B-REVIEW作品投稿掲示板


秋思   

田中恭平 
作成日時 2018-10-12
コメント日時 2018-10-16

 

聞きなれた歌が 懐かしい歌に変わるころ こころに塵立つ 苦々しさが気になって 明確に きみと変わっていきたいと想った 足をとるマンネリズム 動機すらなく走り出してみたい 咽喉は渇くが かわいそうな小さなものたちの声が聞こえるところまで 否 それは隠されている のか 隠れているのか エアーコントロールの効いた部屋で 暴露本だけがしんじつを語っているような うそいつわりを受け入れるのか (いや、それは心血注いで書かれたものだぜ、) インターネットで 実際の傷口と血を見るのか 遅い 遅い 遅い・・・・・・ 更新に対して 俺のダッシュは遅すぎる 息を切らす ようだ 庭に茸が生えていて、毒キノコでないことを図書館から借りた茸図鑑で確認しながら採集すれば、気づいたのは本は借りるものであって、買うものではないということで、すこし残念な気もすれば、昼食がカツサンドにホットコーヒーで悪くない秋の一日に、いつもの散歩コースを本日はサクサク少しせいたスピードで歩いていくと、あたらしい自動販売機ができていて、お菓子も100円で買えてグレープ・グミを噛みながら樫の木のしたチル、していたら枯葉が散る、にゃあぐるがあぐるにゃあ、にゃあぐるがあぐるにゃあ、と猫の律動をどう自由律俳句に反映させるのか思案しつつ、あなたに怪文書のようなメールを送る。一笑。


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沙一 (2018-10-12):

季節における秋と人生における秋がかさなる、と云えばありきたりな感慨でしょうか。素朴な秋の日を、後半の散文調では愉しんでおられるようにも感じられました。感傷と愉快さの両面を、文体をうまく使い分けて表現されているのではないかと思います。

stereotype2085 (2018-10-14):

「聞きなれた歌が/懐かしい歌に変わるころ」に言いようもなく、変わりたい、変化したいとの「書き手と君」の焦燥、急く気持ちが描かれている。だがしかし「更新に対して/俺のダッシュは遅すぎる」がためか、最終連では、変わりたい気持ちや焦燥から脱線するような描写がなされている。これは変化しようにも上手くいかない世を嘆いたためか、その点を絶妙に描いたのか。捉え方の分かれる詩だと思います。全体としては結局、最終連のある種の「崩壊」が僕は好きでした。

杜 琴乃 (2018-10-16):

「にゃあぐるがあぐるにゃあ」に私の思考は全部持ってかれてしまいました。 秋のカラリとした爽やかな空気と猫は良く合いますね。猫の喉だけが潤っているように感じました。それとも絡んでいるのか。うがいをしているのか。 烈しい夏が終わり、ちょっと気の抜けた秋の脱力感に猫が効いているなぁと思いました。

エイクピアエイクピア (2018-10-16):

ネコの鳴き声が印象的でしたね。自由律は行くと言えば、尾崎放哉や種田山頭火が浮かびますが、秋思や秋声など秋の季語を思い浮かべました。「エアコントロール」なので、秋暑しではないと思うのですが、セントラルコンディショナーみたいなものだろうかと思いました。

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庭の葉が赤く色づく頃に   

ヤエ 
作成日時 2018-10-14
コメント日時 2018-10-15

 

庭の葉が赤く色づく頃に プールの匂いがした 首を振って見渡しても 廊下にはもみじの影が映るだけ 確かに舞っている塩素の匂い 脳裏には日差しと水しぶき ああ浮き輪の青と水の青 しばらく忘れていた 色と声 ふと荻の声が私をも駆け抜け 我に返す 全くすっかり秋だというのに 全く今やすっかり秋だというのに


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stereotype2085 (2018-10-14):

プールの塩素の匂いで「夏」を彷彿とさせ、「しばらく忘れていた/色と声」と来る。最終連の「全くすっかり秋だというのに/全く今やすっかり秋だというのに」に夏のへの愛募、名残を滲ませて、同時に秋をも筆者が楽しんでいるが伝わる。四季がくっきりと分かれるジャパン。生まれて良かったと思わせる詩です。

no.20no.20 (2018-10-14):

秋と夏の色が交差する美しい詩ですね 情景が思い浮かび、読み手が「私」と感覚を共有できます

ふじりゅう (2018-10-15):

拝見しました。 なぜプールの匂いなのか、というのがこの詩の肝ですが、「塩素」の匂いがした事は確かなようです。その香りにつられて思い出す夏の情景。いやそれは情景と呼ぶには生易しい、「秋だというのに」思い出してしまう強烈な記憶であるようです。この思い出から現実へ、現実から思い出への切り替わりが美しく、更に最終連で強く記憶へ刷り込まれる詩であります。

ヤエヤエ (2018-10-15):

stereotype2085さん 季節を綺麗にかけているとしたら、とても嬉しいです。あともう一歩哀愁によっても良かったなとも思っています。ありがとうございます!

ヤエヤエ (2018-10-15):

no.20さん 詩にのせた思いを一緒に感じ取って頂けて嬉しいです。ありがとうございます!

