作品投稿掲示板 - B-REVIEW

田中恭平 new


投稿作品数: 21
総コメント数: 302
今月は3作品にコメントを付与しました。
プロフィール
記録
プロフィールはありません

田中恭平 newの記録 ON_B-REVIEW・・・・

精力的初コメント送信者

作品への初コメント数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数

優良レッサー(月毎)

月毎コメント数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数
✖2 ✖2 ✖2

ベテランB-Reviewer

総合コメント数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数

ベテラン投稿者

投稿作品数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数

もじゃお様、お読みくださりありがとうございます。 そのレイアウト、重要な指摘事項だと感じ入ります。 というのも、詩は、スマートフォンや書籍で読まれるとして はたして、これは縦書き、横書きどちらがベストだろうか、という 問題提起も孕んでおります。 加えて、そのletter、文中にあるように、Word一枚、に拘った、という視点を 作者自ら強調します。 それはなぜかといいますと、社会に出ると、様々なレイアウト様式を要求されるのですね。 その、社会の為の詩であるためには、わたしのなかで、何某かの レイアウト様式に則らねば、ならない。そう、判断致しました。 その、昔は手紙いちまいでも、わりとこころはそこにあらず 書いていたような気が致します。 ありがとうございます。   (Letter )

2023-06-01

ありがとうございました。 その、言っても、この詩は鷹枕可さんとか他の詩人さんの作品に誘発される形 動機はそこにあって、その私としては悪魔としてこの絵を画いた。 その絵を鑑賞するとして、それは人間であるか、天使であるか なんてことを念頭に置いたわけです。 ですから、まあとおまわし、おせっかい?になってしまうのですけれど そうあまり書き手として気を落とすこともあるでしょうけれど、少しの経験則 のびやか、羽を伸ばして、その書くことに向かって頂きたいと。 たぶん、こうコミュニケーションしていて、何かそのやりとりでも 感じとっていただけたら。 悪魔が下手な絵、画いた、もっとうまい画書いてやる。 絵に、スープぶつけるとかありますよね。何かそういうものを期待してしまいます。 (Letter )

2023-06-01

お読みくださりありがとうございました。 じぶんの経験則に於いて、詩作、文学はこれは毒である。それで書き続けていいし よしてしまってもいい、しかし、よすに、なかなか困難そうだ。 ですが、自分の中で、是はいちばん伝えたかった 今までじぶんが伝えたいことが、あまりなかったようですから じぶんとしては、貴重な一品、になりました。ありがとうございました。 (Letter )

2023-06-01

伝統性と流行感覚備えてらして、羨ましいです。 (豆の莢)

2023-06-01

これは作品に大いに関係があるけれども、朝から「ロックンロール」を聞いた。 ニッポンブンガクデ、ニッポンヲアカルクシヨウ。 くるり - ロックンロール https://www.youtube.com/watch?v=YXgkortTFhY (Letter )

2023-06-01

おっ。そうか。 ロック系の方か? SAKANAMON / 「TSUMANNE~妄想バージョン~」 https://www.youtube.com/watch?v=NVkwv5AHkWM (つまらない)

2023-05-31

うん。こちらの作品は抒情、として成立されていると、私は思いました。感想ですが。 良い品をありがとうございます。 (じゃむ)

2023-05-31

この作品、非常にユーモラスであると思います。 その、この作品を一度スマフォ又はパソコンの前で諳んじていただきたいですね。 あわよくば、といったことが起こってしまうんでしょう(謎)。 一票です。 (あわよくば)

2023-05-31

感想です。 その、真面目な句、要は随句なのか、笑かしにかかっているのか、いや、僕がもう フラットに自由律俳句を読めなくなっているのですが。どちらにしろ成功されていると 思います。一票。 (豆の莢)

2023-05-31

ほう。音の神様でいらっしゃいましたか。 センスも良さげですね。作品に”Woke up laughing"被せると、流石にcoolです。 (shame)

2023-05-31

感想です。 凄く、身につまされますね。 「怒り」というのも昇華すれば「力」になる、という説もありつつ。 その、怒りでなく、感謝の念で通じあおうと努力すれば、たとえ、それが通じなくとも 第三者からそれは良い授けを受ける、と。 それが近代日本(私はこの射程距離を江戸後期に設定しています) の考え方の根底を成していると自習した。 そういう倫理観を担っているのは、なんであろうと。 江戸国学になれば、極端、仏教これは駄目だ、というところまで行ったらしい。 治安の為の仏教導入であったが、為政者に都合が良すぎるのではないか、と。 その、アゲインスト、民衆の反抗の余地、を残そうとした意図があったと。 一方で、 ともかく、冷静に見ても 今の国政の不安定を問題提起し、 「戦っている」姿に一票です。 (世界の回路)

2023-05-28

感想です。 ここに、その向こうの世界がどんなもんか 探りに行こうとした、自称すれば悪魔と格闘していた者がいるけれども ほとほと骨を折りながらも、なんとか明後日には仕事へ行けそうとして。 その、日本文学の術中に嵌まっている自分を冷静に見ました。 それで、別スレッド、沙一様の「言葉は言葉である」と言う旨の発言 それから稲垣足穂の「墓ばかり見ているんじゃなくて花や女の子のことを考えなさい」 というフレーズに はっ、したけれど それで、やっとこの詩に冷静に見ることができました。 自分語りが過ぎるけれど、やはり、嗅覚、ということに尽きて 嗅覚の鋭い方は、なぜか趣味性がいいんだよなと。謎。 (もう、触れることもない)

2023-05-28

学校で痛い経験をしたけれども、私はそれを詩にしなかった。 それが今の自身の不安定を生んでいるとすれば、痛恨を感じてしまう。 センテンス、文章として、ありかたがうつくしい。 (思い出)

2023-05-28

感想です。 その主体は、色を持っていないということは、自身の中に透明性を見出している ということだろうと。 私の経験則、そういう方は、難儀であると想像する。 というか最近、じぶんで、自身の主体性、ありかたが薄れていくのを感じて。 それで、今まで興味があったが足の遠のいていた「場所」へ行ってみました。 すっきりしました。 その、作中主体にはこれからどんな物語があるのか期待します。 それと「太鼓」の語の導入がテクニカルであると。 詩の期待度を高める意味で成功していると思います。 (色をもてたら)

2023-05-28

言葉は言葉。あくまでも言葉というフラットな視点に立てません。 そこで悩んでいる方が沢山いらっしゃると思われます。 書き手としては、そういうフラットな視点に読者に立っていただきたいと思いつつ また色々、考えてしまうんです。SNSに於いても。情けなしです。 (しけしけのしけしけのしけしけのぱれーど)

2023-05-28

よし、では持論を。 メディアとして話を広げると、やっぱり本とTwitterになるのですけれど 又吉直樹さんが自由律俳句の句集を共著で出してらっしゃるのですけれど 今、三冊かな、出してらっしゃって その、今又吉直樹さん自身で読みかえすと 「二冊目の方が仕事としてはしっかりできている」旨 ぽろっと言及されていました。 僕は「なるほど」と思ったのですが、二冊目の方が「随」に寄っています。 しかし、国語の教科書に載っているのは 一冊目の「カキフライが無いなら来なかった」なのです。確か。 その、随、ということをいえば、ボルカ様が仰るように、非常に真剣に書く ということで、これはTwitterでどんどん生産されている、#自由律俳句 と、紅茶猫様の作品とは、趣きが非常に、違う という風に、わたしは捉えているのです。 その自由律俳句として門が広がっていいに、こしたことはないとして 2000年くらいには自由律俳句は俳句の中の「鬼っ子」と呼称されていました。 しかし もろもろの問題にぶつかったときに、それは飽きる、ということも含めて 書くことすらやめてしまう、できなくなってしまうぞ、とも思うのです。 なので非常にむつかしいのですけれど しかしこれは私の反省なのですけれど、やはり人間力でもって もろもろの問題が整理されていない段階、浸透していない段階で 人は、わざを、ワークをしている。凄いと思います。 (生活の中の芸術の詩とは)

2023-05-26

あっ。すみませんでした。目が覚めました。 なるほど、と書いては失礼ですけれど私もその私見には同意致します。 といいますか、今、現在の俳壇の主流いいえ多くを担っている方の作品群が むつかしい、、、文語であるだけで、えー、だから、文語である、口語であることも これは言い仰せの内であって、言い仰せというのは、つまり修辞、レトリックであって これは、律とは関係が無いということ。わかります。 その、いや、むつかしいのですけれども、その自由律俳句側から、律というものを これは「内在律」というのですけれども、非常に和歌的な、自分の情動に合った 律を、これ 選択しましょう、という話で落ち着いてしまっている、事情がありまして。 まあこれ、内緒話になるんですけれども(内緒じゃない)、自由律俳句といいつつも 初期には、律は、五、五、五、でやってみたらどうか、これ、碧梧桐さんを探って みたのですけれど、色々試してらっしゃった。その、まだ自由律ではない、新興俳句と 呼ばれた時期ですね。 ただそれが、「層雲」や僕の所属していた「海紅」、碧梧桐が海紅に携わるときになると 「内在律」が定着している。その、律は、門人の各々に任す、と。 そうか、と。要は、口語も文語もレトリックなのだと。勉強になりました。 PS.北田傀子様という方がもう亡くなられているのですけれども 要は、自由律俳句という呼称をやめて、「随句(ずいく)」とよんだらどうでしょう、と 書いてらっしゃった、記事を今でも思い出します。 (生活の中の芸術の詩とは)

2023-05-25

感想です。ヒップホップだから、私は門外漢だけれども、その、取材したことと、押韻と日本語としてあまり窮屈していない、印象が是、好感が持てるだろうと。 その、2000年くらいは私もラップを聞いていて、その日本語の押韻について無理矢理 処理していた感は知っている。しかし、今はこうなっているのですね。一票です。 ただ >っていうより、悲しいかな「したいこと」 >それがこの詩で歌いたいこと というのが響いてきたのは、こう批評をしている今になってです。 (旅情)

2023-05-24

"shame"、っていうと、私はエアロスミスの何かのブルースのカバー曲を思い出す。 なかなか聞いてて気分が良い曲だった。 その、日本人が、いや、この日本人という語も、不安定に思うけれど その、文体が是、非常に「落語」を感じまして。いいな、と思ったわけです。 それは内容も重要なのだけれど、その、文体に尽きる良さかな、と。私の中で。一票です。 (shame)

2023-05-24

感想です。そんなにつまらないのかな、と。私は寧ろこわい。 つまらないと発する主体性の在り方を探ろうとする。探ろうとして、この作品に挙げられているもので、とくにつまらないものが、ない。難しい。 (つまらない)

2023-05-23

感想です。 やっぱり、巧いと思うフレーズが >だから今日も飯が美味い なのが、良いのか、悪いのか。その実際の火炎瓶すら普通の語として 私が接している時点で、私の方が感覚、麻痺しているんですよね、これ。 巧いな、と。 最後の回収の仕方もぬかりなく。それと非常にヒップホップ的でもあるのかな、と。 一票です。 (しけしけのしけしけのしけしけのぱれーど)

2023-05-23

感想です。まず、がんばれが言えなくなってしまった社会のムードがある。 次に、応援されるべき人、がいてされない人の立場が割とクールになってきた。 まあ説明しかしていないけれど複雑な反面、面白く、しかし この「スマホ」という語を選択すると、全くそれは、なんだろう 詩の、ネット詩の、原型を成してしまい、それで良いし、また悪くもあるのかな と。 その作者が、なにか読者のニーズに寄り過ぎているような気がして。 流行感覚、サービス精神なのかな、と。でも今のご時世が世知辛いので。一票です。 (きみにとどけ)

2023-05-23

うん。今自分の中で納得できました。 (完備『trace』嘆賞一例)

2023-05-22

非常にむつかしい。ちょっとヘルプポーズをとりつつ。 その、女性性というものがある、赤毛のアンがいる、それは凄まじいエネルギーを 持っており、しかし人間というのは、性のバリエイションを超えて 各々、エネルギーを秘めており、それを詩なり表現なりにして 発露するわけだとして。 たとい、ちょっと前に読んだTwitterのコメントで 大学の教授が 「お前はボードレールしないのか?」というこれ、ハラスメントがあったらしいと。 ただ、その、痴漢されたことがある、ストレートとしては、絶対言わない。 こんなことは。 ただ、その女性の仕事、ワークを讃えたいときに、その「凄い!」でいいのだけれど 「やばい!」で筆を置く、その「清さ」がこの批評文が提出された「本丸」でないかと。 私は難癖とかでなく、ぱっと放った言葉が、あとから読んで ああ、不味かったと、反省していますが。 ですから、これは「凄いワークです!」で清く、去り、「考えつづけること」が 私の答えであります。 (完備『trace』嘆賞一例)

2023-05-22

>しかし改めて、完備様も澤様も非常に「詩人たる赤毛のアン」されていますね(笑)。 あっ。つかめた。だからマシューはこういうこと言わない(笑)。書かない。 むつかしい・・・。 (完備『trace』嘆賞一例)

2023-05-22

いや、名言でなく、至言です。すみません。 (生活の中の芸術の詩とは)

2023-05-22

>私は、文語を使用することは律ではなく、レトリックだと思っております。 これは、名言だと「断定」します。 >それを律だと考える方には、なにより困惑を感じますが、ときには対立も発生します。 >ものすごく大きな断絶が生じてしまうためです。 これは盲点でありました。 その、結局、私は定型俳句も自由律俳句も応援したいのですが まさにこの断絶の中にあって、その穴に落ちてしまった。 そういうことは客観的に見て言えると思います。 (生活の中の芸術の詩とは)

2023-05-22

>文語を用いることが律の問題であるという根拠があるのでしょうか? その問題なのですけれど これは河東碧梧桐が、いろいろ、書いています。 ただ、そのいろいろ文献を当たっても私の現在の学習過程では全く彼に歯が立ちません。 もっと言えば私の智識のレンジの範囲にない、それは扱えない問題です。 たぶん、本が一冊書けるのではないか、もうあるのか?わかりませんけれども ひたすら、碧梧桐にあたるべきなのか、、、 ただそれをしちゃうとそれがライフワークになってしまうのですね。 それは、したくないという気持ちがあります。率直に言えばです。 ただそれだと逃げ口上になってしまうので追記しますと 「申し訳ありません、不勉強が過ぎました」です。 (生活の中の芸術の詩とは)

2023-05-22

整理されてきました。 その実際生活していると、自分が非常にオーソドキシーといいますか 要は「普通」だと思いこんでいたことが そのインターネットなり、文学体験を通じて、変わってしまうことがある。 その魔法なり、それをええと、吉本隆明さんは「文学にも毒はありますよ」 と言ったけれども、アンの魔法にね、「薬」を見出しても良いのだし また、マシューのスタンスで驚嘆しつつ、「それは何かがわからないのだけれど」 見守ってみる、というのもアリなのかな。 しかし改めて、完備様も澤様も非常に「詩人たる赤毛のアン」されていますね(笑)。 (完備『trace』嘆賞一例)

2023-05-22

>自由律俳句とは、五七五ではない、別の音数や長さの【短詩】のうち、何らかの理由で俳句と名乗る流派の作品群を指すと思います。 おはようございます。これは非常に深い指摘です。 その、これは自由律俳人、種田山頭火の全句集を通読していて、わかったことなのですが 彼は、要は大学に通っていたと。それでロシア語だったけか?そう、ロシア文学を せっせ翻訳していた背景があって、反対、日本語というものを非常に勉強していたわけですが その、要は揶揄する言い方だとインテリなのですけれど 彼も、元は五七五の俳句を創作して残っているのですけれども これがなかなか、読解するに その私としては リテラシー?の問題で むつかしく、で 山頭火は、これでは市井の文芸になってないとした見なしたのだな。と手前勝手に。 どこかの時点で山頭火は、自身のルビコン川を渡った つまり、この俳句では自己表現できない?のか、残らない?のか 夏の蝶勤行の瞼ややや重き から 今日の道のたんぽぽ咲いた までの距離。 しかし結局、僕の眼でみてなので話半分ですが 山頭火の、ベストの句は ほととぎすあすはあの山こえて行こう になると思うのですが、これは定型俳句の範疇です。口語ですけれど。 ですから、日本語というものを考えたときに非常にむずかしい問題なのですが 私はそこにあまり「詩」の問題というのを見ておらず 又、言ってしまえば、定型俳句の道というのは「ほととぎす」の道ですので。 いや、その道はいろいろ、分かれつつ、広がりつつ。 要は、時代の要請としてか、個人の想いか そのリテラシーの上げ下げの問題でそうなっていると 思いたい。 その本来からすれば私が擁護したい自由律俳句側からは 異論が噴出するかも知れませんが、その問題は共有したく思います。 (生活の中の芸術の詩とは)

2023-05-22

で、手前勝手な自分語りを。こういう自分語りを許すという意味でビーレビしか無いので。 その、「赤毛のアン」これを読みました。二度の通読ですが、いや、これが松本郁子氏の 訳で。 それで、私はマシュー・カスパートなのだな、と思った。 その、考え事に煮詰まったときは、妻に不道徳だと思われつつ 煙草を吸うところなんかは。 そして、妻が、私の妻がアンになるのだなと。 蛇足。それで、六月で桜が咲く、煙草を吸うというところで、稲垣足穂がこれ つかめた。わかったとは言わないです。ちょっとつかめた。 それで、性のバリエイションという問題を突くと、これは「赤毛のアン」が 非常にわかりやすいテキストであったから、その、読んで欲しいと思った次第で。 で、視差、作品に対する視差というものを考えたときに その、読者はこう読みたいという心の動きはあるだろうと。 私が「赤毛のアン」にマシュー・カスパートを見出して 最後まで、それは譲らなかった。 だから、たといその「痴漢」という語にひっかかって 私のようなマシュー・カスパートは、困惑するわけです。 それは、アンの魔法にかかるだろうと。 そして、その魔法に対しても、受け入れる気持ちと拒否したい気持ちはあるだろうと。 ともかく、最近は女性の時代になってきたけれども、そうすっと 私や、たといマシュー・カスパートに弟がいたとして これは非常に重要な宿題であったと。 ただ、ともかく私は結論を急いてしまって反省しているので スタンスとして早急な結論を避ける、意味でも一旦この スレッドを挙げておこうと。 キー:赤毛のアン  (完備『trace』嘆賞一例)

2023-05-21

おはようございます。 トビラ様が、男性であるか女性であるか、又は男性・女性の中性であるのか 又はわからないのか、ここでは問わないけれども 私の視点としても「そういう風に捉えたかった」という側面がありました。 しかし私は男性で、典型的な今では揶揄されるストレート、ヘテロ つまり性はバリエイションである、これがなかなか頭ではわかっても 体や心の方で納得しないし、できないから、考えつづけているのだけれども。 踏み込めば、 その、この論では、詩のストーリーをこう読みたい、こういう視点で読むという 自由は、その「やばい」の語で、これ、要は筆を置かれた、ということで 反対に担保する、そういう見方もできるだろうと。 自分語りですが、私は男性ですが、痴漢をされたことが、あります。 (完備『trace』嘆賞一例)

2023-05-21

これはなかなかむつかしい問題を孕んでいて 私は、作品に、その人間性を見出す、という甘い態度でいたけれども どうやら作品とテキスト、創作物、これが全く切り離されたタイプの書き手さんも いるようだ、ということでして。 そうならば、私があたらずとも、そのテキストのみを尊重する方が これは「読者」が、あたるべきであったと、これは痛恨です。 だから、これは非常にむつかしい。 ですから、最近はその作品に対するとき、「感想です」と明記しているのですが 初読の段階で、その作品に対してコメントという形であるが リード、を入れてしまったことをここに謝ります。 ごめんなさい。 だから、私にできることは、どうやらこうこうこういう、スタンスで挙げられた 作品らしいという言質を獲得しつつ それはまっさらな目の読者に届けるという方法をとるべき、だと判断しました。 なので、投票、これはしたのですが、作品を上げます。 (死姦)

2023-05-18

あっ。これは、よっぽど好きでないと書けないですね。 そのパソコンの前に座って、詩?クリエイティブライティングを読んで 「面白くて、笑う」、意外な、この体験が、自分にとって貴重でして こちらも感謝しかないです。ありがとうございました。 (ビバ、先週の衝動買い。 バイバイ、余裕。 こんにちは、心の安寧。)

