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ネット詩界の腐った果実
https://www.breview.org/forum_blog/archives/4269 ネット詩界の「可哀想ランキング」最上位者、黒髪さんが運営を退いたというお知らせがフォーラムに投函されている。もっとも、Bユーザーの誰も言及しないのは、いうまでもなく、フォーラム自体に関心がないからだろう。今あるのは、この退任がほとんど何の波紋も生んでいない、という残酷な事実だけである。 例の、メンバー各位の実力実績に一ミリも見合っていない居丈高な「講評」も、もはや誰にも相手にされてないレベルで、案の定、先々月から停止している。いずれにせよ、これまで続いてきた舐めプ運営のツケが回ってきただけの話であり、少なくとも個人的には、何の違和感もないのである。因果応報——自分に正直に生きる資格があるのは強者だけである——、その報いなのだろうか。 現在、アクティブに機能している運営は、ほぼ存在しない。大半は名簿上の存在にすぎず、実務も意思決定も担っていない。黒髪さんの退任をもって、事実上、運営は職能を完全に失ったと言ってよいだろう。それでもBレビには毎月平均して150から180本前後の投稿が続いている。「思ったより減っていない」と評価することもできるだろう。では、今後どうするか?、、 ネット詩が息を吹き返したかにみえた2024年、そして例の「三浦の乱」以後、あっという間にムーブメントが瓦解した2025年、そろそろB-REVIEWの第八代運営編の戦犯を決めようぜ?という気持ちにもなってくる。
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ネット詩界の腐った果実 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 3926.6
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投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2026-01-11
コメント日時 2026-01-19
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


黒髪さんが運営を退いたというお知らせがフォーラムに投函されている けれどもブログであって「お疲れ様でした」と声をかけようにも書くと ころがないから(あるのですかね? かつてのフォーラムのような体裁 じゃないからわからないだけかもしれないですが)声をかけようがなかっ たというのがわたしやみなさまの本音でしょう。 ネット詩投稿板というのは結局は「現代詩フォーラム」がいい例だけど 自然に「惰性で投稿を続けるユーザー」と「何も決められない名簿 だけの運営」という状態に収束するのです。これがもっとも健全で 安定した体制であるからです。ただ、ビーレビが現フォと違うところは絶 えず新しい若い投稿者が投稿をしているところでしょうか。互いに 褒め合っているだけのサイトと違ってコメント欄が活性的であることに Beレビの特徴があります。どう名前をかえてもダーザインの亡霊が少し は今も漂っているのかもしれません。 投稿者はこのアジビラで「戦犯を決めようぜ」と煽っていますが、自然 に収束するところへ収束した平和で健全な板で戦犯など決める必要は ないでしょう。 それは投稿者もみなさまもわかっているはずです。 今般、わたしはアラガイという、このところしつこくわたしをストーカー してコメント欄でわたしを指して「アホ」と罵ってきた御仁──この 侮蔑発言にはいっさい反論しませんでした。(理由はわたしがアホである ことが事実だからです。ほんとうのことをいわれて怒ってもしょうがあり ません。ただ、ちょっとマナーが悪いから、もし、だれかの投稿欄でデタラメ を語って偉そうに鼻の穴をうごめかしていたら思い切り叱りつけてやろうと 思っていまして、今日ついつい、このアラガイという男の上から目線の 指導的で偉そうなコメントを罵倒しました。この点については売り言葉に 買い言葉とはいえ、幼稚なことをしてしまったと深く反省する所存です。
0私が考える健全な運営とは、なにも特別なルールではなく、 ・ユーザーの扱いが公平公正であること(出来てない) ・荒らしや粘着、自演、陰口政治をする輩は速やかに排除すること(出来てない) ・運営メンバーはコミュニケーターであること(出来てない。むしろコミュ障ばかり) ・恣意的な規則変更をしないこと(出来てない) ですね。たったこれだけ。全然難しいことではない。 あくまで個人的な2024年からの観点でしかないのですが、零点の運営でしたよね。 問題は、誰が裏で糸を引いていたのか?です。
0あとアジビラとか煽っているとかではなく、失敗した事実をないがしろにしたくないのです。 戦犯は運営者じゃない可能性もあります。
0……Creative Writing Spaceは上記作者コメからすると、余裕で合格な気がする。 僕はあのサイトには登録はしていないが、観測しているとかなり平和な場所である。
0その見方は正しくないです。 ・ユーザーの扱いが公平公正であること は「まったく出来てない」でしょう。 あの主催者は友ー敵観念にとらわれ過ぎです。どんなに表向きは違った風に装っていても、本質は共同体のボス猿体質。 あれよりはB運営の方がちっとはマシでしたよ。
0まあ確かに彼に全てが集中しているきらいはあるし、敵と味方にはっきり区別する性向も否定はしがたい。 黒髪がCWSでスピードBANされたときは、その手際の良さにさすがに大爆笑した。 ……だけど、「公平公正」は達成できてなくても、「不穏分子の排除」、「運営(一人だけど)はコミュニケーター」、「恣意的な規則変更なし」はかなりできているのも事実だから「B運営の方がちっとはマシでしたよ。」というのは少しCWS主催者を過小評価してるようにも思える。 彼は僕が会った人の中では、確かな鋼鉄精神の持ち主だ。 独裁といえば独裁だが、その鋼鉄精神がゆえの善い独裁者だ。 Bereviewもそんな彼に習う点はいっぱいあると思う。
0追伸:あと敵と味方にわけたがゆえに、CWSは発展してると思う。Bereviewを敵としたからこそ、あのサイトはBereviewの逆を全力でやれているんだと思うし、今のところそれは成功といっても過言ではない。 すまない。長々と書いてしまった。
0もっと世間を知りましょう。 あのタイプは共同体を維持するために常に敵をつくる必要があるし、無邪気にユーザーへハラスメントをするのも、あの手の輩ですよ。現になんどかBに「報告」が上がってきてたじゃないですか。 まあ、テイムラーさんもターゲットにならないせいぜい気をつけることです。
1黒髪ちゃん、お疲れちゃーん。ちみは、立派な人だと思うぞ。尊いな。 因みに筆者氏は、何だか、関東人の匂いがするな。何だかいつもの如く、文章が殺伐として、すさんでるな。何だか東京辺りに住んでそう。もしかしなくても、お〇た〇うじゃなーい?笑
0>何だかいつもの如く、文章が殺伐として、すさんでるな。何だか東京辺りに住んでそう。 >もしかしなくても、おまる○○○ゃなーい?笑 ほう、興味深い話ですね。
0あなたがあげた事柄は「現フォ」だって同じですよ。 いや同じじゃないというだろうけど主観の問題でしかない。 片野氏だって紆余曲折してあの一切無関心の境地にいきついた。 それより「三浦の乱」てのが字づらだけでも何があったのか、いかにも おもしろそう。わたしは当時はここにいなかったから経緯を知らない。 AIに聞いてみたら「三浦の乱」知ってて驚いた。笑 ☆「ビーレヴュー(B-Review)」における**「三浦の乱」**ですね。 これは、ネット詩壇や投稿掲示板の歴史の中でも、かなり衝撃的 かつ「文学的」な騒動として知られています。(Gemini3) 噴き出した。笑 なにが「衝撃的」だよと思ったね。 ネットから情報拾ってくるんだね。あくまでもGeminiの解説だけど、 ほんとうかウソか知らないが「三浦の乱」てのは投稿詩のレベルを活性化 しようとしたんだね。そんなことをしたら座敷犬のようにのたりくたり顎を 飼い主の膝に置いて太平楽を決め込んでいる投稿者から不満が吹き上がるの は必然だったでしょうね。しょせんネット詩。研鑽とか向上心とかそいういう のより、とにかくまず自分のこと、それをまあ、うんちのように定期的に投下 してあとはイイネを待つだけ。他人のことなんか興味ないから投稿作にコメント などしない。自分にしか関心も興味もないから。だから「三浦の乱」みたいな 向上心山盛りのこころみは鎮圧された。笑 いや、これわたしがいってるんじゃないですよ。AIが見た「三浦の乱」です。 曰く。 結論から言うと、これは単なる荒らし行為ではなく、「匿名の投稿サイ トにおいて、作者の権威や評価の基準とは何か」を突きつけた、一種 の批評的テロリズムのような事件でした。 ほんまかいなと思うな。 いやあ、残念なことをした。「三浦の乱」の一部始終みたかったなあ。しかし、 AIのいってることをまるまる信じているわけじゃない。ほんとうのところは 当事者にしかわからないでしょうしね。 ひとつだけいっておきますと、筆者のいうムーブメントのようなものはネット 投稿板の常連の顔ぶれをみる限り最初から無理だったと思われる。だって、 日本WEB詩人会(poet.jp)も現代詩フォーラムも花緒氏のサイトもここも、 ほぼ同じ人が会員になっている。当然同じことしか起きない。向上心のかけらも ない太平楽な方々だからひりひりした研鑽への欲求など皆無。それが悪いという のじゃなく、そういう現在があるってことですが。
