作品投稿掲示板 - B-REVIEW

いすき


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いすきと申します。詩を書いています。Twitterの他に、はてなブログとnoteをやっています。良ければ見てください。 note→https://t.co/lgAB6ziCIv はてなブログ→https://t.co/wfNzZD2iB8 私はとっても親しみやすい性格です。 お気軽にお声掛けください☺️

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現代の

2020-05-17

家族詩集

2020-04-19

履歴

2020-03-31

一人の親殺し

2020-03-05

無銘の者

2020-02-29

時は流れ

2020-02-29

新緑街

2020-01-31

なんでだよ

2019-12-31

冬のお花

2019-12-22

桜生命体

2019-11-22

天使の内在

2019-11-11

坂道

2019-10-05

公園と神様

2019-09-14

これすごく良いんじゃないでしょうか。レビューが高評価に振り切っているのも素晴らしいし、レビュワーの勢いも良いです。目立った編集の跡もぜんぜんわからなくてコラージュとしての完成度がそもそも極めて高いですが、徹底的に死をちゃかして表現するスタイルが、新しくて面白いです。レビューの切り抜きだから「おやすみなさいは死の予習」などのキマったフレーズも違和感なく埋め込めるのは、発見だと思います。ただ、「このミームをレビュー」というのはちょっと気になりました。この画像そのものがミーム的アングラ感を持っているべきなので、単語としてでも「ミーム」が作中に含まれているところに、ちょっと自意識を感じました。 (自殺 在庫あり)

2020-05-24

ありがとうございます。今後も憚らずにコメントください!  言われてみると、奥深い理由なんてなんにもなくて、この安直さは確かに鼻につきます。なんというか、たしかに、言われてみるとテレビコマーシャルっぽいです。宇宙人ジョーンズが出てくるBOSSのCM……を安直に劣化したみたいなかんじだ。この安っぽさはたしかによくない!重厚で奥行きのある表現をできるようになりたいです。とくに、後半のインパクトと両立させるような……コレ新しい視点でした。勉強になります。 (現代の)

2020-05-24

ありがとうございます。そうんですね!探し物に5年…… カップ麺はできればもう食べたくないですが、引っ越しの度に家具なんて全部家に付属のものにして、レンタル制にして、持ち運んだりなんて絶対にしたくないと感じています。できれば、農耕・牧畜の時代並みに持たない生活をしたいですね。前段は思いつくまま書きました。あっさりみのある印象なようでよかったです (現代の)

2020-05-24

なるほど!そういうことだったのか。かんぜんに理解しました。私ちょっと勘違いしていたようです。やや弱い印象のオチもよく見たらどんでん返しになってたんですね。素晴らしい読解だと思いました! (ノンフィクション作家)

2020-05-19

これすごい好きな感じです。なにげなく夜野さんのコメントを読んでびっくり!なるほどそういう読み方も、と思いました。 僕はけっこう、いと子さんとわたしが別人でも読める気がしています。なにか、自分のワールドをもっていらっしゃるいと子さんの、孤独ではない孤独、「わたし」はそれを気にかけている。……そしてもっというなら、たぶん、好きになっている。この好きは憧れの好きで、だから、ついなりきってしまう。防衛機制の同一視みたいな。でも。だからっていわれなく先生をにくむのはいけないことだ、と。。 なんか、そんな風に読みました! (ちなみに僕は幼児退行が得意です) 対句がキャッチ―で、「いと子」さんという名前にも視線を(ぶつりてきに)グッと惹きつける効果がある。「すっ すっ と掃くように」もどんな感じなのかイメージしてみたくなるいい表現と思います。空白の使い方が手の動きと連動しているようでとても映像的!「滴るような新緑のひかり」も日常言語感覚でいくとちょっとズレた修飾だけど、まるでぴったりはまっている。そのひかりはもちろん、厳密には空気中のほこりだ。ようするに、この詩では徹底的に「雰囲気(ほこりが舞っているような)」が描かれている。これは「(x,y)=(1,2)にある点Aが~」のかんぺきな反対の表現のひとつです。 読ませる設定を読ませ、ぼかすところはあえてすごくぼけている、チープなたとえですがTwitterでめちゃくちゃバズり倒す漫画を詩的に切り取ったという印象でした。 (チャイム)

2020-05-19

ありがとうございます。アタリです。でも逃げでもある。。 「現代の」というタイトルは正式には「現代の『   』」なんです。あは、ネタバレしちゃいました。 意外性を求めると、なんだかんだで全ツッパになっちゃって、あんまり読まれないのかなあ。こんどはもっと頑張ります! (現代の)

2020-05-19

ぼくは染まるという言葉はいいと思います。書き手のショックを読み手に知らせる符号になっているし、もしも変化をはじめから肯定的に捉えているなら、「だけど信じていた」とつなぐことはできないからです。物語の転調のためにも、彼の変化は「意外」な方が良い気がする。それを乗り越えて羽ばたいていくのが成長として面白いからです。 序盤から丁寧かつ大胆に描かれていて楽しく読めました。個人的には彼の変化の「きっかけ」が描かれていたらなお良かった気がするのですが、別になくてもはじめから全く違和感なく読めました。「彼」がとにかくリアルです。 (ノンフィクション作家)

2020-05-19

これすごく好きな感じです。ねこっていうひらがなは漢字の猫よりかわいいんですよね。の内臓 1ドッキリポイントは「ねこの内臓」なので、第二連では「内臓」はチラ見せしない方が良かった気がします。 2「春を殴った肩」はさすがに飛ばし過ぎな気がしました 3「のぞくねこのお腹には」「のぞくね、このお腹には」これ面白いです! 4オチ、「冬」の一文字とかどうでしょうか? (モノクロの虹)

2020-05-19

良い意味で非常に批判的なコメント、ありがとうございます。(…批判的とは私にとって常に良い意味ですが、この界隈では主にネガティブな意味で用いられているようなので、念のため) 塙 興子さんの邸宅の梁、拝見しました。そして、驚きました。これと比べればいくらなんでも私の文章は甘すぎですが、こういったイメージと言っていただけたのは、やはり嬉しいです。大変励みになります。 さて、それにしても、正義に関するご指摘については、仰る通りでございます。実際、これを投稿するのはかなり躊躇いました。自分自身こういった文章や、それを書く人は嫌いだからです。 ではなぜ投稿したか? 理由は色々あるのですが、特に、「日本」の解釈がどうなるかに興味がありました。この詩の不快な要素は「日本」の一点だけですが、これがどうして不愉快なのかを、他人目線で知りたいのです。 えらそうに日本の消滅を書くとあっては、両陛下や皇族の方々に対して全く不遜極まりなく、また善良なる全ての日本国民に対しても失礼です。でも、この詩がいけない理由は、それで全てでしょうか? 他にも何かがありそうです。それを知ることは、より多くの人に読まれる詩を書く上で、とても大切なことに違いありません。 また、実は当初この詩は「日本」でなく「地球」とするつもりでした。しかし、あまり面白くないのでやめたのです。「日本」を思いついたとき、すぐにこれは危険極まりないチョイスとわかりましたが、文章として面白いのは明らかに「地球」でなく「日本」でしょう。この不思議さを誰かと共有したいという気持ちもありました。 それにしても、実は私はそこまで一直線に正義を語ったつもりではありませんでした。やはりミエミエではありますが、以前、もっとマイルドに書いたときは、読解してもらえませんでした。この辺のバランス感覚にも、興味があります。 (現代の)

2020-05-18

コメントありがとうございます。 改行、ほんとうはセンタリングしたかったやつなのですが、ミスってこんな風になっちゃいました。ありがとうございます。 自動車に関するご指摘! ありがとうございます。それはちょっと、面白いです。実は僕、この一文はかなり気に入ってました。それがアダになるとは……。 でも、なんでそもそも気に入ってたのか思い出せないんです。浅い考えのまま投稿すると良くないことが起きる。読み手への意識が全体的に足りてなかったのかも。美しく洗練された文章とは、ただ修飾を省き物事を簡潔に述べただけで得られるものではない。のだなあ。 (僕は通り過ぎていく)

2020-05-13

コメントありがとうございます。カラスって何でしょう。勢いと手癖で書いてしまったから、なんにも考えていなかった。雑食の、何でも食べちゃうあのカラスが飢える、それが面白くて書いてしまったのかもしれません。すみません、よろしくお願いします。 (僕は通り過ぎていく)

2020-05-13

ライトレスで恐縮ですが、とりあえず、まず >那覇 国際通り辺りで僕に会えるよ がとてもいいと思いました。やや突き放すような姿勢、え?どっか行っちゃうの?という状況から一転して、あ~よかった、という安心感があります。まあよく考えると情報少なすぎて意味ないんですが、そういう煩雑なリアリティ度外視で、この一行で成立していると思います。読後感もさわやかでした。芸術の中の夏はいつもさわやかで、その効果かもしれません。 こうしてみると、 >ぬかるみに着いた足跡でさえ はかなりぼったりと重たい印象で、最初と最後でこの詩に対するイメージが正反対になるように作られているとわかりました。これは意外と気が付きにくいかもしれない! また、じつは >そいつは宛先不明で 誰に届くかも分からない奴 この一行でさっそく混乱しましたが、逆に言うとキーになっているようです。ようするに実在証明は、実は送り主が一方的に送り付けるだけのものだということです。自発的に見出すものだと勝手に決めつけて読んでいるとここでおかしくなるので、よくない。 不在票を見つけたときに、もっとずっと大げさに「そこには実在なんて してなかったのかも ね」と言ってしまう、ここには、自らが確信していた実在証明が嘘っぱちであったことに対する失望とか、諦念みたいなものが込められています。「僕は ≒僕 であるのをやめたから」はそういう意味で、しょせんひとから与えられる「≒」にはどうやっても納得できるわけがない、と言っています。 ちょっと難解なイメージだったのですが、眠いからかもしれません。明日もう一度読んでみようと思いました。 (≒僕 への置手紙)

2020-05-10

とても手が込んでて面白いと思います。観測っていう言葉もどうかと思うんですが、量子論はたぶん感情とかいろいろスピリチュアルってる話を巻き起こしてきたと思う。この作品はその超進化系という感じです。感情子ってのも言われてみるとすごくそれっぽいけど、いちから思いつくのは先入観が邪魔してすごく難しそうです。感情子の想定とその基本方程式、からの応用と、本当の教科書であれば出来過ぎているくらい面白そうな導入なのも良い。ちゃんと読んだことないですがこれが「物理化学」ってのもかなりそれっぽいです。よく知らないですが物理とか数学にはこういう高校テキストちっくな本はほぼなくて、もっと古臭いかやたら距離が近いかの二択なイメージです。後半、COVID-19はどうかな~と思ったのですが、STAP細胞がありならコロナもありだなと思い、むしろわけのわからないものを登場させるよりも記号として意味が通じやすくてよいのだとわかりました。SCPみたいに存在しないテキストばっかりあつめた専用のサイトがあって、謎のオタクが日夜ページを増やしていたら最高に面白いと思いました。 (ジェームス物理化学/14章-感情論)

2020-05-10

オッそうなるんだ!という意外性がありました。熱湯の入ったやかんを投げて渡すと殺意がくみ取れなくて格闘家でも食らっちゃう、系の。こういう技をいつでも出せるようになりたいのですが、何度も読み返すうちにインパクトが減ってよくわからなくなってしまいます。下準備というか、前置きをしっかり読ませることが大切なのでしょうか? そうすると、面と向き合った、けれど肩に力の入っていない語り口が良かったのかもしれません。 (年を取る)

2020-05-10

よく考えると「しんじゅう」と「しんちゅう」もしゃれてて面白いタイトルです(よく考えなくても気が付くべきでした) (心中電話)

2020-05-10

最初の三行まで読んだところで、これ絶対面白いから最後まで読もうと決心するぐらい引き込まれました。長い物語に対する「今北産業」になっていて、内容の要約がイメージの広がりとともに書かれていて引き込まれます。ここまでくるとお話のオチ自体はもはや意外性があるものではなかったのですが、最終連、何もかもが一瞬で過ぎ去って死んじゃったところで、うまく言えないですが、ああ、これは詩だな、と思いました。 (心中電話)

2020-05-10

これは良いと思いました。つかみでググっと引き込まれました。「君」と「ぼく」がたくさん出てるのに、うるさい感じが少ないです。ただし、好みの問題かもしれませんが、内面に迫る後半で「蝶」と「野原」がやや目立って、すこし平板なリピートに感じました。 (君というひと)

2020-05-10

おばあちゃんはすごくしっかりしてるけど、周りの人にはそれがあまりわからない。だからおばあちゃんは、誰にも理解されないおばあちゃん一人の情緒の世界にいる。でもおばあちゃんなので、長生きしているので、これは決して孤独で泣いているわけではない。むしろその反対のことが起きている。まだ幼い主人公がこの悲しみを知っているはずがないと改めて思い知ったときに、対照的にその先の人生にもまた思いが巡る。ここに祝福があることを祈り、また在りし日の自らを重ね合わせて、涙をにじませている。ほんの短い文章の中に対比と情緒鮮やかに書き込まれていると思いました。 (いそのちしお)

2020-05-10

果実の不気味さの表現が、とにかく鮮烈なイメージです。喉に詰まらせる気持ちの悪い感覚がありありと伝わってきました。筆者の方がどういうイメージで書かれたかはわかりませんが、いろいろな読み方ができる作品で、面白い作品だと思いました。 勝手な僕の話ですけど、果実っていうのは物の総体が持っている以上のなにか過剰な部分を意味していると思いました。商品でいえば北欧家具とかそういう、ファイトクラブでぶっ壊されてたやつ全般です。また人間に当てはめれば、なにか常識みたいなものかなあと。空気を読めっていわれるところの空気みたいなものです。僕は小さいころ、たとえば自分が泣く時には「あっ、これおれ泣くな」という予感と「この泣き方は感情として正解だな」という感じがありました。もっというと人間同士の会話というのは全部台本があって演劇のようなものだと思っていました。なにかいつも予定調和的で、内容ではなくムードが話の方向を決定していると肌で感じていました。そういうのは大人になるに従って感じなくなったのですが、果実を食べるってのはこういうことなんかな~、と。商品に関して言えば、幻想を受け入れてあげることなのかなと。 果実に対していろいろ言及していながら多様な読み方を可能にしているのは不思議です。そう思って読み返すと、果実についての言及は基本的に「イヤだった」で通されていて、実は良い感じに説明不足のままになっているとわかりました。なぜ嫌だったかを言わず、どう嫌だったかを述べる、その話し方が巧みだったので最後まで読めたんだと思いますが、そういうやりかたもあるのかとすごく勉強になりました(でもまねできるとはおもってもいません。。) (果実)

