから受けた感慨や感情を表した作品なのです。この詩には理想郷や冥府、天使と言った分かりやすい表現、言葉が出てきますが、それは暗喩だらけのこの作品の敷居を低くするためであり、読みやすくするためです。完全なフィクションを作る場合、今の私ならこのような表現は避けたでしょう。この作品はフィクションを扱っているため、詳細に種明かしをして作品自体を擁護するのが難しい作品でもあるのですが、ラストの一節、権威や形骸化した思想、権威主義といったものの象徴でもある「ラファエロ」の肖像が燃え尽きていくというのは、避けられない悲劇性と運命のようなものも表していて、なかなか劇的だったのではないでしょうか。自分ではとても気に入っています。 さてsurvofさん仰るところの「メモ帳…」というご指摘は中々に面白いなと思いました。実際私は頭のメモ帳からアイデアを引き出しているのかもしれないのですから。それは思春期や20代、最も多感だった時期に蓄えた貯蓄とでもいうべきものです。 最後に「俺ガイル」を引き合いに出しての分析。分かります。平明で分かりやすいテンプレ的な文章でも深い思索があれば、それが作品に反映され、厚みが出るという感覚。今回の作品は恐らく色々な原因が重なり、思索のあとがsurvofさんには感じられない詩になったのでしょうが、これまでもそしてこれからもより一層思索、思想性が感じられる作品を書いていきたいですね。貴重なご意見ありがとうございました。 (ラファエロ)

2019-09-13

鈴木歯車さんへ。中二の時に書いたやつによく似ている、というのは厨二病チックとのある種の揶揄でしょうが、この詩に秘められた意味を含めて考えると、似て非なるものですよ。あなたが中二の時に書いたものとは。似て非なるものです。 (ラファエロ)

2019-09-13

いやあ気持ちいいですねえ。昨夜のキャスではこちらがはばかられるほどの褒め言葉をいただいたんですが、それとは一変。ほぼ一言酷評。笑けてしまうくらい気持ちいいです。俺の作品で世界を変えるという情念。この作品にはそれがなかったかもしれませんね。あるのは個人的感情の浄化、昇華。作品として観れるものにするというアプローチ。それはそれで良いと個人的には思うのですが、みうらさんには届かなかったみたいですね。爽快感さえあります。昨日お話ししたり、幾度もディスカッションした信頼感の上に成り立つ、厳しい意見。中々良いですね。こういうこともありますよ。順風満帆で行きましょう。そして行くつもりです。 survofさんへの返信は今しばらくお待ちください。 (ラファエロ)

2019-09-13

凄くいいなあという印象。消えるべきビルの前で、五者の有様が短く簡潔に描かれているが、最後の一人は「小さく確かに手を振った」とある。ここで込み上げる詩情、抒情性は中々のものだと思う。消えるべきビル。最後の一人の前の四人のそれぞれの姿勢、あるべき姿。それらが最後を一気に引き立てるように工夫されている。良作でした。 (語るべき者の前で)

2019-09-11

五体満足か?気ぐるいか?に並んで朝鮮人か?との問いかけがなされているので、時代設定として昭和初期から中期をイメージしました。淡々と繰り返す短い質疑から、詩中の二人が割り切っていながら、人生に相当倦んでいるのが分かる。そしてそのことを明示するかのように、ラスト「まあ……死刑囚のようなものですが」「俺も同じだ」と来る。乾いていながら、そこに絶望はない。ただ淡々と生きる意志、諦念のようなものがこの詩にはある。タイトルを含めかなりの傑作だと思う。 (死刑囚の窓)

2019-09-11

んーむ。これは中々に良いですね。自己の空無感、虚無感、死んでいるという感覚が、台所の野菜や肉と同列に扱われている。それほど自身の生き死にが粗雑に扱われているところが非常に良い。 ドライであり、深刻でありながら、殺伐としていながら読むのに苦しくない。 ラスト「新鮮に死んでいたいのだ」は私とかなり同年代であろう帆場さんの言葉としては、非常に刺さる。今作品は帆場作品の中で、筆者の暗い一面を切り取ったものとしてかなり上位の作品にあたるだろうと思う。 (剥き出し)

2019-09-11

千才森さん、初めまして。コメントありがとうございます!「『君』は世界の大きすぎる包容力に殺されてしまった」という読み方がまず嬉しいです。この詩にその解釈を加えるとより一層厚みが出ますね。圧殺力でもなく、不寛容でもなく、狂気でもなく、包容力。その一見肯定的とも取れるパワーが「君」を殺してしまったとすれば、この詩はより一層世の非情を描いた作品ともなるでしょう。「不定形の世界その物の…」という指摘もうなります。実際この作品は目に見えない何かを称揚した作品でもあるのです。「時に…」から始まる論評はまさに詩人然としていて、僕がむしろ感動しました。この作品は否定も肯定も超えた価値観の中で描かれているのです。二元論など吹き飛ぶほどの存在の称揚。素晴らしいと思いませんか。人の生き死でさえも何も否定せず肯定せずただただ讃える。これ以上の人生賛歌、いや宇宙賛歌はないと思います。少し昂ってきて大げさな文章になりましたが、そういう気持ちです。無心となって作品世界に浸れるとのこと。そうなんです。この詩は答えが示されていないのです、と返答させていただいてお返事を締めくくらせていただきます。 (君が死んだのは果たして本当に君のせいなのか)

2019-09-04

「世の底の 泥の中で」で以降、面白味がどんどん増していきますね。そして核心に迫っていく。人の形をしているか、という話者自身への問いかけが痛切で胸に響きます。それでいてこの詩におけるラストですからね。良作だと思います。惜しむらくは冒頭が詩を読んでもらうためには、少しスクウェアで食いつきがなかったところでしょうか。しかしそこを意識すれば、もっと刺激的な作品が出来上がると思います。雑感で失礼を。 (泥中)

2019-09-04

何か突き刺すものがない。いきなり否定的で失礼を。自然を悠然と描く筆致には確かな実力を感じますが、もっと読み手の心を「刺す」表現があってもいいかなとも思いました。私の勝手な要望ですがこのような主題だからこそ、驚きが欲しい!そうも思いました。 (とある湿原にて)

2019-09-04

んーむ。私にとっては仄めかしが何を指すのかが分からなくて、読解に苦しむ作品でもありました。しかしその仄めかし方が上手い。結局笑えるほどに惹きつけられたんだと思います。 (卒業生)

2019-09-04

僕が以前持ち得ていた価値観を、再度見せていただいた気がして嬉しい限りです。こういう作品も僕は書いてみたかったのかもしれません。しかし僕自身は宇宙創成や神をつなげたくないとの思いがあったのか書きませんでした。しかしこの作品のスケール感は特筆すべきものだと思います。 (七色の空間)

2019-09-04

「死にかけの蝉を蹴飛ばした…」からラストにかけてが特に美しく、素晴らしいです。命を冒涜して終わる夏だなんて解釈は、かなりのインパクトがあると思います。良作でした。 (残暑)

2019-09-04

んーむ。読み手にとってかなり敷居の高い表現、言い回しも多数見受けられますが、これぞsurvof節!と思わせる箇所が多数散見され気持ちよく読ませてもらいました。読後感がとても良いです。 「風景は作るもの。空の色もまた」や「儚いというのは美しいことだと…」の一節はsurvofさんが「ストロボ」で見せた刹那の美しさを切り取る能力の高さを改めて感じさせます。やはり僕にとってsurvofさんの作品とは「あの夏のその花火はいってみれば自傷だった。」などで表現される、刹那の耽美とでもいうべきものなのです。そこへどう至るかが毎回楽しみでもあります。次回作も期待しています。 (逃げ水)

2019-09-04

何か目立ちますね。目につきます。詩としてはもう少し表現に凝ったり、起伏に富んだりした方が良いかと思いましたが、頭にスーッと入ってきたということは、このテーマにおいてはこの書き方がベストだったということじゃないでしょうか。 (もしも感情が消えたら)

2019-09-04

このような特殊な形での短詩を手放しで褒めるのは、やや気が引けるのですが、上手いなあという印象。空白でしかない、余白でしかないと話者は綴っているが、そこに自己憐憫はなく、達観のようなものがある。嘆いて自らを憐れむ要素がない。だからこそ「生きることが」「死にゆくことも」「何も無い 何も無い」が痛切に響き、馴染んでくる。技術的には空白、余白には話者の独白の空無と、実際「何も無い」ことが表されてるのかもしれないですが、個人的には静かな音楽、訥々と響くピアノの音、あるいは切れかかったオルゴールの音のようなものを感じました。 (白き空に)

2019-08-26

いいですねぇ。画像を使った着想も中身も。iPhoneの待ち受けにしているくらげと一緒に少し詩的黙想をする。くらげの存在感と浮遊感が効いていて、残念だったことも軽く描けて、励ましの言葉にも透明感があって重くない。夏の清涼をこう示すことも出来たんだなという印象。ビーレビならではの作品だと思います。 (携帯海月)

2019-08-26

月隠緯檻さん、コメントありがとうございます!本当にタイトル素敵ですよね。笑けてしまいますが自分でもそう思います。内容にしても名前負けしないものが書けたと思います。こういう懐古的で優しい作品は、なかなか評価されづらいのかなとも一瞬思いましたが、こういう作品も僕の一部ですので高評価をいただけてとても嬉しく思います。ありがとうございました。 (忘れ得ぬ人)

2019-08-25

るるりらさん、コメントありがとうございます!映画一本作れそうな道具立てがたくさんとの評、嬉しいです。今さっと読み返してみましたが、これでもかとばかりイマジネーションを喚起する小道具が出てきますね。次はこの作品に自惚れることなく、もう少しスリムな作品も作ってみようかなとも思いました。さて!大切なのはるるりらさんの返詩ですよ!ありがとうございます。とても嬉しいです。メタフィジカなんてタイトル。本当にカッコいいですね。内容は僕がこの詩で表現したかったこと、中心にある部分。女性賛美と美化、ロマンティシズム、出逢うべき人に出逢えた歓びなどがより一層色濃く表されていると思いました。「廃墟と同意語の近代都市に きみだけを想う」などは僕の詩ではそこまで直截に表現されていませんが、更に輪郭がはっきりさせる効果があり、いいですね。「まさに『イシ』」のリフレインや「風に煽られる新聞紙 君にまとわり はがれていく」は、寂寥の中の強烈な愛募が描かれていて、僕の描きたかったことが伝わったんだと嬉しく思います。にしてもるるりらさんどんな作風でもこなせますね。素晴らしいです。驚きます。返詩をいただけてこの作品を投稿して本当に良かったと思います。ありがとうございました。 (「残響」。)

2019-08-25

貴音さん、コメントありがとうございます!SF的でサイバーチックな作品を作るのに長けているとの評価、とても嬉しいです。僕自身この作風が僕の作品の中核になるのかな、とも思っています。ミュージシャンのアルバムで言うなら主軸は「『残響』。」路線で、クッションとして物語性を高めるためにも「忘れ得ぬ人」や「君が死んだのは果たして…」がある感じですね。ビシっと決まりましたね。本当に。だがしかし科学者はうそぶく、の()を使った理由が分からないとのこと。これはですね。詩的な思索をしている、または詩を実際に作り上げている話者が、不意に自分の思考に飛び込んできた「自分のものでない考え」に詩作を中座させられて、黙想のように想い起し、それを退けたという意味合いを持っているのです。次は()を使わずにこの狙いを表現しようと思いますよ!何れにせよ絶賛に近いコメントありがとうございました。 (「残響」。)

2019-08-25

せいろんさん、コメントありがとうございます!エンドロールのように綺麗にまとまったラスト、とのこと。嬉しいです。実はこの作品はラストの締めを2、3度書き直したんですよ。それぼとこの詩は僕にとって大切なものだった。書き流しをして平凡な作品に終わらせたくなかった。とても思い入れの深い詩でもありますね。安定感があり、難しい言葉がなかったとの評価も嬉しく思います。最近の自作品は少し難解な表現が見受けられましたからね。昂揚感の中一気に書き進み、難解な語句を避けるという試みが成功したようで良かったです。この詩は自分の新しい何かが開拓される、もしくは失った何かを取り戻す契機ともなった作品ですので、楽しんでいただけてとても嬉しいです。ありがとうございました。 (君が死んだのは果たして本当に君のせいなのか)

2019-08-15

沙一さん、コメントありがとうございます!実はですね、この作品はタイトルからして反戦詩、あるいは内容からは戦争賛美の趣があると捉えられがちですが、実はどちらでもないのです。反戦詩でもなく戦争賛美でもない。戦争を肯定も否定もしていない。異様な昂揚感と深い悲しみ、その両極が存在するだけなのです。この詩では戦争をあおった者も、戦争に好んで従軍した者も、戦争を始めた者も、あるいは戦争を忌避して疎んでいるであろう話者でさえ認められているのです。現象として詩で書かれたような出来事がそこにあっただけで、否定的な意味合いはない。この詩の中核にあるのは人生賛歌なのです。すべての人間の行動原理、動機、営み。それらすべてが話者とはまた違う書き手(ステレオ)によって称揚されているのです。この詩を書いてる時僕は異常なほどの昂揚を感じていました。タイトル通りに書いて行ったら平凡な反戦の詩になるのは予め見えていたし、冒頭のアルチュール・ランボーを書いた時点で誰かを否定したり批判したりしてはいけないとも思った。負の遺産、負の歴史とのちに呼ばれるものでさえ頭ごなしに否定したくなかった。描きたかったのは生死を繰り返し、子孫を引き継いでいく人間の営みへのある種の同意なのです。だからこの詩は懐疑的な印象も持たれず、煙たがられず、詩として読み物として面白く仕上がっていると思っています。ヒロイックな描写が二点ほどありますが、そこにもヒロイズム自体を推進する意図はないのです。この作品は生命の爆発というべきものが描かれていると言った方がいいかもしれません。 また沙一さんにあげていただいた「死んだ男」ですが、「さよなら。太陽も海も信ずるに足りない」 。Mよ、地下に眠るMよ、きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。は素晴らしい描写ですね。ここまで戦争の暗澹とした部分に切りこんで、生身の死を感じる描写を入れてなおこの詩の意図したものが描き切れていたら、この詩はさらに良くなっていたでしょう。素晴らしい文章の引用ありがとうございました。 ※公式ツイキャスは見送らせてほしいとのこと。残念ですが了解しました。沙一さんの作品について沙一さんとぜひお話したかった。残念でなりません。 (君が死んだのは果たして本当に君のせいなのか)

2019-08-15

タカンタさん、返詩ありがとうございます!別離した恋人と入れ違うように街を離れる詩の主人公。それまでの七日間が描かれている。繰り返し彼女との想い出を振り返りながら、実際に二人が別れてしまったことを痛感する。それでも幸せに包まれつつ街をあとにする主人公。とてもロマンティックで、それでいて別離の物悲しさをも感じて素晴らしかったです。眠り始めた彼の心はどこへ行くのか、とても興味の尽きないところでした。一つの物語性の中に詩が収まっている点も、先のタカンタさんのコメントを思い出し、とても面白く拝読しました。ありがとうございました。 (忘れ得ぬ人)

2019-08-11

タカンタさん、再度コメントありがとうございます!返詩ですか。もちろんいいですよ!返詩をいただけるのは初めてなのでとても嬉しいです。ほぼ同様のモチーフを二人がどのように、期せずして書き分けたのかがとても興味深いです。どうか返詩をコメントとして寄せていただけたらと思います。 (忘れ得ぬ人)

2019-08-11

タカンタさんへ。るるりらさんへの作品でもお見受けしましたが、該当作品への批評、感想とは関係ないコメントを書き込むのは、おやめくださいね。これは運営からのお願いでもあります。 またタカンタさんが芸術や詩に対してとても情熱的なのはわかるのですが、批評家への批評、批判を該当作品とは無関係な形でしてしまうのは、有意義ではないし、残念ですが余り品のいい行為には思えません。 フォーラムに投稿するなり何なりして、一層議論が膨らみ、発展的になることを意図してください。またその際には個人名を挙げず一般論、あるいは純粋な芸術談義としてスレッドを立てられるのがよろしいかと。 何れにせよ、作品とは関係なく、無闇やたらと他者を批判したり、批評したりする姿勢は褒められるものではありません。以後ご留意ください。 (忘れ得ぬ人)

2019-08-11

藤一紀さん、コメントありがとうございます!やってしまいましたよ。自分でも笑えるほど久しぶりに。survofさんが「『残響』。」にてコメントをくださったように、最近の僕はサイバーパンク感や未来的な要素を多く含んだ作品を作っていたのですが、この作品ではノスタルジックで霞みゆく記憶を辿るような、良質の古典的絵画にも似た世界が描けたと思って満足しています。《走り去る馬車から、一瞬だけ顔を覗かせたその女性》は本当に印象深いですよね。一瞬の出来事なのですが、その一瞬の出来事に自分が失ったものや、自分が取り返せなくなってしまったものに気づかされる。まさに藤さんが仰るように、気づくのには「遅すぎたの」です。この一節に集約されているのは、ひとえに喪失感とある種の孤立、そして啓示にも似た気づきなのですが、人生とは本当に日常のほんの一断面からすべての謎がひも解かれるのだ、という感覚も描き出せていて、この描写、僕自身とても気に入っています。映像的にも美しいですよね。走り去る馬車から一瞬だけ、というのが。現代の孤独化(厳密に言うと孤独化していく人生)という点もこの作品では描きたかった一面でもあるので、そこにお気づきいただけて嬉しいです。またモチーフとして寂寞とした孤独な人生、生涯、余生というのは美しく、詩的でもあるので僕自身好んで用いるモチーフでもあります。幼い頃に組織、コミュニティに入り、離れ、やがて一人になり、自分の孤独に気づくというのは人生の一断片でもありますからね。最後に日常生活において見過してしまいがちな…という好評とても嬉しく思います。それこそが僕がこの詩でやりたかったことの一つでもあるのです。とにかくも頬が緩みっぱなしの評価をいただけて本当に嬉しい限りです。これは冗談めかして笑みを浮かべて言うのですが、また藤さんが悔しがるような作品を書きたいですね。ありがとうございました。 (忘れ得ぬ人)

2019-08-11

タカンタさん、コメントありがとうございます!豊穣、豪奢な表現を用いつつ、作品として陳腐にならず、クオリティの高い作品に仕上げるのは難しいとの解釈、僕もとても理解できるところです。また詩作におけるイメージは通常ならば一つがいいとのタカンタさんの私見にも納得する部分があります。ただタカンタさんが仰る通り、この作品では多種多様なイメージを散りばめましたが、それらが一つの筋(忘れ得ぬ人に「恋する二人」を連れ出して欲しいと願う)で収束するようにまとめられており、分散した印象はなかったのではないかと自負するところでもあります。全体を覆うトーンは喪失感であり、寂寥。また残されたものは二人の愛募、というロマンティシズム。それらが一貫して詩中では貫かれており、とても穏やかで美しい作品に仕上がったのではないかと思います。自分の作品で読後感が良いものが久しぶりに書けました。僕個人としてはとても満足しています。ありがとうございました。 (忘れ得ぬ人)

2019-08-11

書き手として一歩先んじているなあという印象。適度に肩の力が抜けているのに、弛緩してはいない。めんそーれなんてフレーズが不意に出てきても、「よれない」のは書き手が秀逸な証拠。ただひたすら夏の涼風を浴びているような気持ちがして、とても心地よかったです。 (八月の汽水域)

2019-08-07

茫洋として視点が定まっていないようでいて、真夏の思考、物思いを綺麗に描き出していると思いました。独特のフレーズや言葉の繋ぎがあって最後まで楽しく読めました。台湾のお守りが涼しい、という一節は読者を引きずり込むのに充分かと。 (ghost)

2019-08-07

何だか妖艶な印象がしますね。生きたがるからあついのよ、というフレーズに独特のセクシャリティを感じました。 (セミ)

2019-08-07

「きおく」を彼らと表現し、今現在の自分の立ち位置を明確にするかのような手法、描き方。悪くないと思いました。どこか優しい気持ちになれますね。ただ最後の一節。もう少し力強く何かを言い切った方が全体が引き立つのでは、と思いました。 (きおく)

2019-08-07

蝉、カラス、蛙と来て最後に人間自身に問いかけが戻る。達観した視点だったのが、様変わりしてすべての動物に情を寄せる姿は微笑ましく優しい。眠れない夜のひと時に徒然なるまま書き連ねた、想いを募らせたという筋書きにとても好感が持てました。 (夜の徒然)

2019-08-07

まず「疾風掴むことなかれ」というフレーズが良いです。タイトルにもなっていますが読者を惹きつけるに充分なインパクトを持っているかと。内容については、テーマにもなっている「人生」を駆け抜けるために「嘘と武装覚えて」、と腹をくくっているところが、逆に嘘をついていないという印象を読者に与え爽快感を与えています。惜しむらくは一節一節に字数制限を与えているのかどうか、窮屈に感じる箇所が本当に二、三点あったところ。もっと自由でいいかなとも思いました。しかしタイトルの印象通り、読んでいて悪いイメージはしませんでした。 (疾風掴むことなかれ)

2019-08-07

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます!「これぞstereotype2085作品だ!」との評、嬉しい限りです。確かにこの作品には僕が近年、特にビーレビュー運営に就任するかしないかの時期以降に育まれた手法、技術の多くが用いられています。ナポレオンやマリー・アントワネットなどの名前のアイコニック、シンボリックな使い方については既に多くの文面を割いたので、ここはオート・ウォークやムービング・ウォークを使った箇所について幾つか記述を。オート・ウォーク、ムービング・ウォークを僕は同じ意味合いで使っていますが、好きなんですよね。人々が機械的に行き交う場所で一瞬、刹那見いだせる美しさ、あるいは愛募の対象としての「君」といったものが。僕はこの作品ではオート・ウォーク等を使いましたが、古くはあるいは懐かしくは「交差点の向こう側に」といった描写が僕は好みなのです。キャッチーですよね。理由なく、理屈いらずでドラマティックです。そして同時に皆が想像しやすい。ポップなんです。原型や原点はポップでもいいと思うんですよ。そこをどう換骨奪胎するか、あるいはそのポップな表現の核となる部分を基点としてどう飛躍するかさせるか、新しい地点に到達するかさせるかが大事だと思うのです。そうすれば昔好きだったものの理由などが分かり、昔好きだったものを古いとかチープとか言って後年否定せずに済む。それが人生自体も不幸せにならずに済む方法の一つだとも思うのです。クリエイターの生きがいの一つは、表象を幾度も変えながら、原点からは決して逸れない幸せをコントロールできることだとも思うのです。ちょっとクリエイター幸せ論のようにもなってしまいましたが、創作家は次々と新しいものを取り入れざるを得ないからこそ、原点を忘れないでいたいという。古きを知る姿勢を保っていたいというそういうお話でもありました。とにかくも深みを堪能していただけたようで嬉しいです。ありがとうございました。 (「残響」。)

2019-08-03

タカンタさん、コメントありがとうございます!海外のトレンド。確かに知っていた方がいたように思います。日本という土壌、文化的風土には島国ゆえのズレ、認知の歪みのようなものも生じる可能性があるでしょうから。ただ同時に僕は日本という島国、多くの大陸的な争いから隔絶された場所、国だったからこそ育まれた価値観、可能性、感受性のようなものが日本人にはあるとも思うのです。そこから何かを、詩でも創作物でも何でも発信出来たらいいですね。みなで切磋琢磨していきたいものです。貴重なコメントありがとうございました。 (「残響」。)

2019-08-03

藤一紀さん、コメントありがとうございます!僕も大好きです。パンドラの箱の物語。「鈴なりの混沌」やこの世のありとあらゆる悪が箱から飛び出したのちに、残っていたのはただ一つ希望。素晴らしい物語だと思います。同時に人間の感情の核心をついているとも思います。しかし藤さんのコメントをお読みすればまた一つ違う解釈があるようでとても興味深いです。最後に残ったのが「希望」ではなく、もう「希望しかなかった」という解釈。これはこの詩にとても近い感覚があるように僕には感じました。外面的に見える世界と、内面的な世界の混乱、秩序の乱れの最中、「あなたを見つけて」「前へ」進む。この描写はあなたがいたから良かったという楽観的な意味合いもありますが、あなたを見つけたからこそ「もう前へ進むしかない」という悲壮な、ペシミスティックギリギリの感覚もあると僕には思います。その点藤さんのご指摘はとても的を射ている。タイムリーな物語の引用だったと思います。そして最近僕は思うんですよ。詩人はその前へ進む一歩を後押しする、希望を見い出す力を付与するのも役目の一つではないかと。詩人に使命、役割があると考えるのは半ば傲慢で、ナンセンス極まりない考え方でもあるのですが、僕が憧れ、目にしてきた詩人の詩は僕の人生においてそういう役割も担っていたと感じています。何れにせよギリシア神話を引用してのコメント感謝しきりです。ありがとうございました。 (「残響」。)

2019-08-03

沙一さん、コメントありがとうございます!ナポレオン、マリー・アントワネットなどは確かに今は故人であり、存在していませんが、実際に歴史や人々の価値観に影響を与えた人物であり、アイコンとして今でも多種多様な意味合いを持つ存在だと僕は捉えています。その点沙一さんの仰る通り、「いまなお残像として都市のかたすみに顕」れているのだと思います。僕の詩には古今東西の著名人や、名を成した人の名前が出てきますが、その多くがアイコンとして複合的な意味を託され、シンボルとして多面的に機能するように使われています。今回のマリー・アントワネット、ナポレオンなどはその代表例で、特に「千鳥足で足を踏み出すナポレオン」「娼婦紛いのマリー・アントワネット」は読み手に波動のようなインパクトを与えるという点で非常に成功し、詩に多様な彩りをもたらすのに寄与したと思っています。また沙一さんの表現を借りれば、もし「すでに終わった星の光が、地上に届」いていることを世の人々に知らせることが、詩人の役目の一つならば、僕は今作において詩人としての大きな役割を果たせたのだとも思います。「この作品自体が、もっと大きな物語の『残響』のよう」という評価は喜びにたえません。沙一さんの論評そのものが、詩的で壮大、そして美しく、このようなコメントをもらえたことに感謝しきりです。ありがとうございます。 さて!ここまでが返信ですが、ここでビーレビュー運営として大きな頼み事を一つ。実は沙一さんに次々回のビーレビ公式ツイキャスのゲスト出演を打診したいのですが、いかがでしょう。沙一さんにフォロリクをお送りしているのですが、残念ながらお返事がなく。もし公式ツイキャスゲスト出演を検討願えるのならば、@keisei1 もしくはbreview.works@gmail.com宛てにご連絡ください。こちらの掲示板での回答も可能です。ではどうぞよろしくお願いします。 (「残響」。)

2019-08-03

エイクピアさん、コメントありがとうございます!イシ。本当に印象的ですよね。彼は部族の最後の一人として生き残り、結果開拓者の村へと投降?したのですが、語学にも通じ、コミュニティにも馴染み、大層慕われたそうです。その彼が遺した言葉が「あなたはいなさい。私は行く」。敗北を粛々と動じない心で受け入れ、尚且つ人類規模の視点を持っていたであろうイシは多分、原住民の敗北は決して「死」ではないということを知っていたのでしょう。僕はこのイシのエピソードを思い出すたびに宇宙的な視野を持てるようになり、心が広まるのを感じます。もし仮に日本人が何かのきっかけで没落を余儀なくされていくとしても、僕はイシのように従容としていたいですね。もちろん最後まで抵抗し、戦いはしますが。僕が最後の一人となったのならば、悟性のようなものが僕自身にきっと芽生えることでしょう。 (「残響」。)

2019-08-01

survofさん、コメントありがとうございます!そうなんですよ。この作品には独特のサイバーパンク感があるのです。そこにキリコの絵画世界や、ナポレオンの肖像などが盛り込まれている。夜目の効く少年などは未来化された都市における、寂れた場所の「倦み」や「弊害」をも表していていいですね。僕個人としてもとても気に入っています。悲劇的な様相が全体を覆っているのですが、出会えたあなたに救いと光を求めるロマンティシズムも表現している。書きためていた作品はいくつかあり、どの作品を投稿しようか迷ったのですが、これで正解だったなと思います。 この世界観の散文とか掌編小説。笑ってしまいますが僕も読みたいです。では一先ず手前味噌ですが僕が五年ほど前に書いた短編小説「花魁の残り火」 https://ncode.syosetu.com/n7308cd/ をどうぞ。 (「残響」。)

2019-08-01

survofさん、お返事ありがとうございます!代替案の形でもご辞退とのこと。了承しました。理由については深く立ち入らない方がいいかとも思いますが、それこそ後日ふと僕から個人的にメールが飛ぶかもしれません。その時はよろしくお願いします。この詩において、survofさんとたくさんのやり取りが出来たのはとても楽しく有意義でした。ありがとうございました。 (皇居正門の真下で)

2019-07-31

エイクピアさん、コメントありがとうございます!核となる単語。ちょっと濃厚すぎる語彙を多用しすぎた印象も自分自身しましたが、そこからアウトラインを導き出せたというのは嬉しい限りです。芭蕉の写し絵なんて特にいいですね。それが雑穀とともに燃えていく。イメージとして悲劇的で悲壮であり、この詩で描きたかったことにマッチしていて、とても気に入っています。これからは、というか今後この類の作品を作る時に気をつけるべきは単語の軽量化、一つ一つのセンテンスのスリム化だと思っています。期せずしてそのベクトルへのアドバイスにもなりましたね。エイクピアさんのコメントは。ありがとうございました。 (皇居正門の真下で)

2019-07-24

黒バラさん、コメントありがとうございます!そうなんです。この詩では愛の渇望や、人々が肉欲に溺れたり、情愛に流されたりしたがゆえの、歪んだ情念的世界が繰り広げられているのです。三人の女性が出て来て、何れも狂気に触れる一歩手前でそれでも「愛してくれますか?」と問いかけていますが、これはまさに愛の欠損ですね。権力闘争や女性同士のいがみ合い、あるいは男性の非道な扱いで、彼女たちは追い詰められ、追い込まれたのでしょう。そして最後に出てくる名刀を振りかざす男も、何も信じていない、何も得られていない、何も愛せないであろう虚無の男でもあるのです。その凄絶な男女間の断絶、隔絶、もしくは社会構造のせいで生まれた歪みのようなものをこの作品では描きたかったのかもしれませんし、描きたかったのでしょう。好評をしていただきありがとうございました。 (皇居正門の真下で)

2019-07-24

藤一紀さん、コメントありがとうございます!何でしょう。完璧。読解としてほぼ完璧です。驚いています。僕の狙った通り、意図した通りの受け止め方をなさり、そして同時に分析、論評をもなさっている。藤一紀さんの読解力とイマジネーションの凄まじさに言葉を無くしています。そうなんです。フラスコと試験管は、この詩の世界観には合わないのですが、実際にはこの二つは今現在の日常に住む人間が、藤さん仰るところの血生臭く、狂騒じみた世界を見通すための道具、ファクターでもあるのです。ゆらりと揺れる試験官の向こうで、人間の無慈悲で無情な営みが繰り広げられていると考えると少しゾクゾクするものがありませんか?加えて藤さんの仰る通り、試験管とフラスコを手にしている人間はそういう世界から切り離された、隔絶された世界に住んでいる、安全な世界に住んでいる。だが根っこにある情動や闘争心、嫉妬や妬み、気狂いじみた感情をも持っている。その男が冷徹な目で一面、人間世界の真実でもある美醜を見つめている。中々にいい構図だと自分でも思っていたのですが、ここに来て多くの優れたレッサー様から賛辞や興味深いアイデアをいただき感謝しきりです。そして藤さんの見通しにただただ驚くばかりでした。ありがとうございました。 (皇居正門の真下で)

2019-07-24

survofさん、三度コメントまたお返事ありがとうございます!ツイキャス出演は難しいとのこと。しかし代替案を出してくださったので、そのアイデアで公式ツイキャス特別版を放送したいと思います。時期は8月下旬頃の放送になります。質問をメールにてお送りさせていただくので回答していただけると幸いです。質問はしばらくお待ちください。よろしくお願いいたします。 (皇居正門の真下で)

2019-07-24

survofさんへ。またツイッターはやっておられないとのこと。残念です。survofさんにはビーレビ公式ツイキャスのゲストに是非お招きしたかったのですが。もしツイキャスならばOKですとのことでしたら、@keisei1宛てにDMをいただくか breview.works@gmail.comにメールを頂けると幸いです。ゲスト出演の方も検討していただけると嬉しいです。それでは。 (皇居正門の真下で)

2019-07-23

survofさん、再度コメントありがとうございます!ポップハイブリッドマシーンとは、思わず笑みがこぼれてしまうくらいカッコイイ表現ではないですか。そういう印象を抱いてもらえたなら僕の当初の目的は達せられたなと思います。しかしやはり物足りない印象があるとのこと。またどうすればより一層引き締まるのか自分でも分からず、もどかしいとのこと。恐らくsurvofさんが解決策を閃いた時に僕はこの路線の作品でビタッと決まる作品を書くのかもしれません。最近思うんですよ。詩というのは巨大な集合的無意識であり、個々人の所有物であるだけでなく、みながある方向に向けて共作しているアート、創作物なのではないのかって。だからみな詩人はどこかでつながっている。天啓のように、口にするべきことをそれぞれが違う形で書いている。そういう印象がするのです。ロバート・フィリップはデヴィッド・シルヴィアンと共作した際に、彼の詩を見て「詩人の口から言葉が紡がれる時には、何か語られるべきことがあるのさ」と仰ったそうですが、僕の感覚もこれに近いです。ビョークの「ポスト」もジャケットアートを拝見しましたが、あーこれです、ともまた思ってしまいました。ポストほど洗練されたら、ポップハイブリッドマシーンは完璧に完成するのかもしれません。 (皇居正門の真下で)

