作品投稿掲示板 - B-REVIEW

鷹枕可


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かずやさんへ。 褒めてくださってありがとうございます。 多分、詩という表現は、行間のみ ではなくて、一行の詩文のつながりのなかにも、折りたたまれた余白が隠されており、 それがほんとうの意味での、詩的な言い表しになるのかも知れない、と思い、いたりました。 (少女像―こどもの頃)

2020-08-07

最後になります。 私は――、自作品を通読なさって下さられた読者の皆様方を、侮蔑したことは。一度たりとてございません。これは明瞭と言い切れます。 舜舜様も、そうではございませんか。 読者の皆様と、観衆の皆様の差異は。一見無関係にも思える観衆の皆様が若し、舜舜様の熱心な読者でもあったならば。 その境界線を、割り切れましょうか。 私には、割り切れません。 面倒臭いと思われましたならば、ご返信は不要でございます。 度々の非礼の程を心より、お詫びさせて頂きます。 わたし観察するもの、蔑みも仰ぎ見もせず、ただ見る者であることを。願わくば。 (「中央公園より」)

2020-07-13

しつこくて、申し訳ございません。 何か違和感がございまして。 些か、茫漠たる疑問符に浮びました事などを。 多分、当御作はバンクシーの諷刺絵画に似ているのではないかと。 具体的に申しますなら、バンクシーが大衆に迎え入れられ、周知する処の現代美術家と為り得たのは、 その皮肉‐諷刺が万人の理解を容易に受けられる様に、(わかりやすさ)と(過激性)に徹し、衒うことに於いて奏功を呈し、今に到って在る、 その様相を想起、聯想致しましたものですから。 しかしそこに一つの問題がございます。バンクシーは、或は舜舜氏は、その観衆を如何なる感情を懐き、観察をしていたのか、と言う問題でございます。 私は、そこに浅はかな――他人の目を以て諷刺する――観衆へのただならぬ侮蔑意識が存在している様に、思われるのです。 それはよもや、純粋な悪意でもあるのではないか。群衆への醒め切った冷笑でもあるのではないか。 そう思いますと、身も凍る様な心持ち(屹度妄想でございましょう)が致しましたものでございますから。こうして管を巻いている次第でございます。 以上、蛇足でございます。甚だしく失礼な表現もあるかと存じます。合評マナーに抵触する、箇所も幾多、あるかも知れません。 それらを覚悟の上で記述をさせて頂きました。 どうか、読み飛しつつ笑って遣って下さりましたなら幸いでございます。 (「中央公園より」)

2020-07-08

ありがとうございます。 本当に、お久し振りでございます。 自分には詩と呼び得るものは書けない、とやさぐれては、抛り出して仕舞いたくなることも屡ではございますが。 私如きの作物に、激励の程をお送りくださるお方が在らせられる限りは、半ば自分を弁えつつも、諦め切っては為らない、 とも思うのでございます。 そして願わくば――羽蟻の不屈の意志を以て。 (机上晩餐)

2020-07-04

初読の衝撃と、爽やかな侮蔑。 人間は読む様にしか読まれない為に、平等を喚く者(私も)の抑圧された差別営為が浮彫りになる仕掛。 感性が若いのは佳いこととも。 (「中央公園より」)

2020-07-04

いすき様へ。 事物は略、五感で構成されております。 撓む、と謂えば  青年の群に少女らまじりゆき烈風のなかの撓める硝子 塚本邦雄 等々。 (石の苦悩)

2020-04-23

Um Fantasma様へ。 オンライン辞書台頭以前、辞典を紐解く習慣に、独り苦役と愉悦を覚えて居りました。悪癖ですが。 (石の苦悩)

2020-04-22

野良犬少年様へ。 私の詩は、何物をも意図をしません。 そして、疾うに滅びた物であると、自覚をしております。 (石の苦悩)

2020-04-21

カリカチュアに終始しており、猿の悪意を剥き出したかのような筆致には、薄ら寒い精神の貧困すら垣間見える。 そこに甚大なる共感の念と、感嘆を禁じ得ない。 冒頭の恣意的な文脈破壊に始まり、只管好戦的な威嚇、挑発は、挫折を知らぬかのように。若く、現代的な美質を崇拝し、謳歌している。 (豚男爵)