ヤエヤエ (2018-10-15):

ふじりゅうさん そうなんです、プールに結びつけてしまうところに、夏の勢いある盛りの期間への、思慕が書きたかったんです。その辺りに触れて頂け、ホッとしております。ありがとうございます。

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疾走   

satsuki 
作成日時 2018-10-14
コメント日時 2018-10-15

 

好きでいること 楽しいこと 意外と楽じゃない でも立ち止まれない 走り続けたい 自分でも限界だなって思いたくない 越えてみせたい 夢の先が高くて届かなくたって 声が聞こえなくたって 何故だか押し込まれてる 馬鹿になって、海に飛び込む 空を一瞬だけ飛べた 鴎になれたんだ


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no.20no.20 (2018-10-14):

共感できる詩です 率直な意志の強さを感じました

ふじりゅう (2018-10-15):

拝見しました。 〈歌詞〉として見ます。爽やかでみずみずしく、良い印象です。主人公が挫折を味わってない感じが伝わってきて、羨ましくなります 笑 〈詩〉としても見ます。詩としての話ですが、主人公の状況や風景描写など、情報がもう少しあれば面白くなりそうな感じです。 ビーレビの詩は詩の中に毒を混ぜたような、悲しく、切なく、といったテイストが多いですので、こういった爽やかに突き抜けた作品は新鮮に感じました 笑

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【ワンポイントキュレーション】からだをひらくと口から火花が出た話   

こうだたけみ 
作成日時 2018-10-15
コメント日時 2018-10-15

 

クヮン・アイ・ユウさん 「リュウセンケイ」 https://www.breview.org/keijiban/?id=2334 2018.9.19投稿 言葉遊びばかりしていると、人様の詩を読んだときにも、一瞬にして言葉遊び回路がつながるときがあります。この「リュウセンケイ」は、物の見事に回路がつながって、思わず「これめっちゃ好きなやつだ!」と口から火花が出ました。これから書くのは、もう完全に個人の趣味による読解であり、作者の意図的なものはほぼほぼ無視していることを先にお断りしておきます。 出版や印刷関連の業種では、漢字をひらがなにすることを「ひらく」と言います。たとえば「急遽」と表記する際、「『遽』は常用漢字じゃないからうちではひらくんだよ。共同通信の『記者ハンドブック』に倣っているから」などと言って赤を入れます。私は、この「ひらく」という表現が好きです(急きょという表記は嫌いだけれど)。 本作冒頭の〈沈んでいくからだ。〉という文章を見たとき、私は「あ、身体(体)がひらかれているな」と思いました。前述の「身体をひらく=身体をひらがなにする」という意味と同時に、「身体を開く=身体を開放する、委ねる」という意味をも重ねて見ています。さらには、この「からだ」に「空だ」「殻だ」「〜(だ)からだ」などを当てはめても読めるだろうか、と自動的に考えてしまうのが、言葉遊び脳を持つ者の性です。 次の文の文末〈音を知っているか。〉の〈いるか〉という問いかけは、二段落目の頭で華麗にイルカに変身して海へ潜ろうと試みます。けれども最終段落に〈浮き上がるからだ。〉とあるように、どんなに沈みたくても沈めません。なぜならば、空だからだ。 はい、ここで突然ですがクイズです。 逆立ちすると軽くなる生き物ってな〜んだ? イルカは、逆から読むとカルイになるから、軽さとは切っても切れない生き物です。本作の表面上の軽さ(表面上のに傍点)とイルカはとても相性がよいと思われます。けれども、三段落目に〈俺は死にに来たのにな。俺は死にに来たのにな。〉とあるように語り手には、死にたくなるほどの重い何かがあるらしい。見えている軽さと見えない重さ。私はこの落差にポエジーを感じるし、その落差に眩暈を覚えるとき「これ好き!」と騒ぎ出すのです。 そんなわけで、久しぶりに見た瞬間にこれ好きと思える作品に出合えたことに感謝します。


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渡辺八畳@祝儀敷 (2018-10-15):

音を文字で表すときに漢字を使うかひらがなを使うかカタカナを使うかEnglishを使うかroma-jiを使うかエトセトラエトセトラと選択肢がたくさんあるのは日本語話者の特徴でしょう。「ひらく」こともそういった言語だからこそ行われるのであり、それの効果によく着眼した選評だと思った

こうだたけみ (2018-10-15):

渡辺八畳@祝儀敷さんコメントありがとうございます。 渡辺さんから久しぶりにコメントがついて、しかもお褒めの言葉! うれしい。 前に花緒さんが作品で試みていたと思いますが、表記を変えると印象ってガラリと変わりますよね。そこにハマってしまうと言葉遊びの沼もとい海へダイブすることになるのですが。笑。 詩は小説などに比べると短いことが多いですから、一行目から読んでいくというたのしみ方以外にも、見開きページでパッと見てたのしむ、なんていうデザインの要素を取り入れやすいですよね。今だったら最果タヒさんとか、デザインの一部になってもおもしろい詩とかありますし。 デザイン的な作品を書く方法としては、絵文字やアスキーアートなど、それ自体にデザイン性のあるものを援用する方法(足し算的な方法)もありますし、ちょっとした言葉の表記を足がかりにして読者の想像力に頼って全体をデザインすること(引き算、掛け算、割り算的な方法)も可能ではないかと思っています(本作は後者です)。 さて、この読解はあまりにも個人の趣味に偏りすぎているため、先に作品のコメント欄でお披露目し、作者であるクヮンさんによろこんでいただけたのを確認してからこちらへ書きました。 私は、書いたものを読ませる行為って暴力に近い行為だと思っていて。なぜなら読み手は受け取るか拒否するかの二択しかないから。随分と一方的です。 そんなわけで、なるべく読み手のことを考えながら書いてはいるのですが、特に選評を書くときは細心の注意を払っているつもりなのですが! いかんせん思考がバラバラと崩れて寄り道しやすいタイプのため、何か不足等ありましたらご指摘くださいな。

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無知   

架月杏奈 
作成日時 2018-10-14
コメント日時 2018-10-15

 

しらない しらない しらないことは さみしいことね キスもしらない ハグもしらない 愛されることをしらない私に そんな話をしないで 同じ制服を着ているのに 同じ電車に乗ったのに 手を繋いでいたのに それでも あなたは離れていく あなたはもう 私のしらない 男に抱かれる女になってしまった さみしい さみしい さみしいのです 隣にいるあなたが 男を知っていることが


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no.20no.20 (2018-10-14):

しんみりする詩です いろいろ考えさせられますね

ふじりゅう (2018-10-14):

 拝見しました。  冒頭、知らないことはさみしいことと述べられ、最後には「男を知っていることが」さみしいと、知っていることにさみしさを覚えていることがこの詩の魅力であると考えます。主人公はしらない側の人間であり、だからこその「あなた」との乖離を丁寧に表現されていると感じる作品でありました。

