南雲 安晴

投稿作品数: 9 コメント数: 28プロフィール: #詩 #短歌 #ポエトリー #poetry 『ユリイカ』佳作一篇、「角川歌壇」佳作七首だけ。『pure crap』収載二篇。第一詩集『新しい照明』。

投稿作品

四角い光の板

2018-05-17

2018-05-31

幕間の子守歌

2018-06-14

新しい現在

2018-10-23

お前は独り、

2018-11-21

符号

2018-11-26

豊饒な世界

2019-02-11

コメント

「詩を求めてる人しかいないですねぇ」とは、よく表明できたものだと感心しました。 (問答)

2018-05-19

コメントありがとうございます。私が自分の詩にコメントをいただくのは、人生で今回が初めてです。私は自分で、この詩はそもそも書かれるべきではなかったのではないかと投稿後すぐに考えました。何を言いたいのかが分からない詩です。また、拙い小説か何かから一部取り外してきたかのような単なる散文的描写に過ぎません。その点から批評されることは予測しておりましたが、そうではありませんでした。私は、詩の条件として指示代名詞の多寡は問題ではないと考えます。また詩は必ずしも切り詰めなければならないものでもないと考えます。冗長で、読みづらいものであってよいのです。そして演出しなければならないくらいなら、書かない方がいいと思われます。詩は言葉で遊ぶものでもなく、言葉の飾りでもなく、調べも要らないものです。詩は、私にとっては、それ以上割れない一つの言語的個物です。この点で、私の今回の詩は、駄作と言えます。 (四角い光の板)

2018-05-22

コメントありがとうございます。私は前言において自分の詩『四角い光の板』がまだずいぶんと割る余地を持っていることを挙げて自己批判しました。私は詩が今なお、起承転結、ストーリー、オチ、こういったものを多くの場合持つということに疑問を持っています。こういったものにはもう十分出会いました。こういったものから脱したいのです。私としてはこのような態度で詩作に臨んでいきたいと思っています。 (四角い光の板)

2018-05-23

かるべまさひろ様、コメントありがとうございます。 本当に、さまざまな詩がB-REVIEWには投稿されていますね。 どんなものであれ、何かを真摯に書き上げるということに、私は敬意を持っています。 ですので、批評批判をおこなうことはとても難しいと感じます。 私は詩作における自分の目標を表明しましたが、それに合わないものでも良いものはどうしても良いです。 最近私は自分の理想に合う詩を生み出そうと苦心しています。 書く上で、起承転結、ストーリー、オチなどから脱するには、どうしたらいいのか、試験しています。 どうやって書き起こせばいいのでしょう? どうやって書き終えればいいのでしょう? 筋や論理から解き放たれることができるのでしょうか? 私は一方では意味の無いことを書きたくはありません。 意味や言いたいことはしっかり織り込まれているものを書きたいです。 B-REVIEWに投稿できるのは月に二回までなのですね。 今月はあと一回の機会がありますが、間に合うかどうか。 私の努力の過程を見ることのできる詩を投稿できればいいと思いますが、必ずしも私の理想に捕らわれているものを書くとも限りません。 ただ怠惰ではありたくないです。 (四角い光の板)

2018-05-29

「誰もが魔法を信じている」という詩句だけは、詩歌に持ち込むには甘く、軽いと感じたが、通読して、全体としては迫力のある、勝れた作品だと思いました。 (エゴ)

2018-05-19

ありきたりの「枯葉」というものを語って「この星の内部の充溢したエネルギーを感じる」と締めくくったところが秀逸。タイトルが『枯葉』とはなっておらず『葉脈』となっていることに納得。 (葉脈)

2018-05-19

「卵を産む生物」とそうではない生物の一種である私という対比の着想がまれに見るおもしろさ。そして「あなた」の存在が重い。 (さえずり)

2018-05-19

「個」的な「えー、あー、」が「連続」的な水中、海中に発せられて、しかもその「えー、あー、」によって「ひとりぼっちの世界」に「つながりはある」世界構造。よく考え、とらえられた世界観だと思う。最後の「あなた」の語が、突然過ぎて少し気になるか。「わたくし」もしくは「わたくしたち」として止めておいた方が良かったように感じた。 (In Blue)

2018-05-20

詩の言語的な側面から言うと、良い音、良いリズム。内容の面から言うと、奇想的で楽しく、平和な感じがして、癒される。 (マヨネーズをめぐる愛憎劇)

2018-05-20

湯煙様、コメントありがとうございます。 私は最近、厄介な事態ですが、自分の作品に自分で何か語を加えることは、テキストを改変してしまうような感じがして、ためらいがあり 、テキストを読んでいただき、思われるままに受け取っていただきたいと感じています。 ただ私自身も、自分でこの詩のテキストを読み、感じるところがあるのですが、湯煙様のコメントにあることと重なる部分があるような感 じはしています。 本当に申し訳ないのですが、この詩のみについては、というか詩一般についても、今あまり語れそうにありません。 なので無理はせず、何も言わないことにします。 時間が経てば、事態は変わるかもしれませんが。 どうか御容赦ください。 しかし曖昧ながら、一言。 或る虚しさ、或る疑いに、私はとりつかれているようです。 (歌)

