コーリャ

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バカがまた雑魚い詩を投稿しにきたよでもすぐ帰るこんどは本当だ 僕は12歳のころから海外にいたから日本語と接するのはだいたいネットがメインだった それがなかったら大変さみしい人生になっていたと思うし そしてやっぱりこんな人間になっていない だって母語は日本語で 日本語でこころはお話するのに みんなは英語でお話するんだから こうやってネットで日本語のやりとりをすることで 僕の日本語が培われた 僕のこころを育んでくれた 僕にとってネットは救いだった BRをお手伝いしようと思ったのは 12歳の僕みたいにどうしても現実と折り合いのつかないひとの救いになればなと思ったから もちろんこのサイトは文章のサイトだけど 僕達の人生は はじめからおわりまで人でできているんだと思うんだ 孤立がスタイルを作るってのはそうだろうけど それは人を拒絶しろってのとは全然違う むしろ自分は最初から孤立しているんだから どう他の人間と関わるか それと向き合うのがスタイルってことだと思う むしろ人を何かしらのやり方で愛さないとスタイルなんてできようがないんだ そうでなきゃ一文字だって書く動機がないんだ またバカなことを言ってる もう終わろう 僕はネット詩的にはとっくに終わったコンテンツでとにかく書くのがもう辛い それでもこんなバカみたいなことを色々言ったりやったりやらなかったりしてたのは とにかく僕が救われた場 みたいなものを勇気づけたいからだった そういえば天才詩人のはじめのやりとり(もう一年半前だ)で 僕はネット詩には絶望してるって話していた それがどうだろう いろいろいろいろあって こんなサイトになった たくさんの人が楽しんでくれている もしかしたら救われる人もでてくるかもしれない 僕はバカだった 絶望するやつはバカだ だからみんなどんどん信じて書いたらいいなって祈ります 僕もまたなんか書けそうになったら来るね さんきゅーびーれび ふぉーえばーびーれび  (さよなら、インターネット)

2018-02-15

これはなんだろう? とても不思議だ プラモデルという題は 掻き集めたらそれを元に組み立てた というところにかかるのかな? 最初の情景描写はまるで戯曲の設定の説明のようで 途中から光、藁、眼の話にほとんどシームレスに変化していく たとえば手紙を書いている途中から気が変わって日記を書き始めてみた みたいな不思議な構造 僕はこういうの好きです (プラモデル)

2018-02-01

方言ってずるい なんだか愛がある この前沖縄からきた兄ちゃんと会いました 彼はうちなんぐち(みたいな発音 琉球語の意味とのこと)しか沖縄では話さないらしくて 今では日本語(彼はそう言いました)も話せるけど ほんとうに心をこめて話すならうちなんぐちじゃないと みたいなことを言ってました エモーションが伝わらないらしいです じゃあそれで喋ってよって言ったら喋ってくれたんですがほんとうに何を言ってるかひとつも分からなかったです タイ語とかベトナム語とか中国語とかにきこえました これはちょっと極端だけど 方言はエモい 標準語はやっぱなんか平坦でクールですよね  これはエモい作品だ たぶん そうあとごめんぼくもなんかストーリーが読めなかったよ  (相対化する高校生の欠片)

2018-02-01

素敵な詩だ でもこれをJKに読ませて素敵だと思うんだろうか 文学好きなら素敵だと思うかもしれない すごく話はずれるんだけど もしかしたらここまで詩というエクリチュールの芸術のいちジャンルが 市井と乖離してしまうと その課題はどこまでその興味のない対象に接近できるかって問題にならないかな って考えてるんだよね でも他人に阿った詩なんてのはだいたいクソだ そういう限界的状況があると思うな たぶんポエムを作ることなんて人間のとても根源的な営為なのにね 僕は好きだよ この詩 とにかくそれが言いたかった  (literal)

2017-12-16

BRまじsage機能欲しい 返信おそくてごめんねこ (Stars)

2017-12-11

まりもさんってときどき占い師みたいですよね なんでそんなこと知ってるの?みたいな 僕真面目に読んだことあるのってみやけんとたにしゅんくらいなんですよね 宮沢賢治の詩集またよんでみよ しかし作品とてもお上手で感心しました さすが! 僕こういういかにも詩的なのって書けないんですよね どこか散文みたいになっちゃう しかるべきインプットいがいのものをインプットしてきたからかな? まあただセンスがないだけですね 笑 押忍次もがんばるっす (Stars)

2017-12-11

ありがとうございます 葉月さん なんか改めて読み返してみると着地がダサいんですよね 言い過ぎてる 関係ないけど人間が何かを理解するときってのは 星座を見つけるような感じなんじゃないかなって思うことがあります 星はもうみえてるんだけどそれはただ目に入ってるだけで ずっとそこにあるのに気づかない しかしある契機で点と点が灯って 像を結ぶ それが知性というファンクション 言葉のそれなんじゃないかなあって思います 馬鹿なんで考えるときに大変苦労します というかキチンと考えられないんですよね なにか契機みたいなものがないと (Stars)

2017-12-11

古くからのネッ友の黒髪さんにそんな風に言ってもらえてると大変励みになります! お互い清く正しくうつくしく生きたいものですね ありがとうございました (Stars)

2017-12-11

なるほど わたくし と 人をいくつか置換してみたほうが綺麗になることに気づきました 僕はいつもタイトルが下手なんですよね というか詩全般の技術がない? なんも思いつかないことばっかりですよ でもがんばります お読みくださってありがとうございました 仲程さん (Stars)

2017-12-11

そうですねえ 沙一さん 僕のなかでの詩情の深化が足りなかったのかなと思いました  即興で書くのに向くテーマとそうでないテーマがある そんな風に思いました みんなにみていただいてよかった ありがとうございます!! (Stars)

2017-12-11

その本読んでみたいなあ なんて本か教えてもらえないでしょうか? 引き算がんばります ありがとうございます ごろさん (Stars)