2020-04-21

佳く練られた野心作であると思われます。書き慣れていらっしゃられる御方なのでは、と推測を致します。 各詩型が違和感も無く融和なされていらっしゃられる。そして何よりも本邦に根差す土着的な原風景へと通底なされた筆致(しかも現代性を意識しつつ)、 表現を、可能とする筆力をそなえておられますことに、心深くより、感心を致しました。 必然的に、次回作をも期待せずには居られません。別傾向の御作にも、期待を寄せつつ。また、拝読をさせて頂けます様に、心より願っております。 (詩型(自由詩・短歌・俳句)融合作品 「花野」)

2020-04-21

表現主義への回帰、として拝読をさせて頂きました。 丁寧な叙景、そして自然物への心情仮託。 人工‐人知に傾くも甚だしき、現代という現実的事象のなかに於いては稀有な手法であると、皆様も思われる通りでございましょう。 御作の様な、現代詩の桎梏、範疇に収まらない作品を真摯に批評し、可能とする場所が更に必要であるとも、切実にも思えてなりません。 蛇足。 個人的願望と致しましては――完全に個人的な希望なのでございますが――、 物語性を超克し、 自然的美観にも自然たる所以の残酷、異物性を匂わしめる様な、陰鬱な視線を包含し、撚り、綯う事の叶いますならば、 抒情の奥行が更に深化‐内在化をされるかもしれません。 陰影と光線を同時に含む、明暗法的であるがゆえの緊迫性、正気と狂気の葛藤のような、冷徹なる苦悩、のようなものを、と。 (あなたの水の眼)

2019-08-21

ふじりゅう様へ。お返事の程、遅くなりまして允に申訳ございません。 ご称讃を賜りまして、心より嬉しく存じます。 身勝手な論ではございますが。 詩とは、理解は出来なくとも善いものなのではないでしょうか。 私自身、自己の詩擬きを理解出来得ているか、と問われれば口を濁す外には無いようにも思われます。 理性の条理とは論理を学とするものならば、 詩とは感情の条理とでも呼ぶべき某かを命題とする物であるのでは、等と仮想を膨らませているのでございます。 (球壜燈、単性磁極に拠る分節《わたしのピラマティスティーテ》)

2019-08-20

yamabito様へ。 辺境迄、ようこそおいでくださりました。 訳の分からぬシロモノにレスを賜りました、あなたの優しさに心より、感謝を致します。 私は文学極道でも落目なものでございますから、どうぞレスに於きましても遠慮などをなさらないでくださいますことを、切に願い已みません。 るるりら様へ。 斯様に無価値な代物にレスを賜り、尚且つ読解まで記述をしていただきまして、允、幸甚の至りでございます。 返礼と致しまして、自註、読解を致しましたものを下記に記させて頂きます。 しかし、作品を如何受けとめ、読解をして頂くか、は言うまでも無く、読者様の自由でございます。 下記は飽く迄、自作の一読者たる私の、読解の一例に過ぎません。それを念頭に置かれまして、閲覧して頂けましたならば幸いでございます。 __ 「夭き」母性‐「夭」は若死の象意、つまり既にして死せる母の意。 父性(クロノス・ゼウス)‐支配、征服欲の象徴としての子殺し、或はカニバリズムを継承する者としての男系、血脈。 幼時の虐待を「叱責と遊園」から「地球像の端整」が「濁る」ことに拠り暗示し、 「斥動」は斥力つまり斥ける力の意、斯くして成長をした「少女ユディト」は高らかに宣言する、魔術的解剖のこころみに蝶の死体に書かれた手簡を、と。 「娶らざれば~恩寵の断首」迄は殺害に拠り隠蔽されたホロフェルネスの説明‐描写、 結句、銀杏の実はその堅い殻を腐敗するまで埋葬ならず「隧」葬に費やし(「隧は墓孔、或は墓孔までの道の意) その隧の上を歩く群衆、壕に累々と降り積もる花は、結果として自らの屍(喩えて腐敗した銀杏の実)を踏んでいる、といった、処でございましょうか。 やや、力尽きましたので、以下、断片的な説明を。 「死の市街」は毒瓦斯に拠り無人となった市街、等を想像し、 『積貌学』は造語、ナチスドイツ時代の頭蓋‐観相学的人格特徴統計実験などを思い浮べつつしたためさせていただきました。 「楕円邸」は旧前衛建築をイメージ、 「綺羅を誇る~アポロンが完膚」迄は少々、説明致しますのが厄介なのでございますが、 背景には字義の通り、ナチスの優生学的思想を展開しつつ、 その象徴としてのアポロン、そしてヒュアキントス(土着神話の奔放象徴、つまり「自由」)の死の理由を劣性遺伝の結果として驕る(円盤はその神話に由来し)、 酷薄にして冷淡な寵児、そして新たな支配者としてのアポロン、と言う印象を以て、したためさせて頂きました。 「機械天文時計」はアンティキティラ島の歯車より着想を得、「關」はかんぬきの別字、 「人為」つまり人工の、「日蝕」の只中の「地球」を花の部位の名称「葯」に見立てさせて頂きました。 最終行、「翼果」は楓や冬楡の種子の呼称なのでございますが、 それが緋色の繊毛を纏った種でございましたなら、尚更麗しいのではないか、と想像をした産物、つまり造語でございます。 __ 以上、 雑把に説明をさせて頂きましたが、自身でも説明に甚だしく苦慮を憶え、 且つ説明不十分である様な創物を理解し得る御方がいらっしゃるとは、露程にも思えませんので。 次作はなるべく可読性の高いモノを投稿させていただきたく存じ上げる次第でございます。 若し、宜しければ。 (球壜燈、単性磁極に拠る分節《わたしのピラマティスティーテ》)

