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天地分離
人は逆立ちしても天に触れない ただしこの不触は逆立ちという身振りの失効ではなく「天」がそもそも触知の体系の外部に位置づけられていることの遅れて到来する証言にすぎない 逆立ちせずとも天に届かないという事実は到達可能性そのものが姿を隠したまま人間の座標軸を操作していることの徴候である しかし逆立ちすれば地には触れうるというこの一見瑣末な事態は可触の領域が重力の勾配そのものに従属しているという あまりに素朴な真理を逆説的に露呈させてしまう ここで「天」が壮大でありかつ尊大であるという記述は高さの問題に擬態した認識論的不可侵領域の自己宣言に他ならない 人はただ触れえぬものを触れうるものとして誤解し触れうるものを触れる価値の外へと退けているだけでその逆転が逆立ちの身振りに形象化されているにすぎない 触れられないものが「高い」のでなく触れられるものが「低い」のでもない むしろ高低という区別そのものが到達という観念に寄生して成立している 天に届かないという事実は 天が遠いからではなく 「届く」という語が 既に天を指示しえない座標で形成されているからである
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天地分離 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 351.5
お気に入り数: 0
投票数 : 2
ポイント数 : 0
作成日時 2026-01-01
コメント日時 2026-01-02
| 項目 | 全期間(2026/01/07現在) |
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| 叙情性 | 0 |
| 前衛性 | 0 |
| 可読性 | 0 |
| エンタメ | 0 |
| 技巧 | 0 |
| 音韻 | 0 |
| 構成 | 0 |
| 総合ポイント | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


おもしろいと思います。 > むしろ高低という区別そのものが到達という観念に寄生して成立している >天に届かないという事実は 天が遠いからではなく がこれより前の連で説明されているのでわかりやすかったです。一票。
0感想ありがとうございます。 こちらの意図していた「到達という観念そのものへの懐疑」を読み取っていただけて、とても嬉しいです。 また読んでいただければ幸いです。
0人は逆立ちしても天には触れない。 それは行為の失敗ではなく、「天」がそもそも触知の外部に置かれているという事実の表明にすぎない。 逆立ちせずとも天に届かないということは、到達という概念自体が人間の座標を支配している徴候であり、一方、逆立ちすれば地に触れうるという事実は、可触が重力に従属しているという素朴な真理を示す。 天の「高さ」とは距離ではなく、認識論的な不可侵性の別名である。 人は触れえぬものを触れると誤解し、触れうるものを価値の外へ追いやっているだけだ。 天に届かないのは天が遠いからではない。 「届く」という語が、すでに天を指せない場所で作られているからである。
1論がそのまま詩になったと言うよりは、詩作の過程で、詩想の過程で、奔流のように湧き出て来た批評意識が、詩化したような感じだと思いました。この詩では「天」と言う概念を軸に、最終的には「届く」と言う動詞で結論が。と言うか終わりの4行が結論と言う感じなのかもしれません。
1感想ありがとうございます。 「高さ」を距離ではなく概念の配置として捉えていただけた点、まさに意図したところでした。 とくに〈届くという語が天を指せない〉という読みを拾っていただけて嬉しいです。 シンプルに言えば“行為の問題ではなく、概念の外側にあるものは触れようがない” という感覚を受け取ってくださったんだと思っています。 また読んでいただければ幸いです。
1感想ありがとうございます。 おっしゃる通りで、この詩は“最初に結論があった”というより書いていく過程で批評意識が溢れてきて、結果として詩の形に沈殿したようなところがあります。 「天」という概念を軸にしながら最終的に「届く」という動詞へ収束していったあの終盤4行のまとまりを拾っていただけてとても嬉しいです。 詩そのものより“詩になっていく過程”を読んでもらえた気がして、嬉しいです。 また読んでいただければ幸いです。
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