羽田恭

羽田恭

投稿作品数: 42 コメント数: 159

投稿作品

街星々

2017-04-07

牛肉

2017-04-30

ただ詩が

2017-05-21

餌を押す

2017-05-29

夕日の国

2017-06-08

雪が降る

2017-06-17

死にて死に

2017-07-03

声を出せ

2017-08-07

光 音

2017-08-24

影光

2017-09-05

同じ日に

2017-09-14

行軍の名月

2017-10-03

僕は跳んで

2018-01-11

冬の中

2018-02-06

自爆それと

2018-03-23

赤いトンボ

2018-04-14

花の山

2018-05-02

音速超えて

2018-06-13

友よ

2018-07-27

僧の跡

2018-08-04

自分語り

2018-09-13

友達

2018-09-26

2018-10-18

小銃射撃

2018-11-13

<選評>

2018-12-02

コメント

花緒さん、はじめまして。 地に星は、天に星との対比の関係で字余りにしてみました。(天地という意味と、両方三文字にしたかったのです) で、これ実体験です。 なので僕たちは兵士のつもりですが、好きに読んでくれれば幸いです。 (街星々)

2017-04-08

祝儀敷さん、はじめまして。 単純な構成の詩が好きなので、このようなスタイルで書いています。 語句が調和してない、これは課題ですね。 (街星々)

2017-04-09

まりもさん、はじめまして。 「星雲ごとく」「地に満ちるる」この箇所はひらがな七文字にしたかったので、こうしました。 自分としては好きに読んでくれればいいと思っております。 実は何年か前に書いた詩なので、社会的意識はないつもりでした。 ただ改めて読めば、そういう側面を持っていますね。 なかたつさん、はじめまして。 光ない暗闇を一晩行軍したことのある、元自衛官です。 そんな時は星がとてもきれいなのですが、曇ったり森の中に入ったりで、見られない時もあるのです。 そんな時、ふと真っ暗な中に街明かりが煌々としていると、なんだか落ち着く経験がありました。 正直、街の明かりが魅力的だったのです。 でも、任務で暗闇に入っていかないといけなかったというのを詩に書いたつもりです。 しかし、どこかで星が実は魅力的だったかもなと、今思いました。 (最悪の場合、北極星で方向を確認するハメになりますし) (街星々)

2017-04-10

hyakkinnさん、はじめまして。 五七調のまとまりの良さが気に入っているので、しばしばこう言った作品を作ります。 少々言葉足りませんでしたかね。 自分はこういう状況をこう書いたのですが、好きに読んでもらえれば幸いと思っているので、このようにしてみました。 それぞれの解釈がそれぞれ正しい気もしますし。 (街星々)

2017-05-04

最近、AIが書いた短編小説が入賞したそうです。(人の手直しが入っているそうですが) 完全にAIによる小説もできてしますかもしれませんし、他の作業もAIが最も効率的になるかもしれませんね。 かといって動物のように生きるのが幸せか(日々ホルスタインの世話をしています。あいつら何も考えてない)。 たとえそうなっても、足掻くだろうなと思いました。 (プレーン・ライティング)

2017-04-09

生きとし生けるものと過ぎ去りしものへ。 合掌。 (『鍵のない箱』)

2017-04-11

なんとなく智恵子が檸檬を囓る詩を思い出しました。 (高村光太郎の詩にそんなのあったような) こういった作品好きです。 (小悪魔)

2017-05-25

花緒さん、こんにちは。 実は今日、勤め先の牧場の牛が一頭処分されました。 乳牛なのですが、立てなくなったのです。 経営上、社会システム上、止む終えない事ではあります。(体重800キロの生き物を介護できません) 肉を食べる事、生き物を殺す事は矛盾はあるのですが、必要なものです。 せめて生きている間、死なせる必要のない間、健康と幸せを願ってホルスタインを世話しています。 肉牛農家もきっと同じように考えているかと。 エイクピアさん、初めまして。 「生きとしけるものが幸せでありますように」、これは実は初期仏教の「慈悲の瞑想」と言われるものの一部が元ネタです。 これは人だけでなく動物一般も含まれるそうです。(ですから出家者は基本菜食主義です) 自分もまた動物一般に対して祈っております。 矛盾は多々あるのですが、そうやって牛の世話をする日々です。 (牛肉)

2017-05-01

amagasasasite さん、はじめまして。 牛、かわいいんですけどね。でも、目の前で死なすこともありますし。 「生きとし生けるものが幸せでありますように」 そう祈って仕事する日々です。 5or6さん、はじめまして。 ありがとうございます。 また、投稿しますね。 まりもさん、こんにちは。 ”火に脂注ぎ”の箇所ですが。 確かにそうも読めますね。 実はすぐ近くに肉牛の牧場があり、そこの社長と焼き肉することがあります。 その社長、自慢げに旨いぞと自分で生産した牛肉焼いていたんで、そのイメージでした。 大変で行政に振り回されたり、矛盾もありつつ、やっぱり好きだから、みんなこの仕事やってます。 (百姓貴族という漫画にその様子が詳しく描かれております) (牛肉)

2017-05-02

双葉月ありあさん、はじめまして。 畜産業、酪農業というのは命をコントロールして成り立っている訳ですが。 たまにえげつなかったりしますし。 綺麗事言うのはあまり知らないからかもしれません。 こんな感じの酪農関係の作品はまだいくつかあります。 いずれ投稿しますね。 (牛肉)

2017-05-04

hyakkinさん、こんにちは。 スーパーで並んでいる肉を見て、生きていた牛や豚を想像するのは確かに困難ですよね。 かといって畜産や酪農側からそんなには伝わって来ないのもあります。 (必要とされてないからかもしれませんが) ただ牛が注射により割と簡単に死んでいくのを時に見る立場なものですから、とても印象深く詩を書いてしまいます。 シンプルなのは、割と簡単に死んでいってしまう牛を見たからかもしれません。 (牛肉)

2017-05-11

夏生さん、はじめまして。 レスが遅れてしまいました。 スーパー行ったら自分もまた、安いかどうかでしか肉を見なかったりします。 でも、毎日生きている牛と接しているもので、生きている間は苦しくないで欲しいな、と思うのです。 「牛は 動物は/明日と死後を考えない」の箇所、実際動物は基本そのようです。 実家で飼ってた犬もそのようでしたし、科学者もそう言っていたような。 なら、今がより重いのかもしれません。 ちなみに言う事聞かない牛は、特に意味無く言う事聞かなかったり。 (嫌な予感しているのも否定できませんが) (牛肉)

2017-05-21

霜田明さん、レスをし忘れてました! すいません。 そうなんです、そこが自分の矛盾点ではあるのです。 でも社会が必要とし、自分も負担にならず、楽しく感じてしまうのです。 ですのでこの仕事をやっています。 (自分は乳牛相手ですが、やはり牛をときに死なせてしまう仕事なのです) るるりらさん、はじめまして。 そのようなパートタイムあるのですね。知りませんでした。 幸せとは、苦しみがないこと、苦しみをなくした状態のことのような気がします。 今牛舎にいる牛がそうであればいいのですが。 それと、比較しないでいたい、ということですが、すべては関係性でしかないとの話があります。そう物事を見るのが悟りや空なのではないというのです。 以上初期仏教オタからでした。草薙龍瞬という人がわかりやすいです。 fiorina さん、はじめまして。 何らかの殺戮によって生きながらえているのは事実なんですよね。 だからこそ感謝と殺さないですんだ命に向かって祈るのが慈悲の瞑想なのかもしれません。 それと、書くことでそれをあらわすのが詩の能力かもしれませんね。 また何か書こうと思いました。 (牛肉)

2017-05-23

奏熊とととさん、はじめまして。 なるほど、そういう意見ですか。 実は鼻炎で味覚と嗅覚が人より鈍いため、そのような表現は苦手なのです。 自分には「A5ランクであっても食べ散らかす事になる命」という感覚の方が強いです。 ですので、このような書き方になっています。 白島真さん、はじめまして。 数日前に焼き肉食いました、自分は。 それでもこの仕事好きなんで、まだまだ牛の世話やります。 それでは自分もまた「いただきます」。 (牛肉)

2017-05-24

湯煙さん、はじめまして。 はい、かわいいです。牛。 でかくて好き勝手動いて、頭突きしてきたり、足踏まれたら凄まじく痛いけれど。 また牛関係の詩を投稿しますね。 (牛肉)

2017-05-25

まりもさん、こんにちは。 ビーレビ設立の経緯を読み、書いてみました。 その時に「汚い言葉を使う人がいるが、我々は使わないでいよう」という、釈迦が弟子に向けた一言を思い出し、詩に入れました。 やむをえないとは言え、一つの見方を絶対視しがちなために言葉が荒くなる様に感じます。 詩に、人に幾ばくかの敬意を抱くのが批評する上での礼儀で、それにより多面的に物を見られるのではないかと。 偉そうな事は言えませんが、そのようでいたいと考えてます。 (ただ詩が)

2017-05-22

花緒さん、こんにちは。 まさかここまでお褒めいただくとは。 励みになります。 まりもさん、こんにちは。 わざわざありがとうございます。ツイッターやってないんです。 そこにこう書いて下さるとは。 でも、酪農はまだ四年目の新人なんですけども。 田中恭平さん、はじめまして。 自傷的な言葉から詩を始めたのは、自分も覚えがありますが。 自虐や自分を特別視するのを釈迦は良くないと言ってはいます。(慢、という心の働きとか) ただそこから、良い物を出す事が出来ればいいのかなと思っています。 悪い物があるから良い物が際立つ訳ですし。 自己セラピーも極めたら、すばらしくなるかもしれません。 (ただ詩が)

2017-05-23

花緒さん、こんにちは。 実は自衛官時代に311の救援に行った経験があり、直接的でないにしろそれが少し入っています。 日常の光景ではあるのですが、牛を何頭殺しても良い、仕返ししない、という風にも読めますね。確かに。 危機が叫ばれる中、平和を祈り、牛の世話をする日々です。 (餌を押す)

2017-05-30

仲程さん、はじめまして。 日々の地道な労働が平和に役立つものと思い、労働しております。 食料自給には貢献してますし。 ライフルを人に向けて欲しくない、これは大切な事と思いますよ。 たとえそうはいかないとしても。 (餌を押す)

2017-06-01

まりもさん、こんにちは。 確かに、牛を一日一日死に近づけているかもしれませんね。 でも、その牛のその一日を幸せにできるなら価値があるかなと。 自分たち自身もそうなんでしょうけども。 そんな気持ちも入っている詩です。 (世話しているのは乳牛ですけども) (餌を押す)

2017-06-08

花緒さん、こんにちは。 良作とは、ありがとうございます。 畜産や自衛隊関係の詩が書きやすく、自分としても印象が残りやすいので多く投稿していましたが、こういうのもあります。 詩は読みやすいのがいいと思っているので、このような形にしています。 畜産以外の詩も、また投稿しますね。 (夕日の国)