2019-08-11

せいろんさまへ。 褒めて頂きまして、心より嬉しく存じます。 それと、 何時ぞやは、突き放した様なレスポンスを送ってしまって、ごめんなさいね。 (あなたへ)

2019-08-04

藤 一紀さまへ。 お褒め賜りまして、嬉しく存じます。 一度放たれた言葉は、放たれたままの容を取り、返って来るものであると、心して詩作に挑みつづけたく思う所存でございます。 (あなたへ)

2019-08-02

聊か、焦点の合わぬ、雑感などと読み流してくださいませ。 普く愛とは、独善的なものなのではないでしょうか。 そして、反撥する精神も復、独善的なものであることに何等変わりはない、とわたしは思います。 自己満足でございましょう、誰かがあなたを心配致していらっしゃると致しましても。 しかし、私達には他者の重責を――独善であるとしても――、共に担い得る、両腕がございます。 その両腕は、いつか誰かを抱きかかえることもできるかも知れない。そう、思えるのです。 あなたも、親になれるのです。その時、あなたはみどりごを「私有物」として扱うのでしょうか。 願わくば、 「この子を産んで良かった」という言葉の、代わりとなるものの一つとしてない恩寵に満ちた独善が、あなたにもわかる日が訪れます事を。 (アンコールメモリー)

