牛肉 - B-REVIEW
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きょこち(久遠恭子)

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きょこち(久遠恭子)

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きょこち(久遠恭子)

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きょこち(久遠恭子)

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牛肉    

「生きとし生けるものが幸せでありますように」 牛肉を目の前にして よく焼かれ 脂滴る 霜降り肉 こうなるため こうするため 必死に手をかけた 生産者は笑顔で その肉をひっくり返す 油は流れ 火を大きくする A5ランク 火に油注ぎ 香ばしく 苦しい事はなかっただろうか 「生きとし生けるものが幸せでありますように」 生きている間は 牛は 動物は 明日と死後を考えない 少なくとも今 苦しくありませんように 十分火が通る 旨味と共に 飲み下す 今この時 黒毛和牛とホルスタインは 草と飼料を反芻している 少なくとも今 「生きとし生けるものが幸せでありますように」 幸せでありますように


牛肉 ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 21
P V 数 : 1103.1
お気に入り数: 0
投票数   : 0
ポイント数 : 0

作成日時 2017-04-30
コメント日時 2017-05-25
項目全期間(2024/03/29現在)投稿後10日間
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2024/03/29 00時21分48秒現在
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    作品に書かれた推薦文

牛肉 コメントセクション

コメント数(21)
エイクピア
(2017-05-01)

何か祈りのようなものが、牛と馬に仮託されているのか、生きとし生けるものと言う人間も含めた、文字通り全体を対象に含めているのか、分かりませんが、漏れ聞こえているようで、「A5ランク」などの等級、 「牛は 動物は 明日と死後を考えない」 こんな箇所からも、世俗的な、知識や、牛と人間との比較を通じて、やはり祈りが垣間見えている様な気がしました。

0
羽田恭
(2017-05-01)

花緒さん、こんにちは。 実は今日、勤め先の牧場の牛が一頭処分されました。 乳牛なのですが、立てなくなったのです。 経営上、社会システム上、止む終えない事ではあります。(体重800キロの生き物を介護できません) 肉を食べる事、生き物を殺す事は矛盾はあるのですが、必要なものです。 せめて生きている間、死なせる必要のない間、健康と幸せを願ってホルスタインを世話しています。 肉牛農家もきっと同じように考えているかと。 エイクピアさん、初めまして。 「生きとしけるものが幸せでありますように」、これは実は初期仏教の「慈悲の瞑想」と言われるものの一部が元ネタです。 これは人だけでなく動物一般も含まれるそうです。(ですから出家者は基本菜食主義です) 自分もまた動物一般に対して祈っております。 矛盾は多々あるのですが、そうやって牛の世話をする日々です。

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雨粒あめ子
(2017-05-01)

こんにちは。 日頃から意識せず食べているお肉。食べられることを知らずに生まれ育って、わたしたちのお腹を満たしてくれる。 「生きとし生けるものが幸せでありますように」…命の重みと儚いという意味を持たせるこの言葉が響く作品と思いました。

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5or6.(ゴロ)
(2017-05-02)

良い目を持っているし、変に力入ってない文の流れも好きです。 また作品を読みたいです。

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まりも
(2017-05-02)

火に油注ぎ、という、通常は慣用句で用いられる言葉が入ることで、なんとか笑顔を保っている生産者の方の心が、煮え立ったり燃え立ったり、時には苦痛で歪んだり・・・しているような気がしました。なんども自身に「生きている間は幸せだったのだから」と言い聞かせ、牛をお客のために焼く。炎を上げる油、自身に言い聞かせて、収まったはずの心の波立ちが、再び激しくなる・・・「少なくとも今/苦しくありませんように」人間の欲望の狭間に立つ人の、祈りだと思いました。

0
羽田恭
(2017-05-02)

amagasasasite さん、はじめまして。 牛、かわいいんですけどね。でも、目の前で死なすこともありますし。 「生きとし生けるものが幸せでありますように」 そう祈って仕事する日々です。 5or6さん、はじめまして。 ありがとうございます。 また、投稿しますね。 まりもさん、こんにちは。 ”火に脂注ぎ”の箇所ですが。 確かにそうも読めますね。 実はすぐ近くに肉牛の牧場があり、そこの社長と焼き肉することがあります。 その社長、自慢げに旨いぞと自分で生産した牛肉焼いていたんで、そのイメージでした。 大変で行政に振り回されたり、矛盾もありつつ、やっぱり好きだから、みんなこの仕事やってます。 (百姓貴族という漫画にその様子が詳しく描かれております)

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双葉月ありあ
(2017-05-03)

命をいただかなければ生きてはいけないということと、それにしたって命を我が物顔でコントロールしすぎではないかということと、たいていの人がそれを受け入れているわりに、綺麗事が言えてしまうということと。 こういったテーマは自分ではあまり書かないけれど、個人的に好きです。なんだか気味がよくって。

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羽田恭
(2017-05-04)

