B-REVIEW作品投稿掲示板


   

橋本 哲也(投稿名 うしうたさと 
作成日時 2018-11-11
コメント日時 2018-11-12

 

大きな箱がある 大きな箱のなかを見る 中ぐらいの箱が入ってて 中ぐらいの箱を取り出す 箱の中身を見てみると 無数の小箱がでてきて 小箱を開けてみると すごい小さい箱が 無数にでてきて 箱だらけ あれ?何をみつけたくて 箱をあけたのだろう 開けても開けても 箱ばかりもういやになって 大きな箱に入り込んだ 箱のなかで眠った あれ?ここはどこ 巨大すぎる箱が目の前に どうせ箱なんだろとあけてみたら 箱ではなくて 知ってる、人型の箱だ 近づいてみてみる、 開けてみよう そのなかには 箱が並んでいる 段ボールには引っ越し屋のマーク なんだ幻想だったかと 箱から荷物をだす。


コメント欄を表示する (4)
enokizenokiz (2018-11-12):

コメント失礼します。イメージしたのは松本人志のしんぼるでした。全然物語というかそういうのは違うんですけど何ていうか視点がというか土台が似てるなーって感じでした!

橋本 哲也(投稿名 うしうたさと (2018-11-12):

コメントありがとうございます。 パッと浮かんだものを書いたのでちゃんとした返答になるかわかりませんが。 根底に感じられるものはおなじかもしれませんが、松本人志さんのさくひんには勝てる気がしません。 引っ越しをして、バタバタしてて疲れてる人の夢なのかな?と後付けですがおもっています。

stereotype2085 (2018-11-12):

面白い。箱を開けても箱が出てくるというのは結構なジョークとして使われると思うが、この詩においては途方もない反復のやるせなさとして描かれている。まとまっているし、良いと思う。

橋本 哲也(投稿名 うしうたさと (2018-11-12):

うれしいです。ありがとうございます。マトリョーシカ人形形式箱、自分型箱にどんな想いをのせるかを考えて書きました。まとまっているのかよくわかりませんが楽しんでいただけてうれしいです。

コメントを書く
コメントを書くにはここから登録してください。またはログインしてください

蒼い夜鳥   

岩垣弥生 
作成日時 2018-11-12
コメント日時 2018-11-12

 

遊泳禁止の海に浮かぶ立方体のパトス 光のまなざし 闇のまなざしの相克 夢の隕石は水晶の馬を粉々に砕き 無慈悲な夜をめくれば紫が泣き濡れて


コメント欄を表示する (3)
岩垣弥生 (2018-11-12):

夜鳥=ぬえ とお読みください。 これは「源氏物語 九帖 葵」で光の君が若紫を強引に妻にする(性交する)くだりをモチーフにした作品です。なのでタイトルに「あおい」本文に「光」「紫」が入っています。かなり飛躍していますので単なる四行詩として読むのもありですが。 よろしくお願いしますm(__)m

stereotype2085 (2018-11-12):

解説が入ると味わいが増す。だがしかしただの四行詩として読んでも、細部に閃きのある描写がなされている。僕がモチーフを知っていればより楽しめただろう。夢の隕石が水晶の馬を粉々に砕く、だなんてセンテンスとして最高じゃないですか。

岩垣弥生 (2018-11-12):

stereotype2085さま 読んでくださりありがとうございます。 ただの四行詩として読んでいただいたようですが、細部に閃きのある描写がなされているとのこと、本当に嬉しいと同時に安心しました。 なにぶん短い作品なので、インパクトのある一文がないと死活問題です。 あとは源氏物語の知識のある人にどう解釈されるか、楽しみでもあり不安でもあります。(知識のない人のコメントももっと聞きたいですが) コメントくださり本当に感謝です。

コメントを書く
コメントを書くにはここから登録してください。またはログインしてください

死線上のアリア   

岩垣弥生 
作成日時 2018-11-03
コメント日時 2018-11-12

 

悲しきものは造花の鬼灯 百均にて二本並んで売れ残っている 「まるで僕たちみたいだネ」 あなたはいつも淋しく笑う 小鳥 残酷な青さのなか囀り 少女 野蛮な光線のなか踊って ほほ撫でる風が古傷を奏でる 言ってしまったあの言葉 言えなかったあの言葉 海馬のアドリブが棘となって胸を刺す ただ痛いだけではない美しい旋律 痛いくらいに美しい旋律 『これは何色ですか?』 『綺麗な色です』 『これは何色ですか?』 『綺麗な色です』 『これは何色ですか?』 『綺麗な色……』 花束は未来の炎でなければならない 初恋は薫る淡雪でなければならない 「キリンの進化論を早送りしたら船を待つあいだに羽が生えたヨ」 あなたの冗談は不可思議で厭世の衣を着ているのがかなしくて  十六夜 射干のドレスを纏い光と闇の粒子を睨む かくりよの燐光浴みたわたしには夜空の背骨がはっきり視える 夜空の背骨を階段に、一心不乱に駆けのぼるのだ かつて手を伸ばした天体の世界にたどりつくため 琥珀の月に吠えるライオンは置き去りにして 全身に刺さる風は気持ちよく、どこまでも行けそうだ 駆けのぼるわたしの耳にJ.Sバッハのバディネリが聞こえる バディネリの跳ねるようなフルート演奏が加速するにつれ、背骨の階段はエスカレーターに変わる 体重を無くして浮遊するように、夜空の頂きに吸いこまれるように、どこまでものぼってゆく その途中で成層圏の番人に出会った 成層圏の番人は腰の曲がった羊飼いで、わたしに小さく手を振ると羊の影に隠れてしまった きっとメランコリーなのだろう さあ、いよいよ宇宙だ!闇に咲く宝石たちの世界だ! バディネリはもう聞こえない 一途に 一途な 天体嗜好症 電気の敵 あゝ、ついに月までやってきた! 弱者の感傷で夜毎に肥え太る月 強者の傲慢で夜毎に痩せ細る月 月の孤独に寄り添うように静かな月面に倒れこむ 『わたしの孤独と混ざって反応して…ここが終わりでいい…わたしは月と一つになりたい』 そんなことを願い目を閉じると、透明な睡魔に襲われた 少しずつ明かりが消えるように意識が暗転してゆく 抵抗できず、わたしは深い眠りに落ちた 瞼の裏側 さざなみ 鏡 月の裏側 まびさし 祈り ゆりかごゆれて あなたはいづこ ゆりかごゆれて またあいたいよ * 重い瞼を開くと白い光と見知らぬ天井があった 「よかった!意識を取り戻しましたよ」 若い男の声がする どうやらここは病院で、路上で倒れているところを救急搬送されたらしい 聞けば丸二日間昏睡状態だったという 転倒の際にできた軽い脳挫傷(後遺症はないらしい)のほかはまったく異常が見つからず、なぜ眠ったままなのか原因不明、医師もお手上げだったそうだ 喪失した時はリンゴ何個分だろう 日常に戻ったら「地獄帰りの」とか「不死身の」とか二つ名ついたらヤだな、などと呆けたことを考える  ため息も呼吸 わたしは生きている 頭部CT検査と血液検査をして異常はなかったが、経過を見るためにしばらく入院が必要らしい すぐに母が面会に来た 母は涙を流しながらわたしの手を握ってくれた どうして意識を回復しないのか原因不明のため、最悪の事態も想定するよう医師に言われたそうだ 母の手はわたしの手と同じ温度で、自分に手を握られているような感じがするから気持ち悪いなァ  家族 しがらみ 固結び でも愛してるヨ、なんて言わないけどね  人生という名の航海は続き  後悔という名の人生は続く 急に生き方は変えられぬ 後悔は絡みつく茨でも、美しい音を奏で、綺麗な色に彩られることもあるのをわたしはもう知っているから 不意に病室のドアが開く あなたは左手に幻獣辞典を持って、やっぱり淋しく笑っている そういう人なのだ 見舞いに花束でも果物でもなく幻獣辞典 きっとわたしが生死の分水嶺にあった時もザ・スミスの「ガールフレンド・イン・ア・コーマ」など口ずさんでいたに違いない 明恵上人と同じくらい月に憧れるわたしが月になり損ねたというのに 『あなたのおかげで帰ってこれたヨ』なんて死んでも言わないけどね、そうだな、とりあえず受け取った幻獣辞典の角で頭を小突いてやろう、ウン  人生という名の航海は続く


