B-REVIEW作品投稿掲示板


近代自然様式から   

幻楼灯 
作成日時 2018-10-14
コメント日時 2018-10-14

 

彼も雲の上に墓を立てて 逆さまの空へと解き放つ 命ある若い星々は皆 灼熱の地平を求めて消えていく まだ薄暗い昼下がりだが 足元の朝露が地面に昇華する 彼が宙から降りてきて 僕の隣でため息にも似た白い息を吐く 彼女もまた西方の夜から 春風に乗って生まれてくるのだろう だが、そうなるとちょっと変だな 明日は何処だ?


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stereotype2085 (2018-10-14):

好きな詩の世界観なのですが、タイトル、内容ともに若干固い印象を受けました。幻楼灯さんが表現を崩し、ある意味解体した時、どのような表現をなさるのか楽しみです。「明日は何処だ?」のラストは僕好みでした。

幻楼灯幻楼灯 (2018-10-14):

stereotype2085さん コメントありがとうこざいます。 おっしゃる通りラストのためとは言え固くし過ぎてしまった感があります。 表現系の硬度は、この辺りが今の自分のデフォルトのようです。 次回は柔らかめで飲み込みやすい形状や言葉選びを意識して見ようと思います。

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訪れ   

じゅう 
作成日時 2018-10-06
コメント日時 2018-10-14

 

いや、嫌、いや。 子供がぐずる。 空の曇った秋の日の、 台風の来る、夕暮れに。


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stereotype2085 (2018-10-07):

台風の来る、夕暮れ。における何気ない日常の描写から、筆者が「考え残した」あるいは「置き忘れた」感慨、想いを立ち止まって、振り返るというような印象を受けました。一瞬にして読み手に訴えることの出来る「短い詩」の利点を最大限活かしていると思います。もちろん技術あってのことですが。「いや、嫌、いや。」の出だしも含みがあり良いですね。

しょうこしょうこ (2018-10-07):

この子供がどのくらいの年齢なんだろうと、想像されられました。 いや、嫌、いや。 の、後から一気に風景と子供が頭に飛び込んでくるようでした。 好きな詩です。

じゅう (2018-10-13):

stereotype2085 さま 雑多な情報が溢れる世の中で、ふと思い返した簡潔な情景を考えて書きましたことを読み解かれていて嬉しい限りです。ありがとうございます。 しょうこ さま 好きな詩、とのことありがとうございます。子供は何か大人に分からないことを察知する力を持っている気がしますね。

湯煙湯煙 (2018-10-13):

こどもがぐずるのは何かを感じ、嗅ぎとるからなのか。お外に行けないのをぐずるか、秋の日の台風という一現象とこどもと、これからも生きることになるこどものあれこれを予期させるかの、そんな感じを与えます。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-10-14):

台風というのはあくまで表面的な現象であって、子供はその奥に秘められた何かもっと根源的な「恐怖」を嫌がっているようにも見える シューベルトの「魔王」なんかも彷彿とさせる あと個人的に「子ども」でなくちゃんと「子供」としているのもポイント高い。「子ども」っておい熟語の構成ガン無視じゃねぇかって。

じゅう (2018-10-14):

湯煙 さま 子供の感性としては、周りは意味の分からないものだらけで、自分の横にあるモノから自分の感情に至るまで全てが雑多に揺れ動くように感じるのでしょうかね。いちど物心ついた人間はこういった感覚に対し恐怖を示すと思うんです。私もそうですが、出来ればもう一度だけ体感してみたい、ような気もしてしまいますね。 渡辺八畳@祝儀敷 さま 「魔王」、言われてみれば確かに似たコンセプトを感じますね。大人になると失われていく感性も、子供にとっては大きな問題になりうると思います。 子供と子どもの件、正直言いますと漢字の方がしっくりくるな、程度にしか考えておりませんでしたが、新しい着眼点を得ました。ありがとうございました。

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マンションからの風景   

no.20 
作成日時 2018-10-12
コメント日時 2018-10-14

 

今年の秋は何か違う 澄み渡る空 立ち上る煙 紅葉する木々 金木犀のかおり 何が違うのだろう 窓に近づいてわかった あったものがなくなって なかったものがある たとえば屋根瓦 たとえば車庫の扉 たとえばブルーシート たとえば作業音 今年の秋は何か違う


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田無いなる田無いなる (2018-10-12):

《澄み渡る空》からの四行と《たとえば屋根瓦》からの四行の、ともに最後の部分を、視覚から嗅覚・聴覚へ、おそらく意識して変化させている部分が良い、と思いました。欲をいうなら、五感全部入っていたらより良かったかな、という印象ではあります。

no.20no.20 (2018-10-12):