双葉月ありあさん、はじめまして。 畜産業、酪農業というのは命をコントロールして成り立っている訳ですが。 たまにえげつなかったりしますし。 綺麗事言うのはあまり知らないからかもしれません。 こんな感じの酪農関係の作品はまだいくつかあります。 いずれ投稿しますね。

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百均
(2017-05-11)

肉を食べる、という事を考えた時に、育てる、或いは屠殺する、という過程を僕は見た事ないし、やった事も無ければ、普段気にして考えることはない。 という人が、本作を読んだ時に、おそらく考えるきっかけを持つことができるきがします。肉を食べるという、所謂業の話は色々な人が色々な仕方で書いているけれども、でもそのきっかけみたいなものを、読者に掴ませるのか、という点でまず大変なことのようにも思います。その点本作はシンプルに語り手が思う所の着想の出発点をしっかり描いていると感じます。

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羽田恭
(2017-05-11)

hyakkinさん、こんにちは。 スーパーで並んでいる肉を見て、生きていた牛や豚を想像するのは確かに困難ですよね。 かといって畜産や酪農側からそんなには伝わって来ないのもあります。 (必要とされてないからかもしれませんが) ただ牛が注射により割と簡単に死んでいくのを時に見る立場なものですから、とても印象深く詩を書いてしまいます。 シンプルなのは、割と簡単に死んでいってしまう牛を見たからかもしれません。

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霜田明
(2017-05-11)

この詩の肝は牛を屠り肉を食らう人間を正当化できるかだと思うのです 屠り食らっている人間が「生きとし生けるものが幸せであるように」といって 何言ってんだこいつ、お前らが殺したんじゃないかと言えるかどうかだと思うのです もちろん個人が殺したくなくて、集団の力が殺してしまう、その個人に罪はないと言うことはできますが そう言うことが詩にこそ求められているのではないかと思います その意味合いでひねくれものの僕には、この詩が十分ではなかったと思いました。

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夏生
(2017-05-12)

はじめまして、HAneda kyouさま。御作にコメントさせて頂きます。 面白い!と思いました。 牛肉を食べながら「生きとし生けるものが幸せでありますように」と祈るところは皮肉のように見えますが、 そこに思い至るだけ思慮深いと。スーパーの肉売り場で思うことといえば、グラム多く、値段安い肉ないかな?だけですから。 おいしいか、どうか。そこに神経が注がれます。 <牛は 動物は 明日と死後を考えない これはそうであって欲しいという願いにも感じられて。 屠殺所へ連れて行くために牛をトラックに乗せようとして、なかなか乗らない牛に戸惑う人という 映像を見た記憶があり。恐怖を感じているのか、何か悪い予感を感じているのか。 人が抱く恐怖と同じだったら、と考えると居たたまれない気持ちになります。 人に殺められ、食べられる生き物たちが苦しまず、怖がらず居てほしい。 この詩の中からその思いがたち込めているように見えました。

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羽田恭
(2017-05-21)

夏生さん、はじめまして。 レスが遅れてしまいました。 スーパー行ったら自分もまた、安いかどうかでしか肉を見なかったりします。 でも、毎日生きている牛と接しているもので、生きている間は苦しくないで欲しいな、と思うのです。 「牛は 動物は/明日と死後を考えない」の箇所、実際動物は基本そのようです。 実家で飼ってた犬もそのようでしたし、科学者もそう言っていたような。 なら、今がより重いのかもしれません。 ちなみに言う事聞かない牛は、特に意味無く言う事聞かなかったり。 (嫌な予感しているのも否定できませんが)

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るるりら
(2017-05-22)

はじめまして わたしは昔、パートタイマーで牛群管理システムにデータを打ち込む仕事をしたことがある者です。酪農家の方々に書いていただいた牛の一頭一頭の情報をデータ化する作業や、酪農家の方々からいただいたアンケートの集計。それから、牛の格付けなどの勉強会で 日々の努力しておられるお話をまじえなからランクの高い牛を 試食させていただいた経験もあります。そのような経験を持つ私にとって、 この詩は とても興味深い詩です。 ≫牛は 動物は ≫明日と死後を考えない 人間は、牛の明日のこと つまり 死後(食べる)のことばかり考えています。明日(未来)と死後は同意語です。人間が考えているのは 牛の明日だけではないです。過去のことも考えていて、私がしていたデータ入力という作業もあります。 牛はどのようなランク付けの両親であるか、そして どのような育ち、最後にどのように 命を終えるかを、人間は記録に残す。 はたと思いました。幸せとは、そもそも なんでしょうか? 人間とは何であるかも 思いました。 人間だって、未来は かならず死ぬわけですが、人間は ほかの動物とちがって 明日と死後を考える。 しあわせとは なんでしょうか? わたしは 牛さんの瞳をのぞきこんで、人間より牛さんのほうが幸せなのではないかと感じたことがあるのです。 人間は 事細かに比較をする動物です。 けれども、牛の瞳は 比較することをしらないように思えて 牛は 人間より しあわせなのではないかと 私は思ったことがあります。 わたしは 牛のような、つぶらな瞳で 詩に向き合いたいです。牛が比較をしないように 私も比較をしない時間が欲しいです。比較するとき 、なにかしら 心の奥にも分裂が生じている気がするのです。 分裂は、ふしあわせな気持ちの種のように思うのです。  わたしは批評が苦手なので  HAneda kyouさんが返事をお書きになりにくい感想になってしまったきもしています。ぜひ また 別の作品も 拝読させていただきたいです。楽しみです。