コメント欄を表示する (13)
沙一 (2018-11-07):

幻想的な世界観を感じさせる言葉に彩られていて、愉しみながら読ませていただいたら、黄泉返りの物語だったんですね。重たいテーマのわりには、暗い色調がまったくなく、ポップな個性が光っていると感じました。 …実は私も、この作品とよく似たテーマの掌編小説を書いたことがあります。重たいですが。笑

社町 迅 (2018-11-08):

華奢ながら熱のある前半と、どことなく微かにギャグっぽい雰囲気が漂ってるような後半で、夢と現実のような落差を感じつつ、二重にたのしく読みました。

社町 迅 (2018-11-08):

ごめんなさい、ギャグっぽいと言うか、他の言葉を知らないんです。気を悪くしてしまったらすみません。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-11-08):

この人ルミナスライン生む能力あるから短い方が良さがでるのでは?三日月に みたいに

岩垣弥生 (2018-11-08):

沙一さま 読んでくださりありがとうございます。 省みると救いのない物語詩ばかり書いていたので、希望のあるエンディングにしてみました。あとはなるべく難解さを避けて、小説よりも手軽に楽しめる物語詩を意識しました。 愉しく読んでいただけたなら幸いです。 黄泉帰りの話書かれたことがあるんですね。興味あります。 コメントくださり本当に感謝です。

岩垣弥生 (2018-11-09):

社町迅さま 読んでくださりありがとうございます。 愉しく読んでいただけたなら良かったです。 この作品はAパート、Bパート、Cパートに分けることができます。もともと「わたし」は死ぬ予定で、「またあいたいよ」が「ここまでおいで」で、「明日わたしは荼毘に付される」で終わる予定だったのですが、あまりに救いがないので助かる方向にしたらCパートが長くなりました。 余談ですが二回でてくる「言わないけどね」は「からかい上手の高木さん」というアニメのOPテーマです。 Cパートは笑いをとりにいってはいないですが、おかしみを出したかったので、ギャグっぽいという表現は的を射ていると思います。 わたしの気分などに留意せず、思った通りに社町さまの感想を聞かせていただいて結構ですよ。(未熟者なので、酷評されても怒りません) コメントくださり本当に感謝です。

岩垣弥生 (2018-11-09):

オオサカダニケさま 読んでくださりありがとうございます。 確かに本質的には短距離走者なので、短い詩の方が得意です。 ただ、物語詩も書きたい欲求があるので10日間くらいかけて頑張って書きましたが、やっぱり下手ですかね。 ルミナスラインは確かに意識していますが、目的ではなく手段だと思います。 オオサカダニケさまはルミナスライン自体を表現の主題にされているのだとしたら、それも一つの方法だし、そうやって出来た作品は素晴らしいものかもしれませんね。 コメントくださり本当に感謝です。

帆場蔵人 (2018-11-09):

読んでいて心地よい、詩物語ですね。適度な可笑しみもあって、絵本ではないですがイラストをつけて読んでみたいと思いました。最後なんですが、 小突いてやろう、ウン。 だけで終わった方が可笑しみ、はより余韻を残したのかなぁ、と感じました。堪能しました!

岩垣弥生 (2018-11-12):

帆場蔵人さま 読んでくださりありがとうございます。 リズムよく読めるように言葉を紡ぎました。読んでいて心地よいと言っていただき嬉しいです。 余談ですが作中に出てくる「天体嗜好症」 「電気の敵」は稲垣足穂の短編のタイトルです。 堪能した、と言っていただき2時間かけてスマホで打ち込んだ甲斐がありました。 ラストは三通りの終わり方を考えていたのですが、一番まずい締め方をしてしまったかもしれません。スマホでスクロールすると、最後の一行確かにいらないような。 コメント、ご指摘くださり本当に感謝です。

stereotype2085 (2018-11-12):

良いと思います。特に「十六夜」に入るまでが。中盤にあたる恐らく幻覚めいたものの描写が少し改行の仕方や長さの点で俗っぽい言い方をすれば「よれて」いる。この中盤がもっと整理されていれば、最後の病院での出来事もすんなり入ってきて、尚且つ幻覚から覚めた安心感が増したように思う。楽しく読めたことは確かだがやはり中盤の失速感が痛い。

鬱海鬱海 (2018-11-12):