2019-08-02

田中修子さまへ。 身に余るおことばを賜りまして、心より嬉しく存じます。 全くお返事として成立をしていないような駄文をつづらせて頂きますが、今しか書き遂せないこととして、つかの間、傾聴を頂けますなら、嬉しく存じます。 以下、自らへの内省として、書かせて頂きます。 sns、ネットには、今という概念しか存在を致しません。過去、長期的展望といったものはインスタントな承認欲求を前に、無意味です。 情報の洪水のなかで、あらゆる直感的即断を要求され、人々はより煽情的に、不安定にならざるを得ない、それが今、という時代の趨勢なのでございましょう。 その様な環境の只中に於いて、熟考や、自己懐疑は捨て置かれるべきものと為って仕舞った様な印象を受けます。 漠然とした共通言語のコロニーを生成し、価値観の異差、に拠って否応なしに分断を科された「わたし」が辿り着く処とは、 外‐集合的な価値観へのヘイトスピーチであり、貌さえ知らぬ誰かへの、憎悪、そして徹底的な排斥でもあるでしょう。 若さとは往々にして、過激な思想や偏狭な暴力に惹き寄せられるものでもございます。 その点に於いて、――最早若くはない私は――未成熟な侭成長をしてしまった欠陥品なのでしょう。 至極簡単な事ですが、受け容れない者は受け容れられない、ものなのでしょう。 私は何時何処に於いても――受け容れられない、鬱屈や憎しみを抱えて、生きて来たものでございます。そして私は、他者や善意を信じない、人間と為って仕舞いました。 私は、鬼畜なのです。 本作「あなたへ」も普段の私ならば、下らない駄作として廃棄処分をしていたことでございましょう。 私に於いて共感は、敵なのです。 時処を溯りますが、私は、学生時代に於いて、排斥と暴力、つまり深刻な「いじめ」を受け続けておりました。 抵抗行為は、彼等と私を同じくする、醜い精神を発露する様な、悪への肯定と感ぜられ、それを自ら禁じておりました。 弁当箱に唾を落とされれば、粛々とそれを食し、シャープペンシルにて腕に夥しい刺突の穴を開けられれば、血の滲む侭それを任せ擱き、 逐一所作を嘲笑われつつ、教師にも見放され、言葉は悉く――同窓の彼等は一丸となり――無視を受け続けました。 殴打等の記憶は、曖昧にて、思い出すことは叶いません。 その時より、私の価値観は固定され、他者とはその様に振る舞う者である、と確信をして生きてきたのでございます。 短詩は、その頃より作り始めておりました。 内容は愚にも附かぬものではございましたが、生きる縁でございました。 決定的な、共感態度への否定、の契機となりましたものは、嘗ての親友より浴びせられた悪罵、でございました。 そして、私は、壊れました。 如何にか底辺高校を卒業し、私立大学への進学を果した頃には、自棄に陥り、碌に通学もしないままに退学届を提出することと、為りました。 それより引籠り続けまして、略今までの実人生の過半を、他者と会話する事も無く、過ごして参りました。 被害妄想が出現し、家族への悪罵を吐き、自室の壁を金槌を以て叩き、 何処かに盗聴器が仕掛けられているのではないかと、自室の畳を総て引き剥がす、等々、異常行動を来しました後、家族に連れられ精神科の門扉を叩きました所、 下された病名は、破瓜型統合失調症、でございました。 以上が、今に至るまでの私の履歴、でございます。 私は、救いの手を、知りません。 長々と、作品と関係の無いレスポンスをしてしまいまして、允に、申し訳ございません。 (あなたへ)

2019-08-02

せいろん様へ。 あ、私、精神分裂病な者でございますから。 些か、否、甚だしく常軌より逸脱をした、産業廃棄物の様な狂人でございます、従って、聊か失礼な読解と為って仕舞いますやも知れませんが、何卒ご容赦下さいませ。 要約致しますなら。 地雷である「私」の頭はおかしく、従ってそれを起因とする「私」の危険物的性向、それを根拠とした「私」の自殺幇助への依願、をお認めに為られた、 信仰告白の様な作品である、と申せば。宜しいでしょうか。 構わないのではないでしょうか。若し、真摯な――内省の果てに御作を世に送り出したのでございますなら。 精神病院か瓦斯室に、除去されるのは。社会機構の螺子一本にすら成れない わたし なのでございましょうから。 飽く迄、詩とは虚実を舞踏する人間の実象(それは畢竟狂気の領域を含み、 寧ろ瞭然と展開を迫るべきでもあり)へと冷徹な観察眼を常に張り廻らしめ、復、間断なき理性を要求する、一つの営為であり。 言葉に拠る美を追求して已まない、理由‐目的無き淋しき一人遊び、なのでございましょうから。 お大事に。 (私という地雷)

2019-08-01

きみ、が惹句として機能を果します様に、一旦、現実的条理性から自己を、きみ、を客体視(絶対的客観などは存在しないのでしょうが)なされてみるのも一つの方法であるかとも存じます。 きみ、を個的意味より離岸せしめ、公用的な意味を孕む、一般存在としてふたたび把握し、ひとつの視線標識とし、それをあなただけの視野に拠って、今一度違う角度、座標より記述を試みる、 その様な過程に拠って、始めて独創性、個性を表現し得る作品と為り得る、のではないでしょうか。 出鱈目に下手な私如きの進言、僭越かとも存じます。何卒、ご容赦くださりますことを。 (月と、きみと)