コメントありがとうございます 詩は書き慣れていないものですから これから修練できればいいなと思います

斉藤木馬 (2018-10-12):

前半と後半の対比が印象的でした。それだけに >あったものがなくなって >なかったものがある という箇所は種明かしであり、読者としては描写の中でそこに気づきたかったとも思いました。つまり主人公目線とは別にもう少し「何かが違う」という不穏な気配、緊張感を楽しみたかった。 この構成であれば中心部分がぎゅっと締まると、前後半の対比がさらに鮮烈になる気がします。

蔀 県蔀 県 (2018-10-12):

いいと思います。ぼくは好き。とりたてて難しい表現/言い回しを用いていないなかで、なおかつ事物が簡単に列挙されているために、「何か違う」という漠然とした言葉が効果をあげていると感じました。《どこそこの何々がどのように違う》など細かく書いてしまったり、抽象表現をやたらに目立たせていたりしたら、理性的な部分のほうがより強調され、「何か違う」という言い回しが嘘っぽく見えるであろう気がする(そこまでわかっているのに「何か」はおかしいだろう、といったように)。かといって、《何か違うなあ》という感覚だけしか書かれていないと、あまりにも淡彩すぎて、ちょっと話に入りづらいだろうなとも思う(もうすこし「何が違うか」考えてくれないのかな、といったように)。その塩梅がまったくいいところで仕上がっている気がします。 ひとつ気になるのは三連目「何が違うのだろう/窓に近づいてわかった」で、ここが無かったらどうなったかな、と思っています。もちろん、ここはあっても無くても、詩全体の意味はさほど変わらない(と思う)。が、手触りはずいぶん変わる気がする。それをすることで、詩がよくなるのか悪くなるのかはわかりませんが、ただ単純に、どういう印象になっただろう、と気になります。 いずれにしても佳品かと思います。

no.20no.20 (2018-10-12):

斉藤木馬さん、蔀県さん、コメントありがとうございます ここのみなさんは真剣にコメントされていて、私など恥ずかしい限りなのですが、精一杯頑張りたいと思います

花緒 (2018-10-13):

最初と最後の、今年の秋は何か違う、を捨象するだけでも、ずいぶん印象が変わり、余白の生きる作品になるように思う。上のコメントを見るに、好感を持つ佳作である一方で、あと何行か捨象すればよかったのに、という感想を惹起しがちな作品であるようだが、どの行を捨象すべきと考えるか全く一致していないことが興味深い。

no.20no.20 (2018-10-13):

花緒さん、コメントありがとうございます やはりまだ余分な言葉があるみたいなので、今後は余白を生かせるような作品を作れるよう努力します

stereotype2085 (2018-10-14):

良詩ですね。自然は何も変わらないのに、人工物はどこか変化している。一瞬災害があったための人工物の変化かと思いましたが、人工物は時を経るごとに着実に変わりゆくものですから、違うのかもしれません。ちょっとした危機感めいたものもあって僕は好きです。

no.20no.20 (2018-10-14):

stereotype2085さん、コメントありがとうございます 九月上旬の台風の爪痕がいまだに残っていまして、マンションからの風景が一変してしまったんです ブルーシートの人工的な青さがどこまでも広がっているさまは、災害が他人事でなくなったという緊張を感じる次第です

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歩み   

licaste 
作成日時 2018-10-10
コメント日時 2018-10-14

 

りっちゃんにとってのじゆうはにほんのおはしだった おにいちゃんがもってるのがかっこよくて じゆうってなんかよくわかんないけど いいなあ りかにとってのじゆうは6時まであそべること みんなはチャイムがなってもかえらないのに りかだけは引きあげなきゃいけない あーあ 梨夏にとっての自由は部屋の中だった ヒミツの1つや2つもできるお年頃 持ってないものも多いけど 持ってるものも多いんだ 私にとっての自由とは「御社」で活躍する未来図です そのために真っ黒一色になったけれど 後悔なんてしていない って本当なもんか わたしにとっての自由は仕事終わりの生ハムと缶チューハイ お気に入りはコンビニの5枚入り おすそ分けする気はないけど野暮なことは言わないで ね 新婚さんの自由は旦那さんに左右されたくない 自分のことは自分でやってちょうだい 苦戦しているあなたの後ろ姿にキュンとするから 内緒だけど 産休育休明けの自由はあのプロジェクトへの参加券 新人ではないが新人の気分 少しの間に頼もしくなったものだ 後輩たちよ ママにとっての自由は役員からの解放だった 卒業対策委員会のややこしさと言ったらないわ それもこれもジャンケンが弱いからね 昔からそうだった 大人になったら自由になると思ったけれど あの頃みたいにジャムを一瓶なめたいとはもう思えないし こっそり夜通し電話できる友達も話題も減った それでも自由を求める自由は果てしなくあって 残りの人生どうやって生きていこうか 楽しみだと そう思える人生にできると いいなあ


