B-REVIEW作品投稿掲示板


はじまりとおわり   

Yuu 
作成日時 2018-10-28
コメント日時 2018-10-29

 

あのね、好きなんだ。 君のことが、好きなんだ。 君が好きで好きで好きすぎて。 ごめんね、急に呼び出したりして。 重いかな? びっくりしてるかな?? でも、こうするしかなかったんだ。 自分の想いをちゃんと伝えるためには。 恋って、人を正直にさせてくれる気がするの。 どんなに着飾ろうとしても、すぐに落ちてしまう。 ゆらゆら、ふわふわと舞う想いを必死でかき集める。 覚悟も、虚像も、何もかもいらない。 ただ、好きという気持ちがすべてなんだ。 もしも、この想いが君に届いたとしたら。 赤いバスケットに愛を詰め込んでいこう。 ふたりで、素敵な思い出を。 最高の青春を。 恋愛や青春に年齢なんて関係ない。 必要なのは、想いだけ。


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stst (2018-10-29):

こういう、わかりやすい詩が好きです。内容も若々しく、初々しくてとても よいと思います。返詩します。 ***** 暗闇の残像 ***** きみを抱きしめて すべての映像がじゃまになる くらやみに手がのびて   僕の感覚は研ぎ澄まされる 柔肌のぬくもりが     残像と重なり合い たかまる鼓動を      おさえきれない もうなにもいらない    これからおこることがすべてだ 

じゅう (2018-10-29):

拝読しました。詩っていうか、ポエムポエムしてる気がしますね。何が違うんだって言われたらよくわかりませんが。

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募集中   

なかたつ 
作成日時 2018-10-15
コメント日時 2018-10-28

 

「募集しています  目が覚めたらベッドから落ちずにいる方法を  ついでに  子であることをやめる方法は  ありません(か)」 (十年ほど前 ある小説に「誰もが誰かの子である」と書いて    あったと あなたから紹介されてから 生を授かるというこ  とは 誰しもに親がいて 誰かの子であることだと 気づか  されてしまいました それから今まで その呪詛に 縛られ  ています) 「ほら、  今日がお前の誕生日だから  この道を開いて、  生まれてごらん」 はこばれ(てしまっ)た いのちが あるき はじめた 「女の子になるのに失敗したから 男の子に生まれました」 (あなたは 不妊治療を していました それに 何かしらの  重たい 病気があることを それとなく言いつつも それが  何であるかを隠していました そんなあなたも 誰かの子で  あるということだけは 確かに わかっていました が あ  の時から あなたとは 連絡が取れなくなりました) 夢を持っ(見)て     生まれて しまいました  たいないは   あかく そめられていました これが せいの いろ です(か) (幼き記憶に 声が重な)り――こぼれで(ない)た いのち 「生まれたことは出会いなので 必ず 別れがあります」 明日の僕より 今日の僕の方が若い、よ 生まれた時より 若い僕は いつ、どこにだっていない ははのたいないにいた(のは 夢だったのか) 記憶を語った 三歳の僕は 今日の僕より若かった、よ 「引き続き、募集しています  子であることをやめる方法はありません(か)  生まれ(てしまっ)たことは出会いなのです  夢が覚めるようにと――」                今日もまたベッドから落ちて                            体                         は床の上             あなたとの別れを思い出してしまう          のは、僕が生まれ(てしまっ)た、からだ


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ふじりゅう (2018-10-16):

拝見しました。 この内容で募集中、ですか募集中…。何を募集しているか、ということは冒頭で書かれてあるように「目が覚めたらベッドから落ちずにいる方法」「子であることをやめる方法」とあります。飛んで後半、もう一度、作中では「引き続き」募集していると。しかし今度は最初に「子であることをやめる」方法を聞いています。聞いています、とすら断言出来ないのかもしれません。作中では続いて「ありません(か)」とあり、()が心の声だと解釈すると聞いてすらいないのです。 さて、内容です。別れを悲しんでいる様子が描かれていて、生まれてしまったら必ず別れがある、と。子、という表現からも父母を失った悲しみを表しているのか、とも考えましたが、もっと大きなテーマのようにも思います。つまり生と死、それを筆者なりに追ったのが本作なのではないかと。()がどのような意図があるのかも含めて難しいですが、ひしひしと伝わってくる何かがありました。

エイクピアエイクピア (2018-10-16):

「明日の僕より 今日の僕の方が若い、よ 生まれた時より 若い僕は いつ、どこにだっていない」 当たり前の内容なのですが、こうやって言葉になると、全然印象が違います。 最初のベッドから床に落ちない方法だとか、子であること止める方法だとか、募集している。何かワラの上の子ではないですが、まあ悪い内容ですが、ポルポトだとか、いろいろなイメージがわく中で、多分、子供は社会の宝だから、社会全体で育てようだとか、そんなコンセプトではないと思うのですが、不妊治療も出て来ますが、生まれてきてしまったことを悔いているような詩でもないと思います。でも生きることの困難さに向き合うために必死になって居る、それだけは伝わって来ました。

なかたつ (2018-10-17):

ふじりゅうさん 「子であることをやめる方法」はない、という結論はわかりきっているのですが、わかりきっているからこそ、聞いてみたかったのでしょう。それよりも僕は、正直にベッドから落ちずに寝る方法を本気で知りたいです。 僕の作品はどれも背景にあることを全て語らないので、絶対に伝わらない部分があるという無責任さが伴っていて、申し訳ないのですが、それでも、なんとなくでも伝わるものがあったのなら万々歳です。 エイクピアさん 僕は当たり前すぎることだけど、忘れがちなことを書きたいんですね。 大層な思想は僕になく、僕の記憶の中で確実に出会ったはずである者に対して、相手が忘れようとも常に覚えていたい、その記録として作品を書いている気がします。正直、生きること自体何不自由ないのですが、僕にとっての苦しみとは、会いたい人に会えないことですね。

杜 琴乃 (2018-10-26):

「目が覚めたらベッドから落ちずにいる方法」 は、ありますよ。四方を柵に囲われたベッドで眠るのです。きっと天井にはビビットカラーのよく分からない蝶や星がゆらゆら揺れて、くるくる回って楽しいです。よく分からず動かした(かもしれない)自らの手(なのかどうか)がとても不思議で一日中眺めて、飽きずに泣いたらあなたを大切に思う人が来てくれます。というわけで、わたしはあなたに柵をあげます。ところであなたは、おとなしく柵のなかにいられるのでしょうか?23時の夜泣きに、あなたの大切な人が迎えに来ます。仕方なくあなたを車に乗せて少しドライブ、の行先は海じゃなくてゲームセンターがいい。手を繋いで一緒に入って、てんないの、よく分からないいっぱいのキラキラと、無関心な人の波間からお店の人が温かく迎えてくれたらきっと、あなたはもうわたしの(中の)子どもじゃない。 (失礼しました。 ベッドから落ちないためには柵があればいいですね。ベビーベッドです。でも大人用のベビーベッドなんて無いですね。子どもはいつだって守ろうとする手を振りほどいてどこかへ行ってしまう。柵や見守りの手のない場所へ。落ちる、ことで守られていたことを身をもって知る、そして自らはかたい床の上にいる。柔らかい子宮やベッドの中ではなく、生まれ落ち(てしまった)という感覚。ベッドから落ちるという格好悪い状況と重なって、どうしようもない虚しさが伝わってきました。)