2017-12-11

三浦さんから宿題をもらった ポエム形式でかっこいい作品で書けとのこと がんばるね!! (Stars)

2017-12-11

弓巠さん すてきなレスありがとう イメージを形作る暴力性なるほど そうですね 言葉は無理矢理にクッキーを 星の形に あるいは兎の形にしてしまう型みたいなもんで テーブルに伸ばした世界そのままの生地を 僕たちの言葉は切り取ってでしか理解できません 人に供するとなればなおさらですね はじめて星座を 目にしたひとは どんなことを思ってその人差し指を伸ばして 夜空の点を結んだでしょう 僕はいわばそういう人間のプリミティブな気持ちを 詩という型で書いてみようとしているような気がします (Stars)

2017-12-11

そうなんだよね花緒さん。いいことを言ってくれた、ちょっとそこで迷ったんだよね。なんだろう書いてて戸惑ったていうか。俺はそんなもんばっかりだよ。clarityが足らないんだね。ありがとう。そのポイント考えてみるね。 (Stars)

2017-12-08

正直なご感想ありがとう。曖昧さかあ。なるほど。本当にそうですね。曖昧なものはたぶん何がしかの明るさ clarity の問題なんだろうな。もっとたくさんのひとに光をみせられるようにがんばります。押忍。 (Stars)

2017-12-08

すいません。本当に正直に言ってとちゅうからばーってスクロールしちゃいました。過剰の美学を感じました。あのー4chって知ってますか?あれは英語版2chみたいなもんで、いわばネットのひとびとが本当に好き勝手に言うんです。そこのネタで僕が一番好きなのは、韓国と日本が喧嘩するやつなんです。本当に過剰で本当に笑えるんです。ユーモラスなんですよね。過剰さの芸術はとても辛いと思うんです。演出的にならざるをえなくて、つまりいつも人の目を気にせざるを得なくなるからです。それはとても難しいことだと僕は思うんです。なんか変な感想で申し訳ないです。 (お子さん、SUNgです。)

2017-12-08

哲学と詩は兄弟みたいなもんだなって思いました。記述のジャンルの差異があるだけで本質的に同じようなことであると。しかしそのほんのちょっとの、HBとかBとかの、ほんの些細なことなりがこの世界のすべてだと思ったりするんですよ。 (Bの鉛筆)

2017-12-08

小器用すぎると思いました。技術がたくさんおありなんだろうと思います。だからこんな言い方になってしまってもうしわけないんですが、力点が分散していってしまってるような気が率直に言ってしました。すごくいいポエジーがあると思ったんです。でもちょっと途中でわからなくなってしまいました。もっと勇敢に作詩してほしいと思いました。言ってることが伝わるといいんですけど (東風)

2017-12-07

おもしろい。昔の漫画とかで作者自身がでてきて物語にコミットする方法があるけど、そんな感じやね。あれと同じようにメタっぽいあるいみ神っぽい存在の声が挿入されることによって、世界観を広げる的な?考えてみれば旧約とかもそんな構造なのかな、でもあれは神と人のストーリーだから、関係ないか。とにかく詩作の展開を学びたいひとには恰好の作品ですね、すげえたいしたことないことしか言ってないですが、 取り急ぎ思ったことをレスしてみました。 (詩のつくりかた)

2017-12-01

これブンゴクラジオで読んでたやつですよねきっと あのときは言葉のリズムが良いなあと思っていて でも記述されたものとしてもすごくいいですね というのも喋る言葉っていうのはどんどん流れていっちゃうので こう読んでるとその流れを恣意的にできるから自分のなかでも追っていきやすい 作品として品格と迫力みたいなものを感じました ただ朗読のときには思わなかった感想なんですけど ほんとに正直な感想なんですけど ちょっと長いなと思いました それは二回目だったからかもわかんないですけど そして僕が朗読のほうをさきにきいてしまったかもわからないです そしたら僕ががんがん勝手なことを言ってることもありえます すいませんでも100%熟練の方なので正直に感想かいてみました (古代そして意識の地層は)

2017-11-27

おっこれは自然系ですね さいきんじゃめずらしいタイプ 僕もゆうなんぎいが方言なのか 古い歌の感じなのかぜんぜんわからなかったですけど 白島さんのレスをみてそうだったんだーと思いました(無学 風をじっと聴くってことはもうほとんど都会に住んでるひとはしないことですよね やっぱり広くないとそんなことはできないし 昔のひとはわりかしそういうとこに住んでたので(当たり前 それはそれですばらしい詩を書きますよね 自然はすごくて美しいですもんね (ゆうなんぎい)

2017-11-27

すごーく(とくに二文字、になるとことか)痛々しくて怖いんだけど最後の最後で虹ってワードがでてきていっきにポジのほうにスイングしますね よっこのポエム上手 その娘が虹色の布たちに包まれながら走っていくようなエンディングだといいと思いました (パッチワークライフ)

2017-11-27

仲程さん レスありがとうございます なんとなくちょっとミステリーっぽくなってしまったのは なんでか知らないですけどなってしまいました もともと友達が 墓参りに行くだけのお話があったらちょうかっこいいよな って話をしててそれかっこいいかもね と思って 書いてみました 次は更におもしろいのが書きたいです そうやってがんばります お互いがんばりましょう (広くて静かで誰もいない)

2017-11-27

cotonoさん感想ありがとうございます うれしいです レスを読んで思い出したムービーのシーンがありますので ようつべのURL貼っておきます https://youtu.be/Bf-tXF6HtK4 知ってますかこれ なんか好きなんですよね (広くて静かで誰もいない)

