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蜘蛛の巣   

作成日時 2019-10-15
コメント日時 2019-11-01

(世界は、見方を変えれば、こんなにも美しくなるんです) ぼくは鏡をのぞくけれど、それを見てもわたしの表情なんてわかってたまるものか。脳内でことばばかりを生み出してはこなごなにしていく。手から零れ落ちるそれを拾い集めることすらぼくは億劫になり、わたしは泣いてそれを見つめている。わたしは泣いてそれをみつめているけれど、やがて海は枯れる……。 ついさっき、僕はかわいい女の子と出会った。猫背なその少女は、あまりにもかわいかったので、こころに、もし形があったのなら、きっと猫と同じような形をしているのだろうと思う。 次の瞬間に、わたしの心には猫ばかりがうまれ、わたしはそれを愛でる。すると、目の前に一つの鏡があらわれ、猫たちが怖がりちりぢりに逃げていくのを、ぼくは黙って見つめていた。 僕は言う。 「君は美しい顔をしているね」「ありがとう」 君の笑顔ばかりが鏡に映ってしまう。 「あなたは蜘蛛の巣のような顔をしているわ」「そうかな」 わたしは鏡に映ることはない。のに。 君はその笑顔をずっとずっと僕に投げつけてくる。例えるならそれは光だ。ぼくの心をすっかりと透かしてしまうというのに、そこに、わたしは映っていない。うつっていない?いいや、あ、くものすだ。そこにはくものすが映っていた。くものすでは一人の女の子がいま、食べられようとしている。その子は恐怖におびえ、涙を流しながらこちらに訴えているその女の子もまたくものすであった。そのくものすでは何人かの女の子と一人の男の子がいま、食べられようとしていて、必死に喚きながらこちらに訴えるその男の子もまたくものすであった。そこには、一人のかわいい女の子がまるまっている。そんな姿勢をとっていたら、猫背になるだろうとぼくは言いかけ、やめた。その女の子はくものすではなかった。一人の、かわいい女の子だった。わたしは死んでいった何万人もの人を思い出す。くものすにはあちらこちらに穴が開いている。私は隣に座っていた男の子と女の子をころし、死んでいった私たちをよみがえらせる。 (廃墟みたいな家というのも) (案外、綺麗な物なのかもしれないね) )せかいは、みかたをかえれば( ああ、思い出した この世界の鏡はすべて割れている この世界の蜘蛛の巣は複雑に絡まり合い 私たちの心に途切れなく巣食っている )こんなにもうつくしくなるんです( 「きみは…………」 そのかわいい女の子は、私の言葉を聞かずに、笑顔の様な光を投げつける 光が 光が私たちからあふれだしてゆく――


項目全期間(2019/12/14現在)投稿後10日間
叙情性62
前衛性93
可読性40
エンタメ64
技巧53
音韻21
構成54
総合ポイント3717
 平均値  中央値 
叙情性0.81
前衛性1.11
可読性0.50
 エンタメ0.80.5
技巧0.60.5
音韻0.30
構成0.60.5
総合4.65
閲覧指数:1835.7
2019/12/14 17時52分25秒現在
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コメント数(13)
黒髪 (2019-10-15):

一つの世界を作り出しておられ、とても独創的だと思いました。文章にも、まずいところは見当たらず、 確実に描き出す筆もあると思います。ゆっくりと丁寧な感じがして、そしてその上に、言いたいこと、 言って素晴らしいこと、が、展開されていると思います。女の子と男の子という、概念で、焦点を 人に当てる、というのが、まずお腹にぐっとくるような、スリリングさを与えます。 そして、自分自身の表情を映す鏡ということ、自分を理解すること、あるものを望んで得たい というようなこと、を考えることをすることができるなあと思いました。

田邊容田邊容 (2019-10-16):

語りのリズムを自分の中に持っておられる方だと感じました。 表面的な批評にはなってしまいますが、~もくものすであった、という一種の幻惑が、ともすれば流れすぎてしまうリズムにいいアクセントをもたらしていると思いました。 また、)( これなど面白い解釈ができそうで、刺激を受けました。 ただ、登場するモチーフが少し漠然としすぎている気がします。男の子、女の子、光、など。作者さんにはもっと言いたい細かいことがあるのだけど、それを含んだより大きい範囲をもつ言葉で言っている、みたいな。もう少しそれぞれのモチーフから作者個人のイメージの世界に入っていけたらもっと面白いと思いました。