鬱海鬱海 (2018-10-27):

とてもすきです。 自己の混乱とか分裂みたいなものを勝手に読みとってしまいました。 非常に主観的な詩だと思いましたが、ところどころ客観的だったり教訓めいた言葉が出てくるので、それらが読者をハッと共感から引き剥がす効果を持っているように思います。そしてその客観的な言葉に作中主体が 納得することはなく話題はどんどん展開していく。そこで私たちは置いていかれていくわけですが、そこに魅力があったと思います。 子であることをやめる方法という 人の関心を嫌でも引いてしまうフレーズ含めてグッときました。

なかたつ (2018-10-28):

杜 琴乃さん ベビーベッドの話も納得ですが、それが明かされなかったとしても、このコメント自体が一つの作品としてすごい好きでした。 この作品、文体も僕に似ているような気がして、久々に、理由なき好きなものと出会えた感覚です、ありがとうございます。 確かに、柵をつくれば落ちないのかもしれないですね。最近、落ちることはなくなりましたが、夢をいっぱい見るようになりました。 鬱海さん ありがとうございます。 なんだろう、視点とか場所を一定にせずにぶらしているので、混乱/分裂と言った感覚を呼び起こすのかもしれません。 僕を構成するのは、あくまでも他者であって、そのような他者の言葉が僕の中で生きているような、そんなことを日々考えています。 あくまでも、個人的な体験ばかり書いているのですが、それでも、読者が入り込む余地があるようにするにはどうしたらいいかは考えていますが、いまだに答えは出ず、これからも考え続けます。

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ワンセコンドメモリーズ   

らくがき烏 
作成日時 2018-10-26
コメント日時 2018-10-28

 

時計がチクタクと針を走らせる。 その1秒1秒と止まらぬオービタルが僕という存在は 確かにこの世界に息づいていることを教える。 この秒針を追いかけている瞬間だけはみんなと一緒に居られるような気がして。 皆が寝静まるあの時間にも、星は夜空を照らしているなんて 誰が証明できるのか。 君の見たあの満月は僕も見ることができるのかな。 僕も君も、彼も彼女も、 自分の時間に生きるのだから。 自分の世界に生きるのだから。 でも僕ら、喜び、怒り、哀しみ、、世界中の芸術家だって知り得ない、 その刹那のみ色づく幾千もの色彩の想いの中で生きてるんだ。 一人だなんて言わないで。


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stereotype2085 (2018-10-28):

美しいし綺麗に纏まっているし、ささやかなロマンティシズムとも言うべき抒情があって、尚且つ小さなメッセージも詩全体を損なわない程度に込められている。だがレスポンスが今一つ少ないですね。なぜでしょう。ひょっとしたら綺麗に纏まりすぎているのかもしれません。筆者様のある種の詩のスタンスを解体しても、この抒情を保てるかがポイントになるのでしょう。

らくがき烏らくがき烏 (2018-10-28):

stereotype2085さん。 ご感想ありがとうがざいました。 まだまだ詩の文法といったものでしょうか、それがいまいち自分の中でしっかりと確立して無く、情の赴くままに書き下しているので、感情と言葉が綯い交ぜになっていると自分なりにご指摘を受けて考察しました。 次回作からは皆さんのご指摘を踏まえて更に思索巡らせていきたいと思います。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-10-28):

2連目が私の詩と似てる気がした。1連目の言葉使いから学ぶことが多いなあ

らくがき烏らくがき烏 (2018-10-28):

オオサカダニケさん。 ご感想ありがとうございました。 学ぶところが多いと言ってくださるのは光栄です。ですが僕は詩に関してはまだまだ浅学の身ですので、これからも精進していきたいと思います。 オオサカダニケさんの詩と似ているのでしたら僕の方も学ぶところがあると思うのでぜひ拝見させてもらいます。

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街のひ、果てるひかりに   

クヮン・アイ・ユウ 
作成日時 2018-10-10
コメント日時 2018-10-28

 

白い朝 くゆらせる煙のいちまい向こう 気怠げな表情がゆっくりと覚悟に目覚めていく 形だけ真似たわたしのそれとは違う、呼吸があった 起き上がってからの動作は速く ひな鳥がパクパクと口を開いて鳴き続けるように わたしはただ、呼吸し食べ、寝て排泄するだけの生き物だった 人は時に、その人たちをまるで人間ではないかのように扱うが、あの時代、あの人は確かに人間だった、生きていた ネオン街に手を引かれてゆくというよりは、身ひとつで自ら潜っていく漁師や海女のようだった 何回目かのしゃせいに立ちあったあと、ていねいに、やさしく手を洗いながら、お夕飯のことを考えた、その先の笑顔のことを考えた 徐々に擦れていく何かを知りながら、それでも生活は進んでいく ごま油に醤油をかけたご飯を喜んで食べていたひな鳥は、雨どいの下ひしゃげて死んでいた 二階建ての夜行バスから見える景色に自由を感じた 最期の街 カーテンの隙間から射し込む光は、いつかのひかりに似ている気がした 滲むフィルターにネオンが綺麗で、ぐしゃぐしゃの表情に、離れ難い愛おしさを覚えたこと、思い出していた


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ふじりゅう (2018-10-11):

拝見しました。 詩で死を扱った作品は珍しくないように思いますが、直接「死んでいた」という言葉を入れてここまでのクオリティを生み出す事は難しいように感じます。詩を書く際、直接的な表現を避けあえて隠喩を用いる手法が主流であると個人的には感じていますが、だからこそ難解で捻りに捻った詩と比較して好感が持てるのかもしれません。 後半を先に見ていきますと、「ひな鳥」と称される彼との生活で〈幸福〉に似たものを感じつつも、「擦れていく何か」を知っていた主人公。そう、それは予感などではなく明確なものであったのです。そして〈案の定〉「ひしゃげて死ん」だ彼。続いて主人公は「最期の街」の「景色」に「自由を感じた」と。つまり「ひな鳥」と一緒にいたあいだは自由ではなかった、ととれます。「離れ難い愛おしさ」を覚えていたのを「思い出していた」とあるので、その感情が既に過去の事だということになります。逆に言うと、愛おしさを感じていないということにも繋がります。やけに冷めている愛。主人公の真意は掴めませんが、退廃的な雰囲気が漂います。 内容とは外れますが、一連目が特に好きです。目覚めのシーンですが、男の輪郭が一瞬で浮かぶような、そしてそれを眺める主人公像が一瞬で浮かぶような素晴らしい表現だと感じました。

日下ゆうみ (2018-10-11):