2020-05-10

コメントありがとうございます。やや脈絡なく、文章のスタイルもばらつきがあり、全体としてのまとまりについてはかなり場当たり的にやりました。この詩は課題を抱えすぎていて、読み返すほど、どこから手を付けていいかわからなくなりますね。。 ところで、この詩には一つ大きな嘘がありまして、それは、母が実はまだ生きているということです。 いわゆる物語っぽい文章にまとめているならまだしも、エッセー調で書いておきながら、嘘が混じっている。これは不誠実な書き手ということにならないか、悩みました。が、ありのままに書いた場合にはたくさんの説明が必要となるので、いろいろと話をすり替えて、こういう感じで書いた方がまとまり良く伝わるかな、ということでした。 もしこの詩を読んでご心配をおかけしてしまった方がいたとしたら、お騒がせして申し訳ありませんでした、と謝りたいです。 (家族詩集)

2020-04-26

提言として読むと、これは新しい意見ではないと思うので、最後の一文の「こんな新たな視点」は気になりました。ひょっとして「ジェンダー」のように真面目に学問的に取り扱われてないことを指摘したのかもしれませんが、美醜の問題は(たぶん)古来から様々な芸術でテーマになっていると思う。文学でも。もっというと、これは僕みたいな容姿ド底辺は常に感じていることだし、たぶんイケてる方々におかれましては、僕みたいなのを見るたびに内心ホッ胸をなでおろしているはずで、大体の人は気付かないのでなく目を瞑っているだけのように思う。そうでないなら問題の本質は、あまり物事を深く考えないタイプの人そのものにあり、彼らにとっては美醜だけにとどまらず、倫理も政治も宗教も科学技術発展にすら興味ないんじゃないだろうか。 でも! 非常にコンパクトな文量の中に主張と根拠が効率的にまとまっていて読みやすく、説得力のある文章と構成だと思いました。「こんな新たな視点」に違和感を覚えることがなかったら、前半部分の反論(かみついてスミマセン)なんて全く思いつきもせず、手放しで受け入れたような気がします。 (平等)

2020-04-26

追記です。一度コメントごとブラウザを閉じてしまったので書き漏らしたのですが、館長に関しては、はじめ、「これがもしも映像作品で声があったら…」ということについて言及していました。さながら通販番組のはやしたて役みたいな声の調子で演技されたら、安全圏のはずなのに、どうしてか見知らぬ緊張感のある静かなホテルと対称的で、これは決定的なシーンということになるのだろうな、と思っています。 (戦場のカメラマン)

2020-04-25

初読の感想です。最近は詩と物語をどうやって両立させるのが良いのだろう、ということでよく悩んでいるため、勉強になりました。特に場面転換については、どこを手抜いてどこを密にやればよいか、ぼくのばあいはすぐにワケが分からなくなるために、テンポなど含めてとても勉強になりました。 すでに南雲さんが良いコメントをされているようなので、あえていちゃもんをつけるとすると、気になった点が二か所あります。 一つ目は、二行目の「それは、」です。ここだけちょっと英語的というか、これは、たぶん語り手と兵隊との精神的な距離感を強調しているのかもしれませんが、若干ぎこちない気がします。この一文はそのままに、「それは、」を抜いたほうが、語り口として自然な気がします。 二つ目は >はぁ~そうですねぇ、戦争は良くないですもんねぇ の「~」です。この物語の登場人物はカメラマンと戦場と世界と人のざっくり言えば4人いて、カメラマンさんは自分以外の誰とも分かり合えていない(はっきりとは描かれていないが、世界に対しては気後れしているに違いない)。ある種その象徴となるシーンだと思うのですが、既にここまでにカメラマンとそれ以外の間にある決定的な温度差は十分描かれている印象です。ので、ここで「~」はやや過剰というか、字面がやっぱり間が抜けすぎている気がします。これまでに、ここまで明確に対立が描かれていたのなら「はぁ、」とあえて少し淡白なくらいでもよかったような気がします。 (戦場のカメラマン)

2020-04-25

テキストの最後の文が挑発的なので、もし反撃するなら「キングの威を借る」なのではないか! という言い方もできるかなあと思ったのですが、「善人でない」ってそういうことなのかな、とちょっと思いました。 たぶん作者にとってこの作品は善人でないことの核心ではないが、でも善人でないことの一部としてこの作品を位置づけようとしている、ような気がする。もしそうだとすると、それはなぜか? もしかすると、善などそもそも信じていないからで、この世のすべての欺瞞を明らかにするために、必要以上に偽悪的に振る舞っているかもしれない。私達はこの作品とステートメントをもしも否定したならば、他の多くのものも冷静に否定しなければならない。そのうえで、そうなるように迫っている…ような気がしました。 「それより見てよこのパワー!!」というインパクトと共に「お前らにはこれができますか?」「お前らには否定できますか?」「否定しなければならないのだ」と言っている。 (imagine)

2020-04-25

南雲さんのコメント、鋭いなあと思いつつも、じつは僕は結構テンポよく読めました。場面転換がてきぱきしているからかな。むしろメモのところは少し?となり、目が前後をうろうろして失速しました。が、エンディングに向けてブレーキをかけるためのトリックなのかもしれません。 音声入力というのもいいですね。フリック入力ができない。英語ができないという背景に、さり気なく膨らみを持たせていて面白いと思います。 タイトルの誤字はむしろ良いんじゃないでしょうか。これは演出であって、グーグル翻訳が聞き取っていたのがこの一文だったのかな、とはじめは思いました。 (私の盗まれたバックあ赤かった)

2020-04-23

よく4コマ漫画とか、ギャグ漫画とかであるのですが、一番最後のコマとか、大ゴマが何となく先に見えちゃってるのに、それを見てみぬふりして順番に読んでいき、そしてやっぱり笑ってしまう、という現象、なんか、そんな感じでした。あえて多くを語らず、事実の報告のように脱糞させたのはまずすごくいいですが、その前に一旦痙攣させているのがキモだと思います。ベッド、痙攣、脱糞の序破急で、60fpsのエロ動画みたいに全てが滑らかになっていると思います。 (菜穂は激しく脱糞した)

2020-04-23

「もう戻れないさ」良いですね。過去と現在との間に感じる圧倒的な隔たりは、生活環境が短時間で激変しうる現代だからこそ、一層重要なテーマになるかと思います。こんな風に思っているのは僕だけかもしれませんが、「時と共に褪せてゆく」は、「エモい」とか「わびさび」とかっていうレベルを通り越して、なにかとても不安げで恐ろしいものに、時代を経て変わってきているんじゃないかなと思います。まあ、変化に対する不安はとっても普遍的なので、現代が云々というのはどうでもいいんですが、とにかく、「僕はそれだけこのテーマが大きいものと思っています」ということです。 たぶんなんですが、大きなテーマをそのまま語ってしまうと、ちょっと偉そうになったり、抽象的になったりして、伝わりにくくなることが多いような気がしています。むしろ、大きなテーマに挑むときほど、なぜそのように思ったのか、という説明が求められる気がします。 だから、たとえば第一連はもっとキャッチ―な方がいいかなと思いました。簡単にいうとアルファがベータをガンマした、のように、いっそ開き直って説明する一行を挟む、とかの工夫があった方が良いと思います。そうでなければ、たいていの読者は独白のスピードについていけないことが多い印象です。でも逆に言うと、今自分がどういう状況なのか、物語を使ったり語り口を変えたりして相手に教えてあげるだけで、急にお話を聞いてもらいやすくなったりするときがあります。そういったことも含めた修辞法、修辞技術なのだと思います。内容が良いので、あとちょっとの工夫で見え方が激変すると思います。 とはいえ、昔と違ってこういう詩を書くのはなんだか難しくなっているのが現状だと僕は勝手に思っています。また時代の話をしてしまうのですが、ようするに、50年くらい前には、「あの日」といって誰もがピンとくる「あの日」があった。「俺たちはどこにも行きはしなかった」といっただけで、どんな挫折かわかるような時代があった。それに対して、多様化し、辿る人生が細分化された私たちは、そんな明確なシンボルをそれほど多く共有してはいない、と僕は思います。だから独白の詩は一層難しくなっている気がする。でも、そんな状況だからこそ、普遍的なものがどこにあるのかを追及することは面白いし、うまくいったときには大爆発するポテンシャルがある気がする。 スミマセン、なんかわけわかんないことばかり書きましたが、興味深い詩でした。次回作が出たら是非読んでみたいです。 (in the bed)

2020-04-22

記号、情報、アーカイブとやや難解そうな印象から始まって、やがてそこへ話がつながるのか、と思うとき、なにかはっとするものを感じました。抽象的なイメージから具体的なイメージへシフトするときにはいつでも面白さがあるものと思いますが、行き先が愛とは、書き手のリアリティ、温度を感じます。 ただ「君の息遣いだって私の心臓の鼓動に同期してたよ」は、主語と目的語を入れ替えた方が良いんじゃないかなと思います。私のあいしてるの崩壊が描かれていて、はじめ確かにそこにあったというのなら、この書き方ではむしろ君が私に従属しているように見えて、文脈からすると少しだけ違和感があるからです。 また、「愛」の語り手にグッと視点が引き寄せられたのは良かったのですが、「私に言わせりゃカタチとは、」以降、再び全速力で振り切られたイメージです。僕自身非常に悩んでいる問題ですが、詩にしたいものに限って、真面目にやると説明が膨大になり、説明を単に省略すると誰からも理解されない、ということになる気がします。「私」に対する親近感がもっと高まっていたのなら、好奇心の力を借りてすらすら読めたりするかもしれませんが、そういう分かりやすさの工夫があればもっと良くなるような気がしています。(でも、具体的にどうすればいいのか僕にもよくわかりませんが。。。) 「ゴメンね、」には「な、なんて身勝手なんだ!」と思いましたが、自らの崩壊を示唆するような展開で、道徳のバランスがいいと思いました。それでiなのかと。かっこいいタイトルがここでちゃんと回収されたのは良いと思います。 (i崩壊:金は鉛に)

2020-04-22

ライトレスで恐縮ですが、こんなに読めないと思った詩は初めてです。もしかすると、英語の詩よりも読めないかもしれません。わからない単語は全部検索したのですが、しょせん調べなければ読めないのであれば読めないということかもしれません。 ただ、なぜか「埋葬されるべきものどもを 撓めて」という一文がとても視覚的に豊かに感じられて、いつまでも頭の端っこに残っています。撓めるという言葉ひとつに、そこまで具体的なイメージを喚起する力があるとは、読んでみるまで思いもしませんでした。手に掛かる弾力が面白くて、いつまでも記憶に残るからかもしれません。なにかの寺山修司評で前に「『食器を沈める』にものすごいパワーを感じた(要約)」というのを読んだことがあります。好奇心いっぱいの幼少期にいろんなものを触るから、手が覚えている言葉には、他より強い力が込められているのかもしれない。作品に対するコメントとして少し逸脱があるかもしれませんが、そんなことを身をもって体感する詩でした。 (石の苦悩)

2020-04-22

>ちっぽけな人間に >陽はまた昇り ここが良いと思います。太陽は、他の何というでなく人の上にこそ昇る、という風に描かれることで、語り手の大いなる存在に対する感謝とか祈り・信仰心みたいなものが効率的に表現されている印象です。 それから、ちょっと個人的なことなんですが、僕は東日本大震災から9年経った日、追悼式典の会場周辺で虹が出たっていう話を思い出しました。これはもちろん大変奇跡的なことなんですが、なにかもっとこう、とても象徴的に解釈するとすれば、虹が出たのがすごいのでなく、虹が出たことに気が付けるくらい、人々が上を向けるようになったっていうことなのかなあ、と、そのとき思ったのを、なにか思い出しました。 実は、最近小林素顔さんという方が「空なんか見てんじゃないよ」という作品を投稿されて、ビーレビを中心としたネット詩界隈にけっこう衝撃がはしる、ということがありました。その後だからかもしれませんが、この詩は実直ではあるけれども、少々まっすぐすぎる印象です。 しかし、ひょっとしたら王道という言い方だってできるかもしれない。次の作品も投稿されたら読んでみたいと思いました。 (夜明け)

2020-04-22

76億もの弾丸! とんでもなく詩的な響きですが、これ人間ですよね。76億人いるんだよね~、みたいなノリと比べると圧倒的な物々しさで面白いです。まさに異化っていうかんじ。斎藤木馬さんのコメントにもありますが、たしかに「めらめら」はちょっとくどいかなと僕も思います。でも「ちきちき」は良いと思います。一回くらいだったらすごく光るイメージがしました。 「えんえん」に関しては、ちょっと読み方に自信がないです。延々なのか「えーん、えーん」なのかわからないということです。延々の方が意味的にクールですが、ちきちきに続くならえーん、えーんじゃないとおかしい気がします。すると、これはかわいらしすぎると思うんですよね。それから最終行の直前の「それは」が若干浮いているような気がします。あってもダメじゃないですが、無い方が好みという意味です(巧拙は、わかりません!)最終行のネタバレも、無くても十分通じるので、何か他のことを書いてもよかったかもしれないな、とちょっと思います。 好きな詩なのでお気に入りに追加しました。「設定」がここまでスッと入ってくることはなかなかないです。どういう上手さなのか知りたいです。良いと思います。 (Pistol.)