2017-11-27

こんど通話しましょうなかたつさん とかぜんぜん何を言いたいかわからずに書き始めるけど 俺はさいきん運ってことをよく考えてるんですよ そんなのはないってわりかし西洋のひとは重要視しないんですよね 運を良くするためにはどうすればいいのか っていうことを真剣に考えてるんですよ あるかどうかわからないものなんですけどね 俺の結論は運を良くするためには日頃の行いを良くする これです 常識か!みたいなツッコミがきこえてきそうなんですけど やっぱなんか心をクリーンにしとくのが重要なんですよね なんかその人はちょっとハッピーでなきゃいけないと思うんですよね なぜならなんにもやましいことがないから みたいな うまく言えないんですけど 愛のあるレスありがとうございました  (広くて静かで誰もいない)

2017-11-27

すごく美しい描写ですね まりもさん ありがとうございます 自分でも書いてて気づかなかったんですけど 本当ですね 川が流れて海にいたる さいきんつながりの強かった親類を亡くしたんですよね そのとき俺は神学を立てました 自分だけのです 人の体が滅んでも 魂はある そんな人が聞いたら笑ってしまうような神学です でも俺はまじめにそれを信じてます 書くことはときどきヒーリングでもありますね 言葉ならいくらでも美しくできるんだから (広くて静かで誰もいない)

2017-11-27

花緒さんの長いレス読みたかったなあ コメントありがとうござんす 次も頑張って書いて感想もらいたいっす 押忍 (広くて静かで誰もいない)

2017-11-27

まじで良い話 ほんとにあったんだろうなあ かっこいい というのもこの文章を書いてるひとはちっとも自分の(その当時の)レイシズムについて包み隠さず書いてある こういうのが本当の実感の記述ってものだと思う 誰でもないこの私にしか言えないような記述は本当に正直ですよ いいやつとわるいやつなんてどの人種にもいる なんてことをいまの国際情勢はまともに言えないような風になっちゃってますよね 言葉は決裂ににていて つまり言葉ってのは人と人のつながりの、社会の基本で それがうまく使えないとか全然わからないというのはいわばその社会から捨てられているようなもので それも高速道路で 危険をおかしてまで手を差し出してくれるのは黒人の兄ちゃん 人種差別するひとたちはその差別の対象への無知から来ています あるいはシンパシーのなさとでも言いましょうか わからなさから来ているんですよね そのわからない結果がOKだった それだけのことなんですけど その時の気持ちはまさにドラマだったろうなあ そういう風に思う文章でした  ( 出口まで39キロ~南仏紀行)

2017-11-27

これはまさか雨語で書かれているんですか というレスが最初に思いつきました なんか水って漢字の語源はやたらホラーで氵とかも怖いみたいな じめじめした感じがありますね ふつうの言葉じゃない 雨語で書いてある (ひとひと)

2017-11-27

これはレス読んでかくけど まりもさんすごく良いレス さすがビーレビの母 そしてなるほど そういうのもあるのか でもねあえて俺は反対したいな あえてと言うか これはこれで僕は満足しちゃいました 同じ語句をリフレインするのは たしかに音的なこともあるんですが やっぱり言葉なんでその内容 論理の意味でも変わってくるんですよね うまく言えないんですけど これはたしかに記述としてはただの待合室の描写(ただ描写としても上手いというかすごいと思う 滑走とおっしゃった部分視線の話しかしてないですもんね 映画の台本みたい)なんですけど それらの描写を全部取っちゃうと けっきょくこの話者は物語と戯れている 本を読んでいることだけが残ります ストーリーというのはものごとのはじまりとどうしてそうなったかのおわりで出来ています 時間経過なんですよね 数十年後のお話のことだと思ったんです (待合室)

2017-11-27

レス欄を読まずに書くけどEDM的な構造なのかな? 花緒さんだともっとよく知ってるだろうからもっとこういうジャンル的なたとえは正確だろうけど 構造を真っ二つで割っちゃうかんじ 前半と違うリフっぽい感じの構造をもってきて踊らすみたいな これが歌なら 繰り返すんだろうな だから一番でお終い 花緒さんこんどこれ朗読してくださいよ ぜったい超疲れる っていうか狂うね そういうことが書かれてる そういう作品だと思います (国語の授業)

2017-11-27

ぜんぜん数学を勉強したことがない無学な男だから 無限級数も アーベル総和可能も 代n部分(とでも書くのかな?)も 俺にはぜんぜん分からないんだけど くつずりさんみたいに何か好きです メモを手に自転車に乗って買い物にいくみたいだけど(ピュレグミを買わなきゃと思ってメモすることなんてあんまない気もするけど)夢のくさむらだとか 夢はまだ続きますかとか彼方の声から電話で尋ねられたりして たとえば星座ってあるじゃないすか あれを絵でなく 言葉で表現しようとおもうと ハマル星からシュタラン星を直線でむすぶと これは角になって とかってかなり言葉は不便ですよね それは言葉に序列があるからなんですよね だから一度にくさむらにたつ夢だとかそれを彼方の声に電話越しに自転車にのってピュレグミを買いにいくということはすべて同時に起こっているのに 言葉は順を追ってでしか何かを伝えることはできない ぜんぶそこにあるのに原理的に言葉じゃつたえられないということ 星座は言葉じゃうまく伝えられない そういう世界の同時性みたいなものを読んでて感じました かってに感じてるだけかもわかんないけどね 笑 (memo)

2017-11-27

やばい。ちょうかっこいい。上手ですね。きっと慣れてらっしゃるんだと思います。技術があるんだと思うんですよね。単語それぞれはいかにも詩的できっとバランスを崩せば全部ださくなっちゃうんだろうけど、その人だけしか説明できない手練手管といったらおかしいけど、そういう技術があるから、このじつに澄明な情感がでるんだと思うんです。それを僕は説明できません。でもやばい。ちょうかっこいい。 (ゆくえ)