〈読んだ内容〉「白い朝」「くゆらせる煙」のこちら側と、その「いちまい向こう」で「覚悟に目覚めていく」あちら側という二つの場が、まず第一連で示されています。その内、第二・三連で描かれるこちら側の生活は、「ひな鳥がパクパクと口を開いて鳴き続けるように」生きることばかりに終始している「まるで人間ではない」ようなものであり、そこでは「ネオン街に手を引かれてゆく」ように誰かに依存し関わりながらも(そのネオン街の内実は恐らく「何回目かのしゃせい」「やさしく手を洗いながら」「お夕飯」とが示していると思われるので、この「AというよりはB」というのは「Aもそうだが、更に言えばB」の意だと捉えました)それよりも「身ひとつで自ら潜っていく」ような孤独感を覚えていたことが述べられます(その孤独や恐怖を「雨どいの下ひしゃげて死んでいた」ひな鳥に見ており、その感情は恐らく結局は自己責任であることに対するものであると思います)。そのような具体的な内実を与えられて語り手は再び第四連においてこちら側からあちら側を見つめており、この人生の比喩のように進む「二階建ての夜行バス」でそこから「見える景色に自由を感じた」のはひとときの希望だと思われますが(冒頭と対照的に夜の終わりのイメージで、明日の訪れを待つ状態とも重なるかもしれません)、その希望のように「カーテンの隙間から射し込む光」は「いつかのひかりに似ている気が」するものであって一方では「ぐしゃぐしゃの表情に、離れ難い愛おしさを覚えた」瞬間がまた来るかもしれないという希望にも似ながら、しかし同時にかつての残映でしかないという諦めにも似ているように感じました(結局は気怠げな朝が再来するという感覚)。 〈思った内容〉この詩に表現されているのは以上から一言で言えば、必死な孤独の生活たちと、その内での淡い希望ということになるかとおもいますが、その表現において朝と夜のイメージを主として様々な印象を効果的に重ねているように感じ、より身近な感覚として感じることが出来るように思いました。特に私が良いと感じたのは朝とひな鳥の描写で、その二つの状況に対する私の感覚の絶妙な言葉へのしにくさが、ここでは周りの他の言葉の支えを借りながら確かな形を持ち始めているように感じたので、この部分は特に素敵な描写だと思いました。

no.20no.20 (2018-10-12):

情景が浮かんでくるいい詩ですね ちょっと切なくなりました

stereotype2085 (2018-10-14):

聖俗あわせ持つ詩という印象を受けました。一連目は静謐な描写の中に「覚悟」という、一語だけで印象深い語彙が使われており、どんな詩が始まるのか、と期待させます。二連目で、三連目で詩の書き手の「生活」についての描写があり、これが生々しくも、「エグイ」。最終連において、覚醒でもするかのように生きることの素晴らしさ、生への得も言われぬ愛着が書かれている。クヮンさんは「tender」でもそのような印象を持ちましたが、俗っぽい描写を使っても最終的には、詩情を喚起するテクニックに熟達しておられる印象を受けました。

クヮン・アイ・ユウ (2018-10-28):

ふじりゅうさん >>「離れ難い愛おしさ」を覚えていたのを「思い出していた」とあるので、その感情が既に過去の事だということになります。 丁寧にご覧くださりありがとうございます。とても嬉しいです。 1連目、好きと言ってくださりありがとうございます。 この詩はこのシーンがふと浮かんだことから始まったのでそこを褒めていただけて嬉しいです。 ありがとうございます。

クヮン・アイ・ユウ (2018-10-28):

日下ゆうみさん >>特に私が良いと感じたのは朝とひな鳥の描写で、その二つの状況に対する私の感覚の絶妙な言葉へのしにくさが、ここでは周りの他の言葉の支えを借りながら確かな形を持ち始めているように感じたので、この部分は特に素敵な描写だと思いました。 ていねいに心を込めて書いてくださりましてありがとうございます。ブログの方も拝見しておりました。ほんとうにありがとうございます。 わたしは、技巧的に、狙って書くことはできないのですが、この詩は初めの場面から始動したものでした。 ですから、その箇所を良いと言ってくださり本当に嬉しいです。 ありがとうございます。 この詩は、着陸できたので、皆様に幸運にもご覧いただくことができました。ありがとうございます。

クヮン・アイ・ユウ (2018-10-28):

no.20さん ありがとうございます。 情景が浮かんだという事実も、少し切なくなったという心の動きも、お伝え頂けて幸せでした。 ありがとうございます。

クヮン・アイ・ユウ (2018-10-28):

stereotype2085さん ありがとうございます。 自覚して操作するテクニックは持っていないのですが、結果的にそのように受け取って頂けて幸せです。ありがとうございます。 詩の構造をこう分けられているのではないかと語ってくださり嬉しいです。 聖俗についてもはっとさせられるところがありました。 今夜もその点についてお話しさせていただけたら幸いです。 ありがとうございます。

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信頼   

クヮン・アイ・ユウ 
作成日時 2018-10-18
コメント日時 2018-10-28

 

一歩外に出たら、にんげんの外 音声、におい、感触 一歩中に入ったら、にんげんの中 音声、におい、感触 僕を使って、自慰行為にふける人たち 僕でこすって中に出す 僕にこすって中に出す 僕はどうか 友だちは、いない 「欲しそうなものばかり見繕って、あげてばかりの人生、ひとつだって望まないんだから。それってつまり、内側では見下しているんでしょう?」 慰めを越えて、誰かの外にも中にもゆきたかった 僕の中にも外にも人はいるけれど、にんげんはいなかった 慰めを越えて、にんげんに、なりたかった 一歩外に出たら、人の世界 音声、表情、主張 一歩中に入るには、人の中へ 音声、表情、主張 僕もきっと、自慰行為にふける人たち 人でこすって中に出す 人にこすって中に出す 僕はどう? 信頼は、遠い 「顔色ばかりうかがって、合わせてばかりの人生、ひとつだって主張しないんだから。それってつまり、内心では諦めているんでしょう?」 慰めを越えて、誰かの外にも中にもゆきたかった 僕の中にも外にも人はいるけれど、にんげんはいなかった 慰めを越えて、にんげんに、なりたかった 夜の海の、 平たんそうな小さな波々を、 はじめてのひとの肌に触れるように細やかに撫でた そのまま朝をむかえて見送られた時の表情に、 人を信じることの意味と美しさを知ったのに 慰めを越えて、誰かの外にも中にもゆきたかった 僕の中にも外にも人はいるけれど、にんげんはいなかった 慰めを越えて、にんげんに、なりたかった 慰めを越えて、慰めを越えて、慰めを越えて、 慰めを越えて、慰めを越えて、慰めを越えて、 人を、信じたかった 人を、信じたかった 人を信じたい 人を、信じたい


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まりも (2018-10-18):

