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骨になってしまったんだね
流れてくる菓子パンにラベルを貼るだけの仕事だった。1日8時間、そうするだけで僕は生きていた。こんなものに僕はいま生かされているのだ。空しい、というより、同情。 ベルトコンベアに流れてくるメロンパンを眺めながら、またそんなことをふつふつと反芻させた。 自分が生きているということ、生かされているということ、それはきっと大それたものでは無いと、僕はずっと信じていた。 たまたまみんなと同じように勉強ができ、 みんなと同じように働いて、 みんなと同じように“生活”しているだけ。 きっと僕もみんなも替えなんていくらでもいて、たまたま僕がここにいられるだけなんだ。たまたま、死なないでいられたんだ。 レーンからあぶれた欠品が、 僕じゃなくてよかった、なんて、思う。 いけないことだろうか。 10月8日の朝、ポストに手紙が届いていた。 無垢な純白をした封筒を切って出てきたのは、真っ白な1枚の便箋だった。どうしてこんなものが届いたのか、僕にはわからなかった。 カップヌードルに入れるために沸かしたお湯が沸騰し始めた頃、僕はあるひとつの因果に巡り会った。 ああ、そうだ。 今日は、まこちゃんが死んだ日だった、 と。 まこちゃんは、僕の父さんの兄弟とかなんとかいう話だった。 まこちゃんは日雇いの仕事をしていた。 塾がある日はまこちゃんと帰る時間が同じになり、よく話して帰ったものだった。 まこちゃんは自分のことを“ゴロツキ”と呼んで、こんな風にはなるなと僕を諭した。 「こんな風」というのが理解できなかった当時の僕は、うんとも言えずに曖昧に首を動かすだけだった。 そして、僕の家近くの十字路まで歩いたところでまこちゃんは必ず右に曲がった。 僕の家はまっすぐに行けば見えてくる。 だから、まこちゃんとはここでお別れだ。 左に曲がるか真っ直ぐいけば住宅街が見える。しかし、ずっと右には空き地と墓と、寂れた小屋のようなものがぽつんと1つ2つあるばかりあるだけだった。そしてまこちゃんはその小屋の中で息絶えていた。いや、正確には「らしい」だ。本当はまだ生きているのかもしれない。僕が見たベージュのような灰色がかったような色の骨は、だれか、別の人のものだったのかもしれない。 しかし、棺桶の奥に見える遺影は確かにまこちゃんだった。花を手向けるときに見たあの無骨で大きな手のひらは、まこちゃんのものに違いなかった。 まこちゃんと出会うのが最後になったあの日、僕が最後にきいた言葉は 「腹、減ったなあ。」 だった。 それが最後でよかったのだろうかとも思う。 自分が最後に発する言葉がこれだったら、なんだか報われない気がしてたまらない。 今思えば、悲しくはない話なのだろうか。 父の兄弟、つまり叔父が死んだ。 ゴロツキで、毎週2日塾がある日に出会う叔父。僕がいじめられて帰ってきた夜も、力強く笑って吹き飛ばしてくれた叔父。 なんでもないことでも、家族に言えないことでも、僕は全てまこちゃんに話していた。 父さんは、僕がまこちゃんと出会った話をする度に、まこちゃんとは関わるなと言った。あんな大人になってはいけないと怒鳴った。“あんな大人”に含意された意味は、なんだったのだろう。 僕はまこちゃんが骨になってしまったあと、 粉々になったその一部をこっそりつまんでポケットに入れた。今思えば、なんでそんなことをしたのかは分からない。 しかし、そうしないと気がすまなかった。 その横で父さんは「アイツが残したのは、この葬儀代とボロボロの小屋だけだったじゃないか」とため息をついた。 まこちゃんの5回目の命日、まこちゃんのお墓参りに行ったのは僕一人だけだった。 そして、まこちゃんのお墓にもたれて僕は口を開いた。 時間が経つとね、みんなもうまこちゃんが死んじゃったこと、忘れていくんだね。 今日の朝も、僕の塾がいつ終わるかとか、今日は何時に帰るだとか、晩御飯何にしようとか、今日のお味噌汁は味が濃いとか、 そんなどうでもいい話しかしてなかったよ。 母さんなんて、死んじゃった日は慌てて親戚に連絡入れて、悲しいねなんて言って泣いてたのに。すっかり元気になっちゃってさ。 ねえ、僕だけなんだよ。 僕だけまこちゃんの命日を思い出して、毎月8日になったらまこちゃんのことを考えて、 ちょっと悲しい気持ちで学校に行かなきゃいけない。はじめはみんなちゃんとお墓にも参っていたのにね。 僕だけなんだ、悲しいのは。ずるいよね。 みんな、大丈夫になっていくんだよ。 僕だけひとりぼっちだよ。 僕は、あの日拾ったまこちゃんの骨のかけらを小さな瓶に詰めて机の引き出しの中に置いている。気持ち悪いだろうか。そんなもの早く捨てろと叱られるだろうか。 しかし、まこちゃんのことを忘れない為にこうしておくしかなかった。 中学も高校も大学も卒業し、 何十回の命日もすぎて、 僕は今の工場で働くようになった。日々流れてくる商品にラベルを貼り検品し出荷する。 それだけで生きていた。 淡々と毎日が過ぎていくうちに、 僕はまこちゃんのことを思い出さなくなっていった。引き出しに置かれたあの瓶のことも、今になるまで忘れていた。忘れてしまわないように、そうしていたはずだったのにね。 結局は僕も母さんたちと同じだったんだな。 遅かれ早かれ、僕はこういう人間だったのだと気付かされていたんだと思った。 それが悲しいことなのか、惨いことなのか、 はたまた当たり前の事なのか、僕に見分けはつかなかった。 こんな真っ白な手紙が、まこちゃんからのものなのか、それとも投函ミスなのか、 誰がなんのために僕に投函したのか、 何もわからない。 しかし、今日がまこちゃんの命日だということは確かだった。 自分が生きているということ、 生かされているということ。明日になったら死んでしまうかもしれないこと。僕が死んで、僕のことを毎月思い出してくれる人なんていないのかもしれないこと。全部が偶然で、奇跡とは違う、偶然の確率の連続。 まこちゃんは、どんな気持ちで死んだんだろう。どんな気持ちで縄を結んだんだろう。 それすら偶然だった? お腹がすいて帰って、ああ、今日してしまおう、って、思ったの? ねえ、まこちゃん。 ずるい人間になってしまって、ごめんね。 すっかり伸びたカップヌードルをすすりながら、僕はそんなことを考えていた。 窓際の机の引き出しの中で、 何かがことりと音を立てた気がした。 今日もまた、軋んだベルトコンベアの音が聞こえ始めた。
骨になってしまったんだね ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 802.6
お気に入り数: 1
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2023-10-21
コメント日時 2023-10-23
項目 | 全期間(2024/12/15現在) | 投稿後10日間 |
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構成 | 0 | 0 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
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技巧 | 0 | 0 |
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構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
運の善し悪し人生にはあるのでしょうね。善き人生の運びがコンベアに載せられているようで、まこちゃんは善き人だったと信じ切れば、まこちゃんの人生は運が良かったとなるのでしょう。
0そうなんですか。自殺だったんでしょうかね。まこちゃんは、この主人公が骨を拾ってくれたので、 きっと成仏していると思います。お母さんや、お父さん、ほかの人たちも、みんなこの主人公 のような人間だった、昔は。仕事があるので、主人公はきっとやっていける。ほかに何かを したいはずだとは思いますが。
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