『わたしの孤独と混ざって反応して…ここが終わりでいい…わたしは月と一つになりたい』 ここに感動の中心というかピークがあるように思いました。魂の浮遊を * までに見出しましたが、その浮遊の結末が月であり、それと一体化する。それが終わりでいいっていうのは切実ですね。作中冒頭の2本の売れ残った花と同様に、私たちはどれほどの思いを相手に抱いたとしても、2人なんですね。人間同士だとひとつにはなれないですから、その合一を月に求めるというのはすごく、月並みな言葉で言えばかなしくて、でも描写の美しさはすばらしかったです。 後半はまた日常に帰ってくるわけですが、前半や中盤が詩的によかった分、なんだか小説のような書き方になってしまっているような、全体としてのアンバランスを感じてしまいました。

岩垣弥生 (2018-11-12):

stereotype2085さま 読んでくださりありがとうございます。 この作品はAパート、Bパート、Cパートに分けることができ、Aパートが一番書き慣れた、わたし本来の詩に近いところです。 Bパートに問題があるというご指摘ですが、あまり書いたことのない文体ですので未熟なところがあったと思います。 コメント、アドバイスくださり本当に感謝です。

岩垣弥生 (2018-11-12):

鬱海さま 読んでくださりありがとうございます。 確かに詩としてのピークは月との一体化を望むところにあります。描写が美しいと言っていただき、身にあまる光栄です。 物語詩として普段詩を読まない人にも取っつきやすいように、現実パートは詩情を排して軽さを求めたのですが、一篇の詩としての完成度を考えたなら、生きていくことの不安や葛藤を詩的に綴るべきだったかもしれません。 前半、中盤は詩的に良かったとのこと、とても嬉しいです。 コメントくださり本当に感謝です。

コメントを書く
コメントを書くにはここから登録してください。またはログインしてください

心臓の怠惰   

仁川路朱鳥 
作成日時 2018-11-03
コメント日時 2018-11-12

 

この心臓を 握ってもらいたいと思うのなら それが恋なのだろうか この目玉を 食してもらいたいと思うのなら それが愛なのだろうか 理解の獣が貪る 心臓が腐り落ちて 世界は暗転する ここには何もなかった。 口走る自動記述 幻想を歩く両足は 理解の獣の口へ 放り込まれ価値へと 頭では理解できる のに心と体がない ついて来れない 心臓の怠惰。 この心臓を 貴方に握ってもらいたいと思うのなら それが恋なのだろうか この目玉を 貴方に食してもらいたいと思うのなら それが愛なのだろうか 心臓が腐るならば 捧げた目玉も幻想だ


コメント欄を表示する (4)
かるべまさひろ (2018-11-03):

好きな世界です。少しだけ説明的かなとも感じましたが、その奥にある疑念のようなものは感じ取れた気持ちになりました。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-11-03):

ルミナスラインを作り出すむずかしさを感じました。比喩の神は今作では獣の眼光を選んだのですね。

stereotype2085 (2018-11-04):

いいですね。心臓を握ってもらいたいとか、目玉を食してもらいたいとかの一種の願望が恋なのか愛なのかと自らに問う。被虐的猟奇性、相手への偏執的な執着をも感じる。しかし最終節においては「心臓が腐るならば 捧げた目玉も幻想だ」と自分自身を突き放している。僕個人としては偏執的な愛情をもっと深く、エグク描いて欲しかった。そして話者様がその愛情ゆえに崩壊する様でさえ見たかった気もしますが、この締めは締めで良いと思います。

仁川路朱鳥仁川路朱鳥 (2018-11-12):

皆様コメントありがとうございます。 この作品は少し、詩の中以外に情報が多かったみたいですね……

コメントを書く
コメントを書くにはここから登録してください。またはログインしてください

秋へと落ちていく音階のフアンタジア   

ishimuratoshi58 
作成日時 2018-11-06
コメント日時 2018-11-12

 

 あの子が樂譜を取りにいつたままかへつてこなかつたこの森から村に戻る時気をつけるに越したことはないといふのは風のさやぎに入りまじつて埋められた身體たちが折々にするどくさけぶいきどほりについ耳をかたむけてしまふのでわたしはかの女がのこしたリボンに結ばれたままあざやかな色彩への凋落をはじめた樹々の根方で年老いていくことをえらび苔のなめらかなみどりをすきとほつた昔の骨でなぞつたり提灯袖のブラウスに紺のスカアトの妖精と七ならべをしてあそんでゐたりするとうつかり時をわすれてひとの世がとうにおはつてゐることにきづかなかつたりすることがあるといふいかにもおろかな理由であるがそんなことを知らせておくねうちがあるのは空も水もまだ言葉にけがされることなく淸かに澄んでゐた時代に想ひびとをおもふあまりかなしげなおももちの花になつてしまつた村むすめのことをいまもわすれずにゐる羊だけだらうからわたしのことばは綴ぢ紐の切れた書物の頁(ペエヂ)の隅に走りがきされたままだまつてゐたはうがいいのさ。


コメント欄を表示する (12)
沙一 (2018-11-07):

はじめまして。 旧仮名遣ひが好みです。 こちらでこのやうな作品に出逢へて、稀な喜びを感じてゐます。 どこか昔なつかしい、きれいな世界だと思ひながら読ませていただきました。

帆場蔵人 (2018-11-08):

読めば読むほどに秋が深まっていく、秋が暮れていく心持ちになりました。ひとつひとつの言葉を考えるよりも読みあげながら流れに身をまかせて楽しませていただきました。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-11-08):

読みづれぇって感想が真っ先&全面に出てくる 可読性が低い。それは意図的なものだろうが、しかし演出だとしても苦痛を伴う読書は脱落者を生む。

ishimuratoshi58ishimuratoshi58 (2018-11-10):