2019-07-23

前庭に鯨が打ち上げられる、というシュールな印象のする描写からより一層遊び心の多彩な面白味のある描写に移っていく。個人的には書き慣れた詩人さんの書く小品という感覚も持ちました。その中でぐわぁんぐわぁんなどの擬音が僕としてはとても効果を発揮しているなと思いました。 (前庭で砂が踊る日に)

2019-07-23

凄まじい力作だと思います。人間の業のようなものを断罪している「印象」もしましたが、「金に 夕映え」以降の八連目が特に僕は気に入りました。好きですね。こういう荘厳な口調の話者が、その担った役割の重さゆえに、ロジックや思考が一時崩壊するという点が。最後には崩壊や破壊からの再生が匂わされていて、白い輝きに包まれるような印象を受けました。素晴らしいと思います。 (蠅)

2019-07-23

雨に打たれながら、自らの生を嘆くというのはありがちな状況、シチュエーションかもしれませんが、後半の三節でグイッと引き立っていると思います。もし話者もしくは筆者様が人生を肯定する気分になったら、どのような作品をお作りになるのか楽しみなところです。 (帰りの雨)

2019-07-23

忘れ物が何なのかとても気になるところですが、兄弟の中で僕だけ見てもらえない、という点から察すると母様が話者もしくは筆者様を見てくれない、愛してくれないということでしょうか。だとしたら話者の孤独、悲しみは深い。淡々とライトな印象で描きながら、もしそのようなモチーフの詩を描き切ったのなら、この作品は良作の部類に入ると思います。誤読をしていたら失礼を。 (忘れ物)

2019-07-23

素敵な詩ですね。物語調になったとのことですが、ギリギリのところで冗長になっておらず詩として成立していると思います。有名な二人とは織姫と彦星のことでしょうか。蟻という小さな存在だけが月の痛み、月の犠牲を知っている。何も知らない人たちは「今夜も月が綺麗ですね(あなたを愛しています)」という。美しく、和やかに情感のある詩だと思います。ただもっと詩としてスリムにすることは出来るかもしれません。この詩ではモチーフ、テーマが美しく気にならないのですが、別の題材を扱った時には気がかりな点が出るかもしれません。何れにせよ、大きな伸びしろを持った書き手さんだと思いました。 (満月の針山)

2019-07-23

帆場さん、コメントありがとうございます! ガジェット。そうですね。この作品の古めかしい要素は面白味、味わいを出すためのちょっとした小道具でもある、とも一面言えるかもしれませんし、そういう解釈も面白いなと思いました。清濁併せ呑むをしっかりと覚えていてくださり、とても嬉しいです。あちらの方が精度と完成度が高いですね。清濁の方は、「徹底」しようとしていましたから。その意味でこの作品のsurvofさんなどが仰る、ちょっとした違和感は徹底していないがためかなと、振り返ったりもしています。この作風の作品をまた見て見たいとのこと。ありがとうございます。しかしこの作風で書きたくなる心境になるのは中々ありませんので、また随分とあとになるかもしれません。その時をご期待ください。 (皇居正門の真下で)

2019-07-21

survofさん、コメントありがとうございます!まずポップな魅力に惹かれて何度も読んでいただけたとのこと。ありがとうございます。しかし何か今一つしっくりこない印象がある。この点については私の過去作「清濁併せ呑む」 https://www.breview.org/keijiban/?id=2570 のように語調や語尾を古典劇的なもので統一した方が良かったのかもとも思います。レトロフューチャーというものがあるじゃないですか。ひと昔前の人々が想像した未来観。アバウトな未来像。この作品はそれの逆バージョンでもあるのです。現代人から見た古典的世界、正確ではない古めかしい世界。だから時代設定、時代考証を正確にしていないちょっとした乱雑さがあるのです。その点からもポップな印象をsurvofさんは抱かれたのかもしれません。そういう意味ではちょっと半端な感じですが狙いはあたったのかなとも思います。椎名林檎さん「逆輸入~港湾局~」のジャケットアートを拝見しましたが、そうそうこの感じです、とも思いました。欧米人から見た、ところどころ不正確な日本像とでも言えるものをこの作品では出したかったのかもしれませんね。 (皇居正門の真下で)

2019-07-21

仲程さん、コメントありがとうございます!ちょっと目を逸らしている隙にそうそうたるメンバーからコメントをもらって舞い上がっております。これでこの作品も浮かばれます。まず雰囲気。この作品は先にも書いたようにかぶいて、古典劇のような印象を出すように努めました。でも中身は現代的な要素も交じっているというような。その点ではフラスコと試験管を混ぜたことである程度の目的は達成出来たと思います。この作品は倦んだ世界をどこかの科学者がフラスコや試験管を通じて覗き見ているという詩でもあるのです。しかしもっとフラスコと試験管で違う世界が出せたのではないか、とのこと。僕の意図、志向が伝わるような一節でも書いておけば仲程さんにも満足していただける世界観が出来たかもしれません。微妙なところを指摘していただいてありがとうございました。 (皇居正門の真下で)

2019-07-21

黒髪さん、コメントありがとうございます! 返信遅れました。優しい気持ち、肯定感、否定しない気持ちがあるとのこと。そうですね。僕はどれほど地獄の底に落ちてしまった人間でも救い出したい、情状をくみ取ってやりたいという気持ちがあるのです。それが黒髪さんの印象につながったのでしょう。現実否定する人にも届けたい気持ちは当然あります。それは強くありますね。出来れば否定的な人の気持ちを変えて差し上げたいという想いもあるのですが、それは中々出来ませんね。人は変わらないし、変えられないものでしょうから。そんな想いが次作には反映されると思います。「魔法陣グルグル」は恥ずかしながら存じ上げませんが、上質の表現とのお言葉嬉しく思います。それと今、新作詩を書いていたのですが、詩はやはり産まれるものであり、作るものではないのだなと実感しております。そういう意味でこの作品を作り得た時はこのような慈しみに満ちた心境だったのであり、それを表現したい、そして自分も救われたいという気持ちだったのでしょう。長くなりましたが、好意的なコメント、本当にありがとうございました。 (皇居正門の真下で)

2019-07-18

いいなあ。仕事で少しイヤなことがあったのですが、この作品の一節、一節が胸にストンと落ちました。腑に落ちるとはこういうことを言うんでしょうね。包容感に包まれて心地よいひと時を過ごさせていただきました。 (◯)

2019-07-09

渡辺さん、コメントありがとうございます!そうなんですよね。渡辺さんから度々指摘されていますが、私は口語ではなかなか使わないような難解な語句をつい使い、それを繋げてしまう。それが渡辺さんの「主張が激しい語句」の衝突のようなものを生んでしまう。今回はそれが如実に出たなと。そしてポイント及びコメ数にも反映されている。加えて作品の質にも。ふじりゅう氏のキャスで取り上げてもらった際、読み手がつまずく部分があったのもしっかりと認識しております。次作以降にその反省点は大いにと活かされるでしょう。話は変わりますが椎名林檎さん、彼女は小難しい語句を使ったり、話し言葉でよく使う語句を用いたりしてそのバランスがとてもいい。今作は彼女のように「かぶいて」みたいという意識と、以前から作りたかった世界観を合わせた作品ですが、やはり「衝突」という事態は免れなかった。さてそこで解決策を二つ渡辺さんから提示されていますが、どちらも例えが分かりやすく参考にしやすいものでした。私はまず難解な語句の崩し=分かりやすい言葉への入れ替えをするでしょう。石をまず軽石にしたり、別の素材に変えたりすることですね。それを渡辺さんはボンドを使ったと捉えるかもしれませんが、あくまで作品の軽量化を図ったと考えていただければ幸いです。私自身も考えていたテーマ、改善案についてとてもタイムリーなご指摘を改めてありがとうございました。 追記・「2019年の花魁。沖縄にて」。本当にいい作品ですよね。手前味噌ですが、笑えるくらい私もそう思います。 (皇居正門の真下で)

2019-07-09

るるりらさん、コメントありがとうございます! そうなんですよ。試験管とフラスコは意図的に現代の要素として入れたものなんです。この詩には、主に詩で読まれている世界と、実際に読み手や話者が存在している世界の二つの世界があるんです。読み手や話者は試験管やフラスコの向こう側に、無常の世界を(るるりらさんいうところの黄泉の国)を見ているのであって、その場所とリンクするように常世の無慈悲や無情を体感しているのです。だがしかし!るるりらさんの仰る過去の遺物からDNAを検出して掛け合わせようとする、ふとどきの現代人というのもかなり面白いですね。僕としては理系の男が数式通りにならない世界をかいま見て驚愕している、くらいのイメージだったのですが。この詩に更なる面白味、深みが出ました。ありがとうございます。 (皇居正門の真下で)

2019-07-08

切ない。日陰の涼しさを、心地よさを知ってしまったがために、表舞台=A面には姿を見せないと心を決めている様子が。「いや、俺はこれが心地いいんだって!」 と言われればそれまでですが、日の当たる場所にどっかりと腰を置いたせいろんさんの詩も見てみたい。そんな気分にさせる詩でした。 (B面を行く)

2019-07-07

愛募の対象への強い執着のようなものを感じます。「君」が死んでいたなら「嬉しく思うでしょう」から始まる冒頭から、ひたすらに対象への愛着。愛玩でもしたいような気持ちが強く描かれていて、それでいてどこか淡々としていて面白いと個人的には思いました。 (死んでいたなら)

2019-07-06

物凄くいいですね。詩的情緒のあるセンテンスをしっかりと押さえつつも、「領収書の個性」とか「七日の命の求人雑誌」とかにおいて、領収書、求人雑誌といった非常に一般的で日常的な言葉を放り込んできていて、大胆。それでいて詩情を失っていない。アイスクリームを食べたいな、から来る締めも切なげでいい。素晴らしいと思います。 (メトロ)

2019-07-06

最後の日をイメージして、どうあるべきだったか、どうありたいのかをイメージするのはとても面白く、興のあるものですが、この詩においてはシンプルに「優しく」ありたいと来る。本当に実直で明快。筆者様は多くの傷を乗り越えられたのかな?と想像力を掻きたてられました。 (今日が最後の日のように)

2019-07-06

瑞々しい。若々しい。この瑞々しさが羨ましいです。何も変わらない夏が訪れるだろう予言。そしてそれを打ち壊してよ、と自分自身にも呼びかける構図、若い。最後の「君はどうする?」は読者に呼びかけるよりも、もう一度自分に何かを言い聞かせた方が締めとして有効だった気もしますが、それでも充分です。詩の魅力は損なっていない。良かったんではないでしょうか。 (このあたりまえじゃない日々にあたりまえの祝福を)

2019-06-30

良い。「ケムリクサ」自体はちらっと観ただけでほぼ未見に近いが、このオマージュ作品?それとも二次創作に近い何か?は相当にクオリティが高い。「姉妹たち」と幾度も語りかけ、呼びかける様は黒人人権活動家が、コミュティが壊され、行き場を見失った同士(黒人さん)に「ブラザーズ&シスターズ!」と呼びかける様を彷彿とさせる。だがこの詩における「姉妹たち」は実に切なげで、パワーや怒りを感じるものではない。まるで迫害されて、行き場を見失った弱き人たちが、それでも小さな声で細々と肩を並べるといった様相だ。コントリートポエムとしての視覚的効果も良いし、渡辺氏は何かドラマ性を誘発させる媒体を通した方が、俗に言う一般受けしそうな作品が書けるのでは、と皮肉ではなく思ったくらいだ。渡辺氏の通常の詩スタイルも悪くないし、この手の作品も良い。ということで恐らくコメ一番乗り。 (姉妹たちに #5【横書きVersion】)

2019-06-30

冒頭「通勤ラッシュの駅のホームで 太った男の人がバッグに付けている 赤い札」が絶妙でした。これは大げさな表現ではないのに、この詩はこれからどんな展開をしていくのだろうと期待させました。ラスト、ビニール袋に詰めた魂がプツっと潰れるというのは何とも切なく、いたたまれないなと思いました。話者が生きることの辛さを感じているのか、息苦しさを感じているのか、良い表現でした。 (2019/06/27の詩)

2019-06-29

随所に光る表現があり、惹きつけられました。ただ「罪を贖う」とか「運命の赤い糸」とかを常套句的に使ってしまったのは惜しい印象がしました。全体を通して見ると、生きることのやるせなさと、同時に美しさを巧妙な表現で描き切った作品だと思います。良作でした。 (夜を刺繍する)

2019-06-29

とても良いですね。ふきげんな彼女について言い及んでいる作品なのですが、その膨れっ面をした彼女に話者が好感を持っているのが明らかに見て取れるし、その彼女のセクシャリティがほどよく、過剰にならずに引き出されている。降りるべき駅で降りた、のは当然だし仕方のないことだけど、話者の後悔のようなものも滲んでいて情趣がある。パフェを取られた妹さんも愛らしいし、シチュエーションと情景描写だけで、女性の魅力を引き立てたのはかなりの技術だと思います。 (ふきげんな彼女)

2019-06-29

良いですね。茫洋とした気分、精神状態を絶妙な言葉の連なりで表現し、退屈にならないようにしている。 「朝食は祖父と共に 飛んで来る矢に酔いながら 食べる」 から話者が決して恵まれていない? もしくは何らかの不遇を父と被っているのかと予想しましたが、チーターと羊に関する描写が小気味良く、この詩を暗いものにしていないと思います。 ラストの「強い草を育てたい」。その茫漠とした生活、環境、心情を打ち破る意思のようにも感じて、私は嫌いではなかったです。 (強い草)

2019-06-29

最近、肯定的な意見、感想がなかなか浮かばない中で、一読して心地よさを感じる詩でした。「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」は私も未見なのですが、電気羊を私は単なる機械化された羊として、読み解いていきました。秋穂と電気羊の対比、そして電気羊が何を感じるのかに想いを馳せる様は、詩情を喚起させるに充分で、読者としての私も月並みな表現ですが「悠遠」を感じました。筆者様のコメントにおいて「アンドロイドは…」の読解がなされており、この詩にはより一層の深みがあると思いますが、一先ずは機械化された羊と解釈して、予備知識なしでも、存分に楽しめる作品でした。いい作品でした。 (電気羊に祝福を。)

2019-06-27

いいですね。微笑ましくてつい笑ってしまう。霧と靄、そして霞の擬人化。着想もいいし、奇をてらった印象もなく、心地よかったです。 (霧と靄と霞…………キリとモヤとカスミ)

2019-06-24

平易な印象がする。もちろん難解、複雑、重層的であればいいというものではないが、盛時の渡辺氏の作風と比べると、ややイージーな出来栄えに見える。しかし私はここで辛辣な批評などしたいわけではない。渡辺氏の現在の心境及び詩の姿勢について、自分と照らし合わせつつ書き記してみたいだけだ。よって今から少し自分語りを交えて、渡辺氏の心情を推察していくのを許されたい。 私の現在におけるもっとも新しい作品「屑籠に放り投げた手紙」https://www.breview.org/keijiban/?id=3563 だがある意味拙く、成熟しておらず、平明な文体で記したせいもあり、反響も薄く、ポイントも総計3と伸びていない。帆場氏からは感傷的との批評を受け、感傷的な作品は、その感傷を普遍的なレベルにまで昇華しなければならないとの指摘も受けた。はっきり言って不評だったわけだ。だが私はこの作品に取り組む際、実際に感傷的であったし、この種の感情にとらわれていた。そこで私が取った手段、作法がその感情や生まれてくる言葉から逃げたり、それを否定したりせずに、それらを取り込んだ作品をしっかりと仕上げ、人目に晒すというものだった。そのことで次のステージに進めると思っていたからだ。加えて言うならば「屑籠…」は好評を得られないと予め分かっていたし、自分でも過不足があることを自覚していた。それなのに私は投稿することを選んだ。なぜか。人は未消化な感情や詩作品へのアプローチを放置したり、ないがしろにしたままでは決して優れた物書き、詩人になれるとは思わなかったからだ。よって私は「屑籠…」を一目につくようにした。渡辺氏の直近の作品、特に今作と「ラッキーストライク」から推察するに、渡辺氏も私と似たような感覚、感慨を今多少なりとも持っているのではないかと思える。これまでクオリティの高い作品、文芸作品として完成された、あるいは面白味のある作品を志向して、制作してきたであろう渡辺氏だが、置き去りの感情、置き去りにした表現方法、もしくは作るよりも先に廃棄したアイデア、詩作のスタイルが彼にもあったはずである。私には現在渡辺氏がそれらの唾棄した要素を未消化にせず、消化しているように思える。私には渡辺氏が上昇志向のある詩人としてではなく、一人の人間として詩作に自然体で向き合っているようにも思えるのだ。もちろん渡辺氏はここで終わる詩書きではないだろう。私が「屑籠…」を作ることによって、次のステージを志向したように、彼も新たなポジション、深みのある作風に到達するだろうし、そう期待したい。私自身も「屑籠…」を通して、自分の感情や想い出を無きものにしなかったことで、次なる次元に到達出来ると信じたいし、信じている。いささか、というよりかなり自分語りに特化した推察とコメントであったが、その点は許されたい。この作品は停滞期の作品であると見せかけて、次なる盛時を迎えるための、いわば通過儀礼のようなものであると認識して、この批評を終えたいと思う。 (やぁ! さようなら!)

2019-06-16

結構やさしい筆致で人の死、自分の死、総じて死ぬということに真向から挑んでいて好感が持てました。記号化されていない人の死、誰にとってもどんな人にとっても、どんな意味も持たない人(自分)の死とはどういうことかについて、叫ぶかのように問いかけている。この素材、もっと重厚にすることも出来たのでしょうが、そうしなかったことで却って目を引く作品になっていると思います。 (喜ぶ人も悲しむ人も)

2019-06-14

序盤が凄くいい。あいつという人物がほぼ他人にも、何にも関心を持たず、世界にも人にも期待しない、ある種の強靭なメンタルと神秘性を持っていることが綴られている。このあいつなる人物が徐々に浮彫にされて、あいつの真相、そして世の不思議とでもいうものに言及していれば、この詩はもっといい作品になったと思う。たがこの作品は「誤解しないでほしいんだけど」辺りから急にもたつき、照準が絞られず、方向性を見失う。この詩の話者が話し相手の女性に興味があるのかどうかについての言及、もしくは俺が女だとしてもあいつは選ばないなどの描写に移ってしまう。タイトルが「あいつ」であり、あいつが主人公である以上、あいつがどのような男なのかについての描写に終始して欲しかった。ただしこの詩を見る限り、筆者様の潜在能力はなかなかに高そうなので今後に期待したいと思う。 (あいつ)

2019-06-14

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! この詩の彼女とは、ズバリ職場の同僚なんですね。笑えることに。その女性に想いを寄せてはいるが、彼女には彼氏がいてそのことがネックになっている。そういうシンプルな構造がこの詩の土台にはあります。ツイキャス放送にて賛辞をたくさんいただいたので満足していますが、一点ふじりゅうさんが分からなかったという箇所。「壊れたアップルウォッチをマザー・テレサが」という一節。これは貧しい人、恵まれない人のために尽くした聖母のようなマザー・テレサでさえ、アップルウォッチという決して安くはない代物を、壊れたからと云ってたやすく捨てる。それはなんて悲劇的で憂うつなニュースなんだ、といったニュアンスが込められています。初めの三節における、ペルシャ猫、コクトー、マザー・テレサは何れもそのような印象を喚起するために使われています。これは僕が培い、育てたテクニックの一つではないかと僕自身自負し、この種の描写は大変気に入っています。最後に昔の僕の作品っぽいとのご指摘。どの作品だろう、と純粋に気になりました。 (彼女が、待っている。)

2019-06-14

中々良い。夢の中と最初から記されているが、禁じられた甘美な雰囲気が余りにも悪夢的。猿が大きなツルハシで殴った時点で夢から覚めるのでしょうが、この詩で描かれる情景がいかにタブーであるかと筆者様自体が、理性的にはきちんと捉えている様が伝わりました。あと8歳の少女というポイントが、ご存知かどうかインドで起こった陰惨な事件を想起させました。 (L.H.O.O.Q)

2019-06-11

帆場さん、コメントありがとうございます! もうイヤになっちゃいますよねえ。笑えるくらいに。この詩は実際ある二つの曲を聴きながら書いたので、より一層そういう印象になったのかもしれません。歌詞的という印象。間口が広いというのは単純にいいことだと思います。俺は(私は)文学してるぜ!ともし仮に誰かが息巻いたとしても、詩にも文芸にもまるで興味がない人に届かなかったら意味がないですからね。現代詩というジャンルが生きるか死ぬかはそこにもあると思うんですよ。ひとえに一般ピープル(これは揶揄ではなく)に直撃出来るかどうかという。いつもターゲットのご機嫌うかがいばかりしても手に入れられないとは思いますが、同時にターゲットを引き寄せる、何らかの仕掛けを凝らすのも必要だと個人的には思います。あとこれは想い出話になりますが、五年くらい前? ある現代詩の授賞式で文芸してる女の子に「ボカロの歌詞って面白いですよ。面白い」とボカロを知りたての僕は言ったんですね。あの頃よりは過剰ではなく、バランスが取れてきたと思いますが、大衆性を意識するというものは、当時から僕の中には常にあった、胸に秘めて意識していたということでしょう。 さて最後に感傷的な感がややあるというご指摘。そうなんですよ。感傷的、と俗に表現される心理的な状態にこの詩を書いた時はあったんですね。ただこの種の感情を「いや、これは感傷的でチープだ」とか言って退けていたら、きっと前へ進めないか、淀んでしまうと思うんですよ。詩作品もしくは感情が。ですから今後詩誌などに挑戦していく僕としては、この種の感情を未消化にせず、消化したのは良いことだったと思います。それと、王道的でも素敵なことは素敵じゃないですか? そんなことも思うステレオさんでした。 追記・貶してる? そんな印象はしませんでしたよ。大丈夫です。改めてありがとうございました。 (屑籠に放り投げた手紙)

2019-06-11

いいですね。特に天竺(桃源郷や西方浄土のようなところ)へ思いを馳せたあと、現実へ戻る3連目。こういう現実的な描写があるとグイと読み手は引き込まれる。地下鉄の階段を降りながら夢想するしか、常世に天竺は存在しないのか、そんなことに感情が至る詩でした。 (極楽鳥)

2019-06-11

ohiraさん、コメントありがとうございます! 空と青は 数字の8と関係。知らなかったです。神秘学的な何かでしょうか。 何れにせよ慈悲と無の象徴とは。なかなかに深みのある解釈がまた一つ出来ました。 (彼女が、待っている。)

2019-06-08

せいろんさん、コメントありがとうございます! 青の空というのは本当にいい表現ですね。僕自身その一節はとても気に入っています。言葉のポケット! その表現いいですね。いただきます(冗談です)。 ラストの美しさに言及していただき、感謝です。この詩はそれこそラストの「彼女が、待っている。」に持っていくための詩でもあったのですから、嬉しさは倍増です。ありがとうございました。 (彼女が、待っている。)

2019-06-07

これはいい! 素晴らしいです。何なんでしょう。詩の大御所さんとかの「命を削って」系のコメント、「魂をすり減らして」系の評価。無意味、ナンセンス極まりない。自分が欲してるものと、マーケットあるいは人々が求めているものが、解離しているかもしれないという自身への問いかけが一切ない。そういう方に「命は日々の生活で削っています」と返すのはまさにベストな選択の一つでしょう。恨みがましくなく、説教くさくなく、怒りも抑えられていて、最後まで心地よく読めました。 (ブラックジョーク/ホワイトノイズ)

2019-06-07

仲程さん、コメントありがとうございます! 僕は元々音楽畑の人間なので、メロディがありそうという評価は嬉しいです。だがしかし! その音楽的な詩というものを僕は克服しようとしている最中なので、テキストとしての面白みはあまりなかったのだろうか、と少し残念にも思いました。 名言の引用、≒曼荼羅、胸に残った言葉の反復など。それらは決して完全に新規な試みではないかもしれませんが、この詩を読むと「面白いことしてるじゃないか」と自分でも笑えるくらい、肯定的評価を付けたくなります。 これからは、音楽的なリズム、抑揚だけでなく、テキスト、文面、現代詩としてのインパクトを感じさせる詩をもっと書きたいですね。精進あるのみです。 (彼女が、待っている。)

2019-06-07

良いですね。読みやすいし、生と死について熟考を重ねたであろうに、それを感じさせない軽快さ。良い意味でポップに昇華していると思います。余談ですが、そしてこれはひとえに僕の身勝手ですが、筆者様の夢見る宝石より、漢字が少なく、熟語が密集していず、長さも程よく、世界に入りやすかったです。 (コスモス)

2019-06-05

諦念とか無常観とか結構ヘビーなモチーフ、テーマが扱われているのに、どこかユーモラス。それもこれも牛飼いは牛の世話、というフレーズが連呼されているからでしょう。最後の一節、文句は言えまい、は胸にズシリとくる重みがありました。 (牛飼いの話)

2019-06-05

ライトレスです。感情の不純物の残りが。どうもユートピアのあたりまで昇ったらしい、という描写が、話者にとってとても大切なことのはずなのに、どこか他人事めいていて、とても僕好みでした。 (寝るまで、寝てから。)

2019-06-05

青春期(10代から20代)の悩ましさ、苦悩をライトに描いていて好感が持てました。戦う時は一人なんて。このフレーズに世の中を見る目線を一人育んでしまい、結果孤立してしまった話者の姿を感じます。良いと思います。次回はこの価値観を超えた作品を読みたいです。 (心境境界限界)

2019-06-05

面白いですね。確かな筆致と技巧に裏付けられた遊び心とモチーフの選択センス。「アースノーマットは燃料不足」だなんて笑みがこぼれるのに、お笑いの詩にさせない筆者様の核のようなものを感じる。また読みにお邪魔すると思います。 (イージー)

2019-06-05

銀河鉄道というフレーズが使われているから、というだけでなくどことなく抑制的な価値観、悩み、煩悶、もどかしさが描かれているという点で宮沢賢治を感じる。静かに自らの運命、あるいは悲運を受け入れているようにも感じられて、静寂の美しさを覚えました。あとこれは筆者様の責任ではなく、僕個人の問題だと思いますが、丁寧に丁寧に決して明るくはないモチーフが描かれているこの作品を読むのに、笑える話ですが少し緊張してしまいました。最後のふぉーごっとんの崩壊はこの詩のモチーフ、テーマを救う遊び、工夫になっていると思います。 (K)

2019-06-05

短い中に筆者様の危うい生命感を感じることが出来ました。もっとこの路線で書き込まれた作品も読んでみたい気もしますが、この作品はこの長さでも充分だと思います。「殉教者の信仰くらいあつくてとうめい」という表現は良いですね。 (湖歩行)

2019-06-05

落ち着いて拝読することが出来ました。筆者様が詩を書きなれていることがわかるし、地球、宇宙、世界といった一見お手軽に使いがちな語句を、しっかりと面白みのある描写の中に取り込んでいる。良いと思います。ただ現在、ビーレビではトリッキーな構成や着想が盛んに用いられて、実際興味深い成果を出しています。この作品に限らず、今後の作品において構成に一工夫あれば、筆者様の限りない飛躍が期待出来るのでは、と思いました。 (点である私)

2019-06-05

完璧。ほぼ完璧な批評文でした。ここまで作品に寄せた想い、意図をくみ取った批評文を書いてくれるとはまさしく作者冥利につきます。葛城が音楽に情熱を寄せる、閉鎖型、内向的な芸術家タイプの人物であることも読み解いてくれているし、バンドが心理的な面で實吉の傷害事件よりも前、既に崩壊気味になっている点も抑えてくれてるし、何より彼らの故郷「THE MOTHER LAND」が彼らのバンド名である「BOY'S MIND IN THE SYMPHONY」(少年の心の交響曲)であることも読み解いてくれている。これはもうふじりゅうさんの読解に惚れ惚れするし、加えてこの作品がそこまでのドラマ性、裏設定をしっかりと読み手に伝えられる作品であったというちょっとした証でもあるので、とにかく嬉しいです。 さてここで少し冷静になって、実は違う、あるいはこうだったんだよというポイントを幾つか。まずファンの抗議を「もっともなものだった」と表した葛城はどこでその認識を得ていたか。それは解散後しばらく経ってから、それこそこのインタヴューが行われる2、3年前であったと考えて間違いないです。葛城は本当に興味のないことには関心を持てない性格、傾向の持ち主でもあるので、当時はそれこそ騒動に無関心だったのでしょう。次に「旅人」をファンと解釈するのは正解です。しかし「どんな悪口を言うかを。」は葛城の皮肉ではなく、自嘲なんですね。ファンを裏切ってしまった、最後まで期待に添える形でバンドを続けられなかった。だからそんな僕らに悪口を言うのはある意味当然かもしれないね、という。あくまでファンに悪意を向けた皮肉ではなくて、自嘲なんです。最後の三つめ。「『終演』は、そんな、バンドを狂わす『熱』への、反抗のアルバム」だったのではないかとの指摘。その解釈もとても面白いですが、実に惜しいです。実際は「終演」はバンドの終わり、弛緩したムード、ふじりゅうさん仰るところの「自らを見失った」彼ら自身を葬送するためのアルバムでもあったのです。だから放り投げた石が遠くに落ちるように、高く舞い上がったバンドの隆盛も引力に引かれるように落下し、バンド自体が終結するのを葛城が静かに受け止めた作品でもあるのです。葛城はこうなるのを、このアルバムを作らざるを得ないのを予め知っていた。このアルバムの制作は葛城にとって避けられないものだった。ちなみに裏設定では葛城はこのアルバムに収録されている曲の幾つかは、バンドの解散が決まる前に書きあげています。 そしてこのふじりゅうさんの批評文の最大の肝の一つである、小説とは「物語に」詩とは「心に」それぞれフォーカスをあてる存在だとの指摘、解釈。とても興味深く、エキサイティングだと感じました。これで僕がこの作品は詩として成立し得ると考えた理由の一端も分かる。この作品は詩的な文面で記事を構成しているstereotype2085(彼は必ずしも私と同一人物ではない)なる人物も主役の一人ですが、何よりも主役は葛城であり、葛城の心理描写、心の変遷にこそ面白味があり、フォーカスがあてられた作品であるのです。 「葛城という男の繊細な心」をもし読み手が、あるいはふじりゅうさんが既に言明しているように「虜に」なるほど描き切れたのなら、本当にこの作品を作って良かったなと思います。少し熱くなりすぎて、笑えるくらい長文になりましたが、これにて感謝の返信を締めさせていただきます。本当に素敵な批評文をありがとうございました。 (〈批評文〉空想のこころへ近づいてみるんだ(「TO THE MOTHER LAND」[stereotype2085]を読んで))

2019-05-30

批評としても読み物としても優れていると思いました。特に冒頭絵画の前での2人のやり取り。絵、もしくは何かの創作物を鑑賞して、ただただ純粋に楽しんでいる人にとっては、確かに馬が好色のシンボルだとか、作者の業績がいかなるものだったかとかの批評、分析は不要なものでしょう。しかしその点を踏まえた上で展開されるこの批評文は、大変面白いものでした。批評対象作品である「どうして なんで」は、この論評を読んで改めて向き合った作品でしたが、その当の作品「どうして なんで」よりもこの批評文にコメを寄せたくなったのは、論評として秀でているからでもありますが、やはり「どうして なんで」という謎の疑問符に集約されるのだろうし、されるのかもしれません。では。 (批評:「どうして なんで」を追いかけて)

2019-05-30

帆場さんコメントありがとうございます! 僕は音楽雑誌やミュージシャンのインタヴュー記事を読むのが多い時期もあったので、何とかその時に身に着けたスキル、素養のようなものを反映させた作品を書きたいと思っていました。この詩は思った以上に良く出来たのではと僕自身とても満足しています。詩と散文の境い目。とても興味深いテーマですね。僕も文極などでこれは詩なのかと思う衝撃と違和感の伴った作品に数多く出会いましたが、今ではそれも緩和されました。詩の定義はビーレビの紹介文に書かれているようにやはりフレキシブル(柔軟)に変化していくものなのでしょう。とにかくもそのような思索でさえ、帆場さんが些細なことと思える作品が作れて良かったです。 (TO THE MOTHER LAND)

2019-05-29

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 散文自体も詩的な要素を含む文章になっているので、歌詞を含めたこの詩は「メタ詩」と一言では片づけるには惜しいくらいの、良い出来ではなかったかと思っています。葛城の心情を掴み取れるのは、インタヴューへの回答と、歌詞、そして筆者の推測の三つですが、それらが絶妙に交じり合うこの詩は、ふじりゅうさんが仰る通りなかなかの構成だったのではないかとも。手前味噌みたいなことばかり書いてしまいましたが、以前から構想のあったこの作品を満足行く形で公表出来たのは本当に良かったです。 (TO THE MOTHER LAND)

2019-05-29

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 退廃的に希望や理想を描いているという点に着目していただいて嬉しく思います。この詩を書いている時には特に理想や希望を描くには今失意の中にいる人、落胆の最中にいる人を描かなければ面白味も説得力もないと感じていたのを思い出します。この詩においては話者でさえも「取り残された人」の一人ですからね。何れにせよ技術力の高さまで評価していただいて感謝です。 (陽・いずる)

2019-05-27

るるりらさん、コメントありがとうございます! 「MOTHER LOVE」拝聴しました。体内回帰願望や世辞に嫌気が差しているという点は「TO THE MOTHER LAND」は本当に似ていますね。だがしかしフレディの楽曲は生前彼が残した最後の曲ということもあって絶望や悲嘆、痛みに満ちています。一方「BOY'S MIND…」のヴォーカリストであり、恐らく歌詞も担当していたであろう葛城君は内向性や、彼が元から持っていたモラトリアムな要素、あるいは少年性といったものに回帰していて、歌詞の向こうにあるのは魂や肉体的な意味での死ではない。彼はもう一度蘇生するためにあくまで一時的に故郷へ帰るということを選んだという印象で、そこが違うかなとも思います。現にるるりらさんもご指摘のように彼は音楽とは違う発展的分野で活動して、もしくはしようとしているのですから。ちなみにこの「BOY'S MIND…」というグループは架空のバンドとして、小説家になろうにて5枚のアルバムを出した体裁で、全楽曲の詩を載せています。今観ると未成熟な点も多いのですが、バンドが何らかの理由で世辞を疎み、母なる場所へ帰るというコンセプトはしっかり守られており、興味深いものになっています。ちなみになろう版での「BOY'S MIND…」のラストアルバムのタイトルは「終演」ではなく、「詩人の終わり」でした。こちらのタイトルもどこか痛烈な悲劇性と開放感があって僕自身とても気に入っています。最後に詩遊園とはなかなかに素敵なフレーズではないですか、詩人が詩で遊び、悠遠の安らぎを得る場所のようで。とても気に入ってしまいました。タイプミス&変換ミスから起こるミラクル、面白味に興を見い出しました。 (TO THE MOTHER LAND)

2019-05-27

読むのに時間がかかりました。体調、詩の分量併せて鑑みて。読んだ感想を一言。「暗い」。三島由紀夫が、来日したビートルズに熱狂する若い女性を指して「どこか暗い」と表現したということですが、その「暗さ」に通じるものがこの作品にはあると思います。性的な敗北、挫折が描かれていて、尚且つその敗北を招いた当事者である「兄」が精神疾患者だとは。これ以上に苦く、暗澹とした描写、構成があるでしょうか。まるで敗戦後、性の価値観を欧米諸国に上書きされた日本という国そのものに通じるようではないですか。その点も含めてどこまで筆者様が、この性の敗北についての物語を記されたのかは分かりませんが、やはり「暗く」「陰鬱」としている感は拭えません。「神の庭」というタイトルに甘美なペシミズムを感じると評したことがありましたが、そうではなかった。甘美であるどころか、苦く、辛く、鬱蒼としている。ここで語られる神は迷妄の産物ではないかと感じました。以上が感想です。しかしこれほどの反響を呼ぶ筆者様の詩書きとして実力は、やはり無視出来ないものだと思います。 (神の庭)

2019-05-19

それではお返事を。筆者様が、当合評サイトへ積極的に関わっていないという指摘を私は一つもしておりません。ただビーレビューの歴史に興味がない、何なら関わったことを後悔しているという筆者様へ、不満足なサイトならばより一層の献身と努力でサイトを充実したものにしてみませんか?と呼びかけるのは不自然でしょうか。私は不自然だと思いませんでした。確かに筆者様は批評文も二作投稿しておられるし、積極的でしょう。当サイトの至らぬところも目につくことでしょう。ですがそれゆえに不満と無関心を表明するよりも、変えていく志向をともに持つのも有意義ではないかと思った次第です。この辺り私自身も顧みて、という文言だったので言葉不足だったのなら失礼を。また突き放した態度を取らなければ、かるべ様の作品を批評出来なかったのではないかという問いに対しては、「あら捜し」する批評ばかりが目立つという指摘をしなくとも充分に可能であったと私自身は考えております。では。 (批評:そもそもBE-REVIEWは始まってたんですか?)

