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【フル】かるべまさひろの選評<2018年10月分>   

かるべまさひろ 
作成日時 2018-11-11
コメント日時 2018-11-12

 

はじめのあいさつ  かるべです。季節の変わり目で体調崩したりしたせいで、  トップページの手直しとか遅れてます。  とかしてたら15日過ぎそうだったので、  いったんフルキュレーションの方に取り組んでました。  広告とかも試行錯誤してます。ちょっと広告大きいですかね?  ウェブデザイナーさんに会いたい。 <選評>  投稿作が多いと読むのが大変なのはわかっていましたが、  小説何百作とかよりは可能なことで、  しかし、本当にあまねく審査員もまた  人であるとか身に沁みるんですが、  結局、人だと思ってね、って  言い訳なんですか。 【大賞候補作】 羽の日 カオティクルConverge!!貴音さん 10月18日 【優良作】 ほどける あきら@ちゃーこ 10月30日 雑談と「ままならぬ恋の詩」 蛾兆ボルカ 10月20日 『藤井龍平の肉迫』より。 ふじりゅう 10月21日 【推薦作】 円滑水槽 こうだたけみ 10月9日 罪人レプリカ 桐ヶ谷忍 10月8日 秋の赤 白犬 10月12日 探しもの 沙一 10月14日 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 大賞候補 羽の日 カオティクルConverge!!貴音さん 10月18日 物語が鮮明に浮かぶことは、まずもって好印象だが、 それ以上に描いていることが物語ではなくて、 もっとかなしい。 でも、このかなしいは、 かるべを歩かせる。 https://www.breview.org/keijiban/?id=2465 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 優良作 ほどける あきら@ちゃーこ 10月30日 「世界は重なった網目だから」 のような言い切りが好き。 プライベートな観察を 見ている。 https://www.breview.org/keijiban/?id=2523 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 優良作 雑談と「ままならぬ恋の詩」 蛾兆ボルカ 10月20日 根本的に前半が面白い。 論理遊びに留めないで、添えられている後半部分も 丁寧で、単体でも情景が浮かぶけれど、 お互いに景色に奥行きを与えあってくれるので、 繰り返し読むことも意識されている。 そして案の定、繰り返し読んでしまう。 https://www.breview.org/keijiban/?id=2475 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 優良作 『藤井龍平の肉迫』より。 ふじりゅう 10月21日 〈 〉内が最高に楽しい。 自分も括弧をよく使うのだけど、 そのとき、括弧の外側について再読する時、 もう一枚肉をめくれたのでは、 そんな予感が残っている。 https://www.breview.org/keijiban/?id=2481 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 推薦作 円滑水槽 こうだたけみ 10月9日 十月の投稿でなかったら、もっと上の位置に選んでいた。 みたいな気持ちになった。 言葉遊びは毎回いつも楽しんでいるけれど、 これは、読む面白さも深い。 人は世界を自由に夢想していいんだという希望まで、 この作から感じ取れる日もある。 https://www.breview.org/keijiban/?id=2422 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 推薦作 罪人レプリカ 桐ヶ谷忍 10月8日 構造と描写とテーマがきれい。 ただまぁグロテスクさは(かるべの読書経験上現在)飽和しているので、 いっそう「抉る」の表現など、 いわゆるきつい描写さえもなにか別の言葉で 清廉と描いてしまっても、おもしろいかもなどとは感じた。 ただ、そうすると構造にも影響が出るので、 この作品はしっかり完成している。 https://www.breview.org/keijiban/?id=2411 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 推薦作 秋の赤 白犬 10月12日 ある種のグロテスクさは、健在の上で、 どこに強い衝動を持ってくるのかで テーマも変わってくるといつも読んでいる。 今回はやさしさで、やさしくしたいという強迫感で、 それがそれでもしっかりやさしくも読み取れるので、 「秋」のタイトルまで深く入り込める。 https://www.breview.org/keijiban/?id=2434 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 推薦作 探しもの 沙一 10月14日 物語がきれい。 改行がいささか読みにくい効果になっていた気もする。 「指先をいじいじと遊ばせていた」が心に残った。 たぶん、爪を噛んでるとかだったらあまり自分は印象に残らなかったかもしれない。 というのも、この物語が自分には福祉の話に読めてしまったからだと思う。 https://www.breview.org/keijiban/?id=2445 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ おわりのあいさつ  フォーラムとか運営への意見とか、過疎ったりしてないかな。  優先順位間違えて取り組んでないかな。  以前の方がよかったとかきっと思われてるんだろうな。  とか思いながら筋トレしてます。 かるべ


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桐ヶ谷忍 (2018-11-12):

こんにちは、かるべさん。推薦を頂きありがとうございます。 「罪人レプリカ」はそんなつもりは全くなかったのに、たびたび「きれい」と評されて、困惑と共に嬉しくもあります。 目を抉る、のは直截な描写過ぎて自分でもどうかと思ったのですが、他にどう書いたらその他の文と整合性が取れるか分からず。そこら辺も汲み取って頂けてありがたかったです。

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塩の都   

agath 
作成日時 2018-11-03
コメント日時 2018-11-11

 

蛇笛も聞こえず 緑青も湿った剥落も認めぬうちに 何故出発したのか ただ力ずくでにじり行けば 晩夏の苺ジャムや 四辻を守る鮫肌の魔除けなど ことごとく無残に砕け散るに違いない それでも ひねもす甘栗を剥くように 焼け焦げた樹皮の縁を腫れた舌でなぞり続ける 長大な目録と歌合わせの市場から戻れば ここではイワシのアタマも 天井に射止められた煮干しも 豊かに黒ずんだ血を流しているのだ 石走る塩の都の魔術師よ 生き腐れの神秘を 誰がこれほど巧みに逆用し得ようか イチジクのごとき脱肛は軽やかに飛翔し 干からびた臍の緒も甘やかに香る モシ我ヲシテ今欧州ノ歌ヲ願ハシムルトアラバ ソハ彼ノ伸ビヤカナル諧調 五月の蝶さながらに変態の病痕を身に鎧い 鮮やかに光を紡ぐ剥き出しの均衡感 あるいは 寄生虫に体内を食われながら ゆったりとまどろむサナギの宇宙観 されば死屍身中の虫どもよ 生臭い腹時計を貪り尽くし 精緻に彫琢したクチクラも食い破り 狂おしく透き通った翅で 父祖伝来の小暗き福音を春に伝えよ おお 塩抜きを施した硝子体よ 豊かに腐爛した花々よ 醗酵した焼き豆腐よ 白く鬱血した花粉に塗れて 新緑の土手を一挙に駆け上がれ はるか東の方では 白亜紀このかた 生ぬるい海面に羽虫が際限なく舞い落ちる 綿毛のように静かなこの春 いずこにも 名前を刻む触手は見当たらず ただ休みなく身悶えする 黄色い海草の群れ パラメシウムよ プラナリアよ クダクラゲよ クダクラゲの魂よ カギムシの魂よ そも魂とは袋の自己認識に他ならぬ まずは断腸の思いで 口と肛門を別個に据えたヒモムシの奇跡に 思いを致し激しく感動せよ ああ私達が一個の袋であるということは 何と悲惨にして心休まることであろうか もはや輪郭の罠も 丸い欲望の重みも見えず この透けた薄皮だけが 脆い銀河のように引き延ばされる