杜 琴乃 (2019-10-17):

 鏡は粉々に割れている。その様が蜘蛛の巣であり、鏡に映ったひとりの人間をいくつにも分ける境界線のようです。「わたし」「僕」「ぼく」等はそれぞれ自身の多面性をあらわしているように読めます。割れた鏡が映す景色は歪んでいて、ありのままを映しているようで全く異なる景色のよう。それは、ある人からすれば「いい人」も、ある人からすれば「いやな人」であるような、人間関係とも言えそうです。 また「みかたをかえる」と、ひらがななので「味方を変える」と変換することもできますが…深読みしすぎでしょうか。あえて平仮名にして含みを持たせているようにも思える部分、私は好きです。 しかしながら…、「わたし」「僕」「ぼく」「君」「かわいい女の子」と登場人物が多く、それぞれの関係性を読み解くことに挫折してしまいました。 とくに >君はその笑顔をずっとずっと僕に投げつけてくる。例えるならそれは光だ。ぼくの心をすっかりと透かしてしまうというのに、そこに、わたしは映っていない。 の部分。 「君」は「僕」に笑顔を投げつけてくる。それは「ぼく」の心をすっかりと透かすのに「わたし」は映っていない。 という文章だと思うのですが、私にとって最も難解でした。 ばらばらの「わたし」「僕」「ぼく」たちは >この世界の蜘蛛の巣は複雑に絡まり合い とあるように一枚の割れた鏡が映していた一人の「私」であり、 >光が私たちからあふれだしてゆく と終わる情景はどこか神々しくもあり、まばゆい光のなかに消えてゆくようでもあり、ハッピーエンドともバッドエンドとも捉えられるように感じて、この終盤から終わりにかけてはとても好きです。ゆえに、中盤の改行のない部分が難解すぎて惜しいと思いました。 また、句点のあとの文章を前の文章から拾って反復しながら別の方向へ着地する、という文体にスピード感があって次から次へと読ませる効果を生んでいると思いました。せっかくなので中盤も「次の瞬間に、」などの説明的な表現を使わずにそのままのスタイルで走り抜けてほしかったと感じました。

南雲 安晴 (2019-10-18):

 一読、掌編小説のようなものを故意に崩した作品のように読めました。崩されているので書かれていることを理解するのが困難なのかと思いました。書かれている言葉は美しいです。途中で止まらない進行感覚もありました。

夢うつつ (2019-10-18):

黒髪さん 感想ありがとうございます 男の子、女の子というのは、私にとって大きなテーマで、それがずしりと黒髪さんに力を与えられたのなら嬉しいです。 田邊容さん 感想ありがとうございます。 男の子、女の子という言葉は、私にとってはものすごく繊細な言葉なのですが、あまりそうでない方にとっては、確かに漠然としたイメージしか与えられないのかもしれません。ここから、私個人の持つ男の子女の子のイメージをさらに抽出できるような言葉、少し探してみようと思います。 杜 琴乃さん ありがとうございます。わたしの詩をここまで読んでいただけるとやはり嬉しいです。登場人物は確かに多く、最初書いたときも、視点が動きまくるので、ついていけないのではと思ってはいたのですが、やはり、難解でしょうか……。中盤部分はもっと推敲の余地がありそうですね。少なくとも、「次の瞬間に」は、確かに変えるべきだと思いました。 南雲 安晴さん 感想ありがとうございます。 確かに、物事が時系列に沿って述べられるというところなど、すこし小説っぽいところもあるのかもしれません。書かれている言葉の美しさ、それは私が詩でかなり重視しているところでもあるので、嬉しいです。 難解で、理解しづらい詩というのは、すこし難しいですね。あまり分かりやすさを優先して描こうとしてしまうと、どうしても言葉に自我が現れてしまうので、一応ここは意味不明だなってところは推敲したりするのですが、足りなかったのかもしれません。