2019-05-19

ビーレビューに、もしくはその歴史に愛着も関心も興味もないという方に、何かコメントするのは気が引けるけれど、少し気になる点があったのでコメントを。ビーレビューはスタートしてまだ間もない歴史の浅いサイトです。大層含蓄のある方には物足りない部分もありましょう。だがしかし哀愁亭さんはまだ投稿作四作。投稿歴も浅い方。これまでのビーレビューの批評文、コメントを総じてご覧になられたとは思えない。その割にビーレビューの批評の多くは「あら捜し」でしかないと断じておられる。少し軽率なのではないと感じました。数多の詩人が合評に加わり、切磋琢磨し、腕を磨いてきた事実への想像力が欠如しているのではないかと。この点、論評中にその種の指摘は受け付けないとも書かれているので、頑なに拒まれるならそれも構いませんが。またこの詩の合評サイト、ある種のコミュニティに加わったことに後悔さえしているという。後悔して早々に立ち去るつもりならお引き留めはしませんが、長い間ビーレビューに投稿し、現在では運営を受け持っているという点から「ビーレビューがそもそも始まっていたのか?」と懐疑的な姿勢さえ取る哀愁亭さんに呼びかけたいです。では今からでも遅くない、ともに実りある論評活動をし充実した合評サイトを作ろうではないですか、と。そんなチープな呼びかけに応える義務もつもりもない、となればそれはそれでこの点も構いませんが。やや違和感を感じる考え方が散見出来たのでコメントさせていただきました。しかし「内輪受け」の作品を評論していきながら、この論評も「内輪受け」の域を脱していないと自己評価する文面自体は、興味深く拝見させていただきました。では。 (批評:そもそもBE-REVIEWは始まってたんですか?)

2019-05-19

何か惜しい印象。思ったことを、感じたことをただ書き連ねているという感が若干拭えない。個人的な闇、鬱屈を描くにはもう少し詩として、読み物として面白くする工夫が必要かなと思いました。やや辛口で失礼を。 (疫病神)

2019-05-19

空の悲しみに気づけず、ごめんねと謝り、労わる優しさがこの詩の全てかなと思いました。ちなみに全く作品とは関係ないのですが、妙に「ごめんね」と人へ謝りまくる夢を見て、この時間帯(3時)に起きたのは秘密です。 (飛行機雲)

2019-05-19

詩書きの物思いをそのまま誠実に描写したような出来映え。まさに一瞬の素描。読者にこのやや長い思索が、本当に一瞬のうちになされたのだと思わせる表現があれば、もっと良かったかもと個人的には思いました。 (一瞬の素描)

2019-05-19

亀、庭園、パラダイス、進化という一見なんのつながりもないような言葉が、綺麗なまとまりを見せている。亀は何の比喩なのか気になるところ。それともガラパゴスのゾウガメのように亀そのものなのか。知りたいところ。 (庭園にて)

2019-05-19

短い中に詩書きとしての素質、伸び代のようなものを感じる。好きと呟く感情をこんな危ないものと描写するセンスが好きです。 (恋)

2019-05-19

2連目。などと書いてある、という意味もある。が説明的。詩としてやや機能していない感がある。その他のパートでは随所に光る表現が見られたので、この2連目がひとえに惜しい。読者が「リズムがなくなった」と感じるパートを修正すれば、筆者様の作品はもっと良くなると思う。 (オリエント迷宮殺人事件)

2019-05-19

素直でひたむき。けれど描写に驚きがない。綺麗な単語と単語をつなげ綺麗なフレーズを作ってはいる。そこに意外性がない。残念ながら飛躍が若干足りない。詩を作る素養、丁寧な文章を作る資質はあると思うので、次回以降に期待。 (憧れ)

2019-05-19

クヮンさん、コメントありがとうございます! 「持ってきちゃう」にとても感銘を受けてくれてとても嬉しいです。この表現、肺炎でまだ体調が安定してない中書いていたので、含意、それこそ「持ってきちゃう」を「持ってきた」詳細は今となっては不明ですが、僕がリズミカルな作品を書く時の手癖の一つとでも捉えていただけたらと思います。この「持ってきちゃう」には運気や勝負運、幸せなどを様々な日常の断片から自ら手繰り寄せる願掛け、まじないのような意味合いがあり、テンポよく作品に盛り込むことで全体を際立たせる、読む人を惹きつける効果を担っていると思います。また改めてこの作品を読み直しましたが、とにかく前向きにポジティブにという点を志向していて、最後の持ってっちゃうの連呼がまさに魔法めいて、魔術的に軽快に取り込まれていると自分自身感じました。伝達性の低さについては意図的ではないものの、僕が馴染んでいる一部のヒップホップ文化の簡略化して、意味不明一歩手前で粋な演出をするというところに影響されていると思います。楽しく読んでいただいて感謝です。 (陽・いずる)

2019-05-18

しょうもねえなと笑いながら読んでいました。植草さんか。しょうもねえなあ、と。ただこのREIWA杯に、限られた作品数しか投稿出来ない中、この詩を選んだ勇気は買います。 (ルージュ泥棒)

2019-05-17

失礼。お名前はジョヴァンニさんでしたね。 (がらんどうどうめぐり(ミュージックビデオ連動再投稿))

2019-05-14

黒船来航。ジョバンニさんが動画投稿をすると運営チャットで聞いて、僕自身はジョバンニさんの激烈で苛烈な、衝動に満ち溢れた独演、リーディングを期待していた。その実力とインパクトは既にツイッターにupされた、ビーレビテンでの映像などをみれば証明済みのものだったからだ。だが今回は違う。透明感のあるサウンドに任せて女性の朗読が始まったからだ。ここで僕は黒船になり得ずかと一瞬思ったが、このミュージックビデオ、想像以上に素晴らしかった。NICUで生まれた女性の悩みや反発とそしてある種の気概が、心地のいい音楽に乗せてリーディングされ、それ+αのポップサウンドとしての歌も入ってくる。さらにこの歌ところどころラップも入っているから心地よさと驚きは倍増する。動画投稿機能と画像投稿機能が搭載されて、好むと好まざるとに関わらず総合投稿サイトへと向かう可能性を大きく秘めたビーレビューに、田中ジョバンニさんのこの作品は風穴をあけた。今後このクオリティが動画投稿の基準になるのなら、他の投稿者は相当に苦い想いを味わうだろう。よって黒船来航。8分29秒。いい時間を過ごさせてもらいました。 (がらんどうどうめぐり(ミュージックビデオ連動再投稿))

2019-05-14

クヮンさんの作品は永遠の青春性、終わらない挫折感のようなもので構成されていると個人的には思っています。この作品も着弾したミサイルから、恐らく比喩としてのミツバチに言及し、諦観、悲しみ、言いようのない無力感などを描き切っていると思います。また同時に限りなく繰り返される人の傷つけあい、不寛容さのようなものにも踏み込んでいると感じました。とても読み心地が良かったです。これは追記ですが、クヮンさんが僕思うところの永遠の青春性から抜け出した時、どのような輝ける世界がクヮンさんの前に広がっているのだろうとの興味、関心も持ちました。好意的にとても期待している詩書きさんなので、今後も目を通していきたいと思います。 (詩人のひとさし)

2019-05-12

ひいらぎさん、コメントありがとうございます! インターネットネイティブ特有の冷徹さに支えられており、というご指摘ですが感得するものがありました。私は世代的にインターネットネイティブではないのですが、ネットに触れる機会は恐らく同世代より多いと思われます。その中で培われたバランス感覚、あるものを強烈に是、あるものを強烈に非とはいわない分析眼が私にもありそれが冷徹さ、ひいては作品の面白味にもつながったのでしょう。令和の連呼はある程度意識はしました。THE MAD CAPSULE MARKETSの「神歌」。ぜひとも聴いてみたいと思います。否応無く今この時代を感じさせるという感想は、時代性を意識した作者としてもとても嬉しいものでした。 (陽・いずる)

2019-05-11

竜野欠伸さん、コメントありがとうございます! ラップぽい、として。テキストとしても面白味のある作品にするのは個人的には結構難しいと思っています。この作品は所々やはり弱みはあるもののまた所々ではテキスト面での良さを際立たせるのには成功したと思っています。また返詩の方もありがとうございます。地球の裏側との連鎖がより印象深いものになりました。 (陽・いずる)

2019-05-11

今野さん、コメントありがとうございます! 実際何かしらの変化は起きていると個人的にも思います。それがもし作為的なものであれ、操作されたものであったとしても肯定的に捉えて自ら変化の波を作らなければならない、とも。変化を示すデータの一つとして婚姻に関するものをあげましたが、それは詩中でリズムを保ちつつユーモラスにも消化されて上手くいったと思っています。人々が新しい時代に何がしかの新しい息吹を感じてくれることを願って書いた詩でもあるので、今野さんのような感想を抱いてもらえたのは何より嬉しいです。 (陽・いずる)

2019-05-05

淡々としかししっかりと詩作に臨む詩人の心情が独特の表現で描かれていると感じました。タイトルにある「カテゴリーミステイク」という表現が三度出てきますが、何れも効果的に使われていると思います。「お母さんに電話をしたいのですか?」や「自殺をした言葉がたくさん…」などの印象深い描写もあり、特に「自殺をした言葉…」は詩人や物書きは内面で自殺をさせた言葉やあるいは殺してしまった言葉をたくさん持っているよなぁという感慨を受けました。とても良かったです。 (カテゴリーミステイクの革命)

2019-05-05

凄く好きです。僕好みの詩的フレーズが時に予想通りに時に予想を裏切り連なっている。そのバランスが絶妙に心地いい。「業火に突進する左利きの馬」とか「ぼくの感情のロバに足がなかった」とかは筆者様が意識したより効果を発揮しているのではないかと感じました。また、これだけでは優等生的によくまとまった詩になっていたかもしれませんが、最終カタカナ四行部分で視覚面でも楽しませ、ある種の実験性も帯びている。いい作品を読ませていただきました。 (うつせみ)

2019-05-05

tOiLeTさんコメントありがとうございます! 世界の連鎖。一節目はその連鎖を彷彿とさせる出来になっていますね。硬貨に余り価値を見い出せず、むしろカーニバルを重視する少年。その少年が硬貨を恵んでやったのが、宗教的思索と実践に身を委ねる、経済的には貧しいブッディスト。そして日本にいる話者は新元号の始まりとともに新しいアプローチで人生に臨もうとしている。連なりがあり書き出しとしてとても良く出来ているなと思います。また世界の連鎖と指摘されて気づいたのですが、全編世界が繋がっているということ意識して書いたら、もっと面白い良質で凝った内容にもなったかなと思います。上昇志向と変化、そして鼓舞ということを念頭に置いていたので、そこには僕自身気づけなかったのでしょう。文体に独自なうねりがあるのはある楽曲を聴きながら、highになって書いたのでそうなったのだと思います。伝わったのなら嬉しいです。世界が連鎖する、というのはやはりとてもいいフレーズですね。ミスチルの「僕らは連鎖する生き物だ」という歌詞を思い出しました。 (陽・いずる)

2019-05-05

仲程さん、コメントありがとうございます! 浜田省吾さん。僕は余り聴いたことがないのですが、都会的な孤独や寂しさを歌った方なのかなとの印象を受けています。そうすれば三連目から彼を連想させたとの感想もとても納得が行きます。最終連。たしかにくどくくどくしつこいくらいに「持ってっちゃう」のフレーズを繰り返しても面白かったかもしれません。仲程さんの、最終連をもう少し印象深いものに、との意見を参考にするならば僕はしつこいほど執拗にという手法を選んだことでしょう。余談ですがモーリーという日本人ミュージシャンの「彼岸の奴隷」という曲。アルバムverでは「あっちの水は甘いぞ こっちの水は辛いぞ」というフレーズがラスト延々と続きます。それで曲の長さが十分近く。とても面白い試みだったのでそこを狙っても良かったかもしれません。この詩はいわばradio edit。聴きやすさならぬ読みやすさを選んだ結果こうなったのだと思います。 (陽・いずる)

2019-05-05

せいろんさん、コメントありがとうございます! シュレディンガーの猫。THE BOOMの宮沢和史さんが、詩作のスランプへ陥った時矢野顕子さんの言葉遊びに活路を見い出したというエピソードがあります。この詩のシュレディンガーの猫は言葉遊びならぬ観念的遊び、ですね。一貫した思想、考えに基づき観念で詩句をつなげ、面白味を見い出すという。これはかなりな僕の得意分野なのでその点を楽しんでもらえて良かったです。ある欧米知識人が言った「日本人は観念論が好きだ」を逆手に取った形ですね。いえいえ、どんな形であれ感想は嬉しいものですよ。ありがとうございました。 (陽・いずる)

2019-05-04

風に倣って僕は行く、だなんて素敵なフレーズだし読み心地もとてもいい。コメント欄にある「無意識の思いやり」という筆者様の志も素晴らしい。だけどもう少し自由に、奔放に描いてもいいかなと思いました。「風に倣って」というタイトルにしてはどこか窮屈な印象を私は抱いてしまいました。それも七五調を意識したせいでしょう。次は形式に縛られない筆者様の作品を読んでみたいです。 (風に倣って)

2019-04-27

良いと思います。既に尾田さんが言及していますがこの作品には「ユーモアや処世」がある。だが同時にそれがこの作品の弱点の一つになっているのではないかとも思ってしまいました。すんなり作品世界に入って読み込んでいけるのですが、読んだその内から砂のように頭からこぼれて落ちてしまう、そんな印象を抱きました。書き手としての実力、ポテンシャルは素晴らしいと思うので、それこそ読み手を「鷲掴み」にする何か、要素が必要かなとも感じました。いささか辛い評になってしまったのも筆者様への期待ゆえ。「藤井龍平の肉迫」を今後も期待しております。 (君の名前はまぼろしになった)

2019-04-27

「金魚の素」という表現を使って、徐々に命の循環へと言及していく書き方、とても面白いと思いました。ただ最後の「¿それが何か─おそろしいことか?」に繋がる描写がなかったためにか、僕個人としては「いや、別に恐ろしいとは思ってないんだが」と一瞬感じてしまいました。ラストに繋がる伏線があればこの作品はもっと活きたと思います。 (いのちに還ろう)

2019-04-27

()書きで詩の意味合いを整えていく方法。初めはどうだろうと思いましたが、読み進めるうちに独特のユーモアも相まっているのだなと分かりとても楽しく読めました。みなさんが仰っていますが最終連が力強い。インディアンの酋長が遺した言葉とでも言いたくなるスピリチュアルな感度のある描写だと思います。 (産声)

2019-04-27

ふじりゅうさんの作品にて「『死』とか『自死』を匂わせるような作品ばかりで…」との尾田さんのコメントを目にしたので、改めてこの作品に向き合ってみました。たしかにこの作品には無から有が生まれる瞬間の書き出しがあり、生命の誕生を仄めかす描写が入っている。希望に満ちているし、自己陶酔的な「死」や「自死」とは程遠いし、それは存在しない。とても気持ちよく読めたのですが「女の影」が「砂漠の海に落ちて」以降の文面、最終節が少し私には分かりにくく感じました。冒頭の誕生の瞬間は夢で、恋人と呼ばれる女との別離が描かれた作品なのか、そしてその悲劇性をある種官能的に描いた作品なのかと読み解いてみて、その真相にとても興味をそそられました。ひも解きを求めるのはいささか無粋な気もしますが、筆者様にこの作品の奥深いところで描きたかったものを訊きたくもなりました。また他作品との差別化は筆者様の意図があるかはともかくとてもよく出来ていると思いました。 (キオク)

2019-04-27

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 「過ごせた日々に」の表現にとても感じ入ってくれたようで嬉しいです。この表現はふじりゅうさんの仰る通り「そうでなかった人々もいるだろう」という意味も少なからず含まれていますが、何よりも「無邪気に過ごせた日々が奇跡のようだ」という感嘆も入っているのです。人間どこで無邪気さが失われるか分からない、邪推や疑心暗鬼の日々にいつ陥るかも分からない。しかし無邪気に過ごせたのは本当に奇跡、夢のようだというとても甘美な追想が含まれているのです。そういう意味でこの一節はふじりゅうさんが多くを感じ取ってくれたように「深い」一節だったかもしれません。さて日傘の少女が冒頭以外出なかったのが惜しい気がしたとのこと。これは僕もなるほどなと思ったのですが、僕は日傘の少女に限定的な意味、役割を与えるのをこの作品では避けました。この日傘の少女はキリコの「形而上学的風景」に出てくる車輪を回す少女のような役割を担っているのです。僕らは何かを失ってしまったのかもしれないが、それは余りに深く遠すぎて一瞬では分からない、描写出来ない。だがその一瞬にたしかにそれは存在するというような意味が少女には託されています。だから詩中でもう一度出てくることはなかったのです。本当に瞬く間の出来事で感じる多くの思考、感情というものを少女は担っています。ですからこの作品の出だしとしては良かったのではないかと思います。そしてもう一つ。心を込めて伝えよう、はたしかにイージーに書きすぎたかもしれません。それもこの詩のアプローチの一つであるポピュラリティと文芸の両立というものからすんなりと出てきた言葉だったのでしょう。より一層の深みのある表現を目指して研磨したいと思います。 (さようなら 愛しい日々よ)

2019-04-26

せいろんさん、コメントありがとうございます! 車窓に一瞬映った少年は、かつて僕が見ていた自分自身さ。この一節は自分から少年性が失われ、純粋さが失われていく様。そしてそのことに気づき、もう一度取り戻そうという想いを表現した一節として僕もとても気に入っています。走り去る列車を見る一瞬、止まった時間の中で無限の思考がなされるという感覚が僕自身とても好きです。人間考える量、感じる量は、それに費やされる時間に比例しないとも僕は思っています。一瞬で膨大な思考をしたかと思えば、何十年かけてもそれに及ばないこともある。そういった感覚が僕はとても好きです。この一節を気に入っていただけてとても嬉しいです。 (さようなら 愛しい日々よ)

2019-04-26

帆場さん、コメントありがとうございます! 寂しい友と孤独な仲間たち、あるいは手の届かなかった夢と走り去る人々、といった一節。僕自身の心証、想い出を表してもいるのですが、実は過ぎ行く「平成」という元号、時代に向けた一節でもあったのです。そこを露骨に表しても良かった、あるいはより一層それを仄めかすパートがあっても良かったとは思いますが、この詩においては美しく、情緒的な響きの中でイメージしてもらうという選択肢を取りました。しかしそれが帆場さんのような読み手さんに届かなかったということはもっと輪郭を鮮やかに、縁取りを明確にし、具体的な描写が必要かもとも思いました。ただこの作品はごくごく一般的な読み手が文芸という敷居を跨がずにすむ作品も目指していたのでそういう結果になったのかとも思います。文芸とは何かという議論が起こりそうですが、ここではこれにて。 (さようなら 愛しい日々よ)

2019-04-26

左部さん、コメントありがとうございます! 返信遅れました。確かに「何も教えてくれなかった彼が残したのは 母への愛情のカタチ」はインパクトがあるし、とても胸に刺さる詩句だと自分でも思います。父と一定の距離を置きながらも批判もせず、ないがしろにもしない。彼には彼の人生があった、と一人の自立した人間として父を見ているようで僕自身とても気に入っています。さてしかしその清涼感や「刺さるフレーズ」があるのにも関わらず、「成長譚」としての叙情を感じられなかったとのこと。この詩は単なる成長譚ではなく、消え去る者が過ぎていく日々に、そして迎え来る日々に感謝をささげた詩でもあるのですが、そこを具体的な名詞や情景描写によって描き切れなかったのは僕も一面感じるところでもあり、より一層の研鑽が必要だなとも思っています。最後にこの詩はポピュラリティと文芸の両立をはかったものであり、それは一部では成功し一部では成し得なかった作品だったということで今後僕の作品に大きな変遷をもたらすものだろうことに言及して締めさせていただきます。 (さようなら 愛しい日々よ)

2019-04-26

何だろう。目立つ。新鮮さが、ぱっと見の鮮やかさが。ビーレビのサイト改変に伴い、詩の冒頭部分しかまずは表示されないようになって、見た目とか可読性、とっつきやすさが重要になってきたと思いますが、その課題を今作はクリアしていると思います。少なくともページを開こうと思った。内容的には2人の男女? の繋がりを描いたものでこれまたとっつきやすい。ただ一つ失敗だったのでは? と思ったのはタイトル。下手に意味をくみ取りづらい横文字を並べない方がいい、というのが僕の個人的な考えです。 (Diamond dust almighty all night)

2019-04-11

素晴らしかったです。「三叉路飛び出し 始発のターミナルで…」になぜか惹かれました。具体性がありながら詩的、煩雑でありながら清澄。絶妙のバランス感覚をこの箇所に感じました。全体としては世事に背を向けた印象がありますが、決して逃げてはいない。良いと思います。 (Home)

2019-04-11

これは素晴らしい。画像投稿の利点を最大限に活かしているし、なおかつ視覚詩としての面白み、出来映えもなかなかのものだと思う。月夜様には、これからも新しくなったビーレビの機能を活かして縦横に暴れまわってほしい。 (「頑張れ」という刄)

2019-04-07

Revさんご投稿ありがとうございます。運営のステレオです。今月投稿作品がビーレビューの規定であるひと月二作品を超えておりましたので、「Bully」と「優しくしてほしい」を削除させていただきました。以下作品の魚拓urlです。「Bully」 https://megalodon.jp/2019-0403-2127-12/https://www.breview.org:443/keijiban/?id=3222 「優しくしてほしい」https://megalodon.jp/2019-0403-2122-47/https://www.breview.org:443/keijiban/?id=3223 今後はマナーガイドラインとルールをよくお読みの上ご投稿ください。 (跳ねた先の未来)

2019-04-03

社町さん、コメントありがとうございます! うぉおおおぉお! そんなに気に入っていただけましたか! カッコいいですか! ありがとうございます! 不満なときの抵抗感をもたらすもの。そうなんです! 彼女の場合はなぜか愛媛の蛇口ばりにオレンジジュースとメロンフロートなんです! 面白いですよね。愛媛の蛇口からはオレンジジュースが流れるなんて。かなりの冗談だとしても面白いです。詩作品としても今作をしっかりと見ていただけて嬉しい限りです。超早口のリーディングは詩の世界と概念を変えると言ったら言い過ぎですし、僕も心からはそう思ってはいないですが、詩世界の新たな突破口になり得るとは言えるかもしれません。その点でも僕はボカロに好感を抱いていたのです。無機質、匿名性、誰にでもなり得る可変性、という三点においてボーカロイドは夢を叶えるツールとしてとても身近で興味深いんですよ。この点の考察はやりだしたらキリがないし、僕よりも語るに適任者がいる「かも」しれないので切り上げますが、このボカロ作品を投稿して本当に良かったと思っています。それでは! (赤道直下で朝昼 女郎蜘蛛の奴隷やっちゃってます)

2019-04-02

エイクピアさん、コメントありがとうございます! 読む煩わしさから解放。それはまさにボカロや早口のリーディングが持ち得る利点の一つではないでしょうか。動画投稿の可能性と視野を広げるためにも自作のボカロ曲を投稿しましたが、成功だったなと思います。これからのビーレビ。これからの動画投稿枠、見どころは音楽的な手練れがボカロや自作曲を次々と上げて黒船のように振る舞えるかど゜うかというところではないでしょうか。これからがまた楽しみです。 (赤道直下で朝昼 女郎蜘蛛の奴隷やっちゃってます)

2019-04-02

杜さん、コメントありがとうございます! リーディングに近い感じになりましたね。メロディの起伏も最小限だし。仰る通り生身の人間では難しい文字列を歌わせている+ボカロの利点を活かしているので、「ボカロラップ」とでも言った方がいいのでしょうか。面白い曲に仕上がっていると思います。「蛇口を流れる…」のくだりは、お分かりでしょうが「愛媛県の蛇口からはオレンジジュースが流れている」という冗談から来ています。そのくだりから、何となく納得させてしまう気怠さ、ルーズさ、そしてある種の切なさに持っていけたのはつくづく良かったなと思っています。 (赤道直下で朝昼 女郎蜘蛛の奴隷やっちゃってます)

2019-04-02

せいろんさん、コメントありがとうございます! はい。作曲も編曲も僕です。作編曲能力はまだまだ拙いですが、気に入ってもらえて嬉しいです。ビーレビューの今後の発展としてはkemuさんやそれこそハチさん(現米津さん)レベルのボカロ投稿者も投稿を始めるのがベストかと思いますが、僕も僕なりにさらっと投稿していこうと思いますよ! (赤道直下で朝昼 女郎蜘蛛の奴隷やっちゃってます)

2019-03-30

誠実。これほど渡辺氏が誠実に詩のモチーフと向き合った作品を私は知らない。過疎化した故郷と、その故郷にもう何も見つけることが出来なくなったと感じる上京者。愛郷心を持ちながらも、愛着の土地を無意識的に見放さざるを得ない話者の話し振りは中々に胸を打つ。いつもの氏の遊び心、面白味はなかったかもしれないが、それでもいいのではないか。自身の感性を「たった一人で伸びていったクレーン」と表現する氏の姿勢も好きだが、この等身大の青年の目線を感じるこの詩も悪くない。氏にはぜひとも東京で幸せになってほしい。これは暑苦しいほどのエールだ。氏の前途に幸あれ。 (進学や就職)

2019-03-28

まずタイトルが好きです。地下鉄は何時も屍体の底だ、などの光るフレーズもある。ただタイトルの食いつきが良かった分、それ以上に何か欲しいと思ったのも確かです。 (マンホール裏のペテン師)

2019-03-28

綺麗な詩ですね。月と祈り。扱いやすい素材と考える人もいるかもしれませんが、この詩は常套句に頼っただけではない何かを感じる。それは多分コメ欄に筆者さまが書きこまれたことを、ご自身が本当に思っている時書いた詩だからなのではと思う。 (月への祈り)

2019-03-28

タイトルが物凄く好きです。美しいし、胸に響く。古色蒼然とした使い回し、とかもし言われたとしても僕は支持します。内容も本当に密やかに、秘めやかに「私」の謎に迫っているようで良い。何を実際には描いているのかまでは把握しかねますが、読んでいて心地よくなる作品でした。 (花運ぶ舟)

2019-03-28

静かに胸に染み入ってくる。空気に見捨てられ、その視界に太陽も未だ姿を現していない話者の達観を感じる。 (雨)

2019-03-28

いいですね。黒髪さんの詩。素朴に生きながらも何かひたむきな「輝き」を求めるという姿勢に賛意を示したいとさえ感じます。ただ「偽偽偽偽偽善者life」が黒髪さんらしくないかな、とも一瞬思いました。軽くポップ過ぎるというか。とにかくも良い詩であるのは確かだと思います。 (ぽつんとしてる)

2019-03-28

大変可愛い。この詩の対象者は良い意味で低年齢層だとも感じたので、より平明な文体にすれば効果が増すのではとも感じました。 (アリのこうしん)

2019-03-28

いい世界観ですね。僕は好きです。「月もない夜をひた走る」だなんていいフレーズではないですか。都市から離れた人間に突如として訪れる孤独を描いていると感じました。 (夜を駆ける)

2019-03-28

シンプルですね。「太陽」がそのまま太陽を指しているのか、それとも比喩的な何かを指しているのかは分かりませんが効果的に使われていると思いました。短詩の強みも持っている作品だと思いますが、もっと長くこの詩で描こうとしている世界を読みたいとも感じました。 (無題)

2019-03-28

そうなんですね。ありがとうございます。ではaviutlを使いたいと思います。 (赤道直下で朝昼 女郎蜘蛛の奴隷やっちゃってます)

2019-03-23

了解です。次回はwindows movie makerにも料金を払ってよりしっかりとした動画を作ろうと思います。 (赤道直下で朝昼 女郎蜘蛛の奴隷やっちゃってます)

2019-03-23

taishi ohira様。運営のステレオです。他者の作品へのコメ活動が少ない割には自作品へのコメントを催促しすぎているようです。ビーレビューは基本フリーライドが禁じられています。以後ご留意のほどを。コメント活動した上で、他者から感想をもらえるような作品作りをするよう希望します。 (存在の数式および、創造主ブラフマーの秘密)

2019-03-15

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 「書かれていないこと」に想いを巡らせる配慮がなされている、との感想とても嬉しいです。確かにこの詩で描かれている情景は、一つのまとまりとしては中々つながらないかもしれないものです。しかしこの詩を書いていた時は次から次へと次のフレーズ、書くべき次のフレーズが思いついたんですね。降りてきた、とは正にこのようなことを言うのでしょう。右肩ヒサシさんにも気に入っていただいた太平燕の一節や、アイコスの一節は書き始める前にイメージとして既に浮かんでいて不思議な感じでした。さらに言えば「蝉の鳴き声」の一節。イギリスに留学した映像作家の卵が、夏をモチーフにした映像作品を課題の一つとして提出した時のエピソードがもとになっています。その日本人は夏と言えば「蝉」とシンプルに考えて、蝉の鳴き声を冒頭に入れたそうなんですが、蝉のいないイギリスでは何の音か級友が分からず「何のノイズか?」と訊かれたそうなんです。だからこの一節はそのエピソードを換骨奪胎したものなんですね。こちらもスムーズに詩中に取り込むことが出来ました。そして君が誰なのか私が誰なのかについてですが、私は先の返信で書いたように限りなく僕に近い人物です。そして君でさえも私に内在する何者かであり、ひょっとしたら「私」と同一人物かもしれません。あるいは私に強い影響を与えた人物、初恋の人かそれに匹敵する同性、もしくはこれから自分と同じ道を歩むかもしれない若者かもしれません。何れにせよ君は私に近い何者かであるのは確かです。真実と時間の切迫具合が素晴らしく、最後までドキドキ。この詩に託したスリリングさ、謎めいた何かがとても喜んでいます。ありがとうございました。 (故郷の中華街はいつも灰色)

2019-03-13

右肩ヒサシさん、コメントありがとうございます! 「白玉か何ぞと人の問ひしとき」。伊勢物語を彷彿としていただいて何だかとても嬉しいです。女に「真珠か何かかと問われた時に『露だよ』と答えて自分も死んでしまえばよかったものを」という意訳文を拝見しましたが、その喪失感と後悔、痛恨の想いとでも言うべきものがこの詩と共通しているなと思いました。女を鬼に食われて(連れ戻されて)後悔する男と、刻一刻と過ぎていく時間の中で自らの犯した過ち、失態を悔いている男。何かを飲み食いしている時でもその痛恨の念が消えない。痛々しさが胸にまで染み入ってくる感覚がとても似ている。素晴らしい一節を想い起してくれてありがとうございます。また文章の構成について指摘を受けましたが、より一層の研磨に励みたいと思います。 (故郷の中華街はいつも灰色)