2020-04-22

ありがとうございます。じつは「も」無しは寺山修司を元ネタ(?)にしています。ツイッターで流れているのを見ただけでちゃんとした原文を本で見てはいないですが、「猫が三匹死んだ 一匹は恋で 一匹 恋で 一匹も恋で」というやつです。これにしびれたので隙があれば使えないか考えていました。 (君に会いたい それだけなんだ)

2020-04-22

ありがとうございます。最後のを書いたとき「おっ書いたな」という感じだったので、伝わったなら嬉しいです。これをかいたとき「そうだった」連打をしたいと思っていて「Y君そうだった」「地震そうだった」が先行し、そこからたまたま繋がりました。意外と良かったのでまた出してみたいワザですが、まじめに考えだすと非常に難しくて、今度は一年後かもしれません。技量、磨きたいです。おすすめの練習方法があったら教えてください。 (君に会いたい それだけなんだ)

2020-04-22

ありがとうございます。構成は実は全くコントロールできてなくて、何か知らないうちにこんな感じになっちゃった、って感じです。後半は実力とか計算とかでなく、どっちかっていうとひらめきでどーにかもったというところで、ひらめきは一瞬だから文量もちょっとだったのかもしれません。 …、GW明けまで待てませんでした。。。 (君に会いたい それだけなんだ)

2020-04-22

ありがとうございます。じつはスタイルは意識しました。詩の本というと嶋岡晨の『詩とは何か』の最初の100ページだけ読んだことがあるのですが、「反戦の詩は実はたくさんあったが、やはり与謝野晶子が最強」というような評があり、なるほど、と思ったりしました。石村さんの「独言少女」評、前書いたものへ頂いたコメント、谷川俊太郎の「おべんとうの歌」とかを見ました。きちんとした実践者には、まだ全然なれていないですが。 「これからも」とおっしゃっていただけて嬉しいですが、結局、この詩の場合はオチがたまたま偶然ハマっただけというところもあり、実力で書いたものじゃないので、次はないかもってビビっております。が! いろいろやってみたいと思います! (君に会いたい それだけなんだ)

2020-04-22

スミマセン、前回のコメントになんか納得がいかないので若干補足します。詩の破壊とビーレビの破壊について。ぼくは一度気合を入れて詩の勉強をやるぞ!と思い立ったことがあります。で、それっきり結局本の一冊も読み切らなかったのですが、他所でも触れましたが、嶋岡辰の『詩とは何か』の最初の100ページだけ読んだことがあり、その分だけですごく勉強になったことがありました。というのも、今はあんまり元気のないイメージのある現代詩界隈ですが、街を歩けば誰もが詩を口ずさんでる時代というのが確かにあったということらしいです。それが、現代詩がまだ新体詩と言われていた時代らしいです。ようするに、詩って漢詩だよね、という常識が一変し、日本語の、行数や韻に特に決まりのない詩が生まれたとき、詩は爆発的に大ヒットしたみたいです。嶋岡辰にいわく、それはやはり新体詩の目新しさがリードした面白さだということらしいです。 で、この目新しさに関する大ヒットていうのは、基本的にいつの時代でも最もメジャーなコンテンツになってるんじゃないかな、と最近は思います。ようするに「そのメディアでそれをやるの!?」という、メディアのある種の「悪用」の感覚です。新しいというだけなのに、それがばかにいたずらっぽくて面白い。インターネットがまだちょっとはアングラっぽかった時代に、うっかり顔を出してハイポーションを作って嘔吐したり、ゲームを実況するという友達の家的な雰囲気があったニコニコ動画や、アーティストのPVが多かったところに現れたYoutuberという謎の存在などは、全部メディアの新しい使い方を発展したところが新しくて面白かった。んじゃないかなと。SNSもそうです。ようするに、新しいシステムを使った大大喜利大会なんです。 僕が詩について語るのも変なことですが、詩はたぶんすごく自由であるものとして認識されていると思います。だからこそ、メディアとして詩を破壊して、システムを悪用する面白さというのを生み出しにくくなっている気がします。水を叩き割ることができないように、詩は多様すぎるということなんだと思います。 その点、この作品にはまるで新しい血が流れているような気がします。ありていに言ってとても型破りで面白いと思いました。本来なら破壊できないはずの詩がぶちこわれちゃっている、それはなぜかと言うと、詩の破壊をする代わりにビーレビをうまく破壊しているからです。まあ、こんなに長文で語るべくもなく、見れば当たり前のことなんですが、システムを悪用するとすっごい面白いと思うっていう話がすっごく重要なことだと僕は思っているので、あえて書きました。 僕がこれを内輪ネタといったのは、もしこれがビーレビでなく原稿用紙に書かれたり、画像化してTwitterに貼られたり、ユーチューブに投稿されたりしていたら、面白さが半減すると思ったからです。その意味でこの作品はやっぱりメタで、純粋な意味では詩の発展とは言えない気がする。しかしながら、多少不純物を混ぜた見方をすると、すっごく面白いし、ある種記念碑的作品と言ってよいかもしれない。ようするに、これは投稿された試作品としてでなく、ビーレビのメディア拡張を試みたという点で評価されるべきと思います。ただし僕が絶賛しきれないのは、こうだたけみさんの「こっちにおいで」とは対照的に、これは詩の未来を開けた方向に導いたというよりは、むしろメディアの可能性を消費して撃たれた魔法の弾丸なんじゃないかな、と思うところがあるからです。 (ううっ! 終わらないのに、なんで終わらないのに、こんなに言葉を書かないといけないから、私って、うう、もう終わりたいのに、終わらせた、いのに、うぐっ、冗長ですよね? だっだから、わわわわたしには生きる意味が無いから無いからないからっ!つまらないなあ、とっ、思いましたか? 思っててもいいからわたしのためにもう少し時間を無駄にしてっ あー、欲しいけど、やっぱ、いいです………あの、でもとりあえず、あっ、(もう少し簡潔にする努力を…)全然凡庸、ですよね、ですですです。?ちょっとだけ質問がしたい、けど、いっ、死にたい)

2020-04-22

これはコメント以前に僕自身が気にしていることなのですが、詩における「舞台」をどれだけ読んでもらえるのかが大切なのかなあ、と最近思います。たとえば子供たちにこの世界について語るとき、まず太陽があって、次に地球があって、ぼくたちが住んでいて、とここまでは順調だったとしても、地動説と天動説があって、とか、じつは地動説は昔からあったんだけどごたごたしてて、とか話しているうちに、意外とみんな興味を失くしてしまうみたいなんです。好奇心の効果がどこかで切れるのかな。 詩にもそんなことがあって、詩にしたいことに限って膨大な説明が必要になるし、それを読んでもらうのは、なんか大変みたいだと最近よく思います。「奥深さ」みたいなのって、案外シンプルにその説明パートの量ってだけのこともあったりするから、なんか、良い詩を書くためには「あまり読まれない部分」も必要になるとかいう矛盾がある気がします。というかあるんです、他の方についてはわかんないですが、僕に限ってはよくあります。(設定的であるよりも、開き直って説明的、または逆になんにも言わない方がいいのかなと最近は思うのですが、よくわからないので、こういうことに挑戦する詩はずっと書いてません。) という前置きをしてみると、この詩の場合は序盤が舞台設定的でやや重たいかなとちょっと思います。でも冒頭はズバっといってるのですが。でも舞台についての理解が何となく深まってきた効果なのか >楽園へ行こう、楽園へ行こう。 >聖者の行軍が進む。 >群衆のしゃれこうべを持って。 からの展開に馬力を感じます。まさにデゴイチがうなって動き始めるような、物語の前進を感じます。わかりやすくするために、僕だったらこのあたりのどこかに空白行を入れたかもしれません。しかし、そうすると逆に重たく見えるときもありますが。 それから「信じて疑わなかったし」「思いもしなかったが」という対句(?)だけでいきなり詩っぽさがアガる、他にもそういう行がいくつかあるのですが、不思議なワザだと思いました。 >楽園行きD51-F857が >僕らの腕に焼き印を刻んでも >それは切符代わりだから >仕方ない。 この部分とかも良いと思いました。こんなものがあってもどこにも行けやしない、と始め思うようなものだったとしても、実際、確かにどこかには行くものだ、と思います。 僕の場合は単純でキャラが動いてると物語も動いてる感じがすごくあるので、デゴイチの動作パワーがもう少し見たかったなと思いました。 (楽園行きD51-F857)

2020-04-22

>明けない朝はないと誰かが言ってた この一行目にいきなりギミックのある詩だと思いました。「明けない夜」じゃないのかな、ミスかな、それともワザなのか、と思って検索したりもしました。意味的には明けない夜がストレートだと思うのですが、お湯を沸かす・穴を掘るのような表現もあり、レトリックとしてちゃんと市民権を得てもいます。 あるいは、あるいは本当に朝が「明ける」のかもしれない。もしそうだったなら、とイメージしたとき、「明ける朝」という言葉には未体験のすがすがしいきらめきを感じました。朝の上に・を乗せるとか””で囲むという工夫があれば、あるいはもう少し明ける朝性に触れるとよりわかりやすかった気がします。 (無気力なり)

2020-04-21

人生で感じる矛盾みたいなのに対する暴走的な感情が、ビーレビというサイトの仕様に逆らうことで表現されている。ので、これはある種の内輪ネタと思っています。詩の破壊をビーレビの破壊にすり替えているという印象です(ネガティブな意味はないです)。 「おえええええ」的な表現っていうのは「え」の数をあまり増やしてもいまいち退屈なんだよなあ、という風に思っていたのですが、これは読点をうまく使うことで見た目の面白さが保たれていると思いました。 (ううっ! 終わらないのに、なんで終わらないのに、こんなに言葉を書かないといけないから、私って、うう、もう終わりたいのに、終わらせた、いのに、うぐっ、冗長ですよね? だっだから、わわわわたしには生きる意味が無いから無いからないからっ!つまらないなあ、とっ、思いましたか? 思っててもいいからわたしのためにもう少し時間を無駄にしてっ あー、欲しいけど、やっぱ、いいです………あの、でもとりあえず、あっ、(もう少し簡潔にする努力を…)全然凡庸、ですよね、ですですです。?ちょっとだけ質問がしたい、けど、いっ、死にたい)

2020-04-21

なるほど。すごく面白いお話です。黙読の時でも確かに脳内で音読しちゃってます。音とは思っている以上に生活を支配しているのかもしれない。興味本位でこんなこと考えるのは失礼かもしれませんが、先天的に聴覚を失している方が文章を読むときの世界とは、もう我々には決して知りようのない感覚かもしれない。試しに「聴覚障害 黙読」で検索すると、脳内音読などとも関連して日本語の記事まで多数出てきました。勉強になります。 既に帆場さんのコメントが鋭く、たしかになにか科学コラムのようなものに寄った内容かもしれませんが、詩としてこれは僕は良いと思います。「音が無かったら」という実に非現実めいた仮定から始まって、なにかすごく個人的かつ現実的なところへお話がたどり着く展開は、個人目線でしか描きようが無いからです。 (音)

2020-04-18

おっしゃる通りかもしれません。ギクリとしています。おわかりかもしれませんが、最後の一行は嘘で、実はその星はどんな詩にもなりませんでした。実は、だからこの詩を書きました。僕は「これは詩である」と宣言するか否かが詩と散文を分けるとは思いません。でもこれは詩であると宣言するときに、よーするに詩情があれば(!?)、それは詩になりうると思います。そこに触れて貰えたのは嬉しいですが、やっぱりいま心臓が飛び出る思いです。 詩にならないのでネタバレさせて頂くと、そもそも、実は夜空には緑色の星はありません。星はなぜ光るか?ご存知かもしれませんが、実は、あらゆる物質が熱を持つというだけの理由で光ります。その光り方には特徴があり、プランク分布という名前がついてます。このプランク分布と、人間の目の生理学的特徴を組み合わせると、星が緑にはよほど見えにくいことが説明できます。一方で流れ星はまた別の仕組みで気安く緑に光ります。 その小さな詩はこれです、という言い訳も考えていましたが、嘘はバレると思うので、やめました。すみませんでした。ありがとうございました。 (履歴)

2020-04-17

「〇〇みたい」という表現は、なにか作品へのリスペクトを欠くものと思われる方もいらっしゃるようですので、そういった言い方は普段あまりしないのですが、決してそういうつもりではないと断った上であえて言うと、前半部分には『銭ゲバ』みがあると、思います。「富めば何もかも解決する」というのは、そして、「間違いの始まりだとは知らずに」と反省するときには。(最近はこれがマイブームなので、いろんな詩に同じようなコメントをしてしまっているのですが、今金が欲しい!という要求に対して、いくら努力を重ねて富を手にしたとして、それはもうとっくに「今」ではなくなっているのだ、というヤツです) とっくに「過去」となってしまった「今」のために文字通りの「今」を生贄にして、嫉妬深い神に頭を垂れるとき、すでに私達は、自らがそんなことでは決して幸福を手にできないと、ほとんどわかりかかっている。だがしかし、だからこそ、死に場所を求めて途方もない道のりを選ばなければならなくなる。つまり「届くはずのない空を目指す」……と、そういうふうに解釈しました。 これはむしろ僕自身の課題ですが、こういった詩は単に個人的である以上に、むしろ説明的であることを要求されるのかもしれません。あの石村さんも言っていたことですが、「詩は物を書け」ということのようです。これは石村さんによる「独言少女」評にあります。詩的修辞を伴って心情を述べるだけでは詩足りえない、と。僕は「これは詩である/詩でない」論争にはよっぽど関わりにならないほどの雑魚ですし、しかも雑魚なりに反論したい気持ちもあるのですが、僕の書いた詩は読み返すほど恥ずかしくなるあたり、やっぱり正しいのかもしれない、と思っています。些末なことですが「むちゃくちゃに触れる針」は「むちゃくちゃに振れる針」かと思います。 ……と、なんだか虎の意を借る狐状態になってしまいましたが、僕にはこの作品は、読みたいように読んでいるだけかもしれませんが、とてもよくフィットしました。なんでわざわざキツイ方を選ぶのかというと、好きだった人に褒めてほしいといつまでも願ってしまうからです。最終行にはそういうことを思いました。最初から最後まで「勝手読み」をしたかもしれませんが、共感しています。 (自傷)

2020-04-17

自分語りは退屈とかキモイとかよく言われるので、我々はそういうことをしてはいけないと思い、だんだん潜在的な意識にその思考がしみこんでいくと、いつしか何も自分のことを語れなくなる。しかしそれは中身が存在しないからではなく、その表現方法をすっかり忘れてしまっただけだと、僕は思うときがあります。「光あれ」とは言わなかったかもしれないけれど、私たち人間もまた「あってあるもの」です。初読の感想ですが、そんな風に、元気だして!みたいな、ことを思いました。(僕は全然素人なので変に引用するのもいけませんが。) 実は、まだタイトルの「そして境界を過ぎる」がわからないでいます。この境界とはたぶん、空の容器の自分のことと思いますが、なにか別の読み方や伏線を分からないままにしているような気がしています。 (そして境界を過ぎる)