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まりも (2018-11-06):

塩の都という、魅力的な題名と、塩漬けにされる臓物や肉体の生々しいイメージの、遭遇の面白さにひかれました。 ただ、全体に装飾過多の印象も受けます。言葉が踊ると、書いていて「気持ちがいい」わけですが、書き終えて、一息おいてから「他者の目」で見直してみると、本当にこのデフォルメや、強調、あえて文語調の口調で格調やムードを加味する・・・その、加減が適切か、ということが見えてくるのではないかと思いました。 もちろん、あえて、より過剰な装飾に振りきってしまう、という方向に舵を切る、というやり方もありますが・・・

ishimuratoshi58ishimuratoshi58 (2018-11-06):

ボードレールの翻譯詩、朔太郎や大手拓次などを彷彿とさせる言語感覚は、古風と言えば古風(私にはそんなことを言う資格はありませんがww)。ですが言葉には十分な鮮度があり、大正・昭和の文学に沈潜した経験の豊かさを感じさせる確かな筆致により、読み手としては安心して詩世界にひたることができ、非常に充実した詩体験が味わえます。読み手の生理的反応に直接に訴える生々しいイメージの多用は、好きな人には堪りまへんやろなww 私がこの作者について感心したのは、ユーモアの感覚です。朔太郎や拓次など、官能性に訴える作風の詩人はともすれば自己耽溺的・陶酔的で、ユーモアに乏しい。年を取ってくるとそういう耽溺性にはいささか食傷させられますが、この作者のユーモアの感覚、たとえば >そも魂とは袋の自己認識に他ならぬ >まずは断腸の思いで >口と肛門を別個に据えたヒモムシの奇跡に >思いを致し激しく感動せよ >ああ私達が一個の袋であるということは >何と悲惨にして心休まることであろうか このあたりのくだりには、筆者の自他を見つめる視線の平明さ、智慧深さが自ずとにじみ出ています。大人向けの詩。そんな感想を持ちました。

るるりら (2018-11-10):

こんにちは、 緑青という色味など 古来から日本人が愛してきた古色ぎみに描かれており 興味ぶかく拝読しました。題名も 四方を海で囲まれた国の都の名として、【塩の都】も相応しいです。原生動物に対する示唆に魅力を感じました。 とくに、私達が一個の袋であるという視座が凄い。個人的には まるで超お袋様です。生きものは ほとんどが、みな袋。透けた薄皮が欧州の音楽であるオペラのように壮大に響いていると思いました。装飾ぎみであるという意見や 好きな人にはたまらんはずだという意見がありますが、わたしは好きです。 たしかな知識の裏付けがあって書かれている本作品ですが、わたしの場合は妖怪(とくに河童)を感じました。どろりとほかの生物と溶け込んで生きている共同感覚に わくわくしたのです。楽しい詩の時間をいただきました。ありがとうございます。

agathagath (2018-11-10):

返信が遅れ失礼しました。好意的なコメント、ありがとうございます。 ishimuratoshi58 さん、ユーモアの感覚を指摘していただき、大変に嬉しく感涙にむせんでおります。小生、詩とは「聖なる怒りと笑い」だと勝手に思い込んでおり、ユーモアや諧謔味がない詩は少し苦手です。ご指摘のとおり、「袋の自己認識」から「悲惨にして心休まる」のくだりは、詩の核心部だと感じています。 るるりらさん、日本的なイメージを読み取っていただき、ありがとうございます。正直、そういう意図はなかったのですが、なるほどそういう読み方もあるなあとすっかり感じ入り、いろいろ考えさせられました。今後、機会があれば、意図的に日本的なものを志向したいと思います。 まりもさん、装飾過多の印象を与えてしまい、ごめんなさい。作者としては、これでも言葉の密度が薄い、あるいは粘度が足りないと感じているのですが…。ただご指摘のように、言葉の密度とゴテゴテ感は別物だと思います。個人的には、もっともっと言葉を加圧・加速して、なにか突き抜けた表現に到達できないものかと考えていますが、力不足でいつも中途半端に終わっています。

stereotype2085 (2018-11-10):

ちょっと読むのに一苦労するな、という詩。読み解いてくれるファン、あるいは熱心な詩の愛好家なら含意をひも解いてくれるだろうけど、という出来栄え。最終節付近にしてようやく、この作品で筆者様のやりたかったことが何となく見えてくる。それまでは少々取っつきづらいという印象です。もっと砕けた表現で詩を普段読まない方にも、街中ですれ違った人にも伝わる作品を筆者様が志向して書かれたらどうなるのかという期待が強いです。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-11-11):

題名がとてもいいな、って点でまりもさんと、読むのが苦しいな、って点でstereoさんと同じ感想

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みもりの日記 1   

kikunae 
作成日時 2018-11-07
コメント日時 2018-11-11

 

寝て起きたら朝 (そう、窓の外が明るいからね) 夢を覚えている今日は (いつにもまして地続きな内容) 君を抱きしめていた (記憶がなだらかに歪んで) 学校、解析していたデータは永遠に失われて (でもいつか思い出すかも) しれないね、冬はまだ遠くに (しばらくは会えないまま) ゆらゆら不安定な気持ちが募る (でもそんな顔の方がかわいい) ね、朝の裸体は1日のうちで最もきれい (なのに、それを窮屈に包んで) どうにか (自己満足でしかないけれど) 図鑑に載ってるような (息苦しくて仕方がないのに) 浮かない人の形を作り上げる (そう、…………) シンクに濯いだ水を吐き出せば (……………………) 今朝の夢はもう思い出せない


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stereotype2085 (2018-11-11):

気怠いですね。「アンニュイな魅力の女性」という死表現とも言えるコピーを思いついた僕をお許しを。朝の裸体は一日のうちで最もきれい、というフレーズがたまらなく好きでした。ではその日一日で体が穢れてしまうのか、想像力を書き立てる良い詩だと思います。

kikunaekikunae (2018-11-11):

stereotype2085さん コメントありがとうございます。 朝の裸体は〜という一文を好きと言ってもらえてとても嬉しいです。 最もきれい、というのは朝は体に下着や服の跡が付いておらずまっさらな感じがするからきれいだなと思っています。

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シャーベット   

ミナト螢 
作成日時 2018-11-01
コメント日時 2018-11-11

 