トビラトビラ (2019-10-20):

個人的な感想ですが、けっこう感性がデジタル的に感じますね。 特に、 >私は隣に座っていた男の子と女の子をころし、死んでいった私たちをよみがえらせる。 のところとか。 人を殺したり蘇らせたりするというのは、現実的には重いことで、その重みをこの一文からは感じられないです。もちろんメタファーとして書かれたことは分かるのですが、現実から遊離したゲーム的な感性に、僕は感じました。 デジタル的ということをもう少し説明すると、情緒が希薄ではないかということですね。もっと感情的にべたついた方がいいということではなく、いわゆるエモさみたいな感性に訴えかけるものが薄いということです。文章は知的に組み上げられていて、知的刺激はあると思います。でも、どうなんでしょうね? 人って、知性に感嘆はしても、感動するのかな?というのが最近の個人的な疑問なんですよね。わかりやすく言うと、頭の良さにすごいって思っても、心が揺さぶられるかな?ということです。 僕にとっても、情緒性とか感性とかは課題なんですよ。だから、勝手にどこか似たものを感じて書きました。参考にならんなーと思ったら、スルーしてください。人の意見はあくまで参考であって、夢うつつさんの書きたいことが「主」であることが大事ですからね。

夢うつつ (2019-10-20):

トビラさん 感想ありがとうございます。ですが、 > 私は隣に座っていた男の子と女の子をころし、死んでいった私たちをよみがえらせる。 ここは、メタファーでもなんでもなく、そのままです。比喩ですらなく、そのままの意味です。 ただ、確かにそこは少し話が突飛して、トビラさんにそう感じさせてしまったのかもしれません。考え直してみます。

トビラトビラ (2019-10-21):

デジタルって、0と1で表現するんですよ。例えば、泣くにしたら、泣くか、泣かないか。でも、情緒はもっとグラデーションがあると思うんですよね。泣きそうとか、ちょっと泣けるとか、泣きたいけど泣かないとか、号泣とか、ウソ泣きとか、涙が出ないほど哀しいとか。そういう微妙なあわいみたいなもの。少なくとも。この詩においては、そういうのが薄いと感じました。 世界はもっと色彩に満ちていて、夢うつつさんの感情や感性だって、もっと多彩な色があると思います。そういうことにも、目を向けてみてもいいんじゃないかなと思いますよ。

夢うつつ (2019-10-21):

この詩は、わたしは女の子も男の子もねこも、なにもかも全てをわたしだと受け入れ、背負って生きていく。誰一人、殺すことなく生きていく。という、気づきと決意の詩です。 確かに、言われてみると、0か1かなのかもしれませんね。その中の感情の揺らぎであったりは、私は必死に表現したつもりではあったのですが、トビラさんがそう思ってしまわれるのであれば、私が失敗してしまったということです。加え、この詩は自己の中での葛藤に終始しています。そう言ったところが、世界の色彩に映し出されなかった一つの原因かもしれない。 感想ありがとうございました。もう一度くらい、この感情で詩を、よりよい形で書いてみたいと思いました。

トビラトビラ (2019-10-27):

たびたびすみません。 粘着されて気持ち悪いと感じられたら、ここで読むのをやめてもらってけっこうですので。 先日、量子コンピューターの実証に成功したというニュースを見たんですよ。 従来のコンピューターは、0と1とで計算するんですけど、量子コンピューターは0であり1でもあるという状態を利用して計算するとのことです。 その計算力はけた違いで、従来のコンピューターが一万年かかる計算を3分20秒で終わらせたという話です。その量子コンピューターを使えば、現在の暗号化されたものは全て解読することが出来るという話もあるほどです。 なんというか、この0でもあり1でもあるという状態が、夢うつつさんの言う、「女の子も男の子もねこも、全てわたし」というのと重なるように思ったんです。 そういう意味で、先を行っている感性なのかなと思いました。機械的だと言いたいわけではなくて。 >わたしは女の子も男の子もねこも、なにもかも全てをわたしだと受け入れ、背負って生きていく。誰一人、殺すことなく生きていく。という、気づきと決意の詩 僕は読み解けませんでしたけど、だからといって、それが失敗だとは限りません。ただ単に、僕が読み解けなかっただけかもしれません。それに、個人的に、気づきとか決意は大事なことだと思います。それを詩にされるということは、すばらしいことだとも思いますよ。 今、自己の葛藤に終始していても、それはそれでいいんじゃないかとも思います。もちろん、自己にとどまっているのはなくて、もっと広がっていったらいいのかもしれません。ただ、自己の葛藤を描くところ経て、広がっていくのではないかと思うからです。 だから、何度でも、その感情で書かれたらいいんじゃないかと思いますよ。自身が納得いかれるまで、何度でも。 その上で、夢うつつさんの言う、「女の子も男の子もねこも、全てわたし」ということが、「わたしはあなた あなたはわたし」という方向に向かっていったらいいなと勝手に思っています。