2019-08-01

田中修子さまへ。 知恵の乏しい、私のような者に、恐れ多いおことばを賜りまして、允に嬉しく存じます。 いっその事、と思う日々も、朽ち木より降る枯葉の様に、切株の傷痕の様に、淡々と過ぎて行くものでございます。 あなたがいと高くご成長を遂げてあられますことを、心より安堵と――目映く繁れる樹を見上げますように、嬉しく思っております。 あなたの誠実な、真摯な創作への姿勢に、ただ、心をうたれております。 これからもご健勝であられますことを、遠くより、群衆の一粒として、願い已みません。 (蠅)

2019-07-28

田中修子様へ。御作、拝読をさせて頂きました。 一言で片づけてしまいますなら、到底私如きが異論を唱えるのも烏滸がましい、筆舌に尽くしがたい絶品である、のは瞭然なのでございますが。 私達のなかに於きまして、 自衛隊の方々とそのお家族を除いてではございますが――自ら出征し、或は出征して行く血縁者を見送ったことの有る方がいらっしゃいますでしょうか。 当然、私はこの国に人と産れてより、戦争を現実に体験した経験はございません。 多くの方は、その起点に於いて平等であると思われます。 戦争写真とは――血の抜かれた肉の様に――意図的構図化を施された、現実の加工品である、と私は考えております。 そして広義に於いて芸術とは、普遍的人間性を超克し、 そのありのままの嗜虐心や殺戮の歓喜、毒に満ちた微笑や純然たる生存競争を、突き放しつつ――躊躇わず刻む、その様な行為でもある、と認識を致しております。 然し、其れだけなのでしょうか。われわれが残しうる人間性とは。 例えば、クレーの着色硝子の様に美しい視線や、カンディンスキーの線と線に拠る音楽的調和の様に、 純粋に美しく遺留された作品群は、今を生きる私達の胸にも曇なき感銘を呼び覚まし、已みません。 前段とは矛盾をして仕舞いますが――、 私達は、凡ゆる情報を歪像として、受容する事しか適わない存在なのではないかと、つまり超越的客観視、と言う物は幻像であり、 畢竟、私達は主観という獄舎より見える物をしか感得しえないのではないか、と思われるのでございます。  総てが美しい訳ではない、人間の本質を追及し、暴き出しても猶揺るがなき詩情を全うする姿勢には只管感服を致します事も頻りなのでございますが、 「語るべき平和も戦争も持たない あなたの持つのはただのビラでありただのプラカードでしかない あなたのなかにはなにもない」 と言う詩句に附きまして、 正直に申しますなら、虚を突かれた様に、私は怒りを覚えてしまったのでございます。つまり、図星だったのでしょう。私に限りますならば。 然し、身を擲ち、真摯に戦争を悲しみ、そを克服せんとする方々がいらっしゃるのも事実でございます。 少なくとも、此のネット媒体と言う仮想空間に於ける安全圏からではなく、 現実に行動を起こし、何某かを守らんとする、 時の趨勢、その嵐にも屈する事無く立ち向かい続けておられる方々の意志を「ビラであり、プラカードでしかない」と断罪をなされる権利は、 私達の誰一人とて持ち得ないのではないでしょうか。 作品批評より掛離れて仕舞いました様にて、允に申し訳ございません。 モンスタークレーマーの様に、重箱の隅を咎めんとする、私の愚かしさを、どうか笑い飛ばして遣ってくださいませ。 (蠅)

2019-07-27

圧巻、でございました。まるで一篇の短編小説を拝読させて戴いた様な。 強靭な筆致に思わず、畏敬の念を懐く事、頻りでございます。 喩えて 黄金に燃え立つ雄雄しきミモザ、熟麦の様な顎髭、総身 聳え立つ山嶺を踏破する、四肢――その偶蹄、嵯峨の膚を削るかのごとくに―― 嵐――そして復も嵐、而して難攻を物とも為さず、孰れより到り、孰れへ去るのか 轟々たる濫海の如く、嵐そのものかの如く貴き その名 カプリコーン 思わず、便乗を致して仕舞いまして、申訳もなく。 質実剛健、且つ気品有る、確かな描写力に感服致しました。 (黄金の山羊)