厚く張った氷を砕くために ブーツの踵が地上へ届く 心臓が埋められた場所で 掘り起こしてる足跡の形が 誰にも踏まれず残っているのは きっと一人で歩いたせいだね 氷と永の文字が出会う冬は 時間を止めることができるから 互いに知らん顔をしたとしても 思いがクリアになって重なる 透明な世界で呼吸をする 10秒という短い間にも 人は誰かに傘を差し出したり ドーナツの浮き輪を投げたりして 心臓を落とさないように近付いた みんな守り合って生きてゆけるね 私は多分ずっと落とし続ける 心臓に蓋をした氷の棺を 毎年ひとつずつ壊していく


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まりも (2018-11-02):

この短さの中で、氷と心臓が頻出するのは・・・重ねによる強調よりも、インパクトを薄めてしまう結果になるのでは?という懸念がありますね。 冒頭のイメージ、あえて回りくどい言い方をする、打ち砕く勢いの出し方は、とても良いと思います。 ブーツの踵が、いったい何を掘り出しているのか・・・最後までひっぱって、実は落としてしまい、氷漬けに(それも、永遠の)になってしまっていた心臓だった、という展開なども、一考してみてください。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-11-02):

言葉と世界がきれいですっピ(*^_^*) 心臓ということばを出現させる自由な語彙。

ミナト螢 (2018-11-02):

まりも様 そうですね、あまり納得のいく作品ではないのでまだまだレベルが低いと反省します。丁寧にコメントを頂き、寧ろありがたいです。 オオサカダニケ様 一見、綺麗に見えるものの中身の薄いのが私の欠点でありまする。

stereotype2085 (2018-11-11):

「透明な世界で呼吸をする/10秒という短い間にも」が特に素晴らしく、その後の人間が皆守りあっているというシチュエーションへとすんなり入っていける。中身の薄いのが欠点とコメ欄において仰っているが、この作品においてはそうではないように思う。この作品においては最終段、何か人を驚かせるフレーズを用いて、当作と同じ意味を持たせることが出来たら、欠点はオセロのように全て長所として裏返ってしまう可能性を感じました。

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「聞く」   

穴秋一 
作成日時 2018-11-01
コメント日時 2018-11-11

 

自分は頭が弱い方なので 人の話には なるべく耳を傾けるようにしています 昨日も 一を聞いて十を知ったのですが 二から九までは 何のことかわかりません 十についての知識も かなりあやしく それで 一が何だったのかも忘れました


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渡辺八畳@祝儀敷 (2018-11-02):

いままでのユーモアのある作風から見れば今回のは劣るなぁ。読後感が弱い。

穴秋一穴秋一 (2018-11-05):

渡辺八畳@祝儀敷さん、コメントありがとうございます。相変わらず厳しいですね。(笑)ユーモアがあると思われてしまっているようで。女性キャラになってめちゃくちゃ呟いたり、暗い世界とか、色々書いたんで、ユーモア専門ではないんですよ。今回の作品が一番自分らしいと思って投稿してみたんですが、読後感が弱かったですか。自分の作品は自分の思っているのと違うんですね。

完備 (2018-11-05):

個人的にはかなり好きです. 嫌味もなく, 言葉のリズムはなめらかでまさしく詩であり, 読めばふふっと笑える作品というのは貴重ではないでしょうか. しかし渡辺様も指摘していらっしゃるように, 読後感の弱さは弱点かも知れません. 読んでちょっと笑ってそれで終わり, という扱いを受けかねません. というよりはこの作品をそれ以外のどのような方法で扱えばいいのか, 私には分かりません. ある意味では, 現代詩にはこのような作品を適切に評価するシステムがまだ存在しないのではないか, などとも, 多少おおげさですが思ってしまいました.

穴秋一穴秋一 (2018-11-06):

完備さん、コメントありがとうございます。読後感の弱さというのがピンと来ません。感動や印象が薄い、そんな感じでしょうか。この作品は現代詩ではないと思うので、ふふっと笑ってそれで終わりかも知れません。僕の作品は全体的にそういう傾向があります。

仲程仲程 (2018-11-06):

真実がそこになかったのか、 それともあってもなくてもかまわないのか、とつらつら思えるいい作品だなと感じます。

stereotype2085 (2018-11-11):

肩の力を抜いた創作落語の出だしのような詩ですね。無知の知を表明して、さてこれから! という印象を感じました。読後感が弱いと幾人かが仰っているのは、「これから!」のあとがないから、または必要としない詩だったからではないかと、個人的には思いました。

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冬風が、聞こえてくる。   

stereotype2085 
作成日時 2018-11-10
コメント日時 2018-11-11

 

二胡の弓なりの音が聞こえる。寝覚めは悪いし、髪は乱れ放題。口の中も何だか甘辛い。朝がけ、出勤前にエロ動画でも観なくちゃ落ち着いていられない。朝食は120円で買える安価なサンドウィッチ。一袋25円足らずのカフェオレを喉に流し込めばとりあえずは満足で。充電の切れかかった髭剃りに当たろうにも、それは自分の不注意が原因だからどうしようもない。まずは「アッ!」と腹立ちまぎれに声をあげて歯を磨く。口内の腫れ物がやけに気にかかるが、あとは髪を整えれば準備完了だ。 職場に着けばアイコスの鼻触りな匂いのせいで、煙草の煙で詩情をもよおすことなんて出来なくなったご時世にまみれてしまう。燃える太陽と、のたくる龍にも似たフレアがご機嫌な限り、手をつけるべき仕事があって、俺たちの不愉快なんて置き去りにしたまま時間は過ぎていく。別れた女とのプライベートセックス動画を消せずにいるって同僚の悩みごとを聞いては、それもいいんじゃね? と相槌を打って外回りに出かける。住宅街を歩きながら想い起すのは、悲観主義者が今際の際に残した「everybody loves a happy ending」から始まる遺言。煙草はホープを好み、愛と平和を歌い、オーディエンスを惹きつけたシンガーの彼も結局は自死しちゃったらしい。ファンだったのに残念だ。今は夢なんて言葉は嘲笑われて、疎まれて埋没する時代だ。彼の死なんて当然の帰結だったかもしれない。 仕事を一通り終えて、事務所の扉を開いては新しい世界が拓けるのを期待してみるが、それは裏切られるフラグが最初から立っている。何てことだ。俺も悩める人の仲間入りをしちゃったよ。とりあえず会社の番犬に後ろ足を噛まれる前に退社しようか。バイクで通退勤するには随分冷えた季節が来ちゃったね。肌寒い心と財布を抱きしめて、帰宅したらシャワーを浴びてゆっくり温まろう。今夜はやけに冷える。 自室に戻ればネットの渦に巻き込まれて、ビットを浴びて浴びて、何が大切かも分からなくなるような昏睡状態に自分の身を置く。小さい頃はあんなに明確だったのにな。自分の感度とか夢とか、あと希望とかそんなものに。自分に忠実で結構立派な性格してたよ。家に帰ってもやるべきことが多くて悩ましい。パソコンで作業をしつつ、テレビではAVを流しっ放し。そうでもしなきゃ気が紛れない。心の行き先は混沌として、息抜きの時間が近づいたと感じる。頭はすでに飽和していて、俺に出来ることといえばせめて、傷跡だらけになった自分を労わることぐらい。コーヒーをたしなむ趣味はないから、コンビニでリキュールでも買って飲もう。自宅の門扉を開けると冬風が胸元に吹き込んでくる。ふと気がついて俺はスマホの写真フォルダを漁ってみた。そしたら元カノの笑顔の写真が一つ保存してあったよ。何だよ。俺も愛着、未練があったのかよ。別れたのが何だか損した気分だが、それも悪くない。俺は濁流で溢れるポケットに手を突っ込んで白い息を吐きだした。冬風が体をすり抜けて、心を冷ましていく。家に帰ったら昔仲間のあいつにLINEでも打とうか。真っさらになった頭でさえ放り出して、リキュールで少し熱を帯びた肌に、風の音が、聞こえてくる。


