B-REVIEW作品投稿掲示板


体温   

ふじりゅう 
作成日時 2018-11-16
コメント日時 2018-11-20

 

「私の事を、愛さないで下さい」 帰らない山彦が その吐息の密度を濃く 豊かに変えた 純白の寝室 貴方のつたう涙に、 少しだけ 少しだけでも触れたかった 微々たるくすみだけで 手入れの不行き届きの分かる ゴミ箱や 目覚まし時計やら 一人暮らしには広すぎる部屋 女性らしく継ぎ接ぎの跡が目立たない ズボンの端っこ いつやらか ちらり ちろりと 懐かしい顔が 飛び出していた 思い出のシャワー 代え続けていたバケツや 徐々に徐々に栞を挟み 完成へ進むアルバムが 懐かしいだけの宝物になった、だから 後ろに自転車走らせる 登校時のルート 同じ匂いがする 帰り際に買ってたパンは もう売ってすらいない あの頃と違う いつの間にか嗜む ブラックコーヒーと 君の前では見せられない ケムリを買い足す メビウスの輪を語る 倫理学の薄本に一瞥 、そして 硬直した君の 皮だけの頬に触れる 記憶の洪水が 世界と空間、や はたまた僕といった いろいろな色々ないろいろな色々な ものを決壊させて 貴方の言葉を千切る 精神と別離され 分子となった 唇へ そっと体温を合わせ やけにリアリスティックな 耳打ちから逃れて 埃や 食べ遺した弁当が散らかる 色んな普通の生活を投げ置いた 部屋で 、 ぽ つ ん 、 栞をつまんで一葉一葉をぼけ・と眺めたり 徐に かつ 救われるように 手入れの必要のない唇を さすり としたり 何故か笑顔で差し出された変テコなお土産だったりとか その 様な物も のに しか、貴方 の 温もり が 宿 ってい ないと、知っ た。


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かるべまさひろ (2018-11-18):

伝承と現代人の感性も大して違わないのだろうと感じました。 (分析的に読むのが苦手というよりずれ過ぎてて記録に遺さず対面でオフレコでなら喋れる普段のスタンスなので、ふじりゅうさんのいつもうれしい分析コメントに釣り合わない感想コメントになってしまい申し訳ないのですが) もっと愛というテーマがぐっと前面にあっても面白くなりそうだなと感じました。

みうら (2018-11-18):

とてもわかりやすい恋愛の情がある作品として読める。やや冗長さを感じるが、それがリアリティを持たせてあるとも言える。ただ、これは妙な評になってしまうけれども、作品をながめて見た時に昇華されずのままな世界がある。平たく言うと印象が弱い。読めばわかる作品でなくてながめて見たときに作品が発しているもの。それが詩情ではなかろうか。 話が逸れるけれども、私はこのコメントを書くにあたって手前のことは棚の最上段にしまって、自分が世界で唯一の大詩人だと思い込んで書いている。ある意味で中原中也、あるいは自分が小林秀雄になったつもりで読み、批評を述べていて。そうすると見えていなかったことが見えてきたりして、私自身の学びの場にもなっています。

ふじりゅう (2018-11-19):

かるべさん、ありがとうございます。  分析的に読むことが詩に対する感想の理想形か、と言われると決してそうではないと考えていますし、コメントをくださるだけで私にとってはうれしい限りであります。  確かに、愛、というテーマは前面に押し出してありませんが(メインテーマではありませんので)、作品に込めたテーマが隠れすぎていたのは事実ですね、勉強になります。

ふじりゅう (2018-11-19):

みうらさん、コメントありがとうございます。  冗長さ、は意識してませんでしたので、重大な欠点ですね。印象が弱い、のも同様ですね。  詩情というものが私にとってどのようなものかつかめないでいましたので、勉強になります。私にとってこの作品はそれなりに力を込めたものでしたので悔しい思いもありますが、それ以上にかるべさん含めお二方のコメントは非常に勉強になりました。ありがとうございました。

stereotype2085 (2018-11-19):

いいなぁ。彼女との想い出から過去の記憶を辿っていく描写。その中で「完成へ進むアルバムが/懐かしいだけの宝物になった、だから」からひと段落空いての「後ろに自転車走らせる 登校時のルート」という描写。ちょっと涙腺ウルッと来てしまいました。ここから詩が一気に加速しますね。そして最後ヒューンと小石が落下するように「その 様な物も のに しか、貴方 の/温もり が 宿 ってい ないと、知っ た。」と落としどころを見つける。上手いし綺麗で、何より情趣があると思いました。半角の使い方が心に余白が生まれているのを表すのにも効果的だと思いました。〇

ふじりゅう (2018-11-19):

ステレオさん、コメントありがとうございます。  恋を失ってしまった主人公は、いつまでも生き続ける愛を確かめるために登下校のルートをただ走り、写真を眺める。涙腺を刺激できたならもはや、本作の本懐は果たされたのかもしれません。  半角で落としたのは、前作「灰の様なこころ、灰のようなこころ」の反省から最後にのみアクセントとして持ってきました。  主人公、は心の余白、を遥かに超えた絶望を宿していますが、その強度という面ではまだまだ反省と改善の余地がありそうです。好意的な評嬉しく思いました。