2019-06-06

エルクさんへ。 私の様な傲岸極まりない人間の、頑迷を真摯に受け止めて下さりまして、允に慚愧の念に堪えない次第でございます。 書くべきか、否か逡巡を致しましたが、敢て自己検閲に拠り封殺するべき、叛社会的な言挙げをさせて頂きました。 手綱に抗う放埓な、私とは酷く醜い怪物ではないのかと、懐疑を払拭しえない事も甚だしく。猛省を致します事も頻りでございます。 >籠を巡って とんでもない! エルクさんの仰る様な見識の方が、ずっと素敵でありましょう。 (籠地獄)

2019-06-04

エルクさんへ。 申し訳ございません。些か気分が動転を致して居りまして。 取り止めの無い返信となって仕舞うであろう事を、ご容赦下さい。 私の様に――、実社会との関係性が希薄である、所謂、「引き篭り」に係る事件が、社会問題として浮揚を来し、 ソーシャルメディアに於きましても紛糾を極めている様でございます。 以上を踏まえて敢て、主張をさせて頂きたく存じます。 平均的存在への犯罪、冒涜としての詩、及び詩人達は今や飼い慣らされ――屹度、汎社会的秩序と親密に為り過ぎたのでしょう。 何時からでしょう、規範的存在としての桂冠‐鶏冠を戴き、ヘルメスの悪を白く塗潰し、偶像の貌を銭貨と掛け替え始めましたのは。 不文律、その禁忌への限り無い接近、或は禁忌そのものを記述する、破滅への橋梁に關(かんぬき)を掛け、悪霊を嘔吐し、 徹底的慈善の許へ跪きながら――硫黄の華を誹る様に――教育を施されて仕舞いましたのは。 舌禍以外の何物でもない、斯様に不健康な精神を吐瀉するゆえに、私は愚かなのでしょう。 痛い病人と、哂って遣って下さいませ。 以上、蛇足。 私は、出自を明かしますなら。辺鄙な田舎に戸籍を置いていた者でございますから。 寺山の「フィクションとしての故郷のエスキス」を、 虚言故の永続‐普遍を、憧れを伴って――悪い夢の様に――心象へと受容し、復拒絶して、今に帰るのでございます。 復、坂口安吾訳のツァラ詩選が存在致します事を先程知りまして、未読を愧じつつ。是非拝読を致したく、貧窮のなかにて。その手筈を模索しております。 そして 籠とは籠の内の存在に、他者の所有物である標を附与する装置、と、私は感受を致しました。 (籠地獄)

2019-06-03

エルクさんへ。批評を賜りまして、允に嬉しく存じます。 喪われた近代、 現代に於いての限り無い緯糸――つまり同時性の広がりと、記憶喪失の様な経糸――個の歴史の断絶のただなかに有り、 些かの問題意識、危惧を覚えつつ。本拙作を認めさせて頂きました次第でございます。 付け加えますなら、寺山修二の影響も甚だしく、文体に散見し得るかと存じます。 籠の内に籠の外に際限無く籠が在り、誰も籠から遁れられなく。私達もまた、何物かの籠なのかも知れません。云々。 (籠地獄)

2019-05-31

タイトルにて、損をしていると思いまして。 個人的感覚ではございますが。 而して 内容の技巧性、独自性には眼を瞠るモノがございますから、 是非ともこの路線や外の路線にて突き抜けて戴きたいと。申し上げる次第でございます。 (親父は暴走する列車に乗って)

2019-05-27

昨今に於いてはsns、等の。其処彼処に見受けられる‘優等生的表現、及び主題’への一諷刺として、拝読させて頂きました。 (手紙)

2019-05-22

藤 一紀さんへ。 お褒めに与り嬉しく存じます。 自分でも書きながら訳が分からなく成り掛けることも屡でございますが、 御陰様で、朦朧とした心像を苦心しつつも現象体へと仮構をさせて頂いております。 ウラジミール・タトリン氏は、wikipediaで調べるならばいかなる人物であったかは、一目瞭然でございますが。 彼の脳髄から現出された建築構想、機械美術、 それらデザインの片鱗に触発なされることも一興かと存じます。 現実世界に於ける存在としての人物記述は、私を現実へ繋ぎ留めるザイルの様なものでございましょう。 (11月、転落する幌附乳母車)