最後の、これでもか、という重ね・・・文字で読むとかなり重い気がしますが、リーディングだと、むしろぐわーっと押し寄せてくるクライマックスになるのかもしれないですね。 最初の方の「僕」は、親指PならぬPそのもの?と思いつつ・・・ 詩とか、声とか、魂そのもの、命そのもの、と重なっていくような気もしました。 声帯も・・・まあ、こすらないけど、震えて擦り合わせて声を出すんですよね。 にんげん って、なんだろう。 自分の意思で立つことができる存在?他者を慰めたり、慰められたり、そういう、ある種の湿っぽい依存ではなくて、自らの意思でお互いに触れあいながら、寄り添ったとしても寄りかかりあわない、そんな関係、なのかな・・・ 海のくだりが、とても美しく、心に残りました。 肌に触れるように、そっといとおしむように、人の心の水面にそっと手を触れるような。

かるべまさひろ (2018-10-20):

慰めは越えられる! という思いと、 そうは都合よくいかないよ という思いが、 わき上がって、悩みます。

クヮン・アイ・ユウ (2018-10-28):

まりもさん コメントありがとうございます。 歌詞に近く、おっしゃられたように詩としては重いと思います。重さについても考えさせられます。自分は、他の方の作品を読むときに、無意識に(あーなるほど。リフレインなのね。)と思った瞬間から、斜め読みのようにしてしまうのですが、その後の時間に改行や句点に意味を見出そうとする自分もいて、面白いなと思います。

クヮン・アイ・ユウ (2018-10-28):

途中送信をしてしまいました。すみません。 まりもさん 海のくだり、ありがとうございます! そのように、人と向き合おうとしたことがあったなと思い出して書きました。 ありがとうございます。 かるべまさひろさん ありがとうございます。 そうですね。私も同じ想いです。 個人的には詩を書く理由のひとつに、そういった悩ましい想いを表そうとするところがあります。 書いてなにになるのか。わかりませんが、書かないよりはきっと意味のあることと信じて書いてあります。 コメント嬉しかったです。ありがとうございます。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-10-28):

自分の「成長としての」という詩とコンセプトが似すぎてて笑った。この詩「信頼」目指してるひとつの理想かもしれない。語感の運用の仕方がとても参考になったし、じぶんの作と共通する部分があって読みやすかった!

クヮン・アイ・ユウ (2018-10-28):

オオサカダニケさん はじめまして。コメントありがとうございます。ご覧くださりありがとうございます! 語感についてや、共通点について語ってくださり嬉しいです!ありがとうございます。

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俗物賛歌   

らくがき烏 
作成日時 2018-10-24
コメント日時 2018-10-28

 

その鉄の包みから見えてくるのは、立ち並ぶビル、終電の真っ暗闇だったり、 陳腐で真新しい今日ってやつを知らせに来る陽だったりと様々。 車窓から広がっているのは、同じ日に生きただけの純然たる事実だけなのに、 みんな別々に色付けされている窓から眺めてるから、純白の理想は不在。 握りしめたスマホで撮った写真は私色に見えるね。 それを連ねてストーリーを作ろう。 楽しい写真を集めて集めて、 傷つけぬよう傷つかぬように製本したら、私という人間の出来上がり。 そいつを世間って棚に並べて品評会。 もろ手を挙げて行われた社会契約はそれぞれの自由に窒息したよ。


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ふじりゅう (2018-10-24):

拝見しました。 陽を「陳腐で真新しい今日ってやつを知らせにくる」との表現が斬新だと感じました。「純白の理想は不在」な理由が「別々に色付けされている窓から眺めてる」からというのも良いです。 「製本」した「私」を「世間」という「棚に並べて」「品評会」という表現、この世の中に対する皮肉っぷりがむしろ清々しく感じました。

らくがき烏らくがき烏 (2018-10-24):

ふじりゅうさん。 ご感想ありがとうございました。 この詩は毎日何気無く過ごしてる日々に対する疑問と、現在のSNS等による個人の承認についての僕なりの皮肉として書かせてもらいました。 今月中にまた別の詩の投稿を予定しているのでよろしくお願いします!

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-10-24):

現代人の、特に若者にはこの詩は刺さりそうだと思いました。「陳腐で真新しい今日」という表現は一日が始まりはするが他人と比べて特別で楽しいことはそれほど起こらないという冷静な分析だと感じました。

らくがき烏らくがき烏 (2018-10-24):

オオサカダニケさん。 ご感想ありがとうございました。 ご指摘の通りこの詩は自分を含む学生や若い世代の人たちに向けた何気ない日々だからこそ目を向け、自分達を見つめ直すことを題目にして書いたものです。 基本的に僕は詩を発作的に書き綴るのですが、冷静な分析と言っていただき、恐縮です。

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-10-24):

全文が短く、殺し文句、一撃必殺あってこその詩だと思っています。らくがく烏さんが考えた一撃必殺を読んでみたいです!

らくがき烏らくがき烏 (2018-10-24):

確かに全体が簡潔かつ刺激的な詩はいつだって印象的ですよね。 オオサカダニケさんの期待に応えれるものかは分かりませんが今月中に別の詩を投稿したいと思いますので是非に!

オオサカダニケオオサカダニケ (2018-10-24):

もちろん投稿された作品は楽しんで読ませていただきます!

stereotype2085 (2018-10-28):

アイロニーが効いていて、詩作を幾度も重ねたであろう筆者様の洗練も感じる。だが+αを求めてしまうのは私の贅沢だろうか。すんなり読めるし、言葉のチョイスも良い。良い作品なのですが。

らくがき烏らくがき烏 (2018-10-28):

stereotype2085さん。 ご感想ありがとうがざいます。 実はこの作品は僕の準処女作(このサイトに詩を載せたのはこの作品が初めてです。)なのでどこか舌足らずだと感じられたかもしれません。 これからもこのサイトを通じて皆さんの賛辞と批評と期待にかなうように詩作に磨きをかけていきたいと思いますのでよろしくおねがいします。

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【フル】かるべまさひろの選評<2018年9月分>   

かるべまさひろ 
作成日時 2018-10-11
コメント日時 2018-10-28

 