2017-06-12

祝儀敷さん、こんにちは。 視覚的な面は、正直あまり考えてませんでした。 でも、心地よいのであれば、幸いです。 仲程さん、こんにちは。 今住んでいる所は、良い景色と温泉ぐらいしか人に勧める物がないような田舎です。 それでも搾乳作業にふと横目で見る夕日が、素晴らしく綺麗だったりします。 そんな夕日からこの詩を書きました。 良い日常風景とは祈りに通じるかもしれません。 (夕日の国)

2017-06-13

まりもさん、こんにちは。 どちらかというと、国の興亡を客観視しているイメージでした。 それだけ綺麗な夕日が無くなっていく様子ですね。 自分としても上手く書けてよかったです。 (夕日の国)

2017-06-14

花緒さん、こんにちは。 言葉を重複させるのが好きなので、このような形を取っています。 確かに言葉遊びは好みが分かれるかもしれませんね。 ただ重複と言葉遊びでリズミカルになったかなと。 (雪が降る)

2017-06-18

まりもさん、こんにちは。 雪国の人間にとって実は雪というのは、暖かい物なのです。 実際、寒さがきついのは真冬の寒波(自分の住んでいる地域だとマイナス20℃下回ります)を除くと雪が降る直前の晩秋なのです。 そして雪とは玄関も自動車も埋め立ててしまうものです。 容赦も感情も何も無くただただ降り続き、真っ白にさせてしまいます。 雪の景色も結晶もそれは綺麗でも、見る余裕はないほど。 だから一時、冬の間は終わるのですね。色々と。 そう言うのを詩に込めたつもりです。 (雪が降る)

2017-06-27

ここでこのような文章に出会うとは思いませんでしたが。 どちらかというと図鑑に載っていそうだったので。 ただ何らかの思いを述べたのなら詩と言えるかも知れません。 「イロイロ食すのみ」、個人的にやってます。 エゾエンゴザクの食感、ツヤブキやフキノトウの苦味、コゴミやハリギリの旨味、ウドやヨブスマソウの風味、アイヌネギの強烈な香りなどが印象深いです。 そしてシャクやハコベ、タンポポを拾っては食ってます。 そんなに周囲に理解されないのが難点ですが。 (タビラコと仏の座のロゼット)

2017-07-03

まりもさん、こんにちは。 逆子では無く、足が折れていてそれが子宮にひかかって時間が経ちすぎたのですね。 出産にあまり時間が経ちすぎると危険な様です。仕事柄死んでしまった牛はしばしば見るのですが、少し前まで生きていた出産途中の血の気の無い牛の遺骸は、衝撃を受けてしまいました。 その衝撃を感じたまま書いた結果がこの作品です。 どうしてもこれ以上の推敲をする気が起きないのも正直なところです。 花緒さん、こんにちは。 確かにいきなり「子牛の遺骸」などと来てもよくわからないかもしれませんね。 でもやっぱり変える気がしないのです。 これが完全な作品と言う気はありませんし、初見の人にわかりにくくても。 自分なりの鎮魂であるからかもしれません。 (死にて死に)

2017-07-06

湯煙さん、こんにちは。 昨日は双子だった二頭の死産と、二頭が無事に生まれたということがありました。 悟りというより、動揺する意味も暇も無いのが正しい気がします。それはそれで衝撃を受けて詩を書いた訳ですが。 できるのは生きている牛ができるだけ元気なままでいさせる事なんで。 (死にて死に)

2017-07-07

北村灰色さん、はじめまして。 これの元となったのはフィラデルフィア・ワイヤーマン(仮にそう呼ばれている)作品です。 ゴミ捨て場で偶然発見された針金を荒々しく様々な物に巻き付けた、人形のような武器のような独特の造形の作品たちで、一体誰が作ったのかは大規模な捜索にもかかわらず分からないまま、今日に至っています。 そこから想像を広げてみました。 実は連作ですでに15作品書いています。(どんどんフィラデルフィア・ワイヤーマンから離れている感がありますが) 気が向いたら、ここに投稿しようと思います。 (フィラデルフィアの夜に)

2017-07-17

まりもさん、こんにちは。 頭にあったのは「戦争における人殺しの心理学」という本です。 (作者は一兵卒から司令官までやった歴史学と心理学の学位を持つ人だとか) そこにあったトラウマや戦場の様子がここに現れてますね。 世の中から外れた人の作品のような気がしたのもあって、ここではこうしました。 今書いているのは、もっと超常的な要因で作られてますが。 あと、長島三芳という人は知りませんでした。調べてみます。 (フィラデルフィアの夜に)

2017-07-19

個人的に、ついこないだ肉になりに行った職場のホルスタインを思い出してしまいました。 「暮らしとうございました」 牛ですし、その直前に何を思ったのか、わかりませんが、そう思ったのか。 「また食べよう」 残していった餌を思い出したのか。 パタパタ耳を動かして、業者に引き取られてしまいました。 両者を同じようにしてはいけませんが、両者とも亡くなりましたので。 冥福を祈りたく思います。 (小さな夜の羽虫は遺書)

2017-07-21

「たかがセミ一匹に思考全部を注ぎ込んでしまう」 似たような体験があります。 中学時代、うっかり殺してしまったテントウムシにどうしようも無い罪悪感を何故か感じてしまい、思考がそれ一色になってしまいました。 あれはなんだったんでしょう。 あの微細な生き物に、強く命を感じてしまったのでしょうか。 「私は看取ってやれない」 多分、お互いそうだったんじゃないかと思いました。 (「七階のセミ」)

2017-08-07

花緒さん、こんにちは。 投稿した後、まだ書きようがあったような気がしたのが本音だったりします。 もう少し考えてから投稿すべきだったようです。 自衛隊時代に、対戦車ミサイル扱ってまして。 物凄い音が鳴るんです。 あの音が満ちた状態とは、どんな地獄なのか。 そんな事がもしあったのなら、せめて後の人が感じ取って欲しいなと。 まりもさん、こんにちは。 ダリが描いてそうな絵ですね、それは。 それはさておき、小銃(よく訓練で持ち歩いてました)や対戦車ミサイル(思い出深いです)に対する変な愛着が出てしまったでしょうか。 もう少し書きようがあった気がしてきます。 ただ考えてみれば終戦の月なんですよね。 今、何か感じ取れるでしょうか? (声を出せ)

2017-08-12

湯煙さん、こんにちは。 詩はシンプルなものがいいと個人的に思っているので、このようなスタイルです。 武器は使うべきでは無いが使わざる得ない時がある、という立場です。 存在は否定できないのです。積極的な肯定もしませんが。 それでも使わざる得ない時、せめて後の人は何か感じて欲しいなと。 (感じる事が単純な否定ではなければなと思いますが) 「音にならなければよい音だ」 わかりずらい文章でしたかね? 反省点です。 余談ですが、駐屯地記念日に自衛隊駐屯地に行けば、武器装備の訓練展示があり、使われている様子を見る事が出来ます。 (声を出せ)

2017-08-13

竜野欠伸さん、こんにちは。 兵器の声なき声、それは人の声なき声のような気がします。 確かに輸送兵器がなければ、救難救急、災害支援は物凄く大変ですね。 悪条件にあそこまで対応しているものはないですし。 どちらかと言えば頭にあったのは破壊兵器でしたが、輸送兵器もある程度同じですね。 そしてこの詩を気に入っていただけるとは。幸いです。 (声を出せ)

2017-08-15

なんだか先ほど投稿した自分の詩が返詩になっている様な気がしてきました。 本当に偶然なのですが。 ”単にこの悲しみをせめて、せめて空にお空に、ゆかせたかった” 鎮まり 掌 合わす (苦しさで、悲しみギュウギュウに詰めた壊れた)

2017-08-24

即興で、返詩を。 それでも書いてゆこう。届かない世界へ目指して。 いくら悲しんでも、どこか覚めいる。 怒りに震えても、頭に風が吹く。 狂気へ自分を追い込んでも、仏性が止めさせる。 罵倒しよう。自分を際限なく。 自虐しよう。自分を永久に。 自傷しよう。自分を。 (そうだたのしいんだ 生きる喜び  たとえむねの傷がいたんでも) それでも書いてゆこう。 読んだ誰かは、何かを受け取る。 (詩論:再び偽りに終わったとしても)

2017-08-24

みえてるつもりはないんですけども。 なんだかアンパンマンマーチを思い浮かべてしまいまして。 あの歌詞はどこかで命綱のように正気に続いているかもしれませんね。 ところで今思ったんですが、「陽極まれば陰となり 陰極まれば陽となる」のなら正気でいることは狂気に意外と簡単に続いてますよね。 だから中道でいなければならないのかなと。 (詩論:再び偽りに終わったとしても)

2017-08-25

三浦果実さん、こんにちは。 返詩ありがとうございます。 かなり動的な描写ですね。 自分は静的にしたので、結構な対比が。 (光 音)

2017-08-26

まりもさん、こんにちは。 8月ですしこのような詩を書いてみました。 あと自分にはいつもどこかに鎮魂というのがあるようです。 フォーラムのkazさんへの返信で「何かを感じさせればそれは詩である」と書きましたが、ふと”あれもまさか、詩だったのか”とも思いました。 この世に現れるべきでなかったにしても、ではどうするのか。何を感じたのか。 自分なりに表してみました。 二つに割って表記したのは、それが自然のように感じてしまったのでそうしました。 (たまに二つに割った詩を書くのもあるんですが) (光 音)

2017-08-27

花緒さん、こんにちは。 二つに割った詩は自分が書いたもの以外見た覚えないです。 探せばあるかも知れませんけど。 (このスタイルはバットマン・ダークナイトリターンズというアメコミ読んでいて思いつきました。アメコミはしばしばコマと文字が別々なので) ビーレビに投稿したものでは「ただ詩が」「死にて死に」も一応そうなりますね。 そうするのが自然に感じてやってしまっているのですが。 (光 音)

2017-08-30

花緒さん、こんにちは。 実は結構前の作品です。4年前だったかな。 「かげひかり」という言葉が思い浮かび、なかなかリズミカルな感じがしたのと、ちょうど五文字だったので、七五調で書いた覚えがあります。 影と光は対称的というより並列の関係との考えも有り、このような作品となりました。 リズムという点では上手くいったかなと。 (影光)

2017-09-06

まりもさん、こんにちは。 括弧してかげひかりと題に書いた方がよかったみたいですね。 えいこう、と読んでしまう人多かったかも。 一時期、般若心経にはまりにはまった事があったので、その影響はあります。 最後の一行についてですが、自分は無くしてしまうとオチがないような感じがしてしまいます。 個人的には、やっぱりほしいです。最後の一行。 (影光)