2023-05-17

いや、「物を書く」に限定したことじゃないか。すいまへん。 (神様おねがい。)

2023-05-17

感想です。 >ただあなたに伝えようとすることだけを考えて >あなたからの視線で背中に水が流れる >天井からそんな私を見ている >だんだん私の体に戻ろうとする >少しずつ現実に戻らされていく 私が「良いな」と感じたのはこの部分です。 なかなか読み解くに感想の域では言えないですが 「物を書く」その、体感なり、じぶんの客観性があることも赤裸々 表現されているのだろうと。 わかるなぁ、と思いました。このわかる、は何となく、ですが。 ありがとうございます。 (神様おねがい。)

2023-05-17

返信ありがとうございます。 ん~、・・・ >私は自分の詩が良いのか、分からなくなる時があります。 大切なコメントありがとうございます。 私のスタンスとしては「良い」です。羨ましいくらいです。 (コバルトブルーの涙)

2023-05-17

たわし様、コメント返信ありがとうございます。「残念系」ですね。 そっちに探りを入れて、また読みかえしてみたいと思います。 (愚作三昧)

2023-05-16

いや、生意気でした。追記します。 センス抜群であるとして、それは要はホームランであるから 他の方は凄い!と思って、終わってしまう、そういう惜しさがあるのかな、と。 あっ。黒髪さんが書いてますね。心。心を描写するタイプの書き手さんなのですね。 メモメモ。 (コバルトブルーの涙)

2023-05-16

サルベージして感想です。二作目ですね。 こんなロマンチックな世界観なのに、 >明るさはいつも影を落とす この一行の現実認識が、ドスッと効いてきます。 その、失礼かも知れないですが、センス抜群として、そのセンスを言い当てようと いうのが・・・ふりきってホームランなのではないかと。 私は感想マンですけれども、批評家泣かせ、であるかな、と思いまして おすすめは「ゴーイング・マイ・ウェイ」です。生意気ですみません。 (コバルトブルーの涙)

2023-05-16

先生こんばんは。感想です(批評はやめました)。 例えば煩悩?みたいなものがあり、それが人間にとって生きる為に必要だとして その、煩悩が、人によっては、強靭なエネルギーだとして、例えば高圧電流みたいな。 そういうものを抱えている方がいらっしゃる、というか、僕はこれ、先生だと感じたわけです。 なぜ先生の作品を読むとスカッとするのか、美しいと思うのか これ、要はその強靭なエネルギーのコントロールの心得が、ある、というか 自身で身つけたのではないかと勘ぐっております。 但し、その努力面、まで突っ込むのは野暮でしょう、というところで。 勿論、一票です。 眼福です。 (常磐 未来)

2023-05-16

感想です。たぶん、私の分野(謎)ですね。町田康さんの文体のリズムを感じます。 かずやさんは町田康さんであったのでしょうか(謎ボール)。 私も情報量の多い作品を書いたことがあるのですが、これは詩ではないと言われ泣きました。 だから応援させて下さい。単純、面白いです。一票です。 (ビバ、先週の衝動買い。 バイバイ、余裕。 こんにちは、心の安寧。)

2023-05-16

こんばんは。感想です。 私は細部の読み込みが甘いところがあるのですが 何年も忘れられた田んぼ、の景に注目してみました。 実家が農家だったのでしょうか。そしてそれをよしてしまったのでしょうか。 勝手、自分を見出しているかも知れませんが勘弁、 私の実体験に基づいて、それはヒリヒリとした痛み、を覚えました。一票です。 (ムラサキサギゴケ)

2023-05-16

こんにちは。感想です。 その、語られている内容は、これ、かなり寂しいことなのだけれど どこかトーンとして諦めを伴いつつ、明るい印象を受けました。 >夜桜を見れど過去とは違う花 >人の心は思い出なぞる この最後、和歌、を置かれたのが憎いなぁと思いました。 しかし、この、和歌が一筋縄でいきそうにないので、これは感想の範囲で言えないです。 読まれた方おのおの想うことがあるのではないでしょうか。 (雑踏にて)

2023-05-16

返信ありがとうございます。 すんまへん、未来の自分へ向けて、激入れているので・・・。 それで責めている感じに受けとられたら申し訳ありません。 ですから、最近よく言っているのは、共に励ましあっていきましょう、です。 こちらこそ、ありがとう返し。 (敗北)

2023-05-16

感想コメントで済ませてしまったので付記します。 たけだたもつ様 おはようございます。いつも尊敬の念を抱いております。 真剣書きます。 いちいちかっこいい。私もそう思います。 その最近、その「仮想敵」という語に当たりまして その自分の中に「敵」という概念が、ふっと落りてきまして悶々としたわけですが これも、健康的なライバル関係もあれば、そうでない関係もあるだろうかと。 ただこの作品に関する限り、その色々、自分にとって悩ましい対象が挙げられつつ 結果として、作者のピュアネスといいますか 純粋さを、保つ為に必須なんだと、こう解釈といったらおかしいですけれど 胸を突く、思いがありました。 そして、そのピュア、純粋さというところに焦点を当てましたところ >駅にムササビがいて、とても迷惑なんです >かの女はおれにいった この二行の、センテンス、ドラマ、それに、ロマンチックなものも感じました。 それで前述した「感想」に至った次第であります。 と、書いても、やはり私がそういう風に「観たい」からで やはり、それは「きれいごと」の範疇に収まってしまいます。 襟を正された想いです。 (駅にムササビが)

2023-05-16

おはようございます。 あっ、悟る、というのは・・・澤様は、新たな天地まで行きましたか。 しかし、手前勝手ですが、このイントロなりは、まあビーレビューに残るとして その斎藤茂吉が「赤光」を出した、さまざまな意見があり、自分でおもうところあり 「改訂版」を出すのですが、今残っているのは、これは「オリジナル」の方で 「改訂版」で訂正された箇所が、実は書き手がいちばん訴えたいことだったりするのかな と。 >それにしてもあの「白いブランコ」にはやられましたね。全容が見えたときの快楽といったらなかった、こんな高度な修辞にはめったにお目にかかれません。 私は、その色、というものに疎いので それをフェティッシュではないか?で片づけたが、その読者というのは、非常にこれは 読み込んでいますね。反対にそのそれを自分の言葉で書ける方が またハードルが高いので、澤様の才が生きたとして >わたしは逆に楽才が皆無なので詩を断筆しました。つまり詩才は楽才にほかならないと確信しています、現にミューズも辯才天も楽神じゃありませんか。 今月二品、提出されておりますが、ワーク、いや、アート、このレベルになると これはもはや「詩」。 自分の眼が信じられない身としても、今三百点を狙いにいって書いているので まあ、七十点くらいは言い得ているかなと思います。 そして、完備さんの推薦文とこちらの推薦文ならば、私はこちらをとります。 そういう意味でも初め、「私はこちらの席に座るべきでした」。 私も、明治又、江戸後期がポイントだと考えております。 ともに励んで下さるのでしたら、こんな嬉しいことはありません。感謝です。 (蛾兆ボルカ『青い空の下だと銀色の車は青い』読解一例)

2023-05-16

その通りです。バッシリ、語意を拾って下さりありがとうございます。 その、批評家で小林秀雄さんという方がいらっしゃいました。 この方は、私のような清算主義に走りませんでした。 いつまでも考えつづける、考えつづけること、納得まで落とし込む。 それが批評家という仕事を生んだ、確立したといえるでしょう。 しかし、私はビーレビューに携わりつつ、他に仕事を持っています。 その多忙な中で、問題を考えつづけるのが、うっとおしいわけです。 だから、これは出来ない、と思いました。 だから私のスタンスは清算主義なのです。といってそのうっとおしさを 丸ごと排することもできない。未徹底なのです。 だからこの作品に思うところがありました。それで一票なのです。 (わからないものはわからない)

2023-05-15

いやあ、先月の私とは思えないほど、毒舌をかましていて申し訳ない。 マジで何こいつ「田中恭平」(笑)。 >中身の人は、ポリコレどこ吹く風の、時代遅れとんでも男です。 はい。言質とれましたので、現場からは以上です。 私の思うところ「いすき」様が代弁してくれております。 (死姦)

2023-05-15

感想を、つけたいのだけれども、ちょっと困ってしまう。 要は、静か、この共感文化みたいなものを、くすぐってやろうと、それは自然に なのだけれど、要は今の自分を誇っている?のか。 他の方の意見も聞きたいので、上げておく。お気に入りにはしておきます。 (なんでこの音で動くの?)

2023-05-15

感想です。やはり「家族」の存在が大きいのではないかと。ここに「大義」を見るか、 私は「大義」を見る。お父さんはやるのだな、と見せなければ。 私の中では勝利です。応援しております。 (敗北)

2023-05-15

感想です。なかなか透明、眩しい作品で、わけのわからない文章を沢山書いてきた (いたたたた)私には新鮮です。これはビーレビ杯不参加で良かったのか?一点の疑問はそこです。 (いのり)

2023-05-15

おおっ。ヒントになられたらありがたいです。 それが、私もその筋を探ろうとしていた時期がありますが、未だ墓参りもせずで。 なにか、黒髪さんとは、息が、合うのですよね、不思議な縁で。 質問に応えて下さり感謝です。(*^^*) (頭上)

2023-05-15

>駅にムササビがいて、とても迷惑なんです >かの女はおれにいった この冒頭二行をスナップしたらさぞ美しい画ができあがりそうですが そうはいかない。なぜなら社会は複雑だし、なにせ「おれ」は写真の中に 収まってはいられないから。だから反転して、人生は続く。だから人生は終わっていない。 (駅にムササビが)

2023-05-15

そこはか、ハードロック、メタルに通じるタフさを感じましたが これは言いすぎでしょうか? その展開が、今後、様式美に至る可能性を期待してしまいます。 (頭上)

2023-05-15

感想です。「サンキュー!ミスター・レッサー」の言葉を先に。 身につまされる作品です。分からないことは分からないと言える勇気。あなたは持てますか? 問いかけてきます。私は清算主義です。しかしといって人間、頭の中と言えば宿題だらけ。 まるで共鳴する。現代をサバイブする為に必読の作品か? (わからないものはわからない)

2023-05-15

感想です。作品の構造としては、まず道理を説き、そして自己の信仰を告白する。 念じ、花ひらく、イメージを感じましたが、これは前作などの踏襲としてのことかと。 しかし今作では「タフさ」、その、道理を「空」一点に絞ることによって 強固になっていると思われます。 (頭上)

2023-05-15

すいません、補足したいので書きます。 曖昧な記憶で書いてしまいましたが その、芥川龍之介「歯車」を読みかえしたところ、作中主体は色に、神経質になっている と書き換えます。 ともかく、こういった色彩に特化した作品の系譜があることに 気づいていたようで全く気づかなかった自分がいたことは確かで 痛恨の念を覚えた、ということです。 (蛾兆ボルカ『青い空の下だと銀色の車は青い』読解一例)

2023-05-15

本当に、投票の為のコメントになってしまって申し訳ないのですけれど、その推薦者、澤様の 実体験からイントロされて、これは席に座れないと思ったのです。 だから、今三十六歳なりに、こうコメントしようしたときに、「色彩」についていえば 芥川龍之介の遺作で、あっ、「歯車」か、その作中主体=芥川?は 色というものを、非常に険悪している様子が描かれています。 斎藤茂吉の歌集「赤光」の改訂版が出たよ、なんて聞くとその「赤」に 反応してビクッとしています。 それで、自分は音楽的に、リズムに重きを置いて書いてきましたが その「浄土」の語が出ましたとき、非常に痛恨したわけです。 ああ、耳ばかりで、眼を磨いていなかった、と。 しかしこんな言葉も、全くなんとかこしらえたような意見ですから もう、投票と、他の方にも読んで欲しいという意味でのコメントですから すみません。 北園克衛というあたらしいキーの提出に、また学べると思います。 その、自分がなんでそのジメジメとした体質の近代小説なり詩を 愛読するのかといいますと、やはりその、悲劇の原因を知りたい、と それをとりのぞけば、悲劇は避けられる、という下心が少しあったわけです。 ただ最近、やはり、自分の身内に不幸があり、これは書けないのですけれど それから、ちょっとその読み方が変わったように思います。 それで、まあ未だちょっと混乱はありつつ 人様の為に尽くそうと生きて、いつか、その身内の不幸について自分で ぶつかってみたいと思います。 (蛾兆ボルカ『青い空の下だと銀色の車は青い』読解一例)

2023-05-15

それはその、レス専というのはこれは「読者」ですし 反対に、中途半端、詩人の眼を持ってしまったことに対する弊害もひしひし感じています。 あっ、文学の毒?が回っているな、と。 これは、ある程度書いてみないと分からなかったですね。 魅力、魅力ですね、大切なことは書いておかないと。 >詩はコミュニケーションの手段ではありません、人と対峙したいなら人そのものに対峙するべきで、詩評にかまけるのは的はずれです。 今から、 ・拙文『蛾兆ボルカ『青い空の下だと銀色の車は青い』読解一例』 を勉強します。 いえいえ、本当に、こちらこそ、幸せでございます。 それは作品で応えていこうと思います。 意外な展開(; ・`д・´) (完備『trace』嘆賞一例)

2023-05-15

納得しました。 熱いものを感じました。 >作者の意図など関係なく、魅力的な詩は勝手にこうなるのです。詩人にはぜひ、よけいなことを考えず、ただひたすら魅力を追求していただきたいですね。 これは私の言葉ですが、「道理」の極みであります。 私は「情け」も大切にするけれども、それが心にふっと湧くのは仕方ないとして もっと批評性を鍛錬、身に着けなければなりません。 ズドン、と胸を突かれました。清々しいくらいでありますm(__)m!!ありがとうございました。 (完備『trace』嘆賞一例)

2023-05-14

いや、250点? 完備さん、怒るかな、怒るだろうなぁ。 どういうスタンスで怒るかわからないけれども、すんまへん。 そういう意味で、私はテキスト至上主義には至れないのです。 といって、自分の眼は信用ならないから、今後はこのサイトでは「感想」の範疇にとどめて コメントします。 (完備『trace』嘆賞一例)

2023-05-13

まず、類様に対し、遅れた発言になりましたが、お悔やみ申し上げます。 そして、そのコメントを残された 詩に対する誠実な態度に、何と申したらいいか、、、すみません。 * そして澤あづさ様へ ちょっと安心致しました。 私は、その自分には、批評性がこれ少しはこれはあるだろうと思っていましたが これが、全く信用に足らなくなりました。 といって、今までコメントをつけた作品に対しては、これは誠実、行ってきましたが この作品を通じて、ガラリと変わってしまいました。 ほんとうの所、それに不思議なものを感じて、それをお酒やガマの油に 例えられる気持ちが分かります。アブサン、なんてものもあるでしょう。 その、詩人の眼、批評家の眼、これは違う。 多分、このコメントのやりとりをみても、詩人側からしたらちょっと 「田中恭平、八時間、思考しろ」、と不満があるかも知れない。 しかし、それは勘弁して下さい。 そしてもう一つ安心します。 その「これだけの作品を提出された作者には、もっと期待してしまう気持ち」、情ですね この人間の自然な気持ちを、テキスト至上主義は・・・どうなのでしょう 否定するも、しないもないのかな? だからもっと、伸び伸び書いてもいいし、あの、冒険してもいいわけでしょう。 しかし冒険をすれば、やはり、僕の経験則、これは250点くらいになるのかな、と。 その、澤様としましては 本音のところで、どうなのですか。やっぱり完備さんでも他の詩人さんの方でも バンバン、300点持ってきて欲しいのでしょうか。 すんまへん、意地悪じゃないんですよ。これは与太話の範疇で良いと思いますし 知りたい方も多いと思うのです。 (完備『trace』嘆賞一例)

2023-05-13

カジュアルウェアを着て対峙する推薦文では無いと思いました。 いえ、実際はウィンドウの前にいる自分は、だらしない恰好をしているけれど 今日はこの推薦文に対峙する為、二時間、思考したけれども 推薦者と意見を同時にして「ヤバい」にしか、結論が達しなかった。 それじゃ足らないというのなら、もっとする。 他にも何か作品でアプローチできる点はないか、探ってみました。 例えば、音律、語の配置、他の方の評。 さまざま思案したけれど、これは僕の中で、推薦者の提示した評 これを越えるものがなかった。 いや、主観に於いて、多くが、ほとんどが、優れているけれども だから反対に言ってしまえば、優れているものが多いがゆえに「ヤバい」に 辿り着けないのかな、と。 その、リリースされて、数回の通読に於いて、その「ヤバい」に到達でき コメントした方、これは推薦者しかいなかった。 なので、私は反省するに至った。その音律の美しさにとらわれて 書き手の切実さまで届かなかった自分を省みる。 その、詩は多義的である、という先入観によって 大切なものを見落としてしまう可能性があるぞ、と頬をはたかれたようです。 (完備『trace』嘆賞一例)

2023-05-12

スマフォから拝読しましたが、(笑) なぜに私の涙腺を緩ませるのでしょう。 ありがとうございました。貴重な体験でした。感謝。 (忘水)

2023-05-11

すいません、何か熱っぽく、自分語りしてしまいまして 加えて、歌、みそひともじ、はやはり、みそひともじ、で読まれるべきで それは意訳ではなく、独断的な超訳ですけれども 歌を、やはりばらばらにしてしまったことに、自分で これはいけないことをした、と「痛恨の極み」を感じています。 その、「塚本邦雄も口語してた」なんて説があって それは私の勉強不足なのですけれど 鷹枕可様が今後その口語の方へ自身をふったとしても それは私の中で「あり」、なのです。 ただその、口語の短歌というのはそもそも 「短歌の最終の問題」であって さいきんの風潮としては、みんな伝統を踏まずして 口語の短歌を創作している。 基礎を踏まずして最後の問題ばかりしている。 これが僕の中で、もやもやする。 え?反対じゃない?その読解に労する歌にもやもやするのでは。 これは「今」と仮定しておくとして、僕のスタンスは明確にそれは違う それは、歌というのはその「微妙」 この語も意味が変わってしまったけれど「微かな妙」ですよね、 それを「味わう」ものであるから、と。 これで今作のコメントの最後の追記になります。本当に失礼しました。 ありがとうございました。 (忘水)

2023-05-11

>そもそも、読解しなければならない様な歌が流行る時世ではございませんので、何をしているのか、とも思いますが 僕は重要なワークだと思っています。 自分語り、経験則になりますけれど その、東京のマイルドヤンキーだったとしても 老舗の居酒屋なんかで、マナーがあって、その中心で先生にあたる方が 「塚本邦夫さんが」なんてポロッと言ったとする。 そこで、やっぱり、「ああ、皇帝ペンギン飼育係のね」なんて さらっと応えられて、それは文化事業とかでなくて、本当の文化だと 私は考えているので。coolってそういうことだと思います。 その、そもそも、歌はベストセラーではなくて 詩もそういう側面があるのだけれど、こうしてビーレビューの作家さん方が 頑張ってらっしゃる。 僕はそれはどちらも有意義であると思っています。 無為なことじゃない。僕はそう思います。応援しております。 (忘水)

2023-05-10

>白村江といへ国家を昏き軍艦唱歌転調ののち彌撒曲に法悦 白村江のたたかい、があるけれどやはり「白」の色彩を念頭にする。 に比して、国家が昏い、夕方の「オレンジ」から夜の「黒」まで行く。 では、肝心の「歌」はどうなのか。 軍艦唱歌、それはひとときは健康に響いた歌かも知れないけれど 「軍艦」の語が、響きがやはり暗く、しかし転調、彌撒曲、これはミサ曲だと思うけれど 「白さ」に行く、イメージ、そこに法悦。救いがある。 白→黒→黒→白 最後の、白、が個人的な経験に負っているというところが 現代的かなぁと。 この歌には私の思い入れもあり、追記コメントしたかった、です。 (忘水)