2019-03-13

せいろんさん、コメントありがとうございます! 打ちひしがれるほどに手が届かない、を褒めていただいて嬉しいです。このような表現は結構僕の手癖の一貫でもあるのですが。僕としてはアイコス、トマトジュース、あんまんのくだりが以前の僕なら書かなかったかもしれない部位なので結構気に入っています。素晴らしい。ありがとうございます。 (故郷の中華街はいつも灰色)

2019-03-08

ティコの灯台さん、コメントありがとうございます! 焦燥感、喪失感というのはこの詩の大きなテーマでして、そこに気づいていただいて嬉しいです。この詩はあんまん、太平燕など日本で作られた中華風料理が多数出てくることからも分かるように、バッタモン中華街とでも言っていいような場所が舞台になっています。ですからタイトルの故郷は恐らく日本のどこかでしょう。その風変りな中華街で繰り広げられるのは、自己の喪失、アイデンティティの喪失、自分が誰かも分からなくなった男の焦燥の物語であり、疲弊の物語でもあります。この詩の話者は限りなく僕に近い誰かで、ラスト少女が見たドブネズミというのは自分を卑下して、自嘲して書いた話者、つまりは僕自身のことをさしています。そういう心境だったんですね。この詩を書いた時は。喪失感と疲弊感が半端ではなかった。詩としての体裁、完成度を重視しながらも半ば自棄的な心持ちが深層にあったのは確かです。愛の形というフレーズは僕自身、直截すぎて使うべきか悩みましたが、お金、女性、世の中と社会との関わり方、それらを総称して愛の形と使わせていただきました。ですからこの詩に出てくる愛の形は、結構卑俗で卑近、それでいて俗世間の事実を指すような物事をも示しています。最後になりますがこの詩で食べ物、飲み物が多く出てくるのはビーレビューで学んだ五感すべてを刺激する詩を実験的に作ってみたかったというのもありました。ではでは長文失礼しました。 (故郷の中華街はいつも灰色)

2019-03-08

夜行とこの作品を拝見しましたがこちらの方が好みです。それ+の小林素顔さんらしい、そこはかとないユーモアも漂っているのはこちらの作品ではと思いました。こちらに感想を載せるのは若干気が引けますが、夜行の方は大きく冒険しているものの、やはり肩に力が入りすぎている印象がしました。その点こちらの同衾は、宇宙人ひな祭りケーキ貴方と鍵になる言葉、存在が四つ出てきますが、宇宙人とのユーモラスなやり取りのあと、貴方にケーキを食べに来てほしいと誘い、「貴方の匂いを残して 宇宙から守ってください」と来る流れ。不可思議に調味されたロマンティシズムのようなものを感じました。良いと思います。 (同衾)

2019-03-06

何だか目につく。いい作品だと思いました。少しずつ壊れていく自転車のようにありたいと願ったり、この世界に在るだけじゃどうしようもなく寂しいと思ったり、何となく宮沢賢治っぽいと一瞬思いましたが、最後の「思うわけです」という翁のような語り口もこの内容ならある程度しっくりくる。良いと思います。 (自転車)

2019-03-06

仲程さんの詩の世界観は温かい。こういう詩を書かれる方が親友だったり、たまに便りをくれる友人だったりしたらどれほど心がほっこりするだろうと思う。この作品には恋についての言及があり、雪は降るが言葉はとんと降ってこないと嘆息する様から、何か恋煩いのようなものにかかっている語り手というのが浮かび上がってくるが、そういう解説がどうでも良くなるほど読んでいて心地よい。雪は消えたがことばはとんと、という締めも美しいのではないでしょうか。 (格子)

2019-03-06

これはかなりいい作品なのではないでしょうか。今しがた自分も一作書き終えたところなので、詩文に対する感度が高まっているせいもあるかもしれません。にしても抱きしめたのは「苗字しか知らない少女」だったり、点滴のように1095日送りこまれたという描写があったり、女性的な感度と冷徹な観察眼が光る。留めの「雪国の桜は3月に咲かない」。いいと思います。 (桜)

2019-03-06

了解しました。ではツイッターにて。機会があれば。 (別れの流星群)

2019-03-06

せいろんさん、今一度コメントありがとうございます! ジョーカーの一節は実は迷ったところなんですよ。でも裏か表かわからない、白か黒かわからないジョーカーが、別れの際に嘲笑うようにするしかないというのはなかなかに倒錯的で素敵なんではないでしょうか。 (別れの流星群)

2019-03-06

小林素顔さん、コメントありがとうございます! なぜ詳細な具体例、描写がなければ「別れの瞬間の気持ち良さ、健やかさ」が伝わりづらいのか分かりかねますが、ぼんやりとした抽象論、抽象的描写でも充分にそういう心地よさは伝わるものだと僕は個人的には解釈しています。絶え間ない笑顔の中、あと残された時間をどれくらいか噛み締めながら、流星群のさくらが別れの対象である君に舞い落ちる。なかなかに素敵じゃないですか。小林さんのポストポエム論をツイッターで拝見していますが、その思考の過程で表現の幅を狭めることを人に求めていないかと懸念さえしました。この詩はこれでいいんです。具体性も詳細もいらない。ひたすら心地よさの外輪へ、見る人、読む人が自らの境遇に照らし合わせて、触れる。そういう詩なんです。悪くないんじゃないでしょうか。 (別れの流星群)

2019-03-06

沙一さん、コメントありがとうございます! 僕らしいSF的な世界観ですか。僕の作風もある程度確立、定着してきたようで嬉しいです。流星群を隕石かミサイルの襲来と捉えるなら、この詩はまさに世界の破滅的様相の詩になりますね。そんな中美しく、君の横顔にさよならのさくらが舞い落ちるだなんて最高じゃないですか。新しい解釈で彩りを加えていただきありがとうございます。 (別れの流星群)

2019-03-06

せいろんさん、コメントありがとうございます! そうですね。横顔は後ろ姿を見せる直前、別れの一歩手前の瞬間であり、その解釈は間違っていないと思います。あと最も憂いが滲みやすいのが、横顔という僕の考え方もあります。この詩は職場のまだ若い先輩女性が退職するにあたって書いたもので、あの別れの瞬間の気持ち良さ、健やかさを表現しようとしています。だからこそ平易であったり、詩として聞き馴染みがあったり、凡庸にも取られかねる表現をあえて使っています。それもあの別れの美しい瞬間を形にして残しておくため。その点ではとても成功したし、満足行く出来映えになったと思います。一つ後悔したのがタイトルを「さよならの流星群」にすればよかったということ。それだけが心残りです。何れにせよ好印象を強く持っていただけたようで幸いです。ありがとうございました。 (別れの流星群)

2019-03-02

花音さんって打たれ強いというか結構タフなメンタリティを持っているのではないか、とこれまでの作品群、そして当作品を見て思いました。これだけ多種多様な作品が投稿されているビーレビューで、よく言えば純粋、悪く言えば平易でポエティックな作品を臆することなく投稿し続けている。作品の軸がブレナイ。読んだだけで花音さんの作品と分かる。続けてみれば新しい突破口が花音さんにも、読み手にも生まれるかもしれません。 (好きという名の毒を吐いて)

2019-03-01

宗教的、スピリチュアルな「気づき」の世界ですね。悪くはないのですが、何かもう一つアクセントが欲しいとも思いました。それが何かはもちろん僕がとやかく口出しすることではなく、筆者様が見つけるものでしょう。 (眠り)

2019-03-01

暗い、暗澹としている。慎重さの中に臆する気持ちも潜んでいる。前作「希望のベランダ」では平易な表現の中に、絶望に近い感情が織り込まれていたが、この作品はまだその前段階という気がする。渡ってみて欲しい。川を。その向こうにきっと開ける世界があるだろうから。 (確率が知りたい)

2019-03-01

面白いですよね。本当にエイクピアさんの詩は短い中に、テクニックと詩への含蓄が込められているような気がする。余計な表現は省いて、一見つながりのない、飛躍した表現で意味を成す。特にこの作品、観念的な場所に話者の思考があると思いきや、最後午後の紅茶がとてもうまかった、とても身近な表現で終わる。いいと思います。 (午後の紅茶)

2019-03-01

美しいし、短詩として完成の域に充分達しているかなと。ただ一つ気になったのは「あぁ、なんてこと」という感嘆詞を使わずにそのような意味合いを持つ表現を持ってこれなかったのかなということ。「あぁ、なんてこと」というフレーズは洋書の余り良くない和訳で出てきそうなフレーズな印象がしたので。内容自体は太陽とあなたを重ね合わせる印象もあり、話者にとって「あなた」がどれほど大きい存在か伝わってくる気がしました。インパクト充分だと思います。 (太陽)

2019-03-01

精一杯沈黙を生きるっていいフレーズですね。黒髪さんの半生から来る生き方のようなものが見えてきました。序盤中盤は何か児童書にでも書かれているような内容ですが、最後の沈黙を生きています、ですべての内容が底上げされている。いいと思います。 (タンポポ小景)

2019-02-21

言葉と言葉の連なり、単語と単語の連なりから起きるミラクルが素晴らしい。ただ自己韜晦の印象も若干あり、詩の全容を掴むことは出来なかった。しかし一目見て構築された美を感じるのもたしか。 (ミラージュ)

2019-02-21

まりもさん、一言コメントありがとうございます。ほぼほぼ僕の狙い、要点をとらえていただいていたので嬉しいです。 (B=REVIEW 2019年1月投稿作品 選評)

2019-02-21

あげたいあげたいあげたい だが! それでいい! (【要読】大賞作品投票のお知らせ(2019年1月B-REVIEW杯) )

2019-02-19

あげるのよ? あげてあげてあげて! いーんです! (【要読】大賞作品投票のお知らせ(2019年1月B-REVIEW杯) )

2019-02-18

黒髪さん、遅れましたが「2020.4.19 ピエロの走り書き」を優良に選んでいただきありがとうございます! この詩の近未来的要素。僕の詩の特徴の一つとしても確立しつつあるのでその点を評価していただきとても嬉しいです。僕が常々狙っている近未来観というのはいつの時代においても10年後から20年後をイメージさせる世界観であり、それでいて未来永劫訪れない世界でもあるのです。これは結構難しくセンスが必要なことだと思っているのですが、小さな頃から聴いていた音楽などで僕はそのセンスがかなり養われたようです。僕は今後も10年後、20年後を想起させるが決して訪れない世界を描くことをやめないでしょう。これは僕の武器の一つにもなるようですからね。いずれにせよ高く評価していただきとても嬉しいです。それでは長文失礼しました。 (一月作品 [フルキュレーション]投稿作103 推薦4 優良3 大賞1  黒髪による)

2019-02-18

仲程さん、コメントありがとうございます! お返事遅れました。抑えぎみな詩文で、何のために生きていくのかとの情景が目に浮かんだとのこと。嬉しいです。この詩は最近投稿した「ハレルヤ」に比べて伸びやかさがない、弾けていないという印象を持っていたのですが、今一度読んでみると深みがありますね。実は「世界最大規模のディナーショー」とか「世界最大規模のエンターテイメントショー」とかのくだりは「なろう」で完結済みの自作詩集の一つから拝借したのですが、とても小気味良く、それでいて不気味で不穏、くわえてポップなイメージを喚起させるのに成功したと自分では思っています。痛みの音が響く、響いてるの部分で魂が揺らされ、内なるところに染みて行ったとのこと。この詩は自分が想像した以上に効果的な要素をはらんでいたのかもしれません。とても嬉しいです。ありがとうございました。 (2020.4.19ピエロの走り書き )

2019-02-18

面白い。僕が得意とするジャンルの面白さではないのですが、締めの宇宙を妊娠のインパクトが強すぎる。短詩としての魅力が存分に発揮されていると思います。 (SKIN)

2019-02-17

いいですね。外見的には希望にあふれるベランダ。しかしベランダの外から「私」を見る話者は「私」がそう簡単に希望を抱いて、平和だな、今日もいい日だな、とは決して思っていない複雑な心証を見抜いている。出たしはポエティックでありながら多くの含みを持たせる構成。ネオポエムとでも形容したくなる中身でした。 (希望のベランダ)

2019-02-17

犯罪者の名前が美しい、とは! 最高の書き出しじゃないですか! だがしかし中盤から後半情報量が密になり、なおかつ意味を瞬時にはつかみかねる描写が多くなった分、惜しい作品になったかもしれません。しかし素晴らしい出来栄えなのは事実。久しぶりに即コメしたくなりました。 (眼病)

2019-02-14

タイトルが良い。ライトポップな文学でありそうなタイトル。村上龍の「イン ザ・ミソスープ」みたいな。内容は辛辣で読む内に少し気が重くなってきますね。最終節の開き直りで救われた感がありますが。この詩のタイトルの持つイメージ。もう既にモラルとか倫理などが取っ払われたイメージとは内容は少し離れていたような気がします。僕自身の期待とあくまで感覚的な視点からですが。いずれにせよ僕を大きくインスパイアしたタイトル、モチーフであったのは確かです。 (シュガー・ブルース)

2019-02-11

暗示ですね。まさに。幸福な家庭像をイメージするところから始まり、どうも違うなと思わせる中盤。そしてラストの賃貸住宅の一室での描写。これは皮肉な詩であり、シニカルな詩であり、実は「重い」。どんな現実を突きつけられても「恵まれている」から微動だにしない話者の姿勢は、抵抗しなくなった被虐者のようにも感じ取れました。面白いと思います。 (環境)

2019-02-11

一途な想いが綺麗に描かれていますね。星になる、というのは亡くなったことの比喩かと思いますが、私もお星さまになりにいく、ということは後追いでもするのかなという印象です。だとしたらかなり重い内容になると思うのですが、生も死も同一線上にあって美しい、決して悲観的なものではないという筆者、話者のスタンスがこの詩を綺麗に美しく、またある種シックなまでの純粋さを描き出していると思います。他の作品も読んでみたいとさせる内容でした。 (億千を越えて)

2019-02-11

良いですね。僕もまたバンクシ―に目を取られました。しかし、あくまで小林素顔さんのパブリックイメージから連想されにくいという意味でですが、「乱交パーティー」「ケシ」と言ったアンモラルな語句に少し違和感を感じました。コメ欄にて内的世界のモチーフで詩的飛躍を描こうと思ったとのことですが、まだ体がついていっていないのかなとの印象も抱きました。このようなモチーフを描くなら、もっと字面、視覚的にも崩壊しても良いのだがとも感じました。四行で一連を丁寧に書き起こしているのも小林さんの素直で実直な人となりがうかがえ、扱おうとしている素材の巨大さをまだ持て余しているという印象を感じました。ただこの世界観は好きなことは好きです。 (捨身飼虎)

2019-02-11

んー。何かシニカルなんだが「みんしゅしゅぎ」というタイトルからも分かるように、子供のような目線をあえて取ったデモクラシーへの批判は、かつて誰かがしたかなという印象です。書かれている内容は辛辣ですが悪くはない。これを詩として持ち上げるまでが難しい、はず。仮名吹さんは毛色の違った作品をよく投稿されるので、また次回期待したいです。 (みんしゅしゅぎ)

2019-02-11

書きだしは凄くいい。読んでみようと思う。ただ読んでいくうちに少し恥ずかしくなってくる。それは技法とか手法、表現が未熟という意味ではなくて、君への想いが切々と書かれている中盤から後半にかけてが、本当にいい意味で「青く」て純粋に気恥ずかしいなという印象を読み手に与えたのだと思う。ツイッターにあがった写真。「頭の悪そうな野郎と一緒で」は完全に主観で、それがために「君」が少し馬鹿そうになってて、というのは「君」が少し可哀想かなと思いました。だがしかしそれもどんどん君に否定的になっていって、それでも最後「多分君のことを思ってる」につながるのならばいいかなと、というのが感想です。 (後輩)

2019-02-11

素朴で朴訥として優しい。「その罪に をののきながら」。罪以外に言葉がなかったのかなとも思いました。この無常観、叶わない想い、願いを淡々と描いていく手法はとても好きです。ただ僕だったら、このモチーフもう少し洗練された書き方をしたかなという印象です。だがしかしこの素朴さゆえに持ち味が充分に引き出されているのも事実。ishimuratoshiさんには「秘法」でハードルが上がってしまっているのかもしれません。 (罪)

2019-02-11

柿原さん、コメントありがとうございます! お返事遅れました。この詩はですね。東京五輪反対の詩ではないです。そのようなディティールに富んでいることも事実ですが。この詩は政治的寓話、寓意の詩として読んでも充分なのではないかと思っています。首を斬りおとされる王とは、別にナポレオンでもロベスピエールでも皇帝ネロでも、何ならヒットラーでもよいのです。それぞれのパラレルワールドにおける独裁者、暴君、墜ちるべき人、星を思い描けばよいのです。そこからこの詩の読み取り方も見えてきましょう。以前僕は「瞑想する世界」という詩で「政治的ファンタジーの詩を書いているのか」という批判めいた指摘を受けたこともありましたが、辛辣な寓意、寓話性を持つファンタジーならそれでも特段構わないと今では思っています。だがしかし柿原さんがこの詩から多くのイメージを喚起していただけたのは事実であり、嬉しい限りです。痛みの音が「ミュンヘンオリンピック事件」を想起させるとは、予想外でしたが、それもなかなかいい風味が出ているなと思います。それではまた。 (2020.4.19ピエロの走り書き )

2019-02-08

可愛い。ほっとする。癒されるというのが第一印象。君はもったいない男だな。パンケーキに限らずと続く。話者がこんな私を捨てるなんてもったいないよと言っているようでとても愛らしく映りました。 (君が残したパンケーキ)

2019-01-30

何だこれは! 良い意味での驚きがあります。柿原君、前衛詩、実験詩にも手をつけるようになったんだね、という印象。内容的にも美学によるゲリラ戦を戦い抜いた黙字たちが、黙字による政治を行うという内容。スリリングで暗に隠れたエロティシズム、色気も感じる内容でした。良作ではないでしょうか。 (a mute)

2019-01-30

沙一さん、コメントありがとうございます! ゲームの世界に入り込んだり、現実がゲーム化する。本当に鋭いですね。この詩における戦争は寓意的であり、心象風景であり、作り物であり、カリカチュアされた幻想でもあるのです。だからゲームという表現は間違っていない。かなり近いものがあると思っています。やはり身体性がある種失われた主人公は、観念的な世界に閉じこもった主人公は、ゲームの中で幻想の中で死すべき運命にあるのでしょう。最後死に絶える主人公が生きる喜びを実感する。まさにその通りだと思います。身体性を無くし生きてきた主人公にとって吐血し、倒れ伏し、絶命することが、すべてを清算し、楽になる最高の喜び、歓喜だったのかもしれません。ありがとうございました。それではまた。またハベルの塔を褒めてもらえて嬉しいです。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-12

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 父殺しを犯した主人公こそ紛れもない狂人。その通りかもしれません。この詩の主人公は平和主義で理想主義者なのでしょう。だからこそ謂れのない戦争で、家族という小さな単位を理由にして、半ば盲目的に人殺しを続ける父を、その自身の過去のトラウマも含めて、許せないのです。だからこそ父を殺す。主人公には主人公の正義、愛があるのですが、この心象風景たる戦争の中においても、彼は一般的に見れば狂人なのです。悲しいですね。長い間閉じこもり、育んできた理想と愛が狂気につながるなんて。そういう悲劇性を帯びた、そしてそれが伝わったという点においてこの詩は成功だったのではないかと思います。強烈な皮肉になっている。シニカルな要素を含んだというのは良かったと思っています。僕の好きな曲で「シニカルスカイ」皮肉な空という歌があるのですが、期せずしてその曲の無常観とリンク出来たのではないかと思っています。では。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-12

みうらさん、コメントありがとうございます! そうなんですよ。戦争というものは巻き込まれた側から見れば、カリカチュアしたり戯画化でもしなければやってられないものだと思っています。この詩では戦争は(話者の心象風景でもあるのですが)多分に戯画化され、簡明化され、シニカルでコミカルな要素でさえ含んでいます。気分はもう、最後の戦争。ハルマゲドン、聖書的な世界における最終戦争でさえ、軽んじられる。シニカルに見て重力を軽くする。そういう試みがこの詩ではなされているし、そのアプローチがこの詩では成功したと思っています。では、ありがとうございました。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-12

杜さん、コメントありがとうございます! 平成が終わり、新しい年号を迎える。負の遺産を含めて様々なものを清算しなければならない時期に来ていると思っています。それがこの詩においては父子の関係であり、世の中とそぐわなかった子、男の心情であるのです。この詩では部屋へと引き籠った、自分の殻に閉じこもった、それでいて闘争的な男の姿が描かれていますが、彼は挫折します。志半ばにして倒れます。それは隠れ潜んでいた間に世の中が様変わりしていたことに気がつかなかったためであり、追いつけなかったためでもあります。彼の心象風景は、戦争のように破綻して、破滅した世界のそれであります。まさに気分はもう、最後の戦争、なのです。この詩の話者は父殺しを犯し、破滅し、死を迎えることである種のカタルシスを得て人生を清算しますが、歴史はまだ続いていきます。彼が死しても世界は続いていくのです。新元号を迎え、ミクロのあるいはマクロの清算がおわったあと、どんな時代が始まるのか。それは僕も楽しみでもあります。それがこの詩における一つの希望なのではないでしょうか。それではこれにて返信を締めさせていただきます。ちなみに俺と僕の混同は単に僕のミスです。笑けてしまいますが自分でも惜しい! と思っています。残念です。それではまた。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-12

また、この詩においては色々なことがありましたが、私も反省すべき点は反省し、滋養とすべきものは滋養とし、次へと繋げたいと思います。この詩に寄せられた感想は、僕への声援、励ましも込められていたと捉えて精進していきます。みなさんに感謝します。それではまた。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-12

オオサカダニケさん、おはようございます。私がご指摘されたツイートをしたのは事実であり、間違いありません。私の意図としてはダニケさんの酷評と私が取った評価に対して、自分自身の感情にクッションを入れるつもりであったのですが、ビーレビ運営の一人としても、ツイッター利用者の一人としても軽率な発言であったことでしょう。よってここに謝罪し、当該ツイートを削除することをご約束します。自分の軽挙であり、軽はずみな言動であったことは事実です。心からお詫びいたします。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-11

またこの詩、作品において有意義な議論、話し合いをしてくれた方々に感謝です。とても胸に染み入る言葉も多数ありました。ありがとうございました。まさか渡辺君の批評のお手本、流儀を披露する場になるとは思っていませんでしたが。何だかおかしくて笑ってしまいます。ですがそれらも含めてこの詩は僕にとってとても印象深いものになりました。みなさんありがとうございました。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-04

羽田さん、コメントありがとうございます! いち一般兵の戦争とはこのようなもの。そうですね。司令塔、ブレインである国家中枢、もしくはリーダーが舵取りを間違えば、末端の一般兵とはこのようになるものだと思います。私利私欲で動き、生き、ただ敵を殲滅するためだけに戦う。大いに不毛だと思います。そういった戦争の悲惨(メッセージとしてそれほど強く入れたつもりはありませんが)を期せずして描けたのは良かったと思います。また自衛官? 自衛隊の一員? であった羽田さんからそのような感想をいただけて嬉しいです。またもう少しシンプルにまとめたら、とのこと。僕も投稿後それを思っていました。もっとスリムにそしてそれこそエッジの効いたフレーズを散りばめたらこの作品は傑作の部類に入っていたことでしょう。なろうに改稿版を投稿するかもしれません。その時は目を通してくれるとありがたいです。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-04

帆場さん、コメントありがとうございます! そうなんですよ。バベルの塔は最初から崩壊することが定められているのです。それでも話者の若い当時は駆けこまざるを得なかった。逃げ込まざるを得なかった。そこにこの詩の悲劇性があると思います。塔が崩壊して地上に今一度戻った話者に待っていたのは、年老いた父、気の狂ってしまった父と戦争。これを悲劇的と言わずして何というのでしょうか。序盤、読み手を惹きこむ工夫が若干足りなかったため、この肝である中盤から後半にまで読者を引き留められなかったという点は反省点として大いにありますが、中々濃厚なそれでいて、人間そのものを描写するのに成功している詩だと思っています。また丁寧すぎて深い感動は生まれなかったとのこと。それも気の利いたフレーズや驚きのある変化とかをもたらさなかった僕のちょっとしたミステイクでしょう。散文詩的に完成されすぎたのかもしれません。次は読み手を飽かさず離さない作品を志向しようと思いますよ! なおこの作品はなろうにて推敲版が出るかもしれません。その時をご期待ください。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-04

TO-Yさん、まるで返詩のようなコメントありがとうございます! TO-Yさんのコメで気づいたのですが、この詩は現代版浦島太郎でもあるんだなあと。バベルの塔に立てこもりクリエイティブな殻に閉じこもっていた話者が、現実に帰るとそこには悲惨な戦争しか待っていなかった。塔に潜んでいる間に時間は刻々と過ぎていて、自分は年老い現実はまるで様変わりしていた。これを浦島的だと言わずして何というでしょう。自分で言っていて笑ってしまいますが。まさに過去は澄んだ水のようであるのに、未来は川の源流の岩みたいに頑なで閉ざされている。絶望的なんですね。この詩の構成は。でも僕自身としてはそういう悲惨で悲劇的な境遇でさえ包み込み、癒し、浄化する作用のある詩を心がけました。この詩は大部分においてそれが成功していると思います。それでは閲覧及びコメントありがとうございました。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-04

かるべさん、コメントありがとうございます! ヒップホップの魂。僕がよくヒップホップを聴いているせいかな? 反骨というか反逆というか「やってやるぜ」的な気概をこの詩から得られたのかもしれません。この詩は実はある映画のワンシーンが着想のもとにもなっている作品なのですが、好んで音楽を聴く僕の嗜好が反映されていたのなら、それはそれで良かったです! 面白かったとの評も感謝です。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-04

つきみさん、あらためてコメントありがとうございます! 構成、筆力ともに褒めていただいて嬉しいです。潜れる、というのが何とも言えず書き手冥利に尽きる言葉です。また心象風景としての戦争シーンにより一層リアリティを持たせるための方法、了解しました。youtubeなどでぜひともチェックしてみようと思いますよ! それでは丁寧なそれでいてこの詩を気に入ってくださった感想に感謝します。ありがとうございました。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-04

渡辺君、コメントありがとう。これから指摘の一つずつに応対していく。まずヒャダイン氏の言葉を引用しての、いわゆる掴みに失敗しているとのことだが、そうだろうと思う。この詩は一気に書きあげたせいもあってその点は配慮が足りなかった部分もあろう。次に厨二臭が強いとの指摘だが、私は実際厨二という言葉が余り好きではない。厨二臭が強かろうが強くなかろうが、君が顔を赤らめようが赤らめまいが別にそんなことは関係ない。私は詩作ルート、詩の遍歴の中で書くべきものを書くし、厨二病の傾向があろうとなかろうと躊躇せずに書くだろう。そこに言葉の検閲、表現の検閲はない。それは君が在る言葉、既に存在する言葉として「白痴」という単語を使うのと同じことだ。なお私は君が白痴という単語を使おうが使うまいが、差別用語として言葉狩りされている言葉を使おうと使うまいが、眉をしかめたりは決してしないし、批判するものではない。君は自由だし、私も自由。だから君が顔を赤らめたとしてもどうぞご自由に、顔を赤らめておいてください、と思うだけだ。さて次に大友克洋の「気分はもう戦争」のもじりではないかとの指摘だが、その通りだ。このフレーズはタイトルを初めて目にした当初から気に入っていた。これも君がマイナーと思おうが、大友克洋より蛭子能収の方が勝ると思っていようが関係ない。戦争は常に結果として気分で起こるものだからだ。さらにこのタイトルは、大友克洋のネームバリューに依存してつけたものではないことを言明しておく。ついでに言及しておくが、君が大層こだわって、お気に入りで、影響も受けている蛭子能収の方が大友克洋より優れているという君個人の感想、思い入れをここで書くべきだろうか。私はそうは思わないし、蛭子能収が優れていると君が思っていようがいまいが、私には関係ないし、知ったことではないし、それこそどうでもいいことだ。蛭子能収が好きだ、というならツイッターか何かで呟いてみたらどうだろう。その方が自由度も増して、君にとって有意義だ。最後に「気分はもう、最後の戦争」は冗長な映画だったとのこと、起伏がなかったとのこと。そのような印象を君が抱いたのも、ひとえに序盤の失敗、ミステイクから生まれているのだと思う。これが感想へのレスだ。またルミナスラインについてはストーリーの中に散りばめられているというのが理想、というのは同意だ。それと感想、批評というのは個人の好みや、良しとする詩の理想像に依拠して書く、書かざるを得ないものだが、君の今回の感想、酷評は自分の好みが絶対という根拠のないものにかなり依存していたとは思う。だが客観的であり、冷静な批評眼に頼ったものもあるにはあった。それでは以上だ。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-04

中々良いと思う。ただルミナスラインを作ることにこだわる余り、全体が散漫になりそして分散しているような印象を受ける。無味で透明な強力な毒。とっくに黒いすすに変わったダイヤモンド。冬の木は無限なのに桜しか咲かせない四月。人のいなくなった村だけが美しくなる自然。そしてそれを好きだとは絶対に言わない話者。胸にほんのりと、時に鋭く刺さるセンテンスを多数用意したのは素直に素晴らしいと思う。あとはこの詩で使われたフレーズが一つの作品として連結するかどうかだと思う。投稿されるたびに感心しているのは付け加えておく。 (ニューヨーク天神駅「2002年金星 それとも 人類は衰退しました」)

2019-01-03

たしか先月の作品にコメしたはずだが。その際に「人物に迫るとかクソやねん。この文章結構いいからな。」とのレスがついたのでコメするだけ不毛と私は考えた。何なら今からあなたのルミナスラインを幾つも放り込んだ詩にコメ入れをしてもいいが。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-03

オオサカダニケさんへ。感想でも批評でもない、思ったことの垂れ流しは本来スルーすべきなんだが。ダニケさん、あなたは人とコミュニケーションする能力が欠けているようだ。それも徹底的に。加えて再三の警告、イエローカードの発出、ガイドラインの意味を読み取る力にも欠けている。あらゆる点で幼稚で稚拙。ネット上においてでさえ人と意思疎通するレベルに達していない。ネットの向こうには生身の人間がいる。その人物がどういう人間かも知らないで、自分(ダニケ)の痴態ぶりを晒すのは危険なことだ。これは最後の警告になるでしょう。運営の1人としても申します。次に感想、批評に値しないコメ活動が見られたら、あなたはビーレビューを追われるでしょう。以上です。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-03

オオサカダニケさんへ。「こんな長いものに目を通す人間がどれだけいる?」は百歩譲って挑発抜きのライトレスだったとしよう。だが「貴様の駄文に対する感想である」はれっきとした1ユーザーへの罵倒であり、侮辱であり、ガイドラインに抵触するものだ。もしあなたにそれが出来るほどの器量があるのなら今後一層気をつけて欲しい。また「超一流のプロによる、適切で精密な批評ですら、思ったことの垂れ流しだ」については、あなたはそう思うだろう、だが私はこうだ、と思うだけで反論する手間をかけようとは思わない。ただし過去の素行を持ち出して、というのは当たっている。その通りだ。黒髪さんの作品への煽り発言、taishi ohiraさんの作品における渡辺氏への侮蔑的発言、そしてサイト自体への罵倒。それらを総合して私は、「次に感想、批評に値しないコメが見られたら」と発言させていただいている。もしダニケさんがもっと狡猾に、ダイナミックに人を揺さぶるほどの詩作活動、コメ活動をしたいのなら、言質を取られないようにすることをお勧めする。あなたの発言、言動、振る舞いはすべての人の目に晒されている。それは私への悪態に関しても同様だ。あなたは一つ失言をするたびに、一つ失態を犯すたびに信用と信頼を失っていく。これからはもっと狡く、賢く振る舞ってほしい。そうすればあなたの揺るがないルミナスラインへのこだわり、詩とはどうあるべきかの姿勢に共感する者も現れるだろう。ここで最後のイエローカードを出したいところだが、私はそんなに酷な人間ではない。あなたには失った信頼、確定しつつある悪評を覆す機会が与えられている。それがもし出来ないのならば潔く自ら立ち去るべきだろう。あなたには幸運なことにフォーラムという場が与えられている。ここを存分に使って自らの思想信条を開陳してほしい。健闘を祈っている。それではまた。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-03

つきみさん、コメントありがとうございます! はい。僕は小説を書いています。筆力を褒めていただいて嬉しいです。また心象で見れば、とはどういうことでしょうか。心象風景として中盤以降を見るなら、ということでしょうか。それならばこの詩の中盤以降は心象風景としてとらえてもらって結構です。よろしくです。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-02

暗い。暗澹としているが、その先に希望のあることが仄めかされていて良い。法悦はどうでもよいとの趣旨の記述があり、宗教色を一蹴し、極々パーソナルな詩として完成させ、なおかつみなが関心を注げるレベルにしているのも素晴らしい。この詩は桐ヶ谷さんの詩的探訪の一貫として読みました。この先桐ヶ谷さんがどんな詩を書かれていかれるのかとても楽しみです。 (泥)

2019-01-02

こういう詩いいですよね。シンプルで。希望に満ち溢れている。ミニ藤子不二雄みたいな詩世界。オプティミスティックな未来像。とても僕は好きです。 (打電)

2019-01-02

つきみさん、あけましておめでとうございます。「瓦礫の淵」を優良作に選んでいただきありがとうございます。手前味噌ですが今振り返ってみると本当に美しい詩でしたね。「瓦礫の淵」。このような詩は中々書けないと思うので、評価していただいてとても嬉しいです。これからもコメ、詩作ともにビーレビ内、またその他の場所でも活発に活動なさるのを期待しています。 (十二月分フル選評。)