2017-09-16

花緒さん、こんにちは。 2年前に書いた物ですが、同時に起こった出来事を表す意味で、たまに書く二つに分けた作品の中でも上手くいったものです。 牛舎の中は誕生も死もすぐ隣で起きてしまう空間だったりします。 時にはこういう事もあるわけで。 生と死が管理下にあるのは家畜だけで無く、確かに人間もそうかもしれませんね。 牛は何の覆いも無くその姿を見せてくれてるのでしょうか。 (同じ日に)

2017-09-15

まりもさん、こんにちは。 ”墨絵のような濃淡”とのことですが、あまり意図してませんでしたが確かにそうですね。 ホルスタインも墨絵のような白黒ですし。 結果的に生と死を表現出来たかも知れません。 ”死を、見届けるためには、生はその場を立ち去る、距離をとる他はないのか”この点ですが、死ぬのはやはり他者なんですよね。 牛の場合、どうしようも無く特にそうでして、死にそうな牛に対して、無関心です。 (家畜として管理しやすいよう、色々と能力が欠けてしまったせいかもしれません) ちなみに、見ていたのは小屋にいる子牛のつもりでしたが、語り手だととしても合ってますね。 (同じ日に)

2017-09-16

るるりらさん、こんにちは。 一体どこでこの詩を見たのか、少し気になりますが。うおのめに投稿したかな? 以前勤めていた牧場(色々あって勤め先を変えてます)でまま見る事のあった光景なのです。 比喩も何も無いのはその経験からです。そのままが一番強烈に伝わるので。 ”世界を見る”も比喩じゃ無く、そのまま事実のつもりです。 センターに最後の一文があった方がいい、との事ですがこれは”子牛が見ていた”というつもりでこの配置なのです。 でもどういう視点なのかは読む人によって変わるかも知れません。 ただ自分としては、そのつもりでした。なので、この配置です。 湯煙さん、こんにちは。 慣れないと読みにくい構造かもしれませんね。一般的じゃないので。 反芻させるつもりはなかったんですけども。 ”子牛の目と体がすべてを”との解釈、そこまで全身で見ていたというのもありえますね。 ”二極でありながら一である”というのもなるほどなと。 カラスについては、現実に群がるんです。弱った牛に、えげつないくらいに。 元気な子牛にはそうでもないんですが。 あと、サピエンス全史ですね。牛が最も惨めな生き物とあったのは。 ただただ全力で過去も未来も無く、今この時を生きているだけなので、牛にとってはそう言う評価はどうでもいい気が。 (同じ日に)

2017-09-17

なんだか気持ちいい作品ですね。 世間には胸を張れなくても、少なくとも自分自身に対しては、胸を張ってます。 提出したダッシュみたいなのを受け止めてくれる先生がいれば、色々輝きそう。 (白紙)

2017-09-15

仲程さん、こんにちは。 ふとみんなが月を見上げたら、雲に隠れてしまった。まるで照れ隠しみたいに。 という光景のつもりでした。 気に入ってくれたら、ありがたいです。 るるりらさん、こんにちは。 こちらでは大雨で月は見る事ができそうにありませんが。 そう言ってくれるとなによりです。 祝儀敷さん、こんにちは。 確かにそう思われても仕方ないですね。そこはもう少し何か出来たかも。 ただ、これ実体験で明るい満月の下でも、そこまで周囲が見えないと感じた事があったのです。 影がかかったりしたら特にそうでした。 湯煙さん、こんにちは。 自衛隊時代に満月の下で行軍した事があります。 その体験からこの詩を書きました。 本来の攻撃ではより闇夜を利用するのでしょうけど。 最後の連は仲程さんへの返事にも書きましたが、擬人化と思ってくれれば。 人間性が照らし出されたとも言えますね。 (行軍の名月)

2017-10-04

まりもさん、こんにちは。 万が一に備える、でも出番が無いのが最も良いんですよね。 置いていかれた満月に照らされた病馬は、何を思ったのか。 十五夜の下でどこかの部隊の人は、行軍していたかもしれません。何を思ったのか。 これからも何も無ければとは思いますが。 (行軍の名月)

2017-10-10

痛々しい凄惨な情景ですね。迫力があると思います。 ただ「色即是空 空即是色」の箇所は「諸行無常」が正しいかと。 「あるわけでもなく ないわけでもない」と訳される場合もありますので「全ては過ぎ去る」の方が意味が合っているかなと。 「ヘドロのようになってしまったあいつ」こそが「色即是空 空即是色」であり、必要なのは落ち着くことかもしれません。 (逆光)

2017-10-04

なかなか印象に残る作品でした。 来月頭に返詩を投稿しようと思います。 自分でもこのような詩を書けるとは思っていなかったのですが。 (MARIA1 短編)

2017-10-28

以上、プロテスタント教会に通っていた事のある、原始仏教に傾倒している男の詩でした。 自分が現時点でキリスト教徒だったら、というシュミレーションで書きました。 硝子さんが先月投稿されたMARIAへの返詩のつもりです。 頭にあったのは教会で聞いた話。 「神と共に歩んでいたはずが、振り返ると足跡は一人分しかなかった。神よ、私を見捨てたのですか?」 「そうではない。私があなたを背負っているのだ」 それと、この動画。(二次創作ですが) http://www.nicozon.net/watch/sm22532231 自分のキリスト教の解釈は親鸞の悪人正機説が入っている気がしますが、キリスト教にはこのような面はあるかなと。 (MARIAへ)

2017-11-01

まりもさん、こんにちは。 投稿してから思いだしたのですが、教会で似たような文言結構聞いていました。一部の賛美歌や信者の信仰の証(どのようにして信仰に至ったのかを述べる)がそうでした。 その影響から、このような作品になったのだと思います。 信者にとっては、ようやくつかんだよりどころですし、自分にとってのキリスト教はこのようなものです。 (キリスト教徒は西や東の聖人、哲人に頼れとは言わないでしょうけど) 硝子さん、こんにちは。 そのように言って下さり、ありがとうございます。 硝子さんの作品のようなキリスト像も間違ってはいないと思うのですが(神に従うならばより良く無ければならないという考え。カルヴァン派に近いのかな?)、自分にとっては共に歩み苦しむキリストです。 (なんだか地蔵菩薩のようなイメージだ) 真里亞に、「望むのは安らかなあなただ」と人々のために背負い苦しむキリストを感じたら何を感じたのでしょうか? (MARIAへ)

2017-11-04

fiorina さん、こんにちは。 クリスチャンではなくても、熱心なクリスチャンの人たちには一時期相当接していました。 クリスチャンにとってこの詩はどう感じるかは分からないところはありますが、自分なりに描写したのがこの詩です。 悪人正機説の影響はある気がしますけど。 心地よく感じられたら、幸いです。 創世記に「初めに言葉があった」とありますし、遺された言葉によって考えなどが確認できます。 キリストや釈迦の遺した言葉で知る事ができ、多くの人が安らかになったのは事実ですよね。 余談ですが、聖書や仏典、コーランの大半が詩だったりします。 (MARIAへ)

2017-11-05

似たようなのを見た事があるなと思ったら、夜露死苦現代詩に取り上げられていた駄菓子屋で売られている点取占いのくじに書かれた文章でした。 よく見てみるとなかなか面白いですね。 ちなみになんだか気に入ったのはこれです。 30ハンバーグを切ったら中からハンバーグが出てきた。 (70の文と70の数字。)

2017-11-04

仲程さん、こんにちは。 そのような時は背筋を伸ばし出来るだけゆっくり息を吐きつつ、気持ちを落ち着かせるのが良いかと。 それはさておき、思った以上に独特の迫力の場面を書けました。 自分としても少し驚くくらいです。 発想の元になったのは原始仏典のテーリーガーター(釈迦の時代に出家した尼僧の詩集)で、最後の下りも少し変えてますがそこからです。 まりもさん、こんにちは。 少しバーニングマンフェスト(アメリカの砂漠地帯で行われる炎を盛大に使ったイベント)が頭にあった様です。 情景を改めてイメージすると、我ながら凄い光景ですよね。 夏野ほたるさん、はじめまして。 感想いただけるのは、ありがたいですよ。 そう感じてくれたら、なによりです。 テーリーガーターの頃からの問題ではあるんですよね。答えが出ないのでしょうけど、考えるべきなのかと。 (フィラデルフィアの夜に Ⅲ)

2017-11-14

10年以上前に書いた作品なのですが。 「なくなってしまったのは」の次に「人」の一文字だけ延々と書いた事があります。 これはどうなんだろうと思い、結局ボツにしましたが。 しかし埋め尽くす怖さってありますよね。 この「おかあさん」、色々読める分、怖さがありますね。 (国語の授業)

2017-11-25

ふじりゅうさん、はじめまして。 表しているのは書いてある通りですよ。 自分は元自衛官なのですが、自衛隊辞めた後、用があって元いた駐屯地を訪れました。 その時自分がいた部隊がちょうど雪中行軍の演練をしていたのです。 それが元になっています。 戦前も戦時中も、そして今も現場の人間は変わらずにあんな感じだったのではないでしょうか。 糸井翼さん、はじめまして。 実は行進の歩調を合わすのに異様な程苦労した音痴なのですが、詩のリズムは気にしてます。 上手くいったみたいですね。 軍隊的なものは否定する気は無かったんですが、そこから出てしまったので、寂しさみたいなのはあります。 もっとも今は牧場で牛の世話に散々追われてて、そんな感傷ないんですが。 実際、もうすぐまた仕事です。 仲程さん、こんにちは。 正直なところ、体力検定で何度も落ちなければあの列中にいたのです。 その寂しさみたいなのはにじみ出ましたね。 結果的に牧場の仕事がとても合っているので、後悔はありませんが。 (来るのを待つ)

2017-12-07

hyakkinさん、こんにちは。 なるほど、空白をそう考えますか。 自分としては余韻と考える事が多いのですが。 今この時も雪中行軍している部隊があるかもしれません。 そしてそうやって変化し強くなる自衛官がいるのです。 そういうのも頭にありました。 (来るのを待つ)

2017-12-17

まりもさん、こんにちは。 実は墓場に生えてある大きな樹に針金が巻き付けられたイメージでした。 木が折れたの下りは、引きずられていく針金にひかかったため、のつもりでした。 でもまりもさんの想像の方がこの出来事に合ってますね。 わざわざ命ある木を切って、針金巻き付けたクリスマスツリーを作ったのか。 そして、割とすぐ針金をはがして撤去したのか。 さらにある種の怖さが出てきます。 二条千河さん、初めまして。 上手く映像を思い浮かべるような表現が出来ました。 そこまで怖がらす気はなかったんですが。 そういえばフィラデルフィアシリーズ、こういうのばっかりかも。 日下悠実さん、初めまして。 好きに読んでくれたら幸いですよ。 自分の想定が正しいとも限らない気がしますし。 まりもさんへの返信にも書きましたが、自分としては針金が巻き付けられた樹は、墓場に生えている大きな樹のつもりでした。 そして何者かなのか、なぜか針金が勝手に樹に巻き付いてきたのか、はっきりさせないようにしました。 なのでいつも以上に好きに読んで欲しいなと。 個人的感傷というより、「よくわからないがこんな事が起きた。それは誰にも知られずに終わった」というつもりでしたが。 自分にとってそうなだけで、好きに読んで楽しんでくれたらなと。 (フィラデルフィアの夜に Ⅳ)