架月杏奈 (2018-10-15):

no.20さま コメント有難うございます この短い詩に、少しでも何かを感じていただいたことが嬉しいです。 ふじりゅうさま コメント有難うございます 構成と表現を解析してもらいとても嬉しいです。魅力を感じるところを答えて貰ったことが有難いです。

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舟のあしなが   

斉藤木馬 
作成日時 2018-10-12
コメント日時 2018-10-14

 

漁師のじっちゃん 食堂のかあちゃん まぐろのかぶとが鉄かごに転がり くゆくゆ えれえれ 暮れるるこの町 私はフナムシ 踏まれた試しが 一度たりとも無いのはどうして


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no.20no.20 (2018-10-12):

「くゆくゆ えれえれ」という擬態語がいいですね フナムシがかわいらしい

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-10-14):

一連目が良くないが対称的に二連目はかなり良い 踏まれるとはつまり死ぬことだから生にあるものが踏まれたことないのは道理。しかしそれを疑問に思い、しかもそれを思うのが港にわらわらと居て取って代えるにとても易いフナムシだってのが印象的。

斉藤木馬 (2018-10-14):

no.20さま コメントありがとうございます。 わりと実感のこもった音感なのですが、果たしてどう伝わるのかなあと気にしている部分です。フナムシは最初は気持ち悪くて踏まないように歩いていたのですが、まったくの杞憂だと気がつきました。臆病なくらい逃げ惑う姿が可愛くもあり、切なくもあります。

斉藤木馬 (2018-10-14):

渡辺八畳@祝儀敷さま コメントありがとうございます。 そこを汲んでもらえて嬉しいです。 フナムシは、本当は踏まれたがっているんじゃないかと。 それをなぜ逃げるのかと。 住まう世界の対比を一連目に託したかったのですが、難しいですね。

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10月の雹   

小杉匠 
作成日時 2018-10-11
コメント日時 2018-10-14

 

君が僕に手渡した真新しい一冊の本。その装丁は星空から舞い降りてきたような光を放っていた。君の処女作。1ページずつパラパラとめくると虹色の文字列が踊る。僕の微笑みに君の瞳が瑠璃色に染まった。 僕は茶色の鞄を小脇に抱えて、しばし足を止めて目を瞑った。そして、少し不思議そうな顔をした君のもとからダッシュして満天の夜空を360度見渡した。 実はちょっと失望したんです。 否、かなり失望したんです。 生きるとは紡ぐことだから。 生きるとは失うことだから。 君が綴った言葉には未来がなかった。 君が綴った言葉には過去がなかった。 もっと寛容でありたかった。 もっと鈍感でありたかった。 君の感性を共有したかった。 君と同じ風景を見たかった。 大人の理屈で片付けたくない。 子供の君を赦せる自分でいたかった。 いつまでもずっと弄ばれる子供のままでいたかった。 時は果てまで流れてゆく。 僕が、君が、辿ってきた軌跡を思う。君がようやく立った表舞台。僕は君を称えるでもなく単なる批評家気取り。 こんなふたりでも人生なんてどうにかなるものさ。別々の道が用意される。 10月の雹がバラバラと降る。 この指の先端から放つ閃光が君に未来を指し示す。穏やかにみえて、頑なな性格の君に送るよ。今、ふたりの心に映った道しるべ。二股に裂かれた未来。 銀杏並木の匂いが徒らに鼻腔をくすぐる。僕の千鳥足は風に揺れる樹木の音を辿る。夜の灯は傾いて、暗闇に媚びを売る。ひとり道行く僕は失望をも失くす。君を赦す術もなく、身勝手な僕は赦されず、生き続けてまた何かを失う。 未来行きの列車が僕の肩口を乗り越えていった。


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ヤエヤエ (2018-10-12):

君と僕はきっと優しい関係性なんだろなと想像していたところから、実はちょっと失望したという展開はショックで、詩のドラマ性を高めたいると思います。その後の別れの表現も上手く魅せているなと感じます。ただ、私の中では誰かと別れて行く道と10月の雹がうまく結び付きませんでした。もしかしたら、星空を思い浮かべながら詩を読んでいるのに、雹が降るからかもしれません。タイトルであるし、インパクトは強いのですが、少し唐突な気がしました。

小杉匠小杉匠 (2018-10-12):

ヤエ様 コメントありがとうございます。 確かに唐突感があるかもしれませんね。 詩にアクセントをつけたかったという思いはあります。 この詩は今まで慕っていたある詩人との決別のつもりで書いておりまして、勢い強い表現になってしまったかもしれません。 ご指摘ありがとうございました。

ヤエヤエ (2018-10-13):

返信を読んで、なるほどそうかと思いました。そのままに詩人との決別がテーマなのですね。そう考えると雹が持つ固いイメージが違和感なく受け取れました。決心して、離れるという気持ちは、強い表現と結びつきますね。ありがとうございます。

小杉匠小杉匠 (2018-10-14):

ヤエ様 ご返信ありがとうございます。 補足しなければ伝わらないあたり、まだまだ改善の余地ありですね。 自分では思いも及ばなかったヒントをくださり、本当にありがとうございました。今後も精進して参ります。よろしくお願いいたします。

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冥府へ   

豆塚エリ 
作成日時 2018-10-13
コメント日時 2018-10-14

 

冥府の王女は 自分が何者かを忘れて 地上の夜の住人に ここではないどこか いつか巡り会うべきだれか 夢見て 焦がれて 春の子鹿のように 自ら迷い込む だれしも 同じく いつまでも たどり着かない 理想郷は 冥府にしかないから 絶対に振り返ってはいけないと 決めたのはだれ わたしたちの町に 赤い靴が落ちている リコールセンターで 何千体もの人形が裸にされ 燃やされていく 流れるのは血? はらはらと からだを伝っていく カッターナイフで あなたを守れる? 生産終了した 型落ちのウォークマンでは もうあなたを救えない パラソルの下には 消えることのない影 斃れる革命家の喉に 檸檬の雫を 啜り泣く母の小さな足に オリーブの花を どこに祈れば 願いは届く? クモの巣状に張り巡らされた ソーシャルネットワークに 容赦なく火の粉が降りかかる 蝶々はなすすべもなく 貝のようにうずくまる おびただしい手が迫る 臆病な嘘つきは すみずみまで手抜かりがない 何も口にしてはいけないと 決めたのはだれ 少女たちよ 目覚めなさい 目覚めなさい 歌声を 張りつめた肌を これ以上奪われる前に あなたの王国を 思い出して