2023-05-10

ちょいと寄らせていただきます。 なにか、あんれ?こんな明るいっていうかポップ?だったかなという印象。 僕の方が心象が暗い説もあるのですけれど。 >きのふなき走馬燈に緋牡丹降りて沸く謡曲「北斎」があはれつぎはぎ きのふなき走馬燈、っていうのが味がありますね。 何か、心象の変化みたいなものがあって、今宵はその、走馬燈がある と読むか。取り敢えず。 >緋牡丹降りて沸く謡曲「北斎」が 謡曲の北斎、の選択が憎いですな。憎いですな、って僕は誰なんだ 絵というか字ずらと歌としての音、両取りでいくぜ!ってことですね。 >あはれつぎはぎ ここで時代的な批評?が入るわけだ 自分の歌を客観的に捉えてそう結句したのかも知れないけれど。 きのうなかった走馬燈が立ち現われ、それは反対リアルな、緋牡丹がボトッと落ちて その瞬間、耳に、謡曲「北斎」が流れたのだけれど、それはつぎはぎされたもの まあ青少年の為に、超訳する人なんですけれど、これはすんまへん これだけでもポップですよね 諳んじてカッコいいし。 cool!! (忘水)

2023-05-09

すみません。連投コメです。スマートフォンからの書き込みを行ったのですが これ、批評は無理でした。 その、西脇順三郎が、萩原朔太郎を読んで「笑った」「詩を好きになった」って ことを読んで、あれ?朔太郎ってそんな笑えるものか、ってピンと来なかったんですね。 で、西脇順三郎の「旅人かへらず」?を読んで、その西脇順三郎の言などを読むと 要は、詩は脳をフルに活性化させる、って自分解釈なんですけれど 面白いし、脳を活性化させるし、それに「笑える」ってことがくっついてくるんじゃないかと。 確かに他の方の評にあるように、それは美しい世界、筆致なのですけれど >きみは鈴なりのクロガネモチを見たことがあるか。 のイントロで、「あっ、ない」ってふっと笑ってしまう自分がいて グイグイ引き込まれたのですけれど、これって西脇順三郎体験を今、俺はしてるんじゃないか説 が出てきて、また読み直して、あっおもしろいな、と思いました。 ありがとうございました。一票です。 (恋愛に関するあるひとつのエスキース)

2023-05-09

連投コメント失礼します。スマートフォンで、自分のコメントができるか試したのですが やはり批評となると無理でした。失礼しました。 その、まず芥川龍之介の「戯作三昧」があって、それは馬琴のことを扱った作なのですが その「戯作」というのは要は、エンターテイメントなわけです。 まあ戯作、といい仰せにも、この作の愚作に似た自虐的な含みがあります。 で、芥川が、その馬琴の私生活について書いているわけですが過分に 芥川の批評性が、出ている。ときどき、これは芥川自身のことを書いているのではないか という創作のシーンなどが挿しこまれる。 まあ面白いものを書こうとして、馬琴も芥川も真剣なわけですね。いや、本気です。 それが色々なことが起こって、歴史的には馬琴は眼を失いますし、芥川も眼に「歯車」が見えちゃうなんてことになります。それでも書く、この志の高さはなんでしょう。 この作品では、今までのたわしさんの作から一歩踏み出たところにある作品だと思います。 エンターテイメントな意識は失わずとも、読んでいくうちに段々 意識的か、無意識的か、暗い、怖い方へ流れてゆく感覚が湧きました。 そしてその一回の印象が何度も目を通してゆく内に 作品全体のテイストとして認識されます。僕だけでしょうか。 その、怖いことを書きます、と書いて書かれているわけではないのでしょうが 最近読んだ詩の中では、一等こわい詩のように思われるのです。 長々失礼しました。ありがとうございます。一票です。 追記 仕事中、昨日はこの作品のことばかり考えていました。 (愚作三昧)

2023-05-09

>きみは鈴なりのクロガネモチを見たことがあるか。 ってイントロから勝ちに行ってると思います。見たことがあるか/ないか、の前に 一体何を指しての話だろうというところで引き込むからです。 (恋愛に関するあるひとつのエスキース)

2023-05-08

あっ。 或る阿呆の一生だった。   お笑い芸人の漫才を聞いていて それはとても怖いことを言っている と思うときがあります。 (愚作三昧)

2023-05-08

これは芥川の戯作三昧と 在る阿呆の一生じゃないかと。 テイストとしては 悲哀というか暗めにふっている と思います。 私はシリアスに読みました。 (愚作三昧)

2023-05-08

Thukinikoさん、おはよう! いてててて。やっぱり痛いところを突く、「読める」方ですね('ω') しかし、ちぃと、手を広げ過ぎたといいますか、自由詩は 花、と書いたけれど、いちりんの花で、その日本人として 小さなものを慈しむ心があるだろうと それで、今は俳句に注目しています。 その評はドストライクで刺さった。すんまへん。ありがとうございます。 応援しています。 キー:自由と不自由 小さきものと日本人 俳句 詩は言葉の花束 (未詩)

2023-05-06

紅茶猫様 ありがとうございます。 返信記しておきました。紅茶を嗜みながらごゆるり読んでいただければ。 キー:アーカイヴ ディグる (未詩)

2023-05-06

コメント、丁寧にお読みくださりたいへん感謝しております。 その、自分の作品について何か語ること、これはセルフ・ツッコミとしてコメント したのこともあり、まあ最近よく聞く、その後は読者に託す、解釈も託す、として >近未来小説を装いながら 過分に、このテキスト 19世紀、20世紀の文学の、勿論それがすべてではないとしつつ 私の周辺にあるものは、これ、盛り込みました。 過分に、それはポップミュージック的な、ロックミュージック的な 編集手法でもって、のぞんだけれども、それは「詩ではない」という一点の評をもって 私は、私の表現は「負けた」、と考えております。 詳しくこれは、紅茶猫様だけに限らず、のち、このログを認めた方に向けても 書いておくべきことですが その人間性の豊かさを、自然の豊かさを、心の豊かさを詠う文学の系譜と 実際、それに漏れてしまう人間の業の深さをも詠う文学の系譜がある、として 今、私は時代の要請に従って、後者を極力、排する方向へ向かっていると考えています。 それは陰謀論とか何か画策があってではなくて 例えば、煙草の喫煙マナーについてこれはたいへん厳しくなっているのと 同じ様に、人類全体のエゴー、煩悩の方向性として 「こっちの方がいいよね」と、無意識、向かっているのであって その先にどんなことが待っているか、お知りになりたいのであれば それはジョージ・オーウェル、ハックスリーを一読なさってみてはと思うのです。いや ですが、時代の先読みしてしまうと、それはスリル、が無くなりますけれども。 「文学というのはそもそもこれ、毒であり、書き手であるのならば  その毒が自身に回っていることに自覚的であってもいいのではないのでしょうか」 これは吉本隆明氏の言に寄りますが 例えばこれはアニメになりますと、宮崎駿さんなどは自覚的であり その要はアニメというものは害のあるものであります、それでも作ります と「風立ちぬ」で主人公にバンバン、煙草を吸わせるわけです。 そういう表現をされること自体、やはりアニメは「負けつつ進む」気概があります。 すんまへん、やはり過分にディストピア文学に染まった自分がおりまして 且つ、自分が主観的であることを考えましても、何か恥ずかしいのですが やはり私は気概がなく、詩を失った、のです。 いや、その分、俳句という文学の型は強いと思いますよ~(^_-)-☆ キー:散文詩 シュルレアリスム ビート派 言葉遊び 俳諧 押韻 デベイズマン     セリーヌ 編集技法 ロックミュージック ナンセンス    ネットへの即時性アップ (2063)

2023-05-06

ありがとうございます。 英文学に関してはとてもうとくて、ただキーツという方の作はどこかで 白洲次郎が愛読していたと読みまして、熱心読みました。 音律を重視する系譜ではキーツ~テニスンはこれは根っこのところで 何かあるだろうと、ミーハーに勘ぐっているのですけれど・・・ 英文学。読まなければならないなと思いました。 ありがとうございました。 キー:音律 テニスン キーツ 白洲次郎  (未詩)

2023-05-06

>大江健三郎「信仰を持たない者の祈り」 拝聴させていただきました。ありがとうございました。 聞きながら、それは大江健三郎氏の「確固とした主体性の在り方」を思いました。 その信仰をこれ、やめたとして、それは日本的霊性、その世界観の内に抱かれる このロジックなのですけれど、それは「確固とした主体性の在り方」という ものを、勝手、のけてしまっており それはわたくしが、自分の主体性をこれ、性分として嫌っているのかな 何回も、あっ、これはやらかしてしまった、と気づかされました。 ですので、やはり、このサイトのコメント欄丸ごと含めて批評が成立すること これに助けられます。蛾兆ボルカ様、ありがとうございました。 そしてその祈り、ですが、自分のことをかえりみて祈ること ともかくもそこに重きを置く、そして真剣生きるということ これは・・・できていなかったと思います。 そもそも「無信仰の祈り」、頭でっかちなもので、あっ そういう いえ、そのような立場から祈りがあっても良いのかと。 少し軽いショックにくらくらしつつ今何とかともかくこのコメントを 書こうとしているのですけれども。 中段にあっては蛾兆ボルカ様にしてみては、すいません そんなインスタントに奇跡は起こりますか、違うでしょう!!と こう、熱いエネルギーをビシバシと感じまして そして、そのインスタントな態度の究極が「窃盗」なんですれど、最悪で・・・。 もう昔のじぶんをかえりみて、何やっているのだか、といった印象です。 本当にありがとうございました!! 何かこれだけのコメントを書くのに 三時間かかってしまいました(笑)。 眠りなおします!! (ビーレビューという道、「キラキラ」して。或いは自分語り。)

2023-05-06

こちらこそ、この作品はギリギリなところから書かれたものだと思っており その切実さにTwitterですが何人かの方が反応してくれました。 思いは届いています。応援しています。 (食べては吐いて)

2023-05-05

澤あづさ様たいへんに失礼しました。 とにかく、話に勝手話に入ったことも失礼に値しますし そのお二人の関係性をとおく眺めるアングルには私は欠いておりまして そもそもビーレビの歴史的なものが、ごっそり私から抜けています。 勉強せい、という話です。 本当にそれは失礼でありました。 やはり澤様が仰るように、いすき様よりレスポンスがない状態なので 要は態度として、どうなのかと。 それはやはり、いすき様の個人的な問題であることなのだと、ここに同意します。 それはそうだと思う次第であります。 といいますか、本当に自分というものは 人の心を考えるということに弱いと自覚しておりまして その、ビーレビは去りますからといいつつも、色々な課題、宿題を ビーレビ内で抱えてしまい、澤様に対して、「去る、去る詐欺」みたいなことを してしまっている、これを今猛省してしまっていることを告白します。 去る、タイミングを失ってしまっているのです。 本当にすみません。ごめんなさいです!!m(__)m (大賞レースをみうらに任せてみないか?)

2023-05-05

あっ、そうなんですか。ユリイカ! といいますか武田地球様、たいへんじゃないですかっていうかツボで爆笑してるんですけれど(笑)。 すんまへん、先の批評、もう一度練り直す?てか私の宿題はいつ終わるのだ? 現場からは以上です。 (死姦)

2023-05-05

やばいな。 これじゃあ打ち上げ花火になってスレッドが下がってしまう。 作者は芸術論ではなく、手さぐりで詩を紡ぐしかない状況に 身を置いたが、それはあたらしいネット詩を確立する上で、重要なワークだろう。 だから、その手がかりを自分の「身体」「リアル」に求めた。 しかしこれ、伝説的詩人アルトーと同じ態度である。 アルトーは病気を抱えがちで、要は身体の「器官」というものに 邪魔くささを感じ(なんで身体は俺を苦しめる!) それら器官がごっそりなくなって、内面だけで運動できたら どれだけ自由だろうと断定した。 他にも色々興味深いことは記しているが、後の哲学者に影響を与えたのは この「器官なき身体」という概念に尽きる。 しかし、この作者はそんな泣き言で終わらない。生きなければいけないからだ。 それは生かされている、という状態と奇妙に転換しつつ、 アルトーの言がファンタジー、希望であるならば、 作者はリアルから発展した、イマジネーション、綺想、ギリギリのところを狙う。 というか、そうなってしまったのはダウナーに作をふったからだ。 ともかくも、食べなきゃいけないのは、また吐くのは、人間の体がそうなっているからだし 病気になるのも、治らないのも、人間の体がそうなっているからだ 当たり前といえば当たり前なのだが、それでも、食べては吐いて。 その切実さが訴えてくる。 勿論「リアル」側から、他者との関係性までイメージは広がるし (アルトーは孤独であった)作者は他者との関係性の中に 何とか救いの一筋を見出そうとする。 「救いの形が、美しい形では、実は無いのではないか」 「救いと言葉はきれいだが、実際もっと生々しいものかも知れないぞ」 これは裏で鳴っているメッセージだと考えている。 一応、この作品を肯定する意図でアルトーを持ち出したが それは作者の本意ではないであろう。それは申し訳ないと思っている。 またこう、批評をしても手さぐりで詩作されている作者への これは失礼にあたると思うので詫びます。ごめんなさい。 ただ、私の百、否、一票の、意図が伝わればいいと考えている。 これで、運営さんも、私の一票を無効にはできまい。 (食べては吐いて)

2023-05-05

ふむふむ。 文体論に帰すれば、私の印象では、最後のその言いたいことを、逆算する形で 要は、読者を強引にリードしている印象があって、まあ、それぞれの語の定義からして 曖昧なわけです。 例えば、エゴーの訳が自我、なんですけれど、そもそも自我、なんて言葉 肌感覚でとおいんですよ。だから、僕の場合はegoにぶち合ったとき 私は、自分の周辺から言葉を捜す、ってこともやってみるわけです。 そうすっと、ああ、エゴってこれ、自我じゃなくて要は、煩悩じゃん、とか。 フェミってる、って言葉とか、逐一、とおいのですよ。要はすべっている印象があって まあそういうレトリック、説き伏せ、には当然、僕は「そうは問屋が下ろさねぇ」 になるのですけれど。 だって、そういう説き伏せに逐一付き合っていたら めちゃくちゃなことになりますよね。 「オン・ザ・ロード」ってアメリカ文学に「大先生に新思想を吹き込むな」 って台詞があるのですけど、確立した相手、読者という地盤、に対して その自分のメッセージングをしたいとして、そのつぶさな努力が足らない。 やっぱり、三浦さんが仰るように、作品自体より、それがどういう環境を得て 発話されているのか、とか、どういう方なのだろう、この方は、って方がでかいですね。 (死姦)

2023-05-05

どうやら睡眠不足で、コメントが荒れ気味なので眠ります。 いすき様 澤あづさ様 申し訳ありませんでした。失礼します。 (大賞レースをみうらに任せてみないか?)

2023-05-05

御免なさい、これ、凄い重要なことを話されていると思うのですよ。 その、ポエマーという独特な、ある意味微妙なニュアンスで書かれていますが その、昔、東京にいたときに、Tシャツ姿で高島屋さんに行けるか論争みたいの 友達としたのですね。 Tシャツ、要はこんなカジュアルウェアでジーパンな姿で 高島屋さんへ、要は格のあるお店に入れるか? いや、比喩ですよ、ポエマーはカジュアルウェアーな人ではないし 澤あづさ様は高島屋さんではないとして しかし、その、文学極道で創造大賞を獲得された方で・・・。 その、結局、その時は高島屋には行けないよわれわれは、となってしまったのですけど でもいつかそのTシャツ姿で勇気ふりしぼって 高島屋さんに行ってメーカー、ではなくて、ブランド品を買いたいと思う。 しかし今はその時期ではない、とか 勝手な妄想も過分にありつつ、分かるなーと思いました。 (大賞レースをみうらに任せてみないか?)

2023-05-05

ダウナーにふったか。書ききっている。批評できません、というのも一つの批評だろ。 この作品、本当は百票くらい入れたいもんだ。しかし一票入れる。それで勘弁だ。 (食べては吐いて)

2023-05-05

再レス失礼。 その、僕はこの作、肯定派になるのだけれども 正直であることと、その期待するものすら無い っていうところで 僕はこれまた、正岡子規を持ち出すけれど その正岡子規は、その俳句が、コンテンツとして 「つまらない」「期待できない」旨正直に書いている だから俳句革新をするのですけれど そのネット詩というものに興味を持って入ってみた しかしそれを自分の物差しと照らし合わせて どうも「期待できない」ものらしい それは誰が悪いのか、とかでなくて ネット詩、詩に何か原因があってそうとらえるのだろうと。 その、詩人というのはビジネスというものを遠ざける傾向に あるけれども 詩を書いてみたらわかるけれどそれは労力のいることだし これは「事業」ととらえていいだろうと私は思っていて そのベンチャーするにしてもどうもこころもとない コンテンツであると。 そういう「警鐘」を読み取ったと書いておく。 (詩人として)

2023-05-05

失礼。 他の方のコメント読んでいないので、それはマナーに反しつつ まず、僕は正直者が好きだ。 且つこの作者さんはその、本気か、マジ気になれば、相当なもの これは書けるだろうと。 でも私は一周回って、 >無いです。 になるのも頷けるし共感できる。 共感できるというより「そりゃそうなるわぁ」と。 「なんでこうなってんの?」も好きだし「そりゃそうなるわぁ」も好き というより大切にしています。 むしろ、襟を正さないといけないのかなと思います。 だめを、ですんまへん。 以上です。 (詩人として)

2023-05-05

鷹枕可様コメントありがとうございます。 その、鷹枕可様の短歌群をまず一読する、で、そこで前衛短歌、塚本邦雄、句またがり 等のキーを拾ってゆく。そして、まあこのコメントではそう書いてしまっているけれど (たとえ、その、伝統の、要は参照先があったとして  それを挙げてゆく作業は、やはりその、作者様のスタンス、個性に対して  失礼かな、と思う自分もいまして・・・) で、それをクリアして前衛短歌と鷹枕可様の短歌とどういう差異があるのか そこまですり合わして、批評、になると思うのですけれど これが中々むずかしくて、何か塚本邦雄までが凄くとおくなってしまって そりゃあ、2020年代だものなぁ、と。 むしろ、そういうキーを抜きにして、鷹枕可様の作品へ当たってゆくべきか。 今まで迷っていた自分がいたので 否応無しにスタンスを表明しなければならない、ビーレビシステム これは健康的であるのかな、と今、実際、鷹枕可様のコメントに 助けられている自分がいますので。 ありがとうございます。感謝します。 キー:前衛短歌 塚本邦夫 ←さいきん、こうしてメモしてるようにしております。 (ビーレビューという道、「キラキラ」して。或いは自分語り。)

2023-05-05

まず感謝です。何もすいませんということは無いと思います。 それを言われるとこういったテキストを書いた身としては こんなお目汚しを、よく読んで下さって、ありがとうしかない。 そのどっかの大学の先生は相当な方ですね。 講義を想像しただけで、背筋が凍る自分がおります。 その、今時の若者に、寄っていくべきかどうか この意識で一つ何か別項で物が書けるだろうと。 具体的には私の場合 読めないということ=その世界に参加できない 詩は、そういうハンデキャップを負っていると考えており まあ最近若いアーティスト志望と話すことがあったけれど そのリテラシーとして、自分からすり寄ってゆくしかない もどかしさ、があります。危惧、かな。 これは文学じゃなくて音楽の話だけれど 楽器店でギターを試し弾きしていると なにか物言いたげで立ち止まったり、うろうろしている方がいて その方がドラムスティックを握っているから 「あ、いっしょにスタジオ入る?」 なんて声をかけると、いえ、いえ、いえ、と言う。 まあ、蛇足ではあったが 最近印象に残ったことだったので書いておきます。 重ねてありがとうございます。応援しております。 (ビーレビューという道、「キラキラ」して。或いは自分語り。)

2023-05-04

お読みくださり、ありがとうございます。 このテキストでは仏様について意識的か、無意識的か、のけていますね。 それと日本の「なんでも神様」化、しちゃうカルチャー 最近ではヤクルトの「村上」から「村神様」とか そういうことにも書くべきだったか、それではもうテキストが破綻してしまう。 そもそも失敗していると思うのだけれども。 本地垂迹説、神仏習合。 こう、キー、を挙げて下さるのがまた嬉しくて。 また別個でキーを挙げておく→ 七福神 その、この書き手さんの書いたものは素晴らしいと思うときに そう判断したのは、その感動というのは・・・ まあこれも逃げ口上だけれど「理屈じゃない」側面があるだろうと。 バックホーン、後ろで何か響いてくるものに対して それは何か考えてみる。そういう時間を少しだけでも持ってみてはどうかと。 これは提案できる。 ともかく重ねてありがとう。応援しております。 (ビーレビューという道、「キラキラ」して。或いは自分語り。)