じゅう (2018-11-19):

拝読しました。だんだんバラバラになっていく主人公の内面、不安定な心情が上手く表せているなあと思いました。泥にずぶずぶ沈んでいくような。 「貴方」は、まだ語り手の近くで眠っているのでしょうか?いい塩梅のホラーも感じられて好きな詩です。

帆場蔵人 (2018-11-20):

刺さりました。冒頭から胸に刺さりました。あ、駄目だ。言葉がうまく出ませんが繰り返し読んで楽しめる作品だと思います。冗長、というより程よい語りだと自分は感じます。

ふじりゅう (2018-11-20):

じゅうさん、コメントありがとうございます。 沼にずぶずぶ沈んでいくような、との表現、正しくその通りですね。 そうです、この詩はホラー的な要素もあると考えています。的確に読解され嬉しく思います。ありがとうございます。

ふじりゅう (2018-11-20):

帆場さん、ありがとうございます。 私は繰り返し読んでこそ楽しめる詩を目指している為、かもしくは普通に技術がない為もあるでしょうが、初読のインパクト、ないしは詩情といったものが本作は足りてない、との指摘を受け、なるほど、と真摯に反省致しました。その上で好意的な評を頂き、本作も満足気だろうな、と、何故か俯瞰的な気持ちになりました。 是非繰り返し読んで頂ければ、面白い、と勝手に自負致します 笑 例えば冒頭ですが、〈私は貴方が好きではありません。さようなら〉でなく、何故「私の事を、愛さないで下さい」としたのか、にも勿論理由がありますし、想像を巡らすことの楽しみを私の作品から感じ取っていただければ、これまた俯瞰的ですが、本作も涙を流して喜ぶだろう、と思います。

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つまさきまで   

豆塚エリ 
作成日時 2018-11-17
コメント日時 2018-11-20

 

真夜中の雪のポタージュで しんと芯まで つまさきまで きれいごと きれいごと 潔癖症なので 月の光しか 浴びたくない 白いものしか 食べたくない 仕方ないこと積もらすことが 大人になることだとしたら 私 猫の手のひらで 締めころされたっていいよ、世界 甘くないってほんとなの 子供の肌は血は骨は 甘いというのか そうなのか 洗濯機の中で絡み合う私たち こそ真実だって思ってた 憐憫と大欠伸、小鳥の悲鳴 点滅する蛍光灯 荒れた指先で冷たい スプーンを弄ぶ 正しさだけを飲み込んで はやく透明になりたい


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ふじりゅう (2018-11-17):

拝見しました。いい詩だと思います。 読み解いていきます。 「真夜中の雪のポタージュで しんと芯まで つまさきまで きれいごと きれいごと」 とにかく雪が積もっていることがわかります。雪の「寒さ」を「きれいごと」と置き換え、「しんと」「芯まで」「つまさきまで」と表現していると考えられます。 「潔癖症なので 月の光しか 浴びたくない 白いものしか 食べたくない 仕方ないこと積もらすことが 大人になることだとしたら」 潔癖症なので、とは、この寒さが人のきれいごとや裏のある感情であるということ、それに辟易した主人公像が見えます。またその、主人公にとって「汚い」感情を身につけることが大人になることだとしたら、と読み取れます。 「私 猫の手のひらで 締めころされたっていいよ、世界 甘くないってほんとなの 子供の肌は血は骨は 甘いというのか そうなのか」 この語りは、主人公が、世界に向けて放った一言でしょう。猫好き、なのか、はたまた逆の意味なのかはここでは分かりません。子供のパートは、これだけでは難解です。 「洗濯機の中で絡み合う私たち こそ真実だって思ってた 憐憫と大欠伸、小鳥の悲鳴 点滅する蛍光灯」 ベッドシーンでしょうか、洗濯そのものを指しているのでしょうか、どちらかを真実だと思っていた(が、違うことが分かった)とあります。次のパートにより、ベッドシーン説が濃厚だと思いましたが確信ではありません。 「荒れた指先で冷たい スプーンを弄ぶ 正しさだけを飲み込んで はやく透明になりたい」 スプーンで自己形成の元を掬って飲んでいるのでしょう。 興味深いのは、正しさを飲み込めば透明になる、という点。はっきり言いますと、正しさだけでは現実世界を生き抜くことは難しい(正しさの定義をどこに置くかにもよりますが)と自論があります。まぁ私の自論自体はそれほど意味はありませんが、ひょっとしたら主人公も同じ考えなのかもしれない、という点です。 が、私と全く違う点は、それでも自分の信じる正しさだけを飲み込み、早く透明に、なりたいと述べているところ。 透明、が、自己を消してしまいたいという事なのか、まっさらな自分になりたいのか、が明白ではありませんが、前者と捉えるとそこに主人公のこの世への果てしない絶望が見えます。それでも仕方ないから〈汚い〉ものも取り入れなければ、と考えるものです。どれだけ嫌でも。自分が消えてでも自己の正しさを突き詰めたい、それは自分への自信などでは決してなく、とてつもない絶望によってそうなったと考える方が自然です。 長さとしては中くらいながらも、素晴らしい内容に思わず長文となってしまいました。

