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うそのようなほんとうとじんせい   

作成日時 2019-10-21
コメント日時 2019-10-23
<批評対象作品>
あいうえおを覚えた時、ままは泣いて喜んだ


〈はじめに〉  私はこれから月夜乃海花 創作垢氏の作品『あいうえおを覚えた時、ままは泣いて喜んだ』を対象にして批評文を書く。その最も大きな動機は、作品の最終連に書かれている一行、 >うそのようなほんとうとじんせい  という言葉が、何をしていても、どこにいても、私の頭から離れないからである。今月にビーレビに投稿された作品群を、私は私なりに多く読んでいるが、この一行のように頭から離れない言葉は今のところ他にない。  少し考えてみれば、特に新しいことを言っている言葉ではない。テレビや雑誌のうちにありそうな言葉である。しかしその場合には、娯楽として使用される言葉であろう。私たちはこれに類する言葉を結局は楽しんでいる。  それに対し、この作品の中に書かれたこの言葉は、私にとって娯楽的に受けとめることができないものなのである。そればかりか「うそのようなほんとうとじんせい」を描いたと思われるこの作品の物語から娯楽性を感受できない。そのような人が私の他にいなくても私はこの批評文を書く。それだけ私は「うそのようなほんとうとじんせい」という言葉に捕らえられている。 〈本作品の形〉  基本的に本作品の各行の頭の音が追って「あ」から「ん」までの順番となっていることは容易に分かる。作者の胸に、初めにそうしようという案があって、次に物語が思い浮かんだのか、それとも先に物語が思いついて、後からこういう書き方をしようと考えたのかは分からない。  私はこの書き方の効果を問題にしなければならないであろう。  読者はきっと本作品のタイトルを見ただけで、あるいは遅くとも最初の二行くらい見ただけで、本作品のこの書き方を知るであろう。そして知るだけではなく、次の行へ次の行へと追いかけたい気にさせられると思われる。  もしこの書き方ではなく、音的な工夫をしない書き方であったら、作品は非常に読みづらいものになっただろうと思う。だからこの書き方は成功していると思う。 〈本作品の表現〉  本作品は基調として叙事詩である。主人公が見たこと、聞いたこと、思ったこと、感じたことを書いて、一個の物語を叙情的にではなく叙事的に表現している。直接的な譬喩をあらわす「ような」という言葉は二箇所あるだけである。「のろいのような」と「うそのような」である。他に譬喩らしい箇所はない。暗示であれば、最終連が、主人公が自殺するか気絶するかをあらわしているのと、二行目の、 >いつもないてるままがわらってた  が、母の悲しい日常をあらわしているくらいであろう。  細かく見ればちょっと考えてしまう箇所がある。一行目の、 >あたしがうまれたひ  が出生の瞬間なのか誕生記念日なのか考えるが、ここは幼い時期の誕生記念日であろう。  また、 >はじめて処女喪失してから8年が経った  と書かれているが、処女喪失は一度だけだから「はじめて性交というものを知ってから」などとするのが良いのではないか。 〈本作品の物語〉  本作品の物語が、どの程度、作者の経験を反映しているかは分からない。その経験の程度によって制作する時の苦しみも変わると思う。  読む人によっては、このような物語はすでに知っているという、飽きたような感想を持つ場合もあるだろう。私もこのような物語はなんか知っているなという感じはした。しかしこのような物語を、忘れてはならない事の記録として書き続けていくことは大事ではないだろうか。  私たちはたとえば戦争の事、差別問題の事、公害問題の事などを記録し、語り続けている。同じように、現代において生じ続けている否定すべき事の数々を記録し、語り続けることは大事ではないだろうか。  こういう「記録」という意味で一つ、本作品は書かれた意義があると私は思っている。  それから、先に私は本作品の表現が叙事的であると言った。けれども本作品から滲み出ている母に対する主人公の愛などは、私を感動させた。愛、悲しみ、喜び、寂しさ、幸せ、性、痛み、傷、貧富、自由、疲れ、殺人、こういった微妙な事を微妙なままに「記録」し、語り続けることができるのが文学などであろう。 〈おわりに〉 >うそのようなほんとうとじんせい  ここは本作品のクライマックスである。主人公がほとんど驚きのようにして述べる言葉である。いや、驚きなのは当然と言えば当然の事であるが、私にはそう言えるだけである。この一行を書けた時、作者は泣いたのではないかとまで私は思っている。私なら泣く。誰しも「うそのようなほんとうとじんせい」を生きてはいないか。  この一行のためにそこまでの、この批評文で読解したような長い叙事的語りがあったと思う。この作品のすべてがこの一行に凝集している。だからこの一行の言葉は、世によくある言葉ではないと感じられるのである。




コメント数(2)
ふじりゅう (2019-10-23):

選評執筆ありがとうございます。選考を書かれる方が中々いらっしゃらない中で、執筆下さったことに感謝申し上げます。選考の際の参考に致します。

南雲 安晴 (2019-10-23):

 確かに今のところ選評文を書かれた方は他にいらっしゃらないようです。が、まだ期限は先です。コメント活動は活発であるように見えます。評をするのにコメント欄を使用することで不足はないと感じている方もいるかもしれません。

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