2017-10-11

書けるかただと思ってるのですこし忌憚のないところを言わせていただくと、この作品はすこし散らかってしまっていると思いました。力点が多すぎてフックとなるような情感が分散しているというか。なんとなく全体としての印象を思い返すときにうまく立ち上がってこないというか。もちろん僕がそういう見た目の良い物に貪欲なということもありますが。言わんとすることわかってくれると思います。もちろんただ僕が読めてないという可能性もあります。ただ一連目の上下のシーンの動きとか、湯煙さんらしい(こんな定義もインチキでしょうが)良さがあると思いました。素直な感想を書かせていただきました余計なことでしたら捨て置いてください。 (pulitzer)

2017-10-10

構築的な作品ですね。ひらがなのパートとカタカナのパートが対句のようになっていて、じつはその真逆のことを表現している。その世界のわからなさの感覚が巧みに表現されていると思いました。独り言、というのは不思議なことで、自分との対話ということなら、なにも話してみなくてもいいようなところを発話してみる。そんなアンビバレントなところが人はあると思います。人と世界が対立するようでいながら、同調しているようでもあるからです。言葉はあまりにも正反対なことはとても言及できません。でもそれを敢えて言ってみようとする。それは詩的なことだと思います。 (ひとりゴツ)

2017-10-10

内藤さんすてきなお名前ですね。この作品はとても不思議な感触です。ミニマルな構成で素晴らしいと思いました。題名にきちんと集約する、何か足しても、何か引いても、損なってしまうような、デリケートな魅力があると思います。なんだかとても日本文学的な、淡い美学のようなものを感じました。 (僕もあなたも何のために生まれたのか)

2017-10-08

やばいなあ。ダークな詩ですね。フィクションなことを祈るばかりですが、僕の読み方だと、最初の夢の怪物が、最後のほうで父なる存在と重なり、父から殺される始まりから、父を殺したいという最後まで、一貫した論理があります。筆致もなかなか味がありますね。お念仏のあたりとかいかにもおどろおどろしい効果があるように思いました。漢字ってのはだいたいなんだか呪術的な感じを僕はいつも受けます。これぞホラーって感じの作品でした。 (逆光)

2017-10-08

昔のことなんだけど。たぶんそうだな20年は経たないくらいだけど。日本語補習校ってのが、あったんだよね。毎週土曜日のいち日。キッズの親たちと日本の政府から金を取って、一応の文部科学省の取り決めに基づいたプログラムを汲んで、つまり日本の小学校だとか中学校だとかの日本の子女に向けて、主にこっちに来てる間に、例えば三菱だとかブリジストンだとかの日系企業の転勤族の子どもたちが、日本の教育に置いていかえれないようにする教育機関があったんだ。同じクラスにさ、といっても一つ年上だったんだけど、アングロサクソンの姉ちゃんがいたんだよ。見た目はふつうの金髪の青目なんだよね。その姉ちゃんがすげえ日本語上手いんだよ。なんでかっていうと彼女はさっきの説明の逆パターンなんだ。親の仕事の関係で日本で育ったんだよ。要はさ、日本語がわかりゃよかったんだよねその学校は。だから俺みたいな全然事情の違うやつも通ってたんだけど。それでその姉ちゃんがさ、ある日突然、丸坊主になって来たんだよね。え、どうしたのってなるわけじゃん。なんかガンのひとを応援するドーネーションに参加したとかで、丸坊主なんですよ。なんかさ、このひと絶望してんじゃないかなと思ったんだよね。なんかサッパリしたい。贖罪だよね。 全然関係ないんだけどさ、「声の汚い女ほどカワイイ」っていう俺のトモダチの名言を知ってますか?彼は渋谷のセンター街育ちの金持ちのボンボンで、出会い系の最全盛期にそれはもうパーティオールナイトエブリナイトゴーゴーだったわけです。IWGPとかの時代です。彼は出会った人数は数百でしょう。彼の名言です。セリフ。言葉。声。ってのはさ。エクスターナルなんだよね。俺達のエクステンション。拡張。外に向かう力なんだ。で、それがどんな契機に起こるかと言うと、内に込められたものが、外に向かう時だよね。これは最初から矛盾してるというか、相反する作用なんだよね。ときどきさ、世界は波みたいなものだと思うんだ。これはきっと、言葉っていうものが、そもそも二元的なものだからだと思うんだ。例えばさ、言葉はさ、これは時間があることと一緒だと思うんだけど、序列があるじゃない?AからBを通過しCに到達する。その左から右へのフローだよね。方向性がある。ということはさ、AとBの違いは同時には言い表せないじゃないか。そのアンビバレンツな感じがさ、波みたいだ、と思うんだよね。 言葉なんてさ、自己紹介だよね。自分のフローを表してみせる、そんなもんにしか思えないよ。説明。言い訳だよね。あの姉ちゃんが、え、なんで坊主にしちゃったの?って聞かれるたびに、世界に、エクステンドしたものだよね。そういえばさ、その頃、あの娘が英語で俳句を作って賞を取ったって言ってたんだ。なんだか朝だか窓だか光だかの句で、よく俺みたいなものにはわからなかったけど、たぶんさ、良い詩ってのはさ、最初にはなにがなんだかわからないと思うんだ。この詩もなにがなんだかわからんよそれは。たぶんこのよはぜんぶなにがなんだかわからんのだよ。波なのだよ。自殺したいやつはさ、本当はもう一度やり直したい、全部リセットしたいやつなんだって、心理学じゃ言うやね。生き直したい。もう一度新しく生きたい。これは生の執着に他ならないよな。ほらここでもアンビバレンツなんだ。言葉ってのは、いっつもどこか矛盾してるんだよな。イエスとノーの間を。明闇を。なにがなんだかフローしていくだけだ。ってことはさ、人間の知性ってのは、生きる心の実感の集積っていうのは、つまり経験ってものはさ、みんなそんなもんなのかもしれないよな。 (屍)