2017-12-26

アラメルモさん、こんにちは。 元々はフィラデルフィアワイヤーマンと仮に言われている人が作った作品から発想を得ていました。 ゴミ捨て場から見つかった武器や人形にも見えるそれらは、物に荒々しく針金を巻かれてあり、作った人は何者なのかは大規模な捜索にも関わらず、未だわかっていません。 そこから想像を膨らませ連作を続けている内に、フィラデルフィアワイヤーマンからどんどん外れていってしまったのです。 「フィラデルフィアの夜に」という語感が気に入ったのと個人的な針金への愛着、月一ペースで書けてしまうという理由でそれでも書き続けているのですが。(気がついたら21作品目です) 連作で人物を中心にしたのもありますが、今回思いついてしまったのがこの情景でした。 針金がなんでか這いずり回って一時だけのクリスマスツリーを作り上げ、誰にも知られずそれが終わってしまったという。 異論はあるのでしょうけど、自分でもよく分からないものを丁寧に書いていきたいと思ってます。 わかりやすさや引き込まれるという点では、よくないのですが。 (フィラデルフィアの夜に Ⅳ)

2017-12-27

百均さん、こんにちは。 自覚はなかったのですが、読み手と境界線が引かれてますね。 結局何故こうなったのかわからないし、最後は知らないで終わっている。 ただこの終わり方、芥川の羅生門と同じ方法ですよね。 わからないまま終わるっているのは。 こうするのが自然だと思ってそうしましたが。 (フィラデルフィアの夜に Ⅳ)

2017-12-27

エイクピアさん、こんにちは。 ええと、元になっている作品は「スーパーマリオ」です。髭を生やしたおじさんが主人公のアクションゲームの。 大体の人が知っていると思い、そこはぼかしたのです。 元々は「さらわれた姫を助けに、悪のカメ軍団に立ち向かう」というストーリーで、古典的な名作で世界的な人気があります。 そこから派生した作品も多く、自分もファミコンのBボタンを壊しかねないくらいやりこみました。 知らない人をもう少し想定すべきだったようです。 (僕は跳んで)

2018-01-11

Rさん、はじめまして。 このようなゲームなどを元にした作品は自分にとっても新たな試みなので、至らない所はあったようです。 あまりイメージを強くしても元の作品を知らないと意味不明になりかねない気もします。(二次創作として割り切るなら別ですが) 一次創作としても読めたらいいのでしょうけど。 二条千河さん、こんにちは。 キノコに関しては単純に入れるのを忘れてました。この手の作品を書く場合、人によってキーワードが違うので、難しい点ではあるかもしれません。 元の作品を知らないでも一次創作として読める作品を書く、というのを目標にたまに書いてみようかと。 花緒さん、こんにちは。 実は今はゲームをほとんどやらなかったりします。 それでも面白い方向性かもしれないんで少しやってみます。 マリオシリーズ詩やゲーム詩のシリーズ化は難しくても、もっと幅を大きくサブカル詩シリーズなんかはありかと。 祝儀敷さん、こんにちは。 今や総理大臣がオリンピック閉会式でマリオに紛する時代ですからね。 常識に近くなっているかなと。 (知らなかったと思われるエイクピアさんが悪いとは言ってません。念のため) 漫画でアトムを元にしたPLUTOがあるように、過去の名作を元にした作品が出てきている時代です。 こういうのもありかなと。 この手のものでどうしようかなと思っていた作品が実はあるので、来月にでも投稿しますね。 (僕は跳んで)

2018-01-13

白井草介さん、こんにちは。 自分にとってマリオといえば、一番最初のファミコンのスーパーマリオです。 自分と同じ世代ですかね? キノコはマリオにとって重要なものでした。入れるべきでしたね。 (僕は跳んで)

2018-01-14

百均さん、こんにちは。 新たな試みとしてやってみました。選んだ題材もよかったみたいです。 確かにマリオはヒーローらしさがないですね。簡単にやられるし、中年のおっさんにしか見えないし。 数多いゲームの主人公の中ではプレーヤーである我々に意外と近いかも。 それなのにジャンプという能力を駆使して、単身立ち向かっていくというのは表す事ができたかなと。 (僕は跳んで)

2018-02-01

まりもさん、こんにちは。 死んでしまった、または死ぬ瞬間を見る機会が比較的多い職業をしております、牧場の従業員です。 さまざまな要因で死んだ牛を見、また安楽死される瞬間を年に何回か見てしまうのです。 ついさっきまで搾乳していた牛がそうなってしまうのは、悲しいというより不思議な感覚を覚えます。 また、連れて行かれた先で、屠畜される牛を何度も見送っています。 一連目と二連目が死んだ牛の様子になります。 生き物が死ぬということをまざまざと見せてくれます。 そういう職業だからでしょうか、『われらはここにあって死ぬはずの者であると覚悟しよう。そうすれば争いは鎮まる』という言葉が自分が生きる上での覚悟となりました。 ダンマパダ(法句経)の釈迦の言葉ですね。 この言葉を胸に牛の世話をしていきます。 (ここにあって)

2018-01-31

ぐっすりゆうさん、こんにちは。 もしかしたら最後に空を見たのかもしれませんね。 大型の家畜として、そのようなことになるのは仕方ないのですけれど。 何を考えたのでしょうか? この手の良い作品書けたら、また投稿します。 (ここにあって)

2018-02-01

まりもさん、こんにちは。 どうやら上手く書けていたようです。 ええ、そのように解釈してくれたら幸いです。 投稿してから全くレスがなかったので、どうなのかと思ってました。 実は一次創作に見える二次創作です。 いずれ百均さんか、祝儀敷さんが突っ込んでくれるかと。 (君について行く)

2018-02-09

カオティクルConverge!!貴音さん♪�,、こんにちは。 実はポケモンについてはほとんど知らないのですが。 割と受け入れやすい詩にできたようです。 ワクワクしてくれてよかったです。 ankoさん、はじめまして。 実は元ネタのキャラ二人がそういう関係なのです。 元ネタのキャラを気に入ったのもあって書いてみました。 一次としても読めると言う点では上手くいったかなと。 (君について行く)

2018-02-12

祝儀敷さん、こんにちは。 まさかここまで小論文のような文章を書いて下さるとは思いませんでした。  まず、自分が書いている詩について、読み手はどう受け取って欲しいかと思っているか、述べたいと思います。 自分は仏教オタなのですが、まず般若心経から入りました。 般若心経の内容を簡単に言ってしまうと、物事には実態が無く見方次第だ、と言えるようです。 ですので、自分が書いた詩は、意図的に中傷するような読み方でない限り、最大限肯定します。 好きに読んで、好きに感想を持って欲しいのです。自分の意図が必ずしも正しい訳では無いので。  「けもポエ」の詩を送った後、ふと考えました。 「アライさん」は「荒井さん」とも変換できるよな、と。 そこから人によっては一次創作とも二次創作としても読める詩を書けるのでは。 そう思い、元ネタ二人を気に入っていたのもあって、書きました。 寄せてくれた感想を見るに、一次創作としてはまあ上手くいっており、二次創作としての感想はありませんが、きっと悪くは無いのではと。  それで①ですが。 読んだ人が楽しめるのかという点で考えるなら、この詩は「一次創作としても読めるならば対策できるのでは」という 実験といえます。 次々に一次創作としても読める作品はそう書けるものではないですが、①対策としては有効かと。  現代のように様々な層に向け、かくも多様な作品が色々なメディアで発信されている以上、元ネタを知らないのは必ずしも罪では無いでしょうし。知っていたらさらに楽しめるとしても。  ②についても、楽しみに待っています。 (君について行く)

2018-02-12

祝儀敷さん、ふたたびこんにちは。 アニメに対してなぜか不快感を持つ人っているんですよね。しかもかなり感情的で全く理解してくれないという。 そして教養をどこまで含めるのか、ですがこれはこれで厄介なんです。 というのも高校卒業したはずなのに、連立方程式解けない人や新聞に何が書いてあるか知らない人と会った事があるので。 ある程度以上わかってくれない人はいるものとしつつ、誠実な作品作りに励む、というのが自分の現在の答えになりますが。 この作品のやり方は、理解されにくい物を受け入れやすくする一つの方法としてはありかと。 たとえ狙い通りにいかなくても。 あと、現代詩なのに現代の風俗に対して不寛容ということでしょうか。 あり得る話ですが、そのような硬直には新しい血と遊び心が必要です。 こういう作品が、一助になればなと。 まりもさん、再びこんにちは。 人によっては不遜に見えるかも知れませんが、仕方ない点もあるかと。 実際自分の親は、けものフレンズは一切ダメでしょう。かなりの漫画好きな人なのですが、今風のアニメ絵は拒否感が湧くそうです。 食わず嫌いでなく、理解しようという姿勢はあって欲しいですが。 「テクストの力」、確かに本当のその力があれば、多少の拒否感の壁は突破出来るかも知れません。 難しいですけれども、ただそれが好きであれば、やれるかもですね。 (君について行く)

2018-02-17

小坊師を題材に物事の狭間を表現したのは、なかなか良いと思います。 好みです。 ただ最後もう少し書き加えてもよいかと。 「たとえこの場で揺らめくだけでも」とか。 (小法師)

2018-02-06

湯煙さん、こんにちは。 今住んでいる場所は風がかなり強く、雪が舞い上がり視界が悪くなるホワイトアウトが起こりやすい地域です。 そのような中ではわずかな形跡を頼りに行動する事になります。 出歩かないのが一番なんですが。 この作品では自衛官時代の雪山での演習が頭にありました。 年に何回か経験する猛吹雪から感じるのは力強さです。その力をこの身に宿していきていきたいなと。 それが七連を書いた理由です。 北の地に生きていれば意外と慣れる物です。 開拓の時代の事を考えると想像を絶しますが。 (冬の中)

2018-02-09

われはひとのそしりを忍ぼう。多くのひとは実に性質が悪いからである。 ダンマパダ(法句経) 320節より 自分も同じ様なタイプです。 やろうとしてもやろうとしても努力しても、できませんでした。 自分は精神主義を排し、客観的現実的で具体的かつ有効性実効性のある対策を練り続けました。 中道の大切さと怒りの有害性を説く釈迦の言葉を頼りに。 これはこれで偏っているので、そうしろと言う訳ではありませんが。 詩としては花緒さんが言ったように、「這い上がってやる」や、「今は落ち着き、整える」といったような方向に最後持っていった方がいいかなと。 自分も「やっちまった」と思いつつ詩を書いています。お互い励みましょう。 つとめはげむのを楽しめ。おのれの心を護れ。自己を難所から救い出せ。泥沼に落ち込んだ象のように。 ダンマパダ (法句経) 327節   (蔑まれ者)