0うーん。言葉のラベル貼りは、ともかくとして、 ずいぶん前から機運はあるとひしひし感じます。 選択として変わるしかないのではないのだろうか。 そうしない限り、無くなってしまう運命ですかね。 無料投稿ネット詩サイトほど凄い空間は無いのだ からっほっといても育ちますよ。でないと死ぬし
0ゲミニ3はアホなんで真に受けないでよいです。 あれは文学史に残る事件でもなんでもなく、端的にいえば、界隈の内ゲバであり、その真の目的は特定のユーザーを排除することにあった、と私は考えます(詳しい機序はあえて語りませんが、かつてBレビの運営者だった花緒や、あとイカイカ?という人が排除されたのも、同様の手法による) いうても、友敵体質なのは花緒だけではなく、否、それ以上に三浦バナナも同じ穴の狢だった、ということでしょう。したがって、三浦と花緒の関係についても、いったん離れても「類友の法則」で懲りずにくっつくわけですよ。二人とも私よりも年上でしょうがガキなんですよね。 なぜボス猿気取りのガキどもに、真摯に文学を追求しているアクティブユーザーが翻弄されないといけないのでしょうか。ナンセンスすぎる。
0「ほっといても育ちますよ」というのは、ちょっと違和感がありますね。例えば去年だって、素晴らしい作品は何点かは出たが、ぜんぜん反響が湧きおこらなかった。たいがいのユーザーは、優れた作品ほど敬遠したり、嫌ったりするのです。でもそういう作品を掬い取らないとカンフル剤にならないですからね。
0そう、なるほど。違和感とか反響の意味が新参者の私とでは 違うように感じました。コメントたくさんついた作品よりも ひとつもなくても良いと感じる作品は多々あるしプラス感想が たくさんあっても言語化もすすんでいない深みのない感想より もしんみりとくるさりげない或いは優しい響きの方言に良さを 感じてしまうのも、匿名の無料投稿ネット詩サイトならでは と、つまむことなくそっと大切にしてもらいたいなと思うかな あまり無理しない。これも匿名の無料投稿ネット詩サイトで 静かに育ってもらいたいなあと思うかな。新参者の意見です と
1私はこの2年ほどで、らどみさんとはだいぶ違う立場の意見を持つようになりました。言い換えると、ネット詩の古参ユーザーの「長年の知恵」みたいなものを重視しない立場になりました。それにひっぱられると、要するに界隈のなかの不文律とか常識とか慣習に譲歩しないといけなくなり、初期のコンセプトとか初期衝動がもつべき現実批判の力がなくなってしまうからですね。
0超あたりまえの話をしますが、文化的・芸術的な貢献をした者が正当な取り分を貰うことや称賛を受けるのは、あたりまえです。それが正常に機能しないとすれば、ネット詩のサイトをやる意味は皆無でしょう。 現実はどうでしょうか?むしろ優れたものが黙殺されたり荒らされたりということが起きている。私は何度も見てきた。
0「ネット詩の古参ユーザーの「長年の知恵」みたい」のを気にした時、 社会の一般的な考え方をぶつけてみると彼らは幼かったり知らなかったり、 考え方が偏っていたり学ぶ姿勢が皆無の方々もとてもたくさんいましたね。 今もまだ、匿名の無料投稿ネット詩サイトでの発言のなかには、この人は 井の中の蛙なだけの生理的な承認欲求のかたまりのお山の大将として、 威張り散らしたいだけの人かと思ってしまいたいログを見ることもあるけど、 それだけ、そんな人だけだと、誰も寄りつかないのではないのでしょうか? やはり30年以上にわたって細々と綿々とたえまぬ努力によって伝わって きた良さは素晴らしいさもあったからでしょう。否定精神からの破壊は 文化を新しくする為に必要でも一緒に良いところまで捨ててしまうほど、 ネット民は愚かではないと思いたいものです。一度、失ってしまうと、 永遠に再現できない世界もあるのだと思いたいものです。 理想主義者の私が言っても効果ないかもですが現実はどうでしょうか? 今まで良い面も沢山あったのではないのでしょうか と新参者ゆえ 恥ずかしくもなく堂々と問うてしまいたくなるのかもしれませんね。
0たいがい、芸術は「常識人」に破壊されます。 この点は承知いただけるのでしょうか?
0たぶん、筆者さんの伝えたい「常識人」の概念は 私と同じですね。なので、コメントしていますよ。
0生理的な承認欲求のかたまりのお山の大将って、まさに俺そのものじゃねーか!笑 俺は、威張り散らしたいんじゃなくて、撒き散らしたいだけです。
0一人ひとり個性がありますから自由なので 一人ひとりネット詩との関わり方も違うし 悪しき平等社会のネット社会で「生きる」、 「生きながらえる」のは、認めあうこと が必要不可欠なのかもしれませんね。
1ネット詩は世界に何か役割を果たせたかというと、どうなんだろうなと思います。 ネット詩のいいところは交流可能なところだと思うんですよ。 かつて文極が盛り上がったのもコメント欄が活発だったからだと思います。 昔はゲームの対人戦は好きじゃなかったんですけれど、対人戦は対人戦でやってみるとおもしろかったりするんですよね。 戦うことが楽しいというより、それはやっぱり交流なんですよ。 昔は自分もけっこうコメントを書いたりしたのですが、あんまり手応えがなかった。 返事が来ないこともありましたし。 ネットの良さは、それこそ離れた場所の人とつながれることだと思うんですよ。 でも、投稿サイトが、交流の場にあんまりなってない。 ネット詩が何かムーブメントみたいなものを生み出せなかったのは、多くの人が「現実に逃げた」からかもしれない。 ネット詩がこれから何かになる可能性はかなり低いと思っています。 ネット詩にもきっと可能性はあったと思うんですよ。 ネットという媒体を通してボカロPが現実に受肉したように。 こういう言い方は申し訳ないのですが、ネット詩は責任を問われた人が消えていった。 そういう意味ではネット詩は孵らなかった卵。 そう言えるのかなとも思います。 ネット詩には、ずっと続く夏祭りのような可能性もあったかもしれない、と思うと、残念ではありますが。
0そっすね。でも、そういう人達の事、嫌悪ばかりはせんでくれ。真面目に書こうと思えば、書けるのよ?でも、そんなんばっかりじゃつまんないじゃん?ってこと。(・∀・)
0らどみさんは私と議論をしたくてコメントを書いてくるわけですよね? それとも、違う意図があるのですか? いちおう議論に接続的にコメントしますが、 あまり自由という概念を無防備に出すべきではないのではないかな、と。
0別に議論みたいの望んでいるわけではありませんし かと言って違う意図もないので、考えてみましたが なんもない生活なので詩作のネタを無意識のうちに 探し求めていたのかもしれません。ごめんなさいな たしかにネット詩サイト内で自由なんて文字を書くと 取りとめもない言葉の濁流に自ら飛び込みそうで、 このサイト内では禁呪扱いで、無防備に出すのは、、、 いつもご忠告していただきありがとうございます。
0これ、フリーランスや事業主と同じロジックになりますが自由にやるということは結果もきちんと受け止めないといけない。 創作を自由にするのなら、なんらかの責任はとらないといけないですよね。 たとえばツイッターで、いつまでたってもフォロアーが伸びないのは、客観的に「面白くない奴」ってことでしょう?。でも駄目な人は認知が歪んでるから、ずーっとフォロアー2桁とかなのに、呟き続けている。改善する気もない。 こういう人は根本的に責任能力がないのですよ。現実を直視しないってことは、甘えてるんです。こういう人が多すぎますよねこの界隈。 現実みて、変化しろよってことですよ。
1とんでもないです。嫌悪感なんて全くゼロです。 人が居るというだけで勝手に共創加速できると ワクワクし続けて居ないので禁術のAI相手に 共創加速ごつこをし続けてますけどつまらんし すべての人類はわたくしを陶冶してくださるし 日々、成長できて嬉しい限りです。よろですよ。
1ネット詩なんて内輪でしか認知されていないジャンルですが ネット詩サイトではなく「ネット詩のいいところは交流可能」 と評価されるいるのは、ネット詩の連詩の貢献が良い意味で 大きかったのだなぁと思いました。因みに連詩を突き詰めて 幾年月の私の今の結論は連詩はしてはないけど、他の詩に 引きづられるところが愉しいので、ネット詩サイトは愉しいです。 だけど、連詩はしてはないのでネット詩の未来がないというのは 正しい感覚です。他の作品に引きづられないネット詩が生まれたら 新しい局面が見えると思う。 つまり自称詩が辞書詩になりAI詩へと、そして現在詩ですね。