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まりも (2018-10-13):

2歳くらいの、ようやく自意識を持ち始めた頃から、まるでアルバムをめくるように、一人の女性の人生が描き出されていきます。その芯を貫いているのが、自由とは、なにか。 それを口語自由詩で綴っていく。 ~からの自由、~への自由、自らを由とする、という日本語の意味通りの(自立して自らの意思で、何物にもとらわれず判断する)自由・・・ 日本の「自由」には、自分勝手、というようなマイナスのイメージもありますが、自由を求める自由に直面させられた時の思考こそが、自由を問い始めるスタート地点なのかもしれません。 表現としては、小気味良く時間が進行していく主語や表記の変化に魅力を感じました。変化しつつ繰り返すバリエーションの面白さもありますね。 もっとも、役員からの解放、という自由から、一気に残りの人生にまで飛んでしまうのは、全体が広く浅くなってしまうのではないかと思いました。 エピソードが比較的身近な事柄であるので、平均的な女性の感覚にマッチしていくとは思いますが、それゆえに「私」の問いが薄まってしまうのではあるまいか。 ~からの/~への自由、から離れた、個として向き合わねばならない自由を、掘り下げていくと良いかもしれません。

stereotype2085 (2018-10-14):

初めは平仮名を使うことで生まれる効果を狙っただけの詩なのかな、と思いましたが違いました。上手いですね。年を経るごとに書き方も文章も語彙も変化していって第一連の無邪気さや長閑さがなくなる。当然社会人や大人としては、中盤以降の文章、書き方が優れている、ということになるのでしょうが、失われていくものも多い。技術的にも構成的にも良く練られていると思いました。

じゅう (2018-10-14):

拝読しました。少女の一生を描いた、一本の映画のような視点で見ることが出来ました。年齢と共にかわりゆく「自由」が失ったもの、得たものを自分の代わりに語ってくれるのだという気付きを得ました。面白かったです。

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主人公   

risa 
作成日時 2018-10-08
コメント日時 2018-10-14

 

君はロングよりショートが好きらしい。 それを知ってすぐに髪を切りに行こうとした。 土日なんていらないわ。 これはもう恋なんだと認めざるおえなかった。 美容室に向かってる途中に君を見かけた。 そして君の横にはショートあの子。 髪の毛も服装も笑い方もさ君の理想に近づこうとしていた。 バカみたいだ。 大きなため息を出してスッキリした。 あなたの好きもあの子の笑い声も知らないわ。 私は私のままでいいじゃない。 あの子は可愛いけれど 私より可愛いけれど、 この恋の主人公は あの子より私の方が絶対面白い。 最終回で君とキスするのは 他の誰でもないこの私よ。


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かるべまさひろ (2018-10-08):

恋心は移り気な感じがして、自分も略奪したようなことがあるので、ちょっと楽しく読めました。

ふじりゅう (2018-10-08):

拝見しました。 初々しい、感じもしますが、技術に基づいているのかもしれない、といった詩と感じました。 読みといていきます。「君」はショートカットが好きと知ってからすぐに髪を切りに行こうとする主人公。「土日なんていらないわ」の真意は少し保留としまして、次「認めざる」「お」「えなかった」とあります。誤字でしたら申し訳ないところではありますが、これが狙ったものであるとすると中々上手いのではないか、と考える次第であります。なぜかというと、普通は「を」を「お」と変えることで主人公像を浮かばせる技法はあるにはありますが、ここまでさらりと、目立たせない形で導入することは中々出来ないだろうと考えたからであります。あまりに自然すぎるからこそ、ひょっとすると誤字かも、と考えたことも付記しておきます。 脱線しましたので戻しますと、美容室へ向かう途中で〈ライバル〉となる「ショートあの子」と歩く君を見かけます。君の理想に近づこうとした私。少し飛ばして最後、「この恋の主人公は」私の方が面白いと。「最終回でキスするのは」私だと。そして中程の「大きなため息を出してスッキリした」。ここを考察していきます。まず、状況としては好きな君には「ショートあの子」が恋人として存在している。それを見かけてしまう。主人公は「バカみたい」だと述べる。しかし問題なのは、ため息ひとつでスッキリなどするはずがない、ということです。これはかなりショッキングと言いますか、逆に言うとため息ひとつでスッキリするような「君」への思いって一体どれほどのものか、という事になります。そして後半の〈恋の主人公〉のくだりからして、主人公は君を大して好きではないのだと考えました。要するに君を愛しているのではなく、恋に恋しているだけなのだと。だからこその「恋の主人公」が自分だと、ある種利己的な考えに浸れるのですし「最終回」というドラマを意識した思考に到れるのだと考えます。ドラマの恋する主人公に自己を重ねている。しかし恋とはそういったものでは無いはずです。もっと君しか目に映らないような、君に彼女がいればとって喰うほどの猟奇性。逆に言うとそういった作品が多数であると思います。私が良いと感じたのは、恋に恋する主人公をテーマにしたという点ですね。そしてこの生々しいほどのリアリティ。パッと見普通なようで、良い詩なのではないでしょうか。

stereotype2085 (2018-10-14):