2018-02-12

牛って、食用に回されたり、安楽死されたりするんですよね・・・・・・。 その分生まれて補充されている訳ですが。 この詩では牛を代名詞で呼んでいますが、酪農、肉牛の現場としては似たような事になってしまいます。 (基本4桁の番号で識別してます) それらを簡単に言ってしまうと、このような詩になるのでしょうか。 (うしのはんすうし (B-REVIEW EDITION))

2018-02-13

まりもさん、こんにちは。 ネットを探してもフィラデルフィアワイヤーマンの作品はあまり多くは見つけられないのですが、独特の雰囲気、存在感がとても気になりました。 今回はより後にフィラデルフィアワイヤーマンと呼ばれた人物をイメージしています。 社会から外れた、それでも何かを作りたかった人物だったのかなと。 その他の作家と言える人の心に近づいてみるのも面白いですね。 考えてみます。円空とかいいかも。 花緒さん、こんにちは。 実はこの連作を書くきっかけになった作品を書き直したものです。 (当初は5年近く前に書いた「遺作」という作品でした) それでいままで投稿したものよりストーリー性が強くなっています。 連作の魅力は一つのテーマの多種多様な作品があることですし、こういうのもあるということです。 楽しんでいただけたのなら幸いです。 (フィラデルフィアの夜に Ⅴ)

2018-03-19

311ですね。即興で。 流された 記録と記録を残し 砕かれ すり潰され 食べられて 多くの豚と牛と野菜や米のように 拡散した 黒い水から青い水になった今日 海みずに じっといる 探す人よ ここにいるよ 海みずにさわるひとよ ここにいるよ (海のとき)

2018-03-13

この作品について、言うべきことをいくつか。 まず、引用しているのは原始仏典にある釈迦の言葉と仏教関係の書物にあった言葉を自分なりにまとめた言葉です。 それとどこの宗教団体にも所属しておらず、ただ20年来の仏教オタなだけです。 一連目の症状ですが、自分はこのようなものを持っており、ストレスによりたまに顔をのぞかせてきますが、最近になって諸々の生きにくい特性と共に折り合いを付ける事が出来てきました。 多くの言葉をようやく自分の物に出来たためでしょう。 かつての自分の苦しみを言葉にできるようになっていたので書いたのがこの作品です。 (自爆それと)

2018-03-23

まりもさん、こんにちは。 人間の苦しみを無くすという点ではどの宗教も同じではありますからね。 さて、一連目ですが、実際に頭を反射的、無意識的に打ち付けてしまう症状という神経系の症状が実在しており、それを持っています。 (トゥレット症といいます) 小さい気づかれないようなものを含めると子供だと意外といるとか。 ただ大人まで引きずってしまうのは珍しく、またあまり知られていないので、奇異に見られていたのです。 「涙が感情が 出てしまう度に人としての階級は下がって行く あまりの見苦しさのために」の下りですが、涙と感情を出すと何度も悪く言われてきた経験があります。 軟弱に思われたのでしょう。 人としての等級云々は“自分と他人を比べて「等しい」とも「劣っている」とも「優れている」とも考えてはならない。それらは新たな苦しみを生むからである“ということかと。 これは妄想だったのです。 「自分が網目のような存在で、一本一本の軸から吸い上げては拡散を繰り返す。そして、網目の体を風が吹き抜けていくに任せる。そんな立ち方をしてみたいと思います」 これは自分を境界を越えて宇宙に体を拡散させると言いますか、岡本太郎が言う爆発の本当の意味に近いのかなと思いました。 (自爆それと)

2018-03-25

斎藤木馬さん、こんにちは。 絶望しない方がいいとは思いますけれども。 個人的に仏教に親しんではいたものの、上手く自分の生き方に反映させる事が出来なかったのです。 それがこの詩の最初の方のような苦痛と挟み込まれる言葉の描写になりました。 最近になってようやく、釈迦の伝え残した言葉と瞑想法が人生の指針となってきたように思います。 (詩に釈迦の言葉が入ってくるようになったのはつい最近ですし) 本当に、ようやく、です。 (自爆それと)

2018-03-25

百均さん、こんにちは。 書き込んでくださっているとは気づかず、レスが遅れてしまいました。 そこに到達するための過程は、実は明らかにされていたのです。 “生きる事には苦しみが伴う 苦しみには原因がある 苦しみは取り除く事ができる 苦しみを取り除く方法がある“ その一つがこれ。四聖諦というものです。 それを知識としてはあったものの、実行できてなかったという話です。 その体勢がなかったんですね。ようやくできてきました。 物心ついてから30年以上たって、ようやく一山を超え、端緒についたという所です。 “諸々の事象は過ぎ去る。怠る事無く修行を完成させなさい” 死んでしまうか、悟りを開くまでそうなのでしょう。 (自爆それと)

2018-04-10

るるりらさん、こんにちは。 今年の誕生日はレトルトの赤飯食べて終わってたりするんですが。 書いたのが誕生月でロウソクをテーマに書いてみようと思い立ったのと、前回投稿した「自爆それと」が頭にありました。 自分の中でついていた火が、いったん消えて別な形でつき出したイメージです。 落語の死神は知りませんが、調べてみようと思います。 (ロウソク一本)

2018-04-16

李沙英さん、こんにちは。 10年以上前に実際に見た光景だったりします。 美しさに関してはあまり考えていませんでしたが、確かに美しさがある。 赤トンボはただただ悲劇でしたが。 平和を守るための訓練で、このような事が起き、矛盾といえば矛盾ですが。 (人のためで、トンボは管轄外ですけど) せめて合掌。 まりもさん、こんにちは。 実弾射撃訓練で、射手に弾倉を渡す係をしていた時にみた光景です。 このタイミングで銃口の上にトンボが止まるのはまずないんですけど。 昔書いた詩を書きな直したのですが、あの光景はまだ記憶に焼き付いてました。 ゼロ戦の練習機を連想すると、また別な感じが出ますね。 (赤いトンボ)

2018-04-19

社町 迅さん、こんにちは。 皮肉といえば皮肉でしょうか。トンボにかまっていられない。 でもそれが本当に正しいのか。それ以上の事があるにしても。 「トンボのトンボの部分はなくなった」 これは地面に落ちて、のたうつトンボを見た正直な感想でした。 このトンボが自分が小銃で傷ついたのを見た唯一の動物です。 (赤いトンボ)

2018-04-25

かるべまさひろさん、初めまして。 かなり印象深かった情景だったので、存在感を強く出せましたね。 ある種の暴力によって平和は保たれていたりしますが、トンボはその被害にあってしまったといえるかもしれません。 上手く書けたようで、よかったです。 (赤いトンボ)

2018-05-01

自分としては「浦安鉄筋家族」(チャンピオン連載のドタバタギャグ漫画)を思い出しました。 この漫画、しばしば女性が異様なほど強いですし。 (母、帰る)

2018-05-01

まさか漢詩をここで読むことになるとは。 「教科書に載ってそうだ」というのが最初の感想だったのですが、色々制約があるものだったのですね。 正直知りませんでした。 意外と反応がない、との事ですが予備知識なしで歌舞伎や能を観るごとく敷居が高かったかなと。 漢詩は高校時代の古文以来全く触れてない(しかも理系でした)のためでしょうか、制約上仕方ない点はあるとしても、上から目線のように感じてしまいあまり共感を得ることができませんでした。 地に足をつけて欲しい、歩き感じる感触や痛みを覚えてほしい、そんな思いが湧いてしまいました。 漢詩には不慣れなので読み違いはあるかと思いますが。 とはいえ漢詩を投稿すること自体は面白いと思うので、個人的には漢詩を読む人間の裾野を広げるような作品を書いてほしいなと。 現代詩を読む機会はあっても漢詩を読む機会のある人は、ここでは少ないですし。 予想外の物を漢詩で詠むとよりいい反応があるかと思います。 (サブカル系統を漢詩で詠むとか) (求仙)

2018-05-01

三浦果実さん、花緒さん、こんにちは。 実は一次創作としても読める二次創作です。 どうやら上手く書けたようでよかったです。 いくつかわかる人にはわかる描写を盛り込み、詩としても成立させることができました。 元ネタは、一連目の漢字を検索してみて下さい。 (花の山)

2018-05-03

5or6(ゴロちゃん。)さん、こんにちは。 ええ、バキのあの人です。 なかなからしく書けたかなと。 今の時代、このようなコラボ的なのもあっていいでしょう。 知らない人に考慮する必要はありますけど。 良いものを書けましたら、投稿お願いしますね。 (花の山)

2018-05-04

>この選評はゴミほどの価値のない僕の読書感想文だし、興感日記である事には変わりが無い。 なんか気になったので。 こうして詩を読んでくれているだけでもありがたく思います。 あるわけでもないわけでもない自分の心は、そう感じました。 (百均〈2018年4月選評〉)

2018-05-16

まりもさん、こんにちは。 >針金、が文字、であるなら。「男」は詩人、ということになるでしょう。 なるほど、その解釈は面白い! そう言われれば即興で体を使って、詩を詠っていたといえるかもしれません。  元ネタは、ブラジルの格闘技でもあり踊りでもある、カポエイラです。 もっとも、昔立ち読みした入門書と格闘ゲームと格闘家のマーカス・レロ・アウレリオぐらいしか知識ないんですが。  即興芸術とカポエイラの競技者は称すので、まりもさんの解釈はあっているんですよね。  実際のフィラデルフィアにもブラジル移民はいそうですし、カポエイラを自らの支えにしていてもおかしくないかな、と思い書きました。  ちなみにペレレというのは、片足の妖怪の事で、片足ばっかり使っているとそれをはやす意味もあってそういう歌詞の歌を周囲が歌う場合があるとか。特に意味もなく歌う事もあるそうですが。 (カポエイラは競技中、周りを人が囲んで楽器を演奏したり、歌を歌うのです) (フィラデルフィアの夜に Ⅵ)

2018-05-24

藤一紀さん、こんにちは。 それでもカポエイラをしているその時は、理屈なしで楽しいかなと。 この作品では、孤独な中で針金相手にやっていたわけですけど、人生の支えになったなだろうなと。 楽しさを忘れなければ、根本は間違えない気がします。 仲程さん、こんにちは。 なぜヒエロニムス・ボスの混沌とした世界が浮かんだのか、わかりませんけども。 かなり静かな世界観の作品だと思うので。 (いや、悪くありません。ユニークだなと) 気に入ってくれてなによりです。 (フィラデルフィアの夜に Ⅵ)

2018-05-25

仲程さん、再びこんにちは。 神聖代なる小説は知らなったのですが、ボスの「快楽の園」が絡んでいるようですね。 ちょっと興味湧いてきました。 今回の作品とどうリンクしてしまったのか、気になります。 (フィラデルフィアの夜に Ⅵ)