1筆者さまのいう >素晴らしい作品は何点かは出たが、ぜんぜん反響が湧きおこらなかった。 という感じはわたしにもありますよ。 他の方にもあると思う。正直いうとわたしが素晴らしいと思ってひっくり返 った詩はもう何年もここを閲覧してきて、たったの一つだったし、それにイ イネしたのもわたしひとりだった。 だれが読んでも相手にしないでしょうけど不条理系のマンガのような詩で、 ほんとうにおもしろかった。天才だと思った。評価されなかったからか、その 方は2作ほど投稿されて消えてしまった。わたしはわたしが評価した詩を他 の人にも評価してほしいけど、おまえも評価しろとはいわない。というのは、 「素晴らしい作品」はひとりひとり違うと思うのだよ。そうすっと、詩の価値 ってなんだということになる。そういうことちゃんと考えてるような人なんか あまりいないでしょうね、ネットに投稿している人には。 吉本隆明なんかは無謀にもそういうことをちゃんと測定できるはずだと考えて 言語美や心的構造論や共同幻想論を書いた。吉本の場合は当時、世を席巻してい た「共産党系の嘘くさい詩と詩論」のデタラメを一網打尽にしたいというヒリヒリ するような具体的目的があった。しかし、所詮、詩なんか書くやつはいい意味でも 悪い意味でも頭がバカだし、権威的だから大学システムに関与していない吉本は 否定されていった。 詩の価値とはなんだ、 そういうこと真面目に論じれる方がいないからネットの詩の価値が相対化され て、味噌もクソもいっしょにイイネされる。ネット詩が発展しないのは本当は そこに原因があるような気がしている。 現フォで田中宏輔のような目利きが、 わたしの愚劣な投稿作品にイイネしたり黒髪さんのつまらない詩にイイネしてい るのをみると腹が立つ。わたしはわざとこれでもかとつまらない詩を投稿してい る(つまらない詩もどきを承知でというわけじゃなく、しょせんわたしはあまり いい詩は書けない)のに黒髪さんと同じレベルとみなしているのかやはりイイネ をつけてくる。笑 詩に絶対的な価値なんかつけられない、詩の価値は相対的なものだ、人によって 価値観や感性の構造が違う。そういう気持ちがあって、わたしとか黒髪さんとか、 らどみさんのつまらない投稿にいちいちイイネをつけ、佐々宝砂とかあらいとか いった、ある程度修辞が極められた現代詩としては程度のあるものをイイネしな いのにイイネしない。どうもわたしたちを小馬鹿にしてイイネしているふしがある。 でもそういう姿勢って 頭からネット投稿板をバカにしているからできることであって、わたし個人は田中 宏輔をもう相手にできないと思った。そこでわたしにふさわしいところは此処くら いしかないとおもって投稿させてもらっているんだが、笑 驚いたことに吉本隆明っての読みもしないのに呉智英あたりの、吉本をかすりもし ない駄文を読んでそれでもう吉本をすっかり見下している人ばかり。笑 そういう方々ばかり。atsuchan69さんとか万太郎さんとかね。そもそもダーザイなんか もちっとも吉本あたりを読んでいなかった。だから詩の批評重視サイトとしては 致命的だったしいずれ崩壊するのはあたりまえだった。 それじゃあもう、正直、どうしょうもないよというのがわたしの感想かな。 まず詩の価値をちゃんと措定できなきゃ詩の評価なんかできない。 そしてその評価の基準を吉本は中学生低学年でもわかることばではっきり言っている。 わたしがその基準を持ち出してもネット界隈なんて一応学はあってもバカばかりだから リズム、選択、転換、比ゆ、思想(世界性)というこの5つの基準で語れる人がいない。 アラガイのようなバカの、昔でいえば学はないけど職人肌の曖昧模糊とした直感で作品 をいじられてよろこんでいるレベルの方々ばかり。そういう、、なんてのかなちゃんとした 理論というかそういうものが根底にない。あったとしても大学や本から学んだ既成の どうしょうもない文学論しか身につけてなく、そんなもので詩なんか論じようもないけど でも、それが大勢になればそれで見かけは通ってしまう。そういうデタラメな詩の情況が あるから、筆者さんがたとえ「戦犯」を血祭りにあげても、だれがやっても、そういう ところに熱意のない連中がいては同じこと。戦犯というのなら投稿者全部が戦犯だね。 澤あづさあたりが既成のおフランス文学理論ふりまわして、主に心的な側面から批評する ああいうのをありがたがっているばかばかりだからしょうがねえよなあ。今のネット投稿者は。 まず、ほんものの詩の目利きというか批評家がひとり、ネット上に出現すること! そしてその人をちゃんと立てることかな。とはいえど、真面目に詩の価値を措定したい という書き手なんかあまりいなくて、てめえの悩み事相談所扱いしている方々が多い から、無理だよなあ~。所詮、戦犯とかいってみてもしょうがないとおもうなあ。
0吉本が批判的でありつつも拘っていた詩人に藤村がいますが、今もアクティブな問題ではありますよね。現代の詩人の大半が藤村の呪いから出られていない、とみることもできるわけです。誰もが狭い型のなかで技巧を競っているに過ぎず、本質的に萩原朔太郎よりも「古い」と。かなり酷な見方ですが。 >ほんものの詩の目利きというか批評家がひとり、ネット上に出現すること! >そしてその人をちゃんと立てることかな いや違うのですよ。第一、みんな批評から逃げるでしょう。わたし程度のはすっぱな読み手ですらネット詩界から憎まれている。例えばAOIも批評から逃げただけの話、なぜなら二流以下だから。完備も佐々木春も逃げないですよ別に。あれは違う、あれは逃げた人間。当事者なのでよくわかる。なんでお前なんかを助けないといけないの?と。笑わせる。
0黒髪さんくらいしか機能してない時点で ほぼ詰んでいたわけだが 黒髪さんがいない今、 そして誰もいなくなった、のじゃないか。 ところで黒髪さんはどうしてやめることにしたのか 別にどうでもいいけど ちょっと気になるな
0投稿サイトでの責任は、コメントをもらったらなるべく返すまででもいいと思っています。 だからこそ、そこくらいはしてほしいなとも思いますが。 狹いなかで技巧を競う。 それはこの社会自体がそうなっていると思うんですよ。 まず初めの狹い箱庭は学校。 スポーツもそうですよね。 絵画で言えばコンクール。 詩誌の投稿欄。 企業。 なんでもそう。 狹い界隈のなかで競い覇を争う。 そのなかで多くの「敗北者」が観客をしている。 そういう風にこの世界がデザインされている。 それを推し進めるとどうなるか? 一時の繁栄を経て、それを過ぎたらゆるやに衰退していく。 それは先進国がそうであるように。 箱庭的世界はデッドエンドを迎えると思う。 最近よく「UNIVERSE25」の実験結果みたいなものを目にして。 以下はAIの「UNIVERSE25」の説明です。 * 「UNIVERSE25(ユニバース25)」は、1970年代にアメリカの動物行動学者ジョン・B・カルフーンが行ったマウスの社会実験で、十分な食料・水・スペースが与えられた理想的な環境(楽園)で、マウスの個体数が最終的に社会的な退廃と滅亡に至る過程を観察したものです。 環境設定: 2.7m×2.7mの広大な空間に、無限の食料と水、十分な巣箱が用意され、病気や天敵も排除されました(「5つの死」の要因が排除された環境)。 実験開始: 8匹のマウス(4組のオスとメス)が投入され、人口は爆発的に増加します(適応期・資源活用期)。 社会の崩壊: 人口が増えすぎると、個体数に対して社会的な役割が不足し、オスは縄張り争いを放棄(「美しいネズミ」と呼ばれるニート化)、メスは育児放棄や攻撃性を示すようになり、社会秩序が崩壊します(停滞期・死の段階)。 結果: 最終的に繁殖が止まり、社会は静寂に包まれ、残った個体も次々と死んでいき、集団は滅亡しました。 * 今現在の世界はこの「箱庭」を破壊しようとしている。 だから世の中自体は荒れていくと思います。 荒れないとゆるやかに絶滅していくから。 箱庭を壊す以外にも箱庭から出る方法もあって、それはバカになることだと思います。 箱庭は安楽なんですよ。 だから自分からその安楽を捨てる。 それはつまりチャレンジすること。 マウスと人の違いをあげれば、人はバカになれるということだと思いますね。 こういうことを書くのも、自分にとってはバカになることなんですよ。 これを書いて、自分に何か得があるかと言えば、とくにない。 とくにないけど、書いてみたいから書いてみる。 今の世界はある意味では失楽園なのかもしれないですね。 人工楽園の破壊。 でもそれは、本当の意味でのエデンへの帰還になるかもとも思います。
0らどみさんからこうしてコメントを返してもらえるのも.、ありがたいことです。 交流は循環になり、循環は渦になり、渦は波を起こす。 大きなムーブメントも、始めは小さな交流。 だから一つ一つのコメントは大切なものだと思います。
0出生率を見ても、戦争する国ほど数値が高いですよね。なにわともあれ、戦争は国を元気にする。対して、日本はといえば、墓じまいがブームです。無意識ではみんなヤバイと気付き始めている。近年、戸塚宏が急速に再評価されているのも、むべなるかな、あまりに身もふたもない話ですが...