「この恋の主人公は/あの子より私の方が絶対面白い。」この一節のためにあるような詩にも感じました。主観と客観が入り交じり、それでいて尚且つ自分自身を主人公として推す。面白いと思いました。

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選評 詩についての詩は、一生に一つ書けば良いじゃないか   

蛾兆ボルカ 
作成日時 2018-10-08
コメント日時 2018-10-14

 

9月投稿の全作品、拝読しました。 大賞への推挙 声 黒髪 「家」とどちらを推すか迷いました。 本作品は、一つの精神が世界と繋がりを持つためには、最初にどうしても愛がなければない 、という事実を愚直なまでに水平の視線で見つめている。 詩作において一つの視線を獲得することは、1人の詩人の誕生に等しく、それをやり抜くことは詩人としていきることそのものに等しい。 そうした書き方で書かれた言葉が、破綻を伴うレトリックを纏うときの輝きが私は好きです。破滅に向かう美、と観賞する私には見える。だが作者は生きようと進む。 この作品がそうだと思う。 優良 家 湯煙り 冒頭の「確かに」が複雑に精妙に作用してゆく。どこまでが確かなのか?だが最終行の扉が締まる音は確かに現実のものとして私の耳に響く。 殺させてくれたのに 渡辺八畳 本当は作者は殺人犯であり、証拠がないというのは幻覚で、まだ逮捕されてないだけ。と解釈して読みました。 そう読むと作者が怖い。また作者の幻覚が怖い。その怖さはよく感受され、その点で高品質だと思う。ただ動機は共有されない。その点でスッキリしない。 動物図鑑 穴秋一 言葉の展開が大変面白く、よく出来ていると思う。 ただ、記憶してしまうほどは流れよく来ない。 推薦 母よ 向日葵 立ち止まらせる強さがあると思いました。 印象に残ります。核になるオリジナルなフレーズがあると、この強さは壊れるかもしれないが、私はそこが欲しく感じました。 友達  闇と雨を友達とする感覚。 それはもしかしたら、死を友達とすることなのかもしれません。 一つの詩的証言として、貴重だと思いました。 銀河鉄道バステト号の夜 植草四郎 ちくわが良いです。 言葉もイメージも綺麗に流れ、楽しんで拝読しました。これは何も欠けていないと思う。 一年たったら、逆にこれしか覚えていないのかも。 しかし今は、私のココロへの響きの重さで、推薦に評価しました。 以上です。


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蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2018-10-08):

訂正します。 黒髪作品へ × がなければない ○が無ければならない 友達 作者名 羽田恭 が抜けました。 失礼しました。 

羽田恭 (2018-10-09):

推薦に自分の作品が! ありがとうございます! 大雨の一昼夜、山道を延々と歩き続けてた経験を詩にしました。 限界を普通に超えていたので、死を友達にしていたと言われたらそうかもしれません。 他にこういう詩を書く人は見たことがないので、確かに貴重かも。

みうら (2018-10-09):

ボルカさんの選評を読みたかったのは私だけではないと思う。ボルカさんは選評という言葉が嫌いな人だと思う。誰も信じてくれないだろうけれど三浦も選評が嫌いなんだ。本当は。だからわかる。選評が嫌いだという人は少なくない。でもビーレビには選評がある。たくさんの人たちが喜んだりなんちゃら談義をしている。じっとボルカさんはそれをみていた。嫌いなのになぜ三浦は大賞取るだのなんだのとお祭りの神輿に乗っかってやんややんや騒いだのか。みんなはそれをわかってくれたと思う。ボルカさんは最初からわかってたと思う。詩を選評する全ての仕組みを無意味にしてしまいたかったということを。 この詩が好きだということ。誰が何と言おうと私はこの詩が好きですと不器用だけど言いたい気持ち。一生のうち一回、詩が好きの気持ちを上手に説明出来ればそれで良しとしよう。 とりとめのない散文コメントになってしまいましたが、ボルカさんありがとうございます。

蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2018-10-10):

羽田さん、三浦さん、こちらこそ作品を読ませて頂き、また交流の場をご提供頂きありがとうございました。 三浦さん 誤解があるようですから、以下で少し、それを解こうと私なりに務めてみます。