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fiorina
(2017-05-22)

初めまして。 興味深く拝読しました。 肉を食べないひとが、肉を焼く香ばしいにおいを嗅いでおいしそう、と思うこと自体が、心の中では食べていることだと聞いたことがあります。 そのことがたとえば一頭の牛の死に直結していると。 また、生きとし生けるものには、バクテリアなども含まれ、風邪薬を飲んでも殺戮を行っていると。 それに、樹木の根の張り方、すさまじい生命力を見ると、彼らが牛や豚と同じように声を持っていたら、と 思わずにいられません。 命を奪い合うこの世の闇は計り知れませんが、与えられたひとつの場所、ひとつのじかんを、書くこと(筆の力)で小さく照らすのは、わたしたちがそこに見るもの、感じるものとして存在する意味ではないかと思います。

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羽田恭
(2017-05-23)

霜田明さん、レスをし忘れてました! すいません。 そうなんです、そこが自分の矛盾点ではあるのです。 でも社会が必要とし、自分も負担にならず、楽しく感じてしまうのです。 ですのでこの仕事をやっています。 (自分は乳牛相手ですが、やはり牛をときに死なせてしまう仕事なのです) るるりらさん、はじめまして。 そのようなパートタイムあるのですね。知りませんでした。 幸せとは、苦しみがないこと、苦しみをなくした状態のことのような気がします。 今牛舎にいる牛がそうであればいいのですが。 それと、比較しないでいたい、ということですが、すべては関係性でしかないとの話があります。そう物事を見るのが悟りや空なのではないというのです。 以上初期仏教オタからでした。草薙龍瞬という人がわかりやすいです。 fiorina さん、はじめまして。 何らかの殺戮によって生きながらえているのは事実なんですよね。 だからこそ感謝と殺さないですんだ命に向かって祈るのが慈悲の瞑想なのかもしれません。 それと、書くことでそれをあらわすのが詩の能力かもしれませんね。 また何か書こうと思いました。

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奏熊ととと@所詮詩書き
(2017-05-23)

この作品は引っかかったので感想を 命の大切さをA5ランクの牛肉で訴える部分ではあるが、勿体無い。 せっかく、A5ランクの牛肉が使われているのに「美味しさの表現」が少ないせいで「命の大切さ」が伝わってこない。 A5ランクの牛肉を使うのであれば、味覚、聴覚、嗅覚、フォルムの表現まで入れて最後に命の大切さを訴えれば良い作品になると私は思う。

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白島真
(2017-05-23)

初めまして。 数日前にステーキを食ったばかりなので、多くは書きません。 「生きとし生けるものが幸せでありますように」 「少なくとも今 苦しくありませんように」 ここに生業として仕事を選ばざるを得なかったギリギリの諦念と、悲しみ、祈りがあります。 いい詩だと思いました。 ステーキはまた食べます。 「いただきます」がより深く自分に響くように。

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羽田恭
(2017-05-24)

奏熊とととさん、はじめまして。 なるほど、そういう意見ですか。 実は鼻炎で味覚と嗅覚が人より鈍いため、そのような表現は苦手なのです。 自分には「A5ランクであっても食べ散らかす事になる命」という感覚の方が強いです。 ですので、このような書き方になっています。 白島真さん、はじめまして。 数日前に焼き肉食いました、自分は。 それでもこの仕事好きなんで、まだまだ牛の世話やります。 それでは自分もまた「いただきます」。

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湯煙
(2017-05-24)

- インドでは、よい詩のことを、牛の鳴く声のようだと形容するそうです。そいえば、ぼくなんて、毎日のように牛やブタや鶏の肉を口にしていますが、ぼくの肉は彼らには一度として食べさせたことがありませんね。これは不公平かもしれません。ぼくが死んだら、ぼくの肉を、牛やブタやニワトリのえさにしたって、バチはあたらないかもしれないなと、ふと考えました。でも、じっさいだったら、嫌かな。死んでるから、そのほうが合理的なのに、どしてでしょう。うううん。- 田中宏輔 - 死んでいるものを新鮮だと言って食べる人間 - 今 道子 牛がモチーフとなった作品には良いものがあるなあと、あらためて思いました。私も投稿当初から何度も反芻しています。 - うん。いい動物だ - 湯煙

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羽田恭
(2017-05-25)

湯煙さん、はじめまして。 はい、かわいいです。牛。 でかくて好き勝手動いて、頭突きしてきたり、足踏まれたら凄まじく痛いけれど。 また牛関係の詩を投稿しますね。

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