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༺❦柿原 凛☂༻ (2018-11-10):

小説の心理描写みたいですね。 「ダルいわ〜」って言いたさげ。

stereotype2085 (2018-11-10):

柿原さん、コメントありがとうございます。言いたさげですか。言いたいのかもしれませんね。実際暗に作中で言っているも同然ですし。ですがこの詩の肝はそこではないのです。肝は回復する、蘇生する一つの肉体と精神とでもいうべきもの。そういったものです。

みうら (2018-11-10):

性行為が個人的なもので、仕事は僕等にとっては社会的なものでしかない。仕事が個人的なものになってゆく過程が成長というのだろう。本音を言えばそれを僕等は否定したい。否定したい僕等には彼女がいて愛と平和を歌うシンガーがいる。彼女が性行為という個人的な存在から家族という社会的な存在になってくれてれば悲観的なシンガーも死ななくて済んだのかもしれない。でも僕等の希望はコンビニやパソコンやスマホに向けられていて、僕と彼女の個人的なものはスマホの中に今も変わらないままで。成長しないままで安心をする。変わらない僕等の個人なものごとにもやがて冬が訪れる。 感想を散文的にコメントしました。本作はとてもいい。読んでいてなぜだか、オザケンのアルペジオが頭の中で鳴り出しました。そうしたら左様な散文になった次第で。文学というと大袈裟で、カルチャーと呼ぶ僕等が愛着を持つもの/音楽や、小説や、この掲示板。そこで表現する作品に時代性を持たせることの重要さを本作を読んで気が付いた感があります。僕の自分語りが僕等の時代性を語る時、それはわかる人にはわかるという限定性が孕むことではあるけれども、ある特定の世代に訴求する作品があっていいと思う。

杜 琴乃 (2018-11-10):

「何だよ。俺も愛着、未練があったのかよ。」 ここ、10月の貴投稿作「30480517 地球にさよならを」から繋がっているように感じました。 「30480517 地球にさよならを」は世界を遠巻きに見ている実体のない魂のようだけど、今作は地に足の着いていたヒトの目線を感じます。「30480517 地球にさよならを」で世界を俯瞰していた作者の魂が、きゅいーんと急接近して地上に戻ってきたような。まだ未練があったのだなぁという感覚が冷たい風とともに胸に染みてくるよう。それがここに書かれている人物を、いまこの時、実存しているひとりの人間である、という等身大の書き手を浮かび上がらせていると感じました。

stereotype2085 (2018-11-11):

三浦さん、コメントありがとうございます! 性行為は個人的なもので仕事は社会的なもの。僕ら、完全なる勝者になり得なかった、あるいはなり得ていない存在にとっては、その定義は恐らく当てはまるでしょう。性的なものと社会的なもののが地続きでつながっていて、苦も無く社会活動も色恋沙汰もこなしてしまうような人物がすなわち天才の部類に入るのでしょう。散文的な感想、とても嬉しかったです。僕らの世代の時代性は、詩作品や文芸作品に身体性を宿らせるためにも必要になるでしょう。ただしそれだけでは詩として成立しない可能性がある。だから観念的な場所における純粋な詩世界がある。この詩においては身体性を描いた序盤から中盤と、純粋な詩世界への入り口である「冬風が胸元に吹き込んだ」以降の描写がある。詩世界への扉が開きかけているところにこの詩のホープ(希望)があるのでしょう。思わず語ってしまいましたが、本作はとてもいいとの感想、本当に嬉しく思います。

stereotype2085 (2018-11-11):

社 琴乃さん、コメントありがとうございます! 「30480517」は世界を遠巻きに見ていて実体のない魂のよう。そうなんですよ。鋭いですね。僕もハッとさせられました。「30480517」の話者は詩世界、観念的な世界に存在していて、ほとんど身体性がないのです。だから簡単に地球とも縁切り出来るし、さよならも出来る。一方この作品における話者は身体性が凄まじく、マテリアルで人間が生きていくために必要な諸々の条件、課題を抱えている。そこが社様が「地に足のついた」と思われた最大の理由でしょう。この作品は話者が最後までマテリアルな世界から抜け出せなかったら、それこそただの雑文になっていたことでしょう。しかし「冬風が胸元に吹き込んだ」以降に、こういうと大げさですが美しい詩世界へ、話者の心は移っている。そこがこの詩の見せ場であり、肝でもあります。身体性は損なわれず、地球とも縁切りせず、心の安らぎ場を見つける。そんな詩になっています。何れにせよ僕の過去作を引き合いに出しての感想、とても嬉しく思いました。ありがとうございました。

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記憶の川、真昼の星   

永峰半奈 
作成日時 2018-11-08
コメント日時 2018-11-11

 

天気雨に濡れて光る線路 雨雲と晴天の合間 真昼に星を探したばかりに迷子になって 未解決事件の捜査現場を野良犬が見つめている 痩せて浮き上がったあばら骨の 曲線に川が流れている 淀んだ記憶の川を湛えた野良犬は 興味もなさそうに踵を返した すれ違う電車にかなしみはないのに あの駅へ向かうと いつもかなしくなってしまう 夜がくる 死にたいとは言わない、けれど 嬉しいとも楽しいとも感じない 子供たちのための夜が 薄い繭にまもられているような夜 真水を湛えた部屋の、あかるい走馬灯 毎日こうなんだ 毎日記憶の渦が僕の部屋を流れる 感情の代わりに記憶を背負って 走り、去り行くものたちよ 僕を置いて行くものたちよ 野良犬は恨めしげな目でゴミ捨て場へ向かい 線路は陽に乾いて 電車は記憶の器たちを乗せて走って行く