みうら (2018-11-18):

世界と御自身を相対化させるとき、憐憫と大欠伸と表する感情を持っている。確かに私たちにはそれがあって、一方の世界に耳を傾けると小鳥の悲鳴がある。きれいごとの表層をもって私たちは生きようとする。しかしそれは実存ではない。世界にある実存は私たちが感じるような、言葉にするように創られてはいない。子供の肌も血も骨も甘くはないように。私たちと世界は混沌としている。それはまるで洗濯機のなかで絡み合うような。世界と私たちの絡みは私の身体のつまさきまでの全てにあるということ。 そんなことを読んで思いました。世界を思う時に残念な気持ちになる。

豆塚エリ豆塚エリ (2018-11-19):

ふじりゅうさん ありがとうございます。 子供のパートは「大人の世界は甘くない」という言葉に対して、です。わかりにくいかな?と思いつつ、書いたのですが、やはりわかりにくいですね。 雪=白=正しさ てっぺんからつま先まで正しくありたい、という詩でした。そんなこと、あり得ないんですが、子供の頃そう思っていたことを、最近、高校生の女の子を見て思い出しました。 正しさって冷たくて不毛で、ラストでそこを匂わせたかったです。

藤 一紀 (2018-11-19):

こんにちは。《洗濯機の中で絡み合う私たち》というところ、面白いなと思いました。 ときに、今ではあまり使われなくなったようですが、二槽式洗濯機というのがありまして、洗濯槽と脱水槽が別々になっているんです。全自動は一度に全行程をやってしまうのですが、二槽式の場合は洗濯やすすぎと、脱水を分けないといけない。その点やや面倒といえば面倒なのですが、洗濯槽に蓋をしなくてもよい(というかそもそも蓋がない)ので、汚れの落ち具合や洗剤の落ち具合を見て、洗濯を止めることができるんです。あー、水がきれいになったからもうすすぎもできたなー、脱水しよ。みたいな感じ。だから、洗濯中もその様子を見れるということです。全自動だと蓋にロックがかかるから終わるまでは一度停止をかけないと中が見れない。そういうふうにしない限り、中を見るのは脱水までの行程が終わってしまってからになりますね。ここをどう考えるか、です。二槽式であれば、洗濯中は泡の溶けた汚水のせいで中は見えにくいものの、さほど絡み合うまではない。洗濯槽が脱水槽に比べて大きいからかな。しかし、脱水後はひどい絡まりようをしています。もつれあってほどくのが大変なくらい(量にもよりますが)。全自動は同じひとつの槽でやるから、それも量によるとは思いますが、二槽式の脱水後ほどはひどくないんじゃないか。で、二槽式の洗濯槽の場合で考えると、ある一定の広さのなかで、汚れ(汚水)にまみれて交わりながら揉み合っている状態と読むことができます。まあ、「絡み合う」のだから恐らく脱水後のことと推測するのですが、そうすると、全自動の場合ではある一定の広さのなかで互いに交わり絡み合う、二槽式の場合だと極端に限られた狭いところで救いようのないくらい、もつれ合い絡み合う、いわばぐちゃぐちゃ状態という感じになる。だから、《洗濯機の中で絡み合う私たち》も表現として面白いのだけど、「私」が思っていた《真実》の解釈に差が生じてくるように思います。マニアックで細かなところではあるけれど、「こそ」と強調され「思ってた」と告白がなされている唯一の箇所、そんで作品のなかの結節点でもある大事なところと思ったので、しちくじいことを書かせていただきました。

豆塚エリ豆塚エリ (2018-11-20):

みうらさん 世界を広げてくださってありがとうございます。世の中、白黒はっきりしてくれたらいいのにな。でもそうでないから自分が居ることを考えると大変わがままな感情だと思います。せめてずるい大人の二枚舌にだけは騙されないよう生きたい。

豆塚エリ豆塚エリ (2018-11-20):

藤 一紀さん ありがとうございます。平成生まれなので(?)二槽式洗濯機、思いつきもしませんでした。二槽式は現物を見たことさえありません。「洗濯機」といえば、縦型全自動か、ドラム型のイメージで。脱水まで終わって中で縺れ絡み合った様子を想像して書きました。二槽式に比べて広くて…というところまでは考えませんでした。でもそこまで描写しないとわかりにくいかな?うーん。ちょっと疑問です。 二槽式調べてみましたが、今でも使われている方がいるのですね。未だ魅力ある製品であることに驚きましたし、ちょっと興味がわきました。

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人間以下。吐き出し。※   

6でなし 
作成日時 2018-11-12
コメント日時 2018-11-20

 