2020-04-17

ピース、なにか思ったらショートピースだったんですね。僕は腰抜けだからロングピースしか吸ったことがない。けどハイライトは知ってるので、ちょっとわかります。フィルターに穴が無かったり、まさかの両切りタバコは、横から空気が入らないぶん吸い込めば盛んに燃えて、すぐに熱くなり、辛い。せっかくのピースだからたぶん、そっと吸いたいと思うはずです。つまり、長さに比して意外とゆっくり吸うことが多いと思う。そうじゃなく、「ピースの短い間」なら、そのぶん、寒くなければならない。水辺、静かという書き出しの情景もあり、季節は冬でイメージしました。(でも、冬は自転車を嫌がる人も多いから、春先とかかもしれません) 生活感というか、個人を感じる詩でした。ただ「白く細かった鷺」「自販機の前でピースを買う」はそれぞれ「白く細い鷺」「自販機でピースを買う」と簡単に言ってよかったのではないかな、と思います。 やはり目立つところですが >日常はあっ、 >、という間に過ぎて の間の演出はありそうでなかったという感じで、面白いと思いました。 (ピース、ストロボ)

2020-04-17

個人的すぎることですが、「あなたたちは」「あなたがたは」という言葉には、僕は聖書を連想するので、神性というか、普通より強い力を言葉に感じます。ということで、最初の5行まで読んだところでいきなり、これは好きだなと思いました。 小林素顔さんのご指摘もありますが、 >蓄積された夢! >仄暗い夢! >それは未来から来る光線に照らされて恥じている は、僕には自然に読めました。なぜなら直前までに議論は終わり、結論はでたようなもので、あとは叫ぶだけだからです。 完全に好みの話ですが、むしろ「怒ってくれてありがとう」以降は、それまでの展開からするとちょっと素直すぎるかなと思いました。いちゃもんをつけたいわけではないですし、個人の好みの感想であって、良しあしを言うつもりではないのですが、前半部分の鬱屈したくすぶる感情に惹かれて読み始めたので、すこし意外な感じです。しかし物語とは最初と最後で何か状態が少しでも変化していなければならないものなので、青年像が一貫していたとして、そのときも僕はなにかいちゃもんめいたことを言ってしまいそうな気もしています。。。 と、うまくコメントできませんでしたが、実は何回も読みに来ています。繰り返し読んでみたくなる詩だと思いました。 (僕たちが高校をやめると言う時)

2020-04-17

「床に寝てる尻軽」とはまたバッサリと切り捨てたかなという印象ですが、一方で「生きていく自信がないから快楽の愛がいる」とは面白いと思います。文脈から、もしかしたら女に対する2回目の言及かもしれませんが、初読の印象ですが、これはむしろ男の独白に感じました。 インフィニティっていうと、たしか海外向けに展開されているSUVですよね。結構かっこよかった気がする。なんで日本でも売らないのかわからないですが、確かにそう簡単に持てるものではない。「手にしているが、手にしていないもの」は、たとえば「過去の私が欲しかったものに過ぎず、ゆえに、今の私を決して満足しないもの。しかし、やみがたき衝動をひきおこし、私に所有をせまるもの」というイメージを連想させるので、情緒深い。だから「借り物」という言葉には情緒があります。借り物といえば意味は非常に率直だけど、簡単には手にできないインフィニティだから、詩的修飾としてバランスが取れている感じでしょうか。些末なことですが第4連には誤字がありますね。 第3連以降、男が走り去ってから、視点は拡大し次第に抽象的になってゆく、意識された構成と思いますが、やや抽象度が高すぎる印象で、置いて行かれてしまった感が少しありました。でも「白い女は雨が降るのを待つ 踊りながら待つ」というのは好きです。トンネルのように視野が狭くなるほどのスピードの中で見る幻想じみた妄想、というイメージで読みました。 (まだまあ)

2020-04-17

「道筋の指針」では少し意味がかぶっているのではないでしょうか?たとえば、「みちゆきの指針」であればスッとなじむのですが、若干の違和感を覚えました。 (人生の割合)

2020-04-17

ライトレスで恐縮ですがコレできればワイエルシュトラス関数の参考画像もあった方が良かった気がします。ちょっと読者がしぼられすぎてしまうんじゃないかな、そうだとするともったいないという印象です。僕も検索しましたが、式がわからなくても意味はわかりやすいので、もちろん極限で定義されているので厳密な表示はできないですが、どこか有限なところで止めたやつでいいので、是非もし画像があったら一層面白くなると思います。 (どうでもいいですが、僕は「厳密には描けないから描かない。」と言う中高の教師は、生徒から指摘されたくないだけの、腰抜け教師だと思います。森毅先生は「ドンドン」などと気楽な言葉を使っている。) ワイエルシュトラス関数は「19歳のコロンブス同位体(あるいは、「僕」)」の肖像のようです。また、各連ごとの分断も、いかにも微分不可能です。それから、現在の筆者と「僕」の断絶の情にもまた気を配る必要がありそうです。時間的な分断もまた、そこかしこに描かれているはずだからです。「19歳」と明記されているからかはわかりませんが、そう訴えてくるものを感じました。この歪な結合をもつ文章に対して、最終連で一挙にまとめが試みられている、それもまた連続と微分不可能性のシンボルです。 (ワイエルシュトラス関数)

2020-04-17

「青春病患者」という当たりの強い言葉が登場している以上は、第二連の後半はきっと反出生主義的な内容になるのかと思いきや、意外にも生への神秘が描かれていた。僕からするとこのちょっとアンバランスな感じの展開に、個性を感じました。で、ああ、ひょっとして嫌悪ではなく羨望なのかなあ、と思いました。最終行は、その答え合わせとして読みました。個人的にはもう少し物語を分かりやすくしちゃうとか、パーソナルな部分の説明的内容が少し含まれているといった調子の方が好みですが、感情の表現が繊細で良いと思いました。 (火傷)

2020-04-17

因縁の付け方が無理筋気味で、狙い過ぎかなという感じが少しありました。が、僕は知人には「Twitterでポエム書いてるよ」と話してるタイプの人間なので、これは読者として選ばれなかっただけかもしれません。 でも、「ステートメントをハッキリしろ!」というのに話者をぼかしたり、不思議なタイトルをつけたりと、作品としてのステートメントがなにかむしろ曖昧にされてるあたり、おかしさがあって良いと思いました。 また「非効率だ!」と言いながら、おお、この長文。一体誰にブチギレているのでしょうか。この男もまた非効率な男であり、熱い男であり、かっこ書きは単なる炎上気質なネットクレーマーの幻影にとどまらないのかもしれない、と思いました。 (はやくワクチンをください。)

2020-04-17

最初に「うはっ!」を読んだ時はちょっとあざといかなあと思いましたが、「トキメートルさ!」「ナゾメートルだ!」の力強さが全てを解決した印象です。 構成にも工夫があり、うはっ!→トキメートルさ!→ナゾメートルだ!→おお、走る走る走る と目立つ部分だけ引っ張ってきたときに、これだけで起承転結が読み取れるようになっていると思います。これら行ごとに、物語が次の場面へ駆動される感じがします。これがビックリマークをより特別な存在にしている気がしてなりません。 (恋の算数)

2020-04-15

初読の感想ですが、「バグのようなもの」の直後に「羽のないカブトムシ」が続くのは、虫のイメージがちょっと強調されすぎているかなと思いました。(調べてみたらbugはおよそ甲虫みたいのは一切指さないようでしたので、僕があほだからかもしれませんが。。) また、作品の読み手として選ばれなかったということなのかもしれませんが、小林素顔さんのおっしゃるようなものを僕はあまり感じませんでした。 むしろ僕がはじめ、読んでる途中まで感じたものは、優しさではなく迫力とか威圧感、悪く言えば傲慢みたいなものです。語るテーマの大きさや独白の調子、そして第三連でのやや一方的にもみえる断言などから、そんなふうに思いました。 ただ不快感はなく、むしろ最後まで読んだときには納得させられるものもありました。率直にいうと最終連で「あっ、これはなにか……偉い人なんだ!」という感じがして、まるで地獄の閻魔様みたいな、生死を知り尽くした人が語り手だったのだと感じました。この瞬間にテーマの大きさに対して語り手の存在感もまた突き抜けたものになり、両者のバランスがとれて、なんとも無視できない、もう一度最初から読み直すべきかなと思わせる力強さを感じています。キャラクターは一貫してるのに、描き方によって不思議な意外性を与える最終連だと思います。話題がより抽象的になったからでしょうか。 それにしても「バグ」という言葉は、人間の生物的機能の側面、生理学的な方向に寄った表現です。生理学的機能と社会的機能とはまた別のもののはずですが、優生思想に反対するのだとしたら、なにか少し皮肉な響きがするような気がしています。 なぜかというと、バグという言葉は「なにか正解があって」という前提のもとで「意図せずそれを離れたもの」を指すような意味で使われる言葉だ(と私が思っている)からです。生理学的機能におけるバグを社会的機能におけるバグのように対応して考えるのであれば、伴って社会的機能における「正解」というものも議論の前提に含まれてしまっているような気がします。しかしそれでは優生学者の手のひらの上、ということになる気がするからです。僕が感じた傲慢も、人間の社会的機能の「正解」の存在を前提としているように見えたからかもしれません。それはひょっとしてあるかもしれませんが、あなたは本当に理解しているのですか?というような気持ちになったのかもしれません。 スミマセン!まとまりがなくなってしまいましたが、いずれにしても、しばらく寝かせてからもう一度読み返したいと思わせるパワーを感じた作品でした!もしかしてまたコメントするかもしれませんが、よろしくお願いいたします。 (バグ)

2020-04-11

素敵だと思います。これは僕の好みというだけですが、詩に現れる「〇〇だった。」はいつもクールだと思っています。例えば「おれたちはどこへも行きはしなかった」など。だからかも知れませんが、最初の3行が特に好みです。 「僕はひとりにはならなかった」それは恐らくいいことです。しかし、これは邪推かもしれませんが、彼のこうした振り返りには「なにかありそうだな」という気配があり、ようするに「もし"めでたしめでたし"で済んだのならば、この詩は書かれなかったのだろうな」と思わせるパワーがあり、そして、ひょっとしたら、それが詩の比喩に隠されたものと結びつくとき、電撃的な情緒が生まれる……のかもしれません。(ぼくはそんな詩書けないですが) 各文章毎にいずれも練られた印象ですが、僕がいうのもなんですが、もっと良くなる気がします。ひとりにはならなかったという彼が、しかしいまだに恐らく感じているであろう孤独の正体を、僕には捉えられなかったからかもしれません。 (走る)

2020-04-11

はじめは飼っていた魚を食べたというお話かと思いました。しかし、食べられた魚は「にくやふんとなった」……そしてたまごをうみ、ここで、明らかに食べたのは人間でなかったのだと気付かされます。では一体誰なのか?魚だろうか。しかし、彼はそこが水槽であるとなぜ知っているのか?そしてまた誰と対話しているか?動作の主体が徹底して隠されることで事態がどんどん複雑化していくようでした。一方で、形式的なまま会話は次々展開される。一部がぼかされることで、対照的にストーリーに引き込まれました。 わたしでもあなたでもない、「われわれ」とでも言いたくなるような漠然とした境界のない主体だけがここにある、とでもいうような、そして、ああそっか、やっぱり現実存在が全てに先立っているのだなあ、というような、そういうことをなぜか考えてしまう読後感でした。孤独な水槽のイメージがそう思わせたのかもしれません。 (水のような 詩人のような)

2020-04-09

起承転結がぎゅっと込められている感じで、物語がとても小気味よく伝わってきます。新聞配達の人(の乗るカブ)が近づいてくる気配から始まり、去っていったのだな、と思わせて終わる、動きに合った展開だからかもしれません。表現の一つ一つがリアルで感覚的に伝わりました。 (朝の新聞配達員は……)

2020-04-09

これはビシッ!!と伝わりました。コメントありがとうございます。 ラスト一行は詩じゃなくて音楽や何かでも良かった。詩にしたのは自分の経験からですが、見え方を意識すべきだな、と。なるほどです。 (履歴)

2020-04-04

ふじりゅうさんのコメントはちょっとキツすぎるんじゃないかな。これはいわゆる「一にして全、全にして一」だと思いました。たとえば、もしこの作品が「点と点を結ぶ直線」だったらふじりゅうさんのコメントに同意しました。でも実際にはそうではなくて、曲線だと言っているのです。点と点を結ぶ曲線とは数学的には何も指定していないので、誰もここに描かれているものが本当には何なのかわからない、ということになっています。だからこの一文には無限通りの曲線が表現されていると思うことができるし、反対に始点と終点が定まっているという意味で実に味気なく「運命」はしょせん一つであると言うこともできる。そういう風な遊び甲斐がある作品だと思いました。 ただ、これ一行では「お昼のおやつがじゃがりこ一本」みたいな寂しさがあるという風には思います。この作品が詩的修辞として活躍するところを見てみたいと思います。でも、もしこの一文でこれは詩であると言うのなら、前衛性に5点入れたいと思います。 (無題)

2020-03-23

初読は難解な印象ですが、韻がやたらとテンポよく、またあやしく太陽系のモチーフがおかれてあってワクワクし、とりあえず形だけは最後まで読めました。 それで、むしろはじめは太陽系の旅の物語かと思いました。しかし月を出発した次が水星ではおかしい。次に水金地火木天、、の順かなと思ったけどこれもちょくちょく外されます。 ということで、ああコレって曜日なんだなあと考えるのが都合が良いと思いました。もっというと時間経過の表現なのかと。月曜日はまだ「僕」がどこにもいないとき、生まれる以前の両親のなれそめみたいな感じでしょうか。そうしてみると世界の果ては言葉通りでは日曜日の向こう側であり、確かにあり得ない果てです。 首掛け木って、そういうのがもしあったとしたらお恥ずかしいことですが、僕のイメージは首吊りでした。すると「父さん人形五寸釘」というのはショックで硬直してることだと一応通して読めるかなと思います。とすると子供時代が終わって大人になった僕の困惑というか、想像もしてなかったような「人生」のスタートが描かれているのかなと思いました。 言われてみるとちょっとわかるものがあり、なんか二十歳になった頃とかに漠然と「人生ってこんな感じなんやな、、」という無駄に大きな感情がわいてきたのを思い出します。あれは実際スタート地点(の手前)ではあったのですが、確かに妙な「果て」感がありました。子供の終わりと思ったからかな。 ということで、一週間の向こう側と子供時代の向こう側という並列と読むとかなり色々なことが伝わってきました。もしかしてみんなすぐに気がついてるかもしれませんが、僕は何回か読まないとわからなかった。そのぶん読みが通ったときは面白かったです。 分かりやすく物語が描かれている詩が好きだったのですが、こういう仕掛けの表現ってあるものかと勉強になりました。 最後にあえていちゃもんをつけるとすると、火星から太陽までの表現はなにか個人のダイアリー的なもの(死んでないけど走馬灯、水星まではご両親のストーリーだと思いました)かと思うのですが、それにしては金曜日だけ難しすぎる印象でした。 と、いうことで「果て感」の演出から叙情と構成を中心にポイントしました。 (天輪地軸のバイシクリスト)