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羽田恭 (2018-11-09):

どうにも気になる作品です。 視覚的にはっきりしていて、その上寂しい感じが。 野良犬と電車ははたしてどこに行き、僕はどこに佇んでいるのか、考えてしまいます。

さかさまほうびん (2018-11-09):

感情の代わりに記憶を背負って、というフレーズがぴったりな詩だと思いました。心のざわめきが落ち着いていく感じがして好きです。

永峰半奈永峰半奈 (2018-11-10):

羽田恭さま コメントありがとうございます。人の心に引っかかる作品を作りたいと常々思っているので「どうにも気になる」という言葉が嬉しいです。 寂しさもキャッチしていただいてありがとうございます。感覚的なところが伝えられたような気がして嬉しいです。 さかさまほうびんさま コメントありがとうございます。自分でも気に入っているフレーズです。「心のざわめきが落ち着いていく感じ」と読まれる方もいるのだな、と発見がありました。どうもありがとうございました。

みうら (2018-11-10):

言葉が丁寧であり思念と言葉の乖離が微少に思える。その言葉から組み立てられる情景は輪郭がはっきりとしている。つまり、それは比喩だ。 >薄い繭にまもられているような夜 認知しているはずの記憶の不確実性をメタファーとして、比喩を使っている作品に読めた。レトリックで組み立てられた野良犬の様は表情がある。ただ野良犬が持つ固有の不気味なイメージを、丁寧な書き方が逆に消しているようにも思う。

永峰半奈永峰半奈 (2018-11-11):

みうらさま 丁寧な評をありがとうございます。作者としてとても嬉しいです。 いただいた言葉について拙作と突き合わせながらじっくり考えてみようと思います。 本当にありがとうございました。

stereotype2085 (2018-11-11):

「未解決事件の…」から始まる二段目からこの詩は、急速に淀みながらも輪郭がはっきりする。荒廃した近々未来の場末での出来事でもあるかのように語り手の心情が情景描写によって描かれ、走り去る列車に語り手の喪失感が託されている。記憶という単語が四度も出てくるが、そのどれもが独特のアプローチで用いられており、既視感、繰り返しの感覚は読み手にはない。僕個人としては記憶の器たちを乗せて、電車が走って行くという描写が好きだった。

永峰半奈永峰半奈 (2018-11-11):

stereotype2085さま コメントありがとうございます。 記憶がこの詩の重要なモチーフなので、複数回使ってもマンネリに陥らないかが不安なところでした。が、成功したようで作者としては大変嬉しいです。 おそらく普通は忘却が喪失と結びつけられるのだと思いますが、私は記憶を喪失と結びつけたいと思っています。それは語り手にいかに重い記憶を背負わせるかという試みでもあります。そしてその上で詩になっていること。今回はこの試みが成功したと思っていいのかな、と皆さまのコメントに励まされております。 ありがとうございました。

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初恋   

earct428 
作成日時 2018-11-03
コメント日時 2018-11-11

 

恋の時効 憧れて、心焦がれて 人知れず抱いた思いは やはり気づかれず 月日の表層に いつしかすり減っていく 落ち着きを失った夜を 幾重にも放棄して 僕らは子供の時代を 追いやっていく あぁ…こんなにも この景色は遠いのか 陽炎のように揺らめく あの小さな影は 夏、ただ中の青空に向かい そして永遠の瑞々しさを持って 手を伸ばせない記憶の先へと 沈んでいった きっと… いつまでも掴めずにいるんだ それを僕は初恋と呼ぶんだ


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stereotype2085 (2018-11-11):

純粋で、結晶化された恋心を描いているようにも感じました。月日の表層、とか夜を/幾重にも破棄してなど私好みの表現が幾つもありました。この作品はこの作品で完成しているのでしょう。筆者様の違う素材を用いた詩を読んでみたいと思いました。

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無印   

ミナト螢 
作成日時 2018-11-09
コメント日時 2018-11-11

 

光る宝石を身に付けた時は それより輝く命を見逃す 一瞬の煌めきの中で揺れる 原石を持った人の夢だから 重たくて軽い口笛を吹くと 眩しい世界へ届きそうになる 真っ白なノートを開いただけで 心も目覚める空気を孕み 右手の感覚を外しながら コックリさんが来るのを待っている 少しずつ書いた言葉は無色で 透明な方が色褪せないね うなずく魂の声を聞いて ボールペンは同じ場所を走る 右へも左へも行けずに迷う 原石をもっと小さく砕いて 誰かのポケットの熱に触れたい 創作のために空っぽになった 胸の膨らみが君をどこかで 励ませるように 言葉は生まれたら一人で歩く


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stereotype2085 (2018-11-10):

詩的な言葉で丁寧に構築されているという印象。その中に出てくる「コックリさん」というフレーズが異彩を放っていて、好き。こういうサプライズも詩の中には必要だと個人的には思っています。詩的で美しい言葉+αの何かを期待してしまうのは、現行のネット詩ではひょっとしてみなさん強いのかもしれません。

ミナト螢 (2018-11-10):

ステレオさま コメント下さりありがとうございます。綺麗なもの+@というのは、最近個人的に意識しています。美しさだけじゃ、リアリティに欠けるというか、どこかでギョッとするものを用意出来たらと思います。

みうら (2018-11-10):

コックリさんを何度かやっていた子供の頃を思い出した。幼き頃は言葉の意味や漢字の読み方に夢中になっていて、その言葉による伝達やら、詩を感じたり考えることはなかった。言葉には予め付けられている印がある。その印は発する者によって付けられ受け取る者には見えない印で、印が押し付けられたり無視されたりする。魂とはそういうものかもしれないし、そもそも、その魂を言葉にすることにすら疑問に思う。幼き頃は言葉よりも前に魂を感じようとしていたのかもしれない。

はさみはさみ (2018-11-10):

こんばんは。 命は輝いている。その輝きを感じられるのは何故か。他者がいるから言葉が歩きだす。宝石に目がくらんでそれより価値あるものを見逃してしまうのも、生きているからではあります。 真っ白なノートにペン先を落とし、自分の魂に耳を済ませている誰かの様子を、コックリさんにたとえているんだと解釈しました。(わざと、)そういう目でみると、胸の中に確かな熱量があってそれを伝えたい、なのに無色で透明な言葉にしかならない、そんな人への応援歌のように思えました。 宝石は原石を磨いたものだというイメージを根拠にすると、言葉は宝石より輝いている命=原石の欠片だけれど、磨いて表面の輝きを手に入れると内なる熱が失われてしまう(色がつくと、いつか色褪せてしまう。あるいは、形あるものは崩れてしまう)から細かく砕いて誰かのポケットに入れたい、というふうに読めてきました。 実際の意図とは違うかもしれませんが、磨き方を間違えなければ、きっと表面もきれいで静かに燃えるような宝石を君なら作れるよ、と語り手に言ってあげたくなります。何れにせよとっても優しい詩だと感じました。