2018-05-31

かるべまさひろさん、こんにちは。 前の仕事の関係で多くの銃弾と数発のミサイルを撃ってきました。 どこか自分とも重ね合わせた所を感じ、書いてみました。 最後の連ですが、自然と付け足したところなのですが、読み返すと希望とも限らないよなと。 音速超えて飛んでいくもの、それって銃弾自身かもしれないので。 銃弾が飛ぶ方向は基本、危険です。絶望的に。 銃弾自身にとっても、きっと。 存在自体が悲しいのが、銃弾かなと。 射手としては、ただ命中させるだけですが。 とはいえ、希望を持たすようにも読めますので、それは自由に受け取って下さい。 それだと中途半端だとしても。 (音速超えて)

2018-06-14

>麻酔なしで性器を切り取られる養豚場の仔豚の悲鳴を >「ブーブー」なんて鳴かない「キーッ」と甲高いこの世で一番悲痛な声で泣き叫ぶんだ すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。己が身をひきくらべて殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。 すべての者は暴力におびえる。すべての生きものにとって生命は愛おしい。己が身をひきくらべて殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。 ダンマパダ(法句経)より 子牛を押さえつけて角切って、さらには止血のために焼きごてを傷口に押し付ける作業に従事したことあります。 小さい子牛ならすんなり終わるんですけど、ある程度大きくなると出血多いし、なかなか血が止まらなくて、しつこく焼きごて当てなきゃならないんですよね……。 下っ端なんで押さえつける係なんですけど、痛々しくて仕方ないです。 そんな牧場従業員です。はじめまして。 虐待に見える家畜の待遇で食文化と雇用が守られているんですよね。 そして種としての家畜の遺伝子もまた守られているんです。馬の道産子は食用として種が守られているとか。 もはやこの状況をある程度肯定せざるえません。 命に感謝は必須。ただそれだけでいいのか。 乳牛は一年以上狭いスペースに閉じ込められています。 ただ好奇心一杯の目で、匂いをかいできて、舐め回してくるのを見ると、そこまで苦痛じゃないのかもしれません。 豚や鶏も、密飼いができるよう品種改良されており、ということはあの待遇に苦痛を感じにくいようになっている可能性あるんですよね。 自分もまた考え、答えはありません。 >戦争を終わらせるため、のような大義名分があれば、根っからの殺人鬼じゃなくても無差別大量殺人は可能なんだ >エノラゲイの乗組員はサイコキラーではなく、良き父親であり良き市民であったと聞く そして元自衛官です。 「戦争における人殺しの心理学」によると、直接見なかったり遠くからや集団だと、人を殺すのは容易になるそうです。 二次大戦では相当数が発砲しなかったというデータがあるものの、今では発砲をさせてしまうプログラムがあります。 でもそれでいいのか。 戦わねば何も守れない時はあります。 それでも戦わない平和であれと、祈り、牛の世話をする日々です。 お互い考えましょう。答え出なくても。 (beautiful people )

2018-06-26

孤高の存在かと思えば、みんなと同じようでありたいと願うとは。 >翌日の自分が >もう冷たく凍えていることを願いつつ 普通に危ない状況のような。凍死しかけているかと。 みんなと同じようでいたくて、結局なれず、空高く飛んで行ってしまった宮沢賢治の夜鷹を思い出してしまいました。 (燃える馬)

2018-06-25

まずは、モデルになった人物について。 元になったのは、釈迦の実在の弟子、周利槃特。(しゅりはんどく。パーリ語ではチューラパンタカ) 物覚えが大変悪かったらしく、覚えなくてはならない言葉や儀式、さらには自分の名前さえ忘れてしまう程だったと伝えられています。 そのため先に出家していた兄に還俗させられるところを、釈迦は布を与え掃除をさせました。 「垢を払い 塵を除く」と唱えさせながら。 それにより払い除くべきは自らの心の汚れといえるものだとわかり、悟りを開きました。 テーラガーターという釈迦の弟子たちの詩がまとめられた経典に、この人の詩が載っています。 ちなみに茗荷を食べると物忘れをするとの言われは、この人から。 それをふまえまして。 まりもさん、こんにちは。 少しわかりにくくなってしまったようです。 上のエピソードを詠んだのですが、色々読めるのがかえってわかりずらくなったでしょうか。 下手に思い入れのある話を元にすると、知らない人には難しくなるようです。 花緒さん、こんにちは。 実はリフレインが好きなので思いっきりやってしまいました。 指摘されたフレーズはどうしても入れたかったのです。 このエピソードの重要なポイントなので。元の形ではさらに違和感があったかとは思いますが。 いずれこの作品は書き直すべきなのかとも思いました。 エイクピアさん、こんにちは。 修業時代の、のちに悟りを開いた重要な釈迦の弟子の話なので、まさにその通りです。 釈迦にまつわる話の中で、気に入っている話の一つです。 (頭悪いお坊さん)

2018-06-26

仲程さん、こんにちは。 コメントくれるだけでもうれしいですよ。 リフレインは好みが分かれるのでしょうか。 くどいと言われたら、その通りですけど。 (頭悪いお坊さん)

2018-06-27

藤一紀さん、こんにちは。 レレレのおじさんのモデルが周利槃特という説があるようです。 キリストも親鸞もいっそ愚かである方がよい、と言っているとか。 信仰というのを考えるとそうかもしれません。小賢しい知恵がない方が賢いのかも。 少々わかりにくなったかなとも思ったのですが。 モデル知らなくても読めるという点はうまくいったようです。 (頭悪いお坊さん)

2018-06-30

>両親も言う「お前は変わってんな」 >なあ俺は何処かおかしいのか? >決まって答えは誰も教えてくれない 自分も似たような覚えが。 そしてそういう事を言う人はしばしば何も考えてない。 この鬱積を作品を作る原動力になっている気がします。 これぞアートと言えます。 エログロは個人的に好みではないのは事実ですが、ここまでやってくれるとエネルギーを感じます。 なかなかできないと思いますので。 (イマラチオ)

2018-07-01

5or6さん、こんにちは。 そう言って下さるとは。励みになります! そういえばたまに牛が出てくる詩って投稿されてますよね。 今月はエイクピアさんも牛を出しているし。 詩にしやすいのか? 牛って。 (見えない向こう)

2018-07-19

なつめさん、こんにちは。 牧場従業員なので、たまにあることを詩にしました。 (逆子って大変なんですよね。まだ酪農家が対応できる範囲とはいえ) だから書けたのかなと思います。 そしてそこまで評価してくださるとは。 詩作と仕事、頑張ります。 (見えない向こう)

2018-07-20

まりもさん、こんにちは。 年に何回かあることなんです。逆子って。 その度に大変な思いをします。 >ここへこの世へ >綱を引く 実際にそうなんです。逆子だとヘソの緒が切れてしまい、窒息してしまう危険性があるので。 実感がこもっていたのかもしれないです。 牛が産まれてくる<あの奥>、ビックバンが起こっているかもしれないですね。 (見えない向こう)

2018-08-03

二条千河(NIJO Cenka)さん、こんにちは。 三連目ですが、元ネタは阿含経です。仏教です。 今、ちくま学芸文庫の阿含経を通読していまして、その中に意味として「釈迦の弟子は体への矢は当たっても、心への矢はあたらない」という箇所がありました。 傷を負わされても、怒りで爆発はしない、ということでしょうか。 それとまた書いてみようと思ったマリオ詩が組み合わさって書きました。 コントローラーについてですが、ご指摘の通りではあるんですよね。 ただ、ネットだと一発目の矢が当たってないのに、自分から二発目の矢に当たりに行ってくことが多い気がしまして。 自分としての主眼はこっちです。 (友よ)

2018-07-29

おお、優良作に! 日々の労働が役に立ったようです。 初めは牛であることをぼかした構成も良かったようですね。 ありがとうございます! てか、なんでこんなに牛が多いのだろうか……。 (【フル】かるべまさひろの選評<2018年7月分>)

2018-08-03

三浦果実さん、こんにちは。 今回の元ネタは円空です。 江戸期に3万体の仏像を彫り上げたと言われている、荒々しいノミ跡が印象的な作風の仏師ですね。 遠く北海道やとんでもない断崖絶壁にも円空仏は安置されてますので、やや狂気じみたぶれないという点ではものすごかったんじゃないかと。 そこはある程度出せたかなと思います。 (僧の跡)

2018-08-05

stereotype2085さん、こんにちは。 「気持ち悪い」そう言われればそうですね。蒙昧というのも考えてなかったですが、そういう風にも読める。 頭にあったのは晩年の円空なので、そのような傾向が出たようです。 円空仏からは、笑いやある種の安定を感じますが、本人はこんな感じだったかも。 重力さん、こんにちは。 棟方志功もエネルギーはすごいですからね。 映像で見た、強度の近視で版木に顔をほとんどつけながら彫りこむ様はすごかったですし。 狂気じみたという点では同じなようです。 (僧の跡)

2018-08-06

帆場蔵人#冷やし怪談始めましたさん、こんにちは。 >元よりある形を取り出す、簡単に聞こえるけど、凄まじい修練の先に手が届く境地なのでしょうね。 ミケランジェロは粗彫りをせず一気に完成させたそうですね。 最初から元ある形を見れたという事でしょうけど、最後の作品が円空仏のようでした。 そんな事を思い出しながらこの詩を書いてました。 狂気と信仰はある程度地続きと言えます。 両方だったかなと思います。 (僧の跡)

2018-08-08

まりもさん、こんにちは。 今回は円空をモデルにしたわけですが、円空にアニミズム的な所は多々あったかと思います。 修験道との関係も指摘されてた気がしますし。 なので仏像を彫り上げた際に出た木っ端に仏を彫り込んだのはむしろ当然だったんじゃないかと。 そういう木っ端の掌サイズのも現存してます。 衆生のため、優れた仏像を彫りたい、というのもあったにしても。 自分が円空仏に感じた事を、この詩を通じて感じてくれたようで、とても幸いです。 (僧の跡)

2018-08-17

                    “自己こそが自らの主である” 無意味な音が喉から出て 無意識に右手が頭を殴り  “おのれの心を護れ。自己を難所から救い出せ” 不随意に首が折れ曲がり 不気味な不快な声が出る 拙作、「自爆それと」より。 なんだかこの一節を思い出しました。 引用しているのは釈迦の言葉です。 (死と夢想)

2018-08-12

おお、推薦作に。 日々の労働がこのような形で報われるとは。 この間も二日で3頭の子牛が産まれました。 逆子はなかったものの、一頭が放牧場で予想外の出産、一頭が子牛が大きすぎて難産、一頭が割と安産でした。 大変ですが、労働と詩作に励みます。 (B=REVIEW 2018年7月投稿作品 選評)

2018-08-12

「友よ」の方を選ぶとは。 ”自分本位な冒険心”、マリオと阿含経を元にしているので、まさにそうかも。 自分以外混ぜないものを作品にしているので、そこを評価していただけたのかなと。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-15