蛾兆ボルカ蛾兆ボルカ (2018-10-10):

三浦さん 私はこの場で最も有益な文芸理論は、「限界芸術論」だと思っています。 その帰着する方法論は、ラスチ人協会、農民芸術要綱概論、ブレーメンの音楽隊等で賢治が示した理想的な合評であり、なるほど選考ではありません。 また、限界芸術論がこれまでの歴史的史な成果としたのは、農民の鼻歌の中に現れる、無名の天才の作歌を、作者不詳の民謡にまで高めたことであり、今後見込まれる成果は千年に1人の天才を召還する、千年の宴の実践です。 それも選評によってはなされません。 伝わったかどうかは知らないけど、私はあなたに繰り返しそう語りました。 しかしそれは私の勝手な考えですし、選評を嫌いだとか思ってないですよ。 選評は選評で、するのもされるのも全然嫌ではないです。 むしろどうして嫌なのか理解できません。 そういう私をあなたがどう理解するかはあなたの自由です。 でも私の気持ちはそうです。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-10-14):

ビーレビでこの類の詩はウケないだろうなと思っていたが意外にも優良までいただけてありがたい

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漂流   

Mar-to 
作成日時 2018-10-12
コメント日時 2018-10-14

 

彼らは遠くへ それは気づかぬうちに きっとさほど近くもなかった いつのまにか知らぬ何処かへ 彼らを見る ここに立つ 私はここに 彼らの立つ場所 知っている場所 こうべを垂れる 未だ知らぬ自らの立つここ


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まりも (2018-10-13):

彼ら、それ、など、抽象的な言葉が多く、白地の多い、薄塗りの絵画を見ているような感覚が残りました。 自分だけ取り残されて、彼らだけが先に行ってしまった、という感慨でしょうか。 彼らが、知っている場所におり、自分は知らない場所にいる、というところからは、彼らが旅だったのではなく、自分だけ弾き飛ばされる、自分だけ切り離されて遠ざかっている、そんな動きも感じられました。 なぜ、こうべを垂れるのか。 彼らが漂流していた、と思っていたが、実は自分がさ迷っていた・・・ということなのか。 ここに、という言葉が不用意に重ねられていて、印象が薄まってしまう感もあるので、同じ言葉を重ねるときは、作品内における効果を十分に考えるという習慣をつけると良いかもしれません

Mar-toMar-to (2018-10-14):

>>まりもさん ご鑑賞ありがとうございます。「薄塗りの絵画」「彼らが旅立ったのではなく、自分が遠ざかっていた」と表現したかったことを読み取っていただけて嬉しいです。 「こうべを垂れる」の部分についてですが単純に心情を読んだものではなく「私」の視線の動きを表したつもりでした。ですが確かに心情をうたっているようにも取れますね。技量不足と言わざるを得ません。 最後に、「ここ」という言葉についてですが、私はこの詩を作る上で全体を通して、先述の「私」の視線の移動を意識しました。「ここ」という言葉を度々使ったのには「私」が何度も自分の立っている場所を確認する様子を表す意図がありました。 ご批評、コメントありがとうございました。

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カーテンの向こう側   

夏生 
作成日時 2018-10-10
コメント日時 2018-10-13

 

一週間 予定が切り取られ 治療のため 日常を畳んで さみしい服を着て 横になった 手の甲に小さな針が 滑り込む 薄桃色のカーテンで 仕切られた部屋では 言葉が転がって 看護師が 忙しなく拾い上げて 横たわる患者に そっと渡していく 夜になると あちこちから 助けを求める 声が 薄暗がりの中から 立ちのぼった 耳をすませば 幼い子の声に似て さみしさで カーテンがゆらめく 食べることだけが 楽しみになって あとは 過ぎていく時間を 数えることに 費やした 病の毒気が ゆっくり抜けていくのを 感じながら 窓ひとつ隔てられた 日常に手をのばす カーテンの向こう側で 話し声が聞こえる 若いころの話 今の要求 失った家族のこと 今の要求 日めくりのやさしさ 今の要求 こちらまで 話の続きをしてしまいそうな かわいた勢いが 押し寄せる 心が前に倒れそうになると ベッドのふちを掴んで 堪えた 泣き出す前に カーテンが開かれ 痛みとさみしさと 寝て起きるだけの 気楽さを畳んで 日常に頬ずりした


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帆場蔵人 (2018-10-10):

二連目が病院での患者と看護師たちのやり取りを巧みに表しているなぁ、と読ませていただきした。入院すると本当に様々な人たちと同室になりますし、ご高齢の方や病状が思わしくない方にも出会いますよね。その一人一人の人生が漏れ聴こえてくるのかな、と感じました。取り留めない感想ですが、胸にくるものがあり書かせていただきました。