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まりも (2018-10-13):

冒頭の神話的、童話的な導入部と、中間の切実な様相との落差について考えています。 真に迫ってくる強迫感のようなものを緩和するために、語り手が自らを・・・あえて離れた場所において、そこから語り始める、という手段をとっているから、なのか。 読者をスムーズに主題へと導くために、神話的導入を用意したのか・・・ 絶対に振り返ってはいけないと・・・から詩を立ち上げる方が、読者へのインパクトが数段増すように感じたのですが、どうでしょう。 そこから次第に、現代の神話と古来からの物語を重ねていく、というような構成にしていくのも、ひとつの方法かもしれないと思いました。

みうら (2018-10-14):

物語にはネガティブな事象の転換を願う語り手の思念が奥底に流れていて、そこには俯瞰する視点が固定カメラのようにある。私にはネガティブな気持ちを誘う作品に対して死を探して読む悪いクセがあって。それが良くも悪くもバイアスがかかってしまう。そのような意地悪な読み手にあっても本作は生へのプラスな読後感を与えてくれた。それは何故か。 一つは希望が書かれているからだろう。しかもなんとなくな希望ではなくて誰人たりとも壊せないと思わせる堅固な希望。それが以下の引用箇所から伺えた。 >いつか巡り会うべき誰か >理想郷は >冥府にしかないから 更には「目覚めなさい」という強き呼びかけがあって、それもまた、覚悟ある希望に読める。もう一つ、挙げたい。「赤い靴」について。読者の多くも印象に残ったはず。私も少し違和感がありながらもインパクトがあって。読み返して思ったのは「赤い靴」とはその後に続く人形たちが履いていたうちのどれかの一足なのかと。焼かれても残ってしまった靴の存在が希望に読めてしまう。 これは蛇足になってしまうかもしれないけれど、本作から読んで受けた印象は三浦綾子の作品を読んだ後の、それに近かった。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-10-14):

ゴスロリ少女が書きそうな詩だなというのが初読の印象。なんての、血とか王国とかってそれ系の語句が字としての意味を保ったまま在るというか。 ただ四連目 「 わたしたちの町に 赤い靴が落ちている リコールセンターで 何千体もの人形が裸にされ 燃やされていく 」 ってのは良かった。というより「リコールセンター」がか。詩語ぽくない語が詩にでてくるのすこ。

stereotype2085 (2018-10-14):

「冥府へ」というタイトルは僕好みで、尚且つ「生産終了した/型落ちのウォークマンでは/もうあなたを救えない」などの世界観崩しの表現も随所にあって面白い。ただ「少女たちよ 目覚めなさい/目覚めなさい」というメッセージ性の強い箇所で書き手の熱量が異様に上がってしまったかな、との印象も持ちました。落差のある表現が筆者様の持ち味ならば、そこを極めて欲しいとも個人的には思ったりしました。

豆塚エリ豆塚エリ (2018-10-14):

まりもさん 政治をあまり思想的にならないよう詩に織り込む手段を模索しています。 今回は若者に選挙に行ってもらいたいというのがテーマでした。おとぎ話や神話のモチーフを現代に結びつけて出すことによって押し付けがましさ、緊迫感を抑制して、最後まで読んでもらえることを狙ったのですが、もっと冷静に書くべきだったかなと思いました。導入は難しいですね。更に長く書いて起承転結のあるものをと最初は思っていたので…この長さでは最初が緩慢すぎるかもと気が付きました。ありがとうございました。

豆塚エリ豆塚エリ (2018-10-14):

三浦天才詩人果実さん おっしゃる通り赤い靴は人形が履いていたものです。リコールセンターはアウシュビッツのイメージでした。人形の次に手をかけられるのは…という暗喩でした。どんなに暗い世の中でも少女たちには生きていってほしい一心なので、そこに希望を感じ取ってもらえたのかな、と思いました。嬉しい感想をありがとうございます^^

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貴音さんの選評【9月】   

カオティクルConverge!!貴音さん 
作成日時 2018-10-05
コメント日時 2018-10-14

 