>自立する個としての自分語りは羽田さんが最強であることを思い出しました。 予想外の事を言われてる……。 それでは都合のいい日をまた連絡しますね。 (三浦果実7月作品フル選評―かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう―)

2018-08-17

取り上げてくれて感謝です。 日々の労働が報われ続けております。 残念と言われた件ですが、牛の産道に手を入れて感触でかろうじてわずかにわかる子牛の様子、これは自分にとって最もいい表現が”見えない向こう”でした。 今思えば愛着があったようです。 なので一行目に書いてしまいました。 覗き込む、もわるくはなのですが……、見えない向こう、にさせて下さい。やっぱり。 (【選評】もどきのEある算数(フル))

2018-08-17

「では、どうすればよいのだろうか?」 というのが最初の感想です。 死が迫っているのは、当たり前といえば当たり前なので。 「我らはここにあって死ぬのだと覚悟しよう。そうすれば争いは止む」と釈迦のごとく受け入れるのか。 そうでないならいっそ。 「耽美なる死よ。いつかお前は私に追いつきその甘味に溺れるのだろう。だが、今はその時ではない。ドアに爆弾仕掛けて走り去る」 ぐらいやってもいいかと。 (死人は)

2018-08-22

かるべまさひろさん、こんにちは。 素敵な不思議な中世観、というのがどのような意味なのかよく分かりませんが、楽しんでいただけたようで。 そこはよかったです。 ちなみに以前書いた作品を書き直しました。 まあうまくいったようです。 (フィラデルフィアの夜に Ⅶ)

2018-09-01

まりもさん、こんにちは。 フィラデルフィアシリ-ズでしばしば出てくるのが、「どうしようもない不遇な状況で自らのアートで慰めにする。良いものを作っていく」という人の姿です。  実際のフィラデルフィア・ワイヤーマンがそういう人だった気もするのと、生きる意味を見出すのはそう言うことだと思うので。  今回は自らの体に手向けてほしかった花を生やし、また寂しい下水に明るさをもたらしたいということになるかと。 ゾンビ同然の姿で闊歩したわけですから、かたちや記憶には興味ないでしょうし。 まりもさんの解釈通りでいいと思います。 (フィラデルフィアの夜に Ⅶ)

2018-09-09

ヤエさん、はじめまして。 >針金人間を突き動かしている欲に敬意を払っていますね。 というより「どんな地位であっても、実行、あるいは忍耐によって貴くない得るような地位はない」ということかと。 (ちなみにゲーテの言葉です) 針金人間の行動が、貴く思えたのですね。 自らを損なわず、他の人を傷つけない、良いと言えるものを表現する事。 やはりそれには、敬意を表したいです。 (フィラデルフィアの夜に Ⅶ)

2018-09-13

stereotype2085さん、こんにちは。 >築きあげた土台の盤石さを感じます。 そう言ってくださるとは。長い事書き散らして、本を脈絡なく乱読した成果が出てきているのでしょうか。 (今目の前にある本は、仏典とウイルスとテズルモズルとミツバチと気象とゴルゴ13) 気が付いたら27作書いているこのシリーズ、また投稿しますね。 (フィラデルフィアの夜に Ⅶ)

2018-09-14

「ホントは推薦したかった作品」に「フィラデルフィアの夜に Ⅶ」が! ジャンルでいうと物語詩というビーレビではやや珍しい形態ですが。 楽しんでいただけたようで幸いです。 (8月分の選考。stereotype2085がタイを取りスーツを捨てた。《選評》)

2018-09-01

自分の場合、彼女たちを刺しているうちに自分自身を刺している、という風にしてしまいますね。 ただそれも妄想で。彼女たちも刃物も傷も、その衝動も。自分自身さえも。 ならそれらに苦しめられえる必要もない。 自分にも彼女たちのようなものはいないわけじゃないのですが、次第次第に、遠いものになっていっている気がします。 役目を終え、別な仏へとなっていっているのでしょうか。 >地蔵なんてそんな無理だ。夢語ってんじゃねぇよ。 アングリマーラという釈迦の弟子がいるんですが、元殺人鬼でした。 999人殺したとか。それは誇張でも、殺人鬼だったのは事実らしく、テーリーガーターという経典に自分で詩の中でそう言っています。 しかし悟りを開き、尊敬されるべき存在になっているんですよね。 なら夢ではないのでは。 >それは強さなのか弱さなのかはわからない。 ただ立場が違うだけな気はします。 偉そうな事を語ってしまいましたが、祝儀敷さんの齢の頃の自分は全方向的に酷かったんで。 変われる時は意外と変われるとだけ言っておきます。 (殺させてくれたのに)

2018-09-15

独特な悲しみを感じさせますね。 確かに郵便ポストは風雨にさらされ、孤独に立ち尽くしている。 場合によっては一切の手紙を与えられず、変に鮮やかな色彩を背負わされて。 そんなポストに親愛の情を感じる、この語り手も相当な孤独だ。 孤独を詠んだ良い作品だと思います。 (唯一の友だち)

2018-10-16

まさかの大賞候補に! ありがとうございます! 円空仏と縄文土器土偶とシュールレアリスムが好きな人間が描いた作品がルソーに例えられるのも意外でした。 実は10年以上前に書いた作品を書き直したものではあります。 しかし今現在の自分の境地として見れますね。確かに。 階段の踊り場とありましたが、この作品というより、釈迦の言葉が詩に出始めたより少し前が踊り場に差し掛かったと思います。 となると昨年5月に投稿した「ただ詩が」のあたりになりますね。 先ほど投稿した「自分語り」がそこをよくあらわせられたなと。 それとここで了とはしません。 ”自分を害せず、他を傷つけない”良い作品を労働しつつ書くのみです。 (【選評】8月投稿作品)

2018-09-13

あ、しまった。 『他に依る所がない事がない』ではなく、『他に依る所がない』です。 阿含経相応部経典、漢訳では雑阿含経の言葉です。 (自分語り)

2018-09-13

stereotype2085 さん、こんにちは。 最近、自分の中にある暴力性について書いた作品が見受けられますが、では自分の暴力性は何なのかと考えてみると、過去の自虐的妄想が自分の最大の暴力性でした。 マゾヒズム的な人間のようです。 そしてそれが何に行き着いたのか、というと原始仏教にたどり着きました。 あの苦しみは、あの暴力は、ただの妄想と執着と感情という、虚妄からなっていたのです。 自分が知る限り、唯一それを釈迦が示していました。 今は釈迦の言説をもって世の中を渡るようになっています。 そういったことを詩にしました。 牛の世話をする日常を、安定した精神をもって送っております。 (自分語り)

2018-09-14

渡辺八畳@祝儀敷さん、こんにちは。 そういえばそうですね。 たまにあるんですけど、ビーレビ初ですね。 (自分語り)

2018-09-15

エイクピアさん、こんにちは。 これ自分の半生です。 妄想に囚われ苦しんでいたのから、解放されたという自分語りです。 なので高僧やキリストになぞらえるのは、少々意外でした。 (自分語り)

2018-09-15

IHクッキングヒーター(2.5kW) さん、こんにちは。 そう言われると、成功例はそこまで聞かないですね。 キリスト教会に通っていた事があるのですが、その時なぜ信仰に至ったのかを語る「信仰の証」というのを信者たちが語るのをよく聞いてはいました。 一種の自分語りで成功例と言えますが。 ただ、教会から離れるとなかなかないですね。 杜 琴乃さん、こんにちは。 夏の句と秋の句の間が中央揃えになっております。 「俺は」の部分を強調したかったので。 涅槃寂静という悟りの境地なのかはわかりませんが、(正直たまにやたら惑うので違う気も)安定して牛を世話しています。 それを示せたのがよかったようです。 (自分語り)

2018-09-17

即興で返詩を。 母よ、 みんながみんないつか 死んでしまうのです。 そして私は、 捨てれぬものを抱え それでもなお 釈迦の示した道を行くのです。 (母よ)

2018-09-26

stereotype2085さん、こんにちは。 実は9年前の自衛官だった頃の詩を書き直ししたものです。 大雨の真夜中に行軍した後に書いた詩ですね。 ものすごい雨の中、だというのに先頭が何度も道を間違えてた行軍でした。 大雨と真っ暗闇で思考能力が落ちていく中、「これも友達か」と考えたような、考えなかったような。 そんな体験からできています。 (ちなみにそんな行軍が終わってから、演習の本番が始まったのです。いつものごとく大変でした) (友達)

2018-09-26

笹塚心琴さん、はじめまして。 自分がしばしば書く実体験ベースの詩のひとつですね。 元自衛官の牧場従業員なので、印象的な出来事が多いんで。 好きな詩と言ってくれてありがたく思います。 (友達)

2018-09-27

まりもさん、こんにちは。 以前書いた元になった詩を読みつつ、あの当時の行軍を思い出しつつ、書いたのがこの詩です。 感覚がマヒし、幻覚を見ながら延々と歩き続けたわけですが、かえって頭のどこかはゆるんでいたような。 だから闇や雨を友だと妄想してしまったのかなと。 自分にとっての行軍は厳しい条件のなかに微妙なゆるみがあるようです。(つまり現実逃避ですね) なので、これでご勘弁を。 (友達)

2018-10-09

運営の皆様、お疲れ様です。 良い場にしようと努力しているのが、よくわかります。 今回自分の作品が最後までもつれたようで。 大賞に至らなかったのは少々残念ですが、また仕事に励みつつ、良い言葉を吐くべく、新たに詩作し投稿しますね。 (【必読】月初めのお知らせ【ルール変更など】)

2018-10-01

推薦に自分の作品が! ありがとうございます! 大雨の一昼夜、山道を延々と歩き続けてた経験を詩にしました。 限界を普通に超えていたので、死を友達にしていたと言われたらそうかもしれません。 他にこういう詩を書く人は見たことがないので、確かに貴重かも。 (選評 詩についての詩は、一生に一つ書けば良いじゃないか)

2018-10-09

地球さん、お疲れ様でした。 会場に掲げ、見守り、語ったと感じさせた詩の一つが自分の詩でよかったです。 牛の尻尾を洗いつつ、応援してました。 ライブを生で見れなかったのが残念です。 クヮン・アイ・ユウさん、お疲れ様です。 美しいとまで言ってくれるとは。ありがたいです。 >なにかを諦めた時の、受け入れた時の、手放した時の、あの感覚 そう言われると、割とよくあるかもしれません。 自衛隊時代はとにかく行軍と演習、訓練に励んでいて。 今は、牛のために他の人が投げ出しそうになりそうな継続的な長時間労働を、北の僻地でやっています。 ただ覚悟を決めてやり遂げると、どこか楽しいなと。 stereotype2085さん、お疲れ様です。 物憂げに見られるのは仕方ないかなと。 華やかな会場と、牛糞まみれな自分との対比でもありますし。 やるべきことを好きで覚悟してやっているんで、苦痛じゃないんですけど。 なんだかんだ楽しくやってます。 >どんな境遇に置かれている人も背中を後押しされるのではないか そのような感想はうれしいです。 それでは、明日から残り60頭の牛の尻尾を洗ってきます。 (かの地~B-REVIEW TENに寄せて)