2019-01-02

狂気はもはや特権ではない。氷の憂愁は万人の胸に。などインパクトのあるフレーズが多い。宗教色に染まる一歩手前で踏みとどまっている感も凄い。僕個人としては宗教色の強い語句、表現をどれだけ使わずに、そのような感慨、効果をもたらす詩を書くかがポイントだと思っているのですが、この詩はギリギリのラインでセーフ。中々にいいと思います。 (ナイフ)

2019-01-02

いい詩だと思う。最近の三浦さんの詩は自己の消失寸前のところで書いていてとても心地よい。ただ三浦さんというビーレビ界隈で浸透したパーソナリティに少し依存している気もあり。しかしそれを巧みに利用しているのならばそれはテクニックであり、技巧であり何も責め立てられるものではない。良詩だと思う ちなみに私は死ねばいい、と来れば「どうした? 何があった。大丈夫か?」と脊髄反射で来るステレオさんでもある。タイトル違った方が良かったかも、と極々個人的には思う。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-27

何なんでしょう。この読んでいる間の幸福感。詩的思索、物思いに惹きこまれていく感覚がとても心地いい。そしてフィラデルフィアシリーズなのに悪魔的な幻想、幻覚めいた悪夢のようなものが一切ない。これは…、もしやと思ったらコメント欄に僕の名前が。やはりフィラデルフィアシリーズにテコ入れをしてくださったのですね。まるでこれまでのフィラデルフィアシリーズが伏線となり、回収されるかのような美しい出来栄え。「寒さを楽しんだ」詩人がこれまでのシリーズでの悪夢をすべて払拭したかのような印象さえ与える。個人的に「風」の「色のない色。吹き込め、吸い込め。」がとても好きです。期待に存分に応える仕上がりだったと思います。 (フィラデルフィアの夜に Ⅸ)

2018-12-26

あなたが好きですよ、と告白が冒頭にあるからまだ良いが、ここまで生きること?に否定的もしくは厭世的になってる人にその類の言葉を一度にたくさん投げられたら、僕はその人はもう会いに来なくていいかなと冗談紛れに思ってしまいました。多分愛の深さなのでしょう。愛。万能薬ですから。すべての厭世的症状の。良く効くと思います。 (メグ)

2018-12-23

祖父の面影が伸びていく。父祖の面影は異人のまま/空へと伸びる。などの直系の祖先への言及がとても良い。祖父や父の面影はいつだって謎めいている。同時にノスタルジーの彼方へ封印されるものだ。そんな僕の感慨を引き起こすほどこれらの記述は良く出来ている思う。 (泳ぐ器)

2018-12-23

これはかなり良い、というか面白味のある作品なのではないだろうか。学校や大学と言った閉鎖的でまだ小さなコミュニティで発生する狂気のようなものを感じる。実際詩中でも小林君が発狂したとの記述がある。そして同時「忘れさせて あげない」を連呼する詩の話者にも狂気めいたものを感じる。全てが閉ざさていて不穏。そのイメージを短い詩の中で喚起するのに成功している。中々に良いのではないだろうか。 (あげない。)

2018-12-23

黒髪さん、コメントありがとうございます! この詩はとても内面的なものです。内面的なもの、詩、創作物は深く表象の世界とリンクしているというのが僕の考えでして、同時にみなの内面から厳しさ、残酷さ、狡さ、あるゆる悪徳めいたものが払拭され、無くなった時に表象の外部の世界、目に見える世界からもそれらが無くなると僕は考えています。まずは内面、心が存在し、外部がその人の目の前で展開される、そういう考えです。かなり理想主義的で、抽象的ですらある考え方ですが。この詩は内部浄化、内面浄化の意味合いも込められた作品ですので、目に見える世界も同じく浄化されるように、という願いも込められているかもしれません。黒髪さんは「何も悪いことは起こらない、智慧さえ育てれば」と楽観的に考えているとのこと。とても素晴らしいと思います。では「ひとりで見る夢はただの夢、.みんなで見る夢は現実になる」。ジョン・レノンの僕の好きな言葉を引用して返信を締めさせていただきます。 (A baby dreams of a dream )

2018-12-23

つきみさんへ。単調。どこをどう解釈して単調と捉えられたのか分かりませんし、最早知りたいとも思いませんが、そう捉えられたんだなということ。 また「赤ちゃんが夢を夢見る」なら良かったとのこと。それは良かったです。自発的行動力を産み出す。詩とはそのような要素があってさらなる深みが増すものでもありますから、その点も良かったです。 (A baby dreams of a dream )

2018-12-22

つきみさん、コメントありがとうございます。随分曖昧でアバウトな感想が来ましたね。後、あれでした。では僕は返答しようがないし、返答しようとも思えませんよ。加えてつきみさんに「あれ」の真意、意味を聞きたいとも残念ながら思いません。ダイヤモンドなのかトランプのダイヤなのか分からないとのことですが、それは貴方にとってはとても重要なことだったんでしょう。僕にとってはトランプのダイヤの涙を流す、とは考えづらいし、使おうとも思いませんが。コメント入れ、論評活動に力を入れているのは評価しています。では。 ※あとbabyは赤子、赤ちゃんで正解です。 (A baby dreams of a dream )

2018-12-22

沙一さん、コメントありがとうございます! 速度感ですか。ありがとうございます! この情報量で速度感はなかなか出せないので、意識しましたしその仕上がりに個人的にもとても満足しています。ありがとうございました。 (A baby dreams of a dream )

2018-12-22

凄くいい。冒頭からドキリとさせられる内容。それでいて未亡人の秘密に徐々に迫っていき、喪われた人をないがしろ? にする彼女の姿が目に浮かぶ。一つの謎解きの詩として良く出来ているし、詩情も出ていると思う。次は素材自体が刺激的でないものをどう描くかが観てみたいです。 (呪いの指輪)

2018-12-21

最後の一連で、特に「のです」を続けたせいで全体が僧侶か何かの説教のようになってしまった感があります。そこが惜しい。内容自体は誰もが通る、描きたいであろう、過去のトラウマや傷を自然や時間が癒していく詩という印象がしましたが、もう一歩何かエモーショナルな要素、驚きがあったら良かったかなとも思いました。 (風が吹いている)

2018-12-21

タイトルと中身だけ読んで「へー」と感心していたんですけど、ふじりゅうさんの作品だったんですね。何でしょう。目に入ってくるスリムな詩、すんなりと読める詩というのは、ある程度の思考の整理と、コンセプト性がはっきりと書き手によってコントロールされた詩という印象がします。この詩はそれが出来ている。一人の友達についての仮定、トランプをたしなむ貴族達の空想? それらが頭をよぎってイメージとして過ぎ去ったあと、踏切の音で現実が通り過ぎる。いいと思います。 (踏切)

2018-12-21

神の姿を求め、ない様を神という名詞を使わずに表現出来なかったかなあと思います。その他のフレーズ、表現はとても美しいし、優れている。神の姿を求めず、でズンッと無駄に重くなってしまった感があります。 (紺碧に遊ぶ)

2018-12-21

黒髪さんの作品、ツイッターでの呟きなど拝見していて思うのは時に自己懐疑的で、自らの思考をどう言葉でコントロールするかという意図。それがこの作品ではとてもオプティミスティックにポジティブな方で作用していると思いました。とても良いと思います。メリークリスマスでこの内容。投稿するのは大きな一歩を踏み出すようなトライであったと思います。そのトライ、成功したと思います (メリークリスマス)

2018-12-21

いいですね。何が、というと字面。見た目、画面から伝わってくるオーラ(つまりは整理された思考、意図のようなもの)それら全ての良さが僕が直近観た作品の中では優れていました。コンセプチュアルである一方向に纏まっている。そんな印象を受けました。 (生活)

2018-12-21

帆場さん、コメントありがとうございます! 僕らが二十年前に感じていた近未来。そういう印象もやはり抱かれましたか。そうなんですよ。実はこの詩の着想の原点は僕が幼い頃、ゲームの企画書として作った「サクリファイス」という作品なのです。だから透明感が残りながらの20年前の近未来という印象はあったと思います。2018年やビットコインの下りは成功でしたね。入れて良かったです。全体として現在の僕が描く2018年とビットコイン、そして10代の頃思い描いた近未来という二つの要素でこの詩は成り立っています。それはこの詩に独特のアンバランスさと同時に魅力をも作り得たと思っています。演出が面白い、また今、でないと楽しめないとの感想は嬉しいです。ありがとうございました。次作をまたお待ちあれ! (瓦礫の淵)

2018-12-14

三浦さん、コメントありがとうございます! 文章にまたも褒め言葉をいただいて嬉しいです。イイね! していただいたんですがステレオさんの文章をより一層お楽しみになりたいならカクヨムにて連載中の「月曜日は終わらない~そして魔王を倒しに行く~」をどうぞ。 (瓦礫の淵)

2018-12-13

つきみさん、再度コメントありがとうございます! 批判的ではなかったんですね。近代詩の特徴があると。つきみさんからこれ以上お言葉がいただけないようなので、ググりでもして近代詩とは何かに迫りたいと思います。ではチャオです! 我がアミーゴ! (瓦礫の淵)

2018-12-13

仮名吹さん、コメントありがとうございます! 意味の領域から飛躍して独自に活動。どういった点でそう思われたのだろう、と読み返してみたんですが、この詩いいですね。笑けてしまいますがやはりと言うか当たり前ですが驚くくらい自分好みです。しかしそこで留まってもいけないので近日発表する次回作はより完成度が高く、冒険したと自負している限りであります。ご期待ください! 裏切りがあり凄いとの褒め言葉。嬉しいです。 (瓦礫の淵)

2018-12-13

ちょっと比喩から比喩へと飛び歩く印象がして分かりにくい気がしました。具体性がない。これも帆場さんの詩に期待しているからなのでしょうが、帆場さんの詩に何を期待している、と明文化しない方がいいし、今の所したくない。だからあれやこれや言わない方が帆場さんの可能性がより一層大きく開けることになりそうです。僕は現時点ではそう感じました。少なくとも帆場さんはこの詩で留まる人ではないとは思いました。 (耳鳴りの羽音 *)

2018-12-13

良いと思います。正風亭より遥かに。あちらは文章の巧みさ、素晴らしさに筆者自身が若干酔ってしまった印象があるが、こちらにはそれがない。外界の刺激をシャットアウトしたくなるほど、傷を受けてしまった話者の姿が生々しく描かれているし、具体性もあってすんなり入り込める。それでいて自傷衝動に駆られて吐き出しただけの文面でもない。詩として成立している。中々に美しく満足のいくものでした。 (Soap bubble miss space.(過去作改題作))

2018-12-13

いいですね。まだ「歌詞」という雰囲気が残っていて(それ自体は何も悪いことではない)「午前五時の呼吸困難」という印象的なフレーズが繰り返される。この詩の話者の心情、体調面での不安定さが読者に刷り込まれるのにとても効果的です。「奴」というのは某M氏を指しているのかな? と一瞬思ったけど邪推に過ぎないかもしれないので、却下して。全体としてポップで分かりやすい。ご存知ではないかもしれませんがPSYSというバンドの「七度八分のデジャーブ♪」という歌を思い出してちょっと嬉しい、極々個人的な懐古趣味に浸れました。 (こきゅう)

2018-12-13

柿原さん、詩作に自信がついたのだなと書き出しからして分かる。安定して長い期間詩作品を投稿してきたユーザーの詩のようにも感じる。ただよくあることだけど上達し、洗練されていく内に小さなコミュニティにスポイルされたり、その他の猛者たちの中に埋没したりということがあるので、初めての閃きとビーレビューというある種の居場所を見つけた喜びを忘れないでほしい、と運営の一人としても思ってやまない。内容は「仕事を辞めた途端に『息ができる』と泣いた」のためにある詩作品とでも言えるかもしれない。この一節の美しさは半端ではない。そして最後に笑い合う僕と彼女。ぜひとも幸せになって欲しいと願わずにはいられないステレオさんでもあった。 (平成最後の冬)

2018-12-13

込み入っている。込み入った悲しみを感じる。非常に道義的で同情心に満ちた悲しみ。この悲しみに同調出来るかどうかは意見の分かれるところだろうけど、少なくとも僕は気持ち良く一気に読めた。過剰な描写と文章力で一つの詩世界を構築するのもベストだが、こういうストレートなメッセージ性を秘めた詩文も悪くはない。とにかくもデスクで忙しさの余り、あるいはストレスの余り泣いているのかと思いきや、からの描写するフィールドの拡大は中々に面白味があったと思う。まぁこれを読んだ素直な感想は「あれ」ですわ。 (嗚咽 *)

2018-12-13

フィラデルフィアシリーズの特徴「シュールで悪夢的な幻想」がここでも描かれている気がします。蛇が具体的には何を表す比喩なのか、僕には見当がつきませんでしたが、悪魔的で悪夢的な何か。生産欲に憑りつかれたモンスターの象徴のようにも思えました。青年は最後地獄を作り続けるとあるが、それが蛇のようになるためとは。何か文明、人類の繰り返される過ちを見せられた想いがします。安定した筆力と素材の徹底性。素晴らしいと思います。だがしかしフィラデルフィアシリーズにテコ入れとして、何か目新しさも期待感込みで欲しいとも思いました。 (フィラデルフィアの夜に Ⅷ)

2018-12-13

自由を求めながら自由を得られない。それがために死への誘惑に脅かされている、という印象を受けました。悪くないです。ちょっとした驚きもあっていい。だがそれよりも驚きなのは筆者様が詩作品に「番号」しかつけずにタイトリングしていないところ。よほど筆者様に描きたい一貫したモチーフ、テーマがあるのでしょう、とうかがわせます。 (詩 第二十)

2018-12-13

ふざけてんのか、と笑いながら読んでしまいましたけど、やはり穴さんの作品だったのですね。今の所ビーレビ内でこのポジション(ネタなのか物事の核心を突くのか分からないポジション)を保っているのは穴さんなので、この路線で突っ走って欲しい感もありますね。 (○月×日)

2018-12-10

いいなぁ。いいですねぇ。これ。そうなんです「あれ」に名前なんてないんですよ。その「あれ」に名前を付けたり、詳しく説明して賢者したりするのが古くは呪術師であり、現代では精神医学博士だったり脳認知学者だったりするのかもしれません。詩人もあれを探して日夜書いている。僕ら詩人はものを書いてあれを探るという古典的アプローチを取っているけれど、必要とする人は今でもどこかにいるでしょう。いや、この詩を観た時の感覚はまさにあれだ、あれ。あれなんですよ。 (名前 *)

2018-12-10

愛憎。可愛さ余って憎さ百倍という所でしょうか。もっと深読みすればいい所があるのでしょうが、残念ながらこの詩に新規性を余り見い出せなかった。いつか誰かが書いたような詩。桐ヶ谷さんでなくても恐らく書ける、ひょっとして既に誰かが書いたかもしれない詩。そんな印象を持ちました。僕が桐ヶ谷さんに期待しているのは…!(長くなりそうなので略) (愛と名づける)

2018-12-10

白犬さんの詩の中で一番好きです。ひょっとして一番完成度が高いんじゃないか。安易に英単語がポンッと出てくることもなかったし、残酷だけどどこか地に足が着いて語っている。ファッション詩人になっていない(ファッション詩人なんて言葉あるのか知らないが)。そんな感想を持ちました。良作だと思います。 (風骨)

2018-12-10

シンプルだなぁというのが第一印象。続いて、言葉はさまよう/ふわり、ふわり/たださまよう、の段において、言葉の表裏で人生が、運勢が、ふわり、ふわりとさまよい、翻弄されていく様を描いていて良いなという印象に。最後に結局言葉一つで人生の大半が決められる社会なんだよなぁという感慨に至りました。良いと思います。 (合格発表)

2018-12-10

待ち合わせⅠ、Ⅱとも拝見しました。お父様がくも膜下出血で倒れた時のことが反映されているとのことですが、Ⅰの方はとても不可思議で詩としての余韻も持ち合わせており、謎めいた雰囲気も出ていて詩としても面白味のあるものに仕上がっている。Ⅱの方は印象として一作目の謎を解明するためのストーリーで、詩情という点では難しいかなと感じました。恐らくⅠだけでは筆者様がお父様と一作目が浮かばれないとの感覚を持たれたのでしょう。二作目を作りたい、そして倒れたお父様のことを書いているとの気持ちが最初からおありになったのなら一作目で、お父様が倒れた時の出来事であるという仄めかしを入れることでⅠだけで完全燃焼する作品になっていたかもしれません。何れにせよ一作目の筆致はとても素晴らしく、興味をそそるものになっていました。ちなみにⅠ、Ⅱとも僕は悪い印象は持ち合わせていません。 (待ち合わせ)

2018-12-10

言葉のチョイス、そしてその感度は本当に素晴らしいと思う。ただ何を言っているのか、やりたいのか僕には一瞬分からなかった。最終節「『光あれ』と二度と云つてはならない」で辛うじて全体像が見えてきたかなという印象。ただし眺めているだけで美しい作品に違いはないので、そういう高度に抽象化された作品として読むならば、かなりクオリティなのではないかと感じました。 (秘法(第一巻))

2018-12-10

好きですね。読んでいて居心地の良さをとても感じます。句読点を打つことは…の段は筆者様の人生、生き方への考察にもつながっているように感じましたが、ここ最近僕が考えるのは、現代詩における句読点、改行、空白、空行の使い方なんです。個人的には意味を込めてその四つを使っているつもりでも伝わらない場合もある。その証拠として他人様の作品を読んでいる時に、なぜここに空行があるのだろう、と感じてしまうことも多々あるんですね。余分で意味のない句読点の類はない方が良いとの結論に結果たどり着くのですが、この詩では意味のある使い方がされていると思いました。特に「貰い」「とき、」「私は」などの短い言葉を改行しているのは、ちょっとした思考の間合いを表現しているようでとても効果的だと思いました。 (よねぴー)

2018-12-10

ストーリーが綺麗に完成していますね。すんなり読めるし、落とし所もあって面白いのですが、詩の余韻、詩情という点では最後の「だってあんまり素敵な詩なんだもの」のみに限定されているような印象がしました。これは短編小説のアイデアとして肉付けした方が読み物としては面白くなりそうですね。しかしコメント欄にある「AIなんかに詩を渡してたまるものか」という心意気があって書いたのなら、それはそれでまた別の価値が出てくるかもしれません。 (仮想詩人)

2018-12-10

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 戦争の詩ですか。確かに最後の「軍のヘリ」は戦争をイメージさせるかもしれません。だがしかしこの詩は戦争の詩ではないのです。軍のヘリを用いたのは危機的な2010年代末期を象徴する一語として用いているのです。サイレンとか軍機。いいですよね。少年と少女というモチーフといい、その純粋さが危機に晒されるヘリやサイレンといい、僕がとても好んで使うモチーフであり、一種の暗喩でもあります。自分の純粋性が冒され、荒廃した世相に浸食されていく。そう言った点を描写するのに、凡庸句的かもしれませんがあえて用いる。いいと思います。この詩は凡庸性に陥らず、すんでのところで新規性が獲得出来たと思っています。それも少年少女パートと、2018年も終わりに近づいた…パートが絶妙に融合したからでしょう。手前味噌な返信になってしまいましたが、正直な気持ちです。ご勘弁を。ではでは閲覧及びコメントありがとうございました。 (瓦礫の淵)

2018-12-09

つきみさん、コメントありがとうございます! 近代詩的。少し批判的に近代詩的と仰られたのかな? と思いますが余り詩をカテゴライズすることには興味がないので、その点はご勘弁を。3089を妙薬ですか。とても面白いですね。ダブルミーニングという手法は僕としても好きなのでそう解釈していただいて嬉しいです。さて肝心なのは「理想の押しつけ」ではないかという点ですが、これは押しつけではないのです。そう誤解される描写になっていたとしても。「それだけが僕の望むこと」の一節は、この詩の話者がギリギリの状態で、憔悴しきって、最後の願望、望みがそれ一つだったというある種の限界を表現しています。だからこの一節は苦悩の吐露でもあるのです。美しいものを眺めて、世界と自分は何て荒廃しきってしまったんだろうという悲哀も滲んでいます。この詩の少年と少女パートは今にしか、というかいつ書けなくなるのか分からないので、綺麗にまとめ上げられて良かったと個人的には思っています。コメント及び閲覧ありがとうございました。 (瓦礫の淵)

2018-12-09

小林素顔さん、コメントありがとうございます! この詩はスタイル的に原点回帰として書いたものです。少年と少女、都市と言ったモチーフは僕が青年期から好んでいたものです。ビーレビューに投稿したり、詩を公表したりしてる内に崩していったもしくは破棄したモチーフでもあります。だがしかし素顔さんの仰る通り、魅力的な素材であるのは変わらず、特に僕にとっては変わらないので使わせていただきました。さて素顔さんにとらえていただいた「現在進行形の儚さ」ですが、それは恐らく2018年も終わりに近づいた…の下りがあるがゆえに感じられたのだと思います。このパートは現代詩投稿サイトでコメントしたり、他の方の作品を読まなかったら、+しなかった部分かもしれません。そういう意味でこの詩は原点に主軸を置きながら、変化、進歩していると言っていいでしょう。上手く行ったと思います。「事件性」も2018年、と近年の出来事として描いたからこそ生まれたものでしょう。とにかくも中々の高評価を受けて嬉しいです。ありがとうございました。 (瓦礫の淵)

2018-12-09

エズミと合う約束をしていた、まではエズミという人物に興味が沸き、とても面白い。だがそれ以降エズミさんから話が逸れていき、少し興を削がれる。また再度エズミさんへ言及するけれど、深いところまで立ち入っていない。結果エズミさんという人物、あれだけ序盤に興味をそそるセンテンスを並べたエズミさんという人物に迫り切れていないし、解剖もされていない。しっかりとエズミさんとはこういう人物だ、という驚きを秘めた結末があったならこの詩は格段に良くなっていたと思う。 (ニューヨーク天神駅75「電車で向かう」)

2018-12-06

同性愛について書かれた詩なのかな? ある女子校出身者の記憶とタイトルされているのなら。あなたが私のファム・ファタールというフレーズはいいけれど、全体として使われている語彙、口調が野暮ったい印象がしました。大正期の作品か、余り現代的でない訳の多い洋書を読んでいる感じ。ですがそれをもし狙って書いたのならいいのではないでしょうか。その雰囲気は出ています。 (ある女子校出身者の記憶)

2018-12-06

いいと思います。トリッキーな印象の作品が多い中で、これだけ素直に実直に自分の想いを描いた作品は中々ない。すんなりと内容が入ってきました。思考の飛躍も発想の飛躍もないし、読みやすいだけで一般性という点において及第点だと思います。ここに強烈なポピュラリティを持つ何かがあればと今後、更に期待させる作品でした。 (故郷)

2018-12-06

小気味良いですね。フレーズの一つ一つも魅力的だし、面白い。空白の使い方、改行。フレーズのポジショニング。全てに成功している。この詩にあと強烈な驚きがあれば、と思わせる作品でした。 (強盗列車)

2018-12-06

短い詩が、評価される上で有利になる流れが、ビーレビ内で確かにあったと思うが、この詩は本当に短い。情報量も少ない。だがしかし無くしたりした写真の画像なのから、だからもう消えてしまうのへの流れは悪くない、というかとてもいい。ただ返す返すも何か短い中でもこれはバックボーンに膨大な感情、情報が潜んでいるのではないかと思わせる何かが欲しかったです。 (現像)

2018-12-06

だけど僕は蜘蛛だったのでの締めはちょい残酷すぎて、というか酷薄すぎてどうかという印象を持ちましたが(それゆえに蝶の美しさに酔っていた読者の感情がバッサリ切られる感がある)それ以上に英和辞典から出てきた蝶の描写が美しく、イメージとしても鮮烈です。はっきりと脳内に再生することが出来ました。本当に綺麗で美しい詩だったと思います。だからこそ締めががが。蝶が英和辞典からなぜ生まれて、何処へ行き、自由になるかを描いた方が良かったかもしれません。読者としての期待感込みの感想ですが。 (琥珀色の蝶)

2018-12-06

ちょっと全体として固いですね。読み込むと詩としての繊細さ、緻密さに目が行くのですが、一読しただけではそこに気づけない。読む方も少し肩に力が入ってしまう。結果全てのフレーズが印象的であるにも関わらず、またそれゆえに相殺されていて、全体として印象の薄いものになっている。少し厳しめの評を入れてしまいましたが、帆場さんという人物が見えてくる作品を帆場さんは力まずに書けると思うので、期待感大でコメントさせていただきました。 (赫 *)

2018-12-06

かるべさんの詩の中で一番好きです。「死んだ人が多すぎる」とか「亡霊にはテロメアなんてなくて」とかキャッチーなフレーズがあるからでしょうか。常々というか、ここ最近とみに思うんですけど、詩書きさん同士の批評のしあい、感想の投げ合いがあって、これ面白いね、ここがいいねとか分析して盛り上がっても、一般の人が「何言ってるか分からない、あんまり面白くない」ではアウトだと思うんですよ。ある程度の大衆性、ポピュラリティが必要になってくる。この詩にはそれがある。全体として孤立感にも似た焦燥が感じられましたが、長い詩なのに最後まで引っ張っていくことが出来ていると思います。 (夜空)

2018-12-06

朝方、でしょうか。何気ない日常の一コマからあなたと私の関係についての分析がなされていく。そういう不思議な瞬間、あると思います。ちょっと手から落ちてしまったスプーンから想像とイメージが拡大し、膨張するという瞬間が。この詩は一見して読みづらい、掴みづらいという印象があったものの、何度か読み、全体をある程度把握すると面白味が伝わってくる。喧嘩と看病をしたあなたとの関係、そしてその亀裂。時間としては短い中に物語が凝縮されている。そして最後の締め「神話には程遠い」も二人の関係がいかに限界に近づいてきていたかを示唆していてフレーズとしても心地よかったと思います。 (とおい神話)

2018-12-06

ええー。面白いですね。ボルカさんとはツイキャスで、予知としての詩、予見としての詩を書かざるを得ない時があるとお話を伺いましたが、この詩において青い絨毯の上の猫がボルカさんにとって何を意味するのかとても興味をそそられます。ただ単に飼っている猫がそれこそ寝返りでも打ったのか、あるいは比喩的イメージとしての猫を適用せざるを得ない何かがボルカさんにあったのか、関心を持つところです。何れにせよシンプルで、壮大さから現実へと舞い戻る絶妙な詩だと思いました。 (海猫)

2018-12-06

発想と思考がAからC、CからG。あるいはGからZと飛躍して飛び飛びになっている印象がしました。思考の行程のいくつかが端折られている。もちろん詩は理論立てて、筋道を通す必要はないのですが、この詩においてはそれが心地よい。いい意味での余白と空白が時に読者に謎を与え、時に興味深さを与えている。仲程さんの前作に「一風変わった詩」との趣旨のコメントを残した記憶がありますが、この詩にも同じ感想を持ちました。詩のスタイルが一貫して確立されている。それでいて仲程さんの作品だと分かる。良いと思います。 (脂喰坊主と九人のともだち)

2018-12-06

面白いじゃないですか。少なくとも僕は好きです。ビーレビューが大喜利や小噺披露の場になっても僕は別に構わないし、何の問題もない。楽しい、面白いのなら、たくさんの投稿作品とは目線が少し斜め上になっているのだから、それだけで評価の対象になると思います。 (正義の味方)

2018-12-04

貴音さん、コメントありがとうございます! 気怠さと焦燥。確かにこの詩ではそういう雑然とした感情、煙草の煙にでも紛れて消えそうな感情にスポットがあてられています。そこで「そんな中にも小さな希望がある」。その通りなんです。この詩に潜むHOPEに気づいてもらえただけでも嬉しいです。雑然としているがゆえに忌避感を覚えた方もいらっしゃったかもしれませんが。結局この詩を月二回の投稿作のうちの一つに選んで良かったと思います。突破口になりましたからね。自分の。ではでは閲覧及びコメントありがとうございました。 (冬風が、聞こえてくる。)

2018-12-01

帆場さん、コメントありがとうございます! ふじりゅうさんへの返信でも書きましたが、映画「トレインスポッティング」の主人公レントンはヘロイン取り引きで手に入れた大金を持ち逃げして、帆場さん言う所の「色を取り戻した日常」へと回帰していくのですが、この詩においては何気ない出来事。スマホに残していた元カノの写真を見て、もう一度立ち直ろう、色を取り戻した日常へと回帰しようと主人公は無意識的に思うのです。ちょっとしたきっかけで、乱れた、気怠い自身の日常を見つめ直し、輝きを取り戻そうと志向する。それをなぜか風邪の引き始めに書き起こせたのは不思議に思うし、書いて良かったなと思います。にしても帆場さんの「色を取り戻した日常」というのはなかなかに素敵な表現ですね。 (冬風が、聞こえてくる。)

2018-11-21

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! そうなんですよ。この詩は若々しく瑞々しく正にキラキラしていた時代との対比を描き、話者がその時代へ今一度回帰するまでを描いた詩なのです。ふじりゅうさんいう所の中途半端なダメっぷりは映画「トレインスポッティング」に出てくる薬物依存の主人公レントンを期せずしてイメージさせ、あの映画のいかにもあり得そうなダメダメ感を出せたのではないかと、割と自分自身気に入っています。主人公そのものが面白いと言ってもらえたのはとても嬉しいですね。あと一つ引き合いに出すとソフトバレエの「bright my way」のpvに出てくる青年もこの詩の主人公のイメージに近いかもとも思います。よろしかったらご覧あれ。https://www.youtube.com/watch?v=Zfu9ZQpIm2I (冬風が、聞こえてくる。)

2018-11-21

形式として読みにくい、と一瞬思いましたが、こういう詩型だからというバイアスがかかりすぎというコメを見て再読。そうするとこの詩型がむしろ失われた貴女、亡き妻を思う余りの動揺、心の空白を表すのに効果的だったのではないかと思いました。人間思考が途切れ途切れになることもある。それを表現されているのでは、とも。 (あらかじめ喪われた、《角》へ。)

2018-11-21

面白い。インパクトもあるし、物的存在とは何かという部分へ哲学的に踏み込んでいる。ただ断定的な物言いが多く、詩情をもたらすという点では弱いのかもしれないと思いました。 (隣人の日記)

2018-11-21

いいなぁ。彼女との想い出から過去の記憶を辿っていく描写。その中で「完成へ進むアルバムが/懐かしいだけの宝物になった、だから」からひと段落空いての「後ろに自転車走らせる 登校時のルート」という描写。ちょっと涙腺ウルッと来てしまいました。ここから詩が一気に加速しますね。そして最後ヒューンと小石が落下するように「その 様な物も のに しか、貴方 の/温もり が 宿 ってい ないと、知っ た。」と落としどころを見つける。上手いし綺麗で、何より情趣があると思いました。半角の使い方が心に余白が生まれているのを表すのにも効果的だと思いました。〇 (体温)

2018-11-19

「数多の色を一粒一粒に宿した」という表現がとても好きです。人それぞれの色とりどりに染まる夢や希望、願いといったものが託されているようです。しかし詩自体はその雪が触れるだけで「黒く変色する」ことで一気に不穏なイメージを醸し出していく。鍵の嵌まる場所とは一体どこなのか? そこに話者が本当は帰るべきなのか、それとも追い出されたままで良いのか、と読者に問いかけたまま詩は続く。結果として追い出されたことで自由を話者が手に入れたと仄めかして作品は完結する。だがどこか暗い影を背負ったままスピーカーは鳴り続ける。最後まで鍵の嵌まる場所の具体的な言及はないように思いましたが、それが家庭的なしがらみ、家族、幼年時の記憶といったものに恐らくつながるだろうことは想像は出来る。これは何かを克服する過渡期的な作品にも見受けられました。誰一人いない道が話者にとって幸福なものなのかそうでないのかとても興味をそそるところです。葛藤が美しく感じられました。 (空襲)

2018-11-19

「序曲」と同じアプローチの詩として読みました。この作品も賛否分かれるんでしょうね。個人的には好きです。最も盛んだった頃のイギリスのミュージックシーンを「思いついたら次の日にやらないと誰かがやってる世界」と評した方がいまして。この詩はその感覚にかなり近い試みだと思います。じゅうさんが作りあげた詩のスタイル。それはじゅうさんのもの。これと同じアプローチの詩を誰かが書いても「じゅうさんがやってたね」で終わる。粗削りでも今一つ何を描きたいか分からないという方がいても、出尽くした感のあるアイデアの中で、ピンポイントを狙って書いた、作り上げた。それならば新規性の一つとして僕は評価されて良いと思うし、評価したい。ただ最後の「会いたいな」は茫洋としてて「会いたい」と言い切りの方が良かったかも、とこの詩の実験性に照らし合わせて思いました。 (>>>>>____∞)

2018-11-19

蔀 県さん、コメントありがとうございます。これまたエライ酷評が来ましたね。いちいちこの作品については反論するつもりはないので、ある程度端折りますが「のたくる龍にも似たフレア」はただの比喩ですよ。情景的な。深い意味ありません。ただ単に「今日も太陽は元気に昇ったから、仕事をしなくちゃ」というくらいの感慨を、一目見て雑然としていると分かるこの話者が感情の赴くまま、即興として口にした、というただそれだけの文言です。またいつリキュールを飲んだのか分からないとのご指摘。いちいち書かなければならないルールが絶対的に存在するのならば、僕はそうしたでしょう。ただこの詩では省略されている。それだけです。鼻触りという造語についても造語を一切詩に用いてはならないという全国現代詩評議会のような組織があって、造語が厳密に処罰されるならば僕は控えたでしょう。またところどころ頭は整理されているのに、混乱しているという描写がある、との蔀 県さん言うところの不可解さですが、蔀 県さんは整理と未整理が頭及び心に同居することはないのでしょうか。少なくとも僕は人間にはそういう状態があると思っています。ところどころ明確でところどころ不明瞭といった状態が。従ってこの詩の話者はそういう状態にあると解釈すれば納得も行きましょう。ということで一通り「明確に」説明、解説しましたが、それでも「いや、これは」と仰る、または仰りたいのならばただ単に生理的に合わなかった、の部類に入るでしょう。そこまでは僕も関知しませんし、関知しようもありませんが。何れにせよ読んでいて不快だった。ちんぷんかんぷんだったということは「明確に」伝わりました。それで良かったんじゃないでしょうか。 ※杜さんでしたね。杜琴乃さん失礼しました。 (冬風が、聞こえてくる。)