はじめのあいさつ  かるべです。  先日、Yahoo! 知恵袋という長編現代詩作品を読んできました。  サクラダファミリアみたいにいつ完成するのだかわからないらしいんですが、  ため息が出ますよね。 <選評>  選評ってなんでしょうか。  っていうことを考えまくるのは、  それだけ他人の言葉がまだ胸に  侵入してくるからなのだとも思います。 【大賞候補作】 トビウオ 田無いなる 9月27日 【優良作】 「Zero gravity dropping」 stereotype2085 featuring 貴音&EMI stereotype2085 9月3日 きみが、そらにだけみちているから ゼンメツ 9月23日 甘噛みは妄想の産物として 左部右人 9月19日 【推薦作】 堤防にて タキザワマジコ 9月11日 斜め ふじみやこ 9月7日 魚肉ソーセージは飼育係のゴトウさんが こうだたけみ 9月2日 0. my world. 三浦天才詩人果実 9月1日 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 大賞候補 トビウオ 田無いなる 9月27日 自分には真似ができない文字の配置。 その点で最終行を悩んだ感を受けるが、 共に考える詩、として読者の懐に入ってくる。 景色もスケッチをしているわけではないので、読みに強制力がなく、 想像力トレーニングのスイッチが入る。 その点で果たして最終行はどうなのかと再考するのだけど、 結局その過程で寄り添われてしまう。 https://www.breview.org/keijiban/?id=2359 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 優良作 「Zero gravity dropping」 stereotype2085 featuring 貴音&EMI stereotype2085 9月3日 歌詞として面白い。 むしろチャートを狙うアイドルにもこのくらいの詩をもたらしてあげたい。 https://www.breview.org/keijiban/?id=2270 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 優良作 きみが、そらにだけみちているから ゼンメツ 9月23日 「僕」のやさしさに触れてしまう。 ただ、三連目というか四連目の 布や大気圏のくだりが、やや詩のアイデンティティとして なぞったに過ぎない印象もあり、 やさしさと書きたいものの、混紡がもっと見てみたくなる。 https://www.breview.org/keijiban/?id=2340 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 優良作 甘噛みは妄想の産物として 左部右人 9月19日 特に特定のなにかに鬼気迫るようなこともないのだが、 どうしようもなく生きるのみの体たらくへの 諦観と疑念のようなものを感じる。 なぜ感じるか、ということより、 感じてもこの詩に助けてもらえることがない、 という事実が、反対に魅力的で好きな詩。 https://www.breview.org/keijiban/?id=2335 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 推薦作 堤防にて タキザワマジコ 9月11日 自分の選ぶうえでの一つの基準が、 <この詩はなにをしたかったのか>自体が 自分にとって重要かどうか、自分のキーパーソンにとって重要かどうか、 というものがある。 この詩は何をどう頑張っても津波のことを連想する詩だ。 その上で、静かに生へ願おうとしている。 薬や鷲などのくだりは推敲したくなるが、 こういう詩は心への侵入を許してしまう。 https://www.breview.org/keijiban/?id=2306 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 推薦作 斜め ふじみやこ 9月7日 たぶん二連目が一番ふざけているが、 最終連がべらぼうに良い文章なので、 三連目までも同じクオリティで文章を構成できれば、 やりたいことは面白いので、ぐっとよくなるはず。 https://www.breview.org/keijiban/?id=2292 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 推薦作 魚肉ソーセージは飼育係のゴトウさんが こうだたけみ 9月2日 情に絆されるのがかるべなのは事実としてあるが、 この詩の若者は重要な存在。 人は変われるのだとどうにか伝えられないか、 と考えさせられる。この若者に。 https://www.breview.org/keijiban/?id=2267 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 推薦作 0. my world. 三浦天才詩人果実 9月1日 ださい。 かっこいい。 その観点で語が重なっているけれど、 「ものかなしい」と「夏練」がアイデンティティの詩なので、 好き。 https://www.breview.org/keijiban/?id=2237 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ おわりのあいさつ  運営ってなんでしょうか。  権威ってなんでしょうか。文壇ってなんでしょうか。  コミュニティってなんでしょうか。対面したからなんだっていうんでしょうか。  たいせつなことはすべてYahoo! 知恵袋がおしえてくれた世代なんです実は。 かるべ


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田無いなる田無いなる (2018-10-12):

かるべさん、選評ありがとうございます。 気持ち的には「あ、大賞候補だ、やったー!」といった感じ。 人に褒められる、というか、認めてもらえるのは嬉しいものだなって、じんわり思います。 運営さんとしても、ありがとうございますね。

タキザワマジコタキザワマジコ (2018-10-13):

心に侵入することができたとのこと、大変光栄に思います。 私自身にとっては意外な読解ですが、侵入した結果かるべさんやかるべさんの大切な人たちの心を傷付けていないことを、切に願います。 書いたものを表に出すことの責任 的なことを改めて考えました。ご推挙誠にありがとうございます。

かるべまさひろ (2018-10-13):

田無いなる 様 コメントをありがとうございます。 「認めて」いることってまるで威厳的な父のように、他人に伝える機会がないものですよね。 僕は、みんなすごいなぁ、と思います。芸術だと、なかなかそれが見過ごされますが、大衆的価値より心が満ちることも多くありますよね。(両方を欲しがって生きるものですが) タキザワマジコ 様 コメントをありがとうございます。 傷は、ついても、癒す力も持っています(僕自身も詩作品も)。 そしてこれは歌の力と同様に、自分の失恋経験を重ねるのと同様に、鳴っただけです。 でも「責任」はいつも共感致します。本当に関係ない余談ですが、人生で道で通りすがりの他人に舌打ちされたり文句を言われた経験を全て覚えています。同様に、救われた作品も覚えてしまうものです。

左部右人左部右人 (2018-10-16):

推薦作として選んでいただいてありがとうございます。「詩に助けてもらえることがない」ことが魅力、という感想、ありがたく頂戴いたします。

stereotype2085 (2018-10-20):

かるべさん、おはようございます。このたびは「『Zero gravity dropping』 stereotype2085 featuring 貴音&EMI」を優良に推していただきありがとうございます! この作品は貴音さんの協力があってこそ成立した作品ですが、評が芳しくなく、残念な想いもしていた作品ですので、選んでいただけてとても嬉しいです。貴音さんの顔を立てることにもなり良かったと思います。また架空の人物EMIも埋葬されず、浮かばれるでしょう! ありがとうございました。

ふじみやこふじみやこ (2018-10-27):

かるべ様 推薦作に選んでいただきありがとうございます! もっと精進できればと思います! ありがとうございます!

こうだたけみ (2018-10-28):

かるべさん、拙作を推薦作にあげていただきありがとうございます。 私はかるべさんの詩の読み方が好きです。なぜならば、やさしいから。 精進します。

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B=REVIEW 2018年9月投稿作品 選評    

まりも 
作成日時 2018-10-13
コメント日時 2018-10-28

 