2018-08-23

エイクピアさん、三浦⌘∂admin∂⌘果実さん、もなかさん、stereotype2085さんへ。 ご高覧を賜り、允に嬉しく存じます。 以下、個別に返信をさせていただきます。 エイクピアさんへ。 冒頭、矢印は謂わばタイポグラフィの出来損ないと申しましょうか。 ネットのフォーマットの中では、字組、配置に限界がございますので。 三浦⌘∂admin∂⌘果実さんへ。 本作は、マレーヴィチを代表としたシュプレマティズムに始る、 ロシアアヴァンギャルドへの葬送曲として起草をさせていただきました。 ソビエトと言う極寒の表現制限時代を向える迄に、幾度もの民衆蜂起が有った訳でございますが、 題名はその中程、十月革命より類想を致しました。 はてさて、何故、乳母車が登場するのか。 或は帝政ロシアの嫡子が、虐殺された血族の希望が睡っていた、乳母車なのかも知れません。 或は民衆の自由が葬られた、否、自ら葬った自由なのかも知れません。 もなかさんへ。 お褒め賜り、復、重要な指摘を賜り、允に嬉しく存じます。 最終聯、 私のなかの帝政時代への、復、喪われた共産主義黎明期への憧憬が首を擡げて、詩情を阻害してしまったのでしょう。 そう、些か話が脱線致しますが、 曰く代表作とも謂われるショスタコーヴィチの第五交響曲第四楽章「革命」より、 私は第四交響曲を本作の構想契機として推挙致したく。個人的な嗜好ではございますが。 件の交響曲は、第一楽章から一気呵成に盛り上がり、最終楽章は死絶したかの様な頽廃―静謐に終ってゆくのです。 まるでソビエトと言う理想された国家機構の、終焉を予期し、黙視する様に。 夥多、彼の影響を受けて構成させていただきましたが、 成果としては今一、精彩を欠く創物と成り果てて終った感覚も有り、それが今後の課題でもございましょう。 stereotype2085さんへ。 本作、記法からして伸びやかな詩情とは対極に存在を致しておりますが、 私は到底抒情にそぐわない、 危険思想に肉薄することでしか表現し得ない命題――それはヒトラーやレーニンと言う象徴で在る事も有り、 叛基督教的で在る事も有り、叛現代国家で在る事も復、然りでございますが――、 それら洗脳美学、殲滅美術とでも呼称するべき、一連の煽動に拠るプロパガンダの結実を、 美しい悪として寵愛致したく思う、私が、確かにそれらの存在を赦しているのです。 如何なる誤謬であるとしても、 その誤謬の本質を洞察するには、本質の渦中に自らを投じなければならない、とも。今は思われるのです。 (11月、転落する幌附乳母車)

2018-08-22

簡潔な表現。そしてリフレインが奏功を醸し、最適に機能をしていらっしゃられる。 メメント・モリも死語の様なものではございますけれども、 肉体―精神の死、その陰画でもある生きて在ること、絶無に帰趨するべき万有、死の奇跡。 それらに肉薄する為の、主題が佳く伝わってきます。 「コンコン」は昏々でしょう、か。 (死人は)

2018-08-18

湯煙さん、ご拝読を賜り允に嬉しゅうございます。 種明かしを致しますと。現在、ショスタコーヴィチにハマっておりまして。 ショスタコーヴィチと申しますならば、 国家という社会機構、その検閲に深く懊悩をした人物として想像に難くないでしょう。 黒はナチスドイツ、 血は赤、 赤と言えば共産主義国家機関、ソビエトの旗章、という至極簡単な種でございまして。 それが今に何故繋がるのかは、謎ですが。 あらゆる表現統制の窒息しそうな苦苦しさ、を起稿させていただいた次第でございます。 (血と黒)

2018-07-29

スラップスティックな実験詩として、復、何より表現が明朗であることがとても好ましい御作である、と。 社会事象をグルグル腕に捲いて、急行電車をゼイゼイと追い抜いて行く様な。 それでいてコンセプトも揺るがないのですから、相当、熟達をしていらっしゃるんだろうな、と。 何を怪訝な顔をしていらっしゃる。 気の利いた面白いことは、なにひとつ申しませんよ。文化人や芸能人じゃ在るまいし。 ああ、でも筒井康隆的ではございますね。 (K)

2018-07-28