2023-05-04

そもそも、この、そもそもの語も使い過ぎているけれど 何の為の現代のネットワーク環境なのか。 自己実現でも、夢の実現でもいいけれども、要はネガティブに軍事利用されていたものを ポジティブに使ってこそではないか。 ビーレビューはそのポジティブに適った道であると、私は考えています。 応援しております。 あっ。私のように「詩を失っちゃ」いけないような気がしますよー。 (ビーレビューという道、「キラキラ」して。或いは自分語り。)

2023-05-03

まあ、信教について突っ込んでトークすべきでなかったが、それもやはり 要は各々のスタンスがあって、私はそれは相互理解の世になってきていると 思っているので、「私のスタンスとしては」ここを強調してコメントします。 >この無自覚な有信仰ということには頷けるものがありまして、詩を書く際にそれを詩に込める>ことがよくあります。 >そもそも芸術は信仰の表現を源とするものだと思いますので、現代においても芸術と信仰との>関連はなくなってはおらず、特に叙情詩においては信仰の影響は、たとえ無自覚であっても多>分にあるのだと思います。 >現代においても芸術と信仰との関連はなくなってはおらず、特に叙情詩においては信仰の影響>は、たとえ無自覚であっても多分にあるのだと思います。 そういう読み方をなさってくれるならば、前半については ほとんどの理解を得られたと思っています。 読んでくださってありがとう。 例えば、私は以前、種田山頭火という自由律俳人の「けふもだまつて草履履く」 という句に「救われた」と思っている。 そしてその瞬間は、彼の信仰などぜんぜん問題にならない。 不思議なもので。 しかしそういう経験があって、その、詩が好きな方も多いだろうと。殆どかな? >蛇足ですか、私もここで様々な詩を読んで、己の才能の無さを痛感しております。 >美しい詩に出逢うと、己の非力さ拙さに、強い寂寥を覚えてしまいます。 全然蛇足ではないと思う。私はむしろ本筋だと思うけれど 文中あったように元「窃盗犯」に聞いても、要はどううまく盗むか、反対に どう堂々と盗むかというしょうもない話になってしまって。 これは自らの目指すべき詩の在り方なんかをぐっと掴み そういう詩を書く方の粋やこだわりについて「通」になればよろしかろうと。 こう説教臭くなるので、嫌なのですが(一一") (ビーレビューという道、「キラキラ」して。或いは自分語り。)

2023-05-03

こう、言葉で遊ぶタイプの作家さんは危険の方へ向かってしまったり 危なっかしいけれど、この作者様の場合は安定的なところで抑えておく。 これも一つの美学じゃないだろうかと。 何か同じメッセージをくりかえしているようだけれど、ごめんなさいです。 (体育館の床)

2023-05-03

やはり、漢字は、硬く、挑発的でもあるけれども この作品のように、それをキラキラさせることもできるというのは学びもありました。 ありがとうございました。 (金属の魚)

2023-05-03

情けない、情けがない、とは何だろうかと。 情けがあれば立派なのだろうけれど、どうも世間が世知辛い。 情けなくしかあれないことに、ちょっと胸が痛む。いい作品でした。 (誰かの掌)

2023-05-03

アイディアが面白くて、さあっと読んでしまった。 今の時代の軽さ、への批評も含みつつ、そのノリに乗らざるを得ないというか。 流行感覚に富んでらっしゃるのかな。 (マイケル・スタイプ)

2023-05-03

漢字の、硬質な世界観が素敵ですね。 メッセージも追ってみたけれども そういうものよりも、やはり作者の漢字の、その、語の選択性に 驚かされた。 (金属の魚)

2023-05-03

作者様の中では人生に於けるそれは重要なことを 書かれつつ その表現にやはりほっとしながら読んでしまう自分がいます。 信頼にたる作家さんのような気がするので もっと読みたいと思う。 (神話の夏)

2023-05-03

読んでいて安心する気持ちが起こる ともかくこの作者様なら信頼できる、また読もうと思う。 棘のある言葉で、ガツンとつく表現も私は好きだけれど さいきんはこういった抒情詩の方へ目が行くというか 何か詩を読んでいる間だけは、別の世界、自然か、そこへ行って 心を落ち着かせたいなと思います。 (春)

2023-05-03

おお。そのスタンス、オーライであります。といいますか、そういう答え合わせ的な 作品ではないとも思っておりまして、そこまで聞こうか迷いました〜。 (なにも ねえよ そうだな そうだろ)

2023-05-03

巧みであると思います。音楽の利点としかしそれだけではやっぱり、違う。 こういう批評性を持っていたらば、私は音楽性に走らず、詩を失うこともなかったな、と しみじみ思うところ、勝手ではありますがあります。 (踊り)

2023-05-03

あっ、やっぱり答え合わせ欲しかったりします。 (なにも ねえよ そうだな そうだろ)

2023-05-03

すいません、夜勤明け書いておりますが、つかれてレス乱れたらすみません。 一応テキストはその肉体労働だったのですけれど、今晩の仕事は。その休憩中 思い出し思い出しストーリーを追ってみたのです。あれ?ここでどうなるんだっけ? って部分もありましたが、インスピレーション、これって「純文学?」というフレーズを 引き出し、それで、あれ、お酒好きな方だったけ?ってところで「文士」を 引っ張り上げたのですけれど、ってことはそもそも「詩」だけにふってない、 これは「純文学」で、あいやー、女性の文士、がいてもいいわけだ とまたも、勝手な先入観で批評していた事実にただただ愕然とする夜です。 この答え合わせは必要ありません。 (なにも ねえよ そうだな そうだろ)

2023-05-03

>すみません、上記の話は、私がレベル高いポエム書けないことを自己正当化する意図は全くありません。私は詩がうまくなりたいけどそうなれず苦しんでいます。 ぐっじょぶでしょう。私のような海軍少将も書き込んでいるのですぞ。 その、まあ詳しい経緯は知らないけれども、室町さん、って多分? 僕の御師匠にあたる方がいまして、それもグレーなんですけど(それって弟子のいうことか?) まあ、カード発行されて、現代詩フォーラムでもう 今、世間話もなにもない、コミュニケーションしてますけれど その方がかつて「詩は書けば書くほど下手になりますよ」 というんですよ。 これ、当時の僕からしたら頓智で。 でもそれは結構意識してまして、まあ、あるなぁ、と。 そういう意味で最初勝手弟子でしたけれど ネット上、徒弟になった自分は まあ、この人に認められたらいい方向へ 行ってるのだろう、と安心しておりました。 その関係を築くというのは、結構、健康的だったように思います。 (大賞レースをみうらに任せてみないか?)

2023-05-03

夜勤中、この作品ばかりちらついて。А・O・Iさんは、その、酒浸りな男と ふとコメントしていたのがツボだったのですが、失礼、やはりその、「文士」がお好きなの でしょうか? すいません、これだけ、これだけ教えていただければ 後は目が覚めるように、作品がまた違った風に読める気がするのですが・・・。 (なにも ねえよ そうだな そうだろ)

2023-05-03

本当は、この作品を置き土産にして、何も語らず、ビーレビューから去るつもりでしたが 確かに是、自分の都合でありますが、これまた「Twitter」なのですけれど 土佐から、宮城から、東京から、沖縄、はては香港から 批評文に対する嬉しいメッセージと、また批判を頂きました。 それで謂わば退けなくなったわけですけれども、 そういった自分の都合で、作者に対する非礼をしてしまったこと 要は「コメントを付記したこと」ここに謝罪致します。 謝ります。ごめんなさい。 その、紅茶猫様がつかれさせてしまった原因が私にある これは推薦文の体を成していない、なぜならば過分に推薦者の芸術論を展開しているから この批判を受け止めます。 と書いて、どうしたものかこれ見当もつきません。 ただ紅茶猫様のスタンスの表明に助けられ 三浦様の主張に助けられている自分がいるのかな、と。 (生活の中の芸術の詩とは)

2023-05-03

いやー先生これは 僕が考えまするに、そのビーレビが批評を前提とした、環境である、ことを考えますと。 その作品構造の中に、批評されてたまるか、粋心、っていうこれも人の自然な心の流れ あと熱して、テキストを書く、編集してゆく中でよく自分でも呑み込めないものが 出来上がる。そういうものが内容される、されているから面白いのであって 僕はなんでこうなってるの?のというのも楽しめる派なんですけれど (といいますか、自分の想像を超えるというか、ナンダコレハ?、ものができないと  書いててつまらないですよね) 何分、その少数派なのか、一人、もっと理解してもらおう運動を、 現代詩フォーラムの散文コーナーでやってたりするのですけれども。 そういう地道な活動が、А・O・I様にフィードバックして これ評価される、ように、つとめて参りたく思います。 (なにも ねえよ そうだな そうだろ)

2023-05-02

いや、私は初読で一票入れましたけれど、、、アンセムなのですね。アンセム。国歌的なね。 定義、これ、批評ですからね。皆さん、これはアンセムらしいですよ。 わかりました、私に知事レベルのパワーが無くてすみません。小さな事務所の職員に過ぎませんで。 (ブス)

2023-05-02

うーむ、分からなくなってしまいました。 そもそもマンドロールの歌にもストーリーはあるのです。 それが語と語の強引な折衷に寄って、そもそもの批評を拒否するというか 批評できない、側面が出てきてしまうのです。 まあそのマンドロールの歌がこれストーリーは重要視しない説 を推したのが後のシュルレアリストになるのですけれど 過分にイズムに利用された感はあるかもしれません。 寺山修司がそれは映像化したい、この言を信じるならばマンドロールの歌には ストーリーがあるのでしょう。 僕は一回読んで、へえ、と思いつつ忌しく思えてまあ今手元に無いのですけれど。 ちょっと自分の読みが甘かったです。失礼しました。 (なにも ねえよ そうだな そうだろ)

2023-05-02

あっ 「なにも ねぇよ」か。 (なにも ねえよ そうだな そうだろ)

2023-05-02

あっしは、最初の一行からこれはマンドロールの歌?だっけ、あれで押してゆくのだな とイントロでピンときまして、そもそもストーリー性は放棄して フェティッシュに愉しんでいたわけですな。 そもそもタイトルが「なにも ねぇな」ですから。 (なにも ねえよ そうだな そうだろ)

2023-05-02

ちゅうか、そもそも私は作為的なテキストが書けないのか?(´;ω;`) (クリエイティブ・ライティング:四季)

2023-05-02

つらつら読める文章でありながら、先生とは何か、ブックオフとは何か、又現代に於ける価値と 値段の問題とか、ヒロコ、さんの名前の選択とか中々奥深いのだな、と思いました。 クラクラするのは、私の睡眠不足のせいでしょうか。 (サイン会)

2023-05-02

まず「ロクデナシ」様、という筆名があって 僕は世代的に、少し下、になるのですけれど、ザ・ブルーハーツを連想します。 で、僕の世代の感覚では、ザ・ブルーハーツは切実なこと、これを メッセージしつつ、反対、窮屈な印象も抱いておりまして。 ただし、普遍性もあって まあこの作品に絡めて、言及しますと、わからないですけれど いくら使い勝手のいい世の中にあっても人間の悩みは尽きなくて そういう意味でこういった作品も自分はこれ、スマフォなんですけれど ポケットに入れておきたいな、と思うわけです。 失礼しました。 (灰汁)

2023-05-02

わかりみ深いといったならば、この詩の発しているメッセージと真逆になるのですけれど。 もう一つの作でも現代の、ネットワーク文化に於ける「すれ違い」に 凄い警鐘を鳴らしている。 そこに意義が、大義があってまあ こういう作にそれは「ああ、そういう警鐘に耳を傾けたくない」と 拒否する人もいると思うのですけれど 私はその、炭鉱のカナリアじゃないですけれど ちょっと今の状況じゃしんどい人いますよねー、これ、しんどくなる方、増えますよーとか 一応、アナウンスする。それができるというのも、詩人だからじゃないかなと思います。 (ねがい)

2023-05-02

エイクピア様の作品群は、御免なさい、前に、言葉遊び派で、しかし僕と違って 意味、メッセージを伝達することを放棄する、それが自由さに繋がる云々、 書いたと思うのですけれど この作品に関しましては、これはメッセージされてらっしゃるな、と思うのですよ。 寧ろ、抒情まで感じたくらいで。いいと思いました。 (あの丘)

2023-05-02

音楽的であり、かつ、生活の詩であり なんだろう、過分に感覚が、今を捉えてらっしゃる。鋭さ、まで感じた次第で。 >あるのは思考と嗜好と試行錯誤でうんざりだ 面白いですし、且つ、刺さる。 それと まあ四月期の作品で 熱心書く方は、詩に手癖がさいしょ出てしまう、旨書いてしまったと 思うのですけれど、 この作に関しては >それについてはいつものように と、ナチュラル、読みはじめられて、手癖は感じませんでした。 (は?)

2023-05-02

А・O・I様、А・O・Iさん、いや、А・O・I先生の新作をプリントアウトして 今、午前四時ですけれど、この時間帯の雰囲気にあって読んで良かったと思います。 私のお義父さんが、三島由紀夫は言葉の宝石箱だから、といいました。 まあ、しかし三島由紀夫はこれ、小説なわけでして 厳密に、言葉の言葉の宝石箱というとこの作になるのかな、と。 しかしその選択されている語の美しさ、なりは 僕のフェティッシュ、フェチな感覚に負うており、ここが凄く良い!と 突き、突き、評しても、なぁ、と。 その「美しさ」はやはり各々読者が見出せばいいだろうと。 それと今回の作では、スリリングな体験もありつつ 読後感として「ほっとした」感覚がありました。 それは、私の中で結構、重要なことです。ありがとうございました。 眼福?とはこのことだろうかと。一票です。 (なにも ねえよ そうだな そうだろ)

2023-05-02

コメント、ありがとうございます。 そそそそそ、そそそそそそそ、そそそ。 例えばこれも言葉で伝達しなければならないのですが 田村隆一が「言葉なんか覚えるんじゃなかった」と発するとき そしてその田村隆一の朗読会で当人が、非常にボソボソと詩を読んだと。 そういうことは私以上にお詳しいし、思考できる方だと思っています。 応援しております。 あっ。といって現代詩フォーラムにもいらっしゃるのですよね。 私は幸せ者です。ありがとうございます。 (未詩)

2023-05-01

誰もしてくれない、ではなく、誰も教えてくれない、でした。 ニーチェ読んでいたんで、批判的意見もぜんぜん身に受ける派、でした。 重ねてありがとうございました。 (クリエイティブ・ライティング:四季)

2023-05-01

ユリイカ!! そういうことを、誰もしてくれないのですが、やはり自分のpoesyこれ 失ってゆくのを感じていたこの頃です。ありがとうございます!! (クリエイティブ・ライティング:四季)

2023-05-01

あっ。代表そんな大切な秘密を、さっさばらされるなど、流石後進のことを考えて らっしゃると感服致します。皮肉ではなく。 だから、手掛かりがなくて困っているのなら、この作品をパクれ。 本居宣長の和歌論なんてよっぽどじゃないが読まないんでしょう。 みんなが各々それぞれの歌を歌っていたらそれはユートピア。 この思想に、わたくしは寄っております。 コメント感謝です。 ありがとうございました。 (未詩)

2023-05-01

おっ。福まる様、なんかいつも、勝手なご意見を、コメントを送りつけてしまい(笑) 大変反省しております。恐縮です。 ねっ。 お互い、苦労?を作品にしてますけれども、人生を冒険しようと、これ代表の みうらさんも仰っていらっしゃるので。 これにて、又たまにビーレビをたまにのぞくゲストに戻りますけれども 応援しております。 コメントありがとうございます。 (未詩)

2023-05-01

ネガティブな言葉をポジティブへ変換し愛唱する。詩です。 (ブス)

2023-05-01

ああ、何か凄く塩対応になっていますので追記しますが その、引用した正岡子規、のぼさん、山頭火、この二人の方は その、創作動機に選択的だったわけですよ 正岡子規は、それを蕪村に求め、山頭火は、宗教的ですけれど禅、観音様だったり 放哉に求めた。 いつか、芸術論をもった書き手の心を消したい、というメッセージが あって、私は過剰反応してしまったのですけれど 自分が物を書くときに、自覚的であれ無自覚的であれ、その要は 誰かの芸術論なり作品を選択している。 と、考える自分がいましたが どうやら、「豆のうた」に関しては、やはり自由律俳句を選択した その動機が何かある、そして作者様の発言で 川柳と俳句の垣根がこれ無くなってきましたね、という発言があるんですけれど これ、僕はわかりみ深いのですけれど。 まあ、作者はこれは日記であるというのでそういう風に受け取ります。 ※あと凄い蛇足。 例え、ビーレビューというサイトでもスターシステムが導入されていて 名前出すと違うかなと思いつつ 僕の中で「みうら様」「澤あづさ様」「田中宏輔様」「蛾兆ボルカ様」あと「完備様」とか それと色々筆名を代えちゃう方とかその方々の存在が大きいわけですけれど あと最近では「A・O・I様」がNewですね 過分に、日本の神様システムに似ているなーと勝手思ってて 日本の神様は多神教であり、しかしそのことでその水の神様なら水の神様 かまどの神様ならかまどの神様、あと土地の神様なら土地の神様 家を建てるときにそれは昔は各々の神様にまあお伺いを立てる、地鎮祭 なんてことをするのですけれど 文学極道の場合は、スターシステムはありいの、テキストメッセージで 僕は「ポエム以外なら許す」と読んだのですけれど 一神教的で、一昔前のアメリカンなノリでやっていたような気がします。 すいません、疲れてきて表現が雑になってきましたが まあ僕はそういった環境であれば、僕みたいにあの手この手 かっさらってやろう、まあ、文学に教育的側面があることを逃げ口上にしつつ あたらしい書き手さんが今後どうしていくのか 気になっております。 ともかく、ちょっと前のちゃねらーに反論しておくと その多神教的世界観?の中で運営さんは、多分、選評を書かなくなったのでなくて 書けなくなって、しまったのだと。 (生活の中の芸術の詩とは)

2023-05-01

>正直四月期、多くの目を通してわからなかったけれど あっ。これは  正直四月期、多くの作品に目を通してわからなかったけれど の間違いです。 僕の文章力の無さがそのまま残っちゃうビーレビシステムが厳しい。 (生活の中の芸術の詩とは)

2023-05-01

おっ。たわしさん貴重なコメントどうもありがとう。 今日は十時間、働いた、七時間レスを待たせてしまって申し訳ない。 たわしさんの作品は四月期、読ませていただいたけれども 楽しいことが希少だと知っており、面白いことを好む人のようだから やはりいつかの自分も思ったけれどやはり現代俳句の難解な句は疑問かなと思う >誰からも読まれない詩歌があってもいいんでしょうが うんうん、その詩歌に関わらず、詩もそうだけれども 現代人の価値判断として、それが役に立つか、役に立たないかってのは大きい と思うのですよ、その、ビーレビューがどういう志向性で運動しているメディアなのか 正直四月期、多くの目を通してわからなかったけれど 今後、えー、皆さんで考えていければ。 たわしさんの自由律俳句は読みたいですね。あっさりし過ぎかな? ありがとうございました。 (生活の中の芸術の詩とは)

2023-05-01

おはようございます。 これは私が本当に申し訳なかったのですが、最初は一句、一句取り上げまして その、鑑賞するというスタンスで行こうと思ったのですが 過分に私の俳句に対するフェティッシュな感覚だったり、思い入れもありまして それは読者が自由見出して貰えればいいだろうと考えまして そのテキストは、のけました。 それは作者様や作品に対して失礼なことでありました。 ごめんなさいです。 ただできることは、書けることは、僕はやっぱり作者様の作品が  よく読まれること 広く読まれること その方へテキストをもっていけたらばいいと考えました。 そして推薦文にしたのですが、今読みかえして反省しきりでございます。 そして紅茶猫様が、作者としてのスタンスをしっかり付記、コメント して下さったことに、また、これ助けられている部分あり ありがとうございました。 感謝します。 (生活の中の芸術の詩とは)

2023-05-01

音楽的であり、且つ、丁寧に書かれている印象です。 意味も明確であり、それがこの作品の品の高さ、抒情性を生んでいると思いました。 (氷と春)

2023-04-30

比喩が少し私には難しく、しかし成長、の語を強調されているからには ある世代特有の感覚、それはネガティブな側面もありつつ、「気づき」によって もう負けない、ということを訴えてらっしゃるのかなと思いました。 文明批評などとてもとても自分の手に負えないのですが 不思議に、魅せられているじぶんがおります。 (聖なる群青)

2023-04-30

こんにちは。 >大事なことは部屋の中で起こるもの。 このワンフレーズは面白いことを訴えていると思いました。 そして面白いと言うのは私の中で誉め言葉でして このワンフレーズが全体のテキストを特別なものにしていると思います。 巧いと思います。 (傍にいたい)

2023-04-30

気持ちが、まるで歌のように乗っているセンテンスで、且つ、比喩といった比喩も キャンディーとダイヤモンドかな。 今現在のそれはキャンディーというものが、未来ダイヤモンドになれば、という願い というのは一種、恋の魔法であろうか。詩の、魔法説、これもあるな、と。 ありがとうございました。 (スウィートキャンディ)

2023-04-30

私は自称詩人という看板、これ下ろしたのですけれど 言葉というものを、そもそも信頼していない気持ち、言葉じゃ心もとない 反対に言葉というものは力の行使で、ペンの力をふるってみたいと 何かないまぜの気持ちで、コツコツ、詩作していたような気がします。 こう書くと難しいのですけれど、それを端的にメッセージされた作品 私は「これは良いな」と思いました。 (気にしています)

2023-04-30

長々書き込んでしまい、すみませんでした。明日、一品発表して また事務所員生活に戻ります。 澤様、最後にオオゴケかましてしまい、すみませんでした。 四月期、ビーレビュー充実には少し貢献できていたら幸いなのですけれど。 三浦様、最後、要望まで書いてしまいまして、御免なさいです。 互い冒険者でいましょう、に励まされました。 若い書き手さんも、サンタクロースの正体見たり、で良き、なんじゃないでしょうか。 お休みなさいです。 (大賞レースをみうらに任せてみないか?)

