ひとひと - B-REVIEW
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きょこち(久遠恭子)

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きょこち(久遠恭子)

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きょこち(久遠恭子)

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きょこち(久遠恭子)

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ひとひと    

ひと、ヒト、ひとつ と 雨が降る 空の髪が死んで、雨となって抜け落ちる クウキは埃をあずけて くろぐろと澄んでいく 雨がフる アメが降るえては、経(ふ)る 空のながいながい時間を 甘くアつめて 空(から)の時間をやさしく、殺しながら いま目の前に落ちてある髪の毛は 空のものか自分のものか ただどこまでも鈍く 落ち続けてある その内側へと ヒト、ひとあし、ひとあしと 地下へと降りていく ふっていく 電車にノるために オカねヲモらうたメに けれど 雨の雫として空に、止まるために 目に、他のヒトは固定され結晶していく ように、ように、ミエる 階段を水がオちテイく 水が飲んでいく ひととみずは クベツがつかなくなって ウチがワへと 降ちていく、ボクハ わかるように、わからなくなり流ラ 降ち流ラ 留まりナガら 水にのまれている みずをのんでいる ひとひとつ、ひとり、ひとあし ひとひとひと


ひとひと ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 10
P V 数 : 860.1
お気に入り数: 0
投票数   : 0
ポイント数 : 0

作成日時 2017-11-13
コメント日時 2017-11-29
項目全期間(2024/02/27現在)投稿後10日間
叙情性00
前衛性00
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閲覧指数:860.1
2024/02/27 00時27分02秒現在
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    作品に書かれた推薦文

ひとひと コメントセクション

コメント数(10)
白島真
(2017-11-14)

初めて作品を拝読します。 ひと、ヒト、ひとつ    ↓ ヒト、ひとあし、ひとあしと    ↓ ひとひとつ、ひとり、ひとあし ひとひとひと これらの軽快なH音のリズムに挟むように構成された詩だと思いました。 途中のK音の反復もよく、リーディング向きの詩ではないでしょうか? 発声してみると心地良かったです。 途中のカタカナ表記も意味は不明ですが、発声してみると何か分かる気がします。 軽やかな詩句ではありますが、 出勤途上で溢れる群衆(ヒトヒトヒト)の中で 自己をみつめる孤独のような詩情を感じました。

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なかたつ
(2017-11-16)

 弓巠さんの作品を読んでいると、水のモチーフが多く使われていることに気づきます。  冒頭の「ひと、ヒト、ひとつ」というのは、「人」という読み替えができながらも、やはり、これらの音が修飾しているのは「雨が降る」のだから、「しとしと」降る雨の言葉足らずな感じだと捉えました。  雨が降る、のは、空の髪が死んだから、ので、クウキは埃をあずけて、くろぐろと澄んでいく、と、行間が論理的に「原因と結果」そして、その結果がまた原因となって別の結果をもたらすというように進行していきます。  雨が地上に降り、埃が舞い上がり、空気が黒ずむ、その様子を空の髪の毛が抜け落ちた様子だと言い換えており、ただ、「目の前に落ちてある髪の毛」が「空のものか自分のものか」という疑問の投げかけ。この疑問に答えは出ませんが、どこまでも鈍く、その内側へと落ち続けてあるという事実だけは淡々と在るのです。  第二連では、雨から人へと視点を変えるのですが、ここで弓巠さんが水にこだわる理由が何となくわかるような気がするのです。  人が地下へと降っていくのですが、「雨の雫として空に、止まるために/目に、他のヒトは固定され結晶していく」と。目に映る他者が、その人となりとして、堅い姿を纏っていますが、水はその姿を固定させることができません。  そして、冒頭の「ひと、ヒト」という音による仕掛けが必要だったのは、「ひととみずは/クベツがつかなくなって/ウチがワへと/降ちていく」というフレーズを導きだすためです。だからこそ、「人」という感じではなく、「ヒト」という音から導き出される雨とまさに「人」とを一体化させるために、こうした音が冒頭に用いられたのでしょう。人もまたその姿を止めないでいる存在であるということ。  時には「水にのまれ」、時には「みずをのんでいる」という、水と人の主従関係が流動的に入れ替わるということ。それこそが、「クベツがつかなくなって」ということなのでしょう。そのことにより、最終2行は、人が発する声でありながらも、自然がもたらす音が合わさった表現として捉えました。   (余談です。「万物は流転する」とか「行く川の水の流れは、絶えずして元の水にあらず」とか、「水と水が出会うところ」とか、そういう水に纏わるようなフレーズが僕は好きだったり)

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まりも
(2017-11-16)

空の髪が死んで、雨となって抜け落ちる なかなか不気味な表現ながら、木版浮世絵の雨の表現を思い出しました。 線描で雨を表す、これは意外に難しい発見というのか、発明であるようです。 しとしとふる雨、詩都市と死と・・・こんな言葉遊びのようなことを試して見ながら、予想外の詩面(しづら)に驚いたりする。これは絵を描くときに、実際に描きながら確かめていく感覚に似ているでしょうね。 ひらがなとカタカナの使い分けは、計算したものなのか、感覚的なものなのか・・・ 〈雨の雫として空に、止まるために 目に、他のヒトは固定され結晶していく〉ために、の め を受けての、音のつながりが、 目、という意味を持ち、その目に映る人々の像が〈固定され結晶していく〉不思議な空間。 しとしと、ではなく、ひと、と聞いた時から・・・ 冒頭の、髪が降る(神とも紙とも同じ音なのがおもしろいです)も含め、 自然現象が生身の肉体を持ち、自らの内外を流れるなにか、のようなイメージにも変容する。 水が流れ落ちているのを見ている内に、自分が流れ去っていくような、感覚の移動というのか、転化が生まれていく(感覚が外在化していく過程、のような)経過が面白いと思いました。