星空そとば (2019-10-31):

今ものすごく感動しています。眩しくて、目を背けたくなるぐらい綺麗で、とぎれとぎれに読みました。

真清水るる (2019-10-31):

「世界は見方を変えれば、こんなにも美しくなる。」って なにか 大きな神のような視点がある。ってことを 詩として表現しようとされていることが、まず 凄いです。 スゴイのですが、この詩は難しかったです。それこそ 蜘蛛の巣がどう絡み合っているかを見るみたいに、ややこしい。 さっぱり分からないと思いました。ですが、それでも 魅力があったので どうにか読んでみました。 これから言うのは、ただの一読者である るるりらの場合の解釈です。 まず、「ぼく」も「わたし」も「僕」も「女の子」も すべて 全部で たったひとりの人の心の中に棲んでいる人々として書かれているようだと理解してみました。 >その女の子はくものすではなかった。一人の、かわいい女の子だった。わたしは死んでいった何万人もの人を思い出す。くものすにはあちらこちらに穴が開いている。私は隣に座っていた男の子と女の子をころし、死んでいった私たちをよみがえらせる。 全部がひとりの人と捉えると、人間の細胞は 次々に実際に死んでいるらしいことを ふと思い出しました。 骨のような固い部分ですら どんどん死んでどんどん蘇っているかのように別の細胞が生まれて身体を構築している。だったら、心の深くに入っていけば、私の心の中でも 無数のこどもたちのような 初々しい存在が、私の中で常に死んで 常に生まれていることを繰り返しているに違いないことを想いました。だから、なんとなくなんですが、この詩に書かれていることは、真実であると 私は感じました。 ただ、 >私は隣に座っていた男の子と女の子をころし ↑ このフレーズは狂気です。殺すって、私には とてもフィクションなことでして、さあて困ったぞ。この詩は、よくわかんない詩世界であるなあと思いました。 実際の蜘蛛の巣は、薄汚く感じられることもある一方、光を受けて とても美しく見えることもあります。 隣に座っていた男の子と女の子をころしたさきに、ガラスが砕けるような きわめて美しい陶酔の世界を表現しておられるようです。 これって こわくて、 わたしは こわいばっかりでした。 ですが、私は思いました。わたしの身体は 細胞レベルでいうなら実際に次々に死んでいているのは もう言いましたが、不摂生なんかしたときには 数多くの私を殺しているという見方もあるかもしれない。と、思ったんです。 細胞と考えると、ほんとに おびただしい数の私は 死んでいまして。死んでいるのに私は 今、ここに居て、この詩を読んでいます。この詩には膨大に量の光が表現されている。ほら いままさに、 るるりらからも、光が あふれだしてます―― 以上。勝手な解釈でした。ご清聴ありがとうございます。

夢うつつ (2019-11-01):

トビラさん 0でありながら1でもある。すごく面白いことばだと思います。わたしの目指すところに近いものがあると思いました。ありがとうございました。 星空そとばさん ありがとございます。そう言っていただけるととても嬉しいです るるりらさん やはり、今回の詩は少し難解で、殺す、という部分も、狂気がすこしまじっているらしいですね……。自分の詩に、わたしよりも自由な発想の解釈が生まれるというのは、すごく嬉しいことです。ありがとうございました。

投稿作品数: 2