26年生きて、付き合ったことなくてそんな人間です。僕は。肩書きだけ述べりゃ実家暮らし独身彼女いない歴年齢。さっきバイクで考えてたことはすっとわすれちゃって、そんなネガティブも記憶の忘却としてどっか彼方へ消えていった。きっといつかいつかっていや考えてるだけでネガティブは止まらなくてネガティブがくせになっている。どうせ死ぬからやっとこうは実は大分ポジティブなんじゃないかなとは薄々思ってる。昔はそりゃ僕もだいたいポジティブにとらえていたよー。なんていってもまあ過去は過去だし今はいまだしな。 うまくいかないは普通。そういや並行世界ってあんのかな。平行世界の僕は、一人称が俺だったりして、そんでもって実は子供がいて家族3人でどっか別の場所で家でも借りて、暮らしてるに違いない。ってこっちがパラレルワールドなのかもしれないなって思うのはネガティブか?でもう一つの平行世界じゃインスタグラマーでもして世界を飛び回ってるってか。まあひとつ言えるのはその二人のパラレルワールドのやつらよりも今の世界の僕が一番おもしろいってことかな。なんてくだらないこと考えているだけで時間は平等に進んでいくんだもんな。平等ってさ、いらないところで発揮されるんだよね。世界レベルで見たら幸せは平等じゃなくて、それなのに病気や事故のリスクは平等にある。そりゃ大富豪と発展途上国の子供とかと比べたらリスクも平等にないかもしれない。 こんなことかんがえてるなんてまあ暇人かキチガイだけかもしれないな。どっちも当てはるのかもしれないな。そうか。キチガイかあ。でも普通って思ってる人々は僕からしたらうーんってこともあるんだよな。多数決が常識か?ってそういや2個上の先輩がSNSでつぶやいていた気がする。真実を教えてくれよ。神さま。宗教なんか入ってないのにそういう時だけ神頼み。僕も罰当たりだなあ。なんて止まらない思考。昨晩もXVIDEOの動画でシコる。この文たちも世間にさらされることなくおわるのか。じゃあまるでこれもオナニーと同じだな、これじゃ終わり。いやまだ始まってないよなーなんて考えてるけど、このままじゃ確実に終わりに近づくよ。って自分追い込んだところで、何もしなければ生産性のないオナニーと一緒。ワンダーボーイはいったよな人生はオナニーって。今日もティッシュを丸めてゴミ箱に捨てる。テクノブレイクしそうになる。いや死にたくないよ。死んだ先には何もないんだから。 後悔ばっかだよな。勇気がほしいって思った。勇気ってなんだろな。あのゲームの主人公は勇気があるから勇者になって魔王を倒して姫さまと結ばれた。 ただ勇気がないただの市民の僕は、伝説の剣も握れずに本当は自分である魔王も倒せずに、目の前のお姫様から目を背けていきてきました。あーセーブしたところからやり直したいと思ってもこの人生にはセーブ機能はなくてスイッチを消してもやり直せなくて。ってまあ別に自らスイッチ切るようなことはしたくないよ。あーいかれてるよな。でもキチガイと天才は紙一重だよな。だが残念ながら天秤は前者の方に傾いている。 思うんだよ。常識あるねって言われていいやつを演じて、人の顔色伺って、愛想笑い並べて、一緒にいたくない人の話聞いて、いいやつってレッテルのために気使って。自分殺して。陰口でストレス吐き出して。立場の弱いやつを傷つけて、そっちの方がよっぽどキチガイじゃないかい?おかしくないかい?こんなもんだろ社会なんて。ってかってに思ってながされるままにいきて。それがいやで、それがいやで自分を信じてやってきたんだ。 やっていくんだ。 (支離滅裂ですみません。詩でもなんでもないです。失礼しました。) ※B-REVIEW杯不参加でお願いします。


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羽田恭 (2018-11-12):

これはこれで詩情があるように思います。 もう少し整理すればいい詩になるかも。 >それがいやで、それがいやで自分を信じてやってきたんだ。 >やっていくんだ。 最後のこの言葉で、一気に締まった。 心情そのままが出たように感じました。 もしかしたら大変な状態かもしれません。 でも最後の言葉を大切にして欲しく思います。 題が「人間以下」なのはより善くあろうとし続けてもがいているからかなと。 大変人間らしい行為です。

6でなし6でなし (2018-11-12):

コメントありがとうございます。こんなつたない文章を読んでいただき感謝です。 ただただ浮かんだ言葉を打ち込んで、あまり整理せずに勢いで投稿してしまった感じです。読みづらくてすみません。 ネガティブな構成なので心配していただいたかもしれませんが、大変な状況ではないです。元気です笑 ポエトリーリーディングという音楽のジャンルに惹かれまして、自分も詩みたいなものを書こうとして挑戦した結果がこれでした。 最後の文はネガティブ思考だけども、それでも立ち上がるぞ、何か覆してやるというという気持ちで書きました。 本当にコメントつくとは思ってなかったので、貴重なコメントありがとうございました。 いい詩が書けるように、がんばります。

galapagalapa (2018-11-16):