◆大賞候補 あきら@ちゃーこ 定義(9/14) https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2313 ◆優良 ・仲程 飼い主のない猫 (9/1)  https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2247 ・タキザワマジコ 麻酔(9/19)https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2333 ・帆場蔵人 泥の月(9/2)https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2259 ◆推薦 ・タムラアスカ 残暑(9/18)https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2332 ・紺 陰(9/8)https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2298 ・じゅう がじがじ(9/15)https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2318 ・ももいろ 公園の朝(9/19)https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2336   ◆大賞候補作品について  最初に、「わかる/わからない」について、考えてみたい。 「わかる」ということは、見慣れている、なじんでいる、ということ。それゆえの安定感や安心感もある、繰り返し「同じ喜び」を享受する楽しみもある。さらさらと意味を読み取れたり、作者がこめた思いが伝わってくると、自分あての「お便り」を受け取ったような、そんな嬉しさがこみあげてくる。 他方、「わからない」ということには、未知との遭遇、というスリリングな喜びがある。作品の中に、冒険しにいく、といえばいいだろうか。「わからない」にも複数のパターンがあって、「語り方、が、わからない」「共感/反発の仕方、がわからない」「イメージのとらえ方、がわからない」・・・などなど、様々なケースが有り得るだろう。 初めて詩を読む人にとっては、難解な比喩や、二重、三重に屈折した構文、あえて飛躍の幅を大きくとった作品などは、門前払いを食らったような、そんな寂しさを感じることもあるかもしれない。 ある程度、詩を読み慣れている人にとっては、難解な比喩やイメージの飛躍は、むしろ発見の宝庫だ。そうか、こんな手があったか。ここの謎を解いてみたい・・・そんな挑戦心が沸き起こる。もちろん、マニアックなパズル愛好者同士の馴れ合い、という批判も生じそうだが・・・。 詩史を少し学んだ人であれば、この詩は生理的に受け付けないが、詩史の歴史に照らしてみて、新たな道を開拓している、その意味で注目しなくてはならない、という事態も生じるだろう。既に複数の線が複雑に絡み合っている系統樹の、さらに余白を埋めていく線を見出すような、そんな義務的な要素から作品を選ぶ、ということも起こるかもしれない。もっとも、これはかなり義務的な要素が強く、たいていの「詩愛好者」とは無縁の話ではある。 さて、今回、優良候補に選んだ作品の中で、もっとも「わかる」楽しみを味わったのが、仲程さんの「飼い主のない猫」であった。この「わかる」も、読者の私が自分なりにわかる、腑に落ちる、ということであって・・・作者とのコメント欄でのやり取りを見ていただければわかると思うが、語り手を何者と設定するか、というところから、既に作者と読者との間にはズレが生じている。それでも(作者の当初の意図を離れたとしても)流れるような語り口(作者特有の語り口、その人らしい節回し、とでもいえばいいか)身近で抵抗感の少ない比喩を用いて、うまく言い難い、でも確かに感じている「そのときの、なんともいえない気持ち」を、ゆったりとしたリズムでなんども口の中で転がすように言い換え、言い直しながら・・・核心に迫る、という鋭さというよりは、芯のまわりをまわるような間合いで言葉を重ねていく。そこから、一気に言いつのっていくようにヒートアップし、またふっと手を返すように、〈あの夜もこんなふうに~〉と語り収める。その全体の流れが、心地よかった、といえばいいだろうか。だが・・・冒頭の「わかる/わからない」に当てはめると、実によく「わかる」、共感できる、ゆえに、未知との遭遇、というようなスリリングな感触が得られなかった。なつかしさのようなものは、非常に強く感じたのだが・・・。 あきら@ちゃーこさんの「定義」は、〈わたし〉を定義することの困難さを、独特のストイックな文体で果敢に追及している。「わかる/わからない」の区分に照らせば、一瞬「わからない」ところから始まり、イメージを丁寧にたどりなおすと、「わかる」ところに行き着く、その、腑に落ちるまでの距離感のほど良さ、言い換えれば比喩や飛躍をかなり大きくとりつつも、飛び石程度の距離感で納め、明後日の方向にまで飛ばしていない、その距離感が魅力だった、といえばいいだろうか。 3行ごとに彫琢された詩文は、〈木槌が藁をたたく〉という、まるで砧打つ、という古語を現代に呼び出したようなレトロな質感から始まる。〈あなたの腕に浮かぶ蓮葉の汗〉蓮の葉にころころと転がる露玉。その露玉のような汗が、木槌を打つ〈あなた〉・・・おそらく、筋骨隆々の男性の腕に浮かぶ汗の比喩。これも和風の質感であるがゆえに・・・豆絞りの手ぬぐいをねじり鉢巻きにした、裸体に褌の男、あるいは作務衣を着込んで作業をしている、何かの祭りの支度をしているような男のイメージが浮かぶ。祭りで燃やすための人形(ひとがた)を藁で作っている景だろうか。 2連目では、その藁の人型を芯として、粘土や泥を塗りこんでいるような男の姿が浮かぶ。どこか官能的な手の動きも見えてくる。こうなると、この男は、彫塑像を造る彫刻家なのかもしれない。 3連目、球体関節人形へと、映像がずらされる。塑像から、木製あるいはプラスティック製のマネキンへのスライド。(ひとがた)という祖型のイメージは保たれたまま、質感も情景も、(ひとがた)の置かれた場所も、どんどん移っていく。「ずらし」によるその移行が、鮮やかな手品を見ているようで、なんとも面白いのだ。 4連目で、〈名前を呼ぶ音〉〈わたしを鑿でへつる音〉という文言が現れる。ピノキオのように、語り手が男の作っていた(ひとがた)そのものであることが明かされる、という仕掛けである。〈鑿でへつる〉という古風な表現も、全体をアルカイックなムードで統一する効果を加味しているように思う。 5連目で、ようやく作品の真のテーマが現れる。〈わたしはいつからかわたしだった/わたしになった/わたしになってゆく〉ここに描かれているのは、自らの輪郭、空間における身体を意識しつつある〈わたし〉だけである。〈わたしになってゆく〉のであって、男に無理やり形作られる、のではない。ここで、外部に存在していたはずの男は、語り手に内在する男、自らを形作る自分自身の一要素として、再提出される。 6連目、〈自分がだれなのかは識っている/けれど何かはわからない/きっとわかってはいけない〉とつづられる。知る、ではなく、知識として知っていることを示す〈識〉を用いるなど、細部に至るまで気を配っているとろこにも好感を持った。 7連目、8連目。〈あなたはわたしに釘を打つ〉あなたとわたし、の関係が再度クローズアップされ、打ち込まれる激しさと痛みにおののく。そこに薄紙を張っていくのは、あなた、であって、わたし、ではない。〈わたしが何か〉ということを、最終的に決定するのは、やはり〈あなた〉なのか。最後に置かれた1行、〈あなたが/あなただけが〉に続く〈わたしを知っている〉と読むか、あるいは、この間に置かれた空間を意識して、〈あなただけが〉知る客体と〈わたしを知っている〉の主体を切り離すか。この部分の読み方によって、作品は読者によって異なる相貌を見せるだろう。 以上の鑑賞から、今月の大賞に、「定義」を推したいと思う。   ◆優良作品について ・仲程「飼い主のない猫」については、大賞作品の項で記した。 ・タキザワマジコ「麻酔」は、比喩の力が光る作品。題名には、自らを麻痺させていく、そうでなければやりきれない、という思いを込めているのだろうか。生きていたものを殺し、「正しい」商品価値があるものと、そうでないもの、とに選り分ける。あるいは、〈正しくない〉部分を鋭利なナイフで切って捨てる。自らが行う〈仕事〉に人間の業、畏怖や違和感を感じている鋭敏な精神の働きが、生々しくとらえられている。対象が何であるか、はわからない。しかし、たとえば生ガキを剥く水産加工の仕事であったとしても、リストラを行う人事に置き換えたとしても、あるいは精魂込めて作られた工業製品の不良品を撥ねていく仕事であったとしても、自らの振るうナイフの切れ味に、倫理的ともいえる厳しいまなざしを注ぐ姿勢の鮮やかさは揺るがない。 ・帆場蔵人「泥の月」は、〈心身が別たれ〉るような非人間的な職場で這いずるように仕事をしながらも理想、夢を捨てずにいた〈あいつ〉と、そこから〈脱走〉した〈僕〉。〈あいつ〉の求めていたものと、自分が今、求めようとしているもの、どちらも〈水面の月〉を〈啜ると泥の味が〉するように、見た目は美しくても、偽物であることに違いはない、のではないか。真摯さと、水面の月の象徴性が光る作品だと思う。 ◆推薦作品について ・タムラアスカ「残暑」は、〈一過性の涙、それはスコール〉と、一瞬の感情の荒波を熱帯の天候に重ね、終止形や体言止めを多用したキビキビした筆致で一気に畳みかけるように言葉を重ねていく文体が魅力的な作品だった。短く切り詰めた中で、〈引率者のように這い上がってくる虫〉(虫、とは、泣き虫、のような、内面的、慣用的な〈虫〉と、ぞわぞわする体感のイメージを具現化したもの、と読んだ)〈一過性の焼印、それは日帰りの冒険〉など、思いがけないフレーズに出会う喜びのある作品でもあった。 ・紺「陰」は、遺灰となって散っていく愛しい人への思い、その切実さが伝わってこない、そこにもどかしさを覚える、というようなコメントを記した。悲しみを感傷的に、美しく描きすぎているような印象を持った、ということもある。しかし、作者からの返信を読んで、あえてその悲しみや空虚を避けるように書いた作品であったのではないか、と、今は思い直している。中心を回避するように書く、ということと、回避せざるを得ない、ということの差異。特に、作者のコメント、「いなくなってから美しく感じてしまうこと、そんな愚かな陰を、書きたかった」というフレーズに、美へと逃れようとする人間の性(さが)を描く困難を考えさせられた。 ・じゅう「がじがじ」、ゲジゲジのような題名がユニーク。悪口、陰口、あるいはパワハラ的な理不尽な言葉に傷つけられ、布団から出られなくなってしまう、登校拒否や出社拒否のような状態を想起した。心の潤いを失って、ガビガビに乾燥してしまっている心境。まるで砂漠の中に置き去りにされているような渇望。いっそ、今日を休日、ということにしてしまえばいい、そんな自分を、部屋の隅から見ている、もうひとりの自分がいる。 ・ももいろ「公園の朝」は、コメント欄にも記したが、幼子の足取りを見つめるまなざしが光る作品。自身もともにそこにあろうとする・・・それは、いわゆる公園デビューやら、ママ友とのやり取りやらといった厄介、困難な人事から逃れて、限りなく子供のまなざしに同化したい、という願いの表れでもあるだろう。〈親になんてなれないのに〉の終行に込められた不安と焦燥、人としての誠実さが、素直な文章に浮かび上がる。 ほかに注目した作品としては、夏生「夜長月」、stereotype2085「2019年の花魁 沖縄にて」、渚鳥「お話」、黒髪「声」、タイジュ「おぎゃああ」、二条千河「蜂蜜紅茶」、斎藤木馬「薄明」、夏野ほたる「ラスト・アイス」、こうだたけみ「フォトニックマッハコーンの食卓」、杜琴乃「嵐の前の」、社町迅「青々」、岩垣弥生「さよならの角度」、かるべまさひろ「献花」、なつめ「わたし。」など。 Survof「選評:「うほうほ」におけるスパイラルモヒカンの誤用をめぐっての断章」と、カオティクル・Converge!!貴音さん「カオティクル・Converge!!貴音さんのLIVE!!!」は、方法論と、作品の強度に圧倒された。構築性の強度、と言ってもよいかもしれない。三浦果実「O my world」は、コメント欄における作者の“詩論”(持論)の展開が興味深く、印象に残った。