2017-05-22

YはKへ箱を遺していた。Kはその箱の鍵をもっていなかった。Kは何がはいってるのだろうと訝しんだ。YはKに何も言わなかった。理由も存在意義も伝えずに、Yはある晴れた日、ビルの屋上から、逝った。 屋久島、北海道……。かつてYと一緒に旅行した場所。そこにKは遺品を携えて一人で訪った。今のKと同じようにYはどこに行っても満たされなかったのだろうか。KはYの笑顔を思い出した。あいつはもう隣にいない。心が抉れた。 遺されたのは開かない箱だけ。いろいろな分からないことがばかりあって、Kは怒った。そして箱を床に叩きつけた。すると蓋が開いた。なかにはくしゃくしゃの紙切れ。あいつの字で「希望」と書かれていた。そのときKはわかった。たったひとつだけわかった。YはKにその箱を開けてほしかったのだった。ほかのことはわからないが、YはKに、こんな「希望」を遺したかったのだ。 (『鍵のない箱』)

2017-04-12

わからないよ。海の広さは。砂を入れて。ああまだ生きてるなあって。海風が心の縛めを解いていき、ああいつまでも生きたいなあって。それでも君は。 一人で旅に出た君。君はもう物言わず、決して消えない。時折、振り返るとふっと歌声が聞こえてくるような気がする。ふっと表情を思い出して君の心を考える。でも問は届かない。海と空と青と広大だけが向こうへとたどり着くだろう。 だから、海の広さは。わからないよ。って一つだけわかること。海は美しい波と時で、繰り返し連鎖される永遠の命イメージで、問の届かぬほど遠い彼岸まで続いている。そこに生きているかのようにも思える君はいるだろうか。しかし答えはない。あるのは君の歌声、君の表情。そんなものに、助けられたり、咎められたりしてる。僕も救われるんだろうか?ある新しい神の夕に薪がカタリと音をたて。人が全て向かう心……。わからない問ばかりの僕の前には、わかりようのない広さの海が、愛のように繰り返されている。 (海)

2017-03-23

 薔薇の下から少女の声がしている。薔薇の下には私しか知らないものが埋まっている。私が幼い時に埋めた人形が埋まっている。少女の声は私にしか届かない。ある霧雨の日。 言葉にならない激しい怒りが沸き上がり、薔薇の下を掘り返した。私は言葉をださずに、激しくうたったのだ。土の下に埋められた人形と相対するために。  薔薇の下をほじくり返していると、気づいた。この、爪の間に挟まった、汚泥、これが、私だ。私が、あの少女の時だったころ、私はこうではなかった。私は成長した。私は泥に成長した。少女は土の下で、どうなっているか。私のような泥になっているか。あるいは薔薇の根にがんじがらめにされているか。私は穴を掘るのをやめた。  悲鳴のような少女の唄声が、泥を埋め直すと収まり、子守唄のようになった。少女は、あどけなく、今の私の泥は知らずに、その下に埋められていて、少女の特権として、その気分次第の唄をうたう。咲くと歓喜の唄声が、散れば悲しみ嘆く唄声が。女になる前、少女だったころ、大切にしていた人形が唄うのをやめない。しかし、私はそれをやめさせることをやめた。私は、いつまでも、雨がやまない庭の片隅に、しゃがみこんでいた。 (「薔薇の下」)

2017-03-22

血は人のからだを伝う。道は街を伝い、人は道を伝う。人のからだには血が伝う。どくどくと、どくどくと。あの音、声がきこえる。すぐ、あとになってしまう。生まれ続け、死に続けるようだ。エンディングにも、はじまりにもならない。どくどくと、あの声がする。歩く。歩く。歩く。夜のショーウィンドウは鏡のように孤独を証明してみせる。ストーリーテラーの医者が権威をもって告げた、その言葉が聞きたかった。そんなものよりも乾いた音が欲しかった。乾いた跡をいま、声が追っていく。からだにはどくどくと、血が流れる。道を流れる血があるから、まだ生きている。からだの中で脈打っている声があるから、まだ生きている。からだの外にでたとしても、すぐ、あとになってしまう、声。 (あの夜の街で)

2017-03-14

花緒さんへ はろ、花さん。なんかひさしぶりっす、元気です?的確なコメントありがとう。皆 似たようなふうに思ってくれてるとおもいます。なんとなく最近、才能の枯渇ということを考えます。気づけば、僕も立派なアラサー。勢いと若さというポエジーだけでやってきた僕の詩作も、ここにきてだいぶ、まずくなってます。詩にたいする発想が貧しくなって、瞬発力みたいのが徐々になくなってきてる。高く飛べない。ミューズがなかなか降りてこない。現代詩フォーラムの最初の投稿が2009年の日付で、それでも8年、だいたい10年くらいネット詩に出入りして、自分の才能のなさを確認する。馬鹿のやることです。笑ってください。そうそうexpressという言葉はひねり出すって意味ですね。レモンをサワーにいれるために、押しつぶす。そんな感じのことだって、ブンゴクに、コラムがあって、あれかっこいいコラムなんでお暇なときにぜひ。もう実がないですよ、僕は。すくなくともちょっとチャージしなきゃ。才能の枯渇というけれど、そもそも才能なんてものがあったのか、はかりようのないことですけどもね。才能と意欲は比例します。というか意欲がなければ才能も体現されない。もし才能が技術レベルで還元できる要素で成り立っているサムシングなら、基本的にそれは枯渇しません。忘れるかもしれないけど、そしたら思い出すだけです。枯渇するのは、意欲ですね。ううむ。むしろ才能ってのは、意欲の問題なのかもしれないです。なにを、どう意欲するか。じぶんの心をどう動かし、コントロールし、目的に向かわせるか、その手際の問題。ううむう。しかしね、花さん、はっきり言って、あなたセンスあるひとです。あなたというひとは賢くてなんでもこなす、じつは良い子のがんばり屋さんですが、とにかくあなたの詩、なぞったり、牛くんだったり、に僕は惹かれました。傑作をうみだしてくれ。僕をぶっ飛ばしてくれ。これは僕の誤解かもしれないけど、それがメディアを作るということです✿ (呪文)

