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営巣   

作成日時 2019-06-09
コメント日時 2019-06-10

ある晩遅くに帰宅すると一羽の鳥がぼくの寝床に巣をつくっていた いつものようにカバンを置いて、時計とメガネをはずす 靴下をぬいで、お小水をすませ、部屋の明かりをつけたとき、ベッドに羽をおろしているのに気がついた あまりに唐突だったので、声を上げることも忘れてぼくは、不注意な点描のように釘づけにされた視線を泳がせた 鳥の種類なんて分からないから例えようもないけど、 「鳥ノ種類ナンテ分カラナイカラ例エヨウモナイケド、」とカサカサと羽音を立てながら、鳥は思ったことをそっくりそのまま輪唱した 少し鼻にかかった高い声。むかし 「別レタ彼女ヲ思イダス?」 カサカサ ぼくは疲れていると思う そのとき、歯磨き粉が切れていたので買いに寄るべきだったのに気づいたけれど いまさら買いに出る気力はないし + 鳥の全長はおよそ1メートル ぼくがこれまで目にしたどんな鳥よりも大きく、全身黒い羽毛におおわれ、眉間だけが白い くちばしはずっと機嫌よく開かれたまま、ときどきハミングさえしている 羽をたたんで前後4分の4拍子に身体をゆすりながらハ長調 シューベルトの「魔王」をずうずうしくも5小節まで謡うと、目配せをして一呼吸、また謡い始めた ぼくはこの鳥を、幻か、あるいは誰か違う人にむけられたまちがいと思い込むことに決めた ここはぼくの部屋だ 「コノクチバシハ誰カヲ攻撃スルタメニアルンジャナイヨ」 最後まで謡い終えた鳥が得意そうに言った + 1Kの廊下を占領するゴミ袋が笑い転げた雪だるまのように洗いざらい中身をぶちまけている 散らかったゴミを弁当殻と一緒に片付けて、煙草に火をつけると母からの着信が入った 祖父が亡くなったという連絡を受けた半年前 母の声は酒気をおびていて、病院から帰って少し飲んだのだと思う ぼくが最期に見た祖父は、小さな身体をますます小さくしてベッドに横たわっていた 身体中をたくさんの管でつながれ声の出せない彼にどんな言葉をかけたのか、忘れてしまったが 「く」の字に曲がった肘やひざを、母が大切そうに撫でつづけていたのを覚えている 祖父の訃報に、実のところあまり心を動かされなかったぼくは自分自身の冷淡さを恥じた ただ、「さびしい」と絞り出すような母の言葉が心につきささっていた + 鳥はくちばしとかぎ爪を器用に使い、集めたハンガーを加工した 「君ノ部屋ハ巣材ニ困ラナイカラ助カルヨ」 「モットモ、ボクラノ巣ハ機能性重視ダカラ、ソンナニ凝ッタ材料ハ必要ナイノダケレド」 「ボクラノ仲間ニハ随分凝ッタ巣ヲ作ルヤツラモイテネ」 「共同あぱーとミタイナデカイ巣ヲ作ルヤツラモイレバ、木ノ皮ヲ編ミ込ンデ工芸品ミタイナ代物ヲ作ルヤツラモイル」 「マア、ボクニ言ワセレバホトンド趣味ノ領域ダネ」 「アンマリ凝ッタヤツヲ作ッテモ敵ガ来キタラ巣ナンカホットイテ逃ゲナキャイケナイ訳ダシ」 「身ヲ隠セルダケノ安全性ト機能性、コレガ営巣ノコツダヨ」 こいつを襲う敵がいるのか、身を隠す場所がいくつもあるのか疑問に思ったが、そんな考え自体が馬鹿らしいことだった 「ボクラノ敵ハボクラ自身サ。ワレ思ウ、ユエニワレ在リ、ダカラネ」 + 葬儀の日、ぼくは東京で仕事をしていた 祖父の見送りは粛々と、家族葬で行われたらしい 携帯のアラームが何度か鳴り、明滅を繰り返した 最後のメールを送信し、事務所を閉める タクシーの、後部座席に背中をあずけて、組んだ手を手持ちぶさたに持ち上げると 低い天井のさらさらの布地に茶色い染みのような斑点を見つけた 暗がりの中でよく見えないが、対向車とすれ違いざま差し込まれるライトに照らされて、それがひとつでないことを知る ずいぶん古い車なのかも知れない 改めて見回すと、ドアハンドルのメッキは艶を無くしてくぐもっているし、革張りの座席もところどころひび割れて使い古された感じがした 「これからどこに行くのですか?」 何度目かの質問を運転手に投げかけるが、白い頭は微動だにせず 前方に続く暗闇を静かに見すえていた


項目全期間(2019/12/14現在)投稿後10日間
叙情性00
前衛性00
可読性00
エンタメ11
技巧11
音韻00
構成11
総合ポイント33
 平均値  中央値 
叙情性00
前衛性00
可読性00
 エンタメ11
技巧11
音韻00
構成11
総合33
閲覧指数:462.1
2019/12/14 17時54分11秒現在
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コメント数(1)
南雲 安晴 (2019-06-10):

この作品に、私は良い意味で、ひかれます。今はまだその理由を書けません。これから精査することにします。その結果、やはり良い意味で、この作品が良いと考えられる場合には、その精査と結果について書くことにします。

投稿作品数: 1