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帆場蔵人 (2018-10-13):

まりも さま 優良作品に選んで頂きありがとうございます。泥の月は自分がようやく詩というものが描け始めた頃の作品で、その背景も思い入れがあるだけに一層嬉しいです。

じゅう (2018-10-13):

拝読しました。推薦作品に拙作を選んでいただき、ありがとうございました。

タキザワマジコタキザワマジコ (2018-10-13):

大変丁寧に読み解いてくださって、恐縮するとともに光栄です。ご推挙ありがとうございます。

あきら@ちゃーこ (2018-10-13):

ありがとうございます うれしいです

ももいろももいろ (2018-10-20):

選んでいただきありがとうございます。うれしい驚きでした。投稿するのに勇気が必要だったのですが、これでまた勇気が湧きます。ありがとうございます。

タムラアスカタムラアスカ (2018-10-24):

まさか推薦作品に選ばれるとは思いませんでした ありがとうございました

仲程仲程 (2018-10-24):

まりもさん ありがとうございます。 わからない魅力を書いてみたくなりました。

こうだたけみ (2018-10-28):

注目した作品に拙作をあげていただきありがとうございます。うれしい、のですが、なかなか上位に食い込めないので、精進します。何はともあれ書かなきゃ始まらないですねえ(過去作の投稿ばかりじゃだめだーという自戒を込めて)。

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カー   

ロ三 
作成日時 2018-10-14
コメント日時 2018-10-27

 

いつか 人に 帰す手を どうぞって、水路をわたる 関節の みずみずしい感じで 歩調してる あしくびに 入っていく そんで 歯磨きしたあとに かぎって、 月ごとの 口の ふるえすら あかるいし 田んぼを 突っ切って走る。 フロントガラスも 三月にして こぼれる水の先も なぜか楽しい テーブルごと くいちらかしたら ぜんぶ フード コートのなごりです 特に楽しい 人の 成分も、 いつか 人に 帰す手で ようこそって、握手して うすく やわらかい ゆめのなかで あしを伸ばせない姿勢に してるけど。 歯磨きしたあとに そんなことできない


コメント欄を表示する (12)
no.20no.20 (2018-10-14):

不思議な気持ちになる詩です 「いつか 人に 帰す手」 ここが好きです

なつめなつめ (2018-10-14):

これは、正直好きです。 わけわかんない感じが特に。 ぜんぶフードコートのなごり、というフレーズは思いつきそうだけど思いつかない面白いフレーズだな、と思いました。行間がいいなぁ、なんだかしみじみするし、歯みがきなんてもう1回すりゃあ良いじゃん、とか的外れなことを思いつつ、読み終えた後は「歯みがきしたあとに そんなことできない」…ああそっかぁ、って納得している自分がいる。不思議です(笑)ルーズリーフにメモして持ち歩きたい詩でした、癒されました、ありがとうございますm(_ _)m

タキザワマジコタキザワマジコ (2018-10-14):