2017-03-14

まりもさんへ 単調で、冗長で、こんなのは馬鹿の書くもんですねえ、まりもさん。困惑させてもうしわけない。長いってのは、マイナスポイントですね、忙しい現代資本主義の社会では。時間のコストがかかりますから。エフィシェントでない。効率を考えなければならない。本をすすめるときに、あまりドストエフスキーの長編は向かないです。それよりは、夏目漱石の短編集だとかの薄い本をすすめます。そもそも読書をしたいという気持ちを応援するためにおすすめをするんですから、ぜんぜん読めないものをおすすめしても意味がない。エフィシエントではないわけです。文学やアートはそういう人間の常識をおし拡げるために、敢えてその逆を行くことがあります。しかしそれもエフィシエントでなくては成功しない。それは社会体制や文化などを依りどころとしない、原始的でユニバーサルな定めです。そのエフィシェンシーを敢えて美と呼んでも差し支えないかもしれない。僕らは各々の差異のなかで、常識からすこし偏差した必然性をもって生きています。アートは、それを伝え、世界に積みかさねること。ただひとえに美をもって、ありがとう、精進します。 (呪文)

2017-03-14

鈴木海飛さんへ ありがとう、海飛さん。僕はすこし永劫回帰みたいなものを信じてるんです。なんだろう、魂みたいなものをです。肉体と精神が平行しているなら。僕らは肉体かぎりの存在です。でも僕らってそうとは思えない不思議な経験というか、実感をもって生きてます。幽霊とかは見たことないんですけど、とても不思議な夢をみたりすることがあります。そんなのってみんな経験していることなんだろうと思います。そんな不条理にも不思議にも感じられる経験が心に降り積もって、ひとに詩をかかせるんだと思うんですよね。ひとが、詩を書くとき自動的なときがあります。それはあたかもそのひとの心が「自ずと」世界に表出されてしまうときです。詩人の手腕はその表現に方向性をつけること、体裁をととのえること。そしてなにより詩人にふさわしい心を保つこと。根性論みたいですが、そんなふうに考えています。詩を書きたかったらまず真剣に生きること、そんなふうに。 (呪文)

2017-03-14

もとこさんへ 音楽もそういえば魔術的ですよね。ある種の音楽は言葉以上に人間を説得してしまう。まるで魔法です。踊りや音楽、そして歌。どれも原始的のものですね。なにか根源が似たものなんだと思います。ゴウゾウヨシマツにほめられた詩とか偉いもんですね!まだ残ってたら後学のために投稿していただけませんか。読んでみたいっす。しかしその曲いま聴いてるんですけどスゴいですね。なんだか壮大。聴き続けてみます。素敵な曲まで紹介してくれてありがとうございます。ぷりーずはぶふぁん。 (呪文)

2017-03-14

Migikataさんへ 眠り。僕らは朝起きる。薄暗がりを通り抜けて、おはよう、世界。光。眠ることは、少しだけ、死ぬこと、だって、ロンググッドバイで出てきましたね。僕らはいつ死ぬかわからないですよね。そしたらどれだけ僕らは生きるのかわからないわけですね。朝が来て、夜が来て。たくさんの朝が来て、夜が来て。過去が来て、今が来て、未来が来て。たくさんの眠りがあって、たくさんの少しだけの死がある。そしてそれだけの生がある。生きるってのは何でしょうねえ、右肩さん。なんだか僕らずいぶん大人になってしまったと思いませんか?それでも、ぜんぜん僕はわからないですよ。キッズのように、わかりません。とりあえず、死ぬまでずんずん生きてみないとわからないんでしょうね。ただ、最近、今やるべきことはなにかっていうのは随分明確になりました。というより、今やるべきことに心を向けるべきだということに気づきました。今、やるべきこと、やってきましょう。ありがとう。右肩さん、どのコメントも面白いです。どんどん書いてさしあげてください。 (呪文)

2017-03-14

中田満帆さん 中田さん。ありがとう。下手な詩ですよね。いろいろ過剰になってしまったんでしょうね。こう中庸を徳として生きたいと心底思って生きているんですが、それを真剣に思ってしまうような人間はそもそも、それが決定的に足りないからなんだと思います。目指さないよりましですね。お目汚しでございました。確かに機械的な形式にそらしすぎた感じがあります。読みにくいし長いという 笑 しかし何故かこうしようと思ったんですね。そういう意趣をもった。技術ってあるじゃないですか。それは意趣に奉仕すべきであって、その逆ではない。そんな風に最近思っています。そしたらなんだか、だんだん詩が書けなくなってきたので、詩なんてやめちまおうかと、思っています。意趣がさ、たぶん終わってるんだよね。まあ毎回そんな感じですけどね。関係ないけど、インタビューすごく面白かったですよ。 (呪文)