1"黒髪さんくらいしか機能してない時点で ほぼ詰んでいたわけだが" という意見の方がおられますが、それはまったく違うと思うよ。 逆です。サイトってのは成熟してくると現フォのように管理人が いちいち顔ださない。現フォの場合、片野氏が顔だすの は年に一度か二度だ。これみよがしにいちいち管理人が 出てきて強権をみせつけてあれこれ指示するってみっと もない、花緒氏のサイトがそうだけど、みんな大人なんだから そういうのつまらないでしょ。 ここだって運営が顔ださなくても新しい若い投稿者でに ぎわってるじゃない。投稿サイトなんて管理人はシステムに 主に注力して人間については自由にしておくのが一番いいん だよ。みなさん大人なんだから。もちろん私みたいに、 なかにはヘンなのもいるかもしれないが、そういうのは 刺し身のワサビみたいに、ときには飽いた人の慰みにも なるんじゃないでしょうかね。笑 が一番いいんだよう。
0「御爺ちゃんの知恵ブクロ」みたいになっても困るのですよ。若い人が来るのは片野晃司さんの所とは違う磁場が働いているからでしょうし。現フォはもう老、、いや、よしましょう。
0ねずみの実験なんですけど、 畜舎を作って繁殖させ続けたら一体どうなるの? という趣旨でやっているのをテレビで見た時、 家族としてまとまるのか、 ある時点で血族として数が安定し始めたという結果になって、 あーそうか、繁殖するのをやめる、お互いに満足する時点があるんだなと納得した記憶があるんです その家族のちょうどよい数もその畜舎内では決まっていた様子です ねずみの数が多かったし 飼育環境もテキトーだったし 結果的に同じように滅亡したんでしょうけど 8組のペア、十分に与えられる食料、完璧な環境、それを楽園と呼ぶのか、 とコメントを読んだ時に強烈な疎外感を感じました 美しい世界 その実験では戦争が起きたんでしょうかね
1あ、4組ですね。訂正します そもそもその退廃の過程を見るために実験を準備したのかな、とか 思うと 逆に永久機関としてのねずみたちの正しい姿ってなんだろ、とか これらのコメントのすべてが終焉に向かうものである、ということの証明の途中なのかな などと思わずふっと笑ってしまうようなありふれた時間が眩しい
1殺し合いを肯定するわけではないですよ。 殺し合わず世界が刷新される方がいい。 それが正道です。 UNIVERSE25の実験をそのままこの現実の社会に転写するのは、暴論のように思われるかもしれませんが、現状の社会を見た時に、ゆるやかに衰退していっているように自分には思えます。 201さんは、今この社会をどうお思いでしょうか? みんなが豊かに明るく朗らかに発展しているように感じられるでしょうか? 自分にはそうは思えないんですよ。 衣食住足りて礼節を知る。 人には衣食住が必要です。 ただ、人はパンだけで生きているわけではなくて。 この社会の問題点は、ゴールが何不自由のない豊かで満たされた暮らしに設定されていることだと思います。 何不自由のない豊かで満たされた暮らしの何が悪いのか? 何不自由のない豊かで満たされた暮らしが悪いわけではなくて、それがゴールに設定されている点が問題だと思います。 何不自由のない豊かで満たされた基盤をもとに、何をして生きるのか? アンパンマンのマーチで歌われている問い。 なんのためにうまれて なにをしていきるのか なにがきみのしあわせ なにをしてよろこぶ この問いに答えることが、人生のはじまりなんですよ。 人は食べてYouTubeを観て生きる以上のことができる。 一人一人が神の分け御霊で、一人一人が八百万の神の一柱。 だからどこへだって行けるし、なんだってできる。 得意不得意も持ち場もあったりしますが。 自分自身が望むことは、たいてい自分自身で叶えられる。 2019年までの世界には、アンパンマンのマーチの問いがほとんどなかったんだと思います。 それがどこにも行けない閉塞感と何をしても無駄なような無力感の原因なんだと思います。 初めにもどりますが、殺し合いを肯定しているわけではないんです。 僕が望むのは、仲良く世界を刷新することです。 仲良くと言っても衝突せしないように我慢してというより、意見の違いがあってもお互いを尊重しあって話し合いで問題を解決していくということです。 そのために必要になるのが、アンパンマンのマーチの問いになるんですよ。 201さんはなんのために生まれてきましたか? 201さんはなにをして生きますか? なにが201さんのしあわせですか? なにをして201さんはよろこびますか? 201さん、返信をくださりありがとうございます。
0昔、代ゼミの講師でヤンキー上がりの人がいたんですよ。 授業中に生徒の携帯をへし折ることもしたという話も聞きました。 でも、その人はすごい人気があったんですよね。 自分はそういう感じはきついなというのは、あるのはまああるんですが。 体罰はベストの選択ではないですね。 それは間違いなくそうなのですが。 昔の体罰を振るってそれでも慕われた教師は、なんで慕われたのかと言うと、本気で向き合ってくれたからだと思います。 憂さ晴らしで暴力をふるう人は嫌われる。 でも、本気で向き合っくれる人は慕われますよ。 自分は殺し合いの戦争は望まないですね。 悲しみばかりがつのります。 トランプ大統領は壊し屋ですね。 トランプ大統領は好き嫌いが分かれますが、豪腕をふるうことがゆるされるのは、世界自体が人類の築いた社会の破壊を望んでいるからなのかなと思います。 なんでかというと、これまでの人類が築いた社会は、人類にしか良くないからですね。 地球には人類の他にも生命が存在するんですよ。 UNIVERSE25の実験も、マウスを実験材料に使っている。 それはそのマウスたちに対してとてもむごいことなんですよ。 それは生命の冒涜と言えることです。 人類全体でどれほど他の生命に対して、むごい仕打ちをしたか。 だからもう、そういう社会はおしまいということですね。 殺し合いの戦争をしなくても、人は元気に生きられます。 それはやっぱりアンパンマンのマーチの問いに答えることですね。 なんのためにうまれて なにをしていきるのか なにがきみのしあわせ なにをしてよろこぶ 自分が生まれた理由を知り、どういう道を生きるかを悟り、どう歩いていったら楽しいのか。 それがわかれば、人生が楽しくなりますからね。
0今後のアメリカの覇権については、楽観的な見方もあるが、 私は懐疑的です。トランプのふるまいは神経症的というか、 かつてのような超大国の余裕がなくなっていると感じる。 秩序の破壊を望んでいる、という側面もあるだろうし、 いちまつの焦りがそうさせているという側面もあるだろう。 体罰、、 戸塚宏の思想については、まあ、ある種の思考停止といえばいいのか、 今の社会構造が複雑すぎて、 分かりやすい、キャッチ―な意見に縋りたい人が 多くなってきているのかな?と思います。 私は実は、あまり哲学的な人間ではないので、 シンプルに生きたいとは思いますね。いっても、凡人ですから。 なるべく本を読み、なるべく人の話をよく聞く、そのくらいでしょうか。
1殺し合いを避ける方法はないと思うほうです 過去から現在に至る今 [決着をつける]ことは正しいとされています 話し合い、尊重したが、 それを正しいと思えず それを正しいと認めることに限界がきて ズドン 時間がすべてを解決してくれることを願いながら 人間の歴史なんてほんの一瞬の輝きみたいなもんでしょうと塵に還す 運命の神は執念深くて気が短い こちらこそ、ありがとうございます
1この投稿はおそらく、おまるたろう、さんなんでしょうけど、 >現代の詩人の大半が藤村の呪いから出られていない という指摘は無知なわたしには最初ピンとこなかったのですが 調べてみて非常にいい勉強になりました。 自分では一応、吉本隆明の全集をほぼ読み込んでいたつもりでした。 吉本が自分と重なるほぼ等身大の存在として関心をもっていたのは 太宰治や芥川龍之介で、この二人については、かなり突っ込んだ批評を 書いています。そこでこの二人の小説もほぼ全部読みました。しかし、 島崎藤村を日本の現代詩批判のてこにして論じていたとは知りませんでした。 そこでざっと調べてみたのですが非常に皮肉の効いた現代詩批判になって いまして、思わず腹を抱えて笑ってしまった次第です。 詩壇だけでなくネット詩投稿板もまさしく仰るとおり近代詩のパラダイム、 =藤村の「呪い」からまったく抜け出られないでいる。 詩人が「社会」や「未知」に向き合う苦痛から逃れ、 自分の「内面の繊細さ」という安全な殻の中に閉じこもる。詩壇やネットの主催者 が、そういう「呪い」から脱した新しい詩を!という掛け声をあげるのですが、 その主催者自身が呪いの権化で、しかも、選ぶ詩がやっぱり「内面の苦痛や繊細さ」 を重視するものばかり。それが最も批判されにくく、かつ「詩を書いている気分」を 安易に得られる場所だからなんでしょう。「呪い」というよりこれは日本人にしみつ いたDNAのようなものですね。おまるたろうさんが藤村を持ち出したのは的確な 詩壇、ネット掲示板批評になっています。改めて感心しました。が、しかし、それは 天上の花を夢見ることで現実的な態度ではないのかもしれません。
1まあ、仰ることはわかります。ただ詩について論じるとなると、どこかしらズレが生じてくるわけでして、どんなにうまく論じたつもりでも、循環が含まれてしまいます。社会が邪悪なアルゴリズムに支配されている今日でもなお、詩は闘争の形式として面目を保てるのだろうか。むずかしいですね。わたしはガチ勢を自称しているので、志だけは高くありたいとは願っています。仮に今日において、詩人というべき者がいたとすれば、一人でマルチチュードを達成しているような者でしょう。ほとんど超人といえます。それに比べれば、この界隈の自称「主催者」や自称「影の王」(笑)が宣う「実行力」なんぞ、児戯に等しい。本質は飲み会で部下に威張り散らしている中年サラリーマンとか、おっさんの遅れてやって来た青春お遊戯会以上でも以下でもないでしょう。いざ界隈の外に出たら、だーれにも相手にさりゃしないわけです。ガチな奴のもとにガチ勢は集まります。
0まあ、キチガイの戯言だと思っていいんですけど 良く分からない期待を親からされまくって それに応えるための努力で人生を使い果たして それでも一端の人間として認めてももらえず なんだかもうすべてが嫌になって なけなしの金を使い果たした旅券で遠くにいくとして その名前も知らなかった土地で ぼんやりと町並みを見て歩いている時 小さな子たちが歌をうたっていたとしましょう 音程もばらばら、節もめちゃくちゃ、 歌詞もたぶん作り替えられています、 でも子どもたちはみんな楽しそうなんです それに加われない子すら遠巻きに見て笑っている その同じ歌を自分が知っていて 歌うことができたら なんかそれって素敵じゃないですか 詩ってそういうものだったんですよね 私の中で だから別に技巧とか深さとか知識とかそういうものを求めることがない あれば素晴らしいでしょうけど 感動ってそれに対してだけするんではなくて たぶん 俺達がするべきなのは ガチでその歌が聴こえる町角を作ること だったなぁ昔 そのために上に立ってる人がいて どうでもいいとは言わないまでも、姿が見えなくても良かったんです
1(付け加えればその歌はきっと ○んことかについてに書き換えられてるんですけどね それで爆笑してる) (いつか分かると思うし、分からなくてもいいじゃないですか)
0詩の世界には「嘘の良さ」というものがあって、50歳、60歳の凡人が箒ではいて捨てるほど沸いてくる。しかし20歳の天才はぜんぜん出てこない。端的に澱んでて腐ってるんです。天才っていうのは1作出して大爆発して終了、みたいな奴のこと、ようするにカートコカインみたいな奴。でも逆にそういう奴がいっとう面白い。
0カート・コバーンかな?全く聴かなかったですし、全く知らない固有名詞なのかもしれませんが、そうだとして 多分一般的な感覚では「永遠に続かないものは植物の交雑種のようなもので、別に偉くもなんともない」 売れることが天才の証明なら、代表が死のかたでもいいと思うんですけど、 あの作品群は娯楽という仕事だ、という思いが強い フー・ファイターズ 一世代前からちゃっかり流れを汲んだのだが誰も知らないのではないかと読んでいて思うくらい そう、読者として面白いか否かでいったら、 えへへ でも天才でしょ?