始めに謝っておくことがある。自身の詩論に固執し、狭い価値観を持っているのもそうですがそれはさておき、度々言っていることである。私は詩を上手に読めない。言い訳するなら、人の詩を読むよりも、誰かに読ませるよりも、ひたすら自分の詩を書くことに時間を掛けてきてしまったせいだ。自分の詩に時間を掛けて行く中で、考え方も拗らせてしまった。「意味なんて下らない」そんなのに縛られていると、書きたいって気持ちが消化しきれない。気持ちの処理が追いつかないと、そんな気持ちで長く過ごしてしまった。その結果、私は人の詩にある思いだとかを見逃す、想像できない人間になってしまった。文面から浮かぶ表面だけのイメージしか精々捉えることしか出来ない。そんな人間になってしまった。なんか良いねをちゃんと具体的に言葉にしたい。この選評でもそうだったら本当にごめんなさい。無駄に長く書いてきたと思われるが、その中で目は幼い。もっと養いたいという気持ちの元、今回の選評をしております。気持ちとしてはね。 この二名は貴音さん大賞を取っているので殿堂入りとします。 ゼンメツ様 タムラアスカ様 ―大賞― 三浦⌘∂admin∂⌘果実【 0. my world.】 そう言っといて、碌な事が言えないのが申し訳ない。私は作者と作品を侮辱しているのかも知れないですね。ただ、雰囲気だけで良いとか悪いとかで読んできたので、その辺に関しては良くも悪くも冴えているんじゃないかと思われる。この三浦果実さんの詩はどうかというと、圧倒的に良い雰囲気の詩だと思います。この詩が九月の初めに投稿された時に、この詩はずっと色褪せないだろうなと思った。本当はこんな事ってあってはいけないことだろうと思うけど、沢山投稿されていく中で後半とか、中盤の詩が印象深くなるのってあっちゃうと思うんです。漫才コンテストとかもそうですし。先頭を切って投稿するって、選評をしますってなった時に凄い不利です。投稿のタイミングが自由なこの場では、とても覚悟のいることだと思います。本当の意味で九月の顔になりますから、基準になりますから。この詩は、どんどん超えられてしまう詩になってしまうのかと見ていましたが、そんなこと全くありませんでした。最後まで壁でありました。本人が最高の作品だとおっしゃっただけあり、月の初めに設置した壁に幾多の詩が挑み、乗り越えられなかったと私は感じました。今回のタイトル、0. my world.これだけでも十分、色々と想像させてくれます。0=ないだとしたら、何もない私の世界って意味なのかな?0.なんで、1.または-1.となった時はどうなるのだろう。私じゃなくてあなたの世界にでもなってしまうのかとか、色んな事を想像させてくれます。卑怯な表現を使います。個人的な解釈とその結果ですけど「寝椅子に座っているあたしが経済というのかもしれないし、そんなことは知らない。」経済って言葉が良いですね。世界と使わなかったのが良かったです。止まってようが動いていようが、世界は廻っているってのは分かるんです。自分が世界の中心だって感覚は一度は持つと思います。だって自分は他人ではないですからね。それは良いとして、経済って回っているんですけど、回ってないと大変なんですけど世界程イメージしづらいじゃないですか?そんな曖昧なものに自分を例えて、遠回しに自分が中心なんだと言ってる所が良いと思います。はぁ?って思うでしょ?大暴投でしょ。私、この詩はざっくり言うとお互いに人質関係にある年の離れた男女の恋と、存在している世界への決別だと思って読ませて貰っているから。笑えるでしょ?出来ればドンピシャで合って欲しいけど、違うならそれでも構わない。結局、この詩は良かった。それに行き着くのは間違いないだろうから。私は三浦果実さんの詩を良いとはあまり言わなかったし、思わなかった。本当に酷いことを言ってきた、語彙力あるのにどうしてそれくらいなんだ?とか沢山言ってきた。だけど今回のこの詩で全てが帳消しになった。昔、素人とプロの落語家さんが入り交じった場所に兄に連れて行かれた時があった。その時に、ある素人さんの落語を聞いてるときに近くの落語家が、オチが下手だとかぼろくそに言っていた。兄はそれに対して聞こえるように言った。「確かに下手くそだな。だけど、あの人がここに立つまでの壮大な人生で築いたバックボーンはお前らの小芝居じゃ太刀打ちできない。演目じゃなくて、人生を噺してみろ。人情を語ってみろ。お前らには無理な芸だ。分からなければ三流だ。」と言って喧嘩になった。当時は何言ってんだこいつ、滅茶苦茶だよーで終わったが、今この詩と重ねると、この詩が良いと思えたのは小手先だけの違って、三浦さんの築いてきた人生が、精神がちゃんと詩になって擦り込まれているからだと思われる。今までの詩が良くなかったのは、私、三浦さん共に気づかなかっただけだと思われる。詩才有る無しは関係なかった。その後、素人の落語家さんは本当に人情噺で大成したと聞いた。どうか、今回の詩が偶然の産物ではなく、この人のように気づいて、これからも築き上げて欲しいと説に願う。 ―優良― 穴秋一 【どうぶつ図鑑】 コメントにも書いた通り、そのまんま言ってしまうが、この詩は多くの人から愛される詩だと思う。詩ってなんだかよく分からなくて、厚い哲学書じゃないのに、それと同じくらいに取っ付き辛いと世間的には思われているんじゃないかなって、私は感じているんですが、この詩は、詩を読む人の中だけに収まらないで、読まない人達へも飛んでいける、そんな魅力的に溢れている。ちょっと内容は物騒だけど、ポップにして絵本なんかになってしまったら子供達にも愛される。喜んでくれる。言葉の持つ意味、イメージを、巧みに使っていたと感じました。駄洒落と言えばそうなのかも知れないけど、私にはお洒落に見えました。詩を読んでいて動物のイメージが強制的に飛んでくるけど、違和感は無かったです。引っ掛かりなく自然と読むことが出来ました。私達が普段使っている言葉ってのは、意図していない所で動物に溢れかえっているんだと、楽しい気持ちになりました。 aryuアリュー【発展途上のセールスロボット2018.9.1 】 発展途上、言い方を変えるなら未完成、未発達の心を持った、心みたいな物を持ったセールスロボット。心とは宿る物だと私は思っているのですが、それを学習すれば手に入ると思い込んでるロボットがよりにもよって、人の感情に訴えかけてくる悲しみをセールスしに来るという詩で読ませていただきました。物を作り、人が来て買う。その行為自体は何処にでもありますが、自ら出向いて売るのは、難しいと聞きます。保険屋をしてる友人が言っていました。「ああ、このコンビニみたいに勝手に人が集まって、契約してくれないかな?」って、私は経験していませんが、大変なんだと思います。私達はこうやって詩を作り、それを公開しているわけですが、この詩と同じ事なのかも知れません。「良い詩が書けたので、読んでくれませんか?これ、良いでしょ?凄いでしょ、こう言うの好きなんですよね?皆って?」