夏生夏生 (2018-10-11):

帆場蔵人さん  はじめまして!コメントくださり、ありがとうございます!ご丁寧なご感想、とてもうれしく思いました。

ヤエヤエ (2018-10-11):

さみしさでカーテンがゆらめく、という表現がとても良いなと思いました。カーテンがなにかの拍子に揺れるだけでも、虚しさを感じる病人の気持ちに詩情を覚えました。リアルな情景と心情が浮かびました。

夏生夏生 (2018-10-12):

ヤエさん こちらにもコメントくださり、ありがとうございます!細部までお読みくださり、汲み取ってくださって、とてもうれしく思いました。大きな励みになりました。

ロ三 (2018-10-13):

七連目が 描写であるのと同時に 若いころの話(をすることが) 今の要求 失った家族のこと(を話すのが) 今の要求 日めくりのやさしさ(は) 今の要求 というふうにも感じて面白いなと思いました。

夏生夏生 (2018-10-13):

ロ三さん はじめまして!コメントくださり、ありがとうございます。七連目の詠み方、詩の幅が広がりました。素晴らしいです!ありがとうございます。

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コこロさん   

湯煙 
作成日時 2018-10-09
コメント日時 2018-10-13

 

いったいいつどんな経緯からだったのかはもう定かではないが やり取りを重ねるごとに彼女から届くお手紙の文面は日増しに このわたしを求めているのだという一途さで熱くなっていった メールやLINEで互いに軽口を交わしあった季節が遠ざかりゆく もちろんこのわたしも彼女を求めていることは疑わないのだが 実際のところどんなお顔をした方なのかさえいまだわからない そんな一人の人についてさまざまに想いながら椅子に背を預け ハッとすると同時に視線の先に毎度涎まみれの一本の万年筆が  まあ落ち着け 彼女から届く手紙はとりたててなにか深い事柄を綴るのでなく 日常の些事をあれこれしたためるだけのものに過ぎないのだが しかし最後に必ずひとつだけ三択形式の質問が設けられている なにゆえこんなものを書き連ねるのかはよくわからないものの いつしかわたしはこんな仕掛けを行う彼女という人間に確かに 興を乗せられていることを愉しいと感じている自分に驚くのだ 拝啓~様から御元気ですか?といった通り一変の定型に始まり やがて季節や世事の話題に移りそして最近買った衣服や小物類 インストールしたばかりのアプリやゲームに音楽や映画や旅行 現在の髪形はこんなですにセール品の口紅が今お気に入りだよ では一つ○を付けお送り下さいね楽しみにしておりますとくる  1 会いたい  2 会いたくない  3 答えない                       そして草々により終える手紙はこれが丁度十通目となるのだが 初めて届けられた一通目から三通目までの質問は素直で可愛く 好きな動物や食べ物やスポーツに苦手な動物や食べ物や芸能人 四通目から八通目までは将来の夢や理想のタイプに信条や悩み 四季を一巡りするかしないかという頃合いから文面にはついに 結婚の文字を認めどどどどどどどど重低音がしばらく収まらず ハッとすると同時に視線の先に涎まみれの開いた一枚の封筒が  ふう落ち着け 深く閉じていた瞼をようやく開け椅子からゆっくり立ち上がる そのまま背伸びを繰り返し全身がほぐれて頭をリセットしつつ シャワールームに向かい行者のごとく熱湯を浴びせかけながら 仄かに紅の色に染まり続ける焼き上げ最中の肉の火照り具合に 内側にみなぎる意思を迂回し抗うことなど到底不可能だと悟る そして股の間にある自身の性器にわたしは手を掛け持ち上げる 天上を見つめ両の掌をぐりぐりと捏ね回しては意識は底を這い 荒くなる息遣いと同時に双頭の大蛇が口を裂いてはうねりだし  ギャアアアアアアア! 瞬間に金切り声がシャワールームを塵と化して光に投げ出され 全身の感覚はなくただ規則正しい鼓動が地を淡々と打つばかり  ダダイジョウブデスカ? 気がつくと微かに誰かの呼び掛ける声が耳元にずっと木霊して ハッとすると同時に視線の先に無数形式の質問を綴った手紙が  1 アイしてる  2 あいシテル  3 愛シテル  4 あイしてル  5 アいシてル  6 愛死手流  ・  ・  ・  ・  ・


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stereotype2085 (2018-10-09):