2018-11-19

fiorinaさん、了解しました。 (一作品選評 「癒ゆ」渚鳥)

2018-11-15

出ましたね!「よしっ。パートⅡ」。これはリクエストをした僕としてはコメントせざるを得ないでしょう。朝起きて、自由の女神のごときポーズを取っている話者が回想する「放置された家」の話。その家主は痴呆か、それとも何かの記憶障害かで身元を確認出来きずにいる。その人物の身元を証明するために家屋内を探索する話者。そしてついに家主が自分の叔母であることが証明出来る「保険証通帳印鑑」の発見! そして家主が叔母であることを証明されたと同時に自分自身の存在、アイデンティティも確保されて話者の心持ちは安定する。そのような暗がりを抜けたあとでの「よしっ。走れ!」。これは過去の自分の存在証明と、アイデンティティの確保が出来たからこそ辿れる道。最後まで面白く読ませていただきました。「よしっ」第一作の光を補填する影の描写で「よしっ」第一作は見事安住の地を見つけたように思います。素晴らしかったです。 (よしっ。いや、ちょっと マテ。 *)

2018-11-15

何だろう。詩歴はまだ浅いと聞いていたのに、物凄く現代詩の面白味を柿原さんは突いてくるように思う。願望としての夢と、夜見る方の夢を巧みに使い分け、過去のトラウマや心の痛みをエンターテーメント、つまりは読めるものとして完成させている。このテクニックはなかなかのものだと思う。これからもビーレビをその向上心で盛り立ててほしいと、運営の一人としても思ったステレオさんでした。 (夢だったんだね)

2018-11-15

本当に北村さんの作品は、一つ一つのフレーズが洗練されていて、尖っている。またこの情報量に身を委ねれば、相当な心地よさが得られると思う。だが逆に言えばもし北村さんの作品がもっとスリムになったらどうなるかも見てみたい。余白とか空白を用いつつ、時にエッジの効いたフレーズを持ち込む、というような。充分に北村さんの作品は、独自の味が出ているのだから、「削る」という試みをした作品も見てみたいです。 (下弦の彼岸花、蝉時雨の福音)

2018-11-13

面白い。箱を開けても箱が出てくるというのは結構なジョークとして使われると思うが、この詩においては途方もない反復のやるせなさとして描かれている。まとまっているし、良いと思う。 (箱)

2018-11-12

良いと思います。特に「十六夜」に入るまでが。中盤にあたる恐らく幻覚めいたものの描写が少し改行の仕方や長さの点で俗っぽい言い方をすれば「よれて」いる。この中盤がもっと整理されていれば、最後の病院での出来事もすんなり入ってきて、尚且つ幻覚から覚めた安心感が増したように思う。楽しく読めたことは確かだがやはり中盤の失速感が痛い。 (死線上のアリア)

2018-11-12

解説が入ると味わいが増す。だがしかしただの四行詩として読んでも、細部に閃きのある描写がなされている。僕がモチーフを知っていればより楽しめただろう。夢の隕石が水晶の馬を粉々に砕く、だなんてセンテンスとして最高じゃないですか。 (蒼い夜鳥)

2018-11-12

スペインの片田舎の情景。なぜかそんな情景を想い起こしました。この作品は洋風でエレガントなんですよね。感覚的な感想で申し訳ないが。僕個人としてはこの詩の核心には迫れなかった。それは筆者様及び作品のせいではなく、ひとえに今現在「砕けた詩世界」「生身の体を感じる詩世界」を志向している僕自身に原因があるのだと思う。筆者様が書籍の世界にいて、美しい象牙の塔にいて、僕はボロボロの現実世界にいるという印象。ヒステリイ起こしてしまった妻が…の下りはとても僕好みでした。この作品は品格と優雅さという点で多くの方に好まれると思います。 (工場午睡)

2018-11-11

うーん。静謐な空間で「君」への慕情、名残が綴られている。「物語から切り捨てられる悲しみ」が妙を胸につく。白紙のノート、白々としたノートが「私は私以上にはなれないし、それでもか、それだからか切り捨てられるんだね」という心の余白、切なさを表していて良いです。真っ新な場所での独白。綺麗ですね。 (消される続き)

2018-11-11

「透明な世界で呼吸をする/10秒という短い間にも」が特に素晴らしく、その後の人間が皆守りあっているというシチュエーションへとすんなり入っていける。中身の薄いのが欠点とコメ欄において仰っているが、この作品においてはそうではないように思う。この作品においては最終段、何か人を驚かせるフレーズを用いて、当作と同じ意味を持たせることが出来たら、欠点はオセロのように全て長所として裏返ってしまう可能性を感じました。 (シャーベット)

2018-11-11

肩の力を抜いた創作落語の出だしのような詩ですね。無知の知を表明して、さてこれから! という印象を感じました。読後感が弱いと幾人かが仰っているのは、「これから!」のあとがないから、または必要としない詩だったからではないかと、個人的には思いました。 (「聞く」)

2018-11-11

社 琴乃さん、コメントありがとうございます! 「30480517」は世界を遠巻きに見ていて実体のない魂のよう。そうなんですよ。鋭いですね。僕もハッとさせられました。「30480517」の話者は詩世界、観念的な世界に存在していて、ほとんど身体性がないのです。だから簡単に地球とも縁切り出来るし、さよならも出来る。一方この作品における話者は身体性が凄まじく、マテリアルで人間が生きていくために必要な諸々の条件、課題を抱えている。そこが社様が「地に足のついた」と思われた最大の理由でしょう。この作品は話者が最後までマテリアルな世界から抜け出せなかったら、それこそただの雑文になっていたことでしょう。しかし「冬風が胸元に吹き込んだ」以降に、こういうと大げさですが美しい詩世界へ、話者の心は移っている。そこがこの詩の見せ場であり、肝でもあります。身体性は損なわれず、地球とも縁切りせず、心の安らぎ場を見つける。そんな詩になっています。何れにせよ僕の過去作を引き合いに出しての感想、とても嬉しく思いました。ありがとうございました。 (冬風が、聞こえてくる。)

2018-11-11

三浦さん、コメントありがとうございます! 性行為は個人的なもので仕事は社会的なもの。僕ら、完全なる勝者になり得なかった、あるいはなり得ていない存在にとっては、その定義は恐らく当てはまるでしょう。性的なものと社会的なもののが地続きでつながっていて、苦も無く社会活動も色恋沙汰もこなしてしまうような人物がすなわち天才の部類に入るのでしょう。散文的な感想、とても嬉しかったです。僕らの世代の時代性は、詩作品や文芸作品に身体性を宿らせるためにも必要になるでしょう。ただしそれだけでは詩として成立しない可能性がある。だから観念的な場所における純粋な詩世界がある。この詩においては身体性を描いた序盤から中盤と、純粋な詩世界への入り口である「冬風が胸元に吹き込んだ」以降の描写がある。詩世界への扉が開きかけているところにこの詩のホープ(希望)があるのでしょう。思わず語ってしまいましたが、本作はとてもいいとの感想、本当に嬉しく思います。 (冬風が、聞こえてくる。)

2018-11-11

非常にヘヴィーな題材を用いているのに、一部かな表記にすることで、その重さを緩和している。人間は余りに辛い経験をするとその衝撃を和らげるために幼児退行化したり、知性をシャットアウトしたりすることがあるらしいが、それに似たものか。話者の心情を表現するのに、この手法(かな表記)は存分に成功している。そして話者が注目したのが蟻の群れ。働き蟻にも働かない蟻がいる。そこから敷衍して、人間の体にも時折機能しなくなる部分があるからこそ「いきていられるのですね」と来る。惜しい所が一つもないといっていい良作でありました。 (あなまどい)

2018-11-11

純粋で、結晶化された恋心を描いているようにも感じました。月日の表層、とか夜を/幾重にも破棄してなど私好みの表現が幾つもありました。この作品はこの作品で完成しているのでしょう。筆者様の違う素材を用いた詩を読んでみたいと思いました。 (初恋)

2018-11-11

気怠いですね。「アンニュイな魅力の女性」という死表現とも言えるコピーを思いついた僕をお許しを。朝の裸体は一日のうちで最もきれい、というフレーズがたまらなく好きでした。ではその日一日で体が穢れてしまうのか、想像力を書き立てる良い詩だと思います。 (みもりの日記 1)

2018-11-11

非常に読み応えがある。「神話を一度書いてみたかったからこの詩を作った」とツイッターで拝見したが、男女の性にまつわる物語が暗喩に次ぐ暗喩で隠蔽されながらも描かれているという点で、この作品はまさに神話的だろう。この暗喩に次ぐ暗喩でむしろ実像を際立たせるスタイルは「性や酒を人には分からない方法で書いているだけ」と公式キャスでコメをされた北村灰色氏の作品を彷彿とさせた。北村氏が現代社会の吹き溜まりのような場所で神話足り得る詩を絶妙に描いているのならば、この作品は三浦氏の観念的世界、時折見せる思索的、内省的姿勢の中で生まれた、また描かれた神話だと言えるだろう。とにかくも読み応えがあった。同調する人は少ないかもしれないが傑作の部類だと思う。 (綺麗な産卵)

2018-11-11

「未解決事件の…」から始まる二段目からこの詩は、急速に淀みながらも輪郭がはっきりする。荒廃した近々未来の場末での出来事でもあるかのように語り手の心情が情景描写によって描かれ、走り去る列車に語り手の喪失感が託されている。記憶という単語が四度も出てくるが、そのどれもが独特のアプローチで用いられており、既視感、繰り返しの感覚は読み手にはない。僕個人としては記憶の器たちを乗せて、電車が走って行くという描写が好きだった。 (記憶の川、真昼の星 *)

2018-11-11

これは「***」で仕切られた三つの違う作品なのでしょうか。もし一つの作品で、尚且つ「***」が演出として使われているのだったら、音楽における転調のようで、それぞれ三パートが独立して機能し、効果的だと思いました。違っていたら失礼を。 (きみのこと、ぼくの町で)

2018-11-10

詩的な言葉で丁寧に構築されているという印象。その中に出てくる「コックリさん」というフレーズが異彩を放っていて、好き。こういうサプライズも詩の中には必要だと個人的には思っています。詩的で美しい言葉+αの何かを期待してしまうのは、現行のネット詩ではひょっとしてみなさん強いのかもしれません。 (無印)

2018-11-10

優しい詩ですね。最近は日常ばっかり書いていて、とのコメを拝見しましたが、いいんですそれで。いいんです。となぜか川平慈英のようなフレーズが思い浮かびました。現実逃避から自己肯定へと、筆者様の段落が移ったのかもしれません。自分語りを少々。最近僕もようやくそんな気分になってきました。また違ってくるのかもしれませんが。とにかくも詩の内容自体は「帰ってこなかったもの」が何かは具体的には書かれていないように感じましたが、その「帰ってこなかったもの」の愛おしさと大切さが切々と伝わって参りました。良作だと思います。 (かえっておいで)

2018-11-10

柿原さん、コメントありがとうございます。言いたさげですか。言いたいのかもしれませんね。実際暗に作中で言っているも同然ですし。ですがこの詩の肝はそこではないのです。肝は回復する、蘇生する一つの肉体と精神とでもいうべきもの。そういったものです。 (冬風が、聞こえてくる。)

2018-11-10

旧仮名使いが初めは正直もどかしく感じるのですが、最後の「がらんとして高い。秋空。」という一節で収束させている。もう一作よりこちらが馴染みやすかった。これが最終節まで旧仮名を用いたフレーズが来ていたら、印象はだいぶ違っていたと思う。 (小さな村で見た)

2018-11-10

句読点が一切なく、一気に読ませるというある種の試みに今一つ意味を見い出せなかった。だがコメ欄において筆者様のご意見を拝見し、なるほどと納得した。映画「アマデウス」で「何というか…音数が多い(陛下)」「そんな! 不必要な音は一つもありません!(モーツァルト)」というやり取りがあるのですが、そういう域にご自身、筆者様が到達しているのかもしれません。 (秋へと落ちていく音階のフアンタジア)

2018-11-10

まりもさん、一言選評ありがとうございます。「僕は」で止めた方が良かったとの理由。いつかお聞きしたく存じます。 (10月分 フル選評(まりも))

2018-11-10

ボルカさん。「君、だり?」。ダリならばちょっとしたユーモアも添えてそう応えてくれるかもしれません。とにかくも素晴らしい作品でした。 渚鳥さん。やはり夢にお父様が出なくなったということは「癒ゆ」に何かしら霊的なパワーが宿っていたのでしょう。 ふじりゅうさん。惜しい! 「遺影」がなければ恐らく大賞候補でした。まぁしかし僕の「夢の跡…」もあと一歩だったってことでイーブンイーブンでしょう。 渡辺さん。実はその会話が記憶にないのは正解です。なぜなら端折っているから。正確には「影響受けたのは? オーケン? 筋肉少女帯?(ステレオ)」「分かりますっかね(祝儀敷さん悔しい表情)」「悔しいの?」「そうっすね(祝儀敷)」でした。とにもかくにも冷静な分析眼に基づいた、新しい詩作という点では今渡辺さんは一つ前出ている感がありますね。 るるりらさん。開店祝いにお花を届けるような。たしかに。そう仰られて納得の一作でした。 (【選評】201810XXの乱。ステレオが行く!「見せてみよ。己が勝負魂」)

2018-11-10

ちょっと読むのに一苦労するな、という詩。読み解いてくれるファン、あるいは熱心な詩の愛好家なら含意をひも解いてくれるだろうけど、という出来栄え。最終節付近にしてようやく、この作品で筆者様のやりたかったことが何となく見えてくる。それまでは少々取っつきづらいという印象です。もっと砕けた表現で詩を普段読まない方にも、街中ですれ違った人にも伝わる作品を筆者様が志向して書かれたらどうなるのかという期待が強いです。 (塩の都)

2018-11-10

「赤銅色の祖母」ってどんなものだろうと考えてみて、人生に疲れ切って倦んで赤銅色に錆びついてしまった老婦人を思い浮かべましたが、この謎めいたフレーズで短い作品に彩りがついていますね。「濡らすくらい、を続けて」との表現も「トビウオ」を思わせる表現で好感を持ちました。 (けらく)

2018-11-10

ふじりゅうさん、遅まきながら「夢の跡の別れ道」を優良に選んでいただきありがとうございます。ツイッターの方でもやり取りしましたが、「ひょっとして大賞候補?」と思っていただけに少し悔しく残念な想いもします。しかし三浦さんの「コーヒーを飲もうか。」も優れていたのは事実。明日のツイキャス放送に備えて、悔しさを噛みしめつつ、コーヒーを飲もうか。そんな気分です。ありがとうございました。 (10月分 藤井のフル選評 「ネットの海の端くれで」)

2018-11-10

いいね。いい。詩で使い古されていない語句を使って「新・現代詩」とでも云うものを模索、実験的に試みているという印象が依然としてする。いや、ひょっとして渡辺さんは模索なんかは終わって、その実践の場に移っているのかもしれない。なぜ小梅太夫の「チクショー」なのか。基本彼はあんまり面白くない。だがその彼の面白味のなさをネット上でコウ・メダユー氏などが遥かな知的高みから分析して面白く加工する動きが出ているのは私も知っていて、楽しんでいる。多分渡辺さんもそのムーブメントから着想を得たのだろうと思う。ひと月二作という制限された投稿数の中で、その一作に「チクショー」を持ってくるとは。天晴れであった。もといチクショー!! (ポエムでチクショー)

2018-11-10

オオサカダニケ様、度々失礼します。運営のステレオです。現状、一作品だけの「選評」はフルキュレーション扱いにならず、このままではオオサカダニケ様の「選評」はワンポイントキュレーション扱いになってしまい、ご指名の作品は「推薦」となります。今一度岩垣弥生様の「三日月に」を大賞候補に推していただくには、フル選評を書いていただき、優良三作推薦四作を目処にあげていただきたく存じます。その旨ご理解のほどを。よろしくお願い致します。 (オオサカダニケ 10月 選評 大賞のみ)

2018-11-07

帆場さん、コメントありがとうございます! 着流しの素浪人ですか。着流し。僕の好きなファクターです。素浪人。まさにどこにも属さない気概を感じる作品かもしれませんね。それこそ僕も齢を結構重ねたので、このような心境を持つに至りました。この詩を自分自身読んでいると落ち着くんですよ。大きな自己肯定感がある。自分の現状を認め、過大評価も過小評価もしないフラットな姿勢で読める。それでいてみなさんに侍とか着流しの素浪人とか中々に恰好のいいイメージを抱いていただいて嬉しい限りです。この詩にはこうなりたいとか、こう見られたいとかいう願望がほとんどというか一切ない。僕の等身大の姿なんです。そんな詩を描き切れて尚且つ負担にもならない。僕自身この詩には大変満足しています。閲覧及びコメントありがとうございました。 (清濁併せ呑む )

2018-11-07

三浦さん、コメントありがとうございます! 侍のプライドが表現されている作品。そう言っていただいて嬉しいです。僕としては三浦さんの言葉を借りれば、町人、もしくは名もなき市井の人々の一人(しかも何か一芸を持つ)というニュアンスで書いたのですが、侍が持つほどの矜持を感じていただけたのなら幸いです。いいですよね。侍。それこそ時に嘘も使わなくてはならず、閻魔をも欺く。相応の覚悟を必要とし、死も死後の世界も恐れぬ気概を持たなければならない。まさしく生き様とはそういうものかもしれません。清濁併せ呑むは最強の魅力が滲む言葉。ありがとうございます。エレカシのドピッシャー男。宮本浩二さんの掠れた声が胸を突く。閲覧及びコメントありがとうございました。 (清濁併せ呑む )

2018-11-07

仲程さん、コメントありがとうございます! 読み物としてとても魅力的とのこと。嬉しいです。土佐の橋の下に住んでいた盲目の物乞い。いいですよね。その「日本残酷物語」における物乞いの描写、扱いはどのようなものか存じ上げませんが、社会的弱者への日本古来の目線って時折凄く格好いいんですよね。柳の下で鈴を鳴らして物乞いをする盲目の詩人、とか聾唖の剣士とか。日本人は何か身体的欠損を持つ人に特殊な感性、能力があると見る傾向があるような気がします。それとも世界的に見てもそうなのか。この辺りあえて健常者と障がい者という言葉を使いますが、障がい者には健常者には見えない世界が見えていると考える風潮があるし、また実際そうなのかもしれませんね。清濁を取り込み併せ持つのか、元々内在しているのか。本当に興味深いテーマですよね。僕の場合は多分両方だと思います。人間は悪も善も区別がつかない状態で生まれてくると思っているので。また強烈なエネルギーを感じ取っていただけたようで、歓喜です! 閲覧及びコメントありがとうございました。 (清濁併せ呑む )

2018-11-07

いいですね。静謐な世界観と俗的なものの見方が同居している。「ところで今日は稲の収穫日」から大きく舵を取ると見せかけて、最後まで貫き通すアイロニー。最終節の「全く馬鹿馬鹿しいものしかありゃしません」がすんなり入ってきました。読後感も爽快です。 (無題)

2018-11-05

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 江戸っぽい雰囲気は口調のせい。確かにその通りかもしれません。ただそれを単なるべらんめぇ口調などにはせず、流れるように流麗に描き切れたのは我ながら良かったな、と思っています。この詩はある女子校生がツイッターで僕になぜか悪態をついて去っていたところから書くきっかけが生じています。その子曰く「けいせいさん(ステレオのツイッターアカウント名)は他にも見苦しいところが多々ありますが…」らしく。そこでその子が僕へ向けてそう感じた理由を近々の呟きやキャスを振り返ってみて考えたのです。結果見えてきたのは「あぁ。僕は清濁併せ呑んでるなぁ」という理由の一つでした。その子の年令なら濁り水など無視して生きればいいかもしれませんが、僕くらいの年になると、また僕の生来の性格から見ても「濁り」も「清」も併せ呑まなければやっていけない、生きてられないということがありまして。それでタイトルと、ラストの「生きているんです」以降がまず最初に出来上がったというわけです。また清濁併せ呑む、で清濁を外部に求めているとのご指摘ですが、内部にも外部にも僕にとっては清濁は存在します。それらをまとめ含めて併せ呑む、ということですね。何れにせよ大変気に入っていただけたようで良かったです。閲覧及びコメありがとうございました。 (清濁併せ呑む )

2018-11-05

小説を書かれている唯代さんの苦悩、自身を追い詰めるほど良作を描きたいとの煩悶が切実に描かれていると思いました。ここまで率直、実直に物書きへ向き合う姿をシンプルに描いた作品も珍しい。何か(その何かは僕には分かりませんが)+αが欲しいと思ったのも正直なところですが、この作品はこの作品で完成していると思います。 (血)

2018-11-04

面白い。必殺掌返し!立場逆転の様相。「アリとキリギリス」という恐らく誰もが知っているであろう寓話をモチーフにして、現代社会で起こり得そうな状況を描いている。そして尚且つ人間のさがのようなものも。軽妙な語り口で最後まで飽きずに、笑みをもって読ませていただきました。 (アリとキリギリス)

2018-11-04

序盤がとても素晴らしかったです。ただ「聖地を訪ね歩く/巡礼者のようだ」以降が少し大げさな気がして、上手く乗っていけませんでした。身近な生活の一ページが描かれた段から、何段も上にある聖書の一節によじ登ろうとしているような印象がしました。徐々に一段ずつ登っていけば、つまり詩の描写にもう少しクッションがあれば、後半もすんなり入っていけたかもしれません。やや辛辣なコメント失礼を。 (女神)

2018-11-04

いいですね。心臓を握ってもらいたいとか、目玉を食してもらいたいとかの一種の願望が恋なのか愛なのかと自らに問う。被虐的猟奇性、相手への偏執的な執着をも感じる。しかし最終節においては「心臓が腐るならば 捧げた目玉も幻想だ」と自分自身を突き放している。僕個人としては偏執的な愛情をもっと深く、エグク描いて欲しかった。そして話者様がその愛情ゆえに崩壊する様でさえ見たかった気もしますが、この締めは締めで良いと思います。 (心臓の怠惰)

2018-11-04

特殊な詩、特殊な試みの詩として読みました。だがしかし料理のレシピにでさえ詩情をもたらすことに成功しているのはなぜでしょう。それはおそらくこの詩中に出てくる「彼女」の得も言われぬあどけなさに理由があると思います。rを上手く発音出来ない彼女に話者がやはり心惹かれているのが初めから分かり、尚且つ読者もその彼女の不器用さに最初から惹きこまれていく。だからこそオリーブ油だけの時もある料理のレシピが妙に可愛らしく、愛おしくも見えてしまう。そして最後「魔法使いじゃないので」で始まる告白が、静かな日常風景を愛情で以て描写したかのように、読者の胸に刺さってしまう。奇妙な構成の詩なのに、やはり「これは詩だ」と思わせる技巧。中々のものだと思います。 (彼女のrの発音/魔法使いじゃないので)

2018-11-04

三浦さんの中々に素晴らしい論評に便乗して、しかし賛辞を。確かにこの作品においては二次情報、三次情報の扱い方が単線的でこの詩の「目的」のために利用されている印象がする。三浦氏の指摘する通り、プライベートで生きていく上においては、二次、三次情報は「冷徹さ」や「看過」といったフィルターを通して見る姿勢が必要になってくると思う。だがこの作品の狙いは別にあり、注目すべきは、むしろ二次情報、三次情報を単眼的にしか見られないほど、話者が人生に、暮らしに、世界に倦んでいるという点である。だから「哀しみが無限に分散していく。」は亡くなった友人にではなく、もちろん轢いてしまった運転手にでもなく、ましてやトラックの運転手にでもない、世界の諸々の事象に倦んだ自分自身の引き裂かれる「気持ち」に向けられたと個人的には解釈した。そう読み解くとこの詩は世界や社会へ向けた、ちょっとした倦怠、気怠さ、物憂い気持ちを描き切っていてなかなかの良作なのではないかと思う。読み違えは大いにあるかもしれないが、自作である「地球にさよならを」に通じるものも感じてすんなりと読めました。 (移動する発疹)

2018-11-04

オオサカダニケ様、夜分に失礼します。運営のステレオです。オオサカダニケ様の論評活動、作品ともに優れている点が多く、括目しておりましたが、貴音様の選評への煽り発言、また完備様の作品への挑発的言動など、若干見過せないコメも見られます。今一度マナーガイド及び、その中の合評マナーに目を通していただきたく存じます。次回煽り、挑発あるいは荒らしとみなされるコメが散見出来た場合、イエローカード発出の可能性もあります。ぜひともご留意くださいませ。 (13月の眠り姫)

2018-11-03

凄い覚悟、決意の詩。「よしっ」というタイトルで「走れ!」だけ。さぁいよいよ新しい人生を始めるぞ、という意気込みを感じる。清々しい。今度は「よしっ」から「走れ!」に至るまでの詳細を描いた「よしっ!パート2」を読んでみたいです。 (よしっ)

2018-11-01

うーん。良いですね。「病める鳥は毒を好む」という描写から、今は亡き父の生き方、言葉の連関性の真相に柔らかいながらも迫っていく。そして最後、いつでも前向きだった父の影響、父への愛募から解き放たれるかのように「もう歩かなくてもいいのだった」と来る。精神的解放の詩だと読みました。 (癒ゆ)

2018-10-31

何だか素朴な孤独感と、その孤独を決して疎んではいない様が描かれているように感じます。分かりやすい情景と表現で、そこはかとなく前述のような感慨を読み手に抱かせるのは中々の技巧だと思います。 (不法投棄)

2018-10-31

運営のステレオです。9月期にも同タイトルの作品、改行部だけ違うと思われる作品を投稿しておられますが、これは推敲版ということでよろしいでしょうか。出来ればその意図をコメント欄にて示していただきたく存じます。 (ピンナップガール)

2018-10-31

全体として人としての焦燥感、急く感じがある。それはゼンメツさん、個人のものであるのかこの詩のみに託されたものであるのか分からないが、得も言われぬ「焦燥感」がこの詩を味わい深くしている。ラストの「月は見えないけれど、湖面にはちいさな波が立っている。」ようやく落ち着く場、着地点を見つけた、という印象です。 (傘泥棒)

2018-10-30

ご投稿ありがとうございます。運営のステレオです。とても綺麗な語彙、表現が並んでいますね。ツイッターのプロフを拝見したところ、歌詞をフリーで書く活動をしているとのこと。主に「現代詩」とカテゴライズされている「詩」はもっと大きな飛躍、冒険をテキストのみで試みてもいます。特にB-reveiwにおいては。これから筆者様が、現代詩という場所に踏み込んだ時、どういう表現をなさるのかとても期待しています。 (blue Reflection)

2018-10-30

スルーしよう、スルーしようと努力したのですが、やっぱり目立ちますね。■で一つ、一つ詩を区切っているのかもしれませんが、繋がりのある連作として僕は読みました。最終節の「今日も正常」は詩全体をまとめるのにベストだったと思います。このアプローチでもし最初からコンセプトを立てて、連作として詩の一つ一つをあげていたら、もっと違う詩が選ばれ且つ流れも考慮されて、一層高い評価になっていたことでしょう。視覚詩的効果を狙った詩作品としても結果僕は見ました。 (生活に関する連作)

2018-10-30

かなり捨て置けない詩ですね。風船は、手元から離れていく時間、モノ、友人、恋人などとにかく大切な「何か」の暗喩であるかと解釈しましたが、その風船が手元から離れていく過程の描写がとても切なく、情緒があります。必死に命懸けでごめんなさいと謝る。それは失った、手放した全ての大切なものと人々へ向けられているようでとても美しく感じました。 (風船)

2018-10-30

「最低」というタイトルが覚悟を秘めていて、とても良い。内容の方は人間の存在そのものが、人間の本質そのものがどのように「最低」なのか踏み込めてないような気がするし、踏み込むつもりもなかったのかもしれないという印象。「最低」というタイトルの衝撃を上回る描写が欲しかった。 (最低)

2018-10-28

アイロニーが効いていて、詩作を幾度も重ねたであろう筆者様の洗練も感じる。だが+αを求めてしまうのは私の贅沢だろうか。すんなり読めるし、言葉のチョイスも良い。良い作品なのですが。 (俗物賛歌)

2018-10-28

美しいし綺麗に纏まっているし、ささやかなロマンティシズムとも言うべき抒情があって、尚且つ小さなメッセージも詩全体を損なわない程度に込められている。だがレスポンスが今一つ少ないですね。なぜでしょう。ひょっとしたら綺麗に纏まりすぎているのかもしれません。筆者様のある種の詩のスタンスを解体しても、この抒情を保てるかがポイントになるのでしょう。 (ワンセコンドメモリーズ)

2018-10-28

いい詩ですね。週末にキスをされる少女の喜びと官能美が、「3秒だけ彼女を恒星にする」などの独特の天体的要素を組み込んだ筆致で描かれている。大きな視座から、小さな身近な視座への展開はとても上手く、美しいと感じました。 (成長としての墜落)

2018-10-26

うーん。何とも言えず良いですね。自作品の感想への返信を書いてひと休憩していたところなのですが、その疲れも吹き飛び、身も心も浄化される感覚がこの詩にはあります。ある種のパワーですね。素晴らしいです。 (まなざし)

2018-10-26

貴音さん、コメントありがとうございます! こんなものを書くと良いとのこと、ありがとうございます。前々作の「花魁」あたりから僕自身模索べき方向性というものが定まってきた感じがするので、その後押しをしていただけて嬉しいです。冒険しているとの評も嬉しく思います。「洗脳、搾取、虎の巻」は貴音さんがキャスにいらっしゃった時に流したいと思います。昨日も準備していたんですよ! 何れにせよ短い中に最大限の評価をしていただきありがとうございました。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-26

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 厳密に言うとこの詩において「君」は死んではいないのですが、話者にとって手の届かない存在になってしまった、失われてしまったという点では「死んでいる」と言ってもいいかもしれません。「君」が話者から心理的に失われたことで、彼の視点は冷静に淡々とこの世界の物憂うべき、小さな出来事に移っていきます。そこで話者は物事をスルーしながらもやはり悲嘆し、地球にさよならをする心情に落ち着きます。これは先の返信でも書いているのですが、肉体的な離別なのか、心理的で一時的な離別なのかは僕にも分かりません。ですが彼は地球の諸々の価値観とは決別するのです。この辺り僕自身とても詩的情緒を感じていて、気に入っています。またフローすることの大切さという点では同意です。ただこの詩の話者は物事をフローしていながらも地球と決別する。蓄積ですね。個人的なものか、世界を俯瞰したゆえにかはこれも分かりませんが、蓄積により離別の決断をする。そんな詩になっています。「別れ道」に次いでこの詩にも深いコメントをくださり感謝の極みです。ありがとうございました。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-26

じゅうさん、コメントありがとうございます! 「時間に置いていかれて」というのはこの詩に出てくる人々を表すのにかなり適切なのではないかと存じます。彼ら、彼女たちは時代の変化にある種乗り遅れ、あるいは適応出来ずに迷いながら生きている類の人々でもあるのです。彼らの救いはこの詩の話者のような、どこかの誰かが自分の人生にスポットをあててくれることであり、知ってもらうことでもあるのです。どんな些細なことであれ。 何かが足りない欠損感。おそらく心理面で補えるものでしょう。それは分断された社会、世間が今一度一つに収束し、助け合い、補い合う世界からもたらされるのかもしれません。それらは本当に「永遠の謎、疑問」とも言えますね。閲覧及び評価ありがとうございました。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-26

かるべさん、コメントありがとうございます! 「30480517」はお察しの通り3048年5月17日での出来事、という意味です。加えて整理番号「30480517」で処理された案件、という意味も持つダブルミーニングになっています。未来でも現代と同じように、非常に身近な悲しむべきことは起こり得る、散見出来るだろうとの想いからもこの詩は書きました。社会の些事が詳細に記録される現代から、1000年以上も経てば、「ああ、やっぱり世界は変わらないのか」と嘆息する人々はいるだろうし、またその人々に逃げ道を与えたいとの想いもこの詩には投影されています。何れにせよ、想像を膨らませられたという点だけにおいてもこの詩は成功しているのではないか、とのこと。閲覧及び評価、ありがとうございました。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-26

オオサカダニケさん、コメントありがとうございます! 定点カメラを思わせる視点で書いているという趣旨のコメ。とても鋭く、的確で嬉しく思います。この作品はまさに世界のあちらこちらに、話者が定点カメラを設置したかのように、心の感度とアンテナを張り巡らせて拾い上げた小さなトピックの数々で構成されています。普段私たちの心へ知らず知らずの内に入り込む情報と情景を、この話者は他人事と認識しつつ、気負いなく、フラットな心情でくみ取り、ですが自身の境遇に照らし合わせることの可能な出来事として処理しています。その人物が「地球にさよなら」をする。何とも物悲しく、虚無的で、無辜な印象すらする展開だと思います。また「灰色の呼吸をして」はまさに白でも黒でもない話者の心情を表しており、産業被害を受けた体の異変とでも言うべきものも表しています。この一節、とても気に入られたとのこと。嬉しく思います。ありがとうございました。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-26