拝読いたしました。 なかなかここまで正直に自分の事って書けないと思います。 その意味において胸に迫るものがあり、また私の中にもある劣等感にふれ共感する部分がありました。

6でなし6でなし (2018-11-20):

コメントありがとうございます。 本文を読んでいただきありがとうございます。 色々思うことがあり、たぶん浮かんでくる言葉を書き出した結果こうなりました。 詩というものの定義とか概念がわからず、表現方法もわからず、非常に読みにくい文になってたと思います。 ただ、ありのままに書きなぐった感覚です。 このような文から何か感じていただけたとしたら、すごく嬉しいです。 もっといい詩がかけるようにがんばります。 ありがとうございました。

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寒露   

社町 迅 
作成日時 2018-11-01
コメント日時 2018-11-20

 

狭霧に男湧く 冷え沈む山の呼気 男は浴衣を濡らして、待ち受けている 旅亭にて、赤いカーペットの廊下を女たちが歩いてゆく 青く均された露天湯に向かう友達 木桶などが静かに、早い客を待っている 窓際の籐椅子は、未だ昨夜の談話の続き バイクが一つ、川向こうの道を通っていって 音だけが橋を渡ってきた 誰かの悩みは、西の彼方へすっかり飲み込まれ カレンダーの表示をまだあやふやにしか受け取れない時間帯 もうすぐで水たちは無事に夜番の努めを果たす 朝日だ 町の建物が、挨拶の前の沈黙、一斉に目覚めていく 今や戻る頃合いだと 霊魂たちが薄く消えていった


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まりも (2018-11-14):

sagiri ni otoko waku この響きが面白いと思いました。どのような情景かと読み進めると 〈青く均された露天湯に向かう友達〉渡り廊下などで宿から離れた風呂でしょうか。 急に具体的な景が立ち上がってきますね。 〈音だけが橋を渡ってきた〉この描写も面白い。 バイクが走っている、という認識を先に出して、その認識をもたらした聴覚を後から添える。 〈もうすぐで水たちは無事に夜番の努めを果たす〉ここは、なんだろう・・・ 出水?もうすぐで? もうすぐ 水たちは なのかな・・・水が夜番をしている、という発想も新鮮。 最後の一行も、ドキリとしますね。〈西の彼方〉は、彼岸の方向でもある。 青く沈んだ街並みが、目覚めていく時刻。朝霧が沸いて、その中に影が現れ、消えていく感覚。 生者も死者も、共に〈談話〉した夕べがあったのか。 早朝の朝露(霧?)の水気を体に沁み込ませながら、周囲の気配(生も死も混在しているような一瞬)に耳を澄ませている(肌で感じようとしている)かすかな緊張感が、引き締まった文体から伝わってきました。

社町 迅 (2018-11-18):

まりもさん、コメントありがとうございます。 もうすぐで、の部分は・・・あれは方言的な使い方だったりするんですかね・・・

藤 一紀 (2018-11-20):

おはようございます。ちょうど夜の終わりと朝の訪れの様子が、視覚的にも聴覚的にも思い浮かぶようです。《朝日だ》がそれをより明確にするように働いていて、言葉にも光をあてているように思います。 《もうすぐで》って、日常語としてはたまに使うけど、あれれ?そういえば文章としては見かけないですね。

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下弦の彼岸花、蝉時雨の福音   

北村灰色 
作成日時 2018-11-12
コメント日時 2018-11-20

 

下弦の彼岸花が太陽を覆う 金貨に粉砂糖が絡みつく、ビーカーに溺れるローズマリー 紫陽花が黙視した朝焼けに太陽は琥珀色の霧雨を零すが、 そこに渇ききった12ダース・キャンディは存在せず 海と花束、『架空のノンフィクション』が曖昧な世界線を無音の旋律で浸して やがて(あるべき)世界は終わらない夕暮れに染まり 鴉たちの台詞は「私の書く字は血のついたナイフだ」のみとなってしまった セカイが血に染まっても蒼き孤独と翡翠色の万華鏡は冷感を保ったまま そのスカートを汚さないままで漂っている 数字が金言と化し、死と詞がカウントダウンを刻むとき 抽象的なObject Bellは彼女の眼球へとすり替わる スクリーンに揺らめく色彩の果と蝉時雨の不協和音 君の手を白日の下へと切り分けるのはそう、眠り人形の手に添えられた牛刀だったから 君はあの日のライ麦畑と祈りが再審を請求するけれど、「9月にリプレイは存在しない」 私が磔に処されたホテル404 ゴルゴダの硝子を愛撫するL/Rの瞳が凝視しているのは―― 灰色に濡れた白昼空と彼岸花か、それとも——


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stereotype2085 (2018-11-13):

本当に北村さんの作品は、一つ一つのフレーズが洗練されていて、尖っている。またこの情報量に身を委ねれば、相当な心地よさが得られると思う。だが逆に言えばもし北村さんの作品がもっとスリムになったらどうなるかも見てみたい。余白とか空白を用いつつ、時にエッジの効いたフレーズを持ち込む、というような。充分に北村さんの作品は、独自の味が出ているのだから、「削る」という試みをした作品も見てみたいです。