沙一さま  ご高覧ありがたうございます。折角正仮名でコメントを頂戴したので、小生も正仮名でお返事するのが当然の礼儀でせうか。日常の書き物において正仮名を使ふのをやめて既に20年以上経ち、今はすつかり鈍つてしまいましたが(笑)  正仮名の作品を楽しんで読んで下さる方がこちらにゐらつしゃるといふのは、小生にとつても望外の喜びでした。絶滅危惧種同士(笑)、今後ともご厚誼を賜れば幸ひです。 帆場蔵人さま  ご高覧ならびに過分のお言葉ありがとうございます。 >ひとつひとつの言葉を考えるよりも読みあげながら流れに身をまかせて  ああ、そのようにお読みいただければ、作者としてまさに本望です。それに勝る喜びはありません。重ねて感謝申し上げます。 渡辺八畳@祝儀敷さま  ご高覧ありがとうございます。「読みづれぇ」ですか、うーん、ごもっとも(笑)一文でどれだけ長くかき、詩作品として完結したものにできるか、という私的実験でしたので、読みやすさはある程度犠牲にしました。そういうご感想をお持ちになるのも無理からぬことでしょう。  「可読性」や「苦痛を伴う読書は脱落者を生む」ということについては、また別の視点もあるかと思います。  私が自分の作品の読み手として想定している読者層の嗜好、感性、読書の傾向や経験などから考えると、この作品を読むことは別にむずかしくも苦痛でもないというのが作者の予想でした。実際に、拙作を読んでくださった何人かの方からご感想をいただきましたが、読みづらい思いをされた方はいないようです。「可読性が低い」というご評価は、個人的な感想ではない一般的な価値判断と読めますが、そのように容易に一般化できるものだろうか、という疑問を正直なところ感じました。  例はあまり的確ではありませんが、たとえばモンテヴェルディやバッハを愛好している音楽ファンにとって、ラップは耐え難い騒音でしかないでしょうし、ハードコアパンクの好きな人がブルックナーの交響曲を80分にわたって聴かされるのは最悪の拷問でしょう。オーディエンスの層の違いというのは、どのような芸術の分野にも存在すると思います。  もちろん、真に優れた天才の作品、パフォーマンスは分野や層の違いを超えて広く人の心を打つでしょうし、万葉集研究一筋に打ち込んできた大学者が最も先鋭的な現代詩に感嘆するということもあり得るでしょう。ですが、私は発信者としても受信者としてもポンコツであり、とうていその域にはありません。あらゆる読者層に訴えかける傑作をかいてやろう、という野心も既にありません。自分のかきたい詩をかき、こういう作品を愉しんで読んでくれるであろう読者に届ける。それ以上のことは望んでいません。詩を長年かいてきて、今はある意味己を知る、という時期にいるのです。

stereotype2085 (2018-11-10):

句読点が一切なく、一気に読ませるというある種の試みに今一つ意味を見い出せなかった。だがコメ欄において筆者様のご意見を拝見し、なるほどと納得した。映画「アマデウス」で「何というか…音数が多い(陛下)」「そんな! 不必要な音は一つもありません!(モーツァルト)」というやり取りがあるのですが、そういう域にご自身、筆者様が到達しているのかもしれません。

杜 琴乃 (2018-11-10):

石村さんが仰る「こういう作品を愉しんで読んでくれるであろう読者」の一人です。この文体は私が憧れてやまない、けれど私にはとうてい書けないもの。正仮名遣い、やっぱり美しいです~!「萌え」です。 「リボンに結ばれたままあざやかな色彩への凋落をはじめた樹々の根方」 「苔のなめらかなみどりをすきとほつた昔の骨でなぞつたり」 「空も水もまだ言葉にけがされることなく淸かに澄んでゐた時代に想ひびとをおもふあまりかなしげなおももちの花になつてしまつた村むすめのことをいまもわすれずにゐる羊だけ」 これらの細やかな描写にくどさを全く感じません。素敵。私にとっては憧れがいっぱい詰まった贅沢な作品です。 句読点のないことに関しては、そういう私の嗜好性を掻き立てまるで宝探しをしている気分になりました。 読めて良かったです。有難うございます。

fiorina (2018-11-10):

私はこの詩をヒエログリフのように、秘密が綴(つづ)られ、解き明かされるのを待っている 風の文字、のように読みました。ですから、この文体は作者ではなく、詩によって選ばれたもの。 ヒエログリフは王の永遠性を書き記したとか? この文字は、ごく普通の人(びと)の永遠性を 羊の皮という失われゆくものに綴って、気付かれないまま滅びてしまってもいい、と言うところが、素敵だなと感じました。 それは作者自身の詩への思いに通じるのではないでしょうか。 「風のさやぎに入りまじつて埋められた身體たちが折々にするどくさけぶいきどほりについ耳をかたむけてしまふのでわたしは」 現代に生きる私たちの近い記憶を揺すぶりながら、 遠い日に埋められた身體たちがふいに足首を掴むような心地がしました。

蔀 県蔀 県 (2018-11-10):

題名だけやや不満です。綿々と切れ目なくつづく文章からは、たとえば「妖精と七ならべ」のくだりなど、想像力を掻きたててくれるものを感じますし、そのほか映像的な鮮やかさをもつフレーズがぽんぽんと続いてきて、たいへんおもしろく読みきることができました。旧字旧かなの硬さと、全体のやわらかさがうまく融合されてあって、作者様の相当な力量を感じます。が、題名だけ、やけに軽い調子に見えて、内容から浮いているように思ってしまいました。たぶん、読点がないのにきわめてわかりやすい本文に反して、こっちの短いフレーズのほうは抽象的だからだと思います。題名もばしっと決まってたら最高に恰好よかったなあと惜しんでしまいました。しかし全体としてはかなりの出来栄えであると感じます。

ishimuratoshi58ishimuratoshi58 (2018-11-11):

stereotype2085さま ご高覧ならびにコメントありがとうございます。「音数が多い」…ありましたねえ、そんな逸話が。モーツァルトの逸話に擬えられるのは、光栄を通り越して滅相もない、恐れ多い!というのが正直な気持ちですが、何ひとつ付け足しも削りもなく一気にかき通し、推敲もほとんどしなかったのは確かです。何か憑き物でも憑いていたのでしょう。 杜 琴乃さま 身に余るコメントありがとうございます。嬉しいやら恥ずかしいやら(笑)これ以上何か書くとバカなことを言ってしまいそうなので、やめにしておきます。これからも「萌え」な方々に喜んでいただける作品がかけるよう、お言葉を励みに致します。 fiorinaさま そうか、私がこの作品をかいた時に何が「憑いて」いたのか、いま判りました(笑) それ自体がすぐれた詩であるような美しい批評を頂き、光栄です。「作者自身の詩への思い」を酌み取って下さった細やかなお心遣いにも感謝致します。 蔀 県さま ご高覧ならびに過分のお言葉ありがとうございます。題名は、そういえばどうしてこうしたのかなあ、と思い返してみました。ものに憑かれたように一気にかき上げた後、はたと我に返って題名をどうしようと考えてみましたが、どのように気の利いたタイトルを付けても浅はかな嘘になるような気がしてどうにも思い付かず、なかばやけくそで「これでいいや」と書きなぐったものであった、と思い出しました(笑)やはり、注意深い読み手には伝わるものですね。とはいえ、「最高に恰好よく」決まらない方が自分の作品には相応しいとも思います。柄でもない、というやつです(笑)

芦野 夕狩芦野 夕狩 (2018-11-11):