2023-04-30

いやいやいや、僕は正直に「蛾兆ボルカ賞」欲しいですよ!! 貰えないけれども。 まあ、ないものねだりになってしまうのですかねぇ。 僕は、先輩のリアルの詩人の方でもネット詩人の方でも、これ憧れで その言われたことを、活かして書いてきたわけですが それは恵まれていると思っており、今の若い書き手の方はこれ 手さぐりもなにも、ないのじゃないか。 本を読め!になるんですけれど、若い人に私はそれを言う気にはなれないのですよねぇ・・・。 (大賞レースをみうらに任せてみないか?)

2023-04-30

最低でも、大賞にしてはいけないということなのかな。 行うとしても、 やはり「三浦様」+「相談者」賞 ということで、僕は三浦様、三浦さんは最終的な責を負う、寧ろ、その「相談者」の方 が気になってまして。 これ、「武田地球様」「シリュウ様」、「澤あづさ様」、「蛾兆ボルカ様」賞 のニュアンスを出していけば、その方々の批評スタンスが明確化されて 私は相互理解、という点でもいいのかなと思いました。 ああ、僕はやったほうがいいだろう派です。 (大賞レースをみうらに任せてみないか?)

2023-04-30

良いと思いました、だった。 (trace)

2023-04-30

音楽的であり、流れ過ぎず規律されて、それは発声してもぐっとくるものがありますし 採用されている語もなにひとつ、難しいものはなく、しかしその奥には 書き手しかわからないものがあって、良いです。 (trace)

2023-04-30

といいますか、澤様のブログを過分読んでいたことが、妄想の原因です。 すんまへん。 (大賞レースをみうらに任せてみないか?)

2023-04-30

あっ。 僕、文章下手なんですけどね、勝手澤様のスタンスを妄想、記述している! >澤様は批評の方ですので、歴史的な流れを踏んでというスタンスですし >やはり、いい作品に触れたいというのは僕も同意です。 >ユートピア化は、いわば半可通の作品ばかりになって、粋、がない。 >質の低下を招く。 ここのところ、これ、無しで! (大賞レースをみうらに任せてみないか?)

2023-04-30

あっ。レスポンスありがとうございます。 なんで起きているかというと、それはやはり僕が批判等に対しビビりですし、五月労働の日々に戻るため時間がないからなのですが。お恥ずかしい。 このコメントを書くときに、やっぱり澤様、天才詩人様に叱られますわなぁ、というのは 念頭にあったのですけれど 僕は、ご免なさい、僕のスタンスですが、その「居心地の悪いので去ります」っていう方がいた その居心地の悪さ、の正体、是、芸術というキーとか、他に、正しさの追求であったり。 現在の世の風潮を鑑みますと。論理的整合性や正しさを追求した結果 それで息苦しくなっちゃう人がいますよー、ということは言われていると思うのです。 私が言及した、「ディストピア」についてがそれで、それに警鐘を鳴らす人がTwitter程度の 情報ソースですが、出てきている。 やっぱり、現在、ホワイトな企業倫理が求められて、マイノリティへ配慮がされて 維新なんて語を冠した政党がありますが、是正是正、していくべし世に向いていっています。 文学極道というサイトも当時、外から見たらば、ありゃあとんでもない所だぞ、って意見を 過分、読んだ覚えがあります。 澤様は批評の方ですので、歴史的な流れを踏んでというスタンスですし やはり、いい作品に触れたいというのは僕も同意です。 ユートピア化は、いわば半可通の作品ばかりになって、粋、がない。 質の低下を招く。 しかし、作者にしてみたらば、一生懸命書いてみたものなのですよ。 ビートたけしの父、菊次郎さんは自分の名前が書けなかったので ないしょ、新聞紙に自分の名前が書けるように必死練習していたそうです。 僕が勝手欲を出せば、いや、たまには僕、歎願してもいいのかなと思うのですけど なにかしら、三浦様からもレスポンスがあると思いますが 少しだけ変える、してくれないかなと。 追記すれば こういうコメントを通じて、それが批評になりいの、またビーレビューの 新天地になるのではないかと、もやもやがあるのです。 すいません、ありがとうございます。 (大賞レースをみうらに任せてみないか?)

2023-04-30

連投御免なさいです。最後に。 私も文学極道な人間だったので、反省しなければならないのだけれど 空手に精通している方の詩があってもそれはいいと思うし 病気に日々戦っている方の詩があってもいい それが普段、例えば魚屋さんで働いている方の詩があってもいいし 専業主婦でも 勿論、芸術な詩を標ぼうし文学の徒である方の詩があってもいい 散文のテキストを標ぼうしつつ、俳句の投稿があったり ロックンローラーの歌詞が投稿されてもいいわけでした。 それがクリエイティブなライティングであれば。 そういう芽が開花するのを、私は感想で無自覚、芸術の詩を念頭に置き 詩論で、芸術論で、批判してしまうことがあった。 そのスタンスが、ディストピアへふっていることに無自覚でした。 反省の言葉も使い過ぎたので、「変節」します。御免!!m(__)m すいません、眠ります。おやすみなさいです。 (大賞レースをみうらに任せてみないか?)

2023-04-29

知らない方は知らないで良いのだが ともかくビーレビューが文学極道の反省からスタートしているのならば それはある種のスターシステムというものを採用し、芸術としての詩を標ぼうする これさえも、反省して、要は、個人個人の思いを各々詩に託す、読む 世界は今、私に言わせればディストピアの方面へ振られているけれど インターネット上でもいいから、そういう理想郷、ユートピアを現出させる、 ビーレビュー自体がネット詩のユートピアにあたるものになるべきではないか。 そういうことを私は、これは賞レースというものの批判でもありつつ 肯定でもあります。御一考下さい。 (大賞レースをみうらに任せてみないか?)

2023-04-29

私は、たまに音楽スタジオで若い方と話しているが、例えば激おこ、優男、これら語ももう古い と言われてしまい、じゃあ今何を話しているかといって、彼らはこれを説明できない。 識字率、リテラシーということを考えても、単発でいいので、広く作品を募り つまり詩の門を一度広く開けて、そしてまたどうするかみうら様、運営だけでなく 詩に携わる方々が考えてみる、私のスタンスは、それは詩というものは労力を削ぐことだから 今の人にとって「コストパフォーマンスの低いこと」だし、「徒労に終わること」かも 知れないので、詩の門は広くすべきではない派なのだが、詩というよりも 作品を介した相互理解の方が今は大切だと考えており 「単発のおまつり」ならば、これTwitterなどのツールに、みうら様はお強いだろうから やってみてはいかがかな、と思いました。 (大賞レースをみうらに任せてみないか?)

2023-04-29

・・・まあ人様の作品に目を通し、その態度がいつも誠実であったかというと 今おもうと、心もとない。 私は現在、36歳で、脳病を負うているが、さいわい、店舗企画事務所の隅に身を置き 妻ひとりを持って、地方に暮らしています。 体調悪ければ、それは読んでいる作品も悪く思われて、しかし緊張を持って評しているから 冷たいコメントになってしまっている。それは凄く反省しています。 関係ないが、大林様は、少年ジャンプを読みますか? 僕はたまに読むが、あれは「力」への希求があるであろうと。 主人公のキャラクターがまあ、「力」を獲得していって悪を打つ。 空手をされている方だからそのような例でわかると思うが 人というものは「力」を獲得したのであれば、これをふるってみたい 「欲望」が湧く。 問題は、その「力」をふるってみたい「欲望」をどういう風に発散するのか。 因果なことに、私は町内会で、地域の子供っちの相手を任されることがあるが その「力」の使いようったらない。 相撲にしろ、それは喧嘩ごっこの相手にしろ、こちらはボロ負けだが、仕方ない。 それはなぜかというと私が三十六歳の社会人だからだ。 ビーレビューも、これはメディアのひとつといっていいと思うけれども 私は大人は子供の夢、それも夢では終わらないものを提供する、 責任があると考えている。 実際、仕事では店舗の企画などもするが、実際、新しいお店の照明がぽっと点いた時 これは、お客様、事務所の垣根を越えておいおい泣く。 だから、「ぶっ殺すぞ」というタイトル作品が投稿されたならば 大人として「殺されにいかなければいけない」と、私は考えている。 話しは変わるが、亡くなった立川談志という落語家が 「忠臣蔵で仇討ちに行ったもの、これはあっぱれだけれど  仇討ちに参加しなかった、逃げた者達のことも考えなきゃならない」 と発言している。 仇討ちというのも力の行使だけれど、それに参加しなかったもの また力の被害者。そういうことも考える。 ただそういうことを考えつづけるのもこれ、ある意味、嫌ではあるが 大人とかでなく、人間の責任だと思っています。 この解釈は、大林様に託す。 ゴールデンウィークの前にまとまった休暇を与えられて ゴールデンウィークには働かなければならないので、私もビーレビューから 遁走するわけで、五月、カードが発行されなければ一作出して 腹を割って卒業かな。 それは、大林様が腹を割ったことに対してこちらも責がありますので。 まあ、誤動作でアクセスされることを願って、筆を置きます。 申し訳ありませんでした。 (タイトルが最高ですので。大林 満)

2023-04-29

これは完全に、僕がやらかしているのですが ①作品が作品として、作者と切り離されている ②作品が作者のスタンスと切り離されていない この二点の考えの中で、僕はあっちへこっちへふらふらしている訳です。 こういったトーク・マナーが重要視される場所では そのどっちの考えに則っているか。 今、それを表明することもマナーの内だったかなと思っています。 それを言えば、僕などはとっくに、素行の悪さで、自動的に ビーレビューからカード発行されて、多分、いつの間にかいなくなっているので。 そんなに自ら制約を課す、それも大林様の自由ですけれど なんだろう、僕には性急すぎるような気がしますね。 責任を感じているならば、ちょっと僕の意見に耳を傾けて下さっても いいのではないかなーと思うのです。すんまへん、だらしなくて。 (タイトルが最高ですので。大林 満)

2023-04-29

あっ。 すいません、自分のコメントが何か大林様の批評に批判をしたわけではなくて 大林様の「推薦した、作品」の方で、ちょっと、私が批判しとりまして それで喧嘩?みたいなことになって 作者様に謝られる形になって いやー、スタンスの違いがあるのは前提ですから、と 謝る必要はありません、ってちょっと今読みかえすと冷たい口調になっており 反省するのですが・・・。 それは作品のコメント欄を追っていただければわかると思います。 (タイトルが最高ですので。大林 満)

2023-04-29

あっ。誤字がありました。 >そのわかりやすやで、  そのわかりやすさで、です。失礼しました。涙でウィンドウが巧く見えません。 (豆のうた)

2023-04-29

私は今、正岡子規の俳句群と、加えて大正の口語文の運動というものに 注目しているのですが 伝統俳句派と新傾向俳句派というものがあって 伝統俳句派は、五、七、五音の日本的音律、季語を一つ入れる そのわかりやすやで、大衆的支持を得て、今に通じる現代俳句があると考えています。 反対に、文献を参照すれば、新傾向俳句派が、ただ単純に理屈や実験精神でもって 新傾向俳句、のちの自由律俳句を推していたのかといえば そうではなくて 日常語をそのまま、俳句に託すためには、何も決められた音律で 句作すべきと決める必要はないのではないか、ということ。 ともかく、どちらの派であろうとも、俳句というものを 市井の人々の間に、取り戻そうという意気込みは変わらなかったわけで 反対に 俳句は芸術として不完全であるという言い分に 「俳句はやっと芸術になりましたか」と返した高浜虚子の言もなんとなくわかる。 いや、こういう作品を読みますと 正直、正岡子規の念願といいますが夢が叶っている事実に驚き 私はちょっと涙し、細かな評もできかねますが コメントとさせていただきます。 (豆のうた)

2023-04-29

おっ。やっぱりあらいさんですね(ニヤリ)いや、そうかな?、くらいの推測で。 現代詩フォーラムではお世話になっております。改めまして、田中恭平です。 京極夏彦っていうのは粋の、粋で、あれは江戸っ子、これは現代でもいるのですが (僕の知人にも)、江戸っ子に支持されている方なんですよね。 確か、現代詩フォーラムに書いたか、ちょっと覚えてないのですが 詩でなくて、普通の文章を書いても、A・O・I様は巧くて それはもうコメントに出ていると思いますよ。 それは僕の中で結構重要で、まあ僕も言語遊戯派なのですが 遊んだら、遊んだで、やっぱり普通の、日常的な言語感覚〜に帰ってこなくちゃいけなくて それに苦労すると疲れちゃったりすると思うのですね。 それと、言葉のサラダというのも、凄く良く分かりますし、魅力的なのですけれど それはやっぱりバシッとピントが合った日本語を大切に扱えて 成立するものだと思うのですよ。その点、A・O・I様の普通の文章でも巧い、 というのは強みだと、私は思いますので、緩急つけて、いい作品を書いて行ってください。 と、書くと偉そうですが、ファン、ですから。宜しくお願い致します。 (仕事着の男。)

2023-04-28

あっ。反映されていない、一票です。 (タイトルが最高ですので。大林 満)

2023-04-28

おお。 近代の作家、これは体というものを、余り大切には扱っていませんでした。 村上春樹に寄ればそれは、体と心を別個に考えていたからだ、と言及していたと思います。 身体の鍛錬が、テキスト、文体、そういうものをどう変化させていくのか。 私は最近よくなわとびをしております。空手など、とてもとても。 (空手が最高の格闘技 大林 満)

2023-04-28

失礼。 その、格闘技、に例えられていらっしゃいますけれど 要は、格闘、これ対戦相手がいないと、できないことで、私は、この作品自体は、好みだったの ですが、それと関係なく、コメントで筆者が、芸術論を持った、書き手、これを、否定したので ならば、私が相手をしようと、応じたわけですけれど 今、冷静に考えれば、テキスト内容と、筆者のコメント内容スタンス、これを同列に?並列して? 扱っていいのかどうか。 しかし、そもそも、テキストの内容とスタンスがいっしょでなければ、この作品の 暴力的側面はリアリティを失い、なんちゃって、というポーズはギャグになってしまう。 ビーレビユーザーは冷静でしたね。私がちょっと挑発に乗ったことは良かったのか 悪かったのか。まあ当事者がいうことではないですが、やっぱり心に残る作品、作者様、では 自分のなかであって、反省、いや、僕反省ばっかしていて、反省の言葉が白々しいけれども して、次にどういうものを書くのか、書かれるのか、期待しております。 (タイトルが最高ですので。大林 満)

2023-04-28

ファンついで、まあいいや白状してしまうと これは田中宏輔様を複雑な心境にさせてしまうかも知れませんが 僕は大岡信さんと同郷でして 今は年に一回、間接的にですが野村喜和夫先生に作品を見ていただいております。 ミーハーでございます!今後とも宜しくお願いします!!m(__)m (詩の日めくり 二〇二〇年八月一日─三十一日)

2023-04-28

批評は別の今月期の作品に重複しますが この作品も二度、通読しましたこと、お知らせしたく、又、他のビーレビユーザーの方の 目にも触れていただきたく、ageします。 (詩の日めくり 二〇二〇年七月一日─三十一日)

2023-04-28

あっ。ごめんなさいです。読みかえして批評になってないですね、すいませんファンレターです。 (詩の日めくり 二〇二〇年八月一日─三十一日)

2023-04-28

田中宏輔様には文学極道というサイトがまだ合った頃、今は現代詩フォーラムで お世話になっておりますが、氏が、確か、ライフワークだと仰っていた、詩の日めくり シリーズ、この膨大なログ・テキストに向き合うに、言い訳なのですけれど じぶんは多忙過ぎて、やはり読み込み、読み込み、そして評すべき、という 意固地な気持ちもあり、なかなか正面から取り組めないでおりました。 こういう経験は大正期の作家、稲垣足穂の膨大なテキスト群に向かうときにあって 養老孟司?という脳科学者は、足穂の作を今読むなんてよっぽどの暇人なのだろう、 と書いてらして、あっ、この人、足穂しっかり読んでないな、とピンと来ました。 私にはその世界が分かりかねるが、紙媒体、何とか原稿を仕上げなければならないとしても そういうレトリックを使うので、私は何だかな、と思ってしまった。 話しが逸れました。 ビーレビ探求を通じて私が学んだことは、確かに稲垣足穂がそうであったように 自分の世界観というものを、もう作ってしまう、一つのコスモを作ってしまう タイプの作家という形が在る、ということでして 田中宏輔氏の場合も、何を書いてもそれは ブランド:田中宏輔、となる。 そのコスモを形成するにあたって、あらゆるものを使う。 自分が読んだ本の内容を、忘れている事実に悔やむ、が その忘れてしまう自分というものも切り取って、書く。 本のカバーに傷があれが悔やみ、書く。 何か少し、失礼なことを申し上げているような気もするのですが そういったことも、田中宏輔様、さん、の宇宙を彩る為には必要で まあ、あの手この手これは受けるかな?受けないかな?という意識で 詩を書いている私のようなものには、高い壁でありつつ このネット空間で、例えばTwitterというライトなツールで重たい問題を語るような、もやもや これも思うので、氏の本を買おうと思う。 (と、いいますか、白状すれば数冊持っております)。 長々と失礼致しました。 (詩の日めくり 二〇二〇年八月一日─三十一日)

2023-04-28

おはようございます。 眠ってしまいました。 昔の日本人はよく泣いた、今ではあまり泣かなくなった、と言われている。 作中、「凶作」の語があるけれども、これはどうする、として 農業に携わっている常民が集まって 恨み節も込めて、泣きあったということは想像に難しくない。 そういうことで、人の精神は、発露、されていたわけで これは健康的なことだろうと思うけど その常民が集った場所と違って「公共の場」は現在という時代 寒々しいものだと思った。 ホイジンガ?という方が、中世ヨーロッパについて丹念書いていたか。 「中世の秋」という本かな 西欧について言っても中世では、人は大袈裟というか過剰なくらい 泣いたり、笑ったり、怒ったり、つまり精神を発露、していたことを 書いていたな。 それが時を経るについて、今の時代、そういうことは無くなった、と言えるか。 「公共」という概念もそうだけれど、それが成立して ルールは、マナーは、と決められてゆく過程で 人間のこれ、精神は豊かからとおくなったでしょう。 そういうことをけさは考えました。 (大人気パスワード、しばらくは神々)

2023-04-28

うむうむ、気がしますね。 時代という言葉ではないけれど それは僕が特化した話題ではないのですけれど ジル・ドゥルーズという哲学者は、資本主義という時代の到来が 個人個人の精神に、確か、抑圧、という語で訳されていたけれど 抑圧を与えている、と主張していますね。平たく言えば。 うん、でもまあちょっと筆者のいうニュアンスとは違うのかな。 (大人気パスワード、しばらくは神々)