2020-03-06

ガムのくつべらさん、コメントありがとうございます。 この詩が「なぞり」だというご指摘、大変ショックですが、これはおっしゃる通りです。なんだかなあ、という投稿前の煮詰まった感じは「なぞり」だったからなんだ、と納得しました。全く至らず非常に無念ですが、とても勉強になります。 読み返してみると、とくに「挨拶もせずに別れたね」が我のことながら気持ち悪い、言われてみれば確かにその通りです。 一応、この詩は自分の経験を基に書きました。だからナルシストな感じになったのかもしれません。「あの日」、僕は風呂あがりのまま公園に出たもので「お前に何がわかる!」と一瞬沸騰しかけたのですが、そんなことを言ってる時点で失格ですし、考えてみれば詩は日記でも説明文でもないのでした。 現実を直視するのはとてもツラいですが、やはり匿名で投稿して良かったと思います。もしよかったらまた次の作品にもコメントを頂ければ幸いです。よろしくお願い致します。 (一人の親殺し)

2020-03-06

花緒さん、はじめまして。解説いただきありがとうございます。 大変申し訳ありません、私は一つ勘違いをしていたようです。私は②が花緒さんの本心だと勝手に思いこんでおりました。そして、①はそのための前置きなのだと勘違いしていました。どうしてだかはわかりませんが、そう思ってしまったのです。 繰り返しになってしまって恐縮ですが、私は「議論は無意味」に全面的に同意とはいかなくても、一理あると思いました。語るべくもない詩を実際に自分で量産してきているために、否定できるはずもありません。今回の勘違いは、そこに引っ張られ過ぎたからかもしれません。また構成や文量から真に迫るものを感じたことはいうまでもありません。 挙げ句の果てに私は③をある種の境界石だとみなし、あらゆる反論を封じるために置かれたとさえ思いました。最終的に、僕はこの作品の全体が議論を否定しているのだと勘違いしてしまいました。そうすると、その作品に対するコメントとは明らかに挑戦とか反抗といったものになります。だから私はおもねり、特に②に関するコメントにおいては作品にIQを合わせて直接の衝突を避けました。しかし、今からするとこれは大変失礼なことですし、またようするに「政治」をやったということで、この場全体のマナー違反にもなっていて、とても恥ずかしく、大変反省しております。 まず、明らかに私は書かれてもいないことを勝手に読みすぎていて、基本がまるでだめだとわかりました。今さらではありますが、今後は一層気を引き締めて読んでいきたいと思います。 (表現の劣化展・その後)

2020-03-05

①表現し得ないものを根拠に人を裁くことは許されない、とする男が、しかし表現し得ないものの存在を誰よりも強く信じている。滑稽な寓話で表現を鮮明に表現されている、という印象でした(小泉進次郎構文ではないです)。構成力を中心に加点しました。 ②実力のある人のぶっちゃけトークまじで怖えええEEEEEEE~ーって思いました。相対主義は脆いと思うので正しさについては共感しないところもありました。でも評価に理由が必ずしも必要でないということについては同意します。我々のとおい祖先が深海でDNAに刻み込まれた恐怖みたいなのが今でも残っているかもしれない、もしそうだとすると論理化はむなしい試みです。ただ、なんとか言語化して、理屈をでっちあげて評価する、そういうのは面白いから好きですし、ビーレビでは基本的に論理的なコメントが求められるということについては、そのために賛成です。 それにしても、「だーかーら〜あんたはまともな詩が書けないんですよ〜。議論することと表現と何のつながりがあるんすかあ〜??」は怖すぎてビビりました。もう本当にぼくなんてこう言われたらガチで黙るしかないのですが、この迫力がたまらず、時々はしかられるのも良いな、と思いました。 (表現の劣化展・その後)

2020-03-05

この短いやり取りのなかに込められた対比が面白いです。ハムスターを同時に見て感想を言い合う関係も興味深いです。僕は友人とハムスターの話をしたことが一度もないので、新鮮な感じがします。 また、たとえとして選ばれたのがハムスターでなければこの詩はおそらく成立しなかっただろうという点でも味わいがあります。実際、ハムスターを単に犬やねこに置き換えたのではダメそうです。あえてやるならうさぎでしょうか?しかし、うさぎは食用になり、また毛皮としてもよく活用されるなど、家畜的側面も併せ持っており、今回のような文脈ではハムスターに勝る例示にはならなかったことだと思います。こうした観点から、ユニークな発想だと思います。 (ハムスターになりたい)

2020-03-05

さりげなく書かれてあるので一見なんでもないようですが、台詞回しがおしゃれで、各登場人物に個性があり、日本語としてなにか「しっかり」しているなあと思いました。 というのも、ひょっとしたらすごくびっくりされるかもしれませんが、長年ツイッターに入り浸っている僕はだんだん正常な日本語を失い、「ちゃんと書く」ことができなくなっているのです。ので、一定の文量を書きながら言いたいことをしっかり表現できることは、すごいと思います。 ビーレビの匿名性については、むしろ実装以前の方が盛り上がっていた感もありますが、それは表面上のことで、今がもしかして「嵐の前の静けさ」なら面白いと僕は思います。もしそうだとすると、なにか予言めいた事件のかおりが感じられるパート、これからのことに言及する登場人物があと一人くらいいても面白いかなと思いました。しかし話の繋がりが今の段階で十分いいので、そうすると逆に論点が色々散らばって、まとまりがなくなってしまうかもしれませんが。。 (John Does Jane Does Town)

2020-03-05

まず、これははっきりゾッとして不気味でした。「黄色い気持ちいいにする」「よろこびたいをはじめる」は明らかに作為と思いますが、「後頭部」「どろどろ」と先に言われてるからには余程なまなましい感じがします。一行でこんなに効果的に気持ち悪くできるのだと思いました。作為と言えばもう一つ「アシマラミサクチ」「ミツクルタンガチモ」も、全然知らないなと思って調べても一切ヒットしませんでした。ので、たぶんなにかレトリックというか異化的な試みと思っています。ホラー映画でなんでもないシーンをどういうわけか不気味に見せる、不穏なカメラワークみたいな感じが少ししました。 曼殊沙華だけ知ってるやつなので、前半部分のなにかグロテスクなことが書いてあるなあという漠然とした理解と、最後に曼殊沙華が降ってくる非現実的な強い視覚的なイメージとのコントラストが対比的です。ということで、大変失礼ながら、勝手に、もしかしたらこの詩は男の中にある何かきわめて個人的な景色、真っ暗闇の中に花が降っているその情景が一番の見せ所なのだろうかと思いました。 (U +2287E)

2020-03-03

「処理」の連発は疲労困憊の末の思考の堂々巡りの描写として読みましたが、単にそれだけでなく、読んでいる側が実際に疲れてしまうところに文章として書かれている以上の表現が込められているのだと思いました。また‪「誰も助けてくれない」というほぼ未処理のままの感情のむき出し、直後の突っ込みも疲労と堂々巡り(というか永遠の反復横跳びなんですが)めいています。 ひょっとして、独白調と説明調(っていう言い方で合ってるか分かりませんが)がグラデーションで共存する構成も疲労の作為かもしれないと思いました。 (‪たばこを吸いたいがそれだけは最後の維持としてなんとか我慢している‬)

2020-03-01

雑なコメントになってしまい恐縮ですが「俺と違っていい大学に通ってる」にはかなり切れ味を感じました。他がダメとかそういうわけじゃないですが、この一文で全体がシャキッと締まる印象。街から俺へグッと視点が動いているのが良いのかなと思いました。勉強になります。  (Her Blow eyes)

2020-03-01

コメントありがとうございます。この詩を無理やり書いたとき、僕は出来に少しがっかりして、まさか最後まで読んでくれる方がいるとはあまり期待しませんでした。 直し方がわからないのでそのままエイヤで投稿したものですが、パンデミックや氷河期など、一日経ってご指摘を受けてみると、確かにやたら世界を荒らし過ぎたと今は反省しています。 (無銘の者)

2020-03-01

窓を割る衝動からはかなり落ち着いたように見えます。最終連と相まって、これは後悔なのかなと思いました。 (窓の外風吹く)

2020-03-01

全体に好きですが、特に命は見えません以下の表現が面白いです。「nobady...」の表現に通じるかもしれないですが、なんにもない感じが単に強調される寂しさだけでなく、だからこそ何かありそうな不思議な感じがありました。また「枯れ草」「枯れ木」と枯れが反復されていても悪目立ちしてない、ですます体とシンプルな語り口の相性なのかなと思いました。 (電車窓)

2020-02-29

意外なほど良く伝わってきました。 (叙景(習作))

2020-02-16

「奴」が自由自在に変化してゆくさまを「温厚なサラリーマン」「車」「銃」と語るところに、ググッと迫る加速度がありました。 はじめの姿は「温厚な」と形容している時点で、裏を匂わせつつもまずまず意味通り、また最後の銃も象徴的でイメージがわきやすいですが、その間に挟まった車は他の2つより記号的には難解に感じます。それで詩の全体で意味的なバランスが取れているのかもしれません。僕ならもっと安直に並べたと思うので、ここは技巧的だと思いました。 そもそも、車がこういうふうに登場するのに斬新な感じがしました。文脈からキャラクターに言及する言葉を予想させる中で、そのための記号としてややアンバランスだからかもしれませんが、面白いです。 (追撃者)

2020-02-02

蕪城一花さん、夢うつつさん、沙一さん ご批評いただきありがとうございます。 「○○のない××」は「季節のない街」など、すでに優れたものがいくつもあって、やはりn番煎じの感があり、この書き出しは実際恐れ多かったです。それが蛇足を嫌がる気持ちにつながり、ご指摘のようなことになったのかもしれません。 ただ、僕自身は「主人公が感傷に浸るだけの詩」をいけないものだとは思いません。しかし、これは要するに退屈させてしまったということのようですね。また第三連はある種の場面転換のつもりで、動画的に言うとまず街の映像からスタートして、最後に実はコレ回想でした!とやってるつもりです。また視点を自分自身の生きた街だけでなく、誰かが生きた「夕方のない街に相当する街」に広げています。それなので、書き手側の勝手な主張としては「そのような街」で正しいです。 (新緑街)

2020-02-02

ボーナストラックがいらないかもというお話もありますが、僕は断然ボーナストラック推しです。 この詩の本編は、そのままでは「はぁ、俺は…俺は一体なにを読まされてるのだ……?」となってもおかしくない、かなりギリギリのバランスだと思います。しかしながらそこへサッとボーナストラックが現れることにより、「そうか、オレっちが読んでたのはリリック(歌詞)だったんだな!」という納得が発生します。もちろん実際にこれに音楽を感じるとかそういうことはありません。でもボーナストラックとは普通アルバムのオマケ曲のことをいうので、そのイメージに引っ張られて、さっきまで読んでいたものを歌詞めいた世界観で捉えなおすことになるのです。たとえその先に続くのが歌詞でもなんでもなかったにしても。 この一連の流れ、書かれたものを単に読ませるだけでなく、書かれたものに何かを見い出させる面白い仕組みが、この作品のパワーの一つだと思います。ボーナストラックという単語はそのためには欠かせない気がします。そうすると、画像はジャケットということになります。こうしたコラボによって、私達はちょっとヤバ気なアルバムを、ボランティアサークルとは名ばかりの怪しげな飲みサーにいる先輩から貰ったときみたいな、どうしようもないワクワクに包まれるのだと思います。 (.357マグナム弾(ワォ))

2020-01-31

なんとも下品だと思いました。それにしても、自分の尻を叩くのが行為の前でじつに良かった。下品だけど「ボーナストラック」とは粋だと思います。全部ブチ犯して最高!みたいな勢いがあるのは面白いと思いますが、個人的にはむしろ画像の方が好みです。 (.357マグナム弾(ワォ))

2020-01-29

上手くコメントをつけることができませんが、好みの詩でした。これはしばしばあるやり方なのかもしれませんが、セリフと地の文が区別なく書かれることによって、直接話してるかのような語り手との近さを感じました。しかし、「ぶす・でふ」という書き方をすることは、その正反対のことです。何かの本かサイトで読んだのですが、詩の表現の基本のひとつに異化というのがあるらしいです(このコメントに目を通される方なら誰しもご存知かもしれません)。ここでの「ぶす・でぶ」はそこで語られた異化とは意味が少し違いますが、同様のことを読み手が直接経験するという点で、やはり異化の類似物だと思います。そういうわけなので、全体的に、技巧的な詩だなあと思いました。 (マルボロ(リミテッド・エディション))

2020-01-29

「私は力がなくなっている」には、かえって力を感じました。もともとは力があった人だからこそこういう表現になるのかな、と思わせるものがあります。この瞬間に語り手の存在感は飛躍的に増したイメージで、重みと説得力が付き始めました。最終連ではまた一転して力弱い印象ですが、それによって等身大の人間性が表現されることになったかもしれません。 (許される日)

2020-01-29

「梅の種を割る」という日常あまり見かけない行動から始まることで、読ませる作りになっていると思いました。「ぱきん」の印象も強く、これによって後の「ひかりが空を割る」が成立するのだなと思いました。もしこれらの繋がりがなく、単にひかりが空を割ると言ったのでは、こんなにイメージの膨らむ表現にはならなかったかもしれません。大変勉強になりました。 (世界)

2020-01-29

星の幸福のためには輝きの無くなることを祈らなければならない、実に皮肉なものですね。そういえば、あの加熱はよく空気の摩擦と言われますが、じつは断熱圧縮という別の現象らしいです。いずれにしても、空気の無い星から見たら、それは私達にとっては死んだ星と言って良いような星ですが、そこから見える流れ星は、輝かないことでしょう。そうすると、あの輝きは確かに我々に向けられたものかもしれません。 (星の臨終)

2020-01-29

ABさん ご返信ありがとうございます。言われてみて、ハッとしました。確かにそのようです。すみませんでした。 (KQ)