はじめまして。 黄昏のような文章だな、と思って読んでいました。 耽美というのはこういうことを言うのだな、と。 >樂譜を取りにいつたまま という詩句で、いきなり掴まれるような気も致しますが、そういう空想をどうつなげていくのだろうか、とワクワクしながら読んでいますと、 「埋められた身體たち」、「するどくさけぶいきどほり」などの徐々に肉感の湧いてくるような、おそれというものに近いであろう感覚を受け取り、 見事に物語の独自性の中に取り込まれました。 「ひとの世がとうにおはつてゐることにきづかなかつたり」 と突然の転調を知らされますが、ここまで読まされるとただ心地が良いですね。 「空も水も…」からの詩文は、ギリシャ神話のパンと追いかけられたニンフの話(うろ覚え)にシフトしているようで、いつのまにか二重奏になっている心地よさを感じ、最後の「走りがきされたままだまつてゐたはうがいいのさ。」という締めくくりがより鮮やかに映ります。 空想的なお話って大体とんねるをくぐったり、深い穴に落ちたり、その契機がはっきりしているものが多いと思うのですが、私はどちらかというと泉鏡花のかく幻想小説の境目のはっきりしない黄昏のような文章が好きなので、とても面白く読みました。

みうら (2018-11-11):

幼な子が持つ表現の役割としての言語とは、動物性が宿る直裁な発し方ではなかろうか。自然を前にしてその森や風を表わそうとする時、大人である私には用いれる言語が無い。巧妙なレトリックが思い付けてもそれはあざとい。本作にある魅力は、その大人が不思議を語るに用いるであろうあざとさを消しているところにあるのだと思う。言うまでもなくそれは句読点を排除し韻読みを誘う作用によって動物性を語り手にもたらしている。自然が持つ神話性を表わす動物性の言語への回帰を難なくやれているところの筆力を思った。 また、話が逸れてしまいますが、ビーレビの楽しみ方の一つに「読めない、解らないでスルーしたい作品を敢えて読んで自分の言葉でコメント付けたい」というのがあります。最近、久しぶりに小林秀雄の本を読んでいるのですが、そのなかに「〜的な〜主義のという他人の言葉を借りての物言いは批評ではない」という趣旨の話がありました。私は無知無学なもので読解が難しいと思ってしまう作品がたくさんあります。自分がコメントしてしまうと作者を怒らせてしまうのではなかろうかといつも考えます。いや、現実に怒らせることがありました。また、ビーレビに本格的な批評を求められ参加された幾人かの作家の方が望まれたような批評が得られずに残念な気持ちを表され去られました。正直に申し上げますと悔しさが今もあります。そんな気持ちもあり、、何をコメントしたいのかわからなくなってしまいましたが笑、これからも当掲示板への参加を楽しんでもらえますと嬉しいです。私も現在は運営の立場ではありませんが。

ishimuratoshi58ishimuratoshi58 (2018-11-12):

芦野 夕狩さま ご高覧ならびに懇切なご批評、ありがとうございます。すぐれた読み手に自作を読み解いてもらえるのは、愉しいものですね。「自分が何をかいたのか」を改めて教えてもらえるような気がします。 >境目のはっきりしない黄昏のような文章 そういえば、私自身の好きな作品も、リアルでありながら異世界と地続きのようなものが多いな、と気付きました。詩に限らず小説も音楽も。現実だって幻想のひとつにすぎないじゃないか、そんなに威張るな、という反現実主義の賜物でしょうか(笑) みうらさま ご高覧ならびに過分のお言葉ありがとうございます。真摯な読み込みから生まれる言葉は、作者にとっては常に新しい自己発見の愉しみを与えてくれる、貴重な言葉です。参加して数日にしかなりませんが、拙作にそうした貴重なお言葉を何人もの方が下さったことは望外の喜びでした。「読めない、解らないでスルーしたい作品を敢えて読んで自分の言葉でコメント付けたい」という困難な課題に熱心に取り組んでおられる方々がおられることにも敬意を表したいです。小生は物ぐさで「スルー」がほとんどなのですが、出来得る限り、レッサーとしても貢献できればと念じております。不束者ですが今後ともどうぞ宜しく。

コメントを書く
コメントを書くにはここから登録してください。またはログインしてください

分解   

かるべまさひろ 
作成日時 2018-11-11
コメント日時 2018-11-12

 

 耳が冷たい。  ナジムが私の言葉に反応して、暖気で耳を包み込む。私は耳を包まれただけなのに、存在の全てをあたためられたかのような心地で、アルコールが自然と回り出す。私はナジムの実景を捉えることが、この世界では金輪際不可能なのに、私はナジムが大切だ。  その前章を私は読んだ。私は私に重なって、いつでも私だった。脱構築・脱私の時代でも、私はいつでも百年も前に遡って、人類に味方し続けた。人の細かい機微を、愛おしく思った。  私は、そのことを気にしなかった。私は世界の王でも、重大な歴史の審判者でもなかった。部屋に観葉植物を置くのと同じように、人を愛した。世界の秘密を暴く気もなく、繰り返されてきた「銭湯で足伸ばすの気持ちいい現象」の発見なんてもう十回くらい、まだ飽きてない。星の数より多いと思われる、何番目の人間が私なのかもわからず、何兆という回数繰り返されている行動を、まだ飽きずに。  人類の誰も悩んだことのないことで悩もうと思っていた時期もあった。人類の誰かが悩んだことで悩むのはセンスないと思っていた時期もあった。  しかし、それは叶わなかった。父の死が、母の死が、子の死が、見ず知らずの人の死が、私を悩んだことあることで悩ませ、変わり映えしない一人一人の人間を見分けられる能力が、共感覚が、私をレプリカにさせてしまった。  精巧なレプリカであるため、シリアルナンバーが振ってあって、それで唯一を教えてくれる。  制服の丈が合わなくなってきた。  背が伸びる度に、  裾合わせをしてくれた。  この世のすべてが、この糸の継ぎ目が、  オリジナルだと気が付くと涙が出た。  彼氏とオリジナルの結婚観を紡ぎ、人知れずハミングを歌う大安の海辺で、私は控室のテレビを消した。波の音だけ聴こえる。チョコレートクレープとオリジナルフレーバーのトッピングを君が運んできて、隣に座ると、ナジムは元気かと訊いてきた。  ナジムは私のことが記された歴史書に登場する、不思議な異世界の人類のなかに埋もれた一人だ。君はたまに嫉妬する。私とは遠距離恋愛をしたことがないから。  ナジムは風の中にいるよ。私は君のまばたきを盗んでキスをする。きっと誰かしかも感じたことであろうレプリカのあたたかさを初めて感じながら。君は世界の何を感知しているのだろう。君は私の何を直観しているのだろう。  誰もいないベンチで、  誰も知らない結婚式を挙げた。  風   風  瞳   そして凪。  私は、誰かと同じ  だから、同じところへ  最期は帰れるのだろう  君と限界まで生きて  君と限界まで生きて死にたい。