2023-04-27

ここまで書いたらA・O・Iさんのファンになってしまったので 勝手、応援させてくださーい (仕事着の男。)

2023-04-27

ごめんなさい・・・書いちゃった、です。おやすみなさいです。 (仕事着の男。)

2023-04-27

А・O・I様の、仕事着の男。を再考してみる。 まず、作者様が言われているように「楽しんで書いた」の意図が判った。 これはテキスト上、ストーリーがあるように思えたが、あるのかな。 私はそう捉えなくて 言葉で、遊ぶ。これは言語遊戯と卑下されることもあるけれども なかなかできません。俳諧、俳句的世界に通ずればこれは「粋だねぇ」と声が上がる。 例えば、 >遠隔操作上の部屋と考える膨らみ、 >そう合っていると冷静なくちぶり。 >人皮装丁本のさわり、 >あっさりと珊瑚性の格子、 やや、強引ではあるけれども、 膨らみ、くちぶり。さわり、格子、とリズミカルに言葉を畳みかける。 そして言及する 「之がわかりますか。」 僕の言葉で言えば、この「粋」わかる? 例えば詩の比喩の使い方で、何だっけ「傘とミシンの手術台の上での出会い」? なんてフレーズがあるが、これをナンセンスととるか、面白い、又は美しい、ととるかで 態度は変わってくる。 作者は、この語と語の強引な結びつきを多用している。 >金平糖を孕む蛇と引き出物の蘭を >ねぎぼおずの だきまくらと >ヘリウムガスの 秋田犬と なんてところが出てくる、というかこれがこの作品のトーンではないかと思う。 といいますか、細部までこのトーンで行くのだけれど なぜ、初読、私が「共感」したのかと言えばそれはやはり私が言葉で遊ぶこと その態度を面白い、と受け取るタイプの人間だからだろうと考えた。 他に、 私がこのような詩を書いた場合、Wordではこれは間違った日本語ですよーと 赤いラインがどんどん出てくるのであるが 驚いたことに、この詩に於いては、それがなかった。 だから、Word上では、これは正しい日本語の文章なのが凄いと思う。 それと、粋に通じるけれども、一応語り手が心の自然な動きとしてそうだろうことと >扉は叩かれたともしかしたら、 >めんどうごとでは >ある。 それとは反対の、非常識的なことをいう。 >〈洞察・発見・直感〉 >の、 >事件など、 >電車ン中だけ、 >どう見ても紙くずでしょう いや、これはかえって当然のことなのか? このさじ加減が私にはわからないのだけれど、そういうものらしいのです。 なんせ私は野暮である。粋に憧れる野暮なのです。 粋、の感覚から私は江戸から飛んで、東京を引き出したのかもしれないですが 粋という語を作者が好まないのであれば、モダン、ではいかがでしょうか。 加えて加えて批判?じゃないけれども書けば 楽しんで言葉で遊ぶ内に、ゴールを見失ってしまう危険性 そういうものを、僕は最近、学んだわけですけれど、 >それから。 で着地したのは巧い、として、それ以外に着地のしようがなかったのかも知れません。 あとは、やはり、八重桜、泪袋、糖蜜、潮騒、といった芳醇な言葉の選択が 印象的ですが、文中に埋まってしまって、これはもっともっと活かせると思います。 以上で、作品の評を終わります。作者様には大変失礼しました。 的外れなことを書いていましたら、すいません、です。 (仕事着の男。)

2023-04-27

いえ、これは猛省させていただき、この作品に関しましては、プリントアウトし 熟読しまして、そのA・O・I様のスタンスに則り、私がそこから汲み取った批評 これは褒めることなのですけれど、私の場合は・・・、何か作者様に有益になるものを 還元することができればと思います。 それは私の先輩の詩人方にあたる、詩とは言葉の花束である、というモットーにも沿って。 非礼した者の責任もあると思っております。 とにかく、私は、若々しいセンスを汲み取り、作者が、このセンスというのは 多分、大学生くらいの年齢であろうか、と勝手、錯覚に走り その細かな修辞、細部への鑑賞を疎かにした結果起こったこと これは私の言い訳に過ぎませんが。 ともかく、ゴールデンウィークというものがあり、私に限られた前休暇があり その時間をビーレビ作品の多くにあてようという無謀がいけなかった。 今、この作品一品に向き合うべきと、考えております。 長くなってしまいましたが、本当にすみません、 しかし、А・O・I様の言葉に助けられまして今宵は何とか眠れそうです。 感謝致します。 (仕事着の男。)

2023-04-27

これは、大変に失礼を致しました!! 評という問題ではありませんでした。私の、人間の未熟です。猛省します。 (仕事着の男。)

2023-04-27

すんません、余りにも無責任なコメントになってしまって。 例えば、アルトーという詩人がいますが彼は統合失調症でした。 イマジネーションを考えるにはフロイト、ユングという精神科医の先生 又、フロイト、ユングを批判したドゥルーズ ガタリという精神分析家、哲学者 西欧的神と統合失調症者の関係を書いた手記、シュレーバー回想録 こうして、アクセスできるキーワードを、まあビーレビューという一サイト、 ではあるのですが、貼っておく。 僕はたまに話が出てくる、文学極道という詩サイトで、まあ、本を読め!と 言われて、これらを一応通読して、ときどき再復習しているのですが 今の時代、本を読め!ってそこまでがとおいと思うのですよ。 その代わり、反対にパソコンでもスマフォでもツールが発達しているので キーワードだけ挙げてそれに興味が無ければ素通りしてもいいし アルトーって誰?食えんの?、いやいや、伝説的詩人だよ、ってところから 統合失調症を考える素地を作ってゆく。 僕にはそういうことしか出来ないかなと考えていて まあ、再レスしたわけですけれど。 すんまへん。 (俺とティアラ)

2023-04-27

福まるさんは僕の中でかなり凄い書き手なのだが 脳病、統合失調症理解の素地があまりにもないことに絶望した私をここに表明しておいて 応援する。勝手な態度ですが。 応援はしつつ、批評しない。だって、統合失調症というのは、というそもそもの話 からスタートしなければならないから。 病者はメッセージしている、まあ、ラインしている。しかし既読スルーされてしまうのですな。 これからの方だと思って期待しております。 (俺とティアラ)

2023-04-27

茶太郎、って名前つけちゃうセンスが抜群に良いですね。 (スープレックス)

2023-04-27

こんにちは。書き込み感が強くて、何か戦っている感じ、サバイブ感?を思いました。 わりと都会の方なのかな、東京?とか連想しました。 いつか私が捉えていたであろう、現実認識、それをそっくり書いて下さっているようで 人はそれを、共感、と呼ぶ。いや、こんなおっさんに共感されたくないよ、ごもっともです。 お目汚し失礼しました。 (仕事着の男。)

2023-04-27

「めまいへ」とあるので、自分がめまいしたことに対して 「代え難いよ。おまえ」なのですけれど、「耐え難いよ」とか「堪えがたい」じゃないのですけど 僕、そういうことを過分に気にする、タチで、やっぱりそういうメッセージにビビる自分が いるわけです。 今はもうあまり言わないですけど「え、今、なんて言ったの」とか。 まあそれは置いて於いて、妄想でビート派の、ケルアックとか好む方なのかなと。 まあそうだとして、もうこういう詩大好きです!というしかないのですが。 おはつになりました。ありがとうございます。 (めまいへ)

2023-04-27

おはようございます。 >春はうららかな陽気の裏に、メランコリーもひそんでいる季節だと感じています。 あっ。そうですね!確かに。 独創的な句群だと思います。 また読ませていただければ幸いです。 (迷信)

2023-04-27

おはようございます。 このような作品を読みますと いま、朝、読んでいるのですが、単純、幸せな気持ちになります。 それは技巧が働いていている、としてそういう点は他者の方は書かれているでしょうから 私が書くとして 夏目漱石が小説「草枕」の冒頭で  要は、生活というのはこれ、苦であって、その苦を取り除いたものが芸術である と、まあ書いているのですが 自分としては、それでも生活の中にあってそれに注目せざるを得ない、自分がいて 生活を詠った詩、これも好みます。 ですが、その、まるでその漱石の芸術論にかなった、小夏さんの作品を読み 安心するな、ほっとするな、こういう詩は良いな、と思いました。 すいません、漱石の引用は、小夏さんの気分を害してしまうかも知れない と思いつつ、こういう芸術の詩は、希少ですので。すいません。 (約束)

2023-04-27

おはようございます。はじめまして。 一読、カッコいい、クールな作品だと思いました。 私はその、変身願望これはあるんですが、この作品では「変わりたくないのに変わっちゃう」 それは環境が強いる、ことかも知れませんが 思い返してみますと、私も環境、場所によって自分を変えていますね。 それはそうせざるを得ないから、なのか、私は心理学に暗いのでわかりませんが 二読、三読して 意識さえも、これ「散り散り」になってしまったらば、その主体の「言葉」は どうなってしまうのか。 多分、それは意味不明のものになるだろうと。 ですから、この語りはその変身状態が解かれた、終えられたあとに成立するだろうと。 すいません、間違っていたらすいません。 なんだろう、もっとこの作品は色々な方の意見を聞いてみたくなります。 ありがとうございました。 (水の中の網)

2023-04-27

この作品評するに、まずテキストとして長過ぎる也。且つ、近未来小説風を装いながら 若者の青春、是、変わらないよね、と言ったメッセージを伝えたいが為に、語るに、語る、その様、 俳諧の肯定的意味ではなく、単に滑稽也。この作者はうるさい赤子であって、泣き止むのをとめて くれる何某か、是に、甘えている也。作者は猛省すべき、候。 (2063)

2023-04-27

おはようございます。レス感謝です。おわっ。うまいですね。一本とられてしまいました。 (跳ね橋のある風景)

2023-04-27

ボルカ様へ 昨日、昨晩は失礼しました。仰る通りで、シュルレリスムにしろビートにしろ、これが破綻、駄目になっちゃった側面の理由がそれで、その危険性をボルカ様に学び、私はもっと自覚していかなければいけないと思いました。それと、この作は、大賞になるのでしょうか。ちょっとビーレビのシステムに疎いので・・・。ともかく、おめでとうございます。 (青い空の下だと銀色の車は青い)

2023-04-27

僕は眠り薬が必要な人なので ぼうっとした頭で失礼ですけれども これねぇ、受けなかった・・・ わりとテキストとしてその作為性抜きにしてなぜか書けたんだけれど。 バロウズって人が「言語は外部からのウィルスだ」 って言っていて 僕にとって詩は、内面でそのウィルスを培養つまり遊んで 紙に書いたものでしかないんです。 それを主張しても、凄く個人的な詩の概念で 説得力ゼロで でもなんとなく 伝わらないかな、とか考えて書いていますね。 ありがとう。おやすみなさい。 (no title.)

2023-04-26

これはやはり、冷静に見てキラーフレーズがグサリ来たので 投票したいのですが、できるのか? 私はかなり票を入れている気がするのだが・・・。一票。 (空っぽを満たしてやろう)

2023-04-26

あっ。ここでもやらかしていますね。言い直します、悪趣味的です。 (空っぽを満たしてやろう)

2023-04-26

あっ。また返信先間違えています。今日はもう駄目です。 ボルカ様すみません、退出致します。ともかく歌仙について経験則でしか物が言えないのが 僕の致命的な駄目点なので、宿題にしておきます。 本当に申し訳ありませんでした。 (青い空の下だと銀色の車は青い)

2023-04-26

あーすいません、評がスベる、というのは、ああこれは僕の言葉なのでしょうか 要は、とんでもない的外れなことを書いてしまう、という意味です。 反省して、この言葉は封印致します。 その映像的に、今でもあまり撮るに難しいであろう世界を表現している点、強調しなかったですが、 良いと思います。 (地球独楽)

2023-04-26

これは実際に、読んでいただいた方が分かりやすいかなと思います。 https://www.breview.org/keijiban/?id=10861 (青い空の下だと銀色の車は青い)

2023-04-26

あっ。すいません、稚拙な評でスレッドを汚してしまいつつ、私のスタンスについて 書かせていただけるとは。正直、緊張しますね。 私は基本的に経験主義者でして、先行する方の作で、技巧で良い、と思ったものは 一通りやってみることにしています。 その、真似から入るのですが、これは真似をしても同じものにはなりません。 マルクス言「文は人なり」だからです。 ですから、まあ最初は真似、という、それは作為的に自分も書いていたのですが それからどんどん、ゴーかけてWord一枚仕上げたら、添削し、即時ネットアップしました。 この手法は自分で編み出した手法ですが、多くのネット詩人は近しい手法で 詩作、発表している?いた、のではないかと勘繰ってしまったのですが その点は不明です。 で、現在ですが、私は言語遊戯派、言葉遊び、の人になると思います。 これは一度、自身で俳諧の道を並走していた時期があり 歌仙に於いては、あまり考えず、どんどん付ける、しかしそこに何か物を、置く。 それと、そう、ブルトンですね、シュールレアリスムをくっつけました。 正確には、日本語に特化した、シュールレアリスムをやりたいだけ なのですけれど、言語の違いなのか、破綻します。 破綻しなかった場合は、発表しております。 すいません、これ、何の参考にもならないですよね、本当にすいません。(汗) (青い空の下だと銀色の車は青い)

2023-04-26

焦点はバシッと合っています。そう思います。 まあ、終末があってこそ、人は、人の心は慈悲に解放されて いや、そこまでないと、人の欲望、エゴーは止まらないのでしょう。 それは、実感できます。 (かみありづき)

2023-04-26

すみません、先ほどの評ですが 真面目に書こうと意気込んだばかりに、あとから読みかえして たいへんに、情けのないような、こころの通っていないような 評になってしまいました。 これはビーレビューのトーク&マナーに沿っていませんでした。 申し訳ありませんでした。 ともかく、センスが素晴らしいので、私には書けないという意味でも 投票させて頂きます。 (落書き)

2023-04-26

あっ。挨拶、書き損じて失礼しました。こんばんは黒髪さん。 いえいえ、まあTwitterで申し上げたことを皆さんにも伝えたく書きますが 仏教を否定しているわけではないのです。その、無宗教という立場で、間違いないです。 但し、実家がその真宗ではあるのですが、その説かれている、現世利益、ありますよね 要は、念仏を唱えていれば、鬼、これ恐ろしい者の例えだと思うのですけど そういうものからまもりますと書いてあるのですが、やはり人心は荒れており 僕はビビりですから、夜の郊外の散歩が好きだったのですが、これはよしました。 やっぱり念仏をしてもおそろしい、そして、これは阿弥陀如来への「信」がないからだ そう考えました。すいません、長くなりましたが 今日も、そのSFに詳しいであろう方の作、これは読みましたが 評は、スベッてしまいました。これは完全に私が悪いです。 そのSFにしろ、阿弥陀如来にしろ、理屈じゃないものにぶち当たったとき 私は「信じられていないな」「ついていけてないな」と、思ったのです。 ああ、すっとしました。 いや、やはり、黒髪さんに話していただいて、私が聞く、という方が健康的ですよ(笑) >今は人間の戦略の脳の本を読んでいて、その観点から人間の業について考えたいと思っています。 ああ、また大きな仕事ですね。私は読みますので。今後ともよろしくお願い致します。 (雨と海)

2023-04-26

うーん、この作品は、他の作品で評した内容と同じことを言及したくなるが この作家さんには作家さんなりのフェティッシュな部分、そういうものを集めて じぶんの世界を作ってしまえるから、安定性があるのかも知れないな、と思いました。 (ガンダムかウルトラマンか)

2023-04-26

好みです。全体的に緊張感を強いられるのですけれど、さらりと日常語が挿入されるところで ほっと安心し、また緊張に入り、最後落ち着く。スリリングでした。 (khefa)

2023-04-26

これは巧みな作品だと思いました。 心が汚れているから、美しい歌が好き、雨に打たれても、これは陽で渇く 道が沢山あっても、その中で行くのは一本の道 これは、そうだ、そうだ、それはそうなのですけれど その結尾 >骨も肉も >私の借りもの >持っていけるものは人との思い出だけ とまあ、死、がありつつ 前述のそれらとさも変わりない、これは道理なのですよという風に メッセージを置く。 まあ私は私生活で、今無信仰という立場に、これはなっちゃったんで 突っ込んで書きたいことも書けないのですが 黒髪さんの話に聞き耳を立てておきたい自分がおります。 ありがとうございました。 (雨と海)

2023-04-26

滑稽ってのはすいません、俳諧の言葉を持ってきてしまいました。 幾何学的に踊る、の意味するところ、分かりません、すいませんでした。 失礼します。 (例題、アポロ)

2023-04-26

五句目の言い回しがねぇ、これ現代俳句で特化している方がいても、あんまりいないんですよね 使う人が。正岡子規はこのオンパレードなんだけれども。ただ、全句通して読んでダウナーなんだよなぁと思いました。 (迷信)

2023-04-26

へぇ・・・。面白いは誉め言葉。 (エリ子の情癖)

2023-04-26

なんちゃって。てへ、ぺろ。 ユーモアが難渋化する思考を救う。現代の詩だと思いました。 もっと悩んで、セルフツッコミしてもいいかも知れないですね。いい味出てると思います。 (覚え書き )

2023-04-26

異文化交流できて微笑ましいのではないでしょうか。 (そしてヤンキーはいなくなった)

2023-04-26

勝手に共感してしまうのだけれど、自分と比喩の使い方がわりと近しいのかな? 全然ちゃうやん、って感じでしたら御免なさいです。 最後の連、多分、非常に重要なことを置く、ところだと思うのですが この作品では比喩で、まあ隠してしまうわけです。詩人同士の秘密のやりとり。 まあ、自分は男性なので、ね、まあ、あまりその秘密がわかりかねますが。 物凄く勘違いして、評していたらすいません。 (心の骨)

2023-04-26

この作品は別段、二回読んでも、イイネ。 (とゆうコトで(笑))

2023-04-26

ちょっと前半、不穏な描写ではじまるのですけれど、>四月の空になる ここで、雰囲気が変わって、神様の登場で、マルちゃんは灰になりながらも前進する やっぱり、四月、春の雰囲気、僕はツボなんですけれど これは日本人特有のものなのかな、とか考えました。 それは、複雑な構造の文明批評なのかも知れませんが 比喩で落とし込んで、読ませてゆく、詩の力を想いました。 (四月の白い煙)

2023-04-26

ビーレビを久しぶりに訪れまして、今月はわりと、抒情にふった作品が少ないのかな と思っていた中で、この作品が光っていました。 木は、女性なのですかね、かと言ってこの作品の傷にはならずまた比喩であることも 大きく、主張していない、露骨に書かないことで、うつくしい、のかなと。 (木)

2023-04-26

凄いな。多分、この作者様は僕と同じ、言葉で遊ぶタイプなのだろうと思いますが スタンスの違いは、僕は言葉で遊びつつ、なんとか意味を通そうとする。 格好つけようとする訳です。この作者様の場合は、そうではなくて、言葉で遊びつつ 意味を放棄する、メッセージを放棄する、その清さが、自由度を上げているように読めました。 (いささか氏)

2023-04-26

この作品は良く書けているなぁ、凄いなぁ、と思いました。 私は自分のセンスに自信は無いのですけど、品の良さを感じました。 神の比喩が出てくるのですけれど ここで読者は、あっ、日本の場面に限らないのだ、そういう広がりも出てくると思います。 ていねいなセンテンスは、英訳なりされても、充分伝わる作品だと思いました。 (夕暮れの鐘が鳴る頃に)

2023-04-26

とりあえず、この作品に投票して、仕事に行ってきます。 (朝)

2023-04-26

うーむ、私は脳病であることをカミングアウトしているのですが、それを詩の上でしたことは なくて、こういうアプローチってなんか、読んでて反省してしまいますね。 この統合失調症っていう病気は、僕は、嘘がつけなくなっちゃう病気だと思っていて それは嘘をつくことが嫌な気分になって体調崩す、という理由だと思うんですけれど 多分、ここまで丹念にテキストに落とし込んだものは初めてみました。 ちょっと驚いていますね。 (朝)