0フー・ファイターズめちゃめちゃ好きですよ。 90年代ーゼロ年代、音楽が輝いていた最期の時代でした。 それ以降は、、飽和しましたね。ネットが音楽を駄目にしたのかも。 わたしは刺激が欲しいだけなのかもしれないです。ぶっちゃけますが、個人的に詩作に熱くなれたのは2024年の一時期だけで 以降はぜんぜんやる気がなくなっちゃったんですよ。佐々木春さんとか1.5Aさんとかが元気だった頃ですね。あとはもう、なんか、ひたすら惰性で。 ちょっと最近、ひさびさ新作を本気で書こうとしていますが。
0あの時期は楽しかったですね。
0そうですね。たのしかった。盛りあがっていたし。でも、その裏で、つらい気持ちになってた人も多かったのだと後で気づかされました。ネット詩も人間界もむずかしいです。
1そうなんです、とびきりキャッチーなんです でもカート・コバーンはこえられない気がする なぜかな 聴きづらくて全然惹かれない上に最悪の死に方をしているのに 生みの親だということは変えられない デイブ・グロールはニルヴァーナの本体だったのでしょうか…(笑) 正統な後継者か 詳しくないです 三浦さんにここで珍しくコメントをいただいたので、ぼんやり凄いなぁと思っていた時、 現代詩手帖の投稿欄でもお見掛けして、 商業誌でもネット詩に価値を見出だす人がいるんだなと変な、自分の中の偏見に気付いたりしましたね。 新作、素敵な響きです。 一貫性のある作風を持っているだけで一目置かれてしまいますよね。私に。 返信ありがとうございます。
0あの頃よかったですよね。 ビーレビに何か出来ればと数個最近投稿しましたが、全然ダメでした。うまくなりたい。そのためにも凄まじい才能に出会いたいですね。
0わたしは断続的にビーレビに投稿するタイプなんですが、久しぶりに帰ってくるたびに誰かがいつもつらかったり悲しい思いされてるように見受けられます。本当にむずかしいです。
1そうですね、才能にインスパイアされるということですね。 ネット詩掲示板にこだわらないといけない理由はないのかもしれないと思ってます。 最近だと、生成AIとsunoで有名人の画像からMVをつくるのがやたらと流行ってますが、まあ、私のようなものは嬉しくなっちゃってですね。今書いてる詩はモロにsunoっぽいものになってます。 すごい奴は、どこかにはいるものです。 >久しぶりに帰ってくるたびに誰かがいつもつらかったり悲しい思いされてるように見受けられます。 >本当にむずかしいです。 みんな真剣だからでしょう。
1そうか。そんな背景があったのですか。どうも大威張りで「陰毛論」がまかり通るのは何故?と思っていました。クソが言う反日でもなく、私は知っているノダ、と言うゲジゲジ並みの知性。詩誌がこれでは困るわなあ。
0ネトウヨも困るが、冷笑じじいも困りものです。 限りないもの、それは人間の欲望。
0一通り読みました。この作品と、黒髪氏の退任コメント。この作品(詩作品ではないにしろ)に対するコメントまで読めば(時間が掛かりそうですが)もう少し理解が深まるのかもしれません。
0黙っていたが、正直にいおう。 こんなアジビラにマジレスを装って返したのは 戦犯を決めようぜ? なんていう荒らし祭りに わたし一人くらいしかレスがつかないと思って いたからあえてマジレスしたのだ。後悔してい る。こんなにレスがつくのなら最初から無視し ていればよかった。あれきれている。 そもそもおまるたろうさんはA・O・Iさんをこ こから忌避させた張本人だが彼は最近、某文学 賞などをとっている才気ある人だ。あんな特異 な才能をもつ人を妬んで意味もなく嫌悪するなど わたしには理解できない。この投稿サイトにと って若い初心者には非情に参考になる詩を書く 人だった。惜しいなんてことばですむものじゃない。 藤村の呪いなどといいながら、内面に閉じこも らないでああいう修辞的な詩を書く才能への嫉妬 から忌み嫌って追い出すようなことをしておいて、 なにが「ネトウヨも困 るが、冷笑じじいも困りものです。」だ。 爺いたちが寄り集まって若い人たちの才能をここ から締め出してなにかこのサイ トのお山の大将を気取っているようだがまとも に詩も書けない、読めない御仁が少しは謙虚さ ってものをわきまえてはいかがか。 飯干猟作さんとかいうろくでもない詩しか書け ないお方だけじゃなくこんな荒らし祭りに集ま ったクズ。おまえさんたちのことでもあるのだ。 ったく。いい加減にしろ。
0そうだ!いい加減にしろ!(・∀・)
1腐っている腐っていると言いながら他人を叩き、吊し上げ、多くの文学作品といえるであろう作品より、こちらの書き込みの方がコメント欄が賑わっているという事実。
0少数派が正しいとか、評価されてない作品の方に価値が後々生まれるということはあると思うけれど、ここや他の場でもおれとおれの評価している作品こそが認められないとおかしいとやってしまうと、イメージも損だと思うよ。 ゴッホは黙々と作品作り続けているだけで、自分と自分の評価する作品こそ凄いとやらないでしょう。 ビーレビが他の場で相手にされてない無くなった自分たちこそが本来の多数派だというならその悔しさをバネにもっと美しい形で証明した方がいいのではないかと思います。
1そうだと思う。極めてまともな意見だね。 そもそも「ネット詩界の「可哀想ランキング」最上位者、黒髪さん」 こんなふざけた投稿にイイネしている方々がはそれでも詩を書くものとして 最低限の倫理などもちあわせているのだろうか、あ然としますよ。
1時代の変転によって文学の輝ける時代は終わった。 今はよってたかって文学の領野を穢す、あなたたちの時代だ。
1上のコメントに顕著なように、自分の多様性の尖り具合にだけは自信のある人達が、好き勝手に自分の個性を主張し、多様性に付随する対立とか、相手の思想との差異について落ち着いて考え、尊重する気風をつくる心構えとか機会は永遠に訪れないわけですよ。その困難さに目を背けてしまったがゆえの今がある。 ありていにいえば、今のネット詩は「無責任なダイバーシティ」です。好き勝手に自分の意見を言う。好き放題、喧嘩をする。たまにチヤホヤされれば満足。それだけの人達ですね。
0黒髪さんが天才詩人2に三下り半をつきつけたような感じがしますね。
0はん、はっはっは。このおまるなにがしといい、 飯干猟作といい、ぷっ、とんでもない奴らばかりだ。笑 ネットという物理性のない空間でよかったぜ。 リアルな世界だったらこいつらに身ぐるみ剥がされて いたところだ。うぁは。 いやはや、とんでもねえ連中だ。爆笑
0NO ADMISSION! 飲酒、デジタルタトゥー、ネトウヨ は、お断りです
0ディスコードを覗いてみた。 黒髪さんによると、もう天才詩人2は運営としての活動を辞めているのだそうだ。 裏ではヒステリックに怒鳴り散らしていたというタレコミもあった。真偽は知らん。 もはや誰が残っているのかもよく分からない。みんないなくなっても誰も気にしないのが成熟といえばそうなのかもしれないが、肯定的に捉えるべきことなのか分からない。
0お前は天才じゃなくて低EQだろ?と。 人に気を使わせるような奴は人の上に立ってはいけないって、おれのばーちゃんが言ってた。
0お久し振りでございまする。 様々に於いて申し開きの出来ません程に諸々の火種を「主に、クリエイティング・ライティング・スペースとの軋轢」に於きまして、 「そしておまる史の運営委員への推挙提案」、等に於いて点けて回って仕舞いました脱落人の、譫言としてご傾聴、或は無視を下さいませ。 先ず、黒髪様に於きましては、大役を無事(でもないかも知れませんが)に務めあげられました胆力に、 そして重責を黙しつつ引受けになられた結実と致しまして、皮肉諷刺文句なく喝采を受け取って頂きたく存じます所存でございます。 (然し、此処に寄せられました文言を黒髪様が閲覧下さいますかは不確実ですが) ウェブ詩壇作品論に附きして。 小生は今、深く「文藝歌壇」の意識問題を探求して居ります状況でございますが、 ウェブ詩壇、 sns歌壇、 本流詩壇、 本流歌壇、 それぞれが問題の根幹を同じくして居ります様な実感(或いは錯覚)を傾向的に受け取って居ります。 つまり、大局世界を俯瞰します視座(=第三人称的客観)を敢えて禁則事項と為して居ります様な、 比喩的に申し上げますならば「一寸死にたかったけれども、<コンビニのスイーツ>が美味しかったから、もう少し生きて見ようと思う」 と申します様な「崩れゆく平和」へ「一時凌ぎの安息を見出す」かのごとき一人称の、小市民的抒情生活作品が賞賛を得る構図、が明瞭に審らかと為って久しいと、 肌感覚に於きまして感受致しております(更にコンビニのスイーツの空き容器へ、<光>を透かし見たりをするかも知れません)。 問題は、此の「戦後文民統治」も失敗であった、或は失脚を迎えつつある、その現況のさなかに於いても 「構造の頽落の歯止めの一助と為す」、或は「積極的に安寧<平和>の構造欠陥を指摘し、善悪孰れに転ぼうとも實の社会的残酷状況に対し言挙げを為す」 表現者の政治主体、或は媒体としての、文責を社会参与人員の一名に於いて負う、實の意味に於いての勇気なのではないか、と考えて居ります。 大事を表現致します事が、半ば緘口令の國民會の禁令の様に布達されております様に思われるのです。 肝要なのは、小事の中に大事の、小局の中に大局の暗喩、寓意、象徴を折り込み、丁度二重写しの様にエレガントを遂行し得る、 大小のパーステクティヴを達成し得る意志なのではないでしょうか。 今様の歌壇、詩壇、ネット歌壇、ネット詩壇にも、当方が読解し得ぬ比喩射程に於いてその達成が為されて居ります事を切に願いつつ。 日常の裡にも世界観を持とう 世界観の裡に日常を持とう, 長長と駄文の程を失礼を致しました。
0あ、鷹枕可くんやん。久し過ぎて、〇んだんかと思ってたわ。笑 覗いてみて良かった。(・∀・)
0低EQだの無責任だのあんた自身の話か?