コメント欄を表示する (2)
帆場蔵人 (2018-11-12):

とても暖かい気持ちになりました。ありがとうございます。人間てだれかを身近な誰かを模倣して生きていくので、自分を見失ったり、或いは反発するように自分は特別だと思ったりするように思います。そんなときに自分をオリジナルだと感じさせてくれるのは、ぼくにとっては他人で、或いは身近なものです。恋人だったり、家族だったり、最後の君と限界まで生きて死にたいが胸を打ちました。 ナジム、響きが良いですね。人名のようであり、馴染むという感覚を思わせる。

かるべまさひろ (2018-11-12):

帆場蔵人 様 コメントをありがとうございます。 いっときむかし、「希薄な自己」みたいな若者問題みたいな話を耳にしていました。一方で、「歴史は繰り返す」と聞きます。若者と年輩者は互いを行ったり来たりしているみたいだなと感じています。 自分はオリジナル、自分はレプリカ、 どっちも大事だと、止揚するための視点を、風が教えてくれた気がしました。 ナジムは、現れた名をそのまま記してあとで推敲しようと思ったのですが、諸々と構成的にも合致してくれたのでそのまま使いました。響きを褒めてくださって、うれしいです。 ありがとうございます。

コメントを書く
コメントを書くにはここから登録してください。またはログインしてください

消される続き   

桐ヶ谷忍 
作成日時 2018-11-02
コメント日時 2018-11-12

 

そうして白紙のまま 続く言葉はなかった 閉じて、胸の内にしまう ねえ本当はもっと君との物語を 書き連ねていきたかったけれど 私だけが続けたくて 君は黙り込んでしまったから 君との物語は、ここまで 君とも あの子とも 彼女とも、彼とも どうしてみんな無言になってしまうのだろう 最後は決まって唐突に白紙になって 私は薄く伸びた罫線を見つめるしかない 私は私にしかなれないよ でも私の思う通りに返答し続けると 物語から切り捨てられるんだ 新しいノートは いやに白々としていた 唇を噛みながら手を伸ばした


コメント欄を表示する (14)
ふじりゅう (2018-11-02):

拝見しました。 コミュニケーションの難しさを語る詩、と読みました。それを白紙の紙と表現した、と。余りそれが上手くいってない事が分かりますが、それが特定の人と、ではなく、誰とでも、白紙になってしまう、という内容が心に刺さります。しかし、唇を噛みながら、それでも前へ進もうとする主人公には勇気づけられる側面もあります。この締め方がなければ、心に刺さる、だけの作品になってしまったような気が致します(それもそれで味があったのかもしれませんが)が、最後「手を伸ば」す事によって、主人公の決意、という地点へ詩を昇華する事が出来たのだと考えました。

渚鳥 (2018-11-02):

ビー玉のように冷たくて脆い人々を思い浮かべ、それは読者である私にそのまま重なります。どうしてこんな風に書けてしまうんだろう。凄いな。誰しも体験したことがある疎外感なのに、こんな風に切り取れるなんて、凄いなと。 意図せずなのか意図してなのか、暗黙の了解かもしれませんが、タイトルが予告するものが強い分、最後の足掻きが印象に残るなぁ、と感銘を受けました。 ありがとうございます。

花緒 (2018-11-03):

読みやすく、耽美的。甘くなりすぎないギリギリのところを攻めておられるように思った。

桐ヶ谷忍 (2018-11-03):

ふじりゅう様 こんにちは、ふじりゅうさん。 世辞やお愛想、へつらいやおべっか、そういうものが言えず、思ったことをそのまま口にしていると、簡単に人は離れていきます。 潤滑油のような嘘をつけない人、という人格を語り手に託していたのですが、それを書くのを忘れていました笑 「誰とでも、白紙になってしまう」というお言葉でそれを思い出したのですが…まあそんな語り手の人格なんてどうでもいいですね。そんな極端な性格してなくても、いつの間にか疎遠にされてしまうなんて結構あることですし。 心に刺さる、なら、それだけでも良かったかな?と思いつつ。 どうもありがとうございました。ぺこり。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-11-03):

人間関係の難しさを巧みな比喩を使って表現させていますね。べんきょうになります

桐ヶ谷忍 (2018-11-05):

渚鳥様 こんにちは、渚鳥さん。 褒められすぎて身の置き所に困ってしまう感じです笑 ノートに離れていく理由でも書かれていれば、どんな理由であれ納得はするのでしょうが、実際現実問題として理由が分からずに気がついたら疎遠になっていたとかありますよね。 私の場合だと理由を相手に伝える方が多いですが、去っていく人は理由を述べてくれません。それが悲しいなあと常々思ってます。 どうもありがとうございました。ぺこり。

桐ヶ谷忍 (2018-11-06):

花緒様 こんにちは、花緒さん。 えっええっこれって耽美的ですか!? そうですか、耽美的なんですか…ふわー。 甘さは、そうですね、私にしてはとても甘いですが、甘すぎなかったようで安堵しました。 甘すぎるのは胸焼けしちゃうので笑 久しぶりに花緒さんからコメント戴けて、凄く嬉しかったです。 どうもありがとうございました。ぺこり。

ヤエヤエ (2018-11-06):

人との関係は切れることもあれば、新たに繋がることもあります。白紙で始まり白紙で終わる詩の構成が、繰り返し続くことを強調しているなと思いました。あくまでもこの詩で書かれているのは、経過の一部を抜き出したものですよと、読み手に分かるように作っていらっしゃると感じます。とても、印象深いです。

桐ヶ谷忍 (2018-11-07):

オオサカダニケ様 こんにちは、オオサカダニケさん。 人間関係は普遍的にむつかしいので、どんな比喩を使っても語り尽くすということがありませんね。 ありませんというか、出来ませんというか。 どうもありがとうございました。ぺこり。

帆場蔵人 (2018-11-07):

饒舌にならずに人間関係で起きる気まずさや疎外感が描かれていますね。描かれている内容から少し外れるかと思いますが、会話の中での無言は一見気まずさを感じますが自分の話しを相手が消化しようとするときにも現れると思うのです。 沈黙は辛いけど、もしかしたら空白の先にまた綴れることが隠れているかもしれないですね。