2023-04-26

絶唱といいますか、この言葉は敢えて今まであまり使わなかったのですが 魂を感じました。Twitterとかでも大変な方とこれ、僕はつながってたりするのですが この詩は時代のトーンを捉えているという意味で、正確に現代詩だと思いますが 凄く、感情がこもってますね。こういうタイプの詩はそうなのだな、と今日 ビーレビを開いて気づいたのですが、無駄な言葉が無いですね。 それは凄いことだな、と反省もありつつ。一票。 (嫌い)

2023-04-26

この動画を拝見しまして、こころ?が、静かになりました。 ニュートラルの状態になれたかな、こういう力は凄いな、と思いました。 朗読を意識してか、テキストも音楽的でしたが、ラップのような強引さでなく ナチュラル、自然な日本語の音楽性で好感といいますか、親しみが持てました。 (詩の朗読「よごした海、しぶきあげて海」)

2023-04-26

返信先を間違えてしまいました。もう駄目かも。と思いつつ、一人ビーレビ祭りつづけます。 スレッド汚し失礼しました。 (青い空の下だと銀色の車は青い)

2023-04-26

あっ。ありがとうございます。楽しみにしております。応援したくなる方ですね。 (朝の詩ばかりになって困る)

2023-04-26

あっ、福まるさん、大丈夫です。さいしょ、凄い失礼なこと書いちゃったかな、 俺の詩を一行で語るんじゃねぇ、っていう苦情かと思ってビビりましたが 大丈夫です。おはつです。今日、三十六才になったおっさんです。昭和な人間なので 話半分で。ただこの作品は、凄くいいと思った。失礼します。 (死)

2023-04-26

あっ、なるほど。 経験則になるんですけれど、、僕は以前、そっち派だったんですけれど 作為性があるから駄目です、ってボコボコに叩かれた経緯がありまして だから、意図的に、作為性を排して、要はゴーしたら、何が出るかわからないけれども Word一枚書く、っていうスタイルを続けていまして。 考えてみたらば、そっちの方がおかしいことやっているぞ、って今思います。 といいますか、わたくし恥ずかし、その詩の技巧の部分で言えば 自分で考えるというよりも、人から教えてもらってばっかりだったので。 わかりました。ってこれも教えて頂いての、今後の詩作になるのですけど(笑) ありがとうございました。感謝します。 (青い空の下だと銀色の車は青い)

2023-04-26

音楽的であり、且つ、変態的です。 (空っぽを満たしてやろう)

2023-04-26

今日、春の雨で、現場仕事が流れてしまって、朝からビーレビに付き合ってみようと 考えて、いそいそコメントをつけているのですけれど、やはり難解な詩も多いなかで こういう作品は反対に強いな、読んでいてほっとするな、と思います。 丁寧に書かれているのがいいですね。 (回り、回って)

2023-04-26

やっぱり「今年は凶作であるから、死んでくれえい!!」が印象的なのだけれど タイトルの「大人気パスワード、しばらくは神々」というのが今の雰囲気を 捉えているような。それが言いたいが為の詩文でもありそうな。 ただこれ、丁寧に展開して、行数が増えたなら、現代版「春と修羅」を夢みてしまいますね。 (大人気パスワード、しばらくは神々)

2023-04-26

今、現代詩フォーラムというサイトで実際AIで創った作品群を投稿してらっしゃる方が居り 注視しているが、詩は、これは高水準に出来ているという見方をしています。 反対に、短歌、特に俳句、の「切れ字」や「いい仰せ方」というものはまだまだだと 思っており、短くになるにつれて、これはAIは苦手な風に受けとめております。 不思議ですね。 僕のAIに対するスタンスは  面白き春の風これ機械が詠む  僕のゴールは幸せになること、楽しくあることなので、なんら差支えありません。 詩の評になってませんが、参考になれば。 (AI)

2023-04-26

氏には、親しくしていただいてその口で批評、これ褒めるというのも他人様から見てなんだか 、と思われること、置いておいて。 美しい歌ばかりだ。 ただ気になったのは >牧夫救済を語れども脱輪の列車傾きて菜の花 氏は近日、自己を客観視して、「罪人」と定義していたが そんなことを言えば、世界総、罪人になってしまう。いいや、そうかも知れないが それがインスタントな救済でもいい、念者になってもいいから 幸せになって欲しいと思う。こういう軽口は門外漢だからできる。私は反省しなきゃならない。 (かみありづき)

2023-04-26

もっと読んでみたい人の作品である。like:のところなど、まるで稲垣足穂の「マイ・フェイバリット」だったか「僕が好きなもの」だったか、そういうフェティッシュなものを吟味して、自分だけの世界を作る、これが作家だろう。多くを語ること、これがhate:になっているので、これ位で。 (xio thaurube gahha uuru afetimekova lokudo azagaphasisky)

2023-04-26

非常に重要なことが書かれているとは思うけれど 私たちは生きているのではない、生かされている、という僕のスタンスだけ表明して いや、それは何も意味もないことかも知れないけれど、レスを終えます。 (なんで)

2023-04-26

ちんぷんかんぷんな、ああ、このちんぷんかんぷん、という語を久しぶりに使うけれど 気づいたら劇が終わってしまっていたような。 過分にレトリックを駆使しているのだけれど、それではどこかで詩が破綻する、 その破綻ぐあいをみるのが宜しいのかな?、というのが僕の解釈になりますかね。 まあ作者が書いていて気分いいのならば、それはそれでいいと思うんですが。 (トライゴール)

2023-04-26

この作品は個人的に、分かり味深く、またエンターテイメントとしても しっかり成立しているなと思います。 人の欲望、煩悩、エゴーというものがあって、それにさらされていると 反対にじぶんのこころの内は、潔癖すぎるほど清浄でありたい、という 反対の、欲望を生むのかな、と。凄く大雑把に書けば。 私事ですが、テレビ、が駄目でして、あれは刺激がつよい。 ただ静かすぎる書斎に籠っても、神経質になるので困ったものです。 (穴)

2023-04-26

この作品も非常にいいことをうたっているが、やはり先の作品と同じで 小説化した方がいいと思った。 今年の芥川賞は、僕と同年代の女性が獲ったが、この人の作品は私はつまらなくて 何せ、言葉、その正確な置き方がどう、とインタビューで主張していて 実際、作品もそうなのですけれど、それでは「詩」が殆ど、ないのです。 まあ話半分で聞いて欲しいのですが。期待しております。因みにこの作品に三度、目を通しました。 (かなしみについて)

2023-04-26

世界情勢のことは皆目わからない草の民であるが うちの家庭では戦争を起こすのが私であるとか妻であるとか決まっていない。 こんな小さな家庭で謎なのだから、世界で見たらもうカオスだろうが それが丁寧に箱に収まるように筆致される、できるというこの作者様が いちばん、謎だな。 まあ参考にはなったけれど、家の戦争なり、お祭りなりをどうにしかしないと。 (跳ね橋のある風景)

2023-04-26

内容的には非常に面白いのですが、だからもったいないのです。 えっ、本気で書くならば、これは短編小説、紙媒体とかじゃないでしょうか。 今後のご活躍をお祈りいたします。 (わたしはあなた/ぼくのきみ)

2023-04-26

マゾヒズムな男の詩を読むことになるとは、ビーレビューってのは凄いなと 思いつつ 私は火を作る、というのが、自由律俳句の、尖ったそれのようで好み。 後の数値は、オマケ程度に捉えた方が健康的かな。 数秘術の本を数冊通読した身には言いたいことあれど、流石に内容がマニアック過ぎるので。 (とゆうコトで(笑))

2023-04-26

別の作品とは違ってこれは手癖感がまるでない、イイネ、と思いつつ 現代詩の性へのタブーへの切り込みと、私を舐めるなといった女性の自己実現欲求その発露 ドッキングなのかなと思いつつ、こう簡単に評すること、自体舐めた態度なので この作品の前では「何も言わない」が正解だと思いつつ、その、良い、ということは伝えたかった。 (舐めないで)

2023-04-26

推測するに、この書き手は、日々懸命に書いているのだろう。 だから朝ばかりの詩になって困るのだが 反復して、毎日詩を書くことにも弊害があって それは手癖のようなものが、一連目から出てしまうことだと思います。 ビーレビューは毎月二作品まで投稿可、として なかなか難しい問題だとも思いますが 明らか、これは手癖が出ているなと思わせる詩はそれだけで損している 気がします。 あっ。この言説は過分に他人の言葉に寄っているなと思いつつ 安定した、その現実の生々しさもしっかり出ている良い作品 読ませて頂いてありがとうございます。 (朝の詩ばかりになって困る)

2023-04-26

この書き手は、過分にセンスが鋭くて、かしこであって だから、私のような、鈍感、非かしこ、な読み手にとって 判るよね?と訴えられても、皆目、これはわからない、になってしまったのだった。 最初の方は、うん、うん、と読んだけれども 最後のイマジネーションの炸裂のところで、私は置き去りにされてしょげてしまった。 いや、それも想定内のことだとは思うけれども そのセンスふりきりのところを、もっと巧くコントロールして 鈍感、非かしこにも、少しは沿うてほしいとも思うが、詩人にそれを要求しても無駄だと思った。 (落書き)

2023-04-26

これは面白い作品だとして、あとに何か書くと自分が野暮に思えてしまう。 それに作者は単純、面白がってくれと思っている、と思われる。 さいきん、ライトレス、という言葉を知って、ああ僕してるわ、これ、と反省しつつ 面白い!以上、で。 (雑文集)

2023-04-26

無駄なセンテンスが一行もない、という意味で私の中で名文であると思った。 この作品に投票する。 (死)

2023-04-26

シリアスに記述されたものだとは思えなくて、要は作者の態度によるのでしょうけれど 鹿になって森の中へ消えてゆく、これは滑稽な姿に映る。 しかし、多分、作者はそう、滑稽に捉えてほしくはないであろうから 例えば詩編を長くするなどして、絵巻物として、最後、鹿となって消えれば宜しいかと思った。 (例題、アポロ)

2023-04-26

好みな作品であったけれど、最後の一文を、敢えて削る勇気があれば これは僕の中でとりわけ、いつでも思い出せる作品になっていたのかな、と思います。 (応答願います)

2023-04-26

僕としては 例えば壮大なユーモアを映像として見せられているようで面白かったですが そこに何か深いものを見定めようとすれば、評がスベるので、面白かったで済ませたいです。 (地球独楽)

2023-04-26

この作品は、この短さでは追求するべきではないテーマを書いてしまっているような気がしてなりません。 (わたしはあなた/ぼくのきみ)

2023-04-26

三連目が抜群に好きですね。 あとは時間と意識をテーマにされているようですけれども 私の不勉強の為に何か言及できることはありません。すいません。 (春を観ること)

2023-04-26

詩はこんなにあからさまな作為性を持って書かれるべきなのでしょうか。 私は書き終わるまで何が記述されるのかわからないことを楽しんでいますが そういう楽しみを期待して、読者に訴求力を与えるとして、最後まで弱いような気がします。 まあ僕も語に対するフェティッシュな部分を持っており、それを展開して創作している 部分はあります。そういう肌を晒しつつ、色にそんなにフェティッシュな感覚を、意識しない 僕のような人間には読んでいて、あまり面白くなかったです。 (青い空の下だと銀色の車は青い)

2023-04-26

盛ったテーマが多すぎるような気がします。ナンセンス、神、アルコール、エゴー、戦争、恋、世界の終わり、信仰、真実、それぞれ独立して、一品ずつ、詩が書ける深いテーマを盛り込んでいて まるで、こういう語を使って詩を書いて、とAIに頼んで創作しているようです。私はちょっと、と、思いました。 (嘘)

2023-04-26

語の配置の正確性を追求しつつ、何も言わないことを目的化しているのではないかと考えました。 実験と冠しているので、失敗してもいいわけですけれど、ヒューマニズムになびきがちな私を 再読して語を吟味させる、その訴求力が弱いと思います。 (実験12)

2023-04-26

すんません、仕事でバタバタしており再読すれば、やはりテキスト中「夢中」がありましたね。 要は、イメージの放出とか展開が読ませるんですけど そういうものが、現実の夢オチだったりに帰結してしまって出口が無いわけです。 ですから、これはイマジネーションの詩で無くて社会派な作品だと思う。 その前提は曲げないでおこうと思います。 (む ゆ う)

2023-04-26

凄い、主観で。 タイトルが「む ゆ う」なのですけれど「むちゅう」から、ち、血が通わなくなったそれかな と思いましたね。 血が通わない、そこにソウルとかもうないのだけれど、取り敢えず継続してゆく。反復して最初 夢中だったものが、ない、とか社会に通じている場合、これはわかるなぁ、と思うのですが いかんせん、詩人というのは社会通でない。野暮天である。夢遊、踊っていろ、という 寒空の下の咆哮、といいますか、それもしない、大人な詩だなぁと思いました。 (む ゆ う)

2023-04-26

ちょっと私生活、近辺で不幸がありましたね。 僕は、浄土真宗なんですけど、個人的に無信仰になりました。 現世利益がまるかし、嘘っこだからです。 精神的安定の信仰もいいと思いますが・・・と何を書いているんだ。 それでも生きていきます!ありがとっ! (no title.)

2023-04-08

お読みくださり、ありがとうございました。 どれだけリズミックに書いても、身体の齟齬か、日本語のそのためか 不器用にズレますね。そこも楽しんで書きました。 念頭にあったのは、ピアノ、というより、アコースティック・ギターです。 その手軽な。 手軽というと、やはり僕の場合、Word一枚でちょうどよいのかも知れません。 そのフォーマット、フォーム、型を大切にしたいと思います。 ありがとうございました。 (no title.)

2023-04-08

文中にありますが、これは秘密のテキスト、なんすよね。 もう詩人以外、鑑賞していただきたい対象はない、なかったんですね 客観的に読み直してそう思います。 お読みくださり、ありがとう。 (no title.)

2023-04-08

つつみ様 お読みくださりありがとうございました。 しかも、丁寧に作品を分析それぞれ点数評価までして下さって 嬉しい限りです。 だからこの作品は、抒情、音韻、構成に寄った作品だと。 確かにそのとおりですね。 で、基本的なフォーマットにそった作品で、読みづらく、エンタメでは うむ、確かにそうですね。いいですね、これ、僕も使おう(笑)。 そうですね、伝える対象が人だったり、自分自身に、だったり それは、没入して書いているので、あとから客観的にみて 曖昧だなと思います。 納得したくて書いているというのもあります。 ともかく、その、心地よさを感じていただいたことは嬉しいです。 ありがとうございました。 (no title.)

2023-04-08

寝ていて、今起きたので端的に。 まず全然謝罪する必要はありませんよ。 このような作品を投稿したからには、現状に不満があるんでしょう。 ただこの少しの批評、批判、やりとりでもあなたも ヤバい、どうしようか、とか、この発言にはモヤモヤするな、とか あるいはヒリヒリするな、とか、「経験」をしているわけでしょう。 「殺す」という言葉を用いた、責任もあるでしょう、 その経験を通じて、その生きるということをまた書いていって欲しいし 最初は僕も、この作品とレスにノルか、ノラないか迷ったわけです。 しかし、ノッてみた。それがマナー、礼儀だと考えたから。 だって、作品に、詩に、言葉に、あなたに、失礼でしょう。 ただ芸術論に行ってしまう書き手は えてしてそうなってしまう必然があるということ。 ヒリヒリする喧嘩を、例えば昔のテキストと今の自分と照らし合わせ 行っているわけです。それは覚えておいてほしいなと思います。 以上です。スレ汚しか、失礼しました。 どうもありがとう。 (ぶっ殺すぞ)

2023-04-04

ここに芸術論の権化がいるんだからさっさと僕の心を消せばいい。 さいていでも、この作品ではそれは成し得なかった。 (ぶっ殺すぞ)

2023-04-03

僕の肌を晒すけれど、色々な意見とかイズムがあっていいと思うんですよ。 ただそれが分断を生むでしょ、これは前提で。 そのみんな違うよねー、でも共通項はなにかなーってとこで ユートピアの片鱗みたいなものが、ちらと目につくわけだ。 それが2023年のモードだと思うけれど きみはもう染まっちゃってるじゃん。前言撤回、才能はなかった。天然だよ。 (ぶっ殺すぞ)

2023-04-03

そいつら、っていうけれども(笑) 具体的にどいつらなのかわからないけれど 紙媒体?文学極道の残党?可視化しないといけないわけでしょ。 そのそいつらが誰なのか。 偉そうに語る、っていうのも、さもそういう誰かの態度があるように ミスリードしている、これは言葉の、テクニックが働いている。 可視化しないといけない対象を敢えて消す、またはぼやかす。 これは修辞の問題でしょ、テクニックですよ。 で、それは僕の知ってる限りでは散々やられてきたことだから このレスを読んでまたディストピアに陥るわけです。 だって、きみ、凄く「偉そう」に語るから。涙ボトボト、トボトボ気分。 (ぶっ殺すぞ)

2023-04-03

ビーレビューの「読む」ページからいちばん印象的なタイトルを選んで読んでみる。 結果、凄く批評するに難しい作品だと考えた。 作中、話者が芸術論を拒否しているからだ。 私は「相田みつを」と同じ匂いを感じた。 薄い墨で人間臭いタッチのただ「生きる」の文字。 相田みつをも、ある種批評を拒否している。 「つまづいたっていいじゃないか、人間だもの」 このメッセージを前には「まあ、そうですねぇ・・・」と閉口するとか 「励まされました!元気出ました!」のどちらかの態度しかない。 しかしみつをは日本で一番とか二番とか認知度の高い詩人だろう。 みつをの壮絶な努力は置いておいて作品に戻ると 芸術論を拒否した芸術論、又は知性を拒否した反知性主義、って脈、はある。 例えば卑語だけどポエムがそうであった、 ポエムってそもそも批評するものじゃないじゃないですか。 僕は作者に、才能を感じる。その半分は天然、失礼、無自覚な部分があります多分。 (ぶっ殺すぞ)

2023-04-03

坂本様 お褒めの言葉ありがとうございます。 そうですね、私はアコースティック・ギターを弾きますが この作品の念頭にはピアノ。過分に音楽的なものへの意識がありました。 フリーになるにしても、定型のフォームがきっちりしていないと フリーになることは出来ないと思っており まあ結構、情報量があるのですが、まだ試行錯誤の余地がありますね。 ピアノ、硬質なイメージが強いので、次書くとしたらばふっくらとした ものを書きたいです。 こちらこそサンクスです。 (2063)

2023-04-03

吸収様 お読みくださりありがとうございます。 お褒めの言葉、ありがとうございます。 俳句は、自由律俳句を修辞を習得するために毎日書いております。 べつの環境、現代詩フォーラムでは これは詩ではない、という評があり なるほど、なるほど、最低でもこれは「テキスト」「散文」だと考え ビーレビューに投稿しました。 「文学」というとそう呼称されることを目標としていますが また何か書けましたらお読みください。宜しくお願いします。 ありがとう。 (2063)

2023-04-02

おはようございます。 うーむ、どうなのでしょう。 言語に関していえば、多くは環境に起因していますよね。 言語はその当事者の外、にあったものを、借り物している。 まあそれはいいとして >五蘊の集合体である人間には確かな内部は存在せず これは重要な指摘だと思います。 というか、五蘊の集合体である人間には確かな内部は存在せず というのは 人間は五蘊の集合体、でしかない、そんな程度の浅はかな存在なんだよ という断定は、反対にだからそんなに重く悩む必要性はない、という 余裕、安心に帰結する逆説を生む素地です。 あまりに話が込み入って、カード発行されてもしかたないので 話しはここで終えます。 私は、けっこう、実りもありましたし、宿題も出てきましたが ありがとうございました。 (ONE)

2023-03-27

勘違いしないでいただきたいのは この作品は黒髪さんの作品として、完結しています。 その楽屋話として、親鸞の話がでてきたので、伺っているだけで それはまあ、全く作品とは関係のない話だと加えておきます。 (ONE)

2023-03-26

親鸞は歴史家泣かせなのですが その思想の追及は、自然法爾、これは人間あるがままがいいのだ、というところまで行く。 ここに阿弥陀如来へ対する、信、がなくてもいい、又はそもそも仏教の洗礼を受ける環境にない、人間も含めて、肯定してみせたわけですが。 まあそれはいいとして 親鸞の、思想というのは、一つの窓に対する、フィルム、例えばそれが特殊で ガラリ、とその景色を変えてしまうになる まずこの前提はどうでしょう。 つまり代表的な、悪人正機論などを、納得したり、感動を持って 受けとめたところで、窓に、フィルターがかかる。 そういう発想。 私はそういう立場ではなくて、私の窓と、親鸞窓が別個にあって 窓が、二つ存在する、そういう発想といいますか、想像です。 大体、悪を戒める親鸞がいつつ、悪を成してしまうに仕方ない自分というのが 確固として別々に、存在していると、認識するからなのですが。 (ONE)

