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二重らせん状の恐怖
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二重らせん状の恐怖 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 525.0
お気に入り数: 0
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2026-01-18
コメント日時 2026-01-20
| 項目 | 全期間(2026/01/25現在) |
|---|---|
| 叙情性 | 0 |
| 前衛性 | 0 |
| 可読性 | 0 |
| エンタメ | 0 |
| 技巧 | 0 |
| 音韻 | 0 |
| 構成 | 0 |
| 総合ポイント | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


ループしてるんですね。 最終行が冒頭につながっていて。 「二重螺旋」とは、最初、無邪気と狂気のことかな?と思ったのですが、シンプルに、遺伝子のことかもしれません。 無邪気は肯定的なことばだと思っていたので、意表をつかれました。
1>無邪気から湧き出す残虐が >遊びの中で命を奪う 無邪気を『生きるための欲望』であると捉えるとするならば、この一節の「残虐」「遊びの中で命を奪う」が示すところとしては、料理などの行為によって他の生命体を死に追いやって、自らの中に取り込むことなのでしょう。 (いじめのことを客観的に書いているとするならば、 >無邪気から芽生える慈悲が >奪った命を元に戻せと駄々をこねる と矛盾するので今回の読解には含んでいません) とすると、狂気、も無邪気に近しいものであるという解釈が成り立ちます。2016〜17年発行の新書のどこかに「一度発生した生物は、頑張って生きようとする」的な記述があったはずですし。 おそらく、『人間が本当に知的生命体であるならば、無邪気に奪われる命を無視しないだろう?』という問いかけも含まれているのかもしれません。手の届く範囲だけでいい、動物実験反対のメーカーの製品で生活してみると少しは気が楽になるんじゃないか、という提案も残しておきます。 この世に生きるにあたって、何ができるのか、逆に何ができないのかを考えさせられるきっかけになりました。ありがとうございます。
1大人と子供の死生観が詩の中で絡み合い 自らの人生を逆行しながら俯瞰できる感じがいいですね。 うーんなるほど、とうなずきながら読ませて頂きました。
1読んで貰えて嬉しいです。 この作品は無邪気に対する自分が持っている固定概念に 対する疑問を表現したくて書いてみました。 無邪気に対する恐怖感は潜在意識で受けているのではという 自分が表現したかった事を感じて貰えたよな気がして レモンさんのコメントは凄く嬉しかったです。 レモンさんとは詩についてコメントを交わしたので 作品を書くなかでの遊び心みたいな所も書いてみます。 作品の各節にテーマである「無邪気」という言葉を 韻を踏むと少し違うけれど入れる事を意識して書いてみました。 伝えたいイメージを崩さない様に入れようと少し苦労しましたが それも書いていて面白く感じ楽しかったです。 何か気が付かれた事が有れば私にも忌憚なく コメントを貰えれば嬉しく思います。宜しくお願いしますね(*^-^*)
1読んで貰えて嬉しいです。 コメントを読ませて貰い自分が見ている無邪気の また違った顔を見る事が出来た様な気がしました。 本当の知的生命体って何だろう? 人間が本当に知的生命体に成り切れない事に 無邪気は本能的な事以外にも影響しているのではと 自分の作品を見直してみようと思いました。 刺激あるコメントに感謝します。
0では、遠慮なく。 タイトルに「恐怖」と入っていますが、 「恐怖」とまでは行かず、「ちょっと怖いかも」くらいの実感だったので、具体的な恐怖のエピソードがあれば、「恐怖」を実感できたかもしれません。 敢えてシンプルに書かれていると思うのですが、私の想像力が足らずに申し訳ないです。
1読んで貰えて嬉しいです。 無邪気を客観的に見て表現したくて書いた作品なので 自分の作品に納得して貰えて凄く嬉しいです。 これからも宜しくお願いします。
1早速の返信ありがとうございます。 確かにレモンさんのコメント通りに リアルな恐怖感を持っているわけで無いのですが レモンさんの前に貰ったコメントの様に 遺伝子レベルでの自覚していない正体不明な怖さ それと、でくわした時の怖さは恐怖ではないかと想像して タイトルに恐怖を使いました。 具体的な恐怖体験を比喩に使うと 正体不明な怖さが欠けるのではと思い 読み手の持つている命を奪う残虐さや 命を奪った事への反省的な慈悲や 時として大人に成っても覗かせる狂気とも思える感情を 読み手に委ねてみました。 レモンさんのコメントから人それぞれに 無邪気に対する怖いかもという感じに 当然の事ながら有るという事を知れて良かったです。 意義の有るコメントに感謝します。
1こんばんは。 なにやら題名を拝見すると、 恐怖が階段を這うように 手首が 立ち現れて読者をひっ捕まえてきそうな、そんな気配すら、感じました 次いで 無邪気と残虐の繋がりが まざりあい 井戸から湧き出てくるような >>遊びの中で命を奪う ここが、一つ重要な考えである気がしました。 最終連は映像的ですね。映画で言えばラストカットを思わせる、 >>恐怖は >>無邪気に私を嘲笑う 僕はスリラー映画など見るのでこの場面からは寧ろ爽快感を 受け取らなくもない。 白い影法師さんは、 放火魔を描いたり、夢を独自目線で、徹底的に解剖してみせたり、 虫とトマトの尊厳を対比させてみたり、 蜥蜴の切断された瞬間の「自由」を描いてみたり、 陰の部分の感性も豊かな書き手さんなのでしょう。 そのように僕には映ります。 ちなみに、 具体と抽象のバランスは 難し過ぎる…と僕はとても悩みます。
1自分の作品を全部、読んで貰えて嬉しいです。 今回のテーマは無邪気に対して感じる恐怖感です。 確かに、ぼんじゅーるさんのコメントの通り 日常の生活で見かける風景に対して恐怖感を感じた事を 読み手に共感して欲しいと思いながら書く作品は まさにスリラーですよね。 今回、具体的な事例を上げなかったのは 人が生まれつき持っているのが当たり前で 違和感を持つ事の方が不思議な無邪気に対する 恐怖感を書きたかったので、 敢えて正体が解らない様に書いてみました。 読み手が一番怖いと感じる画を想像して貰うようにね。 具体と抽象のバランスって難しいですよね。 具体が多き過ぎると押しつけがましいくなるし 抽象が多き過ぎると捉えずらくなるし 私も書き終わった時に不安になっています。 でも不安が作品へのコメントで和らいでゆくのが 楽しいくもあるなと感じています。 いろんなイメージに挑戦したいと思っているので 忌憚ないコメントを頂けたら励みになるので これからも宜しくお願いします。 余談ですが、ホラーとかスリラーものは苦手な方です~(笑)
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