桐ヶ谷忍 (2018-11-08):

ヤエ様 こんにちは、ヤエさん。 ヤエさんのコメントを拝読して、生き物というのは出会い続け、別れ続ける、という言葉が浮かびました。 例えばこうしてBREVIEWに投稿した、という小さな出来事にさえ、たくさんの人と出会い、投稿をやめてしまえば、また白紙になってしまうし。 印象深いと仰ってくださって嬉しかったです。 どうもありがとうございました。ぺこり。

桐ヶ谷忍 (2018-11-10):

帆場蔵人様 こんにちは、帆場さん。 沈黙は、私は人によりけりですねえ。 でも大抵、沈黙は苦痛です。 自分の話を咀嚼してくれている時間、というのは驚きでした。 私だと、ああ私に興味ないから相手は黙っちゃうんだろうなあって悲観丸出しで思っていたので笑 そっかぁ、そういうことなら、沈黙の後にまた続く物があるかもしれませんね。 ふむふむ…。 どうもありがとうございました。ぺこり。

stereotype2085 (2018-11-11):

うーん。静謐な空間で「君」への慕情、名残が綴られている。「物語から切り捨てられる悲しみ」が妙を胸につく。白紙のノート、白々としたノートが「私は私以上にはなれないし、それでもか、それだからか切り捨てられるんだね」という心の余白、切なさを表していて良いです。真っ新な場所での独白。綺麗ですね。

桐ヶ谷忍 (2018-11-12):

stereotype2085様 こんにちは、ステレオさん。 なんというか「もう私の日常生活にお前は不要だ」ってバッサリ切り捨てたり切り捨てられたりというのは、それこそ日常的に行われている事なので そういう意味で全く目新しいテーマではないのですが、逆にそういうありふれた事を自分なりに書ければなーと常々思っています。 綺麗、ですか? 思いも寄らぬお言葉ですが、嬉しいです。 どうもありがとうございました。ぺこり。

コメントを書く
コメントを書くにはここから登録してください。またはログインしてください

塩の都   

agath 
作成日時 2018-11-03
コメント日時 2018-11-11

 

蛇笛も聞こえず 緑青も湿った剥落も認めぬうちに 何故出発したのか ただ力ずくでにじり行けば 晩夏の苺ジャムや 四辻を守る鮫肌の魔除けなど ことごとく無残に砕け散るに違いない それでも ひねもす甘栗を剥くように 焼け焦げた樹皮の縁を腫れた舌でなぞり続ける 長大な目録と歌合わせの市場から戻れば ここではイワシのアタマも 天井に射止められた煮干しも 豊かに黒ずんだ血を流しているのだ 石走る塩の都の魔術師よ 生き腐れの神秘を 誰がこれほど巧みに逆用し得ようか イチジクのごとき脱肛は軽やかに飛翔し 干からびた臍の緒も甘やかに香る モシ我ヲシテ今欧州ノ歌ヲ願ハシムルトアラバ ソハ彼ノ伸ビヤカナル諧調 五月の蝶さながらに変態の病痕を身に鎧い 鮮やかに光を紡ぐ剥き出しの均衡感 あるいは 寄生虫に体内を食われながら ゆったりとまどろむサナギの宇宙観 されば死屍身中の虫どもよ 生臭い腹時計を貪り尽くし 精緻に彫琢したクチクラも食い破り 狂おしく透き通った翅で 父祖伝来の小暗き福音を春に伝えよ おお 塩抜きを施した硝子体よ 豊かに腐爛した花々よ 醗酵した焼き豆腐よ 白く鬱血した花粉に塗れて 新緑の土手を一挙に駆け上がれ はるか東の方では 白亜紀このかた 生ぬるい海面に羽虫が際限なく舞い落ちる 綿毛のように静かなこの春 いずこにも 名前を刻む触手は見当たらず ただ休みなく身悶えする 黄色い海草の群れ パラメシウムよ プラナリアよ クダクラゲよ クダクラゲの魂よ カギムシの魂よ そも魂とは袋の自己認識に他ならぬ まずは断腸の思いで 口と肛門を別個に据えたヒモムシの奇跡に 思いを致し激しく感動せよ ああ私達が一個の袋であるということは 何と悲惨にして心休まることであろうか もはや輪郭の罠も 丸い欲望の重みも見えず この透けた薄皮だけが 脆い銀河のように引き延ばされる


コメント欄を表示する (6)
まりも (2018-11-06):

塩の都という、魅力的な題名と、塩漬けにされる臓物や肉体の生々しいイメージの、遭遇の面白さにひかれました。 ただ、全体に装飾過多の印象も受けます。言葉が踊ると、書いていて「気持ちがいい」わけですが、書き終えて、一息おいてから「他者の目」で見直してみると、本当にこのデフォルメや、強調、あえて文語調の口調で格調やムードを加味する・・・その、加減が適切か、ということが見えてくるのではないかと思いました。 もちろん、あえて、より過剰な装飾に振りきってしまう、という方向に舵を切る、というやり方もありますが・・・

ishimuratoshi58ishimuratoshi58 (2018-11-06):

ボードレールの翻譯詩、朔太郎や大手拓次などを彷彿とさせる言語感覚は、古風と言えば古風(私にはそんなことを言う資格はありませんがww)。ですが言葉には十分な鮮度があり、大正・昭和の文学に沈潜した経験の豊かさを感じさせる確かな筆致により、読み手としては安心して詩世界にひたることができ、非常に充実した詩体験が味わえます。読み手の生理的反応に直接に訴える生々しいイメージの多用は、好きな人には堪りまへんやろなww 私がこの作者について感心したのは、ユーモアの感覚です。朔太郎や拓次など、官能性に訴える作風の詩人はともすれば自己耽溺的・陶酔的で、ユーモアに乏しい。年を取ってくるとそういう耽溺性にはいささか食傷させられますが、この作者のユーモアの感覚、たとえば >そも魂とは袋の自己認識に他ならぬ >まずは断腸の思いで >口と肛門を別個に据えたヒモムシの奇跡に >思いを致し激しく感動せよ >ああ私達が一個の袋であるということは >何と悲惨にして心休まることであろうか このあたりのくだりには、筆者の自他を見つめる視線の平明さ、智慧深さが自ずとにじみ出ています。大人向けの詩。そんな感想を持ちました。

るるりら (2018-11-10):