2023-03-26

お読みくださりありがとうございます。 自動筆記というのは自動、オートですから無意識の範疇ですよね。 その無意識に言葉を書いていく、装置、環境を用意する、そういったことはしてないですね。 まあ、今、自動筆記しました、って詩人が現れたら凄いと思うんですけれど。 なるほど、なるほど、この詩を読んでなにかしらの「意思伝達」はできているわけですね。 私が狙ったのは、言語遊戯、言葉遊びが過ぎると、寧ろ伝わらないという事実なのですが そういうことにはならないことが、遊びというか、実験で、今わかりました。 (言語で遊ぶ)

2023-03-26

親鸞、ときましたか。 では黒髪さんに問えば 親鸞の言った 「一人でいるときは二人でいると思うべし、二人でいるときは三人でいると思うべし  そのもう一人とはこの親鸞である」 これをどう解しますか。 (ONE)

2023-03-26

自由律俳人の尾崎放哉が、その句群の中でもとりわけ「一」、「ひとつ」「一日」「ひとり」 という語を連発している。  そういう連発のなかでそっと 名句と言われる 咳をしても一人、がふと出てきた。 なぜなのだろうかとずっと考えてきたけれど この作品を読んで、要は二つじゃいけない、分かれてはそれは健康じゃないから って断定されているブリッジを読んで、あっ、いい物読んだ、と思った。 いや、作者の書きたいことは、後半もまるまる通してのことだと思うけれど 私に響いたのは、そこです。 (ONE)

2023-03-26

返信ありがとうございます。 しかし、あまり多義的につとめると、詩に馴染みのない読者を 置いてきぼりにしてしまうかも知れないと考えています。 だって、この作品、俯瞰的に読むとでたらめでしょう? 詩に馴染みのある方には、「旨味」は提供できたと思いますが・・・。 その、最終的なゴールとして、私は、詩の書き手=詩の読者、という コミュニティを、もっと風通しの良いものにしたいのです。 夢想家かも知れませんが。 まあこの品は、割とポップな面がありつつ 怪文書と言われたらば反論できない余地は過分にあると思います(笑)。 (ディストピアにあっても)

2023-03-19

はじめまして。 お読みくださりありがとうございました。 SNSとかテレビ観ない、とか時代の流れなんだろうけれど 確実に「分断」を生んでいるな、と思いまして。 世界情勢を見ていてそうだったけれど それが生活というか市井の人々の間までに及んでいます。 マスクつけます、いや、マスクとります、とか。 そこにいちいちアクションをしていたのが 毎日書いている自由律俳句だったのだけれど 詩の場合、もっと大雑把に掴んで書こうと。 あまり断定したくないですが、今の世の中はディストピアだと思います。 そのメッセージ以外の部分は多義的に捉えられるようにして あとは読者にお任せ、したかな。 勝手な筆者ですが、あまり反省していません。 重ねてありがとうございます。 (ディストピアにあっても)

2023-03-19

かずや様 お読みくださりありがとうございました。 これだけはという一句を提示することは難しいですね。 したとして、妻との関係とか、お義父さんとの関係とか、そうした 人間関係の中での句になると思いますね。 時代小説でも、またたび物は今あまり読まれないように 共同体の中でしか生まれないものがいいかな、と思います。 今日は、十五句かな、また書きました。 私は自己表現が苦手なので、と云いますか病気ゆえに感情が、 平坦化してしまっているので、感情を書き出す機会は 日々、大切にしていきたいと思います。 重ねてありがとうございました。 (自由律俳句 2023 1月分)

2023-02-11

で、何度かこの作品をスクロールして読んで考えたのが その、真面目さの度が強くて、ずっと短いオフビートで句が続いてゆくので この真面目さは、怒り?をちょっと内容しているのかな ということでした。 というのも、人は怒りを内容していると、表現が短くなるんですね。 音楽でも、ハードコアパンクとか怒ってると曲が短い、みたいな。 余裕があると、もっと音律に多様さがあったり、語尾の選択肢が 増えていったりするんですよね。 勘違いして読んでいる人がいたら、作者さんに気の毒だから書くけれど これらの句群は「お笑い」系のノリのそれじゃないんですよね。 悲壮すぎて笑いになる、を狙って書いてるんでなくて 作者さんはいたって真面目に書いてると思います。 Twitterや又吉直樹さんの影響で自由律俳句はじめた方の 落とし穴でそういう誤解があるんですけれど まあどう受け取るかは人それぞれでありつつ 自由律俳句ではにっこりできてる句はあっても基本笑えない、と 私は考えています。 (自由律俳句(煩悩サイズ令和4年))

2022-12-23

こんばんは。 自由律俳句っていうのは、絵画でいうところのロマン派なんですよね。 まあ、写生画に対する、漫画、でもいいと思いますけれど。 自由律俳句というのは俳句ではなくて 俳句の俳、というのはおどける、とか、ユーモアがある、という 意味にもなりますけど、その俳、に対して もっと生活に即して、真剣に考えて詠もうぜ、っていうのが自由律俳句です。 自由律俳句を、真面目という意味で「随句」と呼ぶ方もいます。 川柳と自由律俳句の違いは、川柳は、五、七、五の音律で且つ押韻、 拍子を打っているリズムになるのですが そのリズムに乗らなければならない、拍子を打たなければならない という前提で、「俳」が含まれ、態度が真面目ではないから この二つのジャンルは違う、と思われます。 俳句と呼ばれる中にも「旅に病んで夢は枯野を駆けめぐる」 は、六、七、五、でこれは拍子を打っていません。 日本語は、多分、口語の発話に置いて、真面目なとき 又怒っているとき、拍子を打たなくなるのですよ。ダウナーになる。 と、まず自分の自由律俳句の立ち位置を明らかにしておきますね。 (自由律俳句(煩悩サイズ令和4年))

2022-12-23

コメント&票、ありがたいことです。 >緑濃くて影の中に居る >草の匂いする風受ける この句二つは同じ場所、当時いたアパート近くのN公園の 芝生の上で作ってますね。 緑とか芝生とか、ある程度の年齢をいかないと興味が いかないのではないかと思います。 又は幼い頃のその、記憶。 私は今山の威厳さに日々感動していますね。 近頃はよく山梨県の甲府まで行くのですが 途中、縦貫道のトンネルとトンネルの間に顔をみせる、 山の威厳さったらないです。素晴らしいです。 ありがとうございました。 (自由律俳句 2022)

2022-12-06

コメントありがとうございます。 以前はアパートに住んでおり、今一軒家に住んでいるのですが アパートの近くにコンビニがあり、煙草を買いに、夕飯を買いにと よく利用していたのですが ある日、コンビニに行って「気づいた」のが 「欲しいものが何も無い」ということでした。 最近ちょっとネットニュースになったことで コンビニ客の四割はトイレを借りに行っているだけで コンビニでは物が高いから買わないそうです。 私が自身をニコチン依存症者を自覚して、依存症について理解、を深めると 考えたのがコンビニのたいていの品で依存性の高いものが 売られているという現実でした。 そういうことを知る、考えた過程で書いたのが >何を求めていたのでしょうかさるすべり で 自分でもこの句は好んでいます。まあ、すべての句を好んでいますが 特に。 ありがとうございました。 (自由律俳句 2022)

2022-12-06

こんにちは。 山頭火に関しては今は、色々複雑な感情を抱いています。 一応、山頭火のベスト版として「草木塔」があり これが入門にもなるのは変わらないと思いますが 全句集を読んでいると、捨てられた句を無目的に読んでいる方が なかなか面白く、なぜこんなことを書いてるんだろう?この人? と、その山頭火こそ追求してみたくなる。 「草木塔」は、なんといいますかその句の味に お団子とかおせんべいのキャッチコピーを思わせる句が多く 愛称性があるのですが、その山頭火の部分はこの私の品では 少なくしよう、避けるよう努めてみました。 愛称性こそも山頭火に於いては倫理の働きだったでしょうから。 2023年からは、室町さまの仰ったことも意識して 書いていきたいですね。 それにしても、山頭火は最後まで「悟れ」なかったんでしょうか。 ちょっとまた読んで探ってみたいです。 (自由律俳句 2022)

2022-12-04

こんにちは。 私は以前、アパートメントに住んでいて、近所迷惑ですがガラス戸の向こう、 ベランダで煙草を吸っていました。 じぶんでじぶんの顔は見えない筈なのですが、この作品の後半にかけて ベランダで煙草を吸っていて呼びかけられているじぶんの顔を「想起」しました。 この現象はなんでしょうか。ちょっとまた考えてみますね。 自由詩の自由というのは、何を書いてもいい、何を書いていいのかわからない 不自由に帰すると思うのですが、描写したい景色の、これはモンタージュ?に なっていて、ギリギリ、音楽的に徹して、そして意味を通して という読み手にはそこはかとなく伝わる緊張、があって良い、と思いました。 普通は、キラーフレーズに持って置かれそうな、 >あなたと 婚約する が地のセンテンスに採用されていたり >わたくしは夢を見る >あなたと >歩道橋を渡る 何気なく置かれているこれら行がとてもロマンティックに ふくよかなイメージも付与している、と言っても まあ、マニアックな私の感想かな 書いていて、ここはこうかな、っていうポイントが そうだな、そうなると良いよね、って個人的に ちょっと昔の私の作風と似ているっちゃ失礼ですが そう感じたので。まあ、そのような所です。 ちょっといい品を読んで嬉しくなってしまい長くなってしまいました。 失礼しました。ありがとうございました。 (禁煙)

2022-11-08

おはようございます。 病気というのは、詩作品に迫力をもたらすものだと思います。 偶然、今「箱庭療法」についての本を読んでいますが 箱庭としてできあがったものの迫力と、その創作者の病的な重さと 深く関りがあるとして、詩、にも同じことが言えると思います。 で、なんで私が、言い方を換えるとこんな呑気なのかと言いますと 仏教の「親鸞」思想に触れてから、ですかね。 じぶんの病気の安定のターニング・ポイントです。 親鸞は、「人間はぜんぶ駄目だ」という意図で「悪人」と いう語を捉えていたと思います。 それは英語でいうbadじゃなくて、toomuch。 過剰だったり、極端に不足している様として「悪」の語を 解していたと思います。 機にふれたら何をしでかすか分からない人間の不安定性は 肉食してようが、姦通してようが、まして病気だろうが といった一連をすべてを内容し、越えつつ、端的にいって人間皆「駄目」なのです。 村上春樹さんは「人間は皆病気だと思っている」と書いていますが そういうことを学んでから、じぶんの病気は、そんな大したことはない と、思えるようになりました。 実際、ほんとうに厄介だな、と思える時もありますが まあ普通。普通に悪人(笑)。 寧ろ、それからのアクションとして、機にふれて何をするか、何をしたか ってところで、今、頑張っています。 それが続いて、かれこれ十年くらい、書いているんですけれど。 感想も、丁寧にありがとうございました。 まあこの詩の夫も、普通に?生活しつつ「悪」を成しているんですよ。 もう少し書くと、感想の幅が減るのでこれぐらいで。 (平和)

2022-11-07

返信先を間違えました。失礼しました。 まあ、また欲になっちゃうんですが 難しい言葉を使わないよう配慮したので この詩を、色々な国の人に読んで欲しいですね。 全く違う感想だろうな、と。 きっと皆バラバラだねぇ、ってことが分かると思いますよ。 涙、のミスリードが効いたとしても。 (平和)

2022-11-02

即レスありがたいです。 そうですね、西側諸国が作ったイリュージョンを利用して 一応、宿題に上がっていた「エンタメ」をやってみたのですが ううーむ。 これを「毎日やっている」ことを女性に言及させるか 迷いまして、やめまして、ダイヤルは上がったままになりました。 この詩というか、家を日本、ロシア、ウクライナ、ほか他国、と相対的に 読ませようとすると、こういうアプローチが限界でした。 あの、私は妻帯者ですが、正直主婦には頭が下がる一方ですね。 その罪を何とかしたいという気持ちが動いたので 利他、になりきれなかったかもしれないですね。 正直お目汚しレベルだとも思っています。すいませーーーん!! (平和)

2022-11-02

ありがとうございます。 夜更かししたかいがありました。 (秋のひとひ)

2022-10-10

ありがとうございます。 詩は個人の勝手な想像の産物なのだから、それが断定的で構わない とわかってから、書くに早かった感じです。 氷のような文体、を目指すべきでしょうか、といったところです。 重ねて、あと票まで、ありがとうございます。 (14.)

2022-10-09

お読みくださり、要望までありがとうございました。 端的に言って考え過ぎて書けなくなりました(笑)。 ちょっとまだ利他の道は・・・うーむ、フランス名詩選、読んで勉強します。 (14.)

2022-10-08

お読みくださり、お褒めのお言葉もありがとうございます。 以前に、このサイトの発起人のある方が 「詩は素麺のように弱々しい」ということを語ってらして じぶんなりに、読み応えというのは意識して、 まあ、あの、あたらしい詩形の実験だったので 意図もなにもなく、読み応えを意識して、の、前編、後編でした。 今は前編のテンポをいかに持続させるか、ということを念頭に また書いているのですが、なかなか難しい。 重ねて評、ありがとうございました。 (24&20)

2022-10-04

頑張って。 (浮遊葬)

2022-10-04

ご高覧ありがとうございます。 今、眠剤を服しましたので(2022.10.01.21時) どれほど的確に物を申せるか、わかりませんが そうですね、後半の「20」のパートでは、何か読者や作家の 思考に一抹のひっかかり、を与えたいと考えて、センテンスを、「重く」して いった結果、魚は泳ぐことができなくなったということでしょう。 その汚点は、清く認めます。すみませんでした。 こころの罠、、、実は同じような詩形で、今書いているのですが どうも、この作品のようにはならないので、困ったものです。 どうも私は、魚が泳げない、ということの対に 魚を泳がせる詩を書ける、ということのようで 後半の「駄目」も必要悪なのかも知れません。 貴重な評ありがとうございました。 今後とも宜しくお願い致します。 (24&20)

2022-10-01

こんばんは。 ネット詩に序列はないけれど、年代の序列はないけれど こういう詩、あったね、って懐かしくなって、でもそれって凄く失礼なことかもしれない と思って 考えて。 一気呵成はわかるが、平易なジャブと詩的なストレートって基本があって そのコントラストの付け方が現代詩の定型だと思うのだけれど のっけからセンスが行き過ぎていて、もう少し抑えがあった方がいいかな、と考えたり。 失礼しました。 (浮遊葬)

2022-09-29

こんにちは。 多分、日本の地ではないような、気がするのですが、それを念頭に置いて読むたび 日本の、団地かなぁ、団地の一室のさびしい風景が想起されるという 不思議な知覚?がありました。 (椅子 (クヮン・アイ・ユウおよび河上類による合作))

2022-09-29

こんにちは。 以前、うちの妹が舞妓になりたいと言い出しまして、まあかなり合理的な母が突如 当たると有名な占い師に一応、見ていただいてからですね、その 妹の夢というか舞妓になるという進路を決定することがありました。 さて、本作ですが、まあ合理的でもそこに限界を感じたので 宗教というか仏像に行ってみよう、というのも似たもんで その発想自体、合理からの外れ方も別段、飛躍にはならない まあ人間性というもんを持ち出せば、非常にそれは合理的な発想だと 私には思えるのですね。 仏像を観に行く、そこまではとおいかも知れないけれど 今、世は断捨離にはじまり、医療が仏教に急接近したりと 言っちゃえばみうらじゅんからはじまって仏像ブームはずっと続いているわけで 何か、詩的飛躍が、のぞめそうなタイトルにして、無かったかな、 と思います。 (中宮寺 弥勒菩薩あるいは如意輪観音 様)

2022-07-18

今、安倍晋三元首相が凶弾に倒れて その原因が統一教会への恨みであると。 私は念者ですから、統一教会の教義などは全く存じませんが 宗教一括、悪いものにされる危惧がありまして しかし、こうやって詩という哀しい玩具に、キリストや親鸞の教義を 仕込んでおく、そこに快楽を感じる私の愚かさは、もっと批判されるべき まあ、「できちゃった」から投稿したのですが その視点からの批判はなさそうですね。 そのような批評の芽が、未だこのビーレビューでは育っていないし 批評を語ってもそれが、氏の仰るように じぶんのこと、その範疇に収まるから、というのもありますね。 そういうことを計算済みでも投稿しているので 私は本当に悪い。悪人。 加えて、私はビーレビューへの参加意欲が元々低い。 ビーレビューの多くが小説詩だったりポエムだったりするので なかなか評に困るのです。 それもまたひとつの世界を見ていないということでしょうね。 まあぼちぼちと閉ざしたこころの開け方に手を出していきましょうか。 評、お読みくださりありがとうございました。 (Love)

2022-07-18

丁寧なコメントありがとうございます。 多分、文学極道なんかに出していればボコボコに言われていた詩でしょうか。 私も、今年で十年、ブランクを挟みつつ書いていますが 書きつつも、どうやって自分を読者から忘れられようかと 矛盾を抱きつつ書いていますね。 というのも、書いていて感じるものが希薄になってきていますね。 書いており、感じるものが希薄になっていますが キリスト教や親鸞仏教の教義を生煮えのまま、そのまま放りだすことには 快感を感じますね。それも一抹のものですが。 宗教から詩が多く生まれましたが、ええと親鸞で云うところの和讃とか 反対に、詩から宗教へ帰りたい気持ちがありますね。 毎日Word一枚、詩を書いていた時期は そのくりかえし、反復性に、祈りに似た気持ちを抱いたこともありました。 (Love)

2022-07-18

こんばんは。 どうも、下敷きとして中島みゆきの「ファイト」があると思うんですね。 思ってしまって、思うとどうしようもなくてコメントしたんですけど いや、無意識的な引用か、オリジナルだったら凄いと思うんですけれど。 こういう書き方もありか、と。細部まで光っていますね。 (感触)

2022-07-15

お読みくださり、長文のレスもありがとうございます。 東京で無茶苦茶な目にあって それは仕事も金も絡んでいて 帰郷してからも 脳病、障害抱えつつ仕事 肉体労働も三年でパワハラでダウン、 した身としては・・・ うーむ、正直ですね、 「自分本位」になってしまった。 社会と闘ってきた側面もあり、 それで傷つきまくってしまったので 自分、「個」に籠って 梃子でも動かぬ、というところだと 思います。 ちょっとこれについては 考えさせて下さい。 重ねてコメントありがとうございます。 (夏のポートレート)

2022-07-15

こんばんは。 書くことが何か明確なものを授けてくれる 確かにそれは前提にあって 随分、お世話になってきたけれど (十年やってきたからね) この精神的活動の代わりになる パフォーマンスが悪いな、というか 単純、飽きてきているのか まあ 書かなければいいのだけれど 読者から忘れられることも前提に 筆を進めているじぶんがいますね 今は専ら、自由律俳句しています。 まあ、ともかく お読みくださりありがとうございます。 (夏のポートレート)

2022-07-15

こんばんは。 人を信じていないと言われればドキッとしてしまいますね。 と、書きつつ いつでも人の助けを「乞うて」いる私です。 煙草依存がどうしようもないので 市の依存症センターにTELしたら アルコール、ギャンブル、ドラッグについてしか 相談の対象でなかった。 煙草に関しては十年悩んでいることは 日記を書いているので知れる。 近くの依存症病院の連絡先を教えられて TELは終わった。 今日は仕事中、煙草を断ってみた。 十時間煙草を断てて 自信がついた。 何の話だろうか? ごめんね。 お読みくださりありがとう。 (夏のポートレート)

2022-07-15

こんばんは。 紫陽花の花が綺麗ですね。 それにしても 紫陽花は 枯れるとき その花の、 意識の流れを失ったように 爛れ枯れる、から あまりに無残だ。 紫陽花が枯れると どこでも路地裏染みてしまう。 まあ、ともかく、お読みくださりありがとう。 (夏のポートレート)

2022-07-15