ミナト螢 (2018-11-11):

みうらさま コメントありがとうございます。幼き頃に言葉よりも魂を感じていたという一文が、素敵ですね。 はさみさま とても丁寧に解釈して下さり、わかりやすかったです。ありがとうございます。

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遺影   

渡辺八畳@祝儀敷 
作成日時 2018-10-22
コメント日時 2018-11-11

 

私の遺影はデジタルカメラで撮影してください アナログフィルムでは絶対に撮らないでください SDカードにデータとして保存してください そして、 私が死んだら、 その画像をTwitterにアップして FacebookにもInstagramにもアップして Tumblrにもnoteにもはてなブログにもアップして 5ちゃんねるにもアップして爆サイ.comにもアップして したらば掲示板にもアップしてふたば☆ちゃんねるにもアップして ありとあらゆるサービスに ネットのせせらぎに 各家庭へ手書きの訃報を送るよう あますところなくアップして拡散させてください 私の輪郭に沿ってデータを切り抜いて 額縁みたくその外側を青一色にしたら BB素材としてニコニコ動画にアップしてください 私に寄せられたたくさんの草コメwww――弔問と共に 数多の動画制作者の方々が 駅前や社屋や道場や ありとあらゆる場所の画像の上へ もうこの世にはいない私の画像を重ねることで あらゆる場所に私の存在を示してくれるでしょう そういう業者に連絡をして 出会い系サイトの偽アカウントの顔写真に 私の遺影を使わせてください イククルやPCMAXのアカウントで ハッピーメールやYYCのアカウントで ワクワクメールや華の会のアカウントで ナンネットやpairsのアカウントで 私の顔をした私でない人と話すために もうこの世にはいない私と逢う約束をして そしてラブホテルへと連れ込むために 男性の方々はポイントを浪費してくれるでしょう しかし逢うことさえも決して叶わずに お金ばかりが無情に消えていきます 騙されたと気づいたその時に惨めな男性の方々が想う相手は 中で操っている業者でなく アカウントに使われた遺影の私でしょう サーバー会社にも連絡をして 404となったページに表示する画像を 金髪女性の写真でなく私の遺影に替えてもらってください 本来表すべきものが消えたそこに 私の微笑が献花されるようになります 跡形もなくページが消えれば消えるほど 代わりに私の遺影を映す機会が増えるのです そうやって、 インターネットの中に、 一つずつ一つずつ丁寧に、 死んだ私の画像を置いていけば、 あらゆる町のあらゆる家の あらゆるパソコンのあらゆるモニターに 私の遺影が表示されて そうしてそこは私の葬式会場となって 私の実体が灰になり土に還った後も 必ずいつも誰かが私の遺影にアクセスしてくれて 終わることのないお経と 終わることのない弔辞が 日本じゅうのスピーカーから無音のままに流れ続けます まとめサイトを見て大笑いしている間も モニター前の一人一人が参列者となって 意図せずとも私を弔う一員となって 電子の世界で私の魂は追悼され続けます そして今日も この世界のどこかにあるスクリーンに 変わることのない私の微笑が映し出されていることでしょう


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stereotype2085 (2018-10-22):

素晴らしい。冒険しているなという印象。ネットに拡散された遺影を毎日のように誰かが目にするであろう構図を作り上げ、しかもその作りあげかたが詳細で、ある種リアリティを以って書かれています。ネット時代の落とし子のような渡辺さんだからこそ、この着想にも至ったのでしょう。不気味でありながら、自分の遺影が物笑いの種にされたり、時には憎しみの対象にもなりながら、誰かが遺影を目にする。この時代に強烈な爪痕、足跡を残すために最も出来なさそうで出来そうな手段。素晴らしい。また、肝心なのは最終連でもあり、ここで一気に詩情を喚起するのに成功していると思います。それこそ情報と手段の羅列のあとに来る、最終節「私の微笑が…」はとても効果的でありました。

༺❦柿原 凛☂༻ (2018-10-22):

なんかこの詩を読ませていただく中で「野獣先輩」と重なるなぁと思いました。どんどん拡散されて加工されて増えていく野獣先輩の写真……。

カオティクルConverge!!貴音さんカオティクルConverge!!貴音さん (2018-10-22):

やりますねぇ!

社町 迅 (2018-10-22):

この詩にでてくる固有名詞を扱えるのは、後にも先にも渡辺さんだけなんじゃないかな、と感じさせられます。叙情が全くもって抜かれていて、置いてけぼりになった読後感です。 すごいです。

帆場蔵人 (2018-10-22):

これ、好きです! ありとあらゆるところに墓標が配置されていく世界。 アカウントに使われた私の遺影でしょう このあたりのくだりがなんとも、響きます。

るるりら (2018-10-23):

おはようございます。 素朴な感想しか書けそうもないことを最初に あやまらせていただきます。 すみません。 この詩のようなことを実行するなら、その人は 全体主義的な国のトップだと可能な気がしました。自己顕示欲はんぱない感じなところに、そのように思いました。 実際には、国のトップなでどはなく、詩人でらっしゃるのですから 「私の遺影はデジタルカメラで撮影してください」ではなく、「デジタルカメラで撮影しておきました。」 「アナログフィルムでは絶対に撮らないでください」ではなく、 「アナログフィルムなんてごめんだったからです。」といったように、 拡散の大元のデータくらいは 確認したほうが良いのではないかなと個人的には思いました。つまり、生きている間にすべきことも他人まかせな感じが。なんとなく ついていけなかったです。どんな画像が遺影でもいいのかな?と、おもったのです。 「変わることのない私の微笑が映し出されていることでしょう」とあるので、きっと遺影は笑っている画像のイメージなんでしょうけれども、だったら アカウントに自画像ぽい漫画の画像が貼っておられますよね。アレが遺影で良いのではないかとも、ふと 思ったりしました。        なんちゃって的な感想で、すみません

るるりら (2018-10-23):

誤字ありました。 ×実際には、国のトップなでどはなく 〇実際なは、国のトップなどではなく しつれいしました。ぺこり。

かるべまさひろ (2018-10-23):