北村灰色 (2018-11-20):

ステレオさん コメントありがとうございます。 確かに余白や空白を用いた作品は、少なくともネット上には殆ど上げていないし、普段も作る頻度が低いと思います。 その内そうした作品も試しに色々書いてみたいと思います。

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>>>>>____∞   

じゅう 
作成日時 2018-11-19
コメント日時 2018-11-19

 

 消えていく自我。薄れていく、視界。考えるのも面倒になってきて、心地よい青色にカラダが包まれていく。自分の器、残滓がそこには残るだろう、私は、私はそれでもいいよ。  ─────抑えきれない激情が溢れ出して蜷肴ョ区?縺励>縺ョ縺ッ諢帙→縺?≧縲√Θ繝。縲らァ√?繧ゅ▲縺ィ雋エ譁ケ繧定ヲ九※縺?◆縺九▲縺溘?∫ァ√?繧ゅ▲縺ィ雋エ譁ケ縺ィ蜈ア縺ォ豁ゥ縺ソ縺溘°縺」縺溘?くる。色々な「したい」を飲み込んで、私の「死体」さえ受け入れて、私は他の誰かになって、道具になって、そして永遠になる。  la・lalala・lala lala・la…  私は歌うのだ、矛盾を抱えて生きた今までもそうだった、これからもわけが分からなくなるまで。「蜀キ縺溘¥證励>譽ョ縺ョ讌ス隴懊r譖ク縺肴鋤縺医※縲∬コォ繧堤┥縺上h縺?↑蛻・繧後↓荳頑嶌縺阪@縺ヲ」叫んだ残響はどんどん大きくなって、世界に響き渡って私を弔うだろう。可能性に私は身を捧げよう。私の声を呼んでくれる貴方の声が、まだ微かに聞こえる事に希望を感じるから。  そろそろ行かなきゃ。また、永遠の向こう側で会いたいな。>>>>>______∞


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じゅう (2018-11-19):

とある曲のリスペクトとして書きました。

stereotype2085 (2018-11-19):

「序曲」と同じアプローチの詩として読みました。この作品も賛否分かれるんでしょうね。個人的には好きです。最も盛んだった頃のイギリスのミュージックシーンを「思いついたら次の日にやらないと誰かがやってる世界」と評した方がいまして。この詩はその感覚にかなり近い試みだと思います。じゅうさんが作りあげた詩のスタイル。それはじゅうさんのもの。これと同じアプローチの詩を誰かが書いても「じゅうさんがやってたね」で終わる。粗削りでも今一つ何を描きたいか分からないという方がいても、出尽くした感のあるアイデアの中で、ピンポイントを狙って書いた、作り上げた。それならば新規性の一つとして僕は評価されて良いと思うし、評価したい。ただ最後の「会いたいな」は茫洋としてて「会いたい」と言い切りの方が良かったかも、とこの詩の実験性に照らし合わせて思いました。

じゅう (2018-11-19):

stereotype2085 さま コメントありがとうございます。「序曲」と確かにアプローチが似ていますね。違いと言えば、序曲は自分の中の勢いの詩で、こちらはある他人の作った物語に沿って書いたというところでしょうか。僕個人のスタイルであるということを認めて頂けたことと、さらにそれを褒めていただけて大変嬉しく思います。それだけで生きていく上での咀嚼し続けられる喜びたりえます。ありがとうございました。

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越えていく   

あきら@ちゃーこ 
作成日時 2018-11-16
コメント日時 2018-11-19

 

砂を踏む音 足跡は轍をなぞる 水は爪を覆い 蜃気楼は指をすり抜ける   肩に掛けた生命が色を移す ふやけた皮膚は境界を喪う 暗い海に手足は揺蕩い 細胞は血脈を辿る 刃が背中を突き破る たたらを踏む足 若草は滲み 手にこびりつく殺意 狭間をさまよう目 雷鳴は花を降らせ 幾分かゆっくりとした 時計を叩き壊す 同等の同極 意思は反発する 本能はよだれを垂らし 赤い壁に磔にされる 孤独の先を歩く 崖から投げ捨てた時を 拾うだれかを想う 無限の一日はくりかえす 赤い花びらを一枚ちぎる レンズがきらめく 終わりある足跡を残す人 憧れにやさしくおぼれて 無限の始まりを 見つめている


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かるべまさひろ (2018-11-18):

ひとつひとつのフレーズがすごく印象に残りました。 見える景色はけっこう激しいのですが、穏やかな芯の強い心のようなものを感じました。

あきら@ちゃーこ (2018-11-19):

これは抗うことをテーマにしています。他者ではなく、己に抗うことです。 好きな作品を想いました。

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障害者   

完備 
作成日時 2018-11-19
コメント日時 2018-11-19

 

ハロワに三度かよって やっと辿り着いた、 人生五度目のバイトも 二か月でブッチし 鳴り止まないケータイ の電源を切った 水道水をチンして 笑ってくれるひともなく マイスリー多めに飲む なきながら 本当になきたいのは バ先のひとたち 障害を隠して はたらきたかったの 暑いか寒いかも分からない におう毛布にくるまって 足裏の油汗を 壁に擦り付けながら 眠りがくるのを待っている