2017-03-14

ピンクパーカーさんへ これは永遠に寿命がのびる呪文です。みんな果てには光になるのです。そういう宗教を始めました。嘘です。こんにちは!ピンクパーカーさん。奇抜な名前ですね。僕の住む街アデレードでは、ピンクのパーカーは、週末の夜、タクシーが行き交う車道を信号無視で渡る、すらっとした黒人のあんちゃん、そういう相場に決まっています。色入りのサングラスがキラッとしたりして。さて、言葉って呪文みたいなもんじゃないかなって思うときがあります。人はこころをのせて言葉を使います。こころはドラクエでいうところのMP(マジックポイント)ですね。イオより強い魔法、イオナズンはより激しくMPを消費します。サンダガはサンダラよりも激しくMPを消費します。RPGをご存知なかったらたいへん恐縮な例えなんですが、そもそも言葉はすべてなにかの説得のために発せられる、と言語学は申します。つまりこんにちは、という挨拶にすらも、やあ、君、そこに存在しておるな、ということを伝えたい、という説得の意図があります。もし、すべての僕らの言葉が説得なら、それは世界に魔法をおこしてるのと同じなんじゃないかな。偉い人が、ここに天を衝くビルを建てたまえ、と言葉を発せば、鈴を渡した縄のように、こころをのせた言葉が伝わっていき、そこに、高層ビルが建つ。もっともそれはMPというより、マネーポイントでしょうが。関係ないけど、ハリーポッターってすごく素敵ですよね。ちょっとしか見たことないんですけど、ほら、ホームの柱に吸い込まれちゃうかんじとか、帽子が組分けしてみんなでワーみたいな。あれをそのまま描写しても詩になると思います。スペルも素敵です。やっぱちょっとラテン語っぽいんだよな。コメントありがとうございました。エクストラブリトレス!(永遠に生きる魔法) (呪文)

2017-03-14

妻は出掛けている。私は家にいる。ひとつの襖をへだてて、全身が3mくらいあるカマドウマが居間にいる。触覚をカサコソ動かしている。 その間。妻は歩道を歩いている。妻はお茶を飲んでいる。妻は、ポスターをながめたり、児童公園で休み、スーパーでピーマンを買い、駅前でインタビューをうけ、自転車に乗って病院を通り抜け、桃の缶詰に指で穴を空けながらお隣の奥さんと世間話をし、牛乳配達に挨拶をしようとして天地を正反対にし、銀行の整理券を発行しながら雑誌と頭をすげ替えられている。 その間、私たちは待っている。カマドウマはかさそこと音をたてるが、それいがいは静かに、その黒い瞳で部屋を無感情に見つめている。ひとつは妻のため、もうひとつは私のために伸べられた布団に、黒電話を置いて、私は座っている。黒電話は黒い瞳で部屋を無表情に見つめている。カサコソ、下品な音がきこえる。あぐらでいたら足もしびれてきたし、ひとりではパンも焼けない。お茶も沸かせない。電話もならない。カサコソ。カマドウマの触覚が、祖先の写真を動かす。そして、妻は、公民館でバレーをしている、小学校で懇談会に参加している、横断歩道の白線にぶら下がり運動している、軽自動車のシフトレバーをいじってるうちにビルの上に運ばれる。 私は妻のほうの布団を見る。サザエさんにでてくるような市松模様の掛け布団がのべられている。カマドウマが音を立てる。私は座っている。妻は帰ってこない。私たちは妻を待っている。 (妻の夫)

2017-03-03

こんにちは、コーリャです。 第1回 B-REVIEW杯 みなさんご参加ありがとうございました! つきましては、第1回であつまった作品のキュレーションの流れを、ご挨拶を兼ねて録音したのできいていただけたら幸いです。 https://drive.google.com/open?id=0By5ApAaED3A5YzVEazNnNHF6dDA 第1回が始まったこの一ヶ月間、想像以上の賑わいで、多くのすぐれた作品や、実のある対話が実現しています。 みなさんのご参加のおかげで、これだけ豊かな場所が作られたことを、スタートアップのメンバーの1人としてたいへん嬉しく思います。 そして 第2回 B-REVIEW杯 もう始まってます! 今回も一ヶ月間、おひとり様2作品まで投稿していただけます。 傑作、待ってます。 豊かなコラボレーション、待ってます。 そしてあなたの詩が、言葉が、あなた自身の世界を突破するような瞬間、待ってます。 そういうもののためにB-REVIEWはあります。 ぜひ奮ってご参加ください :) (<<発起人からの告知/連絡>>)

2017-03-01

藁の家、父、おとうさん、あなたは、たとえば夜の岸辺を指さして、死んだらなにもないと言い、病室をおとなえば、よくきてくださったと、まるで私を忘れてしまったように言った。鼻づらにぴったりと夜がはりついている、と言っても、不機嫌そうに飯を食べるだけだった。幼い頃から、あなたを見るといつも不安でした。ふいに死んで見せる、大きな背中の父。 墓参りは真冬。すべてはばらばらになるのに、石の十字架を鉄にかえるような。そして、記憶のあなたそっくりなような。父、おとうさん、あなたは、藁の家でした。ばらばらになってしまったものがあり、そしてまだばらばらにならないものがある、この世界で、私もいつかばらばらになる。墓はばらばらにならずに鉄になった。あなたは、ばらばらになってしまった。でも、あなたの記憶や、魂は、ばらばらにならず、私のなかにある。まるで真冬の冷たい鉄のように。この世はたくさんの藁の家であふれている。全てはばらばらになろうとする。それでもばらばらにならないものもある。そんなものを背負いながら男は生きる。 (藁の家)

2017-02-26

踝まで水に浸かってしまったし、巨人は自警団と街を闊歩する。(家をなぎ倒さないような細心をはらって)死んだ友達が空中に宙吊りになっている。言葉を共有する人間たちが解体されていく。世界が洪水していく。それでも世界は終わらないそうだ。空が端から端までばりばりと引き裂かれ、その亀裂に向かって滝が逆しまに昇る。向こう側はなにがあるんだろう?そういうものがないということはいえない。そうとしか言いようがない。僕はそれをただ見ている。 文化、文明とは字のごとく、言葉から始まった。言葉はコードで、意味をやり取りするものだ。この世界はたくさんの約束でできていて、それを律するのは、礼、常識、ルールとか呼ばれる、意味あるなにかである。世界は言葉でできている。言葉の共用が世界を成している。たとえば魂をみせてみろ。と言われても、それを取り出してみせることができないように、それが三角なのか四角なのかわからないように、共用の意味、コードはその想像力にしかない。世界は言葉でできている。言葉は想像でできている。世界は幻想でできている。なら、幻想のそとには、何があるか。 意味を、言葉を共有する群れの離散は続く。僕は感情を失いながら叫んでいた。すべて幻想だ!声はさまざまな音にかききえ。ひょっとしたら最初から発話すらされず、幻聴としてきこえただけかもしれない。ああ、世界が、世界のこちら側が、幻想のこちら側が、瓦礫になって流れていく。意味は全部ほどけていく。全部あちら側に流れていく。隣の女が無表情にいう。これって世界の終わりかな?巨人は言う。とても信じられないかもしれないが世界は終わらない。ただ人が死ぬだけだ。ただ、何十万ものひとびとが、幻想のなか、生き、死んでいくだけなのだ。僕はただそれを見ている。 (この世は終らないそうだ)

