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血
ほら ほら これが 貴方の血だ 涙を流すたびに 眼球を舐めまわす血だ どす黒い心臓を キレイな肋骨で隠す 「元気?」と「大丈夫?」を ひび割れた白さに塗りたくる 背骨が折れ 頭蓋は転がる まるで神殿が崩れるようだ ほら ほら これが 貴方の末路だ 赤い涙がこぼれる SNSでは頬の色が罵られる 悲しみは削除され 苦しみは消費される ──まだ、世界に人がいる 心拍数は503 この痛みは処理できません。
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血 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 673.7
お気に入り数: 1
投票数 : 3
ポイント数 : 0
作成日時 2026-01-08
コメント日時 2026-01-11
| 項目 | 全期間(2026/01/12現在) |
|---|---|
| 叙情性 | 0 |
| 前衛性 | 0 |
| 可読性 | 0 |
| エンタメ | 0 |
| 技巧 | 0 |
| 音韻 | 0 |
| 構成 | 0 |
| 総合ポイント | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
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| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


正直いいますとこの詩を読む直近までわたしは「涙」についてふと 「涙とはそういうものなのかもしれない」と思うことがありました。 わたしが思ったのは、涙のあのすこししょぱい"水"というのは、 「心のなかで凍って固まっていた何かが溶けるときにでる水分だ」か もしれないなということでした。もちろん生理学的には目の表面の乾 燥を防ぎ、潤いを保つ役目や、ごみや刺激物を洗い流す。殺菌成分に より感染から目を守る。といった理由があるのでしょうけど、涙はそ れとはまったく違う心の次元で流れる側面ももっている。そんなこと をふと考えていたとき、この詩の描く涙の、なんというか、荒々し く手で"涙"を掴むという表現に驚きました。 哀しいときにも苦しいときにも人間は涙を流しますが、うれしいときや 感動したときにも人は涙を静かに流しますよね。そのときまで心にわだ かまっていた何かが、なにかを契機にふと動きを取り戻して、固まって いたものが溶け出す。多分氷のような固形物だと思うのですがそれが溶 けたときににじみあふれるものですかね。中原中也の骨も、そういうも のによって洗い流されたのじゃないでしょうかねえ。わたしにはこの詩 の荒々しさがどうも文体のリズムを模倣した中也のものとはあわないよ うな気がしました。わたしは中也好きじゃないし、詩はランボーと寺山 修司からしか学んでいませんけど、中也の「ホラホラ、」という指示詞は ほんとうは物凄く静かな、水が垂れるしずくのような声だったのじゃな いかとふと思いましね。
1~赤い涙がこぼれる~といえばどうしても奇跡的なマリア像を思い浮かべてしまいます。 しかし実際この現象も眉唾モノで、メディアによって大きく報道されては広がってきたのでしょう。 同じように昨今SNSに見られるデマゴーグは、単に拡大解釈に留まらず一瞬で世界中の人々を混乱に招くことになります。 循環して流れる血の源が心臓の役割であるならば、生活の基盤としての情報を広めるのは、いまやSNSの役割でもある。 その浪費され削除される速さは昔のよいな口伝の非ではありません。 世界中で様々な宗教が今日も尚言い伝えられ信じられてきましたが、 愛を語る上での平和や平等などといった根源的な問いは一向に解決に向かわせてはくれませんね。 この詩の趣向は、 そんな現代人に対する警鐘が読み取れてきます。 詩としての言葉には無駄もなく的確に捉えられている。 お見事な出来栄えだと思いますよ。
1コメントありがとうございます。 「涙は固形物が溶けたもの」という 観察、とても面白いです。 私の荒々しい「ホラホラ」は、 中也の「骨」の「ほらほら」のような 静かに滴るのものではなく、 見せつける・殴りつける・否定できないものとしての暴力としてのものです。「模倣した文体」というよりかは 言葉の機能を変容させたものです。 中也やランボー、 寺山からの影響もあるのですが、 最終的には「身体=社会構造」という図式を狙っています。
1コメントありがとうございます。 赤い涙を マリア像の流したものという デマゴーグの象徴として 見る視点もたしかにあります。 ただ、他の視点というか 多義的な象徴でもあります。 たとえば キリスト教神学における 「神が作った世界ならば なぜ悪があるのか?」という 命題に対する回答であるとも言えます。 背骨を信仰 頭蓋を知識、インフラの中枢とするなら背骨が折れることは知識の喪失と同義である。それを前作「地球事変」の神殿という象徴と結びつける意図もあります。
0「元気?」と「大丈夫?」が、ことばの凶器のように感じました。 「大丈夫?」は、つい使ってしまうのですが。 苦しいも悲しいも、SNSでは何処か他人事になってしまう不思議。 どんなに声高に叫んでも搔き消されるような感じがするし、苦しみでさえ見せ物になっているような感覚はあります。 やはり実際に会って話をすることが、痛みを取り除くいちばんの解決方法なのではないか?と疑問に思う今日この頃です。
1ひとつ質問がありまして。 この詩を読む限り、無駄なことばが一切ないように思います。 何回か推敲されたりして、ことばを削ぎ落としたりしているのですか?
1こんばんは なにがとは言わず滴っていく。 あっちこっちに鋭く言葉が暴れてゆきますが、作者様の手によって制圧もされているので意味が逃げない あまり語らず 静かに読みたい作品でした。自分自身でこの作品の滴るものに色を付けるのが良いと思いました。
1「やはり実際に会って話をすることが、痛みを取り除くいちばんの解決方法なのではないか」この考え方、共感です。 というのも ネットで仲良くなって 話していくうちに悩みも聞くようになって、他県まで自殺を止めに行ったこともあったからです。 「やさしさ」だけでは 人は助けられないと痛感した経験でもあります。 ところで 推敲したのか、という問いには 否、と答えます。 血というタイトルの類似作品は 作りましたが、それぞれ別の作品です。19歳から創作を初めて1000作品近く書きましたが、ほとんど推敲してないんですよ。「純粋な瞬間の切り取り」だと思ってるからです。
2返信、ありがとうございます。 推敲せずに、これだけシャープなことばを書けるのですね。ナイフを通り越して、カミソリのような切れ味です。 余談ですが、私も推敲しない派です。 瞬間を閉じ込めるということもありますし、推敲すると別の詩になってしまうので。
1今回も下手なコメントになっちゃうが…… どこか口を塞がれてる感覚になる詩というべきか。 悲痛をこぼせずに、「ひび割れた白さ」で封をされて窒息させられてしまう感じ。
1心拍数は503 この痛みは処理できませんが、しっくり来ました。 作品全体がどこか安定してるような不安定さを感じました。
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