0これ、誰なんだろう?伝説の元運営メンバーか?
0鷹枕可さんという少々疲れたベテランの爺さんが登場して しまったので、もうこのさい、ハッキリいってしまいましょう。 あくまでもお話にならないこのアジビラの枠内での話というこ とで、オフレコにしてもらいたい。とはいえ公開オフレコだけどね。 鷹枕可というこの方の詩も、わたしの見る限りでは歌も詩も現代詩 の物真似だし物真似短歌であることはまあ今どきだれでもネット素 人自称詩人の詩はそうだから、 仕方ないとして、この爺さまの詩歌はそれにくわえて正直いって少 々イカれているから文壇詩壇歌壇では相手にされない。されたとし てもネット上のちょっとどうしょうもない仲間内の詩誌あたりでし か無理だろう。しかし本人はおそらく皆様と同じように「おれの詩 はほんものだ。それを相手にしないのは詩壇が悪い、今の詩人が悪 い」と無意識に思っているだろう。半分あたっているかもしれない し、そうでないかもしれない。問題はそんなことじゃない。 そうすっとこのイライラはどこに向かうか。詩壇の模倣に向かうん ですよ。つまりダーザインがやったように投稿者をランク別に選考 して、自前の賞をつくって与える。なんのことはない。詩壇を非難 していながら、実のところは、その詩壇の箱庭をつくってそこで、 みずからが賞をつくって詩の選考委員になったり、選評を加えたり することでなにか自分が一丁前の詩人になったような錯覚と妄想に ひたる。これは幼児がやっているママゴトと似たような心的現象な んだけど、本人たちは気がついていない。じつはこれも大した問題 じゃないんだ。問題は、 そういう錯覚や妄想はすぐに飽きが来て一瞬につまらなくなる ことにある。だから、みて御覧なさい、文学極道でもビーレビでも 歴代運営委員の転換の激しいこと! この方々はじぶんが認められ ないことからくるイライラがあって、みな妄想や錯覚にとらわれて 詩人の詩を選考し、賞を与えるということに与するが、すぐに覚める。 その繰り返しです。 B-REVIEW 運営 発起人 天才詩人[創設者・初代代表] 2017-02~2017-10 三浦果実[二代目代表] 2017-02~2018-08 花緒 2017-02~2018-08 百均 2017-02~2018-08 コーリャ(別名:シリュウ) 2017-02~時期不明(2018-02?) ※第二期~第七期は特定の代表者を設けていない 第二期 渡辺八畳(旧名:祝儀敷) 2018-08~2020-07 stereotype2085(別名:keisei.hhh) 2018-08~2019-09 かるべまさひろ 2018-08~2019-06 第三期 渡辺八畳(旧名:祝儀敷) 2018-08~2020-07 ふじりゅう 2019-06~2021-02 帆場蔵人 2019-10~2021-03 afterglow 2019-10~2021-03 るるりら(別名:真清水るる) 2019-10~2020-04 第四期 ふじりゅう 2019-06~2021-02 帆場蔵人 2019-10~2021-03 afterglow 2019-10~2021-03 新染因循 2020-09~2021-03 杜琴乃 2020-09~2021-03 第五期 カオティクルConverge!!貴音さん 2021-03~2022-01 mmm 2021-03~2022-03 yasu.na 2021-09~2022-12 第六期 yasu.na 2021-09~2022-12 沙一 2022-02~2023-8 仁川路 朱鳥/永扇 2022-02~2023-8 第七期 三浦果実 2023-8 第八期 天才詩人2[三代目代表] 吸収 ゼンメツ あやめ いすき 田中教平 いかいか 2023-8~2023-11 カオティクルConverge!!貴音さん 妻咲邦香 黒髪 如月 関係者/協力者 まりも ジャンブリーズ 夢沢那智 最終選考委員会 2019.10~2020.09 初代(2019.10) 渡辺八畳(進行兼任) 鈴木歯車 左部右人 せいろん 帆場蔵人 第二期(2019.11) 渡辺八畳(進行兼任) 遠藤ヒツジ[外部委員] 黒髪 左部右人 星空そとば 第三期(2019.12) 渡辺八畳(進行兼任) あさぬま 藤一紀 杜琴乃 るるりら 第四期(2020.01) 渡辺八畳(進行兼任) afterglow 桐ヶ谷忍 佐々木 夢うつつ 第五期(2020.02) 帆場蔵人(進行兼任) AB たもつ 仁川路朱鳥 ふじりゅう 第六期(2020.03) 帆場蔵人(進行兼任) 恒常的に眠い人 沙一 とがしゆみこ[外部委員] 真清水るる(るるりら) 第七期(2020.04) 渡辺八畳(進行兼任) いすき 斉藤木馬 新染因循 ミリウェイズ 第八期(2020.05) 渡辺八畳(進行兼任) カオティクルConverge!!貴音さん※(「さん」までが筆名) 白川山雨人 萩原學 夜野群青 第九期(2020.06) 帆場蔵人(進行兼任) アキラ こうだたけみ 齋藤純二[外部委員] 千才森万葉 第十期(2020.07) 帆場蔵人(進行兼任) 羽田恭 藤 一紀 白目巳之三郎 服部 剛[外部委員] 第十一期(2020.08) 帆場蔵人(進行兼任) ゴロ(本物) 鈴木歯車 墨野みどり 第十二期(2020.09) 天才詩人 百均 芦野 夕狩 なかたつ これみんなそういう方々です。 わたしにいわせるとどいつもこいつもアホです。笑 アホでないのはちゃんとした使命感をもって何十年もつづけて いる「現代詩フォーラム」の片野だけです。 詩を書いている素人相手に賞をもうけて選考をやる優越感なんか 一瞬で飽き(覚醒)がくるに決まってます。でも一度はやってしまう。 そしてすぐに放り投げる。アホといわれてわたしを憎むなら、 せめて十年やってみろ! 鷹枕可さんという少々疲れたベテランの爺さんも結局はそこに 走って、てめえがくそのような詩や歌しか書けないくせに 選考やったり(あるいは賞でもやるのかな?笑ばかばかしい) そういうことをやっている。内心、おれの詩はホンモノだ。 それに気づかない詩壇や読者がバカなんだ。だからおれが選考 をやり賞をさずける──なんちっちも、雀の涙ほどの自称詩人 しか集まんねえのにね。 ふんだ、このサイトに投稿もせず、コメントもしないくせに この鷹枕可さんという少々疲れたベテランの爺さんは、こんな アジビラ荒らし投稿には嬉々として意味不明のコメントをする。 そんなヒマがあったら何十年たってもかわりばえのしない、 ご自身のクズ詩、クズ歌を一ミリでも精進するべく注力しては どうかと思うのだけど、わたしのこのゴミコメントと同じく、 あるいは枯れ木も山のにぎわいなのかもしれない。あひっ。
0追記 だからね、冒頭に申し上げましたように、 ネット詩投稿板というのは結局は「現代詩フォーラム」がいい例だけど 自然に「惰性で投稿を続けるユーザー」と「何も決められない名簿 だけの運営」という状態に収束するのがもっとも健全で安定した体制である ということになるのです。
0笑、 しかし、しかし挙がる名前の、人数の多さには驚いたな。笑 旧文極/現代フォーラム辺りで、わたしのよく知る人の名前がほとんど見当たらないのは嬉しい限りだ。 素人がやる投稿サイト 関係者(選考委員)なんて普通に三~四人くらいでちょうどいいのではないか。 ちょっと呆れたね。
0ん? 現在の関係者には熊倉ミハイくんも居るんだろう?