2018-06-04

コメントありがとうございます。 私は最近は詩はあまり書かず、短歌ばかり作っています。原稿用紙を言葉でどんなに多量に埋めてみても、だいたい最後は短歌になってしまいます。 詩作は難しいと感じます。今の私にとって詩作は、水のような素材で石像のような確かな物を表し立てるような感触の作業です。 何によらず創作における私の心がけとしては、一つにはやはり既視感を感じさせるものは作らないようにすることです。詩も、歴史が長く、豊かな成果があるので、同じことをしないように注意し実行することはとても難しいですね。 (歌)

2018-06-10

丁寧な評文ありがとうございます。私の詩作品についての評文だとは分かりながら、単独で読んでもまるで一篇の散文詩のように感じられる文章ですね。 この現代において、何か言語を書きつけてみて、それが詩であると言えるようになる所以となるものは何なのだろうかといつも考えつつ私は書くという行為をしています。 また、この世界、悩ましいことですが、どんなに美しいことであっても、どんなに気になることであっても、何でも詩になるわけではなく、詩にならないことがあるのは確かで、何故そういうことになるのか、考えてもいます。 (《選評》2018年5月分・ワンポイント)

2018-06-10

この作品、気になります。良い意味で。 「わたし」という語だけは陳腐で狭く、できれば使わずに書ければよかったですね。 「わたし」とか「あなた」という語はもう使わない方が良いでしょう。飽きました。 さて、悪い意味で気になるのはこういうことだけで、他の点では、完璧で傑作です。 まず、他の人が使ってしまいそうな語を(「わたし」という語は使っているけどそれ以外で)全然使わずに避けて通している。 また、この作品の意味をとるのは難しいので私はあまり頑張ろうとは思わないけれど、何回も繰り返し読みたい詩なので、いつか分かる時が来るでしょう。 なんだかパウル・ツェラーンの詩みたいだなぁ。 (薪)

2018-06-14

コメントありがとうございます。 ずっとどなたからもコメントをいただけなかったのでうれしいです。 何か、バシッとこないものを書いてしまったという感じが自分にもあります。 (幕間の子守歌)

2018-06-18

コメントありがとうございます。 私たちの頭や心の中にある思いや考えは昼夜を問わずすべて夢で、それを現実化しようとしたり、ただ見つめたりすることで、私たちは生きています。 夢にもさまざまな種類があるもので、中に、現実から遊離してしまった夢があります。 そういう夢は、現実逃避や慰めにはちょうどいいかもしれませんが、現実を認識するという私たちの作業を誤ったものにしてしまう可能性があります。 私はそれが恐ろしいので、そういう思いを、この詩の中に書き込んだわけでした。 文体について。確かに、一種の語りかけの調子で書き起こしてしまったため、それを最後まで貫こうと腐心しました。 丁寧に読んでくださり、ありがとうございます。 (幕間の子守歌)

2018-06-19

ふじりゅう様、オオサカダニケ様、コメントありがとうございます。 自分が書いたものについて何か書くということは簡単ではありません。誰にとってよりも近いところに厳然と自分で書いたテキストが存在するからです。 しかし黙っているのも良くないので、刑について書き始めることから、この自作について解説したいと思います。 通常、刑は、人の精神的な前進を停滞させるものだと思われます。行動を制限されるわけですから。そして私たちは、意識していても意識していなくても、そういう刑のもとに生きていて、それを意識している時には特に、精神は前進しているのではなく、後退しているように感じるものです。しかし実際には、人生に後退などというものはありません。常にそれは新しい状態にあるのです。 刑に服していることが意識されなくなった時、私たちは前進を再開したように感じます。その時の心境は、何か懐かしさを伴っていることでしょう。意識がありつつ刑に服していた期間、自分は後ろ向きに変わってしまったのだと思い返すのですが、同時に、自分は自分であることを一時もやめなかったのだと思いもします。 現在とは何でしょう。それは自分が思い描いていたものとは違っている場合がほとんどだと思われますが、あるいは現在自分は成功したのだという感覚に襲われることもあります。この時、人は思い上がります。現在とは、時間と成長の流れの最も新しい部分であるだけなのに。しかしほどなく、ここで賢明な人は、顧みるということをします。そして、私たちの傲慢を待ち受けているものは、意識であるということになります。私たちは、再び意識下の刑のもとに戻るのです。 未来という遠大なものは、夢です。人は一生出会うことができないでしょう。出会うことができるのは、時間と成長の流れの最も新しい部分です。前進が何かの障害によって制限されたことを悔しく思ったり、現在の成功した状態を自ら手に入れたのだと思い上がったりしつつ、時間と成長の流れを見つめた時、そのような流れにかつて休止はなかったことと、決して変化しなかった自分の存在がそこに映っているのを確認するのです。 (新しい現在)