2020-01-06

ABさん、こんばんは。 第一感として、アンバランスな詩だと思いました。たとえば僕は >ゆれてなんぼなんやろか >ゆらしてなんぼやろか を関西弁だと思っているのですが、舞台となってる場所は関西でなく、しかもここでしか使われてませんし、また >こころは、こころは >かっくんって 以下は反復とオノマトペによって他の部分よりいくらか幼い印象でした。 このアンバランスさは難解で、もうすこしこのようにひねった理由がわかりやすい方がいいかもしれない、と思いました。 方言についてはわかりませんが、語り手の幼いという印象についてはそれでも一貫性があるかもしれません。反復説の標語の引用など、大人になりかけた少年の独白というイメージで読むとなかなかピッタリな気がしました。 詩語「すいと」がわからず、はじめからこれは謎を残したままにしておくつもりの個人的な詩かもしれないとも思っています。 (KQ)

2020-01-04

エイクピアさんのお名前を勢い余ってエイクスピアさんとしてしまいました。大変申し訳ありません……。 (なんでだよ)

2020-01-02

エイクスピアさん コメントありがとうございます。インフルエンザワクチンの話は冬休みの宿題にあまり関係がありませんでしたね。発表を控えた学生や受験間近の高校生のつもりで書いていて、その繋がりでやりました。 IHクッキングヒーター(2.5kW)さん レベッカは音声アシスタントをイメージしました。オッケーグーグルはあまりにも言いづらいです。次はもっとぴったりなのを書きますのでよろしくお願いします。 (なんでだよ)

2020-01-02

すごく技巧的だと思いました。新幹線と季語の話から切り出して、最初はよくわからないのですが、直後の「ほら、見て。」で、今ここが新幹線の中なのだとわかる、その説明の省略によって想像力が刺激され、映像的というか、文章の中の世界に没入する感覚がありました。語り手との距離がどんどん近づいていき、そして最終的には主張にぶつかってしまう、キャラが立っていて面白いです。少し個性的な方のようで、ときどき言っていることがよくわかりませんでしたが、「すべての人は他人のように」というほとんど何もしてないはずの比喩などは面白いし表現として興味深いです。 (ターミナル)

2019-12-28

率直な語り口で読みやすく、詩を書くという文脈で読んだとき、共感するところがありました。カスタードパイのくだりが少しあとで拾われているのは技巧的に思います。感情とその変化が良く書かれているために、語りだけでも単調さがないのかもしれない、と思いました。 (わらったら)

2019-12-28

テンポが良くて面白かったです。「ショウ!」のところはちょっと分りにくくてはじめ何回か戻って読んだりしたのですが、先まで読むとむしろ分るというタイプのネタとしてむしろこれはワザなのだなと思いました。 (コント原稿 爆弾処理)

2019-12-28

ひいらぎさん コメントありがとうございます。名前を思い出せない、その通りです。記憶にないほどの過去の自分と今の自分との同一性みたいな、ありきたりですが、僕はそういうのが結構好きで、この詩もすこしだけそんな感じにしました。 舞浜さん ご指摘ありがとうございます。以前の夢うつつさんのコメントでも少し触れたのですが、実際三連目はテキトーにやってしまった感があり、なんとなくこんなもんでいいか、でやってしまいました。色んな詩を読んで勉強したいと思います。それからご指摘いただいてようやく思い出したのですが、タイトルも投稿に際して適当にさっとやってしまったのでした。ネタバレ、その通りかもしれません。ネタバレ、前振り、伏線などの書き味の違いを計算できるようになりたいです。コメントいただくまですっかり忘れていました。ありがとうございました。 (冬のお花)

2019-12-28

夢うつつさん ありがとうございます。書いたあとになって、僕もだいたい同じことを思っていたのですが、他人からの見え方が確かめられて良かったです。 実はこの詩を書く上でテキトーにやったところが2箇所あり、ひとつは一番最後の一行を独立したことで、もう一つがご指摘の第三連です。最後はオチなので何か間みたいなものがほしくて色々いじっていたとき、改行しちゃうのが一番いいかなと思ってやりました。第三連には物語としてもっと動いて欲しい気持ちがあり、第二連まで書いて、この調子かな~と思ったとき、文末「た」で統一するのもいいけど、なんかすごいダルいな、というのが第一感でした。花を見つけるストーリーは決めていたので、丁度良くキャラに動いてもらうことで、お話的にも動きが感じられるようになれば良いなと思い、こんな風にしました。しかし比喩をどれくらい使うかなどについては、なんにも考えずにやりました。 それから詩の形式的なところでいくと、散文詩のつもりで書いていたのですが、そうすると最初らへんがずいぶん寂しいなと思ったので、適当にパートを分けました。ということで適当にやったところが結局3箇所になってしまいましたが、よろしくお願いいたします。 (冬のお花)

2019-12-24

磁界の中心さん 丁寧に読んで頂けたようで、書いた甲斐がありました。ぬるいことを言ってしまってこの場にふさわしくないかもしれませんが、褒められると嬉しいですね。構成についてのご指摘はほぼ正解で、「楽屋裏」の話をすると、最初の一行と最後の一行がまず最初に決まりました。物語調にしたくて、私には力不足ですが、詩のテーマと相性が比較的よくて、割とごまかせたかもしれません。 右肩ヒサシさん こんにちは、丁寧に読んで頂けたようで、嬉しいです。 言語哲学的な話については、センター試験現代文のお勉強で簡単に見かけただけですが、興味深いです。「言葉で世界を切り取って認識している」などの標語を耳にした事はありますが、メタファーの存在はむしろ非言語的思考の存在を示唆しているように思うときがあり、これがどう否定されているのか、来年はそういうことを勉強しようと思っています。「存在の本質はバラバラで不機嫌に黙りこくっているのかもしれない」この一文は大変素敵で、知りたいという思いが一層強まります。 この詩は過去との距離や自分自身の不一致をすこし意識しました。名前を忘れた花はその代表ですが、いつの間に誰かに汲まれているコップの水や、いつの間に誰かが結んだ靴紐などの小物は、そういうことを言いたかったから登場させました。 (冬のお花)

2019-12-24

深海が文構造で再現されているみたいなのが面白いです。分け入っても青い海、じゃないですけど。「寒さを寂しさに置き換えるのは、弱虫のすることです」もいいと思いました。寒さを乗り越えられる強い虫は、こういうことこそ言うものです。この一文だけみても情報がたくさん詰まっていると思います。 (シーラカンスの詩)

2019-12-23

「時には嵐を吹かせながら」という表現が面白いと思いました。ちょっとくさいところがあり、また自分を嵐にたとえるとは、よほどの自信家のようですが、テーマともあっていて、偉そうな言い方になってしまいますが「その意気やよし」みたいな感じに思いました。 語り手である「僕」は個人的には大人であったら面白いなと思いながら読んでいます。少年には夢や希望はあるけれど、大人が思う人生と彼らの感じる人生とは多分別物だと思います。ともに笑い合うこと、ともに喜び合うことの大切さは誰でも語って良いと思いますが、個人的には多くを知る大人が語ったほうが味があると思ってます。なので、あくまで個人的にはですが、いわゆるオトナが痛みを知った少年の頃のハートを燃やして頑張ってる、みたいな感じをにおわせる描写があと一行くらいあったらもっと好みだなと思いました。 (決意)

2019-12-23

誰が読んでも疑いようのない一般的な事実、具体的にイメージしやすい林檎の物理的な性質から出発して、少しづつ抽象的で個人的な「林檎思想」が入ってくるのが技巧的だと思いました。 (林檎と心)

2019-12-18

神の銃という表現が面白いと思いました。神が銃を持つだろうか? 人を裁くような神と言われると、なんとなく僕は白ひげのおじいさんで、怒った顔で、裸にちょっと布をまとったみたいな格好で、胸の高さまであるような長い杖を振りかざしている、そんな風なのをイメージします。雷の描写に代表されるように、神は自然と密接です。これは銃の人工的なイメージと合いません。銃は、誰でもが訓練された弓兵のように戦果を挙げられるよう開発された道具なわけで、神様なら銃なんて使わなくても指先一つですべてを意のままにできるはずです。 銃を手にする神とは、本当は銃の力によって神の座にのさばっている弱者なのかもしれません。最後の一行で詩の印象が大きく変わりました。 (雷に打たれた戦士)

2019-12-18

量子もつれ、スピンを測るとして、たしか双方が実験結果を照らし合わせるまではそれぞれの人達の主観的な信念の度合いが勝手に確定してるだけ、ということになった気がしますが、それなので「僕がイエスと思ったときは、きっと君はノーだろう」みたいな表現もありかなと思いました。 (量子の彼方)

2019-12-18

わ、たくさんのコメントがついていて驚きました。楽子さん、夢うつつさん、コメントありがとうございます。 「不当な上げ行為」になってしまうと良くないので、僕からのコメントに対するコメントはできればあんまりしないでおこうかな思っています。が、どのようなコメントでも大変勉強になりますし、全部ちゃんと読みますので、何卒よろしくお願いします。 楽子さん ありがとうございます。大変励みになります。ちょっと読みにくく退屈な詩になってしまったようで焦っているのですが、次はもっと頑張ろと思いますので、よろしくお願いいたします。 夢うつつさん ありがとうございます。第3連に関しての実践的な書き換え、まさか夢うつつさんに添削してもらえるとは思ってもいませんでした。非常に嬉しいです。今後時間をかけて勉強させていただきます。 個別のことについて一つ一つお返事したいのですが、体力的にヤバイので、控えます。ですがいずれも納得感があり、かつ、将棋を上手い人に教えてもらうときのような、視界が開ける感じがしました。おおむね手抜いたところを指摘されているので、バレるものだなあと思いました。 といって少しだけ返信するのですが、☆☆はドヤ顔でやったというより、むしろあんまりやりたくなかったのですが、どーせこういうのが好きなんでしょ〜?って感じでやりました。文脈からいって軽率だったかもしれません。 また発展性について、実に多くの詩に発展性があることは存じ上げております。その列挙を申し込んだのではなくて、むしろここでは発展性という言葉がどのようなものを指しているのかという認識を共有することが主眼でした。ふじりゅうさんのいう発展性がより詳しくはどういうものなのかを知ることによって、自分に足りないものが何かをよりよく知ることができると考えたからです。 (天使の内在)

2019-11-15

ふじりゅうさん コメントありがとうございます!大変勉強になります。 せっかくコメントいただいたところに反論するわけではないのですが、ふじりゅうさんの考察とご指摘はたぶん、天使という言葉の解釈の話に全て帰着するのだと思いました。その意味で、自らの技術不足を痛感するところです。 この詩は実は物理法則に対立する「人間法則」を書きたいと思って書いたものです。人間法則とは「人生ってそんなもんだよ」とでも言いたくなってしまうときに私たちが知覚している「あの」感覚が直感しているところであり、ちょっとニュアンスは違いますが、「悟り」とか「直感」とか「察し」とか、またシチュエーションによっては「赦し」みたいなものにさえなってしまう、そのようなものだと思ってください。それはたとえばもっと具体的にはことわざとして表現されていて、あれはあれで、二度ある事は三度あると言ったそばで三度目の正直が起きたりなど、事実上何も言っていないのかもしれませんが、でもなんとなく分かる気もするような、ことわざにはそんな不思議な説得力があるはずです。天使の内在とは、この人間法則を我々の知覚する主観的な経験の中に位置づけるのでなく、むしろその外側、世界のほうに備わった性質であると捉えなおして言うものです。僕はそれをこの世界の「約束」であると言いました。当然ながら夕焼けは人間を励ますために輝くわけではありませんので、この主張は科学的ではありませんが、それでも詩にはなると思いました。 こうしてみるとこの詩は実は一本道です。なにかすごい月を見て圧倒され、思索が始まり、とうとう彼が月の裏側に天使の影を見つけるところが第1連です。第2連はその説明になっています。第3連はさらに視点を変えつつ天使について説明しています。 「天使の内在」は論理の飛躍によってのみ到達できる主張でしたが、第4連ではもう一度思考を飛躍させています。はじめはたったひとつ月だけを特別視していたところを、ここでさらに全ての☆☆へと一般化しています。これはもちろん星を意識してはいるのですが、もはや「星」では正確な言い方にならないとしてこう書きました。夜空の星に留まらず、聖者を連想させるあらゆる星的なシンボルにまで天使の内在を確信したからです。 自画自賛が長くなってしまって大変恐縮です。ふじりゅうさんのコメントから、こうしたことがうまく表現できていなかったこと、それから、そうした意味の問題を捨ててしまって純粋に言葉の羅列と見たときに、それほど楽しい詩になっていないのだと分りました。また「かぐや姫」はこの詩にマッチした非常に素晴らしいタイトルだと思います。僕の書きたかったことからするとかぐや姫は選べないですが、多様な読みを可能にする工夫をもう少ししておくべきだったと気づかされました。それからこれはどうでもいいことですが、実は「月」は一度しか出ていません。11「月」を除けばですが。 最後にお願いがあります。ご指摘頂いた「発展性」に大変強い興味があり、もしよろしければ発展性のある詩の具体例をいくつか教えていただけないでしょうか。詩になにか動的なもの、ダイナミクスを与えるにはどうすればよいか、少し前から関心がありました。今回は主に論理を飛躍させることで動きを入れようとしてみたのですが、語の解釈に頼りきりなのがあまり良くなかったのだとわかりました。タイトルを調べるのは結構めんどくさいと思いますので、本当にもし良かったらで構いません。 (天使の内在)

2019-11-15

>季節が死ねと私にいうから 個人的にはこの一文で詩がわかった気がしました。素直にそのまま読んで、時期もそのまま秋から初冬にかけての詩と思いました。 僕のように人生の大体の瞬間が悲しい思いで彩られていたタイプの人間にとっては、もの悲しい感覚でさえほとんどアイデンティティみたいになって捨てきれないという気持ちになるときがあります(思い出のペンダントとか皮肉を言われて、めちゃめちゃへこんだりするのですが…)。そういう人間にとって秋というのはなかなか厄介な季節で、このくらいの時期に抱くネガティブな灰色の感覚が捉える特有の情緒が、自らの人生の積み重ねによって得られたのか、寒さによって誘導されたのか見分けが付きにくいのです。自ら主体的に生きて、悲しい人生にも積極的に情緒的で豊かな瞬間を見出しているのか、それとも秋という季節に情緒を感じさせられているに過ぎないのか……もし後者だとすれば、もはやそんなものは情緒でもなんでもなく、もし後者だとすれば、彼の主観とはただ環境に誘導された結果に過ぎなくて、零度になったら氷になるH2Oのようにただ世界に従うだけの虚しい生だと思ってしまっておかしくないかもしれません。 そういうわけで彼は、人間性の証明のために結果として自らに向き合わなくてはならなくなるし、しかしそれではかえって人間性の反証にすらなりかねない。……と、そういうことが表現された詩なのかなあと思いました。 漢字とひらがなの使い分けがちょっと気になりました。同じ文をそのまま続けるとなんとなく不格好な感じに見えたりもするのですが、ひらがなに変えたりするとそれはそれで気になります。でも音読するとやはり繰り返しは欲しい、みたいなときがあって、どうすれば良いんだろうなあ、と悩んでいます。(しかし、斜めに撮られた写真に向かって「どうして斜めにしたんですか?」と尋ねるのと同じくらいに無粋なことをしてしまっているかもしれませんね。。) (霜月)