一読したとき、相変わらず上手だなと感心しました。やはり自分にはできない詩は好きです。 一つ感じたのは、作為が少し前面に香り過ぎかなぁという点です。 「私」のインターネットライフスタイルが、些か不鮮明に感じたからかもしれません。ただ特徴的にしてしまいすぎても違うのはわかるので、そこの加減が難しかったのかなぁと。 非オタクには響く部分が、ガチオタクには響きにくくなってる気がします。いわゆる浅いネット批判に陥っているかなとも読めてしまう。 「終わることのないお経と/終わることのない弔辞が」の表現が大好きです。 ブータンはお経を旗にして、はためかせておけば読んでいることになる、といったエピソードをどこぞの小説で目にしたのですが、そんな素敵な感傷を思い出しました。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-10-23):

stereotype2085さん どうもです。 前々より「詩人突然変異種」「詩壇の異邦人」と自称しているのですが、理由のひとつが「ネット時代の落とし子」ってところですね。詩人ってテクノロジーとかに弱いのばっかじゃないですか。いや私だって全然全然ですけど、パイソンつったら言語でなく哲学者サッカーのほうですけど、でも上位1割には入ってそうな感覚。それか入っているように行動するのが私ぐらいだけか。 情報生命体という概念がありますが、正直なところ結構それに憧れています。「記憶の中にあり続ける限りその人は生き続ける」って類の言葉がありますけど、それを何万人規模でやれるわけじゃないですか。意図的に自撮りを流布させたいって欲求。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-10-23):

柿原凜さん 野獣先輩のことは詩のモチーフにこそしていませんが当然頭には浮かんでいました。当たり前だよなぁ? ちなみに野獣先輩BBとかを私も作っています。 ↓ https://www.nicovideo.jp/user/21298719/video

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-10-23):

貴音さん ありがとナス!

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-10-23):

社町 迅さん 詩中の単語を扱えるような文脈(生活体系とか、自身がカバーする領域とかって意味で)にいる詩人はいると思うんですよ。ただその文脈を詩に活用しようとしないだけで。 この詩の意図の一つはいわゆる「詩語」に含まれないであろう単語を如何に多く使えるかでした。現代詩は自由っていう割にはそこで使われる語は一定範囲を逸脱しないのばかりだなって印象がありました。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-10-23):

帆場蔵人さん あざあっす。実は昔某出会い系で知り合ったバツイチなりたての40代と夜中3時に駅で会うことになりましてね。11月下旬か12月だったと思います。駅の出入り口なのに相手は待ち合わせ場所に辿り着けないと言い出し、なんとかして来させようと説明を続けていたら無料ポイント分はすぐなくなりました。近くのコンビニで3000円チャージして会話を続けましたが、結局彼女は訪れませんでした。翌日風邪ひきました。 そういった経験が件の行には反映されています。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-10-23):

るるりらさん なんかるるりらさん個人の政治思想とかが絡んでそうな感想ですね。 別に詩中主体=作者ではありません。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-10-23):

かるべまさひろさん 社町さんへのレスでも書いた通り「いわゆる『詩語』に含まれないであろう単語を如何に多く使えるか」がこの詩の目的の一つでもあります。なので人物像が浮かんでくるようなサイト選択よりは、どれだけ多くのサイト名を詩の中に組み込めるかを考えていました。 「いわゆる浅いネット批判」と書かれていますが、私としてはこの詩のようなことが理論上可能なネット空間にけっこう肯定的であります。俺も情報生命体になって永遠の命が欲しい。単なる著名人として残ることとこの詩の違いは、後者は生前には無かった様々な意味が後々からつけられるというところですね。死してもなお成長する。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-10-23):

ログみつかったから追記 この詩を書くすこし前、去年の5月下旬ですね、そのときに詩人の榎本櫻湖氏に自作を読んでもらう機会がありまして。「夕陽に顔面」とか5篇を提示したのですが、「ラノベっぽい」「歌詞っぽい」「詩は技術も重要なので、『おもい』だけじゃ、だめ」「日本語が流暢ではない」など、ああ本格派詩人様()ですねって反応をされたのですが、その時に「あとはそもそもネタですね、詩の題材にはおおよそならないものを用いている。女子高生がどうした、とかいうのはあれは完全に少年漫画です。」と言われまして。 はぁぁぁぁぁ!!???????????? なんでてめぇに題材を規定されなきゃいけねぇぇんじゃあ??????? おめぇの書くのはいっつもいっつも「難解な現代詩」なパブリックイメージまんまな選語と書きぶりだからって自分の外にある詩情シチュを否定してんじゃねぇぇぇっぇっぇよヴァアアアカ!!!! あらゆるものから詩情を捉えそれを詩として定着させられるほうが正義だろ糞糞糞が!!!!!!!!!!! ほんとこの件にはムカつきましてね、以降「詩っぽくない」ものを詩にすることが加速しました。

ふじりゅう (2018-10-30):

拝見しました。 素晴らしいのではないでしょうか。現代詩は何か、を考える上で、過去の現代詩はもはや今の世の中には合わないのではないか、という考えが、つまり難解複雑な用語と技術を用いてさも頭の良さそうな詩を書くことは最早現代詩と呼ぶ事は出来ないのではないか、という(個人的な)考えの答えのようなものを見せてくれる詩だと思います。これぞ現代詩だと。 内容ですが、ユニークで主人公の独特な価値観に酔えるような、と表現できます。 弔う人数が多ければ良い、という価値観の元、出会い系だろうと404not foundだろうと遺影を公開し、自分の写真を見てくれる、それが私への弔いなのだとする価値観は到底理解できませんが、その理解できない地点まで一直線に到達し詩を書き上げている点にこの詩の素晴らしさがあるように思われます。

藤 一紀 (2018-10-30):

こんばんは。なんというか、チャレンジ精神旺盛というか、難しいことやってるな、という印象ですね。これはこれでやっぱりすごいことなんですよ、「現代性」を感じることができる。 現代の言葉を詩に用いることの重要性は、鮎川信夫もそれより若い詩人の(誰だったかは忘れた)作品を挙げて語っているから、さほど目新しいことではないのだけど、それで詩として成功させるのは腕がいる。だから、用いてもわりかし控えめになる。それでいえば、これだけの量を持ち込んだから構成の面で気を遣ったんじゃないかと想像します。 そこに「イイネ」をつけたい気分。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-11-01):

ふじりゅうさん 多くの詩人(特に詩誌系)が戦後詩で止まっているような印象を抱いています。結局あれは戦後という反戦思想がなんにでも適応できて時代だからこそのものであって、70年が経った今日において「戦争を翼賛させてしまったことの反省」をもとに行われた言語派活動を継続させる理由はない。いつまで反省をやってんだ、次に繋げなきゃ反省も意味無いだろう。 SNS時代になって人々の顕示欲ってよりいっそう刺激されるようになったと思うんですね。たとえば私はお笑いもやっててコント演じたりするんですけど、20人30人ぐらいの会場への入りでも嬉しい。しかしそれがTwitterで30ふぁぼだったとすると、いやもっと100とかほしいって思ってしまうでしょうね。それは物理的条件が解消され容易く人々の目に映れるようになったから。壁がとっぱられたなら際限なく突き進みたい。詩中主体もそういった考えの持ち主でしょう。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-11-01):