2018-10-27

読ませていただきました。 『……教えてあげる』までとても良いと思いました。 『一日中』から後は、無くてよかったのではないかと感じました。 音も意味もここを境に切れて、何と言うか、軽くなっているように感じました。 (おやすみ)

2018-10-28

読ませていただきました。 良いですね。使用し尽くされた表現が、ないです。新鮮です。音も良いです。 ただ、描かれたことを、具体的に、論理的に、あるいは感覚的にも頭の中に構成しようとすると、うまく出来ない感じがします。そんな感じは『指先』以降の部分に由来するようです。音的には破綻していないと思います。が、タイトルをこの部分から取ってくるのはちょっと傷かなと思います。 でも、何度も読みたい詩です。 (ほどける)

2018-10-30

読ませていただきました。 良いですね。「クリエイティブライティング」です。 掲示板をなんとなく見てはめくっていたらこの作品に目がとまりました。 まずlu, lu,……という箇所、それから1r、2r……という特殊な箇条書き、それから食材の部分が目についたのです。 なので最初に戻って一字一字読んでいきました。 確かな日本語の使い手でした。彼女と交換しているやわらかい感覚が伝わってきました。 ちなみに私は第55回ロシア語能力検定試験3級に合格しました。でもすでに上に書いた通り、このことがこの作品を読ませていただいた理由ではありません。 (彼女のrの発音/魔法使いじゃないので)

2018-11-05

仲程さん、コメントへのコメントありがとうございます。 実作者の感覚としては、こういう書き方も自然なものなのでしょうね。 読者が引っ掛かりを覚えるということは、とても大切なこと、文学の命みたいなことだと思います。 B-REVIEWは勉強になります。 (彼女のrの発音/魔法使いじゃないので)

2018-11-06

好意的なコメントありがとうございます。私としては、こういう作品も良しとして投稿したわけですが、もっとまとまりのない作品を作りたいと願ってもいます。 (お前は独り、)

2018-11-22

帆場蔵人様、コメントありがとうございます。 私はこの自作品について、今時虚無云云とはなんだ、と批判されるのではないかと案じていました。たぶん、そう批判したい人はいると思われます。ちょっとまっすぐに言ってしまったかなという反省が私の胸にあります。が、何かを作ったり見たりする時、やはり私たちの頭には、虚無や充足の類いが霞のようにあって拭い難いのは確かだと思うのです。その向こうにあるものをつかむためにも、また、私の実体験を記録するためにも、一度、書きたかった詩です。 なお、取り上げていただいた箇所の一部は、 鳩のように群れて飛ぶ ことはできない と改行した方が良かったと考えています。 (お前は独り、)

2018-11-22

『人類愛』と『傍観者』、『おまえだけの人生じゃない』と『おまえの人生だろ』と、しょっちゅう人が片方だけに寄りかかるアイディアが、パワフルな調子で書きとめられていて気になる詩だと思いました。悲しいことですが、私の能力では、今のところ、二連と三連の意味は取れていません。でも、死にたがり、伝統、マニュアル、といった道具の登場は、良いと感じます。 (リコール17)

2018-11-23

この作品では、目の前のこと、日常というもの、とりあえず近くにあることにつながれている人間の、もう一つの側面が、すなわち、想像力や推察、気づきによって、遠い事実を知って苦しんでしまうという人間の側面が、書かれています。私も高校時代、自分がこうやって受験勉強をしている間にも、幼い頃遊んだ自然、川や林が失われているという事実を思いやって苦しんだ経験があります。この作品の中には、社会の事実を細かく書いた箇所があって、見どころになっているのは確かです。が、読者は、この作品をしばらく眺めているといつしか、もっと広く、人間の内面の物語として読んでいる、あるいは感受している自分に気づくことでしょう。 (嗚咽 *)

2018-11-23

たとえば、青信号が、渡ってもよいという意味だと誰かが教えなければ、青信号にはまだ意味が無いということになります。こういう場合の青信号を何という語で呼べばよいのか。また、たとえば、遠方へ何か意味を伝えるために火をおこすといった場合、この火そのもののみを、何という語で呼べばよいのか。 悩んだ末、私の思いつく限りで、合う語は『符号』でした。 (符号)

2018-11-27

かるべまさひろ様、コメントありがとうございます。 この文は、行き詰まった僕自身を慰めるために素直に書いた独白のようなものです。 丁寧に読んでいただいてうれしいです。 これを書いたことによって少し初心に立ち返ることができたような感じがします。 このような文も受け容れていただけるビーレビという場に感謝しています。 (純粋な雑念への短い敵意)

2019-02-07

いい詩ですね。 女性の語り方で書かれていますが、それは越えて、男性の僕も心、それから身体を直接的に強くつかまれる体感がありました。 身体に感じられる感覚を通して情景を描き出しているのはいいですね。 表現されている気持ちや情景がさわやかで偽りがなく簡明で美しいです。 (春になれば)

2019-02-06

コメントありがとうございます。 情けないことですが、オブジェクト指向論を知らないので、調べようと思います。 (豊饒な世界)

2019-02-11

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