2017-02-26

アタシは生まれた朝を思い出す夏も、自殺する夜を思い浮かべる冬も嫌いだった。勝者と敗者は水のように混じらない。誰かの幸福があるのは、誰かの不幸があるから。神が老い力尽き、そのかわりに荒野で娼婦が老いた赤子を産む。彼らはアタシの脳を撹拌するから、コンパスだけをたよりに白夜の通学路をさ迷う。真理は薄情にも隠されている。電話を切ってくれない。窓の向こうには世界の終わりが待っているのに。 AがありBがある。AはAのみでA足りうるわけではなく、Bとの関係性において、Aが定義される。AはBのリフレクションなのだ。世界があり私がある。世界は世界のみで世界足りうるわけではなく、私との関係性において、世界が定義される。 窓の向こうには世界の終わりが待っているのに。電話を切ってくれない。真理は薄情にも隠されている。彼らはアタシの脳を撹拌するから、コンパスだけをたよりに白夜の通学路をさ迷う。神が老い力尽き、そのかわりに荒野で娼婦が老いた赤子を産む。誰かの幸福があるのは、誰かの不幸があるから。勝者と敗者は水のように混じらない。アタシは生まれた朝を思い出す夏も、自殺する夜を思い浮かべる冬も嫌いだった。 (彷徨)

2017-02-17

コンビニの前で夜空を見上げると川底に眠る龍の背骨がフラッシュバックした。それは消せなかった命だった。ちゃんと殺してあげられればよかった何かだった。睫毛の先にしたたる血をみるために、目は伏せていた。きちんと狂っていられたなら、恐怖などなかったはずだった。ナイフがきらめいた。信じていられたら。上を向いて鼻歌をうたい、微笑みをうかべていたら。そんなことは起こらなかった。 そして時間通りにバスがくるのに、君はいつまでたっても来ない……。 (白い夜)

2017-02-14

落書きだって意味があるのだ。グラフィティをすることは主張することで、アンサーをするということである。世界は常に問い続けている。わたしはそのリフレクションとして、飛ぶだろう。踊るだろう。うたうだろう。 面接官がわたしに問う。 あなたはなにかしてくれましたか? あなたはなにをしてきましたか? 何故ですか? 何故あなたはまわっているのですか? 何故あなたはまっているのですか? なにゆえあなたは舞っているのですか?  ならばはなはどうですか? はなのなまえはおぼえられますか? 地雷の呼吸を止められますか? あなたにはなにができましたか?  生きることと愛することのどちらですか? のどちんこ? のどん?ど?んば? り? と面接官は矢継ぎ早にたずねる。わたしは思う。ライラックの花が「しのとち」に乱気流のようにあふれている。鳥に問えば、あなたはなにもわからないだろう。わかることはある言葉の流れがあるということ。音がながれていくということ、絵文字と漢字、どちらも同じ性質をもつ、視覚的なサインがながれていくということ。記号の紐帯があるが、文脈は飛んでいってしまった。答えの訳は簡単に説明ができない。無理にいえば訳がわからないことになってしまう。だから、鳥は飛んだ。それは答えることではない。しかし応えることではある。空を、雲をつかむ、という応え。「しのとち」にでも向かったのだろうか。 (映画)

2017-02-14

海の近くの言葉の工場では、よい歌をつくっていて、そこから廃棄された「毒」は海を赤く染め、硫酸にかえてしまう。同じ顔をもつ工場長と、従業員は、老人の私と若者の私、電柱に頭をぶつけている私、たくさんの私たちが、いさかい、泣き、恐れ、海のむこうにいる私たちのもとへ行くために、海に飛び込む。そして、私はそれをみて泣く。 言葉は世界を表現するためにある。しかし、それはそのままの世界を切り取るということ以外にも、言葉でもって世界を形作る、律する、欲するということでもある。よい、ということは、倫理の問題であり。個人においてというより、社会においてのよさであり、その他者との関係のなかで、よい、とよばれる歌は、たくさんの内的な言葉を精製することから生まれ、よくない、ものを排除する。しかし排除された言葉も、本当の私の言葉であったのではないか。 綺麗事でできた歌は、私たちのいさかいや涙でできている。それが恐ろしくなれば、耐えられなくなれば、海に飛び込む。海のむこうの私に本当に届けたい言葉があるからだ。 (海と自画像 「No.X」)

2017-02-14

生きる、ということは、死ねないということ。それは約束だ。約束だが、私は深い穴で眠りたい。だから人形を買う。人形はどれも姿形が違う。なるべく私に似ているものを選ぶ。似ているといっても、どこか似ているものであればいい。 人形は微笑んでいる。私も微笑む。人形に私の名前をつける。髪の毛はそっくりにカットする。死化粧をしてから、ハサミを持って何度も胸の辺りに突き刺す!何度も。何度も。 私は死ねないから、人形を殺す。箱に戻して、赤の絵の具をぶちまける。そして、謝る。かわいそうにと言って涙をながす。うらやましい。と涙をながす。そして深い穴をまた掘り、たくさんの同じものと同じように埋める。 (「弔い人形」)

2017-02-14