藤一紀さん 上にも書きましたが、詩語ってのがファッキンなんですよ。なんでも詩情にまみれさせるのが詩人だろ、なに手垢まみれたのを今更使って詩人名乗ってんだと。 この詩を書くときは大喜利でしたね。あらゆるネットのサービスをいかにこの詩に取り込めるかのアイデア勝負。

ヤエヤエ (2018-11-01):

詩の評としてはさんざん出尽くしているので、置いとくことにして。 あぁ、笑いました。ゲラゲラでなくニヤッと。自分や知り合いのおっさんの遺影がネット素材として、情報の海の中に待っているなんて。でも、詩の後半を読んで、ちょっとしんみりしました。羅列や繰り返しって詩を単調にすることも多いですが、さじ加減が絶妙でした。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-11-01):

ルミナスラインはどこですか?この詩に対するスタンスがわかりません。何かの試みのようなものでしょうか。淫夢などのネットのあるあるネタは理解できました。 実在する物事のなかに詩情を見出すなら渡辺八畳様の才能を閉じ込めてしまう気がしました。 ですが、渡辺様は現実から出発して面白いものを創作なさるので、物事に詩情を見出しておられるのではなく、渡辺様にとって現実は一つの道具に過ぎないという考えに至りました。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-11-02):

ヤエさん 今回そうですねリフレインは意図して多めにしていました。詩中主体がゆっくり語りかけてきているようにしたかったので。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-11-02):

オオサカダニケさん ルミナスラインはこの詩にはありませんね。非常に重要な要素ではありますが、必須ではないと思っているので。光る一文が無くとも詩の構成が面白かったらそれでも合格だろうと。むしろ私はルミナスライン勝負よりは構成で攻めている詩のほうが多いかなと。機会あれば過去作読んでみてください。「オホーツクの岬」とか「裏路地」とかあたり。 正直に言うと2行目以降の意味がわかりませんでした。ただ一つ言えるのは、私は試作においては一つの方法論に固執することなく様々なテーマや構成などを試しているということです。

みうら (2018-11-06):

驚かし系と勝手にカテゴライズするけれども、驚かし系クラスタでは花緒さんのアシッドプラネットhttp://bungoku.jp/ebbs/pastlog/497.html#20160927_611_9131p がチャンピオンでアシッドを超えた作品にお目にかかったことがない。その驚かし系の観点からすれば本作はまあまあだと思うがアイデア以外には何ら驚きがない。パワーだけでいえば渡辺さんの過去作品にあったラブラプソディーhttps://www.breview.org/keijiban/?id=1768 の方が上。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-11-06):

小説においては比喩のみが文学で、あとの要素は小説学的価値は持っても文学的価値は持たない気がしてます。詩歌だけが文学だと思っちゃってます。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-11-06):

お手数ですが今まで出会ったルミナスライン教えてください

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-11-08):

さきにオオサカダニケさん おかあさん革命は遠く去りました 黒田喜夫「毒虫飼育」 夢破れて山河あり。私さっさと山河になりたい。生きて必死で幸福探す人を下品って言い捨てて、一番下品な山河になりたい。 最果タヒ「やぶれかぶれ」 私にとってこの二つは志向 とはいえ、詩文から一部を取り出すことにさほど意味があるとは思わない。ルミナスラインも、その前後の構成があってはじめて成立するものだ。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-11-08):

みうらさん 「アイデア以外には何ら驚きがない」ってのは見越し入道が見越されたのに等しい。ハッタリなんだよね確かに。それはもう述べていることではあるが。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-11-08):

返信して頂きありがとうございます。私はルミナスラインが詩において絶対でほぼ唯一価値があるものだという考えです。そうでないとおっしゃるみなさんにはぜひルミナスラインを量産していただきたいです。それができないならやはり逃げのような気がします。美しい言葉選び、構成、プロが解説して初めていちおう納得できる程度の表現()は納得できません。 僕を見ようと 人形の首を回した 飛行機の少女 (サリンジャー) これは詩の全文です。これは「創作のルミナスライン」です。この詩は人類史上最高の発明です。人類文学の到達点です。私が思いつきたくてしょうがないものです。人生かけても一つも思いつかないかもしれませんけどね。 夜になつて 僕の部屋に一人でゐると 僕はあんまり僕になり過ぎるのだ(堀辰雄)これはx氏の手帳からの抜粋です。これも神です。これは現実にあることを表現した、「表現のルミナスライン」です。これもかなり神です。 前後なんてなくても成立するルミナスラインもあります。最果先生はルミナスラインを量産なさっていますが、布石ありきのものも多いです。それはそれで神です。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-11-08):

まじで返信して下さってありがとうございます。ルミナスラインに飢えていたので命がつながりました。私はアホなので、ルミナスラインを模倣するしか、ルミナスラインの作り方を知らないのです。とても悔しいです。ルミナスラインの製造方法をご存じなら教えていただいて良いですか?

花緒 (2018-11-08):

詩である必要があるのだろうか。 シナリオや映像作品の方が映えるアイデアのように思える。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-11-11):

みたびオオサカダニケさん いかなる状況下においても光る一文を作れたらそりゃ一番でしょうがね、でも現実問題そんな国宝級のものなんてそうそうそうそう作れるものではない。ならばその一文が光る状況下にいられるよう詩の構成を考えたほうがいいんじゃないかという立場です。やみくもにルミナスラインを作ろうとするよりかはその一文がルミナスラインとなれるよう操作する力のほうが重要だし有用だ。 金言集にまとめられた言葉はそれが初めて発せられた時以上の輝きを持つことはできない。ドラえもんの有名な話で目はなぜ前についているかというものがあります。 https://doramatome.net/archives/1822 いくらルミナスラインだとしてもなんのお膳立てもせずに発するのでは相手に感動を与えられずのび太になってしまいます。 オオサカダニケさんはここに嵌ってしまいそうだなと危惧しています。ルミナスラインだけが詩じゃないんですよ。サビを盛り上げるには適切なAメロBメロが必要。ちょうど映画がやっているフレディマーキュリーの名曲「ボヘミアンラプソディー」を聞いてみてください。あの曲のロック部分だけを取り出したところで曲を最初から聞いた時以上の興奮を得られることはできないでしょう。静かなバラードや重厚なオペラを通過して初めて盛り上がれるのです。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-11-11):

花緒さん 私自身がシナリオなどを作った時にこの詩を流用することはありえます。(作品ロンダリングと呼んでいます)とはいえこういうアイデアは小説とかではすでに出ているような気がする。しかし詩では初めてなはずだ。 距離が富を生みます。イエズス会の宣教師は大名などにさまざまな舶来品を売りましたが、品物自体は母国では決して高価なものではなかったようです。それでも東洋のこの国なら高く売れる。詩で未だ行われていないことを他のものから引っ張ってくるだけでも価値は生まれると思っています。

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