社町 迅さん、コメントありがとうございます! 誰もが諦める行動を選んでいて。そうですね。この作品は世の矛盾や不条理を受け入れて、諦念を抱いている人物たちにスポットをあてることで、ある種の美しさを描き出しているのかもしれません。夢も希望もないテーマ。話者が「地球にさよなら」をして向かった場所に、それこそ「夢や希望」が潜んでいるのかもと思います。話者の向かった先。それは世界の諸々の価値観と縁切りをした場所でもあるのですが、それが別世界なのか、別宇宙なのか、別の惑星なのか、はたまた死後の世界か、それとも精神的な次のステージを指すのか、それは僕にも知り得ません。話者のみが知るところなのでしょう。閲覧ありがとうございました。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-25

クヮンさん、コメントありがとうございます! 赤子が「飽きた」ように見えたのは、ご指摘の通り話者がそう感じただけなのかもしれません。これから人生がスタートする赤子が何かに「飽きた」ように見えるなんて、それこそ話者の悲劇ですよね。痛みや未練や涙、花への喜びを無くしてしまったこと等々。そのことに話者は気づいていて、尚且つ悲しみを知っているというご指摘。中々に鋭いですね。この話者、男性は諸々の価値観とさよならしようとしている、もしくはさよならをするのですが、それがどれほど悲しみに満ちたものであるか「知っている」のです。だからこの男性、話者はひょっとしたらこれもクヮンさんのご指摘の通り、一時的に意識が地球からかい離し、別離しただけで、気力が満ちればまた地球に戻ってくるかもしれないのです。そこに希望があるとすればまた希望があるのかもしれません。的確で興味深い感想、ありがとうございました。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-25

柿原さん、コメントありがとうございます! 戦争をしても平和を感じられないのに、更なる平和を求めて戦争をする。とても鋭い指摘だと思います。この作品は近々未来において、その時点においてもまだなお、今現在の日本と変わらぬ、疲れ、倦怠、倦むところが存在するのを描写しており、そのような世界から離脱する、まさに何の未練もなく離脱する話者を描いています。恐らく彼の心情の一つとして「争うことが好きな世界」にさよならを、というメッセージがあったと思います。閲覧ありがとうございました。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-24

とても良いです。ユキという女性との関係性を、詩的な物思いによって徐々に描写していく。最後は素朴な情感に戻り、詩的探訪からも抜け出し、「コーヒーを飲もうか。」というとても日常的な描写で読み手も、筆者も現実に帰る。この落ち着き、落としどころ、とても好きです。良作だと思います。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

「あっちこっちに向かう生」とか「この場所は/ひどい世界さえも遠い」とか随所に僕好みの表現があって面白く読ませていただきました。意味のない日々の意味について人々が語っている様相のあとの、「具体が…」以降が物凄く抽象的になって、読み手が止まってしまった感があります。この無慈悲で無常で、虚無感すら漂わせる世界、筆者様がそう思われる世界を、最後まで分かりやすく描写して欲しかったという想いがあります。ただこれは個人的な願望かもしれません。 (期限)

2018-10-24

いいですね。とても楽な気持ちで読めました。欲しいものに「『信じられる』神様」が来る。既存の宗教を疑ってかかる、宗教リテラシーのようなものを感じました。全体としてはポップですね。 (断片)

2018-10-24

パワーを感じる。日本語も適切で、一通り詩的な作品を作ってきたであろ筆者様が、作品、作風、日本語までも解体して作った作品という印象です。ピカソのキュビズムのような感もある。それでいて最後の「ハッピーエンドに向けて響き渡れ!!」熟練ではなく、強烈な若さを感じる。とても好印象を持ちました。良かったです。 (序曲)

2018-10-24

展開、構成ともに素晴らしいです。三人のミチコについて書かれた記号論? 認知科学的考察が読み物としてパーフェクトな域で面白く、りなについて書かれた後半へと流れていく。後半部も短いながらも美しく、安定した抒情を覚えます。以前ボルカさんの作品の一つをコントロールの精度をひたすから磨くことに懸命、賢明なピッチャーのようだと例えたことがありましたが、この作品は高速スライダーも剛速球も駆使している作品ですね。素晴らしいの一言です。最終連「残り香の消えゆくときに残されて/一抹の煙のような気配漂い/地下水の匂いがしている」は、関係がおそらく終わりを告げただろうりなという人物との、錆びた、どことなく虚無感の漂う余韻を残していて良いです。 (雑談と「ままならぬ恋の詩」)

2018-10-24

まさに「肉薄」。良いと思います。赤裸々に内面を吐露し、恥も外聞もなくのたくるように「卑下」にも似た自己分析が続く。疾走感と迫り来るものはなかなかのものです。ただ一つ失速したかな、と思ったのはコメント書きについて言及したところ、あの箇所だけはコメントを入れてもらった人にも波及するので別の描き方、もっと筆者様の内面をエグク、エグク無残にも解体する方法はなかったかなと思います。着想はとにかくも素晴らしいです。筆者様の「勝負魂」とでも言うべきものが見えました。競い合う作品がなければ優良以上確定でしょう。これだけ覚悟の入った作品は中々珍しいので一気に読み進めてしまいました。画家ダリの伝記を出版当時、批評家たちが評した言葉「ピンクのスポットライトを浴びて展開されるストリップショー」を思い出しました。 (『藤井龍平の肉迫』より。)

2018-10-23

みうらさん、コメントありがとうございます。何の権限で、どの立ち位置から「ステレオ作品」なるものをカテゴライズしたのか分からないが、勝手に「ステレオ作品」とカテゴライズした上、「プロットに弱い」などという負のレッテルを貼られてはこちらもいい迷惑である。「花魁」「別れ道」と二作連続で好評を得たことで私の作品へのハードルが上がったのは私自身も分かっている。だが例えるならば「花魁」と「別れ道」はスケールの大きな教会の壁画で、この作品は籠の上の果物を描いた静物画だ。みうらさんの評は「壁画は良かったのに次は静物画を描いてきたから今ひとつ」と言っているのと同じレベルの批評にしか見えない。氏の批評に「今一つ」と思ったのはこちらの方である。加えてみうら氏は「別れ道」のコメント欄において「三角フォルム以降をなぜ普通のフォルムにしてもらえなかったのか(要約)」と感想をこぼしてもいる。しかし今作においては「(三角フォルムのような)テクニカルなものに優れていた前作と比べて今一つ」と、暗にテクニカルな要素をも含んでほしかったと仄めかす趣旨のコメントを残している。こうもあからさまな二重基準の批評を書かれては、こちらは理解に苦しむばかりである。ただ、みうら氏が私へ更なる飛躍と進歩を期待して、あえて辛辣なコメを投げたと言えば納得も出来よう。私はただ次回も良作を志すだけである。では。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-22

死期がいよいよ近づいた妻と、その妻を最期まで看病する夫の詩。かと思いましたが、どうやらそれだけではないようですね。羽の生えた赤子とは天使か何か、妻の魂にも似たものでしょうか。その天使を解放してやる。独特の宗教観も感じました。コメ欄の方も拝見しましたが、夫のように最期まで妻を思いやりたい、妻のように最期に感謝を言いたい、とのこと。その心情が最後の「羽の生えた赤子」という霊的な存在によって綺麗に、そして一味違う角度から昇華されていると思います。筆者の想い、詩情をもたらす人生観が伝わってくる作品でした。 (羽の日)

2018-10-22

素晴らしい。冒険しているなという印象。ネットに拡散された遺影を毎日のように誰かが目にするであろう構図を作り上げ、しかもその作りあげかたが詳細で、ある種リアリティを以って書かれています。ネット時代の落とし子のような渡辺さんだからこそ、この着想にも至ったのでしょう。不気味でありながら、自分の遺影が物笑いの種にされたり、時には憎しみの対象にもなりながら、誰かが遺影を目にする。この時代に強烈な爪痕、足跡を残すために最も出来なさそうで出来そうな手段。素晴らしい。また、肝心なのは最終連でもあり、ここで一気に詩情を喚起するのに成功していると思います。それこそ情報と手段の羅列のあとに来る、最終節「私の微笑が…」はとても効果的でありました。 (遺影)

2018-10-22

渡辺さん、遅ればせながら「2019年の花魁。沖縄にて」を優良に選んでいただきありがとうございます! 「トビウオ」が投稿されるまでは大賞候補だったとのこと。とても嬉しいです。残念で悔しい想いもしますが、渡辺さんの論理崩壊してまでの「ここすき」を獲得出来て感謝の極みです。動画を拝見している間、頬が緩みっぱなしでした。また「ありがとうございます、stereoさん」のお言葉であと一か月はゆうに楽しく暮らしていけます。ありがとうございました。 (【選評】渡辺八畳@祝儀敷の9月フル・キュレーション【動画】)

2018-10-20

かるべさん、おはようございます。このたびは「『Zero gravity dropping』 stereotype2085 featuring 貴音&EMI」を優良に推していただきありがとうございます! この作品は貴音さんの協力があってこそ成立した作品ですが、評が芳しくなく、残念な想いもしていた作品ですので、選んでいただけてとても嬉しいです。貴音さんの顔を立てることにもなり良かったと思います。また架空の人物EMIも埋葬されず、浮かばれるでしょう! ありがとうございました。 (【フル】かるべまさひろの選評<2018年9月分>)

2018-10-20

fiorineさん、おはようございます。運営のステレオです。今回の件について、運営チャット欄にて話し合いをした結果、今回は特例にて準大賞に推された作品を優良として扱い、またこちらの方は申し訳ないのですが、推薦の価値を維持するという面において、推薦作品を五作品に絞っていただくという結論に達しました。折角フル選評をしていただいたのに申し訳ないのですが、また折角のフル選評をしていただけたからこそ、fiorinaさんの意向をくみ取り、運営の方針も加味していただいて、コメ欄にて今一度大賞一作、優良五作、推薦五作と分けて書き記していただけたらと存じます。フル選評に参加してくださったのは感謝の極みです。それでは、よろしくお願いします。 (<選評フル>  大賞は「薄明」)

2018-10-16

「この恋の主人公は/あの子より私の方が絶対面白い。」この一節のためにあるような詩にも感じました。主観と客観が入り交じり、それでいて尚且つ自分自身を主人公として推す。面白いと思いました。 (主人公)

2018-10-14

初めは平仮名を使うことで生まれる効果を狙っただけの詩なのかな、と思いましたが違いました。上手いですね。年を経るごとに書き方も文章も語彙も変化していって第一連の無邪気さや長閑さがなくなる。当然社会人や大人としては、中盤以降の文章、書き方が優れている、ということになるのでしょうが、失われていくものも多い。技術的にも構成的にも良く練られていると思いました。 (歩み)

2018-10-14

良詩ですね。自然は何も変わらないのに、人工物はどこか変化している。一瞬災害があったための人工物の変化かと思いましたが、人工物は時を経るごとに着実に変わりゆくものですから、違うのかもしれません。ちょっとした危機感めいたものもあって僕は好きです。 (マンションからの風景)

2018-10-14

「聞きなれた歌が/懐かしい歌に変わるころ」に言いようもなく、変わりたい、変化したいとの「書き手と君」の焦燥、急く気持ちが描かれている。だがしかし「更新に対して/俺のダッシュは遅すぎる」がためか、最終連では、変わりたい気持ちや焦燥から脱線するような描写がなされている。これは変化しようにも上手くいかない世を嘆いたためか、その点を絶妙に描いたのか。捉え方の分かれる詩だと思います。全体としては結局、最終連のある種の「崩壊」が僕は好きでした。 (秋思)

2018-10-14

「冥府へ」というタイトルは僕好みで、尚且つ「生産終了した/型落ちのウォークマンでは/もうあなたを救えない」などの世界観崩しの表現も随所にあって面白い。ただ「少女たちよ 目覚めなさい/目覚めなさい」というメッセージ性の強い箇所で書き手の熱量が異様に上がってしまったかな、との印象も持ちました。落差のある表現が筆者様の持ち味ならば、そこを極めて欲しいとも個人的には思ったりしました。 (冥府へ)

2018-10-14

好きな詩の世界観なのですが、タイトル、内容ともに若干固い印象を受けました。幻楼灯さんが表現を崩し、ある意味解体した時、どのような表現をなさるのか楽しみです。「明日は何処だ?」のラストは僕好みでした。 (近代自然様式から)

2018-10-14

聖俗あわせ持つ詩という印象を受けました。一連目は静謐な描写の中に「覚悟」という、一語だけで印象深い語彙が使われており、どんな詩が始まるのか、と期待させます。二連目で、三連目で詩の書き手の「生活」についての描写があり、これが生々しくも、「エグイ」。最終連において、覚醒でもするかのように生きることの素晴らしさ、生への得も言われぬ愛着が書かれている。クヮンさんは「tender」でもそのような印象を持ちましたが、俗っぽい描写を使っても最終的には、詩情を喚起するテクニックに熟達しておられる印象を受けました。 (街のひ、果てるひかりに)

2018-10-14

プールの塩素の匂いで「夏」を彷彿とさせ、「しばらく忘れていた/色と声」と来る。最終連の「全くすっかり秋だというのに/全く今やすっかり秋だというのに」に夏のへの愛募、名残を滲ませて、同時に秋をも筆者が楽しんでいるが伝わる。四季がくっきりと分かれるジャパン。生まれて良かったと思わせる詩です。 (庭の葉が赤く色づく頃に)

2018-10-14

綺麗にまとまりましたね。小話の一つとして読みました。イカこそが娘の真の姿。イカは幸せだったんでしょうね。王子の傍で暮らせて。加えて王子も「娘」を傍にすることが出来たのだからハッピーエンドでしょう。 (本当は怖いおとぎ話)

2018-10-14

は行が全てぱぴぷぺぽになっている。一瞬読みにくくもあるのですが、大変な可笑しみをもって読ませていただきました。それもすべて書かれている内容自体の熟成度が高いからでしょう。これを即興で仕上げたとのこと。技術の高さを感じます。「はい。僕が穴番です」と勢いに乗って思わず挙手してしまいそうな詩だと思いました。ビーレビ展、お疲れ様でした。 (「穴。」)

2018-10-10

いい詩ですね。牛の世話をするお仕事をしていらっしゃるのは存じ上げていましたが、ビーレビ展の華やかさと「今日やるべき仕事」を淡々とこなす、あるいは様々な思いが錯綜しながらも「向き合うべきことに向き合う」潔さと力強さの対比が、たくましく、それでいて、少し物憂げにも描かれている。物憂いかどうかは筆者様にとっては微妙かもしれませんが。最後「『見えない向こう』そのごとく/何かが産まれますように」で遠方での賑わいだ出来事と、近場、自分のごく身近な労務がしっかりと繋がっている、いや、繋がっていてほしい、との願いが込められていて、どんな境遇に置かれている人も背中を後押しされるのではないか、との感慨を持ちました。 (かの地~B-REVIEW TENに寄せて)

2018-10-10

いいですねぇ。買ったのが「ビッグイシュー」というところが、詩の書き手でさえいつ辛い境遇に陥るか分からない、という所を仄めかせていて好きです。「私も面白くないなら明日にでも/ゴミ箱行き」にその心証が託されているように感じました。「捨てるゴミ拾うゴミ」というタイトルは「捨てる神あれば拾う神あり」を彷彿とさせましたが、その真逆のアプローチのタイトルで良いと思います。また椎名林檎とリンゴスターの関係について、詩の書き手さんが余り興味がないかのような「印象」で書かれているのも上手いな、と思いました。読み物としても詩作品としても、ちょっとしたメッセージが込められている作品としても良品だと思います。 (捨てるゴミ拾うゴミ)

2018-10-10

比較的ポップな筆致で描かれた「あの人のいない世界」とタイトル「埋葬」の大きな距離感がこの詩をさらに良くしていると思います。「さよならとこんにちはの/間にある言葉を探せば/またねと手を振り棺を壊し」などの連で出てくる「棺」が、まるで「あの人のいない世界」は自分自身が埋葬されているかのような印象だ、との筆者の想いが託されているような印象を受けました。 (埋葬)

2018-10-09

等身大の貴音さんが表現されていると思いました。いつも詩神を名乗ったり、時にパフォーマンスとして激しい言葉を使ったり、という貴音さんとは全く違う、と言っていいほどの等身大の貴音さんが。そこには体があり心があり、人のことも気にしたりする貴音さんがいて、とても好印象で、また一つ貴音さんの新たな一面を見せてもらったな、との感慨を得ました。「何だか損したような気持ち」になった一日の最後に、かつて仲違いをしたであろう、親友から着信が入ったことを仄めかせて終わる。これも人生の不思議を表しているようでとても良いと思いました。 (仲直りの嵐)

2018-10-09

まず「まあ落ち着け」に笑ってしまいました。こういう境遇に陥った男性が、真っ先に自分に言い聞かせなければならないことはこれでしょう。詩作品は三択をいつも迫る「彼女という人間」の謎に迫っていく。とても興味深い展開です。ですが、シャワールームに行って以降がちょっと僕には読み取りづらかったです。最後、彼女が不意に現れたのか、それとも「彼女という人間」が自分の中の妄想だと気づく流れだったのか。何れにしても、個人的な贅沢かもしれませんが「彼女という人間」の本質に迫り、その姿を謎解きする、というところへ行って欲しかったです。謎解きされているのかな? だとしたら失礼を。 (コこロさん)

2018-10-09

良いですね。一つ一つの文字の間に並んだ等間隔の空白が、視覚的効果ととも、この詩における「私」の心の余白、心に開いてしまった穴等を表していてとても読みやすく印象的でした。水に還る偽り、という冒頭の表現からして巧みで、重力に逆らえずに流れる川の水のように、「嘘」は自分のもとに還るという印象をも受けました。全編を通して、かつて思い描いた自分と、現在の自分とのギャップ、差異に苦しむ「私」について描かれているように受け取りましたが、それが押しつけにならず、また卑屈にもならず、胸に残るものになっていたと思います。 (水の泡)

2018-10-09

大変面白く読ませていただきました。目を抉るという猟奇的で自傷性に満ちた描写から始まり、醜いものを嫌う詩の書き手の心情が描かれていく。三分の一程度読んだところで、「いや醜いのは、醜さを嫌うこの方の内面にあるのでは…」との感慨が浮かび、その読者(stereo)の気持ちを裏切ることなく、気持ちのいい限りで「私こそが、もしや/罪人ではないのか」との最終連に入っていく。小説の良し悪しを決める一つの要素として、極々一般的に「読者が期待した通りに、痒いところに手が届くように描かれている作品は良品」というものがあるのですが、この詩にはその良品の基準が見事に当てはまると思いました。特別美しい語句を! 表現を! と躍起になっているのではないのに、全編を通して美しいです。 (罪人レプリカ)

2018-10-08

「ゲロ」というタイトルに象徴されているのか、デッサンが完璧にならずに「慌てて飛び出した」詩の書き手の、鬱屈した気持ちが吐き出されています。僕個人としては「いっそブルータスがカエサルを裏切ったように自分の人生を裏切ってやろうか」などのフレーズはD・ボウイの「世界を売った男」などを彷彿とさせ、メリハリをつけるための要素として好印象を持ちましたが、この長い独白で、一種の停滞を感じる瞬間も、読み手(stereo)にあったのは否めず、もう少しスリムにラストまで持っていてくことは出来なかったかな、と思いました。 (ゲロ)

2018-10-08

安定した実力。詩書きとして一切動じない確立されたスタンスを感じます。例えですが、みなが様々な変化球を編み出したり、投法に工夫を凝らす中、ひたすらコントロールを磨いている懸命な投手のようです。さて内容ですがオルガンが息を引き取ったのち、少年と少女の出逢いと邂逅が描かれているように感じました。恐らくその後の描写から、「母が微笑み」との一節もあることですし、少年と少女の仲は上手く行ったのでしょう。そして新しい生命の息吹を仄めかせながら、みなの楽しみや喜びに寄与したオルガンが蘇生しない事実を哀切をもって描いている。「永久に蘇生しない/オルガンはもう蘇生しない」とのラストも余情が深く、とても印象的でした。良作だと思います。 (オルガンの死)

2018-10-08

実際には「モスラ」とは一体何なんでしょう。可笑しみをもって推察しながら読ませていただきました。飛躍も脱線もいい意味で少なく、結果テルがムー大陸に上陸して、モスラの運命は行方知れずとなる。モスラは単に虫か何かの比喩かとは思いますが、ドタバタドタバタしたあげくに退治、もしくは行方不明になったのなら良いではありませんか。おおらかな気持ちで読めました。 (モスラの運命)

2018-10-08

電動歯ブラシについての短い心理的攻防が、詳細に偏執的なまでに描かれていてとても面白いと思いました。電動歯ブラシより重要なモノは「頭上からこちらを見下ろしている男の正体」とのこと。一つのツールからこうも人間洞察、観察に至ったのはアプローチとして素直に良いと感じました。 (電動歯ブラシ)

2018-10-07

運営のステレオです。初投稿ありがとうございます。詩の中身については若干描きたいことが分散している「印象」がしました。老いかけた「あなた」が誰であるのか気になるところですが、詩の読み手の四面楚歌な気持ち、袋小路に陥った感情が所々にない交ぜになっており、「あなた」の謎に迫り切れていない、との感慨を持ちました。しかし一つ一つの表現には光るものがあり、今後どう変化していくかとても期待しております。 (風景)

2018-10-07

全編を通じて「膨らむぶよぶよの胎児」「殺してやりたいシンでしまえ」など不穏なイメージが付きまとう表現が散見出来、詩の読み手の少し混乱し、憔悴した、それでいて悪徳に身をそやす様が描かれています。一段目と最終段に同じフレーズを使うのは賛否の分かれるところでしょうが、僕個人としてはこの猟奇性のあるカオティックな詩を収束させる方法として決して悪くはないと思いました。次作も期待しております。 (アパートメント悪意)

2018-10-07

花緒さん、おはようございます。まず建設的、発展的であるならば「上から目線で」などと前置きすることなく、新運営への意見、アドバイス、叱咤激励を「B-review」を発足させた人物の一人として、先達として、提出してくださるのは歓迎する旨を書かせていただきます。早速ですが、花緒さんのご意見の中核にある、新運営は権威を標榜して、原則を反故にしていくやり方をしている、というご指摘。これは僕個人としては権威を標榜したつもりもありませんし、原則を反故にしていたつもりもありません。しかし注意深く物事を決定すべき段において、またはアイデアについて、「まずはやってみましょうか」という実験的姿勢で賛意を示してしまったことは事実で、それが前述の権威を~、または原則を~のイメージに繋がったのならば、素直に謝意を表したいと思います。3000字200行制限ルールにおいても、優良降格ルールにおいても、新運営がスタートして間もない時期の決定事項であり、僕としてはまだまだ手探りの段階であったのを斟酌していただけたら幸いだと思います。実際新運営も硬直化したり、権威的になったりせず、3000字200行制限については限りなく撤廃に近い回答を出しましたし、代替案として折り畳み表示の実装というアイデアに踏み切りました。この優良降格ルールについても、みなさんのご意見を大いに参考にした上でベストな解決案を見い出すでしょう。それまではしばしのお待ちを。また旧運営化のポリシーを後生大事に守って欲しいわけではない、とのご指南もありがたく拝聴します。同時に旧運営化のポリシーは習うべき点はあったとしても、批判すべき点はほぼないと言って等しく、大いに参考にしたいと思います。最後になりますが、「SEOをあげて、広告収入を稼いで、ネット詩の歴史を更新して欲しい」との激励、エール、ありがたくいただき、この文章で以て花緒さんへの回答としたいと思います。ご意見ありがとうございました。 (《ビーレビへの意見とそれへの議論を書くスペース》)

2018-10-07

詩の読み手の話し相手への呆れ言葉で全編が構成されていて、朝焼け、夕焼け、胸焼け/みなみな、美しいものなのですよ。で痛烈、痛切な皮肉へと転じ、ラストはおととい来やがれ、と話し相手をあしらって終わる。読み物としても悪くないし、面白い。何より構成、着想勝負の詩で、そこに妙味を感じました。 ( アップルパイ屋の独り言)

2018-10-07

平仮名表記と、一件不自然に見える改行、空白の使い方にこの作品の肝、あるいは巧みさを感じました。「灰のようなこころ」がどのようなものかを全編通して書かれていると捉えましたが、ロジックの崩壊、心の靄にも似たものを表現するのに成功していると思います。最後「それ だけが全て君との夢 はおわ りだよ」だけが妙に理性的であり、理知的でこの詩が生まれるに至った経緯が描かれているのかと想像しました。良作だと思います。 (灰の様なこころ、灰のようなこころ)

2018-10-07

台風の来る、夕暮れ。における何気ない日常の描写から、筆者が「考え残した」あるいは「置き忘れた」感慨、想いを立ち止まって、振り返るというような印象を受けました。一瞬にして読み手に訴えることの出来る「短い詩」の利点を最大限活かしていると思います。もちろん技術あってのことですが。「いや、嫌、いや。」の出だしも含みがあり良いですね。 (訪れ)

2018-10-07

個人的には「ぶらっくぼっくす」と銘打たれた箇所以降が、とても僕好みです。昨日や今日の幸せをおざなりにして、明日の幸せを求める。その結果が、「辿り着けない帰る/場所が少しずつ増えていく。」であり、捨て鉢のタンポポがバイバイと揺れる様かと。これらの描写は、詩情を喚起するのにとても効果的で、失われたもの、失われいくものへの愛着、慕情を描き切っていると思いました。素敵です。 (街の潮目)

2018-10-06

ブレーキの音が届いたことから、筆者様独特の思索世界へと入っていくのですが、これがなかなかに興味をそそる。こういう角度で物事を見るのか、と発見もあったりします。そういうある種の脱線へと物事が移ったのち、ラストに現実へと帰る。「薄水色の車が停止線を踏んだのを見た」で筆者様独特の思考から抜け出し、読み手も我へと帰る。実に面白いアプローチの詩だと感じました。 (一人合点)

2018-10-06

「手のかげをかさね、かさね」という表現の出だしに少し読み取りにくさを感じたりもしたのですが、「影の、手かさねて なかで /体温も 亡くしたものも/かつて人がうちゅうとよんだ/何かになっていく」から急速に読み手の心をとらえていくと感じました。「かげの夜の またその影」からラストにかけては、初めは読み取りづらいものであった「手の影」が、実際は何を意味するのかと興味をそそる仕上がりになっていたと思います。個人的には無常観、土から土へと還るかのような諦念、達観のようなものが示されているように感じます。それが一点謎めいたこの詩を興味深いものにしていると思います。 (いくえ)

2018-10-06

いつまでも僕自身でさえ明文化出来ていない「なつめさんらしさ」というものを期待するのも野暮なのですが、「えびせん」や「▼」になつめさんらしい遊び心が散見出来るような気がしました。一転、明らかに書き具合の違うのが冒頭の「青」であり、これは筆者様に芽生えた、技巧主義的な詩作品への関心から生まれたものなのかと、興味をとてもそそられました。もし筆者様により高いレベルを求めるなら、今の時点では「青」は頭に心と体がついていっていないとの印象を持ちました。俗に言う心技体が一体化した次のステージの「なつめ」さんも拝見したいです。失礼のあるコメかもしれませんが期待ゆえということで。 (アソート Ⅰ)

2018-10-06

いいと思います。夜を内包した君、だなんて素敵な表現ですね。ライトレスで失礼を。 (きもちわるくってきもちいい)

2018-10-06

ロマンティックですね。孤独の描写の中に、しっかりと君との「別れ」が描かれているようにも感じました。好きな世界観なのですが、プラスαの何かが欲しいとの思いも持ちました。それはこのような詩世界を作る場合の、僕自身への要求、要望なのかもしれません。では。 (秋の夜長)

2018-10-06

まず「ROUTE b」というタイトルが洒落ているな、と。中身はどんな困難、災難があろうとひたすら歩む、という印象の詩だと思いました。僕の好きな歌から「buoy」の「燃える太陽のもと 今日も成すべき仕事がある」というフレーズと、「名もなき風」の「繰り返される命感じ ひたすら生きろ」というフレーズの二つを想い起しました。中々辛く過酷ですがやはり人生(ROUTE)とはそういう一面があるのかもしれませんね。 (ROUTE b)

2018-10-06

台風の中心には/きっと美女が一人いて。中々にいいフレーズですね。時速70キロで別れた彼女。これは筆者様が意図したものかどうか分かりませんが、少し可笑しみを以てニヤリとさせれてしまいました。 (一番静かな風の歌)

2018-10-06

何度も読みに来ているのですが、今一つベストなコメが思い浮かばず、今に至っております。「喜怒哀楽の四字の中に更に収められた喜怒哀楽 」に筆者の想いが詰め込まれ、「薄皮一枚をも含んだ内側で行われている哀しい生死の為に」という印象的なフレーズから「あなたを、愛している」とのラストになだれ込む。これほど誠実な愛の告白、独白は中々ないように思います。今の時点ではこのコメがベストです。では。 (筆舌に尽くしがたく)

2018-10-06

収穫の喜び、食事を欠かさず摂れることへの感謝の気持ちを感じます。それを披露出来るクオリティで作られたことに筆者さんの技術の高さがうかがえます。白米一粒の重みを擬人化されたような「新米一粒」から語られているようにも思いました。 (豊作)

2018-10-06

視覚的効果だけではない良さをこの詩からは感じます。視覚的演出の部分は「翼」をイメージさせました。そして添えられている三節。特に「一粒の涙の中にも」から始まる最終節は、切実でまさに祈りにも似た姿を連想させます。綺麗な詩です。ありがとうございました。 (虹よ)

2018-10-06

良いですね。何が良いか。それはひとえにこの詩から切々と伝わる柿原さんの誠実さでしょう。そして学生時代は決して恵まれなかったと言っておられた柿原さんの自責の念。そこへ繋がる健気さとでもいうもの。読み物としてはとてもストレートでシンプル。面はゆく感じたりもしますが、しっかり最後まで読ませていただきました。柿原さんならではのいい読み物かと思います。 (初恋文)

2018-10-06

この「陰文」というタイトルと内容の融合のしかたが絶妙に素晴らしいです。最後、甲と乙によって交わされる会話が人生の一断片、人間の本性に関わる一断片を切り取っている印象がして、作品としてとても良いと思いました。 (陰文)

2018-10-06

君にとってはもう/要らないものばかり/かもしれない。が、抱きしめたもの(共にした想い出だろうもの)全部送りたいとの描写に得も言われぬ切なさと愛情、そして一種の冷たさとやるせなさを感じます。良作だと思います。 (東京パック)

2018-10-06

素晴らしいですね。短い中にメールの相手への想いが凝縮されている。加えて明日は晴れるだろうかとの締め。自分の気持ちを天気となぞらえるのはひょっとしてありがちかもしれませんが、この詩においては上手くまとめられていると思います。 (帰路)

2018-10-06

サルビア。この詩の中身はツイッターで前もって拝見しておりました。「はなしてほしい/はなさないで/はなしてほしい」という矛盾するリフレインが筆者の葛藤が描かれていて良いです。「互いに口を閉ざしたまま/サルビアを見つめている/見つめている」とのラストも切なくも物悲しく、しかしどこか一筋の希望を見い出すようで好印象でした。 (サルビア)

2018-10-06

素晴らしいユーモアのセンスですね。宗教的な描写から、日常的である意味些末な出来事への言及に変わる。すべての人に愛と平和。こういう小さな部分から人の幸せや喜びは始まるのでしょう。 (餃子/お風呂)

2018-10-06

この改行のテクニック。重みのある題材にしっかりと読み手を集中させ、また同時に読み手の気持ちを重くもさせないものとしてとても素晴らしいと思いました。「三途の川の川にたたずむ一人の老婆」が誰なのかとても気になります。実際はすべてに該当し、また誰でもないのでしょうね。この一連がとても僕好みでした。 (黄昏時)

2018-10-06

シンプルですが、悪くないと思います。ただ技術的にまだまだ大きな伸びしろがあると思えたので、今後の花音さんの作品に期待したいと思います。 (「向き合い」)

2018-10-06

いいですね。「幼い頃から耳を澄ましていた」との静かな書き出しから、徐々にスケールが大きく、またロマンティシズムを感じさせるほどの書き手の昂揚へと移り、それが読み手にもしっかりと伝わってきました。そして最終連はまた静かな描写でまとまって終わる。とても余情を感じさせて良いです。 (未来へ)

2018-10-06

季節が過ぎ去ることへの寂寥感を描きながら、突然「私が私でなくなる」との描写。僕は季節が移り変わることで、過ぎ行く季節とともにあった「私」の想い出も消えてなくなる、との意味合いでとらえて、なかなかに良いと思いました。「いよいよ冬が来る」との最終連。「私が私でなくな」ったあとの過酷な時代を生き抜くとの意思を感じて好印象です。 (季)

2018-10-06

水母の夢想。いいですね。短い中にも生命の儚さ、死ぬ時くらいは喜びも痛みも分かちあって逝きましょうとのある種の哲学が染み渡っていて、胸に響きました。「誰も見たことがないが/誰もが目撃する/全ては液化し海へと成ったのだから」も印象深く、インパクトがあって良いです。この第三連で言わんとしていること自体は、誰もが思いつくことかもしれませんが、独創的な描写で読み手を惹きこむに充分だと思います。 (水母)

2018-10-06

梨の描写、梨への愛着から「秋に出逢い秋に別れた」恋人たちへと言及する流れ。とても意外性があって良いです。一瞬梨への想いを執拗に描く実験的な作品かと思いましたが違いましたね。上手くまとまっていると思います。 (梨)

2018-10-06

帆場蔵人さん、コメントありがとうございます! 「自分の言葉を御して、構成もただただ上手い!」との感想。本当にありがとうございます! 嬉しいです。リフレインが感傷的な気持ちの香りを放っている、とのこと。僕もこの繰り返し、リフレインは、自分自身の胸に感傷とともに別れを刻み込む表現として、とても上手く行ったと満足しています。「別れの情景の後に/他人同士に、という流れが印象的」。これはひょっとして、人はどれほど親密になって、懇意になったとしても、悲しいことに最終的には分かり合えない、知り合えない部分もある「他人同士」なのではないかとの、僕の個人的な感慨が反映されているのかもしれません。それがドライで悲しみを切り離したかのような世界観にもつながったのではないかと思います。いずれにせよ「素晴らしい」とのお言葉。感謝しかありません。ありがとうございました。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-04