2018-10-10

まりもさん、こんにちは。 クリシャー・ガウダミーの話を元にしました。 釈迦の下で出家した、実在の人物の話です。「私はこれから家を出/髪を剃り上げる」とあるのはそのため。 釈迦の時代の尼僧の詩をまとめたテーリーガーターという経典にもこの人の詩が残っています。 この話自体は、仏教説話としては有名だったりするので、”クリシャー・ガウダミー 仏教”で検索すれば元になった話が出てくると思います。 (蠅)

2018-10-18

藤 一紀さんこんにちは。 蠅や蛆に関してはそのような事を考えて出してはいなかったのですが、そう考える余地はありますね。 確かに自然にのシステムの中に循環させて、転生させるみたいな。 いずれそういった意味でも仏となる、とは言えるかもしれません。 結果として、いい作用があったようです。 (蠅)

2018-10-19

かるべまさひろさん、こんにちは。 この元になった話を、偶然にも聞いていたとは。 自分にとっては印象深く、とても好きな話です。 仏教的な感覚としては、人が死に、別れてしまう苦しみを認識し、それに正しく対処するのが慈しみになると思います。 ただそれでも悲しみを感じてしまう、という事かもしれませんね。 二条千河さん、こんにちは。 釈迦の場合(ここでは芥子の種が効くと声をかけた人です)その子は死んだのだ、と認識させる対応を取っているので、蠅をそのような存在として書きました。 劇的な描写がうまくいったようで、よかったです。 (蠅)

2018-10-20

るるりらさん、こんにちは。 そういえば昔聞いた話で、インドのマザー・テレサが開いた施設に行ったことのある人の話だったと思うのですが、生きている人の足が壊死しかけていて、そこに蛆が湧いていて消毒薬を浸していた、というのを聞いた覚えがあります。 となると、間違ってはいないのでは。  まあ、この作品の母親は、蠅に対してそう感じた、ということで。  それと、元の話とは自分がやりやすいよう好きに変えています。元の話に蠅うんぬんは一切ないですし。 出典によっても微妙に変わってきたりもしますし、あまり気にしないでいてくれたらなと。 自分のアレンジということで。 (蠅)

2018-10-21

るるりらさん、再びこんにちは。 良い詩とはありがとうございます! 励みになります! (蠅)

2018-10-24

即興で返詩を。 私を刻み 私を世界に刻み込み 血を壁壁 に  床床 に 塗りたくり 書き散らし 詩を 死にするがため かのように  ぱん 全ては 私は 無くなるものと 気づく 大きな掌の上で 私は今 不幸だと知った (血)

2018-11-01

社町 迅 さん、こんにちは。 風見幽香がモチーフになっています。 先月、社町 迅 さんの貴音さんへのコメントで、幽香の詩は難しいとあったので、勝手に書いてみました。 最初の行で”幽かな香り”とあるのはそのため。 二次創作を投稿する場合は、マリオをモチーフとした作品以外は極力一次創作に見えるようにしています。 社町 迅 さんの想定より凶暴性が強調した形になっているかもしれませんが。 もし楽しめたのなら、幸いです。 (ひまわり畑にて)

2018-11-03

社町 迅 さん、再びこんにちは。 幽香は自分としても気に入っているので、割と書きやすかったです。 行動原理がはっきりしているので動かしやすいですし。 ファンの方に喜ばれる作品を書けて、幸いです。 (ひまわり畑にて)

2018-11-03

オオサカダニケさん、はじめまして。 美しさと奥深さ、とは良い評価ありがとうございます。 モチーフのキャラに頼ったところはありますが。 なかなかよく書けたようです。 (ひまわり畑にて)

2018-11-04

6でなしさん、こんにちは。 なるほど、そうも読めますね。 今回は風見幽香という、花を操る能力を持ったキャラをモチーフにした、一次創作のような二次創作です。 このキャラ、実は戦うことが好きな上に、相当な凶暴性を持っていまして。 それで火花、鮮血、紅い花というのを散りばめてます。 構成がしっかりしていると言ってくれて、うれしく思います。 (ひまわり畑にて)

2018-11-13

初めは冬眠を連想しましたが、もう一度読んでみると、クマムシが乾燥などに耐えるため体を縮めてまるで死んだような状態になっているのを連想しました。 こうなると宇宙空間に出しても死んでしまうことはないんで、この詩の語り手もひととき寝てしまうだけなのかなと思いました。 くびをしめられるかのような事がなくなれば、また目を覚ますのかなと。 (あなまどい)

2018-11-22

どうにも気になる作品です。 視覚的にはっきりしていて、その上寂しい感じが。 野良犬と電車ははたしてどこに行き、僕はどこに佇んでいるのか、考えてしまいます。 (記憶の川、真昼の星)

2018-11-09

一言選評に、「蠅」が。ありがとうございます! 死者への祈りの執着、一言でこの詩を言い当てているように思えました。 (10月分 フル選評(まりも))

2018-11-11

これはこれで詩情があるように思います。 もう少し整理すればいい詩になるかも。 >それがいやで、それがいやで自分を信じてやってきたんだ。 >やっていくんだ。 最後のこの言葉で、一気に締まった。 心情そのままが出たように感じました。 もしかしたら大変な状態かもしれません。 でも最後の言葉を大切にして欲しく思います。 題が「人間以下」なのはより善くあろうとし続けてもがいているからかなと。 大変人間らしい行為です。 (人間以下。吐き出し。※)

2018-11-12

こないだ職場の牧場の牛が淘汰されまして。 高齢だったり、調子悪かったりした牛を、薬殺や食肉として出荷されていきました。 牛に生きる価値があったのか、なかったのか。 牧場としては今まで利益になったのは価値があり、これ以上は価値がなかったのでしょう。 で、牛に聞いてみたら? せいぜい匂いを嗅いできてベロ伸ばして舐めてきたり、モーと鳴いたり。 考える意味がない気がしてきます。 崖っぷちに立っていて、背を押されないなら、後ろを振りむいてほしい。 子牛がモーと鳴いているかもしれないから。 そんな事を考えてしまいました。 (崖っぷち)

2018-11-16

まりもさん、こんにちは。 実は自衛隊時代は対戦車ミサイルを扱っていたので、小銃での連射はほとんど経験がなかったりします。 一発ずつなら普通にやっていたんですが。 ですが昨年、予備自衛官としての訓練で連射での射撃をする機会があり、その経験から書いてみました。 赤い、は小銃も真っ赤に錆びる事があるのと、自分の体の一部のように射撃の一瞬錯覚したのと、感想通り幻視ですね。 棒、は詩にある通り汚れ落とす整備なのですが、汚れが落ちない時は全然落ちないんですよね。延々とやることになります。 そんな事が背景にあります。 無駄をなくして緊迫感を出せたようで、よかったです。 (小銃射撃)

2018-11-14

12歳の犬。 顔が白くなり、脚が震え始める頃でしょうか。 実家で飼っていた17年の天寿を全うした犬を思い出してしまいました。 >俺たちは布団から這い出し散歩に出かけよう >春風の礫は鼻先で弾けろ 今を全力で生きている作者と老犬のコンビが生き生きと思い浮かびます。 なかなか良い作品だと感じました。 (ピピ(十二歳の犬へ))

2018-11-14

なんだか釈迦の言葉を挿入してみたくなってしまいました。 何分、仏教オタなもので。 しかし、なぜそう思ってしまったか、なのですが。 今月の投稿作の中では、6でなしさんの「人間以下。吐き出し。」に近いと思います。 マイナス思考と苦しみを吐き出したという点で。 しかし大きな差は、6でなしさんの作品では最後にこうあるのです。 >それがいやで、それがいやで自分を信じてやってきたんだ。 >やっていくんだ。 この言葉に比べると、締めが弱いなと。 無理に締める必要はないのでしょうけど、ではどうするのか、という発展がないなと。 ご自身の苦しみに、上手く対応できてないからかもしれませんが。 「我らはここにあって死ぬはずのもの」と覚悟しよう。このことわりを他の人々は知っていない。しかし、このことわりを知る人々がいれば、争いは鎮まる。 釈迦 ダンマパダ(法句経)より (どうしようもなく死にたくなるんだ)

2018-11-16

それがすべて、ではないと思います。 6でなしさんはそのようにやっていくということであり、アリスさんは無理に力強くやる必要はないのです。 死にたくなる、消えてしまいたくなる、その状況をどうするのかという事が必要であり、アリスさんはアリスさんなりの方法でやっていき、表現してほしいのです。 >太陽の陽が雲の隙間から >海に射し込むときを 待とう もう一度この作品を読んでみると、最後の二行は阿弥陀仏の光を一心に待ち望むのと等しいかもしれませんし。 親鸞の「愚かなる自分は、阿弥陀仏の慈悲にすがる他ない」と同じく。 もしそうだというのならば、全身全霊で光を待つ、としてもよいかもしれないです。 アリスさんが、ご自身で見つけてほしく思います。 (どうしようもなく死にたくなるんだ)

2018-11-16

子供の頃の記憶が少し蘇りました。 トゥレット症(体がストレスなどで勝手に動く症状)持ちなもので、似たような感覚があります。 首が勝手に曲がり、妙な声が出、頭を壁や机に叩きつけてしまいました。 なぜみんな勝手に体が動かないのか、いまだに不思議です。 どこかで折り合いをつけれればいいのですが。 >今日も >風船3つ蹴ってドアを締めるの そのエネルギーをもって生きていってほしく思いました。 (このごろ)

2018-11-21

>どたばたと足蹴にされる >四百万回の殴打が降ってきた すごい表現ですね。 痛そう。 でも、全体的にひどい目に遭いつつ、どこか楽しそう。 >私は海にたどりつく川でありつづけよう 体からは滝のように雨水が垂れているのでしょうか。 >泣いたり笑ったりした今日一日を >すっかり乾かそう そしてなぜだか充実感さえ漂ってくるような。 楽しんでいいのかわかりませんが、楽しくなってきます。 よい作品です。 (四百万回の殴打)

2018-12-02

galapaさん、こんにちは。 仕事が忙しく、返事が遅れてしまいました。 選評を気に入っていただき何よりです。 モサクがいたから余計に熱が入ったかもしれません。 モサクに合掌しつつ。 (<選評>)

2018-12-09

予想外な事に、「小銃射撃」が大賞候補に! まりもさんしか感想を書いていなかったので、外したかなと思っていたのですが。 淡々と行われること、ただそれが小銃射撃とその整備というのが、かるべさんに痛みを与えたのかもしれません。 そして今月、また予備自衛官の訓練に行ってきます。(年1回あるのです) 選んでいただき、感謝です。 (【フル】かるべまさひろの選評<2018年11月分>)

2018-12-11

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