こんにちは、 緑青という色味など 古来から日本人が愛してきた古色ぎみに描かれており 興味ぶかく拝読しました。題名も 四方を海で囲まれた国の都の名として、【塩の都】も相応しいです。原生動物に対する示唆に魅力を感じました。 とくに、私達が一個の袋であるという視座が凄い。個人的には まるで超お袋様です。生きものは ほとんどが、みな袋。透けた薄皮が欧州の音楽であるオペラのように壮大に響いていると思いました。装飾ぎみであるという意見や 好きな人にはたまらんはずだという意見がありますが、わたしは好きです。 たしかな知識の裏付けがあって書かれている本作品ですが、わたしの場合は妖怪(とくに河童)を感じました。どろりとほかの生物と溶け込んで生きている共同感覚に わくわくしたのです。楽しい詩の時間をいただきました。ありがとうございます。

agathagath (2018-11-10):

返信が遅れ失礼しました。好意的なコメント、ありがとうございます。 ishimuratoshi58 さん、ユーモアの感覚を指摘していただき、大変に嬉しく感涙にむせんでおります。小生、詩とは「聖なる怒りと笑い」だと勝手に思い込んでおり、ユーモアや諧謔味がない詩は少し苦手です。ご指摘のとおり、「袋の自己認識」から「悲惨にして心休まる」のくだりは、詩の核心部だと感じています。 るるりらさん、日本的なイメージを読み取っていただき、ありがとうございます。正直、そういう意図はなかったのですが、なるほどそういう読み方もあるなあとすっかり感じ入り、いろいろ考えさせられました。今後、機会があれば、意図的に日本的なものを志向したいと思います。 まりもさん、装飾過多の印象を与えてしまい、ごめんなさい。作者としては、これでも言葉の密度が薄い、あるいは粘度が足りないと感じているのですが…。ただご指摘のように、言葉の密度とゴテゴテ感は別物だと思います。個人的には、もっともっと言葉を加圧・加速して、なにか突き抜けた表現に到達できないものかと考えていますが、力不足でいつも中途半端に終わっています。

stereotype2085 (2018-11-10):

ちょっと読むのに一苦労するな、という詩。読み解いてくれるファン、あるいは熱心な詩の愛好家なら含意をひも解いてくれるだろうけど、という出来栄え。最終節付近にしてようやく、この作品で筆者様のやりたかったことが何となく見えてくる。それまでは少々取っつきづらいという印象です。もっと砕けた表現で詩を普段読まない方にも、街中ですれ違った人にも伝わる作品を筆者様が志向して書かれたらどうなるのかという期待が強いです。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-11-11):

題名がとてもいいな、って点でまりもさんと、読むのが苦しいな、って点でstereoさんと同じ感想

コメントを書く
コメントを書くにはここから登録してください。またはログインしてください

みもりの日記 1   

kikunae 
作成日時 2018-11-07
コメント日時 2018-11-11

 

寝て起きたら朝 (そう、窓の外が明るいからね) 夢を覚えている今日は (いつにもまして地続きな内容) 君を抱きしめていた (記憶がなだらかに歪んで) 学校、解析していたデータは永遠に失われて (でもいつか思い出すかも) しれないね、冬はまだ遠くに (しばらくは会えないまま) ゆらゆら不安定な気持ちが募る (でもそんな顔の方がかわいい) ね、朝の裸体は1日のうちで最もきれい (なのに、それを窮屈に包んで) どうにか (自己満足でしかないけれど) 図鑑に載ってるような (息苦しくて仕方がないのに) 浮かない人の形を作り上げる (そう、…………) シンクに濯いだ水を吐き出せば (……………………) 今朝の夢はもう思い出せない


コメント欄を表示する (2)
stereotype2085 (2018-11-11):

気怠いですね。「アンニュイな魅力の女性」という死表現とも言えるコピーを思いついた僕をお許しを。朝の裸体は一日のうちで最もきれい、というフレーズがたまらなく好きでした。ではその日一日で体が穢れてしまうのか、想像力を書き立てる良い詩だと思います。

kikunaekikunae (2018-11-11):

stereotype2085さん コメントありがとうございます。 朝の裸体は〜という一文を好きと言ってもらえてとても嬉しいです。 最もきれい、というのは朝は体に下着や服の跡が付いておらずまっさらな感じがするからきれいだなと思っています。

コメントを書く
コメントを書くにはここから登録してください。またはログインしてください

シャーベット   

ミナト螢 
作成日時 2018-11-01
コメント日時 2018-11-11

 

厚く張った氷を砕くために ブーツの踵が地上へ届く 心臓が埋められた場所で 掘り起こしてる足跡の形が 誰にも踏まれず残っているのは きっと一人で歩いたせいだね 氷と永の文字が出会う冬は 時間を止めることができるから 互いに知らん顔をしたとしても 思いがクリアになって重なる 透明な世界で呼吸をする 10秒という短い間にも 人は誰かに傘を差し出したり ドーナツの浮き輪を投げたりして 心臓を落とさないように近付いた みんな守り合って生きてゆけるね 私は多分ずっと落とし続ける 心臓に蓋をした氷の棺を 毎年ひとつずつ壊していく


コメント欄を表示する (4)
まりも (2018-11-02):

この短さの中で、氷と心臓が頻出するのは・・・重ねによる強調よりも、インパクトを薄めてしまう結果になるのでは?という懸念がありますね。 冒頭のイメージ、あえて回りくどい言い方をする、打ち砕く勢いの出し方は、とても良いと思います。 ブーツの踵が、いったい何を掘り出しているのか・・・最後までひっぱって、実は落としてしまい、氷漬けに(それも、永遠の)になってしまっていた心臓だった、という展開なども、一考してみてください。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-11-02):

言葉と世界がきれいですっピ(*^_^*) 心臓ということばを出現させる自由な語彙。

ミナト螢 (2018-11-02):

まりも様 そうですね、あまり納得のいく作品ではないのでまだまだレベルが低いと反省します。丁寧にコメントを頂き、寧ろありがたいです。 オオサカダニケ様 一見、綺麗に見えるものの中身の薄いのが私の欠点でありまする。

stereotype2085 (2018-11-11):

「透明な世界で呼吸をする/10秒という短い間にも」が特に素晴らしく、その後の人間が皆守りあっているというシチュエーションへとすんなり入っていける。中身の薄いのが欠点とコメ欄において仰っているが、この作品においてはそうではないように思う。この作品においては最終段、何か人を驚かせるフレーズを用いて、当作と同じ意味を持たせることが出来たら、欠点はオセロのように全て長所として裏返ってしまう可能性を感じました。

コメントを書く
コメントを書くにはここから登録してください。またはログインしてください

投稿作品数: 133

© B-REVIEW 2018