歯磨きしたあとにはできないそんなこと、って一体何なんだろう。 なぜだか、聞いてはいけないことを聞いてしまったような気分になってドキドキしてしまいます。 はっきりと何のことかは分からないのですが、全体にみずみずしい生命を感じてとても好きです。 『カー』という金属的な鋭さを帯びたタイトルもギャップがあって面白いです。

ふじりゅう (2018-10-15):

拝見しました。 ゆっくりと進む主人公の思考と風景描写の中で、自らの体、感情が「人に/帰す」ものだという不思議が詩を支配しています。車で走る描写も、そして最終連の現実性からも、まるで夢を見ていたようです。

蔀 県蔀 県 (2018-10-15):

これはすごい! すばらしい! 読み終えてすぐに感じたのは、《淡い水色》でした(ちょっとクサい言い回しで恥ずかしいですが……)。つまり、夢のように触感が薄く、そして(詩中で出てくるように)みずみずしい。どの行どの単語にも、えも言われぬ情緒が宿っていて、爽やかといっていいのか清涼感といっていいのかわかりませんが、とにかく一種の美的感興に浸れます。論理的な脈絡はよくわからず、絵面もうまくイメージできませんが、なにかこう、うまく言いあらわすことのできない描写、とでも呼べばいいのでしょうか? 要するに、「これはいわば愛の詩」とか、「たとえば何々」とかいったような、別の言葉に置換することが困難な世界、《この詩》というたったひとつの世界、それをまったく見事に作りだしています。拍手したくなる。本当にすばらしいと思います。

ロ三 (2018-10-15):

no.20さん なつめさん タキザワマジコさん ふじりゅうさん 蔀 県さん レスありがとうございます。 返信何書いていいのかぜんぜん思い浮かばないのでとりあえずありがとうございます。 詩って何なんだろうと思います。文章の何がどうなって詩になるのか不思議です。

エイクピアエイクピア (2018-10-16):

いつか人に帰す手と言うのが二回繰り返されて、「人」と言うのは神であろうかと思いましたね。その「手」で握手して、初めの部分ではその手を「どうぞって、水路をわたる」。歯磨きの場面も二回出て来て、「月ごとの口のふるえすらあかるいし田んぼを突っ切って走る。」あえて行分けせずに引用しましたが、最後では歯磨きした後に「そんなことできない」と。これは前の連の「うすくやわらかいゆめのなかであしを伸ばせない姿勢にしてるけど。」これができない内容なのでしょうね。

田無いなる田無いなる (2018-10-17):

ところどころで、赤ちゃんのイメージがわきました。歩けるくらいだったり、生まれたばかりだったり、生まれる前だったり、と場面によって微妙に違うんですが。 最初、読ませていただいたときは、言葉の結び目みたいなものが、普通の文章より少し、ゆるく結んであるような感じがしたのですけど、読み返し続けてるうちにそうでもないような気もしてきて、内容の理解は出来ていないのに、繰り返し読むのが全然苦じゃないのが楽しいです。 いま良いもの読ませてもらってるなあ、っていうのがシンプルな感想かもしれません。

ロ三 (2018-10-22):

エイクピアさん 田無いなるさん コメントありがとうございます。 自分はレスを考えるのがどうも苦手なようで会話的な感じで返信するのが難しいです。 詩の内容やイメージってどこで発生する(してしまう)のか それが日常から少し離れたものでも想像できたり、 なんらかの情感を得ることができたりするのは面白いなと思います。

千船鳴尾千船鳴尾 (2018-10-22):

好きだなあと思います。水の上をふわふわと歩いてるような、現実にいながら少しだけ浮いているような、不思議な感覚を得ました。みずみずしいという、まさにその感じ。口三さんにしか書けないものだと思います。

社町 迅 (2018-10-22):

実態のない描写がばらばらにやってくるようで戸惑うのですが、ところどころのきれいな水のイメージと、朗らかな人間のイメージで、読んでいると気分が少し清らかになるような感じがありました。

ロ三 (2018-10-27):

千船鳴尾さん 社町 迅 さん コメントありがとうございます。 人間以外の動物も夢を見ると思うんですけどどうやって夢と現実を区別しているんだろうかと思います。 「夢」という概念をもっているんでしょうか。雑談でした。

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陰文   

ふじみやこ 
作成日時 2018-10-02
コメント日時 2018-10-27

 

吐露吐露と お前の口から 零れ出る 不幸話や 焦りや不安 それらが俺の 白米に 卵醤油の 如く絡んで 良い塩梅 止まらぬ箸を 無理やりに 止めて相談 乗る辛さ 「話聞こえてたか?後ろの席のやつらの。  友達の相談乗りながら優越感感じとるなあれは。  なんやイキイキして、浅い友達関係やなあいつら。」 「ほんまやな  ほんとの友達  とは言わん  失敗を  笑ってくれたら  いいけども  真面目に聞くフリ  偽の真心  奥にある  俺にはわかる  踊る心」 「相談する奴もあほやな。  ちゃんと相手のことを見極めて付き合えよな。」


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༺❦柿原 凛☂༻ (2018-10-03):

一定の標語のような俳句や短歌のようなリズムの部分とそうでない部分の違いは登場人物の違いということなんですかね? だとしたらなぜ”俺”はわざわざこのリズムなんでしょうか? 話にハマっちゃってるのとリズムの型にはまるというのをかけたんですかね?(違ってたらごめんなさい) 又聞きの  他人の不幸は  蜜の味  あるあるネタで共感しました。

まりも (2018-10-03):

かげふみ、と読めますね。影踏みを思い出しました。 吐露・・・が、とろとろと流れ出す。それを、聞くのが辛い、と言いながら、実は「おいしい」と思っている。なぜなら、相手が困ったり、苦しんだりしているから・・・ということ、かな・・・。 卵かけご飯、のねちょねちょのおいしさ、にたとえた感覚的なところは面白いと思ったけれど。 まじめに相談に乗ってやっている、聞いてやっているふり、をする自分と「お前」との関係も、実は後ろの席のやつらがやっている関係と一緒、お前、それ気付いているか?という、屈折・・・が、どこに向かっている、のか・・・自分へなのか、お前、になのか。そんなことを思いました。

stereotype2085 (2018-10-06):

この「陰文」というタイトルと内容の融合のしかたが絶妙に素晴らしいです。最後、甲と乙によって交わされる会話が人生の一断片、人間の本性に関わる一断片を切り取っている印象がして、作品としてとても良いと思いました。

ふじみやこふじみやこ (2018-10-27):

༺❦柿原 凛☂༻様 コメントありがとうございます! 「俺」にもそういうような気質がある、そういうやつがそこら辺に居ても不思議じゃないと思って書いてみました!

ふじみやこふじみやこ (2018-10-27):

まりも様 コメントありがとうございます! 人間の嫌らしいところ、誰もが持ちうるもので、そこを根底に生きている瞬間など、そんなところに照準合わせて書いてみました!

ふじみやこふじみやこ (2018-10-27):

stereotype2085様 コメントありがとうございます! とても嬉しいです!有難いです!!

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