2019-11-08

ひとりの、または少数の人たちを起点にして感覚が広がっていく有様ならどんなものにでも読めて、街も街全体でなく一人の人の心の中に雪が降り積もるようだと読んでも必ずしもダメというわけではないかもしれない・・・・・・と思いました。寓喩ってこうやるんだ、と納得させられるものがありました。家に帰ったら「写経」したあと暗唱したいと思います。 (フィアrデルフィアの夜に Ⅸ)

2019-11-03

最終連で温度が豹変しているように見えて、しばらく考えたのですが、うまく読めませんでした。しかし個人的な経験もあいまって、じつは、最終連がかなり好きです。 (旧友)

2019-11-03

「地球のどこか」「町では」「他人の空」など場所を意味する表現が定期的に登場し、視点が切り替わるような感覚で、単調にならないでどんどん読めました。はじめはタイトルがよくわかりませんが、読み終わってからもう一度読むと、今度は赤や緑に美しく燃える流星のイメージがわいてきて、知らないうちに、詩の中身でそういったものがよく表現されていたのだなあ、と思いました。 (雨は美しく燃えて)

2019-11-03

生活感がある感じの詩で面白いと思いました。ちょっとだけ素朴な歌詞のときのサカナクションみたいだなあと思いました。ですます調の詩ってなんだか馴染むなあと思いました。 (すき家にしよう)

2019-11-03

うまくコメントできないのですが、レトリックが視覚的で効果的で、淡々とした語りがかっこいいです。僕はライトポエムを書くのですが、必ずナルシストな感じになってしまってださくなってしまう。本当に書きたいものはこういう質感なのですが、いろんな場所がうまくて、強い人が指す将棋の棋譜を並べるときのように、わからないまま、良い感じがするなあ、と思いました。駒をそこに打ち込むのはうまいなあ、という漠然とした感想しかでないみたいな、そんな感じでした。うmm・・・・・・ひとつ「生き物のように死んでいく」死んでいくのは生き物だけど限るのに、あえてそう言ってしまう、その一文が生死のダイナミクスを表現しているような感じがします。 (残暉)

2019-11-03

共感するところがあります。同時に、もしコミュニティに参加している人に「ぼく」と同じ考えのやつがほかにいるとしたら?と思ったことがあったのを思い出しました。ひょっとしたら意外にたくさんの人が孤独かもしれません。また、仮にぼくに嘘をつくのをやめ、ぼくらしく生きることを選んだとして、それで孤独感は確かに薄まるかもしれませんが、結局、それだけでは本当の意味で孤独から逃れたことにはならないものです。・・・・・・と、なんかよくわからない感想を書いてしまいましたが、そういうことを思い出してしまうような、当時の気持ちがよく反映されたような詩だと思いました。 (ぼくのために生きる僕)

2019-11-03

タイトルが衝撃的です。文脈なしに「普通」とは普通意味が通らない表現になりますし、「クウガ」が文頭に登場する確率は0.0000001パーセントという世界だと思います。よってその二つの合体はさらにすごいことになります。詩の奥底にあるものはよくわかりませんでしたが、面白い形の石を見つけたときみたいな、大きな興奮に包まれました。 (クウガは普通)

2019-11-03

無個性な死の羅列から、エヴァンゲリオンの地平線の果てまで並ぶ墓標みたいなものを連想しました。死の列挙そのものでは作品にならないですが、そこから最小の文字数で全体を成立させているところに、水の突沸のような、一瞬の相転移めいたものを感じて、ハッとさせられました。沈黙で多くを語るように、無個性で一様な現実がかえって重い表現を実現しているかもしれないと思いました。 (数え唄)

2019-11-03

つつみさん 丁寧に読んで頂き大変嬉しく思います。それ自体大いに励みになりますし、読み手の方からどのように見えているのかを知ることも非常に勉強になります。 詩の「やりのこし」ではありませんが、実は私は歯ブラシをとても面白いものだと思っており、本来この詩にもそれをもっと反映したいと思っていました。言ってしまうのですが、歯ブラシの面白さはその多様性にあります。たとえば歯にモノが挟まったときの不快感はかなり生得的というか、野生的な感じがしますが、ご飯のあとに歯を磨かないのがなんとなく居心地が悪いという感覚は、いくぶん文化的な文脈をにおわせます。さらに、これから人と会うので歯を磨いておこうという判断なら、一層シティライフな趣になります。こんなふうに歯ブラシは詩のいろんな場面にあてはめることができるし、逆にひとつの歯ブラシにいろんな読みをちらつかせることができる、とても便利で奥行きと広がりをもったシンボルになっています。身近なアイテムでこれくらいいろんな概念と結びついた記号は実はそれほど多くないかもしれません。 もっとも、今回の詩では結局、歯ブラシとはほとんど完全に小道具と化していて、「それ歯ブラシでやる必要あるゥ?」みたいな感じになってしまったのが無念でした。一番最後に歯磨きを終える描写などを追加して小道具として酷使することも考えましたが、やはり蛇足感があってやめました。次はもっとその辺に配慮した詩にできればいいなあと思っています。 と、詩のやりのこしが長くなってしまい恐縮ですが、ともかく、コメントありがとうございました。 (歯ブラシはたそがれ)

2019-11-03

閃光の舞姫さん ご意見ありがとうございます。順番に答えます。 「投稿後一時間」について。すみません。勘違いしていました。コメントによって「上げ」状態になっているのを新規投稿と見間違えていました。私は「ごく短期間で」「少数の」人がこのポイントに関与したと思ってあのようなコメントをしましたが、その前提の1つ目が誤解だったとすると、手痛い見落としです。 「史上最多」について。これも確認不足でした。ごめんなさい。しかしこちらの場合は、「史上最多級」くらいの微修正によって、主張そのものが破綻するということは避けられると思います。 「イタズラ」発言について。まずひとつ知っていただきたいのですが、僕が鈴木歯車さんを擁護するようなコメントをしたのは、この件が「どっちもどっち」の可能性があるんじゃないですか? ということを提案したかったからなんです。実際、僕もあのコメントは品がないと思いますが、一方で、鈴木歯車さんがそういうことを言いたくなったのもなんとなくうなずけることじゃありませんか? と問いたかったのです。たとえるなら、この問題は「失せ物」に似ています。会社のデスクの上に置いていたはずのものが無くなった。「誰か盗ったか?」と聞けば確実にひんしゅくを買うと思いますが、状況次第ではそういうことを言いたくなるのも無理からぬことと思う、というわけです。実際に僕は、Eneさんの指摘が不自然だとは主張していません。そうする代わりに、どちらが正しいのかすぐに結論が出ることではないと思う、と述べています。 「正直クソ」について。「コメントをする」「『イタズラ』発言が含まれる」の両方が真である時、「コメントをする=正直クソ」だと表現している、と僕は解釈しました。僕は結論の「コメントをする=正直クソ」に飛びつきましたが、同じ文章を読む上でもアクセントによってはむしろ「『イタズラ』発言が含まれる」を非難しているとも読めると思います。その点のご指摘について、わかりました。 ポイント付与の上限について、コメントいただきありがとうございます。これについては是非、鈴木歯車さんのフォーラム(https://www.breview.org/forum_blog/archives/522)にも併せてご投稿ください。現状、フォーラムには上限解放に賛成の方がほぼいないようですので、大変貴重なご意見です。ただ、僕には「いくら押してもいいから上限もありません。」の真意がわかりませんでしたので、もう少し詳しくお話をお伺いしたいです。 同時に、できればなぜ僕が上限解放に反対なのかも知って頂きたく思います。ここでは長くなってしまいますが、noteに記事を用意していますので、ご覧いただければと思います。https://note.mu/isukidesu/n/nfc4ab4f79fce この記事の第4段落以降です。よろしくお願いします。 (廃棄物)

2019-10-08

鈴木歯車さんが謝罪したということについて、もしその謝罪の理由が「憶測に基づく発言をしてしまったから」なのだとしたら、僕はなんだか納得できません。(だって、ここでは「定理とその証明だけが語られてよい」とされてるわけではないはずです。 鈴木歯車さんの「イタズラで高得点が入れられたのではないか」という旨の発言は、僕には憶測によって発せられる感想として認められないほど非常識とは思いません。むしろ投稿されて1時間を待たず史上最多のポイントを付与したことに対して、それをやった人が一言もコメントを残していないことのほうが、よっぽど配慮に欠く対応だと思います。余りに極端な投票によってみだりに参加者を惑わした、という解釈のほうが常識的かも知れません。 といっても、たぶん、どっちがどれだけ常識的かということは、不毛な議論にしかならない気がします。鈴木歯車さんはきっとそういうことも見越した上で謝ったんだと思いますし、そうすると僕が割って入るのも一層おかしな話かも知れませんが、誰ひとりチャチャを入れないならそれもかえって不健全と思うので、このコメントをしています。しかしとにかく、おそらく不毛な議論になるということは、結論は出ないというわけですから、ようするに、鈴木歯車さんがすぐに謝る必要は無かったと思っています。 ところで、Eneさんは鈴木歯車さんの発言の内容についてでなく、発言したことそのものについて「正直クソ」だと言っているように見えますが、僕にはこういう言葉遣いのほうがよっぽどマナー的にまずいことに思います。箸の上げ下げと言ってしまえばそうですが、モラルの低下はこういうとこから始まるものだと思います。 (廃棄物)

2019-10-08

地理的な要因に縛られる人間ではありますが、そんなものを気にしない雨のイメージによって、超越的に人間に振りかかってくるあらゆる出来事を連想させているように思います。橋でタイヤが滑る時、ほとんど必ず風のことも僕は気にかけます。直接的なストーリー、そのイメージが描くもの、そして、描かれてはいないが重要に示唆されている風の3つが、これを重層的な詩にしていると思いました。 (Bridge)

2019-10-05

一回目の投稿が失敗してしまった?っぽいので再投稿します。あとあと連投になってたらお手数ですがお気づきになった方が通報してください。 以下コメスタート 第2連に注目しました。第一連の喉に「球体」をつまらせたような感覚、これはよくわかります。それと比べてみると、第2連の背中に「球体」を背負う感覚とは、ほぼ馴染みのないものだと思います。だけど、ここが読ませるための転換点だったのかな、と解釈することもできます。 よく逆立ちして「地球を支えてるー!」っていうギャグがあると思いますが、全くこれと同じで、実は球体を背負うとは地球に仰向けで寝そべることを意味しているんじゃないかな?と読むわけとです。背負わされる、なので、地球の全ての重みを引き受けるということです。そんなことある? って思うのですが、「人命は地球より重い」なーんて言ったりもするもので、彼にはその出来事が星の全ての質量に匹敵するほど重いことだったのだと思います。 と、すると第2連の直後の読みがちょっと難しくなるのですが、多少無理矢理かも知れませんが、「風」を「太陽風(または銀河風とでもいうべき宇宙線)」、「海辺」を「天の川の外れ(外縁部)」に対応することで、まだ読めています。もともと地球スケールのたとえだったので、当然その他の登場人物も宇宙のものたちということになります。その証拠というわけではありませんが、海に沈んだものは(おそらくですが)潮によって運ばれるのに、あえて「風」という言葉を使ったというのがこの読みを可能にする秘密のメッセージだったのでした。 「人命は地球より〜」とは普通自分の命の話でなく、誰か大切な他者に対して使う言葉でしょう。すると、この詩の裏側には誰か書き手以外の第三者が隠れていなければなりません。よって、この詩は一見すると書き手そのものの不幸と、それに対する書き手そのものの悲しみを描いているように見えますが、実際にはその「隠れた第三者」に寄せる悲しみと、それに伴う宇宙的な究極の孤独を描いたものだという風に思いました。第三連は、自分自身が「泣かない子供」であったゆえに、同じく「泣かない子供」であったその「隠れた第三者」に強く共感し、心動かされていたことを表現しています。 こうしてみると「温度を頂戴」はあまりにも切実です。宇宙は温もりを分かち合うのにあまりにも広大だからです。 (温度)

2019-10-05

白濁とは何のことかと思ったのですが、ドーム、憧夢とかけてあのなんか…雪が舞ってるみたいな感じになる白い粉の入った半球状のもの的イメージなのですね。本でそういう記述をちらっと見かけただけなのですが、谷川俊太郎さんは戦争と激動の時代に幼少期を過ごし、喪失感の具体的な形は幼く理解できないまでも、それが心に強く刻まれていて、喪失感に関する斬新な詩を書いたと分析している人がいました。幼少期のかすかな憧れに近い感覚の投影は、小説『1984年』に出てくる小道具の演出を彷彿しました。 (turbidity dome ~憧夢~)

2019-10-05

前半部分、文字が順番に出てきて漢字に変換されてるみたいな、文字の衝撃波の最先端みたいな感じがあるなあと思いました。 (果て、より)

2019-10-02

何回もコメントしようとして断念しているのですが、「秋が爆発する」良すぎて全部良い感じに読んじゃいます。光・衝撃波・熱風が3段階になって届く本物の爆発みたいな構成も好き。 (秋の爆心地)

2019-09-29

本当に人によると思うので、こういうスタイルなのかも知れませんが、僕には句読点の付け方に統一感がないと思いました。 (白い)

2019-09-29

日本語だとそうなるんだ!という驚きがありました。英語の詩にほとんど触れたことがなかったのですが、英語でも詩には詩の質感があるのだなあと思いました。 (Fanfare stomps and landslides will occur)

2019-09-29

テーマがすごく良いと思いました。。! (ラブソング)