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渡辺八畳@祝儀敷 (2018-11-19):

メンヘラのコスプレ詩と解釈

完備 (2018-11-19):

解釈はどういうのでもいいです.

fiorina (2018-11-19):

なかたつ詩論で学んだ大切なことは、まず、詩の全体を鵜呑みにする、と言うことでした。 又後で、コメントさせていただきます・・・

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「 」が言えない   

仮名吹(かなぶき)@詩のブログ 
作成日時 2018-11-01
コメント日時 2018-11-19

 

305号室 今日からここが僕の部屋だ 白い壁をひとり見つめる すると、壁に細い亀裂が入っている 亀裂はドアのような長方形に 壁を区切っている 僕は区切られた壁に手を押し当て 引き戸のように横にスライドさせてみた すると開いた、未知の部屋への入り口が 壁の向うにこんな部屋があるなんて 不動産屋さんは言ってなかったけど 秘密の部屋のなかは真っ暗 でも不思議と落ち着く場所 僕はその日からこの「304号室」に 入り浸るようになった ある夜、僕は闇に眼が慣れてきて この部屋はとても広いことに気づいた 部屋のずっと向うの隅っこで 若い女の子がうずくまっている 後ろ姿に見覚えがある。303号室の子だ 女の子は膝を抱えてしくしく泣いていた 訳を聞いたら 「わたしは を知っています」 「 を何と呼べばいいですか」と言う 空欄には何が入るのだろう 「 が言えないのです」 どうやら言葉が一部話せないらしい 彼女は震える指で僕を差した 「僕?僕のこと?」 よくよく話を聞くと彼女はある日突然 「あなた」と言えなくなり、恋人も友だちも 失って一人になってしまったのだと言う だからこの「304号室」に閉じこもって 一人泣いていたのだと言う 僕らは翌朝から一緒に出かけるようになった 「あなた」が言えなくても構わない だって二人のうちで「わたし」以外には あなたしかいないのだから


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まりも (2018-11-14):

物語風の展開に引き込まれました。 〈よくよく話を聞くと彼女はある日突然 「あなた」と言えなくなり、恋人も友だちも 失って一人になってしまったのだと言う〉 この部分が、説明的な要素が強い一方で、あなた、を言えない人が、それを説明する、という部分もなんだか、理屈からいうと、変だな、という感覚が残り・・・ 指さした、というところで、「  」を言えない、でも指させる、ということは伝わる、ので・・・ その指さした手を、取ってあげたらどんな感触だったのだろう(すり抜けてしまい、悲しそうなまなざしだけが残る、のか、それとも、水のように冷たい指が、僕、の手の中に滑り込んできたのか、あるいは、懐かしい温度を感じさせる指、であった、のか・・・)そこを知りたくなったのですが、どうでしょう。

みうら (2018-11-18):

発想があると思った。一つの短いミステリアスな作品としてまとまりのある作品だと思う。ただ作者には傑作を生み出す余力があると私には思っていて、過去の投稿作品も含めて、そのような観点からの魅力を感じている。余力が感じられるとは抽象的な評になってしまっているけれども、本作に沿って語れば、秘めた情景描写の核にあるレトリックがわかりやすいということ、つまり「 」という空白。レトリックがわかりやすいとは、読み手が既に知見としてあるレトリックとレイヤーとして重ねやすいということ。作者がまだ持っているであろう未遂に終わっているレトリックが誰もが想起し得ないものとして私の前に登場することを期待している。

仮名吹(かなぶき)@詩のブログ (2018-11-19):

すみませんコメントを頂いていたことに気づかず返信が遅くなってしまいました。 まりもさん ご指摘の通り僕はこの詩を物語として書いてしまい、そのため説明的箇所があちこちに見られます。情景描写に力を入れたため…というのは言い訳に過ぎず、単なる作者の力量不足です。 「指さした手を取る」というアイデアは正直思いつきませんでしてコメントを拝読してハッとさせられました。まだまだ修行が足りませんね。もっと頑張って「おお!」と言われるような作品をそのうち書きますので期待していてください。 みうらさん 仰る通り、読み手に伝わりやすいことを優先して既知のレトリックを多用しております。一つの作品としてまとまりを持たせようとした挙げ句、過度に守りの姿勢に入っている可能性もあると認めざるを得ませんね…。 「発想」の壁に今僕は突き当たっていて、そこを打ち破る力が今後の課題と認識しておりますので、そのうち「誰も読んだことのない」斬新な詩を書きますので期待して見守っていてください。

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【選評】鬱海 言葉で伝えるということ   

鬱海 
作成日時 2018-11-12
コメント日時 2018-11-19

 