まず「まあ落ち着け」に笑ってしまいました。こういう境遇に陥った男性が、真っ先に自分に言い聞かせなければならないことはこれでしょう。詩作品は三択をいつも迫る「彼女という人間」の謎に迫っていく。とても興味深い展開です。ですが、シャワールームに行って以降がちょっと僕には読み取りづらかったです。最後、彼女が不意に現れたのか、それとも「彼女という人間」が自分の中の妄想だと気づく流れだったのか。何れにしても、個人的な贅沢かもしれませんが「彼女という人間」の本質に迫り、その姿を謎解きする、というところへ行って欲しかったです。謎解きされているのかな? だとしたら失礼を。

湯煙湯煙 (2018-10-13):

stereotype2085さん そうですね、シャワールームが唐突でしたかね。当初はかなりあっさりと言いますか、キャアアアア・・・・で終えるだけのものでしたが、もう少し作り込みをという、そうした目的からでした。 とくに謎解きについてなにかをというものでもありません。主題自体がかなり単純なものかと。しかし像の把握し難さはたしかに今一度一考すべきかもしれません。 ありがとうございました。

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いくえ   

弓巠 
作成日時 2018-10-01
コメント日時 2018-10-12

 

てのかげ て、手の影、かさね、がさね そこに ひとひらごと夜はふけいく 暗いは水しょうに似て 尖っていく すぎた心臓をころせるほど あのどこまでも 黒いくろいところを 星が落ちているひろさを 凍るような母のよう、を うちゅうと呼びたくなく うちゅう、から零れるかげ またかげ、を ここに、空とも言えず 遠くのものらは 何も問うてはいなかった ただ木々のように いただけだった てのかげ かさねがさね 触れないように 何かがあると わからないように しかし巡るのは体液だった 透明な葉には、まだ なれそうになかった きみの手はすこし濡れて ひどくかわった形の灯りになって けれど おしながすのはいつも 光なのだから 影の、手かさねて なかで 体温も 亡くしたものも かつて人がうちゅうとよんだ 何かになっていく こうしていよう かげの夜の またその影 ふれるまで 影の手がさね、かさね こうして かさねて


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ふじりゅう (2018-10-02):

拝見しました。 中々不思議な詩ですね。〈手のひら〉を重ねるのではなく〈てのかげ〉を重ねる所からして不思議です。夜が更けて「心臓をころせるほど」とはなんでしょう。夜のなんとなしの恐怖に震えるという事なのか、と想像出来ますが分からないです。 死の雰囲気がするっぽいですがそうとは断言できませんし、「母」「うちゅう」「体液」など面白い言葉がどんどん出てくる割には内容がとんと検討つかぬところであります。ただ雰囲気としては個人的には好きで、ゆらゆらとかかれている割には妙な恐怖のようなものを湧き立てられるような、やはりなんとも不思議な詩ですね。

まりも (2018-10-03):

幾重にも行方かさね 沸き起こる思いかさね 行き過ぎるものを 現れては消え去るものを 追い求め 空をつかみ そして うなだれる 木々の葉擦れの その落ちかかる影の 重なりの向こうに こうこうと 月 夜は薄められはぎとられ はずかしめられ また重なり 光を吸った薄い影に 闇は覆われ わたし の すすみゆくまなざしの 遮断 ただ、立っている 押し寄せる闇の圧に あらがうほど 肌の 輪郭の わたし の 境界が 溶けて 膨満する どこまでも ひとり だ なんとなく、返詩のような形で、感想を記したくなりました。 水晶のイメージが、凍るイメージと辛うじて結びつくようにも思うのですが、 どちらかというと漿液のような、生理的、体感的、透明な液体のイメージと、 それが凍るイメージ、そして何よりも音の相似が「取り合わせ」を要求した単語であるようにも思います。夜、鉱物としての水晶、その後の透明感ある生理的な液の巡りのイメージが、うまく結びつくのか、どうか。伝達性、ということを意識するのであれば、このあたりが課題であるようにも思いました。 木々、そして葉が吸い上げる溶液のイメージと、葉脈や道管、透明な葉、形をとる前の・・・イマージュとしての植物のイメージ。 リルケが「おお、そこに一本の木がそそり立つ」と歌い始める賛歌を遠くに聞きつつ、 ここにはとても静かな、生理的で湿潤な始まりの世界がうごめいているように思いました。

帆場蔵人 (2018-10-03):

なんとも不思議な景色ですね。 てのかげ、なんでかげなんだろうか? 母やうちゅう、始まりと終わり始原にいつか戻っていく人が描かれているのかな、などと訥々と考えてしまいました。 内容が読み切れないのですが、詩の雰囲気には酔わせるものを感じました。

田無いなる田無いなる (2018-10-04):