私達は詩を使って自己表現をしているわけですが、それは関心の無い人達からすれば押し売りなんだと思います。私達は人であるはずなんですが、きっとそんな人達からすれば人なんかじゃ無くて、それこそ発展途上のセールスロボットなのかも知れません。このロボットは所々、言葉がおかしいです。私達も端から見れば、言葉遣いのおかしい日本生まれ日本育ちの異邦人、文章書いて言葉のリハビリをしている病人くらいにしか思われていないのだと思います。私達は詩を嗜んで創作しているので、そこら辺にいる人達よりは「詩人」と呼ばれる人種でありますが、それは果たして普通の「人」より立派なのかは怪しいところです。「悪人」と同じくらいにいるかも知れない、「凡人」と同じ位置かも知れない、もしかすれば「聖人」かも知れませんが、「詩人」の位置ってはっきりしていませんよね。ここに書かれているロボットみたいなのかも知れません、人一倍感受性強くしていますと思い込んでいるだけで、実は誰よりも鈍感になって気付かない、気付けないそんな人種なのかも知れません。本当は自分の書いた詩の良さとか、言葉の響きとか、リズム、意味とか詩に関わる事を理解できていないのはもしかして、私達「詩人」なんでしょうね。ってな感じで読ませて貰いました。 湯煙【家】 湯煙さん曰く「この人は語り手にも不明です。語り手自身かもですが、それも不明とします。」との事なので、私なりにこう読んで楽しめた、良かったってのが伝わればと思います。結構沢山の読み方が出来てそれによって何度も化けるし、印象も変わるから面白い。語り手自身の事なのか、そうで無い第三者なのか。正確な答えは無いけれど、語り手自身だったら皆の言う冷えた夫婦や親子関係が強くなってくるし、第三者だったらどことなくシュールなコント(とはいっても、ゲラゲラじゃなくてなんか面白いとなるもの)を見ているようだ。私達の行動って、実はここに書かれている事が結構行われているんじゃ無いだろうかと思ったりする。ごく普通の家庭で会話無く朝起きてくる、新聞取りに行く、トイレで一服、七時前のテレビの占いを見て出勤する。その間にもう一人は、弁当を詰めている、朝ご飯を食べた人の皿を洗う、夜に回した洗濯の下着を干す。この行動は端から見ると冷え切っているのかも知れないけど、二人自身からすればこれはもはや淡泊だけど相思相愛で以心伝心の関係で無いだろうかと思う。私達の行動とは見方を変えると、または行動では無く言葉として形にすると全て詩になるのだとこの詩から私は勝手に再確認しました。題材は色々あるけど、詩を書く多くの原因や現象は人から発生するもんだと思うので。後やっぱり個人的にこの詩におそらく近い関係が私にはあるから、余計にこの詩が好きである。近所の同級生(女)でもう幼稚園の前からの付き合いで、高校とか成人しても昼寝から起きて一階に降りると茶の間でゲームをしているような子だ。これは一見すると、不気味でこの子ちょっと障g…ってな行動だけど最早私達の中では普通の関係でなんだか、ペンションとかシェアハウス状態である。ちょっと違うのは、彼女の方が喋る側であることぐらいだ。もう一人、私の同級生(男)この子は、家が赤貧で人生は小説よりも奇なりな人間になっている人間です。高校卒業まで私の家に一緒に住んでいた。住んでいたとは言うけれど、あまり頼りたくない、迷惑掛けないで自立したいってな気持ちが強くて、誰も住んでいない家(田舎なのでそんな所がある)に中学辺りには拠点を移していた。だけど、時々やって来て会話しながら過ごして、「おやすみ」って寝るときに居なくなっている時があった。私がお風呂に入っている間に、居なくなっているときもあった。普段外をほっつき歩いていて野生なのか分かんない飼い猫みたいな感じである。この詩はとにかく色んな読み方をさせてくれる。死んでる人と生きている人、人と猫の区別の付いていない人と思い込んでいる飼い猫(犬)の視点、子供の頃に存在していないけど鮮明に遊んだ記憶がある(イマジナリーフレンド)とか様々。とにかく、色んな視点で読んでいただきたい。 ―推薦― ༺❦柿原 凛☂༻【杪夏】 少し疲れてしまった…。ちょっとシンプルに行ってみたいと思います。個人的には季節をテーマにした物、露骨に春夏秋冬が入る物は苦手ではあるんですが、これは読めました。夏の終わりを詩的という遠回しな表現で作っておられると思います。「綺麗」「儚い」が似合う詩だと思いました。柿原さん個人の話になると、「俺の高校野球」のような小説畑出身の詩を書かれる人なんだと思っていましたが、以外と言っては失礼かも知れませんが冒険される。色んな詩を書かれる方なのだなと興味を沸いております。杪夏もそうですが、他の詩を読んでいない方がおりましたら是非読んでください。 タキザワマジコ【堤防にて】 構成的に好き。一連と最終連が同じ事を繰り返す所もそうですし、二と四連も少し言葉の使い方と位置を変えながら、かつ文字列もキッチリ揃えて書いている所。これは、ツイッターで流行ってる?三角詩。 ▲ ▲▲ ▲▲▲ ▲▲ ▲  ←こんなの。 の亜種だと私は思っていて、これのピークの部分(▲▲▲)の所に一番良いフレーズが来るとバシッと決まると思っているのですが、「何かかなしみのようなものを吸って海は満ちるのだと/信じていたかったのだ」これはどう見ても決まってますね。自分の中に出てきた言葉の善し悪しとか置き所とかの大事さを勉強させて頂きました。 なつめ【わたし。】 なんでしょう。詩を極端に分けるなら、アート型とメッセージ系だと思っております。これはメッセージ系に入ると思われます。じんわり良いねとなるのがアート系で、ガツンとなるのがメッセージ系だと思います。これはガツンと来ました。私もきっとこんな事を考えてきたのかも知れないけど、そこまで鮮明じゃ無かった。その部分をがっつり見せられてなんか言葉に出来ないけど、気持ちが動いた。これは確かな出来事である。繰り返し言ってることであるが、私はなつめさんの詩がやっぱり多くの人に読まれて欲しい。そう改めて思わされる今作でありました。地味にと言ったら失礼ですが、自分語りや独白な感じの詩は文字列の長さが滅茶苦茶な方が良いですよねぇ。文字列整えると、加工さらっていて自分語りなのに語ってないのが出来ちゃったりするからね。 一高校生【なんだかさ】 本当に高校生なら随分とやってくれますなぁ。渋いですね。これは本人が気付いていないだけで、人生を五回はやってる人なんだと思われます。どの連もイメージがちゃんと付いているように思われます。(そういって違ってたらごめんなさい)中身は前半うっすらと暗い感じですが、後半はゆっくりと前向きな感じで余、私の思う大人のポジとネガを正確に表現しています。どんなの?って言われると、若いときはズーン!号泣!もういいや!寝るベ!だけど、大人ははぁ…どよ~ん、まぁなんとかなるさきっと…ってな感じ。上手いですね。他の方にも言われているJPOP的構成は読み易さを作っていて、この場合は良いと思います。


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༺❦柿原 凛☂༻ (2018-10-05):

やったやった!推薦に入れてくださりありがとうございます。とても嬉しく思います。 「杪夏」はこれまで投稿してきた中でも一番自分を出さずに一番言葉を選んで頭で考えた作品で、だからこそ最近までコメント数がそんなに多くなくて「こういう頭でどうにかしようとするんじゃなくて、自分の心のそのままを吐き出したほうが良いのかな?」と考えていたところでこちらの選評に取り上げていただけたということで、すごくビックリしています。 となるとまた僕の中ではまたどういう詩が良い詩なんだろうっていう疑問がどんどん膨らんでいくわけですが。 探求ですね、底なし沼みたいです。 これからも色々冒険してがんばります!

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-10-05):

「堤防にて」が三角詩だって指摘は確かになぁと思った

タキザワマジコタキザワマジコ (2018-10-06):

信じられずいったん寝て起きてもう一度読みました。やっぱり自分の名前がありました。どう見ても決まっている、とのお言葉、もったいないほど嬉しいです。ありがとうございます。 三角詩が分からなくてツイッターで検索してみましたら、なるほど。文字通り詩を△に整えるというやり方なのですね。いろいろな派生ができそうで興味深いです。勉強になりました。

みうら (2018-10-06):

大ニ廟フルスロットルなコメントを残しておきたいと思う。カオティクルさんが鋭い読み手な奴と思ったのは、「三浦さん、この作品ってもしかして岩倉文也さんに影響されました?」と訊いてきた時だった。その通りだと答えたけれど、でもカオティクルさん、きみは岩倉文也さんのシリアルエクスペリメンツレインまでは見抜けたとして、シリアルエクスペリメンツレインが大好きだった文学極道創立者ダーザイン氏まではたどり着けなかっただろう。それでもきみは鋭い方だ。表層的にしか読めない現代詩トレンド野郎らは「これってゼンメツさんへのオマージュ?」的感想止まりなんだから。確かにゼンメツさんが私の中に登場したことは間違いなくあった。しかし、ゼンメツさんが私の中にあった「ダークサイド文学極道」を呼び覚ましたことが本作を書いた大きな理由の一つであると、直木賞受賞作家ぐらいに大きなドヤ顔で述べておきたい。ダークサイド文学極道とは一体何か。そもそものあの文学極道が発する磁場はなんだろうかと幾度となく私は思索してきた。手繰り寄せたいくつもの文極の歴史の断片。その中にレインはいた。ダーザインさんがあの場所に埋め込んだものは一つのプロトコルであり、それは言うまでもなく神として在ること。神とは何か。全能であるとは一体何か。私的な答えを言うとそれは怨念を享受し続けること。すべての怒りと悲しみと憎しみを受けとめ、それを換えてしまえる存在。それが神であり、文学極道に蓄積された怨念のアーカイブである。怨念が発する磁場に引き寄せられる狂気。そしてその狂気に魅了されたみうらくん。ネット詩に関わり過ぎ疲労感に苛まされていた私に憑いてしまった正体。それに落とし前を付けることをゼンメツさんが覚醒させてくれた。落とし前に必要なこと、それはハイデッガーの存在と時間の概念、それとレイン。 あるいは、カオティクルと出会ったということ。これも最初から必然としてあったことかもしれない。0の世界とはそういうことなのです。 僕を見つけてくれてありがとう。

ゼンメツゼンメツ (2018-10-07):

三浦さんコメントはいっちゃってるけど今回の作品はマジで良かったと思うから応援するね! 僕はもう貴音さんからの批評が読めないと思うとめちゃくちゃさみしいんだけど、しかし殿堂入りはスーパー名誉です! ありがとうございます!

みうら (2018-10-07):

ゼンメツさん!ありがとうございます!なんといいますか、コーリャさんってビーレビとかネット詩とかを象徴する若者(ちょっとこの表現は笑ってしまいますがw)のひとりだったと思っていて。で、一緒に運営やってても、あんまし簡単に声をかけられない空気があって。でもなんだろうか、ネット詩にはコーリャさんがいるという最後の砦的な存在だった。彼が不在になったことはショックな感じがあった。なぜだかゼンメツさんからも同じものを感じてた。だから、ゼンメツさんが現れたことはとても嬉しかった。できればビーレビだけでなく、文学極道も含めて、ゼンメツさんには長くネット詩にいて欲しいと思う。ありがとう。

カオティクルConverge!!貴音さんカオティクルConverge!!貴音さん (2018-10-08):

纏めてのお返事になりますが 私の選評をお読み下さりありがとうございます。 今後も非力ながら読ませていただき 創作力の糧になれたらと思います

穴秋一穴秋一 (2018-10-08):

わあー!入ってる!優良なんて免許証以来でしょうか。ありがとうございます。

なつめなつめ (2018-10-14):

貴音様、本当にありがとうございますm(_ _)m伝わって良かったな、と思いました。普段私は友達に作品を見せて感想もらって…という感じなんですけど、「感動した」って言われることに些細な生きがいを感じてます。私の作品を読んで感動してくれる方がいることがすごく嬉しいです(*¨*) ありがとうございました!!

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アソート Ⅰ   

なつめ 
作成日時 2018-10-01
コメント日時 2018-10-14

 

「青」 風船に乗って月へ行く。 見下ろせば 弧光灯の海月が 住処へと帰るところだった。 着なれた制服を脱いで 水面に放り込むと 優しさが 世界に満ちて ぶく ぶくと 彷徨い始めた。 それはそれは綺麗な放物線が 波と夜の隙間に浮かんでいる *** 「えびせん」 弓形にしなった背が 海をおんぶして そっと抓った肌が 赤みを帯びる。 君は、恥ずかしそうに サンダルを脱いだ 滲んだ太陽は 塩辛そうで なんだかぱりっ、と していた。 ** 「▼」 その日、たくさんの▼が降った 人々はとても喜んで 枕やらまな板やら 調味料なんかにして使った なんでも▼は縁起がいいらしい 街で有名なヤブ医者が ▼を使った手術をしたところ 無事成功し、▼を使った治療法が 一躍ブームになったという 数日後、たくさんの▲が降った 人々はがっかりしたように 家に引きこもってしまった 私だけが外に出て ▲達と鬼ごっこしている 拾った▲は 本の栞にしてみた * 「寝坊助」 どこまでも どこまでも 草を食む 羊の群れが 地平線へと滑って 虹のカケラになるのを あの画家は 数百年描き続けたという どこまでも どこまでも 美しい裏切りが 地下水になって流れている のを 君はリナリアみたいね、って 笑っていたけど どこまでも どこまでも 羊の群れは とくとく沈んでって ひたすら柔弱のまま 光の中に溶けてくってこと それはまだ君が 眠いだけ、ってこと ** 「雨」 晴れた日に 綺麗な種を蒔いたら むくむく育って 空を覆ってしまった 植物の先に 笑顔のオッサンが咲いて そいつらが 酷く泣くので 地上は 水浸しで困った 川が溢れたら 太平洋へ行こう ピーナツの船に乗って 滅亡したあいつらはほっといて *** 「ギフト」 虹の麓に 宝箱を見つけた 中身はかなり しょーもなかった しょーもなかったので 四つ葉のクローバーを添えて 思いきりなげた 引っかかったのは蜘蛛の巣だった 蜘蛛は やわっこいため息をついた後 みるみるうちに 上昇して 空の彼方に行ってしまった。


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なつめなつめ (2018-10-01):

皆様、おはようございます☀ 今月は雑感お休みします。とりあえず、投稿できて良かったです。 違うスタイルを模索中です。下手ですが、見守っていただけると幸いですm(_ _)m

まりも (2018-10-01):

アソート、色々な美味しさの詰め合わせをどうぞ、ということでしょうか。 最初の「青」、幻想的なムードの中で〈着なれた制服を脱いで/水面に放り込むと/優しさが 世界に満ちて〉という一節が光っていると思いました。住処へ帰る=本来の場所に戻る。魂が夜の夢想の狭間で、自由な素の姿に戻るのを、静かに見守っている書き手の意識を感じました。 ▼ も面白いですね。なんだかわからんもの、でも、天から恵与される、という方向性を含んでいるような視覚効果があります。 人々が▲の方向性を意識したとき、世界は(心は)貧しくなるのかもしれない。だからこそ、一緒に戯れる。栞にして記憶のひっかかりにしておく。そんな向き合いかたがよいのかもしれませんね。 〈どこまでも どこまでも 美しい裏切りが 地下水になって流れている のを〉のフレーズや、雨の冒頭の設定の面白さも印象に強く残りました。

ふじりゅう (2018-10-01):

拝見しました。 「アソート」の名の通り、様々なテーマの詩が盛り合わせられていて、そのどれもが違った方向の詩でもあって面白く感じました。 内容はひょっとして繋がっているのでしょうか?▲▼のパートが特に良いですね。実際何なのかはよく分かりませんが、異世界の出来事を見ているような気分になりました。

なつめなつめ (2018-10-01):

まりも様 コメントありがとうございます。 この文体は、作者の巧拙が顕著に現れやすい(自論です)ので、緊張しておりました。 初の試みです!こんなの1回書いてみたかったんです。誰もコメントしてくださらないだろうな、と思っていましたので、楽しんでいただけて幸いです。 実は、最近、とある方の詩と出会い、この方のような作品が書きたい、と思ったのです(*´v`)遠く及びませんが……。本当にありがとうございました!! すいません、ふじりゅう様、少しコメント遅れますが、ありがとうございます!また後ほど丁寧に返させていただきます。

なつめなつめ (2018-10-02):

ふじりゅう様 おはようございます☀ 楽しんでいただけて幸いです。これから色んな事に挑戦していけたら、と思います。▼は私も好きです。晴れときどきミートボールとか、好きなんで、なんか降ってこないかなぁ、って思いながら書きました。ありがとうございましたm(_ _)m

stereotype2085 (2018-10-06):

いつまでも僕自身でさえ明文化出来ていない「なつめさんらしさ」というものを期待するのも野暮なのですが、「えびせん」や「▼」になつめさんらしい遊び心が散見出来るような気がしました。一転、明らかに書き具合の違うのが冒頭の「青」であり、これは筆者様に芽生えた、技巧主義的な詩作品への関心から生まれたものなのかと、興味をとてもそそられました。もし筆者様により高いレベルを求めるなら、今の時点では「青」は頭に心と体がついていっていないとの印象を持ちました。俗に言う心技体が一体化した次のステージの「なつめ」さんも拝見したいです。失礼のあるコメかもしれませんが期待ゆえということで。

なつめなつめ (2018-10-14):

stereotype2085様 コメントありがとうございますm(_ _)m 「▼」と「えびせん」は特に楽しんで書いたようなきがします。「▼」は友達にも家族にも好評でした。 「青」は、そうです、一番凝りました(笑)でもやっぱり勢いで書いたものの方が自然なように思います。もっとたくさん書いて、いつか理想の詩がかけたらいいなと思います(✿︎´ ꒳ ` ) ありがとうございました(*¨*)

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