この作品を初めて読んだ時、カラオケ大会の途中だったのに思わず、友達を放って読みふけってしまった。それくらいのインパクトがあったことをまず書いておきたい。 まず、 >知らないもののことを上手く伝えるのは難しくて という箇所が心に響いた。一見当たり前のことのように思えるが、おそらく同じ魚を見たとしても、それを誰かと全く同じように見ることは出来ない(たとえば魚の模様に目が行くひと、大きさに目が行くひとなどがいるように)ということ。そしてその見ることにおける不均衡を均すために言葉があるのだろうが、その言葉で伝えるのは、僕にとって難しい。こういう経験は誰にでもあるだろうが、言葉で伝えることは難しいというそのことを言葉で伝えることにこの詩は成功している。と思ってジンときた。 次に読み返して、思ったのは作中の2人と読者との距離感について。お互いのことをほぼ知らず、2日めになってやっと 彼女の子供時代の体験を聞いたことが物語のキーとなっている。なんとなくドライな関係であるという印象を受ける2人の関係に、自分の子供時代という、ごく私的な話題が持ち込まれてきたことで、この詩に対する距離感を詰める効果が生まれていると思う。しかしそのエピソードが傘泥棒であるため、共感性や自分の過去を追体験するような感じにはなっていない。それに、子供時代のエピソードというある意味湿っぽい話題と物語全体を貫くここちよいドライさのバランスがうまいなと思った。 もっと書きたいですがまとまらなかったので。 成功している、とかうまいなと思った、とか書きましたけど、本当に私がいいたかったことは、この詩ホントすき!の一言でしかなくて、好きになった理屈は後付けです。選評って緊張しますね。初めてしたのでドキドキだし、こんなつまらないこと書いてあれかなとか思いましたが、この詩への好意のために一応書かせていただきました。なかたつさんのフルキュレーションにおけるゼンメツさんとのやりとりなどを見て、選評かきたいなと思って書きました。おわりです。


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鬱海鬱海 (2018-11-12):

コピペがうまくいかなくて、作者名タイトルが書けてません。 ゼンメツさんの『傘泥棒』です。 せっかくの作品に対してすみません。次回から気をつけます。

鬱海鬱海 (2018-11-12):

あとワンポイントキュレーションである点も抜けていました。重ね重ねすみません。

ゼンメツゼンメツ (2018-11-19):

選評、本当に本当に、ありがとうございます。鬱海さんも「言葉で表し難い心情」を描く書き手だとなんかめっちゃ勝手に思ってます。ちょっぴり曇天模様のショートショート、めっちゃ好みです。ところで、なかたつさんの選評で「名詞」の話があがっていますので、その流れに乗っかるかたちで、ちょっとこれを読んでいる皆さんに、鬱海さんの作品からあえて変化球のものを一つ、紹介させて頂きたいな。と思います。 『僕たち私たちの恋愛日記』 この詩は人物ごとそれぞれのごく短い断片的エピソードで構成されています。ただ、読み手に与えられる情報はそれだけではなく、はじめに各々名前と年齢が添えられておりまして、これがこの作品をより深いものに仕立てあげています。とりあえずその中から一人のエピソードを引用して取り上げてみましょう。 みどり(21) 僕は古本屋さんの店員の女の子と付き合ってた。彼女に別れを告げられる前の日にその子の働いている古本屋さんに行って本を整理してる彼女にキスをしたら「みどりくんは何もわかってないわ。世界一ばかなひと。私がいなくなったら誰があなたにそのことを教えてくれるの?」って言って泣かれた。僕はただなみだでキラキラしている彼女のひとみだけを見ていた。 はい、どうでしょうみなさん。 エピソードを読んだあとにその名前と年齢を見返してみてください。みどり(21)。なかなかに中性的ですね。しかもひらがな。本名かどうかは分かりませんが、いかにも『エピソード通り」の響きじゃないですか。そしてですね、21才、そう、彼21才なんです。これが17才なら「そんな時期もあるかもね」となまあたたかーく感じて終わりかもしれません。しかし彼は21才、なんだかこの先もきっとこのままなのだろうな、という、どこまでも途切れない曇り空を感じさせる年齢です。いつか彼が、みどり(40)だとかになったときの具体的な「いやいや、みどりくん。じゃねーよこれ、終わってるって、なんかもう終わってるって感」を、まだまだ漠然と遠方にかすめさせる若さです。いやー、良いですね。21才。 「示唆」を汲むのって、やっぱりなかなか、読解力の要求が高くなってしまうのですが、この構造ならば、読み手こ誰をも、自ら思いを潜らせていく流れを作ることができるのではないでしょうか。 いやーやっぱ名前重要ですね。あんま意味を持たせないように「タカシ」とか「コニシ」とか付けてる場合じゃないですよみなさん。ちなみにこういうはなしでもっともわかりやすいものと言えば「幸子」 そう、これです。「幸子」の幸薄感といえばもはや鉄板です。しかしこんな段違いにわかりやすい例を除けば、示唆的な名付け作業って、「人名」の共通認識がめっちゃ曖昧なので、つける側としてはなかなかその腕を要求されます。それを踏まえてぜひ、みなさんも、読むうえでも書くうえでも、人名という「固有名詞」に注目してみてください。

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