とても繊細で微妙な、感情や感覚を扱った詩、という印象を受けました。 《うちゅうと呼びたくなく》《空とも呼べず》、詩の発語者はそれが「うちゅう」あるいは「空」であると理解しているけれど、それを拒んでいる(拒む、は言葉として強過ぎるかもですが)。《触れないように》《てのかげ かさねがさね》ているけれど、《ふれるまで》《影の手がさね、かさね/こうして かさねて》、「それでも何かにふれるときがくる」みたいな気持ちで、いまもまた手の影を重ねている(ような気がする)。 ……と、ここまで書いて思ったのですが、『「うちゅう」あるいは「空」であると理解しているけれど、それを拒んでいる』のではなくて、「うちゅう」あるいは「空」を、そうじゃないものとして理解している、もしくはしていない、のかもと……自分でも何を言ってるのかわからなくなってきたので、すみません、この辺りで……。 とにかく、良い(という形容だと物足りない感じもするんですけど)詩だな、と思いました。

弓巠 (2018-10-05):

ふじりゅうさん コメントありがとうございます。夜のなんとなしの恐怖、というものに触れてもらえたのは嬉しいです。私にとっては、どちらかというと、不安、といったより漠とした感覚に近いですが、そういう夜の感覚は、この詩において夜の許すようなところと背中合わせになっているような気がします。 なぜ、「てのかげ」なのか、おそらくはその影の、不在感のようなものがそうした夜に触れることと関わっているのではないかと思います。 全体に、主題を述べるというよりは、そこにあるもの、を書こうとした詩ではあるので、雰囲気を好きだと言ってもらえたのは嬉しいですね。

弓巠 (2018-10-05):

まりもさん コメントありがとうございます。少し、久しぶりの投稿になりました。 正直に言いますと、この詩については自分でもわからない部分があるのですが、夜の生理的な感覚、というのはこの詩の軸であると思います。そして、また、生理的であるとともに、この夜は、非在を秘めているように思うのです。(おそらく、そのような生理的であり、非在でもある、という世界との距離感はリルケにおいて私が強く親しみを感じるものでもあります) 伝達性、についてのご指摘、ありがとうございます。なかなか分かりづらい詩である、という自覚はありますね。どこがどう繋がり、またどう繋がらないのか、ということは意識していたいと思います。 返詩について、ひとり、なのだな、という感慨がありました。肌の輪郭が溶け、しかし夜との同化ではなく、否応なくひとりを意識させられる、という点が興味深いです。

stereotype2085 (2018-10-06):

「手のかげをかさね、かさね」という表現の出だしに少し読み取りにくさを感じたりもしたのですが、「影の、手かさねて なかで /体温も 亡くしたものも/かつて人がうちゅうとよんだ/何かになっていく」から急速に読み手の心をとらえていくと感じました。「かげの夜の またその影」からラストにかけては、初めは読み取りづらいものであった「手の影」が、実際は何を意味するのかと興味をそそる仕上がりになっていたと思います。個人的には無常観、土から土へと還るかのような諦念、達観のようなものが示されているように感じます。それが一点謎めいたこの詩を興味深いものにしていると思います。

弓巠 (2018-10-12):

帆場蔵人さん コメントありがとうございます。景色、そうですね、ここに書かれているのは景色だと、僕自身は思っています。うちゅう、と呼ばれている、夜の、頭上に広がっている何かに、帰っていくこと、また巡っていくこと、について、それは故郷であるのだけれども、また不安を帯びているという感覚。そういう感覚をこの詩は持っているような気もします。酔わせるもの、というものがあったというのは、嬉しく思います、やはり、詩にはどこか醒めているものを道に迷わせるところがあったらいいと思うので。

弓巠 (2018-10-12):

田無いなるさん コメントありがとうございます。うちゅう、空、とその何かを呼ぶとき、こぼれていくものがあるような、そんな感覚があります。それはつまり、名付けを拒むこと、名付けから離れ、そこにある、一回性でしか無いものに触れようとすることであり、同時に、どこまでも触れないでいようとすることでもある。「それでも何かにふれるときがくる」そうですね。いつかは失くし、あるいは、またいなくなってしまうけれど(そしてそれこそが「ある」「ふれている」ことの証明でもある)、こうして影を重ねている、という状態であると思います。 こちらも少し抽象的な感じになってしまいました。いい詩、だと言ってくださって、嬉しいです。

弓巠 (2018-10-12):

stereotype2085さん コメントありがとうございます。読み取りにくさ、から、読み手の心を捉えていく、という動きがあった、ということについて、僕自身、書いていて、途中から何かを分かっていくということもあるので、こうなっているのかもしれません。途中から、興味を感じて下さったなら幸いです。諦念、達観、のような感覚はあると思います。ただ、個人的には、もっと幼児的な感覚に近いと感じています。無責任な、その分世界に生身でさらされているような感覚、ですね。

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