2019-09-29

死について書くにしては乾燥した・淡白な・淡々とした詩だと思いました。なぜかな、と思うのですが、たぶん、景色の描写と心理描写の量の比かな、と思います。とはいえ、心境を迂闊にあらわにしないことは「避けるべき有象無象」に対する拒絶の意志の表れとも読めて、一概に良し悪しということではないです。 死を想ってる感じをだすテクニックに「死者に対する語りかけ」があります。これをやると、失われたものに対する思い入れがめちゃくちゃ効率よく表現できる気がします。また僕が思ってるだけでなくて、戦後詩の原点らしい鮎川信夫の「死んだ男」や、世界的ヒットを飛ばしたレッチリの「Californication」でも実際に用いられています。 と、いうのは別にアドバイスのつもりでもなんでもなくて、最近知ったので嬉しくなって書いちゃったのでした。ご存知でしたらすみません(本当に最近知ったんです…)。あんまりコメントになってないですが、よろしくお願いします。 (死刑宣告、屋上より)

2019-09-29

私はあまり躍動感は感じませんでした。硬質とは思いました。「仰いだ」「落下」「広がりつづける」など動きを表す言葉も多いですが、文体そのものが硬質で、静的な感じがしました。 (落下)

2019-09-29

ハリウッド映画みたいにテンポが良いのでどんどん読めました。隠喩とイメージが駆使されていて、第一行目から詩を読んでいる感覚が強くありました。字下げと古風な言い回しに転を感じました。 (歩く)

2019-09-29

アドバイスどころか上手にコメントもできませんが、好きです。終始暗い雰囲気であること、人間は自分一人しか出てこないこと、キスを拒む「それら」の心までは許さない交わりに、思想がよく反映されている感じがじました。 (月見ヶ浜海浜ホテル)

2019-09-19

日本にない地名や多すぎる警察の数は「きさらぎ駅」の代表するパラレルワールドものに似た雰囲気を演出しました。 いま確認したら、もう閉鎖したところも多いようですが、十年くらい前までは、個人のホームページみたいなところに未解決事件の詳細や考察が大量に載っているというサイトが割とありました。今はそうした情報まとめサイトが個人経営っぽいものからwikiみたいなちょっと体裁が整えられたものにとってかわってしまったような感じもしますが、ちょっと寂しいですね。そうした一昔前のWEBの雰囲気にも似ていると思います。鈴木歯車さんの指摘ももっともですが、「可愛らしい」くらいの表現なら、個人サイトの記事では時折見かけた気もしています。 身体の刺された部位の順番まではめったなことでは特定できないだろうという観点から、記事を書いた人のなかに犯人のうちの少なくとも一人が含まれていると読めると思います。彼はおっちょこちょいに違いありませんね。 (「有名」のすすめ)

2019-09-19

P.C.のための補足ですが僕自身は同性に「好き」を使うことに対してフラットです。「同性に向ける言葉として強すぎるという気恥ずかしさと判断の下であえて『ぼく』は『好き』を避けたのかな」と思ったという意味です。よろしくお願いします。 (友達)

2019-09-19

「ぼく」から同性の友人へ向けたものだと全く意識することないまま読みました。そのため「気に入っている」には初見では一切引っかかりませんでした。むしろ、同性に向ける言葉として強すぎる「好き」を避けたのだろうか、と感じさせる読後感に、「ぼく」の本心を垣間見たような気になっています。 この詩はいわばギムナジウムもののような感覚で伝わってきました。つまり、僕には「ぼく」が「きみ」を真に愛しているようにさえ感じました。 自らにはない「きみ」の「嘘」に対する誠実の感覚に単に強く惹かれているばかりでなく、「きみ」といる一時にはその感覚が自分にまで流れ込んでいるように感じていることの告白とは、精神的な合一的な感覚の告白と言ってよく、よって一大告白だと思います。自分の誠実を「錯覚」だと表現することは、「きみ」の心性への強い憧れの裏返しで、「きみ」のことを本当に尊く思っているのだなと感じました。 (友達)

2019-09-19

素直にはコーヒーが美味しそうだと思いました。中盤へ掛けて加速し、緩やかに減速に転じる緩急が、全体を通して前向きで躍動感のある演出になっていると思いました。 また勝手な読みかもしれませんが「戦いに行こう」は具体的な移動のイメージが強いのに対し、「戦いへ行こう」はむしろ心理的な前進の意志に感じます。よって極端にいうと「やらねば」から「やってやろう」という気持ちの強化の流れを感じました。 (漆黒を)

2019-09-18

始まったり終わったりするものごとのうち、極大のものである宇宙に意識が向きました。理論上の存在ですが、ビックバンとその反対の現象を永久にくりかえす宇宙モデルというのがあるそうです。ぷかぷかというのは「現在の太陽系が誕生する確率はプールにバラバラのパーツを投げ込んで撹拌したら自然と時計が完成するのと同じくらい」という都市伝説的たとえ話を彷彿しました。(そんなふうに決め打ちする必要はないと思いますが感想です。) おわりとはじまりの漢字とひらがなの表記揺れ、特に後半に向けてひらがなになるという演出が、(まるで「死」に対するそれのように)終わりと始まりが表裏一体であるということに対する人間の原始的直感をそのまま言語化したという趣に思いました。 (おわり)

2019-09-18

確かに言われてみるまで気がつきませんでしたが、前半は説明文的で、しかも、それにしてはやたら長いように見えてきました。(実ははじめは、前半をメインにするつもりでした。) 長さについては他に、詩性とエッセイ性について知りたいとも思っていました。この詩ははじめはnoteに投稿したもので、僕にしては評判が大変良かったので、こちらにも自信満々で投稿したのですが、あまりうけなかったため、その理由を知りたかったという気持ちがあります。ただコメントいただいてから読み返すと、あれは詩として良いとかそういう以前のお話で、「前半がライトノベル的な味付けの独白で、後半にちょっとギミックがある」のが、向こうのカルチャーにたまたま少しかすったのかな、という気がしてきました。いずれにしても、大変勉強になりました。コメントありがとうございました。 (公園と神様)

2019-09-17

老いの絶対性というか、親の歳をとっていくことに対する寂しさは普遍的に訴えるものがあると思いました。 (母のこと)

2019-09-17

まずはじめに、歌詞のような軽妙なテンポだなと思いました。「なにもないから糖尿病で入院してるんだ」は途端に大胆に弱みを見せてきて、書き手との距離が一気に近づいたような感覚になりました。大きな力か、または無力が書かれている詩は好きですが、なぜ主人公が日本に重苦しさを感じるのかをもう少し詳しく知りたいな、とも思いました。 (空蝉の歌)

2019-09-17

すみませんタイトルを余りちゃんと読んでいませんでした。今後気をつけます。構成については句読点が一回しか用いられていないことでやむことがない感情の勢いに感じられたのかなと思いましたが、三点リーダは二回重ねるのが標準的な使い方と聞いたことがあります。 (拉致~奪われた時間~母編)

2019-09-17

渡辺八景さんのコメントを読んで気がついたのですが、そういう社会性の文脈だったのですね。勘が悪くてもっと抽象的なことまでしかイメージしませんでした。かなり単純に僕は、改行の独特のリズムや言葉の重ね方に真に迫るようなものがあると思いました。怖いな、と思いました。 (拉致~奪われた時間~母編)

2019-09-17

「上げ」的コメントをしてしまい大変恐縮なのですが(よってこんな事は今後はしないつもりですが)、詩と言い張るには長すぎでしょうか? (公園と神様)

2019-09-17

あらゆるニュースが三面記事的性質を帯び始めているのが消費社会の現状だと本で読んだことがあります。自らの目で世界を確かめることができるカラスは、現代社会において消費されるだけの扇情的なニュースの記号から逃れ、自由な存在として象徴的に表現されていて良いなと思いました。 (カラスと秋空)

2019-09-17

最終行について、分らない詩を書いたのは僕なので、謝らせてしまって大変恐縮です。僕は非常に嬉しく思っており、今後も改善してもらえたらなあと思っています。 「わたし」「あなた」は当初の予定では別人のつもりでしたが、「あなた」を極めて身勝手に解釈しているという点で同一と言えなくもないと思っています。 (詩を書く人を目撃すること)

2019-09-17

なるほど……ありがとうございます!技巧的な部分でもそうですが、全体を通じて僕が書きたかったはずのものに一層近づいたという意味で、僕の投稿の改善になっていると思います。実際にその通りで、あの詩人は赤い血を流したりせず、死なないと言うより死ねない。ただ最後の一文は少しだけこだわりがあって、僕は全く表現できていないですが、人を許すために自分の腹を刺す人などいるはずがないのに、きっとそうだと信じこんでしまう、身勝手だけれども絶対的な救いの感覚を書きたくて、その「サビ」としての特別な位置が最終行だったのでした。 改善、大変勇気づけられました。勉強を続けたいと思います。ありがとうございました。 (詩を書く人を目撃すること)

2019-09-17

現代社会への不満が書かれているようではありますが、地下鉄に関連して土中の幼虫にたとえているのは面白いです。幼虫には未来があって、それは羽ばたくべき成虫を見据えた表現です。主人公は痛みに屈しているようですが、ただいまだけの一眠りから覚めたときに力強く目覚めてほしいです。 …という方向で読みたいですが、全体の雰囲気を考えると、やっぱりちょっと無理筋かもしれません。 (足跡のつかない道の上で。)

2019-09-15

難しい詩は読めないことが多いのですが、これはたとえが多く用いられているにも関わらず、最初から強く引き込まれました。ただ、終盤にかけて、花と性を関連する読み方を破綻してしまいました。 (女の家)

2019-09-15

「それでも、誰かがその硬貨を拾うのを待ちわびている」の部分は、ごく当たり前のことすらここでは「希望」であるという地獄的な絶望の表現に読むべきかもしれませんが、一方で、「人間が腐敗に抗う力」を信じる書き手の気持ちが込められているようにも読めて、私はそういうのが好きなので、良いなと思いました。 しかし、そう読んでしまうと後半部分と辻褄が合わないかなとも思っています。明るいニュースがなくとも笑顔を取り戻すことができるはずだという方向に進むと思いましたが、実際にはそうではありませんでした。やはり基本的な主題はしんどさを描くことにあるのかもしれませんね。。 (斯界)

2019-09-15

複雑な精神性を表現しないままでも平易な言葉で感じさせることに成功していると見ることができるかもしれないと思いました。その精神性は僕には共感しにくいものではあるのですが。すきの用法も面白いと思いました。 (誰が為)

2019-09-15

コメントありがとうございます。大変励みになります。仰るとおりで、これは謎めいた詩です。ただし、ものすごく良く言えば。。 私は、テーマは絶対に間違いないと思っています。テーマはタイトルそのものです。しかし、技術的にどうしようもないため、記号に頼りっきりに書きました。さしあたって、僕の詩の技巧的なひとつの目標は、タイトルに恥じない詩をちゃんと書き上げることだと思っています。また何か別の形で挑戦したいです。 (詩を書く人を目撃すること)

2019-09-14

大人になる、節目を迎える、環境の変化を迎えるといったときの心境を素直に書いた詩に思いました。 一点「川の流れよりも早く感じた」が争点、またはキーなのかなと勝手に思いました。少なくとも僕にとって川とは普段ほぼ意識しないもので、引き合いに出すほど馴染みある対象だろうか、と思うからです。川の勢いというものを感じる機会が僕にはほぼ無いためにそんな風に思うのかもしれません。比較するはやさも「早さ」と「速さ」で、若干異なるかと思います。など、詩を読む上でここにはサインめいた違和感があり、よってなにか書き手にとって大切な信念が込められているのだなと思いましたが、それそのものは前後の文脈からはわかりませんでした。 (命の灯が消えるまでに・・・)

2019-09-09

自分でもこの詩がどっちに(どこに)転んだのか、あんまりわからないままでいるのが、一番いけない気がしてきました。今にしてみると、仰る通りの詩だと思いました。ある詩を読んだ時の衝撃を、なにか普遍的なところに持っていければと思ったのですが……。非常に勉強になるコメントを頂けてたいへん嬉しく思います。ありがとうございました。 (詩を書く人を目撃すること)

2019-09-09

自分はなんて失礼なことを言ってしまったんだろう、と後悔しております。気が付きませんでしたが、気がつくべきでした。また当然、つまらないコメントをするべきではありませんでした。すみません。以降気をつけたく思います。 (詩離途淋)

2019-09-06

ジャンブリーズさま 丁寧なお返事ありがとうございます。そういうふうに言われてみると、確かに伝わってきました。僕の読解力不足かもしれません。全体的に、僕も読み込みが浅いままにコメントしているところがあるようです。ありがとうございます。 (疾走海馬)

2019-09-06

お返事ありがとうございます。やっぱり前半部分が気になってきました。でたらめなタイプでことは明らかで、ひらがなとアルファベットの出現頻度の偏りや顔文字など、意味有りげな感じがします。際立っているのは〒で、これはわざと出さないと絶対に出ないようなきがします。 というわけでもう少し丁寧に読んでいようと思います。 (川崎らへん。)

2019-09-06

自分の人生を生きるのはこの俺なんだ、みたいな意志のようなものが表現されているのかなと思いました。第2段落は勢いが伝わる反面、たとえは難解に思いました。 (疾走海馬)

2019-09-06

V字にどういう意味があるのかなと思ったのですが、なにか普遍的な回帰のテーマがあるような気がしました。じっくり読みたいと思います。 (詩離途淋)

2019-09-06

不器用な感じがしてよかったです。侮辱され、尊厳を踏みにじられたいと感じるこの気持ちは一体何なんでしょうね?僕も非常にそういうことを考えるタイプなので、共感するところがありました。差別心をえぐりだされるような気がしてなりませんでした。 (露出狂の詩)

2019-09-06

ラスト一文がリズムが良いのでポイントしました。前半の文字列は意味があるのかもしれませんが、解読できませんでした。難解な感じがします。 (川崎らへん。)

2019-09-06

タイヤをいろいろに読むことができるのを面白いと思いました。他の方も書いてることですが、タイヤが回ることが人のデフォルメになってる感じで、小気味よい感じがしました。それだけでなく、得体のしれない重たいもの、地に噛み付くという表現も、対応物がみつかって、たとえがうまくいっていることに驚きました。はじめは「道」と「人生」を対応して読みましたが、よく考えると道は時間かな、と思い、無限に続く時間のうえで永遠に流転する宇宙のあらゆるもののことをちょっとだけ考えました。そうすると、これほどうまくいくかわからないのですが、同様の例えが月や地球の公転なんかでも表現できるかもしれないと思い、それだけ普遍性のあるテーマなんだな、と思いました。あとイエローハットみたいなよく知った名前がでると謎のリアリティが出てワクワクする感じがしました。 (スペアタイヤ)

2019-09-06