澤さん、おはようございます。運営のステレオです。準大賞順位付け、10位以下優良降格には、私も運営チャット欄にて賛意を示しておりました。それは候補が乱立した場合、「単純に」候補が多すぎるのはいかがなものかという議論から発展したものです。ですが今となっては僕は優良降格ルールについては、まさしく「選者と筆者に恥をかかせる」という理由においても考え直した方がいい、との立場になっております。準大賞の順位付けまではそれこそ「ゲームに過ぎない大賞投票」の延長として許容されるし、許される範囲でしょう。しかし降格ルールはフルキュレーションをしてまで選評をしていただいた方に、また選ばれた筆者に、大変失礼にあたるという考えまで、個人的には深化しております。また澤さんの「多様性を保つ」という一面からも、議論すべき点は多く、この優良降格ルールは撤廃、もしくは先送りしても良いとの考えです。この点運営でも議論が煮詰まっておらず、投稿者、ユーザーのみなさまに大変ご心配をおかけしております。澤さん他降格ルールに反対の皆さまの意見を鑑みて、今一度運営にて議論を行い、もっとも適切な着地点を見い出したいと思います。意見の提出、誠にありがとうございました。 (《ビーレビへの意見とそれへの議論を書くスペース》)

2018-10-04

ゴロちゃんさん、コメントありがとうございます! タイトルがダサいとのこと。ゴロちゃんさんのタイトルを僕がどう思うか、ゴロちゃんさんが僕のタイトルをどう思うかはひとえにセンスの問題ですので、ある意味どうでもいいとして、内容は綺麗にまとまっていたとのこと。ありがとうございます。加えて無駄毛処理がどうこうという批評もゴロちゃんさんのセンスかとは思いますが、僕には余りセンスのある批評コメには思えませんでした。これもひとえに好み、センスの問題ですね。この程度で行き違いがないように願うばかりです。それでは失礼を。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

沙一さん、コメントありがとうございます! カップヌードルソングの比喩は独創的で目を引かれるとの感想、嬉しいです。僕もとても気に入っています。さて「特徴的な詩形に沿って消えゆくように終わった方が、余情がより後を曳くのではないか」とのご指摘ですが、「特徴的な詩形」パートは、この詩の主人公が別れを惜しみながらも、悲しみながらも、それでも別れなければならない、という事実を自分に言い聞かせる黙想パートでもあるのです。だからそれだけでは完成形とならない。黙想から目覚めるための「。。。」。そしてその後の現実に、我に帰っての描写が必要となるわけです。しかしその最終連でさえも、「語り手の意思が力強く表現されていると感じ」、必ずしも悪い印象は抱いていないとのこと。嬉しく思います。ありがとうございました。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

あ。書き忘れましたが、三浦さん、ニューロマンサー確定ありがとうございます。思わず笑って脱力しちゃうじゃないですか。その名称。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

柿原さん、コメントありがとうございます! 「『。。。』は傘から落ちた水滴であると同時に二人の関係性の終止符を打っているっていう意味」。その解釈もいいですね。ただこの「。。。」は二人の別れと決別が決定的になったあとの、心の空白、止まってしまったかのような時間を表しています。充分に効果的だったと僕自身満足しています。見当違いだったらゴメンナサイだなんて謝る必要は何一つないですよ。色々な見解、見方が出来るのが詩の面白さ、醍醐味でもありますから。これからもコメ活動に積極的に従事されるよう、運営の一人として期待しております。また前向きな詩でよいとの感想。嬉しく思います。ありがとうございました。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

小杉匠さん、コメントありがとうございます! 「パーフェクト!」これに勝る褒め言葉はありません。歓喜で満ち溢れております。「あら探し」をしてなおそのような感慨を抱いていただいたというのは、僕自身、詩書きの一人として最高の喜びだと思います。本当にありがとうございました。こんな感想をいただけて感謝しかありません。ありがとうございました。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

三浦果実さん、コメントありがとうございます! 前半部分はとても心地よく読まれたとのこと。感謝です。さて問題の三角フォルム以降ですが、これは書いている途中に、親友との想い出と時間が消失していく、悲しいながらも、切ないながらも失われていく過程を描き切る手法として、突然降ってわいたものです。ですから「どうだ? 効果的だろう?」などとそれこそ俗っぽい言い方ですが、ドヤ顔で用いた手法ではありません。僕はこの三角フォルムパートは読み込むほどに、この作品のもう一人の主人公である「君」との別れを惜しみ、悲しみを押し殺していく表現として、自分自身胸に迫るものがあり、成功したと自負に近い感慨を抱いています。素敵ではありませんか? 最後「涙と/雨」と来て、締まり、「。。。」と表現することで、胸に残った空白と、全てが消失する様を描き切ったというのは。何れにせよ、三角フォルムパートへの拒否反応は、三浦さんご自身の好みによるかもしれないとの言及もあり、全体として良い印象を抱かれたようなので良かったです。ありがとうございました。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

仮名吹さん、コメントありがとうございます! この詩では文法的にも語法的にも他国語が翻訳された文章をイメージして書いています。それと句読点の用い方から「日本語の通常の用法から意図的に少しずれさせた表現が多用されており」との、仮名吹さんの捉え方に至ったのだと思います。本当は「、」で表現すべきところ。「。」を本来なら使ってはならない箇所にも、この詩では変則的に、余韻と時間的な間を持たせるために使わせていただきました。しかしそれが「基本の練習をしっかりこなしてきた完成された選手」との感想にも「逆説的に」つながり本当に嬉しく思います。ありがとうございました。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 正直レベルの違いを感じます、とのご意見。打ち震えるほど喜びを感じております。さて一つずつ返信していきますが、まずこれは後にコメントされた貴音さんにも、伝えなければならないのですが、「故郷では震災を思わせる」は「君」にではなく、半身の男性の「バランスの崩れる姿勢」にかかっている倒置法です。ですから「君」にかかっているのは「色気のある男だった」のみになります。その点ご了承のほどを。 また、別れを描いているのに悲しみや切なさを感じない、との感想。「そこが〈冷たさ〉を感じる最大の原因であり、この詩の世界観の素晴らしい所だと感じます」との感慨。これは田無いなるさんへの返信でも書いたように、「前へ前へと進まなければならない」がために「悲しみを封殺」する、私の現状から来ております。ですから、この詩には表現しがたいほどの悲しみ、切なさが隠されているのです。喧嘩別れとか別れる友人を踏み台にする意図はなかったと付記しておきます。この詩は押し殺した悲しみで満ちているのです。未来だけしか見ていないという印象も、私が過去を振り切り、友人と決別してでも新たなステージに立たなければならないとの思いから来ています。最後になりますが、「テレビがブラックアウトして」や「カップヌードルソングのように」の下り、お気に召していただけたようで、嬉しいです。カップヌードルソングは、インスタントに量産される商業歌の比喩ですが、この箇所の表現は僕も大変気に入っております。ありがとうございました。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

田無いなるさん、コメントありがとうございます! 別離。大人になることの詩との解釈。正解です。実はプライベートで大変お世話になった方との別れが近づいておりまして、その方との想い出と時間が消失して失われていく、とのニュアンスを含めて描きました。その方と共有した時間がモチーフになっております。「雨」「涙」との言葉が、ドライな中にも印象的とのこと。嬉しく思います。抑制して、悲しみを押し殺して描いた作品でもあるので、意図が伝わり手応えを今一度感じております。またリフレインは、自分自身に「前に進まなければならない」と言い聞かせる狙いもありました。その点も伝わり良かったです。ありがとうございました。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

貴音さん、コメントありがとうございます! 「震災を思わせる」との表現に忌避感を抱かれたようですが、僕も熊本大震災を経験しております。遺体がそこかしこに置かれているような状況こそ目にはしていませんが、「震災を思わせる」というフレーズを使うある種の権利に似たものも僕にはあると思っています。またふじりゅうさんへの返信にも書きましたが、「震災を思わせる」は半身の男性の「バランスの崩れる姿勢」にかかっています。ですから「震災を思わせる」は、半身まひになり激烈な人生を送ってきた「君」の壮絶な内面、怒りにも似た慟哭。それと失望、絶望を乗り越えた彼の心情を一瞬で描き切る表現として、充分に適切だったと思っています。彼は一度は「死んだ」のです。また「足元に転がった石を拾い上げて」においては、今後の僕の人生の指針になるものとして、「足元の石」を用いました。これから何の役に立つかも分からない、価値があるかも分からない、しかし無限の可能性を秘めているかもしれない「石」。これを拾い上げて不確定性と未知に満ちた世界へ、未来へ歩みを進める気概を込めて描き切ったつもりです。また最後になりましたが「離れる」や「消失」にまつわる単語が多いとのご指摘。これは多分に感度の問題だと思います。僕自身としては、繰り返し繰り返し、その類のフレーズを使うことで、別れを自分自身に言い聞かせて前に進まなければならない、との気概を表せたと思っています。「幻想的な内容の詩で幻想とか夢幻、幻惑とかがポンポン出て来る」とは効果的にも意味合いにしても大きく違うと言及しておきます。それではありがとうございました。改めて読まれるなら、その時はこの返信に留意して読まれるとまた違った印象になるかと思います。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

設定からしてシュールなのにこの脱線していく形、仕舞には本題でさえ忘れてしまう詩中の人物。「群馬には海がありません」というある種のファンタジーの否定。筋道だった物語が一向に進まない「現実的」な出来事の連続に思わず笑ってしまいました。いい作品だと思います。 (恥ーのとべる石)

2018-10-01

仮名吹さんの作品にはこう言っては語弊があるかもしれないが、落語のような落ち着きと安定感がある。筆者の自我が安定していて、詩作をすることによって自らのアイデンティティの模索や、自己主張をしないで済むような印象をも。今作も仮名吹さん自体からは切り離された小話として僕はとらえて、大変面白く読ませてもらいました。「あと一年だけ待ってくれ」だなんて切ないし、可笑しい。これからも詩のフィールドで市井の人々の悲喜劇を描き切ってほしいです。 (飛び歩く現代詩の実験室)

2018-10-01

不思議。ですがどこか魅力的。短い中にこれだけ世の不思議とか、ある種の迷妄や、それとは真逆の知性を描いているのは、やはり素晴らしいなと。 (壺中天)

2018-09-29

この詩にコメントしてなかったですね。這いずるように迫ってくる筆者の信念が読み手を徐々に蝕む、浸食するような印象がありました。「世界が全滅すればいい」と書いていながら「私の世界を変えるものなんて何もない」と来る。この一種狂気めいてさえいる信念。岩のごとき揺るぎなき信念が、この詩の肝だと思いました。 (0. my world.)

2018-09-29

改行、空行、そしてそこに描かれている中身にユーモアのセンスを感じ取ることが出来ました。 「途端に非難を轟々されるので、やっぱり嘘です 嘘ですって。 ところ で」 なんて笑わざるを得ないではないですか。しかし中盤から後半にかけては詩の解析、詩とは何かということについて暗に言及されているような気がして、緊張感が高まっていくのを感じました。 (甘噛みは妄想の産物として)

2018-09-29

中々いいですね。僕の考える詩のイメージとはだいぶかけ離れているのですが、最早「良心」だけで形成されつつある「私」が多大な悲劇性を持ちつつ描かれている。ラストの「地に 落ちる音は 良心の音だ」との連も、「私」が人間としては最早空っぽにされてしまったというようなインパクトがあり、痛切。「私」にとって、この世はかくも渡りづらいのか。そんな感慨を得ました。 (私は良心)

2018-09-29

メルヘンチックでありながら、少女の芯の強さがこの詩に強度を与えている。少女は目覚めない夢に墜ちていった、とあるがこれは少女の死を暗示しているのだろうと解釈しました。ゴンドラに残ったのは、今は亡き少女の鉄の意思だけ。そう読み取ると、最後の一節「虹の飛沫をあげながら」もどこか不穏で不気味な印象すら漂わせると思いました。よかったです。 (さよならの角度)

2018-09-29

survofさん、タムラアスカさん、蔀 県さん、羽田恭さん、ゼンメツさん、そしてまりもさん、僕の選評にコメントを残してくれてありがとうございました! 残念ながら大賞に推薦した花緒氏の「ネット詩人の墓」は、大賞とはなりませんでしたが、初めてのフルキュレーションによる選評、楽しかったです。これからも上記6名のご活躍を、そして名前を挙げさせていただいた詩人さんの活躍を祈願しております! (8月分の選考。stereotype2085がタイを取りスーツを捨てた。《選評》)

2018-09-29

目に留まりますよね。この詩は。技巧的な部分では、渡辺さんが存分に解析なさっていたので、僕自身「そうか」と納得しましたが、詩情という点においてはトビウオを、古い言葉ですが「企業戦士」や「名もなき市井の人々」といったものに照らし合わせて、描かれている印象がしました。きしゅっきしゅっきしゅっきしゅっ。何だか悲しげです。 (トビウオ)

2018-09-29

出だしからして良いです。なぜ8月29日なのか謎ですが、夏もいよいよ終わるという日において、肌で自然との一体化のようなものを感じている。「肉体の輪郭さえ曖昧にされて」秋の始まりを知る。良いと思います。ただ「わたしの実存」の実存という言葉だけが気になりました。もっと詩情を喚起するに適した言葉がなかったのか。ここだけ固く「浮いて」いるように感じました。 (秋)

2018-09-29

いいですねぇ。彼女との想い出、彼女が即興で口ずさんだ詩などはとても平明なのですが、その後世の中へ出るにつれて、社会の厳しさを知り、歩きづらさを知る描写が終盤に入る。社会や世界は一面無垢ではないからこそ、彼女の純粋さが一層際立ち、浮かび上がる。良いと思いました。 (氷菓)

2018-09-29

一見して読み取りづらい詩でしたが「僕らは打ち上がる幽霊」という一節がとても好きでした。この一節によって現世からかい離する感覚、世俗的な世界から離れていく心情が描かれている、と個人的には思いました。「愚鈍と揶揄することで護ったつもり」も意味深で中々に良いですね。 (ヒール)

2018-09-29

「窓辺の特等席」で「貴方のコトノハを待つ」というシチュエーションは良いと思いました。 (「コトノハ」)

2018-09-29

何もかも丁寧ですね。描かれている中身も内容も、字数の揃え方も。その辺り偏執的一歩手前の律儀さのようなものを感じるのですが、この詩で描かれている世界観というか、世界像。一冊の詩集で例えるなら、世の矛盾や世の不公平さへの怒り、あるいは喜びや幸せ、悲しみといったものを全て描き切って、最後の一編として載せるようなものだと思うのです。その辺りまだまだ筆者さん自身にも内在していると思うので、筆者さんの内面性を存分に拝見してから読みたかったです。詩の完成度として別に、本当に悪くはないと思います。 (日々)

2018-09-29

何か書き足りない部分があるんでしょう! 「奴」が誰なのかというのがこの詩の最大の謎だと思うのですが、読み手を惹きこむ面白味を充分に持っていると思います。ただそれが最後まで持続しない。途切れ途切れの印象がする。だから冒頭の「何か書き足りない部分があるんでしょう」になります。感想としては。 (空き缶)

2018-09-26

柿原君らしくない詩だなと、一瞬思いましたが、柿原君の私的エピソードを幾つか伝え聞いている身としては、こんな暗黒面があってもおかしくないな、とも思いました。こういう憎悪や怨恨吐き出し系の詩は基本、僕は余り好きではないのですが、パーソナリティを知っている分、納得も出来ました。詩の面白味の一つでもありますからね。詩から「人」を読み取る、というのは。 (沸騰)

2018-09-26

いいんですよねぇ。みなさん褒めてらっしゃるんで、今さら言う必要はないんですけど。この諦念、傍観主義とでも言うべきものが、一人の高校生の目線から離れることなく描かれている。いいと思います。 (なんだかさ)

2018-09-26

「止まることなく行軍は続く 友達たちは荷と銃にも重くのしかかる」という節が何とも言えず胸に切なく迫ります。「友達たち」という無邪気で、純粋な印象さえする言葉と、「行軍」や「荷と銃」というある種「大人の世界」の言葉が融合するところがたまらなく好きです。 (友達)

2018-09-26

短い中に、みんながみんな幼い頃に抱いたであろう感慨が描かれている。向日葵氏の境遇と重なったものであるかまでは分からないが、痛切にシンプルに時に残酷に響く。良いです。 (母よ)

2018-09-26

社町 迅さん。 久しぶりに来たこの場でグサグサに刺されたとのこと。良い意味での刺激を社町さんに与えられたのなら良かったです。そう! そうなんですよ! いい作品に巡り会い、詩界隈のいい人と巡り会う。それがネット詩掲示板の醍醐味ではないでしょうか。今後行動で示されていくとのこと。社町さんの活発な合評活動を期待しております! (【お知らせ】合評活動のすゝめ ※運営からのお願い)

2018-09-25

帆場蔵人さん。 そうなんです。まずは書いてみないと始まらないんですよね。やはりフリーライドとして認識されるのは面白くないですからね。でも帆場さんのこと。精進が身を結ぶと確信しております。 (【お知らせ】合評活動のすゝめ ※運営からのお願い)

2018-09-25

タキザワマジコさん。 そうなんですよ。感想を書くというのは脳に新たな刺激を与えるのです。別アプローチで詩に向き合ういい機会かもしれませんよ! 盛大なお喋りへの参加、是非ともお待ちしております。 (【お知らせ】合評活動のすゝめ ※運営からのお願い)

2018-09-25

「珈琲を飲んでも眠い日」のおぼろな雑感といったものが描かれていますね。ただその内容が尋常じゃない。正しい死体とは何か、食べれる死体とは何かへの言及があり、筆者の猟奇性に似たものの奥に潜む真意をうかがい知りたくなりました。テンポも非常によく、苦も無く読ませるというのはテクニックの一つとして優れているとも思いました。 (麻酔)

2018-09-24

「わたし」のアイデンティティ、また「わたし」がどのような存在であるかが、「あなた」との距離をはかりながら、全編を通して描かれていますが、非常に興味深く読みました。特に最終段「ポンデリング」を引き合いに出して描写なさるところ。「言いにくいんだけど、あなたが思ってる『わたし』とは『わたし』は少しだけ違うの」と言っているようで、他人の自分への認識のズレを修正したいというこの気持ち、分かるなと思いました。 (禅)

2018-09-24

もしこう言って良ければ、短い語句の中に、孤独や悲嘆、落胆と向き合う筆者の姿が見えました。ここから詩世界をもう少し拡大された作品も拝見したかったという思いもありました。 (暁の詩)

2018-09-24

素朴な印象がして、「僕」の心情がすんなりと入ってくる。これまで拝見したゼンメツさんの作品とは異なり、喜びや悲しみがシンプルに言い表されており、技巧で隠されていない「ナマ」のゼンメツさんを見た思いがしました。朝方から心地よかったです。 (きみが、そらにだけみちているから)

2018-09-24

じゅうさん、コメントありがとうございます! そうなんですよ。人の不幸を対岸の火事として見ながら素知らぬフリをして生きている、というのはこの情報が溢れ、情報のスピードが異様に早く、タイムラグなしで伝わる時代においては往々にしてあるし、処世術の一つとしても人が取り得る態度だとも思うんです。何しろ一見、平穏無事に生きている人でも、仕事や家族、人との付き合い、ライフワークなどで手が空かないところはままあるわけですから。悲しいことに処世術の一つでもあるんですよね。素知らぬフリというのは。しかしやはりそれらの不幸が頭の片隅に残っているのも事実で、じゅうさんの言葉を借りれば「どこかで見て見ぬふりをしている自分を知っている」わけで、自分を苛む感情が芽生えるのもあり得る。まさに官能に溺れている自分を「発見」することによって、怖くなって逃げ出すのも心情としても起こり得るだろうと。その強い自己嫌悪にも似た何かに苛まれながらも、最後はやはり「生にしがみつき」「生きていたいです。」と来る。人間の一部本質的な部分にも迫れたのではないかな、と思います。カタカナ表記も遠くに、希薄に聞こえてくるのを表現するのも上手いとの評価、これは意図した部分でもあったので、とても嬉しいです。ありがとございました。 (2019年の花魁。沖縄にて)

2018-09-20

仮名吹さん、コメントありがとうございます! 実は最終行、まず思いついたのは「ホント、死にたいです。」だったんですよ。厭世的になって官能に溺れる詩の主人公が自分に倦み、呆れ、そういう心境になるだろうとの感覚が僕に芽生えたので。しかしそれは締めくくりとしてあんまりだろうと思い考察した結果、やはり「死にたいです」の言葉の裏にある真意は「生きていたいです。」という、生への執着だろう、と気づき変えました。結果としてとてもインパクトがあり印象深いものになりましたね。憔悴し、うなだれながらも「生きていたい」。これは多くの人が共鳴、共感するところだろうと思います。心の奥に突き刺さるところが絶妙とのお言葉、べた褒めじゃないですか。本当に嬉しいです。ありがとうございました。 (2019年の花魁。沖縄にて)

2018-09-20

ルール変更について。運営のステレオです。まず私が3000字200行制限について、渡辺氏とかるべ氏が率先して話を進めていたがために、特に200行制限において「感覚的」に賛意を示したこと。これは失態であったでしょう。今現在の私は、3000字制限は元運営においても既定であり、またリーダビリティの維持という点でも、限度ギリギリで良いとしても、200行制限については、花緒氏の「投稿の自由度を狭める」という観点にも基づき、鷹揚な姿勢を取っても良いのではないかとの立場です。その一つの抜け道、打開策として現在運営の話し合いで出ているのが、3000字、200行を超える作品は折り畳み方式で表示するというアイデアです。これならば表現の幅も狭めることもなく、リーダビリティも維持出来る。折衷案として決して悪くはないと存じています。またこのルール改変で投稿者に混乱と意思の不統一を招いたことを運営の一人として詫びるとともに、今一度議論とアイデアの練り直しがなされていることをご容赦願いたく存じます。それでは失礼を。今後もB reviewをよろしくお願いいたします。 (【必読】ルール変更などのお知らせ)

2018-09-18

謎めいた死体の描写が面白く、グイグイと読み手を惹きつけて、死にゆく者が新しい命に何かを託す様まで持っていく。この「フィラデルフィア」シリーズにおいて、毎回高いレベルで描写をなさってるのを見るにつけ、羽田さんの築きあげた土台の盤石さを感じます。 (フィラデルフィアの夜に Ⅶ)

2018-09-14

春夏秋冬への短い言及があり、平明な言葉での自己否定、分析がある。背後には仏教的価値観があり、最終節では「牛の世話をする」と日常に戻る。最後まで面白く読ませていただきました。 (自分語り)

2018-09-14

「何かかなしみのようなものを吸って海は満ちるのだ」と「町内放送は反響し多数派の様相を呈する」の評価の別れ方で筆者様の、これからの方向性、伸びしろがどこにあるか見えてくる気がします。深みのある一節を分かりやすい言葉で書く。この一点になろうかと思います。「町内放送は…」の方は難しく書かれているものの含意はほとんどないような印象を受けましたから。第一連と最終連。寂寥感と、焦燥にも似たものが短い中にも漂っていると思いました。 (堤防にて)

2018-09-14

「自分の機嫌の取り方を忘れてしまった」というのが、とても良いですね。非常に良い。僕もなぜ人の気持ちをケアしたりするのは簡単に出来るのに、自分の機嫌を取らないのかと思うことがままあります。自分の機嫌の取り方を思い出したら、大げさな言い方ですが「心の再生」につながるのかもしれませんね。最後の懇願も、自分のある程度の非を認めつつという印象だったのですんなり入ってきました。 (藁は掴めない)

2018-09-14

雑多な想いの記述の中に「ヤマザキモーニングスター」とか「ダイソー」とか「パルコ」、そして「テトリスの電子音」などが差し挟まれるのが面白いと思いました。逆に言うとこの詩の中で読み手との接点がそういうところしかないのかな、とも。肯定的な感想がなかなか浮かばずご容赦を。ゼンメツさん作品のハードルが上がってしまっているのかもしれません。 (Wheel of F F F FFFF For tune)

2018-09-14

カッコいい。たしかにカッコいいんですが、一部自己陶酔で終わっている気がします。詩とは自己陶酔の一つだ! とお考えならそれまでですが。最終節の「君を さいせい」は緊張感の中に最後緩和が来て良いと思いました。 (再生)

2018-09-14

「あなた」だけが知っている「わたし」。いつからか「わたし」だった「わたし」が最後まで分からず仕舞いでした。読み手がこの詩で語られている「わたし」に興味を持つには少し書き込みが足らないかな、とも。これはシンプルに「あなた」と「わたし」の関係を描いた恋の詩なのかな、とも思いましたが。少し否定的ですがご容赦を。 (定義)

2018-09-14

三浦さんコメントありがとうございます! でしょう! いいでしょう。この作品。書いた内から手応えがあったので、ストックしてた詩よりもこちらの方を選んで投稿させていただきました。「やっぱ、ステレオさんって一応、エモーション持ってるのか。」って。持ってますよ。一応。ってか一応ってなんですか。一応って。笑けてくるじゃないですか。この作品は僕のエモーショナルな部分が特にいい方向に作用しましたね。自分でもとても満足しています。優れた散文との評も嬉しく思います。ありがとうございました。 (2019年の花魁。沖縄にて)

2018-09-12

ヤエさん、コメントありがとうございます! 現代社会の闇、とか現代社会の抱える問題を扱っているのに、嫌な感覚がなく、染み入るように受け取れたとの感想、嬉しく思います。僕は自分で言うのもおかしな話なのですが、それらの問題を作品に取り込みながらも、厭世的に、傍観者的態度で描くのが得意で、何より「好き」なんです。普段情報として入ってくるそれらに、そこそこの関心は持ちますが、それを表層、皮のようなものとして扱い、その時々の核心に迫っていく、という描写を好んでします。その手法が特に上手くいったこの作品の、コメントをくださった四名の評価が高く、僕のスタンス、技法の一つは間違ってなかったなと少し得心しています。「社会背景をバックボーンとしていても、描き方によっては、悲しみ、面白さ、虚しさ、美しさと色々な面を見せることができる」との評価。僕の試み、狙いをしっかり把握してくださって、ヤエさんの心にヒットしたんだな、と思うとひたすら嬉しいです。「ホント、生きていたいです。」はやはり効果的でしたね。初めは真逆の表現だったのですが、真意をくみ取るならこちらの言葉だろうと思い選びました。「本音を響かせる閉じ方は共感を誘い…」とのこと。これもしっかりとした技術の一つとして取り入れようと思います。ありがとうございました。 (2019年の花魁。沖縄にて)

2018-09-12

まりもさん、今作にもコメントをつけていただいてありがとうございます! 名前を折りこんでいるところなどが「ほかの土地に足を踏み入れる時、その地を統べる神様への挨拶(ということは、畏れと敬意)に代えて、その神様の名前や、関わる物の名前などを折り込む」という興味深い事柄を交えて褒めていただき嬉しいです。星空、綺麗ですよね。まさに貴音さんらしいと思います。なおこの作品を投稿することは、貴音さんから事前に承諾を得ており、ビーレビューに投稿することを前提にして共作しました。貴音さんも詩の世界観に添って作っていただき、僕としても貴音さんを引きたてる一節を端々に入れて、お互いが気持ちよくなれる詩になったのではないかと思っています。 ( 「Zero gravity dropping」 stereotype2085 featuring 貴音&EMI)

2018-09-10

まりもさん、コメントありがとうございます! 元々この作品の時代設定は、例によって2085年であり、「近未来SF的な要素を感じる」というご指摘は、まさに僕も納得、まりもさんも大正解なのです。ですから「花魁」は「機械仕掛けのダッチワイフ」のような存在、仮想空間の存在にもなり得たのですが、実はこの詩においては私情を排し、感情を退け、人間味でさえ商品化され、広告化された、この時代の人間の娼婦という位置づけです。「生身の人間ではあるだろう。だがしかし感情抑制を受けた娼婦が『花魁』、つまりは『高級娼婦』になるかもしれない」、との僕の考えも含まれています。「子孫を浴びては…」の部分は暗喩も含めてその通りです。ただこの国の子孫は根絶やしになっていない。まだ希望があるとのニュアンスもそこには含意されています。まりもさんが背景に感じた物語性、とても好きです。実は僕は仮想空間の花魁を描いた「花魁の残り火」という短編を書いているのですが、その作品のバックボーンがまりもさんの感じられた物語性に近いものを持っています。ですからこの作品にも物語性は充分に潜んでいると思います。 最後に要約させていただきますが、①全体の構成②現在と将来の接合具合③虚無的な世界を明るい文体で書くそのバランス。以上の三点がうまくつかみ取れない印象がしたとのこと。①については非常にバランスが取れていて見て美しい、展開や文面も美しいと自負しているのですが、まりもさんがそう感じられたのならばまだまだ精進の余地ありかもしれません。②については先にも書きましたが、元々の時代設定が2085年であったため、読み手を納得させる、スムーズに引き込む書き漏れがあったといえばあったかもしれません。これも伸びしろの一つですね。最後の③虚無的な世界を明るい文体、ライトな筆致で書くというのはミスマッチ感が出ていて、いくら世界が荒廃しようと人は笑うし、お腹もすくし、泣きもするという僕のスタンスが投影されていて、むしろ良かったのではないかと僕は感じています。荒廃した近未来があっても普通に泣き笑い、お腹も空く、というの実は私たちが今現在体験しているのかもしれませんよ。では長文になりましたが締めくくらせていただきます。子細に渡る読み取り、ありがとうございました! (2019年の花魁。沖縄にて)

2018-09-10

否定的な文言、表現がインパクトを以て描かれており、三浦さんの人となりに多少なりとも触れた身としては、意外な路線だなと思いました。これは三浦さん向けの、三浦さん限定の詩評となりますが、ソフトバレエの「JAIL OF FREEDOM」の「お前の欲しがる理想の世界は この世のどこにもありはしない 」を思い出しました。 (そのみひうまたはひむ)

2018-09-09

「この人」というのは家人のことでしょうか。だとしたら夫婦間? の冷え切った関係、距離感が短い中に描かれていて、読み手がちょっとした衝撃を受けるのに充分だと思います。何か非があるところを探そうとも思いましたが、なかったです。 (家)

2018-09-09

僕は好きですねぇ。この世界観。描写の一つ一つが繊細で、リアルと作り話のギリギリの境界線にあるような内容。特筆すべき、奇をてらった、凝った表現は一見してないのですが、全体としては詩として浮き立つものがしっかりとあると思います。 (There s no free love)

2018-09-09

僕もこれはインストゥルメンタルとの共演で、リーディングとして聞きたいとの思いを持ちました。そこで白犬さんがどのような表現をなさるのか期待感があります。テキストだけで読ませるのは、やはり若干弱いとの印象も受けました。これはあくまで僕の考えですが、英単語が頻繁に出てくる詩は浮薄な印象がどうしても付きまとってしまうのです。もしその効果を狙っているのだったら話は別ですが。長々と書いてしまいましたが、この詩の中身が志向しているベクトルはとても僕好みです。 (call me xxxxxxx)

2018-09-09

僕はこの詩から喚起される「心の余白」「寂しさ」、恐らく何らかの別れについて書かれた当作にかなりの詩情を覚えることが出来ました。三連目についての言及がありますが、厭世的になっている筆者の心情を表すものとして、「大根芝居をする…」よりはひょっとして他の表現があったかもしれません。何かに辛辣な評を加えるとそれだけが詩の中で突然浮き立つ印象がするので。全体としては僕は心地よく読みました。 (ワンピース)

2018-09-09

「おまけで賞」に選んでくださって嬉しいです! るるりらさんの「冷や奴」から引用させていただいた「ほんまどすて」は絶妙の面白味があって使い心地が良く、「サンプリング(REFRAIN)」に軽妙なユーモアを交えることが出来ました。ありがとうございます。内輪ウケ。最早今となっては僕の中で笑い話ですが、その批評とのやり取りもいい思い出です。 (八月のるるり選。より一層の素直を大切にしました。ほんまどすて。)

2018-09-09

雨。ランドセルを背負って登校する小学生の列。この二つのファクターからこれほどの詩情を喚起する筆者にかなりの実力を感じる。天気図の朝顔などは、雨、ランドセルから類推に類推を経て抱いたイメージだろうがとても心地よく、面白い表現だ。最後の「風はヒュウヒュウと囃し立てる」まで、読み取るのが一見では難しい詩なのに、一気に読ませている。 (嵐の前の)

2018-09-09

これは悪夢めいていますね。一読しただけでは首のない男が何を表象しているのか分かりませんでしたが、最後に首の代わりになる人々が、極々近しい人物ばかりであるとの記述があり、首のない男の私怨、怨恨めいたもの、現世への恨み? がゆえの未練のようなものが見えてきました。筆者の熟達ぶりは言うまでもなく凄まじく、この奇妙な怪奇譚を「読ませる」大きな助けになっていると思います。 (首を選ぶ ※)

2018-09-09

何か詩の核心には迫らずに、筆者の核心には迫らずに、体裁の良い表現で終わってしまっている感があります。技術的には書きなれた印象がするので、詩と筆者の核心に迫る鋭い描写があれば、進化する可能性は存分にありです。 (アイデンティティ)

2018-09-09

甘い詩ですね。ですが筆者が忘れたくない「某氏」への愛着以外、残念ながら詩情が感じられませんでした。表現方法が変われば大きく進歩するかとも思います。シンプルな恋の詩もビーレビューでは大歓迎ですので。 (迷子)

2018-09-09

僕も「太陽の下では カビ臭いニオイのする」の出だしは冒頭としては最高の部類に入ると思いました。ですがその後低速になった感が。ただ改行の使い方が上手く、「あなたとの距離感」の微妙さ、もどかしさが良く出ていますね。 (陰)

2018-09-09