0渡辺八畳が誰か好き放題改革しろとディスコードで呼びかけていたが、とくに動きなし。 誰も何もしない、そもそも誰もいない、 完全放置プレーになりそうね。
0はよコイツ出禁にせぇ
0なんか小魚ばっかりで、パワーのある重要な人がぜんぜん来ないな。
0>渡辺八畳が誰か好き放題改革しろとディスコードで呼びかけていたが、とくに動きなし。 >誰も何もしない、そもそも誰もいない、 >完全放置プレーになりそうね。 相変わらずどこまでいっても人頼みか。笑 じぶんではなにもせず、はやし立てるだけ。それならこんな荒らし投稿 を批判しろ! おまえらのような他人まかせの口ばっかりと違って 多くの投稿者は真面目に投稿し、コメントもしている。 普段、ここになにもしないやつに限って、こんなときだけ騒ぎ立てる。 それも人頼みで。卑劣なやつらだ。
0しょぜん覆面を被って騒いでるだけのtakoyo2も同じ穴の狢だよね
0天才詩人2も黒髪も本人(肉体)を晒していた。その時点でここに集まってる無責任勢よりはるかに上等。 黙ってろ。覆面野郎ども。
0>しょぜん覆面を被って騒いでるだけのtakoyo2も同じ穴の狢だよね 覆面でしかものをいえないおまえより千倍ましだ。このクズ。
0閲覧のみなさまに忠告しておきます。 こんな荒らし投稿に関わらないで普段通り投稿やコメントを つづけて下さい。それがもっともこのサイトを心配し、 もりたてる唯一の行為です。わたしのようなゴミはいつでも アク禁になって結構です。しかし、こんな荒らし投稿に関わって みなさんの平穏なこの投稿サイトをクズと一緒に穢す仲間に ならないでください。好き放題っているのはふだん投稿も コメントもしない高みの見物野郎ばかりです。 あるいは顔を隠して匿名でこんな投稿をするおまる某のような 人間ばかり。相手にしないでください。
0>天才詩人2も黒髪も本人(肉体)を晒していた。その時点でここに集まってる無責任勢よりはるかに上等。 >黙ってろ。覆面野郎ども。 >覆面でしかものをいえないおまえより千倍ましだ。このクズ。 典型的な話そらしですね。私と比べて千倍ましかどうかなどどうでもいい、 明確に運営の面々をアホ呼ばわりしていることを批判している。
0本当に多くの人が運営や選考にワイワイ関わって引き継ぎながらやってきたんだな。 知らない名前が多いよ。 お手軽に運営ごっこに参加できて、すぐに覚醒できる、そんな良さもあったんかいね。 黒髪さんが書いていたよ。運営なのに何も言わずに活動を辞めてしまう、それが一番失礼だってね。 事実上運営がいないならサイトについて語る意味もないわね。そろそろズラかりましょ。
0合法ロリさん、僕と結婚して下さい。責任取ります。(・∀・)
0>渡辺八畳が誰か好き放題改革しろとディスコードで呼びかけていたが、とくに動きなし 渡辺八畳さんは元運営でbreviewのウィキを管理されている方ですよね。 もしまだここを見ているなら、お話しできればありがたいです。 昨年から今年にかけての三浦と花緒が主導でおこなっているこの一連の横暴について。
0バレバレだと思いますが、このスレ主は、おまるたろうです。
0(なんか見た) あのような界隈の負の遺産?っていうのかな、 腐れきった頓馬達とはいっさい関わり合いたくないな。 なぜしょぼーい界隈的な力学で、なんの実力も実績もない輩に関係の非対称性・値踏みを 強制されないといけないのか、その点だけ苛立つ。
0何事も受け身だけではどうにもならないよ?(・∀・)
0いいじゃん、終わるなら終わるで。誰も損しないし。
0↑↑↑↑ 皆さんおまる太郎こんな事、言っておりますよ?あんた達!?本当にそれで良いのかい!?あぁ~ん?(・∀・)
0「何事も受け身だけではどうにもならないよ?(・∀・)」
0私は若い君たちを応援します!(・∀・)
0スレと関係のあるコメントだと思っているのだけれど、月間講評をやらないならやらないで、やらない理由とか、やらないですという通知が正直欲しかったなあ。講評がいい悪い良し悪しの話じゃなくて、普段やっているものを運営側の都合でやらない場合に、中で利用している人達に通知する必要はあると思う。 それが出来ないというのは公への誠実がないと取られてしまうだろうなあと。
0ほんとカルトだな。業界にとっては最低の事件を平然と頻発させる老教祖、教祖の嘘に翻弄され続けるユーザーたち。猿芝居する大根役者(↑)、等々。 おもろ。
0諸君、 老婆心として云って置こう。 レス・バトルの強さは、その詩歌の核心の強度には何ら関与をしない。 寧ろ、言語を言語以前として把握していらっしゃる様な、 議論には脆い御方の方が鋭い言語感覚を持たれている様な事は、侭在る事だ。 であるから、相互批判レス・バトルを見るに耐えない、聡い実力者から黙って離れて行く。 その結実が今の此のコメント欄であり、 此のサイトの現在のヒエラルキイの状況である。 「自分の泥は自分で被る」、之は創作に携わる者の、第一必須要件である。 自己優越感の爲か、實の「自己の責任」の爲か。 能々、自分の舌を確かめてみるといいであろう。 今の、小生からは以上。 泥ならば幾らでも附けるが良い。
0たびたび幽霊みたいに現れては消える男に一つ聞きたい。詩人とは何だね?
0はいはい、お爺ちゃん、おちゅかれさま。 おくすり飲んでおねんねちましょうね。 ゔぁいばーい。
0takoyo2史へ。 同‐爺のよしみだ、仲良くしようぜ!! スレッダーへ。 己を貶めるとも「詩歌」の不可能であるが故の可能性に奉仕をし、 如何様な容であれ「眞・善・美」を厳密思考し‐或は反仮定に拠って‐、表現の責務に殉じる者こそを「詩人」と呼びたい。 ――― 勿論、貴兄の謂う處の 「界隈の政治性」には重重気を付けねばなるまい。 それでも、各各が 自身の「詩歌の定義」を成立させて終う以上は、 他者の「詩歌の定義」へと干渉をしてしまう訳であるから、此処に「詩論」論争の火種を抱える必然性が産まれる訳である。 肝要なのは、他者の論理、倫理を「相容れざれども敬する」 姿勢なのではないであろうか(自己反省も頻りだが)。 貶める爲の誹謗論、 崇める爲の擁護論、 孰れも不健康であると、考えているよ。
0俺がここで学んだのは一つだけだな。 「恐るべきはジジイの嫉妬の炎」
1おまるたろうさん、一つ教えて欲しいことがありまして書き込みしてます。おまるたろうさんは何を目的にされてるんです?何を糺したいのかが三浦にはわからないんです。三浦を社会的に抹殺されたいのでもないし、おそらく私の考え方を正しい方へ向わせたいのでもないと思うんです。私には学歴も無く漢字が読めないことも多々あって、もちろん詩にも文学にも無知です。それもあって勉強家ではありたいと心掛けてます。誰であれ、なるほどと得る行動や発言にはオープンマインドです。たとえばtakoyo2さんや鷹枕可さんのコメントにはハッとして学んでいたりします。恐縮だけれども、おまるたろうさんからそれを見いだすことがないんです。ただ、おまるたろうさんがやられていらっしゃる個人選評には共感しました。なぜならばビーレビ設立当初に権威的でもなく、「賞など不要」とされる参加者にも喜ばれる仕組みを参加者と共に議論するなかで立ち上げビーレビの歴史のなかでも最も好評だったのが選評をやりたい人がそれぞれで出す「全員参加型選評」と同じ問題意識とコミュニティとしての理想の思想をみるからです。しかしながら、こちらのスレッドが典型ですが、何が目的なのか、私にはわからない。ラジカルさという面ではもっと刺激的で、ラジカルな発言が内包する高い精神性が見出せる参加者が過去にはいらっしゃいました。おまるたろうさんからはそれも見出せないです。この書き込みに他意はありません。また、既にそのようなおまるたろうさんの目的、行動原理は示されてるのならば、申し訳ない、私のチェック不足です。その場合恐縮ですが、もう一度教えてください。
1お互いの人格の構造が違いすぎるので、三浦果実さんは、私を見ても、目的が理解ができないのでしょう。おそらく私が説明しても、理解できないでしょう。その点は留保して頂きたいです。 三浦果実さんが依拠している「何かの現象を目の前にした時に」「その目的を理解する能力」が、単純に一つしかないからでしょう。つまり、三浦果実さんの困惑はある意味では正常なもので、実際に多くの人々は、民俗心理学によって物事を解釈し、次に移す行動を決めている。民俗心理学というのは、たとえばの話、人々が無料で歓心を買うことができると信じる時があれば、人々はたとえ見知らぬ人であろうと手を貸すことがありますよね。人々が各々の状況で「合理的な反応である」とそれとなく感じる時、その感じの求めに応じている。だから「こう動くだろう」「こうすれば取引できるだろう」とも予想もできる。 私の目的は、一言でいえば文学的「究極利他」(スーパーボランティア)ですので、そのような一般的合理性・民俗心理学ではとらえられません。むろん、自称ラディカルのナルシストやエゴイストにも理解できません。
0返信ありがとうございます。利他のマインドは私も信念というか、血肉にして来ざる得なかったも過去がありますので、理解しましたというよりも直観的に三浦が見えていなかったおまるたろうさんの真意を感得しました。それはもちろん言語化できない肌感覚でのことです。 ただ一方で、「文学的」というところにおまるたろうさんと私が相容れないものがあるように私は思います。ナルシスト、エゴイストを嫌悪されてられるにも関わらず、おまるたろうさんは文学的にナルシストでありエゴイストではないでしょうか。少なくとも私は文学的ナルシストでもエゴイストでもありません。なぜならば先に示した通り文学に無知なもので文学的エゴイストとは自認出来ないからです。私は観念的ではない利他に生きたいです。「文学的」というおまるたろうさんの言に観念的な域を脱せない人に思いました。逆にだからこそ、テキストチャットにこだわられる理由もわかった気がします。 早くにおまるたろうさんの真意をきけばよかったのかもしれません。返信ありがとうございました。
0文学から身を引いていらっしゃるのですね。納得です。 返信ありがとうございます。
0どうも、こんばんは。三浦さんは、私の事等お忘れでしょうし、運営に関わる事は一切何も知りませんが、三浦さんや古参が戻ってくれば、面白いし、活気づくのになーと、いまだ思ってます。すいません。(•‿•)