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ふかお
(2017-11-17)

カタカナの部分を、読み手が勝手に漢字をあててしまう。 雨がフる→ 雨が腐る 甘くアつめて→ 甘く唖つめて カタカナで書かれているので臭くない。 詩の内容も面白い。

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弓巠
(2017-11-22)

白島真さん 初めてお読みくださったということで、どうもありがとうございます。 リーディング向きの詩、ということですが、そう意識して書いていたわけではないのですが、言われてみて納得した感があります。この詩においては、雨粒の音を「ひとひと」と発音すること、それによって、「人」が連想する、ということが一つの主題にあります。こうした連想には、音の混同が大きなスイッチになっています。 つまり、白島さんがおっしゃったような、音の繰り返しが、この詩全体の主題を作っていると同時に、リズムを創出してもいるわけです。(カタカナを使った意図の一つに、意味を薄められた、音としての言葉の要素、というものもあります) 今まで、内在律のようなものは気にしてきたつもりなのですが、自ら声に出して、ということはあまりなかったので、これからそうした面にも注目してみようと思います。

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弓巠
(2017-11-27)

なかたつさん コメントありがとうございます。(IN言語のパフォーマンス、素晴らしかったです…! 直接お話しできたのも嬉しかったです) 水のモチーフが多く使われている、ということなのですが、自分でも自覚があります。もちろん、詩ごとに水の表れは違ってくるのですが、説明することで詩の詩らしさが削がれないように、短く言うと、僕は水に、「本物」を感じるのです。 さて、この詩についてですが、なかたつさんはかなり僕の意図をくみ取ってくださったように思います。やはり、水の音、雨の音を「ひと、ヒト」と発音すること、そこからこの詩は始まり、そして最後にまた「ひとひとひと」と言われる。なかたつさんがおっしゃったような「人」ではなく意味がより軽い「ひと」ないし「ヒト」であることがやはり大切で、意味を持つ言葉の、音としての要素を拡大していく、ということですね。また、これは僕が明確に意図したわけではなく、事後的に気付いたことなのですが、その際に、「ひとひと」が擬音語であるということは、この詩において重要な部分であると思います。 「人」という字を堅い姿を持った人であり、それが「他のヒトは固定され結晶していく」という言葉に繋げられたのは、見事な読解であると思います。(僕の当初の意図を増大させて読んでくださった、という感じですね) なかたつさんが人、と自然という言葉を使って最後の二行を読み解いてくださったのは非常に面白く、水としての人と雨の結合が、より普遍的なテーマに結びつくのを感じました。 (方丈記の冒頭は僕も大好きです。無常観を言っているのにも関わらず、どこか肉感的な水を感じられるのが好きですね)

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弓巠
(2017-11-27)

まりもさん コメントありがとうございます。 木版浮世絵の雨の表現を思い出したということ、気付きがありました。確かにつながるものを感じます。強い確信があるわけではないのですが、あの線には動きを感じる、と言いましょうか、雨粒の動きという時間的なものを、絵という空間的な芸術に写し取った、という感を受けます。 その点では、「ひとひと」という語の(この語の親である「しとしと」でもそうですが)、降ってくる雨の音の、動きを止めたまま、ある種包括的に言い直す、という性質はそうしたものに近いのかもしれません。 前に投稿した「なガれ」に続いて、この詩においてはひらがなや漢字を使うことで、意味を乱れさせる、連動させる、ということをしています。確かに、この「ひとひと」においては、「ひとひと」と発音された雨の音を、確かめていくという主題性があるように思います。それはまた、主題の深化でもあり、水と人との融和の流れでもあるように思います。 面白いと言っていただけて幸いです。感覚が外在化していく過程、ということですが、おそらく、それはこの詩における、内側へ落ちていくということに結びつく、と思っています。

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弓巠
(2017-11-27)

深尾貞一郎さん コメントありがとうございます。 カタカナの部分を読み手が想像してしまう、というのはこの詩の主題にも関わってくる部分ですね。意味がぼやけているが故に、さらに違う意味を重ねてしまう。音のレベルが同じ言葉というのは、意味が全く違ったとしても結びつくものだと僕は思っています。そうした意味のぼやけ方に、さらに文脈の力によって何かを繋げられたらいいな、というのもあります。あとは、そこにいかに実感を与えられるかで、そこが難しいところだな、と思っています。 詩の内容も面白い、と言っていただけて嬉しいです。

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コーリャ
(2017-11-27)

これはまさか雨語で書かれているんですか というレスが最初に思いつきました なんか水って漢字の語源はやたらホラーで氵とかも怖いみたいな じめじめした感じがありますね ふつうの言葉じゃない 雨語で書いてある

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弓巠
(2017-11-29)

コーリャさん コメントありがとうございます。 雨語、という言葉、非常に好きになりました。水や氵の成り立ちは、寡聞にして存じ上げないのですが(いずれゆっくり調べてみようと思います)、どことなく、水の系列の言葉には暗いイメージが内包されていますよね。人間に含まれているものであり、しかし徹底的に人間と違うものでもある、水にはそういう要素もあると思います。夜の海は、昼の海からは想像のつかないほど不気味な印象を与えますしね。 ふつうの言葉じゃない、と言っていただけたのは大変光栄です。

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