0忘れていないです。こちらこそ、お声掛けありがとうございます。
0過去にこだわるの、マジでよくないよ。赤ちゃんのおしゃぶりじゃないんだからさ。
0一般的なネット小説読者(異世界転生やラブコメ)などを好む層の間での知名度は、 高くないけど「純文学」「文学賞」「インディーズ文芸」に興味がある層や、プロの 作家・編集者の間でかなり名の通ったネット投稿板に「破滅派」という文芸投稿板が ある。 ここを知ったのは去年の暮あたりで、詩なんかも投稿できるけど詩を投稿してもまず 話題になることはない。わたしは小説なんか頭からバカにしていて、目をつむって 片手で書いても、いつでも、カネがとれる小説が書ける自信がある。(詩は無理だけど) そこで詩を書くやつがどれほど文芸的な力があって、小説ごときを書く力があるか 見せつけてやろうと思って、 原稿用紙数枚程度の超短編小説をさらさらと書いて投稿した。推敲もなにもしない。 ほんとうに筋もなにもデタラメ。ただ簡単な重油に関する知識だけをもとに1編を書いた。 その小説『コードネーム”THE ORACLE” 』が一週間ほどして「人気の投稿」トップに 上がっていた。破滅派には「人気の投稿」トップと「最近の高評価」トップがあって 残念ながらわたしの小説は「高評価」にはまったく入っていなかったが人気ではトップ だった。笑 高評価の小説なんか、いつもで書けるけど面倒だから書かない。 みなさんはわたしをバカだと思っているようだが、ほんとうは傑出した文学的な力量が あるのかも知れない。三浦くんのいうように、もう少しわたしが語ることをきちっと 噛み締めてもらいたいね。いずれも珠玉のことば語っているつもりだ。鷹枕可とかいう あんな「赤ん坊爺ちゃん」と一緒にされちゃ困る。笑
0takoyo2はなんのかんのいって特異な才能があるけど、その才能を変換する場をチョイスするセンスがゼロだよなあ。この界隈でダベってるだけじゃずっと砂場遊びのままになっちゃうね。
0かつて別の名義で投稿していた時に、 彼との面識?、 会釈した程度の認識は有りましたが… 国家論的で厭ですが… 統治法的な共同幻想? 規則を求められるのが哀しい… (私は楽しく自由にやりたい故。 オリンピックみたいに?) 追い詰められる(潰し合い)構造は、 皆様、辟易と ウンザリされていますでしょうし…
1国家というか、もっと卑近な例えですけど、公園の砂場にも、声のデカいアホ餓鬼や、仲間外れごっこ勢がいる。 こいつらに好き放題させて、おまけにリーダー不在だともうカオスですよね。こういう話って、えてして制度の問題にしがちですけど、もっと単純に人間の本能の話ですよ。
1文学志望者、大げさな人が多いな。
0わたしはぼんやり屋なので気がつかなかったが、 この投稿の表題の「果実」というのは三浦さんの ことを揶揄しているのかもしれない。 そうだとすれば非常に失礼だし陰険だ。わたしならちゃんと 当人の名前を書いて批判する。ちゃんと名前を書けば荒らし、 書かない陰険は「話題の投稿」となるこの反転した世界。笑
0復讐の仕方にもいろいろあります。
0三浦さんとおまるさんの対話のラジオ聞かせて頂きました。 おまるさんのお話を色々聞いていて思ったのですが、なんで書いているのか? という動機づけが自分はしっかりしていないのかな? それに対し『惰性で書いているだろう』とお感じになられる苛立ちがあるのかなあ? と感じたりしました。 ポイントもコメントも、確かにお決まり規則通りに則ってやっているのであり、書く内容にしたって『書き手として、腕を上げたい』とか『これが面白いかな? と思う。それが受け入れられたら嬉しい』ぐらいのことであって、その先にあるものが見えているかとか、それ以上のものが今の自分にあるか? と考えると疑わしい。 放送内容の中でおまるさんが、島崎藤村とその影響についての認識を踏まえた上での書き手が数名はいる文芸サイトでなければ認められないというお話や、しっかりした良き批評があること、読み手として批評が書ける人間が運営側にいるべきであるという話。つまり、私の考える面白きに加え、おまるさんの中では、文芸サイトとしてしっかりした面白さを持ったものでなければダメだというような思いが伝わってきた気がします。 良き批評や、文芸の伝統歴史についての理解力は、この『しっかりした』の部分を支えるもの。そこについて全然不満足であるという思いがあるのではないかな? と思いました。 私の中にある『おもしろき』も確かに『しっかりした面白き』に支えられているものが好ましく望ましいと思っていますが、その『しっかりした』の基準が文芸的でないというか『島崎藤村』やその影響などの歴史的考察も踏まえたものの範囲ではなく、戦後以降の現代的なものの中にある面が強いのかもしれないと感じました。 私は戦後以降属国化した日本を揶揄しながらも、そこから抜け出ることは難しいのだというような視点にいるような気がするのです。例えば歯磨き粉ひとつ取ったって、あれは歯のエナメルを痛めるものであり、虫歯ゼロの私の視点で『歯磨き粉を使うのをやめましょう』と啓蒙しても仕方ない。そんな感じで、民主主義は集団で出した答えだからそれに従うより仕方ないのだ、自分は皮肉めいたことを言って賢ぶることが精一杯だというようなニヒリズムがどこかにあるのかも知れない。 私の印象でですが、おまるさんの考えるようなしっかりしたアカデミズムに支えられた文芸サイトは興味がありますね。 1%の人間になるのではなく、たった一人の人間になりたい。 人生の勝ち組になるのではなく、人生の勝者になりたい。 自分はこう言った唯我独尊ゴーイングマイウェイ的な考え方の持ち主ですので、島崎藤村やその影響について認識を深めるというようなことも、強制力や利益がなければ無理。 ただ自分なりに追求しようとしているものはその時々であります。それは集団でやる合同作品のようなもので、例えばグループであり、バンドであり、コミック作品であり、文学作品ではない。 文学サイトとしての理想形を持った人が運営に関わり、集団を回していくことが恐らく望ましく、そうでない利用者はあくまで参加者として利用するに徹していた方が良い気がしました。 私がこの文学サイトでやり甲斐や目論見の達成充実感を感じれることがあるとすれば 『自分はこういう形を作った。そこで他の書き手にも刺激を与えられたかも知れないなあ』 『こういうやりとりをして、こういう思い出が出来たよ』 というようなことで、それはあくまで利用者としての自己満足であり、集団を啓蒙したり導いたりどこかへ引っ張っていくようなことではないと思います。
0あの後、少し三浦ニキの人達のコメントを眺めたのですよ。心底、こいつらはリベラルなんだよなーと思いました。彼らが大好きなのは、ようするに無能な金持ちですよ。しかも当の本人が確信犯だから。私の問いに対してぬるぬると事実を歪ませながら煙に巻く。三浦さんの応答には一貫性がないでしょう?手八丁口八丁で小賢しくて。 彼は地主的な意味で「持ってる人」なのですよね。まわりも「三浦さんは友達だから」とかいって、ちやほやしている。三浦さんは無上に嬉しいのですよ。これはまさにリベラル=軟弱の癒着構造です。 たびたび本物のマッチョということを考えます。私自身はマッチョとは思いませんが。たとえば、「引き籠りだけど、ボクの言葉を世界に届けるんだー」的なメンタリティは、ネットのあちらこちらに散見するものですが、私はけっして許容したくない。
0詩を書くことが好きな人が、たまたま詩の運営に携わっている三浦さんを慕うように集っている。 場を持つ人は笑顔で人を迎えられる人が相応しい。そこに対し親しみを持ってより集う。それは普通なんじゃないか? そこに逸脱した行動が見えるのならともかくそれが見えないものを、揶揄し皮肉ることはないように思えます。 「三浦さんを馬鹿にするとはけしからん!」 と麻原信者よろしく怒ってくる人もいないでしょう? そこで三浦さんがちょっとおまるさんと笑ってしまったのではないかと思うんですが。ものを書く人は視野狭窄を起こし思い込みが激しくなりやすい。それを文芸ナルシズムなき故に俯瞰して指摘しているように感じます。 戸塚ヨットスクールを以前動画で推してましたが、引きこもりにもツータイプあって、思慮深い引きこもり、甘え故の引きこもり。前者は言葉というものを沢山持っている人が多いでしょう。自分で言えば、親が金を持たせてくれなかった。それで発散して解消することが出来ずに自然に思慮深くなってしまったように思えます。対して自分の兄ですが、バブル期に生まれ育ち親に金をバンと渡され、それをオタク引きこもりの自らの巣に投資して発散と解消の世界に生きていたように思う。 詩人というのは引きこもり症が多いように私は思いますね。要するに貧乏な方が思慮深くなるし、詩人に向いていると思うのです。なにしろ安い芸ですから。 戸塚氏は文系的思慮深さを否定している訳でしょう? 科学を成果主義の世界に生きる故に評価し、文系を貶める。それはむしろものを考える人間として弱さではないか? とも私には思えるのです。 マッチョイズムがそれほど良く、引きこもり的メンタリティを許容したくないと仰るのならば、九十九空間氏のようなカンガルーの子供のように母親との愛を詩で描き、引きこもりを選ぶお方の作品内容を何故評価しなさるのか。彼は海外の話を描いていましたが、そういうものが書けるのは(つまり実際に行ったのか?)ある程度裕福なのかも知れない。それが学校へ行きたくないと語り夢物語を描き、次の瞬間にはもう行方が分からなくなってしまう。好き放題の引きこもりなら良いのかな? と。
0集団はグルになって嘘をつくし、ターゲットを雑にカテゴライズします。対談中に「視野狭窄」とか「寂しいおじさん」とか「酔っぱらい」とか、いろいろ言われましたが、私からすれば、「典型例」をいっぱい見たというだけのことです。例外はいない。全員三浦ニキ。普段はろくに自作のコメントに返信もしないような人が、ハレの日(=三浦祭)にはノコノコと出向いてくる。そのまさに「集団」たる在り方を見、